1: 2013/12/19(木) 03:30:28.02
俺ガイルとモバマスのクロスSSです。
モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。
ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。
嫁ステマです。
前々スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
前スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」
モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。
ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。
嫁ステマです。
前々スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
前スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」
45: 2013/12/23(月) 02:57:58.51
*
“お天道様が見ている”という言葉がある。
お天道様とはすなわち太陽。太陽は常に人々の真上に存在し、照らし出す。
お天道様とは太陽であり、神様を表しているのだ。
「お天道様の下を、堂々と歩けるような人になりなさい」と昔は良く言われたとか。
実際ニュアンスは違うが、俺も似たような事を親に言われたような記憶はある。
神様はいつも見ているのだから、それに恥じないような、顔向けのできるような人であれ、とな。
その時の俺がどう思ったかは、さすがにもう覚えてはいない。
しかし17年の歳月を経て、今の俺にはこう言える。
そんななのは、知ったこっちゃない。
46: 2013/12/23(月) 02:59:08.36
俺はずっと自分に嘘は吐かず生きてきたし、いつだって一生懸命だった(内容はともかく)。
そんな俺が、今では立派なぼっちです。ホントに神様見てる? 視力落ちたんじゃない? まぁまぁ眼鏡どうぞ。
とはいえ、別にそれで世界に悲観しているとか、そんな事を言いたいわけじゃない。
たとえ勘違いして女の子にフラれても。
自分に正直になあまり友達が居なくても。
それは俺が選んだ事で、俺が俺の意志でやってきた事だから。
正直顔向け出来ないような事もやってきたしな。
何かを為すために、何かを傷つけたこともあった。
けどそれに後悔などしていない。後悔しても、それを否定したくはない。
俺のやってきた事に、言い訳をしたくない。
だから、お天道様が見てようが見てまいが関係ないのだ。
お天道様に顔向けできなくても、堂々と胸を張る事ができずとも。
俺は、俺自信から目を背けないように生きていく。
これまでも、これからも。
47: 2013/12/23(月) 03:00:52.78
*
八幡「……なんでコタツがあるんだ」
思わず口から漏れる疑問。
しかしそう言わずにはいられなかった。
シンデレラプロダクションにある休憩スペース。
本来ここにはテーブルとソファーが備えられていたはずだが、今は何故か畳とコタツが設置されてあった。みかんもある。完璧じゃねぇか。
「そう言いつつも、しっかりコタツには入るんだね~」
俺がいそいそとコタツに入っていると、どこからか声が聞こえる。
少しだけ身を乗り出して対面側を覗き込んでみると、そこには一人の少女。
八幡「……これ、お前が用意したのか? 双葉」
杏「そんな面倒くさいことしないよ。あっから入っただけ」
双葉杏が、そこにいた。
48: 2013/12/23(月) 03:02:16.96
杏「いやービックリだよねー。事務所に来てソファーで寝ようと思ったらコタツがあるんだもん。マッハ5で入ったよ」
小学生みたいな軽口でそう言う彼女。
双葉杏。
同い年とは思えないくらいの小柄な身長。
長髪というよりは伸ばしっぱなしの金髪をツインテールにし、ダボッダボな白いTシャツを着ている。
今はうつ伏せに寝そべっているため見えないが、Tシャツの正面には恐らく「働いたら負け」とか書いてあるのだろう。俺にも作ってくれないだろうか。
八幡「大方、ちひろさんあたりが準備したんだろうな。全く季節外れもいい…とこ……ろ?」
あれ。なんか今自分で言ってて違和感あったな。今って何月だっけ。
ま、いいか。
すると俺が言った言葉が不服だったのか、異を唱える杏。
杏「えー? コタツって別に季節関係なくない? 私は常に常備しててもいいと思うんだよね」
八幡「……結構同意できるから困る」
49: 2013/12/23(月) 03:04:17.73
別に寒くなくても入りたくなるよね。
俺の家とか春先くらいまで余裕で現役だった。
俺は置いてあったみかんを食べていると、ふと思い出す。
やべぇ、そいうやライブん時の報告書やってねぇな。ちひろさんに怒られる前にやっとくか。
ジャケットを脱ぎ、鞄からノーパソを取り出し、コタツの上に乗せる。
……やばい。今気付いたがコタツが作業出来るって最高じゃね?
俺が密かに感動していると、視線を感じる。
まぁ視線自体は前からビンビン感じてはいるがな。他の一般Pやらモブドルの。そりゃ担当でもないアイドルとプロデューサーがコタツで堂々とくつろいでりゃ気にもなるわな。
それよりも俺が感じた視線は、目の前の杏からのものだった。
見れば杏は顎をコタツの上へと乗せ、ぐったりしながらコッチを見ている。やる気が感じられない。ただのニートのようだ。
杏「何やってんの? 艦これ?」
八幡「違う。仕事の報告書だよ」
俺がそう言うと、杏はダラけきった顔を忌々しそうに歪め、とても陰鬱な声で呻いた。なに、お前仕事に親でも殺されたの?
50: 2013/12/23(月) 03:06:09.04
杏「うへぇー……やめてよぉ。折角の癒しが半減しちゃうじゃん」
八幡「別にお前がやるわけじゃないだろ。つーか、俺だってやりたくはない」
けどやっておかないと後が面倒だしな。主にあの鬼と悪魔と肩を並べる方とか。
杏「八幡も変わったよねー。最初はあんなに嫌々やってたのに。……あれ? 変わってないか」
何気に失礼な事を言われた気がするが、その通りなのだから言い返せない。
杏とは、事務所でサボっていたらいつの間にかダベるような仲になっていた。
なんて言うんすかね。同じ匂いを感じる。
ちなみにアドレスは交換したもののまだ一度もやり取りした事はない。
つーか、何で交換したのかも思い出せない。
八幡「そう言うお前はどうなんだよ。プロデューサーは相変わらず付いてなさそうだが、なんか進展あったのか?」
ちひろさんの話では、未だにプロデューサーの付いていないアイドルは結構な数いるそうだ。
実際の所それってかなりマズイんじゃないかと思うんだが、割とそうでもないらしい
こうなる事を見越していたのか、いくつかの対応が為されているようだ。
51: 2013/12/23(月) 03:07:38.07
複数のアイドルをユニットとしてプロデュースする一般P。
プロデューサー無しで一人で活動しているアイドル。
そうやってどうにかやっているらしい。
まぁそんな中で、担当アイドルがいるのに他のアイドルを臨時的にプロデュースしているのは、俺だけなそうだが。
杏「何言っちゃってんのー。杏だよ?」
八幡「さいですか……」
ものっすごいドヤ顔で言われてもな。苛立ちしか湧いてこない。
八幡「けどちひろさんから聞いたけど、何もしてないわけじゃないんだろ?」
俺がそう言うと、杏はさっきよりも忌々しげな顔になる。というよりは、複雑そうな顔、と言った方が正しいか。
杏「私だって働きたくないよ……でも、き、きらりが……」
八幡「……その“きらり”って奴の名前をたまに聞くが、そんな凄い奴なのか」
諸星きらり。
なんでも、はぴはぴ語なるものを使うとか、常に星を纏わせているとか、実は女型巨人なんだとか。
聞いているだけならとんでもなくクレイジーなアイドルを思わせる。一周回って普通に会いたくねぇ……
52: 2013/12/23(月) 03:09:12.14
杏「きらりがいなかったら、私アイドルやってないと思う。あ、別にコレ良い意味じゃなくね?」
八幡「言われなくても分かる」
けど口では嫌々言いながらも、なんだかんだレッスンやら小さな仕事はやっているそうだ。アイドルという仕事に、杏も少なからず誇りを持っているのだろう。
杏「あーあー、いつになったら印税生活出来るんだろう」グデー
……持っていると信じたい。
そんな感じでダベりながらもコタツで報告書を作成していると、見慣れない人物が横を通った。
「おや、キミは……」
八幡「はい?」
その人物は40代くらいの男性で、パッと見はどこにでもいるようなおじさんといった印象。
最初は一般Pの一人かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
53: 2013/12/23(月) 03:10:33.99
「いやぁ、この間のライブは良かったよ。キミのスピーチも含めてね」
八幡「は、はぁ」
ライブでの出来事を知っているということは、観客か、総武高校関係者か? いや、もしくは……
「あ、失礼。私はこういう者でね」
懐からケースを取り出し、名刺を渡してくる男性。
やべ、俺今名刺持ってねぇぞ。
しかし俺が慌てていると、男性は笑いながら言う。
「大丈夫、キミの事は知っているよ。私は記者をやっている善澤。どうぞよろしく」
言って握手を求めてくる。
俺はコタツから立ち上がり、会釈しつつ応じる。
なるほど、記者ね。だからライブを知っていたわけだ。
この間の総武高校でのライブには、少ないが数人の記者がやって来ていた。
無名とは言え、最近話題のシンデレラプロダクションのライブだ。取材には持ってこいだったのだろう。
宣伝を頑張ったかいがあったなぁ……
54: 2013/12/23(月) 03:11:52.74
善澤「しかし丁度良かった。実は今回のライブを記事にするよう社長に頼まれていてね。今日はそれが出来たからサンプルを持ってきていたんだよ」
八幡「記事、ですか?」
マジか。社長も粋な事をしてくれる。
しかし何故俺がそれを知らなかったのか。いや、別にいいんだけどね?
とりあえずコタツに座り直し(善澤さんも)、そのサンプルとやらを見せて貰うことにした。
見せて貰ったのは、2ページ程の特集記事。
今話題のシンデレラプロダクションの紹介に、プロデュース大作戦の概要、凛たちの紹介など。
非常に分かりやすく、丁寧な記事だった。
……俺のスピーチの解説を除いては。
八幡「いや、なんで俺の挨拶まで記事にしてんすか?」
善澤「おや、ダメだったかい?」
何の気無しに言う善澤さん。
そりゃあーた、ダメとは言わないけど……いややっぱダメだろ。
55: 2013/12/23(月) 03:12:49.85
善澤「あの時、アイドルを熱弁するキミの言葉。あれに心打たれてねぇ。これは記事にしないとって思ったよ」
凄く良い笑顔でそう言う善澤さん。
そんな事言われたら何も言い返せない……
横を見れば、杏が記事を読みながら「ヒュー、言うねぇ八幡」などと漏らしている。うるさいぞニートコブラ。
善澤「あれ、千川さんから何も言われてなかったかい? 一応彼女に確認したら、快くOKしてくれたんだがね」
や っ ぱ あ の 人 か 。
いや予想はしてましたよ。ええ。
あの腐れ事務員!!
善澤「渋谷くんにも期待しているが、比企谷くん、私はキミにも期待しているよ」
八幡「あ、ありがとうございます……?」
何故だかあまり褒められた気はしないが、それでもこの善澤さんという記者が俺を評価してくれているなら、それはプロデューサーとして光栄な事なのだろう。
56: 2013/12/23(月) 03:15:29.47
善澤さんはサンプルをくれると、社長に会うためこの場を後にした。
一応凛たちにもあげられるようにと5部程もらったが、どうしよう。渡したくない。
まぁ、そん時になったら考えよう。とりあえず鞄に押し込んどくことにした。
八幡「しかし記事にしてもらえるとはな。見てる人は見てるもんだ」
俺が思わず感心したようにそう呟くと、しかし逆に杏は冷めたような表情で言った。
杏「そう?私はそうは思わないな」
まさかそこで否定してくるとは思わなかったので、少しばかり驚いてしまう。
八幡「どうしたいきなり」
杏「だって、それなら杏はどうなるのさ」
八幡「……と言うと?」
杏「だから、杏だってこんなに頑張ってんだから、もっと見返りがあっても良いと思うんだ!」
八幡「スマン、もしかしたら鼓膜が破れているかもしれない。何を言ったか聞き取れなかった」
57: 2013/12/23(月) 03:17:26.30
お前、今の自分の姿を鏡で見てみろ? ニートがコタツでみかん食ってるぞ?
杏「結局、人知れず努力してる人がいても、誰も気付かないじゃん? だって人知れてないし」
八幡「……まぁお前がそうかは置いておいて、それについては概ね同意だな」
例え努力しても、結果を出せなければ意味がない。
努力した事自体が大事とは言うが、それも自分の中でだけだ。誰も知らなければ、誰にも評価はされない。
だから、結果を出すしかない。
杏「そりゃ『私、頑張ってます!』なんて言うつもりはないけどさー」
八幡「さっき言ってたじゃねぇか」
杏「あ、バレた? 鼓膜破れてると思ったんだけどな」
そう言って笑う杏。
口では軽口を叩いているが、表情はどこか寂しそうだ。
58: 2013/12/23(月) 03:18:49.47
杏「やっぱ、見てる人なんていないよ」
八幡「……まぁな。俺もそう思ってた」
杏「“た”……? 過去形ってことは何、心境の変化でもあったの?」
俺の発言に、怪訝な表情で聞いてくる杏。
八幡「そんな大袈裟なもんでもないけどな……この間言われたんだよ。『そうやって自分を低く見るけど、そう思わない人だっている』ってな」
思い出すのは、クラスメイトの少女。
周りの空気を読み、気遣い、優し過ぎる少女。
……まぁ、多少オツムが弱いがな。
八幡「だから頑張ってるかどうかは抜きにしても、見てくれてる奴はいんじゃねーの? 俺にも、お前にも」
杏「……そんな人、いn」
「にょわーっ! 杏ちゃんだにぃーーーっ☆」
杏「かふっ…!」
59: 2013/12/23(月) 03:20:55.77
突如、杏の身体が轢かれる。
いや違う。正確には突然現れた人物に抱きしめられただけだ。
ただあまりに突然なその出来事は、奇襲と言っても過言ではない。
いきなり現れたその人物。あれだ。凄く、大きいです……あぁいや、身長の話だよ?
そして見た瞬間に分かった。
こいつが、諸星きらりか。
180近くはあるであろう長身。ウェーブのかかった茶色い長髪。
服装は子供っぽいが、抜群なスタイルなせいで何とも言えぬ魅力を出している。
しかし、想像以上にインパクトのある奴だな……
これは杏にも言える事だが、ホントに俺と同い年?
杏「き、きらり、苦しい、絞まってる……!」
きらり「わわっ、ごめんねーっ!」
言って、ようやく杏を解放するきらり。
すると今度は俺に気付いたのか、矛先を向けてくる(この表現はあながち間違いでもない気がする)。
60: 2013/12/23(月) 03:22:09.01
きらり「あっ! もしかしてキミが八幡ちゃん? 杏ちゃんから聞いてるよ! きらりんでーすっ! よろしくにぃー☆」
八幡「え、ええ、はい。比企谷八幡です。よ、よろしく」
きらり「おっすおっすばっちし!」
何がばっちしなんだ。
もう流されまくりでどうしていいか分からん。
しかしキャラ強過ぎだろ。し、島村さんの個性が霞む……!
きらり「それでそれで、杏ちゃんと八幡ちゃんは何してるの?」
杏を抱え、コタツの向かいに座るきらり。その絵面は姉と妹というよりは、まるで母と娘のようだ。
杏「別にー。杏は頑張ってるなーって話してたところだよ」
特に意識するわけでもなく、杏は何の気無しに冗談っぽく言う。
杏としても、本気で言ったわけではないのだろう。
しかしそれを聞いたきらりは、純粋無垢な笑顔でこう言った。
61: 2013/12/23(月) 03:23:23.11
きらり「そうだねーっ! 杏ちゃんはすっごく頑張ってるよねー☆」
杏「え……」
予想だにしなかったのか、素っ頓狂な声を出す杏。
杏「いや、きらり? 私は……」
きらり「杏ちゃんはイヤイヤ言っても、ちゃーんと最後まで頑張るもんね!」
杏「あ……」
杏の身体に腕を回し、抱きしめるように言うきらり。
杏は振り返ろうとしたが、きらりの言葉を聞き、やめてしまう。
62: 2013/12/23(月) 03:24:39.29
きらり「レッスンだって、休まずちゃんと来てるし!」
杏「……うん」
きらり「小さなイベントでも、やらせてもらえるお仕事は何でもやってるよねっ!」
杏「…………うん」
きらり「あっ、この間の路上ライブ! 少しだけどファンが出来て喜んでだねー☆ 私も一緒に歌えて楽しかったよー!」
杏「………………うん」
きらり「杏ちゃんはいつだって本気でアイドル頑張ってるって、きらりん知ってるよ?」
杏「……………………う…ん……!」
63: 2013/12/23(月) 03:26:05.67
俯いたまま杏は、抱きしめているきらりの腕を掴む。
表情は見えない。けれど、見えなくても分かる。
きらり「あれあれ? 杏ちゃん泣いてる!? え、どうしよっ! ほら、なでなでー☆」
杏「……ちょ、きらり、いいから! 子供じゃないんだから! ってか、泣いてなんかないし……!」
きらりが頭を撫でると、反抗はするものの満更でもなさそうな杏。
その目尻はうっすらと濡れいるように見えたが、それでも、杏は笑顔だった。
きらり「そうだっ! 今日は一緒にお歌のレッスン行こ☆ また一緒に歌おうよ!」
杏「えー……もう今日はコタツもあるしゆっくりしていこうよ」
きらり「そんな事言わないで! ほらほら、飴あげるから☆」
杏「なん…だと……? は、話を聞こうか」
きらり「うきゃー☆ さっすが杏ちゃーん!」
やれやれ……
飴玉で懐柔とか、これが最近流行りのチョロインですか?
まぁ、微笑ましいっちゃ微笑ましいがな。仲が宜しいこって。
その二人の様子を見ていると、自然と笑みが零れていた。
64: 2013/12/23(月) 03:27:06.41
お天道様は見ている。
それが本当かどうかは、やはり俺には分からない。
どちらにしろ、俺には関係がないのだから。
けど、神様じゃなくっても、見てくれている人はいるのだろう。
女の子にフラれても、家族が家で出迎えてくれる。
友達がいなくても、関係を言葉じゃ言い表せないような繋がりはある。
……隣に立って、俺が見ていてやりたい奴もいる。
だからきっと、誰にでもいるのだろう。自分を見てくれている人は。
もしかしたら“お天道様は見ている”とは、そういう意味なのかもな。
目の前で笑う二人を見て、何となくそう思った。
65: 2013/12/23(月) 03:28:41.26
× × ×
とある会議室。
数人の人物が、デスクを囲んで話し合っている。
「最初の選抜はこんなものですかな……」
「しかし5人とは、些か少な過ぎませんか?」
「なに、この後もチャンスはあります。それが意識の向上にも繋がるというものです」
デスクには、数枚の書類。
66: 2013/12/23(月) 03:29:34.58
「最初の5人……思いの外すんなり決まりましたな」
「粒ぞろいという事でしょう。この子も、あの善澤さんのイチオシと聞く」
「そう言えば、千川事務も推していましたね」
手に取られた一枚のプロフィール。
そこにはーー
「シンデレラプロダクション初のCD化ーーーー成功を祈りましょう」
渋谷凛。
その名前が、記されていた。
112: 2013/12/24(火) 01:04:54.42
*
凛「……え?」
ぽつりと零れ出た、驚きの声。
いや、驚きと呼ぶよりは、困惑と表現した方が正しいかもしれない。
目を丸くし、開いた口が塞がっていない。
さっきまでみかんの皮を剥いていた手は止まり、口に運ぼうとした実はぽとりとコタツの上へと落ちた。
勿体ねぇな。俺が食べるか。
拾って俺が食べる。うん。甘くて美味い。
凛「……CDデビュー……?」
ちひろ「ええ。遂にCDデビューです!」
113: 2013/12/24(火) 01:06:51.08
応えたのちひろさん。お茶を淹れながら、嬉しそうに言っている。
へぇ、CDデビューねぇ……
…………。
八幡・凛「「……ぇぇぇぇええええええええッ!!??」」
ちひろ「いやいやいや、反応遅くないですか?」
いやいやいや、逆に何をそんなに落ち着いていられるのか。
し、CDデビューだぞ? コンパクトディスクデビューだぞ? あれ、略さないとなんかコンタクトのCMっぽくなるな。
いやいやそんな事はどうでもいい。CDデビューって事は、つまり……!
114: 2013/12/24(火) 01:08:06.33
凛「……私、歌を出せるの……?」
まるで信じられないといった風に、呆然と呟く凛。
そりゃそうだ。俺だって信じられない。
俺の担当アイドルである凛が、まさかのCDデビュー。
……ぉお。なんだコレ。
さっきまでまるで現実味が無かったのに。
冷静になってくると、やって来たのは形容し難い高揚感。
自分でも信じられないくらい、嬉しい。
なんだなんだ。何なんだこれ?
嫌がおうにも、心臓が高鳴ってくる。
やべっ、俺なんでこんなにテンション上がってんだ?
凛がデビュー出来る事が、嬉しくて堪らなかった。
115: 2013/12/24(火) 01:10:10.73
そしてこれだけ嬉しくなっている事が、今度は恥ずかしくなってきた。
これ、凛にだけはバレたくねぇな……恥ずかし過ぎる。
ふと凛を横目で見ると、向こうも丁度コチラに視線を向けていた。目が、合う。
凛「……プロデューサー」
八幡「お、おう」
凛「お、女の子の食べかけの物を食べるとか、何考えてるのっ!?」
八幡「……すまん」
ちひろ「そっち!?」ガーン
相変わらず、どこか残念なメンツだった。
116: 2013/12/24(火) 01:11:23.40
ちひろ「まぁとりあえず、詳しく説明しますね」
ちひろさんは人数分のお茶を淹れた後、数枚の書類を俺と凛に渡す。
書類には、今回CDデビューについての概要が記されていた。
内容を簡潔にまとめると、以下の通り。
1、プロデューサー大作戦が始まって丁度半年でのCDデビュー企画。
2、初期メンバーは5人。その後随時追加していくとの事。
3、メンバーはプロダクション上層部と、レコーディング会社との選抜会議で決定。
とまぁ、そんな所だ。
一番最後の紙には、今回CDデビューするアイドルのプロフィールが載っていた。
勿論、そこには凛の名前も。
117: 2013/12/24(火) 01:12:34.60
凛「本当に、デビュー出来るんだ。私……」
それを見て、凛は思わず微笑んでいた。
よくよく見れば、涙を滲ませているようにも見える。
そりゃ、嬉しいよな。
今まで無名として活動してきて、今回ようやくデビュー出来るんだ。
アイドルをやっていて、これ程嬉しいことはない。
凛「あ、あのさプロデューサー……」
八幡「ん?」
すると凛は、わずかに頬を紅潮させ、何か言いたそうにモジモジしている。
あれ? 俺、告られんじゃね? いやないか。ねーよ。……ないよね?
と、俺が内心ドキドキしていると、当の凛は知ってか知らずか、中々切り出せず視線を右往左往させている。
118: 2013/12/24(火) 01:14:15.37
凛「あ、あのね、えーっと……」
八幡「……ん…」
凛「…………」
八幡「…………」
ちひろ「しゃらくさいッ!!」ウガーッ
この空気に耐え切れなくなったのか、ちひろさんがコタツからもの凄い勢いで立ち上がる。
あのちひろさん、あなた一応女性なんですから。もっとゆっくりね? スカートだって履いてるんだし……
俺の心の抗議も虚しく、ちひろさんはお片づけを始める。その姿はさながらオカンのよう。
119: 2013/12/24(火) 01:15:16.03
オカン「ほらほら、そーゆーのは二人きりの時にやってください。凛ちゃんはこの後レッスンがあるんだから、準備! 比企谷くんも、CD化にあたっての会議がありますから、キリキリ動く!」
八幡・凛「「はい……」」
なんというオカン属性。これは三浦に勝るとも劣らないやもしれん。
誰か貰ってやってくれ。きっと毎日栄養豊富なドリンクを作ってくれるぞ。子供が心配だ。
とりあえずちひろさんが怖いので、俺と凛は素直に従う事にした。
身支度を整えようと、コタツから立ち上がる。
ちひろ「あ、ちょっと待ってください」
八幡・凛「「え?」」ピタッ
突然かかるちひろさんの待った。
なに、準備しろって言うから動いたのに、まだなんかあったの?
俺の怪訝な態度が伝わったのか、ちひろさんは多少たじろぎながら言う。
120: 2013/12/24(火) 01:16:29.94
ちひろ「すいません。大事なことを伝え忘れてました」
凛「大事なこと?」
ちひろ「ええ。奉仕部の事についてです」
八幡「っ」ピクッ
奉仕部の事について……だと……?
ちひろさんの言う奉仕部とはこの場合、デレプロ支部の事を指すのだろう。
つまり、新たな臨時プロデュース……?
いやそんなまさか。ついこの間トラプリ編終わったばっかだぞ?
そんなすぐに依頼とか、俺のスタミナが持たn
ちひろ「えー今回の依頼者は……」
八幡「ストォーーーップ!!」
いやいやいや、何普通に進めちゃってんの!?
つーかホントに依頼確定なのかよ!
121: 2013/12/24(火) 01:17:46.98
俺の焦り具合に反して、きょとんとした顔で言うちひろさん。
ちひろ「どうしたんですか比企谷。そんなに慌てて」
八幡「そりゃ慌てもしますよ。何ですか、依頼って。もう決定なんですか?」
ちひろ「Yes!」グッ
殴りたい、この笑顔……!
何をそんな満面の笑みでサムズアップしてんだあんたは。
八幡「いやいや、ちひろさん。真面目な話それはキツいんじゃないですかね」
ちひろ「キツい?」
八幡「キツいですよ。凛がCDデビューするんですよ?」
これだけでもとんでもないイベントなのだ。
それに加えて臨時プロデュースも平行して行うとか、正気の沙汰じゃない。
122: 2013/12/24(火) 01:19:08.43
八幡「何も、このタイミングでやらなくても……」
ちひろ「逆ですよ、比企谷くん」
八幡「は?」
ちひろ「このタイミングだから、です」
そこで、気付く。
ちひろさんの目線。それは、俺ではなく別の物へ向けられていた。
恐る恐る、その目線を追う。
そこには、先程のCDデビューに関する書類。
より正確に言うならば、その中の一枚のプロフィール。
八幡「……ま、まさか」
ちひろ「ええ。そのまさかです♪」
123: 2013/12/24(火) 01:21:04.76
ちひろさんはコタツの上にあるそのプロフィールを手に取り、俺の眼前へと突き出す。
そこには、まるでプリクラのような宣材写真が張られていた。
パッと見ピンク色、実際にはストロベリー・ブロンドと言うんだったか。そんな色の髪をアップでポニーテールにしている。
気崩した制服に、数々の装飾。腰に巻いたカーディガンは、いかにもな女子高生と言える。
つり上がった大きな瞳は、メイクの賜物なのだろう。
印象としては、あれ? 由比ヶ浜? ってな感じだ。
たぶん、髪の色も一役買っている。
一言で言えばあれだ。
ギャル。
ちひろ「『城ヶ崎美嘉』ちゃん。今回比企谷くんには、凛ちゃんと一緒にこの子もプロデュースして貰います。CDデビュー、2人目です♪」
124: 2013/12/24(火) 01:22:42.26
もうこれは、完全に逃げられないパターンだった。
隣を、ふと見る。
そこには何とも言えない表情をした凛。
凛は小さく溜め息を吐くと、苦笑しつつこう言った。
凛「……観念したら?」
こうして、俺の新たな臨時プロデュースが幕を上げた。
この恨み、はらさでおくべきか……
243: 2013/12/31(火) 02:08:43.05
*
城ヶ崎美嘉。
今回臨時プロデュースする事になったそのアイドルを、実の所俺は少しばかり知っていた。
知っていると言っても、顔を覚えていた程度だがな。
名前なんて知る由も無かったし、正直こうして関わる事になるとは微塵も思っていなかった。
俺が彼女を初めて見たのは、シンデレラプロダクションの社内だった。
まぁ会う事があるとすればどうしたってアイドル関係なんだから、当たり前なんだが。
その時俺は休憩スペースでMAXコーヒーを飲んでいて、凛も他のアイドルもいない中一人でくつろいでいた。
そんな俺の至福のぼっち時間に割り込んできたのが、城ヶ崎美嘉だ。
と言っても、俺の斜め向かいのソファーに座っただけなのだが。
244: 2013/12/31(火) 02:11:43.08
基本的に休憩スペースは社員とアイドル全員が使える。
けれど知らない奴が座っていると、どうも同席するのには気が引ける。
いわゆる学生が学食等で気まずい空気になるあれである。
ま、コミュ力のある奴はそういう時も気にせず話しかけたり、遠慮せずメシ食ったりするんだろうがな。俺には無理だ。
つまりその時も、俺がソファーに座っているせいで誰も相席しようととは思わないだろうと、そう思っていたのだ。
しかし、彼女は遠慮なく座った。
正直な所、俺はデレプロ内では異色の存在なのだと思う。色々とやらかしているし、他一般Pからの評判もよろしくない。その理由に見た目が多分に含まれているのが悲しい所だが。
そんな腐った目のプロデューサーが座っているのに、よく気にもせず座るなと。
俺はその時思った記憶がある。
第一印象は、やはりギャル。
見た目的には由比ヶ浜に似ているが、俺の印象的には三浦の方が頭を過った。
何と言うか、こう遠慮せずにドカッと来る辺りがあーしさんっぽい。駅の待合室の女子高生、みたいな。
そしてギャルと言えば必須なのが携帯電話(完全に俺の偏見)。かく言う彼女も、座っている最中はほぼケータイを弄っていた。
一緒にいたのは30分程度。もちろん会話など無い。
それだけならば当たり障りのない日常のエピソードとして、記憶にも残らずに過ぎ去っていただろう。
しかし俺は彼女を覚えていた。
245: 2013/12/31(火) 02:13:43.56
それは、ケータイを弄る彼女の表情。
誰かとメールでもしているのだろうか。
その表情は、とても愛おしそうな微笑みだった。
その顔が、何となくずっと頭に残っている。
もちろん、彼女が当然ながら可愛いというのもあるかもしれない。
けれど、不思議と印象に残っていた。
あれだろうか。やっぱ、彼氏とか? 駆け出しアイドルとは言え、ぶっちゃけいない方が少ないだろうしな。
実の所、2chで何か面白いスレでも見つけたとかかもしれない。いや無いか。
真偽はともあれ、その時の笑顔が忘れられないのは事実。
その後も何度か休憩スペースで見かけた事もあったが、結局会話をした事は一度も無かった。
そんな彼女が、今回の臨時プロデュース対象。
それは分かったのだが……
八幡「正直、俺が臨時プロデュースする必要があるんですか?」
これが、一番の疑問だった。
246: 2013/12/31(火) 02:15:19.77
あの後、凛はレッスン、俺はCDデビューにあたっての説明会議へと向かい、それを終えた後にこうしてまた集まっていた。
場所はすっかり定位置になってしまったコタツ。事務スペースが物寂しそうにしているのは気のせいだろう。
またもお茶を淹れてくれているちひろさんに、差し当たっての疑問をぶつけてみる。
八幡「今まで臨時プロデュースしたアイドルには一応理由がそれぞれありましたけど、今回の城ヶ崎にはそれが見受けられないんですよね」
凛「確かに、CDデビューも決まってるもんね」
今日出た説明会議で聞いた限りでは、今回のCDデビューにはいくつかの成果を出したアイドルが選ばれたらしい。
CM出演をした者や、地方ロケで有名になった者。そして、ライブをしたアイドルもな。
城ヶ崎が選ばれた理由は知らないが、選ばれたからにはそれなりの成果を上げているのだろう。
ならば、臨時プロデュースをする必要があるのだろうか?
ちひろ「そこなんですよねー……」
困ったような顔で唸るちひろさん。
何か、言い辛いような内容なのだろうか。
247: 2013/12/31(火) 02:19:20.82
八幡「臨時プロデュースを頼むって事は、城ヶ崎にもプロデューサーはついてないんですよね? けど、それでもCD化に選ばれたって事は一人でも充分活動出来ていたって事じゃないですか。一体何が問題なんです?」
ちひろ「ええっとですね、確かにCDデビューが決まるまでは問題無くアイドル活動出来ていたんですよ」
凛「決まる“まで”は?」
ちひろさんのその言い方は、まるでCDデビューが決まったからこそ問題があるように聞こえた。
いや、むしろそういう意味だったのだろう。
ちひろ「実はですね、美嘉ちゃんはーー」
「話があるって言われたから来たけど、ここでよかったんだよね?」
ちひろさんが続きを話すその前に、聞き慣れない声に遮られる。
顔を向けてみれば、件の少女。
城ヶ崎美嘉が、そこにいた。
248: 2013/12/31(火) 02:21:24.21
美嘉「……あれ、ここってソファー無かったっけ? なんでコタツ?」
城ヶ崎は至極当然の、むしろ何故誰も深く突っ込まないのかが不思議な点を真っ先に口にした。
おお、これだけでコイツが常識人なのが分かった。もしかしてコレはそういう試験的なトラップ? ねーか。
だとしても、すぐに順応した俺と杏はアウトであった。
ちひろ「こ、こんにちは美嘉ちゃん。まぁまぁそんな所に立ってないで、座って座って♪」
不思議そうにしている城ヶ崎をコタツに座らせ、また新たにお茶を汲み始めるちひろさん。今、明らか誤摩化そうとしてたよな……
美嘉「それで? 話って何?」
前置きも無く進めようとする城ヶ崎。
心なしか、淡々としているような気がする。
あの時の、印象と違った。
ちひろ「えっとですね。最初に紹介しておきますけど、こっちが奉仕部デレプロ支部部長兼プロデューサーの比企谷くんです」
八幡「え? あ、いやはい。比企谷八幡です……」
びっくりした。いつの間にか部長にされてたぞ俺。
いやーやっぱ部長ってなると雪ノ下じゃん? まぁ確かにデレプロ支部ってなったら俺しかいないんだけどさ……
249: 2013/12/31(火) 02:23:00.74
俺がキョドりまくりの自己紹介をすると、城ヶ崎はどこか思い出したような素振りを見せる。
美嘉「あれ? キミって……へー、そっか。キミが奉仕部って奴だったんだ」
何か一人で納得していた。
つーか奉仕部の事知ってんのかよ……
俺がちひろさんに向けて意味ありげな視線を送ると、察したのか笑いながら説明してくれる。
ちひろ「比企谷くんが思ってるより、奉仕部はウチの会社の中では有名ですよ? 成果もそれなりですし、何よりプロデュースを受けたアイドルたちが証言してくれてますから」
つまり、俺が臨時プロデュースをすればする程噂は広まっていくわけだ。何だこの悪循環ェ……
俺が知りたくなかった事実にげんなりしていると、今度は凛の了解に移る。
ちひろ「それで、こっちが比企谷くんの担当アイドルの凛ちゃんです」
凛「えっと、渋谷凛です。よろしくね」
少しだけ緊張した面持ちで挨拶する凛。
まぁ年上の女子ってなると、やっぱ最初は緊張するよな。見た目が見た目だから尚更だろう。
250: 2013/12/31(火) 02:24:52.51
すると城ヶ崎が言葉を返す前に、ちひろさんが補足説明をしてくれる。
ちひろ「実は凛ちゃんも、今回CDデビューする一人なんです。なので、いわゆる同士って事になりますね♪」
ちひろさんのその一言に、城ヶ崎はぴくっと一瞬反応する。
しかし、その面持ちは、何故だかあまり良いものとは言えなかった。
美嘉「……ふーん? なるほどね。そういう事か」
その様子は、いっそ不機嫌とも言える。
ちひろ「み、美嘉ちゃん……?」
美嘉「ちひろさん。アタシ帰るね」
八幡「え?」
言うや否や、城ヶ崎はコタツから立ち上がり、帰る仕度を始めてしまう。
いやいや、展開が早過ぎてついていけない。帰るって、え? 今何かマズイ事言ったか?
帰ろうとする城ヶ崎を、しかしちひろさんは何とか引き止めようとする。
251: 2013/12/31(火) 02:26:15.54
ちひろ「み、美嘉ちゃん。とりあえず話だけでも聞いて……」
美嘉「いーよ。どうせ、そこの目が腐った人にアタシの臨時プロデュースさせようって事なんでしょ?」
ちひろ「うっ……!」
図星。ここまで分かりやすい反応があるかってくらいに、ちひろさんは顔を歪める。
つーか、久しぶりにそれ言われたな。最近言われないから治ったのかと思ってたぜ。
しかしそんなふざけている場合でもないらしい。
城ヶ崎は踵を返すと、顔だけ振り返り言う。
美嘉「前にも言ったでしょ? アタシはーー」
まるで冷め切ったかのような無表情で。
美嘉「CDデビューなんて、しなくていい」
俺の記憶にある、あの笑顔とは程遠い表情で、そう言った。
252: 2013/12/31(火) 02:27:35.69
そして城ヶ崎は、さっさとその場を後にしようとする。おいおい、どうすんだよ(しかし俺はコタツから出ない)。
しかしそこで、その態度が気いらなかったのか、一人の少女が呼び止める。
凛「……ちょっと待ってよ」
我が担当アイドル、渋谷凛である。
凛はコタツから立ち上がると、丁度城ヶ崎と向かい合う形で相手を見据える。
な、なんというか、まるでアレだな。雪ノ下VS由比ヶ浜って感じだ。容姿が似てるだけあってなんとも複雑だ。
凛「いくらなんでも、初対面でその態度は無いんじゃない?」
美嘉「あれ、なーに? もしかして愛しのプロデューサーを貶されて怒っちゃった?」
まるで茶化すように言う城ヶ崎。
おうおう、そうだぞお前。いくら目が腐ってるからって言って良い事と悪い事があんだ。凛も言ったれ言ったれ。
253: 2013/12/31(火) 02:29:07.55
凛「そんなんじゃないよ。それにプロデューサーの目が腐ってるのは事実だし。そこに関しては別に言う事はない」
ないのかよ!
思わずツッコミそうになってしまった。そして泣きそうになってしまうまであった。
凛「……でもさ」
凛は、怒っていると言うよりは、どこか哀しげに言う。
凛「ちひろさんも、プロデューサーだって、あなたの為にこうして集まってるんだよ?」
美嘉「……」
凛「だから、少しくらい話を聞いても…」
しかし、凛が言い終える前に、城ヶ崎は背を向けてしまった。
一瞬だけ見えた表情は寂しげで。
254: 2013/12/31(火) 02:30:27.03
城ヶ崎「……ありがと。でも、ゴメンね」
声は、小さくか細かった。
城ヶ崎はその場を後にし、残ったのは、立ちすくむ凛と、ちひろさん。
そして、コタツに入ったままの俺だった。
ちひろ「……比企谷くん。せめて立ちましょうよ」
いや、完全にタイミングを見失って……はい。すいません。
というか、「え?」って言ってから一言も喋ってない俺だった。
り、凛の視線が冷たいよぅ……
255: 2013/12/31(火) 02:31:55.94
*
結局の所、今回の臨時プロデュースの理由は、“本人がCDデビューしたくない”という話であった。
……いや、ぶっちゃけコレどうしようもなくね?
パターン的には加蓮の時と近いんだろうが、今回は拒否する理由が分からない。
加蓮のように本当はやりたいと思ってるなら良いが、もしかしたら本気でCDデビューしたくないと思ってるのかもしれない。だとしたら、俺らの行動はありがた迷惑どころか普通に迷惑だ。
正直、本人の意志を推奨した方が良いのでは? と思ったが、ちひろさんの話ではそうもいかないらしい。
ちひろ『今回の依頼は、シンデレラプロダクションという会社からのお願いでもあるんですよ。どうにか、説得出来ませんかね?』
何でも選抜メンバーとして選んでしまった手前、そう簡単に辞退はさせたくないらしい。
まぁ当然と言えば当然である。CDデビューという折角の大きな企画を、会社としても引き受けてもらいたいのだ。
256: 2013/12/31(火) 02:33:48.69
もちろん、本当に致し方ないのであれば会社も引き下がるだろう。しかし、出来る限りは食い下がりたい。
そこで、奉仕部へと依頼が舞い込んできたわけだ。
どうにか、彼女を説得出来ないか、とな。
まぁ普通に考えれば、何かやむを得ない事情があるよなぁ。
これまで、仮にもアイドルやってきたわけだし。
……仕方ない。
ならば、悪あがきをしてみるとしよう。
何かやむを得ない事情があって、それが理由でCDデビューを諦めているのなら。
奉仕部は、きっと手を差し出す。
そんな雪ノ下スピリッツで、今回の依頼を請け負う事になった。
……差し当たっては、まずは情報だな。
257: 2013/12/31(火) 02:35:14.68
*
由比ヶ浜『城ヶ崎美嘉ちゃん? 知ってる知ってる! あったりまえじゃん!』
電話の向こうで嬉しそうに言っているのは、本家奉仕部のメンバーである由比ヶ浜結衣。
こういった話であれば、やっぱコイツは詳しそうだったからな。
比企谷家のソファーでカマクラとゴロゴロしつつ、俺は受話器へと耳を傾ける。
由比ヶ浜『元々読モやってたからねー。今時の女子高生なら皆知ってるんじゃないかな』
読モ……いわゆる読者モデルって奴か。
女子高生や若い女の子が好んで読むファッション雑誌に載っている、モデルの事……でいいんだよな?
258: 2013/12/31(火) 02:37:18.22
八幡「それが、今ではアイドルか。スゲーな」
由比ヶ浜『そう? 別に珍しくはないんじゃないかな。読モ出身でアイドルとか女優とかになる人って、結構いるし』
八幡「え、マジで? そうなの?」
由比ヶ浜『……ヒッキー、一応プロデューサーなんだよね?』
うっ、まさか由比ヶ浜に呆れられるとはな。
しかし確かにコレは俺のリサーチ不足だった。なるほどな。こういった方面からのアイドルもあるわけだ。
由比ヶ浜『美嘉ちゃんがデレプロに所属になったーって、結構話題だったんだよ? 最近では、えっと、プロデュース大作戦? だっけ? もあって、どんどん有名な雑誌にも出るようになってさ。あたしも結構買ってるんだ。すっごい可愛いし!』
八幡「へぇ……」
確かに、系統としては城ヶ崎は由比ヶ浜にピッタリだろう。きっと、少なからず真似してみたりもしてるんだろうな。
由比ヶ浜『そっかー、ヒッキーデレプロで働いてるんだもんね。いいなーアイドルに会えて……あれ? そう言えば何でいきなり美嘉ちゃんの事聞いてきたの?』
今更それを聞くんかい。
ここまで言えば、大方察しがつくと思うんだがな。
259: 2013/12/31(火) 02:38:56.05
八幡「いや、今度その城ヶ崎を臨時プロデュースする事になってよ。ちょっと情報が欲しかったんだ」
由比ヶ浜『えぇッ!? うっそ、マジで!?』
思わず、ケータイを耳から少しだけ離す。
声デカ過ぎるぞオイ。
由比ヶ浜『え、え、ホントなの? ひ、ヒッキー、サイン! サイン貰ってきて! お願い!』
八幡「落ち着け。貰えたら貰ってきてやるから」
まさかここまで取り乱すとはな……
もしかして、俺が思ってるより俺のやってる仕事って凄い事なのか?
由比ヶ浜『うわーやたー! えへへ、楽しみだなー』
電話越しでも、喜んでいるのが伝わってくる。
思わず、俺もつられて笑ってしまった。
260: 2013/12/31(火) 02:40:13.86
由比ヶ浜『えへへ……ありがとねヒッキー』
八幡「? 別にサインの事なら気にするな。情報量だと思ってくれ」
実際、まだ貰えるかも怪しいしな。
むしろあの様子だと、貰えない可能性の方が高いまである。
由比ヶ浜『それもだけどさ。……頼ってくれるのが、嬉しくて』
声でも分かるくらい、照れたようにそう言う由比ヶ浜。
何故だか、こっちとしても恥ずかしくなってくる。
八幡「……ま、最近色々とあったしな。それに相談するなら、雪ノ下よりかは由比ヶ浜だと思ったんだよ」
由比ヶ浜『え!? そ、それってどういう……あっ、あたしの方が詳しそうって事か、なーんだ、アハハ……』
取り繕うように笑う由比ヶ浜。何を言っているのやら。
261: 2013/12/31(火) 02:41:36.60
八幡「バッカ、それもあっけど、もっと別の理由があるんだよ」
由比ヶ浜『え? そ、それって……』ドキドキ
八幡「俺、雪ノ下の連絡先知らねんだわ」
ホントその辺、あいつはぶれないよな。
そして俺の台詞を聞くと、電話の向こうでズッコけたような音が聞こえてくる。大丈夫かー。
由比ヶ浜『ひ、ヒッキーのバカ! もう知らない!』
八幡「ッ……切れた」
電話越しに聞こえるのは、ツーっツーっという虚しい音だけ。お前はサツキかってーの。
ま、今度会った時にお礼はしといてやるか。
サインが貰えなきゃ、メシくらい奢ってやるよ。
それで見合うかは置いといて、な。
262: 2013/12/31(火) 02:43:05.33
*
由比ヶ浜からの情報と、自分で調べてみた結果、分かった事。
全然分からん。それが分かっただけだった。
実際プロフィールを読んだり、今までやった仕事を知らべたりもしてみたが、やはり分からない。
残る可能性としては……家庭事情だろうか。
それは充分に考えられる可能性だが、正直、そうだとしたら手をつけ辛い事この上ない。
雪ノ下や川崎もそうだが、他の奴らが簡単に踏み込んでいい問題じゃないからな。
出来れば、そっちの方面でない事を祈りたい。
……つーか、休みの日まで何を俺は真剣に考え込んでいるのだろうか。
263: 2013/12/31(火) 02:44:16.91
今日は久々の休日。
どうせもうやれる事と言えば、本人に直接聞いてみるしかないのだ。ならば、後は明日の俺に任せよう。
レッツ・ゴロゴロ! ビバ・ホリデイ!
と、思っていた時期が俺にもありました。
小町「お兄ちゃん、お客さんだよ」
八幡「oh……」
リビングのソファーにダイブした途端、俺の自由は終わった。
もう少しくらい堪能させてよう!
八幡「……誰だよ。人によっては折り返せ」
小町「んーっと、それは無理かな。だって小町の紹介だし♪」
こいつが元凶だった。
なに、お前の紹介? 果てしなく嫌な予感しかしないんですが……
264: 2013/12/31(火) 02:45:35.91
八幡「それこそ誰だよ。まさか川なんとかさん弟とかじゃないだろうな」
だとしたら殴り倒してでも追い出すかもしれん。
そして俺が川なんとかさん姉に殴り倒されるんですね。わかります。
小町「あー違う違う。今回の依頼者はなんと、小町の後輩の可愛い可愛いJCだよ! やったねお兄ちゃん!」
ささ、入って! と勝手に招き入れる小町。
いや、ちょっ、え? なに依頼者って。
まだ来るの? どんだけ俺の首を絞め……
と、そこでリビングへと入ってきたその少女。
その少女を見て、俺の思考は一瞬止まった。
「えーっと、アナタが小町先輩のお兄さん? 初めまして! 城ヶ崎莉嘉です!」
265: 2013/12/31(火) 02:46:59.44
城ヶ崎、莉嘉。
正直、その名前を聞かずとも分かった。
奇麗に染められた金髪の長い髪に、大きな髪留めでまとめられたツインテール。
後輩という割には小町とは違い、サマーセーターにプリーツスカートという今時な制服。
そして女子中学生らしい、ちょっと背伸びしたメイク。
なんとも可愛いらしい、あどけなさの残る少女。
その子は、城ヶ崎美嘉にそっくりだった。
莉嘉「今日は、お姉ちゃんの事でお話に来たの!」
決氏の表情でそう言う彼女。
きっと、この子が今回の依頼の鍵となるのは、想像に難くなかった。
……早速敬語が無くなってるのに突っ込むのは、野暮ってものなんだろうな。
341: 2014/01/16(木) 00:34:56.92
*
城ヶ崎莉嘉。
城ヶ崎美嘉の妹である所の彼女は、なんでも小町の友達らしい。
いや、正確には友達になった、と言うべきか。
俺は城ヶ崎美嘉の情報を得る為、いくつかの身辺調査を行った。と言っても、詳しそうな奴に聞いてみたり、ネットで調べたりの簡単なものだ。
そしてその情報提供者の中には、我が妹の小町もいた。
由比ヶ浜には及ばないにしろ、小町もそういった面には詳しそうだったからな。なんか女子力(笑)高そうな雑誌とか読んでるし。
そしてその傍ら、小町自身にも情報収集を頼んでいたのだ。
しかしまさか……
八幡「身内を引っ張ってくるとはな……」
小町「てへぺろ☆」
342: 2014/01/16(木) 00:36:39.25
我が妹ながら恐れ入る。一体どんな人脈を持っているんだコイツは。
さすがは次世代型ハイブリッドぼっちである。
小町「小町ネットワークを甘く見てもらっちゃ困るよお兄ちゃん。TwitterにFacebookに2ch、何でもござれだよ!」
八幡「いや、最後のはおかしい」
莉嘉「にちゃん??」
なんでも、そのネット上での交遊を経由して、城ヶ崎妹に辿り着いたらしい。
まぁ見つける事自体は簡単だったみたいだがな。城ヶ崎妹自身、ブログやらツイッターやらを積極的にやっていたらしいし。確かにそういうのに夢中になりそうな年頃だ。
しかし凄いのは、そこからリアルで会うまでに交遊を深める二人だろう。さすが、今時のJCである。お兄ちゃんちょっと心配だよ? あ、今のは小町に対してのお兄ちゃんであって他意はありません。笑えよ楓さん。
とりあえず俺たち三人は、比企谷家のリビングでテーブルを囲む。
小町が淹れてくれたお茶、ではなくカルピスを飲む。
まさか今度は、女子中学生を家に呼ぶ事になるとはな。いや呼んだのは小町なんですけどね。
というか、俺が呼んでたら最悪お縄になるかもしれん。
さて、何から切り出したものか……
しかし俺のそんな心配は杞憂に終わり、向こうから元気に話しかけてきた。
343: 2014/01/16(木) 00:38:29.91
莉嘉「ねぇねぇ、あなたがお姉ちゃんのプロデューサーなんだよね?」
八幡「あ? あぁいや、正確には違うが……」
莉嘉「え? 違うの?」
興味津々といった様子から一転キョトンとした表情になる城ヶ崎妹。
しかしあれだな、同じ中学生って言ってもやっぱ小町より全然子供っぽい。まぁ去年までランドセル背負ってたわけだし。
必要があるかは分からないが、一応自分の事について説明しておく事にした。
八幡「俺の担当は渋谷凛って奴だが、一応、臨時プロデュースって形で他のアイドルもプロデュースしてんだよ。それが今回はお前の姉ちゃんって事だ」
莉嘉「へー……?」
八幡「……よく分かってないだろ」
なんというか、年齢を抜きにしてもどこかポンコツ臭がする。アホの子可愛いってやつだな。日本語って便利だ。
八幡「まぁそうは言っても、肝心のその城ヶ崎が…」
莉嘉「? アタシ?」
八幡「あぁいや、お前じゃなくて姉の……面倒くせぇな、肝心の美嘉がプロデュースを断ってきたんだよ」
344: 2014/01/16(木) 00:39:26.98
よくよく考えたらどっちも城ヶ崎だったんだぜ。
面倒なので、ここは仕方なく名前呼びでいく。間違っても俺がデレたとかではない。
莉嘉「そっか、やっぱりお姉ちゃん、CDデビューしないつもりなんだ……」
俺の言葉を聞き、今度はあからさまにションボリとする城ヶs……莉嘉。
八幡「……その様子じゃ、事情は概ね把握してるみたいだな」
小町「小町がざっと説明したからね。それで、直接お兄ちゃんと話したいって莉嘉ちゃんに言われたんだ」
なるほどな。俺が美嘉の臨時プロデュースをする事になったのと、更にそれを断った事を聞いて、莉嘉も心配になって話を聞きに来た、と。つまりはそういう事か。
八幡「なぁ、お前は知ってるのか?」
莉嘉「え……?」
八幡「美嘉がCDデビューしたくない理由だよ」
さっきこいつは“やっぱり”と言った。つまり、何か思い当たる節があるのだろう。
俺の問いに対し、莉嘉は最初黙っていたが、ポツポツと語り出した。
345: 2014/01/16(木) 00:40:28.71
莉嘉「……アタシね、小町先輩から教えてもらうまで、お姉ちゃんがCDデビュー出来るってこと知らなかったんだ」
八幡「! そうなのか?」
莉嘉「うん……お姉ちゃん、アタシには知られたくなかったみたい」
そう話す莉嘉の声のトーンは、みるみると下がっていく。
表情豊なのは良いが、そんなあからさまに落ち込まんでも……
小町「なんで知られたくなかったんだろ? 普通すっごい嬉しいことなのに」
八幡「その辺が、まんま臨時プロデュースを断った事に繋がるだるんだろうな」
“普通”は喜ぶべき事。
なのに、美嘉はそれを断った。それは、何故か。
莉嘉は目を伏せながら、静かに告げた。
莉嘉「……たぶん、アタシがいるからだと思う」
小町「え……?」
莉嘉「アタシがいるから、お姉ちゃんはCDデビューしないんだよ。きっと」
思わず、小町と目が合う。
えーっとつまり? 莉嘉がいるから美嘉はCDデビュー出来ない? って、どういう事だ?
346: 2014/01/16(木) 00:41:54.39
八幡「あー……なんだ。つまりどういう事だってばy……だってばね?」
小町「お兄ちゃん。言い直してもあんまり変わってないよ」
そんな細かいツッコミは置いておけ。今は真面目な話だ。
ひとまず、莉嘉に続きを促す。
莉嘉「んーと、何から言えばいいのかな」
頭の中を整理しているのか、うんうんと唸っては視線をあっちこっちへやっている。
人差し指で頭の横を突くその仕草は、なんとも様になっている。美少女の特権だな。
莉嘉「えーっとね……アタシのお家、お父さんもお母さんも共働きなんだ」
ようやくまとまったのか、困ったようにそう言う莉嘉。共働き……
……あーなるほどな。そういう事か。
……………。
そういうこと、ね。
見れば、小町も何処か合点のいったような表情をしている。「あーはいはいそういうことねー」って顔に書いてあった。
この事に関しては、俺も小町も分からない筈がない。
347: 2014/01/16(木) 00:45:00.52
八幡「なるほどな。……大体分かった」
莉嘉「えっ! 今ので分かったの!?」
大きく口を空けて驚いている莉嘉。
妙に子供っぽいその反応を見て、思わず笑ってしまう。
八幡「ま、何事も経験ってな。……そうか。お前を一人にしない為に、美嘉はCDデビューを断ったって事か」
つまり、昔の俺と同じ。
俺がかつて幼少時代にした事と、同じ事をしているわけだ。
今回の依頼は、加蓮パターンというよりは川崎パターンだったって事ね。
莉嘉「基本的にお父さんもお母さんも、いつも夜遅くに帰ってきてね。だから、家にはアタシとお姉ちゃんの二人でいる事がほとんどなんだ」
思い出すように虚空を見つめながら話す莉嘉。
その様子は、別に状況を悲観しているわけではなさそうだ。
ま、俺らも同じような境遇だが、そこまで嫌になった事は無いしな。……むしろ、毎日ご苦労様ってくらいだ。
しかしそれも、兄妹がいたからである。
莉嘉「お姉ちゃんはたぶん、CDデビューして家にいる時間が無くなるのが嫌なんだと思う。デレプロに入ることになった時だって、最初はあんまり良く思ってなかったし」
八幡「けど、読モやってた時だって忙しかったんじゃないのか? 人気あったんだろ?」
莉嘉「読モの時は、お休みの日にしか仕事無かったんだよ。それに毎週やるわけじゃないし、アタシも一緒にやらせて貰ってたしね」
348: 2014/01/16(木) 00:46:13.34
アハハと笑いながら言う莉嘉。
しかしその笑顔もどことなく力が無い。
小町「なるなる。もし今の状況で美嘉さんがCDデビューしちゃったら、今以上に忙しくなって、家にいられなくなっちゃう! ……美嘉さんは、そう思ったわけだね」
そこで、ジッと視線を感じる。
その主は、分かり切っているが我が妹の小町。なんぞや。
小町「誰かさんと、同じだね」
八幡「ケッ」
莉嘉「?? 誰かさん?」
不思議そうに首を傾げる莉嘉。すると何を思ったか小町、近くまで寄り、ありがたくも説明してくれる。
な、何をするだァーー!!
小町「実はね、お兄ちゃんも昔、小町の為に早く帰ってきてくれてたの」
莉嘉「そうなの?」
小町「うん。まぁその実遊ぶ相手がいなかったってのが本当の所だけど」
八幡「オイ」
349: 2014/01/16(木) 00:48:08.35
いや確かにその通りだけども。
その上げて落とすのやめてもらえる?
小町「でも、小町は嬉しかったんですよ」
ニコッと笑い、俺を見る小町。
べ、別に妹の為とかじゃないんだからね!
莉嘉「……アタシも、嬉しいよ」
見ると、莉嘉も小さく微笑んでいる。
莉嘉「お姉ちゃんがアタシの為を想ってくれるのは、凄く嬉しい。……でも」
しかし、その顔はすぐにムッとした表情に変わる。
まさに言葉の通り、膨れっ面であった。
莉嘉「いくらなんでも、子供扱いし過ぎっ!!」
350: 2014/01/16(木) 00:49:14.40
バンッ、と机を叩いて立ち上がる莉嘉。
思わずビクッと反応する比企谷兄妹。落ち着いて!
莉嘉「アタシ、もう中学生だよ? JCなんだよ!? 小学生じゃないんだから!」
八幡「お、おう」
莉嘉「アタシだって、一人でいるのくらい平気だし、そこまで寂しがり屋じゃないもん!」
小町「う、うん」
莉嘉「だから! なんで、どうして……!」
ぽたっ、と。
何かが落ちた。
莉嘉「お姉、ちゃんも……自分の時間を…大事にしてよ……!」
そのキツく閉じた瞼から、小さな雫が落ちていた。
堪え切れないものが、溢れるように。
351: 2014/01/16(木) 00:50:21.37
八幡「……なら、それをアイツに言ってやれ」
莉嘉「え……?」
八幡「家族だって、言葉にしなきゃ伝わらん事もある。だから言ってやれ」
家族という近過ぎる存在だからこそ、言い辛い事もあるだろう。
それでも、伝えなきゃならん事も、きっとある。
八幡「……アイツも、良い妹を持ったな」
莉嘉「え?」
八幡「自分の為に、ここまで怒ってくれるんだ。姉として、こんなに嬉しい事は無いだろうよ」
莉嘉「っ! ……そう、かな?」
俺の言葉に、照れたように笑う莉嘉。
ようやっと笑ったその顔を見て、幾分かホッとする。
さすがに、女子中学生の泣き顔は見ていて中々堪えるものがあるからな。
そこでふと、袖を引かれる。
352: 2014/01/16(木) 00:51:35.89
小町「ねぇねぇ! 小町は?」
八幡「あ? 何が」
小町「だから、小町が妹なんて、こんなに嬉しい事は無いでしょ?」
八幡「あはは。そうですね」
小町「うわテキトー」
そらテキトーにもなるわ。
つーかその辺を直接訊いちゃうってどうなの? それは小町的にポイント高いの?
莉嘉「あはは、やっぱり仲良いね♪」
俺たちのやり取りを見て、可笑しそうに笑う莉嘉。
そう見えたんなら眼下へ行く事をオススメする。眼鏡妹ヶ崎。アリだと思います。
莉嘉「……ちゃんと説得、出来るかな?」
一転、心配そうに呟く莉嘉。
しかしそればっかりはな、言ってみない事にはどうしようもない。
川崎の時みたく、何か良い方法があるわけでもないしな。俺に出来る事なんて……
353: 2014/01/16(木) 00:52:56.54
小町「あっ! 小町、良い事思いついちゃった☆」
八幡「……」
嫌な予感しかしないのですがそれは…
と、俺と莉嘉を手招き、何故かコショコショ話で説明する小町。一体他に誰が聞いていると言うのか。
……………。
小町「…とまぁ、こういうのはどうでしょう?」
自信満々に胸を張る小町。
いや、どうでしょうってお前、それh
莉嘉「いい! 凄く良い! アタシ賛成っ!!」
二対一で可決されました。
良いのォ!?
八幡「あのなぁ、良いのかそんなに軽く決めちまって? そもそも…」
小町「そこはお兄ちゃんのコネでどうにかしてよ! こんな時の為のプロデューサーでしょ?」
354: 2014/01/16(木) 00:54:22.93
いや絶対にこんな時の為になったわけではない。
それだけは断言出来る!
莉嘉「お願い! 八幡くんっ!」
八幡「いや、そうは言われても……………………って何普通に呼び捨ててんだ」
莉嘉「え? ダメだった?」
キョトンとした顔で何の疑問も無く訊いてくる莉嘉。
いやまぁダメなわけではないのだが……
加蓮に呼ばれた時もそうだが、なんかこそばゆい。
小町「お兄ちゃん……さすがに小町より年下の嫁候補はちょっと……」
八幡「黙っとけ」
なんでか小町が軽く引いていた。おれェ?
355: 2014/01/16(木) 00:55:07.16
八幡「あーもう……わぁったよ。それに関してはこっちで何とかならんか掛け合ってみる」
莉嘉・小町「「やったーーっ!!」」
八幡「ただし、やるからには成功させるぞ」
美嘉をCDデビューさせ、城ヶ崎姉妹も一緒にいられる。
そんな日常を、必ず作る。
小町「あ、莉嘉ちゃんご飯食べてく?」
莉嘉「いただきます☆」
……大丈夫なのだろうか。
356: 2014/01/16(木) 00:56:12.89
*
城ヶ崎莉嘉の訪問から3日後。
シンデレラプロダクション。とある一室。
普段は会議室として使われている部屋だが、今日は会議というより、顔合わせの場として使われる事になっている。
顔合わせ。
すなわち、今回CDデビューするアイドルたちの会合である。
まぁ、一応社長の方からも説明が入るがな。
簡単な打ち合わせと言った方が正しいか。
……しかしそんな中、俺は早速窮地に立たされている。
「…………」
「…………」
八幡「……っ……」ダラダラ
他のアイドルからの、視線が痛い。
357: 2014/01/16(木) 00:57:43.27
今会議室の中には、俺と凛、その他にCDデビューするアイドルが二人いた。
一人は茶髪のショートカットの少女。
明るめのワンピースを来ており、活発そうな印象を受ける。
……そして、スタイルがいい。
もう一人は長い茶髪を後ろにまとめた、大人しそうな少女。
水色のポロシャツにタータンチェックのスカート。
出で立ち的に、何かスポーツでもやっていそうだな。
この二人の事は資料で見て知っている。
髪が短い方が前川みく、長い方が新田美波……だった筈。
まぁそんな事は今はいい。
それよりも、何故この二人がさっきから俺の方を見ているのかが気になる。
前川は訝しむようなガン見。新田はチラチラと伺うように見ている。俺が何をした。
さすがに耐え切れなくなり、隣の凛に小さな声で聞いてみた。
358: 2014/01/16(木) 00:59:54.47
八幡「……なぁ凛、なんで俺こんな見られてんだ?」ヒソヒソ
凛「そりゃ、アイドルじゃない人がいるからじゃない?」ヒソヒソ
八幡「だからってそんな見るか? 別にプロデューサーがいたっておかしくはないだろ」ヒソヒソ
凛「まぁそうだけど、でも今回の顔合わせってアイドルだけ参加だったよね。だからじゃない?」ヒソヒソ
八幡「……」
ファッキューーーーーーチッヒィィィィイイイイイイイッッッ!!!!!
八幡「え、なに。今日の顔合わせってプロデューサーも同伴じゃないの? ちひろさん何も言わなかったんだけど」
凛「あれ、おかしいな。『私が説明しておきますから~』って言ってたんだけど」
八幡「おのれあの腐れ事務員……!」
さては今回の作戦でコキ使った事に対しての復習だな……
粋な事をしてくれる(白目)。
つーか、それ知ってるのに何も教えてくれないんですね凛さん……
凛「まぁでも良いんじゃない? プロデューサーもいた方が、これからの作戦にも都合が良いし」
八幡「そう言われたらそうなんだが……解せぬ」
359: 2014/01/16(木) 01:01:09.56
と、そこで扉が開く。
部屋にいた者が反射的に入り口へと視線を送る。そこにいたのは…
美嘉「…………」
件の少女、城ヶ崎美嘉だった。
八幡「……」チラ
凛「……」こくり
俺は凛へとアイコンタクトを送り、凛は頷いて返す。
予想通り、美嘉が来た。さぁ……
作戦開始だ。
360: 2014/01/16(木) 01:03:18.26
美嘉「……社長って、まだきt」
八幡「確保ぉぉぉおおおおお!!!!」
「「うらぁぁぁあああああっ!!!!!!」」
俺の合図の元、二つのかけ声が会議室を満たした。
卯月「確っ!」ガシッ
未央「保っ!」ガシッ
美嘉「えっ!?」
その正体は、今までずっとロッカーとカーテンに隠れ潜んでいた島村と本田。やったね! 久々の出番だよ!
美嘉「ちょっ、何コレ!?」
未央「ふっふっふ、残念だが、ここで大人しくお縄につきな!」
卯月「ごめんなさい、ちょっと我慢しててくださいね♪」
361: 2014/01/16(木) 01:04:16.32
右腕を本田に、左腕を島村にガッチリとホールドされ、身動きが取れない美嘉。
ここまでくれば、後はこっちのもんだ。
八幡「ご苦労。んじゃ、下に車用意してあるから、そこまで連行してくれ」
卯月・未央「「らじゃー♪」」
美嘉「いや、だから、何なのこれーーーッ!??」ズルズル
そのまま引きずられながら部屋を出て行く美嘉。アデュー。
いやまぁ俺も行くけどさ。
八幡「んじゃ、俺らも行くぞ凛」
凛「う、うん」
なんか今のを見て凛が若干引いてるが、そんな事を気にしてる場合じゃないからな。さっさと後を追おう。
みく「ちょ、ちょっと待つにゃ!」
八幡「ん?」
362: 2014/01/16(木) 01:05:31.17
呼び止められたので振り返ると、そこには困惑した表情の二人。まぁそりゃそうだわな。
そういや、前川って猫キャラだったんだっけか。雪ノ下に見せたら喜ぶのか怒るのか気になる所である。
八幡「何か用か?」
みく「用って言うか……えっと、何から突っ込んでいいのか分からないにゃ……」
美波「と、とりあえず、そろそろ打ち合わせが始まるんですけど……?」
たどたどしく一番大事な所を指摘してくる新田。
あー打ち合わせね。うん。
八幡「パス」
みく「ニャッ!?」
美波「いやパスって…」
と、そこで新たな来訪者登場。
扉を開けたのは、最後の一人楓さんであった。
363: 2014/01/16(木) 01:06:34.21
楓「すいません、遅くなってしまいました……あれ、比企谷くん?」
八幡「楓さん、あと頼みます」
楓「え?」
言うや否や、俺と凛は部屋から颯爽と抜け出し、出口へと駆け出した。すまん社長!
楓「……えっと」
みく「……」
美波「……」
楓「……廊下を走るのは、ろうかしら?」
みく「…………」
美波「…………」
楓「…………ふふ……」
364: 2014/01/16(木) 01:07:51.65
*
美嘉「ッ……ここは……?」
連れてこられた城ヶ崎美嘉の眼前に広がるのは、誰もいないライブハウス。
薄暗いそのステージに、一筋のスポットライトが当てられる。
美嘉「……ッ! り、か……?」
莉嘉「…………」
方やアイドル。方やその妹。
ならば、想いを届かせる手段は一つのみ。
八幡「さぁ、ライブの時間だ。城ヶ崎美嘉」
家族への想いを、聴け。
438: 2014/01/20(月) 00:42:32.62
*
ここで少し、妹について考えてみようか。
……いや、なんかこれ気持ち悪いな。まるで俺がシスコンみたいではないか。
別にコレは小町だけを指すのではなく、妹という存在についてって事だ。
……どちらにせよ気持ち悪いな。
しかし妹にしたって、上が兄か姉かで随分と変わるだろう。
それは単に仲の良し悪しに限らず、その関係性にまで関わってくる事だ。
ま、どちらかと言えば、姉妹の方が仲は良さそうだがな。
兄にとっての妹というのは、何とも形容し難いのだと思う。
可愛いのに可愛くない。可愛くないのに可愛い。
異性の、それも年下の相手というのは、複雑でいて単純だ。
439: 2014/01/20(月) 00:44:53.94
どれだけ可愛い容姿で、良い性格だとしても、好きにはなれない。
どれだけ可愛くなく、性格が悪かったとしても、嫌いにはなれない。
そんなもののように感じる。
まぁこれも人それぞれなんだろうけどな。俺? 黙秘権を行使する。
しかしそれに対し、姉妹というのはどうなのだろうか。
正直、俺には姉の気持ちは分からないし、何とも言えない所なのだが。
同じ女性同士、何か共感できる部分は多いのではないだろうか。
これはどちらにも言える事だが、幼少時代の方が当たり前だが仲が良いと思う。
その頃ならば、一緒に遊ぶ事も多いだろうからな。
しかしそれも月日の経過と共に変わってくる。
兄妹では特にそれが顕著だろう。好むものも、嗜むものも、変わってくる。
それが姉妹ではどうだろうか。
俺の勝手なイメージだが、姉妹というのはいくつになっても一緒に遊べる、そんなイメージがある。同じ女性同士なのだし、分かり合える所は多いのではないか。
これが、俺が姉妹の方が仲が良いと思う根拠である。
……まぁ、これにしたって人それぞれだろうがな。
実の姉妹で、会う度いつも険悪になる奴も俺は知っている。
あいつに昔何があったかは知らないが、何かなければ、ああはならないのだろう。
それこそ、それはあの姉妹にしか知り得ない事だ。
440: 2014/01/20(月) 00:46:10.18
しかしここで考えてほしいのは、兄と姉にとっての妹とは、やはり違うものなのか?
答えは否である。
確かにその関係は大きく違う。分かり合う事も、共有できる事も違っている。
しかし、それでも同じ事はある。根本にある、大前提。
それは、家族であること。
家族だから、何だって受け入れるし、何だって受け入れてくれる。
迷惑もかけるし、迷惑もかけられる。
そこに、家族だからという理由以外は、必要ない。
例えば比企谷小町。
例えば城ヶ崎莉嘉。
例えば……雪ノ下雪乃。
妹という存在が、結局のところ人それぞれなのだとしても、家族である事に変わりはない。
俺は、そう思っている。
だから、これは、
ちょっとした、家族サービスだ。
441: 2014/01/20(月) 00:47:19.60
*
美嘉「……これ、どういうこと?」ギロッ
お姉ちゃん、ご立腹であった。
というか俺に訊くんですね……
あの城ヶ島美嘉拉致事件の後、下に控えさせていたタクシーを使い、俺たちはライブハウスへと来ていた。
言わずとも分かるだろうが、このライブハウスは以前文化祭の後夜祭、引いてはその後雪ノ下たちが演奏をしたライブハウスだ。
わざわざ千葉まで来るのは面倒だったが、それでもそれだけのメリットがあるからな。借りられてよかった……
薄暗いライブハウスには、俺と凛、少し離れた位置に美嘉。島村と本田は後ろの方に控えている。
そして、スポットライトの元、ステージに一人立つ莉嘉。
八幡「お前の妹から事情は大体聞いてる。CDデビューしたくない理由もな」
美嘉「っ!」
八幡「だから、先手を打たせてもらった」
442: 2014/01/20(月) 00:48:40.95
CDデビューを断ろうとしている美嘉があの打ち合わせの場に現れたのは、大方、社長に直談判しようとでもしていたのだろう。
だから、そこを狙った。
あそこで張っていれば、いずれ美嘉が現れると思ったからな。島村と本田に協力してもらい美嘉を拉致、もとい連行したってわけだ。
……打ち合わせをすっぽかした事については、一応ちひろさんに説明してはいたが、社長には申し訳ない事をしたな。
八幡「お前にしちゃ余計なお節介だろうが、一つ付き合ってくれ」
美嘉「……なんなの、そこまでしてアタシに仕事させたいわけ? それも会社の言いつけ?」
俺の言葉に、噛み付くように歯向かってくる美嘉。
その表情には、滲み出る怒りがありありと見て取れた。
莉嘉「違うのお姉ちゃん! これはアタシは頼んだ事なの!」
そこに叫ぶように割り込んでくる莉嘉。
莉嘉「アタシが、お姉ちゃんにCDデビューしてほしいから、頼んだの!」
美嘉「莉嘉……?」
莉嘉「大体、勝手だよ! アタシの気持ちも聞かないで!」
困惑する美嘉に対し、莉嘉は想いの丈をぶつけていく。
身体の奥から湧き出る感情を、押さえ切れずに、吐き出していく。
443: 2014/01/20(月) 00:49:46.84
しかしそれは、美嘉も同じだ。
美嘉「……っ! それは、莉嘉も同じでしょ!? 何なのコレ!?」
莉嘉「だって、お姉ちゃんがアタシのせいでデビューしないって言うから!」
美嘉「莉嘉のせいじゃない! アタシが、そうしたいからそうするの!」
莉嘉「それが勝手なの!」
美嘉「どっちが!」
どんどんとヒートアップしていく二人。
見てるこっちとしてはヒヤヒヤもんだ。これが姉妹喧嘩ってやつか……
まぁ、お互い言いたい事を言い合うのは良い事なのかもな。腹を割って話そう!
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
八幡「お前ら、少し落ち着け」
美嘉・莉嘉「「うるさいッ!!」」
止めようとしたらコレである。
もうなんなの、怖ぇよ……帰っていい?
444: 2014/01/20(月) 00:51:12.59
八幡「……莉嘉、今日は何も口喧嘩する為に呼んだわけじゃないだろ。本来の目的忘れてんな」
莉嘉「うっ……!」
俺の指摘に図星だったのか唸る莉嘉。なに、ホントに忘れてたの?
まぁいい。ここからが本番だ。
八幡「美嘉」
俺が美嘉に呼びかけると、しかし何故か、複雑そうな顔になる。
美嘉「っ……莉嘉もそうだけど、いきなり名前で呼ぶ?」
八幡「? ……あ、そっか。城ヶ崎」
美嘉「いや別に言い直さなくてもいいケド……」
しまった、美嘉からすればいきなり名前呼びだもんな。ややこしいんだよお前ら!
しかし今はそんな事はどうでもいい。
八幡「……大体予想はついてるだろうが、今からアイツはお前の為に歌う。だから、聴いてやってくれ」
これは姉であり、家族である美嘉に対する、莉嘉の気持ちと言ってもいい。
一世一代の、大舞台だ。
八幡「だから、決めるのはそれからでも遅くはないだろ? 頼む」
445: 2014/01/20(月) 00:52:53.59
俺は、一度深く頭を下げた。
それに対し美嘉は、酷く困惑したような表情になる。
まぁそれはそうだ。よく知りもしない奴が頭を下げてきたら、誰だってそうなる。
美嘉「……どうして、そこまですんの?」
八幡「知ってんだろ。俺は奉仕部の……まぁ、真に遺憾ながら部長らしい。だから、臨時でも担当アイドルのプロデュースはするさ」
美嘉「……アタシ、臨時プロデュース断ったじゃん」
八幡「違ぇよ」
そこで俺は、ステージ上に佇む、一人の少女へと視線を向ける。
八幡「俺は今は、城ヶ崎莉嘉のプロデューサーだ」
頼まれたからには、最後まで遂行するしかあるまい。
莉嘉「八幡くん……」
俺の言葉を聞いて、笑顔になる莉嘉。
う……なんか急に恥ずかしくなってきた。何を平然と言ってるんだ俺は……
美嘉「……わかった」
しかし俺が一人恥ずかしくなっていると、美嘉が真剣な表情で言ってくる。
446: 2014/01/20(月) 00:54:47.98
美嘉「ここは莉嘉に免じて、聴くだけ聴いてあげる」
八幡「そこは普通俺に免じる所だろ……」
美嘉「なにか不満でも?」
八幡「……なんでもないです」
何か納得出来ないが、俺が渋々応じると、美嘉は苦笑した。
……やっと笑ったな。
さて、了解は取れた。後はお前次第だ。
八幡「頼むぞ、莉嘉」
莉嘉「うん! 任せて☆」
莉嘉がそう言うと、スポットライトが消える。
一度準備の為に、莉嘉が舞台袖に引っ込んだのだろう。
……というか正直、俺はアイツが何を歌うか知らないんだよな。
何故だか俺もちょっと緊張してきた。
時間は3分にも満たなかったと思う。
それでも、その間その場にいる全員が黙ってその時を待っていた。
なんだか後ろに待機している二人がウズウズしているのは、気のせいだろう。
そしてーー
美嘉「ッ!」
ステージがライトアップされた。
447: 2014/01/20(月) 00:56:10.41
莉嘉『ワンっ!』
小町『トゥっ!』
莉嘉『ワン!』
小町『トゥ!』
莉嘉『スリー!』
小町『フォー!』
タッタッタッタッタッタラ~♪ タッタッタ~タッタッタ♪
景気の良いかけ声と共に流れ出す音楽。
……というか。
八幡「小町!?」ガーンッ
美嘉「だ、誰?」
何故か、本当に何故か、我が妹の小町までもがステージ上に立っていた。いやホントに何で!?
448: 2014/01/20(月) 00:57:53.79
莉嘉は長い髪をサイドテールにし、フード付きの黄色いジャージを着ている。
それに対し、小町は緑色の丈の短い着物……ステージ衣装って言うかコスプレじゃねぇか!
しかしなるほど……その衣装は、この曲に合わせて、か。
……良いセンスしてんなぁ。
莉嘉『今日も元気な目覚ましがあたしの脳に朝を告げる 寝ぼけ眼をこすったら一日が始まるわ』
小町『机の上に置いたまま忘れ物を今日もまたしてる 全力疾走で追いかけた どうして気がつかないかな』
莉嘉『ずっと あたしがこのままいるなんて思わないでよ きっといつか』
小町『どこかの誰かがあたしのコトもらってしまうの わかってるの?』
美嘉「っ! この曲……」
恐らく城ヶ崎はこの曲は初めて聴くのだろう。アニソンだしな。
けど、それでも歌詞を聴いていれば、この曲で何を伝えたいかは分かるだろ。
449: 2014/01/20(月) 01:00:08.98
『その時になったって遅いんだから その時に泣いたって知らないんだから
そんな顔したってだめなんだから Really, you are so mean ちょっぴりどきっとしたじゃない!?』
サビを歌い終え、ひと際笑顔でポーズを取る二人。
……やべ、小町がこの曲を歌ってくれるとは、今考えるとかなり最高じゃね?
と、そこで何故か二人は一歩下がる。
? まだ曲終わってな…
しかしそこで俺の思考は一瞬止まる。
それは、ステージ上に新たな人物が現れたから。
そこには、何故かマイクを持った凛。
……直江津高校の制服を着た、凛。
ガハラさんスタイル!?
凛『さっきからあの制服の子が気になってんのバレバレだわ
あたしが隣にいるのに それってどういうつもりなの』
何故か急に現れて歌い出す凛。つーか、いつの間にいなくなってたんだ。全然気付かなかった……
美嘉に至っては事態を飲み込めてすらいない。
450: 2014/01/20(月) 01:03:13.19
凛『なんにも言わないでいいから あたしのことを一番に 大事にしてよ』
凛は歌いながらステージから降り、俺に向かって近づいてくる。
え? なに? 何で近づいてくんの?
凛『なのにあたなはいつだってそうやって 鈍感なの? わざとなの!?』ズイッ
八幡「うっ……!」
思わず後ずさる俺。
顔近ぇ!
『いまさら気付いたって遅いんだから いまさら言い訳したって知らないんだから
そんな顔したってだめなんだから Really, you are easy 怒りたくもなるわ you know ?』
卯月・未央「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」」
そしてここでまさかの島村と本田による合いの手。お前らもグルか……
しかし二番で出番を終えたのか、凛はマイクのスイッチを切り、俺の隣へと何事も無かったかのように戻る。
ジト目で睨んでいると、凛は少しだけ舌を出し、悪戯っぽく笑った。くっ! 可愛いって得だな!
451: 2014/01/20(月) 01:05:12.18
そしてイントロが終わり、ラストサビへと入る。
二人が、前に躍り出る。
『その時になるまで見ていてよね その時になったら泣いちゃうかもね
そんな顔しちゃったらだめかもですね Really, I love you だけどナイショの話♪』
人差し指を口の前に立て、しーっ、というポーズで笑う二人。
本当に、歌うその姿は楽しそうだ。
思わず、アイドルだと思ってしまうくらい。
『その時になったって遅いんだから その時に泣いたって知らないんだから
そんな顔したってだめなんだから』
美嘉「…………」
『でもね……いつもサンキューって思ってたりして♪』
美嘉「っ!」
卯月・未央「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」」
莉嘉・小町「「はいはいっ☆」」
452: 2014/01/20(月) 01:06:28.01
最後に二人で手を合わせ、ビシッと決めポーズ。
莉嘉も小町も、眩しいくらいの笑顔だった。
八幡「……」
あーダメだ。小町がこの曲歌ってくれるとか、思わず涙が出そうになる。
やっぱ良い曲だなぁ……
莉嘉「お姉ちゃん!」
と、そこで莉嘉がマイクを持ち、美嘉に呼びかける。
これから話すのは、今回の作戦の要。
莉嘉の決意だ。
莉嘉「お姉ちゃん……アタシ、アイドルになるっ!!」
美嘉「…………はぁっ!?」
莉嘉のアイドルデビュー宣言。
思わず目を見開き、驚愕の表情になる美嘉。
……ま、そりゃそうなるわな。
453: 2014/01/20(月) 01:07:53.58
美嘉「いや、アイドルになるって……えぇ!?」
莉嘉「だってアイドルになれば、家に一人じゃなくなるし、お姉ちゃんとも一緒にお仕事出来るし!」
美嘉「いや、そういう問題じゃ……あーちょっと待って、理解が追いつかない……」
美嘉は頭を抱え、状況を整理しようとする。
これが今回小町が提案した作戦。
名付けて『You がアイドルになっちゃいないYO!作戦』である。まんまか!
美嘉「……お父さんとお母さんが何て言うか」
莉嘉「もう了解は取ってあるよ! お前が決めた事ならやりなさい、って」
美嘉「……でもデレプロに入れるか決まったわけじゃ」
八幡「その辺も会社側から了承済みだ。喜んで迎え入れてくれるってよ」
まぁ実際はちひろさんに結構無理を言ったんだがな。
それでも、なんだかんだで受け入れてくれるんだから、ちひろさんも社長も人が良い。
美嘉「……じゃあ、莉嘉は?」
莉嘉「え?」
美嘉「莉嘉は、それでいいの?」
454: 2014/01/20(月) 01:09:20.74
真剣な表情で問いかける美嘉。
それに対し、莉嘉も顔を引き締める。
が、それでもまた直ぐに笑顔になった。
莉嘉「あったりまえじゃん。お姉ちゃんがアイドルなんだよ? なら、アタシもアイドルになる」
美嘉「……ぷっ、何それ」
莉嘉「あー! 笑う事ないじゃーん!」
美嘉「ゴメンゴメン。そっか、それなら……」
美嘉はいつかのように笑う。
それはあの時休憩所で見た、愛おしそうな微笑み。
美嘉「二人でいっちょ、トップアイドル目指しますか★」
莉嘉「っ! ……うん♪」
楽しそうに笑い合う二人を見て、ようやっと肩の荷が降りる。
……ったく、手間かけさせやがって。
455: 2014/01/20(月) 01:10:53.28
凛「お疲れ様、プロデューサー」
八幡「ん? おう。まぁ俺は何もやってないけどな」
頑張ったのはあの二人だ。まぁ別に莉嘉だけでも良かったがな。
……不覚にも感動してしまったから小町には何も言えんが。
美嘉「あ、あのさ」
見ると、美嘉が何か言いたそうにモジモジしている。
美嘉「こ、この間はゴメン! ……アタシも、ちょっとキツく言い過ぎた」
この間ってのは、あのコタツで集まった時の事だろう。
まぁ俺はコタツに入ってただけだが。
凛「気にしてないよ。これから一緒に頑張ろうね」
しかしそこはやはり凛。
本当に気にしていないのだろう。
美嘉に向かって、手を差し出す。
美嘉「……うん!」
そして、美嘉もそれに応じる。
力強く、手を握り返した。
456: 2014/01/20(月) 01:12:50.58
美嘉「……キミも、良い妹さんを持ったね」
八幡「ん? あぁ、小町な」
美嘉「まぁアタシの莉嘉には負けるけど★」
八幡「あ? 聞き捨てならねぇなオイ」
なんだなんだ、そういう喧嘩なら買うぞ? お?
しかしそれは冗談だったらしく、笑って流す美嘉。
これじゃあ俺だけシスコンみたいではないか。
美嘉「ホント、お互い振り回されっぱなしだね」
八幡「……兄貴ってのが、何で一番最初に生まれてくるか知ってるか?」
美嘉「え?」
八幡「後から生まれてくる、弟や妹を守るため、なんだとよ」
俺がドヤ顔でそう言ってやると、美嘉は一度ポカンとしてから、吹き出す。
え、ここ笑うとこ?
美嘉「くくっ……何それ。BLEACH?」
バレてた。
マジかよ、ぶっちゃけ奈緒くらいしか分からないと思ってたんだがな。
457: 2014/01/20(月) 01:14:02.99
八幡「……今の台詞を、昔小町に言ってやった事があったんだ。そしたら、アイツ何て言ったと思う?」
美嘉「?」
八幡「『なら妹が後から生まれてくるのは、先に生まれた兄や姉を支えるためだよ』って、言ったんだ」
あん時は、思わず目から鱗が落ちる思いだったな。
まさか、こっちが感心させられるとは。
美嘉「……へへっ、やっぱり、良い妹さんじゃん」
八幡「……まぁ、な」
癪だが、認めてやらん事もない。
美嘉「妹を持つ者同士、それから、臨時プロデュース……よろしくね、プロデューサー♪」
八幡「おう。よろしくな城ヶ崎」
そう言って俺たちも握手をする。やばい、俺の手汗ばんでないだろうか。
しかし俺なりに結構いい返事を返したつもりだったのだが、それでも美嘉は不服そうだった。
458: 2014/01/20(月) 01:16:42.93
美嘉「……さっきみたいに、美嘉で別に良いケド?」
八幡「……改めると恥ずかしいんだよ」
思わずぷいっと目を逸らしてしまう。
そしてそんな態度が逆に面白かったのか、美嘉は「ふーん?」と意味ありげに笑うと、俺に近づき肘で小突いてくる。
美嘉「そう言わずにさ。ほらほら★」
八幡「むぐぐ……」
と、今度は逆サイドからの存在に気付く。
凛「プロデューサー。さっきの私の歌、ちゃんと聴いてた?」ニッコリ
何故だか不気味なくらい笑顔の凛だった。
怖い! 怖いよ!
八幡「き、聴いてたけど、それぐふぉっ!?」
莉嘉「八幡くーん!」ダキッ
今度がお前か!
459: 2014/01/20(月) 01:18:08.85
ステージから降りてきた莉嘉が、背中に飛び乗ってくる。
いやお前、いくらJCだからってちょっと重…
莉嘉「八幡くん、アタシのプロデューサーなんだよね? これからよろしくね☆」
八幡「は? いやだからそれは今回だけの…」
美嘉「こら莉嘉、まずはアタシのCDデビューが先でしょ?」
莉嘉「えー、お姉ちゃんばっかりズルーい」ぶーぶー
凛「いやいや。その前に、プロデューサーの正式な担当アイドルは私だからね?」
卯月「凛ちゃん! 頑張って!」
未央「しぶりん! 負けるなー!」
ぐぬぬ……!
なんなんだこの状況。
どこかに救いは……
八幡「あれ? そういや小町は…」
小町「」ジー ●REC
八幡「……なんで撮ってんだ?」
小町「結衣さんと雪乃さんに送ろうかと」
八幡「やめてくださいお願いします」
460: 2014/01/20(月) 01:19:13.33
その後は何故か俺の奢りでメシを食いに行く事になってしまった。
ホント、お店の人の視線が痛かったぜ……
まぁけど、楽しそうに笑い合う城ヶ崎姉妹を見て、チャラにしてやろうと思ってしまった。
この光景が見れるだけで、きっとそれは素晴らしい事なのだろう。
俺にも妹がいる。しかし、俺は兄だ。
姉妹の事はよく分からない。
それでも、こうしてあの幸せそうな二人を見ている間だけは。
少しだけ、理解できたような気がした。
690: 2014/03/04(火) 02:22:48.49
丹羽仁美「花道、オンステージ……?」
to be continued……
691: 2014/03/04(火) 02:25:13.56
*
光「いやー楽しかった! ありがとう八幡P!」
八幡「……ま、これも依頼だからな」
撮影の片付けを終え、俺と南条光は休憩スペースでくつろいでいた。
今回の依頼は色々と大変だったな……
まぁ正直、俺も大分美味しい思いをさせて貰ったけどな。
まさか本当に変身出来る日が来るとは。プロデューサーやってて良かったー!
八幡「しかしちひろさんには脱帽だな。まさかこんなコネを持ってるとは」
光「なんか『いつか本当に仮面ライダー×アイドルで映画作るのも良いかもしれませんねぇ♪』って言ってたぞ?」
八幡「マジかオイ……」
692: 2014/03/04(火) 02:26:40.48
今回は身内同士のお遊びみたいなもんだったから良かったが、お金取るってなったら別問題だろ。
ぶっちゃけさっきのだって放送出来る内容じゃないよ? いやする気も無いんだけどさ。
光「……でも、これでちょっと分かった気がする」
八幡「ん?」
光「お芝居やっててさ、すっごく楽しかったけど、どこかで少し後ろめたかった」
八幡「……」
光「やっぱりお願いを叶えてもらうんじゃなくて、自分で叶えないとダメなんだって、思った」
そう言って、少しだけ哀しげな顔を作る光。
しかし、それも一瞬の事。
顔を上げた光の目には、確かな決意が秘められているような気がした。
光「これだけやって貰ったのにこんな事言ってゴメン! ……でも、いつかきっと、実力で夢を勝ち取ってみせるから」
力強く言った後に、「望んだ仕事を出来るかは分からないけどね」と笑いながら言う。
693: 2014/03/04(火) 02:27:34.28
眩しいくらいのその笑顔。
その笑顔を見れただけで、その言葉を聞けただけで、こちらとして充分だ。
八幡「……旅にも人生にも、無駄な事なんて無い」
光「!」
八幡「たぶん、アイドルもな。……もし目的地と違う所に着いたとしても、また歩き出せば良い。そこで止まるか進むかは、お前次第だ。……だろ?」
光「……うんっ!」
旅も、人生も、アイドル活動も、まだ続いていく。
その先に何が待ち受けているかは分からない。
それでも、俺たちは、彼女はその歩みを止めはしないだろう。
その自分の道を往く姿は、まさに昔憧れたヒーローと、一緒なのだろう。
694: 2014/03/04(火) 02:30:13.91
八幡「そう言や、変身したくはなかったのか? 折角の機会なのに」
光「言ったろ? それは自分で夢を掴み取った時に取っておくさ。それに…」
八幡「?」
光「たまには、ヒーローに守ってもらうヒロインも悪くないかなって。アタシも、女の子だからね」ニコッ
八幡「っ!」
全く、これだから女子は侮れん。
要は今回の南条光は、南光太郎ではなく、光夏海だったらしい。
……不覚にも、ドキッとしちまったじゃねーかよ。くそ。
つづかない!
695: 2014/03/04(火) 02:31:57.94
というわけで一応番外編でしたー。
ええ。まぁ、言いたい事は分かります。本編書けよと。うん。書きます。
映画楽しみだなぁ!(反省してない)
ええ。まぁ、言いたい事は分かります。本編書けよと。うん。書きます。
映画楽しみだなぁ!(反省してない)
758: 2014/03/18(火) 01:34:56.95
*
奈緒「比企谷。これの次の巻は?」
そう言って眼前へと突き出すは、一冊の漫画本。
早く続きが読みたいとばかりに目を輝かせ、神谷奈緒は見て取れるくらい期待に胸を膨らませ、俺に訊いてきた。
それに対しての俺の台詞は「そこの戸棚の隅」でも「小町に貸してる」でもない。
自分でも分かるくらいの憮然とした表情で、俺はこう言った。
八幡「……お前ら、何しに来たんだ?」
既に察しはついてるやもしれんが、場所は私こと比企谷八幡の自室。
普段は主以外は足を踏み入れる事すら困難なこの場所に、今は他に二人もその侵入を許していた。
……ホント、難攻不落な八幡城はどこへいったのやら。
760: 2014/03/18(火) 01:36:05.37
奈緒「あのなぁ、質問に質問で返すなって荒木先生に教わらなかったのか?」
やれやれと言った風に嘆息する奈緒。
生憎だが、質問されること自体が他の人より多くなかったんでね。質問されたらキョドっちゃうのが俺である。
それに、お前なら爆弾にされる心配はなさそうだし。
加蓮「? 八幡さんって比奈さんとも知り合いなの?」
と、そこで不思議そうに訊いてきたのはテレビの前に座りスーファミをやっている北条加蓮。
比奈さん? 誰だそれは。二人の共通の知り合いってことはアイドル絡みなんだろうが、覚えは無いな。
というか今気付いたが、制服姿の加蓮って今日が初めてだな。やっぱりアn…
奈緒「あー比奈さんじゃなくってだな。歳をとる程に若返る漫画家がいて…」
加蓮「何それ怖い。ってあ! あーやられちゃった。折角ヨーヨーコピー出来たのに」
八幡「いやそんな事はどうでもいいから。それよりも、何でここにいるかをだな…」
奈緒・加蓮「「遊びに来ただけだけど?」」
八幡「……さいですか」
761: 2014/03/18(火) 01:37:38.70
うーむ、なんか最近コイツら遠慮無くなってきてねぇか?
家に押し掛けてくる頻度が最近心無しか多くなってきてる気がすんぞ。
八幡「まさか、その内麻倉家の食卓みたいに増えてったりしないだろうな……」
奈緒「この部屋にあの人数は入らないだろうなー」
加蓮「奈緒、刹那の見斬りやらない?」
ホントに自由な奴らであった。
八幡「……そういや、凛は来てないんだな」
正直、この面子ならアイツがいないのが不自然に感じてしまう。
いや別に来いってんじゃないよ? ただほら、トライアド・プリムスとしてどうなんかなってね?
奈緒「あーなんか、今日は家の手伝いがあんだってさ。比企谷の家行くって言ったら悔しそうにしてたぜ……あっ!?」
加蓮「またつまらぬ物を斬ってしまった……」
奈緒「ちょっ、今のはズリィだろ! もう一回!」
なるほどな。そういやアイツの家は花屋をやってるんだったか。
店番なのか棚出し(花屋がこう言うのかは知らん)なのか知らんが、実家が店を開いてるってのも中々大変そうだ。
762: 2014/03/18(火) 01:38:45.95
つーかアイドル活動がこのまま忙しくなってったら、あまりそんな風に手伝えなくなってくんじゃないか?
いや待てよ。むしろ逆手にとって、花屋の看板娘みたいな感じの路線で、親しみ易いアイドルを目指していくってのも……
加蓮「八幡さーん。聞いてる?」
八幡「え?」
加蓮「一緒にやらない? 別にミニゲームじゃなくてもいいし」
見れば、コントローラーをコチラに差し出している加蓮。
奈緒はと言うと、飽きたのか再び漫画を読み始めている。勝てなかったんだね。
しょうがない、折角だしやってやるとしますかね。
……しかし友達とゲームなんて、よく考えたら初めてじゃないか? 俺。
八幡「……」
加蓮「八幡さん?」
八幡「……言っておくが、銀河に願いをクリアまで終わらせんからな」
加蓮「えっ!?」
妙に上がったテンションを落ち着かせつつ、三人でゲームに興じる。
そんなこんなで、日もとっぷりと暮れた頃。
763: 2014/03/18(火) 01:39:46.44
八幡「やっぱタック一択だな」
奈緒「えーベタ過ぎないか? アタシはプラズマ好きだなー」ガチャガチャ
加蓮「コック可愛いんだけどなぁ。一回しか出来ないってのが…」
交代交代でやってきたが、さすがに疲れてきたな。
つーかこんな時間までアイドルを自宅に連れ込んで良いのだろうか。
……良くない気がしてきた。
八幡「お前ら、そろそろ帰らなくていいのか?」
奈緒「え? 今なn…」
ガッ
奈緒「あ」
八幡「お」
加蓮「……へ?」
さらば、今までの時間。
奈緒「おおおおおぉぉぉぁぁぁあああああ!! やっちまったーーー!!??」
加蓮「き、消えたよ。データが全部……ははっ……」
764: 2014/03/18(火) 01:40:44.29
注意。スーファミはデリケートです。間違っても足で蹴るような事は控えましょう。
奈緒「うぅ……まだ洞窟大作戦までしかクリアしてなかったのに……スマン……」
八幡「まぁ気にすんな。データが消えやすいのもこのゲームの醍醐味だし」
正直ここまで消えやすいゲームも中々無いと思う。
でもそれでも繰り返し遊べちゃうんだから任天堂って偉大だよね(ステマ)。
加蓮「軽くぶつかっただけなのにねー残念……あれ?」ピッ
と、そこで加蓮がテレビ画面をデジタル放送へと戻した所で、おもむろに声を出す。
つられて視線を向けてみれば、画面に映っていたのはとある音楽番組だった。
紹介されているのは、765プロのアイドルたち。
奈緒「おっ、これから歌うみたいだな」
加蓮「うん。どうせだから見ていこっか」
リモコンを置き、画面へと集中する二人。
……やっぱ、駆け出しとは言えアイドルだな。
その目にはただの憧れじゃない、ライバルを見る競争心が見えるように思えた。
765: 2014/03/18(火) 01:41:45.79
八幡「……ふむ」
加蓮「? どうしたの八幡さん。紙とペンなんて出して」
八幡「いや、どうせなら何か得られるもんがないかと思ってよ」
実は最近、アイドル系のアーティストを取り扱っている番組を、出来るだけチェックしている。765プロは特にな。
何の役に立つかは分からないが、何もしないよりはマシだろうという魂胆である。
奈緒「へー、すっかりプロデューサーって感じだな」
八幡「はっ、バカにするなよ? これからは他のアイドル全てが敵ってくらいの覚悟で…」
加蓮「あ、やよいちゃんだ」
八幡「やよいちゃんキタァーーーーーーーーーーーッ!!!!」
奈緒「……」
うぉぉおおおお!! マジか!
くそ、俺としたことが……まさかやよいちゃんの出演番組をチェックし損ねるとは……!
いや待て、まだ歌い出しまで時間はある。とりあえずは録画して……
奈緒「なぁ、やっぱコイツやばいんじゃねえ?」
加蓮「ア、アハハ……」
若干引いた顔で言う奈緒に、引きつった笑みを浮かべる加蓮。
失礼な奴らだ。俺にあるのは父性。娘を見る父親の気持ちなのだ。邪な気持ちなどこれっぽっちも無い! たぶん!
766: 2014/03/18(火) 01:43:12.52
加蓮「しょうがないんじゃない? ほら、やよいちゃんは八幡さんにとっての味方だから」
奈緒「味方?」
八幡「おう。最強の味方だぜ」
そういや加蓮には話してたな。
ホント不思議だよなぁ。あの笑顔を見てると、こっちまで頬が緩んじまう。
幸せを分け与えてくれると言うか、なんと言うか。とにかく、見ているだけで元気になれるのだ。
八幡「やよいちゃんがついててくれれば、何だって頑張れるね」
俺が自信満々にそう言うと、しかし奈緒はどこか不機嫌そうに言う。
奈緒「ふーん……まぁそれは良いんだけどよ」
八幡「けど、なんだよ?」
奈緒「お前は、凛のプロデューサーだろ? あんまそういう事、アイツの前で言ってやんなよな」
うっ……
正直、今の奈緒の指摘は少し効いたな。
確かに担当アイドルがいるのに、他のアイドルに現を抜かすのはあまり良い行為とは言えないだろう。というか最悪と言ってもいい。
ここは素直に反省しておく事にする。
767: 2014/03/18(火) 01:44:10.82
八幡「……確かにな。気をつけとく」
奈緒「ホントだよ。ったく……コッチの気持ちも考えろよな……」ブツブツ
八幡「何がだよ」
奈緒「うるせっ! こういう時は聞こえないフリしとけ難聴系主人公!」
また凄い罵倒を受けてしまった。
しかしその称号は俺には合うまい。アレはモテる事と引き換えに鈍感と難聴になる病気だからな。俺には一生縁が無いだろう。
加蓮「ほらほら、そろそろ曲が始まるよ?」
加蓮に促され、画面へと視線を戻す。
相も変わらず、その子は笑顔を振りまいていた。
思わず、見蕩れてしまうくらいに。
加蓮「……そう言えばさ」
そこで、加蓮が何か思いついたように呟く。
視線は画面へと向いたままだ。
768: 2014/03/18(火) 01:44:58.24
加蓮「凛って、765プロでは誰のファンなんだろうね?」
奈緒「……そういや、聞いた事ないな」
何の気無しに出たその話題は、だがしかし、俺の興味を幾分か引く事になった。
確かに言われてみれば、凛からそのような話題は聞いた事が無い。
それどころか765プロに限らず、特に誰のファンだとか、憧れのアーティストとかも聞いた事が無かった。
歌が好きだと言っていた。
正直担当プロデューサーとしてどうなのかとも思うが、それでも、今まで気にした事も無かった。
それだけに、今頃になって興味が沸く。
渋谷凛にとってのアイドルとは一体、誰なのだろうか。
769: 2014/03/18(火) 01:45:56.78
*
場所はお馴染みシンデレラプロダクション。その会議室。
今日はCDデビューにあたって一番重要となる会議。
すなわち、曲作りについての打ち合わせである。
まぁそうは言っても、基本的にはプロに任せるのがほとんどだ。
さすがにまだ作曲や作詞までは出来ないからな。凛としては、その内は挑戦してみたい気持ちもあるそうだが。
とりあえず現段階として、凛がどのような曲が良いか、どんなジャンルが得意か、そういった簡単な打ち合わせをする事になっている。
その後は向こうの専門の方がやってくれるだろう。後は出来たデモを聴いて、形にしていく。そんな所だ。
そしてもちろん、凛だけではない。
臨時プロデュースの対象である城ヶ崎美嘉もその対象だ。
この二人も大分タイプが違うからな。曲が出来上がるのが楽しみだ。
770: 2014/03/18(火) 01:47:07.11
そして打ち合わせの日の朝。
シンデレラプロダクションの事務スペースにて、俺と凛は順番を待っていた。
ちなみに、美嘉はまだ来ていない。順番最後だからなアイツは。
凛「……今は丁度、楓さんの番だね」
事務所の壁に掛けられた時計を見つつ、そう呟く凛。
少なからず、緊張しているのが見て取れる。
八幡「気になんのか?」
凛「うーん……気にならないって言ったら、嘘になるかな。やっぱり、ライバルだし」
正直にそう言った凛は、少しだけ顔を引き締め、そして直ぐに照れたように笑った。
凛「って言っても、単純にどんな曲を歌うのか興味があるだけなんだけどね。楓さん、歌上手いし」
八幡「へーそうなんだな」
まぁ確かに上手そうではあるな。
正直、あの声じゃ歌云々よりも雪ノ下がチラついて仕方が無いが。
あの二人でデュエットなんてやられたら、エコーがかかっているようにしか聴こえないだろうな。
771: 2014/03/18(火) 01:48:43.08
凛「でも楓さん、担当プロデューサーもいないのに凄いよね」
八幡「そういや、CDデビュー組で担当プロデューサーついてないのは美嘉と楓さんだけだったな」
美嘉は俺が臨時プロデュースする事になったが、楓さんは本当にソロでの活動というわけだ。
さすが、これが大人である(小並感)。
八幡「けど美嘉は読モで人気だったから選ばれたのは分かるが、楓さんは何をして人気に火が着いたんだ?」
確かちひろさんの話では、今回のCDデビューには何らかの功績を修めた者たちが選ばれたとの事だった。
つまり、楓さんも何か有名になるような出来事があったということだろう。
ちひろ「あれ、比企谷くん知らなかったんですか?」
と、そこでどこからかちひろさんがやってくる。手には三人分のコーヒー。恐れ入りますね。
ちひろさんから頂いたコーヒーを、礼を言った後に啜る。……苦ぇ。
ちひろ「『高垣楓の酒場放浪記』。結構有名なんですよ?」
八幡「ぶふっ…!」
思わず軽く吹き出してしまう。
いやいや、なんかそのタイトルどっかで聞いた事あんぞ……
772: 2014/03/18(火) 01:49:38.84
ちひろ「毎回楓さんがフラフラと町の酒場を放浪し、そのお店を紹介していく……まぁタイトル通りのローカル番組ですね。これが放送後中々の人気番組になりまして♪」
まぁ確かにあんな美人が心底嬉しそうにお酒を飲んでりゃ、それだけで眼福もんだわな。
ちょっと見てみたいと思ってしまった自分がいる。
ちひろ「後、みくちゃんは食品会社のCM、美波ちゃんは現役スポーツ学生アイドルとして名を知らしめたって感じですね」
凛「……なんか、皆すごいね」
見れば、凛はどことなく元気が無い。
ちひろさんの話を聞いて、少しばかり自信を無くしてしまったように見えた。
八幡「……アホ」
凛「え?」
俺はカバンから一部の雑誌を取り出し、凛に向かって押し付けてやる。
それは、総武高校でのライブの記事が載ったサンプルの雑誌。
773: 2014/03/18(火) 01:51:09.74
凛「これって……」
八幡「その凄い奴らと肩を並べるくらいの事を、お前はやってんだよ」
ちひろ「私の知る限り、プロデュース大作戦が始まって以来ライブをしたのは、凛ちゃん達が初ですよ♪」
俺とちひろさんを交互に見つめ、手元の雑誌をパラパラと捲る。
行き着いたのは、たった2ページの記事。
けれど、それは俺たちにとっては始まりの2ページだ。
八幡「ライブをやって認められたんだ。他の奴らより、よっぽどアイドルしてるじゃねーの。……俺はそう思うよ」
俺が明後日の方向を見つつそう言うと、凛はコチラを見つめ、やがて微笑んだ。
凛「……うんっ……ありがと」
……ったく世話の焼ける担当アイドルだ。
お前が思ってるより、お前は誰かの為になってるよ。
774: 2014/03/18(火) 01:52:13.45
ちひろ「あ、そろそろ楓さん終わりますね。凛ちゃんに比企谷くん、そろそろ準備を」
凛「あ、はい!」
返事をし、立ち上がる凛。
俺も準備するべく、椅子から腰を上げる。
そこでふと、先日の会話が思い出された。
八幡「なぁ、凛」
凛「ん、なに?」
振り返り、キョトンとして表情でコチラを見る凛。
別に今じゃなくてもいいが、どうせこの後打ち合わせで似たような話をするのだ。ならば、どうせだから先に聞いておこう。
まぁ、ぶっちゃけ俺がちょっと気になっただけなのだが。
八幡「凛はよ」
凛「うん」
八幡「765プロの中では、誰のファンなんだ?」
775: 2014/03/18(火) 01:53:11.11
俺がそう聞くと、凛は最初面食らったような顔をしていたが、その後すぐに笑い出す。
凛「どうしたの? 急に」
八幡「いや、打ち合わせもあるし、聞いといて損は無いだろ。あと、単純な興味だ」
「そっか」と凛は呟き、一瞬考える素振りを見せる。
そしてその後、少しだけ照れくさそうに頬をかくと、凛は言った。
凛「……実は、前々から憧れてる人がいるんだ」
八幡「! そうなのか?」
凛「うん。その人はーーーー」
776: 2014/03/18(火) 01:54:26.63
*
あれから一ヶ月程。
数々のレッスンをこなし、CDデビューの為に出来る事はやってきた。
凛と、そして美嘉。
先日届いたデモテープも、二人には満足のいく曲だったようでなにより。
初のレコーディングには苦戦したようだが、それでも何とか乗り切った。
そして、待望のCD発売まで、あと2週間。
いよいよその日が来る……!
……と、そこでふと最近気付いたのだが。
八幡「……別にもう美嘉の臨時プロデュースする必要無いんじゃね?」
ちひろさんに呼び出された会議室で、俺は思った事を率直に呟いた。
777: 2014/03/18(火) 01:56:01.27
しかしそこで面白くなさそうな声が横から入ってくる。
件の少女、城ヶ崎美嘉である。
美嘉「ふーん? なに、プロデューサーはアタシを臨時プロデュースするのがそんなに嫌なわけ?」
八幡「いや、別にそういうわけではないが……ただ単に俺がつかなくても…」
美嘉「じゃあ良いじゃん★」
いいじゃんで片付けられてしまった。
やはりコイツ、性格的には由比ヶ浜よりも三浦の方が近いだろ……押しが強い。
凛「そう言えば、莉嘉ちゃんは最近どうしてるの?」
美嘉「おかげさまで、元気にアイドル活動やってるよ。そのウチ追い抜かれそうでヒヤヒヤだよ」
そうは言いつつも、美嘉のその顔には笑顔が見て取れる。
どうやら、もうこの姉妹に心配はいらないらしい。
美嘉「ま、姉として簡単には抜かれてやらないけどね★」
凛「……私も、負けないよ」
美嘉「お、いいねーそういうの。ライバル宣言?」
778: 2014/03/18(火) 01:57:12.17
と、今度はこの二人は火花をバチバチし始めた。
いやお二人さん? 競うのは良い事だとは思うけどね。俺を挟んでバチバチすんのやめてもらえる?
ちひろ「お待たせしましたー♪」
そしてナイスタイミングとばかりに入室してくるちひろさん。
その表情は、何故だか満面の笑みだった。
どこか、いっそ不気味さすら感じてしまう。
八幡「ちひろさん、突然呼び出したりしてどうしたんすか」
それもこのメンバー。
恐らくは、CDデビューに関する事だろうか。
しかし、それでは他の3人もいなければおかしいか……
ちひろ「えー実はですね。凛ちゃん、美嘉ちゃん、ひいては比企谷くんに、プチサプライズをプレゼントしたいと思います」
凛「プチ……?」
美嘉「サプライズ……?」
779: 2014/03/18(火) 01:58:36.09
何故だろう。とてつもなく嫌な予感しかしない。
いやいや、あのちひろさんだぞ? 信用しろって。
…………。
信用出来ねーーー!!
ちひろ「今何か失礼な電波を受信しましたが、まぁ置いておきましょう」
そこでちひろさんは持っていたファイルの中から、一枚のプリント用紙を取り出す。
そして、おもむろその紙の両端を掴み、俺たちの眼前へと突きつけた。
ちひろ「なんと! 凛ちゃん達CDデビュー組のテレビ出演が決まりましたッ!! イエーイッ!!!」
凛「……」
美嘉「……」
八幡「……」
…………。
凛・美嘉・八幡「「「うぇぇええええええええええええええええッ!!!??」」」
780: 2014/03/18(火) 01:59:33.59
ちょ、ちょっと待て!
て、テレビ出演、だと……?
八幡「……マジ、ですか?」
ちひろ「マジです! 再来週のCD発売日に合わせての生放送です♪」
八幡「ッ……!」
再来週って……急過ぎんだろオイッ!?
いやいやちょっと待ってくれ。頭を整理させてくれ。
……マジで?
凛「テレビ……出演……」
美嘉「生……放送……」
見ると、二人は俺以上に困惑している。
まぁ当たり前だ。コイツらは出る張本人なわけだし。
八幡「……他の3人には伝えてあるんですか?」
ちひろ「ええ伝えてますよ。1週間前に」
八幡「は?」
781: 2014/03/18(火) 02:00:53.48
1週間前? なんでわざわざ俺らだけ今日に……
八幡「……もしかして」
ちひろ「さっすが♪ 察しが良いですね比企谷くん!」
大正解とばかりに指パッチンしてウィンクしてみせるちひろさん。はは、イラッとしたぞオイ。
凛「どういう事?」
ちひろ「えーとつまりですね。さすがに一度の放送で5人も尺を取るのは厳しいって事です」
八幡「二手に分かれて、2週に分けて放送するって事だろ」
フルで歌わないとは言え、さすがに新人のアイドルに5組も尺を取るのは厳しいからな。
ユニットではなく、それぞれがソロを歌うからこその処置なのだろう。
ちひろ「それで、どうせなら同じプロデューサーの付いている凛ちゃんと美嘉ちゃんが一緒の放送回の方が、何かと都合が良いだろうという事になって、今回お呼びしたんですよ」
美嘉「わざわざ発表を分けた理由は?」
ちひろ「準備期間(心の準備)が一緒の方がフェアでしょう?」
782: 2014/03/18(火) 02:01:59.49
同じ2週間後になるように、先週発表を聞いた楓さん、前川、新田。
そして今日聞いた凛に美嘉。
丁度これでお互いに2週間後の本番になったわけだ。
まったく、無駄に手の込んだ事を……!
ちひろ「ささ、皆ボーッとしてないで行きますよ」
八幡「は?」
手をパンパンと叩き、オカンのように腰に手を当てて促すちひろさん。
八幡「行くってどこに?」
ちひろ「決まってるじゃないですか」
あ。これ聞いちゃダメなやつだった。
ちひろ「スタジオに、挨拶に行くんですよ♪」
783: 2014/03/18(火) 02:02:48.58
*
とある某局スタジオ。
以前挨拶周りの時に来た事はあるが、今回は完全に仕事での挨拶になる。
失礼の無いように気を付けねばと、嫌がおうにも緊張してしまう。
……まぁ最も、もっと緊張している奴らもいるが。
凛「……」カチ
美嘉「……」コチ
なんとか歩けてはいるが、今にも手と足が一緒に出そうな雰囲気である。
こんなんで本番を迎えられるのか、俺まで不安になってきた……
道往くスタッフらしき人たちに挨拶をしながら進み、行き着いたのは一つのスタジオ。
784: 2014/03/18(火) 02:04:07.17
八幡「……っ………ここは」
覚えている。
否、忘れる筈がない。
ここは、かつて俺がやよいちゃんを初めてテレビで見たスタジオ。
ちひろさんに貰った資料を見て、ようやくその事実に気付く。
今までテレビ出演という事実に驚き気付かなかったが、この番組は、あの当時有名になっていなかった765プロを紹介していた、あの番組だった。
八幡「……そっか」
凛も、もうあの番組に出れるまでになったんだな。
なんとなく感慨にふけってしまい、少しだけ、目の前が霞んだ。
凛「プロデューサー……?」
すると、凛が心配そうに覗き込んでくる。
俺は慌てて目元を拭うと、取り繕うように姿勢を正す。
危ない危ない。危うく情けない面を見せる所だった。
785: 2014/03/18(火) 02:05:17.94
八幡「何でもねぇよ。……それより、どうだ?」
凛「うん……凄いね」
大きく周りを見渡す凛。
綺羅びやかな照明に、大きな舞台とセット。
そのステージに、凛は心奪われているようだった。
そしてそれは、美嘉も同じ。
美嘉「……こんな所で、歌わせてもらえるんだ」
その瞳には、さっきまでの緊張も不安も、写ってはいなかった。
美嘉「……凛」
凛「ん……」
美嘉「やるからには、負けないよ」
凛「……もちろん。私も全力で、迎え撃つ」
……女の子ってのは、強ぇもんだな。
さっきまであんなに緊張してたのに、今じゃもうこれだ。
ちひろさんが挨拶に連れて来たのは、コイツらに発破をかける為でもあったんかね。
786: 2014/03/18(火) 02:06:23.35
「おや。君たちがシンデレラプロダクションの子たちかい?」
と、そこで一人の男性が話しかけてくる。
社員証を首から下げているので、この局の関係者だろう。
八幡「あっと、シンデレラプロダクションの比企谷八幡です」
多少気付くのが遅れたが、なんとか名刺を取り出し、交換する。
うわぁ、俺完全にリーマンじゃん……
と、そこはひとまず置いといて。
……なるほど。この人は番組のディレクターか。
ディレクター「君たちは再来週の出演だよね。期待しているから頑張ってね」
凛・美嘉「「よ、よろしくお願いします!」」
とりあえずは挨拶は出来たし、印象としても悪くはなさそうだ。
しかしこれを毎回やるとか、敏腕プロデューサーはすげぇな……
俺なんか緊張して脇汗がナイアガラだよ……
787: 2014/03/18(火) 02:08:03.86
ディレクター「あ、そうそう。そう言えば、一緒に出演する彼女たちも丁度挨拶に来ていたよ」
八幡「? 一緒に出演する……?」
楓さんたちの事か? いやでも、それなら放送を分けるから一緒ってのはおかしい。
そもそも、今頃に挨拶に来る筈がない。先週済ませた筈なんだからな。
……待て、何か、嫌な予感がする。
ディレクター「おや、もしかして聞いていないのかい? キミたちの回は一組枠が少ないから、特別ゲストに出演して貰う事になったんだよ」
特別、ゲスト。
そうだ、引っかかっていたんだ。5組という奇数の組み合わせを、2週に分けて放送する。
なら、どちらかの回は枠が少ないはずなんだ。
そしてそれは、俺たちの回。
ディレクター「あぁ、ほら。彼女たちだよ」
俺の背後を見ながら、そう言うディレクター。
そして、その直後。
「おや? あなたは……」
八幡「…ッ!」
788: 2014/03/18(火) 02:09:32.93
この、声は……!?
「……まさか、この場で再会を果たすとは、夢にも思っていませんでした」
八幡「なん、で……」
貴音「いつかの、優しい嘘吐きさん」
そう言って微笑を浮かべるのは、かつて早過ぎる邂逅を果たした765プロのアイドル。
四条貴音であった。
八幡「まさか、出演する特別ゲストって……」
貴音「ええ。私たち3人の事でございます」
3人……? 3人って事は、他にも……
「うっうー! 失礼しまーす!」
ドクンっ
嫌なくらい、心臓が跳ね上がった。
789: 2014/03/18(火) 02:10:55.91
ゆっくりと、声の方へ視線を向ける。
時間が、やけに遅く感じる。
いや違う。
俺が、見たくないんだ。
何故? あんなに……
あんなに、会いたかったはずなのに。
やよい「こんにちは!高槻やよいです! よろしくお願いしまーす!」
俺にとってのアイドルが、そこにいた。
八幡「なっ……」
嘘だろ、まさか、あの高槻やよいが……
790: 2014/03/18(火) 02:12:23.38
八幡「……っ?」
ふと、違和感を覚え、隣の凛を見る。
すると凛はもっと遠くの、通路の奥を見ていた。
目を見開き、信じられないものを見るように。
「高槻さん、そんなに急がなくても」
その声を聞き、思い出す。
凛『……実は、前々から憧れてる人がいるんだ』
791: 2014/03/18(火) 02:13:50.15
やよい「あ、ごめんなさい! ここに来ると、つい元気になっちゃって!」
「ふふ、機材に足を取られないように気をつけてね」
凛『その人はーーーー』
「えっと、今回もお世話になります」
凛『ーーーー如月、千早さん』
千早「如月千早です。どうか、よろしくお願い致します」
凛『私がアイドルになりたいって思った、きっかけの人なんだーーーー」
792: 2014/03/18(火) 02:15:05.72
凛「…………う、そ……」
まるで、嗚咽を漏らすように呟く凛。
彼女は、ずっと憧れだった。
憧れて、勇気を貰って、元気づけられて。
それでも、目の前にいる彼女達は、今の俺たちにとって。
最強の、敵だった。
836: 2014/03/25(火) 01:52:09.87
*
「まだ私が中学生の頃ね。テレビで千早さんをたまたま見かけたの」
そう言う彼女の声は、どこか無邪気さを感じさせた。
「すっごく奇麗で、でもどこか力強さを感じて、それで……思わず聴き入るくらい、歌が上手だった」
少しばかり頬を紅潮させ、照れたようなその表情。
「ほとんど歳も変わらないのに、画面の向こうで歌う千早さんが、凄く輝いて見えたんだ」
時折想いを馳せるように虚空を見つめ、行き場の無い思いをたぐり寄せるように、胸の前で手と手を組む。
「思えばそれがきっかけで、私はアイドルを目指したんだよね。まさか、ダメ元で応募した書類が通るとは思わなかったよ」
837: 2014/03/25(火) 01:53:38.80
まるで当時を思い出すように苦笑し、そして、再びこちらに向き直る。
「元々歌うのは好きだったんだけど、その時テレビで千早さんの歌を聴いて、もっと上手くなりたいって思ったんだ」
真剣に言葉を紡ぐ彼女には、誤摩化しだとか、偽りの気持ちは少しも感じられない。
「あの時は、本当に感動したなぁ。……でも、その時こうも思ったんだ」
憧れを語るその瞳は、まるで夢を語る幼き少女のようでーー
838: 2014/03/25(火) 01:54:36.67
「『あぁ、きっとこの人には、敵わない』……って」
それでいて、どこか遠くを見つめるようだった。
839: 2014/03/25(火) 01:55:58.06
*
あの後、挨拶も程々にスタジオを後にした俺たち。
まさか、あんなサプライズゲストがいるとはな。
今世紀最大のイベントと言っても過言ではない。過言か。
だがしかし、それだけ衝撃的だったのも事実。
……正直、怖いくらいに。
八幡「765プロ、か……」
定時を過ぎ、人気の無くなった事務所で一人語ちる。
ぼんやりと天井を見上げていると、体重を預けた椅子の背もたれが、キイキイと音を上げているのが聞こえた。
戻ってきて以来、かれこれ1時間近くこうしてるな、俺。
先程買ったMAXコーヒーも、いつの間にか温くなっていた。
840: 2014/03/25(火) 01:58:57.19
八幡「……大丈夫なんかね、アイツ」
あの衝撃的な出会い(四条に言わせれば再会だが)の後、結局765プロの彼女たちとはほとんど何も話さなかった。
というよりは、俺と凛が碌に話せる状態では無かったと言うべきか。
したのは精々挨拶程度。テンパってあまりよく覚えていないというのが本音だ。
あの時、美嘉がああ言ってくれなかったら、ずっと動けなかっただろうな。
ちひろ「あれ。比企谷くんまだいたんですか?」
と、そこでどこからともなく現れたちひろさんの声で我に帰る。
見れば、処分用なのか書類の沢山入った段ボールを抱えていた。
まだ帰っていないとは思ったが、その姿を見るにまだ残業していくようだ。
……ほんと、ご苦労なことである。
八幡「手伝いますよ」
俺はゆっくり椅子から立ち上がり、ちひろさんの持った書類をいくらか抱え込む。
なんだ、昔の書類とか請求書の控えばっかだな。恐らくはシュレッドしようとしていたのだろう。
俺がシュレッダーの方へと向かおうとすると、ふと違和感を覚える。
やけにちひろさんが静かだ。
841: 2014/03/25(火) 02:02:40.95
見てみれば、ちひろさんは目を丸くしてコチラを見ている。
八幡「どうかしたんすか」
ちひろ「驚きました。まさか、比企谷くんが自主的に仕事を手伝うなんて」
おい。今この人結構失礼な事言ったよ?
まるで俺が働きたくないから専業主夫を目指すダメ人間みたいではないか。その通りだった。
八幡「別に、ただの気まぐれですよ」
シュレッダーのスイッチを入れ、何枚かずつに分けて落としていく。ガガガと紙を削っていく音が室内に響いていった。良い音だ。小説を読みたくなってくる。
……ま、正直に言えば、何かをして貴を紛らわせたかったんだけどな。
こうでもしてないと、さっきの事ばかり考えていそうだだったから。
ちひろ「……やっぱり、いきなり大先輩との共演は堪えるものがありますか?」
ふとその言葉を聞いて、手を止めてしまう。
振り返ってみれば、ちひろさんが微笑みながら見ていた。
けれどその笑顔はどこか、心配しているような表情にも見えた。
842: 2014/03/25(火) 02:03:58.65
八幡「……ちひろさん」
そうだな……ちひろさんになら、言ってもいいかもな。
俺の、素直な気持ちを。
ちひろ「……なんですか?」
八幡「……俺」
ちひろ「……」
八幡「……やよいちゃんのサイン……貰えなかった……っ!」
ちひろ「そっちィッ!!?」
シュレッダーの音よりも大きく、ちひろさんのツッコミが室内へ鳴り響いたのだった。
843: 2014/03/25(火) 02:05:31.07
ちひろ「いやいやいや。何か真剣に悩んでる風だと思ったら、そんな事だったんですか!?」
と言いつつもコーヒーを入れてくれるちひろさん。
ただもうちょっとゆっくり置いてほしい。跳ねたコーヒーが手に飛んで熱っつぅい!?
八幡「そりゃ、もちろんショックなのはそれだけとは言いませんよ」
手をふーふーしながら抗議の目線を送る。
全く。この人は俺を何だと思っているのか。
ちひろ「……握手もして貰えなかったとか?」
八幡「え? ちひろさんエスパーだったんですか?」
ちひろ「比企谷くぅん? そろそろ本当に怒りますよぉ……?」
ひぇぇ……ちひろさんの目がどこぞのレOプ目アイドルみたいになってるよぉ……
八幡「……まぁ、冗談は置いておいて」
半分くらいは本気だったけどな。とは言わないでおく。
あまりふざけていると、どっかの独身教師みたくその内鉄拳制裁しそうだからな。
844: 2014/03/25(火) 02:07:57.64
俺は一つ咳払いをして、ちひろさんに向き直る。
八幡「ちひろさん。俺からいくつか言いたい事があるんですが、いいですか?」
ちひろ「それはもちろん構いませんが……」
八幡「それじゃあ遠慮なく。……正直、今回の765プロ共演は嫌がらせとしか思えないんですが」
俺がハッキリそう言ってやると、ちひろさんは「うっ…」と顔を歪める。
まるで痛い所を突かれたと言わんばかりであった。
八幡「今回のテレビ出演は、言ってしまえばCD販促の為のものですよね?」
もちろん、テレビに出る事によって知名度を上げようという目論みもあるだろう。
しかし今回の番組はCD発売に合わせて放送されるもの。CD売上を出来るだけ伸ばしたいという目的が一番大きいと思われる。
しかし、そんな中に765プロの電撃参戦である。
八幡「こっちはぺーぺーの新人で、あっちはファンも多いベテランです。同じアイドルとして、どう考えたって食われますよ?」
ジャンルが別のアーティストならともかく、どちらも同じアイドル。そんな組み合わせで歌番組なんかしたら、有名な方が目立つに決まってる。
ちひろ「……確かにその通りです。でも、これはテレビ出演の条件でもあるんですよ」
八幡「条件?」
845: 2014/03/25(火) 02:09:27.98
ちひろ「ええ。番組側としても、若手だけ出演させるのはやはりリスクが大きいようでして、他にゲスト枠を設けるのが出演条件だったんです」
まぁ、確かにリスクは大きいのは頷ける。
二手に分かれたとは言え、多い方は三組。これだけ新人に尺を割けば、視聴率が心配になるのも仕方のない事だ。
それで大成功すれば問題は無いが、そうとも限らないのが現実だ。
むしろ、そうならない可能性の方が大きいのだろう。
ちひろ「ゲストのオファーは完全にあちらの手筈だったので、私たちも直前まで知らなかったんですよね。それで、蓋を開けてみれば…」
八幡「相手は大先輩の765プロ……って事ですか」
これはまた、難儀な話である。
大人の事情が絡んでいるだけにやり辛い。
ちひろ「社長も最初は難色を示してたんですよね。最悪、出演する彼女たちが傷つく結果になるかもしれませんし」
八幡「……」
ちひろ「でも、企画書を見て決心したらしいですよ?」
八幡「は?」
企画書? って言うと、さっきディレクターの人に渡された番組の構成とかが載ってるやつだよな。
ちひろ「『765と共演する回は、彼の担当アイドルたちか。……なら、問題は無さそうだ』ですって♪」
846: 2014/03/25(火) 02:11:21.71
……そりゃまた、えらく買い被られたもんで。
俺のどこにそんな期待してんのかね。あの社長は。
いや、期待してんのは凛たちにか。
ちひろ「……頑張ってくださいね」
突然穏やかな口調になるちひろさん。
見ると、俺の目を見つめ、その顔は微笑みを浮かべている。
八幡「……出るのはアイツらですよ。その言葉はアイツらに言ってやってください」
特に凛とかな。俺から見ても、アイツ大分参ってるように見えたし。
ちひろ「それはそうですけど、でも、比企谷くんも結構参ってるんじゃないですか?」
八幡「そんなこと…」
ちひろ「いつもの余裕、無いですよ?」
俺の鼻へと人差し指を当て、ニッコリと微笑むちひろさん。
思わず押し黙ってしまう。っていうか近いよ。そんなに顔を寄せないで!
ちひろ「あまり無理はしないでくださいね。私たちは、いつだって比企谷くんたちの味方ですから」
八幡「……」
847: 2014/03/25(火) 02:15:02.29
味方、か。
いつだって最強の味方だった彼女は、今は最強の敵として立ち塞がった。
それは彼女だけでなく、凛の憧れの存在も。
そして、それを打ち破らなければ、先は無い。
ここが、凛たちの岐路になるのだろう。
だが、俺はどうしたらいい?
今回歌うのは彼女たち。俺じゃない。
俺は一緒に出演するわけでもなければ、指導するような立場でもない。
一体、どうすればいい。
どうすれば、彼女たちの力になれる?
俺に……
出来る事が、あるのだろうか。
848: 2014/03/25(火) 02:16:17.00
*
あれから一週間。
今日は楓さんを始めとするCDデビュー組三人の放送日である。
当初は一緒に事務所で見ようという予定だったのだが、凛と美嘉の要望でそれは無しになった。
美嘉は単に妹と一緒に家で見る約束をしていたそうだが、凛からは特に何も聞かなかった。
なんでも、一人で少し考えたいとか。
家でちゃんと見るからとは言っていたが、少しばかり心配である。
番組をちゃんと見るかどうかではなく、その思い詰めぶりが、な。
あれからレッスンや打ち合わせで合う事は度々あったが、そのどの日も元気が無かったように見えた。
憧れの人と一緒の舞台に立てるんだ。
その緊張のせいだろうと、最初は思っていたんだが……
849: 2014/03/25(火) 02:17:52.89
八幡「……それだけじゃないんかねぇ」
夕暮れの道。
ぶつぶつと自分でも分かる独り言を言いながら、俺はある場所へと足を運んでいた。
そう。何を隠そう、我が母校総武高校である。いや別に隠してないけど。
別にこれといった用事は無いが、少しばかり仕事が早く終わったからな。
気晴らしがてら、奉仕部にでも顔を出そうと思ったのである。
……アイツらに、凛のことを少し相談したいしな。
自転車置き場を横切り、昇降口へと向かって歩いていく。
途中何人かの帰宅途中の生徒から視線を感じたが、そこはそこ。見事なガン無視でスルーした。いやほら、俺こういうの慣れてるし。ちなみに誰からも見られない事にも慣れている。慣れって怖いね。
しかし、そろそろ部活中の奴らが帰ってってんな。
もしかしたらアイツらももう帰り支度をしてるやもしれん。
ちょっとだけ急ぎ足で向かおうと歩き出す俺。
と、そこで気付く。
遠くから、どこか聞き慣れた音が聞こえる。
これは……
850: 2014/03/25(火) 02:19:58.75
一瞬迷ったが、やっぱコッチだよなと思い直して俺はまた歩き出す。
向かった先は、テニスコート。
八幡「……やっぱりな」
誰もいないテニスコート……否、一人だけいた。
小柄なその女の子のような体型と、さらさらとした白い髪。
間違いなかった。
「……? あっ」
そいつは俺に気付くと、壁打ちをやめてこっちへとトコトコと駆け寄ってくる。
ああ、その姿も可愛いな……っと、いかんいかん。
八幡「……久しぶりだな。戸塚」
戸塚「うんっ。久しぶりだね。八幡」
俺の前まで歩いてきた彼女は……じゃなかった。彼は、戸塚彩加は本当に嬉しそうに笑った。
851: 2014/03/25(火) 02:21:33.57
とりあえずはお互い飲み物を買い、コート脇のベンチへと座る。
え? 奉仕部へは行かなくて良いのかって? ばっかお前、戸塚とどっちが優先だと思うよ。戸塚だろ? おう。戸塚だ。
俺はMAXコーヒー、戸塚はアクエリを飲み、一息つく。
……そういや、こうして戸塚と二人っきりになんのは久々だな。
い、いや、別に二人っきりって所に他意は無いよ?
戸塚「こうして二人で話すの、本当に久しぶりだね」
八幡「え? あ、あぁ」
同じ事を考えていたのか、戸塚のその台詞に少々ビックリする。
俺、ホントにサトラレなんじゃねぇだろうな……でもそれだとボッチなのにも納得できるから嫌だ。
八幡「しっかし、こんな時間まで自主練とは偉いn…」
戸塚「八幡」ズイッ
と、そこで戸塚の顔が急接近。
俺、心拍数上昇。ち、近いよ戸塚きゅぅん!
戸塚「八幡。実は僕、ちょっとだけ怒ってるんだ」
八幡「へ?」
852: 2014/03/25(火) 02:22:54.54
そう言われてみれば、確かに戸塚の顔は幾分ムッとしているようにも見える。
あぁでも、怒ってる戸塚も可愛いな…ってそうじゃない。
八幡「……と、言うと?」
戸塚「プロデューサーになった事、最初黙ってたでしょ」
八幡「うっ……」
やっぱりそれか。
薄々感づいてはいた。というか、それくらいしか心当たりが無かった。
八幡「いやでも、それはこの間の総武高校でのライブの時に説明しただろ?」
あの時、体育館を借りられなかった場合に備えて、俺は戸塚にも交渉していた。戸塚はテニス部員だから、最悪コートを借りられればと思ってな。
そんで戸塚も二つ返事でOKしてくれた。あの時一応ザックリ説明はしたんだが……
戸塚「僕が言いたいのは、それから何も音沙汰が無かった事だよ」
そう言う戸塚は、ムッとしてはいるが、どこか寂しそうにも見えた。
853: 2014/03/25(火) 02:24:25.28
戸塚「何かあれば、話くらい聞くよ?」
八幡「いや、戸塚に迷惑かけるわけにも…」
戸塚「迷惑だなんて思わない!」
突然のその大きな声に、思わず驚く。
自分でも分かるくらいに、目を見開いていた。
まさか、戸塚が声を張り上げるとは……
戸塚「……ねぇ八幡」
戸塚は俺をジッと見つめ、真剣な表情で告げる。
戸塚「僕だって頼られたいよ……友達なんだから」
八幡「ッ!」
友、達……。
その言葉を聞いて、思わずあの二人を思い出す。
854: 2014/03/25(火) 02:26:50.46
どこまでも純粋な、ぼっちでぼっちじゃない少女に。
どこまでも真っ直ぐで、素直になり切れない少女。
俺の事を、友達と呼んでくれた彼女たち。
八幡「……そっか。俺、またやっちまう所だったな」
戸塚「八幡……?」
八幡「戸塚」
俺は改めて戸塚へと向き直り、真っ直ぐに言ってやる。
八幡「“友達”として、相談したい事がある。……聞いてくれるか?」
戸塚「……うんっ、もちろん!」
855: 2014/03/25(火) 02:27:57.81
*
それから今回のあらましを、簡単に戸塚に説明した。
なんだか、こうして誰かに相談事をするのってあまり経験無いし、なんか緊張すんな。
……いや、あまりっつーかほとんど無いか。
戸塚「すごいよ八幡! あの765プロの人たちと共演するなんて!」
そして戸塚はと言うと、素直に俺たちの事を祝福してくれていた。
まぁ確かにテレビ出演なんて、本当ならすげーめでたい事なんだろうな。
しかし事態が事態なだけに喜んでばかりもいられない。
八幡「まぁ、先輩の胸を借りるつもりでやれば良いんだろうけどな。そう簡単にもいかないみたいだ」
そもそも約一名借りる胸すら無い人が……おっと、これ以上は言わん方がいいな。一部の人に殺される。
というか、普通に凛に怒られそうだ。
858: 2014/03/25(火) 02:29:52.68
戸塚「その、渋谷さんが元気無いんだよね……?」
八幡「ああ。たぶん、変に思い詰めてんだろうな。私じゃ勝てないとかどうとか」
戸塚「……それだけ、八幡をがっかりさせたくないんじゃないかな」
少しだけ哀しそうに笑い、そう言う戸塚。
俺をがっかりさせたくない、ねぇ。
確かにその発想な無かったが、どうなんだろうな。
八幡「……けど、だったら尚更、気に病む必要なんてねぇな。自分の好きなようにやりゃいいのによ」
戸塚「八幡……」
俺はあいつの意志を尊重したいんであって、俺の意志を汲み取ってほしいわけじゃない。
それでも、あいつはそれを認めないんだろうがな。
八幡「なぁ、戸塚。俺はどうすれば良いと思う」
何度も自問自答を繰り返した。
だがそれでも、空回りして、何が正しいのか分からない。
八幡「俺に、何か出来る事はあるか?」
俺のやり方じゃ、あいつらを助けられない。
861: 2014/03/25(火) 02:31:12.40
戸塚「……」
俺の問いに対し、戸塚は目を瞑って少しの間考えていた。
やがて目を開き、俺の方へと向き直る。
その顔は、笑顔だった。
戸塚「僕は素人だし、アイドルの事もよく分からないけど……一つだけ分かるよ」
八幡「っ! ホントか?」
戸塚「うん。八幡にしか出来なくて、八幡だから出来る事」
俺にしか出来なくて、俺だから出来る事……?
……ダメだ。さっぱり分からん。
戸塚「んーとでも、ちょっと八幡には難しい事かもね」
八幡「俺にしか出来ないのに、俺には難しいのか?」
俺の困惑した顔が面白かったのか、戸塚はクスッと笑うと、手を胸に当てこう言った。
戸塚「それはね。ーー信じること」
862: 2014/03/25(火) 02:32:58.66
八幡「信じる、こと?」
戸塚「うん」
微笑みながら、戸塚は俺の目を真っ直ぐに見つめている。
戸塚「それだけ? って思うかもしれないけど、でも、それが何より大事だと思うんだ」
八幡「……」
戸塚「きっと八幡が渋谷さんを信じてあげるだけで、それだけで、渋谷さんは勇気を貰えると思う」
「僕が、きっとそうだから」と、そう言って戸塚はまた、小さく笑った。
信じること、か。
そう言われると、確かにそれは俺にしか出来なくて、俺には難しいことのように思える。
別に今まで凛の事を信じていなかったわけではない。
しかしどこかで、上手くいかなかった時の事を考えていたのも、また事実。
俺だから、出来ること……
863: 2014/03/25(火) 02:35:12.47
戸塚「……信じるのって、実は簡単じゃないよね」
呟くように言う戸塚。
戸塚がそう言うのは、ある意味ではとても意外に思えた。
だが、俺だからこそ同意出来る。信じるのは、簡単じゃない。
信じるとは、裏切られてもいいということ。
だから、信じるという行為は、覚悟と同義なのだ。
八幡「ま、俺は100回は裏切られてきたけどな。既に慣れたまである」
戸塚「そ、それはさすがに言い過ぎじゃないかな」
おお、戸塚が引き笑いしている。
けど数えたわけじゃないが、それくらいはいってる気がするのが悲しい。
100回裏切られれば、101回目だってきっと裏切られる。
そう信じて、疑わなかった。
……疑わなかったんだけどなぁ。
八幡「まさか、101回目で表を出すとは思わなかったな」
戸塚「表?」
八幡「何でも無い。ただのコインの話だ」
864: 2014/03/25(火) 02:36:48.13
俺がそう言って立ち上がると、戸塚も慌てて腰を上げる。
八幡「……俺も、102回目に挑戦してみる事にするよ」
戸塚「……クスッ」
見ると、戸塚が可笑しそうに笑っている。
え、なに。俺の台詞ちょっと臭かった? 結構自信あったんだが……
戸塚「103回目だよ」
八幡「え?」
言うや否や、戸塚は駆け出し、俺から少し離れた位置で振り返る。
戸塚「僕が、102回目だからね」
そう言った戸塚は眩しいくらいの笑顔で。
戸塚「……友達って言ってくれて、嬉しかったよ」
夕日に照らされたその姿は、キラキラと輝いていた。
865: 2014/03/25(火) 02:37:58.42
……ったく、ホントに惚れちまうぞ。
それは、こっちの台詞だっつうの。
八幡「……ありがとな。戸塚」
追いかけるように、俺も少し早足で戸塚の元へと向かう。
その後二人で下校している所を雪ノ下と由比ヶ浜に目撃されるのだが……
……まぁ、別にやましい事なんてしてないんだからいいよな。
ただの、友達との下校途中だ。
866: 2014/03/25(火) 02:41:08.50
*
時刻は夜9時を回った所。
自分の部屋のベッドに座り、俺はケータイから電話をかける。
八幡「……あ、もしもし。ちひろさんですか? 夜遅くにすいません」
テレビには、件の歌番組が丁度放送を終えエンディングを迎えた様子が映っている。
手元には、来週の企画書。
八幡「ええ。実はですね、お願いしたい事がありましてーー」
そうだ。俺には、味方がいる。
俺なんかを信じてくれる、味方が。
だから俺は、俺に出来る事をやる。
出来るだけの事をやってーー
後は、アイツらを信じるだけだ。
942: 2014/04/07(月) 01:02:15.26
*
過ぎてゆく 時間とり戻すように
駆けてゆく 輝く靴
今はまだ 届かない
背伸びしても 諦めない
いつかーー
辿り着ける日まで。
943: 2014/04/07(月) 01:03:37.55
*
あれから一週間。
今日は遂に、テレビ放送生出演の本番である。
一週間の間は仕事ではなく、ほぼレッスン漬けであった。
とは言え、ほとんど調整の為のレッスンだけどな。ここにきて身体を駄目にしてしまっては元も子も無い。
まだアイツらは経験も少ないし、出来るだけ本番に向けて調子を整えておくのが定石だろう。
しかしその間、凛はやはりどこか上の空であった。
いや、上の空と言うよりは、集中出来ていないと言えばいいのか……
とにかく、いつもの様子でない事は確かであった。
ま、それも仕方が無いとも思うがな。
人生初のテレビ出演。
それが生放送で、まさかの憧れの歌姫との共演だ。
もはや、CDデビューの喜びもどこへやら。
あるのは緊張と、焦燥ばかりだろう。
944: 2014/04/07(月) 01:04:52.85
もちろん番組に出演するのだって嬉しいことで、喜ばしいことだ。
けど、それでも気持ちが追いつかない。心が、追いつかないのだ。
……15歳の少女には、少々酷と言ってもいいかもな。
しかし、だ。
俺は、あいつがそんな弱い奴じゃない事も知っている。
ここで、終わるような奴じゃないのを知っている。
だから俺は自分に出来る事をやろう。
後は、あいつを信じるだけでいい。
そうすりゃ、きっと結果は返ってくる。
そしてこれは、俺に出来る事の第一歩だ。
頭を整理し、気持ちを切り替える。
呼吸を整えろ。間違ってもキョドったりするな。
これは俺にとっての、戦いだ。
945: 2014/04/07(月) 01:06:11.00
廊下をただ、歩く。
ゆっくりと、踏みしめながら。
やがて着く、一つの部屋の前。
その控え室の扉に貼ってある紙を見て、自分が用のある部屋だと確かめる。
……やべぇな、滅茶苦茶緊張してきた。
八幡「まさか、接触出来る機会が当日だけとはな……折角ちひろさんにアポまで取って貰ったのに無駄になっちまった」
それだけ忙しいという事なのだろう。
自分が今から相手取るのが、誰かという事を、嫌がおうにも思い知らされる。
八幡「……まぁそれでも、アイツらの背負ってるもんに比べたら、軽過ぎるくらいか」
アイツらの重さが40キロ後半強なら、精々俺は5キロってとこ。蟹に遭ったレベルだ。
そんな阿呆な事を考えて、少しだけ気分が楽になる。
……うしっ、行くか。
意を決して、俺は扉をノックした。
946: 2014/04/07(月) 01:08:28.58
*
美嘉「あれ? どこ行ってたのプロデューサー?」
戦いを終え、俺が控え室に戻ると、そこにはケータイを弄りながらソファで寛ぐ美嘉がいた。
お前……凛みたいに気負い過ぎるのもアレだが、それはそれでどうなん? さっきの俺の独白を返してほしい。
八幡「別に、ちょっとばかしお花を摘みに行ってただけだ」
美嘉「?? 局の外まで?」
八幡「局内にあるのにそんな事するわけねーだろ」
あれ。まさか意味が通じないとはな。
テキトーに誤摩化して流すつもりだったんだが。
そもそも男は雉を撃ちに行くが正しいしな。雪ノ下辺りなら律儀に突っ込んでくれそうなもんだが。
美嘉「まぁいいや。それよりもコレ見てよ!」
そう言って立ち上がる美嘉。
しかし言われずとも分かる。正直、部屋に入った時から目のやり場に困っていた。
947: 2014/04/07(月) 01:10:18.05
美嘉が着ていたのは、今日の本番でのステージ衣装。
美嘉「どうよ、この衣装!! アタシ的には、もう少し見せてもいいんだけど……」
いやいやいや、それ以上は流石にまずいでしょう。
なんというか、凄く……工口いです……
ピンク色のビキニ? って言うのか分からんが、それに加え同色のホットパンツにニーソ……ジャケットも肩にはかけているが、その様子じゃあまり羽織りたくはないようだ。
アップのツインテールが、またなんとも美嘉の活発さに磨きをかけている。
美嘉「これ以上布を減らすと色んな人に怒られちゃうんだって♪ だからこのくらいで我慢してよね、プロデューサー★」
そら怒られますとも。俺がしょっぴかれるまでありますとも。
つーかその言い方だと、まるで俺が過激な衣装の方が喜ぶ変態みたいではないか! 是非お願いします!
八幡「あー、なんだ。衣装はいいから、それよりもちゃんとスケジュール確認したか?」
美嘉「えーそれよりもって何よー。感想の一つくらいあってもいいんじゃなーい?」
ねぇ今どんな気持ちー? とばかりに俺の前を右往左往する美嘉。
やめろ。なんかもう色々と困るから。辛抱たまr……鬱陶しいから。
八幡「あーはいはい。似合ってるよ」
美嘉「うわテキトー。……まぁ、顔真っ赤にして可愛かったから許してやるか★」
八幡「うるせ」
948: 2014/04/07(月) 01:12:20.67
くそ、まだまだポーカーフェイスまでは程遠いな。これくらいで動揺するとは。
……まぁでも、取り繕ってるのは俺だけじゃないみたいだがな。
八幡「……やっぱ、緊張するか?」
美嘉「あー……やっぱ、分かっちゃう?」
タハハと笑う美嘉。
その顔は笑っているが、どこか、不安げでもある。
美嘉「正直ね、こうして気を紛らわせてないと不安でしょうがないんだ。……今にも、足が震えてきそう」
目線は足下。自然と、言葉はぽつりぽつりと落ちるように出てくる。
凛だけではない。
二つ歳が上とは言え、美嘉も年端も行かない少女にかわりはない。
美嘉「ぶっちゃけ、凛があんなに参っちゃってるから、その分アタシは冷静でいられるってのもあるんだよね」
八幡「まぁ確かに他に取り乱してる奴がいると、自分は逆に落ち着いてくるって言うもんな」
美嘉「そーそー。読モで少し有名になったからって、結局はこんなモンだよ。まだまだ全然、あまちゃんだ……」
確かに彼女は、他のアイドルに比べれば少しばかり場数を踏んでいる。
けどそれでも、今まで生きてきた“時間”という経験だけは、どうしようもない。
美嘉も、凛も、俺も。
まだまだ子供って事か。
949: 2014/04/07(月) 01:13:47.18
……けどそれでも、それが全てではない事も、俺は知っている。
やよいちゃんを見ろ。俺らより年下でも、俺ら以上の努力っつう経験を積んであれくらい高みに立っているんだ。
なら美嘉と凛に、それが出来ない道理は無い。
八幡「……あん時よ。お前言ってたよな」
美嘉「……?」
八幡「『初めまして765先輩! アタシたちシンデレラプロダクションでーす★ 先輩なんだろーがなんだろーが、正々堂々勝負を挑みますんでよろしく♪』……って、感じだったか?」
美嘉「うっ……!」
俺が出来るだけアホっぽくキャピッとした感じで言うと、美嘉は痛い所を突かれたように顔を顰める。
ふむ。どうやらあまり触れてほしくはない話題のようだ。
美嘉「や、やめてよ~あの後すっごい言って後悔したんだから!」
八幡「いやいや、大先輩に向かってあんだけ啖呵きれるとか俺でも尊敬するレベルだわ。俺だったら絶対やらないけど」
美嘉「う、う~」
いやーこんな状態の美嘉は中々見れそうにないからな。ギャップ萌えギャップ萌え。
ここぞとばかり弄りまくって楽しんだ後、俺はソファに腰を降ろす。
950: 2014/04/07(月) 01:15:50.43
八幡「……あん時、ああ言ってくれなかったら、俺らずっとだんまりだったからな」
美嘉「え?」
八幡「助かったよ」
半ば放心状態だった俺らを、美嘉のあの一言がなんとか突き動かしてくれた。
本人にその気があったかは分からないが、それでも、あの時は助かった。
美嘉「……何の事やら」
そう言って、俺の隣にドカッと座る美嘉。
ちょ、なんか今ふわって良い香りがしたんだけど。
こういうタイプの子は香水臭いってイメージ(偏見)だったんだが、考えを改めなければなるまい。
美嘉「あーあー。あれでアタシ、765プロの人たちに礼儀のなってない人って思われちゃってるかもなー」
八幡「別にそれは間違ってないような気もするがな」
美嘉「悪い事を言う口はどの口かな~?」
八幡「いや、だから待っ、ちょっと、近いって」
手をわきわきさせて躙り寄ってくる美嘉から、なんとか身を捩って逃げようとする。
こいつ肌の露出が多いから、下手に押し返せないんだって! 触ったら問題になる所にしか布が無ぇ!
951: 2014/04/07(月) 01:17:31.72
美嘉「……くふふ、あはあ♪」
八幡「なんだよ、急に笑ったりして」
美嘉「いや、こうして一緒にソファに座ってたらさ。会う前の事思い出して」
そう言うと美嘉は、俺の斜め向かいのソファに座る。
この位置は……
八幡「お前、覚えてたのか?」
美嘉「そっちこそ。まさかあの時は、キミに臨時プロデュースしてもらうなんて思ってもみなかったけどね」
ちひろさんに紹介されるより前に、シンデレラプロダクションの休憩所で出会った俺たち。
会話も無く、視線すら合わせた事も無かった。
だがそれでも、俺は覚えている。
あの、愛おしそうな笑みを。
美嘉「最初は凄い暗いし、目つき悪いなーって思ってたんだけどね」
八幡「オイ」
なにこの子。そんなイメージで俺のこと覚えてたの?
だったら忘れていてほしかったわ。
美嘉「あの時、プロデューサー少しだけ電話してたよね?」
八幡「電話? ……あーそういやそんな気も」
953: 2014/04/07(月) 01:20:10.89
確か、小町からだったか?
なんか病院に寄ってくから飯の当番変わってほしいとかって。
何かあったのかとえらく心配したが、体育で軽く手首捻っただけだって聞いて安心した記憶がある。
美嘉「……その時の表情が、なんとなく忘れられなくてさ」
八幡「表情?」
美嘉「うん。……すっごい優しそうに笑うんだなーって、思った記憶がある」
その時を思い出すかのように、微笑む美嘉。
……優しそうに笑う、ねぇ。
俺がそんな高等テクを使えるとは思えんし、そもそも使った相手が小町という時点でワロエない。
どうにも俺がやりきれない気持ちになっていると、何やら美嘉がニヤニヤしながら見てくる。
美嘉「なに? もしかして照れちゃってんの~?」
八幡「うるせぇよ。そう言うお前こそ、あん時ケータイ見てニヤニヤしてただろ」
美嘉「なっ、に、ニヤニヤなんてしてないし!」
八幡「嘘こけ。おおかた莉嘉とメールでもしてたんだろ」
美嘉「え、なんで知って……ああいや、やっぱ今のナシ!!」
わーわーぎゃーぎゃーと、漫画だったらそんな背景文字が出そうなくらいに騒ぐ美嘉。
嗜めるのには苦労したが、それでも、こんだけ元気なら大丈夫だろ。
ホント、碌なプロデュースが出来ねぇな、俺は。
954: 2014/04/07(月) 01:21:17.75
凛「…………なにイチャイチャしてんの」
八幡・美嘉「「うっ……」」
凛、入室。
びっくりした……なんだよあのオーラ。戦艦ル級かと思った。
緊張を抜きにしても、どこか只ならぬ気を感じるぞ。
八幡「別に、イチャイチャなんてしてないぞ。な」
美嘉「う、うんうん。それよりも、凛ってばどこ行ってたのさー」
なんとも下手な誤摩化し方だが、今は話題を逸らせ!
凛「いや、ちょっとお花を摘みに……」
美嘉「え。何それ流行ってんの?」
凛「……流行ってるも何も、皆行かないと大変なことになると思うけど」
美嘉の語彙の少なさに、今は感謝しとく事にした。
955: 2014/04/07(月) 01:22:39.45
*
さて、ここでもう一度繰り返すが、今回のテレビ出演は生放送だ。
普通の音楽番組の収録とは違い、失敗は許されない。
まぁ普通の収録でもプロは皆失敗等しないように本気だろうし、そもそも歌の収録で失敗自体あまり無いだろうがな。
つまり問題なのは、その本番一回でどれだけ力を発揮出来るかという事だ。
その本番までの下準備、練習と言ってもいい。
歌番組の本番前には、それがある。
いわゆる、リハーサルである。
八幡「……そろそろだな。行くぞ」
時計を確認し、席を立つ。
美嘉は無言で頷くと、ソファから立ち上がる。
しかし凛は……聞こえてねぇな。
956: 2014/04/07(月) 01:23:59.00
八幡「おい凛」
凛「っ!」ビクッ
八幡「大丈夫か?」
凛「う、うん」
顔色が全く大丈夫じゃない件について。
顔面蒼白とまではいかないが、多少青い事は確かだ。どんだけ蒼好きよ。
しかも、衣装も青と白がメインだからなぁ。
襟の白いノースリーブシャツに、青色のフリルスカート。
なんとも、凛のイメージにピッタリである。
この間の川崎デザインの黒ゴシックも格好良かったが、こっちも爽やかさが出てて実に凛らしい。
正直、似合ってるかとか聞かれたら美嘉の時みたく困る所だったが、そんな余裕も無いのか聞かれなかった。
いや聞かれない方が俺としては助かるんですけどね? ……だがそれはそれで複雑である。
二人を連れ、控え室を出てスタジオへと向かう。
廊下を歩いている間、誰も言葉を発する事は無かった。
そして、スタジオの入り口まであと少しという所。
美嘉「凛?」
凛「……」
振り向くと、凛が立ち止まっている。
凛「ご、ごめんね。ちょっと、緊張しちゃって」
苦笑いしながら言う凛。
そんな事、わざわざ言わなくても分かるっつうの。
957: 2014/04/07(月) 01:27:12.24
美嘉「……じゃあ、アタシ先に行ってるね★」
凛「え?」
突然そう言うや否や、美嘉が凛を置いてスタジオに向かって行く。
八幡「ちょ、おい美嘉…」
美嘉「よろしくね」ボソッ
八幡「ッ!」
俺の横を通り過ぎる間際、小さな声で囁く美嘉。
そのまま、スタジオへと行ってしまった。
……はぁ、ったく。
八幡「……仕方ねぇなぁ、おい」
凛「え、ちょっとプロデューサー?」
俺は深く溜め息を吐くと、廊下の壁にもたれ、ズルズルとそのまま腰を降ろす。
凛「プロデューサー、もうすぐリハーサル始まっちゃうよ?」
八幡「大丈夫だ。余裕みて控え室出たからな。それよりも…」
958: 2014/04/07(月) 01:29:02.07
俺は顎をしゃくって、隣に座るよう促す。
いや、よく考えたら女の子を地べたに座らせるってのも如何なもんかと思うが、事態が事態だしな。なんか見下ろされてるみたいで嫌だし。
それに、ちょっと色々と見えそうで目線が定まらん。
凛は逡巡した後、小さく溜め息を吐いて、俺の隣にしゃがみ込んだ。
さすがに地べたに座るのは抵抗あったかね。
途中廊下を通るスタッフさん達に不審な目で見られたが、今は些細な問題なので捨てておく。
凛「……それで? 今回はどんなトラウマ話を聞かせてくれるの?」
八幡「いやなんで俺がトラウマ話をする前提になってんの? そもそも何故そこまでストックがあると?」
いや実際あるんだけどさ。俺のトラウマは108話まである。ちゃんと数えた事ないけど。
八幡「悪いが、今回はそういうのは無しだ」
凛「?」
八幡「今回俺がお前らにしてやれる事は、ほとんど無い」
今回で痛感した。
俺には、プロデューサーとしてやってやれる事があまりにも少ない。
所詮は一介の高校生。長年の経験も無ければ、培った知恵も無い。
けど、よくよく考えればそれは当然の事何だよな。
このプロデュース大作戦自体が、一つの大きな試験のようなモノだ。
アイドルだけじゃない。プロデューサーも、試されている。
その素質を。
959: 2014/04/07(月) 01:30:36.48
八幡「俺には、他の一般Pが持っているような能力は無いんだよ」
聞けば、前川のプロデューサーは元大手企業の営業職に就いていたらしいし、新田のプロデューサーだって有名女子大の主席とかなんとか言っていた。
このCDデビューというチャンスに選ばれたのには、アイドルだけではなく、プロデューサーにも何らかの要因がある。俺はそう思っていた。
けれど、俺には何もない。ただのぼっちの高校生……って言ったら今は怒られるか。クラスではぼっちの高校生だ。
プロデュースに関して、俺は何のカードも持っちゃいない。
とっておきのワイルドカードなんて、俺には無い。
八幡「だから、今回俺に出来るのは一つだけだ」
凛「それって……」
八幡「“信じること”」
大切な友達に教わった、俺にしか出来なくて、俺だから出来ること。
八幡「俺は、お前を信じてる。……まぁそりゃ、心配にならないかって言われたら嘘になるが」
恥ずかしさを隠すように、俺はそっぽを向いて言葉を吐き出す。
八幡「それでも、お前がここで立ち止まるような奴じゃないってのは、理解してるよ」
凛「プロデューサー……」
凛は俺の顔を見つめた後、下を向き、うずくまるように膝を抱える。
960: 2014/04/07(月) 01:33:51.17
凛「……私ね。ここ最近は何だか、自分自身に現実身を持てなかったんだ」
八幡「自分自身に……?」
おいおいおい。凛ってこんな中二病的な子だったっけ? ……いや、前から若干そんな毛もあった気もする。
凛「ちょっと大袈裟に言い過ぎたかな」
俺の困惑した表情を見て苦笑する凛。
凛「……でも、CDデビューして、テレビ出演して、しかも生放送で……私には、とてもじゃないけど実感が湧かなかった」
八幡「……」
凛「正直、私でいいのかって思ったよ」
その言葉には、凛の葛藤が込められているように思えた。
凛「そりゃ私だって、アイドルになりたくてこの業界に入ったよ。でも、それでもなれたら良いなって気持ちだけ。私なんかより必氏になってアイドルを目指してる子たちは、沢山いる」
八幡「……」
きっと、現実に気持ちが追いつかないのだろう。
自分が思うよりも速く周りが流れていって、期待されて、結果を求められる。
凛だって、まだ15歳の女の子だ。
嬉しい事だろうが、祝うべき事だろうが。
そんな簡単に、受け入れられるものじゃない。
961: 2014/04/07(月) 01:35:41.46
凛「……千早さんみたいに歌えたらって思った。でも、千早さん程の歌に対する覚悟も、私は持っていない」
そこで凛は、もう一度俺の目を見つめる。
俺に対し、訴えかける。
凛「そんな私が、千早さんと同じ舞台に立っていいの? ……そんな私を、信じてくれるの?」
その真剣な目に、俺は何と答えればいいのか。
……いや、そんな事は分かり切っている。
考える必要すら、俺には無い。
俺は人差し指を凛に向けてやる。
凛「? プロd…」
八幡「てい」
凛「あたっ」
THE・デコピン。
俺の夢は伊織ちゃんにデコピンしてやる事だが、今は置いておく。
俺のデコピンを受け、凛は軽く尻餅をついていた。……ちょっと罪悪感湧くな。
962: 2014/04/07(月) 01:36:53.68
そして俺は突き出した手をそのまま移動させ、ポンっと凛の頭に乗せてやる。
これぞ小町直伝“女子もイチコロ頭ポン♪”である。胡散臭ぁー!!
凛「ぷ、プロデューサー?」
八幡「いいか。すっげー大事なことだからもっかい言うぞ?」
改めて、言ってやる。
八幡「俺は、凛を信じてる」
凛「ッ!」
八幡「お前だから、今この場に、お前はいるんだよ」
他の誰もない、凛だからこそ、アイドルとしてここまで来れた。
CDデビュー出来たのも、テレビで歌う事が出来るのも、他でもない。凛だからだ。
八幡「どんだけ迷って自信が無くても、お前がやってきた事に嘘は無い。レッスンに費やした時間も、そこまで真剣に考えられる気持ちも、全部、本物だ」
たとえ自分自身が信じられなくても、凛がやってきた努力は裏切らない。
だから俺も、信じられる。
964: 2014/04/07(月) 01:38:14.75
凛「……ただ、テレビ見て歌いたいって思っただけだよ…?」
八幡「きっかけなんて皆そんなもんだ。お前は、そっから一歩踏み出したんだろ」
凛「…………全然ファンの為とか考えてないし、自分の事で精一杯なんだよ……?」
八幡「応援するかどうかはファンが決める事だ。お前が真剣にアイドルやってりゃ、結果もファンもついてくる」
凛「………………私に、出来るの、かな………?」
あーもう!
どんだけ不安なんだよこのお姫様は!?
俺は面倒になり、凛の手を引いて立ち上がる。
だがちょっと頑張り過ぎた。女の子の手を握るとか俺にはハードルが高過ぎる。
速攻で手を離し、腕を組む。顔が熱い。
八幡「……結構前にやってた、まだ有名じゃない時の765プロのドキュメンタリー番組見た事あるか?」
凛「へ?」
俺の唐突の質問に、上ずったような声を出す凛。
凛「……あの、あなたにとってのアイドルとは? って質問していくやつ?」
八幡「それだ。…………お前なら、なんて答える?」
965: 2014/04/07(月) 01:39:57.47
俺がそう聞くと、凛は俯き、しばし考えたが、やがて首を横に振る。
凛「……分かんない。私には、明確にアイドルを目指す理由が無いから…」
八幡「なら、それを探せよ」
凛の隣に移動し、スタジオの向こうを見据える。
その向こうは、照明のせいかキラキラと輝いて見えた。
八幡「まぁ、少しばかり探すのには苦労するかもしれん。道なりも困難だ。その上終わりが見えないときてる。フルマラソン所じゃない。見つかるかも分からんし、めちゃくちゃつれーだろうな」
凛に、視線を移す。
その瞳は、俺をジッと見つめていた。
八幡「けど、走り切った時の感動はヤバイだろうな。きっと途中で応援してくれる奴らも増えてくし、競い合うライバルも現れるだろ。もちろん、背中を押してくれる仲間もいる。…………そんでもって」
俺は、多少の、というかかなりの恥ずかしさと共に言ってやる。
八幡「隣には、俺がいる」
こんな事を言うのは、一生で最後だと思いたい。
八幡「なんの力にもなれないかもしれないし、途中でリタイアするかもしれん。…………けど、あん時約束しちまったからな」
966: 2014/04/07(月) 01:41:20.84
夜の町を、二人で歩いたあの日。
八幡「隣で、ちゃんと見てるって」
だから、信じないわけには、いかないだろ。
凛「…………」
凛は俺の言葉を聞いて、静かに目を閉じる。
さっきまで動揺や焦燥とは違う、落ち着き払ったその仕草。
俺は、声をかける。
八幡「さ、周りの準備は万全だ。ーーお前はどうする?」
凛「……そこまで言われたら、決まってるよ」
968: 2014/04/07(月) 01:43:19.53
凛が、目を開く。
凛「ーーーー全力で、駆け抜けてみせるから」
その瞳に、迷いは無かった。
その一歩を、踏み出す。
スタジオに向けて、歩いていく。
八幡「……その衣装、似合ってるよ」
凛「えっ?」
八幡「何でもねぇよ」
二人で、一緒に。
969: 2014/04/07(月) 01:45:02.22
*
凛「それで、何が俺に出来ることは一つだって?」ジトッ
リハーサル終了後、俺は我が担当アイドルに睨まれていた。
正直、本当に石になりそうな勢いである。
八幡「いやー出来ることならお前らの緊張を和らげてやろうと思ってな」
凛「ある意味本番以上に緊張したよっ!!」
そう声を荒げる凛に、後ろで笑う765勢。
そう、今回俺がした一つの仕込み。それはーー
美嘉「まさか、リハとは言え765プロの人たちと一緒に歌うとはねぇ……」
疲れたように呆れた声を出すのは美嘉。
よほど緊張したのか、ベンチに座り込んでいる。
970: 2014/04/07(月) 01:46:27.00
千早「でも、楽屋に来た時は驚きました。『一緒に歌ってやってください』って急に頭を下げるんですから」
八幡「う……」
いや俺だってめちゃくちゃ緊張したかんね?
何故か他の仕事が入ってるとかで765のプロデューサーさんはいないし、開けたらいきなりやよいちゃんいるし。いや楽屋なんだから当たり前なんだけども。
要は俺がやりたかったのは、本番に緊張するなら、その前にもっと特別な事をやらせるって事だ。
生放送のインパクトには勝てないだろうが、それでも憧れの765プロとユニット組んで即興で歌うんだ。中々緊張も飛ばせたんじゃなかろうか。
貴音「相も変わらず、あたなは嘘吐きですね」
クスクスと俺を見て笑う四条。やめろ。この間も言ってたが、俺は皇帝陛下なんぞにはなれん。
八幡「何言ってんだ。俺ほど自分に素直な奴はいないぞ? 素直過ぎて俺が話すと皆『う、うん』って頷くくらいだ」
凛「それは引いてるって言うんだよ……」
その通りだった。
凛「……というか、プロデューサーって四条さんと知り合いだったの?」
美嘉「そう言えば、話す時もタメ口だしね」
八幡「あ? あー……それはだなぁ」
971: 2014/04/07(月) 01:47:41.18
深夜のラーメン屋で出会いましたと言って信じられるのかっていうね。
敬語を使わないのも、なんかあの時からそうだったし……
貴音「彼とは、因縁があるのです」
凛「え!?」
やよい「いんねん??」
やよいちゃん可愛い。
じゃなくて、なんだその誤解を招く言い方は。ただラーメン奢っただけなんですけど!?
貴音「そして、渋谷凛。あなたとも」
凛「ええ!?」
千早「話が見えてこないわ……」
ディレクター「あの~……とりあえず、リハの続き始めていい?」
どうにかディレクターのおかげで煙に巻く事が出来たな。
このままなぁなぁになってくれれば尚良しだ。
972: 2014/04/07(月) 01:48:58.97
やよい「あの!」
八幡「っ! ひゃ、ひゃい!」
突然背後からの呼びかけに驚く。
しかも相手はあのやよいちゃんである。思わず変な声が出てしまった……
八幡「な、なんでしょうか…」
やよい「これ、私から比企谷さんへのプレゼントです!」
八幡「え…」
そうして手渡されたのは、一枚の色紙。
そう、高槻やよいの、直筆サイン色紙だった。
しかも、俺宛て……だと……!?
やよい「実はさっき渋谷さんに、比企谷さんが私のファンだって教えてもらって……迷惑でしたか?」
八幡「ととととんでもないっ!」
さすがは凛だ! 良い仕事をしてくれる!!
これは家宝にせねば……
やよい「それじゃ、私行きますね」
八幡「っ! あ、あの!」
やよい「?」
973: 2014/04/07(月) 01:53:46.94
俺は少し躊躇った後、何とか言葉を紡ぐ。
八幡「……いつも、ありがとう」
やよい「え?」
もしも、会う事が出来たなら、絶対に言おうと決めていた。
八幡「辛い時も、嫌な事があっても、いつでも元気をくれたから。……だから、ありがとう」
上手く、言葉に出来ない。
何故だか、涙腺が緩む。
俺の気持ちは、伝わっているのだろうか。
やよい「っ……はいっ! こちらこそ、いつも応援ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね♪」
そう言って、彼女は戻っていった。
それは、こっちの台詞なのに。
いつだって応援して貰ってるのは、こっち方だ。
美嘉「プロデューサー? そろそろ凛のリハ始まるよー?」
974: 2014/04/07(月) 01:55:17.56
美嘉の声で我に帰り、俺は慌ててスタジオの後ろ側へと戻る。
ここからなら、スタジオを見渡せるからな。
見ると、凛は既にステージに立ち、準備を始めていた。
凛『あーあー……マイクは大丈夫だね』
スピーカーから、凛の声が聞こえる。
どうやら、緊張は程良く解けたらしい。
凛『……ごめんなさい。歌う前に、少しだけ言いたい事があるの』
と、そこで凛が曲が始まる前にふいに話し出す。
凛『この間、CDデビューするって聞いた時は言いそびれちゃったから……今ここで』
そこで凛は、俺の方を向き、満面の笑顔で言った。
凛『ここまで来れたのは、プロデューサーのおかげ。…………だからありがとう、プロデューサー』
975: 2014/04/07(月) 01:57:14.55
その言葉の後、スタジオにいる全員が俺の方を向く。
いや何よこの公開処刑。しかも何か言わなきゃならない空気になってるし……!
俺はたっぷりと苦悶した後、頭をガリガリと掻き、明後日の方向を向きつつ一言だけ言った。
八幡「…………おう」
それを聞いて、凛はもう一度満足そうに微笑んだ。
……何故だか、スタジオ中からニヤニヤとした視線を感じるぞオイ。
やがて、曲が始まる。
ったく、ホントにこいつといると飽きねぇな……
俺はジッと凛を見つめ、その歌声を聴く為に、耳を傾けた。
凛『ずっと強く そう強く あの場所へ 走り出そうーーーー』
976: 2014/04/07(月) 01:58:17.92
*
テレビ生出演の翌日。
つまり、今日は凛と美嘉のCD発売日である。
俺は既に手にした二枚のCDを持ち、シンデレラプロダクションにいた。
ちひろ「いや~中々の盛況でしたよ! コレは今日のCD売り上げにも期待出来ますね~♪」
ものっ凄い笑顔でコーヒーを出してくれるちひろ。正直引くくらい機嫌が良い。
単にテレビ出演が成功したのが嬉しいのか、その収入が嬉しいのか。……後者であると信じたい。
ちひろ「そんなの、どっちもに決まってるじゃないですか♪」
八幡「さらっと心を読まないでください」
つーかやっぱ金銭面もかェ……
977: 2014/04/07(月) 01:59:33.51
ちひろ「あれ、そういえば凛ちゃんは?」
八幡「なんか、765プロの如月さんとお食事らしいですよ」
ちひろ「ええ! 凄いじゃないですか!?」
なんでもあの後、二人は意気投合して連絡を取り合っているらしい。
今度一緒にレッスンを見てもらえるとか喜んでたな。
ちひろ「しかも、あれから早速オファーが来てるみたいですね。やっぱりテレビ出演は大きいですねぇ」
八幡「ですね。正直今も俺のケータイが鳴っている事に恐怖を感じます」
いや仕事が舞い込むのは良いことだけどさぁ……こんだけ露骨だとげんなりもしますがな!
まぁ電話は後にして、今はコッチを優先しますかね。
ちひろさんが電話対応をしているのを尻目に、俺はCDプレーヤーにCDを入れ、再生ボタンを押す。
耳にかけたイヤホンから、軽快な音楽が流れてくる。
八幡「……ふむ」
中々良いのではなかろうか。
978: 2014/04/07(月) 02:01:24.96
と、そこで右耳のイヤホンが外される。
驚いて横を見てみれば、そこにはいつの間にか帰ってきていた凛の姿が。
俺から奪いさったイヤホンを、耳に当てていた。
凛「……ふーん?」
あ。これヤバイやつだ。
凛「プロデューサーは担当アイドルより先に、臨時プロデュースしてるアイドルの曲を聴くんだ?」ニッコリ
テーブルの上には、封の開けられた美嘉のCD。
そしてその横には、未だ未開封な凛のCD。
凛さん。目が笑ってないでござる。
ちひろ「うっふっふ~安心してください凛ちゃん♪」
と、そこで鬼登場。違った。悪魔か。
ちひろさんは凛の側まで寄ると、耳打ちするかのように言ってやる。
ちひろ「比企谷くん、既に凛ちゃんのデモCDは持ち帰ってますから♪」
凛「え?」
979: 2014/04/07(月) 02:02:29.36
いや、ちょっ、丸聞こえなんですけどォ!?
俺はちひろさんを止めにかかるが、時既に遅し。
ちひろ「サンプルのCDは発売より全然早く出来ますからね。それを言ったら、比企谷くんってばわざわざレコーディング会社まで取りに行ったんですから」
は、恥ずかしい……!
おのれチッヒー……自分がサトリナ声である事を感謝するんだな。じゃなきゃ張っ倒している。
凛「……」
と、そこで凛は何故か俺のデスクの引き出しを開ける。
そこには、俺のipodが。
凛「……」
無言で操作している凛。
一体何を……? ってまさか!?
凛「……『Never say never』、入ってる」
ひちろ「おお! もうipodにも落としてるんですね!」
いっそ殺せ。
980: 2014/04/07(月) 02:03:43.15
見れば、凛はいつの間にか顔が真っ赤だ。
恥ずかしがってるその顔はとても可愛い。可愛いが……
俺の方が、もっと恥ずかしい。
凛「ぷ、プロデューサー」カァァ
八幡「…………」
凛「…………」
八幡「」ダッ
ちひろ「あ! 逃げた!」
違う。これは戦略的撤退だ(※逃げです)。
いつ以来だろう。こんだけ本気で走ったのは。
美嘉「あれ? プロデューサーどこ行くの……って速っ!?」
凛「ちょ、待ってよプロデューサーっ!?」
その後も、愉快な事務所内での追いかけっこは続いた。
途中島村や本田も加わり、最終的には社長に説教される事になるのだが、今は置いておこう。
981: 2014/04/07(月) 02:04:54.30
……真に遺憾ながら、この生活に慣れて来てしまっている自分がいる。
そして楽しんでる自分も、な。
凛は今以上に有名になっていくだろう。
仕事も、ファンも増えていく。
正直、俺がプロデューサーで大丈夫なのか不安にもなる。
……けど、俺がアイツを信じてるように。
アイツも、凛も、俺を信じてくれている。
なら、俺はどこまで一緒に走ってゆこう。
いつか辿り着ける、その日まで。
982: 2014/04/07(月) 02:06:37.99
つーわけで、CDデビュー編、完結!! もはやヒッキーじゃねぇ!!
今でも覚えています。凛ちゃんのCDを買った時の事を。
思えば、あれがモバマスの最初の一枚だったんだなぁ……
今でも覚えています。凛ちゃんのCDを買った時の事を。
思えば、あれがモバマスの最初の一枚だったんだなぁ……
996: 2014/04/07(月) 02:28:16.25
いよいよ物語も佳境ってことで、次スレで恐らく最後となります。
いつも深夜まで呼んでくださってありがとうございます!
って事でこっちは埋めてオッケーです。
いつも深夜まで呼んでくださってありがとうございます!
って事でこっちは埋めてオッケーです。
994: 2014/04/07(月) 02:26:15.73
終わっちゃやーだー
乙!
乙!
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