1: 2014/07/08(火)23:38:04 ID:YORUUUqRO

魔王「それとも。まだ私が魔王だって信じられない?」

勇者「……この禍々しい魔力、まちがいなく魔王のそれだ」

魔王「私もあなたが勇者だって本能的にわかる。
   そしてそれは、あなたも同じようね」

勇者「だけど、どうして? なんで魔王が人間のすがたを?」

魔王「そんなに私の見てくれが重要?」

勇者「当然だ。魔王が人と寸分変わらないすがたをしてるなんて」

勇者「そんな話、聞いたことがない」

4: 2014/07/08(火)23:40:35 ID:YORUUUqRO

魔王「やっぱり人間ってなり形にこだわるのね」

勇者「……」

魔王「腰が細いほうがいい。足は小さいほうがいい」

魔王「人間の女ってたいへん。私だったら耐えられないわ」

魔王「まあ、容姿にこだわるのは人間だけじゃないけど」

勇者「魔王が人間について語るなんて、滑稽だな」

魔王「滑稽、ね。滑稽なのはあなたでしょ?」

勇者「なに?」

魔王「自分がなぜ旅をさせられているのか。
   自分がなぜ魔王をたおさなければいけないのか」

魔王「あなたは考えたことがあるの?」

6: 2014/07/08(火)23:44:07 ID:YORUUUqRO

勇者「なにが言いたい?」

魔王「勇者と魔王の争いは仕組まれていた」

魔王「人間によってね」

勇者「……」

魔王「『なにを言ってるのかわからない』って顔ね」

勇者「さっきからお前はなにを言ってる?
   人間がそんなことをする理由が――」

魔王「あるのよ。人間には。
   勇者と魔王の争い。それを仕組む理由がね」

勇者「僕がお前の言葉を信じるとでも?」

魔王「あなたは、すでにヒントを見つけてるのよ」

10: 2014/07/08(火)23:45:50 ID:YORUUUqRO

魔王「そして答えなら目の前にある。勇者、あなたの目の前にね」

勇者「目の前?」

魔王「そう。人のすがたをしながら、魔王である私」

魔王「この私の存在が、すべてを証明する答えなのよ」

11: 2014/07/08(火)23:47:42 ID:YORUUUqRO

勇者(そもそもこの女は)

勇者(パーティーを失った僕のために、派遣された尼僧じゃなかったのか?)

勇者(その女が魔王だった?)

勇者(なのに、どういうことだ?) 



魔王「さて、振り返ると言っても。
   全てを振り返っていたら時間がもったいない」

魔王「重要な部分だけを、切り取っていきましょ」

14: 2014/07/08(火)23:50:04 ID:YORUUUqRO




勇者「あなたが派遣された尼僧、ですか」

尼僧「お会いできて光栄の至りでございます、勇者様」

勇者「そんなふうに畏こまらないでください」

勇者「僕はあなたの想像してるような勇者じゃないだろうし」

尼僧「たしかに。私の想像していた勇者様とは、かけはなれてますわ」

尼僧「顔色もパンみたいです」

勇者「……朝の顔はいつもこんな感じです」

勇者「そんなことより、今後の旅のことについて話をしたい」

尼僧「あっ、その前にコーヒーの注文してもいいですか?」

勇者「……どうぞ」

17: 2014/07/08(火)23:51:51 ID:YORUUUqRO

尼僧「勇者様も眠気覚ましのために、飲んでは?」

勇者「コーヒーは甘いものがないと飲めないんで、ミルクなら」

尼僧「奇遇ですね」

尼僧「私もコーヒーは、必ず甘いものと摂取するようにしてます」

勇者「はあ」

尼僧「そのほうが、コーヒーのうまみも引き立ちます」

勇者「……朝から食事の話はしたくないです」

尼僧「あら。これは失礼」

勇者「今後の旅の話をしましょう」

19: 2014/07/08(火)23:55:00 ID:YORUUUqRO

勇者「魔王討滅の旅はあまりにも過酷です」

尼僧「そうらしいですわね」

尼僧「勇者様一行の旅の記録、『冒険の書』を何冊か拝読したことがあります」

尼僧「ですが。実際のそれとは、ずいぶんちがうようで」

勇者「しょせん『冒険の書』は娯楽。現実とはちがいます」

勇者「歴代の勇者で、教会送りにならなかった者は誰ひとりいない」

尼僧「勇者様だけでなく、その勇者様のお仲間もでしょう?」

勇者「はい。それぐらい旅は過酷なんです」

21: 2014/07/08(火)23:57:49 ID:YORUUUqRO

尼僧「旅が過酷であることは、重々承知していますわ」

尼僧「勇者様の仲間のうちのふたりが、
   教会どころか、あの世に送られていることもね」

勇者「……」

尼僧「氏からよみがえるというのは、いったいどんな感覚なんです?」

勇者「どうしてそんなことを聞くんですか?」

尼僧「氏から逃れることは、私もできないので」

尼僧「普通は氏んだら氏ぬしかないんですよ、どんな生物も」

尼僧「あなたたちを除いて、ね」

勇者「……あの感覚を言葉で伝えるのはむずかしい」

24: 2014/07/09(水)00:01:44 ID:tqju4CcEj

魔王「なぜ私がこんな人間じみた容姿をしてると思う?」

勇者「氏んでから意識が戻ったときは、
   自分のからだが自分のものじゃないみたいで」

勇者「絶えず、違和感がつきまとう」

勇者「しいて言うなら、魂が肉体にとまどっているような感覚です」

尼僧「なるほど」

尼僧「神と契約した勇者様一行は、
   肉体の一部があれば、魂の復活が可能と言われてます」

尼僧「しかし、魂のありかである肉体がなければそれも不可能」

尼僧「戦士様と賢者様は、肉体の一部すら残らず亡くなったそうですね」

尼僧「勇者様の魔術のせいで」

勇者「……僕は自分の魔力をまともにあやつることができません」

26: 2014/07/09(水)00:03:48 ID:tqju4CcEj

勇者「剣の腕なら誰よりも優っている自信はあります」

尼僧「自慢ですか?」

勇者「自慢です、幼少のころからずっと訓練を受けてきた」

勇者「勇者になるために」

尼僧「けれど。魔術の才能に関してはまるっきりなかった、と」

勇者「簡単な魔術だったら、問題はないんですが」

勇者「膨大な魔力を必要とする魔術になると、とたんにダメになる」

尼僧「魔王城に近づくほど、魔物は手ごわくなりますものね」

勇者「ええ。剣術だけではもはや、魔物に太刀打ちできない」

27: 2014/07/09(水)00:05:31 ID:tqju4CcEj

尼僧「そして、いよいよ魔術が必要な状況になった」

尼僧「ところが、使ってみたら暴走して仲間を殺めてしまった」

尼僧「しかも、塵ひとつ残さず」

勇者「僕のせいで、あのふたりは……」

尼僧「勇者様、もうひとつお聞きしてもよろしいですか?」

勇者「なんでしょうか?」

尼僧「どうして魔法使い様を殺さないのですか?」

勇者「え?」

尼僧「魔法使い様は、現在この街の医療機関で治療中なんですよね?」

30: 2014/07/09(水)00:10:57 ID:tqju4CcEj

尼僧「治療に時間をあてるなら、教会で復活させたほうが手っ取り早い。
   それに、魔法使い様の苦しむ時間も減りますよ?」

勇者「神に仕える身で、よくそんなことを言えますね」

尼僧「今は国に仕える身です」

尼僧「もう一度聞きます。どうして殺さないのですか?」

勇者「……」

尼僧「……このことは、とりあえず保留にしましょう」

勇者「僕は……」

尼僧「勇者様?」

勇者「いいえ、なにも」

31: 2014/07/09(水)00:14:16 ID:tqju4CcEj

尼僧「そういえば最近は、
   教会による魂の救済を、命を弄ぶ所業と批判する知識人が増えてるとか」

勇者「『新教会人』たちのことですか?」

尼僧「そうそう、それです」

尼僧「神と契約してる勇者様たちにたいして、
   そんな批判をするのも、的外れな気がしますけど」

尼僧「そんな批判をなさるぐらいなら、
もっと批判すべきことがあると思いますし」

勇者「批判すべきこと?」

尼僧「勇者様たちだけに、魔王頃しの旅をさせていることです」

勇者「それは……」

34: 2014/07/09(水)00:17:56 ID:tqju4CcEj

勇者「それは、仕方ないことです」

尼僧「仕方ない? なぜ?」

尼僧「国が兵力を注ぎこめば、魔王を滅ぼすことは不可能じゃないでしょう」

勇者「あなたの言うとおり、不可能ではないかもしれません」

勇者「でも、そうすることによる被害の規模は、はかりしれません」

勇者「魔王だけが人類の敵ってわけでもない」

勇者「人びとの生活をおびやかすのは、むしろその魔物たちです」

尼僧「つまり。街を守ることに兵士を割くから、
魔王討滅には回せない、と」

勇者「それだけじゃありません」

勇者「小規模ながら、人間どうしの戦争だってある」

勇者「だから僕たちだけで、魔王をたおすしかないんです」

35: 2014/07/09(水)00:19:34 ID:tqju4CcEj

勇者「僕からも質問いいですか?」

尼僧「ええ、ぜひ答えさせてください」

勇者「あなたは勇者とその仲間を、
   どういうものと、とらえていますか?」

尼僧「あやつり人形」

勇者「……はい?」

36: 2014/07/09(水)00:21:33 ID:tqju4CcEj

尼僧「ああ、ごめんなさい」

尼僧「アレです。窓から広場が見えますよね?
   ほら、人形師がマリオネットをやってます」

勇者「だから、なんですか?」

尼僧「はじめて見たので、すごく惹かれちゃって」

勇者「僕はあんなものに、興味をもてません」

尼僧「あら、残念」

尼僧「……勇者様の質問の答えですが、『英雄』でしょうか?」

勇者「英雄か。僕も最初は、そんな甘っちょろい考えをもってました」

尼僧「では、ちがうと?」

勇者「僕はこう考えます、暗殺者だと」

38: 2014/07/09(水)00:25:02 ID:tqju4CcEj

尼僧「暗殺者なのに勇者様一行が旅に出たことは、
   国民には大々的に伝えられてるんですね」

尼僧「下手したら、魔物たちも小耳に挟むかもってレベルで」

勇者「……あくまで、たとえです」

尼僧「あら。ちょうどコーヒーが来ましたね。んっ……」

勇者「なにをしてるんですか?」

尼僧「かおりを堪能してるんですよ。ああ、すばらしい」

勇者「かおり、か」

尼僧「とても素敵なかおりだと思いません?」

勇者「……よくわかりません、僕には」

40: 2014/07/09(水)00:27:25 ID:tqju4CcEj




尼僧「これからどうなさるつもりですか?」

勇者「とりあえず、道具屋で薬の類を購入します」

尼僧「道具屋で、扱ってる物で役立つものがあるんですか?」

勇者「どういうことですか?」

尼僧「勇者様と会うまでに、私もいくつか街の道具屋をたずねてますけど」

尼僧「戦闘中に使えるものはなかったはずです」

勇者「表向きには、僕たちが使う物は販売されていません」

尼僧「勇者様たちしか、購入できない物があるってことですね」

勇者「そういうことです」

43: 2014/07/09(水)00:32:48 ID:tqju4CcEj

勇者「傷口を一瞬で直せたり、解毒を数秒で終わらせたりできる薬が、
   世に出回ったら、確実に世の中は狂います」

尼僧「病院や癒しの術の使い手が、損をしますものね」

尼僧「しかし、どうやって勇者様であると店主に証明を?」

尼僧「なにか証明できるものがあるってことですよね?」

勇者「……あなたは、質問をするのが好きなんですね」

尼僧「あ、ごめんなさい。知りたがりなんです、私」

勇者「店に行けば、すぐにわかりますよ」

60: 2014/07/09(水)23:36:43 ID:AcnlhiuKt




店主「うちで扱ってる道具は、ここの物ですべてだ」

店主「購入する品が決まったら、声かけてくれ」

勇者「ありがとうございます」



尼僧「なるほど。勇者様はその右腕の刺青で、
   自分が勇者であると証明するんですね」

勇者「ええ。この刺青は、魔力によって彫られた特別なものなんです」

尼僧「そして、ここが勇者一行しか入れない場所」

尼僧「回復薬の類だけでも、様々なものがありますね」

尼僧「……ここの薬で魔法使い様の傷を、癒すことはできないのですか?」

勇者「この手の薬には、副作用があって。
   しかもその副作用が、完全には判明してないんです」

尼僧「つまり、重症を負ってる魔法使い様には使うわけにはいかない、と」

61: 2014/07/09(水)23:38:55 ID:AcnlhiuKt

尼僧「へえ。これは魔物を寄せつけなくする聖水」

尼僧「こっちは、逆に魔物を引き寄せる香水」

勇者「魔物を引きよせるものについては、正直使いどきがわかりません」

尼僧「……おどろきました」

勇者「え?」

尼僧「すでに魔物の対策として、ここまでのものが開発されてるなんて」

勇者「魔物の研究も年々進んでますし、
   おどろくことでもないと思いますけど」

尼僧「……魔物とはいったいなんなのでしょうね」

勇者「?」

63: 2014/07/09(水)23:41:07 ID:AcnlhiuKt

尼僧「疑問に思ったことはありませんか?」

勇者「なにを?」

尼僧「魔物という存在についてです」

尼僧「犬や猫といった動物でもなければ、虫でもない。まして人間でもない」

尼僧「彼らはいったいなんなのか」

勇者「僕に聞かれても困ります」

尼僧「勇者様は魔物をどういう存在だと、とらえてますか?」

勇者「人類の脅威です」

尼僧「即答ですね」

勇者「当然です。人々にとっての共通認識ですから」

64: 2014/07/09(水)23:45:13 ID:AcnlhiuKt

尼僧「じゃあ逆に、魔物にとっての人類は?」

勇者「……知りません」

尼僧「すこしは考えてくださいよ」

勇者「余計なことを考えてる時間はないんです、僕たちには」

尼僧「なるほど。勇者様はそういう感じの人なんですね」

勇者「……なんですか、その目は」

尼僧「勇者様がどういう人か、ちょっとわかってきました」

勇者「あなたのことも、あなたの考えてることも、僕にはよくわかりません」

尼僧「あらまあ、それは残念」

66: 2014/07/09(水)23:47:26 ID:AcnlhiuKt

尼僧「ところで」

尼僧「この聖水を用いれば、魔物に遭遇することなく旅ができるのでは?」

勇者「もちろん、不可能ではありません」

勇者「でも、聖水は魔物を寄せつけない強力な薬品です」

勇者「使用者である僕たちも、それ相応の影響を受けてしまいます」

尼僧「便利な道具にも一長一短があるわけですね。ふうむ」

勇者「ずいぶんと熱心に道具を見てますけど、なにか気になることでも?」

尼僧「……ああ、ごめんなさい」

尼僧「はじめて見るものに、すぐ夢中になってしまうんです」

尼僧「私の悪い癖です」

68: 2014/07/09(水)23:50:38 ID:AcnlhiuKt

尼僧「その顔は、あまり共感してもらえてないようですね」

勇者「……今は考えられないんです、魔王をたおすことしか」

尼僧「勇者様って真面目だってよく言われません?」

勇者「急になんですか」

尼僧「思ったことを口にしただけです」

勇者「真面目というか。
   つまらないヤツだとはよく言われます」

尼僧「ああ、たしかに。
   って、ごめんなさい。ついうっかり」

勇者「べつにかまいません」

勇者「面白みのない人間だって自覚はあります」

69: 2014/07/09(水)23:52:19 ID:AcnlhiuKt




尼僧「次へ向かう場所は決まってるのですか?」

勇者「この街を抜けて、山を下って迂回したとこに集落があります」

勇者「まずはそこを目指します」

尼僧「ずっと気になってたんですけど」

尼僧「勇者様は、魔王の根城がどこにあるかを把握されてるのですか?」

勇者「えっと……これを見てください。国から特別に支給されたものです」

尼僧「地図帳ですね。中身を拝見してもよろしいですか?」

勇者「どうぞ」

尼僧「……すごい。ここまで精密な地図があるなんて」

70: 2014/07/09(水)23:55:22 ID:AcnlhiuKt

尼僧「魔物の生息地、街から街への最短ルートなど、事細かに記載されてますね」

勇者「この地図のおかげで、ここまではどうにかたどり着くことができたんです」

尼僧「つまり、言ってみれば。
   この地図は先代の勇者たちの、旅の足あとってわけですね」

勇者「まあ、そういうことでしょうね」

尼僧「だったら、賢者様と戦士様の氏は回避できたのでは?」

勇者「それは……」

尼僧「わざわざ危険な魔物が潜む場所へ、おもむいたのですか?」

勇者「危険をおかしてでも、手に入れる必要があったんです」

尼僧「なにを?」

勇者「魔王をたおすための『勇者の剣』です」

72: 2014/07/09(水)23:59:47 ID:AcnlhiuKt

尼僧「……『勇者の剣』?」

勇者「詳細は僕も知りません」

勇者「言い伝えでは、剣でありながら剣の形状をしてないそうです」

勇者「勇者の力を持つもの意外が触れれば、牙をむく危険な代物」

勇者「僕が知らされているのは、この情報と剣がある場所だけです」

尼僧「……それは、どこにあるのですか?」

勇者「この街から数キロ離れた洞窟です」

尼僧「その剣は絶対に必要なのですか?」

勇者「記録が正しければ、すべての勇者がその剣をたずさえて魔王へ挑んでます」

勇者「そして例外なく、その剣と勇者の前に魔王は殺されている」

73: 2014/07/10(木)00:02:00 ID:6AEuIWvlx

勇者「そう、本来なら剣は手に入れなければならない」

尼僧「……また洞窟に挑むのですか? 『勇者の剣』のために」

勇者「……」

尼僧「私は他の手段を考えるべきだと思います」

尼僧「今の状態では、無意味に同じことをくりかえすだけです」

勇者「……そう、ですね」

勇者「『勇者の剣』についてはいったん保留にします」

尼僧「魔法使い様のことも、考えなければいけませんしね」

勇者「……魔法使いは、教会に送ったほうがいいかもしれません」

尼僧「どうしたのですか、やぶから棒に」

勇者「……」

75: 2014/07/10(木)00:06:39 ID:6AEuIWvlx

勇者「僕とあなただけで、魔王に勝てるわけがない」

勇者「まして、剣が手に入らないならなおさらだ」

尼僧「だから魔法使い様を頃す、と」

勇者「……自分でも最低だと思います」

勇者「でも。これしか手段が浮かばないんです……!」

尼僧「魔王討滅のパーティーに参加するには、国王の許可がいる……」

尼僧「今から新たな人員を補充しようとすると、
   時間がかかりすぎるってことですね」

勇者「そういうことです」

76: 2014/07/10(木)00:11:12 ID:6AEuIWvlx

尼僧「空間転移の魔術などがあれば、またちがってくるのに」

勇者「あの術は使えませんよ」

勇者「時空移動の術は、大賢者クラスでようやく会得できるもの」

勇者「戦争の様相すら一変させる危険な術です」

尼僧「たしか、その術も国宝陛下の許可がいるのでしたっけ」

勇者「そうです」

尼僧「魔王をたおすのにも、様々な制約がついてまわるのですね」

勇者「国の、いや、人類の命運がかかってるんだから仕方がありません」

尼僧「しかし、そうなるとやはり魔法使い様を……」

勇者「……」

80: 2014/07/10(木)00:27:49 ID:6AEuIWvlx

尼僧「また顔色が悪くなってません?」

勇者「気にしなくていいです」

尼僧「気になるから指摘したんですよ」

尼僧「魔法使い様よりも先に、勇者様が教会送りにされたりして」

勇者「……」

尼僧「そういえば、教会ってあれですよね?」

尼僧「なんだか人だかりのようなものが、できてますけど」

勇者「ひょっとすると、洗礼式かもしれません」

尼僧「幼児洗礼ですか」

82: 2014/07/10(木)00:45:50 ID:6AEuIWvlx

尼僧「洗礼、ね」

勇者「どうかしましたか?」

尼僧「洗礼式を見るのはそういえば、はじめてだなって」

勇者「でも、洗礼そのものは確実に受けてるはずです」

勇者「洗礼を受けるのは、国民の義務のひとつになってますし」

尼僧「……勇者様、がんばらないといけませんね」

勇者「なにがですか?」

尼僧「だって、がんばらないと」

尼僧「あの教会で受洗した子どもたちの未来も守れませんよ?_」

勇者「未来を、守る……」

86: 2014/07/10(木)00:54:34 ID:6AEuIWvlx

尼僧「なにか私、へんなこと言いました?」

勇者「え?」

尼僧「勇者様、なんだかキョトンとしてます」

勇者「そうじゃないんです」

勇者「魔王をたおすことは人々の未来を守ることにも、つながるんだって」

勇者「あなたに言われて、今気づきました」

尼僧「……勇者様って、魔王をたおすことしか考えてないんですか?」

勇者「勇者の存在意義は魔王をたおすことだって、僕は考えてたので」

尼僧「じゃあ聞きますけど、勇者様は魔王をたおしたらどうするんですか?」

88: 2014/07/10(木)01:11:26 ID:6AEuIWvlx

勇者「……」

尼僧「……まさか、まったく考えがないんですか?」

勇者「その、まあ」

尼僧「呆れて物も言えないわ」

尼僧「真面目をとおりこして、ただの思考停止じゃない」

勇者「この旅をはじめるまでは、
   魔王をたおしたその先について考えたことあります」

勇者「でも、今は魔王をたおしたその先のことなんて……」

尼僧「……」

勇者「それに、魔王をたおしたあとの勇者については、
   記録を探っても見つからないんです」

尼僧「冒険の書にも魔王をたおすまでのことしか述べられてませんね、そういえば」

90: 2014/07/10(木)01:20:35 ID:6AEuIWvlx

尼僧「でも自分のことなんだから、他人のことなんて関係ないじゃない」

勇者「あなたの言うとおりです」

勇者「でも、勇者である僕の使命は魔王をたおすことだ」

勇者「与えられた役割も果たせない存在が、
   未来のことについて考えるなんて、虫がよすぎます」

尼僧「それは本気で言ってるの?」

勇者「冗談は苦手です」

尼僧「……そう」

勇者「……あの、どこへ行くんですか?」

尼僧「ちょっとひとりにさせてください」

94: 2014/07/10(木)01:30:50 ID:6AEuIWvlx




勇者(そうして、尼僧との邂逅から二日が経過した)

勇者(このあいだに彼女は、街を回っていたみたいだが)

勇者(体調を崩して眠れもしないのに、ベッドで眠っていた僕は)

勇者(彼女がなにをしていたのか、なにも知らない)

勇者(そして今日、唐突に彼女が僕の腕を引っ張って街を飛び出した)

勇者(街道をぬけ、森の奥へと進むと尼僧はおもむろに取り出した)

勇者(魔物を引きよせる香水を)

97: 2014/07/10(木)01:41:50 ID:6AEuIWvlx

勇者「なにをやってる……?」

尼僧「ああ、もう演技する必要もないと思ってね」

勇者「答えになってない! なんでそんなものを!?」

尼僧「証明するためよ」

尼僧「私があなたの宿敵である魔王だってことをね」


勇者(目の前の女がなにを言ってるのか、理解できない)

勇者(そして困惑する僕を、気づけば大量の魔物たちが囲んでいた)


尼僧「一瞬よ、きちんと見てなさい」


勇者(尼僧の宣言どおりだった)

勇者(突如地面から現れた氷の突起が、一瞬で魔物たちを串刺しにしていた)

100: 2014/07/10(木)01:49:20 ID:6AEuIWvlx

勇者(同時に本能で理解した)

勇者(目の前にいるのは、人間じゃないと)

勇者(目の前にいるのはまぎれもない、魔王であると)



魔王「ほんのわずかな期間とはいえ、騙していてごめんなさい」

魔王「私が魔王よ」



勇者(たしかに肌に突き刺さる魔力は、魔王のそれだった)

勇者(だけど、なぜかその魔王は魔物のすがたをしていなかった)

勇者(かぎりなく人に近いすがたをしていた)

103: 2014/07/10(木)02:01:41 ID:6AEuIWvlx




魔王「さて、ここまで簡単に振りかえってきたけど」

勇者「これでなにがわかるっていうんだ」

魔王「だから。これから私が説明してあげるって言ってるの」

勇者「……」

魔王「人間が、勇者と魔王の争いを仕組んだわけをね」

115: 2014/07/11(金)21:08:56 ID:EpeWZU9ND

魔王「そもそもあなたは、腑に落ちないと思ったことはない?」

魔王「勇者と魔王の争いは、なぜ繰り返されているのかって」

勇者「決まってる、お前たちが存在するからだろうが」

魔王「そのとおり」

勇者「……認めるのか」

魔王「そう、あなたの言うとおり。だから、おかしいのよ」

魔王「どうして魔王が復活してしまうのを、人間は止めないの?」

勇者「それは……」

116: 2014/07/11(金)21:08:56 ID:EpeWZU9ND

魔王「そもそもあなたは、腑に落ちないと思ったことはない?」

魔王「勇者と魔王の争いは、なぜ繰り返されているのかって」

勇者「決まってる、お前たちが存在するからだろうが」

魔王「そのとおり」

勇者「……認めるのか」

魔王「そう、あなたの言うとおり。だから、おかしいのよ」

魔王「どうして魔王が復活してしまうのを、人間は止めないの?」

勇者「それは……」

117: 2014/07/11(金)21:12:34 ID:EpeWZU9ND

魔王「この香水のように魔物をひきつけるもの」

魔王「一方で、魔物を寄せつけない聖水なる薬品もあるわね」

魔王「こんなものを作れるのは、人間が研究を重ね、
   魔物についての知識を深めてきたからでしょう?」

魔王「それなのに、魔王復活に関してはなんの手も打たないの?」

勇者「そんなわけがない」

勇者「なんらかの対策は講じられているはずだ!」

魔王「たとえば?」

勇者「それは……」

魔王「私が国王の立場だったら、そうね」

魔王「魔王を頃したあとで、その土地に聖水をバラまいてみるわね」

勇者「そんなことをしたら……」

118: 2014/07/11(金)21:13:36 ID:EpeWZU9ND

魔王「もちろん。聖水は強力な薬」

魔王「その土地に悪影響を及ぼすことは、目に見えてる」

魔王「でもだからって、放置する理由にはならないわ」

勇者「放置してるんじゃない……!」

勇者「魔王城には魔王だけじゃない、凶悪な魔物たちが大量にいる」

魔王「だから?」

勇者「迂闊に手は出せない」

119: 2014/07/11(金)21:15:23 ID:EpeWZU9ND

魔王「そうかしら?」

魔王「魔王討伐の部隊をきちんと編成して、しかるべき対処をすれば、
   決して不可能ではないと思うけど?」

勇者「お前が言うほど簡単な話じゃない」

勇者「それ相応の犠牲は避けられない」

魔王「けれども。そうすることで、人類は自分たちの脅威を取り除くことができる」

魔王「魔物たちの縄張りを手中におさめることもね」

勇者「……」

魔王「あなたって、思ってることがすぐに顔に出るタチなのね」

勇者「なに?」

魔王「あなたも奇妙だとは、思ってたんでしょ?」

勇者「……だまれ」

121: 2014/07/11(金)21:18:56 ID:EpeWZU9ND

魔王「この勇者と魔王の戦いというのは、どうにも奇妙な点が多い」

魔王「魔物、そして魔王は人類の脅威だなんて言われているけど」

魔王「あなたは、それを実感したことはある?」

勇者「あるに決まってるだろ。現に僕は旅で……」

魔王「ごめんなさい、言いかたが悪かったわね」

魔王「魔王討滅の旅に出る前。
   あなたの街は、魔物の襲撃を受けたことはある」

勇者「……おそらく、ない」

魔王「ないんだあ?」

勇者「なんだその顔は?」

魔王「べつに」

122: 2014/07/11(金)21:20:53 ID:EpeWZU9ND

勇者「……街には警備兵がいるし、魔物対策はきちんとされてる」

勇者「魔物たちだって、そうやすやすと手を出すことはできない」

魔王「ふふふ」

勇者「なにがおかしい?」

魔王「魔物は人類の脅威、だったかしら?」

魔王「人類の脅威なんて言うわりには、
   ずいぶん人間にとって都合のいい生物じゃない、魔物って」

勇者「魔王。お前にはわからないかもしれないが、魔物は……」

魔王「襲われれば危険、そう言いたいんでしょ?」

勇者「……」

123: 2014/07/11(金)21:23:19 ID:EpeWZU9ND

魔王「整備が行き届いていない場所だと、魔物もかなりいるわね」

魔王「でもね、そんな場所ばかりだったら人類はやっていけないわ」

勇者「そんなことはわかってる」

魔王「わかってるのかしらね」

魔王「じゃあこの地図を見てくれる?」

勇者「これは、国から支給されるものじゃないか」

勇者「なんでお前がこれを?」

魔王「私もいちおうは国の遣いなんだから、もってて当然でしょ?」

勇者「……今さらこんなものを見る必要はない」

魔王「いいから見て」

勇者「なんのために?」

魔王「生真面目なあなたなら、見れば気づくはず」

124: 2014/07/11(金)21:27:20 ID:EpeWZU9ND

勇者「こんなものを見たところで」

勇者「いや、これって……」

魔王「気づいた?」

勇者「僕がもらったものと、中身が……」

魔王「そう、あなたと私の地図は内容がところどころちがうのよ」

魔王「あなたのほうの地図は、魔物が出るルートばかりを、
   わざと通るように仕向けられていた」

勇者「な、なんで……」

魔王「過酷な環境や氏と常に身近にある極限状態に晒されるだけで、
   人間はわずかな時間で成長できる」

魔王「まして、勇者ならその成果は常人のそれとは比較にならないわ」

125: 2014/07/11(金)21:28:58 ID:EpeWZU9ND

魔王「あなたたちを過酷な環境に置いておくために、
   その地図は支給されたのよ」

魔王「さらに、もうひとつ」

魔王「『勇者の剣』についても同じ」

勇者「『勇者の剣』?」

魔王「あの言い伝えも嘘、欺瞞よ」

魔王「魔王をたおすためのキーアイテムなら、当然手元に残しておくべきでしょ」

魔王「あなたたちを危険に晒すために、嘘をでっちあげたのよ」

勇者「……おかしい。おかしいじゃないかっ」

127: 2014/07/11(金)21:31:04 ID:EpeWZU9ND

勇者「勇者は魔王をたおさなければいけない」

勇者「それなのにこれじゃあ……」

魔王「もう答えはわかってるでしょ、あなたも」

勇者「まさか……」

魔王「そう。勇者と魔王の争いを仕組んだ理由、それは」








魔王「勇者という最強の人間兵器を作ることよ」

130: 2014/07/11(金)21:38:37 ID:EpeWZU9ND

勇者「勇者を、兵器に……?」

魔王「自分の国がどうやって発展してきたのかは、わかってるでしょ」

魔王「この国は、あらゆる戦争で勝利を重ねてきた」

魔王「戦争の勝利の裏には、勇者がいたのよ」

勇者「……お前は、勇者が戦争に駆り出されていたっていうのか」

魔王「そうよ。そしてもちろん、そのことが表に出ることはない」

魔王「ときの流れの中で、勇者はひっそりと消える」

勇者「だけど……これだけだったら、仕組んだなんて言えない」

勇者「強くなるために魔物と戦う必要があるなら、それも仕方のないことだ」

魔王「まったく。真面目なあなたは、その事実すら受け入れるのね」

魔王「……でもまあ、これだけだったら仕組んだとは言えないわ」

132: 2014/07/11(金)21:44:36 ID:EpeWZU9ND

魔王「ええ。さっきの魔物の話とすこし似てるけど」

魔王「あなたはどうして魔王をたおす旅に出たの?」

勇者「それが、使命だったからだ」

魔王「はぁ、使命か。よくそこまで一貫してるわね」

勇者「なんだその目は」

魔王「べつに。それより次はこれを見て」

勇者「……なんだこれは」

魔王「勇者と魔王の争いの記録の一部よ」

133: 2014/07/11(金)21:49:34 ID:EpeWZU9ND

『XXX、魔王と勇者激しく争う。

 XXX、新たな魔王と勇者、たたかう。両者の戦いにより集落が滅ぶ。

 XXX、魔王と勇者この世に生を受け闘う。氏者数百人。

 XXX、魔王と勇者復活、街での戦いにより氏者数千人。

 XXX、何度目の復活か不明、勇者と魔王因縁の争いにより山を消滅させる。
  
    すべての戦いにおいて勇者が、勝利をおさめている』




魔王「この記録を見てのとおり、勇者が常勝だったのは歴史が証明してる」

魔王「魔王も普通だったら、勝てないって気づくと思うのだけど」

勇者「だけど現に、こうして戦いを繰り返してるだろ」

134: 2014/07/11(金)21:59:11 ID:EpeWZU9ND

魔王「ていうか、私ってなにか人に恨まれるようなことした?」

魔王「私じゃなくてもいい」

魔王「歴代の魔王がいったいなにをしたっていうの?」

勇者「……歴代の魔王には、魔王城付近の小さな町を破壊したものもいた」

勇者「比較的新しいのであれば、国の要人を誘拐したことだってある」

魔王「ああ、そういえばあったかもね」

魔王「でもそれならそれで、どうして魔王はしなかったのかしら?」

勇者「なにを?」

魔王「人類の脅威なんだし。虐殺ぐらいしていけばよかったのに」

魔王「どうにも中途半端じゃない?」

137: 2014/07/11(金)23:05:54 ID:EpeWZU9ND

魔王「私には、勇者が魔王を攻めるための、
   理由作りを魔王にさせているように思えるの」

勇者「勝手な解釈、いや。もはやこじつけだな」

勇者「お前の言いかたでは、魔王は人間の言いなりだったってことになる」

魔王「そう言ってるのよ」

勇者「!」

魔王「魔王が勇者との争いを繰り返したのは、逃げられなかったから」

勇者「逃げられないって、どういうことだ」

魔王「魔王には監視がいたのよ、人間のね」

勇者「だからそんなこじつけ……」

魔王「こじつけじゃない」

魔王「証拠なら、きちんとあるわよ」

138: 2014/07/11(金)23:08:45 ID:EpeWZU9ND

魔王「言ったでしょう?」

魔王「私がすべてを証明する答えだって」

勇者「……」

魔王「魔物の長でありながら、人間のすがたをした私が、ね」

勇者「どういうことだ?」

魔王「あなたは不思議に思ってたわよね? 私の人間じみたすがたについて」

勇者「それが今の話となんの関係がある?」


魔王「私の父は、その前魔王だった。
   私の母はそんな前魔王の監視役だった」


勇者「……なに」



魔王「私はね――魔王である父と人間である母から生まれたのよ」

140: 2014/07/11(金)23:16:52 ID:EpeWZU9ND

勇者「なにを、なにを言ってるんだ……!」

魔王「ありのままの事実を話しただけよ」

勇者「うそを言うなっ!」

魔王「そうね。私もうそだったら幸せだったかも」

魔王「……でも。だったら、私のこのすがたはなに?」

魔王「どうして魔王であるはずの私が、人間のすがたをしてるの?」

勇者「……っ!」

魔王「私も父と母がどんな経緯をたどって、
   そういう関係になったのかは知らないけどね」

142: 2014/07/12(土)00:34:22 ID:nFqrBl9cg

魔王「勇者と魔王の争いは仕組み、
   勇者を兵器として使える段階にまでする」

魔王「そして、そのために魔王までもが人間に利用されてきた」

勇者「だけど、どうして魔王は逃げない?」

勇者「いくら監視がいるからって、逃走は不可能ではないはず」

魔王「魔王はどこに逃げても、場所を特定されるようになってたの」

勇者「そんなことできるはずが……」

魔王「できる。あなたにもあるじゃない、右腕の刺青が」

勇者「……刺青? これが場所を特定するためのもの?」

魔王「道具屋の店主に勇者であると証明するなら、刺青は普通に彫るだけでいい」

魔王「わざわざ魔術で施す必要はないわ」

144: 2014/07/12(土)00:36:55 ID:nFqrBl9cg

勇者「だけど、どうして僕にまで!?」

魔王「勇者が旅のつらさから逃げ出さないって保証が、
   どこにあるの?」

勇者「僕は逃げ出すなんてマネはしない!」

魔王「……わかってるわよ、生真面目なあなたが逃げないってことぐらい」

勇者「……それだけなのか?」

勇者「それだけで魔王は、人間たちに屈したっていうのか?」

魔王「……ほかにも理由があるって、そう言いたいの?」

勇者「ああ」

勇者「僕が魔王だったら、真っ先に勇者を頃しにいく」

147: 2014/07/12(土)00:43:32 ID:nFqrBl9cg

魔王「それはできないのよ」

勇者「なぜ?」

魔王「潜在的な能力に関しては、
   勇者と魔王はハナから最高値に達してるのよ」

勇者「言ってる意味がわからない」

魔王「魔王である私たちは、最初から自信の能力の扱いを熟知している」

魔王「それに対して、勇者は能力の扱いかたを理解していない」

勇者「じゃあ、僕はもう魔王をたおすだけの力はもってる……?」

魔王「まあ、あなたの場合は魔力の爆弾みたいなものだけどね」

勇者「爆弾……」

魔王「下手に能力の使い方のわからない勇者を刺激すれば……」

勇者「……自分にまで被害が及ぶ可能性があるってことか」

魔王「正解」

148: 2014/07/12(土)00:45:12 ID:nFqrBl9cg

勇者「……」

魔王「受け入れられないって顔ね」

勇者「当たり前だ」

勇者「ようは人類と魔物は、裏でつながっていたってことじゃないか」

勇者「僕はたんなるあやつり人形だったっていうのか……」

魔王「……」

勇者「でも……待て」

魔王「まだあるの?」

勇者「ある!」

勇者「もしお前の話が本当だとしたら、
   勇者が勇者であると特定できなきゃいけないっ!」

150: 2014/07/12(土)00:48:07 ID:nFqrBl9cg

勇者「国中の人間を調べるのか?」

勇者「この国の人口から考えて、そんなことはできないっ!」

勇者「なにより! それを国民に気づかれないで、
   実行するなんて……不可能だ!」

魔王「そんなに難しいことでもないわ」

魔王「そうよ、勇者の特定方法を説明してくれたのは、あなたじゃない?」

勇者「そんなわけあるか!」

魔王「覚えてないの、あなたが私に教えてくれたこと?」

魔王「『洗礼を受けるのは、国民の義務のひとつになってますし』」

勇者「!」

152: 2014/07/12(土)00:55:42 ID:nFqrBl9cg

勇者「洗礼? 洗礼が勇者の特定手段?」

魔王「幼児洗礼。全国民がごく自然に受ける儀式だし、
   それを勇者特定の手段なんて、誰も思わないでしょ?」

魔王「あとは英才教育でもして洗脳すれば、
   勝手に魔王をたおしに行く勇者の完成ってわけ」

魔王「あなたみたいな勇者がね」

勇者「そんな……そんなことって……」

魔王「そろそろ納得してくれないかしら?」

魔王「ちょっと気分が悪くなってきたから、宿に戻りたいの」

勇者「待て、待ってくれ!」

勇者「もうひとつだけ、納得いかないことがある」

魔王「……私と話をしていて、
   ここまで食いついてくれたのは、あなたがはじめてよ」

155: 2014/07/12(土)01:08:05 ID:nFqrBl9cg

勇者「僕の言ったことを覚えてるか?」

勇者「『歴代の勇者で、教会送りにならなかった者は誰ひとりいない』」

魔王「ああ、そのことね。それがなにか?」

勇者「この旅は、人間兵器としての勇者を作るのが目的なんだよな?」

勇者「にも関わらず、すべての勇者が教会送りにされてるって、おかしいだろ」

魔王「記録から考えても。国が勇者を氏なすように、
   仕向けてるのは間違いないわね」

勇者「戦士や賢者たちのように、復活させられない可能性だってあるんだ」

魔王「なら、発想を逆転させてみれば?」

勇者「逆転?」

魔王「勇者を教会送りにするメリットが、なにかあるのよ」

158: 2014/07/12(土)01:19:21 ID:nFqrBl9cg

勇者「僕を氏なせて、得るものなんて……」

魔王「……そうね。たとえば、教会に送られてから、
   意識が戻るまでにどれぐらい時間がかかる?」

勇者「早ければ一日、遅ければ三、四日はかかる」

魔王「それだけの時間があれば、あなたのからだを
   いじくりまわすことも、十分にできるわね」

勇者「……は?」

魔王「まだまだ開発途中の医薬品や回復系の魔術に、
   これほど、つかりきった肉体ってあるかしら?」

魔王「……いや、ない」

魔王「それに。勇者のからだを調べられる機会って、そうないわよね」

勇者「そういう、ことなのか……?」

160: 2014/07/12(土)01:27:51 ID:nFqrBl9cg

魔王「さらに、もうひとつ。あなたが私に説明した復活の感覚」

魔王「あれも興味深いわよね」



魔王「『氏んでから意識が戻ったときは、
   自分のからだが自分のものじゃないみたいで』」

魔王「『絶えず、違和感がつきまとう』」

魔王「『しいて言うなら、魂が肉体にとまどっているような感覚です』」



勇者「なにが……なにが言いたい?」

魔王「仮に腕が丸ごと切断されたとして、
   それはいったいどうやって治すの?」

勇者「それは……」

魔王「神との契約は、氏へ向かう魂を肉体に戻すことの許可だけのはず」

勇者「……」

魔王「あなたのからだ――それ、本当にあなたのからだ?」

167: 2014/07/12(土)01:37:30 ID:nFqrBl9cg

勇者「あ、ああぁ……」

魔王「まあでも、これには証拠はない。邪推ってヤツなのかもね」

勇者「じゃ、じゃあ今の教会の話は……」

魔王「私のただの想像」

魔王「でも、からだをいじくりまわしてる可能性は高いわ」

勇者「……なにを根拠に言ってる?」

魔王「やっぱり」

勇者「?」

魔王「あなた、さっきからこのニオイに気づいてないんでしょ?」

勇者「ニオイ? ニオイなんてしてないぞ」

魔王「私が魔物を引きよせる香水を使ったの、見たでしょ?」

魔王「あまりにもニオイがキツすぎて、気分が悪いのよ」

勇者「!!」

170: 2014/07/12(土)01:46:32 ID:nFqrBl9cg

魔物「あなたの嗅覚は、とうの昔におかしくなってるのよ」

勇者「……僕の鼻が?」

魔王「はじめて顔合わせをしたときから、 
   そうじゃないかとは思ってた」

魔王「『とても素敵なかおりだと思いません?』って、
   コーヒーのこと聞いたの、覚えてる?」

勇者「なんとなくなら」

魔王「焙煎したコーヒーのニオイよ」

魔王「鼻がつまってても、まずわかる」

魔王「なのにあなたは『よくわかりません、僕には』って答えたのよ」

勇者「……」

魔王「あなたの嗅覚はとうの昔に機能を失ってたのよ」

魔王「その原因が魔術か薬か、あるいは肉体をいじられたことなのか」

魔王「そこまでは判然としないけどね」

178: 2014/07/12(土)01:56:42 ID:nFqrBl9cg

勇者「僕は……」

魔王「ここまでの話を聞いて考えてほしいんだけど」

魔王「あなたは私を、魔王である私を殺そうとするの?」

勇者「…………僕は、勇者だ」

勇者「勇者は、魔王をたおさなければいけない」

魔王「どうして? それが使命だから?」

勇者「そうだ! 僕がお前を頃すこと、それは望まれたことだ……!」

魔王「そう。じゃあもうひとつだけ、いいこと教えてあげる」

勇者「……」

魔王「私はね、ある方にたのまれたのよ。あなたを頃すことを」




魔王「あなたの国の王にね」

183: 2014/07/12(土)02:03:16 ID:nFqrBl9cg

勇者(頭が悲鳴をあげそうになっていた)

勇者(次々と襲ってくる受け入れがたい現実)

勇者(足元がしずむような感覚。呼吸が勝手に浅くなっていく)



魔王「魔王をたおせない勇者」

魔王「魔力を満足に扱えない勇者」

魔王「仲間すら頃してしまう勇者」

魔王「戦争の兵器になりえないあなたは、切られたのよ」

魔王「だから、私が駆り出された」



勇者(僕の意識はそこで途切れた)

勇者(ある意味、それは救いだったのかもしれない)

勇者(わずかな時間でも、なにも考えないですむから)

209: 2014/07/13(日)22:18:13 ID:VChUJubgG




勇者(昔の夢を見ていた)

勇者(物心つくころには、自分が勇者だという自覚はあった)

勇者(魔王をたおすために、ひたすら訓練に明け暮れる毎日)

勇者(勇者として周りの期待を背負い、それに応えるために生きてきた)

勇者(僕だけじゃない)

勇者(魔法使いや戦士たちだって)

勇者(それなのに)


魔王「あら。思いのほか、早く起きたのね」

勇者「お前っ……!」

魔王「そこまで警戒しなくてもいいじゃない」

211: 2014/07/13(日)22:21:19 ID:VChUJubgG

勇者「ここは……宿か」

魔王「勇者っていいわね」

魔王「ここもタダで借りられるんでしょ、勇者の特権で」

勇者「お前には関係ないこと」

魔王「関係なくはないわ」

魔王「私もあなたの肩書きでここを借りてるし」

魔王「ついでに意識を失ったあなたを、ここまで運んだのは私なのよ」

勇者「……」

魔王「なんでにらむのよ」

213: 2014/07/13(日)22:24:35 ID:VChUJubgG

勇者「どうして僕を殺そうとしない?」

魔王「どうしてあなたを殺さなきゃいけないの?」

勇者「勇者は魔王にとって、宿敵じゃないのか!?」

勇者「お前なら、僕を頃すことなど容易だろ!?」

魔王「説明したはずよ。勇者と魔王の争いは仕組まれていたって」

魔王「私個人に、あなたを頃す理由は一切ない」

勇者「だけど! だけど僕は……!」


魔王「……勇者が存在して、魔王が存在しなかったことはない」

魔王「魔王が存在して、勇者が存在しなかったこともない」


魔王「そういう意味で、私たちの間には因縁とも呼ぶべき縁がある」

魔王「でもだからって、頃し合う必要性はどこにもない」

214: 2014/07/13(日)22:26:13 ID:VChUJubgG

勇者「だがお前は陛下から、僕を頃すように命令されたんだろ?」

魔王「そういえば、まだ話してなかったわね」

魔王「あなたの暗殺を受けるまでの経緯は、長くなるから省くけど」

魔王「あなたを頃すことの目的、それはわかってるでしょ?」

勇者「……出来損ないである僕が氏ねば、新たな勇者が生まれる」

勇者「魔力をきちんと扱えない僕では、魔王をたおすことも。
   まして戦争の兵器として利用することもできない」

勇者「だからお前が駆り出された」

勇者「……僕を頃すために」

魔王「正解」

216: 2014/07/13(日)22:27:52 ID:VChUJubgG

魔王「だけど、私は最初からあなたを頃すつもりなんてない」

勇者「魔王のくせに」

魔王「ふふっ、なんだかあなたって野良猫みたい」

勇者「……」

魔王「……ちがうわね。飼い猫のほうが正解ね」

勇者「どうでもいい、そんなこと」

魔王「たしかに。どうでもいいことね」

勇者「……殺さないと言うなら、僕をどうするつもりなんだ」

217: 2014/07/13(日)22:29:49 ID:VChUJubgG

魔王「きちんとした計画があったわけじゃないの」

魔王「とりあえず話してみる、決めてたのはそれだけ」

魔王「どうしてほしい?」

勇者「それ以上近づくな!」

魔王「……取りつく島もないとは、このことね」

魔王「じゃあ逆に聞くけど、あなたはどうするの?」

魔王「今のあなたでは、私は殺せない」

魔王「さらに私はあなたを頃すつもりもない」

魔王「ねえ、あなたはどうするの――勇者」

218: 2014/07/13(日)22:30:56 ID:VChUJubgG

勇者(『あなたはどうするの?』)

勇者(国を守るために。魔王をたおすために、今まで生きてきた)

勇者(だが、勇者と魔王の戦いの歴史は仕組まれたものだった)

勇者(僕の存在意義は失われた)



魔王「自分の生き方がわからないのね」

勇者「……」

魔王「魔王をたおすこと、そのためだけに生きてたから」


勇者(魔王の言うとおりだった)

220: 2014/07/13(日)22:32:37 ID:VChUJubgG

勇者「頃すと言うなら、殺せばいい」

勇者「どっちにしても僕はもう、どうすることもできない」

勇者「魔王、お前の言うとおりだ。僕は生き方がわからない」

勇者「氏ななかったとしても、
   それは氏んでるのと変わらない」

魔王「だったら……」

勇者「?」

魔王「だったら、今から食事をしましょう」

勇者「……誰と?」

魔王「決まってるじゃない、私とよ」

221: 2014/07/13(日)22:34:26 ID:VChUJubgG

勇者「誰がお前なんかと」

魔王「勇者であるあなたは、氏んだも同然」

魔王「勇者でないなら、
   魔王と食事しても罰は下されないんじゃない?」

勇者「なんで今さらそんなことを」

魔王「魔王である私と、いっしょにご飯を食べてほしい」

勇者「……どうでもいい。勝手にしろ」

魔王「決まりね」

224: 2014/07/13(日)22:55:35 ID:VChUJubgG




魔王「乾杯……って、あなたはしないわよね」

勇者「……」

魔王「それに、アルコールの摂取も」

勇者「アルコールを飲むと、注意散漫になる」

魔王「そのかわり、気分がよくなるのよ」

勇者「僕には酒は必要ない」

魔王「この世界で、もっとも必要な人だと思うけどなあ」

勇者「だまれ」

魔王「だまらない。
   食事は談笑を交えたほうがおいしいもの」

225: 2014/07/13(日)23:01:27 ID:VChUJubgG

勇者「よくそんなにテーブルに料理を並べたものだな」

魔王「あなたは食べないの? せっかくの料理が冷めるじゃない」

勇者「……お前は、本当に魔王なんだよな」

魔王「なにが言いたいの?」

勇者「お前は僕よりも、よほど人間じみてるように思える」

魔王「人間のくせに、食事を楽しめないあなたよりは、そうかもね」

勇者「……もうずっと、口に含んだものの味はわからない」

勇者「旅のはじまりから、月日を重ねるごとに。
   料理の味は曖昧になっていった」

勇者「それは僕だけじゃない」

勇者「口には出さなかったけど、戦士たちもそうだったと思う」

228: 2014/07/13(日)23:10:23 ID:VChUJubgG

勇者「正直、ありがたかった」

魔王「なぜ?」

勇者「食料に困窮したときは、虫や魔物を食べるしかない」

魔王「そういえば、あなたたちは、
   それらの調理の知識も叩きこまれてるのでしょう?」

勇者「旅に出る前に実践して、かなりの魔物を食してる」

魔王「猪や豚に酷似した魔物だったら、それほど苦じゃないけど」

勇者「訓練生の中には、ここで脱落するものも少なくない」

魔王「訓練を脱落した人はどうなるの?」

231: 2014/07/13(日)23:16:01 ID:VChUJubgG

勇者「脱落したとは言え、皆優秀な人材だ」

勇者「騎士団に所属する者もいれば、
   神父として教会を守る役目につく人もいる、様々だ」

魔王「意外」

勇者「意外か?」

魔王「ちがう。あなたが私の質問に、あっさりと答えてくれたことよ」

勇者「……飼い猫だって、家を出れば野良猫になる」

魔王「ふふっ、それはどういう意味?」

勇者「意味はあるけど、教える義理はない」

魔王「あら、残念」

234: 2014/07/13(日)23:29:11 ID:VChUJubgG

魔王「おいしいものを、おいしいと思えないのは不幸よ」

魔王「ひもじい思いをしてつらいのは、人間も魔物も同じ」

勇者「人間と魔物が同じ?」

魔王「そうよ、空腹が最高の調味料であるのも、
   満腹が最高の贅沢であるのもね」

勇者「……お前はなんなんだ」

魔王「なにが?」

勇者「お前の言動は魔物のそれには思えない」

勇者「そのすがたのせいか?」

魔王「……」

235: 2014/07/13(日)23:31:59 ID:VChUJubgG

魔王「わからない」

魔王「今でも私は、自分の存在がよくわからないの」

魔王「私は魔王として生を授かってるわけじゃないし」

勇者「……そうか、お前は魔王と人間の子ども」

勇者「だから、最初から魔王だったわけじゃないのか」

魔王「私が魔王の力を自覚したのは、父が前勇者に殺されてから数日後」

魔王「唐突だった。なんの前触れもなく、私の力は覚醒した」

魔王「同時に理解した、自分が魔王になったのだと」

237: 2014/07/13(日)23:39:56 ID:VChUJubgG

魔王「……なつかしいわね」

魔王「私は生まれたときは、ごく普通の女の子だった」

魔王「勇者。あなたは魔物の長の戸惑う顔、想像できる?」

勇者「したくもないな」

魔王「父が私をうかがう顔は、いつも困惑していたわ」

魔王「『いったいどうすればいいんだ?』って顔に出てた」

魔王「父が私にどう接していいのか、
   子どもながらに、必氏に考えてるのはわかってた」

魔王「三人で食事してるときも、
   父が私に話をするときは、いつも母を経由してた」

238: 2014/07/13(日)23:43:18 ID:VChUJubgG

魔王「だから、ほとんど母が私の面倒を見ていた」

勇者「お前は人間のように育てられたのか」

魔王「私の存在は、ごく一部にしか知られてなかった」

魔王「深窓の令嬢として、大事にひっそりと育てられたのよ」

勇者「だが、前の勇者にお前の父親はたおされた」

魔王「ええ。勇者との戦いの前に、父は私と母を逃した」

勇者「じゃあ、お前の母親は……」

魔王「氏んだ」

勇者「え?」

魔王「魔王の力に目覚めたとき、魔力の奔流が母を飲みこんだ」

244: 2014/07/13(日)23:55:44 ID:VChUJubgG

魔王「ひとりになった私が考えたのは復讐だった」

魔王「父と母。ふたりを頃した勇者へのね」

勇者「……」

魔王「魔王城で父に仕えていた魔物たち、彼らも引き連れて、
   勇者と人間たちへ復讐しようとした」

魔王「彼らが自分に協力してくれることは、微塵も疑わなかった」

魔王「けど、そんなわけないのよね」

魔王「魔王の力をもっていても、容姿は人間そのもの」

魔王「魔物たちは協力どころか、私を襲おうとする始末」

魔王「子どもの私には、どうしようもなかった」

魔王「だからしばらくして、私は魔王城を去った」

245: 2014/07/14(月)00:00:56 ID:iHLS8U6AM

勇者「それから、お前はどうした?」

魔王「人間として生きることにしたのよ、こんなナリだしね」

勇者「うまくいったのか?」

魔王「いくと思う?」

勇者「無理だったんだな」

魔王「……私は魔王の力があるだけで、箱入り娘にすぎなかった」

魔王「それでも運がいいことに、あるシスターに拾ってもらえたの」

魔王「人としての私は、幸先のいいスタートを切ったと思う」

魔王「もちろん。慣れない集団生活に戸惑ったりもしたけど」

魔王「ところが、私の新しい生活は三ヶ月で終わりをむかえた」

248: 2014/07/14(月)00:11:52 ID:iHLS8U6AM

魔王「ある日、ひとりの同僚が体調不良をうったえた」

魔王「吐き気や目眩、
   やがては嘔吐を繰り返すようになり、そこで理解した」

魔王「原因が自分にあるってね」

勇者「それで、逃げたのか?」

魔王「ええ。私以外、ほぼ全員が体調を崩したんだもの」

魔王「疑惑の目が自分へ行くことは、
   箱入り娘でも察することはできた」

勇者「どうしてそんなことに?」

魔王「私の魔力にあてられたからでしょうね」

魔王「今ではだいぶコントロールできるけど、同じ環境にいた人間は、
   どうやら似たような症状になるみたい」

魔王「人と長くは、いっしょにいられないのよ」

249: 2014/07/14(月)00:15:19 ID:iHLS8U6AM

魔王「そのあとは、色んな街を転々としながら旅をしてきた」

魔王「様々な景色を見てきたわ」

魔王「頂上から望める山の勇姿」

魔王「世にも美しい地下水脈」

魔王「陽を浴びてかがやく大海原」

魔王「景色との出会いは、ある意味、このすがたのおかげかもね」

勇者「……人間としても、
   生きることができなかった結果じゃないのか」

魔王「そうね、でも、そのおかげで地図と魔物の違和感に気づけたのよ」

252: 2014/07/14(月)00:31:21 ID:iHLS8U6AM

魔王「困ったことはそれだけじゃなかった」

勇者「……」

魔王「月日を追うごとに、
   自分に対する違和感のようなものが、強くなっていくの」
 
勇者「違和感?」

魔王「からだとこころが、一致していないような違和感」

魔王「まるで、入る『容れ物』を精神が間違えてるような」

勇者「……」

魔王「そう、今でも私はずっと自分がわからない」

魔王「ずっと考えてる。でも、答えはどこにもない」

魔王「ねえ、わたしはなに?」

254: 2014/07/14(月)00:37:15 ID:iHLS8U6AM

勇者「僕がその質問に答えることはできない」

魔王「……この際だから、言ってしまうけど」

魔王「私があなたに会いたかったのは、
   自分がなにものか知りたかったから」

勇者「……」

魔王「あなたに会えば、自分がなにか実感できる気がした」

魔王「魔物なのか、人なのか。ひどく曖昧な存在である私」

魔王「こんな私の対になる存在、それがあなただった」

勇者「……ひとつだけ、聞いてもいいか?」

魔王「聞いてもいいか、ね。ふふっ」

255: 2014/07/14(月)00:39:02 ID:iHLS8U6AM

勇者「なにがおかしい?」

魔王「嬉しいのよ。あなたの言葉が、すこしだけ優しくなったから」

勇者「意味がわからない」

魔王「わからなくていい。それで? 質問は?」

勇者「自分がなにものかわからないというのは、どんな感覚だ?」

魔王「……一言ではあらわせない」

魔王「でも。あなたのおかげで今、
   人のすがたをした魔王は、自分が魔王であると実感できてる」

魔王「そして、そのことを嬉しいと思ってる」

256: 2014/07/14(月)00:39:02 ID:iHLS8U6AM

勇者「なにがおかしい?」

魔王「嬉しいのよ。あなたの言葉が、すこしだけ優しくなったから」

勇者「意味がわからない」

魔王「わからなくていい。それで? 質問は?」

勇者「自分がなにものかわからないというのは、どんな感覚だ?」

魔王「……一言ではあらわせない」

魔王「でも。あなたのおかげで今、
   人のすがたをした魔王は、自分が魔王であると実感できてる」

魔王「そして、そのことを嬉しいと思ってる」

257: 2014/07/14(月)00:39:02 ID:iHLS8U6AM

勇者「なにがおかしい?」

魔王「嬉しいのよ。あなたの言葉が、すこしだけ優しくなったから」

勇者「意味がわからない」

魔王「わからなくていい。それで? 質問は?」

勇者「自分がなにものかわからないというのは、どんな感覚だ?」

魔王「……一言ではあらわせない」

魔王「でも。あなたのおかげで今、
   人のすがたをした魔王は、自分が魔王であると実感できてる」

魔王「そして、そのことを嬉しいと思ってる」

259: 2014/07/14(月)00:44:50 ID:iHLS8U6AM

魔王「……人間は容姿にやたらこだわる、か」

勇者「腰周りの細い女がいいとか、そういうのか?」

魔王「そう。女性たちは皆、主体的に美しくあろうとする」

魔王「でもね、あれほど滑稽なこともないのよ」

魔王「美的規範なんてものは、権力者の性的趣向が社会に浸透した結果」

魔王「アレは結局、『主体的にやらされている』にすぎない」

勇者「『主体的にやらされている』か。奇妙な表現だ」

勇者「だけど。お前が今話したことは、
   勇者と魔王についても、当てはまるのかもしれない」

魔王「社会にいつの間にか根づいてるって点では、まったく同じよ」

魔王「そんなふうに考えていくと、自分の意思で行動してる存在なんて、
   この世にはいないのかも」

263: 2014/07/14(月)00:56:43 ID:iHLS8U6AM

勇者「……自分の意思で行動、か」

勇者「お前は魔物さえも、自分の意思で生きていないっていうのか?」

魔王「以前も言ったけど、魔物は存在そのものが奇妙」

魔王「人類の脅威と呼びながら、国は彼らを駆逐しようとしない」

魔王「仮に彼らが脅威だとしたら、人間の街はとうの昔に崩壊してるはずよ」

魔王「数でも、膂力でも魔物のほうが人間にまさってるんだし」

勇者「聖水を使ってる可能性は?」

魔王「聖水やその類が使われてる可能性も、人体への影響から考えると低い」

魔王「道具の開発の進行に対して、彼らに関する論文は極端に少ない」

魔王「魔物に関して、この国がなにかを隠してる可能性は十分にあるわ」

勇者「……」

265: 2014/07/14(月)01:03:04 ID:iHLS8U6AM

魔王「もっとも。証拠がない以上、現段階では私の妄想にすぎないけどね」

勇者「妄想を語るな」

魔王「転がらない疑問を転がすのが好きなの、私は」

魔王「ついでに。誰も考えないようなことを考えて、
   時間を無駄にするのもね」

勇者「……僕はお前のことを理解できそうにない」

魔王「なら、私があなたを理解してあげる」

勇者「……は?」

魔王「あなたのことを、私に教えてほしい」

勇者「教える? なにを?」

魔王「なんでもいい。あなたって人について、私に教えて」

267: 2014/07/14(月)01:07:02 ID:iHLS8U6AM

勇者(自分について語る)

勇者(そんな経験は、僕にはほとんどなかった)

勇者(人に聞かせるようなことなんて、僕にあるのだろうか)



勇者「……」

魔王「そんなに答えるのがイヤ?」

勇者「いや……」

魔王「そう、ずいぶんと嫌われたものね」

勇者「いや、というのはそういう意味じゃない」

魔王「?」

勇者「答えられることがなにもないんだ」

勇者「僕は魔王をたおすことしか知らない」

269: 2014/07/14(月)01:11:38 ID:iHLS8U6AM

勇者「そうだ。つまらないヤツなんだ、僕は」

魔王「じゃあ、つまらないあなたについて教えて」

勇者「……」

魔王「ダメ?」

勇者「……えっと、猫」

魔王「ねこ?」

勇者「むかし、猫を飼っていたことがある」

魔王「続けて」

勇者「間違えて、外に出したまま一日放置してしまった」

魔王「……そう」

271: 2014/07/14(月)01:16:21 ID:iHLS8U6AM

勇者「猫はいなくなっていた」

勇者「でも、また一日したら帰ってきてくれた」

魔王「……おわり?」

勇者「……それが、嬉しかった」

魔王「そう、今度こそおわり?」

勇者「うん」

魔王「……あなたって、話すのが極端に下手なのね」

勇者「……」

魔王「でも、ありがとう。私に話をしてくれて」

勇者「べつに」

274: 2014/07/14(月)01:29:08 ID:iHLS8U6AM

勇者(『僕の話を聞いてくれてありがとう』)

勇者(なぜかそんな言葉が、ぼんやりと浮かびあがった)

勇者(そう言ったら、目の前のこいつはどんな顔をするだろう)

勇者(本当にわずかだけど、気になった)

勇者(だが、それより考えるべきことがある)

勇者(魔王をたおす期限は決められている)

勇者(それも今の僕には関係ない)



勇者「これから、僕はどうするか」

魔王「……魔王をたおしにいくのは?」

勇者「冗談を言ってるのか?」

魔王「冗談は得意じゃないの、あなたよりはマシだろうけど」

275: 2014/07/14(月)01:32:04 ID:iHLS8U6AM

魔王「魔王は私。でも、魔王城にもうひとり魔王はいる」

勇者「お前も知っているはずだ」

勇者「魔王と勇者は、この世にひとりずつしか存在しないことぐらい」

魔王「でも、魔王城に魔王はいる」

勇者「……」

魔王「行けば、私の言葉の意味はわかるはずよ」

勇者「……」

魔王「いっしょに行きましょう、勇者」



勇者(そう言って魔王は、僕へと手を差し伸べた)

勇者(無論、僕は彼女の手をとろうとはしない)

勇者(だが、ほかに選択肢も思いつかなかった)

278: 2014/07/14(月)01:33:43 ID:iHLS8U6AM




勇者(結局僕は、彼女の提案にのることにした)


勇者(この会話から三日後)


勇者(僕と魔王は、魔王城へと足を踏み入れることになる)

296: 2014/07/15(火)22:04:17 ID:8XLssYqPO




勇者「この魔法陣で、魔王城までいけるんだな」

魔王「本来、魔法陣は時間をかけて構成するものだから、
   私のは、せいぜいもって一日」

魔王「それより、あなたは大丈夫なの?」

勇者「なにが?」

魔王「この二日間、ひとりにしてくれっていうから、
   あなたの言うとおりにしたけど」

勇者「どうしても、ひとりで考えたいことがあった」

勇者「それだけだ」

魔王「あなたって、人恋しいって思ったことがなさそう」

勇者「お前はあるのか?」

魔王「ないと思う?」

勇者「聞いてるのは僕だ」

魔王「先に聞いたのは私」

勇者「……」

299: 2014/07/15(火)22:09:13 ID:8XLssYqPO

魔王「ひとりではもう耐えられない、そう思うことは誰にでもある」

勇者「魔王でも、そんな感情を抱くんだな」

魔王「人間じみてるのは容姿だけじゃないのか」

魔王「そう言いたいんでしょ?」

勇者「……よくわかったな」

魔王「顔に出しすぎなのよ。そして、ハズレ」

魔王「ひとりで生きていけないのは、
   命あるもの、すべてに当てはまること」

魔王「誰かにそばにいてほしい」

魔王「そんな夜が訪れることもあるでしょ、猫の飼い主さん?」

勇者「……」

300: 2014/07/15(火)22:13:03 ID:8XLssYqPO

魔王「……まあ、無駄話はこれぐらいにしておきましょう」

勇者(魔王がそう言うと、魔法陣が真っ白にかがやいた)

勇者(光に飲みこまれたと思ったときには)

勇者(すでに景色は変わっていた)



勇者「……ここが魔王城?」

魔王「『魔王城』なんてものは名称でしかない」

魔王「建物の性質的には宮殿といったほうが正しい」

勇者「この魔王城、いつごろつくられたんだ?」

魔王「私が生まれるよりはるか前、ってことしか知らないわ」

302: 2014/07/15(火)22:16:16 ID:8XLssYqPO

勇者「それぐらいは僕でもわかる」

魔王「そんな、怒って言わなくてもいいでしょ」

勇者「……怒ってはいない」

魔王「魔王城が建造されるようになったのは、
   魔王と人間につながりが生まれてから」

勇者「馬鹿でかい城だ。なんでこんなものを」

魔王「大量の魔物を抱える場所でもあるからね」

勇者「……息苦しい。それになんだか、からだが重い」

魔王「この建物全体に、魔力が張り巡らされてるのよ」

303: 2014/07/15(火)22:19:14 ID:8XLssYqPO

勇者「もうひとりの魔王はどこだ」

魔王「その扉の向こうにいる」

勇者「この先に……」

勇者「――っ!」


勇者(天井にまで届きそうな扉を開いた先には、巨大な空間が広がっていた)

勇者(腐敗した魔物や人間の氏体が、大量に転がっている)

勇者(嗅覚を失った僕には、この空間の氏臭はわからないけど)


勇者(そして。最奥で『魔王』が、小さな椅子に腰かけていた)

305: 2014/07/15(火)22:23:06 ID:8XLssYqPO

勇者(『魔王』は、僕の隣にいる魔王にそっくりだった)

勇者(ただし、顔立ちだけだ)

勇者(よく見れば、その容姿は魔王よりもずいぶんとおさない)

勇者(焼けただれた赤黒い肌は、ところどころ腐敗している)

勇者(猛禽類を思わす巨大な翼も、血まみれになっていた)

勇者(手足も人間のそれじゃない)

勇者(少女は、人間とも魔物ともいえないすがたをしていた)

306: 2014/07/15(火)22:27:01 ID:8XLssYqPO

勇者「なんなんだ、この場所は」

勇者「それに、あの椅子に座っているのは……」

魔王「構えなくても大丈夫よ」

魔王「深い眠りについてる。すぐには起きない」

勇者「この氏体たちは?」

魔王「おそらく、彼女に挑んで返り討ちにあったんでしょうね」

勇者「これがお前が言っていた『もうひとりの魔王』か」

魔王「そう。つくったのよ、私が」

勇者「つくった?」

308: 2014/07/15(火)22:31:30 ID:8XLssYqPO

魔王「母を失った私が、次に考えたのが復讐だった」

勇者「だけど、それは……」

魔王「そう。話したとおり、魔物たちにそっぽ向かれて頓挫した」

魔王「私はひとりぼっちだった」

魔王「子どもだった私は、次にどうしたと思う?」


魔王『ひとりではもう耐えられない。そう思うことは誰にもある』


勇者「……つくろうとしたんだな、自分の仲間を」

魔王「正解」

勇者「だけど、これって……」

魔王「ええ。私の思惑は成功にはいたらなかった」

309: 2014/07/15(火)22:33:28 ID:8XLssYqPO

魔王「魔王城へと、続く道は一般人は立ち入り禁止されてる」

魔王「それでもね、人がこの城に紛れこむことはある」

魔王「もちろん、彼らは一瞬で魔物たちに殺される」

魔王「私はその氏体を使ってね」

魔王「自分と同じ存在をつくることを思いついた」

魔王「氏体に私の魔力を流しこむと、
   どういうわけか、私そっくりのからだが生まれるのよ」

魔王「結局は成功しなかったけど」

魔王「私の魔力を注がれた肉体は、三日もしないうちに、
   もとの形を保てなくなってしまう」

魔王「魔物を使うキメラ的方法もためした」

魔王「でも、氏体がいたずらに増えるだけ」

魔王「あの子の肉体が崩れていくのを見て、ようやく無駄だと悟った」

311: 2014/07/15(火)22:37:33 ID:8XLssYqPO

勇者「こいつからは、お前と同様、すさまじい魔力を感じる」

勇者「こんなのが城の外に出たら……」

魔王「彼女は、ここから出られないの」

魔王「一定以上の魔力を絶えず供給されていないと、
   形を保つことができないから」

勇者「不完全な存在ってことか」

魔王「そう。不完全な私がつくった、不完全な子」

魔王「おさない私が、ひとりぼっちの世界を壊そうとした結果」

少女「……ぅ」

勇者「!」

313: 2014/07/15(火)22:42:14 ID:8XLssYqPO

魔王「大丈夫。勇者はなにもしなくていい」

少女「ぁ……ぁあ……」


魔王「ごめんね」

魔王「私のわがままで勝手に生んで」

魔王「私のわがままで、勝手に頃すことになって」


少女「ぁぁぁ……」


勇者(魔王が頬に触れる)

勇者(そうしてから、ずいぶん長い時間がたったように思える)

勇者(不意に少女の輪郭を淡い光が包んだ)

勇者(やがて抜け落ちるように、彼女のすがたはあっさりと消えてしまった)

315: 2014/07/15(火)22:47:50 ID:8XLssYqPO

勇者「終わったのか?」

魔王「そう、終わったのよ」

勇者「……今、ひとつ思いついたことがある」

魔王「なに?」


勇者「お前は言ったな」

勇者「魔物は人類の脅威でありながら、
   人間にとって都合がよすぎる存在だと」


勇者「実は魔物のほとんどは、とっくに人間の手に落ちてる」

勇者「それどころか、魔物の中には人間によって生み出されたものも、
   数多くいるのかもしれない」


勇者「お前がやったように」

316: 2014/07/15(火)22:51:16 ID:8XLssYqPO

魔王「言ったはずよ。証拠はどこにもないって」

魔王「だけど。今後のあなたの行動しだいで、真実は顔を出すかもね」

勇者「……そのとおりかもしれない」

魔王「『魔王』はもう城にはいない」

魔王「この先。あなたはどうするの、勇者」

勇者「なにを言ってる?」

魔王「え?」



勇者「まだ僕は魔王をたおしていない」


勇者(一瞬だった)

勇者(僕の剣は、魔王の腹を容赦なく突き破った)

勇者(大量の赤い血が石畳の床を濡らす)

321: 2014/07/15(火)23:02:36 ID:8XLssYqPO

魔王「ぐぅっ……ううぅぅっ……」

勇者「信じられない。そんな顔だな」


勇者「それは、僕がお前に剣を向けたからか」

勇者「それとも、僕が『勇者の剣』をこの手に握っているからか」


魔王「なん……なん、で……」

勇者「『勇者の剣』については簡単な話だ」

勇者「お前の嘘を見抜いただけのこと」

勇者「勇者と魔王の争いについて、お前は僕に説明した」

勇者「内容に嘘はなかった」

勇者「お前はたしかに真実を伝えようとした」


勇者「『勇者の剣』のことだけをのぞいて」

322: 2014/07/15(火)23:06:22 ID:8XLssYqPO

勇者「そもそも、お前の説明にはあきらかに足りない部分があった」


勇者「洗礼をすることで勇者を探し当てる、それはいい」

勇者「問題は、どうして洗礼で勇者が判別できるのか、だ」

勇者「それに思い至ったとき、お前の嘘に気づいた」


勇者「『勇者の剣』が本当に存在するなら、手放すわけがない」

勇者「それがお前の言い分だったな、魔王」


勇者「手放さざるを得なかったんだよ」

勇者「あの剣は勇者判別に使うんだからな」


勇者「『勇者の剣』は、僕が賢者と戦士を氏なせてしまった洞窟にあった」

326: 2014/07/15(火)23:13:50 ID:8XLssYqPO

勇者「いや、正確には洞窟じゃない」

勇者「巨大な地下水脈の一部だった」


勇者「『勇者の剣』は剣でありながら、その形状は剣にあらず」

勇者「僕が触れるまでは、あの剣は単なる水でしかなかった」

勇者「洗礼に使われていた水は、『勇者の剣』の成分が含まれていたものだった」


勇者「もちろん、地下水脈は全ての街に行き渡ってるわけじゃない」

勇者「おそらく空間転移の魔法陣が、安全な場所に設けられてるはずだ」

魔王「だけど……あな、たは……ど、どうやって……まも、のを……」

勇者「魔物をたおせない僕が、どうやって洞窟を進んだのか」

勇者「その方法を説明してくれたのは、お前だよ――魔王」

329: 2014/07/15(火)23:18:39 ID:8XLssYqPO

勇者「自らが魔王だと、お前が僕にあかしたとき」

勇者「お前は僕の前で、例の香水を使って魔物たちを引き寄せた」

勇者「それと同じことをした」


魔王「!」


勇者「魔物を引き寄せて、そのスキをついて洞窟を進んだんだ」

勇者「もちろん、大量の回復薬を使うハメになったけど」

勇者「お前のおかげで、あの道具の使い方がわかったよ」

勇者「そして。この剣があれば、僕はお前をたおせる」

魔王「わか……わからない……」

勇者「……」

魔王「なぜ……なぜ、あなたは……利用されて……まで……」

333: 2014/07/15(火)23:25:49 ID:8XLssYqPO

勇者「お前は生まれてからずっと、自分の存在がわからないまま」

勇者「自分がなんなのか、その答えを求めてさまよってきた」

勇者「そんなお前を、僕は理解できない」



勇者「僕は生まれたときには勇者だった」

勇者「お前をたおすためだけに生きてきた」

勇者「たとえ肉体が変わっても、朽ち果てても、それは変わらない」

勇者「僕が勇者であることは、魂に刻まれている」

336: 2014/07/15(火)23:31:08 ID:8XLssYqPO

魔王「飼い猫は、いつまでも……飼い猫、なのね」

勇者「猫には帰巣本能がある」

勇者「追い出されても、帰ってくる場合がある」

魔王「ざんねん、ね……」

魔王「もぅ、すこし。あなたと……おはなし……した、かった……」

勇者「僕にはお前と話したいことはない」

魔王「ふふっ……最期に……おしえて」

勇者「なんだ」


魔王「もし……あなた、が……勇者じゃなかったら……」

魔王「もしも、わた、しが……魔王じゃなかったら……」


勇者「お前は魔王だ」



勇者「そして、僕は勇者だ」

337: 2014/07/15(火)23:32:52 ID:8XLssYqPO




勇者(『勇者の剣が』で、魔王のひたいを貫く)




勇者(そして、次の瞬間)




勇者(目の前で、魔王のからだが爆ぜた)



339: 2014/07/15(火)23:48:54 ID:8XLssYqPO




勇者「これが、おおまかな旅の内容だ」

魔法使い「……とりあえずは、これで魔王はいなくなったんだね」

勇者「……」

魔法使い「勇者」

勇者「なに?」

魔法使い「勇者は自分の使命を全うしたんだよ?」

魔法使い「しかも、たったひとりで」

魔法使い「すこしは胸張っていいと思う」

勇者「ひとりになったのは僕のせいで、胸を張れることじゃない」

勇者「僕が暴走しなければ、賢者も戦士も氏ぬことはなかった」

341: 2014/07/16(水)00:00:54 ID:asUeOkPuC

勇者「魔法使い、きみにも……」


魔法使い「勇者っ。勇者は設けられた期限内に、きちんと使命をはたした!」

魔法使い「戦士や賢者のことは残念だったよ」

魔法使い「でも。旅に出るときに、私たちは氏ぬことは覚悟してた」


勇者「……それは勇者と魔王の争いが本当だったら、の話だ」

魔法使い「え?」

勇者「いや、なにもだ」

勇者「……魔法使い、ひとつ質問いい?」

魔法使い「ん?」

勇者「どうして魔王は、魔王城で勇者と戦うんだと思う?」

342: 2014/07/16(水)00:06:44 ID:asUeOkPuC

魔法使い「んー、勇者の話から推測すると」

魔法使い「魔王城は、魔力あたり一面に敷かれてたんでしょ?」

魔法使い「たぶん、魔王が城から魔力を供給できて、
     戦いに関して有利だったから……かな?」


勇者「なるほど」

魔法使い「間違ってる?」

勇者「どうしてそう思う?」

魔法使い「顔に書いてある」


勇者「……僕は本当にすぐに顔に出るらしい」


勇者「魔法使いの言ってることは、的外れってわけじゃないと思う」

勇者「だけど、僕はあえてこう考える」

勇者「勇者と魔王の戦いの被害を、最小限におさえるため」

344: 2014/07/16(水)00:17:23 ID:asUeOkPuC

魔法使い「被害をおさえる?」

勇者「不完全な勇者と不完全な魔王」

勇者「僕らの戦いでさえ、あの城のほとんどは全壊した」

勇者「それでも」

勇者「魔力よって堅牢なつくりになっていたあの建物なら、
   被害をあの空間内でおさえることができる」

魔法使い「……つまりそれって、どういうこと?」

勇者「そのままの意味だ」

魔法使い「よくわかんないんだけど」

勇者「……やっぱりこの話も忘れて」

345: 2014/07/16(水)00:23:06 ID:asUeOkPuC

魔法使い「まあでもさ。やっぱり勝つのは勇者だね」

勇者「……」

魔法使い「これから先も、新しい魔王が現れるかもしれない」

魔法使い「でも、新しい勇者がまたたおしてくれるよね?」

勇者「……」



勇者(僕の予想では、いずれ勇者と魔王はこの世界から消える)

勇者(どっちか、あるいは両方)


勇者(あの資料に書いてあったこと、あれにはある法則があった)

346: 2014/07/16(水)00:28:33 ID:asUeOkPuC


『XXX、魔王と勇者激しく争う。

 XXX、新たな魔王と勇者、たたかう。両者の戦いにより集落が滅ぶ。

 XXX、魔王と勇者この世に生を受け闘う。氏者数百人。

 XXX、魔王と勇者復活、街での戦いにより氏者数千人。

 XXX、何度目の復活か不明、勇者と魔王因縁の争いにより山を消滅させる。
    
   
    すべての戦いにおいて勇者が、勝利をおさめている』



勇者(時代が新しいものになればなるほど、争いの規模が大きくなっている)

勇者(もし、このまま勇者と魔王の争いが繰り返されれば)

勇者(いずれは国、いや、世界さえ巻きこみかねない)

勇者(さらに)

勇者(国は勇者のからだを、教会を利用して調べていた)

347: 2014/07/16(水)00:34:15 ID:asUeOkPuC

勇者(あの資料はだいぶ古いものだった)

勇者(本来の力をもった、近代の勇者と魔王)

勇者(このふたりが争ったときの規模は、計りしれない)

勇者(国が魔物開発にさえ、手を出してるのだとしたら)

勇者(そのうち、つくってしまうかもしれない――勇者を)

勇者(そうなれば、本物の勇者など……)


魔法使い「勇者?」

勇者「え?」

魔法使い「急にだまらないでよ」

勇者「……ごめん」

348: 2014/07/16(水)00:40:34 ID:asUeOkPuC

魔法使い「もうっ。なに話そうとしたか、忘れたじゃない」

勇者「それは知らない」

魔法使い「まったく。この状態じゃ、先が思いやられるね」

勇者「……魔法使い。魔法使いはこれからのことは、考えてる?」

魔法使い「……!」

勇者「そんな、目を見開くような質問だったか?」

魔法使い「いやだって、勇者って他人に興味ないでしょ」

勇者「……」

魔法使い「正直、今日のお見舞いも意外だったんだよね」

魔法使い「勇者、ちょっと変わったね」

勇者「……」

350: 2014/07/16(水)00:51:53 ID:asUeOkPuC

魔法使い「それはさておいて、私はとりあえず退院したら、
     もっと魔術の勉強をしようと思う」

魔法使い「きっと私の魔法は、人々の役に立つだろうし」

勇者「……魔法使いなら、きっとできるよ」

魔法使い「気持ちこもってないなあ」

勇者「そんなことはない」

魔法使い「それで?」

勇者「なに?」

魔法使い「なに、じゃなくて勇者はどうするの?」

勇者「しなければいけないことは、もう決まってる」

魔法使い「どういうこと?」

勇者「近いうちに、僕はまたこの街をはなれる」

351: 2014/07/16(水)00:57:49 ID:asUeOkPuC

魔法使い「ど、どうして?」

勇者「これ以上は話せない」

魔法使い「……国絡みのことってわけね」

勇者「うん。それから、そのこととはべつに、
   やっておきたいことがある」

魔法使い「やっておきたいこと?」

勇者「書き残しておきたいんだ、今回の旅のことを」

勇者「それを、できればきみに受け取ってほしい」

魔法使い「旅の記録はまじめな勇者のことだから、
     とっくに提出済みでしょう?」

勇者「それとはべつに書くんだよ」

勇者「僕だけの『冒険の書』を」

352: 2014/07/16(水)01:02:09 ID:asUeOkPuC

勇者「僕は魔王をたおすだけしか能がない、愚かなヤツだ」

勇者「だけど、そんな僕でも残せるものがある」

魔法使い「……本当に変わったね、勇者」

魔法使い「でも、感性を楽しみにしてる」

勇者「うん」

勇者「そろそろ帰るよ……早くよくなるように祈ってる」

魔法使い「言われなくても」

354: 2014/07/16(水)01:11:15 ID:asUeOkPuC

勇者「……もし僕が変わったっていうなら、それは『彼女』の影響だ」

魔法使い「彼女?」


勇者「うん。おそらく僕には一生『彼女』のことは、
   理解できないだろうけど」

勇者「勇者である僕には」


魔法使い「……勇者はその彼女のことを、どう思っていたの?」



勇者(僕は魔法使いの質問には答えなかった)






おわり

引用元: 魔王「なぜ私がこんな人間じみた容姿をしてると思う?」