7: 2011/05/08(日) 20:16:46.86

部活帰り、駅前のカフェで待ち合わせをする。

あっちはまだ来ていなくて、
私は先に席に通されて頼んだコーヒーを飲みながら
今日出された数学の宿題をしていた。

コーヒーを一口飲んでその苦さに驚く。

ミルクをいれようとして、やめた。
こんな脂肪の液を自分から進んで摂取するなんてどうかしてる。
だけど苦いままだと飲めないから砂糖を一袋だけ溶かした。


16: 2011/05/08(日) 20:20:08.24


一口飲む。

うん、ムリ、苦い。

もう1袋入れる。

一口飲む。

・・・・。

妥協じゃない、これは妥協じゃないんだ。
うんうん。
策なんだ、コーヒーは…美味しく飲まなくちゃ。
だって、…お、お金、払ってるんだし…。

かきまぜかきまぜしたら、
砂糖をどれくらい入れたかなんてわからない1杯のコーヒーが私の前にあるだけだった。

飲む。

よし、美味である。

7本分の砂糖の袋は視界に入れないようにした。

19: 2011/05/08(日) 20:25:27.61

最後の問題にかかろうとした時、
出入り口の扉上についている鈴だか鐘だかがカランコロンと音を鳴らす。

店内に響くその音のやかましさから、その人がどれだけ急いで扉を開けたのかがわかった。

多分来たんだろうな、と思ったけど
待っていたことをさとられるのもなんだか気恥ずかしくて、
顔を上げずにそのまま問題を解くフリをした。

定位置になりつつある窓際の壁側の席。
こっちに近づいてくる気配がして、目の前の席の椅子をひく音がする。

そこでようやく私は顔をあげる。

「遅かったな」

そう私が言うと(責めてるつもりはない)

「ごめん。ちょっとまくのに手間取っちゃった」


23: 2011/05/08(日) 20:30:08.15

そう言いながら席に腰かけた。

少し息が乱れてた。
走って来てくれたんだろうか。
そんなささいなことだけで、妙に嬉しくなってしまう。
にやけそうになるのをこらえる。
こらえきれなくて、応急措置。
内側の頬の肉を噛んだ。
いたい。

そんな私を知ってか知らずか、
私とおそろいの学校指定の通学鞄を横の席に置き、メニューに手を伸ばした。


「澪は何頼んだの?あ、問題解いてるなら続けて。こっちは気にしなくていいから」


何でもないことのように名前を呼ばれてドキッとするけど、表には出さない。

「今日はコーヒーだよ。あと1問で終わるから、ちょっと待っててな」

「わかった。てか、コーヒー。へぇー、めずらしい…」

そう言いながら、目はメニューを追っていて私の方を向いてはくれない。

32: 2011/05/08(日) 20:47:11.42


こっち、向けよ。


念じてみるけど、やっぱり視線は私に向かない。

なんだか悔しいから私もノートに視線を移す。
サッサと終わらせてしまおう。

「どうしようかな…。ケーキ食べようかな…」

「今日部活で食べただろ?」

問題を解きながら答える。

「うん。でも、ちょっと隣の席の人がつまみ食いしてきたからあまり食べられなかったんだよね」

「あぁ…、律に食べられてたな。しかも半分くらい」

私がそう言うと、ちょっとメニューを下げた。

私の方を見たのかと思って顔をあげてみるけど、
当の本人は右肘をテーブルにつき、窓の外を見めているだけらしかった。

33: 2011/05/08(日) 20:50:28.72
「あ…」

「えっ?なんだ?どうかしたか」

「あっ、いや、うん。何でもないよ」

「そ、そうか…」

ちょっとさみしいとか思ってないからな。

「遠慮がなくてさぁ。フォークさしたら、さした分ごっそりもってくからね。ホント、やめてほしい」

さっきの話の続きだろうか。
そう言いながらも顔は微笑んでいて、律のことを心からうっとおしく思っていないことがわかる。

「あぁ、確かにな。律は大雑把すぎるよな。もっと他人への遠慮ってのを学べばいいのに」

そうしたらきっとあいつはバカをすることが少なくなるけど、
それが常識を持つ人の言動の正しき在り方であって…
あれ?でも……。
そんな正しき律を想像して、
それって律らしくないなぁって思ってしまう私はなに?

34: 2011/05/08(日) 20:52:49.50

また視線がメニューにいく。
どうやらケーキを頼むみたいだ。

「まぁ、それがあの人の短所でもあり長所でもあるから治してもらったら困るんだけどね」

そう言ってクスクス笑う。

考えていたことが同じで嬉しくなってコーヒーを口に運んだ。

「コーヒーおいしい?」

不意にきかれてびっくりする。

「えっ…ん、あぁ…、おいしいけど…なんで?」

「ん~ん、なんでもな~い」

なんでもない、と言いながら笑いをこらえているのはなんでなんだろうな。


メニューが決まって、店員さんを呼ぶ。
注文をハキハキ言う声がすき。
そんなこと思ってるなんて絶対に教えないけど。

35: 2011/05/08(日) 20:55:20.64
店員さんが去った後、

「問題あとどのくらい?」

いきなり聞かれてやっぱりびっくりする。

「えっ…と、今計算してて…このmとnが出たら終わるよ」

「そっか。なんだか、難しそうだね」

私のノートをのぞいてくる。

「公式に当てはめるだけだから、それほど難しくはないよ。ちょっと計算がうるさいだけ」

「そういうもん?」

「そういうもんさ」

そっかぁ、といいながら視線を窓の外へ移そうとする。
また、私から…というか、私のノートですら、すぐに目をそらす。

でも、ハッとした表情をした後に、またすぐに私のノートを見た。
なんなんだ…いったい…

37: 2011/05/08(日) 20:58:24.45
「なんだ?どうかしたのか?」

「ふぇ?」

「ふぇ…って…唯かよ」

ちょっと、イライラしてきたかも。
こういう自分だけ状況が理解できてないのってなんかいやだ。

なんだよぅ…さっきから。

私はまたコーヒーを口に運ぶ。

「あ、いや、う、うん。…いや、なんでもないんだけどね」

また笑いをこらえた顔。
私はよっぽど怖い顔をしいたんだろうか。
「あ」という顔をして

コホン

と咳払いをした後に、

「…コーヒーおいしい?」

と私に聞いてきた。

またその質問?

39: 2011/05/08(日) 21:00:52.55
「あ…あぁ…おいしいけど…てか、それさっきも聞いたじゃないか」

「苦くない?」

私の聞いていることには答えずにまた聞かれる。

「苦くないよ」

そう答えると、クププという笑い声がした。
肩が震えてるぞ、肩がっ。

「な、なに笑ってんだよっ、強がってないからな!!本当に苦くないんだっ!!」

そう私がちょっと強く叫ぶと、彼女は私が機嫌を損ねたと思ったのか
「ごめんごめん」と笑いながら、私の方を指さした。

へっ?と思いながら、指さされたほうを見る。

「……っあ!?」

とたんに顔が赤くなった。
そこには、さっき視界から除外した7本分の砂糖の袋…
さっきから、窓の外じゃなくてこれを見てたのか

40: 2011/05/08(日) 21:03:14.68
「そりゃさ、砂糖7本も入れたら苦いわけないよねっ」

そういいながら、笑うのをやめない。

「そ、そこまで笑うことないだろっ!もうっ!!」

「いや、だってさぁ、テーブルの端っこでなんかゴミが丸まってるからなんだろうって思ったら…くはは」

「だから…笑うなってば…」

「たははっ…ごめんごめん…コーヒーおいしくなってよかったね」

「あずさぁっ!!」

「じょ、じょーだんだよっ」

「まったく…」

「そんなに怒らないでよ、澪」

「…っく」

その上目づかいをここでするのは反則というものである。


そんなこんなをしているうちに、梓が頼んだものがきた。

43: 2011/05/08(日) 21:07:29.35
梓はバナナケーキを食べながら今日の練習のグチを言う。
練習のグチというか…。
律が走りすぎだとか、今日のケーキのうらみは忘れないだとか。
唯とのギターが最近合うようになってきたとか、
今日遅刻してきたのは唯先輩がなかなか離してくれなかったのが悪いから私は悪くないだとか。
ムギ先輩に今度お茶の入れ方を教えてもらいたいとか、今度の曲はとっても大好きだとか。

そこまで一方的に話した後に、頼んだレモンティーをごくごくっと飲んでいた。

私のことはなにかないの?と聞きたいところだけど、
催促して聞いたことってなんか悲しいからやめておく。

梓がしゃべり疲れてバナナケーキに夢中になっている間に
私はぼんやりと窓の外を眺めながめていた。


最初の一歩は、私のほうからだった。

46: 2011/05/08(日) 21:12:11.51

偶然、梓と2人っきりになることがあって。
今だって思った。
今しかない、って。
こういう唐突な行動をする自分が、私は実は好きだったりする。
思い立って、まだ夜が明けきらない頃に散歩したりとか、
ムギに誘われて海に行き当たりばったりで行ったりしてさ。
なかなかそういう機会はないから、本当にたまになんだけど。

「なぁ、梓」

「はい。なんでしょう、澪先輩」

「あ、あのさ…そのっ…」

「はい?」

くっ…。なんだ、そのかわいらしい顔はぁあああああ!?
首かしげんなっ!!もだえるからやめれっ!!こらえるけどっ!!

「…みお、せんぱい?」

「はっ、あ、いや、そのだな、梓」

「…はい」

「おっ…お願いがあるんだっ…!!」

50: 2011/05/08(日) 21:17:16.88

「お願い…ですか」

「うん。そうなんだ。…きいてくれるかっ!?」

「はぁ…まぁ、私に出来る範囲でならいいですけど…なんでしょうか?」

「あのなっ!」

「はい」

「そのっ…っ私と、…っと!!」

「と?」

あーーやっぱ、言わなきゃよかったかもっ!!
ここまできて、躊躇する。
でも、そんな私の様子に梓がこまってるぅ!!

ゴクリ、と息を飲む。

うぅ…、ここまできたんだ、言ってしまえ。


「わ、私と、友達になってくれないかっ!?」

「へ?」

53: 2011/05/08(日) 21:22:19.25
梓がきょとんとする。目が丸くなるって表現がよく似合う顔つきだった。

「友達…ですか?」

「お、おう。そうだ、友達になってほしいんだ…そ、その、」

一息つく。
続きを、梓が待っている。

「先輩後輩って関係じゃなくってさ、…ひ、人として、梓と向き合ってみたいんだ」

「人として…ですか」

「うん、私たち、音楽の趣味も愛想だし。似たもの同士だから、きっと合うと思うんだ」

「あ、似たもの同士ってのはちょっとわかります」

「だ、だよなっ。そ、それにさっ!!」

「それに?」

「も、もっと知りたいんだ、梓のことっ」

「私のことですか…」

「あぁ。あ、でもそんな変な意味じゃないぞっ!?」

55: 2011/05/08(日) 21:27:20.48
私の言ったことにハハっと笑う。
そして、うーん、と言って
悩んでいるのか、悩んでいるフリをしているのか。
コナン君ポーズで梓はしばし、沈黙を押し通した。
私はその横で椅子に座りながらモジモジした。


そして、数分後、あずさは口を開き、答えた。

「いいですよ。なりましょう、友達」

「ほ、ほんとか!?」

私の動揺には臆することなく、梓は言う。

「はい。澪先輩となら、きっといい友達になれそうな気がします」

そう言って、梓は私を見て微笑み、
私は梓側からは見えない右手で小さくガッツポーズをした。


こうして私たちの関係は「先輩後輩」という関係から「友達」という関係に平行移動した。

56: 2011/05/08(日) 21:32:08.83
それは「先輩後輩」から
X軸にプラスいくつ、Y軸からプラスいくつのところにある関係なのかは
私にはわからない。
そもそもプラスではなく、マイナスだったのかもしれない。

ただ、これだけは言わせてほしい。

梓の口調が敬語からため口に変わり、私のことを「澪先輩」ではなく「澪」と言う、
この関係はまさしく私にとってまぎれもなく、プライスレス。



「みーおー」

いきなり名前を呼ばれてまたもやびっくりする。
梓といるときの私の心は豆腐すぎる。

58: 2011/05/08(日) 21:37:14.01
「な、なんだっ!?ど、dっどどどしたっ!?」

「なにそんなにあわててるの?」

「へっ?い、いや…べつに…」

「なーんだよぉーっ」と言いながら、梓はテーブルに突っ伏して。

今、どんな表情をしているのか、わからない。

先輩後輩のころには見られなかった梓が目の前にいる。
正直、たまりませんっ…


「ねぇ」

テーブルの上で腕を組み、その腕にあごをのせ、上目遣い。
梓、そのアクションどこでならったの?
とっさに梓から視線をはずす。
あー。間一髪、心臓射抜かれるところだった。

「っっな、なんだよ、あずさぁ」

もう顔にやけててもいいよね?

「黙ってないでなにかしゃべってよぉー」

59: 2011/05/08(日) 21:43:25.67
「えぇ~」

「さっきから、私がしゃべってばっかりだよ。澪の話もききたいなぁ~」

なにその無茶ブリ。
でも、梓のお願いに私は逆らうなんて出来そうにない。
脳内の戸棚を開け閉めする。
その姿はさながら劇場版のドラえもん。
この状況を打破するなにかいい道具はないものか…。

「う~~ん…」

考える。必氏に考える。
考えるけど、なんでかさっき解いた数学の問題が頭の中を駆け巡る。


60: 2011/05/08(日) 21:47:38.72
え~~っと…
り、…
りつ、
律と…

そうだ、律と2人でいたときの私たちってどんな会話をしていたっけ?

ちょっと思い出す。梓はレモンティーを飲んでいる。きっとまだ時間はある。
あるはずだと思いたい。

思い出す。
中学の帰り道…修学旅行のバスの中…高校の行き帰り…

うんうん、そうだそうだ、それからどうした…うん…う…ん…

…あれ?


思い出して、愕然とする。

律と私、2人でいるときの話題の発言者はたいてい律だった。

うっわーー、私、完全なる聞き上手だ。どうしよう…

梓はレモンティーを飲み干して、あくびをしている。
・・・あくび・・・かわいい。

62: 2011/05/08(日) 21:50:51.20
「みお?」

「おうっ!?」しまった、あくび見たまま見とれてた。

「いや、だからそんな驚かなくても…」

「あっ、す、すまんっ」

「ははっ、もうなれっこだからいいよ」

なれっこになるほど私は梓の前で驚いてるのか…
がんばれよ、私…

「それよりね」

「ん、なんだ?」

「そろそろ外暗くなってきたし、かえろっか?」

「えっ…」

窓の外をみる。ほんとだ、暗い。クライ。

「澪の話はまた次に持越しね」

そういいながら、左の席に置いた通学鞄を持って立ち上がる。

64: 2011/05/08(日) 21:54:15.96
「ちゃんと考えておいてね」

そういって梓はにっこり笑う。

「う、うん。…わかった」

外が暗くても、ドントクライ私。
気を使われた。
今度はちゃんと話題を考えて、梓ばかりに話させたらだめだ。
今がんばるのではなく、次を望む。
それはいけないことかもしれないけど、
でも、次をどうしても望みたくなる。


私の話で笑う、梓の笑う顔を見たいから…友達として。


あ、あと…次はもうコーヒーじゃなくて、いつものミルクティーを頼もう。
梓はむったんを、私はエリザベスを担いで店を出た。

65: 2011/05/08(日) 21:57:59.89
外は本当に真っ暗で、でもそれはいつものことだった。
梓とこうして2人でいるときはいつだって陽が早く暮れてしまう。
これが俗に言う、アインシュタインの相対性理論なのか、と思う。
その、あれだ。
好きな、人と…いると…時間は早く過ぎる…うん、同感だね。

私の右横を歩く梓をチラッとみる。
身長差と暗さのせいで、その表情は定かではない。

こうやって2人、無言で歩くのは律となら気にならないんだけど
まだ、梓とは無言でいるのは緊張する。

私といて、楽しくないのかな?とか、本当は私と友達になりたくなかったりとか
友達になったせいで私のいやな部分とかみて、幻滅したりしてないかな…とか。
先輩後輩のままでいたほうが、…よかったのかな、とか。

68: 2011/05/08(日) 22:00:08.54
さっきは、考えても考えても出てこなかったのに
今は梓に聞きたいことで頭の中がいっぱいだった。
わけわかんないな、私。

こんなはずじゃなかったのになぁ。
もっと、もっと、梓のことを知って、それで仲良くなって。
それで、それだけでよかったのに。

まいった。

私、梓のこと、知れば知るほどどんどん好きになってる。

上を向く。今日はこんなに星がきれい。
ほかでもなく、隣に梓がいるのに、
どうして私はこんなに悲しいんだろう。

70: 2011/05/08(日) 22:05:19.38
ふと、手に暖かいものを感じる。
驚きすぎて声もでなかった。

「~~~~っ!!!!!」

「て、つなごうよ」

「っ、ななんでっ!?」

きっと私は顔が赤くなってる。

「…友達だから、かな」

その言葉を聴いて、ちょっと上ずった気持ちがひっそり落胆する。
そっか。友達だから、手をつなぐのか。

「友達って、手、つなぐものなのか?」

「わかんない」

「わかんないって…」

「でも、唯先輩は私に抱きついてくるから、友達同士で手つなぐのもアリかな?」

「梓…唯に考え方侵食されてきた…?」

72: 2011/05/08(日) 22:10:28.53
「えっ…そうなのかな?」

「友達同士でも、私は結構、手つなぐの…は、はずかしぃ…」

ボンッと頭から煙が出そうだ。

「でも、きっと…友達だから手をつなげるんだよ」

梓はもっと手を、ぎゅっとつないできた。

「あずさ…?」

「だから、大丈夫。今日は手をつないで」

梓はそう言って、右斜め上を見上げる。

それは私の目の届かない範囲。
きっと、梓にとって、私がふれていいものの範囲外。
それが梓との距離の図り方。
私が先輩のころなら、きっとそのままでいた。
もしかしたら梓の表情なんて、気にも留めなかったかもしれない。

73: 2011/05/08(日) 22:15:10.36


でも、私は梓の顔をみたくなった。それはもう猛烈に。
なにやら勘めいたものが働く。
今の私は、まぎれもなく梓の友達だ。

「梓、こっちを向いて」

「え、なんで?」

「なんででも」

「やだよ」

「そんなこというなよぉ」

「やだってば」

「あーもう、友達のいうことはきけって!!」

そう言って、私は梓の手をふりほどき、
そのまま梓の顔を両手で挟み私のほうへ顔を向けた。

「ちょっと、ちょっと!?やめてって!?み、みおっ!?」

梓は抵抗するけど、残念。
体格差からして、私に力でかなうわけがないよ。

76: 2011/05/08(日) 22:20:13.24
両手で顔をはさまれた梓はなんてかわいい…じゃなかった。
頬を真っ赤にして、両目をグっと閉じていた。
右頬には少し、濡れたあとがあった。

私はたまらなくなった。
胸の奥がジーンとしてくる。
思わず、抱きしめてしまいそうになる。

うぅ~~~、といううなり声が少しずつ、少しずつ泣き声に変わりかける。
私はびっくりして、やっと梓の顔から両手を離した。

「えっ!?な、なんで泣くんだよっ!?」

「だって…、だって…」

「いきなりこっち向かせたのがそんなに嫌だったんなら謝るから、泣かないでくれよっ!?なっ?」

なんで私はこんなに饒舌なんだ?
梓が泣いているのに。
でも、だって…きっと、梓が泣いた理由ってさぁ…。
…なぁ。
ほら、私たち、似たもの同士だからさ。

うぬぼれていいかな?

78: 2011/05/08(日) 22:25:29.10
泣き止まない梓の右手と私の左手をつなぐ。
今度は私から。

驚きすぎて声もでなかったのか、梓は無言で私を見る。

「て、つなごうよ」

「え、なんでっ!?」

「まだ…友達だから、かな」

「…まだ?なに、それ」

「さあな」

私はちょっと笑って、梓の手をひっぱって歩き出した。

私が梓の歩く速度にあわせているのか、
梓が私の歩く速度にあわせてくれているのか、わからない。

でも、2人で横になって歩いた。
たまに梓の肩が私の上腕にあたる。
梓はいつのまにか泣き止んでて、
たまにぎゅっぎゅっと私の手を確かめるように握ってきた。

この2人はいったい、傍から見たらどのように見えているんだろうな。

80: 2011/05/08(日) 22:30:16.27
姉妹?はたまた…誘拐?それはないか。
同じ制服着てるし。
せめて、友達にみえていたらいいな。

やっぱり、無言で歩く。
そろそろさよならする交差点だ。

「泣いてごめんね?」

ボソボソと梓が言った。

「いいよ。私こそ、無理やり向かせてごめんな」

「うん、いいよ。許してあげる」

「仲直り?」

「仲直り…かな?」

2人で目を合わせた。
一瞬の沈黙の後、2人で笑った。
梓が、泣いた理由を
「無理やり顔をつかまれてこっちを向かせたから泣いた」ということにしたいなら
今はまだ、それでいいような気がした。

82: 2011/05/08(日) 22:34:46.04
左手を離したくないな、このままずっと一緒にいたいなと思うけど、
きっと、これは友達の範囲外の気持ちだから。

いつか、私たちの関係が友達以上に平行移動するときまで
私はこの交差点で梓の手を離し続ける。

梓からすっと手を離す。
離した瞬間、すぐにまたつなぎたくなる。
なんという中毒性。
あ、手が震えてきた。禁断症状。

仕方がないから、その手を梓の頭へもっていってそのままナデナデした。

「な、なにいきなり!?」

「な、なんとなく…」

「なにそれ…」

「いやか?私に頭なでられるの」

「…」

「無言になるほどいやか?」

「…やじゃないよ」

83: 2011/05/08(日) 22:37:09.43
私だけに聞こえるか聞こえないかの音量。

「そか」

「…うん。友達だから」

「あぁ…友達だからな」

「うん…」

私は無心でなでなでをした。
梓に怒られるまで。

「ちょっと…澪、さすがになですぎ」

「っはは、…そ、そうだな、すまんっ!」

バッと梓の頭から手をどけた。
梓の顔がまっかっかだったけど、ふれないでおいてあげよう。
家の鏡を見て、もだえさけびころげまわればいいよ。

「じゃあ、またな、梓。気をつけて帰れよ」

「うん。澪もね。また明日」

「おう、また明日」

ドラえもんみたいな足音ではなく、
軽快なステップで梓は走っていった。

85: 2011/05/08(日) 22:40:08.49


帰り道。一人で歩く帰り道。
びくびくしながら歩いていると、ケータイが鳴った。

その音に氏ぬかと思った後、ケータイを見ると
梓からのメールだった。

『月がきれいですね』

ん…?
これだけ?
しかもなんで敬語?
たしかに、今日は月がきれいだ。
だけど…

これだけ?わけがわからない。

なんだよぉ、と思いながら私は返信として

『月もきれいだけど、今日は星がきれいだぞ』

と返した。

次の日、梓に「ばか」と言われることなど知らない私は
月明かりをたよりに家に帰った。


おわり

88: 2011/05/08(日) 22:42:33.81

引用元: 澪「やっぱ文学部入っとけばよかった」