2: 2009/09/12(土) 23:14:13.34

………ブウウ―――――ンンン―――――ンンンンン………


振り子時計の唸るような音が、未だ夢見心地なあたしの耳に入りこんできた。


「……」

「むにゃ……」

「……ぅ?」

「…………あれ?」

「……ここ、どこ……?」

4: 2009/09/12(土) 23:19:13.45
白いベッドの中のあたしは身を起こして、部屋を見廻した。
部屋にはベッド以外になにも無い。煉瓦壁にドアが一つ、ちょうど対称側の壁の上あたりに小さな窓がある。
窓からは微かに外の光が漏れている。

「……病院?……なんか監獄みたい」

「あたしは……どうしてこんな場所に……?」

「あれ?」

「そもそも……」

「……あたしは……誰?」

5: 2009/09/12(土) 23:22:47.22

徐々に眠気が覚めてきたあたしは、自分が一体何者なのか、全く分からない事に気が付いた。
思わず自分の手足を見たり、肌や髪に触れてみるが、あたしはこんな体をしていたのか、覚えが無い。

「この髪も」ワシャワシャ

「この肌も」ペタペタ

「思い出せない……」

「あたしってこんなんだったっけ……?」

6: 2009/09/12(土) 23:26:00.22

自分の中の戸惑いが濃くなり、それが次第に恐怖へと変わりつつあった頃、
静まり返っていた部屋に不審な物音が響きだした。


ガリッ……

ドスン、ドスン


「……ん?」

「何の音……?」



?「おねエ―――ちゃア―――ん……」



「!?」

8: 2009/09/12(土) 23:29:57.89

音から察するに、壁一枚を隔てた向こう側からだろう。
若い女の子の悲痛な叫び声が聞こえてきた。


?「……お姉ちゃん。お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……」

?「モウ一度、今の声を聞かせてエー……」



「他に誰かいるの……?」

「……『お姉ちゃん』?」

10: 2009/09/12(土) 23:35:31.91

?「お姉ちゃん……隣の部屋にいるお姉ちゃん……」

?「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……なんで返事をしてくれないの……?」

?「私だよ……お姉ちゃんの妹の、お姉ちゃんのタッタ一人の妹だよォ……」


「……」

「もしかして、あたしの事を呼んでるのかな……?」


?「お姉ちゃん、お姉ちゃん……私の事、忘れちゃったの……?」

?「私はお姉ちゃんのために、こうしてお墓の中から生き返ってここにいるのに……」

?「幽霊じゃないよ、ちゃんとここにいるんだよ。なのになんで返事をしてくれないの……」

12: 2009/09/12(土) 23:40:05.38

「……頭がおかしい人なのかな」

「それとも……本気で言ってる?」


?「お姉ちゃん……返事をしてよォ……お姉ちゃん……」

?「だから、タッタ一言だけでいいから……返事をしてェ……」

?「憂と……私の名前を呼んでよ……お姉ちゃん……」


「返事をした方がいいのかな……」

「いや、あたしはまだ何者なのか分からない」

「人違いって事になったら迷惑だもんね……」

13: 2009/09/12(土) 23:45:57.61

ガリガリガリガリガリガリガリガリ

?「お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」


「!!」ビクッ


?「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

?「あんまりだよォ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

?「早く、早く、私を助けてよォ……うぅ……うっ……」

?「…………」


しばらくすると、その声は微かなすすり泣きとなって消えていった。
その人がまだ起きているのかどうか気になったが、やがて前のように物音一つしなくなった。

「…………なんだったんだろう……」

14: 2009/09/12(土) 23:50:08.84

カツーン……カツーン……


「!」

「誰か来る……?」



ガチャッ……
ギィィ……


重々しい音を立てて開かれた扉から、黒い服を着た華奢な女の子が現れた。
黒い髪はちょうど両耳の上あたりでそれぞれ束ねられている。

?「……」

「……あなたは……?」

?「まだ記憶は戻ってないみたいですね」

15: 2009/09/12(土) 23:54:20.55

「はじめまして……ですか?」

?「思い出せないならその方がいいです。記憶は自然と戻るのがベストらしいですから」

「……!」

「やっぱりあたしは記憶を失っているんですか!?」

?「その通りです」

「うわぁ……」

?「見て分かるかもしれませんが、ここは精神病患者の隔離病棟」

?「脳や精神等に異常をきたした人が集まる場所です」

「……」

16: 2009/09/12(土) 23:59:16.83

?「あ、まず自己紹介しないと誰だか分かりませんね」

?「私はこういうものです」スッ

「……ナカノ、アズサ……さん?」

梓「いやだなぁ、さん付けなんてやめて下さい。私はあなたの後輩だったんですから」

「……」

梓「不慮の事故によって記憶を失ってしまったあなたの所へ、こうして定期的に通っているんです」

「そうなんですか……」

梓「知り合いだった人と接触した方が、色々と思い出す確率が上がるかもしれませんから」

18: 2009/09/13(日) 00:04:12.49

梓「……目覚めてから、何か思い出した事はありますか?自分の名前とか」

「……」

梓「……まだのようですね」

「あの……」

梓「なんですか?」

「隣の人、あたしの隣の人は……あたしと何か関係があるんですか?」

梓「……ええ、あります」

「!」

梓「隣にいるのは、あなたの実の妹ですよ」

「そうなんだ……本当に……」

梓「実感も何も湧かないと思いますが……事実です」

20: 2009/09/13(日) 00:09:37.25

「……あの」

梓「?」

「あたしは、一体誰ですか?……教えて下さい……さっぱり思い出せません」

梓「……」

「……」

梓「そうですね……記憶はなるだけ自分で取り戻した方がいいんですが……」

梓「少し身の上を教えるくらいなら、いいでしょう。それがきっかけで思いだすかもしれないし」

「……!」

梓「あなたは私と同じ、私立桜ヶ丘高校の軽音楽部に所属していた一人です」

「軽……音楽……?」

21: 2009/09/13(日) 00:15:40.26

梓「はい。メンバーはあなたを含めて5人」

梓「平沢唯、秋山澪、田井中律、琴吹紬、そして私……中野梓」

「……」

梓「どうですか?ここまで聞いて何か思い出しましたか?」

「いや……」

「……そうですか」

「……という事は、あたしはあなたを除いた、その4人のうちの誰かって事ですよね?」

梓「その通りです」

「……」

梓「まあ、少しずつ少しずついきましょう……先程も言いましたが、あなたには妹がいます」

「……」

22: 2009/09/13(日) 00:20:56.73
6行目
×「……そうですか」○梓「……そうですか」



梓「妹の名前は『憂』といいます」

「うい……」

梓「顔を見れば何か思い出すかもしれません。行ってみましょうか」

梓「あ、その前に少し用意をしなくちゃ。寝巻きの格好じゃ駄目でしょう」

梓「ちょっと待ってて下さい。服を持ってきます」

「はい……」

中野梓と名乗る女の子は、戸惑うあたしを置いて部屋を出て行った。
まだあたしは何の記憶も、この自分への実感も湧いてきていない。

24: 2009/09/13(日) 00:27:26.53

「……思い出せない」

「あたしは4人のうちの、誰なんだろ……?」



梓「持ってきましたよ」

「ありがとうございます」

梓「ほら、前髪が乱れるから、髪留めも付けて」

「……」スッ

梓「昔のまんまですね」

「えっ?」

梓「実はこの服、昔あなたが着ていたものなんですよ。ストッキングも髪留めも同じもの」

「そうだったんですか……(全然分かんなかった……)」

25: 2009/09/13(日) 00:32:51.12

梓「ほら、鏡を見て下さい。似合ってますよ」

「……これが、あたし……」

梓「そろそろ行きましょうか」


廊下は暗く、あたしの部屋と同じドアが壁の両側に等間隔で並んでいる。
あたしの部屋の目の前に、古い振り子時計が掛かっている以外、アクセントは何も無い殺風景な廊下だ。
中野梓に連れられ、あたしは隣の部屋へ足を踏み入れた。


ガチャッ……
ギィィ……


梓「眠っているようです……静かに……」

「……」

憂「……ぅぅ」

26: 2009/09/13(日) 00:38:34.14

憂「……おねえちゃん……おねえちゃぁん……ぅぅ……」

「!!」

梓「ただの寝言です。気にしないで」

憂「おねえちゃん……おねがい……へんじをしてェ…………」

「……」

梓「どうです?何か思い出しました?」

「いや……」

「……この子は本当に……あたしの妹なんですか……?」

梓「そうですよ」

「そうですか……」

(全く思い出せない……)

憂「う……ん」

「!」

28: 2009/09/13(日) 00:43:46.84

憂「……あれ?おねえちゃん……?お姉ちゃん!?」ガバッ

「うわっ!」

憂「お姉ちゃん……!」

「……」

憂「……どうして何も言ってくれないの……?お姉ちゃん……うっ……うぅぅ」

「……」

梓「この人は記憶を失っているの……」

憂「そんな……」

梓「今は色々な状況に混乱してしまっているから……記憶が戻ったらきっと名前を呼んでくれるよ」

憂「……」

「……」

29: 2009/09/13(日) 00:50:00.47

バタン……



梓「……落ち込む事はないです。記憶が戻らない事で自分を苛む必要はありません」

「……」

梓「それに、まだ手がかりはあります」

「!……本当ですか」

梓「軽音楽部のメンバーにまつわる資料、写真、日記、ビデオなどを集めました」

「おお……」

梓「それを隅から隅まで見れば、必ず過去の記憶が戻るでしょう」

「……」

梓「こっちの部屋に置いてあります。来て下さい」

30: 2009/09/13(日) 01:04:01.07

薄暗い廊下を進んでいくと、突き当たりに少し立派な装飾が施された扉があった。
中野梓はそれを開け、あたしに中へ入るのを促した。
そこには背の高い本棚や、長い机、ソファー等があり……言うなれば応接室のような場所だった。
ところどころに、紙やCDが詰められた段ボールが置かれている。


「……!」

梓「この部屋にある全てのものは、あなたと軽音部に関わる資料です」

「すごい量……」

梓「時間はたっぷりあります。……ゆっくり見ていって下さい」

「……」

31: 2009/09/13(日) 01:21:31.90

「あの、この写真は」

梓「この写真ですか、これは……」

梓「ちょうど私が入部した頃の写真ですね……」

梓「右から、琴吹紬センパイ、田井中律センパイ、平沢唯センパイ、秋山澪センパイ、私、の順です」

「……これ、あたし……?」

梓「……」

「さっき鏡で見たあたしと……同じ格好……同じ髪……」

梓「……確かに今のあなたと、その写真の唯センパイはそっくりです」

梓「でも、自分で心から『私は平沢唯だ!』と確信できる程に記憶が戻らなければ、結果として意味がないんです」

「……」

梓「記憶が戻った、という実感はまだ湧いていないでしょう?」

梓「私は本当に平沢唯なのか?って疑念が少しでもあるうちは、まだ記憶が戻っていない証拠なんです」

「……なるほど」

33: 2009/09/13(日) 01:28:34.09

「確かに、まだ不安です……だって、本当に何も……記憶が無いんだもん」

「あたしは本当に……平沢唯で、いいのか……」

梓「それを探してほしいからここへ連れてきたんです」

梓「さあ続きを……」



「……」ペラッ

「……あの、これは?」

梓「ああ、それは文化祭の時の写真です」

「文化祭……」

(これが……秋山澪、こっちが……田井中律、奥が琴吹紬……隅にいるのは……中野梓、この人)

(んでこれが……平沢唯……あたし……なの?)

(……?)

(この人……中野梓……写真だと結構背が低く見えるような……)

(もしかして……大分時間が経ってるのかもしれない……背が伸びたのかも……)

36: 2009/09/13(日) 01:33:56.83

梓「どうかしました?」

「いや、別に……ただ、あたしが記憶喪失になってから、どれくらい経ったのか気になって……」

梓「……」

梓「時間的な記憶は、自分で思い出した方がいいんですが……」

梓「まあ、そこまで長い時間は経っていない、とだけ言っておきます」

「……そうですか」

「……ん?これは」


『軽音部の日常 ××年 ×月×日』


「DVD……?」

37: 2009/09/13(日) 01:40:07.32

梓「見ますか?」

「……はい、見せて下さい」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



律「……なにこれ、電源入ってんの?あっ、入ってる入ってる……よーし」

律「えー本日はわたくし軽音部部長田井中律が、我が軽音部の活動風景をまだ見ぬ後輩たちの代にも伝えるべく……」

唯「あっはっはっはっは!!ムギちゃんヤバいってそれ!!」

律「うっせえ!!声が聞こえねえだろ!」

38: 2009/09/13(日) 01:47:17.57

澪「もう、ビデオ回してるって言ってるだろ唯!」

唯「だってぇ~」

律「ほーらその爆笑ヅラ撮ってやるぅー」

唯「やっ!やめなさいったらりっちゃん!」

梓「もう!唯センパイも律センパイもふざけすぎです!」

紬「うふふ」

律「油断させといてぇぇ、澪ぉぉ!」

澪「うわぁっ!!近い近い!恥ずかしいからやめろぉっ!!」

律「さっきからこそこそ何を書いているのかな~?」

40: 2009/09/13(日) 01:53:40.67

澪「きゃああああああ!!それだけはやめてぇっ!!」

律「えーと……なになに?今日は律の」

澪「わあああああああ!!」ガッシボッカ

律「いてっ!何すんだよ澪!」

澪「いやああああ!」ダダダダダダダ


バタンッ


梓「日記持って逃げた……」

律「なんだよ全くぅ」

紬「日記には何て書いてあったのかしら……」ドキドキ

唯「お次はあずにゃんだ!」

梓「わっ!?やめて下さいセンパイ!」

律「ナイスだ唯!そのままそのまま」

42: 2009/09/13(日) 01:58:46.59

梓「ちょっとどこ触ってんですか唯センパイっ……んっ」

紬「あらあら」

唯「あずにゃん可愛いー」スリスリ

紬「うふふ」


ブツッ……ザ―――――



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「……」

「これが軽音部……」

「平沢唯……」

「これが……あたしなのかな……?」

43: 2009/09/13(日) 02:15:03.59

(……それにしても、あたしこの人と仲良かったんだ///)

(あずにゃん、なんて呼んでたし……)

「……これはなんですか?」

梓「これは記憶にまつわる学説や論文です。必要あれば見てもいいですが、難しいですよ」

「……確かに……難しそう……」

「……このDVDは?」

梓「精神病に詳しい人が、街角で人々に精神病のなんたるかを説いてる映像です」

「ふーん……」

梓「見ます?」

「……はい、んじゃ一応……」

44: 2009/09/13(日) 02:22:48.86


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



長門「ああアア―――ああ―――アア。右や左の皆様方へ。紳士淑女にお年寄り、其処等に群れる子供たち」

長門「私の話を聞いてはいかぬか。怪奇悪徳、暴力猟奇、外道だらけの怪しい話じゃ」

長門「金は取らない聞くだけ得だよ。サッサ来た来た、来てみてビックリ……」

長門「スチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコ……」

45: 2009/09/13(日) 02:40:42.14

長門「何処へ参るか分からない、今日が初めてこの道端に、やって来ましたチャカポコチャカポコ……」

長門「寄って見ていき、ほんとのタダだよ。押してはいけない、スチャラカチャカポコ……」

長門「日本狭しと言われども、田舎は未開のヤポネシア」

長門「これは場末の高校の、外道畜生まかり出る、愉快痛快、奇怪なお話……」

長門「スチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコ……」

47: 2009/09/13(日) 02:53:18.12

長門「頭脳明晰、容姿端麗、爽やか笑顔の好青年。昼のペルソナ夜の素顔、周りにゃバレないキチガイ沙汰じゃ……」

長門「あ―――ア。彼の夜の顔裏の顔、私はなんでもお見通し……」

長門「ちっちゃな動物さらって来ては、部屋で解体、剥製作り。血肉骨肉弄ぶ」

長門「ペットショップから野生のものまで、里親募集の子猫さえ、彼は集める動物共を」

長門「可愛い内臓こね廻し、ちいさな眼孔指ほじくり廻す」

長門「氏肉で遊ぶキチガイを、外道と呼ばずになんと呼ぶ」

長門「おっと皆様まだ気が早い。所はまだまだ冥府の門外。キチガイ地獄の序の序の序」

長門「笑顔の仮面の人非人、さらに進まん非道の道を……」

長門「スチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコ……」

48: 2009/09/13(日) 03:04:32.98

長門「あ―――ア。彼の秘密のアルバイト、閉鎖空間化け物狩りにて」

長門「その日は二人で神人狩りを、セッセセッセとこなす予定が」

長門「何を思たかその青年は、味方の腹へとナイフをズブリ」

長門「友の氏体を抱えつつ、敵の及ばぬ場所へ逃げては、解体ショーのはじまりはじまり」

長門「あ―――ア。笑顔振り撒く好青年が、仮面剥いだら鬼のツラ。人を外れた外道の話じゃ」

長門「誰もその場に立ち入らないのを、逆手に取ったが人の業。完全犯罪、似非密室」

長門「皮に骨肉、脳味噌、目玉。五臓六腑をブチ撒けて、躯亡きまでバラバラじゃ。これじゃあ氏者も浮かばれぬ」

長門「事を済ましたその後の手筈は、敵にやられた殺されたんだと、声を大にして被害者気取り」

53: 2009/09/13(日) 03:21:01.22

長門「極悪非道もここまで来れば気持ちがいい……よかねーか」

長門「周りは知らない、男の本性。これぞ無間のキチガイ地獄の、げに恐ろしき、怖きかな……」

長門「ここらで皆様、疑問に思う、人もチラホラあるかもしれぬ」

長門「よりにもよってなんでまた、笑顔輝くの好青年が、そないな事を仕出かすか」

長門「それは実に単純明解、朱に交わればナントヤラ」

長門「人間皆是キチガイ。これに尽きるので御座います」

長門「人類は元々皆ケダモノ。誰しもがキチガイじみる可能性を、誰もが等しく持っている」

長門「家庭教育、啓蒙書、何がきっかけか分からぬが、脳を御する理性の枷を、外す輩がたまにおる」

長門「それこそ世に言うキチガイ、白痴。頭のネジが二、三本、取れた椰子共の事で御座います」

54: 2009/09/13(日) 03:30:30.33

長門「あ―――ア。綺麗は汚い、汚いは綺麗。」

長門「皆様方も心得よ、人間皆是キチガイじゃ。何時弾けるかは分からない……」

長門「スチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコ……」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「……」

(……なんだか難しい言葉遣いで分かりずらかったなぁ)

(人間はみんな狂ってるって言いたいみたいなのは分かったけど……)

55: 2009/09/13(日) 03:36:30.79


「ほかには何かないかな……」

「……ん?」

「これって……」

(秋山澪って書いてある……)

(日記……?さっきのDVDで言ってた日記かな?)

「……見てみよう」ペラッ

58: 2009/09/13(日) 03:43:43.15


×月○日

今日は律の機嫌が悪そうに見えた。
何か悪いことをしてしまったんじゃないかと思わず不安になる。
不安でしょうがない。不安でしょうがない。不安でしょうがない。
どうしたらあの二人みたいになれるだろう。



×月△日

律の制服に食べ残しがくっついていた。
ほんとズボラなんだから。私がついていないとダメだ。
律を真に分かっているのは私だけだから


60: 2009/09/13(日) 03:51:02.15


×月□日

唯と梓は本当にいい組み合わせだと思う。
端から見て、すごく理想的に見える。
私もあんな風になりたい。
律と一緒に。



×月▽日

唯と梓がまたイチャイチャしてる。
皆は知らないけど、私はそれがネタじゃないってこと知ってるんだから。
二人はどこまでいったんだろう。
うらやましい。
あの二人みたいに、お互いが求め合えたらどんなに嬉しいだろう。
律が私を拒絶するなんて考えたくもない。けど、そうなったらどうしよう。
氏んじゃいたくなる。


63: 2009/09/13(日) 03:57:24.50

×月×日

ビデオ撮影の後、律に告白した。
律は困ったような顔をして、話をそらすだけだった。
私は本気なのに。
幼い頃から律を見てきて、ずっとずっと好きだったのに
律も私のこと好きだと信じてたのに
なんで分かってくれないの
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで




(この間、長い空ページ)


○月×日

これで、ずっといっしょだね


64: 2009/09/13(日) 04:04:05.80

「……これは」

「なんか読んではいけないものを読んでしまった気がする」

(澪って子は、律の事が好きだったんだ)

(最後の日記……どういう事なんだろう?)

(それも気になるけど……問題は)

(あたしが……中野梓、この人と……こんな関係だったなんて)

梓「思い出してくれましたか?唯センパイ」

「!!」ビクッ

67: 2009/09/13(日) 04:11:35.77

梓「唯センパイ、ずっと一緒にいようって言いましたよね」

「……お、思い出せないよ……」

梓「もう、唯センパイのいじわる。センパイが言ったんですよ?」

「そ、そうなの……?」

梓「センパイが自力で記憶を取り戻すまで、なるべく仲良くするのはよそうと思ってたけど……」

梓「もうあたし、限界です」

梓「センパイっ……」ガバッ

「うわっ!?ちょ、ちょっと……」

梓「センパイ……唯センパイ……大好きです……」

「やっ、やめて……やめてよ、あずにゃん……!」

梓「……!!センパイ、今」

「へ……?」

69: 2009/09/13(日) 04:19:44.81

梓「あずにゃん、って呼んでくれましたよね……!」

「え、いや、ビデオでそう呼んでたから……そう呼んだ方がいいのかな……って」

梓「嬉しいっ!」ガバッ

「うわあっ!」

梓「記憶が戻りかけてる証拠ですよ」

「そ、そうなのかな……?」

梓「無理しないで、ゆっくり思い出していきましょうね……センパイ……」


しばらくの間、あたしはその部屋の資料を読みあさり、
記憶を失う前のあたしの姿を少しずつ明確にしていった。

でもそれは、昔のあたし、昔の平沢唯についての情報を手に入れただけであって、
記憶が戻ったというはっきりとした実感は未だに無いままだった。

70: 2009/09/13(日) 04:24:42.36

「あ、あずにゃん」

梓「なんですか?唯センパイ」

「ちょっとトイレ行ってきていい?」

梓「いいですよ、ついていってあげます」

「いや……いいよ、一人で行けるから」

梓「……そうですか?……場所は廊下の反対の突き当たりの方です」



カツーン……カツーン……


「ここの廊下、暗くて怖いなぁ……」

「やっぱついてきてもらった方がよかったかも……」

「トイレ……どこ……?」

「突き当たり……この階段を下るのかな……?」

72: 2009/09/13(日) 04:29:13.66

「なんでこんなに真っ暗なんだろう……」

「なんか迷ってる気がする……」

「ここかな……?」


ギィィ……


「うっ……!?変なニオイ……」

「トイレここ……?ちゃんと掃除してないのかな」

「電気は……と」


パチッ


「!?」

75: 2009/09/13(日) 04:37:19.26

壁のスイッチを点けると、吊り下がっていた裸電球が部屋を橙色に照らした。

その部屋の奥、煉瓦の壁に寄りかかるようにして、何かが二つ、横たわっていた。

縄で手足を縛られたまま、落ちくぼんだ眼孔をこちらに向けている。
焦げた茶褐色で、萎れた植物のように皺が波立っている。

転がっている二つのそれは、干からびた人間のミイラだった。


「きゃあああああああ!!!」


梓「何してるんですかセンパイ!!」


後ろから梓の声が聞こえた。
その瞬間、梓はあたしを部屋から引っ張り出し、すぐに扉を閉めた。

77: 2009/09/13(日) 04:43:44.11

「あ……あずにゃん……」

「あ、あれ……何……?」

梓「怖いものをわざわざ知る必要ありませんよ」ギュッ

梓「怯えてるじゃないですか……よしよし、怖かったですね」スリスリ

「……」ブルブル

梓「さあトイレはこっちですよ……おもらししてませんよね?」

梓「まあ、おもらししても私が綺麗にしてあげますけどね……唯センパイ……」

梓「トイレが終わったら、思い出すのを頑張りましょう……もう少しですよ……」



………………………
…………………
……………
……


79: 2009/09/13(日) 04:50:42.57

或る日の放課後、音楽室にて



和「……ねえ、あなたは本当に何も知らないの?」

紬「……ええ」

和「同じ軽音部……今となっては元軽音部だけど……同じ部活の仲間がこんな事になったのに」

紬「……」

和「あなたが詳しい話を全く知らないなんて訳ないじゃない」

紬「知らないものは知らないのよ」

和「……」

紬「……」

80: 2009/09/13(日) 04:56:26.35

和「私、少し調べたのよ」

和「半年前……澪が律たちに暴行を加えて失踪した事件」

和「どう見ても不自然な点がたくさんあるの」

紬「……」

和「……ねえ、聞いた所によると、あなたの叔父さんは府警に顔が利くようね」

紬「!」

和「これは仮説とも言えない……想像に近い考えなんだけど……」

和「あなたは叔父さんに頼んで警察に圧力をかけてもらったんじゃない?」

紬「……」

82: 2009/09/13(日) 05:03:53.21

和「律たちの行方の捜査は普通では考えられない早さで打ち切られたわ」

和「それに澪の逃走経路……あれだけの警察の検問をくぐり抜けるのは不可能に近い」

和「……パトカーの正確な位置情報をどこからか手に入れたりしない限り」

和「逃げる時に澪が奪った乗用車も、琴吹グループの傘下の人のものだった事が分かってる」

紬「……」

和「これも想像だけど……澪たちは多分、あなたの私有地」

和「どこか遠い場所にある琴吹家の私有地に匿われてるんじゃないかしら」

紬「……」

和「……どうなの?」

85: 2009/09/13(日) 05:09:50.99

紬「ふふふ、和ちゃんすごいわ」

和「……どうして、澪を助けるような事をしたの?」

紬「助ける?私は澪ちゃんを助けた覚えは無いわ」

紬「私は見たかっただけなの。二人が何処までも、何時までも、愛し合っていく姿を」

和「……」

紬「私は前から知っていたわ。澪ちゃんがりっちゃんを大好きな事」

紬「相談とか受けた事もあったわ。澪ちゃんは本当に一途で……」

紬「でも、その一途さがあんな事件を起こしたんでしょうね」

和「……」

89: 2009/09/13(日) 05:17:42.25

紬「金属バットを持って、動かないりっちゃんを見下ろしていた澪ちゃんを部室で見つけた時」

紬「『ああ、遂にやっちゃったのね澪ちゃん』って思ったわ」

紬「あの子の辛さは一番私が知っていたから……私もう悲しくて」

紬「澪ちゃんたら血まみれのまま『どうしよう、どうしよう』って泣きつくの」

紬「あまりに可哀想だったから……それに、仲間として何かできないかって本気で思って」

紬「澪ちゃんとりっちゃんが、ずっと一緒にいられる場所をあげたの」

和「……でも、犯罪を助長するのは間違っているわ」

紬「……唯ちゃんや梓ちゃんや憂ちゃんも、話を分かってくれると思ったの」

紬「でも、駄目だった。ここで邪魔されたら全てが水の泡でしょう?仕方なかったの」

和「……ッ」

90: 2009/09/13(日) 05:28:08.37

紬「遠い田舎にみんなして辿り着いたんだけど、それから先も大変だったらしいのよ」

紬「叩いた時のショックで唯ちゃんと梓ちゃんは氏んじゃったし、憂ちゃんは気が触れちゃったみたいなの」

紬「問題なのがりっちゃんでね、頭を叩いた時に記憶がどこかに行っちゃったらしいのよ」

和「……!!」

紬「澪ちゃんが言うにはね、一日で記憶が無くなっちゃうんだって」

紬「澪ちゃんがどうしようって泣くもんだから、私考えたの」

紬「だったら澪ちゃんとりっちゃん、唯ちゃんと梓ちゃんになればいいじゃないって」

和「……!?」

紬「りっちゃんが記憶を取り戻しても、澪ちゃんをまた拒絶するかもしれないじゃない?」

紬「澪ちゃんは憧れてたの。唯ちゃんと梓ちゃんみたいに、お互いがお互いを求め合う関係を」

紬「記憶をなくしているんだから、ちょっと刷り込めば簡単でしょう?」

紬「澪ちゃんきっと幸せよ。りっちゃんと愛し合う事ができるんですもの」

94: 2009/09/13(日) 05:33:48.01

和「……で、でも、律の記憶は一日しか持たないって」

紬「当然そうよ?少し面倒臭い話だけど……」

和「……まさか」

和「毎日続けてるの……!?」

紬「そうよ。澪ちゃんとりっちゃんは、ずーっと一緒なのよ」

和「……狂ってる」

紬「幸せな二人……素敵よね」

紬「ふふふふ」

96: 2009/09/13(日) 05:37:20.36


……
……………
…………………
………………………



梓「はぁ……はぁ……センパイっ……あっ」

唯「んっ……あずにゃんっ……はぁ、あっ……んっ」

梓「センパイ……好きです……」

唯「あたしもだよぉっ……あずにゃん……あっ」

97: 2009/09/13(日) 05:41:14.56

梓「記憶、戻って本当によかったですね」

唯「あずにゃんのおかげだよ、ありがとう」

梓「もうそろそろ寝ないといけませんね」

唯「一緒に寝る?」

梓「……そうしたいけど、それは駄目なんです」

唯「へ?なんで?」

梓「起きた時パニックになるといけませんから」

唯「???」

99: 2009/09/13(日) 05:49:50.24

梓「何も無い部屋ですけど、今日もここで寝て下さいね」

唯「明日もたくさん遊ぼうね、あずにゃん」

梓「はい、センパイ」

唯「ふぁぁ……ベッドに入ったらなんだか眠くなっちゃった」

梓「ふふふ、可愛い」

唯「おやすみ……」



「うん……おやすみ……律……」



「……え?」


振り子時計の唸るような音と共に、あたしの意識はまどろみへと消えていった。


………ブウウ―――――ンンン―――――ンンンンン………


<終>

101: 2009/09/13(日) 05:59:26.69
以上です

はじめは原作そのままで行こうかと思ってましたが
自分の頭でのSSアレンジは不可能でした
なのでそれっぽい雰囲気やら展開を似せたものにしました
もっと原作志向を読みたかった人には申し訳ない

読んでくれた人ありがとう

102: 2009/09/13(日) 06:04:07.23
乙ー
唯と律、梓と澪って似てるっちゃ似てるし記憶が無いなら誤魔化せられる…か?
救いの無い終わり方だけど軽い感じで面白かった

103: 2009/09/13(日) 06:13:25.20
いやあなかなか面白かった
真面目なけいおんSSなんて久しぶりに見た気がする

引用元: 唯「どぐまぐ!」