1: 2014/02/25(火) 21:21:56.15 ID:wvLpnLeM0
S市杜王町 カフェ・ドゥ・マゴ 
昼下がりのテラス席でネームを描いている僕の向かいの椅子に一人の男が腰掛けた。


露伴「…席ならいくらでも空いているだろう。
   君が僕のファンだとしても不躾な奴との相席は御免こうむりたいね」カリカリ


ペンを持つ手を一旦止め、向かいの男を睨み付ける。


露伴「なんだ。君は確か…貝森くん、だったね」

貝森「あ、覚えていてくださったんですね。どうもどうも、ご無沙汰しておりますー」

貝森「店員さん、こっちにペリエひとつ」


貝森稔(かいがもりみのる) 僕の元担当編集者。
入社1年目にしてこの岸辺露伴と仕事が出来た実に幸運な男。


露伴「君は漫画雑誌の編集からは外されたと聞いているが…」

貝森「ええ、ええ。不本意ながら文芸誌の方に移動になってしまいまして」

4: 2014/02/25(火) 21:28:15.56 ID:wvLpnLeM0
貝森「それも来月創刊の『総合芸術誌』なんてワケの分からない雑誌の編集長を任されてしまって…
   絵画や音楽、彫刻から陶芸、果ては縫い物やアクションフィギュアまで
   幅広く扱った内容なんですが、いったいどの層にニーズがあるというのか…
   まったくお偉方の考えというのはいつの時代も見当外れで」
   
露伴「で、その総合芸術誌の編集長が僕に何の用だい?
   単なる世間話なら遠慮してくれないか。見ての通り仕事中なんでね」

貝森「いえいえ、そうではなくてですね。
   先生にも私どもの雑誌でのお仕事を依頼できないかと思いまして」

露伴「その雑誌には漫画家まで寄稿するのかい。ごちゃ混ぜもいいとこだな」

貝森「いえ、漫画ではないんです。先生にお願いしたいのは、ある作曲家との対談インタビューでして」

露伴「作曲家?」 

貝森「…ご存知ですか? 現代のベートーベン」

6: 2014/02/25(火) 21:33:05.09 ID:wvLpnLeM0
貝森「名前は佐村河内守。現在50歳。
   10代の頃から原因不明の偏頭痛に悩まされ、35歳で両耳の聴力を完全に失う」

貝森「それでも聴覚障害や幾つもの神経症と戦いながら数々のクラシック・オーケストラの作曲を手がけ
   彼の代表作『交響曲第1番《HIROSHIMA》』を収録したCDは、数万枚売れればヒットと言われる
   現代クラシック業界では異例の18万枚売上げというベストセラーとなる」

貝森「アメリカのTIME誌は彼を『現代のベートーベン』と賞賛し
   佐村河内守の名は日本人にも広く知られるようになりました…」

露伴「ああ、そういえば何時だったか
   テレビ番組で彼の特集を見た事がある。なかなか胸打たれるものがあったよ」

貝森「ぷっw」

露伴「……」

貝森「そうなんですかぁ~ へぇ~ 露伴先生って意外と…」ニヤニヤ

露伴「…おい、何だよその小馬鹿にした顔は。頼みごとに来た人間の態度じゃないと思うが?」 

貝森「スミません…ちょっと思い出し笑いを。不愉快な思いをされたのなら謝ります」ニヤニヤ

露伴(こいつ…)

8: 2014/02/25(火) 21:37:26.05 ID:wvLpnLeM0
貝森「それで、対談のテーマは一応『未来に向けた革新的な作品づくり』
とかそのあたりで進めていきたいんですが(もちろん手話通訳を介す事になりますがね)
  まぁ佐村河内氏と先生で適当に創作的な話題で盛り上がって頂ければ、使えそうな部分を文章に起こしますので」

露伴「…なんだよそれ。随分といい加減な企画じゃないか」

貝森「いえいえ、そこは凡人の僕が下手に話の流れを決めてしまうよりも
   アーティスティックな方々の会話の広がるままにお任せした方が有意義な対談になると思いまして」

露伴「ふん、そうやって煽てる様な台詞を並べて面倒を押し付けてくるあたり
   君もいっぱしの編集者らしくなったじゃないか」

貝森「へへ…よしてくださいよ先生」

露伴「……」

貝森「それで、どうです? もちろん引き受けてくださいますよね?
   『天才漫画家・岸辺露伴と現代のベートーベン・佐村河内守!』
   記念すべき創刊号の見出しを飾るに相応しいと思いませんか?」 

露伴「…いや、悪いが断らせてもらうよ」

貝森「ええ~っ!? ど、どうしてですか!」ガタッ

9: 2014/02/25(火) 21:41:10.77 ID:wvLpnLeM0
貝森「先ほどの態度がお気に障ったのでしたら、許して頂けるまで頭を下げますから!」

露伴「もちろんさっきの君の態度で不快になったのは事実だし
   ここの珈琲代くらい持ってもらうつもりだが、別にそれが理由で断ってるんじゃない」

貝森「でしたら…」

露伴「まぁ聞けよ。君ら凡人は漫画だろうとクラシックだろうと
   『芸術』という言葉でやたら一括りにしたがるがそれは間違いだ。
   それぞれまったく別の次元のものと思ってもらった方がいい」

貝森「ですが、佐村河内氏も先生もそれぞれ独特の世界観を持っておられるわけですし
   今回の対談はお互いの創作活動にもよい刺激になるのでは…」
   
露伴「僕は他人の創作なんて滅多に嗜まないし、作品の参考にすることもまずない。
   純粋に自分が楽しむ為にだけならコミックを読んだり、レコードを聴いたりするがね」

12: 2014/02/25(火) 21:43:48.83 ID:wvLpnLeM0
露伴「僕が漫画のネタにするのは、あくまで有りのままの人物像や現象といったリアリティだけさ」

露伴「それは調理される前の素材であって
   すでに完成されてしまっている創作とは対極にあり、得る物などないと考えている」

貝森(ちっ…メンドクセ~なぁ…さっさと首を縦に振ってくれりゃいいのによぉ…)

露伴「僕は自分の意見は漫画を通して読者に伝えられたらそれで十分だし
   他人の意見に耳を貸すような人間じゃない。それに向こうだって
   ヒットを飛ばした売れっ子なんだろう? だったら彼も同じようなポリシーを持っているはずさ」
   
露伴「そんな対談はきっと不毛に終わるだろう。僕はお断りだね」

貝森「そんなぁ~! お願いしますよぉ~! 僕を助けると思って~!」ガバッ

露伴「すがり付くなッ! ホ〇だと思われるだろ!」

13: 2014/02/25(火) 21:46:34.94 ID:wvLpnLeM0
貝森「こんな典型的な3号雑誌、目立った見出しがなきゃ誰も買うわけないんですから~!」

露伴「そう思うならそんな雑誌なんかに僕の記事を載せるんじゃあないッ!」

貝森「それでも僕が初めて編集長を任された雑誌なんです! 失敗するわけにはいかないんですよ!」 

貝森「先生が協力してくださらないのなら…僕は妻と首を括るしかないかもしれませんねェ…」ジトォ

露伴「…はぁ。貝森くんねぇ、同情を引くつもりなら相手を選びたまえ」

貝森「……」

露伴「じゃなきゃせめて、もう少し悲しそうに見える演技をするんだね」

貝森「え、演技だなんて…! 僕は本当に思い詰めていて…」

14: 2014/02/25(火) 21:50:11.14 ID:wvLpnLeM0
露伴「…まだ下手な芝居を続けたいのか?」

露伴「今の君、担任の椅子にブーブークッション仕掛けた小学生みたいな顔してるぜ?」

貝森「えっ」

露伴「ここに君が現れた時から妙だと思っていたんだ。ずっとソワソワしている」

露伴「いくら君が礼儀知らずとはいえ、仕事の依頼にアポもなしで来るほど常識が無いとも思えない」

露伴「まるで、いい考えが浮かんだからその足で僕を探しに来た…そんな感じだった」

貝森「……」

露伴「この岸辺露伴をなめるなよ。裏があるんだろう? 聞かせろよ」

貝森「…はは。先生には敵わないなぁ」

15: 2014/02/25(火) 21:55:06.22 ID:wvLpnLeM0
貝森「…実は、大きな声じゃあ言えませんが佐村河内氏には黒い噂が多々ありましてね」

露伴「ほほぅ」

貝森「氏の過去のエピソードがまったくのデタラメではないかという事や
   楽器をどの程度扱えるのか、楽譜が一切読めないんじゃないのか
   そもそも本当は耳が聞こえているんじゃないか、なんてハナシまでありまして…」

露伴「まるでペテン師だな」

貝森「おっしゃる通り。一流のペテン師ですよ、彼は」

貝森「その中でも前々から囁かれていたのが
   彼自身が作曲を手掛けていないのではないかという、いわゆるゴーストライター疑惑です」

露伴「…それが事実だった。そういう事かい」

貝森「ええ。6日発売の週刊B春に佐村河内氏のゴーストライターが
   氏の悪行を告発する内容の記事が掲載されるというリークがありました」

貝森「そうなれば世間に大きな波紋を呼ぶことでしょう」

17: 2014/02/25(火) 22:00:28.23 ID:wvLpnLeM0
露伴「6日というと…来週じゃないか」

貝森「はい。だから時間がありません」

露伴「いったいどうしようって言うんだ。まさか記事を横取りするつもりなのかい?」

貝森「いえ、この業界にだって仁義はあります。そんなマネはしませんよ。
   ただ、そうと分かればおこぼれを頂戴しない手はないなと思いまして…」

露伴「…なんとなく君の魂胆が読めてきたぞ」

貝森「いやぁ、先生は話が早くて助かります」

貝森「奇しくも『総合芸術雑誌』の創刊号も同じく来週の6日発売…
   白状しますと先生たちの対談は第2号に掲載予定だったのですが、それを前倒しにすれば
   表紙にでかでかと載った『佐村河内守』の名で誰もが手に取り、飛ぶように売れることは確実ッ!」

貝森「手腕を認められた僕にはもっと相応しい環境が与えられ
   出世の道だって開けるかもしれないッ! まさにいい事ずくめッ!」

貝森「あ ハッピー うれピー よろピくねー♪ ハッピー うれピー よろピくねー♪」

18: 2014/02/25(火) 22:03:51.37 ID:wvLpnLeM0
露伴「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」

露伴「確かに君にとってはいい事ずくめのハナシかもしれないが、少しは僕の身にもなってみろよ。
   そんなペテン師と楽しく談笑してる記事を大勢の人間に読まれたんじゃあ
   僕まで騙されたマヌケとして世間から見られてしまうじゃないか!」

貝森「その点はご心配なく」

貝森「今しがた事情を説明したことですし、ここはひとつ、対談中に直接指摘はしないまでも
   毒舌キャラで知られる先生がそれとなく佐村河内氏のペテンに言及して
   あちらさんを冷や冷やさせるような流れにしてみては」

貝森「事が公になる前に事実を見抜いていたキレ者として
   先生の評価がさらに上がること間違いなしですよ?」

貝森「よっし、決まり! この流れに変更しましょう!」

露伴「変更…?」

貝森「あ、いえ…深い意味は…」

露伴「君さぁ、ひょっとして僕が何も聞かずにこの話を受けてたら
   単なるマヌケとしてその作曲家もどきと共倒れにするつもりだったんじゃあないだろうな?」

貝森「そ、そんなわけ…ないじゃないですか…」

露伴「目をそらさずに言え───ッ!!」

19: 2014/02/25(火) 22:07:37.55 ID:wvLpnLeM0
貝森「う、嘘じゃありませんッ! この目が信じられないんですか!?」

露伴「僕は眼球フェチじゃないからな。目なんか見たところで何とも言えないね」

貝森(自分が目をそらすなって言ったんじゃねーか…)

露伴「犯罪心理学でついた嘘によって目の泳ぐ向きが変わるというのがあるが、それも所詮個人差だしな」

露伴「そんなまどろっこしい事をしなくたって僕には一発で他人の本心を見抜く術があるが
   あえてそれはしない。違うと言うなら君自身の言葉で証明してみせるんだな」

貝森「ほ、本心を見抜くですって…? や、やだなぁ…先生までハッタリですか…」

露伴「……」ゴゴゴゴゴ

貝森(ひぇ~…この人が言うと嘘に聞こえない…チクショー怖え…何でもいい…何か言わないと…!)

貝森「ぼ、僕はですね露伴先生…
   なにも金儲けの為だけに佐村河内を記事に取りあげようってわけじゃないんです!」

露伴「…ほほぅ」

20: 2014/02/25(火) 22:14:36.40 ID:wvLpnLeM0
貝森「さ、佐村河内は詐欺師にしたってあまりにも性質が悪い!
   ヤツは被爆二世を語っていますが、本当かどうか分かったもんじゃありません。
   『HIROSHIMA』だって過去にゴーストライターに作らせた楽曲の流用だって噂もあります。
   原爆被害者達を悼んで作曲したなんてのも嘘っぱちだったんです!」

貝森「他にもあいつは『3.11』の津波で母親を失った少女の為と言いながら
   懲りずにゴーストライターに作曲を依頼しています。
   この杜王町だってその時の地震で深い傷を負いましたよねッ!?
   あの悪夢のような震災を食い物にするようなマネを…先生は許せるっていうんですかッ!?」

露伴「僕の家は中心部にあるし、耐震もしっかりしているからさほど被害を受けていないんだ。
   食器棚の皿が何枚か割れた程度だし、被災者面するのも後ろめたいと思っているんだけどね」

貝森「…で、ではッ! 聴覚障害者を装っている事についてはどうお考えですッ!?
   本当に耳が不自由なフリをしているだけなのだとしたら
   ヤツは多くの人の親切心につけ込み、欺き、裏切り続けてきたという事になる…!」

露伴「ふむ、確かにな…」
   
貝森「今や佐村河内は世界レベルの詐欺を働き、純粋に音楽を愛する人々から騙し取った金で
   横浜の保土ヶ谷に温泉付きの高級マンションを買ってのうのうと暮らしているんですッ!
   そんな事、絶対に許されるわけがない…! 佐村河内は…あの男は悪魔ですッ!」

露伴「……」

貝森「どうか、あの悪魔を罰するために先生のお力を貸していただきたいッ!!」

21: 2014/02/25(火) 22:17:42.32 ID:wvLpnLeM0
露伴「…どうでもいいけど君、大きな声では言えないとか言っときながら
   さっきから随分と大声で情報を漏らしてしまっているけど大丈夫なのかい?」

貝森「し、しまった…! ま、周りの客に聞かれていないでしょうか…」キョロキョロ

露伴「さぁね。聞かれていたとしても平日の昼間なんて客はまばらだし
   お茶してるのは頭の弱そうなカップルとお喋りに夢中な主婦連中くらいだけどな」

貝森「ほっ…」

貝森「いやぁ、正義感に火が着いてつい熱く語ってしまいましたよ。
   なんたって僕は不正には目をつぶれないタイプですからね!」

露伴「……」

露伴「ま、確かに面白いかもな。そのハナシ」

貝森「そ、そうでしょう! では引き受けてくださるのですね!? この依頼!」

露伴「勘違いしないでくれ。
   僕が面白いと言ったのはスキャンダルを盾に一人の男を集団で吊し上げる事なんかじゃない」

貝森「へ…?」

22: 2014/02/25(火) 22:22:21.20 ID:wvLpnLeM0
露伴「その佐村河内という男…金の為か名声の為かは知らないが
   自分の実力ではなく、重ねに重ねた嘘の力だけで
   世界に認められるまでのし上がってみせたのか…!」 

露伴「なんという見上げた狡猾さ…! 尊敬に値すべき人心掌握術ッ…!」

露伴「思えばこの僕ですら、彼の特集番組を見て謎の感動を覚えた…
   しかし、それは決して彼の偽りのハンディキャップや口先の言葉に騙されたワケじゃない」
   
露伴「あの時僕が惹きこまれたのは、脚色された美談などではなく
   彼の『嘘を貫く』という一貫した姿勢を無意識に感じ取ったからなのか…!」
   
貝森「ろ、露伴先生…?」

露伴「実に興味深く、魅力的な人物ッ! 漫画のネタに持ってこいだ!」 
   
露伴「僕は何としても彼に会わなくてはならないッ…!」

23: 2014/02/25(火) 22:27:57.39 ID:wvLpnLeM0
貝森「は、はぁ…まぁ何でもいいですけど、お受けして頂けるって事でよろしいですかね?」

露伴「いや、そんなセッティングしてもらわなくても明日にでも彼を探しに行くよ。俄然興味が湧いてきた」

貝森「ちょ、ちょっとぉ! 困りますよ勝手な事をされちゃあ!」

露伴「勝手? 何が勝手だというんだ?」

露伴「仕事の依頼を受けるなんて一言も言ってないし、誰に会いに行こうが僕の自由だと思うんだが」

貝森「待ってくださいよ…そもそも先生、佐村河内の居どころ知らないでしょう?」

露伴「横浜市保土ヶ谷区の温泉付き高級マンションに住んでいるんだろう? 君がさっき『勝手』に喋った」 
   
露伴「そんな場所は限られているから、周囲を散策していればバッタリ出くわすかもしれないな」

貝森「し、しまったあああああああ!!」

露伴「それじゃあ、僕はさっそく新幹線の切符を予約しに行かなきゃならないから失礼するよ」ガタッ

露伴「あ、そういえば珈琲は君のおごりだったね。ごちそうさま」スタスタ

貝森「そ、そんなぁ~」

24: 2014/02/25(火) 22:32:13.48 ID:wvLpnLeM0
翌日 横浜市保土ヶ谷区 
朝早くに到着した僕は 佐村河内の住所と思われるマンション付近の交番の巡査に
道を尋ねるフリをして『ヘブンズ・ドアー』を発動し、記憶を読み取った。
ラッキーなことに一人目で当たり。佐村河内は毎朝近所のカフェで朝食を摂るという情報が引き出せた。

カフェに行くと、薄暗い店内の一番奥に彼は腰掛けていた。
ネットで改めて画像検索したとおりの、長髪でサングラスの男と目が合う。
視線を合わせたままゆっくりと近づいていき、彼の席の椅子に腰掛けさせてもらった。


露伴「佐村河内…守さん?」

佐村河内「……」

佐村河内「…ファンの、方ですか?」

露伴「ああ、昨日からね。ファン歴一日だがアンタを尊敬している」

25: 2014/02/25(火) 22:35:00.72 ID:wvLpnLeM0
佐村河内「……」

佐村河内「…すみませんが、今手話通訳を連れていないんです。ある程度であれば
     唇の動きを読む事も出来るのですが、何かご用でしたらなるべく筆談でお願いできませんか」

露伴「…いいとも。ちょうどスケッチブックとペンを持っている」

シャッ シャシャシャ シャシャッ

佐村河内(速い…!)

露伴「僕もあまり弁が立つ方じゃないからな。
   見ての通り口よりも手が速い。はは、これじゃあ別の意味に聞こえてしまうかな」

露伴「おっと、聞こえていないんだったな。なかなか上手いことを言ったのに残念だ」

佐村河内「……」

26: 2014/02/25(火) 22:38:52.92 ID:wvLpnLeM0
【僕は岸辺露伴。漫画家だ。『ピンクダークの少年』の作者だと言えば少しは通りがいいかな?】


佐村河内「あなたが…!」

佐村河内「そういえば集英社の文芸誌であなたとの対談の依頼がありましたよ。失礼ながら
     作品を拝見した事はないのですが、お名前は僕のような無教養な者でも存じ上げています」

露伴「……」シャッ シャシャシャ シャシャッ


【それは光栄だ。僕の方も昨日初めてyoutubeで君の曲を聴いたようなにわかファンだが
 君には並外れた魅力を感じている。だからこうして会いに来させてもらったんだ】


佐村河内「…僕の曲で感動してくださったのなら、嬉しい限りです。
     よろしければ感想を教えていただけませんか?」

28: 2014/02/25(火) 22:41:51.58 ID:wvLpnLeM0
【クラシックについてはさほど造詣が深くない。
 専門家の前で無知を晒すのも情けないから感想は控えさせてもらうよ】


佐村河内「いえ、私の曲に惹かれたという事は、その人も私と同じ波長を持っている証拠。
     あなたもきっと、数々の苦難に打ち勝って大成されたのでしょう。
     闇の中にありながら、一筋の光をやっとの思いで掴み取ったはず。そう、僕の曲のテーマのように」


【僕は天才だからな。16歳でデビューしてこの方、漫画を描くうえでの苦労なんてした覚えがない】


佐村河内「……」

佐村河内「はは。苦労は人に見せないというわけですか。
     あえて高慢な態度を取っておられるが、実に謙虚な方だ」     

29: 2014/02/25(火) 22:47:21.65 ID:wvLpnLeM0
【褒め合いはこのくらいにして、本題に入らせてもらってもいいかな】


佐村河内「…なんでしょう」


【君、いま相当ヤバイ状況らしいな。ゴーストライター問題の記事が来週にも発表されそうなんだろ?】


佐村河内「……」

佐村河内「なるほど、そういう事ですか…あなたとはいい関係を築けそうだと思ったのに残念だ」


【別にその事をとやかく言うつもりはない。君に魅力を感じているというのは本心さ】


佐村河内「……」

露伴「…なぁ佐村河内さん、本当は耳も聞こえているんだろう? 
   まどろっこしい筆談なんて無しにしないか」

露伴「僕は今、自前のスケッチブックを使っているんだぜ?」

露伴「別にページをケチってるわけじゃないが
   スケッチブックってのは漫画家にとっての商売道具だ。君もアーティストなら
   それを無駄に使わせてるって事を、もう少し誠意を持って考えてもらいたいものだね」

31: 2014/02/25(火) 22:52:23.32 ID:wvLpnLeM0
佐村河内「……すまないが、君のまくしたてるような唇の動きは読み取り辛い。
     言いたい事があれば筆談でお願いする」

露伴「そうかい…それは失礼したな」シャッ シャシャシャ シャシャッ


【正直言って僕は、君の交響曲にベートーベンを感じなかった。まぁ君が作曲していないのだから当然だが】


【それでも僕は、君こそが現代のベートーベンで間違いないと思うんだ】


佐村河内「……」


【口先で人々を欺き、障害者を装って世間の同情を引き、心の中で舌を出しながら
 自分の実力だけでは決して掴むことなど出来なかったであろう、理想の人生を手に入れている】


【正直者が馬鹿を見る世の中で、君は実に賢く生きている。その反骨精神に溢れる生き様は、まさにベートーベンだ】


佐村河内「…さすが、漫画家先生は言葉選びが秀逸だ。皮肉ひとつ取っても洒落が効いている」


【皮肉なんかじゃないさ。君はそこらのケチなペテン師とはワケが違う】


【普通の人間なら良心のブレーキが掛ってしまうような嘘でも平気でつき続け
 ついには世界まで相手どった詐欺を働いたんだからな。君のその精神力の源は何にあるのか、非常に興味深い】

35: 2014/02/25(火) 22:58:30.03 ID:wvLpnLeM0
佐村河内「…露伴くん。確かに僕を快く思わない連中は大勢いるし、謂れの無い噂が立っている事も知ってるよ」
     
佐村河内「だけど、僕の音楽を愛する心と
     慕ってくれている多くのファン達の名誉に誓って断言しよう。僕は潔白であると」

露伴「イイねイイねェ! そうこなくっちゃあ面白くないよなぁ!」シャッ シャシャシャ シャシャッ


【数日後にはスキャンダルで全てを失うかもしれない男がこうも白々しい嘘がつけるものなのか!】


佐村河内「……」

露伴「まぁ君の事だから事態を打開する切り札でもあるんだろうが」
  
佐村河内「……」

露伴「それとも、その余裕も何の根拠もない虚勢だったりするのかな? どちらにしろやはり超一流だよ君は」

露伴「詐欺師の、な」

佐村河内「……」ゴゴゴゴゴ

露伴「おっと…筆談で、だったな」

露伴「すまない。君の反応を見ていると耳が聞こえていないって事をつい忘れてしまってね」

佐村河内「……」

38: 2014/02/25(火) 23:04:13.61 ID:wvLpnLeM0
【要するに僕は君について取材がしたいのだが、受けてもらえないだろうか】


佐村河内「…人を散々嘘つき呼ばわりしておきながら、よく抜け抜けとそんな頼み事が出来るな」


【僕が興味あるのは作曲家としての君なんかじゃなく、度を越した嘘つきの方の君なんだから仕方ないだろう?】


佐村河内「…対談の依頼を承諾する前に君に会えて良かった。
     こんな無礼な男だとは思わなかったよ。これで失礼する」

露伴「……」シャッ シャシャシャ シャシャッ


【もちろん礼はするぜ。僕なら君のピンチを救ってやれるかもしれない】


佐村河内「…!」


【君が望むのであれば、その指に鍵盤を駆け巡る超絶技巧を授けてやる事だって出来るし
 嘘がバレそうな時に必要であれば、一時的に本当に聴覚を失わせる事だって出来る】


【詐欺の片棒を担ぐようであまり気は進まないが、取材の礼なんだから仕方がないよな】

39: 2014/02/25(火) 23:07:58.13 ID:wvLpnLeM0
露伴「君にとっても、悪いハナシじゃないはずだぜ」ニヤリ

佐村河内「……」

佐村河内「ふん…君こそ詐欺師になった方がいいんじゃないのか?
     まぁ、そんな幼稚なハッタリに騙される馬鹿はいないだろうけどね」


【ハッタリなんかじゃないさ。君と違って僕には本当に不思議な力があるんだ】


佐村河内「…だったら」


【証明してみせろ、かい?】


佐村河内「…当然だろう。そんな馬鹿げた話を信じろと言う方が無理がある」


【それはもちろん可能なんだが、ひとつ問題がある。まず僕の能力を簡単に説明すると
 『ある条件のもとに支配下に置いた対象に命令を与えれば、それを強制することが出来る』
 という便利なものと思ってくれればいいかな】


【時速70kmで吹っ飛べと命令すれば、人体工学的に不可能な勢いであろうが無視して飛んでいくし
 イタリア語を話せるようになれと命令すれば、駅前留学に無駄金払わなくたってペラペラにしてやれる】


佐村河内「……」

40: 2014/02/25(火) 23:11:24.30 ID:wvLpnLeM0
【ただ、厄介なのは相手を支配下に置いてしまうと
 その記憶や思考まで読み取ってしまうという事なんだ】


【僕はね、まだまだ君の嘘に付き合っていたいんだよ】


【それなのに、今の段階で能力を行使してしまっては、君の本音まで読み取ってしまう事になる。
 能力で手を貸すのは、あくまで君がどうしようもなく追い詰められた時まで待ってもらいたいんだ】


佐村河内「…やれやれ、話にならないな」

佐村河内「いや、もしかすると露伴くんは僕なんかよりよっぽど深い闇を抱えているのかもしれないな」
     
佐村河内「君の妄想は、もはや精神疾患を疑うレベルだよ。良ければいい医者を紹介してやろうか」


【この能力は僕の強力な武器であると同時に、それを他人に知られる事は最大の弱味でもあるんだぜ?】


【それをわざわざ僕の方から教えているんだ。もう少し信頼してはもらえないかな】


【それとも、根っからの嘘つきの君に『腹を割ってくれ』なんてのは出来ない相談かい?】


佐村河内「…あくまで人を嘘つき呼ばわりか」

41: 2014/02/25(火) 23:15:44.16 ID:wvLpnLeM0
露伴「…なぁ、佐村河内さん。
   これは僕の独り言のようなものだからペンを置いて勝手に喋らせてもらうが」

佐村河内「……」

露伴「『嘘』ってのは、相手に『本心』を悟られないからこそ成り立つものだよな」

露伴「君の耳が本当に聞こえているかどうかなんて
   専門家がその気になって調べない限り判断のしようがないし
   そのサングラスの奥で君の目が今どんな風に泳いでいるかなんて僕には分からない」

露伴「『隠したり誤魔化したり出来るからこそ機能する』それが『嘘』ってものだよなぁ?」

佐村河内「……」

露伴「だから、『凡人』でありながら『嘘』の力だけでのし上がってきた君に
   『天才』の僕が『不思議な力』でもって『本音』を暴いてしまうなんて事はフェアじゃないと思う」

露伴「『嘘つき』としてのあんたに敬意を払っているからこそ、そうするんだぜ」

佐村河内「……」

露伴「なぁ、もっと聞かせてくれよ…『嘘』で塗り固められた君の話を…」

露伴「それで僕の気が済んだら『礼』はしてやるさ…」

佐村河内「……」

43: 2014/02/25(火) 23:19:56.05 ID:wvLpnLeM0
佐村河内「…君からは、本当に深い闇を感じる。光など一筋も射さない、邪悪と呼べる程のどす黒い闇だ」

露伴「ははは…随分な言われようだな」

佐村河内「これ以上君といると、僕までその闇に呑まれてしまいそうだ。今度こそ帰らせてもらうよ」ガタッ

露伴「…おいおい、杖なしで立ち上がるほど慌てて帰ることはないだろう?」

佐村河内「…!」

露伴「来週、秘密を暴露された君がどんな嘘で修羅場を切り抜けるのか楽しみにしてるぜ」

佐村河内「くっ…!」スタスタスタ


露伴(佐村河内守…やはり面白い男だ)


僕が佐村河内に持ち掛けた相談は、いわば『悪魔の囁き』のようなものだった。そう、僕は彼を試したんだ。

彼が僕のハナシに少しでも興味を示していたら、佐村河内守とは所詮その程度の男だったと見捨てるつもりでいた。

あの男にも詐欺師としてのプライドがあるならば『嘘』は最後まで隠し通す事で『真実』にしなければならない。

僕のスタンド能力に頼って今までついてきた『嘘』を『真実』にする気なら、それはただの『ズル』だからな。

そんなものに頼らなくても、佐村河内ならば事態を打開する切り札くらい用意してあるのだろう。

まぁ、単にあんな眉唾物のハナシじゃ信じられなかっただけかもしれないが。

44: 2014/02/25(火) 23:26:22.61 ID:wvLpnLeM0
次の週の5日、週刊誌発売の前日に佐村河内は弁護士を通じて関係各所に謝罪文を送り

ゴーストライター問題は公のものとなった。何のことはない、彼には切り札なんて元からなかったのだ。

密かに彼の逆転劇を期待していた僕は、すっかり失望させられてしまった。買い被りに過ぎなかったか、と。

マスメディアは連日この話題で持ちきりで、佐村河内の悪行は次々と露呈していった。

ニュース番組は彼のゴーストライターであった新垣隆氏の会見を繰り返し流しているし

ネット掲示板では一連の騒動をめぐってちょっとしたお祭り騒ぎになっている。

一部の現代音楽愛好家の間での有名人に過ぎなかった佐村河内守の名は、悪名として広く世間に知れ渡り

『3年前から聴力が回復している』という彼自筆の謝罪文が公開されたあたりで、僕は完全に興味を失った。

あの男ならもう少し楽しませてくれるものだと思っていたのに

世界を手玉に取った詐欺師にしては、実にツマらない幕切れだった。

45: 2014/02/25(火) 23:32:21.33 ID:wvLpnLeM0
しかしそれ以上に不愉快だったのは、問題が発覚した途端に佐村河内の関係者どもが一斉に掌を返し

口を揃えて「我々は本当は彼の嘘を見抜いていた」というアピールを始めた事だ。

自分達にまで責任が飛び火するのを恐れてか、単に世間から笑い者にされるのが嫌なのか

それとも本当に気付いていながら、金になるうちだけ彼にすり寄っていたのか…

何にせよ、彼が嘘の力で手に入れてきたものとは、そういうものなんだろう。

その嘘が一度明るみに出れば、魔法が解けたように全てがフッと消えてしまう。

独り残された佐村河内は、これから散々世間のバッシングを浴び、人間性を否定されて

その後はもう、誰からも忘れ去られてしまうのだろう。

僕だって仕事に追われるまま彼の事など忘れかけていた。

そんなある日のこと、一通のファンレターが届いたんだ…

46: 2014/02/25(火) 23:36:27.11 ID:wvLpnLeM0
某県某市 佐村河内所有の別荘


ピンポーン♪

ガチャ…

露伴「やぁ、調子はどうだい」

佐村河内「……」

露伴「ひょっとして、まだ筆談をお望みかな?」

佐村河内「…意地の悪い事を言わないでくれ。
     ここもマスコミに嗅ぎ付けられそうなんだ。さぁ早く入って」

露伴「ふふ。初めて口頭で会話が成立したな」

佐村河内「しかし、あんな手紙を出しただけで本当に来てもらえるとは思わなかったよ」

露伴「僕はファンレターには全て目を通す事にしている。たまに鋭い意見もあるからね」

露伴「でもまさか、手紙の相手が君で内緒で居どころを知らせてくるなんて思いもしなかったが」

佐村河内「…なんだか無性に露伴くんに会いたくなってしまってね」

露伴「それは嘘というよりはお世辞だな」

佐村河内「お世辞でわざわざこんな場所まで呼び出したりはしないさ」

49: 2014/02/25(火) 23:42:26.43 ID:wvLpnLeM0
佐村河内「…僕は、今回の騒動で全てを失ったよ」

露伴「名前だけなら以前にも増して広く世間に知れ渡ったじゃないか」

佐村河内「はは…そうだね。悪党として歴史に名が残るんだろうな」

露伴「それに君のCDは回収が検討されているのに
   事件の影響であまりに売れるものだから店側が応じないってハナシだぜ?」

佐村河内「いくら売り上げが伸びたところで、僕にはもう著作権が無いからな。一銭も入ってこないよ」

露伴「…なぁ、君が本当に欲しかったのは金や名誉なんてツマらないものじゃないはずだろう?」

露伴「なぜ君がそうまで嘘をつき続けたのか、そろそろ本音が知りたいんだ。君の口から直接な」

50: 2014/02/25(火) 23:46:28.29 ID:wvLpnLeM0
佐村河内「……露伴くん、僕は確かに嘘つきだ。大嘘つきの詐欺師だよ」

佐村河内「初めはね、君の言うツマらない欲の為に過ぎなかったさ…」
     
佐村河内「いい暮らしがしたい、世間からちやほやされたい…
     その為に人の心を利用し、裏切ることを繰り返してきた」

佐村河内「だけど、いつしか有名になり、様々な人達と知り合うなかで次第に考えが変わったんだ」

佐村河内「世の中にはね、本当に多くの悲しみや不幸を抱えた人々がいるんだよ。
     彼らを知れば知るほど自分がいかに愚かだったか気付かされた…
     こんな嘘つきを慕ってくれる、真っ直ぐな瞳にはとても耐えられなかった…」

佐村河内「いっそ全てを吐き出してしまおうかと思った事だって何度もあったけど
     それじゃあいけないと覚悟を決めたんだ。僕を信じてくれた純粋な気持ちを裏切ってはいけない。
     これ以上彼らを悲しませないためにも、自分は偽りのベートーベンであり続けねばならないんだと…」

54: 2014/02/25(火) 23:55:42.70 ID:wvLpnLeM0
露伴「…なんだいそれは。洒落のつもりか?」

露伴「まさかそんな理由で嘘をつき続けたとでも言うのかい?
   嘘の名人の君の言葉とは思えない…いくらなんでもそんな偽善はナンセンスじゃないか」

佐村河内「…この想いだけは、嘘に塗り固められた僕に残された、たった一つの真実さ」

佐村河内「いいかい、全てが偽りとはいえ
     『障害を持ちながらその苦難に打ち勝った男が美しい旋律を生み出す』
     そんな安っぽいストーリーにだって、励まされる者がこの辛い時代には大勢いるんだ」

佐村河内「僕は、彼らの光でありたいと願う…これからもずっと…!」

露伴「ふぅん…まぁいいだろう。そういう事にしておいてやる」

露伴「だけど、ここまで盛大に悪事を暴露された君に再びそんなマネが出来ると思うのかい?」

佐村河内「…簡単なことだ。僕の『嘘』を『真実』にして、真のベートーベンになればいい」

露伴「…どうやって?」

佐村河内「そこでだ、君の『不思議な力』とやらを貸してもらいたい…」

露伴「そうきたか…」

佐村河内「嘘ばかりついてきた僕にだから分かる…あの時の君の目は真実を語っている目だった…」

佐村河内「本当に出来るんだろう…? この僕を、天才音楽家にすることが…!」

58: 2014/02/26(水) 00:04:06.71 ID:CrmaFmcw0
佐村河内「さぁ露伴くん! 世界中で救いを必要としている人達の為にも
     君と僕とで希望の旋律を奏でようじゃないか!」

露伴「…失望したよ。君の嘘には『信念』のようなものを感じていたんだが」

露伴「僕を利用するならまだしも、そんな風に一方的にすがり付いてくるようじゃお仕舞だな」

露伴「それにしても、今のくだらない作り話には本当に幻滅させられた。何が救いを必要としている人達だ。
   何が希望の旋律だ。結局自分可愛さに保身に走っているだけじゃないか」

佐村河内「信じてくれ…大勢の人々を傷つけてきた僕だからこそ
     どうしてもならなくてはいけないんだよ…」

佐村河内「闇を照らす…ひと筋の光に…!」

59: 2014/02/26(水) 00:11:37.17 ID:CrmaFmcw0
露伴「…もう君の嘘は聞きたくない。不愉快だ」

佐村河内「待ってくれ! 君になら理解してもらえるはずだ…」

露伴「理解…しろだって…?」

佐村河内「君だって漫画を描く事で多くの読者を楽しませ、感動を与えてきただろう」

佐村河内「その喜びや素晴らしさを誰よりも知っている君ならば、僕のこの想いも分かってくれるよな…?」

露伴「くっ…!」
     
露伴「貴様の低俗なペテンと僕の高尚な漫画を一緒にするなあ───ッ!!」

露伴「ヘブンズ・ドア──ッ(天国への扉)!!」

佐村河内「…!?」

バラバラバラ

63: 2014/02/26(水) 00:19:21.23 ID:CrmaFmcw0
露伴「さぁ、これが君のお望みの『スタンド能力』だ…」

佐村河内「あ、あぁ…!」

バラバラバラ バラバラバラ

露伴「君の身体は今『本』に変えられたのさ。嘘まみれの人生を綴った一冊の『本』にな」

佐村河内「あ、ああぁ…」

露伴「そして、ページの余白を探し命令を書きこめば、君を意のままに操る事が出来る」

露伴「確かにこの能力を使えば君を天才音楽家にしてやる事だって出来る…」

露伴「しかし、君に与える命令はこうだ…」

露伴「【一切の聴力を失う】ッ!!」

佐村河内「……!!」

65: 2014/02/26(水) 00:24:17.73 ID:CrmaFmcw0
露伴「さぁ、ページの余白を探すとしよう。今度こそ君は、真の闇に怯えるんだ…」

佐村河内「……」

ペラッ ペラッ…

ペラッ ペラッ ペラッ…

露伴「……こ、これはッ!?」

佐村河内「……」

露伴「…やられたよ、佐村河内守」

佐村河内「……」

露伴「悔しいが、僕の完敗だ」


ドシュ ドシュ ドシュッ!


【一切の聴力を失う】


バ────────ン!!

67: 2014/02/26(水) 00:31:59.96 ID:CrmaFmcw0
その後間もなくして、佐村河内は公の場に姿を現した。彼の謝罪会見の様子がテレビに映し出されている…


記者A「佐村河内さん! 一連の騒動についてはどのようにお考えですか!?」

佐村河内「あ、あぁ…ぼ、ぼぅのしてきたこぉは…けぃて…ゆぅされる…こぉではなぐ…」

記者B「あなたが騙してきた多くの方々に謝罪の気持ちは!?」

佐村河内「いかぁる裁きであぁても…いさぁぎよぐ…う、うげぇれよぉと、おもて…いま、す…」

記者C「原爆や震災などの多くの犠牲者の魂を利用して、人として心が痛まないのですか!?」

佐村河内「いまぁでみなさぁから騙し取ったおかぇは…一生かぁっても…おかぇし、します…」

記者D「佐村河内さん! さっきから答えになっていませんよ!? 本当に謝罪の気持ちがあるのですか!?」

佐村河内「ぼぅは…耳が…ちゃんろ、聞これて…いましゅ…」

記者E「そんな事はみんな知っています! 聞こえているならちゃんと答えてください!」

佐村河内「ぼぅ…耳…聞これてましゅ… うろじゃ…あぃませぇん…」

記者F「何なんだアンタ! ふざけているのかッ!?」


露伴「……」プチッ

70: 2014/02/26(水) 00:42:12.67 ID:CrmaFmcw0
本に変えた佐村河内の心理は、読み取ることは出来ても理解することは出来なかった。

彼の本はどのページも様々な思考や言葉で埋め尽くされていて

余白を探すのもひと苦労な程だったからだ。

そこに記されていたのは、金銭欲であったり、自己顕示欲であったり

得たものを失う事への恐怖心であったり

騙された者達を嘲笑う気持ちであったり、騙した者達への罪悪感であったり

世間を見返してやりたいという虚栄心であったり、不幸な人々への純粋な同情であったり、実に様々だった。

嘘で塗り固められた人間というのは、ここまで複雑な葛藤を抱えているのかと驚かされたものだ。

僕が初めて佐村河内の特番を見た時、彼が書いたとされる創作ノートが映っていたが

そのページはおびただしい数の音符で埋め尽くされていて、どれがどの曲のものなのか分からない程であり

それが本になった彼にとてもよく似ているなと、ふと頭をよぎった。

あれ程の思考の反芻に埋め尽くされて、彼の本心はいったい何処にいってしまったのか。

もしかすると、佐村河内自身も見失ってしまっているのかもしれない。

72: 2014/02/26(水) 00:50:57.58 ID:CrmaFmcw0
ただ、ページをめくっているうちにある文章に目が止まった。

そこにはこう書かれていた。

【この岸辺露伴という男にどうにかして一泡吹かせてやりたい】

【そして願わくば、もう一度くらい世間を盛大に欺いてやりたい】

そう、僕はまんまと利用されてしまったわけだ。

彼はあえて僕を怒らせるような態度をとり、ガラにもなく『灸をすえてやる』なんて気持ちにさせたのだ。

佐村河内の真の狙いは『天才音楽家』にしてもらう事などではなく

『本当に耳が聞こえなくなること』の方を望んでいたのだ。

その理由は恐らくこうだ。

近く、横浜市は佐村河内に精密な聴力検査を受けさせるらしい。

すでに耳が聞こえていると白状しているにもかかわらず、世間は意地悪くその結果を待っている。

そこで彼の耳が実は全く聞こえていなかったと診断されれば…

きっと佐村河内は、その時の民衆のあっけにとられた顔を想像して心の中でほくそ笑んでいるに違いない。

74: 2014/02/26(水) 00:59:30.74 ID:CrmaFmcw0
なぜ佐村河内はそうまでして嘘をつきたがるのか。

聴力を完全に失って、無音の恐怖に怯える事になっても世間を欺かずにはいられないのだろうか。

確かに、自分のついた嘘に誰かがまんまと引っかかるのは面白い。

だけど、嘘なんて所詮それだけのものだ。ははは、と笑って終わってしまう。

だが佐村河内はその快感に味を占めて、どうしようもないくらい病みつきになってしまったのかもしれない。

まぁそんな事はいくら考えたって無駄な事だ。

本人にだって分かっていないのかもしれないんだからな。

ただ、僕は彼を見ていると小学校の頃クラスに必ず一人はいたような少年を思い出すんだ。

集団にうまく馴染めず、いつもくだらない嘘をついて周りの関心を惹こうとする悪ガキを。

そういう子供って、時々度を越した嘘をついてクラスメートから糾弾されてしまうものだけど

自分が悪いと分かっているのに後に引く事も出来ず、ムキになって更に嘘を重ねてしまったりするんだよな。

佐村河内を見ていると、何ごとにも素直になれずにいたガキの頃の自分と重なる。

そして、そんな彼の事を僕はどうにも嫌いになれないのだった…



『佐村河内』─終わり

75: 2014/02/26(水) 01:00:26.67 ID:vspiAqN70

76: 2014/02/26(水) 01:00:30.19 ID:vmnaZkkP0
乙でした

引用元: 岸辺露伴は動かない『佐村河内』