1: 2013/07/02(火) 21:21:47.68
私がムギ先輩に告白したのは、卒業式の後のことです。
先輩が寮に引っ越していく直前に告白しました。

何故そんなタイミングになってしまったかというと、単純に勇気がなかったからです。
卒業式のときはボタンをもらうのが精一杯で……。
それから憂や純に励ましてもらって、やっと告白できたんです。

ムギ先輩は私の告白を受け入れてくれました。
先輩も私のことが好きだったけど、遠距離になるから遠慮していたそうです。

そんなわけで、私たちの遠距離恋愛がはじまりました。

4: 2013/07/02(火) 21:24:37.19
◇◇◇

ムギ先輩とは毎日のようにスカイプをしています。
夜9時頃。ご飯を食べ終わった後。お風呂に入るまでの間。
私たちはお互いの顔を見ながら、お話します。

私はお互いの顔が見えるスカイプが好きです。
パソコンの画面に映るムギ先輩はころころ表情を変えて、あの頃みたいですごく楽しいです。

話すのは、本当にとりとめのないことばかり。
学校のこととか、授業のこととか、コンビニスイーツのこととか。

でも、そんなとりとめのないことを話す時間が、私には何より大切です。
見たいテレビ番組を録画にして、スカイプを優先するぐらいには大切なんです。

6: 2013/07/02(火) 21:25:23.69
告白をしてから直接会ったことは一度もありません。
先輩はゴールデンウィークも帰ってきませんでした。

たまに、ムギ先輩に触れたいという想いに襲われます。
卒業する直前になると、ムギ先輩は唯先輩と同じように、私に抱きついてくれるようになりました。
抱きついて「梓ちゃんはとても抱き心地がいいの」と言ってくれました。
今になって考えると、私のことを好きだったからかもしれません。


私もムギ先輩に抱きつかれるのは好きです。
やわらかくて、やさしくて、とっても落ち着いて、幸せな気持ちになれるから。

次会うのは夏休みになると思っていました。
だから今はスカイプで我慢しようと。

でも、この前ムギ先輩に誕生日プレゼントを聞いてみたところ、意外な答えが帰ってきました。
「梓ちゃんの家にお泊りしたい」って。

8: 2013/07/02(火) 21:27:26.88
ムギ先輩の誕生日は火曜日です。
大学の講義について聞いてみると、「火曜は講義を入れていなくて、水曜は休講だから大丈夫」と言われました。

2人で相談した結果、7月2日(火)、7月3日(水)の1泊2日でお泊り会を開催することになりました。
相談した次の日、部室に行くと、菫の強い主張によってその2日間は部活がお休みになりました。
……ありがとう、菫。


これから話すのは、ムギ先輩が私の家にお泊りにきてくれた2日間。
とりとめのない、とっても大切な2日間のお話です。

11: 2013/07/02(火) 21:29:45.83
◇◇◇

ムギ先輩が私の家にくる。
当日になってもなんだか実感がわきませんでした。
告白してから3ヶ月以上、私たちは会っていません。
先輩、あの頃と変わってないのかな……。

そんなふわふわした気分で過ごしていましたが、
お昼休みに菫から「くれぐれもよろしくお願いします」と言われ、
純からは「そういえば今日だったね」とからかわれて、やっと実感が湧いてきました。

12: 2013/07/02(火) 21:30:53.25
学校が終わると、私はすぐに教室を出ました。
待ち合わせ場所は、以前ムギ先輩がバイトしていたハンバーガーショップ。

私が着いた時、先輩は女の人と話していました。
私が近寄ると先輩は「これからデートなの」と言って話を打ち切ってくれました。
話していた人は昔のバイトの同僚さんで、たまたま会ったそうです。
「デートだなんて言って変に思われませんか?」と聞いたら、先輩は「あの子も女の子と付き合ってるから」と教えてくれました。

それからにっこり笑って「梓ちゃん、会いたかったわ」と目を細めて笑いました。
その笑顔がまぶしすぎて、私は顔を赤くして目を逸らしました。

14: 2013/07/02(火) 21:31:53.51
ムギ先輩は白いワンピースを着ています。
「似合っています」と言うと、「今日のためにバイトして買ったんだ」と教えてくれました。

私だけじゃなく、ムギ先輩も色々準備してたんだとわかって。
ムギ先輩が、今日のためにわざわざ服を買ってきたんだとわかって。
なんだか、嬉しい気持ちになりました。

制服の私と、白いワンピースのムギ先輩。
先輩は金髪ですし、まわりからは少し不釣り合いに見えるかもしれません。
私がそれを先輩に伝えると、先輩は私の手を握りました。
「こうすれば恋人同士に見えるかな」って。
私は「そういう意味じゃないです」と言いながらも、手は離しませんでした。

15: 2013/07/02(火) 21:32:41.17
デートと言っても行くのはスーパーマーケットです。
一緒に夜ごはんを作ろうと約束していたんです。
作るものはシンプルにカレー。

カレー粉は家にあるので、じゃがいも、にんじん、玉葱、牛肉。
オーソドックスなものだけ買って、それから軽くお菓子などを買いました。

ひと通りカゴに入れてから「アイスも見ませんか」と提案してみました。
ムギ先輩はアイスコーナーを熱心に物色して、最終的にあずきバーの前でとまりました。

「あずきってちょっと梓ちゃんに似てるよね」などと言いながら、「これって美味しいのかな」と私に聞きました。
「私は好きですよ」と言うと、先輩は買い物カゴの中にあずきバーを入れました。

17: 2013/07/02(火) 21:33:25.10
家に帰ってしばらく休憩した後、私たちはカレーを作り始めました。
一人暮らしで鍛えているからか、ムギ先輩の包丁さばきの腕は凄まじく、あっとういうまに玉葱が木っ端微塵になりました。
ムギ先輩が玉葱を炒めている間に、私はじゃがいもと人参を乱切りに。
カレーということもあって、特にハプニングもなく、平和に作れてしまいました。

作っている間、ずっと私たちはお話していました。
憂や純のこと、菫と直のこと、それに最近あったこと。
毎日のようにスカイプで話していましたが、いざ会ってみると話したいことは際限なくて……。
私はずっとしゃべりつづけました。

ムギ先輩はそんな私の話を興味深そうに頷きながら聞いてくれました。
スカイプのときと同じように、表情をコロコロ変えながら。

19: 2013/07/02(火) 21:34:12.11
たまに私はカレーを一人で作るのですが、今回作ったのはいつものより美味しかった気がします。

玉葱をちゃんと飴色になるまで炒めたからなのか。
それともムギ先輩と一緒に食べたからなのか。

どちらかはわかりませんが、楽しい食事でした。

夜ご飯を食べてから、私たちはソファに座りました。
膝と肩をぴったりくっつけて。
冷房がかかっているので、暑くはありません。
むしろ寄り添わないと少し寒いぐらいに設定しました。

ソファの上で、私たちはお話をしました。
私が「今度はムギ先輩の話を聞きたいです」と言うと、先輩は色々話してくれました。

澪先輩の話、唯先輩の話、律先輩の話、それから新しい友だちの話。
講義の話に、中間テストの話、バイトの話。

いくつか、以前聞いた話も混じっていました。
でも、楽しそうに現状を語るムギ先輩を見ていると、そんな野暮な指摘をする気にはなれません。

20: 2013/07/02(火) 21:34:53.45
しばらくすると母が帰ってきました。
ムギ先輩は丁寧な挨拶をしたあと、母におみやげを渡しました。

母や父にムギ先輩と付き合っていることは言っていません。
さすがにそれを伝える勇気はまだありません。

母は私達が作ったカレーを食べて美味しいと言ってくれました。

先輩と私が一緒に作ったカレー。
それが母に認められて少しだけ嬉しかった。
きっと、私達の関係を認めてもらうのは、そう楽なことじゃないから。

ムギ先輩も同じ気持なのか、カレーを褒めてもらい、とても嬉しそうにしていました。
それから、少し申し訳なさそうにしていました。

21: 2013/07/02(火) 21:35:24.87
それから一緒にお風呂に入りました。
お風呂では、母のことを話ました。

ムギ先輩は「梓ちゃんのお母さんに申し訳ない」と言います。
その気持はわからないでもないです。
ただ、好きになってしまったものは、仕方ないとも思います。

だから私は何の根拠もなく「いつか言える日がきます」と言いました。
するとムギ先輩は、軽く笑って、私の背中を洗ってくれました。

恋人同士のお風呂だからといって、特にエOチなことはしません。
お互いの背中を流し合ったぐらいです。

22: 2013/07/02(火) 21:36:33.88
お風呂をあがってから、私たちはあずきバーを食べました。
ムギ先輩はあずきバーを舐めながら「これ、私が住んでるところにも売ってるのかしら」と言いました。
楽しそうにあずきバーを舐める先輩を横目に、私は人生ゲームの準備をはじめました。

実はこの人生ゲーム、ムギ先輩とやるために純から借りたんです。
先輩は人生ゲームを見ると、待ってました! とばかりに、準備を手伝ってくれました。

本当は大人数でわいわいやるゲームなのですが、2人でやっても楽しいのが人生ゲームの特徴です。
基本はルーレットを回した出た目に応じて進むだけのゲームですが、子供を作ったり不動産を買ったりすることもできます。

結果は私の勝利に終わりました。
私は立派なビル3つと豪邸1つ、それに子供を2人。
ムギ先輩はビル1つと一般的な家1つ、それに子供が2人。

24: 2013/07/02(火) 21:37:26.03
ゲームが終わった後、先輩は「いつか私達も子供が欲しいね」って冗談めかしていいました。
私が「科学の進歩に期待ですね」と言うと、ムギ先輩が傍にきました。

それから私をぎゅっと抱きしめて「暑い?」と聞きました。
私の部屋は冷房が寒いぐらいにかかっているので、別に暑くはありません。
私は黙ったまま、ムギ先輩のことをぎゅっと抱きしめました。

夏に冷房のかかった涼しい部屋で、暖めあうように抱き合う私とムギ先輩。
少し、私たちの関係みたいだなって思いました。

ムギ先輩はそれから、私の頭を撫でてくれました。
一緒な高校だった頃、ムギ先輩はよくこうやって私の頭を撫でてくれました。

25: 2013/07/02(火) 21:37:53.76
なんで撫でるのか聞いたら「なんとなく撫でたいの」と言われたことがあります。
だから私もなんとなく、ムギ先輩に撫でられるのは好きです。

ムギ先輩に撫でられていると、なんだか心が落ち着きます。
自分がここにいてもいいんだ。
自分はちゃんと愛されてるんだ。
……なんてことを漠然と感じさせてくれるんです。
こればかりは実際に体験してもらわないと伝わらないかもしれませんが。

ムギ先輩がひとしきり私を撫でた後、歯を磨いて寝ることにしました。

27: 2013/07/02(火) 21:38:45.43
私のベッドの横に、来客用の布団。
さすがに一緒に寝ようと言う勇気はありませんし、親に変に思われても困ります。

電気を消してからも、私たちはおしゃべりを続けました。
今まで会えなかった時間を取り戻すように、とりとめのない話を延々と続けました。
似たような話もたくさんしたと思います。
特に純のことは何度もネタにさせてもらいました。

私もムギ先輩はそんなにおしゃべりなほうではないのですが、その夜は沢山おしゃべりしました。
明日になればお別れだから……というのもあったとおもいます。

そして話し疲れた頃、ムギ先輩が言いました。
「そっちのベッドにいってもいい?」って。

ベッドの上で私たちはゆるく抱きしめ合いました。
冷房を消していたので、お互い汗をかいてしまいましたが、それもなんだか気持ちよかった。
久しぶりに全身で感じるムギ先輩はふんわりしていて優しくて。
その感触を一秒でも長く感じていたいと思ったのに、私はいつの間にか眠っていました。

28: 2013/07/02(火) 21:39:15.87
翌日。目を覚ますと、ムギ先輩は既に起きていました。
私が声をかけると、先輩はアイスティーをもってきてくれました。

先輩のいれてくれたアイスティーは、1年前に飲んだそれよりも、菫がいれてくれるそれよりも、もっと美味しかった。

29: 2013/07/02(火) 21:40:14.63
学校についてから、私はあることを企んでいました。
その企みを実行に移すべく、私は一年の教室へ向かいました。
菫に話すと「先輩がいいなら私は」と言ってくれました。

企みとは、待ち合わせ場所に菫を連れて行くことです。
菫も4月以降一度も会っていないと聞いていたので、きっと喜んでくれるはずです。
そしてきっと、ムギ先輩だった菫と会いたいと思っているはずです。

昨日と同じように、授業が終わった後、ハンバーガーショップに行くと、ムギ先輩がいました。

先輩は菫を見ると、ちょっと驚いた後、抱き合いました。
菫も久しぶりにムギ先輩に会えてとても嬉しそうです。

それから私たちはポテトフライを齧りながら、学校のことを話ました。

30: 2013/07/02(火) 21:40:48.02
菫の口から出る私を褒める言葉の数々は照れくさくて。
それを楽しそうに聞いて、私の頭を撫でるムギ先輩のせいで、よりいっそう照れくさくて。
でも照れくささ以上にとっても嬉しくて。
私はずっと顔を真っ赤にしていました。

たくさんおしゃべりした後、菫とは別れました。
本当は一緒に行ってもよかったのですが、気を利かせてくれたみたいです。

ムギ先輩は「菫を連れてきてくれてありがとう」と言ってくれました。
それから、私の頭をまた撫でてくれました。

31: 2013/07/02(火) 21:41:31.39
ムギ先輩が電車で帰るまであと3時間。
私はちょっと大きな公園にムギ先輩を誘いました。

2人で散歩していると、ムギ先輩から意外なことを聞かされました。

「実はね、今日の朝、お母様に『梓と付き合ってるの』って聞かれちゃったの」

「え」

「それで、『はい』って答えちゃった」

「そ、それで……」

「うん。応援してくれるって。薄々気づいてたみたいよ。梓ちゃんのお母さん。いつもいつも梓があなたの話をするって」

「そうでしたか……でも、応援してくれるって……」

「ええ、さすがにお父様にはまだ話せないそうだけど、ありがたいわね」

「はい!」

33: 2013/07/02(火) 21:42:24.76
「私ね、女の子同士ってもっと障害ばかりだと思ってた」

「私もです」

「でもね、応援してくれる人もいるんだってわかって、とっても嬉しかった」

「……ムギ先輩」

「なぁに?」

「障害が多くても、私はずっと一緒にいたいです」

そう言うと、ムギ先輩は私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。


ムギ先輩の抱擁は優しい。
私を気遣うように、そっと抱きしめてくれる。
大切にされているのを感じて、安らげる。

34: 2013/07/02(火) 21:42:54.47
「ねぇ、ムギ先輩」

「なぁに?」

「キス……ってまだ私達には早いでしょうか?」

ムギ先輩はじっと私の顔を見た。
そして一言。


「それを決めるのは梓ちゃんじゃないかしら」


キス……興味がないわけじゃありません。
でも、今は。
この暖かさに包まれてるだけで、十分。
そう思えるんです。
だから、


「楽しみは先にとっておきましょう」


ムギ先輩は微笑んでくれました。

35: 2013/07/02(火) 21:43:38.91
私たちは手を繋いで駅まで歩き、そこでお別れしました。

次に会えるのは夏休みでしょう。
また毎日、スカイプをして想いを募らせていく日々が続くんだと思います。
でも、そういう日々も大切だと思うし、
そういう日々があるからこそ、出会えた日が特別になるんだと思います。

そっと自分の唇に触れてみました。
キス……。

ふと、私は言い忘れていたことに気づきました。
お泊りで頭がいっぱいですっかり忘れていた大切なこと……。

慌てて電話を手に取り、先輩にかけました。


「ムギ先輩、誕生日、おめでとうございます!」


おしまいっ!

37: 2013/07/02(火) 21:44:47.47
おつ

40: 2013/07/02(火) 21:46:21.17
本当にとりとめなかったな

引用元: 梓「とりとめのないおとまり会」