1: 2009/01/15(木) 22:14:24.29 ID:o5s+CXEg0
「出席取るぞー」
 岡部が出席を取り始めた。担任を呼び捨てで呼ぶのもどうかと思うが、想像上くらいいいだろう。
 いつもと同じ朝の風景だった。谷口は寝たりないのか文字通りの阿呆面して居眠りしているし。お前はHRくらいまともに受けれないのか。
 ……? すまん、前言撤回だ。いつもと同じじゃないみたいだ。とは言っても些細なことなんだが。今日は
「涼宮は休み、と」
 ……珍しいこともあるもんだ。


2: 2009/01/15(木) 22:17:31.21 ID:o5s+CXEg0
 きっかけは些細なものだった。ほんの少しの蟠り例えるならそうだな。喉に異物が閊えた感じによく似ている。
 咳払いをしてみたり、水で押し流したり、強行すれば無くなる、だがどこかでずっと気にかかるもの。
 何故この時に、この疑念を、いつもと違う空気を感じていながらも、行動を起こさなかったのか。
 まさに、後の祭りってやつだがな。

3: 2009/01/15(木) 22:24:51.30 ID:o5s+CXEg0
最近長門の様子が変だ。どこが? と聞かれても非常に答えづらいが、何かがおかしい。
 このままでは後味が悪いままだ、思い切って聞いてみるとするか。
「なあ長門。何かあったか?」
 いつもの部室、いつもの窓際で今日も本を読んでいる長門は、この唐突な質問に少しも動揺はしなかった。
「別に。なぜ?」
「いや、何ていうんだ。雰囲気? がいつもと違った気がしたんだが……すまん。なんでもない、忘れてくれ」
「そう」
 この短い会話ののち、彼女はまた手に持っている文庫本に意識を戻した。
 しかし、こうしてみていると普段と何ら変わらないのではないかとも思う。
 もともとこの疑問自体確信はなかったしな、本当に俺の勘違いなんだろう。
 念の為、団長席に座り、どこの重役のつもりなのやら、踏ん反り返っているあいつに目をやる。
「何よキョン。あたしの顔に何かついてる?」
 ハルヒは、いつも通りだ。となればもうアテはない。これで安心できるというものだ。
 ……一瞬、長門がハルヒを見ていたような気もしたんだが、な。
 何も無ければそれが一番だ。
 少しばかりの願望を込めたそれを自分に言い聞かせ、俺はまた今日という一日を終えた。

4: 2009/01/15(木) 22:26:54.64 ID:o5s+CXEg0
 ここの所閉鎖空間の発生率が格段に下がってきている。こちらとしては嬉しい限りなのですが。
 嵐の前の静けさと言いますか、ここまで何もないと、逆に不安になるものですね。
 prrrr
 噂をすれば。
「申し訳ありません。バイトがはいったようです。僕はこれで失礼させていただきます」
 いつもと同じ言い訳をし、部室を抜け出そうとすると
「え? 古泉くんバイトなの? ……そう」
 おかしいな。いつもならすんなり見送ってくれるはずの涼宮さんが、納得のいかない様な顔をした。
 そんな疑問を抱きつつも、早めに現状を把握しておきたかったので、僕は足早に部室を出た。
「もしもし。閉鎖空間ですか? 今回の規模はどの位なんでしょうか?」
『今回の召集はそれではない。もっと深刻な問題だ』
「……と、いいますと?」

9: 2009/01/15(木) 22:38:50.05 ID:o5s+CXEg0
「そう、ですか。分かりました。僕の方でも調べてみます」
 電話を切った僕は、突然の脱力感に襲われた。当然と言えば当然ですかね。あれだけの事実を聞かされたわけですから。
 まさか、ここまで深刻な事態になっていようとは。
 ……しかしこうなると、本当に危ないのはむしろ――。
 っと、こんなことを考えるまえに、まずは彼に報告をしなければなりません。
 とはいえ、今僕は部室を出てきたばかり。ここで戻るのは不自然極まりないでしょう。
 さて、どうしたものか。

10: 2009/01/15(木) 22:39:50.20 ID:o5s+CXEg0

 ~♪
 携帯初期設定のメロディが流れる。メールだ。
 送り主を確認すると、古泉からだった。さっき部室を出て行ったはずなんだが。閉鎖空間じゃないのか。
 そう思いつつ内容をみる。
『話したいことがあります。とても重要な話です。彼女たちに聞かれるとまずいので、貴方一人で屋上に来てください』
 ……やれやれ。この類の話はどうせロクなもんじゃないんだろうな。
 そんなことを考えつつ、視線をハルヒに移す。
 古泉が出て行ったばかりだし、ここで俺まで抜ければ不自然だが、この際仕方ない。
「すまんハルヒ、俺もちょっと用事でな、少し空けるぞ」
「キョンまで? 用事って何よ」
 しつこいな。が、予想の範囲内だ。
「……言ってもいいが、セクハラになるぞ。トイレだトイレ。なんなら一緒にくるか?」
「なっ!! バカキョン!」
 顔を真っ赤にしたハルヒを横目に、俺は部室を後にした。成功。
 我ながら自分の品性に少しばかりの嫌気が挿すが、これはこれでナイスアイデアだろう。


 なぜか嫌な予感がしたし、少し早足で屋上に着いた。
 もうすっかり寒気を帯びた風が吹いている。
 先に居た古泉は、その冬特有の寒さがそうさせるのか、浮かない顔だ。
 どうやら俺の悪い予感は当たってしまったようだ。

11: 2009/01/15(木) 22:42:11.50 ID:o5s+CXEg0
「どうしたんだ? さっきの電話、閉鎖空間じゃなかったのか」
「僕もそう思いました。ですが、その方が聊かマシだったというものです」
「閉鎖空間の方がマシ? 俺には皆目見当もつかんが、それもハルヒ絡みなのか?」
「お察しの通りです」
 そこは揺らがないか、まあそうだろうな。今までも、俺の非日常という世界の中心には、ハルヒがいたわけだからな。
 俺たちSOS団員にとって、あいつはまさに台風の目そのものだろう。
 そしてその風や雨をもろに受け、あっちへこっちへ飛ばされるのは、もちろん俺たち。
「そうか、毎度毎度、自分の意思じゃないとはいえよくも問題を起こすもんだ」
「それが、今回は前例のないケースなのです」
「前例のない? どういうことだ」
「……」
 中々続きを口にしようとしない古泉。おいおい、呼び出したのはお前だろう。
 それに付き合わされて、寒い中こうして来てるんだぞ。
 なんて、言えるはずもなかった。古泉の顔からはいつもの笑顔が消え、泣きそうな、或いは苦しそうな表情を浮かべていたのだ。
 こいつの新しい顔を見るときは、決まって重い問題が起きた時だけ。
 つまり、それほどまでに深刻な状況に陥っているのだろうということが、俺でも理解できた。
 だから、古泉が自分で覚悟を決めて口を開くまでは待とう。そう思った。

15: 2009/01/15(木) 22:44:07.95 ID:o5s+CXEg0
 そうしてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
 古泉が口にするであろう悪い報せをもう随分と待った気がする。
 こういう時程時間が進むのを遅く感じるものだし、ひょっとしたら数分しか過ぎていないのかもしれないが。
「すいません。僕自身、現状を把握しきれていないもので、言葉をまとめるのに手間取っていまして」
 場の空気をもたせる為か古泉が口にしたのは、さらに『待て』という言葉だった。
 また沈黙が流れていく。
 
 と、古泉が覚悟を決めたのか、顔を上げて、ゆっくりと喋りだす。
「実は」

16: 2009/01/15(木) 22:45:01.95 ID:o5s+CXEg0
すまん、一応長門がメインの話にしたかったんだが、時間がないのと構成の無茶さであんまり出番がないんだorz

17: 2009/01/15(木) 22:45:35.22 ID:o5s+CXEg0
 なんてこった。そんなことが。
 俺の脳裏には、不治の病を告げられた患者の心境がよぎった。もっとも、実際にそうなったわけではないから、あくまで予想だが。
 ただ、頭が真っ白になるって言葉を使うタイミングとしては、俺の人生の中で今が最も適しているだろうな。
 ……なんて、ひねった表現をしてる場合か。
「……本当、なんだな?」
 今古泉から聞かされた事が嘘であってほしい。そんな願いから、俺は聞き返した。
「俄かには信じがたい話ですが、いつこうなってもおかしくないことは確かでした。……事実です」
 俺のささやかな願いは塵と化し、後には言いようのない絶望感と、脱力感が残った。
 聞かされた事実は、まさにこの世の終わり、それと等しいものだった。
 ハルヒが……自分の能力に、気づいてしまった。

18: 2009/01/15(木) 22:47:32.13 ID:o5s+CXEg0
『もし世界が自分の思い通りになったら』
 誰でもあることでしょ? 
 できないと知っていても、一度くらいこう考えて、それでもやっぱりできなくて。
 普通の人ならそこであきらめて、もうそんな馬鹿なことを本気で考えなくなる。
 でもあたしの場合は、その普通の場合とは違っていた。

20: 2009/01/15(木) 22:48:53.31 ID:o5s+CXEg0
 きっかけは些細なものだった。
 いつもの部室、いつもの風景。そんなマンネリ化した空間に新しい風を吹かせようとして、適当な冗談を口走ってみた。
「あーあ、代わり映えのない毎日ねえ。明日あたり、ばーんと台風でもこないかしら」
「あのなあ。台風なんてものが今日できて明日くるなんてことがあると思うのか?」
 眉間に手をつきながら、少し呆れ顔のキョンが返答する。
「ちょっと、何よその可哀想な人を見る目は! こうなったら明日台風が来るようにお祈りするわよ! みくるちゃん! 準備よ!」
「ふえぇ!? じゅ、準備って何をすればいいんですかあ?」
「そうですねえ。農作物をお供えしてその前で土下座して神頼み、が僕の中のイメージですが。他にとなると、てるてる坊主を逆さに吊るすくらいですかね」
「おいおい、前者は勘弁してくれよ。今何時代だと思ってるんだ」
 甘いわね、キョン。てるてる坊主なんて普通なこと、誰がやるもんですか。そうと決まれば……。
「みくるちゃん! お供えの準備!」
 別にみくるちゃんに怒るわけじゃないけど、強く言う。
「は、はいぃっ!」
 これこれ、この反応が面白いのよね。
「……ご本人はやる気のようですが?」
「ユニーク」
「……。やれやれ……」
 いつも通りの風景だった。くだらなくて、でも何だか楽しくて。ここまではね。
 翌日、どこからやってきたのか台風が突然発生、直撃して、学校は休校。
ニュースでも取り上げられる程の異常事態となった。

23: 2009/01/15(木) 22:52:16.28 ID:o5s+CXEg0
 これだけが全てじゃない。
 この次の日も。
「本当にハルヒの言う通りになるとはな」
「さすがの僕も、予想できませんでしたね」
 SOS団も昨日の気象の話で持ちきりだった。実質、当事者みたいなものだから余計にね。
 でもこれはあたしも驚いたわ。自分で言い出したこととは言え、本当になるなんて。
 そう思った後、何故か子供の頃の感覚に襲われ、それをふと口にした。
「もしかしたらあたし、願いを叶える力でもあるのかしらね」
 なんのことはない、ただの馬鹿げた思いつきだった。
 でも、多くの人が誰もが抱えていた願いを遂げられた気がして、なんとなく舞い上がっていたのかも知れない。
『そんなことあるわけない』
『たまたま』
 そう誰かがつっこみを入れてくれれば、この空想も終わるはずだった。
「……」
 あたしの予想とは裏腹に、部室内を妙な沈黙が包み込んだ。
 そりゃあ我ながら子供じみた発言だったと思うわよ。一般人なら引くのもうなずけるわ。
 でも、ここにいるのはSOS団員。今までもこのくらいの発言、何回もしたことあるはずなのに。
「な、なに馬鹿なこと言ってんだ」
「そ、そうですよ! 偶然ですよきっと」
 と、少し遅れながらも、キョンとみくるちゃんが慌てた様子で否定する。
 けど、一度流れた空気は消えず、なんだか蟠りのようなものが、依然としてはっきり残ったままだった。
「……そうかしらね。……うん、そうよね! きっと偶然よ!」
 私は半ば自分自身に言い聞かせるように、無理矢理納得しようとした。
 ……まさか、ね。

25: 2009/01/15(木) 22:54:48.31 ID:o5s+CXEg0
 そんな事があってから、自分の力を知るまでに、そう時間はかからなかった。
 疑念と、その一件で残った蟠りを消すつもりだったんだけど。
 初めは小さなことから。天気とか、ご飯のメニューとか。
 面白い程うまくいった。毎日毎日好きな物を食べれたし、自分の都合のいい様に変えることができた。

 ……こんな風にまだ可愛げのある使い方だけしてればよかった。

 ある日ふと、考えた、考えてしまった。
 ……この力に気付く前にも、私はいくつもの不思議に出会ってきている。
 都合のいい時期に古泉くんが転校してきたこと。朝倉さんの急な転校。
 こんなのはまだよくあることなんだけどね。
 でも、一つだけ、原理や論理じゃ説明できないことがあった。
 部屋で寝ていたはずなのに、気付くと夜の学校にいたこと。そこには何故かキョンもいて。
 そして極めつけは、謎の光の巨人。

26: 2009/01/15(木) 22:57:06.71 ID:o5s+CXEg0
 あれも私の力で起こしたものなの?
 でもあの時はまだこんな力に気付いてもいなかったし、ましてやあんなこと願ってもいなかった。
 なら、なんで。
 私の胸には、また新しい疑問が浮かび上がった。

 こういうのは気の済むまで調べないと納得できないタチなのよね。でもどうやって。
 うん。こういう時にこの力は便利よね。私が『真実を知りたい』そう願うだけで、解決してしまう。
 ……使い方を間違えると、大変なことになりそうだけど。
 とにかく! 今はこの問題を片付けるのが先。他のことは後回し。

 こうして私は、さらに自分で自分の首を締めていく。

27: 2009/01/15(木) 22:59:59.78 ID:o5s+CXEg0
 それから私はこの力と、それに関わっている事象全てを理解した。
 古泉君が超能力者、みくるちゃんが未来人、有希が宇宙人だということ。
 私が世界を壊そうとしていたこと。
 そしてなにより、みんなを、キョンを巻き込んでしまったこと。

 全ての情報が頭に入ってから、一番に思ったこと。知らなければよかった。
 知らないほうがいい事もあるってよくいうけど。でも。
 その事柄が好奇心を少しでも揺らすなら、それも不思議につながる可能性がある、そう思っていた。
 でも、知ってからやっぱり知りたくなかったなんて、そんな都合のいい後出しはできなくて。
 望んでいた力が手に入ったはずなのに、私は何故か喜ぶ気にはなれず、むしろ悲しかった。
 宇宙人、未来人、超能力者。求めていたものを全て見つけたのに、近くにいることを知ったのに。
 ごめん、ごめん。部屋の天井に向かってそう呟くのが、精一杯だった。
 
 それから、私は申し訳なさがこみ上げてきて、数日間学校を休んだ。
 これで終わりじゃないなんて知らずに。

29: 2009/01/15(木) 23:04:12.09 ID:o5s+CXEg0
 屋上は相変わらず寒くて、冬の寒気をたっぷり含んだ風が吹いている。
「……信じ、られないでしょう? 僕もなんです」
「ですが、疑いようのない事実なんです。まず」
 古泉が裏づけとなる証拠を語っている。耳には入ってこない。
 ハルヒがあの力に気付いたら、どうなるんだ。
 俺たちが今までやってきたことは一体? そんな考えが頭を駆け巡った。
 そして、ある最悪の結果にたどり着く。
「古泉、お前は言ったよな。機関は、ハルヒが力に気付くことがないよう、平穏に人生を送って欲しいんだと」
「ええ」
「その方針が狂った、ならまさか」
「させませんよ」
 古泉の言葉が俺の口を止める。
「機関の中には当然、涼宮さんを殺そうと考え出す者もいるでしょう。危険には変わりないですから」
「ですが、彼女がその気になれば、願うだけでこちらを消すこともできるわけですから、そう簡単に手出しはできないでしょう」
「第一、僕がさせません、なんとしても」
 それを聞いて安心したと同時に、なんて最低な考えだったのかを深く悔やんだ。
 同じSOS団の仲間を、一瞬でも疑ってしまったこと。古泉がそんなことするはずないのに。
「それよりも」
 俺の後悔を遮断するように、古泉が喋りだす。
「……僕もこんなことは言いたくありません。が、可能性の一つとして伝えなくてはなりません」
「なんだ、勿体つけずに言え。この際もうどんなことでも受け入れてやる」
「そうですか……。では。……実は、本当に危険なのは、僕よりも」

34: 2009/01/15(木) 23:07:37.75 ID:o5s+CXEg0
 同時に、屋上から校舎へと繋がる階段がある扉がバーンと景気良く音を立て、開いた。
「キョン! 古泉くんもなんでこんなところにいるの!」
 その先にいたのはハルヒだった。今一番顔を見たくない奴。どんな顔をして会えばいいのか分からないからな。
「どうしたハルヒ」
「どうした、って。もう遅いから今日の活動は終わりって言いにきたのよ」
 気付けば、空は軽い赤みを帯び、綺麗なオレンジに染まっていた。
 こんな時でも時間は過ぎる。どうしたらいいか分からずに止まっている俺たちをあざ笑うかのように。
 時間は、ゆっくり、ゆっくりと俺たちを置き去りにしていく。
「おや、もうこんな時間ですか。では、今日はこれで解散としましょうか」
「おい古泉、今の続きは?」
「明日にでも説明しますよ、あせらずとも、僕は逃げません」
 なんてうそ臭い笑顔なんだ。
「ねえキョン、何の話?」
「お前には関係ないことだ、気にするな」
「ふーん。ま、いいわ。それじゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日な」 
 また明日、か。


 次の日、SOS団の中で学校にいたのは俺一人だった。
 他の奴らは休んだわけじゃない。その証拠にみんな、口を揃えてこう言うのだ。
 涼宮、古泉、朝比奈、長門、そんな名前の奴は知らない。
 ……どうなってるんだ?

37: 2009/01/15(木) 23:11:00.86 ID:o5s+CXEg0
その出来事に戸惑いながらも俺はなんとか一日を終えた。
 放課後、チャイムの音と同時に向かったのは、部室。
 これは何かのドッキリだ。ハルヒがまたくだらない事でも思いついたのだろう。
 この扉を開ければきっとあいつがいたずら心に満ちた顔で
「ビックリしたでしょ? 予想通りの反応だったわ!」
 とかなんとか言って笑うに決まってる。
 そう、この扉を開ければ。
 
 俺を待っていたのは、誰もいない空間だった。
 見慣れたはずの部室の風景ではなく、SOS団設立の前。まだこの教室が文芸部として使われていた頃に戻っていた。
 部屋の隅には、椅子が不恰好に一つ置いてあるだけ。
「どうなってるんだ……」
 誰か、これは夢なんだと言ってくれないか。
 誰でもいい。なぁ、ハルヒ、古泉、朝比奈さん。……長門。
 ……長門? そうだ、長門なら。
 こういうイレギュラーな事態はいつも長門が把握していた。
 そして、いつもヒントをくれるのだ。
 ……情け無い話だが、今の俺にはあいつを頼るほかに手立ても、アテもない。
 だが、いつもいるはずの長門も、ここにはいない。なら何処に?
 とりあえず、あいつの家に行ってみるとするか。

39: 2009/01/15(木) 23:15:44.59 ID:o5s+CXEg0
 ピンポーン。無機質な機械の音が流れる。反応は、無い。
 いないのか? 長門までいないとなると、本格的にどうすることもできなくなってくる。
 俺は、この現状で唯一存在しているというのに、その事態を、指をくわえて見ているしかできないのか。
 一気に力が抜けた。チャイムを押した手を下げる。
 と、下げた手がドアノブに触れた。ガチャリと音がして、扉があく。
 鍵はかかってなかったようだ。……当然か。
 何か手がかりでもあれば。そう思い、俺は部屋の中へ入った。

 部屋は、テーブルがおもむろに置いてあるだけの生活感の無い風景だった。
 特に変わったところは……ん? テーブルの上に何か置いてあるな。……栞?
 それは、最初に呼び出されたときに渡された栞と同じもの。
 期待が高まった。やっぱり長門も存在していて、全て把握している。
 この栞の裏には、この状況を打破するための策か、ヒントが記されているに違いない。 
 そう決め付けて栞を手に取り、裏を見た。
 しかし、そこには意味不明な一言が書いてあるだけだった。
『今夜』

40: 2009/01/15(木) 23:18:15.22 ID:o5s+CXEg0
 結局それ以上の収穫は無く、記されていた『今夜』の意味について考えてみたが、納得のいく答えは出なかった。
 仕方なしに家に帰り、今部屋にいる。
 なんだったんだろうな。長門が、意味も無くメッセージを残すとは思えない。
 となると、あれにはやっぱり何かしらの……。
 そこまで考えて、ふと古泉の言葉がよみがえった。
 あいつが言いかけていた言葉。
『本当に危険なのは』
 ……。そういう、ことなのか?
 だとすれば、長門が残した今夜という言葉も説明がつく。一つだけ疑念を残して。
 ……いや、そんなことあるはずがない。
 古泉を疑ってしまった事を後悔した直後のはずなのに、俺はまた同じ過ちを犯すのか。
 とにかく、信じたくない。
 ……今夜、全てが分かる。もしこの推測が外れていたならば、明日俺を全力で殴ってやろう。
 その方がいい。そうであってくれ。

43: 2009/01/15(木) 23:20:38.07 ID:o5s+CXEg0
 視界が妙に明るい。眼は……閉じている。どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。
 もう朝になったのか。……起きるか。
「……ん」
 眼を開くと、そこに移ったのは朝日などではなく、奇妙な明かり。俺の瞼を照らしていたのは、それだったようだ。
 景色には見覚えがあった。情報閉鎖空間。
 以前俺が朝倉に殺されそうになった時に閉じ込められた場所。
 悲しいことに、俺が昨夜予想したことが、現実となったようだ。
 くそ、なんでこんなことだけ当たるんだよ。
 そう毒づきながらも、俺はまだ確信を得ていない事に気付き、それを確かめるまで決め付けるのは早い、と言い聞かせた。

45: 2009/01/15(木) 23:22:16.92 ID:o5s+CXEg0
 そう思った直後。突然前方が不気味な光を発し、人影が現れたのが見える。
「……やっぱり、お前なんだな」
 目の前にいたのは、よく知る顔。
「そう」
 信じたくなかった。今冗談だと言ってくれれば、拳骨1発くらいで許せるのに。
 そいつはいつも通りの淡々とした口調で語り始めた。
「彼女、涼宮ハルヒは有害であると判断された。力に気付いてからの数日、大きな情報爆発が観測された。彼女の意識の外で」
「今は抑えつけられる。けれど彼女が進化すれば、いずれそれもできなくなる」
「情報統合思念体は一つの答えを導き出した。『自律進化は危険、不必要』だと」
 その口からは、次々と言葉が繰り出される。割ってはいる隙間もないほどだ。
「そして私は以前の役目、観察と報告の終わりを告げられ、新たな任務が下された。それが」
「涼宮ハルヒと、それに関与する人物の、抹消」
 ……?
「朝比奈さんは、古泉は……ハルヒは。静かに、安らかに、逝ったか?」
「問題ない。痛覚が反応する前に、頃した」
「そうか。で、最後は俺か、長門」
「……そう」
 慣れ親しんだ顔、姿。
 つい最近まで同じ部活の仲間であった長門が、今、目の前で敵意を露にしている。

47: 2009/01/15(木) 23:24:21.14 ID:o5s+CXEg0
 短い沈黙のあと、長門がゆっくりと向かってくる。
「まて長門。その前に一つ質問させてくれ」
「……なに?」
 それは昨日の夜から抱いていた疑問だった。生き永らえるための作戦などでは……少しはあったが。
 ただ、この靄を取り除かないと、満足に氏ねない。そう思っただけさ。
「その事実を、俺に伝える必要があったのか?」
 そう。こいつの役目は俺の抹殺のはず。
 氏ぬ人間に何かを伝えることなど無意味なのだ。
「……」
 無言が語る。やっぱりそうなのか。
「……俺に、俺たちに、助けて欲しかったんじゃないのか」
 長門は、SOS団にいるうちに、少しずつ人間味を帯びていった。
 貼り付いた無表情の裏にも、多少の感情が芽生えていたこと。
 ただ、永い間機械と同じに動いていた長門には、それをどう表現したらいいのか、どうすればいいのか、分からなかったんだ。
「そう、なんだな」
「……もう遅い」
 そう口にした次の瞬間、長門は俺に向かって走り出した。
 そうか。もう、遅いんだな。

48: 2009/01/15(木) 23:27:19.13 ID:o5s+CXEg0
走馬灯なんてものが本当にあるのか、俄かには信じがたい話だったが、今まさに俺が体感しているのがそれなんだろう。
 長門の行動がゆっくりにみえる。スロー再生のようだ。
 まあ、そう見えるにしても、体は反応してくれない。この数秒後の未来で俺は、氏ぬのだろう。
 動けない代わりに、脳裏には過去の生活が映し出されていた。
 衝撃の自己紹介から始まり、つい昨日に至るまで、実に鮮明に。
 世界が壊れていくのを、神様が教えてくれてるみたいだな。
 或いは別れの心境か。どうにも愛おしくて、大切なものとの決別、隔離。
 俺は今、日常というかけがえのない恋人に、別れを告げているのだ。
 ……?
 そういえばいつから俺は、ハルヒ達と過ごす日常に、『非』をつけなくなったんだろうな。
 出会ったばかりの頃はハルヒと話すこと、行く場所、した事全てが『非凡』 『非日常』だった。
 いつから俺は、あんなに馬鹿らしく思えていたSOS団での日々を、恋人にしてしまったのだろう。
 ……そうだな。改めて、さようなら、そしてありがとう、とでも言っておこうか。
 皮肉なもんだ。大切なものは失ってから気付く、なんてよく聞く話だが、まさか俺が身をもって知ることになるとは。
 ……これから氏ぬ、って時に、何を冷静に考えてるんだ俺は。
 だが、目の前の長門を見れば、怖さなど失せてしまったのだ。
 なんせこいつは今、泣いているのだ。
 人間に近づけたんだろうか? 少なくとも、悲しいという感情は芽生えたらしい。 
 ……その、なんだ。氏ぬのは嫌だ、悲しい、辛い。
 だが、長門がまた一つ人に近づけたのが、たまらなく嬉しい。
 まったく、最後の最後で、最高に嬉しくて、やっかいなプレゼントをするなよ。
 
 穏やかな気分だ。そして。
 世界が、俺が、終わる。

49: 2009/01/15(木) 23:31:03.69 ID:o5s+CXEg0
ハルヒside

「やっぱりこうなっちゃうのね、有希」
「そう」
 私は今、有希と二人きりで、彼女に殺されようとしている。
 薄々気付いていたけど。
 やっぱり私は有害な存在なんだ。だから消されようとしているんだ。
 みんな学校生活のほとんどを費やしてくれた。こんな私についてきてくれた。
 この力でいっぱい迷惑をかけてきた。ごめんね。
 
 ……忌まわれてきたこの力。最後くらい、いい事に使おう。
 そう思った私は、もう二度と使うまいとかせた戒めを自ら解いた。
 有希がゆっくりと近づいてくる、そして。
「……すぐ終わる。苦しむことはない」
 加速していく。
 あーあ……どうしてこうなちゃうんだろうな。
 私は――。
『みんな幸せになってほしい』
 それだけ、だったのに。

50: 2009/01/15(木) 23:31:58.01 ID:o5s+CXEg0
 私の任務は完了した。
 涼宮ハルヒ、並びにその周囲の人物、出来事全てを抹消するという、簡単な任務。
 これでいい。命令が最優先事項。
 私は、彼女たちを消すまさにその瞬間に発生した空気の振動を無視し……頃した。
 これでいい。これで。

52: 2009/01/15(木) 23:33:32.14 ID:o5s+CXEg0
 役目を終えた私は、統合思念体から暫くの休暇を命じられた。休暇とは事実上の機能停止。
 とはいえ、人間でいう所の『氏』ではなく『睡眠』と同じようなもの。
 待機がいつ解かれるか分からない、そういった意味では氏と同義。
 私はその命令通り、活動を一時的に停止しようとした。
 ――エラー発生。解析。理解不能。
 記憶中枢に皆、SOS団と呼称されていた集団、その団員の姿と、最後の瞬間が浮かぶ。
 彼女たちは、氏を迎える直前に何かを私に伝えた。
 当時は任務遂行が最優先事項であり、私はその振動を重要視しなかった。
 ――エラー発生。理解不能。
 最後に私に残された言葉、笑顔、理解不能。
『ありがとう』
 私も彼女も、そして、彼も。皆、皆泣いていた。
 リカイ、フノウ。

53: 2009/01/15(木) 23:36:08.61 ID:o5s+CXEg0
 エラーは依然解消できないままだったが、私は活動を休止し、次の役目ができるまで待機状態に入った。
 ……はず。
 今目の前には、それまで私の日常だった世界が広がっている。
 もう居ないはず、ありえない世界。
 これが『夢』というものなのだろうか。理解はできない。
 涼宮ハルヒが笑っている。その傍で、朝比奈みくる、古泉樹、そして『彼』も。
 少し困った様な顔をしながら、やはり笑っている。
 ……なぜか私ではない私もそこにいて、いつもの席で本を読んでいる。
 その顔は、心なしか微笑んでいるような気もする。
 なぜ。
 なぜ。
 なぜ。
 何故そんな感情が浮かんだのかは分からない。けど一つだけわかったこと。
 今見ているこの『夢』は、文字通り、私が夢見ている風景。
 言わば、対有機生命体ヒューマノイドインターフェイス長門有希の、そして。人間、長門有希の、願望。
 理解、可能。

54: 2009/01/15(木) 23:37:37.30 ID:o5s+CXEg0
終わりです。
急展開な所もあったり、表現が曖昧だったりもあったと思います。すいません。

付き合っていただいてありがとうございました><

55: 2009/01/15(木) 23:38:26.92 ID:S/sotftt0
ちょっとびりっときた
よかったです

引用元: 長門有希の願望