1: 2010/10/23(土) 21:30:32.14
ちょっとだけ未来(むかし)のお話。

3: 2010/10/23(土) 21:32:30.15
「澪ちゃん、澪ちゃん!」

「どうしたの、りっちゃん?」

「私ね、たいむすりっぷ出来るんだよっ!」

「……へえ」

「それでね――」

――――― ――

4: 2010/10/23(土) 21:34:43.13
多分、まだ小学校に上りたての頃だったと思う。
私はある日、タイムスリップできるようになっていた。
ただ、一度きりだったのと、だいぶ昔のコトだったのとで、
どうやってタイムスリップできたのかはわからない。

私はいつのまにか、未来の世界に立っていた。
高校生の私がいる世界に。

そこで何をしたのかとか、
細かいことは何も記憶に無い。
けど、ただ一つ、覚えてる出来事がある。


10: 2010/10/23(土) 21:37:08.91
私は誰も知っている人がいなくて、
そこがどこなのかもわからなくて、
ただ道の片隅でべそをかいていた。

「どうしたの?」

声がして、顔を上げると黄色いカチューシャをした高校生が、
心配そうに私を覗き込んでいた。
その横にいた、何かの楽器のケースを持った黒髪の高校生が言った。

「迷子、かな」
「そうなのかなあ……大丈夫?えっと、名前とか住所、わかる?」

当時の私は、高校生というだけで「怖い」というイメージがあったので、
何も答えられずぶるぶると首を振った。

13: 2010/10/23(土) 21:40:00.98
「警察に連れて行くのは可哀そうだよね」
「だよなあ。でも住所とかわかんないならしょうがないよな」
「けどこの子、まだちっちゃいのに……。今日家に誰もいないんだろ?
連れてってあげたら?」
「って、人任せかよ!」
「だってうち、今人上げられる状態じゃないし……」
「まあ……もう暗いし危ないもんな、このままここにいるのは」

突然、カチューシャのほうに手を引かれた。
びくっとした私に気付いて、もう一人が私に、
「大丈夫だよ」と笑いかけてくれた。

15: 2010/10/23(土) 21:43:50.33
「名前、答えたくないんなら仕方ないけど、もう一回聞いていい?」
「うん。……りつ」
「えっ、私とおんなじ名前!?」
「すっごい偶然だなあ。あ、私はみお。あきやまみお。こっちのうるさいのが……」
「律だよ。りつちゃんと一緒だ!漢字で書いたら旋律の律……って、
まだ漢字はわかんないか」

みおさんは、私と同じ目線になると、
「お家、わかんないんだよね?もし良かったら、今日はもう遅いし律の家に来ない?」
と訊ねてきた。

「私たちだけじゃ探せないしさ。この辺りじゃ全然見ない顔だし。
お母さんとか心配する?」
「……わかんない」
「だよなあ」
「とりあえず、警察に寄って捜索願い出てるか確認してから律ん家行くか」
「ん、そーだな。そーするか」

りつさんは、みおさんの言葉に頷くと私の手を引いて歩き出した。

18: 2010/10/23(土) 21:47:14.17
警察に行って、よくわからないうちに私は知らない家のリビングに
ちょこんと座っていた。

「ごめんな、散らかってて」
「お前が言うな。つーか澪、帰らないのかよ」
「うん、もう帰るよ。帰るつもりだけど、気になるし……。
昔の律に似てて気になるんだよ」

みおさんはそう言って、私のカチューシャに触れると
「これもお前、持ってただろ」とりつさんを見た。

「まあそうだけど……。もしかして、過去から来た私、だったりしてなー」

りつさんは笑いながらそう言うと、私にオレンジジュースの入ったコップを
置いてくれた。

23: 2010/10/23(土) 21:57:08.59
「……自分で言ってて本気でそうかもと思ってきた」

置いた後に、私をまじまじと見てりつさんは呟いた。

「うん、私もそんな気がする。って、そんなわけないよなハハハ」
「澪、顔が引き攣ってるぞ」
「で、でもさ。もし過去から来た律なら、この家来たらわかるじゃないか」
「忘れたのか、澪さん。私がこの家に来たのは小三だ。なあ、りつちゃん、
りつちゃんって今何年生?」
「えっと、一年生」

りつさんとみおさんが顔を見合わせた。

「まさか、な」
「そうだよ、大体過去から来たんなら律自身が覚えてるはず……」

25: 2010/10/23(土) 22:22:29.45
「そんなことないみたいよ?突然、運命の軌道から外れちゃうことってあるらしいし」
「……へえ、ってムギ!?」
「こんばんは、澪ちゃん。お招きありがとう」

二人が頷きあったとき、後ろからふいに声がして、二人も、勿論私も文字通り
飛び上がった。
綺麗な髪の女の人がいた。

「お招きって、何だよ澪?」
「いや……、さっき家に着いたとき、ムギたちに今日律ん家泊まらない?って
メール送ったんだよ……」
「だめだったかしら、りっちゃん?」
「いや、そんなことはないけどさ……。そんな急に……ていうかムギ、玄関の鍵
開いてたの?あとムギたちってことは唯とかも来るわけ?」

みおさんが頷いたとき、「おいーっす!」と元気な声が玄関から聞こえた。

28: 2010/10/23(土) 22:48:39.07
「……唯が来ちゃったな」
「悪いな、律。何も言わないで呼んじゃって」
「……反省して無いだろ、澪。まあいいけどさ」
「いや、知らない家で律と二人きりって、この子も怖いだろ?」
「何もしねーよ、どんなふうに思われてるんだ私は!」

夫婦漫才のようなものを繰り広げるりつさんとみおさん。
その後ろで、にこにことそれを見守ってる沢庵みたいな眉毛の人。

「おいーっすりっちゃん!ってあれ、澪ちゃんとムギちゃんも来てたんだー」
「こんばんはです、先輩方」

そしてそのまた後ろにいる、ギターケースを抱えたほんわりした雰囲気の人と、
黒髪のツインテールで小さい人。

「おっす、唯、梓」
「唯ちゃん、梓ちゃん、こんばんは」
「突然悪かったな、律がどうしてもって言うから……」
「もう、りっちゃんは寂しがり屋さんだねえ」
「律先輩が寂しがり……ぷっ」

あ、いいな。
何となくそう思った。こんなふうに集まれて、こんなふうに笑いあえるこの
五人が、いいなって、単純に、子供心にそう思った。

29: 2010/10/23(土) 22:56:48.57
「で、この子は誰なんですか?律先輩の隠し子?」
「人聞きの悪いこと言うな!」
「だって、律先輩そっくりじゃないですか……」

ツインテールの小さい人が、私の顔をさっきのりつさんのようにまじまじと
眺めてきた。

「さっき迷子っぽかったから家に連れ帰ってきたんだよ。というか澪が半ば無理矢理に」
「へえ……」
「とりあえず、今夜は家にいてもらおうってことになって……。明日親捜そうって話になってさ」
「犬や猫じゃないんですから」
「そうだけど仕方ないじゃん。警察に預けるのは不憫なわけだし」

31: 2010/10/23(土) 23:04:33.29
「ねえ、名前は?」

突然、ツインテールの小さい人が尋ねてきた。
私が答えようとする前に、りつさんが「りつ」と答えた。

「律先輩に聞いてません!私はこの子の名前を……」
「だからりつなんだってば」
「え、りっちゃんにそっくりなのにおまけに名前まで一緒!?」
「唯、お前急に入ってくんな」
「なんというかもう……同じ人物としか……」

と、突然唯と呼ばれたギターケースを背中に抱えたままの人が、ほい、と何かを
渡してきた。

「ドラムスティックだよ、りっちゃん!りっちゃんなら叩けるよね!」

32: 2010/10/23(土) 23:09:32.26
「ドラムスティック?」

私は首をかしげながらそれを受取った。
ゆいさんが、きらきらと期待したような目で私を見る。

「もし叩けたらりっちゃんは天才だったって認めてあげるよ!」
「いや、別に認めてくれなくていいし!というかりつちゃんが可哀そうだし!」
「ぷっ、律先輩が自分でりつちゃんって……」
「中野ォ、お前はもう黙っとけ!」

「なあ、りつちゃん」

りつさんが、ツインテールの小人さんの頭をぐりぐりしだすと、みおさんが
声をかけてきた。その横には沢庵さんもいる。

34: 2010/10/23(土) 23:23:08.31
「大丈夫?」
「……うん?」
「そう。ならよかった」

私は突然訊ねられ、よくわからなくて首を傾げつつも頷くと、
みおさんはほっとしたように笑って私の頭を撫でた。

「澪ちゃんったら」
「え、なにムギ?」
「りっちゃんの頭撫でるの好きなの?」
「好きっていうか、昔撫でられてばっかだったから……って、別にこの子が律って
決まったわけじゃないし。ていうかにやにやするなムギ」
「あらごめんなさい」

35: 2010/10/23(土) 23:26:08.89
なんだか不思議な人たちだなあ。
私はみおさんの大きな手に撫でられながら思った。

だけどあったかかった。
何にもわからなくて、誰もいなくて不安だった気持ちが、寂しかった気持ちが、
一気に吹き飛んでいってしまった。

「そーだ!ねえりっちゃん!」
「なに、唯?」
「りっちゃんに一曲演奏してあげない?」

50: 2010/10/24(日) 03:49:28.00
「りっちゃんに、ってとこなんか複雑だな……」
「りつちゃんなんだからりっちゃんだよ!」
「いや、まあそうだろうけどさ……」

「ねえ、りっちゃん。音楽好き?」
「音楽?」

首を傾げるとゆいさんが、「そう!」と嬉しそうに笑った。

51: 2010/10/24(日) 03:52:50.13
なんかごめん、書く気萎えて寝てしまってた。
一応今から急いで最後まで書き上げる。

52: 2010/10/24(日) 03:59:30.60
「楽しいんだよ、音楽!」

ゆいさんは本当に楽しそうにそう言って、
ギターケースからギターを取り出した。

「けど唯ちゃん、家で演奏は出来ないんじゃ……」
「あー、そっかー……どうしよっか」

「……学校、行くか?」

それまで黙っていたりつさんが、呟くように言った。

「え、けどさすがに無理だろ、時間が時間だし……」
「それに音楽室締め切ったって、音、漏れちゃうんじゃないですか?」
「まず学校って開いてるの?」
「やめたほうがいいんじゃないかしら?」

53: 2010/10/24(日) 04:03:03.96
四人に反論され、りつさんが「だよなあ」と肩を落とした。

「……たい」

「え?」
「聴きたい、音楽」

私は言っていた。
聴いてみたかった。その頃の私は、音楽なんて全くわからなかったし、
楽器だって幼稚園で太鼓を少し叩いただけで。
だけど、聴いてみたいと思った。

54: 2010/10/24(日) 04:13:10.72
「……よっしゃ!そんじゃ、部長が一肌脱いでやる!」

りつさんが私の頭をくしゃっとすると、笑った。
みおさんたちは顔を見合わせると、口々に「まぁいっか」と言って、立ち上がった。

沢庵さんが近付いてきた。

「りっちゃん、りっちゃんは何か好きな曲、あるかしら?」

55: 2010/10/24(日) 04:19:12.38
「好きな曲……」

私は精一杯頭を捻らせ、今までで知っている曲を思い出した。
そして、私は「あ」と声を発した。

「なにかあった?」
「翼をください!」

沢庵さんは一瞬きょとん、とすると、何でかわからないけどすごく嬉しそうな
表情をして「わかった!」と頷いてくれた。
そして、沢庵さんは私の手を掴むと、「上手かどうかはわからないけど」と
笑って先に歩き出した四人を追おうと歩き出した。

57: 2010/10/24(日) 04:27:59.37

夜の学校は暗くて怖かった。
けど私以上に怖がっているのはみおさんで、何か物音がするたびに
りつさんや、誰かに抱き着いて震えていた。

「りつぅ」
「あー、はいはいわかったわかった」
「澪ちゃんは甘えん坊さんだねっ」
「ちょっと違うんじゃないですか、唯先輩……」
「りっちゃんは怖くない?」

沢庵さんに訊ねられ、私はこくっと首を縦に振った。
全く怖くないわけじゃないけど、皆がいてくれるから、震えるくらい怖いとは
感じなかった。
けど、自然と力が入っていたのか、ツインテールの小人さんが「平気だよ」と
私のもう一方の手を掴んで言ってくれた。

58: 2010/10/24(日) 04:32:11.65
「昔の律先輩は、大人しくて可愛かったんですねえ」
「何だよその今は可愛くないみたいな言い方!つーか昔の私って断定するな!」
「りっちゃんはこんなふうになっちゃだめだよー?」

唯さんが私の後ろに立って言った。ぷっとツインテールの小人さんがまた笑う。

「ならないよ、こんなうるさい人」

私が答えると、ツインテールの小人さんがぷぷっと二回笑った。

「くっ……流石に今のは堪えるぜ……!」

61: 2010/10/24(日) 04:38:31.07
「大丈夫よりっちゃん!私はどんなにうるさかったって、元気で明るい
今のりっちゃんも、小さい頃の大人しめのりっちゃんもどっちも大好きだから!」
「私も私もー!ムギちゃんと同じだよー!」
「……あー、そう?」
「まあ私も嫌いじゃないです」
「梓、お前は素直になってくれ」

と、突然りつさんにしがみついていたみおさんが笑い出した。

「みおー?どうした?とうとう怖くて発狂したか?」
「くくっ……違うっ、ただ……」
「何ですか?」
「……、もし、本当にこの子が昔の律なんなら、なんか凄いよなって思って……。
私たち、もうずっと昔から律に会ってることになるんだから」

62: 2010/10/24(日) 04:42:16.72
りつさんは「あぁ」と呟いた。
沢庵さんとゆいさんが、「ほんとだねえ」と感慨深げに頷くと、
ツインテールの小人さんが「それじゃあここで潜在教育でもしちゃいます?」
と笑った。

「せんざいきょういく?」
「今の律先輩みたいにならないように!」
「変なこと教えるんじゃねー!」

りつさんがそう言ったとき、階段を上りきった私たちは立ち止まった。

「ここが、音楽室?」
「そう。私たちの部室だよ、りっちゃん!」

63: 2010/10/24(日) 04:46:47.37
音楽室の中は意外と広くて、大きな棚が置いてあった。
その中に入っていたものがティーカップやお皿で、「何に使うの?」と訊ねると
沢庵さんが「将来、軽音部に入ったらわかるよ」と言って笑った。

「さーて、そんじゃ始めますか」

りつさんのそんな号令で、楽器の調整をしていた皆が静かになって、りつさんの
ところに視線が集まった。
りつさんが、ドラムスティックを振りかざし、頭上で「1、2、3!」と叩いた。

音楽室に、私の大好きな曲が鳴り響いた。

65: 2010/10/24(日) 04:52:00.49
ゆいさんが、本当に嬉しそうに、楽しそうに歌を歌う。

沢庵さんの指が、軽やかにキーボード上を舞う。

ツインテールの小人さんが、力強いギターをかき鳴らす。

みおさんが、安定したリズムを刻んでいく。

そしてりつさんは、そんなみおさんの音と一緒に、音楽の土台を作っていく。

かっこいい、と思った。
あの頃の私でも、大して上手いとは思わなかったけど、だけど心の底から
かっこいいと思った。すごいって思った。
こんなに楽しそうに演奏できるこの人たちが、凄くすごく、輝いて見えた。

66: 2010/10/24(日) 04:56:47.70
演奏が終わっても、私はしばらくずっと五人の前で動けずにいた。
りつさんが立ち上がると、「どうだった?」と私の前まで来て訊ねてきた。
それにならって、皆も私の周りに集まってくる。

「……かっこ、よかった」

りつさんたちの顔が一気に嬉しそうな顔になった。

「だろ!?で、やっぱり一番かっこよかったのって私だよな!?」
「りっちゃんじゃなくって私だよね!?」
「それとも私かしら?」
「醜いです、先輩方」
「まあ、そんなことどうでもいいよな」

みおさんは苦笑しながらそう言うと、私に目線を合わせて訊ねた。
「音楽、好きになった?」と。
私が頷くと、「よかった」と微笑んだ。

67: 2010/10/24(日) 05:01:42.68
「さて、帰るか」
「えー、もう一回演奏しようよ澪ちゃん!」
「だめ。早く帰らないとそろそろやばいだろ」

みおさんが言うと、皆は渋々と楽器を片付け始めた。
楽器の片づけがないのか、りつさんはドラムスティックだけを持って私の傍に
やってきた。

「なあ、りつちゃん」
「なに?」
「もし、りつちゃんが過去の私なんだったら、さ。今のまま、迷わず思ったままの
道を突き進んで来てよ。そしたら必ず、この場所に辿り着くからさ」
「……うん」

私は頷いた。りつさんは「よし、約束な」と言って私の頭を乱暴に撫でた。

「会いに来いよ、また今度、私たちに」

68: 2010/10/24(日) 05:05:36.25
――――― ――

それからのことは、よく覚えていない。
ただ、いつのまにか元の世界へ戻ってきていて、その日から私が音楽を
好きになったということだけ、はっきりと記憶に残っている。

あと、学校からの帰り際。私はみおさんに言われた。
「もし本当に大切な友達が出来たら、その子に一緒に音楽やろうって誘ってみて」
と。

そして今。

――――― ――

69: 2010/10/24(日) 05:07:23.09
「それでね――

こーこーせいになったら、一緒に軽音部入ろうよ!私、向こうで会った人たちと
約束したんだ、絶対会いに行くって!だから、澪ちゃんも一緒に入ろうよ!軽音部!」

約束だよ!

終わり。


70: 2010/10/24(日) 05:08:04.78
読みにくかったり遅かったりでごめんなさい。
とりあえず、最後まで読んでくださった方ありがとうございました!

71: 2010/10/24(日) 05:14:48.05
おつー

72: 2010/10/24(日) 05:16:09.28
ちょっとだけ未来(むかし)のお話。

73: 2010/10/24(日) 05:55:04.03
未来(むかし)

79: 2010/10/24(日) 07:44:22.63
未来(むかし)で不覚にも吹いてしまった
スマン…

引用元: 律「会いに来いよ」