200: 05/01/21 19:42:05 ID:???
 世界なんて概念は人が生み出したもので。僕らが氏んだら世界は終わる。
 朝も夜もなくなったこの大地で。
 世界が終わるまで僕らは生きていく。這いずるようにして生きている。
 
 小屋の中にアスカの姿がない。
「…。」
 そう遠くには行っていない。あんな身体だ。多分、あそこだ。
 砂浜。あのときの。いつものところにアスカはいた。
「…アスカ。」
 水色のワンピースを着たアスカは波打ち際に座っている。
 ほとんど力の入らない右腕を抱え、何をするでもなく、波の来るほうを見つめている。
「…いつまでもこんな潮風の当たるところにいちゃダメだ。怪我だってまだ治ってないんだから…。身体に障るよ。」
「……。」
「波がかかるよ…。」
「…このまま波にさらわれていけたら…」
「…。」
 このところ、アスカはこういうことばかり口にする。
 あれから何日経ったのか。分からない。世界に夜も朝もなくなったから。食事や睡眠の回数で数えるところなんだろうけど、あまりにも不規則だから当てにならない。
 そもそも時間を気にすることに理由がない。
 今は、日に二食。缶詰やレーションを探してきて食べる。生きていけるギリギリの栄養なんだけど、アスカはそれさえも取ろうとしないことが多い。おかげで怪我も治りが遅い。

201: 05/01/21 19:44:29 ID:???
「薬は飲んだ?」
「…ほっといて。」
「…アスカ。今日は食事だってまだ…」
「どうなるのよ。」
「え?」
「…あの雨風さえまともにしのげない犬小屋同然のプレハブに戻って…あの豚の餌以下の食事を手づかみで食べて…それでどうなるのよ。」
「……。」
「あんた…状況分かってんの!?あたしたちは…負けたのよ。世界を救うのが仕事だったのに…何も出来ずに…役目を果たせずに…。ミサトも氏んだんでしょ!?」あんたのパパだって氏んだ。ヒカリだって…鈴原だって相田だって!あたしたちが負けたから!
 一体どれほどの人が生き残ってるっていうのよ! 
 生まれたばかりの自我が確立していない乳児!
 精神に疾患を患って自我に異常をきたした一部の精神病患者と植物状態の脳氏患者!
 補完すら受け入れられないほどに破綻した精神構造の持ち主!
 悟りによって補完を必要としなかった本当に一握りの宗教屋!
 この例に当てはまらない人間はみんな、もう…LCLの海に溶けてる…!」
 つづく

202: 05/01/21 19:46:00 ID:???
 爆発した。多分、帰ってきてから喋ったこと全部よりも喋った。言い返せない。絶望的な正論。
 ずっとそんなことを考えていたのか。
 僕は心にもない希望を口にする。
「また…戻ってくるかもしれないよ。」
「…戻ってくることが分かってるんだったらこんだけ金かけて!マギ作ってネルフ作ってEVA作って!使徒倒す必要は無かったのよ!あたしが…ママに見捨てられることもなかったのよ!あんただってパパに捨てられずに済んだのよ!
 そうじゃないのよ!あんただって本当は分かってるんでしょ…?

 戻ってこないのよ!もう誰も!

 生き残ってる人間はみんな人として何かが欠けてるわ…。私やあんたみたいに…。そんな連中に何が出来るっていうの!?これからも西暦を続けていけっていうの!?私達だけで…。世界を守れなかった役立たずのヒーローのままで…。
 しかも…。セカンドインパクトからたった15年しか経っていない…生態系が回復しきっていないところへのサードインパクト…。
 分からないの?マギが試算したことがあったわ。地球はセカンドインパクト級の被害をもう一度受ければ復元出来なくなるって。星が元に戻ることのできる力の限界を超えるのよ。そして…実際に三度目は起こった!
 この星は…もう…もたないのよ!」
「…。」
 やはり。
 漠然と感じていたことだ。大気の流れ。空と海の色。。僕たちが知っているものとはかけはなれてしまった世界。そういう言い知れない不安はずっと付きまとっていたけれど。
「意識だけになった連中はいいわよ!私達は…また身体を持ってしまった私達は…ただ氏んでいくのよ。あの海に戻る事すら出来ずに一人で氏んでいくのよ!」
「……。」
 アスカは絶叫し…顔を伏せた。そして…
「戻って…。」
 そしてアスカは嗚咽の中で…“二人で生きていくならば決して口にしてはいけないこと”を口にした。
「戻 っ て こ な け れ ば 良 か っ た…!」
つづく

203: 05/01/21 19:48:50 ID:???
「一人じゃない。」
 一生懸命に言葉を探したけれどこんな陳腐な言葉しか出てこない。
「……。」
「アスカが氏ぬとき、僕は必ず側にいる。だから…一人じゃない。」
「…いてどうなるのよ。」
「…。」
「…いたからどうだっていうのよ!?あんたが私の孤独を埋めれるっていうの?あんたが私の補完をしてくれるの?碇シンジ補完計画!はっ!願い下げよ!
 …笑わせるんじゃないわ…何様のつもりよ!あんたに何が出来るっていうのよ!?」
 非難。怒号。罵倒。そして問い掛け。
 何が出来る?何が出来るんだろう。この僕に。無力な僕に。臆病な僕に。アスカが本当に必要だったときに手を差し伸べなかった僕に。全てに…手遅れだった僕に。
 答えを探す。僕の中に。アスカは僕を憎しみの眼差しで睨みつけている。でも…アスカは僕の言葉を待っている。憎みながらだけど。待っている。
 僕を憎むこと。それがアスカの誠意。ならば僕の誠意は…僕の思いを拙いなりに出来うる限り正確に言葉にすること。
 あの海の中ではこんな苦労はいらなかった。思いを正確に伝えることが出来た。分かり合うことが出来た。
 思いは言葉にした瞬間にずれを生む。コミュニケーションの手段として欠陥品だ。
 だけど僕達は言葉で分かり合う世界を選んだ。分かり合うことが難しい世界をわざわざ選んだ。そのことには…意味があると思う。
 僕はたっぷり時間をかけて答えを探した。そして、あまりに空虚な、だけど今導き出せる最上の答えを口にした。
「…分からない。」
 続く

204: 05/01/21 19:50:03 ID:???
「…ほら、見なさい。」
 アスカの声に失望が滲むのが分かる。自分の言葉が正しかったことが証明されたことの喜びなんていうものは…ない。
 分かる。分かってる。言葉を言葉の通りに受け取ってはいけない。人が思いをそのまま喋ってると思ってはいけない。アスカは…本当に僕を拒絶してるんじゃない。何もしない僕を拒絶してるんだ。
 紡がなきゃ。言葉を。嫌われても。罵られても。ここは陸だ。あの海とは違う。言葉にしなければ分かり合えない。
「ただ…アスカの力になりたい。」
 アスカの口元が歪む。軽蔑の。侮蔑の笑顔。最低の表情だ。
 ふらつく脚で立ち上げる。支えようとした僕をアスカは乱暴に振り払った。
「また“その言葉”を口にするわけ?
 だったら私もあの言葉を返すわよ。“私の側に来ないで。あんた私を傷つけるだけだもの”」
「…そうかもしれない。だけど近づくよ。今の身体では僕の補助なしじゃ生きられない。」
「“あんた誰でもいいんでしょ。ミサトもファーストも怖いから。お父さんもお母さんも怖いから!”」
「…怖いよ。今でもそうだ。だjけどアスカじゃなきゃダメだ。」
「えーそうでしょうよ。今じゃあたししかいないんだから!
 消去法で選ばれたオンリーワンに何の価値があるっていうのよ!」
「過ぎたことを言ってどうなるんだよ!」
「都合のいいことを!男はすぐそう言って!」
「そうしなければ生きていけないんだよ。これから先は!」
「……。もういい。」
 アスカは崩れ落ちるように腰を下ろし、膝を抱える。
「あたしがバカだった…。あんたに…何を…」
 その呟きは最後が聞き取れなかった。
 ダメだ。言わなきゃ。伝えたいのはそういうことじゃないんだ。もっと上手く。もっと正確に。僕の…僕の気持ちを…!
 続く

206: 05/01/21 19:51:50 ID:???
「アスカに氏んで欲しくないんだ。」
 僕の思いとは裏腹に。口から出たのは何の捻りもない、思いの断片。切れッ端だ。
 だけど。僕は続けた。
「生きていて欲しいんだ。」アスカが顔を上げた。僕を見た。
「僕なりに考えてた。これからどうしようかって。どうやって生きていこうかって。
 …いや。本当は氏ぬことも考えた。こんな世界で。何を期待できる訳でもないんだから。
 でも浮かんだのはアスカのことだった。僕が氏んだらアスカはどうなるんだ』って。
 一人になる。一人っきりになってしまう。
 僕は嫌だ。一人は嫌だ。だから氏ななかった。氏ななかったんだ。」
 取り付かれたように僕は喋る。アスカは呆気に取られたように僕を見ている。
 何か伝わっているのかな。少しでも。わずかでも。不安だ。でも。
 止まらない。
「どこに住もうかって考えたときにもアスカのことが浮かんだ。不自由な身体でも少しでも動きやすいところを探した。こんなところしか見つからなかったけど。
 食事の準備をしてるときも。アスカにも食べられるものをって。実際には…ああだけど。
 廃墟の中でも気付いたらアスカのためのものを探してるんだ。朝起きたときにまず気になるのはアスカの体調なんだ。僕の目の届かないところにいるときは不安で仕方なくなる。生活がアスカ中心に動いてるんだ。」
「…そんなに負担になってるんなら捨てていきなさいよ…。あんた一人なら…まだ…。」
「だから!一人は嫌なんだよ!」
「…!」
続く

207: 05/01/21 19:55:14 ID:???
「アスカのために何かをすることが今の僕が生きてる理由なんだ!
少しでもアスカの栄養になるものをっていうのが崩れかけたビルの中に、怖がりながらでも足を踏み入れる理由なんだ!
 こんなものは押し付けだよ!僕の勝手な…一方的な思いだ。別に…何を…求めてるわけでもない。
 …応える必要も無い。」
 これだけは嘘だ。
 僕は卑怯者だ。つくしたら感謝されたい。見返りが欲しい。
 だけど。それは違う。本当の。僕のなりたい僕じゃない。だから僕は嘘をつく。
「…あんた…あんた何言ってんのよ…。今、そんな…そんな話してるんじゃないでしょ?
 私は…世界は…もう…。」
 アスカの声は震えてる。そうだ。答えになってない。見当外れな独白だ。けど。
「いつまで生きられるか分からない。終わりは来る。それは明日かもしれない。運が良ければ何十年後かもしれない。
だけど多分、人の歴史は僕達のところで終わっていくんだ。
もう…夢を見られるような世界じゃなくなった。生活の全てを“生きる”ことにつぎ込むことになると思う。
だけど…その中でも僕は何かのために動きたい。誰かの為にあがきたい。どうせ生きるなら…僕はアスカを支えて生きていきたい。」
 アスカは口をパクパクさせている。言葉が見つからないの?僕もそうだよ。
 だから…こういう言い方しか出来ない。
「僕は…馬鹿だから。きっと世界が終わる日でも君のことばかり考えてる。
 僕は…“バカシンジ”だからさ。きっと…世界が終わる瞬間にもアスカに恋してる。」
「シンジ…。」
 アスカは目を見開いた。耳が熱い。顔が熱い。こんなの柄じゃない。だけど。胸を張って僕は言う。
「出来ることは…多くないと思う。僕は何度もアスカの期待を裏切った。愛想尽かしてるのも分かる。
 だけど…だけど。」
 僕は一瞬間を置いて…そして。思いの塊を吐き出した。
「一緒に暮らそう。僕に…支えさせてよ。」
 ああ。多分これはプロポーズだ。色気のかけらもないけど。きっとそうだ。
 続く

209: 05/01/21 19:57:51 ID:???
「……。」
 アスカは僕の方をじっと見てる。一つしかなくなった目で僕を見てる。
 少しすると口を開きかけ…何か言いかけて…何も言わずに口を結んだ。
 と。
「…あ。」「アスカ…!」
 左足がかくんと曲がり、アスカの身体が傾く。僕は慌てて手を伸ばして支えた。
「……。」 アスカは僕から力なく逃れようとした。
「……。」 僕は離さなかった。アスカはすぐに抵抗をやめた。
「…たなんか。」「…え?」
「あんたなんかに…。この…あたしが…」「……。」
「…そんな風にしなければ生きられないんなら…いっそ…。」
 僕は腕を引き寄せた。アスカを胸に抱きしめた。
 今度は抵抗されなかった。
「…アンタなんか…アンタなんかぁ…!」
 震えながらアスカは僕のシャツをつかみ、顔を胸に押し付けた。それからも何か呟いていたけど…。よくわからない。
「…アスカ。食事にしよう。」
 何故泣くのかな。今の僕には分からない。分かり合うにはまだ努力が必要みたいだね。僕にも。君にも。
 僕らは砂浜から犬小屋以下のプレハブ小屋の我が家へ、豚以下の夕飯をとりに帰った。 

 世界なんて概念は人が生み出したもので。僕らが氏んだら世界は終わる。
 朝も夜もなくなったこの大地で。
 世界が終わるまで僕らは生きていく。這いずるようにして生きていく。
 二人きりで。
 終

引用元: きゃぁ!!何よバカシンジ!!やめ…や…あんっ part2