295: 2015/07/30(木) 21:12:51.30 ID:RYx/9kaJo

【俺ガイル】奉仕部の三人は居場所について考える【前編】

女子三人と俺が一緒に歩いていること自体が信じがたいことだが、現状はそうなってしまっている。

実に落ち着かない。でも男子三人と俺でも俺は落ち着かねぇなと考えたら割とどうでもよくなった。

三人の会話は弾んでいるようだし、空気に徹していれば時間など過ぎ去るものだ。問題はない。

けど三人とも俺を気遣ってかたまに話を振ってくれる。なんか申し訳ないな。

気を使わせるのも悪いのでやっぱり帰ろうかと何度思ったかわからないが、会合のことを考えて逃げちゃ駄目だ、負けるな八幡っ!と密かに自分を鼓舞していると目的地が見えてきた。

コミュニティセンターにほど近いカフェに到着すると、席に空きがあるのを確認してから全員でレジカウンターに並ぶ。

296: 2015/07/30(木) 21:14:01.44 ID:RYx/9kaJo
雪ノ下と由比ヶ浜がいて、その後ろに俺と一色。俺の横の後輩はふんふんと上機嫌に鼻唄を歌いながら、店内のメニューや商品のPOPを眺めている。

「せんぱーい。何がいいですかねー?」

一色はきゃるんっと甘えた声で俺に尋ねる。オススメとかそんなの決まってるだろ。奢りだぞ?

「オススメは水かガムシロだな」

無言で脇腹を殴られた。別に痛くはないが、角度がいいリバーブローだ。

「何がいいですかねー」

え、やり直し?めんどくせぇな……。

「……カフェモカでいいんじゃないですかね」

「じゃあ宇治抹茶ラテにします。あとミルクレープで♪」

297: 2015/07/30(木) 21:15:27.73 ID:RYx/9kaJo
一色は最後に音符が付いていそうな、楽しそうな声色で俺に注文を告げる。おふぅ。お前それいくらになんだよ。

「聞く意味も容赦もねぇなお前……。わーったよ、席行ってろ。持ってってやるから」

「わぁーさっすが先輩、頼れるぅー」

しっしっと犬を追い払うように手を振ってから前を向くと、雪ノ下と由比ヶ浜が怪訝な目付きで俺を見ていた。な、なんでしょうか……。

「……随分一色さんと仲が良いのね」

「ヒッキー、前あたしには奢ってくんなかったのに……」

「い、いや、別に仲良くねぇし、おご、奢るのは俺が悪いことしたから詫びるつもりでだな……」

わちゃわちゃと手を忙しなく動かしながら弁解の言葉を重ねる。いかん、俺絶対変な動きしてる。つーかなんで弁解してるんだ俺は。

298: 2015/07/30(木) 21:16:48.06 ID:RYx/9kaJo
「ふふっ。冗談よ。あとその動きは気持ち悪いわ」

「あはっ。わかってるよ。あとそのキョドりかたキモい」

二人とも笑顔で俺を安心させてからしっかりと落としてきた。転がされてる感ぱねぇ。

「あ、さいですか……」

オーダーを伝えてしばらく待つと、俺と一色の注文した品が一つのトレイに纏められて出てくる。受け取って三人が座っている席に向かうと、空いているのは一色の隣だけだった。

「ほれ」

「わー、ありがとうございますー」

俺はバゲットにハムやらボロニアソーセージやらレタスやらを挟んだサンドとブレンドコーヒーを選んだ。早速一口かじる。やっぱ菓子とは違うな、うめぇ。

299: 2015/07/30(木) 21:19:36.52 ID:RYx/9kaJo
向かいにいる由比ヶ浜と雪ノ下を見ると、同じくバゲットに海老やらアボカドを挟んだものを二人で半分こしているようだ。

仲のよろしいことで。大変良いことだと思います。にしても女子のアボカドチョイス率の高さは異常。そんなに美味いかあれ?あんま味しねぇんだけどな……。

「先輩、一口食べます?」

何気なく言われたので横に目をやると、一色の持つフォーク(使用済み)に可愛くカットされたミルクレープがちょこんと刺さっていた。

いや、食えるわけねぇだろそんなの。こいつ、ほんとどこまでわかってやってんの?

「い、いらねぇよ」

「あれ、先輩甘いものは……」

「ヒッキーは甘いの超好きだよ!」

「そうね、いつ見ても糖分の塊のようなものを飲んでいるものね」

300: 2015/07/30(木) 21:21:04.35 ID:RYx/9kaJo
一色の言葉を途中で遮るように、由比ヶ浜と雪ノ下がドヤ顔でかぶせてきた。なんでそんなに自信まんまんなのかしら。いやまぁあってるんだけど。

「あ、はい……。そうですね、知ってましたけど。さっきポッキー貪ってましたし……。はい、一口あげますよ」

「だからいらねぇって。お前が食え」

そんなんで食ってもたぶん味よくわかんねぇしよ。

「ぶー、なんでそんなに意固地に……。あ、はーん?」

一色はきらりと光る目で不敵な笑みを浮かべる。うわぁ、意地の悪そうな顔だなー。

でも一色にはよく似合っているし、不思議と魅力的にも映る。そんなこと言ったら怒られるだろうから言わないけど。

「なんだよ……」

301: 2015/07/30(木) 21:22:40.40 ID:RYx/9kaJo
「先輩、可愛いとこありますねー。そんなの気にしなくていいのに」

普通は気にするだろ。同姓でも躊躇うのに、ましてや異性の後輩とか気にしないほうがおかしい。

お前はあれか?リコーダー俺にペロペロされても気にならんのか?うわ俺の発想きめぇ。

「わ、悪いかよ。お前が気にしなくても俺が気にすんだよ」

「えー、先輩わたしのことそんなに意識してるんですかー?」

「ち、ちげぇよ……」

意識してるとかしてないとか関係なく、他人は無理な気がする。別にいいかと思うのは小町と戸塚ぐらいのもんだ。いや、やっぱ戸塚だとすげぇ躊躇うな。躊躇ってから食う。俺はもう駄目だ。

「一色さん」

「はい?」

302: 2015/07/30(木) 21:26:09.72 ID:RYx/9kaJo
「比企谷君が、その……困っているでしょう?そろそろ……」

雪ノ下はおずおずといった感じで一色にやんわりと釘を刺す。俺への助け船だろうか。正直なんでもいい、俺にとっては渡りに船だ。

俺はああいったものをどうやって上手くかわせばいいかよくわからない。知らないのだ。

そういう距離の関係を煩わしいものとして避けてきたから。避けられてた、だったかもしれない。泣いてなんかない。

「あー、はい、すいません……」

一色はしゅんとして肩を竦めると、大人しくちまちまとミルクレープをつついて口に運ぶ。

それを見て雪ノ下は、コホンと軽い咳払いをして居住まいを正すと、紅茶のカップを中途半端に掲げたまま話題を変えた。

303: 2015/07/30(木) 21:27:17.56 ID:RYx/9kaJo
「あなたたちにも先に少し聞いておきたいのだけれど」

「なになに?」

「イベントについて。どんなものが考えられるかしら?」

問いかけを受け、俺を含めた三人がうーんと腕を組んだり首を捻ったりする。

クリスマス、クリスマス……。家でチキン、以上。いやこれじゃ駄目だな。

クリスマスパーティーみたいなもん俺はしたことないから、貧困な発想しか出てこねぇよ。そんな中、最初に発言したのは一色だった。

「んー、クリスマスで、子供とお年寄りですよね。やっぱ見てもらうか聴いてもらうかじゃないですかね」

「じゃあ演劇とか?」

「向こうと俺らで演劇やるとかか?勘弁しろよ。俺は出ねぇぞ」

304: 2015/07/30(木) 21:28:15.94 ID:RYx/9kaJo
一色の言葉を口火に、各位が発言を始めて会話が活性化する。やっぱりこういうのは最初の発言が大事だな。

「あー、先輩絶対ダイコンっぽい。超噛みそう」

「わかるなーそれ。ヒッキー超テンパりそう」

「そうね、向いていないでしょうね」

満場一致で俺の役者への道は絶たれた。目指したくもないけど。

「わかってるよ自分でも。俺のことはほっとけ。こういうクリスマスの定番つったら音楽じゃねぇの」

「クラシックコンサート的な?」

「つっても誰がやんだろうな。プロ呼ぶの?」

「そんな予算あるの?」

「あるわけないでしょう」

305: 2015/07/30(木) 21:29:16.27 ID:RYx/9kaJo
「由比ヶ浜がなんとかしてくれるだろ」

「えぇっ!?い、いくらぐらいかかるのかな……」

由比ヶ浜はうーんと唸りながら首を捻る。

「いや冗談だから……。本気にすんな。まぁ子供はつまんねぇだろうしな」

「こっちか向こうの吹奏楽部に依頼とかできるんですかね?」

「今からいきなりクリスマスにやってくれって言われても困るんじゃねぇかなぁ……」

「結構な無茶振りになっちゃうかもねー」

「だな。そもそも期間なさすぎなんだよ」

「じゃあ……ビンゴ大会とかは?」

306: 2015/07/30(木) 21:30:24.89 ID:RYx/9kaJo
「クリスマスとはあんまり関係がないですねー。あとすぐに終わっちゃいそうな気がします」

「それならクイズ大会!」

「……ご長寿早押しクイズでもやる気か?」

「ダメかぁ……。んー、なんかないかな……」

「もういっそのことクリスマスっぽい映画でも流しとけばいんじゃね?」

「さすがにそれは投げっぱなしすぎじゃないですかね……」

続いた会話が途切れ、場に沈黙が訪れる。考え続けてはいるのだが特に目新しいものは浮かんでこない。

ミュージカルだとかゴスペルだとかバンド演奏だとかは思いつくものの、これらは全部先ほど出た意見と変わりないものだ。

「……そんなところよね。私の考えと大差ないわ」

307: 2015/07/30(木) 21:31:32.88 ID:RYx/9kaJo
雪ノ下は弱い溜め息をつきながら呟いた。彼女が既に考えていたような案しか出てこなかったようだ。

「まぁ海浜高校の連中がなんか考えんじゃねぇの。これって向こうから言い出したことなんだろ?」

「そうね。向こうの考えや方針を聞いてからでないと、こちらだけで考えてもしょうがないわね」

向こうは一体どのような案を用意しているのだろうか。予算もない時間もない人員もない中、そこら辺の高校生にできることなどたかが知れている気はするのだが。

「でも、向こうも同じような案しかなさそうな気がしますねー」

「だよねー……」

一色の言葉に全員が同意し、まだ何も始まっていないのに困難が待ち構えている気がして皆が黙り込む。

308: 2015/07/30(木) 21:32:46.36 ID:RYx/9kaJo
「合同、なぁ……。引き受ける引き受けないの選択すらなかったからなぁ」

「面倒なのはわかるけれど……やることだけは決まっているのだから仕方ないわ。向こうと話をしてうまい落としどころを探りましょう」

雪ノ下はここで沈んでいても仕方ない、やるべきことをやるだけだと言わんばかりに姿勢を正して俺たちに告げる。仕事であれば仕方がない。俺もやれるだけのことはやろう。

ただ、雪ノ下自身も落としどころという言葉を選ぶ程度には困難の予兆を感じているようだった。

「じゃあそろそろ行こっか?」

「そうね」

気がつけばいい時間になっていたので席を立つ。

由比ヶ浜と雪ノ下のカップとトレイも纏めてから一緒に返却口に持っていこうとしていると、雪ノ下がきょとんとした顔で俺を見つめていた。

309: 2015/07/30(木) 21:37:42.16 ID:RYx/9kaJo
「ん?どうかしたか?」

「……いえ。そういう気遣いはできるのに、なんであなたは普段ああなのかしらと……」

「普段ああで悪かったな」

いつも邪魔にならないように帰ろうかとか超気使ってるんだけどな。普段のそれはあまり気遣いと認識されていないらしい。

「先輩、ありがとうございまーす」

「ヒッキー……ありがと」

間延びした感じの甘いお礼と控えめに呟くお礼が聞こえてきて、俺のほうが恥ずかしくなってきた。

よせやい。こんなもん大したことじゃないし、気遣いに見返りは求めないもんだ。友情に、見返りは、求めないってのと同じだ。友情築けたことがないからよくわからんが。


一一一

310: 2015/07/30(木) 21:39:12.92 ID:RYx/9kaJo


コミュニティセンターに入ると静謐というか閑寂というか、公共施設特有の落ち着いた空気が漂っていた。とりあえず、あまり騒がしくできるような雰囲気ではない。

きょろきょろと辺りを見回しながら階段を上る雪ノ下についていく。

「どこで会議やるんですか?」

「講習室というのが二階にあるらしいわ。そこよ」

「三階はなんだろ?なんか音楽がほんのり聞こえるけど」

「大きなホールみたいね。会場もそこと平塚先生から聞いているわ」

生徒会室に雪ノ下がいなかったのは平塚先生のとこに行ってたからか。まぁ事前情報何もなしに会議に向かうというのはどうかと思うからな。責任者なら尚更だ。

311: 2015/07/30(木) 21:40:36.10 ID:RYx/9kaJo
でもさすが雪ノ下と言っておこう。俺は全然気にしてなかったし。

講習室と書かれたプレートのある部屋の前で立ち止まると、ざわ……ざわ……とした声が中から少しだけ漏れ聞こえてくる。

「失礼します」

雪ノ下が先頭になって、挨拶をしながら扉を開き中に入る。近くにいたおそらく海浜総合高校の女子生徒がこちらに気付き、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

「総武高校の生徒会の方ですか?」

「はい。生徒会長の雪ノ下です」

「ちょっと待ってくださいね、かいちょー!」

会長と呼ばれたひょろ長い男子生徒が集団から外れ、雪ノ下と目線を交わしながら近づいてくる。

312: 2015/07/30(木) 21:42:38.14 ID:RYx/9kaJo
「やあ!僕は海浜高校で生徒会長をやってる玉縄。あと生徒会のみんなと、ヘルプの人が何人か来てるんだ」

実にハキハキとした挨拶で、これだけで俺とは合わなそうだなと感じた。たぶんこいつはやりたくて生徒会長をやっているのだろう。

人をまとめるのが好きなタイプに見えた。集団の中に一人いればありがたい存在ではあるが、たまにどこに導いているのかわからないような奴の場合もある。

「はじめまして。生徒会長の雪ノ下です。それからこっちが会計の由比ヶ浜さん」

「よろしく!」

由比ヶ浜は若干引き気味に会釈をする。グイグイきそうな玉縄の様子に圧倒されているようだ。

「彼女が書記の一色さんで、それと……」

313: 2015/07/30(木) 21:43:56.14 ID:RYx/9kaJo
続けて一色が余所行き用の笑顔を作ったとのころで、雪ノ下が俺を紹介しようか迷っていた。

「いいよ俺は、その他1名だ」

「庶務の比企谷君。あと今は所用で来ていないけれど副会長が遅れて来るわ。それでこちらは全員よ」

結局紹介されてしまったが玉縄は俺のことに目もくれず、うんうんと満足そうに頷いてから口を開いた。

「了解。僕は前から総武高校とはリスペクトし合えるパートナーシップを築けそうだと思ってたんだ。お互いの若いマインドを発揮して、最大限のシナジー効果を生んでいこう!」

お、おう。別に俺に向けて話しているわけではないだろうが、そういう言葉しか出てこない。

一色ははぁ?という顔をもう隠せていないし、雪ノ下さんは停止していらっしゃる。アドリブに案外弱いんだよな、こいつ……。

314: 2015/07/30(木) 21:45:28.98 ID:RYx/9kaJo
由比ヶ浜はいつもと変わらないように見えたが、背伸びをして俺の耳元に顔を近づけてきたので、俺も首を傾けて顔を寄せてみる。

「この人、外国帰りなのかな……。帰国子女ってやつ?」

ボソッとした声とともに、柔らかい吐息とシトラス系の香りが俺に届く。なんで女子っていい匂いがするんだろうね?

「い、いや、違うだろ。これはいわゆる意識高い系ってやつだ」

俺の言葉の意味がわからないのか、可愛く首を傾げてきょとんとしている。

クエスチョンマークがよく似合うな由比ヶ浜は。またゆっくり説明してやろう。ちゃんと理解できていると言えるほど詳しくはないけど。

俺も現実に存在する意識高い系を見たのは初めてだが、たぶん合っているはずだ。

315: 2015/07/30(木) 21:46:55.91 ID:RYx/9kaJo
ネット上だけの存在なのではとも思っていたが、そうではなかったらしい。こうして発言を聞くとルー語との違いがいまいちよくわからない。

要はクリスマスのイベントをヤングなエヴリワンでトゥギャザーしようぜ!終わったアフターはギロッポンでシースー!こんな感じか?なんか違うな。業界語も混ざってるし。

「え、ええ。これから暫くの間よろしく」

「うん、よろしく!」

固まっていた雪ノ下が意識をようやく取り戻したようだ。それから生徒会長同士の熱い握手が交わされた。玉縄はそのまま二言三言と雪ノ下に話しかけ会話を続ける。

いや、なげぇよ握手。会話は離してからやれよ。

そうしていると生徒会長である玉縄の元へ、海浜高校の連中が続々と集まってきた。

316: 2015/07/30(木) 21:48:03.30 ID:RYx/9kaJo
こちらの女子三人はその会話の渦に巻き込まれ、簡単な自己紹介のようなものをやり始めた。

俺はいいや、どうせ覚える気ないし。そう思ったので会話の輪から離れて一人で座っていると、後ろから話しかけられた。

「あれー?比企谷?」

突然名前を呼ばれ、何事かと振り返るとそこには見覚えのある女子が大きなコンビニ袋を抱えて立っていた。

軽くウェーブのかかった黒髪、着崩した制服、誰にでも同じように話す気さくな声。

「やっぱ比企谷じゃん、最近よく会うねー」

折本かおり。昔告白したこともあるし当然嫌いなわけではないが、正直なところ彼女が絡んだことでいい記憶というのはあまりない。この間の別れ方もろくなもんじゃなかった。

317: 2015/07/30(木) 21:49:40.31 ID:RYx/9kaJo
どれも苦く気まずいもので、できるなら思い出したくない。それを自分でもわかっているからか、掌に変な汗が滲んだ。

「……おす」

「なにしてんの?まさか比企谷、生徒会入ってんの?」

「まぁ、そのまさかだ」

「マジで?超ウケるー。全っ然似合わないっ」

折本はコンビニ袋を机に置くと、腹を抱えてけらけらと笑い始めた。何がそんなに面白いんだ……。

「あ、私は生徒会じゃないよ。ただの手伝い」

「ふーん。それ何?」

さして興味があるわけではないが無言になるのもなんなので、重そうに抱えていて今は机の上にある袋について質問をする。中はペットボトルのお茶やジュース、菓子類のようだ。

318: 2015/07/30(木) 21:50:57.98 ID:RYx/9kaJo
「あ、これ?会議中にみんなが食べたりするやつ。ケータリング?みたいな感じ」

「ほーん。なるほどね」

もう会話が終わってしまった。ここから広げられないから俺なんだろうな。

「……やっぱあの子たちも来てるんだ」

折本は海浜高校の連中と話をしている雪ノ下たちを横目でちらりと見た。

折本の言うあの子たちとは、雪ノ下と由比ヶ浜のことだろう。あの気まずい空気の中でも二人のことははっきり覚えていたようだ。

「……おお。あいつらも生徒会入ったからな」

葉山もいるんだけど、と言おうとしてやめた。どうせすぐに会うことになるんだから、別にここで言わなくても問題はなさそうだと判断した。

「ふーん……。まぁいいや、また話そ。じゃ私戻るね、またねー」

319: 2015/07/30(木) 21:52:01.17 ID:RYx/9kaJo
折本はコンビニ袋を重そうに抱え、海浜高校の連中がいるところへ戻っていった。

「へぇー。先輩、向こうにお知り合いの方いたんですね」

「おお、同じ中学なんだよ」

というかお前も見たことあるはずなんだけどな……。見られた状況が状況だけにそれを教える気にはならなかった。

いつの間にか三人とも向こうとの会話を終えて俺の近くに来ていた。由比ヶ浜と雪ノ下は折本のいる方向へぼんやりと目を向けている。

折本も知っている顔に見られていることに気がつき、頷きと変わらない程度に頭を下げて会釈する。雪ノ下と由比ヶ浜も同じようにして返した。

「あの子、あのときの……」

由比ヶ浜のその小さな声はおそらく誰に向けられたものでもなかった。だから、誰も返事はしなかった。

320: 2015/07/30(木) 21:53:05.85 ID:RYx/9kaJo
「ね、先輩。あれ会議用のですよね?こっちも用意したほうがよくないですか?」

一色は先ほど折本が抱えていたコンビニ袋を目ざとく見つけ、指差しながら話す。確かに向こうにだけ用意させるというのは問題かもしれない。

俺たちはお客さんではないのだから、一方的に施しを受けると向こうもこっちも余計な気を使うことになる。でも一色がそういうことに気がつくのって意外だ。

「案外お前って気が利くんだな」

「案外は余計です。わたしは結構気配り屋さんですよ」

「へいへい。雪ノ下ー、俺らも買いに行ったほうがいいんじゃねぇの?」

「そうね。開始までまだ時間はあるし、見繕ってきてもらえるかしら。比企谷君」

「え、俺?」

321: 2015/07/30(木) 21:55:19.78 ID:RYx/9kaJo
「あなたよ。庶務の力を遺憾なく発揮するときが来たわね」

うん!ぼくパシりがんばる!アホか。庶務に力なんかありません。でも一応仕事だし行ってくるか……。

そういえばここの雑用は俺の仕事なんだった。一色の言うことなど流しておけばよかったかもしれない。

「あの……もう一人いたほうがよくない?」

由比ヶ浜は小さく手を挙げながら、おそるおそるというように進言をする。

うーん、どういう意味だろうか。かさばるから持てるか心配してるってことか?そうだな、たぶん。

「いや、一人で持てるから……。あー、でもよく考えたらチョイスに自信が持てんな」

322: 2015/07/30(木) 21:56:56.34 ID:RYx/9kaJo
俺が選ぶとキャベツ太郎とか買ってしまいそうだ。あれ超美味い。でもあんなのみんなでボリボリやってたら部屋がソース臭くなってたまらん。手もベタベタになるしきっと却下だろう。

「あ、じゃああたし……」

「一色、行くぞ」

おそらく由比ヶ浜は自分が行くと言いかけたのだろうが、言い切る前に遮って一色に告げた。

由比ヶ浜でも目的を果たすのに問題はないが、ここは一色のほうがよさそうだ。

「なんでわたしなんですかー……」

「言い出しっぺだろ。さっさと来い」

ぶーぶーと不満を漏らしている一色を促してから、財布を持って講習室をさっさと出た。

雪ノ下は生徒会長だからなるべくあそこに居たほうがいいだろう。すると残りは由比ヶ浜か一色になるわけだが、由比ヶ浜と行くとなると部屋に残るのが一色と雪ノ下になってしまう。

323: 2015/07/30(木) 21:58:02.41 ID:RYx/9kaJo
要するに、その二人だけを残すのは躊躇われたので一色を指名することにした。

あんま合わなそうだし、雪ノ下と一色。険悪になるとは思わないが、間を持たせるのにお互い苦労しそう。

それに由比ヶ浜とだと、俺は存外に楽しんでしまいそうというのもある。仕事は辛いからこその仕事であって、あまり楽しんでしまうのもよろしくない。

だるそうに肩を落としながらついてくる一色とコンビニに入り、買い物カゴを手に取る。すると一色があまり悩む様子もなく、次々と菓子やら飲み物やらを放り込んでいく。

「もうちょい悩まねぇの?」

「まぁこういうのは定番ってあるじゃないですかー?それ抑えとけばそんなに文句は出ないもんですよ」

「そういうもんか。ちなみにキャベツ太郎は?」

324: 2015/07/30(木) 22:00:27.10 ID:RYx/9kaJo
「論外に決まってるじゃないですか。個包装が基本です。……ちょっと美味しいですけど」

一色は目を逸らしながら恥ずかしそうに最後の言葉を付け足した。いや、別にキャベツ太郎は恥ずかしいものじゃないと思うんだが。

「こんなもんですかねー」

「ほいさ。……これって経費でいけるよな?」

「じゃないですか?自費とか嫌ですよわたし」

「俺だってやだよ。とりあえず領収書貰っとくか……」

レジに行きカゴにある大量の商品をスキャンしてもらっていると、そこで気がついた。

財布を広げて確認する。やっぱりだ。俺、金足りねぇんじゃねぇかこれ?

325: 2015/07/30(木) 22:01:40.36 ID:RYx/9kaJo
「……すまん一色。金出しといてくれ」

「はっ?なんでですか?」

一色は眉根を寄せて、実に人を舐めくさった表情を浮かべている。なんだその顔はと言いたいが、助けてもらうのにそんなことは言えない。

「さ、さっきお前に奢ったからもうあんま残ってねぇんだよ」
 
「はぁー、しょうがないですね先輩は……。じゃあわたしが立て替えときます」

「悪いな」

立て替えとはいえ、下級生に出してもらうのはほんと情けないし申し訳ない。ほんと俺貧しい。でもさっき奢ったからノーカン!ノーカン!

一色の支払いと領収書の受け取りが終わると、飲み物の入った重い袋と菓子の軽い袋を両方持ってコンビニから出た。せめてこのぐらいはやらないと俺が出てきた意味がまるでない。

326: 2015/07/30(木) 22:02:56.78 ID:RYx/9kaJo
「あ、ありがとうございます……。でも悪いんで一個持ちますよ?軽い方」

一色は頭を下げながら素直なお礼を口にした。このぐらいなら軽いものだが、予想外の言葉に少しだけ面映ゆい気持ちになる。

「……別にいい。仕事だからな」

「変なとこ真面目ですね。でも……えいっ」

一色はててっと俺の正面まで早足で回り込むと、軽い方の袋を両手で奪い取ろうとする。

俺が奪われまいとつい力を込めてしまったものだから、袋は俺の手から離れず二人ともつんのめってしまった。

よろけた一色の顔が俺の胸のあたりに近づき、どくんと心臓が跳ねる。一色はかぁっと顔を赤くして後ずさるようにぱっと離れた。

「なななに考えてるんですか先輩。やめてくださいそういうのはもっと仲良くなってからに……やっぱそれでも無理ですごめんなさい」

327: 2015/07/30(木) 22:04:03.91 ID:RYx/9kaJo
七日ぶり(適当)通算三回目(適当)の告白失敗(してない)。もうどうでもいいです。

暫くの間二人とも顔を逸らし、無言で立ち尽くす。

「もう……おとなしく離してくださいよ」

やがて落ち着きを取り戻した一色がそっと軽い方の袋を引っ張る。今度は俺も大人しく手放した。片手が空いて手持ち無沙汰になる。

「俺、持つからいいのに」

「いいんです。さっきも奢ってもらっちゃいましたし、先輩たちとはなるべく対等でいたいですから。それよりー、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」

対等どころか俺のほうが下っぱ感あるけどな、ここじゃ。で、聞きたいことってなんだよと思って一色を見ると、唇を引き結んだり口を開きかけたりしていて迷いが見てとれた。

328: 2015/07/30(木) 22:05:03.60 ID:RYx/9kaJo
「聞いてもいいのか、よくわかんないんですが……」

こんな言い方をされるということは、もうほとんど概ね大体聞かれて嬉しいことではない。聞かないほうがいいに違いない。

「じゃ、聞かないでくれ」

「じゃあ聞きますね」

でも無視された。今の会話意味ねぇな。

「……おお」

「お昼休み、城廻先輩となんの話してたんですか?告白、されたり、とか……?」

その質問の内容よりも、今までのきゃるんっとした甘える声ではなく、あまり聞かない真面目な声音だったことに驚いた。

他人の恋愛話を興味本意で楽しもうとしているわけではなさそうだ。でもまぁそんな恋愛云々の話は全くなかったんですけどね、残念だけど。

329: 2015/07/30(木) 22:05:59.98 ID:RYx/9kaJo
「されてるわけねぇだろ」

「じゃあなんの話だったんですか?城廻先輩ずいぶん意味深な感じじゃありませんでした?」

「それはそうなんだけどな……。なんかお礼言われただけだ。お前が思ってるようなことはなんもねぇよ」

確かに意味深な態度だった。されたこともないのにもしかしてこれはアレなのか!?とか思っちゃったからね。めぐりんマジ天然魔性。俺が勘違い野郎という可能性は抹消。

「お礼って……なんのですか?」

なんの、と言われても困る。俺自身よくわかってねぇし。ちゃんと説明できる気がしないので適当にはぐらかすことにした。

「別に大したことじゃねぇけど、んなことお前には関係ないだろ。個人的なことだよ」

330: 2015/07/30(木) 22:07:23.39 ID:RYx/9kaJo
「……ふーん、そうですか。わかりました。とりあえずそういうのではなかったと」

「そうそう。そんなイベントは俺には無縁なものだ」

「えー、でも先輩地味にモテてません?気のせいですか?」

「気のせいだな」

モテてりゃもうちょいまともな性格になってたかもしれないな。あと目も腐ってるとか言われなかったかもしれない。やっぱり俺がモテないのはどう考えても社会が悪い。

「そうですかねー?先輩もわかってないわけじゃないと思うんですけど……」

ぽしょっと最後に付け足された言葉が耳に入ったとき、体の内側のどこかがチクリと痛んだ。

俺はその呟きに返事をすることはできず、それきり二人の会話は途切れてしまった。


331: 2015/07/30(木) 22:08:22.54 ID:RYx/9kaJo

買い物を終えてから講習室に戻り、買ってきたお茶を注いでのんびりしていると、玉縄がぱんと手を叩いて注目を集めた。

「ではそろそろ時間になりますので、会議始めまーす」

主に海浜高校側から発せられていたガヤガヤとしたざわめきが徐々におさまっていく。みなさんが静かになるまで8年かかりました、とか言いたくなるなこれ。

全員が席についたので向こう側を見渡して数えてみると、海浜のメンバーは俺らの倍はいる。そりゃ騒がしくもなるか。

となるとバランス的には向こうが主導でこちらがサブというものになるかもしれない。意見が割れて最終的に多数決とかになればこちらが勝つのは難しそうだ。

「みんな、集まってくれてありがとう。僕は海浜高校生徒会長の玉縄。で、そちらが総武高校生徒会長の雪ノ下さん」

332: 2015/07/30(木) 22:09:23.81 ID:RYx/9kaJo
「はじめまして、雪ノ下です。これからイベントまでの間よろしくお願いします」

海浜高校のメンバーの視線が雪ノ下に集まり、ささやかな拍手が沸き起こった。雪ノ下の凛とした姿勢は変わらないが、少しばかり照れ臭そうにも見える。

「今日は初顔合わせだから、みんな簡単に自己紹介していこうか。お互いの名前がわかったほうがコミュニケーションもスムーズにできるからね」

向こうからそうだね、とかそれある!とか賛同の声が聞こえてきた。さっきも俺以外の一部メンバーはやってただろうに。

やだなぁ……。クラス替えとかで最初に毎年やるんだけど、あれは何度やっても慣れない。名前以外言うことねぇんだよ。

そうして各自の自己紹介が始まった。向こうの連中から順次やっているが、俺は名前を覚える気がないのでろくに聞いていなかった。

333: 2015/07/30(木) 22:10:39.03 ID:RYx/9kaJo
折本の番のときだけは聞いていたが、特に思うところはなかった。

ただ、俺を挟むようにして座っている一色と由比ヶ浜、さらに隣の雪ノ下を見るときの目付きが普段のそれとは違って見えた気がした。

向こうの自己紹介が全員終わり、こちらの番になった。雪ノ下は済んでいるので由比ヶ浜が行い、次は俺だ。

「あ、えー……比企谷です。雑用です。よろしく」

多少雑だがこんなもんだろう。でもなぜだろう、俺のときだけ拍手がまばらな気がするのは。

折本だけはにやにやしながら笑いを堪えるように口元を押さえていた。だから何がそんなに可笑しいんだよ……。

最後に一色の甘ったるさ全開のきゃっぴぴぴーんとした自己紹介が行われた。いっろいっろりーんとか言い出しそうだ。語呂悪いからこれは駄目だな。でもやっぱ拍手俺よりでかい。

334: 2015/07/30(木) 22:12:08.05 ID:RYx/9kaJo
全員の自己紹介が終わると、当然のように司会役の座に収まった玉縄に皆の視線が注がれる。

「じゃあ早速だけど、イベント内容のアイディア出しからやっていこうか。これはゼロベースでいくから、既存の枠組みにとらわれず自由な……」

「ちょ、ちょっと待って。その前に基本的なことを確認させてもらえるかしら?こちらはまだその辺りのことをはっきり知らないし、認識を合わせておきたいわ」

玉縄の言葉をいきなり雪ノ下が遮る。そらそうだ、こっちは概要的なことすらろくに知らないし、向こうも全員に周知できているか定かでない。

「ああ、そうだね。グラウンドデザインの共有は大事だからね」

「まず、会場は上のホールと聞いているのだけれど……」

「その予定だよ」

335: 2015/07/30(木) 22:13:17.77 ID:RYx/9kaJo
「予定?まだ押さえていないの?」

「この後やるつもりだよ。あまり先に枠組みだけ決めてしまうと視野を狭めてしまうからね」

「……そ、そうね。でも早急にやらないと。場所がないと中身を決めてもどうにもならないわ」

「そうだね、終わったらすぐに押さえようか」

「ええ。そのホールの収容人数と、来場者の内訳はどんなものかしら?」

「まだ僕たちも見ていないんだ。会議が終わったらみんなで一度見てみよう」

「……そうね。中身は置いておいて、日程や場所、目的、来場の対象者、大まかなスケジュール、検討事項などを詰めましょうか。今日のうちに」

玉縄の荒い視点の隅をつつくように雪ノ下が補強しようとしている。玉縄は視野が広すぎて細かいところを見なさすぎだというのがよくわかる会話だった。

336: 2015/07/30(木) 22:14:20.82 ID:RYx/9kaJo
木を見て森を見ずというのはあるが、森を見て木を見ずというのはなかなか珍しい。

こいつの場合、森よりもさらに大きく日本地図を見てるんじゃないかってぐらいな気もするが。

「そうだね。その辺りのコンセンサスを得てから中身についてブレストしていこう」

ブレスト……ブレストファイヤー?違うか、ブレインストーミングってやつか。やったことはないけど知識としては一応知っている。

玉縄は海浜の中から一人を呼びホワイトボードに向かわせた。この人が向こうの書記ということだろうか。

うちの書記はといえば、誰も自分に注目していないことに安心してか、つまらなそうにぼーっとしている。俺が横目で見たことに気がついて笑顔に変わったがもう遅い。

337: 2015/07/30(木) 22:15:26.03 ID:RYx/9kaJo
こいつの素は間違いなくあっちだ。そうわかっていても、その変わり身の早さには超ビビる。むしろ怖くなる。

「ヒッキー、何言ってるかわかる?」

反対側から囁くような声が聞こえてきたので顔を向けると、由比ヶ浜が困惑したような表情を浮かべていた。

由比ヶ浜は知らない単語がたくさんあるのだろう。こいつランニングコストすらわかってなかったし。俺も知らない単語はたまにあるが、前後の文脈からなんとなく想像はできる。

「まぁ、なんとなく……」

「ほぇー、スゴいね。あたしはあの人の言ってること難しくてよくわかんないや……」

由比ヶ浜は気後れするようにたははと乾いた笑いを漏らす。

だが、わからなくても真面目に聞いて理解しようとするその姿勢は立派と言ってもいい。だから俺なりに精一杯のフォローをしたくなった。

338: 2015/07/30(木) 22:18:45.55 ID:RYx/9kaJo
以前にも言って、伝わっているかはわからないのが情けないけど、由比ヶ浜が役に立っていないとかそんな訳がない。

お前は俺たちにないものを、眩しすぎるものをたくさん持っているんだから。

「別にわからん言葉は流してもいいと思うぞ。大したこと言ってるわけじゃねぇから。話の流れがわかれば十分だ」

「まぁなんかいろいろ決めようとしてるのはわかるかなぁ……。うん、ありがと」

そう言って由比ヶ浜は柔らかい笑顔を作ってくれた。

ちゃんとフォローになっていたかどうかは怪しいが、そういう顔を見せてくれたことに安堵し、妙な満足感があった。

玉縄はホワイトボード前の書記に向かってまだなにやらか指示を行い、部屋にはキュキュッとペンを走らせる音が響いている。

339: 2015/07/30(木) 22:19:44.86 ID:RYx/9kaJo
「一色さん、ちょっと」

「……はい?」

呼ばれるとは思っていなかったのだろう、雪ノ下に呼ばれた一色が一瞬の間を置いて気の抜けた返事をする。

「議事録まとめてもらうつもりだから、そのつもりでいてね」

「はぁい……」

「それうちの仕事なのか?」

超めんどくさそうな一色を助けたいわけではないが、気になったので一応向こうに聞こえないよう尋ねることにした。

「別に議事録程度向こうに任せてもよいとは思うのだれけど……。決まったことはひっくり返されないように言質を取って、こちらで記録して向こうに確認させたいのよ」

言質ときましたか。まぁさっきの会話だけでなんとなくはわかる。

340: 2015/07/30(木) 22:21:18.43 ID:RYx/9kaJo
前提が曖昧なままで中身を決めようとするあたり、中身に合わせて前提ごとひっくり返してきそうな気配が。

「わかった。一色がんばれ」

「えー、手書きとか超面倒なんですけど……。ノーパソないんですかー?」

そうそう、ネットの記事の見出しなんかでノーパソとかノーバンとか書かれてると、ついそっちの言葉と勘違いして開いてしまう習性があるんだよね、俺。心からほんとどうでもいい。

「ゆきのん、生徒会のと奉仕部のあったはずだよね?」

「そうね、次からは生徒会のを持ってきましょうか。今日のところは手書きでメモを取っておけばいいわ」

「はぁい」

「よし、では続けていこうか。基本的な項目をいくつかあげてみたんだけど、どうかな?」

玉縄の声で会議がまた再開された。ホワイトボードに箇条書きされた項目を見て、雪ノ下がふむと頷き口を開く。

「そうね……では……」

会議はまだ、終わらない。


一一一

341: 2015/07/30(木) 22:21:44.77 ID:RYx/9kaJo
休憩
まだ投下続きます

344: 2015/07/30(木) 22:36:44.03 ID:RYx/9kaJo


「疲れましたー……」

「疲れたねー……」

時間もいい頃になり会議の終了が告げられると、一色と由比ヶ浜がもう限界とばかりに机にぐでーっと突っ伏した。雪ノ下は眉間を指で摘まんで深いため息をついている。

一方俺はというと、全身の力を抜いてだらーんと手を放り出している状態だ。

脱力しなければ意識高い会話に意識を持っていかれて意識が遠くなってしまいそうだ。意識遠い系、これは流行る。いや流行らない。

由比ヶ浜も一色も俺も、疲れきってはいるが実のところ発言はほとんどしていない。

俺たちの思っていたことや言いたいことは、雪ノ下がほぼ言ってくれていたからだ。あとすげぇ話しにくい、あいつら。

345: 2015/07/30(木) 22:37:43.06 ID:RYx/9kaJo
雪ノ下と玉縄、あと向こうの数人の会話だけでいろいろな方針の決定が成されていった。

だがそれは悪いこととは思わない。トップ同士の会話で方向性が決まるのであればむしろ良いことだ。

大まかな部分の決定に下っぱの意見を取り入れるとキリがないし、そんな必要性はどこにもない。

「でもま、基本的なとこはあらかた決まったな。目的とか検討事項なんかはちょっとふわっとしてるが……その辺は別に抽象的でも問題ねぇだろ」

ふわっとというかもやっとしてるというか、そこらの項目にはセールスプロモーションだとかオミットだとかいう意識高そうな単語が並んでいる。

「そうね、なんとか押さえるべきところは押さえることができたわね……」

346: 2015/07/30(木) 22:39:14.36 ID:RYx/9kaJo
とりあえず、肝心の企画案を考える前に決めるべきこと、来場対象者やら会場のキャパ、日程、スケジュール感なんかはざっと把握できたと言ってもいい。それに伴い、これから連絡や調整しなければならないことも見えてきた。

これ雪ノ下だからここまですんなり決まったんじゃねぇの?

他のやつだったら向こうに飲み込まれて、重要なことを無視してそのまま中身の議論に入ってたんじゃなかろうか。

「これならまぁなんとかなんじゃねぇの」

この時の俺はそんな風に気楽に考えていた。本当に。これから会議は混迷を極めていくことになるとは微塵も思っていなかった。


気がつくと由比ヶ浜と一色は席をはずしていた。あれだな、きっと。お花を摘みに行ったんだな。この表現一周回って逆にやらしく感じるから別の考えたほうがいいと思います。

347: 2015/07/30(木) 22:40:17.50 ID:RYx/9kaJo
「雪ノ下さん、ちょっといいかな?」

「何かしら?」

雪ノ下は玉縄の傍まで移動して何事か話を始めた。おい、なんで二人とも携帯出してんだ。俺ですら雪ノ下の連絡先知らねぇんだぞ。

玉縄に向けて形容し難い謎の念を送っていると、講習室に新たな人物が入ってきて海浜の連中の目線がその人物に集まる。

「悪い、遅くなった。もう終わった?」

葉山が部活を終えてようやく来たようだ。なんで遅れて来たくせにそんな爽やかなんだお前は。俺なら卑屈な顔を……の前に部屋に入らず帰ってるな。

「おお、もう終わったぞ。今日は無駄足だな」

「そうか。……折本さんもいるんだな」

348: 2015/07/30(木) 22:41:23.99 ID:RYx/9kaJo
「ん?あ、おう。偶然な」

葉山の目線の先を見ると、バツの悪そうな顔をした折本と目が合った。

俺が心配するようなことではないが、これからも顔を合わせることになるし、以前の出来事で発生したわだかまりを解消してうまくやってくれるとよいのだが。

「比企谷。ちょっといいか?」

「あ?」

言うと葉山は折本のほうへ歩いて行き、折本だけを呼び出してこちらに戻ってきた。

「なんだよ」

「ここじゃないほうがいいか。来てくれ」

有無を言わさぬ葉山の物言いに、仕方なく黙ってついていくことにした。折本も何も言わずに葉山を追いかけている。

349: 2015/07/30(木) 22:42:24.73 ID:RYx/9kaJo
講習室を出るときに何気なく部屋を見渡すと、あんぐりと口を開けた玉縄と不安そうな顔の雪ノ下の姿が目に入った。

二人とも半端な位置で掲げた携帯はそっちのけで、出ていく俺たちのことをじっと眺めていた。


階段を下りて誰もいないロビー付近で葉山は立ち止まった。そんなに聞かれたくないことなんだろうか。なんでもいいが面倒だしさっさと終わらせてほしいもんだ。

「なんの用だよ」

「折本さん、この間はすまなかった。俺が言い過ぎた。この通りだ」

葉山は俺の質問の相手をすることなく、折本のほうへ向けて頭を下げた。

折本は一瞬固まっていたが、我を取り戻すと胸の前で両手を横に振りながら慌てて口を開く。

350: 2015/07/30(木) 22:43:15.18 ID:RYx/9kaJo
「い、いやいやっ、そんなのいいからっ。葉山くん、頭あげてよ」

「そうか。でも言い過ぎたのは俺が悪いよ。謝らせてほしい」

頭は上げたが、葉山はあくまで謝罪の低姿勢を崩さない。

「ううん。私もちょっと……昔の変なノリで比企谷に、その、言い過ぎたから……。私も悪いよ。比企谷、ゴメン」

今度は折本が俺に向けて頭を下げた。ちょっと待て、俺はそんなの……。

「あ、あー……。いいよ別に、済んだ話だ。俺は気にしてねぇから折本も気にせんでくれ」

気にしていないというのは嘘だった。その言葉が本当なら、少し前に葉山にどこへ行くかと振られたときにちゃんと答えることができたはずだ。

気にしていたところで、こんなところでそう言えるわけもないけれど。

351: 2015/07/30(木) 22:44:34.52 ID:RYx/9kaJo
「そ、そう?ありがと、比企谷。葉山くんも、前のことならもう私大丈夫だから。気にしないで」

「そう言ってくれて助かるよ。ありがとう、折本さん」

「ううん。それじゃ私戻るね」

「ああ。呼び出したりして悪かったね」

「いいよ。私もちょっと……スッキリしたから。じゃあまた」

そう言うと折本は踵を返し、講習室に戻ろうと階段に足をかける。

「あ、折本さん」

葉山の呼び止める声に反応し、階段を昇りかけたところで折本は立ち止まり振り返った。

「これからよろしく」

「こちらこそっ」

352: 2015/07/30(木) 22:45:38.28 ID:RYx/9kaJo
折本は元気な言葉と中学生の頃にも見た懐かしい笑顔を残し、階段を一段飛ばしで駈け上がっていった。

見たことのある屈託のない笑顔は、昔も今も俺に向けられたものではないということに気がついて、少しだけ虚しくなった。

階段を見上げる葉山に声をかける。

「なんのつもりだ?」

「なんのつもりって、関係を修復しただけさ。打ち合わせもあのままじゃやりにくいだろ」

「……まぁな。簡単に修復できるんだな、お前」

「…………どうだろうな。いくら取り繕って修復しても、壊れる前にはもう戻らないよ。上辺を取り繕うのが上手なだけさ」

葉山は全てを諦めたかのように、感情のこもっていない薄い笑みを浮かべていた。

353: 2015/07/30(木) 22:46:35.83 ID:RYx/9kaJo
その通りだ。一度壊れたものはもう二度と戻らない。どんなに修復して綺麗に戻したと思っても必ず隙間は残り、一度入ってしまったヒビや傷がなかったことにはならない。

できるのはその傷から目を逸らすか、いかに目立たなくするか、そのどちらかしかない。新しく作り直さない限りは。

「あっそ。にしてもだ、お前が謝るだけなら俺はいらんだろ」

「要るよ。折本さんの謝る相手がいなくなるじゃないか。君は謝らせてもあげないのか?」

最後の方は珍しく俺を詰問するような口調だった。

「謝ってほしいなんて思っちゃいねぇよ」

「比企谷がどう思うかなんて関係ない。君のためじゃなくて折本さんのためだからな」

354: 2015/07/30(木) 22:47:57.87 ID:RYx/9kaJo
俺がしてほしいとかしてほしくないとか、そんなのは俺のエゴでしかないと言われている。葉山に言われるのは癪だし悔しいが、その通りだと思った。

俺も小さい頃は友達だっていたし、殴り合いのようなものではないが喧嘩だってしたこともある。

だから、謝ることができないと前に進めないことがあるというのもわかる。

俺はこれまでもそうやって人間関係を切ってきたのかもしれない。悪いことをしたのは俺じゃない、俺は悪くない。関係を切ったのは俺を傷つけた相手のほうだ。

だが、謝らせないことによって断ち切ってきたのは他の誰でもない、俺自信だったのかもしれない。俺が大事に思っていたのは、いつだって俺だけだった。

「知ってたけど嫌なやつだな、お前」

「そんなこと言うのは比企谷だけだよ」

355: 2015/07/30(木) 22:49:08.51 ID:RYx/9kaJo
葉山は先ほどのものとは違う楽しげな笑みを漏らす。なにこいつ。嫌なやつって言われて喜ぶとかマゾなの?

「だろうな。……戻るか」

「ああ」

階段を昇るときなんとなしに上を見上げると、手摺の隙間から慌てて走り去っていく由比ヶ浜と一色の姿が見えた。

「見られてたっぽいな」

俺たちが下にいるとは普通思わないだろうから、たぶん階段を降りるところから見られたのだろう。

ということは、さっきまで折本がいたのも知っているはずだ。

「聞かれて困るものでもないけど、聞こえてないと思うし別に構わないさ」

「お前が構わなくても俺が一色からいろいろ聞かれるんだよ、間違いなく」

356: 2015/07/30(木) 22:50:09.04 ID:RYx/9kaJo
「ははっ、うまく言っといてくれよ」

葉山は一色の好意が自分に向いていることをわかっているようだ。そういや前も困ってるとか言ってたな。

あいつ人によって露骨に態度変えるし、困る気持ちはわからんでもない。あざといし。

「ま、適当に言っとく」


講習室に戻ってもまだ会議終了後の喧騒は鳴り止んでいなかった。各自が思い思いの場所で談笑を繰り広げている。終わったんだからさっさと帰れよお前ら。

「あ……ヒッキー。隼人くんお疲れー」

「葉山先輩おーそーいー。先輩も勝手にどこ行ってるんですかー」

由比ヶ浜と一色からそれぞれ声をかけられる。二人はさっきのことを今どうこう聞く気はないようだ。俺たちも見られていたことを知っているが、わざわざ言うこともない。

357: 2015/07/30(木) 22:51:05.29 ID:RYx/9kaJo
「葉山君。……比企谷君も。二人とも、ちょっといいかしら?」

雪ノ下は俺たちの元に歩み寄ると、控えめに口を開いた。

「由比ヶ浜さんと一色さんからはもう了承をもらっているのだけど……。向こうの生徒会の人たちが、親睦を深めるために一緒に食事でもどうかって」

「……お前も行くのか?」

「ええ。無理に断るのも、その……これからのことを思って……」

雪ノ下はまるで許可を求めるように、上目遣いで微かに潤んだ瞳を俺に向ける。なんでそんな顔をして言い訳がましいことを言うんだ。

俺は行くななんて言っていないし、そんなことを言う権利が俺にあるわけがない。

雪ノ下自身はそういうのに行きたがるはずがないと思っているが、それだけだ。

葉山と顔を見合わせる。

358: 2015/07/30(木) 22:52:36.82 ID:RYx/9kaJo
「俺は……行くかな。今日顔見せできなかったから丁度いい。比企谷はどうする?」

「……行かねーよ。金もねぇし。もう帰るわ」

「そうか。じゃあまたな」

葉山はそう言って一色たちの方へ向かった。

雪ノ下は胸の前で拳を握ったまま口の端を固く引き結び、まだ何か言いたそうにしている。

少しの逡巡の間を置いてようやく意を決したのか、顔が上がり口が開いた。

「あの、お金なら、私が……」

そんなこと、言わないでくれ。

雪ノ下には酷く不似合いな言葉な気がして、見たくないものを見せられている気がして、そうしようとしているわけではないのに俺の語気は荒くなった。

359: 2015/07/30(木) 22:53:21.20 ID:RYx/9kaJo
「いらん。行かねぇっつってるだろ」

雪ノ下がビクッと肩を震わせて怯えた表情を見せる。

やめてくれ、なんでそんな顔をするんだ。いつもみたいに俺に反論して俺から言葉を奪ってくれ。

「ご、ごめんなさい。無理にとは言わないわ……」

今にも泣き出しそうに謝る雪ノ下を見て、自分の態度が荒くなっていることを気づく程度には冷静さを取り戻した。

なぜ俺はこんなに苛立っているんだ。苛立つようなことなんて、ないはずなのに。

「あー……いや、悪い。せっかく気を使ってくれたのに。今日のとこはもう帰るわ」

「そう……。わかったわ。また、明日ね」

360: 2015/07/30(木) 22:55:17.30 ID:RYx/9kaJo
別れの挨拶と一緒に雪ノ下は微笑みを向けてくれた。

その微笑みはとても優しいけど弱々しくて、俺の知っている雪ノ下のものとは違っているような気がした。

よく似てはいるが、別のものだ。

いつからだ。雪ノ下がこんな顔を見せるようになったのは。

そんなのわかってる。つい最近だ。生徒会長になってからだ。もう少し言うと、俺があの提案をしてからだ、きっと。

得体の知れない不安に焦燥感が沸き起こり、身を捩りたくなるようなもどかしさを感じる。

だから、こんな場所で考えるのはやめにしてさっさと帰ることにした。鞄をひっつかんで扉に向かい、うちの連中に別れを告げる。

「んじゃ俺帰るわ」

361: 2015/07/30(木) 22:56:09.74 ID:RYx/9kaJo
「あれ、先輩行かないんですか?」

「おお、空気悪くすんのもアレだし、金もねぇし。任せる」

「そいえばそうでしたね……。じゃあまたでーす」

一色はあっさりと挨拶を済ませ、葉山との会話に戻っていった。そうだよな、それで俺は問題ない。

「あー、ヒッキーやっぱ帰るんだ。……またね」

「おう。またな」

由比ヶ浜は俺が行かないと予想はしていたようだ。またね、という言葉の前にあった一瞬の間に、僅かに後ろ髪を引かれるような思いがした。



食事にいく他メンバーを残して一人コミュニティセンターを後にし、自転車を止めている駐輪場に向かう。

362: 2015/07/30(木) 22:57:35.79 ID:RYx/9kaJo
今日あった出来事を思い返しながら歩くと、夜の乾いた風が体の芯まで染みる。

冷たい空気の侵入を防ごうと自転車の前でマフラーを巻き直していると、後ろから自転車のベルの音と声が聞こえた。

「比企谷、帰るとこ?ご飯いかないの?」

自転車に乗った折本は振り返った俺の顔を不思議そうに見ている。

真冬でも短いスカートから伸びる白い脚が眩しい。その短さで自転車というのはいろいろと危険が危ないしデンジャラスだと思います。

「……おお。俺はそういうのはパスだ」

だいたいパスしてるからパスなら超上手いぞ俺は。存在感もないし黒子になれる素質があるかもしれない。いや、存在感なさすぎでパスがこないから駄目か。幻すぎて試合中に部活から消え去っているまである。

363: 2015/07/30(木) 22:59:16.55 ID:RYx/9kaJo
「そっか。そういや比企谷って昔からそういうとこにいなかったもんね」

「合わねぇからな。折本は行かねぇの?」

「あたしは生徒会役員じゃないからねー。ねぇ、途中まで一緒に帰んない?」

俺にとって折本は一緒にいたくないランキング上位に君臨する人物なのだが、お互い地元の中学だったから家の場所をなんとなく知っておりなかなかに断り辛い。

頭を捻ってはみたが体のいい断り文句は思い付いてくれなかったので、仕方なく了承の意思を伝える。

「……おお。途中までな」

車通りも人通りも少ない道を選び、自転車で並走する。折本は今の学校のことや、自分のところの生徒会についてぽつぽつと話してくれた。

364: 2015/07/30(木) 23:00:34.80 ID:RYx/9kaJo
俺は相変わらず気の利いたようなことは言えずにいたが、一人で話してはけらけらと笑っていたのであまり気にならなかった。

いろいろと話すうちに、なんとなくうちの生徒会についての話になった。

「葉山くんもいたんだねー、ビックリしちゃったよ」

折本の元の性格や話し方がああだからわかりにくいが、葉山についてこういう話し方ができるのであればもう大丈夫かもしれないと思った。

「あいつサッカー部の部長もやってんのにな、よくやるよ」

「すごいよねー。でも比企谷はなんで生徒会入ったの?」

「なんか、成り行きでな。俺は先生に強制されてるようなもんだ」

これはこれで事実だからな。平塚先生は逃がすつもりはなかったと言っていたし。

365: 2015/07/30(木) 23:02:23.41 ID:RYx/9kaJo
「なにそれ、ウケる。比企谷なにやったのよ?」

「別になんも……。ずっと一人でいただけだ」

「あっはは、それじゃん。先生も見かねたんだよ」

「ほっといてくれんもんかね。好きで一人でいたのによ」

「んー、でもよかったんじゃない?比企谷、今は葉山くんとか、他にもいろいろ仲良さそうな子いるし」

仲良しとかは置いておいて、最近の俺の周りには大体他人がいるが、これは本当によかったのだろうか。

俺が愛していた孤独は、もうだいぶ手から離れてしまっている気がする。かといって、その代わりに何かを得たという実感もない。

失くすものだけで何も得られていないなら釣り合いは取れず、俺が空虚になっていくだけじゃないか。

366: 2015/07/30(木) 23:03:18.47 ID:RYx/9kaJo
「……そんなのいねぇけどな。葉山も別に友達じゃねぇし」

「そうなの?じゃあ葉山くんと比企谷ってなんなの?」

たぶん折本が何も意識せずに言っているこの質問で海老名さんが思い浮かぶあたり、俺もかなり毒されているようだ。嘆かわしい。

同じ男なら戸塚のことを……とか思う時点で元から結構酷いな。鼻血を出す眼鏡腐女子の顔を頭から振り払って、俺の認識している状況を話す。

「葉山は……クラスメイトで、今は同じ生徒会のメンバーだな。特に仲良くはねぇよ、やっぱり」

「ふーん。そうは見えないけどね。……比企谷、ストップ」

「あん?」

後ろから制止の声とキッという軽いブレーキ音が聞こえたので俺もブレーキをかける。

367: 2015/07/30(木) 23:04:50.33 ID:RYx/9kaJo
折本は暗い夜道の中で光を放つ自動販売機の前で止まり、自転車に乗ったまま飲み物を買っていた。

いや、そんな姿勢でしゃがみこんで商品を取り出すのはちょっと……。

誰に見られているわけでもないのに気恥ずかしくなり、慌てて反対側に目を向ける。そこには寂れた小さな児童公園があった。

「ほい。奢るからそこでもうちょっと話さない?」

すれ違うような格好で折本から紅茶を手渡され、改めて児童公園のほうに目を向ける。

空っ風が吹きすさび枯れ葉がカサカサと舞っているのを見ると、より一層寒さが強調されているようで身震いが起こった。

「やだなぁ……。さみぃよ……」

「だから紅茶奢ったの。いいじゃん、ちょっとだから」

368: 2015/07/30(木) 23:05:43.74 ID:RYx/9kaJo
もう飲み物を買って貰っている手前、強引に帰るとも言い出せず不承不承頷くと、二人とも自転車のまま公園に入ってベンチの前で止めた。少しの距離を空けて、並んでベンチに座る。

……帰りたい。なんでこんな寒い中折本と二人でベンチに座ってるんだ。

折本とか女子ってのはこんな中でも生足出してるし、寒さに強い生き物なのか?でも冷え性とかよく聞くし、わけがわからないよ。

かじかむ指先でなんとか紅茶のプルタブを開けて一口流し込むと、甘さが体に広がり内側から暖められる。でもさみぃ。

折本も同じように紅茶を一口飲むと、はぁーと長く白い息を吐いた。

「あのさー、なんで比企谷の周りって美男美女ばっかなの?」

なんじゃそりゃ。わざわざ止まって話すことがそれなのかよ。

369: 2015/07/30(木) 23:06:25.94 ID:RYx/9kaJo
「だ、誰のことだよ」

「生徒会の子たちも当然そうだし、前葉山くん紹介してくれた先輩の人とか。全員だよ、ほんと」

あー、陽乃さんか……。内面は知らんが外面は確かにキレイだな、うん。生徒会も雪ノ下に由比ヶ浜に一色に葉山か……。

あれ?俺浮いてない?

「なんでとか言われても知らねぇよ。たまたまとしか言えん」

「まぁそうだよね。比企谷が選んで集めてるわけないし」

そんなことするのは俺の知る限り三浦さんだけだ。自分の容姿にも自信がないとそんなことできねぇよな。ほんと三浦さん怖い。

「そりゃそうだ。話ってそんだけか?」

370: 2015/07/30(木) 23:07:18.22 ID:RYx/9kaJo
「あー、いや。ちょっと気になることがあってさ、聞きたかったんだけど」

そこで話を区切って折本は紅茶を啜った。俺は誰もいない公園を見るともなく見ながら続きを待つ。

「比企谷、どの子と付き合ってんの?」

「はぁ?」

意味がわからん。なんで付き合ってるのは前提みたいな言い方になってるんだ。

「最初はあの二人のどっちかだと思ってたんだけどね。今日書記の子と仲良く……ていうかイチャイチャ?してるの見てわかんなくなっちゃって」

ますます意味がわからん……。書記の子って一色のことだろ?

「は、はぁ?俺がいつあいつとイチ……イチャイチャしてたんだよ」

371: 2015/07/30(木) 23:08:11.67 ID:RYx/9kaJo
「会議の前にコンビニ行ってたじゃん?あの部屋の窓から戻ってくるのが見えたんだけど、なんか袋の奪い合いみたいなのしてたっしょ?あれ」

なんか意外なところを意外に見られてるもんだな……。行動として思い当たることはあるが内情は全然違う。面倒だけど訂正しておこう。

「あれのどこを見たらそう見えるんだよ。全然ちげぇ」

「そうかなー。あたしにはお互いが自分が持つよってやってるように見えたけど。バカップルっぽくない?」

「し、心外だな。あいつと付き合ってるわけねぇだろ」

ほんと心外。傍から見たらそんな風に見えるんだな……。自重しよう。

「じゃあ生徒会長の子?」

「だから……なんで付き合ってるって話になってんだよ。誰とも付き合ってねぇよ。今も今までも」

372: 2015/07/30(木) 23:09:06.57 ID:RYx/9kaJo
だからこんな捻くれた人間になってんだろうが、と言いたかったが自重した。自重ってやっぱ大事。

「へー。そうなんだ。意外」

折本はきょとんとしているのか興味があまりないのか、いまいち判然とし辛い表情で呟いた。

「意外でもなんでもねぇだろ。俺が誰かと付き合うなんて想像できんのか?」

「んー、昔はできなかったけどさー、今はそうでもないよ」

中学のときには見られなかった、俺の知らない折本の顔がそこにあった。

いろんな人の新しい表情が見られるようになったのは、俺がそれに気がつくようになっただけかもしれないし、今まで見えていたものが違って見えているだけかもしれない。

変わったのは俺なのか、相手なのか、その両方なのか。俺にはわからないことだらけだ。

373: 2015/07/30(木) 23:09:54.25 ID:RYx/9kaJo
「……なんで?」

わからなすぎて間抜けなことこの上ない言葉しか出てこなかった。だが、今俺が知りたいことを端的に表しているとも言える。

なぜ、なんで、どうして。いつも俺が考えていることだ。

俺は常に理由を探している。相手の考えも、自分の行動ですらも、理屈で論理的に説明できないことを恐れているから。

「んー……。いろいろ、かな?」

折本は首を傾けてそう言うと、にっと微笑んで白い歯を見せた。

いろいろ、か。便利な言葉だな。そこには2しか含まれていないかもしれないし、100含まれているかもしれない。受け取り側の想像次第とも言える。

だが頭の中が整理できておらず、そうとしか言えないことだってあるだろう。そう思ったからそれ以上の追求はしなかった。

374: 2015/07/30(木) 23:10:31.74 ID:RYx/9kaJo
「そうか、いろいろか」

「そうだね、いろいろだよ」

それから二人同じタイミングで紅茶の缶を傾けて飲み干す。すっかり冷えてしまった紅茶を飲んでも体が暖かくはならなかったが、不思議とここに来たときより寒くは感じていなかった。

「帰るか」

「うん。ありがとね」

「どういたしまして。何もしてねぇけど」

「やっぱ比企谷、超ウケる」

「なんっもウケるとこなんかねぇよ」

あははっと楽しそうに笑う折本を尻目に立ち上がり、自転車に跨がるとまた答えにくい質問が飛んできた。

「あのさー、付き合ってないのはわかったけどさ、だったらあの中の誰が好きなの?」

375: 2015/07/30(木) 23:11:33.07 ID:RYx/9kaJo
「……なんで好きな奴があの中にいるって思うんだ」

「いるでしょ?そのぐらいはわかるよ。じゃなきゃ比企谷は生徒会なんか入らなそうだし。ねー、誰?」

このまま無視して走り去ろうかとも思ったが、ペダルを漕ぐ力が湧いてこない。

「そ、そんなの言うわけねぇだろ」

「やっぱいることはいるんじゃん」

「あ、いや、俺に、好きな奴なんて…………」

明確にそう思える人間なんて、俺がそんなまともな感情を抱えているなんて……。

ほら、やっぱり俺の性根は変わってなんかいない。

いつまでも肝心なところから目を逸らしたままで、先送りにして、最終的には風化させて台無しにしてしまう。

376: 2015/07/30(木) 23:12:13.14 ID:RYx/9kaJo
折本とのことはこの前終わらせられたと思ったのに、俺は過去のトラウマという自己保身のための予防線をまだ張り続けている。そんなもの、もはやハリボテでしかないのに。

それでも守り続けるその奥にあるものは、自分勝手で我儘で、傲慢で、醜いものだ。人に勝手に理想を求めて、甘えてしまいそうな俺の弱さだ。

「…………本当にいないの?」

だが、逸らした目はいずれ前に戻さなければならない。いつまでもそうしていることなどできない。

きちんと向き合ってちゃんとした答えを出すのは今ではないにしても、せめて前だけは向かないと。もう、この感情を無視してはいけないと俺の中の何かが告げている。

これを無視してしまえば俺はこの先ずっと、何も得ることも失うこともできなくなる。そんな気がする。そんなのは、嫌だ。

377: 2015/07/30(木) 23:13:01.09 ID:RYx/9kaJo
こんなに臆病なのに、怖がりなのに、孤独を愛していたはずなのに、人との繋がりが欲しくてたまらないんだ、俺は。

あの部屋で見えてしまった気がするから。あの夕焼けの帰り道で見つかった気がするから。だから俺は、今こそ俺は、逸らした目を前に向けなければ。

この感情に名前を付けるぐらいは、今ならできるはずだ。

「……いる、かもな」

「そっか、やっぱりそうなんだ。誰だろ?比企谷の好きそうな子かー、難しいなー」

「も、もうこれ以上は言わねぇからな」

というか言えない。自分でよくわかっていないから。

「あははっ、ウケる、超キョドってるし。いいよ別に、勝手に想像するだけだから」

378: 2015/07/30(木) 23:14:42.92 ID:RYx/9kaJo
「想像もやめてくれ……。じゃあ帰るわ。またな、折本」

「あははっ、うん、またね。比企谷」

鼓動が速い。顔も体も熱い。だが心は怯え、冷えている。

想いを自覚し理解することは、とても恐ろしいものだ。そんな俺が、これからも同じ態度いられて、同じ反応をできるかと言われると自信がない。

見えてしまった失う恐怖に負けないよう、家までの道をがむしゃらになってペダルを漕いだ。

俺には好きな人がいる。

その感情の名付け親は俺ではなく、おそらく俺の好きなその人なのだろう。

その感情のことを人は恋と呼ぶ。

そう。それがこの感情の名前だ。


☆☆☆

385: 2015/08/05(水) 01:20:21.75 ID:3QzLARDco


会議は停滞していた。

参加できなかった初日の議事録をいろはから見せてもらったときは素直にほっとした。

発言するべき人間が発言をし、多少の紆余曲折はあったものの、なんとか決定まで漕ぎ着けていたのが見て取れたから。

だがそれからさらに何度かの会議を重ねても、あれ以降に話し始めた肝心のイベント内容については遅々として進展がなかった。

堂々巡り。いや、もはやその言葉すら相応しくない。

何故なら、内容はまだ未定にも関わらず、巡る度に少しずつ規模が大きくなり、関係者も少しずつ増えていっているからだ。

386: 2015/08/05(水) 01:20:55.33 ID:3QzLARDco
生徒会長の補佐をすることが自分の仕事と考え、必要以上にでしゃばろうとする気のない俺も、さすがに日数がない、会議方針を変更したほうがいいとやんわりと発言はしていたものの、状況は一向に変わらなかった。

玉縄は全ての意思を取り入れて、全員が納得できる最善案を模索しようとしていた。そんなもの、どうやったってできやしないのに。

雪ノ下さんはそれに抗おうとはしていた。だが、致命的な決裂を恐れ婉曲な言葉に終始していたこともあり、玉縄には焦りやもどかしさがどこまで伝わっているのか怪しいものだった。

日程とスケジュールを考えると、もう会議や準備に使える残された時間は多くない。

本番までの残り日数だけが減っていき、それを皆が自覚しながらも手をこまねいているのが現状だった。

387: 2015/08/05(水) 01:21:43.77 ID:3QzLARDco
そんな中ではあるが、俺は今日もどうしても部活を抜けられず、会議が終わった頃での参加となってしまった。

講習室でのざわめきは主に海浜高校側から発せられていた。向こうもうちも同じように作業は行っていたが、その様子には違いが見てとれた。

うちのメンバーは向こうと違って、皆一様に沈んだ面持ちで黙々と作業を行っている。

決して向こうから一方的に作業を押し付けられているというわけではなく、割と公平な分担が行われているが、作業態度のせいでうちだけが忙しそうに見える。

「あ、葉山先輩お疲れさまですー。はい、これ今日の議事録です」

向こうとの挨拶もそこそこに席につくと、いろはは俺にノートPCの画面を向ける。

「もう書けたのか?早いな、さっき終わったばかりだろ?」

388: 2015/08/05(水) 01:22:42.93 ID:3QzLARDco
「そうなんですけどね、もう書くことがないというか、あらかたはしょっても問題ないというかー……」

いろはは疲れきった顔で横に座る比企谷にちらと目線を送った。それを受けて作業中の比企谷が顔を上げ口を開く。

「……まぁそういうこった。進展なしだ。あ、いや変更があったな。喜べ、関係者の追加だ。次から小学生が参加だと」

「そうか……」

自虐的に笑う比企谷の表情を見て、俺も言いかけた言葉を飲み込み、おもわず意味のない呟きを漏らしてしまった。

基本的には全て任せている俺が言うのもなんだが、そのことについて雪ノ下さんは何も言わなかったのだろうか。

……言ってはいるんだろうな。まだ議事録を見てはいないがそれぐらいはわかる。

389: 2015/08/05(水) 01:23:21.51 ID:3QzLARDco
中身が不透明なままこれ以上関係者を増やすという、リスキーで意味のない行為を彼女が黙って看過するはずがない。

その雪ノ下さんはというと、今は結衣の持ってきた資料を確認しながら何やらか話をしている。二人とも深刻そうで声を掛けにくい雰囲気だ。

とりあえず今日の会議の内容を知っておこうと議事録を眺めると、発言者の欄に珍しい名前があり目を引いた。しかもこの発言内容……なんだこれ?

「いろは、ちょっと」

「はい?」

「ここなんだけど、なにこれ?」

「あー……意味わかんないですけど、だいたいあってますよ。たぶん……」

いろはは曖昧に、自信なさげに言葉を濁した。なら発言者に聞いたほうが早いか。そう思い直し、比企谷の名前を呼んだ。

390: 2015/08/05(水) 01:23:59.63 ID:3QzLARDco
「なんだよ」

「これ、比企谷が話したのか?」

議事録にはフラッシュアイディアとかマニフェストとかイニシアティブとか、わかるようでわからない玉縄との異次元の会話が記載されている。

どうやら海浜高校の連中がまた巻き込む関係者を増やそうとしたときに、抵抗しようとしていたことだけは見てとれた。

「……おお。雪ノ下の言葉が通じてなかったみたいだから、あいつらの言葉で話そうと思ってな」

「なるほどな。それにしても、この発言は……」

書いてあることを玉縄に向かって話す比企谷を想像すると、くくっと笑いが漏れてしまった。

「ひでぇなお前。なぁ一色、そんなおかしかったか?」

391: 2015/08/05(水) 01:24:43.27 ID:3QzLARDco
「あぁはい、それはもう……。先輩頭おかしくなったのかと思っちゃいました。雪ノ下先輩も超笑ってましたよ」

「え、そうなの?あいつあの後ちょっと席はずしてたけど、まさか……」

「……耐えられなくなったんじゃないですか?わたしはドン引きでしたけど、雪ノ下先輩はプリントで顔隠して肩プルプルさせてましたよ」

それはちょっと見たかったな。いやでも雪ノ下さん、笑ってる場合じゃないだろう。

「マジかよ……。あいつの言ってることを玉縄語に翻訳しただけなのに」

比企谷は少し恨めしそうな目で雪ノ下さんに目をやる。結衣との会話がちょうど終わったところだった。

「隼人くんやっはろー」

「お疲れさま、結衣。予算の話?」

392: 2015/08/05(水) 01:25:32.12 ID:3QzLARDco
「そーなんだよー。向こうから出てるアイディアをやるとしたらどのぐらいになるか整理してたんだけどね、どう足掻いても全部なんて無理ムリ」

結衣は肩をがっくりと落として首を横に振った。そりゃまぁそうだろうな。

向こうはどうやったらアイディアを実現できるか話し合いたいらしいが、そんなの予算と人員を増やすか期限を延ばすかしかない。

だが、いくら考えたところでないものはないし、締切は延びない。

そしてここに来て小学生の追加だ。内容が決まっていないのに何をやってもらうつもりなんだろうか。

……雪ノ下さんと話をしておこう。席を移動して、書類に目を通している彼女の隣に座り声をかける。

「やぁ、遅れてすまない。状況は?」

393: 2015/08/05(水) 01:26:23.30 ID:3QzLARDco
雰囲気で察することはできるし既にみんなから聞いたからわかっているが、敢えて聞いてみた。彼女の口から聞いておきたいと思った。

「みんなから聞いての通りよ。好転はしていないわ。なんとかしようとはしているのだけれども……」

責任を感じているのか若干顔を伏せてはいるが、唇は引き結ばれており悔しそうな表情だった。これならまだ大丈夫か。

「そうか……。俺も作業やるよ。何がある?」

俺は彼女が生徒会長であろうとする限り、責を全うしようとする限り、でしゃばらない。生徒会に入ると決めたときからそう考えていた。

「そうね……比企谷君がやっている申請関連の書類を手伝ってもらえるかしら。数が多いからまだあるはずよ」

「わかった。終わったら最終確認は頼むよ」

394: 2015/08/05(水) 01:27:36.43 ID:3QzLARDco
「ええ。あ、あと……」

比企谷の方へ歩きかけた足を止めて振り返る。

「明日から小学生が参加になるのだけれど、その……あなたに相手をお願いできないかしら。私よりは適任だと思うの。私は……そういうの、苦手だから」

彼女は恥ずかしい告白でもするように、顔を背けながら話した。

俺もだよ、と言いたくなった。だが彼女よりは間違いなくうまくやれるのも事実だ。

「……そうだな。俺のほうが適任だろうね。でも何をやってもらえばいいのかな。内容が不透明なままじゃ人手があってもなんともな」

「そうね……。ツリーとかホールの飾りを作ってもらおうかしら。内容に関わらず後で必要になるものだし、早目にやっておいても問題ないわ」

「そうだな。わかったよ、会長」

395: 2015/08/05(水) 01:28:42.65 ID:3QzLARDco
始めて会長と呼んだ。特別な思いを込めているわけではなかった。

最近の、ここのところの彼女は今、俺の知る雪ノ下さんとは少し違う。

俺の知るかつての雪乃ちゃんに近い。だから、なんとなく区別したくなった。

また間違えて雪乃ちゃんと呼んでしまいそうだから。

すぐに背を向けて比企谷のほうへ歩き始めたから、今彼女がどんな顔をしているかはわからなかった。そして、後ろから声をかけられることもなかった。


☆☆☆


頭が痛い。

今アイディアとして挙がっているいろいろな案について、どんな経費が発生するかをゆきのんに相談してその試算をしてるんだけど、何をどう考えても予算が足りない。

396: 2015/08/05(水) 01:29:36.31 ID:3QzLARDco
このままだとたくさんあるアイディアの大半が、予算がないから無理ですという結論になってしまう。

だからといって、いくらあたしが頭を使ってもどうにかできるような問題でもないから、そのまま伝えるしかないんだけど。

そんな作業をちまちまと進めてはいるものの、会計としてやるべき仕事は正直さほど多くはない。

一方ゆきのんは当然として、ヒッキーもいろはちゃんも書き物の仕事が多く大変そうだ。

隼人くんもそれを手伝い始めたから、あたしだけが何かしてる振りをしながらどうにもならない試算の画面を眺めている。

やっぱりここでもあたしはあまり役に立ててない。前ヒッキーはそんなことない、違うんだって言ってくれたけど、会議でも相変わらずほとんど発言はできてないし、あたしにはとてもそうは思えない。

397: 2015/08/05(水) 01:30:44.16 ID:3QzLARDco
自分が情けなくなってくる。みんなが一生懸命解いているテストを、自分だけがさっぱりわからなくてぼけーっとしてるみたいな感覚だ。

実際はわけわかんなくても、なんとかしようと最後まで一応足掻くんだけどね。ただ足掻いてなんとかなったことはほとんどない。あれ、ダメじゃんあたし。

「ちょっと席はずすね」

パソコンや資料と格闘するみんなに告げて一人部屋を出た。

ちょっと外で頭を冷やしてこよう。それで、帰りにみんなに温かい飲み物でも買っていこう。あたしも何かやりたいけど、これぐらいしか思い付かない。

ロビーからマフラーもコートもなしに外に出ると、服の内側にあった暖かい空気が一瞬で冷たい外気によって追い出された。

398: 2015/08/05(水) 01:31:27.46 ID:3QzLARDco
冷気はスカートの中にも入り込み、わずかな時間で身震いが起こったのですぐにロビーに戻った。

頭どころか全身が冷えてしまった。手を擦り合わせながら自動販売機へ向かうところで、ヒッキーが階段から降りてきた。

「おす。外行ってたのか?」

「あー、うん。ちょっと頭冷やそうかと思って……」

「そうか。まぁあんな無理な案の予算とか考えてりゃ頭も熱くなるよな」

「うん……。それも、そうなんだけどね」

煮え切らない答えしか返すことができなかった。期日が迫るにつれだんだんピリピリし始めたあたしたちの空気や、あたしが役に立てないこと、ゆきのんのこと、ヒッキーと……折本さんとのこと。

399: 2015/08/05(水) 01:32:06.81 ID:3QzLARDco
聞きたいこと、どうにかしたいことがたくさんあって、どれもがあたしを悩ませる。どれも一人で鬱々としてるだけなんだけど。

「他にもなんかあんの?」

「……ううん。なんでもない」

あたしは役に立ててないねって言いそうになったけど、抑えることにした。

言うときっとヒッキーはそんなことないよって言ってくれて、あたしを安心させてくれる。それはわかってるけど、今ここで甘えるのは違う気がした。

それにヒッキーだって大変そうだし、前そうじゃないって言ってくれたのに、あんまりしつこく蒸し返すとウザがられるかもしんないしね。

「そか」

ヒッキーは短い言葉を発してから自動販売機の前で財布を取り出した。何か飲み物を買いにきたようだ。

400: 2015/08/05(水) 01:32:54.31 ID:3QzLARDco
「あ、あたしみんなの飲み物買ってこうと思ってたの。頑張ってるみんなにそのぐらいしかできないから」

「いいよそんな気の使い方しなくても。欲しけりゃ自分で買うだろ。飲み物ないわけじゃねぇんだしよ」

「んー……まぁそれもそっか」

「と言いつつ俺は買うんだけどな、上にコーヒーねぇし。マッ缶飲んで糖分補給しなきゃやっとれん」

またあの甘ったるいコーヒーのような飲み物を買うようだ。ヒッキーに影響されて自分で買ったこともあるけど、思ったよりずっと甘くて喉がイガイガするような感覚だった。

あたしも外に出て体が冷えたし、温かい紅茶でも飲もっと。

「あ、じゃああたしも……」

ボタンを押すと、ガタンと大きな音がして紅茶の缶が落ちてくる。静かで他に音がないロビーでは一際大きい音のように感じられた。

401: 2015/08/05(水) 01:33:57.42 ID:3QzLARDco
缶を持ってこれをどこで飲もうか迷っていると、やがてヒッキーと目が合ったので、えへへと意味のない愛想笑いを向ける。

「…………そこ、座るか」

すると、ヒッキーは顎でロビー隅にあるソファーベンチを指した。一緒に居てもいいみたいだ。

「ん?え、あ?う、うん」

生徒会室とか部室とか、いつもは個別の椅子だからあんまり悩まないけど、ベンチの場合どれくらい間を空けるべきなのか距離感が掴めない。

おそるおそる、体を傾けたら肩が触れあうぐらい、人一人分より狭いぐらいの距離で腰かけてみた。

「な、なんか近くない……?」

「あっ、そ、そう?ごめん」

「他に人いないし広いんだしよ、もっとゆったり使ってもいんじゃねぇかな……」

402: 2015/08/05(水) 01:34:33.91 ID:3QzLARDco
「あはは、だねー」

うう。やっぱり近かった。調子に乗りすぎた。恥ずかしい……。

誤魔化すために紅茶を飲もうとしたものの、爪を切ったばかりでうまくプルタブに引っ掛からず、かつんかつんと乾いた音が数度響く。

見かねたヒッキーが手を差し伸べてくれるまで時間はかからなかった。大人しく缶を手渡すと、無言のまますんなりと缶を開けて返してくれた。

「あ、ありがと」

「このぐらいお安い御用だ」

「えへへ。頼りになるなぁ」

「こんなんで頼りになるってのもなぁ……。ま、雑用なら任せろ」

確かにほんとなんでもないことだけど、あたしは嬉しいんだよ?ヒッキー。

403: 2015/08/05(水) 01:35:16.65 ID:3QzLARDco
さっきまでの不安と葛藤を一時的に忘れて、コーヒーを飲むヒッキーの横顔を眺める。

今ヒッキーは何を考えてるんだろう。そんなことを考えていると、ヒッキーは目を前に向けたまま口を開いた。

「あのな、ちょっと相談ってか、その……少し気になってんだけどな」

「な、なに?」

相談とか、珍しい。今までヒッキーのほうからそんなのを言うことはなかった気がする。

「雪ノ下のことなんだけど……」

どくんと心臓が強く跳ねる音が聞こえた。静かだった心の水面に石を投げ込まれたように動揺が広がる。

落ち着くんだ、あたし。まだ何も言われたわけじゃないんだから。

404: 2015/08/05(水) 01:36:00.32 ID:3QzLARDco
「ゆきのんが……どうしたの?」

そう言ったところで上から微かに足音が聞こえた。誰かが降りてくるみたいだ。ヒッキーはそちらのほうに視線を向けている。

「お、比企谷ー。あたし……っとと」

折本さんは階段を降りながらヒッキーに声をかけたけど、あたしもいることに気がついて慌てて口を閉じた。

「……おす」

「うっわー、あたし邪魔しちゃった?ごめーん」

「なんのだよ……。別に邪魔とか、んなことねぇよ」

「んー、ごめんね?由比ヶ浜さん。先帰るねって言おうとしただけだから。まったねー比企谷、ごゆっくりー」

405: 2015/08/05(水) 01:36:42.56 ID:3QzLARDco
あたしに謝ってくれたみたいだけど、畳み掛けるように話していたのでうまく言葉を返せず、首を横に振ることしかできなかった。

「うっせ。じゃあな」

「ま、またねー」

なんとか別れの挨拶だけは口にすることができた。折本さんが出ていくと、またすぐに静かなロビーが戻ってくる。

「なんか、すごいハキハキしてる人だね。折本さん」

「おお。あいつは昔からあんな感じだな」

昔。ちくりと胸を針でつつかれたような気がした。あたしの知らないヒッキーを知っている人。あたしの知らない、二人の関係。

中学が同じだったというのは知ってるけど、それだけなんだろうか。隼人くんたちと出掛けていたのはなんだったんだろう。

406: 2015/08/05(水) 01:37:18.95 ID:3QzLARDco
気になるけど、踏み込む勇気も、聞きたくない答えだったらと考えると聞いて受け止める勇気もない。

今はさっきの続きを聞くことにしよう。中途半端だとこのままじゃ眠れなくなりそうだ。

「……さっき言いかけたの、なんだったの、かな」

「ん?あー、最近の雪ノ下ってなんか……今までと違うよなって確認したかったんだ」

「そ、そーかなー?いつも通りじゃない?なかなか決まらなくてちょっと落ち込んでるというか、焦ってるとは思うけど……」

嘘だ。そんなんじゃない。あれから、明らかに変わった。

ヒッキーはその理由がわかってないのかもしれないけど、あたしにはわかる。そんなこと言えるわけがないから、あたしは嘘をついた。

407: 2015/08/05(水) 01:37:53.98 ID:3QzLARDco
「あー、いや、それはわかるんだけどよ、今言ってんのはそうじゃなくて……。あいつなら玉縄とかがグダグダやってんのを突っぱねるかと思ってたんだけどな……」

確かに、それはあたしも感じていた。もっと強引に……というか、論理性と合理性を全面に押し出して、相手を説き伏せるようなことになるのかと思った。

けど今のゆきのんはそれをせず、調和を取ろうとしているように思う。それが悪いこととは思わない。

けど、あたしの知っている、奉仕部で見ていたゆきのんらしくはない。

「んー……確かに、そうかなぁ」

「だろ?お前ならあいつからなんか聞いてるかと思ってな」

そっか。ヒッキーはそう思ってるんだ。けどね、ヒッキー……。あたしは力なく首を横に振ってから話す。

408: 2015/08/05(水) 01:38:32.51 ID:3QzLARDco
「ううん、何も聞いてないよ。ゆきのん、あたしにはそういうのなかなか言ってくれないから……。そういうのは、たぶん……」

ヒッキーにしか相談しないと思うよ。

それは言葉にはならなかった。ゆきのんの信頼は今、ヒッキーのみに向かっている。悲しくて寂しいけど、たぶん、あってる。

「……そうか。俺が聞きたかったのはそれだけだ。ありがとな」

「ううん、何も答えられなくてごめん」

「いや……うん、そろそろ戻るか」

立ち上がるヒッキーの袖を思わず掴んでしまった。二人の時間が名残惜しかった。

ヒッキーは驚いたように振り返り、見上げるあたしと目線を交わす。

409: 2015/08/05(水) 01:39:15.88 ID:3QzLARDco
「あたしも、聞きたいことがあるの」

「な、なんだ?」

ヒッキーはゆきのんのことをわかろうとしてる。あたしのこともわかろうとしてほしい。あたしもヒッキーのことを教えてほしい。

置いていかれるのは、嫌だ。

怖いけど、あたしも知ろうとしないと、置いていかれるかもしれない。だから、勇気を出すなら今だ。

「この前ここで、折本さんと隼人くんと話してたよね?折本さんと何か、あったの?」

彼女でもなんでもないのにこんなことを聞くのはよくないってわかってる。けど……。

「あー、あれな。あれは俺っつーより、葉山だから俺から言うのもな……。ちょっとぼかすけど、いいか?」

410: 2015/08/05(水) 01:39:50.64 ID:3QzLARDco
「う、うん」

よかった。お前には関係ないって言われることも覚悟して聞いたから、話してくれるというだけで十分だ。

「この前カフェで会っただろ?あの後ちょっと気まずい別れ方になってな。それでその精算というか、会議で顔合わせることになるからお互い気にしないようにって話してたんだよ」

「……そうなんだ。隼人くんがいてそんな風になることって珍しいね」

「あー、まぁ……いろいろあんだよ。お前じゃなきゃここまでだって教えねぇんだけど、詳細は知りたきゃ葉山に聞いてくれ」

ヒッキーは頭をがしがしと掻きながら気まずそうな顔をしている。人のことを勝手に話すのは悪いと思ってるんだろうな。

でも、あたしじゃなきゃ教えてないってのはどういうことなんだろ。隼人くんとも仲いいから、あたしならいいと思ったのかな。

411: 2015/08/05(水) 01:40:17.29 ID:3QzLARDco
「ごめん、答えにくいこと聞いちゃって」

「いいよ。俺はあんま関係ねぇし。じゃあ……」

戻ろうとするヒッキーを、もう一度だけ引き留める。

「もう一つだけ、聞いていい?今度はヒッキーのこと」

「答えられることならな」

「……折本さんと昔、なんかあったの?」

ヒッキーは目を伏せたまま動きを止めた。あたしも動かずに言葉を待つ。暫くの間そうしていたけど、やがてヒッキーは顔を上げて話し始めた。

「……なんでそう思うんだ」

なんでだろう。ヒッキーと折本さんの態度?いや、やっぱり隼人くんたちとデートしてるの見ちゃったからかな。そういえばそのいきさつも気になる。

412: 2015/08/05(水) 01:40:52.97 ID:3QzLARDco
ごちゃごちゃといろんなことが頭を巡って、整理しようとしたけど無理そうで、簡潔に言えないと思ったので曖昧に答えることにした。

「なんとなく、かな。言いたくなければ……」

やっぱり怖い。無理に答えてもらわなくてもいいと思って、そう言おうとしたけどあたしの言葉はヒッキーに遮られた。

「いや。…………あったよ。昔、ちょっとな」

「何が、あったの?」

「告白した。振られたけどな」

また強い鼓動の音が聞こえた。ヒッキーは言いにくそうにしてるけど、出てくる言葉に淀みはない。

「…………そっか。好きだったんだ、あの子が」

413: 2015/08/05(水) 01:41:30.66 ID:3QzLARDco
口にするだけで胸に締め付けられるような痛みがあった。

あたしはヒッキーの過去の想いにすら嫉妬している。その想いも全部あたしに、あたしだけに向けて欲しいと思ってる。

ああ、あたしは本当に、こんなにもヒッキーが大好きなんだ。

「告白しといてこんなこと言うのはアレなんだけどな……。今となってはそうじゃなかったんだと思う」

「好きでもないのに告白したの?」

「ああ、いや……そうじゃなくて。当時はそういう、その……好き、とか?そういうのもよくわかんなかったんだよ。そんなの本物じゃない」

よくわからないところで意外な言葉が出てきた。人を想う気持ちに本物とか偽物とか、あるんだろうか。あたしがヒッキーのことを好きだと思うのは、本物なの?偽物なの?

414: 2015/08/05(水) 01:42:07.62 ID:3QzLARDco
「本物って、なに?」

「なんつーか、一方的に押し付けて、勘違いして……。そんな利己的なもんは恋愛感情とは違うだろ。馬鹿だったんだよ、俺が」

あたしが今思ってた、全部をあたしだけに向けてほしいっていうのは、利己的で一方的な押し付け……だよね。

あたしのことを言われてるみたいで辛くなってきた。なんかもう、よくわかんないよ。  
 
「そう、なのかな……。あたしにはよくわかんないけどさ……じゃあ、今は?」

「あいつか?なんとも思ってねぇよ。当たり前だろ」

ヒッキーは何を今さらとばかりに、呆れたようにそう言ってくれたので少しだけ安堵する。ほんとに、少しだけ。

「そっか……。昔告白した人でも、あんな普通に喋れるようになるもんなんだね」

415: 2015/08/05(水) 01:42:33.01 ID:3QzLARDco
「俺は正直もう関わりたくねぇんだけど、あいつがああいう性格だから巻き込まれてるって感じだな……」

それからまた二人とも無言になり、自動販売機の稼働音だけが辺りに響いている。

そんなに長い時間じゃないけど席を離れて暫く経つ。そろそろ戻らないと。

「行くか」

「うん。ありがと、ヒッキー」

二人で並んで歩き始めてすぐにお礼を言った。

「あ?なにがだ」

「うん?あ、聞いたことを答えてくれて。なんで答えてくれたの?」

「なんでって……聞かれたから?」

「聞いたらなんでも答えてくれるの?」

416: 2015/08/05(水) 01:43:12.36 ID:3QzLARDco
「…………違うか。違うな、うん。前までなら答えてるわけねぇな」

そもそもあたしが聞きもしなかっただろうけど、きっと聞いてもダメだったと思う。

答えてくれたとしても、自虐的にネタ話みたいに話してたんじゃないかな。

「じゃあ、なんで?」

「んー、目を逸らすのはもうやめようって思ったからだな」

そう言うヒッキーの顔は何かを諦めたような、開き直ってスッキリしたような、どちらとも言えない表情をしていた。ただ、いつもより男らしくてカッコよく見えた。

ヒッキーは何から目を逸らして、見ないようにしていたんだろう。逸らした目を前に向けて、今、何を見ようとしているんだろう。

「そっか……。ヒッキー、そうなんだ」

417: 2015/08/05(水) 01:44:58.65 ID:3QzLARDco
「おお。そうなんだよ」

何がそうなのかよくわからないけど、たぶん、そうだ。

さっきからずっと鼓動が早い。ヒッキーの言葉にドキドキしてるのもあるけど、これはそれだけじゃない。

これは不安とか、焦りから来るもの。

聞いてよかった。ちゃんと知ることができて、そんなヒッキーをまた好きになれる気がしたから。

聞くんじゃなかった。知らないでいたほうが幸せでいられた気がするから。

そう遠くない未来、関係が動く。そういう予感。

もしそうなったら。そうなったとき、あたしは───。


☆☆☆

438: 2015/08/10(月) 13:00:32.06 ID:3q9LfLs3O


頭が重い。

やるべきことはあるので手も動かしてはいるが、肝心の中身についてが宙ぶらりんのままだ。作業は今後も後手に回ることが予想され、効率もよくない。

最終的な落としどころは今挙がっている案の中から選別していくというものになるだろうが、長々と会議をやってもなかなかその結論に持っていけない。

玉縄君は未だに全ての意見を拾い上げることに固執している。執着と言ってもいい。もはや意地になっているようにも感じる。

何が彼をそうさせているのか。私にも思うところはあるのでわからなくもない。

まず、彼らはこの会議というものを、イベントの内容を考えるということ自体を楽しんでいる節がある。

439: 2015/08/10(月) 13:03:25.91 ID:3q9LfLs3O
そして私も、依頼とも以前の奉仕部の活動とも少し違うが、彼と一緒に何かをやれるということを嬉しく思っている。

もちろん嬉しいだけではなくて、責任が大きい分悩みごとも尽きないけど。

もう一つ、おそらく彼は最終的な決断を自分で行い、責任を全て負うことになるということを恐れているのだ。

私は修学旅行で比企谷君の行動に失望した。

それは私の恋心の芽生えからの嫌悪感もあるが、彼が一人で考えて一人で行動し、責任や痛みを自分だけで
かぶろうとしたからというのもある。

私たちのことを信用していない。私たちにさえどう思われても構わないと思っていると、そう感じた。

私はきっと、彼にもっと信頼してほしかったのだと思う。

440: 2015/08/10(月) 13:04:02.85 ID:3q9LfLs3O
だから、玉縄君の責任を分散させるというその行為を、言い換えるとみんなを頼ろうとするその行動を、私は完全に否定できずにいる。

これはどちらが正しくて、どちらがまちがっているということではない。要はバランスの問題だ。

それこそ私が苦手としていることだ。私はどちらか両極端にしか寄れない。

理に沿っていけば間違いのない答えに辿り着けるものであれば問題はない。どちらかが正しいのであれば私は迷わない。

だが、世の中の多くの問題や人の感情に関しては、往々にしてそういうものではない。

だから私は、こんなにも弱い。


「先輩たち遅いですねー。どこで油売ってるんですか、まったく」

441: 2015/08/10(月) 13:06:34.89 ID:3q9LfLs3O
「あいつらだって休憩ぐらいするさ。いろはもちょっと休んだら?」

一色さんがパソコン画面から顔を上げ、唇を尖らせながら葉山くんに不満を漏らした。

そういえば比企谷君と由比ヶ浜さんが席をはずしてから割と時間が経っている。何処で何をやっているのだろう。

そのまま比企谷君の顔を思い浮かべてみた。すると、先ほどの会議での彼の行動が思い返されて笑みがこぼれそうになった。

誰も見ていないとは思ったけれど、慌てて目元を押さえて周囲の目を誤魔化そうとする。

最初はお仕事ごっこのような発言を繰り返す海浜高校の人たちをおちょくっているのかと思った。

それが思いの外、わけのわからない言葉を話す彼の姿がまるで仕事の出来る人のようにしっくりきて、込み上げる笑いを堪えるのが大変だった。

442: 2015/08/10(月) 13:07:36.08 ID:3q9LfLs3O
いや、実際のところあまり我慢できていなかった、失態ね……。

前も思ったことがあるけど、相手に合わせて話すことができるあたり、彼は優秀な人なんだろうと思う。自分のことや、感情に根差す問題の対処以外は。

後になってようやく、彼は私を助けようとしてくれていたのだと思い至った。

私の言わんとすることがあまり相手方に通じていなかったから、彼らの言葉で伝えようとしてくれたのだ。

それ自体は単純に嬉しかった。けど自分の役割を果たしていないと言われているも同然で、情けなくもなった。

会議の現状を変えるには、今の方針をきっぱりと否定し決断するための会議をするしかない。

わかってはいる。わかってはいるのだけれど、それでも、今の私にその決断をする強さはない。こんなことを続けていても前に進めるわけがないのに。

443: 2015/08/10(月) 13:08:49.13 ID:3q9LfLs3O
私が生徒会長になった理由はなんだったか。

覚えていないわけではないが、その思いとは裏腹に私がかつてなろうとした私とはどんどんかけ離れていく。

「ただいまー、ゆきのん」

「あ……おかえりなさい、由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜さんの声で我に返り、ようやく自分が何もしていなかったことに気がついた。

書類に目を通す格好はしていたが、思考は一切そちらに割かれていなかった。

比企谷君も由比ヶ浜さんと一緒に戻ってきていた。今はもうノートPCに向かってキーボードを叩いている。

終了時刻まではまだ時間がある、後のためにもやれることはやっておかないと。


444: 2015/08/10(月) 13:10:06.82 ID:3q9LfLs3O

気を取り直して作業に没頭していると、終了時刻が近くなっていた。キリのいいところまでやって今日はお仕舞いにしようと考えていると、玉縄君がこちら向かい声をかけてきた。

「今日は僕たちはここであがるよ。お先に、雪ノ下さん」

向こうを見ると、既に全員が帰り支度を終えて部屋を後にしようとしているところだった。

「ええ。お疲れ様」

「おつかれさまでーす」

銘銘が挨拶を告げ、海浜高校の人たちは部屋から姿を消した。従って、講習室に残っているのは私たち五人だけとなった。

自然と話し声も減り、キーボードを叩く音と紙をめくる音だけが部屋に響いている。空間の半分が無人になったから、部屋もさっきまでより広く感じられる。

445: 2015/08/10(月) 13:10:58.76 ID:3q9LfLs3O
「雪ノ下ー、俺らいつまでやんの?」

「もう少し、キリのいいところまでやって私たちも終わりましょうか」

比企谷君の質問に考えていたことを答える。

皆が頷いて作業に戻ろうとすると、海浜高校の人たちと入れ替わるようにこの場所に不釣り合いな人間が入ってきた。

「ひゃっはろー。雪乃ちゃん、やってるー?」

その闖入者は私の姉だった。

何も裏などないかのような無邪気な笑顔をたたえて挨拶する姉の姿に目眩を覚えた。

「姉さん……。何をしに来たの。あなたは部外者でしょう」

「つれないなぁ雪乃ちゃんは。生徒会長としてちゃんとやってるか見に来ただけだよ」

446: 2015/08/10(月) 13:12:44.75 ID:3q9LfLs3O
暗に邪魔だから帰ってくれと言っているのだが、姉はそれをものともせず感情のこもってない笑顔を他の皆に向ける。

「そもそも何故ここでやっていることを知っているの?」

「あ、めぐりから聞いた」

そういえば平塚先生がイベントについて話すあの場に城廻先輩もいたんだった。

城廻先輩に悪気はないのだろうが、姉さんが来ると文化祭のように引っ掻き回されることは目に見えている。

「姉さん、邪魔しに来たなら……」

「生徒会役員諸君、やっとるかねー?雪乃ちゃんは生徒会長としてちゃんとやってる?あ、比企谷くんは役員じゃないんだっけ?」

もう暗にではなくきっぱり帰ってくれと伝えようとしたが、姉さんは私が最後まで言い切る前に被せるようにして、手を止めて私たちのやりとりを眺めていた他のメンバーに話しかけた。

447: 2015/08/10(月) 13:13:35.49 ID:3q9LfLs3O
その中で最初に反応したのは比企谷君だった。

「あー、確かに役職はないんで俺は適当ですけど。雪ノ下は役職の通りしっかりやってると思いますよ」

彼も姉さんのことは苦手なのだろう、事務的で、意図的に感情をこめていないような話し方だった。姉の態度が作り物であることを一目で見抜ける彼であれば当然だ。

その奥に何かがあることはわかるが、それが何かは絶対に見えない人間など得体が知れない。怖いに決まっている。

「お、そういえば隼人もいたんだったね。どう?雪乃ちゃんは」

葉山君がいることを姉さんが忘れるはずがない。何事もないように言ってはいるが、私から見ると白々しさは拭いきれない。もっとも、それを隠そうとしていないだけな気もするが。

448: 2015/08/10(月) 13:14:48.33 ID:3q9LfLs3O
「俺も補佐だけで任せきりだけど、問題ないんじゃないですか」

葉山君が比企谷君に続いて言葉を補強した。

「ふーん、そうなんだ。やるねー雪乃ちゃん」

姉さんは興味がなさそうに称賛の言葉を口にする。褒めているつもりなのかもしれないが、ちっとも嬉しくない。むしろ不愉快だ。

彼らが本当に私のことをしっかりやっていると評価しているならば、私自身がその評価を受け入れられるだけの言動をしていたならば、そのフォローの言葉はどれだけ嬉しかったことか。

先ほどの会議でも彼に助けられ、私自身が必要な決断をできていないことを自覚している今、その言葉が持つのは空虚さでしかない。

この場を無難にやり過ごすだけの、空っぽの言葉。

449: 2015/08/10(月) 13:17:54.06 ID:3q9LfLs3O
「もう私たちも作業を終わりにしてあがるところだから、楽しいことなんか何もないわよ」

「ありゃ、やっぱそうなんだ。さっき海浜高校?の人たちとすれ違ったから終わりかなーとは思ってたんだよね」

「残念ね」

「まあいいや、途中まで一緒に帰ろうか。終わるまでここで待ってるよ」

「嫌よ」

「えー、雪乃ちゃんつめたーい」

姉さんは私の拒絶の言葉に対して楽しそうに不満を漏らし、空いていた一色さんの横に座った。こちらの言うことなどまるで意に介さない。

「はぁ……」

溜め息をつきながら仕方なくやりかけていた作業に戻ると、他のみんなも同様にして作業に戻った。

450: 2015/08/10(月) 13:18:47.79 ID:3q9LfLs3O
今の私の体たらくを姉さんに知られると何を言われるかわからない。できるなら早急にお帰り願いたいが、終わるまで居座ることを決めたようだ。

こうなったら私がどう言おうと無駄なことはわかっている。だからせめて、なるべく相手にしないようにしよう。

姉さんは放っておくことにして、やりかけていた作業に没頭することにした。負い目というか、自覚があるから今は特に、姉さんと話をしたくなかった。


☆☆☆


「あなた、どちら様?」

はぁー?それこっちの台詞なんですけど。

突然現れて隣に座っている、雪ノ下先輩の姉らしい人に声をかけられた。

451: 2015/08/10(月) 13:19:51.44 ID:3q9LfLs3O
さっきまでの会話を聞く限り、なんだかよくわからないけど城廻先輩とも知り合いみたいだし、うちの学校の卒業生なのかもしれない。もしかしたら生徒会にも入ってたのかな?

それなら今思ったような失礼なことは言えないし、不遜な態度で接するわけにはいかない。愛想のいいわたしをちゃんと作らないと。

「書記の一色いろはです。あのー、雪ノ下先輩のお姉さんですか?」

「先輩、ってことはあなた一年生なのね。わたしは雪ノ下陽乃、そこの雪乃ちゃんのお姉さんで総武高校の卒業生だよ。よろしくね、いろはちゃん」

予想した通りだ。にしても、雪ノ下先輩とは随分印象が違う。とても気さくで社交的。

今も朗らかな笑顔を向けているこの人が、雪ノ下先輩の姉と言われてもピンとこない。

452: 2015/08/10(月) 13:23:10.31 ID:3q9LfLs3O
でもよく見ると、目鼻立ちや艶やかな黒髪にはよく似た品のある美しさを感じる。雪ノ下先輩とタイプは違うのかもしれないが、とても綺麗な人だ。

でも胸部のあたりが、その……雪ノ下先輩と明らかに違う。

雪ノ下先輩のその部分にわたしは唯一親近感があったのに。この人は結衣先輩寄りだ。……いや、全然悔しくなんかないですけど。ほんとですよ?

「はいー、よろしくお願いします。えーと、雪ノ下先輩だとかぶっちゃうし……はるさん先輩、で大丈夫ですか?」

「うん、いいよー。雪乃ちゃんと区別しないといけないしね」

はるさん先輩はそう言いながら柔らかく微笑んでくれた。

なんだ。雪ノ下先輩と仲良くなさそうだったけど、やっぱりいい人みたいじゃないですか。

453: 2015/08/10(月) 13:23:51.21 ID:3q9LfLs3O
わたしには兄弟も姉妹もいないからよくわからないけど、姉妹ってあんなもんなんですかね?

「どうー?いろはちゃん、雪乃ちゃんの生徒会長は」

はるさん先輩は頬杖をつきながら、さっき先輩たちにも聞いたことをわたしにも尋ねた。

雪ノ下先輩がちゃんとやっているかそんなに気になるのだろうか。どれだけ優秀かは姉なら知ってそうなもんですけどねー。

「あー、はい。わたしが未熟なものでいろいろと指導を受けてます」

ほんといろいろ超指導されてる。書類関連の不備や議事録の書き方、その他もろもろ。適当でいいやって誤魔化そうとしたらすぐ見つかって無言で睨まれるし。怖いです。

「ん?それ何?」

454: 2015/08/10(月) 13:25:19.59 ID:3q9LfLs3O
はるさん先輩はわたしの前にあるノートPCの画面に目を向けていた。そういえば議事録が開きっぱなしになっている。

「あ、今日の議事録です」

「ふーん……。ね、ちょっと見せてくれない?」

はるさん先輩はウインクしながら小声でわたしだけに話しかける。

内容自体に隠さないといけないような機密事項なんかがあるとは思えないけど、一応扱いとしては部外者のはるさん先輩に見せてもいいものなんだろうか。

「え、あ、えーと……」

雪ノ下先輩に許可を求めるべきか迷い、あたふたと目をさまよせていると、はるさん先輩は表情を変えてたった一言だけを告げた。

「見せて?」

455: 2015/08/10(月) 13:26:03.75 ID:3q9LfLs3O
息が詰まるような錯覚を覚えた。とても冷たくて重い、たった一言。

有無を言わさぬその物言いに返事も出来ず固まっていると、その間にはるさん先輩はノートPCの画面を自分の方へ向けて読み始めた。

「ほー。へー。ふーん」

はるさん先輩はブツブツと独り言を言いながら議事録を読み進めていく。その姿をわたしも眺めていたが、読み進めるスビードが落ちたと思うと、続けてくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「ぷっくく……あはっ、あはははっ」

我慢できなくなったのか、はるさん先輩は大きな笑い声をあげながら足をバタバタと動かしている。議事録にそんな笑えるところありましたっけ……?

その声を聞いて、先輩たちも手を止めはるさん先輩を何事かと見つめている。

456: 2015/08/10(月) 13:26:56.75 ID:3q9LfLs3O
「姉さん、せめて邪魔はしないでもらえる?」

雪ノ下先輩が鋭い目をはるさん先輩に向けた。けどはるさん先輩はそれをものともせず、というかまるっきり無視して先輩に話しかけた。

「比企谷くん……。最高だよ、やっぱり君は面白いねー。雪乃ちゃんにはもったいないよ」

え……は?え?もったいないって、どういうこと?先輩って雪ノ下先輩と付き合ってるの?

言葉の意味がよく理解できず、先輩とはるさん先輩に交互に目をやる。先輩はうんざりしたような顔ではるさん先輩と会話を続けた。

「面白いことなんかなんもないですよ……。あと、俺と雪ノ下は付き合ってるわけでもないのに、もったいないの意味もよくわかりません」

「いやー比企谷くん、いいなぁ。この良さがわかんないなら、回りの人間が馬鹿なだけだよ」

457: 2015/08/10(月) 13:27:34.89 ID:3q9LfLs3O
「なんすかそれ……。過大評価ですよ、どう考えても」

「まあねー、みんなにわかられても面白くないし、そのままでもいいかなー」

「はぁ。そうですか」

えーと……。とりあえず先輩と雪ノ下先輩は付き合ってるわけではないらしい。なんでこんなにほっとしてるんでしょうね、わたし。

あと、はるさん先輩もやたらと先輩を高く評価してるということがわかった。その評価ポイントはわたしにはよくわからないけど。

「サジェスチョンとかマニフェストとか……意味わかんないっ、あはははっ」

はるさん先輩はまだ思い出し笑いを続けている。あ、面白いとこって先輩がわけわかんないこと言ってたところだったんだ。

458: 2015/08/10(月) 13:28:24.49 ID:3q9LfLs3O
雪ノ下先輩にも超ウケてたし、笑いのツボが同じとかやっぱり姉妹なんですね、この二人。

「はぁ……。今日はもう終わりましょうか。時間もそろそろだけれど、気が散って仕方がないわ。誰かさんのせいで」

雪ノ下先輩が横目ではるさん先輩をねめつけるように見た。はるさん先輩はそれを受けて、てへっというように首を傾げて舌を出す。

うわー、全然聞いてないし効いてない。凄いなぁ、この人……。

「……雪乃ちゃん。守ってもらえてよかったね。みんな、優しいね」

寒気がした。はるさん先輩が急に表情を変え、見下すような酷薄な笑みを浮かべていたからだ。

なんでそんなに急に、しかもはるさん先輩からしたら妹の雪ノ下先輩に、そんな冷酷な表情を向けるんだろう。

459: 2015/08/10(月) 13:29:28.52 ID:3q9LfLs3O
「…………」

雪ノ下先輩は唇を戦慄かせながら俯き、それから言葉が発せられることはなかった。部屋に不気味な静寂が訪れる。

「……片付けようか」

「あ……はい」

その静寂を破ったのは葉山先輩だった。わたしはそれに頷いて帰り支度を始めると、先輩たちも続いて無言のまま後片付けを始めた。

まただ。先輩たちだけがわかる空気。そうなった理由を、この場ではたぶんわたしだけがわかっていない。

でも、仕方がないことだと自分に言い聞かせて落ち込まないようにする。

わたしはこの中で一番年下で、付き合いも短いんだから。先輩たちと出会って間もないし、まだまだこれからだ。


460: 2015/08/10(月) 13:30:17.08 ID:3q9LfLs3O

はー、それにしても今日も疲れた。葉山先輩や先輩たちといろいろやれるのは楽しいけど、ここまで面倒な仕事をやることになるとは思わなかった。

わたしは今、この生徒会で初めての仕事に忙殺されている。

なんとかこなしてはいるけど、入ろうとした目的の葉山先輩と先輩たちに近づくということはあまりできていない。

打ち解けてきてはいるんだろうけど、相変わらず葉山先輩の傍には見えない壁があるし、さっきみたいなわたしだけ理解できない会話だってある。

けど、一つだけわかったこともある。葉山先輩と雪ノ下先輩は本当に只の幼馴染みで、付き合ったりはしていない。

あの二人の態度で付き合っているとしたら、それはもうわたしには見破ることができない完璧な擬態だ。だからその可能性は排除することにした。

461: 2015/08/10(月) 13:31:08.93 ID:3q9LfLs3O
とはいえ、葉山先輩が雪ノ下先輩と付き合っていないからといってわたしとの距離が近くなるわけでもない。ただの気休めだ。

あとついでに先輩も、結衣先輩、雪ノ下先輩、どちらともまだ付き合ってはいないみたいだ。

あの三人は近くで見てよくわかったけど、なんか……危うい。お互いが尊重しあってるけど、微妙なバランスの上に関係が成り立っているように思う。

たまに見せる結衣先輩の沈んだ表情や、雪ノ下先輩の物憂げな顔を見ているとわたしも不安になってくる。

先輩はどこまでわかっているのだろうか。ただ、わかっていたとしても、今のバランスのことを考えるとおいそれと動けないというのは理解できる。それは結衣先輩や雪ノ下先輩も同じだ。

停滞したままの会議と、先輩たち、わたしたちの関係性。動くのはどちらが先になるのだろうか。そんなことを考えながら後片付けをしていた。


☆☆☆

462: 2015/08/10(月) 13:32:48.89 ID:3q9LfLs3O


姉さんにもう見抜かれた。私がいかに甘えているか、生徒会長の役割を果たせていないかを。

馬鹿笑いをしていると思ったら、どうやら議事録を読んでいたようだ。姉さんであれば現状を把握するにはそれで十分だったらしい。

姉の言葉はズシンと私の心に重く響いた。悔しいけど、何も言い返せなかった。そもそも言い返せるだけのことを何もできていない私が悪い。

他の人がいるからだろうか、姉さんもあれ以上は何も言ってこなかった。

時間も時間だし、とりあえず今日は終わりにして解散することにしよう。

後片付けを終えてから各位に告げる。

「お疲れ様。また明日も宜しく頼むわね」

「はーい、お疲れ様でーす」

463: 2015/08/10(月) 13:33:34.67 ID:3q9LfLs3O
一色さんを筆頭に別れの挨拶が行われ、解散の運びとなった。

姉さんも一緒に六人でコミュニティセンターを出ると、寒々とした風が足元を吹き抜けた。

ふと空を見上げると、曇に覆われているのかいつもなら見えているオリオン座も月も見えなかった。

「いろは、ちょっと暇あるか?」

葉山君が外に出てすぐ、一色さんに声をかけた。

「あ、はい。なんですか?」

「スパイク見に行きたいんだけど、付き合ってくれないか?」

「……えぇっ!?わたしだけ?い、いいんですか?」

一色さんは狼狽えた後、控えめに念を押すように確認している。一色さんの驚きようを見る限り、一人だけでこういったことに誘われるのは初めてのようだ。

464: 2015/08/10(月) 13:34:18.23 ID:3q9LfLs3O
「サッカー部のことだし、いろはだけで十分だよ」

「わ、わかりました。行きますー」

「オーケー。というわけだから、みんな、また明日」

「おー、隼人やるねぇ。このこのー。ごゆっくりー」

姉さんは葉山君をからかうように肘でぐりぐりとつついた。葉山君はそれを軽くいなして歩き始める。

「と、というわけなので、はるさん先輩と先輩方、またでーす」

一色さんは可愛く会釈をすると、スカートを翻しながらくるりと振り返り、葉山君を追いかけて近くのショッピングモールへ向かっていった。

嫉妬や悲しむような感情は湧かないが、ちょっと意外で、あと……置いていかれたような気がして、少しだけ寂しくなった。

465: 2015/08/10(月) 13:34:56.11 ID:3q9LfLs3O
私は、葉山君はそういったことを避けているのだとばかり思っていた。

彼は今も昔もみんなの葉山隼人で、人の輪の中心にいて、いつも期待に応えてきた人だ。

だから、特定の人と噂になりかねないような行為は極力避けてきたはずだ。

一色さんはサッカー部のマネージャーだし、言い訳が立つから気にしないだけだろうか。知っているのが私たちだけなら心配ないと思っているのだろうか。

それとも、いつの間にか彼も変わってしまったのだろうか。

だとしたら、私の時間だけが止まっているということだ。私以外の全ては変わっていき、私はいつも置いていかれる。

「雪乃ちゃん、帰るよー」

「……ええ。由比ヶ浜さん、比企谷君……また、明日ね」

466: 2015/08/10(月) 13:35:49.60 ID:3q9LfLs3O
姉さんがいるので、二人に一緒に帰ろうとは言えなかった。

「じゃ、じゃああたしたちも帰ろっか」

「……おお、そうだな。またな」

由比ヶ浜さんと比企谷君が神妙な顔で別れの挨拶を告げた。

余計な心配をかけまいと自分なりに微笑んではみたが、うまくやれていたかは自信は持てなかった。


二人と別れてから姉さんの後を追った。帰る場所が違うから一緒に行くのは駅までだが、こうして姉さんと歩くのも久しぶりだ。

クリスマスが近いので街のいたるところがライトアップされて、道行く人々の表情も心なしか華やいで見える。だが今の私に、そう思えるような心のゆとりはない。

467: 2015/08/10(月) 13:36:32.88 ID:3q9LfLs3O
駅が見えてきたあたりで姉さんは立ち止まり、私に向かって振り向くとゆっくり口を開いた。

「雪乃ちゃんは生徒会長になってどうしたかったの?」

来た。こういうことを言われるとは思っていた。だから、言葉に力を、目に意思を込めて姉さんを正面から見据え、伝える。

「……そんなこと、姉さんに言う筋合いはないわ」

「そう。なら質問を変えるよ。雪乃ちゃんは、なんで生徒会長になろうと思ったの?」

姉さんは私の目線を真っ直ぐに受け止め、口調を変えずに話す。

「そ、れは……。私が、やりたいと思ったから……」

先に目を逸らしたのは私の方だった。そして、ささやかな抵抗ができたのもここまでだった。

468: 2015/08/10(月) 13:37:04.89 ID:3q9LfLs3O
「違うでしょう?雪乃ちゃんにやりたいことなんて、あるの?」

「……違わない。私が、自分の意思で、そう決めて……」

「自分で決めた?そんなこと本気で言ってるの?雪乃ちゃん」

「なっ……本気に決まって……」

「そもそも生徒会長になるって決めたのは私がああ言ったからでしょう?それと、なってもいいって建前があったから」

偶然、依頼という形で建前が舞い込んできたからというのは確かにある。

それがなければ、私は生徒会長をやりたいなどと思うことは、言うことはなかっただろう。

「そして比企谷君に押してもらって……違うか。比企谷君に許可をもらって、居場所を与えてもらって」

何も言い返せなかった。

469: 2015/08/10(月) 13:37:47.68 ID:3q9LfLs3O
彼が考えてくれた、用意してくれた新たな居場所を心地好く感じているのは事実だから。

二人と離れることも覚悟していたはずなのに、甘えてしまって三人が自然に居られる場所にすがりついたのは事実だから。

一緒に居るのに、理由なんか一緒に居たいからで十分だ。なのに、その意思を言葉にできず、伝えることができず、私は建前を、居場所を求めた。

「全部、周りの人に用意してもらったものだよ?自分なんてどこにもないじゃない」

「違う……私は……」

震える肩を自分で押さえていないと立っていられない。

私の意思はちゃんとある。私は昔と違う。変わったんだ。憧れを追いかけるだけの人形なんかじゃない。

470: 2015/08/10(月) 13:38:20.67 ID:3q9LfLs3O
そう言いたいのに、吐き出されるのは空気だけで言葉にはなってくれない。

「違わないよ。議事録見たら今日の会議でも、雪乃ちゃんが決断できないから比企谷君に助けてもらって、隼人にフォローしてもらって。よかったね、みんなが守ってくれてるよ」

「私は……」

涙が出そうになるのを必氏で堪える。こんなところで涙を見せるのは、甘えていることの、弱さの証明にしかならない。行動の伴わない安いプライドだけが今の私を支えていた。

「雪乃ちゃんは何もしなくて大丈夫だよ。周りがやってくれるから。お姫様だもんね?」

「ば……馬鹿にするのも、いい加減に……」

「されたくなかったら、しっかりやりなさい」

471: 2015/08/10(月) 13:39:14.47 ID:3q9LfLs3O
姉さんは子供を叱りつけるような厳しい目で最後にそう言い放つと、素早く踵を返して去っていった。

私は自分の肩を抱き抱えたまま、俯いて地面を見ていることしかできなかった。



どのくらいそうしていただろうか。

何を考えていたかもよくわからないが、地面にポツポツと水滴の染みができている。顔を上げると、雨が降り始めていた。だんだん強くなってきている。

……今日は傘を持ってきていない。急いで帰らないと。

駅のすぐ傍まで来ていたので電車に乗るまでは殆ど濡れずに済んだが、最寄り駅から家までの間で濡れ鼠になってしまった。

472: 2015/08/10(月) 13:39:59.95 ID:3q9LfLs3O
誰もいない真っ暗な部屋に入り電気をつけると、すぐにずぶ濡れになった制服を脱いだ。

下着まで濡れていたので、洗濯機に放り込んでから頭と体を拭き部屋着に着替えた。

何もする気になれない。

ベッドに力なく倒れこみ、うつ伏せのまま枕に顔を押し付ける。

助けて。比企谷君。

心の中で、今ここにいない彼の名を叫ぶ。

気がつくとまた彼にすがり、甘えようとしている。そんな自分に呆れ、またそれを通り越して、乾いた笑いと惨めな涙が零れた。

「比企谷君……」

今度は口に出して彼の名を呟いた。

473: 2015/08/10(月) 13:40:58.55 ID:3q9LfLs3O
初めて彼と会ったとき、私はこの世界を、周囲を呪うような発言をした。

今、その言葉を吐くのと同じ口で、愛しい人の名前を唱えている。なんて醜悪な矛盾だろう。

こんな人間が人のことを責めたり、人を好きになったりしていいはずがない。そんな資格、どこにもない。

私の世界で一番不完全で、弱くて、醜くて、変えなければならないのは。

私の性根だ。


☆☆☆

489: 2015/08/17(月) 05:47:53.73 ID:bDJjjpJNo


恥の多い生涯を送ってきました。そう言えるほどに人の営みがわからないとも思っていないし、生涯と呼べるほど長く生きていないとも思うが、ある時期から普通なら恥ずべき罪悪感を抱えたまま生きてきた。

かつての少女に大きな罪悪感を。これまで俺に関わった多くの人たちに、少しずつの罪悪感を。それらは決して解消されることがないから僅かずつ積み上がり、時が経つほどに大きく、重くなってきている。

罪悪感は消えない。

だがそうせざるを得なくなったのは、その生き方を選んだのは俺自信だから、誰かに恨み言を言うつもりはない。期待されてそれに応えるということにも、もう慣れた。

ただ、選ばないなんてことが許されるのは子供である今の間だけだ。いつまでもそんな甘えた行動はできない。いつかは敷かれているレールもなくなり、自分で歩き始めなければならない。

490: 2015/08/17(月) 05:49:15.57 ID:bDJjjpJNo
そう考えると、未来へと続く道は霞に覆われたように狭く感じられ、己の標を失うような気持ちになった。

俺が罪悪感を感じる必要などないのかもしれない。人との関係なんて、どうやったってどこかで誰かを傷つける。それを自分のせいだとか感じていてもキリがない。

わかってはいる。だが、俺の過大な自意識がそうさせてくれない。頭のどこかで、誰も傷つけなくても済む選択があったのではないか、そう考えてしまうのだ。

そんな選択、あるわけがないし、俺に選べるはずがないのに。



今、講習室には、かつての雪乃ちゃんを感じさせる女の子がいる。夏にも林間学校で出会った子だ。

鶴見留美。俺だけでは過去と同じように、救うことはもちろん、留美ちゃんを取り巻く環境を変化させることもできなかっただろう。

491: 2015/08/17(月) 05:49:58.47 ID:bDJjjpJNo
だがこの夏は昔とは違い、俺にはできない選択をする比企谷の案に乗る形で関係を壊す手助けをした。

その時の気分は当然最低なもので、今でも鮮明に思い出すことができる。その代わりに、彼女を取り巻く環境を変化させることはできたと思う。

その後どうなっただろうかと、心のどこかで気にしてはいたが、こんな形でまた会うことになるとは思わなかった。

選抜された小学生達は集団でこのコミュニティセンターに来ていたが、その中で彼女は変わらず独りだった。しかし、独りではいるが、夏とは違って嘲笑などの悪意の対象にはなっていないように見えた。

変化といえば変化だが、改善できたと胸を張って言えるような結果ではない。問題の解決ではなく、解消をしただけというのが相応しい。

493: 2015/08/17(月) 05:50:40.70 ID:bDJjjpJNo
観察もほどほどに、何をしたらいいかわからず右往左往している小学生の元に向かうことにした。留美ちゃんがいたのは予想外だったが、俺は会長から頼まれたことをやらねばならない。

「じゃあ小学生のところへ行ってくるよ」

「……え、ええ。お願い」

雪ノ下さんは昨日まで以上に沈痛な面持ちで、ともすれば今にも泣き出してしまいそうだ。反応も鈍く、声にも芯が通っていない。俺はその理由をわかっている。

陽乃さんに何か言われたのだ。ここまで落ち込むような、痛烈な何かを。

俺には陽乃さんが何かを言おうとしているのはわかった。あの場で言わなかったのは、友人や彼の前でというのは憚られたか、陽乃さんなりのせめてもの優しさだろう。

494: 2015/08/17(月) 05:51:37.93 ID:bDJjjpJNo
だから昨日俺は、帰りの駅の方向が陽乃さんたちと同じいろはを、人払いの目的で買い物に付き合わせた。いろははそれをおそらくわかっていない。

こうして、少しずつ罪悪感が増していく。俺がいい奴?冗談じゃない。他人を利用するだけ利用して、何も報いていない人間がいい奴なわけがない。

罪悪感は、自分を許すための免罪符だ。

「あ、隼人くん、あたしも手伝うよ」

結衣は席を立ち俺についてきてくれた。比企谷がこちらを横目で見たのがわかったが、無視しておいた。

「助かるけど、そっちはいいのか?」

「うん。あたしはあっちでやれること今はあんまないから……。あたし、ダメな子だからなー」

結衣は大袈裟に肩を落として情けなく笑う。

495: 2015/08/17(月) 05:53:54.67 ID:bDJjjpJNo
「そんなことはないさ。結衣には結衣にしかできないことがあるし、みんなも助けられてるよ」

「それ……隼人くんも、ほんとにそう思う?」

隼人くんも。俺以外にもそう評価している人がいるということだ。実際、その評価は正しいと思う。結衣は俺が見たって、誰が見たっていい子だ。

周りを大事に思い、他人への気配りを忘れない。奉仕部でも結衣の存在が潤滑油となって、その関係を維持してきたのであろうことは想像に難くない。

だが反面、自分を押し頃して、たまに無理をしてそうしていることもあるのだろう。最近は思い詰めた表情をたまに見せる。余計なお世話かもしれないが、少し心配だ。

「思うよ。難しいかもしれないけど、もうちょっと自信持ってもいいんじゃないかな」

496: 2015/08/17(月) 05:55:52.05 ID:bDJjjpJNo
「……そっか。うん、ありがと隼人くん。ちょっと元気、出たかも」

「そうか。それならよかった。じゃあ行こうか」

「うん」

俺の言葉など気休めにしかならないだろうに。素敵な女の子だよ、結衣は。努めて明るく微笑もうとしてくれる顔を見て、素直にまたそう思った。


それから俺と結衣は、小学生を引き連れてツリーの組み立て、飾り付けの材料買い出し、飾りの作成と手分けをして行った。

林間学校で俺のやったことを知らない小学生はとても懐いてくれ、言うことをよく聞いてくれたので作業は思ったよりスムーズだった。

ただ、留美ちゃんはその輪の中には決して加わらず、一人で黙々と作業をしていた。

497: 2015/08/17(月) 05:58:14.25 ID:bDJjjpJNo
案自体は比企谷のものだが、実際に恐怖を味わわせたのは俺だから、俺から留美ちゃんに話しかけるのは躊躇われた。見かねた結衣が話しかけてくれてはいたが、成果は芳しくなかったようだ。

作業をする小学生たちから少し離れた場所で結衣と話す。

「あんなことをしたのに、あまり変わってないな」

「うーん……変わってはいるんだろうけど。あのときの他の子がいないみたいだから、学校でのことはわかんないけどさ」

「……結衣は、少しぐらい変化はあったと思うか?」

「あったと思う、よ。たぶんだけど。あの時よりは……辛そうにしてないかも」

「ならいいんだけどな。ちょっと話してくるよ」

498: 2015/08/17(月) 06:01:42.96 ID:bDJjjpJNo
「…………うん」

結衣が頷くまでの少しの間は、留美ちゃんというより、話しかけにいく俺を気にかけていたからなのかもしれない。

留美ちゃんは長いソファーベンチの端にちょこんと座り、ハサミを器用に使って一人で星形の飾りを作っていた。そこへ向かい声を掛ける。

「ここ、いいかな?」

待ったが、返事はない。視線も目の前の紙に固定されたまま微動だにしない。やはり駄目かと思い、諦めかけたところで留美ちゃんが呟いた。

「…………ダメって言ったらどうするの?」

抑揚のない、平たく言えば興味がなさそうな声だった。警戒されているのだろうか。あんなことをしたんだから当然といえば当然だ。

499: 2015/08/17(月) 06:02:31.47 ID:bDJjjpJNo
「座らずに立ったままで話しかけるかな」

「…………なら、座れば?そこに立たれると邪魔」

「そうか、ありがとう」

許可してくれたのでソファーベンチの端に座る。不自然なほど真ん中に空白ができた。留美ちゃんは先ほどから顔は一切上げず、飾りを作りながら話している。

「あの時は、悪かったね」

別に許してもらおうとも、罪悪感を和らげようとも思っていなかった。折本さんのことと同じように、これからを考えて少しでも修復できればと思っただけだ。

「…………別に、いい。なんであんなことしたのか、なんとなくわかるし。実際ちょっと楽になったから」

一瞬言葉を失ってしまった。留美ちゃんは俺たちのやったことの意味を理解していた。思っていたよりもずっと賢い子だ。

500: 2015/08/17(月) 06:03:15.11 ID:bDJjjpJNo
「そうか……。なら、意味はあったのかな」

「…………でも」

「でも?」

不自然な場所で言葉が途切れたので横を見ると、さっきまでずっと動かしていた手が止まっていた。俯いて恥ずかしそうに頬を染めている。

「……あの時は怖かったんだからね」

上目遣いでこちらを見上げながら話す彼女の顔は、年相応のあどけない小学生のものに見えた。おもわず俺も緊張を解き、顔を綻ばせてしまった。

「ごめん。他にいいやり方が思い付かなくて」

「ふーん……。もう終わったことだからいいけど。お節介だよね、お兄さんたち。私のことなんて関係ないのに」

501: 2015/08/17(月) 06:04:31.21 ID:bDJjjpJNo
「お節介か、そうだね。でも君のことを見てたらなんとなく、何かできないかと思ったんだ」

あんな悪役を引き受けても構わないと思ったのは、根はいい子達だと信じたかったからというのも確かにある。

だがそれよりも、知りたいことがあったから引き受けた。過去に俺がやった失敗は、違うやり方なら変えられることはできたのだろうか。あそこにいたのが俺ではなく、比企谷だったら何かを変えられたのか、それが知りたかった。

「そう……。八幡は何してるの?」

八幡と言われてもすぐに比企谷のことだとわからず、首を捻ってしまった。小学生に名前を呼び捨てにされているというのは、信頼されているのか、自分に近いと思われているのか、どちらなのだろう。

「八幡?ああ、比企谷か。あいつは別の仕事してるよ。用があるなら呼ぼうか?」

502: 2015/08/17(月) 06:07:34.49 ID:bDJjjpJNo
「べ、別にいい。用なんかないから」

「そうか。じゃあ少し手伝うよ」

置いてあった箱に入っている紙とハサミを取ろうとすると、留美ちゃんはそれを拒絶するように箱を抱えて首を振った。

「いい。一人でやれる」

「……わかった。でも、手伝いが必要になったらいつでも言ってね」

「……うん。ありがと…………ございます」

付け足された敬語は消え入るような声だった。留美ちゃんは俺や比企谷のことを今はどう思っているのか、それは俺にはわからない。

だが、俺の思うほどに留美ちゃんは俺を恨んだり恐れたりはしていない。

救うとまではいかなくても、今回は何かを変えることができたのかもしれやい。

503: 2015/08/17(月) 06:09:07.51 ID:bDJjjpJNo
もしそうであれば、やはり過去の俺はまちがっていたのだ。そして現在に至るまで、俺はまちがい続けている。

一人でやれると頑なに譲らない留美ちゃんを見ていると、俺の罪悪感の根元である忘れられない出来事が不意に甦った。その姿は、変わろうとし始めたあの頃の雪乃ちゃんと重なって見えた。


一一一


昔、俺は雪乃ちゃんと仲が良かった。何でもないことを言い合える友達だと、自信を持って言うことができた。

まだ幼かったのでそこに恋愛的なものはなく、ただ無条件に信頼し合っていただけな気がする。

家族同士の付き合いがあったせいもあり、俺と雪乃ちゃん、陽乃さんは頻繁に一緒に遊んでいた。好奇心が強く物怖じしない陽乃さんに二人とも憧れ、引っ張られるようにしていた。

504: 2015/08/17(月) 06:11:35.42 ID:bDJjjpJNo
雪乃ちゃんは昔はいつも自信がなさそうにしていた。どちらかでいうなら間違いなく引っ込み思案なほうで、お姉ちゃん、葉山くんといつも誰かについていくような子だった。

だが雪乃ちゃんは今と変わらず、その頃から図抜けて美しく、成績も優秀だった。そして俺も、自慢ではないがいつもクラスの中心で、女子からは羨望の目で見られていた。

この年頃の男子は好きな子に対し、ちょっかいを出すという行動でしか気が引けないものだ。

だから雪乃ちゃんは俺とクラスが同じになったことをきっかけに、男子からはからかわれ、女子からは俺と仲がいいという理由でやっかみや嫌がらせの対象となるという境遇に陥ることになった。

しかし、引っ込み思案で大人しい彼女の芯は、その性格からは考えられないくらいに強かった。そんな嫌がらせを相手にせず、かといって反発するでもなく、ただ耐えていた。

505: 2015/08/17(月) 06:13:02.39 ID:bDJjjpJNo
彼女は責任を常に内に求め、他人を責めるということをしなかった。

理不尽な話ではあるが、彼女のその行動はあまり効果的ではなかった。度重なる嫌がらせに対して思ったような反応が返ってこないことを逆に疎ましく思われてしまい、やがて女子全員から無視されるという虐めの領域にまでエスカレートしていった。

俺はといえば、クラスの女子に声をかけそういったことは止めるようにやんわりと伝え、調和を取ろうとしていた。当然のように効果があったのは表面上だけで、裏では相変わらず嫌がらせが続いた。

そんな中でも、ただひたすらに耐えている彼女の瞳には、無責任な悪意には決して屈しないという意思と力強さがあった。

だが飽きもせず繰り返されるその行為は彼女の神経を磨り減らし、俺には見せないようにしていたが、沈んだ表情が増え、それに反比例して笑顔は減っていった。

506: 2015/08/17(月) 06:14:01.74 ID:bDJjjpJNo
クラスでの味方は俺だけという状態が長く続いていたが、やがて女子の中から勇気のある子が一人、彼女に手を差し伸べた。

その子は雪乃ちゃんと俺の、大切な友達になった。

昔から一緒にいる俺以外の味方ができたことで、彼女は笑顔を徐々に取り戻していった。

俺が彼女を助けることはできなかったが、そんなことはどうでもよくなるほどに嬉しかったことをよく覚えている。

だがここで予想外のことが起きる。雪乃ちゃんに向かっていた悪意が、手を差し伸べてくれたその子に向かったのだ。

彼女はそこで初めて、責任を内に求めるのをやめ、敵意を外に向けた。勇気を持って手を差し伸べてくれた友人を守ろうと必氏だった。俺は無謀にも、相変わらず調和によってそれを止めようとしていた。

507: 2015/08/17(月) 06:15:30.69 ID:bDJjjpJNo
クラスの中心だった俺はその和を、今となって思えばそんなものを和と呼んでいいわけがないが、空気を壊すような行動がどうしてもできなかった。

クラス全体をバラバラにすることが怖くなり、何も犠牲にせずその子も彼女も守ろうとした。結局のところ、どちらかを選ぶ勇気が俺には足りなかったというだけのことだ。

そんな意味のないことを続けていた俺に対し、雪乃ちゃんの態度は変わり始めた。そしてある日、ついに選択を迫られることになる。

あの子と私と、クラスのみんな。葉山君にとって大事なのはどっち?

俺の答えは───選べない。どちらも大事だ。そう伝えた。

それから彼女は、俺に、人に頼ることをやめた。そして俺は、何かを選ぶことは許されなくなった。

俺と雪乃ちゃんの関係は目に見えて悪化した。

508: 2015/08/17(月) 06:16:46.20 ID:bDJjjpJNo
友人への嫌がらせが止まない中、俺が雪乃ちゃんに話しかけてもつれない反応しか返ってこなくなった。

以前なら俺に頼ろうとしていたような場面でも、彼女は一人でやれる、助けはいらないと固辞するようになった。

二人の大切な友達が、雪乃ちゃんの変化の原因を、俺たちの険悪な雰囲気の原因を自分のせいだと感じていることにも気が付かず、俺たちは疎遠になっていった。


そしてある日突然、大切な友達はいなくなった。ごめんねという言葉をたった一言残して。

両親の都合で転校したと担任から聞かされた。俺たちは何も聞いていなかった。その理由が本当なのか、嫌がらせに耐えかねてのことなのか、それすらもわからなかった。

あのとき俺が周囲との関係を悪化させてでも、二人を助ける道を選んでいれば───。

509: 2015/08/17(月) 06:18:17.26 ID:bDJjjpJNo
いくら考えても、後悔しても、やり直したくても、時間は戻ってくれず、俺は救えなかった友達に謝ることすらもできなかった。

後に残されたのは、頼ることをやめ陽乃さんのような強さを求めるようになった雪乃ちゃんと、何も選べなくなった俺。以前のように仲良くはできなくなった二人だった。

雪乃ちゃんが変わろうとしてから、すぐに嫌がらせそのものがなくなった。彼女自身が変わることで問題は解消し、結局俺は最後まで何もできなかった。

俺はクラスの和と引き換えに、彼女からの信頼と、大切な友人を失った。

俺が救えなかった彼女とは、雪乃ちゃんも含まれてはいるが、俺にとってより重いのは、かつて存在した、唯一の共通の友人のことだ。

この出来事が、その女の子への罪悪感が、今の俺の根幹となっている。

510: 2015/08/17(月) 06:19:10.49 ID:bDJjjpJNo


それから俺は、何も選ばず、他人からの期待に応えることだけを考えてここまで来た。

雪乃ちゃんとは疎遠になるとやがて雪ノ下さんに変わり、学校での会話がなくなるまでそう時間はかからなかった。

あれから前に進めないまま季節は幾度も移り変わり、高校も二年生を迎える。

時の流れはあの出来事の記憶を薄れさせ、昔のように仲良くも信頼もできないものの、普通に会話ができる程度には二人とも大人になった。大きなしこりが残ったままではあるが。

雪ノ下さんとは奉仕部という、いつの間にか入っていた謎の部活を通して話す機会が増えた。

久しぶりに話す彼女はあの時のまま、強くあろうとしているようだった。

511: 2015/08/17(月) 06:20:01.92 ID:bDJjjpJNo
奉仕部という部活には比企谷八幡という同じクラスだが馴染みのない男子もいて、彼女はその男子を気にかけているようだった。

その理由は林間学校でわかった。彼は躊躇いなく自分のことさえも投げ出せるうえ、既存の関係を壊すことのできる人間だったのだ。

仮に小学校が比企谷と同じだったとしても、俺は仲良くできなかっただろうと、彼にそう言ったことがある。それは本心だ。

なぜなら俺のできなかったことを平気でやれる人間だから。彼ならばあのとき、彼女たちを救えたのではないかと考えてしまうから。

なんて矮小な人間だ。器が知れる。でも周囲の評価はそうはならない。俺が過剰に持ち上げられ、彼が不当に蔑まれる。

俺はそれが我慢ならなかった。俺が嫉妬さえ抱く彼の評価が不当に低いままでは、俺がより一層惨めになる。

512: 2015/08/17(月) 06:21:30.21 ID:bDJjjpJNo
それよりももっと許せなかったのは、彼自身の自己評価が低いことだった。彼が価値のないものだと思っているとしたら、それに嫉妬している自分は一体なんなんだ。

だが俺は彼にはないものを多く持っているのも事実で、それを認めることができないほど子供ではない。彼は俺の対極にいる人間で、お互いができないことをできるという、たったそれだけのことなのだろう。

そうわかってはいても、一度内から這い出てきた醜い嫉妬心は、決して消えることはなかった。


そんな燻った思いを抱えていたものだから、陽乃さんに巻き込まれて折本さん、仲町さんと遊びに行く羽目になったとき、俺らしくないとは思いつつも、つい酷いことを言ってしまった。

その出来事の少し前に、雪ノ下さんからよければ生徒会長になってもらえないかと打診があった。

513: 2015/08/17(月) 06:23:15.40 ID:bDJjjpJNo
なんとか彼女の力になれないかと思いはしたが、さすがに生徒会長とサッカー部の部長と兼任は難しいと感じていた。

その後、陽乃さんと雪ノ下さんのやり取りがあり、彼女は自分が生徒会長になるから応援演説をしてほしいと頼みを変えてきた。わざわざ頼みたくもないであろう俺に頼むあたり、彼女の本気が伺えた。

陽乃さんの考えと違い、俺にはもう彼女が陽乃さんの影を追っているとは思えなかった。彼女は陽乃さんも持っていないものを求め、前に進もうとしているのだと思った。

彼女が前に進めるのであれば、それは俺にとっても喜ばしいことだ。できることならその変化を俺も近くで見届けたい。

家族間のことがあるので付き合いが途切れることはないが、前に進めない俺が彼女と並び立つことはできないし、今後の進路もおそらく別になるだろう。

514: 2015/08/17(月) 06:24:29.38 ID:bDJjjpJNo
だから、これが彼女を近くで見られる最後の機会になるかもしれない。

だが応援演説を既に引き受けている手前、それも叶わないことだ。

そう思っていたのに、彼女から比企谷も生徒会に入ると聞いて、そう提案したのが彼自身だと聞いて考えを改めたくなった。

なぜ比企谷まで生徒会に入る必要があるんだ。そんな柄じゃないだろう。雪ノ下さんが生徒会長になり、部活に行けなくなるかもしれないということが、彼にとってはそんなに問題なのか。

彼は俺と違って、上辺だけの関係なら切り捨てることができる人間ではなかったか。奉仕部での関係をどうしても変えたくなくてそうするのであれば、俺のやっていることと変わらないじゃないか。

確認したくなった。自分のために。

515: 2015/08/17(月) 06:26:45.87 ID:bDJjjpJNo
そんなことを考えていると、どこから聞いたのか、陽乃さんは雪ノ下さんが生徒会長になろうとしていることを知って、本気ではなさそうに軽く俺に言った。

「ついでに隼人も入れば?生徒会長じゃなきゃ兼任でもなんとかなるでしょ。どうせ雪乃ちゃんじゃ上手くやれないだろうから、フォローしてあげれば?」

陽乃さんは別に俺に何かを期待してそう言ったわけではない。雪ノ下さんの状況を聞くのに、俺が近くに居たほうが都合が良いか、単純にそのほうが面白くなると思っただけだろう。

根掘り葉掘り聞かれる俺が真実を話すかどうかもまた、陽乃さんにとってはあまり関係がない。俺の話しぶりから察することができるから。

俺が生徒会に入るだけの意味は自分の中にもう見出だせていた。それでも決めきれなかった俺の最後の後押しをしたのは、皮肉にも俺への興味を失っている陽乃さんの言葉だった。

516: 2015/08/17(月) 06:27:47.19 ID:bDJjjpJNo
それが葉山隼人らしくない行動であることはわかっていた。

故に、実際に何人かからはなんで生徒会に入ったのかと理由を尋ねられた。そのときは陽乃さんに言われたことを利用して、詳細をぼかして答えることにした。


そうして生徒会役員となった俺が最初の仕事で見たのは、強くあろうとした彼女と、昔の大人しかった彼女とが同居する、酷くアンバランスで不安定な女の子だった。

そしてもう一つ、知ろうともしていなかったことを知った。

比企谷と話をすると、俺が言われたことのないような思いがけない言葉を聞くことができ、そこで俺はようやく自分が何を求めていたのかを知ることができた。

俺は、否定をされることを望んでいた。

517: 2015/08/17(月) 06:28:23.46 ID:bDJjjpJNo
自分でそんな生き方を選んでおきながら、俺は誰かにまちがっていると言ってほしかった。

きっと、そうすることで俺は初めて、あの時から前に進むことができるのだろう。


一一一


稼働時間の限られている小学生を帰宅させ、いつもより遅い時間に短い会議が行われたが、当然結論は出ず保留、先送り、様子見。なんと言ってもいい、決めることはできなかった。

項垂れる女子メンバーを置いて、比企谷に声をかける。

「比企谷、ちょっといいか」

「……おお、出るか」

すんなりと応じてくれた。比企谷も俺と同じように思うところがあるようだ。

518: 2015/08/17(月) 06:29:13.58 ID:bDJjjpJNo
人気のない場所まで行く途中に会話はなかった。俺もだが比企谷も、こいつとは仲良くできないと思っているに違いないから、別にこれで問題はない。

「どうする?」

前振りも何もなしに一言だけを伝える。

「……どうにかするしかねぇな。もうタイムリミットだ」

「ああ。時間的にはもう遅いぐらいかもな。いい手はあるか?」

そんなもの俺にはない。ここまできたらやれることは一つだけだ。

「いい手も何も……やるべきことをやるだけだろ」

「君が、やるのか?」

やはり彼も何が必要かわかっているようだ。あとは、誰がやるのかということだけ。

519: 2015/08/17(月) 06:30:28.51 ID:bDJjjpJNo
「誰でもいいんだけどな。俺でも……別にお前でも」

「……ああ。雪ノ下さんには、今は望まないほうがいい」

そう言うと彼は辛そうに俯いた。今の雪ノ下さんを見て、彼は何を思うのだろう。俺と違って、比企谷はあんな姿を見るのは初めてのはずだ。

「みたい、だな。明日生徒会室であいつらと話するか」

「そうだな。意思はちゃんと統一しておく必要がある」

「……はぁ、めんどくせぇなほんと。なんでここまで一緒にやることに執着すんだよ……」

比企谷は大仰に溜め息をつきながら実に面倒臭そうに話す。

俺も合同というだけでここまで拗れることになるとは思ってもみなかったので、同じような気分だ。

520: 2015/08/17(月) 06:31:56.79 ID:bDJjjpJNo
「さぁな。怖いんだろうな、玉縄は。どうせこうするしかなかったんなら、もっと早くにやるべきだったな」

おお、と力のない声が聞こえてから、しばらく間が空いた。

ポケットに両手を突っ込んで下を向いていた比企谷が顔を上げ、口を開く。

「なぁ。…………お前はなんか、知ってんのか。雪ノ下のこと」

「知ってても君には言わないよ」

彼女が話さないことを俺から言うわけにはいかない。知りたければ彼女自身から聞くべきだ。

「聞くつもりもねぇよ、お前には。知ってるかどうか聞きたかっただけだ」

俺には、ということは、いつか彼女に聞くつもりなんだろうか。彼女はそのとき、ちゃんと答えることができるのだろうか。

521: 2015/08/17(月) 06:32:47.72 ID:bDJjjpJNo
「そうか。過去なら君よりは知ってるよ」

「だろうな。ムカつく言い方しか出来ねぇのかお前」

「そんなつもりはなかったんだけどな……。今のことなら君のほうが知ってるだろ」

「……どうなんだろうな。俺にはわかんねぇことだらけだ」

独り言ともとれるような呟きだったが、俺の耳にもしっかりと届いた。

きっと比企谷は、わからないことがわかってきたのだろう。

人を知るほどに、親密になるほどに、わかったことは増えているのに、それ以上にわからないことが増えていく。

その繰り返しだ。つまり、人と人は永久に完全にはわかり合えない。だが、それを続けていくことこそが人間関係なのかもしれない。

522: 2015/08/17(月) 06:33:37.28 ID:bDJjjpJNo
「……俺も、変わらないさ」

俺は立ち止まってしまったけれど。

比企谷も彼女も、足掻きながらでも前に進もうとしているんだなと思うと、体の内のどこかに締め付けられるような感覚があった。

「戻るか。サボってると睨まれそうだし」

「今日はもう時間もあまりないけどな。頑張らないといけないのは明日からだな」

「さらに忙しくなるのか……嫌だなぁ」

こいつは仕事はできる癖に、仕事がしたくないという主張は一貫している。つくづく変な奴だ。

「頼りにしてるよ、庶務の比企谷君」

精一杯の皮肉を込めて言ったのだが、彼はすぐに反論の言葉を返す。

523: 2015/08/17(月) 06:34:30.41 ID:bDJjjpJNo
「うるせぇ。お前何回も会議サボってんだし副会長の仕事しろよ」

痛いところをつかれた。ちゃんとした理由があるとはいえ、何度か会議に出られなかったことは事実だ。

「副会長の仕事か……。そうだな、俺も働かないとな」

「おお、働け働け。俺が働かなくてもいいぐらいに」

「そこまではやらないさ。庶務の仕事まで奪うと心が痛むからな」

講習室の前で比企谷はあっそ、と呆れるように短い言葉を吐き捨て、扉を開けた。

すると、結衣といろはが軽い愚痴めいた言葉を俺と比企谷に投げてきた。雪ノ下さんからは何も言われなかった。

副会長の仕事。それは、生徒会長の補佐だ。

役職に就いたんだし、仕事、しないとな、俺も。やれることをやらないとな。

それが果たして、彼女のためになるのかはわからないが。


☆☆☆

524: 2015/08/17(月) 06:35:52.37 ID:bDJjjpJNo
ここまで

葉山とゆきのん疲れる……
なんか葉山といろはも結構絡んでるしタイトル変えたいけど後の祭り

またそのうち

525: 2015/08/17(月) 06:46:33.15 ID:bDJjjpJNo
ファッキン誤字

>>502
しれやい。
→しれない。

532: 2015/08/24(月) 23:05:02.46 ID:k1AwEidto


小学生が参加する日、コミュニティセンターに行く前、いつものように一旦生徒会室に集合することになっていた。

教室で由比ヶ浜を待っていると先に行っててと言われたので、一人で生徒会室に向かっている。最初は戸惑いしかなかった道のりだが、今は特に違和感もなく歩いていることに気がついた。

人間の適応力ぱねぇな。それと同時に、記憶の都合の良さも嫌になるぐらいすげぇ。

時間の流れはどんなに素敵な思い出も、思い返したくない過去も、平等に角を取り丸くする。

辛い過去に関してはそのまま抱えていると、そうして柔らかくしないと、生きていくのに不都合だから人間にとって必要な機能なんだろう。

533: 2015/08/24(月) 23:05:37.23 ID:k1AwEidto
だが嬉しかったり楽しかったりした良い記憶は、その中にあった小さな違和感や疑問だけが削り取られ、美化された状態で残る。

これは余計な機能だ。そのせいで、楽しいだけではなかったはずなのに、ふとしたときにあの頃に戻りたいと考えてしまう。

斜陽の中に佇む、真っ直ぐな少女が頭に浮かんで、消えた。

生徒会室の扉の前で、無意識に息を飲んでいる自分がいた。緊張の理由はわからないままに扉を開けると、席について机の上の資料に目を向ける雪ノ下の姿があった。

「おす。相変わらず早いな」

鞄を置いて俺も席についたが、雪ノ下からの反応はなかった。視線は机の上に固定されたまま微動だにしない。

「……雪ノ下?」

534: 2015/08/24(月) 23:06:07.06 ID:k1AwEidto
雪ノ下は今スイッチが入ったかのように、突然ビクッと体を震わせると、ようやく俺と目を合わせ口を開いた。

「び、びっくりした……。いつの間に入ってきたの?」

「いや、ごく普通に扉開けて入ってきたけど……挨拶もしたぞ、一応」

「そ、そうなの?全然気がつかなかったわ」

「どしたんだお前、ボーッとして。なんか具合悪い?」

よく見ると目が潤んでいるような気がする。真っ白な耳もいつもより赤らんで見える。

「そういえば少し熱っぽい、ような……。昨日雨に打たれたせいかしら」

「あー、そういや帰る頃大雨になってたな。俺はギリセーフだったけど。大丈夫なのか?」

535: 2015/08/24(月) 23:06:45.78 ID:k1AwEidto
「ええ、このぐらい平気よ。ボーッとしてたのは別。ちょっと考え事をしていたから」

「そうか、ならいいんだけどよ。お前の大丈夫は、信じていいもんなのかどうか……。前科あるからな、お前」

前も大丈夫と言いつつ、出てこられなくなるまで拗らせたのを忘れてないぞ、俺は。

「何よ、前科って。人を犯罪者呼ばわりしないでもらえる?」

「文化祭の時みたいに、お前が必要以上に背負い込んで無理するのは知ってるからな。そんなこともうさせたくねぇから、いつでも言ってくれよ。俺でも由比ヶ浜でも、指示だけ出してくれてもいい」

雪ノ下は悲しげに目を伏せて首を振った。

「今は、無理してもできることなんかないわ……。あなたもわかっているでしょう?」

536: 2015/08/24(月) 23:08:20.28 ID:k1AwEidto
「まぁ、今はそうだな……」

安易に否定の言葉を吐けないほど状況は逼迫している。今の雪ノ下に気休めの言葉をかけたところで楽にはならないだろう。

黙ってしまった雪ノ下を眺めていると、やがて静かに、懺悔ともとれる言葉を呟いた。

「……情けないわ。今の状況は全部私が悪いのでしょうね」

「全部お前のせいなわけねぇだろ。悪いのは俺もあいつらも、海浜の連中も、全員だ」

「そうなのかもしれないけれど、それでも……。私は生徒会長なのだから、責任は当然重いわ」

「そうだとしても……」

言うべき言葉が見つからず口をつぐんでしまった。そんなことをするつもりは毛頭ないが、誰の責任だと強引に犯人探しをするのであれば、海浜高校の連中を除くと当然生徒会長という話になる。

537: 2015/08/24(月) 23:09:04.05 ID:k1AwEidto
個人の責任で終わらせるつもりも、このまま大人しく見ているつもりもない。

それでも、その職にある雪ノ下に責任を感じるなというのは無理な話だ。そんな適当な奴でないことは俺もよく知っている。

「ねぇ、比企谷君」

雪ノ下の顔へ目を向けると、そこには自虐めいた薄い微笑みがあった。

「私に、失望した?」

「…………何が言いたい」

「いいのよ、言ってくれて。あなたが見ていた私はこんなのじゃなかったって。それに、私もあなたに失望したことがあるもの」

「あんときか……。まぁあれは、俺が一方的に悪いからな。仕方がない」

俺が勝手に相談もせず、一人で考えて一人で行動したからだ。だからその責任が俺にあるのは当然で、異論はない。

538: 2015/08/24(月) 23:09:50.39 ID:k1AwEidto
「いえ……。私も、同じだったわ……。比企谷君を責めることなんて、そんなことしていい人間じゃない」

「なんだそれ。別にそんなのに資格はいらんだろ」

「ううん。私もわかってるから。姉さんにも言われた」

寒気すら感じるような、酷薄な笑みを浮かべた陽乃さんの顔は昨日も垣間見ることができた。

俺たちと別れたあと、陽乃さんはあの顔で雪ノ下に何を言ったのか。考え事というのは、それに関することか。

「……何を言われたんだ」

「みんなに守ってもらえてよかったねって。私に自分の意思なんかないでしょうって、そう言われたわ」

「んなわけねぇだろ。……気を悪くしたら申し訳ないんだが……あの人のお前を見る目は歪んでる。たぶん、俺は知らねぇけど、昔のお前のイメージを押し付けてるように見える。だからそんな言葉、真に受けんでもいい」

539: 2015/08/24(月) 23:10:37.38 ID:k1AwEidto
「……ありがとう。やっぱり優しいのね、あなたは。では比企谷君はそうは見ていないということかしら。こんな私に失望していないの?」

雪ノ下の言葉を受け、思考を巡らせ己に問いかける。

失望しているのか?俺は。

失望するということは、俺はまた知らず知らずのうちに理想を押し付けていたということだ。

雪ノ下はこうだと勝手に他人を規定して、そうじゃなかったから裏切られたと感じているということだ。

雪ノ下だって嘘をつく。雪ノ下は完璧な人間じゃない。自信がないこともあるし、弱ることだってある。俺と雪ノ下は似てなどいない。ここまではもうわかっていることだ。

わかっていながら、なおも雪ノ下に持っていて欲しいと願うものは確かに、ある。

540: 2015/08/24(月) 23:11:09.15 ID:k1AwEidto
でも、それはまだ、雪ノ下から失われてはいない。だったら、俺は失望などしていないはずだ。

「して、ないと思う。俺はもう、お前に完璧さなんか求めてない。今のお前を、否定するつもりはない」

「複雑ね……。期待されていないということかしら」

「そういうわけでもなくて……。すまん、いい言葉が思いつかねぇんだよ。けど、それでも、俺が見てた雪ノ下は、出会った頃のお前は……」

伝えたいことはあるのに、これ以上は言葉にならなかった。俺の表現力、伝達力に問題があるのも確かだが、言葉は感情を全て伝えるには不完全なものだ。

俺はまだ、言葉以外に感情の伝え方を知らない。けれど、誤解を招くのが嫌で不用意な言葉を持ち出すわけにもいかず、また黙り込んでしまった。

541: 2015/08/24(月) 23:12:01.44 ID:k1AwEidto
言葉なしには伝えられず、言葉があるから間違える。だったら俺は何がわかって、何をわかってもらえるというんだ。

「ごめんなさい。やっぱり今はまだ、自信が持てないわ……」

雪ノ下は諦めたように、俺の無言に対し返事をしてくれた。

「そうか……。すまん」

「謝らないで。私が不甲斐ないからいけないのよ。けれど、私がどうであれ、イベントはなんとかしないと……」

「……そうだな。俺も、やれることをやることにするわ」

「比企谷君……?」

俺の意思を曖昧にだが伝えると、雪ノ下は何かを察したのか俺にすがるような目を向ける。

そして俺はその目をじっと見ていることはできなくて、また目を逸らしてしまった。

542: 2015/08/24(月) 23:12:48.06 ID:k1AwEidto
「やっはろー、ゆきのん、ヒッキー」

「こんにちはー」

「やあ」

扉が開き、生徒会役員の三人が入ってきた。俺に目を向けていた雪ノ下を見て一色が首を傾げる。

「どうしたんです?ボーッとして」

「……なんでもないわ。みんなの紅茶淹れるわね」

雪ノ下は普段の様子を取り戻したかのように、ティーセットに向かい準備を始めた。さっきまでの表情はもう消えていた。

「おー、ゆきのんありがとー」

「ありがとう、雪ノ下さん」

手慣れた所作で五人分の紅茶がそれぞれの入れ物に注がれる。四人はティーカップかマグカップなのに、俺だけ湯呑み。もう見慣れた光景ではあるが、仲間外れ感が激しい。

543: 2015/08/24(月) 23:13:33.42 ID:k1AwEidto
役職がない俺をみんな無意識に疎外してるのか?んなわけねぇな。被害妄想いくない。

雪ノ下は紅茶を注ぎ終わり席につくと、駄弁り始めた由比ヶ浜と一色をよそに、また机の上に視線を固定して考え事をし始めた。

外は昨日の夜から雨が降り続けている。雪ノ下は陽乃さんに言われた言葉をどんな気持ちで受け止め、雨に打たれて帰ったのだろうか。

その気持ちを推し量ることは俺にはできないが、今は雪ノ下の重荷を少しでも減らしてやりたい。ただそれだけだ。雪ノ下ができないなら、誰かがやらないといけないことだ。

陰鬱な空模様を眺めながら湯呑みで流し込んだ紅茶は、いつもより渋くて苦かった。



時間になったので五人で生徒会室を出てコミュニティセンターへ向かうことにした。

544: 2015/08/24(月) 23:14:19.01 ID:k1AwEidto
今日からは小学生が参加になる。お守りは葉山が引き受けたと聞いているから、おそらく俺はあまり関わらないだろう。

林間学校でも感じたが、俺は多数の小学生にすこぶる受けが悪いからきっとそのほうがいい。

その後にはまた進まない会議のための会議が待っていることがわかっているからか、それとも鬱陶しい雨のせいか、皆の足取りは一様に重かった。

いつものように、意識すると辛くなるが顔が華やかなメンバーについて最後尾をとぼとぼ歩いていると、前にいた一色がすっと歩くペースを落として俺の横に並んだ。

「先輩先輩」

一色は俺の傘に入るぐらいの距離にまで顔を近づけて、小声で話しかけてくる。近い、近いから。そういや俺、相合い傘とか小町としかしたことねぇなぁ。

545: 2015/08/24(月) 23:14:59.77 ID:k1AwEidto
「今さらなんですけど、ちょっと聞きたいことが……」 

「な、なんだよ」

「この前、葉山先輩と先輩の知り合いのあの女と、なんか話してましたよね。あれなんだったんです?」

「あー、またそれか……」

由比ヶ浜には既に聞かれたことだ。一色からも聞かれるとは思っていたので特に狼狽えたりはしないが、ややうんざり気味だ。いやでも、あの女って、その言い方どうなのよ一色さん。

「また?あと思い出したんですけど、あの女先輩たちと四人でデートしてたときの相手ですよね?どういう関係なんですか?」

一色は顔こそいつもとさほど変わらない笑顔をたたえているが、声は普段より二オクターブぐらい低い。

あ、これダブルデート(笑)中に会って問い詰められた時と同じ声だ。うん、怖い。一色さんこわぁ。

546: 2015/08/24(月) 23:15:55.92 ID:k1AwEidto
「ちょっと、一遍に聞かれても答えられねぇんだけど……。あれはデートじゃないし、あの後気まずい別れ方になったから謝ったり、まぁいろいろだ」

「はぁ。あれはデートにしか見えませんでしたけど……まあいいです。それで先輩、何やらかしたんですか?許してもらえました?」

「なんで自然に俺が謝ったことになってるわけ?俺はなんもしてねぇよ。詳しいことは葉山に聞いてくれ、俺はあんま関係ないし」

「葉山先輩に聞けたら先輩に聞きにきませんよ」

「なんで俺なら聞けるんだよ……。お前昨日葉山と買い物行ってたんだし、そんとき聞けばよかっただろ」

「あー、そうしようかとも思ったんですが……。なんか、そんな雰囲気じゃなくてですね……」

一色は若干肩を落として語尾を濁した。はしゃいでるかと思いきや、なんか気まずくなることでもあったのか?

547: 2015/08/24(月) 23:16:56.60 ID:k1AwEidto
「なんで浮かない顔してんだ。喧嘩でもしたのか?」

「するわけないじゃないですか。葉山先輩だと喧嘩にもなりませんよ、絶対。そうじゃなくて、わたしのこと誘っておいてなんか上の空っていうかー、あんまり元気なかったんですよ」

雪ノ下も今日になって上の空だったが、関係あるんだろうか。あの二人の共通点と、昨日あった特殊な出来事。それを考えると、あるとしたら原因は高確率で陽乃さんだ。

葉山と雪ノ下と、陽乃さん。あの三人は過去を共有しているという、俺にはどうしようもない事実がある。

俺がもっと深く踏み込んだとしても、そこに入ることは決してできないという気がする。

「ふーん……。まぁ葉山も疲れてんじゃねぇの、いろいろ。そういうときこそあれだろ、癒してあげるとポイント高いんじゃねぇの?」

548: 2015/08/24(月) 23:17:57.05 ID:k1AwEidto
「なるほどー。どうでもいいんですけど参考になるかもなので一応聞きますが、ちなみに先輩は疲れてるとき何してほしいですか?」

どうでもいいんなら聞くなよと思うが、それは口にしたら駄目なんだろうな。もう学んだぞ、俺は。

「俺は……一人にしてほしいかな」

「それもわからなくはないですが……やりなおし。話理解してます?わたしのできることを聞いてるんですよ?」

「割と真面目に答えたんだけどな……。マッサージとかは……ちょっとアレか。んじゃ甘いものとか?」

「ほうほう、手作りクッキーとかですか?ベタですけど、割と効果的なんですかね」

意図して思い出さないようにしてきたのに、奉仕部での最初の依頼のことが頭に浮かんだ。

549: 2015/08/24(月) 23:18:49.10 ID:k1AwEidto
由比ヶ浜からの、最初の依頼。あのときは俺が屁理屈をこねてうやむやにしてしまったが、その後目的は果たされたのだろうか。

痛くはないけど、鼓動が少し早くなって苦しくなった。

「…………ああ、効くな。俺には特に」

「へー。先輩って意外と……ああいや、先輩はどうでもいいんですってば」

「失敬なやつだなお前は。だったら葉山に聞け葉山に」

「だからそれができ……ちょっと先輩、せんぱーい?」

埒の明かない会話を強引に切り上げ、一色の声を無視して目を前に向けると、由比ヶ浜を挟むようにして歩く三つの傘が見えた。

由比ヶ浜は三人以上のときは、いつだって誰かと誰かの間にいる。

550: 2015/08/24(月) 23:19:36.52 ID:k1AwEidto
思えば奉仕部でも何も言わなくても間に入って、俺たちを繋いでくれたり緩衝材の役をしてくれていた。

由比ヶ浜らしいと言えばそれまでだが、それで終わらせていいはずがない。そんなのは優しさに甘える行為でしかない。

イメージを押しつけてはいけない。理想を誰かに求めてはいけない。それは弱さだ。憎むべき悪だ。罰せられるべき怠慢だ。傷つけていいのは、自分だけだ。

どこまでも優しい由比ヶ浜も、聖人君子とは違う。俺と同じように悩んだり苦しんだりすることだってあるだろう。

ならば俺は、俺にやれることは。やるべきことは。

考えてはみたが、目的地に辿り着くまでの短い時間で答えが出るはずはなかった。

551: 2015/08/24(月) 23:20:33.47 ID:k1AwEidto


講習室に入ると、海浜高校のメンバーに加えて見慣れない集団が部屋の一角でそわそわしていた。小学生軍団だ。

玉縄は引率者と思われる教師と言葉を交わしており、それを見た雪ノ下もそこに加わり挨拶を行った。

雪ノ下はそのまま玉縄と一緒に小学生の元へ向かい、二言三言語りかける。すると小学生たちから、はーいというそこそこ元気な声が聞こえてきた。

反応は上場だと思ったのに、戻ってきた雪ノ下の表情は固い。席に座ってからも無表情で小学生たちの方向へ目を向けている。

なんか不可解だなと思って雪ノ下の見ている方向に目をやると、目立つ小学生のさらに奥に見知った顔を見つけてようやく合点がいった。鶴見留美がいたのだ。

552: 2015/08/24(月) 23:21:19.28 ID:k1AwEidto
パッと見ただけでも彼女が一人浮いているというか、輪から外れているのはよくわかった。

この夏俺がやった、と言っても実際にやったのは葉山たちだが、俺の発案した方法で彼女を取り巻く人間関係を壊してしまったことは忘れられない記憶だ。

問題の解決にはならず、誰もが納得しかねるようなろくでもない案ではあったが、惨めだと言っていた彼女の環境を少しは変えられたかもしれないと思っていた。

この鶴見留美の現状が、夏に俺のしたことが原因であるなら、俺はその責任を取る必要がある。それは、今のこのイベント状況、生徒会の状況も同じだ。

俺の選択が招いたことなら、俺はこの現状を変える責任がある。俺は行動しなければならない。

553: 2015/08/24(月) 23:22:03.54 ID:k1AwEidto


由比ヶ浜と葉山で小学生のお守り兼、飾り作りの作業をやってもらっている間に、俺と一色と雪ノ下でまだ残っていた書き物を終わらせておいた。

これで事前にやるべきことはもう、ほぼなくなった。これ以上は内容を決めてからでないと取りかかることのできないものばかりだ。

よって、会議で決定が成されない限り、以降の進捗は完全に停滞する。

明日の金曜日で決めてしまえば、土日や翌週の祝日を作業に目一杯当てることでまだ間に合う見込みがあるが、明日で決まらず土日を無為に過ごすことになればもう無理だ。あとはイベントが瓦解していくのを見ているしかない。

小学生たちを帰してからまた会議をすることは決まっているが、雪ノ下は会議の時間が近づくにつれ次第に口数を減らしていった。

554: 2015/08/24(月) 23:22:54.41 ID:k1AwEidto


葉山と由比ヶ浜が作業を一段落して休憩に戻ってきたので、二人にそれとなく鶴見留美の様子を聞いてみた。

俺が見たままの状況で間違いはなさそうだったが、葉山が少しだけ気になることを口走った。

「やはり比企谷は俺とは違うんだろうな。何かは変わってるみたいだ、確かに」

「何かってなんだよ。解決はしてないんじゃねぇの?」

「解決はしてないな。けど少しは楽になったって、本人が。比企谷のこと気にしてたから行ってきたらどうだ?」

俺のことを?なんの用だろう。もしかして酷いことをしたから罵倒されたりしちゃうの?美少女の小学生に、あの冷たい目で罵倒?人を選んだらそれはご褒美にもなるんだぞ、ルミルミ。

555: 2015/08/24(月) 23:23:28.35 ID:k1AwEidto
幼い彼女はまだ知らないかもしれないが、社会はそういう人で溢れていることを少し教えてやるとするか。……PTAとかに言われたらえらいことになるな、やっぱやめとこう。

外に出てキョロキョロと辺りを見回すと留美はすぐに見つかった。一人でぽつんと座って飾り作りに没頭しているところに近づき、右手を挙げながら声をかける。

「よう」

で、無視……と。この挙げた右手をどうしてくれようかと思い、流れるような動作で頭を掻いてみたがわざとらしすぎて変な汗が出てきた。俺を探してたとか言ってたけど、騙されたか?

「…………なんの用?」

びっくりした、時差ありすぎだろ。違う時の流れで生きてるのかお前は。

「や、お前が俺に用があったんじゃねぇの?」

556: 2015/08/24(月) 23:24:21.25 ID:k1AwEidto
「…………別に、ないけど」

留美は小馬鹿にしくさった口調でそう言うと、また折り紙に視線を固定した。ほーん、葉山、嘘じゃねぇかこの野郎。どういうつもりだ。

「そうかよ」

葉山に文句は言いたいがこのまま戻るのもなんなので、隣に腰かけて飾り作りを手伝うことにした。

ハサミと折り紙の束を失敬して図面を眺める。雪の結晶の形をした飾りのようだが……案外複雑なことやってんな、これ。

ハサミの音が途切れたので横を見ると、留美が驚いたようにこちらを見ていた。

「八幡、いい。いらない。一人でやれる」

「ふーん、でも俺やることねぇんだよ。だからやらせろよ」

557: 2015/08/24(月) 23:24:56.71 ID:k1AwEidto
言ってから、言葉だけ聞くとかなりまずいアレなやつに聞こえる可能性に気がついた。

心配になったので、誰も聞いてないよなと辺りを見回したが幸い誰もいなかった。

「……暇なの?」

留美は不思議そうに首を傾げる。この子このまま成長したら絶対可愛くなるな……。

本当は俺もやるべきことがあるはずなのだが、いかんせん今はもう、会議を進めないことにはどうにもならない。

「困ったことに暇になった。やることがなかなか決まんなくてな」

「……バカみたい。ならさっさと決めればいいのに」

小生意気な言い方だが、今の俺たちに必要で、実にシンプルな言葉だと感じて少し可笑しくなった。玉縄とか、あいつらにも聞かせてやりたいものだ。

558: 2015/08/24(月) 23:25:36.63 ID:k1AwEidto
「だよな。馬鹿みてぇだし、さっさと決めねぇとな。けど今はこれをやる」

留美からの返事はなかった。それからは静かな時間の中、二人で黙々と飾りを作り続けた。

集中力が必要な作業はお手のものだ、一人の世界に入り込むのは得意だからな。そして、考え事をするにはやはりこの中が一番だ。

先ほど留美は一人でやれるから助けは必要ないと言った。強がりでそう言っているだけなのかもしれないが、一人でやろうとするその姿勢はきっと気高い。

一人で立つことは必要なことだ。一人で立てるようになってこそ、他人と信頼や協力を行えるのだろう。だが一人でやれることには限度があるのも確かだ。

つまり、一人で立つのに、一人で全部できる必要なんてない。

559: 2015/08/24(月) 23:26:48.99 ID:k1AwEidto
俺はこれからも、可能な限り一人でなんでもやろうとするだろう。けれど俺一人の力なんてたかが知れているから、出来ないこともたくさんある。

そのとき、俺に足りないものを持つ人が傍にいてくれたなら、お互い様だと思ってくれて押し付けあえるなら。

俺にはないものを持っている他人だから、眩しくて、憧れて。だから俺はもっと、そいつらのことをわかりたい。知りたい。

でも、もしも、もしも俺が原因で一人では立てない、誰かの助けなしでは立ち上がれない人を生んでしまったとしたら。俺のせいであれば、俺にできるのは───。



考え事をしながらも手を動かしていると、紙でできた雪の結晶が降り積もっていた。

やがて最後の一つが優しく折り重なると、俺と留美は互いに顔を見合わせた。

560: 2015/08/24(月) 23:27:21.19 ID:k1AwEidto
「これで最後か?」

「うん……」

留美は満足げな吐息とともに小さな笑顔を見せた。が、それが恥ずかしかったのかすぐに顔を逸らして押し黙ってしまった。

「じゃ、戻るわ。下でまだツリーやってるだろうからお前も行けば?」

「…………え、あ、うん。あの…………」

放心したように頷くと、今度は何かを言い淀んでもじもじし始めた。

「なんだよ」

「……お前じゃなくて、留美」

「は?」

「は?じゃなくて。留美……」

はぁ、なるほど。そう呼べということか。

561: 2015/08/24(月) 23:28:05.93 ID:k1AwEidto
しかし俺は葉山と違って、馴れ馴れしく女子の下の名前を呼び捨てにすることに抵抗がある。が、相手は小学生だ。臆する必要などない……よね?

「…………またな、留美」

「……うん。またね、八幡」

やだ何これ、すごいムズムズする。見れば留美も顔を伏せて恥ずかしそうに身を捩っていた。

俺の他人との距離感とか付き合いかたって、小学生と同レベルっぽいな。いろんなことに慣れてなさすぎだ。

留美が見せてくれた笑顔は、俺のやったことを肯定するものではない。でも、あんなやり方でも何かを変えられたと、救われたと言ってくれるなら、それはありがたいことだ。

けど俺は、それでは変えられなかったものを変えようとしている。まだ足りないのだ、今までの俺では。

562: 2015/08/24(月) 23:28:47.64 ID:k1AwEidto


期待はしていなかった会議が予想通り何事もなく終わると、すぐに葉山に声をかけられた。

二人で席を外して話をすると、葉山は今の雪ノ下には多くを望まない方がいいだろうと言っていた。

俺も同感だ。今日に至ってはもうどうしたらよいかわからないといった具合で、向こうの会話に口を挟むこともあまりしなかった。おかげでその役目は俺と葉山がすることになった。

原因ははっきりしないが、本人も言っていた通り雪ノ下は自信を失っている。

葉山も思うところはあるようで、俺と同じようにこれ以上は待てないと感じているようだ。

明日生徒会室で全員に伝えることを二人で決めてから講習室に戻ると、その日は撤収の時間となった。

563: 2015/08/24(月) 23:29:38.05 ID:k1AwEidto

ここから出るときは一層寒さが堪える気がする。これは毎度毎度晴れない気持ちでいるからというのも多分にあるだろう。

晴れた気持ちでここを出ることができるのはいつになるのだろうか。

夕方まで降っていた雨は既に止んでおり、その残り香の湿った空気の匂いが鼻腔をくすぐる。

他メンバーに別れを告げ、一人で駐輪場へ歩いていると横の道に停車していた車からクラクションを鳴らされた。

なんだようっせーなと思って厳つい顔をした車に目を向けると、中からあまり厳つくない綺麗な女性が顔を覗かせていた。

「比企谷、乗っていくか?」

ゴリゴリのスポーツタイプの車に乗る女性は平塚先生だった。にしても、似合うし格好良いけど、この人こんな車に乗ってるから男に引かれるんじゃなかろうか……。

564: 2015/08/24(月) 23:30:10.34 ID:k1AwEidto
「いえ、自転車あるんでいいです。遠くないですし」

「そうか、なら私が降りよう。停めてくるから少しそこで待っていたまえ」

俺に何も言わせないまま平塚先生は重低音のエンジン音を響かせて行ってしまった。

えぇー……俺帰りたいんだけど。でもこれ、黙って帰ったら明日殴られるパターンのやつだよな……。

仕方なく待ちぼうけていると、カツカツとヒールの音が聞こえてきたので振り返る。

「すまないな、帰るところを引き留めて。状況を聞かせてもらおうと思ってな」

「先生、放置しすぎじゃないですかね。あんまり芳しくはないですよ」

ほんと全然顔を出さないってどうなのよ。海浜高校側も同じだけど、あいつらは一体どんな報告をしているのだろうか。

565: 2015/08/24(月) 23:30:43.96 ID:k1AwEidto
「ああ、簡単には雪ノ下から聞いているよ。ただ、比企谷から見た意見も聞きたいんだ」

「はぁ、そうですか」

「なんだその反応は。ま、立ち話もなんだな。そこのカフェに入ろうか、奢りだ」

ちょっと、こっちはそんな長い時間話すつもりないんですが。と言えるはずもなく、というか平塚先生はこちらの話を聞くそぶりも見せず既にカフェに向かって歩き始めていた。

時間も時間なせいか、店内は人がまばらで落ち着いた雰囲気と呼んでもいいものだった。窓際の二人席に向かい合って座る。

「さぁ、君の話を聞かせてもらおう。何が問題でこうなっているんだ?」

「問題、ですか。そうですね……」

566: 2015/08/24(月) 23:31:21.17 ID:k1AwEidto
俺の思うまま、問題だと考えていることを伝えた。

一番の理由として挙げられるのは、会議に否定が存在しないことだ。

そしてもう一つは、決定者、すなわち責任者の所在が曖昧なまま進めてしまったこと。

「そうだな。概ねその認識で正しいだろう。それはもう、どうするべきかわかっているだろうから終わりにして話を変えよう。雪ノ下の様子は、君から見てどうだ?」

割と長々と力説したつもりなのに、あっさり話を変えられて拍子抜けしてしまった。

「雪ノ下、ですか。まぁ……元気ないですね。本人が不甲斐ないとも言ってましたし、現状の責任を感じてるのかと」

「それだけか?」

567: 2015/08/24(月) 23:31:52.34 ID:k1AwEidto
短く言うと、問い詰めるような鋭い視線を向けてきた。

「…………なんでさっさと説き伏せて否定しないのか、そう思ってるかってことですか?」

「思っているだろう?」

「そりゃまあ……。俺の知ってる雪ノ下っぽくはないですからね」

「どちらかが間違っていてどちらかが正しいことであれば、雪ノ下は迷わないよ」

平塚先生はそこで言葉を区切ってコーヒーを口に運ぶ。何度か啜ってから続きを話した。

「君は海浜高校の子がやろうとしている、皆の意見を取り入れて最善の策を探ろうとしていることが間違っていると思うか?」

「……いえ、そうは思いません。できるならそれが一番でしょうし。ただ、この現状とそぐわないだけかと。期間を考えると方針の転換はすべきだったとは思いますが」

568: 2015/08/24(月) 23:32:58.52 ID:k1AwEidto
「雪ノ下も人並みに、人並み以上に迷うし、悩むし、躊躇もするということさ。比企谷と同じようにな」

「俺は別に……迷ってませんが」

「まあ君が素直に喋るとは私も思っていない。けど、悩める若人へ私からありがたい助言をやろう」

「そんなこと頼んでませんけど。なんでそんなことするんすか」

「なんで、か。そうだな……。私は、比企谷が傷付くのを見たくないんだろうな。君は人を傷つけるぐらいなら自分が傷を負うほうがましだと思っているだろう?」

「そんな立派なもんじゃないですって」

「そうだな、全然立派とは呼べない」

胸にズキンと痛みが走った。なんでだ、俺は否定してもらえると思っていたのか。女々しいにもほどがある。

569: 2015/08/24(月) 23:33:32.78 ID:k1AwEidto
「その心意気は認めよう。だが敢えて厳しいことを言わせてもらう。そんなものはただの自己満足だ。人のためのように見えるがその実、自分のためにしかなっていない」

宣言通り、口調も内容も俺にとってとても厳しいものだった。

「もう、君が傷付くことで君以上に悲しむ人間がいることをわかってもいい頃だ。だから先に言っておく。比企谷、人を傷つけないようにするというのは無理だ」

頭を殴られたような気分だった。話はそれから半時ほどに及んだ。



平塚先生と別れてからの家路で、帰ってからはリビングで、寝る前の自室で、言われたことを考え続けた。

俺を叱責するかようなアドバイスを頭の中で何度も反芻する。その言葉の数々に、俺はどれもまともに返事をすることができなかった。

570: 2015/08/24(月) 23:34:24.73 ID:k1AwEidto
俺が何を選んでも誰かを傷つける。そんな簡単なことを、しかし間違いようのない真実を突きつけられた。

俺はこれまで散々迷ってきたが、迷っている時間ですら誰かを傷つけていたのかもしれない。そう自覚をすることが、傷つける覚悟をすることが人を想うということだと、そう言われた。

その自覚と覚悟が俺には足りていなかった。だからさっきはあんな、まちがった決断をしかけてしまった。

改めて考える。俺の選択を。自分の思いを。

イベントが無事終わったら、片をつけよう。だが俺は、そこで終わらせるつもりはない。一度でわかった気になって楽をしたいわけじゃない。だから、これから先もずっと続いていく。

考え続けるんだ。大切に思う誰かがいる限り。


一一一

579: 2015/08/31(月) 07:47:03.01 ID:HjDYW7MJo


翌日、余計なことを考えないように時間を過ごそうとしていたらいつの間にか放課後になっていた。え、俺昼何食べたっけ……?

いや、それより前もほとんど記憶がねぇぞ……。朝起きてから、それから、えーと……放課後か。これはッ!どこからかスタンド攻撃を受けているッ!

突然のキングクリムゾンによる攻撃に呆然としていると、教室ではあまり話さない奴に声をかけられた。

「比企谷、行こうか」

「ん、ああ葉山か。生徒会?」

「それ以外にどこがあるんだ」

「あー、由比ヶ浜は?」

580: 2015/08/31(月) 07:48:53.30 ID:HjDYW7MJo
そう思って教室の後ろに目を向けると、お喋りに花を咲かせる三浦に海老名さん、由比ヶ浜がいた。戸部とその他二名の姿は既にない。

少し前までは由比ヶ浜を待ってから行っていたので、今日も待たなくていいのだろうかと密かに確認の念を送ってみる。

すると向こうも同じように思っていたのか、由比ヶ浜が眉を下げて先行ってて、と口の動きだけで伝えてきた。

頷いて立ち上がる。

「行くか」

教室を出る直前にもう一度ちらとだけ三人を見ると、三者三様の色をした瞳がこちらに向けられていた。

海老名さんの目はキラッキラ輝いていた。なんの期待をしてるんですかね……。

581: 2015/08/31(月) 07:50:57.71 ID:HjDYW7MJo
その横には睨むような三浦の視線があった。わかってるよ。忘れてないぞ、一応。

由比ヶ浜の目から感情を窺い知ることはできなかった。こいつには先送りにしたままの話がある。

なんとかしたいとは思っているが、イベントの行方次第ではまた流れてしまいそうな気がする。

いろいろ考えているうちに今度は生徒会室に着いていた。またスタンド攻撃か……。いや、俺の意識はどうなってんだよ。

「雪ノ下さんは不在か」

「平塚先生のとこじゃねぇの。なんて言ってるのかは知らんが、報告はしてるみたいだぞ」

「そうか……」

奥歯に物が挟まったような物言いだった。口を開きかけてやめたので何を言いたかったのかはわからない。

582: 2015/08/31(月) 07:51:41.48 ID:HjDYW7MJo
別に葉山と無理に会話をしなくても気にはならないが、さっきも睨まれたことだし、都合よく葉山と二人になれた今のうちに聞いておこう。

「なぁ、聞いていいか」

「なんだ?答えるかはわからないけど、聞くのは自由だよ」

イラッとすんなこいつの話し方は……。思い出したくもない人を思い起こさせる話し方だ。あれだけ強烈な人格の持ち主だ、過ごした時間が長いならこいつも影響を受けていておかしくはないか。

「お前、なんで生徒会入ったんだ?」

「……別にいいだろ、俺の勝手だ。そんなことが気になるのか?」

「俺はそんな気になんねぇよ。でも気にしてるやつもいる」

「優美子に頼まれたか?聞いてくれって」

583: 2015/08/31(月) 07:53:05.45 ID:HjDYW7MJo
やっぱりわかるか。確信してるような表情だし無理に隠さなくてもと思ったが、わざわざ名言してやる必要はないと思い直した。こいつがそうだと思っていようと、俺か三浦がはっきり言わない限り確定はしないのだから。

「さぁな。質問に答える気はないか?」

「そうだな……じゃあこうしよう。比企谷が答えてくれたら俺も答えるよ」

「そんなことでいいのか。なんだ、質問は」

「同じだよ。なんで比企谷は生徒会に入ろうと思ったんだ?」

思いもよらない質問だった。動揺を悟られないように答えを探す。

「…………なんでそんなこと聞くんだ」

考える時間が欲しくて、つまらない時間稼ぎの言葉を返した。が、葉山はそれをわかっているようだった。

584: 2015/08/31(月) 07:53:48.28 ID:HjDYW7MJo
「ただの興味だよ。答えられないのか?」

なぜ俺は生徒会に入ることを決めたのか。雪ノ下が、由比ヶ浜が生徒会長になると言ったから?

違う。それはきっかけであって、俺が生徒会に入る理由にはならない。

では奉仕部がなくなると思ったからか。

それも違う。同じように理由になっていない。

なら、残るのは。

なんだ、やっぱり単純なことじゃないか。俺が自分の思いから目を逸らしていたから、そんなことにも辿り着けなかったんだな。

葉山になら話したところで気にしなくてもいいだろう。もう何度も考えたから、今の俺はそれを言葉にできるはずだ。

585: 2015/08/31(月) 07:54:43.42 ID:HjDYW7MJo
深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して、声を出した。

「俺があいつらと一緒に居たかったからだ」

「…………驚いたな。君からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったよ」

「俺も初めて言ったわ、こんなこと。恥ずかしいから誰にも言うなよ」

別に葉山に話すのはさほど恥ずかしくもなく、こいつが言いふらすとも思っていなかったが、照れ隠しの言葉を付け足しておいた。万が一昔のアレみたいにクラス中に広まっていたら堪らない。つーか氏が見える。

「言うわけないだろ。…………けど、もう一つ教えてくれないか」

「なんだよ」

「君のやっていることは、俺の望んだことと何が違うんだ」

586: 2015/08/31(月) 07:55:55.13 ID:HjDYW7MJo
葉山の望んだこと。それは、修学旅行で俺に婉曲な依頼をしたことを指している。戸部の海老名さんへの告白を止めたいというものだ。

そして、俺のやっていることというのは、奉仕部メンバーで生徒会に入ったことだ。そうした理由は、俺が一緒に居たかったから。繋がりを切りたくなかったから。

この二つの本質は同じだ。つまり、どちらも今の関係を変えたくないということ。だが少し違うこともある。いや、これから先が違う、同じにするつもりはないというのが正しいか。

「……あんま変わんねぇよ。あのときの俺とかお前がいないぐらいだ」

「そうか……。君ならそうするのか。それでも変わらないと思っているんだな」

そんなの、俺にわかるはずがない。

587: 2015/08/31(月) 07:56:37.70 ID:HjDYW7MJo
それで壊れる関係なら、もともとその程度のもんなんじゃねぇの。これは俺の言葉だ。ならせめて、自分の言ったことには責任を取らないとな。

俺だって楽しい時間がずっと続くなら、何も変えたくないと思う。けれどずっと続くなんてことは絶対にないし、過去にやった同じ間違いを繰り返すわけにはいかない。

「……さぁな。次はお前が答えろよ」

「生徒会に入った理由か……。俺がそうしたかったから、だな」

「なんでだ」

「今のを聞きたかったからというのと……あとは、雪ノ下さんを近くで見たかった」

葉山が淀みなく答えたそれは、なんとなく想像していたものとは全然違っていた。

「陽乃さんに頼まれたんじゃねぇのか」

588: 2015/08/31(月) 07:57:41.52 ID:HjDYW7MJo
「ああ、あれは建前用の答えだよ。そんなことを言われたのも確かだし」

「建前用、ね……」

随分開けっ広げに話すな。聞いといてなんだけど、いいのかよそんなことまで言って。

俺がちゃんと答えたから、なんだろうか。適当に答えていたら葉山にも適当な答えではぐらかされていたのかもしれない。

「俺は陽乃さんに憧れてはいるけど、別にあの人の操り人形じゃない。今回は自分でそうしようと思ってそうしたんだ」

「……そうか。じゃあついでに、一応確認しとく。お前と雪ノ下って……」

「そんなの見てればわかるだろ。付き合ってるわけがない。恋愛的に好きとかでもない。ただ、俺にとって特別な人ではある」

589: 2015/08/31(月) 07:58:53.52 ID:HjDYW7MJo
質問を言い切る前に答えが返ってきた。俺もそんな風には思っていないが、三浦が一番気にしていたのはこの部分だ。はっきりさせてくれるのは助かる。

だが、最後の発言が気になった。

「それって……」

「気になるか?でもこれはいいだろ。比企谷にも優美子にも関係ないよ」

「あっそ。んじゃもういい」

こいつが関係ないと言うならそうなんだろう。雪ノ下と葉山、それと陽乃さんも絡むことかもしれない。知りたくないわけではないが、葉山から聞きたいことではないしもう黙っていよう。

そう思ったのに、葉山が言い辛そうに、だが確実に俺に聞こえるように続けて呟いた。


☆☆☆

590: 2015/08/31(月) 07:59:50.59 ID:HjDYW7MJo


優美子も大変だなぁ……。

直接的にじゃないけど生徒会での隼人くんのことを探るように尋ねられて、まごまごしてたら結構長くなっちゃった。

いろはちゃんのこともゆきのんのことも、好きとかじゃなさそうだし、ましてや付き合ってなんかないと思うんだけど……。他の人と同じようにしてるかと言われると、なんか違うような気もする。

優美子よりも好きだとか、そんなんじゃなくて。なに、なんだろ?見守ってる?なんか、そんな感じ。

でもなー、ゆきのんはともかくとして、いろはちゃんは結構アピールしてる感あるんだよねー……。隼人くんはどこ吹く風だけど。

優美子はそっちも気にしてて、それもあるからあたしはいろはちゃんだけの味方をするわけにはいかなくて……ややこしい。

591: 2015/08/31(月) 08:00:47.59 ID:HjDYW7MJo
あたしはわがままで贅沢で、……優柔不断で。友達はみんな大切で、みんな好き。でも今はちゃんと、一番大事なものは決まってる、かな。

だから、人のこと心配してる余裕なんてないんだけどね、ほんとは。

生徒会室まで早足で向かい、扉の前まで来たところで中から隼人くんの声が聞こえてきて、開けようとした手の動きが止まった。

「……比企谷が傍にいるのは、彼女のためになってないんじゃないか」

「なんだそりゃ。お前は雪ノ下の保護者かなんかか。あいつはあいつでちゃんと考えてんだろ」

んん……?ヒッキーと隼人くんだけ?ゆきのんはいないのかな。ってゆーか、なんの話……?

「……どうだろうな。君が作った居場所が逃げ道になってるのかもしれない」

592: 2015/08/31(月) 08:01:31.63 ID:HjDYW7MJo
「…………あいつが、何から逃げてるんだよ」

「それは……。いや、俺も人のことを言えないか」

ど、どうしよう。なんか真剣な話っぽい。うわー、半端に聞こえちゃったから入りにくいな……。

おろおろと周りを見渡していると、廊下の奥からいろはちゃんがこちらに向かってきていた。あたしがここに居ることを知られるのはなんとなく気まずい。おもわず人差し指を口にあてて、しーっと空気を吐き出す。

意図が通じたのか、怪訝な顔をしながらも近づいてくる足取りが少しゆっくりになった。中ではヒッキーと隼人くんの話が続いている。

「お前が雪ノ下の何を知ってるのか知らねぇけど、これまで関わろうとしなかった癖にいきなりしゃしゃり出てくんな」

593: 2015/08/31(月) 08:02:13.97 ID:HjDYW7MJo
「会って一年にもなってないのに、感心するような独占欲だな」

「…………どういう意味だ」

「君こそ雪ノ下さんのなんなんだ。彼女のことを考えるのに君の許可がいるのか?」

…………え?これって。

「ど、どうしたんですか、中で何かあったんですか?」

いろはちゃんがあたしの傍まで寄ってきて、頭を屈めて小声で話しかけていた。けど、心臓の音が煩くてよく聞こえなかった。

「うるせぇな、そんなんじゃねぇよ。……喧嘩売ってんのか、てめぇ」

「売ってきたのはそっちだろ」

「ああ?」

「何を苛立ってるんだよ」

594: 2015/08/31(月) 08:03:06.17 ID:HjDYW7MJo
頭の中はぐちゃぐちゃで、痛いほどに心臓が煩くて、体の力が抜けそうだったけどなんとか堪える。部屋の中は不穏どころじゃなくて喧嘩になりそうな感じだ。このままじゃいけない。

「ゆ、結衣先輩っ、これ、まずくないですかっ?」

いろはちゃんにも今の会話は聞こえたみたいで、囁き声だったけど焦りが伝わってきた。

「だね、行こう」

いろはちゃんに頷いてから扉を勢いよく開ける。ヒッキーと隼人くんは拳を握り、至近距離で睨み合っていた。冷たい憎悪と怒りの入り交じった視線がぶつかり合う。

「ちょっ、先輩たち、何やってるんですか!?」

「ひ、ヒッキー!ダメだよ!」

二人の間にいろはちゃんと割り込んで、肩を押さえて強引に距離を離す。あたしたちの力でもなんとかなるぐらいだったけど、二人は離れても睨み合ったままだった。

595: 2015/08/31(月) 08:03:57.60 ID:HjDYW7MJo
「ぉおおち、落ち着いてくださいよ、葉山先輩。せせ、先輩も」

「……お前が落ち着け」

「いろはが落ち着いたらどうだ」

ヒッキーと隼人くんが同時に喋り、それから二人は気まずそうに目を背けた。

「そうだよ、ちょっと落ち着こう?みんな。ヒッキーも、隼人くんも」

二人がこんなに感情を露にするところなんて初めて見た。そんなにムキになるぐらい、二人にとって、大切なの、かな。やっぱり、そうなのかな……。

「やっぱお前とは仲良くできそうにねぇな」

「同感だな」

二人とも目を背けたまま言葉を吐き捨てる。

596: 2015/08/31(月) 08:04:39.63 ID:HjDYW7MJo
あたしはみんなに仲良くしてほしいのに。あたしなんて、そんな都合のいいことばっかり考えてるのに。

バカなのかなぁ。こんなこと考えるの。

みんな仲良くなんて、絵空事なのかな。やっぱり、欲しがっちゃダメなのかな……。

でも、こんなのあたし、嫌だよ。


☆☆☆


「……ね、ヒッキー。隼人くんも」

名前を呼ばれ、葉山も由比ヶ浜に顔を向ける。

「目、怖いよ。やだなあたし、そんなの。やだな……」

由比ヶ浜は泣きそうな顔をして目を伏せる。不意に、青白い光を放つ竹林のトンネルから見た空を思い出した。

597: 2015/08/31(月) 08:05:54.49 ID:HjDYW7MJo
……何をやっているんだ、俺は。由比ヶ浜のこんな顔を見たくなくて、やりたいようにやってきたのに。

「…………すまん、由比ヶ浜」

「謝るのはあたしにじゃないよ……」

「そうだな。……葉山、悪かったな。熱くなりすぎた」

素直に反省することにした。由比ヶ浜を悲しませてまで張るような意地じゃない。

「いや……俺もだ。すまなかった、比企谷。それに結衣といろはも、怖い思いさせてごめんな」

「はい……。ほんと、怖かったです……」

「じゃあ、仲直り。できる、よね?」

由比ヶ浜は上目遣いで捨てられた子犬のような瞳を向ける。その目はやめてくれ……逆らう気を削がれるんだよ……。

598: 2015/08/31(月) 08:06:45.42 ID:HjDYW7MJo
「いや、仲直りも何も、俺とこいつは別に……」

もともと仲良しってわけじゃないし、仲違いするほどのことでもない。さっきはちょっと、こいつの言い方が気にさわって必要以上に頭に血が昇ってしまっただけで、ニュートラルになら放っておいてもすぐに戻る。

「比企谷」

「んだよ」

「仲良くはできなくても、やりようはあるだろ」

俺と葉山は合わない。こいつの様々なことが気に障る。認めたくないが、これはおそらく嫉妬に根差す嫌悪感のような感情なのだろう。

こいつは俺にないものを持ち過ぎている。葉山の築いている関係やその振る舞いを羨ましいと感じたことなどないつもりだが、心の底では俺にない何かを欲しがっているのかもしれない。

599: 2015/08/31(月) 08:07:24.12 ID:HjDYW7MJo
それに、気に入らない奴だが、昨日話した通りならこのイベントにおいて見ている方向は同じのはずだ。だったら今こいつが言った通り、先生の言っていた通り、うまくやることもできるに違いない。

まあ、それよりもなによりも、俺は由比ヶ浜や一色を悲しませたくない。葉山もそう俺にそう伝えようとしているのだと思った。

「……ま、これまで通りってことなら」

「じゃあ、仲直りの握手」

おい、由比ヶ浜。何を言い出すんだ……。

「えぇ……。男の手を握る趣味は……」

握手とか気持ち悪いっつの。フォークダンスですらエア手繋ぎだったんだぞ俺は。いやこれ俺がキモがられてるだけだった。

抵抗しようと右手をポケットに突っ込んでみる。葉山は苦笑いしながら頬を掻いていた。

600: 2015/08/31(月) 08:08:06.13 ID:HjDYW7MJo
「いいから、ヒッキー。はい」

由比ヶ浜は俺の袖を掴んでポケットから引っ張り出すと、力の入っていない俺の手を支えるようにして葉山へ向ける。葉山は葉山で気乗りしないのか、困ったような顔を由比ヶ浜へ向けたままだ。

「あーもう、葉山先輩も、はいっ」

業を煮やした一色が葉山の手を俺と同じように無理矢理動かし、大層な介護の末、嫌がる男同士の握手が交わされることとなった。

「これで仲直り、ね!」

「もー、この大変なときに生徒会で内輪揉めとか勘弁ですよ……。仲良くしてください、二人とも」

由比ヶ浜と一色の顔から悲しみと恐怖の色が消えたのを見て、気持ちの悪い葉山との握手も無駄じゃなかったと思えた。

601: 2015/08/31(月) 08:08:45.03 ID:HjDYW7MJo
「……善処するよ。な、比企谷」

「はいはい……。頑張りますよ、葉山さん」

取り繕った笑顔を作る葉山に皮肉を返してやった。よくもまぁそんなすぐに何事もなかったような顔ができるもんだ。

「こんにちは。…………何をしているの?あなたたち」

俺と葉山の言い争いの理由となっていたことなど露知らずの雪ノ下が戻ってきた。座らずに突っ立っている四人を見て、きょとんとした顔を浮かべている。

「あはは、いやえーと。なんでもないよ、ゆきのん!」

「そうだな、なんでもないよ」

「……そう?ならいいのだけれど」

雪ノ下の余計な心配事を増やしたくないという配慮だろうか。由比ヶ浜は誤魔化すように笑い、葉山はふっと息を吐いた。

602: 2015/08/31(月) 08:09:21.12 ID:HjDYW7MJo
それを合図に皆もいつもの席につき、ようやくこれまでと同じような空気が戻った。

今日の本題、やるべきことはここからだ。

雪ノ下にも生徒会長としてやってもらわなければならないことがある。言いにくいことも言ってもらう必要があるだろう。

では、会議のための会議を終わらせるための会議を始めるとしよう。いやもうわかんねぇなこれ。


☆☆☆


あー、怖かった……。葉山先輩も先輩も、あんな顔するんですね……。

葉山先輩に関しては部活で後輩や戸部先輩に厳しいことを言ってるところを見たことがあったので、より驚いたのはどちらかと言うと先輩のほうだ。

603: 2015/08/31(月) 08:10:07.89 ID:HjDYW7MJo
あんなに熱くなったりする人とは思ってなかった。いつも無気力で、なんでも適当に流す人かと思ってた。だから意外で、怖くて……まだドキドキしている気がする。

葉山先輩も、誰かと喧嘩するような人だなんて考えたこともなかった。先輩とはほんとに仲良くないのかな……?んー、男子同士って、よくわかんないなー。それとも先輩と葉山先輩が特殊なのかな。

由比ヶ浜先輩のおかげか、案外すんなりといつもの感じに戻ったのは戻ったけど、それにしても。

二人はなんであんな言い争いになったんだろう。

結衣先輩の傍に行くまでは何を話していたのか聞こえてなくて、聞こえたときにはもう雰囲気は最悪になっていた。

わたしは聞こえてなかったけど、結衣先輩なら聞いてるかも。そう思って結衣先輩を見ると、心ここに在らずといった具合で冴えない顔をしていた。

604: 2015/08/31(月) 08:10:48.46 ID:HjDYW7MJo
結衣先輩としたらそりゃ複雑ですよね……。葉山先輩とも友達なのに、好きな先輩(隠す気ないですよね?)とあんな風になっちゃったら。

そりゃあわたしも仲良くしてほしいですけど。二人とも同じ生徒会のメンバーだし。

……二人ともちょっと、気になるし。

「雪ノ下さん。それとみんな、ちょっと聞いてくれ」

その声でみんなの目線が葉山先輩に集まる。あ、先輩だけは顔を余所に向けたままだった。もー、仲直りしたのにいつまで根にもってるんですか。

「方針の確認と今後について話し合おう」

部屋がしんと静まり返った。わたしとしてはついに来たか、という感じだ。このままだとまともなイベントにならないであろうことはわたしでもわかる。

605: 2015/08/31(月) 08:11:35.70 ID:HjDYW7MJo
総武高校側の生徒会として、これからどうするのかを決めるということだ。

「現状と問題についてはみんなもわかってると思う。だからまず、俺たちはこれからどうするのか、それを確認させてくれ。雪ノ下さん、このままでいいのか?」

「……いいわけ、ないわ。生徒会として最初の仕事だし、ちゃんとしたものにしたい。みんなはどう?」

雪ノ下先輩は静かに自分の思いを語ってから、わたしたちに話を振った。

「わたしもショボいのは嫌ですねー」

あとは、いい加減海浜の人たちにイライラしてるのもある。人の話を聞いてないようで聞いてて聞いてない。雪ノ下先輩はよく耐えれるもんです、ほんと。

わたしだったら適当に聞き流してうんうん頷いてるだけになりそう。相手するの超めんどくさいし。ていうか話理解してくれないし。

606: 2015/08/31(月) 08:12:15.57 ID:HjDYW7MJo
「あたしも……やれるならちゃんとやりたいかな」

「カンパは絶対したくねぇ」

先輩……なんですかその理由。確かにわたしも嫌ですけど、私的すぎやしませんかね……。

「俺ももちろん、このままはよくないと思ってるよ」

「そう……。みんなの意見はわかったわ。だったら、代案を用意しておく必要があるわね」

全員の意見が一致した。ならあとはどうするかだけど、代案ってことは別のことをやるってこと?

「待て、雪ノ下。その前に……」

「…………わかってるわよ。ちゃんと否定するということでしょう?」

「……ああ。あんな会議やってたんじゃ一生終わんねぇよ。最終決定権を持ってるやつがいないからな」

607: 2015/08/31(月) 08:12:53.01 ID:HjDYW7MJo
「すまないが、言いにくいことも言ってもらわないといけないかもしれない」

「……ええ。やれるだけ、やってみるわ」

先輩の言いたいことを雪ノ下先輩も葉山先輩もわかっていた。ちゃんと否定する。それは今までのような結論を出さないまま曖昧にするのをやめて、これからは反対も反論もして決めることを決めようということだ。

言ってることはたぶん、これであってるはず。……あってますよね?なんとなくみんなわかってる体で進めてるから今さらな質問もしにくい。

ついていけてないとか置いてかれるみたいで嫌なんですけど。とりあえずなんか発言しとこう。

「その、最終決定権って一応向こうの生徒会長じゃないんですか?」

「玉縄君は司会兼進行役といったところだね、現状だと」

608: 2015/08/31(月) 08:13:26.80 ID:HjDYW7MJo
「そもそもブレインストーミングで一番難しいのが、意見の取捨選択をするファシリテーター……まとめ役なのよ。ブレインストーミングは全部の案をつぶさに検討するということではないわ」

難しい言葉が出てきた。ほへー、勉強になるなぁ。今後ブレストする機会はある……のかな。それはわからないけど。

「彼と私の事前準備が足りていないと思った時点で違う方法を提案すべきだったのよ。今さら何を言っても言い訳にしかならないけれど……」

「ま、仕方ねぇよ。ちゃんと否定しなかったのは俺らも一緒なんだしよ」

「否定ってことは……対立するってこと?」

結衣先輩がおずおずと発言した。対立、ですか……そうですよね。これまでやってきたことを否定するってのは、そういうことですよね。

609: 2015/08/31(月) 08:14:18.91 ID:HjDYW7MJo
「……そうだね。彼らがあのスタンスを変えないというなら、そうなるだろうね」

「い、いいのかな。向こうは反対するんじゃないの?」

「するだろうな。コンセンサスは取れてたとかって。でもあいつらの失敗に巻き込まれるのは御免だ。今さらあん中から選んで、全員でやったところでしょぼいことにしかならん」

「だから、俺たちと時間を分けて二部構成にすれば彼らのためにもなると思うんだ。時間が半分になれば彼らがやることも半分で済むからね」

あれ?葉山先輩と先輩、事前に話をしてたのかな。同じことを考えてるみたいだ。

「はー……。それで、こっちはこっちでやる案が必要ってことですか」

「そういうことよ。何かやりたいことはある?」

610: 2015/08/31(月) 08:14:51.85 ID:HjDYW7MJo
「……ないんだなー、これが」

「……えー。ダメじゃん」

結衣先輩から力のないツッコミが入った。わたしもおもわずそう言いたくなったけど、よく考えたらわたしも別にやりたいことなんかなかった。

「いや、俺らがやりたいことである必要はないってことだ。準備時間と予算の兼ね合いもあるから、やりたいことよりできることを考えるほうが早い。それに俺らがやりたいことやってんじゃ遊んでんのと同じだろ」

「……もっともね。今の案は彼らや私たちが中心で、ゲスト主体の企画とは言えないわ」

海浜の人たちってやたらカスタマーサイドとか顧客目線とか言ってましたけども。顧客って一体なんなんですかね……。

「んー、でも時間もお金もかけないと、結局しょぼいのしかできないって結論になりません?」

611: 2015/08/31(月) 08:15:35.67 ID:HjDYW7MJo
「そこら辺は見せ方次第だな。金かけりゃいいものができるわけじゃねぇんだし」

「うーん……。お金をかけないでやると……。手作り感が素敵、素朴で庶民的、いいね!みたいな方向?」

「作り手側がそれを全面に押し出していると、完成度の低さを我慢しろって主張に見えるのは私だけかしら……」

雪ノ下先輩、厳しいなー。けどわたしも同感です。雑誌を見て手作りならではの素朴さがウリです、とかって店主がコメントしてる店に行っても、大抵は見た目とか外見が雑なだけだったりしますからね。

「…………そうだ」

「じゃあ、こう……」

葉山先輩と先輩が何かを閃いたのか、同時に呟いた。目を見合わせて葉山先輩は苦笑いを、先輩はしかめっ面を見せた。

612: 2015/08/31(月) 08:16:09.43 ID:HjDYW7MJo
「いいよ、お前から言え」

「ではお先に。小学生と保育園の子に何かやってもらうのはどうだ?」

「……なるほど。それなら多少拙くても誰も気にならないわね。お年寄りに受けもよさそうだし」

確かに。老人には子供出しとけばあとはオッケー!みたいなとこありますよね。

「これを基本線にして詰めていくといいんじゃないかな。比企谷の意見は?」

「……同じだ。演劇とかなら保育園と小学校でもやってんだろ」

「そうね、合唱とかよりも時間を使える演劇のほうがいいと私も思うわ」

「おお……。なんか方向性が見えてきた」

613: 2015/08/31(月) 08:16:49.48 ID:HjDYW7MJo
結衣先輩が感心したような声をあげた。わたしと結衣先輩の置いてかれてる感がだんだん凄くなってきた気がする。

あと先輩と葉山先輩ってやっぱり気が合うんじゃないですかね……。仲いいのか悪いのかまたわかんなくなってきたんですけど。

「つってもまだ考えなきゃならんことは山ほどあるけどな。多少手抜きしないと準備時間足らねぇし」

「手抜きなら先輩得意そうですね」

「おう、それは俺の領分だな。つってもさ、お前もそんな感じじゃねぇの?」

「えー……。先輩のわたしのイメージってそんな感じなんですかー?」

「なんつーか、要領よく適当にやるの得意そうじゃん」

「ほんと失礼ですね先輩は……。要領がいいのと手抜きは違いますよ」

614: 2015/08/31(月) 08:17:51.21 ID:HjDYW7MJo
「あー、そう……」

むー、なんですかそのやる気ない返事は。先輩さては納得してませんね?これは指導の必要がありますかね……。

そんなことを考えていると、雪ノ下先輩が軽い咳払いをしてから話をまとめ始めた。

「それではこの線で、プレゼンできるところまで詰めていきましょうか。でもこれ、会議までにどこまでやれるかしら……」

「今は大まかなところをできるところまでで十分だと思うよ」

「だな。んで会議では準備できてるつっとけばいい。じゃなきゃ対案としては弱いし。嘘も方便だ」

「…………そうね、わかったわ。私もそんな風に柔軟さがあればね……」

そう言うと雪ノ下先輩は悲しそうに俯いてしまった。が、それは数秒だけで、再び顔をあげたときには目にいつもの真っ直ぐさが戻っていた。

615: 2015/08/31(月) 08:18:41.71 ID:HjDYW7MJo
こうして方向性が決まると、雪ノ下先輩は速かった。

考えておかないといけない項目をすぐに多数リストアップし、わたしと結衣先輩も含めた全員に迅速な指示を出す。

いきなり言われて慌てていたのはわたしだけで、結衣先輩も雪ノ下先輩の指示を受けてテキパキと予算関係の作業を始めた。

先輩はいつものようにぶつくさ言いながらも手を動かしていた。わたしは先輩たちの力を借りて、資料作りのお手伝いをしながら考える。

生徒会に入ってよかった。先輩たちに近づこうとして本当によかった。

正直このイベントの仕事は超面倒だけど、わたしは今、結構楽しい。この活動で先輩たちの知らない部分、意外な部分をたくさん見ることができているから。

616: 2015/08/31(月) 08:19:16.69 ID:HjDYW7MJo
結衣先輩はいつも優しくて明るいけど、悩んだり落ち込んだりもする。雪ノ下先輩は怖いだけじゃなくて、優しかったり可愛いかったりする。葉山先輩も感情的になったり喧嘩したりする。先輩もダメなところばかりじゃなくて、なんか妙に有能だし熱くなったりもする。

全部わたしがこれまで知らなかったことだ。表面だけ見てたらわからなかったことだ。

まだまだ深い付き合いをしているとは言えないけど、少しずつでも踏み込んでいきたい。それで、わたしのこともわかってもらいたい。

ここはもう、わたしにとって一番大切な居場所だ。

でも先輩たちはわたしを置いて、先に卒業してしまう。この生徒会も、あと一年もしないうちになくなってしまう。これは確かなこと。

一番欲しいものはいつだって手に入らない。失くしたくないものはいつか必ず失くしてしまう。

けど、それでも。

わたしはこの生徒会での時間を大事にしていこう。きっと、わたしが年齢を重ねてから思い返したとき、この時間はかけがえのないものになっているだろうから。


☆☆☆

617: 2015/08/31(月) 08:19:49.03 ID:HjDYW7MJo
ここまで
1000までに終わるか不安になってきた

またそのうち

618: 2015/08/31(月) 08:21:33.20 ID:cUeEW6PBO

熱い八幡だった

619: 2015/08/31(月) 09:16:38.36 ID:vDCR4561o
乙です!

620: 2015/08/31(月) 09:18:56.57 ID:MEufPWS0o
乙です

引用元: 奉仕部の三人は居場所について考える