388:◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 21:19:55.55
再会します。ラストまでノンストップで行きますね。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。

【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart50



345 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 22:39,34 ID:kjfg5Rds
  俺はもし今この瞬間に氏んだとしても、世界一幸せなアイドルファンとして氏ねる。
  ありがとう。ありがとう。μ's、346プロダクション!!!
  俺もう一生ついてくよ!!1


347 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 22:41,55 ID:DsGt63Ws
μ's生で見れると思わなかった。希ちゃん膝曲がってなかった。愛しい。
  てか海未ちゃん卑怯だわあんなん泣くに決まってんだろ
  もうあんだけ泣けたらヤラセだったとしても満足


351 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 23:10,21 ID:StkrSdf4
  しぶりんベース上手すぎ。2年やってるけどソルゲなんて弾けねぇよアホか
  所詮なんでも才能の世界ってことか……ベース売ってくる


353 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 23:41,56 ID:dsre5Hjo
  >>351 あれ弾けるのはすごいよな。脱帽と言うほかない。
  正直ソロは弾けるけどそれ以外の部分のグルーヴとか出すの難しすぎ。
  ベーマガでさっそくインタビュー決まっててワロタ


369 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/28(日) 01:39,34 ID:erSt34Wq
いやしかしマジで346旋風きてるな。今日のライブは十年に一回くらいの名演だった。
  俺のしぶりんやみくにゃん、楓さんと穂乃果ちゃん、ひょっとしたら杏ちゃんも本気
  出せば、これはマジで765たおせるだろ!! マジで!!
  マジで応援しかないわ。マジで。


371 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/28(日) 01:45,45 ID:SdrtDfvb
>>369 高垣楓がこの前千早ちゃんにフルボッコにされたの忘れたのかよ。
  持ち曲のこいかぜでだぞ? 何万ポイント差ついてたんだ。ありえねえよ


374 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/28(日) 02:13,46 ID:Grt54Sdl
>>371 今日ぐらい水差してやんなよ……。お前モテないだろ。可哀想に


420 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/30(月) 09:09,90 ID:Srtf1W3e
しかしもう10月終わっちゃうんだねー この調子じゃ11月もあっという間に終わって
  それでクリスマスが来るんだ。あぁ、またカップル板から非難しなくちゃ……


422 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/30(月) 09:31,21 ID:we56Fghj
俺たちにはアイドルがついてるじゃないか。サンタさんは実在するぜ?
  クリスマスプレゼントはきっともらえる。いい子にしてようぜ


423 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/30(月) 09:55,36 ID:Srtf1W3e
それもそうだね。信じてるよ、サンタさん


390: 2015/07/08(水) 21:22:36.35
<十一月初頭>

凛『こんばんは。ラジオRink、今日も始まりました。えーっと、ライブ後初めての収録ということで……みんな、本当にありがとう! 心から感謝しなくちゃね。みんなのお蔭であの超大規模ドッキリは成功しました。……ドッキリと言えば、みんなもドッキリしたんじゃないかな? まさかライブにあの伝説のスクールアイドル、μ'sが現れるなんてね。ふふっ』



凛『私もいくつか共演させてもらって。本当に興奮しちゃった。まだ夢見てるみたいだもんね。カッコよかったなぁ。ライブDVD、いつ出るんだろう。もう予約始まってる? ……え、もうそんなに予約出てるの!? ……うわぁ。本当に伝説の夜だったんだね』



凛『……あー、あのCMね。うん、お恥ずかしながら。みんなもう見ちゃったかな。これ聞いてくれるくらいなら見てるよね。……はい。なんと私、ベース弾きました。一曲だけだったんだけどね。ドヤ顔でソロ弾いちゃってます。……恥ずかしいな』



凛『でも、今自分が出来る精一杯を出したつもりです。それなりに上手くいったと思うんだけど、どうかなぁ? ……あ、楽器長くやってる人とかにすごいダメ出しくらいそう。ふふっ、辛口は容赦してね。最近マックスコーヒーよく飲んでるくらい甘党なんだから』



凛『ライブの話したところでなんだけど、もうすぐまた次のライブがあるから、良ければそっちの方もぜひ見に来てほしいな。μ'sはいないけど私はいるよ。……ダメ? ふふ、冗談。でも来てほしいのは本当だからね。その日は初めてトライアドプリムスとして出るから、奈緒や加蓮のこともよく見てあげてね』



凛『……ライブ、ライブって忙しいなぁ。でも、嫌じゃないしむしろかかってこいって感じだね。常に上に挑戦していきたいな。歌でも踊りでもベースでもトークでも、何でもね。……ここだけの話、その日のライブ見に来ると、ちょっといいことあるかもよ?』



凛『……え? 何って? ふふっ、それは秘密かな。気になるんならライブ見に来てよね。はいっ、じゃあオープニングトークはこれでおしまい! 今日もみんなと繋がるラジオにしたいね』



凛『十一月。秋もそろそろ終わりで、また冬の足音が聞こえてきました。陽が落ちるのもすっかり早い。コートを出すか出さないか、長縄に飛び込むタイミングみたいで難しいよね。風邪引かないようにね? ――ラジオRink、スタートです』



391: 2015/07/08(水) 21:23:38.11
<十一月一日、346プロダクション本社アイドル部門本部>

八幡「……マジですか」

武内P「大真面目です。私は、今しかないと考えています」

戸塚「しかし、ちょっと早すぎませんか? 確かに勝ちの目はゼロではないと思うんですけど、それでも厳しくないでしょうか?」

雪乃「……いえ、案外本当に今しかないのかもしれないわ」

武内P「勢いというものは馬鹿にできません。たたみかけるなら今です。……実力だけが全てを決める世界なら、先月あんな大がかりな仕掛けが必要なほど彼女は負けなかったでしょう」

戸塚「うーん、それを言われると弱いですね」

八幡「……俺は、賛成だ」

武内P「……」

八幡「あいつらは、少なくともあいつは……前に進みたがっている。こっちは挑戦者なんだ。リスクがないとは言わんが、リターンもその分大きい」

八幡「雪ノ下と彩加の方はわからん……だが、少なくとも俺は進みたいと思ってる」


八幡「……現状維持は衰退と同じだ。失うのを恐れちゃ、前には進めん」


雪乃「!」

武内P「……あなたは」

八幡「……? な、なんすか。俺は賛成したのにまさか背中から斬るんすか」

武内P「……いえ。……このことですが、私は何も勢いだけで言っているのではありません。切れる手札も増えました。確率は更に増すでしょう。……私は、彼女たちなら期待に応えてくれると確信しています」

戸塚「……そうだね! ぼくも啖呵切っちゃったからねー。やるって決めたら、とことんだ!」

雪乃「……いいわ。私も賛成。私だって、変えてみたい」

武内P「意志は一つ、ということでよろしいですね。……ありがとう」

八幡「!」

武内P「私は今……嬉しいのです。貴方たちに未来を託したのは、何よりも英断だった」

戸塚「あはは。お礼を言うのが早すぎますよ!」

雪乃「そうね。全ては終わってからです」

八幡「……やっちまいますか」

武内P「……はい」


武内P「奇跡を、起こしてしまいましょう」


392: 2015/07/08(水) 21:24:36.82

雪乃「……意外だったわ」

八幡「そうか? 昔でも会議では踊らない派の革新派だったろ」

雪乃「そういうことを言っているのではないのだけれどね。……やるからには勝ちましょう」

八幡「負けず嫌いは相変わらずみたいだな」

雪乃「そう簡単に変わるなら誰も苦労しないわ。……けれど、そうね」

雪乃「私も、衰退は止めにしないとね」

八幡(その笑みは、俺が時折見る彼女の新しい笑顔だった。いつからそうやって笑えるようになったんだなんて、俺が言える義理はないけれど)

八幡「……お前、やっぱ変わったよな」

雪乃「それはお互い様でしょう。良くも悪くも四年、ということね」

八幡「……そうだな。さて、俺は事務所に戻るかね。……伝えにゃならんことが一杯だ」

雪乃「そうね。私の方こそこれから大変ね……」

八幡「……いけそうか?」

雪乃「あの鳴きたくないとわめくホトトギスが鳴くかどうかね。懸案事項は」

八幡「お前は鳴かせてみようの方だろ、多分」

雪乃「あなたは弱み握ろうとかいくらで鳴くのとかそんな感じではないかしら」

八幡「俺クラスの天下人となると手段は選ばないんだよ。効率的だろ」

雪乃「ぴいぴい囀る鳥ね。森へ帰ったら?」

八幡「今帰っても氏ぬだろ、ホトトギスは」

雪乃「春の鳥だものね。……まだ、遠いわ」

八幡「……さて、行くか。あ、そういえば聞いたか? 写真のこと」

雪乃「……ええ。絢瀬さんのせいよね……」

八幡「まさか職員の写真もホームページにアップしてくれとはな……。765のサイトにも音無さんとか秋月さんとか赤羽根さんも載ってるし、前例がある以上な」

雪乃「……写真を載せるのって嫌だわ」

八幡「同感だ。だが……」

雪乃「上司命令」


八幡「……サラリーマンはクソ。確定的に明らか」



393: 2015/07/08(水) 21:25:42.38


戸塚「武内さん」

武内P「ああ、戸塚君。……どうか、なされましたか」

戸塚「その……ライブの件、ありがとうございましたっ」

武内P「……流石に私も人生で二度、同じ人に恐喝されるとは思いませんでしたよ」

戸塚「人聞きが悪いなぁ。二回目は、ただのお願いですよ」

武内P「そうですね。……ただ、私にはどちらも都合が良かった。だから乗ったのですよ」

戸塚「あはは。しっかり利益分はもらってますもんね。ぼくには一銭も入らない」

武内P「利用し、利用される。いけませんか」

戸塚「いいえ? だってお金なんてどうでもいいですからねー」

武内P「……同感です」

戸塚「あれっ、じゃあそれ何に使うんですか?」

武内P「手札が増えたといいました。……お金で増える可能性があるなら、増やしておきましょう」

戸塚「……ふふ。よくわかんないですけど、お任せします」

武内P「ええ。任せておいてください」

戸塚「……高垣さんの方も、任せておいていいんですよね?」

武内P「勿論。……それに、折角だから利用させて頂きました」

戸塚「……あー、なるほど。ぼくもまだまだ敵いませんね」

武内P「現場を離れても、錆びついてはいないつもりです」

戸塚「あはは、これは一本とられちゃいましたね。それじゃ」

武内P「ああ、戸塚君」

戸塚「あ、はい。なんですか?」

武内P「誰かに脅されないよう、貴方も気を付けることです」


戸塚「……やっぱりかなわないや」


394: 2015/07/08(水) 21:27:58.77
<同刻、キュートプロダクション事務所>

杏「……めんどうなことばっかじゃん。うあー……! 働きたくないぞー……!」

雪乃「……ライブの方は乗り気になってくれると助かるのだけれどね。でも、強制したところでなんとかならないから。あなたは」

杏「よくわかってるじゃん。飴あげよっかー?」

雪乃「いらないわよ。……押してダメなら諦めろと誰かも言ってたし」

杏「なんかそれすごいひっきーが言いそうなセリフだねっ」

雪乃「……」

杏「……あー、またもや名探偵しちゃったか」

雪乃「あなたのサイズなら黒の組織の目も掻い潜れそうね。アプリコットさん」

杏「それを言うなぁ……! いやだっ!! 本当に杏はやらないぞっ! 特にあのアプリコットとかいう糞ドラマだけは二度と嫌だっ! 絶対にだ!」


雪乃「あなたの言う糞ドラマとは、深夜枠の割に緻密に作りこまれた脚本、エキセントリックなキャラクターが好評を博し、ライトノベル原作ドラマ化は地雷確定という前評判を見事にひっくり返して、当時無名だった主演:双葉杏の名を世に知らしめたあの『アプリコットの涙』のことかしら?」


杏「やめろー!! 嫌味じゃないか! 事細やかに言うんじゃないっ!」

雪乃「……出世作でしょう。歓待こそすれ、無碍にするものではないと思うのだけれど……」

杏「今はもうマシになったけどヤツのせいでいっぱい女優のオファーが来るようになったんだっ! この恨み忘れるもんかっ、杏は演技がキライなんだ! たとえお金がいっぱいもらえても嫌なものは嫌なんだっ!」

雪乃「……こんなゴネられ方人生で初めてだわ」

杏「杏だってこめかみ抑えたくなるよー。楽して印税生活したいけど、苦しかったら意味ないじゃんね。杏はお金が欲しいんじゃないっ、楽して儲けたお金が欲しいんだっ!」

雪乃「……あなたのその腐った性根、絶対いつか叩き直してあげる」

杏「杏、痛いの気持ちいい人じゃないから甘々で優しくがいいなー?」

雪乃「……はぁ」

杏「…………くそぅ。大体、なんで今また『アプリコットの涙』なんだよう……」

雪乃「346が勢いに乗っているからでしょうね。今のアイドル業界を見て制作陣が盛り上がってしまったみたい。今、オーディションの原稿が配られているわ」

杏「……杏の記憶がおかしくなければ、あれ確か綺麗に終わったよね?」

雪乃「中学生編はね」

杏「くそっ、今考えても忌々しい! 杏はあの時、まだ高校生の歳だったんだからね」

雪乃「高校に通ってたらでしょう。偽造しないの」

杏「……はあ。高校生編があったんだ。それ、面白いの?」

雪乃「私も読んだことがないから知らないのだけれど、今回劇場化するエピソードは特にファンからの評判が高いみたいね。このエピソードは作品における重要な転換点になったらしいわ。また、情緒的だった点も特徴とされているとか」

杏「……ふーん。『消失』みたいな感じ?」

雪乃「……?」

杏「あー、アイボーで言うと『カヲル最後の事件』とか、円黄師匠シリーズで言う『夜の蠅』とか、そんな感じ?」

雪乃「……私が紅茶党なのは無関係よ。概ね理解したわ、そんな感じね」

杏「……うぁー。めんどうだなぁ……」

雪乃「……あなたがどうしても嫌だと言うのなら具申ぐらいはしてあげるけど、期待しないことね。大体私だって関わるのだから……はぁ、どうして母校なのかしら……。偶然とはいえ、嫌な一致もあるものだわ」


杏「……ん? どゆこと?」

雪乃「……原作者が千葉の総武高校出身らしくてね。舞台となったのもそこだから、当然ロケも総武高校で行われるわ。……私の母校なのよ」

杏「……ふーん。ねぇ、プロデューサー」

雪乃「何?」


杏「めんどくさいけど、飴くれたらやってあげんこともないよー?」


395: 2015/07/08(水) 21:29:28.85
<十一月一週末、ライブ前夜。都内某所、居酒屋「全兵衛」>

武内P「……全く。ライブ前に居酒屋に行くアイドルは貴方くらいです。……楓さん」

楓「あ、プロデューサー……」

武内P「……お酒は飲まれていないようですね」

楓「もうっ。いかにお酒好きな私とはいえ、ライブ前はお酒を避けます。……ふふふっ」

武内P「そうですか、私は飲みますが。大将、生ビール一つ」

楓「……今度会ったとき酷いですよ?」

武内P「では、その時を楽しみにしていましょう」

楓「ふんだ。慣れてきたんですから。戸塚くんみたいですよ」

武内P「それはいいですね。彼の、彼らの強かさは見習いたい」

楓「……そうですね。だから、あんなすばらしいライブが出来た」

武内P「……」

楓「この前のライブの時。……私が、負けたとき。歌う前、千早ちゃんに言われたんです」

楓「『どこを見て歌っているんですか?』って」

武内P「!」

楓「私、その時言いそうになったんです。てっぺんだって。言いませんでしたけどね。……でも、結果はあの通りです」

楓「そりゃあ落ち込みましたよ。大の大人がずーっとですよ? ……プロデューサーにも、たくさん当たりました」

武内P「お蔭さまで翌日にお酒が残ることが多く、大変でした」

楓「あら。じゃあ無視すればよかったんですっ」

武内P「……人が悪い。するわけないでしょう」

楓「うふふっ、お返しです。……私、ずっとわからなかったんです。その言葉の意味が」

楓「でも、この前のライブ。海未ちゃんのライブを見て……やっと、すとんと落ちました」

楓「ああ、そういうことだったんだって。そしたら、無性にここに来たくなったんですよ」

武内P「……貴女と、初めて会ったのがここでした」

楓「うふふ、そうそう。あなたが美味しそうなホッケを食べてるもんだから。それもクリスマスの夜中に一人で、ですよ? 珍しいったら」

武内P「クリスマスに居酒屋で一人酒の女性の方が珍しいでしょう」

楓「ふふふっ、言われてみればそうかも。それ、口説き待ちみたいですね」

武内P「……ええ。だから、口説いたのですよ」


楓「ほいほい騙されちゃいました。こんなに酔える世界があるなんて。……酔わせてくれる人がいるだなんて。私、強いつもりだったのになー」

楓「……だから、あなたに責任を取らせたくなっちゃった。だって、酔わせた方が介抱するものでしょう?」

武内P「……ええ。そうですね」

楓「そのために、一刻も早くてっぺんに登りたくて。そうすれば、後悔なくこの世界を去って、大手を振ってあなたと歩けると。……でも、それじゃダメだったんですね。そのことに、気付けて良かった」

武内P「……ええ。ええ」

楓「……ねえ。あの日のように、一口、飲み交わしませんか?」

武内P「……ええ。高垣楓と交わすお神酒にしては、安すぎる気がしますけど」

楓「うふふっ。忘れちゃったんですか? 私は安い女ですよ。酔えるお酒とホッケとあなたがいれば、ほいほいついてっちゃうんですから」

武内P「……忘れるはずがない。好きな女性のことです」

楓「……ありがとう。愛しています。だから許してだなんて言わないけれど」


楓「――このお酒を飲んだら、我儘を一つ聞いていただけませんか?」



396: 2015/07/08(水) 21:30:40.21
<ライブ当日、765プロダクション事務所>

美希「――あはっ。最高なの!」

春香「こういうの、久しぶりだねー!」

真「うわあ……相変わらずすごいなぁ……」

響「じ、自分、デビューがこれだったら間違いなく泣いてたと思うぞ……」

貴音「しかし、まこと山を覆う程の気概……見事です」

律子「……思い切った決断よね」

赤羽根P「…………」


赤羽根P(インターネットの生放送を、事務所のテレビに映し出す。狭く遠い液晶世界の中で、懐かしい光景が繰り広げられていた。最後にこれを見たのはいつだっただろうか?)


赤羽根P(……思えば遠いところまで歩いてきたものだった。こんな遠い旅路が最初、ふざけた宣材写真の撮り直しから始まっただなんて、今更誰が信じるだろう?)


赤羽根P(みんな様々な困難を乗り越えてここまで歩いてきた。俺だって怠けてきたわけじゃない。ハリウッドに修行に行き、本場の仕事術を学んだ。ひとつずつ、落ち着いてやれることが増えていった。プロデュース業が楽しくなっていった。そんな俺に、みんな笑顔でついてきてくれる)


赤羽根P(そんな輝く毎日を過ごしている途中、ふと後ろを向いてみると、そこには誰もいなくなっていることに気付いた)


赤羽根P(そう気付いた後でも、彼女たちは足を止めない。俺たちはみんな器用ではないから、手を抜くなんてそんなことはできない。後ろを振り返るのはもうやめよう、と思っていた)


赤羽根P(王者とはすべからく孤独である、とこぼしたどこかのライバル会社の社長が浮かぶ)


赤羽根P「――ははっ」

律子「……嬉しそうですね?」

赤羽根P「ああ。当たり前だろ!」


赤羽根P(――ほら見ろオッサン、俺たちのどこが孤独なんだ?)


397: 2015/07/08(水) 21:31:50.86

――♪『スリルのない愛なんて 興味ある訳ないじゃない わかんないかなぁ?』


美希「『KisS』からの『オーバーマスター』なんて、わかってやがるの!」

響「観客席の盛り上がり方が異常だぞ……」

雪歩「加蓮ちゃんも奈緒ちゃんも、これがデビュー戦なんて……うう、へこみますぅ……」

真「それよりボクは海未さんの『迷走Mind』の方がやばかったと思うんだけど……。あの迷いの曲、ボク最初全然表現できなかったんだけどなぁ……。うぁ、やばい、鳥肌まだ消えないよ」

亜美「姉妹で被せてくるなんてねー」

真美「ねー。面白いね!」

やよい「あっ、ギターソロ来た! ……はわーっ!? 雪ノ下さんですー!?」

伊織「双葉杏の『ふるふるフューチャー』、もはや原曲残ってないわね……」

律子「でも、それでも逆に良さがある。天才ね。……美希への挑戦かしら?」

美希「……へー」


千早「海未さん……どうして私の曲じゃないの……? 海未さん……」

春香「ち、千早ちゃん? 目からハイライトが……」

貴音「……千早。おそらく、海未は譲ったのですよ」

千早「……え?」



楓『あら、すごい歓声。うふふっ、ありがとう。じゃあ、私がこれから何をやるのかはもうバレちゃってますね。私も765プロの曲からおひとつ、歌わせていただきます』

楓『でも、その前にひとつだけ。……えーっと、カメラはこれですか? よーし』

楓『千早ちゃん、見てますかー? この前はありがとうね。……もう、間違えません。お礼は言っておかなくちゃ』

楓『でーも。勝負は別ですよ? ……今なら言えます。私は、本当の意味で』


楓『――頂点に立ちます』


398: 2015/07/08(水) 21:34:21.28

――♪『ずっと眠っていられたら この悲しみを忘れられる 
        そう願い 眠りについた夜もある    
      二人過ごした遠い日々 記憶の中の光と影
         今もまだ心の迷路 彷徨う
    あれは 儚い夢 そう あなたと見た 泡沫の夢 』



響「ア……アカペラ!?」

やよい「…………すごい……」

貴音「……まこと、落ちる楓の葉の様な……。心を、掴まれますね……」

真「……生で、観たいな」

伊織「……あの時みたいに、トラブルってことは?」

美希「ないの。歌う前、PA席に目配せしてたの」

律子「つまり?」

あずさ「……あらあら、うふふ」

春香「――堂々と、千早ちゃんに喧嘩を売りに来たんだね!」


――♪『眠り姫 目覚める 私は今 誰の助けも借りず
     たった一人でも 明日へ 歩き出すために 』


赤羽根P(サビの入りと共に音が溢れだす。わかっていても、肌が粟立つのを抑えられない。それは千早も同じだったようだ。けれど、それだけじゃない。画面の中で挑戦的な笑みを浮かべる高垣楓を見て、彼女の潤んだ美しい唇は弧を描いていた)


赤羽根P(俺には分かる。その笑みの正体が。……ずっと待ってたんだよな。乾いてたんだよな。より高みを目指すため、彼女は匹敵する者をずっと求めていたんだ)

赤羽根P(獰猛な王者の笑みは伝染し、ここにいる誰もがそれを浮かべる。みんな、来たるべき挑戦者を心より歓待していた)

赤羽根P(ああ、765プロはこうじゃなくちゃ。やっぱりお前らは最高だ)


赤羽根P「みんな。やることは決まってるよな?」

美希「うんっ! 当たり前なの!」

春香「私、頑張りますっ!」

千早「ええ。――私たちが、トップアイドルです」


399: 2015/07/08(水) 21:36:18.16
<終演後、打ち上げ>

雪乃「……ああ。重かった。責任が重かったわ。レスポールより重いものなんてあるのね……」

穂乃果「でもでもっ! ゆきのん、めちゃくちゃカッコよかったよ! 結婚してっ!」

雪乃「人ごとだと思ってあなたは……。頼むならもっと早くに言いなさい……」

海未「えっ、事前から打ち合わせていたのではないのですか?」

杏「いや。完全に泊まりに行ったときのこと思い出しての思い付きだったよね……」

雪乃「一週間でギターソロだけだったからよかったけれど、もう何年も触ってなかったから一曲通してだと終わっていたわね……」

凛「いや、音作りとか凄かったよ。雪ノ下さん、今度スタジオで遊ばない?」

雪乃「嫌よ。そんな暇も気もありません」

穂乃果「ねぇねぇゆきのん! 次は『relatoins』がいい!」

雪乃「氏ねと言うのね?」

八幡「……相変わらず、上手いもんだったな」

雪乃「っ、見てたの……?」

八幡「今日は最初からいただろ。むしろなんで見ないんだよ……俺そんなに存在感ないですかね……」

戸塚「高校の文化祭の時も弾いてたもんね! あれ凄かったなー」

絵里「あら、そんなことしてたんだ?」

ちひろ「見てみたかったなー」

八幡「ちょっと時間稼がないといけなくなって、即興でな。俺の部活から、雪ノ下と、もう一人舞台に立ったんだ」

杏「! へえ、二人だけで?」

八幡「いや、あとは教師とか雪ノ下の姉もいた」

ちひろ「……へえ。陽乃が……」

海未「あれ、比企谷くんは何をしていたのですか?」

八幡「……何も。後ろから見てただけだったよ」

穂乃果「あはははは!! ひっきーっぽいね!」

杏「そんな目立つことしそうにないもんなー」

八幡「まあな、よくわかってんじゃねぇか。飴やるよ」



凛「……ねえ、雪ノ下さん。あれ本当?」

雪乃「……本当よ。舞台には立たなかった」

絵里「舞台『には』ってどういうこと?」

雪乃「……はあ。鋭いわね。……確かに、舞台には立たなかったけれど……格好良かったの」

絵里「……それ、聞いてもいいかしら?」

雪乃「駄目に決まっているじゃない」

凛「!」

雪乃「あの時の彼の裏側は、私だけの……私たちだけの秘密」

雪乃「特に、あなたたちには内緒に決まっているでしょう?」


400: 2015/07/08(水) 21:37:30.76
<翌日夜、都内某所居酒屋「全兵衛」>

戸塚「八幡、こっちだよー」

八幡「お、おお。武内さんは?」

赤羽根P「アイツなら今少し外しているよ。君が比企谷くんだね? 話は聞いてる」

???「ほお、彼がかね! ふふ、若き日のお前に似てると思わんか?」

???「冗談ではない。私はもっと澄んだ目をしていたぞ」

八幡「赤羽根さん……。彩加、横のお二人は?」



彩加「765プロの高木社長と961プロの黒井社長だよ」

八幡「なっ……はぁ!?」

高木「ははは、そう固くならなくていいよ。座りなさい」
黒井「フン。お前が渋谷凛のプロデューサーか。……素人にしてはよくぞあそこまで磨いたと褒めてやる」

赤羽根P「はあ、黒井社長。初対面の人間にその高圧的な態度はいい加減やめましょうよ……」

黒井「なぜ王者が媚びねばならん」

高木「まあそう言うな、黒井。比企谷くん、生でいいかね?」

八幡「あ、はい。いただきます……」

八幡(彩加が赤羽根Pと会わせたいって言うから、何か一つでも有益な情報を持ち帰ろうと思って来たら……なんだこれ!? 間違いなく今のアイドル業界で偉い人トップスリーのうち二人だろ……!?)

武内P「ああ、比企谷くん。来ましたか」

八幡「た、武内さん。この面子は……?」

赤羽根P「ああ、本当にただの偶然だったんだよ。俺とこいつは次にやるライブバトルの折衝ついでにここに来てね。君に会ってみたいと言ったんだけど、一人で来るような人間じゃないって言うからね」

戸塚「エサになってみたんだ♪」

八幡「……釣られたわ」

武内P「黒井社長と高木社長とは偶然居合わせたのです」

黒井「いつものバーでも良かったが、今日は日本酒の気分だったのでな」

高木「はっはっは。実は、ここはマスコミが入ってこられないセーフポイントなのだよ。外で大事な話をするときはここを使うようにしていてね」

八幡「……なるほど。良いことを聞きました、覚えておきます」

高木「はっはっは、それがいい。私たちの商売柄、マスコミは諸刃の剣だからね。常に取扱いに注意せねばならん」

赤羽根P「よし、じゃあ全員揃ったことだし改めて乾杯しましょう! ――乾杯!」


八幡(そこからは多人数がいる飲みの席あるあるみたいなもんで、話のグループがひとつになったりふたつになったりした。赤羽根さんは俺が苦手なリア充タイプかと思ったら案外強かな人だった。清濁併せ飲めるからこその頂点なのだろう。高木社長は社長とは思えないほど茶目っ気がある人だ。だがその言動の端々には器の大きさや洞察力の深さがあらわれていた。黒井社長は……本当エキセントリックなんだが、この人見てると何か既視感があるんだよな……)


401: 2015/07/08(水) 21:40:54.02

高木「そう言えば比企谷くん。『アプリコットの涙』、ヒロイン役は渋谷くんに決まったそうじゃないか」

八幡「あ、はいそうです。ありがとうございます」

黒井「相手役は私のところの冬馬だ。足を引っ張ってくれるなよ」

赤羽根P「まあ、メインヒロインと言えばうちの春香もそうなんだけど」

戸塚「ダブルヒロインかあ。海未さんも受けたけど、落ちちゃったんだよね……」

武内P「クールからは神谷さんも受かったのですよね。神谷さんに関してはやはり現役でモデルの高校に通っているというのは大きかったのでしょう」

八幡「そういうの、やっぱ関係ありますよね」

黒井「無論だ。正直な話、渋谷凛に至っては出来レースにすぎん。ベースが上手いヒロインの役など、このタイミングで渋谷凛以外をキャストする無能がどこにいる。経済効果に桁単位の違いが出るだろうよ」

高木「オーディションは行われたのだったね?」

武内P「はい。一応」

八幡「……なるほど。形だけのってやつか」

黒井「不満か? ざらにあることだ」

八幡「いいえ? 過程はどうあれ、あいつは結果を出すでしょ。なら拘泥なんざしませんよ」

黒井「……ほう」

赤羽根P「若いのにヒネてんなぁ……」

戸塚「八幡は昔からこうですからっ」

黒井「フン、中々見所があるようだな。いつかの貴様にも見せてやりたいぞ、赤羽根。……おい大将、黒龍を空けてくれたまえ。比企谷、飲め。奢りだ」

八幡「……ありがとうございます」

赤羽根P「俺、日本酒苦手なんだよなー……」

黒井「貴様に奢る酒などない。カシオレでも飲んでいろ」

赤羽根P「……抑えろ、抑えろよ俺」

八幡「……おお。うまい」

黒井「ほう、黒龍の良さが分かるか。ますます見所のある奴だ! 気に入ったぞ!」

高木「しかし黒井。天海くんと天ヶ瀬くんが共演するとなると、またマスコミには気を張らねばならんな」

黒井「ウィ。相変わらず下種の勘繰りとはウザったいものよ。しかし、大衆を楽しませるのは王者の義務というものだからな! 心地良く掌で踊らせてやろうではないか! ハーッハッハッハッハ!!」

八幡「……おい彩加。黒井社長もう酔ってんのか?」

戸塚「ううん、素だよこれ。冬馬くんもよく愚痴ってたなぁ」

八幡「……なぁ、天ヶ瀬冬馬ってどんなやつなんだ?」

戸塚「…………ふーん?」

八幡「……別に他意はないからな」


402: 2015/07/08(水) 21:41:54.01

戸塚「ふふっ、そういうことにしといてあげる。冬馬くんは961プロのアイドルだよ。女性アイドル界で言う765プロの立ち位置って言えばもうわかるでしょ? ジュピターっていうグループを組んでて、それのリーダーなんだ」

武内P「一時期961プロからは離れていたのですけどね」

黒井「フン、ジュピターも青かったからな。この黒井崇男の思想を推し測るには頭も時間も足りなかったのだろうよ」

赤羽根P「言っときますけど黒井社長は言葉足りなさすぎなんです! 完全にただの嫌がらせでしたからね色々と! 千早の音消しの件、許したけど俺は忘れてないからな!」

黒井「結果的に最高の演出になったから良いだろうが。庶民はいつまでも過去のことをグチグチと……」

武内P「間接的に高垣さんも恩恵に預からせていただきました。ありがとうございます」

黒井「高垣楓か。私もステージを見たがあの女は素晴らしいな。早く高木のところのヘッポコ如月なんとかなど掃除してくれ」

高木「はっはっは。聞き捨てならんなぁ」

赤羽根P「だーもう! やっぱ俺はアンタが嫌いだ!」

黒井「なぜ私が貴様なんぞに好かれねばならん俗物が! もう一度米国で出直してこい!」

赤羽根P「うるさい! アンタこそフランス行って勉強してこいよ! ルー語みたいな使い方しやがって!」

黒井「口だけは一丁前に回るようになったではないかへっぽこプロデューサー。……おい、大将! バカルディだ! バカルディを持ってこい!」

赤羽根P「なーにが王者だ。ハリウッド帰りなめんなよ?」

高木「はっはっは、若いねえ! いいだろう、酒の分は私が持とうじゃないか」

武内P「ああ、もう。先輩はすぐカッとなるんですから……」

八幡「……この人たち、本当に偉い人たちなのか? 完全に駄目な大人なんだが」

戸塚「あはは……」



高木「武内君。赤羽根くんを頼むよ。……あと、例の件だが、代表取締役として確かに承諾した。素晴らしいものを創り上げたまえ。期待しているよ!」

武内P「どちらも承りました。責任を持って家まで送り届けますので」

黒井「フ……フン……情けないやつだ……」

赤羽根P「あ、アンタだってフラフラじゃないか……」

戸塚「黒井社長とは方面が同じなので、ぼくが一緒のタクシーで帰ります」

黒井「ウィ……すまんね……」

戸塚「あはは、じゃあもっとパッションプロにもお仕事欲しいですねー」

黒井「……お前は本当に油断のならん男だ」

――ばたん。ぶぅーん――


403: 2015/07/08(水) 21:43:22.03

高木「急に呼び立ててすまなかったねえ。お蔭さまで楽しい夜だったよ」

八幡「いえ、こちらこそ。……なんか、こちらが喧嘩を売る形になってしまいましたが」

高木「はっはっは! いいじゃないか、こうでなくてはLIVEバトルというものを作った甲斐がない」

八幡「……え?」

高木「おお、知らなかったのかね。アイドル連盟の会長は私と黒井だよ」

八幡「……ますますビックリです」

高木「ははは、まあ知らなくても勝負に影響することはないから安心したまえ。……私は理想家でねえ、なんとしてでもティンと来る娘たちが正当に輝ける世界を作りたかったのだよ」

八幡「ライブバトルがなかったら、346のアイドルたちは今この位置にはいません」

高木「私たちはチャンスを与えたにすぎない。登ってこれたのは君たちの実力だよ。誇りたまえ」

八幡「……はい。ありがとうございます。……高木さんたちがいてくれて良かったです」

高木「そう言ってくれると嬉しいよ。……年寄りになると、どうもすぐに感傷的になっていけない」

高木「……比企谷くん。この世に魔法はあると思うかね?」

八幡「無いと思いますね。そんなものがあればどんだけ楽か」

高木「はっはっは! 即答か! ……君はやはり、黒井に似ているところがあるよ」

八幡「……なんか嬉しくないですね」

高木「その反応も含めてな! ……渋谷くんの活躍をこれからも期待しているよ。スキャンダルにはくれぐれも気を付けたまえ。伸び盛りの時期に喰らうと致命傷だ」

八幡「……やけに気にしますね? いや、当たり前なのはわかっているんですが」

高木「はっはっは。なに、年寄りの小言だよ。若者には同じ轍を踏ませたくないと、そう思うのは自然だろう?」

八幡「……まだお年寄りと言うには早いでしょう」

高木「君たちに比べれば我々など老骨さ。……私と黒井にもそんな頃があったのだ。いや、懐かしい。あの頃も今と同じく、アイドル黄金期と呼ばれていたんだ。大衆にとって一人のアイドルの存在価値は、極限と言えるまでに高かった。……だからこそ……」

八幡「……」

高木「おっと、いかんいかん。言ってる傍から昔語りなど、老害以外の何物でもないねえ。はっはっは、私も酔いが回っているのかな? さあ、タクシーを呼ぼう」

八幡「……ごちそうさまでした。また、話したいです」

高木「ははは、若者にモテるのはいくつになっても嬉しいねえ。それではな。……最後に、比企谷くん」

八幡「はい?」

高木「……なにかあったら私たちに任せたまえ。若者は間違えるのが仕事さ。そうやって、歴史は繰り返されてきたんだからね。……ではな。私のアイドルたちはそう簡単に負けんよ?」


八幡(目の前のこの偉人の優しい瞳の奥には、俺の何十倍もの歴史や想いが眠っているのだろう。想像を巡らせたとして、何も届く気がしない。その深く広い海のようなまなざしに何かを問いかけることはできるが、無粋な気がして取りやめた)


八幡(あの視線は見抜いていたのだろうか。……俺が、感じ始めていることを。いくらなんでも自意識過剰かとも思うのだが、あの眼には全てが見通されている気もした。判断材料は何だ。敏腕社長の眼力か。はたまた魔法か……経験か)


八幡(ほろ酔いの頭に浮かぶ顔。それは誰か。散々後回しにしてきた最後の問題と向き合うその時が、タクシーのラジオの時報と共に迫っている気がした)


404: 2015/07/08(水) 21:45:34.72
<数日後、早朝。346プロダクション本社アイドル部門本部>

武内P「全員揃いましたね。それでは、ただいまより全体集会を始めます」

武内P「先日のライブ、お疲れ様でした。世間に与えたインパクトは計り知れないものだったでしょう。……その分に伴って、公示があります」

武内P「まずは渋谷さん、前川さん。あなたがたは本日付でDランクアイドルに昇格です」

みく「にゃっ!?」

凛「……やった」

未央「ぐぬぬ、負けてらんないね! しまむー!」

卯月「はいっ! すぐに追いつきましょう!」

ちひろ「あれ、もしかして新記録なんじゃないですか?」

雪乃「そうね。昨日までの最短記録は高坂さんの一年と二日だったから」

穂乃果「へー、よくわかんないけどそうだったの? 穂乃果、記録とか何も覚えてないからなー」

海未「あれほど各地で記録を作っておいてよくそんなことが言えますね……」

武内P「そうですね。ですが園田さんほどではなくなります」

海未「……はい?」

武内P「園田さんは本日付でAランクです。異例の二階級アップとなりました」

海未「……えええええぇえええええ!?」

絵里「相変わらずいい顔するわねー」

楓「えー顔してますね? ……ふふふっ」

にこ「なーっ!? にこなんてBランクに来るまで四年くらいかかってるのに!?」

きらり「うきゃー!! 海未ちゃん、すっごぉーい!!」

穂乃果「穂乃果、お父さんに紅白まんじゅうお願いするね!!」

海未「ななな何かの間違いでは!? こんなことが許されるのですか!?」

武内P「逆です。単独ライブ以来園田さんの調子があまりにも良すぎるので、頼むから早く上のランクに行ってくれと陳情されました。同ランクのアイドルが相手にならないからと」

戸塚「……ふふ。流石だね」

海未「……あう。み、身に余る光栄です……」

八幡「……しかし、なんか二階級特進ってなぁ」

杏「完全に氏亡フラグだよね。勲章作るー?」

海未「誰が戦氏ですかっ!?」

武内P「他にもトライアドプリムスのお二人や諸星さん、アナスタシアさんが昇格を決めていますね」

アーニャ「спасибо……ありがとう、ございます!」

きらり「きっと杏ちゃんの助演が決まったのが大きかったんだにぃ!」

美嘉「ねー」

莉嘉「アタシたちは?」

武内P「この前ランクが上がったばかりなのでしばらくはないでしょう。……偉業でも成し遂げれば別ですが」

未央「美嘉ねぇ、エベレストでも登ってみれば?」

美嘉「そんな方面で売れたくなーい!!」

武内P「双葉さんはそもそも昇格に必要なライブバトルの出場数が規定数に達していませんでした。勝率は申し分ないのですが……」

杏「……ま、仕方ないよね。どーでもいいや」

雪乃「……」

にこ「にこは? 活躍してる方だと思うんだけど」

雪乃「そのことだけれど。……あと一勝でAランクよ、あなたは」

にこ「……ふぅん。その相手が……」

405: 2015/07/08(水) 21:47:26.46

武内P「ええ。765プロとのバトル、ということになります。……ここで、一番大きなお知らせをしようと思います」

武内P「今西社長と高木社長が合意しました。各本社はもう動き始めています」


武内P「――十二月に、346プロ対765プロの特別ライブを行うことになりました」


「!!!」

武内P「正面戦争であり……頂点を決める、最終決戦となります」

奈緒「……マ、マジかよ……!」

加蓮「……エラい時期にデビューしちゃったなぁ」

未央「くぅうー! 燃えてきたぞー!!!」

卯月「春香さんと同じ舞台に……! 夢みたいですっ!!」

にこ「ついに……この時が来たのね」

戸塚「……頼んだよ?」

海未「ええ、勿論」

武内P「詳細の情報を述べます。日時は十二月二十五日午後十八時から。場所はニッセンスタジアム。キャパは十万。当日までに可能な限りの宣伝を打ち、世間の注目を集めます。ライブの様子は……地上波で、生放送。会場の内外を問わず、全ての人たちがパフォーマンスに投票します」

きらり「……うきゃー!?!?!?」

海未「地上波……」

にこ「前代未聞ね……」

武内P「そうですね。アイドル史においては、日高舞の時代のそれを遥かに上回る大事件でしょう。この話を持ち掛けたのはこちら側です。世間は346が本気だろうと受け取るでしょうし、こちらからもそうなるよう大々的に戦略を打ちます。一人でも多くの人間の心情をあらかじめこちら側に傾けておきましょう。無論皆さんにも手伝ってもらいます。……前哨戦は、既に始まっているのです」

絵里「なるほど、ターゲットを普段アイドルに興味を持たない層にも広げるんですね」

武内P「はい。大衆というものは挑戦者に好感を持つ人が多いですから」

美嘉「テキトーに高校野球付けた人が負けてる方応援したくなるみたいなカンジ?」

にこ「なんか嫌な例えね……」

海未「あの、そこまでする必要があるんでしょうか?」

八幡「……ある。やれることはなんでもやっておくべきだ。不確定な要素は出来るだけ減らして、味方にできるもんなら身近な親でもなんでも使ったほうがいい」

未央「そ、そこまで言う?」

八幡「……俺は星井美希のパフォーマンスを一度だけ今のお前ぐらいの近い距離から見たことがある。少なくとも現時点で、あれより技術と才能の粋に圧倒されたことは未だない」

加蓮「この捻くれプロデューサーがそこまで言うくらいなの……?」

楓「はい。……彼女たちの実力は本物ですよ。全員Sランクは、やっぱり異常です」

武内P「だからこそ、やれることは全てやっておきましょう。こちらとしては憎むべき悪役に仕立てるくらいの気持ちで行きます。気持ちだけ、ですが」

ちひろ「……でも、そこまでしておいて、もし今までのアイドル達のように大差で負けてしまったら……」

武内P「……はい。これから先のトップアイドルの座は勿論、今の地位さえ危ういかもしれません」

「!!!」

武内P「……ですが」



凛「勝ったら、私たちがトップアイドルだよ?」


406: 2015/07/08(水) 21:48:58.89

武内P「!」


みく「わかりやすくて手っ取り早いやん。やったろ?」

楓「借りは返しまっせ~。うふふっ」

穂乃果「みくにゃんって普段そんな感じだったんだ!」

杏「間抜けは見つかったみたいだな。……はあ、また面倒なことになりそうだなぁ……」

卯月「……わたしっ! 頑張ります! 春香さんにだって負けませんっ!」

海未「……もう、何があっても迷いません」

雪乃「ノーペインノーゲイン、ね。……衰退なんて、いらないわ」

八幡「……ま、リスクで脅かすには相手が悪かったんじゃないですかね」

戸塚「うん。なんてったってねえ?」


楓「――大丈夫。あなたが育てたアイドルですよ?」


武内P「……全ては伝わったようです。私からは一つだけにしておきましょう」

武内P「勝ってください。――あなたたちは、最高だ」


407: 2015/07/08(水) 21:50:55.47
<翌日、早朝。千葉、総武高校>

冬馬「柊冬也役をやらせてもらうことになった天ヶ瀬冬馬です! 今回こんなすげー作品に関われたことを誇りに思いますっ! いや、マジで大好きな作品だからテンション上がりまくりだぜ! 原作に負けないくらい絶対良い映画にします! よろしくお願いしますっ!」

杏「そんなに頑張らずにほどほどにしよう? 役柄通り杏は働かないっ!」

監督「あっはっは、杏ちゃんは前のシリーズから変わらないなぁー」

凛「氷川凛奈役をやらせていただく渋谷凛です。初めてのヒロイン役ですけど、一生懸命やります! 美春には悪いけど冬也はもらっちゃおうかな。ふふっ」

春香「あー! ダメだからね、凛奈に騙されないでね? 冬也くんっ」

冬馬「お、俺は冬也じゃねえ! まだ撮影始まってないだろ!?」

監督「早速サヤ当てかぁー。にくいねぇ、このっ」

奈緒「…………あのリア充オーラ、つらいぞ……」

八幡「…………アイドルが言うなよ。氏ぬほど同意だが」

雪乃「諸星さん。あなたのシーンまで少し時間があるから、台本のチェックの合間に次のレッスンの予定を確認しておいてね。少し変則的だから」

きらり「了解だよー☆」

監督「よーし、それじゃー早速今日から『雪リレ』、撮ってくよー? じゃあ春香ちゃんのシーンから」

春香「はいっ!」



八幡「……なあ、神谷。今更なんだが、『アプリコットの涙』ってどういう話なんだ? 双葉が主役じゃないのかよ」

奈緒「な、なんだと……。ラノベの中じゃストーリーがめちゃくちゃ評価されてるんだけど、比企谷さんは知らないのか?」

八幡「俺は本は読むがラノベはあんま読まねぇんだよ。青いやつをちょこっとくらいだな」

奈緒「ええっと、安楽椅子探偵ものってジャンルわかるか?」

八幡「確か、探偵が捜査をせずに助手とかが集めてきたデータや証拠で真相を解明するやつのことだったか?」

奈緒「うん、そんな感じ。だから今回の依頼主が天ヶ瀬さんとかって感じになるかな。……探偵ものってキャラが薄くなりがちじゃん? だからラノベとは相性が悪いってよく言われてるんだけど、そんな評価を覆したのがこの作品だったんだ。とにかくぐーたらで、他人のことには全く興味ない。毒舌口リっ娘。でも天才。そんな主人公五十嵐杏珠と、行動派巨大幼馴染の七星うららが事件を解き明かしていくって物語なんだよ」


八幡「……それ、まんま双葉じゃねぇか」

奈緒「そうなんだよな。リアルに当て書きなんじゃないかってよくネットでは言われてる。作者もアイドルファンらしいし。……アタシ、ドラマシリーズ見たときはリアル杏珠きたーって思ったもん」

冬馬「俺、ブルーレイボックス持ってるぜ! 何週したかわかんねーよ」

奈緒「あ、天ヶ瀬さん!」

八幡「……ども」

冬馬「奈緒ちゃんに比企谷だな。黒井のオッサンがこの前は迷惑かけたみたいだな……」

八幡「……俺は彩加から聞いたよ」

冬馬「戸塚からは色々聞いてるぜ! 仲良くしてくれよな!」

八幡「……葉山タイプか。はぁ……」

冬馬「ん、なんか言ったか?」

八幡「難聴系主人公かよ。よろしくなって言ったんだ」

冬馬「はっ、あれわざと言う作品あるよな!」

奈緒「……天ヶ瀬さんってこっち寄りだったのか。噂は本当だったんだ!」

冬馬「……クソ、誰が言ったんだ。まあいいけどな! 俺はラノベもフィギュアも何でも好きだぜ」

奈緒「あっ、じゃあ最近出たfigimaの受注生産の杏珠のフィギュアは!?」

冬馬「もちろんとうにショーケースの中だ! 何のためにアイドルやってると思ってんだ?」

八幡「何のためにアイドルやってんだよ……」


408: 2015/07/08(水) 21:52:40.28

冬馬「んなことより、『雪のリレーション』の話だろ?」

八幡「それがサブタイトルなんだっけか? 原作の四巻に当たるってな」

奈緒「そうなんだ! 『雪リレ』は正直推理要素が薄いんだけど、逆にそれがいいんだ。杏珠が謎を解決したおかげで出会った三人が、切ない三角関係を繰り広げていくんだよ」


八幡「……三角関係」


冬馬「主人公の冬也はクラスでは目立たないけど、ギターが上手い。入学当初事故にあったせいで軽音部に入り損ねて、以来ずっとステージへの憧れを持ってんだが、ついに何も動き出せないまま三年最後の聖誕祭前を迎えるんだ」

奈緒「そんな冬也と、空気を読むのが上手くて誰にでも好かれる学園のアイドル天乃美春。賢くて美人なんだけど、空気の刺々しさと両親が黒い政治家だって噂のせいで孤立してるベース弾きの氷川凛奈が、色々な偶然を重ねて出会い、情を育てて……恋に落ちていくんだ」

八幡「……どっちとくっつくんだよ」

冬馬「身も蓋もねぇな!」

奈緒「んー、でも、結末がわかってても辛いっていうかな……」

八幡「売れてるからには、ちゃんとした結末があるんだろ?」

冬馬「ん、まあな。……この事件以降、杏珠は変わってく。人の気持ちを、理解したいと思い始めるようになるんだ。何にでも冷めてて、わからないもんなんてないってずっと言い切ってた杏珠が」

奈緒「それぐらい、三人の在り方が切なくて……美しかったんだよ」

八幡「……結局、どっちだったんだ?」

冬馬「今日、原作持ってきてるから貸してやるよ! 読んでこい、語り合おうぜ!」

八幡「えぇ、いいよ……。お前、汚したりしたら怒りそうだもん……」

冬馬「保存用観賞用布教用の三つ持ってるから心配すんなって!」

奈緒「基本だよな!」

八幡「やだこの子たち……クソオタクしかいないの……?」

冬馬「明日日曜だろ? 徹夜で読めるぜ!」

八幡「それは無理だ。今日はプリキュアの為に早寝しないと」

奈緒「ブーメランって知ってるか? 比企谷さん?」


409: 2015/07/08(水) 21:53:48.92


× × ×

冬也『……くそ。このままじゃもう、どうにもなんねぇか? 諦めちまったほうがいいのかな……』

冬也『中学生みてーな理想だけどなぁ。……でもやっぱ、諦めきれねーよな……』

――わんわんっ! わんっ!

『っ! しまった! リードが!? ま、待て! プラム!』

――ききーっ!!!!

冬馬『!? ……あ、あんた! 大丈夫か!?』


凛奈『っ……つつ。……お前、無事かよ?』


――わんわんっ! わんっ!

凛『ふ、元気にしやがってよ。こっちは氏にかけたんだぞ? ……っと』

冬夜『立てるか!?』

凛奈『……っ!』

――ぱしいっ!!


凛奈『てめえっ、飼い主だろうが! 何こんな道路で目ぇ離してやがる!!』

冬也『……あ』

凛奈『面倒見れないなら。……見捨てるくらいなら! 最初から首輪つけてんじゃねえ!』

――たったったっ。


美春『あ、あのっ! 大丈夫ですか!?』

冬也『……んだ。アレ……』

美春『えっ!?』

冬也『……俺より。あの人の方が、痛そうだった……』

× × ×


410: 2015/07/08(水) 21:54:52.94
<同刻、総武高空中廊下>

八幡「…………」

雪乃「…………陳腐、ね」

八幡「……お前はやっぱ手厳しいな」

雪乃「……この作品のことを言っているのではないわ」

八幡「……よくあること、だったみたいだな」

雪乃「そうね。……私は下りなかったけれど」

八幡「俺はしっかり轢かれたしな」

雪乃「……」

八幡「……由比ヶ浜は、元気か?」

雪乃「……ええ。元気に女子大生してるわ。私の……親友よ」

八幡「そうか。それを聞けて良かった。……聞いて、よかった」

雪乃「……聞いて、くれるのね」

八幡「……聞けるようになったんだ。多分」

雪乃「奉仕部。……どうなったか、知っていて?」

八幡「ああ。俺達以外に部員はゼロ。平塚先生は転勤で……今は、もうないって聞いた」

雪乃「その通りよ。……でも、少しの間だけ、あの場所はまた開かれる」

八幡「……そうなのか?」

雪乃「撮影。五十嵐杏樹と七星うららの探偵部の部室には……奉仕部の部室だった、空き教室を使用することに決まったみたい」

八幡「……運命、か」

雪乃「……ふふ。あなたもその言葉に捕まった?」

八幡「認めたくないけど、な」


――かちっ、しゅぼっ。


411: 2015/07/08(水) 21:56:14.23

八幡「……ふぅ」

雪乃「……馬鹿。校内は禁煙よ」

八幡「誰も見てねぇだろ」

雪乃「私が見てるじゃない。……そんなもの、やめてしまえばいいのに」

八幡「中身が真っ黒な言い訳が立つだろ」

雪乃「……なら、私にも吸わせなさい」

八幡「え、いや……むせると思うぞ」

雪乃「あなたにできて私にできないという事実が物凄く気に食わないの。渡しなさい?」

八幡「……はぁ。じゃあ今吸ってるやつやるよ」

雪乃「っ……」

八幡「んだよ。やっぱやめるか?」

雪乃「な、何を言っているの。……早く貸しなさい」

八幡「止めたぞ、俺は」

雪乃「……っ!? げほっ、けほっ! っ、けほっ!」

八幡「言わんこっちゃねえ……」

雪乃「……っ! こ、こんなものを……あなたは……」

八幡「……そうだな。もうすぐ、四年くらいじゃねぇかな」

雪乃「……犯罪者ね」

八幡「……なら、裁いてくれよ」

雪乃「できないわ。……私だって、悪いのだもの」

八幡「違うだろ。あの時、弱かったのは俺だろ。俺だけだっただろ!」

雪乃「違う! 私はあの時、安心してしまった! ほっとしてしまった! ……あなたの優しさを逆手に、自分のことを顧みた!」

八幡「……お前がそうやって庇うから、こんなもん吸うしかねぇんだよ……」

雪乃「庇ってなんかない。本当のことだもの……」

八幡「……お前も俺も弱くて馬鹿だ。……こう言やいいのかよ」

雪乃「……そう、そうね。……強かったのは、結衣だけだった」

八幡「……」

雪乃「……また、冬が来るのね」

八幡「……ああ」


八幡(喧騒の届かない、鍵のかかったあの部屋のことを思う。時ごと閉じ込めているならば、あの日の雪もそのままだろうかと)

八幡(過去に閉ざした扉が開かれようとしている。ならば、名残の雪を溶かす、その時は)

『今だよ、比企谷。……今なんだ』

八幡(ならば再び、もがいてあがこう。一度はないと決めつけたそれを、もう一度掴むために)

八幡(視線を雪ノ下にもっていく。昇った朝日が、昔よりずっと綺麗になった彼女を照らしていた)


412: 2015/07/08(水) 21:58:23.55
× × ×

冬也『この依頼、頼めねーか? 俺の方でも探してみたんだけど見つかんなくてな……』

うらら『うんっ、わかったー!』

冬也『本当かっ!? 助かる! ……五十嵐たちに言えって、先生がな』

杏珠『お、おい待てうらら。私はやるなんて一言も言ってないぞ!』

うらら『でもでも、十一月中に一件も成果が報告できなかったら廃部だって先生言ってたよ?』

杏珠『……クソ、ここが無くなったらまともな部活に入らないといけなくなるのか。……あぁ、めんどくさい。でも、仕方ないか……』

冬也『……もし見つけられたら、本気で口説いてみる』

うらら『あっ、一目惚れかー!? いいなー☆』

冬也『ち、違う! ベース持ってたから……一緒に、聖誕祭のステージに出られたらなって』



美春『使ってない音楽室に幽霊が出るみたいなんだけど……それ、どうにかなんないかなぁ……!? みんなが怖いから解決してって言うんだよー!』

杏珠『……それ、君が引き受けたんでしょ? なら自分でどうにかすれば?』

美春『そんなひどいこと言わないでよっ!? み、見栄張っちゃったんですー!』

うらら『杏珠ー、力になってあげよーよ?』

杏珠『先生には一件でいいって言われてるんでしょ? なら面倒事増やさなくても……』

うらら『……だめぇ? うらら、力になりたいなぁ……?』

美春『……だめぇ?』

杏珠『うっとおしいなぁ。あざといぞ天乃美春』

美春『あざっ!? こ、これでも学園のアイドルって言われてるんだけどなぁ?』

杏珠『自分でそんなこと言うやつのどこがアイドルだ。わかったからもう帰ってよ』

うらら『わっ、杏珠っ、ありがと! やっぱり優しいねー!』

杏珠『断っても断ってもどうせしつこいだろうららは……。いい加減学ぶよ……』

美春『……うぅ。なによぅ、みんなみんな最近わたしのことなんだと思ってるのよう……』

うらら『えー? 美春ちゃん、一番はじっこのうららの国際クラスでも有名だよー?』

杏珠『同じく端っこの理系でもね。野郎が天乃天乃ってうるさいったらありゃしない』

美春『……そうだよね。でも、でもね。この前ね、話しかけたらさ』

美春『ああ、もうあん時のはいいから。それより戻ってくんねーか? あんたに話しかけられると、目立ってかなわん』

美春『だって! そんなこと言うんだよ!?』

うらら『えっ、男の子が……?』

杏珠『……恋愛相談なら他所でやってくんない? そんな一昔前のゲームのヒロインみたいな反応、もうお腹いっぱいだから。しっしっ』

美春『あー! またそんな風に言うんだから!』



うらら『で、練習時間とかはこんな感じ! あとは隣の軽音部室のことも聞いてきたよー!』

杏珠『……ふーん。なら天乃の方は解決か。あとは柊のほうだけど』

うらら『えっ、もうわかっちゃったの!?』

杏珠『今回ラッキーすぎだよね。答えの方から転がってくるんだもん』

――こんこん。

うらら『あっ、どうぞー!』

凛奈『……探偵部ってのはここであってるか? 探し物をしてるんだが……』

杏珠『……ほらね。また転がって来た。今回は一番つまんない依頼になりそうだね』


× × ×

413: 2015/07/08(水) 22:00:39.98
<翌日、都内某所。スタジオ>

武内P「もうしばらくで準備が完了します。待機していてください」

凛「わかりました。……ふぅ」

八幡(会見用のスタジオの空気は、気のせいかひりつくように痛い。今からここで、武内さんと渋谷は346の代表として765プロに公式な宣戦布告を行う。世間は今、765対346の直接対決がいつどのように行われるのか、湧きに湧いている。ならばこそ、今から行われる公式発表は日本中に大きな衝撃をもたらすことになるだろう)


八幡(隣で揺れる小さな肩には、大きな責任と)

八幡(この役目はお前に任せたと笑う、みんなの期待が住んでいた)

八幡「いよいよ、か」

凛「……そう、だね」

八幡「……懐かしい顔してんな」

凛「え? 何が?」

八幡「お前が初めてラジオに出たとき。緊張しててわざわざ喫煙所に来ただろ。そん時も今みたいな顔してたよ」

凛「……恥ずかしいこと覚えてるよね」

八幡「いやな。なんか面白くなっちまって。……まだ可愛げが残ってんだな」

凛「ふふっ、こんな可愛いげのあるアイドル他にいる?」

八幡「……そうだな。いねぇな。少なくとも、主観的には」

凛「……ど、どうしたの? 照れるんだけどっ」

八幡「可愛くねえって言えば良かったのかよ」

凛「へ、変なの。……でも、ありがと」

八幡「……お前はいつも、自分の力で乗り越えてきた」

凛「そんなことないよ。いっつもプロデューサーに頼ってたじゃん。あなたがいなかったら、今の私はないよ」

八幡「いや。俺はいつも見てるだけだった。お前は勝手に乗り越えてったろ」

凛「……かもしれないね。でも、それでいいじゃん。……私、あの時、嬉しかった。不純な動機でも、アイドルでいていいって言われて嬉しかったよ」

凛「初めてだったんだ、そんなこと言われたの。こんないいかげんだった私でも、頑張っていいんだって。生きていいんだって言われた気がして」

凛「だから頑張れて、一生懸命になれた。だから本気になってくれる人が生まれた。在り方に憧れる人ができた。……辿りつきたい、場所ができた」

凛「プロデューサーは捻くれてるし、厳しいし、魔法のように仕事がこなせるわけじゃないよね。でも、私にはそれでいい。それがいいんだ。一歩一歩歩いたこの道のりが、何より愛しく思えるように。一人でだって歩けるように。そんな私にしてくれるあなたで良かった」


凛「……人には人を変えられないってあなたは言うけど、でも、変わっていく姿を見守ることだけはきっとできるんだなって思う」

凛「だから、比企谷八幡さん。ありがとう。あなたのお蔭で私は安心して変われたよ。私は私を好きになれたよ」

凛「見守っててくれて、ありがとう」


凛「――魔法使いじゃなくて、ありがとう」


八幡「……ああ」

凛「……ふふっ。やり返し、成功だね。顔ヘンだよ」


414: 2015/07/08(水) 22:02:24.50


八幡(きっとそんな言葉を、誰かにかけてもらえるのをずっと待っていた。あなたはあなたでいいのだと。けれど、生きていく中でその言葉が俺に向けられることはなかった。だから、他人に期待するのをやめた。いつまで待っても降ってこないそれは、自分の手で掴み取るものなのだと思って)

八幡(一度、それが目の前にちらついた。欲しくて欲しくてたまらなかったものは四年前、確かに目の前にあったのだ)

八幡(手に出来ないはずの酸っぱい葡萄。俺は喜び勇んで手を伸ばす)

八幡(けれど、その途中。俺の中の邪知暴虐の王は叫んだのだ。その手を収めれば、ずっと甘い蜜に漬かっていられると。……だから、弱い俺は)

八幡(そうすれば三人のままでいられる。俺がその葡萄を口にしなければ、誰も一人にはならないのだと、そう信じて)

八幡(差しのばした手は葡萄ではなく、蛇の林檎を掴んでいた)

八幡(楽園は、壊れた。そんなものはどこにもなかった。……知っていた。この世にそんなものあるはずないと、きっと誰より知っていたのに)

八幡(王は笑った。貴様が守りたかったのは自分であろうと)

八幡(反発する心は認めたくなくて、だから本物なんてないと、そう思おうとした)

八幡(でも、ある。それは人ごとに違っていて、相変わらず俺にとってのそれは何だかわからない。けれど、今目の前で自力で掴んだ者がいる。ある。あるんだ。本物は、ある)

八幡(欲しかった言葉をくれた人は、それを手にして笑っている)

八幡(……並びたい。ふさわしくありたい。そのために、もう一度自分を好きになりたい)

八幡(俺は――変わりたい)

八幡(人の為に変わりたいと思うこの気持ちを、何と言うのだっけ)



武内P「始まります。準備を」

凛「はい。今、行きます」

八幡「……渋谷」

凛「ん? なに?」

八幡「緊張、消えたな」

凛「うん。みんなの期待背負ってここにいるんだよ。もう震えてなんていられない!」

八幡「そうか。じゃあ、ついでだ」


八幡「――俺も、お前に期待してるよ」


凛「……うんっ! 必ず応えるから、見てて!」


415: 2015/07/08(水) 22:05:14.82
<午後九時、地上波生放送>

凛『こんばんは、春香さん。現場で毎日会ってるのに、こうして画面越しに会話するのは変なカンジだね』

春香『そうだねー! 今撮ってる映画だと、凛ちゃんとは無二の親友ですもんね!』

凛『うん。でも、凛奈と美春は……それと同じくらい、ライバルだよね』

春香『うん……そうですね』

凛『春香さん。いや、765プロの皆さん。私は皆さんを尊敬しています。同じアイドルとして、トップアイドルの皆さんには痺れられずにはいられないです。本当にすごい人たちだなって思います』

凛『でも、だからと言って負けられない。負ける理由にはならない』

凛『私は、私たちは。トップアイドルになりたい』

凛『だから、その座は貰います。どいてください』


凛『――私たち346プロは、クリスマスの夜。765プロとの直接対決を希望します』


春香『……はい。承りました! 王者として、トップアイドルとして。その挑戦、受けて立ちます!』

凛『私たちからのクリスマスプレゼント、皆さんも受け取りに来てください。待ってます!』

春香『凛ちゃんたちみたいな悪い子には、別のもの渡すね?』

凛『へえ、何?』


春香『引導、です』


凛『ふふっ、怖い怖い。……楽しみにしてます!』

春香『ええ、私たちだって!』



武内P『――以上が概要となります。最高の夜に致しますので、是非。現地に、画面の前にお越しください』

赤羽根P『私事になりますが、現在346のアイドル部門を率いてくれているこの武内くんは学生時代からの後輩です。一時期、彼はわが社に在籍していたこともあります。寡黙で実直な、素晴らしい後輩でした。……そんな彼が、私にどれほどのものを見せてくれるのか、個人的に楽しみにしています』


武内P『……この試合には、346のアイドル部門の今後がかかっています。我々としては、何としても勝利が欲しい。負けるわけにはいきません』

武内P『と、いう建前は置いておきまして』

赤羽根P『……は?』

武内P『……先輩。私はあなたに何度も助けていただいた。学生の頃からずっとです。あなたは私の憧れであり目標でした。それは今でも変わらない、が』

武内P『私も男に生まれたからには、負けっぱなしなど真っ平御免です。人より劣っているなどと、認めたくはないのですよ。……一度言ってみたかった言葉があるんです。このために765を離れたのかもしれません』


武内P『――いつまで先輩風吹かせてるんですか? 生意気ですよ』


赤羽根P『……ふっ。くっくく……』

赤羽根P『あっはっは! 馬鹿だよなあ、お前! よりによってこんな時に! あっはっは!』


赤羽根P『――いいだろ。かかってこいよ。春香の言う通り、引導を渡してやる』



416: 2015/07/08(水) 22:07:11.13
<翌日、夜。346タレント養成所レッスン室102>

凛「……っ……。はぁっ……。げほっ、ごほっ!」

加蓮「……ごめん。…………もう無理みたい」

未央「か、加蓮。……大丈夫? はぁっ、はぁっ……」

海未「…………」

マストレ「身体が動かない者は別室で振付師や作曲者と対話を行え。全ての表現には意味がある。人力で全て抑えろ。他者の意を完全に斟酌し切った先に自己表現がある。……急げ、貴様らには時間が少ない。絶対王者と比肩せねばならないのだ。限界など草木をまたぐように軽く越えてもらわねば困る」



星空凛「世の中に……これより人性を無視したレッスンがあるのかな……」

ルキトレ「でも、斬新な発想……。わたしには、こんな効率的な方法は逆立ちしても思いつきません」

星空凛「門外不出って言うだけあるにゃ……」

ベテトレ「……神話だと思っていたがな。かつて日高舞の専属トレーナーを務め、彼女が引退してからはフリーに。法外な値段をふっかける代わりに、最大限の成長を約束する腕利き。しかも、気に入らん相手からの依頼は受けんというしな……」


戸塚「……なるほど、ここに使ったんだね」


マストレ「渋谷、どこへ行く?」

渋谷「吐いてきます。五分で戻ります。……今の、もっかい、お願いします」

マストレ「……フ。良いだろう」

マストレ「後の者は少しメニュー通りにこなしていてくれ。トレーナー諸君は監督を頼む。……双葉。ついてこい。星井美希と対戦するにあたって、話さなくてはならないことがある」


杏「杏的には休めてラッキーだから、いっつまでもお話してたいなー」

マストレ「……雪ノ下氏も、聞くのかね?」

雪乃「私は彼女のプロデューサーです。義務も……責任もあると思います」

マストレ「うむ……いいだろう。……双葉」

杏「はーい」

マストレ「おまえは天才だ。私が指導してきた天才……日高舞や星井美希にも勝る。いや、カテゴリーが違うとでも言うべきか。とにかく他のアイドル達とは一線を画している」

杏「えー何? 照れるなぁ、そんなこと言っても杏は働かないぞー?」

マストレ「……おまえは他の天才たちとは違う。彼女らがなぜ天才と呼ばれるかと言えば、感覚で全てこなせてしまうからだ。凡人が何歩も何歩も歩んでようやく会得する物事を、悠然と飛ぶ鳥のように一瞬でものにしてしまう。なぜと言われてもわからない。彼女らにとって空を飛べることは呼吸同然に当たり前のことだからだ」


雪乃「……」

マストレ「だが、おまえは違う。おまえはその気になれば自分がなぜ飛べるかを一つの余白無く語ることが出来るだろう。最短経路が一瞬で見えているだろう? 一度見たことを感覚の暴力で再解釈する彼女らとは違い、おまえは完全に記憶して完全に再現している。我流に見えるパフォーマンスも、全て計算の上に成り立っている」


マストレ「双葉杏は、理詰めの天才だ。……そんなおまえだからこそ、わかっているな?」

杏「……うん。そーだね」


マストレ「――今のおまえでは、絶対に星井美希に敵わない」


417: 2015/07/08(水) 22:09:05.52

雪乃「っ! 何を仰っているんですか! 指導者だから何を言っても構わないと――」

杏「いい。プロデューサー。……いいから」

雪乃「双葉さん……」

マストレ「……自分の欠点は何か、わかっているな?」

杏「……うん。体力、だね」

雪乃「!」

マストレ「そうだ。……おまえはその身体ゆえか、体力が絶対的に足りない」

杏「……まぁね。だから杏はなーにもできないって言うんだよ」

雪乃「! まさかあなた、あんな身体に負荷をかけないだらけた曲しか歌わないのは」

杏「あはは、深読みしすぎ。動きたくないだけだよー?」

マストレ「……無償の奇跡など存在しない、と言うがな」

杏「まぁね。流石にハタチにもなるのにさ、身体育たなさすぎだよね。……この身体分の体力もないけど。杏の代償はそんな感じだね」

雪乃「あなたは……本当、賢い子ね。これほど長く一緒にいたのに、気付かなかったわ」

杏「ふふふ、だから竜吉公主って言ったじゃん。下界の空気はキツくてさ」

雪乃「なぜ、隠したの?」

杏「……言うのがめんどくさかったからね。言わなくても伝わるかなって」

雪乃「………………。ああ、なるほど」クス

杏「……え? 今の笑うところあった? さすがにこの天才でもわかんないなぁ……」

雪乃「いえ。……今、どうして私があなたをスカウトしたのか、わかった気がしたの」

杏「……変なプロデューサー」

マストレ「……いいか? 双葉、おまえには勝てない理由があるといった。体力の無さだ。だから勝てないという訳じゃない。全てはその原因から始まっているというだけで」

杏「……」

マストレ「……双葉。おまえは欲しいか」

杏「……何をさ」

マストレ「手を伸ばさねば届かない……『本物』の勝利だ」

杏「!」

マストレ「届くかどうか、どうにかなるかも、いかなる天才にも解りはしない。神でさえ」

マストレ「さあ、答えろ。一回切りだ、今しかない」

マストレ「大事なものほど、取り返しはきかないのだから」


418: 2015/07/08(水) 22:10:46.81

× × ×

わからない。

わからないわからないわからない。

「ふざけるな……。なんだよ。なんなんだよ、それ……!」

彼女の口から溢れ出るのは、生涯で一度も問いかけたことのない他者への疑問。

天与の才は自覚している。幼い頃から、この身にわからぬことなど一つもなかった。

つまらない。他人も自分も何もかも。本気を出せばきっと理解しきってしまうから。

だから、人というものはくだらなくて、解き明かす価値のないものだと、そう思っていた。

証拠はそろった。だから、筋道立った未来は一つ。仮説など実証する価値もない。

答え合わせをする気になったのは、ただの気まぐれ。自分にとって都合のいい手足を失うわけにはいかないからと、そんな独善的な理由。また的中に決まっているのに。

けれど、目の前で繰り広げられているそれはなんだろう。


「おかしいよ……! お前ら、馬鹿なのか……!?」


最適解を弾き出した。きっと彼ら彼女らも、それがわかっているはずなのに。

なのになぜ、間違った答えを選ぼうとするのか。

「わからないよ……。どうしてそこまで、他人が大事なんだ……」

ああ、理解できない。不合理だ。腹が立つ。同じ人間とは思えない。

それなのに……それなのに。この心に渦巻く感情はなんだ。頬に滴るものの正体はなんだ。

「泣いてる……のか、私……は……」

涙が口に入る。蓄え尽くした知識が、それは酸っぱいだけだと言っているのに。

初めて舐めたそれは、杏の飴玉のように甘酸っぱかった。

× × ×


419: 2015/07/08(水) 22:12:55.52
<数日後、深夜。キュートプロダクション事務所>

杏「…………」

――ばたん。

雪乃「遅くなってしまったわ……!? 双葉さん!?」

杏「あ、プロデューサー。遅くまでお疲れ様だねぇ。こんな夜中まで働くなんて信じられないよ、杏は」

雪乃「休み前だし別に構わないわ。あなた、今何時か分かっているの? 私なんて終電前よ?」

杏「……いやね、本を読んでてさ。久しぶりに時間忘れちゃったよ」

雪乃「あなたが本を……? 雪が降りそうね」

杏「し、失敬な。杏はこー見えて中学まで図書館っ子だったんだぞ」

雪乃「……不登校らしいわね。何を読んでいたの?」

杏「アプリコットの……四巻。『雪のリレーション』」

雪乃「あなたが役作りなんて。やっぱり雪じゃないかしら」

杏「……それでもいいけどね。杏、雪、好きだから」

雪乃「っ、こ、こっちを見て言わないでもらえるかしら」

杏「あ、なに、照れてんの? やっぱ可愛いなぁプロデューサーは。杏と付き合ってみるー? 杏は性別とか些細なこと気にしないぞー? 優しくするからさっ」

雪乃「嫌よ、あなたみたいな駄目人間。私にメリットがないじゃない。結婚しても絶対家事とかしないでしょう、あなた」

杏「否定できないのが辛いなぁ。……そりゃ同じダメでも、家事する専業主夫の方がいいよね」

雪乃「……生意気。からかわないで頂戴……」

杏「そんなにイジりやすい性格してるのがいけないんだよー」

雪乃「……みんな姉さんと同じこと言うんだから」

杏「……本当にメリットで人を好きになったり嫌いになったりできたらいいのにね」

雪乃「…………聞いたの?」

杏「んーん。本音と、鎌かけ。何かあったんだろうなってことくらいしか。いくら杏でもさ、知らないことはわかんないよね」

雪乃「私なんか鎌にかけて、どうするつもりよ……」

杏「うん。……杏も、知りたくなっちゃったんだ」

雪乃「……そう。……なんだ、もう……叶っていたのね」

杏「プロデューサー?」


雪乃「……どうせ事務所に泊まるつもりだったんでしょう? 車で来てるから乗っていきなさい。家でいいなら、泊めてあげる」

杏「……泊まったら、話してくれる?」

雪乃「……そうね」

雪乃「飴をくれたら、話してあげる」


420: 2015/07/08(水) 22:14:09.86
× × ×

美春『えっ、ええええー!?』

杏珠『一々リアクションまでうっとおしいなぁ。二度は言わないよ。ムダだから』

美春『だだだだって! 解決してくれるって言ったじゃん!?』

杏珠『うららが行っても意味がないんだよ。君が確かめてこい』

美春『嘘つきっ! わたし幽霊苦手なんだよ!?』

杏珠『……あのな。幽霊なんているわけないでしょ。証拠と情報さえあれば、真実までの道はひとつだ。わかんないことなんて、この世にないよ』

美春『じゃ、じゃあせめて何がおきてるかだけ教えてよ!』

杏珠『喋るのがめんどくさい。それに、一粒で二度か三度おいしい方がいいだろ』

美春『……?』



冬也『もう締切まで時間がねぇ。……終わりか。……そうだよな。大体、聖誕祭に出るメンバー集められるくらいなら、途中からでも軽音部に入ってるよな……』

~♪

冬也『……隣の軽音部室、今日もか。結局窓越しのセッションはやられっぱなしだったな。んだよ、ベースでスウィープとか意味わかんねぇよ。……参った。すげえやつだな、あんた。俺も、あんたみたいなすごい人と。……気になるやつと。ステージに、立ってみたかったよ』

冬也『……月、綺麗だな。そりゃ輝夜姫も帰るよな』


421: 2015/07/08(水) 22:15:45.49

~♪

冬也『! 輝夜の城か……。気が合うよな、つくづく。……最後だ。今までありがとな』


――♪「私は紅い薔薇の姫よ 優しくさらわれたい
    そっと囁いて 意味ありげに目をそらす
    あなたは白い月の騎士 逃さずに抱きしめて」


冬也『!? 月……いや、空中廊下の辺りか……?』

――♪「逃さずに抱きしめて この奇跡を 恋と呼ぶのね」

冬也『奇跡……。いや、考えてる暇はねぇ! ルーパーだ!』

~♪

冬也『! 合わせて……。サンキュ、愛してるぜ!』


――♪「私は黒い薔薇の姫よ 激しくさらわれたい
    だから微笑んで 追いかけてと目が誘う」

冬也(この際、幽霊でもなんでもいい! ……やっぱり、諦めんのは嫌だ!)

――♪「あなたも黒い月の騎士 瞳の奥は熱い」

冬也(俺は……みんなの前で、ギターが弾きたい!)

――♪「つかまえて 抱きしめて」

冬也「こんな奇跡、逃すもんかよ!!」

――がちゃっ!



――♪「この奇跡は」

――♪「恋を 呼ぶのね」



冬也『……』

美春『……あ……』

冬也『……お前、だったのか』

冬也『…………天乃、だったのか……』

美春『……!? じゃ、じゃあ、音楽室の幽霊って、柊くんだったの!?』

冬也『……天乃』

美春『な、なにかな?』

冬也『………………お前、歌、下手だな……』

美春『なーっ!?』


× × ×

422: 2015/07/08(水) 22:16:53.59
<十二月初頭、夜。服飾店「Little Birds」事務所>

ことり「よしっ、パターン引き終わった! いいぞ~、いい子になるんだぞ~♪」

――こんこん。

ことり「んー? ……あっ!? 時間!?」

――がちゃ。

海未「ことりっ、一体いつまで待たせるのですか。穂乃果でさえ時間通りに来たのですよ?」

穂乃果「ひどいっ!? 穂乃果も時間くらい守るよっ! ……外国人基準で」

ことり「ご、ごめぇん! つい夢中になっちゃって……」

海未「全く、ことりは服のことになると全部飛んでっちゃうんですから。……私のこととか」

穂乃果「うわ、ねちっこい……。海未ちゃんって味噌汁の味にくどくど言いそう」

海未「誰が姑ですか!?」

ことり「うう……許して? おねがぁい……」

海未「……ふふっ、冗談です。怒っていませんよ」クスクス

ことり「……最近似てきたよねー」

穂乃果「ねー」

ことり「お泊り会は二人でやろっか、穂乃果ちゃん」

海未「なあっ!?」

穂乃果「そうだね。海未ちゃんはさいちゃんと泊まってればいいんだ。穂乃果たちは女二人で寂しい夜を過ごすもん……よよよ……」

ことり「ことり、穂乃果ちゃんならいいよー。ふふふっ」

穂乃果「あっ、言ったなことりちゃん! 本気にしちゃうぞ!」

海未「……ぅう。あんまり、いじめないでください……」

穂乃果「……もー!」ギュッ

海未「きゃあっ!?」

ことり「ずるいのですねー!」ギュッ


423: 2015/07/08(水) 22:20:06.86
<海未の家、縁側>

海未「もう、すっかり冬ですね」

穂乃果「湯上りだと気持ちいー!」

ことり「そうだねぇ。……もうコートないと外歩けないなー」

穂乃果「時間が過ぎるのは早いね! 穂乃果たちももうみんな二十二歳になっちゃった。二十二歳だよ!? なんかすごくない!? 穂乃果全然変わってないよ!?」

海未「穂乃果はもう少し落ち着きを身に着けたらどうなのですか」

ことり「穂乃果ちゃんが落ち着いちゃったら氏んじゃうよー」

穂乃果「マグロじゃないもん……」

ことり「……きっと、ライブの日までもあっという間なんだろうなー」

海未「……クリスマス、ですか」

穂乃果「あの日も、クリスマスだったよね。ことりちゃんがパリに行った日」

ことり「うん。忘れるはずないよ」

海未「……考えることは、同じでしたか」

ことり「……あの時ね、本当はこわかったんだ。もしパリに行って、勉強しても……みんながデザイナーになれるわけじゃないし。自分がどうなるかなんてわからないし……だから、巣立つのがこわかったんだぁ……」

海未「……」

穂乃果「……でも、ことりちゃんは振り返らなかったよね」

ことり「うんっ。だって、後ろで二人が見てるってわかってたから。わたしが歩いて行ったあと、二人も別々の道を歩くんだって、そう思ったら」

ことり「穂乃果ちゃんと海未ちゃんに、かっこいいところ見せたくなったの!」

穂乃果「……うんっ。本当にかっこよかったよ! だってね!」

海未「そのせいで、二人して人生が狂ってしまいました」クスクス

穂乃果「……クリスマス。ことりちゃんの作った衣装で、私たちが踊るんだね」

海未「それも、全国民の前で、です」


424: 2015/07/08(水) 22:20:57.56

ことり「……夢、叶ったね」

海未「これからですよ、ことり」

穂乃果「そうだそうだ! やっぱり夢は勝ち取らないと!」

ことり「……うふふ、そうだね」

海未「ずっと、どこにいようと何をしようと、何年経とうと……三人は、一緒です」

ことり「誰といようと、も追加してほしいなー?」

穂乃果「本当だよ……」

海未「あなたたちはしつこいですっ! 大体私たちはまだ何もしてませんっ!」

ことり「まだぁ……?」

穂乃果「……穂乃果、アンコールの前、なんかごそごそしてるの見えたんだけど」

海未「ききき気のせいじゃないですか?」

穂乃果「……」

ことり「知ってる、海未ちゃん? ……冬でも、夜は長いんだよ?」

海未「日本酒は! 日本酒だけはやめてくださいっ!? 何でもしますからっ!」


穂乃果「……今ね、ちょっと思った」

ことり「え?」

穂乃果「もし、もしだよ? もしも、穂乃果たちの誰か一人が男の子だったとしても……。こんな風にいられたのかな、って」

海未「……それは」

ことり「……」

穂乃果「なーんて、意味ないか! そんなこと考えても」

ことり「……んーん、きっと一緒だったよ!」

海未「……ええ、そうですね。まぁ、そうなっても私はまたイチ抜けさせてもらいますけど」

穂乃果「海未ちゃんってさ、誘い受けってやつだよね! 最近杏ちゃんに教えてもらった!」

ことり「……こんな冬の夜には熱燗だよね? ね? ……なあ?」

海未「ごめんなさい! 調子に乗りましたっ、ごめんなさいー!?」


425: 2015/07/08(水) 22:23:00.16
× × ×
美春『おはよう柊君! おはよう! おはよう!』

冬也『……本気で迷惑だ。マジで目立つからやめてくれ』

美春『……わたしの秘密を知って、ただで済むと思わないでよね』

冬也『秘密って、歌が』

美春『わー! 駄目! 駄目だから!』

冬也『……別に悪いことじゃないだろ。下手の横好きは』

美春『また下手って言った!? ……いいじゃない。……はぁ。わたしだって、本当の意味でアイドルみたいになりたいよ』

冬也『十分好かれてんだろ。俺以外には』

美春『……ちっ。そういう意味じゃなくて、みんなの前で歌えたらなぁって。……そんなことしたら、はりぼてがバレちゃうから……』

冬也『……なあ。利害は一致してるらしい。提案がある』

美春『……え?』

冬也『本物に、なってみねーか?』



冬也『いっつも合わせてくれてたの、あんただったのか……』

凛奈『……そうだよ、下手くそ』

冬也『……礼、言わせてくれ。犬、 助けてくれてありがとな。……あと、合わせてくれて』

凛奈『いい。自分の為にやったんだ』

冬也『……?』

凛奈『んなことより、眼鏡返してくれ』

冬也『あ、ああ。ほら』

凛奈『ったく……。見にくいったらなかったぞ』スチャ

冬也『すまねえ……』

凛奈『……この顔見て、なんか言うことないのか?』

冬也『……? いや、確かに礼ならいくらしてもし足りねえが……』

凛奈『っ……! ああ、そうかよ』

冬也『ま、待ってくれ! 頼みがある! ……俺と一緒に、聖誕祭のステージに出てくれないか!?』

凛奈『ああ。……絶っ対、ヤだね!』



美春『氷川凛奈さん、だよね?』

凛奈『……そうだけど。学園のアイドルさんが図書室に何の用だ』

美春『ねえ、なんで一緒に聖誕祭、出てくれないの?』

凛奈『……柊の差し金か。あいつに人脈なんてあったのか』

美春『……なんで彼に友達がいないこと、知ってるの?』

凛奈『……知らない。今適当に言っただけ』

美春『わたし、氷川さんと一緒にステージ出たいなー。だめぇ?』

凛奈『あんな歌と? ふふっ、笑わせんな』

美春『聞いてたの!?』

凛奈『図書室では静かにしろ。……良かったじゃん、あんな歌でも男は釣れるんだから。さすがは学園のアイドル様だ』

美春『……あれ、もしかして妬いてる?』

凛奈『名前通り頭ン中も春らしいな。とにかく、弾かない。じゃあな』

美春『あっ、行っちゃった。……なによぅ。逆だよ。釣れたどころか、エサにされてるのに……』

美春『あーもー! みんなしてなにさ! こうなったらみんなまとめて魅了してやる!』

× × ×

426: 2015/07/08(水) 22:24:59.51
<数日後、夜。都内某所、ラーメン屋>

加蓮「こ、これが……噂のなりちゃけ……!」

凛「ギタギタ」

奈緒「強ぇえ……。アタシはあっさりで。加蓮もそれでいいよな?」

加蓮「う、うん……。でも、ジャンキーなもの結構好きだから楽しみ!」

奈緒「入院生活の反動か……。よくもまあ今あんなレッスン受けてるよな」

加蓮「っていってももう昔のことだからねー。まあ、未だに体力は課題だけど……」

凛「十分だよ。私なんて最初のレッスン、休憩入れてもバテバテだったもん。マストレさんのレッスンなんて考えられないかな」

加蓮「……へー。凛もそうだったんだ」


――ごとん。


凛「食す」

奈緒「ステージの時と同じ目をしてるぞ……」

加蓮「……え”? これ、脂……? い、いや! ラーメンなんかに負けない!」


427: 2015/07/08(水) 22:26:01.86
<帰り道>

凛「ふー。美味しかった」

奈緒「お、おい、加蓮。大丈夫か……?」

加蓮「やっぱりラーメンには勝てなかったよ……」

凛「そう? そんなに多くなかったじゃん」

加蓮「あたしの分もちょっと食べててなんでそんな平気なの……?」

奈緒「その細い体のどこに消えたんだ……」

凛「食べても全部レッスンで消し飛んじゃうよね。それぐらい今やってるのはキツいかな」

加蓮「ん、確かにキツい! ……でもさあ」

奈緒「うん。ラーメン屋さんにまで『トライアドプリムスの皆さんですか? 応援してます、サイン頂けますか』なんて言われたらなぁ。やりがいもあるってもんだよな」

凛「……あ、出てるよ。ふふっ、皇国の荒廃この一戦に在りだって。日露戦争だっけ」

奈緒「……どっちが日本?」

加蓮「どう考えてもこっちでしょ。巨大ロシア軍かぁ……」

凛「それでいいじゃん。最後には勝つんだし」

奈緒「凛はいっつも、強気だな」

凛「幼稚で負けず嫌いなだけだよ」

加蓮「……中学の頃と、感じ変わったよね」

凛「そうだね。否定しないよ」

加蓮「うん。じゃないと、ここまで憧れなかった」

奈緒「……中学の時の凛のことは知らないけど、アタシもそうだ」

凛「何、二人して。おだてたって何も出ないってば」


428: 2015/07/08(水) 22:27:21.74

加蓮「夏のステージ覚えてる?」

凛「覚えてる。絶対忘れるもんか。……前川め」

奈緒「あれ観てさ、二人して泣いちゃってな」

加蓮「バラすの恥ずかしいんだけどね。……もうなんだか、涙が止まんなくて」

凛「………………」

奈緒「だから、今、凛とアイドルしてんのってなんだか夢みたいだ。……でも、いつまでも夢見てるわけにはいかないよな」

加蓮「そーそー。なったからには全力で。憧れだろーがゲンフーケーなんだろーが関係ない」

奈緒「アタシたちは渋谷凛のオマケなんかじゃないって、日本中に教えてやるんだ」

加蓮「それで病院のベッドの前の子たちに元気をあげられたり、第二第三のあたしたちが出てきたらさ、そりゃーもう最高だよね!」


凛「……うん。うんっ……」


奈緒「!? ちょ、ちょっ、凛!? なんで泣いてんだ!?」

凛「……ぅん。うれ、しくて……」

加蓮「……やっぱ変わったよ。凛。ずっと魅力的になったね」

凛「わたし……ね……」


凛「このしごとやってて、よかった……」


429: 2015/07/08(水) 22:29:51.97
× × ×

冬也『……そうか、どっかで会ってたのか』

凛奈『ふん。何時かは言わないぞ。……大体、嘘でも面識あるフリするもんじゃないのかよ。人を口説く時ってのは』

冬也『……いや、嘘は言いたくねぇ。本当のことだからな。氷川凛奈のことなんて知らなかった』

冬也『でも、今なら君を知っている』

凛奈『!』

冬也『頼む、氷川。俺と……俺とステージに立ってくれ』

凛奈『……考えといてやる』


美春『……考えとくっていったんでしょ?』

凛奈『まぁな。男があそこまで頭下げてんだ、流石に一蹴すんのも気が引ける』

美春『いちいち自慢される方の身にもなってよー! なんか気に入らない!』

凛奈『……はっ、それが本性かよ』

美春『悪いですかー? わたしは人に好かれたいの! 追われたいんです!』

凛奈『いいのか、私にそんなことバラして』

美春『え、だって氷川さん友達いないでしょ。バラせるの?』

凛奈『…………ふっ。あははははっ』

美春『な、なに笑ってるの! 言っとくけど両親が悪い人だからビビると思ったら大間違いなんだからね!?』

凛奈『じゃあお前、もしあの時私が轢かれてたらどうなってたと思う?』

美春『…………闇パーティーの、アイドルに、なってた……?』

凛奈『あはははは! お前、結構バカだな!』

美春『あー! またバカって言った! 毎回毎回なんなの二人とも!』

凛奈『…………安心しろ、何もしてくれねぇよ、あいつらは……』

美春『え、なに?』

凛奈『……引き受けてやる、って言ったんだ』

美春『! ほんとっ!?』

凛奈『馬鹿で音痴で底が浅いなんて見てられない。……私がちょっとはマシにしてやるよ』

美春『お、お手柔らかがいいなぁ?』

凛奈『……それであいつが落ちるとは思わないけど』

美春『! ……仕方ない、じゃあ必要経費ってことかなぁ』


凛奈『……ほんと、経費にしちゃ面白すぎた』


430: 2015/07/08(水) 22:30:44.61


杏珠『はいはい。一件落着ってことでいいよね。あーじゃあレポ書いて先生に提出か。めんどうだなぁ……』

冬也『ありがとう、本当に世話になったな』

うらら『柊くん、他のメンバーは見つかったー?』

冬也『いや、まだだな。最悪打ち込みとか使ってどうにか……。でもドラムは欲しいな……』

杏珠『おいおい、流石に他のメンバー見つけてくれとかいう依頼は受けないぞ。何でも屋じゃないんだから』

うらら『――うらら、やったげよーか?』

杏珠『……は?』

冬也『!? ほ、本当か!? 経験は!?』

うらら『ううん、ない。でも、一か月あるよねー? なら頑張るよ?☆』

冬也『……もう、何て言っていいかわかんねぇ。本当にありがとう!』


杏珠『相変わらずうららのお人良しは度を越してるね。はいはいアガペーアガペー』

うらら『えー、だって、うららたちが出会わせた三人が何かやるんだよ? 助けてあげたいじゃん! それで上手くいったらちょー嬉しいかなって☆』

杏珠『……はー』

うらら『じゃ、うららが色々報告していくから、杏珠は聖誕祭終わったら改めて先生にレポート出しといてね! うらら、書き物苦手だから』

杏珠『はいはい。……締切伸びるんなら、まぁいっか』


× × ×


431: 2015/07/08(水) 22:32:28.38
<数日後、夜。都内某所、とある屋台>

真姫「しかし、凛。あんたも屋台好きねぇ……」

星空凛「だってお外でご飯食べるの好きなんだもーん! ちょっと寒いけどにゃ」

花陽「そうだねぇ。今日は特に寒いです……。もうすぐ、雪でも降るのかなぁ?」

真姫「降るなら、ちゃんと会場に辿りつける程度の雪がいいわね」

星空凛「あの時はもう間に合わないかと思ったにゃ……」

花陽「でも、みんなの応援で間に合ってステージに立てたんだよね! みんなのお蔭です!」

真姫「四年経って違うのは、今度は私たちが裏方ってことね」

花陽「真姫ちゃんと凛ちゃんはちょっと舞台に上がるよね」

星空凛「うん、でもあくまでサポートだから。……主役は、あの子たちだよ」

真姫「私たちにできることは、あの子たちが当日何の心配もなく踊れるようにすること。……そう思うと、私たちもずっと誰かに支えられてきたのね」

花陽「そうやって支えられた人たちが、今度は次の世代を支えて……。そうやって、続いていくんだよ」

星空凛「……ここに前来たのは夏だったにゃ。覚えてる?」

花陽「うんうん。凛ちゃんがちょっとナーバスだったよね」

星空凛「かよちんにはバレてたかー……」

真姫「まだ海未ちゃんが調子悪かったのよね。……でも、もう負けないわ。最強の曲を書いたもの」

星空凛「あっ、あれ真姫ちゃん作曲だったんだ! 久しぶりに鳥肌立っちゃったにゃ」

花陽「えっ、新曲出るんですかっ!? 初回限定版予約しないと……!」

真姫「そんなことしなくてもあげるわよ……」

花陽「駄目ですっ! 自分のお金で買わないと意味がないんですっ!!」

星空凛「実は、振りをつけたの凛なんだ、あれ。……初めてだからむちゃくちゃやっちゃったんだけど、大丈夫かなぁ?」

花陽「海未ちゃんなら、きっと応えてくれるよ」

星空凛「うん、きっとそうだね! ……凛が見たときはまだタイトル付いてなかったけど、もう完成したのかにゃ?」

真姫「ええ。……みんなの未来にぴったりな、そんな曲になったと思う」

花陽「そっか。……そっかあ」

星空凛「あっ、見て! 冬の大三角形にゃ!」

花陽「……この前は夏だったのに。あっという間だね」

真姫「………………」

星空凛「真姫ちゃん、何してるの?」

真姫「……願いを。星にね」

花陽「やっぱり、真姫ちゃんはロマンチストだね」

真姫「……いいじゃない。こんなことしかできないんだもの」

星空凛「よーし、じゃあ凛もお願いしちゃおう!」

花陽「ふふ、じゃあわたしも」

真姫「……何よ。結局二人もするんじゃない」

星空凛「じゃ、せーのでお願いしよ?」

花陽「うんっ!」


――「みんながみんならしく、輝けますように」


432: 2015/07/08(水) 22:34:08.57

× × ×

凛奈『天乃! てめぇいい加減にしろ! 何回目だ! ピアノの音聞こえねぇのか!』

美春『い、いやー。テンション上がっちゃって……』

凛奈『テンションで音程が変わってたまるか!』

冬也『お前、ピアノも弾けたのか……』

凛奈『金持ちの娘って感じだろ? ……まさか親に感謝する日が来るとはな』

冬也『ん? 氷川の親ってなんか偉いのか?』

凛奈『……そこそこ有名だと思ってたんだけど?』

美春『柊くんはぼっちだから噂も流れてこないんだよ』

冬也『うるせえ!』

凛奈『……はは。揃いも揃って。……馬鹿らしくなってくる』


うらら『遅れてごめーん! 練習やろっかー!』

美春『よーし! わたしの歌を聞け―!』




冬也『よし。輝夜の城は形になりそうだな』

凛奈『私がいて事故るわけないだろ。あとはボーカル次第』

美春『二人とも、なんでそんなに楽器上手いの……?』

うらら『うーん、難しいなぁ……』

冬也『七星は音量大きいから安心だ。しかし運動神経関係あんのかな……上達はえぇ……』

美春『……あっ、わかった! 二人とも友達がいないからだ!』

冬也『セッションしようぜ。Em一発で』

凛奈『百の十六分、四小節でソロ回しな』

美春『もー! 無視しないでよー!? 仲間はずれにしないでくださいっ!』

うらら『……うーん。難しいなぁ……』


433: 2015/07/08(水) 22:35:23.70

冬也『あの曲のコード進行はなんかカノン進行を裏切る感じがめちゃくちゃいいと思う』

凛奈『イントロがA#から始まってたらもっと名曲になってたと思うけど』

冬也『アイドル歌謡は結構無駄がねぇんだよな……やっぱ売れるだけある』

美春『……うららちゃん、二人が何喋ってるかわかる?』

うらら『わかんなーい。暗号かなー?』

美春『ですよねー。……はぁ。入れないや……』





八幡『……くそ。外れか』

雪乃『……そんなことを言って最後まで読むのね』

八幡『金払ったからな。……あぁくそ、帯に騙された。本屋を襲撃したい』

雪乃『レモンイ工口ーの爆弾でも投げつけてみる?』

八幡『そっちか。俺は広辞苑盗む方が浮かんだが』

雪乃『あなたの目、そういえばその著者の小説にも出てくるわね。傘を持ってきてないわ』

八幡『誰が氏神だよ。てかあれは最後晴れたでしょ……』

結衣『……いろはちゃん、二人が何喋ってるかわかる?』

いろは『いや全く。何かの暗号なんですかねあれ……』

結衣『だよね。……入れないや。羨ましい、な……』


× × ×

434: 2015/07/08(水) 22:37:05.96
<数日後、夜。346プロタレント養成所レッスン室202>

マストレ「良し。ここまでとする。身体を冷やすな。良く休むように」

未央「わかってますって。身体壊したら意味ないもん」

卯月「プロですからねー!」

凛「だね。卯月、タオル取ってくれる?」

マストレ「……貴様らに訓練を施した者の最大の勲功は、その卓越した職業倫理を涵養したことだな」



卯月「何だか、星空さんが褒められると嬉しいですね」

凛「……うん。師匠だからね」

未央「あー、すっかり遅くなっちゃったねえ。……帰ったらお風呂に漬かりたいや」

卯月「……そうだ! 二人とも、お着替え持ってきてます?」

凛「うん。マストレさんのレッスン汗やばくなっちゃうから……」

卯月「じゃあじゃあっ、銭湯行きませんかっ?」

未央「あっ、合宿の時の!? いいねいいね、いこ!」

凛「いいけど、電車大丈夫かな。未央って結構遠いし、明日朝十だったよね」

卯月「そのことなんですけど。……今日、両親、いないんです。だから、二人ともっ」

凛「……人生で初めて誘われたんだけど」

未央「身体、念入りに洗わなくちゃ……」

卯月「そそそそーいう意味じゃなくて普通に泊まりに来ませんかって意味です!?」


435: 2015/07/08(水) 22:38:46.09
<深夜、卯月の部屋>

卯月「電気消しますよー?」

未央「冬の毛布はくすりだねぇ……」

凛「……なんか卯月の匂いする」

未央「ほんと? くんかくんか」

凛「スーハー」

未央「あぁ卯月……卯月ィ! イエス! イエース!」

卯月「やめなさいっ!」バシッ

未央「枕でぶたないでよ……親父にもぶたれたことあるけど……」

卯月「変なことするからです! 凛ちゃんも!」

凛「匂いで思い出したけど、ちらほら聞くわんわんって何? 私に関係あるの? 確かに犬っぽいってよく言われるけど」

卯月「絶対に調べるな」

凛「卯月……?」

未央「しぶりん、凛わんわんは淫乱テディベアとか口裂けとかそういうやつだからググっちゃだめだよ?」

凛「えっ、あれと一緒なの……? わかった……」

卯月「凛ちゃんってたまに危なっかしいですよねー。……でも、Dランクかぁ」

凛「あんなのただの肩書じゃん。ライブの内容には関係ないよ」

未央「胸のランクは相変わらずだったけどね!」

凛「よこせ……よこせぇ!」

未央「あっ、こらっ、やめろぉ!?」

卯月「普通が一番……普通が一番……」

凛「卯月のどこが普通なの。これ言うの何回目かな……」

未央「ね。普通の人はあんなに頑張れないよ」

卯月「え、えへへ……そうかな……」

凛「……普通、かぁ」

未央「……なんかね、昔、普通の女の子に戻りたーいって言って引退したアイドル達がいたんだって」

卯月「……普通ってなんだろうね」

未央「うーん……。毎日学校通って、勉強して、部活して、たまに遊んで……恋して。そーいうのが、普通、かな?」

卯月「……きっと、そういうのも、悪くないことなんでしょうね」

凛「…………」

未央「でも、もう……それは嫌かな。戻れないや」

凛「!」

卯月「うん。知っちゃったらもう、戻れませんよね」

凛「……何か、幸せだな。私は周りに恵まれすぎてるよ」

未央「はっはっはっ、今頃気付いたか!」

卯月「私も、凛ちゃんがいてくれてよかったです!」

凛「うん。最初の戦友が未央で、卯月で……良かった」


436: 2015/07/08(水) 22:41:27.87

凛「……それから。最初のパートナーがあの人で……本当に、良かった」

卯月「……そっか。普通じゃなくても、しちゃうよね」

凛「……未央だったよね。前に、聞いたの」

未央「うん。そうだった」

凛「今ならはっきり言えるんだ。……私、あの人が好き」

未央「……そっかあ。麻疹、って感じじゃなさそうだしね」

凛「うん。本気」

未央「ほんっとに、しぶりんはクールに見えて激情家なんだからさー」

卯月「……私、どっちを応援したらいいのかなぁ」

未央「雪ノ下さんねー。……あれさ、隠してるつもりなのかなぁ」

卯月「だと思う。……いや、でも、どうなんでしょう。隠してないようにも……」

凛「……見えてるのはそっちだけか。まあ、だよね……」

未央「ん? しぶりん何か言った?」

凛「……あれは多分、あの人に隠してるとか隠してないとかじゃないんだよ」

凛「バレてるんだと、思う。……二人ともそれがわかってるのに、気付いてないフリしてる」

未央「……何それ。意味わかんなくない?」

卯月「……比企谷さんは、雪ノ下さんのこと……どう思ってるのかな」

凛「人の気持ちなんて考えてもわからないよ。……今あの人がどう思っているか、誰が好きかなんて。……ただ」

未央「……ただ?」


凛「……昔はきっと、好きだったんじゃないのかな……」


437: 2015/07/08(水) 22:42:10.36

凛「……いや。わかんない。わかりたいんだけど、ね」

卯月「……聞かないんですか?」

凛「……うん。きっとそれって、あの人の大事な部分だと思うから。いつか話してくれるその日まで、待っていようと思う。目の前まで歩み寄って、ずっと待ってるよ」

凛「……大事なのは、今。今なんだ。……あの人の過去も未来も全部、知りたいと思うなら……やっぱり、大事なのは、今なんだ」

凛「今、傍にいてあげたい。傍にいたい。それだけなんだ」

未央「……私には、わかんないや」

卯月「……思いやりって、そういうものじゃないかな」

未央「……思いやりってさ、そう言うけどさ……」

未央「……もし、相手を思いやって、そのせいで……。自分が欲しいもの、手に入らなかったら……バカみたいじゃん……」

卯月「…………」

凛「……ま。私はバカで欲張りだからさ。きっと全部手に入れてみせるよ」

凛「私は、言葉にするから。その点では誰にも負けてないつもり」

凛「……誰にも負けないって、それこそあの人に誓ったんだもん」

未央「……はー。一人だけ大人になっちゃってさ!」

卯月「……私も、いつか本当の意味で人を好きになれるのかなあ」

凛「……ふふっ。卯月、振られたら抱いてね」

未央「あっ、ちゃんみおの妾を!」

卯月「……もう。やめてよ凛ちゃん。惚れっぽいんだから、本気にするよ?」

凛「ふふっ、ごめん。正直卯月は遊びの女」

卯月「もー!?」

未央「……冬なのに、あったかいなぁ」

凛「……そうだね」

卯月「もう、寝よっか」

未央「うん。……ね、夏はダメだったけど、今度こそさ」

凛「もちろん」

卯月「三人で、勝ちましょう!」


438: 2015/07/08(水) 22:43:30.64
× × ×

冬也『おお、ちょっとマシになってきたんじゃねーか? 氷川様様か』

凛奈『といっても、まだまだだけどな』

美春『……むー! そんなに下手下手言うんだったら考えがあるよ! 二曲目は「relations」がいい!』

凛奈『……私も歌えってか?』

美春『わたしにそこまで言うんだからりんりんは弾きながらでも余裕だよねー?』

凛奈『その名前本気で頭悪そうだからやめろ。……ふん。いいだろ、やってやる』

冬也『ちょ、ちょっと待て! 勝手に決めんなよ!? 俺スクウィールなんか出来ねぇぞ! 速弾き苦手だし! 特にアウトロのソロ頭おかしいだろあれ!』

美春『あれー? 散々人のことバカにしといて出来ないんだー?』

冬也『いや、バカなのは事実だからな。あっ、ごめんな、配慮が足りなかったよな……』

美春『急に冷静に謝んないでよ!? ……あーもー、ムカつく―!』

凛奈『……美人の頼みだぞ、男の子』

冬也『こいつの為に頑張るのは何か気が引けんなぁ……』

凛奈『…………なら、私にもカッコいいところ見せてくれよ』

冬也『……はぁ。しゃあねえ。それでもお釣りが来るけどな』

凛奈『言ってろ、下手くそ』

美春『……私のお願いは聞かないのに、りんりんのお願いは聞くんだ?』

冬也『……元々、俺の我儘だ。何でもやるつもりだったよ。察しろ』

美春『!』

凛奈『男のツンデレは流行らねえぞ』

冬也『お前はちょっとはデレを覚えたらどうなんだ……』



美春『ねえ、どうしてギター始めたの?』

冬也『……お前と似たような感じだよ』

美春『はい?』

冬也『……はあ。人に好かれたかった。平たく言うと、モテたかった。中学卒業してから始めてな……』

美春『あはははっ! 見る影もないよね!』

冬也『まぁ、色々あって失敗したんだが……。今となっちゃ、それでよかった』

美春『……なんで?』

冬也『モテたいつもりで始めたけど、次第にどうでもよくなっちまった。楽しすぎてな。んでまあ、思ったんだ。やっぱ無理なんてするもんじゃねえ。人の目を気にして生きんのはらしくない。ぼっちだろうがなんだろうが自分が楽しけりゃそれでいいんだ。俺は俺が大好きだからな。……遠回りできて、良かったと思ってるよ』

美春『…………変なの』

冬也『……ただ、まあ、なんだ』

美春『?』


冬也『……ありがとな。諦めなくて、すんだよ。……感謝してる』

439: 2015/07/08(水) 22:44:46.65

凛奈『全く、お前のしつこさには辟易する……』

美春『りんりん、猫すごく好きだったんだね。目が本気だったよ?』

凛奈『……目が悪いだけだ』

美春『嘘だ。柊くんがちょっと見惚れてからコンタクトにしてるでしょ』

凛奈『してねぇよ。今日はたまたま眼鏡を忘れただけだ』

美春『……口を割んないなぁ』

凛奈『……私にここまでしつこく踏み込んでくるのはお前が初めてだ。うっとおしいったらありゃしない。空気読めるんじゃなかったのかよ』

美春『……わたしだって、りんりんみたいにズケズケ言ってきてぞんざいに扱う人なんて初めてだよ』

凛奈『……なあ、天乃。その呼び方やめてくれ』

美春『えー、なんで? 可愛くない?』

凛奈『なるほど、だから音痴なんだ』

美春『……じゃあ、凛奈だ』

凛奈『……好きにしろ』

美春『わたしも、美春がいいな?』

凛奈『……はぁ。もう帰るぞ、美春』

美春『! うんうんっ、それでいいんだよ! 凛奈!』

凛奈『お前に逆らっても結局押し切られるからな、もう学んだわ……』




結衣『ゆきのんはペットショップに行くとテコでも動かないよね……』

雪乃『本当はもう少しいたかったのだけれど……』

結衣『日が暮れちゃうよ!?』

雪乃『……そうね。由比ヶ浜さんの勉強の時間がなくなってしまうものね』

結衣『……あたしじゃヒッキーのレベルに追い付かないのはわかってるんだけどね。……でも、やっぱ諦めたくないじゃん……?』

雪乃『……由比ヶ浜さん』

結衣『せっかくゆきのんも手伝ってくれてるんだし! ……納得できるまで、やりたいな』

雪乃『…………そろそろ、その呼び方、変えない?』

結衣『……ゆきのん?』

雪乃『……雪乃、でいいわよ。……結衣』

結衣『……うん! 雪乃っ、今日もよろしくね!』

雪乃『……ええ』


雪乃『……心から。心から、あなたが彼に並べることを、祈るわ……』

× × ×

440: 2015/07/08(水) 22:46:50.98
<数日後、夜。タクシー車内>

みく「……今日も、疲れたな」

凛「だらしない。私は全然大丈夫だけどね」

みく「今日過呼吸なってたのどこの誰やったかなー」

凛「汗でコケてたやつに言われたくないよ」

みく「……負けず嫌い」

凛「お前に言われたくない」

みく「ははっ、確かに。お互い様か。……言っとくけど、今回限りな?」

凛「私の方からも事務所に言っとくよ。やっぱり殴り合いの方が性に合うよね、お互い」

みく「……765プロと、か。数年前からは考えられんなぁ」

凛「チャンスはものにしなきゃ。どんな手段を使ってでもね」

みく「同感。……足削ぎ落としてでも、ガラスの靴があったら履く」

凛「ふふっ。通りで性格悪いわけだ」

みく「……言っとくけど、みくが勝ちたいだけやから。誰がお前の勝ちなんか祈るか」

凛「それでいいよ」

みく「自分のため、親のため、ファンのため……それから、プロデューサーのため」

みく「だから、お前の勝ちは祈らん。……言ってる意味はわかるな?」

凛「……うん。だったら、尚更負けるわけにはいかないね」

みく「……はぁ。アイドル失格やぞ。みくが落ち目になったらタレこんだろ。道連れ道連れ」

凛「ふふっ、嫌な相手に握られちゃったね。それは困るからなぁ」


凛「ずっと売れてくれなくちゃ、困る」


みく「……アホ。言われるまでもなーいにゃ」


441: 2015/07/08(水) 22:48:42.15
× × ×

凛奈『……これが私だよ。黒い政治家の娘って肩書に縛られた……つまんない女だ。親はそつなくこなせて、人当たりのいい姉さんにかかりっきり。当の姉さんは……私を玩具程度にしか見ちゃいない。見ただろ』

冬也『……ああ』

凛奈『私は人形。……首輪を付けたまま、飼い頃しにされた、な』

凛奈『……昔、姉さんみたいになりたかった。……今もそうかな』

冬也『……ならなくていいだろ、今のままで』

凛奈『っ!』

冬也『あんな姉貴みたいになったお前とか正直気持ち悪ぃ。バランのねぇ寿司だろ』

凛奈『……本当、馬鹿だな、お前。……捻くれてるよ。こっちの方がいいとかよ』

冬也『まぁな。よく言われる』

凛奈『……けど、そんなお前なら、頼めることもあるのかもな』

冬也『? 何だ?』

凛奈『……いつかでいい。いつかだ。……いつか、私を助けてくれ』

冬也『はっ。お前の人脈の無さは知ってるからな。でかい借りができちまったし、いつでも言えよ』

凛奈『……別に、これは貸しじゃねえよ。得してんだから』

冬也『? ……しかし、お前が人形ね。冗談だろ。こんな口の悪くて楽器の上手い……美人の人形がどこにあんだよ。あんな喋る仮面みたいな姉貴より、お前の方がよっぽど人間らしいぜ』

凛奈『……』

冬也『……? どうした?』

凛奈『……私に媚び売っても、ソロは容赦しないからな』

冬也『わぁってるよ。……俺も、天乃に負けてらんねぇ。……あいつは、大した奴だな』

凛奈『……ああ。底が浅くて、馬鹿で。……でも、歌が上手くて、誰より優しい』

凛奈『私の――親友だ』

冬也『…………なあ、氷川。俺も……』

凛奈『悪い。それは無理だ』

冬也『っだぁ! まだ最後まで言ってねぇだろ!』

凛奈『言ったろ。お前と友達になるなんてありえない』

冬也『……はーあ。そうかよ、わかった。……俺の友達はギターだけだよ』

~♪


凛奈『……だって。お前とは……もっと別の……。……なのに……』
凛奈『…………できないよ……美春……』


442: 2015/07/08(水) 22:49:38.25


美春『……本当、どうしてこうなっちゃったかなぁ』

冬也『? 何がだ?』

美春『本当はねー、ちょろっとあしらって、追わせて、私は待ってて。それで満足~みたいな感じが理想だったんだよ』

冬也『主語が不明瞭すぎて何言ってっかわかんねぇ』

美春『……でも、駄目だね。待ってて来る人じゃないってわかったから。もう待たない』

冬也『……よくわからねぇが、来ないもん待っても無駄だろうな』

美春『……うん。だから、待たないで……こっちから、行くよ』

冬也『……ああ、なるほどな。……そうだな。あいつ、言えない奴だからな。迎えに行ってやってくれ』

美春『……そうじゃないのに、そうなんだよね。……バカ』

美春『……凛奈ぁ。もう、わたし……ダメだよ……』





雪乃『……できない。…………できないわ……』
結衣『…………あたしは。…………えらぶよ……』



× × ×

443: 2015/07/08(水) 22:52:31.03
<ライブ三日前、夜。都内某所、居酒屋「全兵衛」>

八幡「…………」

――かららっ。

黒井「……ん? 比企谷ではないか」

八幡「……黒井社長」

黒井「一人酒か」

八幡「一人じゃない時の方が珍しいですが」

黒井「ハッ。それの何がいかんのだ。王者とは孤高を飼い慣らすものよ」

八幡「全くだ。……人といるのは面倒だ。一人でも十分面白いのにな」

黒井「大将、黒龍をくれ」

八幡「昔は、考え事をするときは家で一人だったもんですけど。……今は、酒も飲める。それだけ、少し変わりました」

黒井「セレブな私は考え事をする時は最高級のワインを最高級の部屋で傾けるがね」

八幡「……金持ちの発言だ。俺には考えられん」

黒井「当たり前だ。若い貴様には金がないのだからな。金とは全てではないが、力の一つだ。力が無ければ選べない選択肢というものは無数にある。……若さとは、併せ持てん力だがな」

八幡「……」

黒井「皆甘っちょろいことばかり言う。力が全てではないとな。……戯けが。そんなものは負け犬の遠吠えに過ぎんというのに。高木のへっぽこアイドル共の鳴き声はあまりに説得力がない。……庇護されていることにも気付かぬ、愚か者共よ」

八幡「……高木社長は、古くからの友人なんですか」

黒井「宿敵だ。我が生涯において、最大のな」

八幡「……」

黒井「おそらく灰になるまで。……いや、灰になっても争い続けるだろう。私は奴とは相いれん。憎しみではない。矜持の問題なのだ」

八幡「……俺も、もう少しでこの業界に入って一年になります。いつまでも何も知らないわけじゃない」

八幡「……ブラックウェルカンパニー事件」

黒井「ハッ。また懐かしい単語を聞いたものよ」

八幡「高木社長は計画倒産に巻き込まれ、高級オフィスビルの新事務所への移転資金を全て騙し取られた。その陰には黒井社長の姿があった。本人は否定しているが、世間的に犯人は間違いなく黒井社長であると言われている」

黒井「それがどうした。強者が弱者を喰らうのは当たり前のこと。私が何の罪にも問われないのも、強者であるからよ。言われるまで喰らったことさえ忘れていたわ」

八幡「……あんなもん、信じる馬鹿がいんのかと思いましたよ。マスコミは偉大ですね」

黒井「……」

八幡「記録とか調べましたけどね。明らかに金の流れがでかすぎる。高級オフィスってことを差し引いてもです。移転の話の締結があまりに早すぎるのもおかしい」

八幡「……何より、あの高木社長がそんな質の低い詐欺にひっかかるのが一番不自然です」

黒井「……あの狸は軟弱者なのだ。私とは違う」

黒井「理由がなければ我儘一つも言えん。好きに金を使うことさえな」

八幡「……共謀をする宿敵なんているんですか?」

黒井「利害の一致だ。それ以外、ありえん」

八幡「……大将。俺にも、黒龍を」

黒井「やる。ボトルごと持っていけ」

八幡「……どうも」

黒井「……全くもって、この世は愚か者だらけだ。思う通りに振る舞えばいい。好きなものを喰らい、好きな酒を飲み、好きな女を抱けばいい。他人の心など、金で買えぬものなど……慮る必要などない。力を振るい、生きろというのに」

八幡「……力、ですか」

黒井「……」

444: 2015/07/08(水) 22:54:57.14

八幡「…………ずっと。今日、ずっと、考えていました」

八幡「……アイドルにとっての、恋愛を」

黒井「…………老いた酔いどれの言葉だ。聞き流すがいい」

黒井「……貴様が生きている今が、アイドル黄金期だと言われていることは知っているか」

八幡「はい。二度目だとか」

黒井「……一昔前。伝説のアイドルと呼ばれた、日高舞が活躍した時代があった。それが最初の黄金期だと言われている。……私と高木が、お前くらいの年齢の頃だった」

黒井「当時、一人のアイドルが持つ偶像としての価値は極限と言えるまでに高かった。ネットが普及していないとはいえ、ファンの持つ力は高い。アイドルは聖マリアであることが求められていた。あの歩く荒唐無稽とまで称された日高舞ですら、結婚したのは引退後であったくらいだからな」


黒井「……そんな時代に、絶対王者を撃ち落とせるはずだった新星がいたことを、今では誰も覚えておらん」

八幡「……」

黒井「……昔、愚か者共がいた。頂点に辿りつくために命を燃やす女がいて、彼女を助けるために命を燃やした二人がいた。……若かった。愚かだった」

黒井「互いに譲れ合えぬのなら、白と黒をつけようと……そう誓った矢先だった」

黒井「……撮られたのだ。とある場面を」

八幡「!」

黒井「誤解であろうが何であろうが関係ない。大衆にはその写真が全てだった。金の為に増幅された悪意は、瞬く間に世界を覆った。……彼らにとって何よりタチが悪かったのは、その写真に嘘がないことだったがな」

黒井「流される前、止める機会はあったのだ。……だが。若い彼らには……絶対的に力が足りなかった」

黒井「……そうして彼女はこの世界を去り。……長い時間をかけて、他の誰かと幸せを取り戻した」

八幡「……」

黒井「……若者は間違えて良いだと? ふざけるな。遠吠えなのだ、それは。この世に間違えて良い設問などあるはずがない。奪っていい未来など、あるはずがないのだ」

黒井「何も手に出来なかったのは想い合うからではない。弱かったからなのだ」

八幡「……」

黒井「残された二人は決別し、それぞれの信ずる道を歩むことにした。ある者は理想を追い、ある者は手触りのある力を求めた。遠く長い道のりだった。……そんなことをしているうちに日高舞は引退し……アイドル界には、暗黒期が訪れた」

八幡「……暗黒期」

黒井「そうだ。日高舞世代の引退に伴い、アイドル界にはカリスマが足りなくなった。……それをどうやって補ったか。私は今でも気に入らん」

黒井「付与された『個性』、代替可能な才能無き『商品』。アイドルは各界への踏み台として、手段へと成り下がる。顔も覚えられぬ何十何百もの少年少女たちが、夢という餌に釣られ、金儲けの道具として浪費されていった」

黒井「百人単位のグループ。円盤の形をした握手券。煽りに煽る総選挙。……笑わせるなよ。あんなものは総選挙ではない。金で票が買えるなら、それは株主総会であろうが」

黒井「金とは、力だ。……目の前の人間の心は変えられなくとも、顔の見えない他人の心ならいくらでも買えてしまう」

八幡「……でも、カリスマが足りなかったんでしょう。それは、一つの戦い方で……力なんじゃないんですか」

黒井「そうだ。否定しない。私もその力を使って歩いてきた。染まったこの身に否定などできようはずもない。勝つ者が正しい。常々そう言ってきた。……だがな」

黒井「気に入らん。……気に入らんのだ。彼らが……私達が愛したのは、そんな世界ではない。彼女が輝こうと命を燃やしたものが、そんなものであっていいはずがない」

黒井「……そんな矜持だけで生きてきた二人が、全てを投げ打って変えたのが、今の世界だ」

八幡「……」

黒井「……貴様が誰と歩もうと、同じ轍を踏むことになろうと、私には知ったことではない」

黒井「だが、心せよ。貴様がもしそれを選ぶというのなら、それは十字架を背負うということなのだ。私達でも、見つめる者の心を変えることはできんのだからな」

黒井「傷付けるのも傷付けられるのも常人の比ではない。罪無き罪を釈明する機会もない。メリットなど砂粒一つほども有りはしないのだ。それを覚悟しておけ」

八幡「……黒井社長は、選んだんですね」

黒井「フン。何を言っておるかわからんな。……しかし、私がもし、その彼であったなら」

黒井「例え何万回生まれ直しても同じ道を選ぶだろう。後悔などない。例え理解されずとも」

黒井「背負わずして何が王者か。――王者は独り、我が道を征く者よ」

445: 2015/07/08(水) 22:57:54.37


八幡「……雪、か」

八幡(東京にも、雪が降る。冷たい初雪が、お酒のせいで火照った頬を冷やした)

八幡(雪。四年前のあの時も、一年前のあの時にも、雪が降っていた)

八幡(雪は嫌いだった。罪を思い出してしまうから。……けど、きっと変わる)

八幡(一年前の雪からいろんな偶然に出会って。運命に出会って。……好意に、出会って)

八幡(俺は変わった。変わりたいと思うようになった。……そして、変われた)

八幡(だから、ついでに。この天から降る白雪も、好きだと思える自分に変わっていきたいと思うのだ)


――ぶーん。ぶーん。


八幡(ポケットで俺の携帯が震える。冷えた手で暖かいスマートフォンを握り、白く光った画面を見る)

八幡(白雪が、誰よりも優しい先輩の名前の上に落ちていった)


446: 2015/07/08(水) 22:58:39.15


× × ×


雪乃『今日は、終わりにしましょう』

八幡『はいよ。今日はちょっと急ぐ。じゃあな』

雪乃『ええ。さよなら』


結衣『……ねえ、雪乃』

雪乃『……なあに? 結衣』

結衣『…………話、あるんだ。これからの……大事な話』

雪乃『……ええ、聞くわ』

結衣『屋上、行かない? せっかく、雪が降ってるんだもん』

雪乃『……雪』

結衣『あたし、雪、好きだな。……大好き』

雪乃『……行きましょうか』


× × ×


447: 2015/07/08(水) 23:00:58.29
<ライブ三日前、夜。希の部屋>

希「にこっち、そのお肉まだ赤いよ? もうちょっと置いとき?」

にこ「ちょっとぐらい赤くても大丈夫よ。……あ、春菊ついてきちゃった」

絵里「ええ? 春菊美味しいじゃない」

にこ「昔喉に詰まらせてからトラウマなのよ……」

希「鍋に春菊入れるんやね。ウチはもやしとかつみれも入れたりしてたなぁ」

絵里「やっぱり冬に鍋をすると、日本人で良かったなぁって思うわねー」

希「せやねー。えりちはほんと、日本大好きやもんね。……二人とも何飲むー?」

絵里「カシスオレンジを貰おうかしら」

にこ「ライブ近いから禁酒中。お茶でいいわ」

希「ほいほいー。取ってくるー」

絵里「……相変わらずプロねぇ。事務員で良かった」

にこ「にこもそう思う。あんたがアイドルしてたら目の上のこぶよ……」

絵里「ふふ。褒めてくれてありがたいけど、職業アイドルは嫌ね。自由がないもの」

にこ「自由のなさで言ったら絵里もとんとんでしょ? 夏なんて会社に泊まってたじゃない」

絵里「……そうだったわね。いい思い出だなぁ……」

にこ「……ドM?」

絵里「違うわよ! ちゃんと休みも欲しいわよ。……安定して土日にあるわけじゃないけどね。はあ、やっぱり公務員になるべきだったかしら?」

希「その考えがミスフォーチュンを招くんよ……? 楽ちがうもん!!」

絵里「わかってるわよ、冗談に決まってるでしょ? 楽な仕事なんて結局ないのよね。……でも、やりがいがあるもの。それで満足!」

にこ「同感ね。……恋愛できないけど」

絵里「……隠れてすればいいんじゃないの?」

にこ「やらないわよ。リスクしかないじゃない。それに、にこにとってアイドルより価値のあるものなんてないの」

希「……リースクのない愛なんて、刺激あーるわけないじゃなーいー、わかーんないかなぁ~♪」

絵里「グッドラックトゥユ~」

希「……わかってても、やっぱり理屈ちゃうからね……」

にこ「さっすが、経験者はやっぱり言うことが違うわねー」

絵里「あ、懐かしい。大学二年の時のやつよね。……ダメだったけど」

希「っ! も、もう、あん時のことは忘れて!」

にこ「この世の終わりみたいな顔してたわよね。体重何キロ減ったんだっけ……」

絵里「毎日えりちー、えりちー、って電話口で泣いてたわねー? 可愛かったわー、相手の方に見る目がなかったとしか」

希「あーあーあー聞こえへん聞こえへん! やめて! 帰らすよ!」

にこ「希は本当攻撃力高いのに守備力ゼロね……。なんとか突撃部隊みたい。弟が持ってたカードの」

希「え、えりち、早く中華そば入れよ?」

絵里「逃げるのも下手だし。……毎回思うんだけど麺類って締めじゃないの?」

希「東條家では先発も中継ぎもいけるよ?」

にこ「……あんた、職場恋愛とかどうなの?」

448: 2015/07/08(水) 23:02:21.43

希「に、にこっち! しつこいよ!?」

にこ「ここを逃したらしばらく勝てなさそうだし。もらえるもんはもらっとかないと」

希「おあいにく様で悪いけど、学校ではほんまに何もないんよ。毎日目の前の仕事で手一杯やね。……大体、職場恋愛だったらえりちでしょー?」

絵里「うぁ、こ、こっち投げないでよ!」

にこ「へっ? えっ、絵里が!? この堅物が!? えっ、好きな人できたの!?」

絵里「……せっかくにこにはバレてなかったのに」

希「自分だけ汚れへんとかナシやん? 一緒に沈もう」

にこ「な、なによ! にこだけ仲間外れなの!? 職場恋愛って、え……、ま、まさか……アイツ!?」

絵里「……何よその嫌そうな顔。いいでしょ、人の勝手じゃないっ」

にこ「いや、別に止めないけど……。変なのの方が競争率低くていいんじゃない?」

希「……にこっちって何も知らんのやね。よしよし」

にこ「撫でんなーっ! えっ、な、なに、どういうことなの……?」


にこ「――そっか。考えてみれば、去年のクリスマス……絵里を助けたのは、比企谷だったのよね」

絵里「うん。でも、それが理由じゃないの。きっかけは確かにそうだったかもしれないけど、彼のいろんなところを見てきて……じんわりと、好きになったのよ」

希「……罪な人やね」

絵里「ええ、そうね。……でも、彼の目線は多分…………他の……」

にこ「……そんなことどうしてわかるのよ」

絵里「なんとなく、かな。……好きだと、どうしても目で追っちゃうし」

にこ「……わかんないでしょ。絵里がもしそう感じても……言葉になってないものは、わかんないでしょ」

絵里「……」

にこ「言葉にしないで分かることなんて、本当にあるの? ……あるかもしれないけど。でも、勝手に決めつけて、分かった気になって……それって、何か……違う気がする」

希「……ねえ、えりち。えりちは……どうするの?」

希「……ウチは、えりちより素敵な女の子なんてこの世におらんって思ってる。比企谷くんもそう思ってるかもしれへん。……でも、もっと、素敵な子が……彼の中には、いるのかも」

希「……ウチは、言葉にすることだけが……一番いいことやとは思わないんよ。傷付いても、傷付かなくても……」

希「……ウチは。言わない強さだって、あると思う」


絵里「……二人は、やっぱり、私の一番の親友ね」

絵里(私は、手にしたワイングラスをかざして顔を隠しながら、自然と笑った)

絵里(暖かかった。たかが自分の恋愛ごとに、感情をむき出しにしてまで本気で考えてくれる親友がいる。そう実感すると、自然に笑みは溢れてきた)

絵里「……私ね。近く、彼に言おうと思ってるの」


絵里「好き、だって」


449: 2015/07/08(水) 23:03:31.35

にこ「……」

希「……えりち…………」

絵里「……高校三年生の時、希が私に言ったのよ」

絵里「えりちの、本当にやりたいことは何? って」

希「……うん」

絵里「……あの時、色々なものを勝手に背負ってしまって、動けなかった。……でも、みんなが来てくれたから、私は素直になれた。やりたいことをすることができたの」

絵里「でも、きっと彼は待ってて来てくれる人じゃないから。……私から、迎えに行かなきゃ」

絵里「にこ、希。私は……変わったの。欲しいものを欲しいって言える自分になれたの」

絵里「私は、彼と一緒になりたいから。誰が彼を好きでも、彼が誰を好きでもそれは変わらない。傷付く覚悟も、ひょっとしたら誰かを傷付ける覚悟も……もうできた!」

絵里「私は、こんどこそ自分の力で本当にやりたいことをしてみせる」


絵里「――好きって、言ってくるわ」


希「うん……。うんっ……!」

にこ「……自信持ちなさい? このにこが、唯一敵わないって認めたアイドルなんだから」

絵里「ふふっ、なぁにそれ? 初耳なんだけど」

にこ「当然よ。初めて言ったんだから。……そんで、もう二度と言わないんだから」

希「……にこっちは本当に照れ屋さんやなぁ! このこのっ!」

にこ「ぎゃーっ!? 乳首は本当にやめて!? シャレになってないんだからっ!!」

絵里「あははっ」


絵里(心の底から感じる安寧。一世一代の決心をしたって、この暖かさは変わらない。きっとこの先何年経って、この手がしわくちゃになっても、私たちはこうして笑っているんだって確信できる)

絵里(ねえ、にこ。あなたは、言葉にしなくても伝わるものなんてないって言ったけど)

絵里(きっと、あるわよ。それも今、この場所に――)


450: 2015/07/08(水) 23:04:27.63


絵里「……わぁ。雪……!」

絵里(遅くなった帰り道。私は手袋を外して、天からの贈り物を受け止める)

絵里(まるで気持ちが降ってきたみたいな白い雪が、火照った身体に降りてくる)

絵里(思えば、一年前。彼との出会いのその日にも雪が降っていた。ロマンチックどころか命がなくなりそうなほどセンセーショナルな出会いだったけど、きっと雪が降っていなかったら、彼と出会うことはなかったんだと思う)

絵里(そんな出会いがあったからこそ、彼と彼女らもまた出会ったんだと思うと、やっぱり切ないけれど)

絵里「……とーどーけて、切なさには♪」

絵里(親友の初めてのわがままで生まれたラブソングを口ずさむ。想いが、溢れそうだった)

絵里(……うん。言おう。欲を言えば今がいいけれど、電話口でなんて、そんなのは嫌だから)


――ぴっ。


絵里「……もしもし?」

八幡『……なんすか。今日はオフですよ。潰されちまったけど。……俺の耳は休みに仕事の話は聞こえないんです』

絵里「じゃあ聞こえるわね。プライベートな話だもん」

八幡『ああ言えばこう言う。さすがは俺の先輩ですね』

絵里「ふふっ。あなたのせいでこーんなに捻くれちゃったのよ?」

八幡『……酔ってんですか?』

絵里「そうね。酔ってるわ。間違いない」

八幡『……こんな夜中にどうしたんですか?』

絵里「どうにかしちゃったのよ」

八幡『はぁ? ……車の音。外ですか。あの、ちゃんとしっかり帰ってくださいよ。轢かれたらシャレにならん』

絵里「ふふ。また助けてくれる?」

八幡『アホですか。学習しないアホにかける命はありません』

絵里(……うそつき。大好き)


451: 2015/07/08(水) 23:05:40.28

絵里「……比企谷くん、明日、暇?」

八幡『わかってて言ってるだろ……。明日は夜に母校ですよ。撮影です。……山場の、聖誕祭のシーンを撮るみたいだから』

絵里「そう。私は夜から空いてるのよ」

八幡『この酔っ払いめ。轢かれちまえばいい』

絵里「化けて出るわよ?」

八幡『八つ当たりも甚だしい……』

絵里(ああ、楽しいな。ずっと話してたいな。……好きだなぁ)

絵里「あのね、じゃあ、明日ね……撮影、ついていってもいい?」

八幡『は? そんなにあの映画が見たいんですか?』

絵里「ううん。……あなたが過ごした、学校が見たいの」

八幡『…………』

絵里「……だめ?」

八幡『……絵里さんは、変わり者だ』

絵里「英語で言うとスペシャルよ。いいじゃない」

八幡『……馬鹿。昔そんなこと言ってたやつは、苦労してたよ』

絵里「……あなたが、そんな風に喋ってくれるようになったこと。……本当に、心の底から嬉しいわ」

八幡『……いいよ。もう、何にもないけど、な』

絵里「うん。楽しみにしてるから。本当よ?」

八幡『絵里さんが嘘付かないのは、知ってるよ』

絵里「あら、そんなことないわよ? ちゃんとついてるわ。特別な時だけね」

八幡『……ふ。いいけどな。虚言だらけでも』

絵里「……舞台、楽しみにしてて?」

八幡『…………ああ』

八幡『ちゃんと最後まで見届ける。……それが、俺だ』

絵里「……また明日、ね」

八幡『……また明日、な』


絵里(さあ、絢瀬絵里。きっと最後のステージよ。賢く可愛く美しく、華麗に焼きつけてやりましょう?)

絵里(私だけの言葉を……私だけの声で)


絵里「明日は、晴れるかな」

452: 2015/07/08(水) 23:06:51.73

× × ×


――わあああああああああ!!!
――すげぇ!! 美春ちゃん歌も上手かったのか!!
――ギターかっけぇ……誰だあいつ!?
――あれ……氷川凛奈か!?



冬也「……っし! ノーミスだ!」

凛奈「当然だ。私がいる横でミスったら蹴ってたぞ」

冬也「はは、ご褒美か。ならミスりゃよかったか」

美春『みんなー! こんばんわ! 今日はわたしたちの演奏を観にきてくれてありがとう!』

美春『ちゃんと、一番後ろまで見えてますからねー!』

美春『……二曲目。聞いてください!』


美春『――relations』


453: 2015/07/08(水) 23:08:49.71

美春「わたしは……。わたしは、言うよ……凛奈」

凛奈「……ああ。きっと、お前たちなら……」

美春「……うそつき。凛奈だって、好きなくせに!」

凛奈「……馬鹿。……勝手に決めんな」

美春「冬也は……、冬也は! 凛奈のことが!」

凛奈「……違うよ。それも、違う。……親友だからって、言葉にしないこと、わかるわけないだろ……」

美春「……うそつき。……凛奈の、うそつきぃっ!」

凛奈「……きらいに、なったか?」


――♪『この恋が遊びならば 割り切れるのに 簡単じゃない』


美春「……嫌えるわけ、ないじゃん。……好きだよ。大好きだよ。二人とも、大好きなんだよぉっ!」

凛奈「……わがまま、いうなよ……」

美春「泣かないでよ。バカ凛奈……バカりんなぁ……っ!」

凛奈「……うるさい。うるさいよっ! みはるにいわれたら、おしまいだよっ!」

美春「……それでも。あたしは、言うから……」

凛奈「……ああ。……それでこそ、私の…………親友、だよ」

美春「凛奈っ。……大好き。大好きだからね」

凛奈「うん……。誰より、大好きだよ」


――わああああああああああ!!



美春『……最後の曲です。あっという間だったけど、本当に楽しかった……楽しかったなぁ』

凛奈『……今までも、これからも、時間はたくさんあるけれど。私たちの過ごした時間は、確かに本物でした』

美春『今、観てくれてるみなさんの心にも……きっと、こんな想いが育てばいいな』

凛奈『これが、私たちの……想いです』

美春『聞いてください』

美春『――最後の曲を』

× × ×

454: 2015/07/08(水) 23:09:59.88

結衣『雪乃はさ、ヒッキーが言ってた本物……。何か、わかった?』

雪乃『…………』

結衣『あたしはさ、やっぱりバカだったからわかんなかった。ないのーみそで必氏に考えたけど、やっぱりだめで。……わかんないことだらけだね。結局』

結衣『……でもね。でも……、このまま何もしないのだけは、嫌だって……それだけは、絶対にわかるの……』

雪乃『……結衣』

結衣『……雪乃。あたしは……言うよ?』


結衣『ヒッキーに、好きって、言うよ……?』


雪乃『……ええ。きっと上手くいくわ。……彼だって、あなたが……』

結衣『違うっ! そんなんじゃないっ!! あたしが……あたしが……聞きたいのは…………。……それに、ヒッキーは、雪乃が……』

結衣『……あたし、知ってるんだよ? ……雪乃だって。雪乃だって! ヒッキーのこと!』

雪乃『……違うわ。それは……あなたの…………妄想よ……』

結衣『……うそだ…………。うそだぁ……』

雪乃『……本当よ。……親友にだって、わからないことは……あるわ』

雪乃『……だって、言葉にしていないもの。……万能じゃないけれど……でも。言葉にしないものは……現れないから』

結衣『あたしには……あたしには! わかんない! わかんないよっ……!』

結衣『本物なんてわかんないっ! バカなんだもんっ! あたしにっ……わかるのはっ……』


結衣『ヒッキーが好きで! ……でもっ、雪乃が好きでっ! ……このままじゃ、やだってことだけなんだよぉ……!』


雪乃『……なか、ないでよ……。それが……、それがいちばん……ひきょうよ……!』

結衣『……あたしは…………言うよ』

結衣『……こわくても。泣くことになっても。どうなっても……受け入れるから』

結衣『だからあたしは……好きって言うよ』

雪乃『……うん。……うん』

雪乃『……結衣』

結衣『……なぁに? 雪乃。あたしの……親友』

雪乃『こんなに、さむくて、つめたくて、かくしていっても……それでも……』

雪乃『あなたは……まだ……』

雪乃『ゆきが、すき?』

結衣『……うん』


結衣『ずっと、だいすきだよ』


× × ×

455: 2015/07/08(水) 23:11:48.96
<翌日、夜。総武高校体育館>

絵里「寒いのね。人がいないからかしら?」

八幡「この体育館は夏は暑い、冬は寒いで最悪だったよ。……変わってないみたいだな」

絵里「そう。……ここで、比企谷くんが過ごしていたのね」

八幡(冴え冴えとした空気のなか、二階の窓から入り込む月明かりだけが俺たちを照らす。今日はもう、雪は降らない。白くて丸い月が、雲一つない空に浮かんでいた)

八幡「体育は隅っこでサボってばかりだったけどな。……舞台に、登ったこともない」

絵里「じゃあ、やっぱり比企谷くんは冬也みたいにギターは弾けないのね」

八幡「当たり前だ。あんなことできたら、今頃こんなとこにはいねぇよ。ギターのできるイケメンはさぞかしモテるだろうから」

絵里「ふふ、そうね。……だから、あなたが、あなたでいてくれて……よかった」

八幡(俺の目を真っ直ぐ見返して微笑む彼女の姿に、呼吸が止まりそうになる。はっとこぼした息が、白く染まった)


八幡(絵里さんはそのまま俺の方を振り返らずに、一歩一歩舞台の上へと歩んでいく。こつこつとトーシューズで歩むような音が、彼女の凛々しさを追いかけていった)


八幡(壇上の彼女は振り返る。金砂をまぶしたような美しい髪と、闇を弾いた白い肌が、月のスポットライトを受けて光り輝いていた)

八幡(絵里さんは、また微笑む。その笑顔はまるで、女神のようだとさえ思う)

八幡(そうして彼女は息を大きく吸い込むと、たった一人の観客に向けて、歌った)


――♪『私は紅い薔薇の姫よ 優しくさらわれたい
    だから微笑んで 追いかけてと目が誘う』


八幡(音の無い世界に、神様のハミング。世界は今、ただ、このためにあった)


――♪『あなたは白い月の騎士 触れた手がまだ熱い
         逃さずに 抱きしめて     』


八幡(美しくて、カッコよくて、でも茶目っ気があって。そして、誰よりも……優しい先輩)

八幡(ああ、俺は決して騎士なんて器じゃないけれど。でも、きっとあなたは)


――♪『この奇跡を』


八幡(――きっと、世界のどんな姫より美しい)


――♪『恋と 呼ぶのね』


八幡(広い体育館にたった一人の拍手が響く。不思議と寒さは消えていた。俺の拍手を受けて、女神は微笑む)


456: 2015/07/08(水) 23:13:07.31

絵里「ありがとう。これが絢瀬絵里……最後の舞台」

八幡「……」

絵里「ご清聴ありがとうございました。……どう、感想は?」

八幡「……絵里さんがアイドルじゃなくて……良かった」

八幡「……見せたく、なくなってしまう」

絵里「……罪な人。一番の褒め言葉なのに、苦しくなる」

八幡(絵里さんは笑みを崩さない。月のステージから、ただ、優しく俺を見つめていた)

絵里「雪が降っていた夜だったわよね。……あなたが、助けてくれたのは」

八幡「……ああ」

絵里「それから、春。もう一度出会って。私の騎士様はとんだ捻くれ者なんだってわかって、びっくりしちゃった」

八幡「……よく、言われるよ」

絵里「でも、あなたは捻くれ者だけど。文句言ってばっかりだけど。……でも、できないことをひとつひとつできるように頑張ってた。……あなたの時折見せる不器用な優しさが、暖かかった」

絵里「それから、夏。急な仕事が入って、二人で事務所に泊まったわよね」

八幡「……絵里さん、仕事早すぎて、泊まる意味なかったけどな」

絵里「……意味ならあったわ。ねえ、暑くて長い夜だったわよね。空けた窓から吹く風が気持ちよかった。あなたのキーボードを叩く音が心地よかった。あなたが雪ノ下さんと話してる時の顔が痛かった。……あなたの、笑顔が、可愛かった」


絵里「……あの日。恋に落ちたの」


八幡「……」

絵里「あなたが私を助けたからじゃない。奇跡に酔ってるわけでもないわ」

絵里「私はあなたの特別なアイドルとして、共に歩んできたわけじゃない。私はあなたの特別な同級生として、過去に特別な時間を過ごしたわけでもない。……私は、普通の事務員。あなたの、ただの先輩。ありふれた女の子」

絵里「でも、私は。ただのありふれた女の子として、ちょっと捻くれた、普通の男の子が好きになりました」

絵里「それが、何より、私の特別です」


絵里「……比企谷八幡くん。あなたが好きです」



絵里「私の、特別になってくれませんか?」




457: 2015/07/08(水) 23:14:00.87

八幡「……俺、は……」

八幡(視界が滲む。暖かい。暖かい。言葉に形を宿した好意は、心に染みる)

八幡(……ずっと、思い上がらないようにしていた。自分が大切だったから。人に好かれているかもしれないという甘い期待が、自分を傷つけてしまうかもしれないから)


八幡(……でも。どれだけ身を遠ざけても、本当は気付いていた。知らないのならいい。けど、知ってしまったらもう戻れない)


八幡(誰かが言った。人を愛するということは、人を傷つける覚悟をすることなのだと。それに比べれば、傷付く覚悟さえ軽いのだと)


八幡(……逃げない。俺は、もうあの時の俺じゃない。選ばなかった俺じゃない)

八幡(俺は、俺に誇れる俺でありたいから)


八幡(濡れた目線の先の彼女は、そんな俺の決意を後押しするように柔らかくある。その姿はまるで、溶けるその時を待つ雪のようで)

八幡(……ああ。あなたも、気付いて……。でも……)

八幡(彼女は、いつも俺を助けてくれた。何もできない自分を怒らないでいてくれた。変われない俺の背中を、いつまでも呆れずに見ていてくれた。間違えないように、見張ってくれていた)

八幡(そして、今、彼女は。俺が間違うことのないように、最後の背中を押している)

八幡「……ありがとう。ありがとう」

八幡「……俺は、嬉しい。絵里さんみたいな素敵な人に好きになってもらえて、うれしい」

八幡「……自分が嫌いだった。捻くれてる自分がじゃない。偉そうなことを言って斜に構えているくせに、いざ、本当に大事な場面で逃げ出してしまった、昔の自分が……」

八幡「……でも、絵里さんは。こんな俺を好きだと言ってくれた。傷付くのを恐れて、逃げてばかりで……迎えに来るのを待ってるだけの、哀れな騎士を……迎えに来てくれた」

八幡「……ありがとう。ありがとう」

八幡「俺はもう、自分を嫌いになったりしない。手を伸ばすことを恐れない。あなたが好いたことを、誇りに思える人間になっていくから……」

八幡「……俺は、もう。きもちから、逃げない……」

八幡「……絵里さん」

絵里「……うん」


458: 2015/07/08(水) 23:14:37.64






八幡「…………ごめん。俺には、他に好きな人がいるから。解決してない問題があるから。……絵里さんの特別には、なれない」







459: 2015/07/08(水) 23:15:44.50

絵里「……そっか。…………そっかぁ」

八幡「……ごめん。……ありが、とう……」

八幡(洪水のように流れる嗚咽と涙は止まる気配がない。等身大の好意を受けた喜びと、それを受け取れない氷の疼痛が混ざって何が何だかわからない。感情の失敗作みたいな表情を、隠しも出来ずに晒していた)


絵里「……馬鹿ねぇ。どうしてあなたが泣くのよ?」

八幡「……だって…………だって、俺は……」

絵里「……あなたがそんな風に泣くところ、初めて見た」

八幡「……あたり、まえだ…………。はじめて、なんだから……」

絵里「……じゃあ、私だけだ?」

八幡「……ああ。そうだよ…………」

絵里「そっか。……じゃあ、特別はこれだけで許してあげる」

八幡(悪戯っぽく笑う彼女は、いつも通りで。俺はまた涙が止まらなくなる)

八幡(どうして、そんなに優しく強くあれるのか。俺にはわからないけれど)

八幡(きっとそれは彼女だけが持つ「本物」があるからなのだと、そう思った)

八幡(……こんなこと、残酷すぎて口に出すことはできないが。でも、もしも。そう、もしも)

八幡(もしも俺がこの人に、奉仕部のあいつらよりも早く出会っていたら。もしも四年前、傷付いたばかりの俺がこの人と出会っていたら。きっと、俺は誰よりも、この人に……)


八幡「……ほんと、だれかに、言うなよな…………」

絵里「ええ、もちろん。これが、私にとっての特別だから」

八幡「……ああ」


絵里「……伝えられてよかった。ありがとう」

八幡「……俺も、ありがとう……」

絵里「これからも、よろしくね? 私を振ったこと、後悔しながら仕事することねー」

八幡「……ああ。一生、大切にするよ……」

絵里「……それじゃ、鍵締めておいてね?」

八幡「……ああ」

絵里「……比企谷くん」

絵里「また、ね」


八幡(そう言って彼女は、最後まで笑ったまま月夜のステージから去って行った)
八幡(この世にないほど清らなる、優しい先輩の笑みだった)


460: 2015/07/08(水) 23:16:41.30

絵里(明るい明るい夜道を、一歩一歩踏みしめて歩く)

絵里(家までもう少し。こんな時でも、都合よく家に飛んだりは出来ないから)

絵里(私は輝夜姫じゃない。終わったからって全部投げ出して、月に帰ることなんてできない。ままならないこの現実世界を、明日も生きてかなきゃいけないんだから)

絵里(この曲がり角を曲がったら、家だから。そこなら誰も見てないから。ポケットから鍵を出して、部屋を空けて、中に入って、そしたら――)

絵里(私は、最後の角を曲がった)



希「……えりち」

絵里「…………希?」

絵里(そこには、私の無二の親友が立っていた)

絵里「……どうして、ここに……?」

希「カードが、言っててん」

絵里「……嘘、よね」

希「……うん。嘘。……親友やから。昨日、なんとなく、ね」

絵里「……希には、何でもお見通しね」

希「そんなことない。……わかりたい、だけ」

絵里「……うん……」

希「……」

絵里「……」

希「……」

絵里「……今日、言ってきたの。……だめだった」

希「……うん。……うん……」

絵里「……でもね」

絵里「私、言えたの。……すきって、いえたの」

希「うんっ……!」

絵里(希は、私を抱きしめた。…………ばか……)

絵里(もう、だめ……)

絵里「ねえ、のぞみ……。わたしね、泣かなかった……」

絵里「なかなかったんだよ……?」

希「えりち」

絵里「…………うん」



希「もう、いいんだよ?」



461: 2015/07/08(水) 23:18:00.13

絵里「――っ」

絵里「うう、う――!!」

絵里(最後の壁が、壊れた。私はついに泣いてしまった。積み上げた想いを誇るように、言えた自分を慈しむように、彼の泣き顔を思い出すように。私は全てを振り絞って、泣いた)



絵里「すきだったんだから……! だいすきだったんだから! 初恋だったんだから!」

絵里「ずるい……ずるいよ! どうして、どうして……どうしてわたしじゃないのよぉ!」

絵里「私が……私だけが! 下の名前だったんだから! それだけは誰にも負けてなかったんだから!」

絵里「あの人にワガママ言えたのも、教えてあげられたのも……私だけだったんだからぁ!!」

希「うん……うん……!」

絵里(何も考えずに思いの丈を吐き出す私の髪に、希の涙。……馬鹿。どうして、希が……)

希「えりち……頑張ったね。頑張ったね……!」

絵里「っ……! っ……!」

絵里(私はただ、泣いて頷くことしかできない)

希「……その痛みを、わかってあげることは、できんけど……」

希「でも、ずっと、いるから。いつまでもいるから。いやがっても、いるから」

希「その痛みがありふれた痛みになるまで、ずっといてあげるから」

希「だってそうやろ、えりち。ウチは、親友やもん」

希「好きな人はできたり、できなかったり。付き合ったり、別れたりするものだけど」

希「でも、親友だけは絶対になくならん。いつまでも、何があっても、そばにいるから」

希「ずっと一緒。ずーっと一緒に、おるからね?」

絵里「……うん。うんっ……!」

絵里(できたばかりの傷は痛くて、まだ涙は止まらない。きっとこれから先も、何回だって泣くだろう。そして何年経っても、この傷が無くなることはない)

絵里(けど、それでいいんだと思えた。私には、希が……みんながいる)

絵里(その事実があれば、私はこの最愛の傷と向き合うことができるはずだから)

絵里(だから、泣いて、泣き止んで。思い出して、また泣いて。でも、いつか笑って)

絵里(そんな風に、明日からまた生きていこう)

絵里(明日に歩く、少し手前の澄んだ夜。支え合う私たちを、月だけが見ていた)


462: 2015/07/08(水) 23:18:54.05

× × ×

冬也『空中廊下、か……。ここで天乃を見つけたんだっけ』

美春『……うん。初めて、歌を聞かれたの』

冬也『……下手くそだったなぁ』

美春『今は?』

冬也『……言わなきゃダメか?』

美春『うん。冬也に、褒めてほしい』

冬也『……上手くなったよ。尊敬する』

冬也『お前の歌で弾けて、良かった』

美春『…………ありがとう』

美春『ねえ。やっぱり、嬉しいね。言葉にしてもらえると……嬉しいね』

冬也『……ああ』

美春『冬也。……ありがとう。見つけてくれて、ありがとう』

美春『出会ってくれて、出会わせてくれて、ありがとう』

冬也『……』

美春『……わたしも、言葉にするね』

美春『だから。もし、嬉しくなくても……聞いてくれる?』


冬也『…………ああ』


463: 2015/07/08(水) 23:20:18.36


結衣『……雪、だね』

八幡『……雪か。濡れるし、滑るし、寒いし、いいことねぇよな』

結衣『でも、きれいだ』

八幡『……』

結衣『ヒッキーは、雪、好き?』

八幡『………………』

結衣『あたしは、好き。大好き。でも……雪より、もっと』


結衣『ヒッキーが、好きだよ』


八幡『……』

結衣『ずっと。ずーっと……好きなの』

八幡『……俺、は』

結衣『……ヒッキーは、気付いてたんだよね。……でも、優しいから。黙っててくれた』

八幡『……違う。違うっ!』

八幡『こんなもんが! こんなもんが優しさのわけがねぇだろ!!』

結衣『いいの。いいんだよ』

結衣『だから、ずっと……三人でいられた』

結衣『……でも、終わりだね。あたし、言っちゃった。言っちゃったもんね』

結衣『あたし、悪い子だ。我慢できなくなっちゃったんだ。……だって、どうしても欲しいんだもん。イヤなんだもん』

結衣『雪乃のこと、知ってるくせに……ヒッキーが欲しいんだもん!』

八幡『……!』

結衣『……ヒッキーが優しいの、知ってる。だってヒッキーは、たくさん傷付いてきたもんね。だから、人の痛みがわかるんだよね。だから、傷付きたくないし……傷付けたくないんだよね』

八幡『……ああ。ああ……』

結衣『あたし、知ってるもん。知ってるんだもん。ずっと見つめてきたんだもん。だって、あたしが……あたしが。一番最初に好きになったんだもん』

八幡『……』

結衣『……ごめんね。ごめんね、ヒッキー。あたし、悪い子だから……。ヒッキーが傷付くの、知ってるけど……でも、聞くね? ……ちゃんと、選んでね?』


結衣『あたしは、ヒッキーの彼女さんになれるかな?』


結衣『あたしを選んで……あたしと二人に、なってくれる?』

八幡『……由比ヶ浜』





八幡『………………すまない……』

八幡『俺には……他に…………』

464: 2015/07/08(水) 23:23:25.75

冬也『……人と楽器を演奏したのは、初めてだったんだ』

凛奈『……』

冬也『一人で弾いたって楽しいんだ。そこに人がいなくたって、俺は楽しい。一人でも弾けるから、俺は好きになったんだ』

冬也『……でも。一人でも大丈夫だからこそ、二人でやることに意味がある』

冬也『俺は例え、相手が幽霊でも嬉しかった』

冬也『でも違った。幽霊なんかじゃなかった。枯れ尾花なんかじゃなかったんだ』

冬也『……俺の隣で、弾いてたのは…………氷川凛奈だったもんな』

冬也『……俺、知らなかったんだ……』

凛奈『……そうか』

凛奈『私は、ずっと知ってたよ。お前が私を知るずっと前から。三人になるずっと前の、私とお前が一人ぼっちだった頃から、知ってたんだ』

凛奈『……だから、楽器を始めたんだ…………』

冬也『……一人ぼっちの俺でも、誰かを変えられたんだな』

凛奈『……ああ』

冬也『……なあ、氷川』

凛奈『……』


冬也『俺と――』


465: 2015/07/08(水) 23:24:28.51



結衣『……バカぁ。雪乃の、バカぁっ!!』

雪乃『……ええ…………』

結衣『どうして……どうして! どうしてそんなことしたのっ!! そんなことして、あたしが……あたしがっ…………!』

雪乃『……ええ。知って、いるわ。…………嫌いに、なった?』

雪乃『……嫌いに、なってよ…………!』

結衣『……バカっ。バカバカバカっ!! 雪乃はバカだっ!!』

結衣『でも、もっとバカで悪い子は、あたしだ……。あたしは、あたしは……ホッとした! ホッとしたんだ! 親友なのに……。しんゆう、なのに…………!』

結衣『雪乃は……雪乃はっ、ずるい!!』

結衣『あたしが雪乃を嫌えるわけないじゃんっ!!!』

雪乃『……ごめんなさい。…………ごめんなさいっ……!』

結衣『……ばか。……どうして、雪乃があやまるの…………』

雪乃『ごめんなさい……卑怯で、弱くて、ごめんなさいっ……!』

結衣『…………ねえ、雪乃』

雪乃『…………』

結衣『………………雪は、好き?……』

雪乃『……私は…………』


雪乃『私は――』



× × ×

466: 2015/07/08(水) 23:25:46.85
<十二月二十四日、夜。総武高校奉仕部室>

八幡「……終わった、な」

雪乃「……ええ。お疲れ様」

八幡「言う相手を間違えてるんじゃないのか。双葉にかけてやれよ」

雪乃「いいえ。間違えていないわ。むしろ間違えているのはあなたの方」

雪乃「……だって、まだ何も終わっていないでしょう?」

八幡「……ああ。そうだな」

八幡(シールの貼ってある無名の表札。うず高く後ろに積まれた机。何も書かれることのない大きな黒板。閉め切った窓から差す光。主を失ったはずの部屋は、寡黙にこの時を待ち続けていたかのように、変わらないままでいてくれた)


雪乃「……四年ぶり、ね」

八幡「……変わってねぇよな」

雪乃「ええ。……変わったのは、制服と教科書くらい」

雪乃「……あの日から。四年前のクリスマスから。……私たちの時間は、止まったままだものね」

八幡「……ああ」

雪乃「けれど……もう、終わり。溶けない雪は、ないのだから」

八幡「……」

雪乃「……座らない? もう、紅茶はないけれど」

八幡(俺は頷いて、高校時代のように長机の端に置いてある椅子に座った。雪ノ下もまた、記憶の位置そのままに対面に座る。後ろの窓からは、鈍色の雲が立ち込めているせいで月が見えない。外から洩れる僅かな光が、記憶と違う彼女の髪と表情を照らす。雪ノ下の目線は、隣にある空席の椅子に向けられていた)


八幡(そこに彼女は、もういない)


467: 2015/07/08(水) 23:26:43.53

雪乃「寂しいものね。時の流れって……冷たいのね」

八幡「変われない者には、な。……でも、あいつは違う。あいつだけは、違ったんだ」

八幡「あいつだけは……変わる勇気を、持っていたんだ……」

雪乃「……そうね。あの子は、前に進んだ」

雪乃「あの子だけが……冬を越えて春を迎えられる、強い女の子だった」

雪乃「……けれど、私は弱いから。あなたに甘えたから。……冬から、進めないの」

八幡「弱いのは俺だった。俺が……俺が! 弱かったから!」

八幡「お前の……初めての虚言に。嘘をつくなと、言ってやれなかった」

八幡「俺は、お前の本当の言葉が欲しいって……」



八幡「――本物が欲しいと、言えなかったっ!!」



468: 2015/07/08(水) 23:28:32.82

八幡『……由比ヶ浜に。言われたんだ』

八幡『……こんな俺が、大好きだと…………』

雪乃『…………そう。…………おめでとう』

雪乃『……心から、祈りを。あなたと、私の無二の親友が……幸せな未来を、歩むことを……』

八幡『…………俺は……』


八幡『……うけとら、なかった。……断ったんだ…………』


雪乃『!!!』

八幡『……俺には、他に好きな人がいるから…………』

雪乃『……っ』


八幡『……なあ、雪ノ下。俺と……俺と――』




雪乃『……ごめんなさいっ……』




八幡『っ!』


雪乃『……それは、それはっ…………むり、なの……』





雪乃「嘘じゃ、ないわよ……馬鹿……。……だって、雪ノ下雪乃は、虚言を吐かないから……」


469: 2015/07/08(水) 23:29:23.66


八幡『……ゆき、のした……』

雪乃『だって……。だって、私には……』

雪乃『他に好きな人が、いるんだもの……』




雪乃「私は、親友が……由比ヶ浜結衣が…………大好きだったんだもの……」

雪乃「……できない。できないっ! 私には、できなかった!!」

雪乃「あの子を傷付けて幸せになるなんて! そんなこと、できなかった!」

八幡「……だったら。だったら言えばよかったんだっ!! 由比ヶ浜より、由比ヶ浜結衣より大切なものなんてないって!!」

雪乃「言える訳ないでしょう!!」

八幡「なんでだよっ!!」

雪乃「嘘だからに決まってるじゃない! 私は……あなたが! あなたのことが一番好きだったんだからっ!!」

八幡「っ……。ざけんな……ふざけんな!! 遅えんだよ!! 四年遅いんだよ!! 雪ノ下雪乃は、虚言を吐かないんじゃなかったのかよ!!」


雪乃「あなたがっ、あなたが嘘をついていいって言ったんじゃないっ!!」


八幡「っ……!」

470: 2015/07/08(水) 23:30:09.91


八幡『………………まだ、何も言ってねえだろ……』

雪乃『っ……!』

八幡『…………お前が言ったんだろ?』

八幡『……俺と友達になるなんてありえないって』



八幡『……ましてや、恋人になるなんて…………ありえないだろ……?』



雪乃『…………ええ。……そうね……』


八幡『断ったのは……お前じゃない、他に好きな人が……いるからだ』


471: 2015/07/08(水) 23:31:07.70


雪乃「あなただって……あなただって!! 嘘をついたくせに!!」

雪乃「あなたは、私のことが好きだったくせにっ!!」

八幡「……違う。俺は、違うっ! 嘘をついてねぇ!!」

八幡「お前とはちっとも似ていないから!」

八幡「俺が……俺が好きだったのは! 他でもない自分自身だった!!」

八幡「俺は自分が好きだから! 誤魔化したんだ! 本当は欲しかったくせに!」

八幡「由比ヶ浜を……他人を傷つけてまで得る本物なんて、いらないって誤魔化したんだ!!」

雪乃「何よ……何よ! 嘘つき! 卑怯者!」

八幡「そうだよ、俺は卑怯だよ! そんなことも知らなかったのか!」

雪乃「言えばよかった……言えばよかったのよ! 俺は雪ノ下雪乃より自分が好きだって、卑怯者らしく言えばよかったのよっ!」

八幡「言える訳ないだろうが!」

雪乃「どうしてよっ!!」


八幡「嘘だからに決まってんだろうが!! 雪ノ下雪乃より好きな奴なんて、いるわけなかったからに決まってんだろ!!」


雪乃「……ふざけないで。ふざけないで……!」

雪乃「遅いのよ……! 四年、おそいのよっ……!!」


472: 2015/07/08(水) 23:31:50.00


雪乃『……そう…………そう、なのね……』

八幡『……ああ。……そうだ……』

雪乃『……似ているわね、私たち』

八幡『……俺とお前が、似ているわけじゃない』


八幡『…………大事にしたかった人が、一緒だっただけだ……』


雪乃『……』

八幡『……』

雪乃『…………あ……』

八幡『……どうした?』

雪乃『……見て、比企谷くん。……雪が、降ってる』





八幡「…………」

雪乃「…………」

八幡「…………あ……」

雪乃「……どうした、の?」

八幡「……見ろよ、雪ノ下。……雪が、降ってる」

八幡(暗い窓の外を、白雪は落ちていく。あの日と同じような、白雪が)


473: 2015/07/08(水) 23:32:40.25


雪乃『…………綺麗、ね』

八幡『…………ああ』

雪乃『……ねえ、比企谷くん。……雪は、好き?』

八幡『……俺は』

八幡『……雪は…………嫌いだ……』

雪乃『……奇遇ね。……私も、よ……』

八幡『…………あいつに、よろしくな……』

雪乃『……ええ。……比企谷くん……』




雪乃『……じゃあね。……さようなら。さようなら、比企谷くん……』




474: 2015/07/08(水) 23:33:41.10

雪乃「……あの日から。あの雪から、私たちの時間は止まったままだった」

八幡「……でも」

雪乃「……ええ。私たちの時間は、春……また、動き始めた」

雪乃「私たちは春、再び出会った。……でも、違う。あんなものは、春じゃない」

雪乃「あんなものが、姉さんの名を騙っていい訳がない」


雪乃「擬きの春を、終わらせましょう?」



八幡「……ああ。俺は、変わった」

雪乃「……ええ。私も、変わった」

八幡(進み始めた時間と共に、彼女は立ち上がる。しんしんと舞い落ちる、羽根のように白く柔らかい雪を背にして。雪ノ下雪乃は、優美に俺に笑いかけた)

八幡(雪の女王のように気高く、上品なその姿は)

八幡(間違いなく、俺が生涯で初めて心底憧れ、愛した女の姿だった)





雪乃「――比企谷くん。好きよ」

雪乃「昔も今も。変わらず、あなたが大好きです」

雪乃「私と、付き合ってください」


475: 2015/07/08(水) 23:34:54.64
<十二月二十五日、夜。最終戦、当日――ニッセンスタジアム>

小町「おにぃーちゃん♪」

八幡「げっ、小町!? お前、なんでここに……? チケットなら渡しただろ」

小町「じゃじゃーん!」

八幡「関係者パス……誰から貰ったんだ」

小町「絵里さん!」

八幡「……そうか」

小町「……隠せてないよ、顔~」

八幡「…………何でお前らってこういう話だけいっつも早ぇの?」

小町「それはね、小町たちは何歳になっても女子だからだよ!」

八幡「質問の答えになってねぇぞ……」

小町「……素敵な何かだけでできてるわけじゃないからね。甘いのも、辛いのもあるよ。女の子には」

八幡「…………ひどい奴だろ。お前の兄貴は」

小町「うん。酷いね。言い訳のしようがないね。女の敵だね」

八幡「……そこまで言う?」

小町「でも……同じ女でも、小町は妹だから。家族だから」

八幡「……」


小町「家族だから、小町は無条件でお兄ちゃんの味方だよ」


小町「だからね。お兄ちゃんがどんな選択をしても、小町はそれを受け入れてあげるんだ」

八幡「……四年前のことだ。俺が……選ばないことを選んで。二人と一人になるはずだった三人は、一度みんな一人になってしまった。その時、お前、なんて言ったか覚えてるか?」

小町「ん? 何か言ったっけ?」


476: 2015/07/08(水) 23:36:02.93

八幡「『……そっか。お疲れ様。コーヒー飲む?』だよ」

小町「うわぁ淡泊だなー」

八幡「……俺はあの時、罰してくれる誰かが欲しかったんだ。溺愛してる妹だからこそ、鞭が欲しかったのかもしれない。でもお前は、何も言わなかったよな」

小町「……」

八幡「今改めて思う。やっぱりお前は俺の妹だよ。……何も言われないより、責められた方が楽だもんな。だからこそ、お前は何も言わなかった。……優しさって、甘やかすことじゃないんだ」

八幡「味方だからこそ……愛しているからこそ。手を差し伸べてはいけない瞬間があるんだ。人の未来を想うからこそ、傷付ける覚悟が必要なんだ」

八幡「憎まれてもいい。刺されることになっても構わない。見返りなんてなくたっていいんだ。……そいつが、前に進んでくれるなら」

八幡「そうやって誰かの未来を願うことを、きっと優しさって言うんだよな」

八幡「……そんなところに、お前は辿りついてたんだな。流石は俺の妹だよ」

小町「……お兄ちゃんには、いっぱいもらったからね」

八幡「何を?」

小町「えへへ、なーにかな。教えてあげない」

八幡「小町の癖に生意気な……」

小町「お兄ちゃんの妹だもん。生意気なのはしょうがないよ」

八幡「なるほど、納得だ」

小町「でしょ。……でも、教えないけど……本物なのは間違いないよ」

八幡「……そうか」

小町「……優しいお兄ちゃんは、選んだんだね?」

八幡「ああ。長い間、かかったけどな。……でも、ようやく回答できた」

小町「……そっか。だったら、お兄ちゃんに伝えなきゃいけないことができたね」

八幡「……ああ。聞くよ、部長さん」

小町「うん。……新奉仕部部長、比企谷小町から辞令です」


小町「――只今をもって、比企谷八幡は部活を卒業。奉仕部は、これにておしまいです!」


八幡「……はい。ありがとう、愛してるぜ」

小町「うんっ! 小町も愛してるよ、お兄ちゃん!」


477: 2015/07/08(水) 23:36:55.31



八幡「……で。聞いてたんだろ? ……そろそろ出て来いよ」

凛「……相変わらず敏感なんだから」

八幡「プロのぼっちは人の気配に敏感なんだよ」

凛「嘘つき。元ぼっちでしょ?」

八幡「……否定しない」

凛「よし。いい変化だね」

八幡「……どこから聞いてた?」

凛「おにぃーちゃん♪」

八幡「……ほんっと性格悪くなったよな、お前」

凛「ふふっ。お蔭さまでね」

八幡「……すげー人だよな。全くうざったいったら」

凛「すごいよね。十万人だよ。テレビの前の人を入れたら、もっとかな」

八幡「渋谷凛も、でかくなったもんだ」

凛「これからもっと大きくなるよ。いずれは一人でここをいっぱいにしたいな」

八幡「お前は嘘をつかないからな……いや」

八幡「言った後、必ず本当にしてくれるもんな」

凛「もちろん。だって今日の私は魔法使い。夢を叶えるのがお仕事だもん」


八幡(俺に向かって彼女は凛として微笑む。その言葉を受けて、俺は先程武内さんや高木社長から貰った言葉たちを思い返す)


478: 2015/07/08(水) 23:37:51.22

武内P『こんにちは、比企谷くん』

八幡『ああ、どーも。……いよいよですね』

武内P『そうですね。しかし人事は尽くしました。今更どうなるということもありません』

八幡『……凄いですね。俺なんか今もそわそわして仕方がない』

武内P『……』クス

八幡『……そんな風に笑うんですね』

武内P『人間ですからね。おかしいでしょうか』

八幡『おかしい……まぁ、確かに可笑しいかも』

武内P『……渋谷さんをリーダーに抜擢したのは、英断だったと自負しています。高坂さんでも高垣さんでもなく、渋谷さんを』

八幡『ええ。あいつは、応えてくれるから。……俺の、自慢のアイドルだ』

八幡『武内さん。俺とあいつをスカウトしてくれてありがとうございます。……俺は、この世界に入れてよかった』

武内P『…………ああ。その顔だ』

八幡『……?』

武内P『私があなたをスカウトした理由を、覚えていますか?』

八幡『……ああ。いっつもあんな抽象的な言葉で口説いてんですか?』

武内P『はい。今も昔も、私が誰かを口説く理由はたった一つだ』



武内P『――笑顔です。笑顔ですよ』



武内P『あなたの、笑顔が見たかった』

八幡『……』

武内P『今なら、プロデューサーの楽しみというものがわかりますか?』

八幡『……はい。なんとなく』

武内P『……プロデューサーとは、産む者。創り出す者』

武内P『夢を、笑顔を創り出すお仕事です』

武内P『そのことに、誇りを持って生きましょう』


479: 2015/07/08(水) 23:38:54.69

高木『やあ、比企谷くん。調子はどうかね?』

八幡『そうですね、心配です。765の株価が』

高木『はっはっは! 言うじゃないか!』

八幡『いい戦いをしようなんて言いませんよ。できればワンサイドゲームがいい』

高木『高いハードルを掲げるねぇ』

八幡『その方がいいんです。高けりゃ高いほど』

高木『燃えるからかね?』

八幡『いいえ。ハードルは高いほどくぐりやすい』

高木『……ふっ。君らしいよ』

八幡『どうも。お褒めに預かり光栄です』

高木『……いつかの問いをもう一度かけよう。この世に魔法は、あると思うかね?』

八幡『相変わらず変わりません。無い』

高木『ほう』


八幡『……けど。あるって、信じさせてやりたい』


高木『……うん。うんうん。……いい答えだ』

八幡『……』

高木『比企谷くん。私は手品が得意でね』

八幡『……は?』

高木『まあ見ていたまえ。ここに千円札があるね? ……ほら、こうだ!』

八幡『……一万円に。最高の錬金術だ……』

高木『だろう? 私はこの手品が実に好きでねえ! 夢があっていいだろう?』

八幡『はい』

高木『だが、所詮手品だ。……魔法ではない』

八幡『……』

高木『そうだ、比企谷くん。この世に魔法はない。ないんだ』

八幡『……ええ』


高木『だからこそ。種も仕掛けも、あるのだよ』


高木『だからもし、人が魔法を信じると言うのなら、それはこの部分にこそある』

高木『私はそれを愛しく思う。魔法は人為なのだ。だからこそ、この世界は美しい』

高木『いつまでも魅了し、魅了されたい。……それが、私がここにいる理由だ』

八幡『……ええ。わかります』

高木『……若者よ。君の言葉を聞かせてくれ』


高木『――君はどうして、ここにいるのかな?』


480: 2015/07/08(水) 23:40:11.04

八幡「ずっと、見ていたくなったからだな」

凛「? 何を?」

八幡「いつか見つけたサンタクロースだよ」

凛「……プロデューサーが現実主義者なのってさ、実は誰より夢見たいからだと思うんだ」

八幡「見てきたみたいなこと言いやがって」

凛「実際見てきたからね。夢見がちなのにへたれだから自制してきたんだ。期待しないと失望もしないから」

八幡「……」

凛「でもそれはもう終わったんだよね。……私に、期待してくれるんだよね?」

八幡「……ああ」

凛「だったら私は応えてあげる。応えてあげたいもん。……ね、プロデューサー」

凛「メリークリスマス。あなたの夢、叶えてあげる」

凛「いい子にしてたもんね。私があなたのサンタさんだよ」

八幡(……ああ。なんだ。やっぱり、間違ってなんかなかったな――)


凛「……黙ってないでよ。恥ずかしいんだけど?」

八幡「知ってる。わざとだ」

凛「……いい子だと思ってたのに、悪い子だった」

八幡「ははっ。慌てんぼうだから間違えんだよ」

凛「じっくり選んだつもりなんだけどなぁ……。あ、プロデューサー」

八幡「ん? 何だ?」

凛「妹さんとのお話聞いてたら思い出した。私も愛してるよ、あなたのこと」


481: 2015/07/08(水) 23:40:58.84

八幡「………………なっ」

八幡(そういえば私ってケーキ好きなんだよね、とでも言うような告白だった)

八幡(それぐらい自然で、当たり前のことを言うような)

八幡(等身大で、そこに置いてあるような愛だった)


凛「お返事はライブの後でお願いね? どっちの結果でも仕事になんないからさ」

八幡「おま、お前っ…………」

凛「あ、またテンパってる。やーい。……言っとくけど本気だからね?」

八幡「……はぁ。思い知ってるよ。お前はいつでも本気だからな」

凛「うん。何にでも一番になるって決めたから。だから、遠慮しない。それが私だもん」

八幡「……」

凛「あなたの答えが、私の欲しいクリスマスプレゼント」

八幡「……じゃあ、欲しがるからにはわかってんだろうな?」

凛「……等価交換?」

八幡「当たり前だ。俺はあげるからには貰いたいんだよ」

凛「……はぁ。こんな時までプロデューサーはプロデューサーだね」

八幡「ああ。――そんな俺が、大好きだ」

凛「いいよ。欲しいものを言って?」

八幡「勝利」

凛「了解。行ってくるよ、パートナー」

八幡「ああ、行ってこい。――俺の、アイドル!」


――ぱちんっ!


八幡(交わしたハイタッチの音が、最後の戦いの火蓋を切った)

482: 2015/07/08(水) 23:42:59.35

響「よーし! 円陣組むぞ! 円陣!」

亜美「ライブバトルで円陣組むなんて初めてー!」

真美「ねー!」

真「伊織、ほら。ボクの隣空いてるよ」

伊織「うん、ありがと」

やよい「うっうー! 今日もいーっぱい頑張りますっ!」

雪歩「……何だか高まってきましたぁ!」

あずさ「あらあら、雪歩ちゃんも頼もしくなったわね~」

貴音「……楽しみですね」

千早「ええ。私も」

美希「格の違いを見せつけてやるのー!」

春香「手加減無用、ですね!」

赤羽根P「ほら、律子も来いよ」

律子「わ、私もいいんですか? ……じゃあ音無さんも」

小鳥「ええっ!? わわわっ!?」


赤羽根P「よし、準備できたな! ……あいつらは手強い。苦戦するかもな。でも、俺はお前たちを信じてる。765プロを信じてるぞ!」

響「任せてほしいぞ! 自分、完璧だからな!」

伊織「やりすぎて壊してしまわないかしら。水瀬からカウンセラーでも送っとく?」

亜美「いおりんはいっつもそういうこと言う~」

真美「ねー! さっきまでずっと人形抱きしめてたのにねー!」

伊織「そそそそんなことしてないわよぉ!!」

雪歩「……大丈夫。大丈夫だよ、伊織ちゃん」

赤羽根P「ははっ、頼もしいな。……でも、忘れてないよな? 勝つことよりも大事にしなきゃいけないこと。それはなんだ?」

やよい「ありがとーって気持ち!」

真「見てくれる人の気持ち!」

千早「そして、何より……私たちが楽しむこと」

赤羽根P「そうだ! 勝ち負けなんて関係ない! 楽しいことが一番正しい!」

赤羽根P「だから、お前たちが一番楽しんで楽しませるんだ。そうすりゃいつも通り、自然と勝ってる!」

赤羽根P「行ってこい! お前たちは、最強最高のアイドルだ!」


千早「3!」

美希「2!」

春香「1!」

――「トップアイドル!!」


――♪『ARE YOU READY!! I'M LADY!! 始めよう
    やればできる きっと 絶対 私NO.1!!』


――わあああああああああああああ!!!


483: 2015/07/08(水) 23:43:56.87

きらり「うひゃー…………」

にこ「なななななな中々やるじゃない?」

穂乃果「あははっ! にこちゃん、髪の毛まで震えてるー!」

海未「穂乃果、マイクがずれています! もうっ、こんな時まであなたときたらっ!」

アーニャ「……敵ながら、アッパレ、です」

楓「ふふふっ。アーニャちゃんも日本語がお上手になってきましたね~」

美嘉「……確かにビビっちゃうかもだけど。でも、マストレさんのレッスンより怖いものあるー?★」

杏「やめろ、名前を呼ぶんじゃない! 来ちゃうだろ!」

莉嘉「杏ちゃん、撮影中もずっとぼろぞーきんにされてたもんねー☆」

卯月「でも、今日は杏ちゃんが本気出すんですから怖いものなんてないですよ♪」

未央「そうだそうだ! このハチクの勢い、止めれるもんなら止めてみろー!」

奈緒「未央が破竹って単語知ってるなんて……意外だ……」

加蓮「奈緒ー? それディスってるよー? 大丈夫ー?」

みく「……全く。こんな時まで騒がしいったらありゃしないにゃ」

凛「ふふっ、いいじゃん。頼もしくない?」

みく「……まあにゃ」

穂乃果「よーしっ、円陣組んじゃお!」

海未「……何度組んでもいいものですね。円陣は」

楓「号令は、誰がかけますか?」

にこ「って言ってもねぇ。……決まってるじゃない」

穂乃果「うんうんっ! じゃあしぶりん、お願いね!」

凛「え、私?」

奈緒「当たり前だろ。リーダー」

未央「未央ちゃんがやりたいところだけど、ここは譲ってやろう!」

杏「主人公っぽい顔してるもんね。適任じゃない?」

みく「……しゃーなしだからにゃ?」

美嘉「期待させてよ? リーダー!」

凛「……うん。任せて」


484: 2015/07/08(水) 23:45:00.47

凛「みんな、とうとう今日がやってきたね。……知ってる? 今日って、クリスマスなんだよ」

みく「なんともまあ、色気のないクリスマスだにゃ」

海未「ちょ、ちょっと! みんなどうしてこっちを見るのです!?」

にこ「……ま。色気はないけど、最高のクリスマスよね」

未央「特別な聖夜だよねっ! こんなの初めてだよ!」

凛「うん。だけど……特別なのは私たちだけ? 私たちだけじゃもったいなくない?」

凛「こんなに幸せなんだよ。みんなに配らなきゃ損じゃない?」

穂乃果「じゃあ、穂乃果たちはサンタクロースだ!」

楓「夢、見せてあげませんとね」

奈緒「うん。夢は、叶うんだ」

加蓮「病院で見ている子だちのためにも。……奇跡を、起こす!」

杏「ま、物語はハッピーエンドであるべきだよね。杏は報われない苦労なんて御免だよ」


凛「……うん、行こう。これは、物語――」


――「みんなで叶える、物語!」



――♪『お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない
       動き始めてる 輝く日の為に  』



――わあああああああああああ!!!


485: 2015/07/08(水) 23:46:37.47

戸塚(大きな大きな会場が揺れる。両プロダクションのオープニングセレモニーが終わり、次の演目からいよいよライブバトルが始まる)

戸塚(この試合は、団体戦。一人が勝てばいいというわけじゃない。計十六試合の勝敗の総合で決まることになっている。ぼくは、ポケットから対戦表を開いた)



オープニング・アクト

園田 海未―萩原 雪歩

我那覇 響―アナスタシア

城ヶ崎 美嘉―双海 亜美
    莉嘉    真美

渋谷 凛―四条 貴音

島村 卯月―天海 春香

本田 未央―菊地 真

諸星 きらり―三浦 あずさ
             次項に続く



戸塚(……祈るしかない。ぼくができることは、もう全て尽くしている)


――♪『ALRIGHT! 今日が笑えたら ALRIGHT! 明日はきっと幸せ
    大丈夫! どこまでだって さあ 出発オーライ!   』


486: 2015/07/08(水) 23:47:35.25

海未「……彩加くん」

戸塚「わっ、海未さん。準備は終わったの?」

海未「はい。全て終わっています。……萩原さんのパフォーマンスは独特ですね。切なげなのに、勇気が出る、と言いますか」

戸塚「昔ね、萩原さんって人前に出るのが怖くてずーっと震えてたらしいよ。特に男の人が駄目だったらしくて」

海未「……全く見えませんね。堂々としたものです」

戸塚「だよねー。嘘だと思うんだけどなぁ。ぼくも初めて会った時から友好的だったし」

海未「……それは彩加くんだからじゃないですか?」

戸塚「そ、そんな風に睨まれても困るかな……」

海未「あなたは無自覚で色々と人を惹きつけていそうで心配です」

戸塚「……そんなに浮気性に見えるかなぁ」

海未「……うそです。……かまってほしかっただけじゃないですか…………」

戸塚「えー何? 聞こえないなー」

海未「あなたのそれはわざとでしょう!? もう騙されませんからね!」

戸塚(ぷりぷり怒っているお姫様をよそ目に、ぼくはステージ上で舞う萩原さんを見つめた。……本当にすごい。あの透明感のあるロングトーンと激しい運動量がなぜその小さな身体に併存できるんだろう。これが全員だというんだから驚きだ)


戸塚「……恐れ入るね。765プロには」

海未「全く、同じ人間とは思えませんね。軍隊顔負けの練度です」

戸塚「厳しい戦いになりそうだね。まぁ、勝つんだけど」

海未「……自信たっぷりですね」

戸塚「海未さんのハードルは高いよ? なにせ普通じゃ勝てないんだから」

海未「? どういうことですか?」

戸塚「わからない? このライブバトルで一番やっかいなのは、先入観。765プロが負けるわけがないっていう観客の先入観を壊さないことには始まらないんだよ」

海未「……ブランドでポイントが入ってしまうということですね」

戸塚「そう。だから誰かが勝たないとズルズル行っちゃってボロ負け、なんて未来もなくはない」

戸塚「だから、海未さん。勝ってね。最初が肝心だよ?」

海未「……あなたは本当にいじわるです。そんなに私をいじめるのが楽しいのですか?」

戸塚「だって、嫌じゃないでしょ?」クスクス

海未「………………ばか」

戸塚「海未さんはすぐ人に頼れる人じゃないけど、頼られるのは好きだよね」

海未「……ええ。好きな人には、頼られたいですね」

海未「甘えた分、甘やかしてみたいです」クス

戸塚「……お願いね」

海未「ええ、任せてください」


海未「――この嚆矢は、外しません!」


487: 2015/07/08(水) 23:48:25.62

戸塚(何度見て、聞いてきたかわからない歌だ。ぼくは海未さんの歌なら全て歌えるし、下手をしたら振付を覚えている曲もあるだろう。熱心なファンのみんなも、おそらく同じなんだと思う)


戸塚(曲はCDの中に入っている。ライブの様子は動画で見ることもできる。……なのに、お客さんはお金を払って彼女たちを見に来る。それはなぜなんだろう?)


戸塚(難しいことはわからないけれど、でも、海色の光の中で泳ぐように歌い踊る彼女を見ると、すっと答えが下りてきた気がした)


戸塚(こんな理屈ではない感情を生み出せるアイドル達と関われることに、ぼくは誇りを持ちたい)


海未『はぁ、はぁ……。ありがとうございますっ!!』


――わああああああああああああ!!!


戸塚(ぼくはもうコートに立つことはない。輝くスポットライトの下に立つことはない。それは少し寂しいことなのかもしれない。けれど、今、憧れの視線を浴びて輝く彼女を見ると、また別の気持ちが湧いてくるのだった)


海未『私からの、とっておきの曲です! 私はもう誰にも負けません。私たちは、誰にも負けたくありません! 私が困っていた時、765プロの皆さんも助けてくれました。そのことは忘れません。一生の宝です』


戸塚(光の下に立てなくても、君たちをより輝かせる側に立つ、そんな人生だって悪くない)


海未『でも、だからこそ! 私は、全力を皆さんにお返ししたいと思います! 真っ直ぐ、実直に……不器用でも、それが私の生き方です!』


戸塚(だって、ぼくは戸塚彩加――)


海未『みんなが咲き誇る未来の為に、歌います!』


戸塚(君に、彩を加える者だから)


海未『――わたしたちは未来の花!』



488: 2015/07/08(水) 23:50:04.35


赤羽根P「……お疲れさま、雪歩」

雪歩「……不思議です。人が怖いどころか、今ならみんな好きになれそうなんです」

赤羽根P「強いなぁ。未だに俺は犬が苦手だよ」

雪歩「……海未さん、すごいです。……こんなに、憧れる人に出会えるなんて思いませんでした」

赤羽根P「すっかりハートを射止められちゃったなぁ、雪歩は」

雪歩「はいっ。……でも、もう口にするのはやめます」

赤羽根P「……憧れると、勝てないもんな」

雪歩「……えへへ。嫌な墓穴、掘っちゃいました……」

赤羽根P「……あのやろ。宣言通りとはなぁ……」

雪歩「……響ちゃーん?」

響「はっ! べ、べ別に自分は隠れてないぞ!? ただ精神統一をな!?」

雪歩「ごめん。……お願い、できるかな?」

響「……任せてほしいぞ。雪歩にこうやってお願いされるのは初めてだな」

雪歩「えへへ、あんまり甘えるとずぶずぶいっちゃうからね……」

響「完璧な自分に任せろ!」

雪歩「……うん。お願い!」

赤羽根P「俺は、戻っているよ」

雪歩「はいっ。最後のオールスターで挽回しますっ!」

赤羽根P「ははっ、その意気だ! ……じゃあ、またあとでな」

雪歩「はいっ!」



雪歩「――行った、かな?」

雪歩「……ちょっとだけなら、戻っていいかな?」

雪歩「………………五分だけ、泣き虫に……」




園田 海未  VS  萩原 雪歩
335,678Points 285,674Points



489: 2015/07/08(水) 23:51:39.54

アーニャ(私が育ったのは寒い国。寒くて大きな、星の綺麗な遠い街)

アーニャ(私の街では太陽が沈まないこともあった。白い夜みたいなそれは綺麗で、自分が空に溶けちゃうみたいな気持ちになる)


アーニャ(小さなころ、私にはお気に入りの時間があった。凍っちゃいそうなくらい寒い部屋を暖炉の炎で暖めて、おばあちゃんのボルシチを食べながら、窓からまるで神様のお絵かきみたいな白んだ空を見つめる。そんな時間が、歌やダンスと同じくらい大好きだった)


アーニャ(寒いことには慣れている。大きくなって引っ越してきた北海道も、私にとっては暖かい。暖炉の部屋さえあれば、私はどこでも平気だった)


アーニャ(何年か前。私はアイドルにスカウトされた。夢みたいなお話だった。おじいちゃんもおばあちゃんもおとうさんもおかあさんも、みんな私を後押ししてくれた)


アーニャ(私は決めた。私も、いつか見たあんな白い夜みたいに、綺麗になりたい)

アーニャ(寒いのには、慣れているつもりだった。けど、昔の私には東京がこの星のどんな場所よりも寒い場所に思えた)


アーニャ(言葉も何も通じない見知らぬ土地は、どこよりも寒く一人ぼっちな気がして。行ったことはないけれど、宇宙ってこんな場所なのかなって思った)


アーニャ(あの日の私はクドリャフカ。誰もいない宇宙でさまよう、無知で孤独なライカ犬)

アーニャ(きっとこのまま寒い宇宙で氏んでいくんだって、昔の私は決めつけていた)

アーニャ(――でも、もう一人じゃないのね。私の宇宙船をノックしてくれる人がいっぱいいるから。話しかけようとしてくれるんだものね)


アーニャ(なら、私は言葉を学ばなきゃ。わかろうとしてくれるなら、わかりたいと思うもの)

アーニャ(私、宇宙に出てよかった。だって、そうじゃないとわからなかった。みんなの気持ちって、暖炉より暖かいんだって)


アーニャ(私の横で踊るヒビキは、日本の一番南から来たみたい。そこはどんなところなのかな。暖炉みたいに暖かい場所なのかな。ああ、また気になっちゃうなあ)


アーニャ(一番北からの私は知りたがりなんだ。ヒビキ、教えてくれない? 私はそう言う代わりにアイコンタクトを飛ばしてみる)


アーニャ(するとヒビキは私の言葉をわかったみたいに、にやりとキュートな八重歯を出して笑った。お日様みたいにぽかぽかする笑顔だった。きっとこの子は、私みたいな面倒なライカ犬でも可愛がってくれるんじゃないかなって、なぜかそう思った)

アーニャ(私がなりたい白い夜。あれも太陽だもんね)

アーニャ(今はまだ敵わないかもしれないけど。私、いつかあなたみたいになりたいな)


アーニャ「солнце?」
響「てぃーだって、言うんだぞ!」


アーニャ(お互いの言葉なんて何一つわからないのに、なぜだか分かり合えてるような気がしてる。やっぱり、アイドルって素敵だな。……よーし、決めた)


アーニャ(明日、オキナワの言葉の本を買おう)

アーニャ(太陽と月が踊るような舞台がいつまでも終わらないでほしいなと思いながら、私はじゃれ合うようにステップを踏んだ)


アーニャ「Счастливого Рождества、ヒビキ」
響「メリークリスマス、アーニャ!」



アナスタシア   VS    我那覇 響
145,687Points 453,231Points

490: 2015/07/08(水) 23:52:43.75


凛「……ふぅ」

貴音「精神統一ですか?」

凛「! 貴音さん」

貴音「御機嫌よう。……姉妹対決は見なくてよいのですか?」

凛「美嘉と莉嘉は勝つよ。だから私は自分のパフォーマンスを上げることに集中する」

貴音「ふふ。まこと、豪気な女性なのですね。凛は」

凛「それこそ貴音さんも見なくていいの?」

貴音「はい。強者の余裕というものです」クス

凛「……私は負けないよ。貴音さんには泣いてもらおうかな」

貴音「私は現世では泣きません。そう決めているのです」

凛「あ、じゃあ泣いたことはあるんだ?」

貴音「ふふっ。それはとっぷしぃくれっとですよ、凛」

凛「銀色の女王はヒミツだらけだね」

貴音「秘密は女性の嗜みです。……女王に歯向かうとは、ぎるてぃです。ふふっ」

凛「あはは、怖いな。負けたらどうなっちゃうんだろ」

貴音「そうですね。……二十郎のらぁめんでいかがですか?」

凛「! いいね。私、二十郎好きなんだ」

貴音「なんと! これはいい話を聞きました。お勧めの店舗があるのです」

凛「あ、やっぱり店舗で味違うんだ。色々なところ回ったの?」

貴音「勿論。私はらぁめんと仕事には妥協せぬゆえ」

凛「それは楽しみ。……よろしくお願いします」

貴音「はい。今日の分のぎゃらは、無くなったと思っていてくださいね?」

凛「ふふっ、貴音さんこそね」


貴音「……来なさい。銀色の女王は、無慈悲ですよ」


491: 2015/07/08(水) 23:53:45.23

凛(銀色の照明が白煙に包まれた女王を妖しく照らす。さっきまで会場が揺れるほど騒いでいたお客さんたちが、イントロが流れ出した瞬間、水を打ったように静かになる。演出で流れる鼓動の音が、まるで本物みたいだった)


凛(ハミングと共に貴音さんは空に向かって右手を伸ばす。そして、イントロが終わり歌が始まる前に訪れる無音の一瞬。その瞬間、貴音さんは柔らかく空を握りしめた)


凛(それだけで呼吸ができなくなりそうだった。まるで、心臓を掴まれたみたい)

凛(歌が始まる。貴音さんは普段からミステリアスだけど、舞台に立つとそんなものが比にならないくらい神秘的で妖艶だ)



――♪『光の外へ 心は向かっていく そこに何があるの? 確かめたい
       高く高く目指す景色の果てに 永遠が広がる
       追い詰められて 言葉無くして 思うのは       』


――♪『心の中に散った 風花』


凛(声に色がある。空間に染みて誰もを染めてしまうような)

凛(銀色の女王は無慈悲なまでに圧倒的な実力をこれでもかという程に見せつけてくる。私は、それに魅せられる)

凛(自分もこんな風になりたい。これを越えたい。……負けられない。私は――)


――♪『追い詰められて 言葉無くして思うのは』

凛(私は――負けない!)

――♪『心の中に散った 風花』


――わああああああああああああ!!!!


貴音『見せてみなさい、渋谷凛。私は、ここにいますよ』


492: 2015/07/08(水) 23:55:13.27


真姫「……はぁ。どうしてあんたたちアイドルはそう喧嘩っ早いのかしら。もはやプロレスじゃない……」

星空凛「譲れないからじゃない? 凛はああいうの、結構好きだよ?」

凛「……師匠、真姫さん」

真姫「ま、譲れないってのは同意ね。……つまらないもの見せないでよ? 花陽が見てるんだから」

星空凛「うんうん、昔言ったにゃ。油断してると、喰っちゃうよ」

凛「当たり前じゃん。師匠と真姫さんこそミスんないでよね」

真姫「生意気言って。三年早いのよ」

星空凛「かよちんが見てる。カッコいいとこ見せなくちゃね!」

凛「うん。……行こう!」



――♪『あなたへのHeartBeat 熱く、熱く――!!』





493: 2015/07/08(水) 23:56:32.18

凛(行くぞ。花陽さんの曲を、後ろで師匠が踊って真姫さんが弾くんだ。絶対に負けられない!)


――♪『止められない 孤独なHeaven 気付いてと言えないよ
       怖れてるHeartbreak 恋を消さないで    
      私だけの 孤独なHeaven 切なさが愛しいの  
    あなたへのHeartBeat 熱く 熱く 止められない! 』



凛(……ああ、にしても。私も失恋したらこんな感じになるのかな。きっついなぁ)

凛(……絵里さんと雪ノ下さん、言ったのかな。言ったよね。多分)

凛(…………怖い、な。……でも、欲しいから)

凛(歌とは違うもん。私は言うし、言ったんだ。振り返らないんだ)

凛(……なんか、変な感じだ。全部がゆっくりに見える。歌って踊る私と、真姫さんの綺麗なピアノに師匠の躍動的なダンス&コーラスを楽しむ私と、それを見つめて冷静に考えてる私がいる)


凛(なんだかおかしい。よくわかんないけど、冷静と情熱のあいだってここなのかな。私は思わずくすりと笑った)

凛(そんな私を咎めるように、師匠がふしゃっと荒ぶる猫みたいに視線を送ってくる。目って、会話できるんだね)


星空凛『笑ってないのー! 次だぞ! わかってんのかにゃ!?』

凛『わかってるわかってる。強者の余裕だよ』

星空凛『百年早いにゃ。……わからせてやる!』

真姫『はあ。……もう、勝手になさい』


――♪『熱く、熱く――止められない!』


凛(雪崩のように襲い掛かる曲のキメ。水のように自然で柔らかく入ってくる真姫さんのピアノと共に、師匠は私の横に躍り出る。師弟対決の始まりだ)

凛(スネアが四発――)



花陽「いっけー!!」

星空凛『いくよっ!』
真姫『遅れんじゃないわよ!』


494: 2015/07/08(水) 23:58:01.90

凛(臓腑を揺らすサンバキックと共に真姫さんのピアノソロが始まった。さらさらと流麗に流れていく鍵盤の音に合わせて、師匠がダンスソロを踊っていく)


凛(十六分取りも三十二分もなんのその。難易度の天元を突破しているダンスを、師匠は華麗に踊りこなしていく。その顔にいつものあどけなさはない。切なさを歌う曲の真意を、言葉一つなく世界へ届けるプロがいた)


凛(こんなものを見せられたら――返したいと思うのが当然!)


星空凛『どれだけ成長したか、見せて?』
凛『自信無くして辞めないでよ?』



星空凛(凛と真姫ちゃんのピアノソロと入れ替わるように、スパニッシュギターが情熱的にかき鳴らされる。生意気な弟子は、凛たちに応えるように不敵に微笑んでダンスソロを踊り始めた)

星空凛(その笑顔に、かよちんの顔が重なった。まるでかよちんがここにいるみたい)

星空凛(目の前でしぶりんが踊る。切なさを残しながらも情熱的に、二律背反を美しく表現していく弟子の姿に、少しジェラシーも感じちゃう)


星空凛(フラメンコチックな踊りもタップを意識したような足さばきも、全部貪欲に取り入れてるそのダンスは、しぶりんという人物を体現しているような踊りだった)


星空凛(陶酔しきった表情は女の子なんてものじゃなく、熱情を身体で飼い慣らしてる女の表情だ。工口ティックだなあ……)

星空凛(この子、きっと、恋してるんだろうなあ)

星空凛(凛もこんな顔してたのかな? よし、今度真姫ちゃんとかよちんに聞いてみよっと!)



凛『――よしっ! どうだっ!』

星空凛『まだまだ修行が足りないにゃ。十点ってとこかなー?』

凛『ゼロが一個足りないよ?』

花陽『け、けんかは止めてー!』

真姫『……ふふ。全く、しょうがない師弟なんだから』


――♪『あなたへのHeartBeat 熱く、熱く――止められない!』

――♪『熱いね Heaven!』


貴音「……見事!」




渋谷 凛   VS   四条 貴音
326,783Points 304,543Points   

495: 2015/07/08(水) 23:59:38.49
<346プロ、楽屋>

ことり「よーしっ、可愛いよっ! その衣装、やっぱりほんとに似合ってる♪」

きらり「うわぁ……! きらりも着たーい!」

未央「いいね! きらりんが着てるところも見たいな!」

卯月「きっと似合います!」

ことり「うんうんっ♪ きらりちゃん、今度作ってあげるね!」

きらり「本当っ!? ことりちゃんっ、はぴはぴしてあげるーっ☆」

凛「て、手加減してあげてね? ……やっぱりこの衣装、良いよね。思い入れがあるんだ」

未央「私たちが初めて着た衣装だもんね」

卯月「ジャンプ台が最後まで恐怖でした……」

きらり「きらり、あの日見にいったんだよー!」

凛「あ、本当? ありがとね。……でも、あの日とは違うよ」

未央「今日は私たちがメインだもんね!」

卯月「あと、相手が……竜宮小町ってこともですね」

凛「ちょうど、今日も折り返しだからね。……大事なところに置いてくるのは当たり前か」



園田 海未―萩原 雪歩 ○
アナスタシア―我那覇 響 ×
城ヶ崎姉妹―双海姉妹 ○
渋谷 凛―四条 貴音 ○
島村 卯月―天海 春香 ×
本田 未央―菊地 真 ×
諸星 きらり―三浦 あずさ ×
前川 みく―天海 春香
ニュージェネレーションズ―竜宮小町
トライアドプリムス―プロジェクト・フェアリー
矢澤 にこ―水瀬 伊織
高坂 穂乃果―高槻 やよい
双葉 杏―星井 美希
高垣 楓―如月 千早

渋谷 凛  星井 美希
前川 みく―如月 千早

346オールスター―765オールスター



496: 2015/07/09(木) 00:00:39.10

未央「嫌な流れだよねえ……。くっそー!! あと五千ポイントだったんだよっ!」

きらり「……ごめんねぇ?」

凛「いやいや、何言ってるの。相手は765プロだからね、楽な戦いにはならないよ。私だって危なかったしね……」

卯月「…………はあ。もっかいやりたいなあ。春香さんと、もっかい……。えへへ……」

ことり「う、卯月ちゃん? よだれ出てるよー?」

卯月「はっ!?」

未央「……案外、本当の最強って卯月なのかもしれないね」

凛「ふふっ、確かにそうかも。負けても楽しそうな人には勝てないもんね……」


――わあああああああああああああ!!!



前川 みく   VS   天海 春香
284,432Points    324,984Points



みく『にゃーっ!?』

春香『やったー! ありがとうございまーすっ!』


497: 2015/07/09(木) 00:01:41.73


ことり「ありゃりゃ……」

未央「いーやーなー流れだー」

凛「あの猫が駄目なわけじゃないんだけどね。『I want』みたいなカッコいい曲を持ってこられるとちょっと春香さんに分がありすぎるかな」   

卯月「私たちが断ち切りましょう。……約束したもんね」

未央「うんっ。三人で、勝とう!」




――♪『I say――! Hey,Hey,Hey,START:DASH!』

凛『Hey!』
未央『Hey!』
卯月『Hey!』


『START:DASH!!』


――わああああああああああああ!!!


498: 2015/07/09(木) 00:02:26.41
<765プロ、舞台袖>

伊織「……生意気ね」

亜美「そんなこと言ってー、さっきハモってたじゃーん♪」

伊織「こ、これは職業病よ!」

あずさ「あらあら。……しかし、若いっていいわね~」

律子「まだそんな年じゃないでしょう? 私も巻き添えになるからやめてください……」

伊織「……ま、老害は老害らしく新世代の邪魔してやりましょう」

亜美「りゅーぐーは一番古いユニットだもんね!」

律子「その通りよ。売れなかった765プロに一番最初の革命を起こしたのがあなたたち竜宮小町なんだから。……いつも通り自信もって行きなさい。あなたたち三人はどこへ出しても恥ずかしくない、最高のユニットよ」

あずさ「あら、それはちょっと違いますよ~?」

亜美「りっちゃん、何か忘れてない?」

伊織「…………四人は、でしょ?」

律子「……ええ! 私の分まで、見せつけてきなさい!」




――♪『キミが触れたから 七色ボタン 全てを恋で染めたよ
    どんなデキゴトも越えてゆける強さ キミがボクにくれた』



――わあああああああああああああああああああああああ!!!


499: 2015/07/09(木) 00:04:40.73

伊織『ありがとうっ! 竜宮小町です!』

亜美『にっしっしー! 惚れんなよ~?』

あずさ『簡単には負けませんよ~?』

未央『やいやい竜宮小町っ! オマエラに言いたいことがあるっ!』

亜美『お~? なんだなんだ!』

未央『サインくださいっ!』

卯月『あっズルい! 私もっ!』

あずさ『あらあら。楽屋でいいかしら?』

亜美『お安いゴヨウだよー!』

凛『………………未央、卯月?』

未央『えっ、ダメ……?』

凛『私も欲しい』

亜美『あはははははは!!!』

伊織『……バカねぇ』

凛『伊織さんはくれないの?』

伊織『…………後でね』

亜美『いおりんったらツンデレー!』

伊織『もうっ! 本当何なのよ、あんたたちは!』

凛『ん? 私たち? 何なのあんたたちって聞かれたら』

未央『答えてやるのが世の情け!』


卯月『私たちは――新しい世代!』


伊織『!』

卯月『もう、私たちの時代ですっ!』

あずさ『……それはどうかな~?』

亜美『サインはあげても、トップはあげられないな~!』

伊織『口だけは達者ね。みんなそう言うのよ』

未央『心外だなー! 口だけじゃないぞー!』

亜美『ヘーコーセンってやつだね!』

あずさ『……わたしたちはアイドルですからね、口で争っても仕方ないわ』

凛『うん、そうだね。アイドルはアイドルらしく――曲で勝負!』

――おおおおおおおおおおおお!!!

伊織『舐めんじゃないわよ! ついてこられる?』


伊織『――SMOKY THRILL!!』

500: 2015/07/09(木) 00:05:45.13


――♪『知らぬが 仏放っとけない 唇ポーカーフェイス
    Yo灯台 下暗し Do you know? 噂のFunky girl』


凛(スタジアムの真ん中に位置する私たちの舞台はパノプティコン構造で、360度全てから見られるようになっている。その楕円の舞台を二つに割って、私たちと竜宮小町は対峙する。線対称にマッチアップする相手は、未央が亜美ちゃん、卯月が伊織さん、そして私があずささん)


亜美『さすらうペテン師の 青い吐息♪』 「Ah……」
あずさ『手がかりに I wanna 恋泥棒♪』 「Oh!」
伊織『射止めるなら 覚悟に酔いどれ♪』


凛(コーラスとバックダンスに集中する私たちにひしひしとオーラが打ち寄せる。流れるように入れ替わっていく三人の歌に、見えない糸で繋がっているようなダンスのコンビネーションが私たちを圧倒する。竜宮小町の三人は、一人一人が個々の呼吸で動きながらもなおかつグループとして完成されていた)

凛(その事実に鳥肌が立つ。気の遠くなるほど長い時間、この人たちはこの曲を練り込んできたんだ。765プロ最初の王者の十八番は、私たちに容赦なく牙を剥く)


――♪『女は 天下の回りもの』

あずさ『痺れる くびれ♪』

――♪『言わぬが』

亜美『花となり 散りる♪』

――♪『秘めたる カラダ』


凛(畳みかけるようなサビが終わると共に、向かいの三人は私たちに向かってウインクをした。悠然と舞う乙姫たちは、自分の城に迷い込んだ生意気な小娘たちを挑発している)

凛(身体がかっと熱くなる。私はやっぱり単純だから、やられたらやり返したくなるんだよね)

凛(これでいいんだ。新しい世代はどこまでも生意気に。相手の土俵で暴れてこそ)

凛(やっかまれるくらいが丁度いいよね。ねえ――?)

凛(私がちらりと流し目をすると、未央と卯月も同じ顔をしていた。……やっぱり、気が合うね)


凛(三人一緒なら、誰にも負けない!)


501: 2015/07/09(木) 00:06:54.05

凛『誘うリズムと あたしの陽炎♪』

――♪『心 乱れる Tonight!』

未央『そんなマーチング 真っ赤なカーテンコールへGo♪』


凛(ああ……気持ちいい! 生きてるって感じがする!)



卯月『いわゆる 愛のフルコースならば♪』
凛『月明かりに浮かべて 色付く♪』 「Woo!」
未央『ハレンチな夢 デザートに漂う♪』


凛(ドラムのゴーストノートが気持ちいい。見なくても誰がどこにいるのかわかる。二人が何を考えてるのかわかる。溶けそう。溶けてるのかな。わかんないやもう。ゾクゾクする。ああ、もう――)


凛(気持ち良すぎて、イッちゃいそう)




――♪『急がば 回れ My word let go!』

卯月『踊る肌 咲く♪』

――♪『宝の』

凛『持ち腐れ されど♪』

――♪『汗ばむ 砂丘』


502: 2015/07/09(木) 00:07:43.78

凛(間奏に入ると私達は真ん中の境界を越え、入り乱れて踊り出す。密着するくらいの近さで互い違いに右足を出してあずささんと向き合う。汗ばみ赤らむ睫毛の長い表情がとてもセクシーだ。……こういうの好きかな、あの人)


凛(そんなことを考えているとスネアの表打ちが始まった。……もう少し、もう少しで始まる。思わず私と卯月がハラハラしてる。そんな私たちを見て、未央がそんなに頼りないかなぁ? とでも言うように苦笑した)


凛(そして、その時が訪れた。ドラムのフィルインと共に未央と亜美ちゃんが右手を挙げてセンターに躍り出る)

凛(765プロの曲の中でも一際異彩を放つ、二十四小節にも及ぶ長大なギターソロが始まった)

凛(亜美ちゃんと未央のダンスバトルがお客さんの熱気を煽る。私達の中で、踊りに置いて未央の右に出る者はいない。あの菊地真に並んだんだよ? やっつけちゃいなよ)


凛(指先までキレのある動きはしっかりとした体幹に支えられてこそ。未央の動きはタイムがジャストなのに、動きの軌道がわかるくらいゆっくりに見える。亜美ちゃんが三つ動く間に、未央は五つ分動いて間に二つゴーストを入れている)


凛(あれは習ったとかじゃない。考えるより身体が勝手に動いてるんだ)

凛(わかる。圧倒している。未央はきっと今この瞬間にも成長してる)

凛(ギターソロが終わる最後のステップ。未央は私たちだけに見えるように、後ろ手で小さくピースサインを送ってきた)

凛(あいつめ。……顔は見えないけど、きっと笑ってるんだろうな)

凛(これが終わったら、多分未央は言うんだ。思わず髪の毛をくしゃってしてやりたくなる、あの顔で)



未央「――どうよっ!」




ニュージェネレーションズ VS 竜宮小町
354,335Points 287,454Points


503: 2015/07/09(木) 00:08:59.33
<765プロ、舞台袖>

美希「んー! やっぱりライブは最高なの! こんなにワクワクするのは本当にいつぶりかな!? 個人的には2ndのオールスターぶりなの!」

響「まさか竜宮が負けちゃうなんて本当にびっくりだぞ……」

貴音「それだけの勢いがある、ということですね。……勢いだけではありません。鍛錬に裏打ちされた実力があってこそ」

美希「別にレッスンしてるしてないとかどーでもいいの。今歌って踊るのが上手い人が一番なの」

響「……うーん。言い方は厳しいけど確かにそうだな。月日とか関係ないぞ!」

貴音「ええ。今踊っているとらいあどぷりむすの他の二人はつい最近でびゅうしたばかりなのでしょう? まこと、すばらしい」


――♪『青く透明な私になりたい 友達のままであなたの前で
    隠しきれない 胸のときめき 誰にも気づかれたくないよ』


美希「……そういえば、トライアドプリムスだったよね。ミキたちのコピーしたの」

響「……このセトリ組んどいてそういえばなんて、性格悪すぎだぞー……」

美希「あはっ☆ ジョーダンなの! ……でもやっぱり嬉しいの。自分の曲をコピーしてもらえるのって、なんだかこそばゆいの」

貴音「ええ。たしか……りすぺくと、でしたか。それを感じます」

響「照れちゃうよなー」

美希「……よし、いこっか!」


美希「――本物を見せてやるの」



――『Ready?』


504: 2015/07/09(木) 00:10:00.14

凛「……あ」

凛(向かいの舞台で行われたことに、私は放心して立ち尽くすしかない)

凛(響さんが歌いながらとは思えない激しいダンスをこなす凄い人なのは知ってる。貴音さんが神秘的な雰囲気を広げていくような美しい歌を歌える人なのも知ってる)

凛(でも、でも……違う。星井美希さんは圧倒的に違う!)

凛(その全部の特性を兼ね備えながら、超えてる……!)

凛(あの人が私に向かって『KisS』の第一声を放った瞬間、怖くて吐き出しそうになった)

凛(舞い踊り誘惑するのは妖精。あるいは、妖星)

凛(プロデューサーが言ってた。自分が見た中で星井美希を越える者はいないって。……確かに、そうだ。あの人だって素直になるしかない)


――♪『スリルのない愛なんて 興味あるわけないじゃない 分かんないかなぁ?』



凛(残像すら幻視する踊り。マイクが無くても地球の裏側まで届きそうな黄金の声。暴力的なまでの才能を振り乱して、あの人は無邪気に笑ってる)


凛(これが、この人が……個の頂点。アイドルとして、人としての限界値)

凛(きっとこの人には悪気とかそういうのが無いんだ。純粋すぎて、向かってくる遊び相手をひょっとしたら壊してしまうことにも気付いてない)

凛(まるで百獣の王みたい。……本当かどうかわからないけど。ライオンが獲物を頃すとき、胸に抱く感情は確か)

凛(可愛い――だったよね)


――♪『ジェントルよりワイルドに ワイルドよりデンジャラス』

凛(ああ、怖い。怖いな。踊ったばかりの身体が寒くなりそう。震えてきたよ)

凛(……でも。こんなにも怖いのに、それなのに)

――♪『試してみれば?』

凛(きっと私が震えてるのは、怖いからじゃないんだ)

凛(美希さんが『オーバーマスター』の最後、獰猛な牙を見せて私を指さし微笑んだ)


美希『Good Luck To You!♪』


凛(百獣の王の牙を見せられた時の私の表情は最初、自分ではわからなかった。……私は、目の前に広がるモニターを見て初めて気付いた)

凛(自分の口元もまた、獣みたいに牙を見せて歪んでいたことに)



トライアドプリムス VS プロジェクト・フェアリー
103,401Points 521,446Points

505: 2015/07/09(木) 00:11:06.70
<楽屋、346プロ>

凛「……負けたね」

加蓮「うん。……本気、だったんだけどね」

奈緒「あのさ、凛。最後、笑ってなかった?」

凛「……みたいだね」

奈緒「みたいだねって、他人事みたいに……」

凛「……あのさ。星井美希、怖くなかった?」

加蓮「ほんとそれ!」

奈緒「あの人何なんだよ人類じゃないだろ……。地球育ちのサイヤ人じゃないのか? 髪金髪だし」

加蓮「いやー、なんていうかさ。レベルの違い、感じたよね……」

凛「私もね、怖かったんだ。……こんなに人ってすごいところに行けるんだって。まだまだ上があるんだって。……それから」

凛「まだ、自分は上に行けるんだと思うとね。……何か、嬉しくなっちゃった」

奈緒「……凛はなんかスゲーよな」

加蓮「そだね。……言っとくけど、凛は星井美希に負けてないよ」

凛「どうだろ。負けるつもりはないけどね」


奈緒「…………アタシたちが、もっと早くアイドルになってたら……今日のだって……」

加蓮「奈緒」

奈緒「……うん。そうだな。ステージに立ったんだもんな。言い訳は無しだ」

加蓮「……今日は勝てなかった。それが全てだけど」

加蓮「次、勝とう。最後の出番だってあるし、あたしたちにはこれからもあるよ」

奈緒「……うん、そうだな」

加蓮「……」

凛「…………加蓮。ハンカチ、使う?」


加蓮「……ばか」


506: 2015/07/09(木) 00:12:20.97
<765プロ、楽屋>

美希「あの子、最後笑ってたの!」

貴音「まこと、素晴らしい女性ですね」

響「美希に挑まれて笑ってたのって誰かなあ。千早くらいしか思いつかないぞ」

美希「あはっ☆ 最後、ミキと千早さんが凛とやるのにね! なんだかそれ、熱いの!」

伊織「……行ってくる」

美希「デコちゃーん。笑顔笑顔、なの」

伊織「……ふふ。あんたに心配されるようじゃ終わりね。行ってくるわ」

響「伊織は結構ひきずるから心配だぞー……」

貴音「ここ数年、負けたことなどありませんでしたからね」

美希「うーん。女は図々しくてナンボだと思うの」

貴音「美希は貞淑という言葉を覚えるべきです」

美希「それ覚えたらハニーも引っかかるかなー?」

響「美希の基準はいっつもそれしかないのか……。なあ、何か伊織にしてあげたほうがいいかな?」

美希「別に好きにしてもいいと思うけど、美希はやらないよ?」

貴音「……実力の世界、ですからね」

美希「うん。でこちゃんのことは大好きだけど、それとこれとは話が別って思うな」

響「……そうだな。それに、伊織なら乗り越えるに決まってるぞ!」

美希「あふぅ。……ちょっと次の出番まで充電するの。前になったら起こしてほしいの……」


響「あ、もう寝ちゃったぞ……」

貴音「ふふふ。いつになっても眠りたがりなのは変わりませんね」

響「もー……。起きたときに試合が決まってたらどうするんだ?」

貴音「美希なりの信頼ではありませんか?」

響「そうかなー? ……自分はただ寝たいだけなんじゃないかと思うぞ……」

貴音「……あるいは、寝ないといけないのかもしれませんね。代償として」

響「? どういうことだ?」

貴音「ふふふ。とっぷしぃくれっと、ですよ」

響「またそれか!? うがー!! いっつも貴音はそれでごまかして! 自分、馬鹿じゃないぞ!」

貴音「響は、可愛いですね」

響「え!? と、突然何を言い出すんだ!? ……でも……ありがと……」

貴音「それでは皆のところへ戻りましょう」

響「うん! …………あれ?」


507: 2015/07/09(木) 00:13:23.17
<346プロ、舞台袖>

にこ「あっつい!! くっつかないでよ!」

絵里「冬だからいいじゃない」

にこ「そういう問題じゃないでしょ!? 次なんだってば!」

絵里「知ってるわよー。にっこにっこにー」

にこ「それメロイックサインでしょ!? 離れなさいよ……当たってんのよ……」

絵里「にこにはないものがね~」

にこ「だぁーうっざい!!」ゴンッ!

絵里「……頭突かなくてもいいじゃない」

にこ「あんたがこっち来るなり抱き付いて離さないからでしょう!?」

絵里「……そうやってにこも私を振るんだ……」

にこ「…………あーもう!」ギュッ

絵里「……チョロいな」

にこ「今チョロいなって言わなかった? ねえ気のせい?」

絵里「……エリチカ、今は人肌恋しいの」

にこ「……あんたさ、そういう面倒なところ前に出してれば良かったんじゃない?」

絵里「えぇ嫌よー! カッコ悪いじゃない!」

にこ「えっ、カッコいい路線で売り込んでたの……?」

絵里「こう、セクシーで頼りになるクールでアダルトな女の先輩みたいな……」

にこ「写真はイメージで実際の商品とは異なりがございますやつでしょそれ……」

絵里「あーうるさいうるさい!! 聞きたくない!」

にこ「……本当、こんないい子を振るなんてどうかしてるわ。去勢されればいいのに」

絵里「ちょっと、彼の悪口言うのはやめてくれる?」

にこ「あんた本当めんどくさいわね!!」

絵里「……だって、まだ好きなんだもん。……簡単に諦められるわけないじゃない」

にこ「…………別に、まだ諦めなくてもいいでしょ」


508: 2015/07/09(木) 00:14:35.98

絵里「……そう、なのかな」

にこ「……アイツがどっちを選ぶにしろ、あんたが近いのは変わんないでしょ。凛だったらアイドルだからすれ違いが起きるかもしれないし、雪乃だったらあんたの方が距離の近い同僚でしょう? 籠絡のやり方はいくらでもあるでしょ? あんた何のためにそんなでかいおっOい付けてんのよ! アダルト路線で攻めるんでしょ!? 使わないんならよこしなさいよ!」

絵里「…………そんなの、考えたこともなかったわ」

にこ「ふんっ。あんたの脳みそがお子ちゃまなのよ! 大体、一回告白してダメだったから何だっていうの? 人生は長いのよ。今は負けても、最後に勝つのはあんたかもしれないじゃない」

にこ「なのに勝てる可能性を捨てに行こうなんてアホよアホ! 穂乃果よりアホね!」

絵里「……ふふっ」

にこ「ちょっとぉ! 人がせっかく慰めてやってんのに何笑ってんのよ! もう知らないんだからっ!」

絵里「……にこは、優しいのね」

にこ「……ふん。今頃気付いたの?」

絵里「ううん。ずーっと知ってた」

絵里(きっとこの言葉は、色々な苦難が訪れても、決してアイドルであることを諦めなかったにこだからこそ言えるんだなって、そう思う)

絵里(……そっか、いいのか。まだ好きでも)

絵里「……ありがとう」

にこ「改まんなくてもいい。あんたとの仲でしょ」

絵里(ぷいっとそっぽを向くこの子は本当に変わらずいつも通りで、私は思わず破顔してしまう)

絵里「……うん。私、今は心のままに生きてみる」

にこ「そうしなさい。あんたはカッコつけてない方が可愛いわよ、金ぴかのぽんこつ」

絵里「……ひどい言われようだわ」

にこ「気が済むまでやってみなさい。それでボロボロになんなさい。……泣きたくなったら、いるでしょ。にこたちが」

絵里「……うん。諦めがつくまで、頑張る」

にこ「よろしい」

絵里(そう言うと、にこは私のあすなろ抱きから逃れた。……あ、でも)

絵里「……でも、一個だけ問題があるわ。どうしよう?」

にこ「は? 何よ?」

絵里「ずっとずっと好きで行き遅れちゃったらどうしよう? 私、結婚はしたいのに……」

にこ「……そうね。どうしても駄目だったときは仕方ないから」


にこ「――にこの所に来なさい? Aランクアイドルが、養ってあげるから」


絵里(にこはそう言い残して舞台へ向かっていった。小さくて大きな、頼もしい背中だった)

絵里(その日、私のもう一人の親友は)

絵里(幼いころから見てきた夢を、ようやくその手で掴んだのだった)


509: 2015/07/09(木) 00:15:37.87
<346プロ、舞台袖>

雪乃「……調子はどうかしら、杏」

杏「……雪乃? どしたの、こんなとこに来て。杏がサボるとでも思った?」

雪乃「どんな顔をしているのか見たくなったのよ」

杏「こんな顔だよ。いつも通りの口リ天使」

雪乃「あら、いつも通りではないでしょう? ……似合っているわよ、その衣装」

杏「嫌味?」

雪乃「何度でも言うわ。虚言は吐かないの」

杏「……人生縛りプレイだねぇ。そんなに普通に生きちゃつまんない? 杏みたいにテキトーが一番だよ」

雪乃「……一度張った意地は抜けないものなのよ。昔、何でもスイスイ器用にこなして生きていく嫌味な女がいたものだから。だったら私は別のやり方で生きてやる、私はあの人と違うって、意地を張ってね」

杏「……お姉さん?」

雪乃「そうよ。……でも、駄目ね。あえて別の生き方を選ぶなんて、意識していることの裏返しにすぎないのだから。私はいつまでも姉の影を追っていたのよ」

杏「今違うんならそれでいいんじゃない?」

雪乃「……私が今もそうだとは思わないの?」

杏「人の影を追ってるつまんない人に杏が変えられるとは思わない」

雪乃「……」

杏「全く、ランニングなんて人生で初めてだったよ。移動も極力歩きだし。いやいや、今間違いなく人生で一番働いてるよ杏は」

杏「大体、星井美希とマッチアップなんてね、凛に任せとけばよかったんだよ」

雪乃「……でも、あなたは選んだ」



杏『――うん。欲しい。それ、あげたい人ができたから』



510: 2015/07/09(木) 00:16:54.39

杏「……ま、杏の言葉なんて適当だから信用しちゃだめだよ」

雪乃「あなたは顔色一つ変えず嘘をつくのね。本当、そういうところが姉さんそっくり」

雪乃「あまりにうまくできた仮面だから、誰も仮面であることに気付かない。あの人はそれすらも割り切っていたけれど。……今は思うの。寂しくなかったのかしらと」

杏「……杏は、そんな」

雪乃「あなたの仮面の一つは飴かしら?」

杏「…………」

雪乃「……あなたに教えてあげたかった。……いいえ、自分にも言い聞かせたかったのかもしれないわね」

杏「……何を?」

雪乃「どんなに冬を生きても、春は来るのだと」

雪乃「……私は、あなたの春になれたかしら?」

杏「……ふん。いつまでも綺麗な中二病なんだからさ」

雪乃「見た目も十四歳のあなたに言われたくないわね」

杏「………………つまんないって、思ってたんだ」

杏「頭の方の育ちは早くてね。もう十四歳の頃にはどうでもよくなってたんだと思うよ。育たない身体のこととか、適当にあしらえばどっかに行く他人のこととか、……自分の未来とか」

杏「だってどうでもいいんだもん。何すればどうなるか、どうなってくれるかすぐにわかるし。タネがわかった手品って面白い? 恋って性欲のシステムでしょ? ……そんな風に思うと、なんか全部めんどくさいしどうでもよく思えてねー。自分がどうなろうと興味なかったんだ」


杏「……ただ、コンビニに入るのがめんどくさかっただけなんだ、あの時」

雪乃「……通りで簡単に捕まってくれると思った」



雪乃『あの、あなた……』

杏『あー、お姉さん。なんか頼み事? いいよ別に』

雪乃『……え?』

杏『ただし条件がある。……飴持ってない?』

512: 2015/07/09(木) 00:18:03.06

杏「単純に甘いものが食べたかっただけなんだ。なのに雪乃の持ってた飴ときたら、酸っぱいんだもん」

雪乃「中々思い通りにならないでしょう。この世界というものは」

杏「流石にアイドルになるとは予想できなかったけどね。てっきりあのまま変なところにつれていかれて、口リ物のAVにでも落とされかると思ったけど」

雪乃「な、なっ……!」

杏「……二人してこういう話に弱いんだからさ。擦れたフリして変だよねえ」

雪乃「……余計なお世話よ」

杏「……雪乃は変な人だ。テキトーに生きればいいのに自分を縛ったりするし、杏のことすぐ見破ってくるし、……綺麗事大好きなくせに、あんな斜に構えた現実主義者好きになったりするし」

杏「しかも、なんでかそれを言わないし。……馬鹿だよね」

雪乃「……ふふ。事実だから、言い返せないわね」

杏「……わかんなかった。わかんなかったんだよ。雪乃って人が」

杏「だってどう考えたって不合理じゃん。冴えたやり方、いくらでもあるよね。もっと幸せに楽しく生きる方法なんて無数にあるじゃんか」

杏「なのに、雪乃は選ばないんだ。……不器用だ。不合理だ。わけわかんないよ。……なのに、これでいいんだって笑うんだもん」

杏「……わからない。杏には、わからない。初めてだったんだ、そんなこと」

杏「……それが悔しいって思ったことはない。でも、なんでだろうね」


杏「そんな雪乃を見ると、なんか、涙が出そうになるんだよ」


雪乃「……」

杏「杏は。その涙の理由を……わかりたい」

杏「わからないから、わかりたいって思うんだ」

杏「……雪乃のせいだ。雪乃のせいで……安楽椅子から立つしかなくなったんだぞ」

雪乃「……ありがとう」

杏「……なんで雪乃がお礼を言うのさ」


雪乃「私の願いが、今日、叶ったから」

513: 2015/07/09(木) 00:19:04.97

杏「……」

雪乃「……人ごとこの世界を変えたいと思っていたの。姉さんのように。彼のように。でも、そのためには憧れるだけではいけなくて。……誰かに、依存してはいけなくて」

雪乃「人を変えるために、無くてはならないものがある。二人にあって、私にはなかったもの」


雪乃「……それは、自分。自分なのよね」


雪乃「他の誰でもない、雪ノ下雪乃になること。たったそれだけのことを分かるのに、どれだけ時間をかけて遠回りをしてきたのかしら」

雪乃「人は一人で立てて、自分になれて、初めて人に並び立つ権利がある」

雪乃「一人でも大丈夫だから。他人が変わろうが変わるまいが、揺らがない自分をもっているから」

雪乃「だからこそ、人と一緒にいたいと、変えたいと願うことに意味がある」

雪乃「……あなたが私のせいで変わったと、そう言うのなら」

雪乃「私は多分、ようやく自分になれたんだと思うわ」

杏「……本当、へたれの依存体質だったくせにさ」

雪乃「……聞かせるんじゃなかった。大体、今違えばそれでいいと言ったのはあなたよ」

杏「む、そうだった。……行ってくるよ」

雪乃「ええ。……今の状況、わかっていて?」


514: 2015/07/09(木) 00:20:04.22


園田 海未―萩原 雪歩 ○
アナスタシア―我那覇 響 ×
城ヶ崎姉妹―双海姉妹 ○
渋谷 凛―四条 貴音 ○
島村 卯月―天海 春香 ×
本田 未央―菊地 真 ×
諸星 きらり―三浦 あずさ ×
前川 みく―天海 春香 ×
ニュージェネレーションズ―竜宮小町 ○
トライアドプリムス―プロジェクト・フェアリー ×
矢澤 にこ―水瀬 伊織 ○
高坂 穂乃果―高槻 やよい ×
双葉 杏―星井 美希
高垣 楓―如月 千早

渋谷 凛  星井 美希
前川 みく―如月 千早

346オールスター―765オールスター




杏「わかってるよ。杏が負けたら勝ちは自動的に消滅でしょ」

雪乃「しかも相手は765プロ最強の星井美希」

杏「お客さんはこれで765プロの勝ちが決まったとでも思ってるんだろうねえ」

雪乃「お客は、ね」

杏「杏たちは違う。……だって杏は、プロだから。雪乃のアイドルだから」

杏「予想は裏切って、期待には応えてあげる」

雪乃「ええ、頼んだわよ。……ほら、飴」

杏「……いや」



杏「――もう、飴はいらないよ」



515: 2015/07/09(木) 00:21:37.20

――♪『ねぇ 消えてしまっても 探してくれますか?』


杏(目の前で星井美希が歌い、舞う。マリオネットの心は星井美希の必殺ナンバーだ。公式戦が始まって以来、星井美希は負けたことがない)


杏(あらゆる才能を凌駕する感覚の化け物が、無邪気に目の前で笑っていた)

杏(みんな、これを見て怖いと思う。自分のやってきたことが紙屑同然に見えてしまうから。どれほどの距離が開いているかわからないから)

杏(……けど、杏は違う。何も怖くない。それは精神の境地に達したとか、そういうことじゃない)

杏(全部、わかるから。何をどうすればあの感覚を再現できるのか。一体どうして残像が見えるほどの舞がそこにあるのか。全部全部、見ただけで仕組みが分かるからだ)


杏(あの日見た星井美希と自分の差は四段階。機械的な鍛錬を繰り返し、足りない体力を可能な限り効率的に補う。自分をゲームのキャラクターのように客観視して、限られた時間で頂点の再現に必要なスキルのレベルを上げればいい)


杏(杏の実力は偽物。補った体力は付け焼刃。今日が終われば、しばらくは同じことはできないだろう。まるで十二時の鐘が鳴ったシンデレラみたいに)


杏(でもそれでいい。今は偽物でも構わない。今日、勝てばそれでいい)

杏(……それでも、自分の段階を引き上げる前から気付いていたことがある。それは、これだけの時間では、最適化したルートを辿っても星井美希には後一段階届かない、ということ。全く本当に大したもんだよ)


杏(なら、この差を埋めて勝つために必要なことは。杏は冷えた頭であの日の言葉を思い出す)


516: 2015/07/09(木) 00:22:51.37

マストレ『双葉。貴様が星井美希に敵わないと言ったのは、実力の観点からじゃない。……単に、今のやり方では勝てないのだ。体力を補うだけの、今のやり方では』

マストレ『たとえ世界一固く美しい宝石を繰り出しても、じゃんけんの世界でグーがパーに勝つことはない』

マストレ『……相性が悪いのだ。邪道では、王道に勝てない』


杏(そう。杏のやってきたことは、邪道。あんずの歌も、崩しに崩したふるふるフューチャーも、極力動かず、気怠さや独自性を全面的に押しだして見ている人を味方につけるやり方)


杏(でも、星井美希の戦い方は違う。真っ向から超絶技巧の歌と踊りで、観客にこれでもかというくらい自分を魅せつける王道だ)


杏(杏の今までのやり方で真正面からぶつかったら、観ている人が全てのこの戦いでは絶対に勝てない。王道は、やっぱり勝つから王道だから)

杏(なら、どうするか。理詰めで邪道を突き進んできた杏は考える。……答えは一つ。単純明快)

杏(観ている者が全てなら、自分を観ている者全ての心をどうにかして掴んでしまえばいい)

杏(星井美希に実力で勝つ必要はない。試合にさえ勝てばいい!)

杏(杏はためらわない。邪道を突き進んできた者として、最後まで邪道らしく。冴えたやり方を選ぶだけ)


――わああああああああああああ!!

美希『ふぅっ……。ありがとうなの!!』



杏(予想を外して――期待に応える! それだけだ!)

杏「もう二度と、そこの小さい子なんて言えなくしてやる」


517: 2015/07/09(木) 00:24:27.66

雪乃(何十万の視線を集め、舞い終わった黄金の偶像が舞台から去っていく。観客たちは未だ冷めぬ熱狂の後にいた。そして、なおも待っている。だらけた妖精が出てくるのを)


雪乃(舞台の照明が落ちた。観衆はどよめきの声を上げ、再び舞台がライトアップされて杏がその姿を現す瞬間を今か今かと待ちわびた。ピンク色のサイリウムを用意して)


杏『みんな、今日もわざわざ来てくれてありがとね。変わり者だよねえ、ほんと。……ちょっと、杏からのお願い。……今日はサイリウムの色、青がいいな』

雪乃(暗闇の舞台から広がる杏の声に、観客たちは不思議そうな様子でサイリウムを青色に切り替えた。……不思議に思うのは無理もない。彼女の曲に、青色の曲なんてないのだから)

杏『うん、いいね。この色もたまには悪くないかなー? ……なーんてね』

雪乃(観衆から笑い声がする。またこのアイドルときたら、気まぐれなんだからと。仕方ないなと、心を許すように)

雪乃(……本当にこの子は今まで全部計算で操ってきたのね。感心するしかないわ)

杏『あのね、今日何日か知ってる? 十二月二十五日だってさ。クリスマスだよクリスマス。……ほーんとこんな特別な日にまで観に来てくれるなんてさ。……ありがとね』

杏『えへへ、メリークリスマス。……今日だけ』


杏『今日だけ、本気を見せてあげる』


雪乃(その一言を引き金に、蒼い照明が舞台を照らす。誰もが息を呑むのが聞こえた)

雪乃(舞台に立つ、違う双葉杏の姿に瞠目せずにはいられない。絹のように美しい髪は、いつもと違って括られていない。ただ、下ろしているだけ。それがぞっとするくらい似合っていた。働いたら負けというやる気のないTシャツや人形はどこへ行ったのか。私も思わず見惚れてしまった、南ことり特製のドレスを身に纏う彼女の姿がそこにある)


雪乃(別人がそこに立っているようで、皆、放心せざるをえない)

雪乃(そんな心理の隙を、あの子は絶対に見逃さない)


518: 2015/07/09(木) 00:25:36.40

――♪『風は天を翔けてく 光は地を照らしてく 人は夢を抱く そう名付けた物語』


雪乃(口を開いた瞬間、脊髄を刺されたみたいな震えが走った。この子は、一体誰だろう)

雪乃(私の、皆の知っている歌声ではない。今までの双葉杏とは声の出し方から違っている。耐えられず聴衆は吠えた。今から目の前で繰り広げられる出来事に、本能が先に反応するように)


――♪『arcadia...』


雪乃(ギターとシンセサイザー、バイオリンが絡み合って荘厳な調べを奏でる。杏はその音の奔流に合わせ、流麗なダンスを紡ぎ始めた)


――わああああああああああああああ!!!

雪乃(流麗で激しいダンス。乱高下し、高く透き通る歌の表現。その双方の超絶技巧を併せ持つ者だけが挑む権利を持つ、如月千早の楽曲――『arcadia』)


――♪『遥かな空を舞うそよ風 どこまでも自由に羽ばたいてけ
    始まりはどんなに小さくたって いつか嵐に変われるだろう』


雪乃(自由自在なビブラートがこの広いスタジアムを駆け巡っていく。あの小さな身体のどこにここまでの声量を引き出す仕組みがあるのか。常人には決して踏み入れられぬ領域を、理詰めの天才は妖艶な表情を浮かべて踏破していく。……その顔、犯罪的すぎよ)


雪乃(最短の筋肉と関節の運びで最大の効果を紡ぎだす踊りは、残像を残していくよう。星井美希だけが持つ神秘の動きを、容易いとばかりに杏は模倣していく。感心の暇さえ与えぬように、天使のロングトーンがサビをたたみかけていく)


雪乃(……ああ、本当に凄いと…………嫉妬も起きないのね)


――♪『翔べ 海よりも激しく 山よりも高々く 今 私は風になる 夢の果てまで
    ヒュルラリラ もっと強くなれ ヒュルラリラ 目指す arcadia!』


雪乃(割れるような歓声が、歌と同じくらいに巻き起こっている。杏は言った。これでも、星井美希にはまだ及ばないのだと。……けど、今湧き上がる熱狂は確かに彼女を越えている)


519: 2015/07/09(木) 00:27:22.17

――♪『行け 炎よりも熱く 氷よりも鋭く まだ 私は輝ける 命尽きても
    キラリレラ 全て照らしてく キラリレラ 光る arcadia!』


雪乃(二番が終わり、間奏に入る。……けれど、魔法は長くは続かない。私は確かに見てしまった。呼吸が明らかに乱れ始めている彼女の姿を。計算高い面倒くさがりな天才ではなく、身体相応の女の子の姿を)


雪乃(その姿がモニターにも映し出される。私を含む誰もが、見たことのない表情だった)

雪乃(その表情は全くアイドルらしくない。双葉杏らしくない。めんどうで、疲れることなど絶対にごめんだと常日頃から言い放つ双葉杏の姿は消えてしまっていた)


雪乃(舞台には……モニターには。呼吸が乱れ、苦悶の表情を浮かべながらも、それでも一切身体を崩さず、懸命にダンスソロを貫き通す、あまりにも等身大の双葉杏の姿があった)


雪乃(この子が。こんな素晴らしい子が……言ってくれた!)

雪乃(私に変えられたと、言ってくれた――!)

雪乃「杏っ……」


――♪『さあ願いを願う者たち 手を広げて 大地蹴って 信じるなら』


杏『La――!!』


雪乃(最後のサビに入る前。杏は、叫ぶように声を伸ばした。激した気持ちが籠ったその声は、鈍色の雲を突き抜け、天まで届いていくようで)

雪乃(命を燃やして歌っているその姿に、私の目からは滂沱と涙が零れ落つ)

雪乃「……いけ。行けっ!」

雪乃「行け……私の、アイドルっ…………!」


雪乃「私の――親友っ!!」


――♪『今 私は風になる 夢の果てまで――』

――わああああああああああああああああああ!!!



杏『っ……! けほっ、けほっ!! はっ、はぁっ……! あり、がとう……!』

杏『……へ、へへ。これが……杏の…………本気……だ、よ……』

杏『……ねえ、観てた……? ……理想郷、あった、よ』

杏『本物――あったぞっ!!』


雪乃「うんっ……! うんっ……!」

雪乃(私の新しい親友は、心からの笑顔で私に向かって拳を掲げた)

雪乃(その目には、甘くて酸っぱい心の滴)

雪乃(透明なアプリコットの涙が、春の訪れを優しく知らせていた)


双葉 杏   VS   星井 美希
502,313Points 111,904Points

520: 2015/07/09(木) 00:29:36.99

楓「千早ちゃん、こんばんは」

千早「高垣さん……」

楓「楓、でいいのよ。千早ちゃんの方が先輩なんだから」

千早「……出番前に対戦相手と話しにくるのは、楓さんくらいです。破天荒ですね」

楓「そう? 私、千早ちゃんのこと好きだから、いつでもお話したいですよ?」

千早「あんな嫌味を言ったのに、ですか?」

楓「嫌味なものですか。……口が酸っぱくなるのは、望むものがあるからでしょう? どうでもよかったら怒らないものね」

千早「……」

楓「千早ちゃんはいつも真摯だもの。ふふふっ、私みたいな適当なおばさんが気に障るのはしかたないか」

千早「そんなことはありません。……ただ」

楓「ただ?」

千早「……羨ましかった、のかも」

楓「……」

千早「私、こいかぜ、好きなんです」

楓「……そう。そうなの」

千早「……一番入り込んで歌が歌える時って、歌詞が重なる時だと思うんです」

楓「……届かなかったの?」

千早「届けないようにしてるんです。……私、叶うと、歌えなくなりそうだから」

楓「……千早ちゃんは、すごいな。私は我慢できない子だから、届けちゃった」

楓「本家さんなのにね。ふふふっ」

千早「別に誰に言われたわけでもないんですが。……私、脆いので」

楓「千早ちゃんが脆かったら私なんてお豆腐ですよ?」

千早「ふっ、お豆腐……! く、くくっ……」

楓「千早ちゃんはいつも笑ってくれるから好きです。ふふふっ」


楓「……歌は、誰の為に歌うんでしょうね」

千早「……」

楓「お豆腐はお豆腐なりに考えたんですよ。確かに最近の私は……ずっと、一人の為に歌っていた。二人の未来の為に歌っていた」

楓「きっと正解なんてないと思うんです。だって声が出れば歌は歌える。心に何を浮かべていようと、出ていく声は一緒なんです。……なのに、こんなにも違うのは、なんでなのかな」

千早「それは……」

楓「……私たちの恋って、裏切りかな?」

楓「何万人の人たちの前で、たった一人を思い浮かべて歌うのは」

千早「……私は、嫌です。だってみんな、たった一人の私を観にきてくれるんです」

千早「見えないからって裏切りたくない。ひいきなんてしたくない」

千早「…………だから、私だって、観てくれる人と対等であるべきなんです」

千早「一人のために歌うなんて、閉じた幸福じゃないですか」

千早「私は、選びたくない。…………それに、もし選んでも……どっちも、傷付くだけだから」

楓「……千早ちゃんは、誠実で優しいね」

千早「重い女なんです。だから、一人で立たないと誰かを潰してしまいます」

楓「想いは重い、か。ふふふっ。……ねえ、千早ちゃん」

千早「?」

521: 2015/07/09(木) 00:30:39.81

楓「私の実家ね、スナックだったの。ふるーいカラオケの機械と安いお酒に、おじさんおばさんの常連さん。そんな人たちに囲まれて私は育ったの」

楓「私が学校から帰って歌うと、酔っぱらったお客さんたちがいつも楓ちゃんの歌は上手いねー上手いねーって言ってくれたの。私はそれが嬉しくってね」

楓「単純だからね、歌が大好きになったの。私は歌が好き。お酒も大好き。おやじギャグも好き。私の好きには理由があるの。その全部の好きが繋がる理由。……それはね」


楓「――笑顔なの。笑顔なんだ」


楓「実家にいたおじさんたちも、観てくれるお客さんも、一緒に歌ってくれる誰かも、……ずっとむすっとしてる寡黙な誰かさんも、全部笑顔にしたい」

楓「私はみんなを笑顔にするためにアイドルになったんだって、それを思い出させてくれたのは千早ちゃんなの。……ありがとう」

千早「……私は」

楓「でも、私は千早ちゃんとは違うから」

千早「!」

楓「一人の為に歌うのはやめても。……その一人を含めて、みんな笑顔にするのはやめない。この声が出る限り、歌うのをやめない。歌も恋人もトップもファンも、私はぜんぶいただきです」

千早「……それは、欲張りすぎな上に、辛すぎるわ」

千早「だって。……恋人なのに、愛しているのに、特別扱いしないということでしょう? その人の為だけの特別にならないということでしょう?」

千早「……そんなの、残酷すぎる。傷付けるだけじゃないですか!」

楓「うん。……でも、いいの。私、甘えんぼさんだから」

楓「あの人が傷つくの、知ってるけど止めないの」

千早「……私には、わかりません」

楓「うふふ。いいのいいの、わからなくて。……わかられないから、いいの」

千早「……私、楓さんが気に入りません」

楓「がーん!」

千早「だってズルいんだもの。毎晩お酒飲んでるくせにあんなに声綺麗だし。胸もあるし。身長高いし。不思議な人なのに私と違ってみんなに好かれるし。……私がずっとずっと悩んでること、けろっと結論出しちゃうし」

千早「気に入りません。……だから、負けないもん」

楓「……ふふふっ。千早ちゃん、可愛い」

千早「……私が勝ったら、その……今度、相談、聞いてください」

楓「じゃあ私が勝ったら居酒屋でお酒を飲みながら恋バナをしてもらいます。ふふふっ」

千早「私、強いですよ。歌もお酒も」

楓「おー? 両方楽しみですっ。海未ちゃんも呼ぼうかな?」

千早「本当ですかっ!?!? 約束ですよっ!?」

楓「もちろんですとも。……さ、行こっか」

千早「海未さんの前では負けませんよ」

楓「ふーん? ……誰に向かって、歌っているの? ふふふっ」

千早「……ふふっ。これは負けちゃいましたね」


522: 2015/07/09(木) 00:31:56.55


――♪『渇いた風が 心通り抜ける 溢れる想い 連れ去って欲しい
    二人の影 何気ない会話も 嫉妬してる 切なくなる これが恋なの?』


武内P(二人の歌姫が恋を歌う。曇りの無いその声は、心に響いていく。高垣楓は、完全復活した。そしてこれから先もずっと歩いて行くのでしょう)

武内P(神秘の女神としての撮影を思い出す。城のような場所で、彼女は胸元がキャベツみたいだと言ったドレスを身に纏い、その手には鳥を止めている)


――♪『あなたしか見えなくなって 想い育ってくばかり
    苦しくて 見せかけの笑顔も作れないなんて』


武内P(――悩んでいた。彼女が歌を届ける相手に懊悩するように、自分もまた)

武内P(彼女を、籠の鳥にしても良いのだろうか。自分だけの姫君にして良いのだろうか。従者を愛したせいで危険に晒されるのは、姫の方だから)

武内P(立場故のジレンマ。この現代に身分違いの愛に悩まされるなど、全くお笑いだ)

武内P(……でも、あなたは。黙って延々と悩み込んでいる私に、こうすればいいじゃないですかとするりと笑いかけるのだ)

武内P(一升瓶を片手に、あの子供みたいな笑顔で)



楓『このお酒を飲んだら、我儘を一つ聞いていただけませんか?』

楓『……私、ずっと考えてました。あなたと歩いて行くために、早く頂点に立って、この世界を去ってしまうことを』

楓『でも、私、思い出したんです。初めて歌った時のこと。あなたと一緒に歩いてきた道のりのこと』

楓『……好きなんです。歌うのが、好きなんです。誰かに聞いてもらうの、大好きなんです』

楓『だから……だから。私、アイドルを辞めません。歌うのをやめません。たとえてっぺんに辿りついても、歩くのをやめたくないんです』

楓『この声が枯れてしまうまで。この身体が踊れなくなるまで。何歳児と呼ばれたっていいんです』

楓『あなたと私が大好きなアイドルを、無理になるまで続けたい』

楓『……これからずっと、あなただけの為に歌うことはできないし、あなただけの特別になることもできません。でも、あなたと別れるのは嫌なんです。それだけは、嫌。絶対に嫌』

楓『……ねえ、だから我儘を一つ』

楓『私が、アイドルとして歌えなくなるまで。……魔法が、消えるまで。待っててくれませんか』

楓『ひどいこと言ってるの、わかってます。……でも、だからこそ、甘えたい』

楓『私を、待っててくれませんか?』

楓『もう、若くて綺麗な女でも、アイドルでも……なんでもなくなってしまっても』



楓『――私がおばさんになっても、愛してくれませんか?』



523: 2015/07/09(木) 00:32:48.77


――♪『ココロ風に 閉ざされてく 数えきれない涙と 言えない言葉抱きしめ
    揺れる想い 惑わされて 君を探している ただ君に会いたい only you』


武内P「……ふふ。何を今更」

武内P「あなたが我儘なのは、今に始まったことじゃないでしょう?」

武内P(私は今、心から笑っているのでした。……先輩に、みんなに、何より君に出会えたからこそ、私は笑える)

武内P(そのことに比べたら、君の悩みなどちっぽけなことだ)


武内P(――安心してくれ。遅刻には厳しいが、待つのは得意だ)


――♪『ココロ風に 溶かしながら 信じている未来に 繋がってゆく
    満ちて欠ける 想いはただ 悲しみを消し去って 幸せへ誘う』



武内P「待っていますよ」


――♪『優しい風 包まれてく あの雲を抜け出して鳥のように like a fly』



武内P「――十二時の、鐘まで」


524: 2015/07/09(木) 00:34:02.06
<765プロ、楽屋>

美希「……千早さん、どうしたの?」

千早「? 何もないわよ?」

美希「千早さんが負けたのに泣かないなんて、雪が降るの」

千早「……美希は私が嫌いなの?」

美希「ううん、大好きだよ?」

千早「……もう、ストレートなんだから」

千早「ただ、ライバルっていいものね。そう思って」

美希「ミキにはわかんなかった感覚なの」

千早「過去形なのね」

美希「むー! お客さんの目はフシアナなの! 杏ちゃんよりミキの方が上手なの!!」

千早「でも、勝った方が偉いのなの~」

美希「それミキの真似!? 千早さんはミキが嫌いなの!?」

千早「いいえ。でも、ちょっと憎い」

美希「え……?」

千早「そうやって明け透けに好意を伝えられるところとか。私には出来ないから、羨ましい」


千早「……でも、私ももう遠慮しないことにするわ」

美希「!」

千早「ふふ。relationsの振られる方は美希よ」

美希「……あはっ。千早さんが戦いにくると結構辛いの」

美希「でも、負けないけどね。だってミキは最強だもん!」

千早「……まるで『雪のリレーション』ね。私はああはならないけれど」

美希「そう言えば曲も一緒なの!」

千早「……さて、いい加減終わらせましょう。もう負けるのなんて絶対に嫌」

美希「うん! 千早さんと一緒なら誰にも負けないの。……ねえ」

千早「? 何?」

美希「ライバルって、いいね」

千早「ええ。同感」


――♪『「べつに」なんて言わないで 「ちがう」って言って
    言い訳なんか聞きたくないわ 胸が張り裂けそうで
    私のことが好きなら あの娘を忘れて どこか遠くへ連れて行って』


525: 2015/07/09(木) 00:34:52.86
<346プロ、舞台袖>

みく「あぁ……吐きそう……」

凛「毛玉?」

みく「ちゃうわ! 普通に吐きそうやの!」

凛「前川ってプレッシャーに弱かったっけ? 毎回煽ってきた記憶しかないんだけど」

みく「……わかってんの? みく達が負けたら勝ち消えるんよ?」



園田 海未―萩原 雪歩 ○
アナスタシア―我那覇 響 ×
城ヶ崎姉妹―双海姉妹 ○
渋谷 凛―四条 貴音 ○
島村 卯月―天海 春香 ×
本田 未央―菊地 真 ×
諸星 きらり―三浦 あずさ ×
前川 みく―天海 春香 ×
ニュージェネレーションズ―竜宮小町 ○
トライアドプリムス―プロジェクト・フェアリー ×
矢澤 にこ―水瀬 伊織 ○
高坂 穂乃果―高槻 やよい ×
双葉 杏―星井 美希 ○
高垣 楓―如月 千早 ○

渋谷 凛  星井 美希
前川 みく―如月 千早

346オールスター―765オールスター


526: 2015/07/09(木) 00:35:54.47

みく「しかも相手は星井美希と如月千早……」

凛「なんか、カレーにハンバーグ乗せましたみたいな組み合わせだよね」

みく「あ、それわかる。美味しいに決まってるやんみたいな」

凛「片やこっちは酢豚にパイナップルみたいな組み合わせ」

みく「え? 奇跡の組み合わせってこと?」

凛「は? 何言ってんの? パイナップル邪魔過ぎでしょ」

みく「はぁ!? 美味しいやん、何言ってるん!?」

凛「……ほんっと、とことん気が合わないね」

みく「……言っとくけど、今っ回限りやからな!!」

凛「当たり前でしょ。大体ね、私にこんな小細工なしで勝てる実力あったら、前川とのペアなんて鼻で笑って断ってるよ!」

みく「あーあ、黒歴史が増えたなぁ……」

凛「……でも、負けたくないから仕方ない」

みく「同感」

凛「……私以外に負けちゃってさ」

みく「うるっさい! そっちこそ星井美希に負けたくせに!」

凛「……うるさいな。あれはトライアドプリムスだもん」

みく「うわ、言い訳すんの? だっさいなー」

凛「……ほおう。そんなにキャットファイトがしたい? バカ猫」

みく「キャンキャンうっさいわ! アホ犬!」

凛「……!」

みく「……!」


527: 2015/07/09(木) 00:37:09.11

凛「………………はあ。やめよやめよ」

みく「生産性がなさすぎる……」


凛「……今日だけだからね」ギュッ

みく「きゃあっ!? い、いきなり手ぇ握んな!!」

凛「そういう演出なんだから仕方ないでしょ。もうすぐ出番だよ」

みく「…………むこうは男の奪い合いの歌やってんのに、なんで、こんな……」

凛「仲良くしよう? マイハニー」

みく「仮面夫婦やなあ。マイハニー?」

凛「私は誰にも負けたくない。負けるの、嫌いなんだ。特に前川には」

みく「そやな。みくも負けるのは大っ嫌い。特に渋谷には」


凛「……でも、私以外に負ける前川なんて、もっと嫌い」


みく「……!」

凛「勝つよ。相手が765だろうがなんだろうが、お前以外に負けるもんか」

みく「……」

凛「……どしたの? もしかして、まだ緊張してる?」

みく「……にゃ、にゃははは。緊張はもうどっか行ったよ」


みく「……ドキドキしすぎて、どっか行っちゃった」


528: 2015/07/09(木) 00:38:42.02

――♪『La――La La La La La La La――La La La!』


凛『夢の 迷路♪』
みく『百合の 迷路♪』



――わあああああああああああああああ!!!!
――きましたわああああああああああああああああ!!! うわあああああああ!!
――ありがとう!!! ありがとう!!!
――尊い…………。



みく(お客さんの爆発的な声援が恥ずかしい。……恥ずかしい! 渋谷と手ぇ繋いでるところ見られるとかほんま無理無理無理!! 恥ずかしすぎるっ!!)

凛(ああ、こんなの序の口なんだよね……。これは仕事これは仕事。……よし)

みく(『硝子の花園』の振付はもう本当にあざとい。あざとすぎる。歌詞も直接的な言及はしていないものの、明らかに女性同士の禁断の恋愛をイメージした詞で、歌の掛け合い方もなんか、こう……えろい)


みく『Ah 二人きりで 硝子の花園へと♪』
凛『誰もいない 誰もいらない♪』

――♪『そっと 壊れそうに咲きたい』


みく(……それにしても)


――♪『秘密のブランコ あなたと揺れながら今 ただ優しく見つめ合うの』

凛『恋に 恋する♪』
みく『恋する♪』
凛『少女の♪』
みく『少女の♪』


――♪『静かなため息は Lonely 満ち足りた Lonely...』


みく(……みくがこんなにテンパってんのに、なんで渋谷はそんな平気そうなん?)

みく(なんか、気に入らんな。……よし)


みく『閉じ込めたい心を どこにも行かないように 寂しいのよ 私と♪』

みく(二番Aメロは徐々に近づいて行って最後にウインク。……でも、変えよ)

みく(渋谷の対応力、見せてもらお。ふふっ)


みく『ここにいてよ ……いつまでも』

――ちゅっ。


凛『っ!?!?』


529: 2015/07/09(木) 00:40:11.28


――わあああああああああああああああああああああ!!!
――う、うわあああああああ!! きゃああああああああああああ!!


みく(えい。……ほっぺやから、セーフやんね?)

みく(あ、顔真っ赤。テンパってる。あははっ、やった。ざまーみろ)



凛『っ……Ah, 夢の迷路 硝子の蝶々たちは♪』
みく『誘いながら 誘われてる♪』

――♪『指で 壊れそうな羽ばたき』


みく(……ああ、もう。そんな涙目みたいにして真っ赤にならんでも。なんかこっちまで変な気分になってくる)

みく(春。初めて会った時から、こいつだけは何か違うと思ってた。初めてレッスンを見たときは買いかぶりかと思ったけど、後の伸びを見ると本当に恐ろしかった。自分なんてこいつはあっという間に抜き去ってしまうんじゃないかって)


みく(でも、そんな怖れよりも、ようやく本気をぶつけても受け入れてくれる相手が現れた喜びの方が、何万倍も嬉しかった)

みく(あの夏が忘れられない。あの熱さが、火照りが、ずっと身体から消えてくれない。認め合う相手からもぎ取った勝利の味はマタタビよりもトんじゃいそうだったし、反対に負けた日は悔しくて悔しくて寝れなかった上にご飯が食べられなかった。涙が出過ぎて脱水になりかけた)


みく(きっと、勝っても負けてもこんなに特別なのは渋谷だけで。……あわよくば、渋谷にとってみくもそうであればいいなと思う。……恥ずかしいから、確認しないけど)

みく(おそらく何年先も、ひょっとしたらアイドルを引退した後でも、こうして張り合っているのかもしれない。でも、それも悪くない)

みく(長い人生、張り合える相手なんてきっと恋人よりも少ないはず)

みく(あの夏の帰り道、まるで一目惚れみたいだと自嘲したことを思い出す。なるほど、確かにそうかも)

みく(負けたくないって気持ちは、恋煩いみたいやなぁ)


みく(……ん? こいつ、近付いてきてない? お、おい!)


凛『二人きりの花園で 眠りにつく♪』

みく「っ……!」


みく(渋谷は、妖しげな笑顔を浮かべてみくの後ろに回り込む。そこからみくを抱き込んで、渋谷は猫の手みたいに前にあげたみくの手首を掴んで、空いたもう一つの手で目隠ししてきた。そうして耳元で囁くように歌ってくる)

みく『髪を撫でる その手が っ……! 好き♪』


みく(っ!? こいつ、髪撫でやがった!! おのれ、喰らえ!)
凛(っ!? 手、甘噛みしないでよ!)


――♪『もーっと!』

みく(みくと渋谷は、お互い離れて抗議の目線を交わす)

530: 2015/07/09(木) 00:42:21.73

みく「こ……この負けず嫌い!」

凛「前川が先にやったんでしょ!! やりすぎなんだよ!」

みく「髪撫でんなや! ちょっと気持ち良いからキモい!」

凛「うるさい! されたの初めてだったんだからね!?」

みく「……そりゃ悪かったにゃ」

凛「都合悪いところだけ猫被んの、ズルくない?」

みく「……はは、ごめん」

凛「……ふふっ。やったからには責任取ってよね。勝つよ」

みく「勿論!」


みく(目と目が合ったその一瞬だけで、何時間も会話をしていたみたいな気分がした。……ま、悪かったって)

みく(責任取って、一生殴り合うか。……なあ、ライバル?)


――♪『秘密のブランコ あなたと揺れながら今 ただ優しく見つめ合うの
    恋に 恋する 少女の 静かなため息は Lonely 満ち足りた Lonely』


――わあああああああああああああああああああ!!!!


みく『ありがとうっ!!』

凛『ありがと! ……前川、屋上』

みく『まあそう言わないにゃ』


みく(割れんばかりの大歓声。地球の灯りを全てここに集めたみたいな色とりどりの光。みくは、ただただ辺りを見回す。この瞬間を忘れないように。夢みたいなこの瞬間を、いつでも思い出せるように)


みく(一番後ろまで見ておこう。ずっと遠く、遠く――!?)




みく「……あ、……ああ、あ……」


みく「…………うそ……」

531: 2015/07/09(木) 00:43:29.64

みく(みくは、首根っこをひっつかまれた猫みたいに意表をつかれて立ち尽くす。……そして、涙がこぼれてくる)


みく(奇跡が、そこに立っていた)

みく(こんな勝手な猫被りにも、神様はプレゼントをくれるのか。だって、そんなところにいるはずない。いるはずがない。いてくれるはずがない! ……なのに)



――「ファイト! 猫被り委員長!」




みく(みんな、そこにいてくれた。傷付けたのに、勝手を言ったのに、それでも。それでも、そこに居てくれた)

みく「……部長っ、……み、んな…………おとうさん……おかあ、さん……!」

みく(みんな。みくは、ここにいるよ。……頑張って、良かったよ!)

みく(精一杯の感謝を、あなたたちに。……なあ、部長)

みく(嘘じゃ、なかったよ――)





みく『一番後ろまでっ! 見えてるぞー!!!』





532: 2015/07/09(木) 00:45:08.43


八幡「……これは。こんなこと、ありえるのか……?」

――すげえ!! 初めて見た!!
――なんだこれ!? 演出か!?





渋谷凛&前川みく  VS   星井美希&如月千早
297,803Points 297,803Points






八幡「……引き分け? なら、どうなるんだ?」


園田 海未―萩原 雪歩 ○
アナスタシア―我那覇 響 ×
城ヶ崎姉妹―双海姉妹 ○
渋谷 凛―四条 貴音 ○
島村 卯月―天海 春香 ×
本田 未央―菊地 真 ×
諸星 きらり―三浦 あずさ ×
前川 みく―天海 春香 ×
ニュージェネレーションズ―竜宮小町 ○
トライアドプリムス―プロジェクト・フェアリー ×
矢澤 にこ―水瀬 伊織 ○
高坂 穂乃果―高槻 やよい ×
双葉 杏―星井 美希 ○
高垣 楓―如月 千早 ○

渋谷 凛  星井 美希
前川 みく―如月 千早 △

346オールスター―765オールスター


533: 2015/07/09(木) 00:45:58.57


八幡(七勝七敗一分……残るは一戦。引き分けが二回起こるのは考えにくい)

八幡(……なら、これが最後。最後の一戦で、勝敗が決まる)

八幡(……俺にできることは、なんだ?)


八幡「……ない。いや、一つだけか」


八幡(最後まで、見届けよう。それがいつも通りの、唯一にして最大のことなのだ)

八幡(そして、最後まで見届けたその後に。俺は俺の選んだ答えを、最後の一人に伝えようと思う)

八幡(……見せてくれ。お前たちの結晶を)


八幡(雪のように優しい、人為の魔法を――)


534: 2015/07/09(木) 00:47:04.44
<765プロ、舞台袖>

春香「最後、かぁ」

真美「んっふっふー。もつれ込んだねぇ」

亜美「765プロ、危うし!」

響「…………あのな、怒らないでほしいんだけどな?」

やよい「……楽しかった、ですよね?」

雪歩「346のみんな、本気でしたもんね。……本気で、来てくれたもんね」

真「それって嬉しいよね。一人だって自分の勝ちを疑ってなかったしさ」

伊織「……それに、ちゃんとお客さんのことを想ってる」

あずさ「観てくれる人に感謝の気持ちを忘れないこと。そして何より、自分たちが楽しむこと。……そうやって初めて、私たちに夢を見てくれる人たちが生まれる」

貴音「アイドルとは夢を見せるお仕事、とは矢澤にこの言葉でしたね。ふふっ」

千早「……何だか震えるわ。こんなに夢を、奇跡を起こせる人たちがいるのね」

美希「そうだね。……でも、これはあくまで勝負なの」

美希「すっごいものに、カンドーさせてくれるものに境界なんてないってのはミキもわかるの。そもそもパフォーマンスに点数を付けること自体がすっごくブスイなの」

美希「でも。……わかってても、それは言っちゃダメなの」

春香「うん。私たちは、アイドルだから。一度ステージに立ったら言い訳はナシだもんね!」

千早「……勝ちましょう。私たちがより楽しく、私たちらしくあるために」

美希「あはっ☆ ……行こ? ミキたちが、トップアイドルだよ」


春香「うん。それが――」


「――それが、私たちの約束」


535: 2015/07/09(木) 00:48:09.81
<346プロ、舞台袖>

凛「王手、だね」

みく「向こうもな」

穂乃果「勝ちたかった勝ちたかった勝ちたかったー!! うわーん!!」

海未「これで勝てばいいではありませんか。……私は勝ちましたけど」

にこ「なんかあんた、どんどん性格悪くなっていってない……?」

杏「……もう、ボロボロなんだけど。帰っていい? いや、ほんとに真面目に……」

きらり「杏ちゃーん、あとちょっとだけ、がんばろー?」

加蓮「きらり、杏を肩にかけてるとボロ雑巾にしか見えないよ……」

楓「今日はシャンパンにしましょうかねー?」

アーニャ「日本のクリスマス、チキン、好きです!」

奈緒「何でもう飲む酒と食べ物を決めてるんだ……?」

美嘉「莉嘉ー、今日お父さんも来てるから一緒に帰ろってメール来たよー?」

莉嘉「え、ホントっ!? よーし、パパにプレゼントねだっちゃお!」

未央「ああっ、私もライブのことで頭いっぱいでクリスマスプレゼント貰ってない!?」

卯月「未央ちゃん、大丈夫ですよ! サンタさんは靴下を置いておけばセーフです!」

みく「……え? 卯月チャンって、まさか、サンタ、信じて」

凛「こら前川。アイドルでしょ。夢を守らないと」

にこ「大丈夫よ。真姫ちゃんだってまだ信じてるわ」

みく「………………こんなんで、大丈夫なのかにゃ……?」

凛「あははっ! いいんだよ、これで。だって見てみなよ。みんな、負けることなんて考えもしてないよ」

みく「……信じる者はすくわれる」

凛「足元を?」

536: 2015/07/09(木) 00:49:02.35

穂乃果「あははっ、何かひっきーみたい!」

みく「お前、今度は口にすんぞ」

凛「アイドルがレOプってシャレにならなくない……?」

海未「……雪が降りそうですね。あの最終戦の日も、雪でしたっけ。……懐かしいですね」

穂乃果「そーだったね! いきなりの吹雪でもうダメかと思ったなあ……」

にこ「今となってはいい思い出だけどね。……きっと、あの日みたいに、今日もいつか思い出の一つになるのね」

凛「じゃあ、やっぱり勝たなきゃね」

杏「どーせ思い出すんなら、甘い思い出がいいね。杏、酸っぱいの嫌いだもん」

海未「……心配しなくてもいいですよ」

にこ「ええ。だって相手は昔と同じく絶対王者なのよ。……だったら、負けるはずないわ」

穂乃果「そうだね。誰にも負けない、地上最強のラブソングだもんね!」

凛「……よしっ、行こう!」


――「未来が待ってる!」




雪乃(……彼女たちの歌を聞くと、自然と涙がこぼれてくる)

雪乃(まるであの日積もった雪を見ているようで。……今にも、空は泣き出しそう)

雪乃(私は雪のように積もった思い出を浮かべながら、人差し指で唇を触った)


537: 2015/07/09(木) 00:49:52.67

――♪『ねえ 今 見つめているよ 離れていても』




雪乃『……そんなところで気持ち悪い唸り声をあげてないで座ったら?』

八幡『え、あ、はい。すいません』

雪乃『――ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ』







――♪『Love for you 心はずっと 傍にいるよ』




八幡『はぁ? そんなのお前も大して変わらんだろ。遠回しな自慢か』

雪乃『……え?』

八幡『理想は理想だ。現実じゃない。だからどこか嘘くさい』

雪乃『……腐った目でも、いえ腐った目だから見抜けることが、あるのね……』

八幡『お前、それ褒めてるの?』

雪乃『褒めてるわよ。絶賛したわ』



雪乃『私はこれでも姉さんを相当高く評価しているのよ』

雪乃『……私も、ああなりたいと思っていたから』

八幡『……ならなくていいだろ。今のままで』


538: 2015/07/09(木) 00:50:44.89


――♪『もう涙を拭って微笑って 一人じゃない どんな時だって』



雪乃『……本当に、誰でも救ってしまうのね』

八幡『はぁ? 深読みしすぎだ。そもそも葉山がいないと成立しない。だから俺のおかげとは言えないんじゃないか』

雪乃『……』




八幡『別に嘘ついてもいいぞ。俺もよくついてる』

雪乃『……嘘ではないわ。だって、あなたのことなんて知らなかったもの』

雪乃『――でも、今はあなたを知っている』

八幡『……そうですか』

雪乃『ええ、そうよ』





――♪『夢見ることは 生きること 悲しみを越える力』




八幡『それでも、俺は……本物が、欲しい』

雪乃『ねぇ、比企谷くん。……いつか、私を助けてね』


539: 2015/07/09(木) 00:52:37.26

――♪『歩こう 果て無い道 歌おう 天を越えて 想いが届くように
    約束しよう 前を向くこと Thank you for smile』




雪乃『…………綺麗、ね』

八幡『…………ああ』

雪乃『……ねえ、比企谷くん。……雪は、好き?』

八幡『……俺は』

八幡『……雪は…………嫌いだ……』

雪乃『……奇遇ね。……私も、よ……』

八幡『…………あいつに、よろしくな……』

雪乃『……ええ。……比企谷くん……』


八幡『……』

雪乃『……最後に、窓、閉めてくれる?』

八幡『……ふ。そんなのが、最後の依頼か。……いいよ』

――からら。

八幡『ほらよ、閉め――』

雪乃『……』

八幡『……っ。ゆ、雪ノ下、お前……!』

雪乃『……ごめんなさい。…………ごめんなさいっ』

雪乃『これだけ。……これだけ、貰っていくから…………』

雪乃『これがあれば、もう、何もいらないから……』

雪乃『……ごめんなさい。弱い女で、……寄りかかってばかりで、……ごめんなさいっ』


雪乃『……じゃあね。……さようなら。さようなら、比企谷くん……』


540: 2015/07/09(木) 00:53:35.68


――わあああああああああああああ!!!


春香『……ありがとうございます! これが、私たちの……想いです!』

千早『…………あ』

響『……これは』

美希『……雪、なの』



絵里「雪……」
希「……綺麗、やね」
星空凛「……わあ」
ことり「……すごい」
花陽「…………はわぁ…」
真姫「……奇跡、ね」



雪乃「……ねえ、比企谷くん。雪は、好き?」


541: 2015/07/09(木) 00:54:44.48

凛『……最後に、私たちの想いも聞いてください』

凛『……私たちって、生きてると必ず何かしら感じることがあるよね。今が楽しいだとか辛くて泣きそうだとか将来が不安だとか、優しくなりたいだとか、……誰かが好きだ、とか。ほんとに色々』

凛『……けど、それってさ。人に伝える意味があるかと言われると、実はないんじゃないかなって思うんだ』

凛『だって、好意とか不安とか悩みとか。人に伝えなくても、聞かなくても、私たちは生きていけるもんね。……私たちって、実は一人で生きていけるんだ』

凛『……でも、それじゃ、つまらないもんね』

凛『氏んでるように生きたってしょうがないから。私たちは、楽しく生きたいと思うもんね』

凛『心なんてなくたっていい。……でも、あったほうが、楽しい』

凛『無くてもいいけど、あったほうがいい。……自分だけで終わりたくない。何かを伝えたい。何かを変えたい。人と関わりたい。わかりたい。……わかりあいたい』

凛『その気持ちを何て言ったらいいのかわかりません。表す言葉があるのかどうかもわかんないや。……でも、確かにそれは存在して、本物なんです』

凛『私は、伝えたい。どうにかして伝えたい。私はここにいるんだってことを』

凛『言葉にしないと伝わらない。言葉にしたって全部届くわけじゃない。……でも、届けたいんです。そのために、私はアイドルになったんだって思うから』

凛『……そんな、溢れる想いを。私たちはアイドルだから、私たちなりの方法で届けます』

凛『たった一秒だけでもいいから、私たちを見てくれるあなたが、幸せになりますように』

凛『この雪のように、あなたに優しく寄り添えますように』

凛『……聞いて、ください!』



雪乃「私はね……」


雪乃「――雪が、大好き」




凛『――Snow halation!』



542: 2015/07/09(木) 00:56:13.31


――♪『不思議だね 今の気持ち 空から降ってきたみたい
      特別な季節の色が ときめきを見せるよ   』


八幡「……っ。ああぁ……っ……」

八幡(目の中が溶けたみたいに、涙が止まらなくなる。頬につたう涙が溶けた雪と混ざって、顔はもうぐちゃぐちゃだ。たった一人、彼女らを見つめる俺はどうしてか涙が止まらない)


八幡(歌う彼女らの想いの明滅が、雪を伴ってじわりと心に染みてくる。歌声は触媒となって、俺の中にある幾多の思い出を導き出す)


八幡(奉仕部での出会い。過ごした日々。別れの雪の日。心を頃した人形として過ごした数年。そして、あの、雪の日。絵里さんと出会い、渋谷と出会い、雪ノ下と再会した春)


八幡(飛ぶように過ぎていった夏。友達の為に走った秋。……そして、また、冬)

八幡(……いつかの冬。手に出来なかったものがあった。お互いがお互いを想い合うからこそ、手が届かなかったもの。「本物」なんかより大事なものがある、そう信じて俺は諦めた)


八幡(押してダメなら、諦めろ。それが俺の座右の銘。……でも)

八幡(諦めようとしても、どうしてもそれだけは諦められなかったから。色んなものと向き合って、考えて、差し引いて……それでも、残ったから)


八幡(だから、これこそが本物なんだ。俺は誰を傷付けたとしても、今度こそそいつを掴んで見せる。……勝手な論理だ。俺さえよければそれでいい。わかられなくていい。そう思っていたのに)


八幡(彼女たちは、俺に届けてくれるのだ。それでいい。それでいいんだと)

八幡(人になんて認められなくても生きていける。自分が自分を認めれば。一人で立てるのは誇るべきことだ。それ以上のものなんていらないのに)

八幡(それでも、彼女たちは尊い想いの光暈を届けてくれる。ただ、それが暖かくて)

八幡(人が傍で生きているというありふれたことに、涙が止まらないのだ)


八幡「……なあ、雪ノ下。雪は、好きか?」


――♪『初めて出会った時から 予感に騒ぐ 心のメロディ
        止められない 止まらない なぜ?  』


雪乃『――比企谷くん。好きよ』

雪乃『昔も今も。変わらず、あなたが大好きです』

雪乃『私と、付き合ってください』



八幡「俺はな……」


八幡「雪が、大好きだ」


543: 2015/07/09(木) 00:57:14.81


八幡『………………ありがとう……』

八幡『……やっと、言ってくれた。……言葉にしてくれたんだな』

雪乃『ええ。……ずっと、待たせたもの』

八幡『……だから、俺も…………言葉にするよ』



――♪『届けて 切なさには 名前を付けようか "Snow halation"――』


八幡「……でも」



八幡『………………』

八幡『………………っ』

雪乃『……比企谷くん』

雪乃『…………がんばって……』

八幡『っ…………』




八幡『………………すまない……』

雪乃『っ……』

八幡『……俺には…………』


八幡「――雪より、もっと好きなものが、できたんだ……」



544: 2015/07/09(木) 00:58:46.99
<十二月二十四日、夜。総武高校奉仕部室>

八幡「……俺には、新しく好きな人が、できたんだ…………」

雪乃「…………そう」

雪乃「……渋谷さん、ね?」

八幡(雪ノ下は一瞬だけ天を見上げると、俺に微笑みかけてそう言った)

八幡「…………ああ」

八幡(外の寒さに臓腑を晒したように胃が痛む。……それでも、言葉にしなくてはならない)

八幡「俺は……渋谷凛が…………好き、なんだ」

八幡(……ついに言った。言ってしまった。虚空に向かって言い放ったわけじゃない。誰かに向かって言葉にしたのだ。……だから、言葉に責任を持つ。嘘はない)


八幡(相手が虚言を吐かない雪ノ下雪乃だからこそ。……かつて、俺が好きだった人だからこそ。どれだけこの身が痛んでも、言わなければならない。責任を取らなければならない)

八幡(俺にとって誰かを愛するということは、選択に責任を持つということだから)

雪乃「……わかって、いたの」

八幡「…………そうか……」

雪乃「……少しの間、一人にしてくれるかしら」

雪乃「ちょっとだけ、泣くから」

八幡(雪ノ下は、そう言って変わらず俺に笑いかける。……ああ、そういうところなんだ)

八幡(本当は弱いくせに、でも、強くあろうとして。隙あらば誰かに自我をまるごと預けてしまいかねない自分の依存体質を自覚しながら、それでも一人で立とうともがいているところ)


八幡(その姿が、まるで水底で足を掻きながらも悠然とあろうとする白鳥みたいで)

八幡(……そんな姿に、比企谷八幡は憧れて……恋したんだ)

八幡「……ああ。……待ってるよ」




雪乃「……ごめんなさい。……待たせたわ」

八幡「……もういいのか?」

雪乃「……待たせると、置いて行かれるんだもの」

八幡「…………本当、口が悪いな。お前は。……今回のは特に氏にそうだ」

雪乃「振られたのだもの。それくらい言わないと割に合わないじゃない」

八幡「……待ってろって、言わない方が悪い」

雪乃「……また泣くわよ。いいの?」

八幡「……悪かった、なんて言わねぇぞ。……存分に嫌ってくれていいんだ」

雪乃「無理よ。……泣けば泣くほど、好きになってしまうのに」

八幡「……」

雪乃「…………納得したいの。聞かせてもらえるかしら」

雪乃「……どうして、あの娘なのかしら」


雪乃「……醜いわね。嫌ってくれて構わないわ」

八幡「無理だ。そういう人間っぽいところに、俺は……」

八幡「っ……。失言だ、忘れてくれ……」

雪乃「……ずるい人」

八幡「……」

雪乃「……教えて?」

546: 2015/07/09(木) 01:00:01.72

八幡「…………ただの偶然だったんだ。出会ったのは」

八幡「最初は愛想のないやつだと思ってた。アイドルになんてなるくらいだから、性格的に相いれることなんてないって思ってた」

八幡「……でもあいつ、全然違ったんだ。結構笑うし、アイドルになったのもほんとに高校生にありがちなありふれた悩みからだった。俺とは反対に、擦れた所のないやつだった」

八幡「……お前は知ってると思うけど、あいつ、最初はダンスも歌も一番下手くそだったよな」

雪乃「初めての企画でも、一番手間取っていたわね」

八幡「初めてラジオに出た時も、緊張して俺の所に来たりしてな。……終わった後、すげぇへこんでたのを覚えてる」

八幡「……でも、あいつはいつもそれだけで終わらなかった」

八幡「へこむだけなら誰でもできる。でも、あいつはへこんだ後必ず動くんだ。負けたくない、負けたくない……って言って。靴がボロボロになるくらい一人で頑張るんだ」

八幡「そういうところが、まず気に入った」

雪乃「……」

八幡「最初は、いい仕事相手に恵まれたなと思ってただけだった。それが変わったのは夏のことだ」

雪乃「私との話よりも絵里さんを選んで一夜を過ごした夏ね」

八幡「…………お前のとこの前川と、初試合があったろ」

雪乃「……ええ。夏休みのすべてを費やして、練習していたわ」

八幡「あいつもな。氏ぬんじゃないかってくらい練習してた。そういう姿を見てると、意外かもしれんがこんな俺でもやっぱり勝ってほしいと思ったんだ」

雪乃「そうかしら。あなたはいつも、どうにかしたいと思う者には優しかったわ」

八幡「……記憶にないな」

雪乃「本人に自覚はないものよ」

八幡「……四年前以来、初めてだったんだ。他人の未来を願うなんて」

雪乃「……」

八幡「でも、結果は……負けだった」

雪乃「……どっちが勝ってもおかしくなかったと思うわ」

八幡「…………これは、誰も見てないんだ。俺だけが見た、あいつとの特別……」


八幡「……あいつな、泣いたんだ」


雪乃「!」

八幡「あんな澄ました顔してる奴が、崩れ落ちるくらい泣いてたんだ」

八幡「……あの涙が、忘れられない。……綺麗だった」

八幡「何かしてやりたかった。俺にできることなんて何もないことはわかってた。それでも、何かしてやりたいと心から思った」

八幡「……誰かと関わりたいって気持ちが恋なら、俺は多分、あの日にあいつを好きになってたんだと思う」

雪乃「…………そう」


547: 2015/07/09(木) 01:01:04.72

八幡「ただ、お前は知っての通り……どっかの捻くれ者は自分を誤魔化すのが得意だから」

八幡「ずっと見えないフリをしていた。土壇場で逃げて大切なものを壊した自分が何かを欲しがる資格はない。結局また同じことを繰り返して誰かを傷付けてしまうのなら、求めない方がいい。気付かない方がいい」

八幡「こんな面倒な自分に好意を持つ人間がいるわけがない。好意を持ち続けてくれる人間がいるわけがない。そうやって、誤魔化して……」

八幡「……そんな俺に、あいつはストレートに言葉を投げてくれる」

八幡「己惚れじゃないよ。信頼してるよ。怖くないよ。裏切らないよ。……期待していいよ」

八幡「……本当に、口にするのも恥ずかしい言葉ばっかりだ。あいつも恥ずかしがってたしな」

雪乃「…………私には、できなかったことね」

八幡「大事な感情を言葉にするのは恥ずかしいし、怖い。……でも、あいつは言葉にする。なんでかは俺にもわからん。そういう奴なんだ」

八幡「言葉にすることは怖いけど、わかりあえないことはもっと怖いって、……そういう奴なんだ」

雪乃「……」

八幡「……俺は奉仕部でのことを渋谷に話したことはない。ただ、何か大事なことがあったってのはバレてんだ。ちょっと前、俺が過剰反応しちまってな……」

雪乃「……私も、杏たちに聞かれることは多かったわ」

八幡「……あいつもきっと、何があったのか知りたがってる。もしかしたら俺を救いたいからなのかもしれないし、ひょっとすれば、話せば俺は救われるのかもな」


八幡「――でも、あいつは聞かないんだ。聞きたいのに、聞かない」


八幡「こっちまで迎えに来てるのに、傍にいて見守るだけで。……自力で立つのを、待っててくれた」

八幡「あの言葉にしたがり屋が、ずっと黙って見守ってくれたんだ」

八幡「その厳しさが痺れるほど嬉しい。……嬉しいんだ」

八幡「あいつは俺の求める優しさを持っているんだと思うと、嬉しいんだ」

八幡「……並び立ちたい。あいつの隣に立って恥ずかしくない自分でありたい。過去を乗り越えてもう一度自分を好きになりたい。……変わりたい」

八幡「あいつのために、変わりたい」

八幡「一人で立てる二人になって、必要のない手を繋ぎたい」

八幡「あいつと一緒の……本物が、欲しい」

八幡「……だから。比企谷八幡は…………つまり――」


八幡「――渋谷凛を、愛しているんだ」


548: 2015/07/09(木) 01:02:00.14


――♪『急いで いつの間にか 大きくなりすぎた "True emotion"
    夢だけ見てるようじゃ辛いよ 恋人は 君って言いたい 』



八幡「ごめん……っ……ごめんっ、……雪ノ下……っ」

八幡「……選べなくて、ごめん……。ごめんな……」

八幡「……俺、知ってた、のに…………。言葉に、しなくても、……伝わってた、のに」

八幡「…………俺は、あいつを、……好きになってしまったっ……」

八幡「……変わってしまって、ごめんな。約束したのに、ごめんなっ……」

八幡「……俺は。お前を……、助けて、やれない……」

八幡(涙が止まらなくて自分が枯渇しそうだと思う。それでも、涙は、嗚咽は止まらない。昔の俺と雪ノ下は言葉を交わしてきたわけじゃない。たった一つの単語をずっと封じて、あいつと時間を過ごしてきた)


八幡(わかってる。言葉にせずに伝わるなんて幻想だって。言葉にしないで交わせる約束なんてないんだって。……でも、確かに昔、あったんだ)


八幡(言葉にせずとも伝わるものが、あったんだ)

八幡(……あの時、由比ヶ浜の告白を受けていれば。誘惑を弾き飛ばして、雪ノ下に好きだと言っていれば。優しい先輩の恋心を受け止めていれば。雪ノ下の育てた想いを、改めて受け止めていれば)


八幡(全てが変わってしまう選択肢は無数にあった。……それらを、全て選ばずここにいる)

八幡(大切なものほど取り返しは利かない。人生にはセーブもロードもないのだから。だからこそ重い。だからこそ、尊い)

八幡(選ぶために選ばなかったことを、俺は誇る。傷付き、いくら涙がこぼれても)

八幡「……俺は、あいつが………好きだから」

八幡「……本物が、欲しいから……」

八幡「俺は、お前を………………選ばない」


549: 2015/07/09(木) 01:02:37.49


――♪『届けて 切なさには 名前を付けようか "Snow halation"
    想いが重なるまで 待てずに 悔しいけど 好きって純情』


八幡「……でも」

八幡「………………ありがとう」

八幡「……ありがとう。ありがとう……」

八幡「……由比ヶ浜。雪ノ下。絵里さん。……渋谷」

八幡「…………好きになってくれて、ありがとう」

八幡「……なあ、俺。見てるか」


八幡「――確かに、あったよ」



――♪『微熱の中 ためらってもダメだね
    飛び込む勇気に賛成 間もなくStart――』


――わああああああああああああああああああ!!!



550: 2015/07/09(木) 01:03:26.61
<終演後、スタジアム外>

雪乃「……ふふっ、なあに? 私に言っても意味ないでしょう?」

雪乃「……うん。うん。……ありがとう」

雪乃「……ねえ、結衣。私ね、言ったの」

雪乃「…………やっと、言えたの」

雪乃「……うん。やっと、終わったの」

雪乃「……謝らないわよ? あなたも四年前に言ったでしょう?」

雪乃「……うるさいわね。それができたら苦労しなかったわ。誰のせいだと思っているの?」

雪乃「……ふふっ、ごめんなさい。お互い様よね」

雪乃「…………今度、飲もうね。結衣」

雪乃「……うん。いっぱい、泣かせてね」

雪乃「……はい。おやすみなさい」

――ぴっ。



雪乃「……あら? 杏」

杏「だらしない顔してたよ。友達いたんだね」

雪乃「ええ。少ないけど、親友はいるの」クス

雪乃「……あなたがすぐに帰らないなんて。雪が降るわ」

杏「もう降ってるよ……」

雪乃「そうだったわね」

雪乃(私は苦笑をこぼしながら、スーツのポケットからあるものを取り出した)

雪乃(優しく落ちてくる雪に、昨日を映す)


551: 2015/07/09(木) 01:04:22.69

雪乃『……そう』

八幡『……』

雪乃『理解はできたわ。……納得はしていないけれど』

八幡『……それでいいよ』

雪乃『…………簡単に諦めるとは思わないでね?』

八幡『…………やめとけよ。俺は、容赦しないぞ』

雪乃『いいのよ。性格だもの。高校生の頃から変わらなかったものが、急に変わる訳ないじゃない』

雪乃『ゆっくり、ゆっくり。……少しずつ、雪が溶けるまで』

雪乃『ふふっ。あなたなら知っているでしょう。この女は結構粘着質で、病的な負けず嫌いなのよ』

八幡『……ああ。嫌ってくらい』


八幡『もう、お前を知っている』


雪乃『…………ねえ、比企谷くん。窓を閉めてもらえるかしら』

八幡『……あのな。もうその手は食わない。第一閉まってるだろうが』

雪乃『あら、まだ覚えていたのね。迂闊だったわ』

八幡『……初めてだったんだぞ。……忘れるわけねぇだろ』

雪乃『奇遇ね。私もなの』

八幡『……』

雪乃『……これから先あなたが誰と恋しても、口づけても、……肌を重ねても』

雪乃『あなたと一番最初にキスをしたのは、私よ』

雪乃『……ふふふ。この呪い、一生背負って歩きなさい?』

八幡『…………重い女だ』

雪乃『駄目かしら?』

八幡『……いや。お前らしいよ』

雪乃『そういうところがズルいというのに、罪な人ね』

八幡『……お前曰く、犯罪者だからな』

雪乃『ええ。……だから、罰を与えるわ』


雪乃『…………今度は、これを私に頂戴?』



553: 2015/07/09(木) 01:05:12.48

八幡『……煙草?』

雪乃『ええ。身体に悪いもの。……こんなものを吸っていたら、早氏にするわ』

雪乃『……命令よ。煙草は、もう、やめなさい』

雪乃『そうして、一秒でも多く長生きしなさい。苦しみ続けなさい』

雪乃『長く長く生きて……氏ぬまで、多くの人を傷付けた罪を背負い続けなさい』

雪乃『それが私の、あなたへの最後の依頼』

八幡『……わかった』

八幡『その依頼、確かに承った』

八幡『任せろ。依頼を解決するのは、得意なんだ』

雪乃『……ええ。いい顔だわ』

八幡『顔は悪くない方だ。一番最初に言ったことだぞ』

雪乃『目は悪いのだけれどね』

八幡『……それを言われるとどうしようもない』

雪乃『……ねえ、比企谷くん。雪が溶けると、何になるか知ってる?』

八幡『? 何言ってんだ? 水だろ?』

雪乃『残念。不正解よ』

八幡『……?』

雪乃『ふふっ。教えてあげる。……雪が溶けるとね』



雪乃『――春に、なるのよ』



554: 2015/07/09(木) 01:06:26.68


雪乃「……」

――かちっ。しゅぼっ。

雪乃「…………ふぅ」

杏「……煙草、吸うようになったんだ?」

雪乃「ええ。……何となく、ね」

杏「……何だかさ」

杏「かっこいいね」

雪乃「……ふふっ。当たり前でしょう?」

雪乃「かっこつけてるんだもの」

杏「……みくと穂乃果と卯月ときらりが探してる。お泊り祝勝会がしたいって」

雪乃「……本当に元気ね。あの子たちは」

杏「全くだ。見てると目がつぶれそうだよ」

杏「……断っておこうか?」

雪乃「……いいえ。いいわ。みんなで祝いましょう? その方が、きっと楽しいし」

杏「わかった。向こうで待ってるみたいだよ」

雪乃「先に行っていてくれるかしら?」

杏「それ、吸っていく?」

雪乃「いいえ。少し、泣いていくわ」

杏「……わかった。後でね」

雪乃「ええ、後で」

杏「……あのさ、雪乃。小さくてごめんね」

雪乃「? どうして?」

杏「背中、貸せないや」

雪乃「……あんまり、泣かせないでくれるかしら」

杏「……へへ」

雪乃(照れてそっぽを向く私の小さな親友の頬は淡く紅い。まるであんずの花みたい)

雪乃(そういえば、杏の花も春に咲くのよね。そんな小さな偶然に、私はまたふわりと笑う)

雪乃「……あ」


雪乃(私の頬から、涙が零れ落ちる。それは雪解けの水のように自然で、なぜか暖かい)

雪乃(春の訪れが私を待っている、そんな気がした)


555: 2015/07/09(木) 01:07:36.58
<十二月二十六日、夜。凛の家>

凛「……うう」

母「凛。熱、下がった?」

凛「……三十七度くらい」

母「あんたの体温じゃ駄目ね。……全く、ライブ終わってから倒れるなんて、お母さん心臓止まるかと思ったわ」

凛「……しょうがないじゃん。糸がきれちゃったんだよ」

母「比企谷さんなんて顔真っ青にしてたんだから。ちゃんと謝っときなさいよ」

凛「…………不謹慎だけど見たかったぁ。……有耶無耶になっちゃったぁ…………。ほんと、氏にたい……」

母「……そんな氏にたいあんたにお客さん。外で、待ってるわ」

凛「!!」

母「あっ、もう! ……すぐ飛んでっちゃうんだから」

母「……ふふふ。本当に、犬みたいね。あの子」



八幡「……よう。元気か?」

凛「……プロデューサー!」

八幡「全く、あんまり心配させんなよ……。冗談抜きで心臓止まるかと思ったぞ」

凛「大丈夫、もうぴんぴんしてるから」

八幡「アホか。そんなすぐ治る訳ねぇだろ。わざわざ休みの中出て行って調整したんだ。明日は仕事全キャンセルな。そのために診断書書いてもらったんだから」

凛「ええっ!? ……そんな」

八幡「……休みが入ってこの世の終わりみたいな顔するやつはお前くらいじゃないか?」

凛「……お仕事したい。生きてる感じがしないんだよ」

八幡(熱で紅くなっているであろう頬がこの寒い空気の中、際立って熱そうだ。そんな頬っぺたをぷくりと膨らませるて、渋谷は拗ねた顔をする)

八幡(そんななんでもない動作も、愛しいと思えた)


八幡「身体冷やしちゃいかんからな。手短に連絡するぞ」

凛「え。上がってってよ」

八幡「すぐ済むからいい。さっと聞いてさっと寝ろ」

凛「……はぁい」

556: 2015/07/09(木) 01:08:22.97

八幡(店の前を数分に一度、ライトを付けた車たちがゆっくりと通っていってたまに俺たちを照らす。時間がまだ早いからか歩いている人もいないわけじゃない。寒いし、さっさと済ませてやろう)


八幡「まずは明日のラジオの収録だが、前川が代役を引き受けてくれた。ちょっと異例だが、ライブでの演出の件もあるしまあ打ってつけだろ」

凛「……もう二度とやらない、と思ってたけど……。引き分けだったし、もう一回くらいならいいよ」

八幡「しばらく共闘はねぇよ。仲良く喧嘩してろ。……ライブのインタビューは明後日に延期。同時にやる予定だった雑誌の撮影も同じく延期。あとは765プロに勝ったおかげで滝のように仕事のオファーが来てる。もう仕事を選べる立場になっちまったな」

凛「……できる仕事は、全部やりたいな」

八幡「ふ。殊勝な奴だよ、お前は。……あとは何かあったかな。そうだ、トライアドプリムスにあの金曜夜の歌番組のオファーが来たぞ」

凛「え!? 本当に!? ……やった!」

八幡「……一年前、病院のベッドの上で見てた番組にお前が出るなんてなぁ」

凛「大きくなりましたよ、渋谷凛も」

八幡「……くく。調子に乗りやがって」

凛「たまにはいいじゃん」

八幡「……まあな。お疲れさん、トップアイドル」

凛「ううん、まだまだ。まだ上に行けるよ。……走るのは、やめない」

八幡「……それでこそ、お前だよ」

凛「ふふっ。もっと褒めていいんだよ」

八幡「残念ながらこれ以上伝達事項は……あ、あったわ」

八幡「俺、お前が好きなんだけど付き合ってもらえないか?」

凛「……あ、うん…………」

八幡「よし。じゃあ全部言ったな。帰るわ」

557: 2015/07/09(木) 01:09:07.40

凛「…………ちょ、ちょちょちょっと!! 待てっ! 何さらっと!」

八幡(もう顔が真っ赤で仕方ないから、言い逃げしてさっと帰ろうと思ったがそう上手くはいかないようだ。早足で去る俺の背中を、渋谷は走って追いかけてくる)


凛「……っ、わわっ」

八幡(するとあいつは熱でくらついたのか、俺に届く一歩手前あたりでふらりと倒れそうになる。俺は咄嗟に振り返り、前のめりに倒れてくる渋谷を抱きとめた)


八幡(車が通ったのか、一筋の光が真っ暗な世界を照らす。……俺の顔の真ん前で、渋谷は真っ赤になった顔を晒していた)

八幡(……近い! 暖かい! いい匂いがする! なんだこれ!)

八幡「おま、大丈夫かよ」

凛「……大丈夫じゃないよ! こんな大事なこと何さらっと言ってんの!」

八幡「……お前もそうだっただろ。恥ずかしいんだよ」

凛「……そうだけど!」

八幡「約束に応えただけだ、俺は。……ほら、離れてくれ」

凛「……やだ」ギュッ

八幡「っ!」


凛「……好きだよ。大好き。本当に好きなんだよ。伝わってる?」

八幡「……大丈夫だ。ちゃんと伝わってるよ」

凛「……色々言いたいこともあるし、聞きたいこともあるんだ。……でも、いいや」

凛「とりあえず言いたいことは、好きってことなんだ」

八幡「……ああ。いつか、ゆっくり聞いてくれ。……凛」

八幡「そしていつか、お前の話も聞かせてくれ」

凛「うん、八幡。……ずっと、隣でね」


558: 2015/07/09(木) 01:09:44.56
<十二月二十七日、早朝。クールプロダクション事務所>


絵里「……はーあ。仕事したくないわ……」

絵里「どうして社会人って失恋しても仕事しないといけないのかしら。おかしいわ。間違ってる。間違ってるのは私じゃなくて社会の方。そうに決まってるわ」

絵里「……ああ、つらい。辛い。幸せと一本違いとか何言ってるの。馬鹿じゃないの」

絵里「…………まあ、今日も会えるから……いっか」

絵里「…………よしっ! 仕事納めは近いわ! 今日も頑張りましょう!」

絵里「さあ、ポストチェックから……」

絵里「……っ! 痛っ!」


絵里「……え? ……何、これ。……破片?」


絵里「………………え?」






絵里「……………………割れた、CD……?」







559: 2015/07/09(木) 01:10:33.84







マキナ@346厨 @Final_root
あのさ、さっき出先で花買いに行ったときに撮ったんだけど
これ、もしかして渋谷凛ちゃん?
http://twwit.pic――

59,099Retweet 32,890Favorite









560: 2015/07/09(木) 01:11:39.05



【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart83


24 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/26(土) 23:39,34 ID:kjfg5Rds
お前らツイッターに上がってる写真見た? あれもう明らかに渋谷凛じゃね


25 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/26(土) 23:42,34 ID:Lker543s
信じない


26 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/26(土) 23:44,98 ID:FesD2aSy
完全にハグしちゃってんだよなあwwwwwwwww
  シブカス冷えてるか~?wwwwwwwwww


27 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/26(土) 23:49,21 ID:Dsr4Wg3l
は? 意味わからん意味わからん意味わからん
  俺昨日ライブ行ったんだけど? 俺が一番凛ちゃん知ってるもんこいつ兄だよ
  何言ってんの? 凛ちゃんには彼氏なんていないし俺たちのためだけに歌うんだよ
  こんなよくできたコラとか作っても無駄無駄 コラだよな コラでしょ
  凛ちゃんは一人っ子だよ。兄なんていないよ。菜に行ってンの
  洗脳 辞めろ ふざけないで


29 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/26(土) 23:54,09 ID:Lkmd4r5t
何がクリスマスプレゼントだよ 俺らのこと嘲笑いながら踊ってたんだろ
  そんなに楽しいかよ 俺らみたいなの嘲笑って金吸い取って
  応援してた俺らにくれんのはこんなもんか
  もう怒りとか通り越してさ、どうでもいいわ
  てか疑問なんだけどなんでこいつ氏んでないの? 生きてて恥ずかしくないの?


31 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 00:01,34 ID:Kles4dFg
倒れて他のを支えただけ支えただけ支えただけ
  凛ちゃんって意外と頼りないもんね。この前夢の中で言ってたもん。
  お前らがあまりにも可哀想だから俺だけ知ってたけど教えてあげるわ
  凛ちゃんが俺を裏切る訳ない。頼むから嘘だと言ってくれ


35 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 00:04,44 ID:Klmgdfr5
放心してた。気付いたら部屋にあるグッズ全部ぶっ壊してたわ
  許されるべきではない。制裁が必要。裏切り者は氏ね
  これからぶっ壊したCD直接投函してくるわ。こんなもんで終わると思うなよ


38 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 00:06,21 ID:operDf54
アアアアアアアああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼
  やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ



563: 2015/07/09(木) 01:13:56.43


【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart98


456 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 08:45,21 ID:ewSdfgty
  クール事務所のサイト落ちててワロタ
  てかお前ら騒ぐのもいいけど冷静になれよ
  渋谷凛抱きしめてるこいつ誰だ。特定の材料はないか?


461 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 09:01,11 ID:kles4dFg
  暗くてよく見えないが、良く見えないってことは黒? スーツなんじゃないか
  学生の線はなさそうじゃね。受ける印象的にも
  完全に特定して叩き潰せ。二度とこんなことが起きないためにも


463 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 09:04,97 ID:rght45S5
  社会人で渋谷凛と接点があるってもう346の社員とかしかねーだろ
  本社もありそうだが、三事務所のどれかにいるやつじゃねえか


469 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 09:08,21 ID:ewSdfgty
  プロデューサーとか? キュートのPはこの前ギター弾いてた時見た。女だった。
  パッションプロも確か女だったよな
  渋谷凛も所属してるし、こう来るとクールの奴が男だったら一気に臭くなってくるな


490 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 09:45,21 ID:KlomEwrf
  あのさ、報告。この前しぶりんがベーマガのインタビューで言ってた店あるじゃん。
  御茶ノ水の中古楽器店。今さっき押しかけて観てきたんだけど、こんな写真あった。
  このしぶりんの隣に立ってる奴、話題の写真のやつと同一人物臭くね?
  http://――


491 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 09:46,70 ID:LkmbvSew
  ほんとだ。癖っ毛とか目元の感じとかそっくり。こいつじゃないか?


542 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 10:32,22 ID:Lmfg34rf
  ずっとファンだった。正直たった一枚の写真で何が分かるって話だが。
  でも俺も気に入らねえ。こうなりゃ徹底的に調べあげるべき。俺も援護するよ。
  俺、結構初期から渋谷凛には目をつけてて、まだ無名だったころ楓さんのラジオに出てた
  それ、録音してたんだ。聞いてみれば気になることいってる。
  みんなも聞いてみてくれねえか?
  http://――


549 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 10:45,21 ID:dfRsty54
  ヒキガヤって言ってンな。なんか親しそうだし、この写真の男がヒキガヤか?
  確定できないが可能性は高いな


590 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 11:27,09 ID:rtyFswqe
  俺も今色々調べてたんだが、ヒキガヤって聞いて今電流走ったわ
  こいつ、ニュージェネレーションズの一番最初のnonnaの企画に関わってる
  特集ページの一番最後に文責:比企谷八幡って書いてあるわ。
  本当に渋谷凛の一番最初から関わってるし、そこからデキてたって説濃厚じゃね


565: 2015/07/09(木) 01:15:18.12

597 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 11:45,33 ID:Khgtf54t
  クール事務所の公式サイト復活してる! 朗報!
  オマエら最近職員紹介のページ追加されてたの知ってる?
  事務員:絢瀬絵里の横にプロデューサー:比企谷八幡全身写真で載ってます!
  上がってる写真と出てる情報に完全に合致するね。
  アイドル渋谷凛と抱き合ってるのはプロデューサー比企谷八幡!
  くぅ~w これにて特定終了ですw


611 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 14:09,37 ID:6tgbhujn
  なんだよ なんなんだよ 結局茶番なんじゃないか ふざけるなよ
  わかってんだよ オレたちが アイドルに手が届かないなんて
  でもだからってこんなんおかしいよ オレたちはそんなん見たくないんだよ
  夢見せてくれよ アイドルってそうじゃないのかよ


615 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 14:31,09 ID:kjsd5reD
  アイドルとか全員非処Oに決まってんだろwwwww馬鹿かwwwww
  お前らが落としてる金で男とホテル入ってんだよwwww


714 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 17:21,74 ID:Klme33ws
  てか写真一枚で騒ぎすぎでしょ。お前らあの子のファンなんじゃないのかよ
  年頃の女の子だから恋愛くらいするでしょ。本当のファンなら応援してやれよ


719 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 17:43,99 ID:eriksd4f
  >>714 お前、それ自分の好きな子目の前で寝取られても言えんの?


721 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 17:55,90 ID:LRDs5FG
  他板から興味本位で来るのやめてくれよ。お前らに何が分かるんだ
  そんな綺麗事とかいらねぇんだよ。だったらアイドルになんかなるんじゃねぇよ
  本当のファンだったら応援しろだ?ふざけんな!!!!!!!知るか!!!
  嫌なもんは嫌だろうが!!!かっこつけんな!!!気持ち悪いんだよ!!!
  精子飲んだ喉で歌なんか歌うな!!!!氏ね!!!!!


723 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 18:01,53 ID:98Dfergh
  ファンならアイドルの幸せ願えって言うけどさあ、その前に前提忘れてるだろ
  アイドルなら自分のことより俺たちのこと幸せにしてくれよ
  タダじゃねーんだよ 人生傾くぐらいかけてんだよこっちはよ
  俺の給料と時間返してくれよ


764 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 18:49,72 ID:edFrsdFs
  !!! 大本営発表来たんだけど! クールのサイト見ろ!!
  22時から緊急記者会見、生放送だってよ!!
  例のプロデューサー直々に会見するらしい!!!!


765 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 18:50,74 ID:kldsrtG5
  盛  り  上  が  っ  て  ま  い  り  ま  し  た


769 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/12/27(日) 18:51,92 ID:PPls45fg
  言い訳ぐらいは聞いてやるよ。早くしろ。逃げられると思うなよ
  どんな言い訳をしようが追いつめて社会から抹頃してやる


566: 2015/07/09(木) 01:16:21.79
<十二月二十七日、朝。小町と八幡の部屋>

八幡(昨日の緊急出勤の代わりの休日。自分の睡眠を妨げる事務所からの電話を恨めし気に取ると、絵里さんの泣き声が飛び込んできた。眠気など、一瞬で吹き飛ぶ)


八幡(窓から広がる曇天と凍える寒さが、未来を象徴めいて冷たい)

八幡(……愚かだった。馬鹿か俺は。どうして、どうして気付かなかった!)

八幡(人の悪意というものに、何よりも過敏なこの俺が――!)


小町「……っ…………お兄ちゃん……っ!」

八幡「……小町」

小町「…………どうして? どうしてなのっ!! お兄ちゃんは、何もっ……」

小町「お兄ちゃんは頑張ったのに!! いっぱい苦しんだのに!! 辛いこといっぱいあったけど、選んだのにっ!」

小町「ようやく、ようやく……幸せになれるはずだったのにっ!!! どうしてっ!?」

八幡「…………泣くな、小町」

小町「……どうして。どうしてお兄ちゃんは泣かずにいられるの!?」

小町「おかしいよ!! こんなの、おかしいよっ!」

八幡(小町は、小さいころの記憶そのままに駄々っ子のように泣いていた。……ただ、俺の為に)


八幡(ああ、俺は能天気だろうか。こんな状況なのに、そんな姿を見ていると――)

小町「……馬鹿っ、馬鹿ぁ!! どうして笑ってんのっ!!」

八幡「…………そりゃ、代わりにお前が泣いてくれるから」

小町「……っ、こんな時に、かっこつけなくてもいいんだよっ!!」

八幡「……涙って、綺麗だよな」

八幡「俺の為に泣いてくれる人がいるってことは……幸せ、だな」


567: 2015/07/09(木) 01:17:03.17

八幡(思えば俺はいつもそうだった。心を動かされるときは、いつも誰かの涙がある。その涙を拭いたいわけじゃない。涙を流している人がいるという、その事実をただ美しいと思う)


八幡(人の為に泣けるということが。自分の為に泣いてくれる人がいるということが。生きる為にはいらない心の動きに、痺れるほどに打たれてしまう)


八幡(涙。……涙)

八幡(心に思い浮かぶのは、誰よりも愛しく大切なあいつのこと)

八幡(お前は今も泣いているだろうか。悲しんでいるだろうか。……きっと、泣いているよな)

八幡(……でも)

八幡(お前は、泣いた後……言うもんな。それだけじゃ終わらないもんな。必ず動くもんな)

八幡(……ああ。俺にも、今、わかった。わかったよ、凛)

八幡(この気持ちが、いつもお前を突き動かしていた――)



八幡「――負けたくない」

八幡「……誰にも、負けたくない!」


570: 2015/07/09(木) 01:18:16.34

八幡(お前たちの感情は理解できる。傷付けているのもわかる。……だが、負けたくない。気持ちをわかっていて、逃げない。負けたくないということは、遠慮しないということだから)

八幡(負けないためには、戦って勝つしかないのだ)

八幡(さあ、考えろ。思考しろ。お前の武器はそれだ、比企谷八幡)

八幡(現状を余すことなく把握しろ。人の感情の流れを読み切れ。高速化した思考で、最適解を導き出せ)

八幡(あの写真を撮られた。ならば相手が俺であることを特定されてしまうのは必定。しらばっくれることはできない。膨れ上がった感情を一番効率的に逃がす方法は何だ)


八幡(誤解は解けない。なぜなら誤解ではないからだ。俺たちの関係に、嘘はない。ならば本当のことを言うか。それも否だ。綺麗事で人の心は変わらない)


八幡(何よりその方法では渋谷凛の未来が閉ざされる。高木社長と黒井社長は過去にそんな事件があったと言う。前例がある。そのルートの可能性はゼロだ)


八幡(……ならばどうすればいい。俺は欲しい。都合のいい答えが欲しい)

八幡(俺は現実家になりたがる。誰より夢を見たいから。夢を見るためには、現実を見なければ始まらないから)

八幡(あるのだろうか。俺の求める答え。全てを叶える、夢のような答え)

八幡(俺が俺でありつつ、渋谷凛が渋谷凛であって、二人で手を繋げる、そんな答え――)



八幡「……………………ある」



八幡(……それはひらりと俺の中に落ちてきた。ひょっとすれば、それは贈り物)

八幡(昔の俺では選べなかった、今の俺だからこそ選べる贈り物)

八幡(それは雪のように冷たく残酷で、しかし、お互いを想い合う賢者たちにだけは手が届くかもしれない、暖かく優しい贈り物)


八幡(雪と、賢者の贈り物)


八幡(……ああ、なんてひどい。なんて冷たい。きっと誰もが、傷付かずにはいられない。なのに、手が届くかすらもわからないのだ)

八幡「……それでも」

八幡(それでも、俺は選ぶ。人を愛するということが相手を傷付け、相手に傷付けられる覚悟を決めるということなら)


八幡(俺は決めた。覚悟を決めた。未来を、決めた!)


八幡「それでも俺は、本物が欲しい!」


八幡(さあ、俺は動き出す。戦いを始めよう。最初で最後の、俺のステージを)


八幡「――凛。お前は、どうする?」


八幡(……もしも、欲しいものに形があるなら。それは――)


571: 2015/07/09(木) 01:19:41.00
<同日、夜。千鳥ヶ淵>


凛「っ……! はぁっ、はぁっ……! ……八幡っ! どこっ!?」



八幡「……よう。こっちだ」

凛「っ……今まで、何してたのっ!?」

八幡「魔法の下準備。……ふ。それより、よく一発で辿りつけたな」


件名:待ち合わせ
本文:約束の場所で、待ってる


凛「……八幡と果たしてない約束なんて……一つしか、なかった……」



八幡『夢を売る業界なんだから専業主夫の夢くらいいつまでも持たせてくれよ』

凛『夢見るだけなら自由だけどさ』

八幡『嗚呼、あそこのボートに乗って一日過ごすだけの仕事に就きてえ……』

凛『何言ってんの。……乗ってみる?』

八幡『いや、いい』

凛『そう? じゃ、次来た時一緒に乗ろうね』

八幡『ん、ああ』

凛『約束だよ』

凛『いつか、果たしてね』



八幡「こんな真冬に乗る奴は他に誰もいないが、乗っていいってよ」

八幡「ほら。……約束を、果たそう」

572: 2015/07/09(木) 01:20:24.50

八幡(氷のように冷たい水面を漕ぎ出して、俺たちは世界から取り残されたように静かな世界にたゆたう。凍てついた冬の風が、静かに船と凛の髪を揺らした)


八幡(無言で俯いている彼女の目には、涙)

八幡(同じ涙なのに、内臓が握りつぶされたように心が痛む。俺は思わず、天を見上げた)

八幡(空には綺麗な星と月。俺はふと、月の光に思い出を見る)

八幡(思えばいつも凛が言葉をくれる時、空には月が浮かんでいた。月光に照らされる彼女は神秘的で、いつも凛の言葉を受けて考える自分がいた)


八幡(お前がいなければ、俺は変われなかった。……だから、ありがとう)

八幡(目の前で静かに泣く少女を見て、俺は心の中で深くこうべを垂れた)

八幡(さあ、月が見ている。お前の答えを聞かせてくれ――)


573: 2015/07/09(木) 01:21:36.89

八幡「……やられちまったな」

凛「……っ」

八幡「俺としたことが迂闊だったな。車の光で気付かなかった。シャッターも切られてたとはなぁ……」

凛「……っ、どうして……」

凛「どうしてっ!! そんなに平気でいられるの!?!?」

八幡「……」

凛「私が何をしたの!? 私が何をしたって言うのっ!!」

凛「ただ……ただ!! 人を好きになっただけじゃん!! それだけじゃん!!」

凛「ずっと傍で見てくれた人を、いいなって思って……愛しただけじゃん!」

凛「どうしてみんなそんな酷いこと言うのっ! どうして、どうして……誰も、祝って、くれない、のっ……」

凛「……みんなの思い描く私なんて知らないっ! 知らない! しらないしらないしらない! 勝手なこと言わないでよっ! 私は私なんだもん! 渋谷凛なんだもん! アイドルである前に、人間なんだもんっ!!」

凛「…………好き、なんだ。……すき、なんだ、よう……」

凛「あなたが、はちまん、が……、ひっ、……っ」

凛「あなたが、すきな、だけなのに……」


八幡(……見ててくれな、月)

八幡(……これが、俺の覚悟だ)


八幡「……俺が平気でいられるのは、なんでだと思う」

凛「っ……! わか、んないっ……。わたしが……どうでもよくなった? じゃまになった? ……きらいに、なった……?」

八幡「そんな訳ない。比企谷八幡は、渋谷凛を愛している」

凛「っ! じゃあどうしてっ!!」



八幡「……遅かれ早かれ、絶対に避けられない問題だったからだ」

凛「……っ」


574: 2015/07/09(木) 01:22:41.62

八幡「……だってお前は、アイドルだからな。普通の人間じゃない。特別なんだよ」

凛「違うっ! 私は特別な人間なんかじゃない!」

八幡「お前の中ではそうでも、みんなの中では違うんだ。……お前は、特別な存在なんだ。人が描く偶像をその身に背負う、世界の一パーセントにも満たない特別な存在」

八幡「……凛。お前は、人を好きになることのどこがいけないと言ったな」


八幡「……ああ。いけないことなんだ。アイドルは、恋しちゃいけないんだ」


凛「……そんな…………」

八幡「理由がわからないわけじゃないだろ。……だって、俺とお前がそうなように、世界には男と女がいるんだから」

八幡「お前が女である限り、大多数のファンは男なんだ。みんなテレビの中で、雑誌の中で、ライブの中で歌って踊るお前に恋をする。だから、応援する。物を買う。会いにくる」

八幡「その事実から目を逸らすことはできない。法律で決まっていないからといって、アイドルはファン以外に恋をしちゃいけない」


八幡「――他の男を、愛しちゃいけないんだ」

凛「……っ。うぅ、うっ……」

八幡「……」


凛「…………そんなの、勝手だ……」

八幡「……」

凛「勝手だ!! 私が好きじゃないんじゃん!! 私を好きな自分が好きなんじゃん!! ちょっとでも思い通りにならないと、勝手を言ってるだけじゃない!!」

八幡「……そうだな」

凛「アイドルっておかしいと思う! 恋の歌を歌って、ファンのみんなもそれを喜んで!! でも、いざ私が恋したら掌ひっくり返してひどいことを言うんだ! 氏ねって言うんだ!」

八幡「……そうだな」

凛「勝手に決めつけないでよ!! あなたたちに私の何が分かるの!? 八幡の、前川たちの何が分かるの!?」

凛「枕営業なんてしてないよっ! 好きな人とも寝たことないよ! 処Oだよ!! 適当なことなんてしてないよっ!! 毎回毎回氏にそうになほど練習してるよ!」

凛「見てもないくせにどうしてそんな酷いことが言えるの!? 何も手抜きしてないよ! 期待に応えるためにどれだけしんどいことしてるかわかろうともしないくせに!!」

凛「馬鹿にするな馬鹿にするな馬鹿にするな! バカにしないでよっ!! 愛してるからって、好きだからって何でも許されるなんて思わないでよ!!」

凛「私は人間なんだ! 十八歳のただの女の子なんだっ!!」

凛「……アイドルなんて!! アイドルなんてっ!!!!」


凛「…………っ……」


八幡(ただ、見守る。与えられた選択肢に意味はない。他人に選択を委ねてはいけない。大事なものは自分で掴み取らねば、意味がない)


八幡(さあ、選べ。お前はどうしたい)


576: 2015/07/09(木) 01:23:43.20

凛「…………私は」

凛「……私は、八幡さえいれば。…………八幡さえいれば!!」

凛「アイドルなんてっ!!!」

凛「…………っ……」



凛「……………………よくない……」



凛「……どうでも、良くない……」



凛「…………私は、バカだ……」

凛「こんなに、良いところなんてないのに……自由なんてないのに……」

凛「……それでも……」

凛「……それでも、私……」



凛「……アイドルが、好きだ……」



凛「こんなに熱くなれるもの、他に知らないんだ……。好きなんだ……。あなたに、色々なものに出会えた、自分を変えてくれたアイドルが好きなんだ……」

凛「……私、アイドル、大好きなんだ……!」

凛「……でも、八幡も、大好き…………!」

凛「すきだよ…………えらべないよ…………!!」



八幡(――ああ。それだ)

八幡(その顔が、その姿が、その涙が。震えるほどに、暖かい)

八幡(だから、好きになったんだ)

八幡「……ありがとう。良く頑張ったな」


八幡(愛しさが溢れて止まらなくなった俺は、立ち上がっていた凛を抱き寄せる。素直に胸に飛び込んできた凛の重みで、船が揺れた。このまま二人水底に消えてしまっても、きっと俺は満足して氏ねたと思う)


577: 2015/07/09(木) 01:24:58.92

八幡「……がんばった。がんばったな。大好きだぞ」

凛「……っ、う、うう――」

八幡(そうして凛は、俺にしがみついて、存在を振り絞るように泣いた)

八幡(あの時は背中を向いてパートナーとしてだったが今は違う。正面を向いて、恋人として抱き留めた)

八幡(……この暖かさを、覚えておこう。ずっとずっと、忘れないように)



八幡「……なあ、凛。覚えてるか」

八幡「この世に魔法はないって、言ったこと」

凛「…………うん」

八幡「……もし、俺が魔法を使えるって言ったらどうする」

凛「……?」

八幡「欲張りなお前が、二つとも手に入れられるようになる魔法だ」

凛「!! ……あるの?」

凛「そんな……そんな奇跡みたいな方法が、あるの……?」

八幡「……奇跡なんかじゃない。魔法は、人為だから」

八幡「……だから、痛みを伴わずにそれを手に入れることは出来ない」

凛「っ……」

八幡「しかも、痛みを伴ったところで……本当に手に入るかどうかもわからない」

八幡「そんな不確かな本物がもしあれば、あるいは……」

凛「……」


八幡「……そんなものはないかもしれないな。……けど。けどな」

八幡「それでも、俺は欲しいんだ。お前との本物が」


凛「!」

八幡「……なあ、凛。お前には、あるか?」

八幡「いつか賢者となるために、愚者を振る舞う覚悟があるか?」

八幡「たったひとつを求めるために、他の全てを傷付ける覚悟があるか?」


八幡「――人を愛する、覚悟はあるか?」



凛「……私は」



凛「――それでも、本物が欲しい」



578: 2015/07/09(木) 01:26:11.97
<十二月二十七日、二十二時。都内某所、スタジオ>

八幡(会見の会場につながる扉を開く。暴力的なまでのフラッシュが焚かれて、俺は思わず目を瞑る。やりすごして、なんとかもう一度目を開く。多すぎるほどの記者がそこにいた。改めて、渋谷凛という女の子の存在の大きさを思い知る。こんなすごい奴に、俺は恋をしていたんだな)


八幡(俺はあまのじゃくだから、こんな状況下でも自分の恋人を褒められたようで気分がいい。……ああ、いい気分だ。悪くない)


八幡(俺がつくはずの席の隣には武内さん。会見場の一番後ろでは戸塚と雪ノ下が壁に背を付けて立っていた。……面白いもんだ。二人とも、同じような笑い方をしてる。同じように、口元が動いていた)


八幡(「しょうがないやつ」、か。全くその通り――)


八幡(……さて、行くか)


八幡(男の子だからな。たまにはカッコつけとかねぇと)

八幡(見とけよ、凛)

八幡(これが、お前が愛した捻くれ者の最期だ)


579: 2015/07/09(木) 01:27:27.97

武内P「会見を始めます。……比企谷くん、座りなさい」


八幡「……はぁ。いいんすけど、給料出るんすか? 今日、一応休みだったんですけどね」


――ざわざわ。ざわざわ。


武内「……座れ、と言っているのです。あなたは自分のしたことがわかっているのですか? ……それでは、後はお願いします」

八幡「……へいへい。仰せのままに」

記者「か、会見を始めさせていただきたいと思います。海王通信の記者です。……今回は、御社のアイドルの渋谷凛さんとの件について――」

八幡「……あー、もう一々まどるっこしい質問はなしにしましょうよ。全部俺が話しますね」

八幡「皆さん年の瀬に大変ですね。俺もなんだけどな。本当勘弁してほしいんだけど。……こんな薄給でこき使われるとは思わなかったわ。おまけにプライベートについても一々言及されるしな。たまったもんじゃない」

八幡「……段々腹立ってきたな。最初は謝罪? つうの? やれって言われたんですけどね。やめとくわ。俺の方も結構言いたいこと溜まってんすよね」


――ざわざわ。ざわざわ。


八幡「……渋谷の件ですか? ああ、そう。あいつ本当にわかってねぇんだよな。誰のお蔭で仕事が入ってきてると思ってんですかね。アイドルなんてプロデューサーがいなけりゃ何もできないんすよ。黙ってレッスンして仕事が入って来るわけないでしょ?」


八幡「そういえば、ウチの会社ではアイドルのことシンデレラガールって言うんでしたっけ? ……ははっ。まさしくその通りだ。ウチの会社は流石いいセンスしてる」


八幡「シンデレラの童話知ってます? シンデレラは普段からいじめられてて、舞踏会にも行かせてもらえない。そんな彼女のもとに魔法使いが現れて、魔法をかけて貰って、舞踏会に行く。そうして王子さまに見初められてめでたしめでたし、だ。いい童話だよ、本当」


八幡「この物語のミソわかります? ……結局のところ、シンデレラは魔法使いがいないと何もできないし始まらないとこなんですよ。シンデレラがたとえどれだけ美人でも、性格が良くても、魔法がない限り舞踏会には行けない。ハッピーエンドなんてないんですよ」


八幡「まさしくアイドルとプロデューサーそのものだ。プロデューサーが魔法をかけないと、アイドルは始まらない。俺たちがいないとアイドルなんてただの容姿がいいだけの女でしょ」


八幡「それをわかってねぇんだよな。……あの765プロに勝てたんだぞ? 俺のお蔭で。……だったらねえ? キスの一個くらい貰おうとしても許されるでしょうよ」


八幡「……まさか、あの距離からビンタくらうとは思わなかったけどな。はは、撮られてるとも思ってなかったな。予想外だらけだ、全く」


記者「な……! あなた、自分が今何を言ってるのかわかっているんですか!!」


八幡「……はー。自分で言った言葉の意味がわからないやつなんています? いないでしょ。何言ってんすか」


記者「っ……言葉が過ぎますよ!!」

八幡(……いいぞ。もっとだ。もっと喰いついてこい。煽ってこい!)

八幡(そんなもんじゃこの俺は揺らがねぇぞ!)


580: 2015/07/09(木) 01:28:43.03


八幡「……この業界に入って特に思ったんですけどね。あんたら夢見すぎでしょ」

八幡(日本中のヘイトを俺に向けてみろよ。足りねえんだよ。……どうしたよ。そんなもんか? こんなもん、中学の時折本に告白した後の方がよっぽど居心地悪かったぞ)


八幡「あんたたちがアイドルに抱いてる理想は、全て俺たちがコントロールしたものだ。どうすればより客を集められるか。どうすれば多くのターゲットに刺さるか。どうすればもっともっと……金を落としてもらえるか。利益を出せるか。それだけですよ」


八幡(かかってこい。飛びついて来い。綺麗にコーティングされた悪意にしがみついてこい! そうやって都合のいい事実に群がって、いつまでも理想を抱き続けていろ!)


八幡「いやいや、プロデューサーってのはとても楽しいお仕事ですね。……思った通り、人を動かせる。流行を、存在を創り出すってのは女を抱くより気持ちがいい」


記者「っ!! あんた、いい加減にしろ!!」


八幡(ああ、気持ちがいい。人の悪意が俺のスポットライト。罵声がまるでカーテンコールみたいだ。……なるほどな、凛。お前が熱中するのも頷ける。確かに、この感覚は病み付きだ)


八幡「……はぁ。上手くいけばアイドルの心も操れると思ったんだがな。いつまでも理想を抱いてる女なんて、相手にするんじゃなかった」



八幡(さあ、喝采をくれ。アンコールは無しの一度きり。特とその目に焼きつけろ!)

八幡(今宵、俺がお前たちのアイドルだ――!)


581: 2015/07/09(木) 01:29:38.55

八幡「……全く。アイドルなんて…………」




凛『ふーん、アンタが私のプロデューサー?……まあ、悪くないかな…。私は渋谷凛。今日からよろしくね』

凛『……うん。頑張り、ます。よろしくお願いします、プロデューサー』

凛『ずっと私のこと、見ててね』

凛『わたし……くやしいっ! くやしい、よっ……!』

凛『背中、大きいんだね。……ちょっと、どきどきしたよ』

凛『――魔法使いじゃなくて、ありがとう』


凛『……私、アイドル、大好きなんだ……!』




八幡「……っ」





凛『……私は』

凛『――それでも、本物が欲しい』




八幡「――」




八幡「――アイドルなんて、クソだ!」





582: 2015/07/09(木) 01:30:34.39




戸塚「――お前ぇええ!! ふざけるなぁっ!!」





八幡(並み居る記者たちが、十戒のワンシーンのように割れていく。その中を、黒いスーツの王子は駆ける。時間にすれば、数秒にも満たない一瞬だった。なのに、それは驚くほどにスローに見えた)


八幡(握りしめた……右の、拳と。今にも泣きそうな親友の表情。全てをじっくりと見つめることが出来た。……くく。そんな顔すんなよ、親友)


八幡(顔に向かって拳は吸い込まれていく。……避けない。わかっていて、避けない)


八幡(……笑っていよう。最後まで傲岸に不遜に、大胆に)


八幡(だって、凛に怒られちまうだろうから)



八幡(――アイドルなら、最後まで笑顔でいろってな)



584: 2015/07/09(木) 01:32:37.39

黒井「……」

高木「…………惜しい。実に、惜しい……」

黒井「……ククク。ハーッハッハッハッハ! これがあいつのやり方か!」

黒井「……これがお前の――王者の道か!」



八幡『どーも、黒井社長。お元気ですか?』

黒井『……お元気ですかではない。貴様、私の電話番号をどこで知った……』

八幡『嫌そうな声出しますね。まあ俺も電話かけられるの嫌いなんでわかりますけど』

黒井『……高木か?』

八幡『宿敵ですからね。相手の嫌がることすんのは当たり前でしょ』

黒井『…………貴様は、呑気に電話などしている場合ではないと思うが?』

八幡『逆ですよ。呑気にしてる暇がないから電話してるんです』

黒井『……揉み消しならできんぞ。アレはもう世の中に出回ってしまっている。いかに私が芸能界で力を有しているとはいえ、起こってしまったことを消すことはできん』

八幡『ああ、いや。そんなことは無理ですし頼もうと思ってないんで』

八幡『ただ、俺がちょいと奇跡を起こすんで。事後処理をお願いしたいんですよ』

黒井『何……?』

八幡『黒井社長なら、見ればわかります。……マスコミの操作はお手の物でしょう。ただ、ちょっとあいつに有利なようにしてくれればいいんだ』

黒井『……何を考えている?』

八幡『種のわかった手品を見るタイプの人じゃないでしょ、黒井社長って』

黒井『……』

八幡『……若い俺には金がない。力がない。それに加えて、昔は人脈もなかった』

八幡『でも、今なら人脈はある。……利用できるものは、全て利用する』

黒井『……なるほど。貴様の思考はもっともだ。結果を出せば過程は厭わない、その姿勢は確かに私好みではある』

黒井『――だが、貴様は黒井崇男を甘く見すぎているのではないか? 私が高木のように、無条件なお人よしとでも?』

八幡『……』

黒井『貴様なら理解できるだろう。人間は、タダでは動かない』

八幡『……対価』

黒井『そうだ。対価だ。私が貴様如きの為に力を動かすメリットはあるのか』

黒井『駒の為に動く王など、いない』

八幡『……対価なら、ある』

黒井『……ほう』

八幡『俺は、黒井社長とは違う。高木社長とも違う。他の誰でもない、比企谷八幡だ。……俺は、誰かを救えなかった二人とは違う』

黒井『っ……』

八幡『俺には力がなくても、力に繋がる糸は持ってる。……俺は違う。俺は全てを手に入れて見せる。自分の未来も守りたい女も、例えいくら遠回りしてでも両方掴んで見せる!』

八幡『俺は俺の道を征く。絶対に、もう間違えない』

八幡『……二人に正解を見せてあげますよ。理解できるかどうかは知りませんけど』

八幡『老人に楽しみをプレゼントです。若者を見守んのは面白いでしょう?』


黒井『……面白い。貴様はこの黒井崇男に啖呵を切ったのだ。そのことを理解するがいい』

黒井『つまらないものなど見せてみろ。貴様ごと、渋谷凛をこの世界から抹頃してやる』


585: 2015/07/09(木) 01:33:19.58


黒井「……誰に理解されぬとも構わぬ。最後に自分が勝者であるなら」

黒井「王者は独り、己の道を征く者――」

黒井「……ククク。いいだろう、貴様の口車に乗ってやる。貴様が最後までそれを貫けるかどうか、老いた私の余興にしてやろうではないか」



八幡『……あー、あとそうだ。もう一個だけ旨味を提示しときますよ』

黒井『……?』

八幡『黒井社長、絶対友達いないでしょ。俺と同じだ』

八幡『……くく。飲み友達に、なってあげないこともないですよ』



黒井「……さて、行くか」

高木「動くのかね」

黒井「貴様と違って無駄にしていい時間などないのでな。情報は速さが命だ」

高木「……そうだな。微力ながら、私も助太刀させてもらおう」

黒井「……事務所に戻るならば全兵衛が近いだろう。全てが終わった後、大将に伝えておけ」


黒井「――黒龍のボトルを一本、保存しておくようにとな」


586: 2015/07/09(木) 01:34:25.46

武内P「…………本当に、不器用ですね」

武内P「……そんなところまで、似なくて良いのに」




武内P『……本気、ですか』

八幡『はい、本気です。上手くやるんで……しっかり、クビにしてください』

武内P『…………なぜです』

武内P『……他に方法は…………ないのですか……』

八幡『……わかりません。ひょっとしたら……他に冴えたやり方は、あるのかもしれません』

武内P『ならば!!』

八幡『……でも、選んだんです。俺たちが、二人で選んだんです。他にやり方がないからじゃない。このやり方がいいから、選んだんです』

武内P『っ……』

八幡『お互いがお互いを傷つけあってもいい。だって、欲しいものがあるから。最後にそれを二人で掴めるのなら、どんなに辛い目にあってもいい。……二人でそれを選べたことに、俺は誇りを持ちたい』

武内P『……』

八幡『……すいませんね。こんな形で裏切ることになって。俺は本当に……この仕事が好きでした。嘘じゃない。それだけは、絶対に本当です』


八幡『……こっから先、色々迷惑をかけることになると思います。……でも、そんなの知らねぇ』

武内P『!』

八幡『くく。俺なんかをプロデュースした武内さんが悪いんだ。……アイドルの後始末は、プロデューサーがする。基本でしょ?』

武内P『……ふ。一本取られましたね』


八幡『――ありがとうございました。お世話になりました。あなたたちが……この会社が、大好きでした』

八幡『見出してくれて、ありがとうございましたっ!』



武内P「任せてください。……憧れだったのです。後輩の面倒を見ることは」



八幡『ああ、武内さん。……当日、しっかり見といてくださいね』

八幡『最後の恩返しをするから』




武内P「……ありがとう。見たかったものは、見れました」

武内P「――いい、笑顔でした」

587: 2015/07/09(木) 01:35:32.04

絵里「頑張れ……がんばれ……がんばれっ…………」

絵里「がんばれ……がんばれ……がんばれっ!!」



絵里『っ……。ばか。ばかっ!!』

絵里『いなくならないで……いなくならないでよっ!!』

八幡『……すまない。……でも、決めちまったんだ』

絵里『あなたは……あなたはどれだけ私を泣かせれば気が済むのよっ!!』

八幡『……言い逃れできないし、しません』

絵里『あああもうっ!! そういうところが!! そういうところが逆に好きになっちゃうってどうしてわかんないのっ!?』

八幡『…………ふ。最近、ちょっと子供っぽくなったな』

絵里『……うるさいわね。友達のアドバイスよ。こっちの方が可愛いんだって』

八幡『……あんまり可愛くならないでくれ。誘惑されると困る』

絵里『……今の、わざとでしょ?』

八幡『はは。流石にばれちまったか』

絵里『あーもう! 性格悪いんだから! ……もう知らないっ!』

八幡『……』

絵里『……言っておくけどね、あなたなんてまだまだ仕事では私に及ばないんだから! ぺーぺーのひよっこなんだから! ……比企谷くんなんていなくても、事務所は回せちゃうんだから!』

絵里『新しい男の人が入ってきて、私がその人のこと好きになっても……知らないんだからね!』

八幡『……っ』

絵里『……あ。今反応した! 反応したでしょ!』

八幡『……してねえよ』

絵里『したもん! 絶対したもん! 私あなたと違って目はいいんだからね!』

八幡『うっせ。目が腐ってんのと視力は関係ねぇだろ!』

絵里『…………はあ』

八幡『……悪い』


588: 2015/07/09(木) 01:36:28.42

絵里『…………いや。よくよく考えたら、これってチャンスよね』

八幡『……は?』

絵里『だってあの子はあなたに会えないけど、私はあなたに会いに行けるもの』

絵里『私、ただの事務員だもの。……誰と会っても、大丈夫』

八幡『…………盲点だな。考えたこと、なかった』

絵里『……よーし。見てなさい?』

絵里『私、あなたに泣かされてばっかりで気に食わないから……邪魔してあげる』

絵里『……簡単に本物なんて掴めると思わないでよ?』

絵里『この偽物は、手強いわよ?』


八幡『……報われないからやめとけって、何回も言ってんのに』

八幡『…………ふ。負けだ』

八幡『好きに、してください。……絵里さん』




絵里「がんばれ、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れっ!!」

絵里「頑張れ……私が、恋した人!」

絵里「頑張れ…………っ」




八幡『……短い間ですけど、お世話になりました。ありがとうございました』

八幡『――またな、先輩』




絵里「私の――自慢の後輩っ!!」



589: 2015/07/09(木) 01:37:48.63

雪乃「――只今、連絡が入りました。……病気療養中の渋谷凛が、自宅を抜け出してこちらにむかっているそうです」


――ざわざわ。ざわざわ。


雪乃「どうしても……どうしても。会見で、伝えたいことがあるようです」

雪乃「静粛に、お願い致します」

雪乃(あの男は、戸塚くんと警備員に連れられて去って行った。言葉で自らを殴りつけて、そして親友からの拳を受けて。その心中は、想像するだけでも身が張り裂けそう。……それでも、彼は最後まで笑っていた)

雪乃(……なら、私も。たとえあの男が見ていなくとも、最後まで私らしくあろう)



雪乃『……馬鹿げてる。馬鹿げているわ!! いい加減にしなさいっ!!』

戸塚『雪ノ下さん……』

八幡『いや……これが、最適解だ。両方を手に入れるための……』

雪乃『あなたは高校の頃と何も変わっていないじゃない!! これのどこが最適解だと言うのよ!!』

八幡『……変わったよ。雪ノ下。変わったんだ』

雪乃『……っ』

八幡『あの時の俺は、それしか選べなかった。周りに失うものはなくて、結果を出すために選べる手段はたったひとつだった。欲しかったものにはお前たちの依頼達成という目的も含まれていたが、半分くらい自己満足も入ってたんだ』

雪乃『……』

八幡『……でも、違う。今回は違うんだ。選択肢もある。失うものもある。誰かに頼まれたわけでもない。求めるものに、自己満足はどこにもない。……ただ』

八幡『俺はただ、守りたい。手にしたいんだ。欲しいものがあるんだ』

八幡『自分のことがどうでもいいわけじゃない。ただ、自分がどうなっても構わないと思えるほどに、掴み取りたいものがあるだけなんだ』

八幡『……相変わらず、この本物に相応しい名前は見つからないまんまなんだけどな』

雪乃『………………馬鹿。あなたは、馬鹿だわ……』

戸塚『……』

八幡『……彩加。お前は、わかってくれるよな』

戸塚『……うん。ぼくには、わかるよ』

雪乃『……戸塚くんまで…………』

戸塚『…………ふふ。だって、ねぇ?』

八幡『ああ。だって、なぁ?』


八幡『――男なら、惚れた女は自分の手で助けたいもんだろ?』




雪乃「……はぁ。それを私に言うところが、無神経だと言うのに。いい加減人から好かれることに慣れてもらえないかしら」

雪乃「……まあ、そういうものだと割り切れば、逆に愛着も湧くのだけれど」

雪乃「……ふふ、にしても」


590: 2015/07/09(木) 01:38:43.99


八幡『じゃ、あとでな』

雪乃『……はあ。あなたには結局押し切られてしまうのね』

八幡『お前の攻略法は由比ヶ浜から学ばせてもらったよ』

雪乃『……ふふ。もう、あなたに知られているものね』

八幡『……なぁ、雪ノ下。俺と――』

雪乃『嫌よ。何万回繰り返されても答えは変わらないわ』

八幡『……嫌な奴』

雪乃『負けを認めるのは嫌だもの。……ずっと、勝ちを狙いに行くわ』

八幡『……そうかい』

雪乃『……負けず嫌いのついでに、一つあなたに勝っておこうかしら』

八幡『……?』

雪乃『……私、あなたの求める本物の名前……知ってるわよ』

八幡『…………それは、マジで悔しい』

雪乃『ふふ。お先に』

八幡『答えを言うなよ。自力で探すんだからな』

雪乃『ええ。ずっとずっと、もがき苦しんで探すといいわ』

八幡『……くく』



八幡『――やっぱりお前とは、友達になれないな』





雪乃「……本当に、馬鹿なんだから。どうして気付かないのかしら?」



雪乃「――それを、愛と呼ぶんじゃない」



591: 2015/07/09(木) 01:39:33.21


凛(あなたの背中を忘れない。あなたの温もりを忘れない。あなたの優しい目線を忘れない)

凛(たとえこの身が灰になっても、あなたの愛を忘れない)

凛(本物が欲しい。全部全部抱きしめたい。例え誰を傷付けたって)

凛(だから、たとえ遠回りでも、何年かかってでも、好きだというだけで私は待てる)

凛(渋谷の犬は、忠犬だから)


凛(過去に誓いを。今に誇りを。きたる未来に、祝福を)


凛「……ずっと、待ってて」


凛「――走っていくから!」



592: 2015/07/09(木) 01:40:40.71


凛「――みなさん、こんばんは。ファンの皆さんに言葉を届ける機会が、こんな形になってしまって申し訳ございません。……比企谷の非礼は、私が心からお詫びいたします。本当に、申し訳ございませんでした」


凛「……はい。比企谷から無理矢理言い寄られたのは、事実です。私は拒もうとしたのですが、ライブの後に高熱を出してしまい、体調がすこぶる崩れていたので、抵抗することが困難な状況でした」


凛「……ここに、病院の診断書があります。偽造ではありません。日時、症状、全て事実です。担当医に取次ぎをすることもできますので、後で是非お調べください」


凛「はい。結局、その後は自宅が近かったので母が来て、事なきを得ました。未遂だったので、私としては何かを咎めるつもりはありません。……ただ」


凛「ただ、残念です。ご存知の通り、比企谷は私がアイドルになった時からの相棒でした。こんな風にアイドルを捉えていたなんて……。すいません、動揺が隠し切れません。本当に……本当に。残念です」


凛「彼はとても仕事ができたから、私はそれに甘えていたのかもしれません。言葉にしなくてもコミュニケーションが取れているものだと錯覚していました。……もっと、言葉を尽くしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれません」

凛「私は、比企谷には……」



八幡『俺とお前はあらゆる情報を共有する。つまり、仕事のパートナーってことだ』

八幡『……ああ。半人前だが、これからもよろしく頼む』

八幡『なあ、渋谷。……誰も、見てないぞ』

八幡『……ありがとな』

八幡『俺、お前が好きなんだけど付き合ってもらえないか?』



凛「っ……」




八幡『……そんなものはないかもしれないな。……けど。けどな』

八幡『――それでも、俺は欲しいんだ。お前との本物が』




凛「――」




凛「私は比企谷に対して、仕事相手以外の感情を抱いたことはありません」


593: 2015/07/09(木) 01:41:49.13

凛「学校も、出席日数がぎりぎりの状況です。異性の知り合いは皆無に近いです」

凛「……わかっています。それを信じるか信じないか、それは言葉を受け取って頂く皆さんの自由です。……でも、私はわかってもらえるように言葉を尽くしたいと思います」



凛「……今回のことがあって、私は考えました。アイドルって、何なんだろうって」


凛「英語で、理想とか偶像とか……そういう意味らしいです。言葉通りの意味なら、私は歌って踊る……皆さんの理想ってことになります」


凛「……でも、本当にそうなんでしょうか。私は何かが違うと思います」


凛「知ってるかもしれませんが、私って人間なんです。アイドルより前に、人間。渋谷凛、十八歳、女性。高校三年生。メッキを剥がせば、私はどこにでもいる女の子なんです」


凛「私は実はみなさんの理想を叶えるために生きているわけじゃないんです。私は実は、私の生きたいように生きているだけなんです。やりたいことをやりたいようにやっている人間が、たまたまアイドルなだけなんです」


凛「歌って踊ることが好きで。誰かに向かって話すのが好きで。叶えたい目標に向かって、努力するのが好きで。……そんな私にとって、アイドルは本当に夢のような職業です」


凛「……私は、今ここで、誰にも言ったことのない秘密を明かそうと思います」


凛「今さっきそんなことを言いましたが、私は、本当はアイドルなんて興味なかったんです」


凛「歌と踊りなんてやったこともなかったです。数人の友達と以外話さなかったです。叶えたい目標なんて、なかったです。やりたいことなんて、何にもなかったんです」


凛「ずっとずっと、氏んだように生きてたんです。アイドルのスカウトを受けたのは、ただ単に退屈だったから、何かが変わるかな……そんな軽い気持ちでした」


594: 2015/07/09(木) 01:42:44.76


凛「変わったのは何かどころじゃありませんでした。人生が全部全部、変わっちゃいました」


凛「こんなに熱くなれるものがあるなんて知りませんでした。こんなにも頂点が欲しくなるなんて、思いもしませんでした」


凛「……好きです」


凛「……アイドルが、何より大好きです」


凛「誰に言っても恥ずかしくありません。私は、アイドルが大好きです」


凛「……初めてラジオに出たとき。進路についてのお便りがきたことがありました。そのお便りに、私は自信を持って答えることができませんでした。それが本当に、悔しくてたまりませんでした」


凛「でも、今なら言えるんです。自信を持って、私は答えられるんです」


凛「私は、大学生にはなりません。アイドルであることが何よりも好きだからです」


凛「こんな辛い世界で、夢や希望を人に与えることのできるアイドルが大好きだからです」


凛「……皆さんに、夢や希望はありますか?」


凛「アイドルじゃなくてもいい。何か自分のなりたいもの。かなえたいもの。……そういうものを、持っているでしょうか」


凛「私はそんな人たちが胸に抱くものを形にする手助けになりたい。直接じゃなくてもいい。いくら遠回りしたって構いません。一ミリでもいい。何か、人の手助けになればいい」


凛「……夢や希望がない人は、いますか?」


凛「いいんです。持っていなくても。私もそうだったから。それは何も、恥ずかしいことではないんです」


凛「……そんな人たちが、世界にたくさんいるのを知っているからこそ。自分がそうだったからこそ、私はこの職業に拘りたい」


凛「私は、あなたたちの生きる勇気になりたい。私のようになりたいなんて思わなくてもいい。私を見てアイドルになりたいなんて思わなくてもいい。……誰かの人生なんて、変えられなくたって構わないんです。私はしょせん、たった一人の人間だから」


凛「人には人を変えられません。人は、勝手に変わっていくものだと私は思います。じゃあ、私たちが他人にできることなんて何もないのかなんて、そういうことじゃないんです」


凛「……人には人を変えられなくても。ただ、見守りたい。寄り添いたいんです」


凛「変わっていくその姿を、見守ることだけはできると思うから。……私はアイドルであることによって、できるだけ多くの人に寄り添いたい。見守りたいんです」


凛「私はここにいるんだよって、伝えてあげたいんです。……だから、アイドルでありたい」



595: 2015/07/09(木) 01:44:03.91


凛「……アイドルって、何でしょうか。私の答えはこうです」


凛「私にとって、アイドルとは生きることです」


凛「でも、アイドルって好き勝手は出来ません。アイドルは見ている人がいないと成り立たないから。皆さんの理想に……期待に応えなきゃ」


凛「それって、辛いことです。私は人間だから、食べたいものを食べたいです。行きたいところに行きたいです。好きなだけ寝たいです。練習なんてしたくないです。今はいないけど……好きな人ができたら、好きって言いたいです」


凛「でも、それは許されません。だって私はアイドルだからです」


凛「自分のことより、皆さんを愛さないといけないからです」


凛「……窮屈で、矛盾に満ちた生き方です。理不尽を沢山飲み込まないといけません」


凛「…………でも、好きなんです。私にとって、生きると同じことなんです」


凛「だから……だから、私はアイドルと心中します」


凛「人間である前に、アイドルであろうと思います」


凛「プライベートを全部撮影してもらったって構いません。練習のしすぎで女の子らしさがなくなっても構いません。旅行なんていりません。寝る時間なんてなくて結構です」


凛「私が私用で男の人と歩いているところを見たら、その場で刺し頃して頂いても構いません」


凛「私はアイドル渋谷凛でいる限り、ずっとあなたたちの恋人です」


凛「ずっと走り続けます」


凛「ずっと走って走って走り続けて……そして、いつかもう走れなくなる、その日が来たら」


凛「私は」



凛「私は――」



596: 2015/07/09(木) 01:45:26.76



八幡『……俺はお前に、魔法をかけなかった』

凛『……うん。ずっと、自分で歩けって言った』

八幡『そして、お前はそうした。一歩一歩城まで歩いて行った』

凛『……うん』

八幡『だから、魔法使いがいなくても。十二時の鐘が鳴っても、お前は輝き続けられる』

凛『……歩くどころか、走るまで言った』

八幡『……ああ、そうだ』

凛『……八幡は。私に…………これをくれた』

八幡『……スニーカー。お前、まだ持ってたのか……』

凛『あなたは私に、ガラスの靴じゃなくてスニーカーをくれた』

凛『どこまでも走り続けられる、スニーカーをくれた』

凛『私はそれを誇りに思う。ずっとずっと、走れなくなるまでこれで走るから』

八幡『……そうだ。お前は俺のシンデレラ。……愛すべき、灰被り』


八幡『ずっと待ってる。ずっとずっと、お前のことを待っている』


八幡『だから――』


八幡『灰になるまで、走り続けろ! シンデレラ!』


凛『――うんっ!』






凛「――灰になって、どこか遠くへ飛んでいきます」

凛「どこか遠くの、私が愛した空に向かって」






―――――――


―――――


――――


――




597: 2015/07/09(木) 01:46:51.58




八幡「……あれ? おかしいな……」

結衣「えー? ヒッキー、どうしたの?」

雪乃「おかしいのはあなたの生態系でしょう?」

八幡「ぼっちも人間の中に入れてくれよ……。いや、違うんだ……。何か、あれ……?」

雪乃「……一体、どうしたの?」

八幡「いやな。確かに、ポケットの中に何か入れたんだ。……いれたはずなんだよ。確か、そいつをずっと探していたような……?」

結衣「……何か、大事なものー?」

八幡「……ああ。それだけは間違いないんだ」


――からら。


戸塚「みんな、こんにちはー!」


598: 2015/07/09(木) 01:47:39.75


結衣「あっ、さいちゃんだ! やっはろー!」

雪乃「こんにちは、戸塚くん」

八幡「おう、彩加か」

戸塚「あのね、また頼まれたんだー。テニス部に行くついでに、あの子たちひっぱってきてって」

結衣「えー!? またぁー!?」

雪乃「……あの人は、私達奉仕部をなんだと思っているのかしら」

八幡「……生徒会の便利な駒だな、多分」

雪乃「断りましょう。きっとあの人のためにもならないわ」

八幡「…………俺だけ行ってくるわ」

雪乃「……脅されているの?」

八幡「……妹関連、とだけ。亜里沙と小町め……あいつらは本当に……」

雪乃「……はぁ。もういいわ。みんなで行きましょう。……私も、姉さんを持ち出されていたらきっと断れなかったと思うし」

八幡「さすがシスコン」

雪乃「うるさいわよシスコン」


結衣「……もー!! 勝手に話決めないでよ! あたしも行くっ!」


599: 2015/07/09(木) 01:48:30.68


絵里「よーく来てくれたわね! 感心感心!」

八幡「……また手伝いかよ。他誰もいないし。人望なさ過ぎでしょ、絢瀬先輩」

雪乃「さすがクラスメイトに担ぎ出されて生徒会長になっただけあるわね」

絵里「……あ、あなたたち。開口一番人をディスるのやめてもらえるかしら……?」

結衣「あー!? また希ちゃんいない!?」

絵里「……そ、そこに気付くとはやはり天才……!」

八幡「……はぁ。どうせ逃げられたから俺ら呼んだんでしょ。一色もうまいことサッカー部の方に逃げやがって……」

絵里「……ごめんなさいぃ。……今日も、その…………駄目、かしら?」

雪乃「……はぁ。女から見ても卑怯です、絢瀬先輩は」

結衣「うんうんっ! 可愛すぎっ!!」

絵里「……比企谷くんは?」

八幡「いらんこと言ってないでさっさと始めるぞ。今日こそ早く帰りたい」

絵里「……もー!」



八幡「……うわ。もうこんな時間」

雪乃「ごめんなさい。私、姉さんと約束があるから先に帰るわね」

結衣「あ、あたしも! ごめんね、今日はママと行くところがあって……」

絵里「ええ。こんな時間まで、本当にありがとう」

八幡「気を付けて帰れよな。……陽乃さんに、よろしくな」

雪乃「ええ。……また、会いましょう?」

結衣「バイバイ、ヒッキー!」


600: 2015/07/09(木) 01:50:01.56

絵里「……いつもいつもごめんね?」

八幡「ほんとだよ。毎回毎回色気のないイベント。仕事ばっかりだ」

絵里「むー。そこはいいよ、気にすんなって言うところでしょう?」

八幡「嫌ですよ。絢瀬先輩のポイント上げても仕方ねぇからな」

絵里「……プリーズコールミー、絵里ちゃん」

八幡「異性を下の名前とかハードル高すぎて無理ですごめんなさい」

絵里「あら。ハードルは高ければ高いほどくぐりやすいのよ?」

八幡「……盲点だ。誰だそんなこと言ってたやつ」

絵里「ふふっ。誰でしょー?」

八幡「……ま、あれだ。来世に期待しといてくださいよ」

絵里「……ふふっ」

八幡「……」

絵里「……ねえ」


絵里「……後悔は、ない?」


八幡「ありますよ。むしろ後悔しかしなかったまである」

絵里「あるんだ!?」

八幡「……でも。後悔し続けたからこそ、選べた選択肢がある」

絵里「……」

八幡「昔の俺も、今の俺も、未来の俺も。……全部、俺は肯定する。変わらないことも、変わってしまうことも、悪じゃない。後悔したことも含めて、全部俺だ」

八幡「俺は俺だ。比企谷八幡だ。……俺は、そんな自分が大好きだ」


八幡「だから、これでいいんです」


絵里「……そっか」

八幡「……ええ、そうです」

絵里「……もういいわよ。上がっても」

八幡「え? いやでも、まだ残って――」


絵里「いいから。……あんまりあの子を待たせちゃ駄目よ?」

八幡「……くそ。ばれてたのか」

絵里「繋がる妹の輪」

八幡「もうあいつには金輪際相談しねえ……」

絵里「……ほら。行ってらっしゃい」

八幡「……ああ。じゃあな、絢瀬先輩」

絵里「ええ、またね」


601: 2015/07/09(木) 01:51:10.23

――からら。


八幡「……待たせちまったな」

凛「いいよいいよ別に。私より大事なものがさぞかし沢山あるんだろうからさ」

八幡「……文句なら絢瀬先輩に言えよな」

凛「借りがいっぱいあるからなぁ」

八幡「……お前、なんかあの人に弱いよな」

凛「ど、どうでもいいでしょ。それとこれとは話は別! ……ふんだ」

八幡「……それでも、お前は待っててくれるんだな」

凛「……まあね。私、犬だもん」

凛「渋谷の忠犬は、待つのが得意なんだ」

八幡「……変わった奴だよ、お前は」

凛「英語で言うとスペシャルだよ。いいでしょ」

八幡「……意趣返しかよ。本当嫌なやつ」

凛「ふふっ。……ねえ」

八幡「あん?」


凛「やっぱり嘘だったじゃん」


602: 2015/07/09(木) 01:52:14.66

八幡「……なにが?」

凛「いつか言ってたでしょ。私と八幡が高校時代に出会っていても、関わることなんてなかったって」

八幡「……よくそんなこと覚えてんな」

凛「あなたの言ったことだもん。全部覚えてるよ」

八幡「愛が重いな」

凛「何を今更。夢に出てくるくらいだよ?」

八幡「くく、まあな。お互い様だよ」

凛「ふふっ。……ねえ、知ってること言うね?」

八幡「知ってるけど、聞くわ」

凛「愛してる。灰になってもね」

八幡「ああ。灰になるまで付き合うよ。灰になってからもな」

凛「……そっか。やっぱり、間違えてなんてなかったね」

八幡「当たり前だよ。俺とお前が選んだんだぞ」

凛「……うん」

八幡「……愛してる」

凛「知ってるよーだ。……ねえ」

凛「探し物は、見つかった?」


八幡「ああ。――今、ここにあるよ」


凛「……そっか。じゃあもう大丈夫だね」

八幡「……ああ。甘い夢は、もう終わりにしないとな。起きられなくなっちまう」

凛「……ふふっ」


八幡「これもこれでいいんだけどなあ」

八幡「やっぱり、これだとなあ?」


八幡「――俺の青春ラブコメは、間違ってるよ」







――


―――


―――――



―――――――



603: 2015/07/09(木) 01:52:59.88








<十年後。千葉県某所、花屋>






<十二月二十五日、夜>




604: 2015/07/09(木) 01:53:54.22

八幡「…………あ?」


八幡(俺は浅いまどろみから目を覚ます。どうやらカウンターで寝こけてしまっていたようだ)

八幡「……くく。変な夢だったな」

八幡(あれからどれくらいの月日が経っただろう。高校生だった過去は遠い昔。歳も三十を超えてしまった。三十を超えたら人間的に少しは落ち着くかと思ったら、そんなことはなかった。結局、人間なんて何歳になっても本質は変わらないのかもしれない)


八幡「…………はぁ。寒っ」


八幡(吐く息さえ凍りそうな、寒い夜だ。ここ最近は駅になんて行ってないが、行けばきっと氏にたいほどに眩いイルミネーションが輝いているのだろう。考えるだけで心が凍りそうだ)


八幡(店内を見回す。……愛情が注がれた、たくさんの花たちでいっぱいだ)


八幡(十年前の、あの日。俺は会社を去り、どうしたものかと思案していた。わざと留年をかまして、新卒でどこかの会社に入ろうかとも考えたのだが、世間での俺の悪評は思ったよりやばかったらしく、その道は無理だろうと結論を出した)


八幡(正直多すぎるくらいのお金を持て余していたから、しばらくはモラトリアムでも満喫をしようかと思っていたところに高木社長から声がかかったんだっけ)


八幡(千葉県の奥地。そこに、自分の後悔と誇りがあるのだと)


八幡(紹介されて行った花屋で、俺は全てを理解した。老いた店の女主人は、765プロの音無さんの面影があった。つまりは、そういうことなのだろう)


八幡(後から知ったことなのだが、ブラックウェルカンパニー事件で騙し取られたことになっていた資金は全てここに流れていたらしい。その訳を聞いたら、なんとも口元が緩んでしまう)



高木『だってねぇ、彼女は言っていたのだよ』

高木『将来の夢は、アイドルかお嫁さんかお花屋さんになることだ、とね』


八幡(……いいもんだ。夢が、叶うってもんは)


605: 2015/07/09(木) 01:54:56.72


八幡「……やべ。店、閉めねぇと」


八幡(時間は九時になろうというところ。普通の花屋ならとうに閉店時間の領域だ。カウンターで寝落ちしてしまったせいで、珍しい店になってしまっている。店長に怒られちまう。……さっさと閉めよう。頼むから、客来んなよ?)


八幡(……はあ。そんなこと思ってると、来ちゃうんだよなあ、客って……)


八幡(身長は百六十台だろうか。帽子を深くかぶっていて、顔が見えない。眼鏡をかけている女性なのだけはかろうじてわかるが……)




八幡「いらっしゃいませ。……すいませんね、お姉さん。もうあと数分で閉めちゃうんだ」

女「…………」


八幡(女は、俺の声を聞くとびくりと震えた。だが、そのまま俺に背を向けて、ある花の前で足を止めた。……ああ、その花は)


八幡「……ああ、その花ですか? 一本、百と八十七円ですよ。綺麗な花でしょう?」

女「…………」

八幡「……今日はクリスマスですからね。だからってわけじゃないけど、ちょっと豆知識」


八幡「その花の名前は――」





女「――ボインセチア。意味は……もちろん知ってるよね?」





606: 2015/07/09(木) 01:55:44.60



八幡「…………っ」



八幡「………………この、こえ……」



八幡「………………ばかやろう……」



八幡「…………待たせすぎなんだよ」





八幡「――凛っ!」







凛「――お待たせっ……」



凛「…………お待たせっ、はちまんっ……!」





八幡(ああ、この声。この仕草。……全部、凛だ)

八幡(凛が……やっと……)

八幡(心が痺れて、蛇口が狂ったように涙が止まらない。それはあいつも同じだった。あいつは邪魔っけな変装を全て放り捨てて、ただ、俺の胸元へ飛び込んできた)


八幡(万感の思いと共に抱きしめる。……ああ。……これだ)


八幡(これが欲しくて……ずっと、ずっと……)


607: 2015/07/09(木) 01:57:19.45


八幡「十年も、待たせやがって……」

凛「十年も、待ってくれちゃってさ……」

八幡「……お前、よく、待てたな」

凛「……当たり前だよ。私、犬だもん。好きなもの、好きなだけでずっと待てるんだよ」

凛「渋谷の犬は、忠犬なんだ」

八幡「……ああ。……ああ。……綺麗に、なったな」

凛「……八幡こそ、よく、待てたね」

八幡「ああ、待てるさ。……だって、ハチ公だからな。お前と同じだよ」

凛「……そっか」

八幡「……ああ、そうだ」

凛「……私の夢、全部叶えたよ」

八幡「ああ。ずっとずっと、見てたからな」


凛「だから、今度は八幡の夢を叶えてあげるね?」


八幡「……俺の夢?」


凛「――専業主夫。私が何億稼いだか知ってる?」


八幡「……よくそんなこと覚えてんな」

凛「あなたの言ったことだもん。全部覚えてるよ」

八幡「愛が重いな」

凛「何を今更。十年越しだよ?」

八幡「くく、まあな。お互い様だよ」

608: 2015/07/09(木) 01:58:24.81

八幡(見つめ合い、口づけを交わす。これからはずっと、何度でもいつまでもこうしていられる)


八幡(ああ……あった。探し物は、ここにある。本物はここにあったんだ)


凛「愛してる」

八幡「俺も、愛してるよ」



八幡(お互いがお互いを想い合うからこそ、手に入らないものがある。それは愚かでありながら美しい、賢者の贈り物なのだと誰かが言った)


八幡(だが、賢者の贈り物はきっとそれだけではない)


八幡(……きっとお互いがお互いを想い合うからこそ、手が届く本物もこの世界にはあるのだ)


八幡(定義は曖昧で、それは人ごとによって形を変える。今俺が手にしたものにつけた名前は、唯一普遍ではないのかもしれない。きっと俺よりも遥かに賢い人たちが、そいつに冴えた名前をつけるときがいつかやってくるだろう。……けれど、その時までは)


八幡(その時までは、愛でいい)



凛「……わあ! 八幡っ、外! 外を見て!!」

八幡「…………雪」



八幡(想いの結晶が、祝詞のように降り注ぐ――)


609: 2015/07/09(木) 01:59:27.83




八幡「なあ、凛」


凛「なあに、八幡?」


八幡「……雪は、好きか?」




610: 2015/07/09(木) 01:59:56.52





凛「――うんっ!! 大好きっ!」






八幡(舞い落ちる白雪と紅い花束だけが、静かに二人の未来を祝福していた)





611: 2015/07/09(木) 02:01:07.48
お疲れさまです!

612: 2015/07/09(木) 02:01:14.16
>>1に盛大な乙を
本当にお疲れ様

613: 2015/07/09(木) 02:02:09.36
凄い量だったなあ
乙です

614: 2015/07/09(木) 02:02:14.16


これ、別ルートも読んでみたい

引用元: 比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」