1: ◆FYW.3i5lks 2015/11/25(水) 03:19:50.30 ID:6rXjNSFC0

夏が終わり、暑い季節は過ぎて涼しい風が吹き抜けていく季節になった

旧校舎の部室は広く大きいけれどガタがきていることもあって隙間風が少々肌寒いような気さえする

とはいえ、暑いのよりはいくらかマシだ

中間試験ものどちゃんと咲ちゃん、染谷先輩、ついでに京太郎の協力もあってなんとか補習は避けられた

最近は、集中力が特に増してきている気がする……勉強は嫌いだけど、麻雀は好きだ

麻雀を打つためにも補習を受けている時間がもったいない……なにより、余計に勉強するのは嫌だ。 成績がいいとは言えないけど、勉強にも少しは身が入るようになったように思う

和「ゆーき? なに黄昏てるんですか?」

優希「んー? いや、ちょっとな……私もよくやったものだと感動してたんだ……そろそろ時間か?」

和「はい。 また、バスが出ますから……染谷先輩と咲さんが待ってますよ」

夏は……インターハイは終わった

だけど、熱い季節は過ぎていない。 インターハイが終わっても国麻に秋季選抜と戦いは続く

優希「よし……それじゃあ、行くとするか!」

秋が来た……いつもならタコスで食欲の秋と洒落込むところだけど……今年は違う

そう、戦いの季節だ


2: 2015/11/25(水) 03:21:38.34 ID:6rXjNSFC0

3: 2015/11/25(水) 03:22:06.07 ID:6rXjNSFC0

京太郎「あ、おい、待てよ優希」

優希「ん? いってらっしゃいのちゅーならいらんぞ?」

京太郎「しねーよ!」

優希「ふむ……もしかして、いってきますのちゅーをしてほしいのか?」

京太郎「いらねーよ! そうじゃなくて……ほら、タコス! 作ってきたから、持ってけよ」

優希「おお、愛妻弁当とは助かるじぇ」

京太郎「誰が妻だよ!? 普通逆だろ!」

優希「誰が貴様の嫁だ! お前なんかこっちから願い下げだじょ!」

京太郎「お前が言い出したんだろ!?」

和「はぁ……もう、仲がいいのはいいことですが……」

咲「ほどほどにしてよ? あんまり遅れてもみんなに悪いし……」

まこ「この土日空けることになるが……京太郎、頼んだけぇね」

京太郎「はい! まかせてくださいよ、留守はしっかり守るんで! 強化合宿の方頑張ってくださいね!」

まこ「はいよ。 またなんか土産買ってきちゃるわ」

咲「サボらないでしっかりやるんだよ?」

和「須賀くんも上級生として後輩たちのお手本になれるようにしてくださいね」

京太郎「そんなに心配しなくても大丈夫だって! ……つーかたった2日だろ? そんなに信用ないの?」

咲「……はは」

和「あ、ゆーき……サルサソースが口元についてますよ? ほら……」

優希「うにゅ……すまんなのどちゃん! 最近は京太郎もタコスづくりの腕を上げてきているからな……つい勢いよく食べちゃったじょ」

京太郎「……あれ!? マジで!? そんなに信用ないの!?」

まこ「これこれ……あんたらもあんまり京太郎をいじめんでな……ほんじゃあ行ってくるけえ、なんかあったらすぐに連絡してくれて構わんからな?」

京太郎「ええ……ま、なにもないとは思いますけど……じゃ、そっちこそしっかりやれよ」

咲「うん、行ってくるね京ちゃん」

和「いってきますね」

優希「達者でな!」


4: 2015/11/25(水) 03:22:50.16 ID:6rXjNSFC0

バスに乗り込み、合宿所に向かう……そろそろ定期イベントになりつつある合同合宿だ

和「次に利用するのは来年の夏になると思っていましたが……意外と早く機会が来ましたね」

咲「そうだね……国麻に向けての合宿ってことでいいんですよね?」

まこ「そうなるのう……まあ、いろいろと事情はあるんじゃが」

優希「また竹井先輩が一枚噛んでるじょ?」

まこ「さあのう? ……ああ、久は無理矢理にでも時間作って明日には顔出すって言うとったがな」

和「……竹井先輩、しょっちゅう顔出してくれるのはすごくうれしいのですが……大学の方は大丈夫なんでしょうか?」

まこ「久は要領ええからな……なんとかしとるんじゃろ」

優希「竹井先輩なら心配いらんじょ! 竹井先輩が顔出すって言ったんなら絶対来るし都合もしっかりつけてるはずだじぇ! ……それにしても京太郎はまだまだだな……この程度の量じゃ合宿所に着く前にタコスなくなっちゃうじょ」

咲「え!? 結構大きな袋いっぱいに入ってた気がするんだけど……」

優希「もう半分ぐらいしかないじぇ」

和「……それは明らかに食べすぎですよ、ゆーき」

まこ「よくそんなに食べられるのう……」

優希「タコスならいくらでもいけるじぇ~」

……それに、今のうちからタコスぢからをチャージしておかないと、打ち負ける

練習とはいえ……負けるのは好きじゃない。 夏の大会で不覚をとった以上、秋の選抜に向けて……国麻では仲間とはいえ、前哨戦だと思って本気で打つつもりだ

私たち清澄に、龍門渕、風越、鶴賀……それに、今回は他校の人間も来ると聞いている

国麻に向けて……って話だから、恐らく県内の有力選手がやって来るはずだ

聞いた話では、去年の合宿は藤田プロの要請で竹井先輩が組んだらしいし……今回もそうだと私は思っている

たぶん、竹井先輩と一緒に藤田プロもやって来るだろうし……この合宿は国麻の代表選手のオーダー順の決定にも繋がるはずだ

今年は、私の区分はクラスAになる。 去年は中学生が混ざっての戦いだったけど、今年はひとつ上……染谷先輩やノッポたちと一緒……天江衣や龍門渕透華も同じチームになる。 仲間にすれば頼もしいけれど、そもそも私が戦線に加わるためにはまずは越えなければいけない壁がある

天江衣はまず大将で決定だろう。 実力的にもまず間違いないし、長野県代表の選考の中心にいる……と思われる藤田プロは彼女を気に入っている

龍門渕透華も今年、それと二年前にはインターハイで個人戦にも参加して活躍している。 順当に行けば代表選手の座は堅い……というよりも、今年のチームのキャプテン候補だろう

のどちゃんと咲ちゃんも二年連続でインターハイに参加して結果を出している。 のどちゃんに関してはインターミドルから三年連続で結果を出し続けていることになるし、咲ちゃんも去年からの戦績を考えればほぼほぼスタメンになると見て間違いない


5: 2015/11/25(水) 03:23:24.57 ID:6rXjNSFC0

対して、私は去年こそ清澄の先鋒として全国区のエースたちと打ち合い、必氏に喰らいついてきたけど……例えば、咲ちゃんのお姉さんとか、臨海の辻垣内みたいなトップクラスの相手に対してプラス収支が出ていない

内容に関しては、ある程度評価されてもいいと我ながら思っているけど、勝っているわけではないのだ

今年は龍門渕が全国で大暴れしてきたこともあって、龍門渕のみんなの方が印象も強いだろうし……

国麻は試合ごとにオーダーの入れ替えが可能で、登録選手から五人が試合前にオーダーを発表する形になる。 先の四人はコンディションに依るとしても初戦の出場はまず決定だと考えて……他に全国の経験があるのは私と染谷先輩、龍門渕の三人だけど……

いろいろな打ち手がいた方が有利なのは間違いない。 例えば、モモちゃんみたいな特殊な打ち手は選考の上で有利だろう。 実力で言えば、イケダだって選ばれる可能性は高い。 負けてはいるものの、咲ちゃんや天江衣と打ち合える選手は全国でもそうはいないしな……

それに、私には県内に似たような打ち筋の実力者がいる……去年は代表選手として多くの対局に参加したけど、今年は枠の喰い合いは避けられないだろうし……

和「ゆーき? どうしたんですか? 急に黙っちゃって……」

優希「ん? ……ああ、すまんなのどちゃん……ちょっとタコスに集中しすぎて意識が飛んでたじょ」

和「……そんなにおいしいんですか?」

優希「まあ、最近は京太郎も腕をあげてるからな! タコスのバリエーションも増えてきたし……このまま行けば十分私専属のタコスシェフになれるじょ!」

咲「京ちゃん、去年の夏ごろからずっとそんな感じだけどね」

まこ「まあ、アレだけ作ってれば上達もするじゃろ……」

優希「学食にタコスがあるから清澄に来たというのに……ここ最近は京太郎のタコスの方をたくさん食べてる気がするじぇ」

和「……あんまり迷惑かけちゃいけませんよ?」

咲「いいんじゃない? 京ちゃんが自主的に作ってきてるんだし」

まこ「この間なんて、日曜なのに癖で朝からタコス大量に作ってもうて1日タコス食べてたって言うとったぞ」

優希「なに!? まったく、なぜ私に連絡を寄越さないんだ……それくらい全部食べてやったというのに」

和「……ゆーきも少しタコスの量減らした方がいいんじゃないですか? 昔から思っていましたが、食生活の偏りが激しすぎます……」

優希「それならのどちゃんが栄養バランスのいいお弁当でも作ってきてくれ! 京太郎の持ってくるタコスはおやつに回すから!」

和「むしろ食べる量自体が増えてるじゃないですか!?」

優希「割合的にはタコスの量が減るじぇ?」

咲「なるほど……」

まこ「いやいや、納得するところではないからの?」


6: 2015/11/25(水) 03:24:13.85 ID:6rXjNSFC0

タコス話に花を咲かせること数十分……目的地が見えてくる

実に二ヶ月ぶりの合宿所……なんかもう、毎月来てもいいんじゃないか? 大きな温泉もあることだし、毎日のように使わなきゃ損だと思うんだけど……って、前に染谷先輩に言ったら部費が足りないって言われたっけ……

優希「ん? あれは……」

見覚えのある車が合宿所の前に停まっている

和「……鶴賀の、前部長の蒲原さんの車ですね」

咲「……鶴賀の人たち、またあの車で来たんだね」

まこ「……懲りんやつらじゃのう」

染谷先輩が心底呆れたようにため息をひとつ……バスもちょうどよく合宿所前に停車した

まこ「ほれ、あんまり待たせるのも悪い……いや、休ませてやった方がええのかもしれんが……荷物はちゃんと持ったか?」

咲「そんな、子どもじゃないんですから……」

和「……咲さん、足元に鞄置きっぱなしですよ」

咲「わわっ! ……あ、ありがとう和ちゃん」

まこ「……咲」

咲「だ、大丈夫ですよ……たまたま、たまたまですから」

優希「咲ちゃんももう二年生なんだから……あんまりどじっ子してると恥ずかしいじょ?」

咲「うぅ……わ、わかってるよ……」


7: 2015/11/25(水) 03:24:55.79 ID:6rXjNSFC0

まこ「遅れてすまんのう……大丈夫か?」

睦月「うむ……うっ……その、蒲原先輩が送ってくれると言うものだから……こ、断りづらくて……それなら、早めに来て休んでようかと……うぷっ……」

優希「むっちゃん先輩、無理しなくていいじょ? 龍門渕や風越のみんなが来るまで休んでてほしいじぇ」

佳織「ご、ごめんなさい……そうさせてもらうね……」

咲「……あれ? 加治木さんは来てないの?」

桃子「……先輩は大学の方の用事があるらしくて、明日来るらしいっす……」

優希「それで心なしか元気ないのか……まあ、そこら辺は仕方ないじぇ。 うちの竹井先輩も明日合流って聞いてるじょ?」

桃子「……も、もしかして一緒に来たりするっすか!?」

和「さぁ……? でも、あの二人は仲がいいですし……そういうこともあるかもしれませんね」

桃子「なっ……そんな! なにかあったらどうするんっすか!」

優希「なにが起きると言うのか?」

まこ「別になんも起きんわ……元気なら先に打つか?」

桃子「話を逸らさないでほしいっす! だいたい眼鏡さんがしっかり手綱を握っといてくれないと困るっすよ!」

まこ「いつまでわしが久の面倒見る係やらんといかんのじゃ……」

和「それは一生続きそうですけどね」

咲「竹井先輩、染谷先輩のこと大好きですし……」

智美「ワハハ それを言ったらゆみちんだってモモと離れたりしないと思うけどな?」

桃子「そうっすかね!? いやあ、さすがは前部長さんっす!いいこと言うっすね!」

まこ「どうも……相変わらずの屍の山じゃな?」

智美「不思議だな?」

和「こちらの台詞だと思うのですが」

佳織「不思議に思うなら……うう、ちょっと原因を考えてみてよ、智美ちゃん……」

智美「んー? それにしても、むっきーの言う通りにちょっと早く来たのは正解だったなー……こうして君らとも早く会えたことだし」

咲「蒲原さんは用事とか大丈夫なんですか?」

智美「ワハハ……スルーとは手厳しいな? まあ、わりと暇だし……大切な後輩たちのためだからなー」

まこ「……後輩のことを思うならもう少し安全運転してやってもええと思うがのう」


8: 2015/11/25(水) 03:25:31.15 ID:6rXjNSFC0

鶴賀のメンバーがへばっているうちに卓や牌の準備を進めつつ、残りの参加校のメンバーを待つ

とは言っても、どこもしっかりしたところだし時間には正確だ。 たいして待たないうちに続々と合宿所に風越も龍門渕も集まってくる



華菜「おーっす」

優希「イケダ! よく来たな!」

華菜「池田さん、もしくは池田先輩だろー? だから先輩には敬語使えって」

優希「池田先輩こんにちは!」

華菜「うげ……大丈夫か? 熱でもあるのか?」

優希「どういう意味だイケダァ!」



純「よっ! ひとついただくぞ」

優希「こらノッポ! 私のタコスを勝手に食べるんじゃない!」

純「こんだけあるんだから別にいいだろ?」

衣「よしっ! 早速打つぞ! 早く早く!」

純「あんま張り切んなよ……腹へったし飯にしようぜ」

優希「今私のタコス取っただろ!?」

純「足りねぇ。 もいっこ貰うぞ?」

優希「いい加減にしろー!」

一「うーん……まだお昼にはちょっと早いと思うよ?」

純「んじゃ、食前の運動といくか」

優希「いい度胸だ! ボコボコにしてやるじぇ! 覚悟しろノッポ!」


9: 2015/11/25(水) 03:26:12.99 ID:6rXjNSFC0

まこ「これ、打つのはええがまだ全員揃ってないんでな……あんまり飛ばすと後でバテるけえ、気ぃつけてな」

優希「了解だじぇ! いくじょ! タコスの恨み!」

純「かかってこい! そう簡単にやれると思うなよ?」

まこ「全然わかっとらんじゃろ……」

衣「衣も! 衣も打つぞ!」

華菜「よし! 私も混ぜろよ! 夏のリベンジだし!」

衣「うん! 勝負だ華菜!」

未春「ちょっと華菜ちゃん……ごめんね、ちゃんと挨拶もしないで……」

まこ「まあ、堅苦しいのは抜きでええじゃろ……久保コーチは?」

未春「少し遅れてくるって……やっぱり国麻に向けていろいろ忙しいみたいだから……夕方ごろには着くんじゃないかな」

透華「ふふん、本日の主役の登場ですわ! 今回もよろしくお願いいたしますわね」

まこ「ああ、よろしくのう……で、今日のスケジュールなんじゃが……」

透華「ええ、まずは……」

睦月「う、うむ……ぅ……」

未春「津山さん、無理しなくていいから……」

睦月「い、いや、大丈夫だよ……いつまでも寝てられないし……」


10: 2015/11/25(水) 03:26:43.95 ID:6rXjNSFC0

先輩方が合宿の特訓メニューについて相談しているのを尻目に、挨拶代わりと言わんばかりに勢いよく卓を囲む

ノッポやイケダはのどちゃんや咲ちゃんとはまた違う感じの……なんというか、友達と言うよりはダチというか……そういう微妙なニュアンスの違い?

私だってタコスを取られて本気で怒ってるわけじゃないし、それはノッポだってわかってる。 イケダだって私が敬語を使わないことに本気で怒ってるわけじゃないし、それを私だってわかってる

軽口を言い合える仲は心地よい。 しかし、ライバルであることに変わりはない……いくらダチでも、そこら辺の距離感を忘れてはいけないとも思う

みんな、力のある打ち手だ。 何回も打ってるし、勉強にもなる。 勝ったり負けたりを繰り返しているけれど……馴れ合ってるうちに、勝負に拘れなくなりたくない

優希「ツモ! 1000オール!」

衣「ふむ……優希はまた速度に一段と磨きをかけたな」

優希「いつまでもやられてばっかじゃいられんからな!」

純「打点は下がったけどな」

優希「うるさい! 和了ってナンボだじょ!」

華菜「ま、安くても和了り続けてりゃ勝つわけだしな……というか、お前だってどっちかと言うとそっちのタイプだろ」

純「まあ、鳴き入れて速攻かける方が得意だけど……打点が出ないわけじゃないんだぞ、っと……それだ猫娘、116000」

華菜「にゃ!? つーかちょっと待て! なんだ猫娘って!」

純「今思いっきりにゃーにゃー言ってたじゃねーか」

衣「なんだなんだ、優希も純も調子がいいな! よーし、衣も本気でいくぞー!」

純「あんまトバすなって染谷がいってたろーが!」

衣「うん! トバさないように気をつけるぞっ! みんなも振り込まないように気をつけるんだ!」

華菜「そういう意味じゃないし!」

優希「うう……まだ昼前だってのにプレッシャーがヤバいじぇ……」


11: 2015/11/25(水) 03:27:17.69 ID:6rXjNSFC0

天江衣……可愛らしい見た目とは裏腹に凶悪な打ち手で、一昨年には全国二回戦で敗退したにも関わらず大会最多得点を叩き出した超高打点プレイヤー

今年の夏も全国でその速度と火力で各地の強豪を次々と打ち破ってきた

プロで言えば、日本代表のエースの三尋木プロに似ているか……私の目指す先にある麻雀を打っているとも言える

以前受けたアドバイス……東場のうちに倒しきれ! だなんて、普通はなに言ってんだお前ってなるところを本気で言っちゃう上に、それができてしまうような子だ

夏の大会においては大きな壁になったけれど、国麻においては心強い味方になる

いい機会だし、今回も勉強させてもらおう。 自分自身のステップアップのためにも、強力な打ち手からは学ばないといけない

……来年の夏までのどちゃんと咲ちゃんに置いていかれたくないしな

衣「純、それだ! 18000!」

純「うぇ……」

華菜「……衣、やっぱり海底で和了るよりも普通に打ってる方が強いんじゃないか?」

衣「衣は海底で和了るのが好きなんだ。 今でもたまにやるぞ?」

純「普通は和了りたくて和了れるもんじゃねぇんだけどな……」

優希「むぅ……私もあの領域にまでいかないと全国のエースと渡り合えないのか……」

華菜「……こんなんばっかになったらもはや麻雀じゃないし」


12: 2015/11/25(水) 03:28:08.71 ID:6rXjNSFC0



最初から速度重視で攻めてるのに、それでも押し潰される……そろそろ、化物クラス相手にも速度と火力を両立できるようにならないと厳しいのかもしれない

衣「ほら、次だ次! たくさん打つぞ! ののかも咲も衣と遊ぼう!」

華菜「ぐぬぬ……ほら、行け宮永! 私の敵を取れ!」

咲「えぇ? か、敵って……」

華菜「それなら井上と代われ! 今度こそ二人まとめて倒してやるし!」

純「なんでお前がオレに命令すんだよ……」

優希「……のどちゃん代わるか?」

和「それでは、お言葉に甘えて打たせてもらいましょうか……合宿中にまだまだ打てますから、落ち込むには早いですよ?」

優希「ふん、これくらいでへこむ私じゃないじぇ。 どうやったら勝てるか考えてただけだじょ」

和「ふふ……ええ、そうですね」

優希「それにしても、衣ちゃんと打ってるとタコスの消費が早いじぇ……本格的に始める前に少し補充してくるじょ」

衣「ちゃんではなく」

優希「それじゃあ、また後で頼むじぇ衣さん」

衣「まかせなさい!」

純「チョロいやつだな……ほら、入れよ宮永」

咲「いいんですか?」

純「おう、腹へったしなんかつまんで来るわ」

和「もうお昼前ですよ?」

純「大丈夫だよ、ちゃんと食べるから……衣もオレみたいによく食べないとでかくなれねぇぞ?」

衣「!!」

華菜「待て待て! 今から食べると絶対昼入らなくなるし!」

衣「よく食べないと大きくならないんだぞ!?」

華菜「今更たいして変わらないから安心しろ!」

衣「衣の身長はまだ伸びる!!」

華菜「こんなんで泣きそうになるなよ!?」


13: 2015/11/25(水) 03:28:53.41 ID:6rXjNSFC0

優希「……で、お前は相変わらずつまみ食いか」

純「腹へってんだよ。 衣と打つのはなかなか体力いるしな……それに、本番はこれからだしよ」

優希「そうだな……しっかり力をつけて、国麻も優勝だじぇ」

純「だな。 そのためにもしっかり腹ごしらえしねぇと」

優希「お前そればっかだな……」

純「タコスばっかのお前に言われたかねぇよ」

優希「それを言われるとなにも言い返せんじょ…………なあ、今回のメンバーって……」

純「ん? ああ、いつもの四校に……あと一人だろ? あいつとも打ちたかったんだ。 今年も個人戦ではやられてるしな」

純「……お前の方が気になってんじゃねぇの? 同じ学年だし、枠的に被ってるだろ? しかも、個人戦の順位負けてるしよ」

優希「むむ……でもほら、私の方がキュートだろ?」

純「……あっちの方が美人だけどな」

優希「なんだお前、ああいう子が好みなのか?」

純「オレは女だっつーの! ……つか、好みもなにも、話したこともねぇし……お前はどうなんだよ? 去年の国麻は一緒だったろ」

優希「ん……そうなんだが……」

純「珍しく歯切れ悪いな……なんかあったのか?」

優希「ん……いや、むしろなんもないと言うか……私としてはそりゃあ、仲良くやりたいけども……あの子、あんまりそういうの好きじゃないみたいで……」

純「ふぅん……ま、そういうのもわからなくはねぇけど……透華たちに会うまでオレもそんなんだったし」

優希「ぷっ……一匹狼気取りの中二病か?」

純「…………うるせーな。 否定はしねぇけど、オレだっていろいろあったんだよ」

純「……ああ、時間的にもそろそろ来るんじゃねぇか? ……ほら」

優希「ん? ……あ、これは……」

純「……風の流れが、変わった」


14: 2015/11/25(水) 03:29:30.50 ID:6rXjNSFC0

学校を出る頃には肌寒いとさえ思っていたというのに、暖かい風が吹いてきた

ちょうど通りかかった合宿所の入口、長い髪を風に靡かせながら入ってきた見覚えのある少女

ノッポの言うとおり、個人的にはライバル意識を燃やしている相手でもある



優希「……数絵ちゃん、お久し振りだじぇ」

数絵「……気安く下の名前で呼ばないで欲しいと去年も言ったと思うのだけど?」

純「……きっついなぁ」

数絵「こんにちは、井上さん。 挨拶したいのですが、どちらに行けば?」

純「ん? おう、案内するわ……おい、オレが食う分のタコスも用意してこいよ」

優希「む……でも」

純「オレは自分で作った飯より人の作った飯の方が好きなんだよ」

優希「……わかった。 また後でな、数絵ちゃん!」

純「……メゲない奴だな」

数絵「……やめてと言ってるでしょう?」

……わりと本気で嫌そうな顔をされるものだから結構へこむ

たしかにライバルではあるし、馴れ合いすぎも良くはないと思ってはいるけど……少なくとも国麻の間はチームメイトになるのであろう間柄なのだから、せめて普通に……友達としての関係を築けたらいいとは思っているんだけど……あちらはそうでは無さそうだ

誰とでも必要以上に仲良くやれるタイプだと自負しているし、ここまでの拒絶もあまり経験がないのでちょっと折れそうになる

それでも諦めないのが私のいいところだけどな!


15: 2015/11/25(水) 03:30:00.72 ID:6rXjNSFC0

聡「こらこら、そんなにつんけんしなくてもいいだろう、数絵」

数絵「お祖父様……」

純「……誰だ、あのじいさん?」

優希「こら、失礼なことを言うなノッポ! 南浦プロを知らないのか?」

純「南浦? ……ああ、噂のプロのじーさんね」

数絵「…………井上さん、貴女……」

聡「いやいや、若いのが私みたいなジジイ知ってる方が珍しいんだ。 今はほとんど引退したようなもんだしね。 気にしてないよ……で、私としても挨拶しときたいんだがね。 靖子はもう来てるのか?」

純「靖子……って藤田プロか。 一応それ言っちゃダメな奴じゃねーの? プロが噛んでないことにしたいんだろ?」

聡「この段階になればよそ者もいないしもういいだろう? どうやら参加者にもバレバレみたいだしな」

優希「……敬語ぐらい使えこのバカ」

純「ってーな! 脛に蹴り入れんな!」

聡「ハハ、私は気にしてないからいいよ嬢ちゃん。 そっちの兄ちゃんみたいな姉ちゃんもその方が話しやすいんだろうしな」

純「兄ちゃんって……」

優希「事実だろ。 あ、その……藤田プロはわからないですけど、風越の久保コーチが夕方頃に来るって聞いているので……」

聡「ああ、私は久保さんと入れ替わりぐらいの予定なんでな……今年は私も少し見てくんでよろしくな」

優希「は、はいっ! よろしくお願いします!」


16: 2015/11/25(水) 03:30:34.00 ID:6rXjNSFC0

ノッポと一緒に南浦プロと数絵ちゃんを案内する―――初日の前半は南浦プロが練習を見てくれると言うことなのでタコスづくりは断念した。 さすがに合宿本番が始まるというのに台所に籠っていたらマズいだろう

聡「お、ここか……失礼、邪魔するぞ」

まこ「な、南浦プロ!?」

聡「全員集まってるか? とりあえず久保さんが来るまでは私が見るんでな。 まずは挨拶させてもらえるかい?」

智美「ワハハ プロのご指導とはこれまた豪華だな……運転手をして得したな」

透華「純……は、帰ってきましたわね。 片岡さんもご一緒ですわね」

華菜「うちと鶴賀は全員いるし! ……おい、宮永は?」

和「え? 咲さんならさっきお手洗いに行くと……言って、いました、が……」

まこ「……探してくるわ」

純「……なあ、オレ腹へってんだけど」

優希「昼飯まで我慢しろ! あと二時間もないだろうが!」

純「へいへい……ま、仕方ねぇかー」


17: 2015/11/25(水) 03:31:09.75 ID:6rXjNSFC0

しばらくして、染谷先輩が咲ちゃんを連れ戻すと南浦プロから簡単な挨拶と国麻に向けてのちょっとした話が始まる

……選考に携わってるプロの臭いは消したいって話で去年は合宿を清澄主催の体で開いた……らしいのにいいのだろうか?

聡「―――去年の結果は靖子もだいぶ悔しかったみたいでな。今回は私と数絵も合宿に参加させてもらうことになった。 残念ながら私は今日ちょっと顔出して終わりだが数絵は最後まで参加するんでな。 仲良くしてやってくれ」

数絵「……お祖父様、余計なことを言わないでください。 小学生ではないのですから」

佳織「よろしくね、南浦さん」

数絵「……ふん」

佳織「……む、無視されちゃった…………」

桃子「よくあることっすよ! それに元々ああいう子なんっすよきっと! 気にしなくていいっす!」

佳織「あれ!? 桃子さんいたの!?」

桃子「かおりん先輩はそろそろ私のことちょっとぐらい見えてもいいんじゃないっすか!?」

聡「まあ、挨拶もこれくらいでいいだろう。 各自打ち始めてくれ……気づいたことがあれば言うし、何かあれば聞いてくれて構わんよ」

……とりあえず、今回の合宿への参加は今年こそ長野県に優勝旗を! ということらしい。 去年届かなかった分、県内のプロに声をかけて選手のレベルアップを図る心づもりなんだろう

まあ、それ自体は私としても望むところだし、優勝旗を持ち帰る……これも、みんな同じ気持ちだろう。 戦うからには勝たなきゃだ

……とにかく、前半の対局の様子も南浦プロから久保コーチや藤田プロに報告がされるはずだし、しっかり気合入れて結果を……

純「はは、にしても保護者同伴は少しキツいな? 恥ずかしいだろうなあ」

優希「……まあ、そうかもな」

衣「子どもみたいだな!」

純「お前が言うかぁ?」

衣「どういう意味だ!?」

智紀「そういう意味?」

一「ほら、衣もお父さんとお母さんが心配するからあんまりはしゃがないでね」

衣「衣は子どもじゃない!」

純「オレは女だ!」

透華「もう、対局も始めるというのにあんまりはしゃいでは回りの迷惑に……」

一「うん、目立っちゃうね」

透華「もっとおやりなさいな!!」

華菜「こら! 龍門渕どもうるさいし! さっさと卓囲めって! タコス娘も!」


18: 2015/11/25(水) 03:32:32.36 ID:6rXjNSFC0

優希「……お前のせいで怒られたじゃないか」

純「オレのせいかよ? ま、いいじゃねーか。 さっさと始めようぜ」

優希「ああ、せっかくだしな……ん?」

対局相手を探そうと軽く回りを見回すと、南浦プロの周囲に人が集まってるのが……

星夏「な、南浦プロ! よろしければこのカードにサインを!」

睦月「わ、私も! いいですか?」

聡「はは、構わないよ。 しかし珍しいね、若い子が私みたいなじいさんのサイン欲しがるなんて……カードまで持ち歩いてくれてるとはねぇ」

星夏「ありがとうございます南浦プロ! プロの直筆サイン入りカード……!」

睦月「ただのカードが超レアカードに……!」

数絵「…………お祖父様ったら……デレデレして、恥ずかしい……」



純「……相変わらずだな、あいつらは」

優希「……いいんじゃないか? 南浦プロ含めてみんな楽しそうだし……というか、染谷先輩も……?」



まこ「わ、わしもええでしょうか? カードは持ってないんですけど……」

聡「はいよ。 いやあ、うれしいね……普段はおっさんしか集まってこないんだがなあ」

まこ「ふふ、うちのじいさんがファンでして……南浦プロの対局も結構見させていただいてるんです」

聡「ふむ……染谷さんにはぜひ数絵と打ってもらいたいね。 あれは私とよく似た打ち方をするからな、君と打って学ぶことも多いだろう」

まこ「……南浦プロはわしのことを……?」

聡「数絵の対戦相手にもなるし、今回は国麻に噛んだからね……県内の有力選手ぐらいはチェックしてるよ」

聡「それに、私は君や去年の風越の福路みたいな、盤面のコントロールが巧い選手が好きなんだよ……個人的に期待もしている」

まこ「あ……ありがとうございます!」

聡「まあ、私が長野の指揮を執るわけじゃないからどういう起用になるかはわからんがね」


19: 2015/11/25(水) 03:33:17.66 ID:6rXjNSFC0

優希「……染谷先輩、ちゃんと評価されてるんだな」

純「そりゃ、あいつ巧いしな……去年も、ほら……なんだっけ? 岩手の留学生、地区大会和了率トップとかいうの完封してたろ」

優希「染谷先輩、見たことある状況ならほとんど対応できるからな……ほんとすごいじぇ」

純「……麻雀より囲碁とか将棋のが向いてんじゃねーの?」

優希「まあ、そっちでも相当な戦績出せるだろうけどそういう話じゃないだろ……」

……実際、すぐ後ろに染谷先輩がいるから安心して戦えていたというのはある

あまりにも特殊な打ち方をする相手――例えば、臨海の中国からの留学生みたいな――そういう相手じゃなければ、染谷先輩は卓上をほぼ完璧にコントロールできる

自分で和了れない状況なら他家を利用するし、より打点の低い相手に差し込んで場を流したり……器用で状況に応じていろいろな戦術を取れる……戦い方に幅があるんだ

その点、私はスタートダッシュからの逃げ切りしか手札が無い。 この戦い方だって特化して突き詰めれば通用するだろうけど、東場で稼げなければ格上相手に南場で稼ぐのは難しい

かといって、今更これ以外の戦い方なんかできるはずもなく……元々器用な打ち手じゃない私はひたすら突っ走るしかない

……やっぱり、ひたすら打ちまくって経験積んで、より速く、より高い打点で和了れるようになるしかないのかな……

……悩んでいても仕方ないか。 とにかく行動あるのみ! せっかくのライバルたちと打つ機会なんだし、ガンガン打たなきゃ損だもんな!

優希「……よし! 数絵ちゃーん! せっかくだし一局どうだ?」

数絵「……だから、その数絵ちゃんというのはやめてくれないかしら」

優希「まったく、照れなくてもいいじゃないか……これからしばらくは同じチームで戦う仲間だじょ? 仲良くやろうじぇ~」

数絵「……その必要は感じないわ。 それに、同じチームで戦うとはいえ……仲間? 貴女は私の背を預けるに足る相手かしら?」

優希「……どういう意味だ?」

数絵「そのままの意味だけれど? 私は、私の足を引っ張るだけの存在なんて最初から必要としていないわ」

優希「……!」


20: 2015/11/25(水) 03:33:47.39 ID:6rXjNSFC0

足を引っ張るだけ……か

……去年の全国では各地のエースたち……咲ちゃんのお姉さんや、臨海の辻垣内たちを相手に点数を削られるばかりだった

今年のインターハイ県予選も、結局ノッポに稼ぎ負けて……個人戦も、全国出場には届かずに……

……私は南浦さんより順位も下だったし、直接対決でも敗北している以上何も言い返せない

…………もうふっ切れたと思ってたけど、こうもはっきり言われるとやっぱりキツいなぁ……

優希「…………」

純「おい、ちょっと待てよ」

数絵「……なんでしょう?」

純「別に、仲良くしろとは言わねぇけどよ……そこまで言うこともねぇだろ。 いちいち突っかかったって空気悪くなるだけだぜ? チームのためにも良くねぇだろ」

数絵「ふん……これだけ言われて言い返せないような打ち手なんて……」

純「いい加減にしろよ。 噛みつく理由もねぇだろ? それに、お前がどう思おうがオレたちはチームだ」

数絵「……選出されている以上は、そういうことになりますね」

純「国麻で勝ちたいのはお前も一緒だろ? 団体戦である以上、チーム内でギスギスしたってマイナスの要素にしかならねぇよ」

数絵「……そうかもしれませんね、失礼しました」

純「わかればいいんだ……ああ、あとよ」

数絵「はい?」

純「お前は自分が弱いと思う相手を仲間とは認めたくないみたいだが……」

数絵「ええ、私の力を証明するためにも……足を引っ張るだけの存在は必要ないわ」

純「ふん……オレから言わせりゃ、団体戦でチームの雰囲気悪くする奴こそ認めたくないね。 邪魔になるだけだ」

数絵「……へぇ? 誰のことを言ってるのでしょうね?」

純「さあな? ……それと、オレはダチのことを悪く言われるのは嫌いだ。 ついでにもうひとつ……」

純「……足を引っ張るだけかは、打ってみなくちゃわからねぇぜ?」

数絵「……貴女が私の仲間たり得るかどうか、試してみましょうか」


21: 2015/11/25(水) 03:34:16.43 ID:6rXjNSFC0

一触即発の雰囲気……静かに言い争っていたとはいえ、いつまでも打たずに立っていればさすがに回りも違和感を覚えたのだろう。 注目されている気がする

華菜「はぁ……おいおい、なにやってんだ? 国麻までたいしてないのに時間の無駄遣いするなよ……ほら、南浦はこっち来い! キャプテンの私がその実力を見極めてやるし!」

透華「んなっ!? ちょっと、池田さん!? いつの間に貴女がキャプテンなんて話になっていますの!? 長野代表チームのキャプテンとなれば、当然今年の夏の代表校を率いたこの私こそか最も相応しいでしょうに!」

華菜「んー? じゃあほら、私がキャプテンやるから龍門渕はリーダーな。 染谷がボスとかで……」

透華「トップがそんなにいても混乱するだけですわよ!?」

未春「あの、たぶんコーチや藤田プロが来てから正式に発表があるんじゃ……」



数絵「……ふん」

純「ちっ……」

イケダと龍門渕のおねーさんが漫才を始めたところで気勢を多少は削がれたのか、二人は少し睨み合い、南浦さんはイケダの元に向かう

優希「……なんでお前が噛みついてんだ。 自分でギスギスするなって言ったばっかじゃないか」

純「……うっせ。 お前こそあれだけ言われてなんで言い返さねーんだよ」

優希「……口で言ったってどうしようもないじょ。 打って、認めさせなきゃしょうがないじぇ」

純「そりゃそうだろうけどよ……」

優希「……私のために怒ってくれて、サンキューな」

純「……別に、お前のためじゃねえよ。 あいつの物言いにムカついただけだ」

優希「……おい、どこ行くんだ?」

純「……少し頭冷やしてくる」

腹へったし、って小声で呟きながら出ていくノッポはまず間違いなく冷蔵庫を漁りに行ったんだろうけど……まあ、この場は見逃してやるとしよう


22: 2015/11/25(水) 03:35:04.23 ID:6rXjNSFC0

咲「優希ちゃん、大丈夫? どうかした?」

優希「咲ちゃん……いや、大丈夫だじょ? なんもないじぇ」

咲「それならいいけど……なにかあったなら相談してね? 私じゃあんまり力になれないかもしれないけど……」

優希「なに言ってるんだ、咲ちゃんやのどちゃんが居てくれるだけで心強いじょ! ……あれ、のどちゃんは?」

咲「……始まった時点でりゅーもんさんに捕まってたよ」

優希「ああ……そりゃあそうなるか」

よくよく見ると、立ち上がってイケダと未だ言い合ってる龍門渕のおねーさんの対面にのどちゃんが座っているのが確認できる



和「あの、対局中に立ち上がるのはマナー違反では……」

透華「原村和! 貴女はどう思いまして!? やはりこのチームを率いるに相応しいのはこの私だと思うでしょう!?」

和「え、あの……私は、その、染谷先輩が……」

透華「なんですって!? どういうことですの!?」

まこ「……気持ちは嬉しいがこういう時は適当に合わせといてええんじゃぞ、和」

一「ボクは透華がいいと思うんだけどなぁ」

華菜「70以上の部員をまとめる華菜ちゃんこそキャプテンの座が相応しいし!」

未春「いや、だからそれは私たちで決めることじゃないんじゃ……」



咲「……止めた方がいいかなぁ」

優希「いや、あれはもう近づいても巻き込まれるだけだじょ……落ち着くの待った方がいいじぇ」

南浦プロは苦笑しながら見守っている。 南浦さんはいつになっても打てそうにないから痺れを切らしたのだろう。 衣ちゃんに声をかけている……対局相手を探しているんだろうけど……

優希「……真っ先にあそこに行くのか」

咲「え? ……ああ、南浦さん? 衣ちゃんと打つんだ……私も行ってこようかな」

優希「……咲ちゃんは、衣ちゃんと打つの楽しいよな?」

咲「うん! 麻雀打つの楽しいよ?」

優希「そうだよな……私も楽しいじぇ!」

……とはいえ、私は友人付き合いがあるからともかく……なかなかいきなり突撃できる雀士ではないよなぁ


23: 2015/11/25(水) 03:35:59.03 ID:6rXjNSFC0

咲「優希ちゃんも一緒に行こ?」

優希「ん……そうだな……」

……ちょっと気まずいけど、それこそ打たなきゃ認めてもらうこともできないだろう。 それに、打ってる間に仲良くなれるかもしれないし……なにより、役立たずだと思われたままじゃいられない

優希「よし! 行くぞ咲ちゃん! 打ちまくって国麻までに更にレベルアップだじぇ!」

咲「頑張ろうね、優希ちゃん」

優希「おう! さあさあ、衣ちゃんに数絵ちゃん、勝負だじぇ!」

衣「だからちゃんではなく!」

数絵「…………貴女もしつこいわね」

優希「打たなきゃ認めてくれないだろ?」

数絵「……まあいいわ。 三ヶ月やそこらでそんなに変わるとは思えないけど」

優希「ふっ……この短期間で成長してしまうのが私のすごいところだからな!」

負け続きの自分が情けなくて、悩んで、なによりも悔しくて……

私だって、ただ打つだけじゃなくて……勝ちたい。 結果を出したい。 ……のどちゃんや咲ちゃんに負けずに……一緒に、戦いたい

そのために、まず国麻だ

この国麻に向けて特訓してきた……大きな舞台でみんなと一緒に戦える数少ない機会だ。 しかも、清澄だけじゃない……他校の友人たちとも一緒に

しかし、限られた出場枠の中に私が入るためにはやっぱり力をつけないといけない

そして、この合宿は力をつけるためだけじゃなく……その出場枠に入る選手を選抜するための合宿でもある

力をつける……力を見せる……まずは、南浦さんを相手に……!


優希「行くじぇ! サイコロ回すじょ!」



24: 2015/11/25(水) 03:36:46.76 ID:6rXjNSFC0

この面子で私が勝つには……まあ、いつも通りに東場で稼いで逃げ切るしか無いわけだが……和了するのも一苦労の面子だ。 ここは火力を落としてもいい……去年のインハイを思い出せ……! 細かく刻んでひたすら連荘!

優希「ポン!」

鳴きを入れて加速! 自分で卓の流れを作る……少しでも気を抜けば海底に引きずり込まれる

優希「チー!」

咲ちゃんを警戒して生牌は抱えたまま走り抜ける……和了への道を!

優希「――ツモ! タンヤオのみで500オールだじょ!」

衣「ほう……優希、やはり腕を上げたな! 様子見をしている場合では無さそうだ」

咲「さすがにこの速度で和了られちゃうと大変だなぁ……」

数絵「…………」

優希「ふふん、まだまだ小手調べだじょ? もっともっと速くなるじぇ! 一本場行くじょ!」




衣「ツモ! 自摸 断么九 平和 一盃口 ドラ2 3000・6000の一本場は3100・6100だ!」



咲「カン! 嶺上開花! 自摸 役牌 嶺上開花で1000・2000です!」



衣「立直 一発 自摸 海底にドラが1枚で4000オールだ!」



咲「嶺上ツモ! 一本場は400・600です」



衣「ツモだ! 2000・4000!」



……あ、東場終わっちゃった




25: 2015/11/25(水) 03:37:44.31 ID:6rXjNSFC0

衣「やっぱり咲たちと打つのは楽しいぞっ!」

咲「うん、私もワクワクするよ。 点差開いちゃったけど、まだまだこれからだよ!」

優希「ぐぬぬ……ふたりともさすがだじょ……この私がまさか東場で一回しか和了れないとは……」

数絵「ふん……たいした成長具合ね」

優希「むぅ……そういう数絵ちゃんこそまだ焼き鳥じゃないか」

数絵「南入してトップとの点差が42200点……充分逆転圏内よ。 うっかり貴女がトばないように気をつけないとね」

優希「余計なお世話だじょ! 数絵ちゃんこそ私にトバされないように気をつけるんだな!」

数絵「私をトバす? 貴女が、南場で? 面白い冗談ね……さて、早くサイコロ回してもらえないかしら」

優希「むぅ……行くじょ!」

……たしかに、強がってはみたものの……東場ならともかく、南場で南浦さんをトバすなんていうのは今の私には不可能だろう

現に、せっかくの親番だというのに配牌はいまいちだし……もともと東場が終わると流れが途切れやすい私には、南入してしまえば流れを一気に持っていく南浦さんは相性が悪い

まあ、それはお互い様だろうけど……南入した途端に完全に流れを持っていかれたという感じだ

ただでさえ咲ちゃんと衣ちゃんに好き放題されているというのにこれでは……トバされないようにするのが精一杯、なんてことにもなりかねない

……それでも、私は諦めない。 練習だからって手を抜いたりしてたら絶対に強くなんてなれないんだから……

南場でも、積極的に攻める!

数絵「ツモ。 300・500、いただくわ」

優希「む……!」

衣「ほほう……東場の優希に負けず劣らずの速度だな」

数絵「負けず劣らず? 違うわね……私の方が速いわ」

衣「……ふふ、面白い打ち手が増えて衣は楽しいぞ!」


26: 2015/11/25(水) 03:38:21.86 ID:6rXjNSFC0

――――――

数絵「……少し、届かなかったわね」

衣「ふふ、楽しませてもらったぞ! いい打ち手だな、お前は」

数絵「ありがとうございます……天江さんとは手合わせしたかったんです。 貴女は二年連続で個人戦に参加していませんでしたから」

衣「そうかそうか! 衣も遊び相手が増えるのは喜ばしいことだ! いつでも相手をするぞ!」

数絵「遊び…………まあ、いいでしょう。 よろしくお願いします」

咲「うーん……今回はやられちゃったなあ……」

数絵「それでも、私は公式戦で貴女に一度も勝ててないもの……貴女はそういう勝負強さがあるのかもしれないわね」

咲「んん……そうかな」

……やられた。 結構ボロボロに。 なんとかトバずに済んだけど、結局南場は和了れずじまいだった……

数絵「……どうやら、その程度みたいね」

優希「……麻雀は一回や二回で強さを測れるもんじゃないじぇ」

数絵「ええ、そうね……それでも、大会は一回勝負よ」

優希「……わかってる」

数絵「私たちが力を証明するには……その一回で結果を出すしかないのよ」

実感のこもった言葉だ……南浦さんの通う平滝高校は団体戦にエントリーしていない。 個人戦にだけ参加して……二年連続で五位に終わった……ギリギリ全国出場圏外に終わった南浦さんとしても強く感じていることなのだろう

……それにしても、なんか私にだけ当たりキツくないか? 単純に咲ちゃんと衣ちゃんは認められているということなのか、ただ私が嫌われているだけなのか、それともその両方なのか……

……嫌われるようなこと、そんなにしてないと思うんだけどなぁ……下の名前で呼ばれるのそんなに嫌なのか?


27: 2015/11/25(水) 03:39:15.67 ID:6rXjNSFC0

衣「よし! それじゃあ二戦目だ!」

優希「おおう、マジか……衣ちゃん元気だな……そろそろお昼だじょ?」

衣「せっかく集まったんだから打たなきゃ勿体無いだろう? ほらほら、早く! 席決めだ!」

咲「ふふ……それじゃあ、お昼までこのまま打とうか? 南浦さんも付き合ってくれる?」

数絵「……どうせならいろんな人と打ちたいのだけれど……いいわよ。 貴女たちと打つのがきっと一番だから」

……視線から察するに、他のお目当てはどうやら龍門渕のおねーさんやのどちゃんらしい……ここにいるメンバーの中で特に実力のある二人だ。 打ちたいという気持ちもよくわかるけど……

優希「一番? どういう意味だ?」

数絵「強い相手と打った方がいいでしょう? 自分が成長するためにも、力を証明するためにも……天江さんと宮永さんは全国区の打ち手だもの」

衣「お前も衣が今まで打った中ではなかなかの打ち手だと思うぞ? 」

数絵「……全国でも通用するでしょうか?」

衣「ああ、充分戦えると思うぞ? なあ、咲?」

咲「うん。 いろいろな人がいるから相性とかもあると思うけど……ね、優希ちゃん?」

優希「……そうだな。 数絵ちゃんは全国で打ってきた他の打ち手に見劣りしないじょ」

数絵「そう……まあ、貴女も一応全国経験者だものね」

優希「一応は酷いじょ……これでもエースポジションで全国トップクラスの相手と打ってきたんだじぇ?」

数絵「どうせなら勝ってる人の話を聞きたいのだけど」

優希「私は去年の優勝チームのエースだじょ……」

数絵「今年は県予選敗退でしょう?」

優希「むぅ……数絵ちゃんは意地悪だな……」

数絵「事実を言ってるだけよ……それじゃあ、どうかしら? 私と片岡さんと比べてみて……どちらがより活躍できると思う?」

優希「!」


28: 2015/11/25(水) 03:40:01.60 ID:6rXjNSFC0

私と、南浦さんを比べて……?

そんなこと言われても、私は……南浦さんに勝ててないし……スタイルも得意なのが東場か南場かという違いこそあるけど……ふたりとも基本的には流れに乗って――流れを作って攻めるのと、敵の攻撃を耐える2パターンの組み合わせだ

攻撃に関しては、私の得意分野だし、劣らない……いや、優っている自信がある

それでも、守備に関しては確実に南浦さんの方が上手だし……なにより、今の対局では南浦さんは攻めも守りも私を上回っていた

…………悔しいけど、今は私よりも南浦さんの方が……

咲「……どうだろうね?」

衣「どうだろうな?」

数絵「…………」

優希「…………別に、私に気を遣うことはないじょ? 実際に、今は私よりも……」

衣「……珍しいな、弱気になって……らしくないぞ?」

咲「麻雀は一回や二回で強さを測れるものじゃない、って今優希ちゃんが言ったんだよ?」

優希「む……それはそうだけど……」

咲「……とりあえず、今はちょっとわからないかな」

衣「衣は、今の段階なら優希の方が信頼できる」

優希「え……」

数絵「……どういうことでしょうか?」

衣「衣は、優希のことはよく知っている。 だが、お前のことよくわからん。 判断ができん」

数絵「……要するに、ふたりとも判断材料が足りないということね」

衣「そういうことだな。 正確な評価が欲しければ衣ともっと遊ぶんだ!」

数絵「……天江さん、貴女打ちたいだけじゃないの? ……こちらとしても、望むところだけれど」


29: 2015/11/25(水) 03:40:33.58 ID:6rXjNSFC0

……正直、ちょっとホッとした

咲ちゃんや衣ちゃんにはっきり南浦さんの方が強い、なんて言われたらやっぱりダメージでかいし……

…………それに、ふたりに言われたけど……また、うじうじして……今日の私はらしくない

南浦さんに対して思うところは多い。 麻雀のスタイルが近いことからライバル意識を持っているのは当然だけど、勝ていないから苦手意識もある。 それに、南浦さんは結構ハッキリ言ってくる子だからなんとなく気圧されてるかも……

……去年は、自分で思い返しても調子に乗ってたと思う。 夏の全国で、個人の成績はマイナスで反省もしていたけれど……全国でみんなと一緒に頂点に立って、そのチームの一員だってことが誇らしくて……みんなに一歩遅れていることを悩んではいたけれど、今ほど本気で悩んではいなかったのかもしれない

持ち前の前向きさもあって、みんなと練習し続けていれば自然と同じレベルまで伸びるんじゃないかと心のどこかで思っていた

強くなっている自信はある。 でも、自分が成長すればするほど、咲ちゃんや衣ちゃんたちのような、さらに上にいる打ち手との差が見えてきて……

夏に負けて、いっぱい悩んで、立ち上がって前を向いて、そして今、また悩んで……

自分と似た打ち手が目の前に現れて、しかもその相手が自分よりも少し先を行っていて……丁度、壁にぶつかっているのかもしれない

でも、これはいい機会だと考えないとダメだ。 大きな大会を前に、その壁を乗り越えるタイミングができたんだと思おう

南浦さんはいつでも打てる相手というわけじゃない。 そして、南浦さんだけでなく県内の有力選手が集まっているこの国麻に向けての準備期間は、私がさらに大きく成長するチャンスだ
いつまでもへこんでないで、もっともっと強くなる……苦しい時にどれだけ頑張れるかが大事だ、ってどっかのバカも言ってたっけ

頑張って、強くなって……代わりになるものじゃないけど、インターハイで上に行けなかった分まで、染谷先輩と一緒に優勝して……そして、来年こそはのどちゃんと咲ちゃんと一緒に私も全国に行くんだ……!


30: 2015/11/25(水) 03:41:28.81 ID:6rXjNSFC0

――お昼までの短い間とはいえ、打ってわかったこともある

南浦さんは、けっこう負けず嫌いなタイプみたいだ

咲ちゃんや衣ちゃんにやられると、決まって悔しそうに……回りからわかりづらいように少し顔を伏せて、ちょっと顔をしかめる。 あとは、ぎゅっと拳を握り込んだりとか……とにかく、なにかしらその悔しさが挙動に出ている

去年や夏の大会の時には気がつかなかったことだ……どちらかというと、落ち着いていてちょっと大人な……そう、モモちゃんのとこの加治木先輩みたいな印象が近かったんだけど……のどちゃんみたいに意外と子どもっぽいところがあるのかもしれない

……それか、もしかしたら私と一緒で……上に行けない焦りがあったりするのかも……

もともと無名の選手だったとはいえ、去年の夏に個人戦で活躍してからは県内では有力選手として知られているし、国麻にも参加して全国でも名を上げている……ついでに、南浦プロの孫だということも有名になっている

それでも、個人戦で全国に届かない……南浦プロによく似た打ち筋からも察することができるけれど、指導も受けているようだしお祖父さんへの信頼も篤くて尊敬しているようだから……思うところもあるんじゃないだろうか

……なんて、いろいろ勘繰ってみたところで南浦さんはなかなか心を開いてくれないし、実際は全然違うことを考えているのかもしれない

結局、まだ友達というには遠い間柄だっていうのは変わらないんだよな……せめて友達じゃなくってもいい、仲間として切磋琢磨していければ……互いのスタイル的にも学ぶところは多いと思うんだけど

……まあ、これに関しては私の努力次第か! 言葉で話すだけじゃない、卓上で打ち合っていればそれだけで技術や打ち回しを盗んでいくことはできる……しっかり集中して午後も臨むんだ! この貴重な時間を無駄にしちゃいけない……南浦さんだけでなく、他の打ち手からも学ぶことは多いんだから!



優希「……まあ、それはそれとしてお昼ご飯だじぇ! 数絵ちゃん、一緒に食べよ!」

数絵「結構よ。 貴女と一緒じゃご飯も落ち着いて食べられなそうだもの」

優希「つれないなぁ数絵ちゃんは……」

和「ゆーき!」

優希「ん? のどちゃんどうした? 龍門渕のおねーさんはいいのか?」

和「龍門渕さんなら今は天江さんと……そんなことよりほら、お昼食べに行きましょう!」

優希「え? え? のどちゃんほんとにどうした? なんか怒ってる?」

和「そんなことはないですけど……南浦さん、ゆーき借りていきますね!」

数絵「ええ、返さなくていいわよ」

ぐいぐいと腕を引っ張られて引きずられる……珍しく強引な親友にちょっと戸惑いを覚える

子どもみたいに頬を膨らませて怒ったように……ん?ああ、なんだ、そういうことか……


31: 2015/11/25(水) 03:42:02.36 ID:6rXjNSFC0

優希「……のどちゃん、私が数絵ちゃんばっかりかまうから妬いてるんだろ?」

和「なっ! べ、別に、そんなことは……!」

のどちゃんは図星を指されたせいか、掴んでいた手を離し、顔を真っ赤にしておろおろと狼狽えている……我が親友ながらなんともかわいらしいことだ

そして、観念したのかもう一度ちょっぴり頬を膨らませて答える

和「……ちょっとはありますけど」

優希「ちょっとじゃないくせに~」

和「むぅ……ちょっとって言ったらちょっとなんです! 私には咲さんも染谷先輩もいますし!」

優希「そう言われるとこちらとしても妬けてくるじぇ……お昼はバッチリのどちゃんのことかまってあげるじょ!」

和「べ……別に、頼んでませんけどねっ」

優希「それじゃあ咲ちゃんとふたりで食べよっかなー」

和「そんな……意地悪言わないでくださいよ、ゆーき……」

優希「冗談だってば! 私だってのどちゃんと一緒にご飯食べたいじょ?」

和「……そんなこと言って、南浦さんを誘ってたじゃないですか」

優希「なんだ? のどちゃん今日は拗ね拗ねモードか?」

和「拗ねてなんかいませんっ!」

和「……でも、どうしてそんなに南浦さんのことを気にするんですか? こんなこと言いたくありませんけど……南浦さん、ゆーきにちょっと……嫌な感じじゃないですか。 私は、あんまり……いい印象を持っていませんよ……?」

優希「……のどちゃん、意外と見てたんだな?」

和「私だってそれくらい気づきますよ! ゆーきのことですし、見てるに決まっているじゃないですか」

優希「……へへ、そっか!」


32: 2015/11/25(水) 03:42:59.78 ID:6rXjNSFC0

のどちゃんは結構周囲への関心が薄い一面があるので、ちゃんと見てくれているんだと思うとやっぱりうれしい

……それにしても、のどちゃんが誰かを悪く言うなんて珍しい。 それが、私が特別な友達だからだと思うとうれしいんだけど……

優希「まあまあ、のどちゃんだって数絵ちゃんとはそんなに話したりしてないだろ? そういう判断をするのはまだ早いじょ?」

和「……言っていることはわかりますが……ゆーきは随分と彼女を庇いますね? 嫌な気持ちになったりしないんですか?」

優希「ん……そうだな、いろいろ言われるのは悔しいけど……麻雀に関しては仕方ないとも思うんだ。 打った結果があるから言われちゃうんだしな」

和「ゆーきは人に文句をつけられるような麻雀は打ってないと思います。 誰よりも一生懸命に向き合ってると私は思ってますから」

優希「のどちゃんがそう言ってくれると本当にうれしいじぇ……私も、なにも言われないように頑張るから!」

優希「……だから、数絵ちゃんのことあんまり嫌わないであげてほしいじょ」

和「ゆーき……」

優希「やっぱり、数絵ちゃんは国麻で一緒に打つ仲間だし……私のライバルだしな! 私はかわいいから甘やかされがちだし、あれくらい厳しく言ってくれる子がひとりぐらい居たっていいと思うじょ?」

和「……もう、わかりましたよ。 ゆーきがそこまで言うなら私も気にしませんから……でも」

優希「でも?」

和「なにかあったら絶対に私に話してくださいね? 力になりますから」

優希「うんっ! とーぜんだじょ!」

……のどちゃんや咲ちゃんみたいな友達を持って、私は幸せだな


33: 2015/11/25(水) 03:43:40.11 ID:6rXjNSFC0



一「純くん……見当たらないと思ったらなんで先に食べてるのさ……」

純「いや、これは昼飯じゃないから大丈夫だって……つかもう昼休憩か?」

智紀「ずっと食べてたの? 打ちもしないで……」

純「ちげぇよ。 これは今自分で作って来たからついさっき食べ始めたばっかだ」

智紀「そういうことじゃない」

優希「ノッポ……お前なあ……」

純「なんだよ、別にいいだろ? 誰にも迷惑かけてねぇし」

和「井上さんも選手なのですから打った方がいいと思いますが……結果的に迷惑をかけてしまうことになる可能性もありますよ?」

純「そりゃそうだが……ま、あのまま残ってた方が迷惑かけそうだったんでな……で、どうなんだよ?」

優希「……特に問題はないじょ?」

純「ふーん……なら、んぐ……いいけど、よ」

心配はしてくれていたらしい。 ただ、もりもり食べながら言われてもいまいち……

優希「……にしても、いかにもな男飯だな。 適当に突っ込んで炒めただけみたいな……」

純「オレは女だ! ……ほら、自分の飯作るのに凝っても仕方ねぇだろ? 特に腹減ってる時は食べれりゃいいんだし」

一「純くん、これで意外と料理得意なんだよ? 食べる方がもっと得意なんだけどね」

智紀「食べるのに得意もなにもないと思うけど」


34: 2015/11/25(水) 03:44:06.39 ID:6rXjNSFC0

純「ったく、もういいからさっさと座れよ。 ……原村は大丈夫なのか?」

和「なにがですか?」

純「ここ居るとまた透華に捕まるぞ? 」

和「はあ……? そうですか」

純「……なんかもう、透華とかどうでもいい感じなわけ?」

和「いえ、そんな……私は少々引っ込み思案なところもありますし、こうしてみんなで集まる機会にはいつも声をかけてくださるのでとても助かってますし、うれしいです」

純「……あの絡み方で感謝されてるぞ、おい」

一「……なんかさ、原村さんってやっぱりちょっと変わってるよね」

和「そうでしょうか?」

智紀「かなり」

優希「龍門渕のみんなが言うことじゃないじょ……」

純「はは、たしかにな。国広くんなんか特に……」

一「え? むしろボクが一番常識あると思うんだけど……」

智紀「聞き捨てならない」

一「えぇ? なにさ、ともきーまで……ボクのどこがおかしいって言うのさ?」

純「……鏡見てみろよ」

一「え? いいじゃん、ほっぺのシールはお洒落で……」

純「そこじゃなくって……」

一「……ああ。 でもこれは透華がくれた大切な……」

純「うん、そこも違うんだよな。 いや、それもおかしいんだけどそれに輪をかけておかしいところがあるよな?」

一「あはは、たしかに手に輪っかかけてるけどさ、それ面白くないよ?」

純「……うん、もういいわ」

智紀「突っ込むだけ無駄」


35: 2015/11/25(水) 03:44:42.14 ID:6rXjNSFC0

おいおい全員集まって、ランチタイムになると、そのままのどちゃんと一緒に龍門渕の三人とテーブルを囲んで食事を始める

目の前でバカみたいな量をかっ込むノッポには呆れるしかなかったが「お前もずっとタコス食ってるじゃねぇか」の一言で話は終わった。 タコスは別腹なんだが……なかなか理解されないんだよなぁ

龍門渕のおねーさんは、意外にも……いや、意外ってわけではないんだけど……南浦プロや染谷先輩、むっちゃん先輩に吉留さんと午前の様子を踏まえて特訓メニューの調整などを話し合っている

……今回鶴賀から選出されたのはモモちゃんだけなのに、むっちゃん先輩はとても真面目に合宿に取り組んでくれている……すごく真っ直ぐな努力家で、見習うところの多い先輩だ。 また後で話したいな……

お昼前に龍門渕のおねーさんと話していた衣ちゃんは咲ちゃんやモモちゃんを捕まえたようで楽しそうに話している。 鶴賀の元部長の蒲原さんも一緒で、今度一緒にドライブに行こう! なんて話をしているんだけど……衣ちゃん、すごくうれしそうだけど止めた方がいいんじゃないか……? 隣にいる咲ちゃんとモモちゃんの笑顔が引きつっているのがいろいろなことを如実に物語っている

……南浦さんは、端っこでひとりで……

華菜「おーい、なんで端っこで食べてんだよ? こっち来て一緒に食べるし!」

数絵「いえ、私は……」

華菜「ったく、お前が来ないなら私が行くぞー? 飯はみんなで食べた方がおいしいぞ?」

数絵「ひとりでも充分おいしく食べれてますので」

華菜「ひとりでもおいしいなら二人ならさらに、三人ならもっとおいしくなるし! 隣座るぞ? あ、ピーマン除けるなよ、好き嫌いすると大きくなれないぞ?」

数絵「…………」

華菜「無視すんなよ~華菜ちゃん寂しいだろー?」

うわ、うざっ

と言うか会議は吉留さん任せか。 キャプテンはイケダだろうに……

……それでも、イケダらしいか。 なんだかんだでチームメイト全体を見て溶け込めきってない南浦さんを心配してるんだろう……イケダが風越でキャプテン張って、団結力は去年よりもさらに大きいって話はよく聞いている。 あれでしっかりした奴なんだよな

……のどちゃんに引っ張られて南浦さんをほっといちゃったのが少し心残りだったけど、とりあえずイケダがついてるなら大丈夫かな……


36: 2015/11/25(水) 03:45:12.31 ID:6rXjNSFC0

優希「……午後はちゃんと打ちに来いよ、ノッポ」

純「当然。本番に向けてしっかりいい流れ作ってかないとな」

一「ずっとご飯食べてたくせによく言うよ……なんかやってたみたいだけど、南浦さんとは大丈夫だったの?」

純「切り替えるために離れてたんだよ。 午後はしっかりやるさ」

智紀「透華も心配してた。 喧嘩したりしないで」

純「ん、透華には謝っとくよ……オレも問題起こす気はないし、あいつとのこともな
んとかするさ……つーか原村、ちゃんと食ってるか? そんなんで足りんのかよ?」

和「え? ええ……しっかり食べていますが」

優希「お前が食べすぎなだけだろ……まあ、たしかにのどちゃんはそんなに食べる方じゃないけどな」

純「はぁ……栄養分ほとんど胸に持ってかれてるんじゃねぇの? 打ってて頭回んのか?」

和「む、胸と麻雀は関係ないじゃないですか!」

一「それだけあると関係しそうだよね……」

智紀「でも二、三日ぐらい不眠で飲まず食わずでも意外と行ける」

一「それはダメだよ!? 不健康にも程があるってば!」

純「なにがあったらそんな状況になるんだよ……」

智紀「ずっとゲームしてた」

純「……今はそんなんやってねぇよな?」

智紀「うん。 やっぱり人間寝た方がいい……睡眠時間別に成績を比較すると……ほら、この通り」

一「そんなデータも取ってたの!?」


37: 2015/11/25(水) 03:45:52.55 ID:6rXjNSFC0

優希「睡眠時間で差が出るのか……大会前は夜更かししないでちゃんと寝た方が良さそうだな」

純「お前、合宿とか修学旅行とかになると最後まで騒いでそうだよな」

和「ゆーきは、今日は朝まで騒ぐじぇー! とか言っておきながら電気消して布団に入ると一瞬で寝ちゃうタイプですよ」

純「ああ、納得だわ」

一「片岡さんらしいなぁ」

智紀「遠足前とか楽しみで眠れないタイプだと思ってた」

優希「むしろ楽しみすぎて日の出前に目が覚めちゃうタイプだじぇ! 楽しみで眠れなくなるのはのどちゃんの方だじょ」

和「な、なにを言ってるんですか! ちゃんと寝ますよ! というか、遠足とかをそこまで楽しみにしたりしないですし!」

優希「えー? そんなこと言って、一緒に出掛ける日なんかいつもちょっと眠そうじゃないか……途中で元気になってきて、後半また疲れてくるとちょっと眠くなるんだよなー?」

和「ちっ、違いますってば!」

優希「えっ……のどちゃん、私と遊びに行くの楽しみにしてくれてなかったのか……?」

和「え、あ……ち、違いますよ! そ、そういう意味じゃなくって……すっごく楽しみにしてますけど! あの、私は……」

優希「うん、わかってる。 楽しみで眠れなくなっちゃうんだよな?」

和「はい!」

和「……あ、ち、違うんですよ? 今のは、その、ついと言うかなんと言うか……」

純「……まさかタコスレベルのお子様だったとは」

優希「親友だからな! 相性バッチリだじぇ!」

智紀「透華とも合いそう」

一「まあ、思い返すとうまいこと仲よくやってるよね……」

和「お世話になってます」

純「……こっちとしては相手してもらってむしろ心苦しいんだけどな……衣の世話もしてもらってるし」

一「お父さんとしてはやっぱり気になっちゃうかー」

純「オレは女だ!」


38: 2015/11/25(水) 03:46:41.72 ID:6rXjNSFC0

――お昼休憩で存分に無駄話をして、後ろ向きになりがちだった気分もだいぶ持ち直したように思う

休憩モードからしっかり切り替えて、特訓モード……いや、勝負に挑むテンションに持ってかないとな!

優希「よし! 行くぞノッポ! 相手しろ!」

純「はいはい……原村、お前も卓入れよ」

和「ええ、ご一緒させていただきます」

一「ふふ、透華が怒るよ? 原村和を倒すのは私ですのに! とかなんとかってさ」

純「デジタルのふたりで延々と打ち合っても仕方ねぇ……とまでは言わねぇが……オレだって原村みたいな流れを変えてもお構い無しの相手を崩す手を作り上げてく必要があるんだよ。 オレが強くなれば透華も衣にもプラスだろ?」

智紀「打ちたいのなら別に時間もあるし理屈をつける必要はない」

一「あれ? ともきーどこ行くのさ」

智紀「……豪運の妹尾佳織を倒そうの会」

優希「……染谷先輩、かおりん先輩が上手くなってきたから見えやすくなってきたって言ってたけど……」

純「……まあ、単純にあいつは持ってるよな」

和「持ってるとか持ってないとか……ただ偶然が続いているだけですよ」

一「偶然も続けば実力だと思うけどね……頑張ってね、ともきー」

智紀「ん……じゃあ、また後で」

一「…………やっぱりライバルというか、そういう相手がいると燃えるみたいだね。 ともきーにしては珍しいけど」

純「あいつもなんだかんだ負けず嫌いだしな……うちは全員そうだろ? ガキっぽいとこまで一緒だ」

一「たしかにね……片岡さんや原村さんもどう? 県内の有力選手が集まってると気になる相手もいるんじゃない?」

優希「そりゃあもちろん! 燃えに燃えてるじぇ?」

和「相手が誰であろうと関係ありません。 全力を尽くすだけです」

一「……こう、毎回意識の変化はあるかなーって期待して聞いてみるんだけどさ、いつもこの答えが帰ってくるんだよね」

純「もう透華がかわいそうになるから聞いてやるなよ……」


39: 2015/11/25(水) 03:47:27.98 ID:6rXjNSFC0

こう言ってはいるものの、相手が誰でも関係なく負けるのが嫌いなのがのどちゃんだからな……咲ちゃんが入部してきた頃なんかは露骨に対抗心燃やしてたし

負けたくないから相手の研究をする、とかじゃなくって……自分が強くなって最高のパフォーマンスを発揮すれば勝てるはず、って外側じゃなくて内側に意識を持ってくのがのどちゃんらしくて私は好きだ

私は、良くも悪くもコンディションが回りに影響されるから……まあ、それも悪い方向ばかりでなく良い方向に出ることもあるし、ここら辺は一長一短だよな。 のどちゃんは回り見えてないことも多いし、互いにフォローし合えるからこそいいコンビだとも思う

一「片岡さんは……平気? ちょっと揉めてたけど……」

優希「そこは問題ないじぇ? 気持ち的にも、ノッポが怒ってくれたし落ち着いてるじょ……それに、私は数絵ちゃんのことそんなに嫌いじゃないんだ」

一「へぇ……そうなんだ」

優希「まだまだ知らないことも多いけど……打ってて、真っ直ぐな子なのは伝わってくるんだ。 揉めたりしたのは……ちょっと、悪い方向に出ちゃっただけだと思う……たぶん」

一「ふふ……ボクもあの子のことはよく知らないし、片岡さんがそう言うならちょっと打ってきてみようかな。 個人戦でやられたまんまってのも悔しいしね」

優希「……ノッポと同じようなこと言ってるじょ」

一「えー? 純くんと同じレベルかぁ」

純「なにがそんなに不服なんだよ……」

一「ま、透華の好みで集めたメンバーだしね……結局みんな負けず嫌いなんだよなぁ」

和「負けるのが好きって方も珍しいでしょうけどね」

純「初めて衣と打たされたときは勝つまで絶対辞めてやらねえって思ったしな……逃げるみたいで嫌だったしよ」

一「……ほんとに? ボクわりと折れかけたんだけど……根性あるなぁ」

純「…………いや、正直結構キツかったけど」

優希「結局どっちなんだ?」

一「なに? ほめられると居心地悪いの?」

純「うっせーなほっとけよ……ほら、国広くんはさっさと行ってこいって!」

一「ええ!? ちょうど四人だし混ぜてくれたっていいじゃん! 純くんだって南浦さんと打ちたいでしょ?」

純「オレは後でいいんだよ!」


40: 2015/11/25(水) 03:49:08.46 ID:6rXjNSFC0



数絵「龍門渕さん、お手合わせ願えますか?」

透華「あら、私ですの?」

数絵「私が今回参加させていただいたのは貴女と打ちたかったというのもありますから」

透華「よろしい! ええ、それはそうでしょうとも! 私ほどの実力者との対戦を望むのは打ち手として当然のことですもの!」

華菜「つーか南浦お前なぁ……午前中に私が見てやるって言ったときはサッと消えたくせに龍門渕には……」

数絵「……それは」

まこ「あんたらが揃って騒いどったから打てなかったんじゃろうが……楽しくやるのはええけど、あんまりはしゃいでばっかだと困るけぇね」



純「……ほら、透華たちんとこに行ってるし」

一「だからボクも後でいいから一緒に打たせてってば」

和「よろしくお願いします、国広さん」

優希「よろしく頼むじぇ! ……数絵ちゃんは今度は龍門渕のおねーさんのとこか……」

一「あとは染谷さんと池田さんでしょ? みんなタイプは違うけど県内屈指の打ち手だよね」

純「……気に食わねぇ奴だが、ああいうとこ見るとオレもあんまり嫌いにはなれねぇなあ」

優希「うん……数絵ちゃん、ほんとにモチベーション高くて……強い相手と打ちたいみたいだ。 午前中は咲ちゃんと衣ちゃんとずっと打ってたし……」

純「……なんでオレんとこ来ねぇんだよ」

和「……少し揉めていたようですし、気まずかったのでは?」

一「いやいや、単純に上から当たってるだけでしょ。 そもそも純くん広間にいなかったし」

優希「私たち個人戦でやられてるしな」

純「……今日中に絶対あいつに勝つからな」

和「一回や二回の対局では麻雀の強さなんて……」

優希「のどちゃん、ノッポも燃えてることだしそれはもういいじょ」


41: 2015/11/25(水) 03:49:35.71 ID:6rXjNSFC0

一回打ち始めれば、みんなの口数も徐々に減ってくる

元々集中力の高い人間が多いし、真面目に麻雀に取り組んでいる面子の集まりだ

みんな最初のお祭り気分も少しずつ抜けてきたようで、午前中に比べるとどこの卓も緊張感が出てきたようだ

ノッポは夏に比べても鳴きに磨きがかかったように思う。 龍門渕で先鋒を務めるこいつは、全国で強敵たちを相手にして流れを喰い取るのが更に上手くなったようだ

国広さんも曲者揃いの中堅で戦ってきただけあって以前よりも攻守の駆け引きが巧みになった

のどちゃんは言うまでもない。 毎日打ってるからその成長も毎日感じている……私は牌効率の計算を完璧にできる訳じゃないし、のどちゃんのそれがどれくらい正確なのかはわからないけど……染谷先輩も竹井先輩もよく褒めているし、打ってて速度も打点も上がっているように感じるからやっぱり伸びているんだろう

のどちゃんも咲ちゃんも、全国の個人戦に参加して戦ってきた。 それを糧に成長している……このまま、置いていかれたくない

純「チー」

優希「それポン!」

去年、ノッポに鍛えてもらって鳴かれても流れを完全に絶たれるようなことはなくなった。 それでも、やっぱりそこら辺を得意とする相手は苦手なところがある

鳴きで流れを変えることに関しては、この井上純という雀士は全国でもトップレベルで上手い。 そういう相手と打てる機会が持てることを感謝しないといけない

流れを持っていかれそうになっても、それに流されずに喰らいつく。 振り落とされないように速度を上げて、勢いを消されないように火力を上げて……

隙は絶対に見逃さない……集中……集中……集中……!

自摸ってきた赤ドラを抱え込む……この牌のように、もっともっと、闘志を燃やして……!


42: 2015/11/25(水) 03:50:07.91 ID:6rXjNSFC0

透華「なんですの!?」

優希「ぅお!?」

和「ゆーき、それです。12000」

優希「じょ!? っていうかのどちゃんが和了るのか!?」

純「だぁっ! また勝負手潰されたっ!」

一「相変わらず何事もなかったかのようにスッと和了るね…………透華はまた急に大声出して……なにかあったのかな?」

対局場に使っている大広間は落ち着いていたので急な大声に全体の視線が集中して目立ってる……って言うと龍門渕のおねーさんはよろこぶから言っちゃダメか



透華「どういう意味ですの!?」

数絵「そのままの意味です。 手を抜かないでほしいのですが」

透華「私はいつでも全力ですわ!手を抜くなどと……そんな、自分も相手も裏切るようなことをこの私がするものですか!」

数絵「……私は県内県外に関わらず有力選手の対局はチェックしています。 当然、貴女の対局も」

透華「ええ、ええ! 当然ですわね! 私は注目されて然るべきですもの!」



一「……また南浦さん?」

純「……透華も怒ったり喜んだり忙しいやつだな」

和「井上さん、自摸順ですよ」

優希「のどちゃん……集中してるのはわかるけど、少し回りを見てもいいんじゃないか?」


43: 2015/11/25(水) 03:51:47.01 ID:6rXjNSFC0

数絵「貴女は強い……でも、まだこの上があるはずです。 私の記憶では、最初にアレを見せたのは一昨年の夏の大会、団体戦で当時の臨海女子の副将メガン・ダヴァンを相手に……」

透華「……!」

透華「……あれは、あんなのは、私ではありませんわ」

数絵「……意味がわからないのですが?
今年の夏も貴女は……」

華菜「こらこら、南浦……対局中に相手を煽るなんてマナー違反だぞー?」

まこ「それをあんたが言うんか? ……まあ、アレは龍門渕さんの奥の手みたいなもんじゃしポンポン見せるもんでもないけぇ」

数絵「……なるほど、見たければ相応の力を見せろということですね」

透華「……染谷さん」

まこ「そういうことにしときゃええ」

華菜「必殺技持ちみたいでかっこいいんじゃないかー?」

透華「……そうですわね」



一「……ボクは、あの透華はちょっと……怖いんだけどな」

純「しっかし……アレと打ちたいっていい根性してんな……ある種衣よりもキツいぞ?」

優希「アレ、数回しか見たことないけど……余程の余程だもんな」

和「ツモです。 1300・2600」

純「……なあ、ちょっとはコミュニケーション取らね? いや、たしかに打つべき時なんだけどよ」

一「……原村さんってやっぱり少し変わってるよね」

和「そうですか?」

優希「……いや、真面目なのはいいことだじょ?」

和「ありがとうございます、ゆーき」


44: 2015/11/25(水) 03:52:13.71 ID:6rXjNSFC0

前に、国広さんが言っていたいわゆる「冷たい」龍門渕のおねーさん……私は直接打ったことはないけれど、去年の合宿や全国大会で何度か目にしている

龍門渕のおねーさんは、普段はのどちゃんと同じ基本に忠実なデジタル打ち……流れや状況によってはあえてそこを外して魅せる打ち回しをするのが特徴の打ち手だけれど、あの状態になると纏う雰囲気からガラッと変わる

卓の空気も変わって……ノッポの言う流れなんてものも無くなって、無風の水面のようになってしまう

……見ていてちょっと怖くなるくらいに、異質な雰囲気になるんだ

龍門渕のおねーさん自身の消耗も激しいみたいだし、本人もアレはうまくコントロールできるものでもないようで、嫌っているようだけど……

……あの状態の龍門渕のおねーさんと、打ちたいと思ったことはない……と思う

普段との豹変ぶりや、背筋が凍りつくほどの冷たい空気……あれは、直接相対しないとわからない部分もあると思うけど……

優希「……む」

和「ゆーき? どうしました?」

優希「……いや、なんでもないじょ」

…………私、怯えてたのか? 龍門渕のおねーさんに……そりゃあ、あの状態の時は、すごく……怖い、けれど……

……ビビってたのか、私……私が…………去年、全国で……チャンピオンとも、咲ちゃんのお姉さんや、辻垣内智葉、神代小蒔……強豪たちと打ち合って……

そりゃ、やられちゃったけど……気持ちの上では負けないで、勝つために、全力で打ってた

それが、打つ前から逃げ腰になって……

優希「むぅ…………」

和「……ゆーき?」

優希「……ちょっと今、いろいろ反省中なんだ」

純「ま、反省するべきだな……それだ、7700」

優希「じょ!?」


45: 2015/11/25(水) 03:52:48.44 ID:6rXjNSFC0

和「自分の行動を省みるのは大切なことですが……対局中は集中しないとダメですよ、ゆーき?」

一「集中途切れちゃった? ……っていうか透華のせいだよね、まず間違いなく」

純「卓の外に気を取られて流れを見失うようじゃ上に行けねぇぞ? まあ、対局中に大声で叫ぶ透華もアレだけどな」

透華「一! 純! 聞こえてますのよ!?」

純「だから叫ぶなって……」

華菜「おいおい、喧嘩すんのは卓の上だけにしてくれよー?」

まこ「……はぁ」

数絵「…………」

またか、と言わんばかりにため息をつく染谷先輩と、だんまりでちょっとイライラしてそうな数絵ちゃん。 イケダと龍門渕のおねーさんが騒がしいのはいつものことだから回りはもうみんな慣れたものだけど、数絵ちゃんには煩わしいみたいだ

……まあ、とりあえずそれはどうでもいいんだ。 とりあえず今は、自分のこと

一息おいてから大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く

去年、全国大会中に一つ決めていたことがある

強がっては居たものの、私だってそこまでバカじゃない……全国のエース連中に比べて自分が一歩も二歩も劣っていることはわかってた

でも、だからこそ……実力で劣るからこそ、気持ちだけは絶対に負けないって、退かないって……そう、決めた

泣かない、逃げない、最後までチームのために……みんなのために、自分のために打つって……そう、決めてたのに……

怯えた打牌じゃ、勝つことなんてできない。 気持ちで負けたら勝利を掴むことはできない。 それは、今までの経験でよくわかっている


46: 2015/11/25(水) 03:53:15.27 ID:6rXjNSFC0

強い気持ちを作っていかないといけないんだ

今までは、私のすぐ後ろに染谷先輩が居てくれた。試合中も、それ以外でも頼りになる先輩で……それが心強くて、今まで落ち着いて試合に臨めていたと思う……甘えていたとも、思う

だけど、これからはそのままじゃダメなんだ

国麻が終われば、染谷先輩も引退して部活では最上級生という立場になる……後輩たちを引っ張っていく、頼られる立場になるんだから

ましてや、私は清澄のエースだ。 先鋒が稼げば稼ぐだけ後ろは楽になるし、チームも勢いづく……戦いを左右する重要な立場にいる私が、しっかりしないでどうするんだ

自分がコンディションにメンタル面の影響を大きく受けるタイプだというのは自覚しているつもりだ。 怯えず、退かず、たとえ強がりだとしても、絶対に負けないって気持ちを作り上げる……

県予選で敗退して、染谷先輩の引退が目の前に迫ってきて……やっと、染谷先輩や竹井先輩の気持ちがわかってきた

やっぱり、後輩たちに情けない姿は見せたくない。 頼りになる、強い先輩の姿を見せていたい

私は、染谷先輩や竹井先輩みたいに言葉にしてうまく指導したりできないから……手本になるような戦いを見せてやりたいと思う

怯えて、逃げを打つような戦いは絶対に見せたくない……そんな戦いをすることは、のどちゃんや咲ちゃん、後輩たち……それに、今まで一緒に戦ってきた染谷先輩と竹井先輩を裏切ることにもなるだろう

…………もっと、強くなりたい。 自信をつけたい。 のどちゃんや咲ちゃんと並んで、胸を張って戦えるように……


47: 2015/11/25(水) 03:53:42.08 ID:6rXjNSFC0

優希「…………」

和「……ゆーき?」

一「なんか、スイッチ入った?」

純「……へぇ」

優希「充分気持ち入れてるつもりだったんだけど……まだまだだったじょ」

私は、まだまだ上に行かなきゃいけないんだ

優希「ちょっと、しばらく付き合ってもらうぞ」

純「……いい表情してんじゃん。 いいぜ、いくらでもやってやるよ」

ノッポの実力は認めている……私の苦手な鳴きによる卓上の支配が得意で、力押しや速攻よりも場のコントロールを重視する見た目に反してテクニカルな打ち手だ

思い返してみれば、こいつには去年の夏はおおいに世話になったし、公式戦ではやられっぱなしだったっけ……

それでも、私はこいつをライバルだと思ってるし、こいつもたぶん私をライバルだと認めている

先ずはひとつ。 この合宿中に、こいつの支配を上回る……一回や二回勝ったところで順位が付けられるわけじゃないけど、ノッポは私にとって間違いなく壁のひとつだし、越えられれば自信にも繋がる

ここには、私より強い打ち手がたくさんいるんだから……ひとつずつでいい、乗り越えて行くんだ。 ノッポやイケダ、龍門渕のおねーさん、衣ちゃん、咲ちゃんにのどちゃん……そして、南浦さんも……


48: 2015/11/25(水) 03:54:15.51 ID:6rXjNSFC0





優希「よかったら、ひと勝負お願いしたいじぇ」

透華「あらあら、また私ですの?」

優希「うん。 龍門渕のおねーさんと打ちたいじょ」

透華「よろしい、お相手いたしますわ……ふふん、私と打ちたがる人間の多いこと多いこと……やはり、真のアイドルは私のようですわね、原村和!」

和「え、あ、はい……?」

数絵「ちょうどいいわね。 原村さん、貴女とも打ちたかったの……お相手していただけるかしら?」

和「はい、私は構いませんが……」

純「オレの相手しろよ、南浦」

数絵「あら、井上さん……先ほどはどうも」

一「ごめんね、南浦さん……純くんったら舐められたままじゃ男が廃るって聞かなくってさ」

純「言ってねぇよ! そもそもオレは女だ!」

数絵「はぁ……まあ、いいでしょう。 全国で先鋒を務めてきたその腕前、見せてもらうわ……龍門渕さん、池田さん、染谷さん、ありがとうございました。 また後程」

華菜「おう、仲良くやれよー」

まこ「ん、いい勝負じゃった……勉強になったわ、ありがとな」

透華「私ならばいつでもお相手して差し上げますわ!」

まこ「……んじゃ、わしも抜けるけぇ。 また頼むわ」

華菜「……別に、そこまで心配しなくてもいいと思うぞ? 喧嘩するほど、って言うし……井上もそこまでバカじゃないし。 南浦もちょっと壁はあるけど……いいやつだと思うぞ?」

まこ「こればっかりは性格じゃな……なんかあっても困るけぇ、近くで様子見とくわ」

透華「ふふ……面倒見のよろしいこと」


49: 2015/11/25(水) 03:54:42.46 ID:6rXjNSFC0

優希「……数絵ちゃん、どうでした?」

まこ「ん? そうじゃな……夏の大会前に話した印象のまま、それでも腕は上げてきてるように感じたわ。 いい打ち手じゃな……負けてられんぞ、優希」

華菜「ああ、やっぱりちょっとお前に似てるかもな……枠の喰い合いになりそうだぞ? 試合出たけりゃしっかり練習するし!」

透華「個人戦の時も感じましたが、高いレベルでまとまっていますわね……傾向としては、特に攻撃の意識が高いように思いました。 東場の守備も……なんと言いますか、南場でぶん殴るために歯を食いしばって耐えているような印象を受けましたわ」

まこ「ぶん殴るって……あんたのう……」

透華「あら、失礼……少々汚い言葉でしたわね」

やはり、先輩方の評価は概ね高いらしい。 染谷先輩もイケダも私と比較しているようだし、タイプの似た打ち手だというように思われているようだ

透華「……それにしても、片岡さん?」

優希「はい?」

透華「純には勝ったようですわね? 午前中と比べてもどこか雰囲気が変わったような気がしますわ」

優希「そう……ですか? というか、ノッポと打ってたの見てたんですか?」

透華「見てなくても純の顔を見ればわかりますわ。 家族のことですもの……腕を上げたようですわね、楽しませていただきますわ」

優希「……よろしくお願いします!」

華菜「ったく、龍門渕にはちゃんと敬語使えるってどういうことだよ……とりあえず私も入るぞ? 夏からの成長具合を見てやるし!」

優希「……よろしくお願いします」

華菜「お、おう……どうした? 大丈夫か?」

優希「……私は、これでもお前のこと認めてるんだ。 本気で頼むぞ」

華菜「……ふふっ、望むところだし! 同じチームとはいえ、試合出場をかけて戦うライバルでもあるんだ。 胸を貸す、なんて言わないぞ?」

透華「ふふ、燃えてきますわね! それでは、あと一人誰か……」

睦月「それじゃあ、混ぜてもらってもいいかな? ……ちょっと腕不足かもしれないけどね」

優希「むっちゃん先輩……そんなことないです。 よろしくお願いします」

睦月「……ありがとう、優希ちゃん」


50: 2015/11/25(水) 03:55:11.92 ID:6rXjNSFC0



優希「…………ふぅ」

睦月「お疲れさま、優希ちゃん。 お茶でいい?」

優希「あ、ありがとうございます」

龍門渕のおねーさんと、イケダ、むっちゃん先輩との対局を複数回こなして、ちょっと休憩……染谷先輩にも言われたし、あまり飛ばしすぎないで休憩もしっかり取ることにした。 強力な打ち手との対局は勉強になるけど、疲労も激しい……疲れきった状態で打ち続けても実入りは少ないだろうし……沢村さんも睡眠取った方が成績に繋がるって言ってたし、疲れは適度に回復させた方がいいんだろう

睦月「優希ちゃん、また上手くなったね……夏に打ったときよりも良くなってたからびっくりしちゃった」

優希「へへ……そうかな? だけど……龍門渕のおねーさんの、アレを見るまでにはいかなかったじょ」

睦月「アレ……アレね。 アレは……よほどじゃないと出てこないみたいだしね。 去年の時は藤田プロと天江さんと宮永さんが相手だったっけ……」

優希「龍門渕のおねーさんは嫌いみたいで悪いんだけど……アレを引き出せるぐらいになりたいんだ。 残念ながらまだまだ力不足みたいだけど……」

睦月「すごいね、優希ちゃん……私はちょっと……こう言うとなんだけど、あの龍門渕さんは……少し、怖いかな」

優希「それは……私も怖いじょ? でも、それじゃあダメだと思うから……私は、来年の清澄を背負って立たなきゃいけないんだからな……ビビってられんと奮起して挑んだけど……この様だじぇ」

優希「…………普通にやられちゃったじょ」

睦月「うむ……龍門渕さん、やっぱり巧いよね……夏も大活躍だったし、まだまだ勢いがあるよ」

優希「……むっちゃん先輩も腕を上げたな」

睦月「そう? ふふ……そう言ってもらえるとうれしいな。 練習も続けてた甲斐があったよ」

優希「……受験とか、そっちの方は大丈夫なんですか?」

睦月「うーん……まあ、ぼちぼちかな? 国麻までは麻雀の方メインにしようと思ってたんだ……自分が出れるとは思ってなかったけど、うちは桃子ちゃんがいるしね。 やっぱり、少しでも力になりたかったからさ」

優希「……今回も、日程の調整とか特訓メニューとか、いろいろとやってもらっちゃって……ありがとうございます」

睦月「いいんだよ。 優希ちゃんは代表選手の一人なんだし、自分の練習に集中して? その点私は余裕あるし、先輩に任せちゃっていいんだよ」

睦月「……来年は優希ちゃんも最上級生だし、そういうのも頑張らないとだけどね?」

優希「う……うん、そうだな……あんまり得意じゃないけど、頑張るじょ」

睦月「ふふ……その時が来たら染谷さんとか竹井さんとか……それこそ私でもいいから、無理しないで頼ってね」


51: 2015/11/25(水) 03:55:41.81 ID:6rXjNSFC0

優希「…………むっちゃん先輩」

睦月「うん、なに?」

優希「やっぱり、三年生って……なんか、凄いよな」

睦月「凄い?」

優希「私、こう……打ってて、色々気づいたこともあって……気持ちしっかり入れ直して、龍門渕のおねーさんに挑んだけど……勝負どころで押し負けちゃって……イケダも、夏の個人戦と同じくらい……いや、それ以上の気迫を感じたんだ……」

睦月「うむ……私は県大会が最後になっちゃったけど、龍門渕さんや池田さんは国麻が最後の舞台になったからね……二人とも実力あるし、我こそは! って気持ちが特に強い二人だから……もちろん、優希ちゃんの気持ちが負けてるなんて言わないけど」

優希「私だって負けてるつもりはないじょ! 染谷先輩に竹井先輩、後輩たち……のどちゃんと咲ちゃん……無様な戦いはやってられんじょ! もっともっと強くならなきゃ……!」

睦月「その意気だよ。 みんな、それぞれ目標やかける思いがあるはずだから……優希ちゃんの決意っていうのは、きっと戦う力になると思う」

睦月「……あのさ……私は、もしかしたら
国麻にかける思いが一番強いのは池田さんなんじゃないかって思うんだよね」

優希「…………イケダは……うん、そうかもな……」

睦月「うむ……風越に特待で入って一年生から大将、今年はキャプテンもやってるでしょ?」

優希「うん……県大会の後にちょっと話したけど、イケダは……」

恩師の期待、チームメイトの思い、背負って戦って……そして、あいつも私と同じく勝てなかった

睦月「……卒業して麻雀を続けたとしても、今の……池田さんで言うなら、風越の池田さんとして、全部背負って戦えるのは国麻が最後になるんだよね……特に、今回は長野県代表っていうもっと大きなものも背負うわけだけど」

睦月「……池田さんとは、去年部長引き継いでから話す機会も多くなったし、同じ三年生だから、余計に共感しちゃうのかもしれないけど……」

優希「…………」

睦月「……やっぱり、羨ましいな。 私にはもう、そうやって打つ機会もないから……」

優希「……こんなこと言うのはおこがましいかもしれないけど……私、頑張るから……むっちゃん先輩の分まで……」

睦月「うん、ありがとう……頑張ってね、優希ちゃん。 私はもう……託して応援するしかできないからさ」


52: 2015/11/25(水) 03:56:16.71 ID:6rXjNSFC0

お世話になってる先輩に想いを託してもらえるというのはうれしいことだ……もっと、もっと頑張ろうって思える

優希「……しかし、実力の方はいかんともし難いじょ」

いくらやる気があっても単純に打ち負けるのでは……いや、そこを覆していくための特訓だ

睦月「うむ……今のままじゃ力が足りないと思うなら、どうにかした方がいいよね……持ってる武器を伸ばすか、はたまた武器を増やすか……」

優希「そこなんだけど……新しいやり方も思いつかないし……竹井先輩や染谷先輩にも相談したんだけどなかなか……やっぱり、ひたすら打つしかないのかなあ……」

睦月「……あ! 優希ちゃん!」

優希「むっちゃん先輩、なにか思いついた!?」

睦月「あ、いや……私は特に思いつかなかったんだけどさ……こうやって行き詰まってる時は、人に頼るのはいい方法だと思うんだ」

優希「うん……でも、先輩たちに聞いても急に強くなったりはできなそうだったじょ? 考えるとは言ってくれてたけどやっぱり難しいと思うし……」

睦月「うん……そうだね。 でも、たぶんいいアドバイスもらえると思う。 優希ちゃんに似た子とよく打ってると思うし」

優希「つまり……?」

睦月「ふふ……今回は、私たちよりも経験を積んでて、教えるのも上手そうな人がいるでしょ?」


53: 2015/11/25(水) 03:56:54.16 ID:6rXjNSFC0



聡「ふむ……それで私のところに来たわけかい?」

優希「はい! ……南浦プロから見て、どうでしょうか?」

聡「そうだな……」

むっちゃん先輩のアドバイスに従い、南浦プロに指導を仰ぐ……ちょっと言葉につまっているようだけど、やっぱり急に強くなりたいとか言っても困らせちゃったかな……?

聡「君の対局は見ていたよ、興味があったんでね」

優希「わ、私にですか?」

聡「数絵が随分と気にしていたからね……どうもライバル意識があるようだ」

優希「え……? どちらかと言うと、認められてないのかと……」

聡「君は、数絵に似ているからね。 同族嫌悪というやつか……あの子も素直に認めたくはないんだろう」

優希「……そういうものですか」

聡「不器用な子でね……昔はそうでもなかったんだが…………数絵が突っ掛かっていたが、止めなかったのは済まなかったね。 同じチームで打つのなら多少の衝突があっても、選手間で解決した方がいいと思ってるんでな」

優希「それは、気にしてないので……実力で認めさせてやる、って気合入ったくらいですから!」

聡「そうかい? それならよかったが」


54: 2015/11/25(水) 03:57:24.85 ID:6rXjNSFC0

聡「……やはり、打ち方には性格が出る。 君も数絵も、真っ直ぐで負けず嫌いで、努力家だ。 見ていればわかるよ」

優希「……そう、でしょうか? 私は、もっと、まだまだ頑張れるんじゃないかって……」

聡「そう思ってるのが証拠だろう。 すぐに結果が出るものでもない、焦ることはないさ」

優希「でも! 今、力をつけて結果を出さないとのどちゃんや咲ちゃんに……!」

聡「……仲間と一緒に戦いたい、か……それが強くなりたい理由かい?」

優希「……理由はたくさんあるけど……今は、これが一番です」

聡「そうか……うん、いい理由だ」

何故かはわからないけれど、どこか遠い目をした南浦プロは懐から煙草を取りだしライターで火を……

聡「……ああ、すまない。 煙草、いいかな?」

優希「はい、どうぞ…………私が言うことじゃないと思いますけど、体にもよくないしやめた方が……」

聡「はは、数絵にもよく言われるよ……わかっていてもなかなかやめられなくてなあ」


55: 2015/11/25(水) 03:58:00.37 ID:6rXjNSFC0

聡「……戦う理由のある奴は強くなる。目標があれば努力もできる」

優希「はい……私も、頑張ろうって思って……」

聡「ただ、いくら練習したってすぐに成長するわけじゃない。 技術を身につけていくにはやはり時間がかかるんだ……打ち手と指導者の両方が余程優れていていて、集中した特訓の時間が取れるのなら別だがね」

優希「……やっぱり、私じゃ……」

聡「おっと、嬢ちゃんに力が足りないって言ってるわけじゃないさ。 言ったろう? 指導者も優秀じゃなきゃいけないのさ。 私じゃ力不足なんだよ、残念ながらね」

優希「そんな! 南浦プロは……」

聡「適正はお世辞にも高いとは言えないさ……結果もそれを示している」

優希「結果って……」

聡「……数絵は、私よりも余程才能がある……あいつを勝たせてやることも、環境を整えてやることもできなかった私は……いや、すまない。 愚痴を聞かせたいわけじゃないんだ」

聡「……麻雀は変わった。 私が第一線で打ってた頃と様変わりしたと言ってもいい……特に女子麻雀はね。 女王ニーマンが現れて、後を追うように日本でも小鍛治や瑞原みたいなのが出てきて……」

聡「……去年、県大会で靖子が面白いことを言っていたな……天江や宮永たちを、牌に愛されていると……言い得て妙だと思ったよ」

聡「そう、君たちは牌に愛されている。 上に行く奴は例外なく……」

優希「……より牌に愛されてる子が勝つってことですか?」

聡「さあ、どうだろうか……牌に愛されているってのも細かい定義があるわけでもないしね。 いわゆるツモ運がいいとかそういう所から、それこそ海底で和了るとか、嶺上牌で和了るとか特別な偏りがあることを指すのかもしれない」

聡「君たちの代からは大会ルールも地味な競技麻雀から変わって、そういう運の要素も絡むようになったが……やはり、技術の巧拙や緻密な駆け引きだって勝敗を分ける鍵になる」

聡「……麻雀は変わった。 変わったが、私はそれでも一番大切なものは変わってないと思っている」

優希「……それは?」

聡「心の強さだ」


56: 2015/11/25(水) 03:58:30.26 ID:6rXjNSFC0

聡「月並みなことを言うがね……こればっかりは変わらないだろう」

聡「前に進む者にだけ勝利への道が開かれる。 勝負を諦めれば牌にも見放される……」

優希「…………」

聡「気持ちだけでは勝てるはずもないが、気持ちなくして勝つことはできん」

優希「…………」

聡「はは、悪いね。 年寄りは話が長い上に精神論が好きでなあ……期待に沿わなかったかな?」

優希「……精神論は大好物だじぇ」

今までだって、自分より強い相手と打つときは勇気と気合と根性でカバーしてきたんだ

聡「ふふ……私の目には、君は気持ちの方はかなり固めているように見えるし、去年の夏も強敵相手に折れずによく打っていたと思う。 これからも強くなるだろう」

優希「本当ですか!?」

聡「自信を持つといい……ただ、さっきも言ったが技術の方はすぐには身につかないものだ」

優希「……そうですよね」

聡「ただ、努力することはいいことだ……努力したことは決して君を裏切らないし、手を抜かず練習した自分は戦う自分を支えてくれる……自信にも繋がる。 ……ああ、それと、すぐに変えられるとしたら」

優希「!」

聡「君は、良くも悪くも素直すぎるな……対局中は表情に出すと見透かされるよ」

優希「う……気をつけます……」

聡「それと、あまり思い詰めずにリラックスして打った方が良さそうだ。 考えることは必要だがね……もっと、麻雀を楽しんだ方がいい」


57: 2015/11/25(水) 03:59:00.46 ID:6rXjNSFC0

聡「他にも助言できるものならしたいんだが……たぶん、私よりも靖子や久保さんに聞いた方がいいだろう」

優希「え? でも……」

聡「女子麻雀に関しては私よりも的確な助言をしてくれるだろう……まあ、靖子も久保さんも体育会系で精神論大好きなんだがね」

優希「……でも、南浦プロは数絵ちゃんに指導してらっしゃいますよね? それに、数絵ちゃんのスタイルは南浦プロと同じで……なにも問題ないんじゃあ……」

聡「…………数絵の麻雀と、私の麻雀は似ているようで根本から違うんだよ」

優希「……どういうことですか?」

聡「そうだな、なんと言えばいいのか……いわゆる大人の事情的な話になるが……」

聡「……私のスタイルはプロになってから身につけたものだ。 麻雀は、競技としては地味なものだ。 特に他のプロ団体があるような競技……野球やサッカーに比べるとね。 当時は麻雀も今ほど注目されてなかった」

優希「今は、大人気競技ですよね」

聡「ああ。 しかし、それも主に女子麻雀を中心にしたものだろう? 男子麻雀は、やはり少々華に欠けていてね」

聡「私は麻雀が好きだ。 しかし、仕事にした以上これで食べてかねばならん」

聡「勝たなきゃいけないのはまず当然として……人に見せるものになるからね。 ただ打つだけじゃなく、ちゃんと魅せなきゃいけない……人気商売でもあるからな」

優希「瑞原プロとか、すごい人気ですもんね……ハートビーツの観客動員数なんか他のチームと比べて桁違いだとかって聞いたことがあります」

聡「あの子はアイドルやりながら結果も出しているからな……凄いもんだよ」

聡「とにかく……ただ打つだけではいけない。 誰もが人気獲得の方法を考えて工夫していたんだ」

聡「それで若い頃の私は……前半は守備と相手の観察に比重を置いて、南場に入ってから一気に攻勢に出る打ち方をするようになった」

聡「まあ、なんだ……序盤に削られても、後半からグングン追い上げて逆転するのがカッコいいと思ったんだな、うん」

優希「今だと……それこそ藤田プロもそういうスタイルですよね! カッコいいと思います!」

聡「はは、そう言ってもらえるとうれしいね……バカな男がバカなりに考えて貫いてきた打ち方なんでね」


58: 2015/11/25(水) 03:59:29.35 ID:6rXjNSFC0

聡「……つまり、目立つために打ち方に特徴をつけて、そのスタイルを少しずつ洗練していった結果が今の私なわけだ」

優希「はい! ……? それじゃあ、数絵ちゃんは……?」

聡「あの子は……小さい頃から私の打ってる所を見ていたからね。 あの子なりに私に憧れて、私の教えを受けて打ち始めたわけだが……」

聡「私は、勝つため、目立つために前半で相手の手の内を見て後半に攻勢をかける戦術を取っていたわけだが……数絵は単純に南場にいい手が入るから前半は守備に回っているんだ」

優希「……んん?」

聡「そうだな……それじゃあ、君はなんで東場で先攻して逃げ切るスタイルを取っているんだ?」

優希「それは……東場の方が引きも良いし流れがあると言うか……」

聡「それと同じさ。 数絵は南場に強い手が入るから前半は無理をしない……私はただ戦術として、前半は余程の手が入らなければ様子見、後半は多少無理をしてでも攻めると決めている……前提が違うんだ」

聡「……ここらへんが、昔の打ち手と最近の打ち手の……そして男子と女子の麻雀の差だろうな。 今の環境で打っている君には理解しづらいかもしれないがね」

優希「えーと……麻雀の、組み立て方の前提が違うってことで合ってますか?」

聡「そうだ。 ……ああ、チームメイトの宮永さんなんかを例にした方がわかりやすいかな? 彼女は、平たく言えば嶺上牌がわかるからカンと嶺上開花を前提とした打牌になるわけだ」

聡「同じことを私がやろうとすると……つまり、嶺上開花を頂点に置いた打牌の組み立てをすると、場の牌を見ながら一生懸命嶺上牌がなにか考えて計算して……後半になってカンをする機会があればとりあえずやってみる。 ツモれたらラッキー、ぐらいの酷い打ち方になるだろう」

優希「たしかに、アレは真似できないじぇ……」

聡「極端な話だがね……根本にこういった感じの差があるから、私よりも靖子と久保さんを待った方がいいと思うよ。 そろそろ到着する頃だろう……そうだな、あとひとつ言えるとすれば……」

優希「……!」

聡「数絵は、南場にいい手が入るから……ということ以上に、南場に攻勢に出て勝つスタイルで勝ちたいと思っている。 そして、だからこそ南場ではいい手が入るし勝利に繋がる」

優希「…………」

聡「私の経験から……女子の麻雀は男子と比べて、気持ちが強ければ強いほど牌が応えるように感じる。 それこそ、牌に愛されていると言うやつなのかね……」

聡「……ふふ、結局また精神論だ。 年よりは同じ話を繰り返す……そろそろ切り上げよう。 練習に戻った方が君のためにもなるだろう」

優希「いえ、そんな……ありがとうございました! 勉強になりました!」


59: 2015/11/25(水) 04:00:22.16 ID:6rXjNSFC0



睦月「あ、優希ちゃん! どうだった?」

優希「うーん……」

いろいろと話をしてもらって、私自身についてもらったアドバイス……総合すれば…………

優希「とりあえず、今のままでバッチリOKだじぇ!」

睦月「……ふふっ、それならよかったね」

優希「うん! このまま頑張るじょ!」

けっこう褒められた気がするし…………気持ちも作れてるって……自信を持てって言われたな。 あと、簡単に技術は身につかないけど努力は続けよう……気持ちが強ければ牌は応える…………うん、このまま頑張ればいいんだ

尊敬するプロ雀士に褒められたことを自信にして、一生懸命練習する。 国麻の頃には結果を出す! 思い詰めない方がいいって言われたしな! 私らしく、リラックスして……

優希「……あ!」

睦月「どうしたの?」

優希「顔に出るから気をつけろって言われました!」

睦月「……それは、たしかに気をつけないとだね」

優希「とはいえ、なかなか難しいじょ……ずっと変顔とかしてたら逆にポーカーフェイスになるかな?」

睦月「それは……余計な体力使いそうだしやめた方がいいんじゃないかな……?」


60: 2015/11/25(水) 04:00:58.61 ID:6rXjNSFC0

そんな冗談を言いながらまた卓の方に合流する

さっきまでは、いろいろと考えて張り詰めていたけど、少しリラックスして打てている気がする

考え込むあまり緊張しすぎてたのかも……今回は特に考えることの多い合宿になってるけど……こう、緊張状態とリラックスした状態のちょうどいい部分が今ぐらいなのかもしれない

のびのびと打てている今の方が手も伸びている気がする……気持ちに手が左右されているなんて言ったら、やっぱりのどちゃんにそんなオカルトありえません! って怒られちゃいそうだけど



華菜「……あ、コーチ!」

貴子「おう、待たせたな」

華菜「別に待ってないし! なんならもう少しゆっくりしてても……」

貴子「真面目にやってんのか池田ァ!」

華菜「とっ、当然だし! ちょっとした冗談で……」

未春「お疲れさまです、コーチ、藤田プロ」

靖子「お疲れさん……ほら、あんたも師弟愛の確認がすんだらさっさと話を……」

貴子「愛ってなんだよ!」
華菜「愛ってなんですか気持ち悪い!」

貴子「気持ち悪いってどういう意味だ池田ァ!」

華菜「にゃあ!? ち、違っ……今のは、言葉のあやと言うか……」

靖子「はぁ……はーい、注目。 悪いな、一旦中断して集まってくれ」



優希「……イケダのやつ、相変わらずバカだな」

睦月「ふふ、楽しそうでいいじゃない」


61: 2015/11/25(水) 04:01:31.52 ID:6rXjNSFC0

貴子「――南浦プロから合宿の概要やらなんやらの話はされているだろう。 前提は省いて具体的な話を少しさせてもらうぞ」

靖子「ほら、よそ見しないでちゃんと話聞いとけよ~? 真面目な話するぞ~?」

衣「それならなんでお前は衣を撫でてるんだ! 離れろ! はーなーれーろー!」

靖子「あぁもう……本当にかわいいなあお前は……」

貴子「……おい、ちょっと! いい加減にしてくださいよ! 真面目にやる気あるんですか!?」

靖子「いいからさ、気にしないで始めてよ」

貴子「無茶言うな!」



咲「……相変わらずだね、カツ丼さん」

優希「衣ちゃんかわいいからな。 気持ちはわからなくもないじぇ」

和「そういう問題でしょうか……」

少しばかりグダグダしたあと、久保コーチと藤田プロの話も本題に入る

大会のルール形式の確認やらなんやら……これは聞いてもよくわからなかった部分は後でのどちゃんと染谷先輩に確認することにする

そして、一部の人間にとっては最も大切な話題に……

貴子「代表チームのキャプテンは……」

透華「!!」

華菜「!!」

靖子「……落ち着けよ、まだなにも言ってないぞ?」


62: 2015/11/25(水) 04:02:07.31 ID:6rXjNSFC0

透華「お任せくださいな! この龍門渕透華、きっちりばっちりこなしますわよ!」

華菜「ふん、まあ華菜ちゃん以上の適材はいないし! 安心して任せるといいし!」

未春「華菜ちゃん、落ち着いて……」

智紀「もう決まってるんだからアピールしても……」

まこ「はぁ……ほれ、話進まんから座りんさい」

貴子「……考え直した方がいいですかね」

靖子「別にいいんじゃないの? やる気あるのはいいことでしょ」

貴子「……キャプテンは龍門渕透華」

華菜「にゃ!?」

透華「当然ですわね! キャプテンとして長野を日本一に導いてみせますわ!」

貴子「……で、染谷と池田がサブだ。 龍門渕のサポートを頼む」

華菜「ぐぬぬ……了解だし」

まこ「ふむ……了解です」



咲「りゅーもんさんがキャプテンかあ」

和「染谷先輩はサブキャプテンですか……」

優希「いい配置だと思うじぇ? 龍門渕のおねーさんの性格的にキャプテンとか、重要なとこ任せた方が実力以上に力出せそうだし、イケダも悔しさからやる気出すだろ? 染谷先輩が脇を固めるならなにかあっても問題ないだろうし、そもそも問題も起きなそうだじぇ」

和「はぁ……なるほど、そう言われると納得です」

咲「優希ちゃん、いろいろ考えてるんだね……」

優希「ん? そうか? そんなつもりはなかったけど……」


63: 2015/11/25(水) 04:02:43.21 ID:6rXjNSFC0



貴子「――それでは、最後に藤田プロからなにかあれば……」

靖子「ああ、そうだな……」

靖子「……私は、代表チームのメンバーとして選抜された選手全員を試合で使いたいと思っているが……本番では、勝つための起用をする」

靖子「君たちは一定以上の力を持っているとこちらが確信したからこそ選抜されたわけだが、今までの公式戦が主な指標になっている……つまり、結果を出しているやつが力があると見なされてオーダーされるわけだ。 ま、言うまでもないと思うが」

靖子「この合宿が最後のチャンスだ。 試合に出たければ力を見せろ」

優希「…………」

そうだ、この合宿が国麻の前の最後のチャンス……力をつけるためだけじゃない。 試合に出るための最後のアピールの機会になるんだ

南浦プロは見ていてくれたみたいだけど、直接的に指揮を執るのは久保コーチと藤田プロ……ふたりの印象に残らなければ意味がない

靖子「それと、もうひとつ」

靖子「勝利の条件、それは……」

透華「目立つことですわね!」

純「そりゃお前だけだ」

桃子「目立ったら話にならないっすよ?」

純「それもお前だけだろ……」

まこ「……あんたら、いちいち口を挟まんと気が済まんのか?」

華菜「そういう染谷こそ毎回口開いてるし!」

未春「誰かが注意しないとダメだと思うよ、華菜ちゃん……」


64: 2015/11/25(水) 04:03:27.78 ID:6rXjNSFC0

靖子「あー……話、続けていいか?」

衣「さっさと済ませろ! 衣は早く続きが打ちたいんだ!」

靖子「……衣、お前は本当にかわ「いいから早く話せっつってんだろ! 後でやれ後で!」こえーよあんた……さすが元ヤン」

貴子「元ヤンじゃねーし! 生徒の前でなに言ってんだ!」

華菜「やっぱりな……正直薄々感じてたし」

貴子「池田ァ!」

華菜「なんでもないし!」



和「……楽しそうですね」

優希「のどちゃん、混ざりたいのか?」

和「い、いえ、そういうわけでは……」

咲「私も早く打ちたいんだけどなぁ……」

優希「いっそ放っといて打ち始めるか!」

咲「それはさすがに……」

優希「冗談だじょ?」

咲「あはは、だよね……」


65: 2015/11/25(水) 04:04:20.81 ID:6rXjNSFC0

靖子「……とにかく、対戦相手も君らと同じく県代表の実力者たちだ。 厳しい局面も来るだろう」

靖子「だが、決して諦めるな。 どんな状況でも諦めない強い心こそが勝機を引き込む力になる……それが勝利の、まくりの条件だ」

華菜「……ふふん、藤田プロのくせにいいこと言うし」

靖子「くせに!?」

透華「当然のことですが大切なことです……藤田プロから真面目な話が来るとは思っていませんでしたが」

靖子「ちょっと!? どういう意味!?」

華菜「だってほら、文堂がよく要らないって言ってるカードの人だし……」

星夏「池田先輩!? ち、ちち、違うんですよ! 要らないって言うかただたくさん持ってるだけで藤田プロ自体がどうとか言う話ではなくってですね……!」

透華「なんというか、私にとっては衣をかわいがってくれる珍しい大人なのですよね……」

衣「ふん! あんなやつ……衣のこと撫でたりハグしたりして子ども扱いしてくるんだぞ!? いいやつなんかじゃない!」

純「なんだよ、ほんとはちょっとうれしいくせによ」

衣「純! て、適当なこと言うな!」

靖子「お、お前らな……おい、サブキャップ、なんとか言ってくれよ……」

まこ「……え?」

靖子「え?」

まこ「ああ、いや……すみません、なんかこう、どっかの誰かのせいでこの扱いにあまり違和感なくて……」

靖子「……久のやつ…………!」

衣「だから撫でるなって言ってるのに!」

靖子「え? うれしいんだろ?」

衣「うれしくなーいー!」


66: 2015/11/25(水) 04:05:12.13 ID:6rXjNSFC0

優希「……いいこと言ってたのに締まらんじぇ」

咲「あはは……でも、なんかカツ丼さんらしいよね」

和「藤田プロにはお世話になりましたが……たしかに、竹井先輩のせいでどうにも印象が……」

優希「まあ、それ以上は言わないであげるべきだじぇ……よし! 練習に戻るか!」

和「そうですね」

咲「うん! また一緒に打とう?」

優希「ふふん……咲ちゃんにやのどちゃんに勝てばいいアピールになるじぇ……親友とはいえ手加減はしないじょ?」

和「当然です。 私も本気でいきますよ?」

咲「よぉし、一緒に楽しもう!」

優希「おう! 行っくじぇー!」

それにしても、南浦プロの言う通り藤田プロもやっぱり精神的な部分を……

優希「……ん?」

和「どうしたんですか、ゆーき?」

優希「ちょ、ちょっとタンマ! 先に始めててくれ!」

咲「え? 優希ちゃん!?」

優希「お世話になった挨拶をしてくるじょ!」


67: 2015/11/25(水) 04:05:49.37 ID:6rXjNSFC0



数絵「挨拶ぐらいしてから帰ればいいのではないですか?」

聡「なに、改まって挨拶する必要はないだろう……私は靖子や久保さんとは立場が違うしチームへの関わりも薄い。 余計な時間を取るのも悪いしな」

数絵「……お祖父様がいいのならば構いませんが」

優希「南浦プロ!」

聡「おや……? どうかしたかね?」

数絵「……なんの用かしら?」

優希「いや、お世話になったのでちゃんと挨拶をしたいと……わざわざ来てくださったんですから、なにもこっそり帰らないで挨拶ぐらいさせてくれても……」

聡「……はは、なるほど……そうだな。 すまないね」

数絵「……世話?」

優希「さっき、少しアドバイスしてもらってな」

数絵「そう……少しはマシになるといいわね」

聡「はぁ……数絵、お前もいちいち棘のある物言いをしなくてもいいだろうに」

数絵「……私は、別に…………」

優希「私は気にしてませんから! ……数絵ちゃん、どうせならマシになったかどうか、試してみないか?」

数絵「ふん……まあ、デモンストレーションにはちょうどいいかもしれないわね」

聡「……まったく……では、私はそろそろ失礼するよ。 しっかりやれよ、数絵」

数絵「ええ。 お疲れさまでした、お祖父様。 道中お気をつけて」

優希「今日はありがとうございました! アドバイス活かせるように頑張ります!」

聡「ああ、応援してるよ。 数絵のこと、頼んだよ」


68: 2015/11/25(水) 04:06:28.05 ID:6rXjNSFC0

数絵「……お祖父様ったら…………貴女なんかに私の何を頼むと言うのよ」

優希「さあ……そういうところじゃないのか?」

数絵「どういうところよ?」

優希「だから、そういうとこ」

数絵「……意味がわからないわね」

優希「それじゃあ、そういうことにしておくじぇ……それじゃあ、打とっか?」

数絵「打つわよ。 打たなければここに来た意味がないわ……なぜか、貴女とばかり打っている気がするのだけど」

優希「そりゃあ、ライバルだからな」

数絵「ライバル? ふん、一度でも私に勝ってから言うことね」

優希「同じ一年で似たような特徴を持ってるんだからライバルでいいだろ? それに……」

やっぱり、言われっぱなしっていうのも悔しいし、ちょっとは言い返してみることにする

優希「……公式戦の結果で言うなら、個人戦では負けたけど私は団体で全国行ってるじょ?」

数絵「……それならそれで、せいぜい私の踏み台になってもらうわ」

優希「ふっ……数絵ちゃんに勝てば私だって国麻に向けたいいアピールになるじょ。 そう毎回勝てると思ったら大間違いだじぇ」

数絵「口にしたからには力で証明することね。 私は、負けるわけにはいかないの……特に、貴女には」


69: 2015/11/25(水) 04:07:54.59 ID:6rXjNSFC0

優希「…………」

数絵「……なにかしら?」

優希「まだなんにも言ってないじょ?」

数絵「……いつも騒がしい貴女が黙ったから、気になっただけよ」

優希「喋ってたら喋ってたでうるさいって言うくせに……」

数絵「貴女が騒がしいのは事実でしょう?」

優希「元気とかそういう言い方をしてほしいじょ……それじゃあ聞かせてもらうけど……」

数絵「答えるとは言ってないわよ?」

優希「……まあ、答えたくないことならいいけど…………どうして、そんなにこだわるんだ? 力とか、勝つこととか……」

数絵「こだわらないでどうするのよ。 勝たなければ意味がないわ……楽しめればそれでいい、なんて綺麗事よ」

数絵「……私からも、ひとつ聞かせてもらっていいかしら?」

優希「スリーサイズは秘密だじょ?」

数絵「私がそれを聞いて何か得をするの?」

優希「真顔で聞き返されると困るじぇ」

……意外と面白い子なのかも?

真面目系天然? こういうとこはのどちゃんに似てるかも……ちょっとだけ、冷たい感じがするけどな


70: 2015/11/25(水) 04:08:53.90 ID:6rXjNSFC0

数絵「はぁ……貴女、悔しくないの? どうしてそうやってへらへらしていられるの?」

優希「……へらへらとは心外だじぇ」

数絵「実際しているでしょう? いつもいつもふざけてばかりで……同じ学校、同じ学年の宮永さんや原村さんが全国で結果を出しているのに、よくそんな調子でいられるわね」

数絵「仲間が活躍しているのがうれしい? 誇らしい? 自分は見ているだけなのに? 信じられないわね」

優希「そんなの!」

数絵「……っ!」

優希「……ごめん、大きな声出して」

数絵「……別に、気にしてないわ」

優希「ん……ごめん」

優希「…………悔しいに決まってるだろ?」

優希「のどちゃんと咲ちゃんが全国行って、活躍して……たしかに、うれしかったし誇らしかった」

優希「でも……それ以上に悔しくて、羨ましくて……ずっと、ずっと悩んでた」

それでも、表には出せなくて……のどちゃんと咲ちゃんに余計な負担をかけたくなかった。 最後の大会で、私よりもずっと悔しかったであろう染谷先輩に心配をかけたくなかった。 後輩たちに情けない姿を見せたくなかった

数絵「……悪かったわね。 無神経なことを言ったわ」

優希「……気にしなくていいじょ? そうやって謝ってくれただけで充分だじょ」

優希「……でもさ、そういうの……表に出すわけにもいかなかったんだ……みんなに心配かけたくなかったしな。 ほら、いつでも明るく元気なのが私のいいとこだろ?」

数絵「……たしかに、笑顔を作るのは得意みたいね。 対局中もずっと笑ってたら? 貴女、表情に出すぎなのよ。 笑っていればちょっとぐらいは相手にプレッシャーもかけられるかもしれないわよ?」

優希「……ふふ、アドバイスどうもだじぇ」

数絵「別に、そんなつもりじゃないわよ。 皮肉で言ってるの」

優希「……一応言っておくけど、それがわからないほど鈍くはないじぇ? 数絵ちゃんこそ、悪ぶらなくてもいいのに」

数絵「……悪ぶってるなんて、そんなつもりはないわ」

優希「でも、こうやって話してて……なんとなくわかるから。 結構キツいこと言うけど、本当は優しいんだって」

数絵「……ふん、勝手に言ってなさい」


71: 2015/11/25(水) 04:09:37.55 ID:6rXjNSFC0

ここ数ヵ月はずっと悩んでた……部室に入る前に立ち止まって、ちょっとだけ目を閉じて気持ちを落ち着かせて……落ち込んでるのを隠せるかな、って考えた

たとえ強がりでも、しっかり上を向いていれば
、自然に微笑んでいるように見えるかな、って思った

優希「……悔しくて、落ち込んだし、辛かったけど…………やっぱり、そうやってうじうじ悩んで、くじけるなんて私らしくないだろ?」

優希「悔しいって気持ちも、全部生かせれば成長するチャンスに変わると思うから……」

数絵「……そうね。 悔しさを忘れたら成長はできないわ」

優希「ふふ……それでも、そうやって立ち上がれたのもつい最近でな……」

先輩たちや、他校のライバル……みんなと話して、モヤモヤしていた気持ちをやっと整理できた

優希「…………全部、仲間のおかげだ」

数絵「……仲間、ね」

優希「気に入らない?」

数絵「ええ、気に入らないわね……でも、貴女の話を聞いて少し考えは変わったわ。 貴女はもっと……そうね、バカな子だと思ってたけれど、意外と芯のある子だったみたい」

優希「まあ、勉強は苦手だけどな……それでも、考えなしってわけじゃないじょ?」

数絵「……わかってるわよ。 私だってそこまで鈍くないもの……認めたくなかっただけ。 今日、貴女と少し話もして、対局もして…………ふざけているように見えても、真っ直ぐ取り組んでいるのはわかったもの」

優希「お、とうとうデレ期が来たか?」

数絵「茶化すのはやめてくれないかしら……不本意だけれど、私と貴女は似ているのかもしれない……そうも思ったわ。 不本意だけれど」

優希「なにも二回も言わなくてもいいだろ……」

数絵「不本意なんだもの、仕方ないでしょう?」

優希「だからそんなに言わなくても……」


72: 2015/11/25(水) 04:10:26.95 ID:6rXjNSFC0

数絵「でも、私と貴女には大きな差があるわ……それが、勝敗を分けているのよ」

優希「差だって?」

数絵「仲間だなんて……甘いのよ、貴女は。 他人に寄りかかってるから私に勝てないの」

優希「……寄りかかってるんじゃなくて、支えあってるんだ。 みんなが私に力をくれるんだし、私だってきっとみんなの力になれてるって思うじょ? 仲間なんだから、さ」

優希「数絵ちゃんだって……これから一緒に戦う、仲間だろ?」

数絵「……私には、仲間なんて必要ないわ」

優希「……どうしてそう思うんだ?」

数絵「邪魔なだけだもの……特に、力のない、足を引っ張るだけの仲間なんて」

優希「……たとえ力が足りなかったとしても、応援してくれて、想いを託してくれて……そういうのが打ってる自分の力になる。 そうじゃないのか?」

数絵「違うわね。 いくら言葉で飾っても、戦っている時は自分一人……卓上で頼りになるのは自分の力だけよ」

数絵「想いを託すなんて言っても、勝手なものよ……結局、負けてしまえば……」

優希「……なにか、あったのか……?」

数絵「…………別に。 昔のことよ」

優希「……昔のことなら、話してよ」

数絵「……答えたくないなら言わなくてもいいんでしょう?」

優希「数絵ちゃんのこと、知りたいから……仲間だからな」

数絵「……まあいいわ。 貴女、しつこそうだし……たいした話じゃないわよ」


73: 2015/11/25(水) 04:11:33.17 ID:6rXjNSFC0

数絵「……小学生の頃、一度だけ団体戦に参加したことがあるの」

優希「そうなのか……中学の時は、公式戦に出てなかったよな?」

数絵「ええ……意外と調べてるのね? そういうの全然ダメそうなのに」

優希「ああ、それは個人戦前に染谷先輩が有力選手の牌譜はチェックしとけって……」

数絵「はぁ……まあ、別にいいけれど…………私は当時……今でもその自信はあるけれど、同年代の打ち手に比べて優秀だったわ。 大会に出た頃がちょうどお祖父様と二人で暮らし始めた頃で、麻雀も教わっていたし……誰よりも熱意もあったと思う」

数絵「プロのお祖父様の試合を見て、同じように打ちたくて……はじめは両親もいてお祖父様とすぐ会えるような環境でもなかったから……元々、地元の麻雀教室に通っていたの。 そこのチームで団体戦にエントリーしたわ」

……なんか、さらりと複雑そうな事情が出てきたけど、あえて触れることもないよな……?

数絵「珍しい名字だし、私も誇りに思っていたから特にお祖父様のことを隠しもしていなかったわ……その頃からお祖父様のスタイルを真似ていたし、回りはみんな私がプロの孫だということも知っていたわね」

数絵「……小学生相手の対局は物足りなかったわ。 みんな貴女みたいにすぐ顔に出るし、癖や手も読みやすくて……個人の成績ならほとんど負けなしだったわ」

優希「数絵ちゃんもその頃小学生だろ……というか、いちいち一言多いじょ」

数絵「あら、ごめんなさいね」

数絵「……でも、団体戦だとそうもいかないわ。 はじめて参加したその大会もいいところまで行ったけれど、ほとんど大将の私が稼いで逆転勝利のパターンだったうちのチームは……副将までの失点を私が取り返しきれずにそのまま敗退……」

数絵「負けたのは、私のせいらしいわよ……みんなの失点を取り返せなかったから、って」

優希「なんだ、それ……おかしいじゃないか」

数絵「子どもだもの。 そんなものでしょ……それまで散々持ち上げてたくせに、酷い言われようだったわ……当然私も言い返したけどね。 自分の収支を見返してみれば敗因がわかるって」

優希「……気持ちはわかるけど、それはあんまり言っちゃいけないやつだろ……」

数絵「私も子どもだったもの。 悔しければそれくらいは言い返すわ……それに、あの子達は……それ以上に言ってはいけないことを言ったわ」

優希「……いったい何を?」

数絵「…………お前が弱いのはプロのじいさんが弱いからだ、って……」


74: 2015/11/25(水) 04:12:32.96 ID:6rXjNSFC0

優希「……っそんなの酷すぎるじょ! 全然関係ないしそもそも数絵ちゃん強いし! それに南浦プロだって……!」

数絵「私が勝ちきれなかったのも事実だし、その時も何か言われても仕方がないとは思っていたけれど……お祖父様を悪く言われたのは許せなかった」

数絵「でも……認めたくないことではあるけど、客観的に見ればたしかにお祖父様はその頃成績を落としていたのよ。 いろいろあったし、私を引き取る諸々の手続きもあったし……」

数絵「なにより、年齢ね……老獪な戦術には磨きがかかったけれど、勝負所では力負けすることも多くなって……お祖父様の若い頃の対局は牌譜や映像でしか知らないけれど、その変化は子どもの私でもわかったわ。 それでも、私にとってはずっと変わらない、ヒーローだった」

優希「…………」

数絵「元々、お祖父様に憧れて麻雀をはじめたの……家に対局の映像データもたくさんあったし、一日中食い入るように見てたわ」

数絵「お祖父様と同じ様に打ちたくて、模倣からはじめて……いつしか牌もそれに応えるようになったわ。 そしてはじめて大会に出て……」

数絵「そこで理解したのよ。 仲間なんて足を引っ張るだけの邪魔な存在……そして、私の麻雀は……お祖父様の麻雀はまだまだ上を目指せる!」

数絵「負ければ中傷だってされる……私だけでなくお祖父様も……それなら私は、一人で戦う……一人で戦って、勝って、勝ち続けて、力を証明する……!」

数絵「私が勝ち続けることで、お祖父様の強さも証明される……そして、私は必ず頂点に立って見せるわ……小さな頃から憧れて、追い続けている……お祖父様と同じこのスタイルで……!」

強い決意と闘志に満ちた眼だ。 南浦さんの本気が表情からもよくわかる

優希「……それが、勝ちにこだわる理由?」

数絵「ええ。 別に、おかしくはないでしょう? ……貴女には、負けないわ。 天江さんや宮永さんにだって……! 国麻は全国各地の強豪と打てるし、注目度も高い……私の力を示すいい機会よ。 県代表チームのエースポジションで活躍すれば……」

優希「……どうした?」

数絵「……いえ、つい熱くなってしまって……ダメね。 貴女のことを言えないわ……去年の夏も、勝てなかった……焦っているのよ、私」

数絵「卓の外なら冷静に、客観的に状況を見れるのに……短気なのが勝てない原因かしらね?」

優希「それは……」

数絵「ここも、貴女とは違うわね……貴女、意外と我慢強い打ち方をするもの」

優希「……似ているところも、たくさんあると思うけどな」

数絵「そうね……だから貴女には負けたくないの」


75: 2015/11/25(水) 04:13:06.43 ID:6rXjNSFC0

数絵「……エースポジション……実力で言えば、打ち筋の特性を鑑みて大将が天江さんで先鋒は宮永さんかしら」

優希「性格的な部分を見れば、龍門渕のおねーさんが先鋒ってのも十分あると思うじょ? エースでキャプテン、最高に目立つしな」

数絵「あの人、モチベーションの高さがそのまま対局にも出るタイプだものね」

優希「のどちゃんとくっつけてオーダーしとけば余計に張り切るだろうから先鋒次鋒で固めるとか……先鋒を咲ちゃんにするなら龍門渕のおねーさんは中堅かな? チームの中心だから中堅とか言っとけばそれはそれで張り切るだろうし」

数絵「入り込む隙間があるとしたら次鋒か副将ということ? 役割を軽視するわけではないけれど、少し地味ね」

優希「まあ、久保コーチや藤田プロがどう考えてるかはわからないけどなー」

数絵「……まだ、時間はあるわ。 この合宿、それに本戦が始まってからでも力を見せれば……」

優希「……今度はどうした?」

数絵「……なに、普通に話してるのよ。 というか、余計なことまで話しすぎたわ。 忘れてちょうだい」

優希「……いまさらそんなの無理に決まってるだろ……別にいいじゃないか。 仲間なんだから」

数絵「聞いてなかったの? 私に仲間は必要ないわ……国麻は団体戦しかないから、仕方なく一緒にいるだけよ」

優希「そんなこと言って……本当は、数絵ちゃんだって寂しいんじゃないのか? 今、結構楽しそうに話してたじょ?」

数絵「それは……そんなのは、貴女の気のせいよ……」

優希「……昔は、数絵ちゃん一人だけが強くて、みんな子どもだったからそんな風になっちゃったのかもしれないけどさ……今は違うだろ?」

優希「もう高校生だし、みんな数絵ちゃんと同じくらい強いんだ……負けたって誰か一人に責任を押しつけたりしないし、勝った喜びを分かち合うのもいいもんだじょ?」

数絵「それは……たとえそうだとしても、貴女に馴れ馴れしくされる謂れはないわ!」

優希「むぅ……なにがそんなに気に入らないんだ? 私は、数絵ちゃんとうまくやっていけると思うんだけど」

数絵「なにもかも気に入らないわよ……前半後半の違いこそあれ打牌は似てるし、性格だって……悩みを押し込めてバカみたいにいつも笑って、誰とでも仲よくして……私みたいなのにまで声をかけて……」

優希「……自分と似てるのに、回りとうまくやれてる私が妬ましい?」

数絵「……違うわよ」

優希「やっぱり、そうなんだ」

数絵「違うわよ!」


76: 2015/11/25(水) 04:13:54.51 ID:6rXjNSFC0

南浦さんは、怒ってるんだか泣いてるんだかわからないような表情でこちらを睨み付けている

こんな話はしたくないだろうけど、折角いろいろ話してくれたのにここで引いたら、もう友だちにはなれないんじゃないかって思う

優希「……数絵ちゃんはさ、昔あったいろいろでちょっと臆病になってるんだな」

数絵「臆病だなんて……馬鹿にしないで」

優希「バカにしてるわけじゃないじょ? 誰かに心を開くのって、難しいことだと思う。否定されるのも裏切られるのもやっぱり怖いしさ」

数絵「怖くなんてないわ……ただ、邪魔なものを切り捨てただけよ! 仲間なんて……」

優希「私たち、仲良くやれるよ! 数絵ちゃん、少し昔の話してくれたじゃないか……ああいうの、誰にでも話せることじゃないと思うから……」

数絵「貴女がしつこいから話しただけで、特別な意味はないわ!」

優希「麻雀を打つ理由が、特別なことじゃないなんて、嘘だ!」

数絵「っ……!」

優希「数絵ちゃんが、ちょっとこっちに踏み出してくれれば……私たち、友だちになれるよ」

数絵「……友だち、なんて……馬鹿言わないで。 私たちは、代表選手の枠を奪い合う敵なのよ?」

優希「敵なんかじゃない……ひと試合に出れるのは五人で、枠はみんなで取り合いになっちゃうけど仲間なのは変わらないんだ……悔しくっても、ちゃんと応援できるよ」

数絵「私には無理よ! 試合に出て、勝たなきゃいけないの!」

数絵「……言いたくなかったけれど、私は貴女のことを認めているわ! 打ち筋も似ているし、代表枠に入るための一番の敵だとすら思ってる! 貴女が試合に出ることになれば私は……」

優希「……数絵ちゃん、バカだなぁ」

数絵「……な、何を言うのよ! なにも間違ったことは……」

優希「団体戦は五人も出れるんだじょ? 私と数絵ちゃんが一緒に試合に出ることだってあり得るじぇ?」

数絵「は……?」


77: 2015/11/25(水) 04:14:39.83 ID:6rXjNSFC0

呆けた顔をして、ちょっと固まって……少し落ち着いたのかため息をつきながらやっと言葉を発する

数絵「……貴女、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど……やっぱり馬鹿ね」

優希「む! 何を根拠にそんなことを!」

数絵「貴女と私では期待される役割が近いわ。 似たような打ち手を二人同時に起用したって対策される可能性も高いし意味がないわよ」

優希「そうか? 私は、私と数絵ちゃんの相性はいいと思うけど」

数絵「貴女が東場を打って、私が南場を打つ……そんなことが出来るのならそうだったかもしれないけれど」

優希「数絵ちゃんは頭が固いなあ……それじゃあ、例えばさ!」

数絵「なによ?」

優希「先鋒で数絵ちゃんが出て、南場でガンガン稼いでさ……その流れを引き継いだ私が、次鋒で大暴れしたら……それってもう最強じゃないか?」

数絵「…………え?」

そんな発想はなかったとばかりに目をぱちくりとさせている数絵ちゃんに構わずそのまま続ける

優希「南場の数絵ちゃんと東場の私、力を合わせれば負けっこないじぇ!」

優希「ほら、そのあとはイケダ辺りにでも任せとけば勢いでばばーっと……」

数絵「ふっ……貴女、ほんと馬鹿ね……ふふ、現実的じゃないわよ、そんなオーダー……」

優希「そんなことないじょ! 私たちの実力なら団体の五人枠、全然狙えるじぇ?」

数絵「ふふ……そうね、そうかもしれないわ……ふ、ふふふっ……」

……今度は、笑いながら涙を流している

少し、すっきりしたのかな?

数絵「貴女はともかく、私ならエースポジションだって十分に狙えるもの」

優希「なに!? 私はともかくってどういう意味だ!?」

数絵「そのままの意味よ? 私の方が貴女よりも強いもの」

優希「さっきは認めてるって言ったのに!」

数絵「そうだったかしら? 覚えていないわね」


78: 2015/11/25(水) 04:15:18.85 ID:6rXjNSFC0

数絵「…………ねえ、片岡さん」

優希「なあに?」

数絵「…………さっきまで、ごめんなさいね。 いろいろと」

優希「なんのことだかわからないじょ……あとさ、数絵ちゃん」

数絵「なに?」

優希「友だちなら、片岡さんなんて他人行儀な呼び方はしないもんだじぇ?」

数絵「え……」

優希「?」

何故か戸惑いの表情を見せる数絵ちゃん……私、変なこと言ったか?

数絵「そ、それじゃあ、どうすればいいのよ!?」

優希「なに怒ってるんだ?」

数絵「怒ってないわよ! というか、友だちだなんて、別に、そんな……」

優希「のどちゃんは私のことゆーきって呼ぶし、咲ちゃんは優希ちゃんって呼ぶじょ?」

数絵「人の話を聞きなさいよ! その、あの……ゆ、ゅーき……」

優希「ちゃんと聞いてるじょ? 数絵ちゃん!」

優希「あ、広間に戻ったら改めてのどちゃんと咲ちゃんに紹介するじょ!」

数絵「い、いいわよ、別に、そんな……」

優希「それと、ノッポのやつにも一応謝っとくじぇ! あいつ、ああ見えてなかなかいいやつだから『ふん……さっきは、その……わ、悪かったわね』とか、そんな感じでも平気だと思うじょ?」

数絵「なっ……なによ、今の! 私の真似なの!? 馬鹿にするのはやめなさい!」


79: 2015/11/25(水) 04:16:52.38 ID:6rXjNSFC0

数絵ちゃん……少しぎこちない感じはするけど、笑ってくれてる

これで、友だちになれたのかな?

私にとっても、数絵ちゃんは目の前の壁でライバルだけれど……それでも、やっぱり麻雀は楽しい方がいい。 仲間と、友だちと一緒に……

優希「…………あ、そっか」

数絵「こ、今度はなによ?」

優希「……ねえ、数絵ちゃんは麻雀好き?」

数絵「当然でしょう? 好きじゃなければ打たないわよ」

優希「最近、打ってて楽しかった?」

数絵「…………それは……」

優希「私さ、わかった気がするんだ……南浦プロが私に数絵ちゃんを頼むって言った理由」

数絵「…………」

優希「私、南浦プロに麻雀を楽しんだ方がいいって言われたんだ……私も、ずっと悩んだり焦ったり……最近、楽しく打ててなかったからさ」

優希「そういうの、見てたらわかるんだろうな……自分では言われるまで気がつかなかったけど」

優希「自分が楽しんでないことに気がついたら、おかしいなって思った。 麻雀が大好きで、楽しいから打ってるはずなのに全然楽しんでなくって……でも一回気がついたら、すぐに元に戻れたじょ」

優希「私と数絵ちゃんが似てるからなんだろうな……意外とうじうじ悩んで、だんだん回りが見えなくなって……」

数絵「……余計なお世話よ」

優希「ふふ、かもな……あのさ、勝つのも大切だけど、やっぱり楽しむことも大切なことだと思うじょ? 悩んでいるときよりも、ずっとスッキリして……楽しいって気持ちに牌も応えてくれてると思う」

数絵「……もう、なによそれ。 非科学的ね……だけど…………」

優希「だけど?」

数絵「……そういうのも、嫌いじゃないわ」

優希「だろ? ……緊張感は必要だけど、そういうプレッシャーも楽しまないとな!」

数絵「たしかに……ゆ、ゅーき、の……言う通りね」

優希「どうした? ちょっとぎこちないじょ?」

数絵「う、うるさいわね……ちょっとずつ、慣らしていくわよ……」


80: 2015/11/25(水) 04:17:52.70 ID:6rXjNSFC0



咲「あ、優希ちゃん……遅かったね、なにしてたの?」

優希「ちょっとした野暮用だじぇ! ほら、数絵ちゃん! 改めて紹介するじょ! 親友ののどちゃんと咲ちゃんだ!」

数絵「ゆ、ゆーき! だから、別にそういうのはいいって……!」

和「な……なにかあったんですか? なんで急に仲よくなってるんですか!?」

咲「あはは……和ちゃん落ち着いてよ」

優希「のどちゃんは相変わらずのやきもちやきだなあ」

和「べ、別に妬いてませんからっ!」

咲「南浦さん、またよろしくね? 麻雀、一緒に楽しもうよ」

数絵「……なるほど……こういうところなのかしらね……天江さんも、一緒に遊ぼうって……」

咲「え? なに? どういうこと?」

数絵「ふふ……なんでもないわ、よろしくね」

優希「あ、おいノッポ! ちょっとこっち来い!」

純「あー? なんだよ?」

優希「ほら、数絵ちゃん」

数絵「え……あ、その……さっきは……」

純「……さっきは悪かったな。 腹減って気が立ってたんだよ」

数絵「あ、そんな……こちらこそ、すみませんでした」

純「オレは気にしてねぇよ。 そっちのタコス娘がいいならいいさ……ああ、そうだ」

数絵「は、はい」

純「悪いと思ってんなら相手しろよ……いい加減借りを返させてもらうぜ?」

数絵「……ふふ、そう簡単に返せると思わないでほしいものね」

純「へっ……楽しませてもらうぜ」

数絵「そうね……貴女たちと打つの、楽しみだわ」


81: 2015/11/25(水) 04:19:04.06 ID:6rXjNSFC0

……うん、よかった。 みんなともうまくやれそうだ

数絵ちゃん、やっぱり悩んだり焦ったり、昔のことがあったり……そういうのが悪い方向に出ちゃってただけで、本当はいい子なんだ

のどちゃんと咲ちゃんは言うまでもなく、ノッポも意外といいやつだし……染谷先輩にイケダ、龍門渕のおねーさんと上級生たちはみんな面倒見がいいし、すぐに溶け込めるだろう

優希「……んー…………?」

数絵「……あら、どうかし……」

和「どうかしましたか、ゆーき?」

咲「和ちゃん、張り合わなくていいから……」

優希「……あ! わかった! そうだ、腹ペコだったんだ! ノッポのせいで思い出したじょ!」

純「オレが悪いみたいな言い方すんなよ……」

優希「まあ、これからみんなと打つことだし、タコスぢからもチャージしとかないとな! ちょっと用意してくるじょ!」

和「あ、ゆーき……実は、少し時間があったので作っておいたんです。 よかったら食べてください」

優希「おお! さすがはのどちゃん私の嫁!」

咲「和ちゃん、ゆーきちゃんが出てってすぐにキッチン借りて作ってたんだよ……そろそろタコスが足りない頃だーって」

和「さ、咲さん!」

数絵「……仲いいのね、貴女たち」

優希「もちろん! 数絵ちゃんもすぐに仲間入りだじょ?」

数絵「……そ、そう、かしらね……?」

咲「ふふ、そうだね。 咲でいいよ? 数絵ちゃん」

数絵「あ……よろしく、咲……」

咲「ふふ、さっきも言ってたよ? よろしくって」

数絵「べ、別に悪いことじゃないでしょう?」

和「……それでは、私もよろしくお願いします、数絵さん。 ゆーきの一番の親友の原村和です」

数絵「よろしく……の、和」

優希「お? 今日はアピール激しいなのどちゃん! 後でたっぷりかまってやるじょ!」

和「で、ですから別に頼んでませんけどねっ」


82: 2015/11/25(水) 04:19:50.12 ID:6rXjNSFC0

優希「あ、こいつはアニキとでも呼んでやってくれ!」

数絵「え、アニキだなんて……に、兄さん……?」

純「オレは女だ! つか冗談を真に受けんなよ!」

数絵「そ、それは失礼しました……」

純「……おい、こいつもしかして面白いやつか?」

優希「結構のどちゃんっぽいじょ」

純「なんだよ、意外と芸人枠か?」

和「その反応は納得いかないのですが」

数絵「私は麻雀以外に芸はありませんが……」

純「あ、うん、オッケーだいたいわかった」

数絵「?」

……どうやら、もう慣れてきたようだ

このままなら特に心配することもないだろう

新しい仲間が……友だちが加わって、この合宿ももっといいものになるだろう

数絵ちゃんは麻雀への熱意が大きいし、私をはじめとして回りも感化されていくだろうし……練習のレベルも上がるだろう

張り詰めた空気の中でもしっかりと麻雀を楽しめる……そんな心を思い出させてくれた南浦プロにも感謝しなきゃ

そして、ライバルと認めてくれた……仲間と、友だちと認めてくれた数絵ちゃんにも

優希「……ねえ、数絵ちゃん!」

数絵「ゆーき?」

お礼はほら、決まってる

彩りもあざやかに、勝負も楽しくなっちゃう……大会が終わってみんなで味わえば、とびっきりの勝利の味だ



優希「タコス食うか? おいしいじょ!」



カン!


83: 2015/11/25(水) 04:23:07.06 ID:6rXjNSFC0
優希ss
流石に秋とは言い張れない時期になってきたので焦って投下
清澄ss増えて!

引用元: 優希「戦いの秋」【咲-Saki-】