1: 2017/05/16(火) 20:35:14.49

ある飲食店にて、二人の女性アルバイトが雑談を交わしていた。


「昔、この店に変わった先輩がいたんだ」

「へえ、どんな人なんですか?」

「いっつも白衣を着ててね……顔は青白くて、体は細長くて、ひ弱そうで、
 典型的な青びょうたんって感じだった」

「なんだか不気味そうな人ですね」

「だけど……不思議な魅力があったんだよね」


年上の店員は、その“変わった先輩”を思い返していた。


2: 2017/05/16(火) 20:39:25.48

白衣を着た先輩は、仕事ぶりからして変わっていた。


「皿洗いに要した時間……5分27秒か。上出来だな」

「あの客が食事に要した時間、17分19秒……予想より2分早かったか」

「この仕事であれば、小生ならば3分11秒あればこなせるでしょう」


このように、自分の仕事ぶりなどを秒単位で細かく計測するのは日常茶飯事。

全ての動作がきびきびとしており、まるでロボットのようであった。

3: 2017/05/16(火) 20:40:29.23

そんな日々が続いたある日、女はひょんなことから先輩と一緒に帰宅することになる。

そして――


「そうだ、小生の研究室(ラボ)を見学しないか?」

「ラボときましたか……」



男としての下心をまるで感じさせないその誘いに、女は乗った。

4: 2017/05/16(火) 20:42:43.84

白衣の先輩の研究室(ラボ)こと自宅は、古びたアパートの一室であった。

中ではハツカネズミが飼育されていたり、怪しい機械が動いていたり、
分厚い本が幾つも並んでいたりと、研究室といって差し支えない光景が広がっていた。


「くつろいでくれたまえ」


といわれても、くつろげるわけがない。

5: 2017/05/16(火) 20:45:12.57

「どうぞ」


先輩はまず、ビーカーに入ったコーヒーを差し出した。
女は少し躊躇したが、飲んでみるとコーヒーの味は悪くないものだった。


「これもなかなかうまいんだ」


さらに、アルコールランプの火で焼いたスルメイカを提供する。
来客に出すメニューとして適当かはともかく、こちらも悪くない味であった。

7: 2017/05/16(火) 20:47:18.10

帰り道で買ったコンビニ弁当を、当たり前のようにメスやピンセットで頬張る先輩。


「なんで普通に箸やフォークで食べないんですか?」

「小生はこちらの方が落ち着くからさ」

「落ち着くなら、それでいいですけど」


この頃になると、女も先輩の奇人変人ぶりにすっかり適応していた。

9: 2017/05/16(火) 20:50:10.28

夜も更け、今日はお開きということになった。
二人でそのままベッドイン……などという甘い雰囲気になる余地は微塵もなかった。

女は最後にこう問いかけた。


「ところで先輩、なぜこんな科学に身も心も捧げるような生活をしてるんですか?」

「ノーベル賞を取るため、かな」


あまりにも壮大な野望。
しかし、女は笑ったり、からかうことはしなかった。

この先輩なら、なぜかそれができそうな気がしたからである。

11: 2017/05/16(火) 20:51:17.55

「……で、それからまもなく、その先輩はバイトを辞めちゃって……
 アパートも引っ越しちゃったみたいで、どうなったかは分からずじまい」

「たしかに変わった人ですねえ……。だけど、ノーベル賞取れるといいですねえ」

「うん……」


こうして、彼女たちの思い出話は終わった。

13: 2017/05/16(火) 20:52:49.17

それから数ヶ月後、後輩が鼻息荒く新聞を持ってきた。


「ねえねえ、見て下さい!
 このノーベル賞受賞者、もしかして例の変わった先輩じゃないんですか?
 先輩が教えてくれた特徴と人相がそっくりで……」


女が記事を覗く。すると、すぐ分かった。


「ほ、本当だわ! これ……間違いなくあの人よ!
 なんとなくやる人だって気がしてたけど、まさか本当に受賞するなんて……」

15: 2017/05/16(火) 20:53:35.64

新聞記事にはこう書かれていた。

≪○×氏、著作『科学者のふりした小説家』で見事、ノーベル文学賞を獲得!≫


「……って、文系だったんかーい!!!」









おわり

24: 2017/05/17(水) 19:06:26.21

引用元: 女「私の先輩にいっつも白衣を着た変わった先輩がいたんだ」