2: 2013/11/11(月) 00:23:10.45

 杏が目を覚ますと、お腹の上に卵が載っていたんだ。

「……卵?」

「杏ちゃん、朝ご飯出来たゆ……にょわ?」

 起こしに来てくれたきらりが目を丸くしている。

「タマゴ?」

「タマゴだね」

「杏ちゃん……食べ物で遊ぶのはワルイコワルイコだにぃ」

「違うって、杏は粗末なものは食べても食べ物を粗末にはしないよ」

「だねぇ?」

3: 2013/11/11(月) 00:23:36.64

 きらりは納得してるみたいで、杏はさらに考える。
 
 いったい何が起こったんだろ。
 きらりの悪戯かな?
 うーん、きらりは食べ物で悪戯なんてしない。食べ物で遊ぶときらりは怒るから。

 きらりじゃないとすれば誰だろう?

「ねえ、きらり。夜の内に誰か来た?」

「ううん」

 首を振るきらり。

「鍵ちゃんも閉め閉めしてたにぃ」

4: 2013/11/11(月) 00:24:02.79

 合い鍵持ちとすれば、もしかしたらプロデューサーかな。
 違うよね。いくらプロデューサーでも、勝手には入ってこない。

 他には……
 杏がきらりの家にいても遊びに来る子……
 輝子か小梅かな。だけど、あの二人だとしても食べ物で遊んだらきらりは容赦しないはず。
 怒ったきらりは怖い。怒った理由が正しいとめちゃくちゃ怖い。
 だから違うはず。

「うーん」

 ん? あれ? なんだか、おかしい。それとも杏がおかしいのかな。

「杏ちゃん?」

 なんだか、見慣れているような気がしてきたよ。
 初めて見る卵のはずなのに。
 まるで毎日見ているものみたいに。

5: 2013/11/11(月) 00:24:33.73
 
 自分の産んだ卵を温めているニワトリってこんな気分なのかな。

「ねえ、きらり。このタマゴ知ってるような気がする」

「にょわ?」

「えーと、なんだかイマイチ思い出せないんだけど、うん、絶対知ってるよ」

「そう言われると、きらりもそんな気がしてきたにぃ……」

「きらりも見覚えがあるの?」

「ん~。タマゴちゃんがキャワワな感じぃ?」

 なんだろうねぇ、と考えていると、空気を読んでくれないプロデューサーの声が聞こえる。

「杏! そろそろ出ないと間に合わんぞ!」

6: 2013/11/11(月) 00:25:01.27

 きらりが文字通り飛び上がって、テーブル上のモノを包み始めた。
 朝ご飯はサンドイッチだったのか。なるほど、移動の車の中でも食べられるね。さすがきらり。

「お前らお泊まりすると、二人とも遅刻しそうになるのは勘弁してくれ」

「Pちゃんおっはー、お迎えハピハピ!」

「準備して車乗れよ、一旦事務所に行くぞ」

「プロデューサー、今日はお仕事お休みするよ」

「……ほほぉ、で、双葉杏さんや、今日の理由は頭痛か腹痛か? 因みに生理痛は三日前に終わったぞ」

「これ」

 お腹の上にタマゴがあるよ。
 まさかこれ、杏ときらりにしか見えない幻覚ってことないよね。

7: 2013/11/11(月) 00:25:28.41

「タマゴがどうした?」

 良かった。見えてるよ。

「起きたらここにあった」

「産んだのか?」

 どうしてなのかよくわからないけれど、その瞬間杏は納得しちゃったんだ。
 プロデューサーの言葉が、とってもしっくり来たんだよ。

「あ、そういうことか。うん、杏のタマゴだよ、これ」

「なに、本当に産んだの?」

「うん、そうみたい」

8: 2013/11/11(月) 00:25:55.89

「……産んじゃったか」

「産んじゃった」

「そうか……じゃあ大切にしないとな」

「うん」

「よし、仕事行くか」

「待ってプロデューサー、話が繋がってない」

 キョトンとした顔のプロデューサー。
 今、大切にするって言ったよね?

9: 2013/11/11(月) 00:26:22.43

「言っておくが、大切にするのはタマゴだ」

「え」

「お前は産み終わったんだから動けるだろ」

「あ、いや、産後の肥立ちが……」

「産んだこと忘れかけてたくらい超安産じゃねえか」

「ううう」

「きらり、ホールド」

「うきゃ」

「ああっ、きらりの裏切りものぉ!!」

10: 2013/11/11(月) 00:26:48.91

「杏ちゃんの将来のために、きらりはコワイコワイ鬼と化しゅよ?」

「ううう」

「タマゴのためだよ?」

 なんだろう。そう言われると、頑張らなきゃいけないような気がしてくる。
 もしかしてこれが、母性本能ってやつなのかな。

 でも、しょーがないよね、杏のタマゴだもの。

「きらりもがんばゆよ?」

「うん」

11: 2013/11/11(月) 00:27:21.97

「二人のタマゴだから」

「うん」

 ん?
 ん?
 ……あ
 そうか
 タマゴ一人じゃ作れないものね。
 そーか、これは杏ときらりのタマゴなんだ。
 大切にしなきゃ。
 ふふっ、なんか嬉しいな。



 事務所に着くと、小梅ちゃんがタマゴを抱えていた。

12: 2013/11/11(月) 00:27:48.96

「おはよ」

「……杏ちゃんも……タマゴ?」

「うん」

「これ……涼さんのタマゴ……だよ」

「杏のタマゴはきらりと一緒だよ」

「ほらほら、小梅。タマゴ抱いてるんならもっと温かくしないと。ほら、これ着な」

 涼さんがジャケットを小梅ちゃんに羽織らせている。
 ふぅむ。これがイケメン女子の面目躍如ってやつか。小梅ちゃんのタマゴはきっといいタマゴだよ。

「杏ちゃん、ホットミルクだにぃ。中から温まりゅよ」

13: 2013/11/11(月) 00:28:15.67

 おおぅ、さすがきらり。
 あ、涼さんがムッとしてるよ。もしかしてライバル心?

「おはよーございまーす。あれ、小梅ちゃんと杏さんもタマゴ出来たの?」

 李衣菜がやってきた。
 え? 今「も」って言ったよね?

「なつきちは家でタマゴ抱いてるよ」

 そっちなんだ。意外だね。李衣菜のほうが産むと思ってたよ。
 でも、やっぱりタマゴは温めなきゃ駄目なんだね。

「ねぇプロデューサー、やっぱり杏はタマゴを温めるよ」

「駄目だ」

14: 2013/11/11(月) 00:28:42.57

「へ? なんでさ」

「温めてどうするんだ?」

「孵さなきゃ」

「孵したら何が出てくるんだ?」

「何ってそりゃあ……」

 あ、あれ?
 何が出てくるんだろう。
 杏ときらりの……赤ん坊……じゃないよね。
 あれ?
 なんだろ。

15: 2013/11/11(月) 00:29:09.90

「何が……出てくるの?」

 思わず尋ねると、小梅ちゃんとと李衣菜が目を丸くした。涼さんに到っては怒っている。

「杏、お前、そんなことも知らずにタマゴ作ったのかよ」

「え?」

「酷い」

 え?
 きらりが杏を睨んでる。
 きらり? どうしたの?

16: 2013/11/11(月) 00:29:36.91

「杏ちゃん、酷い」

「……杏さん……ひどい」

「それは酷すぎですよ」

 どうして、みんな杏を?
 だって、タマゴから産まれるものなんて杏は知らない。
 このタマゴ……

17: 2013/11/11(月) 00:30:02.94

 ひびが入ってる。
 どうして?
 割れてるの?
 なんで。
 杏のタマゴ。きらりのタマゴ。
 私のタマゴ。
 どうして、割れてるの?

 ひびが大きくなる。
 駄目だ。駄目だよ。
 割れちゃ駄目だ。割れちゃ駄目なんだ。

 広がるひびが止まらない。

18: 2013/11/11(月) 00:30:30.95


 パリン。と。


 ものすごくいい匂いが辺りに広がって、そして杏は……
 杏は……


19: 2013/11/11(月) 00:30:57.31
 
 目が覚めた。

「……」

 夢、だったの?
 杏のタマゴ。
 タマゴは何処?

 何処にもない。
 杏のタマゴは何処にもない。
 きっと、杏は産んでない。
 だけど、杏はタマゴを覚えている。
 手触りを覚えている。
 重さを覚えている。
 匂いを覚えている。

20: 2013/11/11(月) 00:31:23.97
 
「杏ちゃん?」

 ああ、きらりの家にお泊まりしたのは夢じゃないんだね。
 きらりの心配そうな顔。
 杏は、魘されてたのかな。
 あんな夢を……
 夢?

 杏はその時見たんだ。
 そして、笑ったんだ。
 だって、また会えたんだから。
 だって、

21: 2013/11/11(月) 00:31:51.09

「きらりのお腹の上にね、こんなのが」

 きらりの差し出したタマゴが、とっても愛おしくて。

22: 2013/11/11(月) 00:34:50.88

 以上お粗末様でした

 

23: 2013/11/11(月) 00:43:36.85
おつおつ

あんたね
しっとりした雰囲気すきだ
これからも楽しみに待ってる

引用元: 杏「アンズタマゴキラリ」