1: 2018/04/10(火) 23:11:55.87 ID:1PtDC+R70
・完結しているので、順次投稿していきます。

・ストーリー仕立て、そこまで長くはないです。

・本編は次から

ヴァイスシュヴァルツ IMS/S61-T07 歌のレッスン 矢吹可奈 (TD) トライアルデッキ+ アイドルマスターミリオンライブ!

2: 2018/04/10(火) 23:12:28.75 ID:1PtDC+R70
可奈「私、一人前になる!」

志保「……」

可奈「という訳で、志保ちゃん」

可奈「一緒に聞きこみに行こう?」

志保「聞きこみ?」

可奈「うん! 色々な人に話を聞いて、参考にしようと思って」

可奈「ダメ、かなぁ?」

志保「駄目じゃないわ。私も興味あるし」

可奈「志保ちゃん、ありがとう! 一人じゃ心細くって……」

可奈「えへへ、それじゃあ、出発シンコー♪ レッツゴー♪」

3: 2018/04/10(火) 23:13:15.98 ID:1PtDC+R70
――如月千早の場合――

志保「やっぱり最初は千早さんなのね」

可奈「たのも~! よろしくお願いします!」

千早「あら、矢吹さん、志保。どうしたの?」

可奈「ちちち、千早さん」

志保「(相変わらず、千早さんの前だと緊張するのね)」

志保「レッスンの直後で申し訳ないんですが、少しいいですか?」

千早「? いいけれど」

志保(小声)「ほら、しっかりしてよ。可奈」

可奈「あ、あの、千早さん」

可奈「千早さんにとって、一人前って何ですか!」

4: 2018/04/10(火) 23:13:54.05 ID:1PtDC+R70
千早「!」

千早「一人前?」

可奈「は、はひ!」

可奈「私、一人前になりたくて、みんなに一人前について聞いてるんです」

可奈「千早さんの思う一人前について、教えてくれませんか?」

志保「色んな人の意見を聞いて、参考にしようと思ってるんです」

千早「……なるほど」

千早「一人前……私も偉そうに言える立場ではないのだけれど」

千早「……」

5: 2018/04/10(火) 23:14:54.12 ID:1PtDC+R70
千早「そうね、一人でいられる人、じゃないかしら?」

志保「! どういう意味ですか?」

千早「その、根拠はないのだけれど、ステージで堂々と歌を披露できる人は、
自分にしっかりと芯を持っている人が多いと思うの。それは言い換えれば、
自分に自信を持っているということ」

千早「そして、自分に自信を持つためには、その背景となる努力が必要ではないかしら。
しっかりとしたパフォーマンスをできるという根拠を持っている人が、私には一人前に見えるわ」

志保「そ、そうですよね!」

千早「(どうして、志保が嬉しそうにしているのかしら?)」

可奈「……う~、そうですか」

千早「矢吹さん? 私、何かまずいことでも言ったかしら?」

可奈「えっ、ち、違います!」

可奈「千早さんのせいじゃなくて、私、自分がふがいなくて……」

可奈「千早さんの話を聞いていたら、私、全然まだまだだなぁって」

千早「矢吹さん……」

6: 2018/04/10(火) 23:15:47.37 ID:1PtDC+R70
可奈「でも私、頑張ります! 千早さんみたいになれるよう、たくさん頑張りますから!」

可奈「千早さん、ありがとうございました! どんどんやるぞ~♪ ばんばん歌お~♪ 矢吹可奈の真骨頂~♪」

7: 2018/04/10(火) 23:16:36.71 ID:1PtDC+R70
――天海春香の場合――

春香「ええっ! 一人前!?」

志保「ちなみに、千早さんは――」

春香「うう……千早ちゃん、そんなしっかりしたこと言ってたら、後の人が答えにくいよ~」

可奈「春香ちゃん、あの、変なこと聞いちゃったかな?」

春香「ううん! そんなことないよ」

春香「そっか、一人前かぁ……」

春香「今まで、考えたことなかったかも。可奈ちゃんは偉いね」

可奈「そ、そんなことないよ!」

志保「(照れてる)」

春香「うーん…………」

8: 2018/04/10(火) 23:17:11.38 ID:1PtDC+R70
春香「ごめんね、可奈ちゃん。今度の時までに、しっかり考えておくから、
今日のところは少し待ってもらえないかな?」

可奈「はい! 矢吹可奈、待ちます」

春香「ごめんね~。この後、お仕事だから、もう行っちゃうね」

志保「忙しい所、ありがとうございました」

春香「それじゃ、可奈ちゃん、志保、頑張ってね」

可奈・志保「「はい」」

可奈「……」

志保「……」

可奈「行っちゃったね」

志保「ええ」

可奈「春香ちゃんに悪いことしたかな?」

志保「……悪い事でもないでしょ」

可奈「でも、春香ちゃんの一人前、すごく気になるね」

志保「そうね」

9: 2018/04/10(火) 23:17:46.78 ID:1PtDC+R70
――高山紗代子の場合――

紗代子「一人前?」

紗代子「それはもちろん」

紗代子「何度でも諦めず、壁にぶつかっていける人だよ!」

紗代子「可奈ちゃん、一緒に一人前目指して、頑張ろうね!」

10: 2018/04/10(火) 23:18:21.77 ID:1PtDC+R70
――田中琴葉の場合――

琴葉「一人前、か……」

琴葉「……」

琴葉「……」

琴葉「きっと一人前にもいろいろな一人前があると思うんだけど」

琴葉「私が思うのは、自分のことは自分でできる人、なのかな」

琴葉「ごめんね、私もまだ分からないことばっかりだから、参考にならないかもしれないけど」

11: 2018/04/10(火) 23:19:17.11 ID:1PtDC+R70
――七尾百合子の場合――

百合子「一人前……!」

百合子「人に認められるためじゃない! 自分を信じてあげるために……!」

百合子「平和な村で暮らしていたカナ・ヤブキ、しかし、ある日、その平穏は
破られる。戦火に焼かれ、家を失い、故郷を離れていくカナの目には、残酷な
世界の姿が映っていた。十分な食事もとれず、街道をさまよい、街へ街へと移
動する日々の中で、カナは自分が守られるだけの存在だったことに気付く」

百合子「今のままでは誰も救えない……!」

百合子「北の果てに、どんな願いも叶えるという果実があるという話を聞き、
カナは決意する。みんなが幸せになれる世界を目指そう、と」

百合子「そして、カナは旅立つ」

百合子「仲間との熱い共闘、尊敬するあの人からの言葉」

百合子「明かされる世界の秘密と、カナに迫りくる試練!」

百合子「何かを手に入れるためには、私たちの手は小さすぎる」

百合子「苦渋の決断を迫られた時、カナが出した答えは……!」

12: 2018/04/10(火) 23:19:45.47 ID:1PtDC+R70
杏奈「志保、可奈……お疲れ様」

杏奈「あとは、杏奈が引き取るね」

志保「え、ええ」

可奈「……?」

可奈「百合子さん、何の話をしてたの?」

志保「……」

志保「と、とにかく、一人前の話が聞けたし、これからどうしていくのか、考えましょう?」

志保「少し、人選が偏っていた気もするけど……」

可奈「そうだね、今日、シアターにいる人にはだいたい聞けたし」

可奈「よーし、頑張るぞ~!」

13: 2018/04/10(火) 23:20:17.92 ID:1PtDC+R70
――――――――――――――

次の日

可奈「うぇ~ん、志保ちゃ~ん!」

志保「今度はどうしたの?」

可奈「何をしたらいいのか、分からなくって」

志保「とりあえず、落ち着いて?」

志保「ほら、鼻をかんで」

可奈「ちーん」

志保「涙も拭いて」

可奈「ぐすぐす」

志保「ほら、綺麗になった」

可奈「ありがと、志保ちゃん……」

14: 2018/04/10(火) 23:20:56.81 ID:1PtDC+R70
志保「さて、何をしたら分からないって?」

可奈「うん、みんなの話を参考にしたんだけど、考えれば考えるだけ、分からなくなっちゃって」

志保「……みんな、抽象的な話ばかりだったものね」

志保「……」

志保「そういえば聞いてなかったけど、可奈の思う一人前って何?」

可奈「私の思う一人前?」

可奈「それは、もちろん! 千早さんみたいな、素敵な歌を唄える人だよ!」

志保「……歌。得意なことから始めていくのは、どう?」

可奈「!」

可奈「そっか、歌だね!」

可奈「私、行ってくるね!」

志保「え、ど、どこへ?」

可奈「プロデューサーさんに、歌の仕事、たくさん入れてもらうように相談してくる!」

15: 2018/04/10(火) 23:21:40.68 ID:1PtDC+R70
志保「……」

志保「行っちゃった」

千早「……いま、出て行ったのは矢吹さん?」

志保「! 千早さん……」

千早「何か、急いでいたみたいだけれど」

志保「この間の、一人前の話の続きです」

志保「可奈はやっぱり、歌が一番大事みたいですよ?」

千早「……そう」

可奈「ただいま~」

可奈「志保ちゃん、プロデューサーさんOKだって!」

可奈「って、千早さん!?」

千早「……ねえ、矢吹さん」

可奈「あ、あの!」

可奈「私からいいですか?」

千早「え、ええ。どうぞ」

16: 2018/04/10(火) 23:22:27.32 ID:1PtDC+R70
可奈「よ、良かったら、私とレッスンしてください!」

可奈「私、なるべく千早さんの側にいて、千早さんのこと、
たっくさん知りたいんです! 私、千早さんに迷惑かけません。
だから……私に色々なこと、教えてください……」

千早「矢吹さん……」

千早「ええ、私もそう言おうと思っていたの」

千早「一緒にレッスン頑張りましょう?」

可奈「千早さん……!」

可奈「えへへ」

志保「良かったわね、可奈」

可奈「志保ちゃん、私、きっと一人前になってみせるからね!」

千早「もしよければ、志保もどう?」

千早「一人より二人がいいのなら、三人四人と多い方がいいと思うの」

志保「いいんですか?」

可奈「志保ちゃん、一緒に頑張ろう!」

千早「矢吹さんも、賛成みたいね」

志保「……それなら、よろしくお願いします」

17: 2018/04/10(火) 23:23:10.49 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

レッスン場

千早「矢吹さんは、声量は多いのだけれど、それを上手く扱えていないわ。
唄っている時、語尾が震えることがない?」

可奈「あ、あります!」

千早「原因はきっと、筋力不足だと思うの」

千早「これは、私が毎日こなしているメニューよ」

可奈「ふ、腹筋二百回!」

志保「(それ以外にも、非常識にも思える回数、項目が並んでいる)」

志保「これを毎日ですか?」

千早「当然、これを二人にそのまま、という訳にはいかないと思っているわ。
自分の限界を知ることも、プロには必要なことだと私は思う」

志保「メニューを考えるのも、自分で、ということですか?」

千早「ええ」

可奈「じゃあ、早速!」

志保「体力測定ね」

18: 2018/04/10(火) 23:23:50.54 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

可奈「う~」

志保「……」

千早「矢吹さんは日に三十回を三セットずつ。志保は五十回を二セット、といったところかしら」

可奈「おなかがぷるぷる震えてるよ~」

千早「基礎体力はあれば、あるだけ損をするということはないわ」

千早「筋肉トレーニングと体力づくりは、宿題ね」

千早「週に一回、こうして集まる時間を作りましょう」

可奈「……」

志保「……」

千早「さて、休憩は止めにしましょう」

千早「それじゃあ、発声練習から」

可奈・志保「「はい!」」

19: 2018/04/10(火) 23:24:33.06 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

事務所

志保「課題曲、か」

可奈「『shiny smile』だよね」

志保「今度、プロデューサーさんに頼んで、ライブ映像を借りましょう」

可奈「うん!」

春香「何か、相談事?」

可奈「春香ちゃん!」

可奈「えへへ、実は――」

春香「――そっかぁ、千早ちゃんとレッスン……」

春香「やっぱり、可奈ちゃんは偉いなぁ」

可奈「そ、そんなことないよ///」

春香「ううん、可奈ちゃんは偉いよ!」

春香「真っ直ぐ、自分の道を歩いていけるのって、すっごく勇気のいることだと思うんだ……」

可奈「///」

春香「……」

20: 2018/04/10(火) 23:25:11.96 ID:1PtDC+R70
春香「それでね、一人前の話なんだけど……」

春香「もう少し、考えさせてくれないかな?」

可奈「?」

春香「私、もっと自分で納得したいんだ」

春香「色々、考えてはいるんだけどね、えへへ」

可奈「私、春香ちゃんの一人前、楽しみにしてるから!」

春香「うん! 可奈ちゃんも次のライブ、楽しみにしてるからね」

可奈「はい!」

春香「それじゃあ、もう行くね」

可奈「お仕事、頑張ってください」

春香「お互い、頑張ろうね」

志保「……」

可奈「……っ」

可奈「志保ちゃん、頑張ろうね」

志保「ええ」

21: 2018/04/10(火) 23:25:47.36 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

とある幼稚園

先生「みなさ~ん、集まってください」

園児1「え~」

園児2「先生、どうしたの?」

園児3「まだ遊びたい」

先生「ふふふ、ちょっと我慢してね」

先生「今日はみんなのために、アイドルの先生が来てくれました」

先生「お歌をたくさん、教えてもらいましょうね」

先生「それじゃあ、自己紹介から」

22: 2018/04/10(火) 23:26:35.37 ID:1PtDC+R70
可奈「は、はひ!」

園児1「はひ、だって」

園児2「変なの~」

可奈「矢吹可奈、14歳です。大好きなのは唄うこと。今日は、みんなと仲良くなれたらな~って思います」

可奈「唄うの大好き、矢吹可奈~♪ みんな仲良くして、くっれるかな~♪」

美奈子「佐竹美奈子、十八歳! 特技は、料理を振る舞うことです♪ みなさ~ん、
ちょっとだけ手を貸してくださいね。せーの、の合図でいきますよ~♪」

せーの

「「「「「「わっほーい!」」」」」」

朋花「天空橋朋花です~。今日は、みんなで仲良くしましょうね~。お痛、は私が許しませんよ~」

園児123「はーい」

先生「アイドルの皆さんと仲良くなれるように、簡単なゲームをやりましょう。それじゃあ、準備しましょうね」

23: 2018/04/10(火) 23:27:06.58 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

お昼休憩

可奈「はひ~。やっとお昼ですね」

朋花「沢山動いたので、お腹が空きましたね~」

美奈子「わっほ!」

可奈「美奈子さん、落ち着いてください!」

美奈子「はっ!」

可奈「大丈夫ですか?」

美奈子「ごめんね、可奈ちゃん。ありがとう」

朋花「でも、子供って元気ですね~」

可奈「みんな疲れ知らずで、私、午後もついていけるか、不安です」

美奈子「午後は先生が、お歌を唄うって言ってたよ」

可奈「本当ですか!」

美奈子「やっと可奈ちゃんの本領発揮だね」

可奈「はい! じゃんじゃんばりばり、唄いますよ~♪」

朋花「楽しみですね~」

24: 2018/04/10(火) 23:28:09.87 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

可奈「……」

可奈「(あの子、すごくつまらなそう)」

可奈「(どうしてかな?)」

可奈「(ずっと下を向いたまま)」

可奈(小声)「あの、美奈子さん、ちょっと行ってきていいですか?」

美奈子(小声)「あの子?」

可奈(小声)「はい」

美奈子(小声)「うん、お願いしちゃってもいいかな? 私たちも気にはなっていて……」

園児4「……」

可奈「どうしたの? 具合悪いの?」

25: 2018/04/10(火) 23:28:39.80 ID:1PtDC+R70
園児4「……」

可奈「お歌、唄わないの?」

園児4「唄わない」

可奈「! どうして……?」

園児4「唄わないったら、唄わないの!」

可奈「……ほら、一緒に唄おう? 楽しいよ?」

園児4「唄わない……楽しくないもん」

可奈「そんなことないよ。一緒に唄おうよ」

園児4「唄わないの!」

園児4「お歌なんてきらい! だいっきらい!」

可奈「え……」

先生「ちょっと、どこにいくの!?」

可奈「わ、私が追いかけます!」

26: 2018/04/10(火) 23:29:17.12 ID:1PtDC+R70
―――――――――――

可奈「ま、待って!」

園児4「付いてこないで」

可奈「つ、捕まえた!」

園児4「……」

可奈「はぁ、はぁ。ねえ、ちょっと休憩しよう?」

園児4「……い、いいよ」

可奈「は~、疲れたね」

園児4「何で、追いかけてきたのっ」

可奈「……」

園児4「ねえ!」

可奈「……歌が嫌いって言ったから」

園児4「……きらいだもん」

園児4「お歌は唄わないよ!」

可奈「うん……」

園児4「……」

可奈「……」

27: 2018/04/10(火) 23:29:50.08 ID:1PtDC+R70
園児4「あたしのこと、連れてかないの?」

可奈「お歌、嫌なんでしょ?」

園児4「……うん」

園児4「で、でも、それなら、どうして付いてきたの!」

可奈「……えへへ、分かんない」

可奈「歌が嫌いって、私、よく分からなくて」

可奈「だから、つい追いかけて来ちゃったんだけど……」

可奈「……」

園児4「お姉ちゃんは、お歌、好きなの?」

可奈「うん、大好きだよ」

園児4「でも、あんまりお歌上手じゃないよ」

可奈「うぅ……」

園児4「それなのに、好きなの?」

28: 2018/04/10(火) 23:30:39.73 ID:1PtDC+R70
可奈「?」

可奈「歌が好きなのと下手なのと、一緒って変なのかな?」

園児4「?」

可奈「?」

可奈「でも、唄ってると楽しいよ。嫌なことも歌にすると元気になれるんだ」

可奈「それに、唄うと笑顔になってくれる人がいるから」

園児4「そ、そんなの変だよ!」

園児4「可奈ちゃん、笑われてるんだよ!?」

可奈「笑われてる?」

園児4「そうだよ! 可奈ちゃんのお歌が下手だから――」

可奈「……」

園児4「!」

園児4「あぅ、ごめんなさい」

可奈「あっ、だ、大丈夫だよ」

可奈「怒ってないよ?」

園児4「……ごめんなさい」

可奈「……」

29: 2018/04/10(火) 23:31:32.82 ID:1PtDC+R70
可奈「ねえ、あなたの名前は?」

園児4「あーちゃん」

可奈「あーちゃんは、お歌が嫌いなんだよね?」

園児4「うん」

可奈「それって、お歌が上手に歌えないから?」

園児4「……うん」

園児4「あのね、みんなね、あーちゃんが唄うと笑うの。
みんながね、へたくそって言うの。だから、きらいなの。へたくそだから、お歌きらい」

可奈「……」

可奈「あーちゃんは、本当にお歌が嫌いなの?」

園児4「……」

園児4「きらい、じゃない」

園児4「お家で唄うとね、お父さんもお母さんもきれいな声だって、褒めてくれるの」

30: 2018/04/10(火) 23:32:23.62 ID:1PtDC+R70
可奈「……!」

可奈「お歌の下手な、矢吹可奈~♪ お歌の好きな、あーちゃんへ~♪ 
たくさん歌を唄うから~♪ 笑顔になってほしいかな~♪」

園児4「……!」

園児4「お、おっきい声出さないで!」

可奈「まだまだたくさん唄います~♪ あーちゃん一緒に唄いましょ~♪」

園児4「う、うぅ」

園児4「分かった! 唄う! 唄うからやめて!」

可奈「ほんと!」

園児4「うぅ……」

可奈「ねえ、あーちゃん。みんながあーちゃんのお歌が下手って言うなら、
私があーちゃんのために、お歌を作ってあげる!」

可奈「あーちゃんだけの歌だから、誰も下手なんて言わないよ」

園児4「……」

31: 2018/04/10(火) 23:32:58.15 ID:1PtDC+R70
可奈「だからね、あーちゃん。一緒に唄おう? もし、それでも下手って
言う人がいたら、私も一緒にへたくそって言われてあげる!」

園児4「可奈ちゃんのバカ!」

可奈「!」

園児4「へたくそのままじゃ、意味ないもん!」

可奈「……」

園児4「で、でも、お歌は練習しないと上手にならないから」

園児4「だ、だからね、可奈ちゃんがへたくそって言われないように、
あ、あーちゃんも一緒に唄ってあげるっ」

可奈「ありがと~、あーちゃん!」

32: 2018/04/10(火) 23:33:36.96 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

帰り道

美奈子「あの子、元気になってよかったね」

可奈「はい! 一番おっきな声で唄ってくれてました」

朋花「でも、どうして初めは元気がなかったんですか~?」

可奈「それが――」

朋花「――へたくそなんて人を傷付ける子には、お仕置きが必要ですね」

美奈子「と、朋花ちゃん、抑えて」

可奈「えへへ、朋花さん。ありがとうございます」

可奈「でも、あーちゃんなら大丈夫ですよ」



園児4『可奈ちゃん、今日はありがとっ』

園児4『あーちゃん、お歌、頑張って唄うね?』

園児4『あーちゃん、お歌、好きだから……///』

園児4『可奈ちゃんみたいに、元気に唄うからね』

園児4『可奈ちゃんのこと、おーえんしてるね?』

33: 2018/04/10(火) 23:34:50.04 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

事務所

可奈「って言うことがあったんです……」

春香「そっかぁ」

可奈「だから、もしかして、歌が嫌いな人もいるのかなって」

可奈「あーちゃんみたいに、今は好きでも、嫌いになっちゃう人がいたら、
それって嫌だなぁって思ったんです」

春香「……」

春香「可奈ちゃんは、歌は好き?」

可奈「?」

可奈「大好きです」

春香「私もね、歌は好きだよ」

春香「この世界に入ろうって思ったのも、歌だったから」

春香「私より歌が好きな人なんていないって思ってたんだ」

可奈「……」

春香「だからね、今はすっごく幸せ」

春香「歌で、色んな思いを届けられる。歌で、色んな気持ちにしてあげられる。
私の歌が好きって気持ちで、みんなが幸せになれるんだよ?」

春香「それって、すごく素敵なことだよね」

34: 2018/04/10(火) 23:35:19.27 ID:1PtDC+R70
可奈「……えへへ」

可奈「やっぱり春香ちゃんは、すごいなぁ」

春香「……」

春香「可奈ちゃんの方がすごいよ……」

可奈「え? 今なんて」

春香「ううん、何でもないよ」

春香「あっ、そうだ。クッキー作って来たんだけど、食べる?」

可奈「わぁ! いいんですか?」

可奈「!」

春香「どうしたの?」

可奈「うぅ、春香ちゃん、私、いまダイエット中なんです」

春香「そうなんだ。それじゃあ一つだけ、どう?」

可奈「うぅ、ありがとうございます」

可奈「すっごく美味しいですっ」

春香「それじゃあ、私はもう行っちゃうけど、レッスン頑張ってね」

可奈「はい、春香ちゃんもお仕事頑張ってください」

35: 2018/04/10(火) 23:36:04.35 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

会議室


千早「プロデューサー、御用でしょうか?」

P「ああ、急に呼び出して悪い」

可奈「……」

P「次のシアター公演の話なんだが……」

P「千早と可奈のライブバトルを企画している」

可奈・千早「!」

P「二人とも、引き受けてくれるか?」

千早「私は問題ありません」

可奈「ちょ、ちょっと待ってください!」

可奈「ぷ、プロデューサーさん、もう一度お願いします」

P「次のシアター公演では、千早と可奈のライブバトルを企画しているんだが、
可奈は引き受けてくれるか?」

36: 2018/04/10(火) 23:36:40.83 ID:1PtDC+R70
可奈「な、な、な」

可奈「そんなの無理ですよ~! わ、私が千早さんとば、バトルだなんて!」

千早「……」

P「でも、最近は千早と志保と一緒に自主レッスンしてるじゃないか」

可奈「で、でも……」

P「なら、何時ならいいんだ?」

千早「プロデューサー」

P「ん?」

千早「矢吹さんが出来ないというのなら、別の人に依頼してください。
私はこの機会を譲る気はありません」

可奈「!」

P「まあ、可奈が出来ないって言う以上は――」

可奈「ま、待ってください!」

37: 2018/04/10(火) 23:37:35.71 ID:1PtDC+R70
P「可奈、受けてくれるのか?」

可奈「そ、その……」

千早「……」

千早「矢吹さん、やるの? それとも降りるの?」

可奈「……」

千早「ねえ、矢吹さん? あなたがアイドルになって、一番良かったと思うのは、いつ?」

可奈「それは、歌を唄ってる時です」

千早「なら、迷うことはないと思うのだけど」

可奈「……」

千早「……私は」

千早「私は、ステージに立って、唄っている時が一番幸せを感じるわ。
そこから見える、ファンのみんなの楽しそうな顔、嬉しそうな顔、哀し
そうな顔、歌をしっかりと届けられたと実感する時が、私は一番、アイ
ドルになってよかったと思う瞬間」

千早「だから、中途半端な覚悟なら、降りてちょうだい」

千早「最高のステージを、ファンのみんなに届けるためにも」

38: 2018/04/10(火) 23:38:26.61 ID:1PtDC+R70
可奈「……」

可奈「やります」

P「……いいのか?」

可奈「やります! 矢吹可奈、唄います!」

可奈「千早さんには、絶対負けません!」

千早「矢吹さん……本当にいいのね?」

可奈「千早さん……?」

千早「一つだけ言っておくけれど、手加減をするつもりはないわ」

千早「私は、765プロのみんなは仲間だけれど、同時に、仕事を奪い合う
ライバルだとも思っているわ。誰よりも、みんなを信頼している。それは、
どんな時も変わらないけれど、だからといって、互いに遠慮しあう、もたれあいの関係とは違う」

千早「矢吹さん、いいライブにしましょう」

可奈「……はい!」

39: 2018/04/10(火) 23:38:56.38 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

可奈「……」

志保「可奈、次の公演――」

可奈「――志保ぢゃ~ん、わ、わたじ~」

志保「ちょ、ちょっと鼻水が付く!」

可奈「うぅ、ぢはやざんとライブバトルなんで、むりだよ~」

志保「……」

志保「可奈、一人前になるんじゃなかったの?」

可奈「……志保ぢゃん?」

志保「可奈は、私に一人前のこと、聞かなかったわね」

志保「可奈、一人で何でも決められるようにならなきゃ駄目よ」

40: 2018/04/10(火) 23:39:25.23 ID:1PtDC+R70
志保「プロだもの、何が必要で、何をすべきなのか、
自分で選び取って、決められる大人にならないと」

志保「それが、私の思う一人前」

可奈「……」

志保「それじゃあ、私もレッスンがあるから」

志保「――! ああ、そうだ」

志保「千早さんからの伝言があったの」

志保「これからも合同レッスンは続けましょうって」

志保「それじゃあ、今度こそ行くわね」

志保(小声)「……可奈、応援してるから」

41: 2018/04/10(火) 23:40:01.90 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

レッスン室

志保「(レッスンは前回、千早さんが出した課題曲をそれぞれが唄う所から始まった)」

志保「(課題曲は『shiny smile』)」

志保「(一番手は可奈。無邪気で、元気な歌い方)」

志保「(可奈らしいと言えば、可奈らしい)」

可奈「いつだって ピカピカでいたい♪」

志保「(歌詞に込められた前向きさを、そのまま押し出していく)」

志保「(一方、千早さんは歌全体の複雑な機微を、一つ一つ、丹念に拾っていこうとする。
大サビが最も盛り上がるように、抑揚を操って)」

千早「泣きそうな思いを 乗り越えたら♪」

志保「(乗り越えていく勇気を、唄う)」

志保「(同じ歌のはずなのに、こんなに見せる表情が違うなんて)」

可奈「志保ちゃん、次だよ」

志保「え、ええ」

42: 2018/04/10(火) 23:40:36.79 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

志保「(本来、私たちは追いかける立場で)」

志保「(そんな中、千早さんがレッスンを一緒に、と誘ってくれたのは、本当に幸運なことだ)」

志保「(他の事務所なら、いくら所属が同じとはいえ、ライバルに手の内を明かすようなことは、絶対にあり得ないだろう)」

志保「(それなのに)」

志保「(追いつかなければいけないのに、この突き放されていく感覚は、何だろう)」

志保「(千早さんの技術を吸収して、一瞬でも一秒でも早く、隣に並びたいと願うのに)」

志保「(身体が気持ちについていかない……)」

43: 2018/04/10(火) 23:41:19.49 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

志保「可奈っ!」

可奈「志保ちゃん……」

志保「このあと、少し付き合ってくれない?」

可奈「……」

可奈「いいよ、自主練でしょ?」

志保「ええ……」

志保「(このところ、可奈の元気がない)」

志保「(何か声を掛けてあげたいのに、何もしてあげられない)」

志保「(きっと、それは私の感じている焦りと、可奈の元気のなさは、同じものだから)」

志保「(だから、私たちは動き続けて、そんな気分を紛らわすしか方法がない)」

可奈「志保ちゃん、私ね、まだ実感が湧かないんだ」

志保「ライブバトルのこと?」

可奈「うん、そう。千早さんにも言われたんだ」

可奈「良いライブにしましょうって」

44: 2018/04/10(火) 23:41:57.85 ID:1PtDC+R70
可奈「だけど、全然分からない」

可奈「ライバルなのに一緒にレッスンしたり、同じ事務所の仲間なのに
競い合ったり、どうして、そんなことするんだろうって、ばっかり考えちゃう」

可奈「私、やっぱり千早さんみたいになれないのかな?」

可奈「……」

志保「……」

可奈「えへへ、ごめんね、志保ちゃん」

可奈「さ、レッスン始めよっ」

志保「……」

志保「……千早さんになれないなんて、分かりきったことでしょう?
いくら憧れたって、その人にはなれっこない」

志保「(自分の道は、自分で見つけるしかない)」

志保「だけど、可奈は……」

志保「可奈には、そんなの必要ない」

志保「……少なくとも、私はそう思うわ」

可奈「……」

志保「誘っておいて、悪いけど、可奈はもう帰ったら?」

志保「考える時間だって必要だと思うわ」

可奈「……う、うん」

志保「可奈、また明日。レッスン頑張りましょう」

可奈「……」

45: 2018/04/10(火) 23:42:33.10 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

765シアター 屋上

可奈「はぁ……」

可奈「ライブバトルで意気消沈~♪ 溜め息ばっかり、矢吹可奈~♪」

可奈「……」

可奈「はぁ」

P「何、溜め息ばっかりついているんだか」

可奈「わっ! プ、プロデューサーさん!」

可奈「驚かさないでくださいよ~」

P「悪い、驚かす気はなかったんだけど」

P「可奈、ライブバトル、やっぱり不安か?」

可奈「不安に決まってるじゃないですか! 千早さんとですよ」

P「相手が千早じゃなかったら、不安じゃないのか?」

可奈「う、それは……」

46: 2018/04/10(火) 23:43:15.06 ID:1PtDC+R70
P「前も聞いたが、可奈は何時なら不安じゃなくなる?」

P「誰が相手なら、不安じゃない?」

P「格下の相手とライブするときか? 何十回も何百回もレッスンしたあとなら
、不安じゃないか? ファンのみんなが友達だったら、不安じゃないのか?」

P「……違うよな」

可奈「……」

P「千早だって、ライブの前は指先が冷たくなるほど緊張するよ。春香も志保も、
みんな不安を抱えてる」

P「もちろん、それで可奈の不安が消える訳じゃないのは分かってる。だけど、
その不安はいつだって消えないんだ。誰だって、胸の内に隠したままステージに立つんだよ」

P「それでも、みんなやり遂げるんだ」

可奈「はい……」

P「初めてのライブ、覚えているか? 俺は何があっても忘れないぞ」

47: 2018/04/10(火) 23:44:05.34 ID:1PtDC+R70
P「可奈がとんでもないヘマをやったこと、それでも、最後まで唄い上げたこと、
劇場のみんなが笑顔だったこと。今でも、昨日のことみたいに、鮮明に思い出せる」

可奈「だ、だけど! わ、笑われてただけかもしれないですよ?」

可奈「私がドジだから、みんな……笑ってたのかも」

P「!」

P「まったく誰がそんなこと言ったんだ?」

P「可奈! そんなことある訳ないだろう」

P「みんな、可奈の歌を聞いて、笑顔になったんだ。可奈が楽しそうに唄うから、
みんなも楽しくなるんだよ。可奈が本当に、本当に歌が好きだって思っているから、
みんなに伝わるんだ」

可奈「うぅ、でも」

P「信用できないか?」

可奈「……」

P「なら、俺に証明させてくれ」

48: 2018/04/10(火) 23:44:55.59 ID:1PtDC+R70
P「可奈、次の公演、千早とのライブバトルなんか関係ない!」

P「思いっきり、楽しんで唄ってこい。そして、俺が間違ってなかった、
と証明してくれないか?」

可奈「私が……間違ってるかもしれませんよ?」

可奈「歌が好きって気持ちだけで、ステージに立つなんて、本当は違うのかも……」

可奈「千早さんだって、志保ちゃんだって、いろいろなことを考えてステージに
立ってるんですよ。それなのに、私だけ――」

P「――よし、分かった!」

P「それが正しいか、どうか、次のステージで確かめよう」

可奈「えぇっ、プロデューサーさん、でも」

P「でももだってもない! こんな話、いつまでも続けてたって結論は出ないだろ。
だったら、実地で確かめてみるしかないよな」

可奈「うぅ、どうしてそうなるんですか~?」

P「いいんだよ……可奈はステージを目一杯楽しめば」

49: 2018/04/10(火) 23:45:39.07 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

ライブ当日

可奈「志保ちゃん」

志保「決心はついた?」

可奈「うん、でも……少しだけ不安かな」

志保「……そう」

可奈「えへへ……」

志保「……」

可奈「ねえ、志保ちゃん、やっぱり怖いよ」

志保「……そうね、私も怖い」

可奈「……」

可奈「志保ちゃんも怖いんだ……」

志保「?」

可奈「私たち、いっぱいレッスンしてきたよね?」

志保「ええ」

可奈「千早さんたちにも負けないくらい、頑張ったよね?」

志保「……ええ」

可奈「……」

50: 2018/04/10(火) 23:46:13.69 ID:1PtDC+R70
可奈「志保ちゃん、私、まだ一人前にはなれないみたい」

志保「……私だって」

可奈「え?」

志保「誰だって、自分は一人前じゃないってもがいてる」

志保「可奈、私もまだまだ大人には程遠いけど、それでも頑張ってる。だから……」

可奈「?」

志保「可奈の歌を聞かせて?」

可奈「……」

志保「可奈の歌が、私に勇気をくれるの」

志保「だから」

志保「いってらっしゃい、可奈」

志保「応援してるわ」

51: 2018/04/10(火) 23:47:11.68 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

~♪

可奈「歌うように♪ 歩いてゆく♪」

可奈「(まだまだ怖くて、指先ばっかり見てた)」

可奈「この先に何が待ってるの♪」

可奈「(ダンスに合わせて、上げた視線の先に、オレンジ色のサイリウムのお花畑が広がっていた)」

可奈「(はっとして、次の唄い出しが遅れる)」

可奈「失敗しても♪ 次また頑張る♪」

可奈「(頑張れ、可奈! 頑張れ!)」

可奈「(下を向いてなんかいられない! まだ唄えるんだから!)」

可奈「それっきゃない♪ 楽しいから♪」

52: 2018/04/10(火) 23:47:46.71 ID:1PtDC+R70
可奈「(どうして唄うまで、忘れてたんだろう)」

可奈「(こんなに楽しくて、大好きなこと)

可奈「(そうだよ、こんなにキラキラして、こんなに楽しい場所で、大勢のみんなに歌を届けるんだ!)」

可奈「(私、今、すっごく幸せなんだ!)」

可奈「一生懸命♪ 今日もまた前進です♪」

可奈「(精一杯、唄うって、志保ちゃんに約束したんだ!)」

可奈「(プロデューサーさんと目一杯楽しむって約束したんだ!)

可奈「(千早さんと、良いライブにするって約束したんだ!)」

可奈「(私だけじゃない、みんなの歌なんだ!)」

可奈「もっと知りたい♪ 私へと♪」

可奈「(うん! もっと、もっと知りたい!)」

可奈「(胸の奥がうずうずして、走り出したくなる気持ち)」

可奈「(嬉しくて、悲しくて、涙が出そうになるけど、でも笑顔になっちゃう、楽しくて、切ないこの気持ち)

可奈「迷ってないで♪ 飛び込んで♪ 会いに行こう♪」

可奈「(みんなに届けたい)」

可奈「(私だけじゃないって、信じてもいいんだよね)」

可奈「やっぱり」

可奈「(良かったんだ。この気持ちのままで)」

~♪

可奈「歌が♪ 大好きっ」

53: 2018/04/10(火) 23:48:33.70 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

志保「(ステージを下りる可奈の頬に、涙が流れていた)」

志保「(可奈は舞台袖へ戻ってくると、誰とも話さず、静かに楽屋へ入っていった)」

志保「(千早さんが準備を終える)」

志保「(客席は静まり返って、可奈の歌声の余韻が、まだ響いているようだった)」

志保「(合図が来て、千早さんがそんな空気の中を舞台中央へ歩いていく)」

志保「(初め、客席は曲が始まったことにも気付いていないみたいだった)」

志保「(だけど)」

志保「(千早さんの声を聞くと、誰もが我に返るように目を見開いて、顔を上げた)」

志保「(千早さんの歌声は、圧倒的だった)」

志保「(千早さんは歌で、ステージに一つの世界を作り上げようとしていた)」

志保「(私たちは、その世界に引き寄せられて、溺れていく)」

志保「(爪先から頭まで、千早さんの歌に浸って、別の人生を生きているような錯覚に陥る。
それは、物語を聞かせるように、ゆっくりと私たちに染み渡っていった)」

54: 2018/04/10(火) 23:49:03.43 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

765シアター エントランス

可奈「はれっ?」

春香「あれ?」

可奈「春香さん?」

春香「可奈ちゃん?」

可奈「あの、私、千早さんに呼ばれて……」

春香「あ、なるほど」

春香「えへへ、可奈ちゃん、わたしも千早ちゃんに呼ばれたんだ」

可奈「?」

春香「ねえ、ちょっと歩こうよ」

可奈「でも、千早さんは?」

春香「大丈夫。ね、行こう」

可奈「あっ、待ってくださいよ~」

55: 2018/04/10(火) 23:49:35.40 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

春香「はぁ、風が気持ちいいね~」

可奈「……」

春香「今日のライブ、見てたよ」

可奈「っ!」

可奈「全然、ダメダメでしたよね?」

春香「?」

春香「どうして?」

可奈「あの、私、途中まで、その、全然別のことを考えてて」

可奈「みんなに、悪いことしちゃったのかなって」

可奈「えへへ、私、歌しかないのに」

春香「……」

56: 2018/04/10(火) 23:50:15.44 ID:1PtDC+R70
春香「だから、千早ちゃんに負けたの?」

可奈「! ち、違います!」

可奈「ただ、私の実力が足りなかっただけで」

春香「可奈ちゃんは、全力で唄ったんだよね?」

可奈「はい! あ、でも初めの方は……」

春香「でも、思いっきり唄ったよね?」

可奈「その……はい」

春香「なら、私が許してあげる」

可奈「え?」

春香「可奈ちゃんが悪いことしたって思うなら、私が許してあげる。
でも、可奈ちゃんは許しちゃダメだよ。可奈ちゃんは今日のこと、
ずっと忘れないで、毎日毎日、思い出さないとダメだよ」

可奈「……」

春香「それで、きっといつか、今日を思い出して、もっともっと素敵な歌をファンのみんなに届けてあげて」

春香「ね?」

可奈「はい……」

春香「ねえ、可奈ちゃん、こんな話したの覚えてる?」

春香『可奈ちゃんは歌が好き?』

57: 2018/04/10(火) 23:50:46.60 ID:1PtDC+R70
――――――――――――――

志保「千早さん、お疲れ様です」

千早「お疲れ様、志保」

志保「……」

千早「……何か、伝えたいことがあるのかしら?」

志保「……」

志保「あのっ! 私、諦めません」

志保「……今日は、千早さんが勝ちましたけど、いつか可奈は絶対、
千早さんに追いつきますから。私だって、絶対に追いついてみせますから……!」

千早「志保……」

志保「正直に言って、今日は負けたと思いました。悔しくて、胸が張り裂けそうなくらい、負けたんだって思います」

志保「だけど、負けません。……負けたくないんです」

千早「……」

58: 2018/04/10(火) 23:51:24.59 ID:1PtDC+R70
千早「私は、今日、矢吹さんのステージを見て、改めて唄うのが怖いと思った」

志保「!」

千早「いつも思うの。外から見れば、小さなこのシアターが、どうして、
舞台から眺めた時、あんなに大きく見えるのか。どうして、唄うのが怖いくらい、手が震えるのかしらって」

千早「私だって、今日の勝利が明日の勝利だなんて思ってない。それに、今日の歌だって、私だけで作り上げたものじゃない」

千早「それは、志保や矢吹さん、765プロのみんなといたから作ることの出来た歌だと思ってる」

志保「私たちの?」

千早「ええ。レッスンの時、課題曲を出したでしょう?」

千早「一つの歌でも、歌い手が変われば、曲の色も変わる」

千早「そのことを強く意識させてくれたのは、いつだって矢吹さんの歌だった」

千早「私は、矢吹さんが羨ましい」

59: 2018/04/10(火) 23:52:45.83 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

可奈「覚えてます!」

可奈「歌で色んな気持ちや思いを届けられるのが幸せだって、春香さんが言ったの、覚えてます」

春香「……わたし、誰にも負けないくらい唄うことが好きだったの。それだけは負けないって、この世界に入ったくらいに」

春香「だけどね、いたの。私より歌が好きで、私よりずっと真剣に歌のことを考えている人が」

可奈「……もしかして、千早さんのことですか?」

春香「ふふっ、半分正解」

可奈「えっ?」

春香「可奈ちゃんも、そうだよ」

可奈「かな……えぇ! 私ですか!?」

春香「私は可奈ちゃんってすごいなって思うの」

60: 2018/04/10(火) 23:53:15.38 ID:1PtDC+R70
春香「何度くじけたって、何度でも立ち上がる」

春香「歌が大好き、ただそれだけで何度だって諦めないで、挑戦していけるのは、
本当にすごいなぁって、思うんだ」

可奈「そ、そんな、私なんて……///」

春香「私も歌が好き。だけど、それだけで立ち上がれるほど、強くないんだ」

春香「今の私は、ファンのみんながいるから、765プロのみんながいるから、
プロデューサーさんがいるから、そして、可奈ちゃん、あなたがいるから、何度でも立ち上がれる」

春香「みんなの力が、今の私を支えてくれてるんだ」

春香「……」

春香「ねえ、こんなこと初めて言うんだけどね」

春香「私、可奈ちゃんに憧れてたの」

61: 2018/04/10(火) 23:54:01.68 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

志保「可奈が羨ましいって、どういうことですか?」

千早「矢吹さんの歌に対する姿勢が、悔しくて、涙を流すくらい羨ましい」

千早「志保は今日、負けたと思ったって言ったわね?」

志保「はい」

千早「どんなところが負けたと思ったの?」

志保「それは、千早さんの歌です」

志保「歌声だけで、一つの世界を作り上げて、観客を巻き込んでいく。
その技術が素晴らしいと思いました。私は、まだその域に達していない、と」

千早「技術……」

志保「え?」

千早「技術は所詮、技術に過ぎないわ」

千早「志保が素晴らしいと思ったものだって、私にとっては、付け焼刃もいいところ」

志保「……」

千早「私には、それは矢吹さんの物真似でしかないのよ」

志保「……?」

62: 2018/04/10(火) 23:54:35.72 ID:1PtDC+R70
千早「志保は哀しい歌を唄う時、どうする?」

志保「哀しく唄うに決まってます」

千早「……そう」

千早「矢吹さんならきっと、哀しい歌はそのまま唄うでしょうね」

志保「……あの、意味が分かりません」

千早「それがきっと、私たちの限界なの」

千早「哀しい歌を、哀しく唄うことでしか届けられない」

千早「本当はその哀しみの中にだって、喜びや憂いや華やかさがあるのかもしれない。
様々なグラデーションが隠れているはずなのに、私は、その全てを届けるだけの歌を唄えない」

千早「だけど、矢吹さんは唄うのが楽しいという気持ちだけで、一直線に観客へ歌を届けられる」

千早「今日の歌だって、それを真似ただけ。歌を大きな世界に見立てて、観客に感情を委ねた。ただそれだけ」

千早「私たちは賢しらに、歌に理由をつけてしまうけれど、矢吹さんは違う」

千早「理由がなくとも歌えるのは、単純に羨ましいわ」

63: 2018/04/10(火) 23:55:34.82 ID:1PtDC+R70
――――――――――――

可奈「春香……さん?」

春香「……」

春香「見て、可奈ちゃん。765シアターが見えるよ」

可奈「……!」

春香「ステージに立てば、ファンのみんなとあんなに近いのに、今はとっても大きく感じる」

春香「ライブが終わると、いっつも思うんだ」

春香「どうして、この広いシアターがライブの時だけは、あんなに狭く感じるんだろうって」

春香「多分、それって、みんながいるからなんだよね?」

春香「ファンのみんな、765プロのみんな、スタッフの人たち、みんなの熱気が集まってるから、
あんなに時が経つのが早くて、シアターが狭く感じるんだろうなって」

64: 2018/04/10(火) 23:56:12.32 ID:1PtDC+R70
春香「……」

春香「ああ、早くライブしたいなぁ」

春香「可奈ちゃんも、そう思うでしょ?」

可奈「……」

春香「ファンのみんなに、歌を届けたいなぁって」

可奈「……」

可奈「(『一生懸命、唄ったんだよね?』)」

可奈「(『私が許してあげる』)」

可奈「(『可奈ちゃんは自分を許しちゃダメだよ』)」

可奈「……うぅ」

可奈「うわぁぁぁぁぁ~~~ん!」

春香「か、可奈ちゃん!?」

可奈「私……! 私ぃ……!」

可奈「私のバカバカバカぁ~!」

可奈「もっともっど、ちゃんど唄えたのに……!」

可奈「みんなに、もっともっと、歌を届けられだのに」

可奈「バカ~! 可奈のバカ~!」

春香「……!」

65: 2018/04/10(火) 23:57:09.56 ID:1PtDC+R70
春香「ふ、ふふっ」

春香「うふふ、あはははは」

可奈「は、春香ざん?」

春香「ふふ、えへへ。ごめんね、可奈ちゃん」

春香「でも、笑わずにはいられないよ」

可奈「うぅ、私がドジだから笑ってるんですね?」

春香「ち、違うよ! そうじゃないの、嬉しいんだよ」

春香「やっと、可奈ちゃんが一人前になったんだなって」

可奈「一人前……?」

春香「うん、可奈ちゃんはもう一人前だよ」

春香「だから、憧れるのはもうおしまい」

可奈「?」

春香「今日から可奈ちゃんは、後輩じゃなくて」

春香「ライバルだもんね!」

66: 2018/04/10(火) 23:57:40.17 ID:1PtDC+R70
後日談

可奈「千早さん、デュエットしましょう!」

千早「ええ、しましょう!」

春香「いっけー、可奈ちゃん、千早ちゃ~ん!」

志保「(まだ私が唄っているんだけど……)」

可奈「百点、狙っていきますからね!」

千早「じゃあ、低音パートは矢吹さんにお願いするわ。私は高音パートで」

可奈「はい!」

志保「(でも、楽しそうだから、いいのかな?)」

春香(小声)「志保ちゃん、次は私たちでデュエットしようか?」

志保(小声)「いいですよ、負ける気はありませんから」


おしまい

67: 2018/04/10(火) 23:58:53.17 ID:1PtDC+R70
この話はこれにておしまいです。

読んでくださった方、ありがとうございました。

html化、依頼してきます。

69: 2018/04/11(水) 16:30:10.78 ID:rE4/0rGPo

70: 2018/04/11(水) 21:25:17.46 ID:BLIIWFIlo
引き込まれたわ乙

引用元: 【ミリマスss】可奈「私、一人前になります!」