1: 2009/09/21(月) 17:42:01.18 ID:ESiGxtBZ0
 あれは悪夢か、白昼夢か。
 見てはいけなかったムギ先輩と憂の暗黒面を垣間見てしまった上に、
 私の心とお尻に多大なる傷跡を残して瞬く間に過ぎ去った、
 斬新でいながら陳腐と言われたステキな『あの企画』から早くも一ヶ月が経ちました。

 こんにちわ、中野梓です。

 あれから今日まで、『あの日』のことが話題に上ることは一度としてありませんでした。
 誰もが、『あの日』のことを無かったことにしたいと思っているのかもしれません。
 もちろん、それで少しでも空気が悪くなるなんてことはなくて、
 それこそが、誰もが知っている、いつもの軽音部の空気なのです。

 これから先も、ずっとそんな平和な時が続いていく――
 少なくとも私は、そう思っていました。
けいおん!college (まんがタイムKRコミックス)
3: 2009/09/21(月) 17:42:57.35 ID:ESiGxtBZ0
 その日、いつものように部室に入ると、そこに唯先輩、律先輩、澪先輩の姿はなくて。

紬「あら。こんにちわ、梓ちゃん」

梓「こんにちわ、ムギ先輩。……お一人ですか?」

紬「ええ。唯ちゃんとりっちゃんは、職員室に行ってるわ」

 職員室?
 ……期末の成績悪かったのかな?
 まぁ、勉強会がアレじゃあムリもないと思うけれど。 

梓「澪先輩は?」

紬「まだHRが終わってないんじゃないかしら。私たちのクラスの方が早かったみたいだし」

梓「そうですか」

6: 2009/09/21(月) 17:44:34.43 ID:ESiGxtBZ0
紬「……梓ちゃん、ちょっと手伝ってもらっても良いかしら?」

 ムギ先輩は、少しだけ言いにくそうに上目遣いで私にそう言った。
 この人も大人しくしてたら普通に可愛いのになぁ。

梓「いいですけど……なにやるんですか?」

紬「これを貼ろうと思ってね」

 そう言って、ムギ先輩は少し大きめの筒から、一枚の紙を取り出した。
 丸まっているため中身は確認できないが、広げればかなりの大きさになるだろう。
 
梓「はぁ」

紬「私が押さえてるから、貼ってもらえるかしら?」

梓「わかりました」

 音楽室の壁にその紙を運び、ムギ先輩が両手で固定する。
 私は言われるがままにテープで両端を貼り付けた。

7: 2009/09/21(月) 17:47:26.29 ID:ESiGxtBZ0
 そしてその全容が露になった。

                           ,r;;;;ミミミミミミヽ,,_
                         ,i':r"    + `ミ;;,
       __,、           ≡     彡        ミ;;;i
    〃ニ;;::`lヽ,,_           ≡  彡 ,,,,,、 ,,,,、、 ミ;;;!
    〈 (lll!! テ-;;;;゙fn    __,,--、_  ..   ,ゞi" ̄ フ‐! ̄~~|-ゞ, ≡
   /ヽ-〃;;;;;;;llllll7,,__/"  \三=ー"."ヾi `ー‐'、 ,ゝ--、' 〉;r'  ≡  
   >、/:::/<;;;lllメ   \ヾ、  ヽTf=ヽ  `,|  / "ii" ヽ  |ノ
  j,, ヾて)r=- | ヾ:   :ヽ;;:     | l |  l  ''t ←―→ )/イ^    ≡ 
 ,イ ヽ二)l(_,>" l|    ::\;::    | |  |  ヽ,,-‐、i'  / V
 i、ヽ--イll"/ ,, ,//,,    :;;   l //  l く> /::l"'i::lll1-=:::: ̄\
 ヾ==:"::^::;;:::/;;;;;;;;;:::::::::::::: :::::ゞ ノ/   L/〈:::t_イ::/ll|─-== ヾ
  \__::::::::/::::::::::::_;;;;;;;;;;;;;;;;;ノノ   ヘ   >(゙ )l:::l-┴ヾ、ヽ  )
      ̄~~ ̄ ̄/ :::|T==--:::::  //  / ト=-|:|-─ ( l   /
         / ::  ::l l::::::::::::::::::/ /:::::::::::/:::::(ヽ--─  / |  /
         ヽ_=--"⌒ ゙゙̄ヾ:/ /:::::::/:::::::::`<==-- ノ / /

        アナ・タットワ・チガウンデス[Anna Tattwa Chigaundes]
              (1936~2008 日系ボリビア人)

8: 2009/09/21(月) 17:48:09.85 ID:ESiGxtBZ0
梓「……」

紬「……」

梓「あの、ムギ先輩」

紬「なにかしら?」

梓「いや、やっぱいいです」

 突っ込みたいことは沢山浮かんだ。

 まず、『何故貼る前に照れたのか』
 次に、『ポーション高杉じゃなかったのかよこの人』
 続いて、『堂々と音楽室に貼るな』
 さらに、『いつ作ったこんなもん』
 もうひとつおまけで、『サイズがでけえよ』

 そして、私の脳内に一ヶ月前の悪夢が過ぎる。

 ……うん、よし。

 見なかったことにした。

9: 2009/09/21(月) 17:49:42.02 ID:ESiGxtBZ0
紬「聞いてくれないの?」

梓「あー、ええと、じゃあ聞くことにします」

紬「うふふ、どうぞ」

梓「剥がしてもいいですか?」

紬「梓ちゃん、目が怖いわ」

 だって。
 あれは、黒歴史として記憶の片隅に封印しようとしていたのに。

梓「あーもう!なんでまたファニーな名前の偉人引っ張りだしてきたんですか!?」

紬「うふふ、よく聞いてくれたわね!」

梓「聞きましたけど、もうあれはやりませんからね」

12: 2009/09/21(月) 17:52:32.07 ID:ESiGxtBZ0
紬「実はね……」

 ムギ先輩は、低めのトーンで淡々と語りはじめた。
 その表情は暗く、何か深刻な悩みがあるかのようにも感じられる。
 この人のことだ、さっきの私の台詞に傷付いたなどということはありえまいが、
 それでも、聞き手を強く引き込むだけの空気が、確かにそこには存在する。

 背後で偉人がほくそ笑んでいるので、台無しだが。
 

紬「唯ちゃんと憂ちゃん、罰ゲームやってないみたいなの」

梓「そうですね」

紬「梓ちゃん、私に冷たくない?」

梓「いえ、そんなことはないですけど」

13: 2009/09/21(月) 17:54:53.30 ID:ESiGxtBZ0
 ていうか、そんなことで深刻に悩んでたんですか。
 やらなくていいでしょう、憂の意思なんだから。

 そう、『あの日』勝利を収めた憂は、敗者である唯先輩を一日だけ好きにできるという権利を得た。
 にも関わらず、「お姉ちゃんが嫌がることはしたくない」と、真摯な態度で、その権利を放棄したのだ。

 姉のスカートの中に顔を突っ込んでいた人物の台詞とは思えなかったが、憂は真剣だった。
 唯先輩は少し驚いた後、嬉しそうに憂を抱きしめた。
 そんな光景に、私は少なからず嫉妬という感情を抱いたのだが……、それはともかく。
 あんなにカオスだった勉強会を、信じられないくらい綺麗なカタチで終わらせたというのに、
 何蒸し返そうとしてやがりますかこの沢庵様は。

16: 2009/09/21(月) 17:56:33.01 ID:ESiGxtBZ0
紬「……梓ちゃん」

梓「はい?」

紬「スウェーデンで今年の五月から同性同士の結婚ができるようになったらしいわ」

梓「そうですか」

 へえ。
 いや、今その話関係ないだr

梓「なんですと!?」

紬「落ち着いて、梓ちゃん。 反応が露骨よ」

梓「……すいません。で、それがなにか?」

17: 2009/09/21(月) 17:57:36.52 ID:ESiGxtBZ0
紬「梓ちゃん、唯ちゃんのこと好きよね?」

梓「な、なななな!!なにを言ってやがりますかこの……この、えーと、バカ!!」

紬「梓ちゃん、先輩にバカはないと思うわ」

梓「あ、すいません。動揺しました」

紬「動揺したってことは、やっぱり好きなのね?」

梓「……」

 ちくしょう。

梓「で、それがなんなんですか?」

 やけくそ気味にそう問うと、ムギ先輩はしたり顔で、
 自分のカバンをごそごそと弄り、ビデオカメラを取り出した。

紬「唯ちゃんと憂ちゃんに、罰ゲームとご褒美をやってもらいましょう」

18: 2009/09/21(月) 17:59:18.53 ID:ESiGxtBZ0
梓「えーと、話が全く繋がってこないんですけど」

紬「梓ちゃんには、罰ゲーム執行日に平沢家に進入し、カメラで撮影してくる役を命じます」

梓「丁重にお断りします」

紬「……」

梓「……」

紬「梓ちゃん、唯ちゃんと結婚したいでしょ?」

梓「話が飛躍しすぎてると思います」

 もっと、こう段階ってものがあるでしょうに。
 発想力に乏しい私には凡そ理解の及ばぬ二文字に、しかしどういうわけか意外と冷静だった。

22: 2009/09/21(月) 18:03:02.64 ID:ESiGxtBZ0
紬「女性の卵子に女性の遺伝子を組み込んで、子供を作る方法を研究している機関があるの」

梓「……はぁ」

紬「琴吹グループに」

梓「すげえ!!」

 琴吹グループすげえ!!
 将来的に、私と唯先輩が結婚して、さらに子供まで作れるかもしれないってことですよ。
 私と唯先輩が結婚して、さらに子供まで作れるかもしれないってことですよ?

紬「モノローグ使ってまで、大事なことなので二回言いましたを体現しなくてもいいと思うわ」

梓「人の思考トレースしないでください」

 琴吹紬すげえ!!

26: 2009/09/21(月) 18:08:36.18 ID:ESiGxtBZ0
意外と前回の読んでくれた人居てびっくりだ。
懲りもせず、また書きにきてしまいました。
すいませんwwwww



紬「梓ちゃん、私はいつでもあなたの味方。必ず力になれると思うから」

梓「いや、ありがたい話ではありますけど……、私まだそんなこと考えてないですし」

紬「今はそうでしょうね。だから、将来的な話よ」

 なんとなく、ムギ先輩がどういう取引を持ちかけてきているのかが見えてきた。

紬「だ・か・ら♪」

梓「平沢家に行って、罰ゲームを取材してこい、と?」

紬「Yes!」

 ムギ先輩は、最高の笑顔でそう答える。

27: 2009/09/21(月) 18:12:35.97 ID:ESiGxtBZ0
梓「……まぁ、いいですけど。二人が罰ゲームやろうとしなかったら、私は何もできないですよ?」

紬「そのためのポスターじゃない」

梓「……」

紬「……」

梓「……いや」


 十中八九、効果ねえよ。


紬「なあに?」

梓「なんでもないです」

紬「等身大よ?」

梓「……」

 でけえ。
 バストアップしか映ってないけど、
 推測するに、確実に二メートル弱あるじゃん、高杉さん。
 あ、いや、高杉さんじゃないらしいけど。

 でも効果ねえよ。

29: 2009/09/21(月) 18:17:41.41 ID:ESiGxtBZ0
 まぁ、何もできなくても、唯先輩の家に行く理由にはなるし。
 カメラは何も撮らずに翌日ムギ先輩に返せばいいだろう。

梓「そういえば、なんで私なんですか?」

 審判やってたんだから、ムギ先輩が行けばいいのに。

紬「梓ちゃん以外だと、二人のお邪魔になっちゃうから」

梓「へ?」

 律先輩や澪先輩でも、なんら問題はないように思う。
 なんで私だけが平気だと思うんだろう?

紬「そういうことだから、お願いね」

梓「……わかりました」

 一応、承諾することにした。
 私はそう言って椅子から立ち上がり、壁に向けて歩き出す。

 そして、あの日私たちを笑いの地獄へと追いやった一人の偉人に敬意を表し、
 その角に手をかけ「梓ちゃん剥がしちゃだめええええっ!!!」

31: 2009/09/21(月) 18:24:28.35 ID:ESiGxtBZ0
唯「ムギちゃんただいま~。あずにゃんおいっすー」

律「おーっす梓ー。ムギ、お茶にしようぜー……って、澪はまだ来てないのか」

 しばらくして、軽やかな挨拶と共に二人が入ってきた。

梓「こんにちわ、唯先輩、律先輩」

紬「おかえりなさい二人とも。今お茶いれるわね」

 ムギ先輩はそう言って席を立つ。

律「しかし、よかったなー唯。追試受けなくて済んで」

唯「うん、全教化ぎりぎり合格ラインなんて、自分でもびっくりだよ」

 会話から察するに、二人ともセーフだったらしい。

33: 2009/09/21(月) 18:30:19.41 ID:ESiGxtBZ0
梓「あれ、律先輩はどうして職員室に行ってたんですか?」

律「私は、さわちゃんに用があったからな。唯の付き添いも兼ねて立ち寄ったんだよ」

梓「なるほど。そして唯先輩は、試験結果が全部ぎりぎりで注意された、と」

唯「いやぁ、すいやせんねー、えへへへへ」

律「なぁ、梓」

梓「なんですか?」

律「おもっきりお茶しようとしてるけど、注意しないのか?」

梓「……」

 あまりに自然な流れすぎて失念していた。

34: 2009/09/21(月) 18:35:15.66 ID:ESiGxtBZ0
梓「い、いや、あれですよ。澪先輩がまだ来てないから、ほら。練習は皆揃ってからじゃないと!」

律「そういうことにしといてあげよう」

 ふふん、と胸を張る律先輩。

 むぅ。私としたことが。
 なんか、最近律先輩に優位に立たれることが増えてきた気がする。
 むくれていると、唯先輩がそっと頭を撫でてくれた。
 
唯「よしよし、あずにゃんいい子いい子」

 思わず顔が綻ぶ。

梓「にゃあ」

36: 2009/09/21(月) 18:40:21.65 ID:ESiGxtBZ0
律「なぁ、梓」

梓「にゃ?」

律「私も唯もムギも、どっちかっていうとボケ属性だから、お前がボケると突っ込むやついなくなると思うんだ」

梓「……」

 ちがうもん。
 ボケとかじゃないもん。

 わからない人のために説明しよう!
 私は唯先輩に撫でられると猫語になってしまうことがあるのだ。

 苦しいとか言うな。言わないでください。

37: 2009/09/21(月) 18:44:51.55 ID:ESiGxtBZ0
 ムギ先輩が人数分の紅茶を淹れて戻り、四人で会話に花を咲かせる。
 しばらくすると、澪先輩が音楽室に顔を覘かせた。

澪「ごめん、遅れて。HRが長引いちゃtt」

 台詞を最後まで言わずに硬直する澪先輩。
 解説しておくと、件の等身大ポスターは、入り口から見て右側の壁に貼られている。
 扉を開けてそのまま無警戒で席へと着いた唯先輩と律先輩は、まるで気付いていないのだが、
 普段から警戒心の強い澪先輩は、すぐにその淀みの無い熱視線に気が付いたようだ。

唯「やっほー澪ちゃん」

紬「こんにちわ澪ちゃん。ごめんなさい、今澪ちゃんの分も淹れるわね」

律「どうした澪ー、早く座れよ?」

39: 2009/09/21(月) 18:49:08.13 ID:ESiGxtBZ0
梓「……」

澪「あ、ああ。そうだな……」

 ちらちらと、様子を窺いながら、椅子に座る澪先輩。
 その視線の先には、圧倒的な存在感を持って壁に鎮座する推定二メートルの偉人。

 談笑を続ける三人を尻目に、澪先輩は隣から小声で私に囁きかける。

澪「(な、なぁ、梓。気付いてる?)」

梓「(まぁ、一応は……)」

 貼ったの私です。とは口が裂けても言えない。

澪「(これってやっぱり、アレだよな?)」

梓「(あー、えーと……。非常に説明し難い所なんですが)」

 一応、そこはフォローしておくべきだろう。

41: 2009/09/21(月) 18:52:47.70 ID:ESiGxtBZ0
梓「(笑っても大丈夫ですよ、今回はそういうんじゃないらしいので)」

澪「(そ、そうか。よかった……)」

 澪先輩は、心底ホッとしたような素振りを見せた直後、

澪「いや、良くないだろ!!」

 そう言って、机をバン!と叩いた。

律「うわー、澪が怒ったっ!」

唯「ご、ごめんね澪ちゃん! ムギちゃんのクッキー、一枚多く食べちゃってごめんね!」

 ああ。
 そんなことで澪先輩が怒るわけないのに。
 本当に、かわゆいお方だ。

43: 2009/09/21(月) 18:55:49.01 ID:ESiGxtBZ0
澪「そうじゃなくて、アレのことだよっ!!」

 言って澪先輩は、指先をポスターへと向ける。
 その指の先を、まるでテニスの試合を食い入るように見つめる観客のように
 シンクロした首の動きで追う唯先輩と律先輩。

 私はここがチャンスとばかりに唯先輩だけを見ていたが、
 ムギ先輩もまた、じっと私を見ていた。しまった、謀られた。

律「!!」

唯「!!」

律「なん……」

唯「だと……」

澪「全く、なんでこんなものがここに貼ってあるんだよ」

44: 2009/09/21(月) 18:57:26.42 ID:ESiGxtBZ0
 つかつかと歩き出し、偉人の前で立ち止まると、
 澪先輩は私がしたのと同じように、ポスターを剥がしにかかる。

律「ま、待て澪! 安易に剥がすのは危険だ!!氏体とか埋まってるかもしれない!!」

澪「ひぃぃっ!?」

 サササ、と綺麗な早歩きで音楽室の反対側の壁へと移動し、
 その場に蹲る澪先輩。

律「ありゃ、効果ありすぎたかな……」

唯「りっちゃん、さすがにそれは怖いと思うよ」

梓「澪先輩、大丈夫ですよ。氏体なんてありませんから」

澪「見えない聞こえない見えない聞こえない見えない聞こえない」

梓「あー……。しばらくダメですね、これは」

 お決まりの念仏を唱えてしまっている。
 こうなってしまえば、この人はしばらく動けないのだ。

47: 2009/09/21(月) 18:59:44.26 ID:ESiGxtBZ0
律「……ごめんな澪ー、悪ふざけが過ぎたよ」

 私と律先輩がフォローに回ったため、
 ポスターの前には、必然、唯先輩とムギ先輩が残る。

 ……もしかしてこの流れ、ムギ先輩の計画通りなのか?
 だとすると少しだけ不安になる。
 私は、澪先輩を律先輩に任せて、唯先輩の所へと戻った。

唯「ムギちゃんこれ、ふく―、ポーション高杉さんだよね?」

 今、「ふく」って言いかけましたよね?

紬「日系ボリビア人よ」

 もはや話聞いてねえなこの人。

48: 2009/09/21(月) 19:04:24.56 ID:ESiGxtBZ0
唯「やっぱり、先月のアレだよね……?」

紬「そうかもしれないわね」

唯「ほえ、ムギちゃんが貼ったんじゃないの、これ?」

紬「貼ったのは私じゃないわよ?」

唯「そっかぁ、そうなんだ。誰が貼ったんだろう……」

梓「……」

 貼ったのは、と来たか。
 確かにムギ先輩は貼ってはいないからなぁ。
 律先輩や澪先輩なら、持ってきたのはムギ先輩だと気付いてくれるのだろうけど、
 唯先輩はバ……、いや、純粋だから、簡単に信じてしまう。

51: 2009/09/21(月) 19:10:02.46 ID:ESiGxtBZ0
 うむ、貼ったのは私だ。
 と名乗ればいいのだろうか。

 そして持ってきたのはムギ先輩だと訴えれば、解決できるのではなかろうか。

 しかし、そんな考えとは裏腹に、私は傍観に徹した。
 ムギ先輩のポスター計画がどこまでうまく運ぶのか、
 それに唯先輩の罰ゲームも見てみたい気は確かにある。
 憂があまり酷い要求をするようなら、現場にいける私が止めればいいのだ。

唯「罰ゲーム……」

紬「唯ちゃん?」

唯「私が、憂のご褒美の罰ゲームを受けてないから、こんなのが貼られたのかな」

紬「憂ちゃんが権利放棄して、無かったことになったのよね」

唯「うん。憂は本当にできた子だよぅ」

梓「……」

52: 2009/09/21(月) 19:15:13.44 ID:ESiGxtBZ0
紬「やったほうがいいんじゃないかしら? 罰ゲーム」

唯「ほえ?」

紬「だってこれは、そういうことだと思うわ」

唯「そうだよね。私が負けたんだし、罰受けないなんてずるいもんね……」

 ああ、やはりそういう展開か。
 神はそういう展開を御所望か。

唯「わかったよムギちゃん!今日帰ったら、憂にお願いしてみるねっ!」

紬「えらいわ、唯ちゃん」

 わしゃわしゃと唯先輩の頭を撫でるムギ先輩。
 私はその光景に、北の動物王国の主を重ねる。

54: 2009/09/21(月) 19:21:51.23 ID:ESiGxtBZ0
 ちくしょう。せめてその役目は私に譲ってほしかtt――じゃなくて、

 二メートルの等身大ポーション高杉おそるべし。

 さしもの私も、このご都合主義的展開は読めなかった。

 ムギ先輩は、「それじゃあ、剥がすわね」といって、
 役目を終えたポーション高杉を元の筒へと戻した。

 いや、筒。
 筒持ってるのムギ先輩ですから!
 気付いてくださいよ唯先輩!!

唯「りっちゃん、紅茶冷めちゃうよー!」

律「おう、分かってるー!」

梓「……」

紬「……ね?」

梓「脱帽です」

55: 2009/09/21(月) 19:28:41.08 ID:ESiGxtBZ0
 翌日の放課後。
 音楽室の扉を開けば、そこにはほら、昨日と同じくムギ先輩が一人だけ。
 
 なんてことは無く。
 先輩方は既に全員揃っていた。

梓「こんにちわー」

唯「やっほー、あずにゃん」

律「おーっす」

紬「ちょうど良かったわ。梓ちゃん、今週の土曜日空いてるかしら?」

 なんか、デジャヴ。
 また勉強会とか言い出すんじゃあるまいな。

56: 2009/09/21(月) 19:34:02.15 ID:ESiGxtBZ0
梓「えーと、はい。大丈夫だと思いますけど」

律「遊園地いこうぜ!」

梓「……はぁ、いいですけど。なんでまた唐突に?」

律「部員同士の親睦を深めるためだ!」

澪「遊びたいからに決まってるだろ」

律「なんだよー、澪だってノリノリだったじゃんか」

澪「それは……、皆行くって言うから……」

 段々と、声のトーンが下がっていく澪先輩。
 なんとも可愛らしい。

57: 2009/09/21(月) 19:39:07.17 ID:ESiGxtBZ0
 ニヤニヤと頬を緩めていると、唯先輩が口を開く。

唯「実はね、憂が提案してくれたんだよ」

 憂が?
 遊園地?
 結びつかない。
 どうしてまた?

 唯先輩は、あまりテキパキとは言えない口調でゆっくりと、
 でも分かりやすく説明してくれた。

 昨日家に帰ってから、唯先輩は、憂に罰ゲームの話をした。
 すると憂は、『梓ちゃんがずっとカメラをまわすのは大変だから』、という理由で
 ”日中から夜まで”の間は、皆の前で罰をすればいい。
 皆で一緒に遊びながら罰をすればいい、と提案してくれたそうだ。

59: 2009/09/21(月) 19:45:46.15 ID:ESiGxtBZ0
 確かに、ムギ先輩の前であれば、カメラで撮影しなくとも満足してくれるだろう。
 私も失念していたことだが、ムギ先輩が出したのご褒美&罰ゲームの内容は
 『勝者が”一日の間”、敗者を好きにしてかまわない』
 というものだった。
 一日というのは、つまるところ二十四時間。大目に見ても、夜寝るまでの間だ。
 確かに、私が一人で平沢家に行き、一日中カメラをまわし続けるというのは、なかなかに酷なもの。
 ともすれば、この憂の申し出は非常にありがたい。
 私としては、これを反対する理由は何一つ無い。

梓「なるほど。そういうことなら是非行かせてください」

 ていうか、今更だけどどうしてカメラ係とか引き受けたんだろう……。

60: 2009/09/21(月) 19:48:43.00 ID:ESiGxtBZ0
律「やったな、唯!」

唯「やったね、りっちゃん!」

 律先輩と唯先輩が、両手を出し合って勝利のポーズ。
 最初は唯先輩の出した手のひらを、律先輩が上からパシン!
 続いて律先輩が出した手のひらを、唯先輩が上からパシン!
 最後に、二人とも右手でガシッ!と握り合う……かと思いきや、
 律先輩が、反対の手の人差し指で、唯先輩の頬っぺたをぷに。
 空を切る唯先輩の右手。

唯「あぁん、りっちゃんひどいっ!」

律「あはは、悪かった悪かった」

61: 2009/09/21(月) 19:52:04.07 ID:ESiGxtBZ0
紬「相変わらず、二人は息が合うわね」

澪「あれをもう少し演奏に生かしてくれればいいんだけどな……」

梓「全くです。……ところで澪先輩」

澪「なんだ?」

梓「お化け屋敷とか、絶叫マシンとかありますけど、大丈夫なんですか?」

澪「……」

梓「……」

澪「……うん、だ、大丈夫」

梓「絶対嘘だ」

紬「梓ちゃん、口に出てるわよ」

63: 2009/09/21(月) 19:57:23.28 ID:ESiGxtBZ0
唯「良い天気っ!」

律「見渡す限りの人、人、人っ!」

憂「そして今日もかわいいお姉ちゃんっ!」

梓「わー、遊園地だー……」

澪「梓、ムリに乗らなくてもいいんだぞ」

 上空には、雲一つ無い青い空が広がり、
 地上には、恐ろしい程の人が群がる。
 上空に輝く太陽は、止め処なく紫外線を照射し、
 地上に輝く太陽は、何処までも淀みの無い笑顔を振りまいている。

 私たちは電車に一時間ほど揺られ、某巨大遊園地へやってきていた。
 ちなみに、解散後は私のみ唯先輩の家に泊まりに行く予定となっている。
 もちろん、ムギ先輩に頼まれた罰ゲーム撮影のためである。

64: 2009/09/21(月) 20:00:33.48 ID:ESiGxtBZ0


紬「……」

唯「あれ、ムギちゃんどうしたの?」

紬「いえ。ただ、友達同士で遊園地って初めてだったから……嬉しくて」
 
唯「そっかぁ。それじゃあ今日は一緒に楽しもうね!」

紬「そうねっ。ありがとう、唯ちゃん♪」

唯「えへへ」

 ムギ先輩はそう言って唯先輩の手を握った後、私の方へと振り向いてニコりと笑った。
 わざとやってやがんなこんちくしょう。

67: 2009/09/21(月) 20:05:01.05 ID:ESiGxtBZ0
憂「それじゃあお姉ちゃん、最初のお願い」

唯「ほいほい、なんでもごじゃれ!」
 
憂「今日一日、皆で楽しく過ごすこと!」

唯「いえっさー!」

 ビシっと。
 なぜか敬礼する唯先輩だった。

紬「良いわねぇ。心洗われるようだわ……」

澪「ムギ?」

紬「うふふ、素敵な一日になりそうね、澪ちゃん」

澪「え、うん……」

 澪先輩は改めて、楽しそうに笑う律先輩や唯先輩を見つめて
 そうだな、と呟いた。

69: 2009/09/21(月) 20:10:42.45 ID:ESiGxtBZ0
唯「……というわけでりっちゃん、まずは何から乗る!?」

律「そうだなー、やっぱり遊園地と言えば、まずは……アレだぁっ!!」

 律先輩の指差した先には、絶叫マシンの代名詞『ジェットコースター』
 その乗り込み口からは、長蛇の列が続いている。

澪「でも、凄い並んでるぞ?」 

律「こういうところにきたら、並ぶのも醍醐味ってな。待ち時間を有効に使えばいいのさ」
 
 そう言って、律先輩が取り出したのは、黒いカラーリングの携帯ゲーム機と、付属のタッチペン。
 それに呼応するように、ムギ先輩も白いカラーリングのそれをカバンから取り出していた。

紬「なるほど。それで持ってくるようにいってたのね」

 唯先輩はピンク、憂と澪先輩はライトブルー。 私は律先輩と同じくブラック。
 律先輩が親となり、他の五人がソフトをダウンロードする。
 これで、六人でも同時に対戦できるのだ。

71: 2009/09/21(月) 20:15:29.41 ID:ESiGxtBZ0
 ――。

梓「ちょ、誰ですかアイテムエリアに偽物置いた人!!」

律「ふはは、私だ!」

憂「梓ちゃんいた」

梓「あーっ、律先輩のせいで憂に抜かれたし!」

律「踏むのが悪い!」

澪「律、覚悟!」

唯「あ、なんか飛んでった」

紬「あら本当。りっちゃん気をつけてー」

律「いやいやいや、澪お前周回遅れなんだからそういうことを――うおおッ!?」

 え、勝敗?
 会話から想像してみてください。

73: 2009/09/21(月) 20:19:59.42 ID:ESiGxtBZ0
 ――。

梓「せっかくなんだからパート変えましょうよ」

律「えー、じゃあ私ドラム~」

澪「変わってないだろ」

律「ぷえー。じゃあベースやるー」

紬「なら私がドラムやろうかしら」

唯「澪ちゃんは?」

澪「そうだな……、それじゃあギターにしよう」

憂「私もギターかな。お姉ちゃんの」

澪「憂ちゃんリードやってみる?」

憂「は、はい。頑張ります」

唯「それじゃ私たちはピアノだね、あずにゃん」

梓「はい、唯先輩」

 曲目は『ふわふわ時間』 
 スコアはあらかじめ澪先輩が入力してきてくれたらしい。

75: 2009/09/21(月) 20:24:28.95 ID:ESiGxtBZ0
 ――。

律「ふ、あははは、澪、なんて動きしてんだよ」

澪「し、仕方ないだろ。こういうの苦手なんだから!」

律「そんな動きしてると撃っちゃうぞー」

 ピュン

律「おわっ!?誰だよデトネーター撃ったの、顔に張り付いてんじゃん!!」

憂「……」

律「く、こうなったら澪も道連れだっ!」

澪「ば、馬鹿!それ点灯させたままこっちくんなっ!」

 カチリ。

澪・律「うおおおっ!?」

 どかーん!

憂「……ふふ」

律「うわ、憂ちゃんだったか……。やられたよ」

76: 2009/09/21(月) 20:29:17.58 ID:ESiGxtBZ0
唯「一対一だね、あずにゃん!」

梓「負けませんよ!」

 唯先輩の武器はショットガン。対する私はサブマシンガンの二丁。
 至近距離で撃たれるとヘッドショットでなくても即氏コースだが、一発撃つ毎に隙が生じる。
 先輩のニブさなら、多分掻い潜れる。……多分。
 
 バンッ!

梓「っ!!」

 ズガガガガガ

唯「――!!」

 バンッ!

梓「なっ!?」

唯「ふっ、甘くみたね、あずにゃ―」どかああああん!!

唯「……」

梓「……」

77: 2009/09/21(月) 20:34:28.46 ID:ESiGxtBZ0


唯「……なんか、爆発した」

梓「……爆発しましたね」

 唯先輩と氏闘を繰り広げていた矢先、
 なんらかの爆発物が飛んできた。
 憂は澪先輩と律先輩の方にいた筈だから、こんなことができるのは――。

紬「ふふっ」

唯「ムギちゃん後ろにいたのー!?」

紬「ダメよ、二人だけでイチャイチャしてちゃ!」

梓「し、してませんそんなこと!」

80: 2009/09/21(月) 20:39:36.05 ID:ESiGxtBZ0
 ――。

 などとやってるうち、あっという間に私たちの番がやってきた。
 白熱しすぎて、危うく本来の目的を忘れるところだった。

 私達は係員に案内され、コースターの前に通された。
 二人席がずらっと一列に並んでいるので、必然、二人ずつのペアに別れる必要がある。

梓「席、どうするんですか?」

律「じゃあ私澪の隣ー!」

澪「……そういうことを平気で叫ぶなよ」

律「なに、嫌なの?」

澪「べ、別に嫌とは言ってないだろ!」

 ニヤニヤと嬉しそうな律先輩。
 律先輩は、唯先輩と気が合うくせに、こういう時は澪先輩を選ぶよなぁ。
 そしていつもの流れだと、ここで唯先輩が
 「あずにゃ~ん、一緒に乗ろう!」って言いながら私に抱きついて――

83: 2009/09/21(月) 20:46:44.02 ID:ESiGxtBZ0
憂「あ、お姉ちゃん」

 む。

唯「どうしたの、うい?」

憂「一緒に乗ってもいいかな?」

唯「……」

 少し間を置く唯先輩。
 ……もしかして、考えてますか?

唯「ダメだよ」

憂「……え?」

梓「!」

 その発言に、思わずはっとする。
 まさか、私のため――?

85: 2009/09/21(月) 20:50:44.94 ID:ESiGxtBZ0
唯「ふふ、そうじゃないでしょ、ういー。今日の私は憂の言いなりなんだから」

憂「……あ、そっか」

唯「ほら、ちゃんと言い直さなきゃ」

憂「命令します。お姉ちゃんは私の隣に座ること!」

唯「かしこまりましたっ!」

憂「えへへ~」

梓「……」

 むぅ。

紬「梓ちゃん?」

 ちょっと期待したのに。
 唯先輩のばか。
 ばかー。

86: 2009/09/21(月) 20:54:22.08 ID:ESiGxtBZ0
梓「……」

紬「あーずーさーちゃーん?」

梓「ふぇっ!? な、なんですか?」

紬「妬いてる?」

梓「なっ!! そ、そんな事、あるわけないです!!大体ムギ先輩はいつもいつも私達をそういう風に」

紬「妬いてたのね」

梓「妬いてません」

紬「……ふ」

梓「……」

 鼻で笑われた。ちくしょう。

87: 2009/09/21(月) 20:56:09.18 ID:ESiGxtBZ0
紬「そう、それじゃあ一緒に座りましょ♪」

梓「……ムギ先輩」

紬「なあに?」

梓「私、右側でいいですか?」

紬「ふふふ、もちろんよ」

梓「……どうもです」

紬「そこの位置なら、コースターがスピードに乗れば、唯ちゃんの匂いが嗅げるものね」

梓「そういう変態っぽい言い方しないでもらえますかね」

98: 2009/09/21(月) 21:59:42.41 ID:ESiGxtBZ0


唯「澪ちゃん、大丈夫?」

澪「なにが?」

唯「うぇ、いや、こういうの苦手かなーって思ったんだけど」

澪「ああ、痛いのとかお化けとかはダメだけど、これは別に……」

唯「へぇー、そうなんだー。ちょっと意外かも」

澪「そうかな……。ていうかアニメ版の私はやりすぎだろ。あそこまで臆病だとマトモに生活できないじゃないか」

梓「……」
律「……」
唯「……」
紬「……」
憂「……」

澪「ん?」

律「いや、はっちゃけたなーと思って」

99: 2009/09/21(月) 22:00:52.86 ID:ESiGxtBZ0
 シートベルトが下り、私達を乗せたコースターはレールの上を上昇していく。
 やがて、遊園地が一望できる高さまで……って、思ったより高いなコレ。
 ……いや、高すぎるでしょ。
 こっから一気に下りるの? まじで?

紬「まじです♪」

梓「わあ、声に出てましたっ!!」

 ―――。

梓「い、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

律「いやっほおおおい!!」

唯「おほぉぉぉっ!!」

憂「お姉ちゃんかわいいよお姉ちゃん」

102: 2009/09/21(月) 22:04:54.85 ID:ESiGxtBZ0
 ―――。

澪「ひ、い、いいいいっ!!」

律「うおおおおおおっ!!」

憂「お姉ちゃん愛してる」

 ―――。

唯「おわぁぁぁぁぁっ!」

紬「わぁ、いい眺めよ梓ちゃん♪」

梓「う、ぐ……」

憂「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

 ―――。

103: 2009/09/21(月) 22:07:16.40 ID:ESiGxtBZ0
梓「……」

紬「気持ちよかったわね、梓ちゃん」

梓「……ええ、まぁ。 余裕でした」

 三回くらい意識飛びそうになった。
 匂いがどうとか言ってる余裕ねーですよ。

律「なんだよ澪、結局怖がってたじゃん」

澪「いや、なんていうか……。あそこまで急だとは思ってなかった」

律「あはは、まぁ、私もちょっと怖かったしね。澪にしては頑張ったと思うぞ」

 そう言って、澪先輩の頭を撫でる律先輩。

澪「な、撫でるな!」

 身長的に、普通は逆だろうと思う。
 ほら、私と唯先輩みたいに――

107: 2009/09/21(月) 22:13:47.00 ID:ESiGxtBZ0
唯「楽しかったねー、ういー」

憂「うん! 次も一緒に乗ろうね、お姉ちゃん」

梓「……」

 あー。

 あー。

 なんだろう、この気持ち。
 どす黒い何かが、私の心の中に――。

 そういえば今日って、まだ一回も唯先輩に抱きつかれてないよね。

紬「……」

109: 2009/09/21(月) 22:19:29.77 ID:ESiGxtBZ0
律「さて、お次は……アレとかどうだ?」

 律先輩が指差したのは、回転する巨大なトレイの上でくるくる回るコーヒーカップ。
 ハンドルを回すとその分、カップの回転速度が上昇するというファンキーな乗り物だ。

唯「おぉ、いいねー」

澪「そうだな、アレならあんまり人も並んでないし」

律「そんじゃ決定ー!いくぞぉ、みんなー」

唯・憂「おーう!」

 よし、次こそは唯先輩と――、言いたいところではあるのだけれど。
 唯先輩の腕は、憂ががっしりと掴んでいる。
 これじゃあ、私の入る隙が無いじゃないか……。

 ううん。
 ……皆楽しんでいるんだから。
 考えるな、考えなくていいんだ、私。

110: 2009/09/21(月) 22:24:23.38 ID:ESiGxtBZ0
梓「……」 

 頭ではそう思っているつもりなのに、
 言い聞かせても言い聞かせても、心のもやもやは消えてはくれなかった。
 いつから、こうなったのかな、私――。

澪「これも二人ずつだけど、どう分かれるんだ?」

律「うーん、そうだなぁ」

紬「憂ちゃん」

憂「なんですか?」

紬「今回は、私と一緒に乗ってくれるかしら?」

 ムギ先輩……?

112: 2009/09/21(月) 22:31:06.89 ID:ESiGxtBZ0
憂「え、でも」

紬「お願いっ」

憂「……まぁ、紬さんがそう仰るなら、私は構いませんよ」

紬「ありがとう!」

 ムギ先輩は、憂の腕を掴んで歩き出す。
 そして、私の方へと振り返り、ウインクをぱちり。

 ――頑張ってね。 

 そんな声が聞こえた気がしたから、

 ――ありがとうございます。

 心の中で、そう呟いた。

114: 2009/09/21(月) 22:38:14.73 ID:ESiGxtBZ0
 ムギ先輩の心意気を、無駄にするわけにはいかない。
 だから、私も勇気を出して。 

梓「あの、唯せんぱ――」

律「んじゃ、唯。私と組むかー」

唯「え、うん。いいよ、りっちゃん!」

 うおぉぉぉぉい!!
 律先輩うおぉぉぉぉい!!

澪「じゃあ、梓は私とだな……って」

梓「……」

115: 2009/09/21(月) 22:42:38.38 ID:ESiGxtBZ0
澪「ご、ごめん梓。私とじゃそんなに不満だったか……?」

 ぷぅー、っと頬を膨らませる私と、それが自分のせいだと思い込んであたふたする澪先輩。
 困った。 私は唯先輩のことが好きだが、澪先輩のことも好きなのだ。
 なんというか、付き合うなら唯先輩、姉にするなら澪先輩、みたいな。
 だから、あらぬ誤解を招いて好感度を落とすわけにはいかない。
 二股とかじゃねーです。
 そこのけそこのけです。

梓「あ、ち、違います。ごめんなさい澪先輩!誤解です!」

澪「そ、そう? それならいいんだけど……」

梓「……はぁ」

 前途は多難らしかった。

116: 2009/09/21(月) 22:51:01.06 ID:ESiGxtBZ0
 物凄い勢いで超速回転する律先輩と唯先輩のカップ。

律「ひゃっほおおおおっ!」

唯「り、りっちゃん、目が!目がまわる!!」

律「うおお、そういえば私も目がまわってきた気がする!」

唯「ほわあああああ!!」

律「だが、まだだ。まだ終わらんよ!」

唯「り、りっちゃん隊員、これ以上は……!」

律「大丈夫だ、唯! 私が守ってやるっ!」

唯「り、りっちゃんっ!!」

律「唯っ!」

律・唯「イエス」

律・唯「フォーリン・ラヴ」


梓「……」

澪「あいつら、何やってるんだ……」

117: 2009/09/21(月) 23:01:30.91 ID:ESiGxtBZ0
 一方で、穏やかに回転するムギ先輩と憂のカップ。
 ムギ先輩と憂の声は、ここからでは聞き取れなかったけれど、
 なにやら楽しそうに談笑していた。
 案外あの二人、気があったりするのかもしれない。

 そして、優雅に回転する私と澪先輩のカップ。
 澪先輩は私の隣で、超速回転するカップを呆れた様子で見つめている。

梓「あの、澪先輩」

澪「うん?」

梓「澪先輩は、好きな人っていますか?」

澪「……」

梓「澪先輩?」

澪「いや、梓にそんなこと聞かれるとは思わなくて」

梓「……意外ですか?」

澪「少し、ね」

 そう言って澪先輩は優しく微笑む。

119: 2009/09/21(月) 23:07:10.76 ID:ESiGxtBZ0
澪「そうだな……。正直に言えば、気になるやつはいる。
  ただ、それが本当に好きっていう感情なのかと聞かれれば、かなり曖昧なものだけど」

 その視線は、相変わらず一つのカップに固定されていた。

梓「例えば、……その、例えばですよ。 その気になる人が自分の目の前で、他の人と仲良くしてたら、どう思いますか?」

澪「……? 梓、もしかして」

梓「例えば、と言っています」

澪「……ふふ、それはアレだ。嫉妬するんじゃないかな?」

梓「……」

 澪先輩の気になる相手は、きっと律先輩なのだろうと思っているのだけど。
 唯先輩と楽しそうにしている律先輩を目の当たりにしても、澪先輩に凡そ嫉妬という感情は見て取れない。
 やっぱり、私が子供なんだろうか。
 或いは、律先輩のことを指しているのでは無いのかもしれないが。

122: 2009/09/21(月) 23:14:25.26 ID:ESiGxtBZ0
澪「なるほど、それでさっきむくれてたんだな」

梓「いや、あれは」

澪「自分の気持ちに正直になればいいんだよ。 口にしなくちゃ伝わらないことだってある。相手が鈍感な場合は尚更、ね」

梓「……それ、澪先輩には言われたくないです」

澪「ぐ……。 い、いや、今は梓の話をだな」

 まぁ、澪先輩の場合、相手が鈍感ってわけでもないからな……って、あれ?
 おかしいな。オブラートに包んだつもりなんだけど。
 何故『相手が鈍感な場合』とか仰ったんですかね、このお方は。
 いやいやいや、待て、落ち着け私。
 鈍感と唯先輩が等号というわけではないだろう。
 ほら、思い返してみよう。
 この前の等身大高杉ポスターの時だって――。

124: 2009/09/21(月) 23:19:58.05 ID:ESiGxtBZ0
梓「……」


 やっぱいいや。


澪「どうした?」

梓「いえ、ただちょっと贔屓目に記憶を改ざんしようとしたけど、どう頑張ってもそれは唯先輩じゃヌエー!と」

澪「ああ、やっぱり唯か」

梓「……え?」

澪「気になる相手」

梓「……」

澪「……」

125: 2009/09/21(月) 23:24:37.88 ID:ESiGxtBZ0
梓「なんで分かったんですか?」

澪「今自分でバラしたじゃないか」

梓「……」

澪「……」

梓「ほぎゃああああ!!」

澪「う、うわ、梓落ち着けっ!」

 おもっきりハンドルをまわしてやった。

129: 2009/09/21(月) 23:32:33.53 ID:ESiGxtBZ0
唯「楽しかったねー、りっちゃん」

律「……ちょっと、まわしすぎたけどな」

 ベンチの背もたれに手を置いて、ぐったりの律先輩。
 ハンドル持ってたの律先輩なのに。なにやってんだか。

紬「そろそろおなかが空いたわね」

憂「時間もお昼過ぎてますし、ご飯にしましょうか」

 そう言って、憂は作ってきたお弁当を取り出した。
 人数分ともなると、作るのも持ち運ぶのも大変だろうに。
 献身的な子だと思う。

唯「賛成っ!」

130: 2009/09/21(月) 23:38:02.37 ID:ESiGxtBZ0
梓「向こうに公園がありますね」

 私は地図を見ながら、その方向を指差した。

唯「ほえー、どこどこ?」

梓「あ……」

 不意に、唯先輩の顔が真横に現れた。
 それは、抱きつかれるのとはまた違う感覚で、体温がぐん、と上がったような錯覚に陥る。
 勿論抱きつかれる方が個人的には好きなんですけど。
 ……いや、何を考えているんだ私は。いくらなんでも動揺しすぎだ。

唯「?」

梓「落ち着け私、落ち着け私……」

131: 2009/09/21(月) 23:44:49.15 ID:ESiGxtBZ0
唯「あずにゃん?」

梓「い、いえ。えーと、ほら、ここに」

唯「おおうっ! 本当だ! みんな、急ごう!!」

 唯先輩はそう叫ぶと同時に私から離れ、律先輩と一緒になって走り出す。

梓「あっ……」

 ほんの一瞬だった。
 もう少し、もう少しだけでいいから、近くに居て欲しかったのに。

紬「ふふ、元気ね、二人とも」

澪「全く。食べ物の事となるとこれだよ……。あの熱意を少しでも練習にまわしてくれればなぁ」

憂「梓ちゃん、ほら、私たちも行こ?」

梓「……あ、うん。そうだね」

134: 2009/09/21(月) 23:50:14.94 ID:ESiGxtBZ0
憂「はい、お姉ちゃん。あーん」

唯「あーん」

 もぐもぐ。

唯「それじゃ、ういも。あーんして」

憂「あーん」

 もぐもぐ。

梓「……」

澪「……」

紬「……」

 この三点リーダを解説しておくと、上から順に
 『嫉妬』『呆然』『至福』となる。
 表情の方は各自でご想像願いたい。

136: 2009/09/21(月) 23:56:11.15 ID:ESiGxtBZ0
律「お、お前ら……本当仲良いよな」

唯「そうかなぁ? これくらいなら普通にやると思うけど」

憂「冬場は特にねー。コタツから顔だけだしてミカンをねだるお姉ちゃん……もう、ほっっっんとに可愛いんですよ!」

 いや、強調しすぎだよ。
 実際可愛いけど強調しすぎだよ。
 ちくしょう。

 ちくしょう。

憂「それにほら、今日はお姉ちゃんの罰ゲームも兼ねてますから、ムギ先輩が喜びそうなことをしないと」

 絶対それ建て前だよね?
 
 ……。
 いやいやいや、そろそろ落ち着こうか私。
 親友に敵意を向けるとかありえないから。ありえないですから。
 ていうか、姉妹でしょ。仲は良いけど姉妹でしょ。
 こういう時は手のひらに人という字を書いて、その横に憂をつれてくれば、ほら。

 人に優しく!!

 私は手のひらに書いた字を意味もなく飲み込んだ。

137: 2009/09/22(火) 00:01:01.71 ID:WLo0G95R0
澪「まぁ、確かにムギは大喜びみたいだけど……」

紬「……」

 律先輩的に言うなら『ちょーウットリしてるぅ!?』だ。 

律「それはそうと、梓」

梓「あ?」

律「ご、ゴメンナサイ!?」

梓「あ、すいません、考え事してました」

律「なんか露骨に不機嫌になってないか?」

梓「いえ、そんなことないですけど。人に優しくです」

律「人に優しく?」

梓「人に優しく」

律「あ、ああ……」

 何故だか、珍しく律先輩が動揺していた。

139: 2009/09/22(火) 00:09:04.97 ID:WLo0G95R0
唯「あずにゃん」 

梓「……なんですか?」

唯「食べる?」

 嬉しそうに、私の目の前にたいやきをちらつかせる唯先輩。

梓「……」

 今更だ。
 そんな、そんなものに私は釣られない。
 釣られるわけがないのに。

律「物凄い目で追ってるな、たいやき」

140: 2009/09/22(火) 00:15:21.79 ID:WLo0G95R0
唯「……」

梓「あっ……」

 遠ざかるたいやき。

律「……」

憂「遊ぶお姉ちゃんと、遊ばれる梓ちゃん……」

紬「これはこれで、来るものがあるわね」

憂「わかります」

 ああ、唯先輩。

 食べさせてくれないんですか。

 おあずけですか。

141: 2009/09/22(火) 00:19:04.76 ID:WLo0G95R0
唯「あずにゃん」

梓「な、なんですか」

唯「あーん」

梓「……」

唯「あーん」

梓「あ、あーん……」

 ぱく。
 もぐもぐ。

梓「……おいしい」
 
唯「うっふっふ」

 勝ち誇ったかのように不敵に笑う唯先輩。
 せいぜい今のうちに勝利の美酒に酔いしれてると良いです。
 ……次はこっちのターンなんですから。

143: 2009/09/22(火) 00:24:48.47 ID:WLo0G95R0
梓「唯先輩」

唯「なぁに?」

梓「あ、あー、あー……」

唯「……うん?」

 そのキラキラの眼差しをやめていただきたい。
 無理だ。ちくしょう。
 私には無理なんだっ!!
 「あーん」なんていいながら食べさせるなんて私には無理なんですよぉぉ!!

梓「……あー、いえ、なんでもないです」

144: 2009/09/22(火) 00:29:39.12 ID:WLo0G95R0
唯「えー、食べさせてくれないの?」

 それは、人差し指を自分の唇に当てて、小首を傾げるという行為だった。
 何の変哲も無い、ただそれだけのポーズだ。艶っぽさも色気もあったものではない。
 強いて言うなら、子供が欲しいものをおねだりするときにこんなポーズをとることがある。
 たとえ友達や近所の子供達からこのポーズをされたところで、私は大した感慨を持たないだろう。
 それどころか、『甘えるな』と叱責するかもしれない。
 だがどういうことか。
 この瞬間、確かに私は一度氏んだ。
 そして、憂がミサイルの如く公園の端まですっ飛んでいき、
 ベンチでポップコーンを食べながら小さな女の子を眺めて恍惚の表情を浮かべていた二十台くらいの青年の手から、
 ポップコーンを叩き落して「ブラボー!おお……ブラボー! 」と叫んだ。

146: 2009/09/22(火) 00:34:49.95 ID:WLo0G95R0
梓「……」

唯「あずにゃん」

梓「……なんでございますでしょうか」

唯「もしかして照れてる?」

梓「て、て、照れてる!? 私がっ!? な、なにを根拠に――」

唯「ああん、もう! あずにゃんかわいいよぅ!」

 ぎゅっ。

 『あーん』に続いてハグ→頬擦りのコンボを叩き込まれた。
 今日始めてのハグ。
 どうしてこうも落ち着くんだろう。
 ああ、唯先輩。できることならばしばらくこのままで――。

律「なんつーか、皆幸せそうだな……」

澪「察してやれ」

律「ていうか、憂ちゃんのアレはどう収拾つけるんだ」

澪「あの男の人も幸せそうだから、いいんじゃないか?」

律「いいのかよ」

148: 2009/09/22(火) 00:41:44.21 ID:WLo0G95R0
唯「午後の部!」

澪「午前中以上にテンション高いな」

唯「お昼食べたからねっ!」

 ふんす!と鼻息荒く、そんなことを言ってのける唯先輩。

梓「律先輩、何から乗るんですか!?」

律「えーと……、って、梓もテンション上がってないか?」

梓「秘密です!」

 ふんす!と鼻息荒く、私は答えた。

律「じゃあアレ」 澪「嫌だ」

律「……」

澪「……」

149: 2009/09/22(火) 00:47:11.57 ID:WLo0G95R0
律「即答だな……」

 律先輩が指差したのは遊園地の定番の一つ、お化け屋敷だった。

律「大丈夫だよ、所詮アトラクションなんだし、そんなに怖く」 澪「嫌だ」

紬「まあまあまあまあまあまあ。澪ちゃんも嫌がってるんだし、無理にいかなくても……」

 六回がデフォなんだろうか、この人。

律「ちぇー、仕方ないなー」

憂「律さん、それならアレとかどうですか?」

 落胆する律先輩に声をかける憂。
 その視線の先には『脱出!巨大迷路!』と書かれた、かなりの規模のアトラクションが佇んでいた。

梓「なんの捻りもない名前ですね」

紬「>>1の力量が知れるわね」

律「ぼろくそだなお前ら」

152: 2009/09/22(火) 00:55:56.58 ID:WLo0G95R0
唯「でも、楽しそうだよ。行ってみない?」

律「……そうだな、澪もあれなら大丈夫だろ」

澪「あ、……うん」

紬「行きましょ、澪ちゃん」

澪「ムギ、その……」

紬「?」

澪「ありがと……」

紬「ふふ、どういたしまして!」


唯・律「か、かわええっ……!」

 きゅるるるりーん。再び。
 でも、私から言わせてもらえるなら、唯先輩だって十分可愛いんですよ?
 ……なんて、言いたくても言えませんけどね。

153: 2009/09/22(火) 01:02:05.22 ID:WLo0G95R0
憂「お姉ちゃん”の方が”、かわいいと思うな」

唯「な、なんとっ!?」

 悶々としている私を尻目に、憂がさらりと言ってのけた。
 わざとではないのかと思えるほど、今日の憂は積極的だ。
 それはまるで、私へのあてつけのようにも思えて――

梓「……」

 違う。

 己の思考を断ち切るように、ぶんぶんと首を振った。
 このままだと、自己嫌悪に陥りそうだったから。

 友達に嫉妬なんてしたくない。

唯「いやいやいや」

 唯先輩は必氏に右手を振りながら、のどを絞めたような声で否定しつつ、

唯「そんなことないですからッ!!」

 なぜか妹に敬語でキレた。

154: 2009/09/22(火) 01:03:55.54 ID:WLo0G95R0
憂「かわいいってば」

 しかし、微塵も気圧されることなく憂は攻める。

唯「……」

 うー、と小さく呟きながら俯く唯先輩。
 もしかして。
 いや、もしかしなくても――、照れてたりしますか?

 そこまで考えてから、やっぱり――、と思い直す。
 だって、ありえないもの。
 唯先輩は、かわいいと言われたくらいで照れる人ではないのだ。

唯「りっちゃん」

律「なんだね?」

唯「そんなことないよね? 」

律「いえいえ。 十分かわいいと思いますことよ?」

唯「ほあぁぁっ!!」

 今度は、律先輩に跳ね飛ばされたかのような動きで、私にしがみついて来た。
 予め断っておきますけど、棚ボタとか思ってないですから。

155: 2009/09/22(火) 01:05:05.73 ID:WLo0G95R0
梓「どうしたんですか? いつもならそのくらいで照れたりしないのに」

唯「いや。いやいやいや。ダメ、ダメなのあずにゃん……」

 ちょっと涙目になっているせいか、ドキリとする。
 直後に、憂が「ベリィィィキュゥゥトォォォ!!」と奇声を上げながら、
 申し分の無いクラウチングスタートを決めてすっ飛んでいったかと思えば、
 隣のサッカーグラウンドで爽やかな汗を流す男達の隙間を巧みに掻い潜り、
 選手の一人がフリーキックを蹴ろうかというタイミングで、サッカーボールを13ポンドのボウリング球と挿げ替える。
 そして、テニスのボールボーイの如くしなやかな動きでグラウンドを離脱すると、
 今度はスリーステップで大木を駆け上り、
 枝に引っかかっていた風船を掴んで、バク宙を決めながら華麗に着地。
 大木の下で泣いていた幼女に、無言でさっと差し出すイケメンっぷりで、彼女のハートをガッチリ鷲掴みにしていた。

 私は、憂を目で追うのをやめて唯先輩に視線を戻した。

157: 2009/09/22(火) 01:06:10.67 ID:WLo0G95R0
唯「私が澪ちゃんより……か、かわいいだなんて、そんなことあっちゃダメ。ダメなんだよぅ!!」

 え?

梓「……」

律「……」

 律先輩と思わず顔を見合わせる。
 えーと、ああ?

 可愛いと言われることにはまるで抵抗はないけれど、
 誰かよりも可愛いと言われることには抵抗があるということですか?

 いや、その対象が澪先輩だったから、か。
 なるほど、そういう線引きなのか。
 感覚が独特すぎて、理解するのに二分弱かかった。
 相変わらず良く分からないお人だ。

 けれど、こういう唯先輩を見るのは初めてだったから。

 ふふ、このネタを使っていじめてあげるのも悪くない。

192: 2009/09/22(火) 10:25:52.92 ID:WLo0G95R0
のこってたあああ
保守さんくすです。

他の作業しながらなのでペース落ちたりするかもしれませんが
ひっそり再開。

193: 2009/09/22(火) 10:28:08.92 ID:WLo0G95R0
 雑談と唯先輩弄りに花が咲きすぎて、なかなかアトラクションにたどり着けなかった私達は、
 その後、憂が連れてきた外国人に謝ったり、唯先輩に謝ったり、
 先行して待ちぼうけを食らっていた澪先輩とムギ先輩に謝ったりして、
 ようやく目的のアトラクションへと到着した。

唯「ねえ、これ……」

律「見事にガラガラだな」

梓「人っ子一人見当たりませんね」

澪「みんな、これ見て」

 澪先輩の指差した先には、『本日貸切』の看板。
 それはつまり、どこぞの団体さんがこのアトラクションを一日丸々使うということだ。
 アトラクションだけ見てもかなり大きい施設だし、これだけ客が来ているのだ。
 一日とはいえ、これを貸切るなんて、相当のブルジョワジーに違いない。

197: 2009/09/22(火) 10:46:34.65 ID:WLo0G95R0
律「貸切かよ!」

唯「えー、じゃあ入れないの? 残念……」

澪「まぁ、仕方ないだろ。他のアトラクションに……」

?「も、申し訳ございません! 貸切ではございませんので、こちら今すぐご利用になれます」

 澪先輩の台詞を遮るように、アトラクションの係員らしき人物が慌てた様子で出てきた。
 なんか、どっかで聞いた事のある声だったけど、
 思い出せないということは、さほど重要な人物ではないのだろう。

憂「それじゃあ入ってもいいんですか?」

?「はい、そのように仰せつかっております」

律「なんか、馬鹿丁寧な口調だな……」

唯「私、この人に会ったことある気がする……」

梓「あ、唯先輩もですか? 実は私も、どこかで聞いたことのある声だなって……」

紬「とにかく入りましょう? グズグズしてると他のお客さんの迷惑になっちゃうわ」

199: 2009/09/22(火) 10:52:34.27 ID:WLo0G95R0
 私達が今日最初の入場者ということらしく、室内は静まり返っていた。
 全体的に白みがかった壁と、異様に高い天井。前方に何かを映すであろう巨大なスクリーン。
 無骨だった外観からは想像もできない作りだ。
 そのだだっ広い部屋の床には、正方形のタイルが敷き詰められていた。
 このタイルは大理石だろうか? いや、たかだか遊園地のアトラクションにそんなものが……
 物思いに耽りながら床を見ていた私は、視線の先に、この空間に恐ろしく不釣合いな文字を発見した。
 
梓「『スタート』って書いてありますね」

澪「本当だ。ここがスタート地点ってことなのかな?」

律「スタートだけじゃないぜ。皆、向こうの床を見るんだ!!」

 律先輩に言われるがまま、スタートパネルの奥を見る。
 そこには、縁を三原色で彩ったパネルの数々。
 スタート以外のパネルは、全て赤い紙が覆いかぶさっていて、
 そこに書かれているであろう文字を確認することはできなかった。

200: 2009/09/22(火) 10:56:16.83 ID:WLo0G95R0
憂「……ええと、このアトラクションって『脱出!巨大迷路!』だったと思うんですけど」

 憂の言っていることは正しい。
 私も外のでっかいアーチを確認しているのだ。
 ここは間違いなく、迷路であるはず。

唯「全然、迷路って感じしないね」

律「ああ。それどころか、これはまるで――」

「すごろく――」

律「じゃないか」
唯「だよね」
澪「だよな」
梓「ですよね」

 綺麗にハモったところで。
 ムギ先輩が衝撃の事実を口にする。

紬「そこに、大きな文字で『巨大!ファンタジーすごろく』って書いてあるわよ?」




 統一しとけよ。

203: 2009/09/22(火) 10:59:41.54 ID:WLo0G95R0
 支配人らしき人から、一通りの説明を受けたあと、順番を決める番号札を引かされた。
 せっかく来たんだし、という意見と、意外と楽しそう、という意見から、
 (ちなみに前者が澪先輩、後者が唯先輩だ。どうにも嫌な予感がするので、
 私としては遠慮しておきたかったのだが、この二人にそう言われたら、黙って従う他無い)
 結局、遊んでいくことになった。

 支配人からの説明を要約するとこうなる。
 このアトラクションは、コマは私達自身。サイコロを振ってゴールを目指すという部分では
 普通のすごろくとなんら変わりは無い。
 しかし、止まったマス目に書いてあることは、『当人に対して絶対に起きる』らしい。

 あからさまに胡散臭い。

 さらに。

 一番最初にゴールにたどり着いた人は、他の全員にそれぞれ一つだけ、
 どんな命令でもすることができる。 そして、敗者はそれに従わなければならない。
 
 とのこと。

 ……いやいやいや。
 デジャヴとかそういう次元じゃないですから。

204: 2009/09/22(火) 11:00:49.19 ID:WLo0G95R0
律「どんな……」

澪「命令でも……」

唯「だと……?」

梓「ちょっと、皆さん落ち着いてくださいよ」

律「え?なんだって?」

澪「勝つしかない、私が助かる術は勝つしかない」

憂「お姉ちゃんとベロチュウお姉ちゃんとベロチュウお姉ちゃんとベロチュウ」

唯「あれ、なんかこんな感じのこと、前にもあったような……」

梓「そうですよ唯先輩! 律先輩も澪先輩もしっかりしてください! ……憂も、帰ってきて」

 先月の笑ってはいけない勉強会に引き続き、今度は巨大なすごろくゲーム。
 しかも、不自然な貸切のせいでお客さんは私たちだけ。
 聞き覚えのあった係りの人の声と、その馬鹿丁寧な執事口調。
 そう、こんなことができるのはただ一人しかいない――。

梓「ムギ先輩、説明してくださいッ!!」

206: 2009/09/22(火) 11:09:14.87 ID:WLo0G95R0
紬「え?」

 ほら見たことか。
 ふふん。私の完璧な推理、見ていただけましたでしょうか、唯せんぱ――

梓「きょとんとしてるうぅぅ!?」

紬「どうしたの、梓ちゃん」

梓「……あ、いえ。これ仕組んだのって、ムギ先輩じゃないんですか?」

紬「そうよ?」

梓「どうしてそんなに意外そうな顔をしてらっしゃるんですか」 

紬「いえ、もう皆とっくに気付いているものだと思っていたから」

梓「ああ、そうですか……」

207: 2009/09/22(火) 11:16:11.47 ID:WLo0G95R0
紬「でも安心して? 今回は私も参加させていただくわ♪」

梓「わあ、すっごく安心……するもんかーー!!」

紬「……」

梓「……」

紬「唯ちゃん」

唯「え?」

紬「梓ちゃんを抱きしめてあげて」

唯「あ、うん」

梓「ちょ、何を言い出し――」

210: 2009/09/22(火) 11:20:22.48 ID:WLo0G95R0
唯「あずにゃ~ん」

 ぎゅっ。

梓「っ!!」

 お、おのれムギ先輩。
 こんなことで私は騙されない、騙されませんから―!!
 このまますごろくゲームなんてやったら、きっと前回みたいにとんでもない目に、
 とんでもない目に、飛んで、……。

梓「にゃ……」

 私の憤りはどこかへ遠くへ飛んでいった。 


紬「それじゃあそろそろ始めましょ?」

憂「順番って、さっきのくじで決めるんですよね」

紬「そうよ」

211: 2009/09/22(火) 11:26:19.90 ID:WLo0G95R0
律「えーと、私は三番、か」

唯「私二番だよー」

澪「私は五番」

梓「……」

憂「私六番です」

紬「私が四だから……」

 みんなの視線が集まる。
 ……まぁ、黙ってたところでバレますよねー。

梓「すっごい嫌なんですけど……」

憂「梓ちゃん、がんばって!」

 そんな激励されたところで、がんばりようがないんですけどね。
 支配人に巨大なサイコロを渡され、私は仕方なくそれを振った。

 お昼の看板番組を思わせるような挙動でサイコロは転がり、やがて静止する。
 上を向いていた目は『4』
 ゴールまではそこそこ長いようだし、『5』『6』では無いにしても上々の滑り出しと言える。

214: 2009/09/22(火) 11:32:47.17 ID:WLo0G95R0
梓「えーと……、タイル四つ分進めばいいんですよね?」

 支配人が静かに頷いたのを確認してから、私はゆっくりと歩みを進める。
 いち、に、さん、し――。
 タイル自体がそこそこ大きいため、私の場合、一歩では次のタイルへは届かない。
 ので、普通に歩いて、四マス目で停止した。
 すると、タイルに張られていた赤い紙がすうっと剥がれ、そこに文字が現れる。

  『ツインテールの片方がとれる』

梓「と、と、取れるッ!?」

 取れるってどういうことですか!?
 パニックになって、咄嗟に私は自分の髪を押さえた。
 しかし――

 『ぷちっ』

 何かが切れる音と共に、テイルの右側が――。

梓「ヘアゴムが切れた……」

律「……当人に対して絶対に起きるって、こういうことなのか?」

澪「まさか……、偶然だろ」

 サイドポニーなのはともかく、
 右側だけだらしなく下ろしているというのが、どうにも格好がつかない。
 ていうか、恥ずかしい。

215: 2009/09/22(火) 11:37:54.77 ID:WLo0G95R0
梓「……」

 逡巡した後、私は左側のゴムも一度外して、改めて一本にくくり直した。
 予備のヘアゴムなんて持ってきてないし、仕方ない。
 似合ってなさそうで、なんとも落ち着かないけれど。

憂「梓ちゃんのポニーテール……」

唯「あぁん、あずにゃんかわいいよあずにゃん!」

紬「ウットリね……」

澪「興奮してないで。唯の番だぞ?」

唯「え? あ。そっか」

 唯先輩の手にサイコロが渡る。
 ふと気付いたけれど、これで唯先輩が四を出したらどうなるんだろう?
 今更だけどツインテールの片方が取れるって、私にしか効果ないじゃん!
 ピンポイントで私狙いじゃん!!どういうことだよ!?
 いや。そんなことより!!
 ここでもし、唯先輩が四を出してみろ!
 次の私の番が来るまで、そこそこ大きいとはいえ、一つのタイルの上に二人きり!

 密・着・状・態!!

 密着状態ということは即ち、あんなことやこんな 「あ、5だ」 ですよねー。

216: 2009/09/22(火) 11:41:56.50 ID:WLo0G95R0
唯「いっち、にぃ、さん、しー……ごっ! お隣だねっ、あずにゃん!」

梓「そうですねー」

唯「なんでそんなにガッカリしてるの?」

梓「いえ。ただちょっと、現実は甘くないなーと思ってたりする次第で」

唯「?」

 唯先輩の足元のパネルがオープンする。


  『サイコロの目*5回腹筋する』


 同時に唯先輩の顔が青くなった。

唯「ど、どうしよう」

梓「どうしたんですか、そんなに慌てて」

唯「『3』以上出したら、多分私氏ぬ」

梓「腹筋くらいで氏なないでください」

217: 2009/09/22(火) 11:49:08.18 ID:WLo0G95R0
 唯先輩の手に再度サイコロがわたり、改めて振るう。
 両手を合わせて、あからさまな神頼みポーズの唯先輩。
 そんなに腹筋したくないんですか。

 やがてサイコロは止まり、出た目は『1』

梓「良かったですね、『3』以上じゃなくて」

唯「五回もできない……」

梓「どんだけ体力ないんですか」

 ドタン―!

律「!?」

澪「な、なに?」

 突如として部屋の奥の扉が開き、そこからスーツを纏ったサングラスの男達が数人現れた。
 所謂エージェントというやつで、いやこれ先月と同じですからー!!

唯「ま、また!?」

 エージェント達はこちらにマットを運ぶと、両手を後ろに組んで直立する。

220: 2009/09/22(火) 11:53:37.33 ID:WLo0G95R0
唯「え、ええと……、腹筋しろってことですか?」

 唯先輩の問いかけに、エージェント達はコクりと頷いた。
 黒尽くめのエージェントに囲まれて腹筋をする女子高生。

 シュールだ。

紬「梓ちゃん」

梓「はい?」

紬「足、押さえてあげて?」

梓「わ、私がですか?」

紬「私達は、まだ順番まわってきてないもの」

 む。もっともな理由な気がする。
 少なくとも私の順番がまわってくるのは、現時点では唯先輩の次に後ろなのだから。
 惜しむらくは、本日の唯先輩の服装がスカートでは無いことだ。
 だってほら、腹筋する人がスカートだと、足押さえる側の人からすると、ほら。ね?

梓「ね? じゃねえよ……」

 危ない。
 ナチュラルに『憂ムギさわやか変態同盟』に仲間入りするところだった。

225: 2009/09/22(火) 12:01:22.91 ID:WLo0G95R0
唯「あずにゃん、なにぶつぶつ言ってるの?」

梓「……」

 なんでもありません、と上擦った声で答えてから、私は唯先輩の足を押さえた。

梓「……さあ、どうぞ」

唯「よーし……」

梓「……」

唯「……っ!!」

梓「唯先輩」

唯「……」

梓「早く腹筋してください」

226: 2009/09/22(火) 12:06:50.60 ID:WLo0G95R0
唯「わ、わかってるよぅ」

梓「……」

唯「……っ!!」

梓「……あの、先輩?」

唯「できない……」

梓「……」

 え?

 まじで?

梓「じゃあ、あの……こうやって、勢いつけてやってみるのはどうですか?」

 反動をつけてくいっ、と。
 私は見本を見せてあげた。

唯「あ、それなら……」

 ぶっちゃけ、それもう腹筋とかじゃないですけどね。
 エージェントの顔色を窺ってみたが、真ん中の人が明らかに半笑いになっていたので、
 おそらく大丈夫だろうと踏んだ。

229: 2009/09/22(火) 12:13:38.28 ID:WLo0G95R0
 思い切り反動をつけて腹筋を繰り返す唯先輩。
 いち、に、さん、しー……

唯「ごーーーー!」

梓「……」

唯「できたっ! やったよあずにゃん!!」

梓「……わあ、先輩すごーい」

 この人、社会にでたら生きていけないんじゃないだろうか。
 腹筋五回と言われて「できない」と、のたまう人を初めて見た。
 ……いやまぁ。
 そこが可愛らしいというか、守ってあげたくなるっていうか。

 ―あずにゃん、私あずにゃんがいないと生きていけないの
 ―大丈夫ですよ、唯先輩。私がずっとそばにいてあげますから
 ―ありがとう、あずにゃん大好き!!

 なんつって。
 もう唯先輩ったら……うふふ。

律「なんか、梓がくねくねしてるんだが」

澪「そっとしておいてあげてくれ」

232: 2009/09/22(火) 12:23:12.35 ID:WLo0G95R0
憂「次、律さんの番ですよ?」

律「おっと、ようやく私の出番か!」

 唯先輩は『5』のマスにとどまり、私が『4』のマスへと戻ると、
 支配人の手によって、律先輩の手にサイコロが渡った。

律「いくぞー、それっ!」

 勢いよく投じられたサイコロは、壁にぶつかると反転し、私の足元へと転がってきた。
 出た目は『6』
 前方の巨大スクリーンにも、大きく『6』と表示された。

紬「さすがね、りっちゃん」

律「ふふん、当然の結果よ」

 自慢げにパネルの上を歩きだす律先輩。
 私の横を、そして唯先輩の前を通過し、『6』マス目のパネルで停止。
 すると赤い紙が剥がれて、パネルとスクリーンに、同時に文字が表示された。

234: 2009/09/22(火) 12:31:03.26 ID:WLo0G95R0
  『5戻る』

澪「ふふっ」

律「……澪、今笑っただろ!」

澪「笑ってないよ」

律「あとで覚えてろよー」

 そんな台詞を吐きながら、とぼとぼと戻っていく律先輩。
 『1』マス目で停止すると、やはり赤い紙が剥がれた。
 どうやら、戻った場合でもパネルの効果はあるらしかった。

  『カチューシャを縦にする』

律「……縦!?」

 唯先輩のとき同様、奥の扉を乱雑に開けて走ってくるエージェント。

律「う、うわ、やめ、やめろって――」

 彼らは、律先輩の両腕を二人が左右で掴んで固定し、
 さらにもう一人がカチューシャを掴んでくいっ、と頭部の中心を原点として九十度反転させた。
 防波堤をなくした髪は重力に従い、律先輩の両目を覆い隠す。
 ……前髪ながいなぁ。

235: 2009/09/22(火) 12:32:23.81 ID:WLo0G95R0
律「……」

澪「えーと、次は」 

憂「紬さんですね」

紬「ふふ、がんばるわよー♪」

律「お前らリアクションくらいしろおおっ!!」

澪「え、ああ……ごめん」

律「いや、謝られるともっとキツいっていうか……」

唯「りっちゃん、似合ってるよ!」

律「今更!?」

紬「それじゃあ振るわね」

 ムギ先輩の振るったサイコロが、ごうっ、という音を立てて私の横を通り過ぎた。

 なんで?

 なんでそんな音すんの? 

236: 2009/09/22(火) 12:33:46.26 ID:WLo0G95R0
 やがて静止したサイコロは、『3』を上に向けていた。

紬「いっち、にの、さんっ――、と。 梓ちゃん、髪型かわいいわよ」

梓「ど、どうもです……」

 ムギ先輩が私の後ろまで到達すると、赤い紙が剥がれる。


  『行動するたびに「パパウパウパウ」もしくは「フヒィーーン」という効果音がつく』


紬「……」

律「……」

梓「……」

237: 2009/09/22(火) 12:34:40.15 ID:WLo0G95R0
紬「どういう、ことかしら……?」パパウパウパウ

律「……」

梓「……」

唯「……」

紬「ええと……」パパウパウパウ

律「……」

梓「……」

唯「……」

 やばい空気が漂った。
 先月と同じ罰があったら確実にお尻しばかれていたことだろう。
 現に、正面にいる唯先輩は蹲って肩をひくひくさせている。
 前回も思ったけど、この人シュール系弱いな。

240: 2009/09/22(火) 12:58:39.53 ID:WLo0G95R0
澪「さて、私の番だな」

律「1か6を出したまえ」

澪「絶対出さないし」

紬「澪ちゃん、がんばって」パパウパウパウ

律「……」

梓「……」

唯「……」

澪「せーのっ」

 サイコロは、律先輩の手前あたりまで緩やかに転がり、静止する。

 『3』

律「ふふっ、よかったな澪。 1と6じゃなくて!」

241: 2009/09/22(火) 13:01:27.26 ID:WLo0G95R0
紬「一緒ね、澪ちゃん」フヒィーーン

澪「いや、うん……。なんだろうこの、なんとも言いがたい苦痛」パパウパウパウ

唯「……」

 唯先輩は自分のおなかをつねって我慢していた。
 いや、別に笑ってもいいと思うんだけど。

律「最後、憂ちゃんだぞー」

憂「はーい」

 支配人からサイコロを手渡された瞬間、憂の目の色が変わった。

憂「5以外ありえない5以外ありえない5以外ありえなふぉああああっ!!」

 訳のわからん掛け声と共に憂の手から放られたサイコロは、
 かなりのスピードで壁に二回ほど激突して静止したが、ごうっ、という音はしなかった。

242: 2009/09/22(火) 13:09:12.67 ID:WLo0G95R0
 出た目は――『5』

 馬鹿な。

 闇の炎に抱かれて馬鹿な。

憂「ふふ。一緒だね、お姉ちゃん」

唯「いらっしゃい、ういー」

梓「……腹筋あるけどね」

 そう。そのマスはサイコロの目*5回の腹筋があるのだ。
 再度サイコロを振って、憂が出した目は『4』
 憂が腹筋をしている間に、私がさっさと自分の順番を終わらせてしまえば、次は唯先輩の番なのだ。
 ふふん、好きにはさせないんだから。

245: 2009/09/22(火) 13:16:46.15 ID:WLo0G95R0
紬「二十回ね」パパウパウパウ

 奇怪な効果音と共にムギ先輩。

律「地味にキツい回数だな」

 続けて、カチューシャを縦にを装着した律先輩が呟いた。

唯「私が足を押さえてあげよう!」

憂「ありがとう、お姉ちゃん!」

 一、二、三、四……十五、十六、十七、十八、十九、二十。

憂「終わりっと」

梓・唯「はやっ!?」

憂「梓ちゃんの番だよ」

 サイコロを私に託すと、狭いんだから仕方ないと言わんばかりに唯先輩にくっつく憂。
 ゆっくりでいいからね。なんて言葉が聞こえてきそうで、なんていうか、この、ちくしょう。

252: 2009/09/22(火) 13:34:34.88 ID:WLo0G95R0
梓「……それじゃいきまーす」

 掛け声と共にサイコロを振るう。
 出た目は『5』

梓「お先です、唯先輩、憂」

唯「むぅ、すぐに追いつくからね!」

 そうしていただけると大変ありがたいのですが。
 いち、に、さん、し、ご。 スタートからみて、合計九マス目で私は停止した。

  『次の順番で、サイコロが豆腐になる』

梓「……」

 眩暈がしてきた。

253: 2009/09/22(火) 13:38:17.68 ID:WLo0G95R0

澪「要は、一回休みってことなのかな」パパウパウパウ

律「いいや、わからないぞ。もしかしたら振っても崩れない豆腐とかなのかもしれない」

梓「ヘアゴムが勝手に切れるような場所ですから、ありえないとも言い切れないのが嫌ですね」

 それもう豆腐じゃない、とか言う話は置いといて。
 とりあえず、このターンはセーフといったところか。

唯「それじゃあ、私だねっ!」

 元気にサイコロを振るう唯先輩。
 出た目は『3』
 唯先輩の現在地が『5』で、『3』進むとなると、合計『8』
 さて、問題です。
 私の位置はどこだったでしょうか?

254: 2009/09/22(火) 13:41:28.22 ID:WLo0G95R0
唯「ふっふっふ。逃がさないんだよ、あずにゃん」

梓「ふっふっふ。唯先輩のくせに、なかなかやるじゃないですか」

 正解は、『9』マス目でしたー。

 わーい。

梓「それで、そのマスの命令はなんなんですか?」

唯「えっとね……」


  『子供にバカにされる』


唯「……」

梓「……」 

257: 2009/09/22(火) 13:44:24.45 ID:WLo0G95R0
 エージェントの出現する扉から、四、五人の子供達が現れ、たちまち唯先輩を取り囲んだ。
 子供達は、顔を見合わせてから呼吸を整える。
 そして、一人の太った男の子が、ゆっくりと唯先輩を指さした。

「この姉ちゃん、妹に勉強教えてもらってるらしいぜ」

「本当ですか、バカですねー」

「バーロー。頭の良し悪しはこの際どうでもいいのぜ。見てみろ、あの胸を!」

「なっ」

「なんだってー!?」

「う、薄いですね!」

「俺の見立てによると、彼女のバストはななjy 「うわあああっ!!」 アンダーがろくjy 「ほわあああっ!!」 ってところか」

 一番重要な部分を唯先輩の叫びによってかき消されてしまった。
 さすがにアンダー六十前半ではないだろうから、トップが七十後半だとしてもAかB?
 あ、でも見立てか。ていうかこの少年なんでそんなこと分かるんだよ。
 いずれにしても私よりありますよね、きっと、多分。……絶対。畜生。
 いや、でも私はまだ成長するし。背とかも伸びるし。
 とりあえず、あの少年は後でとっ捕まえて話を聞くことにしよう。うん。それがいい。

259: 2009/09/22(火) 13:47:49.86 ID:WLo0G95R0
「幼児体型だッ!」

「幼児体型ッ!幼児体型ッ!」

憂「萌えッ!幼児体型萌えッ!幼児体型が世界を救うッ!」

「幼児体型ッ!!」

「幼児体型ッ!幼児体型ッ!」

憂「お姉ちゃんが世界を救うッ!幼児体型ッ、それは荒涼せし俗界に降り立つ鮮美透涼たるメシア!」

 子供たちは囃し立て続ける。
 なんかあからさまに知ってる子が一名混じっていたけど見なかったことにした。

唯「う、う……うわああああん!」

 泣き叫びながら私の胸に飛び込んでくる唯先輩。
 ああ、隣のマスに居て良かった。

 それを見届けた子供達は、走りながら扉の向こうへと消えていった。

264: 2009/09/22(火) 13:50:42.71 ID:WLo0G95R0
梓「子供相手に泣かされないでくださいよ」

唯「だってえ……」

梓「いいじゃないですか、幼児体型だって。……じ、十分、かわいいんですから」

唯「……そっか、あずにゃんも幼児体型だもんね」

梓「そうそう、私も幼児た……なんだって?」

唯「痛い痛い痛い痛い、ごめんなさいごめんなさい」

 頬っぺたぎゅーーってしてやった。

唯「うぇぇ、酷いよあずにゃん」

梓「余計な事を口走るのがいけないんですよ」

唯「ぶー、本当のことなのにひゃい、いひゃいいひゃい」

 反対側もぎゅーーってしてやった。

266: 2009/09/22(火) 13:53:26.07 ID:WLo0G95R0
律「おい、お前らー」

梓「どうしたんですか?」
唯「ふぉうひふぁの、りっひゃん?」

律「いちゃいちゃするのは勝手なんだがー……」

 律先輩はそう言って、やや前方にいるムギ先輩に視線を送る。
 否定したくはないけれど、私の口は勝手に「してません」と反論を返していた。

律「ムギがそろそろやばそうだから続けていいか?」

 パパウパウパウという効果音と共に両手を合わせて片膝をつき、
 口は「あぁん」の発音で固まり、舐めるような視線を私と唯先輩に送り続けている。
 私と目が合ったムギ先輩は、はっ、として首を左右に振り、
 その後で、私に向けて口パクでメッセージを送ってきた。

267: 2009/09/22(火) 13:56:18.83 ID:WLo0G95R0
 一語ずつ、解読する。
 えーと……

 「も」

 「っ」

 「と」

 「や」

 「れ」
 
 ……なるほど。

梓「律先輩、サイコロどうぞ」

紬「あぁん!梓ちゃん意外と加虐性欲者!」 フヒィーーン

梓「日本語で言わないでください」

 性欲者言うな。
 ちなみに英語だとサディズム。人を指す場合はサディスト。

 ……なんの話をしているんだ、私は。

268: 2009/09/22(火) 13:59:29.43 ID:WLo0G95R0
律「よし、梓にずいぶん差つけられちゃったから飛ばしていくぜ」

 気合を入れて律先輩が投じたサイコロは『4』
 『5』マス目ってことは……、ああ、腹筋か。

憂「一緒ですね、律さん」

律「ああ、足頼むよ。憂ちゃん」

憂「はーい」

律「なんていうかさー。このマス三人目だし、おいしくもないよなー」

 今度はぼやきながらサイコロを投じる。
 芸人かなんかですかあなたは。

 出た目は『2』

律「十回か。ダメだな、やっぱり今日の私はついてないらしい」

憂「どうしてですか、『2』ならそんなに辛くないですよ?」

律「いやいや、面白さ的にだよ」

 その髪型で言われても説得力に欠けるんですけど、とは言わなかった。

270: 2009/09/22(火) 14:02:45.26 ID:WLo0G95R0
 続いてサイコロを振るのはムギ先輩。

 出た目は『6』

 ムギ先輩の現在地は『3』だから、……む。私と同じマスか。

紬「いち」 パパウパウパウ
紬「にっ」 パパウパウパウ
紬「さん」 パパウパウパウ
紬「しっ」 パパウパウパウ
紬「ごー」 パパウパウパウ

紬「追いつきましたー♪」パパウパウパウ

唯「……」

 唯先輩、もう完全に笑ってますよね?

梓「でもここ、豆腐ですよ」

紬「そうね、振れるのかしら……」パパウパウパウ

 てっきり、全て把握しているものと思っていたけれど、
 今回、ムギ先輩はパネルの命令には絡んでいないのだろうか。

271: 2009/09/22(火) 14:06:43.49 ID:WLo0G95R0
紬「だって、分かっちゃったら私が楽しめないじゃない」パパウパウパウ

梓「ああ、なるほど……。ていうか、心読むのやめてもらえませんかね」

 どこぞのスタンドですかよ。

紬「自覚がないのね。梓ちゃん、時折声に出してるわよ?」パパウパウパウ

梓「え。まじですか」

紬「ほら、ジェットコースターの時とか」 

梓「ああ、声に出してましたね」

紬「『正解は、『9』マス目でしたー。 わーい』の件とか」

梓「……あー」

紬「『密・着・状・態!!』とか」

梓「声に出しちゃいけないとこばっかりじゃん!?」

 がっくりと膝をつき意気消沈する私に、ムギ先輩は優しく囁いた。

紬「安心して、全部嘘よ♪」

梓「……なんだ、良かった。もう、脅かさないでくださいよ」

 危うく騙される所だった。何か大切なことを忘れている気がしたが、問題ない。
 私の名誉は守られたのだ。

273: 2009/09/22(火) 14:15:47.19 ID:WLo0G95R0
唯「次、澪ちゃんだよー」

澪「あ、ああ。もう私の番か」パパウパウパウ

 今更だけどこれ、全部罰ゲームみたいな命令だよな。
 そんなことをぼやきながらサイコロを振る澪先輩。
 本当、今更ですね。
 私は気付いてましたよ、……ムギ先輩が絡んだあたりから。
 
 澪先輩が出した目は『4』
 現在地が『3』だから、スタートからみて『7』マス目。
 まだ命令が判明してないマスだ。位置的には唯先輩の一つ後ろ。


  『昇天ペガサスMIX盛り』


澪「なにがっ!?」

 ご尤も。述語を書け、と。横着すんな、と。
 いや、無くても多分わかる人には分かるけど。
 早々にエージェントに取り囲まれる澪先輩。

澪「え、ちょ、ちょっと!?」パパウパウパウ

276: 2009/09/22(火) 14:25:33.39 ID:WLo0G95R0
>>275
乙です。
読んでくれて感謝!!


 ――十分後。

澪「……」

唯「……」

律「……」

梓「……」

律「……さて、次はだな」

澪「スルーすんなぁーー!!」パパウパウパウ

律「さっきの仕返しだぜ」

 にやにや、と嬉しそうな律先輩。

澪「どうするんだよこの髪型!? これじゃ外歩けないじゃないか!!」パパウパウパウ

280: 2009/09/22(火) 14:33:43.21 ID:WLo0G95R0
唯「え、でも澪ちゃん」

澪「な、なんだよ……」パパウパウパウ

唯「すっごくかわいいと思う」

律・梓「(まじで!?)」

澪「……本当に?」パパウパウパウ

唯「かわいいよぅ」

澪「あ、ありがとう」フヒィーーン

唯「ふ、ふふ」

澪「……笑ってるじゃないか」フヒィーーン

唯「ふふ、あはは! ……ち、ちが、これはその、音の方で」

澪「ゆ、唯のばかーーーっ!!」フヒィーーン

唯「あははは! あぁん、澪ちゃん違うんだよぉ!!」

 ああ、分かります唯先輩。
 なんでこのタイミングで、『フヒィーーン』が三連発なんだってことですよね。
 さっきまで比率8:2くらいだったじゃないか、と。
 一応、後でフォローしておいてあげるか。

302: 2009/09/22(火) 17:45:44.93 ID:WLo0G95R0
 ひと段落したところで、憂へとサイコロが渡る。
 先程と同じ流れで、奇声を上げながら『3』を狙うが、出た目は『5』
 私を抜いてトップに躍り出たというのに、なぜか異様に悔しがっていた。
 そして期待のマス目は――

  『侍られる』

憂「……」

 え?
 なにそれ。

305: 2009/09/22(火) 17:47:58.50 ID:WLo0G95R0
 エージェントが豪奢な椅子を運び、憂を座らせると、「どうぞ」と言って
 ストロー付きのトロピカルフルーツと鳩サブレーを差し出した。
 傍らで、もう一人のエージェントが葉っぱ団扇を使って侍る。

憂「ど、どうもです」

唯「えー、いいなぁ憂~」

 所在なさそうに、鳩サブレーにかじりつく憂。
 羨ましそうに口を半開きで凝視する姉。

 このすごろくの主催者は、一体なにがしたいんだ。

306: 2009/09/22(火) 17:49:35.63 ID:WLo0G95R0
 次の順番は私。
 憂には負けていられないな、と気合を入れたところで、
 ふわっふわの絹ごし豆腐が手渡された。

梓「……」

紬「がんばって、梓ちゃん」パパウパウパウ

梓「一応、投げれるような豆腐かもしれないって、薄っすら期待はしてたんですけど」

紬「ふふ、そう言うと思ったわ」

梓「いや、誰でも言うでしょ」

紬「そこで――これよっ!!」

 パパウパウパウ!

 ああ、やっぱり効果音それなんだ。 

307: 2009/09/22(火) 17:50:59.03 ID:WLo0G95R0
 ムギ先輩が取り出したのは、半透明の板?のようなもの。

梓「なんですか、それ」

紬「超・衝撃吸収ゲルよ」パパウパウパウ

梓「はぁ」

紬「この上になら、ビルの屋上から生卵を落としても割れることはないわ」パパウパウパウ

梓「まじですか。すごいですね」

 棒読みで答えた。

紬「ゲル状がいいの」パパウパウパウ

 嬉しそうに、床にゲルを敷くムギ先輩。
 なるほど。確かにぷにぷにしてるし、衝撃は吸収してくれそうだ。

紬「さあ、どうぞ!」パパウパウパウ

309: 2009/09/22(火) 17:53:11.86 ID:WLo0G95R0
梓「わかりました。それじゃ、いきますよー」

 そっと、狙いを外さないようにアンダースローで豆腐を放った。
 ゲル状以外のところに落ちてしまえば、台無しなのだ。
 私のコントロールはばっちりだったらしく、豆腐は狙い通りゲル状の板へと落下していく。

 さあ、いくつだ!
 数字はいくつだ!

 ……数字?

梓「数字ないですよ!?」

 気付いたところでもう遅かった。
 サイコロではない、豆腐なのだ。
 なんの変哲も無い絹ごし豆腐なのだ。
 数字なんぞ彫ってある方がこの場合おかしい。

310: 2009/09/22(火) 17:55:20.85 ID:WLo0G95R0
そして、豆腐は綺麗な放物線を描いて落下し、ゲルの上でべちゃりと潰れた。 

梓「……」

紬「……」

 潰れたじゃん。

梓「あの、ムギ先輩」

紬「心配しないで、スタッフが後でおいしくいただくから」パパウパウパウ

梓「いやそういうことを言ってるんじゃなくてですね……」

 めんどくさいなぁ!もう、突っ込むのめんどくさいなぁ!!

 エージェントがそそくさとゲル状を回収し、唯先輩の手へとサイコロが渡る。
 本当にただの一回休みだったらしい。

312: 2009/09/22(火) 17:57:43.58 ID:WLo0G95R0
 自重を知らない巨大すごろくは、思いのほかゴールまでの道のりが長く、
 かつ道中の命令が地味にキツい、という、先月のあの企画と大して変わらないカオスの様相を呈していた。
 トップ争いは熾烈を極め、ムギ先輩と私、そして憂が終盤まで拮抗していた。

 勝負が動いたのは、ゴールの十マス程度手前。
 『6』を出した私は、軽やかにトップへ躍り出て、『どんな命令でも来い!』と意気込み、そして

  『スタートに戻る』

 薄い胸を張って意気揚々とスタート地点に戻ると、
 『5戻る』の無限ループから抜け出せない律先輩が人差し指で「の」の字を書きながら拗ねていた。
 そんな様子を見つめながら、誰が薄い胸だこのやろう。と密かに呟き、私はサイコロではなく匙を投げた。

313: 2009/09/22(火) 17:59:50.87 ID:WLo0G95R0
 私がスタートに戻ったことで三位へと浮上した唯先輩は、本日五度目となる

  『子供にバカにされる』

 を踏み、バカにするネタが尽きた子供達が『ボディタッチ』という強硬手段に出たため、憂がキレた。
 このときばかりは、私も負けじとモップを手に取り、聖戦へと赴き――

 「憂、背中預けるよ」
 「任せて梓ちゃん。必ず奴らを根絶やしにするから」


 保護者にガチで怒られた。

 
 一方でムギ先輩が、
  『キーボードのド(C4)が、気持ち硬めになる』 
 という、嫌がらせ以外の何物でもないマスを踏み、膝を抱えて丸くなっていた。

314: 2009/09/22(火) 18:06:30.57 ID:WLo0G95R0
 もはや優勝争いから脱落していた澪先輩は、これまた
  『次にコーラを飲む時に、ものすごい振られている』
 という、嫌がらせ以外の何物でもないマスを踏み、なんとも言えない表情を浮かべ、

 私と共に保護者会に怒られていた憂は、次のターンで
  『己の性癖を暴露する』というマスを踏み、

 「私、シスコンなんです」

 と、恥じらい二百%乙女ロード驀進中と言わんばかりに叫び、誰もが生暖かい眼差しで見守った。
 ……間違ってもサ●シャイン60の西側のことではないのであしからず。

 結局、優勝争いがどうなったかと言えば、

 憂が、『5回休み』 
 という恐ろしいマスで停止している間に、虎視眈々と首位を狙っていたムギ先輩が、
 憂を華麗にかわしてゴールに到達したのだった。


 以上、ダイジェスト。

316: 2009/09/22(火) 18:12:28.43 ID:WLo0G95R0
梓「べ、別に、勢いでやりだしたはいいけど、すっごい長くなりそうだから端折ったとか、そういうことじゃないですよ?」

律「誰に言ってるんだ?」

梓「いえ、なんでもないです」

澪「しかし、まさかこのアトラクションだけで日が暮れるとは思ってなかったよ」

 そう。澪先輩の言うとおり、現在の時刻は夜の六時。
 昼食をとったのが、二時前後だったはずだから、
 凡そ四時間もあんなバカなゲームをしていたことになる。
 蛇足だが、澪先輩の髪型は、支配人に無理を言ってその場で元に戻してもらった。
 律先輩のは、カチューシャを付け替えるだけなので元々問題ないとして、
 私も新しいヘアゴムをもらったのだが、唯先輩とムギ先輩が、
 かわいいからそのままで。といってくれたので、今日はこのまま過ごすことにした。

320: 2009/09/22(火) 18:18:54.31 ID:WLo0G95R0
憂「さすがに疲れちゃいましたね」

紬「そうね。今日はもう解散かしら」

律「なあ、皆。ちょっと冷静に考えてみてくれないか?」

 そう言って律先輩が少し溜める。
 ええ、まあ、言わんとしていることはよく分かっています。

律「どう考えてもおかしいよな、このアトラクション」

澪「今更だな……」

唯「え、でも楽しかったよ?」

律「……まぁ、確かに楽しくはあったけどさ」

紬「なら、それでいいじゃない。ね?」

梓「そこで私に振るんですか」

323: 2009/09/22(火) 18:23:31.08 ID:WLo0G95R0
憂「あ、そういえば……トップの人は他の人に一つだけ命令できるって話でしたけど」

唯「ああ、そうだったね。トップってムギちゃんだよね?」

律「……」

澪「……」

梓「……」

 言わなかったら忘れてたかもしれないのに!
 誰からともなく、ちっ、という舌打ちが聞こえた気がした。

324: 2009/09/22(火) 18:29:17.99 ID:WLo0G95R0
 だけど――。
 そんな空気が不意に変わった。

紬「ふふ、そうだったわ。みんなに一つだけ命令しなくっちゃいけないわね」

 そう言って、最後尾を歩いていたムギ先輩が歩みを止めて、
 それにあわせて、唯先輩が、律先輩が、澪先輩が、憂が、そして私がゆっくりと振り返る。
 どこまでも続くオレンジ色の夕陽に照らされ、風に靡く金色の髪。
 想い人以外に心を奪われるつもりは無いが、そんな私ですら見惚れてしまうほどに、ムギ先輩は綺麗だった。

紬「今日は本当に楽しかったわ。……だから、みんなでまた来ましょう。それが私から皆に下す命令」

澪「……ああ。約束するよ、ムギ」

律「あのすごろくはどうかと思うけどな。そんな命令ならお安い御用さ」


326: 2009/09/22(火) 18:31:32.49 ID:WLo0G95R0
憂「私も約束しますね、紬さん」

唯「いいね!またみんなで来よう!」

梓「まぁ、命令なら仕方ないですね。また今度、来るとしましょう」

律「ビックリする程ツンデレだ」

梓「……うるさいです」

 道中はいつも混沌として、だけど最後は爽やかに。
 ムギ先輩も憂も、その辺は一貫しているらしい。

 今日は確かに楽しかったし、こんなに綺麗なカタチで終われるなら、なんの文句もない筈だった。

 だけど――、
 どういう訳か、私の心には薄い靄がかかっているような気がした。

329: 2009/09/22(火) 18:37:46.06 ID:WLo0G95R0
 ―平沢家―


唯・憂「ただいま~」

梓「……お邪魔しま~す」

憂「誰もいないけどね」

唯「うああ~疲れた~~~お腹すいた~~~」

 靴を脱ぐや否や、廊下にぱたりと倒れる唯先輩。

憂「お姉ちゃん、そんなところで寝転がると汚れちゃうよ?」

唯「あと五分……」

梓「寝起きじゃないんですから」

憂「ほら、しっかりして」

331: 2009/09/22(火) 18:44:34.69 ID:WLo0G95R0
 憂に肩を借りて、二階のリビングまで運ばれていく唯先輩。
 泥酔して帰ってきたサラリーマンのような有様だ。

梓「唯先輩がこの調子なら、罰ゲームはもういいんじゃないかな」

憂「……」

梓「ほら、憂もムギ先輩も、昼間十分堪能してたわけだし」

 特に憂は、唯先輩にべったりだったわけだし。
 おかげで私は唯先輩とペアで乗り物に乗れなかったわけだし。
 思い返すと、心にどす黒い感情が沸々と溢れ出てくる。

332: 2009/09/22(火) 18:50:17.77 ID:WLo0G95R0
憂「そうだね。……でも、今日寝るまでの間はまだ続いてるんだよ。最後までやりとげなきゃ」

 憂は、お姉ちゃんの為にもね、と最後に付け加えた。
 さすがにそう簡単には引き下がってくれないか。
 時刻は午後の八時。罰ゲームの有効期間は寝るまでの間。
 憂を見ている限り、これといって変な命令をする様子はないけれど、
 やはり、私がそばについているべきだろう。

 ええと、ほら。あの……えOちぃ命令とかは断固阻止しなくちゃだし、ね? 

 などと考えていると、ぐったりモードの唯先輩が突然声をあげた。

唯「あ、そうだ」

梓「どうしたんですか?」

唯「え」

憂「あ」

 アイコンタクト?
 唯先輩と憂が、なにやら目で合図を送りあう。

333: 2009/09/22(火) 18:56:00.33 ID:WLo0G95R0
唯「ううん……、なんでもない、なんでもないよ!」

梓「?」

 今の間はなんだ。

憂「ほら、お姉ちゃん」

 言いながら、憂が席を立つと同時に、唯先輩もすくっと立ち上がる。

唯「あずにゃんは、えっと……私の部屋で漫画でも読んでくつろいでて!」

梓「え、でも」

唯「いいからいいから」

憂「そこにいてね。降りてきちゃダメだよ、梓ちゃん」

梓「……」

335: 2009/09/22(火) 18:59:45.40 ID:WLo0G95R0
 半ば強制的に。
 唯先輩と憂に引っ張られ、気付けば唯先輩の部屋にぽつんと一人。
 二人は足早に、二階へと降りていってしまった。

 なんだ、なんなんだ、この状況は。
 どうしてこうなった。

 こそこそと、二人で一体なにを……?

 憂が唯先輩になにか命令をした感じは無かった。
 或いは私と唯先輩が離れている間に、こっそりと何かあったのかもしれないが。
 ……待て。
 罰ゲームの有効時間内は、ずっと私が一緒にいる。
 つまり、あまり過激な命令はできないということだ。
 ならば、過激な命令をするためには、私を隔離する必要がある……?

337: 2009/09/22(火) 19:04:56.40 ID:WLo0G95R0
梓「まさか」

 そっと、耳を澄ましてみる。

 しかし、聞こえてくるのは、二人の楽しそうな笑い声のみ。

 考えすぎか。
 ……いや、寧ろ。
 さっきの様子からして、私を隔離したがったのは憂ではなく、唯先輩じゃなかっただろうか。

 唯先輩が、それを望んだ?

梓「……」

 唯先輩と憂は姉妹だけど、信じられないくらいに仲が良くて。
 憂はきっと、唯先輩のことが大好きで、
 唯先輩だって、憂のことが――。

338: 2009/09/22(火) 19:11:51.89 ID:WLo0G95R0
 もしかして、私、お邪魔……なのかな?

 ううん、そんなことない。
 唯先輩は、二人きりになりたいからなんて理由で、誰かをのけ者にしたりなんかする人じゃない。
 きっと、何か事情が……。私には見せたくない、何か……。

 見せたくない?
 私、罰ゲームのカメラ係ですよ?

 ムギ先輩と交わした会話が、頭を過ぎる。

 ――そういえば、なんで私なんですか?
 ――梓ちゃん以外だと、二人のお邪魔になっちゃうから

 私だって、変わらないじゃないですか……。

梓「……」

 なんだか、急に切なくなってきた。
 どうして一人になると、途端に後ろ向きになってしまうんだろう。

341: 2009/09/22(火) 19:17:44.55 ID:WLo0G95R0
梓「……帰ろうかな」

 無意識に、そんな言葉が漏れた。

梓「……」

 私はそっと扉を開けて、静かに階段を降りる。

唯「……よ、……ういー……」

憂「もう、……じゃない」

 上に居るときよりも、より鮮明に二人の声が聞こえてくる。

343: 2009/09/22(火) 19:25:17.89 ID:WLo0G95R0
唯「だって……」

 一段、また一段。
 降りる度に、声ははっきりと。

憂「ほら、もっとよく見せて」

 声が――

憂「私が……舐めてあげる」

梓「!?」

唯「は、恥ずかしいよ、うい……っ」

 ――何を、しているの?

 息を頃して、階段を降りきる。
 右手を見れば、そこにあるのはリビングで――

憂「……」

梓「……え?」

345: 2009/09/22(火) 19:32:08.35 ID:WLo0G95R0
 憂が、仁王立ちしていた。
 唯先輩は――?
 リビングに唯先輩の姿が、無い。
  
憂「降りてきちゃダメって、言ったのに」

梓「どうして……?」

憂「ごめんね、今はダメなの。もう少しだけ待ってて」

梓「だって、私はムギ先輩に頼まれてて……、見届けなきゃいけないのに!」

憂「それは、お姉ちゃんの罰ゲームの話でしょ。今はなにもお願いしてないもの」

梓「……」

 それって、やっぱり……。

347: 2009/09/22(火) 19:39:56.09 ID:WLo0G95R0
梓「憂、ひとつだけ聞かせて」

憂「なに?」

梓「憂は、唯先輩のこと――」

憂「好きだよ。愛してる」

梓「……」

 そう、だよね。
 分かりきっていた回答なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
 これ以上、苦しみたくないのに。
 どうして私は、自分の傷を抉るような真似をしているの?

梓「でも、姉妹……じゃない」

憂「関係ないよ。そういう考えは、とっくに捨てた」

梓「……そっか」

 十分だった。
 もう、考えたくない。

梓「っ……!!」
 
憂「具体的に言えば、四歳の時の九月半ばにお姉ちゃんが私に……って、あ、梓ちゃん!?」

 だから、私は逃げ出した。
 家を飛び出して、ただひたすらに、全力で走った。

350: 2009/09/22(火) 19:48:25.72 ID:WLo0G95R0
 昼間の快晴から天気は崩れる気配もなく、夜空には雲ひとつない。
 にも関わらず、地上を照らす光は燦然と輝く星々でしかなかった。
 今宵は新月だったか。
 その僅かな星明かりと、一定間隔に設置された無機質な街路灯を頼りに歩く私の体を、夜風が冷たく刺した。

「……なにやってるんだろう」

 虫達の合奏以外には何も聞こえない静かな夜。
 虚空に消えた私の声は、孤独を感じさせるには十分だった。

 荷物、唯先輩の家に置いたままだったな。
 ……今更戻る気にはなれないけれど。
 カメラだってカバンの中だし、
 ムギ先輩に頼まれてた罰ゲームの撮影も、結局放り出すカタチになってしまった。

352: 2009/09/22(火) 19:54:50.39 ID:WLo0G95R0
「唯……先輩……」

 頭に浮かぶのは、唯先輩のあったかい笑顔ばかり。

 ――自分の気持ちに正直になればいいんだよ。

 そんなの、無理ですよ……。

 ――え、でも私もあずにゃんも女の子なのに……?

 告白なんかして、そんな風に拒絶されてしまったら
 私はきっと、立ち直れないから。

「う、……うあっ……」 

 ぽたっ、と乾いたアスファルトに水滴が落ちた。

353: 2009/09/22(火) 19:59:52.53 ID:WLo0G95R0
「ゆい、せ、んぱ、い…っ、う、ううっ……」

 片思いでも構わない、一緒に居られたらそれでいいって思ってた。
 だから、唯先輩が他の誰を好きになったとしても、受け入れられるって思ってた。

 でも、違ったんだ。

 唯先輩と憂の関係には、私の存在は邪魔でしかないのかもしれない――。
 そう考えてしまったときの、胸を引き裂かれたような痛み。

「受け、うっ、入れ、られ、る、はず、うっ、うああ……」

 自分に言い聞かせる為に必氏に紡ごうとしているのに、
 嗚咽が酷くて言葉にならない。
 今日一日、ずっと憂に嫉妬してたんだ。 憂は大事な友達なのに。
 ああ、私ってこんなにも欲深かったんだって、気付いてしまった。

 そんな自分が嫌なのに。
 それでも唯先輩を独占したい気持ちはきっと消えない。
 堤防の決壊した河川の様にぼろぼろと、涙が零れ落ちる。
 
 途切れることない虫の合奏も、どこか寂しそうに聞こえた。

373: 2009/09/22(火) 21:15:42.28 ID:WLo0G95R0
 一体どれくらいの時間が経っただろうか。
 沈んでいた心も、ようやく落ち着きを取り戻し始め、
 私はこれからのことをぼんやりと考えていた。

 いつまでもこんなところで泣いてる訳にはいかないけれど、唯先輩の家に戻ることはできない。
 仕方ないよね。
 家族には泊まりって言ってあるけれど、今日は家に帰ろう。

 立ち上がって、再び歩みを進める。

 そのとき、トクン――、と胸が高鳴る音がした。

376: 2009/09/22(火) 21:22:17.71 ID:WLo0G95R0
 ――足音。

 誰かが、走ってくる。こっちに向かって。

 私はゆっくりと、振り返る。

 ――声。

 私の名前を呼ぶ、声。

「…ずにゃ……ん」

 それは段々と近付いていて。

「あずにゃーーーん!!」

378: 2009/09/22(火) 21:27:55.49 ID:WLo0G95R0
 あ……追いかけてきてくれたんだ――。
 嬉しいはずなのに、どういうわけか、再び涙が滲む。

梓「唯……せんぱ――」

 がばっ!

唯「あずにゃあああああん!!」

 いつもより力強く、唯先輩は私を抱きしめてくれた。
 さっきまでの冷め切った心が、嘘みたいに穏やかになっていく。
 私の好きな、優しい匂い。
 私の好きな、心地良い体温。

379: 2009/09/22(火) 21:32:17.80 ID:WLo0G95R0
唯「憂が私が走っていっちゃったって聞いてあずにゃんがキッチンで」

梓「落ち着いてください、何言ってるかわかりません」

唯「う、うぇ……、心配したんだよおおっ!」

梓「……なんで、唯先輩が泣いてるんですか」

 私の名前を何度も呼んで、
 小さな嗚咽を漏らすこの人の前で、涙を流すなんてできる筈がなかった。

 十分にも満たない静寂。

 本当に、どうしてあなたが泣いているんですか。

382: 2009/09/22(火) 21:41:06.80 ID:WLo0G95R0
梓「……少しは、落ち着きましたか?」

唯「うん。ごめんねあずにゃん」

 二人並んで、公園のベンチに腰掛ける。
 人の姿は見えず、まるで私達の為の空間であるかのような錯覚に陥る。
 追いかけてきてくれたことは本当に嬉しかった。
 泣いていた私を、慰めてくれる――ことを期待していた訳ではないが、
 まさか私が慰める立場になるとは、正直予想していなかった。
 
梓「完全に立場が逆じゃないですか……」

 悪い気は、全然しなかったけれど。

383: 2009/09/22(火) 21:47:11.58 ID:WLo0G95R0
唯「ねえ、あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「どうして、出て行っちゃったの?」

梓「それは……」

 一人ぼっちにされたのが寂しかった。
 唯先輩が憂と仲良くしているのが、悔しかった。
 それに嫉妬している自分がどうしようもなく嫌だった。

 ムギ先輩や澪先輩にあれだけ後押ししてもらって、
 それでも正直になれない私は、やっぱり臆病者なんだろうな。

384: 2009/09/22(火) 21:48:38.46 ID:WLo0G95R0
唯「あ、ううん。答えたくなかったらそれでもいいの」

 だけど―、と唯先輩は続ける。

唯「それがもし、私のせいだったなら――謝らなくちゃなぁって」

梓「違います、唯先輩のせいなんかじゃ――」

唯「ごめんね、ひとりにしちゃって」

梓「……」

 ――見透かされていたのだろうか。
 普段鈍感な癖に、どうしてこんなときだけ。
 なにも、言い返せない。
 違うのに。唯先輩は悪くないのに。
 言い返さなくちゃ、ダメなのに。

388: 2009/09/22(火) 21:58:46.41 ID:WLo0G95R0
唯「私ね、ちょっと後悔してるんだ。
  あずにゃんに寂しい思いさせちゃうくらいなら、ちゃんと話しておけばよかったって」

 唯先輩は月の無い夜空を見上げながら、
 子供みたいに両足をぶらぶらさせて、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

唯「……笑わないでね?」

梓「……笑うわけ、ないでしょう」

唯「えへへ。 実はお料理してたんだー。 ……憂に教わりながらだけど」

梓「料理? どうして、突然そんなこと……」

唯「あずにゃんに、私の手料理食べて欲しかったから」

梓「……」

 キラーパスだった。
 心臓をぶちぬかれたような衝撃に身悶えする。

389: 2009/09/22(火) 21:59:38.19 ID:WLo0G95R0
唯「指とか、切っちゃった」

 人差し指を私に見せて、照れ笑いを浮かべる唯先輩。
 その発言で、ようやく私は気が付いた。

 ――「もう、気をつけてって、言ったじゃない」

 ――「だって……」

 ――「ほら、もっとよく見せて」

 ――「私が……舐めてあげる」

 ――「は、恥ずかしいよ、うい……っ」

 指のことかよ!!
 紛らわしいよちくしょう!!
 いや、指でも舐めようとするのはおかしいけど憂!!

391: 2009/09/22(火) 22:05:57.22 ID:WLo0G95R0
梓「あー、あー、あー」

唯「どうしたの?」

梓「いえ、どうしようもない早とちりした自分が情けなくて」

 ――そう、だったんだ。
 普通に忘れていたけれど、確かに夕飯まだ食べてなかったし。
 ていうか気付けよ。
 階段降りてる途中で声が聞こえてて、降りきるまでに憂が階段の前に来れる範囲って
 リビングの真横のキッチン以外ありえないだろ。
 唯先輩の姿がなかったのはキッチンに居たからだろ。
 なんで、そんな簡単なことに気付かなかったんだろう。

392: 2009/09/22(火) 22:13:59.75 ID:WLo0G95R0
唯「そっか。 ……ごめんね、あずにゃん」

梓「もう、いいですよ。 気にしてませんし……っていうか、私が勝手に誤解しただけですし」

唯「誤解?」

 ……あ?
 なんか噛み合ってないな。
 
 もしかして、単純に一人にされて寂しかったことが原因だと思ってるのか。
 前言を撤回しておこう。
 やはりこの人は鈍い。

唯「驚かせたかったんだー。『唯先輩、実は料理うまかったんですね、素敵っ!』って言わせよ」
梓「言いませんからそんなこと」

 あからさまに私のキャラを履き違えていらっしゃるので、台詞の途中で遮ってやった。

396: 2009/09/22(火) 22:21:01.72 ID:WLo0G95R0
唯「えー、いいじゃん言ってくれても……」

梓「私頭悪い子みたいになってるじゃないですか」

唯「もう、素直じゃないなぁ」

梓「いや、だから。なんでそんな恋する乙女みたいな台詞を吐かなきゃいけないんです……か」

 ん? 恋する乙女?
 強ち間違ってもいなかった例えに、一瞬だけ体が強張る。

唯「ふふ。……でも、それがいけなかったんだよね」

梓「……」

399: 2009/09/22(火) 22:27:39.97 ID:WLo0G95R0
唯「憂が慌てて戻ってきて『梓ちゃん出て行っちゃった!』なんて言うんだもん、びっくりしちゃったよ」

梓「……それにしたって、泣くことはないでしょうに」

唯「うん。でも、あずにゃんに嫌われちゃったって思ったら、なんか泣いてた」

 そんなことを平気でいいのけて、唯先輩は俯いた。
 痛い。
 心が痛い。
 話題を、話題を逸らすんだ。
 話題を逸らすのよ、梓。

梓「で、これから私はその、唯先輩の手料理を食べるわけですけど」

 あんまり逸らせてなかった。

唯「食べてくれるの……?」

 まぶしすぎて直視できない。
 その上目遣いをやめてください。融けそうです。

403: 2009/09/22(火) 22:36:24.70 ID:WLo0G95R0
梓「……そりゃ食べますよ、お腹ぺこぺこですし。
  何を勘違いしてるのか知りませんけど、私が唯先輩を嫌いになるとか絶対にありえませんから」

唯「あずにゃん……」

 あれ?
 なんだこのムード。
 いつもなら、嬉しそうに抱きついてくるであろうシチュエーション。
 なのに、どうしてあなたはそれをせず、薄っすらと目に涙を溜めた上で頬を赤らめておられるのでしょうか。
 そんな顔をされると、こっちまで緊張してくるじゃないですか。

 うわあっ、どうしよう。ドキドキしてきたっ!!

410: 2009/09/22(火) 22:43:34.95 ID:WLo0G95R0
 こういうときは、どうすれば……、どうすれば……。
 そ、そうだ。名前を呼んでみよう。 名前を……。

 『唯先輩……』

 『あずにゃん……』

 見つめ合う二人。そして二人は唇を重ね――

 うわあああああああ!!
 なに考えてるんだ私は!!
 ちがうちがうちがう!!

 もっとこう、砕けた感じで名前を……。

 『ゆいにゃん……』

 『あずにゃん……』

 見つめ合う二人。そして二人はにゃんにゃん――

 もっとちげえ!!

414: 2009/09/22(火) 22:46:55.67 ID:WLo0G95R0
 ――ぴと。

 一人妄想コントをしていると、不意に肩の辺りにあったかい感触。
 ふわりと私の鼻をくすぐる、やわらかい髪。

梓「……っ!!」

 ドキドキ……。
 お、落ち着け、落ち着くのよ梓。
 まずは、今私がどういう状況におかれているのかを確認しなくては。
 いや、もう大体予想はついているけど。
 だけど、生憎と今日私は学んだのだ。

 早とちり、よくない ――ってね!

 キリッ!とした表情を浮かべて、心の中で叫んだ。

416: 2009/09/22(火) 22:52:09.91 ID:WLo0G95R0
 そう、期待とは常に裏切られるモノなの。
 もしかしたら、今私に寄りかかってきているのは、
 唯先輩じゃなくて、夏場に成長しすぎた無農薬栽培のトウモロコシかもしれないじゃない。
 脳内で鼻の大きなおっさんが「わしが育てた」と言いながら、良い顔をしていた。

 くわっ、と眼を見開いて、そっと隣を見る。

 唯先輩が、私に全身を委ねていた。

唯「大好きだよ、あずにゃん」

梓「ふにゃあああっ!!」
 
 文字通り顔から火が出て、そのまま意識がホワイトアウトした。

417: 2009/09/22(火) 22:56:11.09 ID:WLo0G95R0
梓「……」

唯「……」

 もう、いいですよね。
 よく我慢したよ、私。 うん、偉い偉い。

 唯先輩はきっと、私の言葉を待っているんだ。

 だから、百合の神様。
 どうか私に力を貸してください。
 琴吹菩薩の顔を思い浮かべて祈ると、百合の神様は最高の笑顔で答えてくれた。

 『Yes, We can!』

 よし、いける。

419: 2009/09/22(火) 22:58:00.19 ID:WLo0G95R0
梓「唯先輩」

唯「……」

梓「唯先輩!」

唯「は、はい!?」

梓「……なんでぼーっとしてるんですか」

唯「なんでもないなんでもない、それより、そろそろ帰ろっか。憂も待たせちゃってるし……」

420: 2009/09/22(火) 22:59:18.45 ID:WLo0G95R0
 『行け、今だ、行くのよ梓!!』
 脳内で百合の神様が、並列繋ぎのアルカリ乾電池からむき出しの銅線で繋がった豆電球をカチューシャ代わりに
 ピコピコさせながら必氏に叫ぶ。
 淡い光を帯びて煌く沢庵ライクの眉毛が、これほど神々しく思えたのは初めてだった。

梓「唯先輩……ごめんなさいっ!!」

唯「え……んぅ――!?」

 まるっきり無防備な唇に、私のそれを強引に重ねた。

429: 2009/09/22(火) 23:08:37.33 ID:WLo0G95R0
 『ヨッシャアァァァ!!』

 脳内で百合の神様が吼える。
 雰囲気とか色々台無しだ。
 お前もういい、どっかいけ。

 百合の神様を脳の片隅に追いやったところで、ようやく自分の犯した事の重大さに気付く。

 ちっがあぁぁぁう!!

 順番が違ぁぁぁう!!

 告白が先だろ!!
 なに血迷ってんだ私は!!

 だけど、体は止まらない。

434: 2009/09/22(火) 23:14:33.39 ID:WLo0G95R0
唯「ん、んんっ!」

 その声は口籠もって通らない。私が声の逃げ道を塞いでいるのだから。
 体が芯から熱くなって、胸の鼓動も次第に早くなっていく。
 唯先輩は顔を真っ赤にして、『アバンチュール』と書かれたシャツの裾を必氏に握り締める。
 そんな様子を見て、私は唯先輩を抱きしめる腕に、一層力を込めた。
 今まさにこのときがアバンチュール。
 同性であり、一つ年上の先輩を、舌で犯すという底知れぬ背徳感。
 それが喩えようのない快感に変わる。

 唯先輩唯先輩唯先輩唯先輩っ!!

438: 2009/09/22(火) 23:22:45.37 ID:WLo0G95R0
 ――。

 そして、私は唯先輩を抱く腕の力を緩めて、唇をそっと離した。

梓「……」

唯「……」

 僅かな、沈黙。
 まずい。
 何か言わないと。

 ……何か。

442: 2009/09/22(火) 23:27:42.40 ID:WLo0G95R0
梓「部屋着のまま、外出しないでください」

唯「え、ええ!? わ、私の純潔を奪っておいて最初に言う台詞がそれなのあずにゃん!?」

 一息でまくし立てる唯先輩。
 まさにExactly(その通りでございます)
 しかしそれでも、

梓「微妙な言い回しですけど、多分純潔までは奪ってません」

 私は、どういうわけか異常に冷静だった。

唯「え、えっと……」

梓「前に、言いましたよね。私は唯先輩のことが好きです……、って」

 一ヶ月前のことだ。唯先輩の部屋で、私はそう告げていた。
 よくよく考えたら、あの時、憂も一緒にいたんだけど。

445: 2009/09/22(火) 23:35:08.35 ID:WLo0G95R0
梓「あの時、唯先輩は『私も好きだよ』って答えてくれました」

 いつものほんわかした笑顔で、そう言ってくれた。

梓「勿論わかってます、あの時の『好き』は、こんな意味なんかじゃないって」

唯「……」

梓「だけど、私の『好き』は違うんです」

 ずっと苦しかった。
 順番は違ってしまったけれど、きっと今しかない。
 
梓「好きです。愛しています、唯先輩。 私と……、付き合ってください」

449: 2009/09/22(火) 23:43:13.53 ID:WLo0G95R0
 ……ああ、勢いで言ってしまった。
 顔から火が出そうだ。
 どうしよう……、受け入れてもらえなかったら、私は……。
 目を思いきり瞑って、唯先輩の言葉を待つ。
 一秒、二秒、そして十秒があっという間に過ぎて行く。
 この時が、永遠のようにも思えてくる。
 唯先輩――。

梓「……」

 いや、いくらなんでも長すぎるだろ。
 ぱちりと、片目を薄く開けてみる。

唯「あ……、愛……、愛……?」

 目を点にして、頭から煙を上げながら硬直していた。

梓「ちょ、唯先輩!? しっかりしてください!!」

456: 2009/09/22(火) 23:49:03.87 ID:WLo0G95R0
梓「……」

唯「……」

 なんとなく、気まずい。
 やっぱり、告白なんてするべきじゃ無かったのかもしれない。
 
梓「すみません、突然あんなこと……。 迷惑……でしたよね」

 唇まで奪っておいて、迷惑で済まされるものか。
 なにが百合の神様だ。あんなの、ただの私の妄想じゃないか。

 そっと席を立とうとすると、私の腕を唯先輩が掴んだ。

465: 2009/09/22(火) 23:58:25.11 ID:WLo0G95R0
唯「迷惑なんかじゃ、ないよ。 ちょっと、ビックリしただけだから……」

梓「……」

 ど、どうしましょうかしら?
 何を言ったらいいのか、わからないんですけども。
 キスなんかしちゃったもんだから、テンションが上がりきっていたというか、
 変な興奮物質分泌されてたせいで、さっきまではなんともなかったのに。
 中途半端に時間が経ったら、めちゃめちゃ恥ずかしくなってきた。
 唯先輩なんか、もじもじと指を絡ませながらウットリしてるし。
 まじでどうしましょうかしらこの状況。

 傍目から見ても、かなりおどおどしているだろう私。う~ん、カッコ悪い。

467: 2009/09/23(水) 00:04:36.77 ID:2VCKjWsE0
唯「全然、嫌じゃなかったよ?」

梓「……え?」

唯「あずにゃんにちゅーされた時、全然嫌な気分にならなかった」

 唯先輩は、でもまたいきなりするのはやめてね。と、続ける。
 私にも心の準備ってものがあるんだから!ぷんすか!と
 『ぷんすか!』まで正確に発音した上で釘を刺された。

 羞恥心で人が氏ねるのなら、私は間違いなく今この場で絶えている。

473: 2009/09/23(水) 00:13:19.55 ID:2VCKjWsE0
唯「私はあずにゃんのこと大好きだし、あずにゃんも私のことを好きでいてくれる――」

 照れくさそうに、微笑む唯先輩。
 本当にこの人は、私の「好き」の意味をわかってんのかと問い詰めたくなる。

唯「だから、好き同士で付き合うんだったら、別におかしなことじゃないかなって」

 けれどその笑顔は、風情ある虫達の大合唱よりも、月無き御空に煌く無数の星々よりも、
 ずっと、ずっと――綺麗だったから

480: 2009/09/23(水) 00:16:23.03 ID:2VCKjWsE0
梓「唯先輩……」

唯「……いいよ、あずにゃん」

 え?

 何がいいんですか?

 フラグ?

 いや、ダメですよ唯先輩。 高校生はキスまでです。
 第一、野外ですよこれ。
 初めてが野外だなんて、どんだけですか。

 どんだけですかーー!
 と思い切り口にしながら、私は唯先輩の胸に手を伸ばす。

 ――もうどうにでもなぁれ。

490: 2009/09/23(水) 00:22:29.77 ID:2VCKjWsE0
梓「あぁん……、唯先輩……そこはダメ……。ふ、ふふっ」

 あったかくて気持ち良い……。
 なんとも言えない微睡から僅かに意識を覚醒させる。

梓「……」

唯「……」

 えーと、……あれ?
 なにがどうなって、私は公園のベンチに横たわっているんだろう。
 それよりも、どうして今日この人はスキニーパンツを穿いていらっしゃるのでしょうか。
 ミニスカートとまでは言わないけど、せめてショートパンツにしてくださいよ。
 せっかくの膝枕が台無しじゃ――

梓「――膝まくらっ!?」

 ガンッ!

唯「おふっ!?」 梓「いだっ!?」

 跳ね上がるように起きあがった瞬間、唯先輩の顎に、思いっきり頭をぶつけた。
 唯先輩と私は、それぞれ右側と左側に分かれて蹲り、痛みと戦う。

493: 2009/09/23(水) 00:28:45.97 ID:2VCKjWsE0
 痛い。
 でも多分、顎の方が痛い。
 まさか、舌とか噛んでませんよね?

唯「い、痛い゛よ、あずにゃん……」

梓「す、すびばぜん……」

 まじでゴメンナサイ。
 だけど、今ので完全に覚醒しました。

唯「びっくりしたよー、急に頭から煙だして倒れちゃうんだもん」

499: 2009/09/23(水) 00:33:36.77 ID:2VCKjWsE0
梓「ええと……もしかして、これ夢オチってやつですかね」

 私が唯先輩にき、キスしていて、それでそのまま告白しちゃって……。

 その後……その後っ!!

 うわあああああ!!

 馬鹿!どういう夢だよ!!なんなの?欲求不満なの!?

 ものすごいリアルな夢だった。
 唯先輩を抱いた腕と、重ね合わせた唇に、その感触が未だ残っているような――
 ……あれ、夢だよね?

507: 2009/09/23(水) 00:40:45.22 ID:2VCKjWsE0
唯「……」

梓「……」

 互いに顔を見合わせる。

唯「顔、赤いよ?」

梓「先輩こそ」

唯「だって、あずにゃんが……」

 唯先輩の目尻には、涙が溜まっているのでドキッとしたが、
 よくよく考えたら、それは多分、顎を強打したせいだ。
 ていうか私がなに!?何言ったの!?
 或いは何したの!?どこからが夢なの!?

梓「ええと、今後の立ち振る舞いの参考に、聞いておきたいんですけど」

唯「うん」

梓「私は……その、一体何を――?」

唯「私の口からはとても……」

 ポッ、と赤くなる唯先輩。

 ちくしょおおおおおお!!!

512: 2009/09/23(水) 00:46:54.37 ID:2VCKjWsE0
唯「お腹もすいたし、そろそろ帰ろっか」

梓「……そう、ですね」

 そういって、唯先輩は歩き出す。
 私も慌てて先輩を追う。

唯「――は、――しないでね……」

 あ……。

梓「唯、先輩――、今、なんて……?」

唯「えへへ、 内緒~」

 振り返って、少しだけ恥ずかしそうに微笑む唯先輩。
 
梓「えー、いいじゃないですか、教えてくださいよ」

 その笑顔が大好きだから――
 私は、そっと先輩の手を握る。

 さっきよりも明るく見えた星々は、私達を祝福してくれているようだった。

518: 2009/09/23(水) 00:51:47.34 ID:2VCKjWsE0
 ―平沢家―

唯「ただいまー、ういー」

 唯先輩のその声に、慌てふためいた憂が猛然と走ってくる。

憂「お、おかえりお姉ちゃん!!」

唯「……あずにゃん、なんで隠れてるの?」

梓「あ……、その……」

憂「おかえり、梓ちゃん」

 憂は少しだけ目に涙を溜めて、嬉しそうに笑った。

521: 2009/09/23(水) 00:57:46.74 ID:2VCKjWsE0
梓「憂、その……ごめん、いきなり飛び出したりして……」

憂「いいんだよ。隠し事してた私にも非があるんだから」

 そういって、憂は両手を広げた。

 え?
 なにそのポーズ。

憂「カモン!」

 カモンじゃねえ。

梓「えーと……」

憂「えー、来てくれないんだ……」

梓「いや、だって……恥ずかしいし」

憂「じゃあお姉ちゃ―」 梓「うわーーい!!」

 一寸の迷いも無く、腕を広げる憂の胸に飛び込んだ。

523: 2009/09/23(水) 01:01:03.69 ID:2VCKjWsE0
唯「えー、ずるいよ二人だけー」

 ぎゅうっ!

 あったかな二人に包まれて、
 憂の、唯先輩より膨よかな二つの感触が正面に。
 唯先輩の、控えめな二つの感触が背中に。
 さしずめ私は、ふわふわの食パンに挟まれてとろける具だ。
 サンドウィッチハーレムだ。
 さらにこの後には、唯先輩が作ったという夕御飯が待っているという。

 一体どこへ迷い込んでしまったのでしょうか。

 ここは極楽浄土か、桃源郷か。

 これから先も、ずっとそんな平和な時が続いていく――。

 けれど、そのニュアンスは改めなくてはいけないようです。
 


 これから先も好きな人と一緒に、ずっとずっと、幸せな時を過ごしていければいいな――。



 おしまい。

526: 2009/09/23(水) 01:02:57.39 ID:dvJDFQZv0

531: 2009/09/23(水) 01:04:09.11 ID:2VCKjWsE0
 ―おまけ―


 やったァーーッ メルヘンだッ! ファンタジーだッ!

 そう、ここまでは全てこの私、平沢憂の計算通り。
 今日一日、私がお姉ちゃんにべったりすることで、梓ちゃんは欲求不満に陥った。
 そんな中、私はお姉ちゃんに、梓ちゃんに手料理をご馳走してあげたら?と提案。
 するとお姉ちゃんは、いとも容易くやる気を出した。
 もう、可愛すぎる。可愛すぎるから辛抱たまらなくなって食後にお姉ちゃんの使った箸をレロレロした。
 そして、手料理をサプライズに計画して、梓ちゃんを一人にする。

539: 2009/09/23(水) 01:07:35.98 ID:2VCKjWsE0
 うまくいくだろうとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。
 帰ってきたときの二人の僅かに上気した表情。
 愛されオーラ三割り増しどころか十割増しだ。
 そのまま二人とも押し倒してやろうかと思ったけどハグで譲歩した。

 うふふ、理性を保つのって大変なんですよ?

 そして今現在、梓ちゃんはもちろん、お姉ちゃんの部屋だ。
 私はあらかたの家事を済ませ、自室で勉強をする……フリをしている。
 理由は簡単。私が一緒では、することもできないだろうから。

540: 2009/09/23(水) 01:10:23.09 ID:2VCKjWsE0
 梓ちゃんは、きっとお姉ちゃんの大してありもしない色香にムラムラきてるし、
 お姉ちゃんは梓ちゃんに迫られたらきっと拒めない。
 そして、私が別の部屋で、二人は同じ部屋で一夜を共にする。
 以上の情報から導き出される解はただ一つ。

 まちがいない。
 
 セクロス。

 あとは、機を見て私がお姉ちゃんの部屋に飛び込めばいい。

 全裸で。

 スタンドも月までブッ飛ぶ衝撃だ。

543: 2009/09/23(水) 01:12:06.36 ID:2VCKjWsE0
憂「……」

 隣の部屋からは、まだ楽しそうに会話する声が聞こえる。
 くそう、まだか。まだなのか。

憂「……あ」

 お姉ちゃんの部屋の電気が消えた。
 ということは、つまり。
 いや、待て。……まだ早い。
 まだもう少し経って……もういいや。

 私は、足音を立てぬように、ゆっくりと歩く。

 そして、お姉ちゃんの部屋の前で立ち止まり――

 ――思い切り扉を開けた。

544: 2009/09/23(水) 01:13:38.21 ID:2VCKjWsE0
梓「!?」
唯「!?」

憂「!!」

 馬鹿な!?

 普通に寝ていた……だと!?

唯「う、うい……?」

梓「そ、その……服を……」

憂「え?」




梓「服を着ろおおおおおっ!!」



 今度こそ、おしまい。

545: 2009/09/23(水) 01:14:57.07 ID:irM2HFQK0
乙だああああああああ

553: 2009/09/23(水) 01:22:51.69 ID:2VCKjWsE0
やっと終わった…w

まずは読んでくれた人と保守・支援部隊に惜しみない感謝を。
唯と梓のアレが本当に夢だったのかどうかは、各自で妄想できるように曖昧にしておきました。
本当はガチ百合予定だったんですけどねww

最後は綺麗に終わろうかと思ったけど、結局憂ちゃんにオチ担当してもらいました。
ゴメンナサイwww

ではでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

563: 2009/09/23(水) 01:37:00.73 ID:2VCKjWsE0
>>561
さすがのクールビューティww
あざーすwwww

587: 2009/09/23(水) 09:19:21.01 ID:2VCKjWsE0
なんで残ってんのw
すごろくは、あずにゃんポニテネタがやりたいがためだけに書いた。
後悔は微塵もない。

引用元: 梓「ゆいにゃん」 唯「あずにゃん」