1: 2009/12/18(金) 01:22:55.73 ID:7A3qvQVI0
ノモス(νόμος,nomos)→一定の集団(集合)における秩序、
           およびその秩序が保たれている状態。


-2009年 12月16日 琴吹邸

唯「重いよぉ~」

律「もっと腰を入れろ腰をっ!!はっ!」
けいおん!college (まんがタイムKRコミックス)
3: 2009/12/18(金) 01:27:41.78 ID:7A3qvQVI0
律「重いだとぉ!!だいたいお前が…」

しゃららーん。

紬「唯ちゃん、りっちゃん、こっちの首尾はどぅ?」

律「しゅい、しゅ、しゅびだと…、それ本気でいってんのか!?
  アタシの腰のあたりをみろ!!これはいわゆる奴隷的な…」

唯「こっちのせってぃんぐはおわったよぉ!」

5: 2009/12/18(金) 01:36:05.80 ID:7A3qvQVI0
12月16日 京都府の某市琴吹邸の第三小広場は電飾、装飾などの準備に忙しい。
いわゆる、というかまさに、クリスマスパーティの準備である。

だのに、琴吹の使用人たちの混じって、なぜか唯や律が同作業を手伝っているがみえる。
(唯のそれはかいがいしく、律のそれは面倒くさそうに)

紬「あ、ありがとう!
  後は、"ツリー"達を運び出すだけよぉ♪」

6: 2009/12/18(金) 01:43:08.63 ID:7A3qvQVI0
唯と律は、琴吹邸第三小広場における、
クリスマスパーティ用のセッティングを手伝っているのだ。
(今年はこの第三小広場をあわせて、琴吹邸の三箇所は数回に分け、
 クリスマスパーティに利用される。)

なぜ彼女達が琴吹家のクリスマスパーティの準備を手伝わねばならぬのか?
…それは12月15日にまで遡らなくてはならない。

7: 2009/12/18(金) 01:49:00.08 ID:7A3qvQVI0
2009年 12月15日放課後 音楽室にて

さわ子「はいっ!唐突ですが…

さわ子「冬休みに約十日間を残して…律ちゃん、および唯ちゃんには
    クリスマス約一週間以上前の素敵なプレゼントがありますっ!!」

律「は、はぁ…?」

唯「やったぁーーーー!!」

澪「イライラ…」

梓「…」

8: 2009/12/18(金) 01:59:50.37 ID:7A3qvQVI0
唯「え、さわちゃん、なにぃ!?なんのなぉー!?
  賞品はなにがもらえるの!?」

律「いや、そんなんじゃないだろ…」

律は薄々というか、必然、という言葉は今使われるんだろうな、
という覚悟のもとにある。

冬休み前、それまでに蓄積された諸テスト及び授業態度の結果…

唯「この間の文化際で全生徒を魅了した賞… さわ子「んなわけあるかこの馬鹿どもがよぉ!!!」

さわ子「おまえら、今学期の授業態度とその"素敵に予想される"結果
    についてかんがえてみろyあ!!こらぁあ!!!」

さわ子が久しぶりにキレている。
ただ事ではない。

9: 2009/12/18(金) 02:09:39.71 ID:7A3qvQVI0
さわ子は数枚の小片紙切れを律&唯に叩きつける。
(とはいっても、空気抵抗でふわふわ浮いてしまたが)

噛み切れどもは今学期中における二人の成績の結果だ。
両人とも、桜が丘高校高普通科二年生のワースト10に見事にランクインしている。

さわ子「いいかしら…」

さわ子「私立高校ってね、校長先生えーんど教頭先生のチカラが
    ものすんごい強いの、公立校に比べて。」

さわ子「だ、か、ら…」

さわ子「なぜか、アタシのボーナス査定にあんたら二人の成績が加味されてんのだよぉぉぉ!!!」

唯「そうなんだ!!やったねさわちゃん!!」

律「おまmmっ!?」

10: 2009/12/18(金) 02:18:09.12 ID:7A3qvQVI0
さわ子「ふざけなさいっ!!
    つデー判定よ!D、Dっ!!」

さわ子「A判定と※※パーセント以上の開きがあんのよっ!!」

さわ子「…ふぅ。」

さわ子「なんでアタシがあんたらの担任の連帯責任まで負わなきゃなんないじゃこらぁぁぁ!!」

さわ子「今年度は副担任で、
    問題があるクラス担当じゃないと思ったらっ!!」

桜ヶ丘高校の教員賞罰規定を唯&律が知るはずもない。

さわ子「といううことで…」

さわ子あなたち二人に罰を下します、生ビール350缶234本分の。」

12: 2009/12/18(金) 02:28:43.96 ID:7A3qvQVI0
さわ子「クリスマスイブ及びクリスマス、元旦だけは休みをあげます。」

さわ子「それ以外の冬休み全日は、私が指定する冬季講習講師のもと、
    補講に勤しみなさい。」

さわ子「講師陣は、秋山澪、琴吹紬、真鍋和…」

さわ子「以上っ!!」

澪「はぁっ!?先生、聞いてな… さわ子「りっちゃんとゆいちゃんを甘やかしたあんた達にも連帯責任っ!!」

さわ子「日程等は講師間で自由に決めてよし。で、もし、
    年明け期末テストで二人の成績が二年生文系普通科の過半数以下なら…」

さわ子「…講師陣およびりっちゃんとゆいちゃんをアタシが自由にさせてもらうわ。」

14: 2009/12/18(金) 02:38:04.55 ID:7A3qvQVI0
さわ子は、紬を真バイセクシャル化したほどの性剛だ。
女生徒にとってはまず、生涯の屈辱になることは間違いあるまい。

律「んな横暴… さわ子「異議は認めません。」

さわ子「あ、ついでだから梓ちゃんも、二人について講師陣に勉強見てもらいなさい。」

梓「はぁっ!!?なんでですか!!わたし、学年上位28番…」

さわ子「あずさちゃんが "ぱいぱん" てのは本当なのかしら?
    ぜひ確かめてみたいわぁ…」

梓「!?」

さわ子の目つきが尋常ではない。

15: 2009/12/18(金) 02:51:34.38 ID:7A3qvQVI0
さわ子「せっかくだから、憂ちゃんも参加させましょう。」

唯「え…」

唯と律の最終評価がどっちに転んでも、さわ子にはプラスになるように、と。

そして講師陣間で協定がまとめられる。

各講師が、三日ずつで四生徒(唯、律、梓、憂)の授業を見る。

紬→16,17,18

和→19,20,21

澪→22,23,24(24日は午前中のみ)

紬→26…

という具合だ。
ちなみに冬休みに入るまで18日~23日は各講師の家に泊まりこんで講義を受けるということになった。
なので、12月16日の午後五時には、唯と律は琴吹家に滞在しているというわけ。

17: 2009/12/18(金) 03:03:58.36 ID:7A3qvQVI0
12月16日に戻る。
この日の放課後、"生徒"達は琴吹家のクリスマスパーティ準備を手伝っていた。

梓「紬先輩!!」

琴吹家の第16番蔵から出てきた梓が紬に呼びかける。
梓と憂も当然琴吹邸でクリスマスパーティの準備を手伝っている。

梓「なんか斉藤さんたちがツリーを出すのに手間取ってるみたいで…」

斉藤とはご存知のごとく、琴吹家の執事である。

18: 2009/12/18(金) 03:11:41.14 ID:7A3qvQVI0
紬「あらあら…りっちゃん、ゆいちゃん、一緒に来て頂戴♪」

律「…わか、っりましたよぉ…」

唯「了承!」

片方は渋々、もう片方は楽しげに従う。
律はまあ、今日の力仕事に辟易しているんだろう。

19: 2009/12/18(金) 03:21:33.33 ID:7A3qvQVI0
-琴吹家 16番蔵-

琴吹家の16番蔵は"軽音部員達がクリスマスパーティを行う"広場のすぐそばにある。

唯「これがムギちゃんちのクリスマスツリー?」

高さ3メートルほどの小ぶりなモノ、である。

律「こんなちっこいのに、人数集まっても運べないんかよ…」

唯律紬梓憂の他に、斉藤をあわせて10人ほどがツリーの周りに集まった。
斉藤以外にももちろん男性は居あわせている。

紬「斉藤、この樹を軽音部用のパーティに使うはずよね?」

斉藤「はい、ですが…」

20: 2009/12/18(金) 03:35:25.77 ID:7A3qvQVI0
斉藤「実は鉢植えの方に琴吹家の御家紋封印がしてありまして…」

紬「あらあら…」

おそらくは杉ノ木でできた、封印らしきもの?
(つまり板片と縄上の綱、板には牡丹をデフォルメした琴吹家の家紋と…)
がこの樹に掛かってある。

紬「…あら?」

紬は板辺に目を向ける。

この板片の、琴吹の下に、

LIGUNUM VITAE

と墨で書かれていたのだ。

21: 2009/12/18(金) 03:45:56.55 ID:7A3qvQVI0
紬「リグヌム・ヴィタエ?」

斉藤「はい、ラテン語のようでございます。」

斉藤「訳すれば『生命の樹』です。
   クリスマスツリーの由来の関係で、耳にしたことのある言葉ですが…」

紬「でも、この十六番蔵にあるものでしょう?」

琴吹家本宅には一~二十番までの蔵がある。
そのうちで十六番蔵には、祭事や私的パーティ用の物品が納められている。
そして、この蔵の所蔵物の存廃は、紬の父でなくとも、執事の斉藤自身の処断で行うことができる。
つまり、それほど重要の無い物品が納められているということだ。

22: 2009/12/18(金) 03:55:17.17 ID:7A3qvQVI0
紬「お父さんか御祖父様より上のご先祖様方が、
  外国の方より頂いたものかしらね。」

紬「だけれど、この蔵の処断が斉藤、
  あなたに任されているから…」

唯「私はこの樹を使ってあげたいなぁ…」

律「樹っていうか、これ、造花の仲間だろ?」

この樹は実際の生ある樹ではない。
モミの樹を模した卑金属とも合成樹脂とも判別のつかぬ物質で作られている。
色など見た目は実物に極めて近いが、よくよく凝らせば、贋物由来の光沢がある。

24: 2009/12/18(金) 04:07:50.20 ID:7A3qvQVI0
唯がこの樹に目を付けたということか。

紬「お父さんの許可も必要ないでしょう。
  封を解いてしまいなさい。」

斉藤「…」

斉藤「はっ。」

ほんの少し躊躇したあと、斉藤は封印をはずす。
そのあと、この『生命の樹』鉢植えを数人かかりでかかえて小広場に運んでいった。」
律が少し不満げに唯に、ぶつくさ、する。

25: 2009/12/18(金) 04:12:10.21 ID:7A3qvQVI0
律「ゆぃよぉ、あれ偽物ジャンか~」

唯「えー、ツリーに偽物も本物もないよぉ!」

唯「カワイイか、そうじゃないか、だよ!りっちゃん!!」

唯は律の言葉をかわし、広場に置かれたこの『生命の樹』の頂点へと目を向ける。
頂点のすぐそばかつ彼方には、方角も知れず夕闇の中、いくつかの星々が光を放っていた。

27: 2009/12/18(金) 04:22:08.57 ID:7A3qvQVI0
-二〇〇九年十二月十六日午後七時半頃ー

十六日分の作業を終え、夕食をとった後、
唯たち仮居候は入浴を終えたあたり。
琴吹家浴室、脱衣所にて(ちなみに脱衣所だけで二〇畳はある。)

唯「あずにゃんて、ホントになんにも生えてだねぇ!」

竹づくりの浅敷に腰掛けて、下着姿の唯がそう言う。

梓「…」

疲れた表情の梓。

憂「おねいちゃんっ!!失礼だよっ!!」

28: 2009/12/18(金) 04:32:32.56 ID:7A3qvQVI0
律「マァ、発育の度合いには個人差がありましてェ…」

"手団扇"をひらひらとさせる律も、上下、下着姿。
紬、梓、憂も同じく。

律「例を出せばさ、」

律「あの某超有名コピーライターなんてさ、
  高校生まで"チンゲ"が生えなかったらしいぞ。」

梓「…」

紬「あらあら♪」

紬はうれしそうだ。

29: 2009/12/18(金) 04:41:48.17 ID:7A3qvQVI0
梓「もう…いいです…」

梓は伏目。

紬「さてさて♪」

紬「艶話はお休み中、お布団の中にして…」

紬「私のお部屋でさっそくお勉強をしましょう♪」

紬がそう切り出す。

30: 2009/12/18(金) 04:51:25.03 ID:7A3qvQVI0
浴室を出て、紬たち一行は琴吹家の母屋、紬の私室へ向かう。
その途中の回廊のこと。

律「ずいぶんと、ヴェルサイユ宮殿みたいなお屋敷ですな!」

半分以上皮肉だ。
とはいっても、嫌味ではない。

紬「うちの母屋はヴェルサイユ宮のプチトリアノン(小宮殿)を見て感動された
  御祖父様が模して作られたのよ。」

紬の方にも嫌味は無い。

31: 2009/12/18(金) 05:01:33.54 ID:7A3qvQVI0
回廊の途中、そういうたわいも無いおしゃべりのなか、唯が目をとめる。

唯「この絵の人、眉毛ぶっといねぇ!!あ、となりのオジサンの絵も!」

唯が指差す絵画の下には

琴吹○○,子爵 18○○~19○○

と書かれた金属製のプレートがある。



※以降○○という記述は個人情報保護とおもっていただきたい。

33: 2009/12/18(金) 05:10:26.10 ID:7A3qvQVI0
唯「琴吹○○??ムギちゃんのおじーちゃんかなんか??」

律「おいおい、"なんか"て…」

紬「私のひいひいひい御祖父様よ、その左お隣がひいひい御祖父様、その又隣が…」

紬は自分の祖父までの祖先の絵画について説明する。

梓「子爵ってことは、ムギ先輩の御先祖は
  やっぱり華族だったんですか?」

梓が質問する。

34: 2009/12/18(金) 05:20:05.21 ID:7A3qvQVI0
紬「そう、そのとおりよ。」

紬はそれだけ答える。それ以上は続かない。
高貴さの自覚は、簡潔さか無視にあらわる、ということか。

唯「ねえ!」

唯「"かぞく"ってなんなの?"かぞく"はふつうにあるんじゃないの?」

唯の頭の中にあるのは、いわゆる"家族"だ。

憂「おねいちゃん、華族っていうのは貴族、偉い人たちのことだよ。」

そう説明する憂。

35: 2009/12/18(金) 05:30:21.24 ID:7A3qvQVI0
梓「お公家さんですか?」

紬「そうよ、藤氏の末端だけれどね。」

藤氏とは藤原氏一族のことだ。
まゆげ太いお公家とはこれ如何に?と、梓は続けなかった。

唯「日本にも貴族っていたの?伯爵とか独身貴族とかのことだよね??」

紬「そんなところね。」

紬は短く答える。
それ以上は言わない。
それ以上言うことが、多数の反感を招くことを紬は知っている。

唯「すっごーーーい!!
  やっぱりムギちゃんはすっごいねぇ!!!」

36: 2009/12/18(金) 05:38:31.13 ID:7A3qvQVI0
唯は驚きと、興味(キュリオ、というやつか)、
偉大な人物を見るような感じで紬を見る。

唯「いいなぁ!かっこいいなぁ!!」

紬は覚え返す。そう、これが唯ちゃんなのね、と。
桜高軽音部なのね、と。

律「まあまあ、ムギのじいちゃんたちがムギ似のイケ面なのはわかったから、
  はやくムギの部屋行こうぜ。」

すっきりとした律のウィンク。

紬「そぉね、ドリンクとお菓子も用意するわ♪」

紬はうれしそうにそう言う。

37: 2009/12/18(金) 05:48:20.47 ID:7A3qvQVI0
-紬の部屋-

いったいどのくらいの広さがあるんだろうか?
一年生の頃からたびたび来ている唯と律は、すでに慣れている。
梓もようやく。

琴吹家の母屋が欧風王侯貴族の館なら、紬の私室は、
一般的、と思える女子高生の私室をだだっ広くした様。
とはいえそれでも、律や澪の意見を取り入れたほうなのだが。

中央にあるテーブルで五人はお茶にする。

紬「澪ちゃんや和ちゃんも初日から来れれば良かったんだけれど…」

38: 2009/12/18(金) 05:56:58.39 ID:7A3qvQVI0
律「澪は冬期講習の準備もあるし、それに、なんかさ
  『この休みで律と唯を変える!』とかいってるぜ。
 『イエス、ユー、ツー、キャン!!』だってよ!」

唯「和ちゃんもねぇ、生徒会長だからねぇ…」

和は今秋に生徒会長となった。
桜高は生徒自治の気風が高いだけに、生徒会長の裁量と多さに比例し、その労苦も絶えない。
澪のことは…気にしないでおこう。

39: 2009/12/18(金) 06:15:36.88 ID:7A3qvQVI0
紬「澪ちゃんや和ちゃんと相談したして…
  二人も知っているように私が、二人のを教えるわ♪」

律「え?」

紬「教科関係なく三人が二人の弱点を教えるわけ♪」

律「大丈夫…なのか?」

紬「もち、大丈夫よ♪私と澪ちゃん、
  和ちゃんのをあわせて均等にお勉強できるシステムにしたから♪」


注 このSSは高校生用の学習SSではありません。

40: 2009/12/18(金) 06:31:07.82 ID:7A3qvQVI0
紬「梓ちゃんと憂ちゃんは二人の勉強する内容に従ってね♪」

梓「え…?」

憂「わかりましたぁ!」

梓「先輩達と同じとこ勉強しても何の役にも…」

憂「何言ってるの梓ちゃん!
  おねいちゃんと同じところを勉強することが勉強になるんだよ♪」

梓「は…えっと…」

梓には憂が何を言っているのか理解できない。

41: 2009/12/18(金) 06:45:06.28 ID:7A3qvQVI0
こうして紬講師のもと、補習は進む…とおもったのだが…

唯達の授業に紬はまず、『日本書紀』(もちろん漢文)を使った。
(高校生用に諸記号は割り振られている)
どの部分を使ったかというと第十六巻『表題 小泊瀬稚鷦鷯天皇』
である。
小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはっせのわかさざきのすめらみこと)とは武列天皇、
第二十五代目の天皇である。

日本史唯一といってもいい、悪逆の天皇(として記述された)天皇だ。

42: 2009/12/18(金) 06:57:14.50 ID:7A3qvQVI0
どのようなことを行った天皇かと具体例を挙げれば、
自身の興味で妊婦の腹を割き、ある女性のために有力家臣と争ってその家臣の一族を滅ぼしたとされる。
(この記述自体が史実である証拠はまったく無い。)

これを教材として選んだ紬の意図自体は簡単。
男性へ幻滅するような内容が日本史に付き物であることを、『生徒』四人に示そうとしたのである。

律「ムギ、いくらなんでも…えぐいぞ…ちょっと…」

紬「勉強なんだから♪しっかりと読み進めなさい♪」

紬の後手には、女性間の愛情を表現した
古代ギリシアは女性詩人サッフォーの詩の英語訳が握られている。
この後に、一挙に百合へと持っていくつもりなのだ。

43: 2009/12/18(金) 07:08:06.95 ID:7A3qvQVI0
唯「ねえ、ムギちゃん。」

紬「なあに?」

唯「今のてんのうーへいかってこの、"ぶれつ天皇"の子孫なの?」

紬「武烈天皇に子孫はいないわ。
  武烈天皇のお姉さんか妹と結婚した親戚の方が天皇になられて皇位を継いだの。
  今の天皇陛下、今上陛下はこの天皇の子孫にあたられるわ。」

唯「昔のてんのーへいかって、こんな悪い人ばっかなの?」

紬「えっと…大小あるけれど、暴君、悪い王様のことね、
  なのはこの人ともう二、三人よ。
  その天皇のいずれも、今の陛下と直接的な血のつながりは無いわ。」

44: 2009/12/18(金) 07:22:50.33 ID:7A3qvQVI0
唯「いやぁ、酷いねえ…ひどい…」

唯が思案顔で首を振りつつそう言う。
紬は内心、ニヤリ、とする。

紬「昔は常に男性上位、今もだけれど、だったから。
  日本には上は武烈天皇から、下はもっと女性に非道いことした人までたくさんいるのよ。」

紬「とにかく、いつの時代でも、男の人は…」

梓「あれ、でも、この教材には『古事記』と『日本書紀』では記述も違うし、
  その悪逆な内容も中国の歴史を真似て、
  あとに即位した天皇を正当化するための脚色に近いもの。
  って書いてありますよ。」

資料の後半部にあるページを紬に示す梓。

45: 2009/12/18(金) 07:31:34.58 ID:7A3qvQVI0
紬「!?」

紬「しまったわ…消すの忘れてた…」

律「おいおい、ムギよぉ…」

律が畳み掛ける。

律「まさかとはおもうけど、これでさぁ…」

紬「お、おとこが悪いのよっ!おとこがっ!
  この資料の編集した人達もほら…」

資料の後半部を手で強く示す紬。
そこに書かれた名前は全員、男性のそれ。

紬「今の社会は男がつくって男達の都合の良いようにできてるの!!」

紬「だからそんな下劣なオスどもを見捨てて、女性だけですばらしい恋愛をして、
  恋愛をして、恋愛をして…社会を作っていかなければならないのよっ!」

47: 2009/12/18(金) 07:43:59.86 ID:7A3qvQVI0
紬「はぁっ、はぁっ、はぁっ…!!」

一気にまくし立て、息の切れる紬。

梓「あのうそれは全く紬先輩個人の希…  憂「紬さん!!」

憂「素晴らしいお考えですよ!!」

憂「女性同士が恋愛できる社会!!」

憂「まさに究極の理想、ぜひに実現させねばならないものです!」

紬「憂いちゃん…」

48: 2009/12/18(金) 07:57:04.13 ID:7A3qvQVI0
紬「そぉね…道のりはまだまだ険しいけれど…」

憂「紬さん…!」

梓「…」

唯「あのさー、ちょっといぃ?」

紬に向け発問する唯。

49: 2009/12/18(金) 08:07:28.26 ID:7A3qvQVI0
唯「このぶれつてんのー陛下は、わざと悪く書かれているってことだよね?」

唯「悪く書かれたってことは、
  もともとは悪く書かれるほど悪くなかったってことでしょ?」

唯「じゃあさ、なんで、わざと悪く書かれたの?
  このぶれつてんのーはみんなに嫌われてたの??」

紬「えっとね、それは昔から男どもが…」

梓「先輩ストップです!!」

梓が割り込む。

50: 2009/12/18(金) 08:17:45.85 ID:7A3qvQVI0
梓「多分ですけど、武烈天皇とその後の天皇は血が繋がってはいないんですよね?
  なら、後の天皇が天皇になった理由付けのために…」

梓「武烈天皇は悪人にされたってことじゃないんですか?」

唯「なんでそんなことするの?
  陰口言われるのと同じことだよね?」

唯「私だって…いろいろ変なことやって皆に迷惑かけてるのに…」

唯「ずっとずっと昔の王様が今でも陰口言われてるのは…
  すごく悲しいことだよ…」

唯は悲しそうな顔をし、紬の部屋の、ベランダに面した窓を見る。
紬の部屋は母屋の二階にあり、ガラス越しの先にあるベランダは六畳ほどの広さがある。
そのベランダの先の彼方にある暗闇で、一瞬、何かが光った。

51: 2009/12/18(金) 08:28:00.85 ID:7A3qvQVI0
唯「あれ??」

律「どーしたぁ?唯??」

律が唯の表情、怪訝なそれ、に気付く。

唯「なんか、あっちの方で、なんかが光った…」

唯はベランダはガラス越しに近づき、そのを方向を指差す。

52: 2009/12/18(金) 08:39:26.37 ID:7A3qvQVI0
紬「あっちは…第三小広場ね。」

律「ツリーを置いたとこだな。…不審者か何かじゃないの??」

紬「それは無いわ。お家の塀を越えて侵入した瞬間に黒コゲになるはずだもの。
  夜警の人間が持っている何かが光を反射したんだと思うわ。」

梓「黒コゲ…」

金持ちは本当に何を考えているかわからない、と梓は思った。

紬「とにかく、気にするほどの事ではないわ。」

そう言い終えると、壁にかけられた、
いかにも値の張りそうな掛け時計を見る。

53: 2009/12/18(金) 08:51:05.72 ID:7A3qvQVI0
紬「もう良い時間ね。明日は学校もあることだし、
  お休みしましょう♪」

そういうと紬は立ち上がり、私室の一角にある扉を開く。
もうひとつ続いて部屋があり、寝室となっていた。

律「いつ見てもあのベッドは羨ましいぜ…」

律の視線の先には、王侯貴族が用いるような天蓋付きのベッド。

紬「今日は地べたにお布団を敷かせたから、みんなで固まって寝まし
  ょう♪」

55: 2009/12/18(金) 09:00:49.96 ID:7A3qvQVI0
寝室の中央あたりのスペースには、
いくつかの布団と掛け布団がこぎれいにセッティングされており、
そこに天上や側面から軟らかく輝く照明が降り注いでいる。

律は、聡秘蔵の工口ビデオでこんなシチュ見たことあるな、と思ったが、口には出さなかった。

-消灯から数時間後-

唯は眼を覚ました。

音も無く、橙の薄明かりがわずかに室内を照らす。

56: 2009/12/18(金) 09:15:04.25 ID:7A3qvQVI0
すぐに眼が冴えるのを覚える。
まどろみへ沈もうとするが、意識すればするほど、意識は尖鋭になる。

薄明かりの下に、まわりを見回す唯。
左隣の律は、静かに寝息。
右隣の憂は微動だにしない。おそらく寝ている、と思われる。
憂のさらに右となりには、紬、そして梓と続く。

唯「あれ?」

よく見れば、梓の下腹部あたりが布団越しに少し膨らみ、
微動しているのがわかる。
梓もゆっくりと寝息をついているが、
その横の紬の瞼が、ほんの少し、細かく痙攣している。
側面を向く紬の顔、そして紬の瞼の先には梓。
鋭い人間なら紬が薄目を開けているのがわかるだろう。
唯はついぞ気がつかなかったが。

59: 2009/12/18(金) 09:26:32.58 ID:7A3qvQVI0
唯は律が寝ているその先、寝室の窓側に目を向ける。
そして、窓越しの彼方、何かが視線の先で輝いている。
就寝する前、ふと目にしたあの輝きと同じ色、そして同じ方向。

その輝きの色は薄い蒼とも翠とも判別がつかない。
形は円形だろうか?

唯(やっぱり…あの光り…)

唯は起き上がり、寝室のドアへと歩む。
紬が唯の背後へ薄目を向けたが、
先ほどと同じく、唯は気がつかなかった。

61: 2009/12/18(金) 09:49:22.12 ID:7A3qvQVI0
深夜の琴吹家母屋。その玄関前ロビー。
当然、真っ暗闇のそこには誰もいない。
ロビーを進み、玄関の扉、唯の二倍程もある、をゆっくりと開く。

冷気が唯の全身に向いかかってくる。

唯「さむっ!」

京都は盆地にある。
ために、冬場はひどく冷え込む。

62: 2009/12/18(金) 09:58:11.78 ID:7A3qvQVI0
唯は、玄関前の正面広場を斜めに横切り、
あの光があるであろう所、第三小広場を目指す。

そしてあの樹、唯達のクリスマスツリーとなるべくされた、
あの樹が見えてくる。

その樹の上空数メートルに、唯が見たあの光が止まっている。
いや、少々だが、ぶれる様にして小刻みに動いている。

65: 2009/12/18(金) 10:08:20.73 ID:7A3qvQVI0
『生命の樹』の前にたどり着く唯。
そして、唯が停止するのと同じくして…

あの光が唯の目前に急降下した-

『やっと来たようね。』

光、いや光球から声がする。
光球の輝きは、やや白みを帯びた赤色へ変わっていた。
直径は10cmほど。光球が発する"フレア"を含めれば、直径30cmほど。

66: 2009/12/18(金) 10:17:24.09 ID:7A3qvQVI0
唯は驚きのため、何事も発しえない。
見開いた眼(まなこ)で、顔前近くに佇む紅い光球を見る。

『あなた、名前は?』

光球から声が続く。

唯は声を発しえない。

『ふぅ…』

『あなた!』

『あなたの名前を聞いているの!』

光球の声は強さを帯びる。

67: 2009/12/18(金) 10:29:14.25 ID:7A3qvQVI0
「ゆ、い…ひらさわ、ゆい…」

『ゆい…そう、良い名前ね。』

光は落ち着いた声音に戻る。

唯「あ…」

唯「え、えっと…」

『私のことね?』

光球がそう答える。

68: 2009/12/18(金) 10:38:06.13 ID:7A3qvQVI0
『私は、まあ、精霊の一種なのだわ。とはいっても、
 昔は実体を持っていたのだけれど…』

『そうね、しん…い、いえ、ホーリエとでも呼んで頂戴。』

「…」

唯は黙ったまま。

『この樹はね…』

聞かれてもいないのに、精霊は続ける。

『LIGUNUM VITAE(リグヌム・ヴィタエ)。』

69: 2009/12/18(金) 10:49:14.41 ID:7A3qvQVI0
『封印に書かれていたでしょう?
 サンジェルマン伯爵"とも呼ばれた"、さる稀代の錬金術師が作り上げた樹よ。
 私は、それに宿るもの。』

唯は答えない。

『なぜあなたの前に私があらわれたのか、ね?』

またまた、聞かれてもいないのに精霊は続ける。

『あなたは古代の暴王に強い憐憫を覚えたわ。
 それに私が興味を覚えた、とでも言っておこうかしら。』

70: 2009/12/18(金) 11:01:39.53 ID:7A3qvQVI0
『人間の歴史が始まってから、暴君と呼ばれた王達は数知れず。
 だけれど、彼らに同情を向けた者など…ほとんどいないもの。』

『それに私の直感も加味して…だから。』

『…あなたになら、≪天上のノモス≫の秘密を教えてもいいとおもったのよ。』

唯「天上の、ノモス??」

唯がやっと口を開く。

71: 2009/12/18(金) 11:12:02.96 ID:7A3qvQVI0
『天上のノモスは…』

『人間が意識を持ち始めて以降、
 それがためにずっと苦しんできた、ある、巨怪な"謎"をとく鍵。』

「ノモスって、なん、な…の?」

『ノモスはまあ、そうね…良いこと、のために人間を縛るもの、
 そして縛られてできた良い状態。
 天上のノモスは、大地のノモスと対になるもの。』
 
『狭い意味で、大地のノモスは人間に関わる全ての法律や規範を指すわ。
 ある高名な人間は、特に国際法を比喩的にそうよんでいたけれど。』

72: 2009/12/18(金) 11:23:58.25 ID:7A3qvQVI0
唯「…」

唯は言葉を発しない。

『ゆい、あなたの瞳は、穢れていないままの瞳。
 男、金、名誉…そういったものから、生まれてきたときからずっと、離れたまま。』

『だけれど、』

『人間が最後の息を吐き出すそのときまで、
 穢れない瞳を保つことは…ほとんどないの。』

『戦い、戦い、戦い。取り分を争う相手との、憎む者との、愛する者との、
 …そして、血を分けた者たちとの。』

そう言う精霊の声音に、悲しみの色が、少し、混じる。

73: 2009/12/18(金) 11:38:09.83 ID:7A3qvQVI0
『あなたに、まず教えましょう。』

 声音をもどし、精霊がそう言う。

『目的のために、手段を用いて、人間は目的に到ろうとする。』

『だけれど、目的こそ、人を誤らす最も大きな原因でもある。』

『その過ちは、個人の目的が、集団の目的に束ねられるときに起こるわ。』

『それは、本来には、より良いことのために、束ねられたはずなのに。』

『巌(いわお)が長い年月をかけて、その形をかえるように…』

『人間の行いに付属する小さな悪は、束ねられて、時を経て、
 取り返しのつかないものになるの。』

74: 2009/12/18(金) 11:44:06.60 ID:7A3qvQVI0
『今はここまで。』

『あとさきに、あなたは≪天空のノモス≫を知り…』

『≪生命の実≫へと手を届かせるぐらいまでなるでしょう。』

『今はお部屋に帰りなさい。』

『再び床にお入り。』

そういうと、精霊はゆっくりと上昇し、『生命の樹』の中へと消えていった。

78: 2009/12/18(金) 12:40:45.61 ID:7A3qvQVI0
翌朝(12月17日) 琴吹家食堂

唯「ふぁあ…」

紬母「唯ちゃんはまだお眠かしら♪」

やさしく唯に微笑みかけつつ、紬の母がそう言う。

唯「えへへ…」

唯たちは、紬の母とともに朝食を摂っている。
紬の父はとっくに自分のオフィスへ向っていたため、同席していない。

79: 2009/12/18(金) 12:55:14.37 ID:7A3qvQVI0
紬母「斉藤に学校まで送らせるから、ゆっくりご飯をとって頂戴ね。」

眉毛こそ沢庵でないものの、明るい髪色、おっとりとした雰囲気、
やわらかな物言い、と紬によく似ている。

憂「あずさちゃん、まだ来ないのかなぁ…」

梓は、バスルームを借りているところ。

律「寝汗かいて、下着までびっちょりだったんだってさ。」

紬「♪~」

おそらく、寝汗だけではあるまい。

80: 2009/12/18(金) 13:01:36.55 ID:7A3qvQVI0
紬は上機嫌だ。

律「ムギよ、豪くご機嫌だな…」

紬「そうかしら~♪?」

紬母「紬のクリスマスパーティは、あのツリーを使うそうね?」

紬「うん、唯ちゃんがすごく気に入ってくれたのよ♪」

唯「…」

唯は再び、昨夜のことを思う。

82: 2009/12/18(金) 13:11:41.85 ID:7A3qvQVI0
あの場から離れ、再び床の中に入ったも後も、中々寝付けなかった。
起きてからも頭の中の奥まで強くこびりついたまま。

あの精霊-ホーリエと名乗った-はいったい何者なのか?
あのツリーは??
天上のノモスとは??生命の実とは??
人間の目的にまつわる悪とは??
唯は本能的に、深く考えないようにしている。

だけれども、近いうちに、あの精霊と再び邂逅するであろうことを、
唯は知っている。

83: 2009/12/18(金) 13:21:06.21 ID:7A3qvQVI0
12月17日 桜高 昼休みの澪の教室

澪は和は二人で昼食を摂っている。
だが…

和「ずいぶんと熱心にやってるわね…」

澪は食事半分に、目前の書き上げ作業に没頭していた。

澪「これは良い機会なんだ…あいつらを、泥沼から引き上げてやれる…」

和へ視線を返し、澪はそう答える。

84: 2009/12/18(金) 13:30:36.98 ID:7A3qvQVI0
澪「何事もやれば変えられる!私達は絶対に変えられるんだ!!」

最近は、オバマ大統領の語録集を愛読書にしている澪。

和「さわ子先生に頼まれた手前だけれど、
  私はあの子達のペースにあわせて教えさせてもらうわ。」

頼まれた、と言ったあと、
ああ違う、脅迫だったわ、と思い返す和。

澪「和、私は鬼になるから…!」

目が本気である。

85: 2009/12/18(金) 13:42:52.25 ID:7A3qvQVI0
12月17日 夕刻 琴吹邸

学校からの帰宅後、今日の分のパーティ準備をすませ、
唯達は紬の指導のもと、勉強に勤しんでいた。
数学を重点的に攻めているところである。

律「微分とかさ、絶対やる意味ないよな。
  一生涯微分と無関係に過ごす自身あるぜ。」

唯「むふぅう…うううううう…」

かたや唯の脳味噌はパンク状態。

梓(まだ習ってないけど、予習は重要だよね…)

その横ですらすらと二年生の問題を解く憂。
日本に飛び級のシステムが無いのが悔やまれる。

86: 2009/12/18(金) 13:53:12.88 ID:7A3qvQVI0
紬「そうは言ってもね、数学は論理的思考を鍛えるのに
  一番良い教科なのよ。」

律「いやいやいやいや、あたしらがいくら頑張っても
  頭の回転なんてぜんぜんよくなんねーからぁ。
  な、唯?」

唯「くぅぅぅ…」

目前の計算に苦悶する唯。

憂「律さん!おねいちゃんはやればできる子なんですからっ!」

唯が"お馬鹿"にカテゴライズされるのが気に触るらしい。

88: 2009/12/18(金) 14:09:22.53 ID:7A3qvQVI0
紬「『人間は考える葦』って、ブレーズ・パスカルも言っているわ。」

紬「今の便利な世の中も全て、そのおかげでしょう?」

律「パスカルだかヘクトパスカルだか知らないけれどさぁ…」

そのとき、どこからともなく、唯の耳にある声が聞こえるて来る。

『パスカルは、≪力なき正義は無力であり、正義なき力は暴力≫
 とも言ったわ。』

あのホーリエの声。
律たちの顔色を伺うが、誰も気が付いていないようだ。

『けれど、良き考えすら良き結果を生むとは限らない。
 自分が良きことと考えることが、
 隣人には許しがたいことであるかもしれない。』

90: 2009/12/18(金) 14:19:29.37 ID:7A3qvQVI0
唯「力なき正義は無力であり、正義なき力は暴力…」

唯がそう呟く。

律「は?」

唖、となる律。

紬「それも…パスカルの言葉ね。」

唯「正義は、誰が正義だって決めるんだろう?
  暴力は、誰が暴力だって決めるんだろう??」

91: 2009/12/18(金) 14:30:41.14 ID:7A3qvQVI0
紬「パスカルはものすごく強い信仰心をもつクリスチャンだったらしいから…」

紬「パスカル自身の正義は、キリスト教の教えと切っても切きれない
  、神様が下し示したもの、のはずだわ。」

唯「じゃあ、私達はどうなの??」

紬「…」

紬は答えに窮する。

92: 2009/12/18(金) 14:40:52.00 ID:7A3qvQVI0
しかし、刹那の思案の後に紬は答える。

紬「正義を深く考えなくても、人間は生きていけるわ。
  けれど私は、よくよく考えて、それを、自分の正義を確かなもの

  にする必要があると思うの。」

紬「うちのお父さんは、そんなことをよく言うから…」

紬「だって、そうしないと、琴吹家に関係する多くの人間が
  苦しむことになるでしょう?」

律(ムギの奴、唯のギー太を値切ってたよな、確か。)

93: 2009/12/18(金) 14:53:41.56 ID:7A3qvQVI0
唯「偉くなればなるほど、その人の考え方次第で
  たくさんの人が幸せにもなり、不幸にもなるんだ、ね。」

唯「でも、今の日本にも、他の国にも、色々な理由で苦しんでいる人はたくさんいるし、
  他人を苦しめてまでお金を稼ごうとするひともたくさんいるよね。」

唯「そういう人たちはどうなるんだろう??」

梓「だから法律や警察があるんじゃないですか?」

梓が口をはさむ。

94: 2009/12/18(金) 15:04:04.45 ID:7A3qvQVI0
唯「でもやっぱり、苦しんでいる人はたくさんいるよ。」

梓「それは、人間は万能じゃないですし、自分が蒔いた種で苦しむ
  自業自得な人たちもたくさんいますし…」

唯「他人のせいで苦しんでいる人もたくさんいるよ。」

律「まあ唯よ、なんだ、理想を言ってもはじまらねーし…」

律が口を入れる。

律「とにかく終わりだー終わりっ!
  今日はもう切り上げてスマブラしようぜっ!」

律が場を収める。
けれど…

97: 2009/12/18(金) 15:16:31.89 ID:7A3qvQVI0
その日、皆が眠りについたあと、唯は再び生命の樹の前に立つ。
そして、呟く。

唯「堀江さん…」

すると生命の樹から、あの紅く輝く光球が現れ、唯の目前へと下降する。

『ゆい、月並みだけれど、私はライブドアの元社長ではないのだわ…』

『ホーリエ、よ。』

『よく覚えて頂戴。』

98: 2009/12/18(金) 15:23:29.42 ID:7A3qvQVI0
唯「私だけに聞こえるように、声をかけてくれたよね?」

『ええ、そうよ。』

精霊は答える。

唯「なんかわたし、よくわからなくなっちゃった…」

『ふふ…ゆい、まずはそれでいいの。』

唯「…」

99: 2009/12/18(金) 15:29:34.35 ID:7A3qvQVI0
『昨日、あなたに話したわよね?
 人間が意識を持ち始めてから、
 それがためにずっと苦しんで来た、最大の"謎"のことを。』

『そう…大変巨怪な"謎"、≪エニグマ≫のことを。』

唯「えに…ぐま?」

『ゆい、あなたに教えましょう。』

『人間が長い間苦しんで来たこの謎は…』

『なぜこの世界に悪が存在するかということよ。』

『とくに一神教が優勢な地域においてだけれど、
 なぜ完全である神のもと、世界に悪が生じたのか、
 多くの人が頭を悩ませてきたわ。』

114: 2009/12/18(金) 22:32:28.42 ID:7A3qvQVI0
『多くの人々は悪を…』

『善が欠けている状態としたり、
 神との距離のために神との関係が弱まったもの、としたり
 神との距離のため、神が放射する勢力からの恩恵に、
 より少なくしか預かれぬため、としたり、
 人間の根源的罪のため、としたり…』

『その点、ゆい、あなたたち日本人をはじめとする、アジアの人々は
 昔から実際的だっただわね。』

『生きることにおいて諦念を強く有する、とでもいうのかしら?
 輪廻及び転生の概念を背後に持つ民族に多く見られるわ。』

116: 2009/12/18(金) 22:44:58.64 ID:7A3qvQVI0
『そして悪の改善や悪を消滅させる、ないし善に近づく、方法も…』

『人間の欲望を意識的に抑制するやり方。
 まったく呪術的な方途にたよるもの。
 善の知的追求による一種の啓蒙。
 善のもと、悪とされたモノを意図的に排除する方法…』

『けれど、人間、種としても個体としてもの、この人間には、
 悪は執拗にこびり付き、根付いて、
 …決して分かたれることはなかった。』

『今の今まで、ね。』

118: 2009/12/18(金) 22:55:24.99 ID:7A3qvQVI0
『また、悪を遠ざけることが得てして…』

『全く逆説的な…結果、遠近法的な結果を多く生み出すだけ、だったわ。
 つまり、あるモノに意識が集中されることで、
 その周辺にある、そのモノから距離のある別のもの、
 その輪郭がぼやけただけだった。』

『つまり、多く存在する悪をあいまいなものにし、
 あまり目に付かないようにする、という結果になっただけだった。』

『意識的、無意識的な逃避でもあったわ。』

119: 2009/12/18(金) 23:05:10.77 ID:7A3qvQVI0
『人間が意識を獲得し、歴史を紡ぎ始めてから…』

『人間はずっと悪くなっていったわ。』

『悪への無関心も強くなっていった。』

『…けれど、こうも考えられたわ。』

『そうではなく、人間は、人間を悩ましてきたこの迷信から
 自由になりつつあるのではないか、と。』

120: 2009/12/18(金) 23:14:20.76 ID:7A3qvQVI0
『必要なのは、この善及び悪という迷信ではなく、
 ≪合理的かつ的確な采配≫なのではないか、とね。』

『例えるなら、あなたの時代の交通法規のようなもの、よ。』

『けれど、それでは同時に、個人が個人の内に持つ倫理感が
 小さくなることを意味するわ。』

『倫理感は、一種の信念と恐怖感情の間の子。』

『倫理感を迷信として捨て去ったとき、そのときこそ、
 あの怪物は、大きく開いた口をもって
 人間という種をひと飲みにすることでしょう。』

121: 2009/12/18(金) 23:22:50.99 ID:7A3qvQVI0

『ふぅ…』

精霊は一息置く。

『あの太い眉毛の子、大変良い子だわ。
 私も好きよ。』

唯「むぎ、ちゃん…」

『けれど…』

123: 2009/12/18(金) 23:31:25.72 ID:7A3qvQVI0
『動物はその体格が大きくなるほどに、多くの栄養を必要とし、
 不要とされたより多くの排泄物を体外に捨て去る。』

『同じように、あの子の一族の富を糧に生きるものも多いけれど、
 その分だけ、あの子の一族に起因する悪のために苦しむ者達も多い。』

『人間は汚れている、と考えたモノから目をそらそうとする。
 これを虐待し、遠く離れたままにしておこうとするの。』

『あなたの生きるこの時代は、人間の歴史のなかで
 最も、それが極大化している時代よ。』

『さて。』

『…今日はここまで。』

124: 2009/12/18(金) 23:39:10.53 ID:7A3qvQVI0
『ゆい、よくよく考えなさい。』

唯「…」

唯は黙ったまま。

『ふふ…大丈夫よ、ゆい。あなたは、結晶のような意志を持ち
 その意志のもと、透徹した直感を持っているのだから。』

125: 2009/12/18(金) 23:46:16.33 ID:7A3qvQVI0
そう言い終えると精霊は樹の中へとかえっていった。

精霊が描いた軌跡の残り香を見つめる唯。

唯「わたしも、たくさんの人を、苦しめてきた…のかな…」

そう独り言つ。

京都の冬はまだまだずっと、寒くなるはず。

126: 2009/12/18(金) 23:54:37.85 ID:7A3qvQVI0
翌日 12月18日 19時 琴吹家食堂

一同は食堂に会して夕食を摂っている。
今回は紬の父も同席している。

律(しかしまあ、親子で立派な眉毛ですこと…)

律は盗み見るように、琴吹父と琴吹娘の額あたりを見比べる。
紬の父も、それはそれは太い眉毛(ただし毛色は黒色だが)を持っている。
まるで、ぶっとく海苔を切り取って貼り付けたかのよう。

127: 2009/12/19(土) 00:01:52.29 ID:7A3qvQVI0
紬父「ん?田井中くん、やはり私の眉毛が気になるかな?」

律(しまった…!)

律「え、あ、ああ、いやぁ…ハハハハハハ…」

笑ってごまかそうとする律。

梓(これだから…)

ため息をつく梓。

128: 2009/12/19(土) 00:09:19.52 ID:CeVfSM5f0
紬父「まあ、琴吹家と言えば眉毛!と言われるくらいだからね。」

紬父「着脱可能だと誤解されることもあるぐらいなんだよ?」

紬母「まあ、あなたったら♪」

紬の父は、にこやかに笑いながらそう言う。
やはり彼もどことなく、紬と同じ優しい雰囲気を漂わせている。

唯「あの、ムギちゃんのお父さん…」

唯が唐突に口を開く。

129: 2009/12/19(土) 00:17:25.32 ID:CeVfSM5f0
紬父「うん?なにかな、平沢くん?」

紬の父は、唯に顔を向ける。

唯は上座に座る紬の父の斜め左奥、
紬や律とテーブルを挟んで対面する形に座っている。
唯の両隣には憂と梓がいる。

唯「あの、聞きたいことがあるんです、けど…」

紬父「言ってみなさい、平沢くん。」

優しく微笑みかける紬の父。

130: 2009/12/19(土) 00:25:31.72 ID:CeVfSM5f0
唯「ムギちゃんのお父さんが、会社の社員の人たちの幸せのために、
  心がけていることって、何なんですか?」

律(ん?唯らしからぬ真面目な…)

律は訝しげに唯を見やる。

紬父「ふむ…」

視線を天上に吊るされたシャンデリア状の照明に向け、
数秒、何事かへと考えを向ける、紬の父。

132: 2009/12/19(土) 00:35:48.54 ID:CeVfSM5f0
紬父「たくさんあり過ぎるけれど…」

視線を唯へもどし、真面目な、しかし柔らかな目持ちで答える。

紬父「そのうちで最も大切だと私が考えることは…」

紬父「私が判断と決定う場合に、最高度の内容と速さを持って、
   この二つを行うこと、かな。」

紬父「これが、リスクを回避する上で最も重要なこと、
   と考えているね。」

133: 2009/12/19(土) 00:49:04.57 ID:CeVfSM5f0
唯「…」

実を言うと、紬の父の回答は、唯にはよく理解できなかった。
『状況判断と命令』の重要性を、まだ年若い唯は、
現実味を持って捉えることができないのだ。

紬父「例えばだ、ある人が心臓発作で倒れたとしよう。」

唯がうまく反芻できていないことを悟り、紬の父はこう続ける。

134: 2009/12/19(土) 00:58:55.86 ID:CeVfSM5f0
紬父「そして救急車を呼び、救急隊員が来るまで応急手当を行って
   その患者を病院まで搬送する。」

紬父「脳内出血や心臓発作から生還する可能性は、
   時間との格闘だ、ということはわかるね。」

コクリ、と唯は首肯する。

紬父「それに、応急処置や救急隊員の処置が不味いものであった場合にも、
   あたりまえだが、患者の命はそれだけ危険にさらされる。」

紬父「企業を運営管理することも、これと同じ、ということになるね。」

唯「あ、そっか…」

唯は合点がいったようで、ふんふん、と頭を少し揺らす。

135: 2009/12/19(土) 01:06:15.52 ID:CeVfSM5f0
そのとき-

コンコン。

食堂の扉がノックされる音がする。
扉の脇に控えていたメイドがゆっくりと扉を開ける。

「失礼します。」

スーツ姿の女性が入室してくる。
すらりとした長身、肌は白く細かく、長い銀髪を有している。
黒ふちの細長い眼鏡をかけ、
片手にブリーフケースのようなものを持つ。
二十代、ということはわかるが、正確な年齢の推定は難しい。

137: 2009/12/19(土) 01:15:07.71 ID:CeVfSM5f0
唯(すっごいキレーな人…)

銀髪の女性の容姿に、うっとりとする唯。
となりの憂のほうから、ギチギチギチ、
と歯軋りする音が聞こえる。

律(ムギよ、随分とまー美人なおねーさんだな…)

律が隣の紬にそう囁く。

紬(でしょう?『白銀(しろがね) ありす』さんって、あの若さで
 お父さん直属の秘書室長をなさっているの。)

律(ありす??変な名前ぇ。)

138: 2009/12/19(土) 01:30:15.32 ID:CeVfSM5f0
梓(おっきなおっOい…)

梓は、スカッスカッ、と自分の胸の前で両手を動かす、

銀髪の女性は、紬の父の側面に立ち何事かを報告している。

紬父「了解した、食事が終わり次第向おう。」

報告が終わると、銀髪の女性は紬の母と紬のほうへ一礼する。

その直後、銀髪の女性が面をあげたとき、
唯の視線と女性のそれが交差した。

ほんの一瞬、女性の、薄紫の瞳が唯の瞳を射る。

唯「??」

そして、何事も無かったように、女性は扉へと向かい
食堂から退出していった。

139: 2009/12/19(土) 01:43:23.76 ID:CeVfSM5f0
18日の夜は、あの精霊は唯の前に姿を現さなかった。
そして日が替わる。

12月19日9時 和の家 玄関

和「いらっしゃい、あがってちょうだい。」

唯「お邪魔しまーす。」

律(いやぁ、今朝までムギんちだったからカルチャーショックだわ。)

律は和の家を見つつ、そう思う。

140: 2009/12/19(土) 01:51:06.99 ID:CeVfSM5f0
梓「唯先輩のおうちからホントに近いところにあるんですね。」

和「そうね、スープの冷めない距離ってやつかしら。」

律「つまり、それだけ色々と唯に
  迷惑をかけられて来たわけだな、和は。」

唯「りっちゃんひっどーい!!」

律「ザリガニ事件聞いた時はさすがに引いたぞ…」

唯「あ、あれはぁぁ…///」

141: 2009/12/19(土) 01:59:22.85 ID:CeVfSM5f0
和「あのザリガニたちには悪いことしたわね…
  唯、後でお墓参りしなさいよ。」

唯「はーい…」

梓「お墓??」

憂「結局全部氏んじゃって、和さんの家の裏手に埋めてあげたの。」

和「故381匹のためのザリガニ塚よ。」

律「そ、そいつはまた…」

142: 2009/12/19(土) 02:11:19.62 ID:CeVfSM5f0
-和の部屋-

律「…てわけ。」

和「そう、そんなことがあったの…」

紬の家での、唯と紬の禅問答のことを、和に教える律。

和「まあ、昔から唯には,譲れないこだわりのようなものがあって…」

和「それが原因で、周りを巻き込んでの大騒動も何度か経験したけれど…」

144: 2009/12/19(土) 02:22:15.86 ID:CeVfSM5f0
和「それも唯の一部だから、」

和「唯には、そのこだわりを捨てて欲しくないわ。」

唯「和ちゃん…」

梓(軽音部の人たちとの絆とは、また違った…)

憂(和さんには、敵わないな…)

153: 2009/12/19(土) 10:44:48.10 ID:CeVfSM5f0
すまねかった、ねまった

154: 2009/12/19(土) 10:51:19.87 ID:CeVfSM5f0
12日19日 深夜 真鍋家裏手 "ザリガニ塚"前

真鍋家の裏手、同家に面した道路からは全く見えないところに
"ザリガニ"塚はあった。
見た目はまさに『金魚のお墓』のそれ。
こんもりとした小丘の上に漬物石のようなものが置かれていた。
ここに381匹の遺体が眠る。

ザリガニのお墓の前に立つ唯。
パジャマ姿にカーディガンを羽織っただけ。
見た目からして非常に寒そうだ。

155: 2009/12/19(土) 10:58:48.47 ID:CeVfSM5f0
目前の墓もまた、己の悪の結実である-

『これが沼海老のお墓?』

あの精霊の声だ。
いつのまにか唯のすぐ横、肩ぐらいの高さをふよふよ、と浮遊している。

唯「沼海老??ザリガニだよ?」

唯もこの奇妙な存在にすっかり慣れてしまったようだ。

『ようするに湖沼に生息する海老の一種でしょう??』

156: 2009/12/19(土) 11:05:54.12 ID:CeVfSM5f0
唯「あ、そうか…」

『まあ、いいわ。』

『あなたたちアジアの人たちは殺生を、
 ヨーロッパの人間とは別の形で忌むものね。』

『アジア人は怖れから、ヨーロッパ人は仮象の愛から。』

『一般化し過ぎかもしれないけれど…』

157: 2009/12/19(土) 11:11:24.64 ID:CeVfSM5f0
『ゆい、≪カルマ≫って知っている?』

『カルマ??』

首をひねる唯。

『生き物の行為は、その生き物自身のうちに蓄積されて、
 物事の原因の一つになり、その人の来世や子孫に
 様々な影響を与える。』

『簡単に言えばそんなところかしら。』

『ずっと昔、インドで発明された考え方よ。』

158: 2009/12/19(土) 11:18:18.85 ID:CeVfSM5f0
『因果応報ないし因報果報っていう言葉は
 聞いたことがあるでしょう?』

唯「うん。」

『因果応報もカルマの存在が、
 そのプロセスのうちにある、と考えられてきたのだわ。』

『でも、可笑しなものね。カルマをそういった原因として見ても、
 人間は、自分にこびりついたカルマを全て認識することなど
 できないはずでしょうに。』

唯「?」

唯は再び首をかしげる。

159: 2009/12/19(土) 11:29:40.89 ID:CeVfSM5f0
『原因があるから結果が生まれる。
 ある結果には必ずそれに応じた原因がある。』

『原因論とか因果論とかもいわれる、古くからある考え方。』

『たとえば、ゆい、あなたのご両親がいるから、
 あなたは今、生きている。そうよね?』

唯「あたりまえ、だよね?」

『ええ、そうよ。』

160: 2009/12/19(土) 11:35:02.71 ID:CeVfSM5f0
『カルマも、人間の身に生じる結果の一原因、ということ。』

『そして、ある人間が持っているカルマのうち、そのほとんどは
 その人間に知られていない、と考えられるわ。』

『例えば、もし前世があるとするならば…
 ゆい、あなたは前世のことを覚えている?』

唯「ぜーんぜん。本当にあるのかなあ…」

『さあ、それは私にもわからないのだわ。』

161: 2009/12/19(土) 11:41:00.81 ID:CeVfSM5f0
『そして、あなたのご先祖様たち、彼らが生まれてから氏ぬまで
 何をおこなってきたか、を全て把握することはできないでしょう?』

唯「昔のことなんて、わかるはずないんじゃない?」

『そう、そのとおりね。だから…』

『沼海老を381匹氏なせるよりも、もっと残酷なこと、
 あなたが残酷と考えるようなね、
 そのようなことを、あなたのご先祖様が行っていたかもしれない。』

唯「…」

唯は嫌な予感がした。

162: 2009/12/19(土) 11:48:09.70 ID:CeVfSM5f0
『まあ、カルマも人間が考えだしたものだから。
 信じる信じないも、参考にするしないも、あなたの勝手。』

『私が今したお話は、その381匹の沼海老を思うあなたへの手向け。』
 
『…そしてこれから、あなたが知るであろう悪に備えるための、前準備。』

『今日はここまで。』

『明日もこの時間、ここに来なさい。』

『そして、人間の絆についてのお話をしましょう。』

163: 2009/12/19(土) 11:56:10.04 ID:CeVfSM5f0
そう言い終えると、紅い光球は上昇し、どこぞへと飛んでいった。

唯「…」

唯「ブルッ…」

精霊が消えると、はじめて、外気の冷たさを覚える唯。

唯「気がつかなかったけど、精霊さんといっしょだと
  ぜんぜん寒くなかったんだなぁ…」

164: 2009/12/19(土) 12:01:45.84 ID:CeVfSM5f0
唯「…」

再び唯の胸奥に、さきほど感じた不安感、の名残が意識される。

唯「そういえば、なん、なんだろう…?」

この不安感がはっきりとした形をとるのは
もう少し先のことになるはず。

165: 2009/12/19(土) 12:11:56.43 ID:CeVfSM5f0
翌12月20日 正午過ぎ

唯と律は和とともに、アルバムをらしきものを眺めている。

律「へー、和はこのころはまだ眼鏡をかけてなかったんだな。
  コンタクトにはしないんか?」

和「眼鏡のほうが色々と便利なのよ。
  コンタクトは手間がかかるし、安全性にも問題があるわ。」

唯「だいじょぶだいじょぶ!
  和ちゃんは眼鏡かけても、コンタクトでも
  どっちにしろすっごい美人さんだから!」

166: 2009/12/19(土) 12:21:22.04 ID:CeVfSM5f0
和「唯ったら…はぁ…」

憂「2ab…+(a-…」

梓(先輩達、和先輩の家に来てから、ぜんぜん勉強してない…)

梓「ふぅ…」

和(梓、呆れてるわね…)

和(まあ、澪がスパルタでやるだろうから、
  明日まではいわば中休みよ…)

167: 2009/12/19(土) 12:27:41.80 ID:CeVfSM5f0
律「ん…?」

律が何事かに気づく。

律「唯と和が移っている写真にはどれにもこれにも
  な、ぜ、か…憂ちゃんも写ってるよな?」 

憂「ピクッ…」

和「律、正確にはそうじゃないわ。
  唯の写っている写真には必ず、よ。」

169: 2009/12/19(土) 12:32:16.11 ID:CeVfSM5f0
憂「汗…」

律「おいおい…これなんて調理実習の写真だよな、
  奥の窓側、見切れてるポニーテール後姿…」

唯「あっ、ホントだ!」

和「今まで気付かなかったわ…」

憂「だ、だって…」

憂がはじめて口をひらく。

170: 2009/12/19(土) 12:39:17.72 ID:CeVfSM5f0
憂「お姉ちゃんが怪我したり火傷したりしないか、心配で…」

唯「うい…」

和「憂、このときの授業、さぼったの?」

憂「は、はぃ…保健室に行くって言って…」

梓「唯先輩と憂は、昔からずっとそんな感じなんですか?」

和「ええ。物心ついた時から今の今までね…」

171: 2009/12/19(土) 12:44:37.65 ID:CeVfSM5f0
和「でも、まあ、姉妹中が悪いよりは、よっぽどね。」

和「唯を甘やかすのを今の三分の一ぐらいにすれば、
  ちょうど良い按配になるかもしれないわ。」

憂「で、できるかぎり善処します…」

唯「むむぅ…」

律(多分無理だろ…)

172: 2009/12/19(土) 12:49:24.84 ID:CeVfSM5f0
そして-

再び紅い光との邂逅。

『ゆい、あなたたち姉妹は…』

『本当に仲が良いのね。』

唯「へへ…///」

『羨ましいわ…』

精霊の声音が少し暗くなる。

173: 2009/12/19(土) 12:59:16.62 ID:CeVfSM5f0
『愛、というものに一括りされること。』

『これは人間の生が充実するために、
 甚大な割合を占めるのと同時に…』

『これほどまた、当てにならないものもない、
 と考えられてきたわ。』

『人間と人間を結びつける紐帯。』

『同朋意識、家族愛、友情、友愛、忠義、性愛…』

『もっと数多くあり、もっと細かくも分類できるけれど…』

174: 2009/12/19(土) 13:09:05.13 ID:CeVfSM5f0
『感情と強く結びついているこれらは、
 悪を減少させもし、増大させもする。』

『鞴(ふいご)から送られる風が、
 良き鋼と悪き鋼の母であるように、ね。』

『そのため人間は、指導的な原理、
 人間の性質の中でも、最も高尚かつ有意とされる原理を作り出したわ。』

『それはまずは知性としてあらわれ、それは理性として分たれ、
 能動的な、人間が持つ他の性質を統御するものとされた。』

175: 2009/12/19(土) 13:15:36.61 ID:CeVfSM5f0
『ある人間は、感情と理性の関係やバランスを微妙さを説いた。』

『ある人間は、理性の原理の元に壮大な≪倫理の宮殿≫を作り上げた。』

『ある人間は、人間の歴史の背後に理性を見、
 つまり物事の形成の根源であると考えた。』

『そして、多く、神との関係で語られてきた。』

176: 2009/12/19(土) 13:23:00.37 ID:CeVfSM5f0
『絆を作り上げるものと、これをコントロールするもの。』

『人間の絆は深妙なバランス、均衡のもとにあるわ。』

『町々を潤す大河は、町々を滅ぼす龍にもなりかねない。』

『だけれど、心のうちに、愛する人との間に、
 それを持っていたい、と願うもの。』

177: 2009/12/19(土) 13:25:36.46 ID:CeVfSM5f0
『ゆい、良い絆を求めなさい。』

唯「よいきずな?」

『ええ。』

『あなたは良い絆に恵まれすぎているから。』

『それが当たり前のことになっている。』

178: 2009/12/19(土) 13:29:33.32 ID:CeVfSM5f0
『けれど、あなたほど良い絆を持っている人は、そう、いないわ。』

『だからこそ、意識して良い絆を求めなさい。』

『それが、悪を抑える近道の一つになるの。』

唯「…」

自分は、恵まれているのだろうか?

179: 2009/12/19(土) 13:32:17.87 ID:CeVfSM5f0
『さて、次からは本題に入るわ。』

『悪の繁殖、悪を抑えること、そしてー』

『天上のノモスについて。』

『だからこそ、今は眠り、今日の疲れを癒しなさい。』

『≪眠りこそ最大の癒し≫だから。』

180: 2009/12/19(土) 13:39:12.64 ID:CeVfSM5f0
結局、和のもとでの三日間は、ほとんど碌に、
勉強に対して費やされなかった。

そして-

12月22日 秋山家居間

澪「Our nation is at war, against a far-reaching
  network of violence and hatred!」

律「ア、アウア ネーション アト ワー アゲンスト…」

澪「声が小さいっ!」

唯「ひぃぃぃ…」

181: 2009/12/19(土) 13:45:12.27 ID:CeVfSM5f0
律(舌が痛てぇ…)

澪「次、唯!訳してみろ!」

唯「わたしたちのネーションは戦争です、
  ヴァイオレンスとヘイトレッドのファーリーチングなつながりに対して…」

澪「ぜんぜっん駄目だっ!」

澪「いいか、この箇所はだな、
  オバマ大統領の国際的テロに対する…」

182: 2009/12/19(土) 13:52:06.35 ID:CeVfSM5f0
澪「まるまるうまうま…
  あーだこうだあーだこうだ…」

唯「うぅぅぅ…」

律(これは時間がかかりそうだ…)

律「ん?あれは…」

居間の一角に目を向ける律。

一方の梓は、

梓(澪先輩は恋愛と仕事にのめり込みすぎて
  破滅するタイプかも。)

などと思っている。

190: 2009/12/19(土) 16:55:33.88 ID:CeVfSM5f0
律「ゆい、ゆい!」

唯「なあにぃ?」

律「上野介覚悟ぉぉぉぉ!!」

律は抜き身の細長い剣を両手に持ち、唯に飛びかかるようにポーズをとる。
どこから持ち出してきたのだろうか?

唯「内匠頭殿ッ!乱心めされたかあー!」

律「てぃや… 澪「おい。」

191: 2009/12/19(土) 17:02:44.36 ID:CeVfSM5f0
澪から桁外れのプレッシャーを感じる。

澪「ひいお祖父ちゃんの指揮刀で遊ぶなって…」

澪「昔から言ってるだろぅ!!」

ゴツン!

律の脳天に拳骨がおちる。

律「いだっ!!…いだひぃ…」

192: 2009/12/19(土) 17:09:51.05 ID:CeVfSM5f0
澪「まったく…お前は本当に…」

律から指揮刀、つまりサーベルを取り上げ、
近くに落ちていた鞘に刀身を収める。

サーベルは全長90cmくらいだ。
柄には金メッキがかけられており、何かの花を模した意匠が施されている。
鞘は鉄製の簡素なもの。

澪「本当に罰あたりな…」

澪はサーベルを両手で水平に持つと、居間の隅の、違い棚にある木箱中に収める。

193: 2009/12/19(土) 17:15:31.65 ID:CeVfSM5f0
律「だってよぉ…澪が勉強勉強… 澪「私はお前たち二人のことを思  
  ってそうしてるんだ!!」

澪「いいか、バラク(オバマ大統領のことらしい)はな、
  ハワイ時代に少しグレかかった事があったらしい。
  だけれど、彼はそれを乗り越え、真面目に日々…」

唯「澪ちゃん、澪ちゃん。」

澪「ん?なんだ、唯??」

194: 2009/12/19(土) 17:18:28.09 ID:CeVfSM5f0
唯「澪ちゃんのひいお祖父さんってさ、軍人さんだったの」

澪「あ、ああ、そうだぞ。」

律「こいつんちは先祖代々軍人家系だぜ。
  だからこんなに凶暴に育…」

ゴチンッ!!

律に再び鉄拳が降り注ぐ。

律「ひいぃぃ…」

澪「たく、本当に…」

195: 2009/12/19(土) 17:25:30.34 ID:CeVfSM5f0
梓「なんか、かっこよさげですね…」

澪「かっこいい、か。でも、お祖父ちゃんやパパの話では、
  色々と大変なことがあったらしいよ。」

唯「大変なこと??」

澪「具体的にどういうことがあったのかは知らないけど…」

澪「指揮官に任された権限は、大変大きなものだから、
  小さな間違いすら、『致命的な惨事』を引き起こすもとになるんだって。」

唯は紬の父親の話を思い出す。

196: 2009/12/19(土) 17:29:32.37 ID:CeVfSM5f0
澪「それに、ひいお祖父ちゃんは生きて帰ってこれたけれど、
  そうじゃなかった方々もたくさんいらっしゃるから…」

澪はそう言うと、いつになく真剣な顔になる。
澪の表情に見惚れてしまう律と梓。

梓(…////)

律(はっ…いかんいかん…クールにクールに…)

197: 2009/12/19(土) 17:36:09.52 ID:CeVfSM5f0
律「と、純和風少女っぽい澪もクリスマスは祝うんだよなぁ。」

澪「わっ、悪かったな…////」

澪「っと、もうこんな時間か。とりあえずお風呂を沸かすから、順番に入ってくれ。」

律「一緒に…入る…////?」

澪「ばっ…!?そういうのをやめろって言ってるんだ!!」

唯は呟く。

唯「クリスマス…」

紬の家の、クリスマスツリーの装飾はすでに完成している。
しかし、あの木は、『生命の樹』という不可思議な…

198: 2009/12/19(土) 17:47:05.67 ID:CeVfSM5f0
『ふふ…。ゆい、来たわね。』

深夜、秋山家の居間。澪が曽祖父の指揮刀を収めた違い棚の前。
紅い光球が浮かんでいた。その輝きで、部屋の中を仄かに照らす。

『あの黒髪の子の家は代々、高位の軍人の家みたいね。』

唯「うん、そうみたい。ムギちゃんちもそうだったけど、
  ウチみたいなフツーの家とは大違いだね。」

『そんなことはないわ。あなたのご先祖様にも何人か軍人がいたわよ。
 下士官や兵卒だったようだけれど。』

199: 2009/12/19(土) 17:53:27.13 ID:CeVfSM5f0
唯「え?」

『その人間の魂の、いろ・かたちを見れば…数代前の先祖達が
 どのような人物だったかくらいは読み取れるもの。』

『だから、これから話すことのために、
 あなたのご先祖を例にとらせてもらうわね。』

『ふぅ…』

精霊は一息つく。

『あの黒髪の子の先祖の中には、少なくとも、ここ百年五十年、
 人を殺めた人間はいないわ。』

『士官、つまり将校の職務は基本的に、
 実際の戦闘を行うことではなく、その指揮と上位指揮官の補佐。』

200: 2009/12/19(土) 18:01:02.57 ID:CeVfSM5f0
『そして…よく聞きなさい。』

『ゆい、あなたの曽祖父の一人は、兵卒及び下士官として、
 約四十人ほどの人間の命を奪ったわ。』

『そのうちの半数はその武器で、もう半数は敵艦を撃沈させたことによるもの。』

唯「え…」

唯の両目が驚きで見開かれる。

唯「うそ…」

唯は曽祖父四人全員と面識はなく、どのような人物だったかも全く知らない。
だから、このうちの誰のことについて言われているのかすら、わからない。

201: 2009/12/19(土) 18:08:32.82 ID:CeVfSM5f0
『国や民族のための殺人は、古来から、名誉なことだと考えられてきたけれど…』

『しかし、殺人であることに変わりはないわ。』

『これをどう考えるかはあなた次第。』

『だけれど、国と呼ばれるもの、企業と呼ばれるもの、
 教団と呼ばれるもの…もっと数多くあるわ。』

『つまり共同体と呼ばれるものは、その構成員に対して、
 ある一定の価値を持つことを要求し、
 それを拒否するものには、ひどいときには無理にこれを強制する。』

202: 2009/12/19(土) 18:18:58.02 ID:CeVfSM5f0
『私は前に言ったわね、個人の目的が集団の目的に束ねられるとき、
 そのときに起こる悪のことを。』

『個人の目的が集団の目的の一束とされるのは、
 それが良きことを生み出すから。』

『その一方で、人間は悪や不幸、つまり厭わしいものと
 無関係ではありえない。』

唯は虚空を見つめたまま。

203: 2009/12/19(土) 18:21:00.48 ID:CeVfSM5f0
『そして…』

『悪を抑制する方法は、≪否定≫であったわ。ずっと、ずっと…ね。』

『進歩や啓蒙は、いわば、否定のもとの飛躍。』

『素晴らしい腕持つ匠が、木片を削り取ることによって
 神々の像を生み出すように、ね。』

『しかし、これは邪魔な者の排除にも至りえる。』

『これを十全に認識しなかったために、前世紀の多くの指導者が
 恐ろしい悲惨を作り出してしまった。』

206: 2009/12/19(土) 18:32:05.08 ID:CeVfSM5f0
『大地のノモスには限界がある。』

『ここ数百年来、人間は、大地のノモスを精緻してきたわ。』

『法、及びそれに定められた制度という一種の機械の精密化のこと。
 そして、それらを受け入れえる人間を作り出すこと。』

唯「…」

唯は言葉を発せぬまま。

『ゆい、あなたが、曽祖父の行為を受け止めることは必要かもしれないけれど、
 そのために、あなたが罰をうける必要性は全くないわ。』

『明日、≪天空のノモス≫について教えましょう。』

『そして≪生命の実≫をその手に取るかどうか…』

『ゆい、あなたが決めなさい。』

209: 2009/12/19(土) 18:38:25.23 ID:CeVfSM5f0
か、ちゃ…

澪「ん?」

ドアの開く音で澪は目を覚ます。

唯が部屋に戻ってくるのが、うっすらとわかる。

澪「唯、トイレ…か?」

唯「…」

唯は答えない。

210: 2009/12/19(土) 18:41:21.33 ID:CeVfSM5f0
唯はそのまま、澪のベッドの横にしかれた布団に
頭まですっぽりと包まってしまう。

澪「唯?」

唯は答えない。

212: 2009/12/19(土) 18:47:26.68 ID:CeVfSM5f0
翌日の唯も口数は少ないままだった。

澪が律にそのことについて漏らす。

律「ここ一週間ぐらい、
  様子がおかしいといえばそうだったような…」

澪「悩み、かな?」

律「かもな…」

律「よし!」

213: 2009/12/19(土) 18:56:24.19 ID:CeVfSM5f0
唯は秋山家の縁側で、ぼーっと空を眺めている。

唯「ふぅ…」

律「よっこらしょっと、な。」

唯の横に腰を下ろす律。

律「唯よ…」

律が突然、そう切り出す。

律「オトコか?」

唯「…」

唯「え…?」

214: 2009/12/19(土) 18:58:28.24 ID:CeVfSM5f0
律「成績か?友達か?ギターの技量のことか?」

唯「えっとね…話がよくわかんない…」

律「あーー!!もうっ!!」

律「最近お前がおかしいから、それについて心配してんだよ!!」

ぶっちゃける律。

215: 2009/12/19(土) 19:05:09.97 ID:CeVfSM5f0
唯「!!」

唯「そっか…」

唯は律に顔を向ける。

唯「わたし、自分ことばっかり考えてたね。」

律「は、はい??」

唯「うん。」

律「唯さん??」

唯「うん、うん。」

律「…」

216: 2009/12/19(土) 19:11:14.92 ID:CeVfSM5f0
そして、日は落ち宵闇の中-

唯「天上のノモス-」

唯「教えてくれる…?」

『ええ、そのつもりよ。』

『…聞きなさい。』

217: 2009/12/19(土) 19:15:08.65 ID:CeVfSM5f0
『明後日はクリスマス。イエスの誕生日とされた日。』

『≪救世主の心持つ皇帝≫という造語があるわ。』

『地上の神、とでも言えばよいのかしら。つまり…』

『人間の進歩ないし進化をいっそう進めることによって、
 人間の社会がましなものになる、ということだけれど…』

『これがもし実現するというのなら、いったいどのくらいの人間が
 そのための人柱にならなければならないんでしょう?』

219: 2009/12/19(土) 19:22:01.04 ID:CeVfSM5f0
『≪天上のノモス≫は、大地からの飛翔では無いし、
 また、大地を這うことが悪しきことでもない。』

『≪天上のノモス≫は、数数多(あまた)における調和。
 天上の音楽のこと。』

『楽器を演奏するあなたならわかるでしょう?
 多くの音源と声音が一つの楽曲を形作る。』

『ある楽器とある楽器の音と音の結びつき。
 あるフレーズと別のフレーズの結びつき。』

『変奏、変調さえも楽曲の調和の材料となる。』

221: 2009/12/19(土) 19:30:36.77 ID:CeVfSM5f0
『狂おしいほどの生の追求によっても、理性の冷徹な支配によっても、
 悪は克服されない。
 悪を迷信としたり、認識的な間違いとしたりすることは
 結局、遠近法的な逃避でしかない。』

『ゆい、ムーサとなり調和のために尽くしてごらんなさい。』

唯「私に、できるかな…」

『難しいことではないわ。あなたの人生の実現のうちで調和を進めなさい。
 何事においても最大の困難は、継続することにまつわる困難よ。』

『自然が隠れることを好み永遠に流転するけれど…』

『調和もまた、永遠に自然の諸物を他の諸物と結びつけることでしょう。』

223: 2009/12/19(土) 19:33:49.57 ID:CeVfSM5f0
紅い精霊はそういうと、ゆっくりと唯から離れていく。

『お別れが近いようね。』

『明日、生命の樹の下で…』

『あなたに生命の実をみせてあげましょう。』

そうい言い終えると、唯の前から姿を消した。

唯「ふぅ。」

唯は一息吐き出す。

唯「寝よっと♪」

225: 2009/12/19(土) 19:36:34.53 ID:CeVfSM5f0
-エピローグ-

12月24日の夕刻、琴吹家にてクリスマスパーティを楽しむ唯達。

軽音部員達も憂も和も各々が気ままに楽しむ。

広場の中央にはあのクリスマスツリー。

唯はツリーへと近づく。

226: 2009/12/19(土) 19:40:52.93 ID:CeVfSM5f0
高さ3mほどのツリーには、典型的なクリスマス装飾で飾られ、
大きめのダイオードたちが、様々な色に輝いている。

しかし、目を凝らせどあの紅い光球の姿はない。

そのとき、唯の背後から声がする。

「生命の実を受け取りに来たようね。」

振り向けば、あの銀髪の女性。

227: 2009/12/19(土) 19:44:49.53 ID:CeVfSM5f0
唯「え…」

白銀「安心して、私はあの子の姉妹だから。」

唯「あの子…堀江さん?」

白銀「ホーリ…いえ、堀江でいいわ。」

なぜ人間であるこの女性とあの精霊が、≪姉妹≫なのだろうか?
しかし、唯はそのことについて問うてはいけないような気がした。

228: 2009/12/19(土) 19:50:55.31 ID:CeVfSM5f0
白銀「そろそろ時間かしら?」

白銀「お嬢さん、生命の樹の頂点を見てみなさい。」

言われるまま、唯がツリーの樹の天辺に目を向ける。

ツリーの頂点には球形の飾り球らしきものが設置されている。
その刹那、飾り球に紅い輝きが宿る。
そして、飾り球はゆっくりと下降をはじめた。

唯「え?」

229: 2009/12/19(土) 20:03:05.59 ID:CeVfSM5f0
白銀「両手を差し出して御覧なさい。」

唯は言われるまま、両手で"器"をつくる。
そして、飾り球が唯の手の内に収まる。

飾り球から紅い光が分たれる。
すると、瞬時にかたちを変え、淡い黄金色に輝きはじめる。
林檎とも柑橘類とも見分けのつかぬ、果物のような物体。

『それが≪生命の実≫。かつてはアンブロージアとも呼ばれた果実よ。』

紅い光球から、あの精霊の声が聞こえる。

230: 2009/12/19(土) 20:10:34.50 ID:CeVfSM5f0
白銀「さる稀代の天才錬金術師が作り出した作品のなかでも
   特に傑出したものよ。大事に扱いなさぁい。」

紅い精霊は銀髪の女性のすぐ横に浮かんでいる。

『まあ、ゆいに任せるのだわ。
 ゆい、それをあなたにあげましょう。
 その生命の実は、人間の意志をどのようにでも具現化できるものよ。』

唯「…」

『どうしたの?』

唯「どうやって使うの?
  食べればいいのかな??」

『ふふ…好きなように、あなたの望むようにして頂戴。』

231: 2009/12/19(土) 20:13:34.37 ID:CeVfSM5f0
唯「!!」

唯「じゃあ…」

唯は瞳を閉じる。
生命の実の輝きが黄金色から白銀色に変わり、
さっと、まばゆく光ったと思うと、唯の手の中から消えてしまった。

そして-

232: 2009/12/19(土) 20:16:04.24 ID:CeVfSM5f0
梓「!!」

梓「あっ!雪!ゆきですよっ!」

梓が上空からちらつき始めた粉雪に気がつく。

紬「ナイスタイミングね♪」

澪「♪~」

何やらノートに書き取り始める澪。

233: 2009/12/19(土) 20:27:29.15 ID:CeVfSM5f0
律「ホワイトクリスマスねぇ…」

和「わたし、生まれて始めてだわ。」

憂「おねーーちゃん!雪だよっ!!」

少しはなれたところにいる憂が唯に呼びかける。

唯「うんっ!」

憂の方へと駆け出す唯。

白銀「もったいないことするわねぇ。
   不氏にもなれる魔力を持つ果実だったのに。」

『あれでいいのだわ。ゆいは、それよりも…
 皆に喜んでもらえることを選んだのだから。』

クリスマスイブの日に、雪は一晩中、京都の街へと舞い散っていた。


ちなみに、年明けのテストで再びワースト10に入ってしまった唯と律が、
他の五人とともに、さわ子のいい性玩具(おもちゃ)にされたことは、また別のお話。

234: 2009/12/19(土) 20:30:12.54 ID:CeVfSM5f0
おしまい。
言い訳としては、錬金術や先鋭科学をもとにしたSSやラノベがあるのだから
倫理学をもとにしたそれがあってもいいだろと思って書いてみただけ。

最後に
津軽良いとこ一度はおいで

235: 2009/12/19(土) 20:31:59.21 ID:HoC6ZvDcO

引用元: 唯「天上のノモス!」