1: 2015/05/05(火) 23:34:14.66
「13才の少年を探しているんです。
ご存じありませんか」

医者「少年ですか……。
特徴を教えて頂けますか?」

「茶色のショートヘアーで、身長は年のわりに大きい方ですね。
最初は私も、16才ぐらいだと勘違いしました」

医者「……やっぱり見かけてないです。
お役にたてなくて、申し訳ありませんが」

「そうですか……一応、念のために中を拝見させて下さい」

医者「それは、私を疑っているということでしょうか?」

「特別あなただけにではなく、みなさんにお願いしているんです」

医者「そうですか。
しかしこの村には、おかしな方が度々いらっしゃるのです。
どうかお気を悪くなさらないで下さい」

「ああ……確かに、無理もありませんね。
ですが、早く見つけ出さないと、少年の命に関わるらしいのです」

医者「……詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん。
少年は、王都の病院から搬送中だったのです。
しかし、逃げ出されてしまい、私達で捜索しているのですよ」

医者「それは大変ですね……。
その患者の名前は、なんと言うのですか?」

「私は御者なので、詳しいことは分かりません。
いつも通り運ぶだけだったのに、こんなことになってしまって」

医者「付き添いの医師は、いらっしゃらないのですか?」

「医師も少年を探していますよ。
隣町で聞き込みを続けているか、もう発見してくれてれば良いんですがね」

医者「では、その医師とお話させて頂けませんか?
医者同士で確認したいことがあるのです」

「いや、しかし隣町に……」

医者「出来ないのでしたら、残念ですが……。
一応入院患者もおりますし、万が一があっては困りますので」

「……そうですか。
では、担当の医師と相談します」

医者「申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
また、いつでもいらっしゃって下さい」

バタン

医者「……ふー、もう大丈夫だよ。
いなくなったみたいだ」

勇者「……やだ……いやだ……」ガタガタ

医者「大丈夫だから、落ち着いて。
君のことは、俺や村の人たちで守るよ」

勇者「……な……んで……?」ガタガタ

医者「お、やっと話してくれたね。
理由は、君を見捨てられないからだよ。
みんな辛い目にあった人達だから、同じく辛い境遇の君を助けたいんだ」

勇者「……」

医者「さて、とりあえずゆっくり眠ろうか。
何か考えるのは明日でいいからね」

勇者「……」

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430836454

3: 2015/05/05(火) 23:39:18.23
ー10日後ー

医者「でさぁ、妻だけじゃなく娘も可愛いっていう。
俺の血が入ってるのに、天使みたいに可愛いんだよ?
凄いと思わない?」

勇者「その話は何度も聞きましたよ。
ホント、何回も繰り返すのはやめてください。
いい加減、ノイローゼになっちまう」

医者「お、ノイローゼなんて難しい言葉を知ってるね。
そうそう、娘も言葉を覚えるのが早くてさ」

勇者「やめろっつーの!
てか、これはなんなんですか?
やっと慣れてきましたけど」

医者「チャリンコ。
チャリチャリってね」

勇者「チャリンコとチャリチャリとどっちなんですか?」

医者「チャリチャリとは言わないけど、チャリでもチャリンコでもどっちでもいいかな。
それかケッタでもいいし、普通に呼ぶなら自転車だね」

勇者「結局よくわからない……。
もう一つ聞きたいんですけど、なんで座るところの形が違うんでしょう?」

医者「君の座ってる所は本来、人の座るところじゃないから。
荷台って言って、荷物を乗せるところなんだよ」

勇者「そんな場所に座っても大丈夫なんですか?」

医者「多分ね。
もし駄目でも、これは一つしかないから。
だったら2ケツするしかないよね」

勇者「2ケツってなんですか?」

医者「二人で乗るってこと。
そうだ、この先の町でもう一台買って、ちょっと練習してみようか」

勇者「練習ですか?」

医者「ああ、やっぱり自力で乗れた方が良いしね。
公園かなんかで乗る練習をしてみよう」

勇者「あの、ちょっと思ったんですけど……魔法で移動したら良いんじゃないですかね」

医者「いやいや、瞬間移動出来るわけじゃないんだから。
高速で移動なんてしたら、普通の人は怖がって逃げるよ。
最悪、通報される」

勇者「そんなの、透明になれば良いんじゃないですか?
やったことないけど……うおっ!?
真っ暗だ!」

医者「うわっ!どーしたの!?」

勇者「ちょっと、透明になろうとしてみたんすけど……なってます?」

医者「なってはいるけどね……一つ言っておくけど、姿が消えても怖がられるから。
早く元に戻りなさい」

勇者「自分に出来ないから怖がるっていうのは、よくわからないんですけどね。
まぁ、目見えないし戻りますけど」

4: 2015/05/05(火) 23:41:13.96
医者「とにかく、透明になると紫外線の影響も受けるし、やめた方が良いんじゃないかな。
それに、俺は魔法自体あまり使わない方が良いと思うよ」

勇者「どうしてですか?」

医者「……何をもとにしてるか分からない力なんて、何が起こるか分からないじゃないか」

勇者「何をもとに、か。
確かに考えたこと無かったな」

医者「だから、極力控えた方が良いよ。
とりあえず、今は自転車をもう一台手に入れないとね」

勇者「さっきも気になったんですが、一台ってなんですか?」

医者「ああ、自転車の数え方だよ。
一つは一台、二つは二台ってね」

勇者「二台っていうのは、俺が座ってる所じゃないんですか?」

医者「いや、そこは荷物を乗せる台だから荷台。
二台の二は数字の二だよ」

勇者「うーん?なんかよく分からないけど、分かりました」

医者「慌てて覚えようとしなくても、良いんじゃないかな。
あ、お店っぽいのがあるから止まるね」

勇者「はい」

キーッ ガシャーン!

5: 2015/05/05(火) 23:42:53.29
勇者「イテテ……なんで倒れるんすか!」

医者「君ねぇ、止まるって言ってんだから、せめて足を地面につけてよ!
ただでさえ二人乗りで疲れてるのに、支えきれないだろ!」

勇者「先生が「足は地面につけないで」って言ったんじゃないですか!
しかもあんまり動くなとか、車輪の邪魔にならないようにしろとか、すっげぇ気ぃ使ってたんですからね!」

医者「そりゃあさ、俺が言わなかったのが悪いけど……」

勇者「俺、今日初めて乗ったんですから、分かるわけないでしょ!」

店長「あの……どこかお怪我はございませんか?
大きな音が聞こえましたが」

医者「え、いや、あはは、大丈夫ですよ。
お騒がせしてすみません」

勇者「このくらい魔法で」

医者「あーっと!すみません、商品に倒れ込んじゃって。
これ買いますね」

店長「いえいえ、そんなお気になさらないで下さい。
それよりお連れの方のお怪我が心配です。
すぐに救急箱をお持ちします」

スタスタ

医者「ふー……。君ね、魔法って言葉使うのは禁止ね。
特別な力が使えるっていうのも、言っちゃダメ。
披露するのはもっとダメ」

勇者「えー、なんでですか?」

医者「追っ手に気づかれないよう、派手な動きはしない方が良いからね。
力が使えない人を装うのが一番だよ」

勇者「ふーん……分かりましたよ」

6: 2015/05/05(火) 23:45:09.07
スタスタ

店長「お待たせ致しました。
では、お手をお借りしても宜しいでしょうか?」

勇者「お、おう」

ピチャッ

勇者「イテッ!」

店長「ああ!申し訳ございません!
大丈夫でございますか!?」

勇者「え、うん。別にちょっと驚いただけだし……つーかそれなに?」

店長「消毒液でございます。
細菌の侵入を防ぎ、体を守るために必要なのですよ」

勇者「なんか分かんないけど……ありがとな」

店長「いえ、礼には及びません。
当然のことをしているまでです」

ペタペタ

店長「応急処置に過ぎませんが、これで終了です。
お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした」

医者「いえ、本当にありがとうございました。
助かりましたよ」

勇者「そういえば、先生は医者ってやつなんですよね?
なら、先生がやってくれれば良かったのに」

店長「まさか、これは出過ぎた真似を!」

医者「いやいやいや違うんですよ!この子なんか勘違いしちゃってて!
あははー、そうだあれ下さい!」

店長「あの、先ほども申し上げましたが、お気になさらなくて宜しいのですよ?
衝突した自転車でなくとも、他にも同じサイズの物はございますから」

医者「いえ、あの自転車に見とれてたら、倒れ込んでしまったんですよ。
素晴らしい自転車ですね。
ぜひ、買わせてください」

店長「お客様が宜しいのでしたら、これ以上は申しません。
お買い上げありがとうございます。
9800円になります」

医者「じゃあ、これでお願いします」

店長「かしこまりました。
では少々お待ち下さい」

スタスタ

7: 2015/05/05(火) 23:46:57.42
勇者「なぁ、先生。
訳が分からないんですが」

医者「あとで説明するから、今は静かにしてて」

スタスタ

店長「お待たせ致しました。
200円のお返しです。
そしてこちら自転車の鍵でございます」

医者「早速練習をしたいのですが、どこか良い場所はありませんか?」

店長「あちらの角を曲がって頂きますと、すぐに公園が見えて参りますので、練習にも、お使い頂けるかと思います」

医者「ありがとうございます。
じゃあ、早速行こうか。
その自転車は君が押してね」

勇者「……はい」

店長「こちらこそ、ありがとうございました」

8: 2015/05/05(火) 23:48:59.55
スタスタ

勇者「えーっと、つまり先生は医者だけど、医者だって言っちゃダメだってことですか?」

医者「そう。この街は、特に信仰心があつくてね。
凄く神様を信じてるから、神様の意に反する医者を、毛嫌いしてるんだよ」

勇者「別に嫌がっているようには見えなかったですけど」

医者「宗教の教えに、人に悪意を持つなっていうのがあるからね。
まぁ、人と見なされている間は、何もされないんじゃないかな」

勇者「見なされている間はって……」

医者「別の宗教のことを邪教って言ったりするんだけどね。
それを信じている人は、魔物と変わらないというか……魔物扱いされたりするみたいだよ」

勇者「魔物扱いってマジですか?
この街、危なすぎますよ」

医者「まぁ、今は医者も広く認知されてることだし。
この街の人だって医者に頼ることもあるだろうから、何も起きないと思うよ」

勇者「そんなこと言ったって……」

医者「まぁまぁ、公園に到着したことだし、自転車に乗ってみようか」

勇者「なんかモヤモヤしますけど……」

医者「ほら、やってみて」

勇者「……えっと、両足のせて足を上下させれば……はっ!」スッ

バタンッ

勇者「イテッ!」

医者「え……なにしてんの?」

勇者「いやだって、両足のせないといけないから」

医者「片足ずつじゃないと駄目だよ。
まずは片足は地面について、もう片足でペダルを踏み込んで」

勇者「ペダルってなんですか?」

医者「えっとね……」

9: 2015/05/05(火) 23:50:40.99
ー20分後ー

勇者「あの、全然乗れるようにならないんですけど」

医者「もうちょっと練習すればいけそうだよ」

勇者「でも俺、追われてるんですよ!?
先生だって知ってるじゃないですか!」

医者「とは言ってもね。
もう日が陰ってきてるし、今日はこの街に泊まるしかないんだよ。
なら、明日以降のために、乗れるようにならないと」

勇者「それはそうかもしれないですけど……」

医者「敵だって、自転車の練習をしてるとは思わないんじゃない?
多分、大丈夫だよ」

勇者「そんなテキトーな」

医者「悪いけど、ちょっとトイレ行ってくるから。
練習しといてね」

スタスタ

勇者「……行っちまった。
はぁ、俺本当にこんなことしてて良いのかな。
さっさと魔王を倒しに行きてーのに」

フラフラ ガシャンッ

勇者「イテェ。あーあ、本当に乗れるようになんのかよ」

男1「お手伝いしますよ!」

勇者「え?」

ゾロゾロ

勇者「うわっ!」ぎょっ

男2「見ていましたよ。
自転車に乗る練習をしていらっしゃるのですね!」

勇者「ま、まぁ、そうだけど」

男3「私が自転車を支えましょう。
さぁ、ペダルを漕いで!」

勇者「いやでも、別に一人でだって」

男4「遠慮は要りません。
私どもがサポートいたしますから!」

勇者「えっと……どーもーっす」

キコキコ

10: 2015/05/05(火) 23:57:36.70
スタスタ

医者「ん?な、なんだ!?」

男5「右に傾いています!今度は左に!
あ、その調子ですよ!」

男6「頑張って下さい!諦めなければきっと出来ますから!」

勇者「えーっと、なんかちょっとずつ分かってきたぞ」

男7「叶えようという意思さえあれば、夢は必ず叶います!
恐れず一歩を踏み出して!」

勇者「いや、そんな大げさな事じゃないと思」

男8「どんな時も希望を捨てては駄目です!
手を伸ばせば光は必ず掴めますから!」

勇者「うへ…………あ、先生!助けてください!」

医者「え、いや」

男9「助けて……?」

医者「あ、いえね!
彼この前までずっと監禁されてて!
人に囲まれるのは慣れてないんです!」

男10「監禁……そうだったのですか。
本当に申し訳ございません!」

男達「申し訳ございません!」

医者「いやいや、気にしないで下さい。
あー、こんな時間だ。
そろそろ宿を」

男11「しかし、一体誰に捕まっていたのですか?」

医者「え?えっと……」

勇者「魔物に捕まってたんだよ。
てか、魔王に」

男12「ま、ま、魔王!?」

医者「ああもう!あの、違うんですよねー。
彼は」

男13「うわぁぁあ!!」

男達「うわぁぁあ!!」

ダダダダッ

11: 2015/05/05(火) 23:59:04.99
医者「はぁ……」

勇者「なんだったんだ……?」

医者「多分、教会から帰って来た人達だったんだろうね。
全員男だっただろう?
男だけはこの時間になると、教会にお祈りしに集まるんだよ」

勇者「教会か。俺の村にもありましたよ。
でも、俺の村は女もお祈りしてましたけど」

医者「ああ……、それは」

ジーッ

医者「……」

勇者「……」

ジーッ

勇者「……なんか、凄い見られてますね」

医者「そうだね……。
ねぇ君、どうしたの?」

男の子「お前、もう一回自転車のってみろよ」

勇者「え、俺か?」

男の子「早く乗れって」

勇者「なんで俺が命令されなきゃならないんだよ。嫌だね」

医者「うーん、とりあえず乗ってみなよ」

勇者「先生……俺の話聞いてました?」

医者「いいから、ちょっと乗ってみてくれ」

勇者「なんなんだよ……突然乗れるわけねーじゃん……」

スィー

勇者「お、おお!?」

スィー キィッ

勇者「乗れた……」

男の子「やっぱりな。
アイツらはきっと邪魔してたんだ」

医者「こんな短時間でさすがだね。
けど、君はどうして邪魔してると思ったの?」

男の子「だって乗れんのに乗れないようにしてたんだから、邪魔だろ」

医者「でも、悪意は無かったんじゃないのかな」

男の子「アイツらはみんないつでも悪意を持ってるよ。
それを悪意だと思いたくないだけだ」

勇者「なんだか分からねぇけど乗れるぞ!よっしゃ!」スィー

男の子「なぁ、お前なんで魔物に捕まってたんだよ」

キィッ

12: 2015/05/06(水) 00:00:38.88
勇者「だから、なんでお前に話さなくちゃならないんだよ」

男の子「答えによっちゃ、家に泊めてやってもいいぜ。
つーか、匿ってやる。
このままフラフラしてたら、アイツらになにされるか分かんねぇだろ」

勇者「いらねぇ、世話だ。
あんなの襲い掛かって来たって、俺がボコボコにしてやる」

男の子「その自信はどこから来るんだか。
さっきは囲まれて、助けてーとか叫んでたろ」

勇者「ああいうのはどう扱っていいか分かんねぇんだよ。
それに根拠はある。俺は勇者だ」

医者「だから、そういうことは」

男の子「勇者?
ハハハ、勇者がパーカーとジーパンで自転車乗る練習するわけないだろ」

勇者「良いぜ、信じてないなら見せてやる」

医者「ちょっと、ダメだってさっき言っただろう?」ゴニョゴニョ

勇者「大丈夫ですよ。魔法は使いませんから」ゴニョゴニョ

男の子「何をゴチャゴチャ言ってんのか知らねぇけど、何かやるんだろ?
早く見せてくれよ」

勇者「よーく目ん玉ひんむいて見てやがれ」

13: 2015/05/06(水) 00:03:38.24
勇者「行くぞ」

タッ

男の子「消えた!?」

勇者「上だよ。上」

男の子「えっ!?」

勇者「今降りるから待ってろよ」

スタッ タッ

男の子「確かすげぇけど、木に登って降りるだけ」

ボトボトボトッ!

男の子「なんだ!?」

タッ

勇者「ざっとこんな感じ。どうだ?」

男の子「な、なにをやったんだよ?」

勇者「え。分かんねぇの?
ほら、松ぼっくり」

男の子「松ぼっくりって……まさか今の音って、松ぼっくりが落ちた音なのか!?」

勇者「なんだよ見てなかったのかよ!
そりゃ地面は落ち葉だらけだし、紛れてよく分かんねぇけどよ。
かなりの数落としたはずだぜ」

男の子「……」

勇者「やっぱり地味か。
村にいたときは、かなり役に立ったんだけどな。
こうなったら炎でも出して」

医者「使わないって言ったよね。
それに落ち葉だらけだって、自分で言ってたよね。
君はなに?この公園には焼き討ちに来たのかな?」ゴニョゴニョ

勇者「冗談ですって。
そんな怒らないで下さいよ」ゴニョゴニョ

男の子「お前……」

勇者「あ?」

14: 2015/05/06(水) 00:05:23.32
男の子「お前……すげぇな!
揺らしてもいねぇのにどうやったんだよ!
すっげー!」

勇者「そりゃ、このナイフでちょちょっと」

男の子「すげー!なぁ、それ俺にも教えてくれよ!」

勇者「教えろっつったって、お前には無理だと思うぞ。
村でも俺以外できなかったし」

男の子「ちっ、なんだよ。役にたたねぇな」

勇者「テメェ……」

男の子「でも、もう質問には答えなくて良いぜ。
とりあえず、魔物って感じじゃねぇみてぇだから」

勇者「魔物?テメェなに人様疑ってんだよ」

男の子「家に泊めるかどうかっつってんだから、不審じゃないか確認すんのは当たり前だろ。
じゃあ、行くぞ」

勇者「どこへだよ」

男の子「俺んちに決まってんじゃねぇか。
俺んち、あそこの角曲がってすぐなんだ」ニカッ

15: 2015/05/06(水) 00:12:50.10
勇者「お前んちって、さっきの自転車のとこかよ!」

男の子「やっぱりそれウチのか。
まぁ、上がれよ」

医者「あの、俺も良いのかな?」

勇者「俺が良いなら良いんじゃないですか?
別に聞く必要ないと思いますけど」

医者「だって、君たちだけで話進めちゃうから。
ちょっと、不安になるよ」

男の子「なにしてんだ?さっさと入れよ」

勇者「いちいちうるせぇガキだな」

医者「お邪魔します」

ガチャ

男の子「そこらへんに適当に座れよ」

勇者「……なぁ、もしかしてこれは椅子か?」

男の子「はぁ?そうに決まってんだろ」

勇者「やっぱりか!すげぇフワフワしてんな!
こんな椅子初めて見たぜ!」

医者「中に綿を入れて、座り心地をよくしてるんだろう。
分解したことはないけど」

勇者「綿ってなんですか?」

医者「綿っていうのは、植物性の繊維のことだよ」

勇者「植物性の繊維?」

男の子「あーもう、付き合ってらんねぇ。
お前ソファーも知らねぇとか何者だよ。
あ、そういえば名前聞いてなかったな」

勇者「名前……」

カズキ「俺はカズキだ。お前らは?」

勇者「…………忘れた」

カズキ「は?」

16: 2015/05/06(水) 00:14:35.85
勇者「……」

カズキ「……アンタは?」

医者「え?あはは……」

カズキ「……マジかよ。
名前も言えねぇってのは、裏に何がある不審人物なんだ?」

勇者「ちげぇよ。忘れたっつってんだろうが」

カズキ「んな訳ねぇだろ。
そういえばさっき、村って言ってたよな。なに村だよ」

勇者「……しまむら」

カズキ「しまむら……それ、服屋の名前だろうが!」

勇者「この服、しまむらで貰ったらしいぜ。
そうですよね?」

医者「ああ、貰ったんじゃなくて買ったんだけどね」

勇者「俺よく分かんないんですけど、買うってなんなんですかね?」

医者「お金を支払う代わりに、商品を手に入れることだね」

カズキ「話そらしてんじゃねぇよ!
お前ら本当は魔物なんじゃねぇのか?
なら、自分の名前も村の名前だってねぇもんな!」

勇者「違うっつってんだろ。
……俺の村は魔物に滅ぼされたんだよ」

カズキ「魔物に滅ぼされた村……?
そんなの、トウガサキ村しか聞いたことねぇぞ」

勇者「俺は、その村の生き残りだ」

ガチャッ

カズキ「誰だ!?」

17: 2015/05/06(水) 00:16:31.64
母「誰だって、お母さんよ」

医者「やっぱり、店長さんがカズキ君のお母さんだったんですね」

母「アナタ方はさっきの……!
どうしてウチにいらっしゃるのですか?」

カズキ「母さん、こいつら名前も言わないし危ないよ。
警察を呼ぼう?」

医者「警察……!あの、我々は怪しい者ではなくてですね」

カズキ「ほら、警察って聞いただけで慌ててるし、こいつら絶対怪しいよ!」

母「警察は誰でも怖いわ。
あの制服を見ると、なにもしてないのに何かしちゃったような気になるのよね」

カズキ「な、何言ってんだよ母さん!」

母「ウチの子がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」

医者「い、いえ、そんなことは」

母「カズキ、アンタは向こうに行ってなさい」

カズキ「でも……!」

母「いいから、早く行きなさい」

カズキ「……」

スタスタ

医者「あ、あの……私達はそろそろ」

母「この町にはどういったご用事で?」

医者「……ただの旅行ですよ。
泊まるところを探していたら、息子さんが案内してくれましてね。
でも、やっぱり自分達で宿を探しますから」

母「旅行ですか。うらやましいです。
私もあの子とどこかへ出掛けたいと思うのですけど、中々……カズキ、立ち聞きしてないであっち行きなさい」

カズキ「嫌だ!こいつら自分のこと勇者だとか言ってんだよ!
母さんだけじゃ危ないよ!」

母「あっち行かないとひっぱたくわよ!」

カズキ「……バカ!」

ダダダッ バタンッ!

母「全く、すぐ外に飛び出して……まぁ、いいわ。
さて、勇者というのはどういう事かしら」

医者「あはは、やっぱりパーカーとジーパンじゃ、勇者には見えませんよね……」

母「ええ、せめて神々しく輝いてでもいれば別ですけど」

勇者「……へっ、光ってりゃ勇者なのか?
ならいくらでも光ってやるよ」

医者「お、おい!」

ピカー!

18: 2015/05/06(水) 00:24:28.76
母「これは……!」

勇者「お望みなら、七色に光ってやろうか?」ビカビカ

ガチャッ ズカズカ

母「!!」

男1「おお、本当に光ってますね」

母「ちょっと、なんで勝手に入って来るんですか!
私に聞き出せと」

男2「勇者様をお迎えするためです。
勇者様、失礼をお許し下さい」

男3「こちらで宿も手配しておきますので、教会にお越し頂けないでしょうか」

勇者「……へっ、俺なんか呼んでどうするつもりだよ。
お前らさっき逃げてったやつらだろ」

男4「勇者様がお力をお隠しになっていたため、勘違いがあってしまったのです。
どうかお許し下さい」

勇者「……まぁ、俺だってこんな所には居たくねぇ。
邪魔したな」スクッ

男5「では参りましょう。
どうぞこちらへ」

勇者「先生、何してんですか。早く行きましょうよ」

医者「ああ、そうだね……」スクッ

スタスタ バタンッ

母「……」

19: 2015/05/06(水) 00:26:46.88
医者「もう光るのやめた方が良いんじゃないか?」

勇者「あ……そうですね」

フッ

医者「うわっ、もうこんなに暗くなってたのか」

男6「ろうそくに火を灯しますので、少々お待ち下さい」

ボウッ

男1「さぁ、こちらの馬車へ」

勇者「この広さじゃ、全員は乗れないだろ」

男2「私どもは走りますので、お気になさらずお乗りください」

勇者「あっそう。……先生、どうしました?」

医者「あ、いや……俺は行く必要ないんじゃないかなと思って」

男3「何を仰います。是非、いらして下さい」

医者「うーん……君はどう?ついてきて欲しい?
俺なんにも役に立たないけど」

勇者「……好きにしてくださいよ。
先生になにか強制する気はありませんから」

医者「じゃあ、あとから俺も教会に向かうから。
先に行ってて」

男4「なにかご用事がおありなのですか?」

医者「ええ、ちょっと。野暮用ですけどね」

男5「ならば仕方ありません。我々だけで向かいましょう」

男6「それでは出発致します」

ピシャッ ギギギ

医者「あとからちゃんと向かうからね!」

勇者「……」

ガラガラガラ

男6「お連れの方のご用事はなんでしょうね」

勇者「知らねぇよ。俺だって、あの人のことはほとんど知らねーんだ」

男6「そうですか」

20: 2015/05/06(水) 00:29:07.50
ーーー

男6「到着しました。足元にお気をつけてお降り下さい」

勇者「へぇ、随分とキレーな建物だな」

ギィ…

男6「どうぞこちらへ」

勇者「こんな小さい部屋にあと五人も入るってのか?
礼拝堂の方でいいだろ」

男6「申し訳ありませんが、この扉の下の地下室に集合するよう言われているのです」

ギィィ

勇者「ここに入れと?」

男6「なんの仕掛けもございません。
お疑いなら、私が先に降りますが」

勇者「ぜひ、そうしてもらえますかね」

男6「かしこまりました」

スタスタ

勇者「うへ……本当に降りてったよ」

男6「どうぞ足元にお気をつけ下さい」

スタスタ

勇者「うっわ、じめじめしてんな。
キレーなのは上辺だけってか……」

男6「……どうぞ足元にお気をつけ下さい」

コンコン

男6「開けてください。私です」

ガチャ

男6「どうぞ」

勇者「うわっ!」ぎょっ

男7「お待ちしておりました、勇者様」

男達「お待ちしておりました」

ズラー

勇者「……またこれかよ」

ギィ… バタンッ

21: 2015/05/06(水) 00:30:50.86
勇者「じゃあ早速だけど、なんでこんなところに俺を呼び出したんだ?」

男8「勇者様のお力をお借りしたいことがあるのです」

勇者「あっそう。で、なんでこんなカビ臭い所に?」

男9「万が一にも、敵に聞かれるわけにはいきませんので。
用心に、用心を重ねた結果このようになりました」

勇者「敵って誰のことだよ。
まさか、俺にそいつを殺せってことか?」

男10「結果的には、それもお願いするかもしれません。
敵とは魔物の群れのことで、勇者様には討伐に力をお貸しいただければと思います」

勇者「魔物の群れ……?
魔物が襲ってくるのか!?」

男11「正確には、いつ魔物に襲われてもおかしくないという危機に、この町は瀕しています。
魔物の集落が目と鼻の先にあるのですよ」

男12「勇者様のご出身の村が滅ぼされたとき、魔王が復活したらしいという噂が持ち上がったのです。
しかし、出現するのは偽の魔王ばかりで、噂はデタラメだとばかり思われていました」

男13「ですが、国の正式な発表により、魔王が人間の世界に侵攻を始めたことが、分かったばかりなのです。
魔王がいつ魔物達をこの町にけしかけるか、分かったものではありません」

男14「勇者様、どうか私どもにお力を貸して頂けませんか」

22: 2015/05/06(水) 00:32:21.91
勇者「……相手が魔物なら協力してやってもいい。
だがな、一つ聞かせてもらうぜ。
どうして俺の村が魔物に滅ぼされたって知ってんだ?」

男15「恥ずかしながら、勇者様のことを魔王ではないかと疑っていたのです。
国の発表では、魔王は子供の姿をしているとのことでしたので。
そして、勇者様と自転車屋との会話を陰で聞かせて頂きました。
失礼ばかり、誠に申し訳ございません」

勇者「俺は魔王に捕まってたって言ったよな?
なんでそんな勘違いするんだよ」

男16「魔王という言葉のみでさえ、我々には深い恐怖をもたらすのです。
その単語に囚われ、勇者様のお言葉を正確に理解することが出来ませんでした。
どうかお許し下さい」

勇者「あっそう。本当に大げさなやつらだな。
それで、いつぶっ頃しに行くんだ?」

男17「お言葉ですが、勇者様。
我々は殺生が目的ではございません。
魔物がこの町や他の町などに、危害を加えないようにしたいだけなのです」

勇者「説得でもする気か?」

男18「とりあえず、捕縛してしまおうと思います。
言葉が通じる相手ではないので、無心に襲いかかってくる者もいるでしょう。
そういった手合いは、残念ですが切り捨てるしかありません。
しかし、更正する可能性がある者もいるかもしれません。
その者達が更正した際には、自由にしてやろうと思うのです」

勇者「情けなんて必要だとは思えないけどな。
まぁ、アンタ達がそういうなら仕方ねぇ。
で、決行はいつなんだよ」

男19「明日の夜の予定でしたが、勇者様のご都合に合わせようと思います」

勇者「そうか、なら予定は変えなくていい。
明日で決定だ」

男20「ありがとうございます。
もちろん、成功した暁にはお礼をさせて頂きますので、ご安心下さい。
明日の夜の6時頃にお迎えにあがります」

勇者「ああ、分かった」

23: 2015/05/06(水) 00:34:25.92
スタスタ ギィ

勇者「ぷはー、やっと湿っぽい暗がりから脱出だぜ」

男6「くれぐれもこの事はご内密に。
万が一情報が渡れば、何が起こるか分かりませんので」

勇者「先生に話すのも駄目なのか?」

男6「そうですね……。では、馬車の中でお話し下さい。
それ以外はどうか控えて頂けますよう、お願いします」

勇者「仕方ねぇな」

スタスタ

勇者「あれ、アンタらも追い付いてたのか」

男1「話し合いの途中で割り込むべきではないと思い、礼拝堂で待っておりました」

勇者「まぁ、アンタらはどうでもいいが、先生を知らねぇか?」

男2「申し訳ありませんが、お見かけしておりません」

勇者「そうか……。まぁ、いいや。
来るとき乗ってきたやつに乗せてくれ」

男6「馬車ですね。表にとめてありますので、どうぞお乗りください。
先ほどと同様、私が手綱をとります」

勇者「中から外はほとんど見えなかったからな。
アンタが先生を探してくれよ。
ここに向かってるかもしれねぇ」

男6「では、お連れの方を発見するまで、町内を走らせます。
合流したのち、宿へ向かいましょう」

勇者「ああ、そうしてくれ」

男6「先ほどより一層暗くなっておりますので、足元にお気をつけ下さい」

ピシャッ ギギギ

男6「では、出発致します」

ガラガラガラ

勇者「……」


ーーーーー

医者『あとからちゃんと向かうからね!』

ーーーーー


勇者(……)

ガラガラガラ

24: 2015/05/06(水) 00:36:52.08
ーーー

ガラガラ ガガッ!

勇者「なんだ!?」

男6「お待ち下さい!勇者様のお連れの方ですか?」

医者「あっはい!
さっき彼を乗せていった方ですか?」

男6「ええ、勇者様も中にいらっしゃいますので、どうぞお乗りください。
足元にお気をつけて」

タッタッ ガチャ

医者「すれ違いにならなくて良かった。
もう用事は終わったの?」

勇者「ええ、まぁ」

医者「間に合わなくてごめん。あー、脇腹痛い」

男6「それでは、宿へお送り致します」

ピシャッ ギギギ
ガラガラガラ

医者「とりあえず無事で良かった。
一人で向かわせてごめんね」ヒソヒソ

勇者「別に。
それより、俺の明日の予定を話して良いですか?
馬車の中でしか話せないので」

医者「いいけど……。
あんまり良い話じゃなさそうだ」

勇者「俺にとっては良い話ですよ。
明日の夜、魔物の群れを倒しに行くんです」

医者「まさか、この町に襲いかかってくるのか!?」

勇者「いいえ、襲われる前に襲っちまおうってことです。
魔物の集落にこっちから出向くんですよ。
しかも、お礼もくれるらしいです」

医者「しかし……確かに君が魔物を恨むのは分かるが、そんな危険なことを引き受けることないんじゃないかな。
襲いかかってくるならまだしも、わざわざ敵地に踏み込むなんて。
それに追っ手のことも考えないと」

勇者「もしかしたら、先生の探してる魔物もいるかもしれませんよ。
理由は知りませんが、憎んでいるんでしょう?」

医者「……ああ、頃したいほどにね」

勇者「一応そっちも探してみますよ。
先生にそっくりな姿をした奴でしたよね」

医者「……」

勇者「あ、そうだ。
国の発表によると、魔王は子供の姿をしているようです。
俺たちの最終目標は魔王でしたけど、先生の探してる奴ではないかもしれませんね」

医者「……相手は魔物だ。
姿なんて自在に変えられるのかもしれない。
それに、人類の敵であることに代わりはないさ」

勇者「それもそうですね。
じゃあ、目標はそのままで」

ガラガラ ガッガッ

男6「宿に到着いたしました。
店主に勇者様であることを伝えて頂ければ、部屋まで案内するよう指示をしております。
代金はかかりませんので、ご安心下さい 」

医者「ありがとうございます。じゃあ、行こうか」

勇者「そうですね」

男6「では、明日お迎えにあがります」

25: 2015/05/06(水) 00:41:34.68
勇者「うわっ!なんだこれ!?」

医者「どうした?」

勇者「これ、テーブルに変なものが乗ってるんですよ!」

医者「変って……もしかして、魚介類は食べたこと無いの?」

勇者「魚介類?」

医者「海でとれる食べ物のことだよ。
この町では聖典に従って、海の食べ物しか口にしないらしいんだ」

勇者「ふーん……そうなんですか」

医者「聖典によると海は原始の祖先が産まれた場所だから、海にいるのは原始的な者だけっていう考え方なんだ。
陸上の生物は高度な知能があるから、食材には出来ないとのことだよ」

勇者「つまり、これは食えるってことですか?」

医者「もちろん、全部食べられるよ」

勇者「でも、どうやって食べたら良いんでしょう」

医者「大きな器のは、塩をつけて食べると良いよ。
他のは味がついてるからそのまま食べて良いだろうね。
全部塩味だけど」

勇者「……いただきます」

26: 2015/05/06(水) 00:43:11.54
勇者「ごちそうさまでしたー。
こんな見た目なのに、意外とうまかったですね」

医者「俺は久しぶりって感じだったけど、塩気ばっかりだからなぁ。
あ、でもカニは美味しかったね」

勇者「殻があったやつですか?」

医者「そうそう。
君が殻まで食べようとするから、焦っちゃったよ」

勇者「初めて食べたんすから、仕方ないじゃないですか。
殻ごと出す方が悪いんですよ」

医者「はは、確かにそうだ」

勇者「……でも、これも旨かったですけど、先生のご飯の方が好きです。
あれは色んな味がして、本当に感動しました」

医者「あの程度のものは、材料さえ揃えば誰でも作れるよ。
もっと美味しいものは世の中にいくらでもあるから」

勇者「そうなんですか?」

医者「この町以外の食堂に行けば、食べられると思うよ。
魚介類はあんまり食べられないだろうけど」

勇者「どうしてですか?」

医者「魚介類って凄い高価なんだよ。
えっと、お金を沢山渡さないと食べられないの。
けど、お金ってそんなに手に入らないからね」

勇者「そうなんですか。
じゃあ、お金って貴重なんですね」

医者「貴重っていうのとは違うけど、なんて説明したらいいんだろう。
基本的には、働かないと手に入らないものだね。
あとは世界への影響力があると判断されるかで、手に入る量は変わるかな」

勇者「働くと手に入るっていうのが、よく分からないです。
何をやっても、手に入るっていうか感じるのは疲れですけど、お金と疲れって一緒なんでしょうか?」

医者「似てるけど違うよ。
どれだけ疲れてもほとんど手に入らないこともあるし、全然疲れなくても大量に手に入れる人もいる……。
まぁ、周りがその人をどう判断するかで左右されるものなんだよね」

勇者「難しいですね。俺、難しい話は苦手なんだよなぁ」

27: 2015/05/06(水) 00:44:53.71
勇者「教会でもいつも寝てばっかりだったし。
すぐ眠くなっちゃうんですよ」

医者「だから、宗教についてもあまり知らないのか。
この町の宗教はこの国全体の物でもあるのに、おかしいと思ったよ」

勇者「え?全員が同じ神様信じてるんですか?」

医者「基本的にはね」

勇者「でも俺、肉とか野菜とか普通に食べてたんですけど……。
海でとれる食べ物以外は駄目だって、さっき言ってたじゃないですか」

医者「まぁ、時代と共に違和感が生じるようになったからだろうね。
君のズボンやパーカーの素材である木綿はもともと植物だし、俺の着てるニットは動物の毛を編んだものだし。
食べなきゃ残酷じゃないのかって考えが主流になってさ。
結局、なあなあに食文化も変化したって感じかな」

勇者「うーん、確かになんかおかしいですもんね」

医者「でもこの町は、魚介類しか食べないっていうのを続けてるから、ほとんどの魚介類がここで食べられちゃうんだよ。
だから、他のところに回らないし、輸送費もかかるらしいから、どんどんお金が必要に」

勇者「もういーです……。
このまま聞き続けたら、耳から血が出るかもしれませんから」

医者「そう?確かに今日はちょっと喋りすぎたね。
もうそろそろ寝ようか」

勇者「じゃあ、俺はこっちの布団で寝ますね」

医者「ああ、おやすみ」

勇者「おやすみなさい」

28: 2015/05/06(水) 00:46:09.75
勇者「ふわぁぁ。おはよーっす……」

医者「おはよう。なんだか寝不足って顔してるね」

勇者「難しい話のおかげで、眠くはなったんですけどね。
なんか枕がごそごそうるさくて……なかなか眠れなかったんですよ」

医者「そば殻の枕だからね。
女将さんに言えば取っ替えてもらえたかもしれないのに。
まぁ、顔洗いなよ」

勇者「その前にトイレ……」

ジャー

勇者「あー、眠い。眠すぎる」

医者「あとで枕については俺が相談しておくよ」

勇者「……そーいえば、ちょっと聞きたいことがあるんですよ。
答えたくなかったらいいです」

医者「どうしたの?」

勇者「昨日……俺が教会にいる間って、どーしてたんですか?」

医者「ああ……そういえば話してなかったね。
カズキ君を探しに行ってたんだよ」

勇者「あのガキを?」

医者「君ついていくべきか迷ったけど、どうしても気になっちゃってね。
ほら、君はいざとなってもなんとか出来そうだし……なんて言い訳して探しに行っちゃった。ごめん」

勇者「いや別に、その通りですし……。
見つかりました?」

医者「ああ、公園にいたよ。
実を言うともう一つ目的があってね、彼から話を聞いて見たかったんだ」

勇者「話ですか」

医者「どうして男だけが教会に集まるのか、君に言いかけただろ?
あれは宗教上、女性は教会に入れないからなんだよ」

29: 2015/05/06(水) 00:47:47.50
勇者「女性は入れない?
おかしいですよ、俺の村では」

医者「昨日話した食べ物と同じで、少しずつ差別はいけないって変わっていったんだよ。
だから、あからさまに男女差別をしているところは今ではほとんど無いんだ」

勇者「あの、差別ってなんですか?」

医者「……ある一方だけ差をつけて酷い扱いをすることだね。
逆差別なんて言って、一方だけ良い扱いをするのも問題視されてるけど」

勇者「でも、この町の女の人が全員酷い目にあってる訳じゃないですよね?
だって女将さんだってにこにこしてたし」

医者「この町は、そもそも悪意を持ってはいけない町だから。
君みたいな子供にも、寄ってたかって善意をアピールしてたよね?
ほら、自転車の練習してた時なんかさ。
だから、表向きは何もないんだよ。建前ではね」

勇者「建前……」

医者「それに、女性の役割とされているような、家事や育児をやっている場合は問題ないよ。
仕事をするにしても男性の下なら許容範囲。
でもね、あの自転車屋はカズキ君のお母さんしかいないみたいだった。
それでちょっと気になったんだよ」

勇者「それってつまり、アイツの母親が酷い目にあってるって事ですか?」

医者「まぁ、そうじゃないかと思って聞いてみたら、そうだったんだ。
自転車屋が近くにあるのに、当て付けのように遠くの自転車屋に行ったり。
修理もやってるのに、やっぱり皆町外れの方に行ったり」

勇者「……」

30: 2015/05/06(水) 00:49:25.18
医者「母親が避けられてたら、やっぱり子供も良い扱いはされないからね。
カズキ君もなんとなく避けられてるし、友達が出来ないんだって。
まぁ、そもそも子供の数も極端に少ないらしいけど」

勇者「そんなに少ないんですか?」

医者「そうだね。だって、ここまで話を聞いてこの町に魅力を感じた?」

勇者「い、いえ……」

医者「親もみんなそう思って、子供のために別の場所へ移り住むんだよ。
自分の意思で動けるようになった時点で、この町を出ていく決心をする人も多かっただろうね。
残るのは決心が出来ない人と、熱狂的な信者だけだ」

勇者「大体分かりましたけど……それをアイツから聞き出して、どうするつもりなんですか?」

医者「彼の母親に、俺が居た村への引っ越しを勧めてみようかと思って。
あの村はおおらかな人が多いからね。
お金も手に入らなくて、自分や子供まで酷い目に遭う町より、絶対生きていきやすいと思うんだ」

勇者「確かに、そうできるならその方がいいですね」

医者「それともう一つ、聞き出した理由があるんだよ」

勇者「なんですか?」

医者「カズキ君ね、やっぱり君といるの楽しかったみたいだよ。
責任感とか、母親の身を案じて辛く当たっちゃったけど、友達が出来たみたいで嬉しかったんだって」

勇者「……」

医者「って訳で……朝ごはん食べたらお母さんに勧めに行くからついてきてよ」

勇者「ええ?どうして俺が同伴しなくちゃいけないんですか」

医者「だって……ほら、俺だけで行くとなんか下心があるみたいだろう?」

勇者「俺がついていっても同じだと思いますけど」

医者「そんなこと言わないで頼むよ。
俺一人じゃ緊張しててうまく喋れないんだ」

勇者「……仕方ないですね。分かりましたよ」

医者「良かった。ありがとう助かるよ」

勇者「あ、そういえば俺、まだ手ぇ洗ってなかった」

医者「ああ、トイレ行った帰りだったね。
早く手洗って食事を済ませちゃおう」

勇者「うーっす」

バシャバシャ

31: 2015/05/06(水) 00:54:57.96
医者「ああ、緊張するなぁ。
君となら大丈夫だろうけど」

勇者「やっぱ惚れてんじゃないですか?」

医者「何を言うんだ、俺は妻帯者だぞ!
それに妻を愛してるんだ!娘も!」

勇者「あーはい。すいませんでした」

医者「だって、君だってお節介野郎だと思うだろ?
本人だってきっと何回も悩んだろうし」

勇者「まぁ、お節介野郎ですけど、言いたいなら言った方が良いですよ。
じゃないと後悔が残るだろうし」

医者「分かってんだけどさぁ……なんていうか……」

勇者「ああ、うっとうしい」

コンコン

医者「あ、ちょっと、まだ心の準備が」

ガチャ

母「はい。あら、アナタ達は昨日の……」

勇者「先生が話があるみてぇだよ。
俺はその付き添い」

医者「ど、どーも」

母「どうも。昨日はカズキを送っていただきありがとうございました。
それで、話ってなんでしょうか?」

医者「玄関でいいので、中でお話しできますか?
外ではちょっと」

母「それなら、昨日のお詫びもしたいので、奥へあがって頂けますか?」

医者「は、はい……」

ギィ バタン

32: 2015/05/06(水) 00:56:24.00
スタスタ

母「どうぞおかけになって下さい。
今、お茶を用意致しますので」

医者「お構い無く……」

スタスタ

勇者「先生、なに本当に緊張してるんですか」

医者「本当にって、あのねぇ。
すこっしも嘘なんてついてないから」

勇者「なんでそんなに緊張してんですか?」

医者「……実はちょっと女性が苦手で」

勇者「結婚してるんですよね?どういうことですか」

医者「いや、妻は別だよ?けど、なんでか駄目なんだよなぁ……」

スタスタ

母「お待たせ致しました。どうぞ」

医者「あ、ありがとうございます」

母「昨日は本当に申し訳ありませんでした。
アナタ方の正体が魔王と手下だって、村の人に脅されてつい……」

勇者「魔王って俺だよな。手下は……フフッ」

医者「……」

母「勘違いどころか、本当に勇者様だったなんて失礼すぎますよね。
本当に申し訳ありませんでした」

勇者「……アンタも光っただけで勇者だと思うのか?」

母「えっ、違うんですか?」

勇者「いや、勇者だけど……ちょっと判断基準が気になっただけ。
俺はまだ勇者らしいこと何もしてないのに、勇者なんだなーと思うだけだよ」

ジーッ

勇者「……この感じは」

33: 2015/05/06(水) 00:58:03.00
ジーッ

カズキ「……」

勇者「やっぱりお前か。……なんの用だよ」

カズキ「……ちょっとこっち来いよ」

勇者「なんで行かなきゃならねぇんだよ。やだね」

カズキ「いいから来いって!」グイッ

勇者「何すんだやめろ!おい!」

グニョーン

母「こら!カズキ!」

勇者「分かったよ、行くから離せ!」

パッ

勇者「全く……ああ、服が」

カズキ「早く来いよ」

勇者「分ーかったよ」

医者「ええっ、ちょっと……」

スタスタ

カズキ「ここ、俺の部屋なんだ」

勇者「あっそう」

ギィ

カズキ「早くこっち」

勇者「いちいち急かすんじゃねーよ」

カズキ「えっと、あれは……あれ?」

ガサガサ ガチャガチャ バタバタ

34: 2015/05/06(水) 01:00:04.60
カズキ「あれ……おかしいな……」ガサガサ

勇者「なにしてんだよ?」

カズキ「ああ、あった。これだ」

勇者「なんだそれ」

カズキ「俺の宝物だ。やるよ」

勇者「やるっつわれてもなぁ……。
でんでん虫か?」

カズキ「アンモナイトの化石だよ。しかも超レアな虹色バージョン」

勇者「なんかよく分かんねぇけど、貰っとくわ。
もういいよな」

カズキ「ちょ、ちょっと待てよ!」

勇者「まだなんかあんのかよ?」

カズキ「えっと……」

勇者「早くしろよ。俺は先生に頼まれて付き添いに来てんだから、戻んなきゃなんねぇの」

カズキ「その…………」

勇者「おい、わざとやってんのか?」

カズキ「……」

勇者「ああもう、黙るなら知らねぇからな」

スタスタ

カズキ「……ごめん!」

勇者「は?」クルッ

カズキ「怪しいとか散々言って……ごめん……」

勇者「それ言うためだけに口ごもってたのか?
アホすぎんだろ」

カズキ「……」

勇者「もう、怒っちゃいねぇよ。名前も言えねぇ奴は怪しんで当然だ」

カズキ「でも……」

勇者「それに、俺のこと友達みたいで嬉しかったっつーのも聞いたぜ。
まぁ、そう言われて悪い気はしねぇよな」

カズキ「なっ……!」

勇者「なーに顔真っ赤にしてんだよ。
変なことは言ってねーぞ」

カズキ「う、うるせぇ!さっさと母さんの方へ戻れよ!」

勇者「テメェが連れてきたクセに身勝手だな。ったくよー」

スタスタ

35: 2015/05/06(水) 01:01:39.90
医者「で、ですから、ちょっと引っ越し方が良いんじゃないかななんて思いまして!
あ、その……すみません……」

勇者「先生、大丈夫ですか?」

医者「大丈夫じゃないよバカァ……。
すげー噛んじゃったよ……」

勇者「えーっと、先生の話伝わった?」

母「多分……、大まかには」

医者「多分……」ガーン

母「とにかく、お気遣いありがとうございます。
確かにアナタの仰る通りなんですが、引っ越しは出来ません。
この店は主人の思いが詰まってますから、置いていけないんですよ」

勇者「だって?」

医者「そ、そうかもしれませんが、ご主人はそれを望んでいないんじゃ無いでしょうか」

母「そんなこと分かりませんよ。
氏んだ人には確認出来ませんし……」

医者「もしですよ?
もし私が先に氏んで妻と子供だけが残されたら、自分のことは忘れて欲しいですね」

母「忘れ欲しいんですか?」

医者「ええ、いやちょっとは悲しんで欲しいですけど。
一年半ぐらいしたら忘れて、人生を楽しんで欲しいです」

勇者「一年半って、ちょっとじゃないですよね」

医者「うるさいな、言ってから思ったよ」

母「本当にそんな風に思う人がいるんですね。
忘れて欲しいなんて……私だったら思えません」

医者「……じゃあ、ちょっと嫌なこと言いますね。すみません」

36: 2015/05/06(水) 01:05:03.62
母「なんでしょう」

医者「ご主人が守りたかった自転車屋は、町の人に信頼されて愛される店だったんですよね。
先代のように自分も子供に継がせたいと」

母「ええ……」

医者「でも、今のところ叶ってませんよね?
だって町の人は誰も……この店に来ないじゃないですか。
…………すみません……」

母「……」

医者「あ、あの、とりあえずこれだけは言えます。
ご主人は絶対、アナタと子供の幸せを願ってましたよ。
先代のように夫婦で自転車屋を営んで、子供に継がせるのが幸せそうに見えたから、それを自分もやろうとしたんだと思いますから。
自分の幸せに、あなた方の幸せも含まれていたはずです」

母「……」

医者「あの……ホントすみませんでした。帰ります」

勇者「え?良いんですか?」

医者「いやだって、強制したい訳じゃないし、思ったこと言ってみただけだし……。
本当に申し訳ありません。お邪魔しました」

スタスタ

母「あの……お勧めして頂いた村の名前、よく聞き取れなくて。
もう一度お願い出来ますか?」

医者「えっと、あの、トクシュク村です。
ご存知ないかもしれませんが、この町の西の森の向こうにあるんですよ」

母「ああ、なんだ。トクシュク村なら知ってますよ。
よく村の人もウチに来てくれますし。
引っ越すならそこにしようと思ってたんです」

医者「そ……そうだったんですか……」

母「ということは、アナタもトクシュク村の方なんですよね。
いつもありがとうございますって、他の村の方にも伝えて頂けますか?」

医者「……はい……では……」

ガチャ バタン

37: 2015/05/06(水) 01:06:19.50
医者「……」

勇者「……ま、まぁ、気にしたって仕方ないですよ。
言えて良かったじゃないですか」

医者「はぁ……全部、無意味だったのかぁ……はぁ……」

勇者「元気だして下さいよ。また次の恋をさがしましょう」

医者「だから、恋じゃないよ!俺には妻がいるんだ!娘も愛してる!」

勇者「あーはい、大丈夫ですよ。冗談ですから」

医者「クソーッ!」ガチャッ

シャーッ

勇者「漕ぐの早っ!ちょっと待って下さいよ!
ってか、どこ行くんですか!?」

医者「衣料量販店!しまむら!
服はせめてもう一着必要だから!下着もタオルも!」

勇者「なに言ってるか聞こえませんよ!
おーい!待って下さい!」

シャーッ

38: 2015/05/06(水) 01:15:15.54
勇者「これで着替えられますね。
やっぱりしまむら、良いところだ」

医者「本当にもう一組もパーカーとジーパンで良かったの?」

勇者「これすっごい着心地良いんですよ、フワフワで。
ズボンはしっかりしてるし。
先生こそ、また首が覆われてるやつなんですね」

医者「こういうデザインの服はタートルネックって言うんだよ。
チョーカーつけてるから隠すのにちょうど良いかと思って」

勇者「チョーカーってなんですか?」

医者「えっと……アクセサリーとしての首にぴったりつける輪っか?」

勇者「アクセサリーなら、隠したら意味ないじゃないですか」

医者「確かにそうだ……あれ、なんでつけてるんだっけ?」

勇者「しっかりして下さいよ。自分でつけてるんでしょう?」

医者「そうなんだけど、随分前からつけてるからさ。
多分、宗教上のなにかなんじゃないかな」

勇者「そのヘアバンドもですか?」

医者「あ、ああ……多分」

勇者「ふーん……まぁ、本当のこと言いたくないならいいっすけど」

医者「言いたくないとかじゃないんだけど……」

勇者「もう良いですって。早く帰りましょうよ」

医者「ああ……そうだね。早く服も着替えたいし、洗濯板でゴシゴシやんなきゃなんないし。
頼んでも良いみたいだけど、下着とか自分で洗いたいもんね」

勇者「……」

医者「どうしたの?」

勇者「いや、やっぱり今日は汚れそうなんで、明日着ます」

医者「そう……」

39: 2015/05/06(水) 01:16:43.20
ー2時間後ー

勇者「……」

医者「……やっぱり着替えてきたら?すっきりするよ」

勇者「そうですね……」スクッ

医者「……」


ー2時間後ー

勇者「……」

医者「……あ、おやつ買いにいかない?
好きなもの買ってあげるから」

勇者「いえ……」

医者「……」


ー2時間後ー

勇者「……」

医者「……」


ー2時間後ー

コンコン

女将「勇者様、迎えの者が到着しました」

医者「……」

勇者「……」スクッ

スタスタ

医者「……気をつけて」

勇者「……はい」

ガチャ

女将「勇者様、表で馬車がお待ちしております」

勇者「……」

スタスタ

男6「お待ちしておりました、勇者様。
さぁ、どうぞ中へ」

勇者「……」

ピシャッ ギギギ

男6「出発致します」

ガラガラガラ

40: 2015/05/06(水) 01:18:19.97
ガヤガヤ

男1「お待ちしておりました、勇者様」

勇者「うわ……凄いな。どこから集まったんだ?」

男2「全地方に招集をかけました。
普段はそれぞれの教会に集まるのですが、今日は特別ですので」

勇者「ふーん……。全部で何人いんの?」

男3「全員で1486人です」

勇者「敵の数は?」

男4「1200人ぐらいですが、純粋な戦闘員はさらに少ないでしょう」

勇者「武器は……包丁?」

男5「一般人が用意できるのはこれくらいですので。
草刈りカマや、オノの人もいますよ。
後はアイスピックや金づちですね」

勇者「……こんなんで勝てるもんなのか?」

男6「勇者様がいれば、なんとかなりますよ。
そう聖典にも記されていますから」

勇者「あっそう……。
とりあえず、足音で気がつかれたらたまんねーからな。慎重に行くぞ」

男7「分かりました。
集落はこの森を抜けた先にあります。行きましょう」

スタスタ

勇者(しかしなぁ……どうすっかな。
こんなんで勝てるわけねぇのに、やる気満々だし。
今さらやめようとか言い出せる雰囲気じゃねぇよな……)

41: 2015/05/06(水) 01:19:53.94
ーーー

男8「ハァハァ……」

勇者(おいおい、歩いただけで疲れてんじゃねぇかよ……。
もう帰ろうぜー)

男9「見えてきましたよ。あれがそうです」

勇者「……あのピンクのやつらか。確かに、人間じゃなさそうだ」

男10「とりあえず武器で脅して、縛り上げられるのは縛りましょう。
出来るだけ大人数をまとめて縛った方が良いですね」

勇者「まとめて?どうやって縛るつもりだよ。
それより一人ずつ手足を縛った方が確実だろ」

男11「……確かにそうですね。
じゃあ予定通り麻糸係と刃物係で二人一組になって下さい。
二人で一人ずつ捕まえていきましょう」

勇者「二人組が二組で一班。それで一軒分だ」

男12「家に入るのですか?」

勇者「当たり前だろ。だが、もし何か仕掛けがあればすぐ仲間に知らせろ」

男13「では、速やかに班に別れてください」

男14「あの、それだと余りが出てしまいますが」

勇者「余りは俺と行動だ。
電気が通っていないお陰で、ほとんどがもう寝てるみてぇだな。
出来るだけ目立たないように行くぞ」

男15「そろそろ行きますか?」

勇者「まぁ、うん。そうだな。
門番は俺がなんとかする」

勇者(本当は俺一人でやりてぇけど……)

勇者「行くぞ」

ソロソロ

42: 2015/05/06(水) 01:22:37.64
門番「ギギギ、ギ」

ひゅがっ

門番「っ……」バタッ

スタタタ

勇者(入るぞ)

スッ

魔物1「ぐー……」

勇者(縛れ)

男15(はい!)

魔物1「ギギッ!」パチッ

魔物2「ギキャーイ!」スクッ

勇者「ああ、クソッ」

魔物2「ケタタタぐっ……」バタッ

勇者「こいつを縛れ!」

男16「はい!」

魔物1「グアッダッ!カァーアぐえっ……!」バタッ

勇者「こっちもだ!」

男15「はい!」

男16「あの、頃してはいないんですよね?
どうやってるんですか?」

勇者「みぞおちを狙ってなぐってっだけだ。
魔ほ……いや。俺は他に回るからな」

43: 2015/05/06(水) 01:25:16.40
ー20分後ー

勇者「あらかた捕まえたものの、なんていうか……地獄絵図ってやつか。
アイツらどうしちまったんだよ……」

男17「氏ねぇ!」

男18「クソカス共が!」

男19「ゴミクズ野郎!」

勇者「さすがに……こいつらを捕まえた方が良いんじゃねーのかなーなんてな」

タタタッ

魔物3「ギャイヤァアイイ!」

勇者「全く、逃げられてんじゃねぇか……あれ?」

魔物3「ギャガアッ!」

スタタタ

勇者(あの魔物の先は……アイツを狙ってる!)

ダダダッ!

勇者「おい逃げろ!」

勇者(間に合わねぇ!)シュタッ

ズバシュッ!

魔物3「がぁぁ……」

バタッ

勇者「あ、やべ……魔法使っちまった……。
早めに移動しただけだからいっかな」

カズキ「あああ……」ガクガク

勇者「おい大丈夫……は!?
お、お前なんでこんなとこにいんだよ!」

スタスタ

カズキ「うわああ!来るなぁ!化物!」ズテッ

勇者「な……なんで化物なんだよ!俺はお前を」

カズキ「うわあああ!」

ズテッ ザッ
ダダダッ!

44: 2015/05/06(水) 01:36:12.94
勇者「……なんなんだよ……」

男20「どうかされました?」

勇者「別に……なんでもねぇよ」

男20「そうですか。しかし、さすが勇者様ですね。
素晴らしい跳躍、拝見させて頂きました」

勇者「……そんなことより、アイツら止めなくて良いのか?魔物もヤベーだろ」

男20「氏ななければいいので、放っておきましょう」

勇者「まぁ、確かに殺そうって訳じゃなさそうだが……。
アイツなんか結構な怪我負ってんのに、狂ったように魔物に襲いかかってるぞ。
放置して良いのかよ」

男20「だから、氏ななければ良いと申し上げたはずです」

勇者「……へっ、見事に狂った奴しかいねぇんだな。
まぁ、これだけ狂ってるから、包丁なんかで何とかなんのか」

男21「勇者様ー!助けてください!」

勇者「……いや、俺のおかげか。仕方ねぇな」

タタタッ

勇者(どうして俺が化物なんだよ。
どう考えたってこいつらの方が化物じゃねぇか)

勇者「こっちへ回れ!」

男21「は、はい!」

勇者(他のやつらの方が化物みてぇに戦ってるってのによ、魔法使っただけで化物か。
体が光れば勇者だしな!)

勇者「全く、やってらんねーよ!」ズバシュッ!

魔物4「ぐふっ……」

バタッ

45: 2015/05/06(水) 01:37:40.00
ザワザワ

町民「おい!一体なにがあったんじゃ!」

男22「魔物の群れに襲われたんだよ」

町民2「なに言ってんのよ!一斉にいなくなっておいて襲われた!?
襲ったの間違いでしょ!」

ザワザワ

勇者「……」フラフラ

ガチャッ

女将「お帰りな……」

勇者「……」

スタスタ ガチャッ

医者「あ……」

勇者「ただいまーっす」

医者「……大丈夫か?」

勇者「ああ、これ俺の血じゃないっすから。
まぁ、ちょっとは疲れましたけどねー」

医者「……」

スタスタ

勇者「ああ、疲…………!」

医者「……どうした?」

勇者「…………」

46: 2015/05/06(水) 01:39:27.36
医者「なぁ……大丈夫か?」

勇者「……俺ね、カズキに会ったんですよ。戦ってるとき」

医者「えっ!?」

勇者「アイツを守ろうとしてうっかり魔法使っちまって。
しかもアイツに見られちまって。
化物呼ばわりされたんです」

医者「それは……驚いたんだろうね」

勇者「でも、直後に俺誉められたんですよ。さすが勇者様って。
だから、アイツの許容範囲が狭いだけだって思って、ずっと怒ってたんですよ。
今の今まで」

医者「……」

勇者「でもね、今一瞬だけ鏡に写った俺、笑ってたんですよねー。
目見開いてて、口の端歪んでて、しかも血まみれだし、もしかして顔が怖かったのかなーとかちょっと思ったんですよー。
あんな地獄みたいなところで、もしかしたら笑ってたのかなーって。
……まぁ、どうでもいいですけどね。
あんなとこに来んのがわりーんだし。
あんなとこにいたら、誰だっておかしくなりますよ」

医者「……君らしくないな。
自分が笑ってたのがショックなら、ショックだって言えば良いじゃないか」

勇者「…………俺らしいってなんですかねー。
俺らしいとこなんて何も…………!」

医者「……人間、怖くても笑ってしまうらしいよ。
というより、怖いからこそ笑って乗り越えようとするらしいんだ」

勇者「……でも……アイツらみたいに……楽しそうだったんですよ……!?」

医者「明らかに君の笑顔は異常だった。ひきつってたよ。
嘘笑いっていうのはね、目が笑ってなくて口の端が歪んでて、左右非対称になるんだ。
自分の顔をよく思い出してみたら?きっと当てはまるはずだよ」

勇者「もう思い出せませんよ……怖くてすぐ引っ込めちまいましたし……」

医者「ほらね。普通なら笑顔って良い印象しか与えないんだ。
そりゃ状況にもよるけど、見ただけでぞっとするような表情なんて笑顔じゃない。
楽しいなんて思ってないよ」

勇者「…………本当に思ってないと思います……?」

医者「ああ、思うね」

勇者「……」

医者「とりあえず、お湯を浴びるといいよ。
きっと暖かくて気持ち良いから。さっぱりするし」

勇者「……」

…スタスタ

勇者「……あの、俺が風呂入ってる間、そこにいます?」

医者「そのつもりだよ。
ああ、覗きに行ったりしないから心配しないで」

勇者「……へっ、どうだか」

キュッ ジャー

47: 2015/05/06(水) 01:42:20.57
ーーー

魔王「……魔王の次は勇者が現れたらしいな。忙しいことだ」

女「あんたの情報はいつも怪しいからねぇ。
本当に勇者なんか現れたのかい?」

魔王「裏ルートの情報だからな。それでも、今回は間違いないだろう」

女「裏ルートねぇ。王のクセに裏とは、いじましいじゃないか」

魔王「別に魔王らしさなどは必要ない。私は私だ」

女「なら、その鬱陶しいマントも喋り方も必要ないんじゃないかい?」

魔王「ギャップ萌えというのを狙っているのだ。
さあ、キリッと喋る私にイダッ!」

男「萌えねーよバーカ。彼女は大人の魅力に弱いのよ」

女「ふん、ガキもカマも男らしさを辞書で引いてから出直しな」

男「辞書に載ってんの?」

魔王「俺に聞くな。勝手に調べりゃいいだろ」

男「全く、使えないね。
ところで役立たずの魔王様、ご用件はなんでしょう」

魔王「そうねぇ、役立たずの小間使い。アナタは呼んでないわ」

男「昔から言うでしょ?俺居るところに俺ありって」

魔王「理解不能も良いところだ。
そんな下らないことより、噂の勇者が例のアレみたいなんですよ!」

女「例のアレってなんだい?」

魔王「実験体」

男「最初からそう言えば良いのに。
例のアレって、恥ずかしいお人だね」

魔王「うるせー。
とにかく、今はヒヌマ町にいるみたいだから、捕まえてきてくれるかな?」

男「いやともー」

魔王「うるせぇ、黙れ」

女「いやともー」

魔王「え……えぇ!?」

女「冗談だよ。じゃあ適当に行ってこようかね」

男「行ってきまーす」

魔王「アンタは帰ってこないでらっしゃーい。
あ、くれぐれも無理はしないでね。
別に絶対必要な訳じゃないし」

女「強がりはやめな。ま、ほどほどに頑張ってくるよ」

男「行ってきまーす」

魔王「おい、何回言うつもりだ」

男「もちろん、君が望むならいくらでも」

魔王「さっさと行けよ」

男「あらやだ。彼、きっと自分より身長の低い女を選ぶタイプよ」

女「そうだな」

魔王「よく分からないけどガァーン……」

スタスタ

48: 2015/05/06(水) 01:43:55.64


ーーー

勇者「……あー」

医者「おはよう。
昨日は君が先に寝ちゃうから、晩ごはんが寂しかったよ。
でも、二人分食べれたから良かったかな」

勇者「はあ……え!二人分!?」

医者「ウソウソ。ねぇ、ちょっとお願いがあるんだ」

勇者「なんですか?」

医者「俺の代わりにおしっこ行ってきて」

勇者「意味わからないこと言わないで下さい。
ってか、なんで布団から出ないんですか?」

医者「あはは、実は出れないんだなこれが!
遅れてきた筋肉痛の悪夢だね」

勇者「そのままだとションベン漏らしますよ。
あ、魔法でお漏らしさせてあげましょうか?」

医者「それなんのメリットがあるのかな?」

勇者「俺が楽しいですね」

医者「酷い勇者だな」

勇者「俺は勇者じゃないですもん。
まだ勇者らしいこと、なにもしてませんし」

医者「……」

勇者「……」

医者「……俺はさ、君が見たのは疲れで見えた幻なんじゃないかと思うんだ。
カズキ君が君達について行ったとは思えないよ」

勇者「……」

医者「直接話を聞きに行かないか?
俺も一緒に行くから」

勇者「……とりあえず、トイレ行ってきまーす」

医者「ああ!本当に頼むから俺の分も出してきて!
ねぇ、聞いてる!?」

54: 2015/05/06(水) 12:37:19.74
勇者「先生……もうこの町出ませんか?」

医者「君がそう言うのも分かるけど……俺、動けないんだけどなぁ」

勇者「トイレには行けたじゃないですか」

医者「そうだね。君が支えてもくんないから自力で」

勇者「じゃあ大丈夫ってことじゃないですか。
それとも神経を麻痺させましょうか?」

医者「変なことはやめてくれ、怖いよ。
……しかし、君って知識がかなり偏ってるよね。
神経を知ってるのに魚は知らないとかさ」

勇者「さぁ、自分では偏ってるかよく分かりませんけど。
村の人が教えてくれたことで、面白そうなことは覚えてますよ」

医者「魚は面白くなさそうだったの?」

勇者「うーん、多分?
いや、でも俺だけ戦いの修行ばっかりやってましたから、教えて貰ったこと自体が無いかもしれません」

医者「勉強はしなかったってこと?」

勇者「魔法を使うための勉強はしましたよ。
イメージが大事だから正確に想像するために、色々なことを知らなきゃいけないって言われて、俺だけ特別に勉強してました。
親はいなかったっすけど、その代わりに大人たちが付きっきりでいてくれまして。
お陰で村のガキどもなんかには絶対負けなくなりましたよ」

医者「……寂しくなかった?」

勇者「まさか。大人がみんな俺に期待してくれるんですよ、俺だけ特別に。
親がいないくらいで拗ねたりしませんって」

医者「いや……そう」

勇者「そんなことより、ほら早くこんな町出ましょうよ。
どうしても無理なんですか?」

医者「……まぁ、なんとかするよ。
でも、カズキ君には会ってからの方が良いんじゃないの?」

勇者「いや……会う必要ありますか?」

医者「ないよ。ないけど」

勇者「なら、出発しましょうよ」

医者「……じゃあ、服買ってからにしようか」

勇者「えー、またですか?」

医者「君の服、間違って捨てちゃったんだ。ごめん」

勇者「……」

医者「よし、まずは朝ごはん食べよう。ね?」

勇者「……はい」

55: 2015/05/06(水) 12:39:05.86
勇者「先生」

医者「なに……?」

勇者「服捨てといてくれて、ありがとうございました。
枕もフワフワのやつに変わってたし、嬉しかったです」

医者「そう……」

勇者「それに、この服も鞄も先生のお金と交換してるんですよね。
本当にありがとうございます」

医者「うん……」

勇者「本当に感謝はしてるんですよ?本当ですって」

医者「ならさ……なんで置いていこうとしてるのかな……?」

勇者「やだなぁ、まさかおいていこうとなんてしてませんよ。
うっかり先生のことを見失ったりするかもしれませんけど」

医者「酷い……酷すぎる……!」

勇者「冗談ですよ。でもこれじゃ、服屋までもちませんねー」

医者「ああ、ぐらぐらする……おぇぇ……」

勇者「仕方ないな。しばらく休みましょうか」

医者「うん……」


ー5分後ー

勇者「せんせー、まさか寝てませんよね?」

医者「ぐー」

勇者「寝てるよ……どうしたもんか」

56: 2015/05/06(水) 12:40:45.88


ーーー

勇者「先生、いい加減起きて下さい。風邪引きますよ!」

ユッサユッサ

医者「うう……あれ?犬は?」

勇者「なにねぼけてるんですか。
犬なんかいませんよ」

医者「うーん……ああ、夢か。良かったー」

勇者「道端でずっと寝てたのに、なにも良くないですよ」

医者「いやね、すごい数の犬が追いかけてきてさ。
逃げてる途中で起きたんだよ。
夢で良かった」

勇者「ふざけた夢ですね。全部で101匹ですか?」

医者「全然ふざけてなんかないよ。
多分101匹よりは少ないけど、追いかけられてんのに誰も助けてくれないし」

勇者「あらー、夢の中でまで」

医者「朝のトイレの時だって、君が助けてくれても良かったんだよ?」

勇者「えー、まぁ自力で動けてんだから良いんじゃないですか」

医者「全く……。でも、さっきよりかは少しだけ元気になったかな。
あそこで飲み物でも買っていこうか」

勇者「買うって言うのは、お金と交換することでしたっけ?」

医者「そうそう。
あ、思い出した。これ君のお金だから」

勇者「えっ?」

医者「昨日、君がお風呂入ってる間に町の人が来て、置いてったんだ。
お礼だってさ」

勇者「そうなんですか。
……なんだかなぁ、ちゃんと俺が出るまで待って俺に渡せば良いのに。
用が済んだ途端、ぞんざいな感じがやだなー」

医者「いや、待つって言ってしつこかったよ。
俺が断っちゃったんだ、ごめん」

勇者「……いえ、確かに会いたくはないですから」

医者「じゃあ、飲み物買おうか。
って言っても、水しかないだろうけど」

勇者「水も海から運んできてるんでしょうかね」

医者「それは絶対町の人の前で言っちゃ駄目だからね」

勇者「はいはい」

57: 2015/05/06(水) 12:42:07.91
店員「ありがとうございました」

勇者「なんか、よく分からない入れ物に入ってましたね」

医者「あれはビンっていうんだよ。
飲み物以外のものも入れたりするね」

勇者「へー。でも、なんでビンは返しちゃったんですか?」

医者「ビンって洗えば繰り返し使えるから、回収してる店がほとんどなんだよ。
俺たちは水筒持ってるし、移し変えればすぐに返せるだろ?
余計な荷物を増やさないためにも、そうした方が良いかと思って」

勇者「ふーん、そうなんですか」

医者「それより、本当に会わなくていいのかい?」

勇者「誰にですか?」

医者「誰にって、カズキ君にだよ」

勇者「もう良いじゃないですか。アイツだって、会いたいと思ってるか分かりませんし」

医者「後悔すると思うよ」

勇者「……もっと大きな後悔をしないためには良いんです。
もう行きましょうよ」

医者「うーん……」

勇者「今度こそ置いていきますよ」

医者「やっぱり置いていこうとしてたんじゃないか」

勇者「ああ、これはうっかり。聞かなかったことにして下さい」

医者「やだよ」

勇者「心狭いですね」

医者「それは君の方だろ」

勇者「いいから早く自転車に乗りましょうよ。ほらほら」

医者「でも、次はどこに向かうか決めてないじゃないか」

勇者「あー……どうしたらいいでしょう」

医者「とりあえず、近くにあるのはツネズミ町とコウヤダイ市だね。
どっちに行くかは、誰かに聞いてみるしか無いんじゃないかな」

勇者「うーん……仕方ないですね」

キコキコ

58: 2015/05/06(水) 12:43:24.24
勇者「あ、おい」キキッ

男8「勇者様ではありませんか。どうされました?」

勇者「ちょっと聞きてぇんだけど、魔王がどの辺りに出たとか、そういう情報はねぇのか?」

男8「申し訳ありませんが、存じません」

勇者「ならよ、ツネズミ町かコウヤダイ市のどっちかでなんかしら怪しい噂はねぇの?」

男8「…………ツネズミ町で、町に魔物が紛れ込んでいたという話があったようです」

勇者「紛れ込んでいた、か。ありがとな」

男8「いえ……私はこれで」

勇者「先生、とりあえずツネズミ町へ行きましょう」

医者「そうだね。入れ違いにならないといいけど」

勇者「そうならないためにも、さっさと向かいましょう。
前進あるのみですよ」

医者「前進か……」

59: 2015/05/06(水) 12:47:43.84
勇者「もうそろそろツネズミ町でしょうか?」

医者「そろそろというか、すでにツネズミ町に入ってるね。
景色が単調で分かりづらいけど、さっきの岩が境目だったんだよ」

勇者「ああ、突然置いてあったやつですか。
なんなのか気になってたんですよ」

医者「境目には何らかの印があることが多いんだ。
今回は岩だったけど、金属の看板だったりもするんだよ」

勇者「へぇ、なんだかちょっと面白いですね。
一歩こえたら別の場所なんですか」

医者「隣り合ってても境目で色々変わるから、注意が必要だね」

ブォーン

勇者「……なんか、変な音が聞こえません?」キキッ

医者「そうだね。
……しかも、段々と近付いて来てるみたいだ」キキッ

勇者「なんの音なんでしょう?」

医者「さぁ……」

ブォオオン!

勇者「な、なんだ!?」

医者「危ない!」ガッ

勇者「うわっ!」ズザッ

ブォォ キキィーッ!

男「ふー、危なかったね。避けられて良かった」

勇者「避けられたのは先生のお陰だろ!なに突っ込んできてんだよ!」

男「お互い怪我もないんだからいいじゃない。そう怒らないでよ」

勇者「ふざけやがって……謝るのが筋ってもんだろが」

女「すまないね。こいつは常識が欠落してるんだ」

男「そこまで言わなくても良いのに。傷ついちゃうな」

女「そんなことより早く下ろせ。こんなおもちゃのせいで氏にたくないんだよ」

男「いや、君が降りれるように足で支えてるんだけど……」

60: 2015/05/06(水) 12:49:36.85
スタッ

女「全く、お前のせいでいらない時間食っちまったよ」

男「えー、それはアイツのせいでしょ?
ヒヌマ町にいるって言ったのに、もうツネズミ町にいるし」

勇者「……俺達になんか用なのか?」

女「いーや、用があるのはアンタはだけだよ。
連れがいるなんて聞いてもいないしね。
そいつは誰なんだい?」

勇者「誰って……先生だよ」

女「先生?誰の先生なのさ」

勇者「……みんなの」

女「みんな?こりゃ大きく出たもんだ。
アンタは一体何者なんだい?」

医者「……お前らこそ何者だ。その乗り物はなんだ?」

男「これはオートバイって言うけどね、仕組みは説明しても分からないんじゃない?
俺にも分からないし」

女「仕組みも分からないのに私を乗せてたのかい。最低だね」

男「それでも扱い方は分かるのよ。
なぜか俺って何でも乗りこなせちゃうんだよね」

女「あっそう」

男「冷たいね……もう少し優しくしてよ」

勇者「それで!なんの用があって来たんだよ」

女「アンタに一緒に来てもらいたいのさ」

男「そして、脳をさいの目に切って情報を取り出させてもらう」

勇者「へっ、答えは42だよ。満足したか?」

61: 2015/05/06(水) 12:51:15.54
男「というのはジョーダン。君の魔法で助けて欲しいだけ」

医者「なぜ魔法の事を知ってるんだ」

女「勇者様なんだから、魔法ぐらい使えてもおかしくないだろう?
まぁ、単純に魔法の目撃者もいたらしいしね」

勇者「チッ……もうそんなに噂になってんのか」

女「いや、アイツの情報網が一応役に立ってるから分かったんだろうね。
これから噂も広がっては行くだろうけど」

医者「アイツというのは誰だ。魔王か?」

勇者「魔王……!」

女「あら、どうしてバレたんだろうね」

勇者「なんだと!?」

男「あーあ、そういうこと言うから。本当にバレちゃったじゃない」

女「いいんだよ。コソコソやるのはつまらないだろ?」

勇者「どういう事だ……お前ら魔王の手下なのか!」

女「さぁ……、『自称魔王』の手下って奴だろうね。
部下でも使いっぱでもなんでも構わないよ」

医者「自称魔王?魔王じゃないのか?」

男「まーた君は否定的なことを。
魔王の部下が忠誠心の欠片もないなんて、面白すぎでしょ」

女「はっ、笑わせんじゃないよ、ただの女たらしが。
お前は魔王の手下ですらないだろう」

男「確かに違うけど、俺はいつでも君の手下だよ」

女「気持ち悪いからやめな。勘違いされるじゃないか」

勇者「ごちゃごちゃうるせぇ!自称でもなんでもいい。
俺を魔王の所に連れていけ」

女「そりゃ、願ったり叶ったりさ。
だけど、アンタに指図される筋合いは無いね。
生きの良いまま連れていっても、何されるか分からないし」

勇者「何されるか?決まってんだろ。
魔王の野郎をぶっ頃す!」

男「あちゃー……。俺、ガキをいたぶんのやだよ」

女「いたぶられんのはお前だろう?素直に引っ込んでな。
あのガキんちょは、マトモな体じゃない」

勇者「ケッ、ふざけんなよ。マトモじゃねぇのはテメェらだろ」

医者「なぁ、聞いてくれ。アイツらは君が魔法を使えることを知った上で、ここにいるんだ。
それにあの乗り物、本当に何があるか分からない。
今は逃げよう」

勇者「……イヤです。どうぞ、一人で逃げて下さい」

医者「意地を張るところはここじゃないだろ!」

女「逃がさないよ。やっと見つけたんだ。
本物の魔王をね」

勇者「なんだと……?」

男「先手必勝!」スチャ

バンッ!

62: 2015/05/06(水) 12:52:39.00
勇者「ぐあっ!」

医者「なっ……!」

男「……なーんだ。ぐあっ!程度なの?」

女「バカ!そんなもん使って、もし頃しちまったりしたら」

男「だいじょーぶだよ。撃つとこは選んでるから。
腕を落とそうとしたんだけどね」

勇者「クソ……!ぶっ頃す!」ボタボタ

医者「落ち着くんだ。あの銃には勝てないよ」

勇者「え?」

医者「……その銃、どこで手に入れた?」

男「んー?秘密。しかし、これのこと知ってるんですね」

医者「……」

女「ま、安心しな。もうこのバカタレにおもちゃは使わせないよ」

男「えー、俺の見せ場無くなっちゃうよ?」

女「うるさいね、最初から引っ込んでなって言ってるだろ」

勇者「へっ……、じゃあ誰が戦うんだよ。まさか、まだ仲間がいんのか?」

女「心配性な坊やだね。大丈夫、アンタの相手は私だけだよ。
……私一人で十分さ」タッ

タタッ

勇者「……逃げた?」

医者「後ろだ!」

勇者「!!」

ザキュッ!!

63: 2015/05/06(水) 12:53:48.37
勇者「ぐっ……どうやって後ろに……!」

女「瞬間移動さ。坊やも使えるだろう?」

勇者「なっ……!」

女「魔法を使いたくないなら、使わなくてもいいけどねぇ。
こっちも助かるから」

勇者「へっ……まさか」

タッ

女「あら、なかなか素早いじゃないか」

勇者「魔王の居場所を吐け」

女「そいつは出来ない相談だ」

シュンッ…

勇者「なに!?」

女「幻影さ。そして、これは炎だよ!」ボッ

ゴオォッ!

勇者「クソッ!」パリッ

パリリ ボンッ!

女「へー、やるじゃないか。それ、氷の魔法だろう?結構難しいのに。
誰かに教わりでもしたのかい?」

勇者「お前らが……滅ぼした村の人からだ!」

女「なーに言ってんだい。人聞きの悪い。
そりゃ、ろくな事はしてこなかったけど、村を滅ぼしたりはしてないよ」

勇者「ふざけるな!忘れたとは言わせねぇぞ……トウガサキ村だ」

女「トウガサキ?
ああ、どっかで聞いたことがあると思ったら、魔物に襲われた村だね」

勇者「とぼけやがって……俺はあの村の生き残りなんだよ」

女「それはお気の毒様。だからって私に八つ当たりすんのはお門違いさ。
襲ったやつらに仕返ししな」

勇者「……指示を出したのはお前らのボスだろ。テメェらも許さねぇよ」

女「ハッハッハッ!……まぁ、絶対に違うとは言えないけどねぇ。
私もアイツが産まれたときから一緒にいる訳じゃない」

勇者「何を言ってやがる……!」

女「直接聞きなって事さ。さぁ、話しはおしまいだ」タッ

64: 2015/05/06(水) 12:55:18.43
トッ

勇者「うっ……!?」

バタッ

医者「そんな……!おい、しっかりしろ!」

女「大丈夫、眠って貰っただけさ。
お望みなら先生も眠らせてやろうか?」

医者「……」

女「そんな怖い顔しなくても、アンタは関係ないから連れていかないよ。
それとも着いてきたい」

男「伏せろ!」バッ

スチャッ

医者「……」

男「見せかけだけ?……じゃないな」

医者「……」

女「……はっ、急にだんまりかい。気味が悪い」

医者「……」

男「……あれは俺のやつよりヤバいやつかもね。逃げる?」

女「逃がしてくれるかねぇ……」

医者「……」ガタガタ

男「なーんかヤバそうだし……逃げるしかないでしょ」

女「アレに乗るのか……」

男「いーから早く」

ブルル……ブォオオ!

医者「……」ガタガタ


ーーー

『……パ……』

ーーー


医者(……?)ガタガタ

勇者「」

医者「……血を……止めなきゃ……」ガタガタ

シュルッ ギュッ

医者「うぅ……」フラッ

バタッ


ー3分後ー

歴史学者「おっ?」

65: 2015/05/06(水) 12:56:48.78
勇者「うーん……」

歴史学者「ん、起きるか?」

勇者「……イテェ!なんだ!?」

歴史学者「おお、起きたな。おはよう」

勇者「うわっ!誰だよお前!腕と背中イテェ!」

歴史学者「騒がしいな。背中と腕の傷は適当に手当てしといたよ。
君の連れの鞄から勝手に使わせて貰った」

勇者「連れ……そうだ、先生は!?」

歴史学者「多分、隣にいるのが先生だ」

勇者「お前じゃねーよ!」

歴史学者「そうじゃない。君の左だ」

医者「ぐー」

勇者「なんだ、良かった……。あれ、なんで俺寝てたんだ?」

歴史学者「それは私が聞きたいが、とにかく君の腕の恩人は私だ」

勇者「はぁ?」

歴史学者「止血のためだろうが、あのまま圧迫してたら、君の腕は腐っていたかもしれない。
感謝してくれ」

勇者「圧迫?なんのことだよ」

歴史学者「むっ……この流れで許して貰おうと思ったんだが、甘かったか」

66: 2015/05/06(水) 12:58:33.16
勇者「なにをブツブツ言ってんだ?」

歴史学者「……実はな、連れの鞄から煮干しを頂戴していたんだ。
君達を命の恩人として感謝するから、許してくれ」

勇者「煮干し?よく分からねぇが、先生に感謝した方が良いんじゃねーの」

歴史学者「ふむ……そうか。ならそうしよう」

勇者「あっ!そうだ、アイツらはどうした!?」

歴史学者「アイツら?君たちの他にまだ誰かいたのか?」

勇者「クソ女とクソ男の二人組だ。
バカみてぇにうるせぇ乗り物に乗ってた奴らだよ」

歴史学者「そんな二人組は知らんな。倒れていたのは君たち二人だけだ」

勇者「チキショー、逃げられたのか……。
つーかイテェよ!」

歴史学者「痛いのは分かったから、静かにしてくれないか。迷惑だ」

勇者「痛くて仕方ねぇんだ、頭くるに決まってんだろ!?」

歴史学者「いや、痛みと苛立ちは別だろ。
本当に痛いなら、そんな大声出せるとは思えないけどな」

勇者「本当にイテェよ、クソ野郎!」

歴史学者「私はクソでも野郎でもない」

勇者「ふざけやがって!なんでそんなに胸でけぇんだよ!詰めすぎだろ!」

歴史学者「君は何に対して腹を立てているんだ?
別に詰め物はしてないぞ」

医者「うぅ……うわっ!」

歴史学者「おや、おはようございます」

医者「お……おはようございます……」

勇者「先生!良かった起きてくれて……どうしました?」

医者「いや……こ、ここはどこかなって」

歴史学者「ここはツネズミ町の土手です。
そしてアナタは命の恩人です、ありがとうございます」

医者「えっ……えっ?」

勇者「イテェよ、チクショウ!」

歴史学者「起きて早々なんですけど、こいつを黙らせてもらえませんか?」

勇者「ああ?ざけんなよテメー!」

医者「ええと……何がどうなってんの?」

78: 2015/05/08(金) 15:26:01.84
医者「と、とりあえず、麻酔は打ってみたけど……」

勇者「うーん、まだ痛いっすよ」

医者「大丈夫、すぐに効いてくるよ。
…………あ、あの、アナタはどちら様ですか?」

歴史学者「私は……さすらいの歴史学者です。名前は故郷に置いてきてしまいました……」

医者「そ、そうですか……」

歴史学者「……何も言われないのも恥ずかしいな」

勇者「さすらいの歴史学者の意味わかんねーし」

歴史学者「意味分からないって、人間誰しもさすらいたい時があるだろ?
私はたまたま歴史学者だっただけだ」

勇者「だからさすらいってなんだよ。歴史学者の意味わかんねぇ」

医者「行く当てもなくさ迷うことをさすらいって言うんだよ。
歴史学者は世の中の移り変わりなんかを研究する人だ」

勇者「ふーん、そうなんですか」

歴史学者「まさか言葉を知らなかったとは……ますます恥ずかしいじゃないか。
どうしてくれるんだ」

勇者「意味わかんねーし俺のせいじゃねぇだろ!」

医者「あの、もしかして私達を助けてくれました?」

歴史学者「はい。とは言っても、アナタは川辺に移動させただけですが。
そうだ、煮干しを奪ってしまい本当にすみません」

医者「い、いえ……え、煮干しですか?」

歴史学者「ええ、アナタの鞄に入っていたのをつい。
申し訳ありません」

医者「いえ……気づいてすらいなかったです……」

79: 2015/05/08(金) 15:27:07.16
勇者「先生、なに敬語で話してるんですか。
こんなやつに敬語はいりませんよ」

歴史学者「酷い言いぐさだな。
しかし、敬語を使って貰うのも悪いので、やめてもらって構いませんよ」

医者「えっと……やめた方がいいんでしょうか」

歴史学者「そうですね。悪いですし」

医者「……じゃ、じゃあやめま……やめる!……えっと、やめるよ」

歴史学者「まさか本当にやめるなんて……」

医者「え……すみません…………」グスッ

歴史学者「冗談ですから泣かないで下さい。私はそんなに怖いですか?」

医者「い、いえ!怖くなんかないですよ!全然怖くないです!」

勇者「怖いって言えば良いじゃないですか。
先生は女が怖いんだよ。惚れちゃいそうで」

医者「違う!惚れたりなんかしないよ!
……あ、えっと違うんです!アナタだから惚れないのではなく、わたしには妻と娘がおりまして」

歴史学者「分かりましたから。もう少し肩の力を抜いて下さい。
とって食ったりしませんよ」

医者「いえ……そうじゃないんです……」グスッ

勇者「とりあえず、こいつに敬語使うのはやめて下さい。
ぶん殴りますよ」

医者「え……えぇ……!」オロオロ

歴史学者「ムカつくが確かに敬語はいらないな。やめていいですよ」

医者「だって……でも……本当に……?」

歴史学者「ええ、本当です。さっきのは本当に冗談でしたので、気にしないで下さい」

医者「あの……じゃあ……やめます……」

勇者「やめてないじゃん」

医者「うるさいな、これ以上追い詰めるのはやめてくれよ……」

歴史学者「もしかして、女性恐怖症ってやつでしょうか?」

医者「え、ええ、多分そうで……そうだす……あ」

勇者「そうだすか」

歴史学者「そうだすね」

医者「うぅ……」グスッ

80: 2015/05/08(金) 15:28:35.34
医者「もういや……」ウルウル

勇者「テメェ、なに先生泣かせてんだよ。ふざけんな」

歴史学者「君も一緒になって言ってただろう。でも泣くほど怖いのか……。
やっぱり胸のせいですか?」

医者「いや、そんな。多少それもあるけど……」

歴史学者「うーん、やはり切り落とすべきか」

医者「ええ!?」

勇者「じゃあ、俺がざっくりやってやるよ」

医者「ええ!?」

歴史学者「お断りだ。それより、君は他に言うことがあるだろ。
川辺に大人がジャージでいるんだぞ?なにか質問があるはずだ」

勇者「あー、なんで胸に詰め物してんだよ」

歴史学者「違う!それに詰め物はしていない。
もっと聞くべきことがあるだろ」

医者「……どうして川辺にいるのですか?」

勇者「ホームレスってやつだからでしょ」

歴史学者「人の答えを決めつけるのはやめろ。
まぁ、確かにホームレスだが」

勇者「じゃあ、もういいな。
先生、町の方へ行きましょう」

歴史学者「ウエイト!待ちたまえ!ここであったのもなにかの縁だ。
私も旅の仲間に加えてくれ」

勇者「嫌だね」

歴史学者「先生!連れてってくれますよね!?」

医者「う、うん……良いんじゃないかな……」

勇者「なに言って」

歴史学者「そういう事だから、これからよろしく頼むよ!少年!」

勇者「ふざけんな!気持ち悪い呼び方すんじゃねぇ!」

歴史学者「呼び方で怒ってるのか。じゃあ、名前は?」

勇者「……名前は忘れた。俺は勇者だ」

81: 2015/05/08(金) 15:29:57.06
歴史学者「……は?」

勇者「だから、勇者だよ」

歴史学者「なんとまぁ、私に負けず劣らずだな。
じゃあ、先生のお名前は?」

医者「えっと……その……」

歴史学者「……」

医者「……」

歴史学者「…………ま、まぁ、私も名無しだ。名無し同士仲良くやろう!」

勇者「ふざけんなっつってんだろ!
先生、こんなの仲間にするなんてやめましょうよ」

医者「いや、でも……。
ほら、助けてくれた訳だしさ。君の傷だって彼女が手当てしてくれたんだろう?」

勇者「確かにそうですけど……」

歴史学者「先生は先生で良いだろうが、君はなんて呼んだら良いか。
少年は絶対にダメか?」

勇者「先生のことだって、青年とは呼ばないだろ」

歴史学者「まぁ、確かに」

医者「…………あのさ、青年なんて気を使わないでいいんだよ?
中年なのは分かってるから……」

勇者「はっ?中年?」

歴史学者「中年って感じではないですし。
まだ25~6では無いんですか?」

医者「……45だけど……」

歴史学者「よっ、45!?45才ですか!?」

勇者「嘘だろ!?」

医者「いや……え、そんなに意外?」

歴史学者「それはもう……。
先生はたまにいる年を取らない人なんでしょうね」

医者「そう?そうかな?」

勇者「なに嬉しそうな顔してんですか。
そんなんだから年相応に見られないんですよ」

医者「……そうだよね……」

82: 2015/05/08(金) 15:31:08.66
医者「年相応か……」ズーン

歴史学者「私は良いことだと思いますけどね。
わざわざ年をとる必要なんてありませんよ」

医者「……そう?優しいね」

歴史学者「よく言われます」

勇者「うるせーボケ。先生が言うなら仕方ねぇが、ついてきても邪魔はするなよ」

歴史学者「うーん、それはきっと無理だ。私は市街地には行きたくない」

勇者「なんでだよ!」

歴史学者「君達こそ、なぜ市街地に行きたいんだ?
魔物が紛れ込んでいたという噂は、耳にしていないのか」

勇者「その魔物が目当てで来たんだよ」

歴史学者「それは驚いた……魔物をどうするつもりなんだ?」

勇者「それは……どうしましょう」

医者「うーん……考えてなかったね」

歴史学者(……)

歴史学者「…………良いだろう。正直に話すよ。
魔物は私だ」

勇者「……は?」

83: 2015/05/08(金) 15:32:45.82
勇者「頭どうかしてるのか?いや、どうかしてるよな」

歴史学者「答えを決めつけるのはやめろと言っただろう。
恐らく頭は正常だ」

勇者「お前が魔物な訳はねぇだろ。
……魔物ってのは、もっと人間離れしてんだよ」

医者「確かに、君が魔物というのはちょっと……」

歴史学者「正確に言えば、魔物二世だ。私の母が魔物だったんだ」

勇者「なんだと……?」

歴史学者「優生思想というものがこの国の根底にあってな。
魔物は人間と子供を残してはいけないんだ。
しかし、私は産まれてしまった。しかも魔物二世であることがバレてしまったんだよ」

勇者「……」

歴史学者「三日前に、中心街の方から逃げ出して来たんだ。
だから、君たちの探している魔物は私だ。
さて、私をどうする?」

医者「どうするってそんな……」

勇者「……テメェは魔物じゃねぇだろ。俺と会話できるんだからな」

歴史学者「そんな判断基準でいいのか?」

勇者「俺の知ってる魔物は、話が通じない相手ばかりだった。
……俺の村を襲ったやつらの目付きは忘れねぇ」

歴史学者「村を襲った……トウガサキ村か?」

勇者「ああ……俺はそこの生き残りだ。
襲いかかってきたやつらな、冷たい目をしてたんだ。
俺や村に興味はねぇって目だった。早く仕事を終わらせて帰りてぇって感じだったな。
向こうから襲いかかってきてるくせにだぜ?」

歴史学者「……酷いな」

勇者「酷いなんてもんじゃねーよ。
どんどん人が殺されていった……。俺の目の前で……」

84: 2015/05/08(金) 15:34:05.54
歴史学者「ふむ……とにかく、魔物じゃないと言ってくれるのは嬉しいよ。ありがとな」

勇者「別に……先生だってこいつを魔物だとは思いませんよね」

医者「うん、思う要素はないね。魔物の血っていうのは間違いじゃないのかな?」

歴史学者「いえ、母が魔物なのは確かですよ」

医者「そう……ま、まぁでも、親が全てを決める訳じゃないから。
俺の親父だって、ろくな奴じゃなかったからね……」

歴史学者「……二人とも優しいですね。ありがとうございます」

医者「お礼はいいよ。でも、市街地には行かない方が良さそうだね」

勇者「そうっすね……。なら、どこに行きましょう?」

歴史学者「魔物を探しているなら、コウヤダイ市に行った方が良いんじゃないか?
この街は私以外の魔物関連の噂はないし、コウヤダイ市の方が魔物の噂もあるじゃないか」

勇者「そうなのか?さっき隣町の奴に聞いたときは、そんなこと言って無かったぞ」

歴史学者「おかしいな……ヒヌマ町にだって、噂ぐらいは伝わってる筈だが。
とても有名な噂だからな」

医者「それって、どんな噂なのかな?」

歴史学者「コウヤダイ市は、農業が盛んに行われているんですがね。
そこの農場で魔物が働いているという噂があるんですよ」

85: 2015/05/08(金) 15:35:55.69
勇者「魔物が働いてるだと!?どういうことだよ」

歴史学者「私につかっかってどうする。ただの噂だ。
根強い噂だけどな」

医者「今まで国の調査は無かったの?」

歴史学者「ええ、恐らく。それに国は黙認しているという話までありますね」

医者「黙認ね……まぁ、都市伝説なんかの部類に入るってことかな」

勇者「とにかく、真相は分からないんだろ?確認しに行こうぜ」

歴史学者「待ってくれ。君たちは、魔物の事を知りたくはないか?」

勇者「事をっていうか……まぁ、情報は多い方が良いな」

医者「そうだね。何か知ってるの?」

歴史学者「一応、私は魔物の研究をしているので。
しかし、論文は家に置いてきてしまったんです」

勇者「つまり、取りに行けってことか?」

歴史学者「まぁ、そんなところだ」

勇者「テメェが市街地には行きたくないって言ったくせに……。どうするつもりだよ」

歴史学者「私はここで待ってるよ。さぁ、早く行ってこい」

勇者「なんで上から目線なんだよボケ」

歴史学者「いいから。これが家の鍵だ。こっそり行ってきてくれ」

医者「見張りなんかはいないかな?」

歴史学者「さぁ……全然分かりません」

勇者「そんなの俺の魔法でなんとかしますよ」

歴史学者「君は勇者だの魔法だの、大丈夫か?将来、悶え氏ぬぞ」

勇者「嘘はついてねぇよ。お前も光れば勇者だって認めっか?」

歴史学者「光る?ああ、聖典にある輝きの事だな」

勇者「ほらよ」

ピカー!

86: 2015/05/08(金) 15:37:43.40
歴史学者「おお!」

勇者「どうなんだよ」ビカビカ

歴史学者「暗いときに便利だな、うん」

勇者「そうじゃねぇ。俺は勇者か?」

歴史学者「光ってるだけではな。私にギャートルズの肉でも出してくれれば、お前は勇者だ。
あとコーヒーもつけてくれ」

勇者「……んだよ、それ。ふざけやがって」

歴史学者「出してくれないのか?」

勇者「出来たとしてもお断りだ。テメェは煮干しでも食ってろ」フッ

歴史学者「ケチだな。光るのまでやめるなんて」

勇者「あたりめーだ。もったいねぇからな」

歴史学者「君はどこまでケチなんだ。
まぁ、いい。早く論文をとってきてくれ」

勇者「チッ……場所はどこだよ」

歴史学者「郵便局のそばの民家だ。目印はそうだな……青い屋根を探してくれ」

勇者「郵便局ってなんだよ?」

歴史学者「なにって言われても……」

医者「手紙や荷物を集めて、指定されたところにとどける仕事をしている所だよ」

勇者「ふーん、仕事ってことは店屋みたいなもんですね。じゃあ、行きましょうか」

医者「あ、君はその怪我だから自転車はやめようか。服も着替えた方が良いね」

勇者「あー、確かに。ますますめんどくさいっすね」

歴史学者「いいから。はい、これ君のカバン」

勇者「うぜぇな。上だけ着替えっからあっち向いてろ。
先生もお願いします」

医者「ああ、分かった」

歴史学者「へぇ、君も一応気にするんだな」

勇者「あたりめーだっつーの。こんなところで着替えさせやがって……あ」

医者「どうした?」

勇者「服がないんです……。どうしましょう」

医者「ああ、まだ買って無かったね。とりあえず俺のやつ着なよ」

勇者「ありがとーっす。……もう着替えたんでいいですよ」

歴史学者「そうか、じゃあ早速行ってらっしゃーい」

医者「うん、行ってきます」

勇者「あんなのに返事しなくていいですって。ぶん殴りますよ?」

医者「えっ!」

スタスタ

87: 2015/05/08(金) 15:39:19.01
医者「あの、すみません。郵便局の場所を教えて頂けますか?」

町民1「えっとですね、ちょっと複雑なんで地図を書きますよ」

医者「ありがとうございます」

サラサラ

町民1「これで大丈夫かな。
まず、この古本屋で右に曲がりまして……って感じです」

医者「ありがとうございます。助かりました」

町民1「本当ですか?良かったー。
もし分からなくなったら、交番で聞いてみてくださいね。ここですから」

医者「ええ……ありがとうございました」

スタスタ

勇者「……なーんか、普通の人でしたね。隣町の奴らとは大違いだ」

医者「あの街はかなり特殊だからね。
他の村や町の人も、大体この町っぽい感じだと思うよ」

勇者「そうなんですか?ちょっと安心しました」

スタスタ

医者「お、あの人のお陰でひとまず到着だ」

勇者「これが郵便局ですか。あの赤くて四角いのはなんですか?」

医者「ああ、あれはポストだよ。
手紙をあれに入れると、相手に届けてもらえるんだ」

勇者「それって凄い性能ですね」

医者「……あの中から手紙を取り出して、人が届けるんだよ?」

勇者「なんだ、つまんないですね」

医者「そんなことないよ。素晴らしいシステムだ」

勇者「そうですか?しかし、アイツのウチはどこなんでしょう」

医者「青い屋根だって言ってたけど……それらしいのはないね」

勇者「また誰かに聞いてみましょうよ」

医者「うーん、青い屋根で分かるかな?」

88: 2015/05/08(金) 15:40:39.72
スタスタ

医者「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」

町民2「なんですか?」

医者「ここら辺に、青い屋根の家はないでしょうか。探しても見当たらなくて」

町民2「青い……まさか、魔物の家の事ですか?」

医者「え、ええ……。魔物が出たと噂で聞いたものですから」

町民2「噂ですか……。
とにかく、あの家はもうありませんよ」

勇者「無いってどういうことだよ?」

町民2「みんなで燃やしたんだ。残ってるのは黒焦げの柱ぐらいだろうな」

勇者「燃やした……!」

医者「……あの、とりあえず場所だけでも教えて頂けますか?」

町民2「別にいいですよ。ほら、あの家の奥です」

医者「あれですか。ありがとうございます」

町民2「いえ、指差しただけですから。それじゃあ」

スタスタ

勇者「……」

医者「とりあえず行ってみようか。ね?」

勇者「そりゃ行きますよ。行きますけど……」

89: 2015/05/08(金) 15:41:53.66
医者「うわ……」

勇者「本当に燃えてる……」

医者「……これじゃあ論文も残って無いだろうね」

勇者「……」

医者「こんなの見ちゃうと……伝えるのが辛いな」

勇者「……やっぱり、伝えますよね」

医者「多分……」

勇者「……こんなの……なんて伝えたら良いんでしょう……」

医者「……」

スタタタ

勇者「ん?」クルッ

町民3「やばっ」

医者「なんだ……?」

勇者「おい、おま」

医者「駄目だよ話しかけちゃ。怪しさ満点でしょ」ボソボソ

勇者「いや、だってこっち見てるから」

町民3「バレてんな……どうしよう……」

勇者「ほら、話しかけて欲しそうですよ」

医者「なおさら近づいちゃダメだよ。わざわざ危険な目に遭うことないから」

町民3「……あの、その家に何かご用ですか?」スッ

勇者「うわ、話しかけてきたよ」

医者「用ってほどじゃないですよ。それじゃ」

町民3「その家は魔物が住んでいた家なんですよ」

医者「そうですか、では」

勇者「知ってるよ。だから来たんだ」

医者「ちょっと!?」

町民3「だから……ですか。
失礼ですが、もう少し詳しく話して頂けますか?」

勇者「アンタらこそ、家燃やすなんてなに考えてんだよ。
住んでたやつは本当に魔物だったのか?」

町民3「魔物ですよ。
だって魔物の研究なんてしていたのですよ?魔物じゃないですか」

90: 2015/05/08(金) 15:43:35.13
勇者「あんたアホか?どうして魔物が魔物の研究するんだよ」

町民3「そりゃあ……自分達のことが知りたいからでしょう。
とにかく魔物が紛れ込んでいたなんて許せないことです。
町民の日常が脅かされていたんですから」

勇者「脅かすって、具体的にどういうことだよ」

医者「なぁ、もうそのへんに」

町民3「具体的な事が分ければ苦労はしません。
分からないからこそ脅威なんじゃないですか」

勇者「なんだよそりゃ。テキトーだな」

町民3「……なんなんですか君は。魔物を擁護するのですか?」

勇者「別に。あんなクソ女を擁護する気なんかねぇよ」

町民3「クソ女……?」

勇者「けどな、お前らムカつくんだよ。なにが魔物だ。
魔物のことなんかなんにも知らねぇクセに。
どうしてアイツが魔物だなんて言えるんだよ!」

町民3「……この家に住んでいた者とお知り合いのようですね」

医者「ああ、もう……君はなんでそう考えなしに」

勇者「考ええもクソもねぇっすよ。
ムカつくもんはムカつくんです」

医者「だからって、一体どうする気なんだ!もうイヤ……」

町民3「……アナタ達にお話ししたいことがあります。ウチへ来ていただけますか?」

91: 2015/05/08(金) 15:44:38.01
医者「え?」

勇者「は?」

町民3「ここではちょっと話せないのです。お願いします」

勇者「おいおい待てよ。突然どうしたんだ?」

町民3「僕を信じてください。彼女についてお話ししたいのです」

勇者「……彼女ね。いきなり態度変えちゃってさ」

町民3「……」

勇者「いいぜ、ついてってやる」

医者「おい!」

勇者「まぁまぁ、俺を信じてくださいよ。何かあっても、何とかしますから。
それに、アイツに少しでも良い話を持ち帰りたいでしょう?」

医者「そりゃあ、俺だって……でも……」

勇者「大丈夫です。女好きな先生は、俺が守りますから」

医者「女好きってどういうことかな?」

町民3「あの、どうしても来て頂けませんか?」

医者「いえ……行きますよ。彼一人では向かわせられませんから」

町民3「そんなおかしなことはしませんよ」

勇者「とにかく、決定っつーことで。話とやらを聞かせてもらうからな?」

町民3「ええ、もちろん。その為にお招きするわけですから」

スタスタ

94: 2015/05/08(金) 19:56:01.06
ありがとうございます!
再開します。

95: 2015/05/08(金) 19:57:24.25
勇者「結構立派な家に住んでんな。庭付きか」

町民3「僕の手柄ではありませんがね。
父が町長をやっていまして。僕もその補佐をしています」

勇者「町長ってなんですか?」

医者「町の政治の最高責任者だよ。簡単に言えば、町で一番偉い人だね」

勇者「ふーん、だから良い家に住めるって訳か」

町長の息子「父はなにも悪いことはしていませんよ。もちろん僕もです」

医者「そうですかね。悪に手を染めてない金持ちとは珍しい」

勇者「先生、いつまでもいじけてないで下さいよ。45なんでしょう?」

医者「う、うるさいな!年は関係ないだろ!」

町長の息子「あの、中へ入りませんか?」

勇者「あーそうだな。俺は入ろっと」

医者「俺だってついていくよ。君一人じゃ不安だろうから」

勇者「おや?先生が挑発なんて珍しいですね。ぶん殴りましょうか」

医者「なんだよ、卑怯だぞ!」

スタスタ

町長の息子「お掛けになってお待ち下さい。
今、お茶をお持ちしますから」

勇者「お茶なんかいらねーけどな」

町長の息子「そういう訳にはいきませんよ。では、お待ち下さい」

スタスタ

医者「全く君ってやつは、あんな怪しいやつにホイホイと……」ブツブツ

勇者「良いじゃないですか。アイツのことを彼女なんて呼んでたし、悪い話はしないと思いますよ」

医者「そうは言ってもさ……」

勇者「やっぱり女好きの先生には、野郎だけの空間はキツイですか」

医者「違うよ!いい加減にしないと怒るよ?」

勇者「うわー、怖い」

96: 2015/05/08(金) 19:58:38.42
スタスタ

町長の息子「お待たせしました」

勇者「それで、話ってなんだよ」

町長の息子「……彼女が魔物だと、私には思えないのです」

勇者「はぁ?さっきは魔物を擁護するのかー、とか言ってたじゃねぇか」

町長の息子「それは、町長の息子として魔物を認めるわけにはいかないからです。
この町の住民が怖がっているものを、僕が認めていたら、父の仕事も疑われかねません」

医者「じゃあアナタは保身のために、彼女を追い出し、彼女の家を焼いたんですね。
素晴らしい」

町長の息子「保身のためというのも否定はできません……。
しかし、納得出来ていないというのも事実です。
彼女は魔物ではなかったのではないでしょうか」

勇者「今更遅すぎんだろ。
アンタやこの町のやつらがどう思おうと、アイツは追い出されてんのが事実だ。
アイツの家も研究の成果も残ってねぇのが、事実ってやつなんだよ」

医者「彼の言う通りです。
アナタは口先だけの正義の味方が、お気に入りなようですね」

町長の息子「……そう言われても無理はありませんね。
実際、私にはなにも出来ませんから。
しかし、研究の論文だけは守れましたよ」

97: 2015/05/08(金) 19:59:45.84
勇者「守れた?燃えてないってことか?」

町長の息子「ええ、彼女の人生を懸けた研究を、燃やしてしまうわけにはいきませんから。
魔物の考えを知るためとか、適当な名目で運び出しておきました」

医者「そんなことを言っても、大人の決断をした本当は優しい人だなんて評価はしませんよ。
ただの卑怯者じゃないですか。どっちの味方もするコウモリの話を知ってますか?」

勇者「先生、何を苛立ってるんですか。
こいつだって、こいつなりに頑張ったんでしょう。
しがらみって奴が邪魔してるだけじゃないですか?」

医者「君こそなぜ庇うのか分からないな。
君もいつもなら怒るだろう?」

勇者「いやだって、アイツの欲しがってた研究の論文はあるわけですから。
どうせ家は持っていけないし、論文だけでも残ってて良かったとおもってるだけですよ」

医者「確かにそれはそうだけどさ……」

町長の息子「いえ、本当におっしゃる通りだと思います。
僕は彼女の研究しか守れなかった。
だから、せめて論文だけでも届けてあげて下さい」

勇者「そりゃもちろん、くれんなら渡すよ」

町長の息子「じゃあ、今とってきますから、少し待ってて下さい」

スタスタ

98: 2015/05/08(金) 20:01:09.66
医者「……」

勇者「全く、何が気に食わないんですか。
確かに卑怯ですけど、役に立ってんだからいいと思いますよ」

医者「……ああいうタイプは苦手でね。裏が見えすぎなんだよ」

勇者「裏ってなんなんですか。別に裏なんて」

スタスタ

町長の息子「紙袋に入れてみましたが、どうでしょうか?」

勇者「うお、こんなにあんのか。紙袋は助かるぜ」

町長の息子「そうですか、良かった。
これで少しでも彼女の助けになれるといいんですが」

医者「……」

町長の息子「ああ、そうだ。
もしご迷惑でなければ、お願いがあるのですが」

勇者「なんだよ?」

町長の息子「アナタ方は、この町の住民ではないですよね?」

勇者「まぁな」

町長の息子「実は、私の父は病気で寝込んでいるんです。
他の土地の話を聞かせてくれませんか?
きっと喜びますから」

勇者「俺は少しなら構わねぇが……先生はどう思います?」

医者「……別に好きにしたらいいさ」

勇者「……じゃあ、町長の所へ案内してくれよ」

町長の息子「ありがとうございます。こっちです」

スタスタ

99: 2015/05/08(金) 20:02:25.03
ガチャ

町長の息子「親父、お客さんが来たよ」

勇者「……!!」

医者「チッ……」

町長の息子「ほら、お客さんだよ。分かるよな?」

町長「……」

町長の息子「遠くの街から来た旅人さんだ。見えてるだろ?」

町長「……」

勇者「な、なぁ……」

町長の息子「では、話しかけて貰えますか?」

勇者「い……いや……なんて話しかければ良いんだよ……」

町長の息子「なんでも良いです。お客さんが来たってだけで、嬉しいと思いますから。
この町までの旅のお話でも良いんじゃないでしょうか」

勇者「う、うん……」

町長「……」

勇者「あ……あの……えっと……」

町長「……」

勇者「えっと……あ、虹色のアンモナイト見ます?
アンモナイトがなんだかは分からないけど……」スッ

キラキラ

町長「……」

勇者「……あのぅ……見えてますか……?」

町長「……」

勇者「あ、光にかざした方がもっと」

医者「……もういい。やめるんだ」

勇者「え?」

医者「こんなお芝居に付き合ってやる必要はない」

100: 2015/05/08(金) 20:03:43.41
町長の息子「……お芝居ってどういうことですか」

医者「町長さん、認知症だろ」

勇者「認知症……?」

町長の息子「だからなんだって言うんですか……親父が話を理解してないとでも言いたいんですか!」

医者「俺はそんなこと一言も言ってない。
そうやって自覚があるからこんなことしてんだろ?」

町長の息子「なんですか自覚って……!そんなもんありませんよ!親父を馬鹿にしないで下さい!」

医者「馬鹿にする?俺は何も言ってないんだぞ。
何を勝手に想像してるんだ」

町長の息子「違います!アナタの考えてることなんて分かってるんですよ!
はっきり言ったら良いじゃないですか!」

医者「アンタの親父さんは、俺たちやアンタの事すら理解してないだろ?」

町長の息子「な……!」

医者「俺の親父も、お袋が倒れたとき、アンタと同じ事をしたよ。
無意味に話しかけ続けて、反応することを強要し、頭をやたらと撫でるんだ。
聞いただけじゃ、どれだけ不快な状況か分からないだろうな」

町長の息子「意味が分かりませんよ。悪く受け取りすぎじゃないですか?」

医者「俺の親父とお袋の仲は最悪だった。ずっと別居してた。
親父は不倫相手と堂々と暮らしてた。
でもな、お袋が倒れたら、ベタベタとまとわりつくようになった。
どうしてだか分かるか?自分が悪者になりたくないからだよ」

町長の息子「そんなの、アナタの家の事情でしょう!知りませんよ!」

医者「なら聞くが、アンタが親父さんの世話をしてるんだよな?」

町長の息子「そうですけど……なんか悪いんですか」

医者「親父さんに怒鳴りたくなったことあるか?」

町長の息子「は?」

医者「もう会話できないことを、悲しいと思うか?」

町長の息子「……怒鳴りたくも、悲しいと思ったこともありませんよ。
なんですか怒鳴るって。ありえないでしょう」

医者「悲しいとはなんで思わないんだ」

町長の息子「そりゃ、悲しいなんておかしいでしょ。
生きてる人間に対して、悲しいなんて間違ってる。
僕は親父と会話は出来なくなっても、理解はしてると思ってますから」

医者「ははは、ヘドが出るね」

町長の息子「……ッ!」

101: 2015/05/08(金) 20:05:31.81
町長の息子「アンタ一体なんなんですか!ふざけるのもいい加減にして下さい!
こっちは真剣に答えてるんですよ!?」

医者「真剣に?これ以上笑わせんなよ。
あのな、正義を振りかざせばどうにかなるってもんじゃないんだぞ」

町長の息子「だから、何が言いたいんですかっ!」

医者「アンタの頭の中にあるのは、「頑張ってる自分」だけだ。
こんな上っ面だけの関係でいるってことは、親父さんとの仲も良くなかったんだろう」

町長の息子「……アナタに何が分かるって言うんですか!」

医者「分かるよ。アンタは病人を放置した罪悪感を抱きたくない。世間から後ろ指を指されたくない。
それに弱者を利用して、良い人になろうとすらしているんだろうな」

町長の息子「ち……違う!僕は……」

102: 2015/05/08(金) 20:06:59.19
医者「布団の上の新聞紙、やってる本人は気づかないもんだよな。町長さんの上に置いて読んだんだろ?
ここまでなんとも思ってないのは、町長さんとの年の差のせいかな」

町長の息子「……適当なことばかり言わないで下さい!なんなんですか!」

医者「へぇ、ここまで言われてもまだ敬語なんだな。そんなに体面が大事か」

町長の息子「これは……別にやめても良いですけど、私は大人として会話したいだけです」

医者「本当に大人なら、声を荒げたりしないよ。
しかし、荒げてるにも関わらず、敬語を操れるんだから大したもんだ」

町長の息子「アナタは何を言いたいんですか?
話をそらしてばかりで、まるでお話にならない」

医者「じゃあ、一番大事な質問をしよう。
親父さんは、アンタのしていることを喜んでいると思うか?」

町長の息子「……!!」

医者「無理矢理、面白いかどうかも分からない話を聞かされて、嬉しいか?
返事もできないのに、「お客さんだよ、分かるよな」「見えてるだろ」なんて言われて、嬉しいと思うのか」

町長の息子「………………そりゃ、親父だって本当は嫌だろうけど!治療には必要なんですよ!
なにかしら話しかけなきゃいけないんだ!」

医者「大事だから嫌がることをしてもいいのか。アンタは凄いな」

町長の息子「仕方ないでしょう!本当は俺だって嫌ですよ!
やらないですむならやりたくなんかない!でも仕方ないじゃないですか!」

医者「じゃあ、アンタにとってだけは大事な事を言ってやる。
アンタのしていることは、端で見てても不愉快だ。
アンタを介護を頑張る善人だと思うのは、アンタとほとんど関わりのない奴だけだ。
彼女だって、アンタの事をよくは思ってないよ」

町長の息子「な……な……何を根拠に……」

医者「なら聞いてきてあげようか?
アンタの事を「大人な正義の味方」だと思ってるかどうか」

町長の息子「ぼ、僕は、そんなことは望んでないんだ!
彼女に評価されるためにやってる訳じゃない!」

医者「じゃあ、どう思われてても良いわけだ。
聞いてきて、結果を教えてやるよ」

町長の息子「やめろ!そんなこと頼んでないぞ!」

医者「じゃあ聞きに行こうか、ね?」

勇者「……あ、はい……」

スタスタ

町長の息子「やめろ!余計なことはするな!」

ギィ バタンッ

103: 2015/05/08(金) 20:10:28.15
町長の息子「アンタ一体なんなんですか!ふざけるのもいい加減にして下さい!
こっちは真剣に答えてるんですよ!?」

医者「真剣に?これ以上笑わせんなよ。
あのな、正義を振りかざせばどうにかなるってもんじゃないんだぞ」

町長の息子「だから、何が言いたいんですかっ!」

医者「アンタの頭の中にあるのは、「頑張ってる自分」だけだ。
こんな上っ面だけの関係でいるってことは、親父さんとの仲も良くなかったんだろう」

町長の息子「……アナタに何が分かるって言うんですか!」

医者「分かるよ。アンタは病人を放置した罪悪感を抱きたくない。世間から後ろ指を指されたくない。
それに弱者を利用して、良い人になろうとすらしているんだろうな」

町長の息子「ち……違う!僕は……」

105: 2015/05/08(金) 20:13:26.80
勇者「……」

医者「……」

勇者「……あの」

医者「ん?どうしたの?」

勇者「彼女ってあの学者のヤローですよね……。
本当に聞くんですか?その……アイツの事どう思ってるか……」

医者「うーん……やっぱり、やめようかな」

勇者「俺は、なんだかやめた方が良いように思います」

医者「そうだよね……。
巻き込むべきじゃないのは分かってるんだけど、イライラしちゃって」

勇者「イライラってレベルじゃないでしょう……俺、ビックリしすぎて、なに話してたか覚えてませんよ」

医者「うん……実は、俺も何喋ったか覚えてないんだ……」

ガラガラガラ

医者「……今すれ違った白黒の馬車、あの家の方に向かってったね」

勇者「ああ……そうみたいですね」

「はぁ!?逮捕ってどういうことですか!」

ピタッ

医者「まさか……」

勇者「どうしました?」

医者「……今の声は町長の息子の声だっただろう?」

勇者「ええ、何か叫んでましたね」

医者「逮捕っていうのは警察に捕まることなんだ。
警察は治安を守るために国が組織した公共のしくみでね、罪を犯した人が捕まるんだよ」

勇者「罪を?」

医者「ああ。だけど、見つかると君も捕まるかもしれない」

勇者「え!?どうしてですか?」

医者「警察と魔物は仲間かもしれないんだ。もっと言えば、国と魔物はグルかもしれない。
魔物の村を軍も警察も取り締まらないことから、そんな話があるんだ」

勇者「じゃあ俺は、魔物からだけじゃなく、人間からも追われてるかもしれないんですか?」

医者「その可能性も無いとは言えないよ」

勇者「マジかよ……じゃ、じゃあ、アイツもヤバイじゃないですか!」

医者「アイツっていうのは誰の事?」

勇者「町長んとこの奴ですよ!
そんなのに捕まったら、なにされるか分からないじゃないですか!」

タタタッ

医者「おい、待つんだ!
行ったら君も危ないんだってば!」

タタタッ

106: 2015/05/08(金) 20:15:06.02
ここで切ります。
失敗ばっかりすいません。読んでくれてる方、ありがとうございます!

110: 2015/05/08(金) 23:35:24.24
町民4「あ、ちょっと近づいちゃダメよ」

勇者「言われなくても、正面から突っ込んだりしねぇっつーの。さて、どうしたもんか……」

町民4「まぁ、物騒なこと言うわね」

町民5「やめときなさいよ。アンタも捕まっちゃうわよ」

勇者「だからって、アイツが捕まってもいいのかよ?
警察なんて、なにするか分からないだろ」

町民4「何を言ってんの。警察のお陰で、私たちは安全に暮らしていられるんじゃない」

町民5「ちょっと知識がついたからって、悪い面ばかり見ちゃダメよ。
それに何かされるとしても、それだけの事をあの人はしたのよ」

タタタッ

医者「ああ、君は本当に速いな……。やっと追い付いたよ」

町民4「アナタ、この子のお父さん?ちゃんとついてなきゃ。
この子、あの家に入ろうとしてたわよ」

勇者「この人は親じゃねぇよ。先生だ」

町民5「先生でもなんでもいいわ。子供の面倒を見るのが、大人の責任よ」

医者「はい……すみませんでした」

勇者「まーた、なに謝ってんですか……」

111: 2015/05/08(金) 23:39:19.71
勇者「そんなことより、何かされるだけの事をしたって言ったよな?
アイツはなにをしたんだよ?」

町民4「何をって……そりゃあ、勝手に家を燃やしたり、魔物についての論文だっけ?
それも運び出してたしね」

勇者「家燃やしたのはアイツ一人なのかよ?
アンタらも一緒になって燃やしたのかと思ったけどな」

町民5「でも、あの人が指揮したのよ。
魔物の家なんてあっても害になるだけだって。
そのくせ論文だけは運び出すなんておかしいでしょう?」

勇者「だって、燃やしたのはアンタらが望んだから仕方なくって……論文だけは守りたかったって言ってたぞ」

町民4「ほら、守りたかったなんて、魔物の研究なんかを大事に思ってたんでしょう?
どうかしてるじゃない」

医者「あの……そもそも燃やされた家の人は、本当に魔物だったんですか?」

町民4「そりゃあねぇ……あの人は何かおかしかったのよね。
喋り方も変だし、服装にも気を使って無かったし。
一応学者だったみたいだけど、研究してたのだって魔物の事だったんだから」

町民5「そもそも学者扱いだって、ちょっとおかしいと思ってたのよ。
そうしたら、親が魔物だって言うじゃない?
魔物の力を使ったのかしらね」

医者「……学者だというなら、彼女のスポンサーもいたのではないでしょうか。
支持していた人達にも問題があるのでは?」

町民4「問題はあるでしょうよ。
だって、多分スポンサーは魔物の擁護団体だったんだから。
でも、他の支持者っていうのは、魔物の力で脅してただけみたいよ」

112: 2015/05/08(金) 23:40:29.08
医者「脅していた?」

町民5「近くの学校の教授もね、その被害者なのよ。
魔物の研究なんてしてるあの人を、ずっと庇ってたの。
教え子だからだろうとみんな思ってたけど、本当は脅されてただけだったんだって。
味方をしないと、魔物の力で教授の奥さんや子供を襲うって」

町民4「本当だったら怖いじゃない?
だからみんなで本当か聞こうとしたら、逃げられちゃったのよ」

勇者「へー、だから家も燃やしたのか。
本当に魔物かどうかも、どうせ確認してねぇんだろ?」

町民4「でも、証言があるんだから。
関わってる団体も怪しいし、研究の内容も怪しいんだもの。
それに、聞こうとしただけで逃げちゃったのよ?」

医者「聞こうとしただけね……私は、なぜアナタ達が、彼女の研究内容を知っていたのかが気になりますね。
それに、町長の息子さんを通報したのはどちらなのでしょうか」

町民5「……どちらなんて失礼しちゃうわ。
アナタ達も団体の連中なんでしょう。
魔物を庇うようなことばかり言っちゃって」

医者「そうやって、アナタ達は魔物に関することは団体だ、脅されていたんだと切り捨て、真偽も確認しないで来たんでしょうね。
彼女の親が魔物だってことも、どうやって知ったんです?
何が本当かなんて分からないのに」

町民4「……教授が言ってたのよ。親が魔物だって、自分で言ってたんだって。
団体の事だって研究内容だって、分かる人には分かるでしょう?
その分かる人から聞いただけよ」

町民5「ねぇ、もうやめましょう。
いくら話したって時間の無駄だわ」

町民4「それもそうね……。さようなら」

スタスタ

113: 2015/05/08(金) 23:41:35.49
勇者「……なんかモヤモヤしますね。
アイツは悪者なんでしょうか?」

医者「悪か善かより、悪だと思い込まれているのが問題なんだ。
あの人達が自分達を、善人だと思い込んでいるのもね……」

ガチャ

勇者「あ、誰か出てきましたよ」

医者「ちょっと隠れようか」

勇者「はい」

スタスタ

町長の息子「僕はなにもしてないぞ!町の人はみんな分かってるはずだ!」

警察官「とにかく署の方に来て下さい。まずは、お話を聞かせて頂くだけですから」

町長の息子「離せ!僕はみんなのためにやったんだ!
論文だって、町の安全を守るために保管してただけなんだ!」

勇者「まずいな。アイツ、馬車に乗せられちまう」

医者「……助けに行くの?」

勇者「……止めても行きますよ」

医者「いや……俺も手伝うよ」

勇者「先生……!」

医者「まずは俺が注意をそらすから。
君は隙を見て……えっと、気絶かなんかさせてくれ」

勇者「はい!」

114: 2015/05/08(金) 23:42:43.33
スタスタ・・ズテッ

医者「イテテ……ああ!」

警察官「どうされました?」

医者「カバンが馬車の下に飛んでいってしまって……。
ちょっと取らせて頂けませんか?」

警察官「ええ、手伝えなくて申し訳ありませんが。
ご自由にどうぞ」

医者「ありがとうござい」

勇者「……」シュタッ

ドスッ

警察官「ぐっ……」バタッ

勇者「よし」

御者「なん……っ」バタッ

勇者「よし、これでオッケーだな」

医者「あちゃー……本当にごめんなさい!」

町長の息子「なんなんだよ……アンタらなにしてんだ!」

勇者「なにしてんだって、助けに来たんだよ」

町長の息子「助けに来た……?こんなの、助けになってないだろ!
どうして気絶させちまったんだよ……」

勇者「いや、だってアンタが捕まっちまうから……」

町長の息子「警察に武力で反抗するなんて、自殺行為だろ!
今この場で逃げ出せても、追われ続けるだけじゃないか!余計なことしやがって!」

勇者「な、ならよ、なんで素直に馬車に乗らなかったんだよ?」

町長の息子「そんなの、俺が悪人だと思われないためのアピールに決まってんじゃないか!
突然警察に連れてかれたら疑われるだろ!」

勇者「でも……」

医者「ああ、もう。ゴチャゴチャとうるさいな」

115: 2015/05/08(金) 23:44:14.60
町長の息子「なんだよ……俺は悪いことは何もしてないんだぞ!?
みんなが望むことをしただけだ!
町長の息子として、この町の人の助けに」

医者「現実を見ろ。アンタはこのままだと捕まるんだ。
こんな偽善と権力にへりくだる町で、無実が証明できると思うのか?
実際アンタは放火犯なんだぞ」

町長の息子「……だからって、どうすりゃ良いんだよ!
僕は……僕は……良い人になりたかっただけなのに……!
優しくて頼りがいがあるような、そんな人になりたかっただけなんだ!」

医者「違うな。アンタは良い人になりたかったんじゃない。
良い人だと思われたかっただけだ」

町長の息子「……それの、なんの違いがあるってんだ!」

医者「全然違うね。
なによりも、良い人は家を燃やしたりはしないだろう。
だから、町の人の支持も得られず通報されてる訳だ」

町長の息子「うるさい……アンタには関係ないだろ……!
どうせ俺は捕まるんだ!もうほっといてくれよ!」

医者「嫌だね。
正直言って、アンタがどうなろうと、そんなことはどうでも良い」

勇者「ちょっと、先生!?」

116: 2015/05/08(金) 23:45:22.91
医者「でもな、アンタを通報したようなやつらの思い通りになるのは不愉快だ。
だから、アンタは逃がしてやる」

町長の息子「逃げ場なんてどこにあんだよ……!」

医者「俺も住んでいたトクシュクという村がある。警察もなんにもない。
その代わり、住んでいるのは過去なんか気にしない人達だ。
アンタも、アンタの親父さんも気兼ねなく住めるだろう」

町長の息子「……」

勇者「あの、町長さんは移動させられるんでしょうか……?
それにそのあとの介護だって、大変じゃないでしょうか……」

医者「移動は、この馬車を使って逃げてしまえば良いだろうと思う。
白黒じゃなく塗り直すのは、君の魔法に頼っても良いかな?」

勇者「え、ええ……それは構いませんが」

医者「それと介護についてだけど、俺が麻酔薬を持っているように、医療や介護系の物品は商人が仕入れてくれるんだ。
加えて村の人の手伝いもあるだろうし、あまり心配はいらないとおもうよ」

勇者「うーん……大丈夫なら良いんですが。
とりあえず、馬車の色変えますね」

町長の息子「……待てよ。僕は行くなんて言ってないぞ」

117: 2015/05/08(金) 23:51:47.10
医者「じゃあ、大人しく捕まるのか?
親父さんだってどうなるか分からないのに」

町長の息子「どうせ親父と仲が良かった訳でもない。
俺は頑張ってる自分に酔っていたかっただけだ。
それに、いつ捕まるか分からない恐怖に怯えて過ごすのはごめんだ」

医者「なぁ、もう一度聞くぞ。
アンタは町の奴らのせいで捕まってもいいのか?
本当に親父さんを見捨てて、後悔しないのか?」

町長の息子「ああ、そうだよ!逃げるのは面倒だし、親父との仲だって、今更何をしようが修復できねぇ!
修復したいとも思わねぇよ!」

医者「少しは本音で喋ったらどうだ。
修復したいと思わない?そんなわけないだろ。
親と仲良くしたくない子供なんて、本当はいないんだよ」

町長の息子「はっ、何を決めつけてんだか……アンタがそうなだけだろ」

医者「……いいや、人が持つ基本的な欲求の高次なものは、人に認められることなんだよ。
それは誰からでも、心の底から認められたいという欲求なんだ。
そこに親だけ入っていない訳がない」

町長の息子「訳の分からない事をべらべらと……!
基本的な欲求ってなんだよ!
本能に、人に認められたいなんてのもあんのかよ!」

勇者「なぁ、俺も先生の話はよく分からねぇが、アンタに聞きてぇことがあんだ。
もしアンタが捕まったとして、アンタを助けてくれる奴はいるのか?」

町長の息子「……!」

118: 2015/05/08(金) 23:53:03.74
勇者「いねぇならさ、やめとけよ。
アンタ今逃げなきゃ必ず後悔すんぞ。
捕まんのって……本当に辛ぇから」

町長の息子「……」

勇者「アンタは町の人のためにやっただけなんだろ?
悪いことはなにもしてないって、自分で言ってたじゃねぇか。
なのに捕まるなんて、絶対後悔すると思うんだ。
町長さんの事も……多分、後悔するぞ」

町長の息子「……逃げた先にも何もねぇだろ。
むしろ、後悔しかねぇんじゃねぇのか」

勇者「アンタが今より素直になって、相手に喜ばれることをすれば、人との関わりの中で幸せは見つかると思う。
喜ばれることをするって、自分も相手も幸せになるからな。
俺も最近、そう思えるようになったんだ」

町長の息子「僕は喜ばれることは、この町でだってしてたはずだ。
みんなが望んでいることを、代表してやってたんだからな」

勇者「望んでいることと、喜ぶことっていうのは違うだろ。
アンタも捕まることを望んでても、それが嬉しいわけはないんだからさ」

町長の息子「……」

勇者「馬車の色は変えたぜ。この二人も、俺が眠らせといてやるから。
……どうすんだ?」

町長の息子「…………」

119: 2015/05/08(金) 23:54:31.33


ーーー

医者「しかし、君があんなに優しいとは思わなかったよ。俺に対しては冷たいのに」

勇者「先生が無駄にアイツに辛くあたるから、俺がフォローしてやったんじゃないですか。
先生こそ、あんなに辛辣な人だとは思いませんでしたよ。
もしかしてあの日ってやつですか」

医者「……君の知識の偏りも腹立たしいね。
あの日ってどういうことか分かってるの?」

勇者「血がダラダラ。頭ムカムカ」

医者「あーあ、もう勘弁してくれよ。
俺は子供を叩いたりはしたくないんだ」

勇者「先生に叩かれるのなんて、蚊とかハエぐらいでしょ。
俺を叩こうなんて100万年早いですよ」

医者「万年って……長すぎるよ!」

勇者「いーえ、これでも短く言った方ですよ」

医者「いくらなんでも、俺の扱い酷すぎじゃないか。
……怒ってるの?」

勇者「別に?
先生のせいで面倒に巻き込まれたなんて、思ってませんよ」

医者「……ごめん」

勇者「いーですよ、本当に気にしてませんから。
とりあえず、アイツも逃げられた訳だし」

医者「でも、よく思い出すと、なんで警察が来たのか確認してなかったよ……。
どうしよう、凶悪な犯罪者を村に送っちゃったかも!」

勇者「大丈夫ですよ。アイツは悪じゃありません。
……アイツは何かを怖がってただけです」

医者「なにそれ。君のカン?」

勇者「いえね、俺ってなぜか、昔から良いやつか悪いやつかは分かるんですよ。
まぁ、アイツはどっちでも無かったっぽいですけど」

医者「ふーん……そう。
じゃあ、俺はどっちなの?」

勇者「えっ?」

120: 2015/05/08(金) 23:55:35.90
医者「良いやつか悪いやつか分かるんだろ?」

勇者「えっ……いや、例外もいるんですよ。
得体の知れない人も、世の中にはいるんですよねー」

医者「そうやって馬鹿にして。答えてもくれないなんて酷いよ」

勇者「じゃあ、先生は極悪人ってことで」

医者「……君ってやつは」

勇者「あはは。あ、自転車が見えてきましたよ」

医者「ああ、彼女もいるね」

勇者「アイツには色々と聞かなきゃな……おい!」

歴史学者「おお、遅かったな。何をしてたんだ全く」

勇者「食事だよ。羨ましいか」

歴史学者「しょしょ食事だと!?私が煮干ししか食べてないの知ってるだろ!
なんて残酷な人たちなんだ!」

医者「いや、ただの冗談だから。
俺たちもなにも食べてないよ」

歴史学者「……本当ですか?嘘だったら許しませんよ!」

医者「い、いや、本当だって!」

勇者「嘘ついたら許さねぇのは俺らの方だ。
お前には正直に話してもらうぞ」

歴史学者「なんのことだ?
……まさか、煮干しを猫に分けた事を知って……!」

勇者「ちげーよ、ボケ。
そんなことより、お前にはちゃんと答えてもらうぜ……自転車の上でな!」

歴史学者「……自転車?」

121: 2015/05/08(金) 23:56:57.72
シャーッ

歴史学者「なんで君達が警察に追われてるんだ!バカか!」

勇者「うるせー!俺たちにも色々あんだよ!
それにテメェのせいでもあんだぞ!」

歴史学者「私のせいだと!?私は論文をとってきて欲しいと言っただけだ!」

勇者「そのせいで色々と厄介事に巻き込まれたんだよ!ちったぁ反省しやがれ!」

歴史学者「私はそんなこと知らないぞ!厄介事って一体なんだ!」

勇者「それは…………」

医者「……君の話を町の人から聞いたんだ。教授を脅してたって話もね」

歴史学者「脅してた……ははっ、あのタヌキおやじめ」

勇者「なぁ……本当に脅してたのかよ」

歴史学者「バカ言うな。むしろ脅されたのは私の方だ。
私を教授の思い通りにさせなければ、私の親が魔物だとバラすってな」

勇者「なっ……!ホントかよ?」

歴史学者「……最初はな、声をかけてくれただけだった。
大丈夫か、困ったことがあったら何でも言ってくれってな。
私はそれだけで嬉しくて、私なんかを評価してくれる人がいるんだと、バカみたいに舞い上がったよ」

医者「……」

歴史学者「何回か食事にも誘われてな。
今まで誰かに誘われたことなんて無かったから、とにかく嬉しくて。
教授の長話も苦じゃなかった。
しかし……教授と二人っきりになったとき、糖尿病の話になったんだ」

勇者「糖尿病?」

歴史学者「教授は糖尿病の患者だったんだよ。でも、問題はそこじゃない。
教授は私の足を触りながら説明したんだ。
「病気が進行すると、足を切り落とさなきゃいけない。膝か太ももか……足の付け根でね」ってな」

勇者「…………」

歴史学者「私はとにかく困ったよ。それに辛くて仕方なかった。
教授のことは、私の母の話をするぐらい信頼していたから、良い人だと思っていたかったんだ」

勇者「……なんでそんなことに。急にかよ」

歴史学者「いや、前兆はあったよ。
糖尿病だからたたないとか、エイズは乱交のせいで広がるとか……そんな話が増えてきたなー、ってな」

勇者「たたないってなんの事だよ?」

医者「まぁ、それは置いといて。
……君が辛くなる必要はないと思うよ。完璧に相手が悪いからね」

歴史学者「でもきっと、最初からそんなつもりだったんじゃ無かったんじゃないかと思うんですよね。
だったら、誘いを断ってれば良かったのかなーとか……。
いや、今は自分が悪かったなんて思ってませんよ。
きっと、みんなそんなもんですから」

医者「……」

勇者「……」

122: 2015/05/08(金) 23:58:15.97
医者「……魔物の擁護団体とは関わりがあったの?」

歴史学者「あー……それは聞かれると痛いですね。
まぁ、関わりはありました」

医者「あまり団体の良い噂は聞かないんだけど……実際は違ってたのかな?」

歴史学者「いえ、表立ってはいませんけど、テロとかやってたみたいです。
私もよくは分かりませんが」

勇者「そんな奴らと付き合ってたのかよ!
お前、本当は悪人なのか?」

歴史学者「さぁな。ただ、あの団体は金払いが良かったんだ。
研究を続けるには調査費用なんかもかかるし、なにより普段の生活費も稼がなきゃならないからな。
でも、研究内容はあまり明かしてないぞ。
それらしいことを適当に言って、ごまかしていたんだ」

勇者「けど、そんなのって……」

歴史学者「私は過ぎたことは振り返らない主義なんだ。
それより今の状況の方が不可解だな。
なぜ、私が自転車をこいでるんだ?」

勇者「自転車貸してやってんのに、なんか文句あんのか」

歴史学者「大アリだ。どうして私じゃなくて、先生が君の後ろに乗ってるんだ」

医者「え?あはは……」

勇者「先生は筋肉痛で氏にそうなんだよ。仕方ねぇだろ」

歴史学者「それにしたって、君の怪我は重傷な上に麻酔を打ってただろ。
ちゃんと動くのか?」

勇者「当たり前だろ。傷だってとっくに治ってるよ」

歴史学者「なんだと?」

医者「彼は傷の治りが早くてね。本当にもう傷跡もないんだ」

歴史学者「……全く、君は光ったり異常なスピードで傷が治ったり、一体何者なんだ?」

勇者「……俺は勇者だっつっただろ。なんてったって光れるからな」

医者「……」

歴史学者「本当にバカな判断基準だな。
まぁ、面白いから許してやる」

勇者「だから、テメェは何様なんだよ!」

医者「わっ、ちょっと!揺れるから暴れないで!痛いっ」

ガタガタガタ

127: 2015/05/09(土) 13:37:34.55
医者「うわー、もう暗くなってきたね」

歴史学者「あの、もしかして宿には泊まらないんですか?」

医者「いや、宿屋があれば泊まろうと思ってるけど……なかなか無いね」

歴史学者「ラブホならありましたけどね」

勇者「ラブホってなんだよ?」

歴史学者「んー、秘密」

勇者「んだと、このボケナス!」

歴史学者「ボケナスよりオタンコナスの方が好きだな。
おたんこナースという作品が、私は好きで」

勇者「知るかよボケナス」

歴史学者「嫌なやつだな。君の方がよっぽどボケナスだ」

勇者「なんだと!」

医者「ケンカしないでって!あ、宿の看板があるよ」

勇者「どこっすか?」

医者「ほら、右の方」

勇者「あ、ホントだ。じゃあ、止まりますよ」

キキッ

歴史学者「なんだか飾りっ気のない宿ですね。
もっと立派な所がいいなっ」

医者「ここを見つけるだけでも苦労したんだから。探してたら朝になっちゃうよ」

勇者「苦労したのは俺ですけどね」

医者「あはは……ごめん……」

歴史学者「嫌味言うくらいなら、先生は置いてくれば良かったじゃないか」

勇者「な、なんでそうなんだよ。
疲れたのは俺なんだから、言ったっていーだろ。
そんなことより早く入ろうぜ」

医者「そうだね。俺は別に気にしてないからさ」

歴史学者「そうですか?なら良いですけど……」

スタスタ ガチャッ

128: 2015/05/09(土) 13:38:57.13
店主の娘「いらっしゃーい」

医者「……!」ビクッ

勇者「あれ、どうしました?」

医者「いや……あ、あの、宿泊したいのですが、へ、部屋は空いてますか?」

店主の娘「まぁね。いっつも空いてるよ。ほら、鍵」ポイッ

勇者「うわっ!投げんなよ!」

店主の娘「階段上がって右ね。じゃあ、ごゆっくり」

バサッ

勇者「んだよアイツ……まだ俺達いんのに、雑誌読みやがって」

医者「ま、まぁ、別に良いじゃない。
泊まるところは見つかった訳だし」

歴史学者「うん、私もギャートルズの肉があれば」

勇者「しつけーよボケ」

医者「そういえば、ご飯はどうなるんだろう。
あの、すみません」

店主の娘「なんすか?」

医者「あ、あの、ご飯って出して頂けますか?」

店主の娘「ああ、出すよ」

医者「そ、そうですか、ありがとうございます」

歴史学者「なるはやで頼む」

店主の娘「オッケー」バサッ

勇者「……本当に分かってんのか?」

医者「しー!いいから早く部屋に行こう」

歴史学者「ああ、お腹減った……」フラフラ

129: 2015/05/09(土) 13:41:02.81
ギィ バタンッ

医者「ふー、やっと落ち着けるね」

勇者「緊張し過ぎですよ。受付が一応、女だったからですか?」

医者「いやさぁー、やっぱり怖くて……」

歴史学者「15~6の女の子でも怖いって、重症ですね。
ま、何はともあれ疲れたよ。こんなに自転車をこいだのは久しぶりだ」

勇者「ここってもう、コウヤダイ市なんですか?」

医者「そうだよ。さっき境目を通ったんだけど、気づかなかったかな」

勇者「全然気づきませんでした」

歴史学者「良いことを教えてやろう。
暗くて分からないだろうが、なんとこの街は海に面しているんだ」

勇者「えっ、海!?スゲー!
俺、海に来んの初めてだ!」

歴史学者「うん、良いリアクションだな。
しかし、君達には海よりも、何か目的があるんじゃないか?」

勇者「うーん、目的って言ってもな。
なにしたら良いんだっけ?」

歴史学者「農場で、魔物が働いてるという噂が本当か、確認するんじゃないのか?
……まぁ、そのあとはどうするのか知らないが」

勇者「……どうしたら良いんでしょうね」

医者「そうだね……」

歴史学者「……そもそも君達は、なぜ魔物を追っているんだ?」

勇者「それは……そりゃあ、俺は村を襲われたからだよ」

歴史学者「じゃあ、襲った魔物を探しているのか?」

勇者「いや……俺の村を襲った奴らは国が退治したらしいからな。
そうなんだろ?」

歴史学者「確かに、トウガサキ村を襲った魔物の村は、壊滅したらしいな」

勇者「だから、せめて俺の力で、全ての魔物をぶっ倒してやろうと思ったんだ」

歴史学者「ぶっ倒すか……ぶっ頃すではないんだな」

勇者「……うるせぇよ」

歴史学者「ふむ、まぁ大体分かった。では、先生の目的を聞かせて頂けますか?」

130: 2015/05/09(土) 13:47:18.09
勇者「おい……!」

歴史学者「ぜひ聞いておきたいので、お願いします」

勇者「先生、こんなの無視して良いですからね。こんなやつのために無理することは」

医者「いや、大丈夫だ。
……単純に敵討ちだよ。魔物が俺に化けて、俺の大事な人を頃したんだ」

勇者「……」

歴史学者「……しかし、奥さんと娘さんがいらっしゃるんですよね。
二人は仇討ちの旅を許してくれたのですか?」

医者「う、うーん……多分……?
あれ……どうだったっけ……」

勇者「……答えたくないと忘れたフリするの、やめた方がいいっすよ。
嫌なら嫌って、言ってくれれば良いんですから」

医者「そうじゃないんだ……そうじゃない…………?」

勇者「……先生?」

コンコン ガチャ

店主の娘「ご飯おっとどけー!」

勇者「お、おい!勝手に開け」

歴史学者「よっし!ご飯ゲットだぜ!」グッ

店主の娘「ここ置いてくよ」ガチャ

ギィ バタンッ

歴史学者「これは……」

勇者「なんでしょう、これ」

医者「……ねこまんま?」

勇者「ねこまんまってなんですか?」

医者「これの名前だよ。
まんまはご飯って意味だから、猫のご飯って意味もあるんだけど、本当に猫に米あげるとお腹壊すんだよね」

勇者「ふーん……え!猫の飯!?」

医者「そうだね」

勇者「なんだよそれ……あのヤロー、ふざけやがって!」

歴史学者「まぁ、怒るな。結構うまいぞ」モグモグ

勇者「食ってんじゃねーよ!バカにされてんだ!文句言いに行くぞ!」

医者「まぁまぁ、これそこそこ美味しいよ」モグモグ

勇者「だからなんで食ってんですか!」

歴史学者「君こそ、なぜ食べないんだ?いらないなら私が貰うぞ」

勇者「……勝手にしろ!」

ギィッ バタンッ!

131: 2015/05/09(土) 13:48:25.37
医者「あー、出ていっちゃった」

歴史学者「ついていかなくても良いんですか?」

医者「彼なら特に問題はないと思うけど」

歴史学者「いやいや、だって先生、私と二人っきりになっちゃうんですよ?」

医者「……」

歴史学者「……」

医者「……」

歴史学者「……」

医者「……やっぱり追いかけていい?」

歴史学者「ええ、じゃあ行きましょうか」

ギィ バタンッ

132: 2015/05/09(土) 13:49:42.13
勇者「くっそー!全員グルになって、俺をからかってんのか?」

スタスタ

勇者「おい!……あれ?いねぇな」

ガラーン

勇者「……こうなったら、意地でも見つけてやる」

ガチャ バタンッ
ガチャ バタンッ

勇者「いねぇな……ん?あのドアは……」

ガチャ

勇者「あ!居やがったな!」

店主の娘「なんか用?」

勇者「なんか用、じゃねぇよ!なんで猫の飯なんか……」

店主「あの、どうされました?」

勇者「ん?誰だよオッサン」

店主の娘「私の父親。ここの店主」

勇者「ふーん……そんなことより、あれ猫のエサなんだろ!」

店主の娘「猫のエサ?……ああ、ねこまんまの事」

店主「お前……またあんなものをお出ししたのか!」

店主の娘「他にどうしろってゆーの。材料も、食器すらないのにどうしようもないっしょ?」

店主「だからって、お客様にねこまんまはないだろう!」

勇者「そうだそうだ!」

店主の娘「……はぁ。なら、次からは白米オンリーね。おかずはセルフで」

勇者「なんだと!ふざけん……あれ?」

スタスタ

医者「ああ、こんなところに居たの」

勇者「どうしたんです?」

歴史学者「どうしたんです、じゃないだろ。
まさか、文句つけにいってるとは思わなかったぞ」

勇者「別にお前には関係ねぇだろ」

医者「全く、君は……本当にすみません」

店主の娘「まぁ、ちゃっちゃと部屋に戻ってくれんならいいよ」

勇者「なんだとこの」

パシンッ!

店主の娘「ッ……!」

勇者「え?」

133: 2015/05/09(土) 13:51:31.33
歴史学者「……!!」

医者「ちょっと……なにやってるんですか!」

店主「お前は減らず口ばかり……!お客様をなんだと思ってるんだ!」

店主の娘「ああまた……本当にそういうの好きね。楽しい?」

店主「訳の分からないことを……!」バッ

勇者「やめろよ!なにも叩くことはねぇだろ!?」ガシッ

店主「いえ、これ以上失礼な態度をとらせる訳にはいきません。
しっかり駄目なことは駄目と教えなければ」

医者「別に怒ってませんから!お願いですから、落ち着いて下さい」

店主「ですが……」

店主の娘「はぁ、みなさんお人好しなことで」

店主「まだそんなことを!」

勇者「あーもう!お前もそういうこと言うなよ!」

店主の娘「まぁ、いいわ。
お客様、不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」

医者「い、いや、別に、ねぇ?」

歴史学者「私はねこまんまで十分だからな。君も文句ないだろ?」

勇者「そりゃ……まぁ……」

店主の娘「ありがとうございます。
では、私は明日の準備がありますので。お客様もごゆっくりお休み下さいませ」

勇者「お、おう……」

医者「……じゃあ戻ろうか」

勇者「あ、はい」

店主「本当に申し訳ありませんでした」

医者「いや、全然大丈夫ですから気にしないで下さい」

歴史学者「もう十分ですので、これ以上叱らないであげて下さいね」

店主「え……はい」

スタスタ

134: 2015/05/09(土) 13:52:55.58
医者「ああ……疲れた……」

歴史学者「全く、人騒がせなやつだ」

勇者「ホントだよな。猫の飯なんて出すから悪いんだ」

歴史学者「違うぞ。君のことを言ってるんだ。
文句なんか言いに行くから、こうなるんだよ」

勇者「ああ?普通言うだろ。猫の飯だぞ」

歴史学者「ねこまんまイコール猫の飯なんて、単純すぎるだろ。
手軽で美味しいんだからいいじゃないか」

勇者「俺は人間としてのプライドを」

医者「あのさー、悪いけど俺外に出てくるよ。ここじゃ落ち着けないから」

勇者「えっ……」

歴史学者「突然イヤミですか?」

医者「違う違う。あの女の子がいると思うと、ソワソワしちゃうのよ。
正直、怖くてねぇ」

勇者「まぁ……そりゃ止めませんけど……。
なんか喋り方カマくさくなってません?」

医者「そーお?とにかく外に出させてね」

歴史学者「行ってらっしゃーい」

ギィ バタンッ

135: 2015/05/09(土) 13:54:11.79


ーーー

モグモグ

勇者「それにしても、こんな時間にどこ行ったんだろうな。
まだ戻ってこねぇし」

歴史学者「さぁ、居酒屋なんかじゃないか?」

勇者「居酒屋……?まぁいい。俺も出てくる」

歴史学者「君は酒は飲めないぞ」

勇者「酒なんか飲まねぇよ。トイレがねぇから探すんだ」

歴史学者「ああ、言われてみれば。
でも、さすがに外まで行かなくても大丈夫だろ」

勇者「さぁな。……おい、なんでお前もついてくんだよ」

歴史学者「結局君も食べた、ねこまんまの器を片付けるためだ」

勇者「うるせーな、食ったっていいだろ。
つーか、一緒にくんじゃねぇよ」

歴史学者「私もそろそろトイレに行かないとヤバいからな」

勇者「チッ、なんでテメェと連れションしなきゃなんねーんだ」

ギィ バタンッ

136: 2015/05/09(土) 13:56:02.74
店主「どうされました?」

勇者「トイレがねぇか聞きに来ただけだよ」

店主「ああ、ご不便をおかけして申し訳ありません。
今、マリに案内させます」

勇者「マリ?」

店主「娘の名前です。マリ!」

マリ「聞こえてんよ。じゃ、ついてきて」

店主「敬語を使いなさいとあれほど……!」

勇者「まぁまぁ良いから!早く案内してくれよ」

マリ「こっちだよ」

歴史学者「あ、これどうしたらいいかな?食器持ってきたんだ」

マリ「持って来なくても回収すんのにー。ま、預かっとく」

勇者「それでトイレは?」

マリ「一階の階段の下。ほら、そこの……」

歴史学者「悪いな、先に入る!」

ダダダッ
バタンッ!

勇者「おい!なんなんだよお前!」

歴史学者『あー、ギリギリセーフ』

マリ「……全く賑やかねー。そんで、風呂はアンタらの部屋についてるから。
もう、私は戻るわ」

勇者「……なぁ、大丈夫だったか?」

マリ「なにが?」

勇者「いや……その、顔叩かれてただろ」

マリ「別になんてことないって。いつもあーだからね」

勇者「……まぁでも、しっかりしてっから怒るんだろ?」

マリ「しっかり?なにが?」

勇者「そりゃ、父ちゃんが」

マリ「……プッ。アッハッハッ!しっかりしてる、ねぇ。
アンタ見てないの?あの人、頭ボサボサだし、上下スウェットだったのに」

勇者「スウェットってなんだよ」

マリ「スウェットはスウェットでしょ。灰色のだらしない服着てたじゃない」

勇者「なんだよ……服なんてどうでもいいだろ。
俺だって、ジーパンだけど勇者だぜ」

マリ「はい?」

137: 2015/05/09(土) 13:57:05.01
勇者「だから、俺は勇者なんだよ」

マリ「それはそれは。失礼致しました」

勇者「……信じてねぇだろ」

マリ「いやぁ、信じてますよ。じゃあ、さいなら」

スタスタ

勇者「……んだよ。本当だっつーの」

ジャー

歴史学者「普通は信じるわけないだろ。バカだな」ガチャ

勇者「テメェ、聞いてたのかよ」

歴史学者「嫌でも聞こえるさ。
ほら、君も早く入らないと漏らすぞ」

勇者「俺は、ギリギリまで我慢したりしてねぇよ」

ギィ バタンッ

138: 2015/05/09(土) 13:58:25.90


ーーー

勇者「うーん……」

歴史学者「ぐがー」

勇者「ふわぁぁ……んー、もう7時か。あれ……先生は?」

歴史学者「うーん……肉……」

勇者「おい、起きたのか?」

歴史学者「……お肉食べたい……」

勇者「どっちなんだよこれ。おい」ユッサユッサ

歴史学者「いやぁ……起きてるよーん……」

勇者「なんだか気持ち悪ぃな……。
先生がいねぇんだけど、どこいっか知ってっか?」

歴史学者「うーん……分かんない……」ゴロン

勇者「チッ……。俺は先生を探しに行くからな」

歴史学者「んー、待って……私も行くー」ムクッ

勇者「はぁ?そのすげぇ頭でか?」

歴史学者「ん……手ぐしでなんとか……」グテン

勇者「なぁー……来んなら来るで早く準備しろよ!」

歴史学者「んー……ウフフ……」

勇者「気持ち悪ぃな!ぶっ飛ばすぞ!」

歴史学者「やら」

勇者「じゃあ、早く準備しろっつーの!」イライラ

139: 2015/05/09(土) 14:00:51.15
歴史学者「いやぁ、すまないな。朝は苦手でね」

勇者「苦手だから甘えんのか?スゲー気持ち悪かったぞ」

歴史学者「いいだろ別に。君の歯ぎしりよりマシだ」

勇者「歯ぎしり?俺が?」

歴史学者「ああ、ギリギリうるさかったよ。
君は綿かなにか噛んで寝ると良いな」

勇者「ふざけんな。なにが歯ぎしりだ……」

歴史学者「おい、あれ。先生じゃないか?」

勇者「ん?あっ!ホントだ。あの屋台だろ?」

歴史学者「うむ、行ってみようか」

タタタッ

おっさん「おー、もしかしてこの兄ちゃんの連れかい?」

勇者「そうだよ。迷惑かけたな」

おっさん「いや、迷惑なんてこともねぇよ。
その兄ちゃんの話はとにかく悲しくてね。
俺もそっとしておいてやりたかったんだ」

勇者「そうなのか……ありがとな。おーい先生!」ユッサユッサ

医者「うぅ……」グテン

勇者「ダメだな……担いで帰るか」

歴史学者「あの、悲しい話と言うのは、どんな話でしょう」

勇者「おい、やめとけよ」

歴史学者「君は気にならないのか?」

勇者「そりゃ気になるけど……」

おっさん「アンタら連れのクセに、知らないのか?
女の子が怖くて逃げてきたって言ってたけどな」

勇者「えっ、じゃあ昨日の夜からずっと?」

おっさん「ああ、宿屋の娘が怖かったんだと。
その理由が悲しい話でね」

歴史学者「へぇ、どんな話なんですか?」

おっさん「昔に奥さんと娘を亡くしたらしいんだよ。
それも自分の目の前で、魔物に襲われたらしい。
そのせいで女性恐怖症なんじゃないかって……特に小さい女の子が怖くて仕方なかったみたいだな」

歴史学者「そうですか……」

140: 2015/05/09(土) 14:02:33.82
勇者「……でも、おかしくねぇか?
今の話では魔物が怖くなったとしても、女を怖がる理由はねぇだろ」

おっさん「そりゃオメェ、失った恐怖からだろ。
失いたくないから、失った対象が怖いんだろうな」

勇者「そういうもんなのかな……」

歴史学者「とにかく、一旦先生を運ぼう。ありがとうございました」

おっさん「あ、お代だけ貰えるか?」

勇者「お代ってなんだよ?」

歴史学者「お金のことだ。参ったな……私は持ってないし、先生の財布を開けるわけにも」

勇者「なぁ、なんで金が必要なんだ?」

歴史学者「先生が屋台で飲み食いしたからだ」

勇者「ふーん……俺、金なら持ってるぞ。ヒヌマの奴に貰ったんだ」

歴史学者「本当か?良かった。
あの、いくらお支払すればいいでしょうか?」

おっさん「えーっと、2770円だ」

歴史学者「だそうだ。持ってるか?」

勇者「うーん……これで足りっかな?」

ドンッ

歴史学者「お、おい……」

おっさん「うおっ、すげぇ金持ちだな」

勇者「金持ち?よく分かんねーな」

歴史学者「……とにかく、それは一枚で十分だ。渡してくれ」

勇者「えっ、一枚でいいのか?本当に?」

おっさん「そりゃあ、おじさんだってくれるんなら欲しいよ……。
でも、受け取れるのは一枚だけだ」

勇者「こんな紙っぺら一枚でいいのかよ……なんだかなー」

歴史学者「いや……逆に、そんなに持ってるやつの方が少ないぞ。
というか、普通は持ち歩かないな」

勇者「そうなのか?」

おっさん「ほらよ、お釣りだ」

勇者「お釣り?」

歴史学者「君のお金が必要な分より多いから、余分が戻って来たんだ」

勇者「そうなのか。じゃあ、ありがとな」ジャラ

おっさん「こっちこそ、ありがとな。
なぁ、お前も飲みに来てくれよ。サービスするからさ」

歴史学者「子供を誘っちゃダメですよ。
でも、おでんは頂きに来るかもしれません」

おっさん「いつでも来てくれ。待ってるよ」

勇者「じゃあな」

スタスタ

141: 2015/05/09(土) 14:03:50.01
歴史学者「……しかし、そんな大金どうやって手に入れたんだ?」

勇者「言っただろ。ヒヌマの奴に貰ったんだよ」

歴史学者「そうではなくて、なぜ貰えたんだ?」

勇者「……魔物退治をしたんだよ」

歴史学者「退治?……頃したのか」

勇者「……」

歴史学者「まぁ、私がどうこう言う話じゃないな」

勇者「……魔物を倒……頃したときな、俺は笑ってたんだ。どう思う?」

歴史学者「ワーハッハッハッみたいな感じで笑ってたのか?」

勇者「いや……鏡見て初めて気がついたんだよ。
口の端が歪んでてさ」

歴史学者「ふむ……まぁ、君自身がどう思うかだろ。
嫌なら魔物だって殺さなければ良いんだし」

勇者「……」

歴史学者「一つ気になるんだが、魔物を退治したのは最近のことじゃないのか?」

勇者「ああ、一昨日のことだ」

歴史学者「本当に最近なんだな。じゃあ、それまでは一体何をしてたんだ?」

勇者「それまでって……」

歴史学者「君の村であるトウガサキが滅ぼされたのは、4年も前の事だろう。
それから今まで何をしてたのか、少し気になったんだ」

勇者「……多分、魔王に捕まってた」

歴史学者「魔王!?多分っていうのはなんだ?」

勇者「俺も良く分かんねーんだよ。村を襲ったやつらがつけてた紋章は、魔王のものだって先生が。
それに俺が捕まってた所のやつも、同じ紋章をつけていたんだ」

歴史学者「だから魔王か。その紋章って言うのは、どんなものなんだ?」

勇者「蛇がリンゴに巻き付いてる絵だよ。いかにもって感じだろ?」

歴史学者「蛇がリンゴに……私もどこかで見たことがあるな」

勇者「とにかく、俺はそこから逃げ出した。それが10日ぐらい前の話だ」

142: 2015/05/09(土) 14:05:18.68
勇者「そんで、たまたま先生に助けて貰って、俺の旅に先生も同行してくれてんだ」

歴史学者「ふむ……じゃあ、ずっと捕まっていたんだな」

勇者「そーだよ。変なやつらに囲まれて、4年も無駄にしちまったぜ」

歴史学者「4年前と言うと、君は12才ぐらいか?」

勇者「は?今、13なんだぞ」

歴史学者「……君も立派な年齢不詳マンじゃないか。
その身長と生意気さで13はないぞ」

勇者「無いもなにもねーだろ。13だから13なだけだ。
テメェこそいくつなんだよ」

歴史学者「私か?秘密だ」

勇者「どうせ32とかそんぐらいだろ」

歴史学者「失礼だな!私はまだ24だ」

勇者「あっそう」

歴史学者「……くそぅ、卑怯者め!」

勇者「卑怯?テメェが勝手に喋っただけだろ」

歴史学者「くっ、13のくせに」

勇者「くせに、なんだよ。お前は24のくせに、先生一人も運べないんだな」

歴史学者「か弱い私が、大の大人を一人で運べるわけないだろ」

勇者「俺は13のガキだけど、余裕だけどね」

歴史学者「くーっ、ムカつく」

スタスタ

146: 2015/05/09(土) 18:17:46.16
医者「うぅーん。イテテ……」

勇者「あ、やっと起きました?」

医者「あー……うん。頭がズキズキする……」

歴史学者「お酒なんか飲むからですよ。はい、お水」

医者「ああ、ありがとう……」

勇者「おいしいですか?トイレの水」

医者「おぶっ。トイレ!?」

勇者「冗談ですよ。多分ね」

医者「もう、やめてくれよ。あー、頭痛い」ズキズキ

歴史学者「痛み止めでも買ってきましょうか?彼のお金で」

勇者「おい!」

医者「いやいや、大丈夫。痛み止めならあるから」ガサガサ

ジャララッ

勇者「なにやってんすか。出しすぎでしょ」

医者「いや、そんなこともないよ」

ゴクッ

歴史学者「ちょちょっ!飲んじゃったんですか!?」

医者「うん。まぁ、そんなにビックリすることでもないよ。
意外と平気だから」

勇者「そんなこと言ったって……本当に大丈夫なんですか?」

医者「うん。ちょっと眠くなるぐらいかな」

歴史学者「……でも、あんまり飲まないで下さいよ。
ゾッとしますから」

医者「うーん……じゃあ、控えるよ」

147: 2015/05/09(土) 18:19:04.52
医者「それよりさ、俺って自力で帰って来たんだっけ?」

勇者「いえ、俺が屋台からおんぶしてきました」

医者「ええ!?……それも冗談?」

歴史学者「いいえ、私も同行してましたから確かです」

医者「嘘だろ……子供におんぶされるオッサンなんて……なんて……」

勇者「大丈夫ですよ。クスクス笑われてただけですから」

医者「それが嫌なんじゃないか!あーあ……」

勇者「あ、ほら、でも、屋台の人は先生のことを兄ちゃんって呼んでましたし。
だから、オッサンだとは思われていないかもしれませんよ」

医者「…………。
でもやだよ。はぁ……」


勇者(……)


勇者「……あの、先生……」

医者「なに?」

勇者「……俺達、先生が屋台で話したこと、聞いちゃったんです」

医者「え?」

歴史学者「ああ、君は全く……。
私が聞き出したんです。申し訳ありません」

医者「えーっと……屋台に行ったとこまでは覚えてるんだけど……なに話したんだっけ?」

勇者「え?」

医者「いや、俺ってお酒入るとめちゃくちゃで。
普段思い出せないようなことまで口走っちゃうし、話した事いっつも覚えてなくてさ」

勇者「えっと……」

歴史学者「内容は秘密です。だって、言ったらかわいそうだから」

医者「かわいそう……?かわいそうってなに?
俺、また変な話しちゃったの?」

歴史学者「そりゃあ、もう……。
ああ、私の口からはとても言えないっ」

医者「頼むから教えて!ねぇ、なんで目そらすのさ」

勇者「いえ……」

歴史学者「じゃあ、勇者くん。我々は海を見に行くとするか」

勇者「そ、そうだな。じゃ、先生またな」

スタタタッ

医者「なんだよ、教えてくれよー!」

148: 2015/05/09(土) 18:20:45.15
歴史学者「全く君は、バカ正直はやめてくれ」

勇者「黙ってたらズルいだろ?
……でも、誤魔化したままの方がいいのかな」

歴史学者「多分な。私にも正解は分からない」

勇者「……」

歴史学者「……まぁ、なんでも良いじゃないか。海に行くぞ!」

勇者「えっ、本当に行くのかよ?」

歴史学者「当たり前だ。しかし、その前に必要な物がある!」

勇者「な、なんだよ」

歴史学者「私は未だにジャージのままなんだぞ。
しかも、下着も同じだ。ほら、何が必要か分かるだろ?」

勇者「……」

歴史学者「なんだその目は。たかったっていいだろ!」

勇者「……どうせ使い道もねーけどさ。なんか気に食わねぇな」

歴史学者「む……どうすれば気に食うんだ」

勇者「土下座」

歴史学者「買ってください、お願いします!」ガバッ

勇者「お、おま、バカ!やめろ!」

歴史学者「買ってー!おねがーい!」ガシッ

勇者「バカ離せ!やめろよ!」

歴史学者「なんだ、君がやれと言ったのに」パッ

マリ「……」じー

勇者「ほら、冷たい目で見られてんぞ」

歴史学者「まさか人がいたとは……恥ずかしいっ」

マリ「別に、なんとも思ってないっすよ」

勇者「だって。良かったな」

歴史学者「良いわけないだろ!」

勇者「それよりよ……お前、それどうしたんだ?」

歴史学者「え?」

勇者「テメェじゃねぇよ。なんだっけ……マリだっけか?」

マリ「なに。なんか用?」

勇者「だから、その……足がなんか」

マリ「ああ、アザのこと。転んじったのよ」

勇者「どんな転び方したんだよ。酷すぎんだろ」

歴史学者「……父親か?」

マリ「……!」

勇者「へ?父親がどうかしたのか?」

歴史学者「いや……なんでもない」

マリ「……じゃ、私は中に戻っから」

歴史学者「待ってくれ。私達と一緒に海に行かないか?」

149: 2015/05/09(土) 18:21:57.71
マリ「……突然なにゆってんの?」

歴史学者「まぁ、その前に服屋にもよるけどな。良いだろ?」

マリ「意味分かんないんだけど。どゆこと?」

歴史学者「意味なんて特にないって。行こーよー」

マリ「そーね……服屋によるんでしょ?
私の分も買ってくれんならいーけど」

歴史学者「良いよな?」クルッ

勇者「……勝手にしたらいいだろ」

歴史学者「だそうだ。さぁ、行こう !」

マリ「ちょっ……マジ?」

歴史学者「大マジだ。マリはこいつの自転車の後ろに乗ってくれ」

勇者「なんでオレが」

歴史学者「ほら、早く早く」

マリ「本気なんね……。ま、いっか」

ストッ

歴史学者「さぁ行くぞ!しゅっぱーつ!」

勇者「うっせぇな!ったく……」

キコキコ

150: 2015/05/09(土) 18:23:55.82
勇者「つっても俺、しまむらがどこにあんのか分からねぇぞ」

マリ「へ?しまむらまで行くつもりなの?」

歴史学者「いやいや、服屋ならどこでも良いんだ。案内してくれ」

マリ「すぐそこよ。角まがってすぐの、「服のカズトシ」って店」

勇者「ふーん……もしかして、あの看板か?」

マリ「そ」

歴史学者「おお、あれか。まずは服を買わないといけないからな」

勇者「買わなきゃってこともねーだろ」

キキッ

店長「いらっしゃいませー」

勇者「おー、いっぱい服があんな。さすがしまむら」

店長「……」

歴史学者「おい、ここはしまむらじゃないぞ」

勇者「え?服屋のことはしまむらって呼ぶんじゃないのか?」

歴史学者「ユニークな勘違いだな」

勇者「うっせーボケ。ほら、さっさと買うぞ」

歴史学者「よし、選ぶか」

マリ「いえーい」

スタスタ

歴史学者「さぁ、君も好きな服を選んでくれ」

マリ「ねぇ、一応聞くけど。後から請求したりしない?」

歴史学者「するわけないだろ。なぁ?」

勇者「別に……」

歴史学者「よし、じゃあ一緒に選ぼうか」

マリ「どーすっかなぁ」

勇者「あ、このヒョウ柄のやつ良くねぇか?」

歴史学者「センスの無いやつは口を出すな。
マリもこんなの放っといていいからな」

マリ「えー、それもカッチョいいと思ったのに」

歴史学者「……」

マリ「じょーだん。さ、選ぶか」

スタスタ

勇者「……フン」

151: 2015/05/09(土) 18:25:30.32


ーーーーー

勇者「遅ぇ……」イライラ

歴史学者「あ、こっちの方が似合うんじゃないか?」

マリ「派手すぎ。私は青のグラデーションのやつにしよっと」

勇者「おい!いつまでやってんだよ!太陽沈むぞコノヤロー!」

歴史学者「なんだよ、心が狭いなぁ。
じゃあ、青いワンピースとカーディガンにしようか」

マリ「あのさ、アンタ自分の選んでなくね?」

歴史学者「あー、んっと、じゃあ選んで貰おう。なぁ」

勇者「なんだよ」イライラ

歴史学者「このズボンの色なんだが、どっちの方が良い?」

勇者「んだよ、口出すなっつってなかったか?」

歴史学者「いいから。どっち?」

勇者「……白」

歴史学者「じゃあ、このチュニックとロングシャツはどっちがいい?」

勇者「…………その左手の方のやつ」

歴史学者「えっ、なんでチュニックの方なんだ?
こっちのロングシャツは駄目か?」

勇者「じゃあ、ロングシャツってやつにすりゃいいだろ」

歴史学者「いや、よく考えて欲しいんだ。
このチュニックの色合いは良いが、私の年齢からすると、少し幼くないか?」

勇者「だから、ロングシャツの方にしろっつってんだろ!うぜぇな!」

歴史学者「本当にロングシャツの方が」

勇者「はいはい、良いんじゃないですかね!素敵ですよ!」

歴史学者「じゃあ、ロングシャツの方にしよっと。
あ、鞄も買っていいか?」

勇者「勝手にしろよ!聞くな!ったく……」

152: 2015/05/09(土) 18:26:51.53
歴史学者「よし。それじゃ、お会計お願いします」

勇者「あ、待て。俺もパーカーとジーパン買わねぇと」サッ

歴史学者「また、似たようなやつを……。本当にいいのか?」

勇者「気に入ってからいーんだよ。
で、どのくらい必要なんだ?」

歴史学者「ああ。じゃあ、これもお願いします」

店長「合わせて2万7120円」

歴史学者「ほら、お金」

勇者「だから、どのくらい必要なんだよ?」

歴史学者「一万円札を三枚だ。
一万円札二枚と、さっきのお釣りでも足りるかもな」

勇者「一万円札ってどれだよ?」

歴史学者「ああ、もう。ちょっと鞄を貸してみろ」

勇者「おい、やめろよ!」

ガサガサ

歴史学者「いいか、これが一万円札だ。そして、これが五千円札。
これが千円札で、これが百円玉で、これが十円玉。
分かったな?」

勇者「分かんねーよ。一気に言いやがって」

店長「はい、まいど」

勇者「お、おう」

歴史学者「さぁ、海に行くぞ!」

スタタタ

勇者「待てよ!ったく」

スタスタ

153: 2015/05/09(土) 18:28:25.88
キコキコ

勇者「しかしよー。海ってどんなとこなんだ?
でっかい水溜まりだって聞いたけど」

歴史学者「それであってるよ。しょっぱい水溜まりだ」

マリ「アンタ海見たことないの?」

勇者「ああ、初めてだ」

マリ「ふーん。まぁ、塩水ばっかでなんにもないとこよ。
砂浜はガラスの破片だらけで汚いし」

勇者「マジかよ……。もっとスゲーもんだと思ってたのに」

歴史学者「何を言ってるんだ。海は魚もとれるし、塩だって作れる」

マリ「でも、ただ見に行くだけなら、退屈なだけねー」

勇者「うーん、なんかスゲー事が起きる訳じゃねぇんだな……」

歴史学者「なんにもなくても、海はキレイだぞ。
君のキラキラしたアンモナイトと同じくらいな」

勇者「……お前、いつの間に見たんだよ」

歴史学者「さっき、鞄の中をあさった時だ。
良い趣味してるじゃないか」

勇者「別に……ヒヌマのガキに貰ったんだよ」

マリ「それって……もしかして、カズキのこと?」

勇者「えっ!?なんで知ってんだよ!」

マリ「近くの自転車屋さんが無くなってから、修理にはヒヌマに行ってたんよ。
ちょい遠めだけど、行くと泊めてもらえたりしてね……。
私もアンモナイトを貰う約束をしてた」

勇者「じゃあ、アイツの友達だったのか?
アイツ、友達がいねぇとか言ってたみてぇだけど」

マリ「それは……多分、私が約束を破ったからだねぇ」

154: 2015/05/09(土) 18:29:37.94
歴史学者「約束?」

マリ「……キレイなアンモナイトを持ってるんだって言われて、見たいってゆったの。
そーしたら、見つかったらやるよって言われてね。
でも、そん時は部屋がぐちゃぐちゃで見つからなかったのよ。
だから、「次にマリが来るときまでに見つけておく、約束だ」って言ってくれてさ……」

勇者「じゃあ、行かなかったのか?」

マリ「まぁね。……あんまり遠出はしなくなったから」

勇者「そんなの、今から会いに行けばいいだろ。ヒヌマまで行くか?」

マリ「えっ」

歴史学者「そうだな。私も付き合うぞ」

勇者「アンモナイトも、俺が返せば良いことだろ。じゃあ、行くか」

マリ「ちょっと待ってよ!」

勇者「なんでだよ?」

マリ「別に……アンタ達には関係ないんだから、ほっといて」

歴史学者「そんなこと言わずに、行」

マリ「放っといてって言ってんでしょ!!」

勇者「……」

歴史学者「……」

マリ「……」

勇者「……分かったよ。そんなに嫌なら行かねぇよ」

マリ「……」

歴史学者「……じゃ、海に行くか」

勇者「おー」

キコキコ

155: 2015/05/09(土) 18:30:51.67
マリ「……」

勇者「もうそろそろかな。あれが海か?」チラッ

歴史学者「まだ全然見えてないぞ。なーにを言ってんだ」チラッ

マリ「……もうすぐよ」

勇者「あ、そう?いやー、楽しみだ……」チラッ

マリ「あのさ、チラチラ見ないでくんない?キモい」

勇者「……」

歴史学者「お、海が見えてきたぞ」

勇者「えっ、マジで?」

歴史学者「ほら、あの青いところ」

ザザー……

勇者「ええっ……あれ全部?」

歴史学者「そうだ。いやー、いつ見ても海はいいな」

勇者「この音はなんだ?ザザーっていうやつ」

歴史学者「海の波の音だよ。満ち引きの音だ」

勇者「満ち引き……?」

マリ「見ないと分かんないっしょ。
そこ下におりるとこがあるから、左」

勇者「あ、ああ」

キコキコ

勇者「うわっ!?なんかタイヤが重いぞ?」

歴史学者「砂がまとわりついてるんだな。もう降りた方が良いぞ」

勇者「そうか?じゃあ支えてっから、お前先に降りろよ」

マリ「言われなくても降りるし」

ストッ

勇者「……広いな……スゲェ……!」

156: 2015/05/09(土) 18:32:29.80
ザザー

勇者「雲がどこまでも続いてるぞ……スゲェな!」

歴史学者「ああ……キレイだな」

マリ「こんなことで感動できていーわね。うらやましい」

勇者「なぁ、あの赤いのはなんだ?ちっせーやつ」

歴史学者「あれは船だろう。なにをしているかは分からない」

勇者「このザザーって音はなんだよ」

歴史学者「ほら、水が動いてる音だ。
手前に来たり奥に行ったりしてるだろ」

勇者「なんで動いてんだ?」

歴史学者「うーん…………。
じゃ、私はさっき買った服に着替えてくる!」ダッ

スタタタ

マリ「ちょっと!……全く」

勇者「なぁ、なんで動いてんだ?」

マリ「知らんっつーの。月の引力がどうとかじゃないの?」

勇者「んー?」

マリ「いいから、海に入って来なって」

勇者「え、入れんの?」

マリ「ちょっと寒いけど、足ぐらいなら入れんじゃん?」

勇者「そういうもんなのか」

スタスタ

マリ「あ、靴脱ぎなよ!」

勇者「えっ?」

マリ「えっ、じゃないよ。濡れるでしょ」

勇者「あ、ああ、そうか。そうだよな」スッ

マリ「ったく……」

勇者「うおっ、砂がペタペタする!
お?なんだこれ。おーい」

マリ「か・い・が・ら、よ。
あのさ、いちいち聞いてこないで」

勇者「うおっ水冷てっ!
……ん!?おい、なんか水が透明だぞ!青いのに透明だ!」

マリ「はぁ……」

157: 2015/05/09(土) 18:33:49.72
歴史学者「お、楽しんでるな」

マリ「勇者様だけがね。私も着替えてくるわ」

歴史学者「ああ。あっちの方にトイレが」

マリ「知ってる」

スタスタ

歴史学者「やれやれ……。おーい!」

勇者「……ん?」

歴史学者「随分楽しそうだな。来て良かっただろ?」

勇者「……まぁ、そりゃ来て良かったっすけど」

歴史学者「砂でお城なんか作っても楽しいぞ」

勇者「へぇ……そうすか」

歴史学者「どうした?よそよそしいな」

勇者「そりゃあ……あれ?お前、学者のヤローか!?」

歴史学者「ヤローじゃないけどな。
髪の毛まとめただけだぞ。分からないか?」

勇者「いや、そりゃ、そんなにキレ……分かんねぇよ!」

歴史学者「怒鳴ることないだろ」

勇者「うっせぇバーカ!あっち行けよ!」

歴史学者「なんなんだ全く……」

スタスタ ストッ

歴史学者「…………海か。
また来ることになるとはな」

158: 2015/05/09(土) 18:35:24.93


ーーーーー

スッ

歴史学者『な、なに?』

母『貝殻。いらないの?』

歴史学者『持って帰っていいの?』

母『一個ならね』

歴史学者『……ありがと』

ーーーーー



歴史学者(思えば、優しかったのはあの時だけだったな。
いや、優しいとは言わないか……)

スタスタ

マリ「なに?その貝がら」

歴史学者「……母親に貰ったんだ。
10年前、一緒にこの海岸に来たときにな」

マリ「へぇ、それはうらやましい」

歴史学者「……」

マリ「別にバカにはしてないって。
本当にうらやましいと思っただけ」

歴史学者「マリはいつだって来れるだろ?こんなに近いんだから」

マリ「近いと逆に来ないもんよ。それに、母親なんていないし」

歴史学者「そうか……悪かった」

マリ「別に。貝がら貰って喜ぶ年でもないしねー」

歴史学者「そういえば、何才なんだ?」

マリ「14」

歴史学者「じゃあ、私がここに来た時と同い年だな」

マリ「えっ、もっと小さい頃だと思ったんだけど」

歴史学者「10年前って言ったじゃないか」

マリ「あー……。
でも、14才が親と海に来て貝がら貰うなんてねぇ。友達いなかったの?」

歴史学者「……いませんでした」

マリ「あっそう。まぁ、でも親とは仲良さそうで良かったじゃん」

歴史学者「いや……全然だ」

マリ「そうなの?」

歴史学者「私の母親は魔物だからな」

マリ「……?」

159: 2015/05/09(土) 18:36:52.99
マリ「魔物みたいな人ってこと?」

歴史学者「違う。警察に見つかって逮捕されたよ」

マリ「ふーん、魔物ねぇ……。貝がらくれる魔物なんて聞いたことないけど」

歴史学者「私もよく分からない。だから、魔物のことを知りたくて、研究してるんだ」

マリ「あっそう。結局、アンタも親に縛られてんのね。がっかり」

歴史学者「……みんなそんなもんだろ」

マリ「そーお?だとしたらつまんないわね。本当に……」

歴史学者「……」

スタスタ

勇者「なぁなぁ、貝がらってめっちゃ落ちてんのな」ガチャガチャ

歴史学者「い、いや、そんな量は落ちてないだろ。
どっから持ってきたんだ?」

勇者「えっ?海の中から」

歴史学者「それ……貝がらじゃなくて、生きてる貝だろ」

勇者「えっ、生きてる?」

マリ「やるじゃん。今日の晩御飯は決まりね」

勇者「ええっ!これ食えんのか!?」

マリ「当たり前じゃない。豪華なねこまんまが作れるわよ」

勇者「結局ねこまんまなのかよ!」

160: 2015/05/09(土) 18:38:41.12
勇者「んー、じゃそろそろ帰っか。さみーし」

歴史学者「そりゃ、服のまま潜ればそうなるだろ。バカだな」

勇者「だって、脱いで入るの嫌だしよ」

歴史学者「まぁ、さっき買ったやつに着替えれば良いだろ。
もう少し待てば、海に夕日が沈むのを見られるぞ」

勇者「ふーん?どんな感じなんだ?」

マリ「海がオレンジ色に染まるのよ」

勇者「おー、それは見てぇな」

歴史学者「ほら、あっちのトイレで着替えてくるといい」

勇者「ああ、分かった」

スタスタ

マリ「……」

歴史学者「……」

マリ「……なんか幸せそうよね」

歴史学者「勇者のことか?」

マリ「まぁ、アイツもそうだけど。
ほら、あっちの家族連れ。
こんな季節にうれしそーにさ」

歴史学者「あれか。確かに、幸せそうだ……」

マリ「……さっき、親に縛られてるって言ったでしょ」

歴史学者「ああ、ちょっとグサッときたよ」

マリ「私も縛られてる方の人間だから。
そうじゃない奴がうらやまひーのよ」

歴史学者「そうなのか?」

マリ「そう。仲が良い親子なんかを見ると、ブツブツ出ちゃう」

歴史学者「私も似たようなもんだ。自分が酷くみじめで汚く感じるよ」

マリ「……ほお、オネーサンも分かんのね」

歴史学者「みんな、そんなもんだろ」

マリ「そうかしら。あの家族連れには、きっと分かんないでしょ。カズキも……」

歴史学者「えっ?」

マリ「なんでもない。とにかく勇者様みたいなのには、理解できなさそうだってこと」

歴史学者「……どうだろうな。アイツもヘビーな人生歩んでるから」

マリ「……」

スタスタ

勇者「夕日はまだか?」

歴史学者「もうすぐだと思うぞ。まぁ、ご飯でも食べながら気長に待とう」

マリ「かったるーい。私そろそろ帰りたいんだけど」

歴史学者「まぁまぁ」

161: 2015/05/09(土) 18:40:04.34


ーーー

ゆらゆら…


勇者「すげぇ……」

歴史学者「ああ……」

マリ「……」


ザザー…


勇者「水面がキラキラ輝いてる……」

歴史学者「ああ……」

マリ「……」


ザザー…


勇者「……」

歴史学者「……」

マリ「……」


ザザー…

162: 2015/05/09(土) 18:41:14.97


ーーー

勇者「あー……、良いもん見た。キレーだったな!」

歴史学者「ああ、想像以上だ」

マリ「大げさ。オレンジ色になっただけじゃん」

勇者「冷めたこと言うなよ。すっげぇキレーだったのによ」

マリ「まっ、息抜きにはなったわ」

歴史学者「さぁ、そろそろ帰るか。暗くなる前に戻ろう」

マリ「あ、出来るだけ急いだ方が良いね。今頃、大騒ぎだろーし」

勇者「大騒ぎ?」

マリ「ウチの父親ね、騒ぐのが大好きなの。
多分、娘はいずこへって騒いでんね。
近所の人も巻き込まれてっかも」

歴史学者「い、いや、日中出かけただけだぞ?
そんなに怒ってないんじゃないかな」

マリ「いーや、完璧にアウトね。
だって海に行くこと、許可とってないもーん」

勇者「お前なぁ……なら、声ぐらいかけてこいよ」

マリ「言ったら必ず反対されるんよ?嫌だね」

勇者「だからって……」

マリ「今言ったってしょうがないでしょ。
早くしないとオネーサン達の仲間も危ないかもね」

勇者「えっ!?なんでだよ?」

マリ「だって、アンタ達に娘が誘拐されたとか思ってっかも知んないわよ」

歴史学者「そうか。
そうなると怒りの矛先は、宿に残った先生になるな」

勇者「ええっ!なら、さっさと帰らねぇと」

歴史学者「仕方ない、急ぐか」

166: 2015/05/10(日) 00:48:39.43
シャーッ キキッ!

勇者「なにモタモタしてんだよ、早く降りろって!」

マリ「うっさい。がならないで」

勇者「ああ、クソッ!怒鳴り声が聞こえてきやがる!」

歴史学者「手遅れだな」

ガチャ

店主の妻「あなたの仲間が連れ去ったんでしょう!?
そうじゃないなら、なんでいないのよ!」

医者「あの……ですから……私には分からないんです……」グスッ

店主「ふざけるのもいい加減にしてくれ!一体マリをどこへやったんだ!」

マリ「ここよ」

店主「……マリ!」

167: 2015/05/10(日) 00:50:11.45
タタタッ

勇者「先生、大丈夫ですか!?」

医者「うぅ……大丈夫じゃないよぉ……バカァ……」グスッ

歴史学者「ホントすんません」

店主の妻「マリちゃん大丈夫?怪我はない?」

マリ「大丈夫だから触らないで」

店主の妻「だって、ワタシ心配で心配で……。
無事で良かった……!」シクシク

マリ「あーはいはい。悪かったですね」

店主「マリ、一体どういうことなんだ?」

マリ「服買ってもらって、海を見てきたのよ。あとお昼ご飯もごちそうになった。
それだけ」

店主「酷いことはなにもされてないのか?」

マリ「別に。酷いことならいつもされてるし」

店主「……なんだその言いぐさは。 本当に心配してたんだぞ」

マリ「本当に?笑わせないで。そうやって良い人ぶりたいだけでしょ」

店主の妻「マリちゃん、そんなこと言うもんじゃないわ。
お父さんはあなたのことを」

マリ「うっさい。帰って来て早々これだから嫌なのよ。
……気持ち悪い」

店主「……!」バッ

パシンッ

168: 2015/05/10(日) 00:51:28.46
マリ「ッ……」

勇者「おい!やめろって!」ガシッ

歴史学者「いちいち手をあげるのはやめろ!」ガシッ

店主「離してください!そもそも、アナタ達がマリを連れ出すからでしょう!
探すのを手伝ってくれた近所の人にだって、菓子折りを持っていかなきゃいけないんですよ!
ただでさえウチは貧乏なのに!」

医者「お礼なら私が用意しますから!もうやめて下さい……!」

グッ

勇者「先生……」

医者「……私にも娘がいます。
だから、私は娘さんが叩かれるところなんて見たくないんです……!」

店主「……。
分かりました。でも本来なら警察に突き出されてもいいってこと、分かってますよね?」

医者「ええ……」

パサッ

医者「これで足りますか」

歴史学者「……!」

マリ「ちょっと……!」

店主「……まぁ、これだけあれば十分ですね。
じゃあ、マリは夕食の準備をしてあげてくれ」

マリ「……」

店主「返事は?」

マリ「……分かったわよ。アンタ達は部屋に戻って」

医者「は、はい」

勇者「おう」

歴史学者「……」

スタスタ

169: 2015/05/10(日) 00:52:50.26
バタンッ

歴史学者「……」

勇者「とりあえず一件落着って感じか?良かったなー」

医者「ああ。店主さん、引き下がってくれて良かった」

歴史学者「……なにも」

勇者「ん?」

歴史学者「なにも良」

ガチャッ!

マリ「良くないよ!」

医者「ひっ」

勇者「えっ?」

歴史学者「マリ……!」

マリ「なにも良くなんかない!なんでお金なんか渡したのよ!
しかもあんな額!」

医者「い、いや、その、別に大した額じゃ」

マリ「すぐにギャンブルに消えるだけなのよ!菓子折りなんて買う気はないんだから!」

医者「いや、だ、だとしても、別に……」

マリ「バカじゃないの!……バカじゃないの……!」ポタッ

ポロポロ

医者「!!!」ビクッ

勇者「お、おい、泣くことな」


ーーー

『……パパ……』ポタッ

ーーー


医者「ぁ……」ガタガタ

勇者「ん?」

医者「……うわああああ!!」ダッ

ダダダッ ! バタンッ!

勇者「……え?」

歴史学者「は?」

170: 2015/05/10(日) 00:54:08.16
勇者「……なぁ、マリ。ちょっと待っててくれな」

マリ「……」

勇者「おーい、先生?」

医者『……』

勇者「先生、なんで風呂場に行くんです?開けますよ?」

医者『……やめてちょうだい!アタシのことはほっといてよ!』

勇者「はぁ?」

歴史学者「なんだ?」

医者『もうイヤ……もーイヤよ……。アタシには構わないでっ!』

勇者「……なぁ」チラッ

歴史学者「私を見るな。私にも分からん」

勇者「……」

歴史学者「……」

マリ「……」

勇者「……とりあえず放っとくか。そんじゃ、マリも座れよ」

マリ「う、うん」

歴史学者「話ぐらいなら聞いてあげるから」

マリ「ああ、ありがと……」

ストッ

171: 2015/05/10(日) 00:55:16.63
マリ「……なんか、涙が引っ込んだわ」

勇者「なんだろうなアレ……」

歴史学者「気にするな。そんなことより、マリの話を聞かせてくれ」

マリ「んー。まぁ、なんかね。
親父に金なんてもったいないってさ」

勇者「ギャンブルがどうとかって言ってたよな。
ギャンブルってなんだ?」

マリ「あの人、競馬が好きなんよ。そんで、ほぼ必ずすってくんの」

勇者「競馬?」

歴史学者「馬をあやつって、速さを争うことだ。
どれが何着か客が予想して、お金をかけるんだよ。
予想が当たればお金は増えるが、外れればお金は無くなる」

勇者「ふーん」

歴史学者「……まずいな。先生の解説病がうつったか?」

勇者「なんだそれ。それより、金が無くなっちまうのはヤバくねぇか?」

マリ「ヤバイなんてもんじゃないわよ。
その度にイライラして、お酒飲んで暴れるんだから」

勇者「暴れる?そんなふうには見えなかったけどな」

マリ「あの芝居がかった喋り方で分からない?
頭のネジが外れちゃってんのよ」

歴史学者「……」

マリ「ご飯抜きなんてのはしょっちゅうで、アイツ、テーブルごとご飯引っくり返すんよ。
最悪でしょ?」

勇者「なんでそんなことすんだよ」

マリ「さぁね、そういうのに憧れてたんじゃないの?マンガとかではよくあるじゃない。
ずっとやってみたかったんでしょうね 」

歴史学者「……」

172: 2015/05/10(日) 00:57:01.89
マリ「最初の内はビクビクしながらやってたんだけどね。ここまでやったら怒られるかな、みたいな。
人の顔色伺って、ホントお笑いよ。
でも、誰も何にも言わないから調子乗ってんのね」

勇者「それなら、やり返せばいいじゃねぇか」

マリ「はい?……あのねぇ、あんな暴力バカ相手に何が出来んのよ。
私は、天井に貼り付いた味噌汁のワカメを、笑って見てただけ。
…………そんなの、面白くなんかないのに……面白いと思ってたのよ……!」グッ

勇者「おい……」

マリ「どんなにむなしいか分かる!?
母親はいなくなって、不倫相手が家に住み着いて。しかも、そいつも頭が腐ってる!
ウチには、自分に酔ってる奴しかいないのよ!」

勇者「落ちつけって!色々あんだろうけど、二人ともお前のこと心配してたじゃねぇかよ」

マリ「心配なんかしてないわよ!
アイツは金のことと、娘を誘拐された父親役に酔ってただけ!
女の方は、義理の娘を心配する母親役に酔ってただけ!
分からないの!?」

勇者「いや、でも……」

マリ「あの女、なんて言ってたと思う?
暴力ふるわれてんのに、「ソウイチさんは私が守らなきゃ……」なんて目キラキラさせてたのよ。
私がいくらアイツのことを訴えても「ソウイチさんはそんな人じゃない」「ソウイチさんはカッコいいよ」なんて繰り返すだけ。
…………しかも私が殴られそうになったとき、全身で私を抱え込んで、暴力から庇いやがったのよ!
ホントに素晴らしいわよね……!!」

勇者「……」

歴史学者「……」

マリ「……分かんないでしょ。誰にも分かるわけないもんね。
いくら話したってなにも……」

歴史学者「いや……、少しだけなら分かるよ」

マリ「なぐさめはいらない。無理しないで」

歴史学者「無理はしてないさ。ただ、私も暴力を受けて育ったんだ」

勇者「えっ……」

マリ「……!」

173: 2015/05/10(日) 00:59:12.43
歴史学者「あの頃を思い出すと、いつも薄暗いんだ。
外がどんなに明るくても、家の中で髪の毛を引っ張られ、引きずり回されてる」

マリ「……」

歴史学者「色んな作品に首を絞められるシーンってあるだろ?
ずっと忘れてたけど、そういうのを見て思い出したんだよ。
壁に押さえつけられて、足は地面につけなくて……本当に舌が口からこぼれ落ちるんだ。
フィクションでまでこういうシーンを見ると、世間の認識なんてこんなもんかと、いつも思うよ」

勇者「……」

歴史学者「……その飛び出た舌の上にな、何か感触があったんだ。
私は「小さな白いUFOが乗ってる」って思った」

勇者「は?」

歴史学者「その瞬間からUFOの事が気になって、首を絞められてることより、それしか頭になかった。
意味が分からないだろ?」

勇者「……少しも分かんねぇよ。何を言ってんだ?」

マリ「私は少し分かる気がする……。現実逃避してたってことじゃない?」

歴史学者「どうやら、そうだったみたいだ。
本当に辛いときは、どうでも良いことが気になるもんなんだな。
喘息の発作で氏にかけた時も、ずっと本の並びが気になってたし」

マリ「まさかオネーサンもこっち側の人間だったとはね……。そんな気はしてたけど」

歴史学者「きっと、こんなやつはザラだと思うぞ。
そこら中にゴロゴロしてるんじゃないか?」

マリ「だから、そんななぐさめはいいの。本当のことを教えて」

歴史学者「なんだ?」

マリ「どうやってその生活から抜け出したの?」

174: 2015/05/10(日) 01:00:24.49
歴史学者「……」

マリ「それぐらい教えてくれても良いでしょ」

歴史学者「……私の力でじゃない。突然、両親が逮捕されたんだ」

マリ「逮捕?……ああ、魔物だったからとか言ってたね」

歴史学者「私の母親は魔物で、父親はその魔物にたぶらかされていたってことになってな。
二人とも私を残して、捕まった」

マリ「なんだか嘘くさい経歴ね。両親が捕まったあとは、生活はどうしてたんよ?」

歴史学者「父親の親に預けられて、家を飛び出すまでそこにいたよ。
それからはアルバイトしながら、魔物の研究を続けてた」

マリ「ふーん……。一応聞くけどさ、親とは和解した?」

歴史学者「いや……逮捕されたっきり会ってないからな。
話す機会すらなかったよ」

マリ「もし親が逮捕されてなかったら、どうなってたと思う?」

歴史学者「……多分、氏ぬことは無かっただろうな。
けれど、悲惨な毎日が続いたらだろうと思うよ。
私の力じゃ、どうすることも出来なかったから……」

マリ「やっぱりそうなんね……分かった、ありがとう」スタッ

スタスタ

勇者「お、おい。どこに行くんだよ?」

マリ「部屋に戻るだけよ。もう寝るわ。オヤスミ」

ギィ バタンッ

勇者「……」

歴史学者「……」

勇者「……」

歴史学者「……じゃ、私たちも寝るか」

勇者「なぁ……」

歴史学者「……」

勇者「……」

歴史学者「……冗談だよ、全部」

勇者「えっ」

歴史学者「UFOがどうのだの、本の並びが気になるだの、嘘に決まってるじゃないか。
信じたのか?」

勇者「いや……」

歴史学者「じゃ、オヤスミ」

バサッ

勇者「……」

バサッ

175: 2015/05/10(日) 01:01:39.27


ーーー

チュン チュン

勇者「うーん……」

歴史学者「ぐがー」

勇者「ん……もう朝か。眠った気がしねぇな」

ブツブツ

勇者「ん?何の音だ?」

ブツブツ

勇者「もしかして……先生の声か?」トッ

スタスタ

勇者「……開けますよー」

ガラッ

医者「うーん……やめてくれ……助けて……」

勇者「なにうなされてんですか。おーい」

ユサユサ

医者「う……うわっ!」ガバッ

勇者「な、なんすか?」

医者「……なんだ君か。驚かさないでくれ」

勇者「なんだじゃないでしょう。なんで風呂場で寝てるんすか」

医者「うーん?そういえば、なんでこんなところにいるんだろ」

勇者「また忘れたふりっすか」

医者「ふりじゃなくて……あれ、なんだか苦しい。
思い出そうとすると、胸がぎゅーって」

勇者「はいはい、もう良いっすから。部屋の方に戻りましょうよ」

医者「え、ええ。そうね」

勇者「またカマくさくなってますよー」

医者「あれ?おかしいな……」

勇者「ったく……」

176: 2015/05/10(日) 01:03:08.55
スタスタ

歴史学者「んふふ……ぐっもーにん……」

勇者「なにニヤニヤしてんだよ。寝ぼけんな」

歴史学者「寝ぼけてないよーん……。センセ、おはよ」

医者「う、うん」ビクッ

勇者「なんで俺の後ろに隠れるんです?」

医者「いや……なんか怖くて……」

歴史学者「えー……うふふ……」

医者「ひっ」

勇者「あーめんどくせぇ。俺はトイレに行きますからね」

医者「いや、ちょっと、置いていかないで!」

ギィ バタンッ

歴史学者「んー……」コテン

177: 2015/05/10(日) 01:04:22.51


ーーー


勇者「で、今日はどうすんだよ」

歴史学者「どうすんだよって、君たちには目的があってこの街に来たんだろう?」

医者「た、確かにそうだけど……。魔物のこと調べてみる?」

歴史学者「ええ、私もついていきますよ」

勇者「お前は残んなくて良いのかよ」

歴史学者「私がマリにしてやれることは何もない。
……私にはどうすることも出来ないからな」

勇者「……」

歴史学者「さぁ、決まったらまずは聞き込みだ。
海なら人がちらほら居たよな」

医者「今度は俺が君を後ろに乗せるよ」

歴史学者「当たり前です。レディに自転車を漕がせるなんて間違ってるわ」

勇者「レディ?」

歴史学者「はいはい、どうでもいいから行くぞ!」

スタスタ

勇者「先生、外ではオカマ化しないで下さいね」

医者「オカマ……」

ギィ バタンッ

178: 2015/05/10(日) 01:05:46.99
キコキコ

勇者「それにしても、腹減ったなー」

歴史学者「昨日は食べないまま寝ちゃったからな。
海の家でなにか売ってればいいのに」

医者「この季節だからね。とりあえず、あそこのお店に寄ってみない?」

勇者「お店?」

医者「ほら、看板が出てるだろう。多分、定食屋だと思うよ」

勇者「ふーん、じゃあ行きましょうか」

キキッ

歴史学者「おお、さびれぐあいが良い感じ」

医者「そんなこと言わないで……。だって、他に見当たらないじゃないか」

歴史学者「いえ、本当にこういうお店は好きなんですよ」

ガララッ

店長「いらっしゃいませー」

勇者「よし、なに食うかな」

歴史学者「私は刺身定食がいいな」

医者「じゃあ、俺はトンカツ定食にしようかな」

歴史学者「あれ、怒らないんですか?」

医者「えっ、何を?」

歴史学者「だって、刺身定食ってお高いでしょう」

医者「ああ、お金のことなら気にしないで。君はなんにする?」

勇者「えーっと、豚のしょうが焼き定食ってやつが気になりますね」

医者「しょうが焼きか、良いね。きっと気に入ると思うよ」

勇者「じゃあ、俺はこれで」

医者「みんな決まったね。すいませーん」

店員「お決まりですか?」

医者「ええ。刺身定食とトンカツ定食と……」


ー10分後ー

店員「お待たせしましたー」カチャ

勇者「うおっ、うまそうだな」

歴史学者「ああ、刺身なんて何年ぶりだろう……」

医者「いい香りだね。いただきまーす」

歴史学者「いただきます」

勇者「うめぇ!この白いのなんでしたっけ。
めちゃくちゃウマイんですけど」

医者「お米だよ。ホントに美味しいね」

歴史学者「なーに米だけ食べてるんだか」


ガララッ

店員「いらっしゃいませー」

179: 2015/05/10(日) 01:08:43.66
スタスタ

「こんにちはー!ああ、疲れちった。レバニラ定食お願いしまっす!」

店員「かしこまりましたー」

勇者「なんかうるさいのが来たな」

歴史学者「そういうこと言うな。こっち見てるぞ」

「……」ジーッ

勇者「うっ、ホントだ。あんなの無視無視」

「……」

勇者「……」

「……」

勇者「……」

「……」

勇者「……なんなんだよお前!」バンッ

「だって露骨なまでに無視するからぁ。
記者だからってそんなに嫌うことないだろ?」

歴史学者「記者なんですか?」

記者「そうそう。雑誌記者やってまーす」

勇者「なんだか知らねぇが、俺達に何の用なんだよ」

記者「アンタらこの街の人だろ?ちょっとインタビューさせて欲しいんっすよぉ。
ね、お願い」

歴史学者「いや、私達は地元の人間じゃないぞ」

記者「ええー。ま、いいや」

勇者「いいのかよ」

記者「どうしてこの街に来たんですか?」

医者「……ちょっと旅行に」

記者「家族旅行ですかぁ、いいなあ。
それじゃ、お父さん。どうしてこの場所をお選びに?」

医者「お父さん!?」ガーン

記者「あれ、違いました?まぁいいや。なんで選んだんですか?」

医者「……」シクシク

歴史学者「いや、ちょっと田舎でのんびりしたくて」

記者「そうですか。お子さん連れで大変ですね」

歴史学者「お子さん!?」ガーン

記者「えっ違うの?ま、気にしないでよ。
ボクちゃん、旅行楽しい?」

勇者「誰がボクちゃんだコノヤロー!」

記者「なんだよ、怒鳴ることないだろ?
いっつもこうなんだよな。誰もちゃんと答えてくれねぇの」

勇者「お前が悪いんだろ!もうあっち行けよ!」

記者「いいじゃん、もうちょっと話聞かせろよぉ」

勇者「ふざけんな!すでにスゲー不快なんだよ」

記者「仕方ねぇなー。分かった、これだけ聞かせて」

勇者「なんだよ」イライラ

記者「ここらへんの魔物のウワサって知ってる?」

勇者「……!」

180: 2015/05/10(日) 01:09:56.49
記者「ねぇねぇ、どうなんだよ」

勇者「……お前はなんか知ってんのか?」

記者「そりゃあな。タケオっていう農場経営者のとこで、魔物が働いてるらしいっすよ」

勇者「タケオ?」

記者「一軒だけタカーイ塀の家があってね。
農地もハンパなく広いから、魔物に農場の管理を手伝わせてるっていう、ウワサ」

勇者「ふーん……魔物にねぇ」

記者「なんだよその顔。信じてないだろ」

勇者「だってよ、魔物に手伝わせる必要あっか?リスキー過ぎんだろ」

記者「俺たちの想像以上にがめついらしいから、どうだか分かんないぜ。
だって魔物ならこき使えるし、給料いらないだろ」

バンッ!

勇者「!!」ビクッ

記者「今の店長さん?」

店長「……アンタら、ウチの店から出ていってくれ」

記者「そんな。まだ俺レバニラ食べてな」

店長「出ていけ!!」

記者「なんだよクソオヤジが……」

勇者「……どうしますか?」

医者「出るしかなさそうだね。お代、ここに置いておきますから」

店長「……」

スタスタ

187: 2015/05/11(月) 02:52:46.21
記者「あーあ。店長さん、何を怒ってんだか」

医者「アナタが魔物の話なんかするからでしょう。
誰だって怒りますよ」

歴史学者「本当に迷惑な人だな。お陰でほとんど食べられなかったぞ。
刺身だったのに」

記者「俺だってレバニラ食べ損ねたんだよ!あー最悪だ」

勇者「そんなことより、そのタケオって奴のこともっと教えろよ」

記者「もっとって言ってもなぁ。タダで話せってか?」

勇者「はぁ?」

記者「俺、アンタらにインタビューしようとしただけなんだよ。
なのに、何でこっちが話さなきゃいけないのかねぇ」

勇者「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

記者「なんかスクープをくれたら、話してあげてもいいけどな」

歴史学者「全く、図々しいにも程がある。なーにがスクープだ。
そんなものあるわけないだろ」

勇者「なぁ、スクープってなんだよ?」

記者「意味を聞いてんのか?
あのな、インパクトがあるようなことをスクープって言うんだよ」

勇者「インパクトってなんだ?」

記者「はぁー……みんなが驚くようなこと。
これで分かっか?」

勇者「驚くようなことか。なら、これはどうだ?」

記者「なんかあんのかよ」

勇者「俺は勇者なんだよ」

記者「……はぁ?」

188: 2015/05/11(月) 02:54:17.39
勇者「なんだよその顔」

記者「あのな、大人をからかうのもいい加減に」

勇者「うるせぇ。光れば信じんだろ」

記者「光る?」

ピカー!

勇者「ほらどうだ」

記者「うはー!どうやってんだよ!お前すげぇな!」

勇者「七色に光ってやろうか?」

記者「ぜひ見たい!早く!」

医者「早くやめなさい。そんなことはしなくていい」

勇者「ちぇー、わかりましたよ」

フッ

記者「ああ、クソ。でも光れるってだけで大スクープだな。
ホントにどうやってんだよ?」

勇者「俺にも分からねぇよ。
そんなことより、タケオっつーやつのこと教えろ」

記者「仕方ねぇな、話してやるよ。
43才のオッサンで、独身だったな」

医者「オッサン……」

歴史学者「ま、まぁ、続きを聞きましょう」

記者「ここらへんの公共機関に投資してて、こいつの金で成り立ってる所がいくつもある。
学校も警察も病院も、その他もろもろこいつが牛耳ってるよ」

歴史学者「それなら店長さんが怒っても当然だな」

医者「しかし、さっきタケオさんはがめついと仰ってましたよね?
どういうことですか?」

記者「自分が使うと決めたら、いくらでも使うんだよ。
でも、それ以外にはびた一文支払わない。
ここらに投資してるのは、殿様気分でいられるからだろうな」

189: 2015/05/11(月) 02:55:23.97
勇者「殿様気分?」

記者「だぁれも頭が上がらないからさ。
それを良いことに、かなり好き勝手やってるみたいだぜ」

歴史学者「なんだかろくでもない話ばかりだな」

記者「そうだな。ああでも、一回だけ住民達が反旗をひるがえしたこともあっぞ。
10年前にまじない師がやって来て、住民をけしかけたらしい」

勇者「マジかよ。それでどうなったんだ?」

記者「住民の惨敗。どうやらその時、魔物が騒動を鎮圧したとかしてないとか。
それで、あの農場では魔物が働いてるってウワサが広まったっつーこと」

勇者「10年もの間、ウワサについて誰も調べなかったのか?」

記者「調べられるわけないだろ?相手は権力者だぜ。
しかも王家の血をひいてるとか、そんな話まであんだからな。
誰が手出せんだ?」

勇者「じゃあ、アンタはなんで調べてんだよ」

記者「最近、農場にいくつも馬車が乗り入れてたんだよ。
中には何が乗ってたと思う?」

勇者「さぁ……なんかヤバいもんなのか?」

記者「相当ヤバイな。ありゃあ絶対魔物だった」

歴史学者「アナタが見たんなら、真偽は怪しいな」

記者「残念だったな、俺以外にも何人も見てんだよ。
どうやらヒヌマから来た馬車だったらしい」

勇者「なんだと……!?」

190: 2015/05/11(月) 02:56:30.51
記者「なんだよ、どうかしたか?」

勇者「その魔物ってのは、ピンク色のやつらか」

記者「そのとおり。50人ぐらいはいただろうな」

勇者「……先生、もしかしたらそいつらって俺が……」

医者「……」

記者「一体なんなんだよ。急に暗くなってよぉ」

勇者「……」

医者「……」

歴史学者「……馬車を見かけたのはいつのことなんだ?」

記者「つい何日か前だよ。きっとアイツらはヒヌマから売られてきたんだな」

勇者「売られてきただと!?」

記者「ああ、だからヒヌマに揺さぶりをかければ、タケオも引っ張り出せるかもしれないだろ。
そうしたら特大スクープってわけよ!」

勇者「……」

歴史学者「アホらしいな。アンタのことなんか誰も相手にしないだろう」

記者「クソ編集長もそう言うんだよ。
会社からストップがかかっちゃってるから、なぁんにも出来ねぇし。
だから地味ーに聞き込みなんてやってるわけ」

医者「その辺にしといた方が良いですよ。
危ないことに、自ら関わる必要なんてありませんから」

記者「危ない危ない言ってたら記者なんて続けられねぇだろ?
俺はスクープが欲しいんだよー!」

勇者「……うぜぇな。何がスクープだ。
勝手にはしゃぎやがって」

記者「なんだよ、記者がスクープ狙って何が悪い」

勇者「黙れ、もうアンタに用はねぇ。消えろ」

記者「はぁ?なんだよその態度。
こんなに話してやったのに、何が不満だっつーんだよ」

勇者「いちいちカンにさわんだよ……!消えろ!」

記者「ああそうかい。もうなんにも教えてやらねぇよ。
それではみなさん、ごきげんよう」

スタスタ

191: 2015/05/11(月) 03:00:30.67
勇者「クソッ……」

歴史学者「……なにを憤ってるのか知らないが、私からすれば君もアイツと同じだ」

勇者「なんだと……!」

歴史学者「君が原因なんだろう?ここに魔物が売られてきたのは」

勇者「……こんなことになるとは思って無かったんだ!
アイツら更正させるって……」

歴史学者「魔物をか?更正なんて何様のつもりだ。
その魔物が君達になにをしたんだ?」

勇者「なにをって……町が襲われそうだったから……」

歴史学者「襲われそう?そうってなんだ。
襲ったのは君たちの方じゃないのか?どうなんだ!」

医者「もうやめてくれ。この件は彼の責任だけじゃない。
彼は巻き込まれただけなんだ」

歴史学者「そんな言葉で誤魔化してどうるんです?
彼のようすを見れば、私にも嘘だって分かりますよ」

医者「そうだとして、今彼を責めてなんになる?」

歴史学者「……」

医者「君にも事情はあるだろうが、俺は魔物に同情なんかいらないと思う。
売られようが氏のうが勝手にすればいい」

歴史学者「なんですって?」

医者「俺は魔物なんか大嫌いなんだよ。憎くて仕方ないし、庇う言葉なんて聞きたくもない。
でも、君の言葉なら少しは聞いてみようと思う」

歴史学者「……!」

医者「だから、君も少しでいいから、彼の立場を考えてあげてくれ。いい?」

歴史学者「……」

192: 2015/05/11(月) 03:01:44.02
医者「さて、一旦宿に帰る?
行きたいところがあるなら、一緒に行くけど」

勇者「……先生。俺、先生が魔物を憎む気持ち分かります」

医者「そう……」

勇者「でも俺、どこかで納得いってないんです。
このままでいいとは思えなくて……」

医者「具体的にはどうするつもりなの?」

勇者「……まだ分かりません。
でも、魔物に会えば分かるような気もするんです」

医者「……そもそも、魔物が働いてるかどうかも分からないからね。
調べてみる?」

勇者「……はい!」

医者「君も一緒に来るよね?」

歴史学者「……ええ」

医者「良かった。でも、どうしようか。
農場に入り込む訳にもいかないし」

勇者「えっ、入り込まないんですか?」

医者「いや、どうせ入るにしても夜の方がいいだろう?」

勇者「確かに、真っ昼間にはヤバイですね……」

医者「じゃあ、やっぱり宿に帰った方がいいんじゃないかな。
君はどう思う?」

歴史学者「……まぁ、私もその方がいいかと。
仮眠もとらないといけませんしね」

医者「じゃ、決まりだね。帰ろうか」

勇者「はい……」

スタスタ

193: 2015/05/11(月) 03:03:31.32
医者「あの女の子にも話を聞けると良いんだけど」

歴史学者「女の子ってマリのことですか?」

医者「うん。なんかしっかりしてそうだったし、色々聞けるかも」

勇者「先生じゃ、まともに会話できないんじゃないですか」

医者「それはさ、君達が話を聞いてくれればいいじゃん。
俺、部屋で待ってるから」

歴史学者「そんな。
私たちに押し付ける気ですか」

医者「だって嫌なんだもん。二人で行ってきてくれよ」

勇者「だもんじゃないっすよ。全く、頼りにならねぇんだから……」

医者「じゃー頼んだよ。あとはよろしくっ」

スタスタ

歴史学者「ああもう……」

勇者「……」

歴史学者「……」

勇者「……マリ、いっかな」

歴史学者「さぁな……」

勇者「……」

歴史学者「……」

勇者「……あのさ」

歴史学者「……なんだ」

勇者「……」

歴史学者「……」

勇者「……」

歴史学者「……悪かった、ごめん」

勇者「別に……俺が悪ぃんだし」

歴史学者「……」

勇者「……」

マリ「アンタ達、なにやってんの?」

194: 2015/05/11(月) 03:05:12.68
勇者「ま、マリ」

マリ「なに驚いてんの。私、さっきからずっとここにいたけど」

歴史学者「気がつかなかった……」

マリ「まぁね、気配消してたから。
それより、その暗い顔やめてちょーよ」

勇者「……」

歴史学者「……」

マリ「ねぇ、なんか知らんけど、仲直りしたいんじゃない?
ここは一つ、握手でもしたら?」

勇者「握手?」

歴史学者「それは……」

マリ「握手って仲直りには凄く効果があるらしいんよ。
ほらほら、手握って」

勇者「うーん……」

歴史学者「……まぁ、言う通りにしてみるか?」

勇者「あ、ああ」

スッ

二人「……」グッ

マリ「うわっ、ホントにやるなんて」

勇者「な、なんだよ。お前が言ったんだろ!」

マリ「まー、いいじゃん。仲直りおめでとう」パチパチ

勇者「まぁ……悪かった」

歴史学者「いや、私のは八つ当たりで……」

マリ「だーから、暗い顔はやめてって。
じゃあ、私はもう行くからね」

勇者「あ、ちょっと待ってくれよ」

マリ「なんすか?」

勇者「いや、俺達お前に用があんだ」

マリ「はい?なら先に言ってよね。
まぁ、仕方ないからちょっと待ってて」

スタスタ

勇者「……」

歴史学者「……仲直り、成立か?」

勇者「お、おう……」

歴史学者「良かった。君と話せなくなるのは辛いからな」

勇者「……俺もだ」

歴史学者「そうか……ありがとう」

勇者「いや、別に」

歴史学者「……」

勇者「……」

195: 2015/05/11(月) 03:06:43.24
スタスタ

マリ「お待たせっ!さぁ、何の用?」

歴史学者「……なんだか凄い話を聞いてしまってな。
タケオという名は聞いたことあるか?」

マリ「ああ……。ここらへん牛耳ってるおっちゃんっしょ?
私にはあんま関係ないけどね」

勇者「……魔物を働かせてるってのは本当なのか?」

マリ「さぁ。噂はあるけど、ホントのことは誰も知らないよ。
ずっとどこまで行っても塀で囲われてんもん」

歴史学者「タケオはどこに住んでるんだ

マリ「こっから東に行けば、塀にはぶつかんよ。
でもねー、私も門のあるとこまで行ったことないから」

勇者「東か……。ありがとな」

マリ「忍び込もうとしてんならやめた方がいいんじゃない?
レーザーだのビームだの地雷だの、変なウワサばっか聞くけど」

勇者「……でも、確認しなきゃなんねぇんだ」

マリ「あっそ、ならとめないよ。私も忙しいし」

歴史学者「なにか手伝おうか?」

マリ「うーん、ならお金ちょうだい」

歴史学者「えっ?」

マリ「マネーよマネー。ないならほっといて」

勇者「いくら必要なんだ?」

マリ「全然分かんない。100万くらい?」

歴史学者「100万!?」

マリ「ジョーダンよ。だけど、ホントにいくらかかんだろ」

歴史学者「一体なににそんな」

勇者「これで足りっかな?」

バサッ

マリ「なっ……!」

歴史学者「お、おい!」

勇者「どーせ俺が持ってても使い道ねーし。やるよ」

マリ「なに、どーいうこと?からかってんの?」

歴史学者「いや、彼は本気だ。お金の価値を分かってないんだ」

マリ「もー意味分かんない。
アンタねぇ、そんなもんさっさとしまいなさいよ」

勇者「なんでだよ。やるって」

マリ「ふざけないで。そんなに持ってんだから大事にしなさいよ。
じゃあね」

スタスタ

196: 2015/05/11(月) 03:08:34.48
勇者「……別にふざけてねぇんだけど」

歴史学者「十分ふざけてるぞ。君も先生もな」

勇者「なんで先生まで」

歴史学者「君たちは金銭感覚がおかしいんだ。
先生がマリの父親に渡した額も相当なもんだったぞ。
それも平気な顔して……」

勇者「うーん、おかしいのか」

歴史学者「そうだな……君は好きなものはないのか?」

勇者「焼き鳥は好きだぞ」

歴史学者「屋台の100円ぐらいのやつなら、10000本は買えるな。
君のお金だけで、だ」

勇者「マジかよ。10000本はすげぇな。大事にしよ」

歴史学者「マリがいい子で良かったな。
さて、じゃあ夜まで寝るか。今日忍び込むんだろ?」

勇者「ああ……ってか、ホントにお前もくんのかよ」

歴史学者「一人で残されるのも嫌だからな。
それにタケオのことは前から気になってたんだ」

勇者「なんだよ、前から知ってたのかよ」

歴史学者「詳しいことは知らなかったぞ。
だが、タケオってやつは、ずっと魔物の擁護団体にマークされてたんだ。
表向きは善人面して、陰でなにしてるやつなのか気になっててな」

勇者「ふーん、ならいいけどよ。
無理してついてこようとしてんなら、悪ぃと思ってさ」

歴史学者「私が無理なんかするわけないだろ。
しかも君達相手に無理したって、何の得にもならないじゃないか」

勇者「オメーはそういう奴だったな。心配して損したぜ」

ガチャ

医者「グー」

勇者「寝るのはぇぇ……。
ま、俺達も早く寝ねぇと」

歴史学者「そうだな。君も無理はやめた方がいいぞ。
おやすみ」

勇者「別に俺は無理なんてしてねーよ。俺のどこが」

歴史学者「グー」

勇者「……チッ。のび太かよ、こいつは」

197: 2015/05/11(月) 03:10:07.70


ーーー

医者「ふわぁ……。うーん、塀の前まで来ちゃったね」

歴史学者「この『ほーほーほほぅ』っていうのはなんでしょう。
夜になると聞こえますけど」

医者「確かミミズクかフクロウの鳴き声だったなぁ。
どっちか忘れちゃったけど」

勇者「そんなことどーでもいいっすから、早く入りましょうよ。
こん中だって分かってんすから」

医者「それはそうだけど……どうやって?」

勇者「俺に任せて下さい。うーん……はい、どうぞ」

歴史学者「なにも変わってないぞ」

勇者「バリバリ変わってるっつーの。ほら」

ずぼっ

歴史学者「……壁に穴開けたのか?」

勇者「穴っちゃ穴だな。でも腕抜けばもとに戻るだろ?」

ずぼっ

医者「うーん、不思議だなぁ」

歴史学者「トンネル効果ってやつじゃないですか?」

医者「いや……トンネル効果は染み出すっていうか……。
そもそも量子力学の分野で」

歴史学者「すんません、本気で言ったんじゃないんです。バカでごめんなさい」

勇者「なにをごちゃごちゃ言ってんだよ。誰から行く?」

歴史学者「君は勇者なんだろ?
先に行って見てきてくれれば良いじゃないか」

医者「そんな危ないことはさせられないよ。俺が行くから」

勇者「いや、でも」

医者「俺になにかあっても、助けに来ちゃダメだよ?
危ない真似はしちゃダメだからね」

スッ

勇者「あ、ちょっと!」

歴史学者「ハリポタの駅みたいだな」ドキドキ

勇者「先生だけで大丈夫かな。すぐに見つかって捕まるんじゃ」

『……!なんですかアナタは』

医者『い、いや、私は』

歴史学者「さっそくだな」

勇者「ったく!」

スッ

198: 2015/05/11(月) 03:11:36.00
魔物「……外の方ですね。どこから入ってきたんです」

医者「いや、その」

勇者「先生から離れろよ魔物ヤロー。ぶっ飛ばすぞ」

医者「ちょっと、なんで君達」

歴史学者「ウフ、来ちゃった」

魔物「お仲間もご一緒ですか。
どういったご用件なんでしょう」

勇者「……ウワサを確かめに来たんだよ。
だが、どうやら魔物が働かされてるってのは本当らしいな」

魔物「……」

医者「そのピンク色の肌や瞳の色……ヒヌマの近くの集落の奴か?」

魔物「いえ、よく間違われますが、私は東の集落出身です。他にご質問は?」

医者「……どうして人間の言葉が話せるんだ」

魔物「そうですね、さぞ不愉快でしょう。
ですが、さほど珍しいことではありませんよ。
私以外にも、話せる者はいくらでもいます」

歴史学者「アナタ以外の方はどちらにいらっしゃるのですか?」

魔物「残念ですが、お話しできません。
アナタ方が部下の安全を脅かさないとも限りませんので」

勇者「部下?魔物に序列があんのかよ」

魔物「ええ、私は他の魔物とは待遇が違います。
ですから、一応序列はあるのでしょうね」

医者「くだらない。どうやってタケオに媚売ったのかは知らないが、所詮魔物は魔物だ。
部下じゃなく手下の間違いだろ」

魔物「そうですね、確かにアナタの言う通りです。
他の魔物と私は理想的な上下関係ではありません。
ですが、タケオに媚を売ったと言うのは間違いです」

歴史学者「あの、少なくとも我々は争いに来たわけではありません。
ですから、詳しくお話を聞かせて頂けませんか」

魔物「いいでしょう。どうせ私だけでは、アナタ方にはかなわない。
月でも見ながら話しましょうか」

206: 2015/05/12(火) 00:17:16.53
魔物「まず、私がなぜ他の魔物を部下と呼ぶのか。
お話ししますよ」

勇者「そんなのどうせ、人間のケンゼンな上下関係に憧れてっからだろ」

魔物「大体あってますよ。手下と呼ぶにも、私はあまりに彼らを知らなさすぎる。
だから、せめて呼び方だけでも部下としておこうと思っているのです。
本当は部下でも手下でも、なんでもないのですがね」

医者「他の魔物と自分を分けて話すのはやめろ。
自分が特別だとでも思ってるのか?」

魔物「実際に特別なんですよ。私は彼らのボスですからね。
タケオを脅し、魔物を農場で働かせているのは私ですから」

勇者「なんだと!?」

歴史学者「……失礼ですが、アナタはとてもそんな風には見えませんよ」

魔物「ですが、そういう事になっているんですよ。
ここで働いてる魔物達も、そう信じている」

医者「……言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ。
アンタは一体何者なんだ?」

魔物「スケープゴートってやつですよ。
魔物が働いていることが露見すれば、私が責任をとらされる。
魔物は悪質な生き物ですからね。皆、私が首謀者だと信じて疑わないでしょう」

勇者「お前はちっとも悪くなくて、悪いのは全部タケオってか。
魔物ヤローがよく言うぜ」

魔物「いえ、私も悪には代わりありません。
何年もタケオに付き合わされて、仲間がこき使われてるのも見て見ぬふりを決め込んできた。
きっと、私にもいつか報いがあるのでしょうね」

歴史学者「あの……話せと言ったくせになんですが、どうしてそこまで話して下さるんですか?
私達がこの話を外に広めれば、アナタもタダじゃすまないのでは?」

魔物「ええ……ですが、私も疲れたのでしょうね。
もう彼に振り回されたくはないのです。
私は今の暮らしまで壊して欲しくはなかったのに……それすら叶いそうにありませんから」

207: 2015/05/12(火) 00:18:40.49
歴史学者「どういうことですか?」

魔物「タケオは魔物を使って、この街を完璧に自分の支配下におく気でいます。
そしていずれは、王都も奪うつもりでいるのですよ」

歴史学者「そんな……」

医者「自分は被害者みたいな口ぶりだな。
アンタはそんなこと反対すれば良いじゃないか。
それとも反抗出来ないように、人質でもとられているのか?」

魔物「カンの鋭い方だ。私の故郷を人質にとられています。
逆らえば皆頃しにするとね」

医者「……」

魔物「ですが、それも15年も前の話ですよ。
もう……私は故郷など、どうでもよくなってしまった」

勇者「なら、街を支配するなんてこと、やめさせろよ」

魔物「そんなこともどうでもいいんですよ。
私はただ、今の暮らしを続けたかった……。
しかし、彼にこんな話をしても通じる訳もない。
昔のタケオなら、少しは聞く耳も持ったでしょうがね」

歴史学者「もしかしてですけど、街を支配するなんて言い出したのは、彼が離婚してからではないですか?」

魔物「よくご存知で。
彼は離婚後はネジが一本飛んでしまったようです。
昔は酒を酌み交わしたりもしたのですがね」

医者「酒だって?」

魔物「彼は私を友だと……そう思っているのではないかと考える時期もありました」

208: 2015/05/12(火) 00:19:50.91
勇者「友?アンタと人間が?」

魔物「おかしいと思うでしょうね。私も自分で錯覚だったと思ってます」

歴史学者「あの、それでも友だと思うきっかけがあったのですよね?
ぜひ、聞かせて下さい」

魔物「なんてことない、私がタケオを助けたんです。
うっかり命を救ってしまった。
ただ農場で働かされていた暮らしから、タケオの身代わりとして豪華な家に住めるようになったのも、そのおかげです」

勇者「うっかりねぇ……」

魔物「とっさに体が反応して、気がついたら助けていただけなんですよ。
ですが、タケオは喜んでいました。
「変わった奴だな、俺が氏んだ方が都合が良いだろうに」と。
それからはたまに顔を見せるようになり、私とボードゲームまでするようになり、しまいには結婚相手まで紹介された。
私は友になったのかもしれないと、思っていました」

医者「フン……ふざけたことを。
アンタ自分でなに言ってるのか分かってるのか?
自分を虐げていたやつと友情だなんて、キレイ事が過ぎるだろ」

魔物「それは簡単に説明できますよ。他の魔物への優越感があったんです。
誰だって特別扱いされたら嬉しいでしょう?始まりはそんなものですよ。
ですが、三年前までは友情があるものだと思い込んでいました」

勇者「……なにかあったんだな」

魔物「彼が結婚すると言い出した頃です。どうやら彼は妻の言いなりになっているようだった。
だからタケオに言ったんですよ。「アイツはお前の財産を狙っているだけだ」と。
すると彼は言いました。
「魔物のお前に何が分かる。知った風な口を聞くな」とね。
彼が想像するより重い一言だった」

勇者「……」

魔物「彼はそれから離婚を決意するまで、私のもとへは来なかった。
そして現れたかと思えば、妄想のように下らない野望を語ったんです。
王都を支配なんて出来るはずはないのに、夢を見ているような口ぶりで言いました。
「この国を魔物の国にしてやる」と。
私はとめましたよ。でもタケオには私の声は届かなかった」

勇者「……」

魔物「そんなこと、これっぽっちも望んでいないのに……私にはなにも出来やしない。
ねぇ、みなさん。こんな人生になんの価値があったのでしょうね」

勇者「……」

医者「……」

歴史学者「……価値はあったんじゃないでしょうか」

209: 2015/05/12(火) 00:21:16.08
魔物「……」

歴史学者「きっとアナタは彼にとって、ただの魔物ではなかったのだと思いますよ」

魔物「適当なことは仰らないで下さい。
アナタには分かりませんよ」

歴史学者「そうおっしゃらずに聞いていただけませんか。
確かにタケオはろくでもない人間のようです。
魔物を魔物だと切り捨てて、心を踏みにじるようなことを平気でする。
ですが、アナタのことは大事に思っていたのかもしれませんよ」

魔物「なにをバカなことを……。
アナタには魔物と切り捨てられることの辛さが、どれほどか分かっていないんです。
私にとっては一番触れられたくないことだった。
トラウマと言ってもいいほどにね」

歴史学者「そう、うっかりとはいえタケオはそこに触れてしまった。
タケオ本人も相当焦ったはずです。
だから、怖くてアナタに会いに来れなかった。
友だったと言うなら、アナタにも分かっているはずです」

魔物「……」

歴史学者「アナタの言う通り奥さんとは別れるべきで、結局別れることになった。
アナタが正しかったことは分かったけど、その後のアナタとの関わり方が分からなかった。
きっと、タケオは怒られることも謝ることも、極端に苦手な人間なのでしょう。
だからアナタから責められずに、それでいて関わっていたくて、バカらしい態度をとり続けたんです」

魔物「……まるで見てきたような口ぶりでですね。
なにを根拠にそんなことが言えるのですか」

歴史学者「この街や王都を支配するという戯言です。
アナタが言う通り、小さい子が空想するような内容でしょう。
実際に出来るはずがないのに、タケオは踏み切ろうとしている。
私には大きな子供が大金をはたいて、駄々をこねているようにしか思えませんよ」

魔物「……」

歴史学者「アナタもきっと分かっていますよね。
タケオさんはアナタと友達でいたいんです。
アナタなら怒らないでいてくれると、信じていたいんですよ」

魔物「……」

勇者「……それがホントなら、ずいぶん自分勝手なヤローだな」

歴史学者「確かにな。だが、タケオはきっと、自分のことを本気で止めて欲しいとも思ってるんだと思うぞ。
矛盾しているが」

魔物「……身勝手な人なんですよ、あの人は。
だから、私は疲れてしまった……。
私はタケオを止める気概など、持ち合わせてはいません。
彼に付き合う気もありませんしね」

歴史学者「……」

魔物「15年という歳月がどれほど長いか、アナタ方には分からないでしょうね。
生まれたての赤ん坊が15才になるんですよ。
そのとても長い間、私は振り回されてきたんです。
私にはもう……本当に疲れてしまったんだ」

医者「……」

勇者「……」

210: 2015/05/12(火) 00:23:03.74
魔物「どうですか?こんな話をされて、不愉快でしょう。
斬り捨てて頂いても構いませんよ」

歴史学者「そんな……我々は争いに来たのではないんですよ」

魔物「なら、なにをしに来たんです?
こんな夜更けに、私を励ましに来てくれた訳ではないでしょう」

歴史学者「なにをと聞かれると、やっぱり困りますね」

勇者「……他の魔物にも会わせろ。用件はそれだけだ」

魔物「会うだけでよろしいのですか?」

勇者「俺は……確かめたいことがあるだけなんだ」

魔物「まぁ、いいでしょう。話を聞いてくださったお礼です。
ついてきて下さい」

スタスタ

医者「……確かめたいことってなんなの?」

勇者「…………今は話せません」

医者「そう……」

歴史学者「……」

スタスタ

211: 2015/05/12(火) 00:24:53.59

ガチャ

魔物「カギは開けました。……どうぞ」

歴史学者「アナタは一緒にいらっしゃらないのですか?」

魔物「ええ。私がいても、なんにもならないでしょう?」

医者「……中はどうなってるんだ」

魔物「檻の中に2~3人ずつ魔物が捕まっています。
鉄格子には近づかない方がいいでしょう。
アナタ方のためにも」

歴史学者「……この中に魔物が……」

勇者「ビビってんなら帰れ。
入るのは俺だけでもいいんだ」

歴史学者「ビビってはいるさ。
だが、ここまで来たら、帰るわけにはいかないだろう。
現実からただ逃げてちゃ、歴史学者の名折れだ」

勇者「あっそ、よく分からねぇな。
先生も無理はしないで下さい」

医者「大丈夫、俺は俺でお目当ての相手でも探すさ」

勇者「……そうですね。
じゃあ、行きましょう」


ガチャ


歴史学者「……!」

勇者「……」

医者「……」

スタスタ

魔物達「……」

歴史学者「……」

医者「……」

スタスタ

魔物達「…………」

勇者「……」

スタスタ

ピタッ

勇者「……」

医者「ど、どうした?」

勇者「……俺は……」

魔物達「……」

勇者「俺は……アンタらのせ」

歴史学者「母さん……っ!!」

勇者「えっ?」

医者「母さん……?」

魔物女「……」

212: 2015/05/12(火) 00:26:28.64
歴史学者「そんな……」

勇者「なぁ……母さんって……」

魔物女「まさか……!」

歴史学者「……」

魔物1「……おいおい、感動のご対面ってやつか?
全く、外でやれよなぁ!」

魔物2「ホントだぜ、今何時だと思ってやがるんだ!」

勇者「うるせぇ、黙ってろ!」

魔物1「ちっ……クソ野郎共が……」

魔物2「……」

歴史学者「母さん……私のことが分からないか?」

魔物女「なに言ってるのよ……分かるに決まってるじゃない。
大きくなったわね、エリカ」

歴史学者「……」

魔物女「ちゃんとご飯食べてる?結婚はしたの?
それに……ああ、ごめんなさい。アナタに聞きたいことが沢山あって」

歴史学者「……ご飯なら食べてるよ。
母さんと居たときよりちゃんとね」

魔物女「……そうよね。きっと私のことも恨んでるでしょう。
アナタにはなにもしてあげられなかった」

歴史学者「いいや、色々してもらったよ。
ご飯はいつも菓子パンを買って貰ってたし、裸で立たされたこともあったね。
アザが出来ないように私を殴るのは楽しかった?」

魔物女「……」

歴史学者「……ごめん、こんな話をしたかった訳じゃないのに……。
もし、もう一度会えたら、ちゃんと話をしようと思ってたんだ」

魔物女「そう……」

歴史学者「今の私なら、母さんを理解してあげられる。
あれから私は色んなことを勉強したんだ。
少しでも母さんのことを知れば、憎しみも無くなるんじゃないかと思って」

魔物女「憎しみ?」

歴史学者「そうだよ。初めはなかなか、理解しようなんて思えなかった。
正直、頃してやりたかったよ。
毎日、母さんを頃す夢を見てた」

魔物女「……」

213: 2015/05/12(火) 00:27:36.99
歴史学者「でもね、小さな心理学の本を買ったんだ。
そこには、不安の裏返しで、人に辛く当たることもあるって書いてあった。
そのとき思ったんだ。
母さんも辛かったのかもしれないって」

魔物女「……」

歴史学者「ちょっと読みかじっただけだけど、心理学の本のお陰で色んなことが分かった。
平行して魔物の研究もして、母さんのことを理解しようとした。
そうしたらね、憎しみがかなり収まったんだ。
そして、母さんと話したいと思うようになった」

魔物女「……私も、アナタと話したかったわ。
捕まったりしなかったら、もっとアナタと居られたのに」

歴史学者「……10年前、母さんを通報したのは私なんだ。
まじない師として、この街の人達を先導して、タケオにけしかけたでしょ。
私は母さんが恐ろしくて……ごめん」

魔物女「そう、やっぱりね。アナタだったの。
そんなに私が怖かった?」

歴史学者「……言葉じゃ言い表せないほどにね。
毎日、目が覚めるのが辛くて仕方なかった。
父さんも庇ってはくれなかったし、警察は薄笑いで帰っていくだけ。
刃物振り回してる相手と「仲良くやってくださいよー」なんて、へらへらするだけだったものね」

魔物女「そうね……通報されるほどのことをしてたもの。
仕方ないわ。アナタはなにも悪くない」

歴史学者「……」

魔物女「悪いのは私よ。アナタやアナタのお父さんを、深く傷つけてしまった。
後悔してるわ」

歴史学者「母さん……」

魔物女「私だって今まで苦労したのよ。
色んなことがあって、色々なことを考えたわ。
アナタに会えたらどんな話をしようって、いつも考えてた。
ただ、私はもっとアナタと一緒に居たかったわ。
お父さんのこともアナタのことも愛していたのに」

歴史学者「……ッ!」

214: 2015/05/12(火) 00:28:39.42
歴史学者「……愛していたなんて、軽々しく言わないでくれ。
私も苦労してきたんでね。少しは理解してるつもりだよ。
でも、母さんが言うのはおかしいんじゃないか」

魔物女「どうして?嘘はついてないわよ。
檻に囚われるような生活でも、アナタを忘れることはなかった。
アナタは大事な子供だもの」

歴史学者「やめてくれ……。
自分に酔うのはやめたらどうだ。
母さんだって、本当は下らないって分かってるだろ」

魔物女「そう?自分に酔ってるのはアナタじゃないかしら。
私に憎しみを持ってるって言ったわよね」

歴史学者「言ったよ……当たり前だろ」

魔物女「私はアナタのために、色々してあげたはずよ。
勉強も教えてあげたし、病気になったら看病もしてあげた。
一緒にお菓子を作ったこともあったわよね。
なのに、そんなに私が嫌いなの?」

歴史学者「やめろ……!アンタは私のことなんて何も考えていなかった!
いつも自分の都合で私を振り回しただけじゃないか!なのに……!」

魔物女「自分の都合で?そう言うなら、私だって振り回されたわ。
アンタは手のかかる子供で、いつも親を試すようなことばかりしたわよね?
お店に連れていけば、レジの内側まで入ったし。
忘れてないでしょ」

歴史学者「……小さかったからだ!アンタはそのあと私になにをしたのか覚えてないのか!?
小さい子のイタズラに本気で怒って、私の首をしめたんだぞ!そりゃ、氏にはしなかったが私は」

魔物女「……いい加減にしろ。お前が私に文句言う権利なんてないんだよ」

215: 2015/05/12(火) 00:29:49.91
歴史学者「……!」

魔物女「氏にはしなかった?そりゃそうよ、頃す気なんてないもの。
アンタに飯食わせてやってたのは私なのよ。
ちゃんと育ててやったのに、アンタ頭おかしいんじゃない?」

歴史学者「……飯は毎日、菓子パンだけだっただろ。
ブロックの箱に、何枚ポケモンのシール貼ったと思うんだ。
未だに私は、あのパンに触ることも出来ないんだぞ」

魔物女「何回もご飯作ってあげたわよね。
それに色んなところへ連れていってあげたじゃない。
アンタはちっとも楽しそうな顔しなかったけどね。
他人の子供だったら、そんなにブスッとしてるやつ、絶対に育てないわ。
アンタ、なにか勘違いしてない?
どうして、アンタが私を憎むの?」

歴史学者「私は……虐待されて育ったから……」

魔物女「ははは……ふざけんじゃねぇよ」

歴史学者「……!」

魔物女「なんか言うとお前はいつもそれじゃねぇか。
本当に成長しねぇやつだなぁテメェは。
なにが、母さんを理解できるだ……。
のこのこ顔見せやがって!」ガシャンッ!

歴史学者「!!」ビクッ

魔物女「いいか!私はお前のこと憎んでるからな!
謝ったって許す気はねぇ!こんなクソみてぇな扱いされて、ただで済むと思うなよ!
聞いてんのか!」

歴史学者「……」ガタガタ

魔物女「返事をしろクソガキ!恨んでるって言ってんだよ!
テメェが私を恨むなんて、お門違いも良いところだって言ってんだ!
聞こえてんだろクソ女!」

歴史学者「……」ガタガタ

勇者「おい、しっかりしろ。……もう、こんなとこ出るぞ」

グイッ

歴史学者「……」ガタガタ

魔物女「テメェ、覚悟してろよ!必ず天罰が下るからなぁ!
平和になんて生きていけると思うなよ!」

医者「あんなの聞かなくていい、行くよ」

勇者「しっかりしろよ!逃げるぞ」

歴史学者「……」ガタガタ

魔物女「絶対に幸せな生活なんて送らせねぇからな!
必ずお前も同じ目に合わせてやるよ!
それにお前は私のガキなんだ!お前も子供を虐待するだろうな!
ろくな生活は送れねぇと思え!クズ女!」

ギィ バタンッ

216: 2015/05/12(火) 00:34:17.66
魔物「どうされました?大きな声が聞こえましたが」

歴史学者「……」ガタガタ

勇者「しっかりしてくれ、もう大丈夫だから。
……もうアイツはいねぇから」

医者「落ち着いて、深呼吸してごらん?
ゆっくり息を吐き出すんだ」

歴史学者「…………ッ!」

ダッ!

勇者「お、おい!」

歴史学者「……」ダダッ

医者「待って!」

ダダダッ

歴史学者「……ハァ……ハァ……!」

ダダダダッ

歴史学者「ハァ……ハァ……!うぅ……」

ダダダッ

歴史学者「うっ……うぅ……ぐっ……ハァ……!」

ダダッ ズテッ!

歴史学者「うぐっ!……ハァ……ハァ……!うぅ……ううう……」ギュッ

タタタッ

勇者「おい!大丈夫か!?」

歴史学者「……」

医者「どうした!?」

歴史学者「…………」

勇者「先生、どうですか!?」

医者「大丈夫、生きてるよ。ただ……」

歴史学者「……」

勇者「……」

医者「……」

歴史学者「…………ははっ、私はバカだ。クソすぎて涙が出るよ。
なんで生きてるのか分からない。もう氏のうか」

勇者「おい……」

歴史学者「私はバカだろ……!?意味が分からないだろ!?
頭がおかしいからな!母親ゆずりでさ!
もう終わりだよ、なにもかも……!」

医者「……」

歴史学者「もうほっといてくれ……!そばにいないでくれ……!
お願いだから……!」

医者「……」

勇者「……やだよ」

217: 2015/05/12(火) 00:35:37.81
歴史学者「……はは、はははは。こんな望みも叶わないのか。
一人にしてくれって言ってるだけなんだぞ!放っといてくれよ!
どうせ自殺なんかしねぇから!」

勇者「そんなことを言ってるんじゃねーよ。俺はお前と一緒にいたいんだ。
それに先生とも、三人で一緒にいたいんだよ」

歴史学者「うるさい!私と会って何日経ったって言うんだ!
君になにが分かる……!」

勇者「……」

歴史学者「私はずっと……あの人を理解しようと、魔物の研究をしてきたんだ。
そうすれば、憎まなくてもすむと思ったから……もう親に執着なんてしたくなかったのに……!
なんで私が恐怖を感じなきゃならないんだ!!」

勇者「……」

歴史学者「何度同じ夢を見たと思う!?何度うなされたと思う!
いつもあの人を頃して、警察から青ざめながら逃げて……!
その度に、こんな夢を永遠に見るのかって絶望するんだぞ……!

なぁ、辛いのは私だけじゃないって!?私より辛いやつがいくらでもいるってか!
そんなことは分かってんだよ!私なんて過去にこだわる鬱陶しいやつでしかないんだ!
分かってんだよ!誰より私が一番分かってんだ!」

勇者「俺もお前の言ってっことが正しいと思う。
お前の考えはまっとうだ。
……でも、俺は帰らねーぞ」

歴史学者「いい加減にしてくれ……!なんで一人にもなっちゃいけないんだよ……!」

勇者「お前のことが心配だからだよ。
俺が勝手にお前を心配してるから、一緒にいてぇんだ」

歴史学者「……ははっ、私は君に心配して貰えるような人間じゃないんだよ……。
心理学だって、あの人と穏やかに話すために勉強したわけじゃない。
寛大なふりをして、あの人より優位に立ちたかっただけだ。
母親を見下したかったんだよ。クズヤローだろ」

勇者「ちげーよ……お前はな、きっと母親に勝ちたかったわけじゃねーんだ。
まず謝ってもらって、そのあとは普通に話がしたかっただけなんだ。
親となんでもなく話すっていう、人並みの幸せを求めてただけなんだろうな」

歴史学者「セラピスト紛いのセリフはやめろ!あの人はなにも変わっちゃいなかった!
後悔も反省も……なにもないんだぞ!なにもないんだ!
人一人の人生をめちゃくちゃにしておいて、まだ私を責める!平気な顔で!
私を憎んでるだって!?
私は……私はアイツを頃してやりたい………………!」

医者「落ち着くんだ。あんなののために君が手を汚すことはないよ」

歴史学者「ははっ!先生には分かりませんよ!私がどんな気持ちで今日まで生きてきたか!
今日のためだけに生きてきたようなもんなのに……終わったよ、全て……」

医者「……」

218: 2015/05/12(火) 00:36:48.78
歴史学者「終わりなんだよ……もういいから……今だけはほっといてくれ……!」グッ

勇者「……いやだっつってんだろ。俺も先生も、ここから動く気はねぇよ」

歴史学者「じゃあ、なんだ……また諭す気か?
君のカウンセラーみたいな言葉なんか、私みたいなクズに届きはしないんだよ」

勇者「違う。一緒にいるだけだ」

歴史学者「……うっとうしいやつだな、君は。
君になにが分かるんだ。私の気持ちなんて分かるわけないだろ……」

勇者「確かに、俺には分からねぇ。俺は両親に会ったこともねぇしな」

歴史学者「……!」

勇者「きっと俺じゃなくても、誰にもお前の苦しみは分からねぇんだろうな。
だけど、俺はお前が辛そうな顔してんのは、なんか嫌だ。
泣いてる顔見んのも、なんか嫌だ。
理屈抜きで、俺まであのババアが嫌いになるぐらい、すっげー辛いんだよ。
だから、泣かないでくれ。頼む」

歴史学者「……君が辛いかどうかなんて知るか。
今、私が辛いんだ。もうほっといてくれって言ってるだろ」

勇者「いやだね。俺、お前を泣き止ませたいんだ。
泣き止んだお前と、先生と俺とで、一緒にいてぇんだもん。
お前も俺もちょっとでも辛くなくなるように、三人で一緒にいたいんだ。
先生も一緒に居てくれますよね?」

医者「ああ……それで少しでも助けになるなら、俺も逃げないよ」

歴史学者「…………お人好しだな、君達は。
私は君達を利用してるだけなんだぞ。
そうでもなければ、あの街から逃げられなかったから……それだけなのに……」

勇者「正直、お前はクソヤローだよ。
俺にたかるし、ズケズケ質問しやがるし、無神経なボケナスだ。
だけど、クズじゃねぇ。
一緒に居ても、そんなに悪くねぇなと思うしよ」

歴史学者「……」

勇者「だから、いつまでもメソメソしてねぇで、一緒に帰ろうぜ。
さみーし疲れたし、俺は宿に帰りてぇの。
お前と先生と三人でな」

歴史学者「……」

勇者「なぁ、いつまでも畑なんかにいたってしょうがねーだろ。
いいから乗れって」

歴史学者「……」

ギュッ

歴史学者「……変なところ触るんじゃないぞ。
触ったら耳食いちぎるからな」

勇者「はぁ?誰が触るかよバーカ。
気持ち悪ぃな」

医者「二人ともカバン貸して。俺が持つから」

勇者「あ、はい。ありがとうございます」スッ

医者「ほら、君も」

歴史学者「……」

…スッ

219: 2015/05/12(火) 00:37:37.55
医者「じゃあ、帰ろっか。俺も疲れたよ」

勇者「あれ、そういやどっから入ってきたんだっけ。
……マジで分からん」

医者「多分あっちの方じゃないか?ほら烏瓜があるし」

勇者「あの赤い縦長のやつっすよね。
でもあれ、こっちにもあるんですよ」

医者「うーん、どっちかな」

歴史学者「人が……」

勇者「えっ?」

歴史学者「……今、向こうの壁のところに誰かいたぞ」

勇者「あっ、ホントだ。
まさか、入ってきちまったのか?」

医者「ちょっと待って。……あっちにも沢山いるよね?」

勇者「なんでこんなに人が……。
あ!あれ飯屋の店長じゃねぇか!」

歴史学者「あの私達を追い出した店長か?」

勇者「そーだよ、まず間違いねぇ。
ちょっと話聞いてくっから、お前は先生と待ってろ」

歴史学者「ああ……分かった」

医者「気をつけてね」

勇者「はい、すぐ戻ってきますから」タッ

タタタッ

店長「……」

勇者「おい、アンタ飯屋の店長だよな?」

店長「な、なんだ急に。誰だ?」

勇者「アンタが追い出した客だよ。
あのウザいヤローごと、俺達まで追っ払っただろ」

店長「ああ、あれはすまないことをしたな。
あの人の事を勘違いしてたから、つい……」

勇者「勘違い?なんの話だよ」

店長「あの人から直接聞いてないのか?
あの雑誌記者だって名乗ってた人、本当はクラショーの人だったんだ。
それならそうと、最初から言ってくれればいいのにな」

勇者「クラショーってなんだよ」

店長「おい、まさかなにも知らないでここに来たのか?
説明があったはずだが」

勇者「俺達は自力で入ってきたんだよ。
アンタらが使ってるあの穴は、俺が入るために空けたやつだ」

店長「なにを言ってんだ。
あれもクラショーの人が用意したものだろう」

勇者「まぁいい……。アンタらはなんでこんなところにいるんだよ」

店長「……なにも知らない奴に話す気はない。
帰ってくれ」

勇者「まーた説明なしで追い返すのか。嫌なやつだな」

店長「そもそも来てくれと頼んだ覚えもない。帰れ」

勇者「ふざけんな、アンタらがなんのつもりでいんのか聞くまで」

モクモク

勇者「……ん?」

220: 2015/05/12(火) 00:46:35.71
ここで切ります。

なぜかずっと返し忘れてたレスに答えます。今ごろすいません。
勇者の知識のムラについてですが、勇者の出身の村の人は、あえてなにもない生活をしているという設定があります。
補足程度にストーリーの最後の方で理由は明かしますが、そんなに複雑な理由ではありません。

読んでくださってる方、ありがとうございます!

勇者「ゴキブリ勇者」【後編】へ続く

引用元: 勇者「ゴキブリ勇者」