1: 2010/10/16(土) 00:25:33.01
梓「どう考えてもバンドって感じの人じゃないのに…」

梓「それに、他の先輩方に比べて謎が多すぎるよね…」

梓「人の心読んだり急にいなくなったり…」

梓「…」

梓「…て、考えてもわかるわけないよね。」

梓「ムギ先輩はなんで軽音部にいるんだろう。」

5: 2010/10/16(土) 00:27:52.25
きっかけは部室で二人っきりになったこと。
その時、初めて私はムギ先輩のことをあまり知らないことに気付いた。

「ムギちゃんはムギちゃんだもん!」

唯先輩はこう言っていた。実際、ムギ先輩は軽音部にとってかけがえの無い存在だし
別に細かいことなど知らなくたって、私はムギ先輩が好きだと自信を持って言える。

…いや、好きっていうのは先輩としてということであって、深い意味は無いよ?
勿論他の先輩方のことは好きだし、一番憧れているのは澪先輩かなって思う。

でも、もう1年半もの付き合いになるって言うのに私はあまりにも
ムギ先輩のことを知らなすぎる。

一体、何を考えているんだろうか。すごく興味がある。

7: 2010/10/16(土) 00:35:35.54
証言者1・律先輩   練習前の部室にて

律「え?ムギのこと?」

梓「はい。なんか、ムギ先輩って色々わからないというか謎というか。」

律「ん~?そう言えばそうか。あたしはあんま気にしたことなかったなあ。
  まあ、いいじゃん。細かいことは気にすんなよ。」

梓「細かいことって…」

ああそうだ、この人はこういう人だ。やたらと人に絡みまくる割には、妙にドライ
というかいい加減というか、そんな面がある。

律「なんだ梓、ムギのことが気になるのかぁ?」

律先輩はニヤッと笑う。

8: 2010/10/16(土) 00:42:51.02
梓「いえ、そういうわけじゃ…ただ、私あまりにもムギ先輩のことを知らなすぎる
  と思って」

律「やっぱ気になってんじゃんか。まあ、確かにあたしも2年半の付き合いの割には
  あんまり詳しく知らないな。」

梓「家がお金持ちとか、別荘いっぱい持ってるとか、そんな次元ですよね。」

律「ん~、それじゃ本人に直接聞いてみるか。今から。」

梓「えぇ!? いきなりですか!?」

律「別に聞かれて困るようなことでもないっしょ。ムギが来たら…」

紬「こんにちは~。」

律「お、ちょうど良いところに。お~い、ムギ。ちょっと聞きたいことが…」

10: 2010/10/16(土) 00:53:43.63
梓「り、律先輩!!ストップストップ!!」

紬「?どうしたの、二人とも?聞きたいことって??」

律「ああ、実はだな…」

梓「律先輩っ!!」

律「……」

紬「??」

律「……」

梓「り、律先輩…?」

律「梓…そういや、何を聞くんだっけ?」

12: 2010/10/16(土) 01:01:21.13
思わずイスからズッコケ落ちそうになる。ああ、そうだ。この人はこういう人だ。
行き当たりばったりのノープランで前進し、まさに細かいことは気にしない。

紬「二人とも、どうしたの?聞きたいことって…?」

ムギ先輩は怪訝そうな顔で私たちを見ている。そりゃそうだろう。私だって目の前で
急にこんなコントみたいなことをされたら、意味も何もわからないだろう。

梓「…何でもないですよ、ムギ先輩。」

律「えっ、梓。さっきのことは……」

梓「先輩っ!!」

大声で律先輩を制する。あんまり、ややこしいことになっても面倒だ。

15: 2010/10/16(土) 01:08:06.17
梓「お茶にしましょう! 先輩!!」

律「おおぅ! 梓の口からそんな言葉が出てくるとはっ!!」

紬「珍しいわね~。何かあったの?」

梓「そ、そんな気分の日もありますよ! ムギ先輩! 手伝いますから一緒にやりましょう!!」

我ながら焦りすぎだろう…そう思う。でも、この場はなんとかごまかそう。
そのストレートさ、裏表の無さは魅力的な面ではあるんですけど、少しは
デリカシーってものを持ってください、律先輩。

16: 2010/10/16(土) 01:14:50.59
紬「あら、嬉しいわ♪じゃあ、一緒にやろっか。」

ムギ先輩も、あんまり細かいことを気にしない人だよなぁ…さっきまでのやり取りとか
質問のこととかまるで突っ込んでこない。でも、今はその姿勢に救われる。

律「…よーくわかんない奴。」

律先輩はそう呟いた。私に対してかムギ先輩に対してか、どっちに言ったのだろうか。
とりあえず、スルーしとこう。

18: 2010/10/16(土) 01:22:10.49
証言者2・唯先輩   部活後の帰り道にて


唯「え~、ムギちゃんはムギちゃんじゃん~。」

いきなり出鼻を挫いてくれるなこの人は。

梓「で、でも少しは気になったりしません?」

唯「ん~?別にないなあ。だって、ムギちゃんはムギちゃんだし。
  優しいし、暖かいし、お茶はおいしいし、お菓子もおいしいし、えーっと、それから……」

…途中から食べ物の話になってますよ唯先輩。この人は、将来悪い人に餌付けされたり
しないだろうか。ちょっと心配だ。

19: 2010/10/16(土) 01:34:11.00
梓「でも、親密になってくると相手のことを知りたくなったりしません?」

唯「えー、さっきからわたし言ってるよ。わたしの知ってるムギちゃんのこと。」

梓「ああ…そうですね。」

なんで私の周りには、細かいことは気にしない性質の人が多いのだろうか。
なんか、これじゃ私のほうが変みたいじゃない。

梓「…そういえば、ムギ先輩って中学のときとかどんな感じだったんでしょうか。」

仕方なく、あえて話を絞り込む。もし聞いたことがあれば、唯先輩なら喋ってくれるはず。
もし、聞いたことが無いのなら…

21: 2010/10/16(土) 01:40:24.18
唯「んー、わかんないや。聞いたことないもん。」

ああ、やっぱりですか。

唯「そーいえば、気にしたことなかったなー…まあでもいいじゃん!」

いや、私はあんまり良くないですよ。聞けば聞くほど気になるばかりですよ。

唯「お~、そうだ!」

なんですか。何か思い出しました?

唯「明日ムギちゃん、ケーキ持ってきてくれるって言ってたな~。楽しみ~♪」

…ああもうこの人は。こんな性質で、この先の人生は大丈夫なんだろうか。
…そして、私は何故唯先輩の人生を心配しているんだろう。

22: 2010/10/16(土) 01:46:38.09
証言者3・澪先輩   部室にて


澪「えっ?ムギのこと?」

梓「はい。なんか、私あまりにもムギ先輩のことを知らないものですから。」

今日は、他の先輩方は誰もいない。受験勉強が忙しくなり部室に来る機会も減ってきているし、
本来なら澪先輩にくっついて来る律先輩も今日はいない。なんでも、あまりにも澪先輩の勉強
にひっついてくるものだから、たまには冷たく突き放したとのこと。そして、律先輩は泣く泣く
和先輩に教えを請いに行ったと…て、結局誰かを頼るんですね、あの人は。

澪「ムギのことか…うーん……」

梓「?」

澪先輩は何やら唸っている。
…まさか、澪先輩も…なんてことはありませんよね?

23: 2010/10/16(土) 01:50:54.07
澪「梓。」

梓「は、はい!」

澪「…ごめん、あまり…詳しくは知らない。」

そのまさかでしたか。しかし、律先輩や唯先輩ならともかく、澪先輩すら知らないなんて…
どんだけ謎なんですか、あの人は。

澪「そうだ…もう二年半にもなるのに……」

何やら澪先輩がブツブツ言っている…あれ、もしかして。
私、地雷踏んじゃいましたか。

澪「なあ梓…ムギって、私のこと友達と思ってくれているのかな。」

ビンゴ。やっちゃいましたよ。澪先輩は一度気付くと凄く気にするタイプだった。

梓「み、澪先輩…何を言うんですか急に。」

25: 2010/10/16(土) 01:57:40.43
澪「だって…もう2年以上の付き合いのなのに、私ムギのことあんまり知らないんだ。」

澪「ムギから語ってくれることも殆どないし。」

澪「私って結構面倒な性格だって律にも言われるから…」

澪「本当はムギ、私のこと避けてるんじゃないかって…」

はい、今の澪先輩は少し面倒です…なんて、酷いこと考えるな私!
違う。悪いのは語らないムギ先輩であって…じゃなくて、どう慰めたらいいんだろうか。
とりあえず、今までの経緯を話そう。

梓「あ、あの…澪先輩。実はですね……」

27: 2010/10/16(土) 02:02:46.50
少し後

澪「律と唯もなのか。」

梓「そうなんです。だから、澪先輩にも聞いてみたくて。」

澪「うん、そうだな…確かに、昔の話なんかしてる時はムギは聞き手にまわってることが多いな。」

梓「そういう時、誰も話振らなかったんですか?」

澪「不思議とな。会話にもあまり割り込んでこないし。」

澪「なんていうのかな、そういう時に存在感がすごく希薄になっているというか…」

読心、ワープと来て今度はステルスですか?
なんか、聞けば聞くほどどんどん人間離れしていってない?

30: 2010/10/16(土) 02:07:53.05
梓「澪先輩は気になりません?色々と。」

澪「そうだな…私ももっと知りたいよ、ムギのこと。」

やった。ようやく、同じ考えを持つ同士に出会えた。これを逃す手は無い。
一人ではやりにくいことでも、二人いれば勇気がわいてくる。
赤信号、皆で渡れば怖くないです!…いや、渡りませんよ。ものの例えですよ?

梓「じゃ、じゃあ澪先輩からもそれとなく話振ってみてくれませんか?私も機会が
  あれば何かお話しますし。」

澪「ああ、わかったよ。私のこと、友達と見てくれているのか心配だし…」

…もうその暗い考えはやめてください。こっちも暗くなりますよ。

32: 2010/10/16(土) 02:11:52.00
その日の夜


ベッドに寝転がりながら今日までのことを考える。

しかし、まさか先輩方もほとんど何も知らないとは意外だった。

もしかして、語りたくない?
本心では、私たちのことを信じていない?

後ろ暗い考えが浮かんでは消える。違う、そんなはずはない。
これじゃ、まるで私のほうが先輩を信じていないみたいじゃないか。

ああ…私って嫌な性格しているな。

でも、私だって先輩とはもう1年以上の付き合いなんだ。
聞こう。いっぱいお話しよう。絶対答えてくれるよ。

決意する。

…けど、澪先輩がやってくれるとありがたいな。

……zzz

33: 2010/10/16(土) 02:16:52.15
数日後

梓「…今日は誰も来ないかな。」

私は一人部室で練習の準備をする。今日は模試の返却があったらしい。そして、その復習の
ために勉強会をやるのだそうだ。と、唯先輩と澪先輩からメールが来た。

寂しいけど、わがままも言っていられない。一人でもちゃんと練習しよう。

35: 2010/10/16(土) 02:21:58.70
ガラッ


不意に部室の戸が開く。そこに現われたのはムギ先輩だった。
あれ、今日は勉強会じゃなかったんだろうか…

梓「あ、ムギ先輩!こんにち…」

紬「梓ちゃんっ!!」

梓「にゃっ!?」

急に抱きついてきた。
…な、何この展開?何?この人はなんで急に抱きついてきたんですか?

紬「かまって!」

か、かまってって…事態が飲み込めない。落ち着け、落ち着くんだ。
いつもの冷静(?)な私に戻れ…カムバック私!!

38: 2010/10/16(土) 02:27:04.39
梓「ああ、そういうことですか…」

ややあって、ようやく落ち着いた私はムギ先輩から事情を聞いた。要するに、唯先輩と和先輩が、
律先輩と澪先輩が一緒に勉強することになって、一人取り残されたと。

梓「でも、それだったら家に帰って勉強すれば良かったんじゃ。」

紬「うん、そうなんだけど…なんか、ちょっと淋しかったから」

梓「はは、そうですか…」

確かに、最近は皆さん部室で勉強することが多かった。私はその端で、一人ギターの
練習をする。そう、一人で…そう考えると、私の中に意地悪な考えが浮かぶ。

39: 2010/10/16(土) 02:32:26.67
梓「でも、ムギ先輩。」

紬「うん?」

梓「最近、皆さん4人で勉強することが多かったですよね。その横で、私は一人練習。」

梓「淋しかったのは、むしろ私のほうですよ。」

梓「私のほうが、場違いな感じになってましたもん。」

紬「そ、それは…」

ああ、言っちゃったよ私。いい性格してると我ながらに思う。

紬「そ、そうよね…ごめんなさい……」

あ、シュンとしちゃった。可愛いな。
…じゃなくて。悪ノリが過ぎた。謝らないと。

40: 2010/10/16(土) 02:38:19.81
梓「…すいません。冗談です。」

紬「…」

梓「ホントは私、皆さんが来てくれて嬉しいですよ。」

紬「…ホント?」

梓「本当です!すいません、さっきはちょっと意地悪してみたくなっただけですっ。」

紬「……」

梓「……」

紬「…ぷ。」

梓「…?」

紬「ふふ…珍しいわね、梓ちゃんがそんな事言うなんて。」

あ、笑った。この人も大概立ち直りの早い人だよな。

43: 2010/10/16(土) 02:43:20.44
梓「すいません。」

紬「いいわ、気にしてないわ。お茶でも淹れようか?」

梓「あ、じゃあお願いしま」

…と、ストップ!
よくよく考えると、先輩にはいつもお茶を淹れてもらっている。後輩の私が先輩に
そういうことをさせるのは本来よろしくない。

梓「っと、ムギ先輩!」

紬「!?…」

急な大声に先輩はポカーんとしている。
そりゃそうだ、いきなり叫ばれてびっくりしない人もそうそういないだろう。

梓「や、やっぱりいいです…」

紬「?…どうしたの、梓ちゃん。今日は何か変ね?」

45: 2010/10/16(土) 02:47:12.20
梓「あ、いや…その……お茶はいいので。な、何かお話しません?」

紬「?…お話するのなら、お茶があったほうが良いんじゃない?」

梓「そ、それもそうですけど……な、なら私がやりますよ。先輩は座っててくださいっ。」

紬「…そう? それならお願いしようかしら。」

そう言って、ムギ先輩は自分の席に腰掛けた。
ふう、危なかった…いや、何が危ないんだか私にもよくわからないんだけど。なんとなく、ね。

…て、そういや私、お茶なんて淹れたことないや。いや、でもこの前手伝ったときの
ことを思い出せば…て、私食器の準備しかしなかったような気が。

46: 2010/10/16(土) 02:51:13.87
……えーい!
考えてても仕方が無い。見よう見まねで何とかする!

梓「頑張れ、私!」



数分後

梓「お、お待たせしました~…」

うん、多分何とかなった。香りは良いし。

紬「ふふ、ありがとう。」

ムギ先輩はいつもの笑顔で微笑みかける。
この微笑の影で、この人はどんな生活をしているんだろうな…

47: 2010/10/16(土) 02:55:21.20
…て、よく考えればこれって話を聞く絶好のチャンス?
今こそ聞くべきときという神の啓示か何か?

…澪先輩いないのに。私だけで?
うー、ちょっとそれは難度高くないですか神様?

梓「む、ムギ先輩!」

紬「!…な、何かしら。」

でも、渋る私の心とは裏腹に言葉は勝手に飛び出してくる。
腹をくくるしかない。聞くんだ今こそ。

…いや、何でこんな壮大なプロジェクトみたいになってんだろう?

梓「ムギ先輩のこと、聞いてもいいですか?」

48: 2010/10/16(土) 03:02:13.73
ストレートな言葉。拒否されるかもしれない。はぐらかされるかもしれない。
でも、自分の気持ちを乗せて真っ直ぐに問いかける。私にはそれしか出来ない。

紬「ええ、構わないわよ。」

梓「あの…お家のこととか、中学時代のこととか。」

話の核心部分に迫る。誰も知らない。先輩のプライベートや過去のこと。

紬「……」

梓「……」

一瞬の間。

紬「…あ、あの」

梓「……」

紬「あの、そんなに改まらなくても…何でもいいわよ?」

51: 2010/10/16(土) 03:06:52.86
…随分あっさりした返事。

冷静に考えると、そもそも先輩だって隠してたとかじゃなくて話すタイミングが
無かっただけのことかも知れないのに。変に込み入った事情を想像していた自分が恥ずかしくなる。

梓「す、すいません…なんかかしこまっちゃって。」

紬「ふふ、いいわよ。気にしてないわ。」

ムギ先輩はいつもの笑顔で微笑みかける。

紬「梓ちゃんが聞いてくれるなんて嬉しいわ。何でも聞いて♪」

こうして、私とムギ先輩の会話が始まった。

52: 2010/10/16(土) 03:15:04.11
梓「先輩って、その…お金持ちなんですよね?」

紬「そうね。子どもの頃とかは実感無かったけど。自分で言うのもなんだけど、かなりのね。」

梓「ああ、何となくわかります。別荘とか凄かったですもんね…」

紬「ふふ。」

梓「でも、こうして接している分にはあまり実感ないですね。」

紬「そう? ふふ、ありがとう。」

55: 2010/10/16(土) 03:21:08.04
梓「そう言えば中学校とかはどうだったんですか?」

紬「一応、幼稚園から私立の一環校に通っていたわ。」

ここで聞いた学校の名前は、大学まである有名な私立だった。

梓「すごいですね…でも、何で桜ヶ丘に?」

紬「うーん、そうね…ちょっとしたわがまま、かしら。」

梓「わがまま…ですか?」

紬「そう、わがまま。」

56: 2010/10/16(土) 03:24:21.25
紬「早い話、空気が合わなかったの。」

梓「…」

紬「周りの友達も結構大きい家に住んでたりしてたけど、私だけは別格扱いだった。」

梓「別格ですか。」

紬「うん。最初はよくわからなかったけど、何となく気分は良かったわね。
  でも、通っているうちに気付いた。彼らの目線、特に親御さんや先生
  たちの視線ね。それが、私自身ではなく琴吹の名を見ていたことに。」

梓「お友達も、ですか?」

紬「全員、てわけじゃないけどね。ちゃんと私自身を見てくれた友達も沢山いたし
  中学時代が楽しくなかったわけじゃないの。でも、どうしても耐え切れなくなってね…」

58: 2010/10/16(土) 03:27:32.35
梓「それで…桜ヶ丘を受けたわけなんですね?」

紬「そう。大変だったわ。初めて両親と言い争いになったもの。でも、お父様は
  最終的に私のわがままを聞いてくれた。」

梓「良かったです。そのお陰で、今先輩と一緒に音楽が出来てますからね。」

紬「ふふ、ありがとう。上手いこと言うのね、梓ちゃん。」

59: 2010/10/16(土) 03:30:00.30
梓「…う。」

紬「?…どうしたの?」

梓「あ、いえ。何でも。」

紬「……」

梓「……」

紬「……淹れ直すわよ?」

梓「……すいません。」

紬「ふふ、任せて。美味しいの淹れるから。」

梓「(慣れないことはするもんじゃないわ。味が薄くて不味い……)」

60: 2010/10/16(土) 03:34:27.50
紬「はい、おまちどおさま」

梓「うう、ありがとうございます。」

紬「ふふ、今度機会があればちゃんと教えるわ。」

梓「すいません…私、いつも先輩にお茶を淹れさせてしまってますね。なんか申し訳ないです。」

紬「あら、良いのよ。私が好きでやってるんだもの。」

梓「すいません…そういえば、先輩は普段からご自分でお茶を淹れたりするんですか?」

紬「ええ。たまにだけどね。」

梓「たまに…ということは、あれですか?メイドさんが持ってきてくれたりとか。」

紬「そうね。頼めばやってくれるわ。」

梓「うわあ…なんか別の世界だ。ちょっと憧れます。」

61: 2010/10/16(土) 03:40:31.31
紬「うーん、でもそんなに良いものでもないわよ。周りがやってくれるばっかで
  自分はやりたくても何も出来ないんだもの。ほら、私ってやりたがりだから。」

梓「そうなんですか…多分、私だったら周りに任せっきりだろうなあ。」

紬「ふふ。」

梓「あ、でも。やっぱり私後輩ですし、先輩にこういうのやらせておくの駄目だと思って…
  今更なんですけどね……」

紬「気にしないで、ね。先輩の顔を立てると思って。」

梓「は、はあ……お言葉に甘えていいんでしょうか?」

紬「どんとこいです!」

62: 2010/10/16(土) 03:45:35.95
梓「先輩は、なんで軽音部に入ったんですか?」

紬「楽しそうだったから。」

梓「え、それだけですか?」

紬「ええ。最初は合唱部かなって思ってたんだけど。ここの雰囲気に惹かれてね。」

梓「あ、私先輩のこと合唱部っぽいって思ってました。」

紬「そう?」

梓「はい。あ、ただのイメージですよ。」

紬「ふふ。でも、軽音部に入って良かったわ。皆といるの凄く楽しいし。それに…」

梓「…?」

紬「梓ちゃんにも出会えたしね♪」

梓「う、上手いこと言いますね?」

紬「さっきのお返しよ。私、さっきそう言って貰えて嬉しかったから♪」

63: 2010/10/16(土) 03:49:34.49
その後も、私とムギ先輩は話し続けた。家での生活のこと、休みの日のこと、音楽の
こと。先輩は語ることに全くの躊躇も無く、時には身振り手振りを交えて面白おかしく
話をしてくれた。楽しかった。でも、私の中には複雑な思いが渦巻く。話を聞けば聞く
ほど、私の想像がいかに過ぎたものであったかを思い知らされたから。

ムギ先輩はムギ先輩。唯先輩の言っていたこと。
本当にその通りだった。今、私に見えている姿が、多分すべてだったんだと。

軽音部にいる理由。そんなことを、あまりにも私は深く考えすぎていたんだ。

64: 2010/10/16(土) 03:54:49.73
さわ子「はーい、皆頑張ってる!?」

不意に開くドア。現われたのは、顧問の山中さわ子先生。
……いや、正直今日はちょっと邪魔なんですけど、先生。

さわ子「あら、今日は二人だけ?」

紬「はい。皆、それぞれで勉強するらしくて。」

さわ子「へえ…ムギちゃんもきっちり勉強しなさいね。模試は良かったけど、油断は禁物よ。」

紬「はい。ありがとうございます。」

さわ子「というわけで、私レモンティーお願いね~。」

紬「は~い。」

65: 2010/10/16(土) 04:00:14.10
一瞬教師らしい姿を見せたかと思えば、いきなりお茶を注文する先生。
いや、矛盾してますよ。勉強の心配しといて、お茶を注文って…え、何ですかこの人?

さわ子「さーて…」

先生がイスに腰掛ける。先輩は、お茶を淹れに行った。

さわ子「それにしても、珍しい組み合わせね。何してたの?」

梓「何って…ちょっとお話してただけですよ。」

さわ子「ふーん…ま、いいけどね。」

梓「あ、そういえば先生ってムギ先輩のご自宅に行ったことありますよね?」

さわ子「ええ、一度だけね。」

66: 2010/10/16(土) 04:04:07.87
梓「…どんな感じでした。」

さわ子「どうって…凄かったわよ。」

梓「凄かった、ですか。」

さわ子「うん。超凄かった。」

梓「…家の中には入られたんですか?」

さわ子「ちょっとした応接室にね。これまた凄かった。メイドさんの実物、初めて見たわ。」

梓「は、はあ…そうですか。」

さわ子「何? そんなに気になるのなら遊びに行けばいいじゃない。」

梓「あ、いえ…別にそんな意味じゃ。」

さわ子「ふーん……」

67: 2010/10/16(土) 04:08:10.00
紬「お待たせしました~。」

ムギ先輩が先生にお茶を持ってくる。

さわ子「ありがとう。」

紬「ふふ、どうぞ。」

先生が来たお陰で、先ほどまでの流れは完全に止まった。
ここから先はちょっとした世間話が続くだけなのでちょっと割愛。



気が付けば日は沈み始めていた。

68: 2010/10/16(土) 04:16:33.28
さわ子「あら、そろそろ下校時間ね。あなたたち、そろそろ帰りなさい。」

梓「あ、もうそんな時間ですか。」

紬「わかりました、じゃあ私食器洗ってきます。」

ムギ先輩が出払い、先生と二人になる。
チャンスだった。私がもう一つ引っかかっていること。それを聞ける。

梓「あ、あの。先生。」

さわ子「ん?」

梓「あの…先生は、良家のお嬢様であるムギ先輩にお茶を淹れさせることに抵抗とか…」

言っては悪いかも知れけど、さわ子先生は結構、見かけや体面というものを気にする人だ。
あまりに雑用っぽく扱って、先輩の不興を買うということを怖れていないのだろうか。先輩の
家の力を怖れていないのだろうか。私は不躾であることは承知していたが、聞かずにはいられなかった。

69: 2010/10/16(土) 04:22:45.03
さわ子「梓ちゃん…あなたが私のことをどう思っているのか、何となくわかったわ。」

睨まれた! 思いっきり睨まれた!!
つーか、完全に私の思考がバレバレじゃないの。私、先生のこと舐めすぎてた?

さわ子「ま、いいわ…今度二人っきりになったときは覚悟しておきなさいね。」

すいませんごめんなさい調子乗ったかもしれません勘弁して下さい。

さわ子「大体ね…ムギちゃんは家柄どうこうの前に私の生徒なのよ。」

梓「は、はあ…」

さわ子「それを家に遠慮するとか、私のガラじゃないし。何より面倒だわ。」

梓「はは…(先生らしい)」

さわ子「それに、単純な話。ムギちゃんはムギちゃん。それだけのことじゃない。」

梓「!?」

70: 2010/10/16(土) 04:28:43.78
唯先輩と同じ言葉。さっき私が反芻した言葉。
何も考えていない(あ、失礼なんだろうけど…)唯先輩が言うよりも遥かに、その
言葉は私に重く圧し掛かった。

さわ子「梓ちゃんは、もし家のこととか詳しく知ったら。ムギちゃんへの態度変わる?」

梓「い、いえ! そんなことは、ないと…多分。」

さわ子「ふふ、自信持ちなさい。軽音部の皆はそんな子じゃない。私が保証するわ。」

梓「は、はあ…(先生が保証って当てにならない気が…)」

さわ子「あの子ね、軽音部に入って良かったって。何度も言っていたわ。」

梓「……」

さわ子「最初は、りっちゃんと澪ちゃんになんとなく惹かれただけだって言ってた。
    でも、今は違う。皆と音楽をしたい、心の底から楽しみたい。そんな気持ち
    だと思うわ。前に家にお邪魔したとき、軽音部のこと凄く楽しそうに話して
    たもの。あの笑顔に、少なくとも嘘偽りはなかったわ。」

梓「…そう、なんですか。」

さわ子「そう。だから、難しいこと考えないの。」

梓「はい…」

先生から、初めて先生らしい言葉を聞いたような気がする。
結論は、最初に唯先輩から聞いたものと同じ。でも、それ以上にわかったことがある。

71: 2010/10/16(土) 04:34:34.48
唯先輩と律先輩は、何も考えていないだけだと思っていた。でも、この二人は自分の
目に映る相手の姿こそが正しいとわかっていたんだろう。過去やプライベート云々で
はなく、まさに今接しているムギ先輩の姿。それを信じているからこそ、家のこととか
全く気にならなかったんだ。

澪先輩も、自覚はないんだろうけど多分そうなんだ。ただ、澪先輩は一度気になって
しまうと必要以上に気にしてしまうタイプ。今まで気にならなかったようなことを私
が質問してしまったことで、先輩は自信を失くしてしまった。私が吹き込んでしまった
ようなもの…澪先輩には、凄く悪いことをしてしまった気分だ。

そして、私。思えば、学園祭の時もそうだった。「ライブのこと考えてくれるのかな…」と
先輩方を信じていなかったフシがある。

結局、私はまだ先輩たちとの間に壁を作っていただけなのかもしれない。

72: 2010/10/16(土) 04:39:47.49
紬「終わりました~。」

さわ子「ご苦労様。じゃ、鍵閉めるから荷物まとめなさい。」

紬「は~い。」

梓「……」

何故か、先輩の顔を真っ直ぐ見れない。改めて感じる自己嫌悪。それが今、私の心
の壁を更に高くしている。これじゃいけないのに……

紬「梓ちゃん。帰ろうか。」

梓「は、はい…」

私たちは学校を後にした。

73: 2010/10/16(土) 04:43:46.48
帰り道

紬「はー…すっかり寒くなったわね。」

梓「そうですね…」

紬「ごめんね梓ちゃん。今日練習できなくて。」

梓「あ、いえ。いいですよ。いつものことですし……」

紬「ごめんね…」

ちょっとした沈黙。

梓「あ、あの。ムギ先輩っ!」

紬「?…何かしら。」

梓「あの…また、いつでも部室来て下さい。私も…一人じゃ寂しいので。」

紬「あら、そう? ふふ、じゃあお言葉に甘えようかしら。」

梓「はい!お待ちしてます!」

紬「ふふ、ありがとう。」

75: 2010/10/16(土) 04:48:35.58
梓「……」

紬「……」

梓「そうだ、先輩。」

紬「?」

梓「ギター…覚えませんか?」

紬「私が? ギターを?」

梓「はい。興味あるみたいですし、もし弾けるようになれば作曲の幅とかも広がるんじゃ
  ないかと思うんです。」

紬「そうかしら?」

梓「はい! あの、私。先輩の作る曲好きです。これからも、良い曲を作って欲しいから…」

76: 2010/10/16(土) 04:54:54.25
紬「…」

梓「…」

紬「…これ、からも……」

梓「は、はい!」

紬「……うん、うん! わかった! やってみるわ。」

梓「はい! で、あの良ければ…私が教えますよ?」

紬「梓ちゃんが?」

梓「はい。あの、人に教えるのも勉強になりますし、来年新入生が入ったときのことも考えて。」

紬「そうね…それじゃ、お願いするわ。先生♪」

梓「はい! 厳しくやりますから、覚悟しててくださいね。」

紬「ふふ、お手柔らかに。」

77: 2010/10/16(土) 04:59:01.12
先輩方との付き合いも1年半を超える。私はまだ、先輩たちの輪に入りきれてない。
だから、これから。私は、私自身の壁を取っ払っていかなければいけないんだ。

帰ったら、まずは澪先輩にメールしよう。今日あったことを全部伝えよう。
律先輩には、次に会った時に報告しよう。あの人はあれで、私のことを気に掛けてくれているから。
唯先輩とは…うん、多分いつもどおりだ。今のままでいいと思う。

そして、ムギ先輩。私は今日、先輩のことをたくさん知った。おそらく、他の先輩方以上に。
でも、結局私の中の先輩像は何一つ変わらなかった。素の先輩は、私の知る姿そのままだから。

…これを機に、考えすぎる自分の性格も少し改めようかな。
もう少し直感に頼ってみても良いかもしれないし。うん、頑張ろう。

78: 2010/10/16(土) 05:02:07.51
紬「そうだ、梓ちゃんもキーボード弾いてみない?」

梓「えっ、私がですか?」

紬「ええ。梓ちゃん、音楽に詳しいし。弾けるようになれば色々と幅が広がると思うの。」

梓「さっき私が言ったままの言葉じゃないですか。」

紬「いいじゃない。私、梓ちゃんの作った曲とか聴いてみたいの。」

梓「わ、私が作曲ですか?」

紬「そう! もし良ければ、色々教えるわよ?」

梓「う、う~…」

紬「…荷が重いかしら~?」

梓「そ、そんなことないですっ。やってやるです!」



おしまい

引用元: 梓「ムギ先輩はなんで軽音部にいるんだろう…」