1: 2011/04/25(月) 08:58:17.14 ID:GuVIQ5Qq0

――雨音がした。

遠い記憶、遠い意識。そんな中で、雨はただ降りそそいでいた。


――おかしいね、とっくの昔に晴れたはずなのに。

誰へともなく、私はそう呟いた。


――昔は、雨は嫌いだった。

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憂「――ん……あ、寝ちゃってた……?」

周囲を見渡し、寝惚けた頭で状況を確認。どうやら居間の机に突っ伏して、だらしなく寝ていたらしい。

憂「……寒い」

春先の昼間とはいえ、身体は少し冷えている。
……雨が降っているんだ、気温が低いのだろう。決して、この家に一人でいるせいではないはず。
そう、一人っきりのせいじゃ――

憂「…って、雨!? お洗濯物取り込んだっけ!?」

2: 2011/04/25(月) 09:00:05.67 ID:GuVIQ5Qq0
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――降りそそぐ雨が、土の地面も、アスファルトの地面も公平に湿らせていき、斑模様を作る。
そんな光景を陰鬱とした気持ちで眺めていたのは、ずっとずっと幼い頃。
今の私は、逆に雨上がりの地面を眺める。乾いていく雨が、再び同じような斑模様を作るのをのんびりと観察し、悦に浸る。

――あの頃の私とは違うのだ、と――



――あれは確か、お姉ちゃんが小学校に上がる頃だったと思う。
お姉ちゃんは明日から小学生になるというのに、私と和ちゃんを巻き込んでいつも通り遊んでいた。
でも、そこは真面目な和ちゃん。

和「唯、明日から小学生なのよ。今日は早く帰りましょ」

唯「えー、やだー」

和「やだじゃないの。ほら、少しだけど雨も降ってきたわよ?」

唯「もっと遊びたーい。あ、憂ならいいよね? まだ小学生じゃないもんね?」

幼いながらに、お姉ちゃんのその無神経――いや、悪気はないってわかってるけど――な発言にはどうかと思った。
自分が年上であることを、そして私が年下であることを見せつけ、思い知らせるその発言。
思えばあの頃からだったかもしれない。少しでもお姉ちゃんに追いつきたくて、私は和ちゃんみたいなしっかりした人になろうとした。
和ちゃんみたいになれば、お姉ちゃんの隣に立てるかな、と思ったりしていた。

5: 2011/04/25(月) 09:05:38.88 ID:GuVIQ5Qq0
憂「だめだよ、お姉ちゃん。ワガママ言っちゃ、ね?」

唯「ぶーぶー」

和「…はぁ、憂のほうがしっかりしてるじゃない」

こんなやりとりが、それからしょっちゅう繰り返される。
毎年、いや毎月、毎週だったかもしれない。
とにかく、私は『しっかり者』になろうとした。しっかりしていれば、お姉ちゃんの隣に立てると信じていた。
……しっかり者になればなるほど、それが不可能なのだと思い知らされていくのは、皮肉だったけれど。

歳の差というのは、決して埋めることができない。

そもそも、お姉ちゃんが年上ぶるのはお姉ちゃんだからであって、私のことを可愛い妹だと思ってくれているからであって。
本来なら私はただ、妹として甘えていればよかったんだ。

でも、私にはそれが出来なかった。

お姉ちゃんが素敵だから。
誰よりも輝いて見えるから。

だから、私はお姉ちゃんの隣に立ちたかった。
妹じゃなく、和ちゃんみたいに親友として、共に歩く存在になりたかった。

――まぁ、前述した通り、歳の差というのは埋められず、姉妹という関係はどうにもならなかったのだけれど。

8: 2011/04/25(月) 09:10:28.43 ID:GuVIQ5Qq0
なぜこうまで追いつきたかったのかと問われれば、お姉ちゃんが素敵だから、と答えれば事足りる。
母性溢れるお母さんとも、責任感溢れる和ちゃんとも違うけれど、お姉ちゃんはお姉ちゃんで素直で真っ直ぐで素敵なのだ。
私はお姉ちゃんの全てを尊敬している。
……もちろん、お母さんも和ちゃんも尊敬しているけれど。

――ただ、慕えば慕うほど、敬えば敬うほど、追いつけない現実というのは、重くのしかかってきて。


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唯「――高校生になったよ、憂!」

憂「おめでとう、お姉ちゃん!」

あっという間に、お姉ちゃんは高校生。軽音楽部に入部し、どんどん私の知らない世界を知っていっているかのよう。
……いや、実際にそうなのだ。私は軽音楽部のお姉ちゃんを知らない。話に聞くくらいでしか知りようがない。

私の知らないお姉ちゃんがどんどん増えて、気のせいか、それに比例して時の流れが速くなったような気がした。
それは嫌な事なのに、私にはどうしようもない。私にお姉ちゃんを縛る事なんて出来ないし、そうでなくてもお姉ちゃん自身、風任せに生きているようなものだから。

……だから、そんなお姉ちゃんを追う私も風任せ。
ああ、私達はどこに行くのかな。

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9: 2011/04/25(月) 09:16:13.28 ID:GuVIQ5Qq0
――お姉ちゃんが高校一年生ということは、私は中学三年生。
そう、卒業する年だ。とはいっても、お姉ちゃんを追いかけていた私には、まるでその実感はなかった。
……あの日までは。

憂「……あれ? なんだろう、これ」

純「どしたのー?」

憂「ん、ほら、手紙が」

純「どれどれ見せてみ……んん~? 憂、これってラブレターじゃない?」

憂「え、ええっ!? ちょ、ちょっと純ちゃん返して!!」

迂闊。まさか自分がそんな目で見られているとは考えもしなかった。ラブレターなんて予想だにしなかった。
ラブレターだとしたら…他の人に見せるなんて、失礼極まりないのに。

憂「返してってば!」

純「やーだよーん。私にも中身見せてよ、ちょっとくらいさぁ」

憂「純ちゃん! ダメだって!」

特にこの、悪気はないんだろうけど噂好きで口も態度も軽い親友には絶対にッ!!

純「……冗談だってば。はい返す」

憂「え、あ、ありがと……?」

10: 2011/04/25(月) 09:20:29.43 ID:GuVIQ5Qq0
純「返事とかで困ったら相談しなよ? んじゃね~」

……ボロクソに言ってごめんね、純ちゃん。
まぁいいや、とりあえずそのラブレターを開き、内容を見てみる。

憂「えーっと…」

読み進めてみて、驚きが隠せなかった。
小奇麗な文字に、花柄で可愛く彩られた便箋。あと筆跡、そして最後に添えられた名前。全てがある一つの事実を示していたのだ。

憂「相手は…女の子…」

一つ下の、話した事もない女の子からだった。少なくとも私は名前を聞いた記憶も無い。
そして、ラブレターの文にもその旨は書いてあった。見ているだけで、ずっと憧れていた、と。
そして最後の言葉は『想いを伝えたいだけです、返事はいりません』と書かれていて。何もかもが私の思い描いていたラブレターとは違っていて。
それでも、この子の真面目な想いだけは伝わってきた気がして、私は筆を取った。

返事はいらないと言われたのに返事を出すのは、残酷だろうか。
クラスも名前も書かれているのだし、会ってあげたほうがいいのではないだろうか。
そもそも、文章も何と返すかなど考えていない。
でも、私は筆を取った。書かなくてはいけないと思った。この子のために。

私のことを慕い、ずっと見つめていてくれた女の子。どこか、お姉ちゃんを追いかける自分と被って見えた。

11: 2011/04/25(月) 09:25:56.43 ID:GuVIQ5Qq0
だったら、私は今、お姉ちゃんの気持ちになって、返事を考えることが出来るのではないか。
お姉ちゃんの気持ちも、少しはわかるのではないか。

すうっと深く息を吸い、思考をクリアにして、相手のことを想って、考えた。

……あまり長々と書いても未練になるかもしれない。
そう考え、私は手短に、一言だけ綴る事にした。

――貴女の気持ちは、とても嬉しく思います。
――私は桜高に進学します。また会えるといいですね。

受け入れず拒まず、微妙な距離感で少しお姉さんぶってみた。
でも実際、一年だけお姉さんなのだ、私は。この子にとっては。そして、その一歳年上のお姉さんは、一年なんて大した時間じゃないと、自然とそう思ってしまっていたんだ。
すぐに、またすぐに会える時間。だから『また会えるといいですね』で締めくくってみたんだ。

一年なんて、大した距離じゃない。
だから、そんなことで悲観するのは。悲観し、距離を取るのは、間違ってる。

そう、同時に自分にも言い聞かせて。

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12: 2011/04/25(月) 09:36:20.42 ID:GuVIQ5Qq0
――お姉ちゃんの気持ちを少しだけ理解した上で、改めて、私のお姉ちゃんに対する思いは何なのだろう、と考える。
尊敬。それが最も近いのだろう。ならば、同じように尊敬するお母さんや和ちゃんとはどう違うのだろうか。
お母さんや和ちゃんからは、学ぶものがある。学んで、私自身に生かせるものがある。でもお姉ちゃんからは、正直なところ学ぶものなんてほとんどない。
なぜならそれは、私がお姉ちゃんを尊敬する理由は、私には無いものを持っているから。私がいつしか失くしてしまったものを、まだ持っているから。
お母さんや和ちゃんからは、頭を下げてでも学びたい。そういう意味で、言葉通り尊敬している。
一方、お姉ちゃんに対して頭を下げるなら「ずっとそのままのお姉ちゃんでいて」と私は言うだろう。私の理想のお姉ちゃんでいてくれることを尊敬すると同時に、押し付けかねない危うい感情。

……的確な言葉は、敬愛だろう。

人を愛する、という感情を意識したことはほとんどない私だけど。
それでも、真の意味ではないとはいえ『愛』という言葉を使うに値する存在は、私にとってお姉ちゃんだけだ。
お姉ちゃんに、お姉ちゃんだけに言えた、愛。

……否、過去形ではない。
この家からお姉ちゃんが出て行った今でも敬愛の念は消えていない。貴女が私のお姉ちゃんでいてくれるだけで、私は幸せだ。

一年という埋められない距離に目を背け、あるいは直視しすぎて、私の心は失意に凍てついた、そんな時期もあった。
正直、今でも迷いがないと言えば嘘になる。同い年なら行動を共に出来た。それは揺るぎない事実なのだから。
そして、そんな事実は一生付きまとうのだろう。そんな事実と向き合えば、私は一生迷い続けるのだろう。

だから、私が思い知った事は一つ。
迷うくらいなら、目を閉じてしまえばいい。

諦める、という意味ではない。
結局のところ、私を迷わせる、惑わせるものなんて、見る価値はない、ということだ。

目を閉じれば、いつでもお姉ちゃんの笑顔が見える。
私に必要なものは、これだけなんだ。

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14: 2011/04/25(月) 09:47:31.93 ID:GuVIQ5Qq0
梓「――あ、憂。ちょっと、いい?」

憂「梓ちゃん、どうしたの?」

梓「あのさ、軽音部…入ってくれたじゃない?」

憂「うん」

梓「今更だけど…本当によかったの? 私が一人になるからって、無理して入ってくれたんでしょ?」

憂「無理はしてないよ。一人になっちゃう梓ちゃんがかわいそうに見えたのは否定しないけど」

梓「……ゴメンね」

憂「い、今のは冗談だよ? 笑うところだよ!?」

梓「でも……」

梓ちゃんはいい子だ。お姉ちゃんも梓ちゃんのことを大好きと公言してはばからない。
梓ちゃんもめったに表に出さないけれど、お姉ちゃんのことを嫌ってはいない。
誰からも好かれる姉、というのは妹としてもなかなか鼻が高い反面、梓ちゃんに嫉妬する気持ちも多少はある。
別に、お互いに好きあっているからという面で嫉妬しているわけではなく、軽音部という時間をお姉ちゃんと共有していたから。
嫉妬というより、羨ましいという感情か。もっとも、私の『妹』という立ち位置も、見る人から見れば羨ましいのだろうから表には出さないけれど。

15: 2011/04/25(月) 09:54:52.93 ID:GuVIQ5Qq0
ただ、私の軽音部への入部は、やはり私の『欲』だ。梓ちゃんが可哀相だとか、お姉ちゃんが大学に行ったから暇、とかは真実でもあるけど言い訳でもある。
やっぱり、お姉ちゃんのした事を私も一度は経験してみたいという欲。これが一番大きい。
だから親友の梓ちゃんには正直に打ち明けたい。純ちゃんは…いいや、きっと言葉にしなくてももう知ってる。

憂「あの、ね……お姉ちゃんが見てきた景色をね、一年だけでもいいから、見てみたかったんだ」

梓「唯先輩が?」

憂「うん。なんだかんだで私は、お姉ちゃんを追いかけて生きてるから」

梓ちゃんは「仲良し姉妹だもんね」なんて笑ってくれるけれど、私は大袈裟に言ったわけではない。
きっと私は、一生お姉ちゃんを追いかけて生きる。だって、目を閉じれば見えるお姉ちゃんの笑顔が大好きだから。
ずっとその笑顔を見ていたいから。だったら、追いかけるしかないのだから。

お姉ちゃんを追いかけること、それこそが私の生きる道であって、生きた証なんだ。

昔からの私の望み、喜び、楽しみ。そしていくつかの経験から得た、先を行く人の気持ち。
そういうもの全てに向き合って出したこの答えは、誰が否定しようとも私にとっての真理だ。

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16: 2011/04/25(月) 09:59:22.92 ID:GuVIQ5Qq0


――雨音がしなくなった。

なぜだろう、と空を見上げると、季節はずれの雪が降っていた。

これはこれで、綺麗だと思う。むしろ季節という理から外れた雪のほうが美しいのではないか、とさえ思う。


――昔は、雨は嫌いだった。

きっと、当時は私の心の中にも雨が降っていたからだろう。
今は、雨上がりの虹を楽しみにするくらいには心に余裕が出来ているけれど。



唯「――憂、宝探しに行こうよ!」

虹の根元に行こうとお姉ちゃんが言い出したのは、遠い昔の事だけれど。

その場所は、見えていないだけですぐ近くにあるのかもしれない。
たとえば、そこの曲がり角のすぐ先とか。

要は、雪で虹が見えなくても、私の心さえ雨上がりなら関係ないということ。


――ちょっと冷える日だけど、雪の中を出歩いてみようかな。

――いいよね、お姉ちゃん?

17: 2011/04/25(月) 10:01:15.75 ID:GuVIQ5Qq0
おわり

19: 2011/04/25(月) 10:10:47.03 ID:GuVIQ5Qq0
思ったより短い上に元ネタ迷子すぎた
出直してきます

18: 2011/04/25(月) 10:08:24.14 ID:XTi2eKPGi
乙!

引用元: 憂「虹の先に」