5 :2007/08/06(月) 22:00:47.50 ID:55tW5BKc0
うぃーっす、谷口です。
今日も今日とて可愛い女の子探しに勤しむ俺。
でもやっぱり都合よく俺のナンパを相手してくれる子はいない。
自画自賛して自惚れてるわけじゃないが、俺だってそれなりに顔は良い方だと思う。
これだけナンパしてたら一人くらいまともに返事返してくれたっていいのによ……
まったく、どーなってやがるんだ? ちょっとくらい俺の女運を上げてくれたっていいじゃねえか。
なんとかならねーのかな、神様。
とまあそんなわけで、俺は中々青春真っ只中、なんて高校生活とは程遠い高校ライフを送っていた。
はぁ~あ、つまんねーぜ。
どうせクラスの奴らも俺の知らないところでイチャイチャイチャイチャしてるんだろうなあ。
俺の親友二人を例に挙げてみても、
国木田は年上にやたらモテるし(くそっ、あの童顔がいいのかよ!)
キョンは涼宮に誘われて涼宮含む美女三人に囲まれてヘラヘラしてやがる。
それに比べて俺ときたら…はぁ。溜息が止まらねえぜ…
7 :2007/08/06(月) 22:13:59.63 ID:55tW5BKc0
今ここで言っとくが、俺は決して神経が図太いわけじゃねえ。むしろ繊細だ。
ナンパするときだって手は汗でベタベタだし声だってたまに震える。
キョンは良く俺に冷たいこと言うけど、結構傷ついてるんだぜ?
ま、そんなことは億尾にも出さないんだけどな。
男谷口、弱音を吐くわけにはいかねーんだ。
でもさ、やっぱりクラス内でできたカップルとか見てると心が痛むんだ。
どうしてこいつらはこうホイホイと付き合うことができるんだろうな、ってよ。
あーあ、うらやましいぜ。
でも俺は今までクラスの女子を狙ったことはなかった。
何故かって? 俺には自分に架した誓いがあるのさ。
クラスの奴らにはナンパしねえって誓いがな。
8 :2007/08/06(月) 22:24:01.47 ID:55tW5BKc0
中学時代、俺は数多のカップルの破局をこの目でしかと見届けてきた。
悲惨な最期を迎えたカップルもあれば、自然消滅で終わったカップルもある。
でもさ、どのカップルにも共通して言えることは、破局したら
そっからの関係がギクシャクしちまうってことなんだよな。
まあ、本気で好きな奴ができたらそんなこと気にしないんだろうけど
それが分かってるからこそ、軽い気持ちで「付き合おう」なんて言えないわけで。
要するに……俺は大切なクラスメートとはずっと良い関係でいたいわけよ。
だから俺は中学時代からも、他校の女子とかばっかに声かけてた。
クラスの奴らの中に本気で惚れた奴はいなかったからな。
でも、唯一の例外がいた。
――涼宮ハルヒだ。
9 :2007/08/06(月) 22:33:01.05 ID:55tW5BKc0
東中の生徒でその名を知らぬものはいないというほど有名なそいつは、三つの特徴を持っていた。
一つ、滅茶苦茶可愛い。
一つ、告白されて断ることを知らない。
一つ、稀に見る変人である。
最後の一つさえのぞけば、そいつは何処にでもいる一美少女だった。
しっかし事実は小説よりも奇なりとはよくいったもんで
涼宮はいい年こいて超能力者とか未来人とかSF的なことを信じてる希少種だったのよ。
ありえねー。だって今時マセた小学生なら鼻で笑い飛ばすような展開を真剣に待ち望んでいるんだぜ?
あれはいつだったけか、運動場にライン引く石灰で奇妙な模様書いたこともあったな。
当時は新聞にも載るほど有名だったんだが……ま、そんなことはどうでもいいか。
今は二つ目の特徴の方が重要だからな。
13 :2007/08/06(月) 22:47:52.54 ID:55tW5BKc0
黙っていれば誰もが認める美少女だったそいつは、とにかくモテた。半端なくモテた。
そりゃもう学年の半数以上の男子に言い寄られたといっても過言じゃないくらいに。
しかもそいつ、前述したように断るといったことをしないんだわ。全部OKすんの。
つまり涼宮ハルヒに告白=付き合えるなんて等式が成り立っちまうわけ。
でもさ、現実ってそんなに甘くねーんだよな。
どいつもこいつも、数日も立たないうちに振られちまうんだ。
すぐに振るなら最初からOKしなけりゃいいのに。誰もがそう思ったはずだ。
それでもやっぱり「俺こそは」なんて考えるバカが多くて、
一時期は……そうだな、とっかえひっかえって奴だったな、うん。
さあて、問題はここからなんだ。
涼宮ハルヒにアタックしては砕けていく男子共を見ていた俺は、
まだ涼宮にアタックしていない他の男子同様、ある楽観的かつ無謀的な思考が芽生えるのを感じていた。
今考えてもバカだったと思うよ。悔やんでも悔やみきれないくらいに。
でも俺はそのとき確かに思っちまったのさ。
――俺だったら涼宮落とせるんじゃね?
ってな。
14 :2007/08/06(月) 22:55:33.43 ID:55tW5BKc0
一応いっとくが、「落とす」ってのは付き合えるって意味じゃねえ。
あいつと付き合うことができるのはもはや一種の通過儀礼だ。当たり前のことなんだよ。
涼宮ハルヒに対する「落とす」とは、あいつの心を奪えるかってことだ。
そう、いっつも不機嫌そうなツラで口を尖らせ窓の外を睨みつけてるあいつを
少しでも振り向かせることができるかどうか。ここが一番のポイントなわけよ。
16 :2007/08/06(月) 23:04:40.74 ID:55tW5BKc0
俺には絶対とまではいかないものの、ある程度の自信があった。
何度か他校の生徒をナンパして、付き合うまでには発展せずとも、
それなりに親しくなれたってことが俺にそんな穴だらけの自信を持たせたのかもしれねえな。
結論から言おう。
俺は一瞬で撃沈した。終わり。他に特筆すべき点は何もない。
あえてそれまでの過程を語るとするならば……
俺が告白の言葉を述べたとき、涼宮は「また?」みたいなつまんなそうな顔で俺の顔を一瞥した。
この時点で俺は悟ったよ。ああ、こいつぁー無理だ、ってな。
ま、その予感は的中して、俺は告白したその日の内に振られるという
涼宮相手に撃沈した同胞達の中でもかなり悪い戦果だったんだが
――あまりにも酷すぎねえか?
いやまあ「あわよくば」なんてフラフラの気持ちで告白したからそこまで心にダメージはないんだけどよ。
18 :2007/08/06(月) 23:15:02.72 ID:55tW5BKc0
でもその時の涼宮にとっちゃ、言い寄ってくるうざい男達の中の一人みたいな風にしか
認識されてなかったのかもしれないし、俺がとやかく言ったところで仕方ないことなのかもな。
それから俺は涼宮に告白したことも忘れて、フツーな中学校生活を過ごした。
涼宮と会話することも何度かあったが、いつどんな状況であろうと涼宮の表情は曇っており
俺との関係が変化したといったこともなかった。
多分、涼宮にとっちゃ俺なんて意識外もいいとこだったんだろーな。
32 :2007/08/06(月) 23:58:32.73 ID:55tW5BKc0
ただのクラスメイト。
そんな味気のない一言で片付けられてしまうような関係を保ったまま、
俺達は揃って北校に進学した。誤解を招くこともないだろうが、これはあくまで偶然だ。
疑問に思うのならその対象は涼宮に向けられるべきだろうよ。
あいつならもっと頭の良い高校に進学できたはずなのに、
なんでこんなフツーすぎる公立高校になんかに来ちまったんだろうね。
普通であることを何よりも嫌っていたあいつがさ。
北校に入学してからしばらくは、涼宮は東中出身の人間の予想通り
その電波っぷりと不機嫌オーラを辺りに撒き散らしていた。
あえてもう一度口にしようとは思わないが、あの自己紹介は
涼宮のことを何も知らないやつらにとってかなり強烈に印象に残ったに違いねえ。
だが、それでもなおあいつに語りかける変わりもんがいた。
別に隠す必要もないから言うが、キョンだ。
HRの前の時間に話しかける程度だが、なんとあの涼宮がキョンとは会話を紡いでるわけよ。
これには俺もびっくりしたね。思わず「驚天動地だ」って叫んじまうくらいに。
34 :2007/08/07(火) 00:08:40.34 ID:DV+Inbdq0
席が近かったこともあって、俺はすぐにキョンと国木田の二人と親しくなった。
国木田の話によればキョンはなんでも変わった女が好みなんだそうだ。
本人は否定してたが、あの慌てっぷりからするにまんざら嘘でもないらしい。
俺は忠告した。
「涼宮ハルヒはやめとけ」と。涼宮の奇人変人っぷりは俺が身をもって証明している。
だからこそ、これ以上の犠牲者が出るのは抑えたかったんだよ。
また中学時代の再現を見るのも嫌だったしな。
でも俺の忠告は結局無駄に終わった。
……そのキョンってやつは、とんでもねえ能力の持ち主だったのよ。
40 :2007/08/07(火) 00:33:51.76 ID:DV+Inbdq0
その後、再三俺が忠告したにも関わらず、キョンは涼宮と関わりを持ち続けた。
そして日が立つごとに、涼宮のキョンに対する態度が変化していくのがわかった。
東中出身のやつも涼宮の性格について理解し始めていた東中以外のやつも
きっと皆俺と同じことを考えていたんじゃねーのかな。
涼宮ハルヒが他人に興味を示すとこなんて、三年間一緒に過ごしてきて一度も見たことがないってのに。
ありえねえ。ありえねえよ。一体キョンは、どんな魔法使ったんだ?
涼宮ハルヒという一年が、仲間を集めてよく分からん活動をしている。
全校生徒が涼宮ハルヒという名を頭に刻み付けるまでそう時間はかからなかった。
まあバニーガールで上級生の超絶美少女とビラ配ったりしてたら有名になるのも当然だよな。
でも、やっぱりその妙な集団にもキョンが一枚かんでいるわけで。
なあキョン。お前は本当に涼宮ハルヒの愉快な仲間達の内の一人になっちまったんだな。
当時の俺は、別段何を思うこともなくキョンと涼宮の二人を傍観していたと思う。
48 :2007/08/07(火) 00:58:29.66 ID:DV+Inbdq0
燦然と輝く笑顔でキョンを振り回す涼宮と、それにダルそうな表情を浮かべながらも従うキョン。
そんな二人の様子は、すぐにクラスの風景に溶け込んだ。
ふと気になってキョンに
「涼宮と付き合いだしたんじゃないだろうな?」
と聞いてみたものの、そこまでは進展していないらしい。
傍から見れば超お似合いのカップルなのにな。告白されれば涼宮だって断らないだろうよ。
その上お前は涼宮にとっては特別らしいし、瞬間的にフラこともないだろう。
だが俺はその言葉を口にはしなかった。
理由は簡単だ。そういうのは自分で気付かなくちゃ意味がないんだよ。
人に教えられて始まる恋なんて楽しくともなんともねーっつーの。
まあ、鈍いコイツがそれに気付くのはかなり先のそれまた先のことだろうけどな。
キョンとは短い付き合いだが、コイツが恋愛に疎いことは良く分かる。
天才ナンパ師の俺が言うんだから間違いない。いや本当だって。
168 :2007/08/07(火) 17:42:03.22 ID:DV+Inbdq0
もし今「当てにならねー」「やっぱアホの谷口だな」とか思った奴。ふふん、アホなのはお前らの方だぜ。
なぜなら高校生活が始まってから一年以上経っても二人の仲は特に進展したようには見えず、
結果、俺様の洞察力に、寸分の狂いはなかったことが証明されたんだからよ。ざまーみろってんだ。
だが俺は自分の予想が当たったことで己の他人分析能力に自信をつけながらも、
いつまでたっても同じ距離を保ち続ける二人に若干の懐疑心を抱き始めていた。
だってあんなにお似合いで周りからもすっかり”そんな”関係だと認識されているのに、
あいつらの掛け合いときたら入学当初からちっとも変わってねーんだぜ?
クラスメイトのやつらは生暖かい目で見守ってるが、俺は違ったね。
そして浮上したのが二つの仮説だ。いいか。耳かっぽじってよく聞けよ。
仮説その一。涼宮にとってのキョンは確かに特別だが、それは恋愛対象とはまた違うものである。
仮説その二。キョンは涼宮のことをめんどくさそうな素振りを見せながらもかまってやっているが、恋心が芽生えることはない。
どうだ?
涼宮とは中学からの馴染みで、キョンとは親友(友達じゃないぞ、親友だ)である
俺だったからこそ気付けたのかもしれねえが、これはちょっとした大発見だ。
もしこの仮説が証明されれば、今まで涼宮はキョンと付き合ってる、もしくはそんな仲にいると思い込んでたやつらが
意を決して涼宮に告白しはじめるかもしれないからな。もう一度言うがあいつはモテる。
ちなみにそれは北校に入ってからも変わってねえ。
175 :2007/08/07(火) 18:18:26.29 ID:DV+Inbdq0
そしてついでに言っとくと、今の涼宮のモテ度が中学時代のそれと同レベルだと思ったら大間違いだ。
北校入学当初、涼宮はその神に選ばれたとしかいいようのないほどの美貌と
出るとこは出ていながらも締まるところは締まっているという典型的なナイスバディで
男子共の目を惹き付けた。だが、それでも告ってくる男が数えるほどしか居なかった理由は、
やはり東中での事情を知る奴らから諭されたのと、常日頃から涼宮と行動を共にしているキョンの存在があったからだろう。
だがキョンのことは置いといて、涼宮のキツい性格は時とともに変革されつつあった。
ゴチャゴチャする説明を抜きにして俺の主観から見たままに言えば、今の涼宮は一年前と比べて随分柔らかい性格になってるのよ。
もちろんあいつのつっけんどんな物言いや、自分本位で傍若無人、天上天下唯我独尊みたいな根っこの部分は変わっちゃいねえ。
それでも涼宮のクラスメイトに対する物腰や、どんなことに対しても不機嫌だったあいつのデフォルトな心情が
良い方向に変化していったのは事実だ。北校以外の高校に進学した東中出身の奴らが聞けば、まず信じねえだろうけどさ。
とにかく、皆が涼宮と一歩引いた距離で接していた要因である性格が改善されたことによって、涼宮の人気は男女共に急上昇していった。
元々ルックスは最高だったんだ。それで性格がまともになりゃあ、涼宮のファンが増殖するのも道理だわな。
208 :2007/08/07(火) 19:26:27.88 ID:DV+Inbdq0
そしてそれは、俺も例外じゃあなかった。
といっても、俺が涼宮のファンになったとか惹かれたとかじゃねえ。
あいつの纏う雰囲気が変わり始めたことで、たまーに意識するようになったってことだ。
俺とキョンが話しているときに、横からキョンを掻っ攫っていくときの涼宮の笑顔。
ふと授業中に横を向いたときに視界に映る、不機嫌ながらも、絶望とはまた違う趣向のぼんやり顔。
高校生活を送る間に、俺は数え切れないほど新しい涼宮を見つけて――
話が逸れたな、流れを元に戻すか。
俺は結局、二つの仮説を胸にそっとしまうことにしたんだ。
もし仮説が的を得ているものだったとしても
それで涼宮に言い寄る男が増えるのは涼宮にとってもキョンにとっても迷惑だろうし、
逆に俺の考えが的外れもいいとこで、二人が他人からじゃ知覚できないほど
遅々と距離を近づけているのであれば、それこそこんな仮説を提唱した俺は完全な悪人だ。
あいつらはSOS団とかなんとかいうグループの中で充実した時間を過ごしている。
それを邪魔する権利は、一傍観者の俺になんかねえだろうしな。
216 :2007/08/07(火) 20:05:19.33 ID:DV+Inbdq0
二年生になってしばらくしてからも、俺はその立場に留まり続けた。
さすがにこの時期になると涼宮を狙おうなんて考えるやつはほとんどいなくなっていたが、あの二人の関係は未だに相変わらずだったよ。
俺? 俺なら普通の高校生をやってた。友達と遊んで、バイトして、ナンパして。(ナンパの成功率は限りなく0に近かったが……)
ホント、どこにでもいるような頭の悪い高校生のいい例だな。今振り返ってもそう思うぜ。
でもな、転機ってやつは長い人生において必ず訪れるもんなんだよ。
涼宮とキョンの微妙な距離。そしてそれを傍観する俺。
この構図が変わることはない。俺は、そう思い込んでいた。
俺の涼宮に対する気持ちが、状況次第でどうにもなるほどグラついていたとも知らずにな。
かなり前置きが長くなっちまったが……それじゃ始めるとすっか。
一つ断っておくならば、俺がこれから語る内容には過剰表現が垣間見られると思う。
でもそこは見逃して欲しい。まあ、それだけこの記憶には思い入れがあるってことよ。
あれは夏休みが明けてから間もない、9月の上旬のこと。
俺は盛夏を過ぎても尚うだるような暑さを見せる残暑に脳内で文句をぶつけながら、教室で国木田とレポートを完成させていた。
220 :2007/08/07(火) 20:29:43.52 ID:DV+Inbdq0
「ねぇ、谷口。本気でレポート終わらせる気あるの?」
右手でペンをくるくると弄びながら、左手でトントンとレポートを用紙を叩く国木田。
んなこと言ったってよ……どうせもう間に合わないぜ。だからお前の見せてくれたって……
「何言ってるのさ。谷口の方から助けてくれって泣きついてきたんでしょ?
それにそんなことしたら先生にすぐにバレるよ」
国木田の正論に閉口して再びレポート用紙に視線を落とす。
夏休みが終わってから、俺は散々遊びまくった代償を払わされていた。
「ここで過程とその状況を……」
「ははあ、なるほど。やっぱお前頭いいな」
それでも国木田に助言してもらううちにかなりレポートは出来上がってきた。
あとは適当に仕上げして、採取提出日の明日に提出すればなんとか間に合う。
国木田がふと声の調子を変えて俺に話しかけてきたのは、レポートがほぼ完成を迎えようとしていたときのことだ。
「涼宮さんとキョン、あの二人ってどうなんだろーね」
藪から棒になんだよ。
「二人の関係はどうなってるのかな、って。付き合ってるわけじゃなさそうだし、
そうじゃないにしても教室ではいっつも一緒にいるし、そこらへんの線引き、難しいと思わない?」
225 :2007/08/07(火) 20:56:33.90 ID:DV+Inbdq0
「確かにそうだけどよ……それが今更どうしたってんだ。
俺達にとっちゃ、んなこと別にどーでもいいだろ?」
「谷口はもう興味ないんだねぇ、この話。
さ、もうちょっとで終わりだからラストスパートかけようか」
それっきり国木田は、その話題に触れなかった。俺の反応が思ったよりも薄かったからかもしれない。
でも実際のところ、俺は国木田の持ちかけた話題にかなり反応しそうになっていた。
無意識に口から飛び出した、そっけない返事とは裏腹に。
レポートが終わったのは、最終下校時刻の30分前といったところだった。
それにしても意外と片付くモンなんだな。てっきりもう間に合わないと思ってたのによ。
やっぱお前は天才だぜ。
「もうその科白はいいよ。
それにしても、谷口は去年と比べて何も変わってないねぇ。
宿題はちゃんと夏休み中にしないと」
「助かったぜ、ありがとな」
ふくれっつらの国木田に礼を言って、俺は蒸し暑い教室から逃げ出した。
なんでも国木田はこのあと教員室に用があるんだと。
234 :2007/08/07(火) 21:37:14.62 ID:DV+Inbdq0
……暑い。いやいくら地球温暖化が激化してるからって暑すぎるだろ。
時間的には夕方だというのに、傾いた太陽は南中時とほぼ同威力の日光を浴びせかけてくる。
「どうにかならねーのかよ、この暑さは」
思わず独り言が出てしまい、俺はちょっとした自己嫌悪に陥った。
ハイキングコースを、朝とは逆方向に歩いていく。あーだりぃ。
傾斜がない分登校時よりはマシなんだけど、この蒸し暑さの中では大差ないんだよな。
こんな日はさっさと帰宅、クーラーガンガンに効かせた部屋で寝るに限るぜ。
長ったらしい坂道も中盤に差し掛かった頃だろうか、俺は前方に北校の女子生徒を発見した。
あんな目立つ制服を見間違うはずもないからな。
もしかしたらクラスメイトかもしれねえ。そんな期待とともに、俺は自然と足を速めた。
近づくごとに、その女子生徒の特徴が分かっていく。
大股でずんずんとした足取り。
肩口よりも少し伸びた黒髪。
んー、どっかで見たことがあるんだよな。やっぱクラスメイトか?
だがもうあと10mといったところで、俺はこの女子生徒の正体に気がついた。
どうして顔もみてないのに誰か分かったのかって?
こんなもん推理するまでもねえよ……黄色いカチューシャつけて学校きてるやつなんて一人しかいないっての。
「おい、涼宮」
「ふぇ?」
気がつくと、俺は涼宮に駆け寄って話しかけていた。
涼宮の大きくて澄んだ瞳が、さらに大きく見開かれる。
262 :2007/08/07(火) 22:45:25.89 ID:DV+Inbdq0
「谷口!? どうしてあんたがここにいるのよ!」
がぁっと口角泡を飛ばして俺に突っかかってくる涼宮。
とりあえず落ち着けって。なんかやけらと機嫌悪そうだな。
「俺はただ下校してるだけだ。別にお前をつけてきたわけじゃねえ。
お前こそどうしたんだよ。いつもお前がつるんでる奴らと一緒じゃねえのか?」
俺は素朴な疑問を口にした。
今までにも何度か下校時に涼宮と出くわしたことはあったが、決まってこいつの周りにはSOS団のやつらがいたのに、
今日はそいつらの姿が見えない。キョンの姿さえもだ。
「そ、それは……」
でもま、こいつからまともな返事が帰ってくるのを期待してた俺がバカだったんだろうね。
「……なんであんたにそんなこと言わなくちゃならないのよ」
「へいへい。さいですか」
肩をすくめて、俺は下校を再開した。
まったく、久々に二人で話せたっていうのになんて愛想のないやつなんだろうな、こいつは。
269 :2007/08/07(火) 23:04:19.22 ID:DV+Inbdq0
緩やかになった坂道をマイペースに歩く。
俺の耳に届くのは二人分の足音だけど気にしない。気にしたら負けだ。
いやー、暑いな。
てくてく
うん、ホント暑い。
てくてくてくてく
ははっ、どうになんねえのかな、この暑さ。
てくてくてくてくてくてくてく
「っだあ! ついてくんなっつーの!」
たまらず振り返ると、そこには俺の予想通り、
全然似合わないしょんぼりした顔の涼宮が足をすくめて立っていた。
そして遅れた頃に
「別についてきてなんかいないわ。
あたしはただ下校しているだけよ」
なんてどっかで聞いたことのセリフを言い放ちやがる。
はぁ、溜息がでるぜ。キョンじゃないけどよ。
お前が何かよくわからん悩みを抱えてるのは分かった。つーか今のお前見てたら誰も分かる。
そしてそれがお前が一人で帰ってることに関係してることもな。
「話してみろよ。どうせくだらねーことだろうが、一応聞いてやるぜ?」
286 :2007/08/07(火) 23:33:24.23 ID:DV+Inbdq0
初め涼宮は一瞬身構えて、その後俺同様に溜息をつくと、つらつらと語り始めた。
それを俺は相槌をうちつつ、あきれつつ聞いていたが……要約するとこうだ。
涼宮が朝比奈みくるさんに新しい衣装を買ってきた。がしかし、そのデザインはあまりに際どく、着せる対象によっては
男性の性的興奮を著しく上昇させる危険なアイテムだったのでキョンはそれを返品するように諭した。涼宮は激怒した。
「あたしの着るものはあたしが決めるの!」ってな具合に。涼宮はおもむろに朝比奈さんの服を剥こうとしたが
それでもキョンは「自分の身を大切にしろ」みたいなことを言って制止するので、涼宮の堪忍袋の緒は切れた。
結果、涼宮はSOS団本拠地(文芸部室)を飛び出し、今に至る、と。
「なんでぇ、そんなことかよ」
聞き終えたとき、俺はそう言わずにはいられなかった。
涼宮に同情できる人間は倫理観が常人と比べて逸脱してるんじゃないかと思う。
少なくとも俺はキョンの意見に全面的に同意だったね。
「な、何よ!
あんたまでキョンの味方するっていうの!?
あたしが折角選んできた服を……」
西日でオレンジに染まった涼宮を見やりながら、俺は言葉を選んで自論をぶつけてみることにした。
伝わるかどーかはわかんねーけどよ。
「あのな、キョンは何も、お前の行動を全否定してるわけじゃないと思うぜ。
あいつだって男なんだ。”身近”な異性がそんな格好しようとしてたら止めるに決まってんだろ?」
「身近な異性…?」
「バーカ。お前だよ、涼宮」
301 :2007/08/08(水) 00:06:07.96 ID:tM+tsTvo0
びっ、と指をあっけにとられている涼宮に向けて、俺は自論の展開を続けた。
「例えば考えてみろ。キョンがいきなり―――(自主規制)や――(自主規制)なモン買って来て
俺は今日からこれを着て過ごす!なんて言ったらお前はどうするよ?」
「え、うそ、そんなこと……」
僅かに頬を赤らめている涼宮。俺は溜息をぐっと堪えて
「なあに想像してんだ。例えだよ例え。で、どうするんだ?」
「止めるわね。絶対に」
「だろ? それと逆のパターンだと考えてみればいい。
するとどうだ。キョンの気持ちが理解できたんじゃねえか?」
涼宮はうんうんと頷いて、今日初めての笑顔を浮かべた。
100%の笑顔とは言い難いものの、さっきと比べりゃ見違えるようにいい顔だ。
北校に来て涼宮が笑うようになってから思ったことだが、
やっぱこいつは笑顔が一番似合ってると思う。中学校時代のこいつを知ってるからこそ、余計にそう思うのかもな。
それから俺達はお互いの帰路まで他愛もない話をした。
SOS団の活動のこと。
最近話すようになったクラスメイトのこと。
夏休みに帰省したこと。
そして――キョンのこと。
俺は実感したよ。やっぱりこいつにとってキョンは特別な存在なんだと。
前から分かってたんだけど、もう一度再確認させられたっつーか
321 :2007/08/08(水) 00:37:49.45 ID:tM+tsTvo0
涼宮と話していると本当に時間は速く経つもので、俺はいつの間にか分岐路の前に立っていた。
足を止めて涼宮に向き直り
「じゃあな。俺こっちだから」
軽く手を挙げて、背を向ける。
ここまで恋人みたく並んで歩いてきた俺と涼宮だったが、実際はお互いを名残惜しむような関係じゃない。
こいつが俺が一度告白したことを覚えているのかどうかは分からないものの、
ここは変に勘繰られないためにもサバサバとした態度で去ろう。俺はそう思っていたのさ。
だがその直後、俺は後方から投げかけられた声で足を止めることになる。
「待ちなさいよ」
振り返れば、涼宮が腕を組みそっぽを向いて立っていた。
そして涼宮は言いにくそうに口を一度結んだ後、
「今日は……あたしの話聞いてくれてありがと。明日キョンに謝ってみるわ」
ふぅ、まさかお前に礼を言われる日がくるなんてな。ようやくお前も素直に――
「でも谷口にしては生意気よね。
あんたに話聞いてもらって助かったのは事実だけど、なーんか気に入らないわ」
「…………」
351 :2007/08/08(水) 01:19:16.86 ID:tM+tsTvo0
数秒の沈黙。それを経て俺が搾り出したのは
「やれやれ」
というキョンの常套句のみだった。
持ち上げて落とすというコンボダメージを受けた俺には目もくれず
言いたいことは全て言い終わったみたいな満足げな笑みを浮かべた涼宮は、
「じゃあね」
と一言言い残して、踵を返して行っちまった。
まったく、ホントに自分勝手な奴だよな。この展開は予想できてなかったわけでもねーけどよ。
だが涼宮に対する文句を心内で垂れ流しつつも、俺は久々に涼宮と二人で話せたことに、純粋な喜びを感じていた。
同時に、なんだかよく分かんねー、もやもやした気持ちも。
もちろん今までにも涼宮と二人で会話したことは数え切れないほどある。
それでも、さっきまでのような情動の高まりを感じたことは俺が覚えている限り一度もなかった。
しみじみと思うぜ。この日涼宮と一緒に下校したのが、全ての引き金になったのだと。
それから俺は、たまに涼宮と話す機会ができたときとか、機会がないときはメールなんかで涼宮の「くっだらねえ」悩みを聞くことになった。
まあ悩み事と言っても、マジでつまんねー悩み事(主にキョン関連)だけどな。
今から思えば、悩みを打ち明ける相手は、本当のところは誰でも良かったのかもしれねえ。
ただあの日の下校時に涼宮の悩みを聞いたのが俺で、俺がキョンの友達だったから。それだけの理由だけだったのかもしれねえ。
でもさ、その時の俺は涼宮に頼られるたびに生まれてくる感情を抑えることはできなかったんだよ。
漠然とこれは良くないことだと理解はしてた。でも、とてもじゃないけどこの感情を否定することは無理なように思えたのさ。
500 :2007/08/08(水) 14:18:51.34 ID:tM+tsTvo0
涼宮が俺につまんねー相談してくるようになってから、俺と涼宮の関係は少し変化した。本当にちょっとだけどよ。
今まで俺と話すことに一片の価値も見出せない言ってもいいくらいに
無関心で突き放すような物言いだった涼宮が、まともに会話してくれるようになったんだ。
「なあ涼宮。お前数学のテスト何点だった?」
「少なくともアンタよりは高いわね。先にアンタから言いなさい」
「お前はいっつも一言多いんだよ。今回は結構良かったぜ。74点だ!」
「それでいい点とか笑わせるわね。あたしよりも20点も低いじゃない」
「くっそぉぉおぉおおお!!!」
とまあこんな感じに。
たまに頭にくるようなことも言ってくるけどさ。
それでもあいつが俺と話すときに、極自然と笑顔(バカにしたようなのも混じってるけど)を見せるようになったのは驚きだ。
いやはや……涼宮相手にここまでくるのには随分時間がかかったような気がするぜ。
そしてこの頃からだろうな。俺が涼宮と接するたびに生まれる感情を認めるようになってきたのは。
532 :2007/08/08(水) 15:32:23.57 ID:tM+tsTvo0
最初はもやもやしていたその気持ち。
でもさ、時が経つにつれて、眠たくてぼんやりしてた頭がだんだん冴えるようにその気持ちの正体が分かってくるんだ。
だからこそその気持ちに目を背けられなくて、俺は随分悩んだよ。
なんで俺がこんなに悩まなくちゃならねーんだっ、て叫びたくなるくらいに。
その気持ちは幾つもの感情がごっちゃになったやつで、言葉にするのが難しいんだけど……
頑張ってまとめてみるとすっか。どうせ原稿用紙一枚分にも満たなそうだしな。
涼宮ってさ、マジで可愛いのよ。コイツのツラがいいのは前から知ってたけど、
サシで話してるときにコロコロ表情変えるこいつ見てたら、さらにそれを実感するんだわ。
ムカつくことも色々いってくるし俺にメールすんのもつまんねー悩み事ができたときだけだけど……
そんときの寂しそうな顔とか落ち込んでるのが一発で分かるメールの文体見ると、どうしてもかまいたくなっちまうわけ。
いつの間にか俺はあいつが――涼宮が楽しそうにしてなきゃ嫌になってたんだよ。
だからつまり……俺は涼宮のツラだけじゃなくて、性格とか全部含めて涼宮を意識するようになったってわけだ。
うわー。自分で言っておいてなんだけど滅茶苦茶恥ずかしいな、このセリフ。
でもこれは全部本当のことだ。自分の気持ちに嘘はつけねーからな。
541 :2007/08/08(水) 16:09:27.25 ID:tM+tsTvo0
んでもって……そういう気持ちがどうなるかっていうと、日に日に強くなってくんだよな。
それを止めることはできなくて、俺の意思とは無関係に勝手に成長していくんだよ。
つい最近までなんにも考えず涼宮が騒いでるとこ見てたのに、今じゃ自分でも気がつかない内に視線をやってたりする。
廊下でブラブラしてるときにすれ違ったりしたら、振り向いちまったり。
用件すんだらさっさと終わるメールも、なんだかんだと理由つけて長引かせたり。
なんだよ。これじゃあ俺はただの恋する男子高校生じゃねえか、アホらしい。
笑っちまうよな? ま、笑われても仕方ねえか。
可愛い子大好き、出会いを求めて三千里の天才ナンパ師こと俺様が、
今までたいして意識してなかった女とちょっと仲良くなったくらいで、恋をしちまったんだからよ。
俺はいつまでたっても寝付けねえ夜を何日も過ごした。
ナンパして奇跡的に可愛い女の子とメアド交換できたときも、ここまで寝付けなかったことはなかったぜ。
目を閉じれば浮かぶ涼宮の姿。
そんで色々想像すんだけど、いっつも告白するとこで俺の想像はストップする。
559 :2007/08/08(水) 17:11:39.56 ID:tM+tsTvo0
俺は一度涼宮に告白して振られてる。
この事実を思い出すたびに激しく後悔に苛まれるんだけど
同時に今の涼宮が俺をどう思っているのかすっげえ気になるんだよな。
流れに乗っかった形とはいえ、心の底から好きじゃないのに告白した罪は重い(と俺は思ってる)。
もし俺が涼宮にもう一度告白しても、相手にしてもらえないんじゃないかなって不安になるんだ。
それに、それよりももっと俺の突発的で情動に身を任せた行動を制限しているヤツがいる。
そいつは俺の思い浮かべたの涼宮の隣に必ず立っていて……もう分かるよな。キョンだよ。
涼宮がキョンと知り合ってからいままで、二人はずっと一緒だった。
そこに俺が割り込む余地はあるのか?
あったとして可能性は?
全く望みなしか?
それとも――
いくつもの思考を頭ン中にうずませた挙句、決まって答えがでることはねえ。
二人の様子をクラスメイト同様傍観するだけだった俺が、そこに割り込んで涼宮にアプローチをかける。
つい半年前までは頭に浮かびもしなかったことを、今の俺は真剣に考えていた。
キョンは俺が涼宮に告白したらどう思うんだろうな?
もしキョンが涼宮のことが好きでだったとしたら……いい気はしねえよな。当たり前だ。
最悪、本気で怒ってそのまま絶交、なんてことにもなるかもしれない。
あいつは俺の話をまともに聞いたためしがないし、そもそも大抵涼宮と一緒だから俺と喋ることも少ない。
でも……それでも俺はキョンとの関係が崩れるのが恐かった。
だって俺にとってキョンは、北高に入って初めてできた、大事な親友なんだからよ。
606 :2007/08/08(水) 19:58:51.50 ID:tM+tsTvo0
だが、だからといって身を引くわけにはいかねえ。
自分の気持ちを認めちまった以上、あきらめるわけにはいかねえんだ。
そこでやはり焦点となるのが、キョンが涼宮に対して恋愛感情を抱いているのかどうかってこと。
こればっかりはさすがに本人に直接聞いて見なけりゃ分からないだろうが、キョンが涼宮に関することに敏感になってるのは確実なんだよな。
キョンと国木田と俺の三人で弁当をつついていたある日のこと。
俺はいつものように学校で流れている噂や、多岐に渡るジャンルの情報を適当に二人に垂れ流していた。
来シーズンのお勧め映画情報とか、他クラスの熟年カップルが突然破局しちまったことか。ま、そんなんだな。
「~ってわけよ。どーだ、気になるだろ?」
「別に。お前もそんなに喋ってないで箸すすめろよ。
昼休みなくなっちまうぞ?」
全然俺の話にのってこないキョンと、ちょっとだけ耳を傾けてくれている国木田。
そんないつもの昼休みの風景は、何事もなく終わるはずだった。
でもその日に限って、国木田は場の空気を一瞬で固めちまうことを言っちまったんだ。
「谷口ってさぁ、涼宮さんとあんなに仲良かったっけ?」
瞬間、俺はビクッとしたよ。身震いだ。
なんつーか、得体のしれない焦りが体中に広がっていった。
「な、何言ってんだよ。
俺と涼宮の仲が良い? んなわけねーだろ」
俺は慌てて否定の言葉を吐いて、なんとかこの場を取り繕おうとした。
でもこういう時に限って国木田は空気の読めねえことを次から次へといいやがる。
もしかしたら確信犯だったのかもしれねーな。今国木田を問い詰めたところで多分教えてくれないだろうけどよ。
620 :2007/08/08(水) 20:40:10.18 ID:tM+tsTvo0
「だってさぁ、この頃たまーに二人が喋ってるところ見るし、」
俺の必死のアイコンタクトも虚しく、国木田はべらべらと喋り続けていく。
「涼宮さん谷口のことなんてどーでもいいて感じだったのに
最近はそうでもないような感じがするんだよなぁ」
国木田、そこらへんにしとかねーか? なあ、頼むから――
「ねぇ、キョンはどう思う?」
ここぞという時に俺の意思を完全無視、それが国木田なんだよな。俺はもうあきらめたよ。
にしてもキョン、なんて返すんだろ。
涼宮とは付き合ってるわけじゃねえんだし、いきなりブチギレなんてことはないだろうが……ちょっと機嫌を損ねそうだな。
操作次第で反応が変わるおもちゃを前にした子供のような国木田とは対照的に、
俺は半笑いを浮かべて恐る恐るキョンの方に向き直った。
果たしてそこには――先程と別段変化した様子のないキョンが
口をもぐもぐさせて「はぁ?」みたいな目で俺と国木田を見つめていた。
ごくり、と咀嚼していたモノを飲みこんでお茶を一口呑んだ後、
「どうって……別にどうとも思わんが。
ハルヒが誰と仲良くしようが、俺には関係ねえしな」
「ふーん、興味ないんだ。意外だね。」
っこの、お前はもう黙ってろ。でも……キョン、それ本当なのか?
俺はまだ悪戯っぽくニヤニヤしてる国木田に念を凝縮したアイコンタクトを送りつつも
キョンの本当にどうでもよさげな反応が不思議で仕方なかった。
そして俺の少しなりとも的中するはずだった予想と目の前のキョンの矛盾は、その日の夜に来た涼宮のメールで解決することになる。
647 :2007/08/08(水) 21:38:57.70 ID:tM+tsTvo0
メールの内容はこうだ。
from:涼宮
起きてる? 寝てたらいますぐ起きなさい!
to:涼宮
なんだよこんな夜遅くに……起きてるぜ
どうしたんだ?
from:涼宮
キョンのことなんだけどね
今日のあいつ、なんかおかしかったの
ぼーっとしてるっていうか目が虚ろっていうか
to:涼宮
あいつがぼーっとしてるのはいつものことだと思うが
目が虚ろっていうのは気になるな
本人にどうしたのとか聞いてみたのか?
from:涼宮
ええ、聞いたわ
でもキョンは「なんでもない」って
なんでもないわけがないわ
だってキョン、あたしの方を見ようともしなかったのよ?
ここまでメールをやりとりしたとき、俺にはキョンがそんな風になっちまった理由がある程度予測できていた。
眼窩に再生される、昼休みの会話。つーか、これくらいしかねえよな。
いっつもだるそうにしてても、滅多なことじゃ弱みを見せないあいつが
よりにもよって涼宮に元気のないとこ見せる理由なんてよ。
662 :2007/08/08(水) 22:20:51.78 ID:tM+tsTvo0
to:涼宮
あいつがお前に目もくれないだなんて珍しいな
そっから問い詰めなかったのか?
from:涼宮
もう一回聞いてみたけど反応なし……それ以上は聞けなかったわ
今までこんなことなかったのに
ほんとイライラするわね
携帯のディスプレイを怪訝な色を滲ませた目で見つめている涼宮の姿が、ふと思い浮かんだ。
キョンについて思い当たる節はあった。でもそれを伝えるかどうかは俺の指に懸かっている。
俺は数十秒悩んだ末に、携帯の返信フォームを開いた。
to:涼宮
わけわかんねーな
やっぱ理由とかあるんろうけどよ
あいつも色々あるんじゃねえか?
from:涼宮
今度ばかりはあんたでもわかんないか
うーん、一々気にしたあたしがバカだったのかも
何故、思い当たった節をそのまま涼宮に伝えなかったのか。
何故、「涼宮、お前が俺とちょっと仲良くなったから嫉妬してんだよ」と打つことができなかったのか。
理由は複雑なようでシンプルだ。――俺はキョンに嫉妬してたんだよ。
ははっ、キョンは丸っきり逆のことを考えてるかもしれねえけどよ。
自分の気持ちには曖昧なくせに、誰よりも涼宮の傍にいて、
落ち込んでたらすぐに涼宮から心配してもらえるキョンが、どうしようもなく羨ましかったんだ。
だから俺は涼宮に伝えることができなかった。
そんなこと伝えちまったら、キョンが涼宮を意識してるって教えるようなもんだからな。
677 :2007/08/08(水) 22:53:50.03 ID:tM+tsTvo0
to:涼宮
全然関係ない話していいか?
俺は無意識の内に返さないはずのメールを打っていた。
from:涼宮
いいわよ
でも眠いからあんまり長いと途中で寝ちゃうかも
行き場のない想いが、俺の指を操っていた。
to:涼宮
いや、一つお願いがあるんだよ
明日時間取れるか?
放課後の……そうだな、5時くらいに教室で待ってて欲しいんだ
from:涼宮
アンタもおかしなこというわね
何? メールじゃいえないことなの?
to:涼宮
ああ、直接二人で話がしたい
from:涼宮
そこまで言うならいいけど……遅れないでよね
あたし待つのヤだから
to:涼宮
サンキュな、でも安心しろよ
俺よりもお前がはやくつくことは絶対にねえ
709 :2007/08/09(木) 00:16:33.95 ID:hYwwaLwx0
最後の文章を打ち終えて、携帯をベッドに放り投げる。その後俺もベッドに横になって、特大の溜息をついた。
涼宮、いきなり明日二人で話そうって言われてなんて思ってるのかな。
待ち合わせなんてめんどくさいとか、マイナスイメージな感想だけで特に内容には興味ないかもしれないし、
もしかしたら告白されるって感づいてるかもしれない。鋭いあいつのことだから十分に有りうるぜ。
「言っちまった……もう後戻りできねえんだよな」
無機質な天井に向かって独り言を呟く。
涼宮に告白するのは元々決めていたことだ。だから後悔はしていない。
それに、もう涼宮と微妙な関係にいるのは我慢の限界だった。
特別仲がいいわけでもなく、ただの知り合いってわけでもない。
友達って言葉が似合うんだろうけど、その割には涼宮からは色々と相談を持ちかけられる。
この微妙な距離感に、俺はいい加減終止符を打ちたかったんだろう。
それが俺があんなメールを勢いに任せて打っちまった原因かも知れねえ。
俺は頬を軽く叩いた。じーんと電気が走ったような痛みが頭全体に広がる。
告白する日が明日になっただけのことじゃねえか。しゃきっとしろ。
でも――やっぱり俺の決心を揺さぶるモンがあるんだよな。
「お前は卑怯だよ、キョン。
涼宮に気持ちを伝えるわけでもなく、ただあいつの傍にいて俺を邪魔するんだからよ。
お前との関係が壊れるのは怖ぇ。でも……俺は涼宮のことが好きだ。もう抑えられねえよ。
俺は明日告白するけど、後から文句なんて言うんじゃねえぞ。何にも行動を起こさなかったお前が悪いんだからな」
親友であり悪友であるキョンの姿を思い浮かべて、俺はその言葉をその幻影に投げかけた。
その言葉が幻影を透過して、やがてこのうすぼんやりした部屋に霧散すると分かっていても。
927 :2007/08/09(木) 20:15:49.49 ID:hYwwaLwx0
「もう遅いし、寝るか。なんてったって、明日は俺の晴れ舞台なんだからよ」
自分に言い聞かせるようにわざと大きな声で言ってから目を閉じる。でも中々眠れない。
……心臓のバクバクが止まらねえ
睡魔が激しい心音に逃げ出しちまうを目の当たりにして、俺はやっと自分がどれだけ緊張してんのかを知った。
でもさ、これって当然のことなんだよな。いっつも軽いノリでナンパしてたから分かんなかったけどよ。
初めてのマジな告白なんだ。緊張するに決まってるじゃねえか。
いっつもヘラヘラしてる俺だけど、明日ばっかりはそうはいかないだろう。俺の火照った頭が、そう告げていた。
俺が夢も見ないほど浅い眠りにつけたのは、それから二時間ほどの後のことだった。
次の日。
その日は雲ひとつない快晴で、秋のどこか穏やかな太陽はさんさんと朝日を降らしていた。
こんな描写がくればその次には俺の気持ちも晴れ渡っていた、なんてくせえセリフがくるんだろうけどよ……
お世辞にも俺の心境は晴れ渡るどころじゃあなかった。まるっきり逆だよ。暴風雨だ。
朝教室で涼宮と目があって挨拶したんだけど、ちゃんと言えたのか後で思い出せないくらいに俺はいつもの俺じゃなかった。
涼宮は昨日のメールには触れなかったけど……俺との約束忘れてるってことはないと思う。
昨夜まともに眠ることができなかったせいで、あくびばっかりして授業をこなす。
自然な風を装って涼宮の方を向くと、やっぱりな、予想通りキョンを振り向かせて何か話してやがる。
俺は教室にいる誰にも聞こえないように溜息をついた。
やべぇ。今日の放課後までまともに精神保ってられる自信がねえよ。
937 :2007/08/09(木) 20:47:22.94 ID:hYwwaLwx0
でも時間ってのは国木田みたいに容赦のないやつで、
ゆっくり流れてくれって思ってるときほどあっという間に過ぎ去っていく。
ちょうど俺が14回目のあくびを数えたときくらいのことだろうか。
「はい、今日の授業はここまで」
何気なく時計に視線をやった俺は、ぴったり2本の針が重なった時計を見て驚愕したよ。
まさかこんな時にアインシュタイン先生の相対性理論を理解することになるなんてな。
おいおい、さっきまで数学女教師が意味不明な記号書きなぐってたのに、
なんでさっき化学のおっさんが教室から出て行ったんだ?
三時限目の国語はどこに消えちまったんだよ――
「どうしたの? 早く席くっつけようよ」
聞きなれた声に我に返る。
声のした方に首をねじると、訝しげな表情の国木田が立っていた。
「なーんか今日の谷口、変だよねぇ。
覇気がないっていうかエネルギーはあるけど出力が不十分っていうか」
「んなことねえって。俺の燃料は常に満タン、元気さにかけては事欠かねえよ」
俺の心内を見透かしたような指摘に、無理に強がってみせる。
でもその強がりも、数十秒と持たなかった。
「遅いぞ谷口。こちとら腹すかして待ってたんだから早くしてくれ」
マジで飯食うのを待ち望んでるような顔したキョンが、俺に話しかけたからだ。
947:2007/08/09(木) 21:26:18.02 ID:hYwwaLwx0
「わ、わりぃわりぃ。すぐに準備するからよ」
なんとかそれだけの言葉をひねり出して、俺はわざと緩慢な動きで鞄から弁当を取り出した。
……いよいよ難関のおでましか。正直、全然心構えできてなないっつーの。
俺は今日、涼宮を呼び出して涼宮に自分の思いを全部ぶちまける。
そのことを知っているのは俺だけで、キョンは何も知らない。
どんなにキョンが行動起こさないのが悪いと決め付けても、
やっぱり心のどこかでは、俺だけが抜け駆けしていることに罪悪感を感じていたんだ。
「いただきます、っと」
手を合わせて弁当箱を開く。
いつもならここから俺の熱いトークが始まる。
昼休みの三人の会話の内、俺の発した言葉が70%ぐらいを占めるくらいにだ。
「「「…………」」」
でも……今日はいつまでたっても話のネタが沸いてこねえ。
仕方なしに俺は、ネットで流れてる芸能界の裏ネタを機械的に話すことにした。
「でだな、そいつには実は隠し子がいて――」
自分でも心底くだらねーと思う話をしている間、俺はキョンの顔をなるべく見ないようにしてた。
なんか、目があっちまったとたんボロがでちまいそうな、そんな気がしてよ。
22 :2007/08/09(木) 22:19:17.21 ID:hYwwaLwx0
「――信じられねえだろ? でも結構信憑性あるみたいだぜ」
でもよ、やっぱどんなに努力しても言葉の端々から滲み出る不自然さは拭えないんだよな。
「それで次のはちょっと古いネタなんだが、」
「ねぇ、谷口……無理してない?」
いきなり割り込んできた国木田に、俺は面食らった。
俺が無理してるだって? なーに口からでまかせいってやがる、この谷口様がそんなこと……
「さっきからの語りにも感情が篭ってないように感じるんだよなぁ。キョンもそう思うでしょ?」
「ああ。今日のお前の話はいつにもましてつまらなかったな」
なんだよお前、俺の話なんか右から左に聞き流してるようなフリしてちゃんと聞いてたのかよ。
「朝から思ってたけどさ。何かあったの?」
箸を置いてそう聞いてくる国木田と、昨日と同じく口をもぐもぐさせながらも眉をひそめているキョン。
なあキョン。お前に言っとかなくちゃならねえことがあるんだ――
一瞬、油断した間に零れ落ちてしまいそうになった言葉を慌てて飲み込む。
そして無理矢理とぼけた顔を作り
「心配されるようなことは何にもねえって。
しいて挙げるなら最近寝不足でよ……俺のトークにキレがないのも多分そのせいだと思うぜ」
ふああ~っとあくびを一つして、次いでヘラヘラ顔を顔に貼り付ける。うん、まずまずの演技だな。
4 :2007/08/16(木) 20:02:52.39 ID:CHyOa6e00
前方から飛んでくる訝しげな視線を無視して、俺は最後のおかずを口の中にかきこんだ。
飯を食い終わったらここに居続ける必要はねえ。
一年の頃は飯食った後もこいつらとばっかつるんでたが、二年になってからは他の悪友共と残りの昼休みを過ごすことも多くなった。
別にこいつらと一緒に居るのが義務的なモンだとか居心地が悪いとかいってるんじゃない。
むしろ昼飯はこいつらと食うのが一番しっくりくる。
でも……でも今は一刻も早くこの場を去りたかったんだ。
「じゃあな。俺ちょっと約束があってよ」
「おい、谷口――!」
背中に投げかけられたキョンの声を、聞こえなかったフリして教室から出る。
自分としては颯爽と出たつもりだったけど、実際はきもちわりぃ早歩きだったのかもしれない。
それから俺はあてもなく喧騒につつまれた廊下をブラついて、昼休み終了間際に教室に戻った。
「…………」
「…………」
教室に入った後すぐに国木田とキョンと目があっちまったけど、二人は何も言わなかった。
もしかしたらあいつらなりに気を遣ってくれたのかもしれねえな。
はは、俺の様子がおかしい理由知ったらそんな気遣い一瞬で吹き飛んで、180度違う対応になるんだろうけどよ。
周りのやつらに合わせて黙って席につく。程なくして教師が慌しく駆け込んできて、午後の授業が始まった。
午前同様机につっぷし、前の席のヤツの背中についた埃を眺めて授業をやり過ごす。
時間の流れは、やっぱりどうしようもなく早くて、結局俺は一度も居眠りしねえままに放課後を迎えた。
朝と変わらぬ重たい体を起こして、鞄に適当に荷物詰めて教室を出る。
その間際に目の端で涼宮の姿を捉えたけど、俺の歩調は変わらなかった。
6 :2007/08/16(木) 20:04:35.13 ID:CHyOa6e00
授業という枷から解き放たれた生徒でごったがえした廊下を抜けて、中庭に向かう。
中庭につくとそこには数人の一年の女子が溜まってるだけで、昼休みに比べりゃ随分と静かだった。
適当に見つけたテーブルに腰掛けて、腕時計に視線を走らせてから缶ジュースのプルタブを開ける。
――あと一時間半、か。
教室に人がいなくなる時間(居残りすることが多いのでよく知ってる)である5時を指定したものの、
もうちょっと早くしてもよかったかもしれねえな、と俺は悔やんだ。
今更後悔したとこで変更はできねえんだけどよ。
俺はちびりちびりとジュースを飲みながら、前に一度涼宮に告白したときのことを思い出した。
そういやあの日も、こんな風に待ち合わせの時刻まで時間潰してたんだっけか――。
中学校時代。
電話で告るヤツが圧倒的に多い中、俺は直接涼宮に告白した。
何故他の例に倣って間接的な告白方法をとらなかったのか。
あれから2年以上経った今では過去の自分をトレースすることなんてできないから
確かなことは分からないものの、推測はできる。俺の性格は俺が一番良く知っているからな。
多分……昔の俺も今の俺同様、中途半端ってやつが大嫌いだったんだろう。
例えその告白があやふやな気持ちでやっちまったことだとしても、だ。
"大事なこと"は面と向かって言わなきゃならねえ。
そんなことを、中学生の足りねえ頭でも分かってたのかもな。
8 :2007/08/16(木) 20:07:12.77 ID:CHyOa6e00
でもやっぱ―――俺はどうしようもなくバカだった。
「後悔先に立たず」とはよくいったもんで、俺はそんな当たり前の諺の意味を今になって噛み締めている。
自嘲気味の笑みを浮かべて、今日何度目か分からない溜息をつく。もちろん溜息ついてるトコなんて誰にも見せてないけどさ。
涼宮に下心丸出しで近寄って撃沈した。
別にこんなことは東中の男子なら半数が経験していることで、何年後かの同窓会で笑い話にもならないほどありふれたことだ。
だがしかし……もう一度告白するとなりゃあ話は別だ。しかもガチな告白ときたら猶更後悔の意味が違ってくる。
涼宮、俺の告白に対してどう反応すんだろ。
付き合ってくれるとか付き合ってくれない以前に、まず相手にしてくれるんだろうか。
昨晩何度も頭に廻らせた懸案事項を、もう一度廻らせる。
あきらめきれねえからもう一度考え直してくれないか、みたいな感じの再告白ならまだしも……
前回は適当で、今回は真剣ですって言ったところであいつは信じてくれるんだろうか。
目を閉じると、所々ぼやけているものの、俺の告白を義務的に聞いていた中学時代の涼宮の姿が浮かび上がった。
夕焼けに染まった屋上の一角で、俺は前日考えた、自分では完成度が高いと自負していた告白の言葉を口にしたんだよなあ。
「いいわよ、付き合ってあげる」
結果は即答。でも予想通り、その返事からは一片の感情も拾い出すことができなくて。
もし今日の告白も、中学時代のときみたいに冷めた返事を返されたら――?
「っだあ!!
いつから俺はこんなに女々しくなっちまったんだ?
男谷口、こんなことで弱音を吐いてるようじゃ……って、こんなことはねえよな、人生初のマジ告白なんだし……」
9 :2007/08/16(木) 20:09:03.81 ID:CHyOa6e00
それなりに老朽化したテーブルを勢いよく叩いて叫んでから、斜め後方から飛んでくる刺すような視線に振り向く。
中庭に入ったときにみた一年の女子が、まるで街中を徘徊する不審者を発見したような白い目でこちらを伺っていた。
こほん。
あちゃー、かなりハズいとこ見せちまったな。割と大きめの声で咳払いしてから、腕時計に目をやる。
まだ……一時間近くある。ちょっと仮眠するか。昨晩はほとんど寝てねーんだし。
白い障壁が一つも見当たらない空から降り注ぐ眩しい光。
それから目を背けるように、テーブルの上に鞄を置いて顔をうずめる。
俺は昨晩緊張して眠りにつけなかったのが嘘だったかのように、すとん、と深い眠りに落ちた。
「んぁ……」
次に目が覚めたとき、俺は一瞬自分の居場所が分からなかった。
ここが中庭のテーブルだと気付くまでに四半秒を要して、
「そういや俺、なんでこんなトコで寝てんだっけ?」
当然の疑問を声に出す。……何かとても大切なことを忘れているような気がするぜ。
しっかし、不安定な体勢でよくここまで熟睡できたな。目覚めが悪いのはいつものことだけどよ。
すっかりぬるくなった缶ジュースの中身を口の中に放り込んで、俺はぐっと伸びをした。
時間確認のために携帯を開く。携帯のディスプレイは、5時34分を表示していた。
ついでに新着メールの確認っと。2件か、どれどれ。
12 :2007/08/16(木) 20:12:01.13 ID:CHyOa6e00
from:涼宮 17:01
もう着いてるんだけど
別に数分の遅刻くらい許すけど、急ぎなさいよね
寝起き状態の頭によってモザイク加工されていた記憶が、輪郭を取り戻していく。
これは不味い。非常に不味い。
背中を悪寒が走りぬけ、一気に汗ばんだ指で二件目のメールを開く。
表示されている着信時間からして、メールの内容は容易に予想できたんだが――。
from:涼宮 17:11
あんたの方から誘っといて待たせるなんていい度胸じゃない!
電話しても出なかったから言うけどね、あたし今すっごい怒ってるわ
あと10分しても来なかったら帰るからね?
「やっべえ!」
俺は閲覧フォームを閉じるのも忘れて走り出した。
二通目のメールの受信時間から考えても、すでに延滞限界時間を13分オーバーしている。
涼宮はすでに帰路についているかもしれない。待たされるのが大嫌いなあいつのことだ、その可能性は十二分にある。
俺がしているのは無駄なことなのか?
心内で蠢く絶望感を押しのけて、俺は校舎を全力で駆け抜けた。
長い廊下、段差の激しい階段。何もかもが俺の邪魔をしているようだった。
教室の前にたどり着く。俺は躊躇わずにドアを開けた。
16 :2007/08/16(木) 20:14:10.57 ID:CHyOa6e00
「涼宮!!」
茜色に染まった教室を、くまなく見渡す。
いた。教室の窓際の最後尾の席。そこで涼宮は、頬杖をついて窓の外を眺めていた。
だが声に気付いたのだろう、「がたん」と椅子を跳ね除けて俺の方にずんずんと歩み寄り
「遅い! 罰金よ罰金!
信じられないわ。待ち合わせに女を10分以上待たせるなんて最低ね」
と容赦なく批判の言葉を浴びせかけてきた。
当然だよな、放課後の遅い時間に呼び出された挙句30分も待たされたんだもんな。
「すまん、マジで悪いと思ってんだ」
でも――俺を来るのを待っていてくれた。
メールの返信がなくても、自分で作った制限時間が過ぎても待っていてくれた。
もし俺が中学時代に約束の時間に遅れたとしたらどうだろう?
あの頃は携帯なんか無かったけれど、涼宮は俺に連絡をとろうともせずためらいなく屋上から立ち去っていたと思う。
「大体あんたは時間ってものを甘く考え、」
「なあ涼宮」
俺の声の調子が変わったのを感じ取ったのだろうか、涼宮がせわしなく動かしていた口を閉じた。
20 :2007/08/16(木) 20:20:11.16 ID:CHyOa6e00
そして表情からは怒気を消し、「何?」といった疑問符が浮かぶ。
「えっとだな」
俺は、久しぶりに涼宮の素の表情を見て動揺していた。
こいつなりに真剣に耳を傾けてるつもりなんだろうけどよ……
正直、やっぱお前可愛すぎるよ。反則だ。
「昨日の夜メールで言ったとおり、お前を呼び出したのは話があるからなんだ」
俺は中学のときみたいに、告白のセリフは考えていない。
頭ン中はまるっきり白紙だ。
「俺ってさ、いっつもヘラヘラしてるように見られてるかも、ってか見られてるけど」
ただ、こいつに俺の想いをそのまま伝えるだけ。
「今からする話は真剣だ。だから……真面目に聞いて欲しいんだ」
29 :2007/08/16(木) 20:49:52.85 ID:CHyOa6e00
涼宮が首肯したのを見届けて、俺は深呼吸した。でも、緊張してるってわけじゃない。
いざ告白って時になるとガチガチになるのかと心配してたけど、
意外と俺の心は落ち着いていて、どもる心配もいらなさそうだった。
それでも目の前で夕陽をバックにしてる涼宮見てたら、息詰まりそうになるけどよ。
「あのさ、お前……変わったよな」
いきなりこんな切り出し方されてもわけわかんねーよな。
でも、やっぱ惚れた理由から話さねえと、きちんと伝わらないと思ったから。
「東中のときのこと、覚えてるか?
あんまり思い出したくないことかもしれねーけど」
視線が交錯して、思わず目を逸らしそうになる。
「あの時のお前さ、俺に対してすっごく冷たかったんだよなあ。
話しかけても5秒と会話もたねーし、無視されることの方が多かったと思う」
そんでも、俺はお前に告白した。
お前にとっちゃ、俺なんか眼中にないってこと知ってたけどよ」
涼宮の表情に変化は無かった。
35 :2007/08/16(木) 21:09:11.12 ID:CHyOa6e00
ただ、俺の独白に耳を傾けている。そんな感じだ。
「お前にOK貰ってすぐにフラれてさ。
でも俺は、別にどうとも思ってなかったんだ。
正直に言うぜ。俺はその時、お前が好きでもなんでもなかった。
性格悪ぃし相手にさえしてくんねぇし――
俺が告白したのは、お前があまりに綺麗で、告白されてその場でフルことを知らない奴だったからだ」
夕焼け空が赤みを増すにつれて、斜光もその強さを増していく。
「お前に振られてからはさ、俺もお前に告ったことなんて忘れて適当に毎日を過ごしてた。
北高に進学して同じクラスになったときも、何の感情も抱いてなかった」
いつの間にか俺は、涼宮の表情を窺い知れなくなっていた。
「でもよ……お前は変わった。
話せばボロがでるほど愛想のないお前が、俺の知らねえ間に笑うようになってた。
お前が俺とフツーに喋るようになったときは、それはそれは驚いたんだぜ」
そう、お前がクラスに溶け込んで、普通の女子高生みたく明るくなって――
「いつからかなあ。自分でも思い出せねえけどよ……
俺はお前を意識するようになってた。
あ、容姿とかって意味じゃねえぞ? そりゃお前も色々発達して、って違う違う!
時々だけど会話したり、メールしたり。その度に俺は、中学時代と変わったお前に惹かれるようになったんだ」
45 :2007/08/16(木) 21:41:37.67 ID:CHyOa6e00
「本格的に意識し始めたのは、夏休み明けのあの日からだと思う。
覚えてるか? 暑っつい帰路で、くだらねえ理由で部室飛び出したお前と俺が出会って。
丁度その日から、お前が色々と相談してくるようになったんだよな」
相談っていっても、本当にどうでもいいようなことばかりだったよな。
なあ、お前はその内容覚えてるか? 俺はよ……全部覚えてるんだぜ。
「確かにお前は一般的な女子高生になりきってたけどさ。
普通原因わかるだろ?って言いたくなるくらいの相談持ちかけてくるお前は
俺の目からしたら不器用で危なっかしくて、ほっとけなくなってた。
そんで……いっつもお前のこと考えるようになってた」
俺は無意識の内に言葉を紡ぎだす口を、数秒間だけ閉じてから、
「今更こんなこと言っても笑われるかもしれねえ。
馬鹿と思われても仕方ねえし、信じてもらえなくてもそれはそれでかまわねえ。
でも――今から言うことは俺の本心だ。2年前とは違う。嘘偽りなんかじゃない」
涼宮を真っ直ぐに見据えて、
「俺はお前が好きだ。心の底からそう想ってる。
絶対にお前を哀しませたりしねえから……だから、俺と付き合ってくれ!」
自分の想いを、ストレートに口にした。
頭の中は真っ白で、告白した、なんて実感はいつまで経っても訪れない。
62 :2007/08/16(木) 22:10:57.43 ID:CHyOa6e00
時計の針音も、グラウンドの運動部の声も、何も耳に入ってこなかった。
返事が待ち遠しくて、俺は涼宮を見つめ続けた。
「…………」
欲を言えばいい返事をもらいたい。それは告白した以上当たり前だ。
けど、こっぴどく振られようが、嘲笑されようがもうかまわなかった。
涼宮に告白を受け止めてもらいたい。ただ、それだけが俺の願いだった。
茜色の空も色を失くし始め、斜影が伸びきった頃。
涼宮は俺の気持ちに応えた。
目の前の小柄なシルエットは、ゆっくりと頭を下げて、
「ごめんなさい」
と小さく呟いた。
時間が止まったような感覚が俺を襲う。
でも、激しく揺れ動く心が、時間が今も無情に流れていることを教えてくれた。
顔を上げた涼宮の表情を、俺は窺い知ることができなかった。
今度は夕陽の逆光せいじゃない。
鏡で見たわけじゃないけれど、多分俺は今、誰にもみせらんねーような顔してる。
しばらくは視線を上げれない。そう、判断したからだ。
11 :2007/09/17(月) 21:31:49.89 ID:+rGTz5Dp0
やべ、フラれちまった時なんて言えばいいのかわかんねえ。
まったくどうしようもない男だな、俺は。涼宮にあきれられちまうぞ、ここは潔く……
思考回路が、まるで機能しなかった。
頭から送られる命令は、ことごとく体に伝わらなくて、俺は呆然と立ち尽くすのみ。
涼宮を名前で呼ぶことも、一緒に帰ることも、デートすることもできない。
その可能性は断たれた。いい加減に分かれよ。もう俺は――
「谷口、あたしの話聞いてくれる?」
涼宮がそんなことをポツリと言ったのは、丁度夕陽が完全に落ちて、夕闇が教室を侵しはじめたときのことだった。
「いいぜ」
承諾の言葉とは裏腹に、胸中で俺は困惑していた。
振った男に話すことって何だよ。そんなもん俺を苦しませるだけだろ?
冷静という二文字を失っていた俺は、それでも無意識下の内に涼宮の前から動かなかった。
それが一握りの見苦しい希望の所為か、はたまた涼宮の思いつめた表情の所為かは今となっては判断できねえけど。
「さっきのあんたの告白……嬉しかった。
中学時代にあんたが告白してきたときは、確かに全然気持ちが伝わってこなかったわ。
だから他の男と同じようにすぐに別れた。
あたしはあんたのこと好きじゃなかったし、あんたもあたしのこと好きじゃないって知ってたから」
15:2007/09/17(月) 21:43:18.12 ID:+rGTz5Dp0
涼宮の唇が、僅かに、ほんの僅かに震え始めたのが分かる。
「でもね、今のあたしのあんたへの気持ちは変わったわ。
軽いなんて思わないし、ヘラヘラしてるとも思わない」
その唇から漏れる言葉は、やはり震えていて。
「あんたはあたしのことを大切に思ってくれてるってことは分かってた。
メールでも、学校でも――あたしに接するあんたは、とても、優しかったから」
理性的な口調から、感情的にそれにシフトしていく涼宮は、何故か見ていて痛々しかった。
それは、そう、己の行動を無理矢理に制限されているような、どうしようもない悲痛だ。
勿論それは俺の思い上がりで、涼宮にそんな感情は一片もなかった、っていう可能性もあるけどよ。
22 :2007/09/17(月) 22:00:10.10 ID:+rGTz5Dp0
それから涼宮は、暫く口を緘していた。
それは続ける言葉が見当たらないというよりは、口にしてしまってもよいのだろうか、という逡巡からくる緘黙だろう。
事実、伏目がちになった双眸は俺から逸らされていたし、表情にも躊躇いの色が浮かんでいたからな。
色んな感情でごっちゃになって、逆に冷静になった頭で、涼宮の言いたいことが何かを予想する。
言い訳か? 俺との関係を継続させたいがための、心にもない言葉の羅列?
いや、それはない。涼宮なら張りぼてみたいな言葉が俺に通用するとは思っちゃいねえだろうし、
それ以前にこいつはそんな性悪なことを考えるような奴じゃねえはずだ。
でも――じゃあ涼宮は、一体何を言い淀んでんだ?
「無理しなくてもいいんだぜ」
横たわる沈黙に耐え切れなくなった俺は、無意識の内に言葉を紡いでいた。
お前がフった相手のことを考えるなんてらしくないこと考えてんじゃねえよ。
別にお前に振られたからって俺は恨んだりしねえから――
「違うわ! あたしは……あたしはっ!」
29 :2007/09/17(月) 22:18:03.49 ID:+rGTz5Dp0
刹那の剣幕に、空気が震動する。
困惑を隠せない俺に、涼宮は今しがた自分が発した言葉に「はっ」としたような仕草を見せて、
「あたしは、あんたのことが好きだったのかもしれない。
恋愛感情なんて否定していたけど……
相談事を誰に持ちかけるか考えたときに、すぐに頭に浮かんだのはあんただった」
ぽつりぽつりと、まるで氷解した蟠りが雫となって落ちていくかのようなスピードで、涼宮が独白を再開する。
好きだったのかもしれない。その微妙な文章を、どう解釈するかは俺の勝手だ。
だが――俺が振られたというのは紛れも無い事実であって、覆すことはできない。
「でも、普通に過ごしているときも、あんたに相談しているときも、いっつも頭の隅にキョンの存在があった。
あいつは別にあたしに何かした訳でもないのに、意識させるようなことをしたわけでもないのに。
悩んだわ。あんたに相談すればするほど、その理由が分かっていって」
皮肉なもんだな、と、俺は心の内で自嘲した。
俺が涼宮の気持ちに気付くのと同時に、涼宮もキョンの野郎への気持ちに気付き始めてた、なんてよ。
意思とは無関係に、唇の端が歪む。暗がりでよかったぜ。こんな醜態、涼宮には見せられそうにねえし。
37 :2007/09/17(月) 22:46:05.40 ID:+rGTz5Dp0
「眼を逸らしていたことに、しっかり眼を向けるようになってからは……簡単だったわ。
あたしが今、こうして愉しく毎日を過ごせているのも、あんたと仲良くなれたのも、元を辿ればあいつのおかげだった。
東中時代のあたしのことも知らずに関わってきて、どっかにいっちゃうかと思ったら、やっぱり傍に居てくれて。
あいつは唯一、あの時のあたしと対等だった。同じ目線で話をしてくれた。だからあたしは、変われたの」
涼宮の言葉が、一つ一つ憤りを感じていた情動に浸透していく。
俺は、北高に入学したばかりの頃のことを想起した。あの時、俺は何をしてた?
涼宮の本質を知ろうともしないで、表面的な部分にだけ眼を向けて。無駄なことはやめろと、キョンを馬鹿にしてた。
「あいつには、感謝してもしきれないくらいに恩がある。
勿論、あいつは無意識の内にそうしていたんだろうけど、それでもあたしを変えてくれたことには違いないわ。
それに気付けたとき、あたしは自分の心に住んでいる奴の存在をはっきりと自覚したの」
でもあいつは涼宮と関わりを持ち続けた。涼宮を変えたのは、間違いなくあいつだ。
俺じゃない。だというのに俺は、変わった涼宮に勝手に惹かれて、恋愛感情を抱いて――
「鈍感で、何考えてんのかわかんなくて、文句が多くてムカつくこともいっぱい言ってくるけど……それでもあたしはキョンが好き。
だから、あんたの思いは受け取れない。あんたにも似た感情はあったわ。でも、今なら分かるの」
何時の間にか、自嘲、憤慨、嫉妬の感情は綺麗さっぱり消失していた。
ああ、俺の負けだぜ、キョン……確かに俺はこいつに好かれていたのかもしれない。少なからずともな。
でもそれは、
「それは、恋愛感情とは別のものだった」
耳の中で、涼宮の擦れた言葉が残響する。
67 :2007/09/17(月) 23:48:46.11 ID:+rGTz5Dp0
どう反応すればよいのか分からなくて、ただ茫洋とした意識で返事を探す俺。
再び横臥した沈黙は、先刻のそれとは比べ物にならないくらいの質量を持っていて。
「……なさい……」
だが、次に耳に入った哀韻が、彷徨わせていた俺の視線を涼宮に引き戻した。
「ひくっ……ごめんなさい……」
肇は、誰の嗚咽か判別することができなかった。
この場にいるのは、俺と涼宮の二人だけで、俺は泣いていない。少なくとも、今は。
となれば、必然的に嗚咽の出所は断定される。でも、俺には俄かに信じ難かった
嘘だろ? あの涼宮が、泣いている?
どんなに反芻しようとも、過去にこいつが涙したことは一度もなかってのに。
「お、おい、涼宮、」
「ごめんなさい、……ごめ…ん…」
振ったことに対する罪悪感か。はたまた、気付かれまいとしていた俺の愁意を悟ってか。
小さな涙の粒が、静かに頬を伝っていく。俺が涼宮を宥めようと足を踏み出しかけた、その時だった。
「我侭……よね………でも、あんたにお願いがあるの……
あたしのこと、嫌いになったりしないで」
嗚咽交じりの声は聞き取り辛かった。でも、そんなことは瑣末なこと。
俺は、その言葉にどれだけ涼宮の葛藤が籠められているかを理解できていた。
322:2007/09/18(火) 01:08:55.74 ID:rkbgm8gO0
俺はこいつにとっての理解者だ。思い上がりだと、独りよがりだと嘲笑されてもかまわねえ。
こいつが「嫌わないで」と切望したこと。それは、俺の行動の所以に十分だろう?
「へっ、なーにわけわかんねーこと言ってんだよ。俺がお前のこと嫌いになったりするわけねーだろ」
あれほど遠かった距離は一瞬で埋まって、俺の腕の中に涼宮を抱き締める。
下心なんてねえ。この期に及んで邪な考えなんて浮かばねえっての。
涼宮は心底、俺という人間との関係を失いたくなかったんだろう。
でも今まで通りの関係を保つには、涼宮は俺にフった理由を言わなくちゃならなかった。
それに、俺が涼宮から遠ざかってしまうかもしれないというリスクがあると知っていても。
でもよ、不安の余り泣いちまうってのはお前らしくなさすぎるぜ。
彼氏になれないから俺が他人行儀な接し方をすると、本気で思ってたのか? ははっ、大間違いだぜ。
「ほん……とう……?」
「ああ、マジもマジ、大マジだ。これからも俺はお前の、……友達だからよ」
最後の友達という単語を口にした後、喉に熱い何かがこみ上げて来たのは秘密だ。
勿論無理矢理に嚥下して、胃袋の中に押し込めたさ。暫く出てくんじゃねえぞ。
にしても、俺はなんてお人よしなんだろーな。
「何時でも相談してこいよ、24時間応対するぜ。あ、24時間は無理か」
フラれたってのに、まだそいつと深く関わる気でいるんだぜ?
「でも、キョンについての悩み事はパスだ。それはお前が、自分で考えないといけねえからな」
うん、うんと胸の中で頷く涼宮に、愛しさが募る。
同時に湧き出た劣情を、なんとか排除して、俺は涼宮と視線を交錯させた。
潤んだ瞳を「もうお前は迷わない」と暗示をかけるように見つめて、俺は腕を解いた。
涼宮の体温が急速に感じられなくなって、寂寥感が俺を突き動かしそうになるが――
323:2007/09/18(火) 01:10:24.75 ID:rkbgm8gO0
俺は決めていた。涼宮を抱きしめるのは、これで最初で最後だ、と。
涙腺とその他諸々が限界を迎えそうになったのを知暁して、踵を返す。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
軽く手を上げて、教室と廊下の境界線を渡る。
「……ありがとう」
背後から幽かに声が聞こえたような気がしたが、俺は敢えて振り返らなかった。
いや、振り返れなかったというべきか。横溢する感情は、どうやら俺の喉を諦めて
涙腺を目標に変更したようだ。そして俺には、その溢流を止める術がなかった。
滲む視界で、携帯のディスプレイを眺める。俺はできるだけ簡潔な文章で、キョンにメールを送った。
to:キョン
おい、なんか涼宮がまた夜の校庭で何かやらかそうとしてるらしいぜ
お前SOS団の一員なんだろ? 止めるついでに迎えにいってやれよ
パタンと携帯を閉じて、ポケットに放り込む。唯一の光源は消えて、外灯も疎らな帰路で、俺は宵闇に溶け込んだ。
涼宮の前で、ちゃんと取り繕えてたかなあ。男の涙なんてみっともねえモン見られちゃ明日から合わす顔がねえ。
ははっ、と乾いた笑い声を響かせて、俺は上を向きながら歩を進めた。
肌寒いはずの秋の夜風は、まるで俺を慰めているかのように涼やかだった。
325:2007/09/18(火) 01:12:04.73 ID:rkbgm8gO0
さて――随分しんみりしちまったけど、これで俺の告白話は終わりだ。
プラトニックすぎてくそつまんねーって思うやつもいたと思うし、
もっとアタックかけろって思ったやつも少なくないと思う。
でもさ、俺は全然後悔してないんだ。全てが終わった今だからこそ述べられる感想だけど、
これが一番良かったんだと思う。本心を包み隠さず言えば、告白が成功すればよかったと思ってる。
でも、例え涼宮がキョンへの気持ちに気付かずに俺の気持ちを受け取っていたとしても、
いずれはキョンの存在が、涼宮の心の中で膨れ上がっていったんじゃねえのかな。
涼宮はキョンへの気持ちに気付くことができた。
そして俺は、前よりももっと素直な気持ちで、涼宮とキョンの二人を傍で見守ることができるようになった。
これでいいんだよ。
この一件が終わった後、俺と涼宮は何事もなかったかのように振舞った。
勿論最初は違和感ありまくりで、訝しげな視線を国木田やキョンに向けられたけど、
それも1週間程度で解消できた。今では普段どおりに会話したりしている。
涼宮が告白した夜の弱気な面影はどこへやら、普段どおりの強気に戻っちまったことは残念だが。
涼宮とキョンといえば、相変わらずだ。近寄ったり離れたりと、微妙な関係を維持してる。
ま、それでも涼宮が気持ちをしっかり自覚したことは、大きな進歩だけどな。
一度涼宮に告白した身として、たまに嫉妬することはある。
特に鈍感なキョンの野郎が、涼宮の気遣いを全く意に介してないときなんかは胸が苦しくなるぜ。
お前はどれだけ幸せで恵まれているか自覚しろ、って言ってやりたくなる。
でも、実際に俺はそんな憤りをキョンにぶつけたり、嫉妬から涼宮と疎遠になったりしない。
なんてったってこいつらは――俺の掛け替えの無い友達だからよ。
何時になるか見当もつかないが、お熱いカップルになるまでは、ずっと、傍で見守ってやるさ。
谷口の葛藤――end
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