1: 2015/04/08(水) 23:11:21.62
※オリジナル

勢いで書いてみました。
世界観はゲームのFallout3などをイメージしてもらえればなんとなく掴めると思えます。
導入まで書き溜めたので投下させていただきます
それ以降はこれからの状況次第で

それでは



3: 2015/04/08(水) 23:15:08.66
「疲れた――」

 誰もいない部屋で一人呟く。
 俺は一日の仕事をいつも通り終えると、こうしてまた自分の部屋に戻って来る。
 仕事をして、帰宅して、また仕事に行く。
 その繰り返しの日々だ。

「飯でも食おう」

 一日をやり遂げた達成感と、空腹を知らせる腹の虫。

「――これ、温めてくれ」
「かしこまりました――」

 誰もいない―― とは言ったが、この部屋には俺以外の「人間」は誰もいないという意味だ。
 俺は冷凍食品をドローンに渡して温めてもらう。
 ドローンというのはいわゆるアンドロイド、ロボットと呼ばれる自律行動型機械のことだ。
 いつ生まれいつから共に過ごしてきたか分からないが、気付くと俺たち人間と歩んできたのが彼らである。
 彼らも俺たち人間と同様それぞれ役目のようなものを持っていて、それに忠実に動く。
 
 そうして食品を温めてもらう傍ら、俺は仕事場から持ち帰ってきた書類をバッグから取り出してまじまじと眺めてみた。



4: 2015/04/08(水) 23:18:09.70
「――いい案だと思うんだけどな」

 何枚かの書類のうちの一枚には「前時代研究プロジェクト」の文字が印刷されている。

「温め終わりました」
「ありがとう――」

 眺めているとドローンが料理を運んできてくれた。

「なあ、いい案だと思わないか?」

 さっそく口につけながら、俺は自分が立ち上げたプロジェクトについてドローンに尋ねてみることにした。

「――なるほど、前時代ですか」
「キミも自分の祖先がどうやって暮らしていたのか気にならないか?」
「私にはそのような感情はプログラムされていないようなので――」
「なんだよそれ…… それじゃ、自分がどこで生まれたのか気にならないか?」
「そうですね。確かに私がどこで生まれたのかは気になります」
「だろう!? まあキミの場合はどっかのドローン職人が作ったんだろうけどさ――」

 そら見たことか。
 ドローンでさえ自分のルーツが気になるんだ。
 それなのに――

「――まったく」

 今日一日、俺はまるで糾弾された気分だ。
 愚痴を溢しながら夕飯を片付けていく。
 やがて無言になると、今日の記憶が嫌でも蘇るのだった――


5: 2015/04/08(水) 23:21:11.47


 この世界は退廃と発展を何度も繰り返してきた。

 とある歴史書に記載されていた情報によれば、俺が住むこの大地も大昔は「日本」という国であったらしい。
 国、そのような概念があったそうだ。
 なんでも民族のまとまりを意味する言葉だったらしいが、そんな言葉は今となっては存在しない。

 それに代わって現れたのが「コロニー」という概念である。
 国という概念があった時代、俺たちが言うところの前時代にそれが崩壊してからはそれと代わってコロニーという集合体が発生した。
 
 人々はそういう集団を形成し、その中で現在も緩やかな日々を送っている。
 彼らにとってはコロニーこそがまさに国であり、そして全てだ。
 コロニーこそが彼らのアイデンティティであり社会そのもの。
 誰も自分たちの暮らしに疑問を抱かない。

――俺はそんな人々に、そんな暮らしに違和感を覚えた。

 俺のルーツは、人々のルーツは―― いつからこんな時代になったのか。
 前時代が崩壊、退廃に至ったきっかけは? コロニーはどういった経緯で形成されたのか……

 みんな今ある暮らしが当たり前と思っていて、一つも疑問を抱いていないような素振りなのだ。
 みんなコロニーの中の世界が全てで、外の世界など存在しないと思っているかのような態度なのだ。
俺はそんな社会に疑念を抱いている。

 だから――

6: 2015/04/08(水) 23:25:07.88
「――まさか、君は外の世界が存在するとでも思っているのか?」

 のっけから上司にそう言われ嘲笑された。

 俺はコロニー史を編さんしている「コロニー史研究室」の研究員その一人だった。
 俺の疑念を言葉にして、そうして「前時代研究プロジェクト」を立案したのだがこの通り。
 自分たちの歴史を記録している立場の人間でさえこうなのだ。
 誰も今の暮らしがどうして存在するのか疑問に思わない始末。
 
 俺のプロジェクトはこの「日本」という国だった大地を巡って、そうして前時代が辿った歴史を何かしら掴んでいければ―― というものだったが、こうして上司から一蹴されてしまったのだった。

 前時代に関する資料はどういうわけかあまり存在しない。
 だから自分の手で、自分の足で確かめなければならないのだ。
 しかしこの通り、俺の計画はのっけから頓挫してしまう。

 前時代の歴史を突き詰めていけば、その先がコロニーの歴史と繋がっているはず。
 どうしてそれが分からないのか……
 今ある生活―― ドローンでも自動車でも医療機器や医療技術でも、食品生産技術でも、全てだ。全てのものがどういった経緯で誕生したのか、どうして今の生活があるのか本当に気にならないのだろうか――


7: 2015/04/08(水) 23:28:00.97


「そうだ、そうだよ! このジャンク品一つにしたってそうだ――!」
「――はあ」

 気付けば怒りを言葉にしていて、俺の力説具合にドローンは呆れている。

「キミ、このジャンク品がどういった用途で作られたか分かる?」
「――いえ、そのジャンク品に関する情報はプログラムされていないようです」
「だろう!? 俺も分からないんだ! ジャンク品廃棄所に捨てられていたこの謎の端末一つにしても俺たちはどういった経緯で生まれたか分からない!」

 部屋の机に置かれた一つの端末。
 埃を被ったそれは、前時代の遺産と思わしきジャンク品も数多く廃棄されている郊外の廃棄施設でたまたま拾ったものだった。
 もちろんこんな状態の社会であるから、周りに聞いてもこの端末の用途などは何も判明せず、しかしどこか貴重に思えてとっておいたのだった。

8: 2015/04/08(水) 23:31:17.81


「まったく―― キミはこれがどういった機能を持っていたと思う? 恐らく前時代の端末だよ、これは」
「そうですね…… ディスプレイのような部分が確認できるので、恐らく情報通信の為に作られたのかもしれませんね」
「なるほど―― インターネット、かな?」

 前時代に関する情報を記録した貴重な書物の一つには、以前読んだときにそのような単語が記載されていた。
 何でも最初は軍事用に開発された情報通信形態だとかそうでないとか……
 軍事、というのも謎な言葉だけど、どうやら国に属して他の国と戦う為の集団らしかった。

 ともかく、そういう情報通信形態が存在していたのは明らかだ。
 そしてインターネット、という仮想の電子空間も存在していたということ。
 世界の人々はその仮想世界の中で、たとえ距離が離れていたとしても一瞬で情報を通信できたようだ。

 俺たちは前時代からの遺産を一部受け継いで使い回してはいるが、その中にはインターネットなどといった消失してしまったテクノロジーもあって、それらはいつしかロストテクノロジーなどと呼ばれていた。この端末も恐らくその一つだと思える。

 どうしてそれらは消失してしまったのか。
 それを突き詰めていくことも、前時代の歴史を知る手掛かりとなるだろう。
 俺たちは知らなければならない。
 前時代はどうして崩壊し、また、退廃したのか。
 そこにはこうして何の疑問も抱かず暮らしている俺たち人間の生活を揺るがすような事実があるかもしれないのだ。
 もしかすると崩壊のきっかけが再びコロニーにも訪れるかもしれない。


9: 2015/04/08(水) 23:34:12.86


「だからこそ、だ! だからこそ俺たちは前時代の歴史を究明しなければならないんだ!」
「――はあ」
「歴史は過ちを繰り返さない為の教材だ! 歴史に倣わず暴走すれば、その先には破滅がある!」
「まるでコロニー界隈で昨今流行している なになに教 みたいですね」
「いや、あんなおかしい宗教じゃなくて――」
「――マスター、端末が」
「ああ、これがどうした?」

 端末をドローンに向け掲げたまま前のめりで力説していた。
 ふと我に返って冷静になり、気恥ずかしくなって姿勢を元に戻す。

「――端末画面が何やら光っています」

 その時、ドローンからそんな言葉を掛けられた。

「馬鹿言え、これはジャンク品だぞ――?」

 これは―― そう言って端末のディスプレイらしき部分を自分の方へ向けた時だった。

「助けてください――」

――端末が、しゃべった。


10: 2015/04/08(水) 23:36:22.62
「――ふむ、君の言葉は信じられないが」

 翌日、研究室にて。

「もしそれが本当だったなら――」

 目の前には上司。
 椅子に座ってコーヒーと呼ばれる液体をすすっている彼はそう言って俺に一つ目配せをする。

「――分かった。君が泣きを見て帰って来るのを待っているよ」
「ありがとうございます!」

 十分嫌味臭い言葉であるが、これは上司なりの期待を込めた言葉であることはこれまでの付き合いから分かった。そして呆れも半分含まれていることも。
 彼の言葉の意はつまり、俺のプロジェクトが認可されたということだ。
 俺の片手にはあのジャンク品が握られている。
 気分は舞い上がり、昨晩の記憶がありありと蘇った。


11: 2015/04/08(水) 23:39:13.72


――昨晩のこと。

「助けてください――」

 突如、女の声が端末から発せられた。
 その声と共にジャンク品である端末の画面が光を放つ。
 そしてその画面に映ったのはなんとも綺麗な女の人の顔だった。

――それはまるで女神のような。

 長い髪は漆黒で艶を放ち、真白で滑らかな肌。
 瞳は仄かにヴァイオレットの色を帯びていて宝石のようだった。
 そんな、画面に映る女は「助けてください」と俺に向けて叫んだ。
 ジャンク品が突然蘇ったこと、画面に映る女……
 俺を襲った突然のアクシデントに半ばパニック状態に陥ったが、そんな俺に向けて女はこう付け加える。

「私は ―― にいます。助けてください」

 何やら地名のような単語を付け加えた女。
 その言葉と共に画面は突如として真っ暗闇。
 元のジャンク品に戻ったのであった。

――一体何が起こったんだ!?

 あれは夢でも幻でもない。
 そうだ、何度頬を叩いてみても痛かったからあれは夢なんかじゃない。
 それにあそこに共にいたドローンも確認している。
 端末はそれ以降全く反応しなかった…… 俺はこんなことが存在するのかと思って翌日朝一番でジャンク屋や機械屋へ端末を持ち込んで調べてもらったが「ただのジャンク品だ」と一蹴されてしまう。

――女が言っていた地名らしき言葉。

 いや、地名かどうかも分からない。
 あくまでも直感の範疇に過ぎないが―― もしそれが地名やら集団名であるならば、俺たちの他にコロニーが存在しているか、もしくはコロニーとは全く違う集団が存在している可能性がある。

――そこを辿れば前時代の歴史も何かしら掴めるのでは。

 そう思い立って、俺はこうして昨晩のことを上司に伝えたのだった。


12: 2015/04/08(水) 23:42:31.88
「外の世界が存在するなんて聞いたこともないぞ?」

 数刻の沈黙後、未だ疑問を浮かべた表情の上司から一言。
 確かに―― 俺たちにとってはこのコロニーが世界そのものであり、コロニー以外は無人で果てしない大地が続いている…… というのが一般常識だった。
 しかしあの女の言葉、「私は ―― にいます」というのが本当だったなら……
 その単語は今までに聞いたことがなかったもので、俺たちのコロニーやコロニー内の集団のものではないことは確実。
 その単語は――

「グンマ―― か」


15: 2015/04/08(水) 23:44:25.47
 私はグンマにいます。
 彼女はそう言っていた。

「プロジェクトをなんとしてでも押し通したい君の虚言とも言える」
「違います、これは昨晩本当にあったことで、なんならドローンも――」
「――君の案を突っぱねておいて何だが…… しかしそう言われると私も実は気になり始めていたんだ。
まあ、実際は我々の認識通りの結果になりそうだが、試してみる価値はありそうだな」
「ありがとうございます!」
「――だが、業務上人数もあまり割けないぞ? もしや危険な大地に一人で出るのか? 手掛かりも何一つないままで」
「同行者がいないのならば仕方がありません」
「そうか…… 必要な物資は出来る限り揃えてやれるが――」

 そうして。


16: 2015/04/08(水) 23:48:34.60
「少しでも危険を感じたらすぐに戻って来い――」

 俺の旅は一つのアクシデントから始まった。

 前時代の歴史の欠片と、外の世界があることを俺が証明してみせる。

「グンマ、か――」

 何も手掛かりはない。
だからコロニーの御意見番的立場の長老から前時代の地図を借りてきた。
 数少ない前時代の情報を記録した書物の一つ。

「――この汽車は終点ウツノミヤを目指し各駅に止まります」

 車内放送が木霊する。
俺たちの居住区発の汽車。
 それに俺は乗っていた。

17: 2015/04/08(水) 23:51:13.54
――旅の出発前に前時代、日本という国だった大地の地図を開き、現在のコロニー周辺の地図と照らし合わせてみた。

「もしやこれがグンマ――?」

 そうすると手掛かりを掴めた。
 なんという偶然か、前時代の日本という国にもそんな「グンマ」という名前の地名がある。
 そうなれば、そこに最も近いのは……

「まずはウツノミヤだ――」

 照合した結果、まずはウツノミヤという居住区を目指すことにしたのである。
 地図によればグンマに最も近いのはウツノミヤであり、ウツノミヤはコロニーの最北端だった。
 最北端―― つまり、ウツノミヤまでが俺たちコロニーの北限であり、その居住区周辺から先は未開の地だ。

 そこにあるのは無人の荒野か、それとも新世界か――


18: 2015/04/08(水) 23:53:42.66
「――よし、やってやる」

 数日分の食料、医薬品、日用品、記録媒体、サバイバル用品などを詰め込んだリュックを背負って俺は旅立つ。
 汽車の発車ベルが鳴り響いて、そうして俺はまだ見ぬ世界へ思いを馳せて旅立った。

21: 2015/04/09(木) 23:35:41.28
「さてと――」

 何時間かかけてコロニー北端のウツノミヤ居住区に到着した。
 携帯食料などを詰め込んできたものの、ここまではまだコロニーの範囲なのでなんだか大袈裟な準備をしてきてしまったなとは思った。
 別に食料品にしてもこの地で調達することはできる。
 しかしまあ…… 「念のため」という心がけは何にしても大切だ。

 そうして重いリュックを背負って駅のホームを抜けた。

「――それにしても」

 同じコロニー内でも場所が変わればこうも気候が変わるとでもいうのか。

「寒い――」

 俺の居住区はポカポカ陽気というような気候であった。
 さんさんと日が照りつけ、思わず眠気を誘うような穏やかなものだったのだ。
 しかしこのウツノミヤという居住区はまるで極寒―― とまではいかないが、俺の服装では肌寒いほどだった。日は変わらず差しているものの吹く風は冷たく、まるで季節が冬にでも戻ったのではないかという始末。
 研究室から支給されたユニフォーム、そのジャケットとパンツを着ている俺。
 これで十分だろうと思っていたところをのっけから出鼻を挫かれる形となった。

「さてと、どこへ行こう――」

 そして問題はもう一つ。
 意気揚々と出てきたのはいいが、行く当てが、手掛かりは何一つとしてない。
 グンマ、その場所に何かがあるということだけ。
 そこへ行くまでの過程だ。それを何とかしなければならない。
 しかし肌寒い中で考えていても頭は動かない――

 時刻は夕刻を回っていた。
 空いた小腹を満たすのと暖をとる目的で、俺は駅を出てから周辺の休憩場所を探した。


22: 2015/04/09(木) 23:39:46.65
「――なるほど、グンマですか」

 あれから場所は変わって、数時間が経過していたところだった。

「はい、もしかしたらそこに行けば前時代の歴史に関する情報を掴めると思いまして」

 よくよく考えればすぐに思いつくだろう選択肢にようやくのところで行き着いた俺はここへ来た。

――コロニー史研究室、ウツノミヤ支部。

 駅周辺は「退廃した」という言葉にピッタリ当てはまるような状態で、俺たちの居住区のようにビルやマンションと呼ばれる前時代からの遺産とも言える高層建築物がひしめき合っているものの、そのどれもが伸びた蔦に絡まれ、そして地中から伸びた木々の枝まで絡まり露出している始末であった。
 それに加えバラック様式の簡易居住スペースが所狭しと並んでいる。
 ここの人々はどうやらああいった高層建築物やバラックで生活しているようだ。

 俺はそんなバラック群の中に存在する茶店で暖を取ってからここを訪れた。
 どこか行く当てはないかと考えた結果、そういえば研究室の支部がコロニー各所に存在していることにようやく気付いたので、茶店の店主に場所を尋ねてこうして来たのである。
 ウツノミヤ支部はそこから意外と近く、高層ビル内の一画にオフィスを構えていた。
 研究室の人間であることを証明する手帳を掲げると中へ通してくれて、そうして応接スペースで俺の計画を明かしたところ。

「なるほど―― しかし我々もグンマという場所は知りません」

 ここの支部長だと思われる中年男性に前時代の地図と現在の地図を照合させて説明したものの、グンマに一番近い場所に住む彼でさえもその場所を知らないらしい。

「しかし面白い研究ですね。あなたの計画はきっとコロニーに大変貢献するものとなるでしょう」
「そうだったらいいのですが……」

 うちの上司もこんな人だったら―― とぼやきそうになるが、口に出そうなところをハッとして押し込んだ。まあ、彼も計画を通してくれたのだし。

「それじゃ、何か他に手掛かりがありそうな場所の心当たりはありますかね……?」

 俺の計画―― コロニー外の世界の有無を確認すること、前時代の歴史を知る為の手掛かりを探し当てること。

 そして女の言っていたグンマという場所や、助けてくれと言った女を探すこと。
 
 それを突き止めた先にはきっと俺の知りたい情報があるだろう。

 しかし今のところ手掛かりはゼロだ。
 ここでコロニー史を研究している彼でさえ心当たりがないというならば、せめて何か些細なものでもきっかけを掴めるものがあれば。
 そう思って彼に尋ねてみた。

23: 2015/04/09(木) 23:43:38.82
「そうですね、グンマという場所は知りませんが、外の世界については―― もしかしたら私もそれが存在するのではないかと思う節がありまして」
「本当ですか!? それは一体――」

 何も収穫がなく途方に暮れるしかないのか…… と思い始めていたところだった。

「あなたは、サンカという言葉をご存知ですか?」
「サンカ―― ですか?」
「――ええ」

24: 2015/04/09(木) 23:46:26.22
 サンカ…… それは初めて聞いた単語だ。
 何かの団体名だろうか。

「それは何かの集団ですか?」
「ええ、実はそう呼ばれる集団が存在するのではないか―― という噂がありましてね」
「コロニー内の集団ではないのですか?」
「はい、あくまでも噂の範疇ですが…… そう呼ばれる集団が存在しコロニー外で生活しているという噂をある人から聞きまして」

 コロニー外で生活している…… ということは、それが本当なら俺たちコロニーの中以外にも人間が存在しなおかつ集団生活を営んでいる―― つまり外の世界があるということになる。
 これはひょっとすると大きな前進なのではないか。

「なるほど! 噂でもそれは気になります」
「いやー、それがですね」

 気分は一気に高揚したが、そんな俺に対して支部長の方は苦虫を噛み潰したような顔だ。

「どうしました?」
「その話を聞いたのが酒場で、しかもたまたま居合わせた酔っ払いの男性が語っていたことですから……」

 あー、なるほど…… 信憑性は限りなくゼロに近いというわけか。
 しかし酔っていたにしてもそんな話を突発的に思いついたようにするだろうか。
 場を盛り上げるために吹いたホラかもしれないが、だけどそういう話を思いついたということは何かそれに至ったきっかけがあるかもしれない。
 そのきっかけが何かしら有益な可能性はある。

「その男性はどこにいるのか分かりますか!?」
「彼の所在は分かりませんが――」

 分からない…… 振り出しに戻ってしまうのか。

「――しかし、彼はその酒場にしばしば姿を現すようですよ?」
「本当ですかっ!?」

 良かった―― それならその人に会えば何かしらの情報は掴める。
 一歩前進だ。

25: 2015/04/09(木) 23:48:50.60
「お手数をお掛けして申し訳ありませんが、もし可能であればその酒場を案内していただきたいのですが」
「はい、それは喜んで―― そしてこの研究室の仮眠スペースも使っていただいてかまいませんよ?」
「本当ですか!?」
「はい、危険もあるでしょうし、そういった意味では調査の為の安全な拠点が必要でしょう。幸いあなたは我々と同じ研究員ですし、それに宿を拠点にしたら宿代もかかりますしね」

 調査に集中する為の拠点…… そういえばまったく考えていなかった。
 そうだ、調査の為には拠点が必要だ。
 まだ決定的な情報が見つかっていない以上、それを見つけるまではこの場所を駆け回る必要がある。そうなれば拠点が必要で、宿をそれにしようものなら毎回宿代がかかるし、支給された資金もカツカツだからすぐ底をつく。

 前時代は貨幣制だったらしいが、俺たちはそれを受け継いでいて、貨幣も前時代の遺品を使いまわしている状態だ。
 だから時と場合によっては貨幣の役割を担う物品も代わったりするみたいだが……
 今は硬貨がそれを果たしていた。
 ちなみに一部界隈では物々交換も行われている。

 ともかく資金がなければ調査が困難になるのは事実で、支部長の厚意は非常にありがたかった。

「何から何まで、本当にありがとうございます」
「いえいえ、あなたの計画は我々のためにもなるでしょうから。これからは好きに出入りして下さってかまいません」
「すみません――」
「――それではもう夕飯時も近いですし、案内の傍ら私もその酒場で食事をとることにしましょう」

 そうして俺たちは件の酒場へ足を運ぶことにしたのだった。


26: 2015/04/09(木) 23:52:31.80
「なるほど、ここは賑わっていますね」
「ええ、この酒場はこの居住区で一番大きい場所なんです」

 即席で寄せ集められたような統一性のないテーブルや椅子。
 それが倉庫跡のような広い建物の中に詰め込まれている。
 仄暗い建物内を照らすのは天井からぶら下がった裸電球で、その下には既に多数の客がごった返していた。

――駅周辺、とある酒場。

 俺と支部長は支部から数分のこの酒場へやって来て、メニューをそれぞれ頼みそれが運ばれてくるのを待っていたところだった。

「その噂をしていた人はいませんか?」
「そうですね…… 見る限りだと来ていないようです」

 まあ場所を知れただけでも今日のところは十分だろう。
 そううまくいくわけもない。
 今日はゆっくり休んで、明日から本格的に調査を始めるとするか。

「――それにしても外の世界、前時代の歴史ですか…… 確かに我々も今の生活が当たり前だと思っていて誰も確かめようとはしませんでした」

 酒が入ったジョッキがゴトリ、と俺たちのテーブルへ置かれる。
 料理の前に二人分の酒が届けられて、俺たちは乾杯してからさっそく口へ含んだ。
 酒で喉を鳴らして、その後支部長はそんなことを溢す。

「ええ、鉄道や自動車など前時代からの遺産と呼べる移動手段があるのにも関わらず、私たちはコロニー内でしか生活していません。
何故なのか―― ともかく、そういった思考停止と似た状態にあるのは確かです。それは私も含め多くの人間が、です。
ですからどういった経緯で今の世界が形成されたのかを知りたくなって行動に移したというわけです」

 酒が入ると饒舌にもなる。
 資金を酒飲みに浪費して―― と非難されるだろうが、まあこれも付き合いというか、今後の調査を円滑にするにあたって必要な行為であろう。
 そしてあくまでも夕食をとりに来たのだから、飲酒もほどほどにすれば問題ない。付き合いの一杯に留めておこう。


27: 2015/04/09(木) 23:56:11.07
「そうですね、それを知ることができれば我々の生活にも役立つことになるでしょうし、大切なことです。
それにしても―― 確かになぜ我々はコロニーという集団を形成し、そしてその中で暮らすことに固執しているのでしょうか……」
「コロニーの外は人が暮らすことができない環境だから、というのが一般的ですが」
「――実は他の支部で、外の世界を調査に出た者がいるんです」
「本当ですか?」

 そこで衝撃の事実が。
 俺の前にも俺のような者がやはりいたのか。

「しかし、彼らは二度と戻って来なかったということです――」
「――そうですか」

 つまり、外の世界は危険で厳しい環境ということか。
 何だか不安が押し寄せてくるが、しかし今のところは探究心がそれに勝っている。

「恐ろしいことですが、しかし足を踏み出した手前辞めるわけにはいきません」
「あなたは勇敢な人です…… 我々でよければ支援させていただきます」
「すみません…… 何から何まで――」

 酒を半分くらい飲んだところで料理が運ばれてくる。
 会話もほどほどに、そうして料理を口に運ぼうとした時。

「――おーいマスター、いつもの頼むよ!」

 大柄な体躯の男がその声と共に酒場に入ってきた。

「あの人は――」

 その方に釘付けになっていると、横で支部長がそんな呟きを漏らす。

「どうしました?」
「あの人が例の噂をしていた張本人です――」


28: 2015/04/09(木) 23:58:50.44
「――それでなぁ、そこで俺は言ってやったんだ!」
「はぁ――」

 俺たちのテーブルへ加わる一人の男。
 テーブルや椅子がミニチュアに見えてしまうほどの大柄な体躯と、既に空けられた酒ビンの数々……

――サンカという集団が存在すると噂していたらしい男。

 その張本人が俺たちの席へ加わっていた。
 支部長からの言葉を聞いて俺はさっそくコンタクトを図った。その結果男は乗り気で俺たちの席へ加わってくれたのだ。
 
 彼の話によれば、彼はこの居住区のバラック小屋に暮らす人間であり、ある日燃料や売り物となる木を切りに森へ向かったらしい。
 その際に道を間違えて森の奥地へと足を踏み入れ、コロニーの外へ出てしまい迷ってしまったのだとか。

 そして迷った挙句遭遇したのが「サンカ」という集団らしい。
 コロニーの人間がこんな場所へ来るはずがない、ならばお前たちは何者だ―― 彼はそのように尋ねたらしいが、その質問に彼らは自らをサンカと名乗ったとのことだ。
 加えて彼らの格好はまるで別の世界の人間というような様子で、見慣れない衣服を身に纏い数人で森を移動していたらしく、彼はそんな人間たちに襲われそうになったが逆に追い払ってやった―― 男はそのような話を武勇伝のように声高々と語ったのである。


29: 2015/04/10(金) 00:02:11.56
「奴らも俺の強さを悟ったんだろうな、後ずさりして逃げていったよ!」

 ガハハハ、と豪快に笑い、後はいかに自分の凄さを知らせるか…… というような内容の話しか語らなかった。

「そうですか―― ありがとうございます」

 そろそろ男の武勇伝にも飽き飽きしていたところ、支部長をチラリと見るとどうやら彼もそんな状態であるらしかった。苦笑いを浮かべている。

「それでは、私は先程述べた通り外の世界の調査をしているんです」
「――おうおう、そうだったな!」
「もし可能であれば、私をその森へ案内していただきたいのですが――」
「あんた正気か? 別に構わねぇが、あいつらがあそこにまた来るなんて保障はねぇぞ?」

 男の言うことは至極当然だ。
 仮に男の話を信じてそこへ行っても、彼らが再びその森に現れるかどうかは分からない。
 しかしそこへ行けばなにか掴めるか、新たな選択肢が浮かぶかもしれないと思った。
 だから俺はそこへ行くことに決めた。

「確かにあなたの言う通りですが…… 何か外の世界を知る手掛かりがあるかもしれません」
「――なるほどな、面白い人間だな兄ちゃんは。いいぜ、案内してやるよ!」
「ありがとうございます!」

 男は風貌通りの快活な返事で了承してくれた。
 また一歩前進。
 後退も十分あり得るが、それでも一歩進めたことは大きい。

「それじゃ、私たちはここらへんで――」

 明日の午前中に男と待ち合わせし、そうして森へ出る約束を交わす。
 やがて次の武勇伝が語られる前に、俺と支部長はそそくさと酒場を後にした。


30: 2015/04/10(金) 00:04:43.90
(――それじゃ大袈裟かもしれませんが、幸運を祈ります)

 支部の仮眠スペースで一夜を明かし、その翌日。
 昨日男と約束を交わし、その待ち合わせ場所となった昨晩の酒場へ向かう。
 支部を出る前に支部長から掛けてもらった言葉が蘇った。

 幸運―― 男の話が真実であれば彼らサンカは人間を襲うことがあるということだ。
 しかし言葉は通じるというようであるから、もし遭遇したらなんとか交渉に出るしかない。
 それも失敗したら…… いや、失敗しないようにするしかない。

 路地を抜けると酒場が姿を現す。

「――おう来たか!」

 待ち合わせ場所、以外にも先に来ていたのは男の方であった。

「すみません、今日はよろしくお願いします」
「いいってことよ! それじゃさっそくで悪いが行ってみるか!」
「――お願いします」

 男は皮製と思われるジャケットを着て、下はジーンズと呼ばれる藍色のパンツを履いている。
 そして。

31: 2015/04/10(金) 00:07:17.90
(実物…… 初めて見た)

 スリングが掛けられたボルト式のライフル。
 男はそれを背負っていた。
 自衛用ということであろうか。
 
 これまで生きてきて、実銃というのは初めて見た。
 コロニーの治安維持用で保安官が所持していたり、猟のために猟師が所持していたりとするようだが、俺の居住区は比較的治安状況が良かったし猟師との縁もなかったので実物は今まで目にする機会がなかった。
 男はどうも保安官のような職務に就いているとも思えないし、猟師ということだろうか。
 木材を調達したりするようだから、ひょっとするとそれに併せて猟もしているのかもしれない。

 武器の存在は脅威でもあるが、しかしそれが味方のものとなれば未知なる恐怖を払拭する心強い存在である。

「――例の森はここから歩いて一時間とちょっとはかかるが、まあ途中で休憩を挟みながら焦らず行くとしよう」

 ライフルの存在も加わって、前を歩く男の背中がより大きく見えた。
 果たして本当にサンカと呼ばれる集団が存在するのか。
 存在したとして、彼らに出会うことはできるのか。
 期待と不安が入り混じったような複雑な感情。
 はやる気持ちを抑えながら俺は黙々と歩いた。



32: 2015/04/10(金) 00:10:54.97
「確かこの辺りだったはずだ――」

 退廃した居住区を抜け林へ入り、獣道をかき分けながら更に奥へ。
 そうすると獣道は次第に険しさを増し、やがて行き止まりとなった。
 目の前に広がるのは鬱蒼と茂る原生林のような森。
 今日も日は差しているが、その日もこの森の中では木々に遮られて真昼間だというのに薄暗く気色悪い。

「まあ、あれは本当に偶然だったからなぁ」

 男が彼らと遭遇したのはどうやらこの辺りだったようだ。
 しかし着いてみても予想通り―― とは言いたくないが、何も起こらなかった。
 鬱蒼とした森には鳥類の鳴き声が木々にぶつかって反響しよく通る。それがこの沈黙をより寂しげなものにさせていた。

「奴らがどこに住んでいるか、どこを行き来しているかも分からねぇしな、こんなもんだ」

 男はそう呟いた後ため息をついて、傍らの倒木に腰掛けた。

――やはり、ただここに来ても何も起きないか。

 彼らを見つけることができれば、そのままそれが外の世界の証明にも繋がるだろう。
 しかし彼らの行動パターンなんて知らないから所在も何も分からない。

――本当に彼らは存在するのか?

 今になってそういった疑念も沸いてきた。
 全てこの大男の冗談、嘘であったら―― いや、だったらわざわざこんな森深くまで苦労して一緒に来てくれるはずがない。
 嘘だったらそんなことする必要はないのだ。
 だから男が言っていた話はどうやら嘘ではないということ。
 自分の信頼を崩さないために嘘でもとりあえず案内した可能性もあるがしかし…… 男がそんなことをわざわざするような人間にも見えない。


33: 2015/04/10(金) 00:14:06.20
「やっぱり…… 突然来ても何もないですよね――」

 これは早計だった。
 冷静に考えればすぐに分かることだ。
 情報が少ない中でここへ来ても何も収穫がないことに。
 早とちりだった…… もっと冷静にならないと。

「失敗しました…… もっと情報を集めてから来るんだった」
「そうだな…… 俺はここで遭遇した以外の情報は何も持ってねぇが、他の人間に当たってみれば何かしら知ってる奴がいるかもしれねぇ」

 男は重い腰を上げて倒木から立ち上がる。

「それじゃ、どうする兄ちゃん? ここでもう帰るか?」

 帰る―― そうだな、これ以上ここにいても何も手掛かりは得られないだろう。
 待っていれば彼らが必ず現れるという保障もない。
 ここは一旦引き下がるしかないだろう。

「そうですね、案内してもらって申し訳ありませんが、今日はこれで帰るとします――」

 そして踵を返し、来た道を引き返そうと一歩を踏み出したとき。


34: 2015/04/10(金) 00:15:43.44




「そうだな、帰るか! あの世へ――」



 俺の後頭部に稲妻のような衝撃が走った。





35: 2015/04/10(金) 00:18:10.70
「――な」

 何で?

 視界は揺らめき、キーンという高音がして、スローモーションで流れる時間。

――俺は後頭部を男に殴られた。

 ドサリ、と地面に倒れた感覚が訪れたとき、俺は不明瞭な世界の中でようやくそれに気付いた。
 興奮状態で痛みはあまり感じないが、しかしズキズキと徐々に、遅れて確実にやって来る。
 視界がおぼろげに、うっすらと白みがかってきて、意識が遠のいていくのが分かった。
 しかし力を振り絞ってうつ伏せから仰向けになり、顔を起こす。

 男はライフルを掲げて立っていた。
 その姿を見ると、男はどうやらライフルの銃床部分で俺を殴ったらしい。
 銃床で殴られたのに意外と丈夫なんだな俺って―― だとか、俺ってもしかして石頭なのかなといった無駄な感想がここに来て何故か浮かぶ。
 違う、今考えるのはそんなことじゃない。

――何故だ?

 ニヤニヤと狡猾で汚い笑みを湛える男は何か言っている。
 何故俺を殴った?
 聴覚も不明瞭な世界の中で必氏に何を言っているのか理解しようとした。

「まったく、これだから世間知らずの坊っちゃんは!」

 侮蔑と嘲笑が入り混じったような声を張り上げる男はそんなことを言っているようだった。

「危険なんて他の世界のことだと思い込んでるアホが! 引っかかったな! 全部嘘だバァァァァァァァァカ!」

 そして男はライフルを構え銃口をこちらに向ける。


36: 2015/04/10(金) 00:20:59.63
「金目のモンは全部頂くとするぜ? いい教育になったな―― つってもお前は氏ぬから意味ないけどな! 氏人に口なしだ!」

 そんな――
 俺は騙された!? 全部男の嘘だったのか……
 この男は追い剥ぎだったのか? 獲物を確実に捕まえるためにあんな話をして――

「――じゃあな、兄ちゃん」

 ああ、俺は馬鹿だ。
 世界とはこういうものだったのだ。
 今までぬるま湯に浸かっていた俺はここに来てようやくそれを思い知らされたのか。
 世界は汚い。
 善良な人間ばかりではない。こういう汚れた悪人がいるのも当たり前なのに。
 それなのに、俺は忘れていた。
 人間とはこういうものだったことを――

「氏ね――」

 後悔しても今となっては全てが手遅れだ。
 ああ、そんな。
 こんな早く氏ぬことになるなんて――

――ドォォォォォォン!

 ぼやけた世界を切り裂くようなライフルの咆哮。
 その鳴き声を確認した瞬間、俺の意識はプツリと途切れた――


37: 2015/04/10(金) 00:23:58.18
「――うぶ?」

 何だここは。

「――ょうぶ?」

 俺は氏んだはずではなかったのか?

「――じょうぶ?」

 それともここが氏後の世界というやつか?
 コロニー界隈で流行っていたおかしな宗教によれば、人間は氏んだら天国か地獄という世界へ行くということらしかった。
 そうするとここがそうなのか?

「――いじょうぶ?」

 もしかしたらそうなのかもしれない。
 本当にあったのか、そんな世界が。
 だってほら…… 女の人の綺麗な声が聞こえるし、遠くでは水が流れる音もする。

「――だいじょうぶ?」

 あれ、段々意識が明瞭になっていくぞ?
 氏後の世界か…… 一体どんなところなんだろうな?

「ねえ、あんた大丈夫?」
「――ここは!?」
「あ、起きた――」
「天国?」
「しっかりしろ――!」
「――フベラ!」

 氏後の世界で目を覚ましたと思った次の瞬間、俺の頬を襲った張り手の一撃。
 あれ……? 氏後の世界でも痛みを感じるのか?
 なんて不便な世界だ――

「俺は、氏んだのか?」

 いや、もしかすると―― 万一の可能性で俺は生きているのか?


38: 2015/04/10(金) 00:26:23.13
「あんたは気絶してたんだよ――」

 女の声がする。
 そして今になって頭の下に何か柔らかな感触がすることにも気付いた。

「ここは――」

 やがて意識が完全に回復すると。

「ねえ、本当に大丈夫?」

 俺の頭は人間の膝の上。
 いわゆる膝枕という形で伏している俺の体。
 そして――

「あなたは――」

 俺を介抱してくれたらしい膝の主を確認しようと軋む体を起こしたら。

 見慣れない衣服、前時代に関する資料に載っていた民族衣装と呼ばれるもののような―― そんな華やかな衣装を身に纏い、赤みがかった栗色の綺麗な髪は短く切り揃えられていてサラリと流れ、瞳は髪色と似た鮮やかなブラウン…… 肌は健康的な色で活発な印象を受ける――

――そんな姿をした女がそこにはいた。


42: 2015/04/11(土) 05:26:44.31
「あなたは、ここは――?」

 俺はあの男に騙されて、それで今殺されようかという瞬間であったはず。
 俺は助かったのか? 
 それにここはどこだ? 俺がいたあの森の中じゃない。
 どうやら何かの建物…… いや、簡素な小屋の中か?

「痛っ――」
「無理に動かないで」

 まだ後頭部がキンキンと痛む…… 出血の感覚はないが……

「あんた―― どこの人間?」

 どうやら間一髪のところで誰かに救われたらしい俺。
 少なくともここは氏後の世界じゃないようだ。
 視線は目の前に正座する女へと再び注がれる。

「俺は――」

 気付けば女の傍らには金属製の分厚い箱が置かれている。救急箱か何かだろうか…… 俺を手当てしてくれたのか。

「俺はコロニーの人間…… トウキョウ居住区出身の人間です。あなたは――?」
「――コロニー…… トウキョウ? それは何?」

 華やかな衣装を纏う栗色の髪の女はそう言って首を傾げる。
 鮮やかなブラウンの瞳はくりくりとしていて思わず吸い込まれそうになるほどだ。
 そして小首を傾げる仕草がなんとも可愛らしい。

(コロニーのことを知らない!?)

 そんな女に見とれそうになるが、しかし彼女の発言に度肝を抜かれた。
 コロニーのことを知らないなんてありえない。
 いや、まさか…… この女は――

43: 2015/04/11(土) 05:29:52.83
「私はククリ。フーリーのククリね、よろしく――」
「――フーリー? それは一体」

 今度は俺が首を傾げる番だった。
 女の口から聞きなれない単語が発せられる。それにククリという名前もコロニーじゃ聞いたことのないような珍しい名前だ。
 フーリー…… 何かの集団名か?

「あんたの名前は――?」

 ポカンとしている俺の顔を女が覗きこんでくる。

「俺は―― シンです」


44: 2015/04/11(土) 05:32:50.45
 ククリという女に助けられてからしばらく経った。
 木造の簡素な小屋の中には、現在俺と彼女と、そして――

「よう、大丈夫かあんた?」
「危ないところだったな」

 男が二人。

「――みなさん、本当にありがとうございます」

 二人の男はどうやらククリの仲間らしく、彼女と共に俺を助けてくれたということだ。
 俺とククリが互いに自己紹介を終えたところで二人が小屋に入ってきた。
 そんな二人と、そしてククリから今までの状況を説明される。

――男二人、そしてククリの背にはスリングに繋がれた木製銃床のライフル。

 俺はあの大男に騙され、山奥でひっそりと殺されそうになっていた。
 その所を三人が助けてくれたのだ。
 あの男がどうなったか―― 三人の口からは語られることはない。
 俺からも聞くことはできなかった。
 この世界は汚い。
 俺はぬるま湯で育って知ることはなかった…… この世界はこういうところだったのだ。
 退廃した世界に倫理などない―― 俺は運が良かった。
 俺の倫理観も崩壊しそうだが、気をしっかり持たないと。
 最低限の人間性は忘れないように――


45: 2015/04/11(土) 05:36:24.86
「それで―― シンはコロニー? だかなんだかの人間って聞いたけど」

 そして重要な話はもう一つ。

「はい、皆さんはコロニーの人間ではないのですか?」
「そんな言葉、私聞いたことないけど」
「俺も」
「俺もだ」

 彼らはコロニーについて知らない。
 ということは、あの男の噂は本当だったのか? 俺のような人間を釣る為の嘘ってことでもない……? いや、男は嘘だって言っていたはずだ。

「それじゃ、あなたたちは一体――」
「だから、私たちはフーリーだって」
「それは、サンカ―― じゃなくて?」
「サンカ―― ね」

 サンカ―― その単語を呟き何やら黙考するような仕草のククリ。

「サンカ―― 確かに私たちのことを一部の人間はそう言ってるようね」
「――ということは!」

 なんという偶然だ。
 そうするとあの男の話は嘘ではあってもサンカと呼ばれる集団それ自体は実在するのか。
 これはもしかしたら大変な事実なのでは……
 サンカ…… いや、フーリーという集団が存在するということ。
 加えて彼らはコロニーについて知らない、コロニーの人間じゃない。
 ということは――!

「あなたたち、いえ…… フーリーは一体どのような集団なんですか?」
「私たちはこの大地をずっと移動しながら生きてるの。回遊民とかサンカとか言われてるみたいだけど、私たちは自分たちのことをフーリーって呼んでる」
「凄い……! それじゃこの広い大地には俺たち以外の人間がいて生活してるってことなんですね!?」
「――当たり前じゃない。色んな人間と会ってきたわ」

 何を言ってるんだこいつは―― と言うような表情で俺を見つめるククリ。
 無理もないが、しかし……

――外の世界はあったんだ!

46: 2015/04/11(土) 05:39:13.08
 なんてことだ! コロニーの外にも世界があったなんて!
 これは一大事だ…… 俺は世紀の大発見をしてしまった!
 興奮が収まらない。
 それで後頭部がまた痛み出してきた…… それほどだ。
 これは記録しないと!

「是非あなたたちの生活模様を色々聞かせてください!」
「――ちょっと急にどうしたの!?」
「傷に響くぞ? 落ち着け」
「ああ、それは構わないが―― あんたの身分も聞かせてくれよ」

 俺の身分――

 そうだった。

 興奮は抑えきれないが、俺はなんとか平静を装いつつ自分の身分について三人に明かした。

47: 2015/04/11(土) 05:42:41.59
「――なるほど、シンはあの廃墟みたいな街に住んでいるのね」
「はい――」
 
 俺は自身の身分についてようやく三人に全てを伝え終える。

「それで、コロニーだっけ? その外に人間が住んでいるか調査に出た―― と」

 俺がこの調査に出てからこんなにも早く一つの題目をクリアできるとは。
 コロニーの人間にしてみれば世紀の発見とも言えるがしかし、そこで新たな疑問が浮かび上がる。

「皆さんはこの大地を移動しながら生活しているとおっしゃっていましたが…… それは何故ですか?」

 移動しながら生きているのならコロニーとの接触も十分考えられる。
 それなのに三人はコロニーの存在を知らなかった。

「それは――」

 そこで何故か返答に窮するククリ。

「――簡単だ」

 彼女の代わりに答えたのは一人の男。

「俺たちの先代様がどういうわけか住んでいた場所を奪われ、追われたからだ」
「そんな――」

 追われた―― 何らかの事象があって前時代に住む場所を追われた、迫害を受けたということか?

「そう…… 私たちはそれ以来移動しながら生きてる。
私たちも人間だけど、人間が嫌いなの―― 矛盾してるけどね」

 どこか力ない微笑みでククリはそう付け加えた。

「俺たちは北からずっと南下してきた。
行く先々でどういうわけか問題が起きる。俺たちは何もしていないのにフーリーだからという理由で現在も差別されているというわけだ」
「だから私たちは移動しながら生活しているの。
仲間の中にはなんとか居場所を見つけて定住している人もいるけど、私たちは安息の地を求めて今も移動を続けている」
「そうだったんですか――」


48: 2015/04/11(土) 05:46:54.23
 差別…… どうしてだ?
 こんな退廃した世界で。
 いや、こんな世界だからこそなのか。

「だから拠点をいくつか作って、そこを行き来しながら生活しているの。狩猟や採取をしたり、人間が出したジャンク品や大昔のお残しをいただきながらね。
それで出尽くしたら拠点を放棄して次の場所へ移動―― って感じ。
問題は避けたいから仲間以外の人間との接触は極力避けてる。
採取したものを売ったりする時以外は接触しないわ」
「――なるほど」
「だからシンは運が良かったわね。私たちがここ周辺に着いたのも最近だから…… もし私たちが来てなかったらあんたは――」

 そういうことだったのか。
 三人はその移動とやらでここ周辺を拠点にしていたのか。
 そしてそういう理由があるからコロニーの存在も知らなかった、と。
 それで拠点を行き来している最中に殺されそうな俺を見つけて……

「――本当にありがとうございます」

 誠心誠意で頭を下げた。
 三人がたまたま通りかからなかったら俺は今頃あの世だ。
 命の恩人だ…… しかしこんないい人たちが何故迫害を受けているのか。
 その理由を調べることも前時代の歴史に繋がりそうだが、しかし――

「――もしかしたら」

 もしかしたら、だ。
 行く先々の人間から差別を受けている…… しかしコロニーの人間は彼らの存在を知らない。
 命の恩人のために――

「私たちコロニーの人間はあなたたちの存在を知りません、俺以外は――
だからもし三人がよければ、命を救って下さった皆さんのためにコロニーを案内させて下さい」

 難しい問題だが、彼らの存在を知らないコロニーならば、彼らにとっての安息の地となるのではないか。
 そう思った。

49: 2015/04/11(土) 05:49:58.99
「――あんたはいい奴だ…… だが、よそ者が受け入れられないのはどこも同じだ。
きっとそこでも問題が起きる」

 しかし、男の一人はそう言って自嘲気味に笑う。

「俺が住んでいる居住区は人が多く、出入りも激しいです。
だからきっと三人が定住するくらいなら問題はないはずです――!」
「――いいの。その気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう…… あんたはいい人ね、珍しいくらいに」

 これは甘い考えだろうか。
 そうだよな、今の今まで危険など自分とは程遠いと感じていた俺の考えだから……

「でも―― いつかあなたたちが平和に暮らせるように、俺に出来ることはさせてください。それが恩返しです。
俺の居住区はここから遥か南、トウキョウという場所にあります――」
「――ありがとう。一つの選択肢として考えておくわ」

 そう言ったククリの顔はどこか物憂げで、美しいくらい儚かった。


50: 2015/04/11(土) 05:53:19.11
 あっという間に時は流れていく。

「――シンはこれからどうするの?」

 長い沈黙があって、それを破ったのはククリだった。

「これから――」

 そうだった。
 俺はこれからどうすれば……
 外の世界があること、そしてその世界を移動しながら生きているフーリーと呼ばれる人たちがいること。
 それは判明した。題目の一つは難なく達成することができた。
 そうなればやるべきことはあと一つ。

「確か、大昔の歴史も調査してるって言ってたわよね」
「はい―― それなんですが」

 そう、前時代の歴史を見つけること。そして――

「皆さんは、グンマ―― という場所を知っていますか?」
「――グンマ?」

 端末に映った女、女が言っていたグンマという場所。
 そこに行けば前時代の歴史の一つを掴むことができるかもしれない。
 そして「助けてください」と言った彼女の願いに応えるために……

 しかし三人の反応を見ると…… どうやら期待は薄いようだ。
 ずっと移動してきた三人でさえも知りえない場所なのか。

「このジャンク品が急に復活して、画面に映った女の人がそんな場所の名前を言っていたんです…… グンマにいるから助けてください、と。
そこに行けば前時代の歴史を何かしら掴めそうな気がして…… そして彼女の願いに応じるためにそんな場所を探しているのですが――」

 一応ポケットからあの端末を取り出してわけを説明する。すると――

「――おいククリ! お前あんなやつどっかで拾ったよな?」
「え…… これのこと?」

 そう言ってククリは華麗な衣装の懐から何かを取り出す。

「これは――」

 やがて彼女が懐から取り出したもの。

――それは、俺が持つ端末とまるで瓜二つだった。


51: 2015/04/11(土) 05:55:41.59




 そして更なる衝撃。




「――助けてください」





52: 2015/04/11(土) 05:59:11.53
 俺とククリの端末が急に光りだして、そして――

「――全ての鍵を集めて、私をどうか助けてください」

 俺と彼女の端末の画面には再びあの女が。
 艶を放つ長い黒髪、吸い込まれそうなほどのヴァイオレットの瞳。真白な肌。

「どういうこと? 何なのこれ!?」
「グンマとは一体どこにあるんだ!?」
「グンマ―― マエバシ」
「マエバシ!?」
「――そこに私はいます」
「待ってくれ! 鍵って一体」
「あなたが持つそれが、鍵です」
「これを集めろって、一体どういうことだ!」
「全てを集め、そして私を助けてくださ――」

――画面は、そこで再び暗闇へと変わる。

「これは、一体――」

 グンマ、マエバシ、鍵――
 女が言っていた言葉。

「これを集める!?」

 端末に視線を落とすが、それはもう何一つ反応しない。

 小屋の中に重い沈黙がやって来た――


53: 2015/04/11(土) 06:05:04.44


 コロニー暦○○年、○月○日

 前略

 次々と衝撃の事実が発覚しましたので、ここに簡潔に記載します。
 まず、単刀直入ですが―― 外の世界は存在しました。
 現地の噂をもとにウツノミヤ居住区から一時間と少しばかりかけてとある山林へ向かったところ、コロニー外の地点で外界の人間三人と接触することに成功したのでここに報告します。

 彼らはフーリーと呼ばれる集団の人間で、前時代かもしくはそれ以前の大昔に住む場所を追われ迫害を受けてきた模様です。
 加えてその迫害は現在でも横行しているらしく、移動生活を強いられているとのことでした。
 彼らは大地の北からずっと南へ安息の地を求め移動してきたそうで、その最中に他の人間と接触、ないし目撃したようですからつまり―― コロニーの外にも人間が存在し、加えて生活していることが判明致しました。

 その証拠となる写真を撮影しましたので、この手紙と追加の情報、それから写真のフィルムをウツノミヤ居住区の運び屋に預け、そちらにお送りいたします。

 あと一点、件の端末についてですが、実は今回遭遇した三人の中の一人が私と同じようなそれを所持していました。
 そして再び端末が光を放ち――

 追記

 これからの調査はいよいよコロニー外の世界へと向かうので、定期的な連絡は送れそうにありません。
 もし生還していれば、その際にまとめて報告致します。

 そして今回遭遇した三人のことですが、私の居住区周辺にはまだまだ空きがあったはずです。
 後記に詳細を記述しますが、実は彼らは私の命の恩人であります。
 迫害を受け移動生活を強いられている彼ら三人のためにここはなんとかして恩返しをしたいと思う所存でありまして、誠に勝手ながら私はトウキョウ居住区への移住を彼らに提案しました。

 もし彼らが提案を受け入れてくれるということなら、コロニー史研究室に行くようにと言ってありますので、後日に彼らがそちらへ訪れた際には、ここはどうか一つよろしくお願い致します。



54: 2015/04/11(土) 06:10:34.10
「さてと――」

 昨日あんなことがあって、そして三人と別れた。
 三人の案内により男に襲われた場所へ戻ることが出来た俺は、そこからは一人で来た道を引き返し、ウツノミヤ支部へ戻ってくる。
 そしてトウキョウ居住区の研究室へ宛てた報告書を作成してから眠りについた。

 そして翌日。
 朝一番で報告書を運び屋に預け、支部へ戻り……

「本当に行ってしまわれるのですね?」
「はい、短い間でしたが何から何まで本当にありがとうございました」

――俺は次なる未知へと旅立つ。

「ここに来た際はいつでもこちらをご利用ください」
「そんな…… 本当にありがとうございます」
「――それではまたいつか」
「はい、本当にお世話になりました――!」

 短い間だったが、俺のために色々と尽くしてくださった支部長と別れの抱擁を交わす。
 こんな世界だからこそ、俺は人との出会いを大切にしなければならないだろう。

 これからは本格的に未知の領域となる。
 そこには数多くの危険があるだろう。
 しかし、俺は行く。
 前時代の歴史の欠片を掴むために。
 そしてグンマ、マエバシという場所を探して、あの女を助けるために。

――そこには前時代の歴史を知るための何かが必ずあるだろう。

 名残惜しいが…… そうして俺は支部を出てからウツノミヤ居住区の郊外、とある場所へと歩みを進めた。


55: 2015/04/11(土) 06:14:21.21


 ボロボロに朽ち果てた建造物、そこに絡まる蔦。
 どこかからやってきた水が地面を浸食し、ぬかるみや水溜りを形成する。
 やがて廃墟の群れは途切れ、何もない荒野が姿を現す。
 ウツノミヤ居住区郊外。
 そして俺は今居住区の外へ一歩を踏み出した。
 ここからはコロニーの外、未知の世界。

 彼方まで続く、朽ち果てた大きな送電線を眺めながら歩く。
 ぬかるみを歩くブーツの音が独りの俺に寄り添って……

――いや、俺は一人じゃない。

56: 2015/04/11(土) 06:17:05.98





「シン―― 待ってたよ」






57: 2015/04/11(土) 06:20:19.64
 荒地を進むと、やがて地面はアスファルトに変わった。
 俺は大きな道路に出た。
 道路だった道だ。
 いまやアスファルトはメチャクチャに崩壊してところどころ破片のようにバラバラになっている。

 そんな大きな道路に停まるのは三台の二輪車。
 前時代からの遺産の一つか、荒地仕様の大型自動二輪車、オフロードバイク。
 それに体を預けるのは――

「――本当に一緒に来てくれるんですか? ククリさん」

 赤みを帯びた綺麗な栗毛は太陽光を反射して鮮やかに輝き、ブラウンの瞳は透き通っていて俺を見つめている。
 華麗な衣装、明るい笑顔。
 そんなククリと、それから彼女の仲間である二人がそこにはいた。

「うん。これからよろしくね、シン―― 二人とも、今まで本当にありがとう」
「――気にするな。俺たちは回遊の民フーリーだ」
「ククリにはククリの道がある、行け―― フーリー神のご加護を」
「みんなありがとう…… フーリー神のご加護を」
「また会おう――」

 二人はククリと抱擁を交わし、俺に向けて手を上げる。
 それは別れの合図。

「二人とも、ありがとうございました!」

 そうして二人は微笑みと共にバイクに跨り、そして走り去っていく。
 そんな二人の背を見送っていると、昨日の記憶が鮮やかに蘇ってきた――


58: 2015/04/11(土) 06:25:00.06
 俺が持つ端末と、ククリが持つそれが光を放ち、画面に映るのはあの女。
 女は言った―― グンマのマエバシ…… そこにいるから助けてと。
 そして鍵を、この端末を全て集めて来てくれと。

 それは俺とククリが持つ他に、この端末が存在するということ。
 だから今後は別のそれらを探さなければならない。
 途方もない作業であるが、しかし女の願いを無視するわけにはいかない。
 女を助けたその先には、グンマだかマエバシという場所には重要な何かがある。
 それは俺が求めるものの可能性が高いのだ。

「ねえ―― 私も行っていい?」
「ククリ!? お前」
「ククリさん!?」

 俺が端末を集める旅に出ると言ったとき、ククリはそう返したのだった。

「私も…… シンが言うような前時代の歴史が知りたい。
それを知ることが出来れば、きっと私たちが差別される理由の根源も見つかるはずよ!
理由が見つかったなら、そうすれば私たちフーリーは何かしらの対策を立てられる。
もう人間から追われなくて済む日が来るかもしれない―― だから!」

 ククリはそう力説する。
 彼女の瞳には強い覚悟が浮かんでいるように見えた。

「そうか―― お前はフーリーの誇りだ」

 やがて数秒の沈黙の後、男二人はククリの願いを受け入れる。


59: 2015/04/11(土) 06:36:28.47
「しかし、これからどうする気だ?
そいつがどこにあるのか手掛かり一つない中で」
「――皆さんが南下してくる中で、この周辺に人が多く住む場所を見かけませんでしたか? コロニー以外で」

 手掛かりは何一つとしてないが、とりあえずコロニーの外へ出る必要がある。
 そうしてコロニー以外の人が多く存在する場所でしらみつぶしにあたってみるしかないだろう。グンマ、マエバシの場所や端末について……

「――なるほどな。俺たちはデカい道路跡を通ってここまで来た。
その中で途中何回か集落を通ったし、ジャンク品を売りつけに行ったときにジャンク屋のオヤジも何か言っていたな」
「何か―― ですか?」
「ああ、ここら周辺からずっと西に行ったところにカヌマと呼ばれる集落が存在する。
そこには大昔にデカい工場だった廃墟が数多く存在するらしいんだが、その周辺で何故か大規模な争いが起きているから飛び火して来ないか心配だと言っていた」
「――なるほど、それではそこに行けば何かしら情報は掴めるかもしれませんね」
「いいのか? 本当かどうかは知らないが、争いに巻き込まれるかもしれないぞ?」

 確かに…… その話が本当なら非常に危険だが、前時代の地図によればここからずっと西へ向かうと「群馬」、つまりグンマだと思われる場所がある。
 だから何かしら有益な情報は掴めるかもしれない。

「はい―― 俺は行こうと思います」
「そうか…… それなら決まりだな! ククリ――」
「――うん、私が案内するわ!」
「本当ですか!?」
「ええ、その集落の場所は分からないけど、ここへ来る途中何回か道が分岐していたから、そこを辿っていけばどこかしら着くはずよ」
「――ありがとうございます」
「うん、こちらこそこれからよろしくね――」

 こうして俺の旅に心強い仲間が加わった。
 フーリーのククリ。
 彼女と俺は固い握手を交わす――


60: 2015/04/11(土) 06:42:53.16
「それじゃ、行ってみる――?」

 二人が去って行った後、俺の追憶も終焉を迎える。
 目の前にはククリと、それから一台の大きなバイク。

「そうだ、そんな格好じゃ寒いからこれ着て?」

 そう言って彼女はバイクに備え付けられた収納ケースから何かを取り出す。

「――持ってきたの。私は大丈夫だからシンが着て」
「ありがとうございます――」

 それは裾が長い緑色の大きなコートだった。

「拾い物だからサイズは合わないかもだけど――」
「いや、ピッタリです! ありがとうございます」
「――それにこれも」

 更に皮製の手袋まで渡してくれた。

「すみません、何から何まで――」
「昨日拠点からかき集めてきたの。食料も数日分は大丈夫かな?」
「俺も携帯食料を持ってるので、分け合いましょう」
「ありがとう、そうね。このバイクも捨ててあったのを整備して改良しただけだから何日もつか分からないけど…… 行けるとこまではいきましょう」

 そして。

「あとこれも――」

61: 2015/04/11(土) 06:47:28.58
 ククリはそう言って腰から何かを抜く。

「――これは」
「あと、予備の弾倉二つね」

――大柄な拳銃と、二つの弾倉。

 人の命を奪い去る武器。
 それが、俺の掌にズシリと置かれる。

「撃ったことある?」
「いや、実銃は―― おもちゃのを触ったくらいで」
「なら大丈夫ね、弾を込めて引き金を引くだけよ。私はこれがあるから」

 彼女はそう言って背中にぶら下げたライフルを指差す。

「自衛用よ。世の中は物騒だから、私たちが無害でも向こうから来るときがあるの」

 その言葉はククリが言うと物凄く現実味を帯びていた。

「弾は現地調達ってことで…… 建物跡とかには結構落ちてたりするの。それに武器屋やジャンク屋もあるから―― ともかく、後で取り扱いを教えてあげる」

 会話の傍ら、彼女は自分の腰に巻いたホルスターを俺に巻いてくれた。
 俺はそこへ拳銃を収納し、予備弾倉はコートのポケットへ。
 いよいよ始まるのか―― そんな気がした。

 やがて――

62: 2015/04/11(土) 06:51:26.87
「それじゃ、出発しましょうか?」
「はい―― よろしくお願いします」

 俺とククリはもう一度固い握手を交わし、そして――

「――よろしくね」

 手を離した瞬間、俺に訪れるほのかな蜜の香り。

「ど、どういうことですかっ!?」
「フーリー式の挨拶よ」

 ククリはそう言って俺を抱擁する。

「ありがとうございます」
「――それとククリ、でいいわ。他人行儀みたいだし」
「ククリ―― ククリ、ありがとう」

 俺もそっと、そんな彼女の背に腕を回した。

「あなたは面白い人間ね。こんな私と抱擁を交わしてくれるなんて」
「それはそっちから――」
「私みたいな人間を受け入れてくれた」
「みんなは、ククリは俺の命の恩人だ。それに俺たちは同じ人間だ」
「――ありがとう、シン」


63: 2015/04/11(土) 06:54:15.14
 やがてどちらからともなくゆっくりと抱擁は解かれる。

「それじゃ、後ろに乗って」
「――こう?」
「うん、私の腰に両腕を回していいよ」
「これで大丈夫?」
「大丈夫、それじゃしっかり掴まっててね!」
「うん――!」

 エンジンは唸りを上げ、バイクに命が吹き込まれた。

「何かあったら肩を叩いて!」
「分かった!」
「それじゃ行きましょう!」
「うん、行こう――!」


64: 2015/04/11(土) 06:57:45.44
 グンマ、マエバシを目指し、あの女を助けに。
 そして彼女を助けるために必要だと思われる残りの端末を見つけるために。
 加えて俺は前時代の歴史を、ククリは自分たちの歴史を見つけるために。
 俺は一人じゃない。
 頼もしい仲間が、ククリが加わった。

 荒れたアスファルトの上を疾走する大型バイク。
 どこまでも続く送電線だったオンボロたちと何もない荒野。
 孤独な旅路。
 ククリの腰に腕を回して密着していると、彼女の温もりを感じた。
 孤独な旅だが、しかし彼女がいてくれるから大丈夫だ。

 そうして俺たちはまだ見ぬ地を目指して進む。

 行き先は、西へ――









 終

65: 2015/04/11(土) 07:01:22.22
ありがとうございました
とりあえず今回はこれで落として続きがあったら新しいスレから投下しようと思っています

66: 2015/04/11(土) 10:27:37.17

引用元: 退廃した世界で