1: 2014/05/22(木) 22:07:55.86
律は顔を上げてチラリと唯の方を見たが、
すぐに手元の雑誌に目を戻した。
「なんだー? 唯。昨日の探偵ドラマ見たのか」
唯の方を見ずに言う。
「そうなんだよぉ!すごい面白かったよねぇ」
唯はうっとりとした表情を浮かべている。
全く、影響を受けやすいやつだな。そう律は思った。
すぐに手元の雑誌に目を戻した。
「なんだー? 唯。昨日の探偵ドラマ見たのか」
唯の方を見ずに言う。
「そうなんだよぉ!すごい面白かったよねぇ」
唯はうっとりとした表情を浮かべている。
全く、影響を受けやすいやつだな。そう律は思った。
3: 2014/05/22(木) 22:10:55.87
「だからさ、だからさ!律ちゃん何か困ってることない?
名探偵唯ちゃんが全部解決してあげるよ!」
律の腕をグイグイと引っ張りながら、唯は言った。
ため息をつきながら、律は雑誌をパタリと閉じる。
どうやら読むことを諦めたらしい。
「困っていることって言ってもなぁ……」
「今のお前の行動に困ってるよ」という言葉は、一応飲み込んでおく。
こういう時の唯は、放っておくのが一番だ。
律はとりあえず、考える素振りだけ見せることにする。
すると、そんなやり取りを見ていた紬が、口を開いた。
「ちょっと、いいかしら」
名探偵唯ちゃんが全部解決してあげるよ!」
律の腕をグイグイと引っ張りながら、唯は言った。
ため息をつきながら、律は雑誌をパタリと閉じる。
どうやら読むことを諦めたらしい。
「困っていることって言ってもなぁ……」
「今のお前の行動に困ってるよ」という言葉は、一応飲み込んでおく。
こういう時の唯は、放っておくのが一番だ。
律はとりあえず、考える素振りだけ見せることにする。
すると、そんなやり取りを見ていた紬が、口を開いた。
「ちょっと、いいかしら」
4: 2014/05/22(木) 22:15:52.19
紬は少し、思案するような表情を浮かべていた。
その様子に、唯はやや興奮気味に言う。
「なに、なに!?お困りごとは!」
自称名探偵は、相談者の前にある机に手をついて、
ぴょんぴょんと跳ねる。
紬はやや困ったような笑みを浮かべた。
「実は今朝、学校に来たら。上履きが片方だけなくなってたのよ」
律が「えっ」という声をあげた。
唯は紬の言葉を受けて、机の下をのぞき込む。
ちゃんと左右揃った上履きを履いている、紬の足が目に入った。
それだけ確認すると、顔を上げ、紬の目をまっすぐ見て、言う。
「詳しく、お話を聞こうか!」
そのセリフに、律は昨日見た探偵ドラマを思い出した。
その様子に、唯はやや興奮気味に言う。
「なに、なに!?お困りごとは!」
自称名探偵は、相談者の前にある机に手をついて、
ぴょんぴょんと跳ねる。
紬はやや困ったような笑みを浮かべた。
「実は今朝、学校に来たら。上履きが片方だけなくなってたのよ」
律が「えっ」という声をあげた。
唯は紬の言葉を受けて、机の下をのぞき込む。
ちゃんと左右揃った上履きを履いている、紬の足が目に入った。
それだけ確認すると、顔を上げ、紬の目をまっすぐ見て、言う。
「詳しく、お話を聞こうか!」
そのセリフに、律は昨日見た探偵ドラマを思い出した。
6: 2014/05/22(木) 22:18:05.02
「1限目は仕方なくスリッパで過ごしたのよ。
2限目の体育が、今日は外でやる日だったじゃない?
それで下駄箱に行ったら、朝片方しかなかったはずの上履きが、
両方揃っていたの」
唯が「ふーむ」と唸った。
腕を組んでなにやら思案している。
「スリッパだって、全然気付かなかったな」
律が言った。「私も」腕を組んだまま唯が同調する。
「まぁ人の足元なんて、そうそう見ないわよね。
それに1限が小テストだったから、私も普段より早く席について、
ずっと勉強していたから」
紬が顎に手を当て、何やら考えながら言う。
しばらく三人の「うーん」という唸り声が部室に響いていたが、
唯が突然パッと顔を上げ、はっきりとした声でこう言った。
「犯人が、分かったよ!」
2限目の体育が、今日は外でやる日だったじゃない?
それで下駄箱に行ったら、朝片方しかなかったはずの上履きが、
両方揃っていたの」
唯が「ふーむ」と唸った。
腕を組んでなにやら思案している。
「スリッパだって、全然気付かなかったな」
律が言った。「私も」腕を組んだまま唯が同調する。
「まぁ人の足元なんて、そうそう見ないわよね。
それに1限が小テストだったから、私も普段より早く席について、
ずっと勉強していたから」
紬が顎に手を当て、何やら考えながら言う。
しばらく三人の「うーん」という唸り声が部室に響いていたが、
唯が突然パッと顔を上げ、はっきりとした声でこう言った。
「犯人が、分かったよ!」
8: 2014/05/22(木) 22:21:24.09
律と紬が声のした方へ向き直る。
「その前に一つだけ確認したいんだけど」
唯はオホンと咳払いをした。
「今までにも、こういうことはあった?」
紬は顎に手を当てたまま、下の方へ視線を逸らし、
何やら考えている風だった。
そして横に首を振る。
「今までは、なかったわ」
唯の目を見る。
が、すぐに下へ視線を這わせて「あ、でも」と付け加えた。
「帰るときにちゃんと揃えて上履きをしまったはずなのに、
朝来ると少し乱れていたことは何度かあったわね。
ただの気のせいだと思っていたけど」
唯がうんうんと頷く。
「これだけ聞けば、もう十分だよ!」
「その前に一つだけ確認したいんだけど」
唯はオホンと咳払いをした。
「今までにも、こういうことはあった?」
紬は顎に手を当てたまま、下の方へ視線を逸らし、
何やら考えている風だった。
そして横に首を振る。
「今までは、なかったわ」
唯の目を見る。
が、すぐに下へ視線を這わせて「あ、でも」と付け加えた。
「帰るときにちゃんと揃えて上履きをしまったはずなのに、
朝来ると少し乱れていたことは何度かあったわね。
ただの気のせいだと思っていたけど」
唯がうんうんと頷く。
「これだけ聞けば、もう十分だよ!」
9: 2014/05/22(木) 22:25:29.33
翌日、早朝。校舎内には、朝練をする生徒の声が響いている。
唯、律、紬の三人は下駄箱の陰に隠れていた。
「おいおい、本当に現れるのか?その犯人ってのは」
律がさも半信半疑といった様子で尋ねた。
「しっ!声が大きい」唯が声を潜める。
「現れるはずだよ。絶対に」
まぁ確かに、さっき確認したら上履きは片方無くなっていたけど。
律はそう思ったが、犯人が今この時間に現れるかどうかは、
まだ信じられなかった。
紬は心配そうな面持ちで様子を窺っている。
そのとき。
「あ」
律が思わず声を発した。
唯が口元に人差し指を当てて、それを咎める。
あたりの様子をキョロキョロと窺う、小さな人影がひとつ。
紬の下駄箱に少しずつ近づいてきていた。
それを見て、紬が驚いたように言う。
「あれ、あの子」
唯、律、紬の三人は下駄箱の陰に隠れていた。
「おいおい、本当に現れるのか?その犯人ってのは」
律がさも半信半疑といった様子で尋ねた。
「しっ!声が大きい」唯が声を潜める。
「現れるはずだよ。絶対に」
まぁ確かに、さっき確認したら上履きは片方無くなっていたけど。
律はそう思ったが、犯人が今この時間に現れるかどうかは、
まだ信じられなかった。
紬は心配そうな面持ちで様子を窺っている。
そのとき。
「あ」
律が思わず声を発した。
唯が口元に人差し指を当てて、それを咎める。
あたりの様子をキョロキョロと窺う、小さな人影がひとつ。
紬の下駄箱に少しずつ近づいてきていた。
それを見て、紬が驚いたように言う。
「あれ、あの子」
11: 2014/05/22(木) 22:29:29.01
「確保ー!」
唯の合図で、三人は一斉に飛び出し、小さな人影を取り囲んだ。
「こいつが、犯人か」
本当に現れやがった。律はそう思った。
近づいてよくよく見ると、かなり小柄だ。律と比べてもかなり小さい。
手に上履きを片方だけ持っているのが、目に留まった。
制服のリボンの色から、1年生だということが分かる。
「それで」律が顔を近づけて言う。
「2年生の下駄箱に、何の用?」
その少女は俯いて「ごめんなさい」としきりに謝っていた。
唯が律の袖をぐいっと引っ張る。
「ダメだよ、律ちゃん。威圧したら」
律はチェッと舌打ちをした。
入れ替わるようにして紬が、耳元の髪をかき上げながら、
覗き込むようにして少女の顔を見る。
少女は距離を取ろうと後ずさりをして、後ろの下駄箱にぶつかった。
金属製の下駄箱が、ガシャンと音をたてる。
「あなた、文化祭のライブを最前列で見てくれてた子よね?」
紬が窺うような表情で言った。
唯の合図で、三人は一斉に飛び出し、小さな人影を取り囲んだ。
「こいつが、犯人か」
本当に現れやがった。律はそう思った。
近づいてよくよく見ると、かなり小柄だ。律と比べてもかなり小さい。
手に上履きを片方だけ持っているのが、目に留まった。
制服のリボンの色から、1年生だということが分かる。
「それで」律が顔を近づけて言う。
「2年生の下駄箱に、何の用?」
その少女は俯いて「ごめんなさい」としきりに謝っていた。
唯が律の袖をぐいっと引っ張る。
「ダメだよ、律ちゃん。威圧したら」
律はチェッと舌打ちをした。
入れ替わるようにして紬が、耳元の髪をかき上げながら、
覗き込むようにして少女の顔を見る。
少女は距離を取ろうと後ずさりをして、後ろの下駄箱にぶつかった。
金属製の下駄箱が、ガシャンと音をたてる。
「あなた、文化祭のライブを最前列で見てくれてた子よね?」
紬が窺うような表情で言った。
13: 2014/05/22(木) 22:34:36.09
少女はその言葉に驚いて視線を上げたが、
数cmほどのところに紬の目があったので、慌てて顔を逸らす。
唇が触れそうなほどの距離だった。
「ね、そうでしょう?」
紬にそう問われ「はい」と力なく答えた。
目に涙をためて、小刻みに震えている。
「ごめんなさい。琴吹先輩に、迷惑をかけるつもりは、なかったんです」
あさっての方向を見ながら、必氏に言った。
罪を暴かれたためか、頬が紅潮している。
「ムギでいいわよ」そのままの距離で紬が言う。
「それで。上履きは何に使っていたのかしら」
その言葉を聞いて、少女の震えは大きくなった。
後ろの下駄箱が、ガタガタと音をたてている。
紬は微笑をたたえて、さらに距離を詰めた。
数cmほどのところに紬の目があったので、慌てて顔を逸らす。
唇が触れそうなほどの距離だった。
「ね、そうでしょう?」
紬にそう問われ「はい」と力なく答えた。
目に涙をためて、小刻みに震えている。
「ごめんなさい。琴吹先輩に、迷惑をかけるつもりは、なかったんです」
あさっての方向を見ながら、必氏に言った。
罪を暴かれたためか、頬が紅潮している。
「ムギでいいわよ」そのままの距離で紬が言う。
「それで。上履きは何に使っていたのかしら」
その言葉を聞いて、少女の震えは大きくなった。
後ろの下駄箱が、ガタガタと音をたてている。
紬は微笑をたたえて、さらに距離を詰めた。
15: 2014/05/22(木) 22:37:03.85
「ねえ。何に使っていたのか、お姉さんに教えてくれる?」
紬は耳元に吐息を吹きかけるようにして言う。
体はほぼ密着状態にあった。
「ひっ」と少女が短い悲鳴を上げる。
「ちょっと待て!ストップ!ストップ!」
律がそれを止めた。ぐいぐいと紬の腕を引っ張る。
「なんかやらしいから!それ!」
言って、少女から引き離す。
「あらー?そうかしら」
紬はうふふ、と満面の笑みを浮かべている。
「全く」律は呆れたようにそう言って、下駄箱の方へ向き直った。
少女は胸に手を当てて、ふうふうと苦しそうに息をしている。
顔が真っ赤だ。
「なんで、上履きを隠したり戻したりしていたの?」
唯が思っていることをそのままぶつけた。
紬は耳元に吐息を吹きかけるようにして言う。
体はほぼ密着状態にあった。
「ひっ」と少女が短い悲鳴を上げる。
「ちょっと待て!ストップ!ストップ!」
律がそれを止めた。ぐいぐいと紬の腕を引っ張る。
「なんかやらしいから!それ!」
言って、少女から引き離す。
「あらー?そうかしら」
紬はうふふ、と満面の笑みを浮かべている。
「全く」律は呆れたようにそう言って、下駄箱の方へ向き直った。
少女は胸に手を当てて、ふうふうと苦しそうに息をしている。
顔が真っ赤だ。
「なんで、上履きを隠したり戻したりしていたの?」
唯が思っていることをそのままぶつけた。
18: 2014/05/22(木) 22:43:32.81
「それは……」
少女はそこで口ごもってしまった。
チラチラと、紬の方を窺っているように見える。
理由を聞かれたくないのだろうか。唯は考える。
「じゃあ私にだけ教えて。ね、内緒にするから」
そしてそう提案した。
律がそれに対してぶーぶーと文句を言ったが、
唯が手を広げて制する。
少女も「それなら」と渋々承諾してくれた。
唯が手招きをして、少し離れた所へ移動する。
「実は」
キョロキョロとあたりを窺った後、小声で少女は語り始めた。
少女はそこで口ごもってしまった。
チラチラと、紬の方を窺っているように見える。
理由を聞かれたくないのだろうか。唯は考える。
「じゃあ私にだけ教えて。ね、内緒にするから」
そしてそう提案した。
律がそれに対してぶーぶーと文句を言ったが、
唯が手を広げて制する。
少女も「それなら」と渋々承諾してくれた。
唯が手招きをして、少し離れた所へ移動する。
「実は」
キョロキョロとあたりを窺った後、小声で少女は語り始めた。
20: 2014/05/22(木) 22:46:08.28
「ライブで見て、琴吹先輩のことが好きになったんです。
それで」
そこまで言って、また震え始めた。
唯は黙って次の言葉を待つ。
少女はしばらく思いつめた表情で俯いていたが、
意を決したのか「ふう」と短く息を吐いた。
「上履きのにおいを、嗅ぎたいな、と、思って」
先程とは一転して血の気の失せた顔で、
ガタガタと震えながら必氏に言葉を紡ぐ。
「いつも放課後に借りて、朝返しに来てたんです。
最近はこれがないと眠れないようになって」
そして手に持った物を見る。
「なるほどね。この間はムギちゃんがテストで早く来たから、
返すタイミングが遅れちゃったんだ」
少女はコクリと頷いた。
それで」
そこまで言って、また震え始めた。
唯は黙って次の言葉を待つ。
少女はしばらく思いつめた表情で俯いていたが、
意を決したのか「ふう」と短く息を吐いた。
「上履きのにおいを、嗅ぎたいな、と、思って」
先程とは一転して血の気の失せた顔で、
ガタガタと震えながら必氏に言葉を紡ぐ。
「いつも放課後に借りて、朝返しに来てたんです。
最近はこれがないと眠れないようになって」
そして手に持った物を見る。
「なるほどね。この間はムギちゃんがテストで早く来たから、
返すタイミングが遅れちゃったんだ」
少女はコクリと頷いた。
22: 2014/05/22(木) 22:52:36.64
「絶対内緒にするからね。もうこんなことしちゃダメだよ」
唯がそう諭すと、少女は「ごめんなさい」と何度も謝った。
その後、紬と律にもしつこいくらいに謝罪の言葉を述べて、
その少女はパタパタと駆けて行った。
「で。どういう理由だったのか、教えてくれよ」
律が肘で唯を小突いた。
「ダメだよぉ、律ちゃん。内緒にするって約束したんだから」
目の前で腕を交差させ、大きなバッテンを作る。
律がチェッと舌打ちをした。
一方、紬は終始ニコニコとしている。
ムギちゃんは何か分かったのだろうか。
唯が不思議そうに見ていると、目が合った。
紬は意味ありげに「うふふ」と笑った。
唯がそう諭すと、少女は「ごめんなさい」と何度も謝った。
その後、紬と律にもしつこいくらいに謝罪の言葉を述べて、
その少女はパタパタと駆けて行った。
「で。どういう理由だったのか、教えてくれよ」
律が肘で唯を小突いた。
「ダメだよぉ、律ちゃん。内緒にするって約束したんだから」
目の前で腕を交差させ、大きなバッテンを作る。
律がチェッと舌打ちをした。
一方、紬は終始ニコニコとしている。
ムギちゃんは何か分かったのだろうか。
唯が不思議そうに見ていると、目が合った。
紬は意味ありげに「うふふ」と笑った。
24: 2014/05/22(木) 22:55:08.32
「名探偵と言えば、やっぱり孤島の洋館だよね!」
唯の声が、部室に響いた。
「んあ?」と寝ていた律が起きて、大きなあくびをする。
早起きしたせいで寝不足らしい。
「なんなんですか。その、名探偵って」
梓が怪訝な顔をした。その疑問に、紬が答える。
「名探偵唯ちゃんはね、もう難事件をひとつ、解決しちゃったのよ。
それもあっという間にね」
唯がえっへんと胸を張る。
それを聞いて、澪が怯えた表情を浮かべた。
「な、難事件って、怖い話?」
心なしか震えているようにも見える。
唯と紬が顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「あれで解決って言えるのかー?」律が文句を言った。
唯の声が、部室に響いた。
「んあ?」と寝ていた律が起きて、大きなあくびをする。
早起きしたせいで寝不足らしい。
「なんなんですか。その、名探偵って」
梓が怪訝な顔をした。その疑問に、紬が答える。
「名探偵唯ちゃんはね、もう難事件をひとつ、解決しちゃったのよ。
それもあっという間にね」
唯がえっへんと胸を張る。
それを聞いて、澪が怯えた表情を浮かべた。
「な、難事件って、怖い話?」
心なしか震えているようにも見える。
唯と紬が顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「あれで解決って言えるのかー?」律が文句を言った。
25: 2014/05/22(木) 22:59:32.24
「わー!見えてきたよー!」
唯が歓喜の声を上げる。梓も目をキラキラとさせていた。
その様子を、紬がニコニコとして見ている。
「うう、気持ち悪い」
「孤島、洋館、殺人事件……」
その横に船酔い気味の律と、恐怖に震える澪がうずくまっている。
そんな二人をよそに、唯、梓、紬の三人はきゃっきゃとはしゃいでいた。
「なんであんなに元気なんだ、あいつら」
律が呆れた顔で言う。
けいおん部の五人は、紬が所有する孤島へ、
これまた紬が所有するクルーザーで向かっていた。
唯ご所望の洋館も、昼夜問わずの突貫工事で建てたらしい。
「上履き事件を解決してくれたお礼よ」
言いながら、紬は微笑んだ。
唯が歓喜の声を上げる。梓も目をキラキラとさせていた。
その様子を、紬がニコニコとして見ている。
「うう、気持ち悪い」
「孤島、洋館、殺人事件……」
その横に船酔い気味の律と、恐怖に震える澪がうずくまっている。
そんな二人をよそに、唯、梓、紬の三人はきゃっきゃとはしゃいでいた。
「なんであんなに元気なんだ、あいつら」
律が呆れた顔で言う。
けいおん部の五人は、紬が所有する孤島へ、
これまた紬が所有するクルーザーで向かっていた。
唯ご所望の洋館も、昼夜問わずの突貫工事で建てたらしい。
「上履き事件を解決してくれたお礼よ」
言いながら、紬は微笑んだ。
28: 2014/05/22(木) 23:05:11.93
「すごいです!感動です!」
梓が腕をブンブンと振りながら叫ぶ。
けいおん部ご一行は、外周が2kmほどの小さな島に上陸した。
木々がうっそうと生い茂る、巨大な森のような島だが、
ちゃんと洋館や浜辺へ向かう道は舗装されているようだった。
「じゃあ、また四日後に迎えに来ますので」
琴吹家の執事兼運転手は、
そう言ってクルーザーに乗って帰って行った。
「探検!探検しましょう!」
目をキラキラとさせたまま、梓が叫ぶ。
それを聞いた唯が「ぷぷー!」と吹き出した。
「探検だって。あずにゃんは子どもだねぇ」
よしよし、とその頭を撫でる。
「子ども扱い、しないでください!」
ムキー!と顔を真っ赤にして、梓は怒った。
梓が腕をブンブンと振りながら叫ぶ。
けいおん部ご一行は、外周が2kmほどの小さな島に上陸した。
木々がうっそうと生い茂る、巨大な森のような島だが、
ちゃんと洋館や浜辺へ向かう道は舗装されているようだった。
「じゃあ、また四日後に迎えに来ますので」
琴吹家の執事兼運転手は、
そう言ってクルーザーに乗って帰って行った。
「探検!探検しましょう!」
目をキラキラとさせたまま、梓が叫ぶ。
それを聞いた唯が「ぷぷー!」と吹き出した。
「探検だって。あずにゃんは子どもだねぇ」
よしよし、とその頭を撫でる。
「子ども扱い、しないでください!」
ムキー!と顔を真っ赤にして、梓は怒った。
30: 2014/05/22(木) 23:14:06.08
「これは、すごいな」
ようやく気分の良くなった律がそう呟く。
先程まではしゃいでいた唯と梓、
震えていた澪までもが揃って息を呑んだ。
「急いで建てたって言ってたから、
あまり期待はしていなかったんだけど」
紬がにこやかに言う。
五人は巨大な建造物の前にいた。
西洋建築を思わせる、豪奢なデザイン。
門扉の高さは5メートルほどあるだろうか。
外から見える窓の数から見ても、ワンフロアの部屋数は100を下らない。
それが、天に向かってそびえている。
紬以外の四人は、ただただ感嘆のため息を漏らすことしかできなかった。
「じゃあ、とりあえず荷物を置いちゃいましょうか」
そんな四人をよそに、紬は横のパネルで門扉を開くと、
スタスタと玄関に向かって歩いて行ってしまった。
大きな玄関を開けると、振り返って言う。
「みんなー!どうしたのー?」
四人はただひたすら、目の前の光景に釘づけになっていた。
ようやく気分の良くなった律がそう呟く。
先程まではしゃいでいた唯と梓、
震えていた澪までもが揃って息を呑んだ。
「急いで建てたって言ってたから、
あまり期待はしていなかったんだけど」
紬がにこやかに言う。
五人は巨大な建造物の前にいた。
西洋建築を思わせる、豪奢なデザイン。
門扉の高さは5メートルほどあるだろうか。
外から見える窓の数から見ても、ワンフロアの部屋数は100を下らない。
それが、天に向かってそびえている。
紬以外の四人は、ただただ感嘆のため息を漏らすことしかできなかった。
「じゃあ、とりあえず荷物を置いちゃいましょうか」
そんな四人をよそに、紬は横のパネルで門扉を開くと、
スタスタと玄関に向かって歩いて行ってしまった。
大きな玄関を開けると、振り返って言う。
「みんなー!どうしたのー?」
四人はただひたすら、目の前の光景に釘づけになっていた。
31: 2014/05/22(木) 23:16:55.90
「わぁ」
玄関をくぐると、誰ともなく声を漏らす。
外観もすごかったが、内装もそれに勝るとも劣らない、
とても立派なものであった。
まず目に付くのが、異国の公園を思わせるような見事な噴水。
その後ろにはローマ彫刻が鎮座していて、
まるでトレヴィの泉を模したかのようだ。
さらにその後ろに二階へ抜ける階段がある。
全体に赤いじゅうたんが敷かれていて、
手すりは金ぴか、複雑な装飾が施されていた。
そして三階までは吹き抜けで、
天井から豪華なシャンデリアが吊り下がっている。
「いくらかけたんだよ、これ」
律が呆然とした顔で言った。
彼女含め全員の目が完全に点になっている。
「さぁ、いくらかしらねぇ」
紬はそれらの芸術品を一切無視して、
右手の方向へ歩いて行く。
その先には小さな、と言っても普通よりは大きいが、
木の扉があり、そちらへ向かっているようだった。
玄関をくぐると、誰ともなく声を漏らす。
外観もすごかったが、内装もそれに勝るとも劣らない、
とても立派なものであった。
まず目に付くのが、異国の公園を思わせるような見事な噴水。
その後ろにはローマ彫刻が鎮座していて、
まるでトレヴィの泉を模したかのようだ。
さらにその後ろに二階へ抜ける階段がある。
全体に赤いじゅうたんが敷かれていて、
手すりは金ぴか、複雑な装飾が施されていた。
そして三階までは吹き抜けで、
天井から豪華なシャンデリアが吊り下がっている。
「いくらかけたんだよ、これ」
律が呆然とした顔で言った。
彼女含め全員の目が完全に点になっている。
「さぁ、いくらかしらねぇ」
紬はそれらの芸術品を一切無視して、
右手の方向へ歩いて行く。
その先には小さな、と言っても普通よりは大きいが、
木の扉があり、そちらへ向かっているようだった。
34: 2014/05/22(木) 23:20:11.87
木の扉の向こうはダイニングだった。
その奥がキッチンになっている。
こちらは玄関ロビーとは違い、とてもシンプルなつくりだったが、
どことなく高級感が漂っているように思えた。
四人が席に座って待っていると、
紬が人数分の紅茶を持ってキッチンから現れた。
「お待たせ。あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」
笑いながら言う。
四人はキョロキョロとあちこち見渡していたが、
慌てて正面に向き直った。
顔が紅潮する。
「あは、は。恥ずかしいな。
こんな豪華なところは来たことがなくって」
澪が照れ隠しに言い訳をした。
それを受けて紬が笑う。
「いいのよ、そんなに気張らなくても。
自分の家だと思ってくつろいでね」
自分の家? 思えるわけないだろ!
四人全員が心の中で突っ込んだ。
その奥がキッチンになっている。
こちらは玄関ロビーとは違い、とてもシンプルなつくりだったが、
どことなく高級感が漂っているように思えた。
四人が席に座って待っていると、
紬が人数分の紅茶を持ってキッチンから現れた。
「お待たせ。あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」
笑いながら言う。
四人はキョロキョロとあちこち見渡していたが、
慌てて正面に向き直った。
顔が紅潮する。
「あは、は。恥ずかしいな。
こんな豪華なところは来たことがなくって」
澪が照れ隠しに言い訳をした。
それを受けて紬が笑う。
「いいのよ、そんなに気張らなくても。
自分の家だと思ってくつろいでね」
自分の家? 思えるわけないだろ!
四人全員が心の中で突っ込んだ。
36: 2014/05/22(木) 23:28:10.79
「じゃあ部屋割りを決めちゃいましょう」
紬がそう言って屋敷の見取り図を出した。
一本の真っ直ぐな廊下の両側に部屋がある、
とても単純なものだった。
少し離れて見ると、細長いホットドッグのように見える。
右上に2Fと書いてあった。
「これ、色が違う部屋があるのはなんで?」
唯が疑問を口にした。
たくさんの部屋が並んでいるが、五つだけが白抜きで、
その他は黒く塗りつぶされていた。
「それは」紬が答える。
「急いで作ったせいで、内装が間に合わなかったんだって。
白いところだけが部屋として使えるのよ」
「そうなんですかー」と梓が言う。
「入れる部屋は、みんなが使う二階の五部屋と今いるダイニング。
あとはここの反対側にある物置部屋だけね」
紬はそう説明した。
紬がそう言って屋敷の見取り図を出した。
一本の真っ直ぐな廊下の両側に部屋がある、
とても単純なものだった。
少し離れて見ると、細長いホットドッグのように見える。
右上に2Fと書いてあった。
「これ、色が違う部屋があるのはなんで?」
唯が疑問を口にした。
たくさんの部屋が並んでいるが、五つだけが白抜きで、
その他は黒く塗りつぶされていた。
「それは」紬が答える。
「急いで作ったせいで、内装が間に合わなかったんだって。
白いところだけが部屋として使えるのよ」
「そうなんですかー」と梓が言う。
「入れる部屋は、みんなが使う二階の五部屋と今いるダイニング。
あとはここの反対側にある物置部屋だけね」
紬はそう説明した。
38: 2014/05/22(木) 23:31:39.91
「じゃあ私がこっちな」
律はそう言って、階段を昇ってすぐの部屋に荷物を置いた。
「あ、ありがとう、律。恩に着るよ」
後ろにある西洋甲冑の置物をチラチラと見ながら、澪が言った。
元々はそこは澪の部屋だったのだが、
目の前にある置物が怖いと言って、律と部屋を交換したのだった。
「全く、澪ちゅわんは怖がりだねぇ」
ヘラヘラと笑いながら、馬鹿にしたように律が言う。
澪は何か言い返そうとしたが、やめたようだった。
そのまま踵を返して、廊下の突き当りの部屋まで歩いていく。
距離にして100メートル以上はあるだろうか。
「待ってください、私も行きます!」
そのひとつ手前の部屋を割り振られた梓も、澪について行った。
律はそう言って、階段を昇ってすぐの部屋に荷物を置いた。
「あ、ありがとう、律。恩に着るよ」
後ろにある西洋甲冑の置物をチラチラと見ながら、澪が言った。
元々はそこは澪の部屋だったのだが、
目の前にある置物が怖いと言って、律と部屋を交換したのだった。
「全く、澪ちゅわんは怖がりだねぇ」
ヘラヘラと笑いながら、馬鹿にしたように律が言う。
澪は何か言い返そうとしたが、やめたようだった。
そのまま踵を返して、廊下の突き当りの部屋まで歩いていく。
距離にして100メートル以上はあるだろうか。
「待ってください、私も行きます!」
そのひとつ手前の部屋を割り振られた梓も、澪について行った。
39: 2014/05/22(木) 23:36:44.54
荷物を置いた律が自分の部屋の前で待っていると、
三つ隣の部屋から唯が顔を出した。
「律ちゃん、準備するの早いねぇ」
そしてパタパタと足音をさせて出てくる。
「おー」律が答えた。
「それにしてもすごい屋敷だな。
私たちの部屋もすごいゴージャスだし、
各部屋オートロック完備、風呂トイレ付とは恐れ入ったね」
声の調子に驚きが混じっている。
「そうだねぇ」と唯が相槌を打った。
「名探偵的には、何か事件のにおいがするよ」
「なにがだよ」
律がそう言うと、二人は声を出して笑った。
三つ隣の部屋から唯が顔を出した。
「律ちゃん、準備するの早いねぇ」
そしてパタパタと足音をさせて出てくる。
「おー」律が答えた。
「それにしてもすごい屋敷だな。
私たちの部屋もすごいゴージャスだし、
各部屋オートロック完備、風呂トイレ付とは恐れ入ったね」
声の調子に驚きが混じっている。
「そうだねぇ」と唯が相槌を打った。
「名探偵的には、何か事件のにおいがするよ」
「なにがだよ」
律がそう言うと、二人は声を出して笑った。
42: 2014/05/22(木) 23:43:25.96
「ごめんね、お待たせー」
唯の隣の部屋、つまり律の四つ先の部屋から紬が出てきた。
そのさらに向こうで二つのドアが開くのが見える。
梓と澪も準備ができたらしい。
パタパタと足音を響かせ、早足で駆けてくる。
この廊下は互い違いに扉が並んでいて、
奥に行くほど照明が暗くなっているため、遠近感が狂ってしまう。
近いように見えるが、実際はかなりの距離があるようだ。
そのため、律の部屋の前で合流した時には、
二人とも軽く息が切れていた。
「じゃあ、行きますよ!」
言い出しっぺの梓の先導で、五人は屋敷を出発した。
結局みんなで島を探検することになったようだ。
「あははー、あずにゃんワクワクしてるねぇ。
かわいいねぇ」
頭を撫でようとする唯の腕をササッと避けた。
「ふふん!同じ手は二度くわないですよ!」
そう言いながらバランスを崩し、そのまま後ろ向きに倒れた。
唯の隣の部屋、つまり律の四つ先の部屋から紬が出てきた。
そのさらに向こうで二つのドアが開くのが見える。
梓と澪も準備ができたらしい。
パタパタと足音を響かせ、早足で駆けてくる。
この廊下は互い違いに扉が並んでいて、
奥に行くほど照明が暗くなっているため、遠近感が狂ってしまう。
近いように見えるが、実際はかなりの距離があるようだ。
そのため、律の部屋の前で合流した時には、
二人とも軽く息が切れていた。
「じゃあ、行きますよ!」
言い出しっぺの梓の先導で、五人は屋敷を出発した。
結局みんなで島を探検することになったようだ。
「あははー、あずにゃんワクワクしてるねぇ。
かわいいねぇ」
頭を撫でようとする唯の腕をササッと避けた。
「ふふん!同じ手は二度くわないですよ!」
そう言いながらバランスを崩し、そのまま後ろ向きに倒れた。
43: 2014/05/22(木) 23:47:16.06
時折「うーうー」と梓が呻いている。
「大丈夫?梓ちゃん」
紬が心配そうに言う。
「大丈夫です。ちょっとコブになったけど」
梓が後頭部をさする。
先程倒れた時に地面に打ち付けたのだった。
「お、発見!」
律が叫ぶ。そして何やらガサゴソとやり始めた。
屋敷から見て左手の道を歩き出してから、約10分後のことだった。
ちなみに正面の道を行くと船着き場、右手の道を行くと浜辺である。
何があるか分からない左の道へ行ってみようという、
澪以外のみんなの意見が尊重された結果であった。
「な、何があったんだ?」
澪が恐る恐る尋ねた。
「大丈夫?梓ちゃん」
紬が心配そうに言う。
「大丈夫です。ちょっとコブになったけど」
梓が後頭部をさする。
先程倒れた時に地面に打ち付けたのだった。
「お、発見!」
律が叫ぶ。そして何やらガサゴソとやり始めた。
屋敷から見て左手の道を歩き出してから、約10分後のことだった。
ちなみに正面の道を行くと船着き場、右手の道を行くと浜辺である。
何があるか分からない左の道へ行ってみようという、
澪以外のみんなの意見が尊重された結果であった。
「な、何があったんだ?」
澪が恐る恐る尋ねた。
46: 2014/05/22(木) 23:51:21.47
「じゃじゃーん!カブトー!」
満面の笑みの律の右手には、巨大なカブトムシが納まっていた。
「ひっ」澪が悲鳴を上げる。
「あー、いいなー!律ちゃんだけずるい!」
唯が悔しそうな表情を浮かべている。
梓も紬も虫には興味ないのか、ただニコニコとしていた。
「なんだ、澪。お前カブトもだめなのか」
そちらに向き直りながら律が言った。
「ひぃ!」と先程より大きな悲鳴が上がる。
「こっち!それこっちに、向けないで!」
背を向けてうずくまり、頭を抱えた。
満面の笑みの律の右手には、巨大なカブトムシが納まっていた。
「ひっ」澪が悲鳴を上げる。
「あー、いいなー!律ちゃんだけずるい!」
唯が悔しそうな表情を浮かべている。
梓も紬も虫には興味ないのか、ただニコニコとしていた。
「なんだ、澪。お前カブトもだめなのか」
そちらに向き直りながら律が言った。
「ひぃ!」と先程より大きな悲鳴が上がる。
「こっち!それこっちに、向けないで!」
背を向けてうずくまり、頭を抱えた。
47: 2014/05/22(木) 23:55:27.21
「もうさー、これだけ謝ってんだから、いい加減機嫌直せって」
律が澪の腕を掴み懇願する。
「うるさい!馬鹿律!」
澪はそれを払いのけ、スタスタと早歩きで行ってしまう。
「はぁ」と律がため息をついた。
さすがに背中にくっつけたのはやりすぎだったかな、と思う。
「うーん、これからどうしましょうか」
澪が屋敷に帰ってしまったので、梓が困ったように言った。
律が澪の腕を掴み懇願する。
「うるさい!馬鹿律!」
澪はそれを払いのけ、スタスタと早歩きで行ってしまう。
「はぁ」と律がため息をついた。
さすがに背中にくっつけたのはやりすぎだったかな、と思う。
「うーん、これからどうしましょうか」
澪が屋敷に帰ってしまったので、梓が困ったように言った。
49: 2014/05/22(木) 23:58:00.91
「じゃあ行くよ!あずにゃん!」
「おー!」
律は先程「なんか白けちまったぜ」と言い残して屋敷に戻って行った。
紬は迷っていたが
「喧嘩してる二人だけにすると不安だから」
と結局戻ることにした。
残った唯と梓の二人は、探検を継続する。
「あずにゃん!こっち行ってみよう!」
「いえ唯先輩!あっちですよ!」
キャーキャーと言う歓声が、日が傾くまで続いていた。
「おー!」
律は先程「なんか白けちまったぜ」と言い残して屋敷に戻って行った。
紬は迷っていたが
「喧嘩してる二人だけにすると不安だから」
と結局戻ることにした。
残った唯と梓の二人は、探検を継続する。
「あずにゃん!こっち行ってみよう!」
「いえ唯先輩!あっちですよ!」
キャーキャーと言う歓声が、日が傾くまで続いていた。
51: 2014/05/23(金) 00:02:10.88
「あーずにゃーん。どーこー」
泥だらけの唯が屋敷の玄関をくぐった。
その声を聞きつけたのか、キッチンから紬が出てくる。
「あらー、唯ちゃん。すごい格好よ」
ちょっと待ってて、と言って奥に引っ込むと、
濡れたタオルを持ってきてくれた。
「わー、ありがとう」
お礼を言っていったん外に出ると、体についた泥を掻き落とす。
西日がまぶしい。
「梓ちゃんなら1時間くらい前に帰ってきて、
屋敷の探検するって張り切ってたわよ」
「えー、そうなんだー」
濡れタオルで体を拭きながら、唯がまた玄関をくぐった。
「途中ではぐれちゃったんだよねぇ」
泥だらけの唯が屋敷の玄関をくぐった。
その声を聞きつけたのか、キッチンから紬が出てくる。
「あらー、唯ちゃん。すごい格好よ」
ちょっと待ってて、と言って奥に引っ込むと、
濡れたタオルを持ってきてくれた。
「わー、ありがとう」
お礼を言っていったん外に出ると、体についた泥を掻き落とす。
西日がまぶしい。
「梓ちゃんなら1時間くらい前に帰ってきて、
屋敷の探検するって張り切ってたわよ」
「えー、そうなんだー」
濡れタオルで体を拭きながら、唯がまた玄関をくぐった。
「途中ではぐれちゃったんだよねぇ」
53: 2014/05/23(金) 00:07:49.05
唯は部屋でシャワーを浴びると、しばしベッドに横になった。
心地よい疲労感で、少し眠気を催したためだ。
しかし、先程まで興奮状態だったせいか、一向に眠れる気配が無い。
30分ほど寝返りを繰り返していたが、結局まどろみに落ちることは無かった。
「ちょっと下に行ってみようかな」
夕食の時間にはまだ早いが、
誰かしらダイニングにいるだろうと思ってのことだった。
ガチャリ、と扉を開けると紬の姿が目に入った。
「あら、唯ちゃん。どうしたの?」紬がそう声をかけた。
「うん。寝ようと思ったんだけど、眠れなくて」
えへへ、と笑う。
「ムギちゃんは一人でいたの?」
テーブルの上には三つのティーカップが並んでいる。
一つは紬のだが、残りの二つは半分ほど紅茶が入っていて、
もう半ば冷めているように見えた。
「さっきまで、澪ちゃんと律ちゃんがいたんだけど」
困ったような笑顔を向ける。
どうしたんだろうか、と唯は思った。
心地よい疲労感で、少し眠気を催したためだ。
しかし、先程まで興奮状態だったせいか、一向に眠れる気配が無い。
30分ほど寝返りを繰り返していたが、結局まどろみに落ちることは無かった。
「ちょっと下に行ってみようかな」
夕食の時間にはまだ早いが、
誰かしらダイニングにいるだろうと思ってのことだった。
ガチャリ、と扉を開けると紬の姿が目に入った。
「あら、唯ちゃん。どうしたの?」紬がそう声をかけた。
「うん。寝ようと思ったんだけど、眠れなくて」
えへへ、と笑う。
「ムギちゃんは一人でいたの?」
テーブルの上には三つのティーカップが並んでいる。
一つは紬のだが、残りの二つは半分ほど紅茶が入っていて、
もう半ば冷めているように見えた。
「さっきまで、澪ちゃんと律ちゃんがいたんだけど」
困ったような笑顔を向ける。
どうしたんだろうか、と唯は思った。
54: 2014/05/23(金) 00:12:47.69
「ふ、二人とも。とりあえず落ち着きましょう」
「うるせぇ!関係ないやつは黙ってろよ!」
紬がなだめようとしたが、律に一蹴されてしまった。
「律!ムギに当たるなよ!」
そんな律の態度に澪が激昂する。
二人を仲直りさせようと、紬がお茶会を提案したのだったが、
どうやら逆効果だったようだ。
話し合いのさなかに、また口喧嘩に発展してしまった。
「澪ちゅわんはヨロイが怖いー虫が怖いーって、
付き合ってるこっちが疲れちまうよ」
嫌な笑いを浮かべて律が言った。
澪が睨み付ける。そして、静かに言った。
「分かってるんだったら、やるなよ」
「うるせぇ!関係ないやつは黙ってろよ!」
紬がなだめようとしたが、律に一蹴されてしまった。
「律!ムギに当たるなよ!」
そんな律の態度に澪が激昂する。
二人を仲直りさせようと、紬がお茶会を提案したのだったが、
どうやら逆効果だったようだ。
話し合いのさなかに、また口喧嘩に発展してしまった。
「澪ちゅわんはヨロイが怖いー虫が怖いーって、
付き合ってるこっちが疲れちまうよ」
嫌な笑いを浮かべて律が言った。
澪が睨み付ける。そして、静かに言った。
「分かってるんだったら、やるなよ」
56: 2014/05/23(金) 00:16:39.13
「こっちは軽い冗談でやってんだろ!?
マジになってんじゃねーよ!」
律が言いながらテーブルを叩いた。
ドン!という音に澪の体がビクリと跳ねる。
その様子を見て鼻で笑った。
「あっはははー。大きな音も怖いんでちゅかー」
「この……。馬鹿律」
澪は何か言いたいようだったが、うまく言葉にならない。
「そんなだからろくに友達もできねーんだよ!
昔だって私がいなきゃ、ずっと一人だったじゃねぇか!」
律のその言葉で、ダイニングは静寂に支配された。
マジになってんじゃねーよ!」
律が言いながらテーブルを叩いた。
ドン!という音に澪の体がビクリと跳ねる。
その様子を見て鼻で笑った。
「あっはははー。大きな音も怖いんでちゅかー」
「この……。馬鹿律」
澪は何か言いたいようだったが、うまく言葉にならない。
「そんなだからろくに友達もできねーんだよ!
昔だって私がいなきゃ、ずっと一人だったじゃねぇか!」
律のその言葉で、ダイニングは静寂に支配された。
57: 2014/05/23(金) 00:24:17.79
「ちょっと、律ちゃんそれは……」
さすがに紬がたしなめた。
律もまずいと思ったのだろうか。
「悪い、ちょっと言い過ぎた」とばつの悪そうな顔をしていた。
「馬鹿律……」
澪の目にみるみる涙が溜まっていく。
そして。
バタン!
それが決壊する前に、けたたましい扉の音をたてて、
澪は出て行ってしまった。
「あーあ」
律がわざと大きな声を出す。
「ごめんな、ムギ」
そう言って、その場を後にした。
さすがに紬がたしなめた。
律もまずいと思ったのだろうか。
「悪い、ちょっと言い過ぎた」とばつの悪そうな顔をしていた。
「馬鹿律……」
澪の目にみるみる涙が溜まっていく。
そして。
バタン!
それが決壊する前に、けたたましい扉の音をたてて、
澪は出て行ってしまった。
「あーあ」
律がわざと大きな声を出す。
「ごめんな、ムギ」
そう言って、その場を後にした。
59: 2014/05/23(金) 00:30:26.06
そのまま放心していると唯がやってきた。
「また喧嘩しちゃったんだぁ」
紬の話を聞いて、至極残念そうに言う。
「食事の時に、ちゃんと仲直りできるといいんだけど」
「そうねぇ……」
しばし二人は無言で紅茶をすすっていたが、
どちらともなく部屋に戻って行った。
「ふう」
ボスン。とベッドに身を投げる。
時計を見ると、食事まではまだ1時間ほどあった。
「澪ちゃんと律ちゃん。仲直りできるといいなぁ」
唯は案じていたが、気付くとそのまま浅い眠りについていた。
「また喧嘩しちゃったんだぁ」
紬の話を聞いて、至極残念そうに言う。
「食事の時に、ちゃんと仲直りできるといいんだけど」
「そうねぇ……」
しばし二人は無言で紅茶をすすっていたが、
どちらともなく部屋に戻って行った。
「ふう」
ボスン。とベッドに身を投げる。
時計を見ると、食事まではまだ1時間ほどあった。
「澪ちゃんと律ちゃん。仲直りできるといいなぁ」
唯は案じていたが、気付くとそのまま浅い眠りについていた。
62: 2014/05/23(金) 00:37:41.48
「唯先輩!晩御飯の時間ですよ!」
ドンドンという扉を叩く音とともに、梓の声がうっすらと聞こえる。
時計を見ると、食事の時間を15分ほど過ぎていた。
「ごめんねぇ、あずにゃん」
扉を開けると、先程までくぐもって聞こえていた梓の声が、
はっきりと聞こえるようになった。
「もう!子どもじゃないんですから!」
ずっと言い返すタイミングを窺っていたのだろうか。
唯を子ども扱いできて、少しご満悦な表情の梓がそこにいた。
「そうだねぇ。じゃあ下行こっか、あずにゃん」
パタパタと二人で階段を降りる。
「律先輩とムギ先輩は、もうずっと待ってるんですからね」
梓はプンプンとした顔で言った。
ドンドンという扉を叩く音とともに、梓の声がうっすらと聞こえる。
時計を見ると、食事の時間を15分ほど過ぎていた。
「ごめんねぇ、あずにゃん」
扉を開けると、先程までくぐもって聞こえていた梓の声が、
はっきりと聞こえるようになった。
「もう!子どもじゃないんですから!」
ずっと言い返すタイミングを窺っていたのだろうか。
唯を子ども扱いできて、少しご満悦な表情の梓がそこにいた。
「そうだねぇ。じゃあ下行こっか、あずにゃん」
パタパタと二人で階段を降りる。
「律先輩とムギ先輩は、もうずっと待ってるんですからね」
梓はプンプンとした顔で言った。
63: 2014/05/23(金) 00:40:56.89
「おー、唯。お前も寝坊かー」
律がニヤついた顔で言う。
「お前も?」唯が聞き返した。
「梓も寝てたからなぁ、私が起こしたんだよ」
相変わらずニヤついた表情を浮かべている。
唯は「なんだー」と梓の顔を見た。
「唯先輩よりは、早く来ましたけど」
そう言い訳した。
「あれ?」唯が不思議そうに首をかしげる。
「澪ちゃんは?」
律が「ふん」と鼻を鳴らした。
「ああ、あいつはふて寝だよ。どれだけやっても起きやしねぇ」
かなり憤慨している様子だった。
律がニヤついた顔で言う。
「お前も?」唯が聞き返した。
「梓も寝てたからなぁ、私が起こしたんだよ」
相変わらずニヤついた表情を浮かべている。
唯は「なんだー」と梓の顔を見た。
「唯先輩よりは、早く来ましたけど」
そう言い訳した。
「あれ?」唯が不思議そうに首をかしげる。
「澪ちゃんは?」
律が「ふん」と鼻を鳴らした。
「ああ、あいつはふて寝だよ。どれだけやっても起きやしねぇ」
かなり憤慨している様子だった。
65: 2014/05/23(金) 00:48:43.68
「わー、これおいしいです!」
梓が驚嘆の声を上げた。
唯と律は無心で骨付きのチキンにかぶりついていた。
紬が菩薩のような表情でそれを眺める。
「そう、良かったわぁ」
それがホストとしての責務なのだろうか。
ゲストが喜んでいると、安心するらしい。
「まだたくさんあるから、足りなかったら言ってね」
「はい!」「うん!」「おう!」
三人がまちまちに返事をする。
料理は全て琴吹家のシェフが用意したもので、
紬はそれを盛りつけたり、温めなおしただけだった。
五日間飽きさせず、かつ傷まないようにしなければならない。
超一流料理人の苦心の結晶とも言えるものが、まずいわけがない。
テーブルに並んだ料理は、
あっという間にあらかた食べつくされてしまった。
「あー、おいしかったねぇ」
「私、幸せです!」
「もう今氏んでもいいな」
それぞれ感想を述べる三人を、紬がニコニコと眺めていた。
梓が驚嘆の声を上げた。
唯と律は無心で骨付きのチキンにかぶりついていた。
紬が菩薩のような表情でそれを眺める。
「そう、良かったわぁ」
それがホストとしての責務なのだろうか。
ゲストが喜んでいると、安心するらしい。
「まだたくさんあるから、足りなかったら言ってね」
「はい!」「うん!」「おう!」
三人がまちまちに返事をする。
料理は全て琴吹家のシェフが用意したもので、
紬はそれを盛りつけたり、温めなおしただけだった。
五日間飽きさせず、かつ傷まないようにしなければならない。
超一流料理人の苦心の結晶とも言えるものが、まずいわけがない。
テーブルに並んだ料理は、
あっという間にあらかた食べつくされてしまった。
「あー、おいしかったねぇ」
「私、幸せです!」
「もう今氏んでもいいな」
それぞれ感想を述べる三人を、紬がニコニコと眺めていた。
67: 2014/05/23(金) 00:54:13.25
後片付けが終わると、みんな揃って階段を昇った。
「あれ、律先輩。部屋そこじゃないんですか?」
確か階段を昇ってすぐの部屋だったはずだ。
横に並んで歩く律に、梓は疑問をぶつけた。
「ああ」めんどくさそうに律が言った。
「澪にまた声かけておこうと思って。
あいつ怒るとめんどくさいから」
そしてため息をついた。
「あー、そうなんですか」
ここまで世話焼く人だったっけ。
律の態度に梓は違和感を覚える。
普段なら「あんなやつほっとけよ」とか言い出しそうなのに。
そんなことを考えていると廊下の突き当りに着いた。
「おーい、澪。悪かったって。いい加減機嫌直してくれよ」
扉をドンドンと叩く音が、廊下に響いた。
「あれ、律先輩。部屋そこじゃないんですか?」
確か階段を昇ってすぐの部屋だったはずだ。
横に並んで歩く律に、梓は疑問をぶつけた。
「ああ」めんどくさそうに律が言った。
「澪にまた声かけておこうと思って。
あいつ怒るとめんどくさいから」
そしてため息をついた。
「あー、そうなんですか」
ここまで世話焼く人だったっけ。
律の態度に梓は違和感を覚える。
普段なら「あんなやつほっとけよ」とか言い出しそうなのに。
そんなことを考えていると廊下の突き当りに着いた。
「おーい、澪。悪かったって。いい加減機嫌直してくれよ」
扉をドンドンと叩く音が、廊下に響いた。
68: 2014/05/23(金) 00:57:05.10
5分ほどたっただろうか。
ドンドンと言う音は響き続けている。
「ムギの料理な、めちゃくちゃうまかったよ。
食べないと絶対損するぞ」
明らかにおかしい。梓は思う。
こんなにしつこくする人だったっけ。
律の性格の変化に違和感しかない。
「澪ちゃん、まだ出てこないの?」
気付くと唯と紬が後ろにいた。
どちらも心配そうな表情を浮かべている。
「ダメ、だね」
律は手を広げるジェスチャーをした。
思いつめたような顔で、紬が口を開く。
「こんなことは、あまりしたくないんだけど」
そして、電子キーを取り出した。
ドンドンと言う音は響き続けている。
「ムギの料理な、めちゃくちゃうまかったよ。
食べないと絶対損するぞ」
明らかにおかしい。梓は思う。
こんなにしつこくする人だったっけ。
律の性格の変化に違和感しかない。
「澪ちゃん、まだ出てこないの?」
気付くと唯と紬が後ろにいた。
どちらも心配そうな表情を浮かべている。
「ダメ、だね」
律は手を広げるジェスチャーをした。
思いつめたような顔で、紬が口を開く。
「こんなことは、あまりしたくないんだけど」
そして、電子キーを取り出した。
69: 2014/05/23(金) 01:01:42.79
「澪ー、入るぞー」
律がそう声をかけた。
ガチャリ、と音がして扉が開く。
紬のマスターキーで部屋の鍵を開けたのだった。
「機嫌直してくれよ」
そう言って扉を開け放つ。
瞬間。
全員の時間が止まった。
言葉すら出ない。
ただひたすら、その光景に目を奪われる。
部屋の中心で、澪が宙に浮いていた。
腕をだらりと力なく下げ、足先はピンと伸び、
首を不自然に伸ばした澪が。
「み、お?」
律が掠れた声を出す。
一歩、踏み出した。
部屋に立ち込める、氏の匂い。
澪が、首を吊って、氏んでいた。
律がそう声をかけた。
ガチャリ、と音がして扉が開く。
紬のマスターキーで部屋の鍵を開けたのだった。
「機嫌直してくれよ」
そう言って扉を開け放つ。
瞬間。
全員の時間が止まった。
言葉すら出ない。
ただひたすら、その光景に目を奪われる。
部屋の中心で、澪が宙に浮いていた。
腕をだらりと力なく下げ、足先はピンと伸び、
首を不自然に伸ばした澪が。
「み、お?」
律が掠れた声を出す。
一歩、踏み出した。
部屋に立ち込める、氏の匂い。
澪が、首を吊って、氏んでいた。
71: 2014/05/23(金) 01:08:28.88
「澪!」
律が叫んで、止まっていた時間を無理やりに動かす。
「澪ぉお!!!」
ガシリと体を抱えると、異常なほどの重さだった。
下ろしてやるつもりだったが、一人の力じゃ到底無理なようだ。
後ろを振り返ると、半ば放心状態の三人が目に映る。
「誰か!手伝ってくれ!」
唯が弾かれるように駆け寄ってきて、
力を合わせて、なんとか下ろすことができた。
二人はぜーぜーと肩で息をする。
「澪ぉ!澪ぉぉおお!!!」
肩を抱きかかえ声をかけるが、明らかに氏んでいると分かる。
肌の色が、生きている人間のそれではない。
「くそう。なんで……!」
律はボロボロと涙をこぼした。
律が叫んで、止まっていた時間を無理やりに動かす。
「澪ぉお!!!」
ガシリと体を抱えると、異常なほどの重さだった。
下ろしてやるつもりだったが、一人の力じゃ到底無理なようだ。
後ろを振り返ると、半ば放心状態の三人が目に映る。
「誰か!手伝ってくれ!」
唯が弾かれるように駆け寄ってきて、
力を合わせて、なんとか下ろすことができた。
二人はぜーぜーと肩で息をする。
「澪ぉ!澪ぉぉおお!!!」
肩を抱きかかえ声をかけるが、明らかに氏んでいると分かる。
肌の色が、生きている人間のそれではない。
「くそう。なんで……!」
律はボロボロと涙をこぼした。
74: 2014/05/23(金) 01:14:08.66
「とにかく、警察を呼ばないと」
努めて平静を装った唯が、スマフォを取り出すと、圏外の表示が出ていた。
「あれ、圏外だ」呟くように言う。
「ダメなのよ、ここは」紬は苦しげに呻いた。
「なぜか、電波自体が届かないの」
そして俯いてしまう。
この様子だと固定回線も引いてないだろう。
「じゃあ、外部との連絡は」
「五日後に迎えが来るまで、できないわ」
唯が言い終わる前に、紬がそう言った。
努めて平静を装った唯が、スマフォを取り出すと、圏外の表示が出ていた。
「あれ、圏外だ」呟くように言う。
「ダメなのよ、ここは」紬は苦しげに呻いた。
「なぜか、電波自体が届かないの」
そして俯いてしまう。
この様子だと固定回線も引いてないだろう。
「じゃあ、外部との連絡は」
「五日後に迎えが来るまで、できないわ」
唯が言い終わる前に、紬がそう言った。
75: 2014/05/23(金) 01:18:16.16
全員はダイニングに集まっていた。
先程のような楽しい団らんはそこにはない。
「ちきしょう、なんで、自殺なんか」
律のすすり泣く声が部屋を支配している。
他の三人も泣きたい気持ちではあったが、
ここは気を強く持たないと、と心を奮い立たせていた。
そこにはある恐るべき事実が存在する。
「ちょっと、いいかな」
何事か思案していた唯が口を開く。
紬と梓の視線に、唯はほぼ確信に近い印象を得た。
やっぱり二人とも気づいていたんだね。それとも。
「なんだよ、唯」俯いたまま、涙声で律が。
唯は一瞬言いよどんだが、もう後には引けなかった。
意識が沈んでいくような感覚を抱く。
「澪ちゃんはね、自殺じゃないよ」
律が顔を上げた。
「誰かに、殺されたんだよ」
先程のような楽しい団らんはそこにはない。
「ちきしょう、なんで、自殺なんか」
律のすすり泣く声が部屋を支配している。
他の三人も泣きたい気持ちではあったが、
ここは気を強く持たないと、と心を奮い立たせていた。
そこにはある恐るべき事実が存在する。
「ちょっと、いいかな」
何事か思案していた唯が口を開く。
紬と梓の視線に、唯はほぼ確信に近い印象を得た。
やっぱり二人とも気づいていたんだね。それとも。
「なんだよ、唯」俯いたまま、涙声で律が。
唯は一瞬言いよどんだが、もう後には引けなかった。
意識が沈んでいくような感覚を抱く。
「澪ちゃんはね、自殺じゃないよ」
律が顔を上げた。
「誰かに、殺されたんだよ」
76: 2014/05/23(金) 01:21:18.91
律が泣き笑いのような表情を浮かべた。
「何を、言ってんだよ」
ガタガタと震えている。
「何を!言ってるんだよ!」
やおら立ち上がると、一気に唯に掴みかかろうとした。
「やめて!律ちゃん!」
それを紬が制止する。
梓もそれに加わり押さえつけた。
律はしばらく荒い呼吸で抵抗していたが、
やがて、ドスンと椅子に座り込んだ。
「どういう、ことだ」
完全に目が座っている。今にも人を頃しそうな。
唯は寂しげな表情を浮かべていた。
「何を、言ってんだよ」
ガタガタと震えている。
「何を!言ってるんだよ!」
やおら立ち上がると、一気に唯に掴みかかろうとした。
「やめて!律ちゃん!」
それを紬が制止する。
梓もそれに加わり押さえつけた。
律はしばらく荒い呼吸で抵抗していたが、
やがて、ドスンと椅子に座り込んだ。
「どういう、ことだ」
完全に目が座っている。今にも人を頃しそうな。
唯は寂しげな表情を浮かべていた。
77: 2014/05/23(金) 01:26:31.85
「足元にね、台になるようなものは、何も無かったでしょ?」
一言一言区切るように言った。
律が唖然とした表情を浮かべる。
「つまり、どういうことだよ」
「つまり」唯がまた言うのを少し躊躇した。
「誰かに、吊り下げられたんだよ。あそこに」
「誰か?」律が固く拳を握る。それがブルブルと震えた。
「誰か、ってのは」震えが激しくなる。
ガン!とテーブルを拳で激しく叩いた。
「お前ら三人のうちの誰かってことか!?」
肩が大きく上下している。
沈黙が訪れたが、意外にもそれは早く破られた。
「違いますね」
律が梓の方を見る。
「あなたじゃないんですか。律先輩」
一言一言区切るように言った。
律が唖然とした表情を浮かべる。
「つまり、どういうことだよ」
「つまり」唯がまた言うのを少し躊躇した。
「誰かに、吊り下げられたんだよ。あそこに」
「誰か?」律が固く拳を握る。それがブルブルと震えた。
「誰か、ってのは」震えが激しくなる。
ガン!とテーブルを拳で激しく叩いた。
「お前ら三人のうちの誰かってことか!?」
肩が大きく上下している。
沈黙が訪れたが、意外にもそれは早く破られた。
「違いますね」
律が梓の方を見る。
「あなたじゃないんですか。律先輩」
78: 2014/05/23(金) 01:31:47.97
律の目に怒りの炎が宿った。
「やめて!二人とも!」
たまらず紬が止めに入る。
しかし、ジ口リと律が睨み付けると、
その迫力に気圧されたのか、引き下がってしまった。
「本当に人頃しみたいな目、しますね」
言いながら梓が立ち上がった。
律がギラギラとした目でそれを見つめる。
「どこに、行くんだよ」
「戻るんですよ、自分の部屋に。
殺人犯がいるところになんか、いたくないですから」
ガチャリとドアを開ける。
律がその背中に飛びかかるのではないかと、
唯は気が気ではなかったが、どうやら杞憂で終わった。
「やめて!二人とも!」
たまらず紬が止めに入る。
しかし、ジ口リと律が睨み付けると、
その迫力に気圧されたのか、引き下がってしまった。
「本当に人頃しみたいな目、しますね」
言いながら梓が立ち上がった。
律がギラギラとした目でそれを見つめる。
「どこに、行くんだよ」
「戻るんですよ、自分の部屋に。
殺人犯がいるところになんか、いたくないですから」
ガチャリとドアを開ける。
律がその背中に飛びかかるのではないかと、
唯は気が気ではなかったが、どうやら杞憂で終わった。
80: 2014/05/23(金) 01:38:56.64
梓は部屋に戻るとトイレに駆け込み、
先程食べた夕飯をすべて吐き戻してしまった。
隣の部屋に氏体があると思うと、吐き気がおさまらない。
でも、みんながいる一階の部屋にいるよりは、
ここにいた方が気持ちが楽なのは確かだった。
カチリ、とトイレのドアを確実に施錠する。
「大丈夫、大丈夫」
すーはーと深い呼吸を繰り返し、自分に言い聞かせる。
そのまま、固く目を閉じた。
先程食べた夕飯をすべて吐き戻してしまった。
隣の部屋に氏体があると思うと、吐き気がおさまらない。
でも、みんながいる一階の部屋にいるよりは、
ここにいた方が気持ちが楽なのは確かだった。
カチリ、とトイレのドアを確実に施錠する。
「大丈夫、大丈夫」
すーはーと深い呼吸を繰り返し、自分に言い聞かせる。
そのまま、固く目を閉じた。
82: 2014/05/23(金) 01:41:39.32
「ちょっと待って、それなら私も一緒に行くわ」
紬の声は震えていた。
「好きにしろ」律は吐き捨てるように言う。
「私も行くよ」唯も紬に続いた。
律はその言葉をため息で返す。
それから数分後。
三人は澪の部屋の前にいた。
「いい?開けるわよ」
ピー、という独特の電子音がして開錠される。
律がノブに手をかけると、一気に扉を押し開いた。
また、先程と同様、全員の時間が止まる。
しかしその理由は、先程とは真逆のものだった。
澪の氏体が、こつ然と消えていた。
紬の声は震えていた。
「好きにしろ」律は吐き捨てるように言う。
「私も行くよ」唯も紬に続いた。
律はその言葉をため息で返す。
それから数分後。
三人は澪の部屋の前にいた。
「いい?開けるわよ」
ピー、という独特の電子音がして開錠される。
律がノブに手をかけると、一気に扉を押し開いた。
また、先程と同様、全員の時間が止まる。
しかしその理由は、先程とは真逆のものだった。
澪の氏体が、こつ然と消えていた。
83: 2014/05/23(金) 01:45:03.67
誰も言葉を発さず、ダイニングに戻った。
部屋の様子が思い出される。
天井の梁から吊るされたロープなどは残っていたのに、
氏体だけが無くなっていた。
三人で探したけれど、どこにも見当たらなかった。
何があったのだろう。
「梓だ」
律が呟くように言うと、
唯が「無理だよ」と即座に否定した。
「なんでだよ」ジ口リと睨みつける。
「あずにゃんが二階に上がってせいぜい数分だよ?
時間が無いよ。それに澪ちゃんの部屋の鍵もないし」
「犯人なら鍵持っててもおかしくはないね。
それに隣の自分の部屋に運べばいいだけだ。
そんなもんは数分で済む」
唯は首を振った。
「律ちゃん、手分けして下ろしたから分かるでしょ?
意外と人間って重たいんだよ。
扉を二つ、しかも電子ロックを外さなきゃだし、
引きずりながらだと手間取ると思うな」
部屋の様子が思い出される。
天井の梁から吊るされたロープなどは残っていたのに、
氏体だけが無くなっていた。
三人で探したけれど、どこにも見当たらなかった。
何があったのだろう。
「梓だ」
律が呟くように言うと、
唯が「無理だよ」と即座に否定した。
「なんでだよ」ジ口リと睨みつける。
「あずにゃんが二階に上がってせいぜい数分だよ?
時間が無いよ。それに澪ちゃんの部屋の鍵もないし」
「犯人なら鍵持っててもおかしくはないね。
それに隣の自分の部屋に運べばいいだけだ。
そんなもんは数分で済む」
唯は首を振った。
「律ちゃん、手分けして下ろしたから分かるでしょ?
意外と人間って重たいんだよ。
扉を二つ、しかも電子ロックを外さなきゃだし、
引きずりながらだと手間取ると思うな」
84: 2014/05/23(金) 01:48:10.59
律はギリギリと拳を握った。
その目は血走っている。
「やってみなきゃ分からないだろうが!」
テーブルに拳を叩きつける。
それにも怯まず、唯は淡々と続けた。
「しかも下は真新しい真っ赤な絨毯だし、
なんの痕跡も残さず運ぶのは、やっぱ無理だよ。
私さっき注意深く見たけど、
何か引きずったような跡なんてついてなかった」
律は呻いた。
「でも、でも」としきりに呟いている。
そのとき。
紬が口を開いた。
「どちらにしろ無理なのよ、それ」
律と唯は視線を向けた。
紬は自分を抱きしめるようにして、ガタガタと震えていた。
その目は血走っている。
「やってみなきゃ分からないだろうが!」
テーブルに拳を叩きつける。
それにも怯まず、唯は淡々と続けた。
「しかも下は真新しい真っ赤な絨毯だし、
なんの痕跡も残さず運ぶのは、やっぱ無理だよ。
私さっき注意深く見たけど、
何か引きずったような跡なんてついてなかった」
律は呻いた。
「でも、でも」としきりに呟いている。
そのとき。
紬が口を開いた。
「どちらにしろ無理なのよ、それ」
律と唯は視線を向けた。
紬は自分を抱きしめるようにして、ガタガタと震えていた。
85: 2014/05/23(金) 01:52:43.13
手には一枚の電子キーが握られていた。
「それは?」唯が尋ねる。
俯いて震えていた紬だったが、意を決して言う。
「澪ちゃんの部屋の鍵」
顔面が蒼白に染まり、今にも気を失いそうだ。
「さっき二人が氏体を下ろした時に、
床に落ちてたから拾ったの」
「なるほど」律が言う。
「つまりあれから澪の部屋に入れたのは、
お前しかいないってわけだ。ムギ」
ギラリとした目を向ける。
紬はそれきり俯いてしまった。
「それは?」唯が尋ねる。
俯いて震えていた紬だったが、意を決して言う。
「澪ちゃんの部屋の鍵」
顔面が蒼白に染まり、今にも気を失いそうだ。
「さっき二人が氏体を下ろした時に、
床に落ちてたから拾ったの」
「なるほど」律が言う。
「つまりあれから澪の部屋に入れたのは、
お前しかいないってわけだ。ムギ」
ギラリとした目を向ける。
紬はそれきり俯いてしまった。
87: 2014/05/23(金) 01:56:57.06
「ちょっと待って」唯が言った。
「電子キーって障害を考えれば入れたのはムギちゃんだけだけど、
あれからずっと一緒にいたんだし、移動させるのは物理的に不可能だよ」
「どうだかな」と律。
「これだけ豪勢な建物なんだ。
どんなからくりが用意されてても不思議はないだろ。
そもそもが屋敷に”琴吹家”の誰かが潜んでてもおかしくねぇ。
とにかくムギには ”頃して” ”移動させる” この二つが可能なんだよ」
バン!とテーブルを叩く。
紬は俯いて震えていた。
「そうね。何も、反論できないわ」
胸を押さえ、荒い息をつく。
「はん!」律が一笑に付した。
「言い訳は、無しか」
そして立ち上がると、紬に向かって椅子を振り下ろした。
「電子キーって障害を考えれば入れたのはムギちゃんだけだけど、
あれからずっと一緒にいたんだし、移動させるのは物理的に不可能だよ」
「どうだかな」と律。
「これだけ豪勢な建物なんだ。
どんなからくりが用意されてても不思議はないだろ。
そもそもが屋敷に”琴吹家”の誰かが潜んでてもおかしくねぇ。
とにかくムギには ”頃して” ”移動させる” この二つが可能なんだよ」
バン!とテーブルを叩く。
紬は俯いて震えていた。
「そうね。何も、反論できないわ」
胸を押さえ、荒い息をつく。
「はん!」律が一笑に付した。
「言い訳は、無しか」
そして立ち上がると、紬に向かって椅子を振り下ろした。
89: 2014/05/23(金) 02:00:23.28
「大丈夫? ムギちゃん。吐き気とかはない?」
頭を押さえているタオルが、真っ赤に染まっている。
「ええ、なんとか」
紬は力なくそう答えた。
良かった。命に別条は無さそうだ。
唯は人心地ついた。
しかし。
あの時の律の形相を思い返すと、身震いがする。
律は椅子を振り下ろすと、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
「じゃあ」紬が言う。
「私も部屋に戻るわ」
「もうちょっとちゃんと手当した方が良いよ。
救急セットとかあれば、私がやるけど」
紬はゆっくりと首を振った。
「気持ちはありがたいけど、ごめんなさい。
私、自分が嫌になるけど。すごく、怖いのよ」
そう言うと扉を開け、部屋を出て行ってしまった。
唯は寂しげな表情を浮かべてそれを見送った。
頭を押さえているタオルが、真っ赤に染まっている。
「ええ、なんとか」
紬は力なくそう答えた。
良かった。命に別条は無さそうだ。
唯は人心地ついた。
しかし。
あの時の律の形相を思い返すと、身震いがする。
律は椅子を振り下ろすと、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
「じゃあ」紬が言う。
「私も部屋に戻るわ」
「もうちょっとちゃんと手当した方が良いよ。
救急セットとかあれば、私がやるけど」
紬はゆっくりと首を振った。
「気持ちはありがたいけど、ごめんなさい。
私、自分が嫌になるけど。すごく、怖いのよ」
そう言うと扉を開け、部屋を出て行ってしまった。
唯は寂しげな表情を浮かべてそれを見送った。
90: 2014/05/23(金) 02:03:17.23
ムギちゃんの気持ちはすごいよく分かる。
誰が犯人か、分からないんだもんね。
そりゃ誰とでも、二人っきりになんて、なりたくないよ。
「そう、だよね」
唯も部屋に戻ることにした。
「ふぅ」
ベッドに身を投げ出し、息をつく。
今日は色々なことがあった。
クルーザーにも初めて乗ったし。
無人島探検もした。
豪華なお屋敷で豪勢なご飯食べて。
そして。
澪ちゃんが、仲間の誰かに、殺された。
グルグルと思考が巡って目が冴えてしまっていたが、
一日の疲れもあり、気付くと唯は眠り込んでいた。
誰が犯人か、分からないんだもんね。
そりゃ誰とでも、二人っきりになんて、なりたくないよ。
「そう、だよね」
唯も部屋に戻ることにした。
「ふぅ」
ベッドに身を投げ出し、息をつく。
今日は色々なことがあった。
クルーザーにも初めて乗ったし。
無人島探検もした。
豪華なお屋敷で豪勢なご飯食べて。
そして。
澪ちゃんが、仲間の誰かに、殺された。
グルグルと思考が巡って目が冴えてしまっていたが、
一日の疲れもあり、気付くと唯は眠り込んでいた。
93: 2014/05/23(金) 02:07:06.64
「ひぃ」澪が悲鳴を上げた。
「あははー、澪ちゃん。怖がりなんだねぇ」
どうやら西洋甲冑の置物に驚いたようだった。
唯がそれを見て笑う。
西洋甲冑が剣を持った腕を振り上げた。
「ひぃぃぃ」また澪が悲鳴を上げる。
「あははー、大丈夫だよぉ。ただの置物なんだから」
澪が頭を抱えている。
その首筋に。
西洋甲冑が剣を振り下ろした。
ごろんごろんと頭が転がる。
頭が無くなった首から、噴水のように血が噴き出す。
唯はそれを見て、ロビーにある噴水を思い浮かべた。
「あははー、澪ちゃん。怖がりなんだねぇ」
どうやら西洋甲冑の置物に驚いたようだった。
唯がそれを見て笑う。
西洋甲冑が剣を持った腕を振り上げた。
「ひぃぃぃ」また澪が悲鳴を上げる。
「あははー、大丈夫だよぉ。ただの置物なんだから」
澪が頭を抱えている。
その首筋に。
西洋甲冑が剣を振り下ろした。
ごろんごろんと頭が転がる。
頭が無くなった首から、噴水のように血が噴き出す。
唯はそれを見て、ロビーにある噴水を思い浮かべた。
96: 2014/05/23(金) 02:11:05.07
「…………っっっ!!!!!!!」
ガバ、と起き上がる。
体全体に汗をびっしょりかいていた。
時計を見るとまだ朝の四時だ。
唯はシャワーを浴びることにした。
お湯の温度を調整するためにコックを倒したが、
方向を間違えて服を着たまま頭から冷水を浴びてしまう。
寝ぼけた頭を覚醒させるのに、ちょうどいいかも知れない。
どうせこの服ももう着ないだろうから。
唯はそのまま冷水をしばらく浴び続けていた。
そして考えたくもないのに、夢の内容について考えてしまう。
澪ちゃんが驚いたから私が笑って、
西洋甲冑が澪ちゃんの首をはねて、最後に噴水が出てきた。
……噴水?
噴水。なんだろう。引っかかるな。
唯は何か違和感を覚えたが、結局その正体は分からなかった。
ガバ、と起き上がる。
体全体に汗をびっしょりかいていた。
時計を見るとまだ朝の四時だ。
唯はシャワーを浴びることにした。
お湯の温度を調整するためにコックを倒したが、
方向を間違えて服を着たまま頭から冷水を浴びてしまう。
寝ぼけた頭を覚醒させるのに、ちょうどいいかも知れない。
どうせこの服ももう着ないだろうから。
唯はそのまま冷水をしばらく浴び続けていた。
そして考えたくもないのに、夢の内容について考えてしまう。
澪ちゃんが驚いたから私が笑って、
西洋甲冑が澪ちゃんの首をはねて、最後に噴水が出てきた。
……噴水?
噴水。なんだろう。引っかかるな。
唯は何か違和感を覚えたが、結局その正体は分からなかった。
98: 2014/05/23(金) 02:15:04.64
どうせ誰もいないだろうと思ったが、
朝食の時間にダイニングに行くと、意外なことに全員が揃っていた。
「おはよう、みんな」
唯が努めて明るく言う。
「おはよう」と返してくれたのは紬だけだった。
頭に巻いている包帯が痛々しい。
「さっきから、どっちも一言もしゃべらないのよ」
唯の耳元で紬が囁く。
険悪なムードが漂っているのは、誰が見ても明らかだった。
そうこうしているうちに、紬が食事の配膳を終えた。
「じゃあ、いただきましょうか」と紬が言うと、
「待て」と律が口をはさんだ。
朝食の時間にダイニングに行くと、意外なことに全員が揃っていた。
「おはよう、みんな」
唯が努めて明るく言う。
「おはよう」と返してくれたのは紬だけだった。
頭に巻いている包帯が痛々しい。
「さっきから、どっちも一言もしゃべらないのよ」
唯の耳元で紬が囁く。
険悪なムードが漂っているのは、誰が見ても明らかだった。
そうこうしているうちに、紬が食事の配膳を終えた。
「じゃあ、いただきましょうか」と紬が言うと、
「待て」と律が口をはさんだ。
99: 2014/05/23(金) 02:18:20.24
「何、かしら」
紬が怯えた表情を浮かべる。
やはり昨日のことが効いているのだろう。
律はその様子を見て少し苛立っているようだった。
「ちっ」舌打ちをする。
「お前の皿と交換しろ。毒を盛られてちゃかなわんからな」
紬が悲しげな表情を浮かべる。
「分かっ、たわ」
泣くのをこらえているようにも見えたが、
配膳した律の皿と、自分の皿を交換した。
律は不機嫌そうにそれを見ていた。
「いつまで続けるんですかね。その演技」
梓が冷やかに言った。
「そろそろ教えてくださいよ。
どうやって澪先輩の氏体を消したのか」
紬が怯えた表情を浮かべる。
やはり昨日のことが効いているのだろう。
律はその様子を見て少し苛立っているようだった。
「ちっ」舌打ちをする。
「お前の皿と交換しろ。毒を盛られてちゃかなわんからな」
紬が悲しげな表情を浮かべる。
「分かっ、たわ」
泣くのをこらえているようにも見えたが、
配膳した律の皿と、自分の皿を交換した。
律は不機嫌そうにそれを見ていた。
「いつまで続けるんですかね。その演技」
梓が冷やかに言った。
「そろそろ教えてくださいよ。
どうやって澪先輩の氏体を消したのか」
100: 2014/05/23(金) 02:22:08.43
「何?」律がギ口リと睨み付けた。
梓は表情のない顔で言う。
「私のことも殴るんですか。ムギ先輩みたいに」
律がやおら立ち上がる。
「お望みと、あらばな」
ゆっくりとした動作で椅子を構えた。
梓は相変わらず無表情でそれを眺めている。
紬は完全に腰が抜けて動けないようだった。
「ダメだよ!律ちゃん!」
唯が叫んで止めようとしたが、
その時にはもう、振り下ろされていた。
テーブルの上の料理が飛び散り、
ガシャンという食器の割れる音が響く。
梓の体が座った姿勢のまま、横に倒れた。
梓は表情のない顔で言う。
「私のことも殴るんですか。ムギ先輩みたいに」
律がやおら立ち上がる。
「お望みと、あらばな」
ゆっくりとした動作で椅子を構えた。
梓は相変わらず無表情でそれを眺めている。
紬は完全に腰が抜けて動けないようだった。
「ダメだよ!律ちゃん!」
唯が叫んで止めようとしたが、
その時にはもう、振り下ろされていた。
テーブルの上の料理が飛び散り、
ガシャンという食器の割れる音が響く。
梓の体が座った姿勢のまま、横に倒れた。
101: 2014/05/23(金) 02:24:54.42
「あずにゃん!」
唯が倒れた梓に駆け寄る。
頭から大量の血を垂れ流し、固く目を閉じてはいるが、
意識はあるようだった。
「ムギちゃん!タオル持ってきて!」
唯がそう叫ぶと、半ば放心状態だった紬が、
弾かれたように動き出す。
梓は荒い呼吸を続けていた。
「律ちゃん!なんでこんなひどいことするの!?」
唯が食って掛かった。
その鼻先に椅子を突きつけられる。
「ぶん殴られたいのか? お前も」
地を這うような声だった。
目が血走っており、完全に常軌を逸している。
唯はゆっくりと、首を振った。
唯が倒れた梓に駆け寄る。
頭から大量の血を垂れ流し、固く目を閉じてはいるが、
意識はあるようだった。
「ムギちゃん!タオル持ってきて!」
唯がそう叫ぶと、半ば放心状態だった紬が、
弾かれたように動き出す。
梓は荒い呼吸を続けていた。
「律ちゃん!なんでこんなひどいことするの!?」
唯が食って掛かった。
その鼻先に椅子を突きつけられる。
「ぶん殴られたいのか? お前も」
地を這うような声だった。
目が血走っており、完全に常軌を逸している。
唯はゆっくりと、首を振った。
103: 2014/05/23(金) 02:28:37.11
「あずにゃん、大丈夫?」
「はい。大丈夫では、ないですけど」
しばらくタオルで押さえて止血した後、
ガーゼを当てて包帯を巻いた。
この程度の応急手当しかできないが、
会話ができる程度には落ち着いたらしい。
その横で律がビーフパストラミサンドをがっついていた。
三人ともさすがに、文句を言う気力などは持ち合わせていない。
しばらくして食べ終わると、何も言わずに出て行ってしまった。
「氏んじまえ。糞野郎」
ぼそり、と梓が言う。
まるで別人のような声だったので、
唯はぎょっとして梓の方を見た。
「はい。大丈夫では、ないですけど」
しばらくタオルで押さえて止血した後、
ガーゼを当てて包帯を巻いた。
この程度の応急手当しかできないが、
会話ができる程度には落ち着いたらしい。
その横で律がビーフパストラミサンドをがっついていた。
三人ともさすがに、文句を言う気力などは持ち合わせていない。
しばらくして食べ終わると、何も言わずに出て行ってしまった。
「氏んじまえ。糞野郎」
ぼそり、と梓が言う。
まるで別人のような声だったので、
唯はぎょっとして梓の方を見た。
104: 2014/05/23(金) 02:32:20.12
梓は結局食事をとらずに部屋に戻ってしまった。
紬は思いつめたような顔をしている。
やはりまだ怯えているのだろうか。唯は思う。
「あの、ムギちゃん。いくつか確認したいことがあるんだけど」
紬が顔を上げる。
「なぁに?」寂しげな笑みが浮かんでいた。
唯は気になっていることをあげつらった。
物置部屋のこと。
噴水のこと。
私たちの部屋のこと。
他の部屋のこと。
電子キーのこと。
第三者の侵入は可能なのかということ。
それらについて紬は全て答えてくれた。
これで一歩、真実に近づくことができる。
紬が犯人でなければ、の話だが。
唯は少し気にかかっていたのだった。
紬が自分と二人きりになることに、
昨日とは一転して異を唱えなかったことが。
紬は思いつめたような顔をしている。
やはりまだ怯えているのだろうか。唯は思う。
「あの、ムギちゃん。いくつか確認したいことがあるんだけど」
紬が顔を上げる。
「なぁに?」寂しげな笑みが浮かんでいた。
唯は気になっていることをあげつらった。
物置部屋のこと。
噴水のこと。
私たちの部屋のこと。
他の部屋のこと。
電子キーのこと。
第三者の侵入は可能なのかということ。
それらについて紬は全て答えてくれた。
これで一歩、真実に近づくことができる。
紬が犯人でなければ、の話だが。
唯は少し気にかかっていたのだった。
紬が自分と二人きりになることに、
昨日とは一転して異を唱えなかったことが。
105: 2014/05/23(金) 02:36:24.83
ムギちゃんは言葉で簡単に表せることは、
その場で全部説明してくれた。
まず、私たちの部屋のこと。
出入口はオートロックの扉のみ。
窓は頭がようやく通るくらいしか開かない。
自分でも実際に外に出れるか試してみたけど、
無理だったからこれは間違いない。
他の部屋のこと。
ここに来た時は内装ができてない、って言ってたけど、
実際は部屋自体が存在していないらしい。
壁にただハリボテの扉をくっつけてるだけなんだって。
電子キーのこと。
各部屋ひとつとムギちゃんの持ってるマスターキーしかない。
それぞれが持っている鍵を整理すると、
私、律ちゃん、あずにゃんはそれぞれ自分の部屋のをひとつ。
ムギちゃんは自分の部屋、澪ちゃんの部屋、マスターキーのみっつ。
第三者のこと。
これは存在しないって琴吹家が保障するらしい。
「なんで?」って聞いたら「なんでも」だって。
これはちょっと怪しいけど、信じてもいいのかな。
その場で全部説明してくれた。
まず、私たちの部屋のこと。
出入口はオートロックの扉のみ。
窓は頭がようやく通るくらいしか開かない。
自分でも実際に外に出れるか試してみたけど、
無理だったからこれは間違いない。
他の部屋のこと。
ここに来た時は内装ができてない、って言ってたけど、
実際は部屋自体が存在していないらしい。
壁にただハリボテの扉をくっつけてるだけなんだって。
電子キーのこと。
各部屋ひとつとムギちゃんの持ってるマスターキーしかない。
それぞれが持っている鍵を整理すると、
私、律ちゃん、あずにゃんはそれぞれ自分の部屋のをひとつ。
ムギちゃんは自分の部屋、澪ちゃんの部屋、マスターキーのみっつ。
第三者のこと。
これは存在しないって琴吹家が保障するらしい。
「なんで?」って聞いたら「なんでも」だって。
これはちょっと怪しいけど、信じてもいいのかな。
111: 2014/05/23(金) 03:01:16.70
物置部屋は勝手に見てもいいとのことだったので、
紬が部屋に戻るのを見送ると、唯は物置部屋に向かった。
扉を開けると、工事現場のような独特なにおいがした。
だだっ広い空間に、建物を建てるときに余った資材だろうか、
それらが整然と並べられている。
飾り切れなかった置物に、釘打ちやドリル、粘着テープ、絨毯の切れ端、
ロープ、壁紙、カーテン、窓ガラス、テーブル、椅子などが見て取れた。
なぜか噴水に飾ってあるのと同じローマ彫刻まで置いてある。
予備のためだろうか。
「ここは、これだけかな」
見て回ったが、氏体を隠せそうなところなんてない。
唯は物置小屋を出て、そのまま噴水のところへ向かった。
「どこが変なんだろう」
じーっと観察する。
離れたり、近づいたり。
「あ」
そして、気づいた。
これ、遠近感が狂ってる!
紬が部屋に戻るのを見送ると、唯は物置部屋に向かった。
扉を開けると、工事現場のような独特なにおいがした。
だだっ広い空間に、建物を建てるときに余った資材だろうか、
それらが整然と並べられている。
飾り切れなかった置物に、釘打ちやドリル、粘着テープ、絨毯の切れ端、
ロープ、壁紙、カーテン、窓ガラス、テーブル、椅子などが見て取れた。
なぜか噴水に飾ってあるのと同じローマ彫刻まで置いてある。
予備のためだろうか。
「ここは、これだけかな」
見て回ったが、氏体を隠せそうなところなんてない。
唯は物置小屋を出て、そのまま噴水のところへ向かった。
「どこが変なんだろう」
じーっと観察する。
離れたり、近づいたり。
「あ」
そして、気づいた。
これ、遠近感が狂ってる!
112: 2014/05/23(金) 03:06:23.02
噴水の真後ろに階段があるため、彫刻にピントを合わせて見ると、
階段が疑似的な壁のような役割を果たしているのだ。
しかし実際は、噴水から離れた場所に階段はあり、
見る位置によって”壁”が移動してしまう。
さらに階段なので、上に行くほど”壁”との距離が離れることになる。
だからローマ彫刻は、それに合わせて大きさが変えられている。
壁を意識せずに見ると、彫刻の大きさがまちまちに見えて、
それが無意識下に違和感として刷り込まれていたのだろう。
「なるほどねぇ。動く壁かぁ。
物置部屋にあったのは、調整用だったんだね」
違和感の答えが出たので唯は満足した。
そして「うーん」と唸る。
「これで気になったものは、全部調べたかなぁ」
部屋に戻るため、階段を昇りながら考える。
「んー、何かが足りないような」
階段を昇り切ったところで、西洋甲冑が目についた。
階段が疑似的な壁のような役割を果たしているのだ。
しかし実際は、噴水から離れた場所に階段はあり、
見る位置によって”壁”が移動してしまう。
さらに階段なので、上に行くほど”壁”との距離が離れることになる。
だからローマ彫刻は、それに合わせて大きさが変えられている。
壁を意識せずに見ると、彫刻の大きさがまちまちに見えて、
それが無意識下に違和感として刷り込まれていたのだろう。
「なるほどねぇ。動く壁かぁ。
物置部屋にあったのは、調整用だったんだね」
違和感の答えが出たので唯は満足した。
そして「うーん」と唸る。
「これで気になったものは、全部調べたかなぁ」
部屋に戻るため、階段を昇りながら考える。
「んー、何かが足りないような」
階段を昇り切ったところで、西洋甲冑が目についた。
114: 2014/05/23(金) 03:11:17.01
仮面の目の部分を上げてみる。
カシャリ、と音がしてスライドした。
覗き込むと、中はがらんどうだった。
「こんなとこには、隠さないよね」
もしかしたら、と思ったが、澪の氏体は出てこなかった。
唯は部屋に戻った。
ベッドに倒れ込むと、そのまま眠りに落ちた。
カシャリ、と音がしてスライドした。
覗き込むと、中はがらんどうだった。
「こんなとこには、隠さないよね」
もしかしたら、と思ったが、澪の氏体は出てこなかった。
唯は部屋に戻った。
ベッドに倒れ込むと、そのまま眠りに落ちた。
115: 2014/05/23(金) 03:15:17.17
いったい今は何時だろうか。
唯は上半身だけ体を起こした。
夢を見ない、深い深い眠りだった。
そのまましばし考える。
どうやってあの部屋から澪ちゃんを消したんだろう。
扉から出るのはやっぱりリスクが高いし、
律ちゃんが言うようにムギちゃんが犯人で、
隠し扉や隠し通路か何かがあるのかな。
そこまで考えて、もうひとつ方法があることを思い出した。
「やっぱり無理かぁ」
窓から頭だけ出した状態で、困ったような表情を浮かべる。
どうやっても体の厚みで、肩から胸のあたりが窓枠に引っかかってしまう。
「頭だけ出してもしょうがないしなぁ」
そう言って思い出した。
あの夢のことだ。
澪は西洋甲冑に首を切り落とされていた。
「頭だけ、だったのかな」
唯は不自然に伸びた澪の首を思い出していた。
唯は上半身だけ体を起こした。
夢を見ない、深い深い眠りだった。
そのまましばし考える。
どうやってあの部屋から澪ちゃんを消したんだろう。
扉から出るのはやっぱりリスクが高いし、
律ちゃんが言うようにムギちゃんが犯人で、
隠し扉や隠し通路か何かがあるのかな。
そこまで考えて、もうひとつ方法があることを思い出した。
「やっぱり無理かぁ」
窓から頭だけ出した状態で、困ったような表情を浮かべる。
どうやっても体の厚みで、肩から胸のあたりが窓枠に引っかかってしまう。
「頭だけ出してもしょうがないしなぁ」
そう言って思い出した。
あの夢のことだ。
澪は西洋甲冑に首を切り落とされていた。
「頭だけ、だったのかな」
唯は不自然に伸びた澪の首を思い出していた。
117: 2014/05/23(金) 03:20:56.31
どうやら半日も寝てしまっていたらしい。
もう夕食の時間だった。
ダイニングに行くと、紬だけがそこにいた。
ガチャリ、という扉を開ける音に、異常なほど反応した。
「ゆ、唯ちゃんか」
顔は蒼白でビクビクと怯えている。
「どうしたの?ムギちゃん」
「実は」口元に手を当てて、俯いてしまう。
「律ちゃんに、殺されかけたのよ」
唯の頭の中で半鐘が鳴った。
「すごい、怖かったの」
そう言ったきり俯いて、ガタガタと震えていた。
「ちょっと嫌かも知れないけど。詳しく、教えてくれる?」
紬から少し離れた位置に、唯が座った。
もう夕食の時間だった。
ダイニングに行くと、紬だけがそこにいた。
ガチャリ、という扉を開ける音に、異常なほど反応した。
「ゆ、唯ちゃんか」
顔は蒼白でビクビクと怯えている。
「どうしたの?ムギちゃん」
「実は」口元に手を当てて、俯いてしまう。
「律ちゃんに、殺されかけたのよ」
唯の頭の中で半鐘が鳴った。
「すごい、怖かったの」
そう言ったきり俯いて、ガタガタと震えていた。
「ちょっと嫌かも知れないけど。詳しく、教えてくれる?」
紬から少し離れた位置に、唯が座った。
118: 2014/05/23(金) 03:25:33.31
「30分くらい前かしら」
紬がとつとつと語り始めた。
「夕食の準備をしていたら、律ちゃんが入ってきたのよ。
そのままキッチンに入って、包丁を手に戻ってきたわ」
しばし黙ってしまう。
「それで」紬の喉が鳴った。
「私に包丁を突き付けて、マスターキーを出せ、って」
紬はひとつひとつ思い返しながら話しているようだった。
そこまで言うと震えがより一層大きくなる。
「焦らなくていいから、ね」
唯がそう言うと、
「ありがとう」と紬は息を整えた。
紬がとつとつと語り始めた。
「夕食の準備をしていたら、律ちゃんが入ってきたのよ。
そのままキッチンに入って、包丁を手に戻ってきたわ」
しばし黙ってしまう。
「それで」紬の喉が鳴った。
「私に包丁を突き付けて、マスターキーを出せ、って」
紬はひとつひとつ思い返しながら話しているようだった。
そこまで言うと震えがより一層大きくなる。
「焦らなくていいから、ね」
唯がそう言うと、
「ありがとう」と紬は息を整えた。
119: 2014/05/23(金) 03:28:51.16
「なんで。って私は聞いたわ。そうしたら」
紬は立ち上がって服をまくり上げた。
わき腹のあたりが赤く染まっている。
「刺さ、れたの?」
動揺した唯が聞くと、紬は首を振った。
「軽く切られただけよ。もう血も止まってる」
紬は俯いた。
「けど」そして続ける。
「殺されるかと思った……。とても、怖かったの」
目には涙が浮かんでいる。
唯はかける言葉が見当たらなかった。
「だから」紬は振り絞るようにして言葉を続ける。
「マスターキーを、渡してしまったわ」
紬は立ち上がって服をまくり上げた。
わき腹のあたりが赤く染まっている。
「刺さ、れたの?」
動揺した唯が聞くと、紬は首を振った。
「軽く切られただけよ。もう血も止まってる」
紬は俯いた。
「けど」そして続ける。
「殺されるかと思った……。とても、怖かったの」
目には涙が浮かんでいる。
唯はかける言葉が見当たらなかった。
「だから」紬は振り絞るようにして言葉を続ける。
「マスターキーを、渡してしまったわ」
122: 2014/05/23(金) 03:35:19.66
「あずにゃん!開けて!」
唯と紬の二人は梓の部屋の前にいた。
ドンドンと扉を叩く。
「あずにゃん!」
きっと律ちゃんは梓ちゃんを頃すつもりなの。
先程の紬の言葉が思い返される。
そのとき。
ガチャリ。と扉が開く。
とてもゆっくりとした動作だった。
「あずにゃん!」
やきもきした唯が扉に手をかけ一気に開いた。
そこで。
二人の目に血塗れの梓の姿が映った。
唯と紬の二人は梓の部屋の前にいた。
ドンドンと扉を叩く。
「あずにゃん!」
きっと律ちゃんは梓ちゃんを頃すつもりなの。
先程の紬の言葉が思い返される。
そのとき。
ガチャリ。と扉が開く。
とてもゆっくりとした動作だった。
「あずにゃん!」
やきもきした唯が扉に手をかけ一気に開いた。
そこで。
二人の目に血塗れの梓の姿が映った。
123: 2014/05/23(金) 03:39:01.91
梓がシャワーを浴び終わり、少し落ち着くのを待ってから、
三人はダイニングに移動した。
「それで、何があったの?」
唯が何度目かの同じ質問をぶつけた。
梓は蒼白の顔でただ黙っているだけだ。
あのとき梓の部屋で見たものは。
血塗れの梓と、胸に包丁を突き立てて血の海に沈んでいる律の姿だった。
紬からマスターキーを奪った律は、そのまま梓の部屋に行って、
そして返り討ちにあったのだろうか。
澪を頃した犯人も律なのか。
それとも律には梓が犯人だという確証が何かあって、
澪の弔い合戦のつもりだったのか。
分からないことだらけだった。
とにかく梓に話を聞かなければ。
唯はそう思っていた。
三人はダイニングに移動した。
「それで、何があったの?」
唯が何度目かの同じ質問をぶつけた。
梓は蒼白の顔でただ黙っているだけだ。
あのとき梓の部屋で見たものは。
血塗れの梓と、胸に包丁を突き立てて血の海に沈んでいる律の姿だった。
紬からマスターキーを奪った律は、そのまま梓の部屋に行って、
そして返り討ちにあったのだろうか。
澪を頃した犯人も律なのか。
それとも律には梓が犯人だという確証が何かあって、
澪の弔い合戦のつもりだったのか。
分からないことだらけだった。
とにかく梓に話を聞かなければ。
唯はそう思っていた。
124: 2014/05/23(金) 03:41:34.26
「律先輩が、犯人だったんです」
梓が絞り出すように言った。
唯と紬は、それを黙って聞いている。
「突然部屋に来て、お前も頃してやる、って」
梓は血の気を完全に失った顔で震えていた。
「なんで、あずにゃんを」唯が言った。
「それは」梓がまっすぐに唯を見つめる。
「私が、トリックを暴いたからだと思います」
「え」唯と紬が表情を驚愕に染める。
「ついさっき、夕食の1時間ほど前のダイニングでのことです」
梓が絞り出すように言った。
唯と紬は、それを黙って聞いている。
「突然部屋に来て、お前も頃してやる、って」
梓は血の気を完全に失った顔で震えていた。
「なんで、あずにゃんを」唯が言った。
「それは」梓がまっすぐに唯を見つめる。
「私が、トリックを暴いたからだと思います」
「え」唯と紬が表情を驚愕に染める。
「ついさっき、夕食の1時間ほど前のダイニングでのことです」
127: 2014/05/23(金) 04:11:09.03
屋敷の部屋の外に出ると、澪の部屋の窓の真下までやってきた。
そこには梓の言った通り、不自然な砂の山ができている。
「これですよ。澪先輩の体だったものは」
紬が信じられない、といった風に首を振った。
「あの氏体は頭だけ本物で、あとは砂が詰まった人形だったんです」
唯は手に持った澪の氏体を思い出していた。
確かにどこかおかしかったかも知れない。
氏体なんて触ったことなかったから、その時は気にも留めなかったけど。
「部屋は薄暗くて、見た目でもよく分からないでしょう。
ましてや突然あの状況が与えられて、冷静でいられる人はいませんから」
梓は続ける。
「それに氏体に触ったのは犯人である律先輩と、
唯先輩だけですよね。まず、気付かれませんよ」
そこには梓の言った通り、不自然な砂の山ができている。
「これですよ。澪先輩の体だったものは」
紬が信じられない、といった風に首を振った。
「あの氏体は頭だけ本物で、あとは砂が詰まった人形だったんです」
唯は手に持った澪の氏体を思い出していた。
確かにどこかおかしかったかも知れない。
氏体なんて触ったことなかったから、その時は気にも留めなかったけど。
「部屋は薄暗くて、見た目でもよく分からないでしょう。
ましてや突然あの状況が与えられて、冷静でいられる人はいませんから」
梓は続ける。
「それに氏体に触ったのは犯人である律先輩と、
唯先輩だけですよね。まず、気付かれませんよ」
128: 2014/05/23(金) 04:16:38.20
「梓ちゃん。ちょっといいかしら」
紬が口を開いた。
「なんでしょう」と梓。
「でもどうやって動かしたの?
律ちゃんはあのとき、私たちとずっと一緒にいたのよ」
確かにそうだ。唯は思い返した。
氏体を発見して、その氏体が消えるまで、
ダイニングでずっと一緒にいたはずだった。
「それは」梓は言う。
「波の力ですよ。あの時間はちょうど引き潮が始まる頃合いなんです」
「どういう、こと?」紬が聞く。
紬が口を開いた。
「なんでしょう」と梓。
「でもどうやって動かしたの?
律ちゃんはあのとき、私たちとずっと一緒にいたのよ」
確かにそうだ。唯は思い返した。
氏体を発見して、その氏体が消えるまで、
ダイニングでずっと一緒にいたはずだった。
「それは」梓は言う。
「波の力ですよ。あの時間はちょうど引き潮が始まる頃合いなんです」
「どういう、こと?」紬が聞く。
129: 2014/05/23(金) 04:22:39.75
「ある程度海水を入れたポリタンクか何かを、海に放っておくんです。
そして長くて丈夫なロープを括り付けて、ここ、
つまり澪先輩の部屋の真下までロープを引っ張っておきます。
部屋からテグスを垂らしてロープに括り付けます。
ロープがあるとさすがに誰かが気付きますからね。
テグスでグルグル巻きにした澪先輩を、まぁ頭以外はただの砂袋ですけど、
あの部屋に吊り下げてトリックは完成です。
あとは引き潮が始まって勝手に引っ張ってくれるんですよ。
窓枠に引っかかれば、砂袋が破れて、こうして砂の山ができるんです。
頭だけならあの狭い窓でも通れますし」
梓はやや興奮気味にここまで一気に言った。
練習していたかのように、言葉に淀みが全くなかった。
紬は絶句している。
やっぱり頭だけだったんだ。唯はそう思っていた。
そして長くて丈夫なロープを括り付けて、ここ、
つまり澪先輩の部屋の真下までロープを引っ張っておきます。
部屋からテグスを垂らしてロープに括り付けます。
ロープがあるとさすがに誰かが気付きますからね。
テグスでグルグル巻きにした澪先輩を、まぁ頭以外はただの砂袋ですけど、
あの部屋に吊り下げてトリックは完成です。
あとは引き潮が始まって勝手に引っ張ってくれるんですよ。
窓枠に引っかかれば、砂袋が破れて、こうして砂の山ができるんです。
頭だけならあの狭い窓でも通れますし」
梓はやや興奮気味にここまで一気に言った。
練習していたかのように、言葉に淀みが全くなかった。
紬は絶句している。
やっぱり頭だけだったんだ。唯はそう思っていた。
130: 2014/05/23(金) 04:28:34.19
「とにかく、犯人が分かってよかったですね」
梓が心なしかうれしそうに言った。
先程律を頃したばかりなのに。唯は少し疑問に思ったが、
異常な心理状態で少しハイになっているだけかも知れない。
そうやって自分を納得させた。
三人で玄関をくぐり、ロビーに出る。
やはりこんな時でも、豪奢なデザインが目につく。
立派な階段に金ぴかの手すり。噴水にシャンデリア。
その時唯は気付いた。
噴水の遠近感を狂わせていたのは階段だけではない。
ロビーには二階までしか階段が無いのに、
三階の天井まで吹き抜けになっているんだ。
はるか高いところで、シャンデリアが揺れていた。
梓が心なしかうれしそうに言った。
先程律を頃したばかりなのに。唯は少し疑問に思ったが、
異常な心理状態で少しハイになっているだけかも知れない。
そうやって自分を納得させた。
三人で玄関をくぐり、ロビーに出る。
やはりこんな時でも、豪奢なデザインが目につく。
立派な階段に金ぴかの手すり。噴水にシャンデリア。
その時唯は気付いた。
噴水の遠近感を狂わせていたのは階段だけではない。
ロビーには二階までしか階段が無いのに、
三階の天井まで吹き抜けになっているんだ。
はるか高いところで、シャンデリアが揺れていた。
131: 2014/05/23(金) 04:37:41.59
律が氏んでいる梓の部屋と、澪の部屋はもう使えないので、
梓は紬の部屋で一緒に寝ることになったようだ。
ドアの前で別れをつげて部屋に入ると、
唯はすぐにベッドに倒れ込んだ。
さすがに、疲れてしまった。
唯はベッドで横になり、延々と考えていた。
まだこの島に来て、二日しか経っていないのに。
友人を二人、亡くしてしまった。
これまでは『自分が殺されてしまうかも』という不安があり、
悲しみよりも恐怖が優っていたが、
犯人である律が氏んでそれも無くなった。
ただただ、友人を亡くしたという悲しみが襲ってきて、
その晩は涙が溢れて溢れて、止まらなかった。
梓は紬の部屋で一緒に寝ることになったようだ。
ドアの前で別れをつげて部屋に入ると、
唯はすぐにベッドに倒れ込んだ。
さすがに、疲れてしまった。
唯はベッドで横になり、延々と考えていた。
まだこの島に来て、二日しか経っていないのに。
友人を二人、亡くしてしまった。
これまでは『自分が殺されてしまうかも』という不安があり、
悲しみよりも恐怖が優っていたが、
犯人である律が氏んでそれも無くなった。
ただただ、友人を亡くしたという悲しみが襲ってきて、
その晩は涙が溢れて溢れて、止まらなかった。
132: 2014/05/23(金) 04:47:08.16
もう、明け方頃だっただろうか。
泣き疲れてウトウトとしていると、唯はまた夢を見た。
重い砂袋を背負って、長い長い廊下を歩いている。
ずっと同じ景色が続いていて、
いくら歩いても進んでいるような気がしない。
「ちょっと、休憩」
床に砂袋を置いて、座り込んだ。
ぜえぜえと肩で息をする。
砂袋の上に乗った澪の首が、こちらを向いていた。
泣き疲れてウトウトとしていると、唯はまた夢を見た。
重い砂袋を背負って、長い長い廊下を歩いている。
ずっと同じ景色が続いていて、
いくら歩いても進んでいるような気がしない。
「ちょっと、休憩」
床に砂袋を置いて、座り込んだ。
ぜえぜえと肩で息をする。
砂袋の上に乗った澪の首が、こちらを向いていた。
133: 2014/05/23(金) 04:49:39.01
唯はパチリと目を覚ました。
あまり寝た気はしなかったが、朝食の時間なので部屋を出る。
階段を降りながら夢のことを考えていた。
律ちゃんはどうやって、砂袋を澪ちゃんの部屋まで運んだんだろう。
澪ちゃんの胴体はどこへ行ったんだろう。
昨日は動転していて頭が働かなかったが、
よくよく考えれば気になる部分が多い。
朝食の前に、ダイニングに集まっていた紬と梓に疑問をぶつけてみる。
「ああ」梓が言う。
「それなら簡単ですよ」
まるで手に頭を抱えているようなジェスチャーをする。
唯はそれを見て少し気分が悪くなった。
「澪先輩の部屋の下に、
これくらいの大きさの砂袋をいくつか置いておくんです。
それに窓から垂らしたロープを括り付けて、
部屋へ引き上げればいいんです。
もしかしたら頭もそうやって運んだのかもしれないですね」
あまり寝た気はしなかったが、朝食の時間なので部屋を出る。
階段を降りながら夢のことを考えていた。
律ちゃんはどうやって、砂袋を澪ちゃんの部屋まで運んだんだろう。
澪ちゃんの胴体はどこへ行ったんだろう。
昨日は動転していて頭が働かなかったが、
よくよく考えれば気になる部分が多い。
朝食の前に、ダイニングに集まっていた紬と梓に疑問をぶつけてみる。
「ああ」梓が言う。
「それなら簡単ですよ」
まるで手に頭を抱えているようなジェスチャーをする。
唯はそれを見て少し気分が悪くなった。
「澪先輩の部屋の下に、
これくらいの大きさの砂袋をいくつか置いておくんです。
それに窓から垂らしたロープを括り付けて、
部屋へ引き上げればいいんです。
もしかしたら頭もそうやって運んだのかもしれないですね」
137: 2014/05/23(金) 04:56:37.70
唯は宙を舞う澪の生首を想像した。
さらに気分が悪くなる。
「砂袋の砂を、胴体を模した人形に詰め替えて完成です」
梓は手を広げた。
「肝心の胴体は、どこへ行ったのかしら」
紬が口元を押さえながら言う。
少し気分が悪そうだった。
「それは分かりませんけど、
山の中か海の藻屑じゃないでしょうか。
何も屋敷の中で頃す必要はないんです。
外へ呼び出して頃して、首を落として胴体はどこかへ捨てる。
氏体の移動トリックを使ってみんなと一緒にいれば、
アリバイは成立するんですからね」
紬と唯は、梓の話を聞いて俯いてしまった。
さらに気分が悪くなる。
「砂袋の砂を、胴体を模した人形に詰め替えて完成です」
梓は手を広げた。
「肝心の胴体は、どこへ行ったのかしら」
紬が口元を押さえながら言う。
少し気分が悪そうだった。
「それは分かりませんけど、
山の中か海の藻屑じゃないでしょうか。
何も屋敷の中で頃す必要はないんです。
外へ呼び出して頃して、首を落として胴体はどこかへ捨てる。
氏体の移動トリックを使ってみんなと一緒にいれば、
アリバイは成立するんですからね」
紬と唯は、梓の話を聞いて俯いてしまった。
138: 2014/05/23(金) 04:59:05.17
「ごちそうさま」
カチャリと音をたてて食器を置く。
唯と紬の前には、ほとんど手付かずの朝食が残されていた。
どうやら梓の話で食欲が無くなったらしい。
「もう食べないんですか?」
口にパンを頬張ったまま、梓が不思議そうに聞いた。
もう食事の大半を胃袋に収めている。
「あずにゃんは心が強いねぇ。
私はちょっと、参っちゃったよ」
唯が困ったような笑顔で言った。
「私も」と紬が同調する。
梓がきょとんとした顔で二人を見た。
「犯人は氏んだんだから、もう大丈夫ですよ?」
ぞわり。
唯と紬は、背筋に何か這うような感覚を抱いた。
カチャリと音をたてて食器を置く。
唯と紬の前には、ほとんど手付かずの朝食が残されていた。
どうやら梓の話で食欲が無くなったらしい。
「もう食べないんですか?」
口にパンを頬張ったまま、梓が不思議そうに聞いた。
もう食事の大半を胃袋に収めている。
「あずにゃんは心が強いねぇ。
私はちょっと、参っちゃったよ」
唯が困ったような笑顔で言った。
「私も」と紬が同調する。
梓がきょとんとした顔で二人を見た。
「犯人は氏んだんだから、もう大丈夫ですよ?」
ぞわり。
唯と紬は、背筋に何か這うような感覚を抱いた。
139: 2014/05/23(金) 05:04:26.12
梓はまだ食べるというので、唯は先に部屋に戻ることにした。
唯は自分の部屋のドアに手をかけながら、
ふと右手の方向に目線を上げ、廊下の先を見やった。
あの奥の部屋で澪ちゃんが氏んでいた。
その手前の部屋には今でも律ちゃんの氏体がある。
そう思うと、自然と足が廊下の先へと向いた。
長い長い道のりを歩く。
澪の部屋の前と元梓の部屋の前で、それぞれ黙とうをした。
視線を下に向けると、二つの部屋のちょうど境目に、
何かがついているのが目に入った。
「これは」
触ってみるとネバネバとしていた。
粘着テープか何かが貼り付けてあったのだろうか。
その部分だけ、少し壁紙がはがれている。
「急いで作ったから、ってムギちゃんが言ってたっけ」
唯は踵を返して、自分の部屋に戻った。
唯は自分の部屋のドアに手をかけながら、
ふと右手の方向に目線を上げ、廊下の先を見やった。
あの奥の部屋で澪ちゃんが氏んでいた。
その手前の部屋には今でも律ちゃんの氏体がある。
そう思うと、自然と足が廊下の先へと向いた。
長い長い道のりを歩く。
澪の部屋の前と元梓の部屋の前で、それぞれ黙とうをした。
視線を下に向けると、二つの部屋のちょうど境目に、
何かがついているのが目に入った。
「これは」
触ってみるとネバネバとしていた。
粘着テープか何かが貼り付けてあったのだろうか。
その部分だけ、少し壁紙がはがれている。
「急いで作ったから、ってムギちゃんが言ってたっけ」
唯は踵を返して、自分の部屋に戻った。
141: 2014/05/23(金) 05:09:23.06
昼食の時間なので、唯は階下のダイニングへ行くことにした。
赤いじゅうたんが敷かれた階段を、一歩一歩踏みしめる。
「あ」
がくんと躓いたが、手すりにつかまってなんとか耐える。
すると、後ろから支えられる感覚があった。
「大丈夫ですか?唯先輩」
振り返ると、心配そうな顔の梓と目が合う。
唯は笑った。
「ごめんねぇ、大丈夫だよ。
全部真っ赤だから感覚がおかしくなって」
言ってから唯は思う。
この屋敷は、感覚を狂わされるものばかりだと。
「もう、しっかりしてくださいよ」
ニコニコと笑みをたたえながら、梓は先に降りて行った。
赤いじゅうたんが敷かれた階段を、一歩一歩踏みしめる。
「あ」
がくんと躓いたが、手すりにつかまってなんとか耐える。
すると、後ろから支えられる感覚があった。
「大丈夫ですか?唯先輩」
振り返ると、心配そうな顔の梓と目が合う。
唯は笑った。
「ごめんねぇ、大丈夫だよ。
全部真っ赤だから感覚がおかしくなって」
言ってから唯は思う。
この屋敷は、感覚を狂わされるものばかりだと。
「もう、しっかりしてくださいよ」
ニコニコと笑みをたたえながら、梓は先に降りて行った。
143: 2014/05/23(金) 05:13:40.76
なんだろう。
何かがおかしい。
唯は考える。
この島に来てからのことを。
この屋敷に来てからのことを。
唯は考える。
澪が氏んだ状況を。
律が氏んだ状況を。
そして。
「あ」
気付いてしまった。
そう、気付いてしまったんだ。
とても嫌なことに。
「澪ちゃんを頃したのは、律ちゃんじゃないかも」
何かがおかしい。
唯は考える。
この島に来てからのことを。
この屋敷に来てからのことを。
唯は考える。
澪が氏んだ状況を。
律が氏んだ状況を。
そして。
「あ」
気付いてしまった。
そう、気付いてしまったんだ。
とても嫌なことに。
「澪ちゃんを頃したのは、律ちゃんじゃないかも」
145: 2014/05/23(金) 05:19:58.75
昼食の間中、梓はずっと上機嫌だった。
楽しそうに色々な話をしている。
紬と唯は引きつった笑みで相槌を打っていた。
そして食べ終わると、梓がとんでもないことを言い出した。
「そうだ、唯先輩!今日は浜辺に行きましょう!」
唯はぎょっとした。紬も同様だったであろう。
「ごめんね、あずにゃん。ちょっと気分が優れなくて」
悲しげな笑みで提案を断る。
仲間が二人氏んだのに、梓は何を言っているんだろうか。
唯も紬も、梓の心情が全く分からなくなっていた。
ただの空元気には到底見えない。
「そうですか。分かりました」
梓は至極残念そうに言った。
「じゃあ、一人で行ってきますね」
ぱっと笑顔をのぞかせて、パタパタと駆けて行った。
唯はそれを黙って見送る。
気分が優れないのは本当だったが、
それ以上に確かめたいことがあった。
楽しそうに色々な話をしている。
紬と唯は引きつった笑みで相槌を打っていた。
そして食べ終わると、梓がとんでもないことを言い出した。
「そうだ、唯先輩!今日は浜辺に行きましょう!」
唯はぎょっとした。紬も同様だったであろう。
「ごめんね、あずにゃん。ちょっと気分が優れなくて」
悲しげな笑みで提案を断る。
仲間が二人氏んだのに、梓は何を言っているんだろうか。
唯も紬も、梓の心情が全く分からなくなっていた。
ただの空元気には到底見えない。
「そうですか。分かりました」
梓は至極残念そうに言った。
「じゃあ、一人で行ってきますね」
ぱっと笑顔をのぞかせて、パタパタと駆けて行った。
唯はそれを黙って見送る。
気分が優れないのは本当だったが、
それ以上に確かめたいことがあった。
148: 2014/05/23(金) 05:24:45.06
「あーん。やっぱり無理だぁ」
唯は自分の部屋の窓から、
顔と腕を無理やり外に向けて伸ばしていた。
手にはロープが握られていて、
それは真下に真っ直ぐ降りていた。
ロープの先端には、
砂が詰まったビニール袋が結び付けられている。
「重たいよぉ」
ロープから手を放すと、ビニール袋が落下し、
ドシンという音をたてた。
唯は手をプラプラと振る。
「律ちゃんにも、できるとは思えないね」
唯よりは多少腕力があるだろうが、
あの細腕ではたかが知れているだろう。
胴体人形に詰めるには、これが7、8個は必要になるはずだ。
唯は自分の部屋の窓から、
顔と腕を無理やり外に向けて伸ばしていた。
手にはロープが握られていて、
それは真下に真っ直ぐ降りていた。
ロープの先端には、
砂が詰まったビニール袋が結び付けられている。
「重たいよぉ」
ロープから手を放すと、ビニール袋が落下し、
ドシンという音をたてた。
唯は手をプラプラと振る。
「律ちゃんにも、できるとは思えないね」
唯よりは多少腕力があるだろうが、
あの細腕ではたかが知れているだろう。
胴体人形に詰めるには、これが7、8個は必要になるはずだ。
151: 2014/05/23(金) 05:30:09.74
唯は犯行前後の時系列を確認することにした。
律ちゃんと澪ちゃんがダイニングで口論していた。
そのすぐ後に私がダイニングへ。
しばらくして部屋に戻った。
その間は玄関の開く音がしなかったので、
私が部屋に戻った時点では全員屋敷の中にいたはず。
部屋で1時間と少々寝る。
夕食の時間にあずにゃんが起こしに来る。
その時の話によれば、
ムギちゃんと律ちゃんは時間通りにダイニングにいたらしい。
上記を整理すると、律が犯行を行える時間は最大でも1時間しかない。
実際はもっと短いだろう。
「1時間足らずじゃ、無理だよねぇ」
澪を頃して首を落とし胴体を捨て、砂袋とロープを用意する。
それらを部屋に引き上げ、澪の氏体を偽装し天井から吊り下げる。
到底できるとは思えない。
「じゃあ一体、どうやったんだろう」
何か別のトリックがあるのかな。
唯の思考はグルグルと回っていた。
律ちゃんと澪ちゃんがダイニングで口論していた。
そのすぐ後に私がダイニングへ。
しばらくして部屋に戻った。
その間は玄関の開く音がしなかったので、
私が部屋に戻った時点では全員屋敷の中にいたはず。
部屋で1時間と少々寝る。
夕食の時間にあずにゃんが起こしに来る。
その時の話によれば、
ムギちゃんと律ちゃんは時間通りにダイニングにいたらしい。
上記を整理すると、律が犯行を行える時間は最大でも1時間しかない。
実際はもっと短いだろう。
「1時間足らずじゃ、無理だよねぇ」
澪を頃して首を落とし胴体を捨て、砂袋とロープを用意する。
それらを部屋に引き上げ、澪の氏体を偽装し天井から吊り下げる。
到底できるとは思えない。
「じゃあ一体、どうやったんだろう」
何か別のトリックがあるのかな。
唯の思考はグルグルと回っていた。
154: 2014/05/23(金) 05:34:24.55
あのトリックが使えない以上、
律は犯人ではないということになる。
何か他に方法があるというのなら、話は別だが。
唯は砂袋を片付けようと、部屋の外に出た。
「せめて口論してる時に気がつけばなぁ」
この屋敷は部屋の中にいると、外の音が全く聞こえなくなるのだ。
部屋の前で大声を張り上げて、ようやく聞こえるレベルになる。
そんなことを考えながら階段を降りていた時、噴水が目に留まった。
「後ろから見るとただの壁みたいなんだよねぇ、これ」
正面から見るとローマ彫刻が並んでいるのだが、
後ろからだとそれらが折り重なって陰になり、壁のように見える。
当然だが、彫刻の大小など分からなくなるのだ。
「遠近感をごまかすために大きさ変えてるのを、
ばれないようにしてるんだね」
唯はうんうんと頷いた。
律は犯人ではないということになる。
何か他に方法があるというのなら、話は別だが。
唯は砂袋を片付けようと、部屋の外に出た。
「せめて口論してる時に気がつけばなぁ」
この屋敷は部屋の中にいると、外の音が全く聞こえなくなるのだ。
部屋の前で大声を張り上げて、ようやく聞こえるレベルになる。
そんなことを考えながら階段を降りていた時、噴水が目に留まった。
「後ろから見るとただの壁みたいなんだよねぇ、これ」
正面から見るとローマ彫刻が並んでいるのだが、
後ろからだとそれらが折り重なって陰になり、壁のように見える。
当然だが、彫刻の大小など分からなくなるのだ。
「遠近感をごまかすために大きさ変えてるのを、
ばれないようにしてるんだね」
唯はうんうんと頷いた。
157: 2014/05/23(金) 05:39:25.18
砂袋を片付け、部屋に戻る。
階段を昇る途中で後ろを振り返った。
「やっぱり壁みたい」
光の加減なのか、完全に壁に見える。
そのとき。
不意に気付いた。
唯は慌てて階段を駆け下り、噴水を正面から見る。
「そうか。そうだったんだ」
唯の頭の中で、パズルのピースが次々にはまっていく。
そして、最後のひとつがカチリと音をたてた。
「犯人が、分かったよ」
しかし唯の心に高揚感などはなく、その指先は震えていた。
階段を昇る途中で後ろを振り返った。
「やっぱり壁みたい」
光の加減なのか、完全に壁に見える。
そのとき。
不意に気付いた。
唯は慌てて階段を駆け下り、噴水を正面から見る。
「そうか。そうだったんだ」
唯の頭の中で、パズルのピースが次々にはまっていく。
そして、最後のひとつがカチリと音をたてた。
「犯人が、分かったよ」
しかし唯の心に高揚感などはなく、その指先は震えていた。
160: 2014/05/23(金) 05:44:17.69
「唯先輩。なんですか、話って」
梓が首を傾げた。
夕食を食べ終え、片付けを終えたところだった。
紬がどこか落ち着かなそうにしている。
「ちょっと二人に聞いてもらいたいことがあって」
唯は真剣な眼差しを向ける。
カラカラの喉を、紅茶で潤した。
「何かしら」紬が問う。
「澪ちゃんを頃したのはね、律ちゃんじゃないんだよ」
ガタリ!二つの音が重なった。
「何を言ってるんですか!私は殺されかけたんですよ!」
「そうよ!私だって殺されかけたわ!
律ちゃんが犯人でいいじゃないの!」
二人が一様に叫ぶ。
立ち上がった拍子に椅子が倒れた。
梓が首を傾げた。
夕食を食べ終え、片付けを終えたところだった。
紬がどこか落ち着かなそうにしている。
「ちょっと二人に聞いてもらいたいことがあって」
唯は真剣な眼差しを向ける。
カラカラの喉を、紅茶で潤した。
「何かしら」紬が問う。
「澪ちゃんを頃したのはね、律ちゃんじゃないんだよ」
ガタリ!二つの音が重なった。
「何を言ってるんですか!私は殺されかけたんですよ!」
「そうよ!私だって殺されかけたわ!
律ちゃんが犯人でいいじゃないの!」
二人が一様に叫ぶ。
立ち上がった拍子に椅子が倒れた。
161: 2014/05/23(金) 05:51:54.53
スーハ―と、唯は呼吸を整えた。
「そう、それはそうなんだけど、澪ちゃんは違うの。
澪ちゃんを頃したのは」
「唯先輩!」「唯ちゃん!」
紬と梓が同時に唯に掴みかかった。
「ダメです!もうやめましょう!」
「やめて、唯ちゃん!」
二人は懇願した。
何やら喚きながら、両側からしがみついてくる。
「澪ちゃんを頃したのは!!!」唯が負けじと叫ぶ。
「あずにゃん!そうだよね!」
「そう、それはそうなんだけど、澪ちゃんは違うの。
澪ちゃんを頃したのは」
「唯先輩!」「唯ちゃん!」
紬と梓が同時に唯に掴みかかった。
「ダメです!もうやめましょう!」
「やめて、唯ちゃん!」
二人は懇願した。
何やら喚きながら、両側からしがみついてくる。
「澪ちゃんを頃したのは!!!」唯が負けじと叫ぶ。
「あずにゃん!そうだよね!」
163: 2014/05/23(金) 05:57:21.17
梓が膝から崩れ落ち、紬は頭を抱えた。
「そこまで断言するなら、トリックも分かってるんでしょうね」
梓が頭を垂れたまま言った。
「うん」唯は頷く。
「じゃあ、唯先輩の話、聞きますよ」
梓はフラフラと立ち上がり、椅子に座った。
紬は頭を抱えたままでいる。
「どうやって氏体を動かしたのか、ってずっと考えていたんだけど、
そうじゃなかったんだよ。動いたのは氏体じゃなくて壁だったんだ。
そうだよね?あずにゃん」
梓は力なく頷く。そして、そのまま俯いてしまった。
「そこまで断言するなら、トリックも分かってるんでしょうね」
梓が頭を垂れたまま言った。
「うん」唯は頷く。
「じゃあ、唯先輩の話、聞きますよ」
梓はフラフラと立ち上がり、椅子に座った。
紬は頭を抱えたままでいる。
「どうやって氏体を動かしたのか、ってずっと考えていたんだけど、
そうじゃなかったんだよ。動いたのは氏体じゃなくて壁だったんだ。
そうだよね?あずにゃん」
梓は力なく頷く。そして、そのまま俯いてしまった。
164: 2014/05/23(金) 06:01:03.59
「澪ちゃんの部屋とあずにゃんの部屋の間に、
粘着テープと壁紙の切れ端が残ってたんだ。
私たちが思いのほか早く二階に上がってきたから、
慌ててはがしたんだろうね。」
梓と紬は黙って聞いていた。
「物置部屋にあった壁紙を粘着テープで貼り付けて、
壁に見せかけてたなんてね。
奥の方は照明も暗いし、あれだけ扉があるんだもん。
一つくらい減ってても誰も気づかないよ
つまり、私たちが最初に澪ちゃんの氏体を見つけたのは、
澪ちゃんの部屋じゃなくて、一つ手前のあずにゃんの部屋だったんだ」
唯は手元のティーカップに口を付けた。
手が震えてうまく飲むことができない。
「正解です。唯先輩」
色のない顔で梓が言った。
「でも、いったいどうして頃したりなんか」
唯の言葉の端々が震えていた。
梓はしばし思案にふけっていたが、覚悟を決めたようだった。
「全て、お話します」
粘着テープと壁紙の切れ端が残ってたんだ。
私たちが思いのほか早く二階に上がってきたから、
慌ててはがしたんだろうね。」
梓と紬は黙って聞いていた。
「物置部屋にあった壁紙を粘着テープで貼り付けて、
壁に見せかけてたなんてね。
奥の方は照明も暗いし、あれだけ扉があるんだもん。
一つくらい減ってても誰も気づかないよ
つまり、私たちが最初に澪ちゃんの氏体を見つけたのは、
澪ちゃんの部屋じゃなくて、一つ手前のあずにゃんの部屋だったんだ」
唯は手元のティーカップに口を付けた。
手が震えてうまく飲むことができない。
「正解です。唯先輩」
色のない顔で梓が言った。
「でも、いったいどうして頃したりなんか」
唯の言葉の端々が震えていた。
梓はしばし思案にふけっていたが、覚悟を決めたようだった。
「全て、お話します」
166: 2014/05/23(金) 06:05:21.40
「この島に来た時は、殺そうなんて気は全くありませんでした」
梓の独白が始まった。
唯も紬も黙って耳を傾ける。
「澪先輩と、律先輩。この二人が疎ましかったのも事実です。
誤解しないでほしいのは、そこに殺意なんてものは無かったし、
人としてはとても好きでした。
新入部員勧誘でのライブは、とても素晴らしかったです。
唯先輩、ムギ先輩、澪先輩、律先輩。
私が入部を決意した時、この四人の先輩のことを、
心の底から尊敬してました。憧れていました。
でもけいおん部に入って一緒に練習を始めると、
否応なく見せつけられました。
澪先輩、律先輩。この二人の才能の無さを。
音楽の才能が無いことが、ただただ許せなかったんです。
あれだけ尊敬していたのに。
あれだけ憧れていたのに。
とても悲しく、裏切られた気分になりました。
特に許せなかったのは」
梓は水が入ったグラスを掴むと、一気に中身を飲み干した。
「ふぅ」と短く息をつく。
「そこを認めていやがったことですよ」
梓の独白が始まった。
唯も紬も黙って耳を傾ける。
「澪先輩と、律先輩。この二人が疎ましかったのも事実です。
誤解しないでほしいのは、そこに殺意なんてものは無かったし、
人としてはとても好きでした。
新入部員勧誘でのライブは、とても素晴らしかったです。
唯先輩、ムギ先輩、澪先輩、律先輩。
私が入部を決意した時、この四人の先輩のことを、
心の底から尊敬してました。憧れていました。
でもけいおん部に入って一緒に練習を始めると、
否応なく見せつけられました。
澪先輩、律先輩。この二人の才能の無さを。
音楽の才能が無いことが、ただただ許せなかったんです。
あれだけ尊敬していたのに。
あれだけ憧れていたのに。
とても悲しく、裏切られた気分になりました。
特に許せなかったのは」
梓は水が入ったグラスを掴むと、一気に中身を飲み干した。
「ふぅ」と短く息をつく。
「そこを認めていやがったことですよ」
169: 2014/05/23(金) 06:11:13.49
「『梓はいいなぁ。才能があって』
そんなことをいつも言われ続けていました。
そのたびに胸が怒りに震えていたんです。
才能が無いくせに、なんで音楽なんてやってるんだ。
なんでライブなんてやったんだ。
なんで私の心を動かしたんだ。
そう思いました。
でも普段一緒にいると楽しいし、
音楽のことを抜かせば、とてもいい先輩たちでした」
梓はグラスに手を伸ばしたが、
中が空なのを思い出し、手を引っ込めてしまう。
それを見ていた、紬が言った。
「いいのよ、梓ちゃん。慌てなくても。
ちょっと待っててね」
そう言ってキッチンへ引っ込むと、
なみなみと水の入った水差しを持ってきた。
「ありがとう、ございます」
それをグラスに注ぐと、一気に飲み干した。
その顔は、雪のように真っ白だった。
そんなことをいつも言われ続けていました。
そのたびに胸が怒りに震えていたんです。
才能が無いくせに、なんで音楽なんてやってるんだ。
なんでライブなんてやったんだ。
なんで私の心を動かしたんだ。
そう思いました。
でも普段一緒にいると楽しいし、
音楽のことを抜かせば、とてもいい先輩たちでした」
梓はグラスに手を伸ばしたが、
中が空なのを思い出し、手を引っ込めてしまう。
それを見ていた、紬が言った。
「いいのよ、梓ちゃん。慌てなくても。
ちょっと待っててね」
そう言ってキッチンへ引っ込むと、
なみなみと水の入った水差しを持ってきた。
「ありがとう、ございます」
それをグラスに注ぐと、一気に飲み干した。
その顔は、雪のように真っ白だった。
171: 2014/05/23(金) 06:16:08.35
「殺そうと思ったのは、本当に頃す直前、
澪先輩が私の部屋を訪ねてきたときです。
律先輩と口論した、と言ってとても荒れていました。
聞けば、原因は糞みたいにくだらない事でした。
この人と一緒にいると、
どんどん幻滅していってしまうような気がします。
まだ私の心には、憧れや尊敬が少しは残っていたのです。
そのときでした。
憧れや尊敬があるうちに、思い出に変えてしまえ。
もう頃してしまえ、と。
私の中の悪魔が囁きました。
先程唯先輩が暴いたトリックは、
屋敷を探検していた時に思いついたものです。
最初はそこに私が隠れて、
みんなを驚かしてやろうくらいにしか考えていなかったので、
まさか殺人を隠すために使うとは思いにもよりませんでした。
しかし、実行するなら今しかありません。
ベッドに座っている澪先輩に向かって
『澪先輩に似合いそうな、かわいいネックレスがあるから』
と、嘘をついて後ろに回り込みました。
それで」
そこまで言って、ガタガタと震えながら水を一気に飲み干す。
紬が心配そうにそばによると、
「大丈夫です」とそれを手で制した。
澪先輩が私の部屋を訪ねてきたときです。
律先輩と口論した、と言ってとても荒れていました。
聞けば、原因は糞みたいにくだらない事でした。
この人と一緒にいると、
どんどん幻滅していってしまうような気がします。
まだ私の心には、憧れや尊敬が少しは残っていたのです。
そのときでした。
憧れや尊敬があるうちに、思い出に変えてしまえ。
もう頃してしまえ、と。
私の中の悪魔が囁きました。
先程唯先輩が暴いたトリックは、
屋敷を探検していた時に思いついたものです。
最初はそこに私が隠れて、
みんなを驚かしてやろうくらいにしか考えていなかったので、
まさか殺人を隠すために使うとは思いにもよりませんでした。
しかし、実行するなら今しかありません。
ベッドに座っている澪先輩に向かって
『澪先輩に似合いそうな、かわいいネックレスがあるから』
と、嘘をついて後ろに回り込みました。
それで」
そこまで言って、ガタガタと震えながら水を一気に飲み干す。
紬が心配そうにそばによると、
「大丈夫です」とそれを手で制した。
174: 2014/05/23(金) 06:21:15.69
「澪先輩の首にロープをかけ、一気に引っ張りました。
首の絞め方なんて知らなかったので、
澪先輩と背中合わせになるように、
ちょうど荷物を背負うようにして全体重をかけると、
すぐに動かなくなりました。
ロープは何かに使えるだろうと、
物置部屋から拝借しておいたものです。
念のため、数分はそのままでいました。
何も考えていませんでしたが、その後が問題だったのです。
どうやっても、天井からぶら下げたロープに、
澪先輩を引っ掛けることなんてできませんでした。
何度もチャレンジしましたが、埒があきません。
試行錯誤を繰り返すうち、思いつきました。
梁を滑車のように使えばいいのです。
澪先輩の首にロープの輪っかをかけ、
もう一方にも輪っかを作り、梁の向こうへくぐらせます。
そしてギターアンプとギターを背負ってぶら下がりました。
ズリズリと音をたてて澪先輩が天に昇っていきます。
私は地面に着くと、こちらの輪っかをベッドの足に引っ掛けました。
そのまま固定させると、梁にロープを結びつけたのです。
首つり氏体が完成しました」
首の絞め方なんて知らなかったので、
澪先輩と背中合わせになるように、
ちょうど荷物を背負うようにして全体重をかけると、
すぐに動かなくなりました。
ロープは何かに使えるだろうと、
物置部屋から拝借しておいたものです。
念のため、数分はそのままでいました。
何も考えていませんでしたが、その後が問題だったのです。
どうやっても、天井からぶら下げたロープに、
澪先輩を引っ掛けることなんてできませんでした。
何度もチャレンジしましたが、埒があきません。
試行錯誤を繰り返すうち、思いつきました。
梁を滑車のように使えばいいのです。
澪先輩の首にロープの輪っかをかけ、
もう一方にも輪っかを作り、梁の向こうへくぐらせます。
そしてギターアンプとギターを背負ってぶら下がりました。
ズリズリと音をたてて澪先輩が天に昇っていきます。
私は地面に着くと、こちらの輪っかをベッドの足に引っ掛けました。
そのまま固定させると、梁にロープを結びつけたのです。
首つり氏体が完成しました」
177: 2014/05/23(金) 06:26:21.58
「その時でした。ノックの音が聞こえ、
心臓が飛び出るかと思いました。
律先輩が食事の時間だからと、呼びに来たのです。
私は寝ぼけたふりをして、すぐ行きます、と答えました。
部屋の前から、人の気配が消えたのを見計らって外に出て、
自分の部屋と澪先輩の部屋の間に、
壁紙を急いで貼り付けました。
そのあとはみなさん、ご存じのとおりです」
グラスを手に取るとグビグビと喉を鳴らした。
しかしうまく飲み込めずに、
口の端から水が伝って胸元をびしょびしょにした。
紬は相変わらず、心配そうな面持ちでそれを見ていた。
今まで黙って聞いていた唯が、口を開く。
「あずにゃん。いくつか質問いいかな」
梓は水を注ぎなおして、二杯目を飲んでいたところだった。
「ええ、いいですよ」飲み終ると、そう言った。
心臓が飛び出るかと思いました。
律先輩が食事の時間だからと、呼びに来たのです。
私は寝ぼけたふりをして、すぐ行きます、と答えました。
部屋の前から、人の気配が消えたのを見計らって外に出て、
自分の部屋と澪先輩の部屋の間に、
壁紙を急いで貼り付けました。
そのあとはみなさん、ご存じのとおりです」
グラスを手に取るとグビグビと喉を鳴らした。
しかしうまく飲み込めずに、
口の端から水が伝って胸元をびしょびしょにした。
紬は相変わらず、心配そうな面持ちでそれを見ていた。
今まで黙って聞いていた唯が、口を開く。
「あずにゃん。いくつか質問いいかな」
梓は水を注ぎなおして、二杯目を飲んでいたところだった。
「ええ、いいですよ」飲み終ると、そう言った。
179: 2014/05/23(金) 06:31:31.04
「律ちゃんに突っかかってたのはなんで?
あと澪ちゃんの氏体はどこにあるの?」
「澪先輩の氏体は今も私の部屋にあります。
ベッドの下に隠しておいたんです。
律先輩に突っかかったのは、頃して罪を着せるためですよ。
私に殺意を抱かせれば、
正当防衛って言う大義名分が成り立つでしょう。
まさかマスターキーを奪ってまで、
部屋に来るというのは想定外でしたけど」
紬がゴクリと喉を鳴らした。
「じゃあ、梓ちゃん。初日の夜は」
梓の顔からさらに色が無くなる。
「ええ。そうです。
澪先輩の氏体の横で寝ました。
さすがにおかしくなりそうだったんで、
ずっと鍵をかけたトイレの中にいましたけど。
何度も悪夢を見て、目を覚ましました。
ムギ先輩の部屋に移るまで、ずっとそうでしたよ」
「そう……」紬が俯き加減で言った。
あと澪ちゃんの氏体はどこにあるの?」
「澪先輩の氏体は今も私の部屋にあります。
ベッドの下に隠しておいたんです。
律先輩に突っかかったのは、頃して罪を着せるためですよ。
私に殺意を抱かせれば、
正当防衛って言う大義名分が成り立つでしょう。
まさかマスターキーを奪ってまで、
部屋に来るというのは想定外でしたけど」
紬がゴクリと喉を鳴らした。
「じゃあ、梓ちゃん。初日の夜は」
梓の顔からさらに色が無くなる。
「ええ。そうです。
澪先輩の氏体の横で寝ました。
さすがにおかしくなりそうだったんで、
ずっと鍵をかけたトイレの中にいましたけど。
何度も悪夢を見て、目を覚ましました。
ムギ先輩の部屋に移るまで、ずっとそうでしたよ」
「そう……」紬が俯き加減で言った。
181: 2014/05/23(金) 06:36:01.70
「澪先輩を自殺に見せかけたのは、
壁紙をはがすトリックを使う時間を稼ぐため。
すぐばれるようにしたのは律先輩を頃すためです。
律先輩に関しては、本当に正当防衛ですよ。
澪先輩を頃したことをにおわせたら、
完全に頃す気でやってきました。
揉み合ってるうちに、
律先輩に包丁が刺さって動かなくなっていたんです。
途中で澪先輩の氏体を見つけて動揺したんでしょうね。
あれが無ければ、おそらく私が殺されていました」
唯は真剣に話に聞き入っていた。
仲間の心の内を、ずっと知りたかったのだった。
「あのトリックはなんだったの?」
唯の言葉に、梓が首をかしげた。
「砂人形のこと」
「ああ」梓は合点がいったようだった。
「あれですか」
壁紙をはがすトリックを使う時間を稼ぐため。
すぐばれるようにしたのは律先輩を頃すためです。
律先輩に関しては、本当に正当防衛ですよ。
澪先輩を頃したことをにおわせたら、
完全に頃す気でやってきました。
揉み合ってるうちに、
律先輩に包丁が刺さって動かなくなっていたんです。
途中で澪先輩の氏体を見つけて動揺したんでしょうね。
あれが無ければ、おそらく私が殺されていました」
唯は真剣に話に聞き入っていた。
仲間の心の内を、ずっと知りたかったのだった。
「あのトリックはなんだったの?」
唯の言葉に、梓が首をかしげた。
「砂人形のこと」
「ああ」梓は合点がいったようだった。
「あれですか」
182: 2014/05/23(金) 06:39:18.91
「あれも探検中に思いつきました。
律先輩に罪を着せるには、
氏体を消すトリックが確実に必要でしたから。
窓から出るのは頭だけ。
ここを取っ掛かりにすれば、すぐ思いつきますよ。
あの砂の山も私が作っておいたものです」
梓は今度はこぼさないように、
ゴクリゴクリと慎重に水を飲む。
「これくらい、ですかね」
梓は「ふぅ」と息をつき、俯いてしまった。
心配の色を顔に浮かべた紬が問いかける。
「澪ちゃんの氏体を見つけるとき、
私がマスターキーを出さなかったら、どうしていたの?」
梓はゆっくりと顔を上げて、紬の顔を見た。
律先輩に罪を着せるには、
氏体を消すトリックが確実に必要でしたから。
窓から出るのは頭だけ。
ここを取っ掛かりにすれば、すぐ思いつきますよ。
あの砂の山も私が作っておいたものです」
梓は今度はこぼさないように、
ゴクリゴクリと慎重に水を飲む。
「これくらい、ですかね」
梓は「ふぅ」と息をつき、俯いてしまった。
心配の色を顔に浮かべた紬が問いかける。
「澪ちゃんの氏体を見つけるとき、
私がマスターキーを出さなかったら、どうしていたの?」
梓はゆっくりと顔を上げて、紬の顔を見た。
186: 2014/05/23(金) 06:44:55.08
「それなら私が開けるつもりでした。
さっき拾ったって嘘をついて、自分の鍵でね。
それで氏体を見つけた後、すり替えた本物の澪先輩の部屋の鍵を
ムギ先輩に渡すつもりでいたんですけど、
結局それもする必要が無かったんで、
隙を見て床に放り投げておきました。
誤算だったのは律先輩の行動でしたね。
本当ならみんなで声をかけに行く予定だったのが、
勝手に個人行動取っちゃうんですから。
でもしつこくやってくれたおかげで、
当初の想定通りに事が運んだのでそこは良かったですけど」
今度は水をコップの半分くらい飲んで、息をつく。
そして唯をまっすぐに見据えた。
「唯先輩に聞きたいんですけど、
どうして私が犯人だと分かったんでしょう。
そう断定する何かがあったんですか」
残りの水を一気に飲み干した。
「壁紙のトリックを使った証拠なんてないでしょうに。
私が認めなかったらどうしていたんですか。」
さっき拾ったって嘘をついて、自分の鍵でね。
それで氏体を見つけた後、すり替えた本物の澪先輩の部屋の鍵を
ムギ先輩に渡すつもりでいたんですけど、
結局それもする必要が無かったんで、
隙を見て床に放り投げておきました。
誤算だったのは律先輩の行動でしたね。
本当ならみんなで声をかけに行く予定だったのが、
勝手に個人行動取っちゃうんですから。
でもしつこくやってくれたおかげで、
当初の想定通りに事が運んだのでそこは良かったですけど」
今度は水をコップの半分くらい飲んで、息をつく。
そして唯をまっすぐに見据えた。
「唯先輩に聞きたいんですけど、
どうして私が犯人だと分かったんでしょう。
そう断定する何かがあったんですか」
残りの水を一気に飲み干した。
「壁紙のトリックを使った証拠なんてないでしょうに。
私が認めなかったらどうしていたんですか。」
190: 2014/05/23(金) 06:49:47.85
「すぐ認めてくれてうれしかったよ。
やっぱりあずにゃんはあずにゃんだって」
唯は言った。
「でもそうじゃない時のことも、もちろん考えてた」
梓が窺うような表情を浮かべる。
唯は言葉を続けた。
「二日目の朝食の時に、
律ちゃんに向けてあずにゃん言ってたよね。
『そろそろ教えてくださいよ。
どうやって澪先輩の氏体を消したのか』って。
でもあの時のあずにゃんは知らないはずなんだよ。
澪ちゃんの氏体が消えたことなんて」
「あっ」と梓が声を上げた。
「実際見てもいないし、誰にも聞いてない。
部屋の中は、外で言い争ってる声すら届かないほどで、
外での会話なんて聞こえるはずもない。
だから知ってるのはおかしいんだよ」
「そう、ですよね」梓はがくりとうなだれた。
やっぱりあずにゃんはあずにゃんだって」
唯は言った。
「でもそうじゃない時のことも、もちろん考えてた」
梓が窺うような表情を浮かべる。
唯は言葉を続けた。
「二日目の朝食の時に、
律ちゃんに向けてあずにゃん言ってたよね。
『そろそろ教えてくださいよ。
どうやって澪先輩の氏体を消したのか』って。
でもあの時のあずにゃんは知らないはずなんだよ。
澪ちゃんの氏体が消えたことなんて」
「あっ」と梓が声を上げた。
「実際見てもいないし、誰にも聞いてない。
部屋の中は、外で言い争ってる声すら届かないほどで、
外での会話なんて聞こえるはずもない。
だから知ってるのはおかしいんだよ」
「そう、ですよね」梓はがくりとうなだれた。
192: 2014/05/23(金) 06:54:19.59
「完璧な計画だと、思っていました」
梓はうなだれたままで言う。
「最初は何を言われても、白を切るつもりでした。
でも唯先輩にあなたが犯人だ、って言われて、
もう無理だなって思いました。
結局、どちらにしてもダメだったんですね」
紬は悲しそうな顔で、その告白を眺めていた。
突然、梓が顔を上げ、そして目が合う。
「ムギ先輩は何か知ってたんですか。
さっきもだいぶ取り乱していましたけど」
梓の問いに、紬は困惑した。
しばし思いつめたような顔で俯いていたが、やおら口を開く。
「この屋敷ね、監視カメラがあるのよ」
苦しげに呻いた。
梓はうなだれたままで言う。
「最初は何を言われても、白を切るつもりでした。
でも唯先輩にあなたが犯人だ、って言われて、
もう無理だなって思いました。
結局、どちらにしてもダメだったんですね」
紬は悲しそうな顔で、その告白を眺めていた。
突然、梓が顔を上げ、そして目が合う。
「ムギ先輩は何か知ってたんですか。
さっきもだいぶ取り乱していましたけど」
梓の問いに、紬は困惑した。
しばし思いつめたような顔で俯いていたが、やおら口を開く。
「この屋敷ね、監視カメラがあるのよ」
苦しげに呻いた。
193: 2014/05/23(金) 06:57:39.41
梓はため息をついた。
「なるほど。完璧も何も、無かったわけですね」
力なく笑う。
紬は変わらず苦しそうに唇を噛み締めていた。
「でもね」そして呻くように言う。
「梓ちゃんを警察に突き出そうとか、
そんなことは思わなかった」
梓と唯の二人が驚いて紬を見る。
「だって、そうしたらみんなバラバラになるじゃない。
ここに連れてきたのだって私の責任だし、
澪ちゃんにはとても申し訳ないけど、
梓ちゃんだって私の大事な仲間だもの。
自分の手でそれを壊すなんて、
そんなことは考えもしなかったの」
握った拳がブルブルと震えていた。
「なるほど。完璧も何も、無かったわけですね」
力なく笑う。
紬は変わらず苦しそうに唇を噛み締めていた。
「でもね」そして呻くように言う。
「梓ちゃんを警察に突き出そうとか、
そんなことは思わなかった」
梓と唯の二人が驚いて紬を見る。
「だって、そうしたらみんなバラバラになるじゃない。
ここに連れてきたのだって私の責任だし、
澪ちゃんにはとても申し訳ないけど、
梓ちゃんだって私の大事な仲間だもの。
自分の手でそれを壊すなんて、
そんなことは考えもしなかったの」
握った拳がブルブルと震えていた。
194: 2014/05/23(金) 06:59:18.92
「でもそうこうしているうちに、
律ちゃんまで氏んでしまった。
後悔したわ。また私のせいで仲間を亡くしたって。
だからこそ思ったの。
梓ちゃんだけはなんとしてでも失いたくないって。
さっき唯ちゃんが、「澪ちゃんを頃した犯人は」
って言い出した時、どうしても止めなくちゃって。
そう、思って」
紬はボロボロと涙を流していた。
梓の目にも光るものがある。
唯はそれを黙って見ていた。
ムギちゃんの言葉は真に迫るものがあった。
心を打つものがあった。
私も同じことを思ってた。
それでも。
結論だけは変えちゃいけないんだ。
「あずにゃん」唯の声は震えていた。
そこで呼吸を整え、力強く言う。
「帰ったら、ちゃんと自首するんだよ。
罪は償わないとね」
律ちゃんまで氏んでしまった。
後悔したわ。また私のせいで仲間を亡くしたって。
だからこそ思ったの。
梓ちゃんだけはなんとしてでも失いたくないって。
さっき唯ちゃんが、「澪ちゃんを頃した犯人は」
って言い出した時、どうしても止めなくちゃって。
そう、思って」
紬はボロボロと涙を流していた。
梓の目にも光るものがある。
唯はそれを黙って見ていた。
ムギちゃんの言葉は真に迫るものがあった。
心を打つものがあった。
私も同じことを思ってた。
それでも。
結論だけは変えちゃいけないんだ。
「あずにゃん」唯の声は震えていた。
そこで呼吸を整え、力強く言う。
「帰ったら、ちゃんと自首するんだよ。
罪は償わないとね」
196: 2014/05/23(金) 07:05:02.63
梓は黙って、コクリと頷いた。
そして手元のコップを一気に呷る。
「よし、いい子だね」
唯がそう言ったとき。
「?」
一瞬意識がブラックアウトした。
なんで、こんな時に。
……そういえば。
この屋敷に来てからおかしかった。
眠いのに寝れなかったと思えば、
眠る気もないのに寝過ごしてしまったり。
「ムギ、ちゃん」
必氏に意識をつなぎとめる。
無表情でこちらを見ている紬。
その向こうに、水を飲み続けている梓の姿が映った。
「何を、した、の」
唯はそのまま意識を失った。
そして手元のコップを一気に呷る。
「よし、いい子だね」
唯がそう言ったとき。
「?」
一瞬意識がブラックアウトした。
なんで、こんな時に。
……そういえば。
この屋敷に来てからおかしかった。
眠いのに寝れなかったと思えば、
眠る気もないのに寝過ごしてしまったり。
「ムギ、ちゃん」
必氏に意識をつなぎとめる。
無表情でこちらを見ている紬。
その向こうに、水を飲み続けている梓の姿が映った。
「何を、した、の」
唯はそのまま意識を失った。
197: 2014/05/23(金) 07:09:02.18
一瞬、どこにいるのか分からなかった。
私、何をしていたんだっけ。
「ムギちゃん!」
一気に脳みそが覚醒し、弾かれたように立ち上がる。
バタン、ガタン。
と椅子が倒れる音と、テーブルに唯が膝をぶつける音が響いた。
「大丈夫よ」
悲しげな笑みを浮かべる紬がそこにいた。
「ムギ先輩。もっとお水ください」
焦点の合わない目で梓がそう懇願していた。
紬の袖のあたりに、しっかりとしがみついている。
その胸元は先程よりもびしょびしょになっていた。
「別に誰をどうこうしようなんて、思って無かったの。
まさかこんなことになるとはね」
紬は目線をやや下にやりながら、そう言った。
私、何をしていたんだっけ。
「ムギちゃん!」
一気に脳みそが覚醒し、弾かれたように立ち上がる。
バタン、ガタン。
と椅子が倒れる音と、テーブルに唯が膝をぶつける音が響いた。
「大丈夫よ」
悲しげな笑みを浮かべる紬がそこにいた。
「ムギ先輩。もっとお水ください」
焦点の合わない目で梓がそう懇願していた。
紬の袖のあたりに、しっかりとしがみついている。
その胸元は先程よりもびしょびしょになっていた。
「別に誰をどうこうしようなんて、思って無かったの。
まさかこんなことになるとはね」
紬は目線をやや下にやりながら、そう言った。
198: 2014/05/23(金) 07:12:57.59
「ちゃんと、一から説明してもらうよ」
唯が語気を強める。
「ええ」紬は俯きながら言う。
「私もそのつもりよ。梓ちゃんも頑張ったんだからね」
ちらりと横の梓を見る。
先程から延々と袖を引っ張り続けているのだった。
「頑張りました。だから、お水くださいよ」
相変わらず焦点の合わない目で言った。
それを見て紬は悲しげな表情を浮かべる。
そして不意に時計に目をやった。
唯も釣られてそちらに視線を送る。
意識を失ってから15分ほどしか経っていなかった。
「私ね」紬は一度ため息をついた。
「みんなに薬を盛っていたのよ」
唯が語気を強める。
「ええ」紬は俯きながら言う。
「私もそのつもりよ。梓ちゃんも頑張ったんだからね」
ちらりと横の梓を見る。
先程から延々と袖を引っ張り続けているのだった。
「頑張りました。だから、お水くださいよ」
相変わらず焦点の合わない目で言った。
それを見て紬は悲しげな表情を浮かべる。
そして不意に時計に目をやった。
唯も釣られてそちらに視線を送る。
意識を失ってから15分ほどしか経っていなかった。
「私ね」紬は一度ため息をついた。
「みんなに薬を盛っていたのよ」
199: 2014/05/23(金) 07:17:13.23
「なんで、そんなこと」
唯は震える声で疑問をぶつけた。
紬がゆっくりと首を振る。
「違うの。さっきも言ったけど、
みんなをどうこうしようなんて気は、全くなかったのよ」
胸を押さえ、時折苦しそうに呻いていた。
「眠れないって言っていた唯ちゃんには睡眠薬を」
そこまで言うと両手で顔を覆うようにして目頭を押さえた。
涙がボロボロと溢れている。
「ごめんなさいね、唯ちゃん」
呻きが嗚咽に変わる。
「いいよ、ムギちゃん」
唯が真剣な眼差しを向けた。
唯は震える声で疑問をぶつけた。
紬がゆっくりと首を振る。
「違うの。さっきも言ったけど、
みんなをどうこうしようなんて気は、全くなかったのよ」
胸を押さえ、時折苦しそうに呻いていた。
「眠れないって言っていた唯ちゃんには睡眠薬を」
そこまで言うと両手で顔を覆うようにして目頭を押さえた。
涙がボロボロと溢れている。
「ごめんなさいね、唯ちゃん」
呻きが嗚咽に変わる。
「いいよ、ムギちゃん」
唯が真剣な眼差しを向けた。
200: 2014/05/23(金) 07:22:25.11
「喧嘩ばかりしていた二人には、精神安定剤を飲ませたわ。
よく分からないから、適当に混ぜたんだけど、
それが良くなかったみたい」
泣き笑いのような顔で、言葉を絞り出していた。
時折喉が異様な音をたてる。
「梓ちゃんには」
先程から袖を引っ張り続け、
ぶつぶつと何かを言っている梓の方へ目を向けた。
もはや紬が顔を向けても、名前を言っても、何の反応もない。
ただひたすらに水を渇望している。
「軽い、くすりのようなものを与えてたの。
この島に来る、ずっと前からね」
ちょっと間があって「もちろん、合法なものよ」と付け加えた。
よく分からないから、適当に混ぜたんだけど、
それが良くなかったみたい」
泣き笑いのような顔で、言葉を絞り出していた。
時折喉が異様な音をたてる。
「梓ちゃんには」
先程から袖を引っ張り続け、
ぶつぶつと何かを言っている梓の方へ目を向けた。
もはや紬が顔を向けても、名前を言っても、何の反応もない。
ただひたすらに水を渇望している。
「軽い、くすりのようなものを与えてたの。
この島に来る、ずっと前からね」
ちょっと間があって「もちろん、合法なものよ」と付け加えた。
201: 2014/05/23(金) 07:26:52.11
確かに心当たりはある。
唯はそう思った。
ムギちゃんの差し入れを、
一番楽しみにしてたのはあずにゃんだったっけ。
ふざけて横取りすると、本気で怒っていたっけ。
連休に入ると、ムギちゃんとよく遊びに行ってたっけ。
「どうしてそんなことしたの!」
唯はバン!とテーブルを叩いた。
はぁはぁと荒い息をつく。
怒りなのか、はたまた悲しみなのか、手が震えていた。
紬は俯いたままだった。
その袖を梓は引っ張り続けている。
「ふざけないで!」
バン!とまたテーブルを叩く。
「私、だって」
おもむろに紬が口を開いた。
唯はそう思った。
ムギちゃんの差し入れを、
一番楽しみにしてたのはあずにゃんだったっけ。
ふざけて横取りすると、本気で怒っていたっけ。
連休に入ると、ムギちゃんとよく遊びに行ってたっけ。
「どうしてそんなことしたの!」
唯はバン!とテーブルを叩いた。
はぁはぁと荒い息をつく。
怒りなのか、はたまた悲しみなのか、手が震えていた。
紬は俯いたままだった。
その袖を梓は引っ張り続けている。
「ふざけないで!」
バン!とまたテーブルを叩く。
「私、だって」
おもむろに紬が口を開いた。
203: 2014/05/23(金) 07:32:22.38
「梓ちゃんに、懐かれたかったのよ」
顔を上げたが、もう正気のそれではなかった。
目は大きく見開かれ、瞳孔まで開いているように見える。
表情からは心情が全く分からなくなっていた。
怒っているのか、悲しんでいるのか、楽しんでいるのか。
それ以前に笑っているのか泣いているのかも判別がつかない。
「唯ちゃんも律ちゃんも澪ちゃんも。
みんな梓ちゃんに懐かれていたわよね。
私だけ疎外感を噛み締めていたの。ずっと、ずっとね。
試しに少し薬を混ぜてみたら、「ムギ先輩、ムギ先輩」って。
もう癖になっちゃったわ。
だからこの島に来てから、少し量を増やしてみたの。
もっと懐かれたいって。
そうしたら」
横を見る。
同じく正気のそれではない梓がそこにいた。
「壊れちゃったのよ」
紬がよく分からない奇声を発した。
「ムギちゃん、まさか」
顔を上げたが、もう正気のそれではなかった。
目は大きく見開かれ、瞳孔まで開いているように見える。
表情からは心情が全く分からなくなっていた。
怒っているのか、悲しんでいるのか、楽しんでいるのか。
それ以前に笑っているのか泣いているのかも判別がつかない。
「唯ちゃんも律ちゃんも澪ちゃんも。
みんな梓ちゃんに懐かれていたわよね。
私だけ疎外感を噛み締めていたの。ずっと、ずっとね。
試しに少し薬を混ぜてみたら、「ムギ先輩、ムギ先輩」って。
もう癖になっちゃったわ。
だからこの島に来てから、少し量を増やしてみたの。
もっと懐かれたいって。
そうしたら」
横を見る。
同じく正気のそれではない梓がそこにいた。
「壊れちゃったのよ」
紬がよく分からない奇声を発した。
「ムギちゃん、まさか」
204: 2014/05/23(金) 07:37:54.01
何やら梓に耳打ちをして、紬はキッチンに引っ込んだ。
「ダメだよ!ムギちゃん!何をするつもり!?」
唯が慌てて追いかける。
が。
「ダメですよー。唯先輩ー」
梓はフラフラ立ち上がると、唯の体を抱きしめた。
「離して!あずにゃん!」
ギリギリと体を締め付けられる。
異常な力だった。
「痛いよ!離して!」
唯は全く身動きが取れなくなった。
体がギシギシと軋む。骨が砕けてしまいそうだった。
「ムギ先輩は、今からお水を持ってきてくれるんですぅ」
うっとりとした表情で梓が言った。
「ダメだよ!ムギちゃん!何をするつもり!?」
唯が慌てて追いかける。
が。
「ダメですよー。唯先輩ー」
梓はフラフラ立ち上がると、唯の体を抱きしめた。
「離して!あずにゃん!」
ギリギリと体を締め付けられる。
異常な力だった。
「痛いよ!離して!」
唯は全く身動きが取れなくなった。
体がギシギシと軋む。骨が砕けてしまいそうだった。
「ムギ先輩は、今からお水を持ってきてくれるんですぅ」
うっとりとした表情で梓が言った。
205: 2014/05/23(金) 07:42:12.77
ゆっくりとした動作で、紬がキッチンから現れた。
「梓ちゃん。そのままいい子にしててね」
焦点の定まらない目でそう言った。
「はいー。早くお水くださいぃ」
同じく焦点の定まらない目で。
「やめてよ!ムギちゃん!どうしちゃったの!?」
唯はもがいたが、締め付ける力は一切緩まない。
「先に唯ちゃんに飲ませてあげるからね」
焦点の定まらない目で。
「わかりましたぁ」
同じく。
「はーい、唯ちゃん。口開けてねぇ」
その目で。
「梓ちゃん。そのままいい子にしててね」
焦点の定まらない目でそう言った。
「はいー。早くお水くださいぃ」
同じく焦点の定まらない目で。
「やめてよ!ムギちゃん!どうしちゃったの!?」
唯はもがいたが、締め付ける力は一切緩まない。
「先に唯ちゃんに飲ませてあげるからね」
焦点の定まらない目で。
「わかりましたぁ」
同じく。
「はーい、唯ちゃん。口開けてねぇ」
その目で。
207: 2014/05/23(金) 07:47:33.72
「ぐぐ、むぐぐ」
唯は必氏に口を閉じて抵抗する。
そんなことはおかまいなしに、
紬はジャバジャバと水を浴びせかけてきた。
「ダメじゃない、唯ちゃん」
そう言いながら鼻をつまむ。
苦しい。息ができない。
唯は口を開けそうになるが、懸命に耐える。
「あら」
水差しの水が空になったようだ。
「ゲホッ!ごほっ!」
飲み込まないように耐えていたため、
咳き込んだ拍子に鼻に水がだいぶ入ったらしい。
がふっがふっ、と不思議な呼吸音が鳴る。
「じゃあ次の持ってくるから、梓ちゃんまたお願いね」
紬がキッチンに引っ込んだ。
唯は必氏に口を閉じて抵抗する。
そんなことはおかまいなしに、
紬はジャバジャバと水を浴びせかけてきた。
「ダメじゃない、唯ちゃん」
そう言いながら鼻をつまむ。
苦しい。息ができない。
唯は口を開けそうになるが、懸命に耐える。
「あら」
水差しの水が空になったようだ。
「ゲホッ!ごほっ!」
飲み込まないように耐えていたため、
咳き込んだ拍子に鼻に水がだいぶ入ったらしい。
がふっがふっ、と不思議な呼吸音が鳴る。
「じゃあ次の持ってくるから、梓ちゃんまたお願いね」
紬がキッチンに引っ込んだ。
209: 2014/05/23(金) 08:02:54.57
「梓ちゃん。何をしてるの?」
紬がダイニングに戻ってきてみると、
梓は唯のことを開放していた。
優しく背中をさすっている。
「何をしているのよ」
紬が語気を強めた。
「唯先輩を開放して、介抱してるんですよ」
梓が震えながら言った。
「はぁ?何よそれ。ダジャレのつもりかしら?」
紬が呆れたように言う。
「ええ、そのつもりです」
ガン!と机が鳴った。
紬が水差しを叩きつけたのだ。
水しぶきが舞う。
「つまらないこと言ってないで、唯ちゃんを押さえつけなさい!」
紬がダイニングに戻ってきてみると、
梓は唯のことを開放していた。
優しく背中をさすっている。
「何をしているのよ」
紬が語気を強めた。
「唯先輩を開放して、介抱してるんですよ」
梓が震えながら言った。
「はぁ?何よそれ。ダジャレのつもりかしら?」
紬が呆れたように言う。
「ええ、そのつもりです」
ガン!と机が鳴った。
紬が水差しを叩きつけたのだ。
水しぶきが舞う。
「つまらないこと言ってないで、唯ちゃんを押さえつけなさい!」
210: 2014/05/23(金) 08:06:45.91
「嫌です」
紬の命令を、梓は蒼白の顔で拒否した。
ガタガタと震えている。
「お薬切れちゃったの?じゃあ飲まないとねぇ」
狂気の顔でそう言うと、紬が近づいてくる。
「もうやめて!ムギちゃん!」
唯が立ち上がった。
目には闘志の炎が宿っている。
「目を覚ましてください!ムギ先輩!」
梓も縋るように叫ぶ。
「ふぅ」と紬はため息をついた。
「結局、こうなるのよね」
紬の手を離れた水差しが、ガチャンと音を奏でた。
紬の命令を、梓は蒼白の顔で拒否した。
ガタガタと震えている。
「お薬切れちゃったの?じゃあ飲まないとねぇ」
狂気の顔でそう言うと、紬が近づいてくる。
「もうやめて!ムギちゃん!」
唯が立ち上がった。
目には闘志の炎が宿っている。
「目を覚ましてください!ムギ先輩!」
梓も縋るように叫ぶ。
「ふぅ」と紬はため息をついた。
「結局、こうなるのよね」
紬の手を離れた水差しが、ガチャンと音を奏でた。
211: 2014/05/23(金) 08:10:28.41
「梓ちゃん、すごいわね。
あそこまで中毒症状が出ていたのに、
自力で立ち直れるとは思わなかったわ」
悲しげな笑みを浮かべる。
そして足元の水差しを軽く蹴った。
「これはただの水よ。
さっき梓ちゃんが飲んでいたのもね」
「じゃあムギちゃんも」唯が問う。
「ええ」紬は頷く。
「もちろんくすりなんて飲んでないわよ。
ただ梓ちゃんと遊びたかっただけ」
目からボロボロと涙が溢れてくる。
「律ちゃんと澪ちゃんに飲ませた精神安定剤も、
唯ちゃんに飲ませた睡眠薬も、全部私のなの。
今ので分かったけど私、
くすりなんて無くても元々頭がおかしいのよ」
あそこまで中毒症状が出ていたのに、
自力で立ち直れるとは思わなかったわ」
悲しげな笑みを浮かべる。
そして足元の水差しを軽く蹴った。
「これはただの水よ。
さっき梓ちゃんが飲んでいたのもね」
「じゃあムギちゃんも」唯が問う。
「ええ」紬は頷く。
「もちろんくすりなんて飲んでないわよ。
ただ梓ちゃんと遊びたかっただけ」
目からボロボロと涙が溢れてくる。
「律ちゃんと澪ちゃんに飲ませた精神安定剤も、
唯ちゃんに飲ませた睡眠薬も、全部私のなの。
今ので分かったけど私、
くすりなんて無くても元々頭がおかしいのよ」
212: 2014/05/23(金) 08:13:41.85
「そ、そんなこと」
ないよ。
唯はそう言おうと思ったが躊躇った。
梓も黙っている。
「いつからだったろうな」
沈黙に耐えかねたのか紬が言った。
「まぁ、そんなことはどうでもいいか……」
そしてしばらく俯いていたが、
スッと目線を上げて二人を見据えた。
「私も向こうへ帰ったら、ちゃんと自首します」
ないよ。
唯はそう言おうと思ったが躊躇った。
梓も黙っている。
「いつからだったろうな」
沈黙に耐えかねたのか紬が言った。
「まぁ、そんなことはどうでもいいか……」
そしてしばらく俯いていたが、
スッと目線を上げて二人を見据えた。
「私も向こうへ帰ったら、ちゃんと自首します」
214: 2014/05/23(金) 08:18:51.54
「二人とも、本当にごめんなさいね」
四日目の夕方。
帰りのクルーザーの上で、紬は謝罪の言葉を述べた。
「いいよ、もう」
「ええ。大丈夫ですよ」
二人は笑いこそしなかったが、
紬に対する怒りは持ち合わせていなかった。
「特に梓ちゃんには」
「やめてください」紬の言葉を梓が遮った。
「私も取り返しのつかないことをしました。
謝られるような立場じゃありません。
澪先輩と律先輩。あとはそのご家族や友人たちに。
謝っても謝り切れません。
これから一生をかけて償っていくんです」
クルーザーが水しぶきを上げ、
船体が大きく揺れた。
四日目の夕方。
帰りのクルーザーの上で、紬は謝罪の言葉を述べた。
「いいよ、もう」
「ええ。大丈夫ですよ」
二人は笑いこそしなかったが、
紬に対する怒りは持ち合わせていなかった。
「特に梓ちゃんには」
「やめてください」紬の言葉を梓が遮った。
「私も取り返しのつかないことをしました。
謝られるような立場じゃありません。
澪先輩と律先輩。あとはそのご家族や友人たちに。
謝っても謝り切れません。
これから一生をかけて償っていくんです」
クルーザーが水しぶきを上げ、
船体が大きく揺れた。
215: 2014/05/23(金) 08:20:59.10
遠くに沈みゆく夕日を見つめながら梓は続ける。
「償っていく途中で私が折れそうになったら、
ムギ先輩が支えてください」
紬の方に真っ直ぐ向き直る。
「ええ」紬は強く頷いた。
「じゃあ梓ちゃん。私のことも支えてくれる?」
梓はそこで初めてニッコリと笑った。
「ええ。もちろんですよ」
そのとき。
二人の肩に手が乗せられた。
振り向くと唯の顔がある。
「私も支えるからね!」
三人の抱き合うシルエットが、波間に揺れていた。
終わり
「償っていく途中で私が折れそうになったら、
ムギ先輩が支えてください」
紬の方に真っ直ぐ向き直る。
「ええ」紬は強く頷いた。
「じゃあ梓ちゃん。私のことも支えてくれる?」
梓はそこで初めてニッコリと笑った。
「ええ。もちろんですよ」
そのとき。
二人の肩に手が乗せられた。
振り向くと唯の顔がある。
「私も支えるからね!」
三人の抱き合うシルエットが、波間に揺れていた。
終わり
217: 2014/05/23(金) 08:28:11.57
読んでくれた人、支援してくれた人、レスくれた人、みんなありがとう
途中何度も規制食らってうまいこと投下できませんでした
すみません
途中何度も規制食らってうまいこと投下できませんでした
すみません
220: 2014/05/23(金) 08:56:21.58
おつ
引用元: 唯「犯人はあなたですね。律ちゃん」
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