1: 2014/02/09(日) 02:31:06.29


月のきれいな夜だった。


3: 2014/02/09(日) 02:32:57.06

「?」

「…あっ」
「す、すまんの。起こしてしまったかや」

「…ああいや」
「ちょうど腹の虫に起こされたところだ」
「休みをとるべきときにとることができるのも、いい旅人の条件だ。へんに飯をけちるもんじゃないな」

「……ではぬしはどうしてもよい旅人にはなれそうにないの」

「商人だからな」

「たわけ」


くつくつとホロが笑った。

4: 2014/02/09(日) 02:34:58.30

「それで。どうした。寒かったか」

「……んむ、それもまあ、あるがの」

「?」

「……ほれ」
「小腹が空いておるなら塩辛いものでもどうじゃ。一杯わっちに付き合わぬかの」

「塩辛いもの?」

「むぅ」

「これのことか?」


そう言って軽くホロの頬を拭った。


「た、たわけ。くさい台詞を……ね、寝起きなんじゃ!茶化すでない」

「いって」

5: 2014/02/09(日) 02:36:06.44

「まあ」

「んぷ」

「いいぞ。俺も寒かったしくっついた方が暖かいしな」

「……」
「ふん。どうせわっちの尻尾が目当てなんじゃろーが」

「分かってるならその尻尾を落ち着かせてほしいんだが」

「……っ。たわけっ」

「いたいって」

6: 2014/02/09(日) 02:37:42.46

「む……」


そっと、耳ごと頭を優しく撫でると、大人しくなった。……元々寝惚け交じりなだけかもしれない。


「ふん」

「少しだけだぞ」

「かまわぬ。ぬしがしっかりとした旅人たるためにわっちも協力しんす」

「……ああ。ちゃんと休めるときには休まないとな」

「んむ」


くすぐったそうにホロが笑った。

7: 2014/02/09(日) 02:39:07.57

「今日は月がきれいじゃ」

「ああ」

「んむ。…ほれ。ぬしのぶん」

「……どうも」

「くふっ。ぬしは可愛いのー。いつまでもこれには慣れぬのー」

「……」
「……生憎。ただの商人なもんで」

「くふふっ」


また笑った。

8: 2014/02/09(日) 02:40:40.11

「怖い夢でもみたのか?」

「…………、くふ」
「夢ならいまもみておりんす」

「ん?」

「……ずーっと昔から……夢みていたような……いまは平和な毎日じゃ」

「……平和か」
「これでも、俺は毎日必氏に生きているんだが」

「くふっ。そんなぬしを尻に敷いてわっちは平和に生きておる」

「いつになったら俺を隣に座らせてくれるのかな」

「いつかのぉ」


嬉しそうにとぼける。

9: 2014/02/09(日) 02:41:18.40

「ときどき夢から覚める」

「……?」

「寒くて思い出す。だからこうして」

「……」

「わっちは夢をみておる。いまもこうして……」
「醒めぬよう。夢をみておるんじゃ」

「……」
「そうか」

「うむ」

10: 2014/02/09(日) 02:42:09.35

くり返し、頭を撫でる。
とてもやわらかい亜麻色の髪。

人の姿の彼女はとにかく小さくて……頼りない。丸めれば耳だって、まとめて、その小さな頭は片手に収まる。


「……むぅっ耳を押さえるでないわ!」

「はは」


怒られた。

11: 2014/02/09(日) 02:42:57.38

「よしよし」

「……むぅ」
「むー。……ふん。後にも先にも……わっちを子のように扱うのはぬしくらいのものじゃ」

「それは光栄だ」

「たわけ」

「ええたわけですとも」

「……くふふ。たわけ」

「はい。……ははは」

12: 2014/02/09(日) 02:44:41.06

いつものように皮袋を手渡し合いながら、お互い、いつもよりくり返し舌を湿らせた。


「だが産まれたときから賢狼様だったというわけでもないだろう」

「そんな昔のことは忘れてしまいんす」

「じゃあいま夢をみているということも、忘れてしまえばいいさ」
「いまだけでも、忘れてしまえばいい」

「…………んむ」

「ああ」

13: 2014/02/09(日) 02:45:24.20

「うたがあるんだ」

「うた?」

「ああ。商人に伝わる、まあ……まじないみたいなもんだ」
「夜こうした眠れないときは、うたう」

「……それは子守り歌ではないかや?」

「失敬な。勇敢な旅人のうただぞ」

「ぷっ」

「べつに笑うところじゃないんだが……」

「くふ、ふ……すまぬすまぬ。くふふっ……まあよい。聴かせてくりゃれ?」

「ああ」

14: 2014/02/09(日) 02:46:01.93

「……音痴じゃのぅ」

「初めて言われたぞ」

「それはぬしが」
「その歌を聴かせるのはわっちが初めてじゃからじゃろ」

「う……」

「くふふ。たわけめ」

「いて」

「まあ、よい」

15: 2014/02/09(日) 02:46:32.77

ホロは俺の胸に埋まるように丸くなり、目を閉じ、小さく微笑んだ。


「ぬしのうたでがまんしんす」

「そうしてくれ。残念だがここには俺しかいないから」

「んむ」
「ぬししかおらぬから」

「ああ」

「んむ」
「ぬしも、わっちしか聴き手はおらぬ。気にせず歌ってくりゃれ」

「ああ」
「ホロしかいないからな」

「んむ」

16: 2014/02/09(日) 02:47:27.01

「では……お休みじゃ」

「ああ。お休み」


今日は月がきれいだ。
けれど狼はこちらを向いて、静かに寝息を立てている。

俺のうただけが静かに響く。


狼は今日も夢をみる。


「……おやすみ」

17: 2014/02/09(日) 02:47:55.91

おしまい

18: 2014/02/09(日) 02:49:06.93
寝るわ
読んでくれたひとさんくす

20: 2014/02/09(日) 03:19:01.11
乙!

21: 2014/02/09(日) 03:30:29.55

ホロとロレンスはホント好き

引用元: ロレンス「狼は夢をみる」