1: 2011/12/25(日) 20:36:25.76
――――――――――――――――
「こんばんは、のどかちゃん」
ドアの覗き穴を確認するまでも無く、チェーンを外しおもむろに開け放つ。
飛び込んで来たのは懐かしい笑顔。
唯がここを訪れるのは、大学に入ってから初めてだ。
肩に掛けているのはショルダーバッグ。
左手にはビニール袋。
右手にはラッピングされた白い箱。
「いらっしゃい、唯」
ドアの隙間から夜風が入り込み、二人の間をわずかに冷やす。
玄関には、スニーカー、サンダル、ブーツ。
少々窮屈だけど一人暮らしならちょうどいい。
唯はそこに立ったまま辺りを見回し、私に目線を移して口を開く。
出てくる言葉は予想がついている。
「こんばんは、のどかちゃん」
ドアの覗き穴を確認するまでも無く、チェーンを外しおもむろに開け放つ。
飛び込んで来たのは懐かしい笑顔。
唯がここを訪れるのは、大学に入ってから初めてだ。
肩に掛けているのはショルダーバッグ。
左手にはビニール袋。
右手にはラッピングされた白い箱。
「いらっしゃい、唯」
ドアの隙間から夜風が入り込み、二人の間をわずかに冷やす。
玄関には、スニーカー、サンダル、ブーツ。
少々窮屈だけど一人暮らしならちょうどいい。
唯はそこに立ったまま辺りを見回し、私に目線を移して口を開く。
出てくる言葉は予想がついている。
2: 2011/12/25(日) 20:41:37.60
「おおー! 意外と……キレイだね!」
「――早く入りなさい。『意外と』は余計よ」
「は、はいっ! おじゃまします……」
唯は慌てて靴を脱ぎ、部屋に踏み入る。
「鍵かけておいてね」
「うん。今のはちゃんとほめてるよ?」
「なんだか――のどかちゃんらしい部屋だね」
概ね予想通りの唯らしい回答に、私は「ふふ」と声を漏らす。
「――早く入りなさい。『意外と』は余計よ」
「は、はいっ! おじゃまします……」
唯は慌てて靴を脱ぎ、部屋に踏み入る。
「鍵かけておいてね」
「うん。今のはちゃんとほめてるよ?」
「なんだか――のどかちゃんらしい部屋だね」
概ね予想通りの唯らしい回答に、私は「ふふ」と声を漏らす。
4: 2011/12/25(日) 20:46:55.52
「あっ、笑った。ひどいよのどかちゃん!」
「先に酷いことを言ったのはどの口かしら?」
「うぐ、ごめんなさい……」
「――なんて、ね。怒ってないわよ、おあいこね」
悪気の無い毒舌とともに、唯へ笑みを向ける。
すると、意外なことに脱いだ靴をそろえていた。
その様子は私に、『成長』という言葉を思い浮かばせる。
唯は、「よし、おっけー」と満足気。
近づいて来るのは床を踏む音。
「先に酷いことを言ったのはどの口かしら?」
「うぐ、ごめんなさい……」
「――なんて、ね。怒ってないわよ、おあいこね」
悪気の無い毒舌とともに、唯へ笑みを向ける。
すると、意外なことに脱いだ靴をそろえていた。
その様子は私に、『成長』という言葉を思い浮かばせる。
唯は、「よし、おっけー」と満足気。
近づいて来るのは床を踏む音。
6: 2011/12/25(日) 20:52:25.79
――――――――――――――――
この物件はなかなかの掘り出し物だと思う。
間取りはリビング8畳、キッチンは別になっている。
バス、トイレも別々だ。
スーパーまでは徒歩10分。
コンビニは3分。
コインランドリーも近いし、本屋も手ごろな場所だ。
いざとなれば、定食屋、弁当屋などにも足を延ばせる。
壁紙もちゃんと張り替えられていて真っ白だ。
小奇麗な部屋は、『私の城だ』という思いを抱かせてくれる。
この物件はなかなかの掘り出し物だと思う。
間取りはリビング8畳、キッチンは別になっている。
バス、トイレも別々だ。
スーパーまでは徒歩10分。
コンビニは3分。
コインランドリーも近いし、本屋も手ごろな場所だ。
いざとなれば、定食屋、弁当屋などにも足を延ばせる。
壁紙もちゃんと張り替えられていて真っ白だ。
小奇麗な部屋は、『私の城だ』という思いを抱かせてくれる。
8: 2011/12/25(日) 20:58:13.25
――――――――――――――――
嬉しい足音を聞きながら、リビングに振り返り歩みを進める。
しばらくして、後ろから「のどかちゃ~ん」という声が聞こえてきた。
向き直る間もなく唯の抱擁。『こら、やめなさい』という声は心中に留める。
背中越しの温もり、懐かしい感触、正面にまわされた手にそっと触れてみた。
――冷えてるわね、外寒かったもの。仕方ないか。
「手、冷たいわね」
――でも、この感触。やっぱり唯は唯のままかしら?
嬉しい足音を聞きながら、リビングに振り返り歩みを進める。
しばらくして、後ろから「のどかちゃ~ん」という声が聞こえてきた。
向き直る間もなく唯の抱擁。『こら、やめなさい』という声は心中に留める。
背中越しの温もり、懐かしい感触、正面にまわされた手にそっと触れてみた。
――冷えてるわね、外寒かったもの。仕方ないか。
「手、冷たいわね」
――でも、この感触。やっぱり唯は唯のままかしら?
9: 2011/12/25(日) 21:03:54.22
二人羽織の格好でリビングに足を踏み入れる。
「もう離しなさい」
「もうちょっと~」
「これじゃ準備出来ないじゃない」
そっと抱擁が解かれ、唯は名残惜しそうにベッドに腰を下ろした。
「あ、荷物おきっぱだ!」
「唯はお客様でしょ、私が取ってくるわ」
玄関に戻りビニール袋を手に取ってみる。
プリントされているのは某有名店のロゴ。
入ってるのは四角い箱で、中身がケーキであろうことは容易に想像出来た。
「もう離しなさい」
「もうちょっと~」
「これじゃ準備出来ないじゃない」
そっと抱擁が解かれ、唯は名残惜しそうにベッドに腰を下ろした。
「あ、荷物おきっぱだ!」
「唯はお客様でしょ、私が取ってくるわ」
玄関に戻りビニール袋を手に取ってみる。
プリントされているのは某有名店のロゴ。
入ってるのは四角い箱で、中身がケーキであろうことは容易に想像出来た。
10: 2011/12/25(日) 21:09:33.26
――――――――――――――――
12月26日、今日は私の誕生日だ。
クリスマスと時期が重なっているせいで何かとスルーされそうな日だけど。
それでも祝ってくれる人はいるし、唯が来たのもそのためだ。
12月24日、大学の友人たちとクリスマスパーティーを行った。
そのついでに――といっては何だけど、私の誕生日も祝ってくれた。
『真鍋さん誕生日おめでとう。ひと足早いけど』
『19歳おめでと。あと1年でお酒飲めるね』
『二人ともありがとう。ひと足早くても嬉しいわ』
『あ、お酒飲むなら日本酒がいいかも』
『――クリスマスにする話題じゃないかしら?』
『名前が"和"だから似合うんじゃないかな?』
『言えてる言えてる。真鍋さんと日本酒! 来年が楽しみ』
そんなこんなで、クリスマスパーティーもとい女子会は深夜まで続いたのだった。
12月26日、今日は私の誕生日だ。
クリスマスと時期が重なっているせいで何かとスルーされそうな日だけど。
それでも祝ってくれる人はいるし、唯が来たのもそのためだ。
12月24日、大学の友人たちとクリスマスパーティーを行った。
そのついでに――といっては何だけど、私の誕生日も祝ってくれた。
『真鍋さん誕生日おめでとう。ひと足早いけど』
『19歳おめでと。あと1年でお酒飲めるね』
『二人ともありがとう。ひと足早くても嬉しいわ』
『あ、お酒飲むなら日本酒がいいかも』
『――クリスマスにする話題じゃないかしら?』
『名前が"和"だから似合うんじゃないかな?』
『言えてる言えてる。真鍋さんと日本酒! 来年が楽しみ』
そんなこんなで、クリスマスパーティーもとい女子会は深夜まで続いたのだった。
12: 2011/12/25(日) 21:15:26.89
――――――――――――――――
そして現在。
二人でコタツに座り夕食をたしなんでいる。
唯が座っているのは、私から見て90度右。
明太子パスタを振る舞い、満足気な表情を見つめている。
コタツの上に皿が二枚、申しわけ程度にサラダも一膳付けた。
「ごちそうさま~。おなかいっぱいだよ」
「のどかちゃん料理上手だね。すっごくおいしかったよ」
「どういたしまして。実家でも弟と妹に料理作ってたから、自然とね」
「大学の友達にお裾分けすることもあるわ」
「わたしは学生寮に住んでるから、料理に縁がないなぁ。お昼も学食が多いし」
「もしかして……女子力低い?」
「じゃあ、ひとつアドバイス。麺類は一人暮らしのお供よ」
「ありがと、おぼえとくよ」
――唯もそういうこと気にするのね。
唯は大学に入って変わったのだろうか?
人は成長するものだし私自身もそう感じている。
そして現在。
二人でコタツに座り夕食をたしなんでいる。
唯が座っているのは、私から見て90度右。
明太子パスタを振る舞い、満足気な表情を見つめている。
コタツの上に皿が二枚、申しわけ程度にサラダも一膳付けた。
「ごちそうさま~。おなかいっぱいだよ」
「のどかちゃん料理上手だね。すっごくおいしかったよ」
「どういたしまして。実家でも弟と妹に料理作ってたから、自然とね」
「大学の友達にお裾分けすることもあるわ」
「わたしは学生寮に住んでるから、料理に縁がないなぁ。お昼も学食が多いし」
「もしかして……女子力低い?」
「じゃあ、ひとつアドバイス。麺類は一人暮らしのお供よ」
「ありがと、おぼえとくよ」
――唯もそういうこと気にするのね。
唯は大学に入って変わったのだろうか?
人は成長するものだし私自身もそう感じている。
15: 2011/12/25(日) 21:21:50.50
――――――――――――――――
不意に思い立って、携帯のメール受信箱を覗いてみる。
そこは唯からのメールにほぼ占拠されているけれど。
大学や高校の友達からのメールもちらほらある。
多数の唯の中から、最近のメールを選んで開く。
それによると、大学の友達とクリスマスパーティーを行ったらしい。
その友達というのは軽音部に所属していて、バンド名は『恩那組』という。
対して桜高の軽音部――梓ちゃんが率いる新バンド名は『わかばガールズ』だ。
彼女たちも独自でクリスマスパーティーを行ったらしい。
平沢邸で騒がしくしていたことだろう、憂に迷惑を掛けてなければいいが。
みんなそれぞれ新しい生活に馴染んでいる。
まるで私は馴染んでいないような言い方だけれど、ちゃんと大学生活を送っている。
要するに人は変わるということで、私と唯も昔のままではいられないのかもしれない。
不意に思い立って、携帯のメール受信箱を覗いてみる。
そこは唯からのメールにほぼ占拠されているけれど。
大学や高校の友達からのメールもちらほらある。
多数の唯の中から、最近のメールを選んで開く。
それによると、大学の友達とクリスマスパーティーを行ったらしい。
その友達というのは軽音部に所属していて、バンド名は『恩那組』という。
対して桜高の軽音部――梓ちゃんが率いる新バンド名は『わかばガールズ』だ。
彼女たちも独自でクリスマスパーティーを行ったらしい。
平沢邸で騒がしくしていたことだろう、憂に迷惑を掛けてなければいいが。
みんなそれぞれ新しい生活に馴染んでいる。
まるで私は馴染んでいないような言い方だけれど、ちゃんと大学生活を送っている。
要するに人は変わるということで、私と唯も昔のままではいられないのかもしれない。
17: 2011/12/25(日) 21:27:57.24
――――――――――――――――
「何見てるの? のどかちゃん」
「え? あ、ちょっとメールを、ね」
唯の声で現実に引き戻され、携帯のディスプレイから目を離す。
「……そういうことなら、こっちにも考えがあるよ」
と言って、唯はおもむろに携帯を操作する。
写真を見せ付けられたとき、一瞬思考が停止した。
写っているのは私の姿。
しかしそれは――忍者のコスプレをしている私だ。
しかも案外ノリノリで。
今年3月、唯たち軽音部がロンドンへ卒業旅行に行った。
その後、山中先生が『マイル溜まってるから』と言って、急遽あとを追った経緯がある。
忍者の衣装は、軽音部が向こうで演奏をするというので先生が作成したものだ。
それを、私と憂と鈴木さんに試着させた。
――それが今更こんな形で……。
「何見てるの? のどかちゃん」
「え? あ、ちょっとメールを、ね」
唯の声で現実に引き戻され、携帯のディスプレイから目を離す。
「……そういうことなら、こっちにも考えがあるよ」
と言って、唯はおもむろに携帯を操作する。
写真を見せ付けられたとき、一瞬思考が停止した。
写っているのは私の姿。
しかしそれは――忍者のコスプレをしている私だ。
しかも案外ノリノリで。
今年3月、唯たち軽音部がロンドンへ卒業旅行に行った。
その後、山中先生が『マイル溜まってるから』と言って、急遽あとを追った経緯がある。
忍者の衣装は、軽音部が向こうで演奏をするというので先生が作成したものだ。
それを、私と憂と鈴木さんに試着させた。
――それが今更こんな形で……。
19: 2011/12/25(日) 21:33:22.65
「もも、もしかして、さわ子先生に撮られた――卒業旅行のときの!」
「消しなさい! 早く!」
「さわちゃんにもらっちゃった」
「大学の友達に見せた――、って言ったらどうする?」
――唯がこんな脅し方を覚えるなんて……。
私は強がり、あえて平坦な調子で言い放つ。
「いいわよ、別に。減るもんじゃないし」
「ばら撒いて『私の幼馴染です』って紹介するといいわ」
「――なんてね、ウソだよ。持ってるのはわたしだけ」
ポーカーフェイスは崩さない。
内心――胸を撫で下ろしたけれど。
「消しなさい! 早く!」
「さわちゃんにもらっちゃった」
「大学の友達に見せた――、って言ったらどうする?」
――唯がこんな脅し方を覚えるなんて……。
私は強がり、あえて平坦な調子で言い放つ。
「いいわよ、別に。減るもんじゃないし」
「ばら撒いて『私の幼馴染です』って紹介するといいわ」
「――なんてね、ウソだよ。持ってるのはわたしだけ」
ポーカーフェイスは崩さない。
内心――胸を撫で下ろしたけれど。
20: 2011/12/25(日) 21:39:09.50
そうこうしているうちに、唯がコタツの上に物をふたつ置く。
差し出されたのはビニール袋とラッピングされた箱。
「えっと、ケーキにする? それともプレゼント?」
「それとも……わ、た、し?」
「……ケーキにしましょう」
「わたしじゃなくていいの? 誕生日なんだよ!」
本気で言っているのか、冗談なのか、天然なのか。
判断のつかない私は、無難な答えを選択した。
差し出されたのはビニール袋とラッピングされた箱。
「えっと、ケーキにする? それともプレゼント?」
「それとも……わ、た、し?」
「……ケーキにしましょう」
「わたしじゃなくていいの? 誕生日なんだよ!」
本気で言っているのか、冗談なのか、天然なのか。
判断のつかない私は、無難な答えを選択した。
23: 2011/12/25(日) 21:44:56.60
唯は、「ちぇっ」という声のあと、ビニール袋から白い箱を取り出す。
私はコタツを引き払い、準備に掛かることにした。
「皿取ってくるわね。あと紅茶用意するわ」
「のどかちゃんは座ってて、誕生日なんだもん」
「紅茶とケーキはわたしが用意するから」
「じゃあお願いするわ。――といってもティーバッグだけどね」
「ムギの入れるようなお茶を期待したら駄目よ」
「らじゃ! 行ってきます」
「食器棚に全部入ってるから、よろしく」
「お湯は電気ポットがあるから、沸かさなくてもいいわよ」
――成長か……。嬉しくもあるし寂しくもあるわね。
遠ざかる背中を見つめつつ、そんなことを考えた。
私はコタツを引き払い、準備に掛かることにした。
「皿取ってくるわね。あと紅茶用意するわ」
「のどかちゃんは座ってて、誕生日なんだもん」
「紅茶とケーキはわたしが用意するから」
「じゃあお願いするわ。――といってもティーバッグだけどね」
「ムギの入れるようなお茶を期待したら駄目よ」
「らじゃ! 行ってきます」
「食器棚に全部入ってるから、よろしく」
「お湯は電気ポットがあるから、沸かさなくてもいいわよ」
――成長か……。嬉しくもあるし寂しくもあるわね。
遠ざかる背中を見つめつつ、そんなことを考えた。
25: 2011/12/25(日) 21:51:00.36
――――――――――――――――
唯が買って来たのはショートケーキ。
絵に描いたような三角形で、赤いイチゴとミントの葉が乗っている。
両手で紅茶のカップを包み込み、手のひらにぬくもりを補給した。
そのままカップを唇へ運んでひと口すする。
口内から喉元へ、そして食道から胃袋。
体の芯から暖かくしてくれる。
思わず「ふう」という声が漏れてしまった。
「どう? のどかちゃん。『わたしが入れた』紅茶の味は」
「あったまるわ、冬はやっぱり紅茶ね」
「紅茶の味は……?」
「入れたのわたしなんだけど……。感想……」
唯が買って来たのはショートケーキ。
絵に描いたような三角形で、赤いイチゴとミントの葉が乗っている。
両手で紅茶のカップを包み込み、手のひらにぬくもりを補給した。
そのままカップを唇へ運んでひと口すする。
口内から喉元へ、そして食道から胃袋。
体の芯から暖かくしてくれる。
思わず「ふう」という声が漏れてしまった。
「どう? のどかちゃん。『わたしが入れた』紅茶の味は」
「あったまるわ、冬はやっぱり紅茶ね」
「紅茶の味は……?」
「入れたのわたしなんだけど……。感想……」
27: 2011/12/25(日) 21:56:47.72
ティーバッグで入れた紅茶に味は関係ない、けれど――。
「知ってる? 緑茶、ウーロン茶、紅茶。全部同じ葉っぱなのよ」
「えっ、そうなの? で、味は……」
「発酵のさせ具合で違ってくるのよ」
「発酵させないと緑茶、半分発酵させるとウーロン茶、完全に発酵させると紅茶、ね」
「のどかちゃん……、なんか怒らせること言っちゃったかな?」
――そんなわけないじゃない、唯が入れてくれたんだから。
不思議と、自分が入れたものより味わいがあると感じた。
「知ってる? 緑茶、ウーロン茶、紅茶。全部同じ葉っぱなのよ」
「えっ、そうなの? で、味は……」
「発酵のさせ具合で違ってくるのよ」
「発酵させないと緑茶、半分発酵させるとウーロン茶、完全に発酵させると紅茶、ね」
「のどかちゃん……、なんか怒らせること言っちゃったかな?」
――そんなわけないじゃない、唯が入れてくれたんだから。
不思議と、自分が入れたものより味わいがあると感じた。
29: 2011/12/25(日) 22:02:40.98
答える代わりに、温まった手を唯の頬にのばす。
室内に入って時間が経ったからだろう、いつもの体温といったところだ。
「のどか……ちゃん?」
「何?」
「――んと、手、あったかいね……」
「カップで温めたもの、当然よ」
のばした手から唯のぬくもりが伝わる。
――唯は大学に入って化粧とか覚えたのかしら?
好奇心に駆られ、顔を唯に近づけてみる。
目元、口元、頬、いつも通りの唯といったところだ。
大学に入って大人びたと思ったのは、思い込みだろうか。
急激に成長するわけではなく、本人も気づかないところで変化が起こるんだろう。
室内に入って時間が経ったからだろう、いつもの体温といったところだ。
「のどか……ちゃん?」
「何?」
「――んと、手、あったかいね……」
「カップで温めたもの、当然よ」
のばした手から唯のぬくもりが伝わる。
――唯は大学に入って化粧とか覚えたのかしら?
好奇心に駆られ、顔を唯に近づけてみる。
目元、口元、頬、いつも通りの唯といったところだ。
大学に入って大人びたと思ったのは、思い込みだろうか。
急激に成長するわけではなく、本人も気づかないところで変化が起こるんだろう。
30: 2011/12/25(日) 22:07:56.78
「顔、近いよ? のどかちゃん……」
「そうね」
心なしか、唯の顔が少し熱くなった。
「えっと、わたしは……なんていうか」
「心の準備が出来てないんだけど……」
――準備? 何のことかしら。
ただ唯の変化を近くで見たかっただけで、準備の意味がわからない。
唯の顔が赤みを帯びている。
――何を恥ずかしがることがあるの?
疑問を抱えながらも目線は離さない。
しばらく対峙したあと、唯がしおらしく口を開く。
「メガネ……、じゃまだよ。取ったら?」
「取る? 私の視力は知ってるでしょう。何も見えないわよ」
「――そうじゃなくて。ちゅーするときにね……、じゃまになると思うんだ」
流石の私も絶句した。
「そうね」
心なしか、唯の顔が少し熱くなった。
「えっと、わたしは……なんていうか」
「心の準備が出来てないんだけど……」
――準備? 何のことかしら。
ただ唯の変化を近くで見たかっただけで、準備の意味がわからない。
唯の顔が赤みを帯びている。
――何を恥ずかしがることがあるの?
疑問を抱えながらも目線は離さない。
しばらく対峙したあと、唯がしおらしく口を開く。
「メガネ……、じゃまだよ。取ったら?」
「取る? 私の視力は知ってるでしょう。何も見えないわよ」
「――そうじゃなくて。ちゅーするときにね……、じゃまになると思うんだ」
流石の私も絶句した。
32: 2011/12/25(日) 22:13:34.69
――何て反応すればいいの?
唯と同じくして、私の顔も熱くなる。
とはいえ、いつまでも黙っているわけにはいかず。
自分の本心もわからないまま、反論するしかなかった。
「な、何言ってるのよ! 唯、そんなんじゃなくて……」
「――って、キスすると思ってたの?」
「だって、顔近づけてくるんだもん。かんちがいしちゃった」
「わたしたち、そんな関係じゃないよね。まだ――」」
あわてて唯の頬から手を離し、コタツの天板で熱を冷ます。
でも顔は熱いまま、それは唯も同様らしい。
唯と同じくして、私の顔も熱くなる。
とはいえ、いつまでも黙っているわけにはいかず。
自分の本心もわからないまま、反論するしかなかった。
「な、何言ってるのよ! 唯、そんなんじゃなくて……」
「――って、キスすると思ってたの?」
「だって、顔近づけてくるんだもん。かんちがいしちゃった」
「わたしたち、そんな関係じゃないよね。まだ――」」
あわてて唯の頬から手を離し、コタツの天板で熱を冷ます。
でも顔は熱いまま、それは唯も同様らしい。
33: 2011/12/25(日) 22:18:22.28
――いい加減ケーキ食べないと、雰囲気を変えなきゃ。
そう思い、「唯、そろそろ……」と切り出したのだけれど。
「の、のどかちゃん! ケーキ、ケーキたべよ!」
「そ、そうね。紅茶が冷めちゃうものね」
唯が空気を読んでくれた。
落ち着きを取り戻すため、ケーキに手をのばす。
でも、それがいけなかった。
のばした右手に衝撃を感じた。
紅茶のカップ、受け皿、スプーン、これらが音を奏でる。
気づいたときにはもう手遅れで、コタツの天板に水溜りを作ってしまった。
「ああ……」
我ながら情けない声だ。
そう思い、「唯、そろそろ……」と切り出したのだけれど。
「の、のどかちゃん! ケーキ、ケーキたべよ!」
「そ、そうね。紅茶が冷めちゃうものね」
唯が空気を読んでくれた。
落ち着きを取り戻すため、ケーキに手をのばす。
でも、それがいけなかった。
のばした右手に衝撃を感じた。
紅茶のカップ、受け皿、スプーン、これらが音を奏でる。
気づいたときにはもう手遅れで、コタツの天板に水溜りを作ってしまった。
「ああ……」
我ながら情けない声だ。
34: 2011/12/25(日) 22:23:50.59
急いでキッチンへ向かい、流し台の上にある雑巾を手に取る。
リビングへ向かうと、唯が何やら必氏で手を動かしている。
どうやらティッシュを数枚取り、それで紅茶を拭いているようだ。
「唯、雑巾取って来たわよ。――って、ティッシュで拭いてるの?」
「あ、のどかちゃん。だって……わたしのせいでこぼしたんだもん」
「自分でふかなきゃって思ってね、そしたらティッシュがあったから――」
「唯、違うわよ。こぼしたのは私のせい」
「ちがうよ、わたしのせいだって」
「ティーカップ倒したのは私よ、唯のせいじゃ――」
このままだと平行線で終わりそうだ。
とはいっても、よくあることだし、いつも『なあなあ』で終わる。
リビングへ向かうと、唯が何やら必氏で手を動かしている。
どうやらティッシュを数枚取り、それで紅茶を拭いているようだ。
「唯、雑巾取って来たわよ。――って、ティッシュで拭いてるの?」
「あ、のどかちゃん。だって……わたしのせいでこぼしたんだもん」
「自分でふかなきゃって思ってね、そしたらティッシュがあったから――」
「唯、違うわよ。こぼしたのは私のせい」
「ちがうよ、わたしのせいだって」
「ティーカップ倒したのは私よ、唯のせいじゃ――」
このままだと平行線で終わりそうだ。
とはいっても、よくあることだし、いつも『なあなあ』で終わる。
35: 2011/12/25(日) 22:29:08.10
――元はといえば……。
「唯が勘違いするから……。そんな……キスするなんて」
「それじゃあ――、しちゃう?」
「え?」
――待って、唯。私こそ心の準備が……。
混乱して逡巡しているあいだに。
「――なんて、ね。また今度ってことで、いいでしょ? のどかちゃん」
「え、ええ……。そ、そうね。まだ早いもの」
「うん! それじゃあ、いつにしようかな?」
半ば無理やりに約束をされてしまう。
唯に促されるまま、曖昧な返事をする。
私は物事をはっきり言うタイプだし冷静だとも思う。
人からは『少し天然』だと言われているけれど。
それでも否定しなかったということは、つまり唯は特別な――。
――考えるのはやめておこう。私の誕生日を祝ってくれている、それだけなんだから。
「唯が勘違いするから……。そんな……キスするなんて」
「それじゃあ――、しちゃう?」
「え?」
――待って、唯。私こそ心の準備が……。
混乱して逡巡しているあいだに。
「――なんて、ね。また今度ってことで、いいでしょ? のどかちゃん」
「え、ええ……。そ、そうね。まだ早いもの」
「うん! それじゃあ、いつにしようかな?」
半ば無理やりに約束をされてしまう。
唯に促されるまま、曖昧な返事をする。
私は物事をはっきり言うタイプだし冷静だとも思う。
人からは『少し天然』だと言われているけれど。
それでも否定しなかったということは、つまり唯は特別な――。
――考えるのはやめておこう。私の誕生日を祝ってくれている、それだけなんだから。
36: 2011/12/25(日) 22:35:27.49
――――――――――――――――
紅茶を入れなおしケーキを堪能する。
口に入れた瞬間、クリームの甘みとスポンジの柔らかさが同居した。
しっとりとしたクリームと、ふんわりとしたスポンジ。
ふたつが上手く調和し、私の味覚を満足させる。
ゆっくりと味わったのち、紅茶をひと口。
――美味しい……。
声こそ出なかったものの、私の表情には喜びがあふれているだろう。
唯が、「食べられる前にイチゴちゃんあげるね」とケーキを皿ごと差し出した。
以前唯に『ひと口、交換しよう』と言われたときがある。
そのときは躊躇せずイチゴを食べてしまった。
それを思い出し、『あのときは悪かったわよ』と言葉が出かけたが。
「ありがたくいただいておくわ、誕生日だもの」
唯は「うん」と笑みを浮かべた。
こんなものだ、私たちは。
余計な言葉はいらない。
紅茶を入れなおしケーキを堪能する。
口に入れた瞬間、クリームの甘みとスポンジの柔らかさが同居した。
しっとりとしたクリームと、ふんわりとしたスポンジ。
ふたつが上手く調和し、私の味覚を満足させる。
ゆっくりと味わったのち、紅茶をひと口。
――美味しい……。
声こそ出なかったものの、私の表情には喜びがあふれているだろう。
唯が、「食べられる前にイチゴちゃんあげるね」とケーキを皿ごと差し出した。
以前唯に『ひと口、交換しよう』と言われたときがある。
そのときは躊躇せずイチゴを食べてしまった。
それを思い出し、『あのときは悪かったわよ』と言葉が出かけたが。
「ありがたくいただいておくわ、誕生日だもの」
唯は「うん」と笑みを浮かべた。
こんなものだ、私たちは。
余計な言葉はいらない。
37: 2011/12/25(日) 22:41:14.41
――――――――――――――――
紅茶のカップ、受け皿、スプーン、ケーキの皿。
念入りに洗い、水切りかごに収める。
唯は『私がやるよ~、のどかちゃん誕生日だし』とねだったけれど、丁重にお断りした。
別に『食器を割られるんじゃないかしら?』という危惧ではない。
家事は習慣になっているし、私の誕生日といえど唯は客人だ。
ここは家主が洗うのは当然だろう。
リビングへ目をやると、唯がミカンをもてあそんでいる。
コタツでくつろいでいる姿は懐かしく、私の胸中には寂寥感が到来――しなかった。
ひと通りの片づけをしてリビングに戻り、コタツに入る。
すると唯は得意気な顔をして。
「のどかちゃん、今からマジックをします!」
「何する気なの?」
「よく見ててね――。なんとミカンが……浮きます!」
「すごいわ、どうやってやってるの?」
紅茶のカップ、受け皿、スプーン、ケーキの皿。
念入りに洗い、水切りかごに収める。
唯は『私がやるよ~、のどかちゃん誕生日だし』とねだったけれど、丁重にお断りした。
別に『食器を割られるんじゃないかしら?』という危惧ではない。
家事は習慣になっているし、私の誕生日といえど唯は客人だ。
ここは家主が洗うのは当然だろう。
リビングへ目をやると、唯がミカンをもてあそんでいる。
コタツでくつろいでいる姿は懐かしく、私の胸中には寂寥感が到来――しなかった。
ひと通りの片づけをしてリビングに戻り、コタツに入る。
すると唯は得意気な顔をして。
「のどかちゃん、今からマジックをします!」
「何する気なの?」
「よく見ててね――。なんとミカンが……浮きます!」
「すごいわ、どうやってやってるの?」
39: 2011/12/25(日) 22:47:26.92
何も知らない人なら、本当に浮いているように見えるだろう。
私にはタネがわかっているけれど。
ミカンの底面に親指を差込み、正面を向け私に見えないようにして。
それから他の指を踊らせ、超能力者的な仕草をする。
「企業秘密、ということで」
「知りたい? のどかちゃん」
「んー、また今度で」
「それじゃあ――大晦日だね!」
悪気の無い小芝居、何気ない約束。
年月が二人を変えてしまっても、関係だけは変わらない。
私にはタネがわかっているけれど。
ミカンの底面に親指を差込み、正面を向け私に見えないようにして。
それから他の指を踊らせ、超能力者的な仕草をする。
「企業秘密、ということで」
「知りたい? のどかちゃん」
「んー、また今度で」
「それじゃあ――大晦日だね!」
悪気の無い小芝居、何気ない約束。
年月が二人を変えてしまっても、関係だけは変わらない。
41: 2011/12/25(日) 22:53:19.49
――――――――――――――――
このあとミカンは美味しくいただいた。
満腹感や安心感、コタツの魔力、それに――唯とのやりとり。
「でね、大学の友達がね――。そう――軽音部で――。すっごく楽しくて――」
「――うん、そうなの――。私も――色々と――。楽しくやってるわ――」
お互いの近況に花を咲かせ、夜は更けていく。
日付を跨ぐ――つまり、私の誕生日が終わろうとしたころ。
「あ、プレゼント忘れてたー!」
「それが用事だったわね」
――会いに来た目的はそれだけじゃないでしょ?
この言葉は伝えないでおく、唯も同じことを考えているから。
このあとミカンは美味しくいただいた。
満腹感や安心感、コタツの魔力、それに――唯とのやりとり。
「でね、大学の友達がね――。そう――軽音部で――。すっごく楽しくて――」
「――うん、そうなの――。私も――色々と――。楽しくやってるわ――」
お互いの近況に花を咲かせ、夜は更けていく。
日付を跨ぐ――つまり、私の誕生日が終わろうとしたころ。
「あ、プレゼント忘れてたー!」
「それが用事だったわね」
――会いに来た目的はそれだけじゃないでしょ?
この言葉は伝えないでおく、唯も同じことを考えているから。
42: 2011/12/25(日) 22:59:03.53
唯が白い箱をコタツの上に置き、厳かに口を開く。
「では……いよいよ開封します!」
「って、のどかちゃんのプレゼントだったよね」
箱を渡され、開封するように促された。
赤いリボンをほどき、上蓋を持ち上げる。
目に飛び込んで来たのは。
――マフラー、ね。
透明なビニールで包まれたピンク色のマフラー。
箱を見たときから薄々感じていたが、これは――。
「では……いよいよ開封します!」
「って、のどかちゃんのプレゼントだったよね」
箱を渡され、開封するように促された。
赤いリボンをほどき、上蓋を持ち上げる。
目に飛び込んで来たのは。
――マフラー、ね。
透明なビニールで包まれたピンク色のマフラー。
箱を見たときから薄々感じていたが、これは――。
43: 2011/12/25(日) 23:05:02.01
「唯、こんなのもらっていいの?」
「もちろん! そのためのプレゼントだよ」
「でもこれ……、高いわよね」
「みんなからカンパしてもらっちゃった」
事情を聞くと、澪、律、ムギ、この三人からお金を手渡されたそうだ。
さらには、大学の友達からも自主的に渡されたとのこと。
そして唯が代表として選定を行ったらしい。
「ホントはね、ういも『カンパするよ』って言ってたんだけど……」
「高校生だから、気持ちだけ伝えとくってことで」
0が4つは付きそうな品物。
でも、大事なのは金額じゃない。
みんなの気持ちが嬉しかった。
「もちろん! そのためのプレゼントだよ」
「でもこれ……、高いわよね」
「みんなからカンパしてもらっちゃった」
事情を聞くと、澪、律、ムギ、この三人からお金を手渡されたそうだ。
さらには、大学の友達からも自主的に渡されたとのこと。
そして唯が代表として選定を行ったらしい。
「ホントはね、ういも『カンパするよ』って言ってたんだけど……」
「高校生だから、気持ちだけ伝えとくってことで」
0が4つは付きそうな品物。
でも、大事なのは金額じゃない。
みんなの気持ちが嬉しかった。
44: 2011/12/25(日) 23:11:10.70
「のどかちゃん、巻いてみてよ」
「コート持ってくるね」
唯はそう言って、私のコートを取りに行く。
そのあいだに取り出し、ビニールを剥がし、タグを切り取った。
手に取ってみると、明らかに安物とは違う手触り。
両端は五つの房になっていて、指を通すと滑らかな感触を受ける。
いわゆる『フリンジマフラー』という物だ、さらには――。
「これ、もしかして毛皮?」
戻って来た唯にあわてて問いただしてみる。
「そだよ」
「そうなの?」
「コート持ってくるね」
唯はそう言って、私のコートを取りに行く。
そのあいだに取り出し、ビニールを剥がし、タグを切り取った。
手に取ってみると、明らかに安物とは違う手触り。
両端は五つの房になっていて、指を通すと滑らかな感触を受ける。
いわゆる『フリンジマフラー』という物だ、さらには――。
「これ、もしかして毛皮?」
戻って来た唯にあわてて問いただしてみる。
「そだよ」
「そうなの?」
46: 2011/12/25(日) 23:16:56.78
茶色のコートを手にした唯は、あっけらかんと。
「あ、心配しないで。アウトレットものだから」
「大学生にそんな大金出せないよ」
「それでも悪いわよ、高級品でしょ?」
私はアウトレット物だとか、そういうことは気にしない。
むしろお得感さえあるので、嬉しいくらいだ。
唯は右手の人差し指を立て、わざとらしく左右に揺らす。
「女子大生のオシャレアンテナをなめちゃダメだよ?」
「いろいろと詳しい子がいるんだよ、それで見つけたってワケ」
「――じゃあ遠慮せずに受け取っておくわ。ありがとう、唯」
「照れちゃうなあ、そういわれると。とりあえず巻いてみてよ!」
「あ、心配しないで。アウトレットものだから」
「大学生にそんな大金出せないよ」
「それでも悪いわよ、高級品でしょ?」
私はアウトレット物だとか、そういうことは気にしない。
むしろお得感さえあるので、嬉しいくらいだ。
唯は右手の人差し指を立て、わざとらしく左右に揺らす。
「女子大生のオシャレアンテナをなめちゃダメだよ?」
「いろいろと詳しい子がいるんだよ、それで見つけたってワケ」
「――じゃあ遠慮せずに受け取っておくわ。ありがとう、唯」
「照れちゃうなあ、そういわれると。とりあえず巻いてみてよ!」
47: 2011/12/25(日) 23:22:37.41
――――――――――――――――
「にあうよ~、のどかちゃん。ピンク色でよかった」
部屋着の上にコートを羽織り、マフラーを巻いた。
鏡に映ったのは冬の装い、茶色のコート。
いつもと違うのはマフラーだけ。
普段は薄緑色を巻いているけれど、ピンクもいけるのではないか。
それにこの色は――。
「唯とおそ――」「選んだのはね、わたしだよ!」
言葉をさえぎられ、唯は説明を始める。
「にあうよ~、のどかちゃん。ピンク色でよかった」
部屋着の上にコートを羽織り、マフラーを巻いた。
鏡に映ったのは冬の装い、茶色のコート。
いつもと違うのはマフラーだけ。
普段は薄緑色を巻いているけれど、ピンクもいけるのではないか。
それにこの色は――。
「唯とおそ――」「選んだのはね、わたしだよ!」
言葉をさえぎられ、唯は説明を始める。
48: 2011/12/25(日) 23:28:25.81
「最初はね、赤にしようと思ったんだ。のどかちゃんのメガネが赤いから」
赤は梓ちゃんのマフラー。
「さすがに安直かな? って思ったからやめにして」
「次は白。これは結構迷ったよ」
白は澪のマフラー。
「で、水色。のどかちゃんは薄緑で近いからこれも迷ったんだ」
水色は律のマフラー。
「チェック柄はどうかな? って思ったけど」
「のどかちゃんには似合わないかも、ってことで」
チェック柄はムギのマフラー。
「そんなわけで迷ったあげく、ピンク色にさせていただきました!」
ピンク色は唯のマフラー。
「わたしとおそろいだね」
「そうね」
以前の薄緑も気に入っていたけれど、ピンク色も気に入った。
――唯が選んでくれたから、なおさらね。
赤は梓ちゃんのマフラー。
「さすがに安直かな? って思ったからやめにして」
「次は白。これは結構迷ったよ」
白は澪のマフラー。
「で、水色。のどかちゃんは薄緑で近いからこれも迷ったんだ」
水色は律のマフラー。
「チェック柄はどうかな? って思ったけど」
「のどかちゃんには似合わないかも、ってことで」
チェック柄はムギのマフラー。
「そんなわけで迷ったあげく、ピンク色にさせていただきました!」
ピンク色は唯のマフラー。
「わたしとおそろいだね」
「そうね」
以前の薄緑も気に入っていたけれど、ピンク色も気に入った。
――唯が選んでくれたから、なおさらね。
49: 2011/12/25(日) 23:34:02.49
――――――――――――――――
「唯、本当にコタツでいいの?」
「うん! コタツで寝るの好きだし」
夜も更け、入浴も済ませ、あとは寝るだけとなった。
明日には地元へ帰らなければいけない。
「ベッドで寝てもいいのよ? 唯はお客さんなんだから」
「気にしないでよ、のどかちゃん」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、唯」
懐かしい街、私たちの街。
唯以外の軽音部のみんなは、ひと足先に帰っているはずだ。
でも唯は、私の下宿先に寄って一緒に帰ると言った。
――『私たちの街』に『一緒に』、か。
言葉を反芻すると、懐かしい気持ちになった。
――今日は来てくれて嬉しかった。
その気持ちを胸にベッドへ潜り込む。
「唯、本当にコタツでいいの?」
「うん! コタツで寝るの好きだし」
夜も更け、入浴も済ませ、あとは寝るだけとなった。
明日には地元へ帰らなければいけない。
「ベッドで寝てもいいのよ? 唯はお客さんなんだから」
「気にしないでよ、のどかちゃん」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、唯」
懐かしい街、私たちの街。
唯以外の軽音部のみんなは、ひと足先に帰っているはずだ。
でも唯は、私の下宿先に寄って一緒に帰ると言った。
――『私たちの街』に『一緒に』、か。
言葉を反芻すると、懐かしい気持ちになった。
――今日は来てくれて嬉しかった。
その気持ちを胸にベッドへ潜り込む。
50: 2011/12/25(日) 23:39:27.57
――――――――――――――――
――寒い。
どうやら私は、12月の寒さというものを甘く見ていたらしい。
布団と毛布、ちゃんと冬物を使っている。
しかしそれでも――。
――寒いわね。
出来ればもう一枚布団を出したい、でも寒くて身動きが取れない。
それに対し、唯はすやすやと擬音が聞こえてきそうな寝姿でいる。
たまらず体を丸めてみるが、12月の寒さには敵わない。
しばらく耐えていると、布団がめくられ、何者かがベッドに潜り込んできた。
――寒い。
どうやら私は、12月の寒さというものを甘く見ていたらしい。
布団と毛布、ちゃんと冬物を使っている。
しかしそれでも――。
――寒いわね。
出来ればもう一枚布団を出したい、でも寒くて身動きが取れない。
それに対し、唯はすやすやと擬音が聞こえてきそうな寝姿でいる。
たまらず体を丸めてみるが、12月の寒さには敵わない。
しばらく耐えていると、布団がめくられ、何者かがベッドに潜り込んできた。
52: 2011/12/25(日) 23:45:02.21
――唯。
何も言わず、私に体を寄せてくる。
コタツで温まった体は、温もりを届けてくれた。
今日だってそうだ、唯に会えなかった寂しさを埋めに来てくれた。
電話やメールでやり取りはするものの、心のどこかは冷えていたらしい。
――温めに来てくれたのかしら。
なんて柄にも無いことを考えつつ。
「プレゼントありがとう、唯」
と、小声でささやく。
何も言わず、私に体を寄せてくる。
コタツで温まった体は、温もりを届けてくれた。
今日だってそうだ、唯に会えなかった寂しさを埋めに来てくれた。
電話やメールでやり取りはするものの、心のどこかは冷えていたらしい。
――温めに来てくれたのかしら。
なんて柄にも無いことを考えつつ。
「プレゼントありがとう、唯」
と、小声でささやく。
53: 2011/12/25(日) 23:50:58.17
唯は『ありがとう』をマフラーのことだと受け取ったはず。
もちろんマフラーは嬉しいけれど。
私にとってはこの温もりのほうが、よっぽど『プレゼント』だ。
そっと抱き寄せ体を密着させる。
――唯がいれば暖房器具は要らないわね。
それは贅沢な願いだけれど、心が冷えたときに温めてくれれば十分。
もう一度「ありがとう」とささやいた。
――今のうちに唯成分を補給しないと。
そう考え、冷えた手を唯の手に絡める。
唯は「ひゃっ」と子犬みたいに鳴いた。
寄り添っているあいだにお互いの体温が溶け合い、心まで溶け合うような感覚に陥る。
離れていた時間は一瞬で埋まったようだ。
時間が経っても変わらないことがある。
例えば私と唯の関係。
どれだけ離れても、時間が経っても、変わることはないだろう。
温もりに包まれ、眠りに落ちようとしたとき。
唯がひとこと、「おめでとう」と呟いた気がした。
おわり
もちろんマフラーは嬉しいけれど。
私にとってはこの温もりのほうが、よっぽど『プレゼント』だ。
そっと抱き寄せ体を密着させる。
――唯がいれば暖房器具は要らないわね。
それは贅沢な願いだけれど、心が冷えたときに温めてくれれば十分。
もう一度「ありがとう」とささやいた。
――今のうちに唯成分を補給しないと。
そう考え、冷えた手を唯の手に絡める。
唯は「ひゃっ」と子犬みたいに鳴いた。
寄り添っているあいだにお互いの体温が溶け合い、心まで溶け合うような感覚に陥る。
離れていた時間は一瞬で埋まったようだ。
時間が経っても変わらないことがある。
例えば私と唯の関係。
どれだけ離れても、時間が経っても、変わることはないだろう。
温もりに包まれ、眠りに落ちようとしたとき。
唯がひとこと、「おめでとう」と呟いた気がした。
おわり
55: 2011/12/25(日) 23:57:15.14
これで終わりです。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
59: 2011/12/26(月) 00:02:14.62
おつおつ
和ちゃん誕生日おめでとう!
和ちゃん誕生日おめでとう!
61: 2011/12/26(月) 00:15:18.19
おつおつ
引用元: 和「プレゼント」
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