1: 2015/05/30(土) 22:18:57.65
【前編 ~償い~】





 とある日曜日、
 いつもの公園、いつもの道、
 私は愛犬サブレとお散歩を楽しんでいた。

 青々とした葉っぱで彩られた沢山の木々と、
 少し汗ばんだ私のTシャツが、夏の訪れを感じさせてくれる、
 そんな日だったと憶えている。


「サブレ、ちょっとここで待っててね、お水買ってくるから」


 手に持っていたリードを近くのベンチに結びつけ、
 自販機に向かう。

 いつも散歩の時に持ち歩いている水筒は、
 どうやら私のお家の玄関でお留守番をしているみたい。

 ポケットからサイフを取り出し、
 100円玉と10円玉を探していたその時だった。


「ゆぅぅぅ! ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!!!」


 澄み渡った空気の中に、間の抜けた叫び声が響いた。


 ――そう、これが私と"ゆっくり"との出会い、だった。


3: 2015/05/30(土) 22:22:22.20
「――サブレ? 何やってるの?」


 リードを結んだ時には気づかなかったけど、ベンチの下に大きめのダンボールが横たわっていた。
 遠目に見る限り、サブレはその中の何かとじゃれあっているように見える。


まりさ「やめろぉぉぉおおお! まりささまをゆっくりさせないげすないぬさんは! さっさとどっかにいくんだぜぇぇぇえええ!!!」

「ちょ、ちょっと何?」


 ダンボールの中から聞こえてくるこの甲高い声、私は横に回って恐る恐ると、覗いてみる。


「何? コレ?」


 ――それが私の"ゆっくり"に対しての第一印象だった。

4: 2015/05/30(土) 22:23:40.17
 バスケットボールくらいの大きさ、
 金髪に黒いとんがり帽子、
 その隣には、同じ大きさくらいの黒髪に赤いお飾り、
 そしてその2匹をそのままソフトボールくらいの大きさにしたような、計4匹の生首のような生き物が、
 ダンボール箱の中で身を寄せ合っていた。


「ちょ、ちょっとサブレ、やめ!」


 ぐい、とサブレのリードを引っ張る。


れいむ「ゆぅぅぅぅぅ! やっとどっかにいったよぉぉぉ!」

まりちゃ「こわかったのじぇぇぇぇぇ!」

れいみゅ「ゆびぃぃぃ! ゆびぃぃぃ!」

まりさ「ゆふーっ! ゆふーっ! よ、ようやくまりささまのおそろしさをりかいしたみたいなんだぜ!」


 なんで人の言葉をしゃべれるんだろうって、色々疑問には思ったけど、
 とりあえず怖がらせてしまったようなので謝らなきゃって、声をかけてみた。


「ご、ごめんなさい! サブレが驚かしちゃったみたいで!」

5: 2015/05/30(土) 22:24:51.54
まりさ「ゆっ!? にんげんさん!?」

れいむ「ゆゆっ!?」

「うん、大丈夫? ケガは無い?」


 そういって私はダンボールの中の4匹を見つめる、
 黒ずんだ肌、ボロボロのお飾り、ちょっと臭いなとも思ったけど、
 ひとまずはケガは無さそうで安心した。


「ねぇ、あの、あなた達って何?」


 気になって思わず問いかけてみる。


まりさ「まりさはまりさだよ! さいっきょうのゆっくり! なんだぜ!」

れいむ「れいむはれいむだよ! かわいすぎちゃってごめんね!」

まりちゃ「まりちゃはまりちゃだよっ! さいっきょう! なんだじぇ!」

れいみゅ「れいみゅはれいみゅだよ! かわいくってごめんにぇ!」

「まりさ、れいむ、まりちゃ、れいみゅって言うんだ」


 名前しかわからなかった。
 うん、なんとなくそんな予感はしてたけど。

6: 2015/05/30(土) 22:27:11.46
「えっと、まりさ、れいむ、まりちゃ、れいみゅ、驚かしちゃったみたいでごめんね、私達はもう行くから」

まりさ「まったくだぜ! ゆっくりをゆっくりさせないにんげんさんははやくどっかにいってね!」

れいむ「いますぐっ! でいいよ!」


 くつろいでいたところを邪魔されて、
 どうやらご機嫌斜めみたい。


「ごめんね、じゃあ」


 そう言って立ち去ろうとした時、
 ダンボール箱の裏側辺りに、まだ2匹ゆっくりが隠れているのを見つけた。


「そっちのお二人さんもごめんね」


 声をかけてみるものの、返事がない。
 おかしいなって思って裏側に回りこんで見る。


「……え!?」


 そこで私が見たものは、
 先ほどのダンボール箱でみた、まりさとれいむによく似た別の2匹の、
 変わり果てた姿だった。

7: 2015/05/30(土) 22:28:06.53
「ひっ!?」


 眼球から飛び出した目玉。
 潰れたお腹。
 噛みちぎられたような頭部。
 そしてそこから流れ出している黒い何か。
 ――氏んでいる。
 ひと目でわかるくらい無残な姿。


「あの、もしかしてサブレが!?」


 私はさっきの4匹に尋ねる。


ゆっくり一同「ゆ?」

8: 2015/05/30(土) 22:29:26.55
 頭の上にはてなマークが見えるような、そんな表情をしている4匹。
 伝わらなかったかなと思って、もう一度尋ねる。


「このダンボール箱の裏で氏んでいる2匹は、あなた達の家族なの?」

ゆっくり一同「ゆー?」

「もしかして……サブレが、やったの?」


 違う、って
 そう思いたかった
 そう言って欲しかった
 けれど――


まりさ「ゆゆっ!? ゆっ!」
まりさ「そうだぜ! まりささまのかぞくだぜ!」
まりさ「にんげんさんのよこにいる、そのげすいぬがやったんだぜ!」


 ――現実は残酷だった。

9: 2015/05/30(土) 22:31:04.61
「ごめんなさい、わたしどうすれば……」


 サブレがこの家族達に酷いことをした、と分かった瞬間。
 思わず、ヒッキーが交通事故にあった時のことを思い出し、
 "また"と、涙が溢れてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

まりさ「ゆぅぅぅ! ないたってまりささまのかなしみはいえないんだぜっ!」


 まりさの言うとおりだ、
 私はサブレの飼い主としてこの残った4匹に対して、
 "償い"をしなければならない。


「……そうだね、謝ってすむ話じゃないってわかってる」
「ねぇ、まりさ、わたしはどうしたらいい?」

10: 2015/05/30(土) 22:31:49.34
まりさ「まずは! まりささまにふさわしい! りっぱなおうちをよういするんだぜぇぇぇ!」

れいむ「あまあまっ! たくさんのあまあまもよういしろぉぉぉ!」

「わかった……でもわたし、あなた達がどんなお家に住みたいかとか、あまあまが何かわからないから、教えてくれるかな?」

まりさ「さっさとしろぉぉぉ! それくらいりかいしろぉぉぉ! このくそにんげんがぁぁぁぁぁあああああ!!!」 

「ごめんなさい――」


 ――その時、
 私の目から溢れる涙みたいに。
 ポツポツ、ポツポツと雨が降り始めた。


れいむ「ゆぅぅぅ! あめさん! あめさんはゆっくりできないよ! どっかにいってね!!!」

まりちゃ「ゆびぃぃぃ! こわいのじぇぇぇ!」


 慌てふためく4匹。
 きっとこの子達は水気には弱いのだろう。
 ひとまず安全な場所に運んで、それから今後の事をみんなで考えよう。
 そう考え、私はこの不思議な4匹を家に連れて帰ることにした――

11: 2015/05/30(土) 22:32:31.67
由比ヶ浜家


 家についた私は、
 水気を取るついでに汚れを落としてあげることにした。

 ぬるま湯に浸したタオルに少しだけボディソープをつけ、
 体・髪・帽子・お飾りを丁寧に丁寧に拭いていく。

 かなりの重労働だったけど、臭いもしなくなったし、
 部屋のカーペットが汚れないくらいにはキレイになった。

 ただ気になったのは――


まりさ「おぃぃぃ! どれいぃぃぃ! もっとこころをこめてきれいにしろぉぉぉ!」

れいむ「どれいぃぃぃ! れいむのっ! いちりんのばらのようなあにゃるさんはもっとていねいにあつかえぇぇぇ!」

まりちゃ「ゆっ! どれい! まりちゃさまのぺにぺにをきれいにするんだじぇ!」

れいみゅ「ゆぷぷぷぷ、おぉあわれあわれ」


 ――どれい。
 そう気がついたら私はこの4匹に"奴隷"扱いをされていた。
 さすがに奴隷は酷いんじゃ、と思ったけど。


まりさ「まりささまのかぞくをえいえんにゆっくりさせておいて! なんだそのめはぁぁぁ!」


 この子達の悲しみを考えると、私は何も言えなかった。

12: 2015/05/30(土) 22:33:45.85
 ドライヤーとタオルで乾かしてあげた後は、
 使っていない大きめの衣装ケースをこの子達のお家に仕立て上げる事にした。

 毛布を衣装ケースの底に詰め込んでいるところで、
 携帯のメール着信音が流れる。


「あ……パパとママからだ」


 メールは今海外旅行中の両親からだった、
 『お土産何がいい?』って。
 こんなときに限ってって思ったけど、
 一人でなんとかしなくちゃ、と気合を入れなおす。

 サブレ用のトイレシートや、
 小さめのクッションなんかを入れてあげて、
 1時間後にはそれなりのお家が出来上がった。

13: 2015/05/30(土) 22:34:19.62
「お家、できたよ」


 そう伝えて4匹を抱え自分の部屋に入り。
 完成した衣装ケースのお家を見せてあげる。


まりちゃ「ゆっ! これはまりちゃさまにふさわしいおうちなんだじぇ!」

れいみゅ「ゆわぁぁぁ、ふかふかさんがいっぱいでかわいいれいみゅにぴったりぃぃぃ!」

「ね、なかなかいいデキでしょ」


 素直な反応をしてくれる子ども達を見て、
 少しだけ心が和らいだ気がした。


まりちゃ「おとーしゃん! おかーしゃん! まりちゃは、はやくおうちでゆっくりしたいんだじぇ!」

れいみゅ「ゆふふ! れいみゅがいちばんのりだよぉ!」

「あんまり急ぐと転んじゃうよ、あれ? まりさ? れいむ?」


 ぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうにお家に入っていく子ども達。
 だけどその親達である、まりさとれいむはニヤニヤしながら動こうとしない。

14: 2015/05/30(土) 22:34:45.91
「どうしたの?」


 ――と尋ねた瞬間


まりさ「ここをまりさと!」

れいむ「れいむの!」

まりさ・れいむ「ゆっくりぷれいすにするよ!!!」


 と、これでもかと言わんばかりのドヤ顔で、
 高らかに声を上げた。

15: 2015/05/30(土) 22:35:21.56
「……ゆっくりぷれいす? つまりおうちってこと?」

まりさ「そうだぜ! もうここはまりさたちのおうちなんだぜ!」

「うん、そのつもりでコレを用意したつもりなんだけど?」

まりさ「そんなせまっくるしぃ! おうちは! まりささまにはにあわないんだぜ!」

れいむ「れいむにもにあわないよ! れいむのおうちはここだよ!」

「え?」


 何を言っているかよくわからない。
 まさか、とは思うが念のために聞いてみることにした。


「まりさ、れいむ、あなた達のお家はこの衣装ケースだよ」
「ここは私の部屋だからね?」


まりさ「はぁぁぁぁぁ!? なにいってるんだどれいぃぃぃいいい!?」

れいむ「ばかなのぉぉぉぉぉ!? しぬのぉぉぉぉぉおおおおお!?」

「えぇ……」


 ものすごく怒られてしまった。

16: 2015/05/30(土) 22:36:07.37
 どうやらまりさとれいむにとっての"ゆっくりぷれいす"は、
 衣装ケースのお家ではなく、私の部屋全体を言っているということがわかった。
 いろいろ説明しようと思ったけど、疲れきった今の私には、
 もうそんな元気は残っていなかった。


まりさ「まったく! なんてあたまのわるいどれいなんだぜ!」

れいむ「ほんとだよ! おうちせんげんをしたからもうここはれいむたちのおうちだよ! そんなこともわからないなんてばかなのしぬの!」

「うん、ごめんね、とりあえず今日はもう寝ようか」


 気づけば時計は夜の1時を指していた。
 そろそろ寝ないと、明日学校に遅刻しかねない。
 そう言って電気を消し、私はベッドに潜り込む。


まりさ「おぃぃぃ! どれいぃぃぃ! かってにねるなぁぁぁ! まりささまたちのおうちからでていけぇぇぇ!!!」

れいむ「あまあまがまだでしょぉぉぉおおお! はやくもってこいぃぃぃ! とくもりっ! でいいよ!!!」


 などと最初はよくわからないことを言って騒いでいたが、
 この子達も疲れていたのか、5分後にはすっかり眠りについていた。
 だけど――

17: 2015/05/30(土) 22:36:50.00
まりさ「ゆびびびびぃぃぃぃぃ……ゆごごごごぉぉぉぉぉ……」

れいむ「ゆぎぎっ! ゆぎりぎりぎりぎりぎりっ!!!」

まりちゃ「ゆひぃ、まりちゃは、ちじょうさいきょうっ、なんだ、じぇ……」

れいみゅ「ゆぴーゆぴー」

「……うるさくて、寝れない」


 ――実際眠りについていたのはこの4匹だけで、
 私はいびき・寝言に悩まされ結局リビングのソファで寝ることにした。


「はぁ、明日起きれるかな……」

18: 2015/05/30(土) 22:37:19.26
翌朝 


 携帯にセットしたアラームがリビングに鳴り響く。
 私はハッとして飛び起きた。

 ――マズイ。

 私が起きるためにどれだけの長い時間を費やしたか、
 真っ赤になった携帯のバッテリーランプがそれを物語っている。


「やばいやばい! 遅刻しちゃう! サブレ! おはよう!」


 そう声をかけ、サブレの餌皿に朝と夜の2食分のドッグフードを用意する。
 サブレは一回だけワン!と吠えた。
 『学校がんばって!』って言ってくれてるんだね、ありがとうサブレ。


「あ、そうだあの子達にもごはん用意してあげなきゃ」


 とは言ったものの、
 あの子達が何を食べるのかを、私は知らない。
 ひとまず聞かなくちゃと、私は自分の部屋へ向かった。

19: 2015/05/30(土) 22:37:51.90
「おはよう! 起きて! みんな!」

ゆっくり一同「ゆぴぴ……、ゆぴぴ……」


 私は全然寝れなかったのに……
 と、少しだけイラっとしたが、
 "償い"の事を思い出し、そんな事を考えた自分が嫌になった。


「起きて! お願い! 起きてってば!!!」


 でもごはんを置いていかないと、この子達ヘタしたら氏んじゃうかも。
 そう思ってゆさゆさと、まりさを起こすことにする。


まりさ「ゆぁぁぁ……? だれなんだぜぇぇぇ? まりささまのゆっくりとしたすーやすやたいむのじゃまをするのは……?」

「まりさ! まりさ達って何を食べるの!? 私急いでるから早く教えて!」

まりさ「はぁ……? どれいは、そんなこともわからないのか、だぜ?」
まりさ「まりささまたちには、とくじょうっ! の"あまあま"をけんじょうするんだぜ……? ふわぁぁぁーむにゃむにゃ……」

「あまあま? つまり甘いものってことだね! わかった!」


 ――そうだキッチンにクッキーの缶があったはず、アレを置いていこう。
 急いでフタを開け、私の部屋の床にごはんを置きに行く。


「まりさ! 私夜まで帰ってこないから! 私の部屋でいい子にしててね!」


 そう言い残し、当の私は朝食すら食べることなく学校へ向かった。

21: 2015/05/30(土) 22:38:32.82
放課後 奉仕部


「――って言うことがあったの」


 私はあの得体の知れない4匹の事を、みんなに相談することにした。
 もしかしたらヒッキー、ゆきのんなら、あの生き物の事を知っているかもしれない。
 なによりも、寝不足と疲れとストレスにより、
 何回も、何回も授業中に泣きそうになって、
 誰かに相談に乗ってもらわないと、ダメになってしまうとも思ったから。


「ねぇ、私どうしたらいいかな?」
「って言ってもわかんないよね……あはは……」


 でもさすがのみんなでも、無理かなって。
 だってあんなお伽話の世界から飛び出してきたような生き物の事なんて、わかるわけないじゃない。
 あぁ、またヒッキーにバカにされそう……
 とりあえず今日は帰ろうかな、なんて考えたその時――


八幡「"ゆっくり"、だな」

雪乃「それも、"ゲス"のね」


 ――彼と彼女は、そう呟いた。

 全てを見透かしたような、全てを知っていたような、そんな目をしながら。

24: 2015/05/30(土) 23:10:12.04
「え? ゆっくり?」

八幡「そう、ゆっくりだ」


 何がゆっくり?
 もしかしてまりさやれいむ達の事言ってるの?


八幡「沢山の亜種が存在していてひとまとめにはできないんだが」
八幡「小豆餡を白玉粉の皮で包んだ、動いて喋る正体不明のナマモノ」
八幡「まぁ平たく言うと大福のお化けみたいなものだと考えてもらっていい」

「お化け……」


 真剣に説明をしてくれるヒッキーには悪いけど、
 小学生でも話さないような、バカげた話だなって、少し笑いそうになっちゃった。

25: 2015/05/30(土) 23:12:47.71
雪乃「しかも出会って一日目だというのに奴隷化・おうち宣言をしたところを見ると」
雪乃「相当のゲスようね」

「ゲスって……」


 ゆきのんにしては汚い言葉を使うなぁ、って少し驚いた。


雪乃「ゆっくりって比企谷君がさっき説明した通り、色々な種類のものが存在しているのだけれど」
雪乃「れいむ種・まりさ種は性格が悪い個体が多くて、よく問題を起こしたりするの」
雪乃「丁度貴方が今、困っているみたいにね」
雪乃「その中でも特に性格が悪い個体を"ゲス"と言い表したりするのよ」

「そうなんだ」

八幡「……しかし雪ノ下、お前ヤケに詳しいな? もしかして"鬼姉さん"だったりするのか?」

雪乃「そう言う比企谷君こそ、"鬼いさん"だったりするのかしら?」

八幡「まぁ、とりあえず今は黙秘権を行使させてもらう」

雪乃「では、私も」

「え? 何の話?」


 "お兄さん"? ヒッキーは小町ちゃんがいるから確かにお兄さんだけど、
 "おにねーさん"って何? ゆきのんは妹じゃ?
 うーん、二人の話についていけない……

26: 2015/05/30(土) 23:14:32.84
「それでさ、私これからあのゆっくり達にどうしてあげればいいかな?」
「なんか二人は詳しいみたいだし、アドバイス欲しいなーなんて」


 この二人はゆっくりの事をよく知っている。
 きっとこの状況をなんとかしてくれるような案を出してくれる。
 私は、知らない間に、そんな身勝手な期待を膨らませながら問いかけていた。
 だけど――


八幡「アドバイス、か」

「うん」


 少し困った表情をしながら――


八幡「悪いことは言わない、そいつら潰したほうがいいぞ」


 ――ヒッキーはそう、答えた。

27: 2015/05/30(土) 23:29:01.70
「え? 潰すって……」


 私は一瞬理解ができなかった。
 潰す? まりさやれいむ達を? 私が?
 確かに性格の悪い、悩みの種みたいな4匹だとは思うけど、
 "潰す"なんて選択肢は、今まで思い浮かびすらしなかったからだ。


「……ヒッキー、それ本気で言ってるの?」


 私はふつふつとこみ上げてくる怒りを誤魔化すように、ゆきのんに視線を向ける。


雪乃「……ごめんなさい、由比ヶ浜さん、これに関しては私も比企谷君と同意見よ」
雪乃「潰すのに抵抗があるなら、せめて元いた場所にそのゆっくり達を返してあげなさい」


 返す? 捨てるってこと?
 どうしてそんな無責任な事を言えるの?
 ――グラグラ、と視界が揺れる。

28: 2015/05/30(土) 23:30:14.85
 "償い"のことはもちろんあるけれど、
 なにより、拙いながらも言葉を交わすことができるあの4匹に対して、
 そんな事をできるわけがない。
 ちゃんと話をしたらきっとわかってくれる、わかりあえる。
 私はそう考えていた。
 だから二人の言葉は、グサリ、と、
 胸を抉るような、とても辛辣なものとしか、捉えることができなかった。


「……なんで?」
「なんで、なんでそんな酷いこと平気で言えるの?」
「なんで!?」

八幡「おい、由比ヶ浜落ち着け――」 


 呼び止めるヒッキーの声を無視して、私は部室から逃げ出した。
 こみ上げてくる怒り、悲しみ、涙、
 いろんなものを隠したかったから。
 それに、優しい友人達に、身勝手な期待を押し付けた自分が嫌になって、
 いたたまれなくなったから――

29: 2015/05/30(土) 23:43:37.67
夜 由比ヶ浜家


「ただいま……」


 誰に言い聞かせるわけでもなく、呟く。
 後でゆきのんとヒッキーに謝らなきゃ。
 そんな事を考えながら靴を揃えてた時、
 私は違和感を覚えた。

 ――サブレ?

 いつもは玄関を開けた瞬間に、愛くるしい姿を見せてくれるサブレが、
 そう、サブレが迎えに来ないのである。


「サブレ? サブレ!?」


 ドク、ドクと、痛いくらいに脈打つ胸。
 カバンを放り投げて、私はサブレの寝床であるリビングに向かう。

30: 2015/05/30(土) 23:45:35.59
「サブレ!? どうしたの!?」


 リビングの隅に設置したサブレのトイレスペース、
 その上に、大量の吐瀉物に塗れ、苦しそうに全身で呼吸をする、サブレの姿があった。


「サブレ! 今すぐ病院に連れってあげるから!!!」


 バスタオルと毛布でサブレをくるんで、
 着替えもせずに私は玄関を飛び出していた――


「もう少しだけ、もう少しだけ我慢してね、サブレ……!」


 こんなに真剣に走るのは、何時ぶりだろう。
 息が上がり、足も震え、汗だくなって、
 それでも、それでも私は走った。
 苦しくて、苦しくて、それでも――

34: 2015/05/30(土) 23:58:25.52
 『シリカゲル、ですな』
 『毒性はないので大丈夫でしょう』
 『ただ、吐いた量が少し多かったので、軽い脱水症状が見られますな』
 『数日は適度な水分と消化の良い餌を与えるようにしてください』
 『なぁに、そんなに心配なさらんでもすぐに良くなりますよ』

 と初老の獣医が診断結果を聞かせてくれるまで、
 私は生きた心地がしなかった。


「ありがとうございました」


 お礼をし、動物病院を後にする。
 何やら出すものを出したサブレはすっかり元気になったようで、
 今は嬉しそうに私の腕の中で丸まっている。

 ホッとした瞬間、急に頭の中がクリアになって、
 そして、私は嫌な想像をしてしまった。

35: 2015/05/30(土) 23:59:13.84
 ――シリカゲル
 お菓子やペットフードなどに入っている、
 袋詰めされた透明のつぶつぶ、つまり乾燥剤のことだ。

 今日の朝、私はサブレの餌皿に、
 固形タイプのドッグフードに缶詰タイプのドッグフードを添えた、
 そう、いつもの食事を用意して家を出た。

 当然缶詰タイプのドッグフードにシリカゲルは入っていない。
 じゃあ固形タイプを入れる時?
 そう思ったけど、私は餌皿に移す際、いつもしっかりと異物が入っていないかをチェックしている。

 ――その先はあまり考えたくなかった、考えてはいけない気がした。

 だけど、家に近づくにつれ、
 私の胸はだんだんと苦しくなっていった。

36: 2015/05/31(日) 00:00:08.22
「ただいま……」


 今日2回目のただいまを呟いて、
 私は自分の部屋に向かった。

 そして深呼吸、
 もう一度。

 気持ちを落ち着かせてから、部屋に入ろう、
 私はそう思った。

 私の部屋のドアは開きっぱなしになっていて、
 そこからつけっぱなしにしておいた電気の光が廊下を照らしている。

 まずはご飯をあげて、話はそれから。

 そう決めて、ドアノブに手を伸ばした時だった――


まりさ「いやーしかしこんなにうまくいくなんておもわなかったんだぜ!」

れいむ「ゆふーん、さすがれいむのだんなさんだよ!」

まりちゃ「さすがおとーしゃんなんだじぇ!」

まりさ「ほんとにあのくそどれいはばかすぎて、ぎゃくにかわいそうになってくるんだぜ!」

れいむ「きっとおっOいさんにえいようがいきすぎちゃって、あたまがかわいそうになってるんだよ! ゆぷぷ!」

れいみゅ「ゆぴぃゆぴぃ! ゆぷぷぷぷ!」

37: 2015/05/31(日) 00:02:11.86
まりさ「それにしてもあのどれいっ!」
まりさ「このびゆんのまりささまと、こうえんにいたぶさいくなげすゆっくりどもを"かぞく"だとかんちがいするなんて、しつれいにもほどがあるんだぜ!」

れいむ「ほんとだよ! きっとどれいのめはくさってるんだよ!」

まりさ「しかもあのげすゆっくりどもっ! ちょっとだけせいさいっ! しただけでえいえんにゆっくりしたのぜ! げすなうえにひんじゃく~とかすくいようがないんだぜ!」

れいむ「さっさとれいむたちにおうちをわたしていればよかったんだよ! ばかなの? しぬの? ゆっ? もうすでにえいえんにゆっくりしてたよ! げらげらげら!」

まりさ「あんなさいじゃくっ! なやつらとこのさいきょうっ! のまりささまをいっしょにするなんて……こんどあのくそどれいもせいさいっ! してやるんだぜ!」

れいむ「ゆふーん! まりさぁぁぁかっこいいよぉぉぉ!」


 家を奪うためだけにあの2匹を頃したっていうの?
 それに、あの2匹は、家族じゃない?
 頭の中がグルグルと回って、少しふらついてしまう。


まりさ「しかし、じぶんのさいきょうっ! っぷりがほんとうにこわいんだぜ!」

れいむ「"げすいぬ"をこらしめたときのまりさ、すっごくかっこよかったよぉぉぉ!」


 ――今、なんて。

39: 2015/05/31(日) 00:04:04.41
まりさ「ここのどれいといい、げすいぬといい、おつむがかわいそうなやつがおおすぎるんだぜ!」
まりさ「そもそもあのくそどれいが、どくどくさんをくっきーさんにしこんだのがいけないんだぜ!」


 どくどくさん、たぶんシリカゲルのことだ。
 やっぱり、まりさ達が、サブレを――


まりさ「おもいだしただけではらがたってきたんだぜ! あのくそどれいは、すっきり~どれいにしてからせいさいっ! してやるんだぜ!」


 許せない――


れいむ「どれいにはふさわしいまつろだね!」


 許せない――――


まりちゃ「おとーしゃ! まりちゃもこのでんせつのけんで! あのどれいのまむまむをはかいしてやるんだじぇ!」


 許せない――――――


れいみゅ「れいみゅも! れいみゅも! あのどれいにうんうんをたべさせて、うんうんどれいにしてあげりゅよ!」



 ――許せない!

40: 2015/05/31(日) 00:05:02.63
「まりさ! れいむ! どういうこと!!!」


 私の部屋は酷い有様だった。
 そこら中に散らばったクッキーの食べかす、
 ボロボロに破られた雑誌、
 ベタベタになったクッション、
 カーペットをにこびりついた大量の茶色いシミ。

 だけど、そんなものに目もくれず、
 一直線にまりさの方へ向かい、
 両手で地面に押さえつけるように――
 
 
まりさ「ゆぎぃっ! く、くそどれいぃぃぃいいい! きたないてでまりささまにさわるんじゃないんだぜぇぇぇ!!!」

「わたしはどれいじゃない! いいかげんにしてまりさ!」

まりさ「ゆぎひぃっ!? ちゅ、ちゅぶっ、ちゅぶれ……!?」

「――っ!?」


 潰してしまう、と思った私は、
 少しだけ力を緩め、まりさに問う。

41: 2015/05/31(日) 00:05:46.65
「まりさ、あの公園の氏んでいた2匹は家族じゃなかったのね」

まりさ「ゆっ!? な、なんでそれをしっているんだぜ!?」

「嘘をついたこと、謝って」

まりさ「はぁぁぁ!? ふざけるなぁぁぁ!? このまりささまがどれいなんかにあやまるわけないんだぜぇぇぇ!?」

「……わかった、私には謝らなくていい」
「その代わり、公園のダンボールのお家を奪うためだけに、あなた達が頃した、あの2匹には謝りなさい」

まりさ「どれいぃぃぃ! おまえのくそばかなあたまでもわかるようにいってやるんだぜ!」
まりさ「あいつらは、まりささまたちにおうちをけんじょうっ! しなかったげすなんだぜ! そんなやつらにあやまるすじあいはないんだぜ!」
まりさ「まりささまがゆっくりするのをじゃまするやつは、みんなげすでくずなんだぜ!」
まりさ「だからせいさいっ! したまでなんだぜ! わかったらこのきたないてをはなせぇぇぇ!!!」

「ゲスで、クズ?」
「それはまりさのことでしょ!」

まりさ「はぁぁぁ!? ふざけるなぁぁぁ!? このまりささまがげすでくずだとぉぉぉ!?」
まりさ「いますぐせいさいしてやるからこのくそきたないてをどけろぉぉぉ!!!」


 私は、早くまりさに謝って欲しかった、
 でないと、今すぐにでも、まりさを押し潰してしまいそうで――

42: 2015/05/31(日) 00:06:33.05
「じゃあ! サブレは!? サブレは何もしてないでしょ!!!」

まりさ「あのげすいぬはまりささまにごはんさんをけんじょうっ! しなかったんだぜ!」
まりさ「むりやりうばおうとしたら、なまいきにさからってきたんだぜ!」
まりさ「だからどくどくさんでえいえんにゆっくりさせてやったんだぜ!」
まりさ「どいつもこいつも! まりささまをゆっくりさせないげすばっかりなんだぜ!」

「まりさ! あなたは自分がゆっくりできたら、他はどうでもいいって言うの!?」

まりさ「ゆっくりがゆっくりするのはあたりまえのことなんだぜ!」
まりさ「それはとうぜんっ! のけんりなんだぜ!」
まりさ「それがわからないどれいはさっさとしんだほうがいいんだぜぇぇぇ!!!」


 この時、私はようやく理解した。
 私は、このまりさ達と、そう、ゆっくり達と。


 ――分かり合うことは、できない。


 と。

43: 2015/05/31(日) 00:07:04.65
「……わかった」
「れいむ、まりちゃ、れいみゅ」
「あなたたちも、まりさと同じ考えなの?」
「自分たちが、ゆっくりするためには、他はどうなってもいいって思ってるの?」


 答えはわかっていたけど、念のために他の3匹にも問いかける。


れいむ「あたりまえでしょぉぉぉ!? そんなことよりさっさとあまあまをもってこいぃぃぃ! れいむはおなかがぺーこぺこなんだよぉぉぉ!」

まりちゃ「まりちゃはえらばれしさいきょうっ! のゆっくりなんだじぇ! わかったらさっさとあまあまをけんじょうっ! するんだじぇ!」

れいみゅ「れいみゅはせかいでいちばっ! かわいいゆっくりなんだよ! だからどれいがれいみゅをゆっくりさせてにぇ!」

「……」
「そう、わかった」


 私は、まりさを解放し、立ち上がりながら伝える。


「……まりさ、ここを出る準備をしておいて」

まりさ「ゆっ? ここはまりさのおうちだからでていくのはどれいのほうだぜ?」

れいむ「うるさいどれいがいなくなってせいせいするよっ! あ、でもそのまえにあまあまをもってきてねっ!」


「――今から、あなた達4匹を、あの公園に捨てに行くから」


ゆっくり一同「ゆっ?」

ゆっくり一同「……?」

ゆっくり一同「ゆぅぅぅぅぅううううう!!!???」

44: 2015/05/31(日) 00:08:29.92
まりちゃ「まりちゃはいやなんだぜぇぇぇえええ!? こうえんさんはくらいし、せまいし、こわいんだじぇぇぇ!」

れいみゅ「やぢゃやぢゃやぢゃ! れいみゅやぢゃぁぁぁあああ! れいみゅはいきたくにゃいぃぃぃ!」

れいむ「ゆがぁぁぁあああ! ふざけるなぁぁぁ! このくそどれいぃぃぃ!!!」

「もう、決めたから」


 そういって部屋を出ようとした、その時、
 顔を真っ赤にしながらまりさが飛びかかってきた――


まりさ「くそがぁぁぁあああ! せいさいしてやるぅぅぅぅぅううううう!!!」

「きゃっ!?」


 避けようとしたその足元、
 クッキーの缶を踏んづけてしまい、私は転んでしまった。


「――いたっ!?」

45: 2015/05/31(日) 00:09:18.63
まりさ「ゆゆっ! くそどれいはまりささまのこうげきでひんしなんだぜ! みんなでせいさいっ! してやるんだぜ!」

ゆっくり一同「えい! えい! ゆー!」

「ちょ、ちょっと、やめっ! きゃ!」

れいむ「このくそどれい! さっさとえいえんにゆっくりしてねっ!」

まりちゃ「さいきょうっ! のまりちゃしゃまがくそどれいをほうむってやるんだじぇ!」

れいみゅ「れいみゅのっ! すーぱーうんうんたいむがはーじまーるよー! ゆぅぅぅすっきりー!」


 私はゆっくり達に囲まれてひたすら踏みつけられた、
 正直、ゆっくり達の攻撃は、痛くもなんともなかった。
 でも、"殺意"を向けられている、
 そうわかって、心はすごく、

 痛くて。
 痛くて。
 痛くて。

 それからのことはあまり良く覚えていない――

46: 2015/05/31(日) 00:10:17.05
翌日 奉仕部


「ヒッキー、ゆきのん、ごめんなさい」
「昨日は、その、急に帰っちゃって……」

八幡「おぅ、まぁ俺の言い方も悪かったし、気にするな」

雪乃「あんな言い方をされたら、誰だってビックリするわよね、私からも、ごめんなさい」


 ヒッキーと、ゆきのんは、そう言って、
 その後いつも通りの笑顔を向けてくれる、
 でも私は、その笑顔が辛かった。
 

雪乃「――それで、由比ヶ浜さん、ゆっくり達は?」

「……」
「……捨てた」
「……捨てた、の」
「元いた公園に戻して」
「私の中で、何もなかったことに、したの」


 そう、私は、あの子達を捨てた――
 その罪悪感が胸を締め付けて、
 ヒッキーと、ゆきのんの優しい表情がとても辛かった。

47: 2015/05/31(日) 00:11:43.06
「私は、あの子達と分かり合えると思った!」
「でも結局は! 分かり合えなかった!」

八幡「お、おい由比ヶ浜――」


 ヒッキーは落ちかせようとするが、私は止めない――


「でも私は、あの子達を捨てたのは、面倒くさいとか、憎いとか、そんなんじゃなくて!」
「私は無理だと思ったの」

「――ゆっくりとは分かり合えないって」

「でも、理由はどうであれ、私があの子達を捨てたのは間違いなくて!」
「私、私は……」
「悪い人だよね……」


 またポロポロと涙が溢れてくる。
 最近泣いてばっかりだ、こんなんじゃ二人に呆れられちゃう。
 そんな事を考えてたら、
 ふわっと、
 温かいものが私を包んだ。


雪乃「由比ヶ浜さん」


 ――ゆきのん、だ。


八幡「……おれは、ちょっと席外すな」


 ヒッキーは、気を利かせてくれたのか、廊下へと向かう。

48: 2015/05/31(日) 00:13:24.45
 二人きりの部室。
 差し込む夕暮れ。
 ゆきのんの体温が心地よくて、私はお母さんみたいだな、なんてことを考えてたら、
 ゆきのんが私の名前を呼んだ。


雪乃「由比ヶ浜さん」

「何? ゆきのん」

雪乃「一つお話をしてあげましょうか?」

「うん」

雪乃「とあるところに、小さな小さな村がありました」
雪乃「ある日、その村に隣の村から悪そうな人達が押しかけてきて、『食料を渡せ』って言うの」


 ゆきのんは、私を抱きしめながら、たんたんとそのお話を続ける。

49: 2015/05/31(日) 00:13:56.08
雪乃「村の人は最初は、食料を売ろうと交渉するんだけど」
雪乃「悪そうな人達はお金なんて一切持ってなくって、タダで渡せって言うの」
雪乃「村の人は怖くなって、結局食料を渡そうとしたわ」
雪乃「そんなところに、たまたま旅の途中でこの村に滞在していた騎士さんが」
雪乃「なんとその悪い人達を追い返してくれましたとさ」
雪乃「めでたしめでたし」

「え? おしまい?」

雪乃「ね、由比ヶ浜さん、この騎士さんは、"善い人"それとも"悪い人"?」

「善い人だよ、ヒーローみたいだし」

雪乃「ふふ、そうね」
雪乃「このお話には続きがあるのだけれど」
雪乃「その騎士さんに追い返された悪い人達」
雪乃「実はその人達の村は、大飢饉で食べるものが一切無かったの――」

50: 2015/05/31(日) 00:14:31.11
雪乃「当然その後、飢えに耐えられなくなって、隣の村は壊滅」
雪乃「ね、由比ヶ浜さん、さっきの騎士さんは、"善い人"それとも"悪い人"?」

「……」
「わから、ない」
「ゆきのん、どうしてこんなお話を?」

雪乃「――私は、善悪なんて、すごくあやふやなもの、ってことが言いたかったの」
雪乃「さっきのお話みたいに、立場や、考え方一つで、形を変えるような」
雪乃「そんなあやふやなもの、なのよ」
雪乃「だからね? 由比ヶ浜さん、貴方はそんなものを気にして、自分を責めることなんてないのよ」


 ゆきのんの話は、難しい。
 でも――

51: 2015/05/31(日) 00:15:06.06
雪乃「貴方は、自分で答えを出したんでしょう?」
雪乃「『ゆっくりとは分かり合えないって』」
雪乃「その答えに従った、従うことができた」
雪乃「それが何よりも大事な事だと私は思うわ」
雪乃「少なくとも私は、それを善い、悪いなんて判断はしないわ」

雪乃「その結果、ゆっくり達を公園に、元いた場所に戻した」
雪乃「ただそれだけの事なのよ、きっと」
雪乃「正解も、間違いも、そこには存在しない――」


 許してくれている、
 そうわかって、それだけで私は――


雪乃「――だから由比ヶ浜さん」
雪乃「あなたはいつも通り、笑ってていいのよ」


 ――救われる。

52: 2015/05/31(日) 00:15:52.47
 涙はいつの間にかとまってて、笑みがこぼれ、
 まるで見計らっていたようなタイミングで、部室の扉が開いて、
 ヒッキーが私の側まで、歩いてくる。


八幡「ん」


 手にはいつもの缶コーヒー。


八幡「とりあえず、お疲れ様ってことで」


 そういって私に缶コーヒーを手渡した後、
 頬をかきながら自分の席に戻って、小説の続きを読み始める。
 口下手な彼らしいなって思う。

 言葉は交わさなくても、わかった。
 彼も、私にここにいていいよ、と言ってくれているんだって。
 そうわかるには十分すぎるくらい、優しい目をしていた。

 プルトップに指をかけ、
 コーヒーを一口。

 彼がくれたコーヒーは、
 とても甘くて、
 とてもあったかくて――





【前編 ~償い~】 完

58: 2015/05/31(日) 01:40:47.29
おつ

引用元: 【俺ガイル×ゆ虐】やはりゆっくりに償いを求めるのは間違っている