1: 2012/11/04(日) 02:51:05.60

QB「ここは?」

 僕は見知らぬ建物の中に転がっていた。
 他の個体とのリンクは・・・繋がらない。

 情報が完全に遮断されている。

QB「ああ、そうか・・・僕は」

 僕はほむらと共に行動していくうちに、ほんの僅かながらに感情が芽生え。

 インキュベーターという種の中から、完全に切除された。

 精神疾患を起こした個体は使い物にならない。
 種のリンクを切られ、個となった僕は、ただ身体が朽ちるのを待つだけの動く屍、生きる意味の無い生き物。

 だからここがどこだかなんて、本当はどうでもいい事なのだけれど。
 他にやるべきことも、目的も無いから。とりあえず辺りを散策してみることにした。


https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1351965065

2: 2012/11/04(日) 02:51:50.21

QB「僕の最後の記憶は見滝ヶ原のほむらの家。そこで意識が一旦途絶えてるから、その間に浚われたという事なのだろうけど」

QB「ここには座標が無い、魔獣の形成する空間に取り込まれたのかな」

 それにしては静かすぎる。
 魔獣も見当たらないし、瘴気の反応も無い。
 となるとここは。

QB「新種の魔獣の縄張りか、僕のインキュベーダーとしての能力が損失しているのか、僕の思考能力が完全にバグを起こしているか」

???「ううん、違うよ」

QB「誰だい?」

 気が付くと隣には少女が立っていた。
 白い服に身を包み、かがり火のような杖を持った少女。
 少女はにこやかに笑っていた。

まどか「私は鹿目まどか、あなた達の世界では円環の理って呼ばれているんだよ」

QB「君が? まさか。ほむらの言っていた事は本当だったというのか?」

まどか「やっぱり、ほむらちゃんの知り合いなんだね」

3: 2012/11/04(日) 02:53:01.71

QB「確かに僕は暁美ほむらにずっと付き添っていた。
    でも元々インキュベーダーは全ての魔法少女の情報をホストに記憶して、常時共有できるからその推理は的外れかな。
    もっとも、今の〝僕″には暁美ほむらを含む数人の魔法少女の記憶しか持っていないけれどね」

まどか「あなたはもうインキュベーダーじゃないんだよね」

QB「そうなるね」

まどか「そう、ならあなたに頼みたいことがあるの」

QB「なんだい、鹿目まどか?」

 まどかはにっこりと笑って、言い放った。

まどか「私と契約して、案内人になってよ!」

4: 2012/11/04(日) 02:56:59.46

QB「つまり、ここは現実と魔法少女達の魂の辿り着くべき場所の中間にある空間なのかい?」

まどか「そうだよ」

 確証の無さすぎる話だが、一応辻褄は合っている。
 なにより目の前の少女の存在が説得力を持たせていた。

QB「そこまではわかったけれど、案内人ってなんだい?」

まどか「私はね、全ての魔女を生まれる前に消し去りたいって願った。みんなの祈りを絶望なんかで終わらせたくないって願った」

QB「そこまではほむらに聞いているよ」

まどか「でもね。私の力じゃどうしようもできなくて、私の手を取ってくれないまま、迷子になっちゃう魔法少女が居るの。・・・私はその子達を迷い人って呼んでる」

QB「どういうことだい?」

まどか「ここはそんな迷い人が辿り着く場所、ハートレスマンション」

QB「・・・」

まどか「案内人っていうのは、そんな迷い人を案内して導いてあげる人の事だよ。それをあなたに頼みたくてここに連れて来たの」

QB「今一よく分らないけれど、なんでその案内人が僕なんだい?
   僕は元々インキュベーダーだ、人間の感情の事をよく理解しているわけじゃないし、感情だってわずかしか持っていない」

まどか「あなたにやって欲しい事は2つ。迷い人の本当の願いを知ること。そしてもう一度だけ願いを叶えてあげて欲しい」

QB「・・・それは、前例の無い話だね。僕にできるとは到底思えないんだけれど」

まどか「できるよ、だってあなたは異星人なんかじゃない。本物の魔法の使者なんだから」

5: 2012/11/04(日) 02:57:48.33

 僕とまどかはハートレスマンションの中を進んでいく。
 幾つもの篝火が灯された石造りの廊下は、中世の高等な建造物に似ていた。

まどか「この先の部屋に迷い人が居るよ」

QB「今一よくわからないけれど鹿目まどか、君は永遠に全ての魔女を消し去り続ける概念となったって聞いているよ。
    なのにこんなことをしていていいのかい?」

まどか「今の私はどこにでもいるんだよ。今でも私は魔女を消し去っている。今あなたと話しているのは沢山の私の1つに過ぎないんだ」

QB「なるほどね、君はどうやら僕の想像をはるかに超えた存在のようだ」

 まどかはドアの前にたどり着くと、最後にこう警告した。

まどか「それと・・・魔女、には注意して」

QB「魔女? もし君がソウルジェムを消滅させなかったら魔法少女から変化するという存在にかい?」

まどか「うん・・・、魔女は魔法少女の絶望の象徴。もし迷い人の心が絶望で少しでも曇った時、襲ってくるよ」

QB「・・・なるほどね、ここはそういう魔法少女が来る所なのか」

まどか「うん、それじゃあキュゥべえ。後はお願いね」

まどか「・・・私が助けられなかったみんなを、助けて」

QB「善処するよ」

 扉が開かれ、まどかは煙のように消え失せた。
 扉の先には1人の少女が立っていた。

6: 2012/11/04(日) 02:58:20.05



Chapter1 黒塗りの写真



19: 2012/11/12(月) 01:11:29.45

――ハートレスマンション・エントランス


???「地獄って、意外と綺麗な所なんだねぇ」

 そこにいた魔法少女は黒い服に星座のような模様が入った衣装を着ていた。
 素質はさやかと同じか、それ以上くらいか。
 見た感じの年は、ほむらより少し上のよう。

QB「やぁ、君が迷い人だね」

???「・・・キュゥべえ? 詐欺師のあんたが居るってことは、やっぱりここは地獄なのかな」

QB「あながちその解釈も間違いじゃないよ。それと僕はキュゥべえだけれど、君と現実で接触していた者とは別の存在だ。良かったら名前を教えてくれるかい?」

???「なにそれ・・・あんた達はみんな私達の名前くらい全部わかってるんじゃないの?」

QB「魔法少女と契約を結ぶインキュベーターの一部だったのなら、そうなんだけどね。あいにく僕はインキュベーターという種から切り捨てられたんだ。
   だから目の前の君の名前という情報すら持ち合わせていないんだよ。今目の君の前に居る僕は人類よりも高位の存在の端末じゃなくて、ただの案内人さ」

???「ふふ・・・ははははは! 可笑しいー! よく分らないけどあんたは落ちこぼれてクビになったってわけ?」

QB「そうなるね」

???「・・・私はカンナ、聖カンナ」

QB「うん、よろしくね。カンナ」

20: 2012/11/12(月) 01:12:49.00

カンナ「それで、私は氏んだはずだけど・・・これからどうなるの? 火炙りにでもされるとか?」クククッ

QB「安心していいよ、ここはそんなに酷い場所じゃない」

QB「君は・・・円環の理を拒絶したね」

カンナ「・・・」

QB「それはどういう形かは知らないけれど、君の心は絶望に支配されて、円環の理の救済すらも届かなかったってことだ。
   ここに辿り着いた君にはもう一度だけ願いを叶えるチャンスがある。ここは君の本当の願いを探して、今度こそ円環の理に導くためにある場所なんだ」

カンナ「・・・うるさい」ボソッ

QB「さぁ、行くよカンナ。」

カンナ「うるさい!! 大きなお世話なんだよ! あいつも! お前も! ここも!」

QB「どうして喜ばないんだい? わけがわからないよ」

21: 2012/11/12(月) 01:14:19.19

カンナ「私はっ! 私はもう消えてなくなりたいの! もう全部終わりにしたいの!」

QB「願いを叶え直すチャンスがあるのにかい?」

カンナ「・・・もう一度願いを叶え直すチャンスをくれるんだったら貰う。
     私の願いは聖カンナを消し去りたい! 聖カンナを初めから存在しなかったことにしてくれ!」

QB「・・・残念だけどその願いは今は叶えられない」

カンナ「どうして!!」

QB「僕はまだ君の事を何も知らない、その願いが本当に叶えるべき願いなのかもわからない。
   魔法少女が願いを叶える代償として魔獣と戦う運命を科せられるように、ここでは君の記憶を見つめ直して、本当の願いを知る必要があるんだ」

カンナ「なに・・・それ・・・」

QB「ここの管理人が言うには、このハートレスマンションには君の記憶の欠片が散らばっている。
   君はそれを集め直して、君自身を見つめ直さなければいけない。願いを叶えるのはその後なんだ」

カンナ「まるで嫌がらせじゃないか・・・」

QB「記憶の欠片は全部で3つ。全ての記憶の欠片を手に入れて、それでも君が君自身を消したいと願うのなら」

QB「僕はそれを叶えるよ」

あすみ「・・・わかったよ、やればいいんだろう。こんな所に永遠に閉じ込められるのはゴメンだ」

QB「うん、それじゃあ改めてよろしくね。カンナ」

22: 2012/11/12(月) 01:15:15.61
//短いですがここまで
次はもっと近い内に

28: 2012/11/15(木) 23:21:00.27

――ハートレスマンション・西棟


カンナ「無駄にだだっ広いね、こんな場所で私の記憶を探す羽目になるなんて・・・」

QB「場所が場所なだけに何か手がかりがあるはずだ、まずはそれを探してみよう」

カンナ「何もかも設定通りということか・・・気に食わない」

QB「ふむ、とりあえず片っ端から部屋を見ていってみようか。カンナ、扉を開けてくれ」

カンナ「ちっ」

 ドアが開かれる。
 そこはアメリカ西部を連想させる内装で、
 部屋の中央の机にはカウボーイハットと拍車の付いた靴と回転式の拳銃の乗った机があった。

QB「ずいぶんと変わった部屋だね」

カンナ「・・・」

QB「なにか思い入れがあるのかい?」

カンナ「ここの管理人はずいぶん嫌がらせが上手なんだな」

QB「あるんだね」

 カンナはスタスタと歩み寄り、机を調べる。

カンナ「・・・これは、なぞかけ?」

QB「どれどれ?」

29: 2012/11/15(木) 23:23:13.07

〇丸裸のカウボーイ

1 ここに拳銃、靴、帽子がある。
2 拳銃を3つの内の最後に身に付けると暴漢に撃ち殺される。
3 帽子を3つの内の最後に身に付けると熱射病で倒れる。
4 靴を3つの内の最後に履くと、その間に馬に逃げられる。
5 それぞれの道具を同時に身に付けることはできない。


カンナ「・・・」

QB「わけがわからないよ、謎かけにしても前提からして破綻しているじゃないか。これは言葉のレトリックかい?」

カンナ「そのようだ」

 カンナはそういうと手早く回答するように道具を身に付けた。

カンナ「これが正解だろう?」

 コトリ、と音がして何処からともなく、机に鍵が落とされた。

QB「腑に落ちない答えだね」

カンナ「・・・まーね」


――≪冷蔵庫の鍵≫を手に入れた。


カンナ「下らないお遊びだ」

QB「この部屋にはもう何もないみたいだね、他の部屋に行こう」

30: 2012/11/15(木) 23:25:13.24

 次の部屋はキッチンのような場所だった。
 テーブルに5つの椅子とテレビがあり、家族の団らんをイメージさせる。

カンナ「・・・」

QB「さっき冷蔵庫の鍵を手に入れたよね、使ってみようよ」

カンナ「・・・ふぅん、よく見るとこれだけ妙に頑丈な魔法で防壁が張ってあるね。鍵を手に入れないと開けられないというワケだ」

 カンナが鍵を差し込むと、冷蔵庫の表面に張られていた見えないガラスのようなものが砕け、消滅する。
 やれやれ、とため息をついてカンナは冷蔵庫を物色する。

カンナ「さて、これだけ頑丈なガードなんだ。どんな高級食材が詰まって・・・、わーお」

QB「どうしたんだい、カンナ?」

 僕はカンナの足を伝って肩に乗ると、冷蔵庫の中身を覗きこんだ。
 そこには人間の一般的な食料品があり、そして当然のようにグリーフシードに似た魔力を感じる物も入っていた。

QB「これは・・・? グリーフシードに似ているけど・・・」

カンナ「種(シード)を熟したイーブルナッツ・・・。その効能は取り込んだ人間を魔獣よりも強い魔人に変える」

カンナ「私が生きていた時に作った物だ」

QB「・・・なるほど、なぜ君がそんなものを作ったかはともかく。これが1つ目の記憶の欠片で間違いなさそうだね」

カンナ「・・・」

QB「触れてごらん、君の過去が見えるはずだ」

QB「君の本当の願いを探すヒントがね」

カンナ「あんまりいい思い出ないんだけどね、りょーかい」

 カンナがイーブルナッツに触れると、眩しい白い光が覆い、
 辺りはモノクロの世界へと転換した。

31: 2012/11/15(木) 23:28:46.06

 地下宮殿のような場所で2人の魔法少女が火花を散らせていた。
 1人は氏神の鎌のような杖を振うカンナ、もう1人は十字の杖を振い黒いマントをはためかせる見知らぬ魔法少女。

カンナ「くそっ!」

???「くらえっ!」

カンナ・???「「リーミティ・エステールニ!!」」

 二人から同時に放たれた巨大な稲妻はぶつかり合い拮抗するが、
 やがて見知らぬ魔法少女が放った稲妻がカンナの放った稲妻を貫き、カンナを吹き飛ばす。

カンナ「がぁ!!」

カンナ「くそっ、なんでだ・・・! なんで同じ力の同じ技なのに・・・っ!」

カンナ「なんでこっちが負けそうなんだよ!!」

???「無駄だよ、何もかも人から奪った偽物なんかに」

???「私は負けないっ!!」

 その言葉を聞くと、カンナは大きく目を見開いた。

カンナ「わ、私はぁ・・・!」

カンナ「私はニセモノなんかじゃないっ!!」

???「!?」

 カンナは見知らぬ魔法少女に飛び掛かると、その細い首を鷲掴みにした。

カンナ「イル・トリアンゴロ!!」

 直後、カンナの下に巨大な魔法陣が展開し、灼熱の火柱がカンナの居た場所一帯を焼き尽くす。

32: 2012/11/16(金) 00:11:16.09

カンナ「!?」

×××「へへっ、間一髪だったな」

××「無茶し過ぎ」

???「えへへ・・・、ごめんね」

 見知らぬ魔法少女にどうやら援軍が来たようである。
 見知らぬ魔法少女は援軍の1人に抱きかかえられ、もう1人の援軍は魔法で防壁を張っている。

カンナ「こ、の・・・っ! まとめて氏ね! ピッチ・ジェネラーティ!!」

〇〇・〇〇〇「「エピソーディオインクローチョ!!」」

 カンナの放った螺旋の魔法は、雷のクマとの衝突によって相殺された。

カンナ「~~~っ!!」

???「ありがとう、○○」

〇〇「???、一人で背負いすぎるな。私達プレイアデスは運命も氏も皆で分かち合って背負い合う・・・、そう決めただろう」

???「うん、○○○もありがとう」

○○○「ボ、ボクは・・・○○が言うから仕方なく!」

33: 2012/11/16(金) 00:12:34.99
カンナ「チクショウ・・・チクショウチクショウチクショウ!!」

次々とやってくる援軍にカンナは形勢不利と見たのか、大量のグリーフシードをばら撒き、

カンナ「コネクト! ハッチング!!」

 無数の魔獣を孵化させた。

カンナ「潰れろプレイアデス!!」

●●・●●「「カヴァッレーリア・メカニカ!!」」

 突如として現れた銀の騎兵隊達が魔獣の首を薙いで行った。
 新たに増援に加わった2人の魔法少女、その内1人はカンナと同じ顔をしていた。

カンナ「お前、お前ぇ!!」

〇〇「集団戦でプレイアデス聖団に挑むとは」

〇〇〇「大間違いだよっ!」

 プレイアデス聖団と名乗る7人の魔法少女達には魔獣など物の数ではなかった。
 あっという間に殲滅され、グリーフシードが床に散らばっていく。

 これは・・・勝敗は決したようなものだ。

カンナ「ぐ・・・! チク、ショウ!!」

××「無駄だ、もう諦めろ」

×××「お前のソウルジェムもそろそろ限界のはずだろ」

カンナ「くっ・・・!」ギリギリ

35: 2012/11/16(金) 00:28:34.09

???「私は・・・許すよ。●●を傷つけたことも、イーブルナッツを使って沢山の人を巻き込んだことも」

カンナ「!?」

???「だからもう剣を置いて!! そして――

カンナ「そしてどうしろって言うんだ。またそいつの人形生活に戻れって言うのか?」

???「っ!!」

●●「・・・」

カンナ「ふざけんな! 何様のつもりだ! 私は・・・私はあんた達を頃す!! 氏んで、も・・・!?」

 カンナの呪いと魔力の浪費にとうとうソウルジェムが限界容量を超えた。
 カンナが柔らかい光に包み込まれる・・・円環の理が始まる。

???「カンナ!!」

〇〇「・・・っ」

●●「・・・」

カンナ「嫌、だ・・・嫌だ! このまま、このまま終わってたまるか!!」

 カンナはどこからか毒々しい魔力を放つ球体を取り出す。
 それは・・・さっき冷蔵庫の中で見たイーブルナッツだった。

カンナ「ククク・・・魔力を暴走させるイーブルナッツ、魔法少女に使えばより強力な魔人になることは実証済みだ!!」

???「カンナ!!」

×××「馬鹿野郎! 魔人になる気か!?」

カンナ「私は氏んでもあんた達は・・・いや、あんただけは頃す!!」

 カンナは円環の理を拒絶し、十数個のイーブルナッツを一気に噛み砕き、巨大な魔人と化した。

36: 2012/11/16(金) 01:01:59.44

 ・
 ・
 ・

 気が付くと、僕とカンナはキッチンのような部屋に戻っていた。
 カンナは呆然と立ち尽くしている。

カンナ「・・・」

QB「これが・・・君が氏んだ顛末だね」

カンナ「・・・」

QB「カンナ?」

カンナ「うるさい・・・。何様のつもりだ、どいつもこいつも・・・」

カンナ「私をなんだと思ってるんだ・・・?」

QB「!?」

 突然、空間が歪む。
 これは・・・魔獣の結界と同じ、いや。
 それ以上に異質な〝何か″が空間を書き換えている。
 これは、まさか・・・。

 突如として張りぼてや模造品の街並みが現れる。
 奥からギスギスと音を立てながら何者かが現れる。


        WeisseDrahtzieher


 それは這いながらこちらへ来る上半身だけのマネキン人形だった。
 煌びやかな装飾の付いた服を引き摺り、ガラス質の目は不気味に光っている。
 下半身にあたる場所には、引きずり出された血管のように無数の触手が蠢いていた。

 間違いない。

 あれが魔女だ。

44: 2012/11/17(土) 08:10:10.83

QB「カンナ! 魔女が来る!」

カンナ「魔女・・・?」

 カンナは這い寄ってくる魔女を見ると、不愉快そうに歯を食いしばった。

カンナ「なにその姿? なんなんだよ・・・目障りだ!!」

 カンナは周囲に魔法陣を展開し、見えない攻撃を繰り出す。

カンナ「コネクト!」

 しかしカンナの不可視の攻撃は届かなかった。
 魔女の腹部から伸びる数多の触手が、カンナの攻撃を全て撃ち落したのだ。

カンナ「!?」

QB「カンナ、逃げよう!」

カンナ「こ、のっ・・・! 生意気なんだよ!!」

 カンナはさらに魔法陣を展開し、無数のケーブルを放つ。
 今度は撃ち落し切れず、何本か接続に成功したものの、
 魔女はまるで糸切れを払うようにカンナのケーブルを引き千切ってしまう。

カンナ「!?」


45: 2012/11/17(土) 08:11:06.59

QB「無理だよカンナ! あれは君の絶望そのものだ! 君じゃ勝てない!!」

カンナ「ふざけないでよ・・・、あれが。あんなものが私の心だっていうの!?」

 カンナは怒りに震えている。あれが自分の姿だと認めたくないのだろう。
 しかし魔女は金属の擦れるような音を響かせさらに近づいてくる。
 射程距離に入ったのか、魔女は先端にアンカーの付いた触手を伸ばし、カンナを刺し貫こうとする。

魔女「Ich möchte wirklich sein!」

QB「危ない! 避けて!!」

カンナ「ッ!!」

 カンナの立っていた場所に魔女の触手が突き刺さる。
 お遊戯会のような街路樹の張りぼては吹き飛び、弾痕のような穴が開いた。

魔女「Was ich? Was ich? Was ich? Was ich? Was ich? Was ich?」

カンナ「くっ・・・!」

カンナ「キュゥべえ・・・、もし私がこの化け物に負けたらどうなる?」

QB「わからない。でもおそらく、君の魂は取り込まれ君はこの魔女になる」

カンナ「テリブル、そんなの・・・そんなの絶対ゴメンだ!!」

 カンナは次々と放たれる触手を紙一重で躱し、
 僕を抱えて魔女に背を向け、駆け出した。

46: 2012/11/17(土) 08:12:15.42

カンナ「がぁ!」

QB「カンナ!!」

 魔女の放った触手の一本がカンナの肩を抉った。
 肉が避け、骨が露出し、血飛沫が飛ぶのがスローモーションの様に見える。

 カンナはそれでも走った。
 出来の悪い模造品だらけのモニュメントを避けて、
 走って走って走って、ようやく魔女の結界の終わりが見えた。

 緞帳のようなカーテンを潜ると、そこは先程のキッチンの様な部屋だった。

カンナ「はぁっ、はぁっ・・・」

QB「カンナ、肩が・・・」

カンナ「魔法少女なんだ、これぐらい大したことは無いよ」

 そう言うと、カンナの肩は魔法によって見る見る治癒していく。
 傷が塞がった頃、カンナは大きく息をついて、冷蔵庫の前に座り込んだ。

カンナ「はぁー、くっそ。忌々しい。生きてた頃にコピーした魔法があれば良かったのに」

QB「無理だよ、あれは・・・。たぶんカンナの心が絶望に傾いている限り絶対に勝てない、そういうモノなんだ」

カンナ「ずいぶん知った様な口をきくね」

QB「魔女については、ある魔法少女に聞いているからね」

 ここが魂だけが存在する場所ならば、あの魔女はおそらくカンナに迫ってくる魔女化そのものなんだろう。
 この仮定が正しいならば、あれは強いとか弱いとかではなく〝勝てない″のだ。

カンナ「さて、いつまでもこうしていられないし次の部屋を回ろう」

QB「もういいのかい? もう少し休んだ方が・・・」

カンナ「またあの化け物が襲ってくるんだったら、いつまでもじっとしていられない」

 カンナはそう言うと、僕を降ろして、キッチンの様な部屋から出て行った。


47: 2012/11/17(土) 08:12:55.50

 次の部屋はパソコンや寝具のある子供部屋、次は学校の教室の様な部屋、次は屋根の無い空の見える部屋などがあったが、
 どこも目立った収穫は無かった。

カンナ「・・・ねぇ、案内人」

QB「なんだい?」

カンナ「集団から切り離されるって、自分がたった1人になるって」

カンナ「どんな気持ちだった?」

QB「・・・」

カンナ「はははっ! 元インキュベーダーに感情を問うのはナンセンスだったか?」

QB「そうだね」

QB「まず君達が絶望と言っているモノでいっぱいになったよ」

カンナ「・・・お前の口からそんな言葉が聞けるなんてね」

QB「僕がインキュベーダーから切除されたのは、インキュベーダーにとっては精神疾患でしかない感情が僕に発症したからなんだ」

カンナ「・・・へえ、そりゃお気の毒に」

QB「リンクから切り離されるってことは、インキュベーダーにとっては個体の存在そのものが無価値だと断定されるに等しい」

QB「どんな行為にも意味が見いだせなくて・・・生きながらにして氏んだような気分だったよ」

カンナ「・・・復讐しようとは思わなかったのかい?」

QB「僕はそこまで感情が成熟・・・いや。疾患が進行していないからね。
   自らの未来に絶望こそしたけれど、バックボーンに敵意を持つほど非合理的考えには至っていないね」

カンナ「ふーん・・・」

 カンナがなにか思うような顔をした。

QB「君は、集団から除外されたからあの魔法少女達と敵対したのかい?」

カンナ「・・・どーだろうね」

48: 2012/11/17(土) 08:13:47.33

 そして薄暗い部屋へとたどり着く。
 その部屋には8つのランタンがあり、部屋の左右に4つずつ十字に置かれていた。

カンナ「またなぞかけか」

QB「そのようだね」

 部屋の壁にはこんな張り紙がある。


 旅人狙う7人の悪魔、旅人の友であるランタンに化ける。
 旅人の友である本当のランタンを探しだせ。

 ランタンがお手紙書いた、人間へ手紙を書きました。
 悪魔もまねして書きました、書きました。
 けれどもあれれ? 悪魔は悪魔、ランタンじゃない。
 だから人間の事、わからないこといくつかあった!
 手紙を書いた者と手紙の位置、
 それは同じような位置に配置されることになったよ!


 私は左の上であります。
 あなたの5本の腕と足を、すべて照らしてみせましょう。

 私は左の右でございます。
 あなたの首を二つとも照らして差し上げます。

 私は左の下でございます。
 あなたの指、10本すべてを守りまする。

 僕は左の左です。
 あなたの黒い瞳ならわかるでしょう。


 私は右の上でございます。
 あなた様の足、7本ちゃんと照らします。

 僕は右の左です!
 三つの目で私を見抜いてください。

 私は右の下です。
 あなたの青い瞳で私をとらえてください。

 僕は右の右です。
 ほら早くあなたの4本の指で私をお持ちください。

49: 2012/11/17(土) 08:15:39.55

カンナ「・・・」

QB「少し捻ってあるね、あからさまに間違った選択肢と少し迷う選択肢がある」

カンナ「・・・ふふっ」

QB「楽しそうだね」

カンナ「まーね、さっきから嫌がらせみたいな部屋ばっかりだったから、それと比べると大分気が楽だよ」

QB「でもやっぱり特定できないね、どうしても選択肢がいくつか余ってしまうよ」

カンナ「わかってないね、この感情が無いとこういう遊び心もわからないのかい?」

QB「?」

カンナ「正解は、これだね」

 カンナが1つのランタンに魔法で火を灯すと、部屋の中央に何かが落ちてきた。

QB「正解のようだね、冷蔵庫の鍵もなぞかけだったからおそらく記憶の欠片に関わる物なのだろうけど」

カンナ「・・・っ!!」

QB「カンナ?」

 カンナがランタンの明かりに照らされたソレを見た時、再び異質な気配が迫ってくる。
 張りぼての舞台セットが周囲に再び現れた

50: 2012/11/17(土) 08:16:13.12
//今日はこの辺にて終了
なぞかけはちょっと捻りました

57: 2012/11/23(金) 01:59:55.88

 金属がこすれるような音を響かせ迫ってくる魔女。
 辺りには魔女の幼体の様な物が漂っていた。

 魔女が・・・カンナの絶望が、成長している?

カンナ「くくくっ、ははははははははは!」

QB「カンナ! 逃げよう!!」

カンナ「そうかそうか! この場所はそんなに私に思い知らせたいのか!」

カンナ「私がヒトモドキだってことを!!」

QB「!? ・・・どういう意味だかは知らないけど、とにかく逃げようカンナ! さもないと」

カンナ「アレに取り込まれるんだろ? いいじゃない、別に」

カンナ「よく見れば私にはお似合いの姿だ」

 魔女が伸ばした触手がカンナの腹部を貫く。
 黒い魔法少女の衣装に赤い染みが滲み出した。

カンナ「くっ・・・はっ! ははは。痛い、痛いなぁ」

カンナ「ああ、痛みを消すこともできたんだっけ。2重の意味で人じゃない体か、これまた傑作・・・なにをしてるの?」

58: 2012/11/23(金) 02:00:54.76

QB「ふ、の・・・っ! くのっ!!」

 カンナをゆっくりと引き寄せる魔女の触手に僕は噛り付いていた。
 いくら爪を立てても、噛み切ろうとしても、魔女の触手には傷一つつかない。

カンナ「・・・離したら?」

QB「嫌だ」

カンナ「私はもうどうでもいいんだけれど」

QB「駄目だ」

 魔女の飛ばした2本目の触手が僕を貫いた。
 胴部に大きな損傷を確認。

カンナ「いい加減に離さないとアンタも氏ぬよ?」

QB「僕は氏んでも離さない」

カンナ「・・・どうしてだ」

QB「明確な理由は持っていない、でも僕はカンナを諦めない!」

 僕の抵抗に効果は無いようで、僕達は既に魔女に目と鼻の先まで引き寄せられていた。
 魔女がキリキリと音を立ててクルミ割り人形のような口を開け、僕とカンナを飲み込もうと――

59: 2012/11/23(金) 02:02:21.65

カンナ「コネクト!!」

 カンナは見えないケーブルを伸ばし、周囲に浮いている魔女の幼体に接続すると、
 それを振り回すように操って魔女の口に詰め込んだ。

魔女「~~~!」

カンナ「こっちは操れるみたいだね!」

QB「カンナ!」

カンナ「アンタまでついて来られたら鬱陶しい!」

魔女「Ich werde dich töten gequält!」

 魔女は幼体をバリバリと噛み砕く。
 カンナは僕と自分の腹部を貫いた触手を引き抜くと、バックステップで距離を取った。

カンナ「案内人、アンタにいくつか聞きたいことができた」

QB「僕ももっとカンナの事を知りたいね」

 魔女は数多の触手を放射状に射出し、そして僕達を包囲するように鋭いアンカーを迫らせる。

カンナ「でも、その前に」

 カンナは数本のケーブルを放つ。
 放たれたケーブルは狙い澄ましたかのように、全て魔女の幼体に命中し、
 カンナに引き寄せられて、魔女の攻撃の壁となる。

カンナ「こいつから逃げ切ってからだ!」

QB「異論はないね」

 カンナは僅かにできた触手の包囲網の隙間に身体を滑り込ませ、
 魔女に背を向け走り出す。

魔女「Sind Sie nicht verpassen!」

カンナ「うるさいっ!」

 魔女の幼体達が僕等の行く手を遮るが、カンナの魔法で操作され、逆に魔女の足止めに使われる。
 張りぼての舞台を踏み倒し、ちゃちな小道具を押しのけ、僕を抱えたカンナは結界の外に飛び出した。

60: 2012/11/23(金) 02:03:37.53
 ・
 ・
 ・

カンナ「はぁっ、はぁっ・・・!」

QB「間一髪だったね」

カンナ「・・・アンタこそよく氏なないね」

QB「身体の継時劣化が始まっているから氏ぬのも時間の問題だ、助けてくれるとありがたいな」

カンナ「私は治癒魔法は苦手なんだけれど・・・」

 カンナは見えないケーブルで僕と接続した。

カンナ「コネクトでアンタと私をリンクさせた、時間はかかるけど体の自動治癒を共有できる」

QB「ありがとう」

カンナ「・・・どーもあの魔女とやらは私が嫌な気分になると出現するみたいだね、じゃあ時間は気にせずゆっくりさせてもらおうか」

 カンナは僕の隣に腰を下ろした。
 腹部の欠損がカンナの治癒と同じ速度でゆっくりと直っていくのがわかる。
 僕とカンナは繋がっているのは確かなようだ。

61: 2012/11/23(金) 02:04:08.09

QB「・・・」

カンナ「・・・繋がってみてわかるけど、確かにアンタにも、ほんの少しだけだけだけど感情があるんだな」

QB「ああ、やっぱりわかるかい?」

カンナ「ああ、外のインキュベーター達と違って・・・なんというか、お前は」

カンナ「変わっているね」

QB「みたいだね、僕が患った精神疾患は思った以上に深刻なようだ」

カンナ「・・・」

QB「ねぇ、カンナ。外のインキュベーターと僕では一体どう違うんだい?」

62: 2012/11/23(金) 02:05:20.86

カンナ「そうだな、外のインキュベーターもアンタと同じように私達魔法少女を助けたり、心配したりすることもある」

カンナ「でも、アンタみたいに無駄だとわかっている事に本気で食って掛かったりはしないんだな」

QB「無駄だとは思っていなかったよ、僕が窮地に陥ればきっとカンナは助けてくれると思っていたからね」

カンナ「どうしてそう思ったんだい?」

QB「理由は無い、ね。ただ君達の言葉を借りるなら」

QB「信じていた、からかな・・・?」

カンナ「そういう所だよ」

QB「どういうことだい?」

カンナ「外のインキュベーターは絶対に非合理的なことはしない、奴等の行動や言動には必ず理由がある。でも案内人」

カンナ「お前は明確に説明できる理由も目的もなく動くことができるだろう? それがアンタ達が病だ疾患だと言っている感情の正体だ」

QB「これが・・・」

カンナ「さて、傷も癒えたことだし。向き合うとするか」

カンナ「私の憎しみに」

 カンナは立ち上がると、ランタンの明かりに照らされたモノを見据える。
 それはカンナの姿を模した操り人形だった。

70: 2012/12/05(水) 04:14:51.97

 場面が転換する。
 再び周囲がモノクロの世界へと染まる。

 そこには自分の部屋でパソコンを使うカンナが居た。


NEWS
 3 KID CASUALTIES IN GUN TRAGEDY


カンナ「ふふふふ、はははは・・・」

カンナ「氏者2、負傷者1・・・私は小さい頃、友達二人を撃ち頃したって言うの?」

カンナ「ナニ、ソレ?」

カンナ「・・・そもそも私にはどうして小さいころの記憶が無いの?」

 いつの間にかカンナの隣にはインキュベーターが座り込んでいた。

インキュベーター「・・・」

カンナ「ねぇ、教えてよキュゥべえ・・・。私は一体何なの? 昨日の夜、あの魔獣とか言う化け物と戦っていた」

カンナ「私と同じ顔をしたあの子は誰?」

71: 2012/12/05(水) 04:15:46.26

インキュベーター「知らない方が君のためだと思うけれどね」

カンナ「答えてよ・・・、答えろ!!」

インキュベーター「・・・察しの通り、君はあの魔法少女とは深い関係がある。君はあの魔法少女の願いによって作られた、その魔法少女のifの存在なんだ」

カンナ「そいつはなんでそんな事を願ったの・・・?」

インキュベーター「彼女は重い罪を背負いこんで笑顔を捨てた。そして思ったんだ、もしあの事件が起こらなければ自分はどれだけ幸せだったか。どれだけ楽しい人生を送ることができたのだろうか、と。
           そして願いによって〝もしもあの事件が起こらなかったら″の自分を作り上げて、身分も人生も全て託したんだ。自分が得られなかった幸せを追体験するためにね」

カンナ「そんなことしなくても事件の記憶を消せばいいじゃない・・・っ! 私なんか作らなくても自分で幸せになればいいじゃない!」

インキュベーター「自分の罪からは目を背けたくない、それが彼女の意思だ」

カンナ「く、あはっ・・・あはは、ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

72: 2012/12/05(水) 04:16:26.42

インキュベーター「カンナ?」

カンナ「ずっと、ずっとおかしいと思ってた」

 カンナはゆらりと立ち上がる。
 その瞳は見開かれ、表情はまるで幽鬼のようだった。

カンナ「ある日ある時から、いつもみんなに言われてたんだ。『カンナちゃん変わったね』『まるで別人みたい』って! その日以前の記憶はまるで他人事みたいにいつも感じていた!
     過去に遡れば遡るほど、私の記憶は実感が薄くなっていく! 私の記憶と事実のズレは大きくなっていく! 私のお父さんもお母さんも妹も弟も! 大好きだって感情だけが湧き上がるのに一緒に過ごした過去の事は何一つ思い出せない!」

カンナ「そりゃあそうよね、当たり前よね! 本当にニセモノにすり替わっていたんだから!」

インキュベーター「・・・」

 カンナの瞳からはポロポロと涙がこぼれ、崩れ落ちるように跪いた。
 嗚咽と共にカンナの声が漏れる。

カンナ「ねぇ、教えてよ。私は一体何なの? ありもしない過去の記憶を持って、突然〝事件を起こさなかった聖カンナ″という設定を与えられてここに生きている私は一体誰なの?」

インキュベーター「そうだね、あえていうなら」

インキュベーター「ヒトモドキ、かな?」

73: 2012/12/05(水) 04:17:41.03

カンナ「・・・ククク、ははは」

カンナ「私は人間でもない、あのコの考えた都合の良い設定の中で生かされてるだけの人形。私の人生も、感情も、幸せも・・・全部あのコを満足させる為に踊らされてるだけだったってことか」


      ユ ル セ ナ イ 。


 カンナは顔を上げる。
 その瞳は憎悪の炎に燃えていた。

カンナ「力が欲しい・・・。この狂った人形劇の舞台から逃げ出す力が! アイツを苦しめて頃してやる力が!!」

インキュベーター「契約をするのかい? でもいいのかい。魔法少女は魔獣を倒してグリーフシードが得られなければ、魔法を使う事はおろか、存在が消滅してしまうんだよ」

カンナ「かまわない、どうせ私は存在そのものがツクリモノなんだから」

インキュベーター「それでもそんな一時の感情で契約するのは賢明とは言えないよ」

カンナ「あいつを殺さなきゃ、オリジナルを消さなきゃ私は本物になれない! 一生操り人形のままで終わるなんて生きていないのと何が違うって言うんだ!!」

インキュベーター「・・・決意は固いようだね、わかったよ。それじゃあ願いを」

カンナ「コネクト・・・、相手に気付かれず接続する力が欲しい」

カンナ「誰よりも間近で! あいつの破滅する瞬間をこの目に焼き付けるために!!」

 カンナの胸から光が溢れ、ソウルジェムが生み出される。

インキュベーター「契約は成立だ、君の願いはエントロピーを凌駕した」


74: 2012/12/05(水) 04:18:25.55

 世界に色が戻っていく。
 カンナは自分を模した操り人形を持って佇んでいる。

QB「これが君が契約した理由、そして」

カンナ「あいつ等、プレイアデス聖団を襲った理由だよ」

QB「君のオリジナルは君と同じ顔をしたあの魔法少女だね。でも結果は・・・」

カンナ「そう、見事返り討ちだ。十の魔法少女を扇動しても、百の策を講じても、千の魔人を使っても」

カンナ「プレイアデス聖団には、オリジナルには通用しなかった」

QB「君に味方は居なかったのかい?」

カンナ「居なかったよ。ヒトモドキなんて、こんな悪党みたいな目論みをする魔法少女なんて」

カンナ「私一人だけだった」

QB「カンナ・・・」

カンナ「今にして思えば馬鹿な夢だったと思うよ、笑い草だ。カンナという名前すらも私のモノじゃなかったからね。オリジナルを殺さなきゃ私は前に進めないと思ってた」

カンナ「そんなことしても、何も変わらないのにね」

75: 2012/12/05(水) 04:29:25.71

QB「自分が作られた存在だからと言って君が絶望する理由は僕には理解できない」

QB「人間は命に関しては独自の哲学と倫理観を持っているね」

カンナ「ああそうだろうね、人間よりも上等な生命体だった案内人には分らないだろうさ」

QB「カンナ、君の魔法は接続することができるんだよね」

カンナ「ああ、まぁね」

QB「君のその魔法で、君の味わった絶望をほんの少しだけ、僕にも共感させてくれないかい?」

カンナ「What’s?」

QB「君ならそれが可能なはずだ」

カンナ「・・・どうしてだ」

76: 2012/12/05(水) 04:57:23.66

QB「自分が作られた存在だからと言って君が絶望する理由は僕には理解できない」

QB「人間は命に関しては独自の哲学と倫理観を持っているね」

カンナ「ああそうだろうね、人間よりも上等な生命体だった案内人には分らないだろうさ」

QB「カンナ、君の魔法は接続することができるんだよね」

カンナ「ああ、まぁね」

QB「君のその魔法で、君の味わった絶望をほんの少しだけ、僕にも共感させてくれないかい?」

カンナ「What’s?」

QB「君ならそれが可能なはずだ」

カンナ「・・・どうしてだ」

77: 2012/12/05(水) 04:58:44.48

カンナ「どうしてそこまでするんだ、案内人。仕事だからか?」

QB「自我が希薄だというのも理由の1つだね、元々僕達には感情が無いから与えられた役目をこなす事に全てをかけることもある」

QB「でも、僕は感情があるからこそカンナの事が知りたいんだ」

カンナ「・・・意味がわからないな」

QB「少し長い話になるんだけどね、いいかい?」

 僕はカンナの隣に腰を下ろした。

QB「さっきのカンナの感情についての意見を聞いてね、僕はある仮説が成立したんだ」

カンナ「仮説?」

QB「うん、例えば本来は共存すべき同じ種の生物同士がなぜ争い、頃し合うのか知っているかい?」

カンナ「自分が可愛いからじゃないのか?」

QB「それもあるけれどね、一番の理由は他を理解できないからなんだ」

カンナ「・・・」

QB「個を持つ生物には、自と他の間に認識の差があり、経験の差が有り、個性や状態の差がある。そしてその差を理解できないからこそ種として見ればマイナスでしかない争いが生じるんだ」

QB「だから僕達は個を捨て、1つの種で1つの生命体となる進化を選んだ。全ての個体が全ての個体の情報を共有し同一化できたなら生命の目標たる存在の維持が容易になるからね。
   個ではなく種全体として思考することが可能になったから個体数を増加させるのも、減少させるのも自由自在だ。なにより全ての個体が同一だから特定の個体をロストしても損失はほとんど無い」

QB「でもその結果として僕達は感情を、個性を、そして他を理解しようとする力が退化した」

カンナ「言ってることがさっぱりわからないな」

QB「要するにインキュベーターはみんな同じだから、分からず屋になったってことさ」

78: 2012/12/05(水) 05:23:33.76

QB「ここからはあくまで仮説だけれどね」

QB「僕はある魔法少女と一緒に過ごしていくうちに、とある感情が芽生えたんだ」

QB「彼女が語る内容は突飛で、あまりにも壮大で、なんの根拠もないけれど僕はそれを信じたいと思った」

カンナ「・・・」

QB「その思考が僕の中で先祖返りを起こしたんだろうね、はるか昔にインキュベーターが進化の過程で切り捨てた〝信じる″という行動、〝理解したい″という欲望。今では精神疾患とすら呼ばれているモノ」

QB「人間の言葉で一番近い単語で言うなら・・・僕が目覚めたこの感情は〝愛″と呼ぶべきなんだろうね」

カンナ「ぷっ・・・あはははははははははははは! 感情を持っていなかったお前等が愛を語るか!!」

QB「酷いなぁ、僕としては真面目に語っているつもりなんだけれど」

カンナ「ひーっ、ひーっ・・・それで、案内人。愛という病に犯されたから私の事を理解したいって言うのかい?」

QB「そうだよ、むしろ今の僕にはその欲求しかない。僕はカンナの事をもっと良く知りたい、もっと理解したい」

QB「そして、僕はカンナの事を信じている。理由は無いし、根拠もない。なにを信じているかもよく分らない。それでも僕の状態はカンナを信じている、ということに当てはまるんだ」

カンナ「なるほどね、わかったよ案内人。そこまで言うなら見せるよ。私の恨み辛みをね」

 カンナは見えないケーブルを伸ばし、再び僕と繋がった。

85: 2012/12/08(土) 01:13:05.53

 カンナの感情が見えないケーブルを通して、流れ込んでくる。
 それはまるでへその緒を通して酸素と栄養を送られる、人間の胎児になったような感覚だった。

 届いてきたのは幾重にも絡み合った形容できないような黒い感情。
 それは身勝手な創造主への憎悪で、それは行き場の無い怒りで、それは突然人間のコミュニティから切り離されたような孤独感で、それは全てに裏切られたような悲鳴で。
 自分を、自分の全ての人間関係を、過去を未来を、人生を、無価値だと投げ捨ててしまったような諦観だった。

 知らなかった、人間は自分を認識している自己が否定された時。
 こんなにも絶望してしまうものなのか。

 ふつり、ととめどなく押し寄せてきた感情の波が止まる。
 カンナがコネクトを解除していた。

86: 2012/12/08(土) 01:13:53.15

カンナ「それで、理解できたかい案内人。ヒトモドキの感情っていうのはさ」

QB「理解はできたよ。君の精神状態がどういう物で、君がどんな感情を以て君を作った魔法少女を襲撃したのか」

QB「でもね、ごめんよカンナ。理解することはできても僕には共感することはできない。
   君がどれだけ辛くても、君がどれだけ悲しくても、僕には一緒に泣いてあげることはできない」

カンナ「・・・どうして謝るんだ?」

QB「どうしてだろうね、もどかしいんだ。すごく。僕はカンナに・・・少しでも楽になって欲しい。
   その為には人間の共に笑い、共に泣くという行為が凄く効果的なんだけれど僕にはそれができなくて・・・。
   ああ、もうどう表現したらいいんだろう?」

カンナ「・・・ははっ、感情は愛しか持ってないっていうのは伊達じゃないみたいだね」

QB「?」

カンナ「本当はさ、わかってたんだ」

カンナ「オリジナルに復讐しても、創造主を呪っても、何の解決にもならないって。
     たとえ復讐を完遂してもただ無意味に契約した魔法少女が残るだけだって、たった一度の奇跡を呪いに使うなんて狂ってるって自分でもわかってたんだ」

QB「カンナ・・・」

カンナ「でもどうしようもなかった! 自分がニセモノだって知ったその瞬間から私の全てが色褪せた!
     友達も、家族も、自分すら無価値なものに見えた! どうしようもなかった、憎かった! 傀儡は操り主頃すしことしか・・・考えられなかった」

QB「そうだね、本来希望から始まるべき君の祈りは呪いから始まった。それ自体は間違っていることは否定のしようが無い」

カンナ「・・・」

87: 2012/12/08(土) 01:14:23.75

QB「でもね、カンナ。僕は契約する前の人形だった君も、今の君も間違ったモノだとは思わないな」

QB「いやむしろ、今ここにいる君は唯一無二のかけがえの無い物だと思っている」

カンナ「はっ、感情の無い・・・人間を消耗品程度にしか考えてない奴がよく言うよ」

QB「そうだね、僕は感情も持っていないし人類ともかけ離れた種だ。僕の言ってることは虚しい空言かもしれない」

QB「それでもね、それでも・・・カンナ。君がもしヒトモドキじゃなくて本物の人間で、別の理由でここに辿り着いたとしても」

QB「それでも僕はきっとカンナと変わらず記憶の欠片を探していたと思う。一緒に過ごしていたと思う」

カンナ「・・・お前等にわかるもんか、わかってたまるか!」

QB「わからないよ、僕にはわけがわからない。だから」

QB「わかるまで一緒に居よう、カンナ。時間はいくらでもあるんだからさ」

カンナ「・・・長くなるよ」

QB「構わないさ、僕達の時間の概念は君達よりずっと気が長いからね」

88: 2012/12/08(土) 01:15:24.81

 ・
 ・
 ・

 それから僕達は長い事語り明かした。
 と、いってもカンナが自分のことを語って、僕が相槌を打つだけだったけれど。
 カンナの家族の事、友達の事、恋人になるかもしれなかった異性の事。
 ずいぶん長い間、僕達は座って語り明かした。

 僕はカンナの事を沢山知った。
 その中でどこまでがオリジナルの魔法少女に作られた設定で、どこまでがカンナが実際に体験した事実だかはわからなかったけれど、
 僕にとって、それはどっちでも良かった。

カンナ「くくく、まぁこんなこと話しても無駄だと思うけどね」

QB「そんなことないよ、僕はカンナの事を知れて嬉しいな」

カンナ「またまた、愛だか何だか知らないけれど、理由もなくこんなに他人に入れ込むわけがないだろう」

QB「君達はいつもそうだね、他の生物の感情や思考パターンをいつも自分の経験や規格を基準にする」

QB「理由もなく、深い事情も無く、ただ相手に好意を抱くことがそんなにあり得ないことなのかい?」

カンナ「敵わないなぁ」

 カンナは操り人形を弄りまわしながら、自嘲するように笑う。

89: 2012/12/08(土) 01:16:31.22

カンナ「・・・ねぇ案内人、もし。もしも一生に一度の奇跡、呪いなんかじゃなくて他の事に使えていたら」

カンナ「私は心の底から笑えていたのかな?」

QB「どうだろうね、カンナの事だから案外そうしていてもここに辿り着いているのかもしれないね」

カンナ「おい!」

QB「でもさ、カンナ。君にはもう一度チャンスがあるよ?」

カンナ「・・・そうだったね。まったく、誰が作ったかは知らないけどずいぶん甘いシステムだ」

 カンナは人形を手放し立ち上がる。
 景色が変わっていく。
 魔女の幼体が漂う、訪れるのは3度目になる魔女の結界。
 なにもかもが無意味に明るくて、穏やかで、作り物の張りぼて舞台。
 差し金を両手に持つ劇場の黒子の様な魔女の幼体が漂い、キリキリと金属の軋む音が奥から響いてくる。

90: 2012/12/08(土) 01:17:13.01

QB「カンナ」

カンナ「ノープロブレム。あれが私の絶望そのものだって言うなら、もう負ける道理はない」

 魔女が姿を現した。
 触手を螺旋状に束ね、地面に付き刺し僕達を見下ろすように高さを取る。
 周りの舞台が収縮し、僕とカンナを魔女の方へ引き寄せていく。
 もう逃がすつもりはないらしい。
 魔女の無数の触手がスカートのように放射状に広がる。


 傀儡の魔女、その性質はエゴ。

 決してエンドマークを迎えることの無い劇場の中に捕らわれた魔女。
 己の配役を見失い、狂った演目に不服を持ち、ただ筋書きに反逆する。
 自分を操っていた天上の糸は断ち切られ、今度は自分が代役を操るための糸となる。
 表面だけの役作りを放棄したが、その中身が空っぽであることには気づかない。


 魔女の本気を前にして、カンナは瞳を閉じ一呼吸を置く。
 見えないはずのケーブルが見える。
 カンナの手から伸びたケーブルは螺旋状に束ねられ、棒状に伸び、放射状に開いて光を放つ。

 カンナの手には初めて握るであろう固有武器、カサが握られていた。

カンナ「さぁLastDanceだ、魔女!」

107: 2012/12/18(火) 21:50:45.63

―どうして私を受け入れないんだい?―

 心に響きかけてくる魔女の・・・いや私自身の心の声。

 魔女は数多の触手を放った。
 私は飛ぶように避けると、その軌跡上を魔女の触手が穿っていく。

―身勝手な人間に復讐を、あの世界を滅茶苦茶にしてしまおうよ―

カンナ「お断りだね」

 追撃するように射出される触手。
 私は傘を前に突き出すと、魔法陣が展開し防護壁となって触手を弾き返す。

―私自身が無価値なら世界もまた私にとっては無価値なモノだろう?―

カンナ「・・・そうとも限らないよ。私は世界にとって無価値じゃなかったのかもしれないじゃないか」

108: 2012/12/18(火) 21:52:16.00

 魔女はまるで人形を操るように手を動かすと、周囲に漂っていた黒子のような奴等が連なり、繋がり。
 まるで2匹の蛇の様な姿になった。
 魔女が両の手を振り降ろすと、2匹の黒蛇はそれに連動するように私に突進してくる。

カンナ「こ、のっ!」

 傘を畳み、迫りくる二匹を弾き飛ばすが。

カンナ「!?」

QB「カンナ!!」

 黒い蛇の周囲には見えない糸が漂っていた。
 すれ違いざまにそれらが私の肌に纏わりつき・・・肉を切り裂く。

カンナ「くっ、黙ってろ! 自分の心配でもしてろ案内人!」

―ねぇ、もう認めようよ―

カンナ「・・・」

―人には成れないヒトモドキで、希望の為に戦う魔法少女にも成れなかった私なんて―

―人に呪いを振り撒く、魔女になるしかないじゃないか―

カンナ「・・・はっ」

109: 2012/12/18(火) 21:52:58.80

 魔女が黒い蛇を繰り、私に猛然と突進して・・・。

カンナ「コネクト!」

 手に持つ傘を二本に増やし、先端からケーブルを伸ばして黒い蛇の頭に接続する。
 自らの突進の勢いで止まれなくなった蛇は、ケーブルを手繰るような軌道を余儀なくされ。
 結果、黒い二匹の蛇は槍の様な傘の先端に頭から突っ込み、頭から尻尾まで串刺し、解体され。
 私の周囲には黒い瓦礫が山となる。

魔女「!?」

カンナ「こんなものか、魔女! 私の絶望ならもう少し粘って見ろよ!」

 私は左手の傘を投げ捨てる。

―なんで、なんで認めない! 私なんてただのツクリモノだぞ!―

カンナ「ツクリモノだってなんだって」

カンナ「私は私だ!」

 傘を振りぬくと、その軌跡上に開かれたくるくると回る4つの傘が並べられていく。

カンナ「Go!」

 私はしゅるりと傘を畳み、指揮棒のように振り下ろすと。
 開かれた傘達は、まるで水流を吐き出すタコの様な動きで魔女の元へ放たれる。
 長さ1mのライフル弾が錐揉み回転しながら、赤と白のマーブルの軌跡を描き魔女の元へと突き進む。

110: 2012/12/18(火) 21:53:32.07
魔女「!?」

 魔女はとっさに回避しようとするも、自らを舞台に固定している状態なのだ。
 しかも多少のホーミング性のある傘達は、魔女の手を、胴を、顔を、触手を、貫き、蹂躙する。

カンナ「感情のない異星人が愛に目覚めることだってあったんだ」

カンナ「だったらツクリモノのヒトモドキが、希望を振り撒く魔法少女になれる奇跡だって、あってもいいだろ」

 魔女はよろよろとふら付きながら、傘を引き抜き投げ捨てる。

―何を言っているの、そもそも―

―私はもう氏んでるじゃないか―

カンナ「っ!!」

 反応が一瞬遅れた。
 私の腹を、魔女の触手が貫き。
 持ち上げられ、魔女の口元へ運ばれる。

QB「カンナ、カンナぁ!!」

カンナ「・・・」

魔女「♪」

 キリキリと音を立てながら、魔女が口を開く。
 私を飲み込もうとしたその瞬間。

111: 2012/12/18(火) 21:55:03.91

魔女「!!」

 口の中から魔女の脳天に傘を突き立てた。

カンナ「そんなことは承知の上だよ、だけれど私はこの氏にぞこないの魂を掛けて叶えるべき願いがある」

―か、ご・・・え・・・―

カンナ「悪いね、私もいつまでも呪いに縋ってはいられないんだ」

 突き刺した傘を勢いよく開くと、
 魔女の脳天が爆ぜた。

カンナ「・・・じゃーね」

 魔女が砂の城のように崩れていくと、張りぼての舞台セットも蜃気楼のように薄れ消えていく。
 そこには一枚の写真が残った。

QB「これは・・・?」

カンナ「見覚えがあるよ、どーやら最後の欠片らしいね」

 私はその黒く塗りつぶされた写真を手に取ると、世界がモノクロへと転換した。

119: 2012/12/25(火) 22:41:28.50

 モノクロの世界。
 家の中だろうか。
 そこには眼鏡をかけた男性と、穏やかに笑う女性。
 そして元気に駆け回る幼い双子が居た。

 男性はカメラを三脚に固定し、なにやら弄繰り回している。

双子1「カンナお姉ちゃーん、早く早くー!」

双子2「お父さんもー!」

男性「ちょ、ちょっと待ってくれよ。セルフシャッターってどうやるんだっけ・・・?」

女性「ほら、カンナと彼氏さんもいらっしゃい。今日の主役なんだから」

 すると場面の向こう側から、カンナが短髪の少年の手を引いて現れる。
 少し頼りなさそうだが、穏やかそうな印象だ。

カンナ「大袈裟よ、結婚するわけじゃないんだから」

少年「ははは・・・」

 カンナと少年がソファーの真ん中に座り、その左隣に双子を抱いた女性が。
 そして右側には慌ててカメラから離れた男性が座り込む。

 カシャリ、と一瞬の閃光が煌めき。そんな一団の笑顔を写し撮った。

120: 2012/12/25(火) 22:42:19.20

 また場面が転換する。
 男性と女性がソファーに座り込んで一枚の写真を見ていた。

 それは、恋人ができたくらいでは大袈裟すぎる集合写真だった。

男性「カンナは彼氏さんとはまだ上手く行っているのかい?」

女性「ええ、それはもう。惚気話を聞かない日の方が少ないわ」

男性「そうか、よかったなぁ・・・」

女性「ええ、本当に。本当に魔法みたい。カンナがあんなに幸せそうに笑ってくれるなんて・・・!」

男性「・・・そうだな」

 女性は涙ぐみながら男性に語りかけている。
 男性がそっと女性の肩を抱き寄せた。

女性「あの子は悪くなかった、悪いのは私達だったのに・・・カンナは・・・っ!」

男性「よそう、もう取り返しの付かないことだ。それにカンナにはまだ未来がある」

男性「カンナはこれから今まで失ってた分まで、笑って幸せになるんだ。親として、それを精一杯応援してやろう」

女性「そうね、そうね・・・! きっとあの子は幸せになるわ」

カンナ「・・・」

 カンナが扉を挟んだ向こう側で、訝しげな表情をしていた。

121: 2012/12/25(火) 22:43:18.10

 3度目の場面転換、カンナは確かに笑っていた。

 狂気に満ちた声で。

 男性と女性は歪んだ表情でその様子を見ていた。
 その傍らで双子が異様な空気を感じ取り、ぎゃんぎゃんと泣き叫んでいた。

女性「か、カンナ・・・どうしたのカンナ!」

カンナ「サンキュー、Mr〇〇&Mrs〇〇赤の他人の私を今まで養ってくれて!」

男性「何を、何を言ってるんだカンナ!」

カンナ「私はあなた達の娘のカンナじゃないってことだよ」

男性「なにを・・・、言ってるんだ?」

カンナ「別人になったみたいじゃなくて、別人にすり替わったんだよ! 私とあなた達の娘はね!」

カンナ「これから本物のあなた達の娘を頃しに行くよ、ツクリモノの私になんかに幸せを譲ってくれたお礼も兼ねてね!」

女性「何を言ってるの、何を言ってるのよぉ!!」

カンナ「親なのに気づかないの? いや、気付いてるよね。なんせ娘と娘によく似た人形に入れ替わったんだから!」

男性「誰だ・・・誰なんだよお前は! カンナを、カンナを返せ!!」

カンナ「No、それは無理な相談だ。代わりに思い出は返しておくよ。邪魔な偽物は塗りつぶしておいたよ!」

 カンナは悪辣な笑みを浮かべて、写真の束をばら撒いた。
 その写真は例外なく、カンナの顔が黒く塗りつぶされていた。

カンナ「それじゃあグッバイ聖家!」

 カンナは魔法少女の姿に変身すると、地面を蹴って絶望に暮れる4人を置き去りにした。

122: 2012/12/25(火) 22:44:32.07

 再度場面は転換する。
 カンナは路地で息を切らせて肩を上下させる少年と向き合っていた。

カンナ「・・・」

少年「カンナ・・・、聞いたよ。その、家族の人達に色々と」

カンナ「へぇ、私がおかしくなったとでも思っているのかな?」

少年「・・・正直、僕はそう思っている。でも仮に、君が言った事が本当だとしても」

少年「僕が好きになったのは、〝今の″カンナだから・・・」

カンナ「っ!」

少年「だから、僕は・・・君が人形だったとしても構わない」

カンナ「・・・じゃあ、アンタはわかるの? 急に自分の存在が、自分の好きな人に対する愛情すら、全て他人が作った設定だって突きつけるられる事がさ」

少年「カンナ・・・、帰ろう。きっと君のお父さんもお母さんも君がたとえ偽物だとしても受け入れてくれるよ」

カンナ「私はこう言われたんだよ? 『カンナを返せ』ってさぁ!」

少年「・・・っ」

カンナ「あそこはもう私の帰る場所じゃないんだよ」

カンナ「じゃあね、二度と会うことは無いだろうさ」

少年「ま、待って!!」

 カンナが立ち去ろうとした時、少年はカンナの手を掴むけれど。
 カンナはその手を払いのけた。


カンナ「触るなよ、偽善者」

123: 2012/12/25(火) 22:45:47.45

 カンナは立ち去ると、少年は呆然と立ち尽くしていた。

少年「・・・僕は」

 少年の絶望に惹かれたのか、周囲から瘴気が立ち上り始めた。
 既にその場から去ったカンナがそれに気付くことはなかった。


QB『・・・』

カンナ『この後の顛末はご覧の通りだよ』

 少年は魔獣になす術もなく心を取り込まれ、廃人となってその場にへたり込んだ。

カンナ『私が差しのべられた手を拒絶したから、この人は絶望に引っ張られて瘴気を呼んだ』

 しばらくしてソウルジェムを持ったカンナが戻ってくる。
 しかし時はすでに遅かった。魔獣は抜け殻になった少年に尚も伸し掛かり。
 枯れ果てるまで心を吸い取っている。

 カンナがそれを見た瞬間、一瞬強張った表情をした後。
 笑いながら魔獣を惨頃した。

カンナ「ククククク、意外となんてことないな。そりゃあそうか、私はこいつとは違って人間じゃないんだから」

 そこに残った1粒のグリーフシードを拾い上げると、カンナはそれを握りしめイーブルナッツへと変化させた。

カンナ「待っていろよ、プレイアデス。これを使って復讐してやる!」

カンナ『・・・これが初めて作ったイーブルナッツ、そして最後に使ったイーブルナッツだ』

QB『あの時の、だね』

124: 2012/12/25(火) 22:48:07.15





QB「・・・」

カンナ「そーいうわけだ、今自分で見直してみるとどれだけトチ狂っていたかがわかるよ」

QB「人間は・・・いや生物は。自分と同種の生氏に関してはとても積極的に関心を持つけれど」

QB「自分と違う種になった途端、無関心になってしまうんだね」

カンナ「そうだね、私はそう思ってた」

 カンナは僕の隣に座り込んだ。

カンナ「私が復讐に狂ったこと、今までの人としての生活がどうでもよくなったこと。その全ては自分が世界で1人きりだと思い込むことから始まった」

カンナ「でも、全ては私の思い込みだった」

QB「・・・そうだね」

 僕は上の方を向いて語りかける。

QB「たとえ種が違えど、存在が異なれど。互いに信じあえることができれば、相手にとって特別な存在になることができる。
    むしろその存在の異なった者同士が信じあえるということが、特別な存在になれるということがとても幸せなことなんだ」

QB「僕は、そう思っているよ」

カンナ「・・・そうか」

 カンナは目を瞑って、呟いた。

カンナ「私が人かどうかなんて問題じゃなかった。自分の存在を、感情を疑ったその時から、私の呪いは始まったんだ」

QB「・・・カンナ」

125: 2012/12/25(火) 22:49:23.20

QB「願い事は決まったかい?」

カンナ「ああ、決まったよ。案内人」

 カンナはゆっくりと立ち上がった。

QB「先に言っておくけれど、もし命をやり直したいということ以外を願った時。願いが遂げられた後、君はきっと円環の理に導かれて消滅してしまうだろう」

QB「それでも、願うのかい?」

 カンナは笑顔で頷いた。

カンナ「ああ、もう消える覚悟はできている。というか最初からそのつもりだったしね」

QB「・・・そうかい」

QB「残念だなぁ、せっかく僕はカンナにとっての特別な存在になれたと思ったのに」

カンナ「本当に残念だったね案内人、私にはもう恋人が居るんだ」

QB「・・・人間で言うと僕はフラれちゃった、という状態なんだろうね」

カンナ「アンタにはもう特別な存在の魔法少女が居るだろう?」

QB「彼女は無理だよ。彼女には既に一番の存在が居る、僕じゃあとても敵わない」

カンナ「はっ、ご愁傷様だね」

カンナ「・・・そうだ、案内人。願いを叶える前にさ。私に名前を付けてくれないか?」

126: 2012/12/25(火) 22:50:23.23

QB「えっ?」

カンナ「この願いを遂げたら、私は本当の意味で聖カンナじゃ居られなくなるからね」

QB「・・・うーん、これは思わぬ大役を任されちゃったね」

 僕は日本人の名前の中から、可能な限りカンナに相応しい名前を考えたけれど。
 感情に乏しい僕には結局どれが相応しいのかは分からなくなる。

QB「・・・それじゃあいっそ、こういうのはどうだろう? 僕にとって特別な彼女の名前の漢字から一文字取って」

QB「暁と書いて、アキラと読むのは」

カンナ「なんか男みたいな名前だね。・・・でも、まぁ悪くないかな。ありがとう、これからは暁と名乗らせてもらうよ」

QB「それじゃあ暁、代わりに僕にも名前を付けてくれないかな? 僕はもうインキュベーターじゃないのに、インキュベーターと同じキュゥべえじゃ不便だからね」

暁「んー、そうだね・・・。じゃあ退化したキュゥべえってことでハチべえでいいんじゃない?」

HB「・・・うん、良い名前だね」

暁「悪いね案内人、私はアンタほどネーミングセンスが無いんだ」

127: 2012/12/25(火) 22:51:03.05

HB「それじゃあ、暁。願い事を」

暁「私は・・・Ifの存在である私が感じるはずだった幸せをオリジナルの聖カンナに譲りたい。聖カンナの笑顔で幸せになるはずだった全ての人を救いたい」

 暁のソウルジェムが光り輝き、光に包まれやがて雪のように解けていく。
 そうして暁の身体は光に包まれ、ゆっくりと消滅していった。

HB「・・・おめでとう、暁。君の願いはエントロピーを凌駕した」

 僕は暁の居なくなった場所に向けて、そう呟いた。

128: 2012/12/25(火) 22:51:56.45





 きゃっきゃ、という賑やかな声が響く。
 3人の子供が賑やかに遊んでいた。

 ・・・一丁の拳銃を奪い合って。

カンナ「ダメー」

男の子「カンナズルいよー」

女の子「私が保安官やるのー」

男の子「ほらぁ」

カンナ「あっ」

 男の子に引っ張られ、拳銃を持っていた子供が引き金を引いてしまう。
 乾いた発砲音が響き、放たれた弾丸は部屋に飾られたオブジェに当たり、
 跳弾した弾丸の射線には二人の子供の頭が・・・。

カンナ「・・・ぁ、あう。う、うわあああああああああああん」

暁「なるほど、こういう形で叶えられたわけだ」

 血が滴り落ちる。

 弾丸を掴んだ私の手から。

129: 2012/12/25(火) 22:53:21.97

暁「泣くんじゃないの」

 私は呆然とする二人の子供と、拳銃を握る子供の頭を撫でた。

カンナ「あ、う」

暁「君は悪くない」

カンナ「・・・え?」

暁「君は悪くない」

カンナ「う、うん・・・」

暁「だが」

 私は拳銃を子供の手から取り上げると、三人の子供の頭を順番に小突いていった。

暁「拳銃で遊ぶのはすごく悪い、二度とやるんじゃない」

カンナ「・・・ご、ごめんなさい」

男の子「も、もうしません!」

女の子「ごめんなさい・・・」

130: 2012/12/25(火) 22:54:09.27

暁「わかればいい、それじゃ」

 私は赤い手をひらひら振ると、部屋から出て行った。
 そして、玄関から出た時。
 見覚えのある光に包まれる。

まどか「もう大丈夫?」

暁「ああ、わがまま聞いてもらって悪かったね」

まどか「うん、それじゃあ行こうか」

暁「ん、オーライ」


Chapter1 黒塗りの写真 完

131: 2012/12/25(火) 22:57:28.10
//というわけでカンナさん編は終了です。
 お付き合いいただきありがとうございました。

 キュゥべえさんはハチべえになっちゃったし、
 これから先は本当の意味でオリキャラしか出なくなっちゃうので、
 もうゴールして・・・いいよね?

132: 2012/12/25(火) 22:59:14.31


暁はヒュアデスの暁と暁美ほむら両方が由来か
前者はメタだけど

133: 2012/12/25(火) 23:50:50.54

引用元: キュゥべえ「ハートレスマンション?」