1: 2022/07/07(木) 20:54:41.52 ID:RAs0p9v2.net
―会社オフィス―


にこ「……」カタカタカタカタ

にこ「…ふぅ」チラッ

にこ(16時40分…今日はなんとか終わりそうね)

にこ(よしっ…最後の追い込みを――)


「矢澤さん、ちょっと話があるんだけど」

にこ(……)


にこ「…はい、なんでしょうか」

「コレ、昨日作ってもらった見積書だけど。ちゃんと相見積もりとって作ったわけ?」

にこ(は…?)

にこ「…先日課長にお伺いしたときは、締め切りまで時間がないからとりあえず贔屓の一社からだけでいいって――」

「いやいや…そんなこと言ってないって。困るんだよね、こういうの」

にこ「……」

「君は派遣だから会社の利益とか別に気にしてないんだろうけどさぁ」

にこ(…相手にしたらダメ。受け流す…受け流す…)

にこ「…申し訳ありませんでした」

3: 2022/07/07(木) 20:56:28.22 ID:RAs0p9v2.net
「ハァ…提出って明日の正午まででしょ?今から仕様書送って見積もり依頼しといてよ」

にこ「…今からですか?」

「そ。返ってきたとこだけでいいから、一番安いとこで見積書作り直しといて」

にこ「…わかりました」

にこ(…これくらいもう慣れっこ。今さら何とも思わな――)


「あ。あともうひとつ」

にこ「…はい?」



「なんかアイドルまがいのことやってたらしいけどさ。夢を追ってるだけで上手くいくほど甘くないよ、現実って」


――――――
――――
――

5: 2022/07/07(木) 20:57:37.30 ID:RAs0p9v2.net
―数時間後―


にこ(…あと少し)カタカタカタカタ

にこ「…よしっ、と」カチッ

にこ「はぁ…とりあえずやれることはやったわね。あとは明日の午前にやるとして…」チラッ


シーン…


にこ「ホント、薄情なものね。電気すら消されちゃうんだから」

にこ「……」


『なんかアイドルまがいのことやってたらしいけどさ。夢を追ってるだけで上手くいくほど甘くないよ、現実って』


にこ「…アンタなんかに、何がわかるってのよ」

にこ(夢を諦めるのが…どれだけ辛いことか…)


にこ「…やばっ、終電逃しちゃう。早く帰んないと」タタタッ


――――――
――――
――

7: 2022/07/07(木) 20:59:09.19 ID:RAs0p9v2.net
―駅前―


にこ「ハァ、ハァ、ハァ…」タタタッ

にこ(時間は…なんとかギリギリ大丈夫そうね)

にこ「ったく…今月だけで終電ダッシュ何回目よ――」タタタッ


「あっ…!!」


ドンッ…バサッ‼︎


にこ「…ッ!!イタタ…」ドサッ

「痛った…ごめんなさい。大丈夫ですか?」

にこ「は、はい…こちらこそすみません。急いでたもので…」チラッ

にこ(キレイな人…マスクしててよく見えないけど)

にこ(…って、言ってる場合じゃない!!)

8: 2022/07/07(木) 21:00:39.89 ID:RAs0p9v2.net
にこ「すみませんっ、お荷物散らばっちゃって…すぐ拾いますね」

「あ、いえ…あなたの荷物も…」

にこ「えっと…コレは私ので…コレは違くて…」テキパキ

「…?」

にこ「これでよしっ」

「もしかして、あなた…」

にこ「コレ、あなたの荷物です!それじゃ急いでるので失礼します!」タタタッ

「あっ!ちょっと待――」

にこ(やばいやばい終電が~~~!!)

「……」



「…今のあなたと私。どっちの方が幸せなんでしょうね」


――――――
――――
――

9: 2022/07/07(木) 21:01:56.58 ID:RAs0p9v2.net
―翌日・会社オフィス―


にこ「……」カタカタカタカタ

にこ(はぁ…こりゃ今日も終電帰りね)


「矢澤さーん。ちょっと来て」

にこ(はいはい…)


にこ「はい、なんでしょう」

「最近さ、ちょっと残業し過ぎじゃない?」

にこ(誰のせいだと思ってんのよ…)

「こういうご時世だしさ、会社としても奨励できないわけ。残業代もバカにならないし」

にこ「はあ…とは言っても業務量的に――」

「テレワークって知ってるでしょ?結局家にいてもできるんだよね、大抵の仕事って」

にこ「……」

「だからさ、言いたいことわかるでしょ?」


――――――
――――
――

11: 2022/07/07(木) 21:03:20.06 ID:RAs0p9v2.net
―数時間後・自宅―


にこ「あ~~~ムカつく~~~」カタカタカタカタ

にこ「なんだってサービス残業なんかしなきゃいけないのよ。こっちの方がよっぽど問題でしょうが」カタカタカタカタ

にこ「……」カタカタカタカタ

にこ「…はぁ」

にこ(私…何やってんだろ)

にこ(……)


にこ「…こんなこと言っててもしょうがないわね。えっと、ココは持ち帰ってきた資料を…」ガサゴソ

にこ「…あれ?」

にこ(バッグに…見覚えのないノートが入ってる…)

にこ「もしかして…昨日ぶつかった人のノートかしら…やっば、間違えて私のバッグに入れちゃったんだ…」

13: 2022/07/07(木) 21:04:28.01 ID:RAs0p9v2.net
にこ「大人がわざわざノートに名前書かないわよね…ん~、表紙には…」

にこ「……」





『あなたの夢は何でしたか?』





にこ「……」

にこ「…何コレ。気味悪いわね…都市伝説の類いかしら。なんでも夢が叶うノートとか…」

にこ(……)

にこ(…夢、か)

にこ(私の夢は…)



『にこはアイドルが大好きなの。みんなの前で歌って、ダンスして…みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって…そういう気持ちにさせることができるアイドルが、私は大好きなの!!』



にこ「…なんて、ね」

14: 2022/07/07(木) 21:05:48.92 ID:RAs0p9v2.net
にこ「こんなノートだけで夢が叶ったら苦労しないわ」


『夢を追ってるだけで上手くいくほど甘くないよ、現実って』


にこ「ほんと…アイツの言う通りよ」

にこ(文字通り血が滲むまで努力したって…結局、才能と運には勝てない)

にこ(結果が全て…そこに至るまでの努力なんて誰も気にしない)

にこ(アイドルだって…今の私からすれば『悪夢』でしかない)


にこ「……」

にこ「はぁ…なんだか余計に疲れちゃったわね」

にこ「…仕事終わらせなきゃ」


――――――
――――
――

15: 2022/07/07(木) 21:07:01.43 ID:RAs0p9v2.net
『にこさん、もう潮時だと思うの』

『ぇ…し、潮時って…急にどうしたのよ…?』

『今までずっとやってきて…デビューできる気配すら全然ないじゃない…』

『それは…』

『メンバーも…アタシたち以外みんな辞めちゃって…』

『そ、そんなの…デュオアイドルだっていくらでも――』

『本当はもうわかってるでしょ?無理なんだよ、アタシたちなんかじゃ…』

『……』

『努力なんてしたって無駄なんだよ…もうこれ以上絶望したくないの』

『待ってよ…』

『ゴメンね。憧れだったμ'sのにこさんとなら頑張れるって思ってたけど…ただの夢物語だったみたい』

『イヤ…』

『……』



『…ゴメンね』


――――――
――――
――

17: 2022/07/07(木) 21:08:02.54 ID:RAs0p9v2.net
―翌日・カフェ―


ガヤガヤ


にこ「……」パクパク

にこ(昼休憩は…あと20分ってとこね)

にこ(今日こそは定時までに仕事片付けて――)


~~~♪


にこ「…!!」

にこ(この曲…)


「ねぇねぇ!私最近めっちゃこの曲聴いてるんだよね~。よくない?」

「え、わかる!綺羅ツバサだっけ?最近めっちゃテレビ出てるよね」

「今日も夜に特番やるんだって~。まじ楽しみ!!」

18: 2022/07/07(木) 21:09:23.47 ID:RAs0p9v2.net
にこ「……」

にこ(綺羅ツバサ…自分でも信じられないわ。彼女たちとラブライブ出場をかけて競ったなんて)

にこ(デビューしてから数年…今や日本を代表するトップアイドルだものね)

にこ「……」


にこ(自分の中では…諦めがついたつもりでいる)

にこ(でもやっぱり…今でも彼女の姿をつい追いかけてしまう)

にこ(だからこそ…)

にこ「……」ガタッスタスタ



にこ(だからこそ聴きたくない。悔しさで胸が張り裂けそうになるから)


――――――
――――
――

19: 2022/07/07(木) 21:10:21.29 ID:RAs0p9v2.net
―夜・自宅―


にこ「…よしっ」カチッ

にこ「あ~、ようやく終わったわ。結局サビ残じゃない…」

にこ「ま、明日は休日だし。少しは気が抜けるわね」

にこ「……」


『今日も夜に特番やるんだって~。まじ楽しみ!!』


にこ「……」

にこ「はぁ…ほんっと、我ながら呆れるわ」ピッ


「……このあとは、綺羅さんへの密着インタビューの様子をお届けします!」


にこ「…なんで観ちゃうのかしら。辛い気持ちになるってわかってるのに」

20: 2022/07/07(木) 21:11:39.18 ID:RAs0p9v2.net
「綺羅さんにとって、アイドルとはどういった存在なのでしょうか?」

「そうですね…自分を見てくれる人たちを、笑顔にさせる存在でしょうか」


にこ「……」


「なるほど…やはりそれは綺羅さんにとっても難しいことですか?」

「ええ、そうですね。そのためには…本当の自分を犠牲にしなくてはいけませんから」

「本当の自分…?」

「最近わからなくなるんです。これだけたくさんの人に愛してもらえている私は…本当の私なのか」

「は、はあ…」

「周りの期待に応えるためだけに歌って、踊って…でもそれって、私が本当にやりたいことだったのかって――」


ピッ


にこ「……」

22: 2022/07/07(木) 21:12:42.02 ID:RAs0p9v2.net
にこ「…贅沢言ってんじゃないわよ」

にこ(そのステージに立つことすらできなかった人間が…一体どんな思いをしているのかも知らずに…)

にこ「…やっぱり観るんじゃなかったわ」

にこ「……」チラッ


『あなたの夢は何でしたか?』


にこ「……」ペラッ

にこ「何も書かれてない…白紙なのね」

にこ(今の私と一緒…何もない)

にこ「……」

にこ「もし本当に…書くだけで夢が叶うのなら…」

にこ(私は今でも…)

にこ「…バッカみたい。こんなものに頼りだしたら、いよいよ終わり――」


プルルルルルルル…

23: 2022/07/07(木) 21:13:36.69 ID:RAs0p9v2.net
にこ「電話…誰かしら」スッ

にこ「…えっ」


プルルルルルルル…


にこ「イヤイヤ…かけ間違いよね、さすがに」


シーン…


にこ(そうよ…だって急に…しかもこんなタイミングで――)


プルルルルルルル…


にこ「…っ」

にこ(二回目…かけ間違いじゃないの…?)

にこ「……」スッ


にこ「…もしもし」

24: 2022/07/07(木) 21:14:38.38 ID:RAs0p9v2.net
「あっ、よかった!出てくれないんじゃないかと思ったから…」

にこ「えっと…」

「電話番号、変わっちゃったんじゃないかって心配してたの。他の連絡先を知らなかったから…」

にこ「あの…かける相手、間違えてるなんてことはありませんか?」

「ふふっ、そんなことないわ。正真正銘、矢澤にこさん…あなたと話がしたかったの」

にこ「私と話を…?」

「ええ、急にごめんなさい」

にこ「……」



ツバサ「近いうちに…どこかで会えないかしら?」


――――――
――――
――

25: 2022/07/07(木) 21:15:54.03 ID:RAs0p9v2.net
―翌日・カフェ―


ツバサ「急な話でごめんなさいね。それに、呼び出しておきながらあまり時間もなくて…」

にこ「それは全然いいんですけど…あの…」


ガヤガヤ


にこ「…こんなところでよかったんですか?周りにバレたら…」

ツバサ「大丈夫。意外とバレないものよ、こういうの。にこさんも、よくわかってるでしょう?」

にこ「…大昔の話ですけどね」

ツバサ「……」


にこ「それで…話っていうのは?」

ツバサ「その前に…もっと気楽に接してほしいわ。同い年だし…せっかく久しぶりに会えたんですもの」

にこ(無茶言わないでよ…)

にこ「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…」

ツバサ「ふふっ、ありがとう」


にこ(…これがトップアイドルの余裕ってことかしら)

にこ(でも…どうしてだろう)

ツバサ「……」



にこ(どこか…悲しそう)

26: 2022/07/07(木) 21:17:26.71 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「それじゃあ…本題に入らせてもらうわね」

にこ「……」

ツバサ「数日前の深夜…駅前で誰かとぶつからなかったかしら?」

にこ「えっ…たしかにぶつかったけど――もしかしてっ…!」

ツバサ「そのもしかしてよ。アレ、私だったの。気づかなかった?」

にこ「す、すみませんでした!あのとき終電ギリギリで…」

ツバサ「もう…気楽に接してって言ったでしょ?それに怒ってるわけじゃないわ。私も不注意だったもの」

にこ「……」

ツバサ「それで…あのとき…」

にこ「……」



にこ「『あなたの夢は何でしたか?』」

ツバサ「…っ」



にこ「…アレのことでしょ?」

ツバサ「…やっぱり紛れちゃってたのね」

27: 2022/07/07(木) 21:18:38.07 ID:RAs0p9v2.net
にこ「ごめんなさい…今すぐ取りに帰って返すわね」ガタッ

ツバサ「あっ…いいの、気にしないで。別に取り返したいわけじゃないのよ」

にこ「じゃあ…どうして…?」

ツバサ「…ひとつだけ伝えておきたいの」

にこ「……」



ツバサ「あのノートに…絶対に夢を書き込まないで」

にこ「……」

ツバサ「必ず後悔することになるわ」

にこ「あなたは…後悔しているの?」

ツバサ「…ええ」

にこ「…でも、ただのノートよ、あんなの。きっと誰かが悪ふざけで作って――」

ツバサ「いいえ」

にこ「…っ」



ツバサ「あのノートに書いた夢は実現するわ。何があってもね」


――――――
――――
――

28: 2022/07/07(木) 21:19:45.56 ID:RAs0p9v2.net
―翌日・自宅―


にこ「……」


『あのノートに書いた夢は実現するわ。何があってもね』


にこ「何よ…それ」

にこ(私の憧れだったA-RISEの綺羅ツバサは…得体の知れないノートがつくり出したものだったっていうの…?)

にこ(そんな…そんなこと…)

にこ「…納得できるわけない」


にこ(私に…夢を見させてくれたのに…それが――)

にこ(……)

にこ(…夢)


『アイドルだって…今の私からすれば『悪夢』でしかない』

30: 2022/07/07(木) 21:21:32.20 ID:RAs0p9v2.net
にこ「そう…そうよ。アイドルなんて…もう完全に捨て去った夢」

にこ「だから気にすることないじゃない…もう思い出したくもない記憶なんだから」

にこ「私なんかには到底届くはずもなかった夢…」

にこ「悪夢…なの、に…」


ポタッ…


にこ「なんで…泣いてるんだろう」ポロポロ


『本当はもうわかってるでしょ?無理なんだよ、アタシたちなんかじゃ…』


にこ「諦めたはずなのに…もう傷つきたくないのに…」ポロポロ


『努力なんてしたって無駄なんだよ…もうこれ以上絶望したくないの』


にこ「大っ嫌いなはずなのにっ…!!」ポロポロ

31: 2022/07/07(木) 21:22:43.65 ID:RAs0p9v2.net
『にこはアイドルが大好きなの。みんなの前で歌って、ダンスして…みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって…そういう気持ちにさせることができるアイドルが、私は大好きなの!!』


にこ「諦めたくない…諦められるわけないじゃないっ…!!」

にこ「ずっとずっと昔から…憧れてきたんだから!!あんなに頑張ってきたんだから!!」



『あなたの夢は何でしたか?』



にこ「私の…私の夢は…っ」





『世界中のみんなに笑顔を届けられるアイドルになること』


――――――
――――
――

32: 2022/07/07(木) 21:23:47.49 ID:RAs0p9v2.net
―数日後・カフェ―


にこ「……」

ツバサ「何度もごめんなさい。この前は時間がなくて…あまり話せなかったから」

にこ「気にしなくていいわ」

ツバサ「えっと…少し私の話をしてもいいかしら?にこさんに聞いてほしいの」

にこ「…ええ、もちろん」

ツバサ「ありがとう。じゃあ…早速始めるわね」

にこ「……」


ツバサ「まず最初に…もしかしたら誤解させてしまったかもしれないわ。私があのノートに夢を書き込んだのは、つい最近のことなの」

にこ「…そうだったのね」

ツバサ「ええ。A-RISEとしてスクールアイドルをしていた頃の私は…あんなノート、全く必要だなんて思わなかったでしょうね」

にこ「……」

33: 2022/07/07(木) 21:24:56.93 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「あの頃の私は…自信に満ち溢れてた。それはにこさんたちμ'sに負けたあとだって同じよ」

ツバサ「むしろ、より一層アイドルへの想いが強くなったわ。こんなところで負けていられない。もっともっと努力しなきゃいけないんだって…」

にこ「……」

ツバサ「だから…私、デビューまでは早かったわ。もちろん環境に恵まれていたところもあったけど…」

ツバサ「それでも、胸を張って『努力した結果』だって言えるわ」

にこ「…そうね」

ツバサ「あんなに頑張ったんだから、誰にも負けない…負けるわけないって…本気でそう思ってた。でも…」


ツバサ「にこさんは痛いほどわかってると思う。現実は甘くないってこと」

にこ「……」

34: 2022/07/07(木) 21:26:14.18 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「デビューしてから…自分がいかに井の中の蛙だったかを思い知ったわ。スクールアイドルなんて、本当に小さな世界に過ぎなかった」

ツバサ「デビュー当初こそ注目されたけれど、化けの皮はどんどん剥がれていって…酷いこともたくさん言われたわ」

にこ「…イヤな世の中ね、ホント」

ツバサ「ふふっ、そうね」


ツバサ「それからは…泣かず飛ばずの日々よ。中途半端に知名度があるせいで、辞めようにも辞められない」

にこ「…辞めようと思ったの?」

ツバサ「何度も思ったわ。でもその度に…込み上げてくるの」

にこ「……」

ツバサ「アイドルが大好きだっていう気持ちが…絶対に諦めたくないっていう気持ちがね」

にこ「……」

ツバサ「…そして、そんなとき――」



ツバサ「あのノートに出会ってしまった」

35: 2022/07/07(木) 21:27:22.07 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「もちろん夢が叶うなんて思ってもみなかった。本当に何の気もなしにただ書いたのよ、『アイドル』って…」

ツバサ「書き終わった瞬間、なぜか書いた文字が消えてしまって…でもそれと同時に…」

にこ「……」

ツバサ「失っていた自信が、また湧き上がってくるのを感じた」

ツバサ「次の日のレッスン…自分が自分じゃなくなったようだった。どんなことでもできてしまう気がしたわ」

にこ「…さぞかし気持ちがよかったでしょうね」

ツバサ「…ええ。またあの大舞台で輝けるんだって…心の底から嬉しかった」

にこ「……」

ツバサ「でも…」

にこ「…でも?」

ツバサ「……」

にこ「……」

36: 2022/07/07(木) 21:30:28.83 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「…でもしばらくして、なぜか虚しさが襲ってきた」

にこ「……」

ツバサ「足の爪が剥がれるまで練習してもできなかった振り付けが…喉が潰れるほど練習しても出せなかった歌声が…拍子抜けするくらい、簡単にできてしまった」

ツバサ「そのとき、思ってしまったのよ」





ツバサ「あぁ…私の努力って、無駄だったんだって」

にこ「……」


ツバサ「そしたらね?今度は笑いが込み上げてきた」

ツバサ「私、何やってたんだろうって…馬鹿馬鹿しくなっちゃって…」

にこ「……」

37: 2022/07/07(木) 21:31:47.78 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「さっき、自分が自分じゃなくなったようだった…って言ったでしょ?」

にこ「…ええ」

ツバサ「比喩でもなんでもないわ。私…本当に別人になっちゃったのよ」


『最近わからなくなるんです。これだけたくさんの人に愛してもらえている私は…本当の私なのか』


ツバサ「でも、私のそんな気持ちとは裏腹に…周りからの期待は増していく」


『周りの期待に応えるためだけに歌って、踊って…でもそれって、私が本当にやりたいことだったのかって――』


ツバサ「ねぇ、にこさん…」

にこ「…なに?」





ツバサ「夢を叶えるために私がしてきた努力って…一体何だったのかしらね」ポロポロ

38: 2022/07/07(木) 21:32:47.50 ID:RAs0p9v2.net
にこ「……」

ツバサ「…ごめんなさい。気持ち悪いわよね、急にこんな話をして泣き出すなんて…」

にこ「…いいえ。そんなことないわ」

ツバサ「…優しいわね、あなたは」

にこ「…そうかしら」


ツバサ「私がこの話をしたのは…にこさんに同じ思いをしてほしくないからよ」

にこ「……」

ツバサ「にこさんも…きっと私と同じくらいアイドルが大好きで…みんなを笑顔にしたいって思ってるはず」

にこ「……」

ツバサ「だからこそ…あのノートを使わないで。きっとにこさんなら…まだこれから正しいやり方で輝ける…っ」

にこ「……」

ツバサ「もう遅いなんてことは絶対ない…だから…っ!!」

39: 2022/07/07(木) 21:33:55.90 ID:RAs0p9v2.net
にこ「…ごめんなさい。私、アイドルになる気はもうないの」

ツバサ「…そんな…」

にこ「未練なんて欠片もない。だから気にしないでもらって大丈夫よ」

ツバサ「でもっ…あんなにアイドルが好きだったのに――」





にこ「あのノートに夢を書き込んでから、アイドルへの興味が一切なくなったの」





ツバサ「…えっ…?」

にこ「私、ツバサさんには本当に感謝してるわ。あのノートに出会わせてくれたこと」

ツバサ「にこ、さん…?」

にこ「どんなに諦めたくても諦めきれなかった夢への想いが…まるで魔法みたいに綺麗さっぱり消え去ったの」

ツバサ「何…言って…」

40: 2022/07/07(木) 21:34:55.70 ID:RAs0p9v2.net
にこ「考えてたのよ。どうして私の夢は叶わなかったのか…ツバサさんの夢は叶ったのに」

ツバサ「……」

にこ「それで、さっき答えが出たわ。あのノートは…すでに夢を叶えている人には、その夢を後押しするためにとてつもない力を与えてくれる」

にこ「でも、その逆に…」

ツバサ「イヤ…そんな…」





にこ「夢を叶えられなかった人には…夢を諦めさせるために、その夢への関心を失わせるの」





ツバサ「…っ」

にこ「これでようやく…解放されたわ。いつまでもいつまでも付き纏ってくる悪夢から…」

41: 2022/07/07(木) 21:36:30.12 ID:RAs0p9v2.net
ツバサ「そんな…そんなのっ…私なんかよりもずっと辛い…」

にこ「そうかしら?私としてはホントにせいせいしてるんだけど」

ツバサ「…嘘よ。だったらどうして…」

にこ「……」



ツバサ「どうしてそんなに悲しい顔をしているの…?」

にこ「…さあ、どうしてかしらね。でも、そんなことを言ったら…」

にこ「あなたも…この前会ったときからずっと、悲しい顔をしてるわ」

ツバサ「……」



ツバサ「私たちの夢って…終わってしまったのね」

にこ「…いいえ。むしろその逆よ」

ツバサ「……」



にこ「これはきっと…終わらない悪夢なの」


――――――
――――
――

42: 2022/07/07(木) 21:37:34.05 ID:RAs0p9v2.net
あなたの夢は何でしたか?


その夢は叶いましたか?


夢を叶えるために努力しましたか?


その努力を認めてくれた人はいましたか?


その努力はあなたの人生において何か役に立ちましたか?


もしこれらの質問に自信をもって答えられないのなら


あなたの夢は意味のないものでした


あなたの努力は意味のないものでした


そんな夢、さっさと忘れてしまいましょう


だって、あなたがその夢を叶えるために費やした人生は


全くの無駄だったんですから


――――――
――――
――

43: 2022/07/07(木) 21:38:24.62 ID:RAs0p9v2.net

46: 2022/07/07(木) 21:41:40.45 ID:RAs0p9v2.net

47: 2022/07/07(木) 21:47:47 ID:X65Y024g.net
おつ

引用元: にこ(28)「アイドルになりたかった」