52: ◆iX3BLKpVR6 2015/08/09(日) 23:59:42.19 ID:HT/aefIi0
それからの風景
「誕生日、おめでとう~!!」
扉を開けた瞬間、パーンという軽快な音と共に告げられる。
少しだけ身を竦ませ、言葉の意味を理解するのに数秒かかったが、なんとか状況を把握する。
由比ヶ浜「もう、ゆきのんも一緒に言ってよ~!」
雪ノ下「おめでとう、比企谷くん。これも一応渡しておくわ」
由比ヶ浜「スルー!? あ、あたしたちからのプレゼントだからねそれ!」
二人から差し出される小さな包み。感触的にマグカップか?
いくら俺でも、ここまで直球に行動されては皮肉の一つも返せない。何より、さすがにそれは失礼だしな。まぁ……
八幡「……おう。その、なんだ………………あんがと」
恥ずかしいものは、恥ずかしい。やべぇよこれめっちゃ気恥ずかしい! 顔あっつい!
家族から祝われる事はあっても、クラスメイトや同級生からは殆ど無かったからな。なんとも慣れないというかむず痒い。昨日のアレのがまだマシだったな……
1: 2015/07/20(月) 02:37:36.52 ID:GSEOPeaN0
俺ガイルとモバマスのクロスSSです。
モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。
ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。
今度こそヒッキーと凛ちゃんのこれからを願って!
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その3だよ」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「これで最後、だね」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「ぼーなすとらっく!」
モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。
ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。
今度こそヒッキーと凛ちゃんのこれからを願って!
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その3だよ」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「これで最後、だね」
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「ぼーなすとらっく!」
53: 2015/08/10(月) 00:01:05.64 ID:OyLl6jBF0
由比ヶ浜「えへへ。それとね、ケーキも用意したんだ。三人で食べよ?」
由比ヶ浜の目線を追ってみれば、いつものテーブルの上には小さなチョコホールケーキ。その上に飾ってあるプレートには『ヒッキー誕生日おめでとう!』と書いてあった。お? これはもしや……?
八幡「……なぁ、念のために一つ訊いていいか?」
由比ヶ浜「?」
八幡「…………“用意した”ってのは、お前が“作った”って意味か?」
恐る恐るの確認。だが、これだけは確認しておかねばなるまい。どうせ食う事にはなるが、覚悟して挑むかどうかでもかなり変わってくるものだからな。俺は何と戦ってるんだ。
そしてそんな俺の気持ちを知ってから知らずか、由比ヶ浜はとても良い笑顔で即答する。
由比ヶ浜「うん! 頑張った!」
八幡「まさか誕生した日に氏線をくぐる羽目になるとはな……」
由比ヶ浜「どういう意味!?」
雪ノ下「安心して。私も一緒に作ったから、少なくとも命の保証はするわ」
八幡「なら良いか」
由比ヶ浜「フォローも辛辣だ!?」
相も変わらず涼しい顔で毒を吐く雪ノ下に、由比ヶ浜が「もー!」とぷんぷんしている。まぁ君の場合前科があるからね。前科が。
54: 2015/08/10(月) 00:02:39.97 ID:OyLl6jBF0
雪ノ下「……けれど」
八幡「あ?」
雪ノ下「比企谷くんも、食べないという選択肢が無い辺り素直じゃないわね」
意地悪そうに、微笑を浮かべながら言う雪ノ下。
八幡「まぁな。どんな出来でも、ちゃんと気持ちを考えて食べてやらないとな」
由比ヶ浜「ひ、ヒッキー……!」
八幡「使われた食材が可哀想だ」
由比ヶ浜「あたしの気持ちは!?」
もちろんそれも考えてやってはいるが、そんな事は口が裂けても言えはしまい。
だから、俺は今日も俺らしく、捻くれ度たっぷりで返してやる。
雪ノ下は呆れたようにして、由比ヶ浜は少し怒り気味で。
けれど、それでも笑って聞いてくれる。
……こんな奴らに誕生日を祝って貰える俺は、きっと幸せ者なんだろうな。
まぁ、こんな気持ちも、絶対に口には出来ないんだけどな。恥ずかしいにも程がある。
その後はケーキを頂き、紅茶も淹れて貰う。なんだか部室にいるというのに、喫茶店にでも来ている気分だ。
紅茶はもちろんの事、ケーキも美味かった。
55: 2015/08/10(月) 00:04:10.71 ID:OyLl6jBF0
由比ヶ浜「そういえばヒッキー、昨日メール返してくれるの珍しく早かったよね。ちょっと驚いちゃった」
八幡「ああ……まぁ、ちょっとな」
思い出すように言う由比ヶ浜。その言葉で、自然と昨夜の事を思い出す。
八幡「……つーかよ、なんでわざわざ日付変わった瞬間にメール寄越すんだ? 今日言うなら別に良かっただろ」
由比ヶ浜「え? 普通そうしない? やっぱ誕生日になってすぐにおめでとうーって言いたいじゃん」
キョトンと、本当に何がおかしいのか分からないといった風に首を傾げる由比ヶ浜。マジかよ。リア充ってそんな大変なのかよ。あけおめメールみてぇだなおい。
雪ノ下「そういえば私の時もすぐに来たわね」
八幡「マジで理解できん。それも由比ヶ浜だけじゃなくアイツらもだからな…」
由比ヶ浜「アイツら?」
あ、やべ。思わず口走ってしまった。
雪ノ下も由比ヶ浜も、誰の事なのかと目でジッと俺に問いかけてくる。いや別に隠す事ではないんだが、なんか、わざわざ言うのも憚られるな……
八幡「……面識のあったアイドルの連中な。何人かからお祝いの連絡があって、その中でも更に何人かは由比ヶ浜みたく日付変わってすぐに送られて来たんだよ」
56: 2015/08/10(月) 00:05:56.72 ID:OyLl6jBF0
俺の言葉を聞き、納得の表情になる二人。
雪ノ下「そういう事。……けど、比企谷くんの交遊関係をよく考えてみればすぐに分かる事だったわね」
八幡「悪かったな交友関係が狭くて」
雪ノ下「……ある意味ではとても広いとも言えるけれどね」
まぁ、アイドルと交遊があるなんて珍しいっちゃ珍しいからな。
プロデューサーを辞めて以来、局とかスタジオ関係の所との繋がりは消えたが、それでも未だに残ってるものもある。狭いのに広いとは、これもう分かんねぇな。
由比ヶ浜「でもアイドルからお祝いして貰えるなんて凄いよねー。やっぱり、しぶりんからもすぐ来たの?」
八幡「っ!」
由比ヶ浜の、何の気無しに言ったその質問。
だが俺はすぐには答えられず、言葉に詰まってしまう。それ訊いちゃうのか。
由比ヶ浜「? ヒッキー?」
八幡「……来て、ない」
由比ヶ浜「じゃあ朝とか? アイドル活動忙しそうだもんねー」
八幡「…………そうじゃない」
由比ヶ浜「え?」
八幡「連絡自体来てないんだよ。まだな」
57: 2015/08/10(月) 00:07:58.70 ID:OyLl6jBF0
メールも、LINEも、電話も無い。
直接会うなんてもってのほか。
凛からのお祝いは、何も来ていなかった。
由比ヶ浜「あー……」
雪ノ下「…………」
引きつった顔で何も言えずにいる由比ヶ浜。雪ノ下はばつが悪そうに目を逸らしている。いや、こういう空気になるからあまり話したくなかったんだよ。どうすんだよこれ。
由比ヶ浜「だ、大丈夫! まだ何時間かあるし、きっと来るよ!」
雪ノ下「そうね。最悪12時を回っても25時とか26時とか、言いようはあるわ」
うんうんと頷く由比ヶ浜に付け加える雪ノ下。いやそれ完全に忘れちゃってたパターンですよね。
八幡「別にそんな気を遣わんでいい……つーか、たぶんアイツは…」
チラッと、目線を下に下げる。
目に入るのはネクタイを留めている一本のネクタイピン。
『そうだ。プロデューサー、来年はーー』
思い出される、去年のある日。
別に期待してるってわけじゃない。けど、もしかしたら。
俺の中で、そんな思いが小さく揺れ動いていた。
58: 2015/08/10(月) 00:09:31.13 ID:OyLl6jBF0
*
雪ノ下と由比ヶ浜とケーキを食べ、帰宅後も家族からお祝いされ、やっぱり妹はサイコーだなと再認識した更に数時間後。
俺は自室で机に向かい、頭を悩ませていた。
八幡「うーむ……」
開かれている何冊かの本に視線を行ったり来たりさせ、パラパラと捲ってはまた別の本を手に取る。
ダメだ、集中できん。やっぱ学校の勉強とはわけが違うな。改めて学ぼうとすると何をどうしていいか全然分からん。ネットなんかも当てに出来んし、どうしたものか。
八幡「ちひろさんに相談を……いや、さすがそこまでしたら迷惑か」
あの人だったら気にしないと言いそうなもんだが、俺が気にするしな。話を訊いてみるにしても、もう少し自分なりにやってからにしよう。
なんとか、俺の力で。
八幡「…………」
ふと、時計に視線を向ける。
今は午後11時12分。あともう少しで俺の誕生日が終わる。
凛からの連絡は、来ていない。
59: 2015/08/10(月) 00:11:03.18 ID:OyLl6jBF0
八幡「…………っ~~~」
あーーー!! なんでこんな悶々してんだ俺はーーーーー!!!!
気にしたらダメだ! 勉強だ、勉強して忘れろ! ファイトだよ!!
新しく棚にあった本を手に取り、順に目を通していく。気になる所は即メモ。分からない単語はググるなりして、更にメモ。
そうしていると、部屋の隅に置いてあるギターが視界の端に一瞬映った。……頑張んねぇとな。
やる事は山積みだ!
八幡「はっ!?」
60: 2015/08/10(月) 00:12:29.54 ID:OyLl6jBF0
がばっと、机から上体を起こす。
いきなりの振動で若干パニックになったが、どうやら寝ていたようだ。いや俺の集中力持たな過ぎでしょ。
それにしても、今の振動はなんぞや。どうやら地震ってわけではなさそうだが……
八幡「っ!」
見ると、机の上に裏返しで置いてあったケータイが震動している。
一瞬アラームかとも思ったが、そんな設定はしていなかったと思い直す。そして、俺はゆっくりと時計を見た。
八幡「……12時」
俺の誕生日である8月8日は終わり、今日は8月9日。
俺はケータイを手に取り、画面を見る事なく電話に出た。
八幡「…………もしもし」
『もしもし? 八幡?』
61: 2015/08/10(月) 00:14:36.54 ID:OyLl6jBF0
予想通りのその声。
すっと聞きたかった、聞けないんじゃないかと不安になった、その声。
八幡「……ったく。よく覚えてんな、ホント」
『その口ぶりじゃあ、そっちも覚えてたんだね。……良かった』
良かったじゃねぇっつの。マジで忘れられてんじゃねぇかって気が気じゃなかったぞこっちは。
『……本当は、すぐにでも送りたかったんだ。でも、やめた』
今年は色んな人からお祝いされて、でも、それでもどこか物足りなかった。
『今日の約束は、私たち二人しか知らないでしょ? だから、ちゃんと果たしたかったんだ』
前まではぼっちで、祝われること自体が希有だったこの俺が、誰かからの言葉を欲しがる。……本当に、責任でも取ってもらわないと割にあわないぞ。
62: 2015/08/10(月) 00:17:34.70 ID:OyLl6jBF0
八幡「……そんなら、俺もちゃんと言っとかねぇとな」
『……うんっ』
昨日でも、明日でもなく、今日。
前みたいに一緒ではないし、隣同士でもない。
それでも、残っている繋がりが、変わらないものが確かにあるから。
八幡・凛「「誕生日おめでとう」」
今日という日を、お祝いしよう。
おわり
63: 2015/08/10(月) 00:23:12.69 ID:OyLl6jBF0
というわけで、ヒッキー、凛ちゃん、誕生日おめでとー!
短くて申し訳ないけど、お祝いの番外編でした。でもたぶん後日談の短編は続きます。
やっぱこの二人は最高。
短くて申し訳ないけど、お祝いの番外編でした。でもたぶん後日談の短編は続きます。
やっぱこの二人は最高。
139: 2016/01/12(火) 00:41:14.04 ID:2cDGphZO0
それからの風景 その2
八幡「…………」
未央「あれ? もしかしてプロデューサー?」
八幡「うおっ」 ビクッ
未央「あーやっぱりそうだ!」
八幡「ほ、本田か」
未央「久しぶりだね! 何してたの? お買い物?」
八幡「そりゃ、本屋にいるんだからな」
未央「そう言えば本好きなんだっけ。それにしても、随分と難しそうな所見てるねぇ」 キョロキョロ
八幡「いや、まぁ……な」
未央「ふーん。マネジメントに経理、営業、経営学なんてのもあるね……」
八幡「…………」
未央「…………」
八幡「……なんだよ」
未央「いーや、別に?」
八幡「言いたい事があるんならハッキリ言った方が良いぞ」
未央「大丈夫だよ。たぶんだけど、今は訊かない方が良いと思うし」
八幡「何でだ?」
未央「プロデューサーが訊いてほしく無さそうだから」
八幡「……だから、プロデューサーじゃねぇっての」
未央「えへへ、そうだったね」
八幡「……ふっ」
未央「じゃあこれからはヒッキーという事で!」
八幡「は? いや、それは……ってか何でお前までその呼び方なわけ?」
未央「いやーガハマねぇが呼んでたの聞いて、良いセンスだなーと思ってたんだよね」
八幡「どこがだ」
未央「まぁまぁ、そうカリカリしないでよヒッキー」 ぽんぽん
八幡「やめろ。肩をぽんぽんするな……!」
未央「っていうか、そういうヒッキーだって苗字呼びに戻ってるじゃん」
八幡「うぐ……」
未央「ほらほら、遠慮せずに未央ちゃん! ってさ!」
八幡「……………未央。これでいいいか?」
未央「うむ。合格!」 ビシッ!
八幡「はぁ……」 ぐったり
140: 2016/01/12(火) 00:43:35.55 ID:2cDGphZO0
未央「あはは。……あ、そうだ」 ケータイポチー
八幡「?」
未央「えーっとここはEの本棚の、2番目の棚か」 ポチポチ
八幡「なんだ、誰か呼ぶのか?」
未央「呼ぶっていうか、しまむーも来てたからさ。ヒッキーがいるっていうお知らせ」 ポチポチ
八幡「あいつも来てたのか……」
未央「あ、しぶりんはいないよ? 会いたかった?」
八幡「……まさか。今更大っぴらに会えるわけないだろう」
未央「だよねー」
八幡「というか、本当ならお前とこうして話してるのも良くねぇんだからな?」
未央「大丈夫だよ。ほら! 変装もしてるし!」
八幡「俺には即バレだったんだが……もう用も無いだろ? 早く行…」
未央「あ、しまむー来た!」
卯月「ここにいたんですね。あ、プロデューサーさん! お久しぶりです♪」
八幡「…………」
卯月「な、なんでそんなジトッとした目で見るんですか!?」 ガーン
未央「まぁまぁ、少しくらい良いじゃんヒッキー」
八幡「ヒッキー言うな」
卯月「? あ、今はプロデューサーさんじゃありませんからね」
未央「そうそう。しまむーも呼び方変えなきゃ」
卯月「え? え、え~っと、そう、ですね……」 もじもじ
141: 2016/01/12(火) 00:44:32.07 ID:2cDGphZO0
八幡「…………」
卯月「…………は、八幡、くん……?」 カァァ
八幡「……ぐはっ!!」 ガクッ
未央「ひ、ヒッキィィィイイイイ!!」
卯月「え、ええーー! どうしたんですか急にうずくまって!?」
未央「分かってねぇ…! この天然娘、自分の破壊力を分かってねぇぜ……!」
八幡「くっ……舐めるなよ。この程度、ぼっちマスターの俺にかかれば勘違いなんてせずに耐えられる」 ググッ
未央「おお! その割にめっちゃダメージ食らってるように見えたけど、さすがはヒッキー!」
八幡「いや食らってない。食らってませんよ? 食らってないけど島村、出来れば苗字で…」
卯月「む……」
八幡「あ……」
卯月「…………」 つーん
未央「(な、なんて分かり易いほどの別に怒ってはいないけど怒ってる風にポーズを取るむくれた表情! あざとい、あざといぞしまむー……!)」
八幡「あー……」
卯月「…………」 つーん
八幡「ぐっ…………う、卯月」
卯月「……はい! なんですか?」 二コッ
八幡「出来る事なら苗字で呼んでほしいのだが」
卯月「嫌です♪」
未央「(そして断ったーー!!)」
卯月「だって、お互い名前で呼び合わないとフェアじゃありませんから」 ニコニコ
八幡「……お前も大概良い性格してるよな」
卯月「うふふ♪」
142: 2016/01/12(火) 00:45:25.86 ID:2cDGphZO0
× × ×
未央「それじゃあ私たちはここで。ヒッキーは?」
八幡「俺はもう少し見ていく」
卯月「すみません、時間を頂いてしまって」
八幡「本当にな。この落とし前をどう付けて貰おうか」
未央「ふむふむ。どうしてほしいんだい?」
八幡「……直接会わなくても俺の目と耳に届くくらい、アイドル活動頑張ってくれ」
卯月「……はいっ!」
未央「任せてよ!」
八幡「良い返事だ……じゃあな」
未央「あ、プロデューサー!」
八幡「ぐっ……何だよ。今奇麗に締まっただろ」
未央「いや、言ってなかった事があってさ」
八幡「なんだ。つーかプロデューサーじゃ…」
未央「私たちも応援してるから!」
八幡「っ!」
未央「プロデューサーがやりたいって、何かを頑張るっていうなら、私たちもそれを応援するよ」
八幡「…………」
未央「ね、しまむー!」
卯月「はい! ……プロデューサーさんが私たちを助けてくれたように、私たちも、プロデューサーさんの力になりますから」
八幡「…………そうか」
卯月「はい!」
143: 2016/01/12(火) 00:46:43.70 ID:2cDGphZO0
八幡「…………」
未央「あ、なーに? もしかしてあまりの感動に泣いちゃった? 泣いちゃったのプロデューサー?」 このこの
八幡「んなわけあるか。ってか肘で小突くな、うぜぇから」
未央「なにをー!」
卯月「あはは♪」
八幡「(……なんでだろうな。応援してくれるって言ってくれて、凄く安心した。その言葉だけで、俺にはとても心強く思えた。なのに…)」
未央「うーむ、こうなったら演技の勉強でもしようかね。こう、人を感激の涙で溢れさせられるような」
卯月「良いですね! 未央ちゃんだったら、凄い役者さんになれると思います!」
八幡「(……自分のやろうとしてる事が正しいのか、少し分からなくなった)」
卯月「プロデューサーさん? どうかしました?」
八幡「……いや、なんでもねぇよ」
未央「それじゃ、今度こそ本当に」
卯月「いつか、またお話しましょうね」
八幡「……おう」
未央「またねー!」 ふりふり
卯月「……」 ぺこっ
八幡「……………さて、俺も頑張りますかね」
144: 2016/01/12(火) 00:52:15.59 ID:2cDGphZO0
というわけで、あけましておめでとうございます。ずっとほったらかしにしていて申し訳ありませんでした!
次回こそは楓さんの方を進めたいと思いますので、いつも通り気長にお待ちください。
……2年以上もぐだぐだ続けているのに読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
次回こそは楓さんの方を進めたいと思いますので、いつも通り気長にお待ちください。
……2年以上もぐだぐだ続けているのに読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
179: 2016/02/23(火) 23:46:53.99 ID:J8l2WW8d0
それからの風景 その3
八幡「…………」
「…………」 キョロキョロ
八幡「…………」
「…………」 トコトコ
八幡「…………」
「…………」 ストン
八幡「…………」
「…………フヒ」
八幡「……っ!」
「…………」
八幡「…………」
「…………」
八幡「……おい」
「なに……?」
八幡「いや、なんか喋ってくれ」
「……おはよう」
八幡「もう既に昼だ」
「……そうだった」
八幡「……俺に何か用があったんじゃないのか?」
「…………」
八幡「…………」
「………………いや……特に、無い」
八幡「えっ」
「え?」
180: 2016/02/23(火) 23:49:01.57 ID:J8l2WW8d0
八幡「無いのか? 用事」
「……無い、な」
八幡「……じゃあなに、なんで俺たちはわざわざ変装して別々の席に時間をズラしてまで待ち合わせして、背中合わせに会話するっていうちょっと恥ずかしさすら覚えるスパイごっこみたいな真似してるの?」
「…………」
八幡「…………」
「……一度、やってみたかった…フフ」
八幡「……さいですか」
「八幡は……?」
八幡「は?」
「どう? ……この遊び」
八幡「…………正直、ちょっと楽しい」
「フヒヒ……さすが、話が分かる」
八幡「新聞は露骨過ぎたか」
「むしろ、それが良い…………でも」
八幡「……?」
「やっぱり、面と向かって話したい、な……」
八幡「……まさか、お前の口からそんな台詞が出るとはな」
「フフ……これでも、アイドル……だからな」
八幡「知ってるよ。……久々だな、輝子」
輝子「うん……元気そうで、何より」
八幡「お前もな」
輝子「フヒヒ」
八幡「つーか、マジでなんも用無いのか?」
輝子「…………しいて、言うなら……トモダチ、だから」
八幡「……友達に会うのに、理由なんていらないってか?」
輝子「っ! そう……その通り」
八幡「お前は相変わらずだな」
輝子「イヤ……だった? そういうの、嫌い……?」
八幡「……別に、嫌じゃねーよ」
輝子「……ホントに?」
八幡「ただ、好きとは言っていない」
輝子「好きじゃないの……?」
八幡「好きじゃないとも言ってない」
輝子「……フヒヒ。八幡も、相変わらずだな」
八幡「ほっとけ」
181: 2016/02/23(火) 23:51:16.31 ID:J8l2WW8d0
輝子「……最近は…どう?」
八幡「最近……って、言ってもな」
輝子「もう、バンドはやってないのか……?」
八幡「まぁ、基本的にはな。……ただ」
輝子「…ただ?」
八幡「たまぁーーーに、ヒマで、気が向いた時には、やってるよ。こっちから誘う事は無いけどな」
輝子「フフ……素直じゃない」
八幡「その実は誘われて嬉しいみたいな言い方やめてくんない? 仕方なくだ仕方なく」
輝子「でも、楽しい……だろ?」
八幡「……まぁ、息抜きには丁度良いかもな」
輝子「フヒヒ……」
八幡「ちっ」
輝子「……他には?」
八幡「あ? 他?」
輝子「何か、悩み事……とか」
八幡「…………あいつらから、なんか聞いたのか」
輝子「あいつら……?」 キョトン
八幡「(やべ、墓穴掘った)」
輝子「やっぱり、何か…あるのか……?」
八幡「いや、別になんも……ってか、やっぱりってなんだ」
輝子「……八幡、少し元気が無い…」
八幡「…………」
輝子「……ように、感じる」
八幡「…………」
輝子「………………気が、する」
八幡「自信ねーのかよ」
182: 2016/02/23(火) 23:54:26.02 ID:J8l2WW8d0
輝子「は、八幡…ツーカーフェイスだから……」
八幡「なんだその仲良さそうな顔。ポーカーフェイスな」
輝子「ホントに、何も無い……?」
八幡「無い」
輝子「……ホントにホント?」
八幡「ああ」
輝子「……凛ちゃんに誓って言える?」
八幡「…………何故そこで凛が出てくる」
輝子「も、もし八幡が悩んでるなら……凛ちゃんが関係あるかも…って」
八幡「…………」
輝子「……どう、なの?」
八幡「(また、ずるい手を使ってくるもんだ)」
輝子「八幡……?」
八幡「あー……っとだな」
輝子「……?」
八幡「……輝子、ガルウィングって知ってるか?」
輝子「えっ?」
八幡「ガルウィングだ、ガルウィング。直訳すればカモメの翼だが、基本的にはそれに似た形状の車のドアを指す。けどもちろん、俺が言いたいのはそっちではない」
輝子「は、八幡……?」
八幡「そう、俺の言うガルウィングとは765プロ所属アイドル、天使系アイドルの名を欲しいままにする高槻やよいの事だ」
輝子「あ……はい」
183: 2016/02/23(火) 23:55:07.72 ID:J8l2WW8d0
八幡「お辞儀をする際に両手を大きく後ろへ上げる事からついた愛称だが、俺は常々不思議に思っている事がある」
輝子「……な、なんでしょう」
八幡「うむ。実はガルウィングというのは、本来水平方向へ跳ね上げるようなドアの事を言うんだ。やよいちゃんのお辞儀のように、垂直方向へ跳ね上げるドアはシザーズ・ドアという別物の事を指す」
輝子「は、はぁ……」
八幡「まぁ既に大多数のファンに定着しているし、そこまで細かく指摘するような事でも無いからそのまま使われてはいるんだがな」
輝子「そ、そう……」
八幡「……しかしそれでも、俺は気になるんだ。あれを、ガルウィングと呼び続けていいのか……? 何か、煮え切らない気持ちが湧いてこないか……?」
輝子「…………」
八幡「いや、分かってはいるんだ。今更改めたって、そっちの方が絶対に違和感を感じる。出た! やよいちゃんのシザーズ・ドア! とか言ったら、なんかスタンドみたいで中二病感満載で嫌だし」
輝子「…………」
八幡「だから、俺は最近悩んでいるんだ。果たしてやよいちゃんをガルウィングと呼んでいいのか? このどうしようもない悩みを、俺はどうすればいいんだ? ……ってな」
輝子「……なるほど」
八幡「ああ。つまり、そういうわけだ」
輝子「ふむふむ……」
八幡「分かってくれたか」
輝子「うん」
八幡「そうか」
輝子「八幡」
八幡「うん?」
輝子「病院行こう?」
八幡「頼むからマジなトーンで言うな」
184: 2016/02/23(火) 23:58:16.22 ID:J8l2WW8d0
輝子「八幡が……ふざけるから」 ムスッ
八幡「(しょ、輝子が膨れっ面になっている。随分とレアなものを見た)」
輝子「……聞いてる?」
八幡「あー……すまん、悪かった。正直呼び方なんてどうでもいい」
輝子「うん……それを聞いて安心した」
八幡「あ、やよいちゃんがどうでもいいわけじゃないからな? ガルウィング自体は最高」
輝子「その補足はいらなかったな……」
八幡「……まぁ、悩みって言っていいのかは分からんが、思う事があるのは認めるよ」
輝子「…っ!」
八幡「ただ……なんつーか、まだ自分でも上手く整理出来てねぇし、今はまだ話しにくい。そこは分かってくれ」
輝子「……うん。分かった」
八幡「……いやに聞き分けが良いな」
輝子「トモダチ、だからな……いくらでも待つ。フヒヒ」
八幡「……そうかい」
輝子「……それじゃあ、そろそろ…行くな」
八幡「おう。さすがにこのまま会話するのも限界が近い。ってか逆にこれ目立ってね?」
輝子「フヒヒ……今更…」
八幡「俺は念の為もう少ししてから店出っから、パパラッチには気をつけて帰れよ」
輝子「うん、分かった…」
八幡「……ま、いざとなったら不祥事起こした元Pに脅されてたとでも言っとけ。辻褄は会わせる」
輝子「大丈夫……もし見つかっても、そんな事は…絶対に言わないからな」
八幡「いや、それ全然大丈夫じゃないんだが……」
輝子「私が、八幡を見捨てるなんて……あり得ない」
八幡「…………」
輝子「私がキノコを嫌いになるくらい……あり得ない」
八幡「……そりゃ、困ったな。ホントにあり得そうにない」
輝子「フヒヒ……そう。だから、絶対にあり得ない」
八幡「……なら、見つからんよう気をつけろよ」
輝子「うん……またな、八幡」 振り返り
八幡「っ! ばっ……」
輝子「…………」 フリフリ
八幡「……ったく、良い顔するようになりやがって。…………ちょっと安心したよ、こん畜生」
194: 2016/03/20(日) 00:34:37.86 ID:5fnH9UrL0
それからの風景 その4
奈緒「お、いたいた。おーい比企谷ー」
八幡「……ん。奈緒か」
奈緒「これから部活か?」
八幡「いや、今日はあいつら予定あるとかで来れないんだと。だから帰るとこだ」
奈緒「ふーん?」
八幡「なんだよ」
奈緒「いや、別にお前だけでもやれんじゃねぇのかなーと」
八幡「部活をか?」
奈緒「うん」
八幡「…………」 ハァー
奈緒「なんだよその反応」
八幡「あのな奈緒、常識的に考えてみろ。俺だけだぞ?」
奈緒「だから?」
八幡「だから、何か悩みを持った奴が部室を尋ねたら、俺だけがいるんだぞ?」
奈緒「……あー」
八幡「そのまま扉を閉められる事うけあいだ。無駄に俺がちょっぴり傷ついて終わる」
奈緒「確かにその光景は目に浮かぶな」
八幡「だろ。そもそも依頼人が来る事も稀だし、一日くらい休んでいいんだよ」
奈緒「なるほどな」
八幡「ああ」
奈緒「…………」
八幡「…………」
奈緒「……で、ホントのところは?」
八幡「めんどい」
奈緒「だと思ったよ!」
195: 2016/03/20(日) 00:36:25.92 ID:5fnH9UrL0
八幡「いいだろ別に。もし本当に悩んでる奴が来たら、部活が休みでもまた日を改めて来るだろ」
加蓮「確かにね。でも張り紙くらいはしといたら?」
八幡「張り紙って、部室の扉にか?」
奈緒「ああ、それ良いかもな。『本日休業』みたいな感じで」
八幡「定食屋かよ」
加蓮「あはは。じゃあ早速貼りに行こうか」
八幡「待てって。それなら何かコピー用紙とか…を……?」
加蓮「?」
八幡「……ホントにちょっと待ってくれ。……え?」
奈緒「どうしたんだ?」
八幡「いや、どうしたも何も、なんでお前がいる?」
加蓮「あ、やっぱり気付く?」
八幡「当たり前だろ。誰だって気付くわ」
奈緒「(にしてはちょっと反応が遅かったような気もするが……)」
八幡「つーか、その格好……」
加蓮「えへへ、どう? 奈緒から予備の制服借りたんだ♪」くるっ
八幡「(総武高の制服……控えめに言って最高です)」
加蓮「八幡さん? 聞いてる?」
八幡「え? あ、あぁ、すげぇ似合ってる。……と、客観的に世の男子目線で見て言ってみる」
奈緒「ものっそい分かり易く照れ隠ししたな、今」
加蓮「あ、ありがと。そんなにはっきり言われると、こっちもちょっと恥ずかしいね」カァァ
八幡「いやだから、あくまで今のは他の奴らの目線で……って、んなことはいい。なんで加蓮がいるんだ? うちの制服まで着て」
奈緒「久々に遊びに行ってみたいーって加蓮が言うから、制服貸して連れてきたんだよ」
加蓮「案外バレないもんだね」
八幡「……あのな、いくらバレないからってお前、変装までしてわざわざ来るか?」
加蓮「え? ポニーテール嫌いだった?」
八幡「超好きです。……いや違う違うそういう問題じゃなくて」
196: 2016/03/20(日) 00:39:36.66 ID:5fnH9UrL0
奈緒「別に良いじゃんよ。アタシと違って、加蓮たちはこうでもしなきゃ会えないんだし」
八幡「っ…」
加蓮「……ごめんね。これはアタシの我が侭みたいなものだから」
奈緒「お前がアタシらに迷惑をかけたくないって気持ちは分かる。けどそれでも、こっちだって全部納得してるわけじゃないんだよ」
加蓮「みんな、会いたいんだよ? 八幡さんに」
八幡「…………」
奈緒「だからさ、こんくらいは許してくれよ」
八幡「……分かった」
加蓮「!」
八幡「けど、本当に注意してくれ。大事になってからじゃ遅いしな」
加蓮「ありがと、八幡さん!」
奈緒「大丈夫だよ。少なくとも総武高の奴らは、お前が思ってるより分かってくれる奴らだから」
八幡「……悪い噂流された奴がよく言うな」
奈緒「アタシはお前と違ってアフターケアはバッチリだからな。あれからはちゃんと上手くやってるよ」
八幡「……そうか」
加蓮「まぁ立ち話もなんだし、どこか行って話そうよ」
奈緒「そうだな。あ、なら久々にカラオケでも行くか!」
加蓮「いいね! 八幡さんのキラメキラリを…」
八幡「その話はやめろ……ってか、さすがにそれはダメだ。危険過ぎる」
奈緒「えー。変装してりゃ大丈夫だろ」
八幡「無理なもんは無理」
奈緒「……輝子とは喫茶店行ったくせに」ぼそっ
八幡「」ギクッ
加蓮「(なんか浮気現場を目撃されたカップルを見てる気分)」
八幡「い、いや、あれは輝子から急に呼び出しがあって、何か緊急の用事なのかと仕方なくだな」
奈緒「そーかいそーかい、輝子とは遊びに行って、アタシらとは行けないんだなー」つーん
八幡「ぐ……これでもかってくらい分かり易く拗ねやがって」
198: 2016/03/20(日) 00:42:44.45 ID:5fnH9UrL0
加蓮「……奈緒、アニソン歌っても分かってくれる人が八幡さんくらいしかいないからさ。前カラオケ行ってた時は凄い楽しかったみたいだよ」こしょこしょ
八幡「ああ……なーる」
奈緒「ちょっ、加蓮! 勝手なこと言うなよ!」カァァ
八幡「いや、正直気持ちは分かるぞ。あの時だけは材木座と遊ぶのも良いかも、なんて血迷うくらいだ」
奈緒「な、なら!」
八幡「だが断る」
奈緒「……ですよねー」
八幡「悪いな。……これもある意味、俺の我が侭なんだ」
加蓮「…………」
奈緒「分かってるよ。だから、今回は諦めてやる」
八幡「そうして貰えると助かる」
加蓮「それじゃあどうしよっか」
八幡「……しゃーねぇな」
奈緒「ん? どこ行くんだ比企谷」
八幡「人目が無く話してられる場所なら、おあつらえ向きな所があるだろ」
奈緒「……ああ、なるほど」
加蓮「確かに、それなら張り紙も必要ないね」
八幡「そういうことだ」
奈緒「よーし、それならいっちょ気合い入れて活動するか!」
加蓮「どんな依頼が来るかなー。ちょっと楽しみ」
奈緒「考えてみれば、生徒会選挙以来だな。奉仕部手伝うの」
八幡「いや、なんで部活する感じなってんの? 部室借りるだけよ?」
加蓮「まぁまぁ良いじゃん。折角奉仕部にいるんだからさ」
八幡「さいですか……」
奈緒「アタシ部長代理な」
八幡「(……こいつらは、特に何も訊いてこないんだな)」
加蓮「えー、そこは八幡さんじゃないの?」
八幡「(それか、あいつらから特に何も聞いていないのか)」
奈緒「比企谷はデレプロ支部の部長で、本部は雪乃が部長だからな。アタシは雪乃の代理」
八幡「(けどこいつらなら、特に何も言わなくても見透かされてるような気もする)」
加蓮「そういえば、副部長とかは決まってるの?」
八幡「(その上で、何も訊いてこないのかもな)」
加蓮「……八幡さん? 聞いてる?」
八幡「ああ、聞いてる聞いてる。ちなみに由比ヶ浜ではないぞ」
加蓮「そうなんだ。じゃあ特に決まってないんだね」
八幡「あの、俺だっていう可能性は考慮しないんですかね……」
奈緒「はは、それはねーだろ」
加蓮「ないねー」
八幡「酷いなオイ……(……揃いも揃って、お人好しだよ。ホント)」
199: 2016/03/20(日) 00:48:25.91 ID:5fnH9UrL0
最近デレステのSSRラッシュが頃しにかかってきてツライ。輝子だけでも絶対に迎え入れる。
212: 2016/03/23(水) 00:37:45.47 ID:QNw/1dOi0
それからの風景 その5
小町「ほらほらお兄ちゃん、早くしないと置いてくよ?」
八幡「待てって。そんな急がんでも大丈夫だろ」
小町「しょーがないじゃん。今日は新曲の発売日だよ? 売り切れてたらどうするの!」
八幡「いや、俺予約してるし」
小町「小町はしてないの!」
八幡「(だから一緒に予約しとくかーって念の為訊いたんですけども……)」
小町「あー大丈夫かなー」
八幡「別に限定品なわけでもないし、大きいCDショップならそうそう売り切れたりしねぇだろ」
小町「……ちなみにお兄ちゃん、何枚買ったの?」
八幡「そんな事訊いてどうするんだ」
小町「やっぱり一枚じゃないんだね……いやーもし売り切れてたら小町に一枚…」
八幡「断固として拒否する」
小町「えー! 何で!?」
八幡「当たり前だろ。保存用、布教用、鑑賞用、PC読み込み用で予約したんだからお前に譲る分など無い」
小町「お兄ちゃん布教する相手いないでしょ……っていうか五枚も予約したの!?」
八幡「これくらい訓練したPなら当然と言えるな。……ってか今サラッと酷いこと言いませんでした?」
小町「気のせいじゃないかな。まぁ、お兄ちゃんの場合リアルに元Pだしねー」
八幡「とはいえさすがに五枚は冗談だけどな。予約したのは二枚だけだ」
小町「おや意外。普通に観賞用と保存用?」
八幡「ああ」
小町「なら、小町に譲ってくれても良いと思いますが、いかがでしょうか!」
八幡「断固として拒否する」
小町「えーんいけず! 頑固者! 石頭! アホ毛!」
八幡「アホ毛を悪口みたいに言うな。ってかお前にも生えてんだろ!」
小町「男と女の子のアホ毛に等しく価値があるとは思わない方が良いよ、お兄ちゃん」
八幡「……何故だろう。珍しく小町の言葉に反論できない」
213: 2016/03/23(水) 00:39:39.08 ID:QNw/1dOi0
小町「そんなこんなでとうちゃーく!」
八幡「並んではいないが……混んでるな」
小町「さっき開店したばっかりなのにね。さすがはデレプロ!」
八幡「みんながみんなデレプロ目当てとは限らねぇけどな」
小町「そんなこと言わない。ほら行くよ!」
八幡「へいへい」
小町「えーっと、新譜のコーナーはっと…」きょろきょろ
八幡「…………」きょろきょろ
どんっ
「あっ……」
八幡「っと……すんません」
「ああ、いえ。こちらこそ良く見てなくって……?」
八幡「? なにか……あ」
「ぷ、プロデューサー!?」
八幡「み、美嘉か?」
美嘉「びっくりしたー。何してんのこんな所で」
八幡「いや、普通にCD買いに来たんだが」
美嘉「あ、ああ。それもそっか」
小町「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「お姉ちゃん? 誰と話してるの?」
八幡「あ」
美嘉「え」
小町「み、美嘉さんに莉嘉ちゃん!?」
莉嘉「あー! 八幡くんに小町先輩! 久しぶりー!」
美嘉「ちょっ、こら莉嘉! 声大きいって!」しー!
八幡「(なんだこのシスコンエンカウントは……いや俺は違うけどね)」
214: 2016/03/23(水) 00:42:59.99 ID:QNw/1dOi0
× × ×
美嘉「なるほどね。アタシたちの新曲CDをわざわざ発売日に兄妹仲良く買いにきた、と。そういうこと」
八幡「……何だよその言い方は。別に普通だろ。つーか俺は今日買ったわけじゃないからね? 前もって予約しといたからね?」
小町「お兄ちゃんそれ全然誤摩化しになってないよ」
美嘉「いーよいーよ、そんな照れ隠ししなくたって★ このこの♪」肘小突きー
莉嘉「お買い上げありがと八幡くん☆」肩抱きー
八幡「(う、うぜぇ……)」
小町「おおぅ、これは中々面白い光景が……カメラを」いそいそ
八幡「やめて。お願いだから」
莉嘉「でも、なんで東京のCDショップまで来たの? 地元でだって買えたんじゃない?」
八幡「ただ単に予約したのがこの店だったってだけだ(こっちまで引き取りに来る事を考えてなかったとは言えない)」
莉嘉「なるほどねー」
小町「お二人も今日は買い物ですか?」
美嘉「そ。たまたま二人ともオフだったから都内まで出て来たんだけど、莉嘉がCDショップの様子が気になるって言い始めてさ」
莉嘉「だって気になるんだもん! ここ、この辺じゃ一番大きなお店だしさー」
八幡「まぁ気持ちは分からなくもないがな。むしろアイドルとして状況を把握しようとするのは良い事だと言える」
莉嘉「えへへ。でしょー? さっすが八幡くん!」
美嘉「……前から思ってたけど、プロデューサーって莉嘉に甘くない?」
八幡「は? ……いや、んなことは、ない……ぞ? な?」
小町「え。そこで小町に振る?」
美嘉「っていうか挙動が怪し過ぎるし」
215: 2016/03/23(水) 00:44:39.80 ID:QNw/1dOi0
八幡「んなことより、そのプロデューサー呼びどうにかしろよ。誰が聞いてるとも限らんぞ」
美嘉「え? あ、ああ。そっか。……ごめん」
八幡「……いや、別に謝る程の事でもないが」
小町「…………」
莉嘉「それならお姉ちゃんも八幡くんって…」
小町「あーっ! そうだ! 小町、CD探してる途中だったんだー!」
八幡「あ?」
小町「莉嘉ちゃん場所分かるよね? ぜひ案内をお願いします!」 手をぎゅっ
莉嘉「え? 案内って言っても、そっち行けばすぐ……うわわっ!」
小町「それじゃ! 小町たちはCD探してくるから、また後で合流ね! よろしく~♪」 びゅ~ん
莉嘉「え、ちょっ、待って小町せんぱ~いぃ…ぃぃ…ぃ………」
美嘉「み、美嘉~っ!」
八幡「……どうでもいいが、お前らもう少しバレないようにしたらどうだ」
美嘉「あ、あはは」
八幡「(ちっ、小町の奴、またいらん気遣いをしやがって)」
美嘉「じゃ、じゃあ、二人が戻るまでテキトーにプラプラしてよっか。後はレジで引き取るだけなんでしょ?」
八幡「ああ」
美嘉「それなら折角だし、他のアイドルの所でも見てみる? 色々勉強になりそうだし」
八幡「そうだな」
美嘉「じゃあ行こうか」
八幡「…………」
美嘉「早くCD見つかると良いねー」
八幡「ああ」
美嘉「…………」
八幡「…………」
216: 2016/03/23(水) 00:46:25.30 ID:QNw/1dOi0
美嘉「…………」
八幡「…………」
美嘉「……ねぇ」
八幡「なんだ?」
美嘉「…………やっぱり、ちょっと座らない?」
八幡「……別に構わんが」
美嘉「うん。ありがと」
八幡「?」
休憩所
美嘉「ふぅ…」
八幡「何か飲むか?」
美嘉「え? あ、いいよ! 悪いって!」
八幡「こんくらい気にすんな。ほら」
美嘉「あ、ありがと」
八幡「ん」
美嘉「……なんか、変な感じだね」
八幡「変?」
美嘉「前までは、同い年の男の子がプロデューサーって事が凄い不思議な感じだったんだ」
八幡「まぁ、普通はありえないよな」
美嘉「うん。でも今は、キミはプロデューサーじゃなくて、仕事も何も関係なくこうして話してる」
八幡「…………」
美嘉「それが、なんか不思議でしょうがないや」
八幡「……本来なら、これが普通だろ」
美嘉「うん。分かってる」
八幡「というか俺から言わせれば、むしろお前みたいなトップカーストグループの更に上の限突したような女子と話してる時点でとんでもない事態だよ」
美嘉「あはは、何それ」
217: 2016/03/23(水) 00:48:32.11 ID:QNw/1dOi0
八幡「それくらい、おかしな話ってことだ」
美嘉「アタシは、そうは思わないけどね」
八幡「…………」
美嘉「……莉嘉、何も言ってなかったけど、本当は凄くキミに会いたがってたんだ」
八幡「莉嘉が?」
美嘉「けどそれでも、なんとか呑み込んで、頑張ってアイドルやってる。正直、逆にアタシがしっかりしなきゃって思っちゃうくらいだよ」
八幡「……ああ見えて、芯が強い所あるからな」
美嘉「そうそう。一度決めたら頑固なんだよね。よく分かってるじゃん」
八幡「そりゃ元Pだからな」
美嘉「くすっ。そうだったね」
八幡「ああ。……だから、お前もそうだって事も知ってる」
美嘉「っ!」
八幡「最近よく見かけるよ。モデルに限らず色んな所で。……俺が言えた事じゃないが、あー、なんだ。その…………頑張ったな」
美嘉「……へへ」
八幡「い、言っておくが、これはあれだぞ。元Pとか関係なく、あくまで1ファンからの言葉であって……いや、よく考えたらそっちのが恥ずかしいな」
美嘉「どっちでもいいよ。どっちだって、キミはキミだし★」
八幡「いや、だから……」
美嘉「……ありがと、八幡」
八幡「っ!!」
美嘉「て、ていうか、キミだって色々頑張ってるんじゃないの? そんな疲れたような顔して、たまにはゆっくり遊んで休みなよ。ほら、もう行こ?」
八幡「い、いや、休むのは良いがお前らとは…」
美嘉「少しだけプラプラするくらい良いんじゃん? まずは二人と合流しよう♪」
八幡「ぐっ……勝手にさっさと決めやがって……」
美嘉「ほらー置いてくよー?」
八幡「わぁったよ。……しかし、そんなに分かり易いかね。俺」
218: 2016/03/23(水) 00:52:21.68 ID:QNw/1dOi0
他の子たちの話より長くなってしまったから削るという本末転倒な事に。
城ヶ崎姉妹尊い。
城ヶ崎姉妹尊い。
230: 2016/03/28(月) 00:11:43.60 ID:4MHfwKV50
それからの風景 その6
「…………」
蘭子「らんらん♪ らんでれら~♪」 てくてく
「……っ!」
蘭子「えーっと、今日発売の新刊はー……」 きょろきょろ
「……ようやく来たな」
蘭子「ッ!!」
「全く……随分と手間取らせやがって」
蘭子「……貴様」
「おっと、振り向かない方が良い。周りに感づかれる」
蘭子「…………」
「そうだ。そのまま聞け」
蘭子「…………」 ぷるぷる
「? どうかしたか?」
蘭子「い、いいえ。気にする必要はないわ」
「そうか」
蘭子「(な、なんか知らないけど、凄く心くすぐられる展開きたーー!)」wktk
「俺と話してるのに気付かれないように、商品を見るフリをしろ」
蘭子「し、承知した(おぉ……まるで映画のワンシーンみたい…)」
「……なんかニヤニヤしてないか?」
蘭子「そ、そんな事はないわ」 キリッ
「まぁ、いい。そんな事よりもだ」
蘭子「……この私に、何か用事でも?」
「ああ。別に大した事ではないが、どうしてもな。直接会って話したかった」
蘭子「っ!(まさか、遂に私にも、組織の魔の手が……!)」 あわあわ
231: 2016/03/28(月) 00:13:25.47 ID:4MHfwKV50
「どうした?」
蘭子「な、なんでもないわ。……それよりも、その話の前に一ついいかしら?」
「ああ。言ってみろ」
蘭子「ーー貴様は、何者だッ!」
八幡「え? 比企谷八幡だけど?」
蘭子「…………あれ?」
八幡「あ、なに? もしかして俺って気付いてなかった感じ?」
蘭子「…………」
八幡「いや、なんか……スマン」
蘭子「……はぁ」どよ~ん
八幡「そんな露骨にがっかりされても困るんだが」
蘭子「だって、言い回しがいちいち思わせぶりだったし……組織の陰謀かと思ったし……」
八幡「はいはい中二病乙」
蘭子「それに、声もいつもよりなんか低いし……」
八幡「最近ちょっと風邪気味で喉の調子が悪いだけだ」コホコホ
蘭子「…………はぁ」どよよ~ん
八幡「そんなにショックか」
蘭子「…………」
八幡「……?」
蘭子「………………ってプロデューサー!? ど、どどどど、どうしてここに!? ひぃぇ! あ、な、なんでっ!!???」
八幡「いや今更その反応? ってかプロデューサーじゃねぇし声デケぇよああもう場所変えるぞ!」
232: 2016/03/28(月) 00:16:01.89 ID:4MHfwKV50
近くのベンチ
八幡「落ち着いたか」
蘭子「う、うん。でも、本当にどうして……?」
八幡「いやまぁ、さっきも言ったが少し話したくてな。というか……」
蘭子「?」
八幡「逆に訊くが、なんであの流れでお前はいつまで経っても現れないんだよ!」
蘭子「うぇえ!? な、何が!?」
八幡「普通あそこまで会ったら最後はお前が来るだろ? そこは空気読んでエンカウントするもんじゃないの? お前だけ全然会わないから何かソワソワしちまって思わずこっちから探したわ」
蘭子「は、はぁ……?」
八幡「かと言って家や会社まで行くわけにもいかねぇし、お前が行きそうなアニメショップとかゴス口リ専門店とかを巡って、その上でしばらく張ってようやく会えた。ホント手間かかったっつーの」
蘭子「(ふ、普通に連絡を取れば良かったのでは……?)」
八幡「しかし諦めないもんだな。途中我に帰って自分の気持ち悪さを自覚した時はどうしようかと思ったが」←あくまでエンカウントしたかった人
蘭子「と、とりあえずは元気そうで、良かった……のかな?」
八幡「……まぁな。お前も元気そうで安心したよ」
蘭子「うん。それで……話したいことって言うのは?」
八幡「何度も言うが、ホントに大した事じゃない。ぶっちゃけ半分くらいはさっき言った、どうせなら全員コンプしないとモヤモヤするって理由だしな」
蘭子「そんなついでみたいに言わなくても……」
八幡「……スマン」
蘭子「ううん。プロ……八幡さんが会いに来てくれただけで、嬉しかったから」ニコッ
八幡「ぐ……(もの凄い罪悪感で潰されてしまいそうです)」
蘭子「それで?」
八幡「あ、ああ。……えーっと、何から話せば良いのか…」
蘭子「……」
233: 2016/03/28(月) 00:18:54.91 ID:4MHfwKV50
八幡「…………お前は、やりたいのに踏ん切りがつかない事ってあるか?」
蘭子「え?」
八幡「いや、詳しくは言えないんだが、俺の現状がそんな感じというか……」
蘭子「勇気が出ない、ってこと?」
八幡「勇気……ともちょっと違うような気がするな。こうしたいって気持ちがあって、実際行動してはいるんだが、それでもどこか引っかかるんだ。本当にこれで良いのかって」
蘭子「んーっと……ごめんなさい、ちょっと、全容が把握できないというか……」
八幡「……だよな。スマン。俺も上手く言えないんだ」
蘭子「……つまり、何か後ろめたい事があって、踏み切れないってこと、なのかな?」
八幡「後ろめたいこと……」
蘭子「もしくは、本当はしちゃいけない事だとか」
八幡「しちゃいけない……のか? でも俺はやりたいと思ってて……」
蘭子「前に言ってたよね。自分のやりたい事が、必ずしも正しいとは限らないって」
八幡「……んな事言ったか俺?」
蘭子「うん。言ってた」
八幡「俺がやりたいと思ってても、それは……」
蘭子「八幡さん?」
八幡「…………」
蘭子「…………」
八幡「…………」
蘭子「…………」
八幡「………………ああ、そうだな」
蘭子「?」
八幡「分かったよ。いや、分かってたけど、再確認したって感じだわ」
234: 2016/03/28(月) 00:21:50.30 ID:4MHfwKV50
蘭子「……スッキリした、のかな?」
八幡「……ああ(嘘だ。全然スッキリなんてしていない)」
蘭子「それなら良かった」
八幡「ありがとな。急に変な話して(むしろもっと分からなくなった)」
蘭子「八幡さんの力になれたんなら、私も嬉しいです」
八幡「ホント助かったよ(どうしていいか分からない。進む理由を、見失った)」
蘭子「……八幡さん」
八幡「なんだ?(ああ、結局は、俺のやろうとしている事ってーー)」
蘭子「ーー貴様は、貴様になれ」
八幡「ッ!」
蘭子「全身全霊全力で、貴様になれ。それが例え、高二病で捻くれ者で間違いだらけのぼっちだったとしても、だ」
八幡「…………蘭子」
蘭子「フッ……」
八幡「さすがに良い過ぎじゃないですかね」
蘭子「ご、ごめん」
235: 2016/03/28(月) 00:23:54.67 ID:4MHfwKV50
八幡「……ククっ、いつかの仕返しか?」
蘭子「無論。あの日の狂宴、我は片時も忘れた事など無い」
八幡「…………」
蘭子「貴様がくれた“モノ”は、ずっとここに或るよ。眷属」
八幡「……そうかい」
蘭子「うむ。だからそう悩む必要もないわ」
八幡「…………」
蘭子「その胸中や知る由も無いが、それでも敢えて言える。心配は無い」
八幡「……その心は?」
蘭子「決まっておろう。貴様には同士が居る。我も、蒼の楽団も、金緑の女神も……雪花と水浜の淑女もな」
八幡「……確かに、そりゃ心強い」
蘭子「うむ。だから貴様に言える事は一つ」
八幡「?」
蘭子「『ーー待て、しかして希望せよ』、だ」
八幡「…………」
蘭子「…………」
八幡「……お前も、巌窟王引けなかったクチか」
蘭子「……ぐすん」
236: 2016/03/28(月) 00:25:15.14 ID:4MHfwKV50
店の前
八幡「んじゃ、改めて今日はありがとな」
蘭子「いえ。私も、その、楽しかったです」
八幡「そうか。俺もスッキリ……は、正直してないが、それでも向き合う事は出来た」
蘭子「はい」
八幡「……だから、もっと考えてみるわ。納得がいくまで」
蘭子「私も、いつでも相談に乗りますよ」
八幡「おう。悪いな、世話かけっぱなしで」
蘭子「お互い様です。それに……」
八幡「それに?」
蘭子「……クックック、同じ“瞳”を持つ者同士、だろう?」ニヤリ
八幡「やめて。傷口を抉らないで」
蘭子「フゥーハッハッハー! これしき、もはや恥とも思わぬわ!」
八幡「思うのは俺なんですが……」
蘭子「てへっ♪」
八幡「(……やっぱ、会いに来て正解だったな)」
蘭子「それでは、またいつの日か。……さらばだ!」スタコラサッサー
八幡「言いだいだけ言って去りやがって……それで無駄に格好いいんだからタチが悪いぜ、ホント」
242: 2016/03/30(水) 00:51:03.86 ID:rsxyp8NC0
それからの風景 その7
ちひろ『そこで私はこう言ってやったんですよ!「……専務、大事なのはお金ではないんです。愛ですよ! 愛!」ってね!』
八幡「はいはいダウトダウト」
ちひろ『んもーなんですか! こっちはですね、本気でこう一発かましてやろうとですね…』
八幡「ちひろさん。そんな割とどうでもいい話をする為に電話してきたんですか? ってか酔ってません?」
ちひろ『どうでもいいとはなんですか! こっちはですね、本気でこう一発かましてやろうとですね…』
八幡「ちひろさんちひろさん。同じ話してます。ってかやっぱり酔ってますよね?」
ちひろ『それはそうと比企谷くん』
八幡「なんすか」
ちひろ『大手芸能事務所の敏腕事務員(25)を貰う気はありませんか?』ヒック
八幡「やっぱ酔ってんじゃねぇか」
ちひろ『なんですか! こっちはですね、本気でこう一発かましてやろうとですね…』
八幡「なんだこれイザナミか」
10分後
ちひろ『すいません……落ち着きました……ご迷惑をおかけしました……』
八幡「別にいいっすよ。お仕事お疲れ様です」
ちひろ『ありがとうございます……週末だからって調子に乗って飲み過ぎるもんじゃないですね』
八幡「……前から思ってたんすけど、ちひろさんって節約家の割に飲みとかは積極的に参加しますよね」
ちひろ『そうですか?』
八幡「そうですよ。楓さんたちに誘われたら即答じゃないですか」
ちひろ『んー……まぁ、確かにそうですね』
八幡「やっぱ、飲んでもなきゃ仕事なんてやってらんねーって感じですか」
ちひろ『勿論それもありますけど、理由はそれだけじゃないですよ』
八幡「(勿論それもあるんだ……)それじゃあ、他の理由とは?」
243: 2016/03/30(水) 00:53:18.43 ID:rsxyp8NC0
ちひろ『簡単に言えば、人との繋がりです』
八幡「繋がり?」
ちひろ『ええ。飲みの席とか、お客さんとの会食とか、そういう場でしか得られないものがありますからね。もっと簡単に言えば交友です』
八幡「交友……俺には縁遠い言葉ですね」
ちひろ『いやいや、比企谷くんだってプロデューサーだった時はよくやっていたでしょう?』
八幡「それは仕事だからですよ。言ってしまえば接待ってやつです」
ちひろ『それも間違いじゃありません』
八幡「そうですか?」
ちひろ『そうなんです。そりゃもちろん本当に仲良くなれれば一番ですが、世の中には色んな人がいますからね。ソリが会わない人だって沢山います』
八幡「ええ。沢山いました」
ちひろ『だからこそ、そういう交友の場というのは必要なんです。分かり易い接待でも、何もしないのとでは大きく違います。そこから仲が深まる事だって少なくないんです。比企谷くんはどうだったんですか?』
八幡「……愛想悪いねぇ、って言われた事なら」
ちひろ『……まぁ、そういう事もありますね』
八幡「営業が一番鬼門でしたよ」
ちひろ『でも、比企谷くんは良くやってくれてたと思いますよ』
八幡「俺はそうは思えないですけどね」
ちひろ『私はそう思うんです。……とまぁそんなわけで、私はそういう人との繋がりを大切にしたいんですよ。まぁ、皆さんと仲良くしたいんだと思ってください』
八幡「なるほど」
ちひろ『最近の若者は飲み会に参加したがらないって聞きますけど、敬遠せずに参加してもらいたいですね。飲みの席だからこそ話せる事だって、きっとあるはずですから』
八幡「……それは俺に言ってるんですか?」
ちひろ『さぁー? どうでしょう?』
244: 2016/03/30(水) 00:55:40.72 ID:rsxyp8NC0
八幡「……まぁ、成人してからにでも考えますよ」
ちひろ『是非そうしてください♪』
八幡「うっす。……なんかもうプロデューサーでもないのに、何の話してんすかね」
ちひろ『無駄にはなりませんよ。私は今でも比企谷くんに期待してますから』
八幡「期待って……」
ちひろ『今回電話したのだって、それが理由ですからね』
八幡「は?」
ちひろ『ほら、前に電話くれたじゃないですか。どこか芸能事務所で企業説明会をやってるとことか、インターンシップとかさせて貰える所は無いかって』
八幡「…………」
ちひろ『確かにこういう業界はあまりそういった催しはやりませんからねー。ネットとかで調べるにも限界がありますし、使えるコネは使った方が……って、もしもし比企谷くん? 聞いてます?』
八幡「…………ええ。聞いてますよ」
ちひろ『どうかしたんですか? そんな一層暗くなって』
八幡「いえ、なんていうか……」
ちひろ『??』
八幡「……数ヶ月前にちひろさんに連絡を取った自分が、酷く滑稽に思えて」
ちひろ『…………』
八幡「すいません。今にして思えば、バカな事をしました。そん時はたぶん、舞い上がってたんです」
ちひろ『舞い上がってた?』
八幡「ええ。だって、おかしいじゃないですか」
ちひろ『…………』
八幡「些細なきっかけで、まだ俺にも出来る事があるんじゃって、とにかくやってみたいって、よく考えもせずに行動してた。けど、段々に気付いてった」
ちひろ『…………』
八幡「結局は、俺のしようとしてる事ってーー」
ちひろ『比企谷くん』
八幡「っ…」
ちひろ『私は、バカな事だなんて思いません。私は比企谷くんのことを応援しています』
八幡「…………」
245: 2016/03/30(水) 01:00:55.25 ID:rsxyp8NC0
ちひろ『……って、言えたら良いんですけどね』
八幡「……?」
ちひろ『残念ながら私は“こっち側”の人間で、そんな無責任な事は言えません。比企谷くんの抱えてる悩みにも、与えられる言葉は持ちあわせてはいないんです』
八幡「…………」
ちひろ『だから、それはあなたが解決しなきゃいけない問題です。あなたが、自分で答えを出さなければいけない。……まぁもっとも、私が言わなくたって比企谷くんは既に分かってると思いますけど』
八幡「……ええ」
ちひろ『……私は待ってますよ。そしてきっと、あなたがちゃんと答えを出した時は、全力で応援させて貰いますから』
八幡「いいんすか、そんな事言っちゃって」
ちひろ『もちろん! 何てったって、私は奉仕部デレプロ支部の顧問ですから』
八幡「……もう廃部になってるもんだと思ってましたよ」
ちひろ『まさか。永久に不滅ですよ。……活動はしてませんけど』
八幡「そりゃ肝心の部長であるプロデューサーがいませんからね」
ちひろ『なら休部って事にしておきますか』
八幡「何でもありですね」
ちひろ『そうですよ。……そう、比企谷くんには、いつだって奉仕部が付いてます』
八幡「…………」
ちひろ『私たちデレプロ支部も、総武高本部もね』
八幡「……雪花と水浜の淑女、か」
ちひろ「へ?」
八幡「なんでもないですよ」
ちひろ『なら良いですけど。……とにかく、私は待ってますから』
八幡「ええ」
ちひろ『……その時まで、今日話したかった事は取っておきますね』
八幡「はい。ありがとうございます、ちひろさん」
ちひろ『いえ。それじゃあもう遅いので、この辺で失礼します。おやすみなさい』
八幡「ええ。おやすみなさい」
ピッ
八幡「……そうだよな。俺には、あいつらがいるんだよな」
ーーー
ーー
ー
246: 2016/03/30(水) 01:03:53.64 ID:rsxyp8NC0
*
ゆっくりと、歩を進める。
授業を終え、荷物を整理して教室を出ようとする頃には、あの活発で明るいお団子頭の少女は既に教室からいなかった。珍しく、俺よりも早く部室へ向かったらしい。
今頃は、あのクールでどこか凛とした黒髪の少女と談笑しているのだろう。
そんな事を考えながら、廊下を歩いていく。
もう半年以上は経つんだな。あの件のアニバーサリーライブへと向かう途中、彼女たちに、奉仕部に依頼した日から。
もう、あんな事は最初で最後だろうと思っていた。
友情とも信頼とも呼べない、不確かな関係である俺と彼女たち。
そんな彼女らに、また、依頼する時が来るとはな。
いや、依頼というよりは、相談と言うべきか。
正直そんな事はどっちだっていい。
ただそんな事でも考えてないと、落ち着かなくてしょうがない。
緊張とも不安とも取れぬ妙な気持ちのまま、俺は部室へと辿り着いた。
これから俺は、酷く情けない話をする。
滑稽で、無様で、呆れられても仕方が無い。そんな話を。
247: 2016/03/30(水) 01:05:46.96 ID:rsxyp8NC0
でも、きっと彼女たちなら。
笑わずに、嘲らずに、俺の話を聞いてくれると、そう思えるから。
認めたくはないが……そう信じてる、自分がいるから。
俺は、彼女たちを頼る。
……いやでも、笑うくらいはしそうだなぁ。一人はあいつだしなぁ。
まぁ、ここまで来たのだから今更引きはしない。
待ってくれると、金緑の女神も言ってくれたんだ。だから、俺は俺の答えを出す為に、扉を開く。
由比ヶ浜「あ、ヒッキーやっはろー!」
雪ノ下「比企谷くん、今日は遅かったわね。また平塚先生から呼び出し?」
いつものその二人の表情を見て、少しだけ、安心する。
俺は一度小さく深呼吸し、意を決してその言葉を口にした。
八幡「雪ノ下。由比ヶ浜。……相談がある」
254: 2016/04/03(日) 19:21:24.64 ID:lNFvVm8J0
久々の投下予告。珍しく今回は日付が変わる前に来れるよ!
258: 2016/04/03(日) 23:19:46.57 ID:lNFvVm8J0
上げます!
259: 2016/04/03(日) 23:21:15.31 ID:lNFvVm8J0
*
入ってそうそうの俺の言葉に対する本家奉仕部の反応は、無言。
というよりは、呆気に取られたというような反応の二人(特に由比ヶ浜)。
とりあえずはいつもの席に座ろうかと一瞬思ったが、思い直し、二人の真ん前へと座る事にする。今の俺は、一応依頼人だしな。
……けどあれだな、この位置だと二人の表情が丸分かりで逆に言えば俺の表情まで丸分かりである。ちょっと失敗した。
そして俺が座るのを見届けた後、雪ノ下は落ち着いた様子で問うてくる。
雪ノ下「相談というのは、奉仕部に対しての依頼という意味で良いのかしら?」
八幡「ああ。その解釈で構わない」
俺が答えると、雪ノ下はふむと一度視線を落とし考え込む仕草をする。何か思う所でもあるのだろうか。
由比ヶ浜「……ねぇ、ヒッキー」
と、そこで今度は隣の由比ヶ浜から。
その表情は、雪ノ下に比べると不安げなものに見える。というより、訝しんでるのか。
由比ヶ浜「その相談ってもしかして、最近ヒッキーが休みがちだったことと関係あるの?」
八幡「まぁ、そうだな」
由比ヶ浜「……じゃあ、元気が無かったこととも?」
その質問に、思わず面食らう。
260: 2016/04/03(日) 23:22:27.71 ID:lNFvVm8J0
八幡「……そう見えたか?」
由比ヶ浜「うん。ゆきのんも分かったよね?」
雪ノ下「そうね。あれで気付かない人の方が少ないと思うわ。……ああ、比企谷くんの場合そもそもそういう問題じゃなかったわね。ごめんさい」
八幡「そのまず関わる人間が少ないわねみたいな言い方やめてくれない?」
謝ってるのに全く気遣われてる気がしないという口撃。相変わらず容赦が無い。
そんなやり取りを見て苦笑する由比ヶ浜。雪ノ下との会話のおかげで、少しは余裕があるのが伝わったらしい。
しかし、俺ってそんなに分かり易いか? これじゃあポーカーフェイスとは程遠いな。一体どれだけの経験を積めばあの強化外骨格レベルに辿り着けるのだろうか。
雪ノ下「それで、相談というのは?」
仕切り直すように訊いてくる雪ノ下。
さて、何から話し始めるべきか……
八幡「そうだな。……とりあえず、俺がやろうとしていた事から話した方がいいか」
由比ヶ浜「やろうしていたって、それがこれまで休んでた理由?」
雪ノ下「確か、葉山くんたちとのライブ以降だったわね」
そう言われて頭を過るのは、あの日の出来事。
今思い返してみても、我ながら無茶な事をしたものだ。……ただそれだけに、味わった事の無いような達成感はあった。
八幡「あれがきっかけではあったからな。血迷った、と言ってもいいかもしれないが」
雪ノ下「血迷った?」
怪訝な表情になる雪ノ下。俺はそのまま話を続けようとするが、上手く言葉に出来ず口を噤んでしまう。
由比ヶ浜「……言いづらい、ことなの?」
八幡「言い辛いって程じゃ……いや、そうだな。かなり言い辛い」
雪ノ下「…………」
無言の雪ノ下。ただ視線だけは、真っ直ぐに俺へと注がれている。
261: 2016/04/03(日) 23:23:43.36 ID:lNFvVm8J0
八幡「……けど、それでも言いたい。聞いてくれるか?」
伺いがちに言ってみれば、彼女らは呆れたように微笑んだ。
雪ノ下「ここまできて、そんな今更な事を言わない頂戴」
由比ヶ浜「何でも話してよ。私たちも、聞きたいからさ」
その言葉が、本当に頼もしい。
俺は視線を落とし、もう一度気持ちを整理する。そして、口にするべき言葉を吟味する。
いくら考え込んだ所で、話す内容は変わらない。けれど、少しでも俺の気持ちが伝わるように、俺は時間をかけて、俺の思いを吐き出した。
八幡「……俺は、プロデューサーになりたい」
口から出たのは、たったそれだけの一言。
自分の気持ちを素直に言葉にしただけの単純な台詞だ。これ以上分かり易いものは無い。だからこそ躊躇した。伝わってほしいと思いながら、自分の底の浅さを知られるようで、怖かったから。
俺は、プロデューサーになりたい。いや、戻りたいんだ。
あの時、ステージに立った時の景色。
あんな光景を、あれ以上の感動を、彼女が見ているのに、俺は隣にいない。
そう思ったら、居ても立ってもいられなかった。
262: 2016/04/03(日) 23:24:57.12 ID:lNFvVm8J0
雪ノ下「……最近あまり部活に顔を出さなかったのは、その為?」
八幡「ああ。色々と調べものをしていた」
由比ヶ浜「……そっか」
俺の言葉を聞いて、二人は納得したように頷く。
思ったよりその様子は冷静だ。……というか、ちょっと落ち着き過ぎなような気もする。もっと反応があっても良いんじゃないか? と思わなくもない。
八幡「……なんか、あんま驚かないんだな」
雪ノ下「まぁ、ある程度は予想出来ていたもの」
八幡「え」
由比ヶ浜「うん。そこまで衝撃的では無かったかな?」
あっさり言ってのける二人。
え、そうなの? 俺的にはかなりの勇気を持っての発言だったんだが……
そんな拍子抜けだとばかりの反応に、逆に俺が困惑する。まるで独り相撲だ。
雪ノ下「それじゃあ相談というのは、プロデューサーへ戻る方法という事で良いのかしら?」
八幡「は?」
雪ノ下「正直私たちよりも、教師の方やそれこそプロダクションの人に訊いた方が良いとは思うけれど」
由比ヶ浜「そうだよね。あんまり力になれないかも……」
何やら勘違いしているのか、話し込む二人。
いやいや違う。そういう話じゃないんだ。
八幡「待ってくれ、俺が相談したいのはそういう事じゃない」
雪ノ下「? それなら、相談というのは一体何の事なのかしら?」
まるで分からないといった風に首をかしげる雪ノ下。見れば由比ヶ浜も似たような様子だ。
八幡「分からないか? あんだけの事をして辞めた俺が、またプロデューサーに戻りたいって言ってんだぞ?」
263: 2016/04/03(日) 23:26:02.26 ID:lNFvVm8J0
ズキリと、胸が痛むのが分かる。
まるで自分で放った言葉が、自分自身へと刺さるようだ。
八幡「俺はプロデューサーとして責任を取った。なのに、自分からその選択を台無しにしようとしている」
ずっとずっと、心の奥底で燻ってた。
本当にやりたい事に気が付いて、とにかく行動して、希望を目指して……
けれど、本当はずっと分かってたんだ。それがどれだけ虫の良い話かって事を。
アイドルたちと会う度にその事を指摘されてるようで、向き合おうとしなかった現実を突き付けられるようで、もう、見て見ぬ振りすら出来なかった。
だから考えた。どうしようもなく悩んだ。それこそ頭の中が擦り切れるくらい。
でも、いくら経ったって、答えが出なかった。
八幡「……馬鹿にも程がある。自分で勝手に覚悟を決めて、勝手にそれを無かった事にしようとしてる」
こんなにも自分が情けなくて、落ちぶれていて、劣悪な人間だという事が、嫌で嫌でしょうがない。
それなのに、それでも尚諦め切れない自分がいて、希望に縋ろうとすらしてるんだから、最早笑えない。そんな自分が心底憎いし、惨めで滑稽で気持ちが悪くて、吐き気すら覚える。
八幡「戻っちゃいけないんだ、俺は。それなのに戻りたいと思ってる自分がいて、そんな甘えを許せないと思ってる自分もいる」
雪ノ下「…………」
由比ヶ浜「ヒッキー……」
もう、俺には分からないんだ。
どうすればいいのか。何が正解なのか。
いや、何が正しいのかなんて分かり切っている。だが、それを許容できないから俺はこんなにも足掻いているんだ。
その足掻きすら、およそ許される行為ではないというのに。
264: 2016/04/03(日) 23:27:03.08 ID:lNFvVm8J0
八幡「本当なら、相談すらしちゃいけないんだろうな」
雪ノ下「……それでも、あなたは奉仕部を尋ねた。それは、私たちにどうにかしてほしかったから?」
雪ノ下の問いに、俺は上手く答えを返せなかった。
図星だったのかもしれないし、ただ、誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。
どちらにせよ、虫の良い話には変わりは無いが。
雪ノ下「……無言は肯定と受け取る事にするわ」
そう言った雪ノ下は一度小さく溜め息と吐くと、隣の由比ヶ浜へと視線を移す。
雪ノ下「彼が言いたい事は以上のようだけれど……由比ヶ浜さん? 私が今彼に言いたい事、あなたには分かるかしら?」
その台詞にはどこか小悪魔めいた印象を受けた。その表情に、僅かながらも笑みが含まれているせいかもしれない。
由比ヶ浜「うん。たぶん、あたしも同じこと考えてた」
それに対する由比ヶ浜も、ちょっと困ったように笑っている。
二人は何やら通じ合っているようだが、俺にはさっぱり分からない。
八幡「……なんだ、言いたい事って」
雪ノ下「そうね。とりあえず、私から一言いいかしら」
珍しく改まって言う雪ノ下に対し、とりあえずは首肯する。
すると雪ノ下は姿勢を正し、とても残念な者を見るような目でこう言った。
雪ノ下「比企谷くん。あなた馬鹿なの?」
八幡「ぐっ……」
265: 2016/04/03(日) 23:28:29.46 ID:lNFvVm8J0
どこか懐かしさすら覚えるその直接的な罵倒。
氷の女王という異名を思い出したぞオイ。
由比ヶ浜「っていうか、ヒッキーは馬鹿だよ」
八幡「ぐはっ……!」
と、ここで由比ヶ浜からの追い打ち。
そういえば雪ノ下のおかげで目立たないとはいえ、こいつも結構ハッキリと言う所あったな……
だが正直、今の俺はこいつらに対して何も言い返す事は出来ない。
八幡「……悪かったな。そりゃ俺だって、馬鹿な相談をしてるってのは分かってる」
雪ノ下「いいえ分かってないわ」
八幡「あ?」
雪ノ下「だってあなたが求めている答えというものは……きっと、とても簡単な事だから」
簡単な事……?
俺がこれだけ思い悩んでるというのに、彼女はさも当然とばかりに言ってのける。
だが、俺にはさっぱり分からない。そんな思いが表情から伝わったのか、その続きは由比ヶ浜が口にしてくれた。
由比ヶ浜「ヒッキーの、好きにすれば良いと思うよ」
八幡「………………は?」
思わず、素っ頓狂な声が出る。目を丸くしているのが自分でも分かった。
好きにしたら良いって……え、それだけ?
八幡「いや、そんな簡単に言うが……」
雪ノ下「だから言ったじゃない。簡単な事だって」
八幡「……そんな開き直れたら苦労しねぇよ」
好きに出来ないから俺は相談しに来ているのだ。
そりゃこっちは頼み込んでいる側なんだから、文句を言える立場ではないが…
266: 2016/04/03(日) 23:29:35.14 ID:lNFvVm8J0
雪ノ下「それなら逆に訊くけれど、あたながプロデューサーに戻ると仮定した上で、一体どれだけの問題があるのかしら?」
八幡「……そりゃお前、まず、凛のファンが黙っちゃいねぇだろ」
雪ノ下「虚偽のリークをした社員が懲戒免職になったのは記憶に新しいわね。もうあの記事を真実だと思う人は少ないのではないかしら」
しれっとそう言う雪ノ下。確かにそれはその通りだが……
八幡「けど、それでも良く思わない奴はいるだろ」
雪ノ下「そうね。それは否定しないわ」
由比ヶ浜「でもヒッキーがまたプロデュースしてるって発表するわけじゃないし、そんなに大事になるかな?」
八幡「それは……」
雪ノ下「言い返せないのなら問題無いわね。次」
腕を組み、こちらの台詞を待つ雪ノ下。
え。まさかこの感じで進行していくの?
八幡「……そもそも、また会社に入れるかという問題もある」
雪ノ下「それを何とかする為に行動していたんでしょう? 成果は?」
八幡「まだ、何とも。一応自分なりに勉強したり、ちひろさんに相談してみたりはしたが」
由比ヶ浜「デレプロの事務員さんだっけ? 難しいって言ってたの?」
八幡「…………いや」
むしろ期待してるとまで言われたな。
さすがに一事務員の言葉だし、会社側がそんな簡単に俺を受け入れて貰えるとは思えないが。
雪ノ下「なら、とりあえず今は進捗を待つしかないわね」
由比ヶ浜「でも絶対ダメってわけじゃなくて良かったねー」
八幡「…………」
267: 2016/04/03(日) 23:30:54.57 ID:lNFvVm8J0
何故こんな一問一答みたいになっているんだろう。
それも、まるで俺が悩んでるのが馬鹿らしくなるくらいの即答で。
八幡「……お前らはそんな簡単に言うが、実際はそんな単純じゃないだろ」
思わず、自分の声が少し低くなる。
別に怒っているわけじゃない。けどそれでも、俺はそんな楽観的にはなれないんだよ。
それを感じたのか、今度は雪ノ下の声が若干鋭くなる。
雪ノ下「なら、何が難しいというのかしら。今話した事意外にもあるの?」
八幡「……ああ、あるよ」
雪ノ下「それは何? そのあなたが抱えてるものは、そんなにも難しいものなの?」
段々と、お互いの言葉が強くなっていく。
由比ヶ浜はその様子を、ただジッと黙って見ていた。
八幡「……そうだよ。難しくって仕方が無い」
雪ノ下「それが一番の問題だと言うなら、それは一体何?」
八幡「んなもん、決まってる……!」
そうだ、俺が一番許容出来ないもの、一番醜くて、諦めたくなくて、譲れないもの。
八幡「俺の、気持ちだ」
雪ノ下「…………」
八幡「お前らは好きにしたら良いって言ったが、それを一番許せないのが、俺なんだよ」
268: 2016/04/03(日) 23:32:30.37 ID:lNFvVm8J0
プロデューサーに戻りたい。
けどその思いは、なによりもあの日決断した俺を否定するものだ。
凛の為に、凛のファンの為に、会社の為に、何より俺の為に。
プロデューサーとして、俺はプロデューサーを辞めたのだから。
今の俺の気持ちは、そんな過去の俺への冒涜だ。
許されるわけがない。許していいわけがない。
俺は、俺を否定したくない。
八幡「俺が好きにしたら、あん時の俺はどうなる? それこそ、馬鹿みてぇだろ……」
自分の声が、僅かに震えているのが分かった。
我ながら、本当に面倒くさい。
他の奴だったら、あっさり戻るんだろうか。他の奴だったら、何食わぬ顔でアイドルをプロデュースするんだろうか。
なら俺は、そんな奴になりたくはない。
あの日を俺の決意を、蔑ろになんかしたくないんだ。
雪ノ下「…………」
由比ヶ浜「…………」
少しの沈黙。
それが何故だか無性に辛くて、俺は二人の顔を覗き見る。
八幡「……え?」
そこで俺は思わず、戸惑いの声を上げる。
由比ヶ浜が、泣いていたから。
八幡「……なんで、お前が泣いてんだよ」
由比ヶ浜「だ、だって、ヒッキーが泣かないよう我慢してるから……だから、あたしが代わりに泣くのっ」
八幡「いや、意味分かんねぇよ……」
269: 2016/04/03(日) 23:33:50.45 ID:lNFvVm8J0
それに対し「私は泣かないけれどね」と何故かちょっとだけ強がる雪ノ下。だが、その目が少し赤いのが見て取れた。
……なんでかは知らないが、それで少しだけ、安心している自分がいた。
雪ノ下「あなたって本当に、面倒な人ね」
八幡「ああ。自覚してる」
雪ノ下「……でも、あなたらしいわ」
そう言って、小さく微笑む雪ノ下。
雪ノ下「きっと渋谷さんのファンが全員許して、会社から戻ってきて欲しいと頼まれても、きっと同じように悩むのでしょうね」
由比ヶ浜「あはは、それは想像できるかも」
八幡「……うるせぇよ」
悪態はついたものの、雪ノ下のそんなあり得ない仮定は、確かに同意出来た。
俺はきっと他の誰が許しても、自分以外の全てが許容したとしても。
俺はそれでも、自分の気持ちを偽る事は出来ないんだろう。
雪ノ下「……けれどやっぱり、私たちから言える事は変わりないわ」
由比ヶ浜「うん。あたしたちは、ヒッキーの好きなようにしてほしいとしか、言えないよ」
雪ノ下「きっとその葛藤は、あなたにしか解決出来ないものだから」
真っ直ぐな目で、俺を見る二人。
雪ノ下「……でも、あなたが向き合う手伝いくらいなら出来るかもしれないわね」
八幡「向き合う……?」
270: 2016/04/03(日) 23:35:04.01 ID:lNFvVm8J0
雪ノ下のその言葉は、正直俺にはよく分からなかった。
今までの会話でも、俺は自分の気持ちに充分向き合ってたと思っていたからな。
これ以上、一体何を自覚しろというのか。
由比ヶ浜「そうだね。ヒッキーはちょっとネガティブ過ぎだよ」
八幡「まぁ否定はしないが……リアリストと言ってほしいな」
雪ノ下「専業主夫を目指す男が言って良い台詞じゃないわね」
いや、そこは別に良いだろ。ってかこんな時まで突っ込むチャンスを見逃さない雪ノ下さん流石だな。
そしてそこで、由比ヶ浜が少しだけ近づいて来て、俺に問いかけてくる。
由比ヶ浜「ヒッキーは、なんでプロデューサーに戻りたいのかな?」
八幡「は?」
ここで、改めてのその質問。
いや、向き合うってそういう事?
八幡「いや、それは……」
由比ヶ浜「それは?」
八幡「…………あいつらを、またプロデュースしたいと思ったんだよ」
嘘じゃない。
あのライブの後、そう強く思ったのは事実だ。
由比ヶ浜「それもそうかもしんないけど、もっと、あるでしょ?」
八幡「…………」
由比ヶ浜「良いんだよ。きっと、それは恥ずかしいことなんかじゃないから」
八幡「…………」
由比ヶ浜「だから、聞かせて?」
そう言って、彼女は俺の手を握った。笑顔で、俺の言葉を待ってくれる。
普段なら羞恥で振りほどくであろうその手を、俺はただただ見つめる。
その暖かさは、由比ヶ浜の優しさを現してるようだと、何となく思った。
271: 2016/04/03(日) 23:36:47.08 ID:lNFvVm8J0
八幡「……あいつの」
由比ヶ浜「うん?」
雪ノ下「…………」
八幡「あいつの隣に……いたいんだ」
言葉は、思いの外すんなりと出てくれた。
こんな台詞、彼女たちに聞かせるべきじゃない。そもそも、口にするのもおこがましいと、言葉にしちゃいけないと思ってた。いや、事実そうなんだろう。
……けれど由比ヶ浜は聞かせてほしいと言ってくれた。雪ノ下も、黙って聞いてくれている。
八幡「遠くから見てるだけじゃ、嫌なんだ」
由比ヶ浜「うん」
八幡「隣に立って、支えてやりたい」
由比ヶ浜「うん」
八幡「……あいつの夢を、叶えてやりたい」
由比ヶ浜「うん……そっか」
由比ヶ浜は一度目を閉じると、握っていた手を離し、満面の笑顔でこう言った。
由比ヶ浜「なら、もう迷うことなんてないよ!」
八幡「え?」
雪ノ下「そうね。あなたがやるべき事は、今言った全てよ」
雪ノ下も、同じように笑顔で言う。
雪ノ下「あなたのその割り切れないとても面倒な誇りと、心から大切だと思える渋谷さん」
彼女は、とてもとても優しい表情で、俺に選択を迫った。
雪ノ下「あなたは、どっちを取るの?」
272: 2016/04/03(日) 23:39:16.09 ID:lNFvVm8J0
……その言い方は卑怯だ。
そんな天秤を見せられてしまえば、俺がどっちへ傾くのかは決まっている。
そうだ、俺が抱えればいいだけの話なんだ。
抱えて、それでも尚、進めばいい。
だって、俺はあいつのーー
八幡「……確かに、簡単な事だったのかもな」
思わず、苦笑が漏れた。
由比ヶ浜「そうだよ。ヒッキーってばホントに面倒くさいんだから!」
雪ノ下「我が部員ながら、手間を取らせるわね」
俺の様子を見て、二人も安堵したかのように笑い合っている。
本当に、迷惑かけてばっかだな。
八幡「悪い。助かった」
一度、深く頭を下げる。
同じ奉仕部とはいえ、俺は今回は依頼人だったからな。これくらいはしないと、申し訳が立たない。
由比ヶ浜「い、いいってそこまでしなくて!」
雪ノ下「そうね。気持ちなんていらないわ。誠意をちょうだい」
由比ヶ浜「ゆきのん!?」
慌てる由比ヶ浜に対し、雪ノ下は相も変わらず良い笑顔だ。
正直、こっちとしてもそんな対応の方が助かるけどな。じゃないと、本当に泣いてしまいそうだ。
八幡「なんだよ誠意って……」
雪ノ下「あなたがプロデューサーに戻った暁には、優先的に前川さんのイベントに招待してくれるだけで良いわ」ニッコリ
八幡「だけで良いとか言いつつかなり大胆な要求だなオイ」
由比ヶ浜「あ、でも、それは結構良いかも……」
八幡「由比ヶ浜さん?」
揃いも揃って、気が早い連中である。
そもそも俺がプロデューサーに戻れるかも怪しいってのに。
273: 2016/04/03(日) 23:40:47.77 ID:lNFvVm8J0
雪ノ下「まぁ、それは冗談よ。ただ……」
八幡「ただ?」
雪ノ下「次からは、奉仕部への依頼だなんて言ってほしくはないわね」
その雪ノ下の言葉は、正直俺には良く分からなかった。
俺がなんのこっちゃと思っていると、それに反し由比ヶ浜は強く同意する。
由比ヶ浜「確かに! 今更他人行儀だよヒッキー!」
八幡「どういう意味だ?」
雪ノ下「分からない? あなただって奉仕部の一人……という意味よ」
少しだけ照れくさかったのか、そう言った雪ノ下はふっと目を反らす。
雪ノ下「あの日奉仕部へではなく私たちを頼ったように、今日だって、ただ相談があるで良かったじゃない」
由比ヶ浜「あの時、ホントは凄く嬉しかったんだからね。あたしたち」
あの日、あの時。
それは恐らく、アニバーサリーライブの時の事だろう。
……確かに、そうたった。俺はあの時、確かに奉仕部ではなく、二人だからこそ頼ったんだ。
すっかり忘れてたな。この二人が、こんなにも頼もしいって事を。
由比ヶ浜「でもヒッキーがこうして話してくれるようになったのは、凄い良いことだよね」
まるで偉業だとでも言わんばかりの由比ヶ浜の台詞。なんか恥ずかしいからやめろ。
しかしそこは雪ノ下も思う所があるのか、同じく感心したように言う。
雪ノ下「確かに、以前の比企谷くんでは考えられない事ね」
由比ヶ浜「……言わなくても伝われば、それが一番なんだろうけどね」
八幡「……そんなの、ただの幻想だろ」
言わなくても、お互いの気持ちが伝わる関係。
それは何と素晴らしいもので、美しい形だろうか。
そんなものがあるなら、確かに俺は心から欲するだろう。
だが、所詮はお伽噺だ。
274: 2016/04/03(日) 23:43:18.43 ID:lNFvVm8J0
八幡「きっと、そんなのは存在しないんだ」
雪ノ下「……けど、もしあるとしたら?」
八幡「は?」
急に問いかける雪ノ下。
いや、あるとしたらって……
八幡「そりゃ、あったら良いとは思うが…」
雪ノ下「そうね。……けれど、もし言わなくても伝わる関係になれたとしても、私は言うわ」
微笑みながら、どこか嬉しそうに、彼女は口にする。
雪ノ下「だって、見えないものや聞こえないものなんて、私は信じられないもの。だから、私は言うし、聞きたいの」
由比ヶ浜「ゆきのん……」
雪ノ下「それに、誰かさんは言われた所で信じないまであるでしょうしね」
くすりと、今度は意地悪く笑ってみせる雪ノ下。
その誰かさんってのは、誰の事を指してるんでしょうねぇ。……当たってるけど。
由比ヶ浜「あはは、ゆきのんらしいね。……でも、あたしもそうかな」
同調するように、由比ヶ浜は苦笑する。
由比ヶ浜「言わなくても伝わる関係って、素敵だなーって思うけど……でも、やっぱりあたしは直接言われた方が、嬉しいから」
八幡「……それも、お前らしいな」
由比ヶ浜「えへへ」
由比ヶ浜は照れたように笑い、それを見て、雪ノ下も微笑む。
俺たちは、こうしてお互いの胸の内を話さないと、分かり合えない。
言わなくても伝わる関係なんて、程遠い。
それでも、これが間違ってるだなんて、俺には思えない。
八幡「……ありがとな」
だから、俺はもう一度お礼を言う。
ちゃんと、俺の気持ちが伝わるように。
二人が笑ったのを見て、少しだけ、彼女たちの心が伝ったような気がした。
275: 2016/04/03(日) 23:47:09.53 ID:lNFvVm8J0
× × ×
八幡「じゃあ、俺鍵返してくるから」
雪ノ下「ええお願いね」
由比ヶ浜「…………」
八幡「……? どうした、先に帰っていいぞ」
由比ヶ浜「え? あ、いや、いいよ!あたしたちも待ってるから! 一緒に帰ろ?」
雪ノ下「…………」
八幡「いや、別に待たなくても」
雪ノ下「良いじゃない由比ヶ浜さんがこう言っているのだから」
八幡「……まぁ、そう言うなら」
雪ノ下「それじゃまた」
八幡「おう」スタスタ
雪ノ下「…………行ったみたいね」
由比ヶ浜「うん」
雪ノ下「……由比ヶ浜さん?」
由比ヶ浜「……え、なに? ゆきのん?」
雪ノ下「……ちょっと待って貰えるかしら」
由比ヶ浜「え?」
雪ノ下「…………」ピッピッ
由比ヶ浜「……?」
雪ノ下「……平塚先生に時間を稼ぐようにメールをしておいたわ」
由比ヶ浜「時間を、稼ぐって……」
雪ノ下「だから、少しの間なら大丈夫よ」
由比ヶ浜「ゆきのん……」
雪ノ下「……もう、我慢しなくていいわ」
由比ヶ浜「…っ……」
雪ノ下「よく、頑張ったわね」
由比ヶ浜「ぅっ……ぐすっ……!」
雪ノ下「…………」なでなで
由比ヶ浜「……ゆ…のん……っ」
雪ノ下「うん?」
由比ヶ浜「ゆきのんも……ごめん…っ……ね…」
雪ノ下「……なんの事か、分からないわね」
由比ヶ浜「っ……ぐすっ……うわぁ~~ん!」
雪ノ下「……っ……本当に、馬鹿ね。比企谷くんは」なでなで
ーーー
ーー
ー
八幡「…………」
276: 2016/04/03(日) 23:48:17.83 ID:lNFvVm8J0
*
校舎から出れば、辺りは夕焼けで染まっていた。
それでいて僅かに仄暗く、足下を見てみれば、不思議と影が見えない。
いわゆる、マジックアワーって奴だな。
由比ヶ浜「うわーすごい奇麗だね~! ってかもうこんな時間!?」
雪ノ下「随分と長い間職員室にいたけれど、また平塚先生に捕まったの?」
八幡「ああ。なんか昨今の街コンブームについてどう思うとか訳の分からん話を振られた」
他愛の無い話をしつつ三人で並んで歩いていると、そこで背中へと急な衝撃が走る。
平塚「比企谷~訳が分からんとは何だ? 延長戦いっとくか?」
八幡「ひ、平塚先生。なんでこんな所にいるんすか……」
平塚「いや実はマイカーを丁度車検に出しててなぁ。バスで帰ろうかとも思ったが、愛しの我が生徒を見つけたんで一緒する事にしたんだ」
首へ腕を回し、こめかみをグリグリと刺激してくるアラサー教師。
つーか、発言と行動が伴ってねぇぞおい。
平塚「はぁ……費用マジでバカにならん……」
八幡「あんな車乗ってるからっすよ……」
なんかもう台詞から哀愁が漂っている。ロマンを買ってるとでも自分に言い聞かせるしかないな。
ただ個人的な感想を言わせて貰えば、愚痴を言いつつも乗り続ける先生はカッコイイと素直に思う。思うだけで決して言いはしないが。
277: 2016/04/03(日) 23:49:24.52 ID:lNFvVm8J0
葉山「あれ。君たちも今帰りかい?」
と、更にここで何故か登場の葉山。
いや、普通に考えて部活帰りか。何も不自然な事はない。
むしろ……
一色「あれ~先輩たちじゃないですかー。お久しぶりです♪」
魔 王 オ ー ラ い ろ は す 。
こっちのがヤバイ。見える、俺には見えるぞ。「なに二人っきりで帰れそうだったのに出て来てんだお前ら空気読めよオイ」というフキダシが!
八幡「おう。久々だな。じゃ」
葉山「待てよ比企谷」ガシッ
八幡「止めるんじゃねぇよ。お前らはお前らで帰れよ」ググッ
葉山「そんな事言わずにさ。一緒に帰れば良いじゃないか」ググッ
八幡「なにが楽しくてお前(更に言うと一色)と一緒に帰らにゃならんのだ」グググッ
葉山「俺は君と一緒の方が(いろはと二人きりよりは)楽しいよ。だから一緒に帰れ」グググッ
平塚「あの二人はいつからあんな仲良くなったんだ?」
由比ヶ浜「いろはちゃんやっはろー!」
一色「お二人もお久しぶりでーす」
雪ノ下「一色さんも部活帰り?」
一色「ええ。今日は生徒会が休みだったんでサッカー部の方に顔を出してました」
くそっ、なんかあいつらは既に一緒する気まんまんだしよ。
これじゃ俺が葉山と遊んでるだけみたいじゃねーか。
278: 2016/04/03(日) 23:50:30.30 ID:lNFvVm8J0
戸塚「あ、はちまーん!」
八幡「戸塚ァ!!」
葉山「反応良過ぎだろ」
とことこと、テニスコートの方から駆け寄ってくるマイエンジェル戸塚たん。
ああ、まるで輝く星のようだ……You're stars shine one me……
八幡「部活帰りか?」
戸塚「うん。僕も一緒に帰っていいかな?」
八幡「断る理由が無いな」
葉山「即答過ぎて怖いぞ」
ええいうるさいぞ。お前に分からんのかこの尊さが!
雪ノ下「比企谷くん。気持ち悪いわ」
由比ヶ浜「ヒッキー、キモい」
一色「気持ち悪いです。先輩」
罵詈雑言の集中砲火。
何故こうも俺の周りの女子たちは容赦が無いのか。
やっぱり戸塚こそ天使……!
材木座「クックック……その想い、確かに受け取った!」
八幡「材木座……!」
材木座「八幡ッ!!」
八幡「……お前いつからいたんだ」
材木座「無論、最初からだッ!」
279: 2016/04/03(日) 23:51:44.29 ID:lNFvVm8J0
そこから更に。
川崎「げっ、なんであんたら集団でいんの」
大志「お疲れ様っす。お兄さん!」
八幡「相変わらず仲良いな……つーかお兄さん言うな」
更に更に。
小町「あれ、お兄ちゃんも今帰り? っていうか、随分大所帯だね!」
八幡「まぁな。……学校にはもう慣れたか?」
小町「うん。楽しいよ。こうしてお兄ちゃんとも一緒に帰れるしね。あ、今の小町的にポイント高ーい♪」
いつの間にやら、凄い人数になってしまった。
平塚「ふむ。どうせならば、いっその事このままご飯にでも行こうか。私が奢ろう」
由比ヶ浜「ええ! 良いんですか?」
雪ノ下「さすがに、この大人数では……」
平塚「遠慮する事は無い。これも大人の役割だよ。……ただし! ちゃんと親御さんには連絡するんだぞ?」
戸塚「あ、ありがとうございます」
一色「それじゃあ、私は葉山先輩の隣ですね」きゃぴっ
葉山「は、ははは。……助けてくれ材木座くん」
材木座「そこで我に振るぅ!?」
大志「姉ちゃん姉ちゃん、これはチャンスだよ!」
川崎「な、何言ってんのあんたは!」
わいわいと、騒がしくも楽しそうに、歩いていく。
280: 2016/04/03(日) 23:53:03.43 ID:lNFvVm8J0
小町「……お兄ちゃん」
八幡「あ? どうした?」
呼びかけに振り返ってみれば、そこにはとても嬉しそうに、笑顔を浮かべる小町。
小町「ほら」
指を指すのは、目線よりも少し高い位置。
その先には、赤く灯った、歩行者用の信号があった。
小町「良かったね。一緒に待ってくれる人たちが出来て」
見渡すと、どいつもこいつも、楽しそうに笑っている。
一番前で待っている俺の横に、ちゃんと、並んでいる。
八幡「……別に、俺に合わせて待ってるわけじゃないだろ」
小町「うん。でも、きっとどんな所でも待つし、一緒に歩いてくれるよ」
その言葉に根拠は無い。
だがそれでも、小町がテキトーな事を言ってる風にも、聞こえなかった。
小町「……他にも、待ってくれてる人がいるんじゃない?」
281: 2016/04/03(日) 23:54:07.14 ID:lNFvVm8J0
そう言われて、俺は前を見る。
道路を挟んだその向こう。
横断歩道のその先に、あの日の景色を見るように。
不思議と、そこには彼女たちが待っているような気がした。
あの子を影を、見たような気がした。
葉山「どうかしたのか比企谷?」
八幡「なんでもねぇよ……いや、なんでもあるか」
葉山「なんだよ、それ」クスッ
笑う葉山。それにつられて、俺も苦笑する。
八幡「あんでもあるから、行くんだよ」
葉山「……そうかい」
気付けば、他の奴らは既に歩き出している。
由比ヶ浜「ヒッキーたちもほら、早く行こうよ!」
雪ノ下「早くしないと、日が暮れるわ」
言われ、俺たちもその足を踏み出す。
この歩みは、きっとどこまでも続いて行く。
信号は、青だった。
282: 2016/04/03(日) 23:55:13.44 ID:lNFvVm8J0
*
八幡「この辺で、良いんだよな……」
スマホの地図を見て、周囲を見渡す。
都会のまっただ中とはいえ、この辺はまだ人気が少ないな。
そのおかげでまだ目立たないが、迷う姿はあからさまな不審者である。
八幡「ちひろさんめ……住所しか教えてくれないとかちょっとテキトー過ぎないか?」
あの後すぐにちひろさんに連絡を取ったのは良いものの、彼女が俺にくれたのは簡単な一日社会科見学であった。……もうちょっとこう、会社見学とか言いようは無かったのだろうか。
まぁ、図々しいお願いをしているのだから文句は言えない。
むしろ一度辞めた俺なんかにこうまでしてくれるんだから、バチが当たってもいいくらいだ。
俺が答えを出すまで待ってくれて、その上ここまで応援してくれるんだ。……感謝しかないな。
八幡「けど、さすがに会社名までは教えてほしかったな……」
もうこの辺だというのは分かるんだが、いかんせん名前が分からんので見当を付けられない。
本当に芸能事務所なんてあんのか? なんか居酒屋くらいしか目に付かないんだが。
キョロキョロと視線を彷徨わせていると、そこで不意に声をかけられる。
その声は、聞き覚えがあった。
284: 2016/04/03(日) 23:59:20.40 ID:lNFvVm8J0
「あれ? もしかして君……」
八幡「…………」
恐る恐る、振り返る。
確信に近いものを感じると同時に、今回の見学先はまさかと、とてつもない緊張感が襲う。
キャスケット帽に黒ぶちのメガネ。
その帽子からは、赤いリボンが見え隠れしている。
この、少女はーー
八幡「……天海、春香?」
春香「やっぱり! 久しぶりだね」
笑顔でそう言う彼女。
だが、俺には勿論笑う余裕など無い。
春香「うちの事務所に何か用?」
八幡「じむ、しょ……?」
ゆっくりと、視線を上げる。
さっきまでただの居酒屋だと思っていたその二階。
見れば、でかでかと、分かり易いくらいに社名が掲げられていた。
八幡「……765プロ」
ちひろさん。いくらなんでも、やり過ぎだろ……
315: 2016/05/07(土) 23:38:02.12 ID:29qBheum0
それからの風景 その8
春香「社会科見学、か。なるほどねー」
ふむふむと納得したように頷く目の前の少女。
彼女こそ今最もトップアイドルに近い――否、トップアイドルと言っても過言ではない少女。天海春香である。
以前会った時のように変装はしているが、その身体から溢れ出るオーラは誤摩化しようがない――
春香「なんだか懐かしい響きだね。私も小学生の頃に工場とかに行ったなぁ」
八幡「そ、そうか」
――こともないかもしれない。
目の前で思い出に浸るように微笑む天海。
威圧感などは全くなく、むしろ妙な人当たりの良さを感じる。
なんというか、”普通に”可愛い女の子であった。
そのあどけない仕草に、少しばかり拍子抜けしてしまう。
春香「事務所を見に来る人がいるって事はプロデューサーさんから聞いてたけど、まさか君だとは思わなかったからビックリしちゃった」
八幡「ああ、俺もかなり驚いたよ」
と、冷静な風に口にはしたものの、実際の俺の心境としては正直動揺しまくりである。
765プロ!? まさかの765プロ!? なして!? めっちゃ緊張するっつーか怖いっつーか確かに勉強にはなりそうだけど来て良いもんなのかそもそもちゃんと話通ってんのかやよいちゃんに会えるぅーーーっ!!
と、可能であれば今ここで叫び出したいくらいであった。やってくれるぜちひろさん……
317: 2016/05/07(土) 23:39:47.32 ID:29qBheum0
春香「……そういえば、あの後は大丈夫だった?」
少しだけ躊躇いがちに訊いてくる天海。
最初はなんの事かと不思議に思ったが、よく考えれば一つしかない。天海と会ったのは前回会ったあの時だけ。ならば、駅の待合室から飛び出したその後のことだと思い至る。
八幡「ああ。……あの時は、助かった」
少々照れくさいが、それでもちゃんと礼を言っておく。
本当に、あの時天海と巡り会えなければ、きっと俺は後悔していたから。
今の俺は、きっといない。
春香「……そっか。それなら良かった」
嬉しそうに笑う天海。
本当に、テレビで見た通りに笑うんだな。
何となく、そんな感想が頭に浮かんだ。別にそれは悪い意味ではなく、むしろこんなにも自分を偽らずアイドルしてる事に好感すら覚える。
その姿を見ていると、かつてプロデュースしていた彼女たちを思い出す。一流のアイドルというのは、皆こうなのだろうか。
それはたぶん希望的観測で、それでも、そうだったら良いなと、素直にそう思った。
春香「とりあえず立ち話もなんだし、事務所に入ろっか。私が案内するよ」
八幡「え。いやちょっ…」
そこで天海の突然の申し出。
俺が何か言うよりも早く、妙に楽しそうにさーさーと俺の背中を押して階段へと向かおうとする天海。
いや、つーかその自然なボディタッチやめてくれ。すんげーむず痒いし恥ずかしい。これを恐らくは素でやってるというのが何ともまた恐ろしい。一体どれだけの男子が犠牲になったのやら……
俺も特段反抗する理由も無いので、天海に促されるまま階段を上る。
するとその横を天海は少し駆け足で追い抜き、上り切った所にある扉の前で立ち止まると、くるっと回るようにこちらへと振り向く。
そして追いついた俺を見て、彼女はとても楽しそうに笑った。
春香「ようこそ、765プロへ!」
……さっきの普通に可愛いは撤回だな。
超絶可愛い。これが、トップアイドル天海春香か。
318: 2016/05/07(土) 23:41:24.10 ID:29qBheum0
*
「とまぁそんな感じで、今日は事務所でやってる主な仕事を見て貰おうと思うんだが……どうかな?」
八幡「はい。よろしくお願いします」
俺の反応を伺うように尋ねる眼鏡の若い男性。
その顔を見る限り、彼にも少しばかりの不安が見て取れる。
今俺は765プロ事務所奥にある、応接スペースにて今日一連の説明を受けている。
対応してくれているのは、もちろんこの765プロのアイドルたちを導いている張本人、プロデューサーその人である。
俺からすれば、遥か高みに立つ大先輩と言えるな。
……だと言うのに、目の前の彼はとても謙虚であった。
P「本当にこれだけでいいのかな。可能な限り俺の経験も話そうとは思うけど、それで力になれるかどうか……」
八幡「いや、勿体ないくらいですよ」
苦笑しつつ言う彼に対し、慌ててフォローを入れる。
八幡「むしろ、良いんすか? 元とはいえ商売敵だった俺に、ここまでしてくれるなんて」
口に出した通り、ぶっちゃけ申し訳ないのはこっちの方だ。
事務所の中など社外秘の情報でいっぱいだろうに、こんな自由に見て良いとは。正直こっちが心配になるレベルである。
P「大丈夫だよ。見て貰うと言っても、基本的な事務仕事が中心になるだろうし、本当に重要な資料とかはきちんとしまってあるから」
八幡「はぁ……」
P「だから、折角来て貰ったのにこれくらいしかしてあげられなくて、申し訳ないくらいだよ」
そんなものなのか。
それならば俺としても遠慮無く勉強させて貰うが……後で怒られたりしないよね?
319: 2016/05/07(土) 23:43:17.36 ID:29qBheum0
P「それに、君もプロデューサーとして一年やっていたんだろう? なら、もしかしたら既に知ってる事ばかりで退屈させてしまうかもしれないね」
そう言って、また苦笑い。
たぶん、嫌味ではなく本心で言ってるんだろうな。だとしたらそれこそ要らぬ心配だ。
八幡「いや、俺なんて本当の意味じゃプロデューサーとは言えないですから、助かります。正式な社員だった人たちに比べたら全然ですよ」
所詮は企画で選ばれた一般人のプロデューサー。やっていた仕事も少なければ、課せられる責任も大きく違う。
それ故、この765プロで得られるものが無いなどあり得ない。
八幡「だから、精一杯勉強させて貰います」
そして、もう一度深く頭を下げる。
P「……分かった。なら、俺も力になれるよう頑張るよ」
俺の様子に少しだけ驚くと、彼は微笑み、そう言ってくれた。
P「だけど、プロデューサーとは言えないってのは頂けないな」
八幡「え?」
P「君は、立派なプロデューサーだよ。誰よりも、君自身がそう信じないと」
320: 2016/05/07(土) 23:45:07.09 ID:29qBheum0
「プロデュースしてきたアイドルたちの為にもね」と、彼は屈託なく笑う。
数日前、ちひろさんにも似たような事を言われたのを思い出す。俺が否定しても、それでも彼女は俺が良くやってくれたと言って憚らなかった。
俺は、本当に立派なプロデューサーなんだろうか。自分では、とてもそうとは思えない。俺に出来たのはほんのちょっとした手助けで、本当に頑張ったのは、彼女たちのように思うから。
でもきっと、それを言ったらあいつらは怒るんだろうな。今、俺を認めてくれた彼と同じように。
八幡「……はい」
今度は俺が苦笑しつつ答えると、彼はまた嬉しそうに笑った。
プロデューサーさんは、俺が戻ろうとしてる事に対して何も言わない。
本当は思う所があるのかもしれないが、それでも、俺を助けてくれようとしている。正直どう思っているのか気になるのが本音だが、それこそ詮索するのは野暮だよな。
例え回りにどう思われようと、俺は出来ることをする。そう決めたんだ。
「おにぎりたくさんなの~……」
びくっ、と。思わず身体が反応する。
そりゃそうだ。急に近くから声があれば、誰だって驚く。
P「あ、あはは。すまん、寝言みたいだ」
そう困ったように笑うプロデューサー。
視線を横に向けてみれば、その寝言の主がそこにいた。というかそこで寝てた。
少々癖っ毛気味の長い金髪に、ちょっとした親近感を覚えるアホ毛。
可愛らしい寝顔の少女が、ソファへと横たわっている。
星井美希。
言わずと知れた765プロ所属のアイドルだ。ちなみに来た時には既に寝てた。
一応起こそうとはしていたようなんだが、中々起きないし、別に俺も気にする訳でもないので放っておいた結果今に至る。つーか、こんだけ間近で話してよく起きねぇなオイ。
……あとどうでもいいけど、ショートパンツとはいえそんな開けっぴろげに足出すのはどうなの? アイドルとしてそれで良いの? 俺としては役得…じゃなくて目のやり場に困るっつーか視線が吸い寄せられるーー!
そんな俺の葛藤もつゆ知らず、星井は尚も眠り続ける。
321: 2016/05/07(土) 23:46:10.52 ID:29qBheum0
美希「すー…すー…」
八幡「……さっき会った天海や、仕事で共演した事がある四条たちもそうっすけど、テレビで見たまんまなんすね。765プロのアイドルは」
P「はは、そこはちょっと自信があるかな。良くも悪くも素直だよ、うちのアイドルは。……伊織以外」
まるで自慢話をするかのように言うプロデューサー(最後のは聞かなかった事にする)。
確かに、その誇らしい気持ちは分かるな。
デレプロのアイドルたちだって、正直びっくりするくらい素直だ。テレビで映る姿のまんまなんだから、それを伝えられないのが歯がゆいくらいである。
P「アイドルたちも何人かは事務所にいるけど、基本は休憩中かスケジュールのチェックをしてるくらいだから、気にせず見学してくれ。……ってのは、さすがに無理か」
自分で言った事が難しいと思ったのか、彼は苦笑いする。
だが、侮ることなかれ。
八幡「大丈夫っすよ。人との関わりを断つのは得意なんで、例えアイドルが相手でもスルーするくらいは余裕です。……やよいちゃん意外」
P「それはそれでどうなんだとか、最後の一言が気になるとか、突っ込み所はあるけど……まぁ、それなら良しとしよう」
「突っ込む!? って、どこに何をですか!?」
なんか別の方角から鳥の鳴き声みたいなのが聞こえてきたが、俺も彼もスルーする。海老名さんのような波動を感じたのはきっと気のせいだろう。
P「さて。それじゃあ早速社会科見学を始めようか、比企谷くん」
八幡「はい。よろしくお願いします」
いざ、どきどき765プロ事務所社会科見学!
本当に色んな意味でドキドキだよ!
美希「あふぅ」
322: 2016/05/07(土) 23:47:40.19 ID:29qBheum0
*
P「小鳥さん、この資料コピーしといて貰ってもいいですか?」
小鳥「分かりました。アイドルのみんな分で大丈夫ですか?」
P「そうですね。あ、あと、比企谷くんの分もお願いします」
事務的なやり取りをする二人。
その様子を、プロデューサーさんの隣に座って見る俺。
……なんつかーか、思ったより居辛いな、これ。
見学が始まって数十分。特等席に座らせて貰い見学するのは良いのだが、何とも気まずい。
これも勉強の為だとは分かっているのだが、それにしたってやっぱり緊張する。つーか事務所のレイアウトがなんか凄く既視感あんな。本当にそっくりだ。
小鳥「はい、これは比企谷くんの分」
八幡「あ、は、はい。ありがとうございます」
手渡された資料を一瞬遅れて受け取る。
しかしこの音無さんという事務員さん、美人だよな。スタイルも良いし、充分アイドルでも通用する容姿である。……まぁ、うちのちひろさんも負けてませんけどね!
と、そんな謎の対抗は置いといて、資料の方に目を通す。なになに、来月に行うコラボ企画の概要……って、
八幡「あの、これ俺が見ても大丈夫なんすか……?」
思わずちょっと狼狽える。
さっきは重要な資料は見せないと言っていたが、これも中々重要じゃない? 本当に大丈夫?
P「ああ、それは大丈夫だよ。何せ君の所とのコラボ企画だ」
俺の所?
なんのこっちゃともう一度資料を見返してみる。すると、その概要のコラボ先に見慣れた社名を発見した。
323: 2016/05/07(土) 23:50:42.73 ID:29qBheum0
八幡「シンデレラプロダクション……コラボ企画って、合同ライブって事ですか?」
P「そういうこと。凄く面白そうな企画だろ?」
にこやかにそう言ってみせるプロデューサー。
いや、そりゃ確かに面白そうだけど……マジで?
八幡「まさか、765プロと合同でライブするなんてな……」
P「はは、驚いたかい?」
八幡「そりゃ驚きますよ。正直信じられないっす」
あの765プロと、デレプロが一緒に……前までは考えられなかった事だ。
トップアイドルと肩を並べられる程に、あいつらは成長した。その事実が、素直に嬉しかった。
八幡「ってか、俺はもうデレプロの社員じゃないですよ」
P「でも、戻るつもりなんだろう?」
八幡「それは……いや、戻れるかも分からないですし…」
何とも我ながら歯切れの悪い解答である。
だが仕方があるまい。実際戻れる可能性は低いし、そもそも社長に打診したわけでもないのだ。今俺がどうこう言える事ではない。
P「あの社長さんなら、喜んで受け入れてくれると思うけどね」
八幡「知ってるんですか?」
P「ああ。以前からうちの社長と親交があるから、俺も会った事があるんだ」
その言葉を聞いて、昔社長にそんな事を言われたのを思い出す。そういや765の社長と仲が良いんだったな。
324: 2016/05/07(土) 23:52:02.90 ID:29qBheum0
八幡「もしかして、俺が今日ここに来られたのもそのおかげだったりします?」
P「さて、どうだろうね。連絡は千川さんからだったけど、社長同士で何か話していたのかもしれないし、何とも言えないかな」
八幡「…………」
デレプロの社長は、俺がプロデューサーに戻りたい事を知っているのだろうか。
ちひろさんに相談している以上、知っている可能性は高い。そして知っていたとして、どう思っているのか。彼が言うように、果たして喜んで受け入れてくれるのだろうか。
P「大丈夫だよ。心配することはない」
俺の考えている事を察したのか、プロデューサーさんは優しい声音で呟く。
隣を見れば、彼は微笑んでいた。
P「そうだ。もしもの時は、うちに来るかい? 優秀な後輩が来てくれれば律子も助かるだろうし、社長も歓迎してくれる」
小鳥「良いですね! それ! 私は大賛成です!」
P「あ、あはは。音無さん、喜び過ぎです……」
冗談めかして言う彼の提案は、とても魅力的だった。
あの765プロで働けるのであれば、これ程面白いことは無いだろう。プロデューサー冥利に尽きると言ってもいい。
……けど、
八幡「ありがとうございます。……でも、遠慮しておきます」
決まっている。だって――
八幡「俺は、あくまでシンデレラプロダクションのプロデューサーなんで」
325: 2016/05/07(土) 23:53:31.54 ID:29qBheum0
「元、ですけど」と最後に付け加える。
その言葉を聞いて、彼はまた微笑んだ。
「「お疲れ様でーす」」
少しだけ、いやかなりの緊張感が俺の背中を走った。
扉の開く音の後に、聞き覚えのある声。
このややハスキーな声とめぐりんボイスは……
小鳥「あ、真ちゃんと雪歩ちゃん、帰ってきましたね」
P「お疲れさん。撮影は大丈夫だったか?」
ボーイッシュな黒いショートヘアの女の子に、茶色なボブヘアーの少々気弱そうな女の子。
菊地真に萩原雪歩。知っての通り765プロ所属のアイドルだ。
雪歩「はい。無事に終わりました」
真「プロデューサー、今日は外に出ないんですか……って、あれ?」
話している途中で目が合い、やっとこさ俺の存在に気付く二人。菊地はキョトンとしていたが、萩原は一瞬ビクッと後ずさった。本当に男苦手なんだな。決して俺個人に対して引いたのではないと信じたい。
真「そちらの方は……」
P「ああ、彼が昨日話してた社会科見学生の比企谷くんだよ」
八幡「ひ、比企谷八幡です。よろしく……お願いします」
取りあえず立ち上がって一礼。
ほぼ同い年だし敬語を使うべきか迷ったが、お世話になるわけだし、そもそも初対面なわけだから丁寧にいく。ってかやべーな。こうして見るとマジで二人とも可愛い。まこちんとか女の子じゃん!(当たり前だ)
本当にテレビで見たまんまのその姿に、否応無しに緊張感が昂る。ただのキモオタに成り下がらないよう気を付けねば。
326: 2016/05/07(土) 23:54:45.51 ID:29qBheum0
真「そっか、見学の人って君だったんだね。よろしく!」
雪歩「よ、よろしくお願いします」
真「あと、別に敬語じゃなくていいよ。貴音や春香みたいに気さくにさ」
八幡「そ、そう…か? じゃあ、遠慮なく」
そうか、気さくでいいのか。正直敬語はあまり慣れてないから助かる。……元プロデューサーとしてそれはどうなんだって話なんだが。
つーか、今四条と天海がどうのって言ったか? 俺の事も知ってたみたいだし。
八幡「……俺のこと、何か聞いてたりしたのか?」
真「うん。貴音と千早とやよいから、ライブの時の事とかね」
雪歩「あ、あと、春香ちゃんからも……渋谷凛ちゃんのプロデューサーさん、なんだよね?」
八幡「……まぁ、元、だけどな」
何度目になるか分からないこの訂正。
成る程。確かに最初の三人とは共演したし実際にも会った。俺の話を聞いていても不思議ではない。天海も同様。……いや、天海は別に特段話すこと無くないか? 何言ったん? 気になるが、何とも聞き辛い。
雪歩「あ、そういえば、響ちゃんからも…」
真「言ってたね。お寿司食べたんだっけ?」
八幡「あー……あったな、そんな事も」
収録終わりに四条と偶然出くわし、何故かそのまま我那覇と合流して飯に行ったのを思い出す。
そういや、あん時は凛がいなくて前川と一緒だったな。あと、三村。
八幡「面白半分で四条に挑んだ事を反省したよ」
真「あ、あはは」
P「……なんか、うちのアイドルがお世話になったみたいで申し訳ないな」
327: 2016/05/07(土) 23:56:15.79 ID:29qBheum0
苦笑しつつそう言うプロデューサーさん。
別にお世話したつもりも無いが……いや、どうなんだろうな、あれは。
雪歩「そういえば、私たちはまだ自己紹介してなかったね」
真「あ、そっか」
八幡「大丈夫だ。さすがに知ってる。特に菊地はうちの家族がファンだしな」
真「えっ、そうなの? なんか照れるなぁ……お兄さんとか?」
俺の発言に気を良くしたのか、嬉しそうに頭をかく菊地。尋ねてくるその瞳は期待に満ちている。
やべーなこれ。めっちゃ答え辛いぞこれ。
真「もしくは、弟さん?」
八幡「ああーっとだな……」
P「あっ(察し)」
なんかプロデューサーさんがいたたまれない表情になっているが、特別助け舟を出す素振りも無い。現実は非情である。
八幡「…………お袋だ」
真「……そ、そうなんだ。…………ありがとう……?」
その笑顔は複雑という表現以外の何者でもない。
まぁファンというだけで嬉しいのも本当だろうし、落ち込む様子を見せないあたりはプロといった所か。
大丈夫! デレプロにも自称ロックを目指すにわかアイドルがいるよ!
328: 2016/05/07(土) 23:57:42.90 ID:29qBheum0
小鳥「それにしても、雪歩ちゃんも大分男性の方に慣れましたね~」
真「確かに。前まではこんなに近くに立てなかったもんね」
しみじみ言う音無さんに、同調する菊地。
その二人に言われた萩原は気恥ずかしいのか縮こまっている。
しかし、近くと言っても3メートルは離れてるぞ? そんなに苦手だったのか……
P「雪歩も努力したからな。頑張った成果だよ」
雪歩「そんな、私なんて……プロデューサーさんのおかげです」
慌ててを手を振る萩原。
雪歩「プロデューサーさんのおかげで、少しですけど、克服する事が出来たんです」
思い出すように微笑む萩原は、まるで天使かと見紛うような美しさだった。こりゃやばい。材木座、俺はお前を認めなければならないかもしれん。天使はここにいた。
しかし、気になったのは萩原の台詞。
八幡「凄いですね」
P「え?」
八幡「いや、男嫌いまで何とかするなんて、本当に凄いと思います」
一体どんな手を使ったやら。
これぞ敏腕プロデューサーの成せる技と言った所か。
P「いやいや、俺なんて大したもんじゃない。頑張ったのは雪歩だよ」
雪歩「そ、そんなことないです! プロデューサーさんのおかげですよ!」
八幡「ほら、萩原もこう言ってますし」
P「あ、あはは。参ったな」
困ったように笑うプロデューサーさん。
だが、その顔は満更でもなさそうだ。
329: 2016/05/07(土) 23:58:52.95 ID:29qBheum0
P「お世辞でも嬉しいよ」
八幡「そんなつもりはないんすけどね」
P「また、気持ちいい事を言ってくれるなぁ」
そこでプロデューサーさんは一度真剣な表情になると、何故か改めて俺に向き直る。
P「比企谷くん。真面目に俺の後輩にならないか?」
八幡「えっ」
俺が間の抜けた声を出すと、プロデューサーさんはすぐに表情を緩め、照れたように話し出した。
P「いや~実は入社してから同性の後輩なんていなくてさ。こうして比企谷くんと話してたら、良いものだなって思ってね」
八幡「は、はぁ……」
成る程。そういう事か。
確かに、自分以外全員女性というのも中々堪えるだろう(社長は別)。年頃の男性となれば尚更だ。
小鳥「ですよね! 良いものですよね! 私は大賛成です!」
真「小鳥さん、喜び過ぎだよ」
雪歩「……私も、良いものだと…」
八幡「えっ」
なんて雑談をしつつ、見学は続く。というかあまり見学出来ていない。
和気藹々と、賑やかさで満ちている。
アイドル事務所ってのはどこもこうなんかね。
330: 2016/05/08(日) 00:00:11.68 ID:klf2/hE40
*
P「さぁ、次はレッスン場まで来たぞ」
八幡「やたら説明口調ですが……例によって良いんすか?」
場所は変わってレッスンルーム。
鏡張りの部屋には、今は俺とプロデューサーさんしかいない。
P「もちろん大丈夫だよ。今日は基礎トレーニングがメインだし、さして特別なレッスンをやるわけでもないからね」
八幡「なるほど。参加するアイドルは全員じゃないですよね?」
P「ああ。今日来れるのは…」
と、そこで遮るように扉が開かれる。
入って来たのは五人の……って、あれは!?
八幡「や、やよいちゃん!?」
P「今日1の声!?」
見間違う事は無い。オレンジに近い茶髪のツインテール、あれぞ我が天使、否! 大天使やよいちゃん!!
ああ、太陽の如き笑顔がすぐそこに……俺、消えるのか……?
331: 2016/05/08(日) 00:01:35.54 ID:klf2/hE40
やよい「お疲れ様でーす! あれ、比企谷さん?」
八幡「お、おお…ああ、うん。……お疲れさん、です」
やだ、俺今最高に気持ち悪い。動揺してるっていうか本当にどう接して良いか分からない。萩原や菊地と会った時もかなり緊張したが、その比ではなかった。ただのキモオタに成り下がってますやん! っていうか俺のこと覚えててくれたやったー!!
やよい「そっか、見学の方って比企谷さんだったんですね! 今日はよろしくお願いしまーす!」
八幡「おお……生ガルウイング……生きてて良かった」
P「もの凄い心の声が漏れ出てるけど大丈夫か?」
そんなのはかなり今更である。もうやよいちゃんに関して取り繕えないのは覚悟してる。むしろ公にしていくスタイルだ。嫌な覚悟だな。
とりあえず冷静さを取り戻すべく一度深呼吸。そして、改めて入室してきたメンバーを確認する。
長い黒髪のポニーテールをした小麦色の肌の少女。我那覇響。
おっとりとしたスタイル抜群のショートヘアの女性。三浦あずさ。
茶髪のロングにカチューシャでおでこを出している少女。水瀬伊織。
そして、スーツ姿で髪をアップにした眼鏡の女性。秋月律子。
以上である。
伊織「ちょっと! 今なんか凄いおざなりじゃなかった!?」
俺の脳内紹介を感じ取ったのか、水瀬がつかつかと切り込んでくる。
八幡「気のせいじゃないか。でこちゃん」
伊織「でこちゃん言うな!」
332: 2016/05/08(日) 00:03:42.58 ID:klf2/hE40
おお……良い反応だ。これは星井がからかうのも頷ける。
しかし水瀬は気に入らないのか(当たり前だ)、キツく睨みつけるように俺を見てくる。我々の世界ではご褒美です。
伊織「あんたが比企谷とかって元プロデューサー? 話には聞いてたけど、本当に腐った目をしてるのね。あまりやよいに近寄らないでくれる?」
八幡「なぁ、一回でいいからデコピンさせてくれないか。夢だったんだ」
伊織「あんた人の話聞いてた!? ってか夢って何よ夢って!」サッ
あずさ「あら~」
おでこを隠し、後ずさるように三浦さんの影に隠れる水瀬。
ちっ、やっぱダメだったか。つーか何で俺には猫かぶんないのだろうか。ちょっと期待してたんだが。
やよい「伊織ちゃん、比企谷さんは良い人だよ?」
伊織「甘いわよやよい、こいつはどうしようもない捻くれ者の性根が腐った奴だって私の感が告げてるわ!」
八幡「まぁ否定はできんな」
響「否定しないのもどうかと思うぞ……」
どうやら見透かされてたようだ。猫かぶる必要も無いと思われるとかどんだけだ俺。
と、そこで呆れたようなその声で気付く。いたのか我那覇。
響「久しぶりだな! 元気してたか?」
八幡「まぁ、ぼちぼちな。お前は……相変わらず元気そうだな」
その時、ぴょんと足下に何かが飛んでくる。その物体はちょこちょこと身体をよじ登っていき、最終的に俺の肩へと辿り着いた。
八幡「お前も久しぶりだな」
ヂュッ、と俺の声に反応する一匹の鼠…じゃなくてハムスター。ハム蔵である。
333: 2016/05/08(日) 00:05:58.77 ID:klf2/hE40
八幡「今日はいぬ美はいないのか」
響「うん。さすがにレッスンルームには連れて来れないから、家でお留守番さー」
正直ハムスターを連れてくるのもどうなんだと思わないでもないが、まぁ、触れないでおく。んなこと言い出したら我那覇が飼ってるペットたちの布陣からしてやばい。絶対遊びになんて行けない。
律子「そういえば、響も面識はあったのよね」
響「と言っても、自分はご飯を一緒しただけだけどな」
あずさ「良いわね~、今度は私も一緒に誘ってね?」
にこりと、笑顔で言われてしまった。
え? いや、誘ってねって、さすがに社交辞令だよな? つーか今の破壊力あり過ぎだ。
八幡「き、機会があれば」
あずさ「うふふ。楽しみにしてるわね」
Oh……これが年上の余裕か。魔性と言ってもいい。
陽乃さんとはまた違った大人っぽさを感じるな。これは結婚したいとか言っちゃう親父の気持ちも分かる。
伊織「なーに焦ってのよ。それでもあんた元プロデューサー?」
八幡「すまんな、いおりん」
伊織「いおりん言うな! っていうか、あんた私にだけ馴れ馴れしくない!?」
気のせいだろHAHAHA!
と、一笑にふした所で改めて挨拶をしておく。こういう線引きは大事だ(散々ふざけた事から目を逸らしつつ)。
八幡「今日は、よろしくお願いします」
伊織「……ふんっ」
律子「そういう礼儀を弁えている所は好感が持てるわね。それじゃ、レッスンを始めましょうか!」
334: 2016/05/08(日) 00:07:57.36 ID:klf2/hE40
そのかけ声で、その場のメンバーは大きく返事をし、各々が準備やストレッチに取りかかった。
冷静に考えれば、中々に貴重な体験だよな。765プロのレッスン風景をこうして見られるなんて。
つーか、トレーナーさんじゃないんだな。
俺が不思議に思ってるのが伝わったのか、秋月さんが何となしに説明してくれる。
律子「今日は私がプロデュースしてるアイドルたちのレッスンだから、トレーナーさんには頼まなかったの。私も結構コーチの経験あるのよ?」
八幡「そうなんすか。でも秋月さんがプロデュースしてるのって…」
P「竜宮小町と、それから今度新しくユニットを担当する事になったんだ。メンバーはやよい、響、真美の三人でね」
補足説明してくれるプロデューサーさん。
やよいちゃんがユニットを組む、だと? マジか、これは凄い情報を手に入れた。応援不可避。たとえそれがライバル事務所だったとしてもだ!
律子「テーマは元気! ちょっと企画が通るのに時間はかかっちゃったけど、きっと上手くやってみせるわ」
P「律子なら大丈夫だよ。俺も期待してる」
八幡「…………」
不意に、既視感を覚えた。
この感覚は……ああ、そうだ。酷く懐かしい、そんな気持ちだ。
さっきの事務所での見学もそうだった。仕事の様子や、こうしてプロデュース業の話をしている二人を見ていると、切に思う。
これが、アイドルのプロデューサーって奴なんだ。
八幡「……あれ。そういや、そうなると二人程足りないんじゃ…」
律子「亜美と真美なら、二人での収録があるから今回は欠席よ。まぁ、その分後で頑張って貰うことになるけど」
P「ははは。律子の特別レッスンとなったら、二人の項垂れる姿が目に浮かぶな」
プロデューサーさんの言葉を聞いて、うんうんと頷く一同。そんなにキツいんだろうか、秋月さんのレッスン。
と、そんな俺の感想が見破られたのか、にひひっと笑う水瀬と目が合った。何か嫌な予感がする。
335: 2016/05/08(日) 00:08:57.55 ID:klf2/hE40
伊織「どうせだったら、あんたもレッスン受けていけば?」
八幡「は?」
伊織「実際にやってみれば、見てるよりも勉強になるかもよ」
いやいや、何を言っているんだこのツンデレ娘は。そんなん無理に決まっている。そうですよね秋月さん?
律子「良いわね。やってみたらいいわ比企谷くん」
秋月さーーーんっ!!???
P「面白そうだし、良いんじゃないか?」
八幡「いやいやいや、あなたまで何言ってるんすか」
響「なんくるないさー! 身体を動かすと気持ちいいぞー!」
八幡「お前はちょっと黙っててくれ」
何なんだこの流れは。そりゃ確かに実際に受けた方が良くレッスンを理解出来るだろうが、別に俺アイドル目指してるわけじゃないからね! ワケあってもならないからね!
やよい「うっうー! 比企谷さんも一緒にやりましょー!」
八幡「……っ…やりますか」
伊織「(やよいに言われるとやるのね)」
P「(でも、さすがに一瞬躊躇したな)」
もうどーにでもなーれ☆
律子「折角なんで、プロデューサー殿もどうです?」
P「えっ!?」
律子「先輩風吹かせるなら、こういう時も率先してやるべきですよねぇ?」ニヤリ
P「…………ヤラセテ頂キマス」
あずさ「あら~」
こういう男が尻に敷かれる構図も、どこも一緒なんだなぁって、しみじみと感じました(P並感)。
336: 2016/05/08(日) 00:10:21.21 ID:klf2/hE40
*
落ちついて、耳をすます。
あたりは静寂。廊下とはいえ、この狭さだ。よーく集中すれば音を逃すはずは無い。
次第に聞こえてくるのは、事務所内からのわずかな会話。屋外からの喧騒。微かに聞こえる隙間風。
そして……
八幡「…………そこか」
目標を補足し、瞬時に駆ける!
狙うは、階段下の影だぁーッ!!
八幡「――――ッ、なん…だと……?」
しかし、そこにいたのは想定の人物ではなかった。人物というより……動物?
ヂュッ、と手を挙げて鳴くそいつは、何とも美味しそうにクッキーを食べている。っていうかハム蔵だった。
「やーい、引っかかったー!」
「本命はこっちだYO!」
小馬鹿にするようなその声。それは階段下とは真逆の方向、それも壁からであった。
見れば、壁と同じ色の布から顔を出す二人組。そういう忍者っぽいのは浜口にとっておけ!
髪を向かって左側に結んでいるのが妹、双海亜美。
向かって右側にサイドテールにしているのが姉、双海真美。
765プロ最年少の悪戯双子、双海姉妹であった。
337: 2016/05/08(日) 00:11:38.41 ID:klf2/hE40
八幡「ハム蔵をクッキーで懐柔するとは、中々狡猾だな」
亜美「ハム蔵が怪獣って、ヒッキー大袈裟だよ→」
真美「婚活って、あずさお姉ちゃんがやってるやつ?」
八幡「…………」
やっぱ、頭が回ると言っても小学生だな。つーか、お前らもそのあだ名で呼ぶの? なんで皆そこに行き着くの?
いや、今はそんな事はどうでもいい。
八幡「ほら、アホな事やってないでさっさと事務所へ戻れ。プロデューサーさんも探してたぞ」
亜美「えー! もうちょっと遊ぼうよ!」
真美「そーそー! 別にもう今日は仕事無いんだから良いじゃーん!」
ぶーぶーと分かり易いくらい文句を垂れる二人。
そもそも何で遊ぶ流れになってるのん? いやまぁ、プロデューサーさんに頼まれて探してる内に、追いかけっこに発展したのが原因なんだけどさ……小学生アイドルの体力マジハンパねぇ……
八幡「ぶっちゃけもうキツい。早く戻りたい」
亜美「ちょっと素直に良い過ぎだYO!」
真美「っていうか、疲れるの早くない?」
八幡「ほっとけ。こちとら鬼軍曹のレッスンで足ガクガクなんだよ」
いや、マジであの人容赦ねぇのな。俺とかは軽ーくこなすだけなんだと思ったらガチのやつだった。普通に怒られてちょっと凹んだし。
八幡「お前らも同じ目に、いやむしろ更に過酷なレッスンが待ってると思え」
真美「うあうあー! 嫌なこと思い出させないでよー!」
亜美「あれ? そういえば、兄ちゃんは大丈夫だったの? 一緒にレッスンしたんだよね?」
338: 2016/05/08(日) 00:13:13.30 ID:klf2/hE40
思い出したかのようなその問い。
俺は少し間を開けた後、目を逸らす。
八幡「俺があの人の代わりに追いかけてる時点で察しろ」
亜美「Oh……」
真美「兄ちゃん…運動神経に自信があるとは何だったのだろうか……」
まぁ、基本デスクワークと営業だしね。多少はね。
「これが若さか……」と呟きながらダウンした彼の姿は忘れまい。あんたもまだ20代でしょうが。
八幡「っていうか、今日はもう仕事無いなら別に俺追いかける必要無くね?」
亜美「そこに気付くとは……」
真美「やはり天才か……」
八幡「いやそういうのいいから」
こいつら、本当に終始こんなテンションなんだな。テレビのまんま。むしろテレビに映ってる時より元気じゃね? うわーい、プロデューサーさんの心労痛み入るぅーー!
亜美「だが、ここで終わるわけにはいかんのだよ!」
真美「んっふっふ~、我々を捉えられない限り、この戦いは続くと思いたまえ!」
八幡「ちょっ、こら」
言うや否や、すたこらさっさと駆けていく双子。
ええー……これ、まだ続くの?
プロデューサーの仕事というよりは、子守りって方がしっくりくるな。まぁ、俺も楽しくない事もないが。
疲れてはいるが、プロデューサーさんに頼まれちまったのもある。ここはさっさとお縄にするとしますかね。
340: 2016/05/08(日) 00:14:53.40 ID:klf2/hE40
その後一階へ下りたり、事務所の中を探してみたり、また階段下まで戻ってみたり。回れる所は回ってみた。軽い探索みたいになってしまったな。
途中他のアイドルと出くわすと雑談に発展するので、俺としては早く見つけてしまいたいのだが……如何せん見つからない。あいつらまさか帰ったとかじゃないよね?
さてどうするかと考えていた時、階段が目に映る。
そういや、この上はまだ見てないな。恐らくは屋上へ続いているのだろうが、勝手に行っていいものなのだろうか。
八幡「……まぁ、今更か」
既に事務所中を探したのだ。屋上へ出るくらいは許されるだろう。
俺は一応辺りを見回した後、ゆっくりと階段を上っていく。別にゆっくり上るのに特に意味は無い。しいて言うなら足が痛い。
やがて階段を登り切ると、外へ続く扉が一つ。踊り場にもあの双子の姿は見えない。
となると、やっぱこの先か。
俺はドアノブへと手を伸ばし、その扉を開いた。
「――――おや」
最初に思ったのは、奇麗だな、というありふれた感想だった。
扉を開いたその先。
日が沈みかけ、夕焼けに照らされたその長くきらびやかな銀髪。
こちらに気付き、振り向いたその横顔は、神秘的なまでに美しい。
……本当に、絵になる奴だな。
一瞬、映画か何かのワンシーンに飛び込んだのかと錯覚したぞ。
そんなチープな感想が出てくる程、目の前の彼女は鮮烈に映った。
八幡「……月見には、まだ早いんじゃないか。四条」
貴音「そうですね。……しかし、こうして夕日を眺めるのも良いものです」
どこか妖艶に、されど嬉しそうに、四条貴音は微笑んだ。
341: 2016/05/08(日) 00:16:35.70 ID:klf2/hE40
>>339 ごめんミスった
342: 2016/05/08(日) 00:17:15.67 ID:klf2/hE40
貴音「まさか、このような所で再会を果たすとは。運命とは数奇なものですね」
八幡「そんな大層なもんでもないだろ。今回に限って言えば、こっちが頼んだ事だ」
まぁ、俺もまさか765プロに来るとは思っていなかったけどな。
ちひろさんには感謝せねばなるまい。もちろん、765プロの人たちにも。
八幡「…………なぁ」
貴音「なんでしょうか?」
八幡「ああーっと……」
やばい。思わず声をかけてしまったが、これやっぱ訊いちゃまずいような気がするな。というか、気が引ける。何普通に訊こうとしてんだ俺は。
貴音「……言いにくいのであれば、無理に言わなくても結構ですよ」
気を遣ってくれる四条。
一瞬お言葉に甘えようかとも思ったが、しかし、機会も中々無いしなぁ。
八幡「…………いや、やっぱ訊くわ」
貴音「そうですか。では、何を?」
俺はたっぷりと苦悶した後、念の為に前置きをしつつ、何とか言葉をひねり出す。
八幡「お前に訊くのも変な話だとは思うんだが……」
貴音「ええ」
八幡「…………凛、元気か?」
貴音「……はい?」
キョトンと、不思議そうな表情を隠そうともせずに俺を見る四条。
やめて! そんな目で俺を見ないで!
八幡「いやな、あれからあいつとは会ってないっつーか、会わないようにしてんだ。だから、ちょっと気になったというか……」
343: 2016/05/08(日) 00:18:55.63 ID:klf2/hE40
まるで言い訳をするように補足説明する俺。
視線は彷徨い、とにかく変な汗が止まらない。訊いて後悔した。めっちゃ恥ずかしい。
貴音「電話や、めーる等はしないのですか?」
八幡「……たまにはする事もあるが、基本しないな」
特段用事があるわけでもなし、お互いかけ辛いんだろうな。そもそも、俺も凛も電話やメールがあまり得意ではないというのもある。つーか俺に関して言えば苦手と言っていい。
貴音「なるほど。そういう事ですか」
八幡「ああ」
貴音「ふむ……」
八幡「…………」
貴音「………正直、最近はわたくしも会ってないので、何とも」
会ってないのかよッ!! じゃあ完全に俺の恥かき損じゃねぇかよッ!!!!
思わず脳内で叫んだ。
……なんか、一気に体力を削られた気分だ。自業自得とはいえ。
俺のあからさまな落ち込みを見て、四条はふっと微笑む。なに、俺のピ工口具合そんな面白かった?
貴音「お役に立てず申し訳ありません。……ただ、それであれば千早に訊くと良いかもしれませんね」
八幡「如月に?」
貴音「ええ。彼女は渋谷凛と交友があるようですから、もしかしたら仕事以外にも会っている可能性がありますので」
四条の言葉を聞いて思い出す。そういや、そんな事を言ってたな確かに。
あの765プロとの歌番組共演を経て、凛は憧れの如月千早と交友関係を築けたらしい。であれば、四条の言う通り如月に訊いた方が得策か。……またこんな思いするの?
まぁ何はともあれ、教えてくれた四条には感謝せねばなるまい。
344: 2016/05/08(日) 00:20:00.77 ID:klf2/hE40
八幡「分かった。後で如月に訊く事にする。……助かったよ」
貴音「いえ。これくらい、礼を言われる程でもありませんよ」
本当に、気にしてないという風に笑う四条。
……こうしていても、あの事については何も言ってこないんだな。
八幡「…………」
貴音「……わたくしは、まだ忘れていませんよ」
八幡「――ッ」
一瞬、息が止まったかと思った。
俯きがちだった顔をあげてみれば、静かに微笑む四条が目に映る。
貴音「あの日宣言した、その時を。今でも楽しみに待っています」
八幡「…………」
今にして思えば、バカな事を宣ったと思う。
765プロという、トップアイドルと言っても過言ではない最たる存在。そんな彼女らに、あんな大口を叩いて、無謀とも言える宣戦布告をした。
……だがそれでも、彼女はこうして待っている。
ならば、俺は言う他無い。
八幡「――ああ。待ってろ、すぐ追いつく」
貴音「ええ。いつでも、わたくしたちは受けてたちますよ」
笑いながら、あの日の邂逅をやり直す。
あの時の宣言を、無かった事にはしないように。
夕日はもう殆どが沈み、仰ぎ見れば、幾つか星が瞬き始めていた。
大きく弧を描く、月を中心に。
345: 2016/05/08(日) 00:21:14.35 ID:klf2/hE40
*
あの後、四条の助けを借りて双海姉妹を何とか捕縛。
事務所内へと連行し、それからも社会科見学は続いた。
段々とアイドルが増えていくので、俺は何とも肩身が狭い。デレプロで多少は慣れていたとはいえ、やっぱ765プロが相手ともなればまた違う。なんだか夢の世界にいるようだ。
そして、今俺は再び廊下へ。
彼女に話を訊くにあたって、さすがに事務所内は気が引けるからな。ってか絶対嫌だ。
「渋谷さんなら、元気そうにやっているわ。心配は要らないと思う」
八幡「……そうか。なら良かったよ」
落ち着いた雰囲気の、青みがかった長髪の少女。如月千早。
今のアイドル業界において、こと歌唱力において彼女の右に出る者はいない。そう言える程のアイドル。
そして、凛の憧れの存在だ。
千早「この前も一緒の番組に出る事があったのだけど、彼女、また歌が上達していたわ」
八幡「やっぱ、分かるもんなのか」
千早「ええ。彼女の歌に対する思いは、私にも伝わってくるもの」
微笑み、そう言ってくれる如月。
かつて凛は、如月千早と同じ舞台に立つことへ躊躇いを感じていた。
覚悟も無い自分が、憧れの存在と肩を並べて、本当に良いのかと。そう悩んでいた事もあった。
だが、今は彼女が言うように、心配は要らないようだ。
憧れて、アイドルへなるきっかけとなった彼女が、何よりも認めてくれているんだ。
これ程嬉しい事も無いだろうな。
346: 2016/05/08(日) 00:22:38.93 ID:klf2/hE40
千早「……あなたも、これから大変ね」
そう言う如月の表情は、少しばかり暗い。
八幡「まぁ、覚悟はしてる。自分で選んだことだ」
最初は軽い気持ちでプロデューサーになったのも、その内に本気で凛をシンデレラガールにしてやりたくなったのも、責任を取って会社を辞めたのも。
そして今こうして、無様でも情けなくても、またやり直そうと躍起になっているのも。
全部、自分で決めた事だ。
だから、後悔は無い。
千早「そう……」
俺の返答に、如月は安心したように小さく笑う。
千早「……私、少し前までは、自分には歌以外に何も無いと思っていたの」
八幡「…………」
千早「でも、本当はそうじゃないことに気がついた。春香たちに、気づかせて貰った」
八幡「天海たちに?」
千早「ええ。……私は、私が思ってたよりずっと、周りに支えられていたんだって」
気恥ずかしそうに、それでも、嬉しそうに。
如月は思い返すように微笑んでいた。
八幡「……少し、分かる気がするな」
千早「え?」
八幡「俺も、最近まで気付かなかった」
347: 2016/05/08(日) 00:24:01.76 ID:klf2/hE40
アイドルたちに、奉仕部の二人に、ようやく友達と呼ぶ事が出来た、あいつらに。
背中を押して貰って、俺はここにいる。
八幡「俺は、俺が思ってるより恵まれてるらしい」
千早「ふふ。それに気付けただけ、良い事だと思うわ」
違いない、と。俺もつられて苦笑する。
その後いくつか言葉を交わし、あまり長話も良くないので会話を切り上げて事務所内へと戻る。
一応俺は社会科見学に来てる身だしな。勉強させて貰わなければ意味が無い。時計を確認すれば、もう既に7時近くになっている。早いもんだ。
プロデューサーさんの隣の席へ戻ると、彼は資料を整理しつつ俺に尋ねてきた。
P「どうだ? アイドルの子たちとは親睦は深まったかい?」
八幡「まぁ、それなりに。……というか、訊くのそこなんすね」
普通はこの場合、見学した感想を訊く所じゃない? 確かに知ってる内容も多いとはいえ、本命はそこだしな。大変勉強になりました。
P「あはは、ごめんごめん。君ならそっちの心配はいらないと思ってさ」
それは暗に俺の対人関係の方が心配という意味だろうか。 大 正 解 ! 確かに俺も心配だったよかなり。本当に皆良い子で助かったー!
けど、仕事関係は心配要らないというのもまたえらい信用されっぷりだな。別に一緒に仕事したわけでもないというのに。
八幡「そんなに俺、仕事出来るように見えますかね」
P「見えるというか……実際に、実感した事はあるからね」
八幡「はい?」
俺は何のこっちゃと首をかしげるが、プロデューサーさんははぐらかすように恍ける。「同じプロデューサーとして見えるものもあるのさ」と、結局詳しくは教えてくれなかった。
もしかして、仕事中どっかで会った事あんのか? いや、さすがに気付くだろうし、それは無いか。
348: 2016/05/08(日) 00:25:10.76 ID:klf2/hE40
P「いくら企画で参加したプロデューサーと言っても、大変な事も多かったんじゃないか? 営業とかは特に」
八幡「否定はしません。ってか大変でしたよ、マジで」
人生であんなに愛想笑いをした事は無い、それぐらいに無理矢理テンションを上げたかんね。
あんまり元気過ぎるのも引かれるかと思ったが、ちひろさんに「比企谷くんはそれくらいが丁度良いです」とか言われるし、普段の俺どんだけダウナーなんだよって話だ。
八幡「こっちはちゃんと約束を取り合わせても、向こうは『今日だっけ?』の一言でドタキャンとか結構ありました」
P「あーあるある、結局は口約束だからなぁ。アポ取っても相手先が忘れたら、無かった事になるんだからやり切れない」
八幡「まぁ、逆に俺が忘れる事もありましたけどね」
P「おいおい、それはダメだろう。……まぁ、俺も昔何回かやった事あるけど」
そう言って、笑いながら頭をかく彼。
俺もつられて苦笑する。
P「人によっては、会って貰う事すら出来ないからキツいよなぁ」
八幡「理不尽な理由でキレられるなんてしょっちゅうですね」
P「そうそう! あと、凄いざっくりした注文をする人とかね」
八幡「いますね。まだ無理難題言われた方が断れるから良いんすけど」
P「必氏にアイディア捻り出して企画作って、『なんか違うんだよね~』の一言でバッサリ断られた事もあるよ」
八幡「マジすか。さすがにまだそれは体験してないですね」
P「それも勉強だけどな。本当に、プロデューサーっていうのは大変だ」
八幡「ええ」
しみじみと、お互い苦労を吐き出すように溜め息をつく。
349: 2016/05/08(日) 00:26:20.25 ID:klf2/hE40
P「……けど、な」
八幡「はい。それでも……」
目が合うと、俺たちは示し合わせたかのように、同じ台詞を口にした。
P・八幡「「プロデューサーは、やめられない」」
少し間を置いてから、俺たちは弾かれたように笑い出す。
P「こんなに楽しくて、やりがいのある仕事は他に無いよな」
八幡「ええ。心底同意します」
じゃなければ、今ここにこうしているわけが無い。
専業主夫を目指していた俺が、まさかここまでプロデューサーという仕事を渇望するようになるとは。それこそ、夢にも思わなかった。
P「……頑張れよ」
見れば、彼は真っ直ぐに俺の目を捉えている。
P「俺は君がプロデューサーになるのを、ずっと待ってるからな」
八幡「っ……!」
気にはなっていた。
彼が、一度責任を取っておきながら、むざむざプロデューサーへ戻ろうとしている俺を、どう思っているのか。
どう思っていようが構わない。その事実は変わらない。
けどこうして言葉にされると、やはり、どこか安心している自分がいた。
350: 2016/05/08(日) 00:27:33.97 ID:klf2/hE40
八幡「……はい。ありがとうございます」
同じプロデューサーとして、認めて貰えたような気がして、俺は思わず笑みを零した。
小鳥「良いですねぇ……先輩後輩のダベりからのイイハナシダナー……最高ですねぇ……」
P「音無さん? どうかしました?」
小鳥「ピヨッ!? な、なんでもないですよ! ええ!」
なんだかまた海老名さんの波動を感じたが、見て見ぬフリをしておこう。こんなんいちいち反応していたらキリがない。似たような奴はデレプロにもいるからね!
小鳥「あ、社長が戻ってきたみたいですよ!」
凄く不自然に話題を変える音無事務員。だが、その言葉は聞き捨てならなかった。
つ、遂に戻ってきたか……!
765プロの代表取締役である高木順二朗社長(現会長の順一朗氏の従兄らしい)。俺が社会科見学へこの事務所へ訪れた時には既に出かけており、つまりはこれが初のご対面である。
め、めっちゃ緊張する……!
高木「みんなただいま。おや、君が比企谷くんかね。よろしく頼むよ」
八幡「…………」
凄く、真っ黒です(既視感)。
ってか、あれ。なんだか凄い見覚えがあるっていうかそっくりなんですけど、社長って皆黒いもんなの? って、そんな事は今はいい。
八幡「……あ。よ、よろしくお願いします」
我に帰り、慌てて礼をする。
八幡「今日は貴重な体験をさせて頂いて、本当にありがとうございます」
高木「気にしなくとも良い。あのシンデレラプロダクションからの頼みだ。断る理由が無いよ」
はっはと、本当に何て事の無いように笑う高木社長。
351: 2016/05/08(日) 00:28:39.88 ID:klf2/hE40
高木「しかし、彼がティンときたのも頷ける。良い目をしてるじゃないか。どうだい、もし君が良ければ、我が765プロに…」
P「社長、もうそのくだりはやりましたよ」
高木「なんだ、そうなのか。それは失礼。はっはっは!」
快活に笑う社長。なんつーか、良い意味で大手芸能事務所の社長とは思えないな。気さくで、全然威圧感など感じない。
その辺も、デレプロの社長にそっくりだ。
高木「そもそも君を迎え入れたら、彼に怒られてしまうね」
八幡「そう、ですかね……」
高木「それはそうだろう。なんだ、彼から何も言われていないのかい?」
デレプロの社長とは、あれから特に連絡を取っていない。そもそも取る理由も無かった。俺がちひろさんに相談したのも、どこか勉強させて貰える所は無いかという相談だけだったしな。戻りたいという事も、話してはいない。
八幡「特には、何も」
高木「そうか。もしかしたら、君から言われるまでは動かないつもりなのかもしれないな」
ふむ、と高木社長は腕を組み呟く。
そして俺の肩へと手を置き、安心させるように言う。
高木「彼もきっと、君の事を待っている。頑張りたまえよ比企谷くん」
八幡「……はい」
小鳥「歳の差も中々……」
あの、今結構良い話してるんで自重して貰えます?
高木「さて、しんみりしたのはここまでだ。比企谷くん、今日の放送は知っているかな?」
八幡「え? え、ええ。録画しておきました」
一瞬ドキッとした。まさかその話題を振られるとは思ってなかったので、要らぬ情報まで口にしてしまう。後でゆっくり見るつもりだったんです。はい。
352: 2016/05/08(日) 00:29:56.22 ID:klf2/hE40
P「今日の放送って……ああ、そうか。悪い事しちゃったな。ごめん、何も今日にしなくてもよかったね」
八幡「とんでもないですよ。番組はいつでも見られますし…」
高木「そうだ。だから、今から見ようじゃないか」
八幡「そう、今から…………は?」
思わず失礼な反応が出たが、それくらい意表を突かれた。え、見るって……ここで?
高木「さぁ、こっちへ来たまえ比企谷くん。皆も一緒に見よう!」
八幡「いや、ちょっ、別にそこまでしなくても……」
俺の抗議も虚しく、高木社長は俺の背中をぽんぽんと叩きつつ、テレビのある休憩スペースへと移動し始める。いやなんかアイドルたちも集まってきたよ!
真「なになに、何が始まるの?」
響「今日は特に誰もテレビに出る予定じゃなかった気がするぞ」
気付けば、765プロのアイドル全員が集結していた。つーか、なんでこいつら仕事も無いのにずっと事務所にいるんだ。デレプロも似たようなもんだったけど。
俺は特等席だと言わんばかりに一番近いソファへと座らせられる。ちなみに先客は二人。如月と星井だ。
千早「あら。やっぱりあなたも見るのね」
八幡「……本当は家で一人で見たかったけどな」
俺の発言を聞いて、くすっと笑う如月。なんだこれすっげぇ恥ずかしい。
しかし、如月も今日の放送を覚えていたんだな。交友関係があるだけはある。
美希「あふぅ……みんな、集まってどうかしたの?」
目を擦り、もそもぞと起き上がる星井。
まさかとは思うが、俺が来てからずっと寝てたわけじゃないよな? いや、応接スペースから移動してるし、それはない……はず。
353: 2016/05/08(日) 00:31:35.68 ID:klf2/hE40
千早「これから、歌番組に渋谷凛さんが出演するのよ」
美希「シブヤリンさん? って、誰だっけ? ……君、誰?」
いや、今更? 今更なの?
ようやく隣の俺に気付いたのか、キョトンとした目で見てくる星井。そういや確かに起きてる時に会うの初めてだな。大丈夫なのかこいつ。
八幡「比企谷八幡。その渋谷凛の元プロデューサーだ」
とりあえず簡潔に自己紹介するが、我ながら意味わかんねぇな。
さすがにその説明だけじゃ星井も理解できなかったのか、しばし不思議そうにする。だが、すぐにまーいっかと納得してしまった。本当に大丈夫なのかこいつ。
春香「あ、始まるみたいだよ」
天海の声で、ざわざわと雑談していた一同がテレビへと目を向ける。
どうでもいいが、このスペースにこの人数が大分やばい。何人か立ってるけど俺座ってて良いのだろうか。
今回見ているこの番組は、特にトークといったものは無い。僅かなアーティストの紹介と、歌のパートだけだ。出演するアーティストは何組かいるようだが、凛の出番は一番最初であった。正直助かったな。この状況が長く続かれるとかなり困る。
やがて流れてくるのは、俺にも聞き覚えの無いメロディー。
最近出した新曲だ。
八幡「…………」
歌い始める凛を見て、何とも言えない感情が溢れてくる。
よく考えてみれば、画面越しとはいえ凛を姿を久々に見た。
元気そうで、少し安心した。
美希「……ふーん」
途中隣の星井から小さく声が聞こえたので、チラリと視線を向けてみる。
その表情は特に変わる事は無い。凛の歌は、こいつの耳にはどう聴こえたのだろう。少しだけ気になる。
354: 2016/05/08(日) 00:33:07.90 ID:klf2/hE40
やがて3分程で曲は終わり、音が止まると、四条がポツリと話し始める。
貴音「良き、歌でした」
千早「ええ。そうね」
それを皮切りに、皆一様に喋り出す。
素敵だったとか、私ならこう歌うだとか、他の曲も聴いてみたいだとか。
何故かは知らんが、それを聞いてる俺が嬉しくなり、恥ずかしくなってきた。いやいや、凛本人ならともかく、何で俺が浮かれてんだよ。今はプロデューサーでもないってのに。
P「前よりも遥かに上達したな。こりゃ、比企谷くんも頑張らないといけないな」
八幡「……ですね」
確かに、俺から聴いても凛は上達したと思う。
そりゃあれから1年近く経ってんだ。凛も、努力しているんだろう。
約束を、守る為に。
美希「ねぇ」
と、そこで隣の星井に声をかけられる。
少し予想外だったので、少々面食らってしまった。
美希「よくわからないけど、君はあの子のプロデューサーに戻ろうとしてるの?」
八幡「あ、ああ。そうだが……」
美希「じゃあ、そもそも何で辞めちゃったの?」
P「ちょっ、美希!」
プロデューサーさんが慌てて止めようとするが、星井はどこ吹く風。あっけらかんとしている。気付けば、周りのアイドルたちも気まずそうにしている。誰がどこまで知ってるかは分からないが、それでも大方察しはつくだろう。
八幡「話すと長くなるから省くが……まぁ、責任を取ったんだよ」
美希「責任?」
八幡「ああ。俺が不用意に家に招いたりしたせいで、スキャンダルになったんだ。別に何もしてないがな」
355: 2016/05/08(日) 00:34:26.19 ID:klf2/hE40
しかし真実がどうであれ、スキャンダルになった事実は変わらない。
だから、責任を取った。それだけの話だ。
八幡「……虫の良い話だと思うか?」
美希「プロデューサーに戻ろうとしてること?」
八幡「ああ」
俺の問いに、星井はうーんと軽い調子で考える。
美希「……ミキは、別に良いって思うな」
八幡「え?」
美希「だって、君がどんな気持ちでそう決めたのか、ミキは知らないし。本当は悪い事してないなら、別に良いんじゃないかな」
本当に、軽い調子でそう言う星井。
けど、それだけに本心で言っているのが分かる。
伊織「美希にしては、まともなこと言ったわね」
美希「でこちゃん、一言余計なの!」
水瀬の意地悪い言い方に、ぷんぷんと抗議する星井。正直俺としても同意見だ。
そして水瀬は真剣な表情になると、今度は俺に対して言ってくる。
伊織「でも、そう簡単にいかない事はあんたが一番分かってるんじゃない?」
八幡「…………」
もしや、心配してくれているのだろうか。
だとしたら、こんな名誉な事は無いな。全国の伊織Pに羨ましがられそうだ。
伊織「あんたがやろうとしてる事って…」
八幡「大丈夫だ。ちゃんと分かってる」
356: 2016/05/08(日) 00:35:29.15 ID:klf2/hE40
だから、心配をかけぬよう言ってやる。
俺がどれだけバカな事をしようとしているか、そんな事は、本当に俺が一番分かっているのだから。
八幡「責任取って辞めて、それでもやっぱり戻りたくなって……俺は本当に独りよがりで、勝手で、情けない奴だ」
伊織「…………」
八幡「その上かなりめんどくさい」
伊織「え?」
呆気に取られる水瀬を気に留めず、俺は尚話し続ける。
八幡「他がどう言っても自分が認められなきゃ納得しないし、助けられても素直に感謝も出来ない。数少ない友達にも呆れられる。むしろこの間まで友達がいなかったまである」
あずさ「あ、あら~」
律子「そこまで言う必要はあるのかしら……」
気付けば、周りが少し引いていた。
やっぱりこういう自虐ネタはある程度の親密さが無いと笑えないらしい。
俺は一度咳払いをして、また口を開く。
八幡「けど、そんな事は、あいつには関係無いからな」
俺がどれだけ悩んでも、禿げ上がる程苦悩しても、それは、結局は俺の中での問題だ。
八幡「周りに否定されても、俺が自分を許せなくても……あいつが俺を必要としてくれるなら、”俺は俺の為に”頑張るよ」
357: 2016/05/08(日) 00:36:41.63 ID:klf2/hE40
たぶん、生半可な道じゃないんだろう。
今までの比じゃない苦労が待ってるのは目に見えてる。
それでも、進みたい。進まなきゃいけない。
あいつの隣に、追いつく為に。
周りが呆けている中、四条は静かに微笑み、天海はどこか嬉しそうにして、プロデューサーさんは安心するように、小さく笑っていた。
美希「そこは普通、リン? の為に頑張るんじゃないの?」
八幡「俺が勝手にやってる事だからな。あくまで自己責任だ」
千早「確かにめんどくさいわね」
春香「ち、千早ちゃん! ダメだよ本当のこと言っちゃ!」
八幡「いやお前もな」
また、笑いが起こる。
賑やかで、騒がしく、明るい雰囲気に包まれた事務所内。
本当に似ている。
見た目だけではなく、雰囲気ですら、かつて俺が勤めていた会社に。
戻りたいと、帰りたいと、そう思える居場所がある。
それだけで、たぶん俺は幸せ者なんだろう。
この気持ちを忘れないように。
俺は、一人静かに目を瞑った。
358: 2016/05/08(日) 00:38:08.33 ID:klf2/hE40
*
八幡「お疲れ様でした」
最後に深く礼をして、扉を閉める。
あの後も色々あったが、とりあえずは社会科見学終了。しかし疲れたな。
……本当に疲れた。めっちゃ緊張した~
階段を下りながら、今日あった事を思い返す。なんか遊んでいた記憶も多いが……まぁ、ちゃんと勉強もしたし、大丈夫。大丈夫。
下り切った後、最後に765プロの事務所を見上げて目に焼き付けておく。
もう訪れる事も無いかもしれないし、ちゃんと覚えておかないとな。
っと、あまりずっといるのも良くないか。またパパラッチに撮られても困るし。
背を向け、そのまま事務所を後にする。
と、思ったのだが。
春香「比企谷くーん!」
振り向くと、変装した天海が駆け足で追いかけて来ていた。え、何。どしたの。
359: 2016/05/08(日) 00:39:07.78 ID:klf2/hE40
八幡「……どうした」
春香「ごめんごめん。これ、渡しておこうと思って」
追いつくと、天海は一枚の紙を渡してくる。
なんぞこれと受け取り、よーく見てみる。
……え。これってまさか……?
八幡「…………アドレス?」
春香「うん。私たちの」
ええええええいやいやいや、なんで!? ってか、何、やよいちゃんのも入ってんの!? いややよいちゃんが特別どうこうってわけではなくてですね……
俺が困惑、動揺していると、天海はたははと笑いながら言う。
春香「最後、千早ちゃんのカメラで写真撮ったでしょ? そのデータを後で送ろうと思って」
八幡「いや、だったらわざわざ全員の教えんでも……」
そもそも、普通にケータイ渡して撮って貰えば良かったよな。俺もあまりの嬉しさと緊張で気が動転してて考えつかなかったけどさ。だって765プロオールスターズと写真だよ? 家宝だよ?
春香「あ。あと、LINEのIDも書いといたから」
八幡「いや本当にそれは何で?」
全く意味の分からない天海の発言にいよいよ俺は氏ぬんじゃないかと心配になったが、それでも天海は「だって、私たちもう友達でしょ?」と言って笑うのみ。こんなん惚れてまうがな。
本当に、同じクラスの男子が可哀想だ。
360: 2016/05/08(日) 00:44:12.56 ID:klf2/hE40
八幡「……んじゃ、遠慮なく」
仕方ないので、受け取る事にする。ここで断っても感じ悪いしな。
ちなみにこの後、グループに招待されて自宅で慌てふためく事になるのだが、まぁそれは関係の無い話。
春香「折角だから、駅まで送るよ」
八幡「は? いや、なんで」
春香「え? ダメだった?」
八幡「ダメじゃねぇ、けど。なんだ、イケメンだなお前」
春香「あはは、何それ。私もこのまま電車で帰るから、一緒するだけだよ」
俺も焦っているせいか、突っ込みが既に訳分からん。
でもそういうのって普通逆でしょう? ややこしい言い方しやがって。
その後、なんやかんやでそのまま駅へ向かって歩き始める。765プロとの邂逅もようやく終わったと思いきや、まさかの延長戦だ。
……けど、天海に関してはあまり気を遣わないからその辺は楽だな。
辺りは、もうすっかり暗くなっている。
幾分都会なので星はあまり見えないが、その代わりに、街の明かりがキラキラと遠くまで輝いている。
こうしていると、何だかあの時の事を思い出すな。
けれど、隣にいるのは彼女でない。
彼女がいずれ挑む、トップアイドルだ。
八幡「……なぁ」
気がつけば、俺は自然と話しかけていた。
361: 2016/05/08(日) 00:45:33.43 ID:klf2/hE40
春香「なに?」
首をかしげ、こちらを伺う天海。
八幡「トップアイドルって、どんな気分なんだ」
春香「へっ?」
俺が何となく訊いたその問いに、天海は間の抜けた声を出す。
どうやら、完全に意表を突かれたらしい。
春香「そ、それって、私のこと?」
八幡「他に誰がいるんだ」
俺の当然だと言わんばかりの返答に、そうだよねと天海は苦笑する。
しかし、トップアイドルという表現は天海自身しっくり来ないものらしい。
春香「…………私、って。トップアイドルになれたのかな?」
八幡「いや逆に俺に訊く?」
俺はそう言っても良いと思えるくらい、天海は高みに立っていると思うけどな。そして、765プロの面々も。
八幡「……まぁ、確かにトップアイドルの定義も曖昧だしな」
アイドルと言っても様々だ。
バラエティに富んだ奴もいれば、歌、ダンス、演技、それぞれで活躍してる奴もいる。
誰が一番だなんて、はっきりと決められるものではないかもしれない。
八幡「じゃあ、天海は自分の事をどう思ってるんだ」
春香「わ、私?」
八幡「ああ。トップアイドルになれたと思うか?」
362: 2016/05/08(日) 00:46:51.77 ID:klf2/hE40
いや、訊いといてなんだが、さっきの反応を見るに自覚はしてないだろうな。
天海は悩むような仕草を続け、少し経った後に口を開く。
春香「分かんない、かな」
八幡「……なんか、聞き覚えのある台詞だな」
似たような返答を、以前にも聞いた気がする。
そして同じように、天海は困ったように笑った。
春香「だって、トップアイドルかどうかなんて、決めるとしても周りが決めるんじゃないかな。自分では分からないよ」
八幡「まぁ、確かにな」
そう言われると納得するしかない。そもそも自分で自分をトップアイドルです! なんて言う奴はそうそういないだろう。実力が伴えば良いが、大体はビックマウスと言われてお終いだ。
しかし、天海は「でも」とそのまま続ける。
春香「私は、今でも目指してるよ」
そう言う天海の瞳は、いつかのようにキラキラと輝いているように見えた。
春香「もしも私をトップアイドルだと言ってくれる人がいるなら、私はもっと、更にその先を目指したい」
八幡「更に、その先?」
春香「うん。いつまでも、走り続けたいんだ」
363: 2016/05/08(日) 00:47:49.89 ID:klf2/hE40
ただただ真っ直ぐに、天海はその先を見据えている。
思わず、言葉を飲んでしまった。
八幡「……さすがだな」
春香「そんな事ないよ。ただ、ちょっと欲張りさんなだけ」
そして、天海は照れたように笑う。
何となく分かったかもしれない。
きっと、この姿勢がトップアイドルに必要なものなんだろう。そして、それは誰しもが持ち得ているものなんだと思う。
多くの人が夢を追いかける上で、失っていくもの。その憧れと情熱を、ずっとずっと手にし、走り続ける者。
そんな存在だから、俺たちは、彼女たちに魅了されてやまないのだ。
八幡「……追いつくのは、苦労しそうだな」
俺が苦笑し呟くと、彼女も一緒に笑い出す。
春香「待ってるよ。――あの、輝きの向こう側で」
きらびやかな街の光に照らされ、俺たちは歩く。
今は隣にいるが、きっと次に会う時は、正面での、向かい会っての再会になるだろう。
でもそれは決して哀しい事ではなく、楽しみで、喜ぶべき事だから。
俺たちは、その日を夢見て歩き続ける。
364: 2016/05/08(日) 00:49:14.05 ID:klf2/hE40
その後駅で別れ、俺たちはそれぞれ帰路についた。
よほど疲れたのか、電車の中で思わず眠ってしまう。危ねぇ、乗り過ごす所だった……
最寄り駅で下りると、不思議と今日は人が少ない。
相変わらず自転車は買っていないので、そのまま歩いて家に向かった。
歩きつつ考えるのは、やはり今日の出来事。
そういや、たまには凛と連絡を取ったらどうだと四条や如月に言われたな。
何ともなしにケータイを取り出し、電話帳を見る。
表示されるのは、渋谷凛の名前。
八幡「……………」
少しだけ悩んだが、一つ溜め息を吐いてケータイをしまう。
たぶん、今じゃない。
またあいつらに呆れられてしまうかもしれんが、それでも、今はまだその時ではない気がする。
たかが電話一本だというのに、やはり我ながらめんどくさいものだ。
いっその事、あいつらのように偶然出会えれば諦めもつくんだがな。
それでも、そんな事は起きない。
八幡「……~~♪」
365: 2016/05/08(日) 00:51:20.42 ID:klf2/hE40
気付けば、自然と口が動き出していた。
誰もいない道で、小さな歌声が通っていく。
八幡「僕らは美しいものばかり探すくせに――隣に居てくれる人の美しさに気付けない――♪」
こうして歌っていると、何故だか俺は色んな人と鉢合わせる事になる。
別にジンクスって程ではないが、それでも、何故だか今は会えそうな気になる。
八幡「世間にとっての僕や どの時代の総理にも――代わりは居る でも それぞれの大切な人の代わりは居ない――♪」
そんな事はあり得ないのに、会える筈がないのに、歌は消えず、紡がれていく。
たとえ叶わずとも、もしかたらと、微かな祈りを込めて。
今は誰もいない隣を、少しだけ空虚に思いながら。
俺は、一人歩き続けた。
おわり
366: 2016/05/08(日) 00:54:33.44 ID:klf2/hE40
というわけで、これで短編集は終了です。残すは渋谷凛のその後。気長にお待ちくださいませ!
765プロ編を楽しみにしていた方たちへ、ダイジェスト感が強くなってしまった事をお詫びします。13人はキツい……
765プロ編を楽しみにしていた方たちへ、ダイジェスト感が強くなってしまった事をお詫びします。13人はキツい……
367: 2016/05/08(日) 00:58:16.94 ID:is+xIxbAO
乙々
続きいつまでも待ってますぜ
続きいつまでも待ってますぜ
368: 2016/05/08(日) 00:58:33.38 ID:0RM9JGtqo
乙乙
ピヨちゃんはいつでも面白い
この作品で八幡が直接格好いいのは珍しい気がする。
ピヨちゃんはいつでも面白い
この作品で八幡が直接格好いいのは珍しい気がする。
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