4: 2010/03/22(月) 06:15:51.86 ID:7IPqmYrOP
唯「こんにちは」

さわ子「いらっしゃい唯ちゃん。久しぶりねー元気にやってる?」

唯「うん。さわちゃんも変わらないね」

さわ子「まだまだいけるわよ。あ、そうそうCD買ってるわよ」

唯「あはは、ありがとうございます」

生徒「失礼しまーす。さわちゃん先生~プリント持って来ました」

さわ子「はい。確かに受け取ったわ」

生徒「……」ポー

唯「ん?」ニコ

女生徒「あっすいません!し、失礼しました!」

さわ子「……あらあら。ところで唯ちゃん、綺麗になったわねえ」

唯「いやぁーそれほどでも。そういえばいまだにさわちゃんって呼ばれてるんだ」

さわ子「あなた達の所為でね。もう気にしてないけど」
けいおん!Shuffle 2巻 (まんがタイムKRコミックス)
5: 2010/03/22(月) 06:22:33.49 ID:7IPqmYrOP
さわ子「それで行くんでしょ?部室」

唯「もちろん!でも今から行って大丈夫なの?まだお昼過ぎだけど」

さわ子「ええ。もう活動してる部もなくなっちゃったしね」

唯「そっか……」

さわ子「それに今の時期3年生はほとんど学校に来ないから」

唯「そういえばそうだった」

さわ子「じゃあ行きましょ」

そう言ってさわちゃんが音楽準備室のカギを持って立ち上がる。
何年ぶりだろう、軽音部の部室へ行くのは。
私はギー太を担ぎ直してさわちゃんの後に続いた。

6: 2010/03/22(月) 06:28:35.16 ID:7IPqmYrOP
さわ子「しっかしギリギリだったわね」

唯「忙しくて中々こっちに戻ってこれなくて」

さわ子「でしょうねえ。今は一人暮らしなの?」

唯「うん。それにしてもさわちゃんが私のCD買ってるとは思わなかったよー」

さわ子「教え子のCDなら当然買うわよ。梓ちゃんのバンドのCDだって買ってたわよ」

唯「そう…………でも私のってメタルじゃないよ?」

さわ子「メタル以外だって聞くわよ……パンクとか」

さわ子「それに最近の唯ちゃんの曲って少し変わってきてるしね」

さわ子「初期の『ごはんはおかず』だっけ?あれは衝撃だったわ」

唯「今年で4年目だからね~」

それだけやっていると少なからず曲の好みや歌詞にも変化が表れる。
それこそ最初は『ごはんはおかず』のような詞も書いてたけど
今はしっとりした曲だって作ってるしね。

8: 2010/03/22(月) 06:38:36.21 ID:7IPqmYrOP
唯「うわーこのカメ懐かしいな」

さわ子「ふふ、私は見飽きちゃったわ。それでももう見れなくなると思うと寂しいけどね」

桜高は今の3年生が卒業したら廃校になる。
さわちゃんが言うには少子化と校舎の老朽化が原因らしく校舎の再利用もしないらしい。
学校には卒業間近の3年生しか在籍していないため平日でもほとんど生徒がいない。

唯「今日は悔いの残らないようにしなきゃ」

さわ子「そうね。あ、部室で練習するの?」

唯「ううん、実は部室で曲を作ろうと思って」

さわ子「へぇ~ニューシングル?」

唯「ううん、今度出すアルバムに入れる予定なの」

11: 2010/03/22(月) 06:49:06.60 ID:7IPqmYrOP
さわ子「でも1日でなんとかなるの?」

唯「曲は大体出来てるんだけどせっかくだからここで作ろうと思って」

私がここに来た目的の一つがこれ。
思い出の部室で詞を書きたかったからだ。

さわ子「期待してるわ。あ、アルバム発売したらもちろん買うわよ」

唯「じゃあさわちゃんの給料日に発売しなきゃ」

さわ子「……こう見えても計画的に貯蓄してるのよ?」

それに作りたい曲がある。
今じゃなきゃ駄目で、この場所で作りたい曲。
それを今度のアルバムにどうしても入れたい。
私の最後のアルバムだから。

12: 2010/03/22(月) 07:00:07.72 ID:7IPqmYrOP
さわ子「さて、着いたわよ」

さわちゃんが鍵を回して扉を開ける。
私が在籍していた時には鍵なんて掛かってなかったような。

唯「もう音楽準備室って使われてないの?」

さわ子「そうねえ、最近出入りしているのは私くらいかしら」

唯「そっか、さわちゃん音楽の先生だもんね」

さわ子「違う違う、こっちよ」

そう言ってさわちゃんは棚からティーカップとコーヒーカップを取り出す。

さわ子「コーヒーと紅茶どっちがいい?」

ティータイムは密かに受け継がれていたらしい。

さわ子「インスタントとティーパックだけどね」

唯「じゃあ紅茶でお願いします」

14: 2010/03/22(月) 07:11:07.44 ID:7IPqmYrOP
さわ子「それじゃポットに水入れてくるわね」

唯「あ、私がやるよ」

さわ子「今日の唯ちゃんはゲストなんだからいいのよ。ちょっと待っててね」

唯「はーい」

部室を見回すと昔よりも片付いている気がした。
ドラムセットとキーボードがないからかな。
それでも昔と変わらないソファーやホワイトボード、みんなで使っていた机は今もそこにある。
私の指定席だった机を撫でて郷愁に浸っていると端のほうに落書きを見つけた。
落書きと言うよりも彫刻刀か何かで字が彫られていて所々に消しゴムのクズが詰まっている。
そこには縦書きでみお、りつ、ムギ、あずにゃん、ゆいと書かれていた。
そういえばこんなことをしたような気もする。

唯「あ……」

あずにゃんとゆいの間には相合傘まで彫られている。
今一思い出せないけど私の席にある落書きなんだから私が書いたのだろう。
身に覚えが無くても少し恥ずかしい。

だけど、なんだかいい詞が書けそうな気がしてきた。

17: 2010/03/22(月) 07:21:09.11 ID:7IPqmYrOP
さわ子「おまたせー」

さわちゃんはさっそくティータイムの準備に取り掛かる。
ポットのコンセントを入れて棚から大量のお菓子を取り出して机の上に置いた。

唯「こんなにお菓子溜め込んでていいの?」

さわ子「バレなきゃいいのよ」

さわちゃんは相変わらずだった。
いくらばれないからといっても(年齢的に)如何なものだろうか。
とか思ったけど当時とあまり変わらないさわちゃんを見てるとなんだか嬉しい。
それにお菓子はいくらあっても困らないしね。

唯「相変わらずだねさわちゃん」

さわ子「ここが私の憩いの場なんだから。これがないとやってられないわ」

唯「じゃあ私も~。いただきます」

19: 2010/03/22(月) 07:31:22.43 ID:7IPqmYrOP
唯「おいしい~」

さわ子「こういうのもおいしいけどやっぱりムギちゃんが持ってくるお菓子のほうがよかったわ」

唯「お菓子持ってきてくれる子はいないの?」

さわ子「そんなありがたい生徒は後にも先にもムギちゃんだけね。あ、お湯沸いた」

ティーカップとコーヒーカップにお湯が注がれる。

さわ子「はいどうぞ」

唯「ありがとうございます」

少し冷ましてから一口頂く。

唯「はぁ~」

唯「ここでお茶飲んでるとなんだか懐かしいな」

さわ子「そうねえ……」

20: 2010/03/22(月) 07:48:03.06 ID:7IPqmYrOP
さわ子「まあでもみんな元気そうで何よりだわ」

唯「みんなと会ったの?」

さわ子「梓ちゃん以外はみんなここに来たわね」

唯「そっかぁ……」

さわちゃんとまったりお茶していると部室のスピーカーから校内放送が流れた。

  『山中先生、山中先生、至急職員室に来て下さい』

さわ子「げ」

唯「あはは」

さわ子「仕方ない……ちょっと行ってくるわ。ポットとかはそのままにしておいていいから」

さわ子「それじゃ曲作り頑張ってね」

唯「はーい」

21: 2010/03/22(月) 08:02:46.61 ID:7IPqmYrOP
唯「さてと」

あまり時間が無いのを忘れてついついまったりしてしまった。
ギターケースからギー太を取り出してチューニングする。
それから机にノートとペンを出して作詞の準備完了。
歌詞を書いてその都度弾き語りをして語感を確かめて……という作業になる。
題名はもう決めてある。
歌詞の大まかな内容も。

唯「……よし」

出だしは部室とこの机を見たときに思いついた。
あとは、ここで出会ってから始まったことを書き記せばいい。
この歌は私の音楽を聴いてくれる人のためにつくる歌じゃない。
最後の最後でちょっと申し訳ないけど。
誰のためでもなくて、
これは私がたった一人の女の子を思ってつくる歌。

軽く深呼吸してからピックを持って弦を押さえる。



――君を思い出すこの場所で 僕はただ目を閉じて歌う 君の歌



22: 2010/03/22(月) 08:06:14.36 ID:7IPqmYrOP



  「Your song」



23: 2010/03/22(月) 08:11:57.57 ID:7IPqmYrOP
――――――――――――

――――――――

――――



梓「1年2組の中野梓といいます」

梓「よろしくお願いします。唯先輩」

小さくて可愛い子だなぁ、というのが第一印象。
(二日目の途中まで)大人しくて真面目で音楽に対して直向な女の子。
中学の時は帰宅部で後輩と縁の無かった私は
初めて出来た後輩を思いっきり可愛がった。

唯「あずにゃーん!むちゅううう~」

梓「ぎゃー!」

このストレートすぎる愛情表現が功を奏したのかも。
って前に本人に言ったら怒りながら否定されちゃったけど。

あずにゃんが入部してから軽音部はより一層楽しくなった。
最初は主に私とりっちゃんとさわちゃんの所為であずにゃんを怒らせちゃったりしたけど、
次第に軽音部の空気に慣れていって(?)私達はすぐに仲良くなった。

24: 2010/03/22(月) 08:22:57.53 ID:7IPqmYrOP
唯「あずにゃんぎゅ~」

梓「離れてください!練習しますよ!」

澪「まったく、見てるほうが暑苦しいよ」

律「あついと言えばそろそろ合宿だな!」

紬「そういえば準備がまだだったわね」

唯「そうだった!りっちゃん!」

律「おう!そういうわけで今日は後で買い物に行こう!」

唯「おおー!」

紬「おおー!」

梓「先輩方がやる気まんまんだ!」

澪「はは……」

こうして今日の部活は練習もそこそこに買い物へ出かけることになった。

25: 2010/03/22(月) 08:33:00.60 ID:7IPqmYrOP
梓「結局楽器屋にすら行かなかった……」

唯「まあまあ、かわいい水着買えたからよかったじゃん」

梓「よくないですよ!合宿というより旅行の準備だったじゃないですか!」

唯「大丈夫だよ~ムギちゃんの別荘は機材もちゃんとあるんだから」

梓「そうかもしれませんけど……」

唯「私もちゃんと練習するしね!」

梓「……」

唯「……ほんとだよ?」

26: 2010/03/22(月) 08:44:01.89 ID:7IPqmYrOP
唯「それにほら、息抜きも必要って澪ちゃんが」

梓「唯先輩が言ってもなあ……」

唯「うっ……ひどいよあずにゃん。私だってやるときはやるんだよ?」

梓「う……そ、そうですよねっ。早く合宿で思いっきり練習したいです!」

唯「うん、私も頑張るよ!」

梓「はい」

唯「あ~楽しみだなぁ(海が)」

梓「私も練習が楽しみです」

今年の合宿は去年よりも面白くなりそう。

27: 2010/03/22(月) 08:55:54.68 ID:7IPqmYrOP
澪「練習が先!」

唯「遊ぶ!」

律「遊ぶ!」

梓「練習がいいですっ」

紬「遊びたいでーす」

梓「……」

待ちに待った合宿当日。
最初は不満そうだったあずにゃんだけど一度遊び始めたらとても楽しそうにしてて可愛かった。

律「さてはスポーツとか苦手な人?」

梓「そんなことありません!やってやるです!」

負けず嫌いのあずにゃん可愛い。
それから日に焼けたこげにゃんも可愛いなあ。

30: 2010/03/22(月) 09:07:21.23 ID:7IPqmYrOP
それからBBQや肝試しをやってみんなでお風呂にも入った。
合宿だからもちろんみんなで練習もしたんだけど、
みんなが寝静まった後に夜の日課をこなすため一人で練習室に向かう。

唯「やっぱり寝る前にやっておかないと落ち着かないや」

今度の学園祭で演奏する曲の練習に取り掛かる。
曲は『ふでぺん ~ボールペン~』。

唯「う~んできない……」

こういう時は流石に楽譜くらい読めるようにしないとって思うんだけどね。
あまり進展しないまま練習を続けていると後ろで扉の開く音がした。

梓「あの、唯先輩」

振り返るとあずにゃんが扉の端から顔だけ出してこちらを伺っていた。

32: 2010/03/22(月) 09:17:29.99 ID:7IPqmYrOP
唯「ごめんね、私の練習につき合わせて」

梓「全然気にしないで下さい。私も唯先輩ともっと一緒に練習したいと思ってたんです」

唯「ありがと~」

嬉しそうに答えるあずにゃんを見てると
本心から言ってくれてることがわかってこっちまで嬉しくなる。

梓「でもどうしてこんな時間に?」

唯「私寝る前はいっつもギターの練習してるんだ」

唯「だからちょっと落ち着かなくて……」

梓「それじゃあ寝る前は毎日練習を?」

唯「うん」

梓「……」

唯「どしたの?」

梓「ちょっと見直しました」

34: 2010/03/22(月) 09:31:28.91 ID:7IPqmYrOP
唯「も~あずにゃんてば~照れるなあ」

梓「そこまで褒めたつもりはないんですけど……」

梓「でも」

唯「ん?」

梓「たまに凄く上手いときがある理由がわかりました」

唯「え~、たまに?」

梓「ライブの時は特に」

唯「それって褒めてるの?」

梓「ええ。それに唯先輩の演奏はなんだか不思議な感じがします」

唯「不思議?」

梓「言葉にしにくいんですけど……素敵な演奏だと思います」

36: 2010/03/22(月) 09:41:28.90 ID:7IPqmYrOP
唯「そっか~ありがとうあずにゃん」

梓「いえ、それより練習を始めましょう」

唯「そだね」

梓「わからないところがあるんですよね?」

唯「うん、ここの出だしなんだけど」

梓「えっと……」

楽譜を確認してギターを構えると私に見本を見せてくれる。
やっぱりあずにゃんの演奏は丁寧でとっても綺麗。

唯「あずにゃんうまいね~!」

梓「え、そんなことないですよっ」

そんなことあるんだけどあずにゃんはいつも謙遜する。
真面目な性格なのもあるけどきっとあずにゃんが見ているところはもっと高い所なんだろう。

37: 2010/03/22(月) 09:51:31.38 ID:7IPqmYrOP
唯「じゃあ次私ね」

さっそくあずにゃんが弾いてくれたようにやってみるけどうまくいかない。

唯「あぅ、ここが難しいんだよねぇ」

梓「最初はスローテンポで弾いてみればいいんですよ」

唯「こう?」

あずにゃんに言われたとおりやってみる。
これなら……

唯「できた~!」

梓「ふふ」

唯「あずにゃんに出会えてよかったよ!」

梓「えっ」

39: 2010/03/22(月) 10:02:32.63 ID:7IPqmYrOP
唯「あずにゃ~ん!」

梓「あっ」

嬉しくてあずにゃんに抱きつく。

唯「うあは、い~ひひ~、ありがとーあずにゃん」

梓「んん……ふふっ」

急に抱きつかれて戸惑った顔をしてたけど次第に頬を染めて笑ってくれた。
その後も遅くまで練習してたから次の日は二人して寝不足になっちゃったんだよね。

この合宿が終わってからあずにゃんは前よりも私を慕ってくれるようになった。

梓「あっ!ギター壊れちゃうじゃないですか!どいてください!」

唯「あうっ」

多分だけど。

41: 2010/03/22(月) 10:14:28.10 ID:7IPqmYrOP
夏以来あずにゃんとギターの練習をする機会も増えてギターの腕もどんどん上達。
いよいよ学園祭だーっていう時に私は風邪を引いた。
中々治らなくて、でも学園祭の日がどんどん近づいてきてて……
焦っていた私は比較的調子がいい日に部室へ行くことにした。

唯「やっほー」

律「うわ、激しくデジャヴ!」

梓「唯先輩!」

憂「お姉ちゃん!」

唯「あ、ういもいたの~?」

澪「もう大丈夫なのか?」

唯「ういっくしっ!」

べちゃあ。

唯「うん、もう大丈夫!」

律「嘘つけ」

42: 2010/03/22(月) 10:25:28.75 ID:7IPqmYrOP
練習するために部室に行ったのに着いたらすぐにダウンしてしまった。
起きた時は調子よかったんだけど……

澪「熱全然下がってないじゃないか!」

唯「学園祭までもう少しだから練習しようと思ったんだけど……本番は私抜きの方がいいかも」

唯「あずにゃん、ギターは任せたよ」

梓「……嫌です」

あれ。

梓「唯先輩と……みんなで本番できないのなら辞退した方がましです!」

唯「あずにゃん……」

ごめんねあずにゃん。
せっかく練習に付き合ってもらったのに。

45: 2010/03/22(月) 10:36:33.90 ID:7IPqmYrOP
そのあと澪ちゃんの考えを聞いて、私は本番まで諦めずに風邪を治すことにした。
そして学園祭当日。

唯「ん……ふぁあ~……よく寝た」

身体を起こしてみてもフラフラしない。
ギリギリで治ったみたい。
よかったぁ~。
着替えるためにベッドから出て、ついでに時計を見る。
時刻は11時。
……ちょっと危なかったかも。

リビングへ行くと私の朝食と、その隣にメモが置いてある。

『無理しないでね お姉ちゃん』

ありがと~ういー。

唯「いただきます」

48: 2010/03/22(月) 10:47:36.28 ID:7IPqmYrOP
校門を潜るとそこら中に出店が立ち並んでいてとても賑っている。
おいしそうな食べ物がいっぱい……
部室に行く前にちょっとだけ……いやいや。
そんなことを考えていると、

さわ子「唯ちゃん!風邪治ったの?」

さわちゃんがやってきた。

唯「もうバッチリだよ!」

さわ子「よかったわね。それならちょっといらっしゃい」

唯「?はーい」

こうしてみんなより一足先に浴衣(防寒バージョン)を着てから部室へ。

49: 2010/03/22(月) 10:58:39.26 ID:7IPqmYrOP
さわ子「そしてこれがその衣装です!」

唯「失礼しまーす……」

律「唯!」

澪「来てたんなら真っ先にここに来い!」

唯「ごめんなさい……ん?あずにゃん?」

梓「最低です……こんなにみんな心配してたのに……最低です!」

唯「あっ……」

目に涙を浮かべたあずにゃんがそっぽを向いちゃった。
あああ……。

澪「ちゃんと埋め合わせしろよ。梓が一番心配してたんだから」

唯「え、そうなの?あずにゃん……!」

梓「まったく駄目すぎです!大体……」

唯「ぎゅっ」

51: 2010/03/22(月) 11:09:41.82 ID:7IPqmYrOP
小さく震えているあずにゃんを後ろから抱きしめた。

唯「あずにゃんごめんね?心配かけて……。私精一杯やるよ。最高のライブにするから」

梓「もう……特別ですよ?」

唯「あずにゃん……!むちゅchu~!」

梓「えっ!?」

唯「んうっ……?」

梓「んむっ!?」

あれ……

53: 2010/03/22(月) 11:20:54.74 ID:7IPqmYrOP
やわらかい……じゃなくて。
急にあずにゃんが振り向いたので冗談のつもりが冗談にならなかった。
あずにゃんは目を見開いて固まっている。

唯「あっ、ごめんあずにゃん。ほんとにちゅーしちゃった……」

そう言うとあずにゃんの顔が見る見る赤くなっていく。
せっかく仲直りしたのにこれはまずいかも……

パチンッ☆ミ

唯「おぽっ」

梓「な、なにするんですか!」

左頬がピリピリする。
流石にしょうがないよね。
恐竜男子の人だって失敗する時はあるみたいだし。

梓「はっ、つい……」

律「何やってんだよお前ら……」

唯「う、ほんとにごめんね?」

梓「い、いえ……」

56: 2010/03/22(月) 11:31:54.66 ID:7IPqmYrOP
澪「まったく、そろそろ講堂に行くぞ」

唯「はーい。あずにゃん、行こ?」

梓「……」

唯「あずにゃん、やっぱり怒ってる?」

梓「……えっ?あ、怒ってないですよ」

唯「そう?じゃあ講堂に行こっ」

梓「あ、はい」



紬「ぁぁ……」

律「何やってんだよムギー。早く行くぞ」

紬「あっ、今行きまーす!」

57: 2010/03/22(月) 11:43:01.53 ID:7IPqmYrOP
そのあと私のせいでまたみんなに迷惑掛けちゃったけど、ライブはなんとかなった……かな。
学園祭も終了して、今はみんなで打ち上げのキャンプファイヤーを少し離れて見ている。

律「いやーひどい演奏だったな」

澪「はは……」

唯「だって風邪ひいてて練習できなかったんだも~ん」

紬「まあまあ」

律「梓も言いたいことがあるんじゃないか?」

りっちゃんがニヤニヤしながらあずにゃんに問いかける。
私に追い討ちをかける気満々ですね。

梓「……えっ、なんですか?」

律「だから~今日の唯の演奏だよ」

梓「あ、ああ、そうですね……だめだめでした」

唯「うう……」

梓「……」

あれ、もう終わり?
あと数十分は説教されるかと思ったのに。

59: 2010/03/22(月) 11:54:38.00 ID:7IPqmYrOP
学園祭で一仕事終えた軽音部は早速いつものティータイムにシフトしていった。

律「やっぱこれだな~」

紬「ほぁ~」

澪「やっぱりこうなるのか……」

梓「……」

澪「そろそろ練習しないか?」

律「学園祭も終わったばっかりだしまだいいんじゃないか」

澪「もう1週間経ったぞ……唯を見てみろ。ちゃんと自主練してるぞ」

律「おおっ!」

紬「最近唯ちゃん頑張って練習してるわね」

唯「うん、学園祭ではみんなに迷惑かけちゃったしね」

62: 2010/03/22(月) 12:14:28.26 ID:7IPqmYrOP
律「まさか唯が自主練してるところを見ることになるとは……」

唯「む、これでも家ではちゃんと練習してるんだよ?りっちゃんもやろうよ~」

律「あと1杯だけー」

紬「さっきりっちゃんがおかわりしたので最後だったの」

澪「そういうわけだから練習するぞ。梓だって練習したいよな?」

梓「……あ、はい、もちろんです。唯先輩が頑張ってるんですからやりましょうよ」

律「それもそうだな。よーしやるぞー!」

唯「やったあ!ありがとうあずにゃ~ん!」

さっそく抱きついてみる。
1日1回はやっておかないとね。

63: 2010/03/22(月) 12:25:01.95 ID:7IPqmYrOP
唯「あずにゃんぎゅ~」

梓「……」

あれ?
反応がないとなんだかちょっと寂しい。
身体を離してあずにゃんの顔を覗く。
私が目を合わせる前にあずにゃんはそっぽを向いてしまった。

梓「は、早く練習しましょう!」

律「そうだそうだー」

梓「律先輩が言わないでください!」

澪「まったくだ」

紬「ふふ」

澪「よーし、じゃあ始めるぞ」

唯「わー待って待って!」

急いでギー太にシールドを差し込む。
あずにゃんは私に背を向けてアンプの調整をしている。
それをなんとなく眺めていると耳と首筋が赤味掛かっていることに気付いた。

67: 2010/03/22(月) 12:44:33.12 ID:7IPqmYrOP
唯「寒ぅ~」

梓「寒いですね」

今日の部活はとても充実していた。
ティータイム推進派のりっちゃんもいざ練習が始まると楽しそうに演奏していた。
なんだかんだでみんな音楽が大好きなんだよね。
そんなりっちゃん達とも別れて今はあずにゃんと二人の帰り道。

唯「……」

梓「……」

最近あずにゃんの反応がどうも気になる。
二人でいる時に話を振ってくれる回数が減ったような。
でも、

唯「今日のごはんはなんだろうなぁ~」

梓「もうご飯のこと考えてるんですか。たまには憂を手伝ってあげればいいじゃないですか」

唯「それが中々手伝わせてくれないんだよね。なんでだろう」

梓「それは……なんとなくわかりますけど」

話しかければ普通に返してくれる。
私の気のせいかな。

69: 2010/03/22(月) 12:57:22.50 ID:7IPqmYrOP
話しかけたら普通に接してくれるし部活ではギターも教えてくれるので
気にしないで過ごすことにした。
それから暫くたった日の帰り道。

律「そろそろバレンタインだな」

唯「そういえばそうだね」

律「なあ澪ーチョコ作ってよー」

澪「自分で作ったらどうだ?」

律「なんだよケチ~。あ、ムギ!チョコくれ!」

澪「毎日お菓子貰ってるだろ……」

律「それもそうだな……唯!」

唯「うん?」

律「――はいいや」

唯「りっちゃんひどい!」

70: 2010/03/22(月) 13:08:33.02 ID:7IPqmYrOP
律「だって唯料理とか出来ないだろ」

唯「そんなことないよ」

律「ほんとかー?それなら作ってよ」

唯「りっちゃんに?……やめとくよ」

律「ひでえ」

紬「りっちゃんは誰かにあげたりしないの?」

律「私?ないない」

唯「そうなんだぁ。あずにゃんは?」

梓「私もあげる相手は……特に」

唯「そっかーそうなんだ……」

唯「……あ」

梓「なんですか?」

72: 2010/03/22(月) 13:19:37.86 ID:7IPqmYrOP
唯「ううん、なんでもない」

梓「?そうですか」

日頃の感謝を込めてあずにゃんにチョコを作るのはどうだろう。
いつもギター教えてもらってるし。
あずにゃんにチョコあげたら喜んでくれるかな?

唯「よし!」

律「?」

決めた。あずにゃんにチョコを送ろう。それも手作りで。
どうせあずにゃんも私のことを料理の出来ない人だと思っているに違いない。
ここはおいしいチョコを作ってぎゃふんと言わせてやろう。
待てよ、作るのはチョコ以外でもいいよね。
マカロンは簡単に作れるって憂が言ってたな。
いや、ここは思い切ってケーキとか!
あ、マドレーヌもおいしいよねえ……

梓「先輩!」

唯「……あえ?」

梓「どうしたんですか?」

唯「あ、なんでもないよ。あれ、みんなは?」

梓「さっき別れたじゃないですか」

73: 2010/03/22(月) 13:30:47.19 ID:7IPqmYrOP
唯「憂~ただいま~!」

憂「おかえりお姉ちゃん」

唯「ねえ憂、お菓子作り教えて!」

ここは憂先生にお願いするのが一番。
さっそく訳を話して本題に入る。
憂は少しびっくりしつつ何故か真剣に話を聞いていた。
それから二人で協議した結果いちごのロールケーキを作ることになった。
あずにゃんはケーキ好きだし私もロールケーキ食べたいし完璧だね。
バレンタイン用だけどチョコケーキは最近食べたからやめちゃった。

この日からバレンタイン前日まで憂先生との特訓は続いた。
私達は毎日ケーキを作って食べた。
それでも完成品のケーキの出来がすごくよかったから
私一人で半分以上食べてしまった。
残ったのは憂とあずにゃんの分だけ。
やっぱり自分で作ったケーキは一味違うね。
明日はこれをあずにゃんに食べさせてぎゃふんと言わせよう。

75: 2010/03/22(月) 13:42:07.72 ID:7IPqmYrOP
バレンタインデー当日。
みんながお茶を飲んでまったりする中、私だけそわそわしていた。
りっちゃんにいつも以上に落ち着きがないなんて言われて、
それを澪ちゃんとムギちゃんに同意されてしまう。
そんなこと言われてもドキドキするんだからしょうがないよ。
あずにゃん早くこないかなぁ。
ケーキあげたら驚くかな?
これを機に尊敬してくれるかも。

梓「こんにちは~」

律「おー」

澪「お疲れ」

紬「今お茶入れるわね」

唯「あ!あずにゃん来た!!」

梓「ど、どうしたんですか唯先輩」

77: 2010/03/22(月) 13:54:49.52 ID:7IPqmYrOP
律「なんだよ梓がいなくて寂しかったのか?」

唯「はずれです!」

梓「律先輩は……それで、どうしたんですか?」

唯「実はケーキを作ってきました!」

梓「ええっ!」

律「唯が!!」

澪「ケーキを!?」

紬「すごーいっ!」

唯「ふっふっふ。もっとほめて」

梓「先輩お菓子作れたんですね……」

唯「まあね~!というわけで早速食べてみてよ!」

律「ちょっとちょっと!私にもくれよ~」

唯「あ、ごめん。あずにゃんの分しかないんだ~」

律「え」

梓「……え」

79: 2010/03/22(月) 14:06:18.64 ID:7IPqmYrOP
律「なんだよ唯のケチ~」

律「梓ばっかりずるい……それにしてもお前達仲いいよなー」

梓「っ!」

澪「そうだな」

紬「そうね」

唯「えへへ。じゃああずにゃん、はいあーん」

梓「いやですっ!!」

唯「えっ……」

梓「あ、いや、自分で食べられます!そ、それより皆さんで分けましょうよ!」

紬「でも一切れしかないよ?」

梓「大丈夫です!あ、私お皿とフォーク出しますねっ!」

澪「……梓?」

律「なんかごめん……」

紬「……」

81: 2010/03/22(月) 14:18:44.18 ID:7IPqmYrOP
律「おおっ!すっごくうまいぞ唯!」

澪「あ……ほんとだ」

紬「唯ちゃんすごい!」

唯「えへ~それほどでも。あずにゃん、おいしい?」

梓「……あ、おいしいです」

唯「そっか。よかった~」

律「でもどうせ憂ちゃんに手伝ってもらったんだろ?」

唯「失礼な!作り方は教えてもらったけどこれは私一人で作ったんだから」

律「へぇ~意外だ」

澪「確かに」

梓「……」

結局一人四口くらいしか食べてないけどみんなおいしいって言って食べてくれた。
だけど――

84: 2010/03/22(月) 14:28:20.01 ID:7IPqmYrOP
澪「遅かったな」

唯「今日掃除当番だったんだ~」

唯「ムギちゃん今日のお菓子は何?」

紬「今日はチョコフォンデュよ」

唯「いただきます!はむっ……んまーい!」

唯「おいしいよあずにゃん!」

梓「……そうですね」

律「しかし学校でやるとは」

紬「みんなでやりたかったの」

澪「おいしい……そういえば唯、新歓ライブの曲だけど」

唯「あう、実はまだうまく出来なくて……」

唯「あずにゃんたすけ――」

梓「ちょっとトイレ行ってきます」

唯「あら、じゃあ後でよろしくね」

梓「……」

88: 2010/03/22(月) 14:39:45.65 ID:7IPqmYrOP
唯「ねえあずにゃん、コンビニ寄ってっていい?」

梓「あ……今日はすぐ帰らないといけないのでっ」

唯「そっかあ、じゃあ」

梓「すいません私先に行きますね!」

唯「――寄らなくていいや……って」

行っちゃった。
前までは話しかけたら普通に返してくれたのに。
あずにゃんの方からギターを教えてくれてたのに。
最近おかしいなと思っていたけどたった今露骨に避けられてしまった。
思い返してみるとバレンタインあたりから避けられてるような。
私何か悪いことしちゃったのかな。
うーん……思いつかない。
こういう時は……うん、直接聞いてみよう。

95: 2010/03/22(月) 14:52:05.20 ID:7IPqmYrOP
思い立ったらなるべく早めに実行。
そんなわけで次の日の部活の帰り道に聞くことにした。

律「じゃなー」

澪「じゃあ」

唯「うん、ばいばーい」

梓「失礼します」

よし、これであずにゃんと二人きりになった。
なんだかドキドキしてきたな。

梓「……」

唯「ね、ねえあずにゃん」

梓「……なんですか」

唯「えっと、もしかして私あずにゃんのこと怒らせちゃったかな?」

梓「っ……いえ、そんなことないです」

唯「そう?でも――」

梓「……」

唯「最近あずにゃんが冷たいかな~、なんて」

98: 2010/03/22(月) 15:03:18.59 ID:7IPqmYrOP
梓「……そんなことないです」

唯「……そう」

こっち向いて喋ってくれないんだ。
もしかして嫌いになっちゃったとか?
そんなの嫌だよ。
でも……聞いておかないと。
もしそうなら私も距離を置かないと。

唯「私のこと、嫌いになっちゃった……かな」

梓「そんなことないですっ」

あ、こっち向いてくれた。
あずにゃんがそう言ってくれるなら――
私はその言葉を信じることにした。

102: 2010/03/22(月) 15:14:12.60 ID:7IPqmYrOP
嫌いじゃないなら……話しかけたりしてもいいよね。
それからはあずにゃんに猛アタックすることにした。
また前のあずにゃんみたいになってくれるかもしれないし。
ほんとは嫌いって言われたら……その時はその時だ。

唯「あずにゃ~ん!」

梓「……」

唯「ぎゅ~ってしていい?」

梓「……」

唯「返事がないってことはいいってことだよね!」

梓「いやです」

拒絶されてるけどめげない。
押して押して押しまくる。
自分でもなんでこんなに必氏なんだろうって思うけど。
私まで引いちゃったら本当に会話がなくなっちゃう。

でも私の努力も実らずに4月に入る。
私も3年生になっちゃった。
もうすぐ新歓ライブなのに……

105: 2010/03/22(月) 15:25:27.68 ID:7IPqmYrOP
憂「ご飯できたよ~」

唯「……いただきます」

憂「いただきます」

唯「……もうだめだぁ~!」

憂「うわぁ!急にどうしたのお姉ちゃん」

つい弱音を吐いてしまった。
今まで誰にも相談してなかったけど、こうなったら憂に話してみようか。
澪ちゃん達にはとっくにばれてていろいろ突っ込まれた。
それでもなんとか誤魔化してたけど……解決しなきゃ意味がない。

唯「ねえ憂、最近あずにゃんの調子どう?」

憂「どうって?お姉ちゃん今日も部活で会ってたんだよね?」

唯「あ、うん、クラスではどうしてるのかな~って」

憂「……」

唯「憂?」

憂「梓ちゃん最近ずっと元気ないよ」

106: 2010/03/22(月) 15:37:02.43 ID:7IPqmYrOP
唯「えっ」

憂「1年の終わりからずっとかな。2年になってもまだ……」

唯「そうだったんだ」

憂「部活ではどうなの?」

唯「えっと、ある意味元気ないかも」

憂「そうなんだ」

唯「……憂と話してる時はどう?」

憂「う~ん、話すと割と普通なんだけどね」

唯「そっか、普通、なんだ」

憂「うん」

唯「憂、実はね――」

108: 2010/03/22(月) 15:47:53.94 ID:7IPqmYrOP
憂「梓ちゃんに避けられてるっ!?」

唯「うわっ、ご飯粒吹いてるよ!」

憂「あっごめん!……それで?」

唯「うん、確かバレンタインの辺りから。その前から少し変だったんだけど」

憂「そうだったんだ……。それでお姉ちゃんはどうしてるの?」

唯「積極的にアタックしてます」

憂「ええっ!」

唯「でも進展しないんだよねえ。あずにゃんは私のこと嫌いではないって言ってたんだけど……」

憂「……うん。多分だけどそれでいいと思うよ」

唯「そう?余計に避けられたりしないかな」

憂「大丈夫だと思うよ」

唯「そっか」

110: 2010/03/22(月) 15:59:09.86 ID:7IPqmYrOP
唯「それならとことんアタックしてみるよ!」

憂「うん!きっと何とかなるから頑張ってね!」

唯「ありがと憂!」

憂「ところでお姉ちゃん……」

唯「何?」

憂「お姉ちゃんって梓ちゃんのこと……好きなの?」

唯「え?もちろんだよ」

憂「そうじゃなくて……やっぱり何でもない。あ!そういえば今日アイス買ってきたんだよ!」

唯「やった!デザートに食べよう!憂も一緒に食べよ?」

憂「うんっ」

憂に話したらなんだかすっきりした。
自分が思ってた以上にへこんでいたのかもしれない。
よし、明日は軽音部のみんなにも相談してみようかな。

112: 2010/03/22(月) 16:10:09.29 ID:7IPqmYrOP
律「やっとかよ」

唯「え?」

澪「だってずっと相談してくれないし隠そうとするし」

唯「えへへごめん」

紬「私達も心配してたのよ?」

唯「そっか、ありがと」

律「よし!こうなったら私がビシッと言ってやろう」

澪「やめろ」

律「へいへい。それにしても最近の唯は必氏だったもんな」

唯「えっそうかな?」

澪「そうだな。まるで好きな人を振り向かせようとしてたみたいだったぞ」

唯「そっか……」

律「正直本当にそうなのかと思ってた」

紬「あの――」

115: 2010/03/22(月) 16:23:01.24 ID:7IPqmYrOP
唯「ん?」

紬「梓ちゃんのこと、私に任せてもらえないかな」

紬「明日は新歓ライブでしょ?このままで臨むのはちょっと……ね」

律「確かにそうだよなあ」

紬「それに……ちょっと気になることもあるし」

澪「気になること?」

紬「うん、だから今日部活が終わってから梓ちゃんと話をしてみるわね」

唯「ありがとうムギちゃん」

律「よし!それじゃあ部活に行こうぜ。梓が待ってるぞ」

唯「うん!」

116: 2010/03/22(月) 16:33:51.64 ID:7IPqmYrOP
新歓ライブの練習を終えて帰るとき、
ムギちゃんがあずにゃんに話があると言って二人は学校に残った。
はぁ……早く仲直りしたいよ。

唯「……」

憂「お姉ちゃん?おかず残したの?」

唯「ああ、ごめんまだ食べるよ」

憂「……大丈夫?」

唯「大丈夫だよ~今日も演奏完璧だったしね」

憂「そっちも大事だけど――」

唯「……え?あ、ごめん聞いてなかった」

憂「……」

119: 2010/03/22(月) 16:44:42.94 ID:7IPqmYrOP
新歓ライブ当日。
いつもより早く憂に起こされた。

唯「うい~まだ早いよ~」

憂「今日は大事な日でしょ?」

唯「うん……」

憂「それでね、私今日は先に出るからお姉ちゃんに戸締りお願いしたいんだけど」

唯「何か用事?」

憂「うん、ちょっと梓ちゃんと会うから……」

唯「あ、そうなんだ」

憂「そういうわけだからごめんね」

唯「ほ~い」

120: 2010/03/22(月) 16:56:22.47 ID:7IPqmYrOP
いつも通りの時間に家を出て学校へ。
それから新歓ライブの準備のためにみんなで部室に行こうとした時。

律「あれ、教室の外にいるのって梓じゃないか?」

澪「あ、ほんとだ」

紬「唯ちゃんに用があるんじゃないかな」

唯「私?」

律「行ってこいよ」

澪「準備は私達でやっておくからさ」

唯「ありがと!ちょっと行ってくるね!」

122: 2010/03/22(月) 17:07:11.60 ID:7IPqmYrOP
唯「おはよーあずにゃん!」

梓「お、おはようございます」

唯「えっと、私に用事……でいいのかな」

梓「は、はい」

唯「準備はみんながやっておいてくれるって」

梓「そうですか……」

ここじゃなんだし――ってことで人通りの少ない廊下の端に場所を移す。

唯「それで用事って?」

梓「はい、あの……」

唯「うん」

梓「すいませんでしたっ!!」

いきなり頭を思いっきり下げるあずにゃん。

唯「おゎ!」

123: 2010/03/22(月) 17:18:52.41 ID:7IPqmYrOP
梓「その……今まで唯先輩に辛く当たってしまって……」

梓「唯先輩が嫌いとかそういうことじゃなくて……えっと……」

唯「……よかった」

梓「え?」

唯「あずにゃんに嫌われてたらどうしようかと思ったよ」

梓「そんなっ、嫌いになったりしません!」

唯「じゃあどうして?」

梓「それは……えっと」

唯「うん」

暫しの沈黙。
あずにゃんが言い淀む。

梓「……えっと」

唯「……」

梓「……っ」

唯「まあいっか」

125: 2010/03/22(月) 17:29:27.92 ID:7IPqmYrOP
梓「えっ?」

あずにゃんの辛そうで不安な顔を見ていられなくて沈黙を遮った。
それに――

唯「あずにゃんが前のあずにゃんに戻ってくれるならそれでいいよ」

梓「でも……」

唯「それに今は新歓ライブの前だし。ね?」

梓「……はい」

唯「よかったぁ~これで思いっきり新歓ライブを楽しめるよ!」

梓「……すみませんでした」

唯「えへへ~もういいよ~」

梓「……ムギ先輩と憂に感謝しなくちゃ」

唯「ん?」

梓「いえ、なんでもないです」

唯「そう?じゃあ行こっかあずにゃん。新歓ライブ頑張ろうね!」

梓「……はいっ!」

127: 2010/03/22(月) 17:41:35.11 ID:7IPqmYrOP
唯「やっほーい」

梓「すみません遅れました」

律「お、やっときたか」

梓「あのっ!ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」

澪「私達は別に迷惑かけられた覚えはないよ」

紬「そうね」

律「唯とは仲直りできたのか?」

梓「あ、はい!」

澪「よかったな」

唯「えへへ~」

紬「あ、もうこんな時間!」

律「よし!じゃあ行くか!」

128: 2010/03/22(月) 17:52:40.53 ID:7IPqmYrOP
あずにゃんとの仲が元に戻って万全の態勢で臨んだ新歓ライブは
今までのライブの中で一番の出来だったと思う。
だけど新入部員は入らなかった。
最初はそのことを気にしていたあずにゃんだけど、今はこの5人だけでもいいらしい。
それと新歓ライブ以降は以前の仲が良かった頃よりも更に仲良しになった。
みんなにも言われたから間違いない。
あずにゃんだってハグしても嫌がらなくなったしね。
最近は放課後が楽しみでしょうがないよ。
そういえばあの態度の理由を結局聞いてないけど……まあいっか。

唯「あずにゃんおまたせ~!」

梓「あっ唯先輩!」

唯「ぎゅ~」

梓「えへへ」

唯「えへへ~」

律「……私もいるんだけど」

132: 2010/03/22(月) 18:04:48.02 ID:7IPqmYrOP
紬「今日はモンブランで~す」

唯「おお~おいしそうだね」

梓「いただきます」

唯「待ってあずにゃん。はい、あーん」

梓「いきなりですね……えっと」

梓「あ、あーん」

唯「おいしい?」

梓「おいしいです」

唯「へへ~」

梓「……あの」

唯「うん?」

梓「唯先輩も……食べますか?」

135: 2010/03/22(月) 18:36:34.74 ID:7IPqmYrOP
唯「えっ、あーんしてくれるの?」

梓「は、はい」

唯「ありがと~」

梓「……そ、それじゃ唯先輩にも、あーん」

唯「あーんっ」

梓「どうですか?」

唯「おいしいよ!」

より一層仲良くなったと思えるのはあずにゃんの変化が大きい。
私の押しに答えてくれたり甘えてくれたりするようになったのもあるけど、
一番の変化はあずにゃんから押してくるようになったこと。
今までの一方的な流れとは違うそれは、とっても新鮮でわくわくする。

律「練習するか」

澪「そうだな」

137: 2010/03/22(月) 18:47:57.50 ID:7IPqmYrOP
こんなこと言ったらみんなに怒られそうだけど、
帰り道であずにゃんと二人きりになる時間が待ち遠しく感じる。
当然みんなといる時間は楽しい。
でもみんなと別れた後であずにゃんと二人でいる時は、それに加えて胸が高揚する。

唯「へへ~」

梓「どうしたんですか?」

唯「なんでもないよ」

梓「なんだか最近いつも笑ってませんか?」

唯「そうかな?」

梓「はい」

唯「そっかぁ……」

梓「と、ところで唯先輩」

唯「うん」

梓「週末に予定がなかったら……遊びに行きませんか?」

138: 2010/03/22(月) 18:59:34.66 ID:7IPqmYrOP
おおっ!
あずにゃんからお誘いしてくれるなんて嬉しいな。
なんだか嬉しすぎて胸が苦しいよ。

梓「……もしかして用事とかあります?」

唯「ううん、すっごく暇だよ!行く行く!」

梓「あはは、先輩受験生なのにすっごく暇って」

唯「ぶー、誘ったのはあずにゃんでしょ」

梓「ふふ、そうでした」

それからいろいろ話し合った結果、電車で数駅先の繁華街へ行くことにした。
私は休日もこの高揚を味わいたかったから、進んで軽音部のみんなも誘おうとは言わなかった。
あずにゃんも他の人を誘う話をしなかったので二人で出掛けることが決まった。

140: 2010/03/22(月) 19:10:38.08 ID:7IPqmYrOP
唯「お゛……おはよぅ……あずにゃん……はふぅ」

梓「お、おはようございます」

いつものパターンで遅れそうになった私は待ち合わせ場所の駅までダッシュした。
日差しの強い日に走ってきたおかげでうっすらと汗が滲む。
大遅刻は免れたけど髪の毛ぼさぼさ……。
まあ、あずにゃんを余計に待たせるよりはいいか。
約束の時間より早く来ていたらしいあずにゃんに謝ると、快く許してくれた。

梓「唯先輩が遅れてくるのはわかってましたし」

唯「う……ごめんだよ~あずにゃん」

梓「本当だけど冗談ですよ。……おかげで緊張もほぐれましたし」

唯「ふえ?」

梓「何でもないですよ。さて、行きましょうか」

笑顔なところを見ると本当に怒ってないみたい。
よかったけど今度からは絶対早く来よう。

142: 2010/03/22(月) 19:22:05.94 ID:7IPqmYrOP
梓「えっとまずは……」

唯「やっぱり私達と言ったらあそこかな」

梓「私達と言ったら?……あっ」

梓「楽器……」
唯「ゲーセン!」

……あれ。なんだか納得がいかない顔してる。
楽しいよね?ゲーセン。

梓「唯先輩とゲーセンに行ったことって数回しかないですよ」

唯「そうだっけ?じゃあ楽器屋行こうか?」

梓「ゲーセンでいいです」

なんだかんだ言ってOKしてくれるんだよね。
あずにゃんはやさしいなあ。
でもあずにゃんも楽しんでくれなきゃ意味ないよ。
こういう時はいつものノリで……

唯「行こっあずにゃん!」

梓「!」

私はあずにゃんの手を取って駆け出す。
恥ずかしそうにしてるけどちゃんと手を握り返してくれた。

144: 2010/03/22(月) 19:33:58.85 ID:7IPqmYrOP
唯「あずにゃんうま~い!」

梓「そんなことないですよ」

ギター型コントローラーを置いて私の方へ戻ってくる。

唯「りっちゃんと一緒に特訓してたんだけどあずにゃんの方がうまいや」

梓「本物の楽器を練習しましょうよ……」

唯「それとコレは別だよ~」

梓「えー……」

唯「あずにゃん!次はあれがいいな!」

梓「あれって?」

唯「プリ撮ろうよっ!」

145: 2010/03/22(月) 19:45:02.78 ID:7IPqmYrOP
梓「なんか久しぶりです」

唯「私も~」

梓「これ全身が撮れるんですね」

唯「ほう……!あずにゃんは真ん中に立って」

梓「?はい」

そして私はあずにゃんを後ろから抱きしめる。

梓「に゛ゃっ!?」

カシャ

梓「いきなりなにするんですか!」

唯「あははっいい感じに撮れてるよ~あずにゃん」

梓「全然よくないです!それに私変な顔になってるし」

私に抱きつかれてびっくりしてるあずにゃんかわいい。
これは絶対プリントアウトしよう。

唯「次はエアギターのポーズ!ギュイ~ン!!」

梓「うああ声が大きいですよ!」

148: 2010/03/22(月) 19:58:22.62 ID:7IPqmYrOP
梓「……この写真は嫌です」

唯「え~……」

梓「早く決定を押してください」

唯「ワカッタヨウ……」

ピッピッ

梓「あー!!なんでその写真も入れちゃうんですか!」

唯「ごめんごめん。どうしても欲しかったんだもん」

梓「もう……」

唯「この写真携帯の待ち受けにしよっと」

梓「やめてください」

唯「あずにゃんも待ち受けにしようよ~」

梓「嫌ですよ」

唯「え~お揃いにしようよ~」

梓「お揃い……」

150: 2010/03/22(月) 20:13:41.08 ID:7IPqmYrOP
その後ご飯を食べてから楽器、服、雑貨等を見て回った。
あずにゃんと二人でいる時間はとても楽しくて、でもそれだけじゃ言い表せない気持ちもあった。

辺りが暗くなってきてようやくいい時間になっていることに気付く。
そろそろ帰らないと。
あずにゃんも時間を忘れて楽しんでいたみたいで、名残惜しそうな感じだった。

唯「あー楽しかったっ」

梓「私もです」

唯「今日は暑かったね~」

梓「もうすぐ夏ですからね」

唯「そうだよねえ。あっ、今年も夏休みに合宿やりたいな」

地元の駅からの帰り道。
もう少し一緒にいたかった私はあずにゃんを家まで送ることにした。
あずにゃんとぽつぽつ話しながら今日を振り返る。
あっという間に過ぎた時間だけど帰り道の間だけじゃ語りきれないくらい楽しかった。
それにはしゃぎ過ぎて疲れちゃったかも。
帰りの電車でうとうとしちゃったし。

もうすぐあずにゃんの家に着くというところで、
不意に会話がなくなってることに気付く。
今は日も暮れてそよ風が気持ちよく吹いてるけど昼間は暑かったからなあ。
あずにゃんも疲れちゃったのかな。

151: 2010/03/22(月) 20:24:49.89 ID:7IPqmYrOP
梓「……」

唯「……」

梓「……あの」

唯「なあに?」

梓「今日は付き合ってくれてありがとうございました」

唯「いいよ~私も楽しかったしね!」

梓「それで、あの、ちょっとお話が」

あずにゃんが立ち止まる。
数歩遅れて私も立ち止まり、あずにゃんの方を向いた。
あずにゃんは「あの」とか「えっと」を繰り返していて歯切れが悪い。
それにさっきから目が泳いでるし、歯切れが悪いながらも言葉に緊張感がある。
あれ?なんだろう……なんだかドキドキしてきた。

唯「どしたの?」

梓「えっと、唯先輩に言いたいことがありまして……」

唯「……うん」

梓「えっと、その、唯先輩……」

梓「…………す」

153: 2010/03/22(月) 20:35:53.16 ID:7IPqmYrOP
梓「――すごく楽しかったです!!」

唯「…………あ、うん、私も。でもそれさっきも言――」

梓「きょ、今日はありがとうございました!失礼します!!」

唯「――ったよね……ってあれ」

行ってしまわれた。
あずにゃんの話を聞いていただけなのにどうしてこんなにドキドキしたんだろう。

唯「……ふう~」

胸が苦しくて深呼吸を繰り返す。
あずにゃんてばびっくりさせるんだから。
おかげで(?)おなかが空いてきちゃったよ。
早く帰って憂のご飯を食べよう。



その日の夜は今日あった事をずっと憂に話してて、
布団に入ってからも今日のことを思い返していた。

唯「そうだ」

今日の記念が見たくて枕元にある携帯を開く。
そこには満面の笑みで抱きついている私とびっくりしているあずにゃん。
あずにゃんも待ち受けにしてくれてたら嬉しいな。

154: 2010/03/22(月) 20:47:20.44 ID:7IPqmYrOP
唯「あ、あずにゃんだ~」

梓「ゆ、唯先輩!お、おはようございます」

憂「おはよう梓ちゃん」

梓「う、憂もおはよう」

唯「……どしたのあずにゃん?」

梓「いえ!なんでもないですっ」

唯「そう?」

なんだか顔が赤いけど……まいっか。

唯「昨日は楽しかったね~!」

梓「はいっ」

憂「お姉ちゃんてば昨日帰ってきてからずっとその話ばっかりするんだよ~」

唯「えへへ~」

梓「ふふ」

156: 2010/03/22(月) 20:58:35.87 ID:7IPqmYrOP
あずにゃんとお出掛けしてから暫く経って今は夏休み中盤。
今日から高校生活最後の夏合宿の始まり。

唯「うおー!山だーっ!!来たぞ山~っ!!」

なんと今回は山へ行って夏フェスを見ることになりました!
あずにゃんがすごく喜んでたから私も楽しみだよ。

律「よっし、じゃあ早速行くか!」

唯「おお~!」

紬「おお~!」

さわ子「まずはこっちよ!」

澪「えっでも――」

さわ子「早くしないと始まっちゃうわよ!」

158: 2010/03/22(月) 21:09:46.61 ID:7IPqmYrOP
唯「おお……」

プロのライブを生で見るのって初めてだったから
観客の盛り上がりとかライブの臨場感にびっくりしちゃった。
それにステージがいくつもあるなんてすごいや。
あずにゃんが行きたがってた訳が分かったよ。

梓「……」

ふふ、嬉しそうな顔して可愛いなあ。

唯「あずにゃん!」

梓「はい?」

唯「楽しいね!」

梓「はいっ!」

私達は暗くなるまでいろんなバンドを見て回った。
あずにゃんやみんなと一緒に初めての経験が出来てとっても幸せ。

澪「あれ、さわ子先生がいない……律、さわ子先生は?」

律「さあ?」

159: 2010/03/22(月) 21:21:28.57 ID:7IPqmYrOP
唯「いいな~」

梓「?」

唯「私達も夏フェスに出てみたい!」

梓「それは私も出てみたいですけど……」

唯「放課後ティータイムは夏フェスを目指して頑張ります!」

梓「武道館じゃなかったんですか」

唯「もちろん武道館もね!」

梓「唯先輩って真顔でそういうこと言いますよね」

唯「え~ダメかな?」

梓「……いいと思います」

唯「そうだよねっ!」

唯「じゃあみんなでガンバろー!」

梓「はいっ」

161: 2010/03/22(月) 21:32:47.92 ID:7IPqmYrOP
梓「今のバンドもすごく上手かったです!」

唯「ねえあずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「あずにゃんもやっぱりプロになりたいって思う?」

梓「それは……まあ、なれたらいいなって思いますけど」

唯「そうだよね~!あんなにギターが上手いんだもん!」

梓「そんな、私なんてまだまだ――」

唯「いいからいいから!放課後ティータイムはあずにゃんの夢を応援します!」

梓「う、あ、ありがとうございます……?」

唯「あはは。……あ」

梓「どうしました?」

唯「お腹空いた……夕ご飯にしよ?」

162: 2010/03/22(月) 21:44:39.47 ID:7IPqmYrOP
律「おいしいな!」

唯「牛タンおいしぃ~!」

梓「よかったですね……」

唯「あっ!あずにゃんアレ見て!」

梓「なんですか?」

唯「あそこの空綺麗だよ!」

梓「わぁ……!本当に綺麗なグラデーションですね」

紬「わぁぁ……」

夕焼けの端っこから段々青く濃く。
そんな夜に成りかけている空を眺める。
気付けばみんな静かにそうしていた。

澪「……なんかいいな、こういうの」

律「来て良かったな、夏フェス」

梓「……」

163: 2010/03/22(月) 21:56:07.57 ID:7IPqmYrOP
律「おお~このテントで寝るのか!」

紬「……良い」

澪「山に来たって感じするな」

唯「そうだねぇ~」

梓「みなさん寝る雰囲気じゃないですね……」

律「まだまだ夜はこれからですよ!」

律「ってか徹夜するか!徹夜!」

紬「……良い」

澪「私は徹夜しないからな」

唯「……私ちょっとトイレ~」

律「いっといれー」

165: 2010/03/22(月) 22:07:12.98 ID:7IPqmYrOP
唯「……ふう」

今日は朝からみんなと一緒ですっごく楽しかった。
初めて体験した夏フェス。
生のライブに牛タン、綺麗な夕日も見ることが出来た。
今は真っ暗になっちゃったけど代わりに星が良く見える。
あ、いて座発見。
こんなに綺麗な星空はこういう所に来ないと見れないよね。

唯「……うわっと!」

上ばかり見てたら躓いてしまった。
危ない危ない、前を向かないと。
これじゃ懐中電灯持ってる意味がないよ。

あ、みんなが見えてきた。

……

その前に……

今度は少し離れたステージの方を向く。
そこではいまだにライブが行われていて、暗闇の中でオレンジの光が輝いている。
それに小さくなりつつもしっかりと音楽が聞こえてくる。

ちょっとだけ寄り道しようかな。

166: 2010/03/22(月) 22:18:52.66 ID:7IPqmYrOP
遠くにあるステージが見えるほうへ歩を運ぶ。
ステージはちょっと小さいけどここの丘から丁度見える。
それに芝生が生い茂っていて腰を下ろすにはもってこいだよ。
その場に座り懐中電灯を消して耳を澄ませると、
今の気分に丁度いい感じの音量で心地よく音楽が流れてくる。
昼よりも涼しくなったおかげで、
炎天下ではしゃいで火照っていた身体がいい感じに冷まされる。

なんでなんだろう。
こうやってみんなで遊んでる時、稀に一人になってみたくなるんだよね。
こう、一歩引いてみる感じ。
その不思議な感じが味わいたくなるんだよね。
それと、そんな感じで一人になってる人のところに行きたくなったりもする。
逆に一人になってる所に誰かが来てくれても嬉しい。
それで二人でこの気持ちを共有するんだ。
親近感、優越感、快感……うーんしっくりこない。
とにかくなんだか胸の奥がむずむずして、こう……上手く言えないや。

あ、曲が終わった。

はぁ……風が気持ちいい。
もう少しここにいようかな。



梓「……唯先輩?」

167: 2010/03/22(月) 22:30:28.61 ID:7IPqmYrOP
唯「あずにゃん?」

懐中電灯をつけなくてもわかる。
その声とシルエットは間違いなくあずにゃん。

梓「はい。こんな所で何してるんですか?」

そう尋ねながら私の隣まで来るあずにゃん。
この距離ならあずにゃんの顔もはっきりと見える。
ステージのライトに照らされて目に淡い光が灯っていた。

唯「遠くから聞こえる曲聞いてたの!夜中もずっとやってるんだねえ」

梓「ここからだとステージが小さく見えますね」

唯「うん、でも曲はちゃんと聞こえるよ」

梓「むこうのテントにいても聞こえますよ」

唯「なんとなく、ね。あずにゃんも座りなよ~」

梓「そうですね、じゃあ――」

二人で遠くの音に耳を傾ける。
私は胸の奥がむずむずしてるんだけど、あずにゃんにもこの気持ち分かるかな……
この気持ちって自分が気に入っている人じゃないと味わえないんだよね。

170: 2010/03/22(月) 22:42:52.34 ID:7IPqmYrOP
梓「……先輩」

唯「ん?」

梓「今日は凄く充実した一日でしたね」

唯「そうだね~」

梓「合宿だっていうことを忘れちゃってました」

唯「あはは、私もだよ」

梓「……」

唯「……」

梓「あの、唯先輩に聞いてもらいたいことがあるんですけど」

唯「……うん、何?」

171: 2010/03/22(月) 22:54:13.78 ID:7IPqmYrOP
梓「えっと……すみませんでした」

唯「……へ?何が?」

梓「前に……先輩に対して失礼な態度を取ってしまった事です」

唯「あ、あー……あのことかぁ。それなら私全然怒ってないよ?」

梓「でも、どうしてそんな態度を取ってたのかを言わずじまいだったので」

梓「聞いて……もらえますか?」

唯「うん……わかった」

言われてみればそうだった。
結局理由は聞いてなかったんだよね。
あずにゃんは俯きながらぽつぽつと話し始める。

梓「理由は……恥ずかしかったのもあるけど、みんなの目が怖くて……」

唯「……どゆこと?」

172: 2010/03/22(月) 23:01:57.62 ID:7IPqmYrOP
梓「えっと……去年くらいから気になってたんですけど」

何が?

梓「今年のバレンタインの時に、こんなこと考えてたせいでまわりを過剰に気にしてしまって……」

こんなことって?

梓「自分でもおかしいって思ってたんです」

梓「それに、まわりにばれる事が怖くて……うまく先輩と喋ることが出来なくなって……」

梓「ごめんなさい。私が勝手にこんなこと思うのが悪いのに先輩にまで嫌な思いをさせて……」

梓「でもそうしていれば、そのうち先輩の事も忘れられるかもって思ったんです」

まただ……
ドキドキしてきちゃった。
私緊張してるのかな。

梓「でもやっぱり忘れられなくて……こんなんじゃダメだと思ってた時に」

こんなこと、前にもあったような。

梓「ムギ先輩と憂が私に言ってくれたんです」

184: 2010/03/22(月) 23:28:20.97 ID:7IPqmYrOP
唯「……何を?」

上手く言葉が出せない。
あずにゃんの顔から目が離せない。

梓「ムギ先輩は、本人同士が良ければいいんじゃないかって言ってくれたんです」

梓「それに少なくとも軽音部のみんなは応援してくれるよって……」

梓「憂も応援してくれて」

梓「二人のおかげで頑張ってみようって思えたんです」

梓「私は唯先輩に酷い事したから、許してくれなくてもしょうがないって思ってました」

梓「でも、許してくれた」

梓「それで、せっかく貰ったチャンスなんだから絶対に言おうってその時に思って」

梓「それでもやっぱり普通じゃないから……中々言えなかったんです」

あずにゃんが私の方に振り向く。
不安そうな表情だけど、光の灯った瞳はしっかりとこちらを見据えている。

梓「唯先輩、えっと……はは……っ……」



梓「……好きです、付き合ってください」

191: 2010/03/22(月) 23:39:11.69 ID:7IPqmYrOP
息が出来なくなる。
顔が熱くなる。
胸が苦しい。

……好き。

あずにゃんが私のことを好きって言ってくれた。
でも頭が真っ白になって、なんて言ったらいいのかわからない。

梓「……あの、すいません。急にこんなこと言って」

唯「あ、ええっと……」

梓「別にダメだったらダメでいいんです。あのまま皆さんに迷惑かけてるよりずっとましですから」

さっきまで涼しかったのに汗が出てきた。
音楽も耳に入らない。
どうしよう。
とにかく、返事をしなければいけない。

唯「わ、私――」

194: 2010/03/22(月) 23:50:44.06 ID:7IPqmYrOP
私の気持ちはどうなんだろう。
もちろんあずにゃんが嫌いなわけじゃない。
だけどこの場合の好きは軽々しく言えるものでもない。

でも……出会ったときからあずにゃんが気に入ってて、
ちょっと口うるさいところもあるけどいつも私に付き合ってくれる。
こんな私にギターを丁寧に教えてくれて、私のことを好いてくれてる。
そんなあずにゃんのことがいつも気になってた。

あずにゃんの態度が冷たくなったとき、本当に辛かった。
仲がいい頃に戻りたくて、すっごく必氏になって……
仲直りできた時は嬉しかったな。

嬉しかった……
それじゃあ、今の気持ちは……?

驚きと、不安と、恐怖がちょびっと。
それから……嬉しさがある。

嬉しい……
あずにゃんから告白をされて嬉しいと思っている。

どうしてあずにゃんが気になるのか。
どうしてあんなに必氏に仲直りしようと思ったのか。
どうして今嬉しいのか。

……そっか。

私はあずにゃんのことが好きだったんだ。

197: 2010/03/23(火) 00:01:20.12 ID:4IHO4xqmP
唯「――私もあずにゃんのことが好きだよ」

梓「……」

唯「……」

梓「……うそ」

唯「ほんとだよ」

梓「えっと、じゃ、じゃあ付き合ってくれますか?」

唯「……うん」

梓「……あ」

梓「ありがとう……ございます」

あずにゃんの頬に光が伝う。
暗闇に映えるそれはとても綺麗に見えた。

200: 2010/03/23(火) 00:11:17.41 ID:4IHO4xqmP
梓「……憂の言ったとおりでした」

唯「何が?」

梓「応援の他にもうひとつ言ってくれて」

梓「先輩も私のことが……す……すきだからって」

梓「それで少し勇気が出たんです」

……私よりも私のことを良く知ってる。
ありがとう、憂。

梓「それにしても先輩が焦らすから心臓が止まるかと思いました」

唯「焦らす?」

梓「そうですよ。返事するまでに凄く時間掛けてたじゃないですか」

唯「え、そうかな?」

梓「自覚なかったんですか?10分以上待ったような……」

201: 2010/03/23(火) 00:21:23.51 ID:4IHO4xqmP
唯「えへへ、ごめんごめん。でもこれで私達付き合うことになるんだね!」

梓「うあ……は、はい」

唯「そっかそっか~。うふふひ~嬉しいなっ」

梓「……」

唯「どしたの?」

梓「なんだか今まで悩んでたのがバカらしくなってきました」

それからもう暫くステージを眺めながら二人で話をした。
今日は本当に良い日だ。
自分の気持ちにも気付けたし。

梓「先輩って遠足とか旅行の時にふらっと一人でどこかに行っちゃう人ですか?」

唯「え~そんなことないよ」

律「あらお二人さん、こんな所で内緒のお話?」

203: 2010/03/23(火) 00:32:26.02 ID:4IHO4xqmP
私達が遅いから探しに来たのかな。
りっちゃんに声を掛けられる。

梓「べ、別にたわいもない話してただけですっ!!」

ビクッと反応するあずにゃん。
きっと顔が真っ赤になってるよ。

恥ずかしくてその場は誤魔化したあずにゃんだけど、
みんなにも迷惑を掛けたしお世話にもなったということで
私達が付き合い始めたことを報告した。
何故かあんまり驚かれなかったけどおめでとうって言ってくれた。
その後は明け方まで大はしゃぎしてて次の日は眠くて大変だった。

家へ帰ってから早速憂にも報告をする。
そしたらみんなと同じようにおめでとうって、よかったねって言ってくれたよ。
その日は疲れと睡眠不足の所為でベッドに入るとすぐに眠りについた。

憂、みんな、ありがとう。

私とあずにゃんは付き合い始めた。

208: 2010/03/23(火) 00:43:30.57 ID:4IHO4xqmP
唯「たっだいま~!」

憂「おかえりお姉ちゃん。楽しそうだね」

唯「だって明日から連休だよ!連休!」

唯「それに明日はあずにゃんとお出掛けだからね~」

二学期が始まっても私とあずにゃんの関係は良好。
元々私とあずにゃんはべったりだったからまわりに気付かれることもなかった。

憂「梓ちゃんと遊園地に行くんだよね?」

唯「うん!楽しみだよ~」

ショッピンクに映画に散歩。
いろいろ候補はあったけど私の希望で遊園地になった。
それにあずにゃんも行きたかったらしい。

憂「そっかあ、お姉ちゃん明日はデートだね!」

唯「ぅえ!?」

210: 2010/03/23(火) 00:54:43.32 ID:4IHO4xqmP
憂「違うの?」

言われてみて気付いた。
デート以外の何ものでもない。

唯「そっか、デートか……あずにゃんとデート」

憂「梓ちゃんにとっては今までのお姉ちゃんとのお出掛けは全部デートだったと思うよ?」

そ、そうだったのか。
確かにあずにゃんいつも少し緊張してた……ような?
はっきりデートだって自覚するとなんだか……

唯「……緊張してきた」

憂「あはは、お姉ちゃん頑張って!」

唯「が、頑張る」

今まではただわくわくしてるだけだったのに。
あずにゃんは毎回こんなに緊張してたのかな。
そうだとしたら……何ていうか……ごめんね。

212: 2010/03/23(火) 01:05:57.37 ID:4IHO4xqmP
唯「着いちゃった……」

それも予定の時間よりだいぶ早く。
昨日は中々寝付けなかった割に自然と目が覚めた。
おかげでこうしてあずにゃんよりも先に到着することができたけどね。
あずにゃんびっくりするんじゃないかな。
いつもこのくらいの余裕があるといいね。

駅の時計は8時40分を指している。
約束の時間までまだあるなあ。
いつも待たせてるみなさんごめんなさい。

不意に秋の風が吹いて髪を揺らした。
朝に頑張って整えたんだからあずにゃんに見てもらうまでは崩されたくない。
それから服もじっくり選んだし薄めだけど化粧もしてみた。
自分で言うのもなんだけど中々の出来だと思うんだよね。
あ、あずにゃんはどんな格好で来るのかな。
可愛いことは間違いない。
うーん楽しみ。
楽しみといえば今日は何に乗ろうかな。
それからご飯は――。

梓「あ、唯せんぱーい」

そんなことを考えているとすぐにあずにゃんがやって来た。

216: 2010/03/23(火) 01:17:33.65 ID:4IHO4xqmP
梓「先輩早いですね、びっくりしました」

してやったり。

梓「ごめんなさい、準備に手間取っちゃって……もっと早く来ればよかったです」

唯「全然大丈夫だよ~私だっていつも待たせちゃってるし。それに楽しかったから」

梓「何がですか?」

唯「待ちながらあずにゃんの事とか今日の事を考えてたんだぁ。そしたらあっという間だったよ」

梓「あう、そうですか……え、ええと」

可愛いなあもう。
あ、なんだか緊張も薄れて――

梓「よ、よし!行きましょう!」

あずにゃんが私の手をつかんで歩き出す。
急な事だったしそんなことをされると思わなかったので、
それから元々緊張してたし、盛り返してきちゃったし、
だから、ええと……

梓「先輩、赤くなってますよ」

唯「う、あ、あずにゃんもね!」

217: 2010/03/23(火) 01:28:41.50 ID:4IHO4xqmP
梓「そういえば今朝の待ち合わせの時一瞬先輩のことを見間違えちゃいました」

唯「どうして?」

梓「なんていうか、いつもより大人っぽく見えて……」

唯「えっほんと?嬉しいな~」

唯「……あ、あずにゃんも可愛いよ!」

梓「取って付けた様に言わないで下さいよ」

唯「ごめんごめん。でもほんとだよ」

唯「私もあずにゃんがいつもより可愛く見えるよ~」

梓「もうっ……」

218: 2010/03/23(火) 01:39:48.91 ID:4IHO4xqmP
そんなこんなで遊園地に無事到着。

梓「先輩、これ使ってください」

唯「これは?」

梓「一日パスの割引券です」

唯「おぉ!ありがとうあずにゃん!」

梓「いえいえ。……やっぱり今日は混んでるみたいですね」

唯「連休だからね。ジェットコースター乗れるかなあ」

梓「それならお昼頃が空いてるみたいですよ」

唯「あずにゃん詳しいね」

梓「少し調べてきました」

唯「あずにゃん天才!」

221: 2010/03/23(火) 01:51:34.46 ID:4IHO4xqmP
絶叫系を中心にお化け屋敷や二人乗りのゴーカートなんかも制覇していく。

唯「海辺までドライブに行こうか。見てごらん、芝生が綺麗だよ、キリッ」

梓「何言ってるんですか」

唯「えへへ~なんとなく」

ゴリゴリゴリゴリ

梓「うわあっ!先輩ハンドル切って!早く!」

唯「おっとっと!」

梓「もう!」

唯「ごめんごめん、あはははっ」

梓「……ふふっ」

223: 2010/03/23(火) 02:02:42.15 ID:4IHO4xqmP
唯「もぐもぐ……このハンバーグおいひぃ~」

梓「こういうところのご飯って独特な感じがしますね」

唯「そこがいいんだよ~」

梓「そうですね」

唯「あ~おいしかった!」

梓「早っ!」

唯「さーてデザートは何にしようかな~……パフェにしよう!すいま――」

梓「ストップ!口のまわりにソースついてますよ!」

唯「えっどこ?」

梓「……じっとしててくださいね」

唯「んー……」

梓「……はい、とれました」

唯「ありがとあずにゃん」

225: 2010/03/23(火) 02:14:17.55 ID:4IHO4xqmP
唯「まだかな……」

梓「前に並んでる人数からしてもう少しですよ」

唯「喉渇いたなぁ。何か買ってこようかな」

梓「あ、今日待ち合わせの前に飲み物買ってきたんでした。どうぞ」

唯「いいのっ?ありがと~!」

あれ。
なんだか……

唯「……あずにゃん?」

唯「あずにゃんどこー?」

梓「こっちです!」

唯「あ、いたいた、よかった~迷子になったかと思ったよ」

これじゃどっちが先輩だかわからないや。

227: 2010/03/23(火) 02:25:26.83 ID:4IHO4xqmP
唯「あずにゃんが先輩みたい。いや、お姉さんかな」

梓「そんなことないですよ」

そんなことあるよ。
前に誰かに言われたけど私は頼れる人に惹かれるらしい。
……確かにそうかも。
うー……なんか悔しいな。
私もいいとこ見せたい。

梓「結構暗くなってきましたね」

唯「おあ、本当だ」

梓「最後に何か一つ乗りませんか?」

唯「うん、いいよ~」

梓「じゃ、じゃああれなんてどうですか?」

唯「観覧車?」

梓「はい!」

228: 2010/03/23(火) 02:36:38.70 ID:4IHO4xqmP
梓「先輩!もうすぐですよ!」

唯「そだねぇ~」

梓「あ、私達の番です!」

唯「おおう~」

ゴンドラに乗り込み、向かい合って座る。
少しずつ視界が広がっていき、
薄暗い空とライトアップされた遊園地が見えてくる。

梓「えっと……きれいですね」

唯「……そうだね~」

梓「……」

唯「……」

ぼんやりと景色を眺める。
僅かに揺れるゴンドラが心地いい。
なんか……すごいリラックスするなあ……

231: 2010/03/23(火) 02:47:48.57 ID:4IHO4xqmP
梓「唯先輩っ!!」

唯「はいっ!?」

梓「そろそろ起きてください!」

唯「え?やだなあ寝てないよ」

梓「……もう降りますよ?」

唯「……?」

唯「うそっ!?」

窓の外はさっきと同じ高さ……かな?
でもゆっくりと下っているのがわかった。

唯「……」

梓「……」

唯「……すいません」

232: 2010/03/23(火) 02:59:05.67 ID:4IHO4xqmP
梓「まあ、仕方ないですよ」

そういえば昨日はあんまり眠れなかったから……。
大失態だ。

唯「すぐ起こしてくれればよかったのに」

梓「なんだか気持ちよさそうだったので」

唯「……ごめんね」

梓「気にしてませんよ」

確かに気にしていないようだけど、
観覧車に乗りたがってるように見えたし悪いことしちゃったな。

梓「それじゃあ帰りましょうか」

唯「……うん」

233: 2010/03/23(火) 03:10:44.02 ID:4IHO4xqmP
あずにゃんより先に待ち合わせ場所に着いたのは良かったけど
その後は終始リードされっぱなし。
……というか面倒見のいい姉に連れられた妹な感じ。
おまけにあずにゃんが楽しみにしてた観覧車で寝ちゃうし。
あずにゃんは「これはこれで……」的な顔をしてるけど私の気持ちが収まらない。
何か……何かないのか……

……お?

唯「あずにゃん!」

梓「はい」

唯「ちょっとだけあそこ寄って行こう!」

梓「またゲーセンですか」

唯「デートの記念に一枚撮ろうよ!」

235: 2010/03/23(火) 03:23:05.25 ID:4IHO4xqmP
唯「ここはお姉さんが奢ろう」

よし。

……いやいや400円でいい気分になってる場合じゃない。

デート、遊園地、観覧車。
そしてあずにゃんが楽しみにしていたということから導き出される答えは……

唯「あずにゃん」

梓「はい?」

唯「えっと、なんでもない」

梓「?」

カシャ

あれ……ドキドキして言えなかった。
思った以上に実行し難い。
よし、今度こそ……

唯「すぅ~……はぁ~……」

梓「?」

256: 2010/03/23(火) 09:32:21.08 ID:4IHO4xqmP
唯「あずにゃん!こ、こっち向いて!」

もうやるしかない。
弱気を無理やり押さえ込む。
あずにゃんが振り向いた瞬間に唇を重ねた。

梓「はい……んっ!?」

カシャ

唯「……ふぅ」

あーすっごく緊張したよう……。
どれどれ……おお、よく撮れてるね!
目を閉じてる私と対照的に目を見開いているあずにゃん。
このあずにゃんもかわい――

梓「何するんですかっっ!!」

唯「うわーびっくりしたー!」

梓「こ……こんなところでいきなり!!」

唯「あずにゃん!声、声が大きい!」

259: 2010/03/23(火) 09:45:13.20 ID:4IHO4xqmP
梓「こんなところでいきなり……キ……キスするなんて!」

唯「いやん、そんなにはっきり言ったら恥ずかしいよう」

梓「大体観覧車で寝ておいてなんで今なんですか!」

唯「だからだよ~。それにそんなこと言うってことは――」

梓「うぐ……!そ、それよりですね!唯先輩にはムードとかそういうのないんですか!?」

カシャ

梓「観覧車に乗った途端に欠伸してましたし!」

唯「昨日あんまり眠れなくて~」

梓「それに……付き合……めて……さ……ょ……ス……のに……」

梓「それをですね!いきなり……!」

あれーおかしいな。
こんなはずでは……

唯「……もしかして嫌だった?」

梓「いや!じゃ、ない……ですけど……」

261: 2010/03/23(火) 09:56:26.65 ID:4IHO4xqmP
唯「よかったぁ」

梓「よくないです!」

むずかしい。
これが思春期なんだねさわちゃん。

梓「もうちょっとその……いろいろ気にしてくださいよ!」

唯「ぎゅっ」

あずにゃんを宥めるにはこれに限る。

梓「こ、こんなことで誤魔化さないで下さい!」

唯「ゴメンねあずにゃん……」

梓「………………いえ、私もその……一応嬉しかったので……」

唯「ふふふ、そっか~よかった」

梓「うぅ……」

  『撮影終了♪落書きする写真を――』

唯梓「「あれ?」」

263: 2010/03/23(火) 10:07:37.54 ID:4IHO4xqmP
梓「……一枚もまともに撮れてない」

唯「えーそうかな?」

梓「一枚目の先輩なんて直立不動じゃないですか」

唯「ちょっと考え事してて……でも二枚目があるじゃん!」

梓「それが一番まともじゃないです!」

梓「これじゃまた暫くは恥ずかしい待ち受けのままだよ……」

唯「え?」

梓「何でもないです」

唯「そうだ!二枚目のやつを待ち受けに――」

梓「絶対しませんしそれだけはやめてください」

唯「はい」

こうして楽しいデートは終了した。

264: 2010/03/23(火) 10:19:14.15 ID:4IHO4xqmP
連休明けからは本格的に学園祭の準備に入る。
特に3年生は高校生活最後の学園祭だからみんな気合が入っていた。
部活だけじゃなくてクラスの出し物もあるから大忙し。
その間はあずにゃんと会えなくて寂しかったな。

学園祭はクラスの出し物も軽音部のライブも大盛況のうちに幕を下ろした。
特にライブの成功は私達5人の力だけじゃなくて、
さわちゃんや和ちゃんや見てくれたみんなのおかげでもある。

そんな大成功を収めた私達に降りかかってくるのは受験勉強。
部活が一段落したと思ったらさっそく勉強……はぁ。
それでも部室でみんなと一緒にお茶を飲みながら出来るから少しはマシかな。
あずにゃんとも会えるし。

それに軽音部のみんなで同じ大学に行けるように頑張らなきゃ。

267: 2010/03/23(火) 10:30:20.70 ID:4IHO4xqmP
唯「あ……あ……!」

憂「お姉ちゃん!?」

唯「あったよういー!!」

憂「よかったああああ!」

唯「とりあえずみんなに連絡しないと!」

唯「もしもしあずにゃん!?やったよ!私合格したよー!!」

そんなわけで私は大学に合格することが出来た。
軽音部は四人とも合格して春からもまた同じ学校へ通えることになった。
これも勉強を教えてくれたみんなのおかげかな。

軽音部とその身内でささやかな祝賀パーティーも行い、後は卒業するだけ。
3年生のこの時期は登校日が少ないから自然とあずにゃんやみんなと会う機会が減ってしまう。
だから、週に何度か部活の時間に登校してお茶会(と練習)をすることにした。
みんなと会いたいのもあるし、何よりあずにゃんに一人きりで部活をさせたくなかったから。

3月もお茶会でまったりと過ごしていたが、いよいよ卒業式が目前に迫ってきた。
私は桜校に入ってからの事を思い出してみる。
軽音部に入った時の事、ギー太との出会い、初ライブ、初めて出来た後輩、
それから合宿に修学旅行。
思えば私の高校生活が楽しかったのは軽音部のおかげだ。
軽音部に入ったからあずにゃんと出会うことが出来たんだ。
明日が最後の高校生活なんだよね……。
そうだ、最後に部室を見に行こう。

270: 2010/03/23(火) 10:42:44.82 ID:4IHO4xqmP
澪「りづぅ……りいいつぅぅぅ!」

律「おーよしよし」

紬「卒業しちゃったね……」

唯「……うん」

卒業式が終わって解散してからも私達は校舎に残っていた。
卒業式では私も含めてみんな泣いてた。
高校生活が楽しすぎたから。

律「さて、じゃあ最後に見ていくか」

いまだに涙が止まらない澪ちゃんを宥めつつみんなに話しかける。

紬「ええ」

澪「ひっぐ……う゛ん」

みんなも部室に行くつもりだったんだ。
そうだよね、私達といったらあの音楽準備室だよね。

272: 2010/03/23(火) 10:55:03.54 ID:4IHO4xqmP
梓「あ、先輩方、ご卒業おめでとうございます!」

律「おおぅ!サンキュー梓!」

部室へ向かうとあずにゃんが出迎えてくれた。

梓「あれ、律先輩目が赤いですよ」

律「お前もな」

あずにゃん泣いてたんだ。
嬉しいような申し訳ないような。

律「いやーなんか部室が広く感じるな」

先日部室の整理をして私物を持ち帰ったからだね。
今残っているものといえばムギちゃんが軽音部に寄付したティーセットくらい。

紬「お茶にしよう?」

私達は今までの思い出を話し合う。
とても楽しいのにどこか切ない時間だった。

唯「あっそうだ!」

梓「?」

唯「ジャーン!」

274: 2010/03/23(火) 11:06:22.95 ID:4IHO4xqmP
この日のために用意した彫刻刀をみんなに見せる。

唯「これで机に名前を彫るんだ~」

澪「いや、ダメだろ」

唯「ちっちゃく彫るから大丈夫だよ~」

澪「まったく……」

そう言いつつも止めようとはしない澪ちゃん。
私は早速作業に取り掛かった。
机の端に縦書きで小さく名前を彫る。
みお、りつ、ムギ、あずにゃん、ゆい……と。

唯「できたー!」

律「……彫ってる間一切会話に参加しなかったな」

紬「こういうのって……良いね」

澪「……そうだな」

梓「私にも見せてくだ――ちょっと!何で私だけあだ名になってるんですか!」

唯「だってあずにゃんはあずにゃんだもん。それにムギちゃんも――」

梓「恥ずかしいですよ!私は4月からも部室使うんですよっ!?」

276: 2010/03/23(火) 11:18:19.69 ID:4IHO4xqmP
律「あー……お腹空いてきたな」

澪「……そうだな。そろそろ行くか」

紬「そうね。梓ちゃん、また遊びに来るからね」

梓「はい、いつでもどうぞ」

みんなが部室から出て行く。
私は座ったまま見送った。

梓「先輩は行かないんですか?」

そんなことしたらりっちゃんに押し戻されちゃうよ。

唯「うん、もうちょっとだけ」

賑やかだった部室が急に静かになる。
暫く無言で机に彫った名前を弄っているとあずにゃんが口を開いた。

梓「先輩……卒業しちゃうんですね」

唯「そうだね」

梓「もっと先輩と部活やりたかったなぁ……」

語尾が擦れてる。
あずにゃんの方を向くと目に涙を浮かべていた。

280: 2010/03/23(火) 11:29:49.00 ID:4IHO4xqmP
唯「……っ」

それを見て胸が痛くなる。
私だってあずにゃんと部活をやりたい。
あ、私また泣いちゃいそう。

梓「……うっ」

先にあずにゃんの方が泣いちゃった。
ポロポロと涙が零れてる。
そうだよね、私は大学でもみんなと一緒だけど
あずにゃんはここに一人残されちゃうんだ。
ここは先輩の私がしっかりしなきゃ。

唯「また遊びに来るから」

梓「……っ」

唯「春休みはいっぱい遊ぼうね」

梓「……」

立ち上がってあずにゃんの傍に行く。

唯「あずにゃん、おいで」

281: 2010/03/23(火) 11:41:51.28 ID:4IHO4xqmP
梓「うぐっ……ゆ゛いぜんぱい……」

両手を差し伸べるとあずにゃんが私に飛び込んできた。

梓「せんぱあああああいっ!!」

唯「よしよし」

あずにゃんが泣きじゃくってる間、ずうっと頭を撫で続けた。
私も涙が溢れちゃったけど、あずにゃんには気付かれなかった。

あずにゃんが落ち着いてから二人で帰路につく。
遊ぶ約束をしたりして励ましていたつもりが、
いつの間にか私がいなくてもちゃんとギターの練習してくださいとか
大学では勉強もしっかりみたいなことを言われていた。
それから……

梓「私も先輩達と同じ大学に行きたいです」

なんて嬉しいことも言ってくれた。

あんなに泣いていたあずにゃんだけど
バイバイする頃には幾分か元気になってくれた。
そして一人で最後の帰り道を歩いてみて気付く。
今日はこんなにいい天気で気持ちがいいはずなのに、
言いようのない寂しさに包まれている。
卒業したんだなぁって思った。

283: 2010/03/23(火) 11:53:26.56 ID:4IHO4xqmP
春休みはあっという間に過ぎ去ってしまい、私は大学生になった。
それからいろいろありまして、
元桜高軽音部の私達は部室でお茶会をしつつスタジオで練習するという
高校の延長のようなサークルを発足させた。

律「これで梓が来れば完璧だな!」

そうだよね。
来年はここに新入生と、あずにゃんがいたらいいなと思う。

最初の一か月は慣れない大学生活に戸惑ったりしたけど、
次第に余裕が出てきていろんなことを楽しめるようになった。
今のところ順調です。

ただ、残念なこともあった。
桜高の軽音部が廃部になってしまった。
どうしても部員が見つからなかったらしい。
申し訳なさそうにしているあずにゃんが可哀想で、
放課後ティータイムとして月に何回かスタジオを借りて一緒に演奏することにした。

287: 2010/03/23(火) 12:04:55.86 ID:4IHO4xqmP
唯「ふ~それじゃあ……」

おつかれ~!と、みんなで声を合わせて乾杯する。
放課後ティータイムは練習の後にハンバーガーショップへ行くのが習慣になった。
そこでまったりとお喋りするんだけど、
最近よく話題に上がるのは大学のことや今の桜高の話だ。
あずにゃんは大学の話をいつも熱心に聞いている。
でも今日はあずにゃんから私達に話があるらしい。

梓「実は、この前お父さんにライブに出てみないかって言われて……」

何でもあずにゃんのお父さんの知り合いのバンドのギタリストが入院してしまったので
代役としてあずにゃんにお呼びがかかったらしい。

律「へぇ~すごいじゃん!」

梓「でも……バンドのメンバーは私よりずっと年上だし、私なんかじゃ……」

澪「そんなことないと思うよ」

紬「うん、梓ちゃんギターすっごく上手いじゃない」

唯「そうだよあずにゃん!あずにゃんなら出来るよ~!」

梓「そうでしょうか」

唯「そうそう!それにあずにゃんもやってみたいんでしょ?」

梓「それは……はい、やってみたいです」

289: 2010/03/23(火) 12:21:43.59 ID:4IHO4xqmP
やっぱり。
あずにゃんは本当に音楽が好きだから。
ここは私達が後押ししてあげないとね。

数日後、あずにゃんからギターの代役を引き受けることに決めたと連絡があった。
それからはあずにゃんと会う機会が減っちゃったけどしょうがないよね。

本番は放課後ティータイムのみんなで応援に駆けつけた。
ジャズ系のバンドで、おじさんに混ざって演奏するあずにゃんにお客さんの視線が集まってた。
それはちっちゃくて可愛いから……っていうのもあるかもしれないけど、
あずにゃんのギターが上手いからでもあると思う。
おじさん達にも引けを取らない。
力強くてきれい、そんな演奏だった。

唯「あずにゃーん!すごかったよ!」

梓「あ、先輩!」

律「やるじゃん梓!」

梓「な、なんとか……」

今回はそんな謙遜がいらないくらい凄い出来だと思った。
多分みんなもそう感じてるんじゃないかな。
この成功であずにゃんは暫くそのバンドのギターを受け持つことになった。
それから何回かライブをする内にバンド仲間が出来て、
他のバンドのヘルプも頼まれるようになる。
そうやっていろんなバンドに関わるのは凄くいいことだと思ったから、
私達放課後ティータイムはみんなであずにゃんを応援した。

291: 2010/03/23(火) 12:32:57.96 ID:4IHO4xqmP
唯「もしもしあずにゃん?」

梓『こんにちは!』

最近は二人で会える時間も減ってきてて、
もっぱら電話に頼る日々が続いている。

唯「調子はどう?」

梓『いいと思います。この前のライブも上手くいったんですよ』

唯「そっか~さっすがあずにゃん!」

梓『でも……最近全然唯先輩や皆さんと演奏してないです』

唯「うーん、そうだね~」

梓『私も放課後ティータイムなのに……すみません』

唯「謝ることないよぉ~。みんなあずにゃんの事応援してるしね!」

梓『はい』

唯「今度みんなで演奏しようね!」

梓『はいっ!』

294: 2010/03/23(火) 12:45:31.25 ID:4IHO4xqmP
放課後ティータイムはサイドギターの不在が多いので、
軽音サークルとしての練習が自然と増える。
恒例の夏休みの合宿も、期間中にライブがあるとのことであずにゃんは不参加だった。

澪「最近梓と会ってないな」

紬「そうね……」

律「唯は寂しいんじゃないか~?」

唯「そ、そんなことないよ~電話してるし」

唯「それに、私達が後押ししたんだから応援してあげないとね」

律「そうだな」

正直に言うと寂しかった。
高校の頃は殆ど毎日一緒だったから余計に。
あーあ、せめて学校が一緒なら良かったのに。

298: 2010/03/23(火) 12:57:03.91 ID:4IHO4xqmP
大学のながーい夏休みが明けるともうすぐ大学の学園祭。
私達軽音サークルはライブに向けていつもより練習の時間を増やす。
ライブは新しく作った曲を披露できる場でもある。
あずにゃんとの練習時間は最近すっかりなくなってしまったから
学園祭で新曲を聴いてもらいたいな。
そんな思いを込めてメールをしたけど、学園祭当日にも予定があるらしい。

学園祭のライブは、ギターが足りないことを除けばとても満足のいく出来だった。
せめて観客として見てもらいたかったな。
そんなことを思いつつ家に帰る。

家で一息ついてると携帯が鳴った。
あずにゃんからだ。
せめて今日のライブがどんな感じだったかを事細かに教えてあげよう。

唯「はいはーい」

梓『あ、唯先輩。今日はごめんなさい』

唯「しかたないよ~。あずにゃんの方はどうだった?」

梓『そのことでちょっとお話があるんですけど……』

唯「うん、いいよ~」

梓『えっと、その、今から会えませんか?』

301: 2010/03/23(火) 13:08:27.70 ID:4IHO4xqmP
唯「あずにゃ~ん」

梓「こんばんは、唯先輩」

あずにゃんの家の近くの公園で待ち合わせた。
あずにゃんと最後に会ったのは先月か……。
随分久しぶりのような気がする。

梓「先輩方のライブはどうでしたか?」

唯「バッチリだよ!あずにゃんにも新曲聞かせたかったよ~」

唯「あずにゃんはどうだったの?」

梓「ライブは盛況でしたね」

その割にはあんまり喜んでない気がするんだけど。

梓「それでですね、ライブが終わった後に……」

梓「あれはなんて言うのかな……スカウト……とは言わないか」

唯「スカウト?…………スカウト!?」

303: 2010/03/23(火) 13:19:42.38 ID:4IHO4xqmP
スカウトって言うと……
君、ウチからデビューしてみない?みたいな?
それって……プロになるってこと!?

唯「あわ、あわわわわわ……」

梓「先輩落ち着いてください。多分先輩の想像と違いますから」

唯「……へ?」

あずにゃんの話だと声を掛けてきた人はどこぞの事務所の人らしい。
その人が言うにはとあるガールズバンドの企画が持ち上がってるとのこと。
全国からメンバーを集めて活動を行い、その活動の様子を逐一公開する。
それでデモテープの販売やライブで成果が出れば本格的にデビューできるらしい。

唯「はああ……」

梓「……っていうことらしいんです」

唯「とにかくデビュー出来るって事!?」

梓「……もうそれでいいです」

唯「すごいよあずにゃん!!」

305: 2010/03/23(火) 13:31:50.41 ID:4IHO4xqmP
梓「……でも、その企画に参加しちゃったら色々と不都合が」

唯「……あ、そっか」

当然放課後ティータイムとして続けることは出来ない。
それに全国からメンバーを集めているので私達の地元が活動拠点というわけではないらしい。
同じ大学に行くどころの話じゃない。

梓「私、今日のライブが終わったら暫くはヘルプをやめようと思ってたんです」

梓「放課後ティータイムとして演奏したかったし……」

梓「それに……やっぱり唯先輩と一緒じゃないと……寂しくて」

私もだよ。

唯「そっか……それで悩んでるんだね」

梓「いえ、この話は断ろうと思っています」

唯「え!?」

梓「私はやっぱり放課後ティータイムが好きなんです」

梓「それと……唯先輩が」

309: 2010/03/23(火) 13:43:07.50 ID:4IHO4xqmP
そっか、ありがとうあずにゃん。
でも……

梓「だから……」

唯「あずにゃんはデビューしたくないの?」

梓「え?」

唯「だって、あずにゃんは私達の誰よりも音楽が好きで、誰よりも頑張ってきたんだよ?」

唯「音楽が好きだから今まで色んなライブに出てきたんだよね?」

梓「それは……そうですけど」

唯「私達はあずにゃんのためになると思ってあずにゃんを後押ししてきたの」

唯「まさかこんなに大きな話になるとは思わなかったけどね」

唯「あずにゃんだってデビューしたくないわけじゃないでしょ?」

梓「う…………はい」

やっぱり。
あずにゃんが放課後ティータイムの一員として、
それから私と一緒にやりたいって言ってくれてすっごく嬉しい。
私だってあずにゃんとずっとやっていけたらいいなって思うよ。
でも、だからといって私があずにゃんのチャンスを潰すようなことだけはしたくない。
私は改めてみんなに相談したらどうかと打診した。

310: 2010/03/23(火) 13:54:38.29 ID:4IHO4xqmP
後日、こっちも久しぶりに放課後ティータイムが5人揃った。
理由は久々の5人での演奏。
それからあずにゃんのことについて。

律「梓がやりたいようにやってみなよ。梓が何をしようと私達は応援するぞ!」

結論を一言で言うとこれだ。
みんなの意見は私と一緒だった。

唯「あずにゃん、行ってきなよ。こんなチャンスきっともうないよ」

梓「唯先輩……」

……いや、みんなとは少し違うかもしれない。
私はあずにゃんにデビューして欲しかったのかも。

梓「……決めました」

梓「私、やってみます!」

312: 2010/03/23(火) 14:05:41.53 ID:4IHO4xqmP
あずにゃんはデビューへの道を選んだ。
そうなるとあずにゃんが志望していた私達がいる女子大ではなく、
活動拠点となる街にある遠く離れた大学へ行くことになる。
暫くは一緒にいられるだろうと思ってたけど、
あずにゃんは段々と忙しくなっていって会える時間もどんどん減っていく。
私は私で大学の授業やテストに追われてて、それに拍車をかけた。

紬「梓ちゃんどうしてるかしら」

唯「今週は何日か高校を休んで向こうに行くって」

澪「梓も大変だな」

唯「うん……」

何でも色々と準備がいるらしくて、冬休みはずっと向こうに行くらしい。
最近はメールの返事も遅くて大変さが伝わってくるから
連絡は控えめにしている。
あぁ……あずにゃんに会いたいな。
ぎゅーってしたい。
それから、ちゅーしたい。

315: 2010/03/23(火) 14:17:15.15 ID:4IHO4xqmP
大学生になって最初の冬休みに入る。
恒例のクリスマスパーティーを行った。
あずにゃんはやっぱり参加できない。
それからは毎日コタツでゴロゴロする日々。
年明けからはテストが始まるからサークルの練習は少なめになってる。
今日もゴロゴロしていると夜に突然携帯が鳴った。
いまでますよ~……ん!?

唯「もしもし!?」

梓『うわぁ!』

唯「あああずにゃんなの!?」

梓『そうですよ』

唯「あー、えっと……」

梓『どうしたんですか?』

唯「いや~久しぶりだからなんか緊張しちゃって」

梓『あはは。それより先輩、今から外に出られますか?』

唯「うん、大丈夫だよ」

梓『じゃあ30分後に駅で待ち合わせしましょう』

唯「おっけー」

316: 2010/03/23(火) 14:28:21.89 ID:4IHO4xqmP
……あれ?
あずにゃんって今向こうにいるんじゃなかったっけ?
まあいいや、とにかく行ってみよう。

唯「うはぁ……寒い」

白い息が出る。
鼻息まで白くなっちゃうのはやだなあ。
かと言って口で息してると唇がかさかさしちゃう……。
それにしてもあずにゃんどうしたんだろう。
……お、ツインテール発見。
あずにゃんもこっちに気が付いて手を振る。

梓「せんぱーい」

唯「あずにゃん!」

梓「えへへ、お久しぶりです」

唯「ほんとだよ~!急にどうしたの?」

梓「少し時間が出来たので唯先輩に会いにきました」

あ……すっごく嬉しい。

梓「本当はお父さんに用事があったんですけど」

あ……すっごく悲しい。

319: 2010/03/23(火) 14:39:36.61 ID:4IHO4xqmP
梓「冗談です。用事があるのは本当ですけど唯先輩に会うのが一番の目的ですよ」

唯「も~あずにゃんてば~」

梓「えへへ」

唯「ねえあずにゃん、いつまでこっちにいるの?」

梓「あの……明日には戻らないといけないんです」

唯「明日!?」

梓「はい……」

唯「そ……そっか、忙しいんだもんね」

梓「すいません……本当はクリスマスにも会いたかったんですけど……」

唯「謝ることないよ~あずにゃん頑張ってるんだから」

梓「でも……私達付き合ってるのに全然会えなくて」

唯「遠距離恋愛ってやつだね」

梓「なるべく時間を見つけて会いにきますから!」

321: 2010/03/23(火) 14:51:59.53 ID:4IHO4xqmP
久々にあずにゃんに会えて凄くうれしかった。
でも私達の近況を報告するだけで時間がなくなってしまった。

梓「……あ、そろそろ家に行かないと」

唯「あずにゃん、うちに泊まろうよ」

梓「そうしたいのは山々ですけど、お父さんを待たせてるので……」

唯「そっか……」

まだ話したいことがあるのに……。

唯「そうだ、あずにゃんの家まで送っていくよ!」

梓「でももう遅いですし……」

唯「大丈夫大丈夫!」

そう言ってゆっくりとあずにゃんの家へ向かった。
少しだけ増えた時間で可能な限り喋る。
やっぱりあずにゃんと話していると凄く楽しい。
でも、これだけじゃ足りない。
伝えたいことがまだいっぱいあるのに。

323: 2010/03/23(火) 15:04:30.11 ID:4IHO4xqmP
元々駅から遠くないのですぐにあずにゃんの家に着いてしまった。
さよならをするのがこんなに辛いなんて。
はあ、自分から応援するなんて言っておいてこれじゃあダメだね。

梓「……送ってくれてありがとうございました。それじゃあ……」

唯「あっあずにゃん!」

梓「はい?」

やり残した気持ちが湧き出してきて思わず引き止める。
何か足りない。何か言わないと。
せっかくあずにゃんが目の前にいるんだから。

唯「えっと……だいすきだよ!」

梓「あう……」

恥ずかしがってるあずにゃんを見てやりたいこと思い出した。
会ってからまだあれをやっていない。
私はさっそくあずにゃんに抱きつく。
はぁ、あったかい。
そしたらあずにゃんも抱きしめ返してくれた。
嬉しい。
それからもうひとつ。
おわ、あずにゃんが上目遣いで私のことを見てる。
そっかそっか、わかってるから大丈夫だよ。
……あ、ちょっとかさついてる。
冬なんだからちゃんとリップ塗らないとだめだよ。

325: 2010/03/23(火) 15:17:12.58 ID:4IHO4xqmP
唯「……っはあ」

梓「……あ」

すっごくドキドキする。
周りに誰もいなくて良かった。
こんなところ見られたら……。
それより名残惜しいけどそろそろ帰らなきゃ。

唯「それじゃああずにゃん、またね!」

梓「……はい」

唯「頑張ってね!……あ!武道館で対バンしようね!」

梓「へっ!?」

唯「あずにゃんには負けないからね~!」

梓「……私も負けませんから!」

軽口を言い合って別れた。
それにしてもさっきの感じ……
ただドキドキしただけじゃなくて、
なんだろう……恥ずかしさ?緊張?焦り?
とにかく誰にも見られたくないって思ったのは確かだった。

327: 2010/03/23(火) 15:30:48.77 ID:4IHO4xqmP
それからも私とあずにゃんは暇を見つけるとちょくちょく会っていた。

梓「唯先輩!」

唯「あずにゃんやっほー」

梓「えへへ、こんにちは」

唯「今日はどのくらい居れるの?」

梓「えっと……1時間で戻らないと」

唯「短っ!?ていうかあずにゃん大丈夫なの?無理してない?」

梓「大丈夫ですよ。それに私が会いたくて来てるんですから」

唯「そう?」

梓「そうです」

唯「そうだ!じゃあ今度は私があずにゃんの所に行くからね!」

梓「はい!楽しみにしてます」

でも……

328: 2010/03/23(火) 15:42:53.64 ID:4IHO4xqmP
唯「うわ~都会だね~!」

梓「そうですか?」

唯「そうだよ~。あずにゃんはいつもここでいろいろやってるんだねぇ」

梓「先輩はどこか行きたい所ありますか?」

唯「あるある!えっとね~……」

梓「はい」

唯「……とりあえず、お腹すいたかな」

梓「あはは、じゃあ何か食べに行きましょう」

唯「うん!」

332: 2010/03/23(火) 15:56:31.95 ID:4IHO4xqmP
あずにゃんとご飯を食べてからがっつり遊んだ。
久しぶりだったから一段落する頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
だから、そろそろかなと思って気になってることを聞いてみる。

唯「あ~楽しかった!」

梓「私もです」

唯「ところであずにゃん」

梓「はい」

唯「今日は何時まで一緒にいられるの?」

梓「……今日はずっと大丈夫です」

唯「あれ、そうだっけ?」

梓「そうです」

あずにゃんがそう答えた時に携帯が鳴った。

唯「……出ないの?」

梓「今日はいいんです」

333: 2010/03/23(火) 16:09:19.54 ID:4IHO4xqmP
唯「ダメだよあずにゃん」

梓「でも、せっかく先輩に来てもらったのに」

唯「私は大丈夫だよ~」

梓「でも……」

唯「あずにゃん」

梓「……なんですか?」

唯「ちゃんと行かないとダメだよ」

梓「あう……」

唯「ね……?」

梓「……はい」

最近はこんなやり取りが目立つようになった。
いつも真面目だったあずにゃんが私に言い聞かせられるのはなんだか新鮮。
それに可愛い。
だけどそんなあずにゃんを見ていると不安にもなった。
あずにゃんは口に出さないけど無理して会いに来ていることも多々ある。

336: 2010/03/23(火) 16:21:40.67 ID:4IHO4xqmP
唯「えらいえらい」

梓「……あの、唯先輩」

唯「何?」

梓「代わりに……キスしてくれませんか?」

唯「うん……えっここで!?」

ここ都会の真ん中だよ!

梓「はい」

唯「流石にまずいよあずにゃん」

梓「昔は私が嫌がっても抱きついてきたじゃないですか」

それはそうだけど……。
周りに誰もいないならまだなんとかなるけどここはまずいよ。
私だって大学生になってちょっとは分別がつくようになった。
それに私達は……。

唯「あー……ま、また今度ね!」

梓「えっ」

唯「じゃーねーあずにゃん!頑張ってね!」

339: 2010/03/23(火) 16:35:43.18 ID:4IHO4xqmP
あずにゃんの返事も聞かずに帰ってしまった。
恥ずかしかったこともあるけど、少し怖かったから。
あんな場所でするのもそうだけど、私の所為であずにゃんが堕落しているように感じたから。
たまにそわそわしてたからもしかしたらサボった日があったのかもしれない。
そう思うと抱きつくことも出来なかった。
だから半ば逃げるようにその場を後にした。

後日連絡したら怒るそぶりをしながらも笑って許してくれた。
でも、それ以来私は習慣になりつつあった別れ際のキスを避けるようになった。
あずにゃんの残念そうな顔を見るたびに心が詰まってしまう。
それでも出来なくて、別れ際はいつも私が唐突に切り上げる。
今日も……

唯「そ、それじゃあまたね!」

そう言って踵を返したところであずにゃんの溜息が聞こえた。

342: 2010/03/23(火) 16:48:53.87 ID:4IHO4xqmP
なんだか最近のあずにゃんは積極的に思える。
前よりも私がドキッとする回数がかなり増えてるし。
どうしてだろうと考えるけどいつも途中でやめてしまう。
なんだか嫌な考えになるから。
でも――



私はあずにゃんのことを……怖がってる。
だって仕方ないよ。
いくら夜でもあんなところでキスしたら……どうなるんだろう。
地元から離れてるし私の知っている人はいないだろうけど。
それでも人目は気になる。

あ、そうだ、あずにゃんは見つかったら大変なことになっちゃうよ。
最悪今あずにゃんが目指しているものが台無しになっちゃうかも。



……違う。



どうしてもこの考えになっちゃうからいつも途中でやめてしまう。
私が怖がってるのはあずにゃんじゃなくて、もっと別のもの。

つまり、変わったのはあずにゃんじゃなくて――

344: 2010/03/23(火) 17:04:55.00 ID:4IHO4xqmP
唯「憂~私のスーツ知らない?」

憂「お姉ちゃんの部屋にあるはずだよ」

唯「わかった~」

憂「それじゃあ私先に行くからね」

唯「うん!頑張ってね!私も行くから」

憂「ありがと~。いってきまーす」

今日は桜校の卒業式。
憂やあずにゃんが卒業する日。
あずにゃんはこれから本格的に音楽活動に取り組んでいくことになる。
それから、あずにゃんと会う機会も今日を境に殆どなくなるだろう。
それでも……

345: 2010/03/23(火) 17:18:44.59 ID:4IHO4xqmP
私は卒業式が終わってから校門の前で憂達を待っていた。
今日はいい天気で3月にしては暖かい。
卒業式日和……っていうのかな。

唯「あ、憂~卒業おめでとう」

憂「ありがとうおねえちゃん!」

憂の目が少し赤い。
それでも元気に笑っている。

唯「あれ、あずにゃんは?」

憂「あ、梓ちゃんは部室に寄ってるよ」

唯「そっか」

憂「お姉ちゃんも行くんでしょ?」

唯「……いいのかな」

憂「大丈夫だよ」

唯「ごめんね憂、ちょっと行って来るよ」

憂「うん……いってらっしゃい」

346: 2010/03/23(火) 17:32:44.67 ID:4IHO4xqmP
久しぶりに桜校の校舎へ入った。
中は一年前と変わっていないように思える。
懐かしい亀のオブジェを眺めながら階段を上がる。
その先にあるのは私の高校生活そのものだった軽音部の部室。
ドアを開ける前に中を覗くと、あずにゃんが机に座って何かしているのが見えた。
…………よし。

唯「……あずにゃん」

梓「うわあっ!!」

唯「どしたの?」

梓「なっ何でもないです!」

唯「何かしてたの?」

梓「何もしてないです!!」

唯「そう?ならいいけど……」

唯「あずにゃん」

梓「はい……?」

唯「卒業おめでとう」

350: 2010/03/23(火) 17:45:58.43 ID:4IHO4xqmP
梓「ありがとうございます」

唯「あずにゃんは泣かなかったの?」

梓「ええ、憂を慰めるのが忙しくて」

唯「そっか、ありがとね」

梓「いえ」

唯「……」

唯「あずにゃんはこれからもっと忙しくなるんだよね」

梓「そうですね。でもちゃんと時間を作って会いに来ますから」

唯「ダメだよ無理しちゃ」

梓「無理じゃありませんよ。私が会いたいんです」

唯「……それでも駄目だよ」

梓「えっ?」

355: 2010/03/23(火) 17:58:47.27 ID:4IHO4xqmP

あずにゃんの負担になっちゃうよ。
今までだってあまり会えなかったのに。
それにこれからが一番大事な時期なんだよ。
私に構っている暇なんてきっとないよ。
それに私はあずにゃんに頑張ってほしいんだ。
あずにゃんは音楽がすっごく好きでギターもとっても上手い。
そんなあずにゃんと一緒に演奏していたかったけど、
それよりも私はあずにゃんに夢を叶えて欲しかった。
それでいろんな人に演奏を聴いてもらいたい。



……これは本当だけど、違う。



大学という高校よりもちょっとだけ大きい社会に出て解った事がある。
能天気に過ごしていた高校生の私では解らなかった。
私がおかしいということに。

357: 2010/03/23(火) 18:12:04.87 ID:4IHO4xqmP
大学には色んな人がいる。
私とは別の高校から来た人、遠くの地方から来た人、年上の人、お仕事をしている人もいる。
この一年はそんな人たちと知り合って仲良くなって生活してきた。
それから学校や飲み会なんかでたくさんお喋りもした。
その中にはアルバイトのお話とか趣味のお話、それから恋愛の話も出てくる。

直接誰かに言われたわけじゃない。
そうやって生活していくうちに私自身でようやく気付くことが出来たんだ。
女の子が女の子を好きなのはおかしいって。
これは高校の頃、ううん、もっと前からわかってはいたんだ。
でもそれがどういうことなのかちゃんと理解してなかった。
それがどれだけ大変なのか。
周りからどう思われるのか。
あずにゃんの悩んでいたことがようやく解った。
解ってから……人前であずにゃんに抱きついたり出来なくなった。
人前でキスなんてしたら……。

そして、そんなことがばれたら……
今の私の生活が無くなるかもしれない。
あずにゃんの夢が潰えてしまうかもしれない。
あずにゃんの邪魔になってしまう。
それが怖くてどうしようもなかった。
だから私は――

唯「ねえ、あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「………………別れよっか」

364: 2010/03/23(火) 18:29:00.34 ID:4IHO4xqmP
梓「…………え?」

唯「……」

梓「ど……どうして」

唯「……」

梓「私のこと、嫌いになっちゃったんですか?」

唯「そ……」

そんなことない。
でも、それは言えない。

梓「私が遠くに行くからですか?」

唯「そうじゃなくて……」

唯「あずにゃんの足を引っ張っちゃうから」

間違ってはいないはず。
はずだけど……卑怯だ。

366: 2010/03/23(火) 18:45:59.14 ID:4IHO4xqmP
梓「……なんですかそれ」

梓「そんなことありませんよ!」

唯「……」

梓「もうサボったりしませんから!」

梓「無理して会いに来たりしませんから!」

梓「私に悪いところがあったら直しますから!」

梓「私は……先輩のことが好きなんです!だから……!」

卒業式でも泣かなかったあずにゃんを泣かせて、
いつもは素直じゃないあずにゃんにここまで言わせて、
私は何をやってるんだろう。
最低だ。

あずにゃんに夢を叶えて欲しいなんて、私の気持ちの隠れ蓑に過ぎないのかもしれない。
だめだ、自分が嫌いになりそう。
私は思っていることをあずにゃんに全て伝えることにした。

369: 2010/03/23(火) 18:57:13.51 ID:4IHO4xqmP
梓「…………」

あずにゃんは私の気持ちを聞いてどう思ったんだろう。
愛想をつかされるかな。
それとも……。
でも、どちらにしても私の気持ちは決まっている。

梓「……ひとついいですか?」

唯「……何?」

梓「唯先輩は……私のことが好きですか?」

唯「…………うん」

嘘はつけなかった。
そしてこのことは間違いない。
心と想いが軋んでいるから。

梓「そうですか、よかったです」

そう言ってあずにゃんが笑った。

371: 2010/03/23(火) 19:10:00.02 ID:4IHO4xqmP
それを見て私は泣きたくなった。
こんなに情けない私のことを怒りもしないで、
よかったですって言って笑ってて……。
あずにゃんの笑顔が滲む。
私は涙が流れる前に後ろを向いた。

唯「ご……ごめんねあずにゃん。私帰るね」

部室の出口に向かう。
涙が流れてしまってもう顔を見せられない。

梓「唯先輩!」

梓「私はそれでも先輩のことが好きです」

梓「私も悩みましたから……気持ちは解ります……」

梓「それとごめんなさい……気付けなくて」

梓「でも、もし先輩の気持ちが――」

梓「それから……音楽も頑張りますから……見ててください!」

もう声も出せない。
私はそのまま振り返らずに部室を後にした。

その日は部屋でずっと泣いていた。

375: 2010/03/23(火) 19:22:14.24 ID:4IHO4xqmP
それから暫くは夜になると涙が溢れた。
私が臆病な所為でこうなったのに。
私が決めたことなのに。
あずにゃんも怒らなかったのに。
それでも涙が終わらなかった。

そうしている間にあずにゃんは自分の夢に向かって走り出していた。
私は大学2年生になってもあずにゃんの事を引きずって無気力に過ごす日々。
それでも少しずつあずにゃんのいない生活にも段々慣れてきた。

でも、もうひとつ大きな変化が訪れる。
ムギちゃんが1年間海外に行くことになったのだ。
これで放課後ティータイムは2人も欠けてしまうことに。
それにりっちゃんも澪ちゃんも2年生になっていろいろと忙しいみたい。
だから練習やお茶の時間も段々減っていった。

蒸し暑くなって。
夏休みが始まって。
また学校が始まって。
今年は学園祭でライブが出来なくて。
そうして……

377: 2010/03/23(火) 19:34:28.84 ID:4IHO4xqmP
毎日をなんとなく過ごす。
最近はいつもこんな感じ。
これじゃあ中学生までの私に逆戻りだよ。
さっきから授業のレポートも全然進まないし……
ちょっとインターネットでもしようかな。
大学に入ってパソコンを買ったけどレポートを書くくらいしか使ってないんだよね。
えっと……あ。

見覚えのあるバンド名が書かれてる。
これ、あずにゃんのバンドだ。
さっそく。
公式サイトっていうのかな?
そこには活動の記録やライブの映像なんかがあって、
久しぶりにあずにゃんの姿を見ることが出来た。
日記や写真からはあずにゃんの夢に向かっている喜びや期待や不安が感じ取れた。

ライブ映像も見てみる。
あずにゃんはやっぱりちっちゃくて可愛かった。
それからすごく一生懸命で、ギターがとっても上手い。
そっか、あずにゃん頑張ってるんだ。
私は……私は何をしているんだろう。

380: 2010/03/23(火) 19:47:20.87 ID:4IHO4xqmP
まわりを過剰に気にして。
まわりにばれるのが怖くて。
あずにゃんは勇気を出して告白してくれたのに。
あずにゃんに迷惑をかけたくないのは本当だけどそれも言い訳にしてしまった……。
そうしてまわりの目やあずにゃんから逃げて……
私は何時からこんなに臆病になっちゃったんだろう。
それでいてあずにゃんの事を気にしている。
今だってそう。

あ……あずにゃんのことで泣いたの久しぶりだな。
動画のあずにゃんは楽しそうに演奏している。
一緒に演奏しているのが私や放課後ティータイムのみんなじゃない。
そのことがとても……あれ。
なんだろ、この気持ち。
……悔しいんだ。
私がこうなることを望んで応援してたのに。
仕舞いには逃げ出したのに。

でも……
私だってあずにゃんと一緒に音楽やりたかったよ!
だけどそんなこと言える訳ないじゃん!
それを言ってしまったら好きな人の夢を壊してしまう。
そんなことは絶対にしたくない。
でも逃げたのは私。
ああもうわかってる。
わかってるよ!
わかってるけど……

383: 2010/03/23(火) 19:59:31.34 ID:4IHO4xqmP
……はぁ。

泣いたらちょっとすっきりした。
こういう時は間違ってることもそうでないことも
思ったり口に出したりするのが一番いい。
人には聞かせられないけどね。

ああ、こんなんじゃあずにゃんに失望されちゃう。
私も……
私も何かしなくちゃ。
何もしないでいるよりはずっといいよね。
レポートは……とりあえず置いといて。

私が今やりたいこと……
そういえば高校に入ってからも同じこと考えたなあ。
その時は偶然軽音部のチラシを見て決めたんだっけ。
そしたらりっちゃんと澪ちゃんとムギちゃん、それからあずにゃんに会うことが出来た。
それから私の毎日は軽音部が中心になったんだよね。
今でも軽音部に入って本当に良かったと思える。

やっぱり私にはこれしかないかな。

389: 2010/03/23(火) 20:11:43.91 ID:4IHO4xqmP
きっかけはあんなだったけど、それでも毎日練習してきた。
それは単純に楽しかったから。
ギー太はいくら弄ってても飽きないし。
練習した分だけみんなと合わせるのが楽しくなる。
こんな私でも少しずつ上達していくのがわかった。

そういえば和ちゃんに「唯は軽音部に入って変わった」って言われたことがある。
確かに変わったのかもしれない。
なんとなく生きていた時とは違う。
当時は気付いてなかったけど今ならよくわかる。

それから、音楽は私に新しい出会いをくれた。
ムギちゃんりっちゃん澪ちゃん。
他にもライブのおかげで他のクラスの子に話しかけてもらえたり
ライブハウスに行って他のバンドの人とも仲良くなった。
大学でもそう。
サークルには放課後ティータイムしかいないけれど、
学園祭を通して他のサークルや音楽が趣味の人とも知り合えた。
あずにゃんにも。

夢は武道館、なんて子供の約束で始まった軽音部だけど
私は今でも出来たらいいなと思っている。

それに……

同じ道ならいつか交差するかもしれない。

394: 2010/03/23(火) 20:24:05.27 ID:4IHO4xqmP
あずにゃんがいなくなってから改めて解った。
私はやっぱりあずにゃんが好きだった。
今更遅いし、それがわかってて逃げたんだけど。
それでも、どうしても忘れることが出来ない。
いつかまた出会えた時、
私はあずにゃんのような勇気を出せるだろうか――



あずにゃんが演奏している映像をもう一度再生する。
ギターの音に耳を澄ませて。
このギターでないとだめなんだ。
このギターと一緒に演奏がしたい。
あずにゃんと一緒に演奏がしたい。
あずにゃんのことが好きだから。

それに……

私も……私だって音楽が大好きなんだから。

400: 2010/03/23(火) 20:36:13.84 ID:4IHO4xqmP
私は今まで以上に音楽に打ち込み始めた。
練習量も増えたけどそれだけじゃなくていろいろと。
大学の成績はすれすれだったけど、
そのかわり音楽の知識や経験や人脈は増えたと思う。
相変わらず憂には頼ってばっかりだけど、それでもなんとかやっていけてる。

それから、あずにゃんの情報はなるべくチェックするようにしている。
やっぱり気になるし、あずにゃんを見ていたかったから。

あずにゃんは忙しいながらも順調そうだった。
ライブも好調でデモテープを買ってくれる人もどんどん増えているらしい。

そんな感じだったから、
あずにゃんのバンドがメジャーデビューしてもあんまり驚かなかった。
もちろん嬉しかったけど。
あと悔しさもちょびっと。

あずにゃんの頑張りと夢を叶えたことは
私にとっても大きな励みになった。

やっぱり私にはあずにゃんが必要なんだと思う。
でも、私の過去の弱さを許してくれるだろうか。

404: 2010/03/23(火) 20:48:24.81 ID:4IHO4xqmP

いつの日か再び抱きしめあえたなら、もう離しはしない。
そんな願いとあきらめの狭間で揺れている。

砕けてしまった夢の欠片がまた胸に突き刺さる。

流れ行く涙は未来へと続く。





また時間がつもり、街の色が静かに変わりゆく。



409: 2010/03/23(火) 21:01:46.15 ID:4IHO4xqmP


私はあずにゃんのバンドのファーストアルバムを買いに大型レコード販売店へ来ていた。
あずにゃんのCDは今のところ全部集めている。

……あ、あった。
ジャケットが見えるように置いてあったから見つけやすかった。
CDの帯には『スマッシュヒットを記録したシングルを収録』と書かれている。
なんだか嬉しい。

CDを手に取ってレジに行こうとした時、丁度そのCDの曲が耳に入る。
音のする方を向くとモニターでPVを流していた。
思わず見とれてしまう。

そこには私の目標であり、愛すべき人がいて――


413: 2010/03/23(火) 21:22:52.75 ID:4IHO4xqmP
 
 


ときめきながら走りだした

君がまだ輝いてる

君とそして

僕の影を踏み

新たな扉を開け

未来へと向かう……





――――

――――――――

――――――――――――

415: 2010/03/23(火) 21:36:57.19 ID:4IHO4xqmP

――君を想いだす この場所で僕はただ目を閉じて歌う 君の歌



唯「……ふぅ」

始まりと殆ど同じフレーズで締め括った。
通して演奏してみたけど……うん、いいかな。
私の想いを詰め込めるだけ詰め込んでみたつもり。
あずにゃんと出会ってからひとつの終わりまでを綴った歌。
この場所で形にすることができた。

はぁ、それにしても懐かしいな……。
みんなのことやあずにゃんの事を考えながらこの場所で紅茶を飲む。
ちょっと切ないけど、すごくいい……。

唯「……あれ、紅茶が冷たくなってる」

……今何時だろう?
窓の外を見ると日の光に少しクリーム色が混じっている。
もうすぐ夕方だね。
えっと、ここに来たのが昼過ぎくらいだから……だいぶ熱中してたみたい。
そういえばさわちゃん戻ってこないや。
カップはそのままでいいんだよね。

歌も出来たし、もういい時間。

421: 2010/03/23(火) 22:12:13.15 ID:4IHO4xqmP

やっぱりここに来てよかった。
いい曲が出来たと思うし、今のこの気持ちは中々味わえない。
いつもここで曲を作ろうかと思うくらい。
……といってもこれで最後なんだけど。
私にとっての最後の曲か……でも、寂しさは感じてない。
むしろいい曲が出来て嬉しい。
その誰のためでもない曲だけど、自分が気に入った曲だし
聴いてくれる人がどんな気持ちになるか気にはなってる。
やっぱり悲しい感じかな。多分みんなそうだよね。
まあ曲を完成させることが出来たし、それはいっか。



これで思い残すこともなくなった。

これからどうなるかわからないけれど
私は精一杯生きよう。



E


426: 2010/03/23(火) 22:18:18.52 ID:4IHO4xqmP



さてと、そろそろ行かなきゃ。

そう思った時、扉をノックする音が聞こえた。



唯「え……?」







梓「いい曲ですね」


436: 2010/03/23(火) 22:23:37.98 ID:4IHO4xqmP
扉の方を見るとあずにゃんが立っていた。
いつの間にか部室の中に入ってたんだ。

唯「あずにゃん……来てたの?」

梓「はい、ちょっと前から。集中してて気が付かなかったみたいですね」

唯「……そっか」

梓「その曲……」

唯「うん、私の最後の曲なんだ」

唯「少し悲しい感じに作ったんだけど」

唯「……どうかな?」

梓「……」

梓「そうですね」

梓「確かにそう感じる人もいると思いますけど」

梓「私には違って聞こえました」

441: 2010/03/23(火) 22:34:02.70 ID:4IHO4xqmP
梓「悲しいというより……嬉しい、ですね」

唯「そうかな?」

梓「私は、ですよ」

誰のためでもない歌だけど、これは君の歌だから。
あずにゃんがそう思うのならそうなんだろう。

梓「それにとても素敵な曲です」

唯「えへへ、ありがと」

梓「いえ」

唯「……」

梓「……」

唯「……」

梓「……あっ」

443: 2010/03/23(火) 22:44:18.91 ID:4IHO4xqmP
唯「ん?」

梓「唯先輩の曲に聞き惚れてて忘れてました!」

唯「あははっ照れるよ」

梓「そうじゃなくて時間!」

唯「おわーーたいへんだあ」

梓「……唯先輩気付いててのんびりしてたんですか?」

唯「えへー」

梓「えへー」

梓「じゃないですよ!早くしないと!すぐにギターも仕舞って下さい!」

唯「あずにゃん!!」

梓「なっなんですか」

445: 2010/03/23(火) 22:54:24.62 ID:4IHO4xqmP
唯「先輩ってつけるのそろそろやめない?」

梓「なんですかいきなり……」

唯「ほら、なんていうか行き詰るのが目に見えてるよ」

梓「それは……そのうち……あ」

梓「それを言うなら先輩こそ私のことをあだ名で呼ぶのそろそろやめて下さい」

唯「え~」

梓「流石に恥ずかしいですよ」

唯「大丈夫だよ~」

梓「いや高校生じゃないんですか――ああっ!」

梓「先輩早く!!」

449: 2010/03/23(火) 23:05:21.52 ID:4IHO4xqmP
唯「準備出来たよ」

梓「講堂まで走りますよ!」

唯「うんっ」

梓「あー……私澪先輩に怒られそうです」

唯「あはは」

梓「笑い事じゃないです!唯先輩だって律先輩に怒られますよ!」

唯「大丈夫だよ~きっとムギちゃんが何とかしてくれるよ」

梓「もぅ……」

唯「……そういえば」

梓「なんですか?」

450: 2010/03/23(火) 23:15:39.77 ID:4IHO4xqmP
唯「あずにゃんさあ、部室で私が使ってた机に何かした?彫刻刀とかで」

梓「……さ、さあ、どうでしたっけ」

唯「う~ん、やっぱり相合傘つけたの私かなぁ……」

梓「そ、それより!唯先輩が再結成後初ライブはここでやりたいって言い出したんですからね!」

梓「……まあ私も桜高がなくなっちゃう前にもう一度講堂でライブしたいと思いましたけど」

梓「今日はリハーサルだからまだ良いものの……」

梓「明日は遅刻したら洒落になりませんよ!」

唯「わかってるよっ」

464: 2010/03/23(火) 23:25:41.12 ID:4IHO4xqmP
唯「ねえあずにゃん」

梓「まだ何かあるんですか?後にしましょうよ」

唯「これで最後だから」

唯「……これから頑張ろうね」

梓「あ……はいっ!」

唯「ふふっ……あずにゃん、もう離さないからねっ!」



思い残したことは何もない。

これからどうなるかわからないけれど
私は私の愛する人と精一杯生きよう。





君とそして 僕の影を踏み 新たな扉を開け 未来へと向かう



END

465: 2010/03/23(火) 23:26:45.45 ID:iIsK1X3S0

467: 2010/03/23(火) 23:27:16.32 ID:msoUGpeP0
今度こそ乙!
力作でした!

475: 2010/03/23(火) 23:33:09.19 ID:4IHO4xqmP

引用元: 唯「Your song」