1:1 ◆hg1GrD8klk 2010/07/12(月) 15:57:28.82 ID:LXQIngRo0
キーンコーンカーンコーン
唯「ふー、やっと授業終わったよ。さぁ、部活行こ!」
澪「その前に寝癖を直しとけ。授業中ずっと寝てただろ。」
唯「Oh! じゃあ結んでみるよ。さ、早く部活部活!」
律「結んでごまかせるか…? というか、なんでそんなに張り切ってんだー?」
唯「今日のティータイムはたい焼きだからだよ! 甘い物好きなんだもん。」
紬「あれ、まだ見せてないのに、どうして分かったの?」
唯「私には甘い物センサーが付いてるからね!」キリッ
4: 2010/07/12(月) 16:01:30.28 ID:LXQIngRo0
部室!
律「たのもー!」ドアガチャ
梓「あ、みなさん。…唯先輩、なんで髪結んでるんですか?」
唯「お、あずにゃんいたんだー! あずにゃーん!」ギュッ
梓「はいはい抱きつかないでください…。あ、今日はたい焼きなんですね♪」
澪「梓、お前まで分かるのか…。」(ていうか憂ちゃんと見間違えないのか…。)
梓「私にはたい焼きセンサーが付いてますから。好きなものの存在に気付かないはずありません!」キリッ
唯「そういえばあずにゃん、たい焼き好きなんだよねー。…お、ひらめいたー!」ピコーン
5: 2010/07/12(月) 16:02:34.26 ID:LXQIngRo0
梓「え、突然どうs」
唯「たい焼きの歌だよあずにゃん! 今度の学園祭ではたい焼きの歌をやろう!」
梓「え、でも食べ物の歌っていうのはちょっと…。」
澪「…。」ガーン
律「でもでもー、たい焼きじゃなくても、新曲はやりたくなってきたなー。」
澪「お前飽きっぽいだけなんじゃないか…?」
律「んなことないー! そうだよな、トンちゃん?」
トンちゃん「ZZzzz」
澪「…そういえば今日は律がトンちゃんのエサやり当番だろ。」
律「今トンちゃん眠そうじゃん、エサあげるの帰りにするわ。」
6: 2010/07/12(月) 16:03:52.62 ID:LXQIngRo0
紬「それがいいわね。ところで、私も何か新しい曲やってみたいと思ってたんだ。」ニコニコ
律「だよな! 澪、新しい曲作ってよ♪」
澪「いや、いきなり言われても…。」
律「一人で海に行けば良い詩が書けるんじゃない?」(あれ厨二っぽかったよなー。)ニヤニヤ
澪「お、思い出させるなー!」
唯「お題はたい焼きだね?」
梓「唯先輩もういいです…。」
澪「別に今までやらなかった曲なら、わざわざ作らなくてもいいんだろ? …それに、前からやりたい曲があったんだ。」
唯「えー! なになに?」ワクワク
8: 2010/07/12(月) 16:05:03.20 ID:LXQIngRo0
澪「え…っと…。翼をください…とか。」
唯「え? たい焼きに翼が…?」キョトン
梓「唯先輩…、ちょっと空でも見てて下さい。」ヤレヤレ
唯「わお! なんか面白い形の雲、発見!」
律「いや、ただの飛行機雲だろ? まぁいいや、新曲は翼をくださいで決定ー!」
澪(やった!)「ムギと梓は良いのか…?」
紬「ええ、みんな知ってる歌だし、私大好きよ。」
梓「やってやるです!」
澪(梓って、そのセリフ必ず言わされてるよな…。)
9: 2010/07/12(月) 16:06:38.92 ID:LXQIngRo0
唯「翼をくださいかぁ…。」
翼をくださいだなんて、澪ちゃんらしい、と思う。でもムギちゃんもりっちゃんも、あずにゃんさえも乗り気のようだ。
新しい曲、か…。
確かに、心が躍るティータイムも、本当は大好きな練習の時間も、3年目にもなるとマンネリ感を否めない。
だから、新曲で気分を一新させるのも悪くないかな。
そんなことをぼんやり考えていたら、澪ちゃんとあずにゃんが練習しようと言い出した。
10: 2010/07/12(月) 16:08:05.09 ID:LXQIngRo0
梓「唯先輩、何ぼーっとしてるんですか! そろそろ練習しましょうよ!」
唯「えー、もうちょっとお茶してようよー。」
律「私が翼をくださいの譜面を用意しとくから、明日から練習しようぜ!」
澪「いや、ふわふわ時間とかやろうよ…。」
澪ちゃんとあずにゃんが練習を呼びかけ、私とりっちゃんが抵抗する、いつも通りの展開。
こんな予定調和のやりとりでもいつもは楽しかったのに、今はなぜか飽きのような感覚を覚える自分に気付く。
でも、こんなに楽しい時間を、大好きなみんなと共有できているのだから、間違っても飽きたなんて言っちゃいけないよね。
…練習は、結局なんだかんだで、ふわふわ時間を一回通しただけでお開きになった。
12: 2010/07/12(月) 16:09:26.05 ID:LXQIngRo0
律「本日はこれにて終了ー! 帰ろうぜ!」ドアガチャ
澪「おい、鍵しめ忘れてるぞ! まったく、忘れっぽいんだから…。」
律「あ、ほんとだー!」テヘッ
澪「テヘッ、じゃない!」ゴンッ
律「それは残像だ…、ってあれ、痛い…。」
唯「あずにゃーん♪」ギュッ
梓「それは残像です…、ってあれ、あったかい…。」ホワーン
紬(今日も楽しいわー♪)
13: 2010/07/12(月) 16:10:55.11 ID:LXQIngRo0
帰り道!
律「いやー今日も盛り上がったなー。」(今日のティータイムすごく良かった!)
澪「そうだな、盛り上がったな。」(今日の練習すごく良かった!)
紬(…意味の違いに突っ込まない方が、丸く収まるわね。)
律「そうだ! みんなでゲーセン行こうぜ!」
紬「あ、私、また腕相撲ゲームやりたいわ♪」
律「ムギ強いもんなー。」
梓「え…。私はちょっと…。」
唯「あ、私行きたい!」
梓「う…。わ、私も行きます!」アセアセ
澪「おい…。」
14: 2010/07/12(月) 16:12:13.97 ID:LXQIngRo0
ゲーセン!
唯「あ、あのUFOキャッチャーの猫のぬいぐるみ、あずにゃんみたいでかぁいい! 欲しいなー。」
梓「え…。」
律「でもこの位置じゃ、取るの難しいぞー。そんなことよりさ、太鼓の達人やろうぜ! ドラマーの血が騒ぐぜ!」
唯「おー、りっちゃん、私やったことないよ! 一緒にやろうっ!」
律「部活中ドラム叩いてる時からさ、もう太鼓の達人やりたくてやりたくて、頭がいっぱいだったんだよ!」
ムズカシサヲエランデネ! コノキョクデアソブドン!
紬「…私、友達が太鼓の達人してるところを後ろから見ながら自分も脳内プレイして、『今ミスったとこ私ならできたな!』って悦に入るのが夢だったの♪。」
澪「なんだそれ…。」(ていうかムギって変な夢多いよな…。)
オシマイ! マタアソンデネ!
律「あ、終わっちゃった…。」
唯「ふー、腕が筋肉痛になりそうだよー。」
澪「どんだけー。」
紬「ど、どんだけー。」(今流行りのツッコミなのね? そうなのね?)
15: 2010/07/12(月) 16:14:10.57 ID:LXQIngRo0
唯「あれ、そういえばあずにゃんはー?」
澪「ん、見当たらないなぁ。」
ダダッ
梓「す、すみません! 和さんに見つかっちゃって…。」
和「あなた達、学校帰りにゲーセン寄るのは校則で禁止されたのよ! 休みの日にしなさい!」
唯「あ、和ちゃん♪」
梓「だから私は反対しt」
律「とかいいつつ、そのでかい袋はなんだー? ゲーセン満喫してんじゃん!」ププ
梓「いや、これは…。」アセアセ
和「もう…。他の生徒会の人に見つからない内に、早く帰りなさいよ? 私はまだ見回りがあるから…。」
澪「気遣ってくれてありがとう、和も大変だな…。さぁみんな、帰るぞ!」
唯「和ちゃん、じゃーねー!」
16: 2010/07/12(月) 16:16:07.75 ID:LXQIngRo0
また帰り道!
澪「ていうか遊んでばっかりで、あんまり演奏の練習できてないじゃん…。」ショボーン
律「みんな、明日から本気出そうぜ!」
梓(それ昨日も言ってた! 絶対昨日も言ってた!)
澪「あ、じゃあ私達こっちだから。明日はちゃんと練習するからな。」
律「また明日ー!」
唯紬梓「また明日ー!」
17: 2010/07/12(月) 16:17:51.83 ID:LXQIngRo0
唯「うー、今日は荷物が重いなぁ…。」
紬「あ、部室のマンガ全部持って帰るんだっけ?」
唯「うん、だってあずにゃんが…。」ジー
梓「い、いや部室は整理整頓しとくべきですよ…。」
唯「あずにゃん面白そうに読んでたのにー。」ブーブー
梓「それとこれとは話が別です!」アセアセ
紬「…あ、申し訳ないんだけど、私こっちだから…。」
梓「お疲れ様です!」
紬「また明日ー!」
唯梓「また明日!」
こんな風に、「また明日」という別れ言葉を、当たり前のように使う毎日。
こんな毎日が永遠に続く。そう思っていた時期が、私にもありました。
…いや、ウケ狙いじゃなくて。
19: 2010/07/12(月) 16:21:05.47 ID:LXQIngRo0
唯「翼をくださいかぁ…。いい歌だよねー。」
梓「はい! 君をのせてと並ぶ名曲ですよね。」
ダダッ
憂「お姉ーちゃーん!」
唯「あれ、ういー! どうしたの、今日は遅いんだね!」
憂「オカルト研究会の友達にお手伝いを頼まれてたんだ。」
梓「オカルトって…。まさか純じゃないよね?」
憂「え、違うよー。昨日は純ちゃんのお手伝いだったけどね。」ニコニコ
梓「ふーん…。」
憂「純ちゃんのベース弾かせてもらったんだー。飲み込みが早いって誉められちゃった♪」
唯梓「さすが…。」
20: 2010/07/12(月) 16:24:18.06 ID:LXQIngRo0
唯「なんだか今日は新鮮だね! みんなでゲーセン行ったり、この3人で帰ったり!」
梓「はい!」
唯「いつもいつも同じような平和な毎日だと退屈に思えてきちゃうから、いつもと違うことがあるとなんだか楽しいなー。」
梓「…。」
憂「私はお姉ちゃんと一緒にいるだけで毎日とっても楽しいよ!」
梓「わ、私もですっ!」
唯「えへへー。」
21: 2010/07/12(月) 16:27:36.86 ID:LXQIngRo0
私は、特に何の苦労もしていないのに、こんなに幸せで楽しい毎日を過ごせている。
けれど、これ以上を望むのは贅沢すぎると頭では分かっていても、ふと退屈に感じてしまう瞬間が最近増えている気がしていた。
それに比べて、あずにゃんは、一日一日を退屈せずにとても楽しそうに過ごしているようで、思わず羨望の眼差しを向けてしまう。
梓「…? あ、私こっちなので。ここで失礼します!」
唯「え? もうお別れなの? あずにゃーん!」ギュッ
梓「お、横断歩道で抱きつかないで下さいっ//」
憂「ふふ、くれぐれもトラックには気を付けて。じゃ、梓ちゃん、またねー。」
梓「また明日!」
23: 2010/07/12(月) 16:31:49.38 ID:LXQIngRo0
憂「そうだお姉ちゃん、スーパー寄ってこうと思うんだけど、今日の晩ご飯何がいい?」
唯「うーん、…たい焼きっ!」
憂「それはおやつに食べようね。」
唯「じゃ、家帰ったら食べよう!」
憂「え、だから晩ご飯食べてかr」
―――グラグラグラグラグラグラグラグラグラグラ
唯「わわわ!?」フラフラ
憂「お姉ちゃん! 地震!」(なんか描写がしょぼいけど、これは大きい…!)
唯「え、ちょ、歩けな…」ヨロヨロ
憂「お姉ちゃん! こっち!」
24: 2010/07/12(月) 16:34:44.02 ID:LXQIngRo0
…憂に助けられなかったら、崩れてきた石塀の下敷きになっていたかも知れなかった。危ない危ない。
そういえば、避難訓練の時に「おかし」っていう標語あったな…。何の略だっけ?
おいてけ・構うな・しょうがない? あとで憂に訊いてみよう。
それにしても、憂はこの揺れの中でよく私を助けられたものだ、と思ったけれど、天下の憂様ならアップなしでも余裕なんだろう。
天下の、というかむしろ天上の存在だ。神ならぬ身にして天上の意思になんとかかんとか。
あらゆる分野におけるその天才っぷりを評して、巷ではどうやら憂選手と呼ばれているらしい。姉として誇りと引け目を感じる。
25: 2010/07/12(月) 16:38:56.34 ID:LXQIngRo0
憂「お姉ちゃん、ケガない?」
唯「私は大丈夫、憂のお陰だよー。それより愛しの我が家が心配だ! 早く帰ろう!」
憂「うん。…っつ、痛たた…。」
唯「あ! 憂、足大丈夫? 血が出てる!」
憂「ちょっと引っ掛けただけだから、家に帰って消毒すれば大丈夫…。」
唯「でも歩くのは辛そうだね…。ここはお姉さんの出番だ! おんぶしてあげるよ。」
憂「お姉ちゃん、ありがとう!」
26: 2010/07/12(月) 16:44:30.91 ID:LXQIngRo0
…見上げればいつも通りの青空が広がっているのに、目の前の光景はいつもの面影を完全に失っている。
道路に亀裂が走り、立ち往生している車を見ると、地震の爪痕を嫌でも理解させられた。
それでも、憂の温もりを背中に感じながら歩き続け、なんとか我が家に辿り着く。
途中で、半壊した家々をたくさん見てきたから心配だったけれど、我が家は地震に強い構造だったのか、外観は今朝と変わりがないようだ。さすがxevoだね!
でも、こんな大地震が起こるなんて、さっき平和すぎて退屈なんて私が言ったからバチが当たったのかも知れない。
そんな後ろめたさを感じつつも、早く家の中にあるはずの消毒薬を探さなくてはと思い、玄関のドアを開ける。
27: 2010/07/12(月) 16:47:52.07 ID:LXQIngRo0
唯「ただいまー。」ドアガチャ
憂「ドア普通に開けられて良かった…。お姉ちゃん、もう降ろしてもらって平気だよ。」
唯「ほい。…うわー、家の中めちゃめちゃだ…。」
憂「私が後で片付けるから、お姉ちゃんは上の階を見てきてくれる?」
唯「了解であります、憂選手! 消毒薬は大丈夫でありますか?」
憂「戸棚の中だから大丈夫だと思う。というか、選手って何…?」
28: 2010/07/12(月) 16:50:56.62 ID:LXQIngRo0
階段の軋む音が普段より大きい気がしたが、気のせいということにして2階に上がる。
1階同様、物が散乱していたけれど、家自体は一応無事だから不幸中の幸いだ、と楽観できた。
3階まで一通り見回ってから1階に降りると、憂が足に包帯を巻いているのを見つけた。
消毒だけで平気と言っていたけど、私を心配させないようにしていただけなのかも知れない。
でも、散乱した物をテキパキと片付けている様子を見ると、大したケガじゃなさそうだと分かって安心した。
南アフリカに旅行中の両親は、地震のことをもう知っているだろうか、と遠方に思いを馳せながらテレビをつける。
29: 2010/07/12(月) 16:53:36.44 ID:LXQIngRo0
テレビ「只今入りました情報によりますと、震度6強の強い地震が…」
唯「ういー!震度6だってー!」
テレビ「津波の心配はありま」プツッ
テレビ「」
唯「ういー! テレビ消えちゃったー!」
憂「停電かなー。ってことは大変! 冷蔵庫の中身が…。」ガーン
唯「え、今日の晩ご飯はー?」
憂「お湯が沸かせないからカップ麺は無理かなぁ。でもクリームパンとチョココロネがあるよー。」
31: 2010/07/12(月) 16:57:05.76 ID:LXQIngRo0
懐中電灯の光を頼りに憂とパンを食べながら、軽音部のみんなにも連絡しようとしたが、携帯の回線が混んでいて繋がらない。
明日になれば復旧するから今は早めに寝ておこう、という憂の言葉を鵜呑みにし、余震を気にしつつもベッドに潜り込んだ。
私と憂が無事だったんだから、軽音部のみんなも無事だろう。明日になったら皆で集まって色々話し合いたいな。
そういえば、戸棚にたい焼きがあったはずなのに、食べ損ねてしまった。明日食べよう。
そんなことを考えながらベッドの上にいつものように寝転がると、あっという間に夢のまどろみに呑まれていった。
32: 2010/07/12(月) 17:00:23.20 ID:LXQIngRo0
――――――――――――――――――――――――――――――
憂「お姉ちゃん! 起きて!」
…朝、憂に起こされるのはいつものこと。そして、もう少し寝かせてくれと頼むのもいつものこと。
しかし今日は、いつもと違って、起こされる時間がとても早かった。
そしてもう一つ、いつも違う点。
それは、私がまだ寝かせてくれと頼む理由が、惰眠を貪るためではなく、何かねっとりとした嫌な予感がしているから、ということ。
憂「早く起きて! お姉ちゃん!」
憂が私を連呼するにつれて、頭の中が壮絶な警鐘で満たされていく。
第六感という名の確信が、科学の言葉では語り得ない説得力をもって、私に訴えかけていた。
憂「お姉ちゃん! 起きて!」
…朝、憂に起こされるのはいつものこと。そして、もう少し寝かせてくれと頼むのもいつものこと。
しかし今日は、いつもと違って、起こされる時間がとても早かった。
そしてもう一つ、いつも違う点。
それは、私がまだ寝かせてくれと頼む理由が、惰眠を貪るためではなく、何かねっとりとした嫌な予感がしているから、ということ。
憂「早く起きて! お姉ちゃん!」
憂が私を連呼するにつれて、頭の中が壮絶な警鐘で満たされていく。
第六感という名の確信が、科学の言葉では語り得ない説得力をもって、私に訴えかけていた。
33: 2010/07/12(月) 17:03:21.65 ID:LXQIngRo0
憂「軽音部の、澪さんと、梓ちゃんがっ―――――」
その先を聞かなくても、もう答えは分かっている。
憂…、どうかその先を言わないでっ…。
そんな心を振り絞った願いも、冷ややかに過ぎていく現実の前には無力だった。
この世に流れる時間の速度に変わりはなく、私がどうあがこうが、どう泣き叫ぼうが、刻一刻と確実に、私は事実と対峙させられ、その認識を迫られる。
憂「―――――亡くなったって…。」
34: 2010/07/12(月) 17:06:49.94 ID:LXQIngRo0
失くしてから気付く幸せは、戻らない分だけ悲しい。
地震というほんの数分間の出来事が、線香花火の灯を落とす無情な風のように、軽音部のみんなと積み重ねた幸せの結晶を、あっけなく踏みにじっていったのだ。
幸せをあまりに見慣れすぎて、いつの間にか見失ってしまっていた自分を、今更ながら後悔する。
しかし、どんなに後悔しようとも、どんなに懺悔しようとも、既に起こってしまった事実を捻じ曲げることはできない。
冷淡な現実を前に無力な人間が為せることは、受け容れることと、逃避することの、二つ。
崩壊していく平穏と幸せに、もう心を保つことの出来なかった私は、後者を選択した。
35: 2010/07/12(月) 17:10:53.37 ID:LXQIngRo0
―――それから1ヶ月、澪ちゃんやあずにゃんの法事への出席もそこそこに、私は自室に引きこもっている。
先週から、修復された校舎で授業が再開しているようで、憂は一緒に学校に行こうと誘ってくれるが、もう二度と学校には行く気になれない。
そんな私を見かねて、ムギちゃんや和ちゃん、それにさわちゃん先生、隣のおばあちゃんまで、私を心配してお見舞いに来てくれた。
しかしそれでも、私の心は後悔の泥沼から這い出すことは出来なかった。
ムギちゃんは学校に通っているようだが、私も、それにりっちゃんも、家に引きこもっており、軽音部は活動休止状態らしい。
…もう楽しかったあの頃には戻れない。
人は、想像と願望を直結させて希望を生み出し、毎日を生きている。
しかし私はもう、幸せを想い願う心の力を完全に失い、希望を抱くことなど到底不可能だった。
人は、水とパンだけでは生きていけない。幸せへの希望がなければ、生きていくことは出来ないのだ。
37: 2010/07/12(月) 17:14:11.61 ID:LXQIngRo0
もう、いいや…。
この時私は、氏神の囁きに耳を貸してしまっていたのかも知れない。
生きていく意味が分からなかった。
あの地震が私の責任だというのなら、まだ納得できただろう。けれど、こんなにも辛いことを、私の努力や態度とは全く無関係に強制されるなんて、もう嫌だった。
それは澪ちゃんやあずにゃんからすれば尚更のことだろう。
何の因果も落ち度もないのに、ささやかな幸せを享受することすら許されず、まるで暴風雨の中で弾けるシャボン玉のように、生命を無慈悲に奪われてしまったのだから。
これから先も、きっとまた突然不幸が訪れ、私から幸せを奪っていくのだろう。どうせ奪われる幸せなら、最初から無い方が、心が痛まない。
こんな不幸を味わうことになるなら、最初から生まれてこなければ良かったかもしれない。
幸せが永遠に続くことなんて絶対にありえないと分かっているのに、どうして生きていかなければならないんだろう。
…その打開策として私が選択したのは、今後不幸になりうる可能性を潰すこと。すなわち、自らの氏をもって人生に終止符を打つことだった。
38: 2010/07/12(月) 17:17:30.29 ID:LXQIngRo0
生きる理由を見失った私は、台所に包丁を捜しに行こうとベッドから腰を上げる。今は家に誰もいないはず。
氏への躊躇いが薄れている今を逃したら、恐怖に負けて自殺の機会を逸してしまう。
そう思い、足早にリビングまで入った時、ふと憂と両親の顔が思い浮かんだ。
懐かしい幸せな思い出が洪水のように頭に流れ込んでくる。私が氏んだら、遺された憂たちはどうなるんだろう…。
悲しみに満ちた未来を想像して躊躇いが生まれた瞬間、背後に人の気配を感じた。
あれ、憂が帰ってきたのかな? まだ学校は授業中のはずなのに。
そんな疑問は、リビングの机の上に置き忘れられている弁当箱を見て、氷解した。
憂が忘れ物なんて珍しいな…。
一瞬でも自殺を考えてしまった後ろめたさを感じつつも、努めて明るく声をかけながら、後ろを振り返る。
唯「ういー? お弁当ここにあるよー。」クルッ
39: 2010/07/12(月) 17:20:45.16 ID:LXQIngRo0
梓「…唯先輩。」
唯「…! あ…ずにゃん…?」
梓「はい。梓です。…あずにゃんです。」
背後にいたのは、憂ではなく、両親でもなく。
今にも泣き出しそうな顔で私を見ている、あずにゃんだった。
唯「え…? あずにゃん、生きてた…?」
梓「いえ。私もう氏んでるみたいです…。」
唯「じ、じゃあどうやって…?」
思わず口をついて質問してしまったが、あずにゃんの半透明の体を見れば答えは一つしかない。
でも、あずにゃんとまた会えるのならば、今のあずにゃんが俗に幽霊と呼ばれる存在なのか否かは、私にはどうでもよかった。
梓「はい。唯先輩とお話がしたくて、会いに来ました。」
40: 2010/07/12(月) 17:23:20.03 ID:LXQIngRo0
梓「唯先輩。…学校、行かないんですか。」
唯「…。うん、もう行きたくない。」
梓「そんな悲しい顔しないで下さい。唯先輩らしくないですよ。」
唯「ごめんね…。もう私、前みたいに笑えない。あずにゃんのことも悔しくて…。」
梓「私は、唯先輩にもっと笑っていて欲しいです。楽しそうにギー太を弾いてる先輩を見るのが大好きですから。」
唯「でも、…幸せの喜びよりも、幸せを失う時の痛みの方が大きいって私は思う。だから、幸せを無防備に手放しで喜ぶことなんて、もう私には出来ないんだよ…。」
41: 2010/07/12(月) 17:26:27.27 ID:LXQIngRo0
梓「…唯先輩。それは間違ってます!」
唯「間違ってなんかない! もう大切なものを失う辛さを味わいたくないよ!」
梓「私は、氏んでしまった今でも、自分は幸せだと思っていますよ…?」
唯「…え?」
梓「唯先輩は前に、毎日が平凡で退屈だ、とおっしゃってましたよね。実は私も、そう感じていた時もありました。でも本当は、それが一番幸せな状態なんですよ。」
梓「幸せな日常というのは、空気や水のようなものだと思うんです。透明で目に見えないし、味もしません。」
梓「だからみんな、その大切さに気付かない。でも、それがなければ生きていけない。」
唯「…うん。」
梓「部室に置いてたマンガのキャラクターが言っていました。本当に幸せなのは、平穏で幸せな日々に飽食し、幸せであることを自覚すらしないこと。」
梓「平穏という幸せを失ってから嘆くようなことにならないように、今の幸せな日々を精一杯楽しむのが一番だと。」
唯「そういえばそんなマンガあったね…。」
梓「だから私は、あの軽音部での楽しい時間が永遠に続くなんて甘えちゃいけないと思って、一日一日の幸せを精一杯かみしめるようにしていました。」
梓「だから、もう私には後悔はありません。唯先輩の言う、幸せを失った時の痛みなんて、幸せの喜びの前には霞んで消えちゃう程度のものですよ。」
42: 2010/07/12(月) 17:30:21.38 ID:LXQIngRo0
確かにあずにゃんは、毎日をとても楽しく過ごしているように見えた。
でも…。
唯「でも…、あずにゃんは、もっともっと幸せになれるはずだったんだよ! 未来という無限の可能性を失ったあずにゃんが可哀想!」
唯「そんなあずにゃんを差し置いて、私だけが幸せになるなんて出来ないよ!」
…あずにゃんの話を理解は出来ても、納得は出来なかった。
やっぱり私は、もう笑うことなんて出来ない。
そう言おうとした瞬間、背にぬくもりを感じた。
梓「…。」ギュッ
唯「…!」
梓「唯先輩。本当に私は人生に満足しています。だから唯先輩も、幸せになることを恐れないで下さい。」
梓「私は、未来に得られたはずの幸せを諦めたんじゃない。唯先輩達に託したんです。」
梓「軽音部でまた楽しそうに演奏する唯先輩達が見たい。唯先輩達が幸せになることが、私の幸せでもあるんですよ。」
唯「でも…。」
梓「唯先輩は、嘘でも笑顔を作ることの出来る、強い人だと信じています。たとえ嘘でも、笑顔って、最後には本物になるんですよ…?」
43: 2010/07/12(月) 17:34:42.90 ID:LXQIngRo0
唯「…分かったよ。私…、軽音部でまた演奏したい。幸せを取り戻したい。」
梓「良かった…。唯先輩が立ち直ってくれて、安心しました。」
梓「そうだ、あの地震の日に行ったゲーセンで、この猫のぬいぐるみ取ったんです。唯先輩が荷物重そうだったので渡せなかったんですよ。どうぞ。」
唯「え、私にくれるの? あずにゃんありがとう!」
梓「い、いや別に、UFOキャッチャーやってたら偶然取れちゃっただけですからねっ!//」
唯「えへへ、一生大切にするよ!」
梓「それより、ギー太の練習もちゃんとして下さいね。」
唯「うん! ちょっと待ってて!」
44: 2010/07/12(月) 17:37:28.27 ID:LXQIngRo0
練習しているところをあずにゃんに見せたくて、ギー太を取りに部屋へ駆け戻る。
けれど、愛器を抱えて戻ったリビングに残っていたのは、ただ猫のぬいぐるみだけ。
でも、まるで最初から誰もいなかったかのような寂寥感が漂う中、ふと、「ライブ、聴きに行きますからね!」というあずにゃんの声が聞こえた気がした。
私は決意する。
軽音部を立て直そう。あずにゃんや澪ちゃんのためにも。
そのために、部活を休んでいるりっちゃんやムギちゃんを説得しよう。
そして、これからどんなに辛いことがあっても、それを乗り越えていけるだけの幸せを、目一杯生み出そう。
たとえ凍える寒さの中でも温もりを与えてくれるような、そんな幸せな思い出を、もっともっと作っていこう。
45: 2010/07/12(月) 17:40:12.05 ID:LXQIngRo0
軽音部を立て直すための第一歩は、ムギちゃんの復帰だ。
ムギちゃんは、部員の誰よりも軽音部の時間を大切に思っている、ということを私はよく知っている。
きっとムギちゃんなら、軽音部の復活に躊躇無く協力してくれるはずだ。
りっちゃんは、澪ちゃんと仲が良かったから、心の傷を癒すには時間が必要だろう。
でも、ムギちゃんと二人で説得すれば、軽音部への復帰を決心してくれるかも知れない。
そう考え、その日は、ムギちゃんを晩ご飯に誘った。
料理の手伝いを憂に断られたので、たい焼きでも食べようと戸棚を漁ったが、なぜか跡形もなくなっていた。もしかしてあずにゃん勝手に…。
46: 2010/07/12(月) 17:43:47.46 ID:LXQIngRo0
ピンポーン
紬「お邪魔しまーす。」
唯憂「いらっしゃーい♪」ドアガチャ
紬「あら…。唯ちゃん、なんだか顔色良くなったわ。」
唯「えへへ、そうかなー? ささ、憂が作ってくれたから、ご飯食べようー!」
紬「ありがとう。…憂ちゃんの料理の腕は、うちの専属シェフを凌駕してると思うわ。」
憂「いえそんな…。というか専属シェフって…。」
唯「いただきまーす!」
憂紬「いただきます!」
47: 2010/07/12(月) 17:46:17.23 ID:LXQIngRo0
唯憂紬「ごちそうさまでした!」
憂「私、後片付けしておくから、お姉ちゃん達は部屋でくつろいでてね。」
唯「ういー、ありがとう! ささ、ムギちゃん、私の部屋行こー。」
憂に家事を押し付けてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、今はムギちゃんを説得しなければならない。
その場に憂がいてくれても良かったが、気を遣って二人にしてくれたのだ。恐ろしいくらい空気が読める子だ。
49: 2010/07/12(月) 17:49:29.75 ID:LXQIngRo0
唯の部屋!
紬「後片付けを手伝った方が良かったんじゃないかしら…。」
唯「ううん、大丈夫だよ。今日はムギちゃんにお話がしたくて。」
紬「…。軽音部のこと?」
唯「うん。ムギちゃんは、軽音部の活動を復活させたくない?」
紬「唯ちゃん。私、ずっと悩んでいるの。」
唯「ムギちゃん…。」
紬「確かに、澪ちゃんや梓ちゃんのために、二人の分まで幸せにならなくちゃいけない、と思う。」
紬「でも、そんな考え方は、私のエゴなんじゃないかって。」
…ムギちゃんは、やっぱり優しい人だな、本当に。
50: 2010/07/12(月) 17:52:31.53 ID:LXQIngRo0
唯「ムギちゃん。あのね、私、あずにゃんの幽霊に会ったんだ。」
紬「え…?」
唯「あずにゃん言ってたよ。あずにゃんは、幸せを私たちに託したんだって。」
唯「生き残った私達が幸せになることが、あずにゃんの幸せでもあるんだって。」
紬「そんな…信じられないわ…。」
唯「…でもね、憂が言ってたんだ。幽霊って本当に存在するかも知れないんだよ。」
紬「憂ちゃんが…?」
唯「オカルト研究会の友達に聞いたらしいんだけどね。なんか猫が入った箱がどうとか言ってた。」
紬「オカルトも理論的なのね…。」
唯「憂は頭良いんだよね。説明してくれたけど、私にはよく分からなかった。」
唯「でもさ、私の会ったあずにゃんが幽霊であろうと、私の妄想の産物である幻覚であろうと、関係ないんだよ!」
51: 2010/07/12(月) 17:55:06.91 ID:LXQIngRo0
唯「ムギちゃんはあずにゃんのこと、…大切に思ってるよね? 軽音部のかけがえのない仲間なんだよね?」
紬「…ええもちろん。梓ちゃんやみんなのことが、大好きよ?」
唯「なら。…今までのあずにゃんを見ていたムギちゃんは、今この瞬間のあずにゃんが、どういう気持ちでいると思う?」
紬「え…。それは…。」
唯「私たちの幸せを願ってくれている、って思わない…!? ムギちゃんは、あずにゃんのこと薄情者に見えていたの?」
紬「そ、そんなことないわ! 梓ちゃんは先輩想いの後輩で、私も梓ちゃんのこと大事に思ってるわよ。」
唯「だったらっ! あずにゃんが私たちを応援してくれてると信じないのって、今までのあずにゃんの想いに対する冒涜だと思わない…!?」
紬「…!」
唯「ムギちゃんが本当にあずにゃんのことを仲間だと思っていたのなら。私たちが軽音部を復活させることを喜んでくれる、と信じられるはずだよ!」
52: 2010/07/12(月) 17:59:47.65 ID:LXQIngRo0
紬「…そうね。私、梓ちゃんや澪ちゃんに申し訳なかったと思う。」
唯「じゃあ…?」
紬「分かったわ。軽音部、復活させましょう!」
…ムギちゃんなら、すぐ納得してくれると思ってたよ。
誰よりも優しいムギちゃんなら、幽霊あずにゃんに直接言われなくても、あずにゃんや澪ちゃんの気持ちを汲み取ってくれると信じていたもの。
次は、りっちゃんの説得。でも、どんなに困難であろうと、私の決意は揺るがない。
53: 2010/07/12(月) 18:02:52.37 ID:LXQIngRo0
唯「ムギちゃん、りっちゃんも私みたいに引きこもってるんだよね?」
紬「ええ、携帯も音信普通なの…。今度家に直接伺ってみようと思ってる。」
唯「私も行くよ。でも、どうやって説得しよう…。」
紬「私は口下手だけど、唯ちゃんなら、きっと説得できるわ。信じてる。」
唯「うーん…。」
紬「…私ね、軽音部の活動がなくなってからは本当に味気ない毎日で、もう楽しい時間は取り戻せないと諦めていたわ。」
紬「でも、唯ちゃんがその諦めを覆してくれた。唯ちゃんには、人を幸せにする力が宿ってるんだと思うわ。」
唯「あずにゃんに励まされたからだよー。」
紬「明日、りっちゃんの家に行ってみましょう? 唯ちゃんの言葉なら届くかも知れないわ。」
唯「…うん。そうしよう!」
55: 2010/07/12(月) 18:07:12.26 ID:LXQIngRo0
翌日の放課後!
唯「よし、りっちゃんの家、行ってみよう!」
紬「あ、あの、本当に申し訳ないんだけど、私さわ子先生に呼び出されてて、行けなくなっちゃったの。唯ちゃん一人で大丈夫?」
唯「うん、大丈夫! 絶対説得してみせるから待ってて!」
紬「頑張って。」
和「…唯。私も見ているだけしか出来ないけれど、応援するわ。」
2人とも、言葉だけでなく、その瞳に万感の想いを込めて見送ってくれる。
けれど、その表情に少しだけ、不安の色が浮かんでいる気がした。
でも大丈夫、あずにゃんと約束したもの。絶対に説得してみせるよ。
57: 2010/07/12(月) 18:10:29.61 ID:LXQIngRo0
律の家!
学校を出た時の空は晴れ渡っていたのに、今見上げるとどんよりとした暗雲が立ちこめていた。
少し躊躇いつつも、意を決してインターホンを押す。
唯「ごめんくださーい!」ピンポーン
聡「ほーい。あれ、姉ちゃんの友達ですか?」ドアガチャ
唯「あ、はい。軽音部の平沢唯です。」
聡「ちょっと待ってて下さい。…姉ちゃーん!」
唯「…りっちゃん、元気ですか?」
聡「すみません、今すごく落ち込んでて…。ちょっと呼んで来ます。」
ドアガチャ
律「…唯。来たのか。」
唯「りっちゃん…。」
目の下に浮かぶ、さっきの空の暗雲のような隈が、りっちゃんの灰色の日常を物語っていた。私もあんなだったのかな。
唯「りっちゃん、お話があるの。」
律「…ああ。まぁとりあえず私の部屋来いよ。」
学校を出た時の空は晴れ渡っていたのに、今見上げるとどんよりとした暗雲が立ちこめていた。
少し躊躇いつつも、意を決してインターホンを押す。
唯「ごめんくださーい!」ピンポーン
聡「ほーい。あれ、姉ちゃんの友達ですか?」ドアガチャ
唯「あ、はい。軽音部の平沢唯です。」
聡「ちょっと待ってて下さい。…姉ちゃーん!」
唯「…りっちゃん、元気ですか?」
聡「すみません、今すごく落ち込んでて…。ちょっと呼んで来ます。」
ドアガチャ
律「…唯。来たのか。」
唯「りっちゃん…。」
目の下に浮かぶ、さっきの空の暗雲のような隈が、りっちゃんの灰色の日常を物語っていた。私もあんなだったのかな。
唯「りっちゃん、お話があるの。」
律「…ああ。まぁとりあえず私の部屋来いよ。」
59: 2010/07/12(月) 18:13:37.40 ID:LXQIngRo0
律の部屋(ちょっと汚い)!
律「…で、話って何?」
唯「りっちゃん。…ううん、部長。軽音部、復活させよう?」
律「…ごめんな。もう軽音部のことは、あんまり話したくない。澪や梓のことを思い出して嫌なんだ。」
唯「そんな…。」
律「唯と話すのだって辛いんだよ…。悪いけど、また今度にしてくれないかな。」
唯「…りっちゃん。それは逃げだよ。」
律「そんなことねーよ!」
60: 2010/07/12(月) 18:16:51.18 ID:LXQIngRo0
唯「…人はみんな、辛いことから逃げたがるものだよね。現実よりも夢を見続ける方が楽だもん。」
唯「でもさ、向き合うべき現実から目をそらし続けたとして、それで何かを得られるの? しかも、代わりに絶対に失うものがあるよね?」
…ただ泣き叫んでいても、花は咲いてくれない。一歩踏み出す勇気を伴侶としない限り、悲しみの連鎖から抜け出すことはできず、永遠に引っ込み思案を繰り返すだけだ。
唯「今のりっちゃんは、凍りついた時間の中でただじっとしているだけ。過去に囚われていたら、いつまで経っても望む未来は訪れないよ?」
しかし、次の言葉を口にしようとした刹那、
―――パチンッ!
頬を打たれる音が響いた。
61: 2010/07/12(月) 18:19:18.46 ID:LXQIngRo0
律「…。」
唯「…。」
沈黙を破ったのは、遂に限界を迎えた雲から降り出した、雨の音。
それを合図に、律が再び口を開く。
律「過去に囚われない方がいい? じゃあ唯は、澪や梓を忘れて、自分たちだけ幸せになろうって言うのかっ!? 唯は自分が良ければ満足なのかっ!?」
―――パチンッ! ―――パチンッ!
何度も何度も、痛烈な音が空気を裂く。
でも、頬を打つ手には、りっちゃんの軽音部への想いが込められているのを、私は知っている。頬の痛みから、りっちゃんの苦しみと葛藤が伝わってくる。
もし、心の傷から血を流すことで、心の中の悲しみが少しでも流れ出てくれるのなら。…好きなだけ流していいんだよ。
たとえその血の流し方が、私の頬を打つことだとしても。
律「お前はっ、なんで澪が氏んだのか、知ってるのかっ!? 私のせいなんだよっ!」
律「澪は、私がトンちゃんのエサやりを忘れたのに気付いて、学校に戻ったんだ! その時に地震が来て、校舎の下敷きになったって!」
律「私がしっかりしてれば、澪は氏なずに済んだかも知れないんだっ! それなのに、私だけ幸せになろうなんて、絶対無理なんだよ!」
とめどなく流れる涙がりっちゃんの頬を濡らす。でも、私はもう涙で視界を滲ませたりはしなかった。
62: 2010/07/12(月) 18:22:57.82 ID:LXQIngRo0
唯「りっちゃんのせいじゃないよ!…自分を責めないで? そんなこと、澪ちゃんは絶対望んでない!」
律「いや私が悪いんだっ!」
唯「…ムギちゃんにも似たようなことを言ったんだけどね? りっちゃんが澪ちゃんの立場だったら、どう思う?」
律「え…?」
唯「りっちゃんは、澪ちゃんのことを許せない? 澪ちゃんが幸せになるのが嫌?」
律「…そんなことないけど。」
唯「澪ちゃんも同じ。今も、りっちゃんに幸せになって欲しいと願ってくれているはずだよ。」
律「…。」
唯「そうしないと、楽しかったはずの澪ちゃんとの思い出も、悲しいものに変わっちゃうもの。」
律「なんでそんなこと言えるんだよ。澪は私のせいで…。」
63: 2010/07/12(月) 18:25:06.15 ID:LXQIngRo0
唯「りっちゃんは、廃部寸前の軽音部を立て直して、私たちの居場所を作ってくれた。澪ちゃんは、楽しい毎日を過ごすことができて、りっちゃんに感謝していたよ。」
唯「澪ちゃんもあずにゃんも軽音部の復活を待ち望んでるって私は信じてる。あずにゃんは最後、間違いなく笑顔だったもん! 澪ちゃんもきっとそう!」
唯「だからね? 澪ちゃんやあずにゃんのためにも、軽音部を復活させようよ?」
律「…。唯、叩いちゃってごめんな…。」
律「…でも、そんなにすぐには納得できない。1日考えさせてくれないか?」
唯「うん、大丈夫。待ってるからね。」
唯「お邪魔しましたー!」
家を出て空を見上げると、さっきまでの土砂降りが嘘のように、吸い込まれそうになるくらい青く澄み渡っていた。
64: 2010/07/12(月) 18:27:07.08 ID:LXQIngRo0
翌日、りっちゃんは颯爽と学校に登校し、軽音部の活動再開に賛成してくれた。澪ちゃんが夢に出てきて、説得されたとか。
でも、これでもう、私たちを阻む障害はないはず!
昨日ムギちゃんが和ちゃんと一緒に、さわちゃん先生に言われて軽音部の学園祭出演を申請してくれたみたいだから、あとは練習あるのみだね!
そう思っていたけれど、肝心なことを忘れていた。
65: 2010/07/12(月) 18:30:45.39 ID:LXQIngRo0
3年2組の教室!
唯「ふうー、移動教室は疲れる…。でもこの後ホームルーム終わったら部活だね!」
律「…ていうかさ、ベースどうすんだよ。絶対必要だろ。」
唯「あ、そっか忘れてた…。」
紬「ジャズ研の人に賛助を頼んでみる?」
律「いや、やっぱ軽音部のメンバーになってくれる人じゃないと…。」
唯「うーん…。」
律「とりあえず、部活の時に考えようぜ! もうすぐ独身が独身ヅラぶら下げて独身ホームルーム始めに来ちゃうし!」
唯(ん? なんか聞いたことあるフレーズ…?)
3年2組の前の廊下!
さわ子「…。」
66: 2010/07/12(月) 18:34:21.44 ID:LXQIngRo0
放課後の音楽室!
律「で、どうする?」
唯「りっちゃん隊員、なんか案はないのー?」
律「…前から思ってたんだけどさ、隊員じゃなくて隊長じゃね? 部長なんだし。」
唯「では、りっちゃん隊長! なにか案はありませんかっ?」
律「ない!」キッパリ
ドアガチャ
憂「こんにちはー。お姉ちゃん、廊下に教科書落ちてたよ。」
唯「あ、ういー! わざわざ届けてくれたの? ありがとう!」
憂「ちゃんと名前書いておいて良かったね。」ニコニコ
律「小学生かよ…。」
唯「そうだ憂、軽音部に入らない?」
憂「うんいいよ。」
律紬(あっさり解決!?)
68: 2010/07/12(月) 18:37:55.92 ID:LXQIngRo0
律「いやいやちょっと待て。憂ちゃん、本当にいいの?」
憂「はい。もちろんです!」
紬(ここまで長かったもの…。今くらい都合良く物事が進んでもバチは当たらないわ…。)
唯「憂、最初から入部してくれれば良かったのにー。」
律「そうだよ憂ちゃん、なんで今になってOKしてくれたの?」
憂「…私が入部しなかったのは、私がいるとお姉ちゃんが私を頼ってしまうからなんです。でも、お姉ちゃんは前よりもずっと立派で強い人になってくれて。」
唯「えへへー、誉めすぎだよー。」ニヤニヤ
紬(やっぱり妹の方が保護者ね…。)
憂「だから私、皆さんと一緒に演奏したいです。お手伝いさせてください!」
律「おっしゃー! ありがとう!」
紬「大歓迎よ♪」
唯「憂、ありがとう。」
憂「えへへ。…でも、私も軽音部で演奏したいと思ってたんだよ。」
69: 2010/07/12(月) 18:41:54.42 ID:LXQIngRo0
唯「ううん、そのことだけじゃないよ。…私、小さい頃から今までずっと、憂に頼ってばかりいた。」
唯「憂は、本当にどうしてそこまでっていうくらい、私のために頑張ってくれたよね。」
憂「そんなの簡単だよ。だって私たち、家族だもん。大好きなお姉ちゃんのためになるなら、私も幸せなんだよ。」
憂の正真正銘の真心と好意に甘えてしまっていた自分を、今更ながら恥じた。
この感謝を表すためには、もう何度ありがとうを繰り返しても足りないけれど、僅かでも伝えるために、精一杯の言葉を紡ぐ。
唯「それでもっ! それでも、何度でも言わせて。…憂、ありがとう。」ギュッ
私の幸せを世界で一番祈ってくれていたのは、他ならぬ憂だってこと、お姉ちゃんは分かってるよ。
…今までなかった新しい幸せを捜し出すより、身近にあって気付かない幸せを見つけることの方が大切だって、もう私は理解している。
そして、あまりに身近すぎて忘れかけていた憂の想い、今では痛いほど分かる。
だから憂、何度でも言うよ。
…ありがとう。
70: 2010/07/12(月) 18:44:56.06 ID:LXQIngRo0
練習!
憂は、ベースを始めたばかりのはずなのに、あっという間に私たちの演奏に溶け込んだ。
本人が言うには、ジャズ研究会の友達にベースを触らせてもらったことがあったらしい。
でもそれだけで弾けるようになるなんて…。憂ちゃんマジ選手。
ジャジャーン!
紬「ほんと、憂ちゃん上手ねー。」
憂「いえ、まだまだですよー。」
唯「さすが私の妹!」エヘン
律「あ、あのさ、今までの曲の他にも、曲練習しとこうぜ! …翼をくださいとかさ。」
唯「そうだね! やってみよう!」
憂紬「うん!」
2人の大切な友達を失ったあの日から、私がずっと追い求めてきた、ささやかな日常。
やっと。本当にやっと、取り戻せたかな。
71: 2010/07/12(月) 18:48:17.83 ID:LXQIngRo0
―――月日は流れ、今日は、高校最後の学園祭。
このライブを最後に、放課後ティータイムは解散する。
唯「…軽音部も今日で卒業だね。」
律「ああ…。」グスッ
卒業という言葉は、どうしようもない一つの区切りと分岐点を示し、また同時に、決定的な脱皮を求められる、そんな悲しいような、そして弾むような、不思議な響きがする。
でも、別れがあるからこそ、積み重ねた思い出の結晶に永遠の輝きが宿るんだよね。
紬「りっちゃん、最後まで笑顔でいよう。」
律「お、おう!」ゴシゴシ
…もし、私が軽音部に入っていなかったら。
澪ちゃんやあずにゃんとも出会うことはなく、大切な人を失う不幸を味わうこともなかっただろう。
そちらの方が、平穏な毎日を送ることができて良いと感じる人もいるかも知れない。温室育ちで苦労知らずの花も、一見すれば美しいのだから。
けれど、風雪に耐えて花を開かせた野花に宿るのは、美しさだけじゃない。
試練を乗り越える強さを知った私にとって、もし軽音部に入らなかったらという仮定が満足な結末を導くことは、もはや永遠にあり得ない。
72: 2010/07/12(月) 18:51:22.34 ID:LXQIngRo0
憂「お姉ちゃん、そろそろMC!」
唯「うん! ええと、次が最後の曲です。」
次で最後か…。
ステージまで持って来ていた、あずにゃんにもらった猫のぬいぐるみを撫でる。
(唯先輩、頑張って下さい!)
ふと、あずにゃんの声が聞こえた気がした。…このぬいぐるみには、あずにゃんの想いが込められているんだね。
(頑張るよ、あずにゃん。)
感謝の気持ちをかみしめながら、力の限り叫んだ。あずにゃんや澪ちゃんにも届くように。
唯「…精一杯歌いますっ! ふわふわ時間っ!」
73: 2010/07/12(月) 18:54:00.64 ID:LXQIngRo0
ジャーン!
…言葉通り精一杯、声の限りを尽くして歌い切った。ステージには立てなかった2人の想いも乗せて。
律「澪、梓、聴いてくれたかな…。」
紬「ええ…。私たちの演奏、きっと届いたわ。」
唯「…これで、おしまいだね…。」
―――アンコールッ!
憂「…! お姉ちゃん!」
唯「アンコール…?」
―――アンコールッ! アンコールッ!
紬「やりましょう! アンコールに応えて!」
律「じゃ、じゃあ曲は、澪がやりたがってた…。」
唯「うん、あの曲しかないねっ!」
74: 2010/07/12(月) 18:59:13.86 ID:LXQIngRo0
…今まで、翼をくださいの「翼」って何を象徴する比喩なんだろうと疑問だった。富や名誉よりも大切な望み。
それは当然、人によって違うのだろう。人それぞれ、望みの形は違うのだから。
でも、人間の多様な望みにも、根底に流れるものは共通している。それは、大昔から何度も何度も、様々な物語や音楽を通じて訴えられ続けているもの。
…人の幸せを願う愛が、富や名誉を超える望みを生み出すのだ。
人間は長い歴史の中で、論理という思考手段を鍛え続けることによって、自らの最良の行動を探し当てる羅針盤を追い求めている。
けれど、行動原理に論理を介在させてなお、人間の行動を決する根本的な価値基準となり、私たちを突き動かす原動力になっているのは、人を想う愛なのだと思う。
…そして、私たち軽音部のメンバーにとって、今求める「翼」はただ一つ。
澪ちゃんやあずにゃんのためにも、最高の笑顔で最高の演奏をしよう。2人を想う愛が、私たちを駆り立てる。
唯「それじゃ、アンコールにお応えして、…もう1曲、歌います!」
唯澪律紬梓憂「翼をください!」
おしまい。
75: 2010/07/12(月) 19:00:35.70 ID:++KzRtJY0
最後に2人も叫んでるのがいいな、乙
76: 2010/07/12(月) 19:01:06.81 ID:UkeqO0GD0
乙
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります