1: 2008/11/07(金) 01:25:14.90 ID:aF5ZpTei0
あなたには大切な人がいますか?

家族、親友、恋人。
もしあなたの大切な人が突然の危険に晒された時、
それも自分では太刀打ちできないほどの危険に晒された時、あなたはどうしますか?
命を投げ出してでも大切な人を守る。いいでしょう。
大切な人を置いて自分の命を守る。それもまたいいでしょう。
この問いには決まった正答なんてないのです。
この問いの正答はあなたの答え。つまりあなたの"気持ち"しだいなのです。簡単な問いでしょう?
しかし気をつけなければなりません。なぜなら誤答もまた、あなたの"気持ち"しだいなのだから。

2: 2008/11/07(金) 01:25:53.55 ID:aF5ZpTei0
背丈より少しだけ長い制服をまとい、表情にどこかあどけなさの残る新入生が意気揚々と登校している。
その制服にはまだ型が残っており、誰一人として制服を崩して着ているものはいない。
春の陽気に照らされながら、皆少しの夢と少しの不安を抱いて学校の門を潜っている。

俺はと言うと、そんな精悍な顔つきで歩いている新入生達を、
小さな世界の何もかも知ってしまい、その現実に絶望したかのような氏んだ目で見守ってあげているところだ。
事実、俺は世界の何もかもをこの一年間で知ってしまったのかもしれない。
それこそ俺は、この国のトップなんかも知らない"本当の事実"を知っている。
しかしその事実は絶望するものでも困惑するものでもない。非日常的な"普通"だ。

3: 2008/11/07(金) 01:26:16.66 ID:aF5ZpTei0
この1年間を振り返ると一般人が言うところの"普通"の思い出はあまり無いだろう。
SOS団のマスコット未来人、朝比奈さん。
リミッター付きスマイルエスパー、古泉。
自分勝手な神モドキの涼宮ハルヒ。
そしてこの世界を作り変えてしまおうとした御転婆宇宙人であるところの、長門有希。
このメンバーで一年間一緒に過ごしてたんだ、それはもうビックリ体験ばかりさ。
"普通"の思い出なんてほとんど覚えてねーな。

「有希、その眼鏡どうしたのよ!」

4: 2008/11/07(金) 01:26:52.59 ID:aF5ZpTei0
窓から外を眺めていた俺は、我らが団長様のグラウンドの端からも聞こえそうな大声に驚き、俺は声の向けられた方向を見た。
そこにはちょうど1年前、まさにこの場所で見た清楚な眼鏡っ子が立っていた。
ショートヘアーにきっちりと着られた制服。
知的な顔に無表情。眼鏡が良く似合う。ちなみに言っておくが俺に眼鏡属性はない・・・ない。
そんな完璧に近い眼鏡っ子が一年前にもこの部室にいた。
しかしそんな姿もある日を境に全く見られなくなった。
俺は眼鏡をかけていない方が良いと言ったが、人の心境と言うものは時と場合によるもんで、
全く見られないというのはどこか少し口惜しい。
そんなもんだから、カーディガンに眼鏡というコーディネートに春の風が髪をなびかせる姿は目眩を起こしそうなくらいの破壊力だ。

長門は無言のまま、部屋に入り窓際のパイプ椅子に腰をかけ、辞書ほどのハードカバーを広げ黙々と読書を始めた。
その姿を見ていた俺は少しの違和感を感じた。
他人が見ても気づかないような表情の変化も、曲がりなりにも一年間行動を共にした俺にはいつもと少し違って見えた。

5: 2008/11/07(金) 01:27:22.76 ID:aF5ZpTei0
「どうした、長門。」

俺は唐突に聞いた。自分の長門表情探知センサーには少し自信があったからだ。
長門はページを捲るために唯一動かしていた指を止め、無表情で首をかしげこちらを見た。

「どうしたって。」

長門は少し語尾をあげて疑問系の言葉をつぶやいた。長門の黒目が、俺の心の中を見透かすように俺の顔に向けられる。
俺には少し驚いた表情を浮かべたようにも見えた。

「眼鏡だよ。春だからイメージチェンジか?」

長門も女の子だからな。イメージチェンジして恋でも探そうって事か。
なんて思っちゃいないが、万が一ってこともある。
まあ長門に彼氏なんて俺が許さないけどな。

・・・今のは娘が彼氏を連れてきた父親みたいな気分からの言葉だ。
決して恋だの愛だのからくる言葉ではないはずだ。

6: 2008/11/07(金) 01:27:40.74 ID:aF5ZpTei0
しかし長門の眼鏡着用にはそのような不純な意味が込められていた訳ではなさそうだ。
いや、もっと深刻な意味なのかもしれない。
長門は白く細い指で自分の顔を触る。そして自分の眼鏡を触り今までに見た事の無いような驚いた顔をした。
まるで今まで自分が眼鏡を掛けていることに気づいていなかったように。
一瞬驚いた顔を見せた長門だが、眼鏡をはずすと何事もなかったように読書に戻った。
俺は一瞬疑問を抱いたが、長門はいつも俺達のために誰にも気づかれないような所で何かしてくれている。
その疲れがたまっているんだろう、そう簡単に自分の中で片付けてしまっていた。
いつも心配してもらっているのに、俺は長門を心配することにどこか思考怠慢していたのかもしれない。


「これ、読んで。」

下校の時間が近づき、帰り支度をしていた俺に長門が本を渡した。
さっき読み終わったであろう分厚い本からはしおりの紐が垂れている。
これは長門式約束の取り付け方だ。
俺は少しの笑顔と共に本を受け取った。
今度は何かと少しドキドキはしていたが、長門の頼みを断る訳にはいかないからな。
俺はその場で本を開かず、鞄の奥へと優しくしまいこんだ。
長門はそれを確認するとゆらりと自分の重心をずらすようにして体を傾け、音も立てずに部室から出て行った。

8: 2008/11/07(金) 01:36:05.45 ID:aF5ZpTei0
自転車のペダルを思いっきり踏み込み、変わり者のメッカを目指す。

学校から早足に帰ると、一目散に部屋に行き本を開いた。
そこには銀色のしおりがはさまっていて、
しおりにはワープロで打ったような明朝体の綺麗な文字が書いてあった。
『7時に公園で待つ。』
俺はその文字を読むと上着をとり、今いま帰ってきた道を駅の方向へと向かった。
部室で言ってくれればよかったのに、なんて野暮なつっこみはなしでな。

9: 2008/11/07(金) 01:36:20.03 ID:aF5ZpTei0
風が少し強い。外はまだ春先なので上着がないと寒いくらいだ。
空には都会の汚れた空気に霞んだ星がうっすらと静かに輝いている。
チカチカと点灯を続ける街灯に目を細めながら、長門の影を探した。
長門は街灯の光に照らされながらベンチに座り、本を読んでいた。
いつからそこにいたのだろうか。恐らく家にも帰っていないだろう。鞄が長門の横にひっそりと置いてある。
長門の真っ直ぐな瞳が文字を追い、端まで読むと素早くページを捲る。
そんな動きを俺は遠くから少しだけ眺めていた。その姿は時を忘れさせるぐらいに綺麗だった。


どれくらい見ていたのだろう。俺はハッと我に帰り、長門に近づいていく。
俺は自然に声をかけ、長門が無表情で見上げる。
何か大事な用か?

「分からない。」

驚いた。まさか長門の口からいきなり『分からない。』なんて言葉が出るなんて思わなかったからだ。
長門は少し戸惑った表情、それも俺にしか分からないぐらいのだが。
そんなどこか切なげな表情で、少し言葉につまりながら言った。

10: 2008/11/07(金) 01:36:37.09 ID:aF5ZpTei0
「私の記憶に齟齬が発生している。記憶の所どころが抜けて違う記憶が埋め込まれている。
 あるきっかけで思い出す事は可能だが・・・私は、私じゃなくなってしまう。」

「私の記憶は刻一刻と違う物へと書き換わっている。もしかしたら涼宮ハルヒやあなた達との大事な思い出もすべて忘れてしまうかもしれない。
 そして最終的にはあなた達の事を忘れて、私はリセットされてしまうのかもしれない。」 

その声は所々弱弱しく、いつも俺達を影から支えてくれているような逞しさはどこにも感じられなかった。
今までは長門がいるだけで安心できた。
でも今は、その長門が俺を頼ってその苦しい胸のうちを話してくれている。
俺に何ができるんだ。俺にいったい何が・・・

「それは俺達の敵からの攻撃なのか?それともバグの類なのか?」

俺は何をすべきか自分の脳に聞いてみた。が、俺のポンコツな頭は何も答えを見つけ出さず、
ただ原因を聞く事しかできなかった。
長門はさっきの弱弱しい声を少し隠し語った。

11: 2008/11/07(金) 01:36:53.43 ID:aF5ZpTei0
「敵からの情報攻撃ではない。かと言って私自身のバグでもない。
 確たる原因は不明。ただ一つ考えられる原因は。」

「原因は恐らく情報統合思念体。彼らは私に何らかの方法でアクセスしてきている。
 そして私の記憶を少しずつ改変している。私にはどうすることもできない。」 

何を言っていいのか分からず、俺は黙り込んだ。俺の口の出せるスケールを超えている。
普通の人間の俺なんかに・・・。
このままだと"長門"が"長門"じゃなくなってしまう。
漠然とした状況に俺は途方にくれるほど長い道のりを想像した。
しかし事は重大で、それもかなり近くまで迫ってきている。
どうする。
どうする。
どうする。
俺には何ができるんだ。
―――そうだ、ハルヒにあの言葉を使えば・・・。
"ジョン・スミス"この言葉でどうにかできる・・・、本当にどうにかできるのか。
俺は自問自答を繰り返した。
弱気になってしまった俺は街灯の元弱弱しく立ち尽くした少女を覗き込んだ。
少女は真っ直ぐ前を見つめている。ただその顔にはいつもの無表情は浮かんでいなかった。

12: 2008/11/07(金) 01:37:09.88 ID:aF5ZpTei0
少女の目からは涙が流れていた。

思わず目が点になる。
涙の雫はほのかに赤く染まった頬を伝い、凍えきったアスファルトに落ち、小さな模様となった。
少し震えたその体を自らの手で抱きしめる様子、その様子はまるで怯えた小動物のようだった。
そんな姿を見た俺の心に最初に浮かんだ感情は怒りだった。
長門を泣かせるなんて。情報統合思念体だかなんだか知らんが、許される事じゃない。
そしてその怒りの対象は俺にも向けられた。
俺がついていながら長門を泣かせてしまった。こんな時ぐらい守ってあげられないのか。
俺に任せておけぐらい言えないのか。俺はそんな自分に無性に腹が立った。
何度も何度も心の中で自分を責め立てる。
しかしその感情は少しずつ変化していく。
怒りはその両の目から流れ出した水滴に溶かされ、俺は今長門に何をしてあげられるのだろう。
そんな事を考えるようになっていた。

13: 2008/11/07(金) 01:37:24.26 ID:aF5ZpTei0
一人の女の子が俺の目の前で涙を流している。
俺はその涙が一番見たくなかった。
女の涙は武器だ。でもこの涙にはそんなうすっぺらい意味なんて入っちゃいない。
威力にしたら荷電粒子砲なんて目じゃないくらいだ。
俺は長門の弱弱しい肩を持ち、そのまま引き寄せた。長門は何も言わず、俺の手にすべてを委ねている。
長門の体にはほとんど力がはいっておらず、柔らかなその体がどこか温かかった。
長門の体温が俺に流れ込んできて、すべてを中和してくれる。そんな感じだった。


どのくらいこうしていただろう。どのくらいだっていい。何分でも、何時間でも。
今はそんな気分だ。
涙を流す彼女に俺がしてあげれることなんて数えるくらいしかない。
今はできるだけこうしていたい。
しかし終わりを告げる鐘はすぐに鳴った。
長門は自分の体から俺をつき放すと言った。

「ありがとう。もう遅いから帰って。」

あっけない幕引き。
俺は無言のまま自分の上着を長門にかけ、立ち尽くす長門を一人残し公園を後にした。

14: 2008/11/07(金) 01:59:12.80 ID:aF5ZpTei0
              ◆
私は本を読みながら一人街灯の下、彼が来るのを待っていた。
自分の記憶が無くなってしまうのが怖い。
今までに経験したすべての思い出が私から無くなってしまう。

私は涼宮ハルヒの観察のために生まれた。そう思っていた。
自分の生きる理由になんて興味はなかった。
自分の存在にもまた興味なんて持っていなかった。

でも今は違う。

私は皆に出会って変わった。
最初は理解できなかった。あのような馴れ合いも。
でもどこか感じていた。人間の眩しさを。
私は今でもあまり感情を表にださないし、発言も少ない。
たぶんつまらないやつだって思われているだろう。
それでもいい。
私はあの空間、あの時間、あの空気が好きだ。
そして皆が好きだ。皆は私の事を『固体』ではなく『個人』として見てくれる。

15: 2008/11/07(金) 01:59:29.09 ID:aF5ZpTei0
「わりぃ、待ったか?」

彼の声にハッと我に帰る。
驚いた素振りは見せないよう頑張って演技した。気づかれたかな?

「―――な用か?」

彼は何か質問をしたようだ。動揺した私はそれを聞き逃してしまった。
分からない。
とっさに出た言葉。彼は困惑しているようだ。次からはちゃんと聞かなくちゃ・・・。

私は自分の身に起きている事、自分の胸のうちを伝えた。
途中何度も涙が出てきそうになったが、どうにか伝える事ができただろうか。

16: 2008/11/07(金) 01:59:43.43 ID:aF5ZpTei0
考えてみればこの1年間で私は色々な体験をした。
初めて海に行った。太陽の光が反射して輝く海は今までに見たことのくらい美しくて、広大だった。
映画を撮った。アクシデントだらけだったが、皆で撮ったというだけで嬉しかった。
チョコレートを作った。料理はあまり得意じゃないけど、一生懸命作った。ちゃんと食べてくれたかな。
機関紙を作った。文芸部の、SOS団のために皆力を合わせて生徒会と戦ったんだ。
思い出は次々に鮮明に蘇ってくる。
この暖かい思い出が私の中から消える。
そして私じゃない私がまた皆と思い出を作っていくんだ。
そんな事を考えると私は涙を止める事ができなかった。
一粒涙が零れてしまうと、後は決壊したダムのように一粒二粒と涙が頬を駆け下りてゆく。

不意に彼の腕が私の肩を掴んだ。
そして彼の胸へ引き寄せられる。
私と彼の間にある距離は0となった。私の目の前に彼がいる。
私は涙を止める事ができなかった。
止まれ。
止まれ。
止まれ。
涙は止まることなく滑り落ちて行く。
彼の胸の中の暖かさが私の涙に拍車をかけた。

17: 2008/11/07(金) 01:59:55.20 ID:aF5ZpTei0
どのくらい経っただろう。このまま泣いてはいられない。
私はこの暖かさを失いたくない。
どうにかして、明日を勝ち取らなくては。
私は彼を突き放し、帰宅するように言った。言葉とは反対の心を押さえつけて。
彼は私に上着を着せると何も言わずに帰っていった。
彼がいなくなった。
私はぜんまいの切れたブリキのおもちゃのようにその場に崩れ落ちた。
空には私の心をあざ笑うかのように満点の星空が広がっていた。

19: 2008/11/07(金) 02:08:20.51 ID:aF5ZpTei0
自宅に戻り、食事も早々に俺は自室へと駆け上った。
部屋に入り、崩れ落ちるようにベッドに倒れこむ。
あまりの事態に俺の体も心も疲れきっていた。
長門のいない日常。
考えられない。長門だけじゃない。SOS団の誰かが欠けた生活なんて考えられないし、
そんな日常クソ食らえだ。
どうにかして長門を助けなくては・・・。朝倉の時、雪山の時、すべてを思い出せ。
いつも長門は俺達を身を挺してまで助けてくれたじゃないか。
どうすれば・・・どうすれば・・・
答えの見つからない問題が俺の頭の中をぐるぐると回る。

20: 2008/11/07(金) 02:08:34.69 ID:aF5ZpTei0


長門、可愛かったな。
不意にそんなことを思った。
なんて不謹慎な。こんな時だってのに俺は何を考えてんだ。
そう頭に言い聞かせても長門の白く整った顔が俺の思考能力を麻痺させる。
あと何度、俺は長門の涙を見なくてはならないのかな。
長門には笑顔でないにしろ、普通でいて欲しい。なんなら笑顔のほうが断然良いが。
長門の笑顔、どんな感じなんだろう。
少し照れた顔で頬を引きつらせながら頑張って笑うのかな。
その姿を想像するとなぜだか自然と笑えた。
俺の意識はそんな事を考えながら妙なダルさと共に思考の海へと落ちていった。


21: 2008/11/07(金) 02:08:50.37 ID:aF5ZpTei0


―――誰なんだ。
誰かが泣いている。でも肝心の顔は見えない。
少女だ。何かに怯えているのだろうか。何が悲しいのだろうか。
体を震わせて少女は泣いている。
なぜだかふと思った。
この人は俺にとって大事な人なのだと。俺はその声が聞きたくなくて耳を塞いだ。
しかしその声が聞こえなくなることはなかった。その泣き声が頭に響き渡る。
俺は聞いた。なぜ泣いているのかと。
しかしその声はこだまするだけで、その人が問いに答える事はない。
不意にどこからか声が聞こえてくる。
『キョン・・・』
誰だ、俺の名前を読んでいるのは。
『キョン、キョン、助けて』

その悲痛の叫び声が聞こえたとき、俺はベッドから飛び起きていた。
そしてなぜか一人の女の子の心配をしていた。
時計は12時を軽く回っている。
こんな時間に電話をかけるなんて非常識にもほどがあるが、俺は絶対の安心を手に入れたくて、
携帯を手に取った。

22: 2008/11/07(金) 02:09:10.42 ID:aF5ZpTei0
『・・・・・・お客様の―――』

おかしい。いつもならどんな時間にかけてもスリーコール以内にその安心する声を聞かせてくれるのに。
今日に限って何回かけても出ない。おかしい。
俺は気づいたときには自転車にまたがっていた。
そしてペダルを一杯に踏み込んで長門のマンションへ向かった。


マンションに着く。マンションのオートロックは深夜だというのに開きっぱなしになっていた。
これはまずい。俺の直感が囁く。
俺のひたいに薄っすらと汗が滲む。
長門の部屋の前に来て呼び鈴を鳴らす。
反応は全くない。俺は意を決してドアを少しだけ開けた。

23: 2008/11/07(金) 02:09:39.85 ID:aF5ZpTei0
「いらっしゃい、お久しぶりね。」

一瞬のうちに体中に鳥肌が立った。俺はその声に聞き覚えがあった。
忘れるはずがない。俺はその声の主に一度ならぬ二度も殺されかかったことがある。
そいつの名は朝倉涼子。長門と同じ、地球にいる宇宙人の一人"だった"。
こいつは二度も俺を襲い、そのたび長門によって消されてきた。
その朝倉が今俺と三度目の再開を果たしている。

「こんな時間に女の子の部屋を訪ねるなんて、やるー。」

暗闇の中、朝倉はそう言って少し笑った。
闇に浮かび上がった不気味な笑顔から普通のクラスメイトではないことが伺える。
お前こそこんなところで何やってんだ。
俺は自分を奮い立たせるように近所の迷惑なんぞ考えず大声で叫んだ。

「何って。私は自分の役割を果たしにきただけよ。」

60: 2008/11/07(金) 17:03:41.15 ID:aF5ZpTei0
その手にはアメリカンフットボールを真っ直ぐ伸ばしたような形状の光の棒を持っていた。
その光で部屋の中が少し照らされている。
朝倉の足元に何かが転がっている。なんだろう。
俺は目を凝らし朝倉の足元を見つめた。

62: 2008/11/07(金) 17:04:01.97 ID:aF5ZpTei0
俺の頭に急激に血が上る。
恐怖なんて言葉は頭の中にもう残ってはいなかった。
気づいた時には俺は朝倉の方へかけだしていた。
簡単に人を頃す事のできる武器を持っている相手に殴りかかっていったんだ。そうとう頭にきてたんだろう。
しかし朝倉からしてみれば願ったり叶ったり。
俺を迎えるようにしてカウンター一線。
光の筒は俺の右腕を貫通するようにして床に突き刺さる。
あまりの痛みに上げた叫び声が部屋中に響き渡る。
痛さに思考能力を失った俺が見たのは隣に倒れる長門の姿だった。
その瞬間、さっきまで頭を支配していた痛みが消えた。
倒れている長門は息をしていないようだ。
またも俺の脳内を怒りという意識が支配しようとする。
その時俺の耳が長門の声をとらえた。

「大丈夫。」

それは自分の状態を告げたのか、俺の体を心配しているのかは分からなかったが、長門の声だった。
こんな状況だが、俺は少し安堵する。
大丈夫か、長門。
長門はほとんど分からない程度に頷いた。
しかし体は依然として、床に張り付いたまま動かせない様子だ。
クソッ、俺とした事が古泉にすら連絡をせずに着てしまった。
ここにはハルヒもいない。絶体絶命だ。

63: 2008/11/07(金) 17:05:00.57 ID:aF5ZpTei0

「離れて。朝倉涼子を消滅させる。」

長門はほとんど口を動かさずに、小さく俺に聞こえるように行った。
流石長門。もう打開策が見つかったのか。
俺は安堵した。しかし次の言葉で凍りつく。

「今の状態で朝倉涼子だけを消滅させる事は不可能。私ごと情報波によって消す。」

俺は一瞬呆気にとられた。
ははっ。何言ってやがる。お前も少しはユニークなジョークがつけるようになったじゃねーか。
長門ごと消えるだって?お前も一緒に消えてどうすんだよ。
お前が消えちゃ意味ないだろ。お前も一緒じゃなきゃ意味ないんだよ。
お前がいなきゃ駄目なんだよ。SOS団も俺も。皆お前にいて欲しいんだよ。分かるだろ?
俺は自分の手に刺さっていた光の槍を抜き、両手で強く握り締めた。
痛みの限界なんて疾うの昔に通り過ぎた。痛みは怒りがかき消してくれる。
俺は臨戦態勢に入り、長門の前に仁王立ちした。

「よくそれが素手で持てるわね。あらあら、カッコいい顔。許してあげちゃいたくなるわ。
 でもね、駄目なの。情報統合思念体の命令は絶対なの。だから、ごめんネ。」

64: 2008/11/07(金) 17:05:25.63 ID:aF5ZpTei0
そう言って疾風の如き速さで駆け寄ってくる。
俺はゴクリと唾を飲み込むとその姿を目で追った。
はやいっ!
一瞬で俺は後ろの壁へと吹き飛ばされた。
悪魔の如く髪を逆立てた朝倉はその不気味な笑顔を振りまきながら長門の元へと近づく。
やめろ。長門に何しやがる。今すぐ離れやがれ、クソ野郎。
言葉には出ない。自分が悔しい。薄れ行く意識になんとしても反抗する。
駄目だ。逃げろ、長門。

「お別れの言葉は言えた?あらあら、あなたもそんな顔できるようになったのね。
  怖い怖い。でもそんな怖い顔したって駄目。これでおしまい。さようなら。」

朝倉の手に掴まれた光の槍が長門の頭目掛けて振り下ろされる。

65: 2008/11/07(金) 17:07:59.16 ID:aF5ZpTei0


刹那。長門が何かを呟いた。
長門と朝倉を光が包み込む。二人の足が雪のような粒になって空気に溶けていく。

「何をしたの。また、私また負けたの?あはっ・・・あははっははは」

半狂乱の朝倉を尻目に俺は痛む腕を振り上げて叫びながら長門に駆け寄った。
長門が消えてしまう。駄目だ、そんなの。
おい、大丈夫か長門!
長門はもう声も出ないのだろう。口をパクパクとさせている。
まずい、侵食がすでに腰のほうまで・・・。
長門が手を伸ばす。俺はその手を血だらけの両手で握り締めた。
そして何か言っている長門の口元に顔を近づける。

「―――あなたの腕・・・大丈夫・・・私達が消えたらよ・・よくなるから・・・。」

66: 2008/11/07(金) 17:08:18.45 ID:aF5ZpTei0
こんな時も他人の心配かよ。
俺の涙が長門の顔に落ちる。悔しい。自分の無力が。
俺には何もしてやることができなかった。俺には今ここで泣く事しかできない・・・。
何なんだ、俺は何なんだ。
何かしてやることはないのか。
そんな事を考えると自分が腹立たしくて、でも涙しか出ない自分が情けなくて。

「―――泣か・・・ない・・・で。」

長門は体中の力を振り絞ったように言った。
すでに長門の体のほとんどが雪のような結晶になり、空気中へと散布していた。
そして長門は最後の力を使って口を動かした。




―――(さ・よ・な・ら)―――



67: 2008/11/07(金) 17:08:40.11 ID:aF5ZpTei0



最後の言葉は言葉にはならなかった。
その時の長門の顔は今まで見た事の無い、すごく自然な笑顔だった。
自分が消えるってのになんて顔するんだよ。
長門、お前ちゃんと笑えてたぞ。すげー自然だった。
ああ、あの笑顔をもっと見たかったなぁ。
あの笑顔を見ることはもう二度とできないんだなぁ。
俺は怪我の治ったこぶしを何度も何度も床に叩きつけた。

68: 2008/11/07(金) 17:08:56.18 ID:aF5ZpTei0
静まり返った朝に金属のぶつかり合う高い音が響く。目覚まし時計の音。
深い眠りから意識が戻るとそこは俺のベッドの上だった。
俺はさっきまで長門の家に、そして長門は・・・。
あまりに短い時間に繰り広げられた情報と映像が頭の中を駆け巡る。
なんだって俺はいきなりベッドの上に・・・。
まさか全ては俺の夢!?
そんなありえない希望を胸に、俺は痛むこぶしに意識を傾けないようにして登校の準備をした。

71: 2008/11/07(金) 17:19:40.64 ID:aF5ZpTei0
春だというのに朝の風は容赦なく俺の肌にちくちくと突き刺さる。
俺はきれぎれの息を誤魔化しながら北高への坂道を駆け上がった。
時間が早いせいだろうか、生徒の姿はほとんど見られない。
まずはあそこだ。
長門はいつもそこにいた。
俺が部屋に入るときにはいつも窓際の席で本を読んでいた。
今更思い出したってどうなるわけじゃないが、本を読んでいる長門の姿はいつも絵になった。
静かにドアの前に立つ。
頼む。いてくれ。
俺は静かにドアを開いた。

「長門―――」

72: 2008/11/07(金) 17:19:52.86 ID:aF5ZpTei0
しかしそこにあったのはいつも長門が座っていた椅子だけ。
窓が開けっ放しだったのだろう、カーテンがふわりと波打つ。
俺は本棚に近づき一冊の本を手に取った。
そしていつも長門が座っていた席に座り本を開く。
そう、あいつはいつもこうやってここに座っていた。
涙が溢れる。あいつは昨日までここにいた。でも今はいない。
ページの所々に水玉の模様ができていく。本当に無造作の水玉模様が。
その時、本から一枚のしおりが滑り落ちた。
そこには懐かしい文字で文章が書かれていた。

73: 2008/11/07(金) 17:20:07.46 ID:aF5ZpTei0
私はあなた達と出会えてよかった。
ありがとう。
あなたがこれを読んでいるという事は恐らく"私"はもういない。
でもこれだけは伝えたい。
私は今のこの気持ちが何なのか分からない。
恐らく地球の言葉で表現すると恋という言葉にあたるのだろう。
あなたの気持ちは分からない。

でも私は―――




       私はあなたが好き



74: 2008/11/07(金) 17:20:25.55 ID:aF5ZpTei0
最後の方はあまり文字が読めなかった。
涙で目が霞んだのか、涙でしおりが滲んだのか。
俺は膝から崩れ落ち、地面に手をつき泣いた。

泣いて泣いて泣いた。


そうだ。
教室だ。あいつのクラスに行けば会えるかも。
俺は涙をぬぐい、一縷の望みを胸にウサギのように赤くした目で長門の教室へと走った。

教室に長門がいた。
まだ誰もいない教室に、一人ポツンと座って本を読んでいる。
ははっ・・・いた・・・いたよ・・・
俺は自分の目を疑いながらゆっくりと長門に近づく。
ははっ、まったく何の冗談だよ。あのしおり。ビックリするじゃねーか。
やっぱり昨日の出来事は夢だったんだ。
俺は恐る恐る長門に話しかけた。

75: 2008/11/07(金) 17:20:49.05 ID:aF5ZpTei0

「誰。」

耳を疑った。
いや、分かってはいた。心のどこかでそんな気はしてた。
でも、いざ現実を突きつけられたとき人の心は簡単に崩れる。
そこにいるのは"長門"だが"長門"ではなかった。
長門は本当の無表情で俺の方を見ている。
やけに大きな耳鳴りがする。
頭に熱が篭り、脳が溶けていくイメージ。
俺は何も考えられず、苦笑を残し、無表情の長門に見送られて、教室を後にした。

俺は教室の自分の席で頭を伏せていた。
今は何も考えたくない。
教室にはどんどんとクラスメイトの人数が増えていく。
駄目だ・・・今日は帰ろう・・・。
俺は鞄を持ち、赤くなった目を隠すように教室の後ろのドアから廊下に出た。
廊下の途中、長門のクラスの前を通る。
ふと教室を覗き込む。
最後に一度だけ・・・。
長門は相変わらず読書をしていた。その透き通った目で。

76: 2008/11/07(金) 17:21:11.98 ID:aF5ZpTei0
その瞬間足の力が抜けた。
膝から崩れ落ちる。周りの生徒が少しこちらを見て、視線をまた戻す。
俺はその場で泣いた。大きな声を出して。ボロボロ涙を流して。
周りに生徒が集まってきて、俺を中心に輪ができた。
その騒ぎを聞きつけたのか、どこからか古泉、朝比奈さん、ハルヒが近寄ってきた。

「一体どうしたんですか。」

古泉はあまりの事に驚いているのかいつもの笑顔はない。
長門が・・・。長門が・・・。

「長門・・・さん?ここのクラスの長門さんですか?」

まさかこっちの記憶も書き換わっているのか。

「長門さん・・・って?」

朝比奈さん・・・あなたも・・・。
俺は・・・長門は・・・もうあの時のようには戻れないんですね。
駄目だ。俺はこれ以上ここにいたらおかしくなってしまう。

77: 2008/11/07(金) 17:21:29.98 ID:aF5ZpTei0

「あんた、何してんのよ。」

ハルヒも明らかに驚いている様子。大きく目を見開いている。
そんな目で・・・見るなよ・・・。

・・・そうだ。そうだ。
まだこの手があった。ハルヒ。そうだ。これだ。
俺はハルヒの手をとり、屋上の入り口へと走った。
さながら映画の主役とヒロインのように。


「ちょっと、あんた、あんな人の前で何やってんのよ。」

「ああ、わりいな。少しお前に言わなきゃならんことがある。
 実は、俺はお前が高校に入って俺と出会う前からお前の事を知っている。
 覚えているか、お前が中学生の時の七夕の夜の事を。」  

78: 2008/11/07(金) 17:21:47.33 ID:aF5ZpTei0
そうだ。俺はもう迷わない。
あの時は何もできなかった。ただ見ていることしか。
自分の身を守って、長門を助けなかった。
俺はもう間違ったりしない。もう後悔なんかしたくない。
いなくなってから気づく。俺にとって長門は何なのか。
長門の事が好きなのかは、今は分からない。
それでもあの笑顔だけは絶対に取り返さなくてはいけない。
そして俺は絶対にあの頃のSOS団を、長門を取り戻すんだ。絶対に・・・。

「実は俺が―――。」

79: 2008/11/07(金) 17:22:02.73 ID:aF5ZpTei0


おしまい。

80: 2008/11/07(金) 17:22:30.16 ID:aF5ZpTei0
最後まで読んでくれた方ありがとうございました。
長門SSはどうしても鬱展開になってしまいますね。
しかし今回は最後に希望を残してみました。
指摘・感想書いていただけたら後で読ませていただきます。
それではお疲れ様でした。

83: 2008/11/07(金) 17:57:27.56 ID:7hJ8y2L00
昨日から見てたよ!!
面白かった!1乙!!

84: 2008/11/07(金) 17:57:32.40 ID:Q2JPPnJFO
>>80
乙でした
この続編がよみたいです
あと 先生の他の作品を教えて下さい

85: 2008/11/07(金) 18:06:20.58 ID:aF5ZpTei0
>>83
ありがとうございます。嬉しいです。
>>84
読んでいただきありがとうございました。
続編はそのうち・・・
あんまりたくさん書いてないんで他の作品は分かんないと思いますよ

引用元: 長門有希の欠落