1: 2013/10/23(水) 23:41:24.71



 その日も幻想郷は『日常』を過ごしていた。
 何も変わらず、ただいつも通りの時が流れていく。

 誰かが言った。『歴史という物は非日常を集めた物』だと。つまり『日常』では歴史は動かない。
 今日も幻想郷の歴史はのんびり停滞しているのであった。

 しかし歴史の流れに関わらず、様々な物が永い時の流れに流され変わっていく。
 自然も、建物も、妖怪も、そして人間も。


 これはあの日々からどれだけかの時間が経った幻想郷の物語。
 再び『歴史』が動き始めるちょっと前の妖怪たちの物語。




 いつもと変わらないような暑い夏。

 そんな中、幻想郷に再び『あの日』がやってきた。








   東方追想録 ~ Everlasting and Returned Fantasy.









https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1382539284

2: 2013/10/23(水) 23:44:45.07


・これは東方ProjectのSSです。

・一部捏造設定及びオリキャラが登場します。

・短い章による全七章を予定しています。(変更の可能性もあります)

・毎週一章のペースでの投下を予定しています(変更のk

・この作品に弾幕は含まれていませんが、原材料に弾幕を含む作品を使用しております。弾幕及び東方アレルギーの方はアレして下さい。

・以上をふまえた上で、素敵な貴方達に楽しい幻想郷ライフを。


3: 2013/10/23(水) 23:45:54.79





壱「夢を想う妖の追想」





4: 2013/10/23(水) 23:53:34.98

「紫様ー」


 幻想郷のどこかにある屋敷。朝の日差しが差し込む中、起床時間を知らせる声が響く。


「そろそろお目覚めになった方が……え゛」


 主人の部屋の障子を開けた式が思わず固まる。


「お早う、藍。今朝もご苦労様」

「…………」


 目をこすっても、目の前の光景は変わらない。
 まだ寝間着ではあるものの、起こしてもいないのにこの主人が起きているというのは明らかに異常であった。いつもなら布団にくるまったまま「あと三ヶ月~」とかのたまう癖に。


「……何か悪いものでも拾い食いしましたか?」

「さらっと酷いわね。幽々子と一緒にしないでくれるかしら」


 いや、それは幽々子様に酷いのでは、という言葉を藍は何とか飲み込んだ。


5: 2013/10/23(水) 23:57:55.35

「しかし、冗談抜きで驚きましたよ。いつもでしたらまだ布団の中でしょうに」

「まあ否定はしないわ。でも、今日は特別なのよ」


 いつものような何を考えているのか分からない笑みではなく、どこか寂しそうな微笑を浮かべて紫は静かに呟いた。


「それに、」


 紫は開け放した障子から外を眺める。
 夏も本番のこの時期。小鳥達の声に混じって蝉の声が聞こえてくる。もう一刻もしないうちにもっと騒がしく鳴き出すだろう。


「ちょっと懐かしい夢を見てね」



6: 2013/10/24(木) 00:06:56.84

「夢、ですか」

「ええ。もう終わってしまった、あの『非日常』の夢をね」


 紫が一瞬で消え、再び現れた。どうやったのか、寝間着からいつもの道師服に着替えられている。


「藍。今日私は神社へ行きます。貴女も暮六ツ過ぎに神社へ来なさい」


 簡潔にそれだけを告げ、紫は自室を出て行った。


「特別な日? 『非日常』の夢?」


 部屋に残された藍は少しだけ思案していた。ゆっくりと揺れていた尻尾が、数秒の後にピンと立った。


「ああ、もうそんなに経ったのか」


 これなら神社というのも頷ける。そうなると……


「宴の支度が必要かな。確か、以前紫様が『とっておきの秘蔵酒』と仰っていた酒が……」

「藍ー? 朝ご飯はー?」

「あ、出来てます! すぐに支度いたします!」


 先程と違って少し間の抜けた主人の声に苦笑しつつ、藍は朝餉の支度の為に台所へ向かった。

 今日は、少し忙しくなりそうだ。



7: 2013/10/24(木) 00:11:36.38


 何故「章」という表記にしてしまったのだろう。長さ的には明らかに「話」だろうに。


 どうもこんばんは。いきなりやらかしてる>>1で御座います。

 こんな感じで、ルーズリーフ二ページにも満たない「章」を投下していく予定です。のんびりお付き合いいただければ幸いです。



11: 2013/10/29(火) 23:21:25.00





 弐「魔法遣い達の未練」





12: 2013/10/29(火) 23:24:13.35


 魔法の森のマーガトロイド邸。
 アリスは一人紅茶を嗜んでいた。
 ただでさえ森の中は静かだというのに、今日は何時にも増して静かだった。森を一歩でも外に出れば、煩わしい蝉の声に満ち溢れているのだろうが。
 シンと静まり返った部屋の中には、カップとソーサーが奏でるカチャカチャという音しか聞こえない。
 いつもだったらこの辺で……と思ったが、アリスは首を振って否定する。「いつも」なんてのはもう何年もの昔の話だ。今更何を考えているんだ、と。


コンコン


 扉を叩く音に、アリスは弾かれたかのように立ち上がる。その表情には「もしかして」という思いを浮かべ。


「入るわよ」


 しかし、入ってきたのは紫色の髪を持つ七曜の魔女だった。


13: 2013/10/29(火) 23:30:37.80


「パチュリー……」

「あら、もしかして『彼奴』かと思った?」


 そんなパチュリーの問いを無視し、アリスは客人用の紅茶を用意する。


「貴女がこんなところまで来るなんて珍しいじゃない。しかもこんな暑い中。明日は嵐かしら?」

「花曇かもね」

「……で、何の用?」

「あら、用が無かったら来ちゃいけないのかしら?」

「別にいいけど。ここにいても何も無いわよ。さっさと帰って何時ものように読書でもしてれば?『彼奴』も居なくなって漸く静かな時間を取り戻せたんでしょ?」

「静かな時間、ね」


 紅茶を淹れるためにパチュリーに背を向けていたアリスは、その時の彼女の表情を見ることが出来なかった。


14: 2013/10/29(火) 23:37:36.07


「未だに慣れないのよね」 ?


 椅子に座ったパチュリーがポツリと呟く。


「確かに『静かな時間』は取り戻したわ。でも、何故か静かすぎるのよ、図書館が。長い歳月をそうやって過ごしてきたというのに」


 アリスは紅茶をパチュリーの前に置きながら素っ気なく答える。


「私は彼奴が氏んでせいせいしたわ。『氏ぬまで借りて』いかれたものも返して貰えたしね」

「冷たいわね」

「元々私は彼奴のことは余り好きじゃなかったし。それに加えて人の魔導書やマジックアイテムを盗ってくのだから……気に食わないのは当たり前よ」


 しかし、そう言うアリスの表情にはどこか影があった。



15: 2013/10/29(火) 23:46:09.17


「私は、」


 パチュリーが紅茶を一口含む。


「ずっと紅魔館で本を読むだけの生活をしてきた。言わば一人遊びのようなものよ」


 二人の紅茶の啜る音が部屋に浸透していく。


「私はそれを退屈に思わなかったし、満足していた。だって一人遊びしか知らなかったのだから」


 カチャンとパチュリーはカップを静かに置いた。


「でも、一人遊びで楽しむには限界があるわ。それに比べ、相手がいるゲームの楽しみは無限に広がる。判るかしら」

「…………」


「確かに私も本を盗られて彼奴の事は気に食わなかった。でもその反面、それを何となく楽しんでいた」


 カップを弄るパチュリーの表情は、微かながら柔らかかった。


16: 2013/10/29(火) 23:53:35.37


「彼奴は本を盗る。私はそれを阻止する。何時しか私はそれをゲームとして捉えるようになったわ」

「…………」

「私はそのゲームに夢中になったわ。新しい魔法の開発をしたり、魔導書を作ったり」


 パチュリーは最後の一口を飲み、席を立った。


「残念ながら、そのゲームも期間付きのものだったけどね」

「あら、もう帰るの?」

「ええ。これ以上長居するのもなんだし」

「そこまで長居はしてないと思うけど」

「始めにさっさと帰れって言ったのは誰だったかしら?」


 扉に向かいながら、パチュリーはからかうように言う。


「……まあいいわ」


 アリスも立ち上がり、食器を片付ける。


「どうやら貴女自身は気付いてないみたいね」

「……何が言いたいの?」


 戸口に立ったパチュリーは溜め息一つ。


「自立人形、完成したって聞いたわ。今日来たのはそれを見せて貰う、というのもあったんだけどね」



17: 2013/10/30(水) 00:07:22.06


 ピクッと、台所に立つアリスの背中が震えた。


「そしたら貴女、自立人形どころか何時もの人形も使ってないんだもの。そういう気分じゃないってことでしょ?」


 扉を開けると、生温い風と微かな蝉の声が部屋に入ってきた。


「……何を思っているかは知らないけど、程々にしときなさいよ。私が言えた義理でもないけど」


 出際に「紅茶おいしかったわ」とだけ言い、パチュリーは去っていった。部屋の中は再びアリスだけになる。
 閉じられた扉に遮られ、蝉の声はもう聞こえてこない。食器の奏でる音と水音だけが部屋に響く。


「だって、彼奴が居ないんじゃ張り合いが無いじゃない……」


 ポツリと口からこぼれた本音。そんなアリスの震えた声は水音に掻き消され、誰の耳にも届く事は無かった。



18: 2013/10/30(水) 00:15:52.22


 一週間と言ったな? すまんありゃ嘘だった。

 サクサクと推敲の手が進んだので予定より早めの投下でした。一カ所半角スペースを残してしまって文字化けしたのは不覚でしたが。

 次回は……まあ早めに来ますよ、多分。



 さて、今回のBGMはPCゲーム「AIR」より「ふたり‐two of us‐」でした。
 どちらかというと夜のイメージか強い曲ですが、聴いてて静かな森の情景が浮かんだのでこのチョイスとなりました。


 それではまた次回に。

22: 2013/11/05(火) 21:29:07.35





 参「神々の幻想入り回顧」





23: 2013/11/05(火) 21:35:33.90

 五風十雨。程良い雨は、来る秋に実りをもたらす。幻想郷には今、盛夏に打ち水をするが如く雨が降っていた。

 暫くすると雨は弱まり、立ちこめていた雨雲が少しずつ薄くなる。微かに開いたその切れ間より、燦々たる太陽が覗く。

 雨が降っていたのは四ツ時から二刻程の短い時間であったが、幻想郷を潤すには充分であった。

 夏の日差しを取り戻しつつある幻想郷を、神奈子は鳥居にもたれて眺めていた。


「さて……」


 再び蝉が鳴き始めた頃、神奈子は神社へと戻っていった。


24: 2013/11/05(火) 21:44:50.72


「おー、お疲れー」


 縁側で茶を飲み、間延びした声で神奈子を迎えたのは守矢神社のもう一柱、諏訪子だった。


「わざわざ雨降らしたり止ませたり大変だね」

「前の雨から少し日が経った。一度降らしておかねば、秋の収穫に影響するだろう。五穀豊穣も我が神徳である。少しは仕事しないとね」


 威厳を示すかのように、軽く胸を張りつつ大仰な言い回しで答える神奈子。


「ふーん、そんな事考えてたの。てっきり、暑いから雨降らしたと思ってたよ」

「う、まあそれは否定できないけど」


 威厳が台無しである。


25: 2013/11/05(火) 21:50:43.49

 神奈子は諏訪子同様縁側に座り、水出しの緑茶が入ったグラスに口を付ける。

 グラスに入った氷が、カランと涼やかな音を立てる。ひさしにかけた風鈴が、見えない風の流れに応えて透き通るような音を奏でる。

 加えて数多の蝉の声が聞こえる中、二柱が同時に呟いた言葉は奇しくも同じであった。


「「静かだねぇ」」


 ふとお互いに顔を見て、同時に微笑む。しかし、それはとても寂しそうなものであった。


「あの頃は毎日のように馬鹿騒ぎしてたしねぇ」

「この程度では余りにも静かすぎる」


 見上げる空には雲の峰。まだまだ夏の盛りは続きそうだ。


26: 2013/11/05(火) 21:58:59.93


「そういえばさ、」


 諏訪子が懐かしむように呟く。


「幻想郷に移り住むって話を始めたのも、確かこれぐらいの時期だったよね」

「そうそう。今日以上に暑い日だった」


 信仰を失った神霊は、いずれ人間で言う『氏』という運命を辿る。人間にとっては大したことではないかも知れないが、神奈子や諏訪子にとってはまさに氏活問題であった。


「本当、早苗には悪いことしちゃったよね」


 神に仕える身だからこそ。また、自身も神と讃えられる存在だからこそ。早苗は十数年に渡って培ってきた全ての縁を断ち切り、この幻想郷へ来たのだった。

 それは想像できない程辛かったに違いない。それでも、早苗は二柱に笑いかけた。


『これも、神奈子様や諏訪子様の為ですから』


 早苗は強い娘だった。その笑みには一切の辛さや寂しさを浮かべず、心から神奈子と諏訪子に尽くしていた。

 それは巫女として当然だ、と。それ以外に何の選択肢があろうか、と。


27: 2013/11/05(火) 22:03:55.23

 再び二柱は黙り込んでしまう。永きに渡り、二柱は多くの神職達を見てきた。しかし、早苗程熱心に仕えてくれた者は今まで何人居ただろうか。

 しんみりとした空気の中、諏訪子が大きく伸びをする。


「んー、そろそろお昼ご飯かな?」

「お、もうそんな時間か」


 雨雲は完全に晴れ、太陽は南の空で燦然と輝いている。


「『あの娘』が待ってるよ、早く行こう」

「ああ」


 二柱は部屋の中へと戻っていった。

 遠くに聞こえる蝉の声と風鈴の音だけが、誰もいなくなった縁側に静かに響いていた。


28: 2013/11/05(火) 22:24:46.16


 推敲してたら第陸章が長すぎてそろそろ笑えなくなってきた>>1です。
 具体的には第壱章から今回投下の第参章足しても足りるかどうか……

 因みに肆、伍はかなり短いです。悪しからず。


 さて、第肆章には誰が登場するんでしょうか。いや、別にもったいぶる程のものでもないですが。


 今回のBGMはARIA The NATURALよりED、挿入歌「夏待ち」です。

 ARIA、良いですよね。多分三期まで合わせて十回ぐらい見直してる気がします。あの感じが少しでも出せたらなーとか。まあ出てないだろうなーとか。

 ともあれ、今回は

「一体、誰が後悔してるのだろうか」

 というところで一つ。


 それではまた次回。

32: 2013/11/13(水) 01:26:47.28



 肆「十代目を継ぐ者」




33: 2013/11/13(水) 01:31:51.33


 南部鉄の風鈴が、涼しげな音を奏でる。
 うだるような暑さは、何時の時代でも何処であっても変わらない。そう思いつつ、稗田阿都は筆を置いた。

 編纂もある程度進んできた幻想郷縁起十作目。人物リストに目を通すと、まだ半分程が未取材。中には十代目になってから一度も会ったことのない人物も居る。



 

34: 2013/11/13(水) 01:37:18.94


 リストを紙束の上に置き、すっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤す。

 十作目は、九作目に比べると余り面白いものでは無くなってしまったと阿都は思う。
 そもそも幻想郷縁起自体がそういった面白さを追求するものでは無い筈なのだが、どうしてもそう考えてしまう。

35: 2013/11/13(水) 01:40:29.07


 ふと外を見る。
 先程の雨は既に乾き、いつも通りの夏景色が広がっている。
 騒々しくも空に吸い込まれていく蝉時雨。微かに聞こえる里の子供たちが遊ぶ声。変わらぬ日常がそこに在った。

 グッと腕を上げて大きく伸びをすると、背中の関節が軽い音を立てた。気が付かなかったが、大分長い間座っていたようだ。


36: 2013/11/13(水) 01:50:00.21


 スッと。微かに襖が開けられる。


「失礼いたします」


 阿都が「どうぞ」と声をかけると、襖が開かれて使用人が入ってきた。


「阿都様、お手紙でございます」

「ありがとうございます。どちら様からですか?」

「いえ、それが……」


 使用人は困惑した表情を浮かべる。曰わく、手紙は玄関の扉に挟んであった物であり、差出人の名前はどこにも書かれていなかった、とのこと。

 阿都は手紙を受け取り、使用人に礼を言って下がらせた。
 簡素な封筒には表書きに「稗田阿都様」とあるだけで他には一切何もかかれていない。封を開けると、中には一枚の便箋。

 端正な筆文字でそこに書かれていたのは、



37: 2013/11/13(水) 01:51:21.32




   『百年目。暮六ツに神社にて』




38: 2013/11/13(水) 01:56:06.23


 この一文のみであった。
 しかし、この一文だけで阿都は全てを悟った。百年目が何を示すのかも、この手紙の差出人も。


「もうそんなに経つのですね……」


 阿都はそう呟くと、すぐに出かける支度を始めた。
 十代目になってからは一度も行っていないが、場所はちゃんと分かっている。今から行けば七ツ半には着くだろうか。少しばかり早いかも知れないが、この体、この時節にはかなり時間が掛かるだろうし、『あのお方』は既にいらっしゃるだろう。

 降り注ぐ夏の日差しの中、阿都は神社を目指してのんびり歩き始めた。



42: 2013/11/20(水) 02:58:43.71




 伍「歩いてゆこう、一人きりで」




43: 2013/11/20(水) 03:01:22.38

 くるくる、と日傘が回る。

 降り注ぐ日差しと蝉時雨を遮るように、レミリアは大きな日傘を持って一人歩いていた。


「……暑いわね」


 本来、レミリアは余り外出しない。出掛けるとしても精々曇りの日や夜ぐらいである。

 それなのに何故こうして出歩いているかというと、今日が特別な日だからであり、呼び出されたからでもある。


44: 2013/11/20(水) 03:04:01.20


「ああもう暑い暑い。何でこんなに暑いのかしら。誰か何とかしなさいよ」


 思わず独り言が口をつく。あの頃はそんな無茶を聞いてくれる従者も居たのだが…………今ここには誰も居ない。

 苛立ちを紛らわすように、またくるりと日傘を回す。

 この獣道を抜ければ、神社はすぐである。


45: 2013/11/20(水) 03:07:20.34

 数刻前。

 突然レミリアの目の前に手紙が降ってきた。

 どうせ『あいつ』の仕業だと判っているので何時もなら諦めもつくのだが、余りにも唐突だったので今回は流石に腹が立った。

 別に、びっくりした際に勢い余って椅子から転げ落ち、紅茶とカリスマをダメにしてしまった事を怒っているわけではない。決して。



46: 2013/11/20(水) 03:10:01.27


 手紙には『百年目。暮六つに神社にて』と書かれていたが、レミリアは受け取ってすぐに館を出た。

 文句の一つや二つ言ってやらないと気が済まないというのもあるが……


 万感を胸に、レミリアは歩く。ゆっくり、ゆっくりとその道筋を確かめるかのように。



 そして、道が開けたそこには、


47: 2013/11/20(水) 03:10:47.30




 全く変わることのない、博麗神社が佇んでいた。




53: 2013/11/28(木) 01:23:05.99




 陸「懐古、記憶、そして未練」




54: 2013/11/28(木) 01:35:33.59

 神社に入って最初にレミリアの目に映ったのは、見覚えのある鬼だった。


「おー、あんたはいつぞやの吸血鬼」

「あら、いつぞやの酔いどれ鬼」


 伊吹萃香は縁側に寝そべって酒を呑んでいた。


「貴女だけなのかしら? 『あいつ』は居る?」

「んー、見てないねぇ」


 確かに、辺りを見回してもそれらしい姿は見当たらない。


「呼んだ張本人が来ないなんてどうなのかしら」

「そもそも『暮六つ』に呼ばれているのに七つ刻前に来る方がおかしいんじゃない?」


 同じ用な手紙を持ってケラケラと。

 むっとしたレミリアが「じゃあアンタは何なのよ」と言い返すと「私はいつもここに居るからね~」と暢気に受け流す。


55: 2013/11/28(木) 01:41:50.03


「まあいいわ。取り敢えず早く来ないかしら、あのスキマ」


 レミリアが溜め息を吐いたその時、どこからともなく声が聞こえてきた。


『呼ばれて飛び出てぇ』

「出る杭は打たれるそうだからやめておいたら?」

「あら残念」


 レミリアの目の前に突然開いた空間の裂け目。そこから姿を現したのは『呼んだ張本人』にして幻想郷最古の妖怪、八雲紫であった。口元を扇子で隠して妖艶な笑みをたたえたその様は、相も変わらずどこか胡散臭かった。


「何年振りかしらね、レミリア」

「さあ? 覚えてないし、どうでも良いわ」


 互いに交わす言葉は少なく、淡々としていた。微妙に浮いた空気が場を包む。


56: 2013/11/28(木) 01:50:34.89


「そういえば、」


 突然スッと紫が姿を消したかと思うと、次の瞬間には萃香の隣に座っていた。そして、どこからか取り出した杯を差し出して萃香から酒を貰う。


「今日はお付きの者が居ないのね」

「いつもいつも居る訳ではないわ。今日は連れてきてないだけよ」


 縁側の、丁度陽の当たらないところに腰を下ろす。最も、日傘は差したままだが。


「それに、常時連れ回したくなるような、あれ程の従者は居ないわ」

「未練たらたらね」


 愉快そうに歪めた目元までを扇子で隠し、紫はくつくつと笑った。


「ふん、何とでも言えばい良い。あれ程楽しかった時代は六百年余りを通じて一度も無かったわ。この私でも未練ぐらい感じるわ」

「本当に未練がましいわね。まだあの『非日常』を懐かしんでるなんて」



57: 2013/11/28(木) 02:02:14.18


「あら、そう言うアンタは? 未だに『それ』を大切そうに持ってるじゃない」


 意趣返しと言わんばかりにレミリアは笑う。

 紫は「あらあら、バレてしまいましたわ」都笑い、またもどこからか『それ』を取り出した。

 細長い木の棒の先に、古びてボロボロになった白い紙の飾りが挟んである。かつて霊夢が使っていた御祓い棒であった。


「だってこれは……あの娘が残した、あの娘が生きた証だから」

「ふーん」


 懐かしそうに、そしてどこか寂しそうに呟く紫の言葉を、レミリアは興味なさげに聞き流す。


「ふふ、貴女もこんな物を持ち歩いてるじゃない。下手すれば大火傷よ?」


 手元のスキマから、鈍く輝く銀のナイフを取り出す。


「な、ちょ、何勝手に盗ってんのよ! 返しなさい!!」

「はいはい」


 何時もと変わらない笑顔でナイフを返す。レミリアはそれを注意深く受け取り、懐から出したハンカチで丁寧に包んでしまい込む。


「うふふふふ、お互い様ね」

「ふん」


 胡散臭さ全開で微笑む紫と、そっぽを向くレミリア、そして蚊帳の外で一人呑んだくれる萃香。その構図を破ったのは三人の内の誰でもなく、新たな来訪者であった。




58: 2013/11/28(木) 02:14:04.85



「ハァ、ハァ……やっと、やっと着いたぁ……」


 大きく肩で息をし、フラフラと階段を登って来た和装の少女。見るからに危なっかしい。

 年の頃は十を過ぎた程か。よくこんな子供がここまで来られたものだ。

 紫は不思議そうに眺める他二人は気にせず、少女に歩み寄る。


「良く来たわね、阿都」

「あ、これはこれは。皆様お揃いで」


 疲れた笑顔で応える阿都。未だ萃香とレミリアは状況を計りかねているのか、互いに顔を見合わせている。


「紹介するわね。十代目阿礼乙女、稗田阿都よ」


 阿都は静かに頭を下げる。


「ああ、稗田の。転生したのね」

「久し振りだねぇ。とは言え、今の代では初めましてか」


 二人とも、先代である阿求の頃に面識があった。今代の阿都に会うのは初めてであったが、言われて見れば阿求の面影がしっかりと残っていた。どうやら言われるまでは忘れていたようだが。



59: 2013/11/28(木) 02:24:54.59


「お二人の事は紫様からお聞きしております。どうぞ宜しくお願いいたします」


 再び恭しく頭を下げる阿都。


「紫、アンタ変な事吹き込んでないでしょうね?」

「私は事実しか話しませんわ」

「本当かしら。ある事ない事話してないでしょうね?」

「火の無い所に……って言うじゃない」

「あー? やっぱり変な事言ってんじゃないのよ」

「私は客観的事実を話したまでですわ」

「だーっ! 何を話したのか吐きなさい! っていうか吐け!」


 口元を扇子で隠しながら「うふふふふふふふふふ……」都怪しげに笑う紫。その胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶるレミリア。幻想郷トップクラスの妖怪同士の争いなのだが、傍目から見ると只の子供同士のじゃれ合いである。


60: 2013/11/28(木) 02:28:15.85


 そんなある意味恐ろしく、ある意味微笑ましい光景を見て、阿都はクスクスと笑う。


「こういった感じ、とても懐かしいです。こんなやり取りも、この風景も全く変わっていませんね」


 今まで笑顔だった紫の表情が真顔に変わる。


「まさか、貴女……」

「はい、今までは半信半疑でしたが、神社に来て確信しました」


 一息。



61: 2013/11/28(木) 02:29:06.54




「私には、先代の記憶が残っています」




64: 2013/11/29(金) 00:32:49.23


 御阿礼の子は転生する際に記憶を引き継ぐ。しかしその内容はかなり少なく、己が御阿礼の子であるという自覚と、幻想郷縁起のほんの一部の記憶だけである。

 本来なら、先代の記憶が残っているなんて事はない。


「それは、本当の事なの?」


 紫が怪訝そうに尋ねる。


「はい。一番印象に残っていたのが、私の家に霊夢さんと魔理沙さんが来た時の事なんですよ」

「まあ不思議なこともあるものね。そんな事、今まで一度も無かった筈よね? 歴代の御阿礼の子からも聞いた事が無いわ」

「えー、私に聞かれても正直困るのですが。でも、多分そうだと思います」


 少なくとも、今までの幻想郷縁起や日記などには書いてありませんでしたから、と阿都は付け加える。


「転生は閻魔の管轄……あの閻魔が何か失敗してやらかした? それとも十代目おめでとうの記念サービス? いや、あの堅物がそんな事する訳……いや、でも……」


 紫は割と真剣な顔して悩んでいるようだが、あの閻魔本人に聞かれたら百叩きでは済まないだろうなぁと阿都は暢気に考えていた。



65: 2013/11/29(金) 00:44:44.84


 阿都は今一度思い返していた。

 確か、あれは紫が縁起を見にきた日だったか。紫が帰った後に彼の二人が訪れ、同じく縁起を見せたんだっけ。

 脳裏にあの時の光景が鮮やかに浮かび上がる。

 そういえば、その時に魔理沙さんの欄に「自己中心的で泥棒を生業としている」と書いたんだったな。

 つい思い出し笑いをしていたら、どうしても結論が出ないので考えるのをやめた紫がいつの間にかこちらにいつもの笑顔を向けていた。


 「あらあら、思い出し笑い? ちょっと気持ち悪いわよ?」

「「あんたが言うな」」


 レミリアと萃香が同時につっこむ。




66: 2013/11/29(金) 00:45:12.50


ーーーー


67: 2013/11/29(金) 00:52:11.40


「あら~、この時間だったら一番乗りだと思ったのに」


 七つ時を回った頃、空から間延びした声が降ってきた。


「あら幽々子。お早いお着きね」

「貴女程じゃないわよ、紫」


 ふわりと降り立つ幽々子の姿は、百年余り経っても全く変わらない。変わったのは……


「うー、疲れた~」


 何本もの一升瓶が入った袋を下ろし、二刀を携えた女性がへばる。


「こんなんで根を上げているようじゃ駄目ね。そんなんだから今でも未熟者って呼ばれるのよ、妖夢?」

「そんな事言われても、この量は無理ですよー」


 百年余りの時を経て、妖夢は凛とした女性へと成長していた。「中身と剣術の腕は全く変わらないのよね~」とは幽々子の言である。


「相変わらず従者使いが荒いわね」

「貴女程じゃないわよ、紫」

「そうでも無いですわ」


 スッと目を逸らし、明後日の方向を眺めた。


 

68: 2013/11/29(金) 00:55:10.17


「それにしても、ここは全く変わらないわね~」

「変わっていくのは人間だけね」

「そうね~。半分だけ人間の妖夢も半分しか変わってないし」

「そんな事無いですよ、これでも私は……」

「昨日怪談を聞いて眠れないって泣きついて来たのは誰だったかしら?」

「みょん……」



69: 2013/11/29(金) 00:56:00.89


 いつも通りのやり取り、いつも通りの会話。

 しかし、そこにあの人間たちは居ない。


70: 2013/11/29(金) 01:01:10.21


 暮六つも近くなった頃。

 妖怪達がぞろぞろと神社に集まり始めた。皆を紫が呼んだからなのだが、もし呼ばなかったとしてもきっと自然に集まっただろう。そういう人間だったのだから、博麗霊夢は。


 妖怪が集まれば宴が始まる。それは今回もも例外ではない。例え、今日が博麗霊夢の百周忌だったとしても。

 いつもと変わらない風景だった。いつもと変わらない日常だった。そこに、あの人間たちが居ないことを除けば。


71: 2013/11/29(金) 01:02:31.94


 陽は既に沈み、神社は月明かりと申し訳ばかりの灯籠の灯に照らされていた。

 宴もたけなわ、てんやわんやの大騒ぎ。そんな時、



72: 2013/11/29(金) 01:03:11.96




「あーっ! 私が居ない間に何もう始めてんのよ!」




73: 2013/11/29(金) 01:03:40.71


 鳥居をくぐって現れたのは、


88: 2013/12/15(日) 01:51:10.95




終「終わらない、巡りゆく幻想」




89: 2013/12/15(日) 01:53:43.43


 BGM:テーマ・オブ・イースタンストーリー / 上海アリス幻樂団


90: 2013/12/15(日) 02:03:19.81


「霊、夢さん……?」

 阿都は絶句した。流れるような黒髪に特徴的な巫女服、そして整った顔立ち。その姿は、未だ阿都の記憶に残る博麗の巫女、博麗霊夢と相違なかった。

 紫は驚きで呆然とする阿都の隣を悠然と通り過ぎ、現れた少女へ歩み寄る。


「ちょっと紫! 私が里に行っている間に何でもう宴会が始まってんのよ! 私抜きで始めるなんて許可した覚えはないわよ!」

「貴女が余りに遅いから、皆我慢できなかったのよ。そもそも、私は再三再四『暮六つには帰ってきなさい』と言ったと記憶しているけど?」

「うぐ、ちょっと予想以上に時間がかかったのよ。仕方ないじゃない」

「茶屋でちょっと一休憩が無ければ間にあったんじゃなくて?」

「ちょ、何で知ってるのよ! さては見てたわね!?」

「あら、ちょっと鎌をかけただけですわ」

「こんのっ!」

「あ、あ、あの、紫様」


 二人の口喧嘩に阿都が口を挟む。


「あ、そうそう。貴女はまだ一度も会ったことがないんだったわね。紹介するわ」


 紫は少女の肩を掴み、半ば無理矢理阿都の前に立たせる。


91: 2013/12/15(日) 02:12:11.61


「今代の博麗の巫女、『博麗霊華』よ。因みに『あの娘』とは赤の他人、他人の空似よ」

「色んな奴が良く言うけど、私ってそんなにその霊夢って人と似てんの? 見たこと無いから自分じゃ良く分かんないんだけど」

「……霊華」


 肩を掴んだ手に少しずつ力が入り始める。


「一月程前に渡した、先回の幻想郷縁起。そこには妖怪達だけでなく、英雄伝として霊夢についても書いてあります。勿論イラスト付きで。確か私は『これを読んで、今一度幻想郷の住人達について知りなさい。来月までにはせめて一通り目を通し、姿と名前を一致させなさい』と言って渡しました。違いますか?」

「痛い痛い、はい、確かにそう聞きました!」

「では何故霊夢の姿を知らないのですか? 貴女と瓜二つな、かつての博麗の巫女の姿を」

「いやー、だって私は本読むの嫌いだしって、ああ痛い痛い痛い!」


 なる程。だから今代の巫女、博麗霊華は今まで私と会ったことがなかった、いや、会うのを避けていたのか。

 阿都は涙目になって喚く霊華を眺め、一人得心していた。




92: 2013/12/15(日) 02:12:42.48


ーーーー


93: 2013/12/15(日) 02:16:18.37


「まさか、さっきの今でまた会うことになるとは思わなかったわ」

「その台詞、そっくりそのまま返すわよ」


 その頃、二人の魔法遣いがワインを酌み交わしていた。


「今度はちゃんと人形を連れているのね。少し安心したわ」

「余計なお世話よ。別に、アンタに唆されたからじゃないわ」

「まあどうでも良いけど」

「そうね、どうでも良いわ」


 二人の会話は淡々としているが、そこに険悪さは無い。お互いを良く知るからこそ、この不思議な空気は作られている。

 そんな二人の所に、珍しい、懐かしい顔が現れた。


94: 2013/12/15(日) 02:27:40.53


「やあ、こうして会うのは一体何年振りだろうね」


 銀色のかった白髪に、青と黒の服。そして下だけ黒縁の眼鏡。青年からそろそろ壮年に差し掛かる頃かといった風貌の男性は、香霖堂店主の森近霖之助であった。


「また珍しい顔ね。パチュリーよりもレアケースなんじゃない?」

「そりゃ僕だって店の中で読書している方が良いさ。だけど日が日だからね、出不精の僕でも宴会にぐらいは参加するさ」


 僅かに苦笑する霖之助。そんな彼の背後に、ヒョコヒョコと黒い影が見え隠れする。


「霖之助さん、貴方の後ろに誰かが……」


 不審に思ったアリスが声をかけると、その影は大袈裟な程にビクッと飛び上がり、ピッタリと霖之助の後ろに隠れてしまった。


「ああ、今日来たのは君達にこの娘を紹介する為でもあったんだ。ほら、出ておいで」


 霖之助の声で、その影は恐る恐るアリス達の方へ顔を覗かせた。

 黒く、つばの広いとんがり帽子。黒を基調とした服に白いエプロン。そして癖の強い金髪。かつての『彼奴』を想起させる容姿の少女は、未だに霖之助の後ろでおどおどしていた。


「ほら、ちゃんと自己紹介しなさい」

「は、はひ! 霧雨茉莉奈といいます! よろしくおねがいちましゅ!」


 盛大に噛みまくった。



95: 2013/12/15(日) 02:40:10.21


 茉莉奈と名乗った少女は「あうう……」と痛そうに俯いているが、アリス達にそれを気にする余裕は無かった。


「その格好、それに霧雨ってまさか、」

「いや、彼女とは直接的には関係ないよ。言うなれば傍系子孫ってやつだね」


 霖之助は頼まれてもいないのに、懐かしむように語り始める。


「霧雨の親父さんー魔理沙の父は、彼女を勘当したことをとても後悔していてね。最期は僕も看取らせて貰ったんだが、その時言われたんだ。もし今後、霧雨家に魔法に興味を持ってこの家から自立しようとする者が現れたら、どうか君が手助けしてやってくれないだろうか、ってね」

「わぷ」


 霖之助が茉莉奈の頭にポンと手を置く。帽子が大きかったのか、その拍子にすっぽりと頭がはまってしまい、くぐもった声を上げる。


「で、その遺言に従って僕が世話を見てるのがこの娘ってわけだ」

「ふーん。それは良いんだけど、私達にその娘を紹介したのは何故?」


 訝しげに眉を顰めるパチュリー。かつて色々と辛酸を嘗めさせられた彼女としては、思うところがあるのだろう。


96: 2013/12/15(日) 02:53:26.44


「いや、特に深い意味はないよ。そろそろこの娘も独り立ちさせようと思ってね、あの家に住まわせる事にしたんだ」


 あの家。この会話の流れ上、それは霧雨魔法店を示すのだろう。


「いくら貴方が比較的近くに住んでいるとはいえ、こんな娘を森の中で一人で住まわせるというのはどうなの? 少しどころか、かなり頼りないのだけれど」


 未だ「わ、わわ」と言いながら帽子から頭を引き抜こうとしている茉莉奈の姿を一瞥し、アリスは嘆息する。


「それについては問題ないよ。なにせ、彼女は魔理沙が書き残した魔導書を全て読破し、その殆どをマスターしているからね」

「「は?」」


 パチュリーとアリスは同時に絶句した。

 魔理沙の書き残した書物。キノコからの魔力抽出やその運用法といった基本的なものから始まり、彼女自身のスペルカードや他社のスペルカードの観察・解析、新しい魔法の開発など、彼女が今際の際まで書き続けていたこれらは、それこそ無数と言える程の量を誇っていた。その大半を占める研究用のメモ書きを除いたとしても、その量は膨大だろう。

 それを、この十代になって間もないであろう少女がほぼマスターした、と霖之助は言ったのだ。



97: 2013/12/15(日) 03:04:16.17


「この娘は特に『既存の物を様々な形で利用する』ことが得意なんだ。それを生かすために多くの知識を取り込ませようとしていたら、いつの間にかね。僕もここまでとは思っていなかったよ」


 頭をポリポリ掻きつつ、


「それに加えて好奇心が旺盛ということもあって、彼女はどうやら『知識の蒐集』が好きなようなんだ。だからパチュリー、もし良ければ大図書館の書物の閲覧を彼女に許可してくれないだろうか。そしてアリス、気が向いた時でいいのだが、茉莉奈の様子を見てやってくれないだろうか。香霖堂よりも近所になるし、僕自身そこまで魔法に詳しい訳ではないからね。魔法遣いとしての視点で彼女を気にかけてくれないだろうか」


98: 2013/12/15(日) 03:11:59.83


「かなり無理を言っている事は承知だ。それでも、どうかお願いできないだろうか」


 そう言って霖之助は深く頭を下げた。

 何秒かの沈黙の後、パチュリーとアリスはまたも同時にため息を吐いた。


「図書館から本を持ち出さないという条件でなら構わないわ。勿論物によっては閲覧制限をかけさせてもらうし、私の読書の邪魔をするようなら容赦なく叩き出すから」

「そこまで深々と頭を下げられたら、無碍に断るのも良い気がしないわ。本当に気が向いた時だけね」

「すまない、感謝する」


 霖之助の表情が安堵でゆるむ。

 きっと、茉莉奈についてはかつての師への義理以上に思い入れがあったのだろう。


「あ、あのっ、これからお願いすまっ……」


 魔理沙に似ているような似ていないような少女と二人の魔法遣いとの邂逅は、こうして果たされたのであった。



99: 2013/12/15(日) 03:13:38.02


ーーーー


102: 2013/12/15(日) 12:24:35.09


ドンガラガッシャーン


 漫画のような擬音をたて、漫画のような姿勢でずっこけた銀髪のメイドがそこに居た。

 その手には辛うじて落下を阻止されたブランデーの瓶。彼女はその無事を確認すると、ハフゥと安心したため息を吐いた。

 しかしそれも束の間。彼女の背後に影が差す。


「朔……アンタまた『六回失敗した』わね?」


 朔と呼ばれた少女は、パッと飛び起きて振り返る。


「し、しかしお嬢様。六回目は瓶を割らずにキャッチ出来ました!」

「まずずっこけないようにしろっつってんのよ!!」


 こめかみに青筋立てたレミリアがブチ切れる。

 朔がやらかし、レミリアがキレる。それがこの主従のルーチンワークであった。


 その様子を、幽々子と妖夢は遠くから眺めていた。


「ねえ妖夢、あの娘の事どう思う?」

「え、唐突に何ですか?」

「んー、ちょっと聞いてみたくなっただけよ。かつて『あの人間』と仲良くしていた貴女に」

「……別にどうも思いませんよ。彼女とは全く関係ないでしょう」


 静かに答えてお猪口をあおる。


「えー、何か妖夢がつーめーたーいー」

「平常運転ですよ、私は」


 と言いつつどこかツンとしているのは、何か気に障ったからだろうか。


「じゃあ、もしあの娘と戦う事を考えるとどうする?」

「そうですね……」


 

103: 2013/12/15(日) 12:46:46.29


 チラリと、またずっこける朔に目を向け、


「彼女の『五回までやり直せる程度の能力』は正直脅威ですね。本来その場限りの筈の戦闘を、無条件でやり直せるのは大きいです。まあ、やり直す前の記憶は彼女以外持ち越せないらしいので、能力については完全に彼女の自称ですが」


 お猪口に入った酒をくるくる回しつつ、妖夢は続ける。


「当たるまでやり直す。避けられるまでやり直す。達人級の人物なら一回で、名人級でも三、四回も対峙すれば相手の隙や癖を見抜くと聞きます。五回もやり直すならば、ほぼ無敵でしょう」


 私はまだその域に達していないので何とも言えませんが、と呟き、


「彼女と戦う際の対策は一つ。一分の隙もない、完全な攻撃と回避。やり直してもどうしようもなければ彼女に為す術はありません。それが出来ればの話ですが。ただまあ、」


 何度目か分からない、何かが割れる音がまた響く。


「今までの話は名人級以上の人物がその能力を行使したら、という仮定の物です。その能力の使い手たる彼女がああですからね。宝の持ち腐れ感は否めませんね」


 やれやれと言わんばかりに首を振る。そんな妖夢に対し、幽々子は満面の笑顔を向けた。


「……どうかしましたか、幽々子様?」

「うふふ、彼女と戦う時の事をそんなに考えてるなんて~、貴女あの娘に相当期待しているのね?」

「え、ちょ、これはそういうのではなく、冷静な戦力分析としてですね、」


 あらあらうふふと笑う幽々子に妖夢が詰め寄る。

 そんな主従の会話は宴の喧噪に紛れ、


ズテゴンガッシャーン


「さーくーっ!!」

「ご、ごめんなさーいっ!」


 破壊音に伴う主従の声は宴の喧噪を切り裂いて、十六夜の空に響くのだった。







104: 2013/12/15(日) 13:01:30.27


ーーーー


106: 2013/12/16(月) 01:06:45.90


 霊華が帰ってきて一刻程が過ぎた。
 紫の説教から漸く逃れ、霊華も宴を楽しんでいた。

 そんな中、月を背負うようにして新しい面子がやってきた。


「やあやあ、どうも遅くなりました! 盛り上がってますかーっ?」


 ふわりと霊華の側に降り立った影。緑の髪に蛇と蛙の髪飾り、霊華と対を為すように青い巫女服を着込んだ少女はテンション高く霊華に話しかけた。

 背後から話しかけられた霊華はゆっくりと振り向き、機嫌の悪そうなジト目を向けた。口角がひくついているのは何かイラついているからか。


「秋穂……相も変わらず私の後ろにまで飛んでやってくるのは当てつけか何か?」

「あれ、結局霊華さんはまだ飛べるようになってないんですかー?」


 口調こそ馬鹿にしているように聞こえるが本人には全く悪気はなく、ただ純粋な疑問だった。

 しかし、言われる霊華にはそんな事は関係ない。どうあっても嫌味にしか聞こえないのだ。


「うっさいわね! こっちは好き好んで飛べないわけじゃないのよ!」


 キーッとヒステリー気味に憤る霊華。

 そう、霊華は未だに空を舞う術を持っていないのだ。


107: 2013/12/16(月) 01:13:46.36


 かつて巫女をその背に乗せて空を泳いだ老亀も雲隠れして久しく、博麗の巫女はその身一つで空を舞うしか法はないのだ。

 ギャアギャアと姦しい二人を無視し、一緒にやってきた神奈子と諏訪子は紫の所へやってきた。


「遅れてすまないな。少し神事が立て込んでしまった」

「別に構わないわよ。はい、三杯もはあげられないけど取り敢えずの駆けつけ一杯」

「おっと、すまんな」


 紫が差し出した杯を受け取り、二柱はぐいと呑み干す。


「ん? 一気に呑んじゃったけど、これってかなり上物だった?」

「うふふ、『十四代』。私のお気に入りの日本酒よ」

「もっと味わえば良かったな……もう一杯お願い出来ないか?」

「だーめ。これは私のだからー」


 良い感じに酔っているのか、いつもの三割増の胡散臭い笑顔を振りまく。


108: 2013/12/16(月) 01:18:49.74


「いけずー。先に分かってればゆっくり呑んだのにー」

「これはもうあげられないけどー、貴女達にはこっちをあげるわ」


 スキマから新たな一升瓶が生えてくる。そのラベルを見て、神奈子は思わず声を上げた。


「『國譲り』!? またこれは懐かしいものを!」

「味の系統は全く違うけど、これも名酒よね」

「何々、日本酒呑み比べ? ずるいぞ、私も混ぜろー!」


 萃香も乱入し、こちらも巫女達以上の盛り上がりを見せるのであった。



109: 2013/12/16(月) 01:28:15.71


「ではそんな霊華さんに、私が空を飛ぶコツを教えて差し上げましょう!」


 酒が投入されてさらにテンション増し増しとなった秋穂が唐突に切り出す。


「このコツさえあれば貴女もフライング・マイスター! 実際に私も一週間で飛べるようになりました!」


 深夜のテレビショッピング並みのノリで続ける。


「さぁ準備は良いですか、霊華さん!」

「良くない」


 即答。


「そう、このコツは私の遠いご先祖様のお言葉から得られた物でした……」

「いや、人の話を聞きなさいよ」

「『この幻想郷では常識に囚われてはいけない』この言葉を知った瞬間、私は悟りを開いたのです」

「おいこら巫女」

「『常識に囚われない』つまり、世間一般の常識である『人は空を飛べない』を、自分だけの常識として『巫女は自由に空を舞う』と上書きしてしまえば良いのです」


 秋穂は空に向かって大きく手を広げる。



110: 2013/12/16(月) 01:32:07.19


「さあ霊華さん。想像してみましょう、自分が空を自由に飛び回る姿を。信じてみましょう、重力でさえこの身を縛ることは出来ないのだと」


 そう語る秋穂の足が、ふわりと地面から離れる。


「そう! 私は風! 青々とした木々を揺らし、大空を駆け巡る一陣の風! 誰も私を縛る事なんて出来ないっっ!」


 あはははは!と高らかに笑いながら秋穂破空を舞う。
 対し霊華は、心底頭が痛そうに顔をしかめるのであった。



111: 2013/12/16(月) 01:35:10.00


 その様子を眺めていた萃香。隣で酒をあおる二柱に、やや同情のこもった声音で問いかけた。


「あんたらのとこの巫女だけどさ、代を追う毎に何か壊れてきてない?」

「「言わないで」」


 二柱が同時に吐き捨てた言葉は奇しくも同じであった。



112: 2013/12/16(月) 01:35:41.98


ーーーー


113: 2013/12/16(月) 01:42:00.82


 三者三様に盛り上がる宴会の隅で、阿都と霖之助は静かに杯を酌み交わしていた。


「皆さん盛り上がってますね。私はこういった宴会に参加したことが余りないので、ちょっとついていけそうにないですが」

「そもそも、彼女らはこの集まりの趣旨を忘れているような気もするが。彼女らに言わせれば『どうでも良い』のかも知れないけどね」

「幻想郷らしいと言えばらしいと思います」

「そんなものかなぁ」


 そう呟き、霖之助はぐいとグラスを空ける。


「そう言えば、だ。博麗の巫女、人間の魔法使い、悪魔のメイド、半人半霊、山の巫女がまた一堂に会しているわけだ。もしかしたら、僕も再び筆を執ることになるかも知れないな」


 阿都はその言葉を聞き、かつて霖之助が執筆・発行した書物を思い出した。


「『歴史が動く』と?」

「いや、それは彼女達次第だと思う。異変が起こらなければ意味もないしね」


 様々な喧騒をその瞳に映し、霖之助は言葉を紡ぐ。


114: 2013/12/16(月) 01:50:51.80


「『歴史は繰り返す』なんて言うけど、まさにその通りだと思うよ。しかし、それは必ずしも停滞ではない。繰り返しながらも、それはまた別の歴史なんだ。僕らはたまたまそのサイクルより永く生きているから『繰り返す』と感じているだけなんだからね」


 そこまで言って、霖之助はポカンとしている阿都に気付いた。


「ああ、すまない。僕自身、思ったことをそのまま言っているだけだから、言っていることが無茶苦茶かも知れない。気にしないでくれ」


 ばつが悪そうに苦笑する。


「何となくは分かります。私自身がその『繰り返す歴史』のようなものですから」


 阿都もグラスに口を付け、ほうと溜め息を吐く。


「でも、それは私が望んで、いや、私がやりたいからやっている事なんです。例え繰り返しだとしても、私自身はそこに生きています」

「『そこに生きている』か。うん、そうだね」


 霖之助は一つ頷き、再び宴の中心へと眼を向ける。


「僕らもその歴史の中で生きているんだ。完全に只の傍観者になるのは勿体ないね。僕も適度にその歴史を楽しむとしよう」


115: 2013/12/16(月) 01:53:55.11


 妖怪と人間の宴はまだまだ続く。

 未練を抱き、過去を偲ぶ者は居れど、過去にしがみつき、囚われている者は居ない。

 皆が皆、今を生きている。人間も、妖怪も。



 少しずつ少しずつ、幻想郷に夜明けが近づく。

 少しずつ少しずつ、時が流れていく。



 そしてカチリと、



116: 2013/12/16(月) 01:55:23.25


 歴史の針が動き出す音が聞こえてきた。





           〈了〉

118: 2013/12/16(月) 02:00:28.74


 取り敢えず五体投地しながらこの文章を書いてます。ごめんなさい。


 自分でも信じられないぐらいの漫画じみたイベント連鎖に巻き込まれ、結果として細切れ投下となってしまいました。申し訳ございませんでした。


 十月の末にスレを立て、約二ヶ月を経てようやく終わりました。見切り発車の恐ろしさを実感しました。

 一部不完全燃焼なところはありましたが、取り敢えず書きたいことは書けました。

119: 2013/12/16(月) 02:01:38.36

 ところで、そろそろ起きあがって良いですかね?

 流石に冬の床は冷たいです。というか、指が動かなくなって

120: 2013/12/16(月) 02:10:16.07


 さておき。

 これで百年後の幻想郷の物語はお終いです。この後どんな歴史が綴られていくかは皆さんのご想像にお任せします。きっと霊夢達と比べても遜色のない、眩しいほどのドタバタを見せてくれるのでしょう。

 私自身がその様子を夢想しつつ、この辺りで幕切れとさせていただきます。



 それでは、また別のノート上で出会えることを祈って。




 THANK YOU FOR READING ...
 

123: 2013/12/16(月) 20:06:55.93

124: 2013/12/18(水) 16:29:29.79


──── After a year


125: 2013/12/18(水) 16:30:23.75


  - 0 -

 蒸し暑い夏が続く。気温はそこまで高くなくても、高い湿度が不快感を煽る。
 とは言え住民達は慣れたもので、思い思いの方法で涼を取っていた。

 蝉の声に溢れ、騒がしい幻想郷。
 いつも通りの夏の中、変化は静かに始まっていた。


126: 2013/12/18(水) 16:32:20.11


  - 1 -

 ここは東の国の人里離れた山の中。博麗(はくれい)神社は、そんな辺境にあった。

 この山は、元々は人間は棲んでいない、今も多くは決して足を踏み入れない場所で、人々には幻想郷と呼ばれていた。幻想郷は、今も相変わらず人間以外の生き物と、ほんの少しの人間が自由に闊歩していたのだった。

 人々は文明開化に盲信した、人間は生活から闇の部分を積極的に排除しようとしていた。実はそれは、宵闇に棲む生き物にとっても、人間との干渉もなくお互いに気楽な環境だったのだった。

 そして、ある夏の日、音も無く、不穏な妖霧が幻想郷を包み始めたのである。それは、まるであの百年前の異変を再現するかのように見えたのだった。


127: 2013/12/18(水) 16:34:01.62
  - 2 -

 博麗神社の巫女、博麗霊華(はくれいれいか)はおおよそ平穏な日々を送っていた。滅多に参拝客が訪れないこの神社は、退屈だったり退屈じゃなかったりして、楽しく暮らしているようである。

 そんな夏の日、霊華はフラフラと空を舞っていた。


霊華「わっとと、ようやく少しは安定してきたかな」


 血を吐かない程度の修行を経て、霊華はついに空を飛べるようになったのだった。しかし、その様は巣立ちしたばかりの雛よりはマシといったものだった。


霊華「これで秋穂の奴に馬鹿にされないで……って、なんか霧が出てきたわね」


 気付いた時には、霊華の視界は赤みのかった霧に奪われてしまった。
 地面も見えないこの状態では、下手に降りようとする方が危険だろう。


霊華「取り敢えず霧の外まで出ればなんとかなるでしょ」


 代々の博麗の巫女と変わらない暢気さで、霊華はそう結論づけたのだった。

 これも博麗の巫女だからなのだろうか。あてもなく飛び始めた霊華の行く先は、この霧の発信源に他ならなかった。



128: 2013/12/18(水) 16:36:01.13

  - 3 -

 数少ない森の住人である普通の少女、霧雨茉莉奈(きりさめまりな)は、普通に空を飛んでいた。

 いつのまにか、霧で湖の全体が見渡せなくなっていたことに気づくと、急いで家へ舞い戻って本棚を漁った。


茉莉奈「あの赤い霧……私の記憶が正しければあれは確か、」


 茉莉奈は愛読書の一つを見つけ出し、心当たりの頁を開く。本のタイトルは「幻想郷縁起」。開いた頁は「レミリア・スカーレット」。

 
茉莉奈「あった、紅霧異変。やっぱり……」


 茉莉奈は再び家を飛び出し、湖がある方角へと向かった。
 彼女が何を考えているのかは分からないが、取り敢えず止めに行かないと。

 見えないながらも飛び慣れた空を、茉莉奈は急いで辿ったのだった。


129: 2013/12/18(水) 16:37:49.60


  - 4 -

 湖は、一面妖霧に包まれていた。 いつも霧に包まれているため「霧の湖」と呼ばれるここも、これほどまでの霧、しかも赤い霧に包まれたことは今までに一度しかなかった。

 湖の中心の島に建つ赤色の館。「紅魔館」と呼ばれるその館のベランダで、少女は静かに微笑んだ。


「そろそろ待つのも飽きたわ。さあ、歴史の再現を始めましょう」


 悪役よろしく高らかに笑う少女の声は、湖全体に響きわたることなく、彼女の真後ろでずっこけたメイドが起こす破壊音にかき消されたのであった。









130: 2013/12/18(水) 16:39:26.83







 歴史は繰り返す。


 それは、人間がいる限り必然の理。


 そして今、妖怪の手によって幕は落とされた。










 東方紅魔郷 ~ the Reproduction and Beginning of History.








131: 2013/12/18(水) 16:40:13.88













    ※ウソ予告です


132: 2013/12/18(水) 16:41:53.72

 突発的思い付きも書き終えたので、明朝頃にHTML化依頼を出します。


 本当にありがとうございました。



134: 2013/12/18(水) 19:45:21.73
乙です

引用元: 東方追想録 ~ Everlasting and Returned Fantasy.