1: ◆eBIiXi2191ZO 2016/05/28(土) 10:49:02.15 ID:y3Cuo/2wo
3: 2016/05/28(土) 10:51:52.10 ID:y3Cuo/2wo
PiPiPi……アサダヨ!!……PiPiPi……アサダヨ!!……
「んっ……んん~~~~っっ!!」
気持ちのいい朝が、来ました。
アタシは、ベッドから飛び起き……たりはしないで。ゆっくりとストレッチを始めます。
……ゆっくり……じっくり。
『怪我したら、楽しめないし、楽しませられないよ?』
チア部の先輩の教え、身体に沁みついてます。
チームの誰かが欠けても悲しいし、それにアタシたちが応援する誰かを、笑顔にできない。
元気に。楽しく。笑顔で。
みんなを笑顔にしたいから。アタシは、ルーティーンをこなします。
……少しずつ体がほぐれて、意識も覚めてきました。
「うん……よしっ」
4: 2016/05/28(土) 10:54:09.67 ID:y3Cuo/2wo
時刻は。うん、まだ余裕。今日のスケジュールは、レッスンだけだったはず。なら。
アタシはチェストの引き出しを開けます。そこはTシャツとかタンクトップとか、いろいろ山になってる引き出し。
部活帰りとか、合宿とか。部の仲間とお揃いのTシャツをいっぱい、買ったりしました。
ママには『こんなにTシャツばっかり!』って怒られたけど。
その一枚一枚に、想い出。
えっと、今日一緒にレッスンするのは……みりあちゃんだね。じゃあ……
アタシは、お気に入りのを一枚、出しました。
洗面台でブラッシング。
髪が長いと、時間が掛かっちゃいます。でもこの長さも、自分らしさ。
丁寧に束ねて、ゴムでしばって、シュシュをつけて。
髪を束ねると、自然とスイッチが入ります。アタシの戦闘スタイル。応援というステージに立つという気持ちが、昂ぶっていくのです。
鏡で自分を、確認。
さあ、今日も行くよっ☆
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
6: 2016/05/28(土) 10:57:15.10 ID:y3Cuo/2wo
「ふっ!……はっ!……はっ!……」
タン、タン、と。寮を出て、いつものラン。
体力作りです。とは言っても、そう速く走ったりしません。ベテラントレーナーさんに言われました。
『あまり負荷をかけると、体型が変わってしまうからな。だから、軽い負荷で自分をコントロールするよう、意識するんだ』
そのときは深く考えませんでした。走り込みは、チア部の時でも基本でしたから。
でも、今はそうじゃありません。アイドル、というプロの仕事。
プロならば、それ相応の意識と行動を。自分の意識を少しずつ、アイドルへとなじませていくのです。
走って、自分の呼吸を感じて、身体の律動を感じて。少しずつ、少しずつ。
7: 2016/05/28(土) 10:59:48.52 ID:y3Cuo/2wo
「智香さん!!!おはようございます!!!!」
茜ちゃんが、追いついてきました。いつもの、朝のお相手です。
「智香さん、今日もがんばって走ってますね!!!」
「うん、やっぱりね……なんか身体を動かすと気持ちいいから」
茜ちゃんはアタシと並ぶよう、自分のペースを落としてくれます。
「わかります!!わかりますよ!!! 走ってるとこう、燃えてくるものがありますよね!!!」
「あはは☆ そうだねー」
茜ちゃんはいつも元気です。でも、それだけじゃない。一緒に走ってると、分かります。
茜ちゃんは、とっても相手を気遣ってくれる子。いつもそれが、うれしいのです。
「ところで、茜ちゃん……今日のお仕事は?」
アタシは茜ちゃんに尋ねます。
「外で撮影です!!!」
8: 2016/05/28(土) 11:01:32.25 ID:y3Cuo/2wo
「え?……じゃあ、集合時間、早いんじゃない?」
アタシの問いかけに、茜ちゃんは一瞬ぽかんとしたあと。
「ああーーー!!!そうでしたあーーー!!!!これは不覚でした!!!!」
そういうと茜ちゃんは。
「ではお先に!!失礼します!!!」
そう言うと「ボンバーーーー!!!!」のかけ声ひとつ残し、全力で駆けだしたのでした。
そしてアタシは。
タン、タン、と。いつものペースを維持したまま、事務所へ向かうのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
9: 2016/05/28(土) 11:03:25.12 ID:y3Cuo/2wo
「おはようございますっ」
「智香、おはよう」
「智香ちゃん、おはようございます」
事務所に着いてあいさつすると、プロデューサーさんとちひろさんが返してくれます。これも、いつもの風景。
それにしてもプロデューサーさんは、忙しそう。それはそうです。こんなにもたくさんのアイドルを、育てているのですから。
そして、ちひろさんも。
「ああ、そうだ。智香」
「なんです? プロデューサーさん?」
「今日の最終レッスン、智香がお願いしてたところ押さえたぞ」
「! ほんとですかっ! ありがとうございます!」
みりあちゃんとのレッスンは、一応今日が最後。なぜなら。
もうすぐ、みりあちゃんのライブがあるからです。そしてアタシはゲストとして、みりあちゃんをサポートし、応援する役回り。
楽しみしかありません。
いつも明るく元気なみりあちゃんが、ステージを駆け巡る姿を思い浮かべ、アタシはアタシのすべきパフォーマンスを想像します。
10: 2016/05/28(土) 11:05:14.16 ID:y3Cuo/2wo
「プロデューサーさん! 智香おねえちゃん! おはよー!」
ほどなく、主役が事務所へやってきました。
「みりあ、おはよう」
「みりあちゃん、おはよ☆」
「えへへ、おまたせー!」
みりあちゃんは、とてもいい笑顔を見せてくれます。
「そうそう、みりあ」
「なに? プロデューサーさん?」
「今日はな。ルームじゃなくて、ひろーいところで練習するぞ」
その言葉を聞いてみりあちゃんは、いっそう笑顔を輝かせて。
「ひろーいとこ? ……わーーい!やったやったー!!」
事務所で跳ね回ります。
11: 2016/05/28(土) 11:06:28.61 ID:y3Cuo/2wo
「じゃあじゃあ、今日はいっぱいいーーっぱい、飛んだり走ったりできるね! わあっ!たのしみ-!」
みりあちゃんの言う気持ち、とてもよくわかります。だって。
「アタシも、みりあちゃんとひろーいところで練習できるって聞いて、うれしくなったよ?」
アタシもうれしいから、こう、言うのです。
「楽しみだよね☆」
広いところと言っても、たいしたことじゃありません。
場所は、普通の公営体育館。でも、アタシには意味のあることなのです。それは。
アタシが、アタシらしく育てられた場所、だから。
チアの楽しさも、その練習の楽しさも大変さも、仲間との心のやりとりも。
それは、体育館の中で育てられました。
だから、プロデューサーさんにお願いしたのです。ステージ仲間のみりあちゃんと、心のやりとりをしたいから。
そして。
みりあちゃんを心から、応援したいから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
12: 2016/05/28(土) 11:11:52.98 ID:y3Cuo/2wo
ほんのりと、汗とほこりの混じったにおい。
ああ、帰ってきたなあ。
アタシはそんなひとりごとを、口にしていました。
「ん? 智香、なんか言ったか?」
「いえ、なんにも?」
プロデューサーさんの問いかけに、アタシはいいえとだけ、答えます。
でも、気持ちは。そう。
体育館は、アタシのホームグラウンドです。
「けっこう、高いんだなあ」
天井を見上げ、つぶやきます。
スタンツのトップからダイブをするとしたら、と。アタシはつい癖で、天井までの高さを測ってしまうのです。
「智香おねえちゃん! すっごい広いね! 学校の体育館よりずーっとずーっと!!」
みりあちゃんは、とても喜んでくれてます。
バレーコートが3面はゆうに取れる体育館を、プロデューサーさんは押さえてくれました。
「ここなら、最後の練習にもってこいだろ?」
「……はい!」
プロデューサーさんがそう言うと、アタシもうれしくなってつい、大きな声で返事をしてしまいました。
13: 2016/05/28(土) 11:15:53.27 ID:y3Cuo/2wo
みりあちゃんとふたり、ストレッチをしながら身体をほぐしはじめました。
その間、プロデューサーさんとマスタートレーナーさんは、メジャーで寸法を測りながらビニールテープを貼っていきます。
そう。仮想ステージを作っているのです。
「どうだ。赤城、若林。準備は?」
「はーい!」
「大丈夫です☆」
マスタートレーナーさんのかけ声に、みりあちゃんとアタシは返事をします。
「いいか。これは最後の確認だ。私から教えることは特にない。ただ、このテープを気に留めて、動きをチェックするんだ」
マスタートレーナーさんは、みりあちゃんに顔を向け、そしてアタシに顔を向け。
「いいな?」
「「はい!!」」
その言葉で、アタシたちのスイッチが、入りました。
でも、やはり。というか。
「赤城! ここはスタジオじゃないぞ! もっと大きく動くんだ!」
「はーいっ!」
マスタートレーナーさんは、通し練習で指示を出し続けてます。
「若林! 自分の足下を見てみろ!」
「はいっ! ……あ」
アタシはしっかりと、ステージラインに見立てたテープを踏んでいました。
14: 2016/05/28(土) 11:19:39.55 ID:y3Cuo/2wo
「本番のステージだったら、お前は観客席にズドン! ……となるぞ」
「すいませんでした!」
「動きばかり気にするんじゃない。足下にも気を配れ!」
「分かりました!」
結局のところ、みっちり2時間。マスタートレーナーさんの指導は続きました。
さすがにみりあちゃんは、そろそろ限界のよう。でも。
「はあ……はあ……うん! みりあ、いっぱいがんばれたよ!」
そう言って、満足そうな笑みを浮かべるのです。
そして、アタシも。
「よし! これですべての練習は終了だ! 本番、愉しみにしているぞ」
マスタートレーナーさんがあいさつを投げます。そして、アタシたちは。
「「はい! ありがとうございました!」」
そう、返すのでした。
するとマスタートレーナーさんは、アタシにゆっくり歩み寄ってきて、耳元で。
「若林……十分あったまったろ?」
15: 2016/05/28(土) 11:21:28.50 ID:y3Cuo/2wo
そうささやきました。アタシは、その意味を十分に理解しています。
「はい……できあがってます」
アタシは小声で答えました。
「そうか……じゃあ後ろで観させてもらうぞ」
「はい!」
アタシは、これからが本番。そう。
みりあちゃんへの応援が、待っています。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
16: 2016/05/28(土) 11:24:12.38 ID:y3Cuo/2wo
「みりあ、おつかれさん。どうだった?」
「うん! すっごく楽しかった!」
プロデューサーさんが、みりあちゃんに声をかけます。その間、アタシは。
あたたまった気持ちが冷めないように、じっくり、じっくり。
「実はな、みりあ。智香おねえちゃんがみりあにプレゼント、だって」
「え? プレゼント?」
みりあちゃんは、驚いた表情を浮かべました。
「ステージがんばれるようにって、な」
「えーっ! なんだろ!?」
さあ、応援に行こう。
アタシは、つぶやきます。
「みんなの、ために」
もう一度、今度ははっきりと。
「みんなのために! Try! For! All!」
マスタートレーナーさんが、ポンポンをセットしてくれました。
「Fooooooo!!」
アタシはフロアのセンターへ走り、そしてセットしました。
みりあちゃんが興味津々に、アタシを観てくれています。
右手を挙げます。それが、始まりの合図。
プロデューサーさんが、音楽を流しました。
17: 2016/05/28(土) 11:25:29.93 ID:y3Cuo/2wo
18: 2016/05/28(土) 11:27:50.69 ID:y3Cuo/2wo
片膝立ちでうつむくスタート。顔を上げ、ローブイ。クロスして、ハイブイ。
アタシは立ち上がります。前へ歩みながらのダンス。振り向き、後ろへ。
そしてステップを踏みながら、ハンズクラップ。みりあちゃんに、手拍子を求めます。
――ぱん! ぱん!
みりあちゃんもそれを分かって、手を叩き始めました。
――ぱん! ぱん!
プロデューサーさんもマスタートレーナーさんも、合わせてくれます。
サビが近づいてきました。アタシは小走りに大きく迂回して、フロア角へ。
対面を向きます。そう。
アタシの得意としている、タンブリング。
サビに合わせ、助走。ロンダートからバク転。そして。
たんっ!
アタシは伸身のバク宙を決めました。
19: 2016/05/28(土) 11:30:04.91 ID:y3Cuo/2wo
みりあちゃんが、思わず立ち上がりました。その顔は、驚きと歓び。
……よかった。
――よかった!
アタシは、セットされたポンポンを持ちました。
「Let's go!」
かけ声とともに、さらなる手拍子を求めます。そして、チアにはおなじみのコール。
「Go! Fight! Win!」
「Go! Fight! Win!」
ポンポンでポーズを取りながら、踊ります。
そこにはみんなの笑顔。
アタシはその上を行く笑顔で、みりあちゃんにコールをかけました。
「You can do it! みりあ!」
もう一度。
「You can do it! みりあ!」
20: 2016/05/28(土) 11:31:35.11 ID:y3Cuo/2wo
ポンポンを置いて、またフロア角へ。ロンダートからバク転。そして今度は、伸身の二回ひねり。
みりあちゃんは飛び跳ねて、歓びを表現してくれます。
……うれしい?
――うれしい!
もう一度ポンポンを持ち、ラストへ。全力のトータッチジャンプを決めます。
「うわあ!」
みりあちゃんの声が、アタシのエネルギーに。そして曲が、終わります。
「――Yeah☆」
出し切りました。
アタシは、いい笑顔でチアできてたでしょうか。
せいいっぱいの応援、贈れたでしょうか。
それは、すぐに分かりました。
みりあちゃんと、マスタートレーナーさんと、プロデューサーさんと。みんなの、はじける笑顔。
アタシは、思うのです。
ああ、チアやっててほんとにうれしいな、って。
この笑顔のために、チアもアイドルも、全力で。
それが、いつもの若林智香。アタシなのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
21: 2016/05/28(土) 11:34:53.24 ID:y3Cuo/2wo
「ねえねえ! 智香おねえちゃん!」
「ん? どうしたの?」
みりあちゃんがアタシに尋ねてきました。
「みりあも、智香おねえちゃんみたいにできるかな!?」
「どうして?」
「だって、智香おねえちゃんが、すっごくかっこよくて! あと、すっごく元気になった!」
みりあちゃんが興奮気味に話してくれます。そっか。
元気になってくれたのなら、アタシのチアはちゃんとみりあちゃんに届いてたね。
それだけで、報われました。
「みりあ、チアやってみたい! そしたら応援してくれるファンのみんな、もっともーっと、元気にできるかな!」
アタシは、こう答えました。
「もちろん☆ チアでみんなを、元気にできるよ! ……でもね」
22: 2016/05/28(土) 11:36:39.70 ID:y3Cuo/2wo
そして、続けるのです。
「みりあちゃんもアタシも、アイドル、だよね?」
「……うん」
みりあちゃんの目は真剣です。だからこそ、きちんと。
「アタシたちアイドルが、歌って踊って、笑顔を振りまいて。それを観てくれるファンのみんな、どんな顔してる?」
アタシは逆に、みりあちゃんに尋ねました。
「……みんな、にこにこ笑ってくれてる! ……そっか」
よかった。気がついてくれたようです。
「みりあが、歌って踊っておしゃべりして、アイドルしてるだけで、みんな元気になってくれるんだ。そっか。そうだね!」
アタシたちアイドルは、こうしていることでみんなを笑顔に、元気にできる。それはチアと一緒です。
だからアタシは、アイドルを続けられる。そんな気がします。
「そうだよ? だから今度のステージ、一緒にがんばろうね☆」
「うん!!」
23: 2016/05/28(土) 11:39:23.15 ID:y3Cuo/2wo
次にみりあちゃんと会うのは、本番のステージ。でも、きっと大丈夫。
みんなに元気を、届けられたから。きっと次は、ファンのみんなに一緒に、元気を届けられる。
そう、思うのです。
「……あ、でもでも!」
みりあちゃんは、まだお話があるようです。
「みりあ、やっぱりチアやってみたい! 今はアイドルだけで大変だけど、智香おねえちゃんくらいおっきくなったら」
正面から、アタシを見て。
「みりあ、ほんとにほんとに、チアやってみたいよ! ……できるかな?」
そっか。
アタシの中に、小さいときのアタシが、現れました。
はじめてチアに出会ったときの、あこがれ。
『アタシ、あのおねえちゃんたちみたいになりたい!!』
みりあちゃんは、あのときのアタシ、そのもの。
だから、アタシは、答えるのです。
「できるよ……みりあちゃんもきっと」
24: 2016/05/28(土) 11:41:17.79 ID:y3Cuo/2wo
プロデューサーさんとマスタートレーナーさんは、後片付けに追われています。
その表情は、さっきの笑顔を残していました。
みりあちゃんとアタシの会話を、興味深げに聞いているようです。
「そっかあ! ねえねえ! どうやったらできるようになる?」
みんな、笑顔にできました。アタシは、アタシのやれることを出し切って。
元気に。楽しく。笑顔で。
先輩から教えられたものを、アタシはみりあちゃんにも伝えていくのです。
「それはね?――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
25: 2016/05/28(土) 11:42:11.59 ID:y3Cuo/2wo
(おわり)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
26: 2016/05/28(土) 11:43:16.27 ID:y3Cuo/2wo
おつかれさまでした。お読みいただきありがとうございます。
事情があってだいぶお休みをいただきましたが、また書き始めました。
お気に召せば幸いです。
では ノシ
事情があってだいぶお休みをいただきましたが、また書き始めました。
お気に召せば幸いです。
では ノシ
28: 2016/05/28(土) 11:57:13.43 ID:A81AEAoXo
乙でした!
とてもいいお話でした。
とてもいいお話でした。
引用元: 若林智香「いつものアタシ」
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