1: 2021/10/09(土) 08:59:25.685
―図書室―

男(放課後…たまたまどんな本があるのか気になって)
男(そしたら彼女が残ってたから)

男(俺は図書室で受験勉強するようにした)

女「……」

男(中学の頃に話したの、覚えてるのかな)
男(声掛けたいけど……とてもな)

女「ねえ」

男(……!)ドキッ

男「どうしたの?」

2: 2021/10/09(土) 09:03:08.627
女「鍵…返すから」
女「もう時間」

男「あ、ああ…」
男「俺は見回りが来るまで残ってるよ。キリが悪くて」

男(馬鹿…! 一緒に帰ればいいだろ!)

女「そっか…」

女「……」

女「中学、一緒だったよね?」

男「!」
男「そうだったかな…?」

女「……」
女「ごめん、変なこと聞いたよね?」

男「あ、いや…」

女「じゃあ、ね…」

3: 2021/10/09(土) 09:07:07.767
男(彼女とはそういう関係で…)
男(それはなんとなく放課後の自習という形で続いて…)

男(何もないまま、卒業式を迎えた)

男(それから…二十年が経った)

4: 2021/10/09(土) 09:13:19.463
 ガタンゴトン ガタンゴトン

女(35)「……」

女(景色が過ぎ去っていく)
女(久々の地元だった)

女(大学を出て都会で仕事をしていて…評価されて、役職をもらって、頑張ろうって…)
女(気が付けばこんな年齢だった)

女(一人暮らしの父が病気で倒れて…彼の介護が必要になり)
女(親戚の考え方もあって、私は退職して地元に帰ることになった)

5: 2021/10/09(土) 09:17:26.574
女「何も、残らなかったなあ…」
女「四年間必氏に勉強して…いい企業に入って、十一年間真面目に働いて…」

女「なんなんだろ、人生って」

女(残業続きで、まともに休暇もなかった)
女(お金なんて、あっても仕方がないんだって)

女(それは私が余裕があるからいえることなのかもしれないけれど…)
女(でも結局介護をしながら私が老後まで生きられるほどのお金があるわけでもないし…)

女「はぁ……」

7: 2021/10/09(土) 09:20:38.548
女「暗いなぁ、私」ハハ

 ふと、顔を上げたとき
 男の人と目が合った

男(35)「……」

 無精髭の、癖毛で、目の下に隈のある…
 涙袋のある、疲れた顔の人

女「あ……」

 少しのデジャヴの後に思い出す
 高校生の頃、好きだった男の子だった

8: 2021/10/09(土) 09:25:21.011
 なんとなく電車に乗ったまま、降りるはずだった駅を逃し
 彼が駅を降りるのを待った

 ひと駅、ひと駅ごとに、何をしてるんだと我に返りそうで…
 ようやく彼が降りたのは、初めて来る終点だった

女「○○君?」

男「……どちらさんで」

 覚えていないようだ
 いや、すぐに名前が出てきた私がおかしいのだ

女「○○だよ」

 少し首を傾げた後、

男「ああ」

 小さく、曖昧に零す
 変わっていない様子だった

9: 2021/10/09(土) 09:29:50.268
 少し、高校の頃の当たり障りのない話をした
 面白い先生がいたとか 文化祭が変わってたとか

 もっとも彼は ほとんど覚えていないようで 生返事で
 そういう浮世離れしたところも 昔のままだった

女「それで私ね…○○君のこと、好きだったんだ」

 流れでそのまま口にしてしまった
 意外と恥じらいはなかった

男「あ……」

 驚いたように目を開いていた

11: 2021/10/09(土) 09:32:01.664
女「それで…あの…」

 そのとき 電車の硝子に 自分の顔が映った
 酷く疲れた顔をしている

 硝子の薄っすらした自分の影でもわかるほど
 皺がしっかりと見えて

 浮かれて何を口にしたかったのか

女「…十年、早く君に会いたかったなあ」

 そんな諦念が口を出て

12: 2021/10/09(土) 09:35:31.403
男「……」

 急に投げかけられた言葉に 彼も驚いているようで
 ぽかんと口を開けていて

女「あ…ごめんね、その」

男「そうだな…十年早く君に会いたかったな」

 そう口にした彼は 既に私の顔を見ていなかった

 ふらりと私の横を抜け ホームに向かっていく


 不思議な邂逅と 不思議な意気投合だった

女「好きです。愛してました」

 小さくそう 彼の遠ざかる背に呟いた

13: 2021/10/09(土) 09:37:46.892
男(35)「……」

男(俺は小説でちょっとした賞を取って、大学をやめた)
男(でも、大して話題にもならず、売れず…)

男(以来、売れない小説をぽつぽつと出しては、後は三流雑誌のライターとして生きている)
男(真っ当に働かなきゃって、でも小説も諦められず…)
男(気づいたら大学をやめて十五年が経っていた)

男(もう…何をするにも手遅れだ)
男(身寄りも何もない、仕事も金もない、何ひとつ取り柄のない男が残った)

14: 2021/10/09(土) 09:41:35.932
 ガタンゴトン ガタンゴトン

男(見慣れた景色が過ぎている)
男(けど、広い草原だった場所には住宅街が並んで…)
男(俺だけが何も変わらず、この世界に取り残されている)

女「……」

男(ふと、彼女に気が付いた)
男(すぐにわかった)
男(二十年前、高校生の頃…ずっと片想いしていた子だった)

男(彼女は疲れた顔で、ぼうっと景色を見ていた)

15: 2021/10/09(土) 09:46:34.463
女「あ……」

男「っ!」

 ずっと見ていると 彼女が俺の方を見て目が合った
 自然を装って目線を逸らす

 二十年経っても 彼女は美人だった

 どうしよう 声を掛けたい
 いや まるでストーカーみたいじゃないか


 そう悩んでいる内に 気が付けば終点まで来ていた

16: 2021/10/09(土) 09:49:27.665
女「○○君?」

 駅に降りてすぐ 声を掛けられた
 とても驚かされた

男「……どちらさんで」

 つい出てきたのはそんな言葉だった
 二十年経っても 俺は変わっちゃいなかった

女「○○だよ」

 そう言われて
 わざとらしく首を傾げた後

男「ああ」

 白々しくそう返す
 自分の情けなさが嫌になった

17: 2021/10/09(土) 09:54:16.440
 彼女は高校の頃の話をした
 文化祭だとか 体育祭だとかの

 でも俺は当時からの根暗で 今更そんな話をされてもすぐには出て来なくて

 何より彼女を前にした緊張で 言葉がまともに口を出なくて
 ちぐはぐな返事をしながら そんな情けなさに懐かしさを感じて

女「それで私ね…○○君のこと、好きだったんだ」

 ありふれた想い出のように 彼女はそう口にした

男「あ……」

 気の利いた言葉は返せなかった

18: 2021/10/09(土) 10:00:25.532
女「それで…あの…」

 彼女は俺の目を見た後 口籠った
 気まずげな 悲しげな 顔をしていた

女「…十年、早く君に会いたかったなあ」

 呟くように そう口にした
 言葉の意味はわからなかった

19: 2021/10/09(土) 10:04:26.238
男「…………」

 十年前…二十五歳のとき

 俺は真っ当に働くべきだと思いながらも 掴み掛けた夢を追ってしまった
 そこからが険しい道なのだと知っていたのに

 あのとき諦めていれば
 俺はきっと 真っ当な社会人になっていただろう

 服もよれよれ 金もない 将来設計もない
 社会経験未熟なことをコンプレックスに思う フリーの三流ライターになり下がった

女「あ…ごめんね、その」

男「そうだな…十年早く君に会いたかったな」

 もう彼女の顔はまともに見れなかった
 俺は早歩きで 彼女の横を通り抜けた

 不思議な邂逅と 不思議な意気投合だった

男「好きです。愛してました」

 嗚咽を抑えながら 地面を向いて
 俺は小さくそう零した

20: 2021/10/09(土) 10:12:12.311
―二十年前・図書室―

女(放課後…たまたま友達に誘われて、受験の自習に図書室を使った)
女(そうしたら彼が来て、海外の翻訳小説を借りていった)

女(だから私は毎日ひとり図書室に残って、彼が来るのを待っていた)

女(元々彼は図書室が好きらしく、その内…私の斜め前の席で、毎日自習を始めるようになった)

女(言葉はあまり交わさないけど、それでも幸せだった)

21: 2021/10/09(土) 10:17:28.704
 その日 私は 勇気を振り絞って声を掛けることにした

女「ねえ」

男「どうしたの?」

 緊張する私と裏腹に 彼はとても落ち着いた様子で そう返した

女「鍵…返すから」
女「もう時間」

 これで自然に一緒に帰れるかもしれない
 心臓が痛い
 
男「ああ…」
男「俺は見回りが来るまで残ってるよ。キリが悪くて」

 彼はあっさりとそう口にする

女「そっか…」

 とても真面目で 静かな人だった

22: 2021/10/09(土) 10:21:09.831
 これで私も残るのもヘンな話だ
 参考書を机へ片付ける

女「中学、一緒だったよね?」

 つい、私はそう聞いた

男「そうだったかな…?」

女「……」
女「ごめん、変なこと聞いたよね?」

男「あ、いや…」

 わかっていたことだ
 期待なんかしていない

 彼は本が好きで あまり他者には興味のなさそうな人だった
 私のただの片想いだ

女「じゃあ、ね…」

 私は泣きそうになるのをこらえて そう言った

23: 2021/10/09(土) 10:22:49.910
おわり

24: 2021/10/09(土) 10:34:05.171
 反対行きの駅で 電車を待っていた

男(十年前…彼女に会っていたら)
男(俺は真っ当に働いていただろうか?)

男(それで彼女と不思議と縁があって…)
男(付き合って…結婚したりして…)

男(そんな未来もあったんだろうか?)

 そんな意味のないことを考える

25: 2021/10/09(土) 10:37:51.769
 ふと座っていられなくなって 椅子から立った

 なんとなく駅を歩いていると 彼女が椅子に座って泣いていた

男「あ…」

女「……」

 なぜ真っ直ぐ終点まで来た彼女が 反対行きの駅に?
 
 もしかして…彼女も俺を追って ここまで来ていたのか?

男「……」

 いや そんなわけはない
 俺は踵を返し 彼女に背を向けて歩き出す

26: 2021/10/09(土) 10:40:25.164
男「…………」

 何度目だ?

 そうやって自分に自信がなくて 変化が怖くて
 その癖夢見がちで
 自分が傷つかないように 追い掛けて欲しくて

 それで…何度後悔してきたんだ?

 変わる勇気があれば いつだって俺は真っ当な仕事を始められた
 彼女も傷付けずに済んだ

 いや 今からだってできるはずだ

 俺は素早く身体を返し 彼女の許へと走っていった

27: 2021/10/09(土) 10:48:45.324
男「なぁ…あの…」

 俺は彼女へ声を掛けた

女「え…?」

 彼女は驚いた顔で 俺を見ていた
 泣き腫らしたらしく 赤い目をしていた

男「その…奇遇だな。俺も…乗り過ごしたんだ」

 その一言で 同時に笑い合った

 ちゃんと しっかりと言わなければ

 もう遅いなんて諦めるのは きっとただの言い訳だから


「――好きです。愛してました」


本当におわり

引用元: 男「好きです。愛してました」