1: 2013/01/12(土) 13:13:37.69
「プロデューサー…」

少女はドアをの前でこちらを向いて今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべている。
少女の笑みが消えてしまわないようにと俺は馬鹿みたいな笑顔で言う。

「何だ?」

だけれども、俺の笑顔では彼女の笑顔を守れはしなくて彼女の笑みは消えてしまい、涙で頬を綺麗に濡らした。
彼女は細い身体を震わせながら言う。

「私の事、…忘れないでね?」

2: 2013/01/12(土) 13:14:23.61
俺は言った。

「忘れないさ」

彼女はドアノブに手をかけた。
今まで何度も見た、彼女が事務所から出る姿。
きっとこんな当たり前の光景も、もう全て終わってしまうのだろう。
彼女はドアノブをガチャリと音を立てて開けた。

3: 2013/01/12(土) 13:15:31.54
「○○○ッ…」

思わずに彼女名前を呼んでしまった。当たり前が手から零れ落ちるのに耐えれずに、つい彼女の名を呼んだ。
彼女はこちらを振り向く。

「なに?…×××」

彼女は俺の名前を呼んだ。
ドアの外から入ってくる強い光で彼女の表情は伺えない。
俺は何て言おうか、何を言うべきかを考えて結局なにも見つからずに。いや、見つけた言葉を言い切れずに俺は言う。

「忘れないからな」

彼女は悲しげに微笑んだ。

「さよなら、プロデューサー」
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーーー

4: 2013/01/12(土) 13:16:45.89
「プロデューサー、苦しいのか?」

聞き覚えのある声に反応して、重たい眼を無理矢理こじ開けた。
小さな身体に長く美しい黒髪を後ろで一つに束ねている少女が心配そうにこちらを見ていた。
俺は大きな欠伸を一つして少女に挨拶をした。

「おはよう、響」

5: 2013/01/12(土) 13:26:05.24
俺の挨拶を聞いた少女は先程の心配などは何処かに捨ててしまったのか、曇り一つ無い明るい笑顔で挨拶を返してくれた。

「おはようだぞ、プロデューサー」

そのまま響が俺への心配を拾い出さないようにと、響をからかって忘れさせる事にした。

6: 2013/01/12(土) 13:28:46.61
「響は本当に可愛いなー」

「なッ、セクハラだぞ!プロデューサー」

「何を言ってるんだぁ?こんなの俺が脳内で響にしている事に比べたら」

「変態っ!律子に言いつけるぞ!」

「響は人の脳内まで規制をするのか?俺は響はもっと優しい娘だと思ってたよ」

と、俺がガッカリとした目で響を見つめると響は慌てて意見を変えた。

「まっ、まあな自分は完璧だからそれぐらいは許してあげるぞ」

7: 2013/01/12(土) 13:30:46.12
そこまで言ってから俺は事務所は居るのは俺たちだけだと気付いた。

「あれ、皆は?」

「もう帰ったぞ」

腕についている時計を見ると、短い針は十時を指していた。
確か八時までは机で書類を書いていたから、二時間程度も居眠りをしていたのか。

9: 2013/01/12(土) 13:32:53.30
「他に誰もいないなら、無理をしなくて良かったんだぞ?」

響の顔が一気に曇る。

「待ってたの…迷惑だったのか?」

「違う違う、ありがとう響」

苦笑しながら響の頭を撫でると、響は猫のように気持ち良さそうに目を細めた。

10: 2013/01/12(土) 13:35:00.07
「そうじゃなくて、〝響〟を演じなくて良いよ」

響は上目遣いで俺に尋ねる。

「まだ事務所だよ?」

「他に誰もいないから良いよ」

「分かった、じゃあ普通に喋るよ。ところでプロデューサーはまだ帰らないの?」

「先に車に乗っててくれ」

「分かった、車の鍵を貰うよ」

そう言って響は迷う事なく俺のスーツの内ポケットに勝手に手を入れて車の鍵を持っていった。

11: 2013/01/12(土) 13:38:09.00
響が出て行き、一人になった事務所の中で深く息を吐いて倒れるようにソファーに座った。
まだ忘れられないのか、きっとずっと忘れられないのだろう。
出来れば忘れてしまいたい。
出来るのならば。

もう一度深く息を吐いてから響が待っている車へと向かった。

13: 2013/01/12(土) 13:42:26.23
俺はアイドルのプロデューサーをしている。
俺は他の誰にも言えない事が二つある。
一つは担当のアイドルと同棲している事だ。
俺は響と会った時に人生で二回目の一目惚れをした。一回目の時は良い仲を築けたものも、そこからもう一歩踏み出す事の無いまま終わってしまった。

15: 2013/01/12(土) 13:46:36.90
そんな経験を活かして俺は最初から響に猛アタックした、他のアイドル達は機嫌が悪くなり、律子からは怒られ、社長からはクビをほのめかされた。
それでも俺は負ける事なく猛アタックをし続けると、響が他の皆にも秘密でコッソリと付き合うならOKだと言ってくれたのが半年前の事だ。
事務所の皆にぐらいは言っても良くね?と言うと響は涙目で必氏に俺を止めた。
だから表向きには俺は振られた事になっている。

16: 2013/01/12(土) 13:48:29.65
そして、もう一つ。

「プロデューサー、いつまでこうするの?」

助手席にちょこんと座っている響が俺に聞いて来た。

「こうって、どう言う事だ?」

響の言っている意味が掴めず俺は聞き返した。

「いつまで私は〝響〟を演じてないといけないの?」

もう一つの秘密は、響のキャラは作られているということだ。

18: 2013/01/12(土) 13:51:00.09
本当の響は〝響〟みたいに沖縄弁を使わない。
沖縄弁を使えはするが、東京に来てからは沖縄弁は恥ずかしくて使いたく無いらしい。
たまに、つい口から沖縄弁を出してしまった時は、恥ずかしげにこちらの様子を伺ってくる。

19: 2013/01/12(土) 13:52:08.59
響は〝響〟ほど明るく元気では無い。むしろ普通の少女よりも少し傷付き易くて落ち込みやすい。
〝響〟は961プロの黒井社長が作った響の演じるアイドルだ。
その事は貴音も美希も知らない。
何でも響だけは本来のキャラでは売れないと判断して演じさせられたらしい。

20: 2013/01/12(土) 13:53:44.22
俺は〝響〟よりもむしろ響の方がずっと愛おしかった。
でも、俺は自信が無かった。
俺の大好きなものが大衆にも愛されるという自信が持て無かった。
だから、付き合ってから響にその話を俺だけに打ち明けられた後も、響には〝響〟を演じてもらっている。

「響は嫌なのか?」

「嫌じゃ無いけど…」

響はその続きを濁した。

21: 2013/01/12(土) 13:55:27.35
俺は怖かった。
俺の愛しているものが大衆に愛されない事が。
だから

「響、俺はありのままのお前が好きだよ。それじゃだめか?」

俺は大事に、大衆の目に触れないように響を隠した。
響はぎこちなく笑って、呟いた。

「ありがとう」


******

22: 2013/01/12(土) 13:59:46.01
ベッドで寝ている私の顔へと、窓から太陽の光が差し込んだ。
隣で寝ているプロデューサーの顔を見ると苦しそうな顔をしている。
きっと嫌な夢を見ているのだろう。

23: 2013/01/12(土) 14:00:46.01
プロデューサーはよく寝ている時に苦しそうな顔をする。
嫌な夢を見ているのかと聞いてもいつも、はぐらかされてしまう。

「ッーーーんーー」

プロデューサーが何かを言っている。何て言ってるのか聞こうとして近づいた。

「行くなッ!!」

プロデューサーはそう叫びながら起き上がって、私の事を強く抱き締めた。

24: 2013/01/12(土) 14:01:43.98
「はぁっ、夢か」

プロデューサーは荒い息遣いで少し体を震わせている。

「おはよう、プロデューサー」

プロデューサーは私の声を聞いて我に帰ったのか、申し訳なさそうに笑った。

「おはよう、響」

25: 2013/01/12(土) 14:02:23.70
プロデューサーの背中に腕を回してギュッと抱き締めるとプロデューサーは少し驚いた。
私はプロデューサーの耳元でお願いをした。

「教えて、プロデューサーの見る夢の話」

「…俺の昔の恋愛とか聞きたく無いだろ?」

「聞きたく無いよ、でも知っておきたい」

26: 2013/01/12(土) 14:03:44.80
きっとその話は私の耳には刺激的過ぎて大きな痛みを持ってくるだろう。
それでも、プロデューサーの事を知っておきたかった。

「昔さ、俺がこの事務所に入ったばっかの新人プロデューサーの頃」

「丁度、同時期に事務所に所属した新人アイドルが居たんだ。俺の初めて担当したアイドルだ。そして初めて一目惚れした娘だ。」

プロデューサー懐かしそうに愛おしそうに思い出を話す。

27: 2013/01/12(土) 14:07:45.03
「だけども、流石に担当アイドルへ猛アタック出来る程の紳士にはまだなってなかった。」

こちらを向いて苦そうに笑った。

「俺は彼女を知れば知る程、彼女の事を好きになっていった。」

プロデューサーはまるで目の前に誰かがいるかのように、目の前を見つめて話す。

「彼女の素晴らしい部分が数え切れない程見えてきた。」

目の前の彼女に伝えるように話す。

「それを皆に知って欲しかった。」

28: 2013/01/12(土) 14:13:36.47
「けれど、俺が好きなものが大衆に好かれる訳ではなかった。俺の彼女へのプロデュースは空回りばかりしていた。」

プロデューサーは悔しそうに、床を見つめながら捻り出すように喋る。


「それでもいつかは、皆に理解してもらえると思った。けれど、それよりも先に彼女は引退した。」

プロデューサーはまた、目の前の彼女へと顔を上げた。プロデューサーは苦しそうに笑っている。

「ヒットしないまま、沢山傷付くだけ傷付いてこの世界から消えていった。」

「それが、今でも忘れられないんだ」

30: 2013/01/12(土) 14:14:53.48
そう言い終わりぐったりとどこかを見つめていた。
そうか、そういう事だったのか。
こんな時に、プロデューサーの苦しそうな時にいけないのだけど。

私は嬉しくて笑うのが耐えられなかった。
そんな私の顔を見てプロデューサーは不思議そうに尋ねる。

「どっ、どうした響?」

31: 2013/01/12(土) 14:18:49.41
「んー、ごめんプロデューサー嬉しくてニヤニヤが止まんないよっ!」

私は自分を思いっ切り抱き締めてどうにか心を落ち着かせようとする。
けれども、全然落ち着かない。

「だって、つまり、私に〝響〟を演じさせてたのは、大好きな私の事が皆に好かれる自信が無かったからでしょ?」

「まっ、まぁそうだ」

私は体を乗り出してプロデューサーに近付くとプロデューサーは少し後ろに仰け反った。

33: 2013/01/12(土) 14:20:30.79
「私ずっと不安だったの!本当にプロデューサーは私を好きなのか。だって、私を皆の前で表に出させてくれないから」

プロデューサーに飛び込むように抱きついた。
プロデューサーは飛び込んだ私をどう扱うべきか戸惑っている。

「良かった、嬉しい…」

「俺の昔の話は気にしないの?」

プロデューサーは何をそんなに過去を気にするのだろう。

「気にしない訳ではないけど、それよりも嬉しくて。とにかく今のプロデューサーは私が好きなんでしょ?」

34: 2013/01/12(土) 14:21:26.49
プロデューサーは私の顔を目を丸くして見てくる。

「ははっ、あははは!」

プロデューサーは何かが切れたように笑い出した。
私は声を出さずにニヤニヤしながらプロデューサーの体にくっついている。
私の頭をわしゃわしゃと、いつもより少し力強く撫でられた。

35: 2013/01/12(土) 14:22:31.82
「こんな事なら、早く話しておくべきだったな」

「響…」

プロデューサーが私の名前を呼ぶ。
プロデューサーを抱き締めたままプロデューサーの顔を見上げる。
プロデューサーは馬鹿みたいに明るく笑っていた。

「かなさんどー」

少し発音の可笑しな愛を口にする。
私は少し照れながらも出来る限りの可愛い笑顔で言った。

「かなさんどー」

オワリ

36: 2013/01/12(土) 14:23:37.60
沖縄弁じゃない響なんて



可愛い

38: 2013/01/12(土) 14:24:59.20
終わってもーた


響はなにをしても可愛いなぁ

引用元: P 「嫌な夢を見た」