316: 2015/12/18(金) 00:55:23.44
ほむら「ゲッターロボ!」第十二話 エピローグ

私たちの目の前で、ワルプルギスの夜が、燃えて灰となり朽ちてゆく。

氏にゆく様を、まざまざと私たちの網膜へと焼き付けながら。

最強最悪の魔女が今・・・

その呪われた生涯に、終止符を打とうとしている。


ほむら 「やった・・・」


とうとう・・・とうとう私たちは・・・

ワルプルギスの夜を倒したんだ。

念願が・・・数多の時間軸を旅し続けながら、決して果される事のなかった私の念願が、たった今。

成し遂げられたんだ。
ゲッターロボ VOL.1 [DVD]
318: 2015/12/18(金) 00:59:08.04
ほむら 「やった・・・やったわ・・・やったんだわ・・・」

竜馬 「ほむら・・・!!」

ほむら 「やったんだわ、リョウ!」


念願の成就を確信し、共に戦った友へと喜びの声をかけようとした、まさにその時。

私の視界が、暗転した。


ほむら 「え・・・」


気を失ったわけではない。

目の前に帳が下ろされたように視界が閉ざされたと思った、次の瞬間。

私は・・・

地上に立っていたのだ。

319: 2015/12/18(金) 01:00:28.95
ほむら 「え、なに・・・ここは・・・」


辺りを見回す。

倒壊した建物。荒れ果てた街並み。だけれど、見覚えがある、この景色。

間違いない。


ほむら 「見滝原の、街・・・?」


そう、私たちが戦っていた場所の、まさに真下。

私はいつの間にか、地上へと帰還していたのだ。

だけれど、それじゃ・・・


ほむら 「ゲッターは?ゲッターロボは?!」


たった今まで、私たちが乗り込んでいたゲッターロボは、どこに行ってしまったの?

320: 2015/12/18(金) 01:02:26.82
これまでも、確かに。

魔女の結界から出た途端、ゲッターロボが消え失せていたという事はあった。

と、いう事は、今回も・・・?


ほむら 「ワルプルギスの夜が消滅したことによって、彼女の勢力圏が無くなったから・・・」


今まで同様、勝手に私のバックラーの中へと、収納されてしまったという事なのだろうか。

だけれど、私には分かる。

何かが違う。今までと、どこか感覚が異なっている。


ほむら 「ま、まさかっ」


慌ててバックラーの中へと意識を集中してみる。

321: 2015/12/18(金) 01:06:10.47
しかし、心に返って来るのは、目的の物を見いだせない空虚な感覚だけ。


ほむら 「いない・・・」


そう、感じられないのだ。

ゲッターロボの存在が。

その時。


ほむら 「あっ・・・!」


ゲッターの中で契られた、武蔵の契約が私の頭の中へと蘇ってきた。

彼は願ったのだ。

この戦いが終わったら、ゲッターと竜馬をあるべき場所に帰すように、と。


ほむら 「じゃあ、か、帰ってしまったというの、元の世界へ!?」

322: 2015/12/18(金) 01:07:42.61
だけれど・・・!


ほむら 「そんな、こんな別れの言葉を言う暇もないだなんて・・・!」


私は、慌てて周囲を見回す。

右・・・誰もいない。

左・・・荒れ果てた街並みが広がるばかり。


ほむら 「い、嫌だ・・・こんな唐突な別れ、私は絶対に嫌よ・・・!」

竜馬 「ほむら!」


不意にかけられた声。

今、なによりも一番聞きたかった、あの声。

私は後ろを振り返る。そこで目にした者は・・・


ほむら 「リョウ・・・!」


数メートル向こうで私を見つめる、竜馬の姿だった。

323: 2015/12/18(金) 01:10:26.66
たまらず私は、息せき切って駆けだした。

彼の元へ。竜馬の胸の中へ向かって。


ほむら 「リョウ、リョウ!」


竜馬が両手を広げて待っている。私を迎え入れようとしているのだ。

私は彼の心に甘えて、その中へと飛びか込んで行った。

硬くて逞しい竜馬の胸に、身体を預ける。

そんな私を、竜馬がそっと優しく抱きしめてくれた。


ほむら 「リョウ・・・」


私も竜馬の背に腕を回わす。そうしながら私は、時間停止の魔法を発動させた。

この広い世界を、たとえ限られた時間だけだとしても。

私と竜馬・・・今は二人だけの物とするために。

324: 2015/12/18(金) 01:14:11.55
竜馬 「ほむら・・・時間を止めたのか」

ほむら 「あのね・・・ゲッターロボが消えたわ」

竜馬 「ああ」

ほむら 「バックラーの中にもいない。きっと、ゲッターは帰ったのね」

竜馬 「・・・」

ほむら 「あなたの帰るべき、世界へと。一足先に」

竜馬 「だろうな」

ほむら 「あなたも、もう行ってしまったのかと思ったわ・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「だけれど、あなたはまだここにいる。ここに、こうして、私を抱いてくれている。良かった・・・」


ぬくもりを、声を、息づかいを。

流竜馬を今、私は全身で感じている。


ほむら 「あなたの胸に抱かれながら、別れを告げる時間が与えられた・・・その事が、とても嬉しいの・・・」

325: 2015/12/18(金) 01:15:05.10
竜馬 「ほむら。俺には分かる。再び時間が動き出した、その時こそ・・・俺たちの別れの時だ」

ほむら 「うん」

竜馬 「武蔵をよろしく頼む。あいつは強い男だが、底抜けの優しさが弱点となる時もある。お前が助けとなってくれたら、こんなに心強いことは無い」

ほむら 「心配しないで。あなたの大切な仲間だもの。私にとっても大事な人よ。武蔵さんや、マミの事は私に任せて」

竜馬 「心配はしちゃいないさ。俺はお前の事を、誰よりも信頼しているのだからな」

ほむら 「ありがとう・・・」


時の止まった世界の中で。

私と竜馬の時間だけが、刻々と過ぎてゆく。


竜馬 「ほむら。魔力は大丈夫か?」

ほむら 「もう少し・・・」

竜馬 「そうか」

326: 2015/12/18(金) 01:17:18.43
時間の停止は、いつまでも続けられるわけではない。

ワルプルギス戦を終えた今、残されたグリーフシードも少なく、無駄遣いできる状況でもない。

名残は尽きないが、潮時も必要だった。


竜馬 「ほむら、俺はそろそろ行くよ。お前も元気で、鹿目とよろしくやれよ」

ほむら 「ばか・・・なに言ってるの」

竜馬 「はは・・・じゃあ、ほむら」

ほむら 「・・・」


竜馬に促され、時間を再び動かそうとした、まさにその時だった。

私の心の奥底から、抑えきれない感情の波が激流となって込み上げてきたのは。

327: 2015/12/18(金) 01:18:19.85
ほむら 「・・・だ」


激流は、私の口から言葉となって、外へと雪崩だしていった。

感情を抑える事ができない。口を閉じる事も出来ない。


ほむら 「いやだ・・・っ!」


ただ込み上げて来る心のままに、私は真情を竜馬へと吐露していた。


竜馬 「ほむら・・・?」

ほむら 「リョウと別れるなんて、いやよ!そんなの・・・」


言葉と一緒に、涙までとめどなく溢れ出してくる。


ほむら 「そんなの、絶対ぜったい耐えられない・・・!」

328: 2015/12/18(金) 01:19:25.41
私の頭の中では、竜馬との出会いから今までの事が、まるで走馬灯のように駆け巡っていた。

出会いは決して穏やかなものではなかった。互いに対立して、場合によってはそのまま敵味方に分かれていてもおかしくはなかった。

だけれど竜馬は私の宿願を知り共感を持ってくれた。仲間と認めてくれたのだ。

ずっと一人で戦ってきた私が、再び仲間を持てた瞬間だった。

嬉しかったし、彼のおかげで狭まっていた視野を広げる事もできた。

だからこそ私は、マミや杏子、ゆまと共に戦ってこられたのだ。


ほむら (そして、まどかと心を通じ合わせる事ができたことも・・・)


全部全部、竜馬のおかげだった。彼がいなければ、私はこれからも、同じような時間軸のループを続けていかざるを得なかったはずだ。

私は・・・竜馬によって救われたのだ。

329: 2015/12/18(金) 01:20:18.70
ほむら 「あなたは私に色々な事を教えてくれた・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「あなたがいたから、私は今この場所に、こうして立っている事ができるの。リョウは・・・リョウは・・・」


見上げた。

私を見下ろしている竜馬と目が合う。

辛そうな顔をしている。別れ際にこんな事を聞かされれば、それは当然だと思う。

たまらず私は、視線を下に落とした。

竜馬にそんな顔をさせたくないから、今までずっと我慢していたのに、全てが台無し。

だけれど、それでも。私は気持ちを抑える事ができなかった。

330: 2015/12/18(金) 01:21:11.01
ほむら 「リョウは私にとって、かけがえの無い人なの。そんなリョウと・・・別れるのは・・・」


そう。ずっと思っていた事だった。

だけれどそれを口にすれば、他ならない竜馬を困らせる事になるから。それが分かっていたから。

口が裂けても言うべきじゃない。そう思って耐えていた。

竜馬には成すべき事があるから、帰らなくてはならない。それは仕方がない事なんだ。

そう、自分を無理やり納得させて。

でも・・・もう、我慢できなかった。本当は、納得なんてできていなかったんだ。

私は・・・


ほむら 「別れるのは、嫌・・・私は・・・私はずっと、リョウの側にいたい!」


私は言った。

偽らざる本心を。

そして待った。竜馬が私に語りかけてくれるのを。

331: 2015/12/18(金) 01:22:25.33
竜馬 「ほむら」


竜馬が口を開く。


竜馬 「俺だって、お前と一緒だ。ほむら、俺はお前と離れたくない。これから先の人生を共に歩んでいけたらと、なんど思ったか分からない」

ほむら 「リョウも・・・?」

竜馬 「当然だろ。もし俺に守る物が無かったなら・・・成すべき事など無かったのなら、何も気にせずお前といる事を選べるのに、と。どうにもならない事に頭を悩ませたりもした」

ほむら 「・・・」

竜馬 「だがな、こうも思うんだ。そんなしがらみと無縁の俺であったなら、きっとお前が必要としてくれる俺ではいられなかっただろうと、な」

ほむら 「それは・・・」


分かる。竜馬の言いたい事は、十分すぎるほどに理解できる。

私だって、宿願に生きる自分でなかったなら、竜馬は最初から仲間だとは認めてくれなかっただろうから。


ほむら 「私たちは・・・認め合った時には、別れることが宿命づけられていたのね」

竜馬 「だがな、ほむら。これだけは忘れるな」


私を抱く竜馬の腕に、一層の力がこもる。

私は彼になされるがまま身体を預けながら、竜馬の言葉を聞いていた。

332: 2015/12/18(金) 01:23:26.16
竜馬 「世界の壁にどれだけ隔たれようと、心に刻んだ俺たちの絆まで隔てる事は、誰にも出来やしない」

ほむら 「絆・・・私たちの・・・」

竜馬 「ほむら。どこにいようが、俺たちは仲間だ。だからいずれ、また会える。絶対にだ!」


ハッとして、私は再び竜馬の顔を見上げた。

先ほどまでの悲しそうな表情はなりを潜め、今は自信と確信に満ちた顔で私を見つめている。

いつもの、私が大好きな竜馬の顔だった。


ほむら 「本当に・・・?」

竜馬 「俺がお前に、嘘を言った事があったか?」

ほむら 「・・・っ!」


不思議だった。

そんな竜馬の顔を見ていたら、不可能な事など何もないような気がしてくる。

全部が、竜馬の言うとおりになる。そんな気さえしてくるのだ。

333: 2015/12/18(金) 01:24:41.37
ほむら 「そうね・・・あなたの言う通り・・・ワルプルギスだって倒せたのだしね。また会う事だって、きっと・・・」


できる。

簡単な事ではないかもしれないけれど、きっといつの日にか、必ず。


ほむら 「・・・リョウ、ありがとう」

竜馬 「いきなり、藪から棒だな。どうしたんだ?」

ほむら 「きちんとお礼、言っておきたかったから」

竜馬 「そんなのはさ、お互い様って奴だぜ。それじゃ・・・ほむら」

ほむら 「うん」

334: 2015/12/18(金) 01:25:54.73
最後にもう一度。

竜馬の身体を、強く抱きしめた。

彼の体温と感触を、記憶に強く刻みつけるように。

その体勢のまま、しばしの時間を過ごした後で。


ほむら 「リョウ・・・またね」


別れの言葉を告げると同時に・・・

私は・・・

時間停止の魔法を、解除したのだった。

347: 2015/12/25(金) 00:56:39.35
・・・
・・・


エピローグ ~竜馬編~

348: 2015/12/25(金) 00:58:09.82
俺が元の世界に戻ってきて、一か月がたっていた。

世の中は比較的平穏な時を刻んでいる。

そんなもの、まやかしの平和に過ぎないのだが。


恐竜帝国が、どこぞへと行方をくらましてしまったのだ。

異世界へと飛ばされる直前、俺と武蔵は満身創痍の恐竜帝国の本拠地へと、殴り込みをかけに行くところだった。

あのまま敵の巣穴に飛び込んでいたなら、恐竜帝国を滅亡させる事ができた代わりに、俺も武蔵も生きては帰れなかっただろう。

いわば、覚悟の上の特攻作戦だったのだ。

349: 2015/12/25(金) 00:59:59.84
ところが俺たちとゲッターは、征途上でほむら達の住む世界へと飛ばされてしまった。

レーダーで監視していた早乙女博士によると、文字とおり忽然と消え失せてしまったらしい。

そして、ゲッターの攻撃から免れる事ができた恐竜帝国は、マグマ層の下へと潜航し、姿をくらませた。

地上侵略をあきらめたはずがない。失われた戦力を立て直すための、時間稼ぎなのだろう。

腹立たしいが、こうなってしまっては、奴らが再び顔を出すのを待ち受ける以外、人類に為す術はなかった。

350: 2015/12/25(金) 01:01:20.46
こちらの世界へと戻ってきたのは、ゲッターロボと俺だけだった。

やはり武蔵は、向こうの世界で可愛い妹の兄貴として、生きていくのだろう。

この事は、早乙女博士をはじめ、誰にも打ち明けていない。

武蔵の事だけじゃない。俺がほむら達と出会って、どう過ごして来たか。それらも含めて全部だ。


だって、そうだろう?


だれが、異世界で魔法少女と一緒に魔女と戦ってました・・・なんて、世迷い事を信じるというんだ?

351: 2015/12/25(金) 01:02:14.61
だから、俺は何も言わない。

ゲッターは、敵の本拠地に向かう途中で、恐竜帝国の新兵器に襲われたのだ。

そのせいで俺は記憶を失って、戻ってくるまでの一か月間をあちこち、彷徨っていた。

行方不明の武蔵は、きっとどこかで殺されているのだろう。

そういう事で、良いじゃないか。

ほむら達と過ごした、短くも長い日々の思い出は、ただ俺一人の胸の中に。

・・・それで、良いじゃないか。

352: 2015/12/25(金) 01:03:34.41
キュウべぇ 「君がそれで良いと言うなら、僕からは言う事は何もないよ」


とある河川敷の芝生の上に、俺は身体を投げ出すように寝転がっていた。

空を真っ赤に染めながら、西の空へと沈みゆく太陽を見るともなく目で追っている、そんな夕暮れ時。


キュウべぇ 「だけれど、僕には君の本心が、もっと別の所にあるように感じられるのだけれど」


河川敷の上を走る歩道を、学校帰りの学生たちが賑やかな笑い声を振りまきながら、通り過ぎていく。

友達と・・・気のおけない仲間と屈託なく笑いあえる、そんな彼らの事が少しばかり羨ましい。

353: 2015/12/25(金) 01:04:57.33
キュウべぇ 「今の少年たちの事が、気になるのかい・・・?」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「そうだろうね。仲間と呼べる人たちのことごとくと離れ離れになってしまった君には、ああいう連中がまぶしく映るのも不思議じゃない」

竜馬 「・・・おい」

キュウべぇ 「なんだい?」

竜馬 「お前は俺の横で、なに勝手な事ばかり、くっちゃべってるんだ」

キュウべぇ 「気に障ったのなら謝るよ。僕はただ、君の気を紛らす事ができたらと・・・良かれと思って話しかけていただけなんだ」

竜馬 「放っとけよ」

キュウべぇ 「そうかい」


この世界へと戻ってきたのは、俺とゲッターだけと言ったが、訂正しなければならない。

そう、こいつ・・・キュウべぇだ。

354: 2015/12/25(金) 01:07:08.71
竜馬 「なんでお前が、ここにいるのかねぇ」

キュウべぇ 「それは君がここにいるからさ。竜馬は最近、時間があるとこの河川敷で暇をつぶしているね」

竜馬 「そうじゃねぇよ。この世界にって事だ・・・」

キュウべぇ 「ああ。また、その話かい・・・竜馬。そこは、なんども説明したじゃないか」


そう・・・こいつはずっと、俺と一緒にいたのだ。

ワルプルギス戦の最中、ゲッターロボの操縦席にいた時から。

決戦後、ほむらが時間を止めて、俺たちが別れを惜しんでいる時も。

そして、俺が世界の壁を越え、こちらに帰還した時に至るまで、ずっと離れず俺にしがみついていたのだ。

355: 2015/12/25(金) 01:08:50.54
キュウべぇ 「僕には向こうの世界に居場所がない。君と共に別天地へと来ることが最善だと判断したまでさ。だからだよ」

竜馬 「俺に気がつかれないよう、気配を消しながら、な」

キュウべぇ 「それは仕方がないよ。僕が正直に君に同行を求めたとして、竜馬は受け入れてくれたのかい?」

竜馬 「当然、お断りだったろうさ」

キュウべぇ 「だろう?僕もそう思ったから、黙ってついてきたんだ」

竜馬 「・・・ほんと、なんでお前がここにいるんだろうな」

キュウべぇ 「だから、それは・・・」

竜馬 「だから、そうじゃなくってよ」

キュウべぇ 「?」

竜馬 「お前じゃなくて・・・ここにいるのが、あいつだったなら、俺はどんなに・・・」


言いかけて、俺は慌てて口をつぐんだ。

356: 2015/12/25(金) 01:11:09.94
キュウべぇごときに、弱音なんざ吐くのはみっともないと思ったからだ。

だが奴は、俺の言外の本音を鋭敏に感じ取っているようだ。


キュウべぇ 「なるほどね、それが君の本心って奴か」

竜馬 「なにがだよ・・・」

キュウべぇ 「寂しいんだね。暁美ほむらと離れ離れになってしまった事が」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「だから、そんなセンチメンタルな表情で、夕日なんか見つめていたわけだ」

竜馬 「・・・言うんじゃねぇよ、馬鹿が」


腹立たしいが、今さら否定してもどうしようもない。

こいつの言う通りだった。

357: 2015/12/25(金) 01:13:07.97
寂しい。そうだ。俺は空虚なこの感情のもって行き場が分からずに、もがいているのだ。

誰にも相談できない。打ち明けられない。そんな気持ちの持って行き場に・・・


竜馬 「別に暇をつぶしてるわけじゃねぇさ。ゲッターの操縦訓練は欠かさず続けているし、パイロット候補生の特訓にだって顔を出している」


恐竜帝国が再び姿を現す前に、ゲッターロボの戦力を従来通り100%発揮できるようにしておかなければならない。

おそらく恐竜帝国の技術力をもってすれば、奴らが失われた戦力を回復するのに、そう時間はかからないはずだ。

長くても数か月先には、確実に地上再侵攻の狼煙を上げる事だろう。

その限られた時間の中で、俺や早乙女研究所の連中は、隼人と武蔵の欠けた穴を、何としても埋めなければならないのだ。

だから俺だって、自分にできる事をやってはいる。

358: 2015/12/25(金) 01:16:09.93
幸いな事に早乙女博士は、すでに新たなパイロットの候補生を一人、確保してくれていた。

車弁慶という、どこか武蔵と雰囲気の似通った男だった。

早乙女博士が厳選して見つけ出してきた男だけあって、彼のゲッター乗りとしての資質は十分だった。このまま特訓を続ければ、程なく立派なパイロットになってくれるに違いない。

だが問題は、それでも埋まらない、もう一人分の穴だった。


竜馬 「さすがの早乙女博士も、パイロットが立て続けに二人もいなくなっちまうとは、思いもしなかっただろうからな」


ふと思いついて、俺ははじめてキュウべぇの方へと顔を向けた。


竜馬 「おい、俺の願いは叶えられていないぞ」

キュウべぇ 「何のことだい?」

359: 2015/12/25(金) 01:18:30.65
竜馬 「仲間が欲しいと。そう願った事によって、俺はほむらの願いと共鳴して、別世界へと飛ばされたはずじゃなかったか」

キュウべぇ 「その願いなら、確かに叶ったじゃないか」

竜馬 「叶ったが・・・俺の元々の願いは、恐竜帝国を共に打ち倒せる仲間の存在だ。そういう意味じゃ、何も叶えられてやしない」

キュウべぇ 「僕に言われても、知らないよ。そもそもその願いは、僕と契約して望んだことじゃない。と、いうよりも・・・」

竜馬 「なんだよ」

キュウべぇ 「君が世界の壁を超える原因となった物は、暁美ほむらとの心の共鳴だったはずだ。だとしたら、それは願いとは別の範疇に含まれる物だと思うんだけれどね」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「はぁ・・・」


キュウべぇがもっともらしく首を振りながら、ため息を一つ漏らした。

その仕草が、なんとも小憎らしい。

360: 2015/12/25(金) 01:21:24.82
竜馬 「言いたい事があるなら、言えよ」

キュウべぇ 「竜馬・・・君は実に女々しいね」

竜馬 「なんだと?」

キュウべぇ 「僕には意外なんだよ。君という男が、こんなにも過ぎ去った事や、どうにもならない事に執着する人間だったという事が」

竜馬 「キュウべぇ、てめぇ・・・」

キュウべぇ 「僕はね、君とほむらの別れ際をこの目で見て、実は感心していたんだよ。君と別れがたい気持ちを抑えきれないほむらに対し、竜馬は彼女に希望を持たせつつも、別れる事を納得させたよね」

竜馬 「あれは・・・」

キュウべぇ 「感情を持ちたての僕でも、理解ができた。あの時の竜馬が示した態度こそが、所謂人間の言う”男らしい”という姿だったのだな、と」

361: 2015/12/25(金) 01:24:43.33
そう、確かにあの時の俺は、取り乱すほむらをなだめ、別れを納得させることに必氏だった。

もし、それに失敗したなら、俺のいなくなった後の世界でほむらは、自分一人で己を取り戻さなくちゃならなくなる。

そんな辛い思い、あいつにさせるわけにはいかなかったから。

・・・だけれど、それだけでもない。


キュウべぇ 「あの時の君の口ぶりからして、竜馬自身も納得づくで、こちらの世界へと戻ってきたと、僕は思っていたのだけれど」

竜馬 「俺にだって、矜持はあるのさ」

キュウべぇ 「・・・?」

竜馬 「人と人が別れた後で、もっとも鮮明に記憶に残るのは、別れ際の姿だ。だとしたら、俺は・・・」


竜馬 「ほむらが心に抱いている、もっとも俺らしい姿のままで、あいつの前から姿を消したい」


キュウべぇ 「・・・」

竜馬 「そう思っただけだ」

362: 2015/12/25(金) 01:27:52.88
キュウべぇ 「格好をつけたかったと」

竜馬 「身もふたもない言い方をするとな」

キュウべぇ 「なるほどね」

竜馬 「・・・なにが、なるほどなんだ?」

キュウべぇ 「そういう、心の葛藤こそ、ゲッターが君に望んだものなのかも知れないな、と。ふと、思ってね」

竜馬 「意味が分からねぇぞ」

キュウべぇ 「葛藤の先に、心の成長が待っている。成長こそは、進化の証。進化をつかさどるエネルギー体であるゲッターは、君の進化をこそ望んでいるのじゃないかな」

竜馬 「・・・あ?」


こいつ・・・何を言ってるんだ?

363: 2015/12/25(金) 01:28:44.46
キュウべぇ 「僕は前に、君たちに言ったね。ほむらや君の出会いは、ゲッターに仕組まれた事じゃないのかと」

竜馬 「ああ」

キュウべぇ 「だけれど、それは何のために?その疑問は、ずっと残っていたんだよ。今の仮定を当てはめれば、それなりに納得のいく答えが導き出せるよ」

竜馬 「ゲッターが俺の進化を促している?それこそ、いったい何のために?」

きゅうべぇ 「それは、ゲッターが君を人類の中で、最も買っているからさ。君を通して、人類の進化の過程を底上げしたがっているんじゃないのかな」

竜馬 「・・・」


こいつの言う通りだとしたなら、よけいなお世話だった。

だいたいこんな寂寥感の先にもたらされる成長に、意味があるとは到底思えなかった。

成長というのは、将来の展望を照らすような、もっと明るいものであるべきなんじゃないのか?

364: 2015/12/25(金) 01:29:57.12
? 「あーっ!」


唐突に上がった黄色い声に驚いて、俺は思わず半身を起こした。

声のした方を見ると、河川敷の下からこちらへと駆けあがってくる、小さな女の子の姿が目に飛び込んできた。


少女 「かわいいっ!うさぎさん!」


少女は俺になど目もくれず、一目散にキュウべぇに駆け寄ると、その頭をワシワシと撫で始めた。

いきなりの出来事に、身をかわす暇もなく、なされるがままのキュウべぇ。


キュウべぇ 「う・・・うぐっ・・うぐぐっ」

少女 「あははははは」わしわしわしわし

竜馬 「・・・うわ」


少女のあまりの勢いには、さすがの俺も少々引き気味だ。

365: 2015/12/25(金) 01:31:19.32
それから少しして、母親と思しき女性も、こちらへと駆けあがってきた。


母親 「こ、こら、急に駆けださないの。危ないでしょ?それにお兄さんの邪魔をしちゃだめよ」

少女 「えー・・・だって、かわいいうさぎさんだよ。撫でてあげたかったんだもん」

母親 「それでも、お兄さんのペットに勝手に触っちゃいけません。ほら、ごめんなさいは?」


少女はキュウべぇを撫でる手を止めると、初めて俺に気がついたようにこちらへと顔を向け、ぺこりと小さい頭を下げた。


少女 「お兄さん、ごめんなさい」

竜馬 「あ、いや・・・」

母親 「すみませんね、お昼寝の邪魔をしてしまって」

竜馬 「いや、構いませんよ。嬢ちゃん、こいつの事が撫でたかったら、もっと撫でて良いんだぜ」

キュウべぇ 「ちょっ!」


キュウべぇが非難に満ちた目を俺に向けて来るが、気がつかないふりをしてやる。

散々好き勝手言いやがった罰だ。存分にもみくちゃにされると良い。

366: 2015/12/25(金) 01:32:21.85
少女 「ほんと?良いの!?」

竜馬 「おう、多少つよく撫でまわしても平気だぞ。こいつ、頑丈にできてるからな」

キュウべぇ 「・・・っ!」

少女 「わーい!」


再び開始されるワシワシの洗礼に、その身を任せるしかないキュウべぇ。

ざまぁみろ。


母親 「良かったわね、うさぎさんと遊ばせてもらえて・・・て。え、う、うさぎ?」

竜馬 「あ・・・」

母親 「え、猫・・・?でも・・・あれ、こんな動物、初めて見るわ・・・この子、いったい・・・」

竜馬 「あ、ああ・・・こいつね、ここらでは珍しい動物なんですがね。危険な奴じゃないんで、大丈夫ですよ」

母親 「そうなんですか・・・?」

367: 2015/12/25(金) 01:33:28.53
以前キュウべぇが言っていた通り、この世界の人間は誰しもが魔法少女となる資質を持っているというのは事実のようだった。

だから、この少女のように。そして、年齢的には魔法少女とは無縁であろう母親までも、キュウべぇを認識できてしまう。

もっとも、その特異な姿から無用のトラブルを避けるためにも、なるべく普段は気配を消して活動しているようだったが・・・


竜馬 (感情を持ったことで、隙も多くなってしまったようだな。急なトラブルには対処できない場合もある、か)


竜馬 「俺は帰るけど、こいつの事、飽きるまで撫でてて良いからな」


立ち上がりざま、俺は少女に向かって声をかけた。


キュウべぇ 「!!!」


絶望に震えるという表現がぴったりの目で、俺を見つめてくるキュウべぇ。が、無視だ。


少女 「え、でも・・・そしたらこの子、帰れなくなっちゃう・・・」

竜馬 「平気だよ。こいつはこう見えて、頭が良いんだ。嬢ちゃんと遊び終えたら、勝手に帰って来るさ」

少女 「ほんとっ!?じゃあ、安心だね!」

竜馬 「本当さ。なぁ、キュウべぇ」

キュウべぇ 「・・・」


キュウべぇに、有無など言わせない。

俺は母親に軽く会釈すると、足早にその場から立ち去った。

368: 2015/12/25(金) 01:34:06.76
その帰り道。


俺は、すれ違う人々を見るとは無しに、視界の端から目で追っていた。

数多の人、人、人。

さっきの親子に限らず、目に映る全ての人が、魔法少女となる資質を持っているのだ。

だが、宇宙エネルギーの枯渇問題とは無縁なこの世界に、魔法少女は存在しない。

そう、世界のどこを探しても、あいつはいないのだ。


竜馬 「魔法少女・・・か・・・」


空虚なつぶやきに、返される言葉などあるはずもなかった。

377: 2015/12/28(月) 01:12:36.57
・・・
・・・


俺の寂寥感などお構いなしに、日常は過ぎ去っていく。

俺自身の訓練や弁慶の特訓を終え、新たなパイロットの捜索状況の報告を受ける。

そんな変わりばえのしない毎日。

弁慶の操縦の腕はめきめきと上達しているが、新人パイロットの捜索の方は、はかばかしい進展は見られなかった。


竜馬 「ゲッターのパイロットは特殊だからな。簡単に見つかるはずもない・・・」


早乙女博士が俺に行きつくまでも、かなりの紆余曲折があったと聞く。

道端に落ちている石を拾うように、単純に終えられる問題であろうはずもないのだ。

378: 2015/12/28(月) 01:14:34.45
キュウべぇ 「その苦労の程は理解できるよ。僕も魔法少女の適合者を探し出すのには、手を焼いたものさ」


夕刻。またいつもの河川敷。

この前と同じように寝そべりながら、話し相手はいけ好かない動物一匹。

色気も何も、あったものじゃない。


キュウべぇ 「その点、この世界は適合者が浜辺の砂の様に、おびただしく存在している。僕の仕事場がこの世界だったらと、ため息が出るよ」

竜馬 「それはおあいにくだったな。と言うか、お前。まさか、この世界でも魔法少女と契約しようなんて、考えてやしないだろうな」

キュウべぇ 「まさか。エネルギーを回収する必要もない世界で、どうして僕がそんな事をする必要があるというんだい?」

竜馬 「そりゃそうだがな。ちなみに興味本位で聞くんだが、契約自体はやろうとすれば、できるんだろ?」

キュウべぇ 「それは僕に与えられた、特殊な能力だ。可能だよ」

379: 2015/12/28(月) 01:17:19.64
竜馬 「そうしたら、契約した魔法少女はどうなる?」

キュウべぇ 「この世界はゲッター線と言う魔力に満ち満ちているからね。グリーフシードが無くても、しばらくは問題なく生きていけるだろう」

竜馬 「・・・ソウルジェムが濁らないという事か?」

キュウべぇ 「いや、魔法を使えば魔力は消耗するし、世界の条理に反した願いをする以上、やがてはその齟齬に魂をむしばまれる事になる。そこは変わらない」

竜馬 「という事は、消耗する魔力が、供給される魔力の量を超えたら・・・」

キュウべぇ 「やはり魔女となってしまう。その結末は、変わらないね」

竜馬 「なるほどな」


俺は頷いて、その話を打ち切った。

そもそも、そこまで興味のあった話題じゃない。暇な時間を潰すため、何とはなしに持ち出した。それだけの事だった。

だが・・・


キュウべぇ 「例外はあるけれどね」


意外な言葉とともに、キュウべぇはこの話題をさらに先へと続けた。

380: 2015/12/28(月) 01:21:12.03
竜馬 「例外だと?」

キュウべぇ 「ゲッターのパイロットが魔法少女だった場合、だよ」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「ゲッターは強力なゲッター炉を積み、常に周辺のゲッター線を取り込んでエネルギーへと変換している。つまり・・・」


キュウべぇ 「ゲッターロボその物が、この世界における唯一にして最大のグリーフシードだと言っても、過言じゃないわけさ」


竜馬 「・・・!」

キュウべぇ 「常にゲッターの側にいて、そのエネルギーの恩恵に与れる立場の者が魔法少女となるのなら。話は変わってくるという事だよ」

竜馬 「・・・だが、それもゲッターに認められた魔法少女ならば、という条件付きだろう?」

キュウべぇ 「まぁ、そうだね。エネルギーを貰うどころか、志筑仁美の様に魔力を吸い上げられてしまう可能性もあるわけだから」

竜馬 「・・・面白い、仮説だったよ。良い時間つぶしにはなった」

キュウべぇ 「竜馬・・・僕と契約してみるかい?」

竜馬 「冗談は耳毛だけにしろよ」

キュウべぇ 「・・・」

381: 2015/12/28(月) 01:24:00.08
何となく持ちかけた話題に、意外な答えを出され面喰ったが。

だからと言って、何が変わるわけでもない。何より、この世界で魔法少女になりたいなどと、願う者などいはしないのだから。

むろん、この俺自身も含めて、だ。


竜馬 「あーあ・・・」


今度こそ、本当に話を終えると、俺は静かに目をつむった。キュウべぇも察して、これ以上話しかけてこようとはしなかった。

眠るつもりはなかった。

ただ一時、見えない先への展望や、胸を苛む孤独感から逃避したかっただけだった。


? 「あの・・・大丈夫ですか?」


そんな声をかけられたのは、目を瞑ってから十分は経過したころだった。

382: 2015/12/28(月) 01:26:14.19
声の頃は十代半ばと言ったところだろうか。どこか気弱そうな少女の声だった。


竜馬 「なにか?」


俺は目を瞑ったままで、その少女へと言葉を返す。


? 「あ、良かった、返事があって・・・ごめんなさい、倒れているのかと、心配になっちゃって・・・」

竜馬 「いや、ちょっと風に当たって休んでいただけだ。驚かせてしまったなら、すまなかったな・・・」


だが、待てよ。


竜馬 (・・・少女の声、どこかで聞き覚えがあるような?)


俺はうっすらと目を開けると、視界の端に少女の姿をとらえる。

383: 2015/12/28(月) 01:28:49.79
色の白い、赤ぶちメガネの女の子だ。

長い黒髪を、後ろで二つのおさげに結んでいる。

声と同様、どこか気弱そうな、この少女・・・


竜馬 (会った事がある・・・?)


俺は、ハッとして飛び起きた。

醸し出している雰囲気や、髪形など・・・俺の知っているあいつとは、ことごとく異なってはいるけれど。

だけれど、俺があいつの事を見間違えるはずがない。


キュウべぇ 「竜馬・・・か、彼女は・・・っ」


キュウべぇも気がついたようで、驚きを隠せないと言った声音で俺の名を呼んだ。

384: 2015/12/28(月) 01:32:53.85
? 「・・・ひっ!?この動物、言葉をしゃべった!?」

竜馬 「お、お前・・・ほむらか?」

? 「え・・・」

竜馬 「暁美ほむらなのか!?」

? 「・・・どうして、私の名前を」


やはり・・・やはりか!


キュウべぇ 「あ、ありえないよ。別の世界と全く同じ人間が、他の世界にも存在しているだなんて・・・

       確かにこの世界とあちらの世界は、太古の時代までは繋がっていた、厳密にいえば時間軸の異なる同じ世界。

       とはいえ、悠久とも言える時間、別の歴史を紡いできた先で、同じ人間が産み出されるなんて。

       ・・・これは奇跡だ」


ありえなかろうが、奇跡だろうが・・・

俺の目の前に厳として、彼女は存在しているのだ。

だが・・・


ほむら 「私、あなたとどこかでお会いしたこと、あったんですか?」


おずおずと、そう語りかけて来るほむらの態度に、俺の上がったボルテージは一気に急下降する。

385: 2015/12/28(月) 01:35:39.75
そうだった。

いくら姿が似ていようと、別世界における同一の存在であろうと。

今、目の前にいる彼女は・・・


竜馬 (俺の仲間だった、ほむらじゃないんだよな・・・)


乞い求めて、決して見る事のできなかったはずの姿に接して、俺はかなり冷静さを欠いてしまっていたようだ。

そんな、当たり前すぎる事に、すぐ思い当たらないとは・・・


竜馬 「いや、すまん・・・今日が初対面だ」


俺は再び草の上に腰を下ろすと、そのままゴロンと横になった。

仲間でない以上、このほむらにはとっとと姿を消してもらいたいと思った。

かけがえの無い仲間と認めた奴と、同じ顔、同じ声で、他人の様な接せられ方をされる事は、耐えがたい苦痛だったからだ。

386: 2015/12/28(月) 01:37:21.36

竜馬 「俺は何でもないから、あんたはさっさと行ってくれ」

ほむら 「え・・・」

キュウべぇ 「ちょっと竜馬。だけれど、彼女は・・・」

竜馬 「おい、よけいな事を言うんじゃねぇよ」

キュウべぇ 「・・・」


押し頃したように発した俺の声に、本気の殺気を感じたのだろう。

キュウべぇが口を閉じる。そうだ、それで良い。

後は狸寝入りでもして、この”ほむら”が立ち去るのを待つだけだ。

それにしても、神様も酷な事をしやがる。奇跡かなんか知らねぇが、これじゃ生頃しじゃねぇか。

387: 2015/12/28(月) 01:40:52.24
ほむら 「流・・・竜馬・・・さん?」


不意にほむらから名前を呼ばれた。

一瞬気のせいかと我が耳を疑いながらも、俺は再び身を起こした。

そうして、まじまじと、ほむらの顔を見つめる。


竜馬 「俺、名乗ったかな・・・?」

ほむら 「あなたの姿を見た時に、なぜかこの名前が頭に浮かんできて。流、さん?」

竜馬 「あってるよ」

ほむら 「やっぱり・・・本当は、それで思い切って声をかけたんです」

竜馬 「・・・」

ほむら 「この河川敷も普段はめったに通らないんだけれど、今日はどうしてか、引き寄せられるようにふらふらと来てしまって」

竜馬 「お前・・・」

388: 2015/12/28(月) 01:43:00.05
ほむら 「流さんの姿を見たら、あなたと会うために、ここに来たんじゃないのかって、そうとしか思えなくなっちゃって」

竜馬 「・・・」

ほむら 「そんなあなたが私の名前を知っていた。だから、聞いてみたんです。私たち、会った事があるのかなって」

竜馬 「俺たちは・・・俺たちは、な・・・」

ほむら 「あ!あわわ・・・私ばっかり話しちゃって!それに、こんな変な話、引いちゃいますよね・・・」


真っ赤な顔をしてうつむいてしまった事で、ほむらの話は終わった。

だから俺が引き継いで、話の先を続ける。


竜馬 「会った事は、な。ある・・・とも言えるし、無いとも言える」

ほむら 「・・・?」

竜馬 「キュウべぇ、どう思う?」

キュウべぇ 「分からないよ。だけれども、ありえない事が現実として、こうして起こっているんだ。そしておそらくそれは・・・」

390: 2015/12/28(月) 01:44:33.54
竜馬 「ゲッターか?」

キュウべぇ 「そうとしか考えられない。だとすれば、ゲッターは君の願いを完結させようとしているのじゃないかな。こうして、別の世界で仲間と再会させるという形で」


俺の願い。共に戦う仲間が欲しい、そんな切実な気持ち。

別の世界でそれは叶えられ、元の世界へ帰る事によって破られたと思っていた願い。

それが今、俺の思いもしない形で、再び結実しようとしているのか?


竜馬 (いや・・・どうあれ、彼女は俺と一緒に戦ったほむらではない)


その事は、どうあっても変えられない事実だ。

だけれど、目の前のほむらが俺の名前を知っていて、俺と巡り合うためにこの場に導かれてきたというのも、また事実。

後ろで糸を引くのは、ゲッターの意思か。だとすれば、ゲッターが意味のない事をするはずもない。

391: 2015/12/28(月) 01:45:29.37
竜馬 「なぁ・・・ほむ・・・いや、暁美」


名前で呼びかけかけて、俺は苗字に言い直す。


ほむら 「はい?」

竜馬 「少し、話をしないか。聞いて欲しい事が、たくさんある。気になってるだろう、こいつの事とかもな」

キュウべぇ 「よろしくね、僕の名前はキュウべぇと言うんだ」

ほむら 「は、はぁ・・・よろしく・・・」

竜馬 「俺がお前の名前を知っていたわけ。お前が俺の名を知っていた理由。たぶん、納得のいく説明ができると思う」

ほむら 「本当に!?」

竜馬 「・・・!」


聞き返してきたほむらの目に、一瞬。

あちらの世界で知り合ったほむらと同じ、強い意志の輝きを感じた。

ああ、やはり。こいつは紛れもない、暁美ほむらなのだ。

392: 2015/12/28(月) 01:46:29.36
竜馬 「本当さ。ここじゃなんだ、俺の住んでいる所までついて来てくれないか」

ほむら 「住んでいる・・・?どこですか、それって」

竜馬 「早乙女研究所だ。聞いたことくらい、あるだろ?」

ほむら 「早乙女って、ゲッターロボの・・・え、ええっ!?」


驚くほむらを尻目に、俺はスタスタと研究所までの帰路を歩き始めた。

慌ててついて来るほむらとキュウべぇの気配を背中で感じながら、俺は思う。

これから語る話を、”この”ほむらはどのように受け取るのだろうか。

なぜゲッターは、俺と彼女を、出会わせたのか。

そして・・・


竜馬 (俺は、こちらのほむらの事も、いずれ名前で呼びかけてやる事ができるようになるのだろうか・・・)

393: 2015/12/28(月) 01:48:22.85
先の事は、何もわからない。

だが、少なくとも・・・

この世界へと帰りついてから、閉塞して持って行き場のなかった俺の心に、新たな行き場所が与えられた。

そんな確信めいた気持ちが芽生え始めているのも事実だった。


竜馬 (ほむら、遅ればせながらだが、やっと・・・)


前に進むことができそうだぜ。

お前が信頼し、必要としてくれた俺として、お前がいない世界でも生きていくことのきっかけが、思いがけない形で与えられたのだからな。


陽が西の空に沈もうとしている。

沈んだ太陽は新生し、新たな一日を従えて、明日は東の空を照らすのだ。

俺もまた・・・

新たに生まれ変わった気持ちで、一歩を踏み出す。


今が、その時なのかも知れない。



エピローグ ~竜馬編~ 了



394: 2015/12/28(月) 01:50:29.96
次回へ続く!

次からは、ほむら編のエピローグとなります。
投下は年明けになる予定ですが、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。

それでは、良いお年をお迎えください。

403: 2016/01/12(火) 01:00:43.44
・・・
・・・


エピローグ ~ほむら編~

404: 2016/01/12(火) 01:01:49.74
ゆま 「それじゃ、行くね」


私の部屋の玄関先で、笑顔のゆまが明るく言った。

その後ろでは、杏子が静かに待っている。


ほむら 「うん、気を付けて」

ゆま 「ほむらお姉ちゃん。今まで本当にありがとう。本当のお姉ちゃんができたみたいで、ゆま、とっても楽しかったよ」


ぺこりと頭を下げるゆま。

幼いながらに、自分の気持ちを精いっぱい示そうとしてくれるゆまが、私にはたまらなく愛おしくて。


ほむら 「私こそ・・・私の方こそよ」


たまらず私は、腕の中へとゆまを抱き寄せていた。

405: 2016/01/12(火) 01:03:29.55
ほむら 「私の事、お姉ちゃんって呼んでくれてありがとう。とてもとても、嬉しかったわ」

ゆま 「え、えへ・・・だって、本当だもの」


ゆまの返事には、わずかに鼻声が混じっている。


ゆま 「・・・最後は笑顔でサヨナラしたかったのに・・・やっぱり、ゆまってダメだなぁ」

ほむら 「また、いつでも来てね。ここは、あなたのもう一つのお家なのだから」

ゆま 「うぐっ・・・う、うん・・・!」

杏子 「だってさ。良かったな、ゆま」


私の胸に顔をうずめてしゃくりあげ始めたゆまの頭を、杏子が優しくクシャッと撫でた。

406: 2016/01/12(火) 01:04:42.82
ほむら 「あなたもよ、杏子。ゆまと一緒に、また遊びに来て。いつだって歓迎するから」

杏子 「言われなくったって、お邪魔するさ。その時は、美味い飯を食わせてくれよな」

ほむら 「腕を磨いておくから、期待していて」

杏子 「そうしておいてくれよ。何せお前には、でっかい貸しがあるんだからな」

ゆま 「もー、きょーこったら、またその話?」

杏子 「大問題だっての」


ゆまから涙まじりに軽蔑の眼差しを向けられても、杏子にとってはどこ吹く風だ。


杏子 「なにせ、約束だったワルプルギスのグリーフシード、貰えなかったんだからな」

ほむら 「それは・・・悪かったとは思うけれど、仕方がないでしょ」

407: 2016/01/12(火) 01:05:40.98
ワルプルギスの夜を倒した暁には、そのグリーフシードの所有権を杏子に認める。

その条件で彼女は、ワルプルギス戦への参加と、必要なグリーフシードの提供を呑んでくれていたのだ。

だが、ワルプルギスの夜はゲッタービームにより跡形もなく、グリーフシードもろとも灰となってしまった。

結果として、杏子との約束を反故とする形になってしまったのだ。


杏子 「結局、持ち出しばかりかさんで、赤字で終了。これじゃぁさ、飯くらい食わせてもらわなきゃ、いくら何でも割が合わない」

ほむら 「はいはい・・・食い物ならぬ、グリーフシードの恨みは怖いって事ね。身に染みたわ」

杏子 「・・・へへっ、冗談だよ」


杏子が、いたずらっぽくも、どこか柔らかな雰囲気で微笑んで見せた。

408: 2016/01/12(火) 01:12:17.62
杏子 「なんだかんだ言って、楽しかったぜ。みんなでつるんでさ、たまにはこういうのも、悪くないって思えた。恨みになんて、これっぽっちも思っちゃいないって」

ほむら 「杏子・・・」

杏子 「飯は楽しみにしてるけどさ。埋め合わせとかじゃなくて、普通に遊びに来るよ・・・友達として」

ほむら 「ええ。その時はマミたちも呼んで、みんなで集まりましょ」

杏子 「ああ。それじゃ、ゆま。そろそろ行くか」

ゆま 「うん」


杏子が、ゆまに向かって手を差し出す。

私の胸元から離れたゆまが、杏子の手を取った。それが私には、とても自然な姿に思えた。

409: 2016/01/12(火) 01:15:08.94
杏子 「あ、そうそう・・・」


去り際。

杏子が振り向きながら、思い出したように言う。


杏子 「ワルプルギス戦の最期、奴にとどめを刺した時の魔法だけどさ、あれはすごかったな」

ほむら 「・・・」

杏子 「武蔵との波状攻撃だったんだろ。どんな魔法使ったんだよ。下からじゃ、眩くて見えなかったからさ」

ほむら 「それは・・・あの時は必氏だったから、よく覚えてないのよ・・・」

杏子 「はは、なんだよ、それ。まぁー、いいや。それじゃ、ほむら。元気でな」

ほむら 「ええ」


振り返り、振り返り。何度もこちらへ手を振りながら。

それでも今度こそ。

二人はここから、去って行った。


ほむら 「・・・」


私は部屋の中へと引き返すと、静かに扉を閉める。

途端に私の周囲は、静寂に包まれてしまった。

410: 2016/01/12(火) 01:16:46.03
ほむら 「これで本当に、一人だけの部屋になってしまったなぁ」


ゆまがいない。そして・・・

私は居間のソファーに腰を下ろした。

よく、ゆまや竜馬と共に腰かけて話をした、あのソファーだった。


ほむら (その竜馬も、もう・・・)


再び、ここを訪れる事はないのだ。


ほむら (そう、竜馬はいない)


世界のどこにも、誰の記憶の中にも。


ほむら (ただ一つ、私の思い出の中だけを除いて・・・)

411: 2016/01/12(火) 01:18:09.54
・・・
・・・


竜馬が去った後、世界はただちに改変を始めた。

イレギュラーであった竜馬がいなくなり、もう一人のイレギュラーである武蔵が、こちらの住人として、世界と交わることを選んだ結果。

異分子のいなくなった世界は、ゲッターロボと流竜馬の存在自体を消し去ってしまったのだ。


ほむら (・・・消したというのは、語弊があるわね)


最初からいなかったものとして、世界自体を作り変えた・・・いいえ。

元々の、あるべき姿へと作り直した・・・と言った方が、ふさわしいのだろう。

412: 2016/01/12(火) 01:22:38.96
ゲッターや竜馬がかかわった事柄は、別の事象に置き換えられてしまった。

ゲッターの力を頼りに戦ったワルプルギス戦ですら、私たち魔法少女たちが協力して戦った結果、打ち勝ったと。

その様に事実が、書き換えられてしまったのだ。


ほむら 「・・・ん?」


私の物思いにふける時間を邪魔するように、唐突に来客を告げるチャイムが鳴らされた。


ほむら 「・・・ゆま?忘れ物でもしたのかしら」


私は玄関へと向かうと、外にいる者がゆまたちであることを疑いもせずに、扉を開けた。

・・・だが、そこにいた予想外の人物の姿を見て、私は思わず息を呑む。


ほむら 「・・・美国織莉子」

織莉子 「こんにちわ」

413: 2016/01/12(火) 01:24:48.88
なぜ彼女がここに・・・いったい何をしに来たというのだろう。

私は思わず身構えてしまう。

だけれど・・・


織莉子 「ふふっ・・・どうしたの、暁美さん。変な格好をして」


私の様子を見て、織莉子はおかしそうに、柔らかく笑ったのだ。

・・・そうだった。彼女は私の”敵”ではないのだ。

この改変された世界では。

414: 2016/01/12(火) 01:25:55.80
ほむら 「・・・どうしてここに?」

織莉子 「うん、今日はお別れを言いに」

ほむら 「・・・」

織莉子 「上がっても?」

ほむら 「・・・どうぞ」


断る理由も思いつかない。

やむなく私は、織莉子を部屋へと招き入れる事にした。

415: 2016/01/12(火) 01:28:33.69
・・・
・・・


紅茶を入れて、私の分と織莉子の分。

二つのティーカップをテーブルへと出した。

芳醇な香りが、またたくうちに私と彼女の間を満たす。


織莉子 「良い香り。高級な茶葉を使っているようね」

ほむら 「ええ、巴さんに色いろ指導を受けてね。そこそこ美味しく煎れられるようになったつもりなのだけれど」

織莉子 「そう」


頷きながら、カップのふちに唇を重ねる織莉子。

お茶を一口ふくんで、にっこりと笑う。


織莉子 「自信に裏付けあり、ね。大したものだと思うわ」

ほむら 「それはどうも・・・」

416: 2016/01/12(火) 01:29:57.19
目の前のカップに満たされている、琥珀色の液体。

ティーパックで煎れた物ではない、キチンとお茶の葉から蒸らして煎れた紅茶だった。

織莉子もほめてくれた紅茶を、あの人にも飲んでもらいたかった。

当時の私には煎れられなかった紅茶を、今の私は煎れられる。

その程度の時間が、過ぎ去っていた。


織莉子 「暁美さん・・・?」

ほむら 「な、なに・・・?」

織莉子 「悲しそうな顔をしていたから。どうかしたの」

ほむら 「・・・何でもないわ。それよりも美国さん、お別れって?」

織莉子 「あぁ・・・うん。ワルプルギスの夜も倒したし、懸念していたワルプルギス以上の魔女も現れなかった。しばらく様子を見ていたけれど、もう良いかなって思って」

417: 2016/01/12(火) 01:31:21.26
ほむら 「じゃあ?」

織莉子 「帰るわね。私は私のテリトリーへ」

ほむら 「同じ市内よね?」

織莉子 「でも、見滝原市は広いからね。私と暁美さんの活動範囲は、本来は重ならないから」

ほむら 「そうね」


事実、今回も今までの時間軸でも。

美国織莉子が表だって活動を開始するまで、私たちが鉢合わせすることは一度もなかった。

むしろ、一度も顔を会せないで終わる時間軸の方が多かったくらいなのだ。


織莉子 「あなたたちとの共闘は、非常に意義深いものだったわ。きっと一生忘れられない」

ほむら 「・・・」


改変前の記憶を持っている私にとって、その想いはとても共有できるものではなかった。

彼女は敵だったのだ。

418: 2016/01/12(火) 01:32:20.47
織莉子は自らの目的のためにキュウべぇと結託し、何人もの少女の運命をゆがませた。

そして、歪まされた中の一人には、私の友達もいたのだ。


ほむら (だけれど・・・)


目の前の織莉子には、私たちと敵対したという過去はない。


ほむら (それはそうよね)


ゲッターロボの存在しない世界で、ワルプルギスを超える魔女の正体に関する予知を見る事もなかった彼女にとって。

私たちと敵対する理由など、微塵もありはしないのだから。

419: 2016/01/12(火) 01:33:13.62
織莉子 「それでも、お互いに失ったものは大きかったけれどね」

ほむら 「・・・」

織莉子 「私はキリカや他の仲間を・・・あなたは志筑仁美さんを失った」


そう・・・

改変された後の世界にあっても、氏んだ人間が生き返ることは無い。


ほむら (ゲッターロボと関わったために、氏んでしまった志筑仁美・・・)


ゲッターの存在が無い事となったことによって、彼女の氏すらも消滅しているのではないかと、淡い期待を抱いたのだけれど。


ほむら (氏の過程が書き換えられただけで、けっきょく仁美が戻ってくることはなかった)


それは呉キリカや、美国織莉子の手先となって氏んでいった少女たちも、同じような状況なのだろう。

なんともやりきれない気持ちになってしまうけれど、世の中はそんなに甘くはないという事なのだと思う。

420: 2016/01/12(火) 01:34:10.16
織莉子 「生き残った私たちは、キリカの・・・ううん。氏んだ人たち全ての想いを背負って、これからも懸命に生きていかなければならない」

ほむら 「美国さん・・・」

織莉子 「生きている事への後ろめたさを誤魔化すための、きれい事に過ぎないかも知れないけれど」

ほむら 「いいえ、その点に関しては同意見だわ」

織莉子 「ふふ・・・」


織莉子はもう一度柔らかく笑うと、カップの紅茶を飲み切って立ち上がった。


織莉子 「そろそろ行くわ。最後にあなたとお話ができて良かった」

ほむら 「そう・・・元気でね」

織莉子 「けっきょく、あなたから私に向けられる敵意をほぐす事は叶わなかったけれど」

ほむら 「・・・」


そればかりは仕方がない。

”今の”織莉子には身に覚えが無くても、私にはどうしても彼女がしてきた事を、許す気持ちにはなれないのだ。

421: 2016/01/12(火) 01:36:19.40
織莉子 「じゃあね。暁美さんもせいぜいご自愛を。お互いに一日でも長く生き延びましょう。見滝原と大切な人たちを守るためにも、ね」

ほむら 「・・・ええ」


私が見送る先。

織莉子は一度もふり返ることなく、街並みの中へと消えていった。

もう会う事もないんだろうな、と・・・漠然と思う。

それで良い。その方が、お互いの為なのだ。

434: 2016/01/16(土) 12:11:29.34
・・・
・・・


ワルプルギスの夜との決戦から、大よそ一月ばかりが経過していた。

壊滅的な被害を受けた見滝原の人々は、復興作業に大わらわとなっていた。

しかし、人的被害が皆無だった事もあって、比較的被害の少なかった地区には、少しづつ日常が戻ってきつつあった。

今、私がいるのも、そんな場所にある一軒のしゃれた喫茶店。

店内に流れるゆったりとした音楽に耳を遊ばせながら、暖かな湯気を立てるコーヒーを楽しんでいると・・・


? 「ごめんね、待たせちゃった?」


来客を告げるベルを鳴らしながら駆け込んできたあの子が、息を弾ませながら私の席へとやって来た。


ほむら 「ううん、そんなにでもないわ、まどか」

まどか 「うぇひっ、よかったぁー」

435: 2016/01/16(土) 12:12:28.93
胸をなでおろしながら、まどかが私の向かいの席へと腰を下ろす。


まどか 「ほむらちゃん、なに飲んでるの?」

ほむら 「カフェオレ」

まどか 「おいしい?」

ほむら 「かなりね」

まどか 「じゃあ、私もそれにしよっと」


まどかは店員へと注文をし終えると、改めてと言う感じで、私とカフェオレの入ったカップを交互に見比べ始めた。


ほむら 「・・・なに?」

まどか 「うぇひひっ、ごめんね。えっとね、なんだか意外だなって思っちゃって」

ほむら 「・・・?」

まどか 「ほむらちゃんだったら、格好良くブラックコーヒーとか飲んじゃうのかなぁって、そんなイメージがあったから」

ほむら 「・・・ああ、そういうこと」

436: 2016/01/16(土) 12:14:02.56
そういえば、この時間軸ではなかったけれど。

かつて、こんな風にまどかと喫茶店に入って話をした時に、私は確かにブラックコーヒーを飲んでいたっけ。

もっともあの時は、まどかに魔法少女になることが、どれだけ危険で愚かな行為なのか、分からせるための話し合いの場だったのだけれど。

厳しく接しなければならない場面で、甘いコーヒーなんて飲んでいられるはずもない。


ほむら 「キャラ作り・・・」

まどか 「え?」

ほむら 「ビターなコーヒーが似合う女と思わせたい・・・みたいな?」

まどか 「なにそれ、変なの!」


まどかがおかしそうに、コロコロと笑う。

今はこうやって、笑いあえる関係になれたのだ。自分を飾る必要もないし、飾った自分なんてけっきょく無意味でしかない。


ほむら (その事は、あの人が教えてくれた・・・だから・・・)

437: 2016/01/16(土) 12:18:35.43
まどか 「ほむらちゃん・・・?」

ほむら 「え?」

まどか 「今ちょっと、なにか考え込んじゃってたようだったから・・・」

ほむら 「あ、ごめんなさい。なんでもないの、ほんと」


まどかが心配げに、私の顔を覗き込んでいる。

いけない、私としたことが。

慌てて私は、努めて明るく話題を変える。


ほむら 「そ、そういえば、もうすぐ学校も始まるわね」

まどか 「あ、うん。校舎もちょっと被害受けちゃってたから。一か月。長い休校だったね」

ほむら 「そうね」

438: 2016/01/16(土) 12:21:02.05
まどか 「だけど、この程度で学校を始められるのは、ほむらちゃんたちが頑張ってくれたからだから」

ほむら 「・・・」

まどか 「街の人たちは誰も知らなくても、私はその事を知っているから。感謝、しているから」

ほむら 「まどか・・・」


誰の感謝も要らない。

まどかが知ってくれているというだけで、私には充分すぎる程なのだ。


そして。

それから私たちは他愛のない話で時間を潰し、ほど良い頃合いで喫茶店を出た。

今日はこれから、巴マミの家へとお邪魔をする。

ワルプルギス戦から一か月。休校も間もなく明けるという事で、一度集まろうと。

マミの提案で、食事会が催される事になったのだ。

439: 2016/01/16(土) 12:23:18.65
ほむら 「今日は腕の見せ所ね」(ふんすっ)


当然、私もマミと一緒に料理を提供する側だ。

マミから手ほどきを受けて以来、研鑽し続けてきた料理の腕前を、ついにまどかに披露する時がやって来たのだ。

思わず気合が入ってしまう。


ほむら 「腕によりをかけるわ。期待していて」

まどか 「もちろんだよー。ほっぺたが落ちちゃう勢いの料理、楽しみにしてるからね」

ほむら 「任せて!」

まどか 「うぇひひ」

ほむら (・・・そういえば、あの人も。私のふるまった料理をおいしいって。たくさん食べてくれたっけ)


まどか (ほむらちゃん・・・?)

440: 2016/01/16(土) 12:24:19.17
・・・
・・・


武蔵 「おー、二人ともよく来たな!さぁ、入って入って!」


マミの部屋を訪れると、出迎えてくれたのは同居している彼女の兄、武蔵だった。


まどか 「お邪魔します。あの、マミさんは?」

武蔵 「今、料理中で手が離せないんだ。キッチンにいるよ」

ほむら 「じゃあ、私はそちらに合流するわ。まどかは武蔵さんと一緒に、リビングで待っていて」

まどか 「分かったよ!」

441: 2016/01/16(土) 12:27:15.46
巴武蔵・・・

向こうの世界では竜馬と共にゲッターロボを駆り、恐竜帝国と氏闘を繰り広げていた男。

いわば、最も竜馬とつながりが深いはずの彼もまた、竜馬の事を覚えてはいなかった。

この世界で生きる事を望み、世界と順応した結果。

異世界から来たことも、ゲッターロボとの関わりもすべて抹消され、最初からこちらの世界にいたものとされてしまったようだった。


ほむら (そう・・・武蔵ほど特異な立場の人間ですら、世界改変の理から外れる事は出来なかった)


ただ、改変前の世界での氏から仁美たちが逃れる事ができなかったのと同様に、武蔵が魔法少女となってしまった運命もまた、改変後へと持ち越されている。

それが世の理に反する、”男の魔法少女”であったとしても、だ。


まどか 「そういえば武蔵さんは男の人なのに、どうして魔法少女に契約できたんですか?」


リビングに向かう途中のまどかが隣を歩く武蔵に、ベストなタイミングで質問を投げかけてくれた。

442: 2016/01/16(土) 12:33:24.90
武蔵 「俺も良く分からないんだけどさ、キュウべぇが言うには、人類始まって以来の例外中の例外って事らしいよ」

まどか 「えっと、それって・・・」

武蔵 「つまり、たまたまの特異体質。天文学的に低い確率で発生した、ね」

まどか 「はぁ、そうなんですね」


そう、それと同じ事はこの前、一匹のキュウべぇを捕まえて問いただした際に聞かされていた。


ほむら (それが本当なのか、それとも改変後の世界特有の、他の理由があるのかまでは、確認のしようもないのだけれど・・・)


かつて私が何も知らなかった頃も、キュウべぇは情報は小出しにして、全てを教えるなんてことをしてはくれなかったのだから。


武蔵 「まぁ、きっと俺が女性並みの、細やかな心の持ち主だったからこそ、発生した例外だったんだろうけどね!」

ほむら 「・・・」


最後の武蔵の一言へのツッコミはまどかに任せる事にして、私はマミの待つキッチンへと入って行った。

443: 2016/01/16(土) 12:35:29.93
・・・
・・・


マミ 「あ、暁美さん!お久しぶり!」


私の姿が視界に入るや否や、マミがガバッと抱きついてきた。

いきなりの事に、アワアワしてしまう私。


ほむら 「ちょっとちょっと、巴さん!鍋、鍋がふきこぼれる・・・!」

マミ 「あ、いけない」


マミは私から離れると、こつんと自分の頭をこずいて、可愛らしく舌を出して見せた。


マミ 「ティロっ☆」

444: 2016/01/16(土) 12:38:19.85
ほむら 「良いから、早く料理に戻って。折角の料理、焦げ付かせちゃうつもり?」

マミ 「もー、相変わらず暁美さんったら、ドライなんだから」


ブツブツ言いながらも、やりかけの仕事に戻るマミ。

おたまで鍋の中身を撹拌させながら、こちらに向ける視線には、いまだ不満が色濃くにじんでいる。


マミ 「暁美さんはこの頃、いつもそう。魔女退治の時も、終わったらさっさと帰っちゃうし。私はつまらないわ」

ほむら 「退治し終ったら、帰るに決まってるじゃない。他に何かすることでも?」

マミ 「そこはほら、一緒にお茶でもするとか」

ほむら 「いやよ、面倒くさい」

マミ 「えー、ひどい!」


事実、この頃のマミは本当に面倒くさい。

だから、意図的に避けていた面もあったのだ。

445: 2016/01/16(土) 12:39:04.38
マミ 「休校中で学校では会えないのに、遊びに来てもくれないし。最近の暁美さんって冷たくない?」

ほむら 「そういう巴さんは、最近かなりウザいわね」

マミ 「えっ!?」


愕然とした顔をして、私を見るマミ。

私、そんな意外なことを言ったかしら?


ほむら 「だって巴さん。会えばすぐベタベタしてくるし・・・なんて言うのかしら・・・そう、あえて言えば・・・」

マミ 「い、言えば・・・?」

ほむら 「重い」


もともと重い所があるマミだったけれど、この頃の彼女はその重さが逆方向に振り切れてしまった。

そんな感じがする。

446: 2016/01/16(土) 12:41:04.19
マミ 「・・・っ!!」


重い・・・という、私の一言を受けて。

心からの衝撃を全身で表すように、肩を落として落ち込んでしまったマミ。

だけれど、それでも料理をさばく手を休めないのは、さすがと言ったところか。


マミ 「・・・体重の事じゃないわよね?」

ほむら 「・・・違います」

マミ 「接し方・・・の方よね?」

ほむら 「・・・そうです」

マミ 「そう、そうだったの・・・自分ではフレンドリーに接していただけのつもりだったんだけれど・・・ごめんなさいね・・・」

ほむら 「あ、いや・・・」

447: 2016/01/16(土) 12:43:12.95
マミ 「暁美さんや鹿目さんは、久々にできたお友達だから、つい嬉しくなちゃって。でも、ちょっと自分を抑えきれなくなっていたのかも」

ほむら (ほら、そういう所が重いのよ・・・)

マミ 「あ、ちょっと、そこのおしょうゆ取って?」

ほむら 「あ、はい」

マミ 「ありがと・・・」

ほむら 「・・・」

マミ 「私って、ほんとバカ・・・」


それって、違う人のセリフ・・・なんて突っ込みができるはずもなく・・・

そこまで深く落ち込まれちゃったら、なんだか私が罪悪感を持ってしまうじゃない・・・

448: 2016/01/16(土) 12:48:39.66
ほむら「ごめんね、ちょっと言い過ぎだったみたい」


耐えられなくなって、思わず謝ってしまった。

だけれど私だって、今まで見せられたこともないマミの姿を見せられて戸惑っていたのだ。


ほむら (でも、マミがこうなってしまった理由は、私にもうっすら分かる)


きっと今の、甘えん坊でダダもこねる彼女こそが、本来のマミの持ち味なのだろう。

それが幼くして両親を亡くし頼るすべもなく、魔法少女となってからは最年長のベテランとして、後輩を引っ張っていかなくてはいけなかった。

そんな彼女の境遇が、必要以上に年長者としてふるまう事をマミに強要していたに違いない。


ほむら (だけれど今は、そんな必要もなくなった)


この世界では、マミが背中を預けるべき、頼りとなる存在が側にいてくれる。

言うまでもない。兄の武蔵だ。

449: 2016/01/16(土) 12:54:35.91
武蔵がいてくれることによって、彼女は今まで背負ていた重荷を下ろし、本来の自分に立ち返ろうとしているのだろう。

ただ、手先の器用さとは違って内面を表現する事が不得手な彼女は、私たちとの新しい距離の詰め方が分からなくなっているのだ。


ほむら (そして、そんなマミを見せられて、私の方だって戸惑っている・・・)


今まで毅然として、強くあろうとしていたマミの姿しか知らなかったのだ。

いわばマミは、私たち後輩魔法少女たちが手本とするべき”姉”だった。

それが、いきなり妹属性を身に着けた甘えん坊になられては、こちらだってどう接していいのか分からない。


ほむら (それで、困っちゃって・・・会う回数を減らしていたのよね、本当のところは・・・)


でもそれは、私の方が慣れていくしかないのだとも思う。

もし改変されたこの世界で、再びマミがかつての様に振る舞わなければならないとしたら・・・

それはきっと、とても悲しい事だと思うから。

450: 2016/01/16(土) 12:58:03.01
ほむら (歩み寄りが大事よね。仲間の大切さは、あの人から深く教えられたのだから・・・)


私は意を決すると、努めて明るくマミに声をかけた。


ほむら 「それで、私は何をすれば良いの?」

マミ 「え・・・?」

ほむら 「まだまだ料理は不慣れだもの、巴さんの力を借りなければ、私は心もとないわ。ね、指示をお願い」

マミ 「・・・暁美さん!」


頼られたことが、そんなに嬉しかったのか。

マミの顔に、まるでひまわりの花を咲かせたような、満面の笑顔が広がった。


マミ 「じゃあ、ペースアップしてじゃんじゃん作っちゃいましょう!リビングでは、鹿目さんとお兄ちゃんがお腹すかせて待ってるんだからね!」


腕まくりして張り切るマミは、とても可愛らしく見えた。

こんな愛らしい笑顔を、決して曇らせてはいけないな、と。

彼女の隣で野菜を刻みながら、私は思った。

451: 2016/01/16(土) 12:59:54.11
・・・
・・・


にぎやかに食事会を終え、その帰り道。

私とまどかは連れだって帰路を歩いていた。


まどか 「楽しかったよねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「そうね」

まどか 「お料理も美味しかったし、お腹パンパン。うぇひひっ、ついつい食べ過ぎちゃった」

ほむら 「喜んでもらえて良かった。巴さんと一緒に、腕を振るった甲斐があったわ」

まどか 「でも、ご馳走してもらってばかりでも悪いし、今度は私が二人に何か、作ってくるね」

ほむら 「え、それって・・・」

まどか 「お弁当とか、どうかな?学校が始まったら・・・」

ほむら 「・・・っ!!」


まどかの・・・まどかの手作りのお弁当!!

452: 2016/01/16(土) 13:01:00.47
まどか 「良かったら・・・なんだけど。あ、でも。今じゃほむらちゃんの方がお料理上手だし、かえって迷惑かn
ほむら 「ぜひよろしく!!」

まどか 「あ、う・・・うん・・・がんばって作ってくるからね」

ほむら 「期待してる!氏ぬほど!!」

まどか 「うぇひひ・・・氏んじゃだめだよー」


・・・楽しい。

まどかと他愛ない会話をしながら、のんびりと時を刻むことができる。

一緒に歩く。笑顔を交し合う。時おり、どうしようもない冗談を言い合ったりもして。

こんな日々を・・・何でもない、当たり前の日常をまどかと共に過ごす事を。

私はずっとずっと、心の底から待ち望んできたんだ。


ほむら (それを今、私は手に入れて、享受している)


まるで夢のようだと、私は思った。

いや、実際に私は夢の中にいるのじゃないだろうか。そう疑ってしまうほどに、今の私は幸せなのだ。

453: 2016/01/16(土) 13:04:33.11
望みが叶い、友達に恵まれ、愛しい人の側にいられる。

これ以上ないほどの幸せ。


ほむら(・・・そう、これ以上ない・・・でも、それって本当に?)


なぜだろう。ふ、と。疑問が頭をよぎる。

幸せでいる私にとって、当然そこにあって当たり前のモノが存在しない事の喪失感。

それはまるで、完成間際のジクソーパズルの、最後のピースがどうしても見つからないような・・・

それを、ヒシヒシと感じるのだ。

だから・・・疑問が生まれる。


ほむら (ううん・・・疑問でもないんでもない)


本当は全てわかっている。

この、満たされない気持ちの正体に・・・

454: 2016/01/16(土) 13:07:30.04
まどか 「ほむらちゃん」


はっとして、うつむき加減になっていた顔を上げる。

まどかと目が合った。心配そうに、私の顔をのぞき込むまどかと。


まどか 「なにか考え込んじゃってるようだけど・・・何かあったの?」

ほむら 「な、なんでもない」


不安げなまどかの眼差し。


ほむら (喫茶店に続いて、まどかにまた、こんな顔をさせてしまうなんて、私って・・・)


まどかの視線に耐えられず、私は思わず目をそしてしまう。


まどか 「ほむらちゃん、でも・・・」

ほむら 「まどか、ごめん。用事を思い出したから、先に行くわね」

まどか 「え、ちょっと、ほむらちゃんっ!」

ほむら 「今日は楽しかった。じゃあ、次は学校でね」


言い捨てるように告げると、私は身を翻すようにして、その場から立ち去った。

後ろからはなおも、私を呼び止めようとするまどかの声が聞こえる。

敢えて私は何も聞こえないふりをして、ただひたすらに自宅へと向かって足を動かし続けた。


・・・まるで、逃げるように。

455: 2016/01/16(土) 13:08:41.47
・・・
・・・


私の部屋。

部屋に帰り着いた私は、ソファーに倒れ込むように横たわった。

クッションに顔を埋める。

情けなくて・・・自己嫌悪に涙が出てくる。


ほむら (よりによって、まどかから逃げてきちゃうだなんて・・・)


急に駆け去る私を見て、まどかはいったいどう思っただろう。

怪訝に感じただろうか。もしかして、気を悪くさせてしまったかも・・・

グルグルと後悔の念が、私の頭を駆け回る。

・・・でも。


ほむら (あの場にそのまま居続けたら、きっと今以上にまどかを戸惑わせてしまったはずだから・・・)

456: 2016/01/16(土) 13:10:15.50
幸せを幸せのまま、楽しさを心から楽しいと・・・

そう思えない私がいる。それが顔に出る事をこらえきれない。

弱い、情けない私・・・


ほむら (だけど、そんな顔をまどかには見せられない。見せたくなかったから・・・)


だから、逃げてきたのだ。

そそくさと、それも不自然になるにもかかわらずに。

457: 2016/01/16(土) 13:11:52.08
ほむら (孤独だわ)


そう思う。

孤独なはずはない。頭では分かっているのだ。

この時間軸での私は、今までのどの時間軸での私と比べても、周りの人に非常に恵まれている。

友達も仲間もいる。まどかも私の事を認めてくれている。

幸せ過ぎるほどに幸せ・・・な、はずなのに。

胸をさいなんで已まない孤独感を拭い去る事ができない。


ほむら (誰かに聞いて欲しい・・・)


共有して欲しいのだ。

私の今の孤独感を、他の人にも分かって欲しい。

458: 2016/01/16(土) 13:13:42.17
だけれど・・・


ほむら (理解して貰えるはずがない。だって、私の孤独感の正体は・・・)


その時だった。

来客を告げるチャイムが鳴らされたのは。


ほむら 「だ、誰・・・?」


恐る恐る玄関へと向かう。

扉の外への呼びかけに返ってきた声は・・・


まどか 「ほむらちゃん、開けて?」

ほむら 「あ・・・」


心配げに震える、まどかの声だった。

465: 2016/01/18(月) 20:41:31.51
・・・
・・・


リビングにテーブルをはさんで、向かい合わせに座る私たち。

私は正直、居心地が悪い。それはそうだ。さっきは逃げるようにして、まどかの前から立ち去ってしまったのだから。


ほむら 「・・・」

まどか 「・・・」


しばらく無言の時間が続いた後で。


まどか 「ねぇ、ほむらちゃん」


最初に口を開いたのは、まどかの方だった。


ほむら 「な、なぁに・・・?」

466: 2016/01/18(月) 20:42:34.23
まどか 「なにか、あったの?」


そうよね、まずはそう聞かれる流れよね。

と言って、正直に答えられるわけもなく・・・


ほむら 「と、特に何も・・・さっきも言ったけど、用事を思い出しただけで別に・・・」

まどか 「そうじゃなくって」

ほむら 「・・・え?」

まどか 「その前も・・・私ね、気がついてたよ」

ほむら 「なにを・・・?」

まどか 「時おり、悲しそうな顔をしてたでしょ。何かを思い出すように・・・」

ほむら (・・・っ!)


さっきの件だけじゃなく、その前から?

467: 2016/01/18(月) 20:44:23.71

もしかして、喫茶店で話をしていた時の事?

そこで、私が悲しい顔をしていた・・・?

頭の中では、いくつものハテナがグルグル渦まいている。


ほむら (確かに・・・確かにいろいろ考えちゃってたのは事実だけれど、そこまで顔に出ていたのかしら?)


そういえば、美国織莉子にも、悲しい顔をしているって指摘されたっけ。

自覚はしていたつもりだったけれど、どうやら私は自分で思っている以上に気落ちが顔に出やすい性質のようだ。


(竜馬 「なんだろなぁ。お前、自分で思ってるほどクールじゃないぜ。不器用だからな、けっこう顔に出る」 )


不意に。

いつか言われた、竜馬の一言が頭の中に蘇る。


ほむら (まただ・・・)


私はどうして、事あるごとに彼の事ばかり思い返して・・・


まどか 「・・・」

468: 2016/01/18(月) 20:45:23.06
とにかく、不要な心配をまどかにさせ続けるわけにはいかない。今はまず、上手く誤魔化しておかないと。


ほむら 「そんなの、まどかの気のせいよ。私は別に、いつも通りだわ」

まどか 「だって、たった今だって」

ほむら 「・・・!」

まどか 「ほむらちゃん、悲しい顔したよ。ねぇ、なにがあったの?私には言えないこと?」

ほむら 「そうじゃなくて、本当に何もないのよ・・・」

まどか 「そんなわけないと思う」

ほむら 「ど、どうしてまどかに、そんな事が分かるのよ」


誤魔化したいあまり、ついつい私の口調がきつくなってしまった。

469: 2016/01/18(月) 20:46:17.22
しまった・・・と思ったけれど、まどかはまったく意に介していない様子で。

真摯な表情を変えることなく、じっと私を見つめたまま。


まどか 「分かるよ」

ほむら 「だ、だから、どうして・・・」

まどか 「今の私、ほむらちゃんと一緒だから」

ほむら 「?」

まどか 「ほむらちゃんがずっと私を見ていてくれたように、私も同じくらい、ほむらちゃんの事を見ているから」

ほむら 「・・・え」

まどか 「だから分かるんだよ。だから心配なの」

ほむら 「ま、まどか・・・」

470: 2016/01/18(月) 20:48:37.08
まどか 「私じゃ何の力になってあげられないかも知れない。きっと力不足だと思う。だけど、話を聞いてはあげられる」

ほむら 「・・・」

まどか 「一緒にいてあげられるから・・・だから・・・」


そこまで言って、まどかは口をつぐんだ。

無理強いさせるべきじゃない。あとは私の気持ちに沿うべきだという、まどかの優しい心遣いが伝わってくる。


ほむら (話して良いの・・・?)


私は逡巡してしまう。

突拍子もない話だ。信じてもらえないかも知れない。引かれてしまうかも。

だけれど・・・


ほむら (このまどかは、私が時間軸をループし続けてきたことを、疑いもなく信じてくれたんだわ)


私の来歴を打ち明けた時、まどかは少しのためらいも無く、私を受け入れてくれたのだ。

471: 2016/01/18(月) 20:49:44.05
ほむら (理解してもらえるはずがないだなんて、それこそ単なる思い込みに過ぎなかったんだ)


そうだった。勝手に壁を作って、孤独感に苛まれていたのは私の勝手。


ほむら (言おう。話して良いんだ)


意を決して私は、テーブル越しにまどかの手を握ると、ゆっくりと口を開いた。


ほむら 「聞いて欲しいの。私とあの人の出会いから別れの話を」

472: 2016/01/18(月) 20:54:11.15
・・・
・・・


あの日。ワルプルギスの夜との戦いを目前にして、まどかと公園で話し合った時と同様に。

まどかは私の話を、口を挟まずに聞いてくれた。

話した内容は、私と竜馬が駆け抜けた、一ケ月間の物語だ。

私が一通り話し終えたところで、ようやくまどかが口を開く。


まどか 「じゃあ、私もその”流竜馬”っていう人と、顔見知りだったの?」

ほむら 「そう、そしてまどかだけじゃなく、美樹さんや巴さん、佐倉さんたちとも、みんなね」

まどか 「そして、その人とほむらちゃん達が、ロボットに乗って最大の魔女をやっつけちゃった・・・」

ほむら 「ええ。でも、その事を覚えている人はいない。リョウがこの世界で生きていたという痕跡も、今はもう何も残っていない」

まどか 「世界が改変されてしまった、から・・・」

ほむら 「そう」

473: 2016/01/18(月) 20:56:53.33
まどか 「・・・でも、ほむらちゃんだけは覚えている」

ほむら 「何故だかは分からないのだけれどね」

まどか 「・・・」

ほむら 「びっくりした?」

まどか 「うん・・・私の知っている事と、いろいろ食い違っているから・・・」

ほむら 「そうよね」

まどか 「・・・」


まどかが再び口をつぐんでしまったところで、私は話を先へと進める。

ここからは、竜馬が帰ってしまった後の話・・・

と言うよりは、私の弱音の吐露だった。

474: 2016/01/18(月) 20:58:13.07
ほむら 「まどか。これから私の弱い部分を全てさらけ出すわ。呆れちゃうかもしれない。でも、あなたに聞いて欲しいの」

まどか 「う、うん」

ほむら 「・・・なにかがあれば、その都度彼との思い出が頭をよぎるの。そう、リョウ・・・流竜馬との」

まどか 「・・・」

ほむら 「彼と過ごした日々は一月に満たない短いものでしかなかったけれど、思い出と呼ぶにはあまりにも峻烈すぎて。

     過去の事、過ぎ去った事なのだと思いこもうとしても、私の感情が、それを拒否してしまう・・・」

まどか 「だから、時おり悲しそうな顔を見せていたんだね。流さんの事を思い出して・・・」

ほむら 「ええ・・・そうみたいね」


その事については、そこまで頻繁に顔に出ていたとは、自分では気が付かなかったのだけれど。

475: 2016/01/18(月) 21:01:40.02
ほむら 「だけれど、この改変された世界で、リョウの事を覚えているのは、自分ただ一人。

     こんなにも激しく私の胸の内に息づいているリョウとの思い出を、分かち合える人は、誰一人として存在しない。

     その事が・・・私にはたまらなく寂しかったの」

まどか 「ほむらちゃん・・・」

ほむら 「孤独感で胸が・・・締め付けられてならないのよ」


弱音を吐き切った。

まどかがどんな顔をして聞いているのか。知るのが怖かった私は、ほとんど彼女の顔を見ずに話し続けていた。

話し終わった今も・・・まどかの私を見る目が怖くて俯いたまま。

今はただ、まどかの反応を待つばかりだった。

476: 2016/01/18(月) 21:02:35.77
まどか 「・・・」



まどかが席を立つ、そんな気配を感じた。

つられて私が顔を上げた時には、もう。

彼女は私の、すぐ隣にまで来ていたのだ。


ほむら 「・・・え?」

まどか 「ほむらちゃん」


まどかは私の名を優しく一度だけ呼ぶと・・・

そっと、私に覆いかぶさってきた。

・・・抱きしめてくれたのだ。

477: 2016/01/18(月) 21:04:20.79
まどか 「誰にも言えないで、一人で抱え込んで・・・辛かったよね」

ほむら 「信じてくれる?」

まどか 「ほむらちゃんが私にウソなんて、言うはずがないもん」


前にも同じような事を言われたっけ。

まどかとは、そういう娘なのだ。その事は分かっていたはずなのに、なのに私は・・・


ほむら 「そう、私は決してまどかに嘘は言わない。でも同時に、真実を話す事もためらっていたの・・・」

まどか 「うん」

ほむら 「ごめんね。もっと早く言えれば良かった。疑ってたの、まどかを。もし、信じてもらえなかったらどうしようって」

まどか 「仕方がないよ」

ほむら 「ごめん、ごめんね・・・まどか」

478: 2016/01/18(月) 21:05:24.49
まどか 「私だって、誰か他の人からこんな話をされたら、きっとね、信じられなかったと思うんだ」

ほむら 「じゃあ、どうして・・・」

まどか 「理屈なんかじゃないよ。話を聞いたのが、ほむらちゃんだったから・・・かな」

ほむら 「・・・っ」


感極まるとは、こういう事を言うのだろうか。

まどかは掛け値なしに私を信じている、と。そう言ってくれたのだ。


ほむら 「まどかぁ・・・」

まどか 「ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「え・・・?」

479: 2016/01/18(月) 21:06:32.68
まどか 「私、ほむらちゃんにとっても感謝してるんだよ。言葉で表せないくらい、いっぱいいっぱい。

     だけど、私は普通の女の子で、特別な力なんて全然ないし・・・

     ほむらちゃんが向けてくれた想いに、どうやって応えたら良いのか、報いたら良いのか。

     それが全然わからないの」

ほむら 「急にどうしたの・・・?報いるだなんて、私は何かが欲しくて、まどかを守ってきたわけじゃないのに・・・」


それに、私は今、充分に報いられている。

まどかが私を信じ、こうして心にかけてもくれている。私が今まで望んで手に入れられなかった物が、ここにはあるのだ。


まどか 「分かってるよ。だけど、それじゃ私の気が済まないの」

ほむら 「強情なのね、意外と・・・」

まどか 「うぇひひ。ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「うん?」

まどか 「流さんの事、好きなんだね」

ほむら 「・・・!?」

480: 2016/01/18(月) 21:07:43.88
いきなりの予想外の指摘に、私の頭は一瞬思考が停止した後、またたく間に沸騰する。


ほむら 「ちょ、な、いっ、いきなり、な、なな、なにをっ!?」

まどか 「うぇひひ。私の事が好きなのって聞いた時も、そうやって慌ててたよね」

ほむら 「なんで、そんな・・・ちがっ、私が好きなのはまどかだけで、リョウの事は仲間として・・・!」

まどか 「本当に・・・?」

ほむら 「わっ、私は・・・」


指摘されて、まどかにじっと見つめられて。

湯だった頭ながら、私は自分を振り返ってみる。

481: 2016/01/18(月) 21:08:56.24
ほむら (・・・考えてみた事も無かった)


リョウの事が、好きなのか・・・なんて。

だって、リョウは大切な友人で、頼りになる仲間で・・・そして・・・

私にとっては、それ以上でもそれ以下でもない・・・のだから・・・


ほむら 「・・・」


本当に?

482: 2016/01/18(月) 21:10:14.73
ほむら 「まどか、あのね・・・」

まどか 「ん?」

ほむら 「あの人と一緒にいると、私ね。とっても安心できた」

まどか 「うん」

ほむら 「これからも、ずっと・・・一緒に生きていけたらなって・・・何度も思った・・・」

まどか 「うん・・・」

ほむら 「だから、また会えるってリョウが言ってくれた時も、その言葉にすがろうとしたの。信じようって」

まどか 「うん・・・」

ほむら 「そんなの、私を悲しませないための気休めだって、どこかでは分かっていたはずなのに・・・リョウの言う事だから、間違いはないんだって・・・」

まどか 「うん・・・うん・・・」

ほむら 「私は、またリョウに会いたい。彼の隣に立って、同じ道を歩んでいきたい・・・」

まどか 「そうだよね」

ほむら 「これが・・・これが、好きだって、そういう事なのかな?」

まどか 「そうだね、きっとそう」

483: 2016/01/18(月) 21:15:13.34
ほむら 「そっか・・・」


まどかが優しく、肯定してくれた。

だからかな、私もその事をすんなりと受け入れる事ができる。

そうか・・・

私はリョウの事が、好きだったのか・・・


ほむら 「まどか・・・ごめんね」

まどか 「どうして、謝るの?」

ほむら 「私、あなたの事を一番大切だなんて言っておきながら、他にも好きな人を作ってしまって・・・」

484: 2016/01/18(月) 21:19:19.35
まどか 「私ね、思うんだ。人ってね、誰かを好きになろうと思って、好きになる事なんて無いんだって。

     心がね、自然な流れで、この人ならって感じて。

     そうして、気がついた時には、その人の事を好きになっている。

     人が人を好きになるって、そういうものなんじゃないかな」

ほむら 「良くわからないわ・・・」

まどか 「私がほむらちゃんを好きになった時は、そうだったよ?」

ほむら 「え・・・」


な、なんか今、サラッと凄いことを言われたような気がするんだけれど・・・


まどか 「ほむらちゃんが私を好きになってくれた時は、違ったの?」

ほむら 「そ・・・そうだった・・・かも・・・」

485: 2016/01/18(月) 21:21:12.71
まどか 「でしょ?だからね、ほむらちゃんが流さんを好きになったのだって、きっと自然な流れだったんだよ」

ほむら 「・・・」

まどか 「だから、謝る必要なんてないよ?」

ほむら 「だ、だけど私、今だってまどかの事は大好きだし、大切だし・・・それなのに、リョウの事も好きって・・・」


それって、世間一般で言うところの、二股とか浮気性とか。

そう呼ばれるような、あまりよろしくない事なのじゃないのかしら。


まどか 「そんなの・・・」


まどかが、私を抱く腕に力を込める。


まどか 「これからゆっくり、見極めていけばいいんだよ。ほむらちゃん自身が、自分の気持ちに素直になって」

ほむら 「まどか・・・」

486: 2016/01/18(月) 21:22:35.37
まどかの放つ優しい香りに抱かれていると、こわばった心が自然とほぐされていく。

彼女の包容力に、かつての私はどれだけ助けられただろう。

そして、それは今も。


ほむら 「まどか、待っててくれる?」

まどか 「うん」

ほむら 「私の気持ちを、自信を持ってまどかに告げられる、そう思える日まで」

まどか 「私は、ほむらちゃんとずっと一緒にいるよ」


ああ・・・

リョウ・・・私、この子の事を好きになれて良かった。


ほむら (あなたもきっと、喜んでくれるわよね)


竜馬が向こうの世界へ帰ってからずっと、胸の中でわだかまっていた気持ち。

孤独と言う、負の感情が。

春を迎え雪解けとともに、池に張った氷が解けゆくように。

消え去っていくのを、今・・・

私は、ハッキリと感じていた。

487: 2016/01/18(月) 21:25:41.58
・・・
・・・


数日後。

私は通学路を歩いていた。

休校も昨日で終わり、いよいよ今日から授業が再開されるのだ。


ほむら 「~♪」


足取りが軽い。

何せ今日から毎日、学校でもまどかと会えるのだ。

自然と鼻歌が漏れ出てしまうのも、仕方がないというものだ。


ほむら (まずは、一緒に登校からね)

488: 2016/01/18(月) 21:29:04.99
そのために私は、ある場所へと向かっていた。

かつては美樹さやかと志筑仁美が、毎朝まどかと待ち合わせしていた、あの場所だ。


ほむら (仁美は残念な事になってしまったけれど・・・)


それでもまどかとさやかは、同じ場所で待ち合わせてから、学校へと向かう事になっていた。

今朝からは、そこに私が仲間入りをする。まどかから、誘われたのだ。


ほむら 「そろそろ着くわね。まどかはもう、来ているのかしら?」


目的地が見えてくる。

と、同時に・・・


ほむら 「いたっ・・・」


人待ち顔でたたずんでいる、まどかの姿も目に入った。

私はたまらず駆けだす。一刻も早く、まどかと言葉を交わしたかったから。

489: 2016/01/18(月) 21:32:49.03
ほむら 「まどかっ」

まどか 「あ、ほむらちゃーん」


まどかも私に気が付いて、腕を振りながら呼びかけてくれる。


ほむら 「まどか・・・ごめんね、待たせちゃったね」

まどか 「ううん、いま来たばっかりだよ。・・・うぇひひっ」

ほむら 「?」

まどか 「なんだか今の、デートみたいだったね」

ほむら 「そっ・・・そうね///」

まどか 「うぇ・・・うぇひひ・・・///」

ほむら 「とっ、ところで!」

まどか 「うん?」

ほむら 「美樹さんは?まだ来ていないの?」

まどか 「あ、うん。さやかちゃんは来ないよ」

ほむら 「え、どうして?」

490: 2016/01/18(月) 21:35:44.29
まどか 「昨日、電話があってね。上条君が退院したんだって」

ほむら 「上条恭介が・・・」

まどか 「だからさやかちゃん、付き添って一緒に登校するからって」

ほむら 「なるほどね」


あの上条恭介が、学校に来るのか。

そういえばリョウ、言ってたっけ。

あの一件の後も、時間を見つけてはチョコチョコと、上条恭介のお見舞いに行ってたって。


ほむら (何がリョウをそうさせたのか・・・放っておけなかったのかしらね)

491: 2016/01/18(月) 21:38:58.86
私自身も、以前ほど上条恭介に苦手意識は持っていなかった。

それはやはり、満ち足りた美樹さやかの笑顔を、間近で見る事ができたからなんだと思う。


ほむら (美樹さんの顔も早く見たかったのだけれど、そういう理由なら仕方がないわね)


まぁ、教室に行けば会えるのだし。

今は予期せず訪れた、まどかとの二人だけの朝を楽しもうと思う。


ほむら 「じゃあ、行こうか」

まどか 「うん」


二人連れだって、歩き出す。

まどかが、私の手をそっと握ってきた。

だから私も、同じくらいそっと、その手を握り返す。

492: 2016/01/18(月) 21:41:00.07

・・・
・・・


朝の教室。

クラスメイト達は、めいめい仲の良い友達同士で集まり、思い思いの時間を過ごしていた。

久しぶりに見る、友達の顔。しかも、あんな参事のあった後だ。

お互いに、無事な顔を見せ合う事に、みんな大きな喜びを感じているようだった。


ほむら (美樹さやかは・・・まだ来ていないようね)


私は行きかうクラスメイト達にあいさつを交わしながら、自分の席へと向かう。

まどかも、後について来てくれた。


まどか 「みんな、嬉しそう」


教室内を見回しながら、まどかが呟く。


ほむら 「そう言うまどかだって、とても嬉しそうよ」

まどか 「ほむらちゃんもね」


言い合って、どちらからともなく微笑みあう。

そんな時だった。教室の入口の方で、軽いざわめきが起こったのは。

493: 2016/01/18(月) 21:48:59.09
ほむら 「?」


なにかと思ってそちらに目を向けると・・・


まどか 「さやかちゃんと上条君だ!」


同じように目を向けたまどかが、嬉しそうに声を上げた。


教室に入るや、たちまちたくさんのクラスメイトに囲まれてしまった、上条恭介。

異口同音に投げかけられる退院祝いの祝福に、照れくさそうな笑顔を浮かべながら一人一人に言葉を返している。

この人望のある姿こそが、さやかが好きになった”本来の”上条恭介なのかな、と。

私は漠然と考えていた。


さやか 「ひぇ~・・・」


そして。

上条と一緒に人の壁に囲まれていたさやかが、脱出に成功して私たちの方へとやって来た。

494: 2016/01/18(月) 21:50:14.44
さやか 「もみくちゃだよ、もう・・・あ。おはよ、二人とも」

まどか 「うぇひひっ、おはよう、さやかちゃん!」

ほむら 「久しぶりね」

まどか 「上条君、退院できて良かったね。さやかちゃんが一生懸命、看病したからだよね」

さやか 「いやぁ、私がしたことなんて大したことじゃ。お医者さんと、何より恭介が頑張ったからだよ」

ほむら 「ううん、あなたの果した役割が大きかったと、私は思うわ」


お世辞じゃない。色々な意味において、それは本当の事だ。


さやか 「そ、そうかな・・・へへ」

まどか 「もう、杖もついていないね」

さやか 「足の方はね、もうほとんど良いみたい。リハビリ、頑張ったからね。お医者さんも驚いてたって、驚異的な回復だって。でも・・・」

ほむら 「手の方は、まだなのね」

さやか 「うん、そっちはね・・・」


明るく輝いていたさやかの表情が、一転して雲が差したように沈んでしまう。

495: 2016/01/18(月) 21:56:32.15
・・・それはそうだろう。

別の時間軸のさやかが、自らの運命と差し替えなければ治せなかったほどの怪我なのだ。

この時間軸においても、上条恭介の手の回復は、ほとんど絶望的なのだろう。


さやか 「だけどさ、恭介は諦めていないよ」

ほむら 「へぇ・・・?」

さやか 「なんだかさ、あいつ。一時期荒れてたけど、それが治まってから、ちょっと強くなったみたい。

     一皮むけたと言うか・・・なんだか、大きくなった気がするんだ。人として、ね」


ほむら 「・・・」


恋心ゆえの、ひいき目じゃないのかしら。

そんな事を思いながら、何となく上条恭介と一群の人たちへと目を向ける。

今は上条が席に着き、その周りに親しい友人たちが集まっているといった形になっていた。

496: 2016/01/18(月) 21:57:49.02
ほむら (確かに・・・)


どこか、さっぱりとした顔をしている。

音楽家の命である利き腕の具合は、まったく好転していないというのに。


ほむら (どういう事なのしら・・・)


かつて私が見た、病んでいた頃の上条とは、まるで別人のような表情をしている。


中沢 「ところで上条・・・腕の方は、どうなんだ・・・?」


上条と親しい中沢君が、おずおずと言った感じで尋ねた。

それにどう答えるのか。

興味を持った私は、その会話に耳をそばだてていた。

497: 2016/01/18(月) 22:01:36.63
上条 「うん。医者が言うには、諦めろって。もう、楽器を弾ける程には、回復しないだろうってさ」


上条を囲む人たちの間から、静かにどよめきが起こる。

周りが表情を曇らせる中、上条だけが穏やかな笑みをたたえたままでいた。


中沢 「ご、ごめんな、俺・・・」

上条 「気にしないで。心配してくれたんだろ?ありがとな」

中沢 「あ、ああ。だけどお前も、そんな、あっけらかんに言うなよ・・・」

上条 「僕自身は諦めてないからね。リハビリは続けるし、バイオリニストの夢だって絶対に諦めない」

中沢 「そ、そうかぁ・・・上条、お前って強いんだな」

上条 「支えてくれる人がいるし・・・それに・・・」


上条はいったん言葉を切ると、カバンの中から何かを取り出した。


ほむら (・・・本?)

498: 2016/01/18(月) 22:02:49.89
中沢 「なんだ、これ。空手の・・・教本?」

ほむら (・・・!?)

上条 「夢を見たんだ。僕が腐っていた時にね。そこで僕は、ある人に出会った」

中沢 「それって、誰だよ?」        

上条 「分からない。はっきりとは覚えていないんだ。だけれど・・・

    夢の中の人は、とても強い人でね・・・腐った僕を叱って、その後で励ましてくれたんだ。

    そして、気付かせてもくれた。腐っていた僕は惨めだったけれど、自分を惨めにしていたのは、自分自身なんだって」


信じられない事を聞かされて、私は驚きに目を丸く見開いていた。

心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。

間違いない。上条の言う夢の中の人って・・・

499: 2016/01/18(月) 22:04:36.70
中沢 「夢の中でねぇ。不思議な話もあるもんだな。で・・・それと空手がどういう関係が?」

上条 「その、夢の中の人を思い出すと、なぜか空手と結びついちゃってね。で、僕も何か、新しい事をやってみようかと思ってさ。

    音楽家の夢は諦めないけど、バイオリンはまだ当分、弾けそうにないしね。

    まぁ、足も本調子じゃないし、まずは知識だけでもと思って、こうして教本を買ってみたわけさ」


私はたまらず席を立つと、上条の席へと歩き出した。


さやか 「あれ?暁美さん、どうしたの?」

まどか 「・・・」


一緒にいた二人も、私の後からついて来る。

上条は私の接近に気がつかず、中沢君との会話を続けていた。

500: 2016/01/18(月) 22:06:31.42
上条 「夢の中で、あの人は言っていた。武道の神髄は心技体を鍛える事だって。

    だから僕も強くなって、いつかは大切な人の事を守れるようになりたい。そう思うんだ」


ほむら 「なれるわ」


声をかけられて初めて、私が近くにいる事に気がついた上条。


上条 「やぁ、暁美さんだったよね。この前はお見舞いありがと・・・う・・・」


顔を上げ、私の方を見た上条が、眉を曇らせて言いかけだった言葉を呑みこんだ。

上条につられ、私に顔を向けた他のクラスメイト達も、一様に言葉を失い、黙り込んでしまう。


上条 「・・・どうしたの?」


最初に口を開いたのは上条だった。だけれど、私は押し黙ったまま答えない。

・・・答えられなかった。


涙が滂沱として頬をつたい、床に落ちるのを止める事ができなかったのだ。

501: 2016/01/18(月) 22:08:24.01
後ろにいたまどかが、私の顔を覗き込む。

それから、何も言わずにそっと、包み込むように。

私の手を優しく、握ってくれた。


ほむら 「まどか、人って嬉しくても、こんなに涙を流せるものなのね・・・」


まどかは何も言わず、代わりに、ただ穏やかに。

微笑みを、私に返してくれた。

502: 2016/01/18(月) 22:09:48.39

・・・
・・・


今日も私は、夜の街を駆ける。

街に巣くい、絶望をまき散らす魔女を倒すために。


悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界だけれど。

だとしてもここは、愛しい人たちが時を刻み、生を育む場所。


そして・・・


私とあの人が力を合わせ、守り抜こうとした、かけがえの無い場所なんだ。


それを憶えている。決して忘れたりしない。

だから私は・・・戦い続ける。



エピローグ ~ほむら編~ 了


ほむら 「ゲッターロボ!」 完

503: 2016/01/18(月) 22:14:02.51
これで完結です。


ダラダラ時間をかけて書いてきましたが、自分でも一年以上かかるとは思いませんでした。

飽きずにお付き合いくださった方には、お礼の言葉もありません。


それにしても、完全に自分のキャパオーバーでした。

途中で投げ出す気はありませんでしたが、本当に終わるのか?と不安に思う事も幾たび・・・


次はもうちょっと気楽なSSを書いてみたいと思います。

その時にもまた、お付き合いいただけたら幸いです。


それでは、お目汚し失礼致しました。

504: 2016/01/18(月) 23:21:47.69
乙です

505: 2016/01/18(月) 23:36:14.23

面白いSSをありがとうございました

507: 2016/01/18(月) 23:54:42.05

読後感いいねぇ
ほむらが泣くシーンで釣られて泣いちゃったわ

引用元: ほむら「ゲッターロボ!」第十話