18: 2010/11/15(月) 01:43:23.07
唯「夢」

梓「……夢」

唯「愛」

梓「……愛」

唯「未来」

梓「……未来」

唯「正義」

梓「……正義」

唯「そう。最初から繰り返して」

梓「夢、愛、未来、正義」

唯「正解だね……
  この4つの言葉について……あずにゃんはどう思った?」

24: 2010/11/15(月) 01:46:39.15
梓「どれもきれいな言葉です」

唯「そうだね。間違いじゃない。
  私は以前、同じ質問をりっちゃんにもしたことがある。
  りっちゃんはどう答えたと思う?」

梓「……分かりませんが、
  大体の人が私と同じ答えを出すと思います」

唯「そう。でもりっちゃんは違う。
  そもそも4つの言葉を暗記して繰り返すことができなかった。
  酷いと思わない?」

梓「はい」

唯「でもそれが田井中律という人間の本質だとしたら?」

梓「え?」

唯「その田井中律を躊躇いなく『酷い』と唾棄した、
  それが中野梓という人格の根幹を支えるものだとしたら」

梓「何が言いたいんです?」

唯「話を変えよう」

30: 2010/11/15(月) 01:48:47.50
唯「懐かしの駄菓子」

梓「はい」

唯「駄菓子を食べた経験は誰にでもある。
  量や回数の大小はあるにしてもね」

梓「私もあります」

唯「知ってるよ。あずにゃんのことはなんでも知ってる」

梓「はい」

唯「10円ガム。食べたことあるね」

梓「はい」

唯「ブタメンは食べたことがない」

梓「はい」

唯「ドンパッチも食べたことがない」

梓「はい」

唯「私は次に何の駄菓子を上げると思う?」

31: 2010/11/15(月) 01:51:48.28
梓「えーっと」

唯「ああ、待って。まだ答えないで。
  あずにゃんが先に言ってしまえば
  この問いは成立しなくなっていしまう。
  私はあずにゃんの答えに合わせて正解不正解を言えるからね」

梓「じゃあ……」

唯「同時に言おう。
  私が次に何の駄菓子を挙げようとしていたか。
  せーの」

唯「舌の色が黒くなる黒いガム」
梓「舌の色が赤くなる赤いガム」

唯「……」

梓「……」

唯「わずかではあるけど齟齬が生じた」

梓「そうですね」

唯「この齟齬が、私、平沢唯という人間と
  中野梓という人間の根本的な違いだとしたらどうする?」

梓「……人はみな、違うものです」

唯「まあそれもひとつの正解だね」

34: 2010/11/15(月) 01:55:03.53
唯「質問を変えよう。
  澪ちゃんが食べたことのある駄菓子」

梓「澪先輩が?」

唯「澪ちゃんが食べたことのある駄菓子。
  あずにゃんは澪ちゃんのことをどれだけ知っているかな」

梓「えっと……」

唯「澪ちゃんはたらたらを食べたことがある?」

梓「……あります」

唯「不正解だね。
  澪ちゃんはよっちゃんを食べたことがある?」

梓「…………あります」

唯「また不正解だ。
  最後の質問。澪ちゃんはポテトフライを?」

梓「食べたことが……ない」

唯「3連続で不正解だよ。
  二択問題をこれだけの確率で外すとはね。
  分かっていると思うけど、
  これが中野梓と秋山澪の間にある人格の相違だよ」

35: 2010/11/15(月) 01:59:38.08
梓「唯先輩は」

唯「ん?」

梓「唯先輩は澪先輩や私のことを完璧に理解しているのですか」

唯「それは否だよ。
  さっきだって私とあずにゃんの間に齟齬が生じたし
  私は以前澪ちゃんと会話を行なったとき、
  酸っぱいガムが入ってるやつを澪ちゃんが食べたことがある、
  という事実を外してしまった。
  無論、言葉通りの意味ではないけど」

梓「どういう意味ですか?」

唯「ああ、ごめん。
  分かりにくい話をするつもりはなかったんだ。
  ただこれはそう……たとえるなら、
  ブタメンの当たりが入っている場所が決まっている、
  そんなレベルの話でしかない」

梓「余計に分からなくなりました」

唯「そうだね、それがきっと私とあずにゃんの間にある
  埋められない溝なんだよ。
  いくら言葉を交わそうと、いくら意思を通じようと、
  人と人との間はゼロ距離にはならない。
  これは理解できるよね」

梓「はい」

37: 2010/11/15(月) 02:03:31.49
唯「ところであずにゃんは何故今こうしているか分かる?」

梓「えーっと」

唯「ああ、勿論、なぜ自分が存在しているか、
  自分はなんのためにこうしているのか、
  本質的なレベルでの答えをして欲しい」

梓「そういう聞き方をされると分かりません」

唯「だろうね。
  一つは……責任」

梓「責任?」

唯「責任という言葉の意味はまだ理解できなくていい。
  すべてが終わったとき……
  これはこの瞬間的な意味ではなくて
  もっと永い永い、長期的な時間のそれが終わったとき、
  それを意味しているんだ」

梓「二つ目は?」

唯「それは今は置いておこうか。
  話を戻すよ。
  駄菓子の話だったね」

梓「はい」

38: 2010/11/15(月) 02:07:22.31
唯「うんちくんグミ。知ってるね」

梓「はい」

唯「これはまともな人間じゃ食べられない。
  なんてったってうんちだからね。
  でも子供はこれを喜んで食べる」

梓「はい」

唯「ではこれを作ったのは子供かな?
  違うんだ、大の大人だよ。
  うんちに喜びを見出すはずもない良い大人が、
  うんちくんグミを作って、子供たちはそれを受け入れている。
  どういうことか分かる?」

梓「さっきまでの話を踏まえるならば、
  その大人と子供たちは
  うんちくんグミという接点で本質的にリンクし合った、
  ということですか」

唯「大正解だよ。
  もしこの問いに外れたらムギちゃんみたいになるところだったね」

梓「ムギ先輩はどうなったんですか?」

唯「会えるよ。
  会える。
  会える。」

43: 2010/11/15(月) 02:11:19.59
唯「話は変わるけど、焼肉さん太郎。知ってるね」

梓「知ってます」

唯「りっちゃんがそれを好きなんだ。
  私はちょうどそれを買い込んでたから、
  りっちゃんを家に誘った。
  『今日うち来ない?』ってね」

梓「はい」

唯「でもそれは幻想なんだ」

梓「幻想?」

唯「言い換えるなら希望でしかない。
  希望。分かるね」

梓「はい」

唯「自分では何も出来ない下らない人間が
  有能で高尚な人の力を借りようとする。
  自分はなにもしないままにただひたすら望む。
  それが希望」

梓「はい」

唯「未来と言い換えてもいい」

梓「……未来」

46: 2010/11/15(月) 02:15:12.11
唯「つまりは代理なんだ。
  希望とは自分ではない誰かによって叶えられるもの。
  未来とは自分ではない誰かによって作られるもの。
  でもそれは本当にそうかな?」

梓「未来は自分でも切り開けます」

唯「そうだね。
  でも澪ちゃんはこれに同意してくれなかった。
  だからヤッターメンで100円当たっただけで喜んでる」

梓「100円が当たればいいという、希望?」

唯「そう。
  自らの力で100円を得るのではなく
  ヤッターメンという自分の代理存在に希望を託した。
  100円を手にするという未来を得た」

梓「その100円は?」

唯「澪ちゃんはその100円でビッグカツを買った。
  だから……おっと、これ以上は言っちゃいけなかった。
  またあずにゃんを混乱させてしまうだけだ」

梓「そうですか」

唯「もう一度、最初からやろうか」

梓「はい」

47: 2010/11/15(月) 02:16:27.80
唯「夢」

梓「……夢」

唯「愛」

梓「……愛」

唯「ひもQ」

梓「……ひもQ」

唯「カメレオンキャンディ」

梓「……カメレオンキャンディ」

唯「そう。最初から繰り返して」

梓「夢、愛、ひもQ、カメレオンキャンディ」

唯「正解だね……
  この4つの言葉について……あずにゃんはどう思った?」

梓「さっきと微妙に違いました」

50: 2010/11/15(月) 02:20:17.28
唯「そういう解答もありだね。
  私は最初からやろうと言ったけど
  全てが同じというわけではないんだ。なにもかもね」

梓「同じものは何一つない?」

唯「それは?」

梓「……人にも当てはまる」

唯「そうだね。
  人の本質はそこにある。
  突き詰めれば人は孤独なんだ。
  吹けば消えてしまう、蝋燭の火のような存在。
  火の揺れかたはみんな違う」

梓「私も吹けば消える?」

唯「消えるよ。
  あずにゃんも私も。
  りっちゃんは消えたね」

梓「消えないためにはどうすればいいんですか?」

唯「自覚しないこと。
  自分が蝋燭の火のようなものだと、自覚しないこと」

梓「私は自覚してしまいました」

53: 2010/11/15(月) 02:24:27.22
唯「でもそれでいい。
  自覚しないということは自らの本質を見失ったまま生きるということ。
  それは人としてあるべき姿かな?」

梓「自身が蝋燭の火のような儚い存在だと自覚するよりは?」

唯「儚い。
  だからこそ自身と向き合わないといけない。
  分かるね」

梓「恐ろしいことです。
  自身をそのような存在だと、認めることは。
  それに、蝋燭の火ではなく、
  もっと強い炎のように生きている人はいます」

唯「それこそ幻想だよ。希望と置き換えてもいい」

梓「さっきの希望の話はここにつながってくるんですね」

唯「そうだよ。あずにゃんは理解が早くて助かるね。
  和ちゃんが最後まで分かってくれなかった。そう、最後までね」

梓「ありがとうございます」

唯「話を戻そう。
  他人という存在そのものに対して抱く希望。
  これはつまり絶望の裏返しなんだ。
  希望とは幻想でしかないからね」

梓「はい」

55: 2010/11/15(月) 02:28:29.49
唯「あずにゃんは言ったね。
  強く燃える炎のように生きている人がいると」

梓「はい」

唯「闇の中でこそ炎は輝いて見える、分かるね」

梓「ここでいう闇とは?」

唯「あずにゃんそのものだよ」

梓「……私の暗部が、より他人の存在を大きく見せている?」

唯「簡単にいえばコンプレックス。
  あずにゃんはそれに縛られているに過ぎない」

梓「ですが」

唯「反論は許されないよ。
  まだあずにゃんは素直に自身を受け入れられていない。
  まずはそれからだ」

梓「自身を。
  蝋燭の火のような自身を」

唯「吹けば消えるような存在」

梓「蝋を溶かして燃える」

唯「蝋が失くなれば?」

56: 2010/11/15(月) 02:32:50.20
梓「火は……消える」

唯「そうだね」

梓「ううっ……うあああっ、ああっ……」

唯「どうして泣くの?
  泣いてはいけないよ。
  さわちゃんみたいになることになる」

梓「う、ううっ……
  悲しくて泣いているわけではありません……
  今までの自分が、自身が、
  ……口ではうまく言えないんですけど」

唯「そうか、そういう理由で泣くなら歓迎だよ。
  涙は感情の粒だ。
  感情とは欲望の権化だ。
  欲望とは自らの内に潜む穢れた心だ。
  それを涙に変えて浄化することは悪いことじゃない。
  純ちゃんはそれをできなかったけどね」

梓「はい……」

唯「あずにゃんは蝋燭の火だ。
  いや、すべての人間がそうなんだ。儚い存在」

梓「それを自覚していない人間は……」

唯「愚かだね。哀れだとさえ思う」

57: 2010/11/15(月) 02:37:40.57
梓「哀れ」

唯「哀れだ。
  自らの本質を理解せずに
  上辺だけを取り繕って生きている」

梓「上辺だけを」

唯「俗事の話は嫌いだけど。
  分かりやすく言うなら、
  どこの大学を出た、とか、
  どれだけお金を持ってる、とか、
  こういう恋愛をしてきた、とか。
  またそれを批判して、本質を理解した気になっている人間もいる。
  ただ愚か者同士でいがみ合っているだけに過ぎないと言うのにね」

梓「私はこれからどうすれば?」

唯「受け入れればいい。
  自らの儚さを。
  存在の不確かさを。
  本当は孤独であるということを。
  他人との間には埋められない溝があることを」

梓「孤独」

唯「人は孤独を恐れる。
  だからこそ群れる。
  自らの本質を受け入れていないがゆえに。
  それはとても醜いことなんだ」

59: 2010/11/15(月) 02:41:30.17
梓「醜い」

唯「そうだ、醜い。
  人が欲望を持ったのは
  より強く、大きく生きようとしたからだ。
  蝋燭に灯せる火には限界があるのにね」

梓「はい」

唯「だから人は希望を持った。
  自らに抱えられないほどの大きな炎、それは幻想。
  その幻想を希望に変えて、託した」

梓「託した……何に」

唯「他人に。
  人は希望を他人に託しあって、未来を築いてきた。
  ただしそれすらも幻想だということは分かってくれるね」

梓「はい」

唯「もう何も言わなくていいね」

梓「はい」

唯「すべて……理解したね」

梓「受け入れました。
  もう泣きませんし、怯えません」

60: 2010/11/15(月) 02:46:02.91
唯「じゃあ最後にひとつ。
  あずにゃん、なぜ自分が存在しているか、
  自分がなんのためにこうしているか。
  答えてくれるかな」

梓「さっきの質問ですね」

唯「そう、答えの一つは『責任』だった。もう一つは?」

梓「……」

唯「ゆっくり考えればいいよ」

梓「……未来、ですか」

唯「未来?」

梓「違いましたか?」

唯「いや……そう思った理由を聞かせてほしいな」

梓「未来という幻想を、自らの火で探していく。
  人は孤独だと、唯先輩は言いました。
  だから、他人に託すための希望というものは、もう私には意味はない。
  希望から切り離された未来。
  本質的な意味での未来を、捜すために、
  私は存在しているのだと思います」

唯「やられたね」

62: 2010/11/15(月) 02:49:46.09
梓「えっ」

唯「そんな答えが出てくるとは思わなかった。
  すばらしいよ、あずにゃん。
  私は今、心のそこから喜んでいる……
  そして澪ちゃんやりっちゃんたちと
  同じ道を辿らなければならない」

梓「同じ道」

唯「澪ちゃんたちは代理的存在でしかなかった。
  それを受け入れて本質を理解することを諦めたから。
  ある種、逆説的ではあるけど」

梓「唯先輩はどうなるんです?」

唯「私にも分からない。
  ただ私はあずにゃんが存在すればいいと思ってる」

梓「それは唯先輩の希望……ですか」

唯「夢……だよ」

梓「夢」

唯「さようなら」

梓「……さようなら」

63: 2010/11/15(月) 02:54:13.84
梓「唯先輩はいなくなった」

梓「悲しさは感じない」

梓「もっとも
  私は唯先輩のことを
  かけらも理解できなていなかった。
  悲しむ資格など私にありはしない」

梓「唯先輩は私のことを理解しようとしていた。
  私はどうだ。
  受け入れることしかしなかった。
  それは過ちだったか」

梓「否、否だ。
  これは齟齬だ。
  人が人で在り続けるならば
  他人と必ず生じてしまう齟齬。
  それが唯先輩との間に起きたに過ぎないのだ」

梓「正しいか、間違いか。
  それはもはや議論する価値すらない。
  そもそもそんな価値観は人の欲によって生じるものだ。
  愚かしいこと極まりないではないか?」

梓「人の本質を、受け入れよ。
  受け入れて、生きよ」

64: 2010/11/15(月) 02:56:36.03
梓「欲を、捨てよ」

梓「理性を、持て」

梓「感情を、殺せ」

梓「知性を、付けろ」

梓「孤独で、あれ」

梓「希望を、やめろ」

梓「自らの力で」

梓「自らを理解し」

梓「儚く揺れる存在でしかないことを」

梓「しっかりと自覚して」

梓「確かな未来を」

梓「模索してゆけ」

梓「それが人の」

梓「在るべき姿だ」

      お   わ   り

65: 2010/11/15(月) 02:57:16.57
これでおしまい

おしまい
おしまい
おしま
寝る

66: 2010/11/15(月) 02:58:22.91

67: 2010/11/15(月) 03:02:38.13
最近考えてることを上手くまとめられてしまった

引用元: 唯「やられたね」