1: 2008/04/05(土) 21:49:19.03 ID:WlcctMOB0
キョンの転校を聞いたのは2年生の後半ごろだった。
「あぁ、親父の仕事の関係でな、京都に引っ越すことになった」
その日部室にやってきたキョンはどことなく寂しげだった。
いつもと変わらず古泉君とボードゲームもやっていたし、
みくるちゃんのお茶をおいしそうに飲んでいた。
でも…うまく説明できないが彼の一つ一つの行動には影が落ちていた。
「な、何言ってんのよ…つまらない冗談はやめなさいよ…」
二人きりの帰り道、私はその言葉の意味を理解するまでに随分時間を要した。
…いや、理解したくもなかったのに。

14: 2008/04/05(土) 21:57:28.90 ID:WlcctMOB0
「お前に冗談言っていい評価をもらったことなんか一度もないからな。
 そんなもん言いたくても言わないさ」
いつものようにどこかつまらなさそうな顔をしながら彼は言う。
「え…嘘…」
「嘘じゃない。」
沈黙が流れる。
「あぁ…その、だな。
 長戸や古泉、朝比奈さんにはまだ言ってないんだがな…
 とりあえずまぁ、団長のお前に言っておこうかと思って」
頭の中が真っ白になった。
でも何かしゃべらなくちゃいけないと私は口を開く。
「あ、あぁそう!その心意気はキョンにしては上出来じゃない…
 転校するの。ふーん。」
「それも1週間後にな」
こんな空気耐えられない。私は逃げ出すための口実を考えた。
「じゃああんたがいなくなる前に新しい雑用係を探さなきゃね…
 これから忙しくなりそうね、早く帰らなくちゃ…」
じゃぁね、と一言捨てるように言い残すと私はその場を走り去った。

19: 2008/04/05(土) 22:03:44.13 ID:WlcctMOB0
一週間後の日曜日。
曇り空の下、SOS団はいつものように駅前に集まっていた。
でもこれから何か不思議なことが起こるわけでもないし、
そもそも楽しい時間が始まるわけではない。むしろ逆だ。
誰よりも先に駅前についた私はガードレールに腰掛けると
いつも入っていた喫茶店の中を眺めていた。
中で男女4~5人のグループが楽しそうに何かを話している。
「いいな…」
自然に一言がこぼれ出た。
ついこの間まで当たり前だったことが当たり前じゃなくなるということは、
もしかしたら何よりも「不思議なこと」なのかもしれない。

21: 2008/04/05(土) 22:10:58.48 ID:WlcctMOB0
結局キョンは待ち合わせの時間に遅れてきた。
自分が指定したくせに…バカじゃないの。
「遅い!罰金!」
「結局最後まで時間の管理に関してはあまり成長しませんでしたね」
「キョン君らしくていいじゃないですかぁ」
「…12分の遅刻…」
キョンは自転車を向こうに送ったことを忘れていた、といい
全力疾走でここまできた、と遅れた理由を述べた。
「まぁ…もう時間も時間だし、おごりは勘弁してくれ」
有希が一歩前に出ると駅を指差した。
「予定の電車はもう行ってしまった。
 次の電車が来るまでにはあと25分ある」
「ふふーん、じゃあ、喫茶店に入らないまでも、
 そのへんでジュース飲むぐらいの時間ならあるわよねぇ?」
できるだけ胸を張る。
でもキョンはいつものようにぐちぐち文句をたれるわけでもなく、
さらりとOKを出すと駅のほうへ向かって歩き出した。

27: 2008/04/05(土) 22:20:00.74 ID:WlcctMOB0
見送りであることを伝えると駅員はすんなりホームへ通してくれた。
入ってすぐに校内放送が流れ、別れの時間まであと2、3分であることを知った。
誰も口を開こうとはせず、ただ遠くから近づいてくる小豆色の車両を眺めていた。
「じゃあ、な」
最初に口を開いたのはキョンだった。
「こんなになって送ってくれて、ありがとうな」
キョンのことを直視できず、目のやり場に困った私は電車の方向幕を見た。
「ま…団員の旅立ちだからね、団長として当然のことをやったまでよ!」
キョンのほうをちらっと見ると、キョンは案外穏やかな顔をしていた。
「そうだったな。団長さん、ありがとうよ」
ふん、と声を漏らすと再び視線をそらした。
古泉君がキョンの耳元で何かをささやいている。
彼が顔を離すとキョンは、あぁ、そいつは何よりだな。と安心した様子を見せる。
何を言っているのか気になったが口を挟む気にはならなかった。

36: 2008/04/05(土) 22:27:36.85 ID:WlcctMOB0
「キョン君、向こうにいってもがんばってね。
 メール出してね。たまには私たちのこと…思い出してね?」
みくるちゃんはキョンの両手を握るとそのままキスするんじゃないかしらというぐらいに
顔を近づけて最後の言葉を交わしていた。そしてそのまま泣き出してしまった。
入れ違いに有希がやってくると彼にハードカバーの分厚い本とCDか何かを渡していた。
「がんばって」
いつもと変わらない表情でそれだけ言い残すと視線をずらさずに元の位置に戻る。
「あぁ、もちろんだ長門。お前もがんばれよ」
電車のドアが開き、キョンは電車に乗り込んだ。
私は電車の中に立ったキョンを見つめた。
「本当に引っ越しちゃうなんて…酷いです…」
「まぁ…だからといって彼を責めるわけには行きませんが、悔やんでも悔やみきれませんね」
「…不可抗力」
発車ベルが鳴る。今になってやっと「もう会えない」という実感がわいてきて、
足元がガクガクになる。なんかめまいがするような気もする。

42: 2008/04/05(土) 22:34:00.31 ID:WlcctMOB0
「あ…」
何かを言いかけてホームの端に駆け寄る。
キョンはこっちに気づくとどうしたハルヒ、と声をかけた。
「そ…あぁ…」
言葉にならない。言いたいことがありすぎて思考回路が詰まってしまう。
「ハルヒ」
彼の声にわれに返ると電車のドアが閉まった。
中で何かを言っているようだがもう彼の声は聞こえない。
でも、彼の口の動きからして彼が言ったのはこうだと思う。
「ありがとうハルヒ、楽しかった」
電車から離れるように放送が入る。
そのまま数歩後ろに下がる。
軽快な、そしてだんだんと早くなる音とともに小豆色の電車はホームを出て行った。
私はただ呆然とその様子を見守ることしかできなかった。
そして彼にありがとうをいえなかった事を悔やんだ。

48: 2008/04/05(土) 22:41:46.98 ID:WlcctMOB0
彼一人ぐらいがいなくなったぐらいではそう世界は変わらない。
普段どおりに授業が進んでいくし、それにつれて時間は過ぎていくし、
有希は相変わらずハードカバーにかじりついていたし、
みくるちゃんの入れてくれるお茶の味も変わらなかったし、
古泉君がプレイするボードゲームはなかなか面白かった。
でもそこにキョンがかかわってくることが無くなった。ただそれだけだ。
授業中は窓の外を眺めていればいい。放課後になればほかの団員と遊ぶこともできる。
寂しくなんか無い。違和感無くそう思うことが出来た。
その反面、彼を忘れることができるどころか一向に懐かしさがあふれてきて、
ふと気づけば、あぁ、1ヶ月前には、3ヶ月前には、半年前には…キョンがいたんだっけなぁという
考えてもどうにもならないことばかりを考えていることに気づいた。

54: 2008/04/05(土) 22:50:17.26 ID:WlcctMOB0
一時はキョンにメールを書いてみようと思ったこともあった。
しかしいつもモニターの前に座ってキーボードに手を置くと、
何を書いたらいいのかわからなくなって、結局放課後の3時間を浪費するという
事があまりにも続いたためにあきらめた。
みくるちゃんに話を聞いてもその後メールなり手紙なりのやり取りをしているわけでもない。
そのうちいつのまにかみくるちゃんも卒業式を迎えて学校を去った。
ばいばい、涼宮さん。いままでありがとう。彼女は泣きながら私に言った。
そんな事無いわ、こちらこそ迷惑かけたわね。というやり取りを最後に、
その後みくるちゃんとは連絡が取れなくなってしまった。
キョンがいなくなったときはこうやってねぎらってあげられなかったな。
なんだかんだ言って私を一番支えてくれていたのはキョンだったと思う。
こんな具合に他人の別れであってもたどり着く先はキョンに関することで、
私の生活はキョンなしでは回っていなかった事を今更、いやというほど、わかるとは思ってもいなかった。

68: 2008/04/05(土) 23:04:18.60 ID:WlcctMOB0
高校3年の後半になってくると、そんな物思いにふける程度の暇も無いほど忙しくなった。
私は神戸の大学を受験することを決め、とにかく合格することだけを頭に入れて勉強に励んだ。
部室に行く機会も徐々に減っていき、新年を迎えるともうほとんど顔を出すことも無くなった。
勢いのみで半年をつっ走り抜け、そのまま大学の扉をぶち破った私は再び退屈な日常に戻った。
ある日思いついたようにメールアドレスの整理をしていると、ふとキョンのアドレスがある事を思い出した。
…そうだわ、もうどれだけ時間を浪費しようとも特に支障は無いんだから、
思い切ってメールでもしてよう。
メールの文面を考えるのにやはり何時間も費やした。
なんてタイトルにしようかしら。お久しぶり、かな?元気にしてる、かな?
下書きフォルダに増えていくメールの数と比例して書きたいことも増えて行き、
結局前と同じように収拾がつかなくなり、ただ端的に
「暇過ぎて氏にそうだからよかったら会わない?」
とだけ書いたものを送ることにした。
携帯のアドレスはいつの間にか無効になっていて、結局PC用のアドレスに送信した。
…まだ使ってるのかしら。
そんな不安を抱えながら、そして妙にわくわくしながら布団に入った。
どうしてだろうか、その日はうっすらと空が明るくなるまで眠りにつくことはできなかった。

87: 2008/04/05(土) 23:15:06.86 ID:WlcctMOB0
受験シーズンも終わり、同じように暇になったSOS団…といってももう3人しかいないが、
それぞれ時間をつぶすために特に目的もなく部室にあつまるようになった。
有希は私と同じ私立大学の医学部へ、古泉君は国立上位の大学へ入学を決めていた。
私は古泉君とボードゲームをやりつつ、有希にちょっかいをだしながら団長席に座っていた。
そして15分に1回は送受信ボタンを押した。
結局くるのはスパムメールばかりで、キョンからの返事は一向に来なかった。
受信トレイの数字が増えるたび私のいらいらも募る。
結局そのまま半月が過ぎた。いい加減あきらめればいいのに…と心の中で思いつつも、
でも明日は休日だから、とか、もうすぐ家に着く時間だから、とか、
そんな風にありもしない可能性を自分に言い聞かせつつ、
自分に対してバカだなぁ、とおもいつつ、
送受信ボタンを押し続けた。

102: 2008/04/05(土) 23:24:48.66 ID:WlcctMOB0
3月の1週目に入った。
風呂上りに相変わらず私はパソコンの前に座ってメールソフトを開く。
無駄だ。これ以上待ってもキョンから返事が来ることは無い。
もうあきらめよう。キョンにメールを出さなかった私が悪い。
でも…でも、最後に一回だけ。
これがラストチャンス。これで来てなかったら…あきらめよう。
私は何度も頭の中で祈りながらマウスを動かした。
そしてボタンを押す。目をつぶる。
…もう送受信が終わったかな、目を開けるともう3分も目を瞑っていたことに驚いた。
そして受信トレイを見る。新着は6通。
1通目、ハズレ。2通目、ハズレ。3通目、ハズレ。
4通目、ハズレ。5通目、ハズレ。
はぁ、と私はため息をついた。ばーか。何期待してるんだろう。
6通目、ハズ…と、私は手を止めた。
タイトル「Re:元気?」

…あ。   私のほほが一気に熱くなる。

123: 2008/04/05(土) 23:33:32.13 ID:WlcctMOB0
メールを開く。

>暇過ぎて氏にそうだからよかったら会わない?
返信送れて悪かった。
バイトはじめて忙しかったもんでな。
日時を指定してくれればそれに合わせる。
あと氏ぬな。長門にでもかまってもらえ。

私は急いでキーボードを引き出すと変身を打つ。
膳は急げだわ。そうね…うん、明後日がいい。明後日はちょうど日曜日だ。
SOS団の不思議探しと丁度同じ曜日だ。
明日は登校日だから外にいけない。でもただ無駄に時間を過ごさずにすみそうだ。
私はメールを即座に返信するとそのままそっくりかえり背面からベッドに飛び込んだ。
ぼふん、と跳ね返る反動がとても面白かった。
そのまま私の心は1年前の状態に跳ね返った。

164: 2008/04/05(土) 23:50:04.93 ID:WlcctMOB0
次の日はほとんどなにをやっても上の空で、半日ほぼぼーっとして過ごしていた。
学校から帰ってくると私はレポート用紙を取り出すと机の前に座った。
キョンに手紙を書こう。
ここ1年でたまりに溜まった出来事を、話したくても話せなかったいろんな気持ちを、
この一枚のレポート用紙に託そうと思う。
最初はフルネームで宛名を書いたがすぐにキョンへ、に直した。
なんとなく恥ずかしい気がしてまったく筆が進まないからだ。
でも口頭となれば進まないどころか脱線してどこに墜落するのかわかったものではない。
もうこの際箇条書きでもいい。思った事を、全部。
ここで書かなければきっと、いや絶対に、二度とキョンには言えないと思った。
まずはあの後SOS団でみくるちゃんの追い出しコンパをやったことを。
次に入学式で勧誘をやるもまた教師に首根っこを捕まれ退場処分になったことを。
それから野球ができなくなったからボーリング大会に出て、優勝したことを。
七夕の日に有希が饅頭をすべて一人で食べてしまったことを。
受験シーズンになってからストレスが溜まって溜まって仕方が無かったことを。
一人、途中からは二人ね。抜けてしまった事がどんなにさびしかったかということを。
そして私がどれだけキョンに支えられていて、キョンに感謝しているかということを…
今までの失敗はすべてキョンのせいしてやるんだから。

206: 2008/04/06(日) 00:04:55.21 ID:6B/T5YwE0
約束の朝、私は予定していた電車よりも一本早い電車に乗った。
キョンよりも早くついて久々にあの台詞を言う準備はできていた。
ひとつ残念なのは雲行きが怪しいことだ。
晴れていれば申し分なかったのだが…でもそれでもいい。
窓の外には梅や桃の花が咲いていて、電車が高いところを通っている間は
ビルの間からやさしい色がのぞいていてとても素敵だった。
電車は大阪府内を抜けるまでなかなか席が空かず、座れたのは目的地につく20分前だった。
次第に景色は田畑から山林に変わる。目的地まであと数キロだろう。
車内放送が入る。もうすぐ京都だ。
私は早めに席を立つとドアの前に立った。
久々のポニーテール。キョンは喜んでくれるかな。
低くなっていく電車の音とは逆に私の心音は上がってゆく。
まずは「遅い、罰金!」…そう、これに限るわ!
どうせキョンは5分や10分遅れてくるんだろうし、喫茶店に入る口実になる。
でも観光の町だから混んでるかな、うーん…そういう意味では日曜日は失敗だったかもしれないわね…
いろんな思惑が私の中を駆け巡る。

244: 2008/04/06(日) 00:19:03.90 ID:6B/T5YwE0

ごご、がん、と言う音とともに電車は止まった。
空気が抜けるような音がして電車のドアは開く。
外は予想以上に寒く、吐く息が白くなる。
いくつもあるバス乗り場のうち、4番乗車口前で待ち合わせることになっていた。
交通整理員の人に場所を聞くと私はそこにあるベンチに座った。
時計を確認する。9時14分。集合の16分前だ。
私は携帯電話をにぎりしめ寒さに耐えながらじっとまった。
…バカキョン。こんな滅多に無い機会なんだから、少し早めに来るとかできないのかしら。
ひたすら待つ。単に私が早く来ただけなのになんだか不安になってくる。
はぁ、と大きくひとつため息をつく。
バスが来るたびに乗りますかと聞かれ、いいえと答える。それを3回繰り返した。
京都だけに渋い色をしたバスなのね。なんか海苔の包装紙みたいな色よね。
くだらないことを考えて気を紛らわす。
そして4台目のバスが行って数秒としないうちにそのときはやってきた。

268: 2008/04/06(日) 00:29:54.76 ID:6B/T5YwE0
「あ…」
私の頭の中はとたんに暗転した。
「よ、ハルヒ。やっぱお前が先か」
「あ…キョ…」
はっとわれに返ると私はいおうと思っていた言葉を言った。
「お、遅い!ばっけん!」
「落ち着けハルヒ。噛んでるぞ」
「う、うるさい」
おとといのように顔が熱を持つのが分かる。
キョンを直視できずに視線を泳がせていると肩に何かが載る。
手にとって見るとそれはマフラーだった。
「京都ってのは意外と寒いんだぜ?天気予報ぐらい見ろっての。
 あっちはどうだ、長門や古泉は元気にやってんのか。」
「え、あぁ、うん。みんな元気よ。
 でもみくるちゃんと連絡が取れないのよね…」
「そうか…まぁ大方予想はしていたが…」
「え、なんで?」
もしかしてキョンはみくるちゃんの消息を知ってる訳?
「まぁ…なんていうか…まぁあの人はそそっかしい方だからなぁ…
 アドレス変更してそのまま教えてないんじゃないか?」
あんたがいえたことじゃないでしょ、と突っ込みを入れたいところだったが…
まぁいいわ。あんたがココに来ただけでも十分ね。

301: 2008/04/06(日) 00:46:33.38 ID:6B/T5YwE0
数分間言葉を交わした後、キョンに案内されてバスに乗り込んだ。
キョン曰くあんまり観光とは関係ない場所に住んでいる故に、そこまで名所には詳しくないらしい。
でもキョンは知らないなりに丁寧に教えてくれたし、分からないところをしどろもどろに
誤魔化すあたり以前とまったく変わってないのを知って、私ははしゃがずにはいられなかった。
「おいおいハルヒ、お前は修学旅行に来た中学生か」
「いいじゃない別に、大学生だって中学生に毛が3本生えたようなもんじゃない!」
「毛が3本って…お前なぁ」
「あっほら見てみてキョン!清水ってこんなに高かったのね!」
「ってぇ、人の話聞く気はゼロだな…」
この3年間で一番楽しい時間だったと思う。
不思議探索の時には滅多になかった「キョンと二人」になったということ。
そしてキョンと私だけの思い出である、ということ。
この二つが私のテンションを超絶頂まで引き上げていた。
あんなに寂しかった1年半が嘘のように思えてくる。
永遠に続くものは無い。必ず物事には終わりがやってきて、また新しい世界がはじまる。
私は今その新しい世界へ一歩踏み出すためのエネルギーをここで蓄えているんだ。
キョンと一緒に歩けるなら、言う事は無いが、それがかなわないことなど100も承知だ。
私はもう一人で歩ける。キョンがいなくても、私はきっと一人で世界を変えられる。

313: 2008/04/06(日) 00:55:36.36 ID:6B/T5YwE0
余りにも短すぎる半日だったと思う。
私は再び京都駅に戻ってきていた。
「ねえキョン、あんたこっちに一人で寂しくないの?」
「ん、なんだ突然だな」
「あんたがいなくなってからSOS団が…なんていうの?
 ほら、どことなく間抜けになったというか、そういう感じがするのよ」
「なんだよ、萌えキャラも文学少女もイケメンもいただろうが。
 雑用が一人いようがいまいがあんまり変わらない気がするんだが、違うか?」
「…ま、たしかにそうね…。あんた、一番特徴がないのよねぇ…」
「コラ!さらっと酷いことを言うんじゃありません!」
「…ねぇ、寂しいと思わないの?」
「こっちも友達ができたしな。そこまで寂しいとは思わんな。」
「…ふーん」
私は視線をそらすと口を閉ざした。
なんだか私だけが損した気がしてすこし悔しかった。
キョンはさっきから時計を気にしながら改札とは違う方向に歩いていく。
「…なによキョン、そっちは改札じゃないわよ?」
「…ハルヒ。お前に見せたいものがある」

341: 2008/04/06(日) 01:05:34.00 ID:6B/T5YwE0
キョンは駅の中を抜けると裏通りに出た。
線路沿いのフェンス前には鬼のような数のバイクと自転車が並んでいる。
その列の中からキョンはカブを引っ張り出すと鍵を差込みエンジンをかける。
「ちょっとキョン、あんた何してんの?免許もってんの?
 それにあたしまだ帰るなんていって…」
しゃべっている途中で突然胸元にヘルメットを渡された。
「あぁ持ってるさ。とりあえず後ろに乗ってくれ。
 本当は二人乗りはマズいんだが…つかまることもないだろ、みんなやってるしな」
キョンはスタンドを倒すとカブにまたがった。
「ほらハルヒ、後ろ乗れよ」
「え、あぁうん…」
私は荷台にまたがると荷台のふちをしっかりとつかんだ。
「あぁ…そうか、ハルヒはバイク乗ったことないんだよな」
「な、なによ…当たり前でしょ!」
「2けつするときにはな、前のヤツにしがみつかないとバランス崩して危ねえんだ」
ということはつまり…私はいまから…キョン、に…抱きつ…

365: 2008/04/06(日) 01:17:18.04 ID:6B/T5YwE0
「おい何やってんだハルヒ、走れないぞ」
「わ、分かったわよ…」
私はおそるおそるキョンの背中に体を委ねた。
そして腹部に手を回すとぎゅっと力をいれた。
…なんだか最近赤面してばっかりで、なんとなく恥ずかしい。
「よし、それでいいぞハルヒ。
 あ、一応言っておくが体左右に傾けるなよ?」
グァー、ダダダダとすこし苦しそうな音を立てカブはゆっくりと動き出した。
京都の町はつめたい、少し重い空気で覆われていた。
重たい空はだんだんと茜色に染まっていく。
その透き通ったオレンジ色は、なぜかは分からないけどとても清清しい。
風は感じない。感じるのはキョンの体温だけ。
キョンの体温も茜色に染まっている。
商店街を過ぎ、畑の真ん中を通る。
大きな送電線のシルエットが遠くに消えてゆく。
次第に畑も過ぎ、バイクは山林へ入ると坂道を苦しそうに登っていく。
「ハルヒ、今日門限はあるのか」
「ううん」
「なら丁度いいな」
キョンの声が背中から響いて全身に伝わる。
こういうのを「至福のひと時」っていうのだろうな、と心の中で納得した。

402: 2008/04/06(日) 01:27:43.56 ID:6B/T5YwE0
バイクは舗装された道路をそれると少し走り、送電線の鉄塔の下で泊まった。
「ついたぞ。寒いな、大丈夫かハルヒ」
「あ、うん…大丈夫よ」
キョンについて歩く。鉄塔を囲むフェンスの前にくるとキョンが振り返った。
一瞬ドキっとするが今度はキョンの目をちゃんと見ることにした。
「おいハルヒ、お前高所恐怖症だったりしないよな?」
「突然何よ?別に…高いところは嫌いじゃないわ」
「そんじゃ、ひとつ付き合ってもらいましょう、団長さん」
フェンスの扉をひらくとキョンは鉄塔を上る。
「ちょ、ちょっとキョン、いいのそんなと登って!
 どうなってもしらないわよ!」
「学校の屋上で爆竹を炸裂させたヤツに言われたくないね」
「あれはいいの!あすこがベストスポットだったんだから!」
「じゃぁ俺も同じ理由だな。とりあえずあがって来い」
私はキョンの後に続いてはしごを上る。
10mほど登ると足場が組まれており、結構広いスペースになっていた。
足元にはペットボトルやお菓子の袋などが散乱している。
「あぁー、なんつーかな、ここはアレなんだ、その、だな」
「汚いわね…なによ、はっきり言いなさいよ」
「その、アレだ。ベタなんだが…デートスポット、っつーのかな」
本日4度目の赤面。もう、氏んでもいい。

450: 2008/04/06(日) 01:38:04.13 ID:6B/T5YwE0
私は恥ずかしくて顔を上げることができずにその場に座り込んだ。
キョンが隣に腰掛ける。
「ねえ、キョン、ここがなんだっていうのよ?」
キョンは答えない。ただ遠くのほうを眺めている。
「ねえったら」
肩をつかんで左右に揺らす。
「おいハルヒ」
「何よ」
「前を見ろ」
「え…」


そこに広がっているたのは京都の町だった。
中心部が明るくうかびあがりネオンの光が混ざり合って独特の色を演出している。
パッパと色が変わっては消え、それはまるで万華鏡のようだった。
遠くに列車の明かりが見える。
周りに明かりが無い場所を走っているせいか、連なった光がゆっくり動いているのがよく分かる。
そして空には星がこれでもかというほどに輝き、天の川がきれいに縁取られている。
私は今日、はじめて夜空の色が黒じゃないことを知った。
紫がかった、濃い藍色。都会の明かりと対照的なやさしい明かりがここちよい。

「お前に見せたかったんだ、ハルヒ」
「ひゃい?」
見とれていた私は思わず我に返り変な声を出した。
「七夕のときは、建物の明かりが余りにも強く見て見えなかったけどな
 夜も結構きれいなんだよな」
「…キョン」
私はその風景に飲み込まれそうになっていた。
むしろこのままキョンと一緒に鳥にでもなって、そのまま夜空になれたらいいのに、と思った。

513: 2008/04/06(日) 01:49:40.89 ID:6B/T5YwE0
言うならもう、今しかない。
「ねぇキョン、私ね、ここ数週間で分かったことがあるんだけど」
キョンはこっちに顔を向けたが何も言わなかった。
「あんたのメールを待ってて思ったわ。
 私はあんたがいなくなってから日常がつまらなくて仕方がなくなって、
 いつのまにかあんたに救いを求めてたんじゃないかって。
 私は世界の中心っていうのは楽しい事が起こる場所だと思ってる。
 だからここ3年間、私はSOS団を中心に世界は動いていると思ってたわ。
 でも私は結局SOS団に求めていた物っていうのはキョン、あんただったんじゃないかって。
 何かあるときにはかならずあんたが傍にいたわ。
 あの孤島に行ったときも、遭難したときも。そうだったわよね?
 そのうえ普段からあんたに頼ってばっかりで…
 SOS団を作ってから今まで裏でやりくりしてたのはキョンでしょ?
 なんだか自分でも何言ってんのかわからなくなってきたわ…
 結論を言うわ。
 …あたし、あんたが居るから生きていられるんじゃないかと思う」

562: 2008/04/06(日) 01:57:45.53 ID:6B/T5YwE0
「逆を言えばあんたがいなくちゃ生きていられないってことになるわ。
 この1年間、私あんたのことばっかり考えてた。
 あんたにまた会えるんじゃないかって思うだけでこの1年を過ごしてきたんだわ。
 なんだかバカみたい…私、一人じゃ生きていけないのよ?
 人間なんて生まれてから氏ぬまで、ずっと一人なのに」
私はひざの間に顔をうずめた。
「だから思ったの。きっとそれはこれから先もきっと変わらない。
 でも一人で生きてかないといけない。
 だから…だから私、考えたんだ」
キョンは静かに口を挟むことなく私の話をきいていたが、
話が途切れたのをみて私を促したようだった。
「何をだ?」
言え。言ってしまえ私。
「あんたと一緒に生きたい」
しばし沈黙が流れた。私は恥ずかしさの余りひざに額を痛くなるまで押し付けた。
「えーっと、なんだ、つまりだな、ハルヒ…」
「…なによ」
「告白…ってことでいいんだな?」

613: 2008/04/06(日) 02:05:30.95 ID:6B/T5YwE0
「…うるさい」
そろそろ額から血が出てきそうだ。
「…そうか。なるほど」
キョンは肩を落とすと再び遠くを見ている。
「別に…いいんじゃないか、それで。
 お前が満足できるなら」
「えっ…それって…」
私は顔を大きく上げた。いつのまにかキョンはこっちを見ていた。
「まぁ、改めて言うのもなんだな…まぁOKということだ」
「…拒否されたらココから飛び降りようと思ってた」
「よくやった、俺」
「ばか」
そういいつつもいつの間にか体はキョンにぴったりと寄り添っていた。
「今度はメアド変更したら3秒以内に報告しなさい、わかったわね?」
「携帯トイレに落として電話帳がぶっ飛んでアドレス分からなくなってだな」
「言い訳は聞かないわよ」
「…そうか。
 ま、お前らしいな」

今日はとても、とても、あたたかい。

723: 2008/04/06(日) 02:20:42.97 ID:6B/T5YwE0
END1

駅に戻ったときには既に22時を回っていた。
「ハルヒ。今度会いたくなったらまたメールしてくれよ」
「うっさいわね!公衆面前で変な事言うなバカキョン!」
そういいながらホームで二人ベンチに座り電車を待つ。
通勤ラッシュは当に過ぎてはいるが、まだ多少サラリーマンの姿が見える。
私はキョンにおごらせたコーヒーをてで包みながらキョンの方に寄りかかっていた。
「まもなく発車です」という放送が鳴り、ほかのベンチに座っていた客が電車に乗り込む。
「そろそろいくわ」
私は立ち上がるとコーヒーをキョンに渡した。
「おいこれどうすんだよ、おれもまだ残ってんだぞ」
「何?私が飲んだものは飲めないって言うの?そうだとしたらコレは氏刑だわ!」
「あーわかったわかった。お前が行った後にその辺捨てておくわ」
「あんたって失礼なヤツね…」
私は電車に駆け乗ると扉の前に立つ。
「じゃあ…ね、キョン。体には気をつけなさいよ」
「お前こそ…調子乗って入学祝のクッキー一人で全部食ったりするなよ?」
「あんたほどやましくないわ、安心しなさい」
発車ベルがホームに鳴り響く。ベルが鳴り止みホームを静寂が包み込む。
キョンが何かをいいかけて口を開いた。
「キョン――!」その先はもう言葉にならなかった。
ドアが閉まる直前、私はキョンの唇に自分の唇を押し当てた。
顔を離すと同時にドアが閉まり、二人は再び別々の世界に追いやられた。

走り出す電車の中、私はキョンに聞こえるようにこういった。いや、聞こえなくたってかまわない。
「キョン、ありがとう、大好きだからね…」 
   
                   1年前に、いえなかった言葉を。

736: 2008/04/06(日) 02:22:45.89 ID:6B/T5YwE0
欝エンド、ご入用ですか?

758: 2008/04/06(日) 02:24:34.80 ID:6B/T5YwE0
欝エンド書きますので閲覧注意してください。

817: 2008/04/06(日) 02:35:52.24 ID:6B/T5YwE0
「あぁ、朝比奈さん。どうもお久しぶりです」
「そうね、キョン君…何年振りかしら?」
京都の町は秋一食で、何もかもが美しいオレンジ色に染まっている。
どこからか響いてくる鐘の音が骨の髄にまで染み渡る。
美しい空気に満ち溢れるこの街は、今日も暖かい陽気になった。
「長門や古泉はその後どうなりました?」
俺は朝比奈さん(大)と一緒にならんでタクシー乗り場へと向かった。
「古泉君はそのまま学生として生活されてます。
 ですが長門さんは…既に戸籍上からも抹消された状態です」
「そう…ですか」
口数も少なく後部座席に乗り込むと、とりあえず郊外の神社近くまで走ってもらうように頼んだ。
「いや、まさかね…あんな結果になるとは思いませんでした」
「そうですね…でもキョン君、あなたのせいじゃないわ、そんなになげかないで…」
「えぇ…其れは分かっていますけど…」

長門も昔行っていたが涼宮ハルヒは「膨大な情報の発信源」なのだそうだ。
しかし普通の人間の肉体しか持たない彼女にはその情報は余りにも負荷をかけすぎた。
彼女が高校2年生のときに情報の爆発が収まったことになっていたらしいが…
しかし、あのハルヒに告白された夜、あいつはとつぜんぶっ倒れ病院に運ばれたんだそうだ。

844: 2008/04/06(日) 02:44:48.55 ID:6B/T5YwE0
長門の処置により生命の危機はのりこえたが彼女は大きな傷を負った。
人間の情報をつかさどるのは脳だ。情報量に耐え切れなくなった脳がなんらかの異常を起こした。
肉体的損傷は免れたまでも彼女の「人格」「記憶」は跡形も無く破壊された。
長門による修復が行われたが彼女のそれはもう元には戻らなかった。
処置として(こんなことができるとは驚きなのだが)仕方がなく長門が人格と有る程度必要最低限どの記憶を彼女に書き込んだ。
つまりはもう、ハルヒであってハルヒでない。

あの夜俺があんな場所に誘わなければハルヒを興奮させずにすんだのだ。
俺は悔やんだ。悔やんで悔やんで悔やみまくった。
あいつによびかければ戻ってくるんじゃないかと思って一晩中ハルヒに話しかけたりもした。
でも、無駄だった。

あいつは今「涼宮ハルヒ」としてこの京都の町で生活している。
治療後彼女がこの街を見たときに「見覚えがある」と言ったのだそうだ。
長門の「記憶を呼び戻す数少ない希望だから」という提案により彼女はココで生きている。
ただ、とうの長門は観察価値の無くなったハルヒの傍にいるのは無駄だという情報統合思念体の判断で、消えた。

869: 2008/04/06(日) 02:54:03.73 ID:6B/T5YwE0
朝比奈さんがこの時代に戻ってきたのにも理由がある。
彼女はこの時代で暮らすことを最高の「給与」としていただいたのだそうだ。
これからこうして俺とともに暮らすことになるのだろう。
古泉は現在ハルヒの担当医をやっている。所帯持ちで、とてもよい父親だと言う。
お前には迷惑をかけてばっかりだ、と古泉の前で言ったら「過去の僕も然りですから」と言ってくれた。

朝比奈さんとタクシーを降りると俺の住んでいるアパートに向けて移動を始めた。
阪急の線路をわたってすぐのアパートだ。周りは閑静な住宅街で、遠くに神社の社が見える。
もみじが多く生えたこの場所を俺は特に気に入っている。
朝比奈さんとともに踏み切りをわたる。
真ん中で女性とすれ違う。
長い髪の美しい女性だ。なんとなくみおぼえのあるシルエットに振り向くと、ちょうど遮断機が閉まるところだった。
向こう側で女性も立ち止まりこっちを振り向こうとした。
もし、遮断機があがっても彼女がいるとしたら…こう、声をかけたい。
「…彼女、ですか?」
「あぁ、そうみたいですね」
小豆色の電車が目の前を猛スピードで通り抜けていく。
逆方向からもやってきたようだ。手前の電車が切れても奥にまだ壁ができている。
ゴアァン、ゴアァンと軽快な音を立てて電車が通り過ぎた。

俺と朝比奈さんしかいない、空っぽの踏み切りにもみじの葉が散った。
「…いきましょう、朝比奈さん」
「そうですね。彼女もそれを…望んでいるのかもしれません。」

京都の町は今日も茜色に染まっている。

              欝(パクリ)END

959: 2008/04/06(日) 03:26:58.57 ID:6B/T5YwE0
どうも1です。
本来はエンド1までだたものを鬱エンドをつけたしていただきました。
鬱はおまけ程度のものと考えていただければ幸いです。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。

ちなみにハルヒ創作は2作目です。

979: 2008/04/06(日) 03:53:38.72 ID:pHU+LK2X0
1乙

983: 2008/04/06(日) 03:56:57.43 ID:TrK9xGedO
追い付いた
>>1

引用元: ハルヒ「え…キョン…転校するの…?」