1: 2011/10/07(金) 18:12:28.81
少女「今日からこの女学寮のお世話になります、少女と申します」

少女「右も左も分からない不束者ですが、どうぞよろしくお願い致しします」

寮監「ご挨拶ありがとう。皆さん、新しい仲間を歓迎して拍手を」

ぱちぱちぱち

寮監「少女さん、あなたはまだ寮についてなにもご存じないでしょう。しかし安心して」

寮監「あなたのお世話係も兼ねて、上級の学生が同室になるの」

寮監「こちらがその方」

令嬢「初めまして、令嬢と申します」

少女「は、はい! あの、よろしくお願いします」

2: 2011/10/07(金) 18:14:30.85
令嬢「寮監さん、この子を部屋までお連れしても」

寮監「はい、案内を任せます」

令嬢「では、ついてきて」

少女「はい!」


令嬢「少女さん」

少女「な、なんでしょうか」

令嬢「どうしてそんなに緊張しているの?」

令嬢「同室になったのだから、気を張っていると疲れてしまうわ」

少女「すみません……以後気をつけます」



4: 2011/10/07(金) 18:16:32.29
令嬢「ふふっ」

少女「なにか、おかしかったですか?」

令嬢「気を遣わないで、と言っているのに」

少女「す、すみません」

令嬢「これから色々なことを話して、もっとお互いを知りましょう」

令嬢「そうすれば、きっと緊張もほぐれるから」

少女「はい……」

5: 2011/10/07(金) 18:18:53.07
少女「洋燈があるのですね」

令嬢「ええ、夜に読み書きをするとき重宝するの」

令嬢「点けてみましょうか」

少女「はい!」


令嬢「薄ぼんやりとしているけど、温かい光でしょう」

少女「とても綺麗ですね。部屋が別の世界のよう」

令嬢「喜んでもらえたようで、よかった」

令嬢「今日からこの部屋は私と少女さんのものよ」

少女「夜を照らすこの幻想的な光の帯……」

少女「私が持っているどんな宝物でもかなわないです」

6: 2011/10/07(金) 18:21:37.43
令嬢「私はこの洋燈が好きなの」

令嬢「火が小さくて、部屋の隅までははっきりと照らしてくれないけれど」

令嬢「闇が少しだけ温かく、穏やかになるような気がするから」

少女「……なんだか私、眠くなってしまいました」

令嬢「きっと見知らぬ人に囲まれて気疲れしていたんだわ」

令嬢「洋燈の光で、緊張の糸が切れてしまったのね」

令嬢「今夜はもう床に就きなさい」

少女「はい。……おやすみなさい」

令嬢「おやすみなさい。よい夢を」

7: 2011/10/07(金) 18:23:40.50
先生「では、挨拶をお願いします」

少女「こ、こんにちは。秋田は能代から参りました、少女です」

少女「よろしくお願いします」

ひそひそ

少女(……? 皆さん、なにか話していらっしゃる)

先生「少女さんはあちらの席に」

少女「はい」

隣女「……あ」

少女「お隣ですね、よろしくお願いします」

隣女「は、はい。こちらこそ」

先生「それでは授業を。算学の本を出して……」

8: 2011/10/07(金) 18:25:43.89
少女「ご本を見せていただいてありがとうございました」

隣女「いいえ。学友の一人として、すべきことをしたまでです」

少女「隣女さんは東京育ちですか」

隣女「ええ。少女さんは秋田だと仰っていましたね」

少女「はい。近頃開通した奥羽の鉄道で上京しました」

隣女「あなたの話し方にも独特なものがありますね」

少女「お恥ずかしながら……」

隣女「この學には、そうした方言に謂れのない中傷を浴びせる方もいらっしゃいます」

隣女「どうかお気をつけて」

少女「そうなのですか。ご忠告ありがとうございます」

11: 2011/10/07(金) 18:27:47.88
「少女さん、ごきげんよう。ご本はお読みになられて?」

少女「人並みには、ですが」

「ユゴォのレ・ミゼラブルの劇が近くでやっているらしいの」

「親睦会も兼ねて、ご一緒にどうかしら?」

少女「いいですね、ぜひご一緒させてください」

隣女「よかったですわね」

少女「はい!」

少女(ゆごー? れみぜらぶる? ……外国の方かしら?)

13: 2011/10/07(金) 18:29:50.39
令嬢「あら、先にお戻りになっていたのですね」

少女「はい……」

令嬢「どうかされたの? あら、それは」

少女「噫無常(les miserables)です。図書館からお借りしました」

令嬢「最近流行っている本ですが、あなたも?」

少女「こんなに分厚い本が流行るだなんて、この学校は知的な方ばかりなのですね……」

令嬢「本が好きな子は多いわ。とくに仏蘭西のものを」

令嬢「あちらの本は情熱的なお話ばかりでね」

令嬢「仏文科のお知り合いには、原文でお読みになっている方もいらっしゃるくらいだから」

少女「軽々しく『人並みに本を読んでいる』なんて言わないほうが、よかったかもしれません」

少女「この学校の『人並みに』は『人一倍』ですもの」

14: 2011/10/07(金) 18:32:09.28
令嬢「あら、この學に入ったあなたも、それだけの教養をお持ちでしょう」

少女「とんでもない! 私は少しだけ、算学の心得があるだけです」

少女「『もっと勉強すればきっと良い商売人になれる』と父親に諭され、なけなしのお金を握らされ」

少女「なんとか入学できたという次第で………」

令嬢「あなたの父上様は、先んじた考えの持ち主ね。女子も稼ぎ手になると認めていらっしゃる」

少女「そうでしょうか。実家の困窮に、なりふり構わないだけかもしれません」

令嬢「後でこれを読んでみるといいわ」

少女「これは……?」

令嬢「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。」

令嬢「今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である―――」

令嬢「きっと、あなたの将来に関わることも多いと思うから」

少女「あ、ありがとうございます」

15: 2011/10/07(金) 18:36:38.71


先生「では今日は以上。ごきげんよう」

「少女さん、それでは劇を見に行きましょう」

少女「今からですか?」

「夜間上演もありますの」

少女「そうは言っても……寮には門限がありますよ」

「寮監さんに見つからなければきっと大丈夫」

「もう劇をご覧になった人の話では、たいそう素晴らしかったそうよ」

「ああ、早く見たいわ!」

少女「そういうことなら、今日にしましょうか」

「決まりね。行きましょう」

17: 2011/10/07(金) 18:38:39.96

少女「さすがに混んでいますね」

「前評判からすごかったもの。黒岩涙香女史は巌窟王の翻訳もなさっていて……」

「いやだ。涙香は男性よ」

「あら、そうでしたの。名前から女性だと……いやね、うふふ」

少女(やはりというか、話についていけない……)

「少女さん、さあさあ進んで」

少女「お、押さないで」


「ああ、なんて悲しいお話かしら……」

少女「ええ……とても切ない終わりかたでした」

「小説とは違う結末になっていたわね」

「あそこで終わらせておかないと、冗長だからでしょう」

18: 2011/10/07(金) 18:40:43.36
少女「皆さん、今日は私のためにありがとうございました」

「………あ、いえ。お礼なんて結構よ」

「そうそう。私たちだって楽しめたのだから」

少女「あとは、寮監さんにに隠れて帰ることですね」

「まあ、なんとかなるわよ」


「そっちは?」

「玄関には誰もいないわ」

少女「守衛室も今は明かりが消えています」

「では皆さん、静かに走って!」

たたたた

寮監「あら、おかえりなさい。可愛い子供たち」

少女(!! ど、どうしよう……)

19: 2011/10/07(金) 18:42:49.30
「た、ただいま帰りました」

寮監「ええ。『ただいま』、何時かしら?」

「九時五分前です……」

寮監「この寮の門限は何時かしら?」

少女「……六時です」

寮監「心配しましたよ。あなた方がいないことに気づいて、先ほど守衛さんが校内を見回りに行ったところです」

「ご、ごめんなさい」

寮監「こんな時間まで、一体何をしていたの?」

少女「そ、それは……」


「少女さんが『ユゴォの劇を見たい』と無理を言ったので、私たちはその案内をしていたんです」


少女(…………え?)

21: 2011/10/07(金) 18:44:51.93
「そうです。『門限を破ってしまうよ』と忠告したのに、聞く耳を持たなくて」

「それで私たち、付き合わされてしまったんです」

寮監「そうなのですか、少女さん?」

少女「え、と……その」

寮監「そうなのですね。まったく、呆れた………」

少女「…………」

寮監「やってきて早々こんな不祥事を起こして、あなたの学徒としての自覚を疑いますね」

寮監「この件はご実家にもお伝えしておきますよ」

少女「そ、そんな……!」


令嬢「ちょっと、お待ちください」

23: 2011/10/07(金) 18:48:04.66
寮監「ああ、令嬢さん。あなたの下級生が問題を起こしたところです」

寮監「あなたの監督責任も問われるのですよ?」

令嬢「そのことについてですが、一つご説明を」

令嬢「第一に、少女さんはこの街で劇がやっていることなど知りようも無いはずです」

令嬢「こちらへ来て日も浅いのだから、当然です」

令嬢「次に、ユゴォについてです。少女さんは昨日初めてユゴォを読みました」

令嬢「彼女が分厚い内容に辟易している様子を私はこの目で見ています」

令嬢「彼女が門限を破ってまで劇を見に行くとは、私には到底思われません」

少女「………」

24: 2011/10/07(金) 18:50:11.74
令嬢「少女、本当のことを話しなさい。上級生として、あなたの姉として命令します」

「本当のこともなにも……!」

少女「……劇に、それほど興味はありませんでした」

少女「ただ彼女たちに、親睦会として劇場に連れていってもらえると聞いて、嬉しくて」

令嬢「門限を破ったのはどうして?」

少女「寮監さんに見つからなければ大丈夫、と言われて」

「…………」

令嬢「寮監さん。この度は私の後輩が多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした」

令嬢「今後とも指導を徹底して参りますので、この場はどうかご容赦を」

寮監「……頭を上げなさい。あなたが泥を被って何になるの?」

令嬢「………」

寮監「まったく…………いいわ。この場はお咎めなし。部屋に戻りなさい」

令嬢「戻るわよ、少女。涙を拭きなさい」

少女「……はい」

27: 2011/10/07(金) 18:55:56.88
少女「ごめんなさい……」

令嬢「反省していれば、それでいいんですよ」

少女「寮監さんの言うみたいに、私、令嬢様のお顔に泥を塗る様なことを……」

令嬢「世の中はね、意外と狭くて、人で混みごみしていて」

令嬢「至るところで押し合いへし合い、押すな引くなで大騒ぎ」

令嬢「誰だって、誰かに迷惑をかけて生きているものなの」

令嬢「だから気にすることじゃないわ。安心なさい」

少女「……私、いつか令嬢さんのように立派な方になって」

少女「後輩の迷惑も、躊躇わず引き受けられるようになりたいと、切に思います」

令嬢「ふふ、頑張ってください」

28: 2011/10/07(金) 18:58:02.58

「あの子、令嬢様に面倒を見てもらっているからって……!」

「甘え過ぎよね。おとなしく罰を受けていればよかったのに」

「そもそもあなたが『あの子のせいにすればいい』って言うから」

「あなたも賛成したでしょう」

「それはそうだけど……。ああ、あの子、気に入らないわ」

29: 2011/10/07(金) 19:00:05.99
少女「おはようございます」

隣女「おはようございます」

隣女「昨日のこと、聞きましたよ。失敗でしたね」

少女「そのことはもう反省してもしきれないくらい……」

少女「ですが、私には目標ができました」

少女「他人から迷惑をかけられる人間になるのだ、と」

隣女「ふふ。可笑しい」

少女「な、なにか可笑しいですか?」

隣女「損な役回りでしょう。迷惑をかけられるなんて」

少女「要は、それだけ頼られる人間になりたいのです」

隣女「なるほど、素晴らしいお考えですわ」

30: 2011/10/07(金) 19:04:34.51
少女「隣女さんには、目標はありますか?」

隣女「私に、目標? どうして?」

少女「どんな女性になりたいか、ということをお聞きしたくて」

隣女「強いて言えば、どこにお嫁に出されても恥ずかしくない女性かしら」

少女「お嫁さん、ですか」

隣女「私の将来は、結婚へ向けての一本道」

隣女「もう許婚すらいるの。父は政治家で……まるで藤原氏みたいでしょう?」

少女「きっと隣女さんなら、なれますよ。素敵なお嫁さんに」

隣女「ありがとうございます」

31: 2011/10/07(金) 19:07:29.09

先生 「次は割烹の時間です。移動してください」

隣女「行きましょうか」

少女「はい」


少女「あ、すみません。先に行ってください」

隣女「どうされました?」

少女「教室にエプロンを忘れてしまって」

隣女「分かりました。それでは先に調理室で待っていますよ」


少女「急がなければ……」

「………から………よ」

「……ですわね」

少女(教室から、誰かの話し声?)

32: 2011/10/07(金) 19:09:31.50
「まったく、令嬢様も甘すぎるのよ」

「今回あの子のせいで、令嬢様にも悪評が立ちかねないですもの」

「守衛さんにも頭を下げて回りなさったと聞きましたわ」

「田舎者のくせに。あの子の品のない芋色の着物に、鈍色の袴ときたら……」

「うふふ、やだわ」

「あはは、確かに田舎者ね。言葉から何まで野暮ったいもの」

少女「………」


先生「では、割烹の授業を」

先生「あら、少女さんはどこかしら」

「先ほど教室を出たのは見ました」

「どうしたのかしら」

隣女(少女さん……?)

33: 2011/10/07(金) 19:11:33.82

令嬢「ただいま帰りました」

少女「……」

令嬢「寮監さんからお聞きしましたよ。今日の割烹の時間から、体調を崩したと」

少女「……」

令嬢「布団に包まっていては、話もできない」

令嬢「あなたの可愛い顔を見せて」

少女「れ、令嬢さま……」

令嬢「あらあら、どうしたの。目が真っ赤」

令嬢「ハンケチ、お使いなさい」

少女「あ、ありがとうございます」

34: 2011/10/07(金) 19:13:45.46
令嬢「なにかあったの?」

少女「……」

令嬢「……話したくないのね」

少女「昨日の今日で私、令嬢さまにご心配をおかけしてばかり」

少女「ほんとうに、ごめんなさい……」

令嬢「昔話を聞いてもらえるかしら?」

少女「昔話、ですか?」

令嬢「あれは寮に入って間もないころだったわ」

令嬢「夜中に、私はひとり泣いていたの。あなたが今していたように、布団に包まって――――」

35: 2011/10/07(金) 19:17:56.72
―――――――――
――――――
―――

「……くすん…………ぐす」

『どうしたの、泣いているの』

「……お、お姉さま?」

『親元を離れて、実家が恋しくなってしまったのかしら』

「ち、違います。令嬢家を背負って立つ一人娘が、そのようなこと……」

『あなたは家を背負うには、まだ幼すぎる』

『その重さに耐え切れなくなるのも無理はないわ』

『辛いのならお泣きなさい。その後で、毅然と胸をはりなさいな、お嬢さん』

『なにも恥ずかしいことなど、ないのだから』

ぎゅう

「お姉さま、わたし……わた、しは」

「……うぅ……うわぁあああん………ぐすっ………」

36: 2011/10/07(金) 19:19:59.94


『落ち着いた?』

「……はい。胸を貸していただいて、ありがとうございました」

『泣いていたのは、悲しいことがあったから?』

「それは……自分でもよく分かりません。私は、許婚のことを考えていたのです」

『許婚のこと?』

「はい。私の将来の相手は、もう決まっていて」

「それが自分の、変えようのない余生なのだと思うと」

「それまでさらさらと動いていた砂時計が、強張った砂のせいで時を止めてしまうような……そんな気持ちになって」

「涙が溢れて、溢れて………止まらなかったのです」

『そう……それはお辛いことね』

37: 2011/10/07(金) 19:22:14.45
『私も同じように感じたことがあるわ。この鳥籠のような学校に入ったときに』

「鳥籠……ですか?」

『ええ。世継ぎを生む雌鳥を飼育するためのね」

「私たちは、雌鳥………」

『でも。きっと今に、知恵をつけて飛んでいく女性が現れるはずなの』

『この鳥籠を飛び出して、自由に空を羽ばたいていく、ひばりの心をもった女性がね』

『…………私は来年、この學を去るわ。あなたは精一杯学んで、立派な女性になりなさい』

『いずれあなたのような切ない想いをする娘が現れたら、慰めてあげられるように』

「……はい」

―――
―――――
―――――――――

38: 2011/10/07(金) 19:24:18.31
少女「令嬢さまにも、そのような時期が?」

令嬢「ええ。……恥ずかしいから、他言無用よ。初めて誰かに話すことなの」

少女「は、はい」

令嬢「それから『お姉さま』は私を抱いて、一晩一緒に寝てくださったの」

令嬢「あの方の芳しい髪の香りや、優しい温もりに、勇気をもらいました」

令嬢「胸の内をすべてさらけ出して、初めて誰かと触れ合えた気がしたわ」

令嬢「………私は、あなたとも触れ合いたい」

令嬢「あなたのことを知りたいの、少女」

少女「……お話し、します」

少女「割烹の授業の始まる、少し前。私は教室に、エプロンを取りに戻ったのです―――」

40: 2011/10/07(金) 19:28:29.74
令嬢「――――そう、そんなことが」

少女「私は、恥ずかしいやら、情けないやらで」

少女「何より、一つも言い返せないのが悔しくて……」

令嬢「……なら、見返してさしあげるしかありませんね」

少女「え?」

令嬢「確かこのあたりに……ああ、ありました」

令嬢「先ほどお話した昔話の頃、私が身につけていたお古ですが」

少女「まあ、なんて素敵な薄赤縮緬の着物……」

少女「行灯袴も、気品溢れる海老茶色!」

令嬢「お気に召したなら、差し上げますよ。丈も丁度よいはず」

41: 2011/10/07(金) 19:30:32.42
少女「こ、こんなにもお高そうなものを?」

令嬢「来たるべき日がより良いものになるのなら、安いくらいですもの」

少女「ああ、なんという……! この感謝を伝えうる言葉に、事欠くばかりでございます……」

令嬢「明日からは毅然と胸をはりなさいな、お嬢さん」

令嬢「なにも恥ずかしいことなど、ないのだから」

42: 2011/10/07(金) 19:33:22.99
少女「おはようございます」

隣女「おはようございます。あら、その着物……」

隣女「とってもお美しく、お似合いですよ」

少女「ありがとうございます!」


大正少女、おわり。

続いて、昭和少女(前)が始まります。

43: 2011/10/07(金) 19:36:53.83
なんかしらんが良かった

44: 2011/10/07(金) 19:40:10.87
先生「おはようございます。それでは、国旗に敬礼!」

先生「続いて、戦地の兵隊さんの健勝を祈願し、黙祷!」


先生「では校長先生、朝礼の挨拶を」

校長「あー、皆さんおはよう。東からの朝日は大日本帝国に差しこむ光明」

校長「今朝の報道によりますと東南アジアはソロモン諸島における米軍との交戦で」

校長「我らが日本軍は敵主要艦を殲滅、ますます勢い盛んに攻勢を拡大しつつありまして……」

少女(早く終わらないかな……)

45: 2011/10/07(金) 19:43:05.61
校長「……この学校で一日一日堅実に、学業の修養に専念することが、ひいては戦争の勝利をもたらすのであります」

校長「我ら大日本帝国の繁栄を願いまして、朝礼の辞にかえさせていただきます」

先生「校長先生へ、一同、礼!」

少女(やっと終わった……)

友「今日も長かったね」

少女「本当にね。貧血で倒れそうだったわ」

先生「今日は英霊碑への参拝も行う。少し学校を出るから、皆ついて来い!」

少女「…………えー、むっ?」

先生「誰だ! 不満そうな声を出した奴は!?」

友(駄目だよ少女ちゃん、黙って従わないと!)

少女(分かった、分かったから。口から手を離しなさいよ!)

先生「ふん、まあいい。では行こうか」

47: 2011/10/07(金) 19:46:07.63
少女「英霊さんの石って、どこにあるのかしら?」

友「うーんとね、確か裏山の神社あたり」

少女「げっ、そんなところまで歩かされるの!」

友「まあまあ、『お国のため』に戦った人だよ? 感謝しなきゃ」

少女「感謝はしてるけどね、歩きたくないわ。疲れるもの」

少女「だいたい、本当に感謝してるなら石に黙祷する必要もないでしょう」

少女「心のなかで勝手に感謝していればいいんだから」

友「確かにね。でも、その形式が大切なんだよ」

少女「その形式に拘って、きっとそのうち何もかもダメになる気がするわ」

友「そうかなぁ」

先生「ほらそこ、黙って歩け」

少女・友「「はーい」」

48: 2011/10/07(金) 19:52:05.71

先生「サイタサイタ サクラガサイタ コイコイ シロコイ」

「サイタサイタ サクラガサイタ コイコイ シロコイ」

先生「ススメススメ ヘイタイススメ」

「ススメススメ ヘイタイススメ」

先生「オヒサマアカイ アサヒガアカイ」

「オヒサマアカイ アサヒガアカイ」

先生「ヒノマルノハタ バンザイバンザイ」

「ヒノマルノハタ バンザイバンザイ」

先生「……時間か。これにて放課。気をつけて帰りなさい」


少女「友、帰ろう」

友「うん」

49: 2011/10/07(金) 19:54:20.44
少女「どうして教科書って片仮名ばかりなのかしら。疲れるわ」

友「片仮名のほうが簡単だから? 覚えやすいよね」

少女「角張っているから、私片仮名は好きじゃないの」

友「あのね、少女ちゃん……」

少女「ん、なに?」

友「少し話があるんだけど、聞いてくれるかな?」

少女「嫌だって言ったら?」

友「……悲しい」

少女「じゃあ聞いてあげる」

友「ありがとう、えへへ。あのね、私……」

51: 2011/10/07(金) 19:56:25.74
母「お夕飯できたわよ」

少女「んー」

母「どうしたの? 風邪でもひいた?」

少女「そんなんじゃないわよ」

母「いつもなら、野良犬みたいにご飯をたかりに来るのに」

少女「……友がね、引っ越すんだって」

母「こんなご時世に、どちらへ?」

少女「父親の仕事の都合で、長崎に」

少女「『お国のため』だからって言われて仕方なく、行っちゃうんだって」

母「友父さん、たしか造船のお仕事なさってたわね」

母「友ちゃんのおうちも大変ねぇ」

少女「…………」

52: 2011/10/07(金) 19:58:28.14
母「それで寂しくて、塞ぎ込んでるわけね」

少女「さ、寂しくなんかっ!」

母「あら、そう?」

少女「私、なにか友にしてあげたいの。餞(はなむけ)として贈り物を……」

少女「……そうだ! 最近学校でお裁縫を習ったの。巾着袋を縫うっていうのはどうかしら?」

母「素敵ねぇ。きっと友ちゃんも喜ぶわ」

少女「針と糸はうちにあるけど、布は……」

母「それは私が用意してあげるから」

少女「本当に!? ありがとうお母さん!」

母「はいはい。ご飯が冷めるから早く食べて」

少女「いっただっきまーす!」

ばたばた

母「くすくす、まったくあの子は……」

53: 2011/10/07(金) 20:01:32.49

弟「姉ちゃんなにやってんの?」

妹「のー?」

少女「お裁縫。ちょっと静かにしなさい。集中できないでしょ」

弟「そんなのより、ご本読んでよ」

妹「よー」

少女「あーもう、うっさいわね! ……あたっ、ほらもう指を刺しちゃったじゃない!」

ぽかっ

弟「……ぅう、母ちゃん! 姉ちゃんが叩いた!」

妹「たー!」

母「はいはい、姉ちゃんの邪魔にならないようにあっちで遊びなさいな」

54: 2011/10/07(金) 20:06:35.35
弟「ばーか!」

ばたばた

妹「ねぇちゃ、私も。私も」

少女「あんたにお裁縫はまだ早いって」

少女「それに、これは私が縫わなくちゃ意味がないの」

妹「の?」

少女「そう。私が最後まで一人で……あたっ」

母「不器用ねぇ、あんた。いったい誰に似たのかしら?」

少女「そんなの分かりきってるでしょ」

55: 2011/10/07(金) 20:12:06.40
友「おはよー少女ちゃん」

少女「おはよう。一時限目なんだっけ?」

友「歴史だよ」

少女「うえ、本当に? ご本忘れたかも」

友「あらら、いつにも増してうっかりだね」

少女「そんなにいつも抜けてないわよ。今朝は少し寝不足で、ぼぅっとしてたの」

友「寝ない子は育たないよー。あ、なんか指を怪我してるみたいだけど、どうしたの?」

少女「え、いや……これはその」

がらがら

先生「席につけー」

少女「悪いけど一時限目、教科書見せてね?」

友「あい了解」

少女(……ご、ごまかせたかしら)

56: 2011/10/07(金) 20:17:47.95
先生「トマレトマレ ナノハナニ」

「トマレトマレ ナノハナニ」

少女「……zzz」

友(起こしてあげたほうがいいかな……)

先生「ハシレハシレ……おい、少女!」

少女「は、はい!?」

先生「今どこを読んでいるか、分かるな?」

少女「え、ええと……分かりません」

先生「まったく居眠りなんぞ……校長先生の朝礼でも言っていただろう」

先生「学業に励んでこそ、お国のためになろうもの」

先生「それをわきまえた上で、真摯に授業に取り組め!」

少女「……『お国のため』ですか。便利な言葉」

先生「……なに? もう一度言ってみろ少女! 今なんと言った!?」

少女「『お国のため』なんて、便利な言葉だと言ったんです」

友(少女ちゃん……?)

57: 2011/10/07(金) 20:24:04.84
先生「お前、自分がなにを言ってるのか分かっているのか?」

少女「分かってます。お国のため、お国のためと大人は口をそろえて」

少女「……私のお父さんも、友達も、みんなみんな連れていっちゃうんだわ……!」

先生「馬鹿者が! 戦争に勝つためだろう!」

先生「この国が負けたら、今に鬼畜米英の軍隊がお前たちを頃しに来るのだ!!」

先生「それを避けるための、『お国のため』だ! この非国民め!」

少女「!!」

先生「さあ皆も少女に言え! 非国民と!」

ざわざわ

先生「どうした? 遠慮することはない! さあ言え! 言うんだ!!」

友「や、やめてください!」

少女「友……」

58: 2011/10/07(金) 20:26:06.74
先生「非国民を庇うのか? ならお前も……」

友「……先生、憲法をご存知ですか?」

友「私たちは天皇陛下の臣民であり、日本国民である権利を与えられているのです」

友「その権利を奪って『非国民』呼ばわりとは、先生はご自分を天皇陛下より偉いと仰るのですか?」

先生「ぐ……。そんなのは詭弁だ」

友「授業を早く進めてください。それが『お国のため』なのですから」

先生「……………」

先生「ごほん。……ハシレハシレ シロカテ アカカテ」

「ハシレハシレ シロカテ アカカテ」

少女(……)


先生「これにて放課。さようなら」

少女「友、帰ろう」

友「はいはーい」

59: 2011/10/07(金) 20:28:09.21
少女「……今日は、ありがとね」

友「気にしないで。でもヒヤヒヤするから、先生に楯突くときは一言相談ちょうだいね」

少女「……くすっ、あはははは!」

友「あははは!」

少女「あの一杯食わされた先生の顔ったら!」

友「私も思い出しちゃった! あは、あははっ!」



少女「……ねぇ、友」

友「なぁに?」

少女「いつ出発するの?」

友「今週の終わりだよ。朝早い出発だから、辛いね」

少女「友は、辛くないの?」

友「ん? だから、辛いよ?」

少女「そ、そうじゃなくて! つまり、その……」

友「そんなの、辛いに決まってるでしょ」

60: 2011/10/07(金) 20:30:14.10
友「少女ちゃんと離ればなれなんて、片腕が失くなるのと一緒だもん」

友「そうは言っても、やっぱりどうにもならなかったの。悲しいね」

少女「……うん」

友「でも、一緒に居られるうちだけは、楽しまなくちゃ」

友「こうやって暗い話をして、暗い顔で泣きべそかいてても仕方ないよ」

友「いっぱい遊ぼう、少女ちゃん!」

少女「……そうね、友の言うとおり!」

少女「じゃあ今日は河原まで行って、水遊びするわよー!」

友「うん!」

61: 2011/10/07(金) 20:32:14.65


母「夕ごはん、できたけど」

少女「……」

母「聞く耳持たず、ね……」

少女「ご飯抜きでいい。今集中してるの」

母「はいはい。根を詰め過ぎたらダメよ」

少女「……ん……」



たったったっ

少女「友~~!!」

友「あ、少女ちゃんだ。お父さんちょっと待ってて」

少女「はぁ、はぁ………友、よかった。まだ出発していなくて」

友「見送りに来てくれたの? ありがとう」

62: 2011/10/07(金) 20:34:25.22
少女「見送りもあるけど、友に渡したいものがあってね」

友「なになに、美味しいもの?」

少女「お生憎さま、食べ物じゃないわ」

ごそごそ

少女「はい、これ」

友「巾着袋?」

少女「そう。き、気に入ってくれると嬉しいんだけど……」

友「うわっ、これすごく良い布使ってるよ。薄赤色の縮緬模様……高くなかった?」

少女「昔お母さんが着ていた着物があってね、それを裁断して縫って……」

友「これ、少女ちゃんの手縫い!?」

少女「そ、そうよ! 不恰好な仕上げで悪かったわね」

友「ううん、すっごく綺麗……。ありがとう、少女ちゃん」

63: 2011/10/07(金) 20:36:46.67
少女「……あの日、友は私を庇ってくれたわ。私にはそれがすごく嬉しかった」

少女「それで、旅に出る友のことを私も守ってあげたいと思ったの」

少女「この巾着袋じゃ、友を守るには少し小さいけれど」

少女「友の大切なものをこの中に入れてくれたらいいなって、思う」


友「……えへへ、駄目だなぁ私」

少女「え?」

友「し、少女ちゃんと居られる間は、少しでも笑顔でいようと、お思ったのに」

友「な、涙が溢れてきて……ぅう」

友「うわぁああん……」

少女「と、友?」

友「少女ちゃん……少女ちゃん……!」

ぎゅう

少女「……はいはい」

64: 2011/10/07(金) 20:41:22.20
友「少女ちゃーん、またねー!」

少女「体に気をつけるのよー!」

友「お手紙書くからー!!」

少女「待ってるわー!!」

友「――――!!!」

少女「えっ、なに? 聞こえなーい!!!」

友「―――……」

少女「…………行っちゃった」

少女「ったく、戦争なんか早く終わればいいのに」

少女「……あれは、鴉?」

少女(友が去っていった西の空に、黒い影が飛んでいく)



昭和少女(前)、おわり。

続きまして、昭和少女(後)が始まります。
またちょっと休憩。

65: 2011/10/07(金) 20:46:43.94


………沖縄返還後、初めての県議会選挙が行われ………

司書「このラジオも古いね。よぼよぼのおじいちゃん」

少女「いつからここにあるの?」

司書「さあ。ところで、探してた本は見つかった?」

少女「ううん」

司書「じゃあ、お姉さんが探してあげる。タイトルは?」

少女「『ああ無情』」

66: 2011/10/07(金) 20:49:32.05
司書「あれ、おかしいな。このあたりの棚のはず……」

少女「ないの?」

司書「うーん、ちょっと待ってね……」

ごそごそ

司書「それにしても、少女ちゃんは本が大好きなんだね」

少女「うん」

司書「私が少女ちゃんくらいの頃は、本なんて全然興味なかったな」

少女「嘘」

司書「ほんと。なんの縁なのか、図書館で働くようになったけどね」

少女「私も、働きたい」

司書「いつかそんな日が来たら、歓迎するよ」

69: 2011/10/07(金) 20:51:56.08
司書「うーん、ここにもない」

少女「諦める」

司書「いや、待ってお嬢さん。ここで諦められたら、司書の沽券に関わるよ」

司書「裏に蔵があってね、間違ってそこにしまわれたのかも」

少女「蔵? 本の蔵?」

司書「そうだよ。特別に見せてあげようか?」

少女「うん」



少女「埃っぽい」

司書「本の保存を良くするために、普段は閉め切ってるからね」

司書「ここらへんに、確か……」

少女「ねえ」

司書「んー?」

少女「沖縄は、日本じゃないの?」

司書「ああ、ラジオでもやってたね」

71: 2011/10/07(金) 20:54:26.61
司書「昔の戦争のせいで、沖縄はアメリカのものだったんだよ」

少女「うん」

司書「沖縄には今もアメリカの軍人さんが沢山居てね」

司書「ついこの間、沖縄は日本に返してもらったけど、やっぱりまだ日本じゃないね」

少女「いつ日本になるの?」

司書「わからない。国際法的には日本だけど……もしかすると、永久に日本じゃないかもしれないね」

少女「嫌だ」

司書「そうだね、本当に。だけどやっぱり、『ああ無情』」

少女「……見つかったの?」

司書「はい、あったよ」

少女「ありがとう」

司書「どういたしまして」

72: 2011/10/07(金) 20:58:34.22


司書「私のお母さんも、戦争のせいで色々とられてしまったの」

少女「色々って?」

司書「友達と家と……街も」

司書「原子爆弾が落ちて、みんな失くなってしまった」

少女「お母さんは、無事だったの?」

司書「たまたま隣の市に、友達からの贈り物を修繕するための、布を買いに出かけていて」

司書「家族は無事だったの。良かったのはそこまで」

司書「あとは全部、全部持って行かれちゃったんだって」

少女「戦争なんて必要ないのに」

少女「庭に咲いた花を眺めているだけで、生きていけるなら」

少女「争うことも、奪うことも、ないのに」

73: 2011/10/07(金) 21:00:44.00
司書「資本主義の哀しさかな」

司書「日本だって今はとても裕福になった」

司書「それは他の国の不幸を糧にして来たからなんだよ」

司書「1が1であるために、100から99を奪っている」

少女「豊かな国で、他人から奪って生きていること自体、悪いことなの?」

司書「進んだ国の良識ある人は理屈をこねて、貧富の差を正当化する」

司書「『日本が豊かなのは歴史がもたらした結果で、個人の道徳とは関係ない』とか」

司書「『不平等であることは、真の平等が実現不可である以上、必然である』とかね」

司書「少女ちゃんがもし、心を痛めてしまうのであれば、貧しい国に少しでもお金を分けてあげればいい」

司書「それは他国のためじゃないよ。自分ために、だからね。勘違いしてはいけない」

少女「……分かった」

75: 2011/10/07(金) 21:02:45.03
少女「こんにちは」

司書「あ、少女ちゃん。今日はいい天気だね」

少女「ここはいつも、人が居ない」

司書「うーん、市営でけっこう資料も充実してると思うんだけど。広報にもっと力をいれるべきかな」

少女「人が居ないから、私は好き」

司書「そういうお客様もいるのかあ。どうすればいいのか……」

少女「このままでいい」

司書「このまま、ね。まあ私がここで働けるのも、あと少しだけれど」

少女「そうなの?」

司書「うん、最近厳しくなってきた」

77: 2011/10/07(金) 21:04:49.75
少女「お腹、ちょっと大きくなってるね」

司書「すくすくと成長してる。なによりだよ」

少女「他人事みたいな言い方」

司書「赤ん坊とはいえ、お腹の中で栄養をとって、いらないものを排出して、一人で生きようとしている」

司書「他人事と言えば、他人事なんだ」

少女「赤ちゃんなのに?」

司書「私が世話をしてあげなきゃ生きられない、弱い存在だけど」

司書「この世に生まれた時から、その命は赤ん坊のもの」

司書「私に言わせれば、最近そのことを履き違えている母親が多いね」

司書「そういう親が子供に善悪を教えられるのかと思うと、不安になる」

78: 2011/10/07(金) 21:06:56.20
少女「名前は決めてあるの?」

司書「あー、名前ね……名前」

少女「……まさか、忘れてた?」

司書「いや、命名について少し家の人と揉めていてね」

司書「あの姑……まったく頭が固いったらないよ」

少女「愚痴は聞きたくない」

司書「ごめんごめん」

79: 2011/10/07(金) 21:12:28.69
少女「…………」

司書「……」

少女「…………」

司書「ねえねえ」

少女「なに?」

司書「その本面白い?」

少女「あんまり」

司書「やっぱりね」

少女「分かるの?」

司書「内容は知らないけど、少女ちゃんの表情から」

少女「み、見ないでよ」

司書「退屈だったらさ、ちょっとお散歩に付き合って?」

少女「散歩?」

司書「大した距離じゃないから」

少女「分かった。付き合う」

81: 2011/10/07(金) 21:14:27.94
司書「山の木も、だいぶ秋めいてきたね」

少女「赤くなってる」

司書「少女ちゃんは、もみじ狩りに出かけたことはある?」

少女「もみじ狩り? いちごとかぶどうじゃなくて、もみじ?」

司書「そう。山に分け入って、紅葉した木を眺めるの」

少女「それで、どうやって食べるの?」

司書「なにを?」

少女「もみじ」


82: 2011/10/07(金) 21:16:43.21
司書「……ぷふっ」

少女「な、なんで笑うの?」

司書「あっははははっ、少女ちゃんって大人びてるけど、意外なところで子どもっぽい!」

少女「むぅ…………」

司書「もみじ狩りっていうのは、ただ眺めて楽しむものなんだよ」

司書「収穫して食べるわけじゃない」

少女「そうなんだ」

司書「可愛い勘違いだね、くふふ」

少女「う、うるさい」

84: 2011/10/07(金) 21:18:48.07
司書「桔梗と百合……菊をお願いします」

花屋「はい。少々お待ち下さい」

少女「どこかに飾るの?」

司書「少女ちゃん、花にはそれぞれ意味があるんだ」

司書「伝統や慣例の中で、その花がどの場面に相応しいかが決められている」

司書「この花たちを、少女ちゃんはどこで見かけるか、思い出してみればいいよ」

少女「桔梗に、百合に……菊?」

少女「うーん…………」

花屋「お待たせしました」

司書「大人になった時に、分かればいいよ。行こう」

少女「あ、待って」

86: 2011/10/07(金) 21:23:27.94
少女「さっきの花の意味、分かった」

司書「答えは?」

少女「お供え花」

司書「ご明察。さあ着いた」

少女「街を見下ろすみたいにお墓が造られてる」

司書「そうだね。ここに眠る人々は少しだけ見晴らしがいい」

少女「誰のお墓にお供えするの?」

司書「んー、誰というのは難しいけれど」

司書「一つ言えるのは、私の家族になる予定だった人ということだね」

少女「それって」

司書「三年前に、私は流産したんだ」

87: 2011/10/07(金) 21:25:47.27
司書「原因は分からないけど、結果はいつも残酷だね」

司書「生まれた赤ん坊は息をしていなかった」

司書「夫は哀しんで、私も哀しんで……姑は怒っていた」

司書「少女ちゃんには分からないかもしれないけど、お嫁さんの義務は健康な子供を産むことなんだ」

司書「それが果たせなかったときには、『家』から非難される。陰で色々と言われてしまう」

少女「……辛かった?」

司書「『家』に居場所がないことは、結婚する前から覚悟していた」

司書「けど、あの子が氏んでしまったことが、本当に辛かったよ」

司書「あの子は名前もないまま、この世を知らないままだった……」

少女「……」

88: 2011/10/07(金) 21:27:59.43
司書「あの子につけるはずだった名前を、姑は今度の子供につけようと言うんだ」

司書「私は、納得できない……。あの子の名前は……」

ざあああ

少女(風……。山の辺を吹き降ろしていく……)

司書「……」

少女「……」

司書「少女ちゃんに、こんなことを話すのはね」

司書「私がここ数年、ずっと少女ちゃんに勇気づけられてきたからなんだ」

少女「私、なにもしてないよ?」

司書「いや、私にとっての少女ちゃんは……とても大切な存在だった」

89: 2011/10/07(金) 21:30:12.92
司書「小鳥が休むには止まり木が要るし、子猫が眠るには日溜まりが要る」

司書「私は君が居たから安らげたし、また赤ちゃんを産もうと決心できた」

司書「……少女ちゃんみたいな子供が欲しいと願ったからね」

少女「手が掛からないから?」

司書「優しくて、他人の痛みに敏感な女の子だから」

少女「そんなこと司書さんには分からない」

司書「分かるよ。本を読んでいる君の表情を見ていれば」

少女「……私、そんな変な顔をしてた?」

司書「内容によって、楽しそうな顔や辛そうな顔をしてた」

少女「見てたんだ。嫌だ」

司書「それが楽しくて、今も司書をやっているようなものだよ」

90: 2011/10/07(金) 21:32:28.87
少女「じゃあこれ、お守りね」

司書「これは、もみじ?」

少女「そう。赤ちゃんの手ってね、もみじみたいに赤らんでいて、とても小さいの」

少女「そんな元気な赤ちゃんが生まれますように、ってお願いを込めて」

少女「……さっき拾ったやつだけど」

司書「……ありがとう。大事にする」


少女「花を供えて、帰ろう」

司書「あー、うん」

少女「……」

司書(……お前は私の子どもだから)

司書(いつまでも私はお前の母親として……)

司書「……行こうか」

少女「うん」

昭和少女(後)終わり。

続いて平成少女が始まります。ちょっと休憩。

93: 2011/10/07(金) 21:45:17.68
少女「ときどき、が出来なかったらって思う」

友「どういう意味よ、それ」

少女「だって、出来なかったら分かり合えないじゃない?」

少女「人間の深い部分っていうか、そういうものが共有できない」

友「あんたは男と寝て、なにか悟ったことでもあるの?」

少女「ううん、ないかも」

友「だったら、別に構わないでしょ。出来なくたって」

少女「うーん」

94: 2011/10/07(金) 21:47:45.11
友「それより、今度の人はどうなの?」

少女「優しい子だよ。登校してるとき、鞄とかさりげなく持ってくれるし」

少女「私のワガママも、ちゃんと叱ってくれるし」

友「前の彼とは、逆のタイプね」

少女「まあ、あの人はほとんど私に関心がなかったみたいだからね」

少女「その点、あの人と居るとすごく心地よかったけど。だから今はちょっと窮屈かな」

友「『構ってくれなくて寂しい』とか思わなかったの?」

少女「前の彼のとき?」

友「うん」

少女「あの人は私に甘えることを望んでなかったし」

少女「私はあの人に甘えるわけにはいかなかったの」

友「わからない」

95: 2011/10/07(金) 21:51:04.25
少女「そういうのって、なんとなくだから。友も誰かと付き合えばわかるかも」

友「私は寂しくなかったかどうか聞いたんだけど」

少女「……それはまあ、寂しかった」

友「あんた、そういうところあるよね。すぐに強がりたがる」

少女「でも友のほうが強かったりするんだな」

友「別に私は強くないよ」

少女「友って、いつ、誰に甘えるの? 全然想像できない」

友「誰かにもたれ掛かるような関係は、極力作らないようにしてる」

少女「どうして?」

友「その誰かが倒れたら、共倒れじゃない」

友「だから私は、私の重心を他人に預けないの」

少女「うわ、大人だー」

友「でもいつか、自分よりしっかりした人を見つけたら……寄りかかっちゃうんだろうな」

97: 2011/10/07(金) 21:54:13.99
少女「私は私は?」

友「良い線いってると思うけどね。めげずに男と付き合うあたり」

少女「男女の付き合いに、めげるなんてことあるの?」

友「あそこの席の男性とか、もうめげてるでしょ」

少女「どれどれ……ぶふっ! あははは!!」

友「(こら、あからさまに笑わないの。こっち見てるでしょ)」

少女「(ごめんごめん)」

少女「コーヒーおかわりしてくるね」

友「うん」

友「……」

友(あの子、私のカップを持って行かないあたり……結婚遅れそう)

98: 2011/10/07(金) 21:54:59.75
少女「ただいま」

友「おかえり」

少女「友もコーヒーなくなってるね。持ってこようか?」

友「いらない」

少女「あ、うん」

友「あんたの旦那はどんな男だろうね」

少女「高校生が考えることかな、それ?」

友「考えたこともなかった?」

少女「っていうか、考えられない。結婚とか」

友「だよね」

少女「馬鹿にした! いま馬鹿にした!」

友「いや、私も結婚なんて考えられないって意味で」

少女「違うね。『お前が結婚なんて』って顔してたもん」

友「鋭いなー意外と」

少女「認めたし……」

99: 2011/10/07(金) 21:57:57.20
友「けど、本当に結婚なんか想像つかないよ」

少女「私の友達、この間デキ婚したけど」

友「それは想像力のない人たちの愚行でしょ」

少女「うーん、否めない」

友「健全なお付き合いをして、お互いの家族で親睦を深めて、万事円満な結婚」

少女「友なら簡単でしょ。外面良いから、相手の家族にも気に入られるだろうし」

友「そうかな」

少女「私は、デキ婚かもね」

友「駆け落ちとか」

少女「友、考え古いよ。本の読みすぎ」

友「すみません」

少女「今日初めて言い負かした気がする」

100: 2011/10/07(金) 22:00:11.37
友「でもデキ婚とかしたら、あんたのお父さん許さないでしょ」

少女「あの人、娘にはけっこう無関心だよ」

友「父親が厳しいっていつも言ってるじゃない」

少女「それは最低限の常識の話でね」

少女「異性との付き合い方は、自由にしろって言われてるし」

友「へえ、いいお父さん。わきまえてる」

少女「まあそれだけに、いい人を見つけないとって思うよ」

101: 2011/10/07(金) 22:03:20.83

がやがや

友「騒がしくなってきた」

少女「ご飯時かな。出よう」

友「結局、なんの話がしたくてファミレスなんかに呼びつけたの?」

少女「友の顔が見たかったのもあるけど。目的がなきゃ呼んじゃダメ?」

友「いや、いいけど」

少女「支払いは私持ちで」

友「……ありがとう」


少女「おー寒い」

友「タイツも履いてないし」

少女「今日はいいかなって」

友「私のマフラー、巻いときなさい」

少女「ん、ありがと」

102: 2011/10/07(金) 22:03:48.61
少女「この辺、けっこう夜でも人通りあるんだ」

友「むしろ夜のほうが多いくらいでしょ。バーもあるくらいだし」

少女「へえ、あそこ行ったの?」

友「行ってないけど」

少女「じゃあ今度一緒に行こうね」

友「ところで私たちっていくつ?」

少女「17。ただし、友は来週で17」

友「私の言いたいことわかる?」

少女「誕プレ忘れるな、でしょ?」

友「未成年は酒飲めない、だよ」

103: 2011/10/07(金) 22:05:50.34
少女「大丈夫。私はお酒強いもん」

友「そういう問題じゃないから」

少女「友はお固いね。変なところで真面目」

友「昔から『子どもがお酒を飲むと馬鹿になる』って躾けられたの」

少女「それは違うよ」

友「どう違うの?」

少女「『お酒を飲む子どもは、馬鹿』が正しい」

友「この馬鹿」

104: 2011/10/07(金) 22:07:53.03
少女「私、子どもじゃないですう」

友「大人なの?」

少女「友には負けるけど」

友「私はまだ子どもだよ」

少女「友が子どもだったら、街行く人みんな子どもだよ」

友「そんなことないって。きっと、誰かのために靴底を減らして働きまわって、ようやく大人になるんだと思う」

友「私はまだ、自分のために生きてるから。だから子どもなんだ」

少女「分かったような分からないような」

友「どっちでもいいよ」

105: 2011/10/07(金) 22:11:37.58
少女「じゃあ、ここでお別れだね」

友「今日は楽しかった」

少女「私もー」

友「またね、ユリ」

少女「うん。バイバイ」




終わり

107: 2011/10/07(金) 22:14:18.42
終わってた

108: 2011/10/07(金) 22:15:12.28
良かった!乙!

引用元: 大正少女「こ、こんにちは」