2: 2015/01/06(火) 20:53:23.94
ボクはとてもカワイイ。
えぇ、それは自他共に認めざるを得ない事実です。
勉強も出来ます。
運動も苦手ではありません。
年齢の平均値より身長は小柄ですが、それもマイナスではありません。
成長期である事を考えれば、むしろプラスでしょう。
今だけしかない幼さという魅力も兼ね備えている、と言う事ですからね。
ボクに欠点なんてありません。
そんなボクだから、アイドルをやってみてもいいかなぁ、と思ったわけです。
えぇ、それは自他共に認めざるを得ない事実です。
勉強も出来ます。
運動も苦手ではありません。
年齢の平均値より身長は小柄ですが、それもマイナスではありません。
成長期である事を考えれば、むしろプラスでしょう。
今だけしかない幼さという魅力も兼ね備えている、と言う事ですからね。
ボクに欠点なんてありません。
そんなボクだから、アイドルをやってみてもいいかなぁ、と思ったわけです。
4: 2015/01/06(火) 20:55:31.54
きっかけは、ネットの情報。
学校の課題で、時事問題について調べる事になり、パソコンで昨今のニュースを眺めていました。
途中、ふとアイドルオーディションのが目に入ったのです。
別にアイドルに詳しくはありません。
美形と周囲から思われる人が、ステージの上で歌ったり踊ったり、バラエティ番組に出たり、ドラマに出演したり。
簡単に言えば、芸能人の中に含まれる職種の一つと言うだけの印象。
アイドルという職業に憧れていたわけではありません。
特別好きなアイドルがいるわけでもありません。
興味があるかないか、と問われれば、どちらかと言えば後者でしょう。
ですが、ボクは思いました。
ボクと言うカワイイ存在にさらに箔を付ける事が出来るんじゃないか、と。
学校の課題で、時事問題について調べる事になり、パソコンで昨今のニュースを眺めていました。
途中、ふとアイドルオーディションのが目に入ったのです。
別にアイドルに詳しくはありません。
美形と周囲から思われる人が、ステージの上で歌ったり踊ったり、バラエティ番組に出たり、ドラマに出演したり。
簡単に言えば、芸能人の中に含まれる職種の一つと言うだけの印象。
アイドルという職業に憧れていたわけではありません。
特別好きなアイドルがいるわけでもありません。
興味があるかないか、と問われれば、どちらかと言えば後者でしょう。
ですが、ボクは思いました。
ボクと言うカワイイ存在にさらに箔を付ける事が出来るんじゃないか、と。
5: 2015/01/06(火) 20:57:17.12
アイドルで食べて行こう、なんて思ってはいません。
収入が不安定な職種を選ぶほど、ボクは愚か者じゃありませんから。
ちゃんと勉強して、高等部を卒業するまでにはしっかりとやりたい事を考え、それを見据えて動くつもりです。
そのために生まれ故郷を離れ、入試を受けて、東京の中高大一貫の女子校に入学したのですから。
言うならば、アイドルはボクにとって、通過点の一つ。
職業体験に近い、とも言えます。
勿論、アイドルと言うお仕事に対して、手を抜くつもりなどありません。
完璧にこなすつもりです。
学ぶべき事は真摯に学びます。
学校の授業だけでは、決して教えて貰えない経験が出来るはずですからね。
良いところも、悪いところも。
そのどちらも知り、ボクは一回り成長するだろう、と考えたわけです。
収入が不安定な職種を選ぶほど、ボクは愚か者じゃありませんから。
ちゃんと勉強して、高等部を卒業するまでにはしっかりとやりたい事を考え、それを見据えて動くつもりです。
そのために生まれ故郷を離れ、入試を受けて、東京の中高大一貫の女子校に入学したのですから。
言うならば、アイドルはボクにとって、通過点の一つ。
職業体験に近い、とも言えます。
勿論、アイドルと言うお仕事に対して、手を抜くつもりなどありません。
完璧にこなすつもりです。
学ぶべき事は真摯に学びます。
学校の授業だけでは、決して教えて貰えない経験が出来るはずですからね。
良いところも、悪いところも。
そのどちらも知り、ボクは一回り成長するだろう、と考えたわけです。
6: 2015/01/06(火) 20:58:20.52
けれど、所詮中繋ぎ感覚。
頃合いを見て、学業に専念するとでも言って簡単に捨てられる程度のお仕事としか、この時のボクは考えていません。
利用出来るのなら利用してみよう、と。
思い立ったらすぐに行動に移すのがボクです。
パソコンでアイドルオーディションの事を調べてみました。
探してみて、学校の寮から通えそうな場所で募集をしていたのは五つの会社。
その会社をネットで調べてみたところ、信用出来そうなところは三つ。
残りの二つは胡散臭い情報ばかりがネットに広まっており、所属しているアイドルたちの経歴も悲しい物でした。
三つの会社には、あまりテレビに詳しくないボクでも名前くらいは聞いて、顔を見た事がある人たちがいました。
ですが、それだけで安心するほどボクはマヌケではありません。
有名人がいるから安全な事務所、という証拠にはならない事くらい、考えなくてもわかります。
頃合いを見て、学業に専念するとでも言って簡単に捨てられる程度のお仕事としか、この時のボクは考えていません。
利用出来るのなら利用してみよう、と。
思い立ったらすぐに行動に移すのがボクです。
パソコンでアイドルオーディションの事を調べてみました。
探してみて、学校の寮から通えそうな場所で募集をしていたのは五つの会社。
その会社をネットで調べてみたところ、信用出来そうなところは三つ。
残りの二つは胡散臭い情報ばかりがネットに広まっており、所属しているアイドルたちの経歴も悲しい物でした。
三つの会社には、あまりテレビに詳しくないボクでも名前くらいは聞いて、顔を見た事がある人たちがいました。
ですが、それだけで安心するほどボクはマヌケではありません。
有名人がいるから安全な事務所、という証拠にはならない事くらい、考えなくてもわかります。
7: 2015/01/06(火) 20:59:23.49
翌日から、ボクは三社について雑誌や新聞などでも情報を集めます。
ネットでの情報収集も忘れません。
過去、その会社でどんな事があったか、会社の上層部にいるのはどんな人たちなのか、調べられる限り調べました。
二週間ほど時間をかけた結果、危険度がほとんどないと言えたのは、一社だけです。
その会社だけは、少なくとも一般人が調べられる範疇で後ろめたい事はありませんでした。
実力主義らしく、一度所属しても、売れる見込みがなければ簡単に捨てられると有名らしいです。
逆を言えば、残った者にはかなり優遇するとの事。
実際、所属しているアイドルは新人さん以外、Bランク以下がいません。
Aランクアイドルも相応の数がいる有数の超大手芸能事務所。
ボクがこの事務所の募集に応募に踏み切る決定打がそれです。
実力主義、大いに結構。
それこそボクが望んでいる場所です。
年功序列なんて馬鹿げた事だけで見下されるのは悔しいですしね。
ネットでの情報収集も忘れません。
過去、その会社でどんな事があったか、会社の上層部にいるのはどんな人たちなのか、調べられる限り調べました。
二週間ほど時間をかけた結果、危険度がほとんどないと言えたのは、一社だけです。
その会社だけは、少なくとも一般人が調べられる範疇で後ろめたい事はありませんでした。
実力主義らしく、一度所属しても、売れる見込みがなければ簡単に捨てられると有名らしいです。
逆を言えば、残った者にはかなり優遇するとの事。
実際、所属しているアイドルは新人さん以外、Bランク以下がいません。
Aランクアイドルも相応の数がいる有数の超大手芸能事務所。
ボクがこの事務所の募集に応募に踏み切る決定打がそれです。
実力主義、大いに結構。
それこそボクが望んでいる場所です。
年功序列なんて馬鹿げた事だけで見下されるのは悔しいですしね。
8: 2015/01/06(火) 21:00:43.73
ここなら、ボクはすぐに活躍出来ると思い、お母さんに連絡を入れました。
アイドルになってもいいですか? って。
電話越しの声でわかるほど、あまり良い顔はされませんでした。
当然でしょう。
将来自分の子供がアイドルなどと言う裏の不透明な職業に就きたいと言い出したら、ボクだって反対するでしょうし。
わかり切っていた事です。
なので調べた事を全て説明しながら説得をします。
その上で、お父さんと話し合い、二人も芸能事務所を調べて、納得してくれたら応募します、とボクは言いました。
納得出来ないのであれば、縁がなかったと思って諦めます、とも。
お母さんは、渋々と言った声音でしたが、了承してくれました。
そしてその日は通話を切り、ボクは両親の返事を待つ事にします。
アイドルになってもいいですか? って。
電話越しの声でわかるほど、あまり良い顔はされませんでした。
当然でしょう。
将来自分の子供がアイドルなどと言う裏の不透明な職業に就きたいと言い出したら、ボクだって反対するでしょうし。
わかり切っていた事です。
なので調べた事を全て説明しながら説得をします。
その上で、お父さんと話し合い、二人も芸能事務所を調べて、納得してくれたら応募します、とボクは言いました。
納得出来ないのであれば、縁がなかったと思って諦めます、とも。
お母さんは、渋々と言った声音でしたが、了承してくれました。
そしてその日は通話を切り、ボクは両親の返事を待つ事にします。
9: 2015/01/06(火) 21:02:25.63
しかし、なにもせずにボクは待っていたわけではありません。
オーディションに向けて、ちゃんと練習をしていました。
実技課題である歌やダンス、それに面接時の対応などです。
ボクは元々音痴ではありませんし、選択授業で選んだダンスでも高評価を貰っていましたが、教本やネットで学び直して基礎から始めました。
基礎固めの大切さをボクは重々承知していますからね。
ボクは自分を正当に客観視して評価出来る人間です。
足元を疎かにするような真似はしません。
お母さんに連絡してから二週間ほど過ぎ、応募締め切りまで、あと一ヶ月となった日の事です。
再び、お母さんから連絡が来ました。
挨拶もそこそこに、お母さんは言います。
本当にアイドルになりたいの? と。
否定をする言葉ではありませんでした。
ボクの意志の最終確認をしたいようです。
だからボクは肯定しました。
オーディションに向けて、ちゃんと練習をしていました。
実技課題である歌やダンス、それに面接時の対応などです。
ボクは元々音痴ではありませんし、選択授業で選んだダンスでも高評価を貰っていましたが、教本やネットで学び直して基礎から始めました。
基礎固めの大切さをボクは重々承知していますからね。
ボクは自分を正当に客観視して評価出来る人間です。
足元を疎かにするような真似はしません。
お母さんに連絡してから二週間ほど過ぎ、応募締め切りまで、あと一ヶ月となった日の事です。
再び、お母さんから連絡が来ました。
挨拶もそこそこに、お母さんは言います。
本当にアイドルになりたいの? と。
否定をする言葉ではありませんでした。
ボクの意志の最終確認をしたいようです。
だからボクは肯定しました。
10: 2015/01/06(火) 21:04:13.44
たっぷり十数秒ほど沈黙したあと、わかった、とお母さんは言いました。
応援してあげる。
必要な事があれば遠慮せずに言ってね、と。
お礼を言ったあと、応募用紙に保護者の承諾サインがいる事をボクは説明しました。
流石にその事は知っていたらしく、ボクが必要な事を記入した物を実家に送れば、お母さんたちが応募先の事務所に郵送してくれる、と言ってくれました。
一次選考である書類審査が通れば、二次選考以降行われる面接や実技に同伴してくれるとも。
ボクはお母さんの言葉に甘える事にして、すぐに送ります、と言い通話を切りました。
勉強机の引き出しを開けて、ボクは茶封筒を手にします。
中身は顔写真を貼った応募用紙。
すでに用意していました。
認めてくれたら、必ず送らなければいけないのです。
準備くらいはします。
あとは郵便屋さんに渡すのみ。
自分の用意周到さに惚れ惚れしながら、ボクは外へと出かけました。
応援してあげる。
必要な事があれば遠慮せずに言ってね、と。
お礼を言ったあと、応募用紙に保護者の承諾サインがいる事をボクは説明しました。
流石にその事は知っていたらしく、ボクが必要な事を記入した物を実家に送れば、お母さんたちが応募先の事務所に郵送してくれる、と言ってくれました。
一次選考である書類審査が通れば、二次選考以降行われる面接や実技に同伴してくれるとも。
ボクはお母さんの言葉に甘える事にして、すぐに送ります、と言い通話を切りました。
勉強机の引き出しを開けて、ボクは茶封筒を手にします。
中身は顔写真を貼った応募用紙。
すでに用意していました。
認めてくれたら、必ず送らなければいけないのです。
準備くらいはします。
あとは郵便屋さんに渡すのみ。
自分の用意周到さに惚れ惚れしながら、ボクは外へと出かけました。
11: 2015/01/06(火) 21:05:34.24
それからはトントン拍子です。
一次選考である書類審査をボクは通過しました。
続く二次選考、三次選考も危ういところもなく通過。
最終選考に残ったのは、ボクも含めて六人だけでした。
一万人を軽く超える応募者数だったそうですが、まぁ当然の結果ですね。
ボクはいつも通りの笑みを浮かべながら、最終選考の内容を事務所の社長さん直々に教えてくれました。
無駄な話が多く、少々辟易しましたが、要約するとライブバトルで勝利する事。
それが最終選考合格の証明。
相手はEランクアイドル。
つまり、新人ではないけれど、まだ中堅には至っていない人たち。
その人たちと四戦して、一度でも勝てばいい。
ライブバトルは一週間に一度行う。
以上です。
一次選考である書類審査をボクは通過しました。
続く二次選考、三次選考も危ういところもなく通過。
最終選考に残ったのは、ボクも含めて六人だけでした。
一万人を軽く超える応募者数だったそうですが、まぁ当然の結果ですね。
ボクはいつも通りの笑みを浮かべながら、最終選考の内容を事務所の社長さん直々に教えてくれました。
無駄な話が多く、少々辟易しましたが、要約するとライブバトルで勝利する事。
それが最終選考合格の証明。
相手はEランクアイドル。
つまり、新人ではないけれど、まだ中堅には至っていない人たち。
その人たちと四戦して、一度でも勝てばいい。
ライブバトルは一週間に一度行う。
以上です。
12: 2015/01/06(火) 21:06:38.38
公開されていない内容でしたが、慌てるような事ではありません。
その代わり、別の事を考えます。
ボクの対戦相手にかける言葉を。
どうすれば、傷つかせずに済むか。
これが中々に難しい。
ボクは存在自体がトップアイドルになる事を約束されているようなものです。
ですが、まだ立場はアイドルではありません。
どんな言葉を投げかけても、今のボクでは嫌味にしか聞こえないはずですから。
社長さんの説明によれば、子会社の事務所の新人アイドルとしてライブバトルに出場するので、相手がボクの立場を知る事はありませんが。
まぁボクの気分ですね。
さて、どうしたものでしょうか。
その時のボクは、そんな事を考えている余裕さえありました。
……けれど、現実はボクの想像とは全くと言っていいほど異なっていたのです。
その代わり、別の事を考えます。
ボクの対戦相手にかける言葉を。
どうすれば、傷つかせずに済むか。
これが中々に難しい。
ボクは存在自体がトップアイドルになる事を約束されているようなものです。
ですが、まだ立場はアイドルではありません。
どんな言葉を投げかけても、今のボクでは嫌味にしか聞こえないはずですから。
社長さんの説明によれば、子会社の事務所の新人アイドルとしてライブバトルに出場するので、相手がボクの立場を知る事はありませんが。
まぁボクの気分ですね。
さて、どうしたものでしょうか。
その時のボクは、そんな事を考えている余裕さえありました。
……けれど、現実はボクの想像とは全くと言っていいほど異なっていたのです。
13: 2015/01/06(火) 21:07:53.34
埼玉の小さい会場で行われるライブバトル。
ボクと対戦相手の歌と踊りが終わり、お客さんの審査が始まります。
入場と共に渡されたはずのボタンを押して、ボクと対戦相手、どちらが魅力的だったかをお客さんが選び、人数の多い方が勝者となるシステムです。
数十秒後、後ろのスクリーンに勝者の名前が表示されました。
――対戦相手の名前でした。
これで三度目。
そう、ボクはすでにライブバトルで三回も敗者になったのです。
瞼を瞑り、ボクは深く空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しました。
……お母さんがいなくてよかった。
ボクはそう思います。
ボクと対戦相手の歌と踊りが終わり、お客さんの審査が始まります。
入場と共に渡されたはずのボタンを押して、ボクと対戦相手、どちらが魅力的だったかをお客さんが選び、人数の多い方が勝者となるシステムです。
数十秒後、後ろのスクリーンに勝者の名前が表示されました。
――対戦相手の名前でした。
これで三度目。
そう、ボクはすでにライブバトルで三回も敗者になったのです。
瞼を瞑り、ボクは深く空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しました。
……お母さんがいなくてよかった。
ボクはそう思います。
14: 2015/01/06(火) 21:10:12.50
ライブバトルに保護者の同伴は不要との事で、ボクが来なくていいですよ、とお母さんに言ったのです。
山梨東京間を一週間毎に移動するのは、それだけで疲れる事ですし、移動費用も馬鹿になりません。
それになにより、お父さんとお母さんには、ちゃんとアイドルになってから、ステージに立つボクの姿を見て欲しかったのです。
だから、待っていて下さい、とボクは言いました。
すぐにアイドルになりますから、って。
でも、これが現実。
両親にこんな情けない姿を見せずに済み、過去の自分を褒め称えたい気分になります。
……いえ、所詮現実逃避ですね。
深呼吸をもう一度。
気分を落ち着かせて、ボクは瞼を開き、喜んでいる対戦相手を見つめます。
そして、彼女がボクの視線に気付いた事を確認してから口を開きます。
「おめでとうございます。ボクほどカワイイ子に勝ったんですから、これからも頑張って下さい」
ボクの言葉に呆けている彼女に背を向け、舞台袖へと向かいます。
相手の言葉を聞けるほど、今のボクの心に余裕なんてありません。
ただただ、悔しさで胸がいっぱいなのですから。
山梨東京間を一週間毎に移動するのは、それだけで疲れる事ですし、移動費用も馬鹿になりません。
それになにより、お父さんとお母さんには、ちゃんとアイドルになってから、ステージに立つボクの姿を見て欲しかったのです。
だから、待っていて下さい、とボクは言いました。
すぐにアイドルになりますから、って。
でも、これが現実。
両親にこんな情けない姿を見せずに済み、過去の自分を褒め称えたい気分になります。
……いえ、所詮現実逃避ですね。
深呼吸をもう一度。
気分を落ち着かせて、ボクは瞼を開き、喜んでいる対戦相手を見つめます。
そして、彼女がボクの視線に気付いた事を確認してから口を開きます。
「おめでとうございます。ボクほどカワイイ子に勝ったんですから、これからも頑張って下さい」
ボクの言葉に呆けている彼女に背を向け、舞台袖へと向かいます。
相手の言葉を聞けるほど、今のボクの心に余裕なんてありません。
ただただ、悔しさで胸がいっぱいなのですから。
15: 2015/01/06(火) 21:12:29.98
どうしてボクが負けたのですか?
自分に問いかけます。
けれどわかりません。
歌も踊りも、決して劣っているわけではないはず。
しかし結果は惨敗。
ボクに入れられた投票数は、相手の四分の一以下。
どうして?
いくら考えてもわからないので、ボクは無意識の内に思考の海に浸っていました。
我に返ったのは、何人かで使う控室兼更衣室の前。
最終選考の立会人さんに声をかけられた時でした。
自分に問いかけます。
けれどわかりません。
歌も踊りも、決して劣っているわけではないはず。
しかし結果は惨敗。
ボクに入れられた投票数は、相手の四分の一以下。
どうして?
いくら考えてもわからないので、ボクは無意識の内に思考の海に浸っていました。
我に返ったのは、何人かで使う控室兼更衣室の前。
最終選考の立会人さんに声をかけられた時でした。
16: 2015/01/06(火) 21:14:33.78
「来週も同じ時間に来い」
彼は短くボクに告げました。
無機質な声で、興味のなさそうな澄んだ目をボクに向けて。
他に言う事がないとばかりに、立会人さんは踵を返し、ボクの前から去って行きます。
彼の規則正しい足音はとても冷淡で、無慈悲なモノのようにボクの耳には聞こえました。
三度目になると慣れたものです。
叱る事も、呆れる事も、勿論、アドバイスを口にするような事も、あの人はしません。
まるで、最初からボクには期待していない、と言うように。
最初はボクも腹が立ちました。
応募をした事務所の人でなければ、いえ、ボクがアイドルであれば、文句の一つや二つ――もっと言っていたでしょう。
でも、もうそんな事を口にする暇など、ボクにはありません。
彼は短くボクに告げました。
無機質な声で、興味のなさそうな澄んだ目をボクに向けて。
他に言う事がないとばかりに、立会人さんは踵を返し、ボクの前から去って行きます。
彼の規則正しい足音はとても冷淡で、無慈悲なモノのようにボクの耳には聞こえました。
三度目になると慣れたものです。
叱る事も、呆れる事も、勿論、アドバイスを口にするような事も、あの人はしません。
まるで、最初からボクには期待していない、と言うように。
最初はボクも腹が立ちました。
応募をした事務所の人でなければ、いえ、ボクがアイドルであれば、文句の一つや二つ――もっと言っていたでしょう。
でも、もうそんな事を口にする暇など、ボクにはありません。
17: 2015/01/06(火) 21:15:56.69
三連敗。
この言葉の意味が、重圧が、酷くボクに圧し掛かっています。
最終選考を合格するためには、次は必ず勝たなければならないのですから。
立会人さんに不満を抱いている場合ではありません。
あと一週間。
たった一週間しかありませんが、出来る限りの事をするつもりです。
軽く頬を叩き、自分に喝を入れます。
「大丈夫。ボクはカワイイんだから、次は絶対に勝てます」
ボクはそう言って、控室に入って行きました。
……自分でもわかっています。
ボクの言葉には根拠などない事を。
自分に言い聞かせているに過ぎないと言う事を。
けれど、そうでもしないと、ボクの中のなにかが崩れそうな、そんな怖さに怯えなければなりそうでした。
今日や明日だけではなく、この先ずっと引きずる事になってしまう未来が、もう目の前にあるのですから。
この言葉の意味が、重圧が、酷くボクに圧し掛かっています。
最終選考を合格するためには、次は必ず勝たなければならないのですから。
立会人さんに不満を抱いている場合ではありません。
あと一週間。
たった一週間しかありませんが、出来る限りの事をするつもりです。
軽く頬を叩き、自分に喝を入れます。
「大丈夫。ボクはカワイイんだから、次は絶対に勝てます」
ボクはそう言って、控室に入って行きました。
……自分でもわかっています。
ボクの言葉には根拠などない事を。
自分に言い聞かせているに過ぎないと言う事を。
けれど、そうでもしないと、ボクの中のなにかが崩れそうな、そんな怖さに怯えなければなりそうでした。
今日や明日だけではなく、この先ずっと引きずる事になってしまう未来が、もう目の前にあるのですから。
18: 2015/01/06(火) 21:17:25.07
一週間はあっという間に過ぎ、四度目のライブバトルの日になりました。
予定より一時間以上早く会場に到着。
ボクは発声練習やストレッチをして、入念に準備を整えます。
けれど、いくら声を出しても、体を動かしても、違和感が拭えません。
ほんの一瞬、自分の意識と体がずれているような感覚があるのです。
体調不良などではありません。
確かに、この一週間は根を詰めて練習をしましたが、体調管理はしっかりとしています。
昨日の夜はしっかりと睡眠を取りましたし、寮の食堂で出される夕食も残さず食べました。
自己練習による疲れも残っていません。
ならなぜ今のような状態になっているのか。
――自分を騙す事が出来ない体に、ボクは苛立ちを覚えます。
予定より一時間以上早く会場に到着。
ボクは発声練習やストレッチをして、入念に準備を整えます。
けれど、いくら声を出しても、体を動かしても、違和感が拭えません。
ほんの一瞬、自分の意識と体がずれているような感覚があるのです。
体調不良などではありません。
確かに、この一週間は根を詰めて練習をしましたが、体調管理はしっかりとしています。
昨日の夜はしっかりと睡眠を取りましたし、寮の食堂で出される夕食も残さず食べました。
自己練習による疲れも残っていません。
ならなぜ今のような状態になっているのか。
――自分を騙す事が出来ない体に、ボクは苛立ちを覚えます。
19: 2015/01/06(火) 21:20:11.84
胸に手を添えなくても全身に伝わる鼓動がその正体。
自分で言うのもあれですが、柄にもなく、ボクは緊張しているようです。
中学の入試の時も、これほど体は強張りませんでした。
ここまで酷いのは、生まれて初めての体験です。
「○○さん、そろそろお時間ですので舞台袖に移動して下さい」
スタッフの人がそう言いました。
ボクは今日行われるライブバトルの予定表を手に取り、呼ばれた人の名前を探します。
ありました。
ボクの五つ前です。
まだ大分時間に余裕がある事を確認して、ボクはタオルと髪留めを掴み、化粧室へと向かいます。
自分で言うのもあれですが、柄にもなく、ボクは緊張しているようです。
中学の入試の時も、これほど体は強張りませんでした。
ここまで酷いのは、生まれて初めての体験です。
「○○さん、そろそろお時間ですので舞台袖に移動して下さい」
スタッフの人がそう言いました。
ボクは今日行われるライブバトルの予定表を手に取り、呼ばれた人の名前を探します。
ありました。
ボクの五つ前です。
まだ大分時間に余裕がある事を確認して、ボクはタオルと髪留めを掴み、化粧室へと向かいます。
20: 2015/01/06(火) 21:21:53.48
化粧室に着いたボクは洗面台の前に立ち、濡れないように前髪を大きく分けて髪留めを付け直しました。
冷たい水を両手に集め、飛び散らないように顔を浸けます。
指の隙間から洩れ、掌の水が減ると、もう一度。
ボクは化粧なんかしませんので、メイクが落ちる心配をする必要はありません。
同じ行動を三回ほど繰り返し、濡れた顔をタオルで拭き取って、鏡で自分を見つめます。
思わず笑ってしまいました。
酷い顔。
あまりに剣呑過ぎる表情をボクは浮かべていたのです。
笑い声を零しても、その顔は仮面を貼りつけているかのように変わりませんでした。
これでは、きっと今回も……。
冷たい水を両手に集め、飛び散らないように顔を浸けます。
指の隙間から洩れ、掌の水が減ると、もう一度。
ボクは化粧なんかしませんので、メイクが落ちる心配をする必要はありません。
同じ行動を三回ほど繰り返し、濡れた顔をタオルで拭き取って、鏡で自分を見つめます。
思わず笑ってしまいました。
酷い顔。
あまりに剣呑過ぎる表情をボクは浮かべていたのです。
笑い声を零しても、その顔は仮面を貼りつけているかのように変わりませんでした。
これでは、きっと今回も……。
21: 2015/01/06(火) 21:23:39.71
鏡から目を背け、ボクはかぶりを振ります。
大丈夫。
絶対に大丈夫。
ボクはカワイイんだ。
だから大丈夫。
心の中でそう呟き、鏡を見ないようにして、化粧室を後にします。
控室に戻ったボクは、そろそろ衣装に着替えようと思い、持って来た鞄に手を伸ばしました。
衣装は事務所から借りている物です。
最終選考の説明を受けた日に案内された衣裳部屋で、自分の体に合うサイズの物の中からボク自身が選びました。
中々のコーディネートだと自負しています。
スカートにフリルをあしらえている水色のワンピースを取り出し、そしてボクは気付きました。
大丈夫。
絶対に大丈夫。
ボクはカワイイんだ。
だから大丈夫。
心の中でそう呟き、鏡を見ないようにして、化粧室を後にします。
控室に戻ったボクは、そろそろ衣装に着替えようと思い、持って来た鞄に手を伸ばしました。
衣装は事務所から借りている物です。
最終選考の説明を受けた日に案内された衣裳部屋で、自分の体に合うサイズの物の中からボク自身が選びました。
中々のコーディネートだと自負しています。
スカートにフリルをあしらえている水色のワンピースを取り出し、そしてボクは気付きました。
22: 2015/01/06(火) 21:24:27.95
「……ない」
スポーツバッグの中に、あるはずのモノがないのです。
手袋もある、髪飾りもある、けれどありません。
何度目を擦って見てもないのです。
靴がなくなっていました。
丈が膝上まである青いブーツです。
忘れて来た?
いえ、それはありません。
寮を出る直前に確認しました。
間違いありません。
スポーツバッグの中に、あるはずのモノがないのです。
手袋もある、髪飾りもある、けれどありません。
何度目を擦って見てもないのです。
靴がなくなっていました。
丈が膝上まである青いブーツです。
忘れて来た?
いえ、それはありません。
寮を出る直前に確認しました。
間違いありません。
23: 2015/01/06(火) 21:26:42.16
無意識の内に取り出した?
それもあり得ません。
なにしろそのブーツは、衣服の下に入れいました。
他の物が汚れないように、紙袋に入れて。
取り出すには、一度衣服を取り出さないといけません。
もし鞄に手を入れ、靴の入った袋だけを取り出せば、衣服は乱れているはずです。
ですがボクが取り出した衣服は、ちゃんと綺麗に畳まれたまま。
誰かが盗んだ。
それ以外に考えられません。
それもあり得ません。
なにしろそのブーツは、衣服の下に入れいました。
他の物が汚れないように、紙袋に入れて。
取り出すには、一度衣服を取り出さないといけません。
もし鞄に手を入れ、靴の入った袋だけを取り出せば、衣服は乱れているはずです。
ですがボクが取り出した衣服は、ちゃんと綺麗に畳まれたまま。
誰かが盗んだ。
それ以外に考えられません。
24: 2015/01/06(火) 21:28:17.71
いつ?
ついさっきでしょう。
ボクがスポーツバッグから離れたのは、先程化粧室に行った時だけです。
慌てて周囲を見回しそうになり、ボクは一息入れて、まずは焦る気持ちを落ち着かせるように努めます。
動揺したままでは、見える物も見えなくなってしまうからです。
少し冷静さを取り戻し、ボクは控室全体を見つめました。
ブーツを入れた紙袋は、以前洋服を買った時の物で、お洋服屋さんのロゴが前後左右に大きく描かれています。
チェーン店ではなく、日本に一軒しかないお店です。
同じお店の紙袋を持っている人がいるとは考え難い。
もし見つかれば、十中八九、ボクの物。
けれど、やはりと言うべきでしょうか、控室に紙袋はありませんでした。
ついさっきでしょう。
ボクがスポーツバッグから離れたのは、先程化粧室に行った時だけです。
慌てて周囲を見回しそうになり、ボクは一息入れて、まずは焦る気持ちを落ち着かせるように努めます。
動揺したままでは、見える物も見えなくなってしまうからです。
少し冷静さを取り戻し、ボクは控室全体を見つめました。
ブーツを入れた紙袋は、以前洋服を買った時の物で、お洋服屋さんのロゴが前後左右に大きく描かれています。
チェーン店ではなく、日本に一軒しかないお店です。
同じお店の紙袋を持っている人がいるとは考え難い。
もし見つかれば、十中八九、ボクの物。
けれど、やはりと言うべきでしょうか、控室に紙袋はありませんでした。
25: 2015/01/06(火) 21:29:51.73
現在、室内にいるのは八人。
化粧室に行く前、何人この部屋にいたのか、記憶していなかった事が悔やまれます。
顔も覚えていれば、犯人を特定出来たかもしれないのに。
ですが、きっと中にいた誰かがどこかに持って行ったのでしょう。
少なくとも、この部屋ではないどこかに。
ボクは衣服を含めた私物を全てスポーツバッグに入れ、持ちあげました。
置いたまま部屋の外に行って、今度は衣装まで隠されたのでは堪ったものではありませんから。
ブーツがなくなっただけで、これほど問題なのです。
下手をすれば、今履いているシューズでステージに向かわなければなりません。
華やかな衣装に、チープな運動シューズ。
寒気がするほどシュールな光景です。
なんとしてでも見つけないと。
化粧室に行く前、何人この部屋にいたのか、記憶していなかった事が悔やまれます。
顔も覚えていれば、犯人を特定出来たかもしれないのに。
ですが、きっと中にいた誰かがどこかに持って行ったのでしょう。
少なくとも、この部屋ではないどこかに。
ボクは衣服を含めた私物を全てスポーツバッグに入れ、持ちあげました。
置いたまま部屋の外に行って、今度は衣装まで隠されたのでは堪ったものではありませんから。
ブーツがなくなっただけで、これほど問題なのです。
下手をすれば、今履いているシューズでステージに向かわなければなりません。
華やかな衣装に、チープな運動シューズ。
寒気がするほどシュールな光景です。
なんとしてでも見つけないと。
26: 2015/01/06(火) 21:32:56.28
残された時間はあまり長くはありません。
時計を見て現時刻を確認したあと、ボクはスポーツバッグの帯を肩にかけて、控室を出ます。
と、すぐに立会人さんを見つけました。
ボクは迷わず駆け寄り、事情を説明して言います。
一緒に探して下さい。
そう、助けを求めました。
しかし、返答は冷ややかな物でした。
「私物の管理を怠ったお前が悪い。一人で探せ。見つからなかったら、親に連絡をして弁償させる」
まさかそんな言葉が帰って来るとは思わず、ボクは愕然とします。
少しして、体が震え始めました。
弁償、という言葉がとても怖かったんです。
まるで言葉そのものが刃のように感じられました。
そして両親に迷惑をかけてしまう事実で拍車がかかり、ふっ、と下半身の力が抜けます。
えぇ、本当に力が抜けたのです。
気付いた時、ボクは膝と両手を床につけていました。
時計を見て現時刻を確認したあと、ボクはスポーツバッグの帯を肩にかけて、控室を出ます。
と、すぐに立会人さんを見つけました。
ボクは迷わず駆け寄り、事情を説明して言います。
一緒に探して下さい。
そう、助けを求めました。
しかし、返答は冷ややかな物でした。
「私物の管理を怠ったお前が悪い。一人で探せ。見つからなかったら、親に連絡をして弁償させる」
まさかそんな言葉が帰って来るとは思わず、ボクは愕然とします。
少しして、体が震え始めました。
弁償、という言葉がとても怖かったんです。
まるで言葉そのものが刃のように感じられました。
そして両親に迷惑をかけてしまう事実で拍車がかかり、ふっ、と下半身の力が抜けます。
えぇ、本当に力が抜けたのです。
気付いた時、ボクは膝と両手を床につけていました。
27: 2015/01/06(火) 21:34:07.51
立会人さんは、そんなボクを一瞥する事さえなく、ボクの後ろに向かって去っていきます。
呼び止めないと。
一緒に探して貰わないと。
頭ではそう思っていたのですが、声は出ません。
体にも力は入らず、振り返る事さえ出来ません。
淡々と遠ざかって行く、規則正しく冷たい足音を耳に入れる事しか、ボクには出来ませんでした。
立会人さんの足音が聞こえなくなって、どのくらい経ったのでしょうか?
数十秒? 数分?
十分以上は経っていないはずですが、あまり自信はありません。
「……探さないと」
ボクはそう呟いて、鉛のように重くなった体を動かします。
アイドルなんかになれなくてもいい。
もうそんなモノなんてどうでもいい。
今はブーツを見つけ出す事が最優先。
呼び止めないと。
一緒に探して貰わないと。
頭ではそう思っていたのですが、声は出ません。
体にも力は入らず、振り返る事さえ出来ません。
淡々と遠ざかって行く、規則正しく冷たい足音を耳に入れる事しか、ボクには出来ませんでした。
立会人さんの足音が聞こえなくなって、どのくらい経ったのでしょうか?
数十秒? 数分?
十分以上は経っていないはずですが、あまり自信はありません。
「……探さないと」
ボクはそう呟いて、鉛のように重くなった体を動かします。
アイドルなんかになれなくてもいい。
もうそんなモノなんてどうでもいい。
今はブーツを見つけ出す事が最優先。
28: 2015/01/06(火) 21:36:06.31
いい学校に通わせてくれて、突然アイドルになるなんて言ったボクの言葉を了承してくれた両親に、これ以上迷惑をかける事だけは阻止しないといけません。
ですが腕に力が入りません。
足にもです。
なぜか視界も滲み始めました。
……そうです。
悔しいんです。
結局なにも認めさせる事が出来なかった無力さが。
腹立たしいんです。
自分自身が。
「なんで……なんで、ボクは……」
目から熱い滴が溢れ、頬を伝います。
こんな場所で泣いている自分を情けなく思いながら、けれど涙を我慢する事は出来ませんでした。
嗚咽を噛みしめる事が、今のボクに出来る精一杯の抵抗です。
ですが腕に力が入りません。
足にもです。
なぜか視界も滲み始めました。
……そうです。
悔しいんです。
結局なにも認めさせる事が出来なかった無力さが。
腹立たしいんです。
自分自身が。
「なんで……なんで、ボクは……」
目から熱い滴が溢れ、頬を伝います。
こんな場所で泣いている自分を情けなく思いながら、けれど涙を我慢する事は出来ませんでした。
嗚咽を噛みしめる事が、今のボクに出来る精一杯の抵抗です。
29: 2015/01/06(火) 21:37:30.01
「だ、大丈夫か?」
正面から声がしました。
男の人の声です。
会場のスタッフの一人でしょうか。
その人は続けてボクに問いかけます。
「転んで怪我をしたのか?」
「ち、ちがっ……ちがい、ます。これ、は……ちが、い、ます……」
絞り出した声は、完全に鼻声でした。
みっともない。
そう思うも、ボクにはどうする事も出来ませんでした。
顔はあげられませんが、なんとか視線を上に向けます。
歪んだ視界ですが、革靴が見えました。
スラックスと思える黒いズボンの裾も。
スタッフの人は、大抵ラフな格好をしているので、スラックスなんて履いている人はいません。
会場の関係者か、もしくはライブバトルに来たアイドルの関係者なのかもしれない。
片膝を床につけているところ、ボクのために屈んで話しかけてくれているみたいです。
正面から声がしました。
男の人の声です。
会場のスタッフの一人でしょうか。
その人は続けてボクに問いかけます。
「転んで怪我をしたのか?」
「ち、ちがっ……ちがい、ます。これ、は……ちが、い、ます……」
絞り出した声は、完全に鼻声でした。
みっともない。
そう思うも、ボクにはどうする事も出来ませんでした。
顔はあげられませんが、なんとか視線を上に向けます。
歪んだ視界ですが、革靴が見えました。
スラックスと思える黒いズボンの裾も。
スタッフの人は、大抵ラフな格好をしているので、スラックスなんて履いている人はいません。
会場の関係者か、もしくはライブバトルに来たアイドルの関係者なのかもしれない。
片膝を床につけているところ、ボクのために屈んで話しかけてくれているみたいです。
30: 2015/01/06(火) 21:39:02.73
男の人は少し間を開けて、もしかして、と言いました。
「ライブバトルで負けちゃったのか?」
ボクはかぶりを振ります。
声を出して返事をするのは諦めました。
「じゃあ、どうしてこんなところで……その……」
ボクが泣いている、と直接口に出す事は躊躇われたようです。
声に困惑した色が混じっていました。
きっと彼はいい人なのでしょう。
見ず知らずで、しかも廊下で泣いている面倒そうなボクに声をかけるくらいなのですから。
こんがらがっているボクの頭に、一つの希望が見えました。
もしかして、この人なら……。
この人なら、ボクと一緒に探してくれるんじゃないか、って。
ボクは口を動かします。
けれど、思うように声が出てくれません。
まともに言葉を口にする事すら困難になっていました。
「ライブバトルで負けちゃったのか?」
ボクはかぶりを振ります。
声を出して返事をするのは諦めました。
「じゃあ、どうしてこんなところで……その……」
ボクが泣いている、と直接口に出す事は躊躇われたようです。
声に困惑した色が混じっていました。
きっと彼はいい人なのでしょう。
見ず知らずで、しかも廊下で泣いている面倒そうなボクに声をかけるくらいなのですから。
こんがらがっているボクの頭に、一つの希望が見えました。
もしかして、この人なら……。
この人なら、ボクと一緒に探してくれるんじゃないか、って。
ボクは口を動かします。
けれど、思うように声が出てくれません。
まともに言葉を口にする事すら困難になっていました。
31: 2015/01/06(火) 21:40:02.53
どうしたら伝わる?
出来るだけ短い単語で。
「く……く、つ……」
やっとの事でそう口に出来ました。
それが今のボクの限界。
ちゃんと伝わったでしょうか?
不安が余計に胸を締めつけます。
「靴? 靴って、もしかしてこれの事?」
予想外の返事でした。
ほんの数秒前まで、俯く事しか出来なかったのに、極々自然にボクは顔をあげる事が出来ました。
そしてボクは目を開きます。
男の人が抱えている紙袋を見て。
出来るだけ短い単語で。
「く……く、つ……」
やっとの事でそう口に出来ました。
それが今のボクの限界。
ちゃんと伝わったでしょうか?
不安が余計に胸を締めつけます。
「靴? 靴って、もしかしてこれの事?」
予想外の返事でした。
ほんの数秒前まで、俯く事しか出来なかったのに、極々自然にボクは顔をあげる事が出来ました。
そしてボクは目を開きます。
男の人が抱えている紙袋を見て。
32: 2015/01/06(火) 21:42:07.69
次の瞬間、自分でも不思議なほど俊敏に体が動きました。
男の人から奪うように紙袋を取り返して、抱きしめます。
「……よかった。本当によかった……」
男の人が驚いて尻餅を突いている姿に目も向けず、ボクはそう呟き、力を込めます。
ボクがよく顔を出しているお洋服屋さんのロゴが入った紙袋を抱く腕に。
「そっか、君のだったんだ。丁度それの持ち主を探してたところだったんだよ」
そうだ、この人にお礼を言わないと……。
そう思いながらボクは、改めて男の人へ顔を向けようとしました。
けど、男の人の顔より先に、掌に乗せられている男性用のハンカチが視界に入りました。
「こんなんで悪いけど、使いな」
ハンカチを差し出されているのだと、男の人の言葉を聞いてボクはようやく理解しました。
アイロンがけをしていないのか、ポケットに何日か入れっ放しにしていたのか、ハンカチはいくつもの皺が刻まれており、角は折れまがっています。
男の人から奪うように紙袋を取り返して、抱きしめます。
「……よかった。本当によかった……」
男の人が驚いて尻餅を突いている姿に目も向けず、ボクはそう呟き、力を込めます。
ボクがよく顔を出しているお洋服屋さんのロゴが入った紙袋を抱く腕に。
「そっか、君のだったんだ。丁度それの持ち主を探してたところだったんだよ」
そうだ、この人にお礼を言わないと……。
そう思いながらボクは、改めて男の人へ顔を向けようとしました。
けど、男の人の顔より先に、掌に乗せられている男性用のハンカチが視界に入りました。
「こんなんで悪いけど、使いな」
ハンカチを差し出されているのだと、男の人の言葉を聞いてボクはようやく理解しました。
アイロンがけをしていないのか、ポケットに何日か入れっ放しにしていたのか、ハンカチはいくつもの皺が刻まれており、角は折れまがっています。
33: 2015/01/06(火) 21:44:11.71
普段のボクが見たら、鼻で笑ったかもしれません。
ですが、これは男の人の厚意です。
無下にしようとは思いません。
それに、早く涙を拭きたいのです。
急激な安堵がゆっくりと落ち着き始め、次第に恥ずかしさが湧き出したからです。
涙は女の武器、などと巷で囁かれていますが、女であっても泣いている姿を見られるのは嫌なんですよ。
それが素の状態なら尚更。
「あ、ありがとう……ございます。これも、靴も」
ようやくお礼を言えた事に安心しながら、ボクはハンカチを受け取り、目の周りを拭います。
ズボンのポケットに入れてたのでしょう。
ハンカチに少し温もりがありました。
ですが、これは男の人の厚意です。
無下にしようとは思いません。
それに、早く涙を拭きたいのです。
急激な安堵がゆっくりと落ち着き始め、次第に恥ずかしさが湧き出したからです。
涙は女の武器、などと巷で囁かれていますが、女であっても泣いている姿を見られるのは嫌なんですよ。
それが素の状態なら尚更。
「あ、ありがとう……ございます。これも、靴も」
ようやくお礼を言えた事に安心しながら、ボクはハンカチを受け取り、目の周りを拭います。
ズボンのポケットに入れてたのでしょう。
ハンカチに少し温もりがありました。
34: 2015/01/06(火) 21:45:31.73
「それで鼻をかんでもいいからな」
「……かみませんよ、はしたない」
ボクはそう言いながら、鳴るべく音が出ないように鼻を啜ります。
……出来れば、ティッシュが欲しいです。
ハンカチでやるには抵抗が強いので。
そっか、と朗らかな笑顔を男の人は浮かべていました。
「立てるか?」
問われて、ボクは立ち上がろうと試みました。
が、力が入りません。
安心し切ってしまったせいで、腰が抜けたようです。
「……かみませんよ、はしたない」
ボクはそう言いながら、鳴るべく音が出ないように鼻を啜ります。
……出来れば、ティッシュが欲しいです。
ハンカチでやるには抵抗が強いので。
そっか、と朗らかな笑顔を男の人は浮かべていました。
「立てるか?」
問われて、ボクは立ち上がろうと試みました。
が、力が入りません。
安心し切ってしまったせいで、腰が抜けたようです。
35: 2015/01/06(火) 21:46:47.12
「だ、大丈夫です! 少し休めば立てます! ボク、カワイイですから!」
強がりを言ってみました。
最後の言葉は、自分でもどうして口にしたかわかりません。
口癖って怖いですね。
カワイイは関係ないと思いけど、と男の人は苦笑しています。
意味不明ですよね。
ボクもそう思います。
ふむ、と男の人は呟きました。
強がりだとバレたみたいです。
まぁ、そうでしょうね。
バレバレだとボクも思いましたから。
強がりを言ってみました。
最後の言葉は、自分でもどうして口にしたかわかりません。
口癖って怖いですね。
カワイイは関係ないと思いけど、と男の人は苦笑しています。
意味不明ですよね。
ボクもそう思います。
ふむ、と男の人は呟きました。
強がりだとバレたみたいです。
まぁ、そうでしょうね。
バレバレだとボクも思いましたから。
36: 2015/01/06(火) 21:50:18.95
男の人はおもむろに上着の懐から携帯電話を取り出しました。
画面を何回かタップして、耳に添えます。
「……もしもしちひろさん、今どこにいます? ……あぁよかった。近いですね。すみませんが、俺のところまで来て下さい」
男の人は、この場所を電話の相手に伝えています。
名前から察するに、女性の方を呼んでくれているのでしょう。
ボクはそんな男の人をぼんやりと見つめます。
スラックスと革靴で想像は出来ていましたが、男の人はスーツ姿です。
首からゲストカードを吊るしていました。
この人は誰なんでしょう?
そんな疑問が脳裏を過ります。
と、男の人はボクの背後に向かって手を振りました。
振り返ってみると、緑の制服っぽい服を着ている三つ編みの女性がボクたちの方へ歩み寄っていました。
画面を何回かタップして、耳に添えます。
「……もしもしちひろさん、今どこにいます? ……あぁよかった。近いですね。すみませんが、俺のところまで来て下さい」
男の人は、この場所を電話の相手に伝えています。
名前から察するに、女性の方を呼んでくれているのでしょう。
ボクはそんな男の人をぼんやりと見つめます。
スラックスと革靴で想像は出来ていましたが、男の人はスーツ姿です。
首からゲストカードを吊るしていました。
この人は誰なんでしょう?
そんな疑問が脳裏を過ります。
と、男の人はボクの背後に向かって手を振りました。
振り返ってみると、緑の制服っぽい服を着ている三つ編みの女性がボクたちの方へ歩み寄っていました。
37: 2015/01/06(火) 21:51:53.65
「この子が持ち主だったんですね」
開口一番、三つ編みの女性はそう言いました。
彼女がちひろさんなのでしょう。
ボクが抱えている紙袋を見つめたあと、柔和な笑みを浮かべました。
「初めまして。私は千川ちひろって言います。ちひろと呼んで下さいね」
「ボクは輿水幸子です。ちひろさん、ボクも幸子で構いません」
「うん、よろしくね、幸子ちゃん」
「女の人ってすごいよなぁ。会って数秒で、すぐに名前で呼び合えるなんて。俺には考えられん」
しみじみとした様子で男の人は呟いています。
……そう言えば、この人の名前を聞いてませんね。
開口一番、三つ編みの女性はそう言いました。
彼女がちひろさんなのでしょう。
ボクが抱えている紙袋を見つめたあと、柔和な笑みを浮かべました。
「初めまして。私は千川ちひろって言います。ちひろと呼んで下さいね」
「ボクは輿水幸子です。ちひろさん、ボクも幸子で構いません」
「うん、よろしくね、幸子ちゃん」
「女の人ってすごいよなぁ。会って数秒で、すぐに名前で呼び合えるなんて。俺には考えられん」
しみじみとした様子で男の人は呟いています。
……そう言えば、この人の名前を聞いてませんね。
38: 2015/01/06(火) 21:54:03.45
「あの――」
「女の子の特権ですよ、プロデューサーさん」
「女の、子?」
「……」
「すみません。二度と口にしませんし、絶対に思ったりもしないので、その笑顔はやめて下さい。
なんかいろんなもんを絞り取られそうな気がします。金銭類的な意味で」
名前を聞こうとしたところ、遮られてしまいましたが、苛立ちは湧きません。
ちひろさんの本能的に恐怖を覚える笑顔と、プロデューサーと呼ばれた男の人の情けない姿で、どうでもよくなりました。
「それはそうと、どうして幸子ちゃんは目とお鼻が真っ赤なんですか? まさか、プロデューサーさんが……」
「違いますって。どうやら輿水さんにとって大事な靴だったそうなんですよ」
「別にこれ自体はどうでも良いんです。いや、本当に」
大分ボクの気分は落ち着きました。
ちひろさんに一目で泣いている事を知られるくらいには、酷い顔をしているみたいですけど。
「女の子の特権ですよ、プロデューサーさん」
「女の、子?」
「……」
「すみません。二度と口にしませんし、絶対に思ったりもしないので、その笑顔はやめて下さい。
なんかいろんなもんを絞り取られそうな気がします。金銭類的な意味で」
名前を聞こうとしたところ、遮られてしまいましたが、苛立ちは湧きません。
ちひろさんの本能的に恐怖を覚える笑顔と、プロデューサーと呼ばれた男の人の情けない姿で、どうでもよくなりました。
「それはそうと、どうして幸子ちゃんは目とお鼻が真っ赤なんですか? まさか、プロデューサーさんが……」
「違いますって。どうやら輿水さんにとって大事な靴だったそうなんですよ」
「別にこれ自体はどうでも良いんです。いや、本当に」
大分ボクの気分は落ち着きました。
ちひろさんに一目で泣いている事を知られるくらいには、酷い顔をしているみたいですけど。
39: 2015/01/06(火) 21:55:32.82
ボクの言葉に、プロデューサーさんは不思議そうに首を傾げます。
「えっ、でも、さっきは……」
その反応はわかります。
ボクの言葉足らずでした。
反省するところは反省する。
そうしなければ成長出来ませんから。
流石ボクですね。
「見つけないといけない事情があったんですよ」
「まぁ、事情を無理に聞こうとはしないよ」
「助かります」
ボクは頭を下げました。
ボクは両親からちゃんと礼儀を教わっていますからね。
不躾な真似はしません。
「えっ、でも、さっきは……」
その反応はわかります。
ボクの言葉足らずでした。
反省するところは反省する。
そうしなければ成長出来ませんから。
流石ボクですね。
「見つけないといけない事情があったんですよ」
「まぁ、事情を無理に聞こうとはしないよ」
「助かります」
ボクは頭を下げました。
ボクは両親からちゃんと礼儀を教わっていますからね。
不躾な真似はしません。
40: 2015/01/06(火) 21:56:58.43
「それはそうと、ちひろさん。輿水さんを運んでくれません? なんか立てないそうなので。男の俺が運ぶと、色々あれですし」
「えぇ! ど、どうしたの!? プロデューサーさんに襲われたんですか!?」
「でっかい声で人聞きの悪い事を言うな! 場所を考えて下さい、場所を!」
さっきの仕返しです、と言ってちひろさんは可愛らしく舌を出しました。
年齢を聞く気はありませんが、子供っぽい仕草がよく似合っています。
かと言って、幼く見えるだけではないところ、ちひろさんみたいな人が大人の女性と呼ばれるんでしょうね。
無邪気さを見せるちひろさんとは対照的に、プロデューサーさんはこの一言二言でだいぶ疲弊しています。
昨今の男性と女性の立場を考えれば、慌てるのも無理はないと思いますが。
この建物の中には、色んな人がいますし。
「えぇ! ど、どうしたの!? プロデューサーさんに襲われたんですか!?」
「でっかい声で人聞きの悪い事を言うな! 場所を考えて下さい、場所を!」
さっきの仕返しです、と言ってちひろさんは可愛らしく舌を出しました。
年齢を聞く気はありませんが、子供っぽい仕草がよく似合っています。
かと言って、幼く見えるだけではないところ、ちひろさんみたいな人が大人の女性と呼ばれるんでしょうね。
無邪気さを見せるちひろさんとは対照的に、プロデューサーさんはこの一言二言でだいぶ疲弊しています。
昨今の男性と女性の立場を考えれば、慌てるのも無理はないと思いますが。
この建物の中には、色んな人がいますし。
41: 2015/01/06(火) 21:59:21.57
「冗談はともかく、歩けないのなら私が運ぶしかありませんね。どうぞ、遠慮なく乗って下さい」
言い終えるのが早いか、ちひろさんはボクに背を向けて屈みました。
背負ってどこかに連れて行ってくれるみたいです。
とてもありがたいのですが、そこまでして貰うのは少し気が引けますね。
少し休めば大丈夫ですよ、と言うためにボクが口を開くより早く、プロデューサーさんが動きました。
泣き崩れた際に床に転がしたボクのスポーツバッグを拾い、ボクが抱え続けていたブーツ入りの紙袋を、ヒョイ、と持ちあげます。
「これは俺が持つよ」
「……なにからなにまですみません」
謝罪を口にしながら、ボクはちひろさんの首に腕を回してしがみつきました。
おんぶなんて、何年ぶりでしょうね。
小学生の頃、お父さんにおんぶをせがまれてから嫌になった記憶があります。
ボクがおんぶを求めたんじゃなくて、お父さんがボクをおんぶしようとねだって来たんです。
お母さんもそうですけど、お父さんもボクを溺愛していますから。
ボクほど可愛ければ当然ですけど。
「いえいえ」
なんでもない風に言いながら、ちひろさんはボクの両足を持って腰をあげました。
言い終えるのが早いか、ちひろさんはボクに背を向けて屈みました。
背負ってどこかに連れて行ってくれるみたいです。
とてもありがたいのですが、そこまでして貰うのは少し気が引けますね。
少し休めば大丈夫ですよ、と言うためにボクが口を開くより早く、プロデューサーさんが動きました。
泣き崩れた際に床に転がしたボクのスポーツバッグを拾い、ボクが抱え続けていたブーツ入りの紙袋を、ヒョイ、と持ちあげます。
「これは俺が持つよ」
「……なにからなにまですみません」
謝罪を口にしながら、ボクはちひろさんの首に腕を回してしがみつきました。
おんぶなんて、何年ぶりでしょうね。
小学生の頃、お父さんにおんぶをせがまれてから嫌になった記憶があります。
ボクがおんぶを求めたんじゃなくて、お父さんがボクをおんぶしようとねだって来たんです。
お母さんもそうですけど、お父さんもボクを溺愛していますから。
ボクほど可愛ければ当然ですけど。
「いえいえ」
なんでもない風に言いながら、ちひろさんはボクの両足を持って腰をあげました。
42: 2015/01/06(火) 22:01:06.48
平均より体重は軽いつもりですが、実際はどうなんでしょう。
流石に鳥の羽根と同じくらい、なんてメルヘンな事を言うつもりはありませんし。
「重くないですか?」
「すごく軽いですよ。ちゃんとご飯を食べてますか?」
母親のような心配をされてしまいました。
この場合は親戚の叔母――いえ、従姉妹のお姉さんのような関係ですね!
……心の中で考えただけなのに、一瞬背筋が震えました。
言動には本気で気を付けなければなりません。
「プロデューサーさん、医務室の場所ってわかりますか?」
「はい。前に来た時、お客さんの一人が興奮し過ぎて倒れちゃいまして、救護の手伝いをしたので覚えてます。案内しますよ」
「よろしくお願いしますね」
そう言いながら、二人は歩き始めました。
流石に鳥の羽根と同じくらい、なんてメルヘンな事を言うつもりはありませんし。
「重くないですか?」
「すごく軽いですよ。ちゃんとご飯を食べてますか?」
母親のような心配をされてしまいました。
この場合は親戚の叔母――いえ、従姉妹のお姉さんのような関係ですね!
……心の中で考えただけなのに、一瞬背筋が震えました。
言動には本気で気を付けなければなりません。
「プロデューサーさん、医務室の場所ってわかりますか?」
「はい。前に来た時、お客さんの一人が興奮し過ぎて倒れちゃいまして、救護の手伝いをしたので覚えてます。案内しますよ」
「よろしくお願いしますね」
そう言いながら、二人は歩き始めました。
43: 2015/01/06(火) 22:03:40.25
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「うん?」
「お二人はどうしてここにいるんですか? この場所にいると言う意味ではなく、この建物にいると言う意味で」
「あぁ、それか。大声では言えない話だけど、実はとある事務所が最終選考として取り入れているライブバトルをここでやるって話を聞いてさ。
どんな子が残ったのか気になって、見に来たんだ」
今日が最終日だと聞いて焦ったよ、とプロデューサーさんは苦笑しました。
彼の言葉を補足するように、ちひろさんが言葉を繋げます。
「幸い、プロデューサーさんはここの会場のオーナーさんと知り合いなので、こっそり敵情視察を許可して貰いました」
「ちひろさんは、また悪い言い方をして……」
似たようなものじゃないですか、とちひろさんは悪びれもなく言いました。
どこか悪い事をして楽しんでいる子供のような雰囲気を感じます。
プロデューサーさんは、肩を落としていますけど。
「うん?」
「お二人はどうしてここにいるんですか? この場所にいると言う意味ではなく、この建物にいると言う意味で」
「あぁ、それか。大声では言えない話だけど、実はとある事務所が最終選考として取り入れているライブバトルをここでやるって話を聞いてさ。
どんな子が残ったのか気になって、見に来たんだ」
今日が最終日だと聞いて焦ったよ、とプロデューサーさんは苦笑しました。
彼の言葉を補足するように、ちひろさんが言葉を繋げます。
「幸い、プロデューサーさんはここの会場のオーナーさんと知り合いなので、こっそり敵情視察を許可して貰いました」
「ちひろさんは、また悪い言い方をして……」
似たようなものじゃないですか、とちひろさんは悪びれもなく言いました。
どこか悪い事をして楽しんでいる子供のような雰囲気を感じます。
プロデューサーさんは、肩を落としていますけど。
44: 2015/01/06(火) 22:05:42.30
それにしても、敵情視察?
普通に考えれば、やっぱりそうなりますよね。
「もしかして、お二人もどこかの事務所の人なんですか?」
「最近設立したばかりだけどな。社員も俺とちひろさんしかいないし。いや、名目上、ちひろさんは社長だから、社員は俺だけか」
「プロデューサーさんが駄々こねるから、そうなっちゃったんじゃないですか……私、ただの事務員希望なのに……」
「最終的に外周りが多くなる俺より、内勤のちひろさんの方が、なにかと都合がいいって事で話は纏まったじゃないですか」
「それはそうですけど……」
はぁ、と今度はちひろさんが溜め息を吐きました。
会社の立ち上げ方なんてボクにはわかりませんけど、中々面倒そうですね。
……ん? 二人しかいない?
危うく普通に聞き流すところでした。
普通に考えれば、やっぱりそうなりますよね。
「もしかして、お二人もどこかの事務所の人なんですか?」
「最近設立したばかりだけどな。社員も俺とちひろさんしかいないし。いや、名目上、ちひろさんは社長だから、社員は俺だけか」
「プロデューサーさんが駄々こねるから、そうなっちゃったんじゃないですか……私、ただの事務員希望なのに……」
「最終的に外周りが多くなる俺より、内勤のちひろさんの方が、なにかと都合がいいって事で話は纏まったじゃないですか」
「それはそうですけど……」
はぁ、と今度はちひろさんが溜め息を吐きました。
会社の立ち上げ方なんてボクにはわかりませんけど、中々面倒そうですね。
……ん? 二人しかいない?
危うく普通に聞き流すところでした。
45: 2015/01/06(火) 22:07:38.26
「あの、所属しているアイドルの人とか、芸能人の方とか、いないんですか?」
「世知辛い世の中でな」
「半年くらいなら、他社の雑務とかイベントセッティングとかを請け負えば持ちますけど、それ以降、誰もいい人が見つからなかったら……」
「言わないで下さい、ちひろさん。悲しくなりますから……」
はぁ、と大の大人二人が同時に溜め息を零しました。
本当に世知辛そうです。
新規加入の会社の経営者って大変ですね。
それよりさ、とプロデューサーさんは少し声を張って言いました。
話題を変えたいようです。
気持ちは理解出来ます。
苦々しい空気がボクにも伝わりましたし。
「世知辛い世の中でな」
「半年くらいなら、他社の雑務とかイベントセッティングとかを請け負えば持ちますけど、それ以降、誰もいい人が見つからなかったら……」
「言わないで下さい、ちひろさん。悲しくなりますから……」
はぁ、と大の大人二人が同時に溜め息を零しました。
本当に世知辛そうです。
新規加入の会社の経営者って大変ですね。
それよりさ、とプロデューサーさんは少し声を張って言いました。
話題を変えたいようです。
気持ちは理解出来ます。
苦々しい空気がボクにも伝わりましたし。
46: 2015/01/06(火) 22:09:24.38
「輿水さんはどこの事務所なんだ? 担当のプロデューサーさんかマネージャーさんをあとで呼ぶから、教えてくれないか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「君みたいな子が舞台裏にいたら、アイドルだって思うのが普通だろ? これもあるし」
プロデューサーさんはそう言いながら紙袋を少し上げました。
衣装の一部、と言うのは流石にわかったようです。
芸能事務所立ち上げておいて、衣装かどうかもわからない人なら、それはそれで大問題かもしれませんけど。
「ボクはアイドルじゃありませんよ。さっきあなたが言ってた、とある事務所の最終選考でライブバトルをする人って、多分ボクの事ですし」
『……えぇっ!?』
一つ間を開けて、プロデューサーさんとちひろさんは声を揃えながら驚きの声をあげました。
気付いてなかったようですね。
所属事務所を聞いて来るくらいですから、そうかもしれないと思っていましたが。
「どうしてそう思うんですか?」
「君みたいな子が舞台裏にいたら、アイドルだって思うのが普通だろ? これもあるし」
プロデューサーさんはそう言いながら紙袋を少し上げました。
衣装の一部、と言うのは流石にわかったようです。
芸能事務所立ち上げておいて、衣装かどうかもわからない人なら、それはそれで大問題かもしれませんけど。
「ボクはアイドルじゃありませんよ。さっきあなたが言ってた、とある事務所の最終選考でライブバトルをする人って、多分ボクの事ですし」
『……えぇっ!?』
一つ間を開けて、プロデューサーさんとちひろさんは声を揃えながら驚きの声をあげました。
気付いてなかったようですね。
所属事務所を聞いて来るくらいですから、そうかもしれないと思っていましたが。
47: 2015/01/06(火) 22:11:46.23
「プ、プロデューサーさん、大変です! このまま医務室に連れて行くと、幸子ちゃんが不合格になっちゃいますよ!?」
「だ、大丈夫です! まだ輿水さんの出番まであと二十分くらいあります! その間に衣装に着替えさせて……あぁ、でも体を解したりする時間がない!」
わたわたとする大人二人。
どうしてでしょうね。
こんなに情けない二人を見ていると、自然と笑顔になってしまいます。
「ご、ごめんな。俺がもっと早くその事に気付いていれば、あと五分は余裕があったのに……」
「わ、私もプロデューサーさんをからかったり、のんびり歩いていなかったら、あと三分は……」
「別にいいんですよ。あの事務所のアイドルになりたいとは、もう思っていませんので」
ボクの言葉を聞いた二人は、ぴたりと動きを止めました。
予想外だったみたいですね。
「だ、大丈夫です! まだ輿水さんの出番まであと二十分くらいあります! その間に衣装に着替えさせて……あぁ、でも体を解したりする時間がない!」
わたわたとする大人二人。
どうしてでしょうね。
こんなに情けない二人を見ていると、自然と笑顔になってしまいます。
「ご、ごめんな。俺がもっと早くその事に気付いていれば、あと五分は余裕があったのに……」
「わ、私もプロデューサーさんをからかったり、のんびり歩いていなかったら、あと三分は……」
「別にいいんですよ。あの事務所のアイドルになりたいとは、もう思っていませんので」
ボクの言葉を聞いた二人は、ぴたりと動きを止めました。
予想外だったみたいですね。
48: 2015/01/06(火) 22:13:16.13
恐る恐る、と言った様子で、プロデューサーさんがボクに問いかけます。
「それって、なにか理由があるのか? 折角最終選考まで残ったのに。いや、話したくなければ別にいいんだけど」
「別に構いませんよ。でも、説明するのは難しいですね……一言で言うのなら、井の中の蛙が大海を知って、飛び込んじゃった、って感じですかね」
そのまま井戸の中で空だけを見つめていたら、知らなくていい事を知らないまま生きられたのに。
少なくとも学生の間は、とボクは心の中で付け足しました。
実力主義。
それを甘く見ていたのは間違いなくボクです。
立会人さんがボクを同じ人間のようにさえ扱わないのも、三回連続で惨敗したのも、ボクが未熟だから。
そしてそれを改善する術をボクは知りません。
「ブーツを誰かが盗んで隠したのは、神様がお前には向いてない、ってボクに伝えたかったからかも知れませんね」
「……それはあり得ません」
静かで穏やかで、でもはっきりとちひろさんは言いました。
絶対にあり得ません、と同じ言葉を二回繰り返して。
「それって、なにか理由があるのか? 折角最終選考まで残ったのに。いや、話したくなければ別にいいんだけど」
「別に構いませんよ。でも、説明するのは難しいですね……一言で言うのなら、井の中の蛙が大海を知って、飛び込んじゃった、って感じですかね」
そのまま井戸の中で空だけを見つめていたら、知らなくていい事を知らないまま生きられたのに。
少なくとも学生の間は、とボクは心の中で付け足しました。
実力主義。
それを甘く見ていたのは間違いなくボクです。
立会人さんがボクを同じ人間のようにさえ扱わないのも、三回連続で惨敗したのも、ボクが未熟だから。
そしてそれを改善する術をボクは知りません。
「ブーツを誰かが盗んで隠したのは、神様がお前には向いてない、ってボクに伝えたかったからかも知れませんね」
「……それはあり得ません」
静かで穏やかで、でもはっきりとちひろさんは言いました。
絶対にあり得ません、と同じ言葉を二回繰り返して。
49: 2015/01/06(火) 22:17:55.69
「幸子ちゃんがアイドルに向いていないなんて言う神様がいたら、私が退治してあげます。私、こう見えても結構すごいんですよ?」
ちひろさんは顔だけ僅かに振り向きました。
横顔しか見えませんが、とても優しい笑みを浮かべています。
胸の奥が、じんわりと温かくなるほど。
とにかく医務室に向かいましょう、と言うプロデューサーさんの言葉にちひろさんは頷き、二人は再び歩き出します。
少しの間、二つの足音だけが廊下に響きました。
その中で最初に口を開いたのは、プロデューサーさんです。
「……輿水さん。教えて欲しいんだけど、君はどうしてアイドルになろうと思ったんだ?」
「それは……」
言葉に詰まりました。
箔を付ける、経験を積む、そんな自分勝手でくだらない理由を二人に伝える事が恥かしい。
ボクにとって、もはや過去の汚点と化していますから。
口ごもる事しか出来ませんでした。
ちひろさんは顔だけ僅かに振り向きました。
横顔しか見えませんが、とても優しい笑みを浮かべています。
胸の奥が、じんわりと温かくなるほど。
とにかく医務室に向かいましょう、と言うプロデューサーさんの言葉にちひろさんは頷き、二人は再び歩き出します。
少しの間、二つの足音だけが廊下に響きました。
その中で最初に口を開いたのは、プロデューサーさんです。
「……輿水さん。教えて欲しいんだけど、君はどうしてアイドルになろうと思ったんだ?」
「それは……」
言葉に詰まりました。
箔を付ける、経験を積む、そんな自分勝手でくだらない理由を二人に伝える事が恥かしい。
ボクにとって、もはや過去の汚点と化していますから。
口ごもる事しか出来ませんでした。
50: 2015/01/06(火) 22:19:25.77
「……アイドルに憧れてた、って感じじゃないな。そう言う子は、自分の事を井の中の蛙に例えたりしない」
「……」
「そうだなぁ……自分なら簡単にアイドルになれる、って思ってた口かな?」
失敗しました。
余計な事を言わなければよかったと、今更ながら後悔します。
顔が熱くて、ちひろさんの肩にボクは額を押し付けてしまっていました。
二人の顔を見る事が出来なくなったボクに、プロデューサーさんは続けます。
「それでもいいと俺は思うよ。切っ掛けなんてそんなもんだ。
俺なんか、ガキの頃からアイドルが好きなオタク野郎が、症状をこじらせたまま今の仕事を選んだくらいだしな」
叱る事も、呆れる事もせずにプロデューサーさんは話します。
まるで友達に話しかけるような、自然体のままで。
「……」
「そうだなぁ……自分なら簡単にアイドルになれる、って思ってた口かな?」
失敗しました。
余計な事を言わなければよかったと、今更ながら後悔します。
顔が熱くて、ちひろさんの肩にボクは額を押し付けてしまっていました。
二人の顔を見る事が出来なくなったボクに、プロデューサーさんは続けます。
「それでもいいと俺は思うよ。切っ掛けなんてそんなもんだ。
俺なんか、ガキの頃からアイドルが好きなオタク野郎が、症状をこじらせたまま今の仕事を選んだくらいだしな」
叱る事も、呆れる事もせずにプロデューサーさんは話します。
まるで友達に話しかけるような、自然体のままで。
51: 2015/01/06(火) 22:23:18.24
「話は変わるけど、輿水さん、君は聞いたか? 最終選考を突破した、現在の通過人数」
「いえ。残った人たちとは、連絡先を交換していませんし、会場は誰とも被っていませんので」
最終選考に残った人は、ボクを合わせて六人。
内三人と、二次選考、三次選考が同じグループになって、彼女たちの実技を見ました。
三人とも歌も踊りも上手で、その中でも一人、一線を画している子がいたのを覚えています。
敵わない、とは決して思いませんが、本当にプロと思える技術でした。
彼女なら、最初の週か、二週目辺りで勝っていてもおかしくはありません。
そう思ったボクの考えを、プロデューサーさんが否定します。
「いえ。残った人たちとは、連絡先を交換していませんし、会場は誰とも被っていませんので」
最終選考に残った人は、ボクを合わせて六人。
内三人と、二次選考、三次選考が同じグループになって、彼女たちの実技を見ました。
三人とも歌も踊りも上手で、その中でも一人、一線を画している子がいたのを覚えています。
敵わない、とは決して思いませんが、本当にプロと思える技術でした。
彼女なら、最初の週か、二週目辺りで勝っていてもおかしくはありません。
そう思ったボクの考えを、プロデューサーさんが否定します。
52: 2015/01/06(火) 22:30:18.79
「四回チャンスがあるのに、輿水さん以外、全員一戦目で負けてたあと、辞退したんだって」
「……は?」
一瞬、思考が停止してしまいました。
一回負けただけで全員が辞退?
ボクには理解出来ません。
どうして自分からチャンスを潰すような真似をしたんでしょうか?
もしかして、ボクみたいになにか物を隠されたとか?
「怖くなったんだろうな。ろくにレッスンも受けていない子がEランクのアイドルに勝つなんて、よっぽどこの事がない限りあり得ないし。
実力の差を思い知らされた、ってところだと思う」
「……合格者なんて出す気がなかった。そう言う事ですか?」
大手事務所の気紛れオーディションと言うわけでしたか。
調べたところ、毎年行っているオーディションのようですが、合格者がいない年も少なくありません。
最初から選んでいた人だけがアイドルになる仕組み。
それ以外は眼中にない。
そう考えれば納得も出来ますし、辻褄が合う気がします。
あの立会人さんの言動は、合格させる意志など全くなかったんですから。
ボクはそう思いました。
けれど、ちひろさんがかぶりを振ります。
「……は?」
一瞬、思考が停止してしまいました。
一回負けただけで全員が辞退?
ボクには理解出来ません。
どうして自分からチャンスを潰すような真似をしたんでしょうか?
もしかして、ボクみたいになにか物を隠されたとか?
「怖くなったんだろうな。ろくにレッスンも受けていない子がEランクのアイドルに勝つなんて、よっぽどこの事がない限りあり得ないし。
実力の差を思い知らされた、ってところだと思う」
「……合格者なんて出す気がなかった。そう言う事ですか?」
大手事務所の気紛れオーディションと言うわけでしたか。
調べたところ、毎年行っているオーディションのようですが、合格者がいない年も少なくありません。
最初から選んでいた人だけがアイドルになる仕組み。
それ以外は眼中にない。
そう考えれば納得も出来ますし、辻褄が合う気がします。
あの立会人さんの言動は、合格させる意志など全くなかったんですから。
ボクはそう思いました。
けれど、ちひろさんがかぶりを振ります。
53: 2015/01/06(火) 22:33:51.12
「合格条件が違うんですよ。本当はね、勝たなくてもいいの。ライブバトルに出場して、毎回精一杯パフォーマンスを見せたら合格なんです」
「負ける怖さを最初に身に染み付かせる。そうしたら、もう負けたくないって思うし、その分練習だって真剣に取り組むようになる。
あの事務所は、そう言うやり方なんだ」
古典的ではあるけど成果はかなり期待出来る、と笑いながらプロデューサーさんは言いました。
「多分知ってると思うけど、あそこは本当にシビアなんだよ。
弱い子はすぐに置いて行く、って感じに。けど強い弱いは基準は技術じゃなくて、こっち」
トン、とプロデューサーさんは自分の胸を拳で叩きました。
心の強さだと言うように。
いえ、ようにではなく、心の強さだと態度で言い切っています。
「本当は、合格者以外に教えたらいけない事なんですけどね」
「輿水さんの場合は例外ですよ」
「えぇ。でも、あとで私たちは社長さんに怒られるんでしょうねぇ。もう事務所が違うのに……」
「気が重くなる話題はやめて下さい……」
また二人は同時に溜め息を吐きました。
それはほんの一瞬。
二人ともすぐに笑みを浮かべます。
しかしボクの胸中は、二人と正反対。
薄暗いモノが滲んでいるのがわかります。
「負ける怖さを最初に身に染み付かせる。そうしたら、もう負けたくないって思うし、その分練習だって真剣に取り組むようになる。
あの事務所は、そう言うやり方なんだ」
古典的ではあるけど成果はかなり期待出来る、と笑いながらプロデューサーさんは言いました。
「多分知ってると思うけど、あそこは本当にシビアなんだよ。
弱い子はすぐに置いて行く、って感じに。けど強い弱いは基準は技術じゃなくて、こっち」
トン、とプロデューサーさんは自分の胸を拳で叩きました。
心の強さだと言うように。
いえ、ようにではなく、心の強さだと態度で言い切っています。
「本当は、合格者以外に教えたらいけない事なんですけどね」
「輿水さんの場合は例外ですよ」
「えぇ。でも、あとで私たちは社長さんに怒られるんでしょうねぇ。もう事務所が違うのに……」
「気が重くなる話題はやめて下さい……」
また二人は同時に溜め息を吐きました。
それはほんの一瞬。
二人ともすぐに笑みを浮かべます。
しかしボクの胸中は、二人と正反対。
薄暗いモノが滲んでいるのがわかります。
54: 2015/01/06(火) 22:39:49.56
……なんですか、それ。
ボクは、ぼそりと呟いていました。
「……理屈はわかりました。けど、なんですか、それ? ボクは靴を隠されて、その上脅されたんですよ? 見つけなきゃ、親に弁償させるって」
ダメです。
ボクの中にあった堰が決壊していくのがわかります。
二人は関係ないのに、感情がボクの口を動かします。
「オーディションを受けたのはボクですよ? なのに……なのに、なんでお父さんやお母さんまで巻き込むような事を言ったんですか!?
ボクならいくら責めてもいい。ボクが勝てないのは事実ですから。けど、二人は関係ないじゃないですか!」
次第に大きくなったボクの声は、廊下の奥まで響いていました。
その事に気付いていますけど、もう止める事は出来ません。
止めたくないと思う自分がボクの中にいました。
「あっちはボクを試したいだけかもしれませんけど、ボクは冗談でもそんな事をするやつとは一緒にいたくない! あんなところ、こっちから願い下げだ!」
声を張り過ぎて、ボクは獣みたいな息遣いで呼吸をします。
まるで自分じゃないみたいです。
今は、夢の中にいるような、ぼんやりとした気分に包まれています。
黒い物を吐き出して、軽くトランス状態に近付いたのかもしれません。
ただ口の中の渇きが、先程の言葉はボク自身が言ったのだと証明していました。
ボクは、ぼそりと呟いていました。
「……理屈はわかりました。けど、なんですか、それ? ボクは靴を隠されて、その上脅されたんですよ? 見つけなきゃ、親に弁償させるって」
ダメです。
ボクの中にあった堰が決壊していくのがわかります。
二人は関係ないのに、感情がボクの口を動かします。
「オーディションを受けたのはボクですよ? なのに……なのに、なんでお父さんやお母さんまで巻き込むような事を言ったんですか!?
ボクならいくら責めてもいい。ボクが勝てないのは事実ですから。けど、二人は関係ないじゃないですか!」
次第に大きくなったボクの声は、廊下の奥まで響いていました。
その事に気付いていますけど、もう止める事は出来ません。
止めたくないと思う自分がボクの中にいました。
「あっちはボクを試したいだけかもしれませんけど、ボクは冗談でもそんな事をするやつとは一緒にいたくない! あんなところ、こっちから願い下げだ!」
声を張り過ぎて、ボクは獣みたいな息遣いで呼吸をします。
まるで自分じゃないみたいです。
今は、夢の中にいるような、ぼんやりとした気分に包まれています。
黒い物を吐き出して、軽くトランス状態に近付いたのかもしれません。
ただ口の中の渇きが、先程の言葉はボク自身が言ったのだと証明していました。
55: 2015/01/06(火) 22:43:21.15
「……うん、俺たちは輿水さんに無理強いをさせるつもりはないよ。嫌なら嫌でいいんだ。アイドルだけが君の人生じゃないんだから」
プロデューサーさんは上着の懐を漁り、二枚目のハンカチを取り出しました。
それもボクが握っている一枚目と似て、皺だらけでした。
プロデューサーさんはそのハンカチを持っている手をボクへ伸ばし、目尻に優しく押し当ててくれました。
右目が終わると、左目にも。
興奮し過ぎて、また涙を流してしまっていたようです。
「ただ、一つだけ輿水さんの誤解を訂正させて欲しい」
「ボクの、誤解……?」
「靴を隠したのは、君がオーディションを受けた事務所じゃない。別の無関係なアイドルの子だよ」
ボクの顔からハンカチを離しつつ、プロデューサーさんはそう言いました。
信じられない。
そう思うけれど、ボクは言葉にしませんでした。
プロデューサーさんが嘘を言っているようには見えなかったからです。
プロデューサーさんは上着の懐を漁り、二枚目のハンカチを取り出しました。
それもボクが握っている一枚目と似て、皺だらけでした。
プロデューサーさんはそのハンカチを持っている手をボクへ伸ばし、目尻に優しく押し当ててくれました。
右目が終わると、左目にも。
興奮し過ぎて、また涙を流してしまっていたようです。
「ただ、一つだけ輿水さんの誤解を訂正させて欲しい」
「ボクの、誤解……?」
「靴を隠したのは、君がオーディションを受けた事務所じゃない。別の無関係なアイドルの子だよ」
ボクの顔からハンカチを離しつつ、プロデューサーさんはそう言いました。
信じられない。
そう思うけれど、ボクは言葉にしませんでした。
プロデューサーさんが嘘を言っているようには見えなかったからです。
56: 2015/01/06(火) 22:53:47.94
「これは俺の推測に過ぎないけど、あの子は君が有名な事務所の最終選考中って言う話を誰かから聞いたんだ。
だから、妨害して不合格にさせようとしたんだと思う」
あの子、とプロデューサーさんは言いました。
恐らく、隠した人を見たのでしょう。
隠している現場も。
だからプロデューサーさんが紙袋を持っていたのだとボクは考えました。
けれど、別に犯人を教えて貰おうとは思いません。
そんな人の事なんて、知りたくもありませんので。
ボクがそう思っていると、プロデューサーさんの言葉に続けるようにちひろさんが口を開きます。
「あの事務所、合格率が本当に低いから。知られるとやっかみの対象にされるので、最終選考は内密に行われるんですよ。
聞かされませんでした? 最終選考の事は全て他言無用で、って」
聞かされていました。
社長さん直々の言葉です。
色々くどいとは思っていましたが、最終選考の説明自体はちゃんと覚えています。
ですが、素直に納得は出来ません。
「……でも、脅されたのは事実です」
「それなんだよなぁ……」
プロデューサーさんは肩を竦め、ちひろさんは苦笑しています。
やけに事務所内の事情に詳しい二人の事ですから、なんらかの繋がりがあるのでしょう。
もしかすれば、以前勤めていたのかもしれません。
そして、立会人さんの事についても、なにか知っている可能性は高い。
ボクは黙って二人の言葉を待つ事にします。
だから、妨害して不合格にさせようとしたんだと思う」
あの子、とプロデューサーさんは言いました。
恐らく、隠した人を見たのでしょう。
隠している現場も。
だからプロデューサーさんが紙袋を持っていたのだとボクは考えました。
けれど、別に犯人を教えて貰おうとは思いません。
そんな人の事なんて、知りたくもありませんので。
ボクがそう思っていると、プロデューサーさんの言葉に続けるようにちひろさんが口を開きます。
「あの事務所、合格率が本当に低いから。知られるとやっかみの対象にされるので、最終選考は内密に行われるんですよ。
聞かされませんでした? 最終選考の事は全て他言無用で、って」
聞かされていました。
社長さん直々の言葉です。
色々くどいとは思っていましたが、最終選考の説明自体はちゃんと覚えています。
ですが、素直に納得は出来ません。
「……でも、脅されたのは事実です」
「それなんだよなぁ……」
プロデューサーさんは肩を竦め、ちひろさんは苦笑しています。
やけに事務所内の事情に詳しい二人の事ですから、なんらかの繋がりがあるのでしょう。
もしかすれば、以前勤めていたのかもしれません。
そして、立会人さんの事についても、なにか知っている可能性は高い。
ボクは黙って二人の言葉を待つ事にします。
57: 2015/01/06(火) 22:58:46.97
「それ言ったの、□×って人じゃないか?」
ボクは頷いて肯定します。
やっぱり知人のようでした。
「あいつ、仕事に関しては俺なんかよりずっと出来るのに、会社内での人間関係が不器用過ぎるんだよ。仕事上の外面はいい癖に」
「そんな事言いつつ、プロデューサーさんはあの人とちょくちょくお酒を飲んでいるじゃないですか」
「だって、泣きそうな面で頼んで来るから……。俺、酒なんか飲めないのに。
酔っぱらって涙と鼻水を垂らすあいつの泣き言と懺悔を素面で聞かないといけないって、かなり苦痛ですよ?」
「でも、美味しい物食べているんですよね? 本人から聞いていますよ、プロデューサーさんのお家でお酒を飲むのは、美味しい食材が手に入った時だけ、って」
「よし、わかりました。次に誘われた時は、ちひろさんも呼びます」
遠慮します、と横顔でもわかるほどにこやかな笑みで、ちひろさんは拒否しました。
ぐぬぬ、と親の仇を見つけたような表情を浮かべているプロデューサーさんですが、ちひろさんにとってはどこ吹く風のようです。
と言うか、ボクは話しについて行けません。
プロデューサーさんが言ったような変貌を立会人さんが遂げるのか、甚だ疑問です。
いや、プロデューサーさんたちが嘘を吐いているとは思いませんけど。
むしろ、嘘でした、と言ってくれた方が、ボクとしては恨み易いのですが。
ボクは頷いて肯定します。
やっぱり知人のようでした。
「あいつ、仕事に関しては俺なんかよりずっと出来るのに、会社内での人間関係が不器用過ぎるんだよ。仕事上の外面はいい癖に」
「そんな事言いつつ、プロデューサーさんはあの人とちょくちょくお酒を飲んでいるじゃないですか」
「だって、泣きそうな面で頼んで来るから……。俺、酒なんか飲めないのに。
酔っぱらって涙と鼻水を垂らすあいつの泣き言と懺悔を素面で聞かないといけないって、かなり苦痛ですよ?」
「でも、美味しい物食べているんですよね? 本人から聞いていますよ、プロデューサーさんのお家でお酒を飲むのは、美味しい食材が手に入った時だけ、って」
「よし、わかりました。次に誘われた時は、ちひろさんも呼びます」
遠慮します、と横顔でもわかるほどにこやかな笑みで、ちひろさんは拒否しました。
ぐぬぬ、と親の仇を見つけたような表情を浮かべているプロデューサーさんですが、ちひろさんにとってはどこ吹く風のようです。
と言うか、ボクは話しについて行けません。
プロデューサーさんが言ったような変貌を立会人さんが遂げるのか、甚だ疑問です。
いや、プロデューサーさんたちが嘘を吐いているとは思いませんけど。
むしろ、嘘でした、と言ってくれた方が、ボクとしては恨み易いのですが。
58: 2015/01/06(火) 23:01:24.94
「話を戻すけど、あいつ、本当に不器用なんだよ。どれくらい不器用かと言うとな、思ってる事の反対を口にするほど。
まぁ、今回は言い過ぎだと俺も聞いて思ったよ」
「本当ですか、それ?」
「マジと書いてガチって読むくらいには」
本当具合がわかり難いです。
ボクの考えを察してくれたらしいちひろさんが、口を開いて補足してくれました。
「優秀な人でね、社長さんにも大いに期待されているの。
だから、本来は気が弱くて涙脆い性格なんだけど、無理して怖い顔をしたり、周りにきつい事を言ったりするんです」
「あっ、今いい証拠が思い浮かんだ。ちょっと待っててくれ」
プロデューサーさんは懐から携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけました。
大体予想は出来ますけど……。
まぁ、今回は言い過ぎだと俺も聞いて思ったよ」
「本当ですか、それ?」
「マジと書いてガチって読むくらいには」
本当具合がわかり難いです。
ボクの考えを察してくれたらしいちひろさんが、口を開いて補足してくれました。
「優秀な人でね、社長さんにも大いに期待されているの。
だから、本来は気が弱くて涙脆い性格なんだけど、無理して怖い顔をしたり、周りにきつい事を言ったりするんです」
「あっ、今いい証拠が思い浮かんだ。ちょっと待っててくれ」
プロデューサーさんは懐から携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけました。
大体予想は出来ますけど……。
59: 2015/01/06(火) 23:02:42.29
「もしもし。……あぁ、久しぶり。それより、お前んところで最終選考に残った子の靴が隠されたって話、聞いたか?
……そりゃ勿論、お前と同じ会場にいるからだよ。本当はなにも言わずに帰るつもりだったけどさ」
プロデューサーさんの言葉を聞いて確信しました。
立会人さんに電話をかけたみたいです。
どうやったらあの人とそこまでフレンドリーに会話出来るようになれるのか。
ある意味、プロデューサーさんの方がすごい人に見えてしまうから、おかしな話です。
と、不意にプロデューサーさんは携帯電話をボクの耳に添えました。
口元で人差し指を立てています。
なにも話さず聞いていろ、と言う意味なのでしょうか。
ボクは黙って耳に集中します。
……そりゃ勿論、お前と同じ会場にいるからだよ。本当はなにも言わずに帰るつもりだったけどさ」
プロデューサーさんの言葉を聞いて確信しました。
立会人さんに電話をかけたみたいです。
どうやったらあの人とそこまでフレンドリーに会話出来るようになれるのか。
ある意味、プロデューサーさんの方がすごい人に見えてしまうから、おかしな話です。
と、不意にプロデューサーさんは携帯電話をボクの耳に添えました。
口元で人差し指を立てています。
なにも話さず聞いていろ、と言う意味なのでしょうか。
ボクは黙って耳に集中します。
60: 2015/01/06(火) 23:06:39.39
『ごめんね、プロ君。君に迷惑をかける事になっちゃって……。でも大丈夫だよ。僕が絶対に見つけるから。
あっ、一階は全部探し終えたけどなかったよ。僕はこれから二階に行くね』
間違いなく、立会人さんの声でした。
ただ、口調が想像以上に気持ち悪い。
例えようがないくらいに気持ち悪い。
なにをどうすれば、ボクを泣かした人がこんな風になるのか、本当にわかりません。
……ですが一つだけ、心の底から知りたくもなかった事ですけど、理解しました。
彼がボクの靴を探してくれていると言う事を。
はぁ、とプロデューサーさんやちひろさんを見習うように溜め息を吐きつつ、ボクは言葉を口にします。
「……もうブーツなら見つかりましたよ。この電話の方が持って来てくれました」
『ファッ!? な、なんでプロ君――う゛う゛ん。……どうしてお前が彼の電話に出た?』
「今更カッコつけても遅いですから。それに言いたい事は伝えましたので、あとはプロ君と思う存分話して下さい」
言い終わると同時に、ボクは首を傾けてプロデューサーさんの携帯電話から耳を離します。
立会人さんのあの口調を聞くのは体に毒ですので。
全身の鳥肌が酷いです。
体中をかじりたい。
おっと、方言が出てしまいました。
あっ、一階は全部探し終えたけどなかったよ。僕はこれから二階に行くね』
間違いなく、立会人さんの声でした。
ただ、口調が想像以上に気持ち悪い。
例えようがないくらいに気持ち悪い。
なにをどうすれば、ボクを泣かした人がこんな風になるのか、本当にわかりません。
……ですが一つだけ、心の底から知りたくもなかった事ですけど、理解しました。
彼がボクの靴を探してくれていると言う事を。
はぁ、とプロデューサーさんやちひろさんを見習うように溜め息を吐きつつ、ボクは言葉を口にします。
「……もうブーツなら見つかりましたよ。この電話の方が持って来てくれました」
『ファッ!? な、なんでプロ君――う゛う゛ん。……どうしてお前が彼の電話に出た?』
「今更カッコつけても遅いですから。それに言いたい事は伝えましたので、あとはプロ君と思う存分話して下さい」
言い終わると同時に、ボクは首を傾けてプロデューサーさんの携帯電話から耳を離します。
立会人さんのあの口調を聞くのは体に毒ですので。
全身の鳥肌が酷いです。
体中をかじりたい。
おっと、方言が出てしまいました。
61: 2015/01/06(火) 23:10:08.23
プロデューサーさんも察してくれたようで、ボクの鼓膜に立会人さんの声が届くより早く、自分の耳に再び携帯電話を戻してくれました。
「もしもし? ……悪い悪い。でも靴の方は本当だ。……それは本人次第だよ。……あん? そんな事知らん。じゃあな」
プロデューサーさんの言葉を聞く限り、一方的に通話を切ったみたいです。
なにかを頼まれたようですが、ボクとは無関係である事を祈ります。
にしても……。
「ちひろさん、電話をしてたお二人って、付き合いが長いんですか?」
「三年くらいですね。幸子ちゃんがオーディションを受けている事務所の元同期ですから」
学生のボクからすれば、充分な長さに思えますが、社会人的にはいかがなんでしょうかね?
一組しか知らないので、平均値がボクには掴めません。
ならもう一組にも聞いてみましょう。
「ちなみに、プロデューサーさんとちひろさんは?」
「私たちは五年ですよ。同じ高校に通っていましたので」
「ついでに言うと、ちひろさんは俺の一個上の先輩だよ」
あぁ、と思わず声が漏れてしまいました。
なんて言いますか、それくらいがしっくりくる関係ですし。
幼馴染とは少し異なって、社会人での先輩後輩でもない気がしていましたから。
「もしもし? ……悪い悪い。でも靴の方は本当だ。……それは本人次第だよ。……あん? そんな事知らん。じゃあな」
プロデューサーさんの言葉を聞く限り、一方的に通話を切ったみたいです。
なにかを頼まれたようですが、ボクとは無関係である事を祈ります。
にしても……。
「ちひろさん、電話をしてたお二人って、付き合いが長いんですか?」
「三年くらいですね。幸子ちゃんがオーディションを受けている事務所の元同期ですから」
学生のボクからすれば、充分な長さに思えますが、社会人的にはいかがなんでしょうかね?
一組しか知らないので、平均値がボクには掴めません。
ならもう一組にも聞いてみましょう。
「ちなみに、プロデューサーさんとちひろさんは?」
「私たちは五年ですよ。同じ高校に通っていましたので」
「ついでに言うと、ちひろさんは俺の一個上の先輩だよ」
あぁ、と思わず声が漏れてしまいました。
なんて言いますか、それくらいがしっくりくる関係ですし。
幼馴染とは少し異なって、社会人での先輩後輩でもない気がしていましたから。
62: 2015/01/06(火) 23:12:16.94
そんな事を考えていると、プロデューサーさんは足を止めました。
彼の左側のドアには、医務室と書かれたプレートが貼られています。
目的地に到着したようです。
けれどプロデューサーさんはドアの方ではなく、反対側のボクに振り向きました。
「一応教えておくよ。俺らが来たこの通路を真っ直ぐ戻って、二つ目の曲がり角を左に向くと階段が見える。
その階段で地下に降りて、右に進めばステージ裏だ。迷う事はないだろうけど、踊り場の壁にフロアマップもあるよ」
プロデューサーさんはそう言ったあと、もう自分で立てるか? とボクに問いました。
ちひろさん、とボクが名前を呼ぶと、それだけでちひろさんは床に降ろしてくれました。
腰が抜けるなんて初めての経験ですから、ちひろさんの肩に手を置きながら、恐る恐る床を踏みしめます。
とりあえずは大丈夫そう。
軽くつま先で床を叩いてみたり、その場で跳ねてもみましたが、力が抜けるような事はありません。
元通りのようです。
彼の左側のドアには、医務室と書かれたプレートが貼られています。
目的地に到着したようです。
けれどプロデューサーさんはドアの方ではなく、反対側のボクに振り向きました。
「一応教えておくよ。俺らが来たこの通路を真っ直ぐ戻って、二つ目の曲がり角を左に向くと階段が見える。
その階段で地下に降りて、右に進めばステージ裏だ。迷う事はないだろうけど、踊り場の壁にフロアマップもあるよ」
プロデューサーさんはそう言ったあと、もう自分で立てるか? とボクに問いました。
ちひろさん、とボクが名前を呼ぶと、それだけでちひろさんは床に降ろしてくれました。
腰が抜けるなんて初めての経験ですから、ちひろさんの肩に手を置きながら、恐る恐る床を踏みしめます。
とりあえずは大丈夫そう。
軽くつま先で床を叩いてみたり、その場で跳ねてもみましたが、力が抜けるような事はありません。
元通りのようです。
63: 2015/01/06(火) 23:15:46.98
ボクの様子を見ていたプロデューサーさんは、スポーツバッグと紙袋をボクに向けて差し出して来ました。
「ここで返すよ。着替えたければ、医務室の中で出来る。保健師は女の人だけど、着替えたいって言ったら、医務室を空けてくれるはずだ。
先客がいても、服屋にあるような更衣室が設置されてるよ」
「……プロデューサーさんは、まだボクにステージに立って欲しいと思っているんですか?」
「俺個人としては、アイドルになって欲しい。俺の直感に過ぎないけど、君ならすごいアイドルになれるはずだから」
ボクを真っ直ぐ見据えながら、プロデューサーさんはそう言いました。
嘘偽りがない事は、彼の瞳が証明しています。
愚直なほどストレートな言葉と表情だったため、ボクは少し照れてしまいました。
プ、プロデューサーさんは当然の事を言っただけですけどね!
「でも、決めるのは輿水さん、君だ」
突き放すものとは違う言葉でした。
ボクの事を考えたからこそ口にした言葉。
疑う事なく、ボクは素直にそう思えました。
「ここで返すよ。着替えたければ、医務室の中で出来る。保健師は女の人だけど、着替えたいって言ったら、医務室を空けてくれるはずだ。
先客がいても、服屋にあるような更衣室が設置されてるよ」
「……プロデューサーさんは、まだボクにステージに立って欲しいと思っているんですか?」
「俺個人としては、アイドルになって欲しい。俺の直感に過ぎないけど、君ならすごいアイドルになれるはずだから」
ボクを真っ直ぐ見据えながら、プロデューサーさんはそう言いました。
嘘偽りがない事は、彼の瞳が証明しています。
愚直なほどストレートな言葉と表情だったため、ボクは少し照れてしまいました。
プ、プロデューサーさんは当然の事を言っただけですけどね!
「でも、決めるのは輿水さん、君だ」
突き放すものとは違う言葉でした。
ボクの事を考えたからこそ口にした言葉。
疑う事なく、ボクは素直にそう思えました。
64: 2015/01/06(火) 23:17:29.44
ボクは思考を働かせて、プロデューサーさんに問いかけます。
「……突拍子のない質問なんですが、プロデューサーって、誰かをプロデュースする人の事でいいんですよね?」
「? あぁ、そうだけど、それがどうかしたか?」
なんでもありません、と言ってボクはかぶりを振りました。
もうボクから聞く事はなにもありません。
今は。
「わかりました。このあとボクがどうすればいいかは、ボクが自分で決めます」
「あぁ。……じゃあ、俺らは客席に行くから」
「またね、幸子ちゃん」
「はい」
二人は微笑んで、踵を返しました。
ボクも二人を最後まで見送らず、医務室のドアへと振り向きます。
けれど、ボクはすぐにスライド式のドアへ手を伸ばしたりはしません。
まずは考えを纏める事が優先です。
「……突拍子のない質問なんですが、プロデューサーって、誰かをプロデュースする人の事でいいんですよね?」
「? あぁ、そうだけど、それがどうかしたか?」
なんでもありません、と言ってボクはかぶりを振りました。
もうボクから聞く事はなにもありません。
今は。
「わかりました。このあとボクがどうすればいいかは、ボクが自分で決めます」
「あぁ。……じゃあ、俺らは客席に行くから」
「またね、幸子ちゃん」
「はい」
二人は微笑んで、踵を返しました。
ボクも二人を最後まで見送らず、医務室のドアへと振り向きます。
けれど、ボクはすぐにスライド式のドアへ手を伸ばしたりはしません。
まずは考えを纏める事が優先です。
65: 2015/01/06(火) 23:19:17.48
――いえ、やりたい事は決まっています。
考えるまでもない事でした。
しかし、ただそうする、と言うのはどうもボクらしくありません。
なにかスパイスが必要です。
ボクの可愛さをより引き立たせるなにか。
ふと、ボクは手元へ視線を向けます。
これだ。
ボクは口角をあげて、医務室に入りました。
考えるまでもない事でした。
しかし、ただそうする、と言うのはどうもボクらしくありません。
なにかスパイスが必要です。
ボクの可愛さをより引き立たせるなにか。
ふと、ボクは手元へ視線を向けます。
これだ。
ボクは口角をあげて、医務室に入りました。
66: 2015/01/06(火) 23:21:49.14
医務室で着替えたボクは、プロデューサーさんに教わった通りの道を進みました。
そうです、ボクはステージに上がると決めました。
やりたい事が出来ましたので。
かなり時間はギリギリだったそうで、ボクの前の組、しかも二人目の歌が始まっています。
スタッフの人に叱られましたが、気にしません。
それよりもっと面白い事を思いついたのですから。
残念ながら、冷ましてしまった体を温め直す時間はなかったのですが、軽いストレッチは出来たので良しとしましょう。
その間に、勝者と敗者が決まった前の組が、二手に分かれて舞台袖に戻って来ます。
一分ほどステージの上が空になった状態を維持すると、スピーカーからボクと対戦相手の名前が呼ばれました。
さて、思う存分ボクの可愛さをアピールして来ましょう。
そう思いながら、ボクは履いていたブーツを脱ぎ棄て、裸足になってステージの中央へ進みます。
ぺたぺた、と足音が鳴りました。
対戦相手の人は、裸足のボクを見るなり、一度目を見開いて固まりましたが、すぐに我を取り戻してくれたようです。
中央から三歩ずつほど離れた場所でボクと対戦相手の人は横に並びました。
そうです、ボクはステージに上がると決めました。
やりたい事が出来ましたので。
かなり時間はギリギリだったそうで、ボクの前の組、しかも二人目の歌が始まっています。
スタッフの人に叱られましたが、気にしません。
それよりもっと面白い事を思いついたのですから。
残念ながら、冷ましてしまった体を温め直す時間はなかったのですが、軽いストレッチは出来たので良しとしましょう。
その間に、勝者と敗者が決まった前の組が、二手に分かれて舞台袖に戻って来ます。
一分ほどステージの上が空になった状態を維持すると、スピーカーからボクと対戦相手の名前が呼ばれました。
さて、思う存分ボクの可愛さをアピールして来ましょう。
そう思いながら、ボクは履いていたブーツを脱ぎ棄て、裸足になってステージの中央へ進みます。
ぺたぺた、と足音が鳴りました。
対戦相手の人は、裸足のボクを見るなり、一度目を見開いて固まりましたが、すぐに我を取り戻してくれたようです。
中央から三歩ずつほど離れた場所でボクと対戦相手の人は横に並びました。
67: 2015/01/06(火) 23:23:21.55
ボクはお客さんたちを見つめます。
全員で、五十人にも満たない人数。
みんな、ボクが裸足のせいで、ざわついていました。
一番奥の出入り口付近にいたプロデューサーさんとちひろさんも、口を開いて驚いたような表情を浮かべています。
フフッ、気が早いですね。
まだボクが現れただけなのに。
『え、え~……ではまず、本日の意気込みを聞かせて頂きましょう。輿水幸子ちゃんからどうぞ!』
司会さんの声を聞き、ボクは一歩前に踏み出しました。
軽く息を吸い込みながら、事前にスタッフさんが渡してくれたマイクを口元に寄せます。
そして、ボクは言います。
言わせて頂きますとも。
全員で、五十人にも満たない人数。
みんな、ボクが裸足のせいで、ざわついていました。
一番奥の出入り口付近にいたプロデューサーさんとちひろさんも、口を開いて驚いたような表情を浮かべています。
フフッ、気が早いですね。
まだボクが現れただけなのに。
『え、え~……ではまず、本日の意気込みを聞かせて頂きましょう。輿水幸子ちゃんからどうぞ!』
司会さんの声を聞き、ボクは一歩前に踏み出しました。
軽く息を吸い込みながら、事前にスタッフさんが渡してくれたマイクを口元に寄せます。
そして、ボクは言います。
言わせて頂きますとも。
68: 2015/01/06(火) 23:29:46.56
「実はですね、ボクの靴が誰かに盗まれ、隠されてしまいました。あぁ、こちらの彼女ではありません。
彼女とは控室が違いますので、それは断言出来ます。ボクと同じ控室の人以外、不可能な状態でしたから」
ボクが話し始めると、先程のざわつきが嘘のように静まり返りました。
みんな、ボクの話に耳を傾けてくれるようですね。
それで良いんです。
じっくりボクの言葉を耳にして下さい。
ボクのカワイイ声に魅了されて下さい。
遠慮なんてしなくていいですからね。
「犯人さんの正体には、心底興味がない事を先にお伝えしておきます。靴自体は親切な方が見つけて下さいましたし。
ならどうして履いていないのか、皆様は疑問に思うかもしれませんが、これにはボクなりの理由があります」
一息入れます。
トークにはテンポが肝要。
こうして間を開ける事も大切だとボクは学んでいますよ。
真面目な表情をボクは浮かべません。
ボクに一番似合っているのは、笑顔なんですから。
言うまでもないと思いますが、笑顔以外がボクに似合っていない、と言うわけではありませんのであしからず。
彼女とは控室が違いますので、それは断言出来ます。ボクと同じ控室の人以外、不可能な状態でしたから」
ボクが話し始めると、先程のざわつきが嘘のように静まり返りました。
みんな、ボクの話に耳を傾けてくれるようですね。
それで良いんです。
じっくりボクの言葉を耳にして下さい。
ボクのカワイイ声に魅了されて下さい。
遠慮なんてしなくていいですからね。
「犯人さんの正体には、心底興味がない事を先にお伝えしておきます。靴自体は親切な方が見つけて下さいましたし。
ならどうして履いていないのか、皆様は疑問に思うかもしれませんが、これにはボクなりの理由があります」
一息入れます。
トークにはテンポが肝要。
こうして間を開ける事も大切だとボクは学んでいますよ。
真面目な表情をボクは浮かべません。
ボクに一番似合っているのは、笑顔なんですから。
言うまでもないと思いますが、笑顔以外がボクに似合っていない、と言うわけではありませんのであしからず。
69: 2015/01/06(火) 23:35:05.59
ボクはいつもの笑みを浮かべつつ、話を再開します。
「靴を隠すと言う事は、ボクの妨害をしたい人がいたと言う事になりますよね? これはもう心外です。呆れました」
ボクは溜め息を一つ零しました。
大袈裟に肩を竦める事も忘れません。
そのあと、なにしろ、とボクは言って言葉を紡ぎます。
「たかが靴を隠した程度で、ボクの魅力を削ぐ事が出来ると思った人がいる。それが実に悲しいんです。
だからボクは証明するために、裸足でここに立ちました。ボクの可愛さを奪うなんて、誰にも出来ない事だと教えて差し上げるために」
フフン、とボクは鼻で笑い、プロデューサーさんとちひろさんを見つめます。
二人はボクの視線に気付いてくれたようで、プロデューサーさんもちひろさんも、親指を上に立てた拳をあげてくれました。
ボクは間違っていない、と言ってくれるように。
たったそれだけのやり取り。
ですが、ボクにはとても居心地のいい時間でした。
ステージに立ってよかった、と初めて思えるほど。
「以上、世界で一番カワイイ輿水幸子の意気込みでした」
ボクはそう言って話を終わらせ、一歩下がりました。
「靴を隠すと言う事は、ボクの妨害をしたい人がいたと言う事になりますよね? これはもう心外です。呆れました」
ボクは溜め息を一つ零しました。
大袈裟に肩を竦める事も忘れません。
そのあと、なにしろ、とボクは言って言葉を紡ぎます。
「たかが靴を隠した程度で、ボクの魅力を削ぐ事が出来ると思った人がいる。それが実に悲しいんです。
だからボクは証明するために、裸足でここに立ちました。ボクの可愛さを奪うなんて、誰にも出来ない事だと教えて差し上げるために」
フフン、とボクは鼻で笑い、プロデューサーさんとちひろさんを見つめます。
二人はボクの視線に気付いてくれたようで、プロデューサーさんもちひろさんも、親指を上に立てた拳をあげてくれました。
ボクは間違っていない、と言ってくれるように。
たったそれだけのやり取り。
ですが、ボクにはとても居心地のいい時間でした。
ステージに立ってよかった、と初めて思えるほど。
「以上、世界で一番カワイイ輿水幸子の意気込みでした」
ボクはそう言って話を終わらせ、一歩下がりました。
70: 2015/01/06(火) 23:36:55.43
「納・得・いきません! なんでボクが負けたんですか!?」
「負けは負けだろ。そんなカッカするなって。ほら、祝負会の飲み物が来たぞ」
「シュクフカイってなんですか!? もしかして、真ん中のフは負けの負ですか!? 嬉しくないですよ、そんな会!」
「じゃあ残念会で」
「直球過ぎます!」
ボクはバンバン、と両手でテーブルを叩いて不服具合をアピールします。
けれどプロデューサーさんはどこ吹く風。
暢気にバニラアイスが乗ったメロンソーダをストローで飲んでますよ。
もうなんなんでしょうね、この人!
こんなにカワイイボクを前にして!
そんなに甘い物が好きなんですかねっ!?
「負けは負けだろ。そんなカッカするなって。ほら、祝負会の飲み物が来たぞ」
「シュクフカイってなんですか!? もしかして、真ん中のフは負けの負ですか!? 嬉しくないですよ、そんな会!」
「じゃあ残念会で」
「直球過ぎます!」
ボクはバンバン、と両手でテーブルを叩いて不服具合をアピールします。
けれどプロデューサーさんはどこ吹く風。
暢気にバニラアイスが乗ったメロンソーダをストローで飲んでますよ。
もうなんなんでしょうね、この人!
こんなにカワイイボクを前にして!
そんなに甘い物が好きなんですかねっ!?
71: 2015/01/06(火) 23:38:23.17
「まぁまぁ、幸子ちゃん、そろそろ落ち着いて。テーブル叩き過ぎて、両手も痛いでしょ?」
「……」
ちひろさんに宥められて、ボクは渋々テーブルを叩くのをやめます。
寛大なボクに感謝して下さいよ、プロデューサーさん!
……寮に帰ったら軟膏塗って、シップ貼らないと。
掌がすごく痛い……。
ボクたちがいるのは、会場傍のファミレスです。
大変不本意な結果に終わったライブバトルのあと、立会人さんとお話をした際に、呼んで貰いました。
だって、ボク、二人の携帯電話のアドレスも番号も知りませんし……。
そ、それはともかく、電車に乗って帰ろうとしていた二人をギリギリ呼び戻して、今に至るわけです。
「……」
ちひろさんに宥められて、ボクは渋々テーブルを叩くのをやめます。
寛大なボクに感謝して下さいよ、プロデューサーさん!
……寮に帰ったら軟膏塗って、シップ貼らないと。
掌がすごく痛い……。
ボクたちがいるのは、会場傍のファミレスです。
大変不本意な結果に終わったライブバトルのあと、立会人さんとお話をした際に、呼んで貰いました。
だって、ボク、二人の携帯電話のアドレスも番号も知りませんし……。
そ、それはともかく、電車に乗って帰ろうとしていた二人をギリギリ呼び戻して、今に至るわけです。
72: 2015/01/06(火) 23:39:48.31
「かなり真面目話をします。お二人から見て、今日のボクはどうでした?」
「総合点か? 個別か?」
「個別評価のあとに、総合評価を下さい」
プロデューサーさんとちひろさんは一度顔を合わせて、最初にちひろさんが口を開きました。
ちひろさんから今日のボクの出来を教えてくれるようです。
「ちょっと辛口になるけど、平気?」
「で、出来れば甘口で……」
ちひろさんはボクの返答を聞いて苦笑しました。
いや、怖いですし。
嫌ですよ、もう泣くの。
今日だけで十年分は泣きましたから。
「総合点か? 個別か?」
「個別評価のあとに、総合評価を下さい」
プロデューサーさんとちひろさんは一度顔を合わせて、最初にちひろさんが口を開きました。
ちひろさんから今日のボクの出来を教えてくれるようです。
「ちょっと辛口になるけど、平気?」
「で、出来れば甘口で……」
ちひろさんはボクの返答を聞いて苦笑しました。
いや、怖いですし。
嫌ですよ、もう泣くの。
今日だけで十年分は泣きましたから。
73: 2015/01/06(火) 23:47:13.67
「歌とダンス、あれは誰かに教わったんですか?」
「いえ、自分で色々調べて練習しただけです。可愛かったですよね、ボク」
「えぇ、とても可愛かったですよ。基礎はしっかりしていましたし、一曲だけとはいえ、スタミナ切れがなかった点は高評価です」
フフン、とボクは胸を張ります。
一人でも出来るんですよ、ボクは。
……と、友達がいないわけじゃありませんからね!
ボクの友達はちょっと大人しい子が多いので、歌とかダンスには誘い難いんですよね……。
いつも本を読んでいたり、絵を描いていたりしていますので。
「ただ、あのままだとまだアイドルとは呼べないかなぁ。準備運動不足諸々を考慮しても、ぎこちなさが至るところに見えました」
「え? ほ、本当ですか……?」
ボク的には完璧だったんですけど……。
最低でもライブバトルをした人たちと同じくらいかと思ってましたが、ちひろさんはあっさり頷いてボクの中にあった理想像を砕いちゃいました。
「いえ、自分で色々調べて練習しただけです。可愛かったですよね、ボク」
「えぇ、とても可愛かったですよ。基礎はしっかりしていましたし、一曲だけとはいえ、スタミナ切れがなかった点は高評価です」
フフン、とボクは胸を張ります。
一人でも出来るんですよ、ボクは。
……と、友達がいないわけじゃありませんからね!
ボクの友達はちょっと大人しい子が多いので、歌とかダンスには誘い難いんですよね……。
いつも本を読んでいたり、絵を描いていたりしていますので。
「ただ、あのままだとまだアイドルとは呼べないかなぁ。準備運動不足諸々を考慮しても、ぎこちなさが至るところに見えました」
「え? ほ、本当ですか……?」
ボク的には完璧だったんですけど……。
最低でもライブバトルをした人たちと同じくらいかと思ってましたが、ちひろさんはあっさり頷いてボクの中にあった理想像を砕いちゃいました。
74: 2015/01/06(火) 23:48:36.02
「ダンスの練習をする時、鏡を見ながらやった事ありますか? こう、全身が映るサイズの物で」
ボクはかぶりを振ります。
そんな事やってません。
確かにそう言うやり方は、本やネットにもありましたが、全身が映る鏡なんて用意出来ませんし。
お小遣いで買えない、って訳ではありませんが、寮だからそんなに大きな物置けませんので。
ボクの反応を見て、なるほど、とちひろさんは呟き、別の問いを口にします。
「では、ボイストレーニングをした時、録音をしてみたりはしましたか?」
「はい、それは何度も」
「うん。だからですね、歌の方はお上手でした。音程も声量もばっちり!」
歌の方は、と何気にちひろさん抉って来ますね……。
しかも笑顔で。
ボクとしては、純粋に褒めて欲しいのですが……。
ボクはかぶりを振ります。
そんな事やってません。
確かにそう言うやり方は、本やネットにもありましたが、全身が映る鏡なんて用意出来ませんし。
お小遣いで買えない、って訳ではありませんが、寮だからそんなに大きな物置けませんので。
ボクの反応を見て、なるほど、とちひろさんは呟き、別の問いを口にします。
「では、ボイストレーニングをした時、録音をしてみたりはしましたか?」
「はい、それは何度も」
「うん。だからですね、歌の方はお上手でした。音程も声量もばっちり!」
歌の方は、と何気にちひろさん抉って来ますね……。
しかも笑顔で。
ボクとしては、純粋に褒めて欲しいのですが……。
75: 2015/01/06(火) 23:54:42.31
「でも、やっぱりちょっと変な癖が付き始めてました。早めに矯正しないと、後々辛い事になりますよ?」
「へ、変な癖……?」
「幸子ちゃんは喉が震え易いのかしら? 声を一定に伸ばすところで、少しビブラート気味になってたんですよ。わかり易く言えば、演歌っぽい感じですかね」
「バラード曲が演歌って……」
今日一番の凹み具合です……。
ちなみに一番の衝撃は立会人さんの気持ち悪い素の話し方です。
あっ、立会人さんでふと思い出しましたが、彼はちゃんと謝ってくれました。
不器用モードで、不器用なりに。
気持ち悪いモードだったら、その事さえ拒否してましたけどね。
ボクはもう気にしてませんし、どうでもいいカテゴリーの中にすでに収納済みですから。
「それと、これは本当に大切な事だから、よく聞いて」
「な、なんですか? なにかボク、すごいミスをしていました?」
真剣な表情でちひろさんは頷いて、ボクに言います。
「今回は一曲だけだし、幸子ちゃんの気持ちを優先して私たちは止めなかったけど、次からは必ず靴を履く事。
裸足で踊るなんて、怪我の元なんですから。これは絶対に守って下さい。いいですね?」
「は、はい……ごめんなさい」
「ん。ちゃんと謝れる幸子ちゃんは本当にいい子です」
そう言ってちひろさんはボクの頭を撫でてくれました。
くすぐったいけど、嬉しいですね、やっぱり。
いえ、喜んでいいところなのでしょうか、これは。
自分の感情に不安を覚えてしまいました。
「へ、変な癖……?」
「幸子ちゃんは喉が震え易いのかしら? 声を一定に伸ばすところで、少しビブラート気味になってたんですよ。わかり易く言えば、演歌っぽい感じですかね」
「バラード曲が演歌って……」
今日一番の凹み具合です……。
ちなみに一番の衝撃は立会人さんの気持ち悪い素の話し方です。
あっ、立会人さんでふと思い出しましたが、彼はちゃんと謝ってくれました。
不器用モードで、不器用なりに。
気持ち悪いモードだったら、その事さえ拒否してましたけどね。
ボクはもう気にしてませんし、どうでもいいカテゴリーの中にすでに収納済みですから。
「それと、これは本当に大切な事だから、よく聞いて」
「な、なんですか? なにかボク、すごいミスをしていました?」
真剣な表情でちひろさんは頷いて、ボクに言います。
「今回は一曲だけだし、幸子ちゃんの気持ちを優先して私たちは止めなかったけど、次からは必ず靴を履く事。
裸足で踊るなんて、怪我の元なんですから。これは絶対に守って下さい。いいですね?」
「は、はい……ごめんなさい」
「ん。ちゃんと謝れる幸子ちゃんは本当にいい子です」
そう言ってちひろさんはボクの頭を撫でてくれました。
くすぐったいけど、嬉しいですね、やっぱり。
いえ、喜んでいいところなのでしょうか、これは。
自分の感情に不安を覚えてしまいました。
76: 2015/01/06(火) 23:59:18.99
「じゃあ最後の総合評価を発表します」
ボクは息を飲み込み、ちひろさんの言葉を待ちます。
心臓の鼓動が早い。
ですが、あまり不快ではありませんでした。
それはきっと、目の前の人たちから確かな温もりが感じられるからでしょう。
「今はまだまだだけど、伸び代は充分あります。ちゃんとしたコーチに師事すれば、あっという間にすごいアイドルになれますよ」
嬉しく思っていいのか、非常に微妙です。
ちひろさんに悪気はなく、むしろボクの事を思って指摘してくれたのはわかりますし、その点はとても為になりました。
けど、今まで同格と思っていた対戦相手の人たちより、二回りも三回りもちっぽけだったと教えられて、結構落ち込んでます。
「ちひろさん、ちひろさん」
「どうしました、プロデューサーさん?」
「なんか最後の言葉、インチキ占い師みたいでした。これがあればさらに完璧、とか言って最後に壺でも売ろうとしたら百点満点です」
「ほっといて下さい! どうせ私は陳腐なボキャブラリーしか持ってませんよ!」
「はいはい、いい大人が怒らない。ほら、俺のアイスの上に二つ乗ってるサクランボの一つをあげますから」
「……頂きます」
餌で釣れちゃうんですね、ちひろさん。
思ったよりも安い……。
ボクは息を飲み込み、ちひろさんの言葉を待ちます。
心臓の鼓動が早い。
ですが、あまり不快ではありませんでした。
それはきっと、目の前の人たちから確かな温もりが感じられるからでしょう。
「今はまだまだだけど、伸び代は充分あります。ちゃんとしたコーチに師事すれば、あっという間にすごいアイドルになれますよ」
嬉しく思っていいのか、非常に微妙です。
ちひろさんに悪気はなく、むしろボクの事を思って指摘してくれたのはわかりますし、その点はとても為になりました。
けど、今まで同格と思っていた対戦相手の人たちより、二回りも三回りもちっぽけだったと教えられて、結構落ち込んでます。
「ちひろさん、ちひろさん」
「どうしました、プロデューサーさん?」
「なんか最後の言葉、インチキ占い師みたいでした。これがあればさらに完璧、とか言って最後に壺でも売ろうとしたら百点満点です」
「ほっといて下さい! どうせ私は陳腐なボキャブラリーしか持ってませんよ!」
「はいはい、いい大人が怒らない。ほら、俺のアイスの上に二つ乗ってるサクランボの一つをあげますから」
「……頂きます」
餌で釣れちゃうんですね、ちひろさん。
思ったよりも安い……。
77: 2015/01/07(水) 00:01:29.92
「輿水さんにも一つ贈呈しよう。結果はあぁなったけど、お疲れ様って意味で」
「いいんですか? あなたの分がなくなっちゃいますよ?」
「種のある果物って嫌いなんだよ。口ん中で果肉と種を分けて、種だけ吐き出すって作業がめんどい」
「気持ちはわからなくもないですけど……じゃあ頂きます」
差し出してくれたグラスの中で頂上に位置するサクランボのへたの部分を摘んで、ちひろさんと同じようにボクも口にする。
……うん、甘くて美味しいです。
サクランボを味わっていると、プロデューサーさんは紙ナプキンを二枚引き抜いて、一枚ずつボクとちひろさんに渡してくれました。
これに種を吐き出せ、と言う事でしょう。
……吐き出せ、って自分で言っておいてなんですが、嫌な表現ですね。
まぁ、その通りなんですけど。
「いいんですか? あなたの分がなくなっちゃいますよ?」
「種のある果物って嫌いなんだよ。口ん中で果肉と種を分けて、種だけ吐き出すって作業がめんどい」
「気持ちはわからなくもないですけど……じゃあ頂きます」
差し出してくれたグラスの中で頂上に位置するサクランボのへたの部分を摘んで、ちひろさんと同じようにボクも口にする。
……うん、甘くて美味しいです。
サクランボを味わっていると、プロデューサーさんは紙ナプキンを二枚引き抜いて、一枚ずつボクとちひろさんに渡してくれました。
これに種を吐き出せ、と言う事でしょう。
……吐き出せ、って自分で言っておいてなんですが、嫌な表現ですね。
まぁ、その通りなんですけど。
78: 2015/01/07(水) 00:02:23.51
口の中の種を除去したあと、ボクは改めてプロデューサーさんに問います。
「プロデューサーさんから見て、今日のボクはどうでしたか?」
「うん? 大体はちひろさんと同意見だよ。細かい部分は、専門家の人が指摘した方が直し易いから、特に技術面で言う事はないな」
「……思いっきり利用されている気がして、私はかなり不満です」
「俺は助かってるからいいじゃないですか。いやぁ、話す事が減るって、すごい楽です」
くそぅくそぅ、とちひろさんが悔しがっています。
ちひろさん、種を包んでいる紙ナプキンを握り締めない方がいいですよ。
破けたら汚いですし。
「プロデューサーさんから見て、今日のボクはどうでしたか?」
「うん? 大体はちひろさんと同意見だよ。細かい部分は、専門家の人が指摘した方が直し易いから、特に技術面で言う事はないな」
「……思いっきり利用されている気がして、私はかなり不満です」
「俺は助かってるからいいじゃないですか。いやぁ、話す事が減るって、すごい楽です」
くそぅくそぅ、とちひろさんが悔しがっています。
ちひろさん、種を包んでいる紙ナプキンを握り締めない方がいいですよ。
破けたら汚いですし。
79: 2015/01/07(水) 00:05:28.08
「その代わり、って訳じゃないけど、聞きたい事はあるよ。……どうしてオーディションを受けた事務所を蹴ったんだ?」
やはりもう立会人さん辺りから二人に連絡が行っていたようです。
そう、ボクは立会人さんから合格を伝えられたのですが、丁重にお断りしました。
不器用って言葉だけでは許せない事を立会人さんは口にしましたし、それに……。
「……プロデューサーさん、と呼んでもいいですか?」
「いいぞ。そっちの方が俺も馴染んでる」
了承を得て、ありがとうございます、とボクは言いつつ、プロデューサーさんを見つめます。
ふざけた気分はありません。
これから言うのは、ボクの本音です。
輿水幸子の言葉です。
「プロデューサーさん、ボクは言いましたよ。ボクは世界一カワイイって。ボクの可愛さは誰も奪えないって。そして、それを証明するって」
「覚えてるよ。カッコいいと思った」
プロデューサーさんは頷きました。
ありがとうございます。
ボクは心の中でもう一度お礼を言ったあと、プロデューサーさんに問います。
やはりもう立会人さん辺りから二人に連絡が行っていたようです。
そう、ボクは立会人さんから合格を伝えられたのですが、丁重にお断りしました。
不器用って言葉だけでは許せない事を立会人さんは口にしましたし、それに……。
「……プロデューサーさん、と呼んでもいいですか?」
「いいぞ。そっちの方が俺も馴染んでる」
了承を得て、ありがとうございます、とボクは言いつつ、プロデューサーさんを見つめます。
ふざけた気分はありません。
これから言うのは、ボクの本音です。
輿水幸子の言葉です。
「プロデューサーさん、ボクは言いましたよ。ボクは世界一カワイイって。ボクの可愛さは誰も奪えないって。そして、それを証明するって」
「覚えてるよ。カッコいいと思った」
プロデューサーさんは頷きました。
ありがとうございます。
ボクは心の中でもう一度お礼を言ったあと、プロデューサーさんに問います。
80: 2015/01/07(水) 00:06:47.41
「そんなボクをプロデュースしたいとは思いませんか?」
「俺が?」
「はい」
この人とちひろさんは信用出来る人だと、ボクは思います。
今日が初対面ですが、全く疑っていません。
理由をあげるとすれば、勘の一言に過ぎませんが。
けどボクは思ったのです。
アイドルになるのなら、プロデューサーさんたちと一緒がいい、と。
「俺が?」
「はい」
この人とちひろさんは信用出来る人だと、ボクは思います。
今日が初対面ですが、全く疑っていません。
理由をあげるとすれば、勘の一言に過ぎませんが。
けどボクは思ったのです。
アイドルになるのなら、プロデューサーさんたちと一緒がいい、と。
81: 2015/01/07(水) 00:08:20.54
「ボクの実力は見て頂いた通りです。指摘された点はすぐに直します。いかがでしょう?」
断られてしまうのでしょうか?
お二人の目には、まだアイドルとしての実力は半人前にすら映ってないようでした。
それに、事務所の最初のアイドルと言う事で、お二人は真剣に吟味したいはずですし。
でも、それでもやっぱり聞きたいのです。
なにもしないまま諦める事なんて、ボクには出来ません。
突然過ぎる申し出だと、自覚していますが。
思案している様子のプロデューサーさんでしたが、静かに口を開きます。
断られてしまうのでしょうか?
お二人の目には、まだアイドルとしての実力は半人前にすら映ってないようでした。
それに、事務所の最初のアイドルと言う事で、お二人は真剣に吟味したいはずですし。
でも、それでもやっぱり聞きたいのです。
なにもしないまま諦める事なんて、ボクには出来ません。
突然過ぎる申し出だと、自覚していますが。
思案している様子のプロデューサーさんでしたが、静かに口を開きます。
82: 2015/01/07(水) 00:12:06.85
「……最初はあんまり高い給料を求められても払えないぞ?」
「お金には困っていません」
「底辺事務所だから、かなり苦労をかけると思う」
「だからなんですか? 苦労しない人生なんてあり得ません。まだボクは子供かもしれませんが、そのくらいは理解しているつもりです」
「きっと、想像しているよりずっと辛いと思う」
「壁があるのでしたら、いくらでも乗り越えてみせます」
プロデューサーさんの言葉に、ボクは一つ一つ答えて行きます。
オーディションの募集に応募した時のような軽い気持ちなんて、微塵もありません。
ボクは彼らとならアイドルになりたいと本心で思っているのですから。
ボクにステージに立って欲しいと、ボクならすごいアイドルになれると言ってくれた人たちと一緒に。
ボクにステージに立つ楽しさを教えてくれた人たちと共に。
「お金には困っていません」
「底辺事務所だから、かなり苦労をかけると思う」
「だからなんですか? 苦労しない人生なんてあり得ません。まだボクは子供かもしれませんが、そのくらいは理解しているつもりです」
「きっと、想像しているよりずっと辛いと思う」
「壁があるのでしたら、いくらでも乗り越えてみせます」
プロデューサーさんの言葉に、ボクは一つ一つ答えて行きます。
オーディションの募集に応募した時のような軽い気持ちなんて、微塵もありません。
ボクは彼らとならアイドルになりたいと本心で思っているのですから。
ボクにステージに立って欲しいと、ボクならすごいアイドルになれると言ってくれた人たちと一緒に。
ボクにステージに立つ楽しさを教えてくれた人たちと共に。
83: 2015/01/07(水) 00:14:22.56
プロデューサーさんは、ちひろさんと顔を合せました。
ちひろさんの意思の確認でしょう。
あまり間を入れず、ちひろさんは微笑みを浮かべて頷いてくれました。
ボクが入る事を肯定してくれた、と思いたいです。
プロデューサーさんが再びボクに顔を向けます。
そんな彼が口を開く前に、ボクが先に問いかけました。
最後の後押しです。
「プロデューサーさん。プロデューサーさんのお仕事はなんですか?」
「アイドルを頂点に導くためにプロデュースする事だ」
「じゃあ、ボクが言いたい事、ボクがやって欲しい事、わかりますよね?」
プロデューサーさんは肩を竦めました。
ちひろさんは口元を手で隠してクスクス笑っています。
ボク? ボクはいつも通りの笑顔ですよ。
カワイイボクはどんな表情も似合いますが、やはり笑っている自分の顔が一番好きです。
「世界で一番かわいい輿水幸子をアイドル界の頂きに立たせるだけの、簡単なお仕事だよ」
「フフッ、言質取りましたからね」
ちひろさんの意思の確認でしょう。
あまり間を入れず、ちひろさんは微笑みを浮かべて頷いてくれました。
ボクが入る事を肯定してくれた、と思いたいです。
プロデューサーさんが再びボクに顔を向けます。
そんな彼が口を開く前に、ボクが先に問いかけました。
最後の後押しです。
「プロデューサーさん。プロデューサーさんのお仕事はなんですか?」
「アイドルを頂点に導くためにプロデュースする事だ」
「じゃあ、ボクが言いたい事、ボクがやって欲しい事、わかりますよね?」
プロデューサーさんは肩を竦めました。
ちひろさんは口元を手で隠してクスクス笑っています。
ボク? ボクはいつも通りの笑顔ですよ。
カワイイボクはどんな表情も似合いますが、やはり笑っている自分の顔が一番好きです。
「世界で一番かわいい輿水幸子をアイドル界の頂きに立たせるだけの、簡単なお仕事だよ」
「フフッ、言質取りましたからね」
84: 2015/01/07(水) 00:16:06.90
プロデューサーさんが手を差し出してくれました。
ボクはその手を握ります。
とても大きな男の人の手でした。
カワイイボクの小さな手を簡単に包めそうなほどです。
「輿水さん、よろしくな」
「幸子、と名前で呼んで下さい」
そっか、と言ったあと、プロデューサーさんは咳を一つしました。
「幸子、これから一緒に頑張ろうな」
「はい」
「勿論、私も協力しますからね」
ボクとプロデューサーさんが握手している手に、ちひろさんの手も乗りました。
これから先の事を少し考えてみますが、不安はありません。
強がりではありません。
むしろワクワクしています。
この二人と共に、ボクはボクの知らない世界行けるのだと信じて。
ボクはその手を握ります。
とても大きな男の人の手でした。
カワイイボクの小さな手を簡単に包めそうなほどです。
「輿水さん、よろしくな」
「幸子、と名前で呼んで下さい」
そっか、と言ったあと、プロデューサーさんは咳を一つしました。
「幸子、これから一緒に頑張ろうな」
「はい」
「勿論、私も協力しますからね」
ボクとプロデューサーさんが握手している手に、ちひろさんの手も乗りました。
これから先の事を少し考えてみますが、不安はありません。
強がりではありません。
むしろワクワクしています。
この二人と共に、ボクはボクの知らない世界行けるのだと信じて。
85: 2015/01/07(水) 00:19:31.83
これがボクのアイドルとしての始まりです。
え? この先どうなったのかって?
フフン、それは皆さんの想像通りですよ。
「幸子、そろそろ時間だ。用意は出来てるな?」
「誰に言ってるんですか? カワイイボクが準備を怠るわけないじゃないですか。いつも通り、完璧ですよ。褒めて下さい」
「よしよし、偉い偉い。俺もいつも通り、舞台袖で精一杯応援するからな」
「当然ですね。なんと言っても、ボクみたいなカワイイアイドルのプロデューサーさんなんですから。なのでもっと褒めて下さい」
「はいはい。そろそろ行くぞ」
「も、もう一声! もう一声だけ! あぁもう! 無視して先に行かないで下さいよ!」
すみません、皆さん。
時間がなくなったようです。
残念ですが、ボクの昔話はこれでおしまい。
おっと、そうでした。
最後にこれだけは言っておかないといけませんね。
……ボクはアイドルになった事に後悔なんてしていません。
今までも、これからも、ずっと。
それだけは絶対です。
では、ボクはこれで。
ボクの可愛さに魅了された人たちを迎えに行かないといけませんので。
え? この先どうなったのかって?
フフン、それは皆さんの想像通りですよ。
「幸子、そろそろ時間だ。用意は出来てるな?」
「誰に言ってるんですか? カワイイボクが準備を怠るわけないじゃないですか。いつも通り、完璧ですよ。褒めて下さい」
「よしよし、偉い偉い。俺もいつも通り、舞台袖で精一杯応援するからな」
「当然ですね。なんと言っても、ボクみたいなカワイイアイドルのプロデューサーさんなんですから。なのでもっと褒めて下さい」
「はいはい。そろそろ行くぞ」
「も、もう一声! もう一声だけ! あぁもう! 無視して先に行かないで下さいよ!」
すみません、皆さん。
時間がなくなったようです。
残念ですが、ボクの昔話はこれでおしまい。
おっと、そうでした。
最後にこれだけは言っておかないといけませんね。
……ボクはアイドルになった事に後悔なんてしていません。
今までも、これからも、ずっと。
それだけは絶対です。
では、ボクはこれで。
ボクの可愛さに魅了された人たちを迎えに行かないといけませんので。
86: 2015/01/07(水) 00:21:32.25
終わり
読んでくれてありがとう
読んでくれてありがとう
87: 2015/01/07(水) 00:27:04.95
おつ
面白かったぞー
面白かったぞー
95: 2015/01/07(水) 04:12:35.62
モバマスで似たような系統なら ・みく「みくは今、とても幸せです、にゃ」
幸子が目立ってる奴なら ・モバP(静かだ……) ・黒川千秋「またこんな仕事?」モバP「ごめんな」
って奴を大分前に書いた
同じタイトルでピクシブにも載せてるからよければどうぞ
幸子が目立ってる奴なら ・モバP(静かだ……) ・黒川千秋「またこんな仕事?」モバP「ごめんな」
って奴を大分前に書いた
同じタイトルでピクシブにも載せてるからよければどうぞ
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