1: 2011/05/27(金) 20:35:11.48 BE:694621272-2BP(1876)
かちゃり、という音がして我に返った。
外を眺めるとうちの生徒が二人、校門の前で座っておしゃべりをしている。
吐き出した息が窓に当たるとガラスがわずかに曇る。
あの子たちは寒くないのだろうか。
「梓ーそろそろこっち来いよ」
「もう破片も片付いたよ~。本当ごめんね、あずにゃん」
唯先輩が本当に申し訳なさそうな顔をして両手を合わせるので。
そんな顔をさせたのは自分だと思うと少し嬉しいわけで。
私は笑ってそれを見送ることにしたのだ。
「形あるものはいつか壊れますからね、平気です」
そう言って笑うと、その人の顔はくしゃっと崩れた。
その仕草で安心したのは私のほうだ。
私のティーカップが壊れた日。
冬休みはもうすぐそこまで来ていた。
外を眺めるとうちの生徒が二人、校門の前で座っておしゃべりをしている。
吐き出した息が窓に当たるとガラスがわずかに曇る。
あの子たちは寒くないのだろうか。
「梓ーそろそろこっち来いよ」
「もう破片も片付いたよ~。本当ごめんね、あずにゃん」
唯先輩が本当に申し訳なさそうな顔をして両手を合わせるので。
そんな顔をさせたのは自分だと思うと少し嬉しいわけで。
私は笑ってそれを見送ることにしたのだ。
「形あるものはいつか壊れますからね、平気です」
そう言って笑うと、その人の顔はくしゃっと崩れた。
その仕草で安心したのは私のほうだ。
私のティーカップが壊れた日。
冬休みはもうすぐそこまで来ていた。
6: 2011/05/27(金) 20:36:50.85 BE:893085629-2BP(1876)
「なんだ。そんなことだったの。
梓が珍しく【電話していい?】
なんてメールしてくるから大事かと思ったら」
純は呆れてしまったが、誰かに話さずにはいられなかった。
こんな時くらい愚痴を聞いてもらいのだ。
「そんなことって……私のティーカップだよ!!すごい大事にしてたんだから」
「はいはい、あの猫の絵が描いてあるやつでしょ?
最初は子供っぽくて嫌だって言ってたじゃない」
「そうなんだけど。何て言うか、使ってるうちに愛着が沸いてきてさ。それに」
「それに?」
「ううん。何でもない、気にしないで」
「そうそう、過ぎたことはしょうがないし。それよりも次のことを考えなきゃね」
「なんのこと?」
「もうすぐクリスマスでしょ。我々にはプレゼントを貰うという使命が残されているのだ」
梓が珍しく【電話していい?】
なんてメールしてくるから大事かと思ったら」
純は呆れてしまったが、誰かに話さずにはいられなかった。
こんな時くらい愚痴を聞いてもらいのだ。
「そんなことって……私のティーカップだよ!!すごい大事にしてたんだから」
「はいはい、あの猫の絵が描いてあるやつでしょ?
最初は子供っぽくて嫌だって言ってたじゃない」
「そうなんだけど。何て言うか、使ってるうちに愛着が沸いてきてさ。それに」
「それに?」
「ううん。何でもない、気にしないで」
「そうそう、過ぎたことはしょうがないし。それよりも次のことを考えなきゃね」
「なんのこと?」
「もうすぐクリスマスでしょ。我々にはプレゼントを貰うという使命が残されているのだ」
7: 2011/05/27(金) 20:37:55.58 BE:1587705784-2BP(1876)
ああそうか。
そう言えば帰宅途中のコンビニでクリスマスソングが流れてたっけ。
電話口の純がわざとらしくでジングルベルを歌っておどけてみせるので
落ち込んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。
「クスッ」
「あ、笑ったな~。もう!!」
「ごめん。なんか馬鹿らしくなってきて」
「馬鹿って言ったー。梓ちゃんが馬鹿って言ったって、先生に言いつけてやろー」
「そうじゃなくて、まぁいいや。とにかくありがとね」
「元気でたでしょ、これがクリスマスパワーです」
そう言えば帰宅途中のコンビニでクリスマスソングが流れてたっけ。
電話口の純がわざとらしくでジングルベルを歌っておどけてみせるので
落ち込んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。
「クスッ」
「あ、笑ったな~。もう!!」
「ごめん。なんか馬鹿らしくなってきて」
「馬鹿って言ったー。梓ちゃんが馬鹿って言ったって、先生に言いつけてやろー」
「そうじゃなくて、まぁいいや。とにかくありがとね」
「元気でたでしょ、これがクリスマスパワーです」
8: 2011/05/27(金) 20:39:09.13 BE:1339627739-2BP(1876)
それから冬休みの予定や、どこのカウントダウンライブに行きたいか、
お年玉を何に使うかなど他愛のない話をした。
純がテレビドラマが始まると言ったのでもう一度お礼を言い、電話を切った。
時計を見ると九時半を少し回っていた。
「お風呂入らなきゃ」
私も10時から見たい番組があったのを思い出したのだ。
「はぁー……。あったまるー」
廊下と浴槽の温度差に少しだけ体を震わせた後、私は天井を見上げた。
お年玉を何に使うかなど他愛のない話をした。
純がテレビドラマが始まると言ったのでもう一度お礼を言い、電話を切った。
時計を見ると九時半を少し回っていた。
「お風呂入らなきゃ」
私も10時から見たい番組があったのを思い出したのだ。
「はぁー……。あったまるー」
廊下と浴槽の温度差に少しだけ体を震わせた後、私は天井を見上げた。
10: 2011/05/27(金) 20:41:17.17 BE:2679254069-2BP(1876)
「ねぇねぇ、サンタさんってフィンランドにいるって知ってた?」
「マジで!!じゃあ北に向かってお願いすればプレゼント持ってきてくれるかも?
よーし唯、北はどっちだ。サンタさんに媚売っとこう」
「うー、多分寒いほうだからこっちかな…」
「じゃあお願いするぞ。親愛なるサンタよ、我にプゥレズエントをよこしたまえー」
「おおりっちゃん。ちょっと偉そうな頼み方が逆にいいよ~。私もお願いしよっと。
ホワイトホワイトクリスマスにしたまえ~、ホワイトにしたまえ~」
放課後の部室、暖房の効いた部屋。
とんちゃんの水槽のブクブクという音とシャーペンを走らせる音。
あと唯先輩の難しそうな呟き。
受験勉強+冬休みの課題、イコール静かな音楽室。
のはずだったけど、頭が煮詰まった唯先輩と律先輩がはしゃぎ出した。
「マジで!!じゃあ北に向かってお願いすればプレゼント持ってきてくれるかも?
よーし唯、北はどっちだ。サンタさんに媚売っとこう」
「うー、多分寒いほうだからこっちかな…」
「じゃあお願いするぞ。親愛なるサンタよ、我にプゥレズエントをよこしたまえー」
「おおりっちゃん。ちょっと偉そうな頼み方が逆にいいよ~。私もお願いしよっと。
ホワイトホワイトクリスマスにしたまえ~、ホワイトにしたまえ~」
放課後の部室、暖房の効いた部屋。
とんちゃんの水槽のブクブクという音とシャーペンを走らせる音。
あと唯先輩の難しそうな呟き。
受験勉強+冬休みの課題、イコール静かな音楽室。
のはずだったけど、頭が煮詰まった唯先輩と律先輩がはしゃぎ出した。
12: 2011/05/27(金) 20:44:46.85 BE:1984632285-2BP(1876)
「もう二人とも、ちゃんと勉強してください」
なんて言いかけたところでムギ先輩が立ち上がってお茶の準備を始めた。
澪先輩も咎めることなく東の方向へお祈り?をする二人の様子を見守っている。
「わ、私も手伝います」
「あらありがとう」
ムギ先輩は機嫌よさそうにカップを選んでいる。
その横に立って紅茶の葉をポッドに入れるのが私の役割。
いつからか、お茶の準備を手伝うのが恒例になっていた。
自分に出来ることなんてそんなに多くはないから。
せめてこれくらいは、なんて健気な後輩でいられるのもあと少しだから。
今はいい子ちゃんでいたって悪くないよね。
それに唯先輩と律先輩がはしゃいでいるのを見ていると落ち着く。
そこにあるいつもの風景、昨日の続きの今日を感じられるから。
13: 2011/05/27(金) 20:47:19.84 BE:1339627739-2BP(1876)
「梓ちゃんも大分変わったわね」
「何がです?」
「ふふ」
ムギ先輩は独り言みたいに呟いたかと思うと、おいでおいでをする。
しゃがみこんで内緒話みたいに顔を近づけるのだ。
「唯ちゃんて人一倍集中力がある分、休憩も必要だと思うの」
「そうなんですか」
「多分ね。だからああしてお喋りが始まるのはお休みのサイン。
必要な時間なのよ。それが分かってて澪ちゃんもノートを閉じたでしょ?」
「なるほど、流石はムギ先輩。勉強になるです」
「あら、梓ちゃんも分かってるはずよ」
「何がです?」
「ふふ」
ムギ先輩は独り言みたいに呟いたかと思うと、おいでおいでをする。
しゃがみこんで内緒話みたいに顔を近づけるのだ。
「唯ちゃんて人一倍集中力がある分、休憩も必要だと思うの」
「そうなんですか」
「多分ね。だからああしてお喋りが始まるのはお休みのサイン。
必要な時間なのよ。それが分かってて澪ちゃんもノートを閉じたでしょ?」
「なるほど、流石はムギ先輩。勉強になるです」
「あら、梓ちゃんも分かってるはずよ」
14: 2011/05/27(金) 20:48:32.05 BE:1587706548-2BP(1876)
そんなことないです、とは言えず。
代わりになんとなく微笑んでみた。
まぁ確かにケーキが切れるとギターの音も70パーセントカットされるような人だ。
有り得なくはない話だけど、分かり合ってる前提でなきゃ
言えないセリフだなぁなんて思うわけで。
何気ない接し方ひとつで先輩方の友情、絆の強さが垣間見える。
ムギ先輩はお茶を持って行くと唯先輩と律先輩の輪に加わった。
じゃれあっている皆、会えなくなることばかり考えてしまう私。
チクっ
小さな痛みが胸に生まれた。
私もその中へ溶け込んでしまえば、そのくすぶりは消えていくはずだったのに。
代わりになんとなく微笑んでみた。
まぁ確かにケーキが切れるとギターの音も70パーセントカットされるような人だ。
有り得なくはない話だけど、分かり合ってる前提でなきゃ
言えないセリフだなぁなんて思うわけで。
何気ない接し方ひとつで先輩方の友情、絆の強さが垣間見える。
ムギ先輩はお茶を持って行くと唯先輩と律先輩の輪に加わった。
じゃれあっている皆、会えなくなることばかり考えてしまう私。
チクっ
小さな痛みが胸に生まれた。
私もその中へ溶け込んでしまえば、そのくすぶりは消えていくはずだったのに。
18: 2011/05/27(金) 20:49:35.84 BE:992316454-2BP(1876)
ドライヤーで髪の毛を乾かし、軽く伸びをした。
鏡に映る顔はいつものお風呂上りより眠そうだった。
「流石に1時間も電話すればね……」
さてと。テレビでもつけますか。
見たかった音楽番組は半分ほど過ぎてしまっていたが
お目当てのアーティストの出番は後半。
久々の来日なので新聞の番組紹介欄にも名前が載っていた。
プロモーションも大変だなぁと雪見だいふくを食べながら感心していると
携帯から聞きなれたメロディが流れてきた。
メールの着信音、その2。
これは学校の誰かからメールが来たってことだ。
ちなみにその1は家族に割り振ってある。
携帯を開くと「平沢憂」という文字。
鏡に映る顔はいつものお風呂上りより眠そうだった。
「流石に1時間も電話すればね……」
さてと。テレビでもつけますか。
見たかった音楽番組は半分ほど過ぎてしまっていたが
お目当てのアーティストの出番は後半。
久々の来日なので新聞の番組紹介欄にも名前が載っていた。
プロモーションも大変だなぁと雪見だいふくを食べながら感心していると
携帯から聞きなれたメロディが流れてきた。
メールの着信音、その2。
これは学校の誰かからメールが来たってことだ。
ちなみにその1は家族に割り振ってある。
携帯を開くと「平沢憂」という文字。
21: 2011/05/27(金) 20:51:52.07 BE:1041931973-2BP(1876)
【なんか今日お姉ちゃん元気ないみたい。
梓ちゃんのこと気にしてたよ】
短いけど唯先輩への心配と友達へのいたわりが感じられる文章。
憂らしい健気さにこちらの気持ちまで優しくなってくる。
【ティーカップね。壊れた時はなんかショックでぼけっとしちゃったけど
今はもう落ち着いたから。憂が心配してる事のが心配だって】
少なからず、というか私が考えていた以上に
あの出来事は私にとってショックだった。
理由が分からないままに元気になれたのは良いことだろうか?
自問するよりも今は感謝の気持ちを伝えるのが先なわけで。
梓ちゃんのこと気にしてたよ】
短いけど唯先輩への心配と友達へのいたわりが感じられる文章。
憂らしい健気さにこちらの気持ちまで優しくなってくる。
【ティーカップね。壊れた時はなんかショックでぼけっとしちゃったけど
今はもう落ち着いたから。憂が心配してる事のが心配だって】
少なからず、というか私が考えていた以上に
あの出来事は私にとってショックだった。
理由が分からないままに元気になれたのは良いことだろうか?
自問するよりも今は感謝の気持ちを伝えるのが先なわけで。
23: 2011/05/27(金) 20:54:17.36 BE:2083864076-2BP(1876)
【落ち着いたなら明日ゆっくりお話できるね。
お姉ちゃん、梓ちゃんの表情に意外と敏感なのかも】
はは、何言ってんだか。
唯先輩にとって私は顔色を伺うような立ち位置にはいない。
会うなり抱きついてきたり、急にお菓子を口に放り込んだり。
何かにつけてメールしてきたり。
いつもいつも「あずにゃん、あずにゃん」って。
チク
胸が痛んだ。
唯先輩の心配そうな顔が浮んで、今にも泣き崩れそうで、
あの人が泣くのを何度も見てきたけれど
あんなに悲しい顔で泣いてる姿は知らない。
それなのに想像の中の唯先輩はお母さんとはぐれた子供みたいに
涙を堪えているのだった。
お姉ちゃん、梓ちゃんの表情に意外と敏感なのかも】
はは、何言ってんだか。
唯先輩にとって私は顔色を伺うような立ち位置にはいない。
会うなり抱きついてきたり、急にお菓子を口に放り込んだり。
何かにつけてメールしてきたり。
いつもいつも「あずにゃん、あずにゃん」って。
チク
胸が痛んだ。
唯先輩の心配そうな顔が浮んで、今にも泣き崩れそうで、
あの人が泣くのを何度も見てきたけれど
あんなに悲しい顔で泣いてる姿は知らない。
それなのに想像の中の唯先輩はお母さんとはぐれた子供みたいに
涙を堪えているのだった。
25: 2011/05/27(金) 20:56:30.27 BE:3125796179-2BP(1876)
有名なギターリフが耳に届き、ふと2メートル先の画面に目をやると
番組はようやく今夜のゲストが登場した所で、あわてて姿勢をただした。
彼女が見知ったタレントと話をしている姿は新鮮で
変な違和感もありインパクトは大きかった。
衣装も相変わらずぶっ飛んでいた。
見るとはなしにテレビを見終え、もそもそとベッドに潜り込んだ。
2つ、3つ考えが浮かんでは消え頭の中をぐちゃぐちゃにする。
私は一旦それらを追いやって、今日のできごとを反芻することにした。
絡まった糸をほどくように、少しずつ思い返していくうちに
だんだん眠気が襲ってくる。
眠りに着く前に思い浮かぶのはやっぱり唯先輩の顔だった。
衣装が派手なあのアーティストの演奏は何も思い出せなかった。
番組はようやく今夜のゲストが登場した所で、あわてて姿勢をただした。
彼女が見知ったタレントと話をしている姿は新鮮で
変な違和感もありインパクトは大きかった。
衣装も相変わらずぶっ飛んでいた。
見るとはなしにテレビを見終え、もそもそとベッドに潜り込んだ。
2つ、3つ考えが浮かんでは消え頭の中をぐちゃぐちゃにする。
私は一旦それらを追いやって、今日のできごとを反芻することにした。
絡まった糸をほどくように、少しずつ思い返していくうちに
だんだん眠気が襲ってくる。
眠りに着く前に思い浮かぶのはやっぱり唯先輩の顔だった。
衣装が派手なあのアーティストの演奏は何も思い出せなかった。
27: 2011/05/27(金) 20:57:27.22 BE:694622227-2BP(1876)
カーテンの隙間から朝陽が差し込んだせいで、いつもより早く目が覚めた。
天気は多分晴れだ。
パジャマの上にコートを羽織り、新聞を取ろうと玄関で
サンダルを履いたらドアが勝手に開いた。
「あら、今日はずいぶん早いのね」
「おはよー。寒くて目が覚めちゃった」
「コーヒー入ってるわよ。キッチンは暖まってるからね」
お母さんと鉢合わせ、なのに少しびっくり。
毎日こんな早く起きてるなんて大変だな。
私もお母さんになったら早起きできるのかな。
半分眠った頭で回れ右してサンダルを脱ぐと後ろから声がした。
「待って梓」
「んー、なーに?」
「おはよう」
おはようのために私を呼び止めるお母さんって、なんか可愛いなと思った。
28: 2011/05/27(金) 20:58:17.93 BE:1389242674-2BP(1876)
椅子の上に膝を立てて座っていると「行儀が悪いわよ」って注意されたけど
そのままの姿勢で折込チラシを眺めていた。
クリスマス商戦本番、って感じのチラシには「ラッピング無料」とか
「24日に発送可能」とかの宣伝文句がちりばめられている。
昨日の純の電話を思い出して頬が上がった。
そういう思い出し笑いはちょっとした悪戯心に変化するのだ。
「はぁー、プレゼントどうしよっかなぁ」
ピクリ、とかすかに肩を動かしたのは机の斜向かいで新聞を読むお父さん。
ちょっとおおげさにため息を吐いて物思いにふけるポーズをすると
さっきまでページを捲っていた手は完全に止まる。
髪の毛をくるくると弄っているとお母さんが朝食を持ってやってきた。
「な~に、彼氏にプレゼント?」
クスリと笑っているところを見ると
この人も私の悪戯にのって来ているのかもしれない。意外と小悪魔系だったりして。
「違うよ、お世話になってる先輩にプレゼント渡そうかどうか迷ってるの」
「あら。勘違いだったみたいね、お父さん」
目を合わせて笑い合う2人と無関心を装って胸を撫で下ろす1人。
そのままの姿勢で折込チラシを眺めていた。
クリスマス商戦本番、って感じのチラシには「ラッピング無料」とか
「24日に発送可能」とかの宣伝文句がちりばめられている。
昨日の純の電話を思い出して頬が上がった。
そういう思い出し笑いはちょっとした悪戯心に変化するのだ。
「はぁー、プレゼントどうしよっかなぁ」
ピクリ、とかすかに肩を動かしたのは机の斜向かいで新聞を読むお父さん。
ちょっとおおげさにため息を吐いて物思いにふけるポーズをすると
さっきまでページを捲っていた手は完全に止まる。
髪の毛をくるくると弄っているとお母さんが朝食を持ってやってきた。
「な~に、彼氏にプレゼント?」
クスリと笑っているところを見ると
この人も私の悪戯にのって来ているのかもしれない。意外と小悪魔系だったりして。
「違うよ、お世話になってる先輩にプレゼント渡そうかどうか迷ってるの」
「あら。勘違いだったみたいね、お父さん」
目を合わせて笑い合う2人と無関心を装って胸を撫で下ろす1人。
30: 2011/05/27(金) 20:59:39.82 BE:1041931973-2BP(1876)
「休みでもあまり遅くならないようにな」
なんていかにもな台詞を吐いたかと思うとすぐに新聞の続きを読み始めた。
今度はちゃんとページを捲っている。
その姿を見て少し反省しつつ目の前のトーストとハムエッグ、
それにミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーに手をつけた。
コーヒーはちょっと甘かった。
ゆっくりと朝食を取り、歯を磨いて髪を縛って家を出た。
普段よりも早いけど外の空気に触れたい気分だったのだ。
吹き付ける風はマフラーを越して体の中に届くので私は亀みたいに首をすぼめて歩いた。
たまに踏む枯れ葉の音が気になった。
なんていかにもな台詞を吐いたかと思うとすぐに新聞の続きを読み始めた。
今度はちゃんとページを捲っている。
その姿を見て少し反省しつつ目の前のトーストとハムエッグ、
それにミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーに手をつけた。
コーヒーはちょっと甘かった。
ゆっくりと朝食を取り、歯を磨いて髪を縛って家を出た。
普段よりも早いけど外の空気に触れたい気分だったのだ。
吹き付ける風はマフラーを越して体の中に届くので私は亀みたいに首をすぼめて歩いた。
たまに踏む枯れ葉の音が気になった。
32: 2011/05/27(金) 21:02:09.94 BE:992316454-2BP(1876)
「サンタさんにお手紙書いたことある?」
「あ、私それやったことある。ちゃんと返事が届くんだよな、郵便局のおっさんとかから」
「りっちゃん夢がないー」
サンタへのお祈りに飽きた先輩方3人含め私たち5人は
優雅なお茶タイムに突入している。
時刻は4時半すぎで、外はもう夕日が沈みかけているので
今日の勉強会はおしまいになるだろう。
私もプリントと筆箱をしまい
ペンの代わりにフォークを握り、課題の代わりにケーキをつつくことにした。
さっきの話、つまりムギ先輩や澪先輩のことを考えながら
雑談に適当な相づちを打って間を持たせていた。
そういえば私が入部して間もない頃も同じようなことがあった。
練習しない部に嫌気がさして、ここに来るのが苦しくなったあの時。
あの時澪先輩は言ってた、「こんな時間も必要なんだよ」って。
「あ、私それやったことある。ちゃんと返事が届くんだよな、郵便局のおっさんとかから」
「りっちゃん夢がないー」
サンタへのお祈りに飽きた先輩方3人含め私たち5人は
優雅なお茶タイムに突入している。
時刻は4時半すぎで、外はもう夕日が沈みかけているので
今日の勉強会はおしまいになるだろう。
私もプリントと筆箱をしまい
ペンの代わりにフォークを握り、課題の代わりにケーキをつつくことにした。
さっきの話、つまりムギ先輩や澪先輩のことを考えながら
雑談に適当な相づちを打って間を持たせていた。
そういえば私が入部して間もない頃も同じようなことがあった。
練習しない部に嫌気がさして、ここに来るのが苦しくなったあの時。
あの時澪先輩は言ってた、「こんな時間も必要なんだよ」って。
33: 2011/05/27(金) 21:04:18.86 BE:1389242674-2BP(1876)
今の私は冬休みで会えなくなること、そしてその先の卒業のことで頭がいっぱいだけど
それも「必要な時間」なのだろうか。
なんでもかんでも必要と不必要に分けてしまって、それで終わりなのだろうか。
例えばこの部屋に、けいおん部に、私以外の皆がいなくなっても
それでも私はまだここにいるのだろうか。
頭が沸騰しそうだ。こんなこと考えるくらいなら今日は来ないほうが良かった。
フォークがうまく刺さらないので、イライラして持ち手を叩く。
バシッ。
「いったァ」
小さな音だったと思う。
それでもここの人たちは見逃してはくれないのだ。
「どうしたのあずにゃん!!」
「あ、本当だ。さっきから静かだと思ったら」
「ほら、手見せて」
小さな事だったと思う。
それでも、私の小さな変化を私以上に気にしてしまう人たちなのだ。
それも「必要な時間」なのだろうか。
なんでもかんでも必要と不必要に分けてしまって、それで終わりなのだろうか。
例えばこの部屋に、けいおん部に、私以外の皆がいなくなっても
それでも私はまだここにいるのだろうか。
頭が沸騰しそうだ。こんなこと考えるくらいなら今日は来ないほうが良かった。
フォークがうまく刺さらないので、イライラして持ち手を叩く。
バシッ。
「いったァ」
小さな音だったと思う。
それでもここの人たちは見逃してはくれないのだ。
「どうしたのあずにゃん!!」
「あ、本当だ。さっきから静かだと思ったら」
「ほら、手見せて」
小さな事だったと思う。
それでも、私の小さな変化を私以上に気にしてしまう人たちなのだ。
34: 2011/05/27(金) 21:05:33.89 BE:893084292-2BP(1876)
「えっと、虫がいた……ので。とっ、叩いただけです」
「虫?」
「そう、虫です。手に止まったからびっくりして叩いちゃって」
「なんだぁ。虫だったのか。あたしゃてっきりあずにゃんが反抗期になったのかと思ったよ。
怖かったねぇ、よしよし」
「ちょ……頭なでないでください!!」
「まぁまぁヨイではないか。ほら手もよしよしだよ」
そしてこの人は私の扱いが上手い。
上手いというか、私がこの人に弱いのだ。
すぐに抱きついてくる、すぐに心配をしてくる人なのだ。
勝手に心に入り込んで来て、頼んでもないのに暖かさで満たしてしまう。
まるでドジな魔法使いが映画のスクリーンからそのまま出てきちゃったみたいな
今まで会ったことのないタイプだ、唯先輩は。
相手の気持ちを落ち着ける魔法にかかった私は深呼吸をした。
焦ったって仕方ないのないことなんだから。
ケーキがうまく食べられないことも、卒業のことも。
「唯先輩ってなんかおばあちゃんみたいですね」
「そうなのです、私はみんなを見守るおばちゃんなのです」
ビシッとかっこ良く振り向いた唯先輩。
笑い声が音楽室に響く、はずだったのに。
肘が机にぶつかってカップが落ちた。
もちろん落ちただけでは済むはずもなく、こなごなに割れた。
「虫?」
「そう、虫です。手に止まったからびっくりして叩いちゃって」
「なんだぁ。虫だったのか。あたしゃてっきりあずにゃんが反抗期になったのかと思ったよ。
怖かったねぇ、よしよし」
「ちょ……頭なでないでください!!」
「まぁまぁヨイではないか。ほら手もよしよしだよ」
そしてこの人は私の扱いが上手い。
上手いというか、私がこの人に弱いのだ。
すぐに抱きついてくる、すぐに心配をしてくる人なのだ。
勝手に心に入り込んで来て、頼んでもないのに暖かさで満たしてしまう。
まるでドジな魔法使いが映画のスクリーンからそのまま出てきちゃったみたいな
今まで会ったことのないタイプだ、唯先輩は。
相手の気持ちを落ち着ける魔法にかかった私は深呼吸をした。
焦ったって仕方ないのないことなんだから。
ケーキがうまく食べられないことも、卒業のことも。
「唯先輩ってなんかおばあちゃんみたいですね」
「そうなのです、私はみんなを見守るおばちゃんなのです」
ビシッとかっこ良く振り向いた唯先輩。
笑い声が音楽室に響く、はずだったのに。
肘が机にぶつかってカップが落ちた。
もちろん落ちただけでは済むはずもなく、こなごなに割れた。
35: 2011/05/27(金) 21:08:16.60 BE:3572338098-2BP(1876)
吐く息は白く昇って消え、風は耳を切り髪を揺らす。
そしてまた白い息を吐き出す。
一歩踏み出すごとに周りの景色が少しずつ動いていくのは不思議な気持ちだった。
急いでいるわけではないし、目的があって歩いているという意識もないのに
私の体は着実に学校へと向かっている。
習慣と言ってしまえばそれまでだけど、早く家を出たことで
いつもの登校風景とは違って見えてくる。
それは気分が良いわけではなく、かと言って不快でもなく
本当に「不思議」という言葉がぴったりだった。
変な感じを変な感じのままにして歩き続けると校門が見えてきた。
一段と大きな風が吹きつけて思わず目を瞑る。
ビューって通り抜けるのを待って顔を上げると
そこには見慣れた人が壁に体を預けるようにして立っていた。
そしてまた白い息を吐き出す。
一歩踏み出すごとに周りの景色が少しずつ動いていくのは不思議な気持ちだった。
急いでいるわけではないし、目的があって歩いているという意識もないのに
私の体は着実に学校へと向かっている。
習慣と言ってしまえばそれまでだけど、早く家を出たことで
いつもの登校風景とは違って見えてくる。
それは気分が良いわけではなく、かと言って不快でもなく
本当に「不思議」という言葉がぴったりだった。
変な感じを変な感じのままにして歩き続けると校門が見えてきた。
一段と大きな風が吹きつけて思わず目を瞑る。
ビューって通り抜けるのを待って顔を上げると
そこには見慣れた人が壁に体を預けるようにして立っていた。
36: 2011/05/27(金) 21:10:02.73 BE:1190779283-2BP(1876)
「律先輩……」
「おう梓、やっと来たかー」
「ぷ」
「何笑ってんだよ」
「だって」
「?」
上を真っ直ぐ向いて立っている律先輩。コートのポケットに手を突っ込むいつものスタイル。
さっきの風が吹いた時も同じポーズをしていたのだと思うと
あまりにもキザで、似合わなくて笑ってしまうのだ。
でもって会っていきなり「やっと来たか」なんて言われたら
まるでデートの待ち合わせみたいだって。
「おう梓、やっと来たかー」
「ぷ」
「何笑ってんだよ」
「だって」
「?」
上を真っ直ぐ向いて立っている律先輩。コートのポケットに手を突っ込むいつものスタイル。
さっきの風が吹いた時も同じポーズをしていたのだと思うと
あまりにもキザで、似合わなくて笑ってしまうのだ。
でもって会っていきなり「やっと来たか」なんて言われたら
まるでデートの待ち合わせみたいだって。
38: 2011/05/27(金) 21:12:50.67 BE:595390043-2BP(1876)
「律先輩がかっこ良くて見惚れてました」
「何おう、生意気なー」
「だってカッコつけすぎなんですってば」
「よーし、じゃあ梓にはこうしてやるっ」
「ちょっと抱きつかないでくださいよ!!」
「ふーあったけー」
律先輩の体は冷たかったので
仕方なく、本当に仕方なく私はちょっとだけ抱きつかれてることにしたのだ。
特にほっぺが冷たかったので手ぶくろを取って直接温めてあげた。
「ほら、ちゃんと鼻かんでください」
「ありがと」
「で、律先輩はどうして私を待ち伏せてたんですか?」
「待ち伏せ?私が?誰を?」
全然知りませんって顔をして恍ける。
ぷにぷに、という感触がするのは律先輩が私のほっぺをつつくから。
どうしてこう回りくどい方法で人をからかうんだ。
「何おう、生意気なー」
「だってカッコつけすぎなんですってば」
「よーし、じゃあ梓にはこうしてやるっ」
「ちょっと抱きつかないでくださいよ!!」
「ふーあったけー」
律先輩の体は冷たかったので
仕方なく、本当に仕方なく私はちょっとだけ抱きつかれてることにしたのだ。
特にほっぺが冷たかったので手ぶくろを取って直接温めてあげた。
「ほら、ちゃんと鼻かんでください」
「ありがと」
「で、律先輩はどうして私を待ち伏せてたんですか?」
「待ち伏せ?私が?誰を?」
全然知りませんって顔をして恍ける。
ぷにぷに、という感触がするのは律先輩が私のほっぺをつつくから。
どうしてこう回りくどい方法で人をからかうんだ。
39: 2011/05/27(金) 21:15:18.80 BE:297695423-2BP(1876)
「だから私を待ってんですよね?」
「梓を?」
「やっと来たかーとか言ってたじゃないですか」
「そうだっけ」
「あの、教室行っていいですか」
ああもう付き合ってられない。
朝から先輩に会えて喜んでた私が馬鹿みたいじゃない。
もう知らないんだから。
「待てよーあずさー」
「もういいです。教室で予習でもするです」
「待てってば。田井中先輩が用があるみたいだぞ」
「そんな先輩知りませーん」
「梓を?」
「やっと来たかーとか言ってたじゃないですか」
「そうだっけ」
「あの、教室行っていいですか」
ああもう付き合ってられない。
朝から先輩に会えて喜んでた私が馬鹿みたいじゃない。
もう知らないんだから。
「待てよーあずさー」
「もういいです。教室で予習でもするです」
「待てってば。田井中先輩が用があるみたいだぞ」
「そんな先輩知りませーん」
42: 2011/05/27(金) 21:17:16.04 BE:396926742-2BP(1876)
そんなやり取りを下駄箱まで続けて校舎へ入った。
鼻歌を歌いながらついてくる律先輩。
何を考えているのか見当もつかないけど
なんとなく2人きりのが良いんじゃないかと思って音楽室に移動した。
ソファーに鞄を置いて、その横に並んで座る。
鼻歌は継続中だ。
「さっきから何歌ってるんですか?」
「ザ・フーのウォーター」
「へー」
「唯ってさ面白いよな」
「なんですか急に」
「へへっ」
何やら思い出し笑いをする律先輩。
名前を出されてドキッとしたことはバレてないようだ。
泣き顔が浮かぶので今はちょっとだけ会いづらい気がする。
ていうかなんでいきなり唯先輩の話?
鼻歌を歌いながらついてくる律先輩。
何を考えているのか見当もつかないけど
なんとなく2人きりのが良いんじゃないかと思って音楽室に移動した。
ソファーに鞄を置いて、その横に並んで座る。
鼻歌は継続中だ。
「さっきから何歌ってるんですか?」
「ザ・フーのウォーター」
「へー」
「唯ってさ面白いよな」
「なんですか急に」
「へへっ」
何やら思い出し笑いをする律先輩。
名前を出されてドキッとしたことはバレてないようだ。
泣き顔が浮かぶので今はちょっとだけ会いづらい気がする。
ていうかなんでいきなり唯先輩の話?
44: 2011/05/27(金) 21:19:30.27 BE:1786168894-2BP(1876)
「えっと、何を思い出し笑いしてるんですか?」
「今年のさ」
「はい」
「5月にディオが氏んだの知ってる?」
「レインボーとかDioとかの人ですよね?
あんまり聞かないから名前しか知らなかったですけど」
「そうそう、あの時けっこう落ち込んでたんだよ」
HR/HMってよく分からないジャンルだけど、
とても有名で60歳過ぎてもライブを続けてた人だって。
「今年のさ」
「はい」
「5月にディオが氏んだの知ってる?」
「レインボーとかDioとかの人ですよね?
あんまり聞かないから名前しか知らなかったですけど」
「そうそう、あの時けっこう落ち込んでたんだよ」
HR/HMってよく分からないジャンルだけど、
とても有名で60歳過ぎてもライブを続けてた人だって。
45: 2011/05/27(金) 21:21:10.57 BE:893084292-2BP(1876)
「修学旅行終わった後くらいかなぁ。唯が急に家に来て」
「アポ無しですか?」
「うん、いきなり電話かかってきて『今家の前にいるから開けて』って」
「唯先輩らしいですね」
「玄関開けたらギター背負った唯が立っててビックリした。
とりあえず部屋に入れたらすっげー真面目な顔しててさ、正座しちゃったんだぜ私。
どうしたんだ?って聞く前にギター弾く体制に入ってるんだよ。
で、練習する時間なかったから変かもって前置きして歌い出したんだ」
「まさか、Dioの曲をですか?」
「ううん、ピンクフロイドのwish you were here」
「なんですかそりゃ」
なんだか話が変な方向に進んでるような。
「アポ無しですか?」
「うん、いきなり電話かかってきて『今家の前にいるから開けて』って」
「唯先輩らしいですね」
「玄関開けたらギター背負った唯が立っててビックリした。
とりあえず部屋に入れたらすっげー真面目な顔しててさ、正座しちゃったんだぜ私。
どうしたんだ?って聞く前にギター弾く体制に入ってるんだよ。
で、練習する時間なかったから変かもって前置きして歌い出したんだ」
「まさか、Dioの曲をですか?」
「ううん、ピンクフロイドのwish you were here」
「なんですかそりゃ」
なんだか話が変な方向に進んでるような。
46: 2011/05/27(金) 21:23:09.98 BE:893084663-2BP(1876)
「演奏はちょっと省略したみたいだけど一生懸命歌ってくれて。
唯の英語の発音ってさ、味わい深いっていうか、変わってるというか
もうあれは唯語だな」
「唯語?」
「唯星人が使う」
「変なの」
「だろ。でもあったかいんだぜー。話がちょっと逸れちゃったか、
唯が歌ってる間放心状態だった。あまりにも急だったからさー。
感情が置いてけぼりになって、歌だけが目の前にあるって感じで。
で、歌が終わった後もちょっと黙ってた」
「正座で?」
「あ、正座は足痛かったから崩してた。多分1分とかそれくらいの時間だったろうけど
その静かな空気がおかしく思えてきてさ。唯もギター持って黙ってるし。こっちガン見だし」
「確かにちょっと変な光景ですね」
「だんだん笑いが堪えられなくなってきて、それが唯にも伝染したみたいで2人して大笑いだぜ。
もう唯が何しに家来たとかそんなのカンケーなくなって笑い転げてた」
二人して笑い転げている姿はすぐに思い浮かんだ。
私もクスっと笑った。
唯の英語の発音ってさ、味わい深いっていうか、変わってるというか
もうあれは唯語だな」
「唯語?」
「唯星人が使う」
「変なの」
「だろ。でもあったかいんだぜー。話がちょっと逸れちゃったか、
唯が歌ってる間放心状態だった。あまりにも急だったからさー。
感情が置いてけぼりになって、歌だけが目の前にあるって感じで。
で、歌が終わった後もちょっと黙ってた」
「正座で?」
「あ、正座は足痛かったから崩してた。多分1分とかそれくらいの時間だったろうけど
その静かな空気がおかしく思えてきてさ。唯もギター持って黙ってるし。こっちガン見だし」
「確かにちょっと変な光景ですね」
「だんだん笑いが堪えられなくなってきて、それが唯にも伝染したみたいで2人して大笑いだぜ。
もう唯が何しに家来たとかそんなのカンケーなくなって笑い転げてた」
二人して笑い転げている姿はすぐに思い浮かんだ。
私もクスっと笑った。
49: 2011/05/27(金) 21:24:56.09 BE:1736553375-2BP(1876)
「ひと通り笑ったあと、なんでギター持ってんだ?って聞いたら
私を元気づけようと思って来たって。
よくよく話聞いてみたら澪が大げさに言ったみたい。律がへこんでるって。
暗い部屋で一人、とか。テレビはつけたまま、とか。震えてるとか」
「そんなに落ち込んでたんですか?」
「アルバム1枚だけ聞いてちょっともの思いにふけってた。
で、辛くて宿題やれないから見せてくれってメールした」
「それ完全に律先輩のせいで話が大きくなってるじゃないですか」
「いやー冗談のつもりだったんだけどなー。
まぁ正直ちょっと寂しかったからってのもあるんだけど」
「それなりに落ち込んでたんですね」
「うん。まさか唯が感づいてたとはなぁ。
もう大丈夫だって言ったら、『よかった』って」
「そんなことがあったんですね」
「うん。まぁ嘘だけど」
「ええー、なんでそんな嘘つくんですか!!ちょっと感動した私が馬鹿みたいじゃないですか」
「いや、嘘ってのが嘘だけどね」
「分かりづらい嘘はやめてください」
私を元気づけようと思って来たって。
よくよく話聞いてみたら澪が大げさに言ったみたい。律がへこんでるって。
暗い部屋で一人、とか。テレビはつけたまま、とか。震えてるとか」
「そんなに落ち込んでたんですか?」
「アルバム1枚だけ聞いてちょっともの思いにふけってた。
で、辛くて宿題やれないから見せてくれってメールした」
「それ完全に律先輩のせいで話が大きくなってるじゃないですか」
「いやー冗談のつもりだったんだけどなー。
まぁ正直ちょっと寂しかったからってのもあるんだけど」
「それなりに落ち込んでたんですね」
「うん。まさか唯が感づいてたとはなぁ。
もう大丈夫だって言ったら、『よかった』って」
「そんなことがあったんですね」
「うん。まぁ嘘だけど」
「ええー、なんでそんな嘘つくんですか!!ちょっと感動した私が馬鹿みたいじゃないですか」
「いや、嘘ってのが嘘だけどね」
「分かりづらい嘘はやめてください」
51: 2011/05/27(金) 21:27:37.15 BE:793853344-2BP(1876)
空調が効いてきたのでコートをソファーにかけた。
ふと横を向くと律先輩はニヤニヤしている。
というかこの話をするためにわざわざ私を待っていたのだろうか。
確かにちょっといい話だったけれど、
どうしても今しなくちゃいけないような話ではないような気がする。
他の用事があって、さっきの話はちょっと長めの枕のはずだろう。
「で、律先輩はなんで私を呼び止めたんですか?」
「なんでって?」
「いや、だから話があるんじゃないですか?」
「あーそうだった。24日な、サプライズパーティーやるから」
「は?」
「だーから、サプライズパーティーやるから空けとけよ」
「仰る意味がよく分からないんですが、サプライズなんですよね?」
普通サプライズパーティーと言えば家に帰ったら急にクラッカーがパーンと鳴って
集まった友達がハッピーバースデーを歌い出すとかそんな風なはずで。
サプライズですよ~って予告されたら何の驚きもないんですけど。
ふと横を向くと律先輩はニヤニヤしている。
というかこの話をするためにわざわざ私を待っていたのだろうか。
確かにちょっといい話だったけれど、
どうしても今しなくちゃいけないような話ではないような気がする。
他の用事があって、さっきの話はちょっと長めの枕のはずだろう。
「で、律先輩はなんで私を呼び止めたんですか?」
「なんでって?」
「いや、だから話があるんじゃないですか?」
「あーそうだった。24日な、サプライズパーティーやるから」
「は?」
「だーから、サプライズパーティーやるから空けとけよ」
「仰る意味がよく分からないんですが、サプライズなんですよね?」
普通サプライズパーティーと言えば家に帰ったら急にクラッカーがパーンと鳴って
集まった友達がハッピーバースデーを歌い出すとかそんな風なはずで。
サプライズですよ~って予告されたら何の驚きもないんですけど。
52: 2011/05/27(金) 21:29:38.96 BE:1389243247-2BP(1876)
「あのなー中野。本当の本当にサプライズだったらさ」
「はぁ……」
「本人いない場合とかあるじゃん。特にクリスマスなんて何かしら予定ありそうだしさ。
友達と集まるとか、彼氏とどうとか」
「かっ……彼氏なんていませんです!!」
「ほー。なんか急に焦ってると怪しいぞー」
「怪しくないです!!クリスマスは家で家族と過ごすんです」
「ほ・ん・と・う・に?」
ググっと顔を近づけて迫られると圧迫感がすごい。
おでこが目の前10センチまで来た所で限界を感じ、息をふーっと吹きかけた。
「中野が私のおでこをイジメたー。痛いじゃないかー」
息を吹きかけただけで痛いはずもないのに
おでこをさすってこちらをキッと睨む。
笑うのを我慢してるのが丸分かりで、
簡単に言うと律先輩はおフザケモードに切り替わってるのだ。
ちょっと付き合うのも面白いかもしれない。
「はぁ……」
「本人いない場合とかあるじゃん。特にクリスマスなんて何かしら予定ありそうだしさ。
友達と集まるとか、彼氏とどうとか」
「かっ……彼氏なんていませんです!!」
「ほー。なんか急に焦ってると怪しいぞー」
「怪しくないです!!クリスマスは家で家族と過ごすんです」
「ほ・ん・と・う・に?」
ググっと顔を近づけて迫られると圧迫感がすごい。
おでこが目の前10センチまで来た所で限界を感じ、息をふーっと吹きかけた。
「中野が私のおでこをイジメたー。痛いじゃないかー」
息を吹きかけただけで痛いはずもないのに
おでこをさすってこちらをキッと睨む。
笑うのを我慢してるのが丸分かりで、
簡単に言うと律先輩はおフザケモードに切り替わってるのだ。
ちょっと付き合うのも面白いかもしれない。
54: 2011/05/27(金) 21:32:00.05 BE:893084663-2BP(1876)
「もっとイジメてやるです、えい」
「ちょ、ちょ、ちょ、中野マジやめろよー、
ちょ、デコに息吹きかけるのはマジ勘弁ー、マジ勘弁ー」
「ぷ」
「あ、笑ったな」
「なんですかそれ」
「地獄のミサワ」
「知らんです」
先輩とふざけるって凄い。
こんな風に接しても違和感ないし、上手にこっちの場所まで降りてきてくれてる気がする。
弟がいるせいか、実はお姉ちゃんな面を随所に見せる人なのだ。
「もう、律先輩こそいいんですか?」
「何が?」
「だから受験勉強とか予備校とか」
「それは言わないでっ」
「ちょ、ちょ、ちょ、中野マジやめろよー、
ちょ、デコに息吹きかけるのはマジ勘弁ー、マジ勘弁ー」
「ぷ」
「あ、笑ったな」
「なんですかそれ」
「地獄のミサワ」
「知らんです」
先輩とふざけるって凄い。
こんな風に接しても違和感ないし、上手にこっちの場所まで降りてきてくれてる気がする。
弟がいるせいか、実はお姉ちゃんな面を随所に見せる人なのだ。
「もう、律先輩こそいいんですか?」
「何が?」
「だから受験勉強とか予備校とか」
「それは言わないでっ」
56: 2011/05/27(金) 21:35:06.93 BE:3572338098-2BP(1876)
あの、本当にそんなんで大丈夫なのでしょうか田井中先輩。
この時期にパーティーなんて、むしろこっちが気を使ってしまいそうなんですけども。
けいおん部らしさ、なんて便利な言葉を持ち出されちゃ
それ以上何も言えないじゃあないですか。
「いいか、筋書きはこうだ。12月24日、外は雪。ホワイト・クリスマス。
部屋でギターを鳴らしていた梓ちゃんはふと寂しさを感じる」
「そんな予定ないんですが」
「いいの、そういうストーリーなんだから」
「はぁ」
「で、梓ちゃんは無意識に学校へと足を向けるわけだ」
「夢遊病ですか私は」
「ふと校舎を見上げると何故か灯りがついている部屋があります。
よくよく見るとそれは音楽室、幻でも見えてるんじゃないかと自分を疑う梓ちゃん」
「その梓ちゃんっての止めてもらえませんか?なんかイラッとくるんですが」
「ああ、梓ちゃんがマッチをすると楽しかった思い出が次々と……。チラッ」
「もう突っ込まないですよ」
「あの灯りは本物?梓ちゃんは疑問に思っているとケータイに着信音が!!
なんと憧れの先輩、田井中さんから電話ではありませんか」
「あーはいはい。それで次はどうなるんです?」
「実はスーパー美少女田井中律先輩は学校でパーティーを開催していたのでした。
梓ちゃんには内緒で進められた企画なので、梓ちゃんはびっくりして
梓ちゃんの瞳から梓ちゃんの涙が溢れ出します。
その夜は今までで1番楽しいクリスマスになりましたとさ」
「ふーん」
「なんだよう。リアクション薄いぞ」
「つまりイブに学校でパーティーやるから来いってことですか?」
「うん、まぁそんなカンジで」
この時期にパーティーなんて、むしろこっちが気を使ってしまいそうなんですけども。
けいおん部らしさ、なんて便利な言葉を持ち出されちゃ
それ以上何も言えないじゃあないですか。
「いいか、筋書きはこうだ。12月24日、外は雪。ホワイト・クリスマス。
部屋でギターを鳴らしていた梓ちゃんはふと寂しさを感じる」
「そんな予定ないんですが」
「いいの、そういうストーリーなんだから」
「はぁ」
「で、梓ちゃんは無意識に学校へと足を向けるわけだ」
「夢遊病ですか私は」
「ふと校舎を見上げると何故か灯りがついている部屋があります。
よくよく見るとそれは音楽室、幻でも見えてるんじゃないかと自分を疑う梓ちゃん」
「その梓ちゃんっての止めてもらえませんか?なんかイラッとくるんですが」
「ああ、梓ちゃんがマッチをすると楽しかった思い出が次々と……。チラッ」
「もう突っ込まないですよ」
「あの灯りは本物?梓ちゃんは疑問に思っているとケータイに着信音が!!
なんと憧れの先輩、田井中さんから電話ではありませんか」
「あーはいはい。それで次はどうなるんです?」
「実はスーパー美少女田井中律先輩は学校でパーティーを開催していたのでした。
梓ちゃんには内緒で進められた企画なので、梓ちゃんはびっくりして
梓ちゃんの瞳から梓ちゃんの涙が溢れ出します。
その夜は今までで1番楽しいクリスマスになりましたとさ」
「ふーん」
「なんだよう。リアクション薄いぞ」
「つまりイブに学校でパーティーやるから来いってことですか?」
「うん、まぁそんなカンジで」
57: 2011/05/27(金) 21:37:43.76 BE:893084292-2BP(1876)
概要を伝え終えた律先輩は先に出て行った。
24日、午後4時。場所はここ。
パーティーかぁ。
もちろんふたつ返事でオッケーを出した。
予定が無かったのもあるけど
高校生最後のクリスマスをいつもと変わらずみんなで過ごすことにした先輩方が
ちょっぴり羨ましくて、たくさん嬉しかったからだと思う。
私は髪を結び直し、気持ちを新たに教室へ足を向けた。
教室に入るとクラスメイトの大半はすでに登校していた。
憂は夢中になって本を読んでいるので声をかけずに着席しようと……
ってそこは私の席なんですけど憂さん。
「あのー憂?席間違ってないかな」
「ああ梓ちゃんおはよう。待ってたんだよ」
「私の席で?」
「うん」
飛びっきりの笑顔で受け答えされるとなんだか返答に困る。
いや、自分の席で待てばいいじゃんとか言ったら
こっちが変な人みたいな感じになりそうで。
24日、午後4時。場所はここ。
パーティーかぁ。
もちろんふたつ返事でオッケーを出した。
予定が無かったのもあるけど
高校生最後のクリスマスをいつもと変わらずみんなで過ごすことにした先輩方が
ちょっぴり羨ましくて、たくさん嬉しかったからだと思う。
私は髪を結び直し、気持ちを新たに教室へ足を向けた。
教室に入るとクラスメイトの大半はすでに登校していた。
憂は夢中になって本を読んでいるので声をかけずに着席しようと……
ってそこは私の席なんですけど憂さん。
「あのー憂?席間違ってないかな」
「ああ梓ちゃんおはよう。待ってたんだよ」
「私の席で?」
「うん」
飛びっきりの笑顔で受け答えされるとなんだか返答に困る。
いや、自分の席で待てばいいじゃんとか言ったら
こっちが変な人みたいな感じになりそうで。
58: 2011/05/27(金) 21:38:26.04 BE:3125796179-2BP(1876)
ちょっと風呂は行ってきます
69: 2011/05/27(金) 22:14:39.86 BE:2232711959-2BP(1876)
「昨日のこと?」
今日は私に用事がある人が多い。
早起きなんて珍しいことをしたいせいだろうか。
憂は椅子を90度回転させ膝をぽんぽんと叩く。
一瞬クエスチョンマークが浮かんだけど
鞄を預かりますよってサインだと気づいた。
「えー、梓ちゃんが座るじゃないの?」
「座らないよ。唯先輩じゃあるまいし」
「そっか」
「うん」
憂が立ち上がったので、代わりに私がその場所に収まった。
「えっとね、今度のクリスマスなんだけど」
「クリスマス?」
「そうだよ、クリスマス」
「なんかけいおん部でパーティーやるらしいけど」
あ、サプライズパーティーだったっけ。
まぁでも驚かせられる本人が知っちゃってるんだし別にいいか。
今日は私に用事がある人が多い。
早起きなんて珍しいことをしたいせいだろうか。
憂は椅子を90度回転させ膝をぽんぽんと叩く。
一瞬クエスチョンマークが浮かんだけど
鞄を預かりますよってサインだと気づいた。
「えー、梓ちゃんが座るじゃないの?」
「座らないよ。唯先輩じゃあるまいし」
「そっか」
「うん」
憂が立ち上がったので、代わりに私がその場所に収まった。
「えっとね、今度のクリスマスなんだけど」
「クリスマス?」
「そうだよ、クリスマス」
「なんかけいおん部でパーティーやるらしいけど」
あ、サプライズパーティーだったっけ。
まぁでも驚かせられる本人が知っちゃってるんだし別にいいか。
70: 2011/05/27(金) 22:18:26.77 BE:1389242674-2BP(1876)
「梓ちゃんにも伝わってるんだね、だったら話が早いや。
何か出し物したいなって思ってるんだけど」
「出し物かー。特技なんて別にないしなぁ」
「あるじゃん」
当然、みたいな言い方で憂は首をかしげる。
手品?モノマネ?一発芸?
すぐに思い浮かぶようなものなんてないけど何を期待されてるのかな。
「ギター」
何か出し物したいなって思ってるんだけど」
「出し物かー。特技なんて別にないしなぁ」
「あるじゃん」
当然、みたいな言い方で憂は首をかしげる。
手品?モノマネ?一発芸?
すぐに思い浮かぶようなものなんてないけど何を期待されてるのかな。
「ギター」
72: 2011/05/27(金) 22:24:22.50 BE:893084292-2BP(1876)
ああ、音楽。
身近すぎて出てこなかった。
けいおん部のパーティーだし、なんとなく除外していたのかもしれない。
これほどぴったりの出し物なんて他にないのに。
「もしかして演奏したくない?」
「ううん、やろうよ」
「そうと決まれば!!」
「うわ、なに急に。敵?敵なの?敵の襲来なの?モップのお化けなの?」
すぐ傍に純がいた。そして叫んだ
いつからいたとか、どこまで話を聞いていたとか通り越してとりあえずうるさい。
コートを脱いでいるので今さっき来ましたってわけじゃあなさそうだけど。
「ベースが必要でしょ」
「えっ」
「だからー、演奏するならベースがあった方がいいでしょ」
「えっ」
「ベース弾ける人がいた方がいいよね?」
「えっ。誰かベース弾ける人いるの?」
「えっ」
「えっ」
ということで私たち三人は急遽クリスマスパーティーに向けて練習を始めることになった。
身近すぎて出てこなかった。
けいおん部のパーティーだし、なんとなく除外していたのかもしれない。
これほどぴったりの出し物なんて他にないのに。
「もしかして演奏したくない?」
「ううん、やろうよ」
「そうと決まれば!!」
「うわ、なに急に。敵?敵なの?敵の襲来なの?モップのお化けなの?」
すぐ傍に純がいた。そして叫んだ
いつからいたとか、どこまで話を聞いていたとか通り越してとりあえずうるさい。
コートを脱いでいるので今さっき来ましたってわけじゃあなさそうだけど。
「ベースが必要でしょ」
「えっ」
「だからー、演奏するならベースがあった方がいいでしょ」
「えっ」
「ベース弾ける人がいた方がいいよね?」
「えっ。誰かベース弾ける人いるの?」
「えっ」
「えっ」
ということで私たち三人は急遽クリスマスパーティーに向けて練習を始めることになった。
74: 2011/05/27(金) 22:26:33.75 BE:992316454-2BP(1876)
出し物と言っても準備の時間が少ないため
簡単なクリスマス・ソングを数曲やることになった。
初めて三人で合わせた時の手応えからしても上手くやれると思う。
で、もうひとつずつ何かやろうという話になって
憂は手品、純は漫談をそれぞれ選んだ。
そして私は、
自分にできることを探せば探すほど視界が悪くなった。
アミダくじを引くのすら躊躇するくらいに、ドハマリしていた。
「ああもうじれったいわね」
「だって」
「なに?」
純が痺れを切らして話を進める。
まぁ、それも仕方がないことだとは思う。
先輩方に何かしたい気持ちと、自分に何が出来るんだろうって不安が
まぜこぜになって頭の中が焦げ付き始めているのだ。
そんな困った私をよそに会議は進んでいくのだが。
簡単なクリスマス・ソングを数曲やることになった。
初めて三人で合わせた時の手応えからしても上手くやれると思う。
で、もうひとつずつ何かやろうという話になって
憂は手品、純は漫談をそれぞれ選んだ。
そして私は、
自分にできることを探せば探すほど視界が悪くなった。
アミダくじを引くのすら躊躇するくらいに、ドハマリしていた。
「ああもうじれったいわね」
「だって」
「なに?」
純が痺れを切らして話を進める。
まぁ、それも仕方がないことだとは思う。
先輩方に何かしたい気持ちと、自分に何が出来るんだろうって不安が
まぜこぜになって頭の中が焦げ付き始めているのだ。
そんな困った私をよそに会議は進んでいくのだが。
75: 2011/05/27(金) 22:28:14.87 BE:1190780238-2BP(1876)
「まず私の漫談で掴みはバッチリでしょ」
「そうだね」
「で、盛り上がった所で憂の手品」
「うん、任せて。この前テレビで凄いのやってたから」
「そのあと私たち三人で演奏でしょ」
何と言うか、純の中ではすでに段取りが出来上がっていて、
後は何をはめ込むかって段階にあるらしい。
頼もしい反面、置いてけぼりな気分。
「うーん、梓には大トリをつとめてもらおうかな」
「大トリ?」
「フィナーレとも言う」
「えっと、その純さん……」
「はい、何ですか中野さん」
「何をするんでしょうか、そのフィナーレってやつは」
「それはね」
「そうだね」
「で、盛り上がった所で憂の手品」
「うん、任せて。この前テレビで凄いのやってたから」
「そのあと私たち三人で演奏でしょ」
何と言うか、純の中ではすでに段取りが出来上がっていて、
後は何をはめ込むかって段階にあるらしい。
頼もしい反面、置いてけぼりな気分。
「うーん、梓には大トリをつとめてもらおうかな」
「大トリ?」
「フィナーレとも言う」
「えっと、その純さん……」
「はい、何ですか中野さん」
「何をするんでしょうか、そのフィナーレってやつは」
「それはね」
76: 2011/05/27(金) 22:29:40.07 BE:744237353-2BP(1876)
12月23日
世間ではきらめく聖夜だとかなんとか
恋の話題に乏しい私でも何かが起きそうで気持ちが舞い上がってしまう。
例年ならクリスマスマジックにかけられて
ちょっと乙女チックな妄想に花を咲かせるのだが
今日は浮かれてるわけにはいかない。
なにせ、純曰く
「パーティーの成功は私たちにかかっているから」
というわけで、オオトリという大役を仰せつかった私の天皇誕生日兼冬休み初日は
その準備で1日が終わろうとしている。
ちなみにクリスマスマジックという言葉は私が作った。
世間ではきらめく聖夜だとかなんとか
恋の話題に乏しい私でも何かが起きそうで気持ちが舞い上がってしまう。
例年ならクリスマスマジックにかけられて
ちょっと乙女チックな妄想に花を咲かせるのだが
今日は浮かれてるわけにはいかない。
なにせ、純曰く
「パーティーの成功は私たちにかかっているから」
というわけで、オオトリという大役を仰せつかった私の天皇誕生日兼冬休み初日は
その準備で1日が終わろうとしている。
ちなみにクリスマスマジックという言葉は私が作った。
77: 2011/05/27(金) 22:31:32.18 BE:2778485478-2BP(1876)
とはいえ音楽を聞きながらホットミルクをちまちま飲む時間は
慌ただしく過ぎていったここ数日のことも、明日の本番もちょっと忘れて
贅沢なひとときって感じで大人になった気分がする。
やっぱ自分の部屋は落ち着く。
見知ったもの、自分の好きなものが置いてある私の部屋。
そこにある全てに手が届くから。
でも今はひとつだけ息苦しくなるものがある。
写真立て。
もちろん写真立てそのものではなくて、そこで笑う自分。
みんなに囲まれて、写真を撮られたことにすら気づいていない様子で。
そしてとても幸せそうで、いや、実際幸せだったのだ。
ふと昔のことを思い出す。
4才か5才のころ、間違っておままごとセットのおもちゃを口に含んだ。
すぐに吐き出したけど凄く気味が悪かった。
異物感、なんて言葉を知らなかった私はただただ怖いと思って
それ以降はそのおもちゃで遊ぶことはなくなった。
なんで今更そんなことを思い出すのだろうか。
写真の中の私から目線を横にずらすと、唯先輩と目が合った。
唯先輩は笑っていた。
慌ただしく過ぎていったここ数日のことも、明日の本番もちょっと忘れて
贅沢なひとときって感じで大人になった気分がする。
やっぱ自分の部屋は落ち着く。
見知ったもの、自分の好きなものが置いてある私の部屋。
そこにある全てに手が届くから。
でも今はひとつだけ息苦しくなるものがある。
写真立て。
もちろん写真立てそのものではなくて、そこで笑う自分。
みんなに囲まれて、写真を撮られたことにすら気づいていない様子で。
そしてとても幸せそうで、いや、実際幸せだったのだ。
ふと昔のことを思い出す。
4才か5才のころ、間違っておままごとセットのおもちゃを口に含んだ。
すぐに吐き出したけど凄く気味が悪かった。
異物感、なんて言葉を知らなかった私はただただ怖いと思って
それ以降はそのおもちゃで遊ぶことはなくなった。
なんで今更そんなことを思い出すのだろうか。
写真の中の私から目線を横にずらすと、唯先輩と目が合った。
唯先輩は笑っていた。
78: 2011/05/27(金) 22:33:12.41 BE:893085236-2BP(1876)
ミルクを飲み終えたので照明を暗めに変えて携帯を充電器につないだ。
スピーカーのボリュームも半分にして、布団に潜り込む。
明日の天気を携帯サイトで確認。
だんだん眠くなってきた。
ドアーズのアルバムを最後まで聞いていたかったけど電気を消して寝ることにした。
スピーカーのボリュームも半分にして、布団に潜り込む。
明日の天気を携帯サイトで確認。
だんだん眠くなってきた。
ドアーズのアルバムを最後まで聞いていたかったけど電気を消して寝ることにした。
81: 2011/05/27(金) 22:35:01.90 BE:893084292-2BP(1876)
ここが夢の中だと気づくまでそう時間はかからなかった。
夢の中だから時間なんて概念でしかないような気もするけど
私が短いと感じたら、それは短いのだ。
パジャマじゃなく制服を着て太陽の下にいるわけだし。
明晰夢ってやつだっけ。
夢の中で夢だと認識することができれば、
思い通りの夢が見れるとか何とかって前にテレビで見たことがある。
「そうだよ、これは梓の夢」
と聞き覚えのある声がする方へ体を向けると。
「み、澪先輩!?」
「何びっくりしてるんだ?」
「あの、私の心が読めるんですか?」
「読めるよ」
「えー」
なんか怖い
夢の中だから時間なんて概念でしかないような気もするけど
私が短いと感じたら、それは短いのだ。
パジャマじゃなく制服を着て太陽の下にいるわけだし。
明晰夢ってやつだっけ。
夢の中で夢だと認識することができれば、
思い通りの夢が見れるとか何とかって前にテレビで見たことがある。
「そうだよ、これは梓の夢」
と聞き覚えのある声がする方へ体を向けると。
「み、澪先輩!?」
「何びっくりしてるんだ?」
「あの、私の心が読めるんですか?」
「読めるよ」
「えー」
なんか怖い
82: 2011/05/27(金) 22:37:09.73 BE:1587706548-2BP(1876)
「ナンだよ、その嫌そうな顔は」
「いや。だって怖いじゃないですか。考えてることがバレてるのって」
「ん。まぁなんとなくしか分かんないから大丈夫だゾ」
澪先輩は片目をぎこちなく瞑ってウィンクしてみせた。
なんというか、これも私の夢なんだから色々見透かされようが
どうってことないのかもしれない。
「ちなみに今日のパンツは白でちっちゃいリボンが」
「やめてください!!」
やっぱ嫌だ。
「あずさー、ちょっと待ってってば」
「嫌です。もう一人で行きます」
「どこに?」
「えっと、ディズニーなんとかです」
「へー。浦安まで歩いて行くんだ」
「うう……。電車で行くんです」
「お金持ってるの?」
すっごいイジワル。
アスファルトの上であぐらかいてアクビしてるし。
「いや。だって怖いじゃないですか。考えてることがバレてるのって」
「ん。まぁなんとなくしか分かんないから大丈夫だゾ」
澪先輩は片目をぎこちなく瞑ってウィンクしてみせた。
なんというか、これも私の夢なんだから色々見透かされようが
どうってことないのかもしれない。
「ちなみに今日のパンツは白でちっちゃいリボンが」
「やめてください!!」
やっぱ嫌だ。
「あずさー、ちょっと待ってってば」
「嫌です。もう一人で行きます」
「どこに?」
「えっと、ディズニーなんとかです」
「へー。浦安まで歩いて行くんだ」
「うう……。電車で行くんです」
「お金持ってるの?」
すっごいイジワル。
アスファルトの上であぐらかいてアクビしてるし。
83: 2011/05/27(金) 22:38:30.46 BE:2679254069-2BP(1876)
こんなの澪先輩じゃないよ。
でも目の前にいる人はどう見たって本人だし。
気怠そうに立ち上がって、目の前まで近づいてきた。
「あずさ」
「ちょっと、何するんで」
唇までエンピツ一本分くらいの距離しかない。
垂れ下がった髪が、これからずっと離れないみたいに肩にくっつく。
これはマズイ。なんだかイケナイ雰囲気になってるのが私でも分かる。
漫画だったら背景にバラのトーンが貼られてるハズだ。
「ほら、一緒に行こ」
いつもの頼れるお姉さんの顔で、手をさしのべる。
私は自然とその手を取った。
でも、でもでも。
「なんで今だけいつもの澪先輩なんですか!!」
「私は私だよ。いつだって。どんな風に見えたってさ」
夢の中の澪先輩は、ちょっとだけズルくて怖いけど
いつと同じで優しくてかっこいい澪先輩だった。
でも目の前にいる人はどう見たって本人だし。
気怠そうに立ち上がって、目の前まで近づいてきた。
「あずさ」
「ちょっと、何するんで」
唇までエンピツ一本分くらいの距離しかない。
垂れ下がった髪が、これからずっと離れないみたいに肩にくっつく。
これはマズイ。なんだかイケナイ雰囲気になってるのが私でも分かる。
漫画だったら背景にバラのトーンが貼られてるハズだ。
「ほら、一緒に行こ」
いつもの頼れるお姉さんの顔で、手をさしのべる。
私は自然とその手を取った。
でも、でもでも。
「なんで今だけいつもの澪先輩なんですか!!」
「私は私だよ。いつだって。どんな風に見えたってさ」
夢の中の澪先輩は、ちょっとだけズルくて怖いけど
いつと同じで優しくてかっこいい澪先輩だった。
84: 2011/05/27(金) 22:39:33.97 BE:2083864267-2BP(1876)
私の手を取った澪先輩はそのままジャンプして
時速40キロくらいで空を飛んだ。
魔法使いか何かですかこの人は。
で、連れて(飛ばされて)来られたのが学校。
歩いてもいけた距離だったのになぁと思ったけど、
澪先輩曰く「時間があんまりない」らしい。
いつも来ている学校を空から眺めるのは新鮮でちょっと楽しい。
まるで風になったみたいだ。
「じゃあ行くぞ」
「行くってどこにですか?」
「校舎の中」
85: 2011/05/27(金) 22:41:23.61 BE:1041931973-2BP(1876)
もう少しこの景色を眺めてたいのに、そのまま校舎へ突っ込んでしまう。
激突しないのはなんとなく分かっていたけど怖かった。
澪先輩は私の手を引いたまま壁をすり抜けてどんどん中へ入っていく。
見慣れた廊下や階段の様子からして、私が今通ってる学校そのままって感じだけど、
生徒は知らない子ばかりだ。
私は握った手に力を込める。
澪先輩は廊下をどんどん進んでいく。
っと、2人の生徒の前で止まった。
一人はポニーテールで背の高い子で、
もう一人は背が低く目がクリっとして可愛らしい子だ。
勿論、私たちの姿は見えてない。
「この子たちがどうかしたんですか?」
「いいから、静かに」
澪先輩はトントンと二人の手に触れる。
それは部活勧誘用の手作りのビラだった。
激突しないのはなんとなく分かっていたけど怖かった。
澪先輩は私の手を引いたまま壁をすり抜けてどんどん中へ入っていく。
見慣れた廊下や階段の様子からして、私が今通ってる学校そのままって感じだけど、
生徒は知らない子ばかりだ。
私は握った手に力を込める。
澪先輩は廊下をどんどん進んでいく。
っと、2人の生徒の前で止まった。
一人はポニーテールで背の高い子で、
もう一人は背が低く目がクリっとして可愛らしい子だ。
勿論、私たちの姿は見えてない。
「この子たちがどうかしたんですか?」
「いいから、静かに」
澪先輩はトントンと二人の手に触れる。
それは部活勧誘用の手作りのビラだった。
86: 2011/05/27(金) 22:43:21.22 BE:1736553375-2BP(1876)
「部活どうするの?」
ポニーテールの子が壁にもたれて尋ねると
背の低い子は嬉しそうに1枚のビラを相手に見せる。
期待と憧れが混じった目は彼女のチャームポイントをいっそう際立たせる。
「テニス部……」
「テニスかー」
「うん」
「部員多いね」
「友達たくさんできる」
「ホント?私も一緒に入ったげようか?」
背の低い子は首を振る。
ポニーテールの子はそれでイイって顔をして笑った。
「私はね」
「うん」
「ジャズ研に入る」
「うん」
この子は「うん」って言うのが口癖なのかな。
適当な返事のうん、じゃなくて「分かってるよ、大丈夫だよ」って気持ちがこもってる。
もう私の夢とか関係なくこの二人の日常を覗いてみたいとか思っている自分がいる。
で、不良バージョンの澪先輩はそれに気づいたのかわざと怖い顔を作って睨んだ。
ちょっとしたけん制って所だろうけど。
そんな真面目な澪先輩が可愛いくて私もちょっと笑った。
ポニーテールの子が壁にもたれて尋ねると
背の低い子は嬉しそうに1枚のビラを相手に見せる。
期待と憧れが混じった目は彼女のチャームポイントをいっそう際立たせる。
「テニス部……」
「テニスかー」
「うん」
「部員多いね」
「友達たくさんできる」
「ホント?私も一緒に入ったげようか?」
背の低い子は首を振る。
ポニーテールの子はそれでイイって顔をして笑った。
「私はね」
「うん」
「ジャズ研に入る」
「うん」
この子は「うん」って言うのが口癖なのかな。
適当な返事のうん、じゃなくて「分かってるよ、大丈夫だよ」って気持ちがこもってる。
もう私の夢とか関係なくこの二人の日常を覗いてみたいとか思っている自分がいる。
で、不良バージョンの澪先輩はそれに気づいたのかわざと怖い顔を作って睨んだ。
ちょっとしたけん制って所だろうけど。
そんな真面目な澪先輩が可愛いくて私もちょっと笑った。
88: 2011/05/27(金) 22:44:42.30 BE:694621272-2BP(1876)
「ジャズ研のライブ、カッコ良かった」
「あのさ、あの時黙ってたけど」
「うん」
「ちょっと泣いた」
ポニーテールの子は大事なぬいぐるみを抱き抱えるみたいに胸の前で手を合わせた。
この子と私は私は同じだ。
新入生歓迎会で初めて先輩たちの演奏を聞いたのがまるで昨日のことみたい。
頑張れって心のなかでつぶやいた。
「そう言えば……」
背の低い子が何か思い出した風に切り出す。
アイドルの~と~が付き合ってるんだって、みたいな。
「けいおん部なくなっちゃうって」
89: 2011/05/27(金) 22:46:46.49 BE:1041932737-2BP(1876)
なくなる?けいおん部が?
聞き間違いだ。そんなこと言うはずがない。
でも、これは夢なんだし私の望まない展開もあるだろう。
これは夢。しかも悪い夢だ。
だから早く覚めろ。朝起きてまたいつもの日々が、けいおん部のある
桜高が待っているのだから。
「これは夢じゃないよ」
悲しそうな目で澪先輩が言った。
夢じゃあなければ一体なんだって言うんだ。
空を飛んだり壁をすり抜けたり。
「これは だよ」
「え、今なんて言ったんですか?なんでそんな顔をするんですか?」
聞き間違いだ。そんなこと言うはずがない。
でも、これは夢なんだし私の望まない展開もあるだろう。
これは夢。しかも悪い夢だ。
だから早く覚めろ。朝起きてまたいつもの日々が、けいおん部のある
桜高が待っているのだから。
「これは夢じゃないよ」
悲しそうな目で澪先輩が言った。
夢じゃあなければ一体なんだって言うんだ。
空を飛んだり壁をすり抜けたり。
「これは だよ」
「え、今なんて言ったんですか?なんでそんな顔をするんですか?」
90: 2011/05/27(金) 22:47:40.10 BE:2778485478-2BP(1876)
澪先輩は声を出そうとしても、言葉が出てこないみたいだった。
時間がないと焦っていたのはこういうことだったのだろうか。
もうそれを確かめることはできないのだけど。
そしてその口が「行こう」という風に動いたかと思うと、
私の腕をとって猛スピードで移動した。
身体がなくなってちぎれてしまうかってくらいのスピード。
周りの景色が吹き飛んでいって、目を開けていられないくらい。
次に目を開けたとき、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
落ち着いて辺りを見渡すとまだ学校にいるみたいだ。
夕日が落ちかけていて、私はその色をオレンジじゃなくて
橙色だなって、そんな風に思った。
澪先輩は私の袖を掴み校舎の中へと入って行く。
その揺れる髪と背中をじっと見つめながら黙ってついて行く。
一歩進むごとに私の足取りは重くなり、同じ調子で歩き続ける澪先輩と
うまく歩調が合わずに何度か転けそうになりながら
日差しの差し込む例の階段の前まで来て、
そして怖くて立ちすくんでしまった。
校舎へ入った時からどこへ向かっているかは分かっていた故に
鼓動が私の歩く速度と反比例し、限界に達してしまった。
時間がないと焦っていたのはこういうことだったのだろうか。
もうそれを確かめることはできないのだけど。
そしてその口が「行こう」という風に動いたかと思うと、
私の腕をとって猛スピードで移動した。
身体がなくなってちぎれてしまうかってくらいのスピード。
周りの景色が吹き飛んでいって、目を開けていられないくらい。
次に目を開けたとき、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
落ち着いて辺りを見渡すとまだ学校にいるみたいだ。
夕日が落ちかけていて、私はその色をオレンジじゃなくて
橙色だなって、そんな風に思った。
澪先輩は私の袖を掴み校舎の中へと入って行く。
その揺れる髪と背中をじっと見つめながら黙ってついて行く。
一歩進むごとに私の足取りは重くなり、同じ調子で歩き続ける澪先輩と
うまく歩調が合わずに何度か転けそうになりながら
日差しの差し込む例の階段の前まで来て、
そして怖くて立ちすくんでしまった。
校舎へ入った時からどこへ向かっているかは分かっていた故に
鼓動が私の歩く速度と反比例し、限界に達してしまった。
91: 2011/05/27(金) 22:49:58.66 BE:2679254069-2BP(1876)
階段を上ってその先にある扉を開ける。
そこで待っている光景。
さっき廊下で澪先輩が言った最後の言葉。
澪先輩は私が完全に立ち止まったのに気づいて回れ右してこちらと向き合った。
口角を少し緩め私の頬に触れた。
数秒の沈黙のあと私たちは再び歩き始めた。
一段ずつ上り始めて最後は足早に。
登り切った先の見慣れた扉の前に立つと微かに聞こえる音があった。
これは……ギターだ。
ちょっと淋しげなアルペジオ。
相手には見つからないと分かっていても一応ノックをして扉を開けた。
そこには女の子がいて、たった一人でギターを弾いていた。
さっきの音が淋しげだと感じた理由が、その指先から直接心に響くみたいに伝わってきた。
そこで待っている光景。
さっき廊下で澪先輩が言った最後の言葉。
澪先輩は私が完全に立ち止まったのに気づいて回れ右してこちらと向き合った。
口角を少し緩め私の頬に触れた。
数秒の沈黙のあと私たちは再び歩き始めた。
一段ずつ上り始めて最後は足早に。
登り切った先の見慣れた扉の前に立つと微かに聞こえる音があった。
これは……ギターだ。
ちょっと淋しげなアルペジオ。
相手には見つからないと分かっていても一応ノックをして扉を開けた。
そこには女の子がいて、たった一人でギターを弾いていた。
さっきの音が淋しげだと感じた理由が、その指先から直接心に響くみたいに伝わってきた。
92: 2011/05/27(金) 22:53:39.83 BE:694622227-2BP(1876)
私は勇気を振り絞りその子に近づいて顔を見ようとした。
ちょうどその時目の前が真っ暗になって身体が宙に浮いた。
「きゃ」と小さな悲鳴を上げて、身体を目一杯縮める。
ジェットコースターで最初に1番高い所まで上ったあと、一気に下降するあの感じ。
「なんで?」
「あの子の顔が分からないんです!!!」
「あと少しだけあそこにいさせて!!!」
薄暗い空間で目の前の澪先輩に訴えかけても
「もう時間切れ」みたいに目の前でバッテンを作るだけだった。
私は諦めて深呼吸をひとつした。
あれが誰だったとしても、目が覚めたら忘れてしまうとしても。
澪先輩は私にこれを見せるために私の夢にやってきてくれたのだ。
それは決してイジワルじゃなくて
何かを伝えるためなんじゃないかなって今は思える。
だから私は澪先輩に「ありがとうございました」って小さく頭を下げた。
澪先輩は私の頭を撫で、その暗い空間のもっと奥の方へ消えていった。
ふと微かな光が差しそれが広がったかと思うと私はパジャマを身につけてベッドの上にいた。
ちょうどその時目の前が真っ暗になって身体が宙に浮いた。
「きゃ」と小さな悲鳴を上げて、身体を目一杯縮める。
ジェットコースターで最初に1番高い所まで上ったあと、一気に下降するあの感じ。
「なんで?」
「あの子の顔が分からないんです!!!」
「あと少しだけあそこにいさせて!!!」
薄暗い空間で目の前の澪先輩に訴えかけても
「もう時間切れ」みたいに目の前でバッテンを作るだけだった。
私は諦めて深呼吸をひとつした。
あれが誰だったとしても、目が覚めたら忘れてしまうとしても。
澪先輩は私にこれを見せるために私の夢にやってきてくれたのだ。
それは決してイジワルじゃなくて
何かを伝えるためなんじゃないかなって今は思える。
だから私は澪先輩に「ありがとうございました」って小さく頭を下げた。
澪先輩は私の頭を撫で、その暗い空間のもっと奥の方へ消えていった。
ふと微かな光が差しそれが広がったかと思うと私はパジャマを身につけてベッドの上にいた。
94: 2011/05/27(金) 22:57:13.16 BE:446542733-2BP(1876)
「先日~妻が犬の散歩に出かけたら……」
ということで漫談である。
笑う犬オマージュである。
パーティーの開始時刻を多少オーバーした所で、全員が音楽室に集まり
間髪を入れずに始まったのが純のアメリカンジョーク20連発。
私は律先輩の指令でわざわざ校門前で待機して(すっごく寒かった)
「ちょっと学校まで来てみて」
というメールを受けようやく中に入れた。
で、音楽室へ到着するとこれも予定通りクラッカーが4,5発鳴り
サプライズパーティーが始まったわけだ。
準備真っ只中のみんなはクラッカーを回収すると早速せわしなく辺りを動きまわった。
その慌ただしさに圧倒されてしばらく一人でぽつんと突っ立ていると
「律が照明にこだわり過ぎてるんだ」
って澪先輩が近づいてココアを渡してくれた。
ということで漫談である。
笑う犬オマージュである。
パーティーの開始時刻を多少オーバーした所で、全員が音楽室に集まり
間髪を入れずに始まったのが純のアメリカンジョーク20連発。
私は律先輩の指令でわざわざ校門前で待機して(すっごく寒かった)
「ちょっと学校まで来てみて」
というメールを受けようやく中に入れた。
で、音楽室へ到着するとこれも予定通りクラッカーが4,5発鳴り
サプライズパーティーが始まったわけだ。
準備真っ只中のみんなはクラッカーを回収すると早速せわしなく辺りを動きまわった。
その慌ただしさに圧倒されてしばらく一人でぽつんと突っ立ていると
「律が照明にこだわり過ぎてるんだ」
って澪先輩が近づいてココアを渡してくれた。
98: 2011/05/27(金) 23:20:28.37 BE:694622227-2BP(1876)
私は感動して澪先輩の手をとり、
「やっぱホンモノの澪先輩がいいです」
「何言ってるんだ?」
「えっと、こっちの話です」
「そっか。それ飲んだら梓も手貸して」
「はいっ」
「なんか機嫌いいな」
機嫌良さそうなのは澪先輩の方じゃん、
って駆け足で輪の中に戻る後ろ姿を見て思った。
ココアは少し苦かった。
そんな風にしていつもと同じ調子でクリスマスパーティーは始まった。
口に牛乳を含んで純のアメリカンジョークを聞くという
シュールな現実はいつものけいおん部を軽く崩壊させつつあるけれど。
「やっぱホンモノの澪先輩がいいです」
「何言ってるんだ?」
「えっと、こっちの話です」
「そっか。それ飲んだら梓も手貸して」
「はいっ」
「なんか機嫌いいな」
機嫌良さそうなのは澪先輩の方じゃん、
って駆け足で輪の中に戻る後ろ姿を見て思った。
ココアは少し苦かった。
そんな風にしていつもと同じ調子でクリスマスパーティーは始まった。
口に牛乳を含んで純のアメリカンジョークを聞くという
シュールな現実はいつものけいおん部を軽く崩壊させつつあるけれど。
99: 2011/05/27(金) 23:22:36.14 BE:1984632858-2BP(1876)
「今ので何個目?」
「12個だよ、純ちゃん。あと8個頑張って!!」
「まだそんなにあるの?じゃー次は……うーん」
「ねぇ純、無理して20個やらなくてもいいんじゃないかな?
先輩方ちょっと飽きてきてると思うな」
というより、私が飽きてきてる。
リハーサルで何回も聞いたし、オチが全部犬のアレだもんね。
「先日~」
「12個だよ、純ちゃん。あと8個頑張って!!」
「まだそんなにあるの?じゃー次は……うーん」
「ねぇ純、無理して20個やらなくてもいいんじゃないかな?
先輩方ちょっと飽きてきてると思うな」
というより、私が飽きてきてる。
リハーサルで何回も聞いたし、オチが全部犬のアレだもんね。
「先日~」
100: 2011/05/27(金) 23:25:14.29 BE:3572338289-2BP(1876)
部屋にいるのは全部で8人で、
部屋の片側に椅子を半円形に並べて出し物を楽しむ人と別に
料理を置いた机が並んでいる側でお茶を入れたり
空いた皿に新しくお菓子を盛ったりする2人一組の係を決めて
適当な時間がきたら交代するようにしている。
そうでもしないと憂やムギ先輩はずっとウエイトレスに徹するだろうし
唯先輩はずーっとお菓子を食べ続けちゃうから。
ちなみにそれを言い出したさわ子先生は一人で酔っ払ってくだを巻いてる。
純の17個目のジョークをBGMにして
皆は持ち寄った料理を楽しんでいる。
私は隣に座ってるムギ先輩の冬休みの予定や
去年のクリスマスの話をした。
3つ右に座っている唯先輩はハムスター食いでケーキを頬張っている。
さわ子先生にサンタコスチュームに着替えさせられた姿は
何と言うか、小動物みたいで可愛い。
可愛いのだけど、今日は大忙しのはずのサンタが
あんまりもぐもぐ食べるのも変な感じだよなぁ、なんて眺めていると目が合った。
2秒か3秒くらいの短い間だったけど。
唯先輩の表情が少し変わったのが分かってしまった。
気まずい、とかそんな風に見えた。
私はまた何か唯先輩を悲しませるようなことをしたのかと思い胸がチクッとした。
部屋の片側に椅子を半円形に並べて出し物を楽しむ人と別に
料理を置いた机が並んでいる側でお茶を入れたり
空いた皿に新しくお菓子を盛ったりする2人一組の係を決めて
適当な時間がきたら交代するようにしている。
そうでもしないと憂やムギ先輩はずっとウエイトレスに徹するだろうし
唯先輩はずーっとお菓子を食べ続けちゃうから。
ちなみにそれを言い出したさわ子先生は一人で酔っ払ってくだを巻いてる。
純の17個目のジョークをBGMにして
皆は持ち寄った料理を楽しんでいる。
私は隣に座ってるムギ先輩の冬休みの予定や
去年のクリスマスの話をした。
3つ右に座っている唯先輩はハムスター食いでケーキを頬張っている。
さわ子先生にサンタコスチュームに着替えさせられた姿は
何と言うか、小動物みたいで可愛い。
可愛いのだけど、今日は大忙しのはずのサンタが
あんまりもぐもぐ食べるのも変な感じだよなぁ、なんて眺めていると目が合った。
2秒か3秒くらいの短い間だったけど。
唯先輩の表情が少し変わったのが分かってしまった。
気まずい、とかそんな風に見えた。
私はまた何か唯先輩を悲しませるようなことをしたのかと思い胸がチクッとした。
101: 2011/05/27(金) 23:26:31.04 BE:1190780238-2BP(1876)
「あの……」
席を立って向き直ったら
「ほーら交代だぞ」
横から律先輩の声がした。
ムギ先輩と一緒に移動してもう一度唯先輩の方を見たら
前と変わらず一生懸命にお菓子を食べている。
あれは見間違いだったのかもしれない。
あとで聞いてみることして、シャンパンの準備を始めた。
窓から外の様子を伺う。
うん、やっぱり曇りだ。
席を立って向き直ったら
「ほーら交代だぞ」
横から律先輩の声がした。
ムギ先輩と一緒に移動してもう一度唯先輩の方を見たら
前と変わらず一生懸命にお菓子を食べている。
あれは見間違いだったのかもしれない。
あとで聞いてみることして、シャンパンの準備を始めた。
窓から外の様子を伺う。
うん、やっぱり曇りだ。
103: 2011/05/27(金) 23:28:24.70 BE:1041932737-2BP(1876)
なんで今からシャンパンなんでしょうか」
「確か純ちゃんが乾杯の音頭としてジョークをやるとか言ってたわよ」
「長っ、というかアメリカンジョークが乾杯の音頭ってどうなんですかね」
「私は好きだなー。いつものパーティーと違うしなんか面白いじゃない?」
パーティーなんていつもあるものじゃないんですけど。
楽しめてもらえるなら純も頑張った甲斐があるってことだしいいか。
グラスを皆に渡す時に唯先輩にこっそり「あとで話があります」って耳打ちすると
キョトンとした顔で「分かったよー」って返事が返ってきた。
「えーそれではみなさまー。本日は大変お忙しい中ー」
「かああああんぱああいいいい」
「ちょ、さわ子先生。私の長い前振りはこのために……」
「乾杯よおおおおお乾杯なのよおおお」
暴走したさわ子先生のせいで有耶無耶な感じで乾杯した。
音頭をぶち壊された純はしょげている。
とりあえず乾杯をして、グラスに口をつける。
「確か純ちゃんが乾杯の音頭としてジョークをやるとか言ってたわよ」
「長っ、というかアメリカンジョークが乾杯の音頭ってどうなんですかね」
「私は好きだなー。いつものパーティーと違うしなんか面白いじゃない?」
パーティーなんていつもあるものじゃないんですけど。
楽しめてもらえるなら純も頑張った甲斐があるってことだしいいか。
グラスを皆に渡す時に唯先輩にこっそり「あとで話があります」って耳打ちすると
キョトンとした顔で「分かったよー」って返事が返ってきた。
「えーそれではみなさまー。本日は大変お忙しい中ー」
「かああああんぱああいいいい」
「ちょ、さわ子先生。私の長い前振りはこのために……」
「乾杯よおおおおお乾杯なのよおおお」
暴走したさわ子先生のせいで有耶無耶な感じで乾杯した。
音頭をぶち壊された純はしょげている。
とりあえず乾杯をして、グラスに口をつける。
104: 2011/05/27(金) 23:29:37.12 BE:2083864076-2BP(1876)
「辛っ」
これはアルコール的なものが入っているのではないでしょうか。
シャンメリーじゃなかった時点で勘ぐるべきだった。
少量なので酔っ払う人は(さわ子先生以外)いないと思うから大丈夫かなぁ。
絶好調のさわ子先生はジミヘンの何かの曲を演奏しだした。
憂の手品が始まっても続いたので
オリーブの首飾りを練習していた私もちょっとしょげた。
これはアルコール的なものが入っているのではないでしょうか。
シャンメリーじゃなかった時点で勘ぐるべきだった。
少量なので酔っ払う人は(さわ子先生以外)いないと思うから大丈夫かなぁ。
絶好調のさわ子先生はジミヘンの何かの曲を演奏しだした。
憂の手品が始まっても続いたので
オリーブの首飾りを練習していた私もちょっとしょげた。
105: 2011/05/27(金) 23:31:00.83 BE:2083864267-2BP(1876)
帽子から鳩を出したり、
500円玉を皆の胸ポケットに移動させたり
本格的な手品で盛り上がって一旦休憩タイムにした。
演奏会の前にゆっくりお話でもしませんか、ということだ。
特に純は澪先輩の信奉者なので目を輝かせて話を聞いている。
私は憂と立ち話(この後の簡単な打ち合わせ等)をしつつ
律先輩の持ってきたピザをつまんでいる。
オニオンスライスが美味しい。
「さっきの手品凄かったね」
「ちょっと練習したら梓ちゃんでもできるよ」
「いや、私はああいう細かいのはパス」
「えー。ふたりでやる手品もあったのになぁ」
「それってどんなの?」
「一人を箱に入れてね、剣でまっぷたつに」
確かに憂ならできそう。
でも怖いから私でやるのはやめてね。
500円玉を皆の胸ポケットに移動させたり
本格的な手品で盛り上がって一旦休憩タイムにした。
演奏会の前にゆっくりお話でもしませんか、ということだ。
特に純は澪先輩の信奉者なので目を輝かせて話を聞いている。
私は憂と立ち話(この後の簡単な打ち合わせ等)をしつつ
律先輩の持ってきたピザをつまんでいる。
オニオンスライスが美味しい。
「さっきの手品凄かったね」
「ちょっと練習したら梓ちゃんでもできるよ」
「いや、私はああいう細かいのはパス」
「えー。ふたりでやる手品もあったのになぁ」
「それってどんなの?」
「一人を箱に入れてね、剣でまっぷたつに」
確かに憂ならできそう。
でも怖いから私でやるのはやめてね。
106: 2011/05/27(金) 23:32:31.95 BE:793853344-2BP(1876)
「あ、きよしこの夜の歌いだしの所なんだけど」
「ん?ちょっと待って」
何かゾクッとする。
「あーーずーーにゃ ってアレ?」
「フフフ、もう抱きつかれませんよ」
「ケチぃ」
「唯先輩の気配がだんだん分かってきたのです」
本当は視界の隅で唯先輩を追っていたから分かったんだけど、
ちょっと魔法チックなことを言ってビックリさせたかった。
「ういーあずにゃんがー」
「梓ちゃんピザ食べてるんだから抱きついたら危ないよ」
「あずにゃん分が足りないんだよー」
「だって。梓ちゃんどうする?」
どうする?とか聞かれてもさ。
はいどうぞって抱きつかれてあげるのはなんか恥ずかしい。
「ん?ちょっと待って」
何かゾクッとする。
「あーーずーーにゃ ってアレ?」
「フフフ、もう抱きつかれませんよ」
「ケチぃ」
「唯先輩の気配がだんだん分かってきたのです」
本当は視界の隅で唯先輩を追っていたから分かったんだけど、
ちょっと魔法チックなことを言ってビックリさせたかった。
「ういーあずにゃんがー」
「梓ちゃんピザ食べてるんだから抱きついたら危ないよ」
「あずにゃん分が足りないんだよー」
「だって。梓ちゃんどうする?」
どうする?とか聞かれてもさ。
はいどうぞって抱きつかれてあげるのはなんか恥ずかしい。
108: 2011/05/27(金) 23:34:20.97 BE:1190779564-2BP(1876)
「ダメです」
「そんなぁ。うーいーあずにゃんがいじめるよー」
「ピザ食べ終わったら抱きつかせてくれるって!!」
「ホント……?」
唯先輩の上目遣い。濡れた瞳。口の周りの食べかす。
一瞬世界中の時間が止まって、そしてまた動き出した。
なんだこの可愛い生き物は。全てのお願いを聞いてしまいそうになる。
だけどここで「いいですよ」なんて言ったら負けな気がする。
一度ダメだと言った手前なかなか引き下がれない。
「どーしてもと言うなら」
「言うなら?何?」
「条件があるです」
「エOチなのはだめだよー。未成年だからねー」
「そんなんじゃないですっ!!」
「そんなぁ。うーいーあずにゃんがいじめるよー」
「ピザ食べ終わったら抱きつかせてくれるって!!」
「ホント……?」
唯先輩の上目遣い。濡れた瞳。口の周りの食べかす。
一瞬世界中の時間が止まって、そしてまた動き出した。
なんだこの可愛い生き物は。全てのお願いを聞いてしまいそうになる。
だけどここで「いいですよ」なんて言ったら負けな気がする。
一度ダメだと言った手前なかなか引き下がれない。
「どーしてもと言うなら」
「言うなら?何?」
「条件があるです」
「エOチなのはだめだよー。未成年だからねー」
「そんなんじゃないですっ!!」
110: 2011/05/27(金) 23:37:50.04 BE:1190779283-2BP(1876)
唯先輩は直立不動で条件を待っている。
憂はなんだか嬉しそうに私たちを見守っている。
胸に手を当てれば心臓のトクン、トクンという小さな鼓動が伝わる。
「少し待ってください。今日のパーティーが終わるまで」
「それが条件?」
「はい」
「なんか変なのー」
なんだかすごい条件が来ると思ってたのだろうか。
唯先輩はきょとんとした目をしている。
不安定で、おぼつかなくて、どこまでも吸い込まれそう。
私も結局はこの人に敵わないんだなぁと思って、
それは悔しいとか負けたとかいう気持ちとは別の心地良さがあった。
私は気づいてしまったのだ。
憂はなんだか嬉しそうに私たちを見守っている。
胸に手を当てれば心臓のトクン、トクンという小さな鼓動が伝わる。
「少し待ってください。今日のパーティーが終わるまで」
「それが条件?」
「はい」
「なんか変なのー」
なんだかすごい条件が来ると思ってたのだろうか。
唯先輩はきょとんとした目をしている。
不安定で、おぼつかなくて、どこまでも吸い込まれそう。
私も結局はこの人に敵わないんだなぁと思って、
それは悔しいとか負けたとかいう気持ちとは別の心地良さがあった。
私は気づいてしまったのだ。
111: 2011/05/27(金) 23:38:29.83 BE:694622227-2BP(1876)
「あの、それでひとつ質問なんですが」
「ん、どうしたの?」
胸に引っかかったアレをついでに聞いておこう。
今はどんなことだって受け入れられる。
「さっき私の視線を避けましたよね?純の漫談の時」
「なんのことかなーセンパイ分からないなー」
「はぐらかさないでください。さっきの約束、なしにしますよ」
「それはイヤだよー。あずにゃん厳しいなぁ」
「で、なんだったんですか?」
「怒らない?」
「その表情は反則です。怒れなくなるじゃないですか」
「ホント?」
やれやれ。憂にすがって泣き真似なんてしなくても
怒る気なんてさらさらないのにな。
それでも、そんな唯先輩を見ていたくて余計な会話をしてしまう。
袖をキュッと掴んで、憂に頭をよしよしされている姿は
写真に撮って額に入れて飾りたくなるレベルだもん。
「ん、どうしたの?」
胸に引っかかったアレをついでに聞いておこう。
今はどんなことだって受け入れられる。
「さっき私の視線を避けましたよね?純の漫談の時」
「なんのことかなーセンパイ分からないなー」
「はぐらかさないでください。さっきの約束、なしにしますよ」
「それはイヤだよー。あずにゃん厳しいなぁ」
「で、なんだったんですか?」
「怒らない?」
「その表情は反則です。怒れなくなるじゃないですか」
「ホント?」
やれやれ。憂にすがって泣き真似なんてしなくても
怒る気なんてさらさらないのにな。
それでも、そんな唯先輩を見ていたくて余計な会話をしてしまう。
袖をキュッと掴んで、憂に頭をよしよしされている姿は
写真に撮って額に入れて飾りたくなるレベルだもん。
112: 2011/05/27(金) 23:40:52.69 BE:694621272-2BP(1876)
「バナナケーキ食べちゃった」
「なっ……」
「あずにゃんのために用意した奴だったのに、忘れてて3つも食べちゃった」
「くっ」
「美味しかったよ!!」
「ゆっ、ゆっ……」
「湯?お湯が欲しいの?」
「唯先輩のバカー!!!」
「怒らないって言ったのにー」
憂「HAHAHA」
おわり
「なっ……」
「あずにゃんのために用意した奴だったのに、忘れてて3つも食べちゃった」
「くっ」
「美味しかったよ!!」
「ゆっ、ゆっ……」
「湯?お湯が欲しいの?」
「唯先輩のバカー!!!」
「怒らないって言ったのにー」
憂「HAHAHA」
おわり
114: 2011/05/27(金) 23:42:22.34
え?
115: 2011/05/27(金) 23:43:41.88
終わり?
117: 2011/05/27(金) 23:44:18.17 BE:694621272-2BP(1876)
ごめんうそ
「なんで食べちゃうんですか」
「ついね」
「ついって、私も楽しみにしてたんですよ。きょうの料理!!!」
「テンション上ちゃったんだよ、クリスマスだしさ」
頭に血が上ってそのまま天井を突き抜けそう。
ちょっとしたことで振り回されている自分がバカみたいで、
それが恥ずかしいっていうのもあるんだけど
だけど、それ以上に!!私のケーキだよ問題は。
「まぁまぁ、お姉ちゃんも悪気なかったんだよね?」
憂がそう言ってなだめる。
唯先輩に悪気がないことは分かっているけど
けど、バナナケーキなんだよ。
これが黙っていられますか。
「もし食べちゃったとしても、黙っててくれれば良かったのに」
「あずにゃんが聞いてきたくせに」
「それはそれですっ」
「ううー」
「なんで食べちゃうんですか」
「ついね」
「ついって、私も楽しみにしてたんですよ。きょうの料理!!!」
「テンション上ちゃったんだよ、クリスマスだしさ」
頭に血が上ってそのまま天井を突き抜けそう。
ちょっとしたことで振り回されている自分がバカみたいで、
それが恥ずかしいっていうのもあるんだけど
だけど、それ以上に!!私のケーキだよ問題は。
「まぁまぁ、お姉ちゃんも悪気なかったんだよね?」
憂がそう言ってなだめる。
唯先輩に悪気がないことは分かっているけど
けど、バナナケーキなんだよ。
これが黙っていられますか。
「もし食べちゃったとしても、黙っててくれれば良かったのに」
「あずにゃんが聞いてきたくせに」
「それはそれですっ」
「ううー」
121: 2011/05/27(金) 23:50:58.83 BE:1190779283-2BP(1876)
収拾がつかないだろうとは分かっていても
簡単に引っ込められるような話でもないのだ。
バナナケーキなのだから。
地団駄踏んでいると
「それじゃあこれを」って憂が何かを手渡してきた。
「梓ちゃん、これなーんだ」
「それは……」
たい焼きだった。
何の変哲もないたい焼き。
そして私は心配するのをやめてたい焼きを愛するようになった。
「はむはむ」
「おいしい?」
「はむはむ」
「あずにゃん?」
「はむはむ」
「もう怒ってないよね」
「はむはむ」
憂の圧勝だった。
別に勝負ではないけどね。
簡単に引っ込められるような話でもないのだ。
バナナケーキなのだから。
地団駄踏んでいると
「それじゃあこれを」って憂が何かを手渡してきた。
「梓ちゃん、これなーんだ」
「それは……」
たい焼きだった。
何の変哲もないたい焼き。
そして私は心配するのをやめてたい焼きを愛するようになった。
「はむはむ」
「おいしい?」
「はむはむ」
「あずにゃん?」
「はむはむ」
「もう怒ってないよね」
「はむはむ」
憂の圧勝だった。
別に勝負ではないけどね。
122: 2011/05/27(金) 23:52:25.53 BE:595390526-2BP(1876)
てことで本日の本番、演奏会。
たくさんの風船が浮かんだステージ。
遊園地みたいだなって思った。
身内の前だから緊張しないだろうって踏んでいたのに指が震える。
少しだから大丈夫。
「先輩方へ」
純の前説が始まった。ミーティングの最初にこの役を買って出たのだ。
今日の思い入れが一番強いのは純かもしれない。
「今日は素敵なクリスマスパーティーに招待していただきありがとうございます。
先輩方への日頃の感謝の気持ちを込めて演奏するので聞いてください」
パチパチパチ、と拍手。
ステージの正面、椅子を横一列に並べて皆の顔がこちらを向いている。
ヤバイ。心臓の音が聞こえる。
ドクドクドクドク。
ああ、失敗したらどうしよう。
最初のところの打ち合わせしてないじゃん!!
どうしよどうしよ。
たくさんの風船が浮かんだステージ。
遊園地みたいだなって思った。
身内の前だから緊張しないだろうって踏んでいたのに指が震える。
少しだから大丈夫。
「先輩方へ」
純の前説が始まった。ミーティングの最初にこの役を買って出たのだ。
今日の思い入れが一番強いのは純かもしれない。
「今日は素敵なクリスマスパーティーに招待していただきありがとうございます。
先輩方への日頃の感謝の気持ちを込めて演奏するので聞いてください」
パチパチパチ、と拍手。
ステージの正面、椅子を横一列に並べて皆の顔がこちらを向いている。
ヤバイ。心臓の音が聞こえる。
ドクドクドクドク。
ああ、失敗したらどうしよう。
最初のところの打ち合わせしてないじゃん!!
どうしよどうしよ。
124: 2011/05/27(金) 23:53:25.95 BE:1786169849-2BP(1876)
「そうえいばさ」
唯先輩が口を開く。
こっちはイッパイイッパイなのに、なんですかもう。
「3人のバンド名って何?」
「そんなの決めてませんよ」
「えー聞きたい聞きたいー」
一人が騒ぎ出せばいつもの如く
律先輩やムギ先輩も教えろ教えろと囃し立てる。
「実は決めてあるんです」
とここで純から衝撃の一言が。
憂いと私はもちろん「嘘?」と顔を見合わせる。
「発表!!発表!!」
「コホン。えー、それでは発表します。私たち3人は……」
「 【Dr. Strangelove】 デスッ!!!(ドヤッ」
唯先輩が口を開く。
こっちはイッパイイッパイなのに、なんですかもう。
「3人のバンド名って何?」
「そんなの決めてませんよ」
「えー聞きたい聞きたいー」
一人が騒ぎ出せばいつもの如く
律先輩やムギ先輩も教えろ教えろと囃し立てる。
「実は決めてあるんです」
とここで純から衝撃の一言が。
憂いと私はもちろん「嘘?」と顔を見合わせる。
「発表!!発表!!」
「コホン。えー、それでは発表します。私たち3人は……」
「 【Dr. Strangelove】 デスッ!!!(ドヤッ」
126: 2011/05/27(金) 23:56:28.55 BE:1339626593-2BP(1876)
うわ、ダセー。
真っ直ぐにダサい件。
あーもう勝手に恥ずかしい名前つけないでよー。
「カッコイイ!!」
「なんか素敵な響きねぇ」
「アリだな」
ちょ、みなさん?
医者とか言ってるんですよこの子。
ていうかまんまキューブリックですよ。
「深いな」
澪先輩までっ!!!
真っ直ぐにダサい件。
あーもう勝手に恥ずかしい名前つけないでよー。
「カッコイイ!!」
「なんか素敵な響きねぇ」
「アリだな」
ちょ、みなさん?
医者とか言ってるんですよこの子。
ていうかまんまキューブリックですよ。
「深いな」
澪先輩までっ!!!
127: 2011/05/27(金) 23:57:34.74 BE:3572338098-2BP(1876)
「で、どんな意味なの?」
って唯先輩は英語分かってないじゃないですか。
「えっとですねー博士の異常な愛情って映画がありましてー」
うわ、純がニヤケ顔で説明し始めた。
恥ずかしいからやめて。
なんかこっちが恥ずかしいから。
「それじゃあいきますよー。Dr. Strangeloveで、きよしこの夜!!!」
あ、なんか始まった。さっきまで重かったギターが軽い。
すごいいい感じ。肩の力が抜けて息もぴったり合う。
練習じゃここまで上手くはいかなかったはずなのに。
って唯先輩は英語分かってないじゃないですか。
「えっとですねー博士の異常な愛情って映画がありましてー」
うわ、純がニヤケ顔で説明し始めた。
恥ずかしいからやめて。
なんかこっちが恥ずかしいから。
「それじゃあいきますよー。Dr. Strangeloveで、きよしこの夜!!!」
あ、なんか始まった。さっきまで重かったギターが軽い。
すごいいい感じ。肩の力が抜けて息もぴったり合う。
練習じゃここまで上手くはいかなかったはずなのに。
128: 2011/05/27(金) 23:59:03.44 BE:1190780238-2BP(1876)
カーテンコール(幕が下りたわけじゃないけどね)らしきものをして
その間ずっと拍手が続いて演奏会は無事に終わった。
夢中でギターを弾いて、気づけば終わりだ。
「感動したわ」
「うん、良かった」
みんな口々に讃えてくれる。
十分と少しの短い演奏だったけど喜んでくれたのが嬉しかった。
純は感極まって泣いちゃってるし。
ちゃっかり澪先輩にもたれ掛かってるのはたまたまってことにしとこう。
唯先輩は憂に抱きついてるし律先輩は突っついてくるし。
それぞれにそれぞれの形でありがとうを伝え合って、メインイベントは終わった。
「お腹すいた」
「私も!!!」
「お茶入れるからね」
メデタシメデタシ。
あとはゆっくりお茶でもシバいて帰路に着きましょう。
その間ずっと拍手が続いて演奏会は無事に終わった。
夢中でギターを弾いて、気づけば終わりだ。
「感動したわ」
「うん、良かった」
みんな口々に讃えてくれる。
十分と少しの短い演奏だったけど喜んでくれたのが嬉しかった。
純は感極まって泣いちゃってるし。
ちゃっかり澪先輩にもたれ掛かってるのはたまたまってことにしとこう。
唯先輩は憂に抱きついてるし律先輩は突っついてくるし。
それぞれにそれぞれの形でありがとうを伝え合って、メインイベントは終わった。
「お腹すいた」
「私も!!!」
「お茶入れるからね」
メデタシメデタシ。
あとはゆっくりお茶でもシバいて帰路に着きましょう。
129: 2011/05/28(土) 00:00:20.63 BE:595390526-2BP(1876)
「お茶おいしいなぁ。こんなにイイものが毎日飲めて梓は幸せだねー」
「純。私ギター間違えたりしなかった?」
「んー……。大丈夫だったんじゃない」
「テキトーに答えないでよ」
「だって私も夢中で覚えてないんだもん」
「だよね」
でもいいのだ、大切な人の笑顔が見れたんだから。
純も嬉しそうにしてるしね。
「いつ思いついたの?あのバンド名」
「昨日考えてたんだ。やっぱやる以上は名前あった方がカッコつくじゃん」
いや、カッコつかなかったわけですけども。
「純。私ギター間違えたりしなかった?」
「んー……。大丈夫だったんじゃない」
「テキトーに答えないでよ」
「だって私も夢中で覚えてないんだもん」
「だよね」
でもいいのだ、大切な人の笑顔が見れたんだから。
純も嬉しそうにしてるしね。
「いつ思いついたの?あのバンド名」
「昨日考えてたんだ。やっぱやる以上は名前あった方がカッコつくじゃん」
いや、カッコつかなかったわけですけども。
131: 2011/05/28(土) 00:01:52.59 BE:496158252-2BP(1876)
「他に候補とかあったの?」
「聞きたい?」
「気にはなる、かな」
怖いもの見たさとは言わぬが花。
ある意味あのヘンテコな名前で助けられたんだし
普通のバンド名だったら緊張しっぱなしだったはず。
「んーとね【パロディウスガール】でしょ
それから【リセッシュ+ファブリーズ】
あとはね【純ちゃんズ】に――」
その先は聞かないことにした。
「聞きたい?」
「気にはなる、かな」
怖いもの見たさとは言わぬが花。
ある意味あのヘンテコな名前で助けられたんだし
普通のバンド名だったら緊張しっぱなしだったはず。
「んーとね【パロディウスガール】でしょ
それから【リセッシュ+ファブリーズ】
あとはね【純ちゃんズ】に――」
その先は聞かないことにした。
132: 2011/05/28(土) 00:03:21.43 BE:744237353-2BP(1876)
「それより梓頼むよ」
「なに?」
「大トリ」
「弾き語りなんて緊張するよ」
そう、私には大仕事が残っている。
アコースティックギターの弾き語り。
今日ここに来た理由だって言ってもいい、冬休みの大一番なのだ。
一人になりたくて部室から外に出た。
廊下から外を眺めると私のカップが割れた時を思い出す。
あの時私の中の何かが壊れたのだ。
窓を数センチだけ開けると外の空気が流れこんでくる。
乾燥して冷え切った冬の風を鼻で吸い込み気合を入れた。
ヤッてやるです、って感じだ。
気合を入れたついでにトイレに行って部室へと入ると
司会の純(これも自ら買って出た役)は整列を呼びかけていた。
「それじゃあみなさん、先ほどと同じように椅子を並べてください」
「なに?」
「大トリ」
「弾き語りなんて緊張するよ」
そう、私には大仕事が残っている。
アコースティックギターの弾き語り。
今日ここに来た理由だって言ってもいい、冬休みの大一番なのだ。
一人になりたくて部室から外に出た。
廊下から外を眺めると私のカップが割れた時を思い出す。
あの時私の中の何かが壊れたのだ。
窓を数センチだけ開けると外の空気が流れこんでくる。
乾燥して冷え切った冬の風を鼻で吸い込み気合を入れた。
ヤッてやるです、って感じだ。
気合を入れたついでにトイレに行って部室へと入ると
司会の純(これも自ら買って出た役)は整列を呼びかけていた。
「それじゃあみなさん、先ほどと同じように椅子を並べてください」
133: 2011/05/28(土) 00:04:24.16 BE:2381558786-2BP(1876)
何だ何だとざわつく。
そりゃそうだ、メインイベントは終わったんだし。
律先輩へのサプライズ返しで私の弾き語りは内緒にしていたんだから。
純は厳かな雰囲気を作ろうと精一杯落ち着いた話し方で始める。
「先輩方にもうひとつプレゼントがあります」
「何かしら?」
「弾き語りです」
「弾き語り?」
「梓のソロです」
ソロだと聞いて先輩方がざわついている。
あんまり物々しい話にされても困るんだけど。
もっとこう軽い感じでいいんだよーってステージの隅のほうで念じてみたけど
真剣な純には届かない。
「それではどうぞ」
そりゃそうだ、メインイベントは終わったんだし。
律先輩へのサプライズ返しで私の弾き語りは内緒にしていたんだから。
純は厳かな雰囲気を作ろうと精一杯落ち着いた話し方で始める。
「先輩方にもうひとつプレゼントがあります」
「何かしら?」
「弾き語りです」
「弾き語り?」
「梓のソロです」
ソロだと聞いて先輩方がざわついている。
あんまり物々しい話にされても困るんだけど。
もっとこう軽い感じでいいんだよーってステージの隅のほうで念じてみたけど
真剣な純には届かない。
「それではどうぞ」
134: 2011/05/28(土) 00:05:44.43 BE:3125795797-2BP(1876)
「えっと、始める前にみなさんへ言っておきたいことがあります。
というか謝りたいことがあります。
ここ数日部室へ行かなくてごめんなさい。
純と憂と今日の準備をするのが忙しかったので
それで行けなかったことにしてたけど、本当は気まずかったんです。
あの日。ここで私の使ってたカップが割れて、それがショックで。
確かにあれは大切に使っていた物だったけど思ったよりも動揺してしまって。
なんでか分からなかったんですけど自分なりに考えてみて」
思うに、私はカップと自分を重ねていた。
入部してずっと一緒だったカップがなくなってしまったことが
自分の居場所もなくなってしまったみたいに思えてきてそれがすごく寂しかった。
自分のここにいたいという意志とは無関係に離れ離れになってしまうのが怖かった。
それで弱気になってしまったのだ。
まだそばにいるのに、こんなにも近くで見ていてくれるのに。
手を伸ばせば届く距離で微笑んでいるのに。
いつかいなくなる自分じゃなく、今ここにいる自分を精いっぱい信じよう。
そう思えるのは私を元気づけてくれた目の前にいる人たちみんな。
だからその感謝を込めて私が歌える歌を一生懸命歌おう。
というか謝りたいことがあります。
ここ数日部室へ行かなくてごめんなさい。
純と憂と今日の準備をするのが忙しかったので
それで行けなかったことにしてたけど、本当は気まずかったんです。
あの日。ここで私の使ってたカップが割れて、それがショックで。
確かにあれは大切に使っていた物だったけど思ったよりも動揺してしまって。
なんでか分からなかったんですけど自分なりに考えてみて」
思うに、私はカップと自分を重ねていた。
入部してずっと一緒だったカップがなくなってしまったことが
自分の居場所もなくなってしまったみたいに思えてきてそれがすごく寂しかった。
自分のここにいたいという意志とは無関係に離れ離れになってしまうのが怖かった。
それで弱気になってしまったのだ。
まだそばにいるのに、こんなにも近くで見ていてくれるのに。
手を伸ばせば届く距離で微笑んでいるのに。
いつかいなくなる自分じゃなく、今ここにいる自分を精いっぱい信じよう。
そう思えるのは私を元気づけてくれた目の前にいる人たちみんな。
だからその感謝を込めて私が歌える歌を一生懸命歌おう。
135: 2011/05/28(土) 00:06:51.15 BE:1389243247-2BP(1876)
キミがいないと何もできないよ
キミのごはんが食べたいよ
もしキミが帰って来たら
とびっきりの笑顔で抱きつくよ
キミがいないと謝れないよ
キミの声が聞きたいよ
キミの笑顔が見れればそれだけでいいんだよ
キミがそばにいるだけでいつも勇気もらってた
いつまででも一緒にいたい
この気持ちを伝えたいよ
晴れの日にも雨の日も
キミはそばにいてくれた
目を閉じればキミの笑顔輝いてる
キミのごはんが食べたいよ
もしキミが帰って来たら
とびっきりの笑顔で抱きつくよ
キミがいないと謝れないよ
キミの声が聞きたいよ
キミの笑顔が見れればそれだけでいいんだよ
キミがそばにいるだけでいつも勇気もらってた
いつまででも一緒にいたい
この気持ちを伝えたいよ
晴れの日にも雨の日も
キミはそばにいてくれた
目を閉じればキミの笑顔輝いてる
137: 2011/05/28(土) 00:07:50.81 BE:396926742-2BP(1876)
キミがいないとなにもわからないよ
砂糖としょうゆはどこだっけ?
もしキミが帰って来たら
びっくりさせようと思ったのにな
キミについつい甘えちゃうよ
キミが優しすぎるから
キミにもらってばかりでなにもあげられてないよ
キミがそばにいることを当たり前に思ってた
こんな日々がずっとずっと
続くんだと思ってたよ
ゴメン今は気づいたよ
当たり前じゃないことに
まずはキミに伝えなくちゃ
「ありがとう」を
砂糖としょうゆはどこだっけ?
もしキミが帰って来たら
びっくりさせようと思ったのにな
キミについつい甘えちゃうよ
キミが優しすぎるから
キミにもらってばかりでなにもあげられてないよ
キミがそばにいることを当たり前に思ってた
こんな日々がずっとずっと
続くんだと思ってたよ
ゴメン今は気づいたよ
当たり前じゃないことに
まずはキミに伝えなくちゃ
「ありがとう」を
140: 2011/05/28(土) 00:09:46.00 BE:1736553757-2BP(1876)
キミの胸に届くかな?今は自信ないけれど
笑わないでどうか聴いて
思いを歌に込めたから
ありったけの「ありがとう」
歌に乗せて届けたい
この気持ちはずっとずっと忘れないよ
思いよ 届け
笑わないでどうか聴いて
思いを歌に込めたから
ありったけの「ありがとう」
歌に乗せて届けたい
この気持ちはずっとずっと忘れないよ
思いよ 届け
141: 2011/05/28(土) 00:13:06.32 BE:3125795797-2BP(1876)
「夢をみたんです」
「夢?」
「はい」
廊下。
二人で並んで窓から空を見上げる。
頬に当たる空気が心地いい。
「変な夢です。澪先輩がヤンキーで空を飛んだりして」
「澪ちゃんがヤンキー?ちょっと想像できないね」
怖い夢、とても怖い。けいおん部がなくなってしまって。
それで部室で一人ギターを弾いてる私。
寂しい音しか出せない私。
あれは私で、何ヶ月か後のけいおん部なんだ。
それを確かめる勇気がなくてあそこで夢は終わったのだ。
「クリスマス・キャロルみたいだね」
「クリスマス・キャロル?」
「んーと、小さい頃にお母さんに読んでもらった本」
「渋いお母さんですね」
唯先輩は私が寒くないようにコートを羽織らせてくれた。
二人はくっついて話を続けた。
143: 2011/05/28(土) 00:15:24.76 BE:2083864076-2BP(1876)
「怖かったけど分かったんです」
「分かった?」
「あれは【そうなるかもしれない未来】で、今の私次第で
本当にけいおん部はなくなって、私が一人になってしまうかもしれないけど」
「そうなったら私がまたけいおん部に入ってあげるよ」
ね?って言って笑う。この人なら本当にやりかねないなと思って私も笑った。
「それはそれで困るです。ちゃんと卒業してください」
「じゃあどうしたらいいのかな。あずにゃん可哀想だよ」
「だから大丈夫です。純も憂もいるから一人じゃないですし」
「そうだよ!!憂も純ちゃんもいるじゃん」
「けいおん部がどうなるかまだ分からないですけど、でも一人じゃないですから」
もし、けいおん部がなくなってしまっても
私のギターは悲しい音なんて出さない。
それにけいおん部をなくしたりなんてしない。
こんなに優しい場所なんだもん。
144: 2011/05/28(土) 00:15:45.75 BE:1041932737-2BP(1876)
「そうだね、けいおん部は永久に不滅だね」
「そうですよ!!ずっとずっと文化祭でライブして桜高の名物にするです」
「頼もしいねー。気分はあずにゃん部長だね」
「え?私後輩からあずにゃんって呼ばれるんですか?」
それは威厳がなさすぎるというか、
唯先輩みたいな後輩ばっかりでも困るし。
「違うよー。あずにゃん部長だよ」
「よく分からんです」
独特の言葉も、無邪気な発想も唯先輩の一部で。
それも含めてこの気持はあるわけで。
「あの、唯先輩」
「何だねあずにゃん」
「抱きついてもいいですよ?」
「ぎゅううううう」
「ちょっと、もうちょっと優しく!!!」
「そうですよ!!ずっとずっと文化祭でライブして桜高の名物にするです」
「頼もしいねー。気分はあずにゃん部長だね」
「え?私後輩からあずにゃんって呼ばれるんですか?」
それは威厳がなさすぎるというか、
唯先輩みたいな後輩ばっかりでも困るし。
「違うよー。あずにゃん部長だよ」
「よく分からんです」
独特の言葉も、無邪気な発想も唯先輩の一部で。
それも含めてこの気持はあるわけで。
「あの、唯先輩」
「何だねあずにゃん」
「抱きついてもいいですよ?」
「ぎゅううううう」
「ちょっと、もうちょっと優しく!!!」
147: 2011/05/28(土) 00:22:50.71 BE:1389243247-2BP(1876)
唯先輩は私を後ろから抱きしめ、顔を私の肩に乗せた。
息が耳にかかってくすぐったいけど気持ちが落ち着く。
「なんていうかこの格好は」
「恋人みたい?」
「恥ずかしいですから言わないでくださいよ」
「いいじゃん。ぎゅーってしてるんだし」
「唯先輩」
「ん?」
「私最近もう一個気づいたことがあるんです」
「なーに?」
「唯先輩が好きです」
すぐに抱きついてきて、心配ばっかりさせて。
悲しませたくないって
唯先輩の泣き顔なんて見たくないって思ったんだ。
息が耳にかかってくすぐったいけど気持ちが落ち着く。
「なんていうかこの格好は」
「恋人みたい?」
「恥ずかしいですから言わないでくださいよ」
「いいじゃん。ぎゅーってしてるんだし」
「唯先輩」
「ん?」
「私最近もう一個気づいたことがあるんです」
「なーに?」
「唯先輩が好きです」
すぐに抱きついてきて、心配ばっかりさせて。
悲しませたくないって
唯先輩の泣き顔なんて見たくないって思ったんだ。
149: 2011/05/28(土) 00:26:16.65 BE:2232711195-2BP(1876)
「私もあずにゃんが好きだよ」
「へ?」
「りっちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、
憂も純ちゃんもさわちゃんも。トンちゃんもね。
みーんなあずにゃんのこと大好きだよ」
「うう」
「どしたの?」
「泣けてきたです、泣かないって決めたのに」
そっか、私もみんなが大好きで
それと同じでみんなも私のことを大好きでいてくれたら
それ以上のことってない。
「いいのだよ、泣いて強くおなり」
「うう、唯先輩~」
「へ?」
「りっちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、
憂も純ちゃんもさわちゃんも。トンちゃんもね。
みーんなあずにゃんのこと大好きだよ」
「うう」
「どしたの?」
「泣けてきたです、泣かないって決めたのに」
そっか、私もみんなが大好きで
それと同じでみんなも私のことを大好きでいてくれたら
それ以上のことってない。
「いいのだよ、泣いて強くおなり」
「うう、唯先輩~」
150: 2011/05/28(土) 00:28:17.28 BE:793853928-2BP(1876)
「おふたりさーん、いいムードのとこ申し訳ないんだけど」
「んにゃ?」
「それ以上やってる風邪ひくぜ」
「律先輩!!!みっ、見てたんですか?」
ちょ、ちょ、ちょ、さっきのずっと見られてたの?
「寒くなってきたからさー、窓開いてんのかなーって」
「見てたんですね」
「ちょっとな」
「ていうか全員集合しちゃってるじゃないですか」
面白そうだったから律先輩がみんなを呼んだに違いない。
は、恥ずかしい。
もう一生純の決めたバンド名で活動してもいいからどこかに逃げさせて。
「梓ちゃん、私も梓ちゃんのこと大好きよ」
「む、ムギ先輩??」
「私もだぞ」
「澪先輩??」
「私もー」
「律先輩??」
「あー皆ズルいよっ!!私もあずにゃん大好きなんだからね」
「んにゃ?」
「それ以上やってる風邪ひくぜ」
「律先輩!!!みっ、見てたんですか?」
ちょ、ちょ、ちょ、さっきのずっと見られてたの?
「寒くなってきたからさー、窓開いてんのかなーって」
「見てたんですね」
「ちょっとな」
「ていうか全員集合しちゃってるじゃないですか」
面白そうだったから律先輩がみんなを呼んだに違いない。
は、恥ずかしい。
もう一生純の決めたバンド名で活動してもいいからどこかに逃げさせて。
「梓ちゃん、私も梓ちゃんのこと大好きよ」
「む、ムギ先輩??」
「私もだぞ」
「澪先輩??」
「私もー」
「律先輩??」
「あー皆ズルいよっ!!私もあずにゃん大好きなんだからね」
151: 2011/05/28(土) 00:30:39.90 BE:694621272-2BP(1876)
なんだ、何も心配することなかったんだ。
私はここにいる。
ここにいていいですか、なんて言ったら怒られちゃうだろう。
小さく頷いて涙を拭った。
窓を閉めて、みんなで部室に戻った。
「そうだ、梓にプレゼントあるんだった」
澪先輩はそう言うと自分の鞄をゴソゴソと漁って小さな箱を取り出した。
みんな同じような動きをしたかと思うと
私の前に小さな列ができたのだった。
私はここにいる。
ここにいていいですか、なんて言ったら怒られちゃうだろう。
小さく頷いて涙を拭った。
窓を閉めて、みんなで部室に戻った。
「そうだ、梓にプレゼントあるんだった」
澪先輩はそう言うと自分の鞄をゴソゴソと漁って小さな箱を取り出した。
みんな同じような動きをしたかと思うと
私の前に小さな列ができたのだった。
153: 2011/05/28(土) 00:32:52.67 BE:446542733-2BP(1876)
4月、新緑の葉が茂り柔らかな風が通り抜けるけいおん部部室。
私と憂は大急ぎでお茶会の準備をしている。
「これはこっちでいい?」
「うん、ではそろそろ始めますか」
「そうだね部長」
「慣れないんだからやめてよ」
「部長がしっかりしてないと、入る部員も入らないよ。あずにゃん部長」
「その言い方はやめて」
「あはは」
憂は日々だんだんと唯先輩化しているのに気づいているだろうか。
テーブルに並んだお菓子やお茶を見る限り、ちゃんとしてる所はそのままだけど。
「それじゃあ皆入ってきてね」
純がいかにも優しい上級生って感じで扉を開けて一年生を迎え入れる。
後輩の扱いも慣れているって所か。色々教えてもらわなくちゃ。
私と憂は大急ぎでお茶会の準備をしている。
「これはこっちでいい?」
「うん、ではそろそろ始めますか」
「そうだね部長」
「慣れないんだからやめてよ」
「部長がしっかりしてないと、入る部員も入らないよ。あずにゃん部長」
「その言い方はやめて」
「あはは」
憂は日々だんだんと唯先輩化しているのに気づいているだろうか。
テーブルに並んだお菓子やお茶を見る限り、ちゃんとしてる所はそのままだけど。
「それじゃあ皆入ってきてね」
純がいかにも優しい上級生って感じで扉を開けて一年生を迎え入れる。
後輩の扱いも慣れているって所か。色々教えてもらわなくちゃ。
154: 2011/05/28(土) 00:35:25.83 BE:1736553757-2BP(1876)
「すごい……」
「綺麗……」
憂スペシャルメニューに目を輝かせる一年生。
初々しい感動と、ちょっとの不安が混ざった瞳。
「けいおん部ってお茶飲む所だったんですね!!!」
「いやいやいや。違うけど、けどまぁそんな感じだよ」
「そうですよね」
あ、なんか今この子ちょっとガッカリした。
唯先輩タイプかも?
「まぁ毎日ってわけじゃないけど、お茶飲む時間も必要だからね」
「けいおん部って奥が深いんですね!!」
「深いというかサボりというか、とにかく今日はゆっくりお話ししようね」
「はい。あ、猫の絵のカップがたくさんあるけど、先輩って猫好きですか?」
「それはね――」
「綺麗……」
憂スペシャルメニューに目を輝かせる一年生。
初々しい感動と、ちょっとの不安が混ざった瞳。
「けいおん部ってお茶飲む所だったんですね!!!」
「いやいやいや。違うけど、けどまぁそんな感じだよ」
「そうですよね」
あ、なんか今この子ちょっとガッカリした。
唯先輩タイプかも?
「まぁ毎日ってわけじゃないけど、お茶飲む時間も必要だからね」
「けいおん部って奥が深いんですね!!」
「深いというかサボりというか、とにかく今日はゆっくりお話ししようね」
「はい。あ、猫の絵のカップがたくさんあるけど、先輩って猫好きですか?」
「それはね――」
155: 2011/05/28(土) 00:39:48.91 BE:595389762-2BP(1876)
終わリス
桑田佳祐の明日晴れるかなを聞きながら書いてました
去年のクリスマス前に書き始めたけど中々書けずに大変だったけど
どうにか収拾付けれてよかった
読んでもらえて嬉しいです
桑田佳祐の明日晴れるかなを聞きながら書いてました
去年のクリスマス前に書き始めたけど中々書けずに大変だったけど
どうにか収拾付けれてよかった
読んでもらえて嬉しいです
156: 2011/05/28(土) 00:40:53.14
乙!
164: 2011/05/28(土) 00:51:44.05 BE:2232711959-2BP(1876)
唯とあずにゃんが並んで話してる所は泣きそうになった
後日ちょっと修正したverをブログに載っけますんで良かったら見に来てくだしあ
後日ちょっと修正したverをブログに載っけますんで良かったら見に来てくだしあ
引用元: 唯「メリクリ!」
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