11: 2010/07/12(月) 22:10:35.45
上条当麻はおよそ9ヶ月振りのロンドンの街を彷徨っていた。

季節は夏、イギリス特有の湿度の高い空気が街を覆っていた。

永い夕方が過ぎ去り日は完全に沈みきっていたが、ぼんやりと明るい空が人の住む世界に帰ってきたことを否応無しに実感させる。


世界を巻き込んだ戦争が終結し既に半年以上が経っていた。

当初は終わりの見えない戦争かと思われたが、黒幕である右方のフィアンマが上条当麻に敗北したことにより、ロシア側陣営はあっさりと瓦解した。

戦争は学園都市及びイギリス清教側の勝利ということで一応の終結を見たが、元々一枚岩ではなかったロシア陣営はフィアンマというトップを失うことにより更に統率を失い、正式な戦争の終結後も各地で紛争が勃発していた。

これらの紛争を沈静化するために上条当麻は半年以上もの間、世界各地を奔走することとなったのだ。

12: 2010/07/12(月) 22:25:06.47
抵抗勢力の鎮圧には主にイギリスの騎士や魔術師がかりだされ、そこに上条、そして戦争終結後、打ち止めと共にイギリス清教に身を寄せることとなった学園都市最強の超能力者、一方通行が同行することとなった。


上条当麻は戦争終結間際、右方のフィアンマと対峙しその能力を覚醒させ、フィアンマを撃破した。

『それが異能の力であるならば神の奇跡でも打ち消すことができる』そう謳われた右手の“幻想頃し”はおぞましいほどの変貌を遂げ、上条当麻は“世界最強の能力者”となった。

『何人たりとも傷一つ付けることすら叶わない』その能力を身に宿したゆえに、上条当麻、一方通行の二人は再び戦場へと足を踏み入れることとなった。




戦争終結から半年が経ち、部隊はようやく抵抗勢力の鎮圧を終え、この日、本拠地であるロンドンの聖ジョージ聖堂に帰還することになっていた。

戦争終結後、様々な事情により学園都市に帰ることができずイギリス清教にかくまわれることとなった御坂美琴、打ち止め、浜面仕上、滝壺理后ら元学園都市の住人、インデックスとその護衛のためにロンドンに残った神裂火織、ステイル・マグヌス、そして上条当麻と面識のあるアニェーゼ、ルチア、アンジェレネ、オルソラ、シェリー、レッサー、天草十字凄教の五和や建宮らの面々は、上条と一方通行が帰ってくるという情報を聞きつけ、二人を出迎えようと聖ジョージ聖堂に集まっていた。

13: 2010/07/12(月) 22:37:07.06
しかし、いつまで経っても二人が帰ってくる気配はなかった。

聖堂の大扉を開け彼らの前に姿を現すのは騎士や魔術師の人間ばかりであった。

一同が集まり早くも十時間以上が経ち、そろそろ日付も変わろうかというとき、大扉の外からコツコツと聞き覚えがある音が聞こえ、重々しい音をたてながらゆっくりと扉が開いた。

全員が扉に注目する中そこに現れたのは、イギリス清教の真っ黒なローブに身を包み、対照的な真っ白な肌と、燃えるような赤い目をした痩身の少年、一方通行であった。


元々僅かしか一方通行と面識を持たない面々が、半年振りに再会した一方通行に声をかけあぐねていると、その中から小さな影が飛び出し、怪訝そうな顔をしている一方通行に飛びついた。

14: 2010/07/12(月) 22:45:51.68
「おかえりなさい!ってミサカはミサカは………グスッ…グスン…」

一方通行の腰の辺りに体当たりをしてそのまま抱きついた打ち止めは、半年振りの再会がよほど嬉しかったのだろう、そのまま肩を震わせて泣き出した。

一方通行は杖を持っていない右手で、ぶっきらぼうに、しかし誰が見てもわかるほど優しく、打ち止めの頭を撫で受け入れた。


その光景に一同は思わず頬を緩めるが、すぐにいやな予感が頭をよぎり、表情を硬くする。

その場にいる全員が抱いたその予感を代表するように、インデックスが口を開いた。

「あっ、あの……とーまは…?」

一方通行は打ち止めに視線を落としたまま、顔を上げずにそれに答えた。

「アイツは……」

一同が息を呑む。

「もう帰ッてこねェかも知れねェ…」

15: 2010/07/12(月) 22:58:35.47
***

 同じ頃、上条はロンドン市内の、大きな川のほとりを歩いていた。

 すでに深夜と言ってよい時間であったが、僅かに残った街の光がゆらゆらと水面に反射しあたりを暗く照らしていた。

 半年前、初めてロンドンに来たときにも見た光景であったが、今は何もかもが違って見える。

 上条は川べりの手すりにもたれかかり、空を仰ぎ目を閉じた。




 今から8ヶ月前、見渡す限り雪に覆われたロシアの大地の上で、上条は御坂と思わぬ再会を果たした。

 はじめはこのような危険地帯にのこのこと足を踏み入れるその行動に驚きと憤りを隠せなかった。

 しかしその後御坂の真意を知り、行動をともにしていくうちに、その一途な思いや献身的な振る舞いに徐々に上条の心は御坂に惹かれていった。

16: 2010/07/12(月) 23:19:08.16
 最終決戦の前夜、上条は御坂から告白を受けた。

「私は…、アンタが…当麻のことが……好き……」

 上条は記憶を失いまだ数ヶ月しか経っていないこともあり、恋愛感情というものがよくわからなかった。

 それにインデックスを救うと誓った戦いの最中に、他の女性からの好意を受け入れるのはどうかという思いもあった。

 しかし、御坂から告白を受けたことは純粋に嬉しかった。

 だから
「すまない、今は御坂の想いに応えることはできない。でも…この戦争が終わって全てを片付けられたら……、そのときはおれの返事を聞いてくれないか……」

 御坂の告白に対して上条はこう答えた。

「何のフラグよ」
 と御坂は笑うと、約束だからね、と当麻の額を指でつつくしぐさをしてその場をあとにした。

17: 2010/07/12(月) 23:26:49.43


 フィアンマとの戦闘の中で覚醒した上条の能力は、“消滅”であった。

 幻想頃しのように、異能の力だけを打ち消すのではなく、それが有形物であろうと無形物であろうと、はたまた“心”のような存在が目に見えないものであっても、上条が認識できる全てのものを自由に消し去る能力。

 超能力のように演算がいるわけでもなく、魔術のように魔翌力が必要となるわけでもない。

 心の中で「消す」と念じるだけで、対象は心の中で思い描いた通りに姿を消す。

 『ものを消し去ることにより自由に世界を作り変える能力』、そんな馬鹿げた力が上条の新しい能力であった。


 戦闘の最中に産声を上げたその能力は、上条の激情に呼応し暴走した。暴走した能力は、上条の周囲にいた全ての人間―――上条と相対していたフィアンマ、その背後にいたロシア成教の魔術師、そして唯一上条の近くにいた味方―――御坂美琴の異能をこの世から消し去った。

18: 2010/07/12(月) 23:37:01.63


魔術を失ったフィアンマは最早敵ではなく、駆けつけた味方によってあっさりと拘束された。

 その後数日と経たずに終戦の条約が締結され、戦争は終わりをむかえた。


 しかし、上条と御坂が交わした約束が果たされることはなかった。




 戦争が終わり一週間が経った日、イギリス清教から上条と一方通行に、戦争の後始末に協力して欲しいという打診があった。

 相手は世界中に散らばる魔術を用いたテロ組織であり、かなりの危険が伴うということはわかっていたが、上条は二つ返事でこれを承諾した。

 いつまた暴走するかわからない能力を抱えたまま、この場に留まりたくないという気持ちもあった。

 御坂をはじめとした学園都市の住人を保護することをその報酬としてもらうことで、少しでも贖罪したいという気持ちもあった。


 しかし本当のところ、上条はこれ以上御坂のそばにいることに耐えられなかったのだ。

 学園都市230万人の頂点に立つ7人のレベル5、そこに至るまでに費やした膨大な努力、そして御坂を支えるレベル5としての矜持。

 それらを一瞬にして奪い去ってしまった自分が、どの面を提げて御坂に会えるのか。

 三日後、戦争が終わってから十日間一度も御坂と顔を合わせることなく、上条は再び戦場へと戻っていった。

19: 2010/07/12(月) 23:45:21.31
***

「それで…上条当麻が戻ってこないのはどういうことなんでしょうか」

 一同は聖堂から程近い場所にある女子寮の食堂に場所を移し、今度は神裂が一方通行に尋ねた。

 一方通行の前には簡単な食事が置かれているが、手を付ける気配はない。

 久しぶりの再開に安心したのか、それとも泣きつかれたのか、打ち止めが膝の上に覆いかぶさりすやすやと寝息をたてている。

 一方通行はあとから出されたコーヒーのみを少しすすると静かに口を開いた。

「ここから先は…、楽しい話じゃねェぞ」

20: 2010/07/12(月) 23:57:07.68
***

 ロンドンを発ち2ヶ月が経った日、上条は既に幾つ目かわからない魔術結社の拠点を潰していた。

 イギリス清教の鎮圧部隊は200名ほどで構成され、騎士、魔術師と比べてもずば抜けた力をもつ上条と一方通行を核に二つに分けられ行動することになった。

 上条はその中で危険な戦闘を一手に引き受け、他の隊員には情報収集、補給、戦闘のバックアップなどにまわってもらっていた。

 被害を最小限にとどめるため。上条はそう嘯いていたが、上条を良く知らないほかの隊員から見ても、その行為はひどく自傷的なものに見えた。


 敵対勢力の抵抗は日々激しさを増していた。

 その日も各所でテロ行為を行っていた過激派魔術結社の本拠地を突き止め、隙を見計らって上条が単身強襲をかけたが、その抵抗はすさまじいものであった。

 しかし上条の前にはいかなる攻撃も無意味であり、程なくして構成員全員が拘束された。


 上条は実際の戦闘において、誇張や比喩でなく、文字通りの無敵であった。

 しかし上条はこの2ヶ月の間に精神を大きくすり減らしていた。

21: 2010/07/13(火) 00:10:01.19

 言葉もろくに通じない人々に囲まれ、戦闘に明け暮れるという非日常に身を置いていることもその理由であった。

 昼夜を問わず上条たちに襲い掛かる姿の見えない敵。

 容赦のない攻撃、巻き込まれる周囲の人々。

 そのどれもが上条の精神を徐々に蝕んでいたが、なによりも上条は自身の能力を持て余していた。


 上条が手にした神の如き能力。

 しかしすぐにこの能力がそんなに都合のいいものではないことに気づかされた。


 第一に上条が認識できないものは消すことができないということ。

 例えばテロ組織を消す、と念じたところで、上条がその存在を知らない組織まで消すことはできない。

 第二に上条の全身に幻想頃しのような力が働いており、その力はオフにすることができないこと。

 つまり上条はいかなる能力の恩恵も受けることができない。


 そして最後に、一度消し去ったものは二度と元に戻らないということ――



22: 2010/07/13(火) 00:21:04.66

 その気になれば敵が何千人いようと、一瞬にして全ての人間を跡形もなく消滅させることができる。

 しかし上条にはそれができなかった。

 ありとあらゆる手段を用いて上条らを襲撃する敵対組織に相対し、抗争は予断をゆるさない状況にあったが、上条の信念――誰もが幸せに笑って暮らすことのできる世界をつくる――それが彼をとどまらせた。

 上条は戦闘に際して極力能力を使用せず、その対象を敵の能力、そして上条たちに向けられる“敵意”のみにとどめた。


 周囲から見れば十分人道的な、むしろ戦争を知る騎士たちからすれば温すぎる処置とも言えた。

 しかし上条にとっては耐え切れないほどの罪悪感を生じさせることだった。



 テロという手段は肯定することができない。

 しかし敵も、上条たちと同じように彼らなりの大儀を掲げ、命を賭して戦場に足を踏み入れてくる。

 彼らにとって大切なものを守るため―――かつての上条がそうであったように。



23: 2010/07/13(火) 00:31:01.44

 上条の能力はそんな信念を、覚悟を、指先一つ動かすことなく奪い去っていった。

 あまつさえ彼らの生きる術である魔術さえも。
 
 決して傷つくことのない能力を身に纏い、中途半端な覚悟で戦場に足を踏み入れたことを上条は後悔した。

 自分に、彼らの思いを踏みにじる、そんな権利があるのだろうか。

 上条はこれ以上、信念も能力も失った“人形”を生み出すことに耐え切れず、いつしか、いかなる敵に対してもその能力を用いて攻撃することをやめた。

 能力を行使するのは敵の霊装のみにとどめ、一時的に戦力を奪った上でその圧倒的な能力を見せ付け、降伏を促す。

 上条はこの1ヶ月、全ての戦闘でこの方法を貫いた。

 敵を完全に無力化しない分、バックアップにまわるほかの隊員の危険が増したことを心苦しく思ったが、上条の精神の均衡はぎりぎりのところで保たれていた。




24: 2010/07/13(火) 00:40:08.66

 上条が所属する隊の大部分は騎士によって構成されていた。

 残る魔術師も、どうやら全員が日本語を身につけているわけではないらしく、隊員との直接的コミュニケーションは片言の英語に限られていた。

 そんな中、上条は通訳も兼ねて隊に同行していた一人の壮年の魔術師と親しくなった。

 黒い髪を肩まで伸ばし、上条より頭一つ身長が高く、口にいつも煙草をくわえ丁寧な日本語をあやつるその男は、口調や髪の色こそ異なるが、どこかかつての友人と似た雰囲気をもっていた。



 ある日上条は、当時拠点としていたイギリス清教系教会の屋上で一人空を眺めていた。

「こんなところで何をしているのですか。」

 背後から声がかかり振り向くと、そこには例の魔術師がいた。

25: 2010/07/13(火) 00:49:48.68

「いや…別に……」

「みんなとは一緒に居づらいですか。」

「……」

 上条は他の隊員が自分のやり方に対し不満を持っていることに気づいていた。

 親しい仲間を傷つけられ、自分もいつ命を落とすかわからない状況で、隊員が上条のやり方に対して不満を持つのは当然である。

「おれがやっていることは……、本当に正しいことなんでしょうか……」

「……」

 魔術師は上条の隣にゆっくりと腰をおろす。

 上条の言葉は二つの意味に聞こえた。

 一つはこの戦争のこと、もう一つは上条のやり方だ。

「……それは、あなたが決めることです。」

「……?」


26: 2010/07/13(火) 00:59:54.22

 上条が怪訝そうな顔をむける。

「この世界にいる人間は大抵、決して譲ることのできない、強い信念を心に抱いています。それはあなたも十分理解しているでしょう。」

「……」

「それらがぶつかり合い、強い方が生き残り、もろければ砕け散る……、ここはそういう世界なのです。問題は正しいか否かではありません、強いか弱いかなのです。」

「……」

「あなたにも、信念があるのでしょう。」

「……はい……」

 そう答えたが、上条の声は小さかった。

 確かに、どれだけ他の人間から否定されようと、今のやり方を変えることはできない。

 誰もが幸せに笑って暮らせる世界をつくる、その信念が上条の心を支えだった。

 しかし今の自分にそれを唱える資格があるのだろうか。

 心を奪い去られ、ニコニコと自分に笑顔を向ける魔術師の顔。

 そして、御坂美琴の顔。

 それらが心に浮かび、上条の心を揺さぶる。



27: 2010/07/13(火) 01:11:32.19


 そんな上条の心を見透かしたかのように魔術師が口を開く。

「おそらく、あなたの理想は相当に高いのでしょう。そして、現実との差異に苦しんでいる、そんなところでしょう。…私も、かつてはそうでした。」

「……今は、何のために戦っているんですか?」

 魔術師は短くなった煙草を投げ捨てると、新しい煙草を取り出し火をつけた。

「私もかつて、高い志を持って魔術師になりました。魔術界の平和、世界の平和、そんなものの一助になれればと思っていました……。しかし私には力がなかった。あまりにも強大な、圧倒的な力を目にし、私の心は砕け散りました。」

「それで……、どうしたんですか?」

「私には大切な人がいました……。私が挫折したとき、私を励まし、勇気付けてくれました。私は自分の無力さに打ちひしがれ、戦う理由を見失っていましたが、彼女のおかげでもう一度立ち上がることができました……。そして……、こう思ったのです。」

「……」

「私には、世界を守る力はなかった。だからせめて、大切な人を守ろうと。そのために、生きて氏のうと。」

「…………」

28: 2010/07/13(火) 01:21:47.67

 魔術師の言葉は淡々としていたが、乾いた上条の心に深く染み渡った。

「あなたには、そんな人がいますか。」

「……わかりません……」

 上条の脳裏に、御坂美琴、インデックスの顔がよぎる。

 しかし、今の自分に彼女らを守るなどと言う資格はない。


 魔術師は困ったような顔をして話を続けた。

「今は……、必要のないことかもしれませんね。ですがいつか、私の話を思い出していただければと思います。」

 そう言うと魔術師は腰を上げた。

「最後に……、あなたの力は他の誰のものではなくあなた自身のものです。ですから、あなた自身のために使うべきです。あなたが正しいと思うこと、それが正しいことです。だからあなたはもっと自分勝手に、わがままに生きていいのです。
私は、あなたのことを応援していますよ。」

 魔術師はにこりと笑ってその場を立ち去ろうとした。

「あの…!」

 上条がその背中に向かって声を掛ける。

30: 2010/07/13(火) 01:35:34.19

「なんでしょうか。」

 魔術師が笑顔のまま振り返る。

「その……、なんていうか……、ありがとうございました!」

 魔術師は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔にもどり答えた。

「礼には及びませんよ。私にもあなたくらいの息子がいましてね。だから放っておけなかっただけですよ。」

「それでも……本当にありがとうございます!おれ馬鹿なんでうまく言えないですけど……、その……、絶対に一緒にロンドンに帰りましょう!」

「そのときは息子を紹介しますよ。」

 魔術師はそう言って悪戯っぽく笑うと、屋内に戻っていった。



 上条は決意した。

 今まで自分がやってきたことは決して許されることではない。

 しかし今だけは前へ進もう。

 人一倍多く抱え込んでしまった後悔、自責の念、罪悪感、それらを一度心の隅に閉じ込めて。

 せめてこれ以上何も失わないために。


 空を見上げると、学園都市では決して見ることのできない、満天の星空が広がっていた。



31: 2010/07/13(火) 01:51:00.66
***

 それは突然の出来事だった。

 ある日上条と数名の騎士が陣営で待機していると、緊急の連絡が入った。

 その内容は、昨日拘束し護送中だった捕虜の一団が、どういうわけか突然暴れだし、護衛の騎士や魔術師たちと交戦中とのことだった。


 ありえない。

 一同はそう思った。

 捕虜である魔術師たちには強固な術式が掛けられ、魔術の使用はもちろん、自由に体を動かすことさえできないはずである。

 外部からの攻撃という可能性も頭をよぎったが、すぐさま打ち消された。

 護送中は強固な結界が張られ、いかなる魔術であっても外部からの干渉はできないはずだ。

 誰かが自力で拘束を打ち破ったのか。

 全員の頭に最悪の予想が浮かぶ。

 それを可能にするほどの強力な魔術師がいるとしたら、いくらイギリス清教の誇る魔術師、騎士であっても無事では済まないだろう。

 連絡を受けた次の瞬間、上条は陣営を飛び出していた。

32: 2010/07/13(火) 02:02:16.10

 魔術的効力を一切享受することのできない上条は、最後に現場に到着した。

 上条の予感は、正しかった。


 場所は東欧の片田舎だった。

 両側を畑に囲まれた農道の真ん中に、幾重にも術式を張り巡らされているはずの護送用馬車が打ち捨てられていた。

 既に日は沈み、あたりは闇に包まれつつあった。

 いたるところに倒れ臥す人影が見えたが、どれ一つとして物音を立てる気配がない。

 上条は乱れた呼吸を整えることも忘れ、ふらふらとその間を歩いていく。

 暗闇の中、ぼんやりと確認できる顔はどれも見知ったものばかりであった。

 しかし依然として辺りは、闇よりも暗い氏の静寂に包まれていた。

 積み重なった氏体の山が視界に入る。


 その一番上に、見慣れた、見間違うはずもない、黒い長髪の男が倒れていた。

「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」

 辺りに、人間のものとは思えない絶叫がこだました。


33: 2010/07/13(火) 02:11:25.58

 その様子を馬車の陰から見つめる一団がいた。

 逃げそびれた非戦闘員の捕虜であり、その数は30人近い。

 彼らは突如現れた人影から身を隠し、じっと様子を窺っていた。

 その男はふらふらと歩き回ると突如動きを止め、獣のように咆哮しその場に蹲った。

 叫び声は徐々に弱くなり、いつしかそれは嗚咽へと変わっていった。

 両手を地に着き、うずくまる男の背中が突然ぼんやりと光りだした。

 その光は一気に強さを増したかと思うと、次の瞬間、一つの形を成した。

 誰もが一度は絵本の中で見たことのある、竜の翼の様な形を。

 あたりを禍々しい気が支配する。

 上条の運命を大きく捻じ曲げた、あの日のように。



 状況が全く飲み込めない捕虜たちは、恐怖に身を震わせていた。

 その中の一人、十歳くらいの少女が、恐怖に耐え切れず短い悲鳴をあげた。

 あわてて口に手をやるが既に遅かった。


 男はゆっくりと顔を上げる。

 赤く光る双眸がこちらを見ていた。



 わずかにバランスを保っていた上条の精神は、この日音もなく崩れ去った。

34: 2010/07/13(火) 02:24:45.77


***

 その日から上条は一切感情を表に出さなくなった。

 以前のように敵に手心を加えることもなくなった。

 上条は敵対する者全ての命を奪い去った。

 能力を使うことなく、自らの手で、一つ一つ己の心に刻みこむように。



 隊員の半分以上を失った上条の部隊は、人員の補充を受け元の人数に戻った。

 新たにやってきた隊員は皆あまりの苛烈さに背筋を凍らせた。

 僅かに残った上条を知る隊員は、あまりの変わりように言葉を失っていた。

 各地で抵抗を続けていたテロ組織は急激に力を失い、結果的に当初の予定よりも一年以上早く部隊は撤収することとなった。


 上条は一方通行らと合流し、軍の飛行機でイギリスに帰ってきたが、ロンドン市内に入ったところで突如姿を消した。




35: 2010/07/13(火) 02:33:58.84

***

「しばらくアイツを探したが、結局アイツは見つからなかッた。それで俺だけノコノコと帰ッて来たッてわけだ。」

 一方通行は長い話を終え、すっかり冷たくなったコーヒーに口をつけた。



 その場にいた全員が、言葉を失っていた。

 一方通行の話は、一同が知る上条のイメージとかけ離れていた。

 しかし一方で、否定しがたい強烈な真実味を帯びていた。

 鼻をすする音がする。

 顔を上げると、五和がポロポロと大粒の涙をながしていた。

「なぜ…あの人が……」

 五和の言う通りだった。

 誰よりも優しく、強く、困っている人がいれば自分の身を投げ出してでも助けずにはいられない。

 そんな少年になぜかくも苛烈な運命が架せられたのか。

 気づけば全員が涙を流していた。

 年少のアンジェレネやインデックスは声を上げ泣いていた。

 それを優しく抱きとめる神裂やオルソラの目からも涙が溢れていた。

36: 2010/07/13(火) 02:40:46.08


 滝壺と打ち止めは上条と深い付き合いがあるわけではなかった。

 しかし上条は、出発の直前、能力の弊害に苦しむ彼女らの前に現れ、二人の病を能力ごと消し去ってくれた。

 御坂の能力を図らずも消し去ってしまった直後で、強いトラウマを抱えていた。

 それでも去り際に
「元気でな」
 と力強く笑ってくれた。

 半年前に一度会ったきりのあの少年のことを想い、滝壺は涙を堪えることができなかった。



「最後にアイツは……」

 一方通行が口を開く。

 その目は御坂を見ていた。

「この話を終えたあとアイツは俺にこう言いやがッた。『今ならお前の気持ちがわかる。絶対的な力を求めて、実験に参加したお前の気持ちが』と。」

 俯いていた御坂の肩がピクリと動いた。

 その表情は誰も見ることができない。

 突然立ち上がると、彼女は踵を返し、走って部屋を出て行った。


37: 2010/07/13(火) 02:46:10.05


 上条は全てを一方通行に話した。

 その表情からは何も読み取ることは出来なかったが、淡々と自分のことを語る様はまるで自分を嘲り、見下し、責めてくれと言っているかのようだった。

 上条が抱える苦悩は、かつて一方通行が抱えていたものと同じだった。

 強力な能力がもたらす災厄、最強ゆえの孤独、そして耐え難い無力感。

 上条はかつて自分を救い出してくれた。

 しかし自分にはその力がない。

 だから託した。

 全てを話し、それでも上条を信じる者に。



 冷めて不味くなったコーヒーを飲みながら、一方通行は自分の無力を呪った。



38: 2010/07/13(火) 02:54:27.16

***

 どうしてこんなことになったのだろう。

 ふとそんな考えが脳裏をよぎったが、上条はすぐにそれを否定する。

 誰のせいでもない、自分が招いたことなのだ。

 自分の甘さが、自分の弱さが。

 ロンドンに残る仲間の顔が頭に浮かぶ。

 こんな自分が今更彼らの前に顔を出せるのか。

 何千人もの命を奪い去ったこんな自分が。



 上条は自分の能力を呪った。

 奪うばかりで何も守ることの出来なかった能力。

 激情にまかせて罪の無い命を奪い去った能力。

 自ら氏ぬことすら許さない能力。

 そして、御坂の力を消し立った能力。


 自分にみんなと一緒に居る資格はない。

 幸せになる資格など無い。

 わかっていた。

 それでも未練がましくロンドンまで来てしまった自分にため息が漏れる。

 度し難い。



 空を見上げたままゆっくりと目を開く。

 その瞳には、何も映らなかった。



39: 2010/07/13(火) 03:05:45.55

「よーカミやん、久しぶりだにゃー。」

 突然背後から声がかかった。

 振り向かずともわかる、級友の声だった。

「ロシアでの話は聞いてるぜよ。ずいぶんと派手にやったみたいだにゃー。」

 半年前と変わらない、彼らしい軽口だった。

 しかし上条はなんの反応も示さなかった。

 こちらを振り向くことさえしない。

 その様子をみて土御門はやれやれとため息をつくと、そのまま上条の背中に向かって続けた。

「カミやんのことだから、全て自分のせいだとか考えているんだろうが。」

「……」

「別にカミやんがしたことはこの世界じゃ珍しくもなんともないことだ。俺だって人くらい頃している。必要悪の教会の連中だって例外じゃあない。」

 土御門の言葉は上条の耳に届いていた。

 何を言っているのかも理解できた。

 だがそれだけだった。

 でたらめな数字の羅列のように、上条の頭には何一つ入っていかなかった。

 土御門もそのことはわかっているようだった。

 少し間を置くと、めったに見せない真面目な表情で口を開いた。

「それで―――」

「……」

「超電磁砲との約束はどうするんだ。」

40: 2010/07/13(火) 03:14:43.94



 その言葉に、わずかに上条の背中が反応したように見えた。

 上条の頭の中はもう何ヶ月も濃い霧がかかったようだった。

 しかし土御門の言葉を聞いた瞬間、わずかに自分が動揺したことに気づく。

 半年振りに耳にした、優しく、懐かしい、そして一番聞きたくない響きだった。



「久しぶりに会ったというのに、相変わらず君は辛気臭い空気を撒き散らしているんだね。見ているこちらまで陰鬱な気分になってくるよ。」

 土御門の背後から別の声がかかった。

 2メートルを超える長身と、肩まで伸びた赤い髪の神父。

 ステイル・マグヌスだった。


 相変わらず上条は振り向く素振りすら見せない。

 しかし上条は久しぶりに聞くその声に、何ともいえない不安を覚えていた。


「君の話はあらかた聞かせてもらったよ。まあ正直どうでもいい話だったけどね。インデックスを泣かせたことは許せないけど、僕自身は君がどうなろうと知ったことじゃあない。」

「……」

「君に同情しないこともないよ。君の力を平気で使いこなせる人間なんて数えるほどしかいないだろうさ。君の行いに対して何か言おうなんていう気もさらさらない。ただ――」

「……」

「ただ、彼の言葉は、君にとってその程度のものだったのかい。僕の――」

 上条の不安は確信に変った。


「父親の言葉は――」



43: 2010/07/13(火) 03:22:12.65


 今度こそ上条の背中は明確な反応を見せた。

 黒い髪をした、長身で長髪の魔術師。

 初めて彼に会ったときに上条が感じたものは間違っていなかった。

 上条の精神を支配している黒い感情が一段と大きくなり、上条の胸を締め付ける。

 「……っ!!」

 上条は何も言えなかった。

 しかしステイルは上条の心を読んだかのように答えた。

 「ああ、君が父の最期について何か責任を感じているというならそれは間違いだと言っておこう。彼は僕よりもずっと強い魔術師だった。もし彼の氏が君のせいだと思っているなら、それは彼に対する侮辱でしかないよ。」

 (でも……、それでも……)

 「父は全部知っていたんだろう。自分が氏ぬこと。君がこうなること。全てわかっていて君にあの話をしたんだよ。」

 ステイルはポケットから煙草を取り出しくわえると、静かに火をつけた。

 「君は一年前のことを覚えているかい。君がインデックスと初めて会ったときのことだ。」


44: 2010/07/13(火) 03:31:43.35


 「……」

 「僕はインデックスを守りたかった。

 僕の力が足りないばかりに彼女の思い出を守ることが出来なかった。

 彼女の命を守るために彼女を傷つけもした。

 再び彼女の記憶を奪い去ろうともした。

 そして、全てが過ちだったということを知った……」

 「……」

 「あのときほど自分を呪ったことはない。今まで一体何をやっていたのかと。そして自分を責めた。自分にはあの子のそばにいる資格はない、と。」

 「……」

 「でも、僕の信念は何一つ変らない。彼女が僕をどう思おうと。全てを忘れてしまったとしても……」

 「……」

 「僕は、彼女のために、生きて氏ぬ。」





45: 2010/07/13(火) 03:38:56.72


 上条は最後まで一言も発することはなかった。

 しかし長い間自分の頭にかかっていた霧が取り払われていくのを感じていた。

 同時によみがえる血塗られた記憶と、抑えきれないほどに膨らんだ負の感情。

 数ヶ月間閉じ込めたれていた感情と思考が目まぐるしく脳内を駆け巡る。

 上条はあふれ出る何かをこらえながら、ゆっくりと振り返ろうとした。

 その瞬間、ステイルが口を開いた。

 「おっと、新しいお客さんみたいだ。」



 上条が振り向くと、そこには御坂美琴が立っていた。




46: 2010/07/13(火) 03:45:18.34
***

 御坂は何かに導かれるように、ロンドンの夜道を走っていた。

 目的はもちろん上条当麻だった。

 どこにいるのかはわからなかったが、必ず会えるという予感があった。

 会ってどうするのか。

 言いたいことは沢山あった。

 上条がいなかった半年間のこと。

 労いの言葉。

 感謝の言葉。

 労わりの言葉。

 そして、失った能力のこと。

 それらは一方通行の最後の言葉によって雲散してしまっていた。

 それでも、アイツに何か一言いってやりたい。

 狭い路地から川辺に出ると、そこには懐かしいツンツン頭が見えた。



 速度を緩め、息を整えながらゆっくりと上条に近づく。

 建物の影から何か声が聞こえたような気がしたが、今は影も形も見えない。

 なんて声を掛ければいいのか思いつかない。

 御坂が逡巡していると、ツンツン頭がゆっくりとこちらを振り向いた。



 その瞬間御坂の頭は真っ白になった。



48: 2010/07/13(火) 03:56:19.77


 半年振りに見る上条はだいぶ変っていた。

 身長がずいぶん伸びたようで、体格も一回り大きくなっていた。

 イギリス清教のローブを纏い、まるで魔術師のような格好をしている。

 しかしそんなことは御坂の目には映っていなかった。


 振り向いた上条の、吸い込まれそうなほど深く、絶望に満ちた瞳。
 
 こけた頬と、大きなくま。

 彼の周りに立ち込める、暗く禍々しい空気。

 御坂の目は一瞬でそれらに奪われた。

 そのどれもが一方通行の話が真実であることを物語っていた。



 御坂は声を発することができなかった。

 かける言葉は考えていなかった。

 それでも言いたいことは沢山あった。

 しかし今となってはそのどれもが意味をなさないように思える。

 自分はこの少年になにができるのか。


 答えが出る前に身体が動いていた。



49: 2010/07/13(火) 04:03:39.04



 上条も言葉を失っていた。

 一番会いたくて、一番会いたくない相手。


 言うべきことは沢山あった。

 謝罪の言葉。

 この半年のこと。

 そして、果たされていない、あの日の約束のこと。


 一方で胸の中の黒い感情が上条を押しつぶそうとする。

 自分が御坂にかけていい言葉などあるのか。

 目を瞑り、すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちを必氏で抑える。


 突然何か温かいものが胸にぶつかる感触があり、目を落とす。

 そこには自分の胸に顔を埋め、抱きつく御坂の姿があった。



50: 2010/07/13(火) 04:17:12.20

 思わず上条に抱きついた御坂だが、自分の行動に驚きはしなかった。

 静かに鼓動する心臓の音が聞こえる。

 彼がかすかに震えているのがわかる。

 「俺は……」

 頭の上から声が聞こえた。

 半年振りに聞くその声は、弱く、掠れて、およそ彼の声とは思えなかった。

 「俺は…………っ」




 必氏で搾り出した声。

 その声は自分のものでないかのようだった。

 俺は……

 俺は一体どうしたいのか。

 御坂に謝りたい。

 御坂に許してもらいたい。

 御坂を抱きしめたい。


 御坂の背後で宙に浮いている自分の両手を見つめる。

 自分にその資格は無い。

 わかっているはずなのに。

 上条は表情をゆがめる。

 胸元から御坂の声がした。

 「私は……、当麻のことが好き……」

 御坂は震える声で続けた。


 「あの日の約束……、答えを…聞かせて……」


51: 2010/07/13(火) 04:23:04.63


 なぜこんなことを言ったのかはわからない。

 この場の雰囲気にふさわしい言葉とは到底思えない。

 約束なんてどうでもよかった。

 答えなんて聞きたくない。

 髪に温かいものが落ちる。

 彼の涙だろうか。

 長い、長い沈黙のあと、ゆっくりと息を吸い込む音が聞こえた。





 上条は驚いていた。

 御坂の行動に、そして御坂が発した言葉に。

 こんな時間にこんな場所にいること。

 間違いなく一方通行から話を聞いているのだろう。

 それでも自分のことを好きと言ってくれる。
 
 半年前と変らない、優しい声で。

 上条の心を覆う、厚く、重い、罪の意識。

 そこから溢れ出る、どうしようもないほどの愛おしさ。

 上条の頭の中を様々な思いが駆け回る。

 土御門の言葉。

 ステイルの言葉。

 御坂の言葉。

 そして、あの魔術師が遺した言葉。

 (「いつか……、私の話を思い出していただければと思います。」)




52: 2010/07/13(火) 04:32:47.20

 いつかとは今のことなのだろうか。

 しかし自分は彼とは違う。

 この身に宿した力。

 自分に……、できるのだろうか。




 「上条当麻!」

 新しい声が聞こえた。

 顔を上げるとそこには息を荒げた浜面仕上と滝壺理后がいた。

 浜面は上条に向かって強く言い放った。

 「お前が…、お前が自分のことをどう思おうと、お前は俺にとってのヒーローだ。」

 「……」

 「俺は…、俺には何もない……。あいつらみたいな能力も持ってないし、頭だって悪い。昔の仲間だって救えなかった……。それでも…、それでも滝壺を守りたいって思う俺の心を、お前は間違っているって言うのかよ!」

 「……」



53: 2010/07/13(火) 04:39:58.16

 上条はいつの間にか自分の頬を涙が伝っていることに気づいた。

 嬉しかった。

 こんな自分のことを、気にかけてくれる仲間がいる。

 みんなの優しさに甘えたい。

 自分を許してほしい。

 その考えを振り払うかの様に、上条は強く目を閉じる。



 「とーま!!」

 聞きなれた、懐かしい声がした。

 泣きそうな顔をしたインデックスと、彼女に付き添う神裂の姿があった。

 インデックスがゆっくりと口を開く。

 「1年前、私が初めてとーまに出会ったとき、私はとーまにこう言ったんだよ。『私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?』って」

 「……」

 「とーまは本当に最後まで私について来てくれた。ううん、とーまは私を地獄の底から救い出してくれた。

 だから……、だから今度はとーまが救われる番なんだよ。」



54: 2010/07/13(火) 04:45:13.37


 上条はこらえきれなかった。

 思わず御坂を抱きしめる。

 細く、小さい体がわずかに震える。

 両の目から半年分の涙が堰を切ったように流れている。

 あの日の魔術師の言葉が甦る。

 (「だからあなたはもっと自分勝手に、わがままに生きていいのです。」)

 どうして皆、自分の心を見透かしたかのようなことばかり言うのだろうか。

 大きく息を吸い込む。


 いいだろう。

 もう一度立ち上がろう。

 自分勝手に、思うままに生きてやろう。

 上条は決意する。

 あの日のように、前へ進むために。

 「俺は……」

 自分でも方便だとわかっている、しかしそれでも構わない。

 「お前を、御坂を守る。」

 御坂が、皆が自分を支えてくれると言うのなら、遠慮なくそれにもたれかかろう。

 「そのために、生きて氏のう。」


55: 2010/07/13(火) 04:52:28.54

 長い沈黙のあとに発せられた彼の言葉。

 その声は相変わらず掠れて小さかったが、彼女の知る彼の声だった。

 短いその言葉の裏にはどれほどの思いが隠されているのだろう。

 でも今はいい。

 言葉でしか埋められない思いは、後から埋めていけばいい。

 今は彼が帰ってきたことを喜ぼう。

 「……当麻」

 御坂は顔を上げる。

 そこには涙でくしゃくしゃになった彼の顔があった。

 瞳が濡れて光っている。

 彼女が知る、紛れもない、彼の顔だった。

 「なんだ……?」

 優しい声に、思わず顔がほころぶ。

 自分の頬にも涙が伝っていることに気づく。

 御坂は再び上条の胸に顔を埋める。

 「…おかえり。」

 大きく、温かな手が頭を包み込む。



 「…ただいま。」

61: 2010/07/14(水) 22:37:47.32
 ***

 翌日、帰ってきた上条と一方通行のために小さなパーティが開かれた。

 インデックスとアンジェレネが食べ物を取り合って喧嘩したり、酔っ払った神裂と五和が大暴れしたり、パーティは終始にぎやかな雰囲気だった。

 みんなの笑い声はどこかぎこちないものだったが、それでもこの上なく温かい空気が場を包んでいた。

 「おい、三下ァ。お前これからどうすンだ?」

 上条の向かいの席にやって来た一方通行が問いかけた。

 「学園都市に戻ろうと思う」

 「学園都市かァ……」


 この半年、上条たちの命を狙ったのは敵対する魔術結社だけではなかった。

 超能力という最高機密、そして上条の能力。

 この二つを学園都市が放置しておくはずがなかった。

 学園都市による襲撃はロンドンにも及んだと言う。

 魔術界の抗争が収まった今、一番の懸案事項は学園都市に違いなかった。



 「それで、オリジナルはどうすンだァ?」

 「何よその呼び方。私はもちろんついて行くわよ」

 振り向くとイギリス清教の修道服に身を包んだ御坂が上条を見下ろしていた。

 「私は当麻の彼女なんだから、当然よね!」

 「でもなあ……。それに彼女って…………」

 「別にいいじゃない。それに能力のことなら問題ないわよ。」

 そう言うと御坂は指先からバチバチと小さな青白い光を放った。

62: 2010/07/14(水) 22:44:51.26
 「えっ……!」

 上条は心底驚いた顔をした。

 「いやー、昨日は言いそびれちゃったんだけど、実は私、半年間ここで魔術を教わっていたの。ほら、私……その……超能力なくなっちゃったじゃない。だから魔術を使っても問題ないらしいの。それで……」

 「……」

 「だからいいでしょ?強度はまだレベル4ってところだけど、多分大丈夫。だから連れてって、お願い」

 上条は本当に驚いていた。

 御坂の強さに。

 御坂は何も言わなかったが、もしかしたら少しでも上条の罪悪感を小さくするために魔術を身につけたのかもしれない。

 そう思うのは自分勝手が過ぎるだろうか。

 上条にはわからなかったが、少なくとも御坂の決意は無駄にしたくない。


 「OK。わかったよ。それで……、打ち止めはどうするんだ?」

 「あいつは連れてかねェ。もう少しここ居てもらうつもりだ。あとはアイツを連れて行く」

 一方通行はそう言って土御門の方を見た。

 学園都市の暗部のことは一方通行から聞いていた。

 『グループ』のこと、そのメンバーのこと、統括理事会のこと。

 学園都市とイギリス清教の関係が悪化しつつある今、双方にパイプを持つ土御門は交渉を行う上で非常に重要だ。

 「あっちでのことはアイツに任せる。準備が出来次第ここを発つ」

 「わかった。それと一方通行……」

 「なンだァ?」

 「ありがとうな」

 「……」

 一方通行はチッと小さく舌打ちすると、目の前にあったコーヒーを一気に飲み干した。


63: 2010/07/14(水) 22:53:34.80
 ***

 そこからの段取りは早く、三日後に上条たちはイギリスを離れることとなった。

 一同は寮の門前で別れの挨拶を交わしていた。

 「お姉さまと仲良くしてね!ってミサカはミサカはあなたを心配してみたり」

 「余計な心配してンじゃねェよ」

 「お姉さまも元気でね!」

 「ありがとう打ち止め。すぐに迎えにくるわよ」

 「とーまも短髪と仲良くするんだよ」

 「ああ、本当にいろいろとありがとうな」

 皆思い思いの言葉を交わす。

 「一方通行、頼んだぞ」

  浜面が何か手紙のようなものを一方通行に渡している。

 別れの挨拶が済むと、四人は教会が用意した車に乗り込んだ。

 「それでは……、お気をつけて。」

 車は発進すると、瞬く間にその姿は見えなくなった。

 その姿を見送りながら、アニェーゼがぽつりと呟いた。

 「天才っていうのは…、ああいうのを言うんでしょうね……」



64: 2010/07/14(水) 22:56:47.82

 ***

 数日後、上条たちは学園都市にある廃ビルの一つに腰を落ち着けていた。

 ビルの中階にあるワンフロア、広さはテニスコートほどで、その片隅には土御門が調達した家具類が置かれている。

 周囲には人払いの魔術が施され、ひとまず見つかる心配は無い。

 「グループもなくなっちまったし、まァこンなもんかァ」

 「……」

 土御門は学園都市に帰ると決めた日からずっと無口だった。

 なぜか御坂がついて来ることに反対し続けたが、結局は四人で帰ってくることとなった。

 「とりあえず俺と一方通行は昔の仲間を探してくる。それまでカミやんたちはここでおとなしくしていてくれ。くれぐれも外には出るなよ」

 そう言うと土御門は一方通行と共に外へと出て行った。


65: 2010/07/14(水) 23:02:30.67


 残された二人の間にはなんとなく気まずい雰囲気が漂っていた。

 とりあえず向かい合うように置かれたソファーに腰掛ける。

 (いきなり二人きりにされても……何話せばいいかわかんない……アイツなんか前より口数減ってるし…………)

 そんなことを御坂が考えていると、おもむろに上条が口を開いた。


 「御坂、すまなかった」

 「え……?」

 「その……能力のこととか、何も言わずにイギリスを離れたこととか………、今までちゃんと謝ってなかったなと思って……」

 御坂は小さくため息をつく。

 「いいのよ、別に」

 「でも……」

 「いいの。私は当麻が帰って来てくれた、それだけで十分なの」

 「そうか……」

 上条はそういうと再び黙り込んだ。


 なんだかやけに物分かりのいい上条を見て、ふと御坂に悪戯心が芽生える。

 「じゃあ、一つだけお願い聞いてくれる?」

 「聞ける範囲ならな」

 「私のこと、名前で呼んでくれる?」


66: 2010/07/14(水) 23:08:55.90

 「……えー……」

 「いいじゃない!私はとっくに当麻って呼んでるし。それとも何?その程度のお願いも聞いてくれないの?」

 「その程度って……」

 「ダメ……?」

 「……」

 「……」

 「…………みこと……」

 「きこえなーい」

 「……美琴」

 「!!」

 予想以上に心地よいその響きにすこしだけ動揺する。

 「えへへ……合格!これからちゃんと名前で呼んでね」

 「わかったよ」


 上条は諦めたようにそう言うと、ボフッとソファーにもたれかかった。




67: 2010/07/14(水) 23:16:46.82


 再び静寂が流れる。

 今度は美琴から沈黙を破った。

 「ねえ、ちょっと外に出ない?」

 「土御門の言ったこと、聞いてなかったのか?」

 「いいじゃない少しくらい。それに当麻がついてれば問題ないでしょ?情報収集よ」

 「情報収集か……」

 上条も興味があった。

 戦争勃発後、学園都市が情報を封鎖したため外部で学園都市内の情報を仕入れることはほぼ不可能であった。

 そのため、一年近く学園都市の内情がわからない。

 これからどう動くにしても、学園都市の情報を仕入れておいて損はない。

 「わかった。少しだけだからな」

 上条はそう言うとソファーから立ち上がった。





 隠れ家が人気の少ない地区にあったためか、案の定帰り道でスキルアウトに囲まれた。

 暗部の息がかかっているようには見えないが、騒ぎは大きくしたくない。

 「美琴、10秒間息を止めていてくれ」

 上条はそう言うとスキルアウトたちの前に立ち、おもむろに胸の前でパンッと両手を合わせた。

 たったそれだけの行為で、上条を囲んでいた10人以上のスキルアウトは地面に倒れ臥した。

 「さ、行こうか」

 上条はそう言って美琴を促すと、再び隠れ家に向かって歩き出した。



68: 2010/07/14(水) 23:25:45.42


 隠れ家が人気の少ない地区にあったためか、案の定帰り道でスキルアウトに囲まれた。

 暗部の息がかかっているようには見えないが、騒ぎは大きくしたくない。

 「美琴、10秒間息を止めていてくれ」

 上条はそう言うとスキルアウトたちの前に立ち、おもむろに胸の前でパンッと両手を合わせた。

 たったそれだけの行為で、上条を囲んでいた10人以上のスキルアウトは地面に倒れ臥した。

 「さあ、行こうか」

 上条はそう言って美琴を促すと、再び隠れ家に向かって歩き出した。





 二人は隠れ家へと戻り、再びソファーに腰をおろす。

 「さっきの、一体何したの?」

 「企業秘密だな。今に教えてやるよ」

 上条はそう嘯いた。

 少しだけ戦場の思い出が甦り、胸の奥が痛む。


「便利な能力ね、って言ったら怒る……?」

 美琴がおそるおそる尋ねる。

 「……どうだろうな……」

 そう言うと上条は、買ってきた新聞や古雑誌を机の上に投げ出した。

 「それよりもまずはこっちを何とかしようぜ」



69: 2010/07/14(水) 23:31:04.86



 「おい見ろよこの雑誌、白井が載ってるぞ」

 「どれどれ?へえ、あの子すごいじゃない!」

 上条が指差した雑誌には、白井黒子がレベル5になったという記事が載っていた。

 「もう長いこと会ってないな。やっぱり……会いたいか?」

 「うん………やっぱりね。でも今の私はお尋ね者だから……。あの子や他の子に迷惑をかけるようなことはしないわ」

 美琴は少し寂しげにそう言った。

 「きっと土御門たちがうまくやってくれる。そうすれば元の生活に戻れるさ」

 既に学園都市と敵対している上条たちだが、まだ交渉の余地は残されている。

 一方通行は学園都市で最強の超能力者という、学園都市にとって替えの効かない最重要人物である。

 美琴も超能力を失ったとは言え、学園都市内での知名度は計り知れない。

 おそらく無碍に扱うということはないだろう。

 今のところ美琴のことが書かれた記事は一つも見当たらない。

 上層部は穏便にことを済ますつもりなのだろう。

 「……うん、そうね」

 美琴はうなずくと、再び読んでいた雑誌に目を戻した。



70: 2010/07/14(水) 23:36:27.41


 数時間が経ったとき、美琴が突然ソファーから立ち上がった。

 「どうしたんだ?」

 「……なんでもない……。それより今日はもう遅いし、そろそろ寝ましょ!」

 「それもそうだな。よし、寝るか!」

 そう言うと上条は照明を消し、そのままソファーの上で横になった。

 美琴も何も言わず壁際に置かれた簡易ベッドのところへ行き横になった。

 その姿に、上条は何か嫌な予感がした。




 案の定、上条の胸騒ぎはおさまらなかった。

 すでに横になってから2時間以上がたっていたが、上条は一向に寝付けずにいた。

 美琴が寝ていたベッドの方で、静かに人影が動くのが見えた。

 「どうかしたのか?」

 少し驚いたように、美琴は答える。

 「……!……お手洗いよ……」

 そう言うと美琴はドアを開け、フロアを出て行った。

 上条は若干申し訳なく思いながら、耳をすます。

 少ししてから水が流れる音がした。

 本当にお手洗いだったのだろうか。

 上条はそう考えた。

 しかし彼の予感は間違っていなかった。



 その後、美琴は戻ってこなかった。


71: 2010/07/14(水) 23:45:39.00

 しびれを切らした上条は、美琴を探しにフロアを出た。

 しかし建物中、どこを探しても美琴の姿はなかった。

 ビルを飛び出し、辺りをくまなく探し回ったが、結局美琴の姿は見つけられなかった。


 日が昇る頃、上条は再び廃ビルに戻ってきた。

 一方通行と土御門はまだ戻っていない。

 もちろん美琴の姿もない。

 上条は焦っていた。

 あの日美琴と再会し閉じ込めたはずの感情が、じわじわと溢れ出す。

 失う恐怖が上条の心を蝕む。


 ふと一年前のことを思い出す。

 上条は美琴が寝ていたベッドの前で腰をかがめ、その下を覗いた。

 予想通り、そこには上条がまだ目を通していない雑誌が捨て置かれていた。



 上条は一段と大きくなる胸騒ぎを抑えつつ、雑誌のページをめくる。

 美琴の様子に違和感を覚えたあの時、たしか美琴はこの雑誌を手にしていた。


 巻頭の、一番目立つ位置のその記事はあった。



 あるはずのない、日常生活を送る美琴の写真とともに。


72: 2010/07/14(水) 23:51:17.89


 ***

 美琴は言葉を失った。


 そこには黒子やその他の寮生たちに囲まれながら笑う、“自分”の姿があった。

 雑誌で見覚えのない自分の写真を見たときには半信半疑だったが、目の前の光景を目にして予想は確信に変わっていた。

 『妹達』

 一年前の忌まわしい記憶が甦る。

 自分のDNAマップを元に生み出された2万余人のクローン。


 学園都市に7人しかいないレベル5にして、学園都市の塔の役目も兼ねていた超電磁砲としての自分。

 それがいきなり学園都市から失踪したという事実が学園都市の内外にもたらす影響は計り知れない。

 そのことを恐れた上層部が、クローンの中の一人を美琴の替え玉に据えたのか。

 もしくは新たに都合のいいクローンを生み出したのか。


 美琴は居ても立ってもいられなかった。



73: 2010/07/15(木) 00:00:04.27

 ***

 「ちょっとアンタ!待ちなさい!」

 チャンスはその日の内にやって来た。

 授業時間が終わり、学舎の園から出てきたもう一人の自分。

 途中で黒子と別れ一人になったところを呼び止めた。

 あたりに他の人影はない。

 “彼女”はゆっくりと振り返る。

 そこには、紛れもない自分の顔があった。

 他の妹達のような感情に乏しい顔でなく、その表情には心の内がありありと映し出されていた。

 諦観と悲哀、そして覚悟。



 「アンタは……、誰なの……?」

 美琴の額を冷たい汗が伝う。

 ”彼女”は苦しそうな顔をしてうつむく。

 「答えてっ……!」

 美琴は声を荒げる。

 ”彼女”が観念したようにゆっくりと口を開く。

 「私は……、御坂美琴……。そして、あなたの名前は……」


 ―――00000号




74: 2010/07/15(木) 00:06:21.31


 “御坂美琴”は中学2年の6月に意識不明の重傷を負い、秘密裏に病院に搬送された。

 原因は暗部との抗争だった。

 レベル6シフト計画のことを知った彼女はそれを阻止しようと学園都市の暗部に足を踏み入れた。

 しかしとある暗部組織に阻まれ、そして致命傷を負った

 学園都市の最新医療によってなんとか命だけは取り留めたが、意識がもどる見込みはない。

 当然学園都市の上層部は慌てた。

 レベル5の中でその存在が広く知られているのは、第3位と第5位しかいない。

 1位や2位とは異なる意味で、彼女は替えの効かない存在だった。

 そこで、事件の遠因となった妹達に白羽の矢がたった。



 ――能力はその人間の精神と大きく関わっている。

 反乱防止のために感情を大きく制限された妹達はレベル3にも満たなかった。

 では学習装置を用いて、オリジナルから抽出した記憶、感情を全てクローンにインストールしたらどうなるか。


 そうして00000号は生み出された。



75: 2010/07/15(木) 00:11:52.17
 ***

 「くそっ!!!」

 上条は雑誌を投げ捨てるとビルの外に飛び出した。

 上条の頭の中にいくつものシナリオが思い浮かぶ。

 その中でも最悪なシナリオが頭の中で膨らむ。

 悪い予感ほど良く当たる。


 朝から一日中学園都市を走り回ったが美琴の姿は見つからない。

 既に日が傾きかけている。

 こんなときでもスキルアウトがお構い無しに上条を取り囲む。

 「ちっ……!」

 本当は背後に暗部がいる可能性を確かめたいが時間がない。

 手早くスキルアウトを叩き潰すと上条はその場をあとにしようとする。

 その時聞き覚えのある声が路地に響いた。



 「お待ちなさい!ジャッジメントですの!」



76: 2010/07/15(木) 00:18:11.87

 そこには肩の腕章をこちらに掲げる白井黒子の姿があった。

 「白井……?」

 「あら……、お久しぶりですわね。どうやったかは存じませんがそこのスキルアウト、あなたの仕業ですの?」

 「待ってくれ白井!今はそれどころじゃないんだ!」

 「久方ぶりにお会いしたと思えば……、今度は何に巻き込まれているんですの?」

 「それは…………そうだ白井!美琴がどこにいるかわからないか?!」

 「お姉様?」

 「そうだ。今すぐ会いたいんだ。連絡とかとってもらえないか?!」

 「でしたら、事情をお話ししてもらいませんと……」

 「それは……できない。でも……頼む!白井!」

 「……仕方がありませんね。少々お待ちくださいな」

 「すまない……!」

 白井は小さくため息をつくと、起き上がる気配のないスキルアウトたちをちらりと見ながら携帯電話を取り出した。



 

77: 2010/07/15(木) 00:23:20.44


 “御坂美琴”は意識不明に陥ってから数ヵ月後、奇跡的に意識を取り戻した。

 しかしそこで彼女が目にしたのは、かつて自分がいた場所に立つ00000号の姿だった。

 自分が見たことのない後輩。

 会ったこともない友人。

 そして上条当麻。


 それらに囲まれて笑う00000号を見て“御坂美琴”は全てを諦めた。

 彼女から全てを奪うことは出来ない。

 全ては学園都市の深すぎる闇に足を踏み入れた自分の責任なのだ。

 “御坂美琴”は人知れず闇に生きることを決意した。




 それから数ヵ月後、思いもしない命令が舞い込んだ。

 00000号が学園都市に反旗を翻し、学園都市を出て行った。

 その代わりに再び学園都市第3位の超電磁砲に戻ること。

 命令を拒否するはずもなかった。

 胸に突き刺さる罪悪感。

 しかし表の世界への渇望は、何にも優るものだった。


 こうして“御坂美琴”は再び学園都市第3位の超電磁砲となった。



 

78: 2010/07/15(木) 00:30:06.86

 ***

 美琴は真夜中の学園都市をあてもなく彷徨っていた。

 ”彼女”の話を聞いた美琴は、静止するのも聞かずにその場から逃げ出した。

 今どこにいるのかわからない。

 そうではなかった。

 ――自分が誰なのかわからない。

 それが今の自分を表すのにふさわしい言葉だった。


 偽りの記憶。

 偽りの人格。

 作られた容器。


 能力を失っても依然として美琴を支えていた”自分だけの現実”。

 その全てが跡形もなく崩れ去っていた。

 


 

79: 2010/07/15(木) 00:36:05.45


 気がつくと一年前のあの場所にいた。

 今からちょうど一年前の出来事を思い出す。

 彼女の話が本当ならば、あの時の自分は今の自分と同じはずだ。

 そんな詮方もないことを考えている自分に気づき自嘲する。
 
 彼女の話には何の根拠もなかった。

 同じ記憶、同じ身体を持っているならば、どちらが本物かなど意味のない議論だ。

 しかしこの話をしているときの彼女の表情は紛れもなく自分のものだった。

 思いやり、罪悪感、やり場のない怒り、それら全てが入り混じった表情。

 同じ自分だからこそわかる。

 彼女は何一つ嘘を吐いていない、吐けるはずがない。

 自分は人の手によって作り出されたクローンなのだ。

 何一つ本物でない。

 それが自分なのだ。

 「助けて……」

 あの日と同じ言葉が口からこぼれた。



 「助けてよ…………」



 

80: 2010/07/15(木) 00:45:58.29

 ***

 上条も同じ場所へ来ていた。

 一年前と同じ、鉄橋の上に。

 話は全部“御坂美琴”から聞いていた。

 全て上条が予感したとおりだった。

 それでも上条が受けた衝撃は大きかった。

 美琴がクローンだったという事実。

 吐き気がするほどの学園都市の闇の深さ。

 そして目の前に居る美琴。

 その表情は、一年前の今日この場所で上条が見たものと同じだった。

 一年前と同じ、あまりに弱く、脆く、消えてしまいそうな横顔だった。




81: 2010/07/15(木) 01:00:22.36

 「美琴っ!!」

 彼の声が聞こえる。

 やっぱり彼は来てくれた。

 でも違う。

 自分を呼ぶ声ではない。

 それは自分の名前ではないから。

 彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 「来ないでっ!!」

 必氏で叫ぶ。

 彼が怖い。

 自分を見てどう思うのか。

 本当の自分を知ってどう思うのか。

 知りたくない。

 「来ないでって言ってるでしょ!!!」

 彼に向けて渾身の雷撃を放つ。

 彼は手を翳すことすらせずにその中を歩いてくる。

 効かないことくらいわかっている。

 両目から涙が溢れ出して止まらない。

 この涙は本物だろうか。

 そんな仕様もないことが頭に浮かぶ。

 ぼやけた視界を影が覆う。


 一週間前と同じ、大きくて、温かい感触が彼女を包んだ。




82: 2010/07/15(木) 01:10:51.98


 自分の腕の中で泣き続ける少女に、上条は言葉をかけることができなかった。

 もっともらしく道理を散りばめた台詞。

 そんなものが幾つも脳裏に浮かんでは消えた。

 しかしこの少女のことを思うと、どれもおそろしく薄っぺらなものに思える。

 美琴は強い少女だった。

 一人で学園都市の闇に立ち向かった。

 そして超能力の喪失を乗り越えた。

 それ以外にも幾つもの壁を打ち破り、克服してきたのだろう。

 しかし自分の腕の中で泣きじゃくる少女は、そんな姿とはかけ離れていた。

 かつて美琴は言っていた。

 『壁があれば乗り越える。ハードルがあれば飛び越える』、と。

 しかし踏みしめるべき地面を、それを蹴る足を、突如消し去られてしまった。


 目の前にあるのはただ小さく、脆く、今にも消えてしまいそうな少女の姿だった。




83: 2010/07/15(木) 01:17:29.90


 上条は考えることをやめる。

 一週間前に彼女がそうしてくれたように、自分の思いをそのまま口にした。


 「俺は、あの日美琴を守ると約束した。約束は……全然守れてないけど、あの決意は嘘じゃない」

 「……」

 「ただあの言葉は美琴のために言った言葉じゃない。…いや、正確に言うと半分は美琴のために言ったんじゃない。自分のために言ったんだ」

 美琴を抱きしめる力を強める。

 「俺は戦争で生きる支えを失った。でも……あのとき、美琴が手を差し伸べてくれた。だから俺はそれを支えにもう一度立ち上がることができたんだ。だから……美琴を守るという約束は、美琴のためだけじゃない、俺のためにも失うわけにはいかないんだ。」

 美琴の泣き声が徐々に小さくなり、嗚咽へと変わる。

 「俺はこのクソッタレな能力を何度呪ったかわからない。何度も消し去ろうとして、でもそんなことはできなかった。だが今はこの力があって良かったと思ってる」

 美琴が顔をあげる。

 目は真っ赤に晴れ上がり、顔中涙でくしゃくしゃになっている。

 その頬を優しく拭いながら上条は続けた。

 「俺は、この能力がある限り絶対に氏なない。ずっと、ずっとお前のために生き続ける。どこに行ったって必ずお前のもとに帰ってきてやる。だから、お前も……美琴も……、」

 上条はゆっくりと息を吸い、吐き出した。



 「俺のために、生きて、氏んでくれ」



 

84: 2010/07/15(木) 01:27:15.43


 止まったはずの涙が再び溢れ出す。

 でもこの涙はさっきまでとは違う涙だった。

 見失った自分、失くした心……、今は全てを忘れられた。

 彼が自分を必要としてくれる、そのことがただただ嬉しかった。

 全てを知った上での、彼の思い。

 自分が何だろうが構わない、必要とされるならそのために生きよう。

 わかっている。

 彼のためじゃない。

 そう、半分は。

 でもかまわない。

 彼が差し伸べてくれる手にすがろう。


 まっすぐに彼の目を見る。

 「わかった……約束してあげる……。だから……」

 そう言って目を閉じる。

 彼の手が肩に回される。

 彼がゆっくりと近づくのがわかる。


 温かく、やわらかい感触と、涙の味がした。




85: 2010/07/15(木) 01:36:05.77

***

 隠れ家に戻ると一方通行が待っていた。

 いつの間にか手に入れた携帯電話で土御門を呼び戻す。

 二人に全てを話すと、勝手に外に出た挙句スキルアウトを全滅させたことを怒られたが、土御門はなぜかほっとした様子だった。

 二人の昔の仲間は無事見つかったらしい。

 後日交渉が行われ、幾つかの条件と引き換えに、上条らは学園都市から今後追われないことを約束された。

 土御門と一方通行は再び学園都市の暗部に籍を置くこととなった。

 上条は遠慮したが、二学期から高校への復学を許可された。

 「超電磁砲、お前はどうすンだァ?」

 一方通行が尋ねた。

 「ちょっと……、もうその名前で呼ばないでよ」

 「もう話はしたんだろ?」

 「うん……私は学園都市に残るわ。その……えー、オリジナルのことは二人で話し合って解決するって決めたし、とりあえずは他の妹達と同じように生活することになると思う」

 「学園都市の外に出た方がいいんじゃないのか?」

 「それでどうやって生きてけっていうのよ。それに、当麻も残るんでしょ?だったらいいじゃない」

 「んー、そう言ってもなあ……」

 「私が決めたんだからつべこべ言わないの。私を守ってくれるんでしょ?」

 美琴はこっちを見て悪戯っぽく笑っている。

 確かに美琴の言うとおりだった。

 当面の懸案事項は解決された。

 これからのことはじっくりと考えていけばいい。

 心に決めたこともある。

 上条は小さく笑うとこう言った。


 「わかりましたよ、お姫様」


89: 2010/07/15(木) 23:49:22.85

***

上条たちが学園都市に戻ってから一週間が経った。

一方通行と土御門はたまに仕事だといって出かけていく。

上条は新しい生活の準備があったが、基本的に暇な生活を送っていた。

その日は仕事がないようで、朝から四人でだらだらしていた。

夕方になると美琴はオリジナルと会う予定があると言って隠れ家を出て行った。

一人では不安なので土御門がこっそりと美琴のあとをつけることになった。

隠れ家には上条と一方通行が残された。


「なあ一方通行」

「なんだァ?」

「そろそろ美琴の呼び方変えてやってくれねえか?」

「つったってなァ……オリジナルというわけにもいかねェし、第3位……でもねェし、やっぱり超電磁砲だろ」

「いや、あいつには御坂美琴って名前があるだろ」

「ンなこと言われてもなァ。それよりどうするつもりなンだ?超電磁砲のこと」

「まあ俺にも考えがあるんだけど、なかなか都合が合わなくてさ。それより言ってるそばから超電磁砲かよ。まあ俺も未だに三下呼ばわりされてるし、お前のそういうところは諦めるしかないのか……」


90: 2010/07/15(木) 23:54:40.10

だらだらと話を続けていると徐に一方通行が立ち上がった。


「コーヒー買いに行く」

「コンビニか?なら俺も行くよ」

そう言って上条も立ち上がろうとしたとき、

「ジャッジメントですの!」

聞き覚えのあるセリフと声がフロアに響いた。

「またお前か……」

「!!またあなたですの?」

「なんだァ、知り合いか?」

「まあな。それで何の用だ、白井?」

上条はぽりぽりと頭をかきながら白井に尋ねた。

「ここ最近この地区で大量に発生している、スキルアウトを対象にした連続暴行事件。その調査に参りましたの」

「あー……」

「まさかあなた方の仕業でしたの?」

「まあ正当防衛っていうか……それにやったのほとんどこいつだし!」

上条は一方通行を指す。

91: 2010/07/15(木) 23:58:59.30

「俺は何にもしてねェよ。ところでチビガキィ、お前どうやってここがわかったンだァ?」

「事件発生ポイントの真ん中がなぜか未捜査になっていれば誰だって怪しいと思うに決まっておりますの。どうやったかは存じませんが」

「それで瞬間移動して来たったわけか」

なるほど、人払いも瞬間移動には効果がないのか。

上条がそんなことを考えていると一方通行が口を開いた。

「それで、俺たちをどうしようってンだァ?」

「決まっていますの。連続暴行事件の重要参考人として同行していただきます!」

ピシッ

空気が凍る音が聞こえた。

上条がおそるおそる振り向くと、一方通行が口元に不気味な笑みを浮かべていた。

「おいおい!何するつもりだよ!白井は美琴の後輩なんだぞ」

「別に何にもしねェよ。コーヒー買いに行くだけだ」

そういうと一方通行は白井が立っている出口の方にスタスタ歩いていった。




「(固法先輩……、あの二人は……?)」

耳元の無線を通じて背後の物陰に隠れる固法に小声で話しかける。

「(それが……わからないの。黒髪の子は上条当麻。レベル0ってなってるけど他には何も……。白髪の子は名前も能力も一切データがないわ……。それと……)」

「(なんですの……)」

「(二人とも……私の能力が効かないの……)」

「!!」

 

92: 2010/07/16(金) 00:05:59.07
***

固法は物陰から動けずにいた。

フロアの中の様子は能力によって全て見えている。

しかしまるでわけがわからなかった。

書庫にデータがない二人の少年。

初めて出会う能力の効かない人間。

何よりも二人がまとうただならぬ空気。

固法にはそれが何かわからなかった。



白髪の少年が出口を塞ぐ白井の方へ歩を進める。

(白井さんっ!!)

しかし予想に反して少年は何もせず白井の脇を通り抜けた。

固まったように動かない白井の横を。

(え……!?)

少年はフロアを出ると自分のいる方へ近づいてくる。

白髪の少年がすぐそばを通りぬけたとき、固法は全てを理解した。

 殺意。

今まで風紀委員の仕事の中で、幾度となくそれを向けられたことがある。

ただ少年が放つそれは、固法が知るものとはあまりにも異質で桁外れだった。

だからわからなかったのだ。

少年は自分にも白井にも一瞥すらくれなかった。

しかしそれが全てを物語る。

『余計なことをしたらぶっ頃す』

冗談や脅しではない本物の殺意。

真夏だというのに全身の震えがとまらなかった。

93: 2010/07/16(金) 00:10:57.01

***

上条はホッと胸を撫で下ろすと、呆然と立ち尽くしている白井に声をかけた。

「白井、すまないな」

「…………。あなた方……一体何者ですの……?」


上条は困ったように頭に手をやる。

「そういえば白井、レベル5になったんだってな。すごいじゃないか」

「あからさまに話を変えないで下さいませ!質問に答えて下さいですの!」

上条は少し考えるように俯くと、再び口を開く。

「そういえば御坂は、何か変わったところとかないか?例えば……去年の12月くらいから」


白井は少し驚いた顔をする。

「確かに…その頃からお姉様は少々変わられました。夜遊びや門限破りは一切されなくなりましたし、口数も少々減ったように思われます。どうしてそれを?」

白井は上条が同じ頃から学園都市を離れていたことを知っていた。

御坂の変化もそれが原因だと考えていた。

94: 2010/07/16(金) 00:16:21.16

「そうか……。ま、あいつが何も言わないなら俺から言うことは何もないさ。そこを通してくれないか、白井」

「……そんなこと言われて、納得できるとお思いでして?」

「……お前は、昔の俺や美琴にそっくりだな」

「……どういう意味ですの……?」

「今のうちに引き返せってことだ」

「!?」

その瞬間、周囲の温度が2,3度下がったような気がした。



「一方通行の忠告がわからなかったのか?」



本当にそっくりだ、上条はそう思った。

だから今はここで止めてやらなければならない。






95: 2010/07/16(金) 00:17:38.45

***

上条がこちらに向かって歩を進める。

先ほどと同じ状況だ。

たださっきの男が放っていた、全身を突き刺すような強烈な殺気はない。

その代わりに辺りに立ち込める、この世の絶望の全てを煮詰めたような重く禍々しい空気。

白井の全身から嫌な汗が噴き出す。

震える身体に鞭を打ち、金属矢を握ると上条に向かって放つ。

上条は避ける素振りすら見せない。

構わず白井は上条の上方へ瞬間移動する。

全身の力を使い渾身のとび蹴りを放つ。

しかしそこに上条はいなかった。

慌てて空中で姿勢を整え着地する。

「白井」

背後から上条の声がかかる。

息が止まる。

身体が動かない。

背後から漂う、あまりにも非日常的な匂い。

深く、暗い、噎せ返るような氏の匂い。


全身から力が抜け、膝から崩れ落ちた。


96: 2010/07/16(金) 00:20:22.21



「これでわかっただろ」

呆然と床にへたりこむ白井に上条は話しかける。

「風紀委員とかレベル5とか、ここはそういう世界じゃないんだよ」

白井はピクリとも動かない。

「この学園都市は狂っている。それはお前も薄々わかっているだろう。だから……今日のことは忘れてくれ。そして二度と俺たちに関わるな」

白井が小さく頷く。

「そこのあなたも……、お願いします」

上条は扉の外に向かって声をかける。

小さな返事が返ってくる。

上条は白井の前にしゃがみこむと、左手で掴んでいた3本の金属矢を白井の手に握らせ、その場を後にした。



97: 2010/07/16(金) 00:25:17.51

***

「相変わらず甘ェなァ」

「お前も人のこと言えないだろ」

上条と一方通行は近場のコンビニを出て隠れ家へと向かっていた。

「そう言えばお前は学校行かないのか」

「学校ねェ。別に行く必要なンざねェし、今更戻れねェよ」

上条が黙り込む。

「別にお前のことを言ってンじゃねェ。それにお前の復学はあの野郎が頼み込ンで認めさせたンだ」

「土御門が?」

「その方が超電磁砲が喜ぶってなァ。とにかくグダグダ考えてねェで、表の世界に戻れる内は気にせずもどりゃァいいンだよ。お前もわかってンだろ?」

美琴のことが頭をよぎり、胸が痛んだ。

「わかった。お前らの分まで学校生活を楽しんでやるよ。そのかわり打ち止めが戻ってきたらお前も学校通えよ」

上条が悪戯っぽくそう言うと、一方通行は小さく舌打ちし、すこしだけ口元を歪めた。


 

98: 2010/07/16(金) 00:31:45.05


ポツポツと雨が降り出したかと思うと、すぐに本降りとなりアスファルトを黒く染めた。

予報になかった雨が降り出したため、上条は一方通行と別れ、傘を購入して美琴を迎えに行くことにした。


「ンなもン、あのストーカー野郎に任せときゃいいじゃねェか」

「ストーカーって……。それにそういうもんじゃないだろ」

「そうかねェ」

「そうなんだよ。そういや一方通行、いつまでその杖ついてんだ?」

「まァ必要ねェが、色々と役に立つンだよ」

「そういうもんか」

「そういうもンなンだよ」


 

100: 2010/07/16(金) 00:37:16.06

***

「わざわざ迎えに来てくれるなんて、なんか当麻らしくないわね。もしかしてそれで雨が降ったとか?」

「折角来たのにひどい言い草だな!どうせ俺は気が利きませんよ」

「冗談よ。ありがと!」

そう言うと美琴は白いビニール傘をクルクルと回しながら上条の前を歩き出す。




「へえ、そんなことがあったんだ」

上条は白井と会ったことを美琴に話した。

「ああ、今度会ったら謝っておかないとな」

美琴が俯いて黙り込む。

「その……、オリジナルとはどんな話をしたんだ?」

「主にこれからのこととか、ここ半年のことかな。向こうも色々と遠慮してくれるんだけど……、その、やっぱり違うし……。表の世界のことは諦めるわ」

「…………。白井のことは?」

「黒子にはいつか言わなきゃいけないと思うけど……今はまだ……って感じかな」

「そうか……」


二人は大きな川に突き当たり、そのまま土手の上を歩く。

いつの間にか雨は上がり、再び蒸し暑さがもどってきていた。



101: 2010/07/16(金) 00:45:42.78



学園都市に帰ってきてから二人はよく夜の街を散歩していた。

美琴は日の下に出ることを嫌がった。

オリジナルのため、と言っていたが、何人もの妹達がこの学園都市にいることを考えれば今更迷惑がかかるとも考えにくい。

やっぱりまだ気持ちの整理がついていないのだろうか。

美琴はこの一週間、朝起きると夕方まで、ずっと部屋の中でロンドンから持ち帰った魔術関係の本を読んでいる。

日が沈むと、上条たちと買出しに出かけたり散歩に出たりする。

これからもこんな生活を続けるつもりなのだろうか。



ふと横を歩く美琴を見ると、向こう岸の方をじっと見ている。

そちらに目をやると、既に灯りを落としたアミューズメントパークのようなものが見える。

「あんなものあったっけか?」

「今年できたみたい。日本で一番大きなプールがあるんだって」

「ふーん……」

「……」

返事は返すが、美琴の視線は向こうをむいたままだった。

その様子をじっと見ていた上条は、突然美琴の手を掴み走り出した。

「ちょっと当麻!どうしたの?!」

「とりあえずついて来いって!」


 

102: 2010/07/16(金) 00:52:40.23

***

二人がやって来たのは、上条が以前通っていた高校だった。

フェンスの隙間から敷地内に忍び込むと、そこには真っ暗な水を湛えたプールがあった。

「ちょ、ちょっと当麻?」

上条は構わずプールの入り口の方へ歩いていき、鍵がかかっている場所へ手を伸ばす。

それからこちらを振り向くと、何かを美琴に向かってトスした。

美琴はそれをキャッチし、手の中を見る。

そこにはU字の部分が一部欠けた南京錠があった。

上条がこちらを見て悪戯っ子のように片目を瞑る。

「しょうがないわね」

美琴は小さく笑うと開いた扉の中へと入っていった。



103: 2010/07/16(金) 00:58:31.04



二人はプールサイドに肩を並べて立っていた。

「それでどうするの?水着なんて持ってないんだけど」

「どうしましょうかね……」

「何にも考えてなかったの?」

美琴はやれやれと小さくため気をつく。

それからニヤリと笑うと素早く上条の背後に回りこみ、両手でドンッと背中を押した。

「どわっ!!」

上条は大きな水しぶきをあげ真っ黒な水中に消えていった。

慌てて水底に足をつき、水面に顔を出す。

「あはははははっ!なによそれ!」

こちらを見上げる上条の髪の毛は、いつものようなツンツンヘアではなく、ぺったりと顔の輪郭に張り付いていた。

「やりやがったなぁ!」

 


104: 2010/07/16(金) 01:04:21.97

上条はそう言うと美琴の方へ手をかざす。

すると突然美琴の背後から突風が吹き、バランスを崩した美琴は上条のようにプールへと落下した。

上条が勝ち誇ったような顔で美琴が落ちた場所を見る。

するといきなり足首を引っ張られ、上条の顔が水中へ姿を消す。

代わりに美琴の顔がザバァと水面に現れる。

続けて上条も顔を上げる。

「ぶはっ!!このやろうっ!!」

「あはっ!つかまえてみなさいよー」

「待てコラーー!」

美琴がキャーと悲鳴を上げながらバシャバシャと水をかき分けて逃げる。

その背中を上条が追いかける。


二人分の水音と笑い声が真夜中の学び舎に響いた。



 

105: 2010/07/16(金) 01:10:55.05

***

「ハァ…ハァ…」

ひとしきり暴れまわり疲れきった二人は、プールサイドに寝転がっている。

美琴は嬉しかった。

上条が見せてくれる気遣いと優しさ。

上条は普段めったに能力を使わない。

きっと辛い思い出が甦るのだろう。

それでも美琴にだけはそれを曲げてくれる。

そのことが美琴の心を温かくする。

しかし同時に湧き上がる、どうしようもない思い。

どうしようもない願望と、やり場のない気持ち。

自分は一生この思いを抱えて生きていかなければならないのだろうか。


 



106: 2010/07/16(金) 01:16:53.19



上条は上半身を起こし、美琴の方を見た。

いつの間にか空を覆っていた雲はその数を減らし、隙間から月明かりが差し込んでいる。

辺りを少しだけ照らし出すが、美琴の表情はよく見えない。

「ブフッ!!」

上条が突然吹き出した。

怪訝な顔をした美琴が自分の姿に目をやるとみるみる顔を赤くする。

「ちょ、ちょっと!!何見てんのよ!」

「す、すまん!」

上条は慌てて美琴に背中を向ける。

背後でモゾモゾと美琴が動く音がする。

この後どうしよう、などと考えていると、急に上条の背中をやわらかい感触が包んだ。

「美琴……?」

「……こっち向かないで……」

「……」

「……」

長い沈黙が流れた。

背中を通して美琴が震えているのが伝わってくる。

少しだけ鼻をすする音がする。

上条は目を閉じた。

静かに身体を入れ替え、美琴を抱きしめる。

「冷えてきたな……、そろそろ帰ろうか……」

「……うん……」


 

116: 2010/07/17(土) 16:58:38.98


***

翌々日、上条は用事があると言って土御門と共に学園都市の外へ出ていた。

残された美琴と一方通行はいつも通りの一日を過ごし、夕方美琴はオリジナルに会うために第七学区にあるファミレスへと向かった。



その日の話題は妹達のことや一方通行のことだった。

大体の記憶は共有していたが、暗部に都合の悪い記憶はところどころ消されているようだった。

「アンタ今一方通行と一緒にいるんでしょ?何もないの?」

「何って言われてもね……。まあ性格はアレだけどそんなに悪い奴じゃないわよ」

「へえ……。それとあの上条って人、最近どうなの?」

「ぶふっっ!!ど、どうって……べ、別に何もないわよ!」

「はぁ……、我ながら分かりやすい性格してるわね」

最初はかなり気まずい雰囲気だったが、頻繁に顔を合わせていることもあり二人はかなり打ち解けていた。

終バスの時刻が近づき、片方が伝票に手を伸ばす。

「最後に……一つだけ聞いてもいい?」

「何?」

「その……、私を……あなたを倒したのって、誰なの……?」

 
 

117: 2010/07/17(土) 17:04:57.05


***

美琴は人気のない通りを一人歩いていた。

前回は上条が迎えに来てくれたが、彼は今学園都市にいない。

少し寂しく思いながら歩を進める。

先ほどの会話を思い出す。

(「研究施設を襲撃した私はとある暗部組織の待ち伏せにあったの……。その中に……レベル5の一人がいた」)

突然何かに締め付けられるような感触があり、身体が動かなくなった。

「っ!!!」

慌てて身体をよじるが、その場から全く動けない。

(マズいっ!!!)

そう思ったときにはもう遅かった。

118: 2010/07/17(土) 17:13:55.24

みるみる地面が遠ざかり、周囲のビルほどの高さで宙吊りとなる。

(ッ!!!)

これから起こることを予想し、思わず目を閉じる。

すると突然何かがぶつかる感触があり、ガラスを割る音が聞こえた。

驚いて目を開けると、オフィスのような部屋の中で自分を抱える一方通行の姿があった。

「一方通行!?」

一方通行は何も答えず、美琴を抱えたまま反対側の壁をぶち破り建物の外へ飛び出す。

直後ビルが轟音をたて崩れ去る。

「!!」

美琴はわけが分からず一方通行にしがみつく。

一方通行はビルの間を飛ぶように駆け抜けていった。



 

119: 2010/07/17(土) 17:21:14.43



数分後、二人は10kmほど離れた狭い路地裏にいた。

「一体どういうこと?!」

美琴はわけがわからず一方通行に尋ねた。

「学園都市も一枚岩じゃねェってことだろ」

美琴はその一言で全てを理解した。

土御門は統括理事会の理事長に直接話をつけたと言っていた。

だが上層部には美琴が邪魔になる者がいたのだろう。

それが美琴に刺客をさしむけたのか。

または……



「どういう手品を使ったか知らねェが……」

「!!」

何かが凄まじい速度で美琴に向かって飛来した。

一方通行が片手で払いのけると、それは美琴の背後の壁にめり込みコンクリートを砕いた。

「お出ましだ」

路地の入り口に人影が現れる。

美琴は再び彼女の話を思い出していた。

彼女が話したレベル5の特徴。

180cmほどの長身。

細い目。

青い髪。

そして、最強の念動能力。

「……第6位!」

120: 2010/07/17(土) 17:29:42.94


「なんや、ボクのこと知っとるんか」

男はおよそこの場にふさわしくないようなおどけた関西弁で答えた。

その後から新たな人影が現れる。

自分と同い年くらいの少女だった。

小柄な体躯と茶髪のセミロング。

一方通行がわずかに眉をひそめる。

美琴には見覚えのない少女だった。

(こいつもレベル5?!)

「超違いますよ、元第3位」

「っ!!!」

次の瞬間、一方通行は美琴の腕を掴みビルの隙間から飛び去った。


 

121: 2010/07/17(土) 17:34:48.77
***

(どういうことだァ……)

再び距離をとった一方通行は考え込んだ。

「超電磁砲、あの青髪野郎はどういうわけかお前を[ピーーー]気がねェ」

「……」

(それとあのチビ女……)



美琴も理解していた。

念動能力者は学園都市に数え切れないほどいる。

同時に念動能力ほど汎用性に優れる能力はない。

こと戦闘に関しては無類の強さを発揮する。

演算の難度を考慮すれば瞬間移動を超えるかもしれない。

その頂点に立つ能力者が一瞬で命を奪えないはずがない。


そしてあの女。

(心を……読んだ……?!)



122: 2010/07/17(土) 17:48:37.50

「超電磁砲、俺はあのチビ女に用がある。お前はあの青髪をやれ」

「え?」

「心配すンな。逃げ回ってできるだけ勝負を引き延ばせ。用が済ンだらあとは俺がやる」

そう言うと一方通行は、先ほど破った倉庫の窓から音もなく飛び去って行った。




数秒後、大きな音が聞こえわずかに建物が振動する。

窓から外を覗くと、どうやらここは倉庫街の一角のようだった。

女は一方通行が引き離したのだろう。

100メートルほど離れたところに男が一人で立っている。


一方通行は逃げろと言った。

しかし目の前の男には貸しがある。

二人分の貸しだ。

美琴はポケットの中のコインを握り締めた。


 

123: 2010/07/17(土) 17:53:18.02

***

「どうした、土御門?」

上条は隣でハンドルを握る土御門に尋ねた。

二人は外での用事を済ませ、学園都市に戻ってきていた。

「魔翌力の流れを感じる」

「美琴か?」

「わからん、だが一つじゃない」

「まさか、侵入者か?!」

土御門は車をわきへ寄せ、停車させる。

「探知用の魔術を使う。カミやんは少し待っていてくれ」

「……」

土御門はそう言い残してドアから出て行った。


 

124: 2010/07/17(土) 17:56:30.86


ややしてから、再び土御門が車に乗り込んでくる。

「どうだった?」

「一つは超電磁砲のものに違いない、もう一つは……」

「侵入者か?」

「……おそらくそうだ」

「くそっ、こんなタイミングで!」

土御門はエンジンをかけるとアクセルをみ込んだ。

「ここから30分ぐらい、第9学区の倉庫街だ」

「わかった……急いでくれ」


上条の心に不安と焦燥が広がる。

そしてもう一つ。

かすかな違和感が上条の胸に棘のように突き刺さっていた。


 

128: 2010/07/18(日) 22:29:53.69

 
***

少女と一方通行はあるビルの屋上で対峙していた。

「お久しぶりですね、一方通行」

「俺はてめェなンざ知らねェよ。ところで……」

「なんでしょうか?」

「てめェ……、何人繋がってンだァ?」

「!!」


129: 2010/07/18(日) 22:36:18.99


一方通行は知っていた。

『幻想御手』

事件が起きたのは暗部に堕ちる前のことだったが、情報は耳にしていた。

脳波リンクを形成することによる演算能力の一時的な上昇。

その副産物。

事件の全貌を聞いた一方通行はいつかこうなることを予想していた。

そして目の前の少女。

御坂美琴の心を読んだ読心能力。

そして空間移動系能力。

そしてもう一つ、少女が元から持っている能力。



「多才能力者か……」

「さすがは第一位ですね。超正解です」

一方通行は小さく舌打ちした。

幻想御手事件の話を聞いた一方通行は、当然使用者の末路についても知っていた。

何を何人使ったのかは知らないが、全くこの街は清々しいほどに腐りきっている。


「てめェの身の上なンざ興味ねェが……」

一方通行が再び首のチョーカーに手をやる。

「俺に勝てると思ってンのかァ?」



130: 2010/07/18(日) 22:48:26.23

その瞬間、周囲の空気が一気に張りつめる。

少女はバックステップで数メートル後ずさると、ポケットから小さい玉のようなものを取り出した。

玉は少女の手を離れふわふわと宙に浮くと、突然一方通行に襲い掛かった。

(……念動能力か?)

玉は弾丸のようなスピードで一方通行の額にぶつかったかと思うと、なぜか少女の方に反射されずに上方に向かって弾かれていった。

一方通行は少しだけ驚いたような顔をすると不気味に口の端を吊り上げる。

「へェ……、木原くンを知ってンのかァ」

少女は表情を変えない。

「まさか、これが必殺技なンてこたァねェよなァ」

一方通行が一歩足を踏み出した瞬間、少女は昆虫の羽根のような音を残しその場から消え去った。


 



131: 2010/07/18(日) 22:56:55.85

***

「シスターアニェーゼ、何をしているのですか?」

聖堂の書庫でアニェーゼを見つけた神裂が声をかけた。

「これですか?美琴のやつが、持ち帰った本を読み終わったから次のを送ってくれと言って来やがりましてね。適当なのをみつくろっているんですよ」

「もうですか……、かなりの量を持ち帰ったと思いますが」

「今更驚きやしませんよ、あれは間違いなく天才です」

「……そうですね。彼女は学園都市230万人の頂点に純粋な力で上り詰めた人間ですからね。我々とは根本的なところから違うのでしょう」

「それに魔術をあんな使い方するやつはほかにいやしませんよ。雷を操る魔術や魔術師は、そりゃ数え切れないほどいますけど、なんて言うんですかね、電磁力だとか電磁波だとか……よくわかりませんがあんな使い方があるなんて初めて知りましたよ」

「私たちは科学のことに関しては全く知識がありませんからね。それに……」

「上条当麻のことですか?」

「それもあります。やはり彼のためというところが大きいのでしょう」

「それと、なんですか?」

「魔術を使う感覚は超能力のそれとかなり近しいと言っていました。我々にはわかりかねますが」

「超能力と魔術がですか……?全く別物だと思いますがね」

「私もそう思っていました。ただ、案外両者は同じようなルーツを持っているのかもしれませんね」

***

132: 2010/07/18(日) 23:23:20.41

***

美琴が魔術を学び始め半年が経つころには、既にその実力はロンドンでも10指に入るほどになっていた。

しかし目の前にいる男はそれをはるかに凌ぐ怪物だった。

美琴は建物の陰から男に向かい渾身の超電磁砲を放つ。

オレンジ色の光の線が、音速を遥に超えるスピードで男に向かってのびる。

しかしそれは男から1メートルほどの地点で急に速度を失い途切れた。

赤く光るコインの残骸が男の足元にポトリと落ちる。

男はそれに目をやると光線が発せられた方に手をかざした。

美琴は慌てて磁力を使いその場から離れる。

元いた場所のアスファルトが大きくめくれる。

力を使い倉庫の間を飛び回る美琴の後を追うように、建物が次々と崩れていく。

追撃を振り切った美琴は男の背後に回りこみ、離れた位置から雷撃の槍を放つ。

しかしその雷撃も男の直前で進路を変え、そのまま地面に消えていった。

(このままじゃ埒があかない……っ)

美琴はそう思った。

射程距離も力の強さも向こうが上だ。

しかも男は能力を駆使して周囲に自動防御のようなものを築いている。

このままではじわじわと体力を奪われ、いつか捉まってしまう。

美琴は小さく息を吐くと、ポケットから十字架を取り出し呪文を吐いた。




133: 2010/07/18(日) 23:36:25.62
***

(どォいうことだァ……?)

一方通行は考えていた。

先ほどから少女は瞬間移動を使い逃げ回ってばかりいる。

一方通行から距離をとると、すかさずそこから能力を撃ち込む。

能力は発火能力、念動能力、空力操作といったものから、よくわからない光線や熱線といったものまでその種類は20近くに及んだ。

しかし一方通行はそれをことごとく反射する。

地面を蹴り攻撃が反射していった地点に飛ぶが、あと少しのところで少女の姿が消える。

この鬼ごっこが始まり既に10分以上が経っていた。

先ほどの少女の攻撃は明らかに一方通行の能力を知ってのものだった。

ならばこんなことをしても無意味なことは分かっているはずだ。

一つの考えが一方通行の頭に浮かぶ。

(へェ……)

再びどこからともなく飛来した白い光線を反射すると、一方通行はニヤリと笑った。




134: 2010/07/18(日) 23:42:10.28
***

頭上でパリッと小さな音がした。

雷撃なら先ほどから何度も防いでいる。

殺さない程度に加減された雷撃なら何度撃ち込まれようと物の数ではない。

もちろん彼女の性格をよくわかってのことだ。

しかし今回は違った。

何か嫌な予感がする。

(あかんッ!!)

とっさに能力を発動し、近くの倉庫に転がり込む。

直後自分がいた場所に、今までと比べ物にならない巨大な雷撃が落とされた。

アスファルトが大きくえぐれ、むき出しになった地面が赤く光り湯気を立てる。

小さく汗をかくと同時に、足元に違和感を覚えた。

体育館ほどの倉庫の床一面に、薄く水が溜まっている。

薄暗い屋内で、青白い火花が音をたてた。



     

135: 2010/07/18(日) 23:46:49.62
***

(おかしいですね……)

少女は腕に巻かれた時計に目をやった。

戦闘が始まり30分近くが経っていた。

しかし一方通行の追撃がやむ気配はない。

いつの間にかだいぶ遠くまで来てしまったようだ。

廃墟ばかりが建ち並ぶ、見慣れない景色に囲まれていた。

深夜と言うにはまだ早い時間だが、辺りは灯り一つない。

急に背中を嫌な汗が伝った。

(まさか……)

過去の一方通行のデータが脳裏に浮かぶ。

(追い詰められていた……?!)

慌てて能力で一方通行を捕捉する。

そこには巨大なコンクリートの塊を地面に叩きつける一方通行の姿があった。




136: 2010/07/18(日) 23:53:09.98

***

倉庫の中で男が横たわっていた。

どうやら足元の水を伝う電撃に対する防御は張られていなかったようだ。

威力は抑えたが、しばらく動くことも能力を使うことも出来ないはずだ。

「勝負あったわね」

仰向けになったままの男に言い放つ。

「まさか……ボクを殺そうとするなんて予想外やったな……」

「冗談言わないで、あんたがあれを避けることは想定通りだったし、そもそも“あれ”はそういう力じゃないの」

「なんや、能力を失くしたゆうとったのに、いつの間に元に戻ってたんかいな」

男はそう言うとおもむろに上半身を起こした。

「な……!!」

美琴の目が見開かれる。

あの電撃を喰らって動けるはずがない。

「まさか“また”これを使うことになるとは思わんかったわ」

男は倉庫の壁に立てかけられていた大きな鉄板に手をかざす。

男が何か喋ったが、見えない壁に遮られているかのようにその声は聞こえない。

しかし男の口は確かにこう言っていた。

(そのまま無能力でいればよかったものを)

立てかけられた鉄板が振動し、聞き覚えのある耳障りな音が倉庫内に響き渡った。


 

137: 2010/07/18(日) 23:58:42.40

***

巨大な衝撃波と轟音が過ぎ去り、辺りに静けさが戻ってくる。

先ほどまで建物が建ち並んでいた場所は、直径1kmにわたり瓦礫の山と化していた。

「はぁ…はぁ……」

少女は瓦礫の下にいた。

(まったく、超無茶苦茶なやつですね)

とっさに防御を展開したが、瞬間移動を使う時間まではなかった。

(でも……)

透視能力を使い、爆発の中心地を見る。

案の定そこには一方通行が倒れていた。

(超時間切れです)



暗部にいれば大概の情報は手に入った。

第一位の一方通行が負傷し、能力に制限を負ったことも知っていた。

少女がとったのは、それを利用した最も確実に一方通行を倒す方策だった。



念には念を入れ、瓦礫の中から一方通行に狙いを定める。

いかなる遮蔽物も突き破る最強の攻撃能力。

『原子崩し』が少女から放たれた。



138: 2010/07/19(月) 00:03:26.30
***

美琴は地面に膝をついた。

男はそれを見るとポケットから銃を取り出す。

『キャパシティダウン』

以前開発されたその装置と、まったく同じ効力を能力を使って生み出すことができた。

演算能力の大半を要するため、音を遮断する空気の壁を残し能力の使用はできなくなる。

しかし既に勝負はついている。

一年前もこれを使い彼女を追い詰めた。

男は撃鉄をおこし彼女に狙いを定める。

その瞬間彼女と目が合った。

彼女は膝を突いたままこちらを見て何かを呟いた。

声は聞こえなかった。

しかし唇が読めた。

(だからそういう力じゃないって言ったでしょ)



次の瞬間、美琴から放たれた電撃の槍が男を貫いた。



 

139: 2010/07/19(月) 00:08:28.97

***

全演算能力を使用した原子崩しを放つと、少女は小さく息をついた。

再び透視能力を使い、原子崩しが貫いた場所を見る。

(!!!!)

少女は驚いた。

あるはずの氏体がない。

それどころか一方通行の姿すら見えない。

(やばいっ!!)

慌てて演算を始めるが既に遅かった。

上方の瓦礫が吹き飛び一方通行が現れる。

「かくれんぼは終わりだァ」

大きく裂けた口が不気味に笑う。

「がっ……!!」

皮肉にも一方通行から受け継いだ能力が無意識に身を守るが、彼の前では無力だった。

踏みつけられた肩に激痛が走り、演算を阻害する。

「どうし…て……」

まるで全てが読まれていたかのようだった。

一方通行は口元を歪める。

その瞬間少女は全てを理解した。

 

140: 2010/07/19(月) 00:18:21.47

何のことはない、一方通行は始めから知っていたのだ。

少女がとった作戦。

そしてアイテムのこと、原子崩しのこと。



あの状況に置かれれば、少女が原子崩しを放つだろうと一方通行は読んでいた。

そして本来レベル4の少女が、レベル5の“彼女”の技を使う際には他の能力が使えなくなることも。

それでも少女が原子崩しによせる信頼と拘泥も。

わかっていてあの状況を作り出した。

全て掌の上で転がされていたというわけか。



「超完敗ですね……」

少女が諦めたように呟く。

それを見下ろしながら一方通行が無表情で口を開く。

「絹旗最愛だな」

「……知ってたんですか。超嘘吐きですね」

「俺は知らねェよ」

そう言うと一方通行はポケットから白い封筒を取り出し、絹旗の上に放り投げた。

「ロンドンのチンピラから郵便のお届けだ」

そう言うと一方通行は足をどけ、音もなく去って行った。


 

141: 2010/07/19(月) 00:24:59.06

***

「何で私を殺そうとしなかったの?」

美琴は倉庫の床に倒れている男に尋ねた。

男は今度こそ力尽きたようで、仰向けの状態から動く気配がない。

美琴はその顔を見て、どこか既視感を覚えていた。

「ボクは女の子は傷つけへんよ」

「……? でもアンタ、だって……!」

「一年前のあれはボクやない。いや、途中まではボクやった。依頼を受け、ボクはお嬢ちゃんを捕まえた。ボクが知っとるのはそこまでや」

「え……じゃあ……」

「そこから先のことはお嬢ちゃんと同じことしか知らん。せやけど」


 

142: 2010/07/19(月) 00:30:12.58

突然男が目の前から消えた。

逃げたのかと一瞬思ったが、能力は使えるはずがない。

瞬間移動特有の音も聞こえなかった。

背後に人の気配を感じ、慌てて振り返る。

見知らぬ男がそこに立っていた。




「誰……?」

全く見たことのない男だった。

極短いブロンドと碧眼の、東欧風の顔立ち。

歳は50才くらいだろうか。

灰色のスーツのようで、ところどころに明らかに魔術的なものを散りばめた服装。

どれも見覚えがないものだった。

この男は誰なのか。

美琴が思ったのはそんなことではなかった。

この男は一体何なのか。

美琴は戦争中、フィアンマを始めとする神の右席や、何人かの聖人を目にした。

彼らはみな、箍が外れたような馬鹿げた力を持っていた。

能力を目にせずともわかる、絶対的強者の纏う空気。

美琴が目の前の男から感じたものはそれだった。

男は腕時計に目をやると日本語を口にした。

「時間だ」

 

151: 2010/07/22(木) 15:33:18.53


「美琴!!」

倉庫の外から一日ぶりに聞く上条の声が響いた。

上条はゆっくりと、慎重に歩を進め、そのまま美琴を庇うように前に立った。

男は顔色一つ変えない。

「こんばんは、上条当麻」

「あんた……、誰だ?」

上条も男の顔に見覚えがなかった。

背後から遅れて土御門がやってくる。

「(土御門、美琴を頼む。)」

土御門は頷くと、美琴を連れてその場を離れていった。


男はそれを見ると小さな笑みを浮かべる。

「まずは順を追って説明しようか」

男はそう言うと、近くにあった20cmほどのコンクリートの破片を拾い上げた。

「気づいていると思うが私は魔術師だ。ロシアの片田舎の小さな教会に所属している」

男は流暢な日本語で話し始めた。

上条はその様子にどこかいやなものを感じていた。


152: 2010/07/22(木) 15:37:28.01
「私のことをこれ以上話す前に、まずは私の魔術を披露しよう」

男がそういった次の瞬間その隣に、なんの前触れもなく全く同じ姿の男が現れた。

全く同じ服装、そして全く同じ顔。

“新たに現れた男”は手の上で先ほど拾い上げたコンクリート片をポンポンと弄ぶ。

それは“元からいた男”が手にしているそれと、形も大きさも、何から何まで同じだった。

“元からいた男”が何かを呟いたかと思うと、突然その場から消え去った。

残された“新たに現れた男”は手にしていたコンクリート片を顔の高さに掲げると、コンクリート片はまるで早送りでも見ているかのようにみるみる風化していき、男の手の上で白い砂となった。

上条の背中を冷たい汗が伝う。

「私が使う魔術は――」

そう言うと、男は何かを呟きながら手の上の砂を放り投げる。

次の瞬間、今度は静止画像を見ているかのように、撒かれた砂が空中で停止する。

同時に全ての音が聞こえなくなる。

わずかに吹いていた風も止まり、完全なる静寂が二人を包み込む。

男が静かに口を開く。

「時間操作だ」


153: 2010/07/22(木) 15:41:38.13



上条はわけが分からなかった。

時間を操る魔術など聞いたことがなかった。

しかし男が嘘を吐いているようにも思えない。

今しがた目にした光景。

そして男が放つ尋常ならざる力の気配。

能力の限界はわからないが、上条に見せた片鱗だけでもその脅威は計り知れない。


上条は混乱した。

これほどの力が何故戦争中に使われなかったのか。

そして何故わざわざ上条に能力を見せたのか。




空中で静止していた砂が動き出し、地面に落下した。

止まっていた虫の声や風の音が再びあたりを包む。

すると男の背後から人影が現れた。

金色の髪。

胸元が大きく開いたアロハシャツ。

真夜中にも関わらずその両目を覆うサングラス。

そして聞きなれた声。


「久しぶりだにゃー、カミやん」




154: 2010/07/22(木) 15:44:31.15



上条は目を疑った。

そして慌てて後を振り返る。

50メートルほど離れた場所で、美琴と並んで立つ人影。

間違いなく土御門だった。

しかしその手には黒く光る何かが握られ、美琴の頭に押し付けられている。


上条の頭が目まぐるしく回転し、一つの答えを導き出す。

「……」

一瞬、能力を使用することを考えるが、すぐに思いとどまる。

後にいる二人が実物だという保証はない。

どこからかはわからないが、上条ははめられていたのだ。

男はどう考えても上条の能力を知っている。

全て分かっているからこそ、先に能力を披露し、本物の土御門を上条の眼前にさらしたのだ。

今更逃げ道が残されているとは到底思えない。

完全に手詰まりだった。

上条はわずかな可能性にかけ、口を開く。

「……話を聞かせてくれ」




155: 2010/07/22(木) 15:49:17.25

男の話は簡単だった。


彼はロシア正教の小さな教会のある、小さな町で生まれ育った。

そしてやがて魔術に出会い、魔術界に足を踏み入れる。

ある日男は教会で一冊の魔道書を発見した。

禁書目録にも記されていない、未知の魔道書だった。

男は長い年月をかけ、魔道書を解読した。

そこには時間を操作する禁断の魔術が記されていた。

元々大望も持たないその男は、その魔術が秘める力のあまりの大きさに恐怖し、再び魔道書を封印することを決意する。

片田舎の一介の魔術師として人生を終えよう。

男はそう決めた。

しかし戦争が全てを変えた。



そこからはよくある話だった。

親しい友人を戦争で亡くし復讐を決意する。

そのために一度捨てた力に手を伸ばす。

その前に立ち塞がる圧倒的な力。

積み重なる仲間の犠牲。

そしていつしか男の魂は復讐にとりつかれていた。




156: 2010/07/22(木) 15:54:05.84


「とまあ、こんなところだ」

男は淡々と話し終えた。

上条は奥歯を噛み締めた。

こうなることは分かっていた。

割り切ったはずだった。

乗り越えたはずだった。

しかし心の奥に閉じ込めた罪の意識が上条の心を激しく揺さぶる。

「……随分まわりくどい真似をするんだな」

上条は吐き捨てるように言った。

「殺せない相手というのはやっかいなものでな」

男は相変わらず顔色一つ変えずに話す。

「だから心をぶっ壊してやろうってわけだ」

上条は心の中で舌打ちした。

わざわざこのタイミングで現れたこと。

わざわざ土御門と謎の偽者を用いたこと。

全て合点がいった。

そして男は言い放った。

「二度と元に戻らないように、今回は念入りにぶっ壊してやるよ」



157: 2010/07/22(木) 16:00:54.79


「今回……は……?」

上条は低くつぶやいた。

上条は目の前の男が吐いた言葉の意味を正しく飲み込めずにいた。

(まさか……)

上条の思考に覆いかぶせるように男は続けた。

「前回は場所からタイミングからそれなりに計算してやったつもりだったんだがなあ……全くお前ときたらますます張り切ってくれやがって」

「…………」

「おかげで何人仲間がやられたと思ってんだあ?おい、聞いてんのか?」

上条は歯を噛み締める。

「てめえ……」

「おいおい怖い顔すんなよ。お前だって俺の仲間を何百人もやってんだ。それにわかってんだろ?」

「……」

「わかってねえなら教えてやろうか?俺はこの術を使いどこへでも一瞬で移動できる。お前が妙なことをすれはすぐにあの女を[ピーーー]。お前が力を使えば外にいる俺の仲間が女を[ピーーー]」

男は上条の背後に見える土御門と美琴をさして続ける。

158: 2010/07/22(木) 16:05:23.13

「さらに言えば後のあれは話をわかりやすくするためにあそこにいるだけだ。あれを消しても女は[ピーーー]。どこにいるかわからない、だれかもわからない人間は消せないんだろ?そういうことまでわかってんだよ」

「……」

「これでわかったか?お前に出来ることは、信じていた仲間の手で、大切な女が殺されているのを黙って見ていることだけなんだよ」

「黙れ……」

「お前のことは何ヶ月もつけさせてもらったよ。全く見ちゃいられねえよ。あんな何千人も頃しまくった野郎が今更女と幸せになろうってかあ?何考えてやがんだ」

「……黙れよ……」

「ま、それも今日で終わりだ。女は氏ぬ。お前には何も出来ない。あの魔術師のときのようにな」

「黙れって言ってんだろお゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」


159: 2010/07/22(木) 16:22:23.19
***

美琴は上条から100メートルほど離れた倉庫の中にいた。

突然態度を豹変させた土御門に術式をかけられ、全身の自由が利かなくなっている。

(どういうことなの……)

美琴の頭にいくつもの可能性が浮かぶが、どれも最悪の内容だ。

土御門を睨みつけるが、こちらを見ようとすらしない。

彼らの目的は間違いなく上条だ。

正攻法では叶うはずのない彼を相手にするため、自分を人質にとったのだろう。

(私は、どうすればいいの……)

肝心な時に傍にいることができず、あまつさえ彼の足枷となってしまったことが口惜しくてならない。



突如大気が震え、周囲の気温が急激に下がるのを感じた。

美琴の全身に悪寒が走る。

真夏にも関わらず、吐き出す息が白くなる。

(あの時と同じだ……!!)

美琴はこの状況に覚えがあった。

そしてあたりに満ちる禍々しい気配。

間違いない。

上条が覚醒し、自分が能力を失ったあの日と同じだ。

(当麻……!!!)

美琴は心の中で叫ぶ。

怖かった。

彼の身に起きているだろう何かが。

そしてこれから起きるかもしれないなにかが。

美琴はぎゅっと目を閉じる。

(当麻っ!!!)

160: 2010/07/22(木) 16:28:00.07

***

上条を中心に何かが弾け、大気の振動が広がっていった。

倉庫の外壁に嵌る窓ガラスにヒビが入ったかと思うと、次の瞬間音を立てて崩れ落ちた。

床一面に溜まっていた水はいつの間にか完全に氷結している。

真夏だというのに、倉庫内の温度は氷点下に達しようとしていた。


上条の背中からはぼんやりとした光の翼が飛び出していた。

そしてこちらを見据える双眸は赤い灯をともしている。

男はこの姿を見るのが初めてではなかった。

(全く馬鹿げてやがる)

男はそんな内心とは裏腹にニヤリと笑った。

おそらく自分はここで氏ぬ。

しかしそれで構わない。

上条当麻を確実に潰す。

今の自分にはそれ以外何もないのだ。







161: 2010/07/22(木) 16:35:26.90



上条は不思議な感覚に陥っていた。

怒りが、憎しみが、後悔が、罪悪感が、様々な感情が渦巻く黒い激情の嵐。

その中に上条は立っていた。

嵐は容赦なく上条を飲み込む。

この光景には覚えがあった。

自分の一年余りの記憶の中で、最も思い出したくない記憶。

美琴の能力を消したとき、罪なき人々の命を奪い去ったとき、自分はこの嵐の中にいた。

しかし今は少しだけ違う。

上条は自らの足で地面を踏みしめている。

荒れ狂う渦に翻弄され、飲み込まれたあの時とは違う。

上条にはその理由が分かっていた。

信念。

別に呼び方は何だっていい。

かつてのそれは、自らの力に比べあまりに弱く脆かった。

後悔や疑念、迷いや自責によって押しつぶされ、すり減らされたそれは、自らの力の前に、敵の前に砕け散った。

でも今は違う。

上条は大地を踏み、前へ進む。

大事なものを取り戻すために。


(美琴っ!!)


.

162: 2010/07/22(木) 16:39:25.06




目の前の少年の目から赤い灯が消えた。

少年の周りに吹きあれていた風も弱くなっている。

(……?)

男はかすかに眉をひそめる。

上条が口を開いた。

「土御門!!」

「何だ、カミやん?」

それまで押し黙っていた土御門が答えた。

その声はいつもと変わらない。

「……いつからだ?」

上条が土御門の目を見据え、再び尋ねかける。

「いつから?そんなもの最初からに決まってるぜよ、カミやん」

そういうと土御門は右手でずれかけたサングラスを直す仕草をした。

その瞬間なぜか男は嫌な予感がした。

今のやりとりに妙なところはない。

土御門には余計なことを言わないよう術もかけてあるし、保険もある。

しかしこちらを振り向いた上条の目は何かを確信したかのような目だった。

(まずい!)

男は瞬時に呪文を唱え、その場から姿を消した。


.

163: 2010/07/22(木) 16:41:41.57



美琴を助けられるわずかな可能性。

上条はそれにかけた。

土御門は『最初から』と言った。

『最初』とはいつを指しているのか。

はじめは二人の出会いかと思ったが、その可能性は考えられない。

ではいつなのか?

上条の頭にはロンドンに帰還したあの日が浮かんだ。

あの日土御門は絶望に沈む上条に言葉をかけた。

『超電磁砲との約束はどうするんだ』

上条は今このときまで『約束』とは、告白に答える約束だと思っていた。

しかしよくよく考えればいくら土御門でもその約束まで知っているはずがない。

そこで浮かぶ、もう一つの約束。

『御坂美琴と、その周りの世界を守る』


その瞬間上条は一つの答えに辿り着いた。

ロンドンから学園都市まで、偽土御門は不自然なほど美琴のことを気にかけていた。

上条が抱いていた違和感の正体はまさしくそれだった。

あの約束を知り、美琴のことを大切に思っている。

そしてその男は学園都市で土御門と同じ組織に所属していたはずだ。

何よりその男はかつて肉体変化の魔術を使用していた。

上条の中で全てのピースが繋がった。

上条の視線の先でサングラスに手をやる土御門の右腕には、白い包帯がまかれていた。


.

164: 2010/07/22(木) 16:47:16.41


次の瞬間男が目の前から姿を消した。

上条の頭がフル回転する。

何に、どの順番で能力を使用するか。

上条は首をひねり、素早く辺りを一瞥する。

すると上条たちがいた倉庫が消え、辺りの建物も次々消えていった。

一瞬で更地となった周囲を素早く見回す。

案の定、辺りには数人の魔術師の人影が残った。

そのなかの一つ、いくつもの人影が集まっている場所がある。

上条はそこに向かって手をかざした。



.

165: 2010/07/22(木) 16:53:42.44
***

男は美琴がいる場所へ走っていた。

周囲の時間を止めれば一瞬で辿り着くことが出来るが、上条には何の効果もない。

仕方なく自分の時間を限界まで加速し、目的地へ走る。

(ちっ!)

残り十数メートルの位置で周囲の時間が元に戻る。

上条が自分の能力を消したのだろう。

だがそれでも構わない。

すでに合図は送ってある。

人質を拘束している偽土御門かそれを囲む仲間が女を消す。

予定通りには行かなかったが、最終的に女を[ピーーー]ことが出来れば目的は達成できるだろう。

パンッ パンッ

男が倉庫の扉に手をかけると、中から乾いた銃声が聞こえた。


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166: 2010/07/22(木) 16:56:37.67



不意に銃声が耳に飛び込み、美琴は恐る恐る目を開く。

そこに飛び込んだのは、美琴を庇う様に立ち、背中から血を流す土御門の姿だった。

「土御門…さん……?」

次の瞬間土御門は膝をつき、床に倒れ臥した。

同時に十メートル程離れた場所で見知らぬ男が崩れ落ちる。

(相打ち……?どういうこと……?!)

すると、突如美琴たちがいた倉庫が跡形もなく姿を消した。

「え……?!」

美琴は混乱した。

あわてて辺りを見回すと、背後に先ほどの男がいた。

その手には黒い拳銃が握られ、銃口は自分に向けられている。

男は無表情のままだったが、その目には確かな殺意が宿っていた。

「終わりだ」

男の指がゆっくりとトリガーを絞る。

(とうま……)

身動きの取れない美琴は、覚悟して目を閉じる。

(ごめんね……とうま……)

パンッ


命の終わりを知らせる発砲音が響いた。

しかし覚悟した瞬間はなかなか訪れない。

美琴が再びゆっくりと目を開けると、そこには光の翼を纏った上条の背中があった。


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167: 2010/07/22(木) 16:59:46.13



男の手から銃弾が放たれた瞬間にその少年は現れた。

目の前の少女に向けて放たれた弾丸は上条の身体に吸い込まれるように消えていった。

上条がこちらを睨む。

その瞳からは既に狂気は去り、黒々とした光を湛えている。

仲間の魔術師がこちらに向けて攻撃を放つが遅かった。

上条の翼が少女を守るように包み込む。

直撃するはずの銃弾や魔術はことごとく打ち消された。

上条は男から視線を外すと足元に倒れている偽土御門の前で跪いた。

胸部から背中に貫通している銃創に手を当てる。

するとたったそれだけで偽土御門の傷は何事もなかったかのように消え去った。

上条はゆっくりと立ち上がると辺りを一瞥する。

十人近くいた味方の魔術師は次々と倒れ、立っているのは上条と男だけとなった。

「全く馬鹿げた力だ」

男は低くつぶやいた。


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168: 2010/07/22(木) 17:05:03.14



上条は男の目を見た。

そこからは、何も読み取ることの出来ない、完全な無表情だった。

先ほどの男の話を思い出す。

この男も自分と同じなのだ。

信念を失くし、力に翻弄され、そして自分を喪った。

しかし、自分とは違いこの男には縋る者がなかった。

否、自分が奪い去ってしまったのだろう。

胸に鋭い痛みが走る。

しかし上条の視線は揺るがなかった。

男が口を開く。

「殺さないのか」

上条はわずかに目を細め、口を開いた。

「そういうことは俺より強くなってから言うんだな」


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169: 2010/07/22(木) 17:10:46.77


上条の背中から翼が消え、中から美琴が姿を現した。

美琴は地面に倒れ、気を失っていた。

「美琴……」

土御門が駆けつけ男を拘束すると、上条に声をかけた。

「安心しろ、極度の疲労と緊張、魔翌力の使いすぎで一時的に気を失っているだけにゃー。一時間もすれば目を覚ますぜよ」

それを聞いた上条は胸を撫で下ろす。

「久しぶりだな、土御門」

「だましてすまなかったな、カミやん。こいつはロシアの抵抗勢力の最後の大物でな。こいつの使う魔術のせいで今まで捕まえることができなくて、そこで俺がスパイとして送り込まれたってわけだぜい」

「仕事か……?」

「まあな。ま、こいつもおれの正体を知っていて利用していたようだし、とにかくだましたり、餌にするような真似をしてすまなかった、カミやん」

「美琴をまきこんだのは許せないけど、半分は俺の業だ。気にするなって」

「ま、とにかくカミやんのおかげで一件落着だぜよ。あとは俺が責任を持って後始末するから、カミやんはそこのお姫様を家まで届けてやるんだな」

「ああ、わかった。あとは頼んだぞ」

上条はそういうと美琴を背中に負ぶった。

「ああ、それと」

「なんだ、カミやん?」

「そこの土御門にも色々ありがとうと言っといてくれ」

そう言うと上条は美琴を背負ってその場を去って行った。



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170: 2010/07/22(木) 17:18:43.75




「おいおい、三下も随分派手にやりやがったなァ」

どこからともなく一方通行があらわれた。

「久しぶりだな、一方通行」

「その面で言われてもピンとこねェよ」

「そう言うな、気づいていたんだろう?だまっていてくれて助かった」

「まァな。気づかねェのは三下くれェなもンだ」

突然ヒュンという音が聞こえ、どこからともなく一人の少女が姿を現した。

「まったく人使いが荒いわね。妹さんは無事取り返してきたわよ」

「すまなかったな、結標」

「いいわよ、大切な妹さんなんでしょ。お互い様よ」


「このメンバーが揃うのも久しぶりですね」

いつの間にか身体を起こした海原が言った。

その顔も、いつの間にか土御門のものから海原光貴のものへと変わっていた。

「9ヶ月ぶりか」

「そうね……」

この4人がこうして顔を合わせるのは、昨年エイワスの手によってメンバーが壊滅して以来だった。

「組織はなくなってしまいましたがこうして皆さんと再び会えて嬉しいですよ」

一方通行がチッと舌打ちし、低く言い放つ。

「ンなこたァどうだっていい。とにかく駒は揃ったんだ。やるこたァ決まってる」

「そうだな……」

全員が真剣な面持ちで頷きあう。

171: 2010/07/22(木) 17:23:49.64
「とりあえず今日は解散だ。新たな隠れ家を見つけ次第連絡する。こいつの身柄は俺があずかるからお前たちは帰ってくれ」

土御門がそう言うと、結標はその場から姿を消し、一方通行も去って行った。

「お疲れ様です、土御門さん」

「海原、お前も必要悪の教会に協力してもらってすまなかったな」

「いえ、御坂さんのお役に立てるならよろこんで協力しますよ」

海原はさわやかな笑顔を顔に貼り付けて言った。

「しかし彼の力は本当に凄いですね。痛みすらありませんよ」

海原はそう言うと傷のあった居場所を撫でた。

「ああ、俺も直接見るのは初めてだ。それに……」

土御門は先ほどの上条の姿を思い返していた。

(ドラゴン……か……)

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。ここから先は俺の仕事だ。お前ももう大丈夫なら帰ってくれ」

「わかりました。では彼に伝えておいてもらえますか。『約束を守ってくれてありがとう』、と」

「わかった、伝えておく」

海原は笑顔で頷くとその場から去って行った。



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172: 2010/07/22(木) 17:38:06.40
***


美琴は夢を見ていた。

風邪をひいた時に見るような、得体の知れない恐怖に満ちた夢だった。

美琴は必氏で上条の姿を探す。

ようやく上条の姿を見つけ肩に手をかける。

上条がゆっくりとこちらを振り向く。

その目は美琴を飲み込むかのように、暗く、赤く光っていた。



「っ!!」

美琴は目を覚ました。

慌ててまわりの様子を確認する。

美琴は上条に背負われ、いつしかの土手の上を進んでいた。

「とう……ま……?」

「気づいたか……」

上条は美琴を背負ったまま答えた。

「ここは……?」

「ああ、一応全部片付いてな。美琴が寝ちゃったから家まで運んでるんだ。あと少しで着くぞ」

美琴は先ほどの記憶を必氏で思い起こす。

第6位のこと、突如現れた男のこと、自分に向けて放たれた銃弾のこと、そして最後に見た上条の姿を。

「とうま……?」

173: 2010/07/22(木) 17:43:10.51
「なんだ……?」

その声は美琴の良く知る、いつもの彼の声だった。

しかし美琴は怖かった。

自分を背負っている目の前の彼が、どこか遠くへ行ってしまった別人のような気がしてならなかった。

上条が怖い。

そしてそう考えている自分が嫌でたまらなかった。

「あ……」

二人はいつの間にか見覚えのある場所へ来ていた。

「この河原……」

「どうした?」

「当麻、この河原覚えてる?私と当麻が出会った頃、ここで勝負したのよ。私の攻撃を当麻が全部消しちゃって、それで当麻がやられたふりして私が怒って追いかけて……」

上条が少し黙り込む。

「すまない……俺にはその記憶はない……」

「…………」



長い沈黙が流れた。

美琴が自分の胸に回す手に力を込めるのが伝わってくる。

しばらくして美琴がポツリと呟いた。

「私、生きていていいのかな……」


174: 2010/07/22(木) 17:45:39.99




しばらく答えが返ってこなかった。

上条は自分を背負ったまま足を止めない。

美琴は後悔した。

何故こんなことを言ったのか。

彼を困らせるようなことを、彼を責めるようなことを。

やがて上条がゆっくりと口を開いた。

その答えは少し意外なものだった。

「それは……俺にはわからない」

「……」

「俺がどんな立派なことを美琴に言ったとしても、それは正しい答えじゃあない。美琴が信じること、それこそが正しいことなんだ。わかるか?」

美琴がゆっくりと首を横に振る。

「……俺はこの世界で生きていちゃいけない人間だと思うか?」

今度は激しく首を横に振る。

「でも俺は何人もの命を奪い取った。彼らや、その周りの人間にとって俺は頃したいほど憎い存在なんだ。それでもおれは生きていていいと思うか?」

「……」

「俺もかつてはそう思っていた。自分は生きていていい人間じゃない。氏んで当然の人間なんだと。でも今は違う。生きていたい。美琴と一緒に生きていたい、そう思っている」

「……」

「でもそれは道理や理屈じゃない。お前と一緒にいたい。だから生きたい。それだけなんだ。何千人、何万人もの憎しみや怨嗟、それを背負ってでも俺は生きたいんだ」

「とうま……」

「お前は……生きたいか?」

美琴はゆっくりと頷いた。

「だったらそれでいいんだよ。邪魔するやつは蹴散らして、文句を言うやつはぶん殴って、そうやって生きてやればいい。俺はもうそう決めたんだ」

「……でも……」

美琴がそう言うと、上条は土手の上に会ったベンチに美琴をゆっくり座らせ、その前に立ち美琴の髪を優しく撫でた。

175: 2010/07/22(木) 17:51:53.89
「……」

「……今日は怖い目にあわせて悪かった。でもどうしても学園都市の外にでないとならない用事でさ」

上条はそう言って、肩にかけていたブリーフケースから数枚の書類の入ったクリアファイルを取りだし、美琴に手渡した。

「……?」

「とりあえず見てみてくれ」

美琴がクリアファイルから書類を取り出し目を通すと、それは戸籍謄本ととある中学校への編入案内だった。

「え……?」

「実は今日、美鈴さんと旅掛さんに会ってきたんだ」



上条は数日前から美鈴に連絡をとり、旅掛と二人が揃う今日美琴の実家へ出向きあるお願いをしにいったのだ。

そのお願いとは、美琴を家族としてほしいということだった。

上条は妹達のこと、オリジナルと00000号のこと、全てを包み隠さず二人に話した。

「お願いです。俺は美琴に表の世界で生きていてほしいんです。1万人の妹達を放って置いて虫がいいと思われるかもしれません。それでも俺は美琴のためにできることをしたいんです」

上条は必氏で二人に頭を下げた。

美鈴は上条の目も憚らず、大粒の涙を流し続けた。

旅掛も何かを堪えているようだった。

「わかった。美琴とその子さえ良ければ私たちも構わない。ただ一つだけ条件がある」





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176: 2010/07/22(木) 18:00:11.75
***

「これで晴れて美琴も学園都市の住人てわけですよ」

そう言って上条は美琴に渡した謄本の一部を指差した。

そこにはこう書かれていた。

長女 御坂 美琴
次女 御坂 ミコト

「え……これって……?」

「うーん、我ながら少し強引だったかなと思うんだけど、向こうの名前を変えるわけにはいかないし、美琴の名前が変わるのも嫌だし、というわけで美琴は今日からカタカナでミコト。もちろんお前さえ良ければだけどな」

「で……でも……」

「もちろんオリジナルには話をしてある。喜んで承諾してくれたぞ」

「でもそんな簡単に……」

「確かに戸籍を捏造するのはただごとじゃないけど、上条さんには色々と素敵なコネがあるんですよ。だからミコトは何の心配もいらないよ」

上条はそう言って胸を張った。


177: 2010/07/22(木) 18:02:06.08

ミコトにはにわかに信じられないことばかりだった。

それでもミコトは嬉しかった。

再び光の下に出られること。

上条がどこまでも自分を大切にしてくれていること。

そして、いつもの上条が戻ってきてくれたこと。

「ありがとう当麻……ありがとう……」

ミコトは上条の胸に顔を埋めた。

いつの間にか目からは涙が溢れ出していた。

上条はミコトを優しく抱きしめながら口を開いた。

「ただいま、ミコト」

「え……?」

「……言っただろ、必ずお前のもとに帰ってくるって。今回はちょっと危なかったけど、約束は必ず守る。だからミコト……」

上条はそう言ってミコトの頭を撫でた。

「ただいま」

「……おかえり、当麻!」


178: 2010/07/22(木) 18:07:18.50



***

土御門は海原が帰った後、残った魔術師たちも拘束し、手配した必要悪の教会の人間が来るのをまっていた。

すると何もなかったはずの空間から一人の少年の声が聞こえた。

「あれ……ここはどこや?」

「青ピか?」

「あれ……土御門クン?随分久しぶりやなぁ」

「そういうお前もな」

「これはどういうことなんや?」

青ピは辺りを見回して言った。

「まあ、そこの男の仕業とだけいっておくか」

「へぇ、けったいな能力やな。ところで土御門クンもお仕事?」

「まあな、こっちで会うのは初めてだな」

「せやな、ところであのお嬢ちゃんはもう帰ってもうたん?」

「超電磁砲か?それならカミやんが連れて帰ったぜい」

「相変わらずカミやんモテモテやなあ。まあそれならええわ」

「ところで青ピ、用がないならここから離れてもらいたいんだがいいか?」

青ピは上半身だけ起こし、いつもと変わらないにやけ顔で言った。


「手、貸してくれへん?」


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179: 2010/07/22(木) 18:13:16.11

***

上条とミコトは先ほどのベンチに並んで座り星を見ていた。

ミコトは上条の肩にもたれかかり、腕に手を回している。

あれから1時間ほどがたったが二人が動く気配はない。

「やっぱり学園都市だとあんまり星は見えないな……」

「そうね……でもこれはこれで綺麗なんじゃない?」

「そうだな……」

突然やって来た川風が二人を包み、ミコトが少しだけ身体を震わせた。

「寒くなってきたな……、そろそろ帰るか」

「いや……」

「でも風邪ひいちまうぞ?」

「ううん、違うの。そうじゃないの」

「……?」

「私が帰る場所はここなの……だから『帰る』じゃないの」

ミコトはそう言うと上条の背中に腕を回し、胸に顔をうずめた。

上条は小さく笑うとミコトの小さな背中に手を回し、抱き締めた。

「おかえり、ミコト」

「ただいま!」




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181: 2010/07/22(木) 18:23:43.50
後編終了しました。

最後少し駆け足になってしまいましたが、本編はこれで終わりです。

もともと2部構成のつもりで作ったので、謎の伏線らしきものが複数放置されていますが今のところ続きは白紙です。

時間があればエピローグまで投下したいと思います。

184: 2010/07/22(木) 22:46:09.73
良いものを見せてもらった。
乙!

引用元: ミコト「ただいま!」