2: 2011/02/13(日) 22:17:04.84 ID:YFHL3Rxx0
エレン「そんなの、言われなくても分かる」

ミカサ「残念ながらお菓子は作れなかった」

 バレンタイン。
 一年に一度、女性が男性に下心を込めてお菓子を贈る日。
 どこの菓子屋が考えたのかは定かではない。

エレン「当たり前だ。お菓子なんて持っててみろ。どっから持ち出したのか尋問喰らう嵌めになっちまう」

ミカサ「上官の個人庫にも無かった」

エレン「あったら持ち出すつもりだったのかよ!」

 今の時代、砂糖は非常に高価だ。
 その砂糖をふんだんに使うお菓子など、訓練生の身で手に入るはずもない。

ミカサ「だから……私を代わりに」

エレン「意味が分からんぞ」

ミカサ「エレンは頭の回転が鈍い。血はよく巡っているはずなのに」

エレン「うるせえ! 余計なお世話だ!」

 勿論、バレンタインという行事も訓練生には関係ない。
 今日は朝から立体機動装置の訓練があったし、午後も巨人生態論の講義がみっちりあった。

4: 2011/02/13(日) 22:18:21.87 ID:YFHL3Rxx0
エレン「俺が聞きたいのは、こんな時間に、リボンを付けて、俺の寝床に正座してる、お前の真意だ!」

ミカサ「だから、バレンタインの贈り物代わりに私を貰ってほしい」

 ミカサの真剣な眼差しが、その意味不明な発言と相まって見事なまでにシュールなギャップを生み出している。
 普段なら「何寝惚けた事を」と流すところだが、今回は錬られ具合が違う。
 これがミカサ以外なら素直に称賛を述べるところだが、相手はミカサだ。冗談は言わない。
 すると残る選択肢は厳選されてくる。

エレン「……罰ゲームか?」

 言ってから気付いたが、これは最も確率の低い選択肢だった。
 ミカサが負けたところを見た事がないからだ。

ミカサ「いつか、気付いてくれると思ってた」

エレン「何をだ」

ミカサ「でも、やっぱり言葉にしなきゃ伝わらないものだって、最近になって諦めた」

エレン「ミカサ、明日も早いんだ」

 言いながらミカサをどかし、布団に下半身をいれる。
 立体機動の訓練で無理をし過ぎたか、太ももがようやく訪れた休息に安堵している。

ミカサ「エレン。私はあなたを氏ぬまで守る。絶対に、絶対に守る。だから……だから」

 ミカサの目がいつも以上に真剣だ。恐らく、この違いが分かる奴は少ないだろう。

5: 2011/02/13(日) 22:19:40.04 ID:YFHL3Rxx0
ミカサ「私をそばに置いて。どんなときでも」

エレン「はいはい。好きにしろよ」

 ミカサの眼が見開かれるところを久しぶりに見た気がする。
 ひどい違和感だ。

エレン「昔っからついてくんなっつっても、ずっとついてきたじゃねえか。今更何許可とってんだよ」

ミカサ「エレン……エレン。私、もう離れない」

エレン「じゃあ、また明日な」

 布団に潜り、目を閉じる。
 寝転んで初めて分かったが、どうも首が痛い。立体機動の際に負荷を掛け過ぎていたようだ。
 頭は人間の部位の中でも重い部類であり、立体機動の際にはこの頭をどうやってバランスよく動かすかが、機動の速度にも深く影響すると学んだ。
 
エレン(次からはもう少し頭を中心に近づけて体重移動するように心がけるか)

ミカサ「そうじゃない。頭を重りとして見るんじゃなく、むしろ体重移動に利用する」

エレン「おい」

 顔を傾けると、文字通り目と鼻の先にミカサの顔があった。
 いつの間に布団への侵入を許した。

ミカサ「エレンは先へ先へと急ぎ過ぎてる。スピードを出す事に拘り過ぎて、体のあちこちに負担を掛けてる。それだと長くはもたない」

エレン「おい」

7: 2011/02/13(日) 22:20:20.62 ID:YFHL3Rxx0
ミカサ「なに」

エレン「なにじゃねえ。なんで自分の部屋に戻らねえんだよ」

ミカサ「好きにしろって言った」

エレン「馬鹿か! 好きな事しろって意味じゃねえよ! 今まで通りで問題ねえって意味に決まってんだろ!」

ミカサ「……エレン。今日は冷える」

 言いながら抱きついてくる。
 遅かった。
 そう思うのさえ遅すぎた。
 起き上がろうとしても出来ない。まわされた腕がびくともしない。上半身が起きない。
 体と体の間に手を入れて距離をとろうとしても出来ない。まきつく腕が許してくれない。
 足を足で絡めとられ、体の自由が一切利かなくなってから、俺は言った。

エレン「離せ」

ミカサ「疲れた体は冷やすべきじゃない。むしろ暖かくして、ぐっすりと休むべき」

エレン「全く以てその通りだ。ぐっすりと休みたい。だから離せ」

ミカサ「ここの布団は冷たくて固い。もっと柔らかく、暖かい布団を使わないと疲れはとれない」

エレン「……声を出すぞ」

ミカサ「女の子に組み伏せられています。助けてくださいって叫ぶの?」

8: 2011/02/13(日) 22:21:30.61 ID:YFHL3Rxx0
 結局、その夜は一睡も出来なかった。

エレン「……おい。息がうるさい。あと苦しい」

 ハァ、ハァと途切れる事なくミカサの吐息がかかる。
 抱き締める手足は一瞬も緩む事がない。

ミカサ「最近一緒に寝られなかったから。これでも自制してる」

エレン「発情期の犬かお前は」

ミカサ「……そうかもしれない」

 ただ、久しぶりに暖かい夜だった。心成しか疲れもよく取れた気がする。
 ミカサは「あの抱擁は筋肉をほぐすマッサージとしての意味もあった」と言ってきたが、たぶんでまかせだ。

エレン「ミカサ。ここにお前がいる必要はないと思うぞ」

ミカサ「邪魔はしない」

 もう離れない。そう言って抱き合った男女。今回はミカサの一方的な抱擁だったが、悪い話ではないと思う。
 ただし、トイレにまでついてこられると台無しだ。そういう意味じゃないだろうと思ってしまう。

エレン「ミカサ、お前も暇じゃないだろ。成績だって良いんだから、今から教官に媚売っとくと後々楽出来ると思うぞ」

ミカサ「必要ない」

エレン「他人の用足しに付き添うのは必要なのか」

9: 2011/02/13(日) 22:22:21.49 ID:YFHL3Rxx0
ミカサ「エレンのなら」

 教官うんこ以下かよ。

ミカサ「エレン。今日のお風呂はいつから?」

 風呂と言っても、訓練生に用意されているのは小さな浴室だ。
 水も貴重な資源であり、時間を決めて交代で入る。

エレン「アルミンの次だ」

 アルミンの次はジャンだ。
 目玉も飛び出るサプライズを喰らうが良い。

ミカサ「あ……聞く必要はなかった」

 そう言って、にやりと笑う。
 こいつ一秒たりとも俺から離れない構えだ。

エレン「ミカサ、クリスタが呼んでたぞ」

ミカサ「エレンはそんな話聞いてない」

 そう、一瞬もそばを離れないと、こういう作戦も使えない。

ミカサ「エレン、そろそろ昼食の時間」

 始まった。俺の戦いが。

31: 2011/02/14(月) 00:31:31.50 ID:revVoMa20
ミカサ「あーん」

エレン「ジャン、巨人生理学の小テストどうだった」

 ジャンの隣の席について、昼飯を食う。
 普段なら肉を積まれてもお断りだが、今は違う。

ミカサ「あーん」

エレン「問1と問3しかわかんなかったぜ」

 隣にいる男性とはどのようなお関係ですか? と聞かれれば、胸を張ってこう答えるだろう。
 『共に戦う事を誓った、かけがえのない友です』と。

ミカサ「あーん」

ジャン「……」

 対するジャンはスープをすすりながら、遠いところに目をやっている。
 まるで巨人との戦いを明日にひかえた戦士のようだ。

エレン「なんだよ。無視かよ」

ジャン「……ミカサが呼んでるぞ」

 聞こえてるよ。察しろドアホ。
 それを言ったっきり、ジャンは一言も喋らなかった。
 普段よりかなり早めに食べ終え、舌打ちと共に席をたっていった。
 俺が何をしたと言うのか。

32: 2011/02/14(月) 00:32:37.77 ID:revVoMa20
エレン「アァァルミーン!」

 午後の講義を終え、俺は生涯の友の元へと走る。
 どんなときでも俺に答えをくれた、頼り甲斐のある親友の元へと。

エレン「アルミン! 今少し良いか」

 両手でアルミンの肩を大袈裟に叩き、捕獲する。

アルミン「エ、エレン。ああ、今は暇だよ」

 今ちょっと、と言われても連れて行くつもりだったのは俺だけ知っていれば良い。
 世の中知るべきことと知らない方が幸せな事がある。
 これが表と裏でない事は、知るべきことだ。

エレン「アルミン、お前を見込んで話がある。男同士の会話だ。少しで良い」

アルミン「男同士の……?」

エレン「そう! 男同士のだ!!」

 言いながら、ちらりと視線を後ろに向ける。
 ミカサは無表情で親指を突き上げていた。
 どっちなんだ。
 それはどっちなんだ。
 『私の事は気にしないで。向こうで待ってる』なのか。
 『私の事は気にしないで。背景と同化してる』なのか。

エレン「……ミカサ、少し向こう行っててくれるか」 

33: 2011/02/14(月) 00:33:37.20 ID:revVoMa20
ミカサ「鼓膜の調子が悪いみたい」

 駄目だこいつ。
 完全に居座る覚悟だ。
 俺が最初立体機動装置を上手く扱えなくて、教官にびんたを喰らったとき、同じ目をした。
 今この状況でその目は見たくなかった。

エレン「ミカサ、男同士の大切な会話なんだ。ちょっと席を外してくれ」

ミカサ「私はもうエレンの一部。片腕を切り落とす覚悟で言ってほしい」

アルミン「ミ、ミカサ?」

 ミカサの発言に、アルミンが首を傾げる。
 まずい。アルミンの頭の回転、所謂『察する力』はずば抜けている。
 俺の態度と、ミカサの発言から答えを導きかねない。

エレン「アルミン、その」

 いいじゃないか。話しても。
 アルミンになら。

アルミン「エレン? どうしたの」

エレン「……お、教えてくれ。俺はどうすれば良いんだ」

 俺は全てを話す事にした。
 アルミンなら、なんとかする術を知っているかもしれない。
 例え知らなくても、話せばなんとなく楽になる気がした。

34: 2011/02/14(月) 00:34:55.49 ID:revVoMa20
エレン「と、言う訳なんだ。ミカサに何とか言ってやってくれ」

 部屋に戻り全てを話すと、アルミンは娘の結婚式を目の当たりにした父親のような顔になった。

アルミン「……やっと、素直になったんだね」

ミカサ「もう言い訳するのはやめた。私は正直でありたい。自分にも、エレンにも」

アルミン「それでいいと思う」

 おい。
 相談してるのは俺なんだぞ。
 何が『それでいいと思う』だ。
 ちっともよくねえから相談してるんだろうが。

エレン「俺の話を聞いてたのか」

アルミン「エレン。僕はエレンの方にも責任はあると思うんだ。ミカサを助けたのはエレンなんだろう」

 なぜ。
 なぜ今その話を。

ミカサ「責任は取るべきだと思う」

 なんのだよ。
 そしてその和やかな含み笑いをやめろ。
 昔喧嘩して帰ってきた後の俺を見る、父さんと母さんの顔だ。
 
エレン「ミカサ。もう俺への恩返しなんて考えなくて良いんだぞ。お前は自由に生きろ」

35: 2011/02/14(月) 00:36:54.41 ID:revVoMa20
 もう、何度目の同じ台詞だろうか。
 どれだけの感情を込めて言ってきただろうか。
 俺が勝てない喧嘩相手にミカサが勝ったとき。自分の幸せよりも俺を優先してきたとき。
 やたらといらない世話を焼いてきたとき。数え出したらきりがない。

ミカサ「だから、私をあげた。これ以上はもう何もあげられない」

 アルミンがにっこりと微笑んでいる。

ミカサ「ここからは私の我儘。ずっとエレンと一緒に居たい。どんなときでも」

 だから。
 それは俺への恩返しの一環じゃないのか。お情けじゃないのか。
 女に守られる男の身にもなれよ。俺が今必氏に訓練してるのは、9割が巨人打倒の為、残りの一割は。

ミカサ「エレン、大好き」

エレン「……俺は」

 俺は。

エレン「ずっと、お前に馬鹿にされてんじゃねえかと思ってたよ」

 いつの間に書いてたのか。アルミンは一枚の羊皮紙を置き、静かに退室する。
 どこまでいっても敵わないであろう事を確信した。
 アルミン・アルレルト。

エレン「助けたくせに、自分より劣ってる、って馬鹿にしてんじゃねえかと。お前なんか来なくても自力でなんとかなった、って」

36: 2011/02/14(月) 00:38:32.80 ID:revVoMa20
 ミカサは何も言わず、ただその黒い目で俺の目を見ている。
 無表情だが、どこか優しい無表情だと思った。
 それが分かる自分に、なんとなく優越感をもってしまう。

エレン「お前がついてくる度に、自分の力を見せつけたいのか、ってな」

ミカサ「ごめん」

エレン「俺が馬鹿だったんだな」

 ミカサに向けて伸ばした手が空を切る。
 俺は手を重ねるくらいの気持ちだったが、ミカサは抱き着いてきた。
 残った手をつっかえ棒にして、押し倒されるのは防ぐ。
 男の子の意地だ。

エレン「悪い。でもお前だってあれだぞ。ずっと無表情でお前。その、わかんなかった」

 ミカサは聞いているのかいないのか、ひたすら頬を摺り寄せてくる。
 その後は俺とミカサの懺悔試合だった。
 誤解と不器用の殴り合いが生んでしまった溝。
 だが、お互いに気付いてしまえば埋まるのは一瞬だ。

ミカサ「エレンの匂い、好き」

エレン「成る程。大きくなって、ベッドが俺とお前で別れたときにお通夜みたいになってたのはこういう事だったのか」

ミカサ「うん。でも今夜からは大丈夫」

37: 2011/02/14(月) 00:39:28.55 ID:revVoMa20
 夜は短し、走れよ男。

ミカサ「エレン、どうして逃げるの」

 風紀の乱れはご法度だ。
 教官に余計な手間をかけさせない為にも、清い交際をするべきである。

ミカサ「エレン。どうしたの」

 俺が全速力で駆けていると言うのに、ミカサは息一つ乱さず並走してくる。
 言える訳がない。
 今更恥ずかしくなってきたなんて。
 今更意識し始めたなんて言える訳がない。どの口が言う。どんな顔で接すれば良いんだ。

ミカサ「エレン、何があったの」

エレン「ミカサ! 競争だ! 食堂まで走って、遅かった奴は今晩屋根の上で寝る事!」

ミカサ「分かった。でもエレンが屋根の上で寝るなら私も屋根の上で寝る」

 失敗した。
 ミカサが俺を抜いて差を付けて食堂まで行くなら逆方向にターンする事でまけたかもしれない。
 だがその考えは甘すぎた。ミカサは1mほど俺の先を走り、そこから距離を離そうとしない。
 ちくしょう。やっぱり駄目だ。どうすれば、俺はどうすれば良いんだ。教えてくれ、教えてくれアルミン!

 
 『エレン ミカサ おめでとう! 心から祝福するよ 他の人(特に教官)にバレないように、僕から言える事は――』

 END

38: 2011/02/14(月) 00:41:03.09 ID:revVoMa20
我ながら急な展開だと思うけど、これで勘弁してくれ
もっとじっくり煮詰めてから、エレンがミカサの想いに気付くところを丁寧に書きたかった
でもバレンタインがきちゃう! って事で考え無しに投下した結果がこれだよ!
恥ずかしいから保守しちゃだめよ

39: 2011/02/14(月) 00:42:02.16 ID:KI1AhviVO
>>38

面白かったw

41: 2011/02/14(月) 00:55:18.67 ID:4jfGn5qd0
俺の立体機動が立体機動した

43: 2011/02/14(月) 01:28:13.02 ID:9TpImiLuO
(*´∇`)b グッジョブ

引用元: エレン「なんだその頭のリボン」 ミカサ「今日はバレンタイン」