1: 2010/02/18(木) 21:58:01.57
世の中には不思議なことが時々起こる。
例えば、リモコンが見つからないとか、ケーブルがいつの間にか絡まっていたりとかも些細なことながらだけど不思議なことだ。
小人か妖精の仕業なんじゃないかと思ったりもする。
でも、目の前の不思議は小人でも妖精の仕業でもないと思う。
その不思議は唯自身が生み出したものだから。
例えば、リモコンが見つからないとか、ケーブルがいつの間にか絡まっていたりとかも些細なことながらだけど不思議なことだ。
小人か妖精の仕業なんじゃないかと思ったりもする。
でも、目の前の不思議は小人でも妖精の仕業でもないと思う。
その不思議は唯自身が生み出したものだから。
2: 2010/02/18(木) 22:02:26.32
不思議の正体は、唯が歌詞を書いてきたことだ。
正直、わたしには信じられなかった。
唯が何か一つのことに打ち込むと凄いことは知っていたけど、歌詞を書くことに興味を持ったのは勿論、それを実行するとは驚かざるを得ない。
歌詞が書かれた紙片は律が持っており、それを横からムギが覗き込んで読んでいる。
梓はティーカップを口につけてその様子を静観している。
唯はというと、テーブルに手を着き身を乗り出して反応を待っていた。
目が期待で輝いているのがはっきりと確認出来る。
わたしには唯が真っ当な歌詞を書けるとは到底思えない。
だって、あの天然な唯だ。
どうせ、アイスがどうのこうの書いてあるに決まっている。
わたしは梓と同様、紅茶を飲みながら事態を見守ることにした。
正直、わたしには信じられなかった。
唯が何か一つのことに打ち込むと凄いことは知っていたけど、歌詞を書くことに興味を持ったのは勿論、それを実行するとは驚かざるを得ない。
歌詞が書かれた紙片は律が持っており、それを横からムギが覗き込んで読んでいる。
梓はティーカップを口につけてその様子を静観している。
唯はというと、テーブルに手を着き身を乗り出して反応を待っていた。
目が期待で輝いているのがはっきりと確認出来る。
わたしには唯が真っ当な歌詞を書けるとは到底思えない。
だって、あの天然な唯だ。
どうせ、アイスがどうのこうの書いてあるに決まっている。
わたしは梓と同様、紅茶を飲みながら事態を見守ることにした。
3: 2010/02/18(木) 22:07:50.21
やがて、律が顔を上げて素直な笑みを浮かべて言う。
「うん、良いんじゃないか」
「ほんとに!?」
唯が更に身を乗り出す。
「少なくとも、澪のよりはずっと良いぞー」
「それはどういう意味だ?」
納得がいかない。
唯の歌詞がわたしのものより優っているなんてある筈がない。
「うん、良いんじゃないか」
「ほんとに!?」
唯が更に身を乗り出す。
「少なくとも、澪のよりはずっと良いぞー」
「それはどういう意味だ?」
納得がいかない。
唯の歌詞がわたしのものより優っているなんてある筈がない。
4: 2010/02/18(木) 22:12:04.76
「そのまんまの意味だよ。だって澪の歌詞って少女漫画を読んだ小学生が書いたみたいじゃん。子供っぽいんだよな」
「な、なんだと!? 唯のなんかどうせ!」
わたしは律の手から紙片を奪い取ると、不揃いな字の羅列を目に入れた。
「どうせ…どうせ…」
歌詞を読んだ途端、既に予約済みだったセリフは頭を離れ消滅した。
まさかの出来の良さに驚嘆してしまったからだ。
ありえない。
でも事実、自分の目の前に存在する歌詞を認めざるを得ない程の出来前で、感嘆の声をあげたいぐらいだ。
それでも、唯の実力を認めたくないという負の感情が私の思考を支配していくのを止めること出来なかった。
「な、なんだと!? 唯のなんかどうせ!」
わたしは律の手から紙片を奪い取ると、不揃いな字の羅列を目に入れた。
「どうせ…どうせ…」
歌詞を読んだ途端、既に予約済みだったセリフは頭を離れ消滅した。
まさかの出来の良さに驚嘆してしまったからだ。
ありえない。
でも事実、自分の目の前に存在する歌詞を認めざるを得ない程の出来前で、感嘆の声をあげたいぐらいだ。
それでも、唯の実力を認めたくないという負の感情が私の思考を支配していくのを止めること出来なかった。
5: 2010/02/18(木) 22:16:33.64
「ど、どうかなあ?」
唯がわたしに評価を求めてくる。
うん、たしかにわたしのより良いよ。
そう言えば、誰の気にも触れず話は何事もなく進むのだろう。
だけど、わたしにはそれが出来なかった。
「ま、まあこんなもんじゃないか。唯にしては頑張ったんじゃないか」
そう言って、わたしは紙片を部屋全体に聞こえるような音を発てて真っ二つに引き千切った。
素直じゃない、そう思う。
そして、最低だ。
わたしは最低だ。
唯がわたしに評価を求めてくる。
うん、たしかにわたしのより良いよ。
そう言えば、誰の気にも触れず話は何事もなく進むのだろう。
だけど、わたしにはそれが出来なかった。
「ま、まあこんなもんじゃないか。唯にしては頑張ったんじゃないか」
そう言って、わたしは紙片を部屋全体に聞こえるような音を発てて真っ二つに引き千切った。
素直じゃない、そう思う。
そして、最低だ。
わたしは最低だ。
7: 2010/02/18(木) 22:20:42.67
「あっ」
ムギが驚きの声をあげる。
「澪! なにしてんだ!?」
大きな音を出して椅子から立ち上がり律は言う。
律のキツイ声が耳をつんざくように響いた。
でも、ここまで来るとわたしの口は悪い方にしか開かない。
「だって、こんなのじゃ駄目に決まってるだろ! 大体、唯が歌詞なんか書けるわけないんだ。この歌詞なんか幼稚園児レベルだぞ」
自然と声も大きくなっているのが分かる。
わたしは恐らく引き攣っているであろう自分の顔を唯に向けた。
唯の目元は少し濡れていた。
ムギが驚きの声をあげる。
「澪! なにしてんだ!?」
大きな音を出して椅子から立ち上がり律は言う。
律のキツイ声が耳をつんざくように響いた。
でも、ここまで来るとわたしの口は悪い方にしか開かない。
「だって、こんなのじゃ駄目に決まってるだろ! 大体、唯が歌詞なんか書けるわけないんだ。この歌詞なんか幼稚園児レベルだぞ」
自然と声も大きくなっているのが分かる。
わたしは恐らく引き攣っているであろう自分の顔を唯に向けた。
唯の目元は少し濡れていた。
8: 2010/02/18(木) 22:25:17.28
泣いている?
誰が泣かした?
わたしだ。
馬鹿で最低なわたしだ。
謝ろう。
謝って、紙もセロハンテープで繋ぎ合わせて笑って唯を誉めよう。
そしたら、唯も泣き止むかな。
そう思って、口を開こうとしたその時だった。
「最低っだな!」
律だ。
律がわたしのことを最低って言った。
誰が泣かした?
わたしだ。
馬鹿で最低なわたしだ。
謝ろう。
謝って、紙もセロハンテープで繋ぎ合わせて笑って唯を誉めよう。
そしたら、唯も泣き止むかな。
そう思って、口を開こうとしたその時だった。
「最低っだな!」
律だ。
律がわたしのことを最低って言った。
10: 2010/02/18(木) 22:29:44.43
「見損なった! 最低だよ! いくらなんでもそんなことしなくても良いだろ!」
「い…い…よ」
「唯にあやま……唯?」
「良いよ、りっちゃん。わたしが調子に乗ってこんなことしちゃうから駄目なんだよ。澪ちゃんが怒るのも当たり前だよね。ごめんねえ、澪ちゃん。・・・だから、りっちゃんも喧嘩しないで」
「でもさ、澪は」
「あはは、人間って向き不向きあるよねえ」
「先輩・・・」
なんで唯が謝るのだろう。
本来ならわたしが謝るべきなのに、どうして唯が先に謝ってしまうんだ。
「い…い…よ」
「唯にあやま……唯?」
「良いよ、りっちゃん。わたしが調子に乗ってこんなことしちゃうから駄目なんだよ。澪ちゃんが怒るのも当たり前だよね。ごめんねえ、澪ちゃん。・・・だから、りっちゃんも喧嘩しないで」
「でもさ、澪は」
「あはは、人間って向き不向きあるよねえ」
「先輩・・・」
なんで唯が謝るのだろう。
本来ならわたしが謝るべきなのに、どうして唯が先に謝ってしまうんだ。
13: 2010/02/18(木) 22:36:49.01
謝れ。
さあ、謝るんだ。
わたしの口は謝罪の為に再び開こうとする。
その途中、不意に悪魔の囁きが頭に響いた。
――このまま押し通してしまえ。そうすれば唯が再度歌詞を書くことはない。
悪魔の声はわたしの声そのものだった。
この時のわたしは正に悪魔だったのだ。
わたしは囚人のように潔く悪魔に従うことにした。
「わかればいいよ。唯には無理なんだって」
声が笑っていないことが自分でもわかる。
まるで氏体に鞭を打つように、トドメを刺すように残酷で平坦な口調だった。
さあ、謝るんだ。
わたしの口は謝罪の為に再び開こうとする。
その途中、不意に悪魔の囁きが頭に響いた。
――このまま押し通してしまえ。そうすれば唯が再度歌詞を書くことはない。
悪魔の声はわたしの声そのものだった。
この時のわたしは正に悪魔だったのだ。
わたしは囚人のように潔く悪魔に従うことにした。
「わかればいいよ。唯には無理なんだって」
声が笑っていないことが自分でもわかる。
まるで氏体に鞭を打つように、トドメを刺すように残酷で平坦な口調だった。
16: 2010/02/18(木) 22:40:29.66
唯はそれを受けて黙って椅子に座り、紅茶の中に視線を溶かした。
律は依然として納得していない顔だったが、唯に続いて席についた。
ムギと梓は空気の重さに耐えるように、静かに座っている。
わたしは四人とは対照的に席から離れて突っ立ていた。
いつ立ったのかすら定かでない。
部室は誰かが喋りだすのを待つかのように静かだ。
わたしだけ外れている。
そう感じた。
律は依然として納得していない顔だったが、唯に続いて席についた。
ムギと梓は空気の重さに耐えるように、静かに座っている。
わたしは四人とは対照的に席から離れて突っ立ていた。
いつ立ったのかすら定かでない。
部室は誰かが喋りだすのを待つかのように静かだ。
わたしだけ外れている。
そう感じた。
17: 2010/02/18(木) 22:45:53.65
今思えば、クラス替えの時から外れていたのかもしれない。
その時から違うレールを走っていたんじゃないか。
レールは途中で交わっても直ぐに別れていく。
今は丁度その別れの時なんだ。
けど、またいずれ交わる時が来る。
わたしはそれを待てばいい。
考えるべきことは今どうすればいいかだ。
わたしは部室をぐるっと見回して居場所を探した。
だけど、居場所はどこにも無い気がした。
さっきまで座っていた椅子も、今では他人の物のように感じられる。
このままティータイムの続きをするのは怖かった。
どんな顔で、どんな声で、みんなと接すればいいのか分からない。
その時から違うレールを走っていたんじゃないか。
レールは途中で交わっても直ぐに別れていく。
今は丁度その別れの時なんだ。
けど、またいずれ交わる時が来る。
わたしはそれを待てばいい。
考えるべきことは今どうすればいいかだ。
わたしは部室をぐるっと見回して居場所を探した。
だけど、居場所はどこにも無い気がした。
さっきまで座っていた椅子も、今では他人の物のように感じられる。
このままティータイムの続きをするのは怖かった。
どんな顔で、どんな声で、みんなと接すればいいのか分からない。
19: 2010/02/18(木) 22:50:45.85
わたしは後ろに一歩あとずさる。
今日は帰ろう。
唯とみんなには明日謝ればいい。
このまま部活を続けたって、まともに練習は出来ないだろう。
そうだ、そうしよう。
一歩に続き二歩三歩と続いて、みんなに背中を向けると自分のバッグを手に取ってドアの方へ歩く。
後ろを見るな。
明日になれば、元通りになるんだから。
「澪ちゃん!? 部活はどうするの?」
ムギがわたしの背中に向かって声をかける。
でも、わたしは振り向かない。
そのまま、ドアノブを回して部室の外へ出た。
今日は帰ろう。
唯とみんなには明日謝ればいい。
このまま部活を続けたって、まともに練習は出来ないだろう。
そうだ、そうしよう。
一歩に続き二歩三歩と続いて、みんなに背中を向けると自分のバッグを手に取ってドアの方へ歩く。
後ろを見るな。
明日になれば、元通りになるんだから。
「澪ちゃん!? 部活はどうするの?」
ムギがわたしの背中に向かって声をかける。
でも、わたしは振り向かない。
そのまま、ドアノブを回して部室の外へ出た。
21: 2010/02/18(木) 22:52:52.46
気分が悪い。
早く家に帰って、横になろう。
こういう日はさっさと寝たほうがいいんだ。
明日になったら、学校ですぐに謝る。
うん、決まりだ。
この時のわたしは幸せだったのかもしれない。
この世の全ての人が、平等に明日を迎えられるものだと無意識に思っていたのだから。
わたしは日常に生きていたんだ。
早く家に帰って、横になろう。
こういう日はさっさと寝たほうがいいんだ。
明日になったら、学校ですぐに謝る。
うん、決まりだ。
この時のわたしは幸せだったのかもしれない。
この世の全ての人が、平等に明日を迎えられるものだと無意識に思っていたのだから。
わたしは日常に生きていたんだ。
23: 2010/02/18(木) 22:55:27.98
☆
澪ちゃんが部室をあとにしてからもわたし達は沈黙を守っていました。
わたしは無力な自分が嫌になってしょうがなかった。
こういう時にこそ誰かが場を取り繕わなければいけないのに、わたしにはそれが出来ない。
他人に任せて自分は口を噤むだけなのだから、笑ってしまいます。
普段は明るい唯ちゃんもりっちゃんも、この時ばかりは元気がなさそう。
梓ちゃんは下の学年ということもあって、その役目を果たすには少々厳しいものがあると思う。
やはり、ここはわたしがなんとかしなくてはいけないんだわ。
でも、具体的に何をしたら良いのか見当もつかない。
なにか、なにか元気付けられるもの。
澪ちゃんが部室をあとにしてからもわたし達は沈黙を守っていました。
わたしは無力な自分が嫌になってしょうがなかった。
こういう時にこそ誰かが場を取り繕わなければいけないのに、わたしにはそれが出来ない。
他人に任せて自分は口を噤むだけなのだから、笑ってしまいます。
普段は明るい唯ちゃんもりっちゃんも、この時ばかりは元気がなさそう。
梓ちゃんは下の学年ということもあって、その役目を果たすには少々厳しいものがあると思う。
やはり、ここはわたしがなんとかしなくてはいけないんだわ。
でも、具体的に何をしたら良いのか見当もつかない。
なにか、なにか元気付けられるもの。
24: 2010/02/18(木) 22:59:53.12
……そうだ。
思い切って、わたしはマンボウの物真似をしてみました。
お願い、みんな見て。
私の願いが通じたのか、唯ちゃんが顔を上げて私を見ました。
「ムギちゃん、なにしてるの?」
「ま、マンボウの物真似を」
「ああ、懐かしいね。クリスマスの時だよね。それをやってたの。でも、なんでいまやってるの?」
「えっと…なんとなく…」
駄目だわ。
やっぱり、わたしにはこの場の空気を崩すことはとても出来そうにない。
思い切って、わたしはマンボウの物真似をしてみました。
お願い、みんな見て。
私の願いが通じたのか、唯ちゃんが顔を上げて私を見ました。
「ムギちゃん、なにしてるの?」
「ま、マンボウの物真似を」
「ああ、懐かしいね。クリスマスの時だよね。それをやってたの。でも、なんでいまやってるの?」
「えっと…なんとなく…」
駄目だわ。
やっぱり、わたしにはこの場の空気を崩すことはとても出来そうにない。
26: 2010/02/18(木) 23:03:20.14
仕方なく、やり場のない視線を落として時が過ぎるのを待つことにしました。
けれど、直ぐにくぐもった声が聞こえてきたのでわたしは顔を再び上げました。
「ふうっくっく…」
「唯ちゃん?」
唯ちゃんが何かをこらえるように口に手を当て、体を震わせていました。
笑っているのかな?
「唯ちゃん、どうしたの?」
「クリスマスのこと思い出してたらおかしくって…くふっくふふ」
「クリスマスのことね。なんだか懐かしいわね」
「あの、なんですか、クリスマスのことって?」
梓ちゃんは興味があるのか尋ねてきました。
けれど、直ぐにくぐもった声が聞こえてきたのでわたしは顔を再び上げました。
「ふうっくっく…」
「唯ちゃん?」
唯ちゃんが何かをこらえるように口に手を当て、体を震わせていました。
笑っているのかな?
「唯ちゃん、どうしたの?」
「クリスマスのこと思い出してたらおかしくって…くふっくふふ」
「クリスマスのことね。なんだか懐かしいわね」
「あの、なんですか、クリスマスのことって?」
梓ちゃんは興味があるのか尋ねてきました。
29: 2010/02/18(木) 23:09:03.98
「そっか、あずにゃんはあの時はまだいなかったもんねえ」
「ってことは先輩達が一年の時ですか。何かあったんですか?」
「えへへ。あずにゃん、世の中には大人しか知ってはいけないことがあるんだよ」
「一体、なにしてたんですか? まさかお酒を飲んだりとか?」
「さわちゃんは飲んでかも」
「あの人も一緒だったんですか!?」
唯ちゃんの話を聞いていたら、わたしの脳裏にもあの日の光景がはっきりと浮かび上がってきました。
わたしはあの日初めて友達とクリスマスパーティをして、プレゼント交換をしました。
その時の唯ちゃんと憂ちゃんのやり取りを見ていたら、姉妹がいて少し羨ましくなったのを思い出します。
「でねえ、そこでみんな一発芸をやったんだけど、ムギちゃんはさっきやったマンボウの物真似だったんだよ」
「へえ、ムギ先輩も意外とやるんですね」
意外の意味がいまいち分からないけれど、梓ちゃんに誉められてしまいました。
「ってことは先輩達が一年の時ですか。何かあったんですか?」
「えへへ。あずにゃん、世の中には大人しか知ってはいけないことがあるんだよ」
「一体、なにしてたんですか? まさかお酒を飲んだりとか?」
「さわちゃんは飲んでかも」
「あの人も一緒だったんですか!?」
唯ちゃんの話を聞いていたら、わたしの脳裏にもあの日の光景がはっきりと浮かび上がってきました。
わたしはあの日初めて友達とクリスマスパーティをして、プレゼント交換をしました。
その時の唯ちゃんと憂ちゃんのやり取りを見ていたら、姉妹がいて少し羨ましくなったのを思い出します。
「でねえ、そこでみんな一発芸をやったんだけど、ムギちゃんはさっきやったマンボウの物真似だったんだよ」
「へえ、ムギ先輩も意外とやるんですね」
意外の意味がいまいち分からないけれど、梓ちゃんに誉められてしまいました。
31: 2010/02/18(木) 23:13:24.33
「りっちゃんはエアドラムだよね」
「え、わたし? あ、えっと、そうだったかな」
「っで、わたしがエアギター」
「み、澪先輩はなにかしたんですか?」
話の流れからしたら澪ちゃんの名前が出てくるのは自然だけれど、遂さっきのことを考えたら早すぎる登場だと思う。
それでも、唯ちゃんはそのようなことは関係ないとばかりに言いました。
「澪ちゃんはねえ、サンタさんになってたよ」
「サンタですか? 澪先輩がサンタ…」
「あれえ、あずにゃんはなにを想像しとるのかな?」
「し、してませんよ! な、なにもしてません!」
「ほんとにー? 怪しいなあ。ねえ、りっちゃん」
「う、うむ。怪しいぞ、梓」
「だから、なにもそんなこと」
「梓ちゃん、顔が真っ赤よ」
「え、わたし? あ、えっと、そうだったかな」
「っで、わたしがエアギター」
「み、澪先輩はなにかしたんですか?」
話の流れからしたら澪ちゃんの名前が出てくるのは自然だけれど、遂さっきのことを考えたら早すぎる登場だと思う。
それでも、唯ちゃんはそのようなことは関係ないとばかりに言いました。
「澪ちゃんはねえ、サンタさんになってたよ」
「サンタですか? 澪先輩がサンタ…」
「あれえ、あずにゃんはなにを想像しとるのかな?」
「し、してませんよ! な、なにもしてません!」
「ほんとにー? 怪しいなあ。ねえ、りっちゃん」
「う、うむ。怪しいぞ、梓」
「だから、なにもそんなこと」
「梓ちゃん、顔が真っ赤よ」
33: 2010/02/18(木) 23:16:40.84
梓ちゃんには悪いけれど、ここは雰囲気がいつものように和やかになってきているところ、少し意地悪です。
「え、あ、うぅ…」
「ほんとーだ。あずにゃん、顔が真っ赤だねぃ」
「もう、からかわないでください!」
そう言って梓ちゃんは恥ずかしいからなのか顔を俯きにしてしまった。
どんな表情をしているのか、わたしからはよく見えないけれど、笑っているんじゃないかと思う。
だって、唯ちゃんが笑顔になったから。
わたしはこの時の唯ちゃんの笑顔を、時折否でも思い出してしまう。
“この日”の笑顔なだけで、いつもと変わらぬ笑顔なのに。
「え、あ、うぅ…」
「ほんとーだ。あずにゃん、顔が真っ赤だねぃ」
「もう、からかわないでください!」
そう言って梓ちゃんは恥ずかしいからなのか顔を俯きにしてしまった。
どんな表情をしているのか、わたしからはよく見えないけれど、笑っているんじゃないかと思う。
だって、唯ちゃんが笑顔になったから。
わたしはこの時の唯ちゃんの笑顔を、時折否でも思い出してしまう。
“この日”の笑顔なだけで、いつもと変わらぬ笑顔なのに。
35: 2010/02/18(木) 23:20:44.23
唯が無理をしているのかは分からないけど、元気を取り戻した。
落ち込みというか凹んでから殆ど時間は経っていないというのに、まったく立ち直りが早い奴だ。
まあ、そこが唯の良い所でもあるんだろうな。
澪がいないので練習はなし、梓はやりたいのを我慢してなのか何を言わなかった。
あたし達はいま、部室を出て帰るところだ。
「ねえねえ、ムギちゃん」
「なあに、唯ちゃん」
「今年はムギちゃん家でクリスマスしたいです!」
「いいわよ。早めに家の予約をとっておくから」
「ははあ、ありがたやありがたや」
「迷惑じゃないんですか?」
「大丈夫、出来るだけ広いところにするから」
「いや、そういうことではなくて」
唯達はというか唯は、もうクリスマスの話をしている。
気が早いにも程があるだろう。
だって、まだ九月なんだし。
落ち込みというか凹んでから殆ど時間は経っていないというのに、まったく立ち直りが早い奴だ。
まあ、そこが唯の良い所でもあるんだろうな。
澪がいないので練習はなし、梓はやりたいのを我慢してなのか何を言わなかった。
あたし達はいま、部室を出て帰るところだ。
「ねえねえ、ムギちゃん」
「なあに、唯ちゃん」
「今年はムギちゃん家でクリスマスしたいです!」
「いいわよ。早めに家の予約をとっておくから」
「ははあ、ありがたやありがたや」
「迷惑じゃないんですか?」
「大丈夫、出来るだけ広いところにするから」
「いや、そういうことではなくて」
唯達はというか唯は、もうクリスマスの話をしている。
気が早いにも程があるだろう。
だって、まだ九月なんだし。
37: 2010/02/18(木) 23:24:45.89
あたしは会話には加わらず、別のことを考える。
澪のこと。
厳しく言い過ぎたかなと反省しないでもない。
でも、唯の歌詞を引き千切ったときは本当に頭にきてしまった。
唯が頑張って書いてきたのをなにもあんな風にすることはないよ。
歌詞はセロハンテープを使って繋ぎ止めホワイトボードに貼っておいた。
歌詞の出来は唯が書いたとは考えられないくらい良くて、捨てるのは勿体なかったし。
あたしは澪の部室でのやり取りを思い出す。
なんで、澪はあんなことをしたのか。
澪のこと。
厳しく言い過ぎたかなと反省しないでもない。
でも、唯の歌詞を引き千切ったときは本当に頭にきてしまった。
唯が頑張って書いてきたのをなにもあんな風にすることはないよ。
歌詞はセロハンテープを使って繋ぎ止めホワイトボードに貼っておいた。
歌詞の出来は唯が書いたとは考えられないくらい良くて、捨てるのは勿体なかったし。
あたしは澪の部室でのやり取りを思い出す。
なんで、澪はあんなことをしたのか。
38: 2010/02/18(木) 23:28:35.51
あたしが思うには悔しかったから、あんな行動をとってしまったんじゃないかって思う。
悔しかったというのは、自分が書く歌詞と唯が書く歌詞の違いで、澪のイメージとしては唯みたいな歌詞を書きたいという想いもあったのかもしれない。
それに他人より上に立ってたいという気持ちは人間だれしも持っていて、それが澪には勉強だったり音楽なのかもしれない。
認めたくないけど、人は誰かを見下して安心したいという心理があると思う。
悔しかったというのは、自分が書く歌詞と唯が書く歌詞の違いで、澪のイメージとしては唯みたいな歌詞を書きたいという想いもあったのかもしれない。
それに他人より上に立ってたいという気持ちは人間だれしも持っていて、それが澪には勉強だったり音楽なのかもしれない。
認めたくないけど、人は誰かを見下して安心したいという心理があると思う。
39: 2010/02/18(木) 23:33:05.91
他人のことは言えないけど、たしかに唯は普段とてもじゃないけど何か凄いことをやる人間には見えないし天然だしで、その唯にテストの成績に限らずに何かで負けたら恥ずかしいという気持ちは、あたしにも心のどこかに少なからずあるのかもしれない。
澪はそんな心理が表まで出てきてしまって、ああいう言動を起こしたんだとしたら、目的地に向かう道が左なのを右に行ってしまった、その程度のことなんじゃないか。
だから、明日学校で澪に会ったら唯に一緒に謝りに行けるようにあたしが助けてあげなきゃいけないな。
澪は道を間違えただけなんだから。
澪はそんな心理が表まで出てきてしまって、ああいう言動を起こしたんだとしたら、目的地に向かう道が左なのを右に行ってしまった、その程度のことなんじゃないか。
だから、明日学校で澪に会ったら唯に一緒に謝りに行けるようにあたしが助けてあげなきゃいけないな。
澪は道を間違えただけなんだから。
42: 2010/02/18(木) 23:38:28.53
「――ちゃん? りっちゃん?」
考えごとに耽っていて、気がつくのが遅くなったけどムギがこっちを見ていた。
「なに!?」
あたしは作り笑いでムギに返事をする。
「どうかしたの? もしかして澪ちゃんのことを考えていたの?」
「違うよ! 今日の夕飯はなにかなってさ」
ムギに嘘が効くかは分からないけど、そういうことにしておこう。
ムギは嘘を吐いても駄目、と言わんばかりの顔を見せたあと優しい笑みを浮かべた。
早速嘘を見抜かれてしまったか。
あたしは、ムギにはかなわないなって意味を込めて笑い返した。
前方を歩く唯と梓とは少し距離が離れていた。
「ムギ、離れてるぞ」
「知ってるわ。知らなかったのはりっちゃんでしょ」
「そっか」
あたしとムギは少し駆け足で唯達に接近する。
その時、反対側の歩道に憂ちゃんの姿が見えた。
考えごとに耽っていて、気がつくのが遅くなったけどムギがこっちを見ていた。
「なに!?」
あたしは作り笑いでムギに返事をする。
「どうかしたの? もしかして澪ちゃんのことを考えていたの?」
「違うよ! 今日の夕飯はなにかなってさ」
ムギに嘘が効くかは分からないけど、そういうことにしておこう。
ムギは嘘を吐いても駄目、と言わんばかりの顔を見せたあと優しい笑みを浮かべた。
早速嘘を見抜かれてしまったか。
あたしは、ムギにはかなわないなって意味を込めて笑い返した。
前方を歩く唯と梓とは少し距離が離れていた。
「ムギ、離れてるぞ」
「知ってるわ。知らなかったのはりっちゃんでしょ」
「そっか」
あたしとムギは少し駆け足で唯達に接近する。
その時、反対側の歩道に憂ちゃんの姿が見えた。
44: 2010/02/18(木) 23:41:34.34
「唯! あれ憂ちゃんじゃないか!」
あたしは唯達に追いつく前に教えてあげた。
「あ、うーいー!」
唯が声を上げながら、手を振りながら歩道を下りて、道路に出る。
「あ、先輩! 危ないです!」
梓が唯を道路から連れ戻そうと手を宙に伸ばす。
その手は唯の身体に触れられない。
大きなクラクションと共に大型トラックが唯の背後から進行してくる。
危ない!
あたしはそう思って、唯に声をかけようとした。
でも、手遅れだった。
トラックはマネキンでも轢くかのように、いとも簡単に唯の身体を轢いた。
命のないただの物のように唯の身体は道路を跳ね転がり、トラックはブレーキ音を響かせながら数十メートル先で停止した。
あたしは唯達に追いつく前に教えてあげた。
「あ、うーいー!」
唯が声を上げながら、手を振りながら歩道を下りて、道路に出る。
「あ、先輩! 危ないです!」
梓が唯を道路から連れ戻そうと手を宙に伸ばす。
その手は唯の身体に触れられない。
大きなクラクションと共に大型トラックが唯の背後から進行してくる。
危ない!
あたしはそう思って、唯に声をかけようとした。
でも、手遅れだった。
トラックはマネキンでも轢くかのように、いとも簡単に唯の身体を轢いた。
命のないただの物のように唯の身体は道路を跳ね転がり、トラックはブレーキ音を響かせながら数十メートル先で停止した。
47: 2010/02/18(木) 23:44:05.91
この後、憂ちゃんと目が合った瞬間が、今でも夢に出てきて飛び起きることがある。
いや、厳密には目が合ったのかは定かでない。
憂ちゃんの顔に恐怖の色はなく口を開けている。
視線は不自然な方向に曲がった腕の持ち主である、唯の身体を捉えていたと思う。
憂ちゃんは言葉を発せず、ゆるりと視線を持ち上げ、あたしの方をみた。
その瞬間だ。
その目が、見るもの全てを溶かし凍らせるような目が、あたしは怖くてたまらなかった。
あたしが憂ちゃんのことを言わなければ、あんな事故は起きなかったんじゃないかということを考えて、ずっと泣いた時もある。
あたしは辛かった。
でも、本当に辛いのはあたしではない。
憂ちゃんは勿論、澪と梓の辛さはあたしの比じゃないんだ。
いや、厳密には目が合ったのかは定かでない。
憂ちゃんの顔に恐怖の色はなく口を開けている。
視線は不自然な方向に曲がった腕の持ち主である、唯の身体を捉えていたと思う。
憂ちゃんは言葉を発せず、ゆるりと視線を持ち上げ、あたしの方をみた。
その瞬間だ。
その目が、見るもの全てを溶かし凍らせるような目が、あたしは怖くてたまらなかった。
あたしが憂ちゃんのことを言わなければ、あんな事故は起きなかったんじゃないかということを考えて、ずっと泣いた時もある。
あたしは辛かった。
でも、本当に辛いのはあたしではない。
憂ちゃんは勿論、澪と梓の辛さはあたしの比じゃないんだ。
49: 2010/02/18(木) 23:50:12.07
☆
「梓ちゃんが頃したんだ」
わたしは憂にそう言われた。
それを聞いたとき、わたしは憂がなにを言っているのか理解出来なかった。
わたしは先輩を頃していないから。
憂はわたしが先輩を押したって言っている。
それは間違いだ。
憂にあの時何があったのか丁寧に説明しようとしたけど、憂は一方的にわたしを“犯人”“殺人者”扱いして責めた。
わたしは何度も説明を試みた。
けど、埒があかないことを悟ると、憂に言われっぱなしのまま耐えた。
何を言われても耐えた。
「梓ちゃんが頃したんだ」
わたしは憂にそう言われた。
それを聞いたとき、わたしは憂がなにを言っているのか理解出来なかった。
わたしは先輩を頃していないから。
憂はわたしが先輩を押したって言っている。
それは間違いだ。
憂にあの時何があったのか丁寧に説明しようとしたけど、憂は一方的にわたしを“犯人”“殺人者”扱いして責めた。
わたしは何度も説明を試みた。
けど、埒があかないことを悟ると、憂に言われっぱなしのまま耐えた。
何を言われても耐えた。
51: 2010/02/18(木) 23:53:44.12
家に帰ると事件の記憶と共に、憂の容赦のない言葉を思い出してトイレで吐いた。
道路に唯先輩の肉体が赤黒とした血を纏いながら落ちている。
頭部から血を出して、ぐったりして動かない先輩の身体。
右腕が間接を無視して曲がり、露出した肌には擦り傷が散見していた。
事故の映像が目まぐるしくフラッシュバックして頭から離れない。
「梓ちゃんが頃したんだ」
やがて、わたしは本当は自分が頃したんじゃないかって思い始めた。
わたしが伸ばした手が先輩の背中を押して、地獄への谷に突き落としたんじゃないか。
考えれば考えるほど、そう思えてくる。
徐々にその映像が“創られていく”。
わたしが先輩を頃す映像が出来上がるのだ。
それ以来、事故のこと考える度に頭痛や眩暈、吐き気を催すようになった。
自然と学校に行くことはなくなった。
道路に唯先輩の肉体が赤黒とした血を纏いながら落ちている。
頭部から血を出して、ぐったりして動かない先輩の身体。
右腕が間接を無視して曲がり、露出した肌には擦り傷が散見していた。
事故の映像が目まぐるしくフラッシュバックして頭から離れない。
「梓ちゃんが頃したんだ」
やがて、わたしは本当は自分が頃したんじゃないかって思い始めた。
わたしが伸ばした手が先輩の背中を押して、地獄への谷に突き落としたんじゃないか。
考えれば考えるほど、そう思えてくる。
徐々にその映像が“創られていく”。
わたしが先輩を頃す映像が出来上がるのだ。
それ以来、事故のこと考える度に頭痛や眩暈、吐き気を催すようになった。
自然と学校に行くことはなくなった。
53: 2010/02/18(木) 23:56:02.24
☆
わたしはその時、家で音楽を聞いていた。
嫌なことがあった時は音楽を聴いてる間は忘れられるのだ。
聴いていた曲はThe CUREのLOVESONG。
明るい曲ではないけど、一応ラブソング。
わたしの視界の隅で携帯の着信ランプが点滅していた。
多分、律かムギ辺りだろう。
この時のわたしはそう思って、携帯を手にしなかった。
特別、大事な用でもないだろうと思ったから。
わたしはその時、家で音楽を聞いていた。
嫌なことがあった時は音楽を聴いてる間は忘れられるのだ。
聴いていた曲はThe CUREのLOVESONG。
明るい曲ではないけど、一応ラブソング。
わたしの視界の隅で携帯の着信ランプが点滅していた。
多分、律かムギ辺りだろう。
この時のわたしはそう思って、携帯を手にしなかった。
特別、大事な用でもないだろうと思ったから。
55: 2010/02/18(木) 23:58:32.79
それから2分近く経って階下から母親に呼び出されたわたしは、携帯ではなく家の固定電話を耳にあてることになった。
電話の相手は律だった。
この電話の早さだと、部室でのことを更に追及しようとしてるのかとわたしは思ったが、それは大間違いだった。
この時に初めて、わたしは事故のことを聞かされた。
最初はわたしを心配させる為の演技なんじゃないかと思ったけど、律の声音はいつも以上に真剣だった。
わたしは大急ぎで病院に行ったけど、唯はもう……。
電話の相手は律だった。
この電話の早さだと、部室でのことを更に追及しようとしてるのかとわたしは思ったが、それは大間違いだった。
この時に初めて、わたしは事故のことを聞かされた。
最初はわたしを心配させる為の演技なんじゃないかと思ったけど、律の声音はいつも以上に真剣だった。
わたしは大急ぎで病院に行ったけど、唯はもう……。
57: 2010/02/19(金) 00:04:51.90
☆
わたしの中には何故か怒りの感情が一番強く出ていた。
その怒りが梓ちゃんに向けられた。
誰かの所為にしたかった。
わたしは身近にいた人間に罪を着せることで、お姉ちゃんの氏になんらかの意味を見出したかったのかもしれない。
道路を左右確認せず横断するという不注意で氏ぬなんて、とってもつまらない氏に方だから。
だから、わたしは梓ちゃんを責めた。
梓ちゃんは自分はやっていないって言ってた。
わたしにもそれは分かっていた。
でも、そうやって犯人扱いにすることで憎しみの矛先を大事な友人に向けた。
頃してやる。
わたしの中には何故か怒りの感情が一番強く出ていた。
その怒りが梓ちゃんに向けられた。
誰かの所為にしたかった。
わたしは身近にいた人間に罪を着せることで、お姉ちゃんの氏になんらかの意味を見出したかったのかもしれない。
道路を左右確認せず横断するという不注意で氏ぬなんて、とってもつまらない氏に方だから。
だから、わたしは梓ちゃんを責めた。
梓ちゃんは自分はやっていないって言ってた。
わたしにもそれは分かっていた。
でも、そうやって犯人扱いにすることで憎しみの矛先を大事な友人に向けた。
頃してやる。
58: 2010/02/19(金) 00:10:30.02
そう思ったときもあった。
いや、あの時は氏にたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。
姉の氏による喪失感と友人を責めた罪悪感とが、わたしの中で激しく蠢いていたんだと思う。
本当に氏にたいって思った。
お姉ちゃんはわたしにとって唯一無二の存在だった。
無論、この世界に一人とて同じ人間なんていないわけだけど。
わたしはお姉ちゃんが好きだった。
大好きだった。
映画みたいに言えば、愛していた。
愛してるなんて言葉は恥ずかしくて、お姉ちゃんには言ったことがないけど。
よく、本当に大切なものは失って初めて気がつくと言うけれど、わたしには当て嵌まらない。
失う前から、わたしにとってお姉ちゃんは十二分に大切な人だったのだから。
いや、あの時は氏にたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。
姉の氏による喪失感と友人を責めた罪悪感とが、わたしの中で激しく蠢いていたんだと思う。
本当に氏にたいって思った。
お姉ちゃんはわたしにとって唯一無二の存在だった。
無論、この世界に一人とて同じ人間なんていないわけだけど。
わたしはお姉ちゃんが好きだった。
大好きだった。
映画みたいに言えば、愛していた。
愛してるなんて言葉は恥ずかしくて、お姉ちゃんには言ったことがないけど。
よく、本当に大切なものは失って初めて気がつくと言うけれど、わたしには当て嵌まらない。
失う前から、わたしにとってお姉ちゃんは十二分に大切な人だったのだから。
59: 2010/02/19(金) 00:14:42.96
わたしは事故の後、しばらく家に引きこもった。
とてもじゃないけど、学校には行きたいとは思えなかったから。
24時間の中で寝るときでさえもお姉ちゃんのことで頭がいっぱいで、他のことは何も考えることが出来なかった。
けれど、ある日異変が起きました。
涙が涸れてしまったのです。
悲しいはずなのに、涙がまったく流れないのはおかしいって思いました。
なんで人は泣くんだろう?
わたしはそんなことを考えました。
悲しいから?
いや、人は嬉しいときにも泣くことがある。
じゃあ、何故?
わたしの涙はどこへ行ってしまったのか。
この時のわたしは泣きたかったのに、涙はどこかへ旅立ってしまっていました。
とてもじゃないけど、学校には行きたいとは思えなかったから。
24時間の中で寝るときでさえもお姉ちゃんのことで頭がいっぱいで、他のことは何も考えることが出来なかった。
けれど、ある日異変が起きました。
涙が涸れてしまったのです。
悲しいはずなのに、涙がまったく流れないのはおかしいって思いました。
なんで人は泣くんだろう?
わたしはそんなことを考えました。
悲しいから?
いや、人は嬉しいときにも泣くことがある。
じゃあ、何故?
わたしの涙はどこへ行ってしまったのか。
この時のわたしは泣きたかったのに、涙はどこかへ旅立ってしまっていました。
60: 2010/02/19(金) 00:18:35.96
☆
軽音部は終わった。
終わったと言っても、廃部になったわけじゃないけど、部の活動は停止していた。
それもそうだろう。
唯が氏んで、今まで通りにやれるわけがない。
梓は学校を休み、憂ちゃんは別人になったかのように暗いオーラを纏っている。
澪は自らの過ちを償う場所すら与えられずに悩み、あたしとムギは氏という事実を茫然と見送り、唯がいない生活をなんともなしにしている。
軽音部は終わった。
終わったと言っても、廃部になったわけじゃないけど、部の活動は停止していた。
それもそうだろう。
唯が氏んで、今まで通りにやれるわけがない。
梓は学校を休み、憂ちゃんは別人になったかのように暗いオーラを纏っている。
澪は自らの過ちを償う場所すら与えられずに悩み、あたしとムギは氏という事実を茫然と見送り、唯がいない生活をなんともなしにしている。
62: 2010/02/19(金) 00:22:18.02
☆
軽音部は終わった。
終わったと言っても、廃部になったわけじゃないけど、部の活動は停止していた。
それもそうだろう。
唯が氏んで、今まで通りにやれるわけがない。
梓は学校を休み、憂ちゃんは別人になったかのように暗いオーラを纏っている。
澪は自らの過ちを償う場所すら与えられずに悩み、あたしとムギは氏という事実を茫然と見送り、唯がいない生活をなんともなしにしている。
軽音部は終わった。
終わったと言っても、廃部になったわけじゃないけど、部の活動は停止していた。
それもそうだろう。
唯が氏んで、今まで通りにやれるわけがない。
梓は学校を休み、憂ちゃんは別人になったかのように暗いオーラを纏っている。
澪は自らの過ちを償う場所すら与えられずに悩み、あたしとムギは氏という事実を茫然と見送り、唯がいない生活をなんともなしにしている。
63: 2010/02/19(金) 00:24:19.75
唯が氏んだことは悲しい。
しかし、実感がない。
実感をもたずに生活をしている。
氏という事実に何も感じない。
いや、何も感じないわけじゃない。
けど、薄いんだ。
空気を手で掴むように実体を掴むことが難しい。
人が氏んでも、友達が氏んでも、なにも変わらずに生きている自分が恐ろしい。
何かを感じたい。
じゃないと、あたしは壊れてしまう気がする。
今日もあたしは、望まずに訪れた非日常な日常を生きる。
しかし、実感がない。
実感をもたずに生活をしている。
氏という事実に何も感じない。
いや、何も感じないわけじゃない。
けど、薄いんだ。
空気を手で掴むように実体を掴むことが難しい。
人が氏んでも、友達が氏んでも、なにも変わらずに生きている自分が恐ろしい。
何かを感じたい。
じゃないと、あたしは壊れてしまう気がする。
今日もあたしは、望まずに訪れた非日常な日常を生きる。
68: 2010/02/19(金) 00:34:30.24
☆
壊れてしまった。
わたし達の日常が非日常に変わった。
こんな世界、誰が望んだのだろう。
わたしは独り、部室の椅子に腰をかけていた。
部屋はしんとして物音一つしない。
テーブルにはわずかだが埃が溜まっている。
違う世界に来たみたいだ。
五人の笑い声が聞こえていた時が、遠い昔のように感じられた。
壊れてしまった。
わたし達の日常が非日常に変わった。
こんな世界、誰が望んだのだろう。
わたしは独り、部室の椅子に腰をかけていた。
部屋はしんとして物音一つしない。
テーブルにはわずかだが埃が溜まっている。
違う世界に来たみたいだ。
五人の笑い声が聞こえていた時が、遠い昔のように感じられた。
70: 2010/02/19(金) 00:35:36.99
唯が氏んでしまった。
わたしに謝罪の機会も与えずに氏んだ。
もう謝ることは出来ない。
罪意識を抱えたわたしは、誰に謝ればいいのだろう。
どうやって謝ればいい。
どこを向いて謝ればいい。
いや、謝ることはどうでもいいのかもしれない。
重要なのは。
もう、唯に会えないということ。
もう、話せないということ。
もう、声を聞けないということ。
わたしに謝罪の機会も与えずに氏んだ。
もう謝ることは出来ない。
罪意識を抱えたわたしは、誰に謝ればいいのだろう。
どうやって謝ればいい。
どこを向いて謝ればいい。
いや、謝ることはどうでもいいのかもしれない。
重要なのは。
もう、唯に会えないということ。
もう、話せないということ。
もう、声を聞けないということ。
72: 2010/02/19(金) 00:37:59.56
眼の奥から堰を切ったように涙が溢れ出る。
まただ、唯のことを考える度に涙が出てくる。
泣いたって、どうなるわけじゃないのに。
泣いたって、唯は帰ってこないのに。
泣いたって、悲しくなるだけなのに。
なのに、泣くことを止めることは出来ない。
無理だよ。
わたしは強くないから。
弱いから。
最悪だ。最悪だ。最悪だ。
もう嫌だ。
辛い。
辛いよ、唯。
まただ、唯のことを考える度に涙が出てくる。
泣いたって、どうなるわけじゃないのに。
泣いたって、唯は帰ってこないのに。
泣いたって、悲しくなるだけなのに。
なのに、泣くことを止めることは出来ない。
無理だよ。
わたしは強くないから。
弱いから。
最悪だ。最悪だ。最悪だ。
もう嫌だ。
辛い。
辛いよ、唯。
77: 2010/02/19(金) 00:51:56.76
一頻り泣いたあと、席を立った。
無意識にホワイトボードが目に入る。
一枚のセロハンテープで繋ぎ合わされた紙。
唯が書いた歌詞だ。
わたしは歌詞に引き寄せられるように釘付けになった。
理由はない。
けれど、この歌詞が何かをわたしに伝えようとしているように感じた。
そうか。
そうだ。
わたしは独り得心する。
しかし、そんなことが今の軽音部に出来るだろうか。
無意識にホワイトボードが目に入る。
一枚のセロハンテープで繋ぎ合わされた紙。
唯が書いた歌詞だ。
わたしは歌詞に引き寄せられるように釘付けになった。
理由はない。
けれど、この歌詞が何かをわたしに伝えようとしているように感じた。
そうか。
そうだ。
わたしは独り得心する。
しかし、そんなことが今の軽音部に出来るだろうか。
78: 2010/02/19(金) 00:55:13.44
☆
先生に呼ばれたわたし達は、放課後の誰もいない教室に集まりました。
わたし達というのは、澪ちゃん、りっちゃん、わたしの三人だけ。
梓ちゃんは未だに学校へは来ていないそうです。
わたし達の間に会話はなく、あるのは沈黙のみ。
誰も顔を合わせようとしません。
そんな異常な雰囲気の中、先生は教室に入ってきました。
「みんな、悪いわね、集まってもらって」
澪ちゃんもりっちゃんも顔を上げてはいるけれど、言葉を発しようとはしません。
そんな中、わたしは勇気を出して口を開きました。
「あの、それで何か御用ですか?」
わたしは呼ばれた理由を聞いていない。
先生に呼ばれたわたし達は、放課後の誰もいない教室に集まりました。
わたし達というのは、澪ちゃん、りっちゃん、わたしの三人だけ。
梓ちゃんは未だに学校へは来ていないそうです。
わたし達の間に会話はなく、あるのは沈黙のみ。
誰も顔を合わせようとしません。
そんな異常な雰囲気の中、先生は教室に入ってきました。
「みんな、悪いわね、集まってもらって」
澪ちゃんもりっちゃんも顔を上げてはいるけれど、言葉を発しようとはしません。
そんな中、わたしは勇気を出して口を開きました。
「あの、それで何か御用ですか?」
わたしは呼ばれた理由を聞いていない。
80: 2010/02/19(金) 00:57:53.43
「大事な用よ。とっても大事な」
先生は今までに聞いたこともないような声音で言いました。
「つまりは部のことね。これからどうするのか」
「どうするって、どうしようもないじゃん」
りっちゃんが興味なさそうに言う。
「どうしようもないかー。まあ、あなた達がそれでいいならいいけど」
先生は冷たく言い放つ。
「わたしも吹奏楽部と掛け持ちするの大変だったから、助かるわ」
先生の仰り方は悪意を持って聞こえました。
そんな、そんな言い方って。
「先生! どうしてそんなことを言うんですか!?」
いつの間にかに席を立って、文句を言う自分がいました。
「そんなこと? わたしは元々好きで顧問しているわけじゃないわよ」
「そんな……」
先生は今までに聞いたこともないような声音で言いました。
「つまりは部のことね。これからどうするのか」
「どうするって、どうしようもないじゃん」
りっちゃんが興味なさそうに言う。
「どうしようもないかー。まあ、あなた達がそれでいいならいいけど」
先生は冷たく言い放つ。
「わたしも吹奏楽部と掛け持ちするの大変だったから、助かるわ」
先生の仰り方は悪意を持って聞こえました。
そんな、そんな言い方って。
「先生! どうしてそんなことを言うんですか!?」
いつの間にかに席を立って、文句を言う自分がいました。
「そんなこと? わたしは元々好きで顧問しているわけじゃないわよ」
「そんな……」
83: 2010/02/19(金) 01:01:30.46
「それより、部をどうしたいかはあなた達が決めることなのよ。わたしが何を言おうと関係ないでしょ。今、必要なのはあなた達の意見だけ。無いなら、廃部ということにしちゃうわ」
「えっと、それは……」
横目に澪ちゃんとりっちゃんの様子を窺う。
二人とも押し黙ったまま、顔を伏せている。
わたしがしっかりしないと。
意見を言わないと。
わたしはまた音楽がしたい。
でも、唯ちゃんがいない部活を続けてもいいのかしら。
それに、澪ちゃんやりっちゃんはどう思ってるかは分からない。
「えっと、それは……」
横目に澪ちゃんとりっちゃんの様子を窺う。
二人とも押し黙ったまま、顔を伏せている。
わたしがしっかりしないと。
意見を言わないと。
わたしはまた音楽がしたい。
でも、唯ちゃんがいない部活を続けてもいいのかしら。
それに、澪ちゃんやりっちゃんはどう思ってるかは分からない。
85: 2010/02/19(金) 01:07:15.73
「ああー、もうじれったいわねー。いい? 後悔しないように、今やれることをやりなさい」
今、やれること。
わたしに、わたし達にやれること。
後悔をしない為にやること。
それはもう一度、軽音部を復活させること。
唯ちゃんもそう願っているはず。
「律、ムギ、聞いて欲しいことあるんだけどさ」
突然でした。
澪ちゃんがわたしと同じように立ち上がって言いました。
そして、手に持っていた紙を広げて、
「これさ、この歌詞、最後だからさ。やりたいんだ。みんなで」
今、やれること。
わたしに、わたし達にやれること。
後悔をしない為にやること。
それはもう一度、軽音部を復活させること。
唯ちゃんもそう願っているはず。
「律、ムギ、聞いて欲しいことあるんだけどさ」
突然でした。
澪ちゃんがわたしと同じように立ち上がって言いました。
そして、手に持っていた紙を広げて、
「これさ、この歌詞、最後だからさ。やりたいんだ。みんなで」
87: 2010/02/19(金) 01:12:10.90
「最後って?」わたしは問う。
「次の新歓ぐらいだろ、出来るのは。今からじゃ、学園祭には間に合わない。三年になったら勉強で忙しくなるし。だから、最後にやりたいんだよ。唯の歌を」
「そっか……うん、いいと思う。わたしもやりたいわ。りっちゃんはどう思う?」
そう、りっちゃんはどうなのだろう。
唯ちゃんがいなくても、やりたいと思えるだろうか。
りっちゃんは窓の外を見て、何かを考えているよう。
「律、頼む。どうしても、やりたいんだ」
「わたしからもお願い。みんながバラバラのままなんて嫌だわ」
窓の方を見ていた、りっちゃんの顔がこちらに向いた。
「次の新歓ぐらいだろ、出来るのは。今からじゃ、学園祭には間に合わない。三年になったら勉強で忙しくなるし。だから、最後にやりたいんだよ。唯の歌を」
「そっか……うん、いいと思う。わたしもやりたいわ。りっちゃんはどう思う?」
そう、りっちゃんはどうなのだろう。
唯ちゃんがいなくても、やりたいと思えるだろうか。
りっちゃんは窓の外を見て、何かを考えているよう。
「律、頼む。どうしても、やりたいんだ」
「わたしからもお願い。みんながバラバラのままなんて嫌だわ」
窓の方を見ていた、りっちゃんの顔がこちらに向いた。
89: 2010/02/19(金) 01:18:35.90
そして、口元が歪んだ。
「問題は梓だな」
「律!」
「りっちゃん!」
「やろう、唯の為にもさ。このまま終わっちゃカッコ悪いし」
「決まったみたいね」
先生が不敵な笑みを浮かべながら言いました。
「それじゃあ、まずは梓ちゃんを救出しないといけないわね。わたしも手伝うわ」
「先生!」
先生はやはりわたし達の味方だ。
「じゃあ、早速作戦会議でもするか」と、りっちゃん。
わたしは自身にも決意を促すように大きく頷きました。
「問題は梓だな」
「律!」
「りっちゃん!」
「やろう、唯の為にもさ。このまま終わっちゃカッコ悪いし」
「決まったみたいね」
先生が不敵な笑みを浮かべながら言いました。
「それじゃあ、まずは梓ちゃんを救出しないといけないわね。わたしも手伝うわ」
「先生!」
先生はやはりわたし達の味方だ。
「じゃあ、早速作戦会議でもするか」と、りっちゃん。
わたしは自身にも決意を促すように大きく頷きました。
92: 2010/02/19(金) 01:23:03.78
☆
わたしはいま、軽音部の先輩方と部室にいる。
部室はいつもとまったく変わらない。
変わったのは唯先輩がいなくなっただけだ。
だけ、というのは可哀想だけど、部室は人みたいに早々変わることはない。
変わらないから安心出来るのだと思う。
唯先輩には悪いけれど、ケーキと紅茶は継続中。
先輩ももしかしたら、どこかから見ているかもしれない。
いまにもわたしに抱きついてきそうな気配を感じられるのは、わたしがまだ先輩を忘れてはいないという証拠だろうか。
わたしはいま、軽音部の先輩方と部室にいる。
部室はいつもとまったく変わらない。
変わったのは唯先輩がいなくなっただけだ。
だけ、というのは可哀想だけど、部室は人みたいに早々変わることはない。
変わらないから安心出来るのだと思う。
唯先輩には悪いけれど、ケーキと紅茶は継続中。
先輩ももしかしたら、どこかから見ているかもしれない。
いまにもわたしに抱きついてきそうな気配を感じられるのは、わたしがまだ先輩を忘れてはいないという証拠だろうか。
96: 2010/02/19(金) 01:26:08.99
時々、唯先輩を思い出しては胸の奥底からなにかが震え出てきてしまう。
それはやがて涙となってわたしの外に出てくる。
憂はわたし以上にそうだったんだろうけど。
わたしは唯先輩に文句が言いたい。
憂もわたしも先輩方も唯先輩がいなくなって悲しんでる。
それにボーカルとギターが急に抜けたら困ってしまう。
そう簡単にあの人の代わりなんて見つかるはずがない。
見つけるつもりもないけど。
あのポジションは野球の永久欠番と同じで唯先輩だけの場所だから。
もちろん殿堂入りもしている。
「なんかさー、あの時思い出さない?」
律先輩が突然、話を切り出した。
それはやがて涙となってわたしの外に出てくる。
憂はわたし以上にそうだったんだろうけど。
わたしは唯先輩に文句が言いたい。
憂もわたしも先輩方も唯先輩がいなくなって悲しんでる。
それにボーカルとギターが急に抜けたら困ってしまう。
そう簡単にあの人の代わりなんて見つかるはずがない。
見つけるつもりもないけど。
あのポジションは野球の永久欠番と同じで唯先輩だけの場所だから。
もちろん殿堂入りもしている。
「なんかさー、あの時思い出さない?」
律先輩が突然、話を切り出した。
97: 2010/02/19(金) 01:32:24.71
「あの時って?」
澪先輩が尋ねる。
「あたしと澪とムギ。三人であと一人の部員を待ってた時。放課後にさ、こうやってティータイムをしながら待ってたんだよな。今は梓がいるけど」
当然だけど、そのときをわたしは知らない。
「もう一年、あと少しで二年前になるのか。あっという間だったな」
澪先輩が何かを思い出しているような顔をする。
「あの時、唯ちゃんが謝ったときはびっくりしたわよね」
「謝ったって、なんでですか?」
大方、見当がつくけど、気になったので聞いてみた。
なんでか律先輩が嬉しそうに答える。
「入部届に平沢唯って書いてあって、あたし達全員が大物部員だって思ってた」
「名前だけでですか?」
「そう、名前だけで。それで、あたしが部室前で唯を発見した」
「なにをしてたんですか?」
「んー、多分悩んでたんじゃない」
「唯先輩が悩んでた……」
澪先輩が尋ねる。
「あたしと澪とムギ。三人であと一人の部員を待ってた時。放課後にさ、こうやってティータイムをしながら待ってたんだよな。今は梓がいるけど」
当然だけど、そのときをわたしは知らない。
「もう一年、あと少しで二年前になるのか。あっという間だったな」
澪先輩が何かを思い出しているような顔をする。
「あの時、唯ちゃんが謝ったときはびっくりしたわよね」
「謝ったって、なんでですか?」
大方、見当がつくけど、気になったので聞いてみた。
なんでか律先輩が嬉しそうに答える。
「入部届に平沢唯って書いてあって、あたし達全員が大物部員だって思ってた」
「名前だけでですか?」
「そう、名前だけで。それで、あたしが部室前で唯を発見した」
「なにをしてたんですか?」
「んー、多分悩んでたんじゃない」
「唯先輩が悩んでた……」
98: 2010/02/19(金) 01:36:24.57
「その時はね。あたしが中へ誘導して、ケーキと紅茶を出してあげたんだ。で、嬉しそうにケーキを食べるんだよ、唯の奴。変わった娘だとは思ったけど、きっとギターが滅茶苦茶上手いんだって勘違いしながら、あたし達は好きなギタリストとか質問したんだよな」
「先輩が好きなギタリストって誰なんですか?」
「誰だと思う?」
「うーん、先輩が好きそうな人……」
「ヒントはジで始まるギタリスト」
「ジミヘンですか」
「ぶっぶー!」
「ジェフ・ベック!」
「ぶっぶぶー!」
「ジミー・ペイジ!」
「不正解!」
「先輩が好きなギタリストって誰なんですか?」
「誰だと思う?」
「うーん、先輩が好きそうな人……」
「ヒントはジで始まるギタリスト」
「ジミヘンですか」
「ぶっぶー!」
「ジェフ・ベック!」
「ぶっぶぶー!」
「ジミー・ペイジ!」
「不正解!」
100: 2010/02/19(金) 01:41:14.81
「えっと、じゃあ」
「実は梓」
「え?」
「唯が好きなギタリストは梓だと思う」
「どういう意味ですか?」
先輩が好きなギタリストがわたし?
じ、で始まってないし。
「唯はさ、音楽詳しくないだろ。だから、特定の有名なギタリストは知らなかったと思うんだよ。でも、近くに優秀なギタリストがいた」
「わたしはそんな」
「梓が入ったときも唯は見栄張ってただろ」
「え、そうなんですか?」
「気付いてなかったのか?」
澪先輩が驚いている。
「最初は緊張してましたから、周りを見る余裕なんてないですよ」
「実は梓」
「え?」
「唯が好きなギタリストは梓だと思う」
「どういう意味ですか?」
先輩が好きなギタリストがわたし?
じ、で始まってないし。
「唯はさ、音楽詳しくないだろ。だから、特定の有名なギタリストは知らなかったと思うんだよ。でも、近くに優秀なギタリストがいた」
「わたしはそんな」
「梓が入ったときも唯は見栄張ってただろ」
「え、そうなんですか?」
「気付いてなかったのか?」
澪先輩が驚いている。
「最初は緊張してましたから、周りを見る余裕なんてないですよ」
102: 2010/02/19(金) 01:44:58.77
「唯は梓に負けたくないって気持ちもあっただろうけど、尊敬というかさ梓を認めてもいたと思うんだ。梓を見て頑張ってたところあったと思うし」
合宿のことを思い出す。
夜中、スタジオから音が聴こえたので覗いてみたら先輩がギターの練習をしていた。
あたしは先輩の練習に付き合った。
普段全くといっていいほど練習をしない先輩が真面目に練習していたから、わたしも嬉しくなってしまったのだ。
「梓も唯のギターが好きなんだよな」とは、澪先輩。
「はい」
「相思相愛だな」
「素敵だわー」
律先輩とムギ先輩の微笑ましいやり取り。
合宿のことを思い出す。
夜中、スタジオから音が聴こえたので覗いてみたら先輩がギターの練習をしていた。
あたしは先輩の練習に付き合った。
普段全くといっていいほど練習をしない先輩が真面目に練習していたから、わたしも嬉しくなってしまったのだ。
「梓も唯のギターが好きなんだよな」とは、澪先輩。
「はい」
「相思相愛だな」
「素敵だわー」
律先輩とムギ先輩の微笑ましいやり取り。
105: 2010/02/19(金) 01:48:37.11
わたしはそれを見て笑いたかったけど、出来なかった。
今は泣きたかったから。
「梓、大丈夫か?」
澪先輩が心配そうな声色で、声をかけてくれた。
唯先輩がいなくなってから、澪先輩達の前で泣くのは何回目だろう。
ムギ先輩がわたしの手を握りながら、背中を擦ってくれる。
その手はとても温かくて気持ちいい。
唯先輩の手はどんな感触だっただろう。
思い出そうとしても、その感触は蘇らなかった。
こんなことなら、もっと先輩と触れ合っておけばよかったな。
忘れられないくらい力強く手を握っていればよかった。
そしたら事故だって起きなかったのだ。
今は泣きたかったから。
「梓、大丈夫か?」
澪先輩が心配そうな声色で、声をかけてくれた。
唯先輩がいなくなってから、澪先輩達の前で泣くのは何回目だろう。
ムギ先輩がわたしの手を握りながら、背中を擦ってくれる。
その手はとても温かくて気持ちいい。
唯先輩の手はどんな感触だっただろう。
思い出そうとしても、その感触は蘇らなかった。
こんなことなら、もっと先輩と触れ合っておけばよかったな。
忘れられないくらい力強く手を握っていればよかった。
そしたら事故だって起きなかったのだ。
106: 2010/02/19(金) 01:53:27.27
ああ、思い出した。
唯先輩の頬の感触。
抱きつくと頬を擦り付けてくる変態さんな先輩。
でも、それが意外と気持ちよくて、わたしはそれなりに好きだった。
温かくて柔らかかった、どうして人と触れ合うと気持ちがいいのだろう。
今のムギ先輩の手もそうだけど、とても落ち着くのはなんでだろう。
わたしはいまにもでも唯先輩に抱きしめて欲しかった。
そして、耳元で。
――あずにゃん。
そう言って欲しかった。
唯先輩の頬の感触。
抱きつくと頬を擦り付けてくる変態さんな先輩。
でも、それが意外と気持ちよくて、わたしはそれなりに好きだった。
温かくて柔らかかった、どうして人と触れ合うと気持ちがいいのだろう。
今のムギ先輩の手もそうだけど、とても落ち着くのはなんでだろう。
わたしはいまにもでも唯先輩に抱きしめて欲しかった。
そして、耳元で。
――あずにゃん。
そう言って欲しかった。
107: 2010/02/19(金) 01:59:28.55
「…先輩。律先輩」
「え、なに?」
「続きをお願いします」
涙はまだ出てたけど、唯先輩が生きている話を聞きたかった。
「……わかった。えっと、どっからだっけ」
「ギタリストのところからだよ」
「えーと、それで唯が突然謝りだしたんだったかな」
「うん。申し訳ないけど、入部の取りやめを言いにきたんだって言ったと思う」
「なんで止めたかったんですか?」
「ギターが弾けないからだって、唯ちゃん言ってたわ」
「それで、どうして気が変わったんですか?」
「演奏を聴かせたんだ、あたし達の」
「演奏を…」
「翼をください」
わたしを除いた三人全員が同じタイミングで声を重ねた。
「え、なに?」
「続きをお願いします」
涙はまだ出てたけど、唯先輩が生きている話を聞きたかった。
「……わかった。えっと、どっからだっけ」
「ギタリストのところからだよ」
「えーと、それで唯が突然謝りだしたんだったかな」
「うん。申し訳ないけど、入部の取りやめを言いにきたんだって言ったと思う」
「なんで止めたかったんですか?」
「ギターが弾けないからだって、唯ちゃん言ってたわ」
「それで、どうして気が変わったんですか?」
「演奏を聴かせたんだ、あたし達の」
「演奏を…」
「翼をください」
わたしを除いた三人全員が同じタイミングで声を重ねた。
110: 2010/02/19(金) 02:03:11.62
翼をください、わたしも中学校で歌ったから、どこか懐かしく感じる。
「それを聴いた唯の奴、なんて言ったと思う?」
律先輩がまたしてもクイズを出してくる。
「普通に凄いとか言ったんじゃ」
「あんまり上手くないですね、だって」
「ええ!? そんなこと言ったんですか」
「たしかに初心者だったから、上手くはなかったんだよ」
澪先輩から謙虚なコメント。
「でも、その頃から唯先輩は唯先輩なんですね」
「そうね。唯ちゃんはいつもどこでも笑ってたわ」
「わたしは律に加えて唯も相手にしなきゃいけなかったから大変だったけど、それでも唯がいて楽しかった」
「唯って案外泣き虫なんだよな」
「ライブの時も泣いてましたね」
三人それぞれが、思い思いに自分の中で生きる唯先輩の姿を追っている。
そんな気がした。
「それを聴いた唯の奴、なんて言ったと思う?」
律先輩がまたしてもクイズを出してくる。
「普通に凄いとか言ったんじゃ」
「あんまり上手くないですね、だって」
「ええ!? そんなこと言ったんですか」
「たしかに初心者だったから、上手くはなかったんだよ」
澪先輩から謙虚なコメント。
「でも、その頃から唯先輩は唯先輩なんですね」
「そうね。唯ちゃんはいつもどこでも笑ってたわ」
「わたしは律に加えて唯も相手にしなきゃいけなかったから大変だったけど、それでも唯がいて楽しかった」
「唯って案外泣き虫なんだよな」
「ライブの時も泣いてましたね」
三人それぞれが、思い思いに自分の中で生きる唯先輩の姿を追っている。
そんな気がした。
111: 2010/02/19(金) 02:07:36.73
「みんな、演奏をやらない?」
ムギ先輩がそう言った。
「演奏ですか?」
「そう、翼をくださいをやってみない」
「お! いいな、それ!」
律先輩は明るく応える。
「でも、なんで翼をくださいなんだ?」
澪先輩が聞いた。
「なんとなく、やりたくなったからじゃ駄目かな?」
「いいだろ、澪」
「うん、いいけど」
先輩達が席を立ち上がり、楽器の置かれた場所へ移動し始める。
「梓も一緒にやろう」
澪先輩がわたしを呼んだ。
「はい」
ムギ先輩がそう言った。
「演奏ですか?」
「そう、翼をくださいをやってみない」
「お! いいな、それ!」
律先輩は明るく応える。
「でも、なんで翼をくださいなんだ?」
澪先輩が聞いた。
「なんとなく、やりたくなったからじゃ駄目かな?」
「いいだろ、澪」
「うん、いいけど」
先輩達が席を立ち上がり、楽器の置かれた場所へ移動し始める。
「梓も一緒にやろう」
澪先輩がわたしを呼んだ。
「はい」
112: 2010/02/19(金) 02:10:27.71
「おっ、じゃあ梓はボーカルもな!」
「ぼ、ボーカルって、そんなの無理です!」
「へーきへーき、別にライブじゃないんだからさ」
律先輩は無責任にも、そんなことを言っている。
「み、澪先輩がやったほうがいいですよ」
「梓が歌うから意味があるんだよ」と、澪先輩。
「どういうことですか?」
「ドユコト?」
「ソユコト」
またも律先輩とムギ先輩のやり取り、イントネーションが若干外国人みたいなのは気のせいじゃない。
「ぼ、ボーカルって、そんなの無理です!」
「へーきへーき、別にライブじゃないんだからさ」
律先輩は無責任にも、そんなことを言っている。
「み、澪先輩がやったほうがいいですよ」
「梓が歌うから意味があるんだよ」と、澪先輩。
「どういうことですか?」
「ドユコト?」
「ソユコト」
またも律先輩とムギ先輩のやり取り、イントネーションが若干外国人みたいなのは気のせいじゃない。
113: 2010/02/19(金) 02:15:01.19
「ほら、梓」
澪先輩が真ん中の唯先輩がいたポジションを指し示す。
わたしは後ろを振り返ってみた。
誰もいない。
唯先輩はいない。
あらためて、この空間からいなくなったことを実感する。
「そうだ。梓、知ってたか?」
律先輩だ。
「なにをですか?」
「この写真見てみな」
そう言って、律先輩はホワイトボードに貼り付けられた一枚の写真を指差す。
その写真は左からムギ先輩、唯先輩、澪先輩、律先輩の順に写った写真だった。
「これがどうかしたんですか?」
「これ、唯が入部した日に撮った写真なんだよ。あたし達がまだ友達にもなってなかった時。ある意味ここから軽音部が始まったんだよ」
「唯先輩、笑顔がぎこちないですね」
澪先輩が真ん中の唯先輩がいたポジションを指し示す。
わたしは後ろを振り返ってみた。
誰もいない。
唯先輩はいない。
あらためて、この空間からいなくなったことを実感する。
「そうだ。梓、知ってたか?」
律先輩だ。
「なにをですか?」
「この写真見てみな」
そう言って、律先輩はホワイトボードに貼り付けられた一枚の写真を指差す。
その写真は左からムギ先輩、唯先輩、澪先輩、律先輩の順に写った写真だった。
「これがどうかしたんですか?」
「これ、唯が入部した日に撮った写真なんだよ。あたし達がまだ友達にもなってなかった時。ある意味ここから軽音部が始まったんだよ」
「唯先輩、笑顔がぎこちないですね」
114: 2010/02/19(金) 02:21:28.29
写真の中の先輩は、まだなんとなく遠慮をしてる印象を受けた。
それでもダブルピースをしてる辺りは流石と言うべきか。
「仕方無いよ、唯が入部するって言ってすぐに撮ったから、律が勝手にわたしのカメラで」
「別にいいだろー、カメラぐらい」
「さあ、早くやりましょう」
わたしはもう少しこの写真を見ていたかったけど、仕方なく持ち場へ赴き、ギターを手にした。
本当に歌うのかな。
疑問に思い、改めて聞いてみる。
「あの、本当に歌わなきゃ駄目なんですか?」
「わたしも一緒に歌うからさ、梓も歌おうよ」
わたしは律先輩に聞いたのに、何故か澪先輩から説得されてしまった。
断ったら澪先輩はがっくりするかな。
「あの、笑わないで下さいね」
「笑わない笑わない、なあムギ?」
既に笑っている律先輩がムギ先輩に振る。
「ええ、笑わないわ、ふふ」
「じゃあ、始めよう。律、お願い」
わたしの心の準備を待たずに、澪先輩が急かす。
部室にドラムスティックの乾いた音が響いた。
それでもダブルピースをしてる辺りは流石と言うべきか。
「仕方無いよ、唯が入部するって言ってすぐに撮ったから、律が勝手にわたしのカメラで」
「別にいいだろー、カメラぐらい」
「さあ、早くやりましょう」
わたしはもう少しこの写真を見ていたかったけど、仕方なく持ち場へ赴き、ギターを手にした。
本当に歌うのかな。
疑問に思い、改めて聞いてみる。
「あの、本当に歌わなきゃ駄目なんですか?」
「わたしも一緒に歌うからさ、梓も歌おうよ」
わたしは律先輩に聞いたのに、何故か澪先輩から説得されてしまった。
断ったら澪先輩はがっくりするかな。
「あの、笑わないで下さいね」
「笑わない笑わない、なあムギ?」
既に笑っている律先輩がムギ先輩に振る。
「ええ、笑わないわ、ふふ」
「じゃあ、始めよう。律、お願い」
わたしの心の準備を待たずに、澪先輩が急かす。
部室にドラムスティックの乾いた音が響いた。
115: 2010/02/19(金) 02:23:43.69
「酷いです…」
演奏が終わると、演奏中は我慢していたのか終わってすぐに先輩方が笑い出した。
澪先輩もわたしに背を向けながら、堪えた笑いを出している。
はあ、やっぱり歌わなきゃよかった。
「梓ちゃん、ごめんなさいね」
「あ、いえ」
ムギ先輩にまともに謝られると、許さざるおえない。
律先輩は未だに笑っている。
澪先輩は涙まで出てきたのか、目元を指で触っている。
わたしはギターを下ろし、再びホワイトボードを見ようとした。
あの写真以外にも何枚か張ってあるから、唯先輩の顔を探してみようと思ったのだ。
わたしがホワイトボードから写真を選択しようとした瞬間だった。
部室のドアが開く音がした。
「あ、先輩」
演奏が終わると、演奏中は我慢していたのか終わってすぐに先輩方が笑い出した。
澪先輩もわたしに背を向けながら、堪えた笑いを出している。
はあ、やっぱり歌わなきゃよかった。
「梓ちゃん、ごめんなさいね」
「あ、いえ」
ムギ先輩にまともに謝られると、許さざるおえない。
律先輩は未だに笑っている。
澪先輩は涙まで出てきたのか、目元を指で触っている。
わたしはギターを下ろし、再びホワイトボードを見ようとした。
あの写真以外にも何枚か張ってあるから、唯先輩の顔を探してみようと思ったのだ。
わたしがホワイトボードから写真を選択しようとした瞬間だった。
部室のドアが開く音がした。
「あ、先輩」
116: 2010/02/19(金) 02:27:49.08
わたしはそんなことを言った。
唯先輩が入ってきたように思ったから。
「遅れてすいません、みなさん」
先輩ではない。
でも、先輩と少し似ている。
姉妹だから当たり前か。
それがなんだか羨ましい。
「みなさん、練習されてたんですか?」
「ううん。歌ってたんだよ」
憂に一番近いわたしが答える。
「歌ってたの?」
「うん、歌ってた」
そう、わたし達は思い出の歌を歌った。
軽音部の始まりの歌。
それは先輩達の出逢いの記憶。
唯先輩が入ってきたように思ったから。
「遅れてすいません、みなさん」
先輩ではない。
でも、先輩と少し似ている。
姉妹だから当たり前か。
それがなんだか羨ましい。
「みなさん、練習されてたんですか?」
「ううん。歌ってたんだよ」
憂に一番近いわたしが答える。
「歌ってたの?」
「うん、歌ってた」
そう、わたし達は思い出の歌を歌った。
軽音部の始まりの歌。
それは先輩達の出逢いの記憶。
118: 2010/02/19(金) 02:33:31.05
☆
わたしは梓ちゃんと仲直りをしました。
梓ちゃんの家へ行って、わたしは必氏に謝りました。
梓ちゃんの顔は元気がなくて、それがわたしの罪の意識を一層と強くした。
それでも梓ちゃんは、無理をして笑ってくれた。
許してくれた。
涸れたはずの涙が流れて、わたしの視界を濡らしました。
梓ちゃんとわたしはいつの間にか抱き合って、一緒に泣きあっていました。
小さな子供みたいに泣き疲れると、今度は笑いあいました。
ちょっと前まで悲しいから泣いていたはずなのに。
なんだか、これまで以上に梓ちゃんとの距離が近くなった気がします。
わたしは梓ちゃんと仲直りをしました。
梓ちゃんの家へ行って、わたしは必氏に謝りました。
梓ちゃんの顔は元気がなくて、それがわたしの罪の意識を一層と強くした。
それでも梓ちゃんは、無理をして笑ってくれた。
許してくれた。
涸れたはずの涙が流れて、わたしの視界を濡らしました。
梓ちゃんとわたしはいつの間にか抱き合って、一緒に泣きあっていました。
小さな子供みたいに泣き疲れると、今度は笑いあいました。
ちょっと前まで悲しいから泣いていたはずなのに。
なんだか、これまで以上に梓ちゃんとの距離が近くなった気がします。
119: 2010/02/19(金) 02:37:23.45
ごめんなさい。
何度も何度もごめんなさいって言いました。
「もう、いいよ」
梓ちゃんがそう言ってくれたけど、どれだけ言ってもわたしの中の罪の意識は拭えませんでした。
結局、わたしは楽になりたいだけだったのかもしれません。
罪を背負うことが怖かったんだと思います。
人間は誰しも正しいことばかりをして生きているわけじゃない。
道を間違ってしまうことぐらいある。
梓ちゃんはそんな風なことを言ってくれて、少し楽になれました。
二度と同じ間違いは犯さないってわたしは梓ちゃんに誓いました。
梓ちゃんは正に仏の顔で、わたしの言葉を受け入れてくれました。
それが、仲直りまで。
何度も何度もごめんなさいって言いました。
「もう、いいよ」
梓ちゃんがそう言ってくれたけど、どれだけ言ってもわたしの中の罪の意識は拭えませんでした。
結局、わたしは楽になりたいだけだったのかもしれません。
罪を背負うことが怖かったんだと思います。
人間は誰しも正しいことばかりをして生きているわけじゃない。
道を間違ってしまうことぐらいある。
梓ちゃんはそんな風なことを言ってくれて、少し楽になれました。
二度と同じ間違いは犯さないってわたしは梓ちゃんに誓いました。
梓ちゃんは正に仏の顔で、わたしの言葉を受け入れてくれました。
それが、仲直りまで。
120: 2010/02/19(金) 02:40:50.09
――ふっと瞼を持ち上げると、講堂一杯に集まった人がわたしを、わたし達を見ているのがわかります。
今、わたしはステージの上に立っています。
お姉ちゃんが残した歌詞を元に作った曲。
わたしはこの曲を歌う為だけにステージに上がりました。
お姉ちゃんがいなくなってから、軽音部のみなさんは練習をしなかったみたいです。
そんな日が続いたある日、高校生活最後の演奏機会を前に、さわ子先生が言ったそう。
「後悔しないように、今やれることをやりなさい」
その時の先生の表情はいつになく真剣だったそうで、その言葉を聞いた澪さんが。
「これ、この歌詞、最後だからさ。……やりたいんだ。みんなで」
今、わたしはステージの上に立っています。
お姉ちゃんが残した歌詞を元に作った曲。
わたしはこの曲を歌う為だけにステージに上がりました。
お姉ちゃんがいなくなってから、軽音部のみなさんは練習をしなかったみたいです。
そんな日が続いたある日、高校生活最後の演奏機会を前に、さわ子先生が言ったそう。
「後悔しないように、今やれることをやりなさい」
その時の先生の表情はいつになく真剣だったそうで、その言葉を聞いた澪さんが。
「これ、この歌詞、最後だからさ。……やりたいんだ。みんなで」
122: 2010/02/19(金) 03:01:39.81
澪さんが持っていたのはお姉ちゃんが残したという歌詞。
わたしは事故が起きる二日前あたりから、お姉ちゃんの部屋に入ると恥ずかしそうになにかを隠してたのを思い出しました。
きっと、あれはその歌詞を書いていたんじゃないかって思います。
それから、わたしのもとにみなさんがやってきて、ボーカルをやって欲しいとお願いをされてしまい、わたしは戸惑いながらもボーカルをやってみることにしました。
そして、わたしは自分の出番が来てステージに上がっているところです。
とても緊張して手が少し震えてしまって大変。
本当にわたしなんかが歌っていいのか少しだけ悩んだ時もありました。
けれど、お姉ちゃんが見ていた景色を見れたことが嬉しくて、今は自然と笑みが零れてしまうほど。
わたしは事故が起きる二日前あたりから、お姉ちゃんの部屋に入ると恥ずかしそうになにかを隠してたのを思い出しました。
きっと、あれはその歌詞を書いていたんじゃないかって思います。
それから、わたしのもとにみなさんがやってきて、ボーカルをやって欲しいとお願いをされてしまい、わたしは戸惑いながらもボーカルをやってみることにしました。
そして、わたしは自分の出番が来てステージに上がっているところです。
とても緊張して手が少し震えてしまって大変。
本当にわたしなんかが歌っていいのか少しだけ悩んだ時もありました。
けれど、お姉ちゃんが見ていた景色を見れたことが嬉しくて、今は自然と笑みが零れてしまうほど。
123: 2010/02/19(金) 03:02:42.31
これはお姉ちゃんに捧げるラブソング。
律さんのドラムを合図に曲の伴奏が始まる。
お姉ちゃん、いまどこにいるの?
わたしの声は届くかな?
届いているのなら、耳をすましてわたしの声を聴いてね。
お姉ちゃんの為に精一杯歌うから。
どれだけお姉ちゃんが好きか。
どれだけ大好きか。
どれほどまでに愛しているか。
伝えたい想いを声に乗せて歌うから。
だから、おねがい。
お姉ちゃんにとどけ。
律さんのドラムを合図に曲の伴奏が始まる。
お姉ちゃん、いまどこにいるの?
わたしの声は届くかな?
届いているのなら、耳をすましてわたしの声を聴いてね。
お姉ちゃんの為に精一杯歌うから。
どれだけお姉ちゃんが好きか。
どれだけ大好きか。
どれほどまでに愛しているか。
伝えたい想いを声に乗せて歌うから。
だから、おねがい。
お姉ちゃんにとどけ。
124: 2010/02/19(金) 03:05:16.89
事故の日から、わたしの世界は非日常が続きました。
けど、最近思うことがあります。
日常ってのは非日常の積み重ねなんじゃないかって。
明日なにが起こるかなんて誰にも分からない。
わたしはそんな非日常な毎日を生きていくんだって、そんな風にちょっと背伸びして考えてしまいました。
そう考えると、一日一日が特別な気がしてきて少し得した気分になります。
お姉ちゃんがそれを聞いたらどう思うかな。
首を傾げて呆けるお姉ちゃんの顔が思い浮かぶ。
ふふっ、お姉ちゃんらしいな。
けど、最近思うことがあります。
日常ってのは非日常の積み重ねなんじゃないかって。
明日なにが起こるかなんて誰にも分からない。
わたしはそんな非日常な毎日を生きていくんだって、そんな風にちょっと背伸びして考えてしまいました。
そう考えると、一日一日が特別な気がしてきて少し得した気分になります。
お姉ちゃんがそれを聞いたらどう思うかな。
首を傾げて呆けるお姉ちゃんの顔が思い浮かぶ。
ふふっ、お姉ちゃんらしいな。
125: 2010/02/19(金) 03:06:28.42
「憂! 見つかったよ!」
梓ちゃんが慌しく部室に入ってきました。
言葉から察するに、どうやら新入部員が見つかったみたいです。
お姉ちゃん、じゃあまた後でね。
わたしはホワイトボードに貼られた写真の中のお姉ちゃんに微笑んでみる。
写真の中のお姉ちゃんは笑い返してくれた。
「うん、またあとでねぇ」
笑顔で、そんな言葉を言いながら。
お わ り
梓ちゃんが慌しく部室に入ってきました。
言葉から察するに、どうやら新入部員が見つかったみたいです。
お姉ちゃん、じゃあまた後でね。
わたしはホワイトボードに貼られた写真の中のお姉ちゃんに微笑んでみる。
写真の中のお姉ちゃんは笑い返してくれた。
「うん、またあとでねぇ」
笑顔で、そんな言葉を言いながら。
お わ り
126: 2010/02/19(金) 03:08:26.14
やっと終わった
拝読してくれた人、支援してくれた人、ありがとう
また後日会おう
拝読してくれた人、支援してくれた人、ありがとう
また後日会おう
127: 2010/02/19(金) 03:11:02.17
おつ!
面白かったよ!
面白かったよ!
128: 2010/02/19(金) 03:51:46.79
乙。よかった!
また楽しみにしてるよ
また楽しみにしてるよ
引用元: けいおん「非日常的ラブソング」
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