1:◆myeDGGRPNQ 2009/12/25(金) 16:02:34.50 ID:zRFwF+5w0 BE:3117636498-2BP(2050)
部屋は 暗い
家は 暗い
心は 暗い
総てが 暗い
なにも頼れない
頼るコトなんてできはしない
私は 独りだ
泣いても
笑っても
怒っても
どうあっても――
誰かが 私を 助けてくれるまで
暗い部屋で 私は独り 泣いていた
家は 暗い
心は 暗い
総てが 暗い
なにも頼れない
頼るコトなんてできはしない
私は 独りだ
泣いても
笑っても
怒っても
どうあっても――
誰かが 私を 助けてくれるまで
暗い部屋で 私は独り 泣いていた
4: 2009/12/25(金) 16:08:02.41 ID:zRFwF+5w0 BE:519606926-2BP(2050)
外は風が吹いている。
窓から見えた木の葉は頼りなく、ふわりと揺れている。
茶色の木の葉は、おそらく明日には木から離れてしまうのだろう。
「ムギちゃんのお茶、美味しいね~」
「ですね。シュークリームも美味しいですしね」
「カスタードうめえ!」
「たくさん食べてね」
……ここは音楽準備室で、私たちは軽音部だ。
それを知らない人が見たら、ここはどう映るのだろうか。
きっと、喫茶部とでも言われてしまうのだろう。
練習なんて、ここ三日行っていない。
というのも、最近は軽音部のメンバーが昔話をすることが定例的になっているからだ。おとといは
紬が話し、昨日は律が話した。
二人とも、辛い過去があったのだ。
そして、楽しい意味がある。
「だからさ、私の話も聞いてくれないかな?」
私にも話すことが、あるのだから。
窓から見えた木の葉は頼りなく、ふわりと揺れている。
茶色の木の葉は、おそらく明日には木から離れてしまうのだろう。
「ムギちゃんのお茶、美味しいね~」
「ですね。シュークリームも美味しいですしね」
「カスタードうめえ!」
「たくさん食べてね」
……ここは音楽準備室で、私たちは軽音部だ。
それを知らない人が見たら、ここはどう映るのだろうか。
きっと、喫茶部とでも言われてしまうのだろう。
練習なんて、ここ三日行っていない。
というのも、最近は軽音部のメンバーが昔話をすることが定例的になっているからだ。おとといは
紬が話し、昨日は律が話した。
二人とも、辛い過去があったのだ。
そして、楽しい意味がある。
「だからさ、私の話も聞いてくれないかな?」
私にも話すことが、あるのだから。
6: 2009/12/25(金) 16:11:48.99 ID:zRFwF+5w0 BE:433005825-2BP(2050)
「澪ちゃん、どうしたの?」
「……私も、昔の話をしようかなって」
カップをソーサーに置き、溜息をつくように答える。
唯は可愛らしい目を伏せて、いいの? と問う。
いいさ、と簡単に答える。
「澪、本当に――」
「いいんだよ。ムギもお前も話してくれたんだから、私もみんなに話したい」
私の昔話。
今はもう、過去のものとなった自分のこと。
大切な人が側にいなくては、どうにもならなかった。あの時の話を。
目を瞑って、言葉を紡ぐ。
「――私が、馬鹿な子供だったころの話だよ」
外からの風切り音だけが、私の耳に聞こえた。
「……私も、昔の話をしようかなって」
カップをソーサーに置き、溜息をつくように答える。
唯は可愛らしい目を伏せて、いいの? と問う。
いいさ、と簡単に答える。
「澪、本当に――」
「いいんだよ。ムギもお前も話してくれたんだから、私もみんなに話したい」
私の昔話。
今はもう、過去のものとなった自分のこと。
大切な人が側にいなくては、どうにもならなかった。あの時の話を。
目を瞑って、言葉を紡ぐ。
「――私が、馬鹿な子供だったころの話だよ」
外からの風切り音だけが、私の耳に聞こえた。
7: 2009/12/25(金) 16:16:46.08 ID:zRFwF+5w0 BE:692807982-2BP(2050)
「みおちゃん! おままごとしよう!」
「うん!」
幼いころの私、秋山澪は社交的だった。
男の子でも女の子でも、一緒に遊んでくれる人ならば怖くもなかった。
だって、私に好意を持ってくれているのだもの。それを邪険にする理由なんてない筈だ。
というより。
幼稚園児にとって、世界というモノは悉くが『自らを愛してくれている』と考えている。私も
そう考えていたし、きっと周りの子供たちも考えていた筈だ。
母も父も、祖父も祖母も、なにもかもが自分を愛して尊んでくれるものだと考えているのだ
から、自分から世界を遠ざけるコトなんてしない。する必要がないからだ。
故に私は、外部の人間と触れることが楽しかった。
「みおちゃんって可愛いよね~」
「ありがと! ママも私の髪、きれいって言ってくれるの!」
にこり、と笑って話をする。
ほめてくれるのは、本当に気持ちがいい。
――褒めてくれるのは、ホントに――気分がいい。
「うん!」
幼いころの私、秋山澪は社交的だった。
男の子でも女の子でも、一緒に遊んでくれる人ならば怖くもなかった。
だって、私に好意を持ってくれているのだもの。それを邪険にする理由なんてない筈だ。
というより。
幼稚園児にとって、世界というモノは悉くが『自らを愛してくれている』と考えている。私も
そう考えていたし、きっと周りの子供たちも考えていた筈だ。
母も父も、祖父も祖母も、なにもかもが自分を愛して尊んでくれるものだと考えているのだ
から、自分から世界を遠ざけるコトなんてしない。する必要がないからだ。
故に私は、外部の人間と触れることが楽しかった。
「みおちゃんって可愛いよね~」
「ありがと! ママも私の髪、きれいって言ってくれるの!」
にこり、と笑って話をする。
ほめてくれるのは、本当に気持ちがいい。
――褒めてくれるのは、ホントに――気分がいい。
8: 2009/12/25(金) 16:20:28.72 ID:zRFwF+5w0 BE:1515517875-2BP(2050)
私の黒髪は、母譲りのモノだ。
シルクのようにきめの細かい髪質。
まるで暗黒のような、黒く、美しい色。
私にとって、この髪は宝物だった。
母も、私の髪を大切にしてくれていて、毎日櫛を通してくれた。
その時間は、私が世界で一番気持ちがいいと思う瞬間だ。
「みおちゃんはお母さん役ね」
「いいよ!」
母のような人間になりたい。
そう思っている私は、ままごとでも母役を志願していた。
母のように、料理が上手になりたい。
母のように、優しくありたい。
そう思ったからだろう。
シルクのようにきめの細かい髪質。
まるで暗黒のような、黒く、美しい色。
私にとって、この髪は宝物だった。
母も、私の髪を大切にしてくれていて、毎日櫛を通してくれた。
その時間は、私が世界で一番気持ちがいいと思う瞬間だ。
「みおちゃんはお母さん役ね」
「いいよ!」
母のような人間になりたい。
そう思っている私は、ままごとでも母役を志願していた。
母のように、料理が上手になりたい。
母のように、優しくありたい。
そう思ったからだろう。
9: 2009/12/25(金) 16:25:32.30 ID:zRFwF+5w0 BE:606208027-2BP(2050)
夕日が落ちてくると、母が迎えに来てくれる。
みお、と私の名前を呼んで母が手を振る。
私もそれに倣って手を振って母の元へと走る。
「ママー!」
「あらあら、澪は甘えん坊ね」
それでも、母は私を抱いて帰り道を歩く。
母の匂いは、本当にいい匂いでいつまでも嗅いでいたいと思った。
幼心に、私は母がどれだけ強い人かを知っていたからだ。
家に帰れば、ほんの少しの我慢が必要になる。
外では社交的でも、家では静かにならざるを得ない。
母も家に近づくにつれて、表情が暗くなる。
「ママ?」
「――!
澪ちゃん、今日はカレーだからね」
私に暗い顔を見せないようにとする母の顔。
それを見るのが、なによりも辛かった。
だって――きっと私もそんな顔をしていると思うから。
みお、と私の名前を呼んで母が手を振る。
私もそれに倣って手を振って母の元へと走る。
「ママー!」
「あらあら、澪は甘えん坊ね」
それでも、母は私を抱いて帰り道を歩く。
母の匂いは、本当にいい匂いでいつまでも嗅いでいたいと思った。
幼心に、私は母がどれだけ強い人かを知っていたからだ。
家に帰れば、ほんの少しの我慢が必要になる。
外では社交的でも、家では静かにならざるを得ない。
母も家に近づくにつれて、表情が暗くなる。
「ママ?」
「――!
澪ちゃん、今日はカレーだからね」
私に暗い顔を見せないようにとする母の顔。
それを見るのが、なによりも辛かった。
だって――きっと私もそんな顔をしていると思うから。
10: 2009/12/25(金) 16:29:30.97 ID:zRFwF+5w0 BE:346404342-2BP(2050)
玄関のドアを開けると、ひんやりとした空気を感じる。
自分の家だというのに、どうしてもこの厭な感じが抜けない。
靴を脱ぐ。
きっちりと、揃えて。
そうしないと――
手を洗って、うがいをする。
大きな音なんて立てられない。
そうしないと――
幼稚園の制服を脱いで、普段着に着替える。
もたもたなんてしていられない。
そうしないと――
夕食ができるまで、本を読んで過ごす。
テレビなんてつけられない。
そうしないと――
「……あの人に、叩かれる――」
母も、それに怯えて静かにしていた。
目を伏せて、私に笑いかけてもくれない。
それがこの家のルールだった。
自分の家だというのに、どうしてもこの厭な感じが抜けない。
靴を脱ぐ。
きっちりと、揃えて。
そうしないと――
手を洗って、うがいをする。
大きな音なんて立てられない。
そうしないと――
幼稚園の制服を脱いで、普段着に着替える。
もたもたなんてしていられない。
そうしないと――
夕食ができるまで、本を読んで過ごす。
テレビなんてつけられない。
そうしないと――
「……あの人に、叩かれる――」
母も、それに怯えて静かにしていた。
目を伏せて、私に笑いかけてもくれない。
それがこの家のルールだった。
11: 2009/12/25(金) 16:33:25.34 ID:zRFwF+5w0 BE:1948523459-2BP(2050)
「澪ー、ご飯できたわよー」
小さな声で母が私に教えてくれる。
鼻腔を擽る香りは、確かにカレーのモノだ。
そのうえ、母が庭で作ったトマトを使ったサラダもある。
私は、母が作った野菜が大好きだ。
思わず――声が漏れた。
歓喜の声。
5歳の子供が、好物を見たときにあげる。当たり前の声。
それが、この家ではタブーだ。
どうしてか――。
「おい、うるせえぞ!」
二階にいる――あの人の癇に障る行為だからだ。
「……澪、ごめんね。
パパには、あとで言っておくからね」
そうだ。
今の怒鳴り声は、私の実の父の声なのだ。
小さな声で母が私に教えてくれる。
鼻腔を擽る香りは、確かにカレーのモノだ。
そのうえ、母が庭で作ったトマトを使ったサラダもある。
私は、母が作った野菜が大好きだ。
思わず――声が漏れた。
歓喜の声。
5歳の子供が、好物を見たときにあげる。当たり前の声。
それが、この家ではタブーだ。
どうしてか――。
「おい、うるせえぞ!」
二階にいる――あの人の癇に障る行為だからだ。
「……澪、ごめんね。
パパには、あとで言っておくからね」
そうだ。
今の怒鳴り声は、私の実の父の声なのだ。
12: 2009/12/25(金) 16:39:00.71 ID:zRFwF+5w0 BE:1732020285-2BP(2050)
こどもにとって、父という存在はどういったものなのだろうか。
大好きなサラダを食べながら、そんなことを考える。
私にとって、父とは嫌悪と恐怖の対象でしかない。
物心ついてから、一度として頭をなでられたことがないからだ。
あるのは、ひたすらの怒号と暴力じみた行為だけ。
ときには物を使って叩かれたこともあった。
泣けば、それはエスカレートする。
彼にとって、子供というのは動物でしかないのだ。
頃したら、自分の立場が危うくなってしまう。だから、生かしておく。そこに愛情なんてなにも
ない。
自分の都合と、自らの業を、私という弱い存在に八つ当たりしているだけだ。
「美味しい?」
「……うん」
涙が、目に溜まる。
どうして母は、私に笑いかけてくれるのだろうか。
私が邪魔ならば、父同様態度に示してくれればいいのに。
愛してくれるから。
私も――愛してしまうではないか。
大好きなサラダを食べながら、そんなことを考える。
私にとって、父とは嫌悪と恐怖の対象でしかない。
物心ついてから、一度として頭をなでられたことがないからだ。
あるのは、ひたすらの怒号と暴力じみた行為だけ。
ときには物を使って叩かれたこともあった。
泣けば、それはエスカレートする。
彼にとって、子供というのは動物でしかないのだ。
頃したら、自分の立場が危うくなってしまう。だから、生かしておく。そこに愛情なんてなにも
ない。
自分の都合と、自らの業を、私という弱い存在に八つ当たりしているだけだ。
「美味しい?」
「……うん」
涙が、目に溜まる。
どうして母は、私に笑いかけてくれるのだろうか。
私が邪魔ならば、父同様態度に示してくれればいいのに。
愛してくれるから。
私も――愛してしまうではないか。
14: 2009/12/25(金) 16:44:40.51 ID:zRFwF+5w0 BE:1039213038-2BP(2050)
「……そろそろパパにご飯、持っていかなくちゃね」
母が席を立ち、父の分のカレーをよそる。
毎日繰り返されてきた、この動作。
母にとって、父とはどんな存在なのだろう。
絶対に、幸せではない筈だ。
父が、母に対して暴力をふるったことは、私だってよく知っている。母が、それでも笑っている
から父は矛先を私に向けたのだから。
階段を上がる音だけが聞こえる。
静寂が、こんなにも怖い。
幼稚園の喧騒が、夜になれば懐かしく感じる。
スプーンを持つ手が震える。
涙で、視界が歪む。
バシン、という音が家に響く。
次いで、なにかが割れた音がする。
――ああ。
どうして、私の家族はこんなにもおかしいのだろうか。
「やだ……やだよ……。こんなの……」
母が席を立ち、父の分のカレーをよそる。
毎日繰り返されてきた、この動作。
母にとって、父とはどんな存在なのだろう。
絶対に、幸せではない筈だ。
父が、母に対して暴力をふるったことは、私だってよく知っている。母が、それでも笑っている
から父は矛先を私に向けたのだから。
階段を上がる音だけが聞こえる。
静寂が、こんなにも怖い。
幼稚園の喧騒が、夜になれば懐かしく感じる。
スプーンを持つ手が震える。
涙で、視界が歪む。
バシン、という音が家に響く。
次いで、なにかが割れた音がする。
――ああ。
どうして、私の家族はこんなにもおかしいのだろうか。
「やだ……やだよ……。こんなの……」
15: 2009/12/25(金) 16:48:43.84 ID:zRFwF+5w0 BE:649508235-2BP(2050)
――私は、父が何をしているのかを知らない。
どうして部屋に籠っているのか。
どうして私たちを殴るのか。
わからないのだ。
知らないのだ。
理由なき暴力を、受け止めなければならない。
そんなのは、どう考えてもおかしい。
「ママ……」
「どうしたの? おかわり?」
いつもと変わらぬ笑顔を、母は浮かべている。
それで――私が安心するとでも思っているのだろうか。
むしろ逆だ。
不安になってくる。
人間味がないから。
母は、はたして感情を持った人間なのかという思いが積み重なる。
――私の家族は、皆が壊れている。
私の母は、『いつだって』笑っていて。
私の父は、『いつだって』怒っていて。
私は――『家では』いつだって怯えていた。
そうして、私は人が恐ろしくなっていった。
どうして部屋に籠っているのか。
どうして私たちを殴るのか。
わからないのだ。
知らないのだ。
理由なき暴力を、受け止めなければならない。
そんなのは、どう考えてもおかしい。
「ママ……」
「どうしたの? おかわり?」
いつもと変わらぬ笑顔を、母は浮かべている。
それで――私が安心するとでも思っているのだろうか。
むしろ逆だ。
不安になってくる。
人間味がないから。
母は、はたして感情を持った人間なのかという思いが積み重なる。
――私の家族は、皆が壊れている。
私の母は、『いつだって』笑っていて。
私の父は、『いつだって』怒っていて。
私は――『家では』いつだって怯えていた。
そうして、私は人が恐ろしくなっていった。
18: 2009/12/25(金) 16:55:15.83 ID:zRFwF+5w0 BE:606208027-2BP(2050)
心が成長していくにつれて、人は『相手の顔色を見ること』を覚える。
自分勝手な考えと振る舞いを、皆が続けていけば社会は成り立たない。自分自身が妥協をする
ことで、物事が上手くいくことが殆どだからだ。
本来ならば、それを知るのは小学校に入ってからだ。
接していく社会が狭い場では、顔色を窺わずに、素の自分でいることができる。
しかし、それが広がっていけばそうはいかない。故に、対応していくのだ。
……それが早いか遅いかは、それぞれの家庭によるものが大きいだろう。
私は、どちらかといえば早かった。
勝手な振る舞いをすれば、痛い思いをする。
――そんな、動物じみた考えを刷り込まれた私が社交性を失っていくのは当たり前ともいえた。
「みおちゃん! ドッヂボールしようよ!」
「……私は、いいよ」
「みおちゃん! 砂場で遊ぼう!」
「……ごめんね」
こうして私は人を遠ざけていった。
心が成長すればするほど、私は独りでいるようになったのだ。
自分勝手な考えと振る舞いを、皆が続けていけば社会は成り立たない。自分自身が妥協をする
ことで、物事が上手くいくことが殆どだからだ。
本来ならば、それを知るのは小学校に入ってからだ。
接していく社会が狭い場では、顔色を窺わずに、素の自分でいることができる。
しかし、それが広がっていけばそうはいかない。故に、対応していくのだ。
……それが早いか遅いかは、それぞれの家庭によるものが大きいだろう。
私は、どちらかといえば早かった。
勝手な振る舞いをすれば、痛い思いをする。
――そんな、動物じみた考えを刷り込まれた私が社交性を失っていくのは当たり前ともいえた。
「みおちゃん! ドッヂボールしようよ!」
「……私は、いいよ」
「みおちゃん! 砂場で遊ぼう!」
「……ごめんね」
こうして私は人を遠ざけていった。
心が成長すればするほど、私は独りでいるようになったのだ。
20: 2009/12/25(金) 17:00:12.94 ID:zRFwF+5w0 BE:1732020285-2BP(2050)
家でも、幼稚園でも、私は独りで遊んでいる。
「……」
口数も少なくなっていった。
時折、幼稚園の先生が心配して声をかけてくれる。
大丈夫?
その言葉が、恐ろしい。
聞かないで。
私は――大丈夫じゃない。
でも……。それを言ったらもっと怖い目にあう。
だから――私は大丈夫だと答えるしかないのだ。
他人の顔色ではなく、私は自分の顔色を窺うようになった。
自分がどうしたいのか。
それは――私が行ってもいい事柄なのか。
小学校に上がるまでに、私の性格と人格はほぼ完全に構成されていた。
人を恐れて。
人を遠ざけて。
人を――憎んだ。
母は、それでも笑っていた。
「……」
口数も少なくなっていった。
時折、幼稚園の先生が心配して声をかけてくれる。
大丈夫?
その言葉が、恐ろしい。
聞かないで。
私は――大丈夫じゃない。
でも……。それを言ったらもっと怖い目にあう。
だから――私は大丈夫だと答えるしかないのだ。
他人の顔色ではなく、私は自分の顔色を窺うようになった。
自分がどうしたいのか。
それは――私が行ってもいい事柄なのか。
小学校に上がるまでに、私の性格と人格はほぼ完全に構成されていた。
人を恐れて。
人を遠ざけて。
人を――憎んだ。
母は、それでも笑っていた。
21: 2009/12/25(金) 17:04:45.06 ID:zRFwF+5w0 BE:692809128-2BP(2050)
新しい、ピカピカのランドセル。
可愛い赤色のランドセル。
それを見て、私は空想した。
父が笑って私の頭を撫でてくれる。
母もホントの笑顔を浮かべてくれる。
私も希望を持って学校へと向かう。
そんな、叶わない幻想じみた空想を浮かべた。
笑ってしまう。
叶わない夢なんて、現実とならない思いなんてないのと、同じだ。
赤いランドセルを抱えて思う。
「私にも、友達、できるのかな」
私の本心をぶつけられる。
そんな友達――親友が、私にもできるのだろうか。
小学校の入学式前日、私はそんなことを思いながら眠りについた。
可愛い赤色のランドセル。
それを見て、私は空想した。
父が笑って私の頭を撫でてくれる。
母もホントの笑顔を浮かべてくれる。
私も希望を持って学校へと向かう。
そんな、叶わない幻想じみた空想を浮かべた。
笑ってしまう。
叶わない夢なんて、現実とならない思いなんてないのと、同じだ。
赤いランドセルを抱えて思う。
「私にも、友達、できるのかな」
私の本心をぶつけられる。
そんな友達――親友が、私にもできるのだろうか。
小学校の入学式前日、私はそんなことを思いながら眠りについた。
22: 2009/12/25(金) 17:14:26.37 ID:zRFwF+5w0 BE:1558818566-2BP(2050)
ひらり、と桜の花びらが髪につく。
上を見ると、桜の花が満開になっていた。
「ずいぶん長い桜の花ね。
もう、4月にはほとんど散ってしまうだろうに」
母もそれを見て和んだ顔になった。
少しだけ、本当の表情だ。
私の顔も綻ぶ。
クラスの表を見ると、1年3組に名前が書いてあった。
母の手を取って、その教室へと向かう。
――足が、震えた。
たくさんの子供、大人。
つまるところ、人、ひと、ヒト、他人――。
顔が蒼くなり、それでも母に悟られず席に座った。
出席番号1番、秋山澪。
そう机にシールが貼ってあった席に俯きながらもだ。
上を見ると、桜の花が満開になっていた。
「ずいぶん長い桜の花ね。
もう、4月にはほとんど散ってしまうだろうに」
母もそれを見て和んだ顔になった。
少しだけ、本当の表情だ。
私の顔も綻ぶ。
クラスの表を見ると、1年3組に名前が書いてあった。
母の手を取って、その教室へと向かう。
――足が、震えた。
たくさんの子供、大人。
つまるところ、人、ひと、ヒト、他人――。
顔が蒼くなり、それでも母に悟られず席に座った。
出席番号1番、秋山澪。
そう机にシールが貼ってあった席に俯きながらもだ。
23: 2009/12/25(金) 17:16:38.08 ID:zRFwF+5w0 BE:1169114639-2BP(2050)
教室の端で、大きな声を出している子がいる。
茶色がかった、短い髪をカチューシャで上げている女の子。見ようによっては男の子にも見える
その子は、私を見るや否や走ってこう言った。
「――綺麗な髪だねー!!」
長らく褒められなかった、私という存在。
自慢だった筈なのに――私は赤くなった。
母と同じ、漆黒の髪は誇りだった筈なのに、恥ずかしかった。
周りの人たちは、私のことを見る。
たまらず、小さな手で髪を隠そうとした。
涙目になって、どうにもならなくなる。
その子の名札には『田井中律』と書いてある。
彼女は――こんなにも情けない私にも、屈託のない笑顔を向けてくれた。
外では桜が舞っている。
私と律が、初めて会ったのはそんな日だった。
茶色がかった、短い髪をカチューシャで上げている女の子。見ようによっては男の子にも見える
その子は、私を見るや否や走ってこう言った。
「――綺麗な髪だねー!!」
長らく褒められなかった、私という存在。
自慢だった筈なのに――私は赤くなった。
母と同じ、漆黒の髪は誇りだった筈なのに、恥ずかしかった。
周りの人たちは、私のことを見る。
たまらず、小さな手で髪を隠そうとした。
涙目になって、どうにもならなくなる。
その子の名札には『田井中律』と書いてある。
彼女は――こんなにも情けない私にも、屈託のない笑顔を向けてくれた。
外では桜が舞っている。
私と律が、初めて会ったのはそんな日だった。
36: 2009/12/25(金) 18:04:47.02 ID:zRFwF+5w0 BE:1558818566-2BP(2050)
私と律が仲良くなるのに、時間はいらなかった。
律はいつだって全力な女の子だった。
勉強も、運動も、なにもかも。
本気でやりとおす。そんな人間だったのだ。
故に、彼女には嘘がなかった。
取り繕う体裁も、誤魔化すための嘘も。
なにもかもなかった。
ならば、私は律に付いていく以外にない。
怖くない人間。
叩かない人間。
愛してくれる人間。
そんな人が、本当を見せてくれる人が欲しかったのだ。
「りっちゃん。私ね、絵を描いたの」
「マジで! 見せてよ、見せてよ!」
「恥ずかしいけど、りっちゃんならいいよ。はい」
「うめえええええ!!!!!!! 澪ちゃんはすごいんだな!!!!」
暑苦しいくらい、彼女は私に接してくれた。
――くれた?
否、それは違う。
彼女にとって、それが普通なのだ。
ひまわりのような笑顔を見ると、家のことを忘れていられた。
律はいつだって全力な女の子だった。
勉強も、運動も、なにもかも。
本気でやりとおす。そんな人間だったのだ。
故に、彼女には嘘がなかった。
取り繕う体裁も、誤魔化すための嘘も。
なにもかもなかった。
ならば、私は律に付いていく以外にない。
怖くない人間。
叩かない人間。
愛してくれる人間。
そんな人が、本当を見せてくれる人が欲しかったのだ。
「りっちゃん。私ね、絵を描いたの」
「マジで! 見せてよ、見せてよ!」
「恥ずかしいけど、りっちゃんならいいよ。はい」
「うめえええええ!!!!!!! 澪ちゃんはすごいんだな!!!!」
暑苦しいくらい、彼女は私に接してくれた。
――くれた?
否、それは違う。
彼女にとって、それが普通なのだ。
ひまわりのような笑顔を見ると、家のことを忘れていられた。
37: 2009/12/25(金) 18:08:13.40 ID:zRFwF+5w0 BE:1732020285-2BP(2050)
それでも、変わらない。
どんなに律と仲良くしても。
どんなに笑顔で和んでも。
どんなに忘れられても。
結局は変わらない。
家に帰れば、昔に比べて痩せた母と不当な暴力をふるう父がいる。
そこに本当のものなんてない。
母の笑顔も、見れば見る程能面じみていて吐き気がする。
父の声も、聞けば聞くほど自分勝手で嫌気がさす。
ひどい目にあってるクセに。
ひどいことをしてるクセに。
どちらも、ホントじゃない。
「澪ォ! こっち来い!」
――7歳になってから、私は父の部屋に呼ばれるようになった。
どんなに律と仲良くしても。
どんなに笑顔で和んでも。
どんなに忘れられても。
結局は変わらない。
家に帰れば、昔に比べて痩せた母と不当な暴力をふるう父がいる。
そこに本当のものなんてない。
母の笑顔も、見れば見る程能面じみていて吐き気がする。
父の声も、聞けば聞くほど自分勝手で嫌気がさす。
ひどい目にあってるクセに。
ひどいことをしてるクセに。
どちらも、ホントじゃない。
「澪ォ! こっち来い!」
――7歳になってから、私は父の部屋に呼ばれるようになった。
40: 2009/12/25(金) 18:15:07.01 ID:zRFwF+5w0 BE:649508235-2BP(2050)
父の部屋は、真っ暗だった。
パソコンのモニターだけが白く光り、それ以外は総てが暗かった。
空の本棚と、ぐしゃぐしゃになったベッド。そこに人間らしさなんてかけらもない。自分を憎む
のに、飽きて世間を恨んだ。そんな人間の住みかだった。
足元には破れた本が二冊。
換気もしていないため、むわり、という厭な空気が身体を撫でる。
「澪――」
父の声。
身体中、鳥肌が立つ。
男の人の、太くて低い声――。
「は……はい」
震えた声で返事をする。
恐怖が支配した身体は、もはやまともには動いてくれなかった。
父のビンタが頬を叩く。
口が少し切れる。
鉄の、味。
「なんとか言えよ!」
なにも言えない。
なにもできない。
涙も出ない。
ひたすらに――早く終わらないかな、と考えた。
――お風呂に入ったとき、少しだけ『身体』が痛かった。
パソコンのモニターだけが白く光り、それ以外は総てが暗かった。
空の本棚と、ぐしゃぐしゃになったベッド。そこに人間らしさなんてかけらもない。自分を憎む
のに、飽きて世間を恨んだ。そんな人間の住みかだった。
足元には破れた本が二冊。
換気もしていないため、むわり、という厭な空気が身体を撫でる。
「澪――」
父の声。
身体中、鳥肌が立つ。
男の人の、太くて低い声――。
「は……はい」
震えた声で返事をする。
恐怖が支配した身体は、もはやまともには動いてくれなかった。
父のビンタが頬を叩く。
口が少し切れる。
鉄の、味。
「なんとか言えよ!」
なにも言えない。
なにもできない。
涙も出ない。
ひたすらに――早く終わらないかな、と考えた。
――お風呂に入ったとき、少しだけ『身体』が痛かった。
45: 2009/12/25(金) 18:26:10.00 ID:zRFwF+5w0 BE:3507341099-2BP(2050)
――私は自分に自信が持てなかった。
当然だ。
そんなモノを持っても、意味なんてないのだから。
褒められもしない。
とにかく、貶されて踏みつぶされるだけ。
そこに得なんて在り得ない。
「澪ちゃんはすごいんだから、もっと自信持とうよ!」
律が私に言った言葉の意味がわからなかった。
すごい? そんなわけがない。
私はいつだってワーストな人間だ。先刻の体育だって、私は最下位だったじゃないか。
身体の痣が見えないように体操着を脱いで、洋服を着る。
律の綺麗な体を見ると、少しだけ羨ましく思える。
「おうおう秋山ァ! おまえさっきのかけっこ、ビリだったなあ!」
そんな時だった。
クラスでも一番体の大きい、井上が私に絡んでくる。
珍しいことではないが、今は着替え中なのだから遠慮してもらいたい。
……とにかく目を合わせないように努める。
――黙っていれば、痛い思いはしなくて済むから。
当然だ。
そんなモノを持っても、意味なんてないのだから。
褒められもしない。
とにかく、貶されて踏みつぶされるだけ。
そこに得なんて在り得ない。
「澪ちゃんはすごいんだから、もっと自信持とうよ!」
律が私に言った言葉の意味がわからなかった。
すごい? そんなわけがない。
私はいつだってワーストな人間だ。先刻の体育だって、私は最下位だったじゃないか。
身体の痣が見えないように体操着を脱いで、洋服を着る。
律の綺麗な体を見ると、少しだけ羨ましく思える。
「おうおう秋山ァ! おまえさっきのかけっこ、ビリだったなあ!」
そんな時だった。
クラスでも一番体の大きい、井上が私に絡んでくる。
珍しいことではないが、今は着替え中なのだから遠慮してもらいたい。
……とにかく目を合わせないように努める。
――黙っていれば、痛い思いはしなくて済むから。
46: 2009/12/25(金) 18:27:36.55 ID:zRFwF+5w0 BE:692808544-2BP(2050)
「なんとか言えよう!」
服の裾が引っ張られる。
それでもいい。ただ、母が買ってくれた服が伸びるのが少しだけ嫌だった。
――だから、ほんの少しだけ抵抗をしてみた。
手を離すように、井上の手をつねってみた。
……それでも力は治まらない。むしろ強くなって、私の体は床を滑って、転んだ。
周りの人間が私を見る。
――ヤメテ。
ワタシヲミナイデ。
惨めな私を、そんなふうに見ないで。
井上がにやにやとした表情で私に対して手を挙げた。
その時――
「――やめてよ!」
大きな音がして、井上は机に叩きだされた。
顔をあげると――そこには涙目で立っている、律の姿があった。
服の裾が引っ張られる。
それでもいい。ただ、母が買ってくれた服が伸びるのが少しだけ嫌だった。
――だから、ほんの少しだけ抵抗をしてみた。
手を離すように、井上の手をつねってみた。
……それでも力は治まらない。むしろ強くなって、私の体は床を滑って、転んだ。
周りの人間が私を見る。
――ヤメテ。
ワタシヲミナイデ。
惨めな私を、そんなふうに見ないで。
井上がにやにやとした表情で私に対して手を挙げた。
その時――
「――やめてよ!」
大きな音がして、井上は机に叩きだされた。
顔をあげると――そこには涙目で立っている、律の姿があった。
47: 2009/12/25(金) 18:32:23.04 ID:zRFwF+5w0 BE:1082513055-2BP(2050)
「お前たちなんか! 澪ちゃんのこと、なにも知らないくせに!」
律が叫ぶ。
私のコトで、律はこんなにも怒ってくれている。
涙目になって――否、涙が大きな瞳からポロポロと零れ落ちている。
律が、泣いていた。
こんな私のために。
「澪ちゃんは――澪ちゃんは――」
……私の目にも、涙がこぼれた。
律の声も聞こえない。
とにかく、私の黒い瞳からも涙がこぼれて、どうしようもなくなっている。
父にひどいことをされても。
周りが私を見放しても――この人は私の傍にいてくれる。
「私は――澪ちゃんが好きだ――!!」
私もだ。
声には出せないけれど、私も律が大好きだ。
この世界中のだれよりも――律が大好きだ。
本当に、律が大好きだ。
気がつけば、私は律にしがみついて、大きな声をあげて泣いていた。
律が叫ぶ。
私のコトで、律はこんなにも怒ってくれている。
涙目になって――否、涙が大きな瞳からポロポロと零れ落ちている。
律が、泣いていた。
こんな私のために。
「澪ちゃんは――澪ちゃんは――」
……私の目にも、涙がこぼれた。
律の声も聞こえない。
とにかく、私の黒い瞳からも涙がこぼれて、どうしようもなくなっている。
父にひどいことをされても。
周りが私を見放しても――この人は私の傍にいてくれる。
「私は――澪ちゃんが好きだ――!!」
私もだ。
声には出せないけれど、私も律が大好きだ。
この世界中のだれよりも――律が大好きだ。
本当に、律が大好きだ。
気がつけば、私は律にしがみついて、大きな声をあげて泣いていた。
50: 2009/12/25(金) 18:39:25.39 ID:zRFwF+5w0 BE:1039213038-2BP(2050)
「りっちゃん……大丈夫?」
「こんなの平気だって! コバライネンコバライネン!
それに、私は澪ちゃんが痛い思いするよりも、ずっとずっといいよ」
「そんなことない。りっちゃんが痛い思いするほうが嫌だ」
「そうなのか? ヘヘ、ありがとな。澪ちゃん。
――だから、ほら。泣きやんでよ」
ひんやりとした手が頬に触れる。
律の顔は、柔らかい笑顔だ。
おでこと頬、鼻に絆創膏が貼られたその顔は、女の子の状態ではないけれど、私を守って
くれた証としてそれはあるのだ。ならば、私がなにかというのは間違っている。
……火照った頬が冷やされる。
気持ちがいい。
優しい冷たさだ。
「あ、そうだ! 澪ちゃん。今からうちに来ない? 今日は聡の誕生日なんだ!」
赤いランドセルが大きく跳ねる。
赤い夕陽に照らされた律は――まるで私の理想とする、幸せな小学生の姿だった。
「こんなの平気だって! コバライネンコバライネン!
それに、私は澪ちゃんが痛い思いするよりも、ずっとずっといいよ」
「そんなことない。りっちゃんが痛い思いするほうが嫌だ」
「そうなのか? ヘヘ、ありがとな。澪ちゃん。
――だから、ほら。泣きやんでよ」
ひんやりとした手が頬に触れる。
律の顔は、柔らかい笑顔だ。
おでこと頬、鼻に絆創膏が貼られたその顔は、女の子の状態ではないけれど、私を守って
くれた証としてそれはあるのだ。ならば、私がなにかというのは間違っている。
……火照った頬が冷やされる。
気持ちがいい。
優しい冷たさだ。
「あ、そうだ! 澪ちゃん。今からうちに来ない? 今日は聡の誕生日なんだ!」
赤いランドセルが大きく跳ねる。
赤い夕陽に照らされた律は――まるで私の理想とする、幸せな小学生の姿だった。
53: 2009/12/25(金) 18:53:01.31 ID:zRFwF+5w0 BE:519606634-2BP(2050)
「ただいまー!」
「おじゃまします……」
律の家に来るのは、初めてではない。
今までだって、何度もお邪魔しているのだが、どうしても慣れない。というのは、この家が、
あまりにも普通で、あまりにも幸せだったからだ。
律が靴を脱ぎ散らかす。
無論、我が家では考えられない行為である。見つかったら、なにをされるかわからない。
律の母親が笑顔で迎えてくれる。
これもありえない。私は、家に友達を連れてくることができないからだ。
「あれ? いい匂い……」
ふんわりとした、いい匂いがする。
これは――ケーキを作っている匂いだ。今まで、私は家族そろってケーキを食べたコトなんて、
一度としてない。母と幼稚園の行事でケーキを作ったこと以外に、ケーキについての思い出
がないのだ。
「おじゃまします……」
律の家に来るのは、初めてではない。
今までだって、何度もお邪魔しているのだが、どうしても慣れない。というのは、この家が、
あまりにも普通で、あまりにも幸せだったからだ。
律が靴を脱ぎ散らかす。
無論、我が家では考えられない行為である。見つかったら、なにをされるかわからない。
律の母親が笑顔で迎えてくれる。
これもありえない。私は、家に友達を連れてくることができないからだ。
「あれ? いい匂い……」
ふんわりとした、いい匂いがする。
これは――ケーキを作っている匂いだ。今まで、私は家族そろってケーキを食べたコトなんて、
一度としてない。母と幼稚園の行事でケーキを作ったこと以外に、ケーキについての思い出
がないのだ。
54: 2009/12/25(金) 18:53:50.01 ID:zRFwF+5w0 BE:2078424768-2BP(2050)
律が目を輝かせる。
彼女は行事というか、イベントが大好きなタイプの人間だ。誕生パーティーと聞いて、ケーキ
を作っているとわかって黙っていない筈がない。
「ケーキ、私も手伝っていい?」
「ええ。いいわよ、澪ちゃんもやる?」
身体が固まってしまう。
顔が熱くなって、のどが震える。
律以外の人と話すときはいつもこうだ。
それでも、女性と話すときは声くらいはでる。
ただ、男の人とは話せない。どうしても、父を思い出してしまうからだ。
――それだけ、私は人間が嫌いになっていたのだろう。
彼女は行事というか、イベントが大好きなタイプの人間だ。誕生パーティーと聞いて、ケーキ
を作っているとわかって黙っていない筈がない。
「ケーキ、私も手伝っていい?」
「ええ。いいわよ、澪ちゃんもやる?」
身体が固まってしまう。
顔が熱くなって、のどが震える。
律以外の人と話すときはいつもこうだ。
それでも、女性と話すときは声くらいはでる。
ただ、男の人とは話せない。どうしても、父を思い出してしまうからだ。
――それだけ、私は人間が嫌いになっていたのだろう。
56: 2009/12/25(金) 18:54:37.83 ID:zRFwF+5w0 BE:1212414847-2BP(2050)
「……えと。やってみたい……」
それを聞いて、律は走りだす。
棚から取り出したのは二つのエプロン。
ひまわりの絵が刺繍してあるオレンジ色のエプロンと――
ハートが刺繍してある、ピンク色のエプロンだ。
「どっちがいい?」
律の問いに、なにも言わずにピンクのエプロンを指さす。
彼女は満面の笑みで、私にピンクのエプロンを渡す。
オレンジのエプロンは、律によく似合ってると思ったから。
それを聞いて、律は走りだす。
棚から取り出したのは二つのエプロン。
ひまわりの絵が刺繍してあるオレンジ色のエプロンと――
ハートが刺繍してある、ピンク色のエプロンだ。
「どっちがいい?」
律の問いに、なにも言わずにピンクのエプロンを指さす。
彼女は満面の笑みで、私にピンクのエプロンを渡す。
オレンジのエプロンは、律によく似合ってると思ったから。
57: 2009/12/25(金) 19:00:01.63 ID:zRFwF+5w0 BE:259803623-2BP(2050)
「澪ちゃん可愛い!」
エプロンを着た私を見て、律が言ってくれる。
そんなことはない、と答えるのだが律も引いてはくれない。
彼女は嘘は言わない。
だから。
私は、本当に可愛いのかもしれない。
ただ、それは彼女が私を知らないからだ。
律の言葉は嘘ではない。
ただ、知らないだけ。
知らないことに、罪はないと思う。
「それじゃあ聡のためにケーキ作ろう! 澪ちゃんも食べるんだよ!」
甘いケーキを想像する。
すると、少しだけ元気が出た。
律の張り切った顔を見ると、私も頑張らなくてはと思った。
「う、うん! がんばるね! りっちゃん!」
エプロンを着た私を見て、律が言ってくれる。
そんなことはない、と答えるのだが律も引いてはくれない。
彼女は嘘は言わない。
だから。
私は、本当に可愛いのかもしれない。
ただ、それは彼女が私を知らないからだ。
律の言葉は嘘ではない。
ただ、知らないだけ。
知らないことに、罪はないと思う。
「それじゃあ聡のためにケーキ作ろう! 澪ちゃんも食べるんだよ!」
甘いケーキを想像する。
すると、少しだけ元気が出た。
律の張り切った顔を見ると、私も頑張らなくてはと思った。
「う、うん! がんばるね! りっちゃん!」
59: 2009/12/25(金) 19:09:53.38 ID:zRFwF+5w0 BE:1385616184-2BP(2050)
「できたー!」
途中、律がイチゴをまるまる1パックつまみ食いしたり、律が玉子を割りまくったり、律が
スポンジだけをかじってしまったりと色々あったが、とにかくイチゴたっぷりのケーキは完成
に至った。
白い、まるで雪のようなクリームが私の食欲を駆り立てた。
……それと同時に達成感。
誰かと一緒になにかをすることが、こんなにも楽しいコトだなんて思いもしなかった。
自己主張のできない私は、協力できない。コミュニケーションがとれないのだから、息を
あわせたり、そういったことができないのだ。
だから、私はいつも弾きだされていた。
男の子に言い返せない私は、言われるままに独りでいたのだ。
「美味しそうだね!」
でも、律は違う。
言葉なくとも、伝わるものがあった。
呼吸を合わせることに、まったく困難なコトがなかったのである。
「それじゃあパパが帰ってくるまで二人で遊んでなさい。
聡が寝てるから、起しちゃだめよ」
二人揃って返事をする。
2階の律の部屋に上がって、いつものようにゲームを始めた。
……ほどなくして、律の父親が帰宅した。
聡の誕生日パーティーの始まりである。
途中、律がイチゴをまるまる1パックつまみ食いしたり、律が玉子を割りまくったり、律が
スポンジだけをかじってしまったりと色々あったが、とにかくイチゴたっぷりのケーキは完成
に至った。
白い、まるで雪のようなクリームが私の食欲を駆り立てた。
……それと同時に達成感。
誰かと一緒になにかをすることが、こんなにも楽しいコトだなんて思いもしなかった。
自己主張のできない私は、協力できない。コミュニケーションがとれないのだから、息を
あわせたり、そういったことができないのだ。
だから、私はいつも弾きだされていた。
男の子に言い返せない私は、言われるままに独りでいたのだ。
「美味しそうだね!」
でも、律は違う。
言葉なくとも、伝わるものがあった。
呼吸を合わせることに、まったく困難なコトがなかったのである。
「それじゃあパパが帰ってくるまで二人で遊んでなさい。
聡が寝てるから、起しちゃだめよ」
二人揃って返事をする。
2階の律の部屋に上がって、いつものようにゲームを始めた。
……ほどなくして、律の父親が帰宅した。
聡の誕生日パーティーの始まりである。
60: 2009/12/25(金) 19:14:58.79 ID:zRFwF+5w0 BE:2338227869-2BP(2050)
4人掛けのテーブルに、所狭しとご馳走が並べられている。
フライドチキンにステーキ、ちらし寿司など、私が食べた事のないようなご馳走が並んで
いた。
もちろんその中に、私たちが作ったケーキもある。
律は早々と自分の席に座って皿と箸を配る。私専用の箸があることが、なんとなくうれし
い。
「澪ちゃんも座って、たくさん食べなさい」
なにをしていいかわからず、おどおどとしている私に、律の父が声をかけてくる。
びくり、と身体が反応した。
この人は、怖くない。
頭では分かっている。
でも――体はそれを理解していない。
男の人が、恐ろしい。
そう刻み込まれた体は、たとえどんな相手にも拒否反応を起こすようになっていた。
当たり前の家庭。
当たり前の食事。
当たり前の幸せ。
それを――私は羨ましいと思っていた。
それを――楽しめない体だと分かっていても、だ。
フライドチキンにステーキ、ちらし寿司など、私が食べた事のないようなご馳走が並んで
いた。
もちろんその中に、私たちが作ったケーキもある。
律は早々と自分の席に座って皿と箸を配る。私専用の箸があることが、なんとなくうれし
い。
「澪ちゃんも座って、たくさん食べなさい」
なにをしていいかわからず、おどおどとしている私に、律の父が声をかけてくる。
びくり、と身体が反応した。
この人は、怖くない。
頭では分かっている。
でも――体はそれを理解していない。
男の人が、恐ろしい。
そう刻み込まれた体は、たとえどんな相手にも拒否反応を起こすようになっていた。
当たり前の家庭。
当たり前の食事。
当たり前の幸せ。
それを――私は羨ましいと思っていた。
それを――楽しめない体だと分かっていても、だ。
61: 2009/12/25(金) 19:19:44.10 ID:zRFwF+5w0 BE:779410229-2BP(2050)
家に帰ると――いつもと変わらない日々が続く。
「澪……。今日は――」
へばり付いたような笑顔で私を迎える母も嫌だ。
殴られて、蹴られて、酷いことをされていても笑っているのだ。
同じ、笑顔で。
変わらぬ、笑顔で。
幼い私でも、それは気持ちの悪いものとして映るのに――
どうして、母はやめてくれないのだろう。
「澪……。今日は――」
へばり付いたような笑顔で私を迎える母も嫌だ。
殴られて、蹴られて、酷いことをされていても笑っているのだ。
同じ、笑顔で。
変わらぬ、笑顔で。
幼い私でも、それは気持ちの悪いものとして映るのに――
どうして、母はやめてくれないのだろう。
64: 2009/12/25(金) 19:28:18.71 ID:zRFwF+5w0 BE:1558818566-2BP(2050)
――それから5年ほど経ったある日のことだ。
「……うう、痛いよぅ」
朝から、下腹部にじんじんとした痛みがある。
トイレに行くと、陰部から血が滴っていた。
病気になったのかと思って、律に泣き付いた。
律は笑って『先生に相談しような』と言ってくれた。
……私の体は、女性になっていったのだ。
保険の先生から、ナプキンの使い方や痛みの和らげ方を教えてもらった時も、律は私の
手を握っていてくれた。
手を握り返すと、律は笑って――
「大丈夫だよ、澪」
そう言ってくれた。
自分の身体が恐くて、震えていた私を離さずに――しっかりと――
「……うう、痛いよぅ」
朝から、下腹部にじんじんとした痛みがある。
トイレに行くと、陰部から血が滴っていた。
病気になったのかと思って、律に泣き付いた。
律は笑って『先生に相談しような』と言ってくれた。
……私の体は、女性になっていったのだ。
保険の先生から、ナプキンの使い方や痛みの和らげ方を教えてもらった時も、律は私の
手を握っていてくれた。
手を握り返すと、律は笑って――
「大丈夫だよ、澪」
そう言ってくれた。
自分の身体が恐くて、震えていた私を離さずに――しっかりと――
65: 2009/12/25(金) 19:30:06.10 ID:zRFwF+5w0 BE:519606634-2BP(2050)
「ありがと、律」
「いいって、それより澪のほうが先に生理が来たのがびっくりだ。背だってでかくなってるしな」
「――ホントだ」
いつも見上げてた。
律のほうが大きくて、律のほうがすごくって。
私なんかじゃあ、一生律に追いつけないって思ってたのに。
「とにかく、今日は家に帰ってゆっくりしろよな」
「う、うん」
どんなときも、私は律に悟られまいとしてきた。
だけど、今の私は――ほろりと言ってしまいそうだ。
これが……女の弱さなのだろうか。
――母はいつもと変わらぬ笑顔で、私に赤飯を食べさせた。
「いいって、それより澪のほうが先に生理が来たのがびっくりだ。背だってでかくなってるしな」
「――ホントだ」
いつも見上げてた。
律のほうが大きくて、律のほうがすごくって。
私なんかじゃあ、一生律に追いつけないって思ってたのに。
「とにかく、今日は家に帰ってゆっくりしろよな」
「う、うん」
どんなときも、私は律に悟られまいとしてきた。
だけど、今の私は――ほろりと言ってしまいそうだ。
これが……女の弱さなのだろうか。
――母はいつもと変わらぬ笑顔で、私に赤飯を食べさせた。
83: 2009/12/25(金) 20:39:54.77 ID:zRFwF+5w0 BE:1515518257-2BP(2050)
――季節は、冬になっていた。
小学校で過ごす、最後の冬であるがいつもと変わらない。
雪が降って、それで遊んで、楽しんで。
そんな冬の筈だ。
ただ、カレンダーを見るとそんな気持ちは吹き飛んだ。
「もうすぐ、バレンタインだ……」
2月14日。
日本の求愛文化が生み出したイベント。それがバレンタインのチョコだ。
今まで、私は誰かにチョコをあげたコトなんてない。普通の女の子ならば、父親にチョコを
送ったりもするのであろうが、私はそんなことは一度もできなかった。
男性が怖いモノと認識している私は、恋なんてしたことがなかった。故に、私はバレンタイ
ンデーを特別な気持ちで過ごしたことなんてありはしない。
だが、私の前で居眠りをしている彼女、田井中律を見ると胸がドキドキする。
女の子同士なのに、この気持ちはなんなのだろう。
抑え込めると、さらに大きくなる。この悶々とした気持ちは一体――
小学校で過ごす、最後の冬であるがいつもと変わらない。
雪が降って、それで遊んで、楽しんで。
そんな冬の筈だ。
ただ、カレンダーを見るとそんな気持ちは吹き飛んだ。
「もうすぐ、バレンタインだ……」
2月14日。
日本の求愛文化が生み出したイベント。それがバレンタインのチョコだ。
今まで、私は誰かにチョコをあげたコトなんてない。普通の女の子ならば、父親にチョコを
送ったりもするのであろうが、私はそんなことは一度もできなかった。
男性が怖いモノと認識している私は、恋なんてしたことがなかった。故に、私はバレンタイ
ンデーを特別な気持ちで過ごしたことなんてありはしない。
だが、私の前で居眠りをしている彼女、田井中律を見ると胸がドキドキする。
女の子同士なのに、この気持ちはなんなのだろう。
抑え込めると、さらに大きくなる。この悶々とした気持ちは一体――
84: 2009/12/25(金) 20:41:19.40 ID:zRFwF+5w0 BE:2424828487-2BP(2050)
「律は、バレンタインチョコ作ったりするの?」
「……ふぇ? ああ、しないよ……めんどくさいし、あげるやついないしさ」
当然だ。
律は、昔からあげる側ではないからだ。
その卓越した身体能力と男まさりの性格は、女の子から絶大な支持を得ている。今だって、
律の寝起き顔をチェックした女の子は多い筈だ。
つまるところ、律はもらう側なのである。
去年は下駄箱、および机の引出しから溢れる程にプレゼントがあったくらいだ。嫌がらせの
レベルだというのは律の言葉。
……そうだ。
彼女にとっては、嫌がらせに思えるかもしれないけど――
私は、律に気持ちを伝えたい。
「……ふぇ? ああ、しないよ……めんどくさいし、あげるやついないしさ」
当然だ。
律は、昔からあげる側ではないからだ。
その卓越した身体能力と男まさりの性格は、女の子から絶大な支持を得ている。今だって、
律の寝起き顔をチェックした女の子は多い筈だ。
つまるところ、律はもらう側なのである。
去年は下駄箱、および机の引出しから溢れる程にプレゼントがあったくらいだ。嫌がらせの
レベルだというのは律の言葉。
……そうだ。
彼女にとっては、嫌がらせに思えるかもしれないけど――
私は、律に気持ちを伝えたい。
85: 2009/12/25(金) 20:47:27.56 ID:zRFwF+5w0 BE:779408892-2BP(2050)
家に帰ってくると、すぐに取りかかった。
なにも考えていない。
私が、ここまでなにも考えずに行動したのは初めてだ。
がらり、と音を立ててボールを用意する。
湯を沸かし、可愛い型を探す。
「やっぱり、ハートがいいなぁ」
私はハートだとか、そういったファンシーなものが好きになっていた。
おそらく、現実が辛いから。そういったもので自らを慰めようとしていたのだろう。自由帳には、
創作した物語が絵付きで書いてある。それくらいに、私の心は癒しを求めていたのだ。
可愛い型を見つけて、上機嫌にチョコを溶かし出す。
鼻歌交じりに、チョコをかき混ぜていると――音がした。
「……ママ」
「な、なにしてるの?」
なにも考えていない。
私が、ここまでなにも考えずに行動したのは初めてだ。
がらり、と音を立ててボールを用意する。
湯を沸かし、可愛い型を探す。
「やっぱり、ハートがいいなぁ」
私はハートだとか、そういったファンシーなものが好きになっていた。
おそらく、現実が辛いから。そういったもので自らを慰めようとしていたのだろう。自由帳には、
創作した物語が絵付きで書いてある。それくらいに、私の心は癒しを求めていたのだ。
可愛い型を見つけて、上機嫌にチョコを溶かし出す。
鼻歌交じりに、チョコをかき混ぜていると――音がした。
「……ママ」
「な、なにしてるの?」
86: 2009/12/25(金) 20:48:59.85 ID:zRFwF+5w0 BE:909311437-2BP(2050)
笑顔を浮かべて私に問う。
父を恐れているのか、冷や汗を浮かべている。
それでも笑顔なのだから、母の表情はいよいよ氏んだというべきか。
「チョコ。バレンタインまでもうすぐだから。
……私も、チョコあげてみたい人がいるの」
「……そう」
買い物袋をゆっくりと降ろして、母は私を見た。
――否、私ではない。
私よりも向こう側にいる――男のことを見ていた。
父を恐れているのか、冷や汗を浮かべている。
それでも笑顔なのだから、母の表情はいよいよ氏んだというべきか。
「チョコ。バレンタインまでもうすぐだから。
……私も、チョコあげてみたい人がいるの」
「……そう」
買い物袋をゆっくりと降ろして、母は私を見た。
――否、私ではない。
私よりも向こう側にいる――男のことを見ていた。
90: 2009/12/25(金) 20:56:14.06 ID:zRFwF+5w0 BE:1385616184-2BP(2050)
「おい……」
静かに、父は私に声をかけた。
身体は動かない。
焦げたチョコレートの独特の臭いが部屋に充満する。
火を消すこともできない。
愚かだった。
こんなにも、自分が愚かしいと思わなかった。
この私が、世間一般の女の子と同じことができると思った。その思考が、あまりにも愚かしい。
この人がいる限り、私は――この家では娘ではないのだ。
「――」
母は黙っている。
黙って、俯いて、被害が及ばないように縮こまっている。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!」
とにかく――謝った。
謝っても、なにをしてもこの人は私を殴るだろう。
でも……私の身体は反射的に謝罪の言葉をひねり出した。
小さな頃から、殴られるときはいつもこうだ。
止まないコトも分かっているのに、
絶対に、この人は許してくれないのに、
それなのに、
私は、ひたすらに謝っていた。
母の目の前で、私は暴行されたのだ。
それでも――母は嗤っていた。
静かに、父は私に声をかけた。
身体は動かない。
焦げたチョコレートの独特の臭いが部屋に充満する。
火を消すこともできない。
愚かだった。
こんなにも、自分が愚かしいと思わなかった。
この私が、世間一般の女の子と同じことができると思った。その思考が、あまりにも愚かしい。
この人がいる限り、私は――この家では娘ではないのだ。
「――」
母は黙っている。
黙って、俯いて、被害が及ばないように縮こまっている。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!」
とにかく――謝った。
謝っても、なにをしてもこの人は私を殴るだろう。
でも……私の身体は反射的に謝罪の言葉をひねり出した。
小さな頃から、殴られるときはいつもこうだ。
止まないコトも分かっているのに、
絶対に、この人は許してくれないのに、
それなのに、
私は、ひたすらに謝っていた。
母の目の前で、私は暴行されたのだ。
それでも――母は嗤っていた。
92: 2009/12/25(金) 21:00:06.80 ID:zRFwF+5w0 BE:1082513055-2BP(2050)
「痛いよ……痛いよ……」
父も、学習している。
否、予見している。
今のまま殴っているのでは、私の体にある刻印でバレてしまうことを。
故に、あの人は私に傷跡を残さないように殴っていた。
道具を使わず、拳で、脚で――。
「汚いよぉ。汚いよぉ……」
お風呂でしか、泣けない。
ここなら、誰もいない。
ただ――大きな声では泣けない。
この件に関して、私が頼れる人なんて――誰一人としていなかったのだ。
「りっちゃん……りっちゃん……ごめんね……」
あわよくば、このお湯に混じった涙を――誰かが知ってくれればいい。
そんな無駄なコトを考えながら、静かに私は泣いた。
父も、学習している。
否、予見している。
今のまま殴っているのでは、私の体にある刻印でバレてしまうことを。
故に、あの人は私に傷跡を残さないように殴っていた。
道具を使わず、拳で、脚で――。
「汚いよぉ。汚いよぉ……」
お風呂でしか、泣けない。
ここなら、誰もいない。
ただ――大きな声では泣けない。
この件に関して、私が頼れる人なんて――誰一人としていなかったのだ。
「りっちゃん……りっちゃん……ごめんね……」
あわよくば、このお湯に混じった涙を――誰かが知ってくれればいい。
そんな無駄なコトを考えながら、静かに私は泣いた。
94: 2009/12/25(金) 21:06:53.34 ID:zRFwF+5w0 BE:1515518257-2BP(2050)
――中学校にあがって、律はさらにかっこよくなった気がする。
「すごいよ田井中さん! 50メートル6秒ジャスト!」
「秋山さんは9秒4だよ」
クラスの中でも断トツの身体能力。
運動部の男子にもひけをとらないそれは、私にとって羨望の的だった。
というより。
「やったぜ! お前の親友こと田井中律は全国トップの成績だぜ!」
彼女の。
田井中律の親友でいられることが、なによりも誇らしかった。
本人には言えないけれど――周りの妬ましいとも言える視線が、私にとっては気持ちがいい。
世界中のみんなに言ってやりたかった。
――私は、田井中律の親友なんだぞ、って。
「すごいよ田井中さん! 50メートル6秒ジャスト!」
「秋山さんは9秒4だよ」
クラスの中でも断トツの身体能力。
運動部の男子にもひけをとらないそれは、私にとって羨望の的だった。
というより。
「やったぜ! お前の親友こと田井中律は全国トップの成績だぜ!」
彼女の。
田井中律の親友でいられることが、なによりも誇らしかった。
本人には言えないけれど――周りの妬ましいとも言える視線が、私にとっては気持ちがいい。
世界中のみんなに言ってやりたかった。
――私は、田井中律の親友なんだぞ、って。
97: 2009/12/25(金) 21:16:04.14 ID:zRFwF+5w0 BE:779410229-2BP(2050)
中学2年になったころだった。
律の目が、私よりもある人の方に向いていることに気がついたのは。
誰に向いているのか。それもなんとなくはわかる。律は単純だから、自分では気がついて
いないと思っているのだろうけれど、案外ばればれだ。
同じクラスの人間だ。
それは、間違いない。
律の視線は、彼の方向へと向いている。
……ああ。なるほど。いい物件だ。
「福山! 今日こそお前に勝つ!」
「いいだろう! この俺には決して勝てんことを思い知らせてくれる!」
福山直樹。
生徒会長で、陸上部のエースで、なおかつ顔もいい。おまけに性格までいいとくれば、
おそらくは女子からの人気も爆発的だろう。
私には恐怖の対象でしかないのだが、律にとって、彼は唯一といってもいい存在だ。
なんせ、彼だけが律を負かすことができるのだから。
福山直樹――彼だけが、田井中律を女性だと分からせる、唯一の男なのだから――
律の目が、私よりもある人の方に向いていることに気がついたのは。
誰に向いているのか。それもなんとなくはわかる。律は単純だから、自分では気がついて
いないと思っているのだろうけれど、案外ばればれだ。
同じクラスの人間だ。
それは、間違いない。
律の視線は、彼の方向へと向いている。
……ああ。なるほど。いい物件だ。
「福山! 今日こそお前に勝つ!」
「いいだろう! この俺には決して勝てんことを思い知らせてくれる!」
福山直樹。
生徒会長で、陸上部のエースで、なおかつ顔もいい。おまけに性格までいいとくれば、
おそらくは女子からの人気も爆発的だろう。
私には恐怖の対象でしかないのだが、律にとって、彼は唯一といってもいい存在だ。
なんせ、彼だけが律を負かすことができるのだから。
福山直樹――彼だけが、田井中律を女性だと分からせる、唯一の男なのだから――
98: 2009/12/25(金) 21:20:17.81 ID:zRFwF+5w0 BE:2078424768-2BP(2050)
少しだけ、ショックだった。
確信は持てないけれど、律はきっと福山が好きだ。
律以外に、好きな人がいなかった私だけれど、律のことはなんでもわかるつもりだ。
家に帰って、ベットに横になるとそのことが頭に浮かんだ。
目が痛い。
これは――どうしてだろ。
「律……もしかして私を独りにしないよね」
叩きだされる。
温かい世界から。
放りこまれる。
冷たい世界へ。
そうなったら、きっと私は壊れてしまう。
律の存在が、私を人間たらしめているのだから。
携帯に着信。
『澪! 明日チョコ作るぞ! うちで!』
ブツリ、切れた。
目をつぶって、深呼吸をする。
だったら――私にだってチャンスをくれたっていいじゃないか。
確信は持てないけれど、律はきっと福山が好きだ。
律以外に、好きな人がいなかった私だけれど、律のことはなんでもわかるつもりだ。
家に帰って、ベットに横になるとそのことが頭に浮かんだ。
目が痛い。
これは――どうしてだろ。
「律……もしかして私を独りにしないよね」
叩きだされる。
温かい世界から。
放りこまれる。
冷たい世界へ。
そうなったら、きっと私は壊れてしまう。
律の存在が、私を人間たらしめているのだから。
携帯に着信。
『澪! 明日チョコ作るぞ! うちで!』
ブツリ、切れた。
目をつぶって、深呼吸をする。
だったら――私にだってチャンスをくれたっていいじゃないか。
105: 2009/12/25(金) 21:30:41.47 ID:zRFwF+5w0 BE:692809128-2BP(2050)
次の日になって、律は異常なまでに張り切っていた。
彼女がチョコレートを作った話は聞いたことがない。つまりは未経験なのだ。
それなのに、彼女はチョコレートをいきなりフライパンにかけるなど、無謀な調理法で開始
5分で躓いた。
「律。やっぱりというかもしかして、チョコ作ったことないのか?」
「あるわけねえだろ! チョコなんざ貰うもんでい!」
「だよな。律、かっこいいもん」
「そ、そんなわけあるかあ!」
律の顔が赤くなる。
いつもは豪快なくせに、こうやって褒めたりするとすぐに恥ずかしがる。
そういうところを知ってるのは、私だけだ。
私だけなんだ。
「聡はどうしたんだ?」
「まだ寝てる。腹空かして降りてくるだろうからさ。チャーハンでも作ってるよ」
「りっちゃーはん。美味しいものな」
私たちのチョコレート作りは、そんな感じでまったりと進んだ。
律は、私が誰に渡すかを聞かなかったし、私も作っている最中は訊かなかった。
彼女がチョコレートを作った話は聞いたことがない。つまりは未経験なのだ。
それなのに、彼女はチョコレートをいきなりフライパンにかけるなど、無謀な調理法で開始
5分で躓いた。
「律。やっぱりというかもしかして、チョコ作ったことないのか?」
「あるわけねえだろ! チョコなんざ貰うもんでい!」
「だよな。律、かっこいいもん」
「そ、そんなわけあるかあ!」
律の顔が赤くなる。
いつもは豪快なくせに、こうやって褒めたりするとすぐに恥ずかしがる。
そういうところを知ってるのは、私だけだ。
私だけなんだ。
「聡はどうしたんだ?」
「まだ寝てる。腹空かして降りてくるだろうからさ。チャーハンでも作ってるよ」
「りっちゃーはん。美味しいものな」
私たちのチョコレート作りは、そんな感じでまったりと進んだ。
律は、私が誰に渡すかを聞かなかったし、私も作っている最中は訊かなかった。
108: 2009/12/25(金) 21:35:50.42 ID:zRFwF+5w0 BE:1299015465-2BP(2050)
次の日も、私は律の家で思いっきり遊んだ。
たくさん笑って、
たくさんはしゃいで、
たくさん愛して、
だって、これで終わりかもしれないから。
律にフラれたら、もう私は独りだろうから。
人としての尊厳。
人間らしさ。
その最後の花火のように、私は遊んだ。
――それでも、楽しい時間は早く過ぎ去る。
夕日が差し込む玄関で、私は律を空地に呼び出した。
「りっちゃんは――誰にチョコ、あげるの?」
「――生徒会長の、福山にあげるんだ」
――ああ。やっぱり。
「大丈夫だよ。私のりっちゃんだもん。きっと、大丈夫」
泣きそうな心を抑えて、笑った。
これじゃあ、母と変わらないな。感情を抑えるのは得意だけど、律の前では使いたくなかったな。
そんなことを思いながら、帰り道、作ったチョコを叩き割って、コンビニのゴミ箱に捨てた。
たくさん笑って、
たくさんはしゃいで、
たくさん愛して、
だって、これで終わりかもしれないから。
律にフラれたら、もう私は独りだろうから。
人としての尊厳。
人間らしさ。
その最後の花火のように、私は遊んだ。
――それでも、楽しい時間は早く過ぎ去る。
夕日が差し込む玄関で、私は律を空地に呼び出した。
「りっちゃんは――誰にチョコ、あげるの?」
「――生徒会長の、福山にあげるんだ」
――ああ。やっぱり。
「大丈夫だよ。私のりっちゃんだもん。きっと、大丈夫」
泣きそうな心を抑えて、笑った。
これじゃあ、母と変わらないな。感情を抑えるのは得意だけど、律の前では使いたくなかったな。
そんなことを思いながら、帰り道、作ったチョコを叩き割って、コンビニのゴミ箱に捨てた。
122: 2009/12/25(金) 22:25:29.19 ID:zRFwF+5w0 BE:389705033-2BP(2050)
朝、目が覚める。
幾度も繰り返した行為だが、今日はどうにも馬鹿らしい。
もう2度と起きたくない、そう思って眠りについたのにいつもの時間に起床している。
「――ああ」
失恋した。
律は、男の子が好きなんだ。
私が異常なんだ。
同性愛。それがマトモではないコトは、私だってよく知っている。
ただ――律はカッコいいし、可愛いんのだもの。どうしても、魅かれてしまう。
パジャマを脱いで、普段着を着ようか制服を着ようかで硬直した。
溜息を一つついて、いつも通り制服に袖を通す。意気込みだけの自分に嫌気がさす。
カーテンを開けると、そこにはいつもと変わらない情景があった。
……なんだ。私がどんなに辛くっても、世界は変わらないじゃないか。
そんなことを思った。
だから――変わらないのなら。
「律のこと、助けてやらなくちゃな」
今頃、シャワー浴びて化粧水つけたりと慣れないコトをしているだろう。
そんな不器用な『親友』を助けてやるべく、私は自宅から飛び出した。
幾度も繰り返した行為だが、今日はどうにも馬鹿らしい。
もう2度と起きたくない、そう思って眠りについたのにいつもの時間に起床している。
「――ああ」
失恋した。
律は、男の子が好きなんだ。
私が異常なんだ。
同性愛。それがマトモではないコトは、私だってよく知っている。
ただ――律はカッコいいし、可愛いんのだもの。どうしても、魅かれてしまう。
パジャマを脱いで、普段着を着ようか制服を着ようかで硬直した。
溜息を一つついて、いつも通り制服に袖を通す。意気込みだけの自分に嫌気がさす。
カーテンを開けると、そこにはいつもと変わらない情景があった。
……なんだ。私がどんなに辛くっても、世界は変わらないじゃないか。
そんなことを思った。
だから――変わらないのなら。
「律のこと、助けてやらなくちゃな」
今頃、シャワー浴びて化粧水つけたりと慣れないコトをしているだろう。
そんな不器用な『親友』を助けてやるべく、私は自宅から飛び出した。
123: 2009/12/25(金) 22:29:50.37 ID:zRFwF+5w0 BE:519606634-2BP(2050)
田井中家を見ると、少し胸が痛んだ。
きっと律は――
今頃律は――
これから律は――
そんなことを考えてしまう。
恋の相手を、馬鹿みたいに想っている。
かぶりを振って、いつもの私に戻る。
律が出てきたらなんて言ってやろうか。
気の利いた事を言ってやろう。でも、今から考えるなんてできない。
――なら、いつもの私でいい。
ヘンに気を使うなんて、私たちらしくない。
扉が静かに開く。律の緊張が伝わる。
――律の驚いた顔。私が家まで迎えに来たことなんて一度もないからだ。
「よう律。ちゃんとチョコは持ってきたんだろうな?」
気取った台詞なんて必要ない。
それだけで、私の親友は笑ってくれる。
初めて会ったころとなにも変わらない。屈託ない笑顔で――
きっと律は――
今頃律は――
これから律は――
そんなことを考えてしまう。
恋の相手を、馬鹿みたいに想っている。
かぶりを振って、いつもの私に戻る。
律が出てきたらなんて言ってやろうか。
気の利いた事を言ってやろう。でも、今から考えるなんてできない。
――なら、いつもの私でいい。
ヘンに気を使うなんて、私たちらしくない。
扉が静かに開く。律の緊張が伝わる。
――律の驚いた顔。私が家まで迎えに来たことなんて一度もないからだ。
「よう律。ちゃんとチョコは持ってきたんだろうな?」
気取った台詞なんて必要ない。
それだけで、私の親友は笑ってくれる。
初めて会ったころとなにも変わらない。屈託ない笑顔で――
125: 2009/12/25(金) 22:37:49.80 ID:zRFwF+5w0 BE:1948523459-2BP(2050)
話しはそれるが、どうやら私はモテるらしい。
先日も下駄箱に手紙が入っていて、待ち合わせ場所に行くと男子生徒が待っていたりしてい
た。そうなれば、することはひとつだ。
「付き合ってくれ!」
……でも。
そんなことを言われても私は頭が空っぽだ。
周りを気にして、常に助けを探している状態の私にはなにも聞こえない。
男性恐怖症である私に対して、こんなことは逆効果でしかない。
怖くて仕方がない。
それでも――足は動いてくれた。
男子生徒は、私の眼を見つめている。きっと、答えが聞きたいのであろう。
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
そんなの関係ない。
怖いものからは逃げるのが一番だ。
こんなことが、今年に入って9度。
最近では手紙を見ただけで怖いので逃げている。
このことを律に話すと、律は笑って――
「もてるねえ。いらねえけど分けてもらいたいよー」
と、嫉妬もジェラシーもない雰囲気で言い放ったのである。
要するに、自分で言うのもなんだけれど、この学校で私のチョコを欲しがる人は相当数いる。という
ことである。
先日も下駄箱に手紙が入っていて、待ち合わせ場所に行くと男子生徒が待っていたりしてい
た。そうなれば、することはひとつだ。
「付き合ってくれ!」
……でも。
そんなことを言われても私は頭が空っぽだ。
周りを気にして、常に助けを探している状態の私にはなにも聞こえない。
男性恐怖症である私に対して、こんなことは逆効果でしかない。
怖くて仕方がない。
それでも――足は動いてくれた。
男子生徒は、私の眼を見つめている。きっと、答えが聞きたいのであろう。
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
そんなの関係ない。
怖いものからは逃げるのが一番だ。
こんなことが、今年に入って9度。
最近では手紙を見ただけで怖いので逃げている。
このことを律に話すと、律は笑って――
「もてるねえ。いらねえけど分けてもらいたいよー」
と、嫉妬もジェラシーもない雰囲気で言い放ったのである。
要するに、自分で言うのもなんだけれど、この学校で私のチョコを欲しがる人は相当数いる。という
ことである。
126: 2009/12/25(金) 22:41:19.07 ID:zRFwF+5w0 BE:692808544-2BP(2050)
くだらないことを考えていると、律は震えた手で福山にチョコを渡している場面だった。
しまった。決定的瞬間を見逃してしまった。
律には来るな、と言われているが来ないわけにはいかない。
「――」
「――」
距離が離れているため、声は聞こえない。
ただ、律の肩がふるえているのが見えた。
……ああ。そうか。
ここからは、見てはならないだろう。
律の家で、待っていよう。
きっと、泣いて帰ってくるだろうか。
私が支えてあげないと、ダメな子だから。
「私も、支えてほしいな……」
そんな願望は後回し。
急いで帰って、律が好きなものでも作ってあげよう。
しまった。決定的瞬間を見逃してしまった。
律には来るな、と言われているが来ないわけにはいかない。
「――」
「――」
距離が離れているため、声は聞こえない。
ただ、律の肩がふるえているのが見えた。
……ああ。そうか。
ここからは、見てはならないだろう。
律の家で、待っていよう。
きっと、泣いて帰ってくるだろうか。
私が支えてあげないと、ダメな子だから。
「私も、支えてほしいな……」
そんな願望は後回し。
急いで帰って、律が好きなものでも作ってあげよう。
127: 2009/12/25(金) 22:44:44.89 ID:zRFwF+5w0 BE:1732020858-2BP(2050)
彼女は、やはり泣いていた。
なにも考えずに抱きしめた。
だって、泣いているんだから。
律は私の胸で、ずっと泣いていた。
私も、律をずっと抱きしめていた。
声をかける。
「りっちゃん。私がいるよ……」
卑怯な女だ。
弱っているところにつけこんで――
「澪……澪……」
いつも強くて、私を守ってくれていたヒーロー。
それがりっちゃん。
いつも無理して、無茶して、私を守ってくれた。
だから――今度は私が包んであげないと、さ。
なにも考えずに抱きしめた。
だって、泣いているんだから。
律は私の胸で、ずっと泣いていた。
私も、律をずっと抱きしめていた。
声をかける。
「りっちゃん。私がいるよ……」
卑怯な女だ。
弱っているところにつけこんで――
「澪……澪……」
いつも強くて、私を守ってくれていたヒーロー。
それがりっちゃん。
いつも無理して、無茶して、私を守ってくれた。
だから――今度は私が包んであげないと、さ。
128: 2009/12/25(金) 22:46:26.19 ID:zRFwF+5w0 BE:1818621476-2BP(2050)
律といる間、私が家から持ってきたDVDを見ていた。
「こういうときは音楽でも聞いて、見て、紛らわそうな」
いつもなら、少し離れて見ていた。
いつもなら、スナック菓子を食べて、コーラを飲んで。話しながらDVDを見ていた。
でも。
今はいつもではない。
私は律をしっかり抱いて、律の小さな身体を温めていた。
上映しているのは『QUEEN』のエイズ撲滅キャンペーンのライブだ。伝説のライブと呼ばれ
ていて、音楽に興味のなかった私が、目を奪われるほどだ。
流れるのは『We are the champions』。ラストの曲らしい。
――僕らがチャンピオンだ。
――友もチャンピオンだ。
小さな律は、少しだけ体を動かした。
こちらを向く。
その目は、先刻まで泣いていた彼女のそれではない。
「これ――だ」
「え?」
「これだよ! これ! 澪! バンドやろう! バンド!!」
それが、私たち。
言ってしまえば『放課後ティータイム』の先駆けとなる言葉だ。
「こういうときは音楽でも聞いて、見て、紛らわそうな」
いつもなら、少し離れて見ていた。
いつもなら、スナック菓子を食べて、コーラを飲んで。話しながらDVDを見ていた。
でも。
今はいつもではない。
私は律をしっかり抱いて、律の小さな身体を温めていた。
上映しているのは『QUEEN』のエイズ撲滅キャンペーンのライブだ。伝説のライブと呼ばれ
ていて、音楽に興味のなかった私が、目を奪われるほどだ。
流れるのは『We are the champions』。ラストの曲らしい。
――僕らがチャンピオンだ。
――友もチャンピオンだ。
小さな律は、少しだけ体を動かした。
こちらを向く。
その目は、先刻まで泣いていた彼女のそれではない。
「これ――だ」
「え?」
「これだよ! これ! 澪! バンドやろう! バンド!!」
それが、私たち。
言ってしまえば『放課後ティータイム』の先駆けとなる言葉だ。
129: 2009/12/25(金) 22:50:43.53 ID:zRFwF+5w0 BE:2338227869-2BP(2050)
私に断る理由なんてなかった。
だって、音楽をやれば律は側にいてくれる。
一人にしないで、一緒にいてくれる。
律がいれば私は生きていける。
律さえいてくれれば、世界はこんなにも輝いている。
「でも……」
ベットに寝転がって思考する。
楽器を買うお金はある。
嗜好品は母が買い与えてくれたし、そもそも娯楽のためにお金を使わない。必然的に、使わない
ので支給されたお金は貯まっていくのだ。
それ故、楽器を始めることに関しては問題はない。
ただ、そろそろ話そうと思う。
律に――この家のことを。
重く、辛い事実かもしれないけれど。
彼女には、知ってもらいたいと思うから。
だって、音楽をやれば律は側にいてくれる。
一人にしないで、一緒にいてくれる。
律がいれば私は生きていける。
律さえいてくれれば、世界はこんなにも輝いている。
「でも……」
ベットに寝転がって思考する。
楽器を買うお金はある。
嗜好品は母が買い与えてくれたし、そもそも娯楽のためにお金を使わない。必然的に、使わない
ので支給されたお金は貯まっていくのだ。
それ故、楽器を始めることに関しては問題はない。
ただ、そろそろ話そうと思う。
律に――この家のことを。
重く、辛い事実かもしれないけれど。
彼女には、知ってもらいたいと思うから。
131: 2009/12/25(金) 23:07:20.48 ID:zRFwF+5w0 BE:1732020285-2BP(2050)
「……どうしたんだ? いきなり」
午前2時。
冬の空気は張り詰めた弓のように静かだ。
暗黒に包まれた空地に、二人だけ。
「あのさ――律――」
ここに来てのどが震える。
いいのだろうか、と踏みとどまろうとする。
言わないのなら、このままだ。
親友として、生きていける。
言うのなら――わからない。
律が私から離れていってしまうのかもしれない。
そんなのは厭だ。
でも――今のまま苦しいのはもっと厭だ。
震えた声で、私は話した。
今まで、私がされたことを。
「私は――父親に……」
殴られて、蹴られて、叩かれて――
話を始めると、まるで溢れるように言葉が口について出た。
まるで、決壊するダムのように涙と言葉が止まらなかった。
いつしか律は私を土管に座らせて、頭を撫でながら聞いてくれた。
まるで、先日の立場を逆転させたように――
午前2時。
冬の空気は張り詰めた弓のように静かだ。
暗黒に包まれた空地に、二人だけ。
「あのさ――律――」
ここに来てのどが震える。
いいのだろうか、と踏みとどまろうとする。
言わないのなら、このままだ。
親友として、生きていける。
言うのなら――わからない。
律が私から離れていってしまうのかもしれない。
そんなのは厭だ。
でも――今のまま苦しいのはもっと厭だ。
震えた声で、私は話した。
今まで、私がされたことを。
「私は――父親に……」
殴られて、蹴られて、叩かれて――
話を始めると、まるで溢れるように言葉が口について出た。
まるで、決壊するダムのように涙と言葉が止まらなかった。
いつしか律は私を土管に座らせて、頭を撫でながら聞いてくれた。
まるで、先日の立場を逆転させたように――
134: 2009/12/25(金) 23:17:27.17 ID:zRFwF+5w0 BE:649508235-2BP(2050)
独白は終わった。
随分と、話していたような気がする。
律は黙って聞いていた。泣いている私を、ずっと撫でながら。
昔から変わらない。
私が守られて。
律が守る。
私の方が背が高くなっても、それは変わらない。
情けないけど、頼もしい。
「……」
律は黙って私を抱きしめた。
ふわり、といい匂いがして柔らかい体に顔を埋める。
震えている。
律は、怒りに満ちた顔で立ち上がって――
「ごめんな澪。
私、おまえの親父さん、頃す」
そんなことを、言った。
随分と、話していたような気がする。
律は黙って聞いていた。泣いている私を、ずっと撫でながら。
昔から変わらない。
私が守られて。
律が守る。
私の方が背が高くなっても、それは変わらない。
情けないけど、頼もしい。
「……」
律は黙って私を抱きしめた。
ふわり、といい匂いがして柔らかい体に顔を埋める。
震えている。
律は、怒りに満ちた顔で立ち上がって――
「ごめんな澪。
私、おまえの親父さん、頃す」
そんなことを、言った。
139: 2009/12/25(金) 23:24:35.96 ID:zRFwF+5w0 BE:606207072-2BP(2050)
止めなかった。
ただ、呆としていた。
律の後ろについていって、律が我が家の扉を開けるのを見ていた。
どうしても、止める気にならなかったのだ。
きっと、自分の父に対してはなにも思わなかったからだろう。
氏んだとしても。
殺されたとしても。
なにがあっても。
自分は、変わらないと思ったからだろう。
ただ、呆としていた。
律の後ろについていって、律が我が家の扉を開けるのを見ていた。
どうしても、止める気にならなかったのだ。
きっと、自分の父に対してはなにも思わなかったからだろう。
氏んだとしても。
殺されたとしても。
なにがあっても。
自分は、変わらないと思ったからだろう。
140: 2009/12/25(金) 23:25:33.11 ID:zRFwF+5w0 BE:779410229-2BP(2050)
台所の包丁を、律が手に取る。
目は虚ろで、なにを思っているのかがわからない。
私はというと、なにも考えていない。
強いて言えば、『ああ、父は殺されるんだなあ』だとかそういった、他人ごとのような考えで、
それを眺めていた。
まるでドラマを見ているかのような絵空事。
律はなにも言わずに階段を昇る。
きらりと煌めくは出刃包丁。
無心。
なにも感じない。
「ここ」
父の部屋を指さすと、律は表情の亡い顔で――
「いいのか?」
そう問うた。
だから、私は答えた。
「別に」
それと同時に、律は扉を開けた。
目は虚ろで、なにを思っているのかがわからない。
私はというと、なにも考えていない。
強いて言えば、『ああ、父は殺されるんだなあ』だとかそういった、他人ごとのような考えで、
それを眺めていた。
まるでドラマを見ているかのような絵空事。
律はなにも言わずに階段を昇る。
きらりと煌めくは出刃包丁。
無心。
なにも感じない。
「ここ」
父の部屋を指さすと、律は表情の亡い顔で――
「いいのか?」
そう問うた。
だから、私は答えた。
「別に」
それと同時に、律は扉を開けた。
142: 2009/12/25(金) 23:34:27.55 ID:zRFwF+5w0 BE:3117636498-2BP(2050)
色が、ない。
それが父の部屋を見た第一印象だ。
黒、もしくはパソコンモニターの白色。
のそり、と大柄な男が動く。
律の表情が険しくなる。
否、もとより表情なんて見えないのだから今、律がどんな顔をしているのかなんてよくわから
ない。
おそらく、恐い顔をしているのだろう。
ベットで横になっている男は、眠っている。
それを確認して、律は私を見た。
その目は、いいんだな? と再度私に問う目だ。
顔をそらした。
醜い男。
枕もとには、かつて自分が出版した小説。
みっともない、と思う。
いつまでも過去の栄光にすがって、それが過去だというふうに理解できないから、こうして
色んな人を傷つけながら、愚かに、怠惰的に生きて。
生きているだけの人間は、それはもう生きてるんじゃない。
氏んでいないだけだ。
それなら、いっそ――
それが父の部屋を見た第一印象だ。
黒、もしくはパソコンモニターの白色。
のそり、と大柄な男が動く。
律の表情が険しくなる。
否、もとより表情なんて見えないのだから今、律がどんな顔をしているのかなんてよくわから
ない。
おそらく、恐い顔をしているのだろう。
ベットで横になっている男は、眠っている。
それを確認して、律は私を見た。
その目は、いいんだな? と再度私に問う目だ。
顔をそらした。
醜い男。
枕もとには、かつて自分が出版した小説。
みっともない、と思う。
いつまでも過去の栄光にすがって、それが過去だというふうに理解できないから、こうして
色んな人を傷つけながら、愚かに、怠惰的に生きて。
生きているだけの人間は、それはもう生きてるんじゃない。
氏んでいないだけだ。
それなら、いっそ――
143: 2009/12/25(金) 23:36:12.93 ID:zRFwF+5w0 BE:259803432-2BP(2050)
「でも……」
聞きたい。
この男は、どうして私を虐げるのか。
それを聞かないと、私はこの男を殺せない。
だから――
「起きてよ」
思い切り、男の脇腹に蹴りをいれてみた。
今までできなかったこと。
この男に、危害を加えるコトなんて、考えたこともなかった。
故に、今こそそれを行ってみた。今でないと、きっとチャンスなんて訪れない。
「……」
のそり、と男は身体を動かして――私たちを見た。
冷淡に。
凶器を持った律を見ても変わらず。
冷酷に。
男は、口を開いた。
「なんだ。遅かったじゃないか」
そう、言ったのだ。
聞きたい。
この男は、どうして私を虐げるのか。
それを聞かないと、私はこの男を殺せない。
だから――
「起きてよ」
思い切り、男の脇腹に蹴りをいれてみた。
今までできなかったこと。
この男に、危害を加えるコトなんて、考えたこともなかった。
故に、今こそそれを行ってみた。今でないと、きっとチャンスなんて訪れない。
「……」
のそり、と男は身体を動かして――私たちを見た。
冷淡に。
凶器を持った律を見ても変わらず。
冷酷に。
男は、口を開いた。
「なんだ。遅かったじゃないか」
そう、言ったのだ。
144: 2009/12/25(金) 23:41:14.18 ID:zRFwF+5w0 BE:346404342-2BP(2050)
「おい、どういうことだよ」
律が語気を強めて言いよる。
殺気は、先刻から全く萎えていない。
いつだって、律は父を頃す気構えだ。
父はにやりと笑って私を見る。
「――あ」
その目は、駄目だ。
身体が動かなくなる。
父の目を見ると、体が言うことを聞いてくれなくなる。
それは、きっと一生変わらないコトなのかもしれない。
「澪、俺を頃すつもりかい?」
優しい口調で言う。
まるでアサガオを観察するような眼で、私を見る。
今まで聞いた事のない調子に、恐怖心は煽られる。
手が、震える。
「どうして……私を……」
「簡単だ。俺はキミが憎い」
律が語気を強めて言いよる。
殺気は、先刻から全く萎えていない。
いつだって、律は父を頃す気構えだ。
父はにやりと笑って私を見る。
「――あ」
その目は、駄目だ。
身体が動かなくなる。
父の目を見ると、体が言うことを聞いてくれなくなる。
それは、きっと一生変わらないコトなのかもしれない。
「澪、俺を頃すつもりかい?」
優しい口調で言う。
まるでアサガオを観察するような眼で、私を見る。
今まで聞いた事のない調子に、恐怖心は煽られる。
手が、震える。
「どうして……私を……」
「簡単だ。俺はキミが憎い」
145: 2009/12/25(金) 23:42:34.00 ID:zRFwF+5w0 BE:2727931897-2BP(2050)
「――てめえ!」
律を制する。
包丁が、ほんの少しだけ右手を掠めた。
痛い。
その、痛覚への刺激のお陰で――
「もう、私はアンタから逃げない」
覚悟を、決めることができた。
律を制する。
包丁が、ほんの少しだけ右手を掠めた。
痛い。
その、痛覚への刺激のお陰で――
「もう、私はアンタから逃げない」
覚悟を、決めることができた。
148: 2009/12/25(金) 23:46:53.26 ID:zRFwF+5w0 BE:3117636689-2BP(2050)
「もう一度だけ聞く。
どうしてアンタは私に――」
「もう一度だけ言う。
俺は、お前が憎くてたまらないからだ」
頬にビンタする。
男は私をちらりと見て、また不気味に笑う。
モニターの光で、律の表情まで見えるようになる。
それだけ、落ち着いてきているのだろうか。
「おまえは、望まれてできた子供じゃないんだよ」
呟くように、男は言った。
私の出生、誰も教えてくれなかった。私の存在のルーツ。
どうしてこの両親は、こんなにも冷え切っているのか。
秋山澪は、どうして秋山澪なのか。
その、話が始まった。
どうしてアンタは私に――」
「もう一度だけ言う。
俺は、お前が憎くてたまらないからだ」
頬にビンタする。
男は私をちらりと見て、また不気味に笑う。
モニターの光で、律の表情まで見えるようになる。
それだけ、落ち着いてきているのだろうか。
「おまえは、望まれてできた子供じゃないんだよ」
呟くように、男は言った。
私の出生、誰も教えてくれなかった。私の存在のルーツ。
どうしてこの両親は、こんなにも冷え切っているのか。
秋山澪は、どうして秋山澪なのか。
その、話が始まった。
151: 2009/12/25(金) 23:54:34.79 ID:zRFwF+5w0 BE:389705033-2BP(2050)
秋山家は、普通の家だ。
際立った歴史もなければ、際立って優秀な人間も輩出していない。当たり前の家系だった。
しかし、私の父は小説家として、その名を世間に轟かせた。
あらゆる賞を総なめにして、彼の作品を知らないものは日本に存在しなくなった。
テレビ番組、雑誌の取材。コラム。彼の名前を、メディアが取り上げない日はないと言われ
たほどに、彼はメジャーな人物になっていった。
金も、手にすることができた。
一生遊んで暮らせるほどの金。
そんな大金といってもことたりないほどの額の金を、彼は弱冠20歳で手にすることとなった。
人は、彼に群がった。
おこぼれを頂戴しようと、彼の知らない人間までもが家の前で親戚だと言って、金の無心を
するようになった。
……彼は、厭になったという。
当然だ。つい先日まで唾を吐きかけてきた人間が。名前を知っただけで媚を売るようになっ
たのだ。いつしか彼は、本当の人間がどういったものか。わからなくなっていった。
心の隙間を埋めるように、金を使った。
使っても、次の日には増えているのだから、彼は湯水のように金を使って使って、使い倒し
た。
――そんなとき、彼はある女性に出会った。
それが、後に私の母となる女性である。
際立った歴史もなければ、際立って優秀な人間も輩出していない。当たり前の家系だった。
しかし、私の父は小説家として、その名を世間に轟かせた。
あらゆる賞を総なめにして、彼の作品を知らないものは日本に存在しなくなった。
テレビ番組、雑誌の取材。コラム。彼の名前を、メディアが取り上げない日はないと言われ
たほどに、彼はメジャーな人物になっていった。
金も、手にすることができた。
一生遊んで暮らせるほどの金。
そんな大金といってもことたりないほどの額の金を、彼は弱冠20歳で手にすることとなった。
人は、彼に群がった。
おこぼれを頂戴しようと、彼の知らない人間までもが家の前で親戚だと言って、金の無心を
するようになった。
……彼は、厭になったという。
当然だ。つい先日まで唾を吐きかけてきた人間が。名前を知っただけで媚を売るようになっ
たのだ。いつしか彼は、本当の人間がどういったものか。わからなくなっていった。
心の隙間を埋めるように、金を使った。
使っても、次の日には増えているのだから、彼は湯水のように金を使って使って、使い倒し
た。
――そんなとき、彼はある女性に出会った。
それが、後に私の母となる女性である。
153: 2009/12/26(土) 00:00:40.22 ID:zRFwF+5w0 BE:2771232588-2BP(2050)
彼女と出会ったのは病院で。
病院に、暇つぶしに莫大な寄付を行ったら、どういうわけか表彰されたのだ。
なんてことだ、と彼は思った。
結局、寄付だとか基金だとかは額が価値を決めてしまうのだ。
気持ちだとか、行動だとか。そういったことではなくて、やはり金の大きさが重要なのだ、と。彼
は痛感した。
感謝されるつもりなんてない。
ただの暇つぶしに、やってみただけ。
一流スポーツ選手が、災害地に基金するように、やってみたかっただけなのに。
それなのに、白い服を着た人たちは彼に拍手と称賛の声を浴びせた。
だからこそ、普通の服を着た人たちは金持ちが鼻にかかると罵声を浴びせた。
誰の為だか、わからなくなっていた。
病院のためなのか、患者のためなのか。わからなくなっていたし、どうでもいいとさえ思っ
ていた。
そこの看護師として、病院側(看護士)でありながら彼を軽蔑していたのが――彼女だった。
病院に、暇つぶしに莫大な寄付を行ったら、どういうわけか表彰されたのだ。
なんてことだ、と彼は思った。
結局、寄付だとか基金だとかは額が価値を決めてしまうのだ。
気持ちだとか、行動だとか。そういったことではなくて、やはり金の大きさが重要なのだ、と。彼
は痛感した。
感謝されるつもりなんてない。
ただの暇つぶしに、やってみただけ。
一流スポーツ選手が、災害地に基金するように、やってみたかっただけなのに。
それなのに、白い服を着た人たちは彼に拍手と称賛の声を浴びせた。
だからこそ、普通の服を着た人たちは金持ちが鼻にかかると罵声を浴びせた。
誰の為だか、わからなくなっていた。
病院のためなのか、患者のためなのか。わからなくなっていたし、どうでもいいとさえ思っ
ていた。
そこの看護師として、病院側(看護士)でありながら彼を軽蔑していたのが――彼女だった。
154: 2009/12/26(土) 00:04:35.04 ID:T6gjU/fK0 BE:519606162-2BP(2050)
彼女は、彼に対してこう言った。
「人の心は、金では買えない」
ありふれた台詞だ。
どこにでもある、綺麗なお言葉だ。
彼は笑った。
だったら、人の心で金は生まれるんですかい? と問うた。
生まれない、彼女は即答した。
彼は腹を抱えて笑った。
面白い女性に出会った、と彼は思ったそうだ。
今まで、この質問をして答えた奴はいない。
だって、数秒前の自分を否定することになるのだから。
金以上に重いのが人の心なら、人の心で金は生まれるのか?
上位互換しないモノ。
そう答えられる奴なんてそうはいない。
だから――彼は彼女が気に入った。
人の心を知るのもわるくないと、病院を立ち去った彼は思った。
「人の心は、金では買えない」
ありふれた台詞だ。
どこにでもある、綺麗なお言葉だ。
彼は笑った。
だったら、人の心で金は生まれるんですかい? と問うた。
生まれない、彼女は即答した。
彼は腹を抱えて笑った。
面白い女性に出会った、と彼は思ったそうだ。
今まで、この質問をして答えた奴はいない。
だって、数秒前の自分を否定することになるのだから。
金以上に重いのが人の心なら、人の心で金は生まれるのか?
上位互換しないモノ。
そう答えられる奴なんてそうはいない。
だから――彼は彼女が気に入った。
人の心を知るのもわるくないと、病院を立ち去った彼は思った。
155: 2009/12/26(土) 00:08:19.44 ID:T6gjU/fK0 BE:3117636689-2BP(2050)
接していくうちに、彼は他人というモノがどういうものなのかを、思い出しつつあった。
金ではない。
思いで伝わる関係。
それを大事に考えた。
金は大事だけれど、心も大事だ。
優劣をつけるのではなく、どちらも尊重することで人は生きていられるのだと、彼は結論つけ
た。
……それからだ。
問題はそれから。
彼と彼女の間に、子供ができたのだ。
時の人であった秋山の男。
マスコミは、彼をハゲタカのように追いかけた。
彼女の病院にも、それは及んだ。
心ない行為に打ちひしがれる二人。
いつしか彼は疲弊しきり――手を出してはいけないモノに手を出してしまった。
金ではない。
思いで伝わる関係。
それを大事に考えた。
金は大事だけれど、心も大事だ。
優劣をつけるのではなく、どちらも尊重することで人は生きていられるのだと、彼は結論つけ
た。
……それからだ。
問題はそれから。
彼と彼女の間に、子供ができたのだ。
時の人であった秋山の男。
マスコミは、彼をハゲタカのように追いかけた。
彼女の病院にも、それは及んだ。
心ない行為に打ちひしがれる二人。
いつしか彼は疲弊しきり――手を出してはいけないモノに手を出してしまった。
162: 2009/12/26(土) 00:19:26.01 ID:T6gjU/fK0 BE:2424828678-2BP(2050)
禁忌に手を出した人間を、誰も救ってはくれなかった。
マスコミはもちろんのこと、親族も、なにもかもが彼の敵となった。
金も底をついた。
なにもなくなった。
あるのは住まいだけ。
金はないのに、住まいだけは立派だ。
自分の金で、これも彼の憧れだった家の一括購入で生まれた住まい。
そのトリガーとなったのは、彼女とその子供だ。
赦せなかった。
自分を、こうさせたのはアイツらだと。
そう、頭の中で納得しようとしていた。
おかしい、と考えることもあった。
関係ない。
もう、あとには引けないのだから。
マスコミはもちろんのこと、親族も、なにもかもが彼の敵となった。
金も底をついた。
なにもなくなった。
あるのは住まいだけ。
金はないのに、住まいだけは立派だ。
自分の金で、これも彼の憧れだった家の一括購入で生まれた住まい。
そのトリガーとなったのは、彼女とその子供だ。
赦せなかった。
自分を、こうさせたのはアイツらだと。
そう、頭の中で納得しようとしていた。
おかしい、と考えることもあった。
関係ない。
もう、あとには引けないのだから。
163: 2009/12/26(土) 00:27:44.81 ID:T6gjU/fK0 BE:1039212746-2BP(2050)
「だから――俺はおまえが憎い。
俺の成功を、つぶしたお前がなによりも――」
勝手な話だ。
自分の責任を他人に押し付けて、辛いことも、なにもかも自分だけが感じてると思いこんで、自
分だけが可哀想な人間になった。
嫌悪しか湧かない。
目の前で嗤っているのは、人間ではない。
……だから。頃すのか?
それは駄目だ。
いくら私がこの男にひどいことをされてきたとしても、頃して何になる。
業を背負うのか。こんな男を頃した業を、馬鹿みたいに感じながら生きていくのか。
そんなこと、是とする筈がない。
同じではないか。
この男と、まったく同じになってしまうではないか。
「ママが、どれだけ辛かったと思ってるんだ」
愛する人との子供を拒絶されて、他に生きる術がないからこの男の傍にいて――
「あ、れ?」
おかしい。
母は、生きられる筈だ。
看護師をすれば、一人で十分に生きられた筈なのに。
どうして。私を置いて行けば、辛い想いなんてしなくて済むのに――
あんな、能面じみた笑顔を浮かべて生きる必要なんて、ないのに。
俺の成功を、つぶしたお前がなによりも――」
勝手な話だ。
自分の責任を他人に押し付けて、辛いことも、なにもかも自分だけが感じてると思いこんで、自
分だけが可哀想な人間になった。
嫌悪しか湧かない。
目の前で嗤っているのは、人間ではない。
……だから。頃すのか?
それは駄目だ。
いくら私がこの男にひどいことをされてきたとしても、頃して何になる。
業を背負うのか。こんな男を頃した業を、馬鹿みたいに感じながら生きていくのか。
そんなこと、是とする筈がない。
同じではないか。
この男と、まったく同じになってしまうではないか。
「ママが、どれだけ辛かったと思ってるんだ」
愛する人との子供を拒絶されて、他に生きる術がないからこの男の傍にいて――
「あ、れ?」
おかしい。
母は、生きられる筈だ。
看護師をすれば、一人で十分に生きられた筈なのに。
どうして。私を置いて行けば、辛い想いなんてしなくて済むのに――
あんな、能面じみた笑顔を浮かべて生きる必要なんて、ないのに。
164: 2009/12/26(土) 00:29:23.94 ID:T6gjU/fK0 BE:1039212364-2BP(2050)
「あ、ああ――」
なんて、ことだ。
母は、私を守っていてくれていたんだ。
私が生きるためには、どんなことになっても生きるためには、母がはけ口の一つになる
必要がある。
殴られても、この男は一線を越えなかった。
性的な暴行は、一切しなかった。
それは――母が、いたから――
「う、あ、ああ。あ」
涙と嗚咽が止まらなかった。
律は包丁を離して私を抱きしめた。
男は立ち上がって、どこかへ消えてしまった。
どこかへ、行ってしまった。
きっと、もう会うことはないだろう。
翌日の新聞には、人知れず身元不明の焼身自殺の記事が載っていた。
なんて、ことだ。
母は、私を守っていてくれていたんだ。
私が生きるためには、どんなことになっても生きるためには、母がはけ口の一つになる
必要がある。
殴られても、この男は一線を越えなかった。
性的な暴行は、一切しなかった。
それは――母が、いたから――
「う、あ、ああ。あ」
涙と嗚咽が止まらなかった。
律は包丁を離して私を抱きしめた。
男は立ち上がって、どこかへ消えてしまった。
どこかへ、行ってしまった。
きっと、もう会うことはないだろう。
翌日の新聞には、人知れず身元不明の焼身自殺の記事が載っていた。
175: 2009/12/26(土) 01:05:24.83 ID:T6gjU/fK0 BE:779409836-2BP(2050)
それから、私は少しだけ幸せに暮らせるようになった。
あの男は、結局、氏ぬことでしか父親らしいことができなかったのだ。
最期まで、本当に無意味で惨めな人間だった。人の本質に触れるときになって、氏んで
しまったのだから。
「ママ、もう無理しないでいいんだよ」
「そう、だね」
母は、私を抱きしめた。
幼い頃、幼稚園の帰り道に嗅いだ匂いと同じ。
温かい香り。
心が、落ち着く香り。
目をつぶると、体が小さくなったみたいに懐かしい。
「ねえママ。私ね、りっちゃんと同じ高校に行く。桜ケ丘高校。ママと同じ学校に行くよ」
あそこなら、男はいない。
女子高を選んだのはそういう理由だ。
なにより、律を男にとられるのはもう嫌だと思ったからだ。
ゆっくりと、『私』の時間は流れていった。
あの男は、結局、氏ぬことでしか父親らしいことができなかったのだ。
最期まで、本当に無意味で惨めな人間だった。人の本質に触れるときになって、氏んで
しまったのだから。
「ママ、もう無理しないでいいんだよ」
「そう、だね」
母は、私を抱きしめた。
幼い頃、幼稚園の帰り道に嗅いだ匂いと同じ。
温かい香り。
心が、落ち着く香り。
目をつぶると、体が小さくなったみたいに懐かしい。
「ねえママ。私ね、りっちゃんと同じ高校に行く。桜ケ丘高校。ママと同じ学校に行くよ」
あそこなら、男はいない。
女子高を選んだのはそういう理由だ。
なにより、律を男にとられるのはもう嫌だと思ったからだ。
ゆっくりと、『私』の時間は流れていった。
177: 2009/12/26(土) 01:16:09.03 ID:T6gjU/fK0 BE:1299015656-2BP(2050)
「それじゃ! 私も頑張るからなー!」
桜高の入試当日。律はスポーツ推薦のため、別の会場で試験を受ける。
もちろん、私は学力試験だ。
受験票には母の『頑張って』の文字がある。
去年までだったら、きっと在り得ないことだろう。
会場に入ると、そこは言葉にし難い緊張感が漂っていた。
扉の開け閉めの音にも気を配っている、そんな感じだ。
「ぶつぶつ……」
「これはこうで……」
あがり症の私は、少し気持ちが抑えきれなくなっていた。
周りの人たちは皆、思い思いの勉強グッズで最後の確認をしているというのに、私はそんな
ことにも気が回らないほどに、緊張していた。
なにも変わっていない。
変わっていないから、律と一緒に歩むんだ。
そう、決めたじゃないか。
バンドをやるって。決めたんだ。
――だから、こんなところでとまってるわけにはいかない。
桜高の入試当日。律はスポーツ推薦のため、別の会場で試験を受ける。
もちろん、私は学力試験だ。
受験票には母の『頑張って』の文字がある。
去年までだったら、きっと在り得ないことだろう。
会場に入ると、そこは言葉にし難い緊張感が漂っていた。
扉の開け閉めの音にも気を配っている、そんな感じだ。
「ぶつぶつ……」
「これはこうで……」
あがり症の私は、少し気持ちが抑えきれなくなっていた。
周りの人たちは皆、思い思いの勉強グッズで最後の確認をしているというのに、私はそんな
ことにも気が回らないほどに、緊張していた。
なにも変わっていない。
変わっていないから、律と一緒に歩むんだ。
そう、決めたじゃないか。
バンドをやるって。決めたんだ。
――だから、こんなところでとまってるわけにはいかない。
178: 2009/12/26(土) 01:17:17.77 ID:T6gjU/fK0 BE:2727932279-2BP(2050)
「あ! ふええ! 和ちゃ~ん!!」
「なにやってるのよ唯。ほら、泣かないの」
筆箱が落ちて、拾おうとしたら机に頭をぶつけ、ぶつけたと思ったら鞄が倒れて中身が溢れ
出す。
そんな様子が、少し距離を置いた机で繰り広げられていた。
とぼけた女の子と、メガネをかけた凛々しい女の子。
あの二人も、親友なのだろうか。
……と。
緊張が、解けた。
ありがと。名も知らぬ人。
これで――私は勝てる。
その日、私は一度も自分を見失わなかった。
律の笑顔。
母の笑顔。
それを思うと、解けない問題なんて存在しないと思った。
――そうして、私の高校入試は大成功のうちに幕を閉じた。
「なにやってるのよ唯。ほら、泣かないの」
筆箱が落ちて、拾おうとしたら机に頭をぶつけ、ぶつけたと思ったら鞄が倒れて中身が溢れ
出す。
そんな様子が、少し距離を置いた机で繰り広げられていた。
とぼけた女の子と、メガネをかけた凛々しい女の子。
あの二人も、親友なのだろうか。
……と。
緊張が、解けた。
ありがと。名も知らぬ人。
これで――私は勝てる。
その日、私は一度も自分を見失わなかった。
律の笑顔。
母の笑顔。
それを思うと、解けない問題なんて存在しないと思った。
――そうして、私の高校入試は大成功のうちに幕を閉じた。
179: 2009/12/26(土) 01:22:16.64 ID:T6gjU/fK0 BE:519606926-2BP(2050)
「それじゃあ、二人の合格を祝して――」
「かんぱーい!!」
秋山家で、私たちの合格パーティーが開かれた。
田井中家のみんなもいる。初めて、私は自宅に人を呼んだ。
初めて、母の料理を他の人に食べさせることができた。
「澪、りっちゃん。たくさん食べなさいね」
「おお! 澪ママの料理うめー!」
「ホントね。秋山さん、これどうやって作ってるの?」
温かい家庭。
温かい食事。
こうやって、騒がしい秋山家は――これからも続くのだ。
ベースを持って、母に見せる。
私は――これできっと有名になるから。
お父さんみたいに、人の心を忘れてしまわないように。がんばるから。
律と――二人で。
これからも、ずっと。
「かんぱーい!!」
秋山家で、私たちの合格パーティーが開かれた。
田井中家のみんなもいる。初めて、私は自宅に人を呼んだ。
初めて、母の料理を他の人に食べさせることができた。
「澪、りっちゃん。たくさん食べなさいね」
「おお! 澪ママの料理うめー!」
「ホントね。秋山さん、これどうやって作ってるの?」
温かい家庭。
温かい食事。
こうやって、騒がしい秋山家は――これからも続くのだ。
ベースを持って、母に見せる。
私は――これできっと有名になるから。
お父さんみたいに、人の心を忘れてしまわないように。がんばるから。
律と――二人で。
これからも、ずっと。
181: 2009/12/26(土) 01:27:16.17 ID:T6gjU/fK0 BE:1558818094-2BP(2050)
――気がつけば、木の葉は落ちていた。
つまり、どれだけ話していたのかは自分でもわからないくらいだ。
昔話とはそういうものなのかもしれない。
話してみると、意外に時間はすぐに過ぎてしまう。
外は暗くなり、風もやんでいた。
「澪ちゃんは、お父さんいなくなっても大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。私には、ママが――母さんがいるから」
「あれあれ? 言い直さなくてもいいですわよん」
ガツン、と律を叩く。
こういう粗野な所は、父に似ているのだろう。
黒髪は、母譲り。
でも、つり目は父譲り。
こういった遺し方も、アリだろう。
「りっちゃんが澪ちゃんに痛い話をするのは……」
「澪が慣れるように、リハビリみたいなもんだな」
「信頼し合ってるんですね」
「――ああ。律、これからもよろしくな。それと、みんなも」
――うん。
私には、友達がいる。かけがえのない。仲間が、いるんだ。
つまり、どれだけ話していたのかは自分でもわからないくらいだ。
昔話とはそういうものなのかもしれない。
話してみると、意外に時間はすぐに過ぎてしまう。
外は暗くなり、風もやんでいた。
「澪ちゃんは、お父さんいなくなっても大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。私には、ママが――母さんがいるから」
「あれあれ? 言い直さなくてもいいですわよん」
ガツン、と律を叩く。
こういう粗野な所は、父に似ているのだろう。
黒髪は、母譲り。
でも、つり目は父譲り。
こういった遺し方も、アリだろう。
「りっちゃんが澪ちゃんに痛い話をするのは……」
「澪が慣れるように、リハビリみたいなもんだな」
「信頼し合ってるんですね」
「――ああ。律、これからもよろしくな。それと、みんなも」
――うん。
私には、友達がいる。かけがえのない。仲間が、いるんだ。
183: 2009/12/26(土) 01:31:48.88 ID:T6gjU/fK0 BE:3507341099-2BP(2050)
Epilogue
あの人が帰ってくるまで、あと1時間。
ピンクのエプロンを着て、晩御飯を作ろう。
あの人が似合ってると言ってくれたピンクのエプロン。
それを着て作るご飯は、きっと美味しいだろう。
でも――チャーハンはあの人に作ってもらおう。
だって、あの人のチャーハンは美味しいから。
ほどなくして、玄関から声がする。
9割方できた食事をテーブルに運びながら、玄関へとかける。
「ねえ、あれ。作ってよ」
支えた。
支えてくれた。
そんな二人の生活は――この言葉を聞いてこそだ。
「よっしゃ! 今日はりっちゃーはん作ってやるぞ!」
FIN
あの人が帰ってくるまで、あと1時間。
ピンクのエプロンを着て、晩御飯を作ろう。
あの人が似合ってると言ってくれたピンクのエプロン。
それを着て作るご飯は、きっと美味しいだろう。
でも――チャーハンはあの人に作ってもらおう。
だって、あの人のチャーハンは美味しいから。
ほどなくして、玄関から声がする。
9割方できた食事をテーブルに運びながら、玄関へとかける。
「ねえ、あれ。作ってよ」
支えた。
支えてくれた。
そんな二人の生活は――この言葉を聞いてこそだ。
「よっしゃ! 今日はりっちゃーはん作ってやるぞ!」
FIN
184: 2009/12/26(土) 01:32:37.22 ID:T6gjU/fK0 BE:649507853-2BP(2050)
185: 2009/12/26(土) 01:32:43.82 ID:SNslCkHd0
おつかれさま
186: 2009/12/26(土) 01:33:09.25 ID:y/sdgw+X0
乙



コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります