1: 2011/10/01(土) 17:01:12.62
紬「はい、唯ちゃん。あーんして」
唯「あ……む、ム、む、ギ、ちゃ……あ」
紬「違うでしょ唯ちゃん、ご飯食べるの。ほら」
唯「あ、ン。もグもぐ……ゴはん、おい、しい」
紬「そう?良かった♪いっぱい作ったから、遠慮なくおかわりしてね」
唯「あり、ありが、と」
陽も落ちかけたある日の音楽室。
私は唯ちゃんと一緒に夕飯を食べながら、楽しいひとときを過ごしていました。
それにしても、今日の唯ちゃんはちょっと調子が悪いみたいです。
頭のネジか何かが、はずれてしまったのでしょうか?
私は唯ちゃんを心配しましたが、それよりも夕飯を食べ終わったあとのことを気にしました。
紬(早く完成させないと……唯ちゃんだけじゃ寂しいわ)
唯「あ……む、ム、む、ギ、ちゃ……あ」
紬「違うでしょ唯ちゃん、ご飯食べるの。ほら」
唯「あ、ン。もグもぐ……ゴはん、おい、しい」
紬「そう?良かった♪いっぱい作ったから、遠慮なくおかわりしてね」
唯「あり、ありが、と」
陽も落ちかけたある日の音楽室。
私は唯ちゃんと一緒に夕飯を食べながら、楽しいひとときを過ごしていました。
それにしても、今日の唯ちゃんはちょっと調子が悪いみたいです。
頭のネジか何かが、はずれてしまったのでしょうか?
私は唯ちゃんを心配しましたが、それよりも夕飯を食べ終わったあとのことを気にしました。
紬(早く完成させないと……唯ちゃんだけじゃ寂しいわ)
3: 2011/10/01(土) 17:03:38.55
唯「ムギ、ちゃン」
紬「……えっ?あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
唯「ごち、そう、さまで、した」
紬「あら、偉いわ唯ちゃん。ちゃんとごちそうさま出来るのね♪」
唯「エヘ、へえへ……」
唯ちゃんの照れくさそうな笑顔を見て、私も思わず暖かい気持ちになります。
こんな風に笑っておしゃべりしたり、ご飯を一緒に食べられることが、こんなにも素敵なことだと、
私は気の遠くなるような歳月を経て、しみじみと感じられるようになりました。
紬「……あ」
唯「えへエヘ、むぎぎぎぎちゃあ、あああああえええへへへ」
紬「あらあら……」
唯ちゃんは今食べたばかりのご飯を吐き出しながら、叫ぶように笑い続けました。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
とうとうあごまで外れてしまいました。
紬「……えっ?あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
唯「ごち、そう、さまで、した」
紬「あら、偉いわ唯ちゃん。ちゃんとごちそうさま出来るのね♪」
唯「エヘ、へえへ……」
唯ちゃんの照れくさそうな笑顔を見て、私も思わず暖かい気持ちになります。
こんな風に笑っておしゃべりしたり、ご飯を一緒に食べられることが、こんなにも素敵なことだと、
私は気の遠くなるような歳月を経て、しみじみと感じられるようになりました。
紬「……あ」
唯「えへエヘ、むぎぎぎぎちゃあ、あああああえええへへへ」
紬「あらあら……」
唯ちゃんは今食べたばかりのご飯を吐き出しながら、叫ぶように笑い続けました。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
とうとうあごまで外れてしまいました。
4: 2011/10/01(土) 17:08:54.88
唯「アアアアアアアアアアアアアア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」
制御の利かなくなった唯ちゃんは、ハウリングのような奇声を上げて床を転げまわっています。
紬(声帯の異常かしら……しばらくこんなことはなかったのに)
私は悲しくなり、狂ってしまった唯ちゃんを押さえつけると、電流を流す機械を手に持って
唯ちゃんの首に押しつけました。
紬「唯ちゃん、ごめんね。ごめんね……」
私は泣きながらスイッチを押しました。
バチィッ!!
するどい音とともに唯ちゃんは大人しくなりました。
私は唯ちゃんを抱き上げると、音楽室の外へと運びました。
制御の利かなくなった唯ちゃんは、ハウリングのような奇声を上げて床を転げまわっています。
紬(声帯の異常かしら……しばらくこんなことはなかったのに)
私は悲しくなり、狂ってしまった唯ちゃんを押さえつけると、電流を流す機械を手に持って
唯ちゃんの首に押しつけました。
紬「唯ちゃん、ごめんね。ごめんね……」
私は泣きながらスイッチを押しました。
バチィッ!!
するどい音とともに唯ちゃんは大人しくなりました。
私は唯ちゃんを抱き上げると、音楽室の外へと運びました。
5: 2011/10/01(土) 17:11:36.72
薄暗い空と、真っ赤な空が、頭上で境界線を作っているのが見えました。
夜になってしまう前に、私は急いで唯ちゃんをラボに持って帰ろうと走りました。
地球上の動物は残らず全滅したとは言え、あれから数百年と経っているのです。
辺りはジャングルのような草木に覆われていました。
人工的な灯りのない暗闇の中には、もしかしたら私の知らない何かが住んでいて、
襲いかかってくるのではないかと気が気ではなかったのです。
7: 2011/10/01(土) 17:14:01.23
どうなってるんだ
8: 2011/10/01(土) 17:14:01.89
ラボへ行く途中、私は草木の生い茂った、泥臭いけもの道を汗をかいて歩いていました。
こんな風に音楽室とラボを何回も通うハメになるのなら、もっとちゃんとした道を
作っておけばよかったと、少し後悔しました。
あの音楽室を建てたのはだいたい10年ほど前ですが、よくよく考えてみれば、
ラボの隣に建てた方がずっと効率がよかったような気もします。
ですが、やはり私は、桜ケ丘高校があった土地――そこは世界大戦の時に綺麗に焼け野原と
なってしまったのですが――その想い出の場所に音楽室を再建することが、
何かとても意味のあることだと思ったのです。
そういうわけで、私は唯ちゃんを担いで、ひたすら音楽室とラボを往復する毎日を送っていました。
こんな風に音楽室とラボを何回も通うハメになるのなら、もっとちゃんとした道を
作っておけばよかったと、少し後悔しました。
あの音楽室を建てたのはだいたい10年ほど前ですが、よくよく考えてみれば、
ラボの隣に建てた方がずっと効率がよかったような気もします。
ですが、やはり私は、桜ケ丘高校があった土地――そこは世界大戦の時に綺麗に焼け野原と
なってしまったのですが――その想い出の場所に音楽室を再建することが、
何かとても意味のあることだと思ったのです。
そういうわけで、私は唯ちゃんを担いで、ひたすら音楽室とラボを往復する毎日を送っていました。
9: 2011/10/01(土) 17:18:31.26
紬「ふぅ……」
音楽室から1キロほど離れた場所にある、琴吹財閥のラボへと着きました。
ラボの中は、私が長い時間をかけて開発した実験器具や、古くなってカビの生えた本、
そしてたくさんのコンピュータが所狭しと置いてありました。
私は少しだけ息を切らして、ラボの奥にある"平沢唯"と書かれたベッドへと、
唯ちゃんを寝かせてあげました。
紬「よいしょ……っと」
そのベッドはほとんど棺桶のような形をしていて、周りには大小さまざまなチューブが繋がれています。
唯ちゃんは目を見開いたまま、固まっていました。
私はそばにあるコンピュータの前に腰を下ろして、画面を見ました。
紬「やっぱり声帯の部分が壊れていたのね……それに外部の環境を認識するシステムに
一部不備があったみたい……」
私はよく、ブツブツと独り言を言います。
紬「う~ん……これは修復するのに時間がかかるわね……」
どうしよう、と私は思いました。
とりあえず人工皮膚が腐らないように、唯ちゃんの体を培養液に浸しておきます。
音楽室から1キロほど離れた場所にある、琴吹財閥のラボへと着きました。
ラボの中は、私が長い時間をかけて開発した実験器具や、古くなってカビの生えた本、
そしてたくさんのコンピュータが所狭しと置いてありました。
私は少しだけ息を切らして、ラボの奥にある"平沢唯"と書かれたベッドへと、
唯ちゃんを寝かせてあげました。
紬「よいしょ……っと」
そのベッドはほとんど棺桶のような形をしていて、周りには大小さまざまなチューブが繋がれています。
唯ちゃんは目を見開いたまま、固まっていました。
私はそばにあるコンピュータの前に腰を下ろして、画面を見ました。
紬「やっぱり声帯の部分が壊れていたのね……それに外部の環境を認識するシステムに
一部不備があったみたい……」
私はよく、ブツブツと独り言を言います。
紬「う~ん……これは修復するのに時間がかかるわね……」
どうしよう、と私は思いました。
とりあえず人工皮膚が腐らないように、唯ちゃんの体を培養液に浸しておきます。
13: 2011/10/01(土) 17:24:36.34
紬「しょうがない、かぁ。りっちゃんたちはどうかしら?」
私は唯ちゃんの修復プログラムを組み終えると、隣に並んだ他の棺桶……のような形をした
ベッドの様子を見てみることにしました。
"田井中律"と書かれたそのベッドには、下半身のない少女の姿がありました。
紬「唯ちゃんを直している間に、りっちゃんだけでも完成させようっと」
私はさっそく、りっちゃんの傍のコンピュータをカタカタと操作します。
唯ちゃんが完成してから2週間、一人作ってしまえばあとの3人は簡単だろうと思っていたのですが、
実際はそう上手くいきませんでした。
というのも、私は彼女たちの体を組み立てるときは、なるべくコンピュータのモデリングや機械に頼らずに
自分の手で作ってあげたいというこだわりがあったからです。
人類が滅亡してからも、私は放課後ティータイムの写真や記録を大事にとっておきました。
それを頼りに、私は彼女たちの肉体を再現しようとしたのです。
紬「え~っと、りっちゃんは結構足が細いのよね。ドラムをやってたから引き締まってるのかも」
私は写真とりっちゃんのベッドの中身とを交互に見比べながら、合成筋肉の仕様を計算します。
当然、彼女たちは全裸ですから、その、恥部も再現する必要があったのですが、
そうは言っても資料がほとんどありません。
そこは想像で補います。
私は唯ちゃんの修復プログラムを組み終えると、隣に並んだ他の棺桶……のような形をした
ベッドの様子を見てみることにしました。
"田井中律"と書かれたそのベッドには、下半身のない少女の姿がありました。
紬「唯ちゃんを直している間に、りっちゃんだけでも完成させようっと」
私はさっそく、りっちゃんの傍のコンピュータをカタカタと操作します。
唯ちゃんが完成してから2週間、一人作ってしまえばあとの3人は簡単だろうと思っていたのですが、
実際はそう上手くいきませんでした。
というのも、私は彼女たちの体を組み立てるときは、なるべくコンピュータのモデリングや機械に頼らずに
自分の手で作ってあげたいというこだわりがあったからです。
人類が滅亡してからも、私は放課後ティータイムの写真や記録を大事にとっておきました。
それを頼りに、私は彼女たちの肉体を再現しようとしたのです。
紬「え~っと、りっちゃんは結構足が細いのよね。ドラムをやってたから引き締まってるのかも」
私は写真とりっちゃんのベッドの中身とを交互に見比べながら、合成筋肉の仕様を計算します。
当然、彼女たちは全裸ですから、その、恥部も再現する必要があったのですが、
そうは言っても資料がほとんどありません。
そこは想像で補います。
16: 2011/10/01(土) 17:28:01.17
そんなことを考えて、なんだか恥ずかしさで顔が紅潮するのです。
その度に、私にもまだ人間らしさが残っているんだなぁ、なんて実感して、
変に嬉しくなります。
私は骨格や人工皮膚をせっせと作りながら、あの音楽室で、放課後ティータイムのみんなと
楽しくおしゃべりできることを夢見ていました。
そう、私たちがまだ人間として生きていた、あの頃みたいに…………
その度に、私にもまだ人間らしさが残っているんだなぁ、なんて実感して、
変に嬉しくなります。
私は骨格や人工皮膚をせっせと作りながら、あの音楽室で、放課後ティータイムのみんなと
楽しくおしゃべりできることを夢見ていました。
そう、私たちがまだ人間として生きていた、あの頃みたいに…………
21: 2011/10/01(土) 17:34:11.66
◆◇◆◇
律「お、遅かつたな、ムギ」
紬「あら、もうみんな来てたのね。ごめんなさい、今からお茶、淹れるわね?」
澪「そんな、気をつかわなくても、大丈夫、だよムギ」
紬「いいの、いいの。これは私がやりたくてやってるんだから」
唯「むギちゃん、今日のお、おやつは、ナニ?」
紬「今日はモンブランよ~♪」
梓「うわぁ、おいし、そうだなぁ」
実際はモンブランの形をした乾燥栄養剤だったのだけれど、彼女たちは喜んで食べてくれました。
あれから1年とちょっと経って、ようやく私は放課後ティータイムのみんなを完成させました。
動きはまだどこかぎこちないけれど、彼女たちの思考プログラムは自律学習が出来るようになっているので、
そのうち滑らかに話せるようになると思います。
今日の私は、掃除当番で少し遅れて来るという設定でした。
彼女たちは暖かく私を迎えてくれました。
感激して涙が出そうになるのをぐっ、とこらえて、私はモンブラン……の形をした乾燥栄養剤を
ニコニコと机に置くのでした。
律「お、遅かつたな、ムギ」
紬「あら、もうみんな来てたのね。ごめんなさい、今からお茶、淹れるわね?」
澪「そんな、気をつかわなくても、大丈夫、だよムギ」
紬「いいの、いいの。これは私がやりたくてやってるんだから」
唯「むギちゃん、今日のお、おやつは、ナニ?」
紬「今日はモンブランよ~♪」
梓「うわぁ、おいし、そうだなぁ」
実際はモンブランの形をした乾燥栄養剤だったのだけれど、彼女たちは喜んで食べてくれました。
あれから1年とちょっと経って、ようやく私は放課後ティータイムのみんなを完成させました。
動きはまだどこかぎこちないけれど、彼女たちの思考プログラムは自律学習が出来るようになっているので、
そのうち滑らかに話せるようになると思います。
今日の私は、掃除当番で少し遅れて来るという設定でした。
彼女たちは暖かく私を迎えてくれました。
感激して涙が出そうになるのをぐっ、とこらえて、私はモンブラン……の形をした乾燥栄養剤を
ニコニコと机に置くのでした。
24: 2011/10/01(土) 17:39:00.88
梓「ちょ、っとゆいせんぱい!わたしの、取るな!」
唯「あははは、あずにゃんが、怒ったー」
梓「ふざ、けるな!」
ガタン!
澪「梓ちゃん、落ち着き、なよ」
律「うまいな、これ」パクパク
梓ちゃんが唯ちゃんを怒鳴ってしまいました。
紬(あれれ……?梓ちゃんってこんな性格だったかしら?)
それに澪ちゃんや、りっちゃんの言動にも、どこか違和感を感じます。
とうとう梓ちゃんが音楽室から出て行ってしまいました。
紬「あっ!待って梓ちゃん!」
私は必氏になって追いかけていきます。
唯「あははは、あずにゃんが、怒ったー」
梓「ふざ、けるな!」
ガタン!
澪「梓ちゃん、落ち着き、なよ」
律「うまいな、これ」パクパク
梓ちゃんが唯ちゃんを怒鳴ってしまいました。
紬(あれれ……?梓ちゃんってこんな性格だったかしら?)
それに澪ちゃんや、りっちゃんの言動にも、どこか違和感を感じます。
とうとう梓ちゃんが音楽室から出て行ってしまいました。
紬「あっ!待って梓ちゃん!」
私は必氏になって追いかけていきます。
28: 2011/10/01(土) 17:43:27.80
ギィ、と木製の扉を開けると、地面に大の字になって倒れている梓ちゃんがいました。
私は彼女たちに、この音楽室でしか活動できないようにするプログラミングを施していたのです。
紬「あらあらあら……せっかく作った制服が汚れちゃった」
私は梓ちゃんを抱きかかえて、音楽室の隅に置いておくことにしました。
唯「……あ、れ?あずにゃんは、どこに行つたの?」
紬「梓ちゃんは怒って帰っちゃったみたい」
唯「そっかぁ」
澪「まったく、ゆいが、欲張るから、だぞ」
律「むぎ、お茶のお、おかわりくれ」
紬「はいはい、ちょっと待っててね」
私は彼女たちに、この音楽室でしか活動できないようにするプログラミングを施していたのです。
紬「あらあらあら……せっかく作った制服が汚れちゃった」
私は梓ちゃんを抱きかかえて、音楽室の隅に置いておくことにしました。
唯「……あ、れ?あずにゃんは、どこに行つたの?」
紬「梓ちゃんは怒って帰っちゃったみたい」
唯「そっかぁ」
澪「まったく、ゆいが、欲張るから、だぞ」
律「むぎ、お茶のお、おかわりくれ」
紬「はいはい、ちょっと待っててね」
31: 2011/10/01(土) 17:47:20.65
私は数百年もの間、彼女たちと再び会えるのを楽しみにしていました。
ですが、いくら体に生命維持装置を埋め込んで、老いることのない永遠の命を手に入れても、
流石に記憶まで完璧に覚えていません。
放課後ティータイムのみんなの姿や形は記録に残っていても、性格や話し方などはかなり曖昧にしか
覚えていないのです。
それでも、この数百年、彼女たちを思わない日はなかった。
33: 2011/10/01(土) 17:50:06.80
むしろこれだけ再現できたことを誇りに思うくらいです。
ちょっとした差異はありますが、ほとんど彼女たちそのものだと言えるのではないでしょうか。
けれどもやはり、その小さな差異はくっきりと、私とみんなの間に深い溝を作るのでした。
今日は帰ったら、もう少し人工知能を練ってみようかしら。
どうにも、私のおぼろげな記憶の中のみんなと、私が作ったみんなとが完全に一致しないのです。
唯ちゃんなどは一番時間をかけて調整しているのに(彼女を最初に作ったから)
いまだにしっくり来ないのです。
唯ちゃんは普段ぼけっとしてて、でもやる時はすごく頑張る子で……
私は唯ちゃんの笑顔がとても好きでした。
だから笑った顔だけは、とても念入りに調整したのです。
おかげで笑顔は完ぺきでした。
でも違うのです。
本来の彼女の、あの人を和ませるような心の暖かさが、ありませんでした。
ほころんだ彼女は、まるで天使のよう。
でも私が作った唯ちゃんの笑顔は、遥か昔の唯ちゃんの笑顔を思い出させるだけの、
ただの完ぺきな彼女の模倣でしかありませんでした。
ちょっとした差異はありますが、ほとんど彼女たちそのものだと言えるのではないでしょうか。
けれどもやはり、その小さな差異はくっきりと、私とみんなの間に深い溝を作るのでした。
今日は帰ったら、もう少し人工知能を練ってみようかしら。
どうにも、私のおぼろげな記憶の中のみんなと、私が作ったみんなとが完全に一致しないのです。
唯ちゃんなどは一番時間をかけて調整しているのに(彼女を最初に作ったから)
いまだにしっくり来ないのです。
唯ちゃんは普段ぼけっとしてて、でもやる時はすごく頑張る子で……
私は唯ちゃんの笑顔がとても好きでした。
だから笑った顔だけは、とても念入りに調整したのです。
おかげで笑顔は完ぺきでした。
でも違うのです。
本来の彼女の、あの人を和ませるような心の暖かさが、ありませんでした。
ほころんだ彼女は、まるで天使のよう。
でも私が作った唯ちゃんの笑顔は、遥か昔の唯ちゃんの笑顔を思い出させるだけの、
ただの完ぺきな彼女の模倣でしかありませんでした。
36: 2011/10/01(土) 17:57:39.89
そして他にも、私の頭を悩ませるものがありました。
唯ちゃんは……ちょっと言いにくいことなのですが、彼女は間抜けだったのです。
底抜けに天真爛漫で自由奔放だった唯ちゃんは、ときどき呆れるほど間抜けなことがありました。
そしてそのちょっとお馬鹿なところが、とても可愛らしいのでした。
私の作った唯ちゃんは、その加減を見失うことが多々あったのです。
時にそれは、どこにも可愛らしさのない、醜い、身勝手な振る舞いとして私の目に映りました。
この辺の具合も、これから長い年月をかけて、かつての本物の唯ちゃんに近づけるように
私が頑張って調整しないといけません。
こうして私は、放課後ティータイムのみんなを揃えたあとも、ラボに籠っては黙々と研究に
没頭し、その息抜きに音楽室で放課後のおしゃべりを楽しむ毎日を送っていきました。
唯ちゃんは……ちょっと言いにくいことなのですが、彼女は間抜けだったのです。
底抜けに天真爛漫で自由奔放だった唯ちゃんは、ときどき呆れるほど間抜けなことがありました。
そしてそのちょっとお馬鹿なところが、とても可愛らしいのでした。
私の作った唯ちゃんは、その加減を見失うことが多々あったのです。
時にそれは、どこにも可愛らしさのない、醜い、身勝手な振る舞いとして私の目に映りました。
この辺の具合も、これから長い年月をかけて、かつての本物の唯ちゃんに近づけるように
私が頑張って調整しないといけません。
こうして私は、放課後ティータイムのみんなを揃えたあとも、ラボに籠っては黙々と研究に
没頭し、その息抜きに音楽室で放課後のおしゃべりを楽しむ毎日を送っていきました。
38: 2011/10/01(土) 18:04:28.95
――ある日のことでした。
澪「あ、れ?今日は、りつ、来ていないのか」
唯「澪ちゃん聞いてないの?風邪引いて休んだんだよ」
梓「そうですか。おでこでも、冷えたんでしょうか」
私はふと思い立って、いつかの軽音部の想い出を再現してみようとしました。
私の記憶が正しければ、確かりっちゃんが風邪で休んだ時、澪ちゃんがとても心配して、
りっちゃんの家まで看病しに行った……ような覚えがあります。
そのとき、私は二人の間にある美しい友情、信頼関係に心を打たれたのでした。
詳しい部分は正直あまり記憶にないのですが(なんだかとても曖昧なのです)
とりあえず、りっちゃんだけ今日は部活に来れないという設定で、彼女たちの思考実験も兼ねて、
試してみることにしたのです。
澪「りつ……が、風邪……?」
42: 2011/10/01(土) 18:10:08.61
さあ、澪ちゃんはりっちゃんが風邪で寝込んでいると知ったら、どんな行動を取るのでしょうか。
澪「風邪……りつ、が、病気……」
唯「澪ちゃん、どうしたの?」
澪「た、大変だ……!こ、こんな、ことし、してる場合じゃ、ない!」
そう。澪ちゃんはりっちゃんのことが心配でたまらないはず。
今の彼女の頭の中はりっちゃんのことでいっぱいなのでしょう。
私はこの二人に与えた相互認識プログラムがどこまで発展するのか、とても興味がありました。
澪「いま、いますぐに様子、を、見に行かないと……!」
唯「お、落ち着きなよ澪ちゃん……」
紬「…………」
梓「うふふ。そんなことより、も早く練習!です!」
ちょっと梓ちゃんの言動は安定しませんが、それはひとまず置いておきましょう。
澪「風邪……りつ、が、病気……」
唯「澪ちゃん、どうしたの?」
澪「た、大変だ……!こ、こんな、ことし、してる場合じゃ、ない!」
そう。澪ちゃんはりっちゃんのことが心配でたまらないはず。
今の彼女の頭の中はりっちゃんのことでいっぱいなのでしょう。
私はこの二人に与えた相互認識プログラムがどこまで発展するのか、とても興味がありました。
澪「いま、いますぐに様子、を、見に行かないと……!」
唯「お、落ち着きなよ澪ちゃん……」
紬「…………」
梓「うふふ。そんなことより、も早く練習!です!」
ちょっと梓ちゃんの言動は安定しませんが、それはひとまず置いておきましょう。
46: 2011/10/01(土) 18:15:59.96
澪「ああ……りつ、りつ、りつ……り、つ……」
小刻みに震えていた肩が、だんだんと澪ちゃんの指先に伝わり、
まるで何かの禁断症状のように、とても不安な動きへと変わっていきます。
人工歯をカチ、カチと鳴らしながら、視線はある一点をぎゅっと見つめていたかと思うと、
今度は足がガタガタと震えはじめました。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
澪「り、つ……りつ、りつ、律、りつ律りつ、律」
澪ちゃんの黒い、綺麗な瞳が、宙をふらふらと泳ぎ、息遣いも荒くなってゆきます。
顔は青ざめ、口だけがパクパクと、りつ、りつ、とだけ呟いていました。
その声は、次第にうめくような、どす黒い吐息へと変わり、もはや全身の震えは、
痛ましい痙攣となって、ガクガクと椅子や机を打ちつけました。
澪「ぅぅうぅぅううう…………りつりつりつりつりつ律りつりつrうt……」
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ
小刻みに震えていた肩が、だんだんと澪ちゃんの指先に伝わり、
まるで何かの禁断症状のように、とても不安な動きへと変わっていきます。
人工歯をカチ、カチと鳴らしながら、視線はある一点をぎゅっと見つめていたかと思うと、
今度は足がガタガタと震えはじめました。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
澪「り、つ……りつ、りつ、律、りつ律りつ、律」
澪ちゃんの黒い、綺麗な瞳が、宙をふらふらと泳ぎ、息遣いも荒くなってゆきます。
顔は青ざめ、口だけがパクパクと、りつ、りつ、とだけ呟いていました。
その声は、次第にうめくような、どす黒い吐息へと変わり、もはや全身の震えは、
痛ましい痙攣となって、ガクガクと椅子や机を打ちつけました。
澪「ぅぅうぅぅううう…………りつりつりつりつりつ律りつりつrうt……」
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ
49: 2011/10/01(土) 18:21:03.72
なんということでしょう。
私は、これほどまでにりっちゃんのことを想う澪ちゃんの姿を見て、感動せずにはいられませんでした。
澪「うううううぅぅぅぅううううぅぅうううううぅぅうぅぅぅぅうぅ」
澪ちゃんは口から泡を吐き、ぶくぶくと音を立てながらも、なお低く叫び続けていました。
目はグルンと白目を剥き、何を言っているのか聞き取れません。
艶やかな黒髪を振り回し、スカートにはとうとう生温かいシミがジワァと広がって、
黄色い汁が太ももを滴り落ちてゆきます。
その姿はほとんど半狂乱でした。
紬「澪ちゃん、落ち着いて」
澪「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう…………」
ガクガクガクガクガクガクガクガク
なんて美しい友情なのでしょう。
私は、これほどまでにりっちゃんのことを想う澪ちゃんの姿を見て、感動せずにはいられませんでした。
澪「うううううぅぅぅぅううううぅぅうううううぅぅうぅぅぅぅうぅ」
澪ちゃんは口から泡を吐き、ぶくぶくと音を立てながらも、なお低く叫び続けていました。
目はグルンと白目を剥き、何を言っているのか聞き取れません。
艶やかな黒髪を振り回し、スカートにはとうとう生温かいシミがジワァと広がって、
黄色い汁が太ももを滴り落ちてゆきます。
その姿はほとんど半狂乱でした。
紬「澪ちゃん、落ち着いて」
澪「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう…………」
ガクガクガクガクガクガクガクガク
なんて美しい友情なのでしょう。
53: 2011/10/01(土) 18:27:48.37
でも、これはちょっとやりすぎなんじゃないかしら。
私はりっちゃんのために正気まで失ってしまう澪ちゃんに感激してしまいましたが、
このままでは本当に狂ってしまいます。
よくよく思い出して見ると、昔、あのときの澪ちゃんはこんな感じではなかったような気がします。
もう少し、こう、大人しかったような…………?
澪「りつぅ……いやだ!!!!いやだあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
澪ちゃんの声は、突然つんざくような絶叫へと変わっていきました。
それはもう、心の奥の感情を全て絞り出したような、聞くに堪えない悲しみの咆哮でした。
私は思わず耳をふさいでしまいます。
澪ちゃんの悲しみが、りっちゃんを想うその優しい心が、私の胸に突き刺さるような気がしたのです。
澪「りつりつりつりつりつりつ!!!!!いやあああああああああああああああああ!!!!」
これ以上は危険です。
私はやむを得ず、澪ちゃんの体を押さえつけ、首元にスタン電流を流して、気絶させました。
私はりっちゃんのために正気まで失ってしまう澪ちゃんに感激してしまいましたが、
このままでは本当に狂ってしまいます。
よくよく思い出して見ると、昔、あのときの澪ちゃんはこんな感じではなかったような気がします。
もう少し、こう、大人しかったような…………?
澪「りつぅ……いやだ!!!!いやだあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
澪ちゃんの声は、突然つんざくような絶叫へと変わっていきました。
それはもう、心の奥の感情を全て絞り出したような、聞くに堪えない悲しみの咆哮でした。
私は思わず耳をふさいでしまいます。
澪ちゃんの悲しみが、りっちゃんを想うその優しい心が、私の胸に突き刺さるような気がしたのです。
澪「りつりつりつりつりつりつ!!!!!いやあああああああああああああああああ!!!!」
これ以上は危険です。
私はやむを得ず、澪ちゃんの体を押さえつけ、首元にスタン電流を流して、気絶させました。
54: 2011/10/01(土) 18:32:17.51
澪「りつりつりつりt」バチィッ
澪ちゃんは大人しくなりました。
そのわきで、唯ちゃんと梓ちゃんは何事も無かったようにお菓子を食べていました。
紬「ごめんなさい唯ちゃん、梓ちゃん。私ちょっと用事を思い出したわ。
澪ちゃんも一緒に行くから、二人とも待っててね」
唯「ほいー」
梓「えへえへ、むぎせんぱい、行ってらっしゃい、です」
私は澪ちゃんを担ぐと、ラボへと急ぎました。
澪ちゃんの、りっちゃんへの想いは、けっこう再現できていたのではないでしょうか。
この実験はかなり成功したと言えそうです。
ただ、ちょっと度が過ぎていたような気がしないでもありません。
まだまだ改良の余地はありそうですが、ベースとなる澪ちゃんの思考プログラムは
このままりっちゃんや、唯ちゃん、梓ちゃんにも流用できると思います。
澪ちゃんは大人しくなりました。
そのわきで、唯ちゃんと梓ちゃんは何事も無かったようにお菓子を食べていました。
紬「ごめんなさい唯ちゃん、梓ちゃん。私ちょっと用事を思い出したわ。
澪ちゃんも一緒に行くから、二人とも待っててね」
唯「ほいー」
梓「えへえへ、むぎせんぱい、行ってらっしゃい、です」
私は澪ちゃんを担ぐと、ラボへと急ぎました。
澪ちゃんの、りっちゃんへの想いは、けっこう再現できていたのではないでしょうか。
この実験はかなり成功したと言えそうです。
ただ、ちょっと度が過ぎていたような気がしないでもありません。
まだまだ改良の余地はありそうですが、ベースとなる澪ちゃんの思考プログラムは
このままりっちゃんや、唯ちゃん、梓ちゃんにも流用できると思います。
59: 2011/10/01(土) 18:36:47.81
私はラボに到着すると、すぐに澪ちゃんをベッドに寝かせ、彼女の意識の中を覗いてみました。
紬(あら?)
私は異変に気が付きました。
なんと澪ちゃんの脳味噌が、半分ほど焼けただれ、どろどろに溶けていたではありませんか!
紬(これは……一体どういうことなのかしら……)
私は丹念に彼女の意識を調べてゆきます。
すると驚くべきことに、彼女の思考回路の中では、りっちゃんに関するあらゆる論理的手順が
破壊されていたのです!
私は、わけがわかりませんでした。
澪ちゃんはりっちゃんを想うあまり、完全に壊れてしまったということなのでしょうか?
紬(いいえ……そうじゃないわ)
私はかぶりをふりました。
澪ちゃんは、自分の頭の中から、りっちゃんの存在を完全に消し去ろうとしていたのです。
紬(なんで……なんで……)
私は絶望しました。
紬(あら?)
私は異変に気が付きました。
なんと澪ちゃんの脳味噌が、半分ほど焼けただれ、どろどろに溶けていたではありませんか!
紬(これは……一体どういうことなのかしら……)
私は丹念に彼女の意識を調べてゆきます。
すると驚くべきことに、彼女の思考回路の中では、りっちゃんに関するあらゆる論理的手順が
破壊されていたのです!
私は、わけがわかりませんでした。
澪ちゃんはりっちゃんを想うあまり、完全に壊れてしまったということなのでしょうか?
紬(いいえ……そうじゃないわ)
私はかぶりをふりました。
澪ちゃんは、自分の頭の中から、りっちゃんの存在を完全に消し去ろうとしていたのです。
紬(なんで……なんで……)
私は絶望しました。
62: 2011/10/01(土) 18:44:13.99
紬(澪ちゃんにとって、りっちゃんは消してしまいたいほどの存在だったの?)
紬(……違う、そんなハズはないわ。だってあの時……高校生の時の澪ちゃんとりっちゃんは
あんなにも仲が良くて、お互いに信頼し合っていて、私なんかが入り込める余地なんてないくらい、
恋人同士のように生きていたのに……)
なんで?どうして?
そうやって頭を悩ませ、必氏に澪ちゃんの脳味噌をいじくりまわしているうち、ふと、
私の心に一抹の考えがよぎりました。
――私が間違っていたの?
私が無理矢理、澪ちゃんの心を、りっちゃんと結び付けようとして……
私のせいで、澪ちゃんはりっちゃんを否定して、拒絶したの?
その考えは、とても、とても恐ろしいものでした。
私が組み込んだ思考プログラムは完ぺきだったはず。
澪ちゃんは、それを拒否した。
それはつまり、澪ちゃんが私を否定しているということ……?
紬(……違う、そんなハズはないわ。だってあの時……高校生の時の澪ちゃんとりっちゃんは
あんなにも仲が良くて、お互いに信頼し合っていて、私なんかが入り込める余地なんてないくらい、
恋人同士のように生きていたのに……)
なんで?どうして?
そうやって頭を悩ませ、必氏に澪ちゃんの脳味噌をいじくりまわしているうち、ふと、
私の心に一抹の考えがよぎりました。
――私が間違っていたの?
私が無理矢理、澪ちゃんの心を、りっちゃんと結び付けようとして……
私のせいで、澪ちゃんはりっちゃんを否定して、拒絶したの?
その考えは、とても、とても恐ろしいものでした。
私が組み込んだ思考プログラムは完ぺきだったはず。
澪ちゃんは、それを拒否した。
それはつまり、澪ちゃんが私を否定しているということ……?
65: 2011/10/01(土) 18:47:47.29
紬「はぁっ……はぁっ……!」
私は恐怖のあまり、息が出来ませんでした。
紬「澪……ちゃん……。私が……私が間違っていたの?ねえ……答えてっ……」
私はベッドの上で固まっている澪ちゃんの肩をつかむと、激しく揺さぶりました。
ギィッ ギィッ
軋んだ音を立てて、澪ちゃんはリズミカルに飛び跳ねました。
ビヨン ビヨン
紬「ねえっ!澪ちゃん、答えてよっ!私のやってきたことは間違っていたのっ!?」
ギッ ギッ
私はいつのまにか大声を出していました。
これほど声を張り上げることは久しぶりです。
初めて唯ちゃんを完成させたとき以来かもしれません。
紬「澪ちゃん!澪ちゃん!澪ちゃん!澪ちゃん!教えてよっ、何がいけなかったの!?」
ギッ ギッ ……
私は恐怖のあまり、息が出来ませんでした。
紬「澪……ちゃん……。私が……私が間違っていたの?ねえ……答えてっ……」
私はベッドの上で固まっている澪ちゃんの肩をつかむと、激しく揺さぶりました。
ギィッ ギィッ
軋んだ音を立てて、澪ちゃんはリズミカルに飛び跳ねました。
ビヨン ビヨン
紬「ねえっ!澪ちゃん、答えてよっ!私のやってきたことは間違っていたのっ!?」
ギッ ギッ
私はいつのまにか大声を出していました。
これほど声を張り上げることは久しぶりです。
初めて唯ちゃんを完成させたとき以来かもしれません。
紬「澪ちゃん!澪ちゃん!澪ちゃん!澪ちゃん!教えてよっ、何がいけなかったの!?」
ギッ ギッ ……
69: 2011/10/01(土) 18:54:16.20
私がみんなを生き返らせようと思ったから……?
私がみんなと、もう一度会いたいと思ったから……?
紬「ねえ……澪……ちゃん……どうして……」
澪ちゃんは何も答えません。
澪ちゃんは人形のように、固まったまま、動きません。
私はその場に泣き崩れました。
ひとりぼっち。
私はこの世界で、ずっと、永遠に一人……
なぜ私だけが、生き残ったのでしょう。
この小さな、取るに足らないちっぽけな人間が、地球上でたった一人、残された理由……
何度も、何度も、何度もその理由を考えました。
その度に、私は氏ぬことを考え、その度に、氏んではいけないと考えました。
私がみんなと、もう一度会いたいと思ったから……?
紬「ねえ……澪……ちゃん……どうして……」
澪ちゃんは何も答えません。
澪ちゃんは人形のように、固まったまま、動きません。
私はその場に泣き崩れました。
ひとりぼっち。
私はこの世界で、ずっと、永遠に一人……
なぜ私だけが、生き残ったのでしょう。
この小さな、取るに足らないちっぽけな人間が、地球上でたった一人、残された理由……
何度も、何度も、何度もその理由を考えました。
その度に、私は氏ぬことを考え、その度に、氏んではいけないと考えました。
73: 2011/10/01(土) 18:59:12.79
氏のうと思えばいつでも氏ぬことが出来ました。
でも、私は氏にませんでした。
氏ぬ勇気がありませんでした。
ひとりぼっちになってから10年、20年ほどの間、私は必氏に生きていました。
でも、独りに耐えられなくなって、500年くらい、私は氏ぬことばかりを考えていました。
そして氏ぬことが出来ない、私には氏ぬ資格もないと悟ったとき、いつしか私は、
幻のなかの軽音部、遠い記憶の中の軽音部と会う夢に、取り憑かれてしまいました。
唯ちゃんと会いたい。
澪ちゃんと会いたい。
りっちゃんと会いたい。
梓ちゃんと会いたい。
そしてみんなと、あの想い出のなかの放課後を、もう一度――――
でも、私は氏にませんでした。
氏ぬ勇気がありませんでした。
ひとりぼっちになってから10年、20年ほどの間、私は必氏に生きていました。
でも、独りに耐えられなくなって、500年くらい、私は氏ぬことばかりを考えていました。
そして氏ぬことが出来ない、私には氏ぬ資格もないと悟ったとき、いつしか私は、
幻のなかの軽音部、遠い記憶の中の軽音部と会う夢に、取り憑かれてしまいました。
唯ちゃんと会いたい。
澪ちゃんと会いたい。
りっちゃんと会いたい。
梓ちゃんと会いたい。
そしてみんなと、あの想い出のなかの放課後を、もう一度――――
76: 2011/10/01(土) 19:09:18.81
それからは無我夢中で、みんなと再び会う方法を探し続けました。
そしてそれは、私にとって生きる意味、生きる喜び、生きる理由を、もたらしてくれたのです。
――私は、狂っていたのでしょうか。
それでも私は、例え狂っていたとしても、きっと軽音部のみんなは私を信じてくれると、信じていたのです。
……そう、信じていたのに…………。
目の前の澪ちゃんは、ただ黙ったまま天井を見つめているばかりで、何も答えてくれません。
私が生きてきた数百年は、無意味だったのでしょうか……?
私の、たった一人取り残された私の、最後の友達たちは………
所詮、弄ばれた魂の奴隷だったのでしょうか……?
そしてそれは、私にとって生きる意味、生きる喜び、生きる理由を、もたらしてくれたのです。
――私は、狂っていたのでしょうか。
それでも私は、例え狂っていたとしても、きっと軽音部のみんなは私を信じてくれると、信じていたのです。
……そう、信じていたのに…………。
目の前の澪ちゃんは、ただ黙ったまま天井を見つめているばかりで、何も答えてくれません。
私が生きてきた数百年は、無意味だったのでしょうか……?
私の、たった一人取り残された私の、最後の友達たちは………
所詮、弄ばれた魂の奴隷だったのでしょうか……?
80: 2011/10/01(土) 19:19:01.52
◆◇◆◇
唯「ムギちゃん、今日のおやつはなぁに?」
紬「カスタードプリンよ~♪」
律「おおっ、こりゃまた美味そうだな!」
澪「それにしても毎回毎回、こんなに作るのが大変そうなお菓子で大丈夫なのか?」
紬「大丈夫よ~。私、けっこう楽しんでるから♪」
梓「みなさん、ちゃんと食べ終わったら練習するんですよね?」
唯「あずにゃんは心配性だなぁ~。ばっちり、やりますとも!」フンス!
梓「なら……いいですけど」
あれから数千年と経ちました。
地球は、人類が犯した数々の破壊の傷跡をあっという間に直してしまいました。
核の汚染はまだまだ残っていますが、驚異的な自然の治癒力で、
それらは優しく、大地の全てへと、包み込むように溶けて無くなっていくのでした。
唯「ムギちゃん、今日のおやつはなぁに?」
紬「カスタードプリンよ~♪」
律「おおっ、こりゃまた美味そうだな!」
澪「それにしても毎回毎回、こんなに作るのが大変そうなお菓子で大丈夫なのか?」
紬「大丈夫よ~。私、けっこう楽しんでるから♪」
梓「みなさん、ちゃんと食べ終わったら練習するんですよね?」
唯「あずにゃんは心配性だなぁ~。ばっちり、やりますとも!」フンス!
梓「なら……いいですけど」
あれから数千年と経ちました。
地球は、人類が犯した数々の破壊の傷跡をあっという間に直してしまいました。
核の汚染はまだまだ残っていますが、驚異的な自然の治癒力で、
それらは優しく、大地の全てへと、包み込むように溶けて無くなっていくのでした。
82: 2011/10/01(土) 19:23:52.89
澪「ムギ、新しく作る道路とか電灯の仕様は大丈夫なのか?」
紬「ええ、今のところ予定の手順に大きな間違いはなさそうね」
唯「それにしてもムギちゃんは何千年もあのラボで研究してたなんて、すごいよね~」
梓「ムギ先輩がいなければ、私たちも生まれてこれなかったわけですからね」
律「それに私たち以外のロボットも作っちゃうなんて、流石だよ、流石」
りっちゃんがプリンを頬張りながら、嬉しそうに言います。
そうなのです。私は彼女たちを、この音楽室の中だけの存在に留めないで、
新しく生まれ変わった地球の住人として、一緒に暮らすことに決めたのです。
現在は私たちの他にもロボットが少数いて、こっそりと働いています。
彼らは音楽室以外の、ラボや荒れた大地を整備する役割を持たせています。
おかげで私も軽音部のみんなと居られる時間を作れるようになりました。
紬「ええ、今のところ予定の手順に大きな間違いはなさそうね」
唯「それにしてもムギちゃんは何千年もあのラボで研究してたなんて、すごいよね~」
梓「ムギ先輩がいなければ、私たちも生まれてこれなかったわけですからね」
律「それに私たち以外のロボットも作っちゃうなんて、流石だよ、流石」
りっちゃんがプリンを頬張りながら、嬉しそうに言います。
そうなのです。私は彼女たちを、この音楽室の中だけの存在に留めないで、
新しく生まれ変わった地球の住人として、一緒に暮らすことに決めたのです。
現在は私たちの他にもロボットが少数いて、こっそりと働いています。
彼らは音楽室以外の、ラボや荒れた大地を整備する役割を持たせています。
おかげで私も軽音部のみんなと居られる時間を作れるようになりました。
85: 2011/10/01(土) 19:29:44.66
ただ、私などは特にそうなのですが、基本的に私たちは食事をする頻度が極端に少ないのです。
そのこともあり、私たちは無駄に自然を破壊することを良しとしません。
音楽室の周辺と、ラボの周辺、その間にある簡素な道路さえあれば、それ以外は自然のままで
まったく手を付ける必要がないのです。
なので今回、新しく道路を作ったり、電灯を取りつけたりする作業は、なるべくゆっくりと、
長い年月をかけて完成させようと思っています。
そうでもしないと、すぐにやることがなくなってしまうのです。
既に音楽室の周りのジャングルは綺麗に整備され、景観もそれなりに整えてあるのですが、
この段階にいたるまで、実に100年もの月日を費やしました。
私は軽音部のみんなと楽しくおしゃべりしながら、ときどき思い出したように
土木作業をしたり、ちっちゃな畑を耕したりして、時間を潰していました。
そうなのです!時間はどこまでも、抱えきれないほど、私の目の前に広がっていたのです!
そのこともあり、私たちは無駄に自然を破壊することを良しとしません。
音楽室の周辺と、ラボの周辺、その間にある簡素な道路さえあれば、それ以外は自然のままで
まったく手を付ける必要がないのです。
なので今回、新しく道路を作ったり、電灯を取りつけたりする作業は、なるべくゆっくりと、
長い年月をかけて完成させようと思っています。
そうでもしないと、すぐにやることがなくなってしまうのです。
既に音楽室の周りのジャングルは綺麗に整備され、景観もそれなりに整えてあるのですが、
この段階にいたるまで、実に100年もの月日を費やしました。
私は軽音部のみんなと楽しくおしゃべりしながら、ときどき思い出したように
土木作業をしたり、ちっちゃな畑を耕したりして、時間を潰していました。
そうなのです!時間はどこまでも、抱えきれないほど、私の目の前に広がっていたのです!
86: 2011/10/01(土) 19:34:15.37
唯「えへへへ……」
紬「? どうしたの? 唯ちゃん」
唯「んっとね、ムギちゃんのおかげで私たちがこうして一緒にいて、一緒におしゃべりしてること……
これってすごく幸せなこと……なんだよね?」
紬「……うんっ。私たちはみんな、幸せよ」
唯ちゃんは、あの天使のような微笑みで、私の全てを受け入れてくれます。
たまに、私はひどく不安になるときがあります。
私の中に埋め込まれた生命維持装置は永遠に止まることがありません。
永遠に止まることがないのです。
私がかつて生きてきた数千年……いえ、もしかしたら数万年だったかもしれませんが、
その気が遠くなるような膨大な時の記憶でさえも、私の眼前に広がる無限大の時の海に比べれば、
どんなにちっぽけなものか分かりません。
私は果てのない真っ白な世界の中心で、ただひとり、ぽつねんと歩き続けるのです。
それは私一人という人間では決して受け止めることのできない、底なしの恐怖そのものだったのです。
紬「? どうしたの? 唯ちゃん」
唯「んっとね、ムギちゃんのおかげで私たちがこうして一緒にいて、一緒におしゃべりしてること……
これってすごく幸せなこと……なんだよね?」
紬「……うんっ。私たちはみんな、幸せよ」
唯ちゃんは、あの天使のような微笑みで、私の全てを受け入れてくれます。
たまに、私はひどく不安になるときがあります。
私の中に埋め込まれた生命維持装置は永遠に止まることがありません。
永遠に止まることがないのです。
私がかつて生きてきた数千年……いえ、もしかしたら数万年だったかもしれませんが、
その気が遠くなるような膨大な時の記憶でさえも、私の眼前に広がる無限大の時の海に比べれば、
どんなにちっぽけなものか分かりません。
私は果てのない真っ白な世界の中心で、ただひとり、ぽつねんと歩き続けるのです。
それは私一人という人間では決して受け止めることのできない、底なしの恐怖そのものだったのです。
88: 2011/10/01(土) 19:39:07.56
私はそれを受け止めることができませんでした。
だから、私とともに永遠を過ごしてくれる、私の友達を望んだのです。
律「よし、それじゃあ練習すっか」
唯「あ、その前におトイレ~」
梓「唯先輩には排泄機能でもついてるんですか……」
唯「あちゃあ、バレちゃったか」テヘ
澪「すぐそうやってサボろうとする。駄目だぞ、唯」
紬「でも擬似的におしっこは出来るようになってるんだけど……」
梓「あんまり甘やかしちゃダメですよ、ムギ先輩」
律「そもそもトイレなんてないしな」
唯「みんな厳しいっす~」
私は彼女たちと一緒にいる限り、決して一人ではないと確信できました。
寂しさも、退屈も、何もかも忘れて、私は永遠の放課後を生き続けようと決心しました。
だから、私とともに永遠を過ごしてくれる、私の友達を望んだのです。
律「よし、それじゃあ練習すっか」
唯「あ、その前におトイレ~」
梓「唯先輩には排泄機能でもついてるんですか……」
唯「あちゃあ、バレちゃったか」テヘ
澪「すぐそうやってサボろうとする。駄目だぞ、唯」
紬「でも擬似的におしっこは出来るようになってるんだけど……」
梓「あんまり甘やかしちゃダメですよ、ムギ先輩」
律「そもそもトイレなんてないしな」
唯「みんな厳しいっす~」
私は彼女たちと一緒にいる限り、決して一人ではないと確信できました。
寂しさも、退屈も、何もかも忘れて、私は永遠の放課後を生き続けようと決心しました。
89: 2011/10/01(土) 19:43:10.96
でも私はあるとき、気付いてしまうのです。
私の生きている永遠の時のなか――――そこで過ごす放課後の毎日は、
私にとって決して進むことのない、完全に止まった時の世界だということに。
真の意味で私の時間が動き出すとき、世界は、終わりへと収束していくことに。
そして軽音部のみんなは、私の心が作りだした、私の記憶、私の願望……
私という存在そのものだということに――――。
94: 2011/10/01(土) 19:49:48.39
◆◇◆◇
人類がいなくなって、どれくらい月日が経ったでしょう。
私はもう、正確な年数を覚えていません。
一日の長さは相変わらず24時間で、それが365回過ぎると一年となり、その一年を
10万回くらい繰り返したのでしょうか。
私は、その数え切れないくらいの朝と昼と夜と季節を、繰り返し、繰り返し、
飽きるだとか、退屈だとかいう感情にすら飽きてしまうほど、繰り返しました。
終わりのない、始まりすらも遠く彼方へ忘れ去った、でも幸せな日々………
――その時は、唐突にやってきたのです。
ドクン…
紬(…………?)
唯「ムギちゃんどうしたの?」
紬「え? いえ、なんでもないわ」
人類がいなくなって、どれくらい月日が経ったでしょう。
私はもう、正確な年数を覚えていません。
一日の長さは相変わらず24時間で、それが365回過ぎると一年となり、その一年を
10万回くらい繰り返したのでしょうか。
私は、その数え切れないくらいの朝と昼と夜と季節を、繰り返し、繰り返し、
飽きるだとか、退屈だとかいう感情にすら飽きてしまうほど、繰り返しました。
終わりのない、始まりすらも遠く彼方へ忘れ去った、でも幸せな日々………
――その時は、唐突にやってきたのです。
ドクン…
紬(…………?)
唯「ムギちゃんどうしたの?」
紬「え? いえ、なんでもないわ」
96: 2011/10/01(土) 19:57:04.14
紬(何かしら……今の感覚)
私の身体は、どんなに激しく運動しても、どんなにむちゃくちゃな生活をしても、
生命維持装置のおかげで健康そのものでした。
そんな私が今日、私の人生の中でどの位置にあるのかさえ分からない今日この日に、
初めて、身体の内部に違和感を感じたのです。
でも、最初は気のせいだと思いました。
私はいつもどおり、もう何千万回と繰り返した、何も変わることのない放課後のティータイムを
飽きることなく、精一杯楽しく過ごしている最中でした。
梓「あの~……」
梓ちゃんがおずおずとした口調で私に話しかけてきました。
その可愛らしい子猫みたいな仕草が、とても愛おしく感じられます。
私の身体は、どんなに激しく運動しても、どんなにむちゃくちゃな生活をしても、
生命維持装置のおかげで健康そのものでした。
そんな私が今日、私の人生の中でどの位置にあるのかさえ分からない今日この日に、
初めて、身体の内部に違和感を感じたのです。
でも、最初は気のせいだと思いました。
私はいつもどおり、もう何千万回と繰り返した、何も変わることのない放課後のティータイムを
飽きることなく、精一杯楽しく過ごしている最中でした。
梓「あの~……」
梓ちゃんがおずおずとした口調で私に話しかけてきました。
その可愛らしい子猫みたいな仕草が、とても愛おしく感じられます。
99: 2011/10/01(土) 20:00:12.22
紬「なぁに?梓ちゃん」
私と梓ちゃんから離れたところで、なにやらりっちゃん、澪ちゃん、唯ちゃんが楽しくおしゃべりしています。
梓「わ、私も曲を作ってみたんです!それで、ムギ先輩にちょっとアドバイスして欲しくて……」
上目づかいぎみに、頬を赤らめながら、梓ちゃんは五線譜の入った紙をそっと渡しました。
梓「この辺のコード進行が、ちょっとよく分からなくて……」
紬「………」
私はパラパラと紙をめくっていきました。
紬「梓ちゃん、すごいじゃない!これ、とても面白そう!」
梓「そ、そうですか?」
梓ちゃんはとても嬉しそうに、譜面を眺める私の表情を眺めていました。
紬「確かに、今までずっと私だけ曲を作ってきたんだものね。今度から梓ちゃんの作った曲を練習してみましょう」
梓「え!?い、いいんですか、私なんかで……」
紬「流石に何万曲も書いていると、私もそろそろ限界なのよね。これからの時代は梓ちゃんよ!」
私は、梓ちゃんに負けないくらいの、満面の笑みで言いました。
私と梓ちゃんから離れたところで、なにやらりっちゃん、澪ちゃん、唯ちゃんが楽しくおしゃべりしています。
梓「わ、私も曲を作ってみたんです!それで、ムギ先輩にちょっとアドバイスして欲しくて……」
上目づかいぎみに、頬を赤らめながら、梓ちゃんは五線譜の入った紙をそっと渡しました。
梓「この辺のコード進行が、ちょっとよく分からなくて……」
紬「………」
私はパラパラと紙をめくっていきました。
紬「梓ちゃん、すごいじゃない!これ、とても面白そう!」
梓「そ、そうですか?」
梓ちゃんはとても嬉しそうに、譜面を眺める私の表情を眺めていました。
紬「確かに、今までずっと私だけ曲を作ってきたんだものね。今度から梓ちゃんの作った曲を練習してみましょう」
梓「え!?い、いいんですか、私なんかで……」
紬「流石に何万曲も書いていると、私もそろそろ限界なのよね。これからの時代は梓ちゃんよ!」
私は、梓ちゃんに負けないくらいの、満面の笑みで言いました。
102: 2011/10/01(土) 20:09:18.08
梓「でも、正直に言って自信がないです……」
急に意気消沈する梓ちゃん。
自信がないと言っても、学園祭もなければ演奏して聞かせる聴衆もいないこの世界で、
何を自信をなくすことがあるのでしょう。
まあ、それを言ってしまうと、なんのために練習してるんだという話になってしまいますが……
紬「大丈夫よ、梓ちゃん!私はとっても好きよ、この曲!」
私は精一杯励まします。
すると梓ちゃんは再び、満面の笑みで答えてくれました。
梓「はい!」
なんでもない、普段の放課後は、こうやって過ぎてゆきます。
未来永劫、変わることはない…………そう思っていました。
しかし私の身体のなかでは、何かがすでに動き始めていたのです。
急に意気消沈する梓ちゃん。
自信がないと言っても、学園祭もなければ演奏して聞かせる聴衆もいないこの世界で、
何を自信をなくすことがあるのでしょう。
まあ、それを言ってしまうと、なんのために練習してるんだという話になってしまいますが……
紬「大丈夫よ、梓ちゃん!私はとっても好きよ、この曲!」
私は精一杯励まします。
すると梓ちゃんは再び、満面の笑みで答えてくれました。
梓「はい!」
なんでもない、普段の放課後は、こうやって過ぎてゆきます。
未来永劫、変わることはない…………そう思っていました。
しかし私の身体のなかでは、何かがすでに動き始めていたのです。
104: 2011/10/01(土) 20:13:00.44
◆◇◆◇
私は今日、ひさしぶりにラボの様子を見にやってきました。
ラボの中は相変わらずとても綺麗で、雑然としていました。
というのも、私が作ったロボットたちが、綺麗にほこりを取り除き、清潔な空間を保っていたからです。
でも私が研究に使用した本やコンピュータ、床に散らばった実験器具などは、わりとそのまま残っていたりします。
清潔なんだか散らかってるんだかよく分からない不思議なラボへと、私は1年に1回とか、10年に1回くらいの
頻度で訪れるのです。
私はともかく、唯ちゃんたちのボディの調子を見るためには、このラボのコンピュータを使う必要がありました。
彼女たちも人造の人間とは言え、そのまま放っておいて永久に動くわけではありません。
私がこちらで定期的に身体チェックや健康チェックをして、場合によっては経年劣化したボディや脳を
修理したり、交換したりすることで、彼女たちは何百年もの間、私と一緒にいることが出来るのです。
それから私は、彼女たちがほとんど人間に近い状態まで成長しきったときに、彼女たちの思考回路や、
その他の脳の状態システムを、外部のコンピュータにバックアップを取ったのです。
これで、万が一彼女たちが壊れてしまった時に、このバックアップさえあれば瞬時に復活することが出来ます。
私は今日、ひさしぶりにラボの様子を見にやってきました。
ラボの中は相変わらずとても綺麗で、雑然としていました。
というのも、私が作ったロボットたちが、綺麗にほこりを取り除き、清潔な空間を保っていたからです。
でも私が研究に使用した本やコンピュータ、床に散らばった実験器具などは、わりとそのまま残っていたりします。
清潔なんだか散らかってるんだかよく分からない不思議なラボへと、私は1年に1回とか、10年に1回くらいの
頻度で訪れるのです。
私はともかく、唯ちゃんたちのボディの調子を見るためには、このラボのコンピュータを使う必要がありました。
彼女たちも人造の人間とは言え、そのまま放っておいて永久に動くわけではありません。
私がこちらで定期的に身体チェックや健康チェックをして、場合によっては経年劣化したボディや脳を
修理したり、交換したりすることで、彼女たちは何百年もの間、私と一緒にいることが出来るのです。
それから私は、彼女たちがほとんど人間に近い状態まで成長しきったときに、彼女たちの思考回路や、
その他の脳の状態システムを、外部のコンピュータにバックアップを取ったのです。
これで、万が一彼女たちが壊れてしまった時に、このバックアップさえあれば瞬時に復活することが出来ます。
107: 2011/10/01(土) 20:19:30.04
紬「ん~……っと、次の更新日は……100年後、かぁ」
私はカタカタとコンピュータをいじりながら、彼女たちに異常がないかどうか丹念にチェックしていきます。
昔は直接身体をバラさないと検査ができませんでしたが、今では無線でほとんど事足りるのです。
ただし、やはり細かい箇所の検査は直接内部を見てみないと分からないので、次の更新日である100年後に
みんな一斉にこのラボへ連れてきて、一ヶ月ほどかけて解体と部品の交換をしなければいけません。
それでも少しずつ私の腕も上がったのでしょう。
彼女たちの素材を研究していくうちに、経年劣化や不具合の割合もどんどん改善されていきました。
次はもしかしたら千年くらいもつのではないかと考えています。
紬「…………ふあ~あ……」
モニタの青白い光りをじっと見ていたせいか、私は目をしばたかせて大きなあくびをしました。
久しぶりに集中したせいでしょうか、なんだかとても疲れます。
私はカタカタとコンピュータをいじりながら、彼女たちに異常がないかどうか丹念にチェックしていきます。
昔は直接身体をバラさないと検査ができませんでしたが、今では無線でほとんど事足りるのです。
ただし、やはり細かい箇所の検査は直接内部を見てみないと分からないので、次の更新日である100年後に
みんな一斉にこのラボへ連れてきて、一ヶ月ほどかけて解体と部品の交換をしなければいけません。
それでも少しずつ私の腕も上がったのでしょう。
彼女たちの素材を研究していくうちに、経年劣化や不具合の割合もどんどん改善されていきました。
次はもしかしたら千年くらいもつのではないかと考えています。
紬「…………ふあ~あ……」
モニタの青白い光りをじっと見ていたせいか、私は目をしばたかせて大きなあくびをしました。
久しぶりに集中したせいでしょうか、なんだかとても疲れます。
113: 2011/10/01(土) 20:26:05.35
軽く身体を伸ばしたあと、ラボの外へ出ました。
空はもう夜でした。
溢れるような星の海が、私の遠いところで輝いています。
雲ひとつない綺麗な星空でした。
「先輩」
うっとりと空をあおぐ私の横で、声がしました。
紬「梓ちゃん……」
梓「どうしたんですか?なんだかボーっとしてましたけど」
紬「うん……空が綺麗だなって」
私にならって、梓ちゃんも空を見上げます。
言葉はありませんでした。
しばらくのあいだ、私たちはそうやって夜空の星を眺めていました。
空はもう夜でした。
溢れるような星の海が、私の遠いところで輝いています。
雲ひとつない綺麗な星空でした。
「先輩」
うっとりと空をあおぐ私の横で、声がしました。
紬「梓ちゃん……」
梓「どうしたんですか?なんだかボーっとしてましたけど」
紬「うん……空が綺麗だなって」
私にならって、梓ちゃんも空を見上げます。
言葉はありませんでした。
しばらくのあいだ、私たちはそうやって夜空の星を眺めていました。
116: 2011/10/01(土) 20:30:09.97
梓「……私は」
梓ちゃんがぽつりと呟きます。
梓「私は、この星空の美しさを知っているんでしょうか……」
紬「?」
私はふと梓ちゃんの見上げた顔の、その横顔を見ました。
彼女は目を細めて、懸命に見えないものを見ようとしているようでした。
梓「私はムギ先輩に造られました。仕組みは分からないけれど、不安はありません。
ムギ先輩にとって私たちが何なのか、何だったのか……その意味も知っているつもりです」
滔々と語られるその言葉を、私は黙って聞いていました。
梓「でもひとつだけ、私の中にどうしても拭いきれない何かがあるんです。
そのことを考えると、ざわざわして、落ち着かなくなるんです……」
梓ちゃんがぽつりと呟きます。
梓「私は、この星空の美しさを知っているんでしょうか……」
紬「?」
私はふと梓ちゃんの見上げた顔の、その横顔を見ました。
彼女は目を細めて、懸命に見えないものを見ようとしているようでした。
梓「私はムギ先輩に造られました。仕組みは分からないけれど、不安はありません。
ムギ先輩にとって私たちが何なのか、何だったのか……その意味も知っているつもりです」
滔々と語られるその言葉を、私は黙って聞いていました。
梓「でもひとつだけ、私の中にどうしても拭いきれない何かがあるんです。
そのことを考えると、ざわざわして、落ち着かなくなるんです……」
120: 2011/10/01(土) 20:34:31.37
私は梓ちゃんの言いたいことを、なんとなく察しました。
そしてその予感は、はっきりと彼女の口から発せられました。
梓「……私に『心』はあるんでしょうか?」
123: 2011/10/01(土) 20:39:10.65
私は驚くべきでした。
自分の心について疑問をもつことは、私の想定していた思考アルゴリズムでは有り得ないことだったからです。
でも、なぜか梓ちゃんの思いつめたような横顔を見ていると、驚くようなことは何もないと感じるのです。
梓「私がこの星空を綺麗だと思うことが……それが本当の私の心なのかどうか、信じることができません。
でも確かに感じるんです。気付いたときにはすでにそう思っていたんです。でも…………」
梓ちゃんのぱっちりとした目が、私の瞳に映ります。
梓「私に心はないはずなんです。私は、造られた存在だから…………」
梓ちゃんは気付いてしまったのです。梓ちゃんの心が、自我が目覚めつつあることに……
自分の存在に疑いを持つことが、すでに彼女に心があることの証明なのでした。
紬「…………」
私は驚くより前に、なんと答えていいか困ってしまいました。
彼女を目覚めさせてしまうことが、果たして良いことなのでしょうか……?
梓ちゃんが自我に目覚めたとき、どういう結果をもたらすのか、私には分かりませんでした。
自分の心について疑問をもつことは、私の想定していた思考アルゴリズムでは有り得ないことだったからです。
でも、なぜか梓ちゃんの思いつめたような横顔を見ていると、驚くようなことは何もないと感じるのです。
梓「私がこの星空を綺麗だと思うことが……それが本当の私の心なのかどうか、信じることができません。
でも確かに感じるんです。気付いたときにはすでにそう思っていたんです。でも…………」
梓ちゃんのぱっちりとした目が、私の瞳に映ります。
梓「私に心はないはずなんです。私は、造られた存在だから…………」
梓ちゃんは気付いてしまったのです。梓ちゃんの心が、自我が目覚めつつあることに……
自分の存在に疑いを持つことが、すでに彼女に心があることの証明なのでした。
紬「…………」
私は驚くより前に、なんと答えていいか困ってしまいました。
彼女を目覚めさせてしまうことが、果たして良いことなのでしょうか……?
梓ちゃんが自我に目覚めたとき、どういう結果をもたらすのか、私には分かりませんでした。
126: 2011/10/01(土) 20:45:41.35
彼女が自分自身を自覚したとき、もしかしたら私の知っている梓ちゃんでは
なくなってしまうのではないかという不安――。
魂を宿した新しい彼女が、私から離れて行ってしまうのではないかという恐怖――。
梓ちゃんが本当の意味で心をもったのなら、これほど喜ばしいことはないはずでした。
紬「梓ちゃんに心があるかどうか……それは梓ちゃんにしか分からない」
私は、梓ちゃんの問いにも、私自身の気持ちにも、正しい答えをだすことができません。
だからこうやってごまかすしかないのです。
なくなってしまうのではないかという不安――。
魂を宿した新しい彼女が、私から離れて行ってしまうのではないかという恐怖――。
梓ちゃんが本当の意味で心をもったのなら、これほど喜ばしいことはないはずでした。
紬「梓ちゃんに心があるかどうか……それは梓ちゃんにしか分からない」
私は、梓ちゃんの問いにも、私自身の気持ちにも、正しい答えをだすことができません。
だからこうやってごまかすしかないのです。
128: 2011/10/01(土) 20:49:08.65
――私は続けて、こう言いました。
紬「梓ちゃんの言葉、梓ちゃんの行動、梓ちゃんの気持ち……その全ては、確かに私が造ったもの。
今ここにいる梓ちゃんは、私から生み出された、私の記憶の一部にすぎないのかもしれない……」
梓「……ムギ先輩?」
紬「でもね、梓ちゃん」
そのとき、私の中にはすでに――
132: 2011/10/01(土) 20:53:37.36
紬「梓ちゃんは、梓ちゃんの気持ちを、心を大切にしてほしいの。
私のためでなく、梓ちゃん自身のために……」
私の希望に縛られた、可哀そうな運命の奴隷――。
私が生き続けてきた意味のひとつの答えは、気付かぬあいだに
すぐ目の前に近づいていたのです。
私の口は滑らかに動き、自然と言葉を紡いでゆきます。
紬「私は、怖かっただけなのかもしれない……
軽音部のみんなが気付いてしまうことに……私の中の何かが、変わってしまうことに」
時は無限に広がっていても、そこに『未来』はないということに。
私のためでなく、梓ちゃん自身のために……」
私の希望に縛られた、可哀そうな運命の奴隷――。
私が生き続けてきた意味のひとつの答えは、気付かぬあいだに
すぐ目の前に近づいていたのです。
私の口は滑らかに動き、自然と言葉を紡いでゆきます。
紬「私は、怖かっただけなのかもしれない……
軽音部のみんなが気付いてしまうことに……私の中の何かが、変わってしまうことに」
時は無限に広がっていても、そこに『未来』はないということに。
133: 2011/10/01(土) 20:57:21.93
すると突然、それは蘇るように私の内側へ迫ってきたのです。
時が流れ始めたという、確信的なささやきが――
私に残されていた、覚悟にも似た決意が――
紬「……さあ、帰りましょう。みんなが待ってるわ」
梓「え? は、はい……」
道には街灯の明りがつきはじめていました。
先に歩く梓ちゃんの可愛らしい後姿が、次第に霞んで、輪郭をゆがめていきます。
堪え切れずに空を仰ぐと、涙がこぼれ落ちるのが分かりました。
満天の星たちは、光りに溶け込んで見えなくなっていました。
時が流れ始めたという、確信的なささやきが――
私に残されていた、覚悟にも似た決意が――
紬「……さあ、帰りましょう。みんなが待ってるわ」
梓「え? は、はい……」
道には街灯の明りがつきはじめていました。
先に歩く梓ちゃんの可愛らしい後姿が、次第に霞んで、輪郭をゆがめていきます。
堪え切れずに空を仰ぐと、涙がこぼれ落ちるのが分かりました。
満天の星たちは、光りに溶け込んで見えなくなっていました。
135: 2011/10/01(土) 21:04:17.09
◆◇◆◇
それから一週間も経たないうちに、私の身体は急激に衰えていきました。
今まで元気いっぱいに動きまわっていたのがウソのように、ベッドで寝ている時間が多くなったのです。
どこか具合が悪いというわけではありません。
ただ身体の自由が利かなくなっていくのです。
眠りから覚めても、まだ夢の中にいるような感覚がしばらく続き、起き上がる力もありません。
唯「お~い、ムギちゃ~ん。朝だよ~」ユサユサ
紬「う……ん…………ごめんなさい唯ちゃん、もう少し寝させて……」
澪「ムギ、無理しなくていいんだぞ?」
律「どこか具合が悪いのか?」
最近ではみんなが私のベッドに起こしにくるようになっていました。
それぞれ優しく声をかけてくれて、私はとても嬉しい気持ちになるのです。
それから一週間も経たないうちに、私の身体は急激に衰えていきました。
今まで元気いっぱいに動きまわっていたのがウソのように、ベッドで寝ている時間が多くなったのです。
どこか具合が悪いというわけではありません。
ただ身体の自由が利かなくなっていくのです。
眠りから覚めても、まだ夢の中にいるような感覚がしばらく続き、起き上がる力もありません。
唯「お~い、ムギちゃ~ん。朝だよ~」ユサユサ
紬「う……ん…………ごめんなさい唯ちゃん、もう少し寝させて……」
澪「ムギ、無理しなくていいんだぞ?」
律「どこか具合が悪いのか?」
最近ではみんなが私のベッドに起こしにくるようになっていました。
それぞれ優しく声をかけてくれて、私はとても嬉しい気持ちになるのです。
137: 2011/10/01(土) 21:13:06.58
紬「いえ、具合が悪いわけではないの……ただ最近、とても眠くて……」
唯「ムギちゃんは頑張り屋さんだから、きっと疲れがたまってるんだよ」
横向きに枕に顔をうずめていた私は、薄く目をあけて唯ちゃんの姿を確認しました。
彼女の明るくて透明な世界が、ベッドにもたれかかって私を覗きこんでいます。
紬「もう少ししたら起きれると思うから、みんな先に部室に行ってて」
律「そうか……何かあったらちゃんと言ってくれよ」
紬「だいじょうぶ……唯ちゃんの言う通り、疲れがたまっているだけなのかもしれないし」
みんなは納得したように部屋をあとにしました。
私は再び、浅い眠りへと意識をしずめていくのでした。
唯「ムギちゃんは頑張り屋さんだから、きっと疲れがたまってるんだよ」
横向きに枕に顔をうずめていた私は、薄く目をあけて唯ちゃんの姿を確認しました。
彼女の明るくて透明な世界が、ベッドにもたれかかって私を覗きこんでいます。
紬「もう少ししたら起きれると思うから、みんな先に部室に行ってて」
律「そうか……何かあったらちゃんと言ってくれよ」
紬「だいじょうぶ……唯ちゃんの言う通り、疲れがたまっているだけなのかもしれないし」
みんなは納得したように部屋をあとにしました。
私は再び、浅い眠りへと意識をしずめていくのでした。
141: 2011/10/01(土) 21:17:40.61
…………夢でしょうか。
暖かな日差しが窓から漏れて、ふわりと盛り上がったベッドにあかるい影を作っています。
その真っ白なベッドにすやすやと眠っている私がいました。
薄暗い、けれども清潔な部屋には、静かな時間だけが漂っています。
私の寝ているベッドのわきに、梓ちゃんが椅子に座っているのが見えました。
少し身をのりだして、私の寝顔へとさびしげな視線を落としています。
まるで空間の一部となってしまったかのように、ピクリとも動きません。
ときどき、静寂にまぎれて私の浅い寝息が聞こえるだけです。
144: 2011/10/01(土) 21:20:49.24
私の意識はふわふわと宙に浮かんで、二人を見下ろしていました。
穏やかな色あいが部屋に満ちています。
そこには、どこか悲劇的な美しさが波打っていて、ぼんやりとした意識のなかに現れては消えてゆくのでした。
不意に手が握られるのを感じました。
梓ちゃんの小さな手のひらが、眠る私の手を包むように握っていました。
暖かくて優しい、安らぐような感覚が、私の心に伝わります。
私は、目を覚まさなければ、と必氏に自分に言い聞かせます。
けれど頑張っても頑張っても、私の目が開かれることはありませんでした。
梓ちゃんは私に向かって何かをぽつりと呟きますが、私の耳に届くことはありません。
私は相変わらず密かな寝息を立てて、幸せそうに眠っていました。
そうして、私の意識も少しずつ暗闇に閉ざされてゆき…………
完全な眠りへと落ちて、夢は終わりました。
穏やかな色あいが部屋に満ちています。
そこには、どこか悲劇的な美しさが波打っていて、ぼんやりとした意識のなかに現れては消えてゆくのでした。
不意に手が握られるのを感じました。
梓ちゃんの小さな手のひらが、眠る私の手を包むように握っていました。
暖かくて優しい、安らぐような感覚が、私の心に伝わります。
私は、目を覚まさなければ、と必氏に自分に言い聞かせます。
けれど頑張っても頑張っても、私の目が開かれることはありませんでした。
梓ちゃんは私に向かって何かをぽつりと呟きますが、私の耳に届くことはありません。
私は相変わらず密かな寝息を立てて、幸せそうに眠っていました。
そうして、私の意識も少しずつ暗闇に閉ざされてゆき…………
完全な眠りへと落ちて、夢は終わりました。
147: 2011/10/01(土) 21:27:29.51
◆◇◆◇
一ヶ月ほど経つと、私はとうとうベッドから起き上がることすらできなくなってしまいました。
寝ている時間もどんどん増えて、たまに目が覚めても、5時間ほどするとまた眠くなってしまうのです。
そのせいで放課後ティータイムの活動は私が起きているあいだだけになりました。
紬「ごめんなさい、みんな…………私のせいで」
唯「もう、最近ムギちゃん謝りすぎだよぉ。そんな悪く思うことないんだから」
律「そうだぞ~。ムギが元気になってくれるまで看病し続けてやるからな!」
紬「でも……私がいないと練習もできないし……」
澪「ムギがいない分はなんとかやってみるよ。それに、私たちはムギにお世話になりっぱなしだったからな。
こうやってムギのために看病して、恩返ししたいんだ」
梓「…………ムギ先輩は、何も心配しないでください。
私たちにできることなら何でもしますから」
ベッドに横たわったまま、私は言葉にできない感謝の気持ちでいっぱいになるのでした。
一ヶ月ほど経つと、私はとうとうベッドから起き上がることすらできなくなってしまいました。
寝ている時間もどんどん増えて、たまに目が覚めても、5時間ほどするとまた眠くなってしまうのです。
そのせいで放課後ティータイムの活動は私が起きているあいだだけになりました。
紬「ごめんなさい、みんな…………私のせいで」
唯「もう、最近ムギちゃん謝りすぎだよぉ。そんな悪く思うことないんだから」
律「そうだぞ~。ムギが元気になってくれるまで看病し続けてやるからな!」
紬「でも……私がいないと練習もできないし……」
澪「ムギがいない分はなんとかやってみるよ。それに、私たちはムギにお世話になりっぱなしだったからな。
こうやってムギのために看病して、恩返ししたいんだ」
梓「…………ムギ先輩は、何も心配しないでください。
私たちにできることなら何でもしますから」
ベッドに横たわったまま、私は言葉にできない感謝の気持ちでいっぱいになるのでした。
152: 2011/10/01(土) 21:33:03.63
唯「それにしても、ムギちゃんは何の病気にかかっちゃったんだろーね?」
澪「身体が動かなくなる病気……ってことなのかな」
紬「…………」
私は真実を告げる勇気がありませんでした。
といっても、話したところで彼女たちが理解するかどうか分かりません。
私自身もほとんど理解できないのですから……。
私がこれからどうなるのか……それは私にも分からないのです。
けれども不思議と恐怖は感じませんでした。
澪「身体が動かなくなる病気……ってことなのかな」
紬「…………」
私は真実を告げる勇気がありませんでした。
といっても、話したところで彼女たちが理解するかどうか分かりません。
私自身もほとんど理解できないのですから……。
私がこれからどうなるのか……それは私にも分からないのです。
けれども不思議と恐怖は感じませんでした。
154: 2011/10/01(土) 21:39:17.82
身体の世話や食事などは、私が起きている時にまとめて済ませます。
ティータイムは前よりもずっと短くなってしまいましたが、楽しさは変わりませんでした。
みんなが代わるがわる淹れてくれた紅茶を一緒に飲んだり、私が寝ていたあいだの出来事などを話してくれたり……
形は少しちがっても、そこに不吉めいた予感など一切なく、むしろ私たちの幸せはどこまでも際限なく
続いていくのではないかと思えてしまいます。
――信じたくない。
信じたくないのに、心のどこかで抗いようのない絶対的な確信があるのでした。
ティータイムは前よりもずっと短くなってしまいましたが、楽しさは変わりませんでした。
みんなが代わるがわる淹れてくれた紅茶を一緒に飲んだり、私が寝ていたあいだの出来事などを話してくれたり……
形は少しちがっても、そこに不吉めいた予感など一切なく、むしろ私たちの幸せはどこまでも際限なく
続いていくのではないかと思えてしまいます。
――信じたくない。
信じたくないのに、心のどこかで抗いようのない絶対的な確信があるのでした。
157: 2011/10/01(土) 21:43:56.42
動き始めた時間は、まるで慌てるように加速して私を蝕んでゆきました。
…………。
…………。
唯「…………ムギちゃん、起きないね」
澪「う~ん……もう丸一日経ったのにな」
律「今は休んでるだけなんだって。ゆっくり寝かせてやろうぜ」
梓「…………」
唯「あずにゃん?」
梓「は、はいっ!?」
唯「どうしたの?ボーっとして……」
梓「な、なんでもないです」
…………。
…………。
唯「…………ムギちゃん、起きないね」
澪「う~ん……もう丸一日経ったのにな」
律「今は休んでるだけなんだって。ゆっくり寝かせてやろうぜ」
梓「…………」
唯「あずにゃん?」
梓「は、はいっ!?」
唯「どうしたの?ボーっとして……」
梓「な、なんでもないです」
159: 2011/10/01(土) 21:48:44.36
澪「……次はいつ目を覚ますんだろうか」
律「最近ますます起きる時間帯が不安定になってきたから……
それを考えると、ムギがいつ起きてもいいように誰かがこの寝室にいないといけないな」
梓「となると部活はしばらく3人でやることに……」
澪「それはしょうがないよ。私たちにできることを精一杯やるしかない」
唯「私たちにできること…………そうだ!」ピコーン
梓「何かいい案でも浮かんだんですか?」
唯「みんなでムギちゃんが早く良くなりますように~ってお祈りしようよ!」
澪「まあお祈りもいいけど、しっかり看病もしないとな」
律「気持ちは立派なんだけどな……」
梓「唯先輩はいい加減ちゃんとお手伝いできるようになってください」
唯「むむ……私だってこの前お料理したもん!」フンス
律「ほとんど泥まみれだったじゃん」
澪「せめて有機的な材料を混ぜないと……。あれじゃまんま泥団子だったぞ」
梓「私たちはいいですけど、ムギ先輩はほとんど有機物しか食べられないんですからね」
唯「うぅ……ごめんなさい……」
律「最近ますます起きる時間帯が不安定になってきたから……
それを考えると、ムギがいつ起きてもいいように誰かがこの寝室にいないといけないな」
梓「となると部活はしばらく3人でやることに……」
澪「それはしょうがないよ。私たちにできることを精一杯やるしかない」
唯「私たちにできること…………そうだ!」ピコーン
梓「何かいい案でも浮かんだんですか?」
唯「みんなでムギちゃんが早く良くなりますように~ってお祈りしようよ!」
澪「まあお祈りもいいけど、しっかり看病もしないとな」
律「気持ちは立派なんだけどな……」
梓「唯先輩はいい加減ちゃんとお手伝いできるようになってください」
唯「むむ……私だってこの前お料理したもん!」フンス
律「ほとんど泥まみれだったじゃん」
澪「せめて有機的な材料を混ぜないと……。あれじゃまんま泥団子だったぞ」
梓「私たちはいいですけど、ムギ先輩はほとんど有機物しか食べられないんですからね」
唯「うぅ……ごめんなさい……」
160: 2011/10/01(土) 21:49:53.50
律「ま、唯が頑張ればそれだけムギも早く元気になるかもな!」
唯「ほんと!?」
梓「そうですよ唯先輩。一人で看病できるようになれば、きっとムギ先輩も元気になりますよ!」
澪「……私たちも祈ってあげよう。早くムギの病気が治りますように……」
…………。
…………。
唯「ほんと!?」
梓「そうですよ唯先輩。一人で看病できるようになれば、きっとムギ先輩も元気になりますよ!」
澪「……私たちも祈ってあげよう。早くムギの病気が治りますように……」
…………。
…………。
162: 2011/10/01(土) 21:54:18.05
目が覚めたのは、それから三日ほど経ってからでした。
紬「……ん…………」
唯「あっ!ムギちゃん!」
梓「ムギ先輩!」
重たいまぶたをゆっくりと開くと、みんなが私のベッドの周りに立っているのが見えました。
紬「あれ……? 私…………」
あまりに長いあいだ眠っていたので、自分が何をしていたのか一瞬忘れてしまいます。
澪「具合はどう?」
紬「……なんだか身体がとても重くて……やっぱり動けそうにない。
それより、私はどれくらい寝てたの?」
律「丸々三日、だな」
紬「……ん…………」
唯「あっ!ムギちゃん!」
梓「ムギ先輩!」
重たいまぶたをゆっくりと開くと、みんなが私のベッドの周りに立っているのが見えました。
紬「あれ……? 私…………」
あまりに長いあいだ眠っていたので、自分が何をしていたのか一瞬忘れてしまいます。
澪「具合はどう?」
紬「……なんだか身体がとても重くて……やっぱり動けそうにない。
それより、私はどれくらい寝てたの?」
律「丸々三日、だな」
167: 2011/10/01(土) 21:58:31.61
紬「…………」
表情こそ顔には出しませんでしたが、私は驚きと困惑に頭がクラクラしてしまいました。
私の身体はもうそんなところまで…………。
唯「よ~し!ムギちゃんも起きたことだし、さっそくティータイムだね!」
澪「こら唯、まだムギは起きて間もないんだぞ……」
紬「私なら大丈夫よ、澪ちゃん」
澪「そ、そうか?」
まだぼんやりとしか目を開くことができませんでしたが、
私はみんなと居られる時間を無駄にしたくありませんでした。
表情こそ顔には出しませんでしたが、私は驚きと困惑に頭がクラクラしてしまいました。
私の身体はもうそんなところまで…………。
唯「よ~し!ムギちゃんも起きたことだし、さっそくティータイムだね!」
澪「こら唯、まだムギは起きて間もないんだぞ……」
紬「私なら大丈夫よ、澪ちゃん」
澪「そ、そうか?」
まだぼんやりとしか目を開くことができませんでしたが、
私はみんなと居られる時間を無駄にしたくありませんでした。
170: 2011/10/01(土) 22:01:55.92
律「ったく、久しぶりだからってはしゃぎすぎだぞ」
唯「ねえねえムギちゃん、私お菓子つくってみたんだよ~」
そう言って唯ちゃんは緑色をしたクッキーをみんなの前に広げてみせました。
律「お。前よりもよく出来てるじゃん」
澪「どれどれ……うん、美味しいじゃないか」ポリポリ
唯「ほら、ムギちゃんもどうぞ」
紬「うん…………ありがとう」
唯ちゃんが私の口へとクッキーを運んでくれます。
噛む力も弱くなってしまいましたが、おかげで私はゆっくりと口を動かして味わうことができました。
唯「ねえねえムギちゃん、私お菓子つくってみたんだよ~」
そう言って唯ちゃんは緑色をしたクッキーをみんなの前に広げてみせました。
律「お。前よりもよく出来てるじゃん」
澪「どれどれ……うん、美味しいじゃないか」ポリポリ
唯「ほら、ムギちゃんもどうぞ」
紬「うん…………ありがとう」
唯ちゃんが私の口へとクッキーを運んでくれます。
噛む力も弱くなってしまいましたが、おかげで私はゆっくりと口を動かして味わうことができました。
174: 2011/10/01(土) 22:11:47.01
梓「紅茶、淹れました」
唯「あずにゃん気が利くねぇ~」
梓ちゃんが5人分のティーカップを持ってきてくれました。
私は寝たままなので、ストローでそれを飲みます。
何もかも美味しくて、涙が出そうでした。
少し時間をおくと意識もはっきりし始め、寝たきりではありましたが
おしゃべりも弾んで自然と笑顔も取り戻すことができました。
すべてが当たり前のようにきらめいていました。
唯「あずにゃん気が利くねぇ~」
梓ちゃんが5人分のティーカップを持ってきてくれました。
私は寝たままなので、ストローでそれを飲みます。
何もかも美味しくて、涙が出そうでした。
少し時間をおくと意識もはっきりし始め、寝たきりではありましたが
おしゃべりも弾んで自然と笑顔も取り戻すことができました。
すべてが当たり前のようにきらめいていました。
176: 2011/10/01(土) 22:19:24.60
ずきん、と胸を締めつけるような痛みが走りました。
心の痛み、心の苦しみです。
決定的な未来が、今そこに私を手招いているのが見えると、
私は確信しました。
――これが、最後のティータイム
180: 2011/10/01(土) 22:24:25.50
唯「あのねムギちゃん、あずにゃんが作った新曲すごく楽しいんだよ!」
梓「ムギ先輩のおかげで完成したんです」
律「早く病気を治して、またみんなで演奏しようぜっ!」
澪「ああ。やっぱりムギがいないと寂しいよ」
紬「みんな……ありがとう……」
私の言葉はもはや部屋のなかに小さく反響して、彼女たちの風景が遠くなっていくのが感じられました。
律「それにしても澪のやつ四六時中哀しそうな顔してたんだぜ。ムギいつ起きるのかな~なんて呟いてたり、
ほんとムギよりも澪のほうを心配したぜ」
澪「なっ……律なんてムギの紅茶じゃないと物足りないとか愚痴ってたくせに」
律「それは唯じゃなかったっけ?」
唯「わたしはいつも言ってるよ~。早くムギちゃんの淹れてくれる紅茶が飲みたいな~……って」
梓「…………」ムスッ
唯「あっ ち、違うよあずにゃん!そういうつもりじゃなくて……」
梓「分かってますよ唯先輩」クス
梓「ムギ先輩のおかげで完成したんです」
律「早く病気を治して、またみんなで演奏しようぜっ!」
澪「ああ。やっぱりムギがいないと寂しいよ」
紬「みんな……ありがとう……」
私の言葉はもはや部屋のなかに小さく反響して、彼女たちの風景が遠くなっていくのが感じられました。
律「それにしても澪のやつ四六時中哀しそうな顔してたんだぜ。ムギいつ起きるのかな~なんて呟いてたり、
ほんとムギよりも澪のほうを心配したぜ」
澪「なっ……律なんてムギの紅茶じゃないと物足りないとか愚痴ってたくせに」
律「それは唯じゃなかったっけ?」
唯「わたしはいつも言ってるよ~。早くムギちゃんの淹れてくれる紅茶が飲みたいな~……って」
梓「…………」ムスッ
唯「あっ ち、違うよあずにゃん!そういうつもりじゃなくて……」
梓「分かってますよ唯先輩」クス
182: 2011/10/01(土) 22:29:43.25
みんなの会話は、夢のように私の意識に響いて聞こえます。
何か話そうと思っても私の喉はすでに力が入らず、静かな息が吐かれるだけです。
全身は穏やかに感覚を失っていき、まぶたはそっと閉じられていきました。
迫ってくる暗闇の奥で、彼女たちの笑顔は最後まで光りかがやいて見えました。
ごめんなさい。
こうするしかなかったわがままな私を、許して。
私は消えてしまうけれど、いつまでも永遠に、私たちは一緒だから……。
ありがとう
そして…………さようなら
――――
―――
―
何か話そうと思っても私の喉はすでに力が入らず、静かな息が吐かれるだけです。
全身は穏やかに感覚を失っていき、まぶたはそっと閉じられていきました。
迫ってくる暗闇の奥で、彼女たちの笑顔は最後まで光りかがやいて見えました。
ごめんなさい。
こうするしかなかったわがままな私を、許して。
私は消えてしまうけれど、いつまでも永遠に、私たちは一緒だから……。
ありがとう
そして…………さようなら
――――
―――
―
184: 2011/10/01(土) 22:32:51.83
唯「…でね~、あずにゃんったら可笑しいんだよ……あれ? ムギちゃん?」
梓「ムギ先輩?」
澪「寝ちゃったか……まだ起きてから三十分くらいしか経ってないのに」
律「幸せそうな顔してら…………そっとしておいてやるか」
梓「…………」
澪「どうした、梓?」
梓「……いえ、なんでも……片づけ手伝います」
186: 2011/10/01(土) 22:36:50.92
律「久しぶりにムギと話せて、楽しかったな」
澪「そうだな……楽しかった」
唯「次に起きたときには、もう病気治ってるかもね」
梓「どうしてそう思うんですか?」
唯「だって、ムギちゃんすっごく幸せそうな顔してたよ?
それに私が丹精込めて作ったクッキーを食べたからね!」フンス!
律「まあ唯のクッキーが病気に効いたかどうかは分かんないけど、
私たちの祈りは届いたかもな」
澪「うん。ムギもきっと元気になるさ」
…………。
…………。
澪「そうだな……楽しかった」
唯「次に起きたときには、もう病気治ってるかもね」
梓「どうしてそう思うんですか?」
唯「だって、ムギちゃんすっごく幸せそうな顔してたよ?
それに私が丹精込めて作ったクッキーを食べたからね!」フンス!
律「まあ唯のクッキーが病気に効いたかどうかは分かんないけど、
私たちの祈りは届いたかもな」
澪「うん。ムギもきっと元気になるさ」
…………。
…………。
189: 2011/10/01(土) 22:39:30.85
第一部終了
第二部は短めです
第二部は短めです
191: 2011/10/01(土) 22:41:30.57
◆◇◆◇
ムギ先輩が最後に眠りに落ちてから、300年くらい経っただろうか。
今、この部屋にいるのは私だけだ。
ふんわりと柔らかな布団に包まれて、ムギ先輩はすやすやと眠っている。
私はベッドのわきの椅子に座って、彼女の安らかな寝顔をただじっと見つめている。
となりの部室では澪先輩と律先輩が寄り添うように事切れている。
二人は数日前にほとんど同時に動かなくなった。
部室の長椅子で、目を見開いてうつむいたままぴくりともしなくなったのだ。
その姿を見ると、私はどうしようもなく哀しくなり、虚ろな気分になる。
ムギ先輩が最後に眠りに落ちてから、300年くらい経っただろうか。
今、この部屋にいるのは私だけだ。
ふんわりと柔らかな布団に包まれて、ムギ先輩はすやすやと眠っている。
私はベッドのわきの椅子に座って、彼女の安らかな寝顔をただじっと見つめている。
となりの部室では澪先輩と律先輩が寄り添うように事切れている。
二人は数日前にほとんど同時に動かなくなった。
部室の長椅子で、目を見開いてうつむいたままぴくりともしなくなったのだ。
その姿を見ると、私はどうしようもなく哀しくなり、虚ろな気分になる。
194: 2011/10/01(土) 22:43:58.56
唯先輩はそれよりもずっと前に動かなくなった。
あの人は最後までムギ先輩のそばに居ようとした。
毎日のようにクッキーを作って、ムギ先輩が起きるのを待っていた。
時間はかかったけれど、唯先輩は色々な仕事を覚えていき、私たちの誰よりもムギ先輩の世話をしようとした。
栄養をつけるために特製のスープを作ったり、清潔でいられるように寝たままのムギ先輩をお風呂で洗ってあげたり……。
どこまでも一途にムギ先輩の元気を祈っていた唯先輩は、あるとき急に動きが鈍くなった。
クッキーも次第に不器用な形になって、ろれつも回らなくなっていった。
唯先輩の身体になにか異常があったのだと気付いても、私たちにはどうすることもできなかった。
そして数年前、ベッドのわきに座ったままぴったりと動きを止めたのだ。
澪先輩と律先輩はそんな唯先輩を見てもなんとも思わないようだった。
壊れちゃったか、とか、ムギが起きれば唯を直してくれるだろう、とか話しているそばで、
私は言いようのない不安と喪失感を考えていた。
あの人は最後までムギ先輩のそばに居ようとした。
毎日のようにクッキーを作って、ムギ先輩が起きるのを待っていた。
時間はかかったけれど、唯先輩は色々な仕事を覚えていき、私たちの誰よりもムギ先輩の世話をしようとした。
栄養をつけるために特製のスープを作ったり、清潔でいられるように寝たままのムギ先輩をお風呂で洗ってあげたり……。
どこまでも一途にムギ先輩の元気を祈っていた唯先輩は、あるとき急に動きが鈍くなった。
クッキーも次第に不器用な形になって、ろれつも回らなくなっていった。
唯先輩の身体になにか異常があったのだと気付いても、私たちにはどうすることもできなかった。
そして数年前、ベッドのわきに座ったままぴったりと動きを止めたのだ。
澪先輩と律先輩はそんな唯先輩を見てもなんとも思わないようだった。
壊れちゃったか、とか、ムギが起きれば唯を直してくれるだろう、とか話しているそばで、
私は言いようのない不安と喪失感を考えていた。
196: 2011/10/01(土) 22:49:24.61
動かなくなった唯先輩は、ラボの一室に保管されている。
私たちは最初、なんとか自分たちで修理してみようと試みた。
けれど必要最低限の頭脳しか与えられていない私たちには、コンピュータの扱いなんてできるはずもなかった。
皮膚がただれはじめ、強烈な腐乱臭を放つようになった唯先輩は、保管というよりも捨てられた人形のように
ラボの棺桶に横たわっている。
いずれ澪先輩と律先輩もラボへ持っていかなければならない。
部室にいる二人の皮膚はすでに黒い斑点が目立ちはじめ、どろどろとした液体が床に漏れていた。
それでも私は、なるべく二人を部室に置いておきたいと思った。
何故だろう。
私は哀しかった。
けれども同時に、少し優しい気持にもなれるのだった。
私たちは最初、なんとか自分たちで修理してみようと試みた。
けれど必要最低限の頭脳しか与えられていない私たちには、コンピュータの扱いなんてできるはずもなかった。
皮膚がただれはじめ、強烈な腐乱臭を放つようになった唯先輩は、保管というよりも捨てられた人形のように
ラボの棺桶に横たわっている。
いずれ澪先輩と律先輩もラボへ持っていかなければならない。
部室にいる二人の皮膚はすでに黒い斑点が目立ちはじめ、どろどろとした液体が床に漏れていた。
それでも私は、なるべく二人を部室に置いておきたいと思った。
何故だろう。
私は哀しかった。
けれども同時に、少し優しい気持にもなれるのだった。
201: 2011/10/01(土) 22:54:32.49
午後の静かな空気が、開け放たれた窓からそっと流れてくる。
薄暗い部屋に陽のひかりが差し込んで、真っ白なベッドに小さなひだまりが出来ていた。
ムギ先輩の細かな寝息だけが、かすかに聞こえてくる。
……ムギ先輩はもう目を覚まさない。
私は心のうちでムギ先輩がすでにいなくなっていることを感じていた。
唯先輩が動かなくなったとき……そして澪先輩と律先輩が動かなくなったとき、その度に私の心は震えた。
恐怖と不安と悲しみを感じた。
何かが空っぽになる感覚を知った。
薄暗い部屋に陽のひかりが差し込んで、真っ白なベッドに小さなひだまりが出来ていた。
ムギ先輩の細かな寝息だけが、かすかに聞こえてくる。
……ムギ先輩はもう目を覚まさない。
私は心のうちでムギ先輩がすでにいなくなっていることを感じていた。
唯先輩が動かなくなったとき……そして澪先輩と律先輩が動かなくなったとき、その度に私の心は震えた。
恐怖と不安と悲しみを感じた。
何かが空っぽになる感覚を知った。
202: 2011/10/01(土) 22:57:32.03
この300年、私は少しずつ氏を知るようになったのかもしれない。
でもまだ理解することはできない。
世界で私だけが残されたいま、永遠に眠りつづけるムギ先輩は私に氏の意味を永遠に問いかけているようだった。
ムギ先輩の肌は透き通るように綺麗だった。
髪は流れるようにベッドの上で波打っている。
ムギ先輩の手をそっと握る。
生きているように温かい。
梓「……ムギ先輩」
私は先輩の名前を呼んだ。
声は消え入るように小さくしぼんでいった。
私の手は、ムギ先輩の手を包んだまま動かなくなっていた。
でもまだ理解することはできない。
世界で私だけが残されたいま、永遠に眠りつづけるムギ先輩は私に氏の意味を永遠に問いかけているようだった。
ムギ先輩の肌は透き通るように綺麗だった。
髪は流れるようにベッドの上で波打っている。
ムギ先輩の手をそっと握る。
生きているように温かい。
梓「……ムギ先輩」
私は先輩の名前を呼んだ。
声は消え入るように小さくしぼんでいった。
私の手は、ムギ先輩の手を包んだまま動かなくなっていた。
208: 2011/10/01(土) 23:10:24.67
◆◇◆◇
――月日は流れ、地球は再び生命にあふれた。
音楽室は生い茂る木々に囲まれてひっそりと建っている。
私たちはその建物の中を覗いてみる。
誰もいない。
静まり返った部屋には、陽の光と薄い影が寂しげな模様を描いている。
埃と草木に覆われた空間には虫や動物たちの生きている気配がする。
ふと耳をすませると、どこからか楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
遠くで賑やかな音楽が鳴っている。
まるで夢のなかの景色のように、それらは淡い色彩を描いている。
ひとりの少女と、無垢な人形たちの思い出は
この音楽室をいつまでもあかるく照らしつづけていた。
おわり
――月日は流れ、地球は再び生命にあふれた。
音楽室は生い茂る木々に囲まれてひっそりと建っている。
私たちはその建物の中を覗いてみる。
誰もいない。
静まり返った部屋には、陽の光と薄い影が寂しげな模様を描いている。
埃と草木に覆われた空間には虫や動物たちの生きている気配がする。
ふと耳をすませると、どこからか楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
遠くで賑やかな音楽が鳴っている。
まるで夢のなかの景色のように、それらは淡い色彩を描いている。
ひとりの少女と、無垢な人形たちの思い出は
この音楽室をいつまでもあかるく照らしつづけていた。
おわり
209: 2011/10/01(土) 23:12:12.75
おわっちゃいました。
支援してくれた人、ありがとうございました。
支援してくれた人、ありがとうございました。
211: 2011/10/01(土) 23:13:29.83
乙、良かったよ
220: 2011/10/01(土) 23:21:15.11
ムギは脳氏みたいなかんじ
ただ現実の脳氏はすぐ生命維持もできなくなるらしいから、この場合は意識だけが完全に失くなって肉体だけ残ってる状態
とくに細かい部分は考えてません
モチーフは火の鳥未来編です
もとは違うスレタイにするつもりだったけど、前々からイノセンスって言葉を使いたかったからこうなった
だから攻殻は全然意識してません
結局は攻殻っぽくなっちゃったけどw
ただ現実の脳氏はすぐ生命維持もできなくなるらしいから、この場合は意識だけが完全に失くなって肉体だけ残ってる状態
とくに細かい部分は考えてません
モチーフは火の鳥未来編です
もとは違うスレタイにするつもりだったけど、前々からイノセンスって言葉を使いたかったからこうなった
だから攻殻は全然意識してません
結局は攻殻っぽくなっちゃったけどw
228: 2011/10/01(土) 23:29:26.41
>>224
とくに理由はないです
あずにゃんが最後に残ったのは四人のなかで最後に作られたから……なんですが、
よくよく考えたらそのあと何回も点検修理してるわけだし、>>204の指摘もごもっともだと思いました。
かずにゃんごめんね、俺ムギ梓厨なんだ
とくに理由はないです
あずにゃんが最後に残ったのは四人のなかで最後に作られたから……なんですが、
よくよく考えたらそのあと何回も点検修理してるわけだし、>>204の指摘もごもっともだと思いました。
かずにゃんごめんね、俺ムギ梓厨なんだ
引用元: 紬「イノセンス」
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