2: 2010/11/06(土) 06:41:40.17 ID:RM8igQmtO
朝の新鮮な空気を大きく吸い込み吐く。

唯「やっぱり朝のお散歩って気持ち良いね」

私の三歩前を歩く唯ちゃんが振り返り、微笑みながらそう言った。

紬「そうね~本当に気持ち良いわ」

唯「私、冬の朝って好きなんだぁ~」

寒さのせいか微かに唯ちゃんの声が震えている。数秒後に唯ちゃんの体がブルッと震えた。

寒いのなら私に身を寄せてくれても構わないのに。
けいおん! 1巻 (まんがタイムKRコミックス)
4: 2010/11/06(土) 06:51:33.30 ID:RM8igQmtO
唯ちゃんの隣で歩きたいから少しだけ早く歩いて唯ちゃんの横に並ぶ。

紬「唯ちゃん寒いの?」

唯「少し寒いね~」

私から身を寄せて唯ちゃんを暖めたいけど、恥ずかしさに負けてしまい身を寄せられない。

ふっと凜とした向かい風が吹き、唯ちゃんの髪をなびかせる。

唯「おぉう!さぶっ!」

紬「寒いわね~」

5: 2010/11/06(土) 06:58:05.34 ID:RM8igQmtO
朝、唯ちゃんお風呂に入っていたからだろう。

唯ちゃんから微かに石鹸の匂いが香る。

唯「湯冷めしちゃっかなぁ?」

もう一度、唯ちゃんは体を震わせた。

紬「私の上着を着る?」

唯「ううん。それじゃあムギちゃんが寒くなっちゃうよ」

紬「私は大丈夫よ。ほら、風邪をひいちゃうといけないから」

唯「じゃあお言葉に甘えちゃおうかなぁ~」

6: 2010/11/06(土) 07:09:17.49 ID:RM8igQmtO
羽織っていたクリーム色の毛糸で編み込まれた上着を唯ちゃんに手渡す。

唯「ムギちゃんありがとね~」

紬「あったかい?」

唯「あったかだよ~」

上着の袖に手を通しながら唯ちゃんはさっきと変わらない笑顔を私に見せてくれた。

唯「あ!ムギちゃん松ぼっくりが落ちてるよ!」

唯ちゃんは松ぼっくりを拾い上げ私に見せてくれた。

7: 2010/11/06(土) 07:18:28.14 ID:RM8igQmtO
唯「私、子供の頃によく集めてたんだぁ~」

松ぼっくりを見詰める唯ちゃんの目はキラキラと輝いていた。

きっと、子供の頃の思い出を思い出しているんだと思う。

唯ちゃんの小さい頃の面影を見た気がした。

唯「ムギちゃんは何か集めてた物とかある?」

紬「私はビー玉を集めてたわ」

唯「ほぇ~ビー玉かぁ~」

8: 2010/11/06(土) 07:28:41.49 ID:RM8igQmtO
紬「えぇ、綺麗な物が好きだから」

唯「私も綺麗な物は好きだよ~」

紬「はっしゅん!」

唯「ムギちゃん?やっぱり上着返そうか?」

紬「ううん、大丈夫よ~」

唯「本当に大丈夫なの?」

唯ちゃんは私の手を握り息を吹き掛けた。

唯「ムギちゃんの手凄く冷たいよ~何時もはあんなに暖かいのに」

9: 2010/11/06(土) 07:34:09.75 ID:RM8igQmtO
紬「そ、そう?」

唯ちゃんの手も少し冷たかった。

唯「うん!冷たいよ。やっぱり上着返すよ~」

紬「ううん……大丈夫よ」

唯「大丈夫じゃないよ!風邪ひいたら大変だよ」

紬「じゃあ、唯ちゃん私の手……握っててくれない?それなら暖かいから」

10: 2010/11/06(土) 07:41:00.15 ID:RM8igQmtO
少しだけ勇気を出して言ってみた。

唯「うん!いいよ」

紬「本当?ありがとう唯ちゃん嬉しいわ」

唯ちゃんは私の手を握りながらポケットに手を入れた。

唯「暖かいね~」

紬「そうね。本当に暖かいわ」

唯ちゃんのポケットに入った私達の手。

少し窮屈だけど、体の芯からポカポカと温もりが沸き上がって来た。

11: 2010/11/06(土) 07:48:09.25 ID:RM8igQmtO
唯「ムギちゃん何だか顔が赤いよ~どうしたの?」

紬「そ、そう?」

唯「うん、やっぱり風邪なのかなぁ?」

私のおでこに唯ちゃんは手を当てる。

唯「風邪は無いみたいだね!」

風邪はひいてないわよ。顔が赤いのは唯ちゃんのせいだもの。

紬「心配してくれてありがとう唯ちゃん」

12: 2010/11/06(土) 07:53:31.92 ID:RM8igQmtO
唯「うーうん!ムギちゃんが風邪ひいちゃったら嫌だもん!」

紬「私も唯ちゃんが風邪をひいたら嫌だわ」

唯「えへへ~学祭みたいになったら大変だからね~あれから風邪をひかないように色々と気をつけてるんだぁ~」

紬「そうなの?」

唯「うん!蜜柑食べたり、アイスをあまり食べないようにしたりしてるんだぁ~」

13: 2010/11/06(土) 07:57:43.53 ID:RM8igQmtO
紬「唯ちゃん偉いわね~」

唯「えへへ~あ、今何時かなぁ?」

ポケットからケータイを取り出して時間を見る。

紬「今は八時前よ」

唯「そっか~そろそろ帰る?」

紬「もう帰るの?」

唯「お腹空いたも~ん。憂がご飯作って待ってるよ~」

14: 2010/11/06(土) 08:00:25.10 ID:RM8igQmtO
紬「そうね。じゃあそろそろ帰りましょ?」

唯「そうだね~」

紬「ねぇ唯ちゃん?」

唯「なぁに?」

紬「今日も唯ちゃんの家に泊まってもいい?」

17: 2010/11/06(土) 08:05:32.26 ID:RM8igQmtO
唯「え!今日も泊まるの!?」

紬「……ダメ?」

唯「ううん!いいよ!」

紬「本当?嬉しいわ。ありがとう唯ちゃん」

唯「こちらこそ、ありがとうだよ~。じゃあ帰ろっか」

紬「えぇ!手を繋いだまま帰りましょ?」

唯「うん!」


おわり

36: 2010/11/06(土) 12:16:45.31 ID:JGyq0DJqO
「おはよ~、ムギちゃん」

 ぴんと張り詰めたような冬の空気が満ちる通学路、唯ちゃんがいつもの横断歩道を渡ってこちらにやって来た。

「おはよう、唯ちゃん」

 白い息をリズミカルに呼吸をしながら駆けてくる唯ちゃんに笑顔で挨拶を返す。

38: 2010/11/06(土) 12:19:05.78 ID:JGyq0DJqO
「うぅ~、寒いねえ」

「ほんと。もうすっかり冬ねえ」

 二人してコートのポケットに手を入れたまま、ぶるぶると子犬のように身震いをする。
 
「それにしても今日は随分早いのね、唯ちゃん」

「いやあ~、あまりにも寒くてすっかり目が覚めちゃってさ~。早めに学校に行って部室で暖まろうと思って」

「そうだったの~」

「そうなのです!」

 胸を張りながらふんすと鼻息を荒くする唯ちゃん。まるで機関車のようだ。

39: 2010/11/06(土) 12:22:02.79 ID:JGyq0DJqO
「偉いわ、唯ちゃん。私なんてもう少しで寒さに負けて暖かい布団の中で二度寝するところだったのよ~」

「二度寝! その手があったかあ~……」

 盲点だったと呟きながら唯ちゃんが頭を抱えた。

「あっ、でも早起きは三文の得っていうし」

「三文の得かあ……。三文っていくらぐらいなんだろう?」

「う~ん……いくらなのかしら?」

 他愛の無いお喋りをしながら学校へと足を向ける。やはりまだ登校時間には少し早いらしく、歩いている生徒の数は疎らだった。

40: 2010/11/06(土) 12:26:00.28 ID:JGyq0DJqO
「そういえば唯ちゃん」

「ん~?」

「大分元に戻ってきたね、前髪」

「う~ん……もう少しで元の長さになるんだけどねえ」

 卒業アルバムに載る写真を撮る前日に誤って切ってしまった前髪を早く伸びろと一生懸命に引っ張る唯ちゃん。
そんな姿もどこか愛らしくて思わず笑みが零れた。

「私は今の唯ちゃんも充分可愛いと思うけど」

「そうかなあ……」

「そうよ~」

「えへへ~……ありがと、ムギちゃん」

 てれてれと頬を赤く染めながら、唯ちゃんが少し恥ずかしそうに笑う。
照れてる唯ちゃんも可愛くてこちらの頬も更に緩んだ。

41: 2010/11/06(土) 12:30:31.00 ID:JGyq0DJqO
「……っくしゅん!」

「大丈夫、唯ちゃん? 風邪?」

「そうかも。私、寒いの苦手だから~」

 唯ちゃんが凍えた手に息を吐きかけながら、少しでも暖を取ろうと擦り合わせる。
だけどなかなか温かくならないのか、指先がまだ少し震えていた。

「ムギちゃんは寒いの平気なの?」

「ん~、昔は少し辛かったけど、今は平気かな」

「今は平気なの?」

「うん」

「どうして?」

「それはね」

42: 2010/11/06(土) 12:35:19.92 ID:JGyq0DJqO
 唯ちゃんの前に躍り出て、擦り合わせていた彼女の両手をそっと私の手で包む。

「唯ちゃんが私のことを温かいって言ってくれたから」

『ムギちゃんは手も心も全部温かいよ!』

 一年ぐらい前になるのだろうか。
唯ちゃんが何気なく言ったその一言を私はまだ覚えていた。
その一言が「手が温かい人は心が冷たい」というちっぽけな私の悩みを吹き飛ばしてくれたから。

「だから私は冬の日が大好き♪」

 唯ちゃんの右手に私の左手を絡ませ、再び歩き出す。
私の体温が唯ちゃんのかじかんだ手を少しずつ少しずつ温め、解していく。
数分もしないうちに二人の体温は溶けるように合わさり、繋いだ手がぽかぽかとしてきた。

43: 2010/11/06(土) 12:38:10.97 ID:JGyq0DJqO
「……えへへ~」

「うふふ」

 私達は笑顔のまま手を繋ぎ、朝の通学路を歩き続ける。
まだ少し肌寒いがもう少しで学校だ。

「ムギちゃん」

「なーに、唯ちゃん」

「こうすればもっと温かいよ」

「きゃっ」

44: 2010/11/06(土) 12:40:53.13 ID:JGyq0DJqO
 手から温もりが零れた。
だが次の瞬間、唯ちゃんは全身でしがみつく様に私の左腕に抱きついていた。
寒風から守られるように腕が唯ちゃんの温もりで包まれる。

「歩きにくーい」

「あ~、ちょっと歩きにくいねえ」

 二人して覚束ない足取りでよたよたとあっち行ったりこっちへ行ったりする。 

「でも」

「うん」

「温か~い」

「あったかあったかだねえ」

45: 2010/11/06(土) 12:43:48.27 ID:JGyq0DJqO
 顔を見合わせ、笑いあう。
時折向かい風が吹き付けてくるが、もうちっとも寒くはなかった。

「ね、唯ちゃん。早く学校に行って二人だけで早めのティータイムにしようか」

「おぉ~いいねえ~」

「温かい紅茶にミルクとはちみつを入れて飲むの」

「おいしそ~……あっ!」

 唯ちゃんが空を見上げながら目を丸くする。
その視線を追って冬空へと目を遣ると、そこには今年初めての雪が舞っていた。

47: 2010/11/06(土) 12:46:14.27 ID:JGyq0DJqO
「雪だあ~!」

 お庭を駆け回るわんちゃんのように両手を空にかざしながら、くるくると踊る唯ちゃん。
私も唯ちゃんを真似て空から降ってくる雪に手を伸ばしてみる。

「ねえムギちゃん!」

「なぁに、唯ちゃん」

「私、もう一つ冬のいいところ見つけちゃった」

「あら、偶然。私もよ」

 こちらを向く唯ちゃんと視線を合わせ、タイミングを計るように同時に息を吸う。

「「雪がきれい」」

 ハモるように声を揃えて、全く同じ言葉を紡ぐ。
それがおかしく思えてまた二人で笑う。

48: 2010/11/06(土) 12:50:28.69 ID:JGyq0DJqO
「あははは……はあ~」

 笑い疲れたのか、唯ちゃんが肩を落としながら大きく深呼吸をした。

「このまま春がこなければいいのにねえ」

 雪に吸い込まれそうなほど小さなその呟きが私の耳に届く。
唯ちゃんのその憂いを帯びた言葉にちょっと胸が痛んだ。
 この冬が過ぎて、春が来れば私達は卒業だ。
みんな同じ大学に進学することが決まったとはいえ、いつまでも今のままでいられるわけじゃない。
 胸の奥に潜む寂しさを煽るように北風が吹く。だけど────

49: 2010/11/06(土) 12:51:45.42 ID:JGyq0DJqO
「大丈夫よ」

「ムギちゃん?」

「私達なら大丈夫。だって私達は放課後ティータイムだもの」

 この温もりを覚えている限り。
 日々の何気ない一言を覚えている限り。
 私達の音楽がある限り。
 私達は大丈夫だ。

「そっかぁ……そうだよねえ」

51: 2010/11/06(土) 12:55:35.55 ID:JGyq0DJqO
 寂しげだった表情がいつもの唯ちゃんの笑顔に戻る。
そこだけ春が来たように思える花が咲いたような笑顔だった。  
 冬の日。友達と歩く通学路。舞い散る雪。そんな日常をかけがえのない思い出に変えながら歩いていく。
 なんの銘柄のお茶を淹れようかと考えながら校門をくぐる。
やっぱりミルクティーにはアッサムがいいかしら。
 さあ紅茶を飲みましょう。
この胸に宿る温もりのように温かい紅茶を。
かけがえのない友達と一緒に。



fin.

57: 2010/11/06(土) 14:44:15.82 ID:ecXSuzzu0
こんにちは!平沢唯です!
今日はムギちゃんと朝から公園で遊ぶ約束をしています!

でも、私はというと……
つい土曜日だから、お布団から中々出られなくて……
憂も今日は朝からあずにゃんと遊ぶみたいで、朝からいなくて……

寝坊、しちゃいました!携帯電話の時計を見ると、もう午後になっています!
ディスプレイにはムギちゃんからの着信が10件とメールが2通入っていました

2通とも『待っているね』という内容だったけれど……待ち合わせからもう7時間経っています

起きてそれを確認して、すぐ、ムギちゃんに電話をかけましたが――
電波が届かないのか電源がはいっていないのか、何度かけてもつながりません

仕方なく、電話は諦め、メールで、ごめんなさいとこれから行くという内容を送信しました

シャワーを浴びて、体をよく洗って――急いで身支度を整えて
こたつの上に置いてあったみかんをかじりながら家を飛び出しました

――が
これ、まだすっぱいよ! 違うの持ってこよう
一旦家に戻り、柔らかくて甘そうなみかんを手に取り――再度ムギちゃんのもとへ、出発!

58: 2010/11/06(土) 14:55:34.38 ID:ecXSuzzu0
いつもとは違う時間、平日とは違う休日
この時間のバスの中は人がまばらです

私と、片手で数えられるくらいの人数しか乗客はいませんでした

ムギちゃん、まだ公園にいるかな?どうかな?
先に帰っちゃったかな……?もう午後だし……遅刻じゃ済まないよね……

バスの中で、もう一度――本当は、マナー違反だけど……緊急事態なんです!

携帯を取り出し、ムギちゃんに再度コールします
――が、やっぱり電波が届かないのか電源が入っていないのか、つながりませんでした

……携帯の時計を見ると、起きてから1時間が経っていました
急いでいる時に限って、時間の流れって早く感じるんだよね

誰も降りないし、乗ってこない、停留所に停まる事自体が稀なはずなのに
信号で停止することも、今日は少ないはずなのに

だけど、ムギちゃんの待つ公園の停留所までの時間は、いつものそれより、永く感じました

59: 2010/11/06(土) 15:06:18.73 ID:ecXSuzzu0
――ムギちゃんは公園のベンチで待っていました

「ごめんムギちゃん!つい、お布団が気持よかったから寝坊してしまいました……」

ムギちゃんの顔を見る前に、頭を下げてごめんなさい
きっと怒っているから、顔を見るのが怖いから……

「おはよう、唯ちゃん」

私の上から投げかけられるムギちゃんの声は、優しいいつも通りのムギちゃんの声でした

「ムギちゃ――」

その声に安心して、私は顔をあげてムギちゃんを見ると……

「――って、ま、眉毛……ど、どうしたの?!」

いつも笑顔のムギちゃんのおでこ近くに居座っている可愛い眉毛が――
両方とも、跡形もなく、ありませんでした

「だって――」

眉毛のない、顔でムギちゃんは笑います

「――唯ちゃん、中々来ないから、先にお昼の沢庵食べちゃったの……でも、安心してね」

ムギちゃんはカバンから新しい沢庵と包丁とまな板を取り出すと、トン、トン、と包丁を入れて
二切れの沢庵を、いつのも場所にぺとり、と付けました

61: 2010/11/06(土) 15:12:37.40 ID:ecXSuzzu0
そして残りの沢庵を――

「唯ちゃんも、お昼まだなんでしょう?」

――私に差し出すムギちゃん

「うん!ちょっと急いで来たからお腹減ってるんだよね」

私は差し出された沢庵――ではなく、ムギちゃんの額に付いている沢庵を一枚ぺりっと剥がし
それを……いただきまーす!

「うまい!」
「……よかった♪まだ沢山あるからいっぱい食べてね♪」

ムギちゃんは笑顔で、私が取った場所に、額に沢庵をぺとりと貼りつけました

「やっぱり沢庵はとれたてが美味しいよね♪」
「ねー♪」

公園のベンチで沢庵を食べているだけなのに、ムギちゃんと一緒だと……
寒い公園も、こんなに暖かくなるんだね

体が、ぽかぽかで暖かくて……気持ちよくて――

62: 2010/11/06(土) 15:24:27.49 ID:ecXSuzzu0
――と、急に誰かに肩を叩かれました

目を開けると、見慣れない服……スーツみたいな制服みたいな服を着たおじさんが目の前にいました
顔を見ると、私の顔を心配そうに見ているような、でも少し怒っているようにも見えます

「だっ、誰ですかっ?!」

「気持よさそうに寝ているところ申し訳ないんですが――」

少し顔が綻ぶ謎のおじさん、あ、よく見るとちょっと優しそうな顔をしているんだね

「――このバス、ここが終点なんですよ」

……しゅうてん?

「へ?」
「ここが最後の停留所になんですよ、この後は車庫にもどるので……」

ムギちゃんと一緒――だった気がする、ぽかぽかしていた気分が一気に覚めて、冷めていきます

「こ、公園まえのバス停は!?」
「申し訳ないですが、だいぶ前に通過しましたね……」

――私、寝てたの?

――ってことは、さっきのムギちゃんは夢?

……バスで寝ちゃって、しかも夢まで見ていたなんて……ごめんねムギちゃん……

64: 2010/11/06(土) 15:31:21.59 ID:ecXSuzzu0
優しそうなバスの運転手さんは

「運賃は公園前までの金額でいいですよ、今度は乗り過ごさないように気をつけてくださいね」

と言ってくれたので、私はお礼に、家から持ってきたみかんも運転手さんにあげました
ずっと手に持っていたし、バスの中の暖房のおかげでちょっと暖かくなっていたけれど……

ありがとう!優しい運転手さん!

公園前の停留所に向かうためのバスは、すぐに来ました
乗る前にも一回ムギちゃんに電話しましたが――やっぱり電波が届かないのか電源が入っていないみたいです

早く行かないとムギちゃんもおかんむりだよ……
さっきの夢みたいに、何事も無いといいけれど……

66: 2010/11/06(土) 15:42:50.24 ID:ecXSuzzu0
何箇所かの停留所に停まりながらだったけれど
家から公園前の停留所に行くよりは早く到着した気がします

バスから下りて、公園の中に入り――
まずは見える範囲でムギちゃんの姿を探します

――でも、見える範囲には……いませんでした
夢に出てきたベンチにも、ムギちゃんの姿はありません

奥の方にいるのかな?
電話が通じないので、まだ公園にいるのかすら定かではないけれど――

――まだムギちゃんがいることを祈って、公園を一通り探してみることにします

68: 2010/11/06(土) 15:59:51.23 ID:ecXSuzzu0
土曜日の午後の公園の光景――

――小学生低学年くらいの子や、それより小さな子たちが楽しそうにて遊んでいたり
それを見守る親や、散歩に来ている大人、偶然に会ったご近所さん同士で話し込む主婦――

――と、いう光景があると思っていましたが……この公園にはそんな光景は一切ありませんでした

静かな、静かな公園でした
本当に休日なのか疑いたくなるくらいに、人がいません

鳥の鳴き声や、風が木々を揺らす音、耳を澄ませば聞こえてくるような音――

普段の時は意識しないと聞こえてこないような音しか、今は聞こえません

太陽もだいぶ傾いてきているし……
すこし肌寒くなってきました……僅かに出ている手や、顔に冷たい風があたります

ムギちゃんは――
公園の半分は探したと思うけれど――

……まだ、見つかりません

今この公園に居るのは私だけなのかもしれない、と思うと……
私の手や頬、衣服から出ている肌にあたる空気が――風が強くなったわけでもないのに……――

少しだけ、冷たくなった気がしました

69: 2010/11/06(土) 16:13:06.30 ID:ecXSuzzu0
「ムギちゃん……」

名前が口から溢れます
呼ぶように言ったわけでは無いけれど、一言だけ、ムギちゃんの名前を呟きます

あまりにも人の声が聞こえないから
あまりにも人の気配が感じられないから
本当に、私ひとりだけになった気がしたから

ムギちゃん……やっぱり、帰っちゃったのかな……

静かな公園を、それでも、何一つ見逃さないようにムギちゃんの姿を探します

遠くからではわからない遊具の中――
公園の周りを囲む木々や茂みの奥まった場所――
公衆トイレの中……
男子トイレも……最初からいないとは思っていたけれど一応――

歩いて、探して、歩いて、探して――

探すだけ探して、最後に辿り着いたのは……私が最初に入ってきた、公園入り口でした

ムギちゃんは――いませんでした

・・…で、でも!もしかしたら、私、まだ探していない場所あるかもしれないし!
もう一回、もう一周、しっかり探してみたほうがいいよね!

誰も座っていないベンチをもう一度確認して、私は再度、公園の中を探すことにしました

71: 2010/11/06(土) 16:31:19.24 ID:ecXSuzzu0
最初の時より、さらに探して、探して――

ジャングルジムに登って辺りを見回したり――
ムギちゃん見つけやすいように、ブランコを、周囲から目立つくらい頑張って漕いでみたり――
そしてさっき調べた場所ももう一度、遊具の中も、茂みの奥も、トイレの中も――

そしてまた公園の入り口に戻ってきた時、誰も座っていなベンチに腰掛けていたのは――


――私自身でした

どこを探しても、ムギちゃんは公園の中にいませんでした
携帯も、さっきから何度も何度もコールしたけれど、相変わらず電波も届かないし電源も入っていません
ベンチに座ったまま、今もコールしていますが、聞こえてくるのはそれを告げる機械的な女の人の声……

結局――静かな公園で唯一聞いたほかの人の声は
相手の携帯電話の状況を伝えてくれる、この女性の声だけでした

「ムギちゃん……ごめんね……」

太陽はもう殆ど沈みかけているみたいです
見上げた空も、家から出てきた時に見た青から、いつの間にかオレンジへと変わっていました
それに、もうこの時間だと……じっとしていると……寒い……

73: 2010/11/06(土) 17:01:27.04 ID:ecXSuzzu0
オレンジ色も薄い藍色に変っていきます
公園の前を通る人は何人かいるけれど、中に入ってくる人は一人もいません
通りすぎる人の中に、ムギちゃんがいないか目を凝らして探すこともしてみたけれど……
やっぱり、ムギちゃんは見つかりませんでした

「…………」

私ひとりだけの貸切状態
夕時の散歩とか、ここを利用する人いないのかな?

「お腹減ったなぁ……」

残りのみかんは探している途中に殆ど食べちゃったし……
最後の一個は……ムギちゃんにあげるんだから、絶対食べたら駄目……

「………………」

携帯は――ずっと同じ状況
怒って、電源切っちゃったのかなぁ……

「ムギちゃん……怒っているだろうなぁ……結局8時間の遅刻だし……あ」

――きゅぅ、とお腹が小さく鳴きます
お昼から、みかんしか食べていないからね……そ
れに、少しだけど動いてカ口リー消費しているし……

「お腹減ったなぁ……」

最後の一つのみかん……食べちゃおうかな……

75: 2010/11/06(土) 17:10:27.34 ID:ecXSuzzu0
「うう……寒い」

もう太陽は沈んで、公園の中は外灯が照らす明かりのみになりました
待ち合わせ時間から――10時間が過ぎました

電話は――もう諦めたので、かけていません

なんで……遅刻しちゃったんだろう

昨日、ムギちゃんすっごく楽しみにしていたのに……

お弁当も作ってくるね、って言ってくれたのに……

ごめんねムギちゃん……

「……っく……ぅ、っ……」

――頬が、冷たい……

「んっ……ムギ、ちゃん……ぃっく、ごめんね……」

ハンカチで頬と目を拭うと、微かにみかんの匂いがしました
ムギちゃんと一緒に、食べたかったなぁ……
最後の一個、とっても甘くて美味しかったのに……

77: 2010/11/06(土) 17:28:45.37 ID:ecXSuzzu0
「……唯ちゃん?」

ムギちゃんの事を考えて、後悔して、謝って、目を拭って――
と何度か繰り返していたら、いきなり名前を呼ばれました

急に聞こえた人の声と、私自身の名前を呼ばれたことに体がびくっ、っと反応してしまいました
周囲に気を配っている余裕が無かったみたい

でも、驚いた後に顔を上げると――

「唯ちゃん、寒そうだけど……大丈夫?」
「ぃっく……」

……声が、でませんでした
嬉しいのと申し訳ない想いが、喉まで込み上がってきて……

「むぎ……ぢゃ、んっ……」
「え、ゆ、唯ちゃん?な、泣いてるの?ど、どうしたの?!」

ムギちゃん……ごめんね、ごめんね――

「ごべんでむぎぢゃんっ……!ごべんだざいぃぃ!」
「え、唯ちゃん?唯ちゃん??唯ちゃん……」

ムギちゃんの、体がすごく暖かくて、声が心地良くて
でも、それ以上に、そんなムギちゃんとの約束を破ってしまった自分が悔しくて申し訳なくて
――涙がとまりません

「唯ちゃん?大丈夫だよ?唯、ちゃん――大丈夫、大丈夫だから、泣かないで?」

78: 2010/11/06(土) 17:46:29.73 ID:ecXSuzzu0
「――唯ちゃん、落ち着いた?」
「……うん」

私たちはベンチで二人並んで座っていました
私がムギちゃんに謝罪している間
ムギちゃんは片方の手で私の手を握って、もう片方の手で頭を撫でてくれていました

「ごめんね、ムギちゃん……本当に、ごめんね……」
「うんうん……でもね、その……」

頭を撫でながら、ムギちゃんは優しい声で、私に話しかけてくれます
寒いはずなのに、さっきまで寒かったのに――今は、心も体も、すこし暖かくなりました

「なぁに?ムギちゃん?」
「唯ちゃんさっきから私に、ごめんね、って謝っているけれど……
 私に謝るような事、唯ちゃんはなにもしていないよから大丈夫だよ?」

優しい声と手でまた私を撫でてくれるムギちゃん
――それが優しすぎて……また涙が溢れます
私は片方のムギちゃんの手をすこしきゅっ、と握って

「でも……わっ、ぃっく……わた、し……寝坊しちゃって8時間も遅刻、しちゃって……
 ムギちゃんの事、待たせちゃったから……ムギ、んっく……ちゃん、に、悪いことしちゃったから……」
「…………?」

手は撫でてくれていましたが、優しいムギちゃんの声に、少しだけ変化があった気がしました

「……8時間?」
「うん……朝7時に待ち合わせだったのに……わたっ、し……公園についたのは……4時だっ、たんだよ……」

79: 2010/11/06(土) 18:01:15.04 ID:ecXSuzzu0
「唯ちゃん、4時からずっと公園で待っていたの?!」
「ふぇ……?」

ムギちゃんが急に、あまりにも驚いたので、私もちょっと間の抜けた声が出てしまいました

「ご、ごめんね唯ちゃん!もしかして朝送ったメール、もしかして私間違えてた?」

私の頭と手からムギちゃんは手を離し、自分の顔の前で手を会わせて――何故か謝るムギちゃん

「メール?朝の?」
「そう、2通、1通目が……時間変更のメールなんだけど」
「……うん、しっかりと――」

連絡を取るのを諦めていた電話を、バッグから出して、そのメールを画面に表示させて――

「――届いていたよ?……ほら」
「…………」

私の携帯に表示されているメールを、まじまじと見るムギちゃん

「間違えては……いないみたい。それで、唯ちゃんが返信してくれたんだよね」
「へ?返信?」
「……あれ?確か――」

今度はムギちゃんがムギちゃんの携帯を操作して、画面を私に見せます

「ほら、了解しましたー、って、朝の……6時10分頃に」

画面に表示されていたのは、私が送信者になっているメールでした
そこには『了解しました!』の一言だけ書いてあり、受信時間が6時11分になっています

80: 2010/11/06(土) 18:13:12.26 ID:ecXSuzzu0
私も自分の携帯を操作して、送信履歴を確認すると――

「……あった?!送っているよ!!」

――私の携帯の送信メールフォルダにも、6時11分に送信した同内容のメールがありました
いつの間に?!でも、6時……?6時……――

――……あ

送った、ような気がする……っていうか送ったよ!

アラームかな、って思って、確か消そうと思ったらメールで……・
時間が変わったって書いてあったから、それを確認して……
一言だけど、了解しました、って送って……
8時から7時に変更になったから、ああ、そろそろ用意しないとだめだよね、って思って……

思って……
思ったまま……
起きることが、できなくて――に、二度、寝を……

殆ど寝ぼけて無意識にメール返していたんだね!無意識って怖い!怖いよ!
次に起きたとき、全部忘れているし――

――ってあ、れ?でも私、時間は覚えていたんだよね?結局、遅刻しているけれど……

82: 2010/11/06(土) 18:34:05.63 ID:ecXSuzzu0
「ね?だから全然遅刻じゃないの!」

だけどムギちゃんは私の考えている事とは真逆の事を言います

「それで、私がもう一通、2通目に――
 ありがとう、急に変えてごめんね。午後8時に公園で待っているね
 ――って」
「……はい?」

午後?

「うん、午後8時に公園でって、一番最初のメールで――」

私は、もう一度ムギちゃんから送られてきた1通目のメールを呼び出しました

83: 2010/11/06(土) 18:39:56.69 ID:ecXSuzzu0
2010/11/06/06:08
From ムギちゃん
Sub 待ち合わせ時間のこと
―――――――――――――
唯ちゃん、急でごめんね……
今日朝7時から公園行って遊ぶ約束だけど
ちょっと急な用事が入っちゃって……

それで、待ち合わせ時間なんだけれど
PM8:00、公園で直接待ち合わせ
に変更してもいいかな……?
唯ちゃん、本当にごめんなさい


――2通目

2010/11/06/06:15
From ムギちゃん
Sub Re2:待ち合わせ時間のこと
―――――――――――――
唯ちゃんありがとう!
それじゃあPM8:00に公園で待っているね
今日は寒いみたいだから
暖かい格好してきたほうがいいよ


「――……………ムギちゃん」
「なぁに?」
「――PMって、午前じゃ……ないの?」

85: 2010/11/06(土) 18:46:19.30 ID:ecXSuzzu0
「唯ちゃん……PMは、午後なの」

……

「わ、私……午前かと思っていました!」

今の時間は……携帯のディスプレイの時計を見ると19:51でした

『ごめんなさい!!』

私とムギちゃんの声が綺麗にハモり、夜の公園に響きました――

86: 2010/11/06(土) 19:04:11.60 ID:ecXSuzzu0
――

「でも――」

ムギちゃんが私の手をまた握ってくれました
二人で笑った後だったので寒さはもう感じません
少し暖かいくらいです

「――PMとAMを間違えるなんて、唯ちゃん……かわいいっ♪」

そのまま、ムギちゃんは私を包むように抱きしめてきました
ムギちゃんの髪の甘い香り――
――私も、ムギちゃんのことをぎゅうっと抱きしめます

「でも恥ずかしいよ……高校生なのに……
 あ、律っちゃんには絶対言わないでね?きっと馬鹿にしてくるから……」
「ふふっ♪大丈夫、言わない言わない♪」

私が抱きしめ返すと、ムギちゃんも私を抱きしめる手をすこしだけ強めます

「――唯ちゃんとの、二人だけの秘密だね」
「うん……絶対だよ」

私も、ムギちゃんに負けないよう、さらにぎゅうっと強くムギちゃんを抱きしめます
強くなるムギちゃんの香りと、ムギちゃんの温もり――

87: 2010/11/06(土) 19:22:03.74 ID:ecXSuzzu0
人気のない公園で良かった、なんて思いながら
私はムギちゃんの温もりを体中で受け止めます
抱きしめた手、体、胸、髪の毛――

やわらかくて、あたたかくて、やさしいムギちゃん
愛しくて愛しくて――

「――ありがとう、唯ちゃん」

耳の横で感じる、ゆっくり、優しいムギちゃんの声

「私のこと、ずっと待っててくれて」
「間違えちゃったからね……でも……」

一回、収まったのに――

「……よかったよ……ムギちゃん怒っていなくて……今日……会うことが、できて……」

――目から、頬、そして……触れていたムギちゃんの髪の毛へと、暖かい雫が流れます
ごめんね、ムギちゃんの髪の毛、少し濡れちゃった……

「今日、私も……いきなり予定が入っちゃってごめんね……」

顔は見えないはずなのに……ムギちゃんは、また、私の頭を撫でてくれました

「……唯ちゃん、寒かったよね……もう、絶対に待たせたりしないからね……」
「ありがとう……ムギちゃん
 ……私も……絶対、絶対に、遅刻はしないようにするよ……」

89: 2010/11/06(土) 20:03:36.10 ID:ecXSuzzu0
――公園で遊んだ後、ムギちゃんのリクエストで
ラーメン屋さんに行って、二人でご飯を食べて帰りました

「ラーメンも美味しかったけれど……お弁当、今度お昼に遊ぶ時には作ってくるからね」

と、ムギちゃんがはりきっていたので、次回遊ぶ時に期待です!
結局今日は全部私が食べちゃったけれど……私もおいしいみかん持ってくるね


でも遅刻はもう絶対にしないように気をつけないとね……
寒くなって、だんだん布団が恋しくなる時期だし、私も今から、寝坊しないように訓練しないと!

「ムギちゃん」

――優しいムギちゃんを、絶対に悲しませたくないからね!

「なぁに?唯ちゃん?」

「――だいすき!」


別れ際のムギちゃんは――すこしだけ、にんにくの香りがしました


 おわり!

引用元: 紬「朝、唯ちゃんと二人で公園へ」