2: 2011/01/25(火) 01:38:05.24
私の名前? 若王子いちご。
「いちご」なんて痛い名前だよね。自分でもわかってる。苗字とも合っていないし、ほんとうに変な名前。
名前のせいでバカにされたことは幾度かある、その度に私は傷ついて、泣いた。好きでこんな名前にしているわけじゃないのだ。
自己紹介とかが苦手だった。自分の名前を人前で言うのが苦痛だった。いちご、なんて、私のキャラじゃない。ダサい名前。
こんな変な名前を付けた両親を、私は憎んでいた。私は加南子、とか単純な名で良かったのだ。若王子加南子、何かイケてる。
だから、私がやさぐれたキャラを演じているのは、両親へのささやかな復讐だった。
いちごという名前とは似つかわしくない言動をとるようにした。出来るだけ冷たく、そして薄情になれ、と自分に戒めた。
3: 2011/01/25(火) 01:40:01.68
――はず、なのに。
高校生活初日、一年生の教室では自己紹介があった。私の大嫌いな自己紹介だ。
私の苗字は「わ」から始まるので、出席番号はいつも一番最後だった。
自己紹介は決まって出席番号順だから、きまって私がトリを飾る。クラス中の嘲笑が目に浮かぶ。
いちご、という名前がトリなのだ、笑わない奴はいないだろう。憂欝。
数分して、私の自己紹介の番。立ち上がり、屈辱に震えながら自己紹介をした。
いちご「私は若王子いちごです、……一年間よろしく」
出来るだけ冷たい声を心がけた。
すると、クラスの中の何人かが、ぷっと苦笑するのが聞こえる。私は歯噛みしながら、席に座った。
高校生活初日、一年生の教室では自己紹介があった。私の大嫌いな自己紹介だ。
私の苗字は「わ」から始まるので、出席番号はいつも一番最後だった。
自己紹介は決まって出席番号順だから、きまって私がトリを飾る。クラス中の嘲笑が目に浮かぶ。
いちご、という名前がトリなのだ、笑わない奴はいないだろう。憂欝。
数分して、私の自己紹介の番。立ち上がり、屈辱に震えながら自己紹介をした。
いちご「私は若王子いちごです、……一年間よろしく」
出来るだけ冷たい声を心がけた。
すると、クラスの中の何人かが、ぷっと苦笑するのが聞こえる。私は歯噛みしながら、席に座った。
4: 2011/01/25(火) 01:41:56.81
朝のホームルームが終わる。周りの女子は早速中のいい女子を見つけて、談笑しあっている。その光景を横目で眺めていると――ふと、彼女たちに気づいた。
一人は黒髪ロングの女の子。すらりとした体躯。彼女の机の横には、カチューシャをした女の子が立っていた。茶髪のセミロング。
彼女たちはちらちらと、私の方を見てきていた。視線を感じる。私の名前でも、嘲笑っているに違いない。
?「――あの子って、いちごって名前だっけ?」
カチューシャの女の子が、私を指差しながら言ってくる。目が合わないよう気をつけながら、私は彼女たちを横目で見続ける。
席の距離が離れているため、彼女たちは私の視線に気づかぬまま話を進めた。
?「あぁ、さっきの自己紹介聞いていなかったのか? 律」
一人は黒髪ロングの女の子。すらりとした体躯。彼女の机の横には、カチューシャをした女の子が立っていた。茶髪のセミロング。
彼女たちはちらちらと、私の方を見てきていた。視線を感じる。私の名前でも、嘲笑っているに違いない。
?「――あの子って、いちごって名前だっけ?」
カチューシャの女の子が、私を指差しながら言ってくる。目が合わないよう気をつけながら、私は彼女たちを横目で見続ける。
席の距離が離れているため、彼女たちは私の視線に気づかぬまま話を進めた。
?「あぁ、さっきの自己紹介聞いていなかったのか? 律」
6: 2011/01/25(火) 01:43:40.40
カチューシャの女の子は、律、という名前らしい。いちご、なんかよりはかなりましな名前だ。
律「いやー、何か眠くてな。でも、いちごかぁ……、珍しい名前だよな。澪はどう思う?」
黒髪ロングの女の子は、澪というのか。なんとなく、その名前の響きが素敵だと思った。
澪「可愛い名前だと思うよ、うん」
…………………………。
え?
私は耳を疑った。
可愛い? いちごという名前が? そんなこと生まれて初めて言われた。不覚にも、胸が高鳴る。
律「いやー、何か眠くてな。でも、いちごかぁ……、珍しい名前だよな。澪はどう思う?」
黒髪ロングの女の子は、澪というのか。なんとなく、その名前の響きが素敵だと思った。
澪「可愛い名前だと思うよ、うん」
…………………………。
え?
私は耳を疑った。
可愛い? いちごという名前が? そんなこと生まれて初めて言われた。不覚にも、胸が高鳴る。
7: 2011/01/25(火) 01:45:23.39
澪「孤高って感じがして、何か格好いいし」
律「へぇ、澪らしい……。じゃああの子は?」
澪「たしか……紬って名前だっけ?」
その後の話には耳を貸さなかった。ただ、彼女が……澪に言われたことの余韻が、何度もよみがえる。
格好いい。孤高。
その台詞が胸に響いた。
今まで味わったことの無い感情が、昂ぶる。
体が熱くなるのが、わかる。
いちご、という名前がちょっとだけ好きになった。
律「へぇ、澪らしい……。じゃああの子は?」
澪「たしか……紬って名前だっけ?」
その後の話には耳を貸さなかった。ただ、彼女が……澪に言われたことの余韻が、何度もよみがえる。
格好いい。孤高。
その台詞が胸に響いた。
今まで味わったことの無い感情が、昂ぶる。
体が熱くなるのが、わかる。
いちご、という名前がちょっとだけ好きになった。
9: 2011/01/25(火) 01:46:56.54
○
いちご(――――…………あぁ、夢か)
まわりを見やる。エリとかいう女子がアカネとかいう女子と会話している。
姫子とかいう不良女が教壇のところでヤンキー座りをしている。
信代とかいうデカ女が、大声をあげて笑っている。
見慣れた三年生の教室。机に突っ伏したまま私は寝ていたらしい。時計を見る。昼休みはまだまだある。
もう一眠りでもしようかな、そう思いながら、私は教室の後ろに目線をやる。
軽音部の面々と生徒会長が談笑していた。その中に、彼女の姿を認めた。見紛うことない、滑らかな黒髪――。
いちご(――――…………あぁ、夢か)
まわりを見やる。エリとかいう女子がアカネとかいう女子と会話している。
姫子とかいう不良女が教壇のところでヤンキー座りをしている。
信代とかいうデカ女が、大声をあげて笑っている。
見慣れた三年生の教室。机に突っ伏したまま私は寝ていたらしい。時計を見る。昼休みはまだまだある。
もう一眠りでもしようかな、そう思いながら、私は教室の後ろに目線をやる。
軽音部の面々と生徒会長が談笑していた。その中に、彼女の姿を認めた。見紛うことない、滑らかな黒髪――。
10: 2011/01/25(火) 01:48:30.58
いちご(澪……笑っている)
いちご(何の話ししてるんだろう)
律が澪に小突かれていた。金髪眉毛はそれをなだめている。天然娘は朗らかに笑っていて、生徒会長は無表情だった。
いちご(……楽しそう。あの中に入りたいな)
いちご(でも、私は孤高だから…………、クールでいないと、格好よくいないと)
いちご(…………綺麗な笑顔。もっと近くで、あの澪の笑顔を見てみたい…………)
私は首を振った。雑念を払う。変なことを考えてはいけない。私は『孤高』なのだ。
いちご(でも…………せめて、ご飯くらいは一緒に食べたい)
いちご(………………あぁ、私変だ。孤高でいようと決めたのに、澪のことを見ていると気持ちが揺らいじゃう)
いちご(寝よう…………それがいい)
そして私は、再び目をつぶった。
いちご(何の話ししてるんだろう)
律が澪に小突かれていた。金髪眉毛はそれをなだめている。天然娘は朗らかに笑っていて、生徒会長は無表情だった。
いちご(……楽しそう。あの中に入りたいな)
いちご(でも、私は孤高だから…………、クールでいないと、格好よくいないと)
いちご(…………綺麗な笑顔。もっと近くで、あの澪の笑顔を見てみたい…………)
私は首を振った。雑念を払う。変なことを考えてはいけない。私は『孤高』なのだ。
いちご(でも…………せめて、ご飯くらいは一緒に食べたい)
いちご(………………あぁ、私変だ。孤高でいようと決めたのに、澪のことを見ていると気持ちが揺らいじゃう)
いちご(寝よう…………それがいい)
そして私は、再び目をつぶった。
12: 2011/01/25(火) 01:50:05.01
○
律「わ、私がジュリエットはありえないだろ! ……例えば、いちごとか! 御姫様見たいで可愛いし!」
あのとき、私が『ジュリエット』になりたい、と希望していれば。
私は澪と、もっと仲良くなれたのだろうか。
でも、私は孤高であるべき存在だから。
私の愛する人は、私が孤高であることが格好いい、と評してくれたから。
いちご「え? やだ」
律「わ、私がジュリエットはありえないだろ! ……例えば、いちごとか! 御姫様見たいで可愛いし!」
あのとき、私が『ジュリエット』になりたい、と希望していれば。
私は澪と、もっと仲良くなれたのだろうか。
でも、私は孤高であるべき存在だから。
私の愛する人は、私が孤高であることが格好いい、と評してくれたから。
いちご「え? やだ」
13: 2011/01/25(火) 01:51:44.36
そう、答えてしまった。
律「えぇー……」
ほんとうは、ジュリエットを演じたかったのだ。
澪と一緒に、壇上で熱い抱擁を交わしてみたかった。
でも私は、孤高であることを優先した。
もしも、時間を戻すことが出来るなら。
ほんの数ヶ月前に戻りたい。
文化祭の役決めをしているあのころに戻って、ジュリエットになりたいと言うのに。
○
律「えぇー……」
ほんとうは、ジュリエットを演じたかったのだ。
澪と一緒に、壇上で熱い抱擁を交わしてみたかった。
でも私は、孤高であることを優先した。
もしも、時間を戻すことが出来るなら。
ほんの数ヶ月前に戻りたい。
文化祭の役決めをしているあのころに戻って、ジュリエットになりたいと言うのに。
○
15: 2011/01/25(火) 01:53:33.67
教師「おい、若王子。起きろ!」
男の声で、私は眼を覚ました。
また、深く眠っていたのか。授業はもう始まっていたようだった。黒板を見る。訳のわからない数式が羅列されていた。
教師「……ったく。居眠りするんじゃないぞ」
いちご「……はい」
孤高が聞いてあきれる、と私は思った。こんなヘマを犯すなんて。くすくすと、どこからか笑い声が聞こえた。
ため息。男性教諭は黒板に向きなおり、再び数式を描いていった。私は教室の壁に貼られたカレンダーに目をやる。
もう、二月か。
男の声で、私は眼を覚ました。
また、深く眠っていたのか。授業はもう始まっていたようだった。黒板を見る。訳のわからない数式が羅列されていた。
教師「……ったく。居眠りするんじゃないぞ」
いちご「……はい」
孤高が聞いてあきれる、と私は思った。こんなヘマを犯すなんて。くすくすと、どこからか笑い声が聞こえた。
ため息。男性教諭は黒板に向きなおり、再び数式を描いていった。私は教室の壁に貼られたカレンダーに目をやる。
もう、二月か。
16: 2011/01/25(火) 01:55:22.08
三年生のほとんどが受験をする中、私は進学ではなく就職を選んだ。
高卒は不利、とか聞いているが知ったことではない。大学でまた勉強をするなんて、まっぴらごめんだ。
高校を卒業したら働くつもりの私には、もう、勉強など必要ないのだ。出席日数も足りているのだから、卒業式までサボっても何も言われないだろう。
それでも学校に来ているのは、澪がいるからに他ならない。
くだらない、と私は思う。
彼女が私に好意を抱いていないなんて、わかりきっていることなのに。
私は何かを、まだ期待している。
高卒は不利、とか聞いているが知ったことではない。大学でまた勉強をするなんて、まっぴらごめんだ。
高校を卒業したら働くつもりの私には、もう、勉強など必要ないのだ。出席日数も足りているのだから、卒業式までサボっても何も言われないだろう。
それでも学校に来ているのは、澪がいるからに他ならない。
くだらない、と私は思う。
彼女が私に好意を抱いていないなんて、わかりきっていることなのに。
私は何かを、まだ期待している。
18: 2011/01/25(火) 01:57:06.84
○
放課後になると、そのまま帰宅する生徒が大半だった。二次試験というものがあるらしい。ご苦労なことだ。
軽音部の面々は、そのまま部室へと向かったようだ。彼女たちも受験はあるはずなのに、余裕を感じる。
遠くの方で、今日のおやつはシュークリームよという声が聞こえる。金髪眉毛のものだろう。
いちご「楽しそうだなぁ………………」
ウカツ。気付いた時にはもう遅い。声に出してしまっていた。
まだ教室にいた何人かの生徒が、私の声に気づいて、こちらを見てくる。
猛烈に恥ずかしくなって、私は学校を出た。
放課後になると、そのまま帰宅する生徒が大半だった。二次試験というものがあるらしい。ご苦労なことだ。
軽音部の面々は、そのまま部室へと向かったようだ。彼女たちも受験はあるはずなのに、余裕を感じる。
遠くの方で、今日のおやつはシュークリームよという声が聞こえる。金髪眉毛のものだろう。
いちご「楽しそうだなぁ………………」
ウカツ。気付いた時にはもう遅い。声に出してしまっていた。
まだ教室にいた何人かの生徒が、私の声に気づいて、こちらを見てくる。
猛烈に恥ずかしくなって、私は学校を出た。
19: 2011/01/25(火) 01:58:31.70
その日は曇りだった。昨日から天気は変わっていない。灰色の空。灰色の世界。
コンビニの前を通ると、その店舗の前に大きな垂れ幕がかかっていた。
『バレンタインフェア 実施中!』
赤色の紙に、白抜きの文字。
いちご(バレンタイン……)
いちご(今日は2月11日…………あと3日か)
いちご(去年も一昨年も、澪の下駄箱の中にチョコ入れたっけ…………、私が入れる前から、たくさんチョコが入っていたけど)
いちご(人気者なんだよね…………)
コンビニの前を通ると、その店舗の前に大きな垂れ幕がかかっていた。
『バレンタインフェア 実施中!』
赤色の紙に、白抜きの文字。
いちご(バレンタイン……)
いちご(今日は2月11日…………あと3日か)
いちご(去年も一昨年も、澪の下駄箱の中にチョコ入れたっけ…………、私が入れる前から、たくさんチョコが入っていたけど)
いちご(人気者なんだよね…………)
20: 2011/01/25(火) 02:00:46.92
孤高、という言葉を思い出す。
私には似つかわしくない言葉だ、とつくづく感じる。
いちごという名前以上に、私には相応しくない形容。
私は誰よりも、甘えたがりなのだ。それを隠しているだけで……。
いちご(……今年も、チョコ渡そうかな)
いちご(下駄箱に入れるとかじゃなく、直接……)
いちご(手渡したいけど…………変に思われたら嫌だし……)
コンビニの前で、私は立ち続けていた。垂れ幕の文字を見ながら考える。
いちご(今年も結局、何の返事もなくバレンタインが過ぎ去るのか……)
いちご(………………まぁいいや。チョコは買っておこう)
孤高なはずの私が、チョコ一つでウジウジ悩んでいるなんて、澪に見られたら幻滅されるだろうな。
そう自嘲しながら、コンビニに足を踏み入れた。
私には似つかわしくない言葉だ、とつくづく感じる。
いちごという名前以上に、私には相応しくない形容。
私は誰よりも、甘えたがりなのだ。それを隠しているだけで……。
いちご(……今年も、チョコ渡そうかな)
いちご(下駄箱に入れるとかじゃなく、直接……)
いちご(手渡したいけど…………変に思われたら嫌だし……)
コンビニの前で、私は立ち続けていた。垂れ幕の文字を見ながら考える。
いちご(今年も結局、何の返事もなくバレンタインが過ぎ去るのか……)
いちご(………………まぁいいや。チョコは買っておこう)
孤高なはずの私が、チョコ一つでウジウジ悩んでいるなんて、澪に見られたら幻滅されるだろうな。
そう自嘲しながら、コンビニに足を踏み入れた。
22: 2011/01/25(火) 02:02:17.78
店員の機械的な「っらっしゃあせー」という台詞を聞きながら、チョコが売られているところに向かった。
包装されているはずなのに、甘いにおいがする。チョコのにおい。香ばしい。
いちご(甘いもの好きそうだよね……澪って)
いちご(だからビターチョコとかは避けて……、あ、ホワイトチョコでいいかな)
いちご(下駄箱の中に入れても……食べてもらえないだろうし。他の子も下駄箱の中に入れているしなぁ)
いちご(やっぱり、手渡しした方がいいのかな…………)
包装されているはずなのに、甘いにおいがする。チョコのにおい。香ばしい。
いちご(甘いもの好きそうだよね……澪って)
いちご(だからビターチョコとかは避けて……、あ、ホワイトチョコでいいかな)
いちご(下駄箱の中に入れても……食べてもらえないだろうし。他の子も下駄箱の中に入れているしなぁ)
いちご(やっぱり、手渡しした方がいいのかな…………)
23: 2011/01/25(火) 02:03:25.10
いちご(でも、私の孤高ってイメージが壊れてしまう…………)
いちご(………………いいかな、別に。もう高校生活最後なんだし)
いちご(ちょっとくらい大胆になってもいいよね)
よみがえる、澪の笑顔。今日の休み時間見た、あの自然な微笑み。上品で、綺麗で……。
つい、私の顔も緩んでしまう。
いけない。せめてバレンタインまでは、孤高でいよう。
格好いいと言われた、孤高の私のままで。
いちご(………………いいかな、別に。もう高校生活最後なんだし)
いちご(ちょっとくらい大胆になってもいいよね)
よみがえる、澪の笑顔。今日の休み時間見た、あの自然な微笑み。上品で、綺麗で……。
つい、私の顔も緩んでしまう。
いけない。せめてバレンタインまでは、孤高でいよう。
格好いいと言われた、孤高の私のままで。
24: 2011/01/25(火) 02:04:56.49
○
翌日も、曇っていた。一週間ほどこの天気が続くらしい。
目ざましテレビでそう言っていた。バレンタインの日には雨まで降るかもしれないという。
天気の神様はどうやら、空気が読めないみたいだった。
昨日買ったチョコは、コンビニで包装してもらったまま、冷蔵庫に保管してある。
自分でも、気が早いのはわかっている。
いちご(明後日が、バレンタインか……)
高校最後のバレンタイン。
そう意識するだけで、胸が痛むのはなぜなのか。
翌日も、曇っていた。一週間ほどこの天気が続くらしい。
目ざましテレビでそう言っていた。バレンタインの日には雨まで降るかもしれないという。
天気の神様はどうやら、空気が読めないみたいだった。
昨日買ったチョコは、コンビニで包装してもらったまま、冷蔵庫に保管してある。
自分でも、気が早いのはわかっている。
いちご(明後日が、バレンタインか……)
高校最後のバレンタイン。
そう意識するだけで、胸が痛むのはなぜなのか。
25: 2011/01/25(火) 02:06:35.96
私が学校につく時間は、きまってHRが始まる直前だ。今日も、私が教室に入るなり朝のHRを告げる鐘が鳴った。
自分の席に座った瞬間、その異変に気付いた。
いちご(……澪が、いない?)
欠席だろうか。
不安になる。
内心の動揺を悟られないように、冷静な表情を作る。
そのとき教壇の上で、女教師が口を開いた。
さわ子「えー、秋山さんは、風邪により欠席です」
天気の神様だけじゃなく、病気の神様まで空気の読み方を知らないようだった。
自分の席に座った瞬間、その異変に気付いた。
いちご(……澪が、いない?)
欠席だろうか。
不安になる。
内心の動揺を悟られないように、冷静な表情を作る。
そのとき教壇の上で、女教師が口を開いた。
さわ子「えー、秋山さんは、風邪により欠席です」
天気の神様だけじゃなく、病気の神様まで空気の読み方を知らないようだった。
27: 2011/01/25(火) 02:08:36.39
その日、何があったか覚えていない。
ただ空虚に時間だけが経過していって、気付いたら、放課後になっていた。
軽音部の面々と生徒会長は、お見舞いに行かない? とかいう話をしていた。そこには二年生のツインテールの子もいた。
言うまでもなく、澪のお見舞いの話だろう。
私も行きたかったが、いかんせん、澪の家を知らなかった。私の恋は、一方的すぎる想いにすぎないのだ、ということを自覚させられた。
いちご(胸が苦しい……)
いちご(心配だなぁ……)
軽音部の面々と生徒会長が教室を出ていく。彼女たちが向かった先は音楽室ではなく、校舎の外だった。
ただ空虚に時間だけが経過していって、気付いたら、放課後になっていた。
軽音部の面々と生徒会長は、お見舞いに行かない? とかいう話をしていた。そこには二年生のツインテールの子もいた。
言うまでもなく、澪のお見舞いの話だろう。
私も行きたかったが、いかんせん、澪の家を知らなかった。私の恋は、一方的すぎる想いにすぎないのだ、ということを自覚させられた。
いちご(胸が苦しい……)
いちご(心配だなぁ……)
軽音部の面々と生徒会長が教室を出ていく。彼女たちが向かった先は音楽室ではなく、校舎の外だった。
28: 2011/01/25(火) 02:09:55.31
付いていこうか、と私は考えた。
でも、いきなり行っても迷惑になるかもしれない。
それに、と思う。
私が澪を好いているだけで、澪は私のことなど見てくれていないのだ。
私は軽音楽部の一人でもなければ、クラスメイトと言えるほどの間柄でもない。
ただ、澪のことが好きな人。
二年も前の時に、名前が可愛いって言われて、孤高であることを格好いいって誉められて、以来澪を好きになった一人の女の子。
それが、私。若王子いちご。
でも、いきなり行っても迷惑になるかもしれない。
それに、と思う。
私が澪を好いているだけで、澪は私のことなど見てくれていないのだ。
私は軽音楽部の一人でもなければ、クラスメイトと言えるほどの間柄でもない。
ただ、澪のことが好きな人。
二年も前の時に、名前が可愛いって言われて、孤高であることを格好いいって誉められて、以来澪を好きになった一人の女の子。
それが、私。若王子いちご。
30: 2011/01/25(火) 02:11:28.98
私は変な名前を授けやがった両親に、並々ならない憎悪を持っている。
でも、この名前のおかげで、澪に恋慕を抱くことが出来たのだとしたら――。
それはとても幸せなことだ、と思えた。
私は孤高の女の子を演じていた。そして演じている。今この瞬間も。
ほんとうは、孤高なんかじゃない。甘えんぼなのだ。誰かとずっと一緒にいたいのだ。一緒に笑いあって、一緒にご飯を食べたりしたい。
名前という劣等感が、誰かと関わるのを躊躇わせていただけで。
名前で笑われたりするのが恐くて。
臆病になって、やがて、ひとりになった。
けれど、彼女は私の名前を可愛いと言った。
孤高で孤独な私を見て、そこに格好よさを見出してくれた。
彼女なら、私のことを受け止めてくれるんじゃないかと。
私が澪のもとに行って悪い理由があるだろうか?
いや、ない。
でも、この名前のおかげで、澪に恋慕を抱くことが出来たのだとしたら――。
それはとても幸せなことだ、と思えた。
私は孤高の女の子を演じていた。そして演じている。今この瞬間も。
ほんとうは、孤高なんかじゃない。甘えんぼなのだ。誰かとずっと一緒にいたいのだ。一緒に笑いあって、一緒にご飯を食べたりしたい。
名前という劣等感が、誰かと関わるのを躊躇わせていただけで。
名前で笑われたりするのが恐くて。
臆病になって、やがて、ひとりになった。
けれど、彼女は私の名前を可愛いと言った。
孤高で孤独な私を見て、そこに格好よさを見出してくれた。
彼女なら、私のことを受け止めてくれるんじゃないかと。
私が澪のもとに行って悪い理由があるだろうか?
いや、ない。
31: 2011/01/25(火) 02:13:06.81
○
外はまだ曇っていた。晴れるわけがないと知っているのに、晴天になるのを望んでいる。
私は軽音部の面々の後ろを追った。彼女たちはきっと、澪の家に向かうはずだ。
数分後、予想通り彼女たちは一軒の民家に入った。玄関より中に入って行くのを眺めた後、私はその家の表札を見る。
『秋山』
いちご(……澪の家だ)
いちご(よし、大体の道のりは覚えた……あ、でも今行くと律とか生徒会長とかと鉢合わせに…天)
いちご(時間、ずらして行こうかな。うん、そのほうがいいよね)
いちご(どこかで時間つぶそうかな……)
いちご(バレンタインまでには治っていてほしいな……、風邪ならすぐ治るよね、きっと)
外はまだ曇っていた。晴れるわけがないと知っているのに、晴天になるのを望んでいる。
私は軽音部の面々の後ろを追った。彼女たちはきっと、澪の家に向かうはずだ。
数分後、予想通り彼女たちは一軒の民家に入った。玄関より中に入って行くのを眺めた後、私はその家の表札を見る。
『秋山』
いちご(……澪の家だ)
いちご(よし、大体の道のりは覚えた……あ、でも今行くと律とか生徒会長とかと鉢合わせに…天)
いちご(時間、ずらして行こうかな。うん、そのほうがいいよね)
いちご(どこかで時間つぶそうかな……)
いちご(バレンタインまでには治っていてほしいな……、風邪ならすぐ治るよね、きっと)
32: 2011/01/25(火) 02:14:44.95
ふと、自分を客観的に見た。
いちご(あぁ……駄目だ、私。全然孤高じゃなくなっている)
いちご(行動も何もかも、全部感情的になってる……)
いちご(よく考えたら、家の場所が分かっても入れてくれるかどうか…………。それほど……仲好くはないんだし)
つきん、と心が痛んだのは気のせいではあるまい。
いちご「あぁ……何かお見舞いの品持っていけば大丈夫かも……」
ちょうどいい時間つぶしにもなるし。
そう思った私は、コンビニを求めてその場から離れた。
○
いちご(あぁ……駄目だ、私。全然孤高じゃなくなっている)
いちご(行動も何もかも、全部感情的になってる……)
いちご(よく考えたら、家の場所が分かっても入れてくれるかどうか…………。それほど……仲好くはないんだし)
つきん、と心が痛んだのは気のせいではあるまい。
いちご「あぁ……何かお見舞いの品持っていけば大丈夫かも……」
ちょうどいい時間つぶしにもなるし。
そう思った私は、コンビニを求めてその場から離れた。
○
33: 2011/01/25(火) 02:16:07.55
品物を選ぶのに、三十分もかかってしまった。
何を買えばいいのかよくわからず、結局、カ口リーメイトを持っていくことにした。四本入りの奴だ。
秋山家のインターホンを押す。さすがに軽音部の面々はもう帰っているだろう。
?『はい? どちらさまですか』
その声は、聞き覚えのあるものだった。
いちご(……澪の声)
澪「あの、新聞とかは要りませんので……」
いちご「あ、その、お見舞いに来ました、若王子いちごです」
何故か敬語になってしまった。澪の方も敬語だったからだろうと思うことにした。
○
何を買えばいいのかよくわからず、結局、カ口リーメイトを持っていくことにした。四本入りの奴だ。
秋山家のインターホンを押す。さすがに軽音部の面々はもう帰っているだろう。
?『はい? どちらさまですか』
その声は、聞き覚えのあるものだった。
いちご(……澪の声)
澪「あの、新聞とかは要りませんので……」
いちご「あ、その、お見舞いに来ました、若王子いちごです」
何故か敬語になってしまった。澪の方も敬語だったからだろうと思うことにした。
○
34: 2011/01/25(火) 02:17:32.60
私は澪の部屋に招かれた。熱も下がってきていて、明日には治ると医者に言われているらしい。
私はその澪の言葉にそこはかとなく安堵した。
澪「いやぁ、それにしても、いちごが来てくれるなんてなぁ」
気恥ずかしさを覚える。
いちご「……その、受験まであと少しだから、心配になった」
言い訳するような口調で、私は澪に言った。
冷たい口調になってしまったのが、少し悔やまれる。
澪から、ありがとう、という返答が一つ。
私はその澪の言葉にそこはかとなく安堵した。
澪「いやぁ、それにしても、いちごが来てくれるなんてなぁ」
気恥ずかしさを覚える。
いちご「……その、受験まであと少しだから、心配になった」
言い訳するような口調で、私は澪に言った。
冷たい口調になってしまったのが、少し悔やまれる。
澪から、ありがとう、という返答が一つ。
35: 2011/01/25(火) 02:19:22.62
いちご「あ、これ、お見舞いの品みたいな……」
す、とカ口リーメイトを手渡す。フルーツ味。
澪「いいのか? ありがとう」
受け取ってもらえた。
澪「昨日の夜くらいに高熱が出てさ、一時はどうなるかと思ったけど、受験には間に合いそうでよかったよ。一日落としたのは痛いけど」
言いながら、澪は机の方を見やった。私も視線をそちらに移す。勉強道具がひろげられていた。
いちご「……どこの大学受けるんだっけ?」
澪「N女。いちごは……?」
普通に会話していることが何だか可笑しくて、笑いを噛み頃しながら、私は「就職」と答えた。
す、とカ口リーメイトを手渡す。フルーツ味。
澪「いいのか? ありがとう」
受け取ってもらえた。
澪「昨日の夜くらいに高熱が出てさ、一時はどうなるかと思ったけど、受験には間に合いそうでよかったよ。一日落としたのは痛いけど」
言いながら、澪は机の方を見やった。私も視線をそちらに移す。勉強道具がひろげられていた。
いちご「……どこの大学受けるんだっけ?」
澪「N女。いちごは……?」
普通に会話していることが何だか可笑しくて、笑いを噛み頃しながら、私は「就職」と答えた。
36: 2011/01/25(火) 02:20:52.84
澪「へぇ、高校卒業と同時に働くなんて、親孝行だな」
親孝行。そのフレーズが意外で、私は吹き出してしまった。
いちご「そうでもない。私はただ、勉強がしたくないだけ」
悪い気分では、なかった。
私は部屋中を見渡す。と、一点で視線が止まった。
見覚えのある豪奢な衣装。中世の貴族が着るような刺繍の服が、ハンガーでつるされていた。
親孝行。そのフレーズが意外で、私は吹き出してしまった。
いちご「そうでもない。私はただ、勉強がしたくないだけ」
悪い気分では、なかった。
私は部屋中を見渡す。と、一点で視線が止まった。
見覚えのある豪奢な衣装。中世の貴族が着るような刺繍の服が、ハンガーでつるされていた。
37: 2011/01/25(火) 02:22:41.31
いちご「あれって……ロミオの服?」
その衣装を指差し、尋ねる。
澪「あ? ああ。うん。文化祭の時のね」
澪が遠い眼をする。
いちご「……あの時の澪、格好良かった」
澪「そうか? 何かそう言われると恥ずかしいな」
いちご「何か、覚えている台詞ある? あの劇の時ので」
そう尋ねる気分になったのは、単なる気まぐれだろうか。
澪「ああ、うん。一つだけ、印象に残った台詞なら」
いちご「どんなの?」
その衣装を指差し、尋ねる。
澪「あ? ああ。うん。文化祭の時のね」
澪が遠い眼をする。
いちご「……あの時の澪、格好良かった」
澪「そうか? 何かそう言われると恥ずかしいな」
いちご「何か、覚えている台詞ある? あの劇の時ので」
そう尋ねる気分になったのは、単なる気まぐれだろうか。
澪「ああ、うん。一つだけ、印象に残った台詞なら」
いちご「どんなの?」
38: 2011/01/25(火) 02:24:25.54
澪はすぅ、と深呼吸した。
澪「愛に導かれてやってきました、案内人などいません。しかし、あなたがどれほど離れていようと、
そこがはるか海に洗われている広々とした岸辺だったとしても、私はあなたのような宝を見つけて旅に出ますよ」
すらすらと紡いで見せた澪に、私は羨望のまなざしを向ける。すごい、と思えた。
ジュリエットになりたい、とあの時言っておけばよかった。
澪「愛に導かれてやってきました、案内人などいません。しかし、あなたがどれほど離れていようと、
そこがはるか海に洗われている広々とした岸辺だったとしても、私はあなたのような宝を見つけて旅に出ますよ」
すらすらと紡いで見せた澪に、私は羨望のまなざしを向ける。すごい、と思えた。
ジュリエットになりたい、とあの時言っておけばよかった。
39: 2011/01/25(火) 02:25:46.35
澪の口から、あの場所で、この台詞を生で聞けたのだ。
澪「何か、今思うと大仰な台詞だけどさ、ロミオになり切っている時は、金言に感じられたんだ」
感慨深そうに、澪が呟く。
私はジュリエットじゃないけれど、その言葉の重みが伝わってきた。
〝愛に導かれてやってきました〟
私も、愛に導かれてやってきた。
愛? それはあまりにも一方的な片想いだけど。
いちご「……素敵な台詞だった」
ジュリエットになり損ねた私は、目の前のロミオに向かってそう答えた。
澪「何か、今思うと大仰な台詞だけどさ、ロミオになり切っている時は、金言に感じられたんだ」
感慨深そうに、澪が呟く。
私はジュリエットじゃないけれど、その言葉の重みが伝わってきた。
〝愛に導かれてやってきました〟
私も、愛に導かれてやってきた。
愛? それはあまりにも一方的な片想いだけど。
いちご「……素敵な台詞だった」
ジュリエットになり損ねた私は、目の前のロミオに向かってそう答えた。
40: 2011/01/25(火) 02:26:35.95
異変は、私がそろそろ帰ろうかな、と立ちあがったときに起こった。
窓の外から、音。ぽつり、ぽつり。音は大きくなっていく。ざぁ……ざぁぁぁぁ……。曇り空が崩れた。シャワーのように、雨が降り始めた。
澪「うわ、ついに雨が降っちゃったか……。天気予報では明日とか明後日に振るって言ってたのに……」
いちご「……あ、私傘持ってきていないや」
澪「あ、家のでよかったら、貸すけど」
断る理由はなかった。
紺色の傘が手渡される。重い。男性用の傘だろうか。
澪「ありがとう、今日はお見舞いに来てくれて」
窓の外から、音。ぽつり、ぽつり。音は大きくなっていく。ざぁ……ざぁぁぁぁ……。曇り空が崩れた。シャワーのように、雨が降り始めた。
澪「うわ、ついに雨が降っちゃったか……。天気予報では明日とか明後日に振るって言ってたのに……」
いちご「……あ、私傘持ってきていないや」
澪「あ、家のでよかったら、貸すけど」
断る理由はなかった。
紺色の傘が手渡される。重い。男性用の傘だろうか。
澪「ありがとう、今日はお見舞いに来てくれて」
41: 2011/01/25(火) 02:27:58.47
いちご「ううん、どういたしまして」
あ、そうだ。と私は澪に言う。
いちご「2月14日の放課後……四時半くらいかな。三年二組の教室にさ、来てくれない?」
私は、笑ってみることにした。上手く笑えている自信がない。
澪「――え?」
いちご「渡したいものがあるんだよね」
それだけを言って、私は秋山家を出た。
○
あ、そうだ。と私は澪に言う。
いちご「2月14日の放課後……四時半くらいかな。三年二組の教室にさ、来てくれない?」
私は、笑ってみることにした。上手く笑えている自信がない。
澪「――え?」
いちご「渡したいものがあるんだよね」
それだけを言って、私は秋山家を出た。
○
42: 2011/01/25(火) 02:29:30.50
雨は12日から13日まで降り続いた。14日の今日はすっかり晴れ模様で、天気予報は信用ならないと痛感した。
朝から私は落ち着かなかった。それは何故か? きまっている。
放課後になるまでは、それほど時間はかからなかった。四時半になるまでなんて、あっという間だった。心の準備は出来ていないと言うのに。
そういえば、澪や他の軽音部の面々は、もう少しでN女の試験があるらしい。
澪がN女に合格したら、会う機会が少なくなってしまう。それ以前に会えるかどうかも怪しい。それが、残念でならなかった。
〝しかし、あなたがどれほど離れていようと、そこがはるか海に洗われている広々とした岸辺だったとしても、私はあなたのような宝を見つけて旅に出ますよ〟
ふと、その台詞を思い出す。
いずれ、会えるだろうか。
別れてしまった後も、十年後か二十年後か、もっと後。ふたたび澪に逢うことはできるだろうか。
きっとできる。そうに違いない。逢えなかったら、こちらから逢いに行ってやろう。あなたのいる場所が遠く離れていようとも。
この想いを伝えるために。
朝から私は落ち着かなかった。それは何故か? きまっている。
放課後になるまでは、それほど時間はかからなかった。四時半になるまでなんて、あっという間だった。心の準備は出来ていないと言うのに。
そういえば、澪や他の軽音部の面々は、もう少しでN女の試験があるらしい。
澪がN女に合格したら、会う機会が少なくなってしまう。それ以前に会えるかどうかも怪しい。それが、残念でならなかった。
〝しかし、あなたがどれほど離れていようと、そこがはるか海に洗われている広々とした岸辺だったとしても、私はあなたのような宝を見つけて旅に出ますよ〟
ふと、その台詞を思い出す。
いずれ、会えるだろうか。
別れてしまった後も、十年後か二十年後か、もっと後。ふたたび澪に逢うことはできるだろうか。
きっとできる。そうに違いない。逢えなかったら、こちらから逢いに行ってやろう。あなたのいる場所が遠く離れていようとも。
この想いを伝えるために。
43: 2011/01/25(火) 02:31:07.49
教室の扉が開く。
澪がいた。
澪「こ、この前言われたとおりに来たけど……」
澪の顔は少し赤い。私の顔もそうかもしれない。
私は澪に歩みよる。
いちご「ありがとう。来てくれて」
そして、私は言うのだ。
いちご「あのさ、どうしても食べてほしくて――――」
まだ想いは伝えない。いずれ、その時が来たら伝えたい。今、この時は、少しでも澪と一緒にいよう――。
私はホワイトチョコレートを手渡す。澪は、ゆっくりと受け取ってくれた。まだら模様の包装紙のかかった、一枚のチョコ。
その味は、とてつもなく甘いに違いない。
終わり
澪がいた。
澪「こ、この前言われたとおりに来たけど……」
澪の顔は少し赤い。私の顔もそうかもしれない。
私は澪に歩みよる。
いちご「ありがとう。来てくれて」
そして、私は言うのだ。
いちご「あのさ、どうしても食べてほしくて――――」
まだ想いは伝えない。いずれ、その時が来たら伝えたい。今、この時は、少しでも澪と一緒にいよう――。
私はホワイトチョコレートを手渡す。澪は、ゆっくりと受け取ってくれた。まだら模様の包装紙のかかった、一枚のチョコ。
その味は、とてつもなく甘いに違いない。
終わり
44: 2011/01/25(火) 02:36:05.59
乙
もっと読みたいその後の話とかないの?
もっと読みたいその後の話とかないの?
45: 2011/01/25(火) 02:44:26.86
おつ
引用元: いちご「ジュリエット」
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