1: 2014/05/11(日) 18:29:27.90

 近所のスタジオでのボーカルレッスンの帰り道、雨に降られた。
 私と一緒に来ていた真と、シャッター街の中で見つけた小さな公園の屋根の下に駆け込んだ。

「すごい雨だね、びしょ濡れだよ」

「そうね……風邪は引いてない?」

「どうだろ。千早は?」

「私は平気そう。タオルを持っていれば良かったのだけれど……ごめんなさい」


https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399800557

2: 2014/05/11(日) 18:29:55.54

 屋根の下の砂場は使われていないのか、ブルーシートが被せられている。
 他の遊具もところどころ色が落ちて、雨に当たって、なんだか物悲しさがあった。

「……雨、やまないわね」

「うん」

 真は濡れていなかったベンチに腰を下ろした。

3: 2014/05/11(日) 18:30:21.27

「千早は、さ」

「え?」

「プロデューサーが765プロを辞めること、どう思ってるの」

 真は目を合わさず、砂場の方をぼーっと見ている。
 問うことに興味が無いのではなく、無理やり興味を逸らしているような。

4: 2014/05/11(日) 18:30:50.76

「私は……仕方のないことだと思う」

 プロデューサーは何人ものアイドルを導いてくれた。
 私と真は残念ながら、あまり日の目を見ていないけれど。

「アイドルに対する考え方とか、そういうのを教えてくれたのはプロデューサーだから」

「……うん」

「プロデューサーが夢を追いかけるなら、幸せになってほしいって思うわ」

5: 2014/05/11(日) 18:31:36.72

 真は伸びをして、

「千早は大人だなぁ」

「大人?」

「うん。ボクはまだ、ちゃんと頭の中、整理出来てないからさ」

 背中をベンチに預けて、真は立っているままの私と目を合わせた。

6: 2014/05/11(日) 18:32:23.21

 隣に座ってみる。

「……これからプロデューサーはさ」

「ええ」

「他の事務所に行って、ボクたちのライバルを育て上げるんだよね」

「そう、なるわね」

7: 2014/05/11(日) 18:32:58.47

 どこかのアイドル事務所に行って、765プロの経験を活かしたい――と聞いた。
 プロデューサーが765プロにやって来た時、私もプロデュースしてもらえるのか、と少しだけ気になっていた。

 けれど、私は担当アイドルには選ばれなかった。

「ボク、プロデュースしてもらえなかったのに、オーディションで対決する、ってなったら勝てるのかな」

 真も同じ。
 春香と萩原さん、我那覇さんのユニットは売れに売れて、今は向かう所敵なし。

8: 2014/05/11(日) 18:33:29.62

「私は、勝ちたいと思う」

「勝ちたい?」

「ええ。私を担当アイドルに選ばなかったこと、悔しがらせるぐらいに」

「……」

 真は黙ってしまった。しばらくして、「そっか」と腕を組んだ。

9: 2014/05/11(日) 18:34:18.94

「真」

「うん?」

「私、鳥みたいに羽ばたいていきたい。アイドルから、ヴォーカリストになりたいの」

 今はまだ、飛ぶ力が足りないけれど。飛び方を教わって、大空に向かって行きたいと思っている。
 鳥は親鳥が教えてくれる飛び方の享受がなければ、空を見られない。

「もし、良ければでいいのだけれど」

10: 2014/05/11(日) 18:34:50.68

「うん」

「私と一緒に、デュオとしてトップアイドルを目指さない?」

「……デュオ?」

「ええ」

 律子から聞いた興味深い話がある。
 世の中には、セルフプロデュースで成功しているユニットがいくつもある、と。

11: 2014/05/11(日) 18:35:31.65

「で、でもプロデューサーは……? 律子は竜宮で手一杯だし」

「私が、兼任しようと思う」

「それ、セルフプロデュースってこと?」

「そう」

 もちろん、プロデュースの勉強が必要になる。
 私はプロデューサーに選ばれなかったから、あの人の手腕は分からない。

12: 2014/05/11(日) 18:36:17.24

 律子に勧められた、この話。千早なら両立できるかもしれない、と言われた。
 本当は律子がプロデューサーをしてくれれば、一番良いけれど。

「……ボクで良いの?」

「真が良い」

 真は照れくさそうに頬をかいて、「よしっ」と立ち上がった。

13: 2014/05/11(日) 18:36:56.08

 久しぶりに、真の笑顔を見たと思う。

「よろしくっ、千早」

「ええ、よろしく」

 差し出された手を握って、私も立ち上がる。

「……急いで事務所に帰って、みんなに言おうと思ったけど」

14: 2014/05/11(日) 18:37:45.44

 真が屋根から少し飛び出して、商店街の方を見やる。

「雨、やまないね」

「……そうね」

 調子狂っちゃうな、と真は溜息をついた。

「それなら、こういうのはどうかしら」、と提案をする。

15: 2014/05/11(日) 18:38:39.91

「え? なになに?」

「どんな曲を歌って、踊りたいか。案を出してみるの」

 生まれたばかりのデュオが、殻を突き破って、大空へ羽ばたけるように。

「通り雨だと思うし、気づいたら止んでると思うけれど」

16: 2014/05/11(日) 18:39:38.48

「千早、名案だね! それじゃ、雨が止むまで話そっか」

「ふふっ、そうしましょう」

 再びベンチに座り直して、将来の希望を楽しく語りだす。
 未来はまだ見えないけれど、雨屋で鳥たちは一歩、踏み出した。

17: 2014/05/11(日) 18:40:44.37

 Rainy Mood / http://www.rainymood.com/
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

18: 2014/05/11(日) 18:40:47.96
いい感じ

19: 2014/05/11(日) 18:41:54.02

引用元: 千早「あまやどり」